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眼虚血症候群による血管新生緑内障に対してマイクロパルス毛様体光凝固術を施行した1例

2020年8月31日 月曜日

《第30回日本緑内障学会原著》あたらしい眼科37(8):989.993,2020c眼虚血症候群による血管新生緑内障に対してマイクロパルス毛様体光凝固術を施行した1例牧野想*1,2藤代貴志*2杉本宏一郎*2坂田礼*2村田博史*2朝岡亮*2本庄恵*2相原一*2*1国立国際医療研究センター病院眼科*2東京大学医学部附属病院眼科CMicropulseCyclophotocoagulationforNeovascularGlaucomaCausedbyOcularIschemicSyndromeSoMakino1,2)C,TakashiFujishiro2),KoichiroSugimoto2),ReiSakata2),HiroshiMurata2),RyoAsaoka2),MegumiHonjo2)andMakotoAihara2)1)DepartmentofOphthalmology,CenterHospitalofNationalCenterforGlobalHealthandMedicine,2)DepartmentofOphthalmology,TheUniversityofTokyoHospitalC目的:内頸動脈狭窄に伴う眼虚血症候群による血管新生緑内障に対して内頸動脈血行再建術を施行した場合,術後に急激な眼圧上昇をきたすという報告がある.今回,頸動脈ステント留置術(carotidarterystenting:CAS)に先行したマイクロパルス毛様体光凝固術(micropulsecyclophotocoagulation:MPCPC)で眼圧コントロールできた症例を報告する.症例:68歳,男性.右視野異常を自覚し前医受診,開放隅角緑内障の診断で眼圧降下薬点眼を開始されたが,その後眼圧の再上昇と急速な視野障害の進行あり当院紹介となった.右眼矯正視力低下,眼圧高値,虹彩ルベオーシス,全周隅角閉塞を認めた.頸動脈超音波検査で右内頸動脈高度狭窄あり,右眼虚血症候群による血管新生緑内障と診断,脳外科のCCASに先行して右眼CMPCPCを施行した.CAS後,虹彩ルベオーシス消退と眼圧低下を認め,以後経過良好である.結論:内頸動脈狭窄に伴う血管新生緑内障に対して,CASに先行したCMPCPCで急激な眼圧上昇を抑えることができた.CPurpose:Toreportacaseofneovascularglaucoma(NVG)causedbyocularischemicsyndrome(OIS)follow-inginternalcarotidartery(ICA)stenosisinwhichintraocularpressure(IOP)wascontrolledbymicropulsecyclo-photocoagulation(MPCPC)C.Casereport:A68-year-oldmalewhohadbeenusingeye-dropmedicationforlower-ingincreasedIOPdueopen-angleglaucomainhisrighteyewasreferredtoourhospitalaftertheIOPonce-againincreasedandvisual-.elddefectworsened.Examinationofhisrighteyerevealedavisualacuityof(0.2)C,anIOPof21CmmHg,CrubeosisCiridis,CandCaCclosedCangleCbyCperipheralCanteriorCsynechia.CCarotidCultrasonographyCshowedCseverestenosisoftherightICA,andwediagnosedNVGcausedbyOIS.WeperformedMPCPC,followedbycarot-idarteryCstenting(CAS)C.AfterCCAS,CtheCrubeosisCiridisCfadedCandCIOPCdecreased,CandCtheCpatientCmadeCsteadyCprogress.Conclusion:ForNVGcausedbyICAS,MPCPCfollowedbyCAScansuppressasuddenriseinIOP.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C37(8):989.993,C2020〕Keywords:眼虚血症候群,血管新生緑内障,内頸動脈狭窄症,内頸動脈ステント留置術,マイクロパルス毛様体光凝固術.ocularischemicsyndrome(OIS)C,neovascularglaucoma(NVG)C,internalcarotidarterystenosis(ICAS)C,carotidarterystenting(CAS)C,micropulsecyclophotocoagulation(MPCPC)C.Cはじめにによる急性の視力低下・視野障害と,慢性的な循環不全によ内頸動脈狭窄症(internalcarotidarterystenosis:ICAS)る眼虚血症候群(ocularCischemicsyndrome:OIS)に分けに伴う眼症状は,内頸動脈内壁から.脱したプラークの塞栓られる1).OISは多彩な眼症状を呈するが,そのなかでも血〔別刷請求先〕牧野想:〒113-0033東京都文京区本郷C7-3-1東京大学医学部附属病院眼科Reprintrequests:SoMakino,M.D.,DepartmentofOphthalmology,TheUniversityofTokyoHospital7-3-1Hongo,Bunkyo-ku,Tokyo113-0033,JAPANCabc図1前医における右眼のHumphrey視野検査の経過a:X.1年C10月施行.上図:右眼.上方と鼻側下方の視野欠損を認める.下図:左眼.有意な視野欠損は認めない.b:2週間後.下方の視野障害の悪化傾向を認める.Cc:3カ月後.中心鼻側下方の視野障害の悪化傾向を認める.管新生緑内障(neovascularglaucoma:NVG)を生じた際には治療に難渋することが多い1).OISに伴うCNVGの加療は汎網膜光凝固術が標準的であるが,対症療法にすぎず,効果は限定的ないし無効であるという報告も多い2).さらに,ICASに伴うCOISによるCNVGに対する根本的治療は内頸動脈血行再建術であるが,施行後には急激な眼圧上昇をきたすという報告もある3).今回,東京大学医学部附属病院(以下,当院)眼科にて,ICASに伴うCOISに合併したCNVGと診断し,内頸動脈血行再建術前にマイクロパルス毛様体光凝固術を施行して眼圧コントロールができたC1例を経験したので報告する.CI症例症例はC68歳,男性.狭心症の既往があり,約C20年前に経皮的冠動脈形成術をC3カ所施行されて以降,アスピリン100CmgとクロピドグレルC75Cmgを内服している.飲酒歴はないが,10本/日C×40年間の喫煙歴がある.CX.1年C8月に右眼の視力低下とまだら状の視野異常を自覚され,前医を受診.初診時の右眼矯正視力は(0.3C×sphC.1.0D(cyl.0.5DAx60°),右眼眼圧は18mmHgであった.X.1年C10月にCHumphrey視野検査(HumphreyC.eldanalyzer:HFA)30-2が施行され,右眼の上方と鼻側下方の視野欠損を認めた(図1a).頭蓋内精査目的に磁気共鳴画像診断装置(magneticCresonanceimaging:MRI)画像検査施行のうえで脳外科にコンサルトされたが,全脳と視神経に異常所見は認めなかった.以上から,右眼開放隅角緑内障の診断で,カルテオロール塩酸塩/ラタノプロスト右眼1回/日にて点眼加療が開始された.点眼加療開始後C2週間で右眼眼圧はC15CmmHgまで低下したが,HFA30-2において右眼下方の視野障害は悪化傾向であった(図1b).3カ月後のCX年C1月には右眼眼圧はC21CmmHgに再上昇し,HFA30-2において右眼の中心鼻側下方の視野障害の悪化傾向を認めた(図1c)ため,精査加療目的に当院眼科外来に紹介となった.当院初診時の視力は右眼0.15(0.2C×sph.0.50D(cyl.0.75CDAx60°),左眼0.7p(1.0pC×sph.1.00D(cyl.0.50DCAx140°)であり,眼圧は右眼C21mmHg,左眼C12mmHgであった.瞳孔径は右眼C4Cmm,左眼C2.5Cmmと左右差を認め,直接対光反射も右眼は遅鈍,左眼は迅速であったが,swingingC.ashlighttestにおいて両眼ともに縮瞳は維持されていた.細隙灯顕微鏡検査において,右眼に虹彩ルベオーシス,両眼白内障軽度を認める以外は,前眼部に異常所見は認めなかった(図2a,b).隅角鏡検査において,右眼は下方のみCSha.er分類でCGrade3,その他CGrade0で周辺虹彩前癒着による閉塞を認めた.左眼は全周CGrade4であった.眼底検査では色調の左右差や出血,白斑,動脈狭窄などの明らかな異常所見は認めなかった.以上から,右眼CNVGと診断し,原因精査目的に同日に血液検査と頸動脈超音波検査を施行した.血液検査においては,活性化部分トロンボプラスチン時間(activatedCpartialCthromboplastintime:APTT)36.3秒,フィブリノゲンC401Cmg/dlと軽度凝固能異常を認める以外は,炎症反応や糖尿病を含めた全身疾患を示唆する所見は認めなかった.頸動脈超音波検査においては右内頸動脈(internalCcarotidartery:ICA)近位部高度狭窄を認め,遠位部は血流速度の低下を認め,右眼CNVGの原因として右abc図2細隙灯顕微鏡検査写真a:初診時の右眼(左図)と左眼(右図)の前眼部写真.瞳孔径の左右差と右眼の虹彩ルベオーシスを認める.Cb:初診時.右眼の虹彩ルベオーシス(.)を認める.Cc:CAS施行C2週間後.右眼の虹彩ルベオーシスは消退した.図3フルオレセイン蛍光眼底造影写真a:動脈相,b:静脈相.明らかな無灌流域や虚血部位の存在は認めない.ICASによるCOISが考えられた.脳神経外科にコンサルトし,右眼CNVGに対して,本症例においては狭心症の既往から追加で施行された頭部磁気共鳴血管画像(magneticresonance抗血小板薬C2剤を内服もしており,線維柱帯切除術などの手angiography:MRA)においても右CICA高度狭窄の所見で術は出血のリスクが高いと考えた.また,内頸動脈血行再建あり,脳神経外科にて頸動脈造影検査,さらにその翌週に内術後の眼圧上昇のリスクも考慮し,CASに先行して右眼マ頸動脈ステント留置術(carotidarterystenting:CAS)が予イクロパルス毛様体光凝固術(micropulseCcyclophoto-定された.coagulation:MPCPC,power2,000CmW,dutyCcycleC31.1C%,上下半周C80秒ずつ照射)を施行した.2週間後にCCASが施行され,頸動脈の良好な拡張と頭蓋内CICAへの流入の改善を確認したうえで手術は終了した.CAS施行C2週間後の眼科再診時には,隅角閉塞所見は著変ないものの,虹彩ルベオーシスは消退(図2c)し,眼圧も右眼C10CmmHg(左眼C10CmmHg)まで下降した.MPCPC施行後約C5週間の時点で眼圧は右眼C17CmmHg,左眼C17CmmHgと有意な上昇は認めないものの,右眼結膜充血軽度,角膜全面の点状表層角膜炎,前房内セルC0.5+を認め,遷延性虹彩毛様体炎が疑われたためサンベタゾン点眼(右眼C4回/日)を追加した.そのC1カ月後には右眼の前房内炎症は改善したため,サンベタゾン点眼は中止した.このとき,右眼C19mmHg,左眼C16CmmHgと軽度右眼眼圧上昇を認めたが,以降はCMPCPCとCCAS施行後C8カ月までの経過において右眼眼圧C12.16CmmHg,左眼眼圧C12.15CmmHgと眼圧コントロールは良好であった.一方,右眼の視力はCMPCPCとCAS施行直後の(0.2Cp)からC8カ月後には(0.05)と低下傾向にあったが,原因は白内障の進行であると考えられた.CAS施行後C4カ月にはフルオレセイン蛍光眼底造影検査(.uoresceinCfundusangiography:FAG)を施行し(図3),明らかな無灌流域や虚血部位の存在はないことを確認し,汎網膜光凝固術の必要性はないと判断した.CII考按ICASに伴う慢性的な循環不全によりCOISは引き起こされる1)が,OISはとくに高度狭窄から完全閉塞に至った頸動脈病変によって同側性に引き起こされる4).本症例においても頸動脈超音波検査やCMRA検査において右CICAの高度狭窄が明らかとなり,これに伴い右眼COISが引き起こされたと考えられた.OISは多彩な所見を呈する疾患であり,前眼部所見としては対光反射減弱,ぶどう膜炎,白内障,虹彩萎縮,虹彩ルベオーシス,後眼部所見としては点状または斑状の網膜出血,軟性白斑,網膜動脈の狭小化,網膜や視神経乳頭の新生血管,硝子体出血を認めることがあり,とくに前眼部病変より後眼部病変のほうが高頻度に出現するとされる5).一方,本症例においては眼底における虚血を疑う所見に乏しかったが,前眼部に対光反射減弱,虹彩ルベオーシスを認めた.NVGは局所的な血管新生刺激による線維血管膜の増殖に伴う房水流出抵抗の増大によって起こる高眼圧状態とそれによって引き起こされる緑内障であり,3大原因疾患として,糖尿病網膜症(33%),網膜中心動脈閉塞症(33%),眼虚血症候群(13%)があげられ6),これらの疾患でCNVGの原因の約C80%を占める.つまり,NVGを疑った際にはこれらの疾患の可能性を考える必要がある.さらに,本症例のように眼底所見からは糖尿病網膜症を疑う両眼性の網膜出血や白斑,網膜中心動脈閉塞症を疑う網膜色調の変化などの特徴的所見を認めない場合には,とくにCOISを疑い,頸動脈病変の有無の検索目的に頸動脈超音波検査の施行,血管炎などの全身疾患の有無の検索目的に採血検査の施行が必要であると考えられる.また,検鏡的には判断困難な虚血の状態の確認目的にCFAGも有用であると考えられたが,肝機能・腎機能などの他臓器を含めた全身状態の確認ができていなかったこと,頸動脈超音波検査においてCICAの狭窄部位遠位の血流は速度の低下はあるものの保たれていたこと,脳神経外科での精査加療が急がれると判断したことから,本症例では術前には行わなかった.本症例では,全身状態の確認ができ,脳神経外科によるCCAS施行後の経過も安定した時点でCFAGを施行し,明らかな無灌流域や網膜・視神経乳頭新生血管の存在は認めなかった.ICASに伴うCOISの症例において,ICAの血行再建によって虹彩ルベオーシスの消退,眼底における白斑の消失,視力などの視機能改善が得られたという報告がある7).また,ICASの症例においては,おもに外頸動脈から側副血行路が形成されることにより眼動脈血流は維持される場合も多いとされ,本症例においても頸動脈超音波検査の結果も考慮すると,側副血行路が形成された可能性や,慢性的な比較的虚血状態にはあるものの,網膜血流の完全な途絶はなかった可能性が考えられた.一方,ICASに伴うCOISに続発したCNVGの症例において,ICA血行再建により急激な眼圧上昇を認めたという報告もある3,8).これは,とくに慢性の経過にて閉塞隅角をきたした場合,低下していた房水産生機能が血行再建により回復することによって眼圧上昇を生じると考えられている9).そのため,閉塞隅角をきたした症例においては,CASなどのICA血行再建術前に房水産生機能の抑制や房水排出機能の促進を図る必要がある.さらに,OISに伴うCNVGの標準的加療は汎網膜光凝固術であるが,対症療法にすぎず効果は限定的ないし無効であるという報告も多く2),また,標準術式である線維柱帯切除術においては新生血管からの出血が必発で手術予後は不良である6).さらに,本症例においては抗血小板薬をC2剤内服しており,手術における出血リスクはさらに高い状態であると考えられたため,観血的治療は予後不良であると予想された.以上から,MPCPCによる加療を行った.本症例で施行したCMPCPCは,経強膜的に毛様体へ短時間でCon-o.するレーザーエネルギーを当て,onサイクルで熱障害を与え,o.サイクルで冷却し組織を保護する方法であり,毛様体の炎症による房水産生低下と細胞生化学的カスケードの活性化によるぶどう膜流出路からの房水排出促進により眼圧下降が得られると考えられている10,11).従来の毛様体光凝固術に比べて,組織障害が少なく,眼球癆や交感性眼炎といった重大な合併症の報告が少ない非観血的治療法である12).本症例のように,眼圧下降が望まれるが線維柱帯切除術などの観血的治療において出血リスクが高い症例において,MPCPCは有用な治療の選択肢であることが示せた.さらには,ICASに伴うCNVGの加療において,CAS施行後に新生血管の病勢が軽減されたうえで線維柱帯切除術などの観血的治療を検討する際の事前治療手段としてもCMPCPCは有用である可能性を示せた.今回筆者らは,ICASに伴うCOISによりCNVGを生じて閉塞隅角をきたした本症例において,MPCPCをCCASに先行して施行したことにより,ICA血行再建術後の急激な眼圧上昇を予防することができた.MPCPCは,高眼圧を伴うICASに対する血行再建術を,重大な眼合併症なく速やかに施行するための事前治療手段の一つとして有効である可能性がある.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)栂野哲也,福地健郎,太田亜紀子ほか:内頸動脈閉塞症に伴う血管新生緑内障のC1例.眼紀C55:889-894,C20042)梶浦祐子,安積淳,井上正則:眼虚血症候群:その臨床経過と治療成績.臨眼C46:1022-1024,C19923)佐藤茂,西田武生,内堀裕明ほか:眼虚血症状より内頸動脈狭窄症が発見され,CarotidArteryCStentingを施行した3例.あたらしい眼科C33:606-612,C20164)KimCYH,CSungCMS,CParkSW:ClinicalCfeaturesCofCocularCischemicCsyndromeCandCriskCfactorsCforCneovascularCglau-coma.KoreanJOphthalmolC31:343-350,C20175)Terelak-BorysB,SkoniecznaK,Grabska-LiberekI:Ocu-larCischemicCsyndrome─aCsystematicCreview.CMedCSciCMonitC18:RA138-144,C20126)HavensSJ,GulatiV:Neovascularglaucoma.DevOphthal-molC55:196-204,C20167)矢澤由加子,佐藤祥一郎,板橋亮ほか:ステント留置術が有効であった左総頸動脈起始部狭窄による眼虚血症候群の1例.臨床神経学C51:114-119,C20118)福永健作,井上正則:頸動脈内膜血栓.離術後に眼圧上昇をみた眼虚血症候群のC1例.眼紀52:960-964,C20019)CoppetoCJR,CWandCM,CBearCLCetal:NeovascularCglauco-maandcarotidarteryobstructivedisease.AmJOphthal-molC99:567-570,C198510)LiuCGJ,CMizukawaCA,COkisakaS:MechanismCofCintraocu-larCpressureCdecreaseCafterCcontactCtrans-scleralCcontinu-ouswaveNd:YAGlasercyclophotocoagulation.Ophthal-micResC26:65-79,C199411)FeaAM,BosoneA,RolleTetal:Micropulsediodelasertrabeculoplasty(MDLT):aCphaseCIICclinicalCstudyCwithC12monthsfollow-up.ClinOphthalmolC2:247-252,C200812)MaCA,CYuCSWY,CWongCJKW.CMicropulseClaserCforCtheCtreatmentCofglaucoma:ACliteratureCreview.CSurvCOph-thalmolC64:486-497,C2019***

動画説明ツールを用いた緑内障患者理解度調査

2020年8月31日 月曜日

《第30回日本緑内障学会原著》あたらしい眼科37(8):985.988,2020c動画説明ツールを用いた緑内障患者理解度調査猪口宗太郎*1井上賢治*1高橋篤史*2野﨑令恵*2國松志保*3石田恭子*4富田剛司*4*1井上眼科病院*2大宮・井上眼科クリニック*3西葛西・井上眼科病院*4東邦大学医療センター大橋病院眼科CGlaucomaIntelligibilityInvestigationUsinganOphthalmologySupportSystemSoutaroInoguchi1),KenjiInoue1),AtsushiTakahashi2),NorieNozaki2),ShihoKunimatsu-Sanuki3),KyokoIshida4)CandGojiTomita4)1)InouyeEyeHospital,2)OmiyaInouyeEyeClinic,3)NishikasaiInouyeEyeHospital,4)DepartmentofOphthalmology,TohoUniversityOhashiMedicalCenterC目的:疾患解説用動画ツールのアイシーアイ(以下,動画)と『緑内障ハンドブック』(以下,テキスト)との理解度を緑内障患者で調査した.対象および方法:緑内障患者C39名(男性C8名,女性C31名)を対象とした.動画とテキストを閲覧後,緑内障の理解度(緑内障概要,眼圧,視野欠損,自覚症状,緑内障の見え方)を各々C5段階で判定し,比較した.結果:緑内障概要は動画C3.3C±0.7点,テキストC3.1C±0.6点,眼圧は動画C3.4C±0.6点,テキストC3.1C±0.6点,視野欠損は動画C3.2C±0.7点,テキストC2.9C±0.6点,自覚症状は動画C3.4C±0.5点,テキストC3.1C±0.7点,緑内障の見え方は動画C3.2C±0.7点,テキストC3.0C±0.7点であった.動画がテキストよりC5項目すべてで点数が有意に高かった(p<0.001).結論:緑内障患者に対して緑内障の理解を得るための動画はテキストと同様またはそれ以上に有効である.CPurpose:ToinvestigatethecomprehensionofdiseaseinglaucomapatientsusingiCeye(videotutorial)andahandbook.CSubjectsandmethods:ThisCstudyCinvolvedC39glaucomaCpatients(8males,C31females)C.OverviewCofCglaucoma,Cintraocularpressure(IOP)C,visualC.eldCdefects,CsubjectiveCsymptoms,CandCtheCappearanceCofCglaucomaCweredeterminedineachoftheC.vestagesandcomparedascomprehensionofglaucomaafterviewingthevideoandreadingtext.Results:Therespectivecomprehensionscoresofvideoandhandbookwere3.3±0.7and3.1±0.6intheoverview,3.4±0.6and3.1±0.6inIOP,3.2±0.7and2.9±0.6invisualC.elddefects,3.4±0.5and3.1±0.7insubjectivesymptoms,and3.2±0.7and3.0±0.7intheappearanceofglaucoma.Thescoreofthevideotutorialwassigni.cantlyhigherinallC.veitemsthanthatofthetextreading(p<0.001)C.Conclusions:Thevideotutorialwasfoundtobethesameormoree.ectivethanreadingtextforglaucomapatientstoobtainacomprehensionofthedisease.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C37(8):985.988,C2020〕Keywords:緑内障,動画,テキスト,理解.glaucoma,video,text,comprehension.はじめにiCeye(アイシーアイ.ミミル山房製作)(以下,動画)は,眼科患者へのインフォームド・コンセント用の疾患解説動画ツールである.東京都眼科医会の監修のもとに製作された.病状の動画ではシミュレーション映像やコンピューターグラフィックを効果的に用いており,また疾患の部位や症状,治療方法などはわかりやすい言葉で説明している.『緑内障ハンドブック』(参天製薬発行)(以下,テキスト)は「緑内障について」「治療について」「日常生活について」のC3項目に分けて,最新の情報をCQ&CA形式でわかりやすく説明するテキストである.日本眼科医会と日本緑内障学会の監修のもとに製作された.患者がこのテキストを読むことで緑内障に対する理解を深めることができる.また,別冊の「緑内障手帳」を医師とのコミュニケーション手段の一つとして活用することで,患者に安心して治療を受けてもらうことを目的としている.井上眼科病院グループでは従来から職員の教育にテキストを用いた講義を行っていたが,職員が疾患について正しく理〔別刷請求先〕猪口宗太郎:〒101-0062東京都千代田区神田駿河台C4-3井上眼科病院Reprintrequests:SoutaroInoguchi,InouyeEyeHospital,4-3Kanda-Surugadai,Chiyoda-ku,Tokyo101-0062,JAPANC0910-1810/20/\100/頁/JCOPY(85)C985解できているか不明であった.そこで新たにテキスト以外に有効なツールはないか模索していた.そのころ動画の存在を知り,動画の使用により理解度が向上すると考えた.そこで職員を対象として緑内障の理解に対する動画とテキストの有効性の比較試験を行った1).その結果,緑内障の理解を得るためのツールとして動画による説明はテキストと同等あるいはより有効であることが判明した.井上眼科病院では,緑内障患者に満足度の高い診療を提供するためにC2010年より緑内障患者集団説明会(以下,説明会)を開催している.現在までに説明会をC16回行い,合計140名の緑内障患者が参加した.説明会では,医師が緑内障の病態と治療,薬剤師が緑内障治療薬の点眼指導,視能訓練士が補助具の指導,栄養士が食生活,看護師が患者から寄せられた質問について答えている.今回,緑内障の病態についての理解を得るためのツールとして,動画とテキストのどちらが有効かを検証することを目的に,この説明会の直近C4回に参加した緑内障患者を対象に両ツールの理解度を調査した.CI対象および方法2018年C2月.2019年C4月に行われたC4回の説明会に参加したC39名を対象とした.男性C8名,女性C31名,平均年齢C65.5±11.1歳(51.88歳)であった.病型は原発開放隅角緑内障C19名,正常眼圧緑内障C16名,原発閉塞隅角緑内障C3名,落屑緑内障C1名であった.視野良好眼のCHumphrey視野検査C30-2(SITA-StandardのCmeandeviation値はC.2.59C±5.81CdB,C.25.19.2.46CdB)であった.「緑内障の概要」「眼圧とは」「視野欠損の仕組み」「自覚症状がないのはなぜか」「緑内障患者の見え方」のC5項目について動画とテキストで理解力の比較を行った.「眼圧とは」「視野欠損の仕組み」「緑内障患者の見え方」のC3項目は動画のイメージに近い図がテキストにもあり,比較に使用した.一方「緑内障の概要」「自覚症状がないのはなぜか」のC2項目については,テキストのほうに図がないため該当の文章とその文章イメージに近い動画を比較した.動画とテキストは前回井上眼科病院職員を対象として比較検討を行ったもの1)と同じものを用いた.具体的にはまず説明会に参加した全員,前述したC5項目について約C10分間の動画視聴を行い,その後,同様にC5項目のテキストを配布し,時間制限約C10分間で閲覧した.各々の理解度を動画,テキストともにC5段階で評価し,点数化した.とても理解できたC4点,理解できたC3点,どちらともいえないC2点,わかりにくかったC1点,まったくわからないC0点とした.動画とテキストの点数を各項目で比較した.また,各項目の感想を動画,テキストともに記載してもらった.統計学的解析にはCc2検定を用い,有意水準はCp<0.05とした.対象者へのインフォームド・コンセントと井上眼科病院の倫理審査委員会の承認を得た.CII結果1.「緑内障の概要」(図1,表1)点数は動画C3.3C±0.7点でテキストC3.1C±0.6点より有意に高かった(p<0.05).感想は,動画では理解するまでに画像が変わってしまう,テキストでは何度でも読み返すことができた,などであった.C2.「眼圧とは」(図2)点数は動画C3.4C±0.6点でテキストC3.1C±0.6点より有意に高かった(p<0.001).感想は,動画では印象に残りやすい,テキストでは全体像がつかみにくい,などであった.C3.「視野欠損の仕組み」(図3)点数は動画C3.2C±0.7点でテキストC2.9C±0.6点より有意に高かった(p<0.05).感想は,動画では画像で見えなくなることを体験し怖かった,テキストでは時間がかかり読んでいると眼が痛くなる,などであった.C4.「自覚症状がないのはなぜか」(図4)点数は動画C3.4C±0.5点でテキストC3.1C±0.7点より有意に高かった(p<0.001).感想は,動画では動きがあるのでわかりやすい,テキストではイラストもわかりやすかったなどであった.C5.「緑内障患者の見え方」(図5)点数は動画C3.2C±0.7点でテキストC2.8C±0.8点より有意に高かった(p<0.001).感想は,動画ではイメージしやすくわかりやすい,テキストでは図解が理解の助けになった,などであった.CIII考按筆者らは緑内障の病態の理解を深めるために動画の有効性を,緑内障を有せず,緑内障の知識のない井上眼科病院グループ事務職員C39名で検証した1).今回と同様の調査を行ったが「緑内障の概要」「視野欠損の仕組み」「緑内障患者の見え方」で,動画がテキストに比べて有意に点数が高かった(p<0.05).今回はC5項目すべてで動画がテキストに比べて有意に点数が高かった.しかし,各項目の点数は動画は前回3.3.3.5点,今回C3.2.3.4点,テキストは前回C2.8.3.2点,今回C2.8.3.1点でほぼ同等だった.性別は前回男性C23名,女性C16名,今回男性C8名,女性C31名,平均年齢は前回C39.9C±9.4歳,今回C65.5C±11.1歳と異なった.背景は異なっていたが,緑内障患者に対しても動画が有効であると思われる.患者に疾患の治療や手術の説明をするあるいはインフォームド・コンセントを取得する際に,従来は口頭による説明が多かったが,パンフレット(説明用紙)を追加することで患者の理解度が向上したと報告されている2,3).筆者らは眼科外来で光干渉断層計検査をする際に,看護師が説明用紙を作986あたらしい眼科Vol.37,No.8,2020(86)表1動画とテキストの理解度の比較動画(点)テキスト(点)p値緑内障の概要C3.3±0.7C3.1±0.6p<C0.05眼圧とはC3.4±0.6C3.1±0.6p<C0.001視野欠損の仕組みC3.2±0.7C2.9±0.6p<C0.05自覚症状がないのはなぜかC3.4±0.5C3.1±0.7p<C0.001緑内障患者の見え方C3.2±0.7C2.8±0.8p<C0.001どちらともどちらともわかりにくかったいえない5%どちらともいえない2%どちらとも2名5%1名2名動画テキスト図1「緑内障の概要」の理解度わかりにくかったどちらとも2%いえない1名とても理解8%3名動画テキスト図3「視野欠損の仕組み」の理解度成して指導したところ有効な援助ができた2).禿らはパンフレットを作成して緑内障手術患者への説明に使用したところ,「病識」「手術治療の目的」「術前説明の理解度」のすべてで良好な理解が得られた3).これらの報告よりパンフレットは口頭説明だけよりも有効であると考えられる.動画の有効性も報告されている4,5).米田らは白内障手術の患者説明用ビデオを作成し,白内障手術の説明に利用した4).ビデオの評価は高く,患者の理解度は向上した.綾木らはインフォームド・コンセントにおいて手術の動画や過去の論文からのエビデンス(疾患の疫学,診断方法,治療方法,予後)を追加したところ,患者や家族に好評であった5).今回は手術についての理解度調査は行わなかったが,疾患の病(87)動画テキスト図2「眼圧とは」の理解度わかりどちらともにくかったいえない3%2%1名1名動画テキスト図4「自覚症状がないのはなぜか」の理解度図5「緑内障患者の見え方」の理解度あたらしい眼科Vol.37,No.8,2020C987態についても動画を用いることで三次元的にイメージができたので,そのことが有効性につながったと思われる.説明文書には問題点も指摘されている6).酒井は患者向けに配布している説明文の可読性を検討した6).長くて読みにくく難解であると思われるC4文字以上の漢字文字列をカウントした.「入院案内」や「移植の説明」が上位であった.漢字文字列のC1文中の割合や文の長さなどを考慮する必要があると述べている.今回のテキストは全部でC72文あり,4文字以上の漢字文字列のC1文中の数は全C72文中C1.07であった.酒井の報告6)のC10文書中C3位の多さとなっていたので,今回のテキストは対象症例にとって見づらい文書であった可能性が考えられる.一方,動画にも問題点が考えられる.動画ではスピードを変えることができないので認知機能が低下した患者では理解がむずかしい可能性がある.ロービジョン患者では動画を見ること自体がむずかしい可能性がある.緑内障に対して理解を得るためのツールとして動画の視聴はテキストの閲覧と同様に緑内障患者に対しても有用であると考えられる.しかし,現状ではテキストだけ,あるいは動画だけでなく,両方ともに利用するのが最善であると考えられる.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)猪口宗太郎,井上賢治,高橋篤史ほか:眼科CIC支援システム「iCeyeアイシーアイ」を用いた緑内障理解度調査.あたらしい眼科35:1127-1132,C20182)飯倉宏美,三浦樹絵,川喜田洋子ほか:OCT説明用紙導入の効果.日本視機能看護学会誌2:59-62,C20173)禿早百合,村上ルミ子,外来スタッフ:緑内障手術におけるパンフレット作成の取り組み.日本視機能看護学会誌C3:55-59,C20124)米田和代,川端由希子,伊藤朝美ほか:手術に対する患者説明会用ビデオ導入を試みて.日本視機能看護学会誌C3:C50-51,C20125)綾木雅彦,谷口重雄,陰山俊之ほか:動画とエビデンスを眼科画像ファイリングシステムに導入したインフォームドコンセントの技法.眼科45:1071-1075,C20036)酒井由紀子:日本の医療現場における患者向け説明文書の実態とヘルスリテラシー研究の課題.三田図書館・情報学会研究大会.発表論文集.p29-32,2007C***988あたらしい眼科Vol.37,No.8,2020(88)

正常眼圧緑内障におけるプロスタグランジン関連薬単剤からカルテオロール塩酸塩・ラタノプロスト配合点眼液への切り替えにおける眼圧下降効果と安全性の検討

2020年8月31日 月曜日

《第30回日本緑内障学会原著》あたらしい眼科37(8):980.984,2020c正常眼圧緑内障におけるプロスタグランジン関連薬単剤からカルテオロール塩酸塩・ラタノプロスト配合点眼液への切り替えにおける眼圧下降効果と安全性の検討多田香織*1池田陽子*2,3上野盛夫*2森和彦*2木下茂*4外園千恵*2*1京都中部総合医療センター眼科*2京都府立医科大学眼科学教室*3御池眼科池田クリニック*4京都府立医科大学感覚器未来医療学CShort-termSafetyandE.cacyofSwitchingfromMonotherapyProstaglandinAnaloguestoMikelunaCombinationOphthalmicSolutioninJapaneseNormal-tensionGlaucomaPatientsKaoriTada1),YokoIkeda2,3),MorioUeno2),KazuhikoMori2),ShigeruKinoshita4)andChieSotozono2)1)DepartmentofOphthalmology,KyotoChubuMedicalCenter,2)DepartmentofOphthalmology,KyotoPrefecturalUniversityofMedicine,3)Oike-IkedaEyeClinic,4)DepartmentofFrontierMedicalScienceandTechnologyforOphthalmology,KyotoPrefecturalUniversityofMedicineC正常眼圧緑内障患者におけるプロスタグランジン(PG)関連薬からカルテオロール塩酸塩・ラタノプロスト配合点眼液(ミケルナ,大塚製薬)への切り替え効果と安全性を検討した.PG関連薬単剤で加療中の正常眼圧緑内障患者C33例C33眼を対象に,点眼切り替え前,切り替え後C1カ月とC3カ月における眼圧および副作用を検討した.点眼液切り替え後C1カ月とC3カ月の眼圧はそれぞれC11.0±2.6CmmHgおよびC11.3±2.7CmmHgであり,切り替え前のC12.0±2.2CmmHgと比較していずれも有意に下降した(p<0.05).血圧は点眼液切り替え後C1カ月,脈拍はC1カ月後とC3カ月後時点で有意な低下(p<0.05)を認めたが,経過観察期間において眼局所,全身副作用で点眼中止に至る症例はなかった.以上より,カルテオロール塩酸塩・ラタノプロスト配合点眼液は正常眼圧緑内障患者の治療強化に有効であり,副作用の少ない点眼液であることが確認された.CPurpose:ToCinvestigateCtheCsafetyCandCe.cacyCofCMikelunaCCombinationCOphthalmicSolution(OtsukaCPhar-maceuticalCo.),CaClong-acting2%CcarteololChydrochlorideCandClatanoprost.xed-combination(CLFC)eye-dropCmedication,CinCJapaneseCnormalCtensionglaucoma(NTG)patientsCinCtheCclinicalCsetting.CMethods:ThisCstudyCinvolvedC33CeyesCofC33CNTGCpatientsCwhoCswitchedCfromCtopicalCprostaglandinCanaloguesCmonotherapyCtoCCLFCeyedrops.Intraocularpressure(IOP),bloodpressure,andheartratewasmeasuredbeforetheinitiation(baseline)Candat1-and3-monthspostadministration,andassociatedadverseeventswereinvestigated.Results:MeanIOPatCbaselineCandCatC1-andC3-monthsCpost-administrationCwasC12±2.2CmmHg,C11±2.6CmmHg,CandC11.3±2.7CmmHg,respectively[signi.cantIOPreduction(p<0.05)].Bloodpressuredecreasedsigni.cantlyafter1month(p<0.05)CandCheartCrateCafterC1CandC3months(p<0.05)withoutCsubjectiveCsympotoms.CNoneCofCtheCpatientsCdiscontinuedCuseCdueCtoCadverseCdrugCreaction.CConclusion:CLFCCeyeCdropsCwereCfoundCe.ectiveCforCstrengtheningCtheCIOPCloweringe.ectwithasafeandwell-toleratedpro.leinNTGpatients.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)37(8):980.984,C2020〕Keywords:カルテオロール,ラタノプロスト,配合点眼液,正常眼圧緑内障,眼圧.carteololhydrochloride,latanoprost,.xed-combination,normaltensionglaucoma(NTG),intraocularpressure(IOP).C〔別刷請求先〕多田香織:〒629-0197京都府南丹市八木町八木上野C25京都中部総合医療センター眼科Reprintrequests:KaoriTada,DepartmentofOphthalmology,KyotoChubuMedicalCenter,25Yagiueno,Yagi,Nantan,Kyoto629-0197JAPANC980(80)はじめに2017年C1月に世界に先駆けて日本で販売されたカルテオロール塩酸塩・ラタノプロスト配合点眼液(ミケルナ配合点眼液,大塚製薬.以下,CLFC)は,プロスタグランジン(PG)関連薬のラタノプロスト点眼液とC1日C1回のCb遮断薬であるカルテオロール塩酸塩C2%を配合した抗緑内障点眼液である.1日C1回製剤同士の組み合わせは世界初であり,かつCb遮断薬としてカルテオロール塩酸塩を含有していることから,眼圧下降効果に加え,眼底血流改善作用や内因性交感神経刺激作用(intrinsicsympathomimeticCactivity:ISA)も期待される.また,防腐剤としてベンザルコニウム塩酸塩(BAC)を含まず,角膜への障害が軽減される可能性がある.点眼液販売開始からC1年以上が経過したが,CLFCの眼圧下降効果に関する報告は調べる限りまだ少ない1,2).今回は緑内障病型を正常眼圧緑内障に限定し,PG関連薬単剤からCLFCへの切り替えにおける眼圧下降効果と安全性について検討したので報告する.CI対象および方法京都府立医科大学および御池眼科池田クリニックに通院中の正常眼圧緑内障患者のうち,PG関連薬単剤からCCLFCに切り替え,治療強化を行ったC33例C33眼〔男性C7例,女性26例,平均年齢C62.9C±13.8歳(平均値C±標準偏差)(39.90歳)〕を対象とし,レトロスペクティブに評価を行った.本研究はヘルシンキ宣言の趣旨に則り,京都府立医科大学病院の倫理委員会の承諾を得て実施した.切り替え前,切り替え後C1,3カ月の眼圧をCGoldmann圧平眼圧計で測定し,眼圧下降効果を検討した.なおCCLFCの両眼処方例では右眼を対象とし,眼圧に影響を及ぼす可能性のある他剤と同時に開始した症例は除外した.緑内障病期を,静的視野検査では初期:meandeviation(MD)値≧C.6CdB,中期:C.6CdB>MD値≧C.12CdB,後期:C.12CdB>MD値,Goldmann動的視野検査では初期:I,II,中期:III,後期:IV,Vと定義し,対象の視野障害の程度を評価した.安全性については,切り替え前後の眼表面障害の程度,血圧と脈拍で評価を行った.眼表面障害の程度の評価はC33例中,前眼部写真での記録があるC29例(男性C5例,女性C24例,平均年齢C62.5C±13.2歳)を対象に行った.評価にはCrichtonら3)の用いた分類を使用し,結膜充血スコア:0=none(normal),0.5=trace(trace.ush,reddishpink),1=moderate(brightCredcolor),3=sever(deep,CbrightCdif-fuseredness),点状表層角膜症(super.cialCpunctaCkera-topathy:SPK)スコア:0=none(no.ndings),0.5=trace(1.5puncta),1=mild(6.20puncta),3=sever(tooCmanypunctatocount)とした.また従来,来院患者には院内の自動血圧計(健太郎CHBP-9020,OMRON,もしくはハートステイションCSMPV-5500,日本電工)を用いた安静時の収縮期/拡張期血圧,脈拍の測定を指示しており,点眼切り替え前後での測定値の変動を検討し安全性の評価を行った.統計学的検討は対応のあるCt検定を用いた.CII結果対象の内訳を表1に示す.切り替え前平均眼圧はC12.0C±2.2CmmHgと低値であった.対象の視野障害の程度について,33例中,静的視野検査で経過観察されていたC31例のCMD値の平均は.5.0±3.8CdB(C.0.4.C.12.7CdB)であり,Gold-mann動的視野検査で経過観察されていた残りC2例の湖崎分類はCIIbとCIVであった.対象の緑内障病期は初期:22例(66.7%),中期:8例(24.2%),後期:3例(9.1%)であった.切り替え前の眼表面障害の程度については,33例中,前眼部写真での記録があるC29例において結膜充血スコア:C0.4±0.2(0.0.5),SPKスコア:0.4C±0.6(0.2)であった(表2).血圧は収縮期がC119.2C±16.8CmmHg,拡張期がC70.9C±12.1CmmHg,脈拍はC81.1C±17.1/分であった(表1).切り替え前の使用薬剤の内訳はC33例中C32例がラタノプロスト点眼液(内C5例は防腐剤が添加されていないラタノプロスト表1点眼切り替え前の対象の内訳n年齢眼圧緑内障病期(%)血圧(mmHg)脈拍(/分)(男:女)(歳)(mmHg)初期中期後期収縮期拡張期33(7:26)C62.9±13.8C12±2.2C66.7C24.2C9.1C119.2±16.8C70.9±12.1C81.1±17.1C表2点眼切り替え前後の眼表面障害の変化n(男:女)年齢(歳)結膜充血スコアSPKスコア切り替え前切り替え後1カ月切り替え後3カ月切り替え前切り替え後1カ月切り替え後3カ月29(5:24)C62.5±13.2C0.4±0.2C0.5±0.1C0.5±0.1C0.4±0.6C0.4±0.6C0.3±0.516*******:p<0.05NS:有意差なし***NS12.0mmHg11.0mmHg11.3mmHg***:p<0.05NS:有意差なし:収縮期血圧:拡張期血圧:脈拍NS眼圧(mmHg)140切り替え前切り替え後切り替え後1カ月3カ月40図1眼圧の推移点眼切り替え後C1カ月,3カ月いずれの時点でも有意な眼圧下降が確認された.PF点眼液),1例がビマトプロスト点眼液からの切り替えであった.CLFCへ切り替え後C1,3カ月の眼圧はそれぞれC11.0±2.6CmmHgおよびC11.3C±2.69CmmHgであり,切り替え前のC12.0C±2.2CmmHgと比較し有意に下降した(p<0.05)(図1).検討したC29例の眼表面障害の程度について,切り替え後C1カ月とC3カ月の結膜充血スコアは変動なく両時点ともC0.5C±0.1(0.0.5)であり,切り替え前と有意差はみられなかった.SPKスコアは切り替え後1,3カ月でそれぞれC0.4C±0.6(0.2),0.3C±0.5(0.2)であり,切り替え前と切り替え後C1,3カ月,また切り替え後C1カ月とC3カ月で有意差はみられなかった(表2).33例すべての症例で切り替えC3カ月目以降も点眼継続可能であった.また,切り替え前,切り替え後C1,3カ月における収縮期血圧はそれぞれC119.2C±16.8,114.6C±14.1,116.9C±15.0CmmHg,拡張期血圧はC70.9C±12.1,67.5C±11.3,69.3C±13.7CmmHg,脈拍はC81.1C±17.1,C75.0±12.1,73.1C±10.3/分であった.血圧は収縮期,拡張期ともに切り替え前と切り替え後C1カ月では有意差を認めたが(p<0.05),切り替え前と切り替え後C3カ月では有意差を認めなかった.脈拍は切り替え前に対し,切り替え後C1,3カ月ともに有意差をもって下降した(p<0.05).切り替え後C1カ月とC3カ月の値に有意差はなかった(図2).CIII考察今回の検討の結果,PG製剤単剤からの切り替えC33例中,32例がラタノプロスト点眼液からの切り替えであり,残りのC1例はビマトプロスト点眼液からの切り替え例であった.ラタノプロスト点眼液からの切り替えC32例で検討しても点眼切り替え前後の平均眼圧はほぼ変わりなく,点眼切り替え前,切り替え後1,3カ月の眼圧はそれぞれC12C±2.2CmmHg,C11±2.6CmmHg,11.3C±2.70CmmHgであった.Yamamotoら20201000切り替え前切り替え後切り替え後1カ月3カ月図2収縮期/拡張期血圧と脈拍の推移血圧は収縮期,拡張期ともに切り替え前と切り替え後C1カ月では有意差をもって下降したが,処方時と切り替え後C3カ月では有意差を認めなかった.脈拍は処方時に対し切り替え後C1カ月,3カ月ともに有意差をもって下降した.切り替え後C1カ月とC3カ月の間には有意差を認めなかった.は,CLFCの第CIII相臨床試験において,原発開放隅角緑内障(広義)および高眼圧症の患者C118例を対象にC4週間のラタノプロスト点眼液単剤投与期間の後CCLFCに切り替えを行ったところ,8週間後の朝点眼前眼圧はC20.1CmmHgから17.2CmmHgまでC2.9CmmHg下降したと報告されている4).このうち正常眼圧緑内障患者はC9例含まれておりC8週間で3.7CmmHgの下降を認めたと報告されているが,エントリー基準がC18CmmHg以上に設定されており,筆者らの検討よりベースライン眼圧が高値であり,それゆえに眼圧下降幅も大きかった可能性がある.また,今回の筆者らの検討においてビマトプロスト点眼液からの切り替え例がC1例含まれていた.ビマトプロスト点眼液はラタノプロスト点眼液など従来のCPG製剤と異なり,プロスタマイド受容体に作用することで強力な眼圧下降効果を持つCPG製剤である5).ビマトプロスト点眼液とラタノプロスト・チモロールマレイン酸塩配合剤の眼圧下降効果を比較した過去の報告はいくつかあり,その効果を同等とするもの6)やビマトプロスト点眼液より配合剤のほうが優れているとするものもある7).今回のC1例では,ビマトプロスト点眼液からの切り替え前,切り替え後C1,3カ月の眼圧はC14CmmHg,12CmmHg,11CmmHgであり,CLFCへ切り替えたことによりC20%以上の眼圧下降が得られた.PG製剤単剤からCPG/Cb配合剤への変更におけるメリットは,点眼本数,点眼回数を増やさずに治療強化でき,アドヒ120100血圧(mmHg)脈拍(/分)8060アランスの維持もしくは点眼切り替えによるアドヒアランスの向上が期待できる点である.また,配合剤では,点眼同士の間隔が不十分でC1剤目の点眼液がC2剤目にCwashoutされて効果が薄れてしまうという心配もない.これまで,国内で臨床使用可能となっているCPG/Cb配合剤の眼圧下降効果はいずれも,それぞれの併用群と比較して非劣性が示されている8,9)が,一方で配合剤のほうが劣っていたという報告もある10.12).これまでのCPG/Cb配合剤に配合されているCb遮断薬はすべてC1日C2回点眼のチモロールであり,配合剤として1日C1回点眼となるとC1日当たりの投与量が減ってしまう.そのためもともとコンプライアンスが良好である患者においては,併用療法より配合剤治療のほうが眼圧下降効果が劣ってしまう可能性がある.今回使用したCCLFCではC1日C1回点眼のカルテオロールが配合されており,1日C1回の製剤同士を配合した点眼液は世界で初めてである.単剤からの治療強化においても併用療法からの変更においても安定した眼圧下降効果が期待できるとされている.CLFCは配合剤として,眼圧コントロール不十分な正常眼圧緑内障患者の治療強化に有用である可能性が示された.安全性において,まずCPG関連薬単剤からの切り替えによりラタノプロストにCb遮断薬としてカルテオロール塩酸塩の成分が追加されるため角膜障害性の増悪が懸念された.検討したC29例すべての症例で眼表面に関する副作用の悪化を認めず,全対象において切り替えC3カ月目以降も点眼継続可能であった.CLFCは防腐剤としてCBACを含まない製剤である.そのうえ,併用療法に比べ点眼回数減少に伴う防腐剤曝露機会の減少という配合剤のメリットも生かされ,CLFCはドライアイなどの眼表面疾患のある患者の治療強化にも有用と考える.また,カルテオロールは内因性交感神経刺激作用(intrinsicsympathomimeticactivity:ISA)をもつ非選択的Cb遮断薬で,チモロールに比べて循環器系や呼吸機能に及ぼす影響が小さいことが報告されている13).今回,点眼切り替え前,切り替え後の収縮期/拡張期血圧,脈拍を測定しその変動を検討した.血圧は収縮期,拡張期ともに切り替え前と切り替え後C1カ月では有意差をもって低下した.切り替え前と切り替え後C3カ月では有意差を認めなかった.脈拍は切り替え前に対し,切り替え後1,3カ月ともに有意差をもって低下した.切り替え後C1カ月とC3カ月の間には有意差はなかった.Yamamotoらの報告4)でもラタノプロスト点眼液からの切り替え後C2カ月で血圧および脈拍の低下(下降幅:収縮期/拡張期血圧はC1.2/1.1CmmHg,脈拍はC1.8/分)を認めており,筆者らのC1カ月での下降幅(それぞれC4.9/3.4CmmHg,脈拍はC6.3/分)はCYamamotoらの報告より大きい値であった.今回検討した対象においては,これらのことが原因で体調不良をきたし点眼中止に至る症例はなく,最高齢の患者はC90歳であったが安全に使用できた.しかし,今回のようにCPG関連薬単剤からCPG/Cb配合剤への切り替えにおいては,常にCb遮断薬の全身性副作用の可能性を念頭におき,切り替え時には十分な問診を行い,切り替え後にも体調の変化がないかなどの確認が必要と考える.今回の検討における限界としては点眼時刻,各種パラメータ測定時刻,観察シーズンを対象間で統一できていないことがあげられ,季節変動や日内変動が影響している可能性がある.また今回はC3カ月という短期の報告であるため,今後はさらに長期にわたり評価を行っていく必要がある.CIV結論CLFCは正常眼圧緑内障患者の治療強化において有意な眼圧下降が得られる副作用の少ない点眼液であることが確認された.利益相反:木下茂:参天製薬【F】【P】,千寿製薬【F】【P】,大塚製薬【F】【P】,興和【F】【P】外園千恵:参天製薬【F】【P】森和彦:【P】池田陽子:【P】上野盛夫:【P】多田香織:【R】-II大塚製薬文献1)中牟田爽史ら:ラタノプロスト点眼液からラタノプロスト/カルテオロール塩酸塩配合点眼薬への変更.臨眼C73:729-735,C20192)良田浩氣,安樂礼子,石田恭子ほか:カルテオロール塩酸塩/ラタノプロスト配合点眼薬の眼圧下降効果の検討.あたらしい眼科36:1083-1086,C20193)CrichtonAC,VoldS,WilliamsJMetal:Oclarsurfacetol-erabilityCofCprostaglandinCanalogsCandCprostamidesCinCpatientswithglaucomaorocularhypertension.AdvTherC30:260-270,C20134)YamamotoCT,CIkegamiCT,CIshikawaCYCetal:RandomizedCcontrolled,CphaseC3CtrialsCofCcarteolol/latanoprostC.xedCcombinationinprimaryopen-angleglaucomaorhyperten-sion.AmJOphthalmolC171:35-46,C20165)SharifCNA,CWilliamsCGW,CKellyCR:BimatoprostCandCitsCfreeCacidCareCprostaglandinCFPCreceptorCagonists.CEurJPharmacolC432:211-213,C20016)RossettiL,KarabatsasCH,TopouzisFetal:ComparisonofCtheCe.ectsCofCbimatoprostCandC.xedCcombinationCofClatanoprostCandCtimololConCcircadianCintraocularCpressure.COphthalmologyC114:2244-2251,C20077)FacioAC,ReisAS,VidalKSetal:Acomparisonofbima-toprost0.03%versusthe.xed-combinationoflatanoprost0.005%CandCtimolol0.5%CinCadultCpatientsCwithCelevatedCintraocularpressure:anCeight-week,Crandomaized,Copen-labeltrial.JOculPharmacolTherC25:447-451,C20098)IgarashiR,ToganoT,SakaueYetal:E.ectonintraocu-larpressureofswitchingfromlatanoprostandtravoprostmonotherapytotimolol.xedcombinationsinpatientswithnormal-tensionCglaucoma.CJCOphthalmolC2014:720385,C20149)桑山泰明,DE-111共同試験グループ:0.0015%タフルプロスト/0.5%チモロール配合点眼液(DE-111点眼液)の開放隅角緑内障および高眼圧症を対象としたオープンラベルによる長期投与試験.あたらしい眼科32:133-143,C201510)DiestelhorstM,LarssonL-I,EuropeanLatanoprostFixedCombinationCStudyGroup:AC12-weekCstudyCcomparingCtheC.xedCcombinationCofClatanoprostCandCtimololCwithCtheCconcomitantCuseCofCtheCindividualCcomponantsCinCpatientsCwithCopenCangleCglaucomaCandCocularChypertension.CBrJOphthalmolC88:199-203,C200411)SchumanJS,KatzGJ,LewisRAetal:E.cacyandsafetyofC.xedCcombinationCofCtravoprost0.004%/timolol0.5%CophthalmicCsolutionConceCdailyCforCopen-angleCglaucomaCandocularhypertension.AmJOphthalmolC140:242-250,C200512)WebersCA,BeckersHJ,ZeegersMPetal:TheintraocuC-larpressure-loweringe.ectofprostaglandinanalogscom-binedwithtopicalb-blockertherapy:asystematicreviewandmeta-analysis.OphthalmologyC117:2067-2074,C201013)NetlandPA,WeissHS,StewartWCetal:Cardiovasculare.ectsoftopicalcarteololhydrochlorideandtimololmale-ateinpatientswithocularhypertensionandprimaryopen-angleglaucoma.AmJOphthalmolC123:465-477,C1997***

高度な角膜障害を発症したため,バルベルト緑内障インプラントを摘出した1例

2020年8月31日 月曜日

《第30回日本緑内障学会原著》あたらしい眼科37(8):975.979,2020c高度な角膜障害を発症したため,バルベルト緑内障インプラントを摘出した1例砂川珠輝*1小菅正太郎*1太田博之*2横山康太*2齋藤雄太*2恩田秀寿*2*1昭和大学江東豊洲病院眼科*2昭和大学医学部眼科学講座CACaseofBaerveldtGlaucomaImplantExtractionforSevereCornealDisorderTamakiSunakawa1),ShotaroKosuge1),HiroyukiOta2),KotaYokoyama2),YutaSaito2)andHidetoshiOnda2)1)DepartmentofOphthalmology,ShowaUniversityKoto-ToyosuHospital,2)DepartmentofOphthalmology,ShowaUniversitySchoolofMedicineC目的:バルベルト緑内障インプラント(BGI)挿入術を施行後C27カ月目に遷延性角膜浮腫を発症しCBGIを摘出したC1症例を報告する.症例:32歳,男性.既往歴はアトピー性皮膚炎,糖尿病.他院にて併発白内障で両眼白内障手術を施行後,右眼眼圧上昇を認め,線維柱帯切除術を施行されるも眼圧が下降しないため,当院受診.初診時眼圧右眼60CmmHg,左眼C43CmmHg.両眼眼内レンズ挿入眼で前眼部清明,眼底所見上視神経乳頭陥凹拡大を認めた.右眼CBGI挿入術を施行し,術後経過良好となり,4カ月後に左眼CBGIを挿入した.両眼チューブは前房内上耳側に留置し,角膜との接触はなく,術後眼圧はC10CmmHg台前半に下降した.術C2年後から左前房内チューブの先端と角膜裏面との間に白色線維性索状物を認め,その位置に角膜混濁を発生した.徐々に混濁は拡大し,遷延性角膜浮腫を認めたため,術27カ月後に左眼CBGIを摘出した.しかし,角膜混濁はさらに悪化したため,左眼全層角膜移植術を施行した.結論:BGI術後の角膜障害はチューブと角膜が接触してなくとも発症することがあり,長期的な経過観察が必要である.CPurpose:ToCreportCaCcaseCinCwhichCaCBaerveldtglaucomaCimplant(BGI)wasCextractedCatC27-monthsCpostCimplantationCdueCtoCtheCdevelopmentCofCpersistentCcornealCedema.CCase:ThisCstudyCinvolvedCaC32-year-oldCmaleCpatientwithatopicdermatitisanddiabeteswhoexperiencedincreasedintraocularpressure(IOP)inhisrighteyepostcataractsurgery.HewasreferredtoourhospitalaftertrabeculectomyperformedatanotherclinicresultedinnodecreaseofIOP.Uponexamination,theIOPinhisrightandlefteyewas60CmmHgand43CmmHg,respectively,andexpansionofoptic-disccuppingwasobserved.ABGIwasimplantedinhisrighteye,andalsoinhislefteye4monthslater.BothBGItubeswereplacedintotheuppertemporalsideoftheanteriorchamberwithouttouchingthecornea.At2-yearspostoperative,arestiformbodyappearedbetweenthecorneaandthetubeintheleft-eyeanteriorchamber,andcornealopacitywasobserved.Theopacityhadspreadandcausedpersistentcornealedema,sotheBGIinhislefteyewasextractedat27-monthspostoperative.However,thecornealopacityworsenedpostBGICextraction,CsoCpenetratingCkeratoplastyCwasCperformed.CConclusion:EvenCifCtheCBGICtubeCdoesCnotCcontactCwithcornea,cornealproblemsmayoccurpostBGIsurgery.Thus,long-termfollow-upisnecessary.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C37(8):975.979,C2020〕Keywords:バルベルト緑内障インプラント,術後晩期合併症,角膜混濁,BGIの摘出.BaerveldtCglaucomaCim-plant,latepostoperativecomplications,cornealopacity,removedBGI.Cはじめに少や水疱性角膜症などの角膜障害があげられる.線維柱帯切バルベルト緑内障インプラント(BaerveldtCglaucoma除術とCBGIを比較したCTubeVersusTrabeculectomyStudyimplant:BGI)挿入術の重篤な術後期合併症の一つに角膜内(TVTStudy)1)において,遷延性角膜浮腫は術後C17%に発皮細胞密度(coronealCendothelialCcelldensity:ECD)の減生したと報告されている.術後浅前房や前房内のチューブの〔別刷請求先〕砂川珠輝:〒135-8577東京都江東区豊洲C5-1-38昭和大学江東豊洲病院眼科Reprintrequests:TamakiSunakawa,M.D.,DepartmentofOphthalmology,ShowaUniversityKoto-ToyosuHospital,5-1-38Toyosu,Koto-ku,Tokyo135-8577,JAPANC先端が角膜内皮に接触すること,また眼圧の急激な変化などがCECDの減少原因とされている2.4).今回,BGI挿入術後,前房内のチューブと角膜は接触していないにもかかわらず,急激に遷延性角膜浮腫が進行し,術後C27カ月目にCBGIを摘出するに至ったC1症例を経験したので報告する.CI症例患者:32歳,男性.主訴:右眼圧上昇.現病歴:2012年に他施設で併発白内障に対し,両眼白内障手術〔右眼水晶体全摘術+眼内レンズ(IOL)縫着術,左眼超音波乳化吸引術+IOL〕を施行された.その後,両眼の眼圧上昇を認め,点眼にて左眼は下降したが,右眼はコントロール不良で線維柱帯切除術,前部硝子体切除術が行われた.しかし術後も右眼眼圧高値が持続するため,2014年C6月に昭和大学病院附属東病院を受診となった.既往歴:アトピー性皮膚炎(皮膚科通院中),2型糖尿病(HbA1c5.5%),高度肥満(身長C161Ccm,体重C130CKg:BMI50以上).家族歴:特記すべきことなし.初診時所見:視力は右眼C0.4(0.6C×.2.5D(cyl.1.75DAx165°),左眼C1.2(n.c.).眼圧は右眼C60mmHg,左眼C43mmHg.両眼とも角膜は透明で,前房は深く清明であった.右眼はC10時方向に周辺虹彩切除を認め,IOL縫着眼(3,9時結膜下に縫着糸)で,左眼はCIOL挿入眼であった(図1).眼底所見上として右眼は視神経乳頭陥凹拡大を認め,左眼は特記すべき所見はなかった(図2).Goldmann視野検査は右眼湖崎分類CIIb,左眼は正常であった.隅角所見は両眼ともShaffer分類Cgrade4,Scheie分類Cgrade0であり,右眼C2時方向と左眼C6時方向に周辺虹彩前癒着(peripheralanteri-orsynechia:PAS)を認めた.また,ECD値は右眼C2,119個/mm2,左眼C2,410個/mmC2であった.経過:2014年C6月に右眼CBGI(BG101-350)挿入術を施行し,術後眼圧はC15CmmHg前後に下降した.その後外来にて,左眼に対し薬物加療を行うも,眼圧が下降しなかったた図1初診時前眼部写真a:右眼.10時方向に周辺虹彩切除を認める.IOL縫着眼(3,9時結膜下に縫着糸).b:左眼.IOL挿入眼.図2初診時眼底写真a:右眼.視神経乳頭陥凹拡大を認める.b:左眼.特記すべき所見はなかった.図3術後12カ月目前眼部写真(a:右眼,b:左眼)両眼ともチューブは前房内の上耳側に留置されている.図4術後前眼部OCT写真(a:右眼,b:左眼)前房内チューブは角膜と虹彩の中間に位置し,角膜内皮面との接触はない(C.).図5術後24カ月目前眼部写真(左眼)前房内チューブと角膜裏面の間に白色線維性索状物を認め,その位置に角膜混濁が発生.め,同年C10月左眼にもCBGI(BG101-350)挿入術を右眼同所見は,視力右眼C0.9(n.c.),左眼C0.4(n.c.),眼圧右眼C15様に施行した.両眼とも保存強膜パッチを行った.両眼チュmmHg,左眼C10CmmHg,ECD右眼C1,873個/mmC2,左眼ーブは前房内の上耳側に留置され(図3),前眼部光干渉断層2,105個/mmC2であった.隅角所見は両眼とも開放隅角で,計(前眼部COCT;CASIA)で前房内チューブは角膜と虹彩左眼はC6時方向のCPASは増加していたが,隅角・虹彩ともの中間に位置し,角膜内皮面との接触はなかった(図4).術新生血管は認めなった.後眼圧は両眼とも緑内障点眼薬(ブリンゾラミド・チモロー左眼は術後C18カ月目に虹彩新生血管や網膜血管の蛇行,ルマレイン酸塩配合,ブリモニジン酒石酸塩)を使用して,黄斑浮腫を認め,視力(0.08)に低下した.そのためラニビ10CmmHg台前半に落ち着いていた.術後C12カ月目の検査ズマブ硝子体内注射をC1回施行したが,視力の大きな改善は図6BGI抜去手術中写真a:結膜を切開すると厚い被膜に包まれたCBGIを認めた.Cb:被膜を切開し,プレートのホール内を貫通している結合組織を切断した.図8BGI抜去後12カ月前眼部OCT写真(左眼)虹彩前癒着が進行し,前房がほぼ消失した.図7BGI抜去後12カ月前眼部写真(左眼)角膜混濁は改善することなく,ほとんど前房が透見できないほどに悪化.図9PKP後8カ月前眼部写真(左眼)PKPを行うも,徐々に遷延性角膜浮腫の再発を認めた.なかった.また,虹彩新生血管は減少するも消失までは至らなかった.その間,眼圧は緑内障点眼を使用し,10台前半を推移していた.しかし,術後C24カ月目に前房内チューブとC2時方向の角膜裏面との間に,白色線維性索状物を認め,その位置に角膜混濁が発生した(図5).その角膜混濁は徐々に拡大し,遷延性角膜浮腫となり,左眼視力(0.01),ECD約C1,000個/mmC2に低下した.また,前房内の透見性が不良となり,虹彩新生血管の有無などは観察することができなくなった.そのため,術後C28カ月目に左眼CBGI抜去術を施行した.手術はCTenon.下麻酔で行い,結膜を切開し,厚い被膜に包まれたCBGIを露出させた(図6a).そののち,前房内チューブを引き抜き,続いて被膜を切開し,プレートと強膜を縫着している縫合糸およびプレートのホール内を貫通している結合組織を切断し(図6b),BGIを摘出した後,結膜を縫合した.また,術中に病理検査の検体として,前房内のチューブと角膜裏面間に存在した白色線維性索状物を摘出した.その病理所見は,炎症細胞の浸潤を伴わない,扁平な上皮で覆われた無構造な線維様組織であった.しかし,BGIを摘出後も角膜混濁は改善することなく,ほとんど前房が透見できないほどに悪化した(図7).前眼部OCTでは,虹彩と角膜内皮面の癒着が徐々に進行し,前房がほぼ消失した所見を認めた(図8).BGI抜去後C12カ月目には左眼視力は手動弁に低下し,左眼眼圧はC22CmmHgであった.そのため摘出後C22カ月目に全層角膜移植(penetratingkeratoplasty:PKP)を施行した.術直後は角膜の透明性が改善し眼底の透見も可能であったが,全身状態の悪化などで術後加療困難となった時期もあり,徐々に遷延性角膜浮腫の再発が出現した(図9).角膜移植後C8カ月で左眼は視力(0.01),眼圧C16CmmHgとなっており,再度CPKPなどの外科的治療を検討している.右眼は視力C0.6(0.9C×.0.75D(cyl.1.75DAx20°),眼圧16mmHgとなっている.CII考察BGI挿入術は一般的に線維柱帯切除術の不成功例や血管新生緑内障などの難治性緑内障に対し施行される術式であるが,その晩期合併症である角膜浮腫はCTVTStudy1)ではC17%,またCBGIともう一つのロングチューブインプラントであるアーメド緑内障インプラントの手術成績を他施設ランダム化で比較したCAhmedBaerveldtComparison(ABC)Study2)やCAhmedversusBaerveldt(AVB)Study3)においても,それぞれC22%,12%に認めており,比較的高頻度に発生する.その原因としてはチューブの挿入位置不良による物理的な障害や術後の眼圧変動が大きいことなどが影響するのではないか4)といわれている.またCIwasakiら5)は,角膜と前房内に留置されたチューブとの距離が術後CECD減少率と負の相関があると述べている.しかし,今症例は前眼部COCT検査所見上(図4),角膜とチューブとの距離は十分にあったと思われる.また,BGI挿入術後の眼圧もC15CmmHG前後で安定しており,大きな眼圧変動は認めなかった.それにもかかわらず,徐々に角膜混濁を認め,急激に遷延性角膜浮腫が進行し,術後C27カ月目にCBGIを摘出するに至った.患者はアトピー性皮膚炎の既往があるので,日頃からの強い瞬目や眼球圧迫により,前房内チューブが角膜内皮面に近づいて,徐々に角膜障害が起こった6)可能性が考えられる.また,植田ら7)は角膜移植眼に,小菅ら8)はぶどう膜炎続発緑内障にCBGIを挿入し,角膜と留置したチューブとの接触はないにもかかわらず,角膜混濁の悪化やCECDの大きな減少を認めた症例を報告している.そのことから,物理的な障害以外にも角膜を悪化させる要因があると思われる.実際,本例ではCBGI挿入術後C18カ月目に虹彩新生血管を認めた.眼底所見上,網膜血管の蛇行も認めており,網膜中心静脈閉塞症などの網膜血管の閉塞性病変が疑われたが,網膜出血は認めなかった.年齢的にも血管炎によるものではないかと考えられるが,はっきりとした原因はわからなかった.BGI抜去時に採取した白色索状物からは炎症を示唆する物質は認められなかったものの,前房内は血管内皮増殖因子(vascular(79)endothelialCgrowthfactor:VEGF)などの何らかのサイトカインの増加が予想され,そのような環境変化が角膜混濁の誘因になったのかもしれない.今症例ではCBGI挿入後の角膜障害に対しCBGIを抜去したが,抜去後の眼圧コントロールや抜去術の侵襲を考慮すると,BGIを摘出するのではなく前房内チューブを毛様溝に再挿入する対処9)でよかった可能性がある.また,そもそも左眼は緑内障手術の既往がなかったにもかかわらず,右眼にBGIを挿入し良好な眼圧下降を示したという理由で,初回手術からCBGI挿入術を選択した.しかしCBGI挿入術は緑内障診療ガイドライン10)が指摘するように,ロングチューブインプラント挿入術は代謝拮抗薬を併用した線維柱帯切除術が不成功に終わった症例,手術既往により結膜の瘢痕化が高度な症例,線維柱帯切除術の成功が見込めない症例などが適応であり,まずは他の緑内障手術を選択すべきであったと思われる.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)GeddeCSJ,CSchi.manCJC,CFeuerCWJCetal:TreatmentCout-comesCinCtheCTubeCVersusTrabeculectomy(TVT)StudyCafter.veyearsoffollow-up.AmJOphthalmolC153:789-803,C20122)BartonK,FeuerWJ,BudenzDLetal:AhmedBaerveldtComparisonCStudyCGroup:Three-yearCtreatmentCout-comesCinCtheCAhmedCBaerveldtCcomparisonCstudy.COph-thalmologyC121:1547-1557,C20143)ChristakisCPG,CTsaiCJC,CKalenakCJWCetal:TheCAhmedCversusBaerveldtstudy:Three-yeartreatmentoutcomes.OphthalmologyC120:2232-2240,C20134)赤木忠道:AhmedCBaerveldtStudy(ABCCStudy,CAVBStudy)の長期成績.眼科手術C28:72-76,C20155)IwasakiK,ArimuraS,TakiharaYetal:ProspectivecohortstudyofcornealendothelialcelllossafterBaerveldtglau-comaimplantation.PLoSONEC13:e0201342,C20186)小林賢,杉本洋輔,柳昌秀ほか:広島大学病院におけるバルベルト緑内障インプラントの術後成績.臨眼C70:C315-321,C20167)植田俊彦,平松類,禅野誠ほか:経毛様体扁平部CBaerC-veldt緑内障インプラントの長期成績.日眼会誌C115:C581-588,C20118)小菅正太郎,塚越美奈,安田健作ほか:続発緑内障に対するバルベルト緑内障インプラント手術.眼科手術C29:149-153,C20169)田辺芳樹,伊藤勇,植田俊彦ほか:バルベルト緑内障インプラントのチューブ先端を毛様溝から挿入したC1例.臨眼68:1459-1462,C201410)日本緑内障学会緑内障診療ガイドライン作成委員会:緑内障ガイドライン(第C4版).日眼会誌C122:5-53,C2018あたらしい眼科Vol.37,No.8,2020C979

基礎研究コラム 39.網膜内脂質代謝と加齢黄斑変性

2020年8月31日 月曜日

網膜内脂質代謝と加齢黄斑変性加齢黄斑変性と脂質加齢黄斑変性の前駆病態の象徴であるドルーゼンは,網膜色素上皮(retinalpigmentCepithelium:RPE)下に蓄積する黄色/白色の物質で,その構成成分は脂質,補体,アミロイド,クリスタリンなどです.これまで血中脂質と加齢黄斑変性の関連について多くの研究が行われましたが,現在では血中脂質異常と加齢黄斑変性の関連はないか,あっても非常に少ないと考えられています.でも,ドルーゼンは脂質で構成されているのに,本当に脂質代謝と加齢黄斑変性は無関係なのでしょうか?もちろんそんなことはありません.近年,加齢黄斑変性の病態には,血中脂質よりも網膜組織における脂質代謝が重要だということが明らかになってきています1~3).主役はRPE,脇役に視細胞とマクロファージ網膜組織内の脂質代謝を考えるとき,その中心(主役)がRPEであることは加齢黄斑変性の病態を考えれば異論はないでしょう.また,RPEの機能の一つが視細胞外節の貪食であり,視細胞が重要な脇役であることも予想されます.そして,最後の脇役はマクロファージ(マイクログリア)です.これは少し意外かもしれませんが,厳密には網膜組織の一部ではないマクロファージ/マイクログリアも,網膜内の脂質代謝の恒常性維持に重要な役割を担っているのです(図1).実験動物を用いて組織特異的に遺伝子操作を行い,脂質(コレステロール)代謝を阻害すると,加齢黄斑変性様の表伴紀充慶應義塾大学医学部眼科学教室現型が得られますが1~3),RPEに遺伝子操作を行った変化がRPEに出るのは当然として3),視細胞1)およびマクロファージ2)に同様の遺伝子操作を行った場合も,その変化がCRPEとその周辺におきます.まさに,加齢黄斑変性はCRPEを主役に,脇役であるその周辺組織との相互作用により発症するのです.今後の展望網膜内組織の脂質代謝をターゲットにした治療が実現すれば,加齢黄斑変性の超早期から治療的介入が可能になるでしょう.また,パキコロイド関連疾患の概念の登場とともに注目を集めている脈絡膜にも,新たな脇役としての可能性を感じます.RPEと隣接する脈絡膜と加齢黄斑変性の関連にも今後大注目です.文献1)BanCN,CLeeCTJ,CApteCRSCetal:DisruptedCcholesterolCmetabolismCpromotesCage-relatedCphotoreceptorCneurode-generation.JLipidResC59:1414-1423,C20182)BanN,LeeTJ,ApteRSetal:Impairedmonocytecholes-terolCclearanceCinitiatesCage-relatedCretinalCdegenerationCandvisionloss.JCIInsightC3:e120824,C20183)StortiCF,CKleeCK,CGrimmCCCetal:ImpairedCABCA1/CABCG1-mediatedClipidCe.uxCinCtheCmouseCretinalCpig-mentepithelium(RPE)leadstoretinaldegeneration.ElifeC8:e45100,C2019図1網膜内脂質代謝と加齢黄斑変性コレステロール代謝関連遺伝子をマクロファージ特異的にノックアウトすると,マクロファージにコレステロールが蓄積(Ca:)するだけでなく,加齢とともに網膜に加齢黄斑変性様の変化が出現する(Cb).(67)あたらしい眼科Vol.37,No.8,2020C9670910-1810/20/\100/頁/JCOPY

硝子体手術のワンポイントアドバイス 207.自然閉鎖と再発を繰り返す黄斑円孔(初級編)

2020年8月31日 月曜日

硝子体手術のワンポイントアドバイス●連載207207自然閉鎖と再発を繰り返す黄斑円孔(初級編)池田恒彦大阪医科大学眼科●はじめに黄斑円孔の自然閉鎖および自然閉鎖後の再発の報告は散見されるが,多くは硝子体手術後眼あるいは強度近視眼である1~3).筆者らは以前に,手術既往のない正視眼に自然閉鎖と再発を複数回繰り返したCstage2黄斑円孔のC1例を経験し報告したことがある4).C●症例提示76歳,男性.右眼視力低下を主訴に受診.初診時,視力は右眼(0.4),屈折は正視,光干渉断層計(opticalCcoherencetomography:OCT)でCstage2の黄斑円孔を認めた(図1).1週間後に診察したところ,後部硝子体.離が生じており,黄斑円孔は閉鎖傾向を認め,2カ月後には完全に閉鎖し,視力は(0.9)に改善した(図2).そのC6カ月後,再度右眼視力低下を自覚.右眼視力(0.4)と低下し,stage2の黄斑円孔が再発していた.OCTでは明らかな硝子体牽引は認められなかった(図3).1カ月後に再度,自然閉鎖を認め,視力は(0.8)に回復した(図4).C●黄斑円孔が自然閉鎖と再発を繰り返す機序本症例では,初診時には中心窩への牽引を認めたが,1週間後には牽引が解除され,自然閉鎖に至ったと考えられる.自然閉鎖した黄斑円孔は,特発性でも外傷性でも再発する可能性は低いと考えられるが,過去に自然閉鎖と再発を繰り返したとする報告がいくつかみられ,その多くは硝子体手術後の症例であり,再発には術後に生じた黄斑上膜の牽引が関与するというものが多い1~3).また,原疾患に黄斑部を含む裂孔原性網膜.離や糖尿病黄斑浮腫などが含まれており,黄斑部の脆弱性が関与すると推測している報告もある.手術既往のない症例の報告としてはCGolanらのC1編のみであり,彼らは手術既往のない強度近視眼にC3度にわたって黄斑円孔の自然閉鎖(65)C0910-1810/20/\100/頁/JCOPY図1初診時の右眼OCTStage2の黄斑円孔を認めた.(文献C4より引用)図22カ月後の右眼OCT1週間後に後部硝子体.離が生じ,2カ月後には黄斑円孔は完全に閉鎖した.(文献C4より引用)図36カ月後の右眼OCTStage2の黄斑円孔が再発していたが,明らかな硝子体牽引は認められなかった.(文献C4より引用)図47カ月後の右眼OCT再度,自然閉鎖を認めC,視力は(0.8)に回復した.(文献C4より引用)と再発を繰り返した症例を報告している5).また,その機序としてグリア細胞の増殖の関与を指摘している.今回の筆者らの症例と共通点は多いが,異なる点として本症例は正視眼であることがあげられる.本症例のCOCT所見を見ても初回と再発時の黄斑円孔の所見は明らかに異なっており,黄斑円孔発症に異なった機序が関与している可能性が考えられるが詳細は不明である.文献1)SridharJ,TownsendJH,RachitskayaAV:RapidmacularholeCformation,CspontaneousCclosure,CandCreopeningCafterCparsCplanaCvitrectomyCforCmacula-sparingCretinalCdetach-ment.CRetinCasesBriefRepC11:163-165,C20172)KimCJY,CParkSP:MacularCholeCformationCandCspontane-ousCclosureCafterCvitrectomyCforCrhegmatogenousCretinalCdetachmentCdocumentedCbyCspectral-domainCopticalCcoherencetomography:CaseCreportCandCliteratureCreview.IndianJOphthalmolC63:791-793,C20153)MoriCT,CKitamuraCS,CSakaguchiCHCetal:TwoCcasesCofCrepeatingCrecurrencesCandCspontaneousCclosuresCofCmacu-larholesinvitrectomizedeyes.JpnJOphthalmolC62:467-472,C20184)MiyamotoM,ShimizuK,SatoYetal:Spontaneousdisap-pearanceCandCrecurrenceCofCimpendingCmacularhole:aCcasereport.JMedCaseRepC13:335,C20195)GolanCS,CBarakA:ThirdCtimeCspontaneousCclosureCofCmyopicCmacularChole.CRetinCCasesCBriefCRepC9:13-14,2015あたらしい眼科Vol.37,No.8,2020C965

抗VEGF治療:加齢黄斑変性の長期マネジメント

2020年8月31日 月曜日

●連載監修=安川力髙橋寛二湧田真紀子1)能美なな実2)木村和博1)78.加齢黄斑変性の長期1)山口大学大学院医学系研究科眼科,2)下関医療センター眼科マネジメント加齢黄斑変性診療における長期マネジメントでは,個々の患者の再発傾向に即した抗CVEGF薬の投与法を選択することで,視機能を維持するとともに投与回数を削減することができる.また,長期間治療が継続できるよう,十分な説明や対話による心理サポートや地域連携を利用した遠距離通院の低減も含め,多面的な患者ケアを心がける.長期マネジメントにおける二つのポイント滲出型加齢黄斑変性(age-relatedCmacularCdegenera-tion:AMD)の診療において,視機能を改善・維持するために抗血管内皮増殖因子(vascularCendothelialCgrowthfactor:VEGF)療法は不可欠である.一方で,患者にとって維持期の抗CVEGF療法は効果を実感しづらく,繰り返し眼に注射されるという心理的苦痛や費用面での負担感が大きいため,途中で挫折してしまうケースもみられる.つまり,AMD診療の長期マネジメントでは,可能な限り長期に視機能を維持できる治療方針を選択し,かつその治療が継続できるように患者のトータルケアに努めること,このC2点を両立させることが必要となる.抗VEGF薬の投与法:三者療法AMDに対する抗CVEGF療法の大規模研究では,導入期治療によって改善した視力はほぼプラトーに達し,以降は投与を継続しても大きな改善はみられない1,2).つまり,AMD診療における長期目標とは,導入期治療で改善した視力をいかに長期に維持するかということになる.しかし,実際に抗CVEGF療法を行っていると,数回の投与で長期に再発を認めない患者もいれば,頻回の投与が必要となる患者もいる.現状ではこのような違いを治療開始前に予測することはむずかしいため,病状に応じた個別化治療が求められる.維持期の抗CVEGF薬投与法には,1)定期的に投与を行う固定投与(FIX),2)再発など必要時にCreactiveに投与を行うCproCrenata(PRN),そしてC3)黄斑ドライを維持できるよう投与間隔を調整し,proactiveに投与を行うCtreatandextend(TAE)のC3種類がある.それぞれの方法には一長一短があるため,筆者らは個々の患者の病状に即してこのC3法を使い分ける三者療法(図1)を考案した.(63)C0910-1810/20/\100/頁/JCOPY導入期後1カ月目2カ月目3カ月目まず導入期治療として抗CVEGF薬をC3カ月連続投与し,その後さらにC3カ月経過観察を行う.この間に光干渉断層計(opticalCcoherencetomography:OCT)で滲出病変の再発がない反応良好例にはC3カ月ごと通院のPRNを選択し,3カ月以内に再発があればCTAEで治療する.TAEでは開始時の投与間隔でC2回連続ドライならC2週延長(最大C12週),再発時にはC2週短縮する.2回目の再発時には延長・短縮をC1週間隔で調整したのち,再発のない最大投与間隔で固定(FIX)して継続する.導入期治療で滲出が残る抵抗例では光線力学療法(photodynamicCtherapy:PDT)の併用を検討する.また,いずれの投与法でもC2段階以上の視力低下や黄斑出あたらしい眼科Vol.37,No.8,2020C963例:TAE/8週間隔図2当院でのTreatandExtend(TAE)法再投与はCOCT所見で決定し,開始時投与間隔でC2回連続滲出がなければC2週間延長,再発時にはC2週間短縮する(最大C12週).2回目の再発時には延長・短縮幅をC1週間隔で調整し,再発のない最大投与間隔で固定する.logMAR値0.70.60.50.40.30.2(カ月)PRNTAE/8週間隔TAE/4週間隔平均図3三者療法の視力経過平均値およびCPRN群ではC3カ月目以降,8週間隔CTAE群ではC24カ月目で有意に視力が改善しており,4週間隔CTAE群でも視力は維持された.血を生じる重症な再発時には導入期治療に戻る.この三者療法を用いて未治療のCAMDをアフリベルセプト単独で加療したC31眼のC2年経過では,導入期治療後の治療法はCPRN,8週間隔CTAE,4週間隔CTAEがそれぞれC15眼,12眼,4眼だった.視力経過(図3)ではCPRNおよびC8週間隔CTAEの症例全例でC24カ月目のC964あたらしい眼科Vol.37,No.8,2020視力は有意に改善し,再発傾向の強いC4週間隔CTAEの症例でも視力は維持されていた.31眼中C11眼(35.5%)でClogMAR0.3以上の視力改善がみられ,0.3以上悪化した症例はC2眼(6.5%)のみだった.2年間の投与回数は,導入期治療C3回を含めて全例でC9.7回,PRN例で5.3回,8週間隔CTAE例でC13.1回,4週間隔CTAE例で15.8回であり,視力を維持しつつも集中治療が必要な症例と,少ない回数で維持できる症例を選別した治療が可能であった.患者のトータルケアAMDの長期管理には多面的な患者ケアも必須である.眼科医がベストと考えて選択した治療を患者に納得して継続してもらうために,当院ではCOCTなどの画像を見せて十分な説明と対話を心がけている.また,通院負担を軽減するために地域のかかりつけ医と治療方針を共有し,分担して治療や経過観察を行う地域連携システムの構築も進めている.文献1)RosenfeldPJ,BrownDM,HeierJSetal:RanibizumabforneovascularCage-relatedCmacularCdegeneration.CNEnglJMedC355:1419-1431,C20062)HeierCJS,CBrownCDM,CChongCVCetal:Intravitreala.ibercept(VEGFtrap-eye)inCwetCage-relatedCmacularCdegeneration.OphthalmologyC119:2537-2548,C2012(64)

緑内障:臨床および基礎研究からみたブリモニジンの効果

2020年8月31日 月曜日

●連載242監修=山本哲也福地健郎242.臨床および基礎研究からみた横山悠東北大学病院眼科ブリモニジンの効果ブリモニジン点眼液はアドレナリンCa2受容体作動薬であり,房水産生抑制,房水排出促進という二つの作用をもつ薬剤である.その高い眼圧下降効果はいくつかの研究で実証されており,薬理作用的にも他の緑内障,高眼圧治療薬と組み合わせやすい.現在,その眼圧下降作用以外にも網膜神経節細胞になんらかの影響を及ぼし,神経保護の観点からも有益ではないかという期待から広く用いられている.●緑内障治療薬としてのブリモニジン米国に緑内障・高眼圧症治療薬としてのC0.2%ブリモニジン酒石酸塩点眼液(以下,ブリモニジン点眼液)が登場したのはC1996年である.それに対し,日本では2012年に,濃度の低いC0.1%ブリモニジン点眼液が承認されている(図1).ブリモニジン点眼液はアドレナリンCa2受容体作動薬であり,房水産生の抑制およびぶどう膜強膜流出路からの房水流出を促進するという機序により眼圧下降作用を有すると考えられている.原発開放隅角緑内障および高眼圧症を対象とした研究において,0.2%ブリモニジン点眼液の眼圧下降率は点眼C2時間値でC23.6~24.8%,トラフではC12~14.8%と高いものであった1~3).しかし,0.2%ブリモニジン点眼液には結膜炎などの眼局所の副作用の発現頻度が高いという問題があった(図2).この点において,現在普及するC0.1%の製剤は,防腐剤を塩化ベンザルコニウムから亜塩素酸ナトリウムに変更しpHを調整したことで,高い眼圧下降作用を維持しつつ,副作用発現頻度を減少させたものとなっている.C●ブリモニジンに関する臨床研究Low-PressureGlaucomaTreatmentStudy(LoGTS)は,視野保持能に関してC0.2%ブリモニジン点眼液とC0.5%チモロール点眼液を比較した多施設共同無作為化二重盲検試験である4).正常眼圧緑内障C178例を対象としており,最大C48カ月経過を観察した.この研究における主要評価項目はCprogressorsoftwareによる視野障害進行であり,進行の定義を,三つかそれ以上の検査点で有意な負のスロープ(innerC.1.0CdB/Y,edgeC.2.0CdB/Y,p<5%)を示し,その後C2回の検査で確認した場合としている.この研究において,眼圧下降作用は両群間で有意な差は認めなかったが,Kaplan-Meier法を用いた生存分析ではC0.2%ブリモニジン点眼液群のほうが有意に(61)C0910-1810/20/\100/頁/JCOPY視野障害に至った症例が少なかった.追加解析では,加齢,高血圧治療薬の使用,平均眼灌流圧の低下などが危険因子であったことが報告された5).筆者らの施設でも,日本で市販されるC0.1%ブリモニジン点眼液を用いて,0.5%チモロール点眼液を比較した研究を行っている6).ブリモニジン点眼液の濃度以外にもCLoGTSと方法が異なっており,少なくともプロスタグランジン関連薬を含む抗緑内障点眼液C1剤以上を使用しても進行傾向にある広義原発開放隅角緑内障を対象とし,主要評価項目をCMD(meandeviation)スロープの変化と定めている.この研究ではCMDスロープは両治療群とも改善を示したが,群間差を認めなかった.しかし,視野障害進行の定義をCHumphrey視野計に搭載されるCGuidedProgressionCAnalysisで「進行の可能性あり」と判定される検査点がC3点以上とした場合,生存分析では生存曲線に有意差を認め,ブリモニジン群の生存率が高かった(図3)6).これらの研究成果では眼圧下降作用以外にも視野保持図10.1%ブリモニジン酒石酸塩液わが国で市販されるアイファガン点眼液C0.1%.図2ブリモニジン点眼液により生じた濾胞性結膜炎著明な球結膜充血と瞼結膜に濾胞性変化を認める.ブリモニジン点眼液で多い眼局所の副作用の一つである.あたらしい眼科Vol.37,No.8,2020C961ab14MeanIOP(mmHg)1312111098760M4M8M12M16M20M24M04812162024MonthMonthNumberatrisk(Events)Brimonidine21(0)21(0)21(1)20(0)20(0)20(0)20(0)Timolol20(0)20(0)20(0)20(1)19(1)18(4)14(1)図3当施設で行われた0.1%ブリモニジン点眼液と0.5%チモロール点眼液の比較a:眼圧の推移.0.1%ブリモニジン点眼液のほうが全体的に眼圧が若干低いが,薬剤としての効果に有意差はみられなかった.Cb:生存時間分析.主要評価項目であるCMDスロープは両群間で有意差を認めなかったが,Kaplan-Meier生存分析では有意差を認めた(ログランクテスト:p=0.0198).(文献C6より引用)になんらかの影響を及ぼしていたことが示唆されており,ブリモニジン点眼液が緑内障臨床医から期待される理由となっている.C●ブリモニジンに関する基礎研究ブリモニジンには虚血再灌流モデル,軸索挫滅モデルなどで実験的に障害された網膜神経節細胞(retinalgan-glioncell:RGC)に対してなんらかの影響を及ぼすことがいくつかの基礎研究で報告されている.Sembaらは興奮毒性により神経変性を引き起こすCEAAC1ノックアウトマウスを用いた研究において,ブリモニジンはN-methyl-D-aspartatereceptor2B(NR2B)subunitのリン酸化を抑制して神経変性を抑えたことを報告した7).また,彼らは培養CMuller細胞においてブリモニジン投与により脳由来神経栄養因子(brainCderivedCneurotrophicfactor:BDNF)などの神経栄養因子の発現量が上昇したことも確認もしており,グリア-ニューロン相互作用を含むさまざまな経路を介して緑内障性網膜変性を抑えたのではないかと考察している.当施設でもラットの軸索切断によるCRGC障害モデルにおいて,ブリモニジン硝子体注射によりCRGCが多く残存し,また電気生理学的検査でその活動を確認している8).C●おわりに現在,緑内障治療において十分なエビデンスに基づいているものは眼圧下降療法のみである.しかし,実臨床では眼圧下降療法を十分行っても進行する難症例にしばしば遭遇する.さまざまな研究から,ブリモニジン点眼液は緑内障治療において期待される薬剤ではあるが,そC962あたらしい眼科Vol.37,No.8,2020の薬理作用にはまだまだ不明な点が多い.今後さらなる緑内障研究が求められている.文献1)SerleJB:ACcomparisonCofCtheCsafetyCandCe.cacyCofCtwiceCdailyCbrimonidine0.2%CversusCbetaxolol0.25%CinCsubjectswithelevatedintraocularpressure.TheBrimoni-dineCStudyCGroupCIII.CSurvCOphthalmolC41:S39-S47,C19962)WhitsonJT,HenryC,HughesBetal:Comparisonofthesafetyande.cacyofdorzolamide2%andbrimonidine0.2%CinCpatientsCwithCglaucomaCorCocularChypertension.CJGlaucomaC13:168-173,C20043)CantorLB,HoopJ,KatzLJetal:Comparisonoftheclini-calsuccessandquality-of-lifeimpactofbrimonidine0.2%andCbetaxolol0.25%CsuspensionCinCpatientsCwithCelevatedCintraocularpressure.ClinTherC23:1032-1039,C20014)KrupinT,LiebmannJM,Green.eldDSetal:Arandom-izedtrialofbrimonidineversustimololinpreservingvisu-alfunction:resultsCfromCtheCLow-PressureCGlaucomaCTreatmentStudy.AmJOphthalmolC151:671-681,C20115)DeCMoraesCCG,CLiebmannCJM,CGreen.eldCDSCetal:RiskCfactorsCforCvisualC.eldCprogressionCinCtheClow-pressureCglaucomaCtreatmentCstudy.CAmCJCOphthalmolC154:702-711,C20126)YokoyamaCY,CKawasakiCR,CTakahashiCHCetal:E.ectsCofCbrimonidineCandCtimololConCtheCprogressionCofCvisualC.eldCdefectsinopen-angleglaucoma:Asingle-centerrandom-izedtrial.JGlaucomaC28:575-583,C20197)SembaK,NamekataK,KimuraAetal:Brimonidinepre-ventsneurodegenerationinamousemodelofnormalten-sionglaucoma.CellDeathDisC5:e1341,C20148)YukitaCM,COmodakaCK,CMachidaCSCetal:BrimonidineCenhancesCtheCelectrophysiologicalCresponseCofCretinalCgan-glionCcellsCthroughCtheCTrk-MAPK/ERKCandCPI3KCpath-waysCinCaxotomizedCeyes.CCurrCEyeCResC42:125-133,C2017(62)

屈折矯正手術:iDesign Refractive Studio

2020年8月31日 月曜日

監修=木下茂●連載243大橋裕一坪田一男243.iDesignRefractiveStudio荒井宏幸みなとみらいアイクリニック新しいwavefrontanalyzerであるiDesignRefractiveStudio(Johnson&Johnson)は,測定された収差情報をレーザー照射プログラムに変換する際に,トポグラフィーのデータを元に余弦効果を最適化することで,より理想的なwavefrontguidedLASIKを可能とした.●より精緻なWavefrontGuidedLASIKのためにかねてよりwavefrontguidedLASIKを提唱してきたJohnson&Johnson社が,新たなwavefrontanalyz-erを開発した.初代のWaveScan,2代目のiDesignに続く3世代目として登場したのがiDesignRefractiveStudioである.外観は2代目のiDesignを踏襲しているが,測定部・CPU・ソフトウェアなどの心臓部は一新されている(図1).それに伴い,測定・解析可能な項目も増加している(表1).また,データを受け取るVISXStarS4IRエキシマレーザーシステムのソフトウェアも変更され,測定精度の向上に見合った精緻なレーザー照射を行えるよう,システム全体に改良が施された.図1iDesignRefractiveStudioの外観従来のiDesignと大きな変更はない.付属のテーブルが小型になったので,設置は容易になった.LAN端子を備え,ネットワークにも対応している.●トポグラフィーを活用したWavefrontGuidedLASIKが可能に従来のiDesignは,1,257ポイントのHartman-Shack像による精緻なwavefront解析が行えるアナライザーである.同一撮影にてトポグラフィーも取得しており,角膜形状マップも表示されていたが,エキシマレーザーの照射プログラムにはトポグラフィーの結果は反映されていなかった.新たに開発されたiDesignRefractiveStudioでは,測定されたトポグラフィーの結果を照射プログラムに反映させ,余弦効果の補正を正確に行えるようになった.余弦効果とは,角膜周辺部の斜面状の部分にレーザーが当たった場合にスポット面積が広くなり,レーザーによる照射効率が変化することである.VISXStarS4IRでは従来より余弦効果に対する補正を行ってレーザー照射をしてきたのであるが,補正の基礎情報としてはK値のみを使用していた.したがって,角膜周辺部の微細なK値変化には対応することができなかった.iDesignRefractiveStudioでは,トポグラ表1新旧iDesignの性能の違いiDesigniDesignrefractiveStudioaxialpower●●irregularity○○elevation●●meancurvature○●tangentialcurvature○●cornealwavefront○●keratometry●●internalaberrations○●di.erencemaps●●WF/auto-refraction●●○計測不可●限定つき計測可能●計測可能iDesignRefractiveStudioでは形状解析および収差解析における解析可能な項目が増えている.(59)あたらしい眼科Vol.37,No.8,20209590910-1810/20/\100/頁/JCOPY表2エキシマレーザー照射プログラムの違い変換のプロセスiDesigniDesignrefractiveStudio変換の基礎情報WavefrontmapWavefrontmap1Wevefront情報の角膜上への変換角膜形状はK値より数学的に推定値が計算される角膜形状はトポグラフィーの数値より実際に算出される2レーザーと角膜の相互作用(余弦効果)余弦効果はK値より数学的に解析され,レーザーエネルギーに反映される余弦効果はレーザー照射面のすべてにおいて,トポグラフィーのデータに基づいて算出される新しいプログラムでは,トポグラフィーの結果を用いて,エキシマレーザーのプロファイルを余弦効果が最適になるように補正している.フィーを補正の基礎情報として使用するため,照射面全体で正確な余弦効果の補正が行えるようになった(表2).●Wavefront波面を角膜上に反映させる多くの波面収差計が臨床使用されており,計測の精度も向上している.観察や解析のみであれば,計測精度だけの追求で問題はないが,角膜上で収差を補正する場合には,角膜が球状の形態であることが大きな障壁となる.波面収差計で得られた収差マップをLASIK,pho-torefractivekeratectomy(PRK)の照射プログラムに反映しようとする場合には,レーザーの1ショット当たりのエネルギー効率が同一であることが望ましい.そのためには先述した余弦効果をいかに効率的に補正できるかがポイントとなる.iDesignRefractiveStudioでは,iDesignで得られたwavefront情報を正確にエキシマレーザー照射プログラムに反映させることができるようになった.●WavefrontGuidedLASIKの有意性LASIKによる感染症多発事件を発端とした消費者庁の注意喚起情報が発信されて以来,国内におけるLASIK症例数は激減している.おそらくは以前のような症例数に戻ることはないであろう.しかし,LASIKに代わる技術が未だに存在せず,白内障術後のtouchupなどのような軽微な屈折異常を治療できるのはLASIK以外にはない.1991年にPallicalisによって考案されたLASIKは,すでに30年の歴史を持つ手術となった.当初のLASIKは単純に球面度数と円柱度数を矯正するものであったが,グレア軽減のために移行帯(トランジッションゾーン)の設定,球面収差補正,topographyguidedなどへ発展し,最終的なカスタマイズとしてwavefrontguidedが登場した.Topographyguidedも個々の症例に対するカスタマイズであるが,wavefrontguidedは角膜形状による屈折変化を包含した全収差解析であるため,原理的にはtopographyguidedよりも上位に位置する.真の意味でのカスタマイズLASIKはwavefrontguidedだけであるといってもよいであろう.世界的には現在でも多くのLASIKが行われており,今回紹介したiDesignRefractiveStudioのような精度向上への進化が続いていることは,屈折矯正手術を専門とする筆者としては嬉しいかぎりである.今後もこの分野のさらなる発展を願っている.☆☆☆960あたらしい眼科Vol.37,No.8,2020(60)

眼内レンズ:カートリッジと鑷子による眼内レンズ摘出法

2020年8月31日 月曜日

眼内レンズセミナー監修/大鹿哲郎・佐々木洋福岡佐知子405.カートリッジと鑷子による眼内レンズ摘出法多根記念眼科病院低侵襲な眼内レンズ(IOL)摘出法“cartridgepull-throughtechnique”を考案したので報告する.D1カートリッジ(HOYA)内腔に福岡氏CIOL摘出鑷子(はんだや)を通す.鑷子を前房内に挿入,IOL光学部を把持,カートリッジ内にCIOLを引き込み摘出する.前房内操作が少なく,角膜や虹彩の保護が可能で,低侵襲にCIOLを摘出できる有効な術式であると考える.●はじめに近年,白内障手術の低年齢化やアトピー性疾患の増加,長寿命などによる眼内レンズ(intraocularlens:IOL)脱臼,偏位症例の増加,白内障手術後の度数ずれやプレミアムレンズの不満症例などへの対応として,IOLを摘出する機会が増えている.現在は,IOLを鑷子で半分に折り曲げたり,剪刀で分割して摘出している.前房という狭いスペースで行うため,角膜や虹彩に侵襲を与えてしまうことがある.そこで,カートリッジと鑷子を使い,低侵襲にCIOLを摘出する“cartridgeCpull-throughtechnique”1)を考案したので紹介する.C●Cartridgepull.throughtechniqueの標準術式D1カートリッジ(HOYA)と福岡氏CIOL摘出鑷子(はんだや)を使用する(図1).3.2Cmm以上の強角膜切開創を作製する.IOLに硝子体が絡んでいる場合は粘弾性物質や硝子体カッターで硝子体を郭清しておく.カートリッジ内腔に粘弾性物質を充.したあとに,鑷子を通し,鑷子先端がカートリッジ先端から出るようにセットする.右手で持った鑷子を前房内に挿入しCIOL光学部を把持する(図2a).次に左手でカートリッジ先端を創口から前房にゆっくり押し込んだら,そのままの位置で固定する.右手の鑷子はCIOLを把持したまま手前に引いて,IOLをカートリッジ内に引き込む(図2b).IOL全体がカートリッジに引き込まれてから摘出するのが理想的だが,光学部の半分くらいがカートリッジに引き込まれて筒状になった時点で,カートリッジと鑷子を一緒に引き抜けば,IOLが摘出できる.IOLの入れ替えや,IOL偏位で虹彩付近にCIOLがある場合は上記方法で行う.IOLが網膜表面に落下している場合は,硝子体切除後,IOLを硝子体鑷子で虹彩後方鑷子先端の拡大図図1D1カートリッジ(右下)と福岡氏IOL摘出鑷子図2Cartridgepull.throughtechniqueの手順a:右手で持った鑷子を前房内に挿入しCIOL光学部を把持する.光学部の把持部位は手前ループ付け根の少し右側.Cb:左手でカートリッジ先端を創口から前房にゆっくり押し込んだら,そのままの位置で固定する.右手の鑷子はCIOLを把持したまま手前に引いて,IOLをカートリッジ内に引き込む.(57)あたらしい眼科Vol.37,No.8,2020C9570910-1810/20/\100/頁/JCOPYまで持ち上げる.IOLを虹彩上に引き上げてもよいが,硝子体腔から直接摘出することもできる.いずれの場合も,眼球が虚脱する可能性があるときはCinfusionCportを作製し,眼内灌流をしながら行う.C●より摘出しやすくするための工夫使用しているCD1カートリッジは光学部径がC6.5CmmのCIOL挿入用で,推奨切開創は角膜C3.2mm,強角膜C3.0mmである.カートリッジの中を光学径がC6.0mmのフォーダブルCIOLだけが通過するのであれば摘出可能と感じるが,実際は光学部を把持した鑷子とループが同時に通過するためタイトである.ゆえに切開幅は強角膜切開であればC3.2Cmm以上がよい.さらに摘出CIOLが厚いと予測される場合は,カートリッジを使用前に保温庫で温めて伸展しやすくしたり,カートリッジ先端に切り込みを入れて口径の拡大を試みてもよい.現在CD1カートリッジは入手困難なため,6.0CmmIOL挿入用のCC1カートリッジ(HOYA)でも同手技が可能である.粘弾性物質の種類は問わないが,低温の粘弾性物質を使用するとCIOLが硬くなり,摘出しにくくなるので,常温に戻しておく.また,カートリッジをそのまま前房に挿入すると虹彩が陥頓するため,カートリッジ内に粘図3IOL光学部の把持部位によるループの挙動a:ループ付け根のやや右側の光学部を把持すると,対側のループはまっすぐ伸びるので摘出しやすい.Cb:両ループの中間の光学部を把持すると,ループが硝子体側や角膜内皮側に立ち上がり,虹彩や角膜(IOL入れ替えの場合は後.)を損傷する可能性があるので注意が必要である.弾性物質を充.しておく.これは潤滑剤にもなる.C●注意点本術式は,PMMAなど折りたためない硬い材質のIOLは摘出できない.またCIOLを摘出する際,IOLに絡んだ硝子体を一緒に引っ張ると,網膜.離を起こす可能性があるので,粘弾性物質や硝子体カッターで硝子体を郭清してから摘出する必要がある.そしてCIOL光学部の把持部位にも注意が必要である(図3).ループ付け根のやや右側の光学部を把持すると,対側のループがまっすぐ伸びるので摘出しやすいが(図3a),両ループの中間の光学部を把持すると,ループが硝子体側や角膜内皮側に立ち上がり,虹彩や角膜内皮細胞(IOL入れ替えの場合は後.)を損傷する可能性があるので注意が必要である(図3b).今回考案したCcartridgeCpull-throughCtechniqueは,すべてのCIOLが摘出できるわけではないが,低侵襲で簡便に行うことができる有効な術式であると考える.文献1)福岡佐知子,木下太賀,森田真一他:カートリッジと鑷子による低侵襲CIOL摘出法(CartridgeCpull-throughCtech-nique).IOL&RS,投稿中