乳児眼振症候群InfantileNystagmusSyndrome鈴木康夫*はじめに種々の臨床において,疾患を生まれつきの「先天」と生まれた後に生じる「後天」に二分することは広く行われている.とくに「後天」は,病因や発症起点,関連する要因などがよくわかっている場合に用いられる.眼振を先天眼振と後天眼振に二分することも古くから行われている.後天眼振は,眼球運動系に生じた異常が,正常に発達し良好な視力を担保していた固視を障害し,発症する.動揺視,視力低下などを伴うため,発症時期の特定,推定が可能である.また,障害原因が治療,回復可能な病態であれば,眼振の改善,治癒が期待できる.これに対して,先天眼振の発症時期は生後6カ月頃までとされているが,学童期に至っても視力低下や動揺視の自覚がなかったり,ごく軽度だったりする症例もあり,眼振の自覚や他者からの指摘が発症時期と異なることが多い.本人のみならず,家族を含めた周囲の人々も認識していなかった先天眼振が頭痛,めまいなど他の症状を契機に,学童期以降に指摘されるケースもまれではない.とくに乳児期とされる1歳までの眼振診断には,担当医,家族が眼振に気づくか否か,気づいたあと,どの程度再現性のある評価を行えるかが重要となる.発症時期に加えて,視機能と自覚症状を考慮した眼振の先天,後天への二分類は,臨床症状,経過が大きく異なることから現在も広く用いられている.「乳児眼振症候群(infantilenystagmussyndrome)」は,長らく用いられていた「先天眼振(congenitalnys-tagmus)」に代わる用語として,2001年に米国で提唱された.本稿では,乳幼児期に認める眼振に対し,新しい用語が提唱された背景とその分類の変遷などについてまとめた.I眼振の基本振盪(震盪,震蕩,振とう,震とう)とは,「ふるい動かすこと,ふるえ動くこと(広辞苑第六版)」であり,眼が揺れている状態を「眼球振盪」と称することは正しい.しかし,医学用語としての「眼振(nystagmus)」には,確立された定義があり,眼が揺れている状態すべてが眼振ではない.生理的,病理的を区別せず,固視が不随意な「遅い眼球運動(ドリフト)」で障害されて生じる律動性往復眼球運動が,眼振である.不随意の律動性往復眼球運動であっても,固視点からの視線ずれの原因が「急速眼球運動系(saccadicsystem)」で生じる「速い(衝動性)眼球運動」である場合は眼振ではなく,「衝動性眼球運動混入(saccadicintrusions)」と称される1).固視を障害する原因を問わず,不随意律動性往復眼球運動全体を眼振と称することがあるが,その場合,原因が遅い眼球運動である本来の眼振は「狭義の眼振」と称されて区別される.衝動性眼球運動混入の際,ずれた視線を元の固視位置に戻す逆向き補正眼球運動は,原因と同じ速い眼球運動である.衝動性眼球運動混入は,視線ずれの大きさ(振*YasuoSuzuki:手稲渓仁会病院眼窩・神経眼科センター〔別刷請求先〕鈴木康夫:〒006-0811札幌市手稲区前田1条12丁目1-40手稲渓仁会病院眼窩・神経眼科センター0910-1810/21/\100/頁/JCOPY(61)1043加速型等速型減速型水平眼位ab時間図1緩徐相波形による律動(jerky)眼振尾分類a:加速型緩徐相.青破線は固視位置を示す(b,cも同様).視線が固視位置に近いときに眼球運動速度が遅い時間帯がある(赤線,foveationperiod).b:等速型緩徐相.c:減速型緩徐相.視線が固視位置から大きく離れているときに眼球運動速度が遅い時間帯(赤二重線)がある.表1眼球運動記録を行った乳児期発症眼振報告の対象年齢発表年度著者症例数症例の年齢域年齢平均+/.標準偏差記録法C1979Dell’Ossoら5)C316歳.5C1歳光電素子法C2002Abadiら6)総数C22410141カ月.7C5歳C1歳未満1.6歳未満23+/.16歳(総症例数の4%)C(総症例数の6%)DC-EOG/光電素子法CDC-EOGC光電素子法C2002Hertleら8)C272.7カ月未満ゴーグル型光電素子法C2009Hertleら9)C195カ月.2C9カ月平均C17.7カ月ゴーグル型光電素子法/動画解析法C2011Feliusら10)総数C1304カ月.2C7歳中央値C4.7歳ゴーグル型光電素子法/動画解析法C355カ月.8歳中央値C3.7歳ゴーグル型光電素子法/動画解析法C2016Theodorouら11)アルビノC18C非アルビノC20C34.1+/.10.5歳40.1+/.8.3歳光電素子法光電素子法振波形解析を乳幼児期に行うことの困難さに変わりはない.CIVCEMAS2001とは「CEMAS2001」は,地域,専門領域を超えた「眼球運動と眼位異常の共通疾患分類・用語を定めること」を目的にC2001年に米国で開かれたワークショップ「Classi.cationCofCEyeCMovementCAbnormalitiesCandStrabismus:CEMAS)」で提言された疾患分類であり,「乳児眼振症候群(infantilenystagmusCsyndrome:INS)」はこの提言で初めて定められた用語である.提言からC20年が経ち,日本では少ないが,国際的には,同時に定められた用語「融像発育不良眼振(fusionalCmaldevelopmentCnystagmussyndrome:FMNS)」とともにCINSを用いた論文が増えている.しかし,INSの使われ方には変遷がある.CEMASが開催される以前,国際的な疾患分類は,1979年に世界保健機構(WorldCHealthOrganization:WHO)が死因分類統計のために勧告した国際疾病分類ICD-9(InternationalCStatisticalCClassi.cationCofCDis-eases,CNinthRevision)から作成されたCICD-9-CM(InternationalCStatisticalCClassi.cationCofCDiseases,CNinthCRevision,CClinicalModi.cation)が用いられていた.ICD-9CMの「眼球運動異常と斜視」はC78疾病に分類されていたが,この分類には定義がなく,臨床医,研究者がおのおの属するコミュニティーごとの診断基準を用いていたため,国際的のみならず,米国内においても施設間で疾患定義,用語が異なり,多施設比較が行いにくい状況にあった.また,20世紀末には,眼球運動記録法,脳科学の発展とともに「眼球運動と眼位」に関する研究に著しい進歩があり,各専門分野や地域に依存した疾患名,病態用語のばらつきが,それまでにも増して大きくなっていた.この混沌とした状況を踏まえ,疾患としての「眼球運動異常と斜視」に,専門分野や地域に依存しない統一した分類を作成し,多施設トライアル,診断・治療法選択,学生,研修医の教育などで共通して用いることのできる手段を提供することを目的にCNationalCEyeCInsti-tute(NEI)のサポートを受け,バックグラウンドは異なるがこの分野を代表するC22名の米国の臨床医,研究者が参加し開催されたワークショップがCCEMASであった.CEMAS2001は,「pathologicnystagmus」をC9種類に分類しているが,その中のINS,CFMNS,CspasmsCnutanssyndrome(SNS)のC3症候群のみ,分類基準(criteria)に「infantileonset」と明記し,乳児期発症眼振の分類とした(表2).以下に,各症候群の分類基準とその背景を記す.また,各症候群の分類基準と所見,CEMAS2001には未記載だが一般的に受け入れられている所見を表3にまとめた.C1.Infantilenystagmussyndrome(INS,乳児眼振症候群)他の神経障害の有無で,特発性先天眼振(idiopathiccongenitalCnystagmus)とその他の先天眼振(motorCandCsensorynystagmus)として区別されることもあった疾患群を,他の神経症状の有無にかかわらずに,jerky型の場合は加速型緩徐相をもつ眼振として再編した.分類基準は「乳児期に発症する加速型緩徐相をもつ眼振」である.この用語が提案された背景には,視覚障害の有無によるCsensorynystagmusとCmotornystagmusとへの分類が前者は振り子様眼振に,後者はCjerky眼振に結びつけられた時期があったのだが,実際は視線方向により振り子型とCjerky型が混在する症例が多いことがある3).また,除外診断に依拠していた特発性先天眼振の診断が著しい医学の進歩の前では陳腐化してしまったこともある.事実,視覚系の異常を伴わない家族性眼振の原因としてCX染色体のCFRMD7遺伝子異常が見いだされ「FRMD7Cinfantilenystagmus(FIN)」4)と称されることもあった.C2.Fusionalmaldevelopmentnystagmussyndrome(FMNS,融像発育不良眼振)潜伏眼振とされた症例でも,両眼開放時に微小な眼振を生じていることが多いことから,「潜伏眼振(latentnystagmus),顕性潜伏眼振(manifestClatentCnystag-1046あたらしい眼科Vol.38,No.9,2021(64)表2CEMAS2001における眼振とその他の眼球動揺の分類(抜粋)NystagmusandotherocularmotoroscillationsA.Physiological.xationalmovements(生理的固視運動)B.Physiologicalnystagmus(生理的眼振)C.Pathologicnystagmus(病的眼振)1)Infantilenystagmussyndrome(乳児眼振症候群)2)Fusionmaldevelopmentnystagmussyndrome(融像発育不良眼振)3)Spasmsnutanssyndrome(点頭けいれん)4)Vestibularnystagmus(前庭眼振)5)Gaze-holdingde.ciencynystagmus(神経積分器障害眼振)6)Visionlossnystagmus(視覚障害性眼振)7)Otherpendularnystagmus(その他の振り子様眼振)8)Ocularbobbing(眼球沈下運動)9)Lidnystagmus(眼瞼眼振)D.Saccadicintrusionsandoscillations(衝動性眼球運動混入,衝動性眼球振動)E.Generalizeddisturbanceofsaccades(サッカード障害)F.Generalizeddisturbanceofsmoothpursuit(パシュート障害)G.Generalizeddisturbanceofvestibulareyemovements(前庭性眼球運動障害)H.Generalizeddisturbanceofoptokineticeyemovements(視運動性眼球運動障害)http://nei.nih.goc/news/statements/cemas.pdf(現在アクセス不可)表3CEMAS2001などによる乳児期発症眼振の分類とその特徴乳児眼振症候群(INS)融像発育不良眼振(FMNS)点頭けいれん症候群(SNS)発症時期乳児期乳児期乳児期生後4.8月眼振方向水平,水平-回旋水平不特定,間欠性眼振の共同性高い高いなし眼振波形加速型緩徐相成長に伴い振り子型からCjerky型へ移行等速型/減速型緩徐相片眼遮蔽で増悪/出現急速相が遮蔽眼に向かう振り子様(高頻度小振幅)C低頻度小振幅,非対称振り子型NullZoneあり固視の影響増悪する眼振阻止症候群輻湊の影響軽減する眼振阻止症候群頭位異常NulZone固視,頭部動揺眼振阻止症候群斜頸,うなづき様頭部動揺斜視・屈折異常伴うことありおもに内斜視を伴う交代性上斜視(遮蔽眼が上転)斜視・弱視を伴うことあり家族歴高率陽性斜視視覚系障害伴うことが多いなしなし視力予後視覚系の完成度に依存片眼のみの弱視が生じやすい斜視,弱視に依存眼振予後加齢,両眼視機能発達で軽減2.8歳で自然緩解mus)」を区別せず,斜視を合併する乳児発症眼振として再編した.分類基準は,「乳児期に発症する斜視を伴う眼振でCjerky型のみならず振り子型もある.Jerky型は,固視眼へ向かう急速相をもつ」である.この眼振の緩徐相が減速型か等速型の緩徐相をもつことは,波形解析が可能な学童期以降の患者群でCDell‘OssoらがC1979年に報告している5).振り子型は高頻度,低振幅波形(dual-jerkyと称される)をもつとされる.C3.Spasmsnutanssyndrome(SNS)「点頭けいれん(spasmsnutans)」としての疾患分類は変わらないが,臨床所見の推移に幅があることから,症候群として分類された.分類基準は,「乳児期発症,非共同性眼振で,うなずき様頭部動揺,斜頸などの異常頭位を伴って生じる眼振」とされた.視覚系の障害,頭蓋内異常は伴わず,1歳までに発症し,発症後C1.2年で,遅くともC8歳までには自然治癒する良性疾患だが,乳児の視機能評価は困難なため,SNSの確定診断には慎重な眼底検査,MRIなどによる他疾患の鑑別を行うこと,また必ず緩解までフォローアップすることが推奨されている.なお,点頭とは「うなずくこと」(広辞苑第六版)であり,「spasmsnutans」とは異なるが,乳児期(生後4.8カ月)に頸,躯幹,四肢の屈曲発作で発症し,特異な脳波所見を示し,しばしば精神運動発達遅延を示す予後不良な疾患「infantilespasms」の日本語病名として「点頭てんかん」が用いられてきた.最近は,日本てんかん学会の診断・治療ガイドライン(http://square.umin.ac.jp/jes/pdf/uest-guide.pdf)で「West症候群」の中核と定義されているが,「点頭けいれん」と混同されていることも多いので注意を要する.CVCEMAS2001後の乳児期発症眼振の分類CEMAS2001分類は,それまでおもに神経学科領域で提唱されていた分類に基づいており,とくにCjerky型眼振の緩徐相波形を基準に取り入れて,後天眼振分類との整合性をとった分類である.それまでに臨床,研究の場で得られてきた幅広い事実を取り込み,あやふやな病因に依拠して生じがちな症候群間の重複を避けた分類であったことから,CEMAS2001分類に則ったレビューが小児眼科領域でも発表され6),2010年頃までは,CEMAS2001を直接引用した乳児期発症眼振に関する論文が多数認められていた.しかし,その後は,疾患分類用語としてCINSを用いるもののCCEMAS2001には触れない論文が増え,INSの定義があやふやとなり,CEMAS2021以前の「congenitalCnystagmus」と同様に用いられることが増えてきた.たとえば,2020年に出版された小児眼振治療のレビュー7)では,INSを通常6カ月以内に発症する眼振で,視覚系などを主とする神経疾患,発達障害を伴わない特発性(idiopathic)とこれらを伴うものに分類し,FMNSをCINSではない乳児期発症眼振としている.また,2020年に発表されたCAmericanCAcademyCofOphthalmology(AAO)による「ClinicalGuidelines:CChildhoodCNystagmusCWorkup」は,CEMAS2001分類は眼振の根本原因を診断するうえでの特異性が低いので,原因を正しく診断するためには,包括的であると同時にターゲットを絞った精密検査が必要であると述べた.眼振には(生後C6カ月までに気づかれる)先天と,どの年齢でも生じる後天があり,また,大きく生理的か,病理的かでも二分されるとし,「pathologicnystag-musCofchildhood」として新たな分類を示した(表4).CEMAS2001のCINS,FMNS,SNSが同じように分類され,このC3疾患名と並列に,CEMAS2001のCpatho-logicnystagmusの分類で「infantileonset」と記載されていない「前庭眼振」「振り子様眼振」「眼球沈下運動」を含めた疾患名が列記されたことは,乳児期発症に限定していないことから理解できる.しかし,その最後に,波形解析から行われてきた定義では眼振ではない「衝動性眼球運動混入,衝動性眼球振動」が記されていることは「突然の先祖返り」としか思えず,筆者にはその真意がわからない.今後,このガイドラインが国際的に普及するか否かはまったく未知数である.詳細は以下のホームページを参照いただきたい.Chttps://www.aao.org/disease-review/clinical-guidelines-childhood-nystagmus-workupC1048あたらしい眼科Vol.38,No.9,2021(66)表4ClinicalGuidelines:ChildhoodNystagmusWorkup(2020)における分類A.PhysiologicalNystagmus(生理的眼振)B.Pathologicnystagmus(病的眼振)1)Infantilenystagmussyndrome(乳児眼振症候群)2)Fusionalmaldevelopmentnystagmussyndrome(融像発育不良眼振)3)Spasmsnutanssyndrome(点頭けいれん)4)Vestibularnystagmus(前庭眼振)5)Eccentricgazenystagmus6)Nystagmusassociatedwithdiseaseofcentralmyelin(eg,multiplesclerosis)7)Pelizaeus-Merzbacherdisease8)Cockaynesyndrome9)Peroxisomaldisorders10)Tolueneabuse11)Pendularnystagmusassociatedwithtremorofthepalate12)PendularvergencenystagmusassociatedwithWhippledisease13)Ocularbobbing(眼球沈下運動)14)Saccadicintrusionsandoscillations(衝動性眼球運動混入,衝動性眼球振動)https://www.aao.org/disease-review/clinical-guidelines-childhood-nystagmus-workupC’C’C-’C