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合併症を考慮した糖尿病診療とは

2021年6月30日 水曜日

あたらしい眼科38(6):671.675,2021c第25回日本糖尿病眼学会総会特別講演I(内科)合併症を考慮した糖尿病診療とはDiabetesCaretoPreventComplications島田朗*全世界でC6秒にC1人が糖尿病で命を落とすとされているのが現状であり,世界的にも糖尿病を制圧する必要性が叫ばれている.従来,糖尿病の合併症としては,網膜症,腎症,神経障害に代表される細小血管障害が主体であったが,近年では動脈硬化性疾患,さらに悪性腫瘍についても糖尿病の合併症として認識する必要性が出てきている(図1).網膜症については,食後血糖管理,血糖変動を減らす対応がとくに重要であるが,実地診療の現場では適切な指標がなかった.しかし,近年,過去数週間の血糖コントロール指標であるグリコアルブミンと過去数カ月の血糖コントロール指標であるCHbA1cとを組み合わせてその比率をとり,通常の比率(約C3)を超えるかどうかを評価することによって,食後血糖の状況,あるいは血糖変動の状況を評価できるのではないかと報告されている.実際,この指標と網膜症の進展の度合についてはよい相関があり,有用である可能性がある1).また,網膜症は先に述べたように細小血管障害であるが,細小血管障害である網膜症を有するとその半数くらいに大血管障害である冠動脈狭窄が存在することもわかってきた2).すなわち,網膜症の存在は,動脈硬化性疾患の存在を示唆する可能性がある.上記に述べた慢性合併症である血管障害により,30年前は命を落とす糖尿病患者が非常に多かったが,ごく最近の死因調査では,血管障害により亡くなる糖尿病患者は,30年前のC1/3程度になり,その分,悪性腫瘍により亡くなる患者が増えている.とくに,肝臓癌,膵臓癌は糖尿病患者で多く,死因として重要である3).図1糖尿病(慢性)合併症そのような背景を踏まえて,どのように血糖を調整すればよいのであろうか?以前は,とにかく血糖を下げることが重要と考えられていたが,2型糖尿病に対する治療強化の効果を検証したCACCORD研究において,重症低血糖によりかえって死亡率が上がることが示され,患者背景を十分に考慮し,低血糖を起こさない治療の重要性が認識された4).これらの結果を考慮して,とくに認知機能や日常生活動作(activitiesCofdailyCliving:ADL)の低下した高齢者に対しては,低血糖を起こさずに目標血糖をやや高めに設定することが推奨されている(図2).それでは,具体的な治療はどのようにしたらよいだろうか?2型糖尿病の治療の基本は,やはり食事療法であるが,2型糖尿病に対する糖質制限については,なお議論がある.たしかに糖質制限により短期的には血糖コントロー*AkiraShimada:埼玉医科大学内分泌糖尿病内科〔別刷請求先〕島田朗:〒350-0495埼玉県入間郡毛呂山町毛呂本郷C38埼玉医科大学内分泌糖尿病内科C0910-1810/21/\100/頁/JCOPY(67)C671重症低血糖が危惧される薬剤(インスリン製剤,SU薬,グリニド薬など)の使用図2高齢者糖尿病の血糖コントロール目標(http://www.jds.or.jp/modules/important/index.php?page=article&storyid=66)ルが改善するとの報告がある5)が,一方で,2型糖尿病における明確な長期の検討はない.参考になる報告としては,スウェーデン女性に食事についてのアンケート調査を行い,その組成により,糖質優位なのか蛋白質優位なのかを考慮し,その後C15年の間に血管障害を起こすかどうかを検討したデータがある.この調査は健常人も多く含まれると考えられる一般人が対象であり,糖尿病の人がどのくらい含まれているかは不明である.その検討では,糖質摂取の少ない人が,より血管障害を起こす可能性が高いことが示されており,糖質制限に警鐘を鳴らす報告となっている6).糖質制限が食後の血糖上昇を減らすことは事実であるが,糖質制限以外の方法で食後血糖を制御できないものだろうか.その意味で食事摂取の順番の重要性も示されている.同じものを摂取しても先に糖質をとり,あとから野菜をとると血糖が上がりやすいが,逆では血糖上昇が抑えられるという成績もある(図3)7).また,食べ方では,欠食を避けることが重要とのデータもある.具体的には,1日C3食食べたほうが,1日C1食の場合よりも食後血糖が上がりにくいとのデータである(図4)8).したがって,必ずしも糖質制限をしないでも,食べ方の工夫で食後血糖が調整できる場合があると考えられる.2型糖尿病の治療薬として以前より使われてきたスルフォニル尿素薬(SU薬)は,24時間持続糖モニタリング(continuousglucoseCmonitoring:CGM)で確認すると,気がつかない時間帯に低血糖と高血糖を繰り返していることが近年認識されており,とくに低血糖は動脈硬化性疾患発症のリスクとなるため,とくに高齢者では注意が必要である(図5).したがって,単剤では低血糖を起こしにくい薬剤を初期に選択することが重要である.その一つ目は,アルファグルコシダーゼ阻害薬である.DECODE研究で,食後高血糖があると死亡率が高いことが示されている9)が,実際,本薬剤で食後血糖を改善させた結果,心血管疾患が抑制されることも示されている10).ただし,速効型インスリン分泌促進薬(グリニド薬)ではそのようなエビデンスはなく,インスリン分泌を促進しない状況での食後血糖改善が大切と思われる.二つ目の「単剤では低血糖を起こさない薬剤」としては,チアゾリジン薬がある.これは,膀胱癌,膵臓癌などのリスクが増える可能性を否定できず,一部,海外では使用できなくなっているが,わが国ではそのような証拠はないとして,現在も注意しながら使用している状況である.チアゾリジン薬は,抗動脈硬化作用が期待されること11)から,動脈硬化性疾患が生命予後を規定する可能性が高い場合にはよい選択肢である.最近,日本人2型糖尿病に対する多角的な治療介入(J-DOIT3)の結果が出たが,脳血管障害をはじめ,多くのイベント発症を抑制した12).その一因として,かなり初期にチアゾリジン薬を使用するプロトコールになっていたことも影響4月19日4月20日4月21日4月22日mg/dl平均血糖値172mg/dl平均167mg/dl平均170mg/dlSD46mg/dl30020010036912151821時36912151821時36912151821時36912151821時4/21空腹時朝食後2時間血糖(mg/dl)138212Cペプチド(mg/dl)5.29.5食事摂取図5スルホニル尿素薬(SU薬)使用症例の24時間持続糖モニタリング(CGM)(東京都済生会中央病院糖尿病内分泌内科富田益臣医師のご厚意による)血糖値の上昇幅ご飯,サラダの順に摂取(mg/dL)サラダ,ご飯の順に摂取40-100306090120時間(分)図3食べ方も大事(先に野菜を)健康な男女C10人を対象に,ドレッシングをかけたキャベツのサラダを食べてから白米ご飯を食べた場合と,その逆の順番で食べた場合について血糖値を比較.サラダから食べると血糖値の急上昇が抑えられた.(文献C7より転載)血糖値(mg/dL)朝食400kcal,昼食800kcal,夕食1,000kcal摂取180昼食800kcal,夕食1,000kcal摂取夕食1,000kcal摂取1601401201008081012141618202224時間(分)図4食べ方も大事(欠食を避ける)健康なC91人を対象に,3食とも食べた場合()と朝食を抜いた場合(),朝食も昼食も抜いた場合()で血糖値を比較.欠食によってC1日総摂取カロリーは減るが,欠食後の血糖値が上がりやすくなることがわかる.(文献C8より転載)した可能性がある(図6).シドーシスの副作用で使用されない時期もあったが,イ三つ目の「単剤では低血糖を起こさない薬剤」としてギリスにおけるC2型糖尿病への大規模介入研究であるは,ビグアナイド薬がある.本薬剤は,過去には乳酸アUKPDSにおいて,多くのイベント発症を抑制したこと各ステップの治療は6カ月間維持HbA1c5.8%以上または低下が1%未満なら次ステップへ3~6カ月で目標値120/75mmHgLDL<80(70)mg/dl,TG<120mg/dl,をめざすTG.150mg/dlの場合はnonHDL<110(100)mg/dl()内はIHDの既往がある場合の目標値図6強化療法群の治療概要(http://www.pimrc.or.jp/diabetes/research3_protocol.pdf)血糖値血糖値HbA1c:7.5%HbA1c:7.5%時間図7HbA1c値が同じでも血糖日内変動は異なる(文献C15より転載)から見なおされ,現在では汎用されている.証明はされていないが,悪性腫瘍に対しても減らす可能性が指摘されている.四つ目の「単剤では低血糖を起こさない薬剤」であるDPP-4阻害薬は,CGMで確認すると血糖変動が抑制されており,合併症進展予防に貢献する可能性がある.とくに,bodyCmassindex(BMI)の低い日本人を含むアジア人で血糖改善効果も高い.ただし,膵炎などの副作については十分に注意が必要である.ごく最近注目されているCSGLT2阻害薬は,ビグアナイド薬,DPP-4阻害薬と併用するとさらに血糖変動を減らす.ただし,やせている患者ではケトーシスに注意が必要である.従来は,少ない併用薬で若い肥満の患者がよい適応とされていたが,EMPA-REG研究の結果から,むしろ動脈硬化性疾患を有する高齢者に使うと予後が改善することが示され,大きく考え方が変化した13).その後のCCANVAS研究でも同様の傾向があり,心不全リスクを減らし,腎機能が悪い場合にもそれを改善させる可能性が示された14).ただ,下肢切断リスクを上げる可能性があり,そのハイリスク者に対する投与は避けることが望ましい.以上のような治療薬を含めた集学的治療により,同じHbA1cであっても血糖変動を減らし(図7)15),目標血糖範囲内にできる限り収める治療が,合併症進行の抑止につながるものと推察される.文献1)今井孝俊,及川洋一,渥美義仁ほか:糖尿病網膜症と全身グリコアルブミン(GA)/HbA1c比が高値であると糖尿病網膜症は進展しやすい.日本糖尿病眼学会誌C17:39-42,C20132)平田直己,高橋寿由樹,沖杉真理ほか:細小血管障害を有する糖尿病患者における動脈硬化病変のスクリーニング.糖尿病57(Suppl1)S-362,20143)中村二郎,神谷英紀,羽田勝計ほか:糖尿病の死因に関する委員会報告アンケート調査による日本人糖尿病の死因2001.2010年のC10年間,45,708名での検討.糖尿病C59:C667-684,C20164)ActionCtoCControlCCardiovascularCRiskCinCDiabetesCStudyGroup;GersteinCHC,CMillerCME,CByingtonCRPCetal:CE.ectsofintensiveglucoseloweringintype2diabetes.NCEnglJMedC358:2545-2559,C20085)GuldbrandH,DizdarB,BunjakuBetal:Intype2diabeC-tes,randomisationtoadvicetofollowalow-carbohydratedietCtransientlyCimprovesCglycaemicCcontrolCcomparedCwithCadviceCtoCfollowCaClow-fatCdietCproducingCaCsimilarCweightloss.DiabetologiaC55:2118-2127,C20126)LagiouCP,CSandinCS,CLofCMCetal:LowCcarbohydrate-highCproteinCdietCandCincidenceCofCcardiovascularCdiseasesCinCSwedishwomen:prospectiveCcohortCstudy.CBMJC344:Ce4026,C20127)金本郁男,井上裕,守内匡ほか:低CGlycemicIndex食の摂取順序の違いが食後血糖プロファイルに及ぼす影響.糖尿病53:96-101,C20108)NakayamaCY,CSanematsuCK,COhtaCRCetal:DiurnalCradia-tionofhumansweettasterecognitionthresholdsiscorre-latedCwithCplasmaCleptinClevels.CDiabetesC57:2661-2665,2008)9)TheDECODE-studygroup;EuropeanDiabetesEpidemi-ologyCGroup.CDiabetesEpidemiology:CollaborativeCanaly-sisCofCDiagnosticCCriteriaCinCEurope.CIsCfastingCglucoseCsu.cienttode.nediabetes?Epidemiologicaldatafrom20Europeanstudies.DiabetologiaC42:647-654,C199910)ChiassonCJL,CJosseCRG,CGomisCRCetal;STOP-NIDDMCTrialCResearchGroup:AcarboseCtreatmentCandCtheCriskCofCcardiovascularCdiseaseCandChypertensionCinCpatientsCwithimpairedglucosetolerance:theSTOP-NIDDMtrial.JAMAC290:486-494,C200311)DormandyCJA,CCharbonnelCB,CEcklandCDJCetal:PROac-tiveInvestigators.SecondarypreventionofmacrovasculareventsCinCpatientsCwithCtypeC2CdiabetesCinCtheCPROactiveStudy(PROspectiveCpioglitAzoneCClinicalCTrialCInCmacro-VascularEvents):aCrandomisedCcontrolledCtrial.CLancetC366:1279-1289,C200512)UekiCK,CSasakoCT,COkazakiCYCetal;J-DOIT3CStudyGroup:E.ectCofCanCintensi.edCmultifactorialCinterventionConcardiovascularoutcomesandmortalityintype2diabe-tes(J-DOIT3):anCopen-label,CrandomisedCcontrolledCtrial.LancetDiabetesEndocrinolC5:951-964,C201713)ZinmanB,WannerC,LachinJMetal:EMPA-REGOUT-COMECInvestigators.CEmpagli.ozin,CcardiovascularCout-comes,CandCmortalityCinCtypeC2Cdiabetes.CNCEnglCJCMedC373:2117-2128,C201514)NealCB,CPerkovicCV,CMaha.eyCKWCetal;CANVASCPro-gramCCollaborativeGroup:.CCanagli.ozinCandCcardiovas-cularCandCrenalCeventsCinCtypeC2Cdiabetes.CNCEnglJMedC377:644-657,C201715)DelCPratoS:InCsearchCofCnormoglycaemiaCindiabetes:Ccontrollingpostprandialglucose.IntJObesC26(Suppl3):CS9-S17,C2002C☆☆☆

近未来の緑内障治療  近未来の緑内障手術

2021年6月30日 水曜日

近未来の緑内障治療近未来の緑内障手術GlaucomaSurgeryintheNearFuture庄司信行*はじめに近未来というのはどのくらい先のことをさすのだろうか?イメージは人それぞれだろうが,本稿では,数年のうちに実用化されることが予想される手術をとりあげてみた.もちろん,学術誌であるので,少なくとも文献的に確認できるものが望ましい.画像使用の許諾の得られないものも多いので,本文の文字ではピンとこない方は各デバイスのホームページで確認していただきたい.なお,近未来という言葉に甘えて,多少主観的な記述をさせていただいた部分があるが,これはあくまでも筆者の個人的な見解として捉えていただければ幸いである.CISchlemm管をターゲットとした緑内障手術流出障害を改善するためにCSchlemm管をターゲットとして行われる術式は,まず眼外(abexterno)から行われる方法と眼内(abinterno)から行われる方法に分けられる.眼外から行われる方法には線維柱帯切開術(トラベクロトミー)やCcanaloplastyなどがあったが,近年の低侵襲緑内障手術(minimallyinvasiveglaucomasurgery:MIGS)の普及とともに頻度は著しく低下してきたと思われる.眼内から行われる方法は,隅角癒着解離術や隅角切開術のほかに,トラベクトーム(元CNeo-medix社,現CMST社,いずれも米国)やCKahookCdualblade(NewWorldMedical社,米国),谷戸氏Cabinter-noトラベクロトミーマイクロフック(μフック)(イナミ),360°スーチャーロトミーといった切開を伴う術式図1第二世代のiStentinjectWつばの部分が広くなっている.1本のインサーターにC2個装着されている.と,iStent(Glaukos社,米国)のように器具を留置する術式がある1).わが国でもっとも新しいCSchlemm管をターゲットとしたCMIGSはCiStentinjectで,ステントをC2個挿入できることになったが,海外で報告されてきたデザイン(iStentinject,モデルCG2-M-IS)と異なり,フランジ(つば)の部分が大きくなったモデル(iStentinjectW,モデルCG2-W)(図1)が流通することになる.フランジの部分がCSchlemm管内に埋まり込むことを避けるために設計され,手術成績に差はないだろうが,わが国の成績に関してはこれからデータが集積されることになる.その他,Schlemm管やその先の集合管の拡張をめざした術式も開発されており,これから導入される可能性のある術式について簡単に述べる.*NobuyukiShoji:北里大学医学部眼科学教室〔別刷請求先〕庄司信行:〒252-0374相模原市南区北里C1-15-1北里大学医学部眼科学教室C0910-1810/21/\100/頁/JCOPY(59)C663トリガーボタンリトラクションボタン図2iStentinjectWのインサーターリトラクションボタンをスライドさせ,露出させたトロッカーの先端を線維柱帯に押しつけ,トリガーボタンをクリックしてCSchlemm管内に打ち込む.場所をかえてC2個打ち込む.=-c.OMNICombinedProcedureSystem(SightSciences社,米国)2017年にCFDAの認可を受け,米国ではC2018年から市販されている.上記のCTRAB360のポリマー製のフィラメント(トラベクロトーム)を,眼粘弾剤注入可能なマイクロカテーテルに変えたものである.文字通り,カテーテルを用いたCSchlemm管の拡張によるCcanaloplas-tyと線維柱帯切開術の組み合わせが可能となる.本術式では,このシステム本体の脇についているダイヤル状のギアを回してマイクロカテーテルをCSchlemm管内に送り込み,180°のところまで進める.一定量の眼粘弾剤をCSchlemm管内に残し,少しカテーテルを引き戻し,また眼粘弾剤を残してカテーテルを引く,という操作を繰り返してCSchlemm管や集合管を拡張させる.その後,再びカテーテルをCSchlemm管内に挿入し,こんどは角膜の創口からカニューレを引き出すようにしてカテーテル自体で線維柱帯を切開する.これを残りの180°でも行い,最後に前房内の眼粘弾剤を洗浄して終了する.多施設の後ろ向き研究では,開放隅角緑内障C81眼において術後C1年の眼圧下降率はC20%,6.18mmHgの眼圧にコントロールできた確率は約C80%,点眼は約C1剤減らすことができた.5%の眼圧スパイク,4%の前房出血,5%で緑内障の追加手術が必要であったと報告されている4).C2.器具を留置する方法Schlemm管をターゲットとして器具を留置する術式は,わが国ではC2016年に認可されたCiStent(Glaukos社,米国)が唯一である.2019年には第二世代のCiStentCinjectWが認可され,白内障手術併用眼内ドレーン会議による使用案件等基準(第C2版)に則った挿入が行われるようになった.第二世代のCinjectではC2個挿入が認められた.Bahlerら5)による摘出人眼における検討では,1個のCinjectの房水流出率はC0.16C±0.05Cμl/min/mmHg.0.38C±0.23Cμl/min/mmHgだったのに対し,2個になるとC0.78C±0.66Cμl/min/mmHgに増加することが報告されている.現時点では,この術式は白内障手術との同時手術で,ステントはC2個の挿入しか認められていない.初代のCiStentをC3個入れた臨床研究では,2個挿入で得られた眼圧とほとんど差がなかった6).もう一つCFDAの認可を受けたCSchlemm管に留置するデバイスとしてはCHydrusMicrostent(Ivantis社,米国)があるが,これはCSchlemm管の拡張を主目的にした術式と考えられるので,次項で述べる.C3.Schlemm管を拡張する方法器具を留置して拡張する方法と,マイクロカテーテルを用いて眼粘弾剤で拡張する方法がある.前者はHydrusMicrostentやCStegmannCanalExpander(Oph-thalmos社,スイス),後者はCiTrackやCGlaucolight(DORC社,オランダ),VISCO360ViscosurgicalSystem(SightSciences社,米国)があるが,Glaucolightは販売を終了したとのことなので本稿ではとりあげない.Ca.HydrusMicrostentHydrusMicrostentはC2018年にCFDAの認可を受けているが,わが国への導入は未定である.足場(sca.old)と表現されるような,どちらかというと隙間の多い骨組みのような構造で,少し反った筒に近い形状のデバイスである.全長は約C8mmで,約C90°の範囲のCSchlemm管に挿入して拡張する.本体のほとんどはCSchlemm管内に収まるが,インレットとよばれる片端は前房に少し突き出した状態となり,そこから房水がCSchlemm管に流入する.つまり,iStentのように前房とCSchlemm管を直接つなぐとともに,Schlemm管の拡張もめざしたデバイスということになる.素材はニチノールとよばれるニッケルとチタンをほぼ同量ずつ配合した柔軟性に富んだ合金である.多施設共同研究のC3年成績7)が公表されていて,白内障単独手術と白内障手術にCHydrusの挿入を併用した群の比較が行われている.術前の無点眼時の眼圧がC22.34CmmHgの原発開放隅角緑内障(primaryCopenCangleglaucoma:POAG)眼を対象としていて,Hydrus群が16.7CmmHg(点眼平均C0.4剤)に,白内障単独群がC17.0mmHg(同C0.8剤)と,平均眼圧に有意差はなかったものの,点眼スコアや点眼不要例の割合,18CmmHg未満のコントロール率などは,Hydrus群が有意に優れていたと報告されている.第一世代のCiStent2個とCHydrus単独手術を比べた報告8)では,Hydrus群のほうが眼圧(61)あたらしい眼科Vol.38,No.6,2021C665下降,点眼数など優れた結果であったと報告されている.ただ術後の眼圧値をみる限り,両スタディとも17CmmHg前後にとどまるようであり,著しい眼圧下降効果を期待するのはむずかしいのかも知れない.Cb.StegmannCanalExpanderバインダーノートの金具のような形状をした,全長9Cmm,直径C240Cμmのポリイミド製の柔らかい筒状のデバイスである.先端にポリプロピレンの糸がついた専用のキャリアを用いてCSchlemm管に挿入する.眼外からのアプローチで,従来のCcanaloplastyの手技のように眼粘弾剤で拡張したCSchlemm管に挿入し,留置する9).MIGSの流れから考えると,積極的な導入はむずかしいのではないだろうか.Cc.iTrackを用いたSchlemm管拡張術以前,Schlemm管に糸を挿入してC360°通糸したあとに適切なテンションをかけて縫合(tensioningsuture)することでCSchlemm管を拡張させる方法(canaloplas-ty)が行われていたが,糸ではなく眼粘弾剤を残すことでCSchlemm管を拡張させる方法が開発された.当初は眼外から強膜弁を作製して行われていた(abCexternocanaloplasy:ABeC)が,スーチャーロトミーと同様に眼内から行われる方法(ABiC)も行われるようになってきた.Khaimiら10)はCtensioningsutureがなくても,眼粘弾剤で拡張することで同等の眼圧下降効果が得られると報告している.数年前まで,当時のCEllexCMedicalLaser社(オーストラリア)が日本での導入をめざしていたが,2020年にCNovaCEyeMedical社に引き継がれた.なお,ABiC単独の報告は少なく,GATTの項で述べたように,眼粘弾剤で拡張した後にカテーテルで切開する方法との組み合わせ(白内障手術も併用)も報告されている2).Cd.VISCO360ViscosurgicalSystem原理としては,iTrackを用いたCABiCと同じで,Schlemm管と集合管を眼粘弾剤で拡張させるものである.装置本体は同じSightSciences社が開発したTRAB360やCOMNIと類似している.本体の先端には,やはり弯曲したカニューレが備わり,その内部からマイクロカテーテルの出し入れおよび眼粘弾剤が注入できるように,本体にコントロール・ホイールがC2個付いている.カニューレの先端をCSchlemm管に刺入し,ポリマー性のマイクロカテーテルをC180°ほどのところまで進めたら,今度カテーテルを引き戻しながら一定の間隔で眼粘弾剤を残し,Schlemm管と集合管を拡張させる.残り半周も同じように行うと,Schlemm管が全周にわたって拡張されることになる11).この術式もCGATTと併用されることがある.CII上脈絡膜腔をターゲットとした緑内障手術GoldCMicroShunt(GMS)(SOLX社,米国)を筆頭に,眼外から結膜切開や強膜トンネルを利用したSTAR.o(iSTARMedical社,ベルギー)やCAquashunt(OPKOhealth社,米国),Esnoper-ClipCimplant(AJLOphthalmics社,スペイン),あるいはコラーゲンシート(Ologen)を非穿孔線維柱帯切除術の際に上脈絡膜腔に挿入する方法などがあり,眼内からのアプローチで行う方法としてはCCyPassMicro-Stent(Alcon社,米国)やCiStentCSupraCMicro-BypassStent(Glaukos社,米国),MINIject(iSTARMedical社,ベルギー)がある12).C1.眼外からのアプローチGMSは,生体適合性の高い金を素材としたプレート状のデバイスで,強膜トンネルを利用して片端を前房に出し,片端を上脈絡膜腔に差し込み,前房からの房水の流れを作る方法であった.残念ながら,デバイス周囲に線維性被膜が形成され,長期成績が不良で,近年は発表もあまりみられなくなった.その後,シリコーンを素材とする多孔性のCSTARという素材を用いたCSTAR.oが開発された.GMSと同様の挿入方法だが,2年の成績が不良で角膜内皮の減少も多く,研究はストップした13).AquashuntはC2009年にドミニカ共和国で治験始まったが,結果が安定せず現在臨床試験は行われていない.Esnoper-Clipはハイドロキシエチル・メタクリレートを素材とする非吸収性の折りたたみ可能なプレートで,非穿孔性線維柱帯切除術の強膜弁下で半分に折り曲げて(折り目には穴が開いていてCSchlemm管の位置に666あたらしい眼科Vol.38,No.6,2021(62)あてがう),片端は上脈絡膜腔へ差し込み,片端はちょうど強膜内方弁のような状態で強膜弁下に残す術式である.マイトマイシンCC(mitomycinC:MMC)も併用し,どちらかといえば,眼圧下降は上脈絡膜腔への流出というよりも強膜弁下の空隙の大きさに依存するといわれていて,深層強膜切開術(deepsclerectomy)の補助的な術式と捉えられているようだ14).これら眼外からのアプローチは,近年のCMIGSの普及が最小限の切開・縫合によるものだとすると,今後よほど良好な眼圧下降効果とともに安全性が証明されなければ,積極的な導入は考えにくいのではないか.C2.眼内からのアプローチa.CyPassmicrostent小孔の多数開いたポリイミド製の筒状のデバイスで,全長はC6.35Cmm,外径が約C0.43Cmm,内腔はC0.3Cmmで設計され,近位端(前房側)にはC3個の滑り止めの輪状構造物が付いている.専用のアプライヤーの先端のやや弯曲したガイドワイヤーに装着されていて,このガイドワイヤーを虹彩根部から強膜とぶどう膜組織の境目に刺入し,近位端が前房に顔を出した状態にして留置し,房水のぶどう膜強膜への流出を促す.術後C5年間,良好な眼圧下降は得られたものの,白内障手術と比べて角膜内皮細胞の経時的な減少が止まらない15)ため,2018年C8月に市場から自主的に撤退した.Cb.iStentSupra全長C4mm,内径C0.165Cmmの,CyPassと同様の筒状のデバイスである.ポリエーテルスルホン製の本体の前房側にチタン製のスリーブがついていて,CyPassと同様に専用のインサーターを用いて上脈絡膜腔に挿入する.iStentSupraはCCEマーク取得済みで,2020年C4月の段階で米国の臨床試験が進行中である16).Cc.MINIject多孔性の構造をもったシリコーン製のCSTARという素材でできていて,断面がC1.1CmmC×0.6Cmmの楕円形をした全長C5Cmmの円柱状のデバイスである.専用のデリバリーシステムを用いて上脈絡膜腔に差し込む.単独手術後C2年間の成績17)では,術前C2剤でC23.2CmmHgの眼圧がC1剤の点眼下でC13.8CmmHgに低下し,48%の症例で点眼フリーとなり,すべての症例でC20%以上の眼圧下降が得られている.緑内障手術の追加が必要となった症例はなく,重篤な合併症もみられなかった.角膜内皮細胞の減少もC2年で5%程度と報告されている18).CIII結膜下への流出をめざした緑内障手術現時点でわが国への導入がもっとも早そうなのが,このXENCGelCStent(Allergan社,アイルランド)とCPreser.oMicrostent(参天製薬)である.C1.XENGelStentグルタルアルデヒドで架橋された豚コラーゲンで構成された親水性のチューブで安定性がよく,生体適合性が高い19).もともとCXEN140,XEN63,XEN45のC3タイプがあり,全長はC6.0Cmmと同じだが,内腔の内径が140Cμm,63Cμm,45Cμmと異なる.現在海外で市販されているのはCXEN45である.Hagen-Poiseuille式によると,ステントは,生理的に正常な水の産生量(2.2.5Cml/min)の条件下で,弁を必要とせず,約C6.8CmmHgの流出抵抗を生じるように設計されている.ステントは専用のインサーター(図3)の先端の鋭針内(27Gの太さ)に収納されている.角膜切開創から挿入したインサーターを上鼻側の隅角に進め,線維柱帯の直上あたりに先端を刺し,針の先端のベベルが強膜から突き出て完全に現れたらステントをリリースする.およそ前房内に1Cmm,結膜下にC2Cmm程度顔を出すようにして留置する(図4).濾過胞が形成されるので,癒着防止のためにインプラント前にCMMCを結膜下に注射する方法が海外では紹介されている.このステントは結膜切開後に眼外からの刺入も可能である.これまでに海外では多数の臨床成績が報告されており,術前21.32mmHg(約3剤)から1年で13.17mmHg(0.4.1剤)程度に下降している19).術後の合併症としては,6CmmHg未満の低眼圧やこれに基づく角膜皺襞,黄斑症,XENの偏位などもわずかながら報告されている.高眼圧に対してはニードリングを行うなど,従来の線維柱帯切除術と同様の合併症は生じる可能性がある.低眼圧後の上脈絡膜出血のような重篤な合併症も報告されている.2016年にCFDAの承認を受けている.(63)あたらしい眼科Vol.38,No.6,2021C667図3XENのインジェクター図4XEN留置のシェーマインジェクターの先のニードル内にCXENが収納されている.インジェクターの先端のニードルを線維柱帯の上端に刺して結膜下に出し,その後ニードルを引き戻しながらCXENを留置する.図5Preser.oのデザインと留置のシェーマ眼外から刺入し,前房との交通を得る.フィンの部分で強膜内に固定される.IVMIGSの組み合わせは一つひとつの手技が低侵襲であれば,それらを組み合わせることも可能だろう.海外では,異なるデバイス(iStent+iStentCSupra23)やCiStent+VISCO36024))や手技(ABiC+GATT)も報告されているが,一つずつ効果を確かめながらの追加がよいのではないだろうか.また,同じCSchlemm管をターゲットとした術式の組み合わせはどこまで有効なのだろうか.CVMMCの将来濾過手術は,現在の線維柱帯切除術にしろ,これから導入されるであろうCXENやCPreser.oにしろ,MMCの併用が不可欠であるが,その投与方法に関してはさまざまな検討が行われている.とくに,長期にわたる濾過胞の維持をめざすには,MMCの徐放剤となるデリバリーシステムの開発が一つのカギではないかといわれているし25),それが無理であれば,瘢痕化抑制を維持できる他の薬剤の検討や開発が必要であろう.CVI濾過手術時の併用薬(瘢痕化抑制)MMC以外の瘢痕化抑制薬についても,これまでにさまざまな研究が行われているが,まだ基礎研究の段階のものも多い.MMCとの直接的な比較も行われておらず,ここで詳しく述べる余裕はないが,可能性のある薬剤として,ROCK阻害薬26,27)とCmTOR阻害薬28)をあげておく.術中だけでなく,術後の濾過胞の経過に応じて,その瘢痕化をコントロールする使い方ができるように,今後の研究成果を期待したい.文献1)KasaharaCM,CShojiN:E.ectivenessCandClimitationsCofCminimallyinvasiveglaucomasurgerytargetingSchlemm’scanal.JpnJOphthalmol65:6-22,C20212)HabashCAA,CAlrushoudCM,CAbdulsalamCOACetal:Com-binedCgonioscopy-assistedCtransluminalCtrabeculotomy(GATT)withCabCinternocanaloplasty(ABiC)inCconjunc-tionCwithphacoemulsi.cation:12-monthCoutcomes.CClinCOphthalmolC14:2491-2496,C20203)HirabayashiCMT,CLeeCD,CKingCJTCetal:ComparisonCofCsurgicalCoutcomesCofC360°CcircumferentialCtrabeculotomyCversusCsectoralCexcisionalCgoniotomyCwithCtheCKahookCdualCbladeCatC6Cmonths.CClinCOphthalmolC13:2017-2024,C20194)HirschL,CotliarJ,VoldSetal:Canaloplastyandtrabec-ulotomyabinternowiththeOMNIsystemcombinedwithcataractCsurgeryCinopen-angleCglaucoma:12-monthCout-comesCfromCtheCROMEOCstudy.CJCCataractCRefractCSurg2020.Cdoi:10.1097/j.jcrs.0000000000000552.5)BahlerCK,HannCR,Fjieldetal:Second-generationtra-becularCmeshworkCbypassstent(iStentinject)increasesCout.owfacilityinculturedhumananteriorsegments.AmJOphthalmol153:1206-1213,C20126)BelovayCGW,CNaqiCA,CChanCBJCetal:UsingCmultipleCtra-becularCmicro-bypassCstentsCinCcataractCpatientsCtoCtreatCopen-angleCglaucoma.CJCCataractCRefractCSurgC38:1911-1917,C20127)AhmedII,RheeDJ,JonesJetal:Three-year.ndingsoftheCHORIZONtrial:ACSchlemmCcanalCmicrostentCforCpressureCreductionCinCprimaryCopen-angleCglaucomaCandCcataract.OphthalmologyC2020.doi:10.1016/j.ophtha.2020.C11.0048)AhmedII,FeaA,AuLetal:AprospectiverandomizedtrialcomparinghydrusandiStentmicroinvasiveglaucomasurgeryCimplantsCforCstandaloneCtreatmentCofCopen-angleglaucoma:TheCCOMPARECstudy.COphthalmologyC127:C52-61,C20209)GrieshaberMC:StegmannCanalexpanderforcanaloplas-ty:aCnovelCtechnique.CEurCJCOphthalmolC28:472-478,C201810)KhaimiMA:Canaloplasty.aminimallyinvasiveandmaxi-mallyCe.ectiveCglaucomaCtreatment.CJCOphthalmolC2015:C485065,C201511)HughesCT,CTraynorM:ClinicalCresultsCofCabCinternoCcanaloplastyCinCpatientsCwithCopen-angleCglaucoma.CClinCOphthalmol14:3641-3650,C202012)VinodK:SuprachoroidalCshunts.CCurrCOpinCOphthalmolC29:155-161,C201813)FiliS,WolfelschneiderP,KohlhaasM:TheSTAR.oglau-comaimplant:preliminaryC12CmonthsCresults.CGraefesCArchClinExpOphthalmolC256:773-781,C201814)Romera-RomeroP,Loscos-ArenasJ,Moll-UdinaAetal:CTwo-yearresultsafterdeepsclerectomywithnonabsorb-ableCuveoscleralimplant(esnoper-clip):surgicalCareaCanalysisCusingCanteriorCsegmentCopticalCcoherenceCtomog-raphy.JGlaucoma26:929.935,C201715)LassCJH,CBenetzCBA,CHeCJCetal:CornealCendothelialCcellClossCandCmorphometricCchangesC5CyearsCafterCphacoemul-si.cationwithorwithoutCyPassMicro-Stent.AmJOph-thalmolC208:211-218,C201916)MathewDJ,BuysYM:Minimallyinvasiveglaucomasur-gery:aCcriticalCappraisalCofCtheCliterature.CAnnuCRevCVisCSciC6:47-89,C202017)DenisP,HirneiC,DurrGMetal:Two-yearoutcomesof(65)あたらしい眼科Vol.38,No.6,2021C669

近未来の緑内障治療  近未来の新規眼圧下降薬

2021年6月30日 水曜日

近未来の緑内障治療近未来の新規眼圧下降薬IntraocularPressure-LoweringDrugswithNovelMechanismsofActionintheNearFuture坂田礼*はじめに網膜神経節細胞の不可逆的かつ進行性の変性を特徴とする緑内障において,眼圧が高いほど緑内障の有病率が上がり,緑内障の進行が速いということが明らかになっている.このため「眼圧」が現時点でのターゲットとなる治療の対象となっているが,その病態は不明な点が多く,発症や進行に関与する因子は多岐にわたると考えられている.しかしながら,各種のランダム化比較試験において,眼圧下降治療で進行遅延が認められたことから,エビデンスに基づいた治療法は「眼圧下降」ということでコンセンサスを得ている状況である1).これは高眼圧の緑内障のみならず,正常眼圧の緑内障においても当てはまる.四半世紀以上にわたって「眼圧」に対する治療しかできていないわけであるが,眼圧下降治療の方法としては薬物治療(点眼薬),レーザー治療,手術治療の選択肢があり,原発開放隅角緑内障(広義)に対しては,まずは薬物治療から開始することが一般的である(図1)2).治療の中心となる点眼薬は,眼圧下降効果がもっとも強いプロスタグランジンFP受容体作動薬であり,この点眼薬の登場以来,さまざまな作用機序の点眼薬が使用可能になっていった.ただし,これらの点眼薬は眼圧上昇の機序に基づいて創薬されたものではなく,房水産生抑制もしくは房水流出促進のいずれかに対しての薬剤ということである.眼圧上昇を引き起こすそもそもの原因や,眼圧以外に病態に関与する因子に対して直接治療を行っているわけではない.本稿では,日常診療で使用している点眼薬についておさらいし,そのうえで,脂質メディエーターと眼圧制御という視点から,新しい治療薬の可能性について考える.そして,点眼治療に頼らないドラッグデリバリーシステムについて,臨床研究中のものについて触れてみる.創薬には数十年の期間を必要とし,膨大な労力や費用がかかるが,その恩恵を受けることができる多くの患者がいることは間違いない.I現在の眼圧下降薬ベースライン眼圧,緑内障の病期,進行のリスクファクターの有無,患者の余命なども参考にしながら,20~30%の眼圧下降をめざして最小限の点眼数となるように点眼薬(配合点眼薬を含め)を選択する.房水の排出(主経路・副経路)を促進させる薬剤,房水の産生を抑制させる薬剤に分けられるが(図2),作用機序が異なる薬剤を組み合わせることで効果が増強され,現時点では最大5成分まで併用投与が可能となっている.1.主経路に作用する薬剤副交感神経刺激薬(ピロカルピン塩酸塩)は,毛様体筋を収縮させることにより線維柱帯が広がり,房水流出を促進するが,眼圧下降薬としての処方頻度は著しく減少している.2014年9月に日本で製造販売承認された,ROCK阻害薬(リパスジル塩酸塩水和物)は線維柱帯か*ReiSakata:東京大学医学部附属病院眼科〔別刷請求先〕坂田礼:〒113-8655東京都文京区本郷7-3-1東京大学医学部附属病院眼科0910-1810/21/\100/頁/JCOPY(51)655*副作用やアドヒアランスも考慮する(+)(-)薬剤変更図1開放隅角緑内障(広義)の治療方針(緑内障診療ガイドライン第4版より引用)図2緑内障点眼薬の作用部位①房水産生抑制(b遮断薬,炭酸脱水酵素阻害薬,a2刺激薬)②主経路の流出促進(ROCK阻害薬)③副経路の流出促進(FP受容体作動薬,EP2受容体作動薬,a2刺激薬)弱,基底膜からの脱落,傍CSchlemm管結合組織における細胞外マトリックスの減少も確認されており,一部は主経路にも作用すると考えられている5).片眼にラタノプロストを点眼させたサル眼での組織学的検討では,毛様体や線維柱帯の間隙が広がっており,副経路ならびに主経路の両方で細胞外マトリックスのリモデリングが起こっていたことが確認されている6).新しく使用可能になった選択的CEP2受容体作動薬は,FP受容体作動薬(ラタノプロスト点眼液)と非劣性の眼圧下降効果を有したと報告されている7)が,この薬剤も副経路に作用するだけではなく主経路にも作用することが判明している.C3.毛様体に作用する薬剤房水の産生場所である毛様体(上皮)に作用する薬剤として,第二選択薬として使用される頻度が高いCb遮断薬がその代表であるが,歴史は古く,日本ではC1981年に使用が開始されている.作用機序としては,Cb受容体の遮断により環状アデノシン一リン酸(cyclicAMP:cAMP)依存性プロテインキナーゼの活性が低下し,結果的に後房側へのナトリウム流入が低下し,後房側への房水移動が阻害される,とされている.炭酸脱水酵素阻害薬もCb遮断薬と同様に毛様体に作用するが,重炭酸イオンの産生を抑制することで後房側への房水移動を抑えている.作用機序が異なるため,両者の併用使用は可能となっている.Ca2刺激薬も毛様体に作用し,Cb遮断薬と同様の作用機序で眼圧下降を得ると考えられるが,作用する受容体が異なっている(なお,Ca2刺激薬は副経路にも作用すると考えられている).以上にあげたCb遮断薬,炭酸脱水酵素阻害薬,Ca2刺激薬はすべて併用使用が可能である.CII脂質メディエーターと眼圧制御全体の約C7割の病型が正常眼圧緑内障であることを明らかにした多治見疫学研究から,緑内障のリスクファクターとして,「眼圧」「屈折」「年齢」があげられている8).緑内障患者の平均眼圧はC15CmmHg前後であるにもかかわらず,このような集団においても「眼圧」がリスクファクターの一つであったことを踏まえると,今後も引き続き「眼圧」をターゲットとした治療薬の開発は続いていくと考えられる.房水動態は,毛様体で産生され,線維柱帯流出路もしくはぶどう膜強膜流出路から排出される(図3)という一連のサイクルであるが,最近,前房内の脂質メディエーター(生理活性物質)と,房水流出の大部分を担うと考えられている線維柱帯~Schlemm管流出路(主経路)における房水流出抵抗との関係について,多くの知見が得られつつある.房水流出抵抗は眼圧(値)を規定する重要な因子の一つであり,抵抗の上昇は眼圧の上昇を意味する.前房内の炎症性サイトカインを調べた報告で,原発開放隅角緑内障(primaryCopenangleCglaucoma:POAG)において,前房水中のトランスフォーミング増殖因子(transformingCgrowthfactor:TGF)C-b2濃度が,閉塞隅角緑内障,落屑緑内障,続発緑内障よりも有意に上昇していることが判明し,TGF-b2濃度の上昇がCPOAGの病因の一つではないかと考えられた(図4)9).一般的に緑内障においては,このような炎症性サイトカインに加えて,脂質メディエーター,酸化ストレス,ステロイド刺激などが線維柱帯~Schlemm管流出路における房水流出抵抗を増加させ,その結果,眼圧上昇を引き起こしていることが示唆されている.線維柱帯~Schlemm管流出路における房水流出抵抗が上昇する理由としては,線維柱帯細胞数の減少,線維柱帯間隙の狭小化,傍CSchlemm管結合組織の細胞外マトリックス沈着,Schlemm管自体の虚脱や閉塞,Schlemm管上皮細胞における巨大空胞の減少,集合管~上強膜静脈の狭窄や閉塞などが考えられている10).臨床的には内眼手術後,あるいはぶどう膜炎に代表される眼内炎症などが原因で眼内環境が大きく変化したあとで,続発的に眼圧が上昇することが多いことからもこのことは裏づけられる.眼内炎症の増加による組織障害によって,細胞膜リン脂質からアラキドン酸が切り出され,エイコサノイド〔プロスタグランジン(PG),プロスタサイクリン(PGI),トロンボキサン(TX),ロイコトリエン(LT)〕などの第一世代脂質メディエーターとリゾリン脂質〔グリセリン骨格をもつリゾグリセロリン脂質:リゾホスファチジ(53)あたらしい眼科Vol.38,No.6,2021C657(pg/ml)TGF-b2濃度3002001000対照眼緑内障眼(一番左がPOAG)緑内障眼図4POAGでTGF.b2濃度の上昇が認められた図5緑内障眼におけるATX濃度(文献C9より引用)ATX2.5500LPC2002.04001.53001.0100200500.5100000010203040500102030405001020304050眼圧眼圧眼圧図6術前眼圧値とATX,LPA,LPCの各濃度の関係(文献C12より引用)*ATX-mRNA*****2000コントロール0CMV陰性CMV陽性CMV陽性ステロイド刺激緑内障なし緑内障あり図7ステロイド刺激によるATX発現図8サイトメガロウイルス(CMV)感染の有無(続発緑内(文献C13より引用)障の有無)とATX濃度(文献C14より引用)1,000*800ATX濃度600400LysoPLD活性120100806040200図9ATX阻害薬の候補(文献C15より引用)図10前房内に投与された徐放剤(文献C17より引用)(文献C18より引用)図12トラボプロスト涙点プラグ(GLAUCOMATODAY,NOVEMBER/DECEMBER,2016より転載)C—

他の眼科疾患を併発したときの管理  緑内障眼における網膜硝子体疾患の管理

2021年6月30日 水曜日

他の眼科疾患を併発したときの管理緑内障眼における網膜硝子体疾患の管理ManagementofVitreoretinalDiseaseinGlaucomatousEyes木許賢一*はじめにわが国の高齢化率(総人口に対する65歳以上の人口割合)は増加の一途をたどっている.その割合によって高齢化社会(7%以上),高齢社会(14%以上),超高齢社会(21%以上)と定義され,日本は2007年に21.49%の超高齢社会となり現在もこれは進行中である.70歳以上の緑内障有病率は10.5%とされ,緑内障の経過中に,緑内障と同様に加齢とともに有病率が増加する網膜静脈閉塞症,加齢黄斑変性,網膜前膜(epiretinalmem-brane:ERM)などの網膜疾患を併発する患者も今後多くなることは容易に想像できる.ここでは,日常診療で遭遇する機会が多い緑内障眼のERM,黄斑円孔(macu-larhole:MH)の手術に関して術後視野障害への注意点をまとめ,さらに光干渉断層計(opticalcoherencetomography:OCT)の普及に伴い病態が認識されるようなった緑内障眼の網膜分離症の手術ついて考える.I非緑内障眼の黄斑疾患に対する硝子体手術後の視野障害黄斑疾患の硝子体手術全般に関して,液空気置換とインドシアニングリーン(indocyaninegreen:ICG)染色による周辺視野障害と,内境界膜(innerlimitingmem-brane:ILM).離とICG染色による中心視野障害に注意する.1.周辺視野障害a.液空気置換による周辺視野障害約20年前の20ゲージ(G)硝子体手術の頃に硝子体術後に耳側周辺部の視野欠損が生じる例が散見されていた(図1).Hirataら1)は耳下側にポートを作製すると耳側に,鼻下側にポートを作製すると鼻側に術後視野欠損が生じ,空気灌流圧を下げるとこの発症頻度が減少したことから,この視野欠損は空気置換時の灌流ポート対側網膜の脱水が原因であるとした.現在の小切開硝子体手術の時代になってからは話題にのぼることはなくなってきたが,術中に空気灌流下での作業が長時間になった場合にはやはり注意が必要である.図1対側網膜の脱水による液空気置換後の周辺視野障害耳下側に灌流ポートを設置して行った黄斑円孔に対する硝子体手術後の耳側周辺視野欠損.*KenichiKimoto:大分大学医学部眼科学講座〔別刷請求先〕木許賢一:〒879-5593大分県由布市挟間町医大ヶ丘1-1大分大学医学部眼科学講座0910-1810/21/\100/頁/JCOPY(43)647図2症例1:POAG眼の黄斑円孔に対する硝子体手術前後の視野とOCT所見(74歳,男性)a:術前のHumphrey視野30-2.b:術前OCT.c:術後1年のHumphrey視野.d:術後1年のOCT.円孔は閉鎖し,視力は改善したが,鼻側の絶対暗点の拡大が顕著である.図3症例2:進行した正常眼圧緑内障眼の黄斑円孔に対する硝子体手術前後の視野とOCT所見(74歳,女性)a:術前のCHumphrey視野C10-2.Cb:術前OCT.Cc:術後C1年のCHumphrey視野.Cd:術後C1年のOCT.円孔は閉鎖し,視力は中等度改善したが,鼻側の絶対暗点が拡大した.図4症例3:POAG眼のERM術前後の視野とOCT所見(72歳,女性)ILM.離あり.Ca:術前のCHumphrey視野C30-2.Cb:術前OCT.Cc:術後C1年のCHumphrey視野.Cd:術後C1年のOCT.視力は改善したが,中心上方・鼻側の暗点が拡大している.図5症例4:POAG眼のERM術前後の視野とOCT所見(72歳,女性)ILM.離なし.Ca:術前のCHumphrey視野C30-2.Cb:術前OCT.Cc:術後C1年のCHumphrey視野.Cd:術後C1年のOCT.術後黄斑部形態と視力の改善がみられ,鼻側の感度低下もわずかである.表1緑内障眼に対するERM手術のメリット・デメリット1.メリット・変視症や大視症の軽減・視野障害進行予防視神経乳頭への牽引除去神経線維層,網膜内層への牽引除去網膜構造破壊の進行抑制2.デメリット・視野・コントラスト感度の悪化神経線維層への機械的損傷術中の灌流圧変動や術後炎症染色剤光障害・内境界膜.離はCERMの再発抑制以外にメリットはなく手術侵襲による感度低下は避けられない.図7症例5:術前と術後2年のHumphrey視野鼻側の感度低下と絶対暗点の出現がみられた(C○).図8症例6:正常眼圧緑内障眼の網膜分離症例(62歳,女性)a:術前カラー写真.b:術前CHumphrey視野C30-2.乳頭上下の神経線維層欠損に一致した暗点と感度低下がみられる.Cc:術前COCTでは外網状層を主体とする網膜分離があり,乳頭近傍は内層の分離もある.Cd:術後C1年のCOCT.Ce:術後1年のCHumphrey視野C30-2.中心窩構造はやや歪であるが網膜分離は消失し視野感度はやや改善している.-

他の眼科疾患を併発したときの管理  ぶどう膜炎診療における緑内障の管理

2021年6月30日 水曜日

他の眼科疾患を併発したときの管理ぶどう膜炎診療における緑内障の管理CurrentManagementsofUveitisSecondaryGlaucomaTreatment園田康平*はじめにぶどう膜炎診療と緑内障は切っても切れない関係がある.ぶどう膜炎専門外来で眼炎症はコントロールできても,緑内障によって失明する患者が数多く存在する.炎症により眼圧が上がるメカニズムは複数の要因が考えられる.急性期にはフィブリン析出により虹彩と水晶体が癒着を起こし,前房への房水の流れがブロックされ膨隆虹彩(irisbombe)となる.また,とくに肉芽腫性ぶどう膜炎において虹彩と隅角に周辺虹彩前癒着(peripher-alCanteriorsynechia:PAS)が生じ,物理的に流出路が阻害される.急性期を乗り切っても,炎症細胞が線維柱帯にトラップされることで流出抵抗が増大し,慢性的眼圧上昇をきたす.ぶどう膜炎治療はおもに副腎皮質ステロイドの全身または局所投与が行われるが,一定の割合でステロイドレスポンダーが存在し,眼圧が上昇する.とくに投与期間の長い若年発症例においては高頻度にステロイド緑内障を発症する.炎症および治療によるステロイド双方の要因により緑内障が発症する.眼圧上昇要因の断定がむずかしい症例や,両要因が混在する症例もしばしば存在し,こういった場合にステロイド治療を続行すべきか中止すべきか判断がむずかしい.ぶどう膜炎と緑内障は,どちらも緊急に対応しなければならない状況があり,優先順位を整理しておく必要がある.本稿ではぶどう膜炎診療の現場で問題となる緑内障を取りあげ,その診断と治療について述べる.Iぶどう膜炎続発緑内障の統計ぶどう膜は虹彩・毛様体・脈絡膜の総称で,眼球内で大量の血流がある場所である.ぶどう膜炎を介して全身血管炎,感染症,悪性腫瘍が眼に炎症を起こす.ぶどう膜炎は眼疾患というより,全身病を反映しているといえる.日本眼炎症学会が中心となり,2016年度のぶどう膜炎新患患者数の全国調査が行われた.7年おきに同様の調査が行われており,わが国のぶどう膜炎の動向をみる貴重な資料となっている.2016年度のぶどう膜炎原因疾患の第C1位はサルコイドーシス,第C2位はCVogt-小柳-原田病,第C3位はヘルペス虹彩炎,第C4位は急性前部ぶどう膜炎,第C5位は強膜ぶどう膜炎,第C6位はBehcet病であった1).九州大学で以前行った調査によると,全国調査で上位に入った原因疾患患者はいずれも高眼圧症・緑内障の合併率が高く,30%以上であった.Dickらは健康保険データからの解析で,ぶどう膜炎患者は発症C5年でC30.8%,発症C10年でC38.5%が緑内障を合併していると報告している2).こうしたデータからも,ぶどう膜炎と緑内障の深い関係がうかがわれる.CIIぶどう膜炎の病型と合併緑内障のパターンぶどう膜炎における高眼圧の要因は,炎症によって房水流出路阻害または抵抗上昇することで高眼圧になる「眼炎症続発緑内障」と,ステロイド治療の副作用として高眼圧になる「ステロイド緑内障」に分かれる.ぶど*Koh-HeiSonoda:九州大学大学院医学研究院眼科学〔別刷請求先〕園田康平:〒812-8582福岡市東区馬出C3-1-1九州大学大学院医学研究院眼科学C0910-1810/21/\100/頁/JCOPY(37)C641う膜炎続発緑内障の病型鑑別の基本は隅角検査である.PASの有無を注意深く確かめ,癒着がある場合には消炎を第一にステロイド投与を強化し,眼圧の推移を見守ること.癒着が存在しない場合には勇気をもっていったんステロイド投与を弱め,短い間隔で眼圧測定を行うことが大切である.それでもなお眼圧が高い場合には,慢性炎症による流出抵抗増大が存在すると考え,ステロイド治療を元のレベルまたはそれ以上に強化したうえで,降圧治療を併用することになる.前房隅角部に結節・前癒着を形成する場合は,大量のフィブリン析出で組織癒着が生じ,隅角房水流出が障害されるなどして眼圧が上昇する.また,虹彩後癒着によって瞳孔部を通して後房から前房への房水流路が閉塞,虹彩が前房へドーナツ状に盛り上がり,盛り上がった虹彩が隅角部を閉塞することでも眼圧が上昇する.これは膨隆虹彩とよぶ.また,ステロイドレスポンダーにおいては,副腎皮質ステロイドの全身投与・局所投与いずれにおいても眼圧が上昇する.ステロイドレスポンダーは若年者に多い.症例に応じて眼圧上昇の程度が異なるため,消炎の必要性に鑑みて適切にステロイドの調整を行う必要がある.一方,重度の毛様体炎症により毛様体の房水産生機能が低下しているのに気づかないでそのまま降圧点眼を続けられていることがある.経過で眼圧が下がってくる場合は,上記のことも念頭におき治療を調整する.CIIIぶどう膜炎続発緑内障の治療ぶどう膜炎患者は視野狭窄進行への予備能が低下している.神経節細胞に眼炎症によるストレスがかかっていることと,視神経・網膜が炎症により腫脹し,一見視神経乳頭陥凹や網膜厚が正常であるかのようにマスクされるためである.診察時に驚くほどの高眼圧でなくても,ぶどう膜炎患者は時間帯によって眼圧変動が激しいことがあり,視野進行を助長する.いずれにせよ,通常の緑内障より眼圧下降を急ぐ必要がある.ぶどう膜炎続発緑内障の内科的治療は,通常の緑内障治療と大きく変える必要を筆者は感じていない.プロスタグランジン関連製剤で黄斑浮腫を誘発する可能性があるが,眼炎症そのものの誘発についてのエビデンスは乏しい3).もちろんぶどう膜炎により黄斑浮腫を合併している場合は注意が必要であるが,ぶどう膜炎続発緑内障に対してプロスタグランジン関連製剤を一律に禁忌にする必要はないと考えている.眼圧を早急に整える必要のある場面で,プロスタグランジン関連製剤は有効である.近年登場したCROCK阻害薬点眼は,「眼炎症続発緑内障」および「ステロイド緑内障」両方に有効であるという報告がなされている4.6).ぶどう膜炎続発緑内障では,ROCK阻害薬点眼に反応する症例と反応しない症例に二分される7).筆者は,ぶどう膜炎に伴う線維柱帯の変化が可逆的な時期には有効だが,ある程度不可逆的変化が起こってしまった場合には無効だと考えている.ぶどう膜炎続発緑内障で最初の一手として使用するのは推奨されるが,1カ月程度使用しても眼圧下降が認められないケースでは,効果が見込めないと判断して速やかに中止している.「眼炎症続発緑内障」および「ステロイド緑内障」の合併例は診断に苦慮する.若年患者や,長期ステロイド投与がなされた眼炎症遷延化症例で頻度が高い.この場合の対応策は,勇気をもっていったんステロイド投与を弱め,短い間隔で眼圧測定を行うことである.レスポンダーであれば翌日から眼圧が若干でも下がる可能性が高い.もし眼圧が下がらないのであればステロイドレスポンダーではないと判断し,基本的に局所ステロイド治療を再開もしくは以前より強化したうえで,適切な内科的もしくは外科的降圧治療を行う.ぶどう膜炎ではあらゆる内科的治療を試みてもコントロール不良なことがしばしばある.観血的治療へ踏み切る際,筆者は以下の三点を念頭に入れている.1.ぶどう膜炎では驚くほどの高眼圧でなくても,眼圧変動が大きい場合視野変化が早い.2.適応には,①隅角の状態,②炎症活動性,③臨床的緊急度を勘案する.3.線維柱帯切除術を基本に術式を組み立てる.ぶどう膜炎続発緑内障の観血的治療フローチャートを図1にまとめる.隅角の観察が最初のステップであり,閉塞隅角であれば急性に起こってきた変化か慢性的な変化であるかを鑑別する.急性隅角閉塞は虹彩と水晶体の癒着による流出障害をきたす場合であり,隅角狭小・膨642あたらしい眼科Vol.38,No.6,2021(38)図1ぶどう膜炎続発緑内障の観血的治療フローチャート(蕪城俊克:ぶどう膜炎を斬る!(園田康平編),専門医のための眼科臨床クオリファイ,13,中山書店,2012より一部改変)図2サイトメガロウイルス虹彩内皮炎患者の前眼部写真45歳.女性.豚脂様角膜後面沈着物が角膜中央近くにみられる().角膜内皮数減少とともに眼圧がC40CmmHgを超えたため,線維柱帯切除術を施行した.図3遷延型原田病の前眼部・後眼部写真34歳,男性.ステロイド治療を減量すると再発を繰り返す遷延型で,アダリムマブを併用している.隅角が閉塞し眼圧のコントロールがむずかしくなったために,線維柱帯切除術を施行した.図4水晶体融解緑内障の前眼部写真67歳,男性.長期の原因不明の眼炎症によって水晶体が高度に混濁し,前.が一部破損したことに伴い眼圧が上昇した.水晶体を除去したあと,眼圧は正常化した.C-

他の眼科疾患を併発したときの管理  緑内障眼における白内障手術

2021年6月30日 水曜日

他の眼科疾患を併発したときの管理緑内障眼における白内障手術CataractSurgeryinEyeswithGlaucoma林研*はじめに緑内障眼において,白内障手術をいつどのように行うかは,長期的な緑内障治療に密接に関連する.基本的に緑内障は慢性進行性の疾患なのに対し,白内障は手術を確実に行えばすむ疾患なので,緑内障治療を妨げないように手術することを優先すべきである.具体的には,長期的に緑内障手術の妨げにならないように,強膜や結膜をなるべく温存する形で手術を終えたい.筆者の経験では,水晶体を残しておいたために,のちに著しく核硬化が進んだり,緑内障手術の創によって白内障手術の難易度が上がったりしたことが多い.その点から,緑内障眼では,早いうちに白内障の手術は角膜切開を用いて施行しておく.本稿では,緑内障の治療を妨げないような白内障手術の手技や注意点について述べる.I術前の注意点1.切開法緑内障眼に白内障手術を行う場合には,手術手技や必要な器具・薬物を前もって計画しておく.手技的な原則として,①上方の強膜や結膜を切開しないように角膜切開を行うこと(図1),②強膜を切開する場合でも,上方を温存して側方に創を作製することがある.わが国では,経結膜強角膜一面切開を行う術者が多いが,輪部より後方の結膜・強膜が切開されていると,やはりその後の濾過手術はやりにくい.緑内障眼では角膜切開が必須なので,角膜切開に習熟しておくことが必要である.とくに,上方から耳側にかけては,濾過手術がもっともやりやすい位置なので,同部の強膜・結膜を切らないようにする.2.必要な器具や薬物の準備準備する器具として,落屑緑内障や原発閉塞隅角緑内障などZinn小帯が脆弱な例に対しては,虹彩レトラクター・カプセルエキスパンダーなどの前.固定器具は必須である.水晶体振盪が認められる眼では当然であるが,散瞳不良や浅前房の場合もZinn小帯が弱い傾向があるので,前.固定器具を使用したほうが安全である(図2).虹彩レトラクターをかけるのは面倒であるが,筆者の経験では,使用していなければZinn小帯断裂を起こしていたと思われる例は多い.レトラクターは通常4方向にかけるが,5~6方向にかけてもよい.他の器具としては,サイドポートから入る前.鑷子を用意しておくとよい.注射針による円形連続切.は,前.を引っ張る力が弱いので,著しくZinn小帯が弱い例には切.が困難なことがある.前.鑷子のほうがZinn小帯への負荷が少なく,切.が行いやすい.とくに,水晶体亜脱臼のような例では,切.できた部分から順次虹彩レトラクターをかけていけば,かなり脆弱な場合でも完了できる.薬物としては,滞留性の高い粘弾性物質を使用することは必須である.術中に前房から抜けやすい粘弾性物質では,前房が不安定になって,Zinn小帯に負荷がかか*KenHayashi:林眼科病院〔別刷請求先〕林研:〒812-0011福岡市博多区博多駅前4-23-35林眼科病院0910-1810/21/\100/頁/JCOPY(27)631図1側方角膜切開図2虹彩レトラクターを用いた前.固定緑内障眼においては,強膜・結膜を温存するために,角膜Zinn小帯脆弱例では,前.固定器具の虹彩レトラクター切開が原則である.とくに,上耳側は残したいので,側方やカプセルエキスパンダーの使用は必須である.切開を行うほうが好ましい.術前投与群()vs投与なし群()p<0.0001術前投与群()vs投与なし群()p<0.0084(mmHg)術前投与群()vs術後投与群()p=0.0031術前投与群()vs術後投与群()p=0.0224眼圧終了時1時間3時間5時間7時間24時間時間図3アセタゾラミド内服による術後一過性の眼圧上昇の予防緑内障眼では,白内障術後3~7時間に一過性の眼圧上昇が起こる.予防のために,アセタゾラミドの内服は効果があるが,とくに術直前に内服すると,術後数時間に内服するより効果がある.(文献1より引用)ブリンゾラミド群()vsチモロール群()p≦0.0001(mmHg)ブリンゾラミド群()vsトラボプロスト群()p≦0.003124時間1時間3時間5時間7時間24時間術後時間図4緑内障治療薬点眼による一過性眼圧上昇の予防抗プロスタグランジン関連薬(トラボプロスト),b遮断薬(チモロール),炭酸脱水酵素阻害薬(ブリンゾラミド)の点眼の眼圧上昇の抑制効果を調べたところ,炭酸脱水酵素阻害薬の効果が他に比べて有意に強かった.(文献2より引用)24222018161412眼圧滞留性の高いOVDZinn小帯断裂図5原発閉塞隅角緑内障の浅前房例における注意点浅前房例における手術のポイントとして,Zinn小帯断裂を起こさないことと,角膜内皮の保護が重要である.引き出し用注射針虹彩レトラクター図6Zinn小帯脆弱・亜脱臼例における注意点術前からCZinn小帯が弱いと推定される場合は,前.固定器具の使用を考慮して,トリパンブルーによる前.染色を行っておく.前.切開が完了したら,前.縁にC4カ所以上虹彩レトラクターをかける.水晶体.が温存できた場合でも,Zinn小帯が著しく弱い場合は,IOL縫着・強膜内固定を行っておく.滞留性のよいOVD濾過胞濾過胞角膜切開濾過胞と離れた位置で結膜がうすい場合は超音波手術を行う先に濾過胞に圧迫縫合をしておく図7濾過胞のある眼における注意点濾過胞のある眼に白内障手術をする場合,濾過胞の部分を避けて角膜切開を行うのが原則である.薄い結膜から漏出が懸念される場合は,前もって圧迫縫合を置いてから,白内障手術を行うことも選択肢である.眼圧をチェック上皮を.離虹彩レトラクター最初にコアビトレクトミー…眼圧を下げ過ぎないように注意図8急性原発閉塞隅角症に対する一次的水晶体摘出急性原発閉塞隅角症には,硝子体手術用のトロカールを挿入して,コアビトレクトミーを行う.硝子体を切除すると,眼圧が下がるだけでなく前房も深くなる.次に,Zinn小帯が脆弱化している例も多いので,虹彩レトラクターを前.縁にかけるほうが安全である.必要に応じて虹彩レトラクターを前.縁にかける図9前.収縮予防のためのYAGレーザー減張切開Zinn小帯脆弱例や浅前房例は,前.収縮が強い.これらの場合は,前.収縮予防のために,術後早期に前.にCYAGレーザーによる減張切開を入れるとよい.およそ術後C2週に,YAGレーザーを用いて,前.切開縁から光学部縁までC3本の切開を入れる.散瞳不良で十分な長さの切開を入れることができない場合は,なるべく多くの切開を入れておく.(文献C3より引用)

緑内障の長期経過  トラベクレクトミーの長期経過と管理のコツ

2021年6月30日 水曜日

緑内障の長期経過トラベクレクトミーの長期経過と管理のコツManagementofGlaucomaafterTrabeculectomyforaLongerFollow-UpPeriod犬塚将之*澤田明*はじめに1968年にCairns1)により報告されたトラベクレクトミー(trabeculectomy:TLE)は,その後5-フルオロウラシル(5-FU)やマイトマイシンC(MMC)の代謝拮抗薬併用2,3)により,長期的に安定した眼圧下降および長期的に緑内障性視神経障害進行をスローダウンすることが可能な術式に変貌を遂げている.その結果として,今日でもTLEが緑内障手術のゴールドスタンダードな術式であることに異論はないものと思われる.斯くの如くMMC併用TLEは,多くの緑内障症例に多大な恩恵をもたらしたと推測されるが,それと同時に得られたデータ収集により緑内障に対する眼圧下降の重要性をわれわれ眼科医に再認識させることにもなった.しかしながら,その一方でハイリスクな術式であり,濾過胞感染症や低眼圧黄斑症などさまざまな術後合併症のため,臨床的に苦慮することも多い.術後合併症発現により,最終的に緑内障患者のqualityofvision(QOV)の低下を招くことも少なくはない.本稿ではMMC併用TLE術後の眼圧および緑内障視神経障害の長期経過,ならびに晩期合併症とその管理方法について紹介する.術後早期合併症については割愛させていただく.ITLEの長期成績(眼圧)TLE後10年程度以上にわたって経過観察した報告例は,実際のところ数少ない.Landersら4)は英国のアデンブルックズ病院で1988~1990年にTLEが施行された330眼につき,結果を詳細にまとめている.原発開放隅角緑内障(広義)からぶどう膜炎による続発緑内障までさまざまな病型が混じったデータであるが,そのうち70症例(30%)は術後20年経過した症例である.また,そのすべてが5-FUあるいはMMCを使用している.術後眼圧下降成功の定義としては眼圧<21mmHgとしている.20年経過でみても,眼圧下降薬を使用しない状態で約60%の症例,眼圧下降薬併用下では実に90%程度の症例で眼圧調整率が得られている(図1).さらに,Landersら4)は背景因子ごとの眼圧調整率についても検討を加えている(図2,眼圧下降薬併用下).緑内障病型では,原発開放隅角緑内障(広義)における成功率が相対的に高く,ぶどう膜炎による続発緑内障では低い.また,手術歴については白内障(.外摘出あるいは.内摘出)やTLEなどの眼内手術歴のある場合は,成功率が低い.他には若年齢,手術前の眼圧値が高い症例,手術時におけるmeandeviation(MD)が悪い(低い)症例では成功率に有意差があったとしている.一方,性別,緑内障家族歴の有無,糖尿病や高血圧などは眼圧調整率成功と関連性がなかったとしている.上記は非常に貴重なデータではあるものの,わが国で多い正常眼圧緑内障が6症例しか含まれていない.日本人でのデータとしては,Shigeedaら5)が初回MMC併用TLEを施行した原発開放隅角緑内障(狭義)123眼の眼圧下降成績を報告している(平均術前眼圧21.6mmHg,*MasayukiInuzuka&*AkiraSawada:岐阜大学医学部眼科学教室〔別刷請求先〕犬塚将之:〒501-1194岐阜市柳戸1-1岐阜大学医学部眼科学教室0910-1810/21/\100/頁/JCOPY(19)623ab%%10010090908080707060605050404030302020101000図1トラベクレクトミー後の眼圧調整率a:眼圧下降薬無使用,b:眼圧下降薬使用下.(文献4より改変引用)0510152025Years0510152025Yearsa%100POAG/NTG90PXG/PG80PACG7060Other5040Uveitic30201000510152025cYears%100.60yrs9040-59yrs807060<40yrs504030201000510152025eYears%100<30mmHg9080.30mmHg7060504030201000510152025Yearsb%100None90ECCE80Other70Trabeculectomy605040ICCE30201000510152025Yearsd%100>-15.0dB9080.-15.0dB7060504030201000510152025Years図2背景因子ごとのトラベクレクトミー後の眼圧調整率a:緑内障病型,Cb:トラベクレクトミー施行前の手術歴,Cc:年齢,d:トラベクレクトミー施行前のCmeandeviation,Ce:トラベクレクトミー施行前の眼圧値.(文献C4より改変引用)CumulativeSurvivalRate1.00.50.00510PostoperativefollowupPeriod(years)図3MMC併用トラベクレクトミー後の眼圧調整率De.nition1:眼圧<18.mmHg,De.nition2:術後眼圧<16.mmHg,De.nition3:術後眼圧がベースライン眼圧と比較しC30%以上減少かつ術後眼圧<21.mmHg.(文献C5より引用)Cab16200046810121416Follow-upperiod(%)IOP(mmHg)20Pre12345678910111213141516141210864Successprobability(%)100806040Follow-upperiod(%)図4MMC併用トラベクレクトミー後の平均眼圧および眼圧調整率a:術前および術後平均眼圧,b:眼圧調整率.(文献C6より改変引用)Proportionsurviving1表1目標眼圧と視野進行抑制との関連0.8TargetCMDCslopeCpCvalueStable(n)Progression(n)C30%CreductionC0.6SuccessC21C2C0.0093FailureC9C8C0.420%CreductionSuccessC25C3C0.0001FailureC3C9C0.212mmHgSuccessC27C7C0.1528FailureC3C3C011mmHgTime(years)SuccessC24C5C0.1028FailureC6C5図5治療により30%以上の眼圧下降率が得られた群(Treated)と無治療群(Controls)での緑内障10mmHgSuccessC22C2C0.0068性視野進行の比較FailureC8C8(文献C7より引用)C9mmHgSuccessC15C2C0.1450FailureC15C8CMeanCdeviationslope(MDslope)による視野進行は,負の回帰直線でかつp<0.05であった場合と定義している.(文献C6より引用)12345678図6無血管で壁が薄い濾過胞からの房水漏出図7濾過胞関連感染症a:stageCI,Cb:stageCII,Cc:stageCIIIb.図8TLEの術後に生じた低眼圧黄斑症a:術後半年程度経過して生じた低眼圧黄斑症,Cb:自己血注射後,低眼圧黄斑症は軽快した,Cc:白内障術後も濾過胞形態はあまり変化なく,黄斑症も改善している.図9脈絡膜.離a:術後C20年近く経て生じた脈絡膜.離,Cb:点眼ステロイド投与のみで,脈絡膜.離は消失した.C-

緑内障の長期経過  トラベクロトミーの長期経過と管理のコツ

2021年6月30日 水曜日

緑内障の長期経過トラベクロトミーの長期経過と管理のコツTheLong-TermOutcomeofTrabeculotomy:TipsforPostoperativeManagement豊川紀子*はじめに流出路手術の代表であるトラベクロトミー(trabecu-lotomy.以下,LOT)は房水流出抵抗の主座であるSchlemm管内皮組織と傍Schlemm管領域を切開して,生理的な房水流出を促進し眼圧を下降させる.旧来の強膜側から行う眼外法は術式が煩雑で眼圧下降もトラベクレクトミー(trabeculectomy:TLE)に及ばないことから海外では成人緑内障手術としての認識は低かった.しかし,日本では独自に術式の改良を重ね薬物治療併用で10台半ば以下の眼圧が期待できるようになり,手術成績が多数報告されてきた1~4).眼圧下降はTLEに及ばなくても,利点として重篤な合併症が少なく術後管理が容易,視機能への影響が少ない5),白内障同時手術との相加効果6)もあることが評価され施行されてきた.手術原理的に術後薬物治療の併用にも適し,正しく施行すれば結果を予測しやすい利点もある.近年,低侵襲緑内障手術(minimallyinvasiveglaucomasurgery:MIGS)の潮流が起こり,角膜切開創から低侵襲に行う流出路手術の手術件数が増加し,さまざまなバリエーションをもって多数施行されている.今回は術後10年の長期経過がテーマのため,本稿では従来の眼外からアプローチするSchlemm管外壁開放術(sinusotomy:SIN)併用LOT(以下,LOT/SIN)の成績を提示しLOTの可能性と限界を再考する.LOT/SINとMIGSによる流出路手術の成績は必ずしも同等ではないが,流出路手術の長期予後,長期管理の参考になれば幸いである.IPOAGに対するLOT.SINの術後10年以上の長期成績原発開放隅角緑内障(primaryopenangleglauco-ma:POAG)の診断で有水晶体眼に対し初回LOT/SIN単独手術を施行した群(以下,LOT/SIN群)86眼と白内障同時手術を施行した群(以下,同時手術群)65眼,平均観察期間16.8±3.9年の成績を示す.LOT/SIN群のうち,施行時期が古い17眼は上方から施行,69眼は下方から施行しているため,上方群と下方群に分けて結果を示す.対象の手術時平均年齢は上方群55±12歳,下方群51±13歳,同時手術群71±7歳で,性差に有意差はなかった.1.手術方法4×4mmの二重強膜弁を作製しSchlemm管を露出してLOT用金属プローブを挿入・回転し線維柱帯を約120°切開した.2枚目の内層強膜弁を切除し表層強膜弁の一部をKELLY/Descemet膜パンチで切除しSINを追加した.一部の症例では,深層強膜切除術(deepsclerectomy:DS)として2枚目の内層強膜弁の作製を角膜実質まで進めて切除し,さらに線維柱帯内皮網を鑷子で.離し内皮網除去を行った.2.眼圧経過(図1)上方群,下方群,同時手術群ともに術後10年の経過*NorikoToyokawa:永田眼科〔別刷請求先〕豊川紀子:〒631-0844奈良市宝来町北山田1147永田眼科0910-1810/21/\100/頁/JCOPY(9)613眼圧(mmHg)25***************************20***1510上方単独群下方単独群5白内障同時手術群0術前1年2年3年4年5年6年7年8年9年10年*p<0.05,ANOVA+Dunnett’stest図1原発開放隅角緑内障に対するLOT.SIN後の眼圧経過===生存率(%)薬剤スコア32.521.510.5*10年1.92.01.401年2年3年4年5年6年7年8年9年10年*p<0.05,Willcoxon符号付順位和検定図2原発開放隅角緑内障に対するLOT.SIN後の薬剤スコア経過20mmHg16mmHg14mmHg1110.80.80.8生存率(%)生存率(%)0.60.60.60.40.40.40.20.20.2000012345678910012345678910012345678910観察期間(年)観察期間(年)観察期間(年)図3原発開放隅角緑内障におけるKaplan.Meier生存曲線:白内障同時手術群,:上方LOT/SIN,:下方LOT/SIN.===20mmHg16mmHg14mmHg1110.90.90.90.80.80.8生存率(%)生存率(%)生存率(%)0.70.70.70.60.60.60.50.50.50.40.40.40.30.30.30.20.20.20.10.10.1001234567891000123456789100012345678910期間(年)期間(年)期間(年)図4深層強膜切除術の有無による原発開放隅角緑内障におけるLOT.SINのKaplan.Meier生存曲線実線:深層強膜切除術併用,破線:深層強膜切除術なし.y=x-5-10-15-20-25-30術前視野MD(dB)図5原発開放隅角緑内障に対するLOT.SIN前後のHumphrey視野MD〇で囲んだ3眼は,MDslope-0.4dB/年を超える進行.MD:meandeviation.-30-25-20-15-10-50=-==術後最終視野MD(dB)0.5y=x30350眼圧(mmHg)201510術後(dB/年)-0.5-150-1.5術前1234-2期間(年)術前(dB/年)図7原発開放隅角緑内障に対するLOT.SIN前後の図6原発開放隅角緑内障に対するLOT.SIN前後のHumphrey視野維持群,悪化群の眼圧経過Humphrey視野のMDslope悪化群では維持群より術後有意に高い眼圧で推移した.MD:meandeviation.Student’st-test,p<0.05-==-------2-1.5-1-0.500.5薬剤スコア眼圧(mmHg)30.0C25.0C20.0C15.0C10.0C5.0C0.0C6C12C24C36C48C60C72C84C96C108120観察期間(月)(***p<0.0001,**p<0.001,*p<0.01,pairedttest)図8落屑緑内障に対するLOT.SIN後の眼圧経過(文献7より許可を得て転載)4.0C3.0C2.0C1.0C0.0C術前3C6C1224364860728496108120観察期間(月)(***p<0.0001,**p<0.001,*p<0.01,pairedttest)図9落屑緑内障に対するLOT.SIN後の薬剤スコア経過(文献7より許可を得て転載)20mmHg15mmHg110.90.90.80.80.70.7(**)生存率0.60.5(**)0.40.30.20.10.100観察期間(月)観察期間(月)図10LOT.SINの落屑緑内障におけるKaplan.Meier生存曲線(文献7より許可を得て転載)==0122436486072849610812001224364860728496108120生存率生存率(%)1001008080生存率(%)6040202000観察期間(月)図11原発開放隅角緑内障における2回目のLOT.SINの観察期間(月)眼圧20mmHgのKaplan.Meier生存曲線(p=0.8,図12落屑緑内障における2回目のLOT.SINの眼圧Log.ranktest)(文献8より許可を得て転載)20mmHgのKaplan.Meier生存曲線(p=0.23,Log.ranktest)(文献8より許可を得て転載)0204060801001200102030405060-

緑内障の長期経過 原発開放隅角緑内障の長期経過と進行の危険因子

2021年6月30日 水曜日

緑内障の長期経過原発開放隅角緑内障の長期経過と進行の危険因子Long-TermFollow-UpandRiskFactorsforProgressioninPrimaryOpenAngleGlaucomaPatients坂上悠太*はじめに広義原発開放隅角緑内障は高眼圧型の原発開放隅角緑内障(primaryopenangleglaucoma:POAG)と正常眼圧緑内障(normalCtensionglaucoma:NTG)からなり,もっとも遭遇しやすい代表的な緑内障病型である.自覚症状がなくとも人間ドックなどで視神経乳頭陥凹拡大を指摘されて診断に至るケースも増えている.検査機器の発達によって診断や検査の精度も向上し,また平均寿命も延びていることから,治療開始から長期の経過観察に至る患者が増えている.本稿では長期の経過観察から得られた知見や,緑内障進行の危険因子について述べる.CIPOAGの10年間の長期経過新潟大学医歯学総合病院(以下,当院)においてC2007年からC10年以上経過観察したCPOAG患者C40例C80眼について,フォロー開始からのC3年間とC8~10年目のC3年間とを比較した.前者を開始時,後者をC10年後とすると,開始時の平均経過眼圧はC15.56±2.95CmmHg,10年後の平均経過眼圧はC13.86±3.01CmmHgと有意に低下していた(p<0.01,Pairedt-test).開始時とC10年後の点眼本数,点眼回数,点眼成分数の変化について表1に示す.点眼本数は開始時C2.09±1.30本からC10年後はC1.55±1.24本と有意に減少し,点眼回数も有意に減少していたが,点眼成分数はほぼ不変であった.これはこの10年間で緑内障配合点眼薬を使用するようになったため,点眼本数,点眼回数は減少したものの,点眼成分数表1POAG症例(40例80眼)の長期経過観察における点眼薬の変化開始時10年後p値点眼本数(本)C2.09±1.30C1.55±1.24<0.01点眼回数(回)C3.08±2.19C2.41±2.08<0.01点眼成分数(成分)C2.09±1.30C2.05±1.590.89(Pairedt-test)は維持されたものと考えられる.国内の緑内障点眼薬の変遷について図1にまとめた.ラタノプロスト発売以後,治療の第一選択がプロスタグランジン関連薬となり,このC10年ではCa2刺激薬やCRhoキナーゼ阻害薬など新たな作用機序の点眼薬が登場し,また配合点眼薬の種類も増えてきている.開始時とC10年後とで点眼成分数は不変であったが,平均経過眼圧は有意に下降しており,治療薬の選択肢が増えたことでより効果的な治療ができた可能性が考えられた.また,開始時とC10年後のCHumphrey視野計C30-2(もしくはC24-2)におけるCmeandeviation(MD)値の変化を図2に示す.MD値は開始時-8.16±6.30CdB,10年後は-11.26±7.13CdBであり,10年間でのCMD変化量は-3.10±3.44CdBであった.MD変化率は全体の平均では-0.31CdB/年ということであるが,一部では大きく視野障害が進行した症例もあった.MD値がC10年間で大幅に低下した症例と経過中の眼圧上昇について表2に示す.10年間でCMD値が大きく低下した症例では経過中に眼圧がC20CmmHg以上あるいはC30CmmHg以上に上*YutaSakaue:新潟大学大学院医歯学総合研究科眼科学分野〔別刷請求先〕坂上悠太:〒951-8520新潟市中央区旭町通一番町C754新潟大学大学院医歯学総合研究科眼科学分野C0910-1810/21/\100/頁/JCOPY(3)C607b遮断薬(b),炭酸脱水酵素阻害薬(CAI),交感神経非選択性刺激薬,副交感神経刺激薬etc…プロスタグランジン関連薬(PG)の台頭(国内販売開始)1994年イソプロピルウノプロストン1999年ラタノプロスト2007年トラボプロスト2008年タフルプロスト2009年ビマトプロスト新たな機序の緑内障点眼薬の登場配合点眼薬の登場2012年ブリモニジン(a2刺激薬)2010年PG+b2014年リパスジル(Rhoキナーゼ阻害薬)2010年b+CAI2019年a2刺激薬+b2020年a2刺激薬+CAI図1国内の緑内障点眼薬の変遷MD値(dB)50-5-10-15-20-25-30-35図2表1の症例のHumphrey視野計30.2(もしくは24.2)におけるMD値の変化-表2図2の症例のうちMD値が大幅に低下した症例の経過中の眼圧上昇10年間のCMD変化量経過中に眼圧>2C0CmmHg経過中に眼圧>3C0CmmHg-7CdB以下4/5眼(8C0.0%)2/5眼(4C0.0%)-10dB以下4/4眼(1C00%)3/4眼(7C5.0%)--=-表3長期経過観察されたPOAG症例(60例60眼)とNTG症例(90例90眼)POAGCNTGフォロー開始時年齢(歳)C52.9±11.8C54.8±11.1フォロー開始時CMD値(dB)-6.1±5.3-7.4±5.0経過観察期間(年)C10.6±6.2C9.3±5.7平均経過眼圧(mmHg)C16.9±2.2C13.5±1.5眼圧下降率(%)C26.5±9.2C17.9±7.9MD変化率(dB/年)-0.35±0.30-0.42±0.38C10.50-0.5-1全症例相関係数R全症例(150例150眼):ー0.044(p=0.590)POAG(60例60眼):ー0.261(p=0.044)NTG(90例90眼):-0.085(p=0.423)(Pearson’scorrelationcoe.cienttest)-1.5-2-2.5510152025平均経過眼圧(mmHg)POAG-0.5-1-1.510.50-0.5-1-1.5-2NTGMD変化率(dB/年)MD変化率(dB/年)-2.55101520255101520平均経過眼圧(mmHg)平均経過眼圧(mmHg)図3表3の症例の平均経過眼圧とMD変化率MD変化率(dB/年)MD変化率(dB/年)全症例相関係数R10.50全症例(150例150眼):0.272(p<0.001)POAG(60例60眼):0.282(p=0.029)-0.5NTG(90例90眼):0.249(p=0.017)-1(Pearson’scorrelationcoe.cienttest)-1.5-2-2.5010203040眼圧下降率(%)5060(無治療時最高眼圧-平均経過眼圧)眼圧下降率(%)=×100無治療時最高眼圧POAG10.50-0.5-1-1.5-2-2.5NTG01020304050600102030405060眼圧下降率(%)眼圧下降率(%)図4表3の症例の眼圧下降率とMD変化率

序説:緑内障治療の現状と近未来

2021年6月30日 水曜日

緑内障治療の現状と近未来Introductionof“TheCurrentStatusandNearFutureofGlaucomaTreatment”久保田敏昭*山本哲也**本特集では緑内障の治療を取りあげる.緑内障は一生の疾患である.2000年から2001年にかけて日本緑内障学会が行った多治見スタデイでは40歳以上の一般人口の5%の有病率と報告されたが,その後高齢化が進み,さらに高い有病率が報告されてきている.実臨床においても白内障手術や硝子体手術が必要な患者に緑内障が合併している状況によく遭遇する.緑内障患者は良好な視機能を生涯保持するために眼科管理を受ける必要がある.したがって,実際に緑内障の治療を行う際には,①長期的な視点に立つ治療選択,②他の眼科疾患併発時の臨機応変な対応,③将来の緑内障治療に関する知識,が求められる.これが今回の三つの主題である.長期的な視点からの管理に関しては,代表的緑内障病型である原発開放隅角緑内障の10年程度の長期経過と治療成績に関して解説をお願いした.手術に関しては,昨今ブームとなっている低侵襲緑内障手術(MIGS)の長期予後を知るためにも,国内で経験の多いトラベクロトミーの長期成績を知ることは有用であると考える.進行期の緑内障眼にはトラベクレクトミーが必要になり,その長期成績も大事な情報である.坂上悠太先生は原発開放隅角緑内障,正常眼圧緑内障の長期経過と進行因子について執筆され,進行因子については,眼圧および眼圧関連因子と眼圧以外の危険因子に項目を分けてまとめてある.豊川紀子先生はトラベクロトミーの手術成績を原発開放隅角緑内障と落屑緑内障に分けて,さまざまな手術アプローチ別に成績を述べられている.そしてトラベクロトミーの限界と追加手術のタイミングの重要性を述べられている.犬塚将之先生・澤田明先生はトラベクレクトミーの長期の治療成績および濾過胞からの房水漏出,濾過胞関連感染症,低眼圧黄斑症,脈絡膜.離などの晩期合併症とその管理方法について,多くの読者に参考になる論文を執筆されている.われわれも興味をもって熟読した.緑内障は高い有病率の疾患であるがゆえに,さまざまな眼疾患を治療する場合に緑内障を合併していることはしばしば経験する.他の眼科疾患を併発した緑内障の管理に関して,白内障,ぶどう膜炎,網膜硝子体疾患の治療をする場合の問題点と注意点の知識は必要である.それぞれの領域で豊富な手術経験をお持ちの先生方に執筆を依頼した.林研先生は,緑内障を伴う白内障眼の手術方法と注意点を述べている.注意点については,術前・術中・術後に分けて記載されている.術者を常に悩ます原発閉塞隅角緑内障の浅前房,落屑緑内障などのZinn小帯脆弱例,濾過胞を有する眼,急性原発閉塞隅角症眼*ToshiakiKubota:大分大学医学部眼科学講座**TetsuyaYamamoto:海谷眼科0910-1810/21/\100/頁/JCOPY(1)605