———————————————————————-Page1(161)7370910-1810/08/\100/頁/JCLSあたらしい眼科25(5):737740,2008cはじめにTerson症候群はくも膜下出血などによる頭蓋内圧亢進に合併する網膜硝子体出血で,高度の視力障害を伴うことがある.発症機序については不明の点があるが,一般的には頭蓋内圧の急激な亢進1)が脳脊髄液を介して視神経乳頭周囲のくも膜下腔の圧を上昇させ,網膜中心静脈を圧迫することにより,視神経乳頭,網膜の小静脈や毛細血管が破綻し出血が生じるものと考えられている24).網膜硝子体出血の形態はさまざまで35),内境界膜下出血69)を伴った場合,出血が大量であれば内境界膜を破って硝子体腔中へ出血が波及することがある.眼底の部位としては視神経乳頭近傍から黄斑部にかかるものが多く9),フルオレセイン蛍光眼底造影検査によって視神経乳頭近傍に蛍光漏出が認められた報告10,11)もある.今回筆者らはさまざまな形態の網膜硝子体出血を伴ったTerson症候群の1例を経験し,フルオレセイン蛍光眼底造影検査を行ったので報告する.I症例患者:57歳,女性.主訴:左眼視力低下.既往歴:特記すべきことなし.家族歴:特記すべきことなし.現病歴:2007年4月9日朝より頭痛があり近医を受診.待合室で突然意識消失をきたし,CT(コンピュータ断層撮〔別刷請求先〕牧野伸二:〒329-0498栃木県下野市薬師寺3311-1自治医科大学眼科学教室Reprintrequests:ShinjiMakino,M.D.,DepartmentofOphthalmology,JichiMedicalUniversity,3311-1Yakushiji,Shimotsuke,Tochigi329-0498,JAPAN内境界膜下出血,網膜下出血を伴ったTerson症候群の1例牧野伸二反保宏信金上千佳自治医科大学眼科学教室SubinternalLimitingMembraneandSubretinalHemorrhageinaPatientwithTersonSyndromeShinjiMakino,HironobuTanpoandChikaKanagamiDepartmentofOphthalmology,JichiMedicalUniversity57歳,女性がくも膜下出血に対するコイル塞栓術施行後,左眼の視力低下を主訴に受診した.矯正視力は右眼=1.2,左眼=0.07で,眼底は右眼にしみ状の網膜出血があり,左眼は後極部を中心に網膜前出血,一部黄褐色調の網膜下出血,中心窩耳下側にドーム状の内境界膜下出血,硝子体出血が認められた.両眼とも眼底出血は徐々に消退し,5カ月後には左眼は網膜色素上皮の変性に伴う色調変化が認められた.フルオレセイン蛍光眼底造影検査では,乳頭黄斑間の網膜色素上皮の変性に伴う過蛍光と中心窩鼻側の一部に蛍光漏出が認められたが脈絡膜新生血管はなかった.Ter-son症候群ではさまざまな形態の網膜硝子体出血を呈することがある.A57-year-oldfemalewhoexperiencedsubarachnoidhemorrhagereceivedcoilembolizationonthesameday.Afterrecoveringfromdisturbanceofconsciousness,shecomplainedofblurredvisioninherlefteye.Hercorrectedvisualacuitywas1.2righteyeand0.07left.Ophthalmoscopicexaminationrevealedpreretinalhemorrhageintheperipapillaryregion,dome-shapedsubinternallimitingmembranehemorrhageandsubretinalhemorrhageattheposteriorpoleinherlefteye.Herleftcorrectedvisualacuityimprovedto0.2at5monthsaftertheinitialvisit,andfunduscopyshoweddecreasedhemorrhage.However,uoreceinangiographyrevealedadyeleakagesiteatthepapillomacularregionandretinalpigmentepithelialatrophywasstilldetectedatthepre-existingsubinternallimit-ingmembraneandsubretinalhemorrhage.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)25(5):737740,2008〕Keywords:Terson症候群,くも膜下出血,網膜硝子体出血.Tersonsyndrome,subarachnoidhemorrhage,vit-reoretinalhemorrhage.———————————————————————-Page2738あたらしい眼科Vol.25,No.5,2008(162)変化が認められた(図2).10月18日,フルオレセイン蛍光眼底造影検査およびインドシアニングリーン蛍光眼底造影検査を行った.乳頭黄斑間の網膜色素上皮の変性に伴うwin-dowdefectによる過蛍光と中心窩鼻側の一部に蛍光漏出が認められた(図3)が,脈絡膜新生血管はなかった(図4).影)にてくも膜下出血を指摘され,当院脳神経外科に搬送された.同日,右椎骨動脈解離性動脈瘤に対してコイル塞栓術を施行.4月11日の抜管後より左眼の視力低下の自覚があり,5月9日当科を受診した.検査所見:視力は右眼=0.5(1.2×+1.0D(cyl2.0DAx80°),左眼=0.06(0.07×cyl1.75DAx95°)であった.前眼部に異常はなかった.眼底は右眼にしみ状の網膜出血が散在し,視神経乳頭下方に半円状の網膜前出血がみられた.左眼は視神経乳頭周囲から上方にかけて網膜前出血があり,黄斑部に一部黄褐色調に器質化した網膜下出血,中心窩耳下側にドーム状の内境界膜下出血および硝子体出血が認められた(図1).眼底が透見される程度の硝子体出血であったこと,網膜下出血があるもののすでに吸収過程にあったことから保存的に経過観察とした.5カ月後の9月27日の視力は右眼=0.7(1.2),左眼=0.1(0.2)であった.右眼の網膜出血は消退し,左眼の眼底出血も消退傾向で,網膜下出血,内境界膜下出血のみられた部位は網膜色素上皮の変性に伴う色調図1初診時の眼底写真上:右眼,下:左眼.右眼にしみ状の網膜出血,視神経乳頭下方に半円状の網膜前出血がみられる.左眼は視神経乳頭周囲に網膜前出血,黄斑部に網膜下出血,ドーム状の内境界膜下出血および硝子体出血が認められた.図2初診5カ月後の左眼眼底写真眼底出血はほぼ消退し,網膜下出血,内境界膜下出血した部位は網膜色素上皮の変性に伴う色調変化が認められた.図3フルオレセイン蛍光眼底造影写真左:造影早期,右:造影後期.乳頭黄斑間の網膜色素上皮の変性に伴うwindowdefectによる過蛍光と中心窩鼻側の一部に蛍光漏出が認められた.図4インドシアニングリーン蛍光眼底造影写真左:造影早期,右:造影後期.脈絡膜新生血管はなかった.———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.25,No.5,2008739(163)フルオレセイン蛍光眼底造影検査では乳頭黄斑間の網膜色素上皮の変性に伴うwindowdefectによる過蛍光と中心窩鼻側の一部に蛍光漏出が認められた.発症から5カ月後の造影検査で,網膜下出血後の器質的変化も生じている部位ではあるが,乳頭周囲および黄斑部に障害が生じていることが確認されたものと考えた.また,視力低下の自覚から眼科受診までにほぼ1カ月の期間があるため,硝子体出血に至った機序については推測の域を出ないが,乳頭周囲から上方にかけて網膜前出血があり,硝子体出血は乳頭上方の網膜前出血の部位から連続しているようにみられたこと,器質化した網膜下出血のみられた部位はドーム状の内境界膜下出血の存在する部位とは連続していないことから,ドーム状の内境界膜下出血が硝子体腔に波及したとするよりは,金田ら5)の報告のように乳頭周囲の網膜前出血が直接硝子体腔に波及したものと考えられた.Terson症候群の硝子体出血に対する手術時期については従来,自然吸収も期待できることから発症から6カ月程度保存的に経過観察した後に考慮することが多かったが,長期に出血が残存することで網膜前膜,黄斑円孔,増殖膜形成による牽引性網膜離などが合併する可能性もあり3,5),現在では全身状態が許せば早期の手術が望ましいとされている35,79).本症例では初診時の硝子体出血は軽度で,網膜下出血が中心窩下に存在していたものの吸収過程にあったことから経過観察とした.本症例はさまざまな網膜硝子体出血の形態を伴っており,Terson症候群の出血の機序を考えるうえで興味深い症例であると考えられた.文献1)MedeleRJ,StummerW,MuellerAJetal:Terson’ssyn-dromeinsubarachnoidhemorrhageandseverebraininju-ryaccompaniedbyacutelyraisedintracranialpressure.JNeurosurg88:851-854,19982)WeingeistTA,GoldmanEJ,FolkJCetal:Terson’ssyn-drome.Clinicopathologiccorrelations.Ophthalmology93:1435-1442,19863)SchultzPN,SobolWM,WeingeistTA:Long-termvisualoutcomeinTerson’ssyndrome.Ophthalmology98:1814-1819,19914)KuhnF,MorrisR,WitherspoonCDetal:Terson’ssyn-drome.Resultsofvitrectomyandthesignicanceofvitre-oushemorrhageinpatientswithsubarachnoidhemor-rhage.Ophthalmology105:472-477,19985)金田祥江,島田宏之,佐藤幸裕ほか:Terson症候群の硝子体手術成績と眼底所見.眼紀45:733-737,19946)FriedmanSM,MargoCE:Bilateralsublimitingmem-branehemorrhagewithTersonsyndrome.AmJOphthal-mol124:850-851,19977)堀江真太郎,今井康久,武居尚代ほか:内境界膜下血腫を伴ったテルソン症候群の硝子体手術.臨眼58:583-586,2004II考按Kuhnら4)はくも膜下出血患者100例の前向き検討により,Terson症候群の頻度は8%であったと報告している.近年のくも膜下出血の患者の生存率向上によりTerson症候群の頻度も多くなるものと考えられる.濃厚な硝子体出血を伴っているTerson症候群では眼底所見の詳細は不明となるが,眼底が透見できる場合は網膜前,網膜内,網膜下出血などさまざまな形態の網膜出血がみられることが知られている35).金田ら5)は硝子体出血に対して硝子体手術を行った16眼について検討し,網膜下出血を4眼,網膜前出血を2眼,網膜出血を2眼などに認め,病変は視神経乳頭に接することが多いと報告している.本症例の左眼では網膜前出血,網膜下出血がみられ,中心窩耳下側のドーム状の出血はこれまでの報告69)にある内境界膜下出血と考えられた.佐藤ら9)は硝子体出血に対して硝子体手術を行った10眼について,4例で内境界膜下出血を認め,発症部位は視神経乳頭近傍であったと報告している.そのことから,頭蓋内圧の急激な上昇により視神経乳頭周囲の網膜内毛細血管が破綻しやすく,内境界膜下出血が起こり,それが硝子体腔に拡散することを示唆していると考察している.内境界膜出血に関しては組織学的な報告2,7,8)もあり,堀江ら7)は黄斑部に血腫を伴う症例で術中に血腫を覆う膜を採取し,内境界膜であったことを確認している.また,硝子体出血を伴うものでは血腫上の膜に硝子体へ穿破した小孔がみつかることがあるとしているが,出血源と思われる部位が確認できないこともあり9),硝子体出血に至る機序には不明な点も多い.Ogawaら10)は発症3カ月後,硝子体手術後にフルオレセイン蛍光眼底造影検査を行い,視神経乳頭鼻側に接する部位に蛍光漏出が認められたことを初めて報告している.この部位は網膜内境界膜とElschnigの内境界膜(innerlimitingmembraneofElschnig12))の境界にあたる部位で,頭蓋内圧の上昇が視神経乳頭周囲の脈絡膜との境界にあたる部位(bordertissueofElschnig12)),眼窩内視神経周囲のグリア細胞が存在する境界にあたる部位(bordertissueofJaco-by12)),それが脈絡膜レベルまで前部に存在する部位(inter-mediarytissueofKuhnt12))に影響を及ぼしていることを裏付けている所見であろうと推測している.Iwaseら11)も発症3カ月,硝子体手術後で視神経乳頭鼻側に接する部位に蛍光漏出が認められたことを報告し,眼内に出血の至る経路として視神経乳頭に近接する領域が疑われ,網膜表層に出血がみられるか,網膜下出血をきたすかは障害を受ける組織の深さの違いであろうと推測している.本症例の初診時の右眼では乳頭下方に半円状の網膜前出血がみられ,左眼では乳頭周囲に網膜前出血,黄斑部に一部黄褐色調に器質化した網膜下出血,中心窩耳下側にドーム状の内境界膜下出血が認められ,———————————————————————-Page4740あたらしい眼科Vol.25,No.5,2008(164)rhage.Ophthalmology108:1654-1656,200111)IwaseT,TanakaN:BilateralsubretinalhaemorrhagewithTersonsyndrome.GraefesArchClinExpOphthal-mol244:507-509,200612)AndersonDR,HoytWF:Ultrastructureofintraorbitalportionofhumanandmonkeyopticnerve.ArchOphthal-mol82:506-530,19698)鎌田研太郎,阿川哲也,三浦雅博ほか:内境界膜下血腫を伴ったTerson症候群の1例.臨眼58:1313-1317,20049)佐藤孝樹,植木麻理,坂本理之ほか:テルソン症候群における硝子体出血の発生機序に関する検討.眼紀56:813-816,200510)OgawaT,KitaokaT,DakeYetal:Tersonsyndrome.Acasereportsuggestingthemechanismofvitreoushemor-***