《原著》あたらしい眼科42(1):124.128,2025c腎性貧血を伴う増殖糖尿病網膜症が進行したため硝子体手術を施行した1例山本まゆ*1,2大須賀翔*1大里崇之*3児玉昂己*1石郷岡岳*1,4水野博史*1喜田照代*1*1大阪医科薬科大学眼科学教室*2大阪暁明館病院眼科*3高槻病院眼科*4大阪医科薬科大学三島南病院眼科VitrectomyforProgressiveProliferativeDiabeticRetinopathywithRenalAnemia:ACaseReportMayuYamamoto1,2),ShouOosuka1),TakayukiOhsato3),KoukiKodama1),GakuIshigooka1,4),HiroshiMizuno1)andTeruyoKida1)1)DepartmentofOphthalmolgy,OsakaMedicalandPharmaceuticalUniversity,2)DepartmentofOphthalmolgy,OsakaGyoumeikanHospital,3)DepartmentofOphthalmolgy,TakatsukiHospital,4)DepartmentofOphthalmolgy,OsakaMedicalandPharmaceuticalUniversityMishima-MinamiHospitalC目的:腎性貧血を伴う増殖糖尿病網膜症が進行したため,硝子体手術を施行した症例を経験したので報告する.症例:58歳,男性.X年C4月に当院腎臓内科より糖尿病網膜症精査目的に紹介となった.初診時視力(1.0)と良好だが眼底に網膜出血と軟性白斑を認めた.蛍光造影検査では両眼網膜無灌流域があり右眼網膜新生血管を認め,両眼汎網膜光凝固術を開始した.糖尿病腎症C4期で腎性貧血があり,ダルベポエチンを投与し透析が開始された.経過中,右眼網膜前出血(PRH)が出現し,右眼視力(0.03)と低下,急速に増殖性変化が進行したためCX年C7月右眼水晶体再建術・硝子体手術を施行した.術後硝子体出血が遷延し,眼底の視認性改善目的に再度硝子体手術・シリコーンオイル(SO)注入術を施行,3カ月後にCSOを抜去した.X年C11月に左眼(0.1)と低下あり,左眼CPRHを認め,急速に増殖性変化が進行したため,X年C12月左眼水晶体再建術・硝子体手術を施行.術後経過良好で,最終視力は右眼(1.0),左眼(1.2).結論:糖尿病患者では腎性貧血などの全身状態も考慮し糖尿病網膜症の診察を行う必要がある.CPurpose:ToCreportCaCcaseCofCprogressiveCproliferativeCdiabeticCretinopathyCwithCrenalCanemiaCthatCrequiredCvitrectomyCsurgery.CCase:ThisCstudyCinvolvedCaC58-year-oldCmaleCwithCstageC4CdiabeticCnephropathyCandCrenalCanemia.Uponinitialexamination,visualacuity(VA)inbotheyeswas(1.0),butretinalhemorrhageandsoftexu-datesCwereCobservedCinCtheCfundusCofCbothCeyes.CFundusC.uoresceinCangiographyCrevealedCextensiveCretinalCnon-perfusionareasinbotheyesandneovascularizationinhisrighteye,sobilateralpanretinalphotocoagulation(PRP)Cwasperformed.DuringthecourseofthePRP,preretinalhemorrhageappearedinbotheyesandtheproliferativechangerapidlyprogressed,soparsplanavitrectomywasperformed.Postsurgery,VAimprovedto(1.0)ODand(1.2)OS.Conclusion:InCdiabeticCpatientsCwithCrenalCanemia,CstrictCfollow-upCisCnecessary,CasCtheCprogressionCofCproliferativediabeticretinopathycanoccur.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)42(1):124.128,C2025〕Keywords:糖尿病網膜症,腎性貧血,硝子体手術,血液透析,糖尿病性腎症.diabeticretinopathy,renalanemia,vitrectomy,hemodialysis,diabeticnephropathy.Cはじめに圧,脂質異常症,急激な血糖コントロール,妊娠などがあげ糖尿病の慢性合併症である糖尿病網膜症は現在わが国の中られている1).一般に網膜症と糖尿病性腎症はCmicroangiop-途失明原因の一つである.網膜症の悪化の原因として,高血athyが原因の主体を占めるため大きく関連がある.糖尿病〔別刷請求先〕山本まゆ:〒554-0012大阪市此花区西九条C5-4-8大阪暁明館病院眼科Reprintrequests:MayuYamamoto,DepartmentofOphthalmolgy,OsakaGyoumeikanHospital,5-4-8,Nishikujo,Konohana-ku,Osaka554-0012,JAPANC124(124)患者では透析導入に至る腎症があれば網膜症も重症であり,5.8割が増殖糖尿病網膜症(proliferativeCdiabeticCretinopa-thy:PDR)であると報告されている2).また,手術を要するほどの網膜症であれば腎症もある程度進行しており,貧血をきたす割合も高いと考えられる.貧血が網膜症に及ぼす影響に関してはこれまでにも指摘されている3).腎性貧血を伴うPDRの硝子体手術成績は不良であり,腎性貧血に対する治療を行うことで手術成績が向上する可能性がある4).今回,筆者らは腎性貧血を伴うCPDRが進行したため,硝子体手術を施行した症例を経験したので報告する.CI症例患者:58歳,男性.初診:X年C4月.主訴:既往歴:高血圧,脂質異常症,高尿酸血症.10年以上前に糖尿病と診断され,インスリン治療中であったが血糖値の変動が大きくCHbA1c10%台で血糖コントロール不良であった.眼科最終通院歴はCX-1年C5月で,単純糖尿病網膜症(simpleCdiabeticretinopathy:SDR),糖尿病黄斑浮腫,右眼動眼神経麻痺と診断されていたが,以後眼科受診は途絶していた.現病歴:X年C3月ごろより両側下腿浮腫を認め,血清クレアチニンC6.59Cmg/dl,eGFR8Cml/分/1.73CmC2と腎機能の低下があり糖尿病性腎症C4期で透析導入を検討されていた.そのときのCHbA1CcはC7.9%であった.透析導入目的にCX年C4月大阪医科薬科大学病院(以下,当院)腎臓内科に入院となった.入院時の血圧はC153/103CmmHg,血液検査にて赤血球C3.35C×106/μl,Hb10.0Cg/dl,ヘマトクリットC30.4%,血小板C1.79万/μlと腎性貧血を呈しており,透析導入が検討されていた.4月C15日に当院腎臓内科より網膜症精査目的に,当院眼科(以下,当科)を紹介受診となった.初診時眼所見:視力は右眼C0.15(1.0C×sph.4.0D),左眼0.1(1.0C×sph.4.0D).眼圧は右眼C11.7mmHg,左眼C11.7mmHg.両眼とも軽度白内障を認め,虹彩隅角新生血管なし.眼底所見で両眼に網膜出血や軟性白斑が散在していた(図1).光干渉断層計(opticalCcoherencetomography:OCT)では両眼ともに黄斑浮腫を認めなかった.そのときの蛍光造影検査(.uoresceinangiography:FA)では両眼ともに広範囲な網膜無灌流領域(nonperfusionarea:NPA)がみられ,右眼には網膜新生血管を認めた(図2).経過:右眼増殖糖尿病網膜症(proliferativeCdiabeticCreti-nopathy:PDR),左眼増殖前糖尿病網膜症(preproliferativediabeticretinopathy:PPDR)と診断した.4月C15日の血液検査でCHb9.5Cg/dlと低値であり週C1回ダルベポエチンアルファC20Cμgを投与し透析開始された.4月C16日より両眼に汎網膜光凝固術(panretinalphotocoagulation:PRP)を開始した.経過中,脳梗塞を発症するなど体調不良のため,受診中断もあり,6月には合計右眼C898発,左眼C843発と少なめの照射数であった.PRP施行中,右眼網膜前出血(prereti-nalhemorrhage:PRH)の出現,消退を複数回繰り返した.しかし,X年C7月右眼CPRH再発後,出血は増大し,視力は(0.03)と低下した.また,眼底所見では急速に増殖性変化が進行したため(図3),右眼経毛様体扁平部硝子体切除術(parsplanaCvitrectomy:PPV)および白内障手術を施行した.術中所見では,上方の線維血管増殖膜の癒着が強固で出血も認めたため,ジアテルミーで止血しながら可能な限り増殖膜を切除した.網膜全体に網膜光凝固術(photocoagula-図1初診時眼底写真図2初診時右眼蛍光造影写真図3両眼PRH出現時図4術後眼底写真tion:PC)をC511発を追加し液空気置換ののち,空気によるガスタンポナーデを行い手術終了となった.術後は眼圧上昇を認め,前房出血もあったことから術C3日目に前房穿刺を施行したが,硝子体出血(vitreoushemorrhage:VH)が遷延しており,術C5日目に眼底の視認性改善目的に液空気置換を施行した.その後もCVHの改善がみられないため,術C11日目に再度CPPVを施行した.前房洗浄を行い,上方の網膜新生血管からの出血があり,双手法で可及的に膜処理を行った.最後にシリコーンオイル(siliconeoil:SO)を注入し手術を終了した.その後,右眼はCVHの再発なく経過は良好であった.X年C11月に今度は左眼の視力低下を自覚し再診となった.左眼視力(0.1)と低下,左眼にもCPRHが出現しており,硝子体出血,線維血管増殖膜を認めた(図3).その後,左眼視床出血を発症し,全身状態が安定したのちのCX年C12月,左眼CPPVおよび白内障手術を施行した.右眼同様,線維血管増殖膜を広範に認め,後極部のCVHを除去し,双手法で増殖膜を処理した.上方の新生血管をジアテルミーで焼灼し,周辺部にCPCをC479発追加しタンポナーデなしで手術を終了した.術後経過良好であった.その後CX+1年1月,SO抜去目的に右眼CPPVを施行した.術中所見ではCSOを抜去しブリリアントブルーCGを散布すると網膜血管とepicenterの癒着が強固であった.可能な限り膜を.離し,新生血管をジアテルミーで焼灼し手術終了となった.術後両眼ともに硝子体出血を認めず経過は良好(図4)で,最終矯正視力は右眼(1.0),左眼(1.2)である.X+1年C2月時点のHbA1cはC6.1%と血糖コントロールも良好であり,ダルベポエチン投与後,ヘモグロビンはC10.12Cg/dlで推移している.CII考察糖尿病網膜症の悪化の原因として,高血圧,脂質異常症,急激な血糖コントロール,妊娠,貧血など多数あげられている1).そのうち貧血の影響についてこれまでに多くの報告があり,XinらはC2型糖尿病患者C1,389名を対象とした横断研究において,貧血のみを有する患者では,貧血と腎症のどちらも有しない患者と比べてC3.7倍,貧血と糖尿病腎症の両方を有する患者ではC10倍以上にCPDRのリスクは上昇すると報告している5).EarlyCTreatmentCDiabeticCRetinopathyStudy(ETDRS)report#186)においても,ベースラインからC2年以内に高リスクCPDRに至るリスク要因の一つとしてヘマトクリットの低値をあげており,Shorbら7)は,貧血を合併したことにより網膜症が急激に進行しCPDRとなりCPRPと硝子体手術が必要になった症例を報告している.貧血が糖尿病網膜症を悪化させる機序としては,糖尿病による著明な微小循環障害が広範な網膜虚血状態をきたして血管内皮増殖因子(vascularendothelialgrowthfactor:VEGF)などの血管新生因子の産生を促進し,新生血管の増悪を引き起こし,その結果,増殖膜形成へとつながり,重症CPDRの発症や進展に関与することがあげられる.さらに貧血により赤血球の産生能力が悪化し赤血球の数が減ることにより血液に酸素運搬能が低下し,網膜が虚血状態になり,より低酸素状態を助長し,その結果虚血の亢進につながっていると考えられる.腎機能の低下のある糖尿病患者では腎性貧血を引き起こしうる.腎性貧血は腎臓の機能低下によりヘモグロビンの低下に見合った十分量の造血ホルモンであるエリスロポエチンが産生されないことによって起こる.日本透析医学会が発表したC2015年版「慢性腎臓病患者における腎性貧血治療のガイドライン」では,腎性貧血治療の開始基準はヘモグロビン10Cg/dl未満とされている8).治療薬としては遺伝子組み換えヒトエリスロポエチン(recombinantChumanCerythropoie-tin:rHuEPO)製剤や赤血球造血刺激因子製剤(erythropoie-sisstimulatingCagent:ESA)などがあり,近年では血中濃度半減期が長時間にわたる持続性CESAとしてダルベポエチンアルファが広く使用されている.この製剤はエリスロポエチン受容体への結合を介して骨髄中の赤芽球系造血前駆細胞に作用し,赤血球への分化と増殖を促進し腎性貧血を改善させる作用がある.現在,ESA,低酸素誘導因子プロリン水素化酵素(HIF-PH)阻害薬,鉄剤などを中心に用いて慢性腎臓病患者の貧血治療が行われている.糖尿病網膜症に対する硝子体手術の予後は,術前の網膜症の重症度だけでなく,全身的な因子にも影響を受ける.その中でも高度の貧血は網膜神経組織の虚血,低酸素状態をさらに助長すると考えられ,手術予後と相関するとの報告があり9,10),腎性貧血を伴う増殖糖尿病網膜症の硝子体手術成績については笹野ら4)はCHb11.0Cg/dl以下,ヘマトクリット値30%未満の症例で視力悪化例が多かったと報告している.高度腎性貧血に対して治療後に硝子体手術を行った患者では,術後視力が比較的安定する患者が多く硝子体手術成績を向上させる可能性が示唆されている11,12).糖尿病網膜症の硝子体手術に際して,周術期の血糖コントロールや人工透析療法を含めた全身管理が重要である.透析による糖尿病網膜症の影響としては,透析導入に至る糖尿病患者では,網膜症も同様に進行し,透析導入時にC37.85%の患者でCPDRを合併し,また視力C0.1以下の高度視力障害はC47.54%の患者でみられるとの報告がある13).透析導入後の網膜症変化としては,吉富ら14)が透析導入後経過を追えたC10例C20眼について,透析導入直後からC6カ月間は網膜症の活動性が高くなりやすく,急速な網膜症の進行例が多いと報告している.また,それ以降も石井ら13)は導入後C1年以内に約C10%の網膜症で悪化がみられC3年以内にさらに約C10%が悪化するとの報告もあるが,全体的には血液透析導入後のCPDRの悪化率は低下するようである.近年では,透析導入前よりレーザー治療や硝子体手術などを施行するなど網膜症に対する治療が進歩したことによると考えられる.透析患者では全身状態の悪化などで通院が不規則になりやすく,治療介入のタイミングが非常にむずかしい患者が多いが,透析導入後に網膜症が悪化する例もあり定期的な眼科受診が重要であると考えられる.本症例は当科初診時に蛍光造影検査で両眼CNPA,右眼に新生血管を認め,すでに右眼CPDR,左眼CPPDRの状態であった.また,糖尿病腎症C4期で腎性貧血を伴っていた.本症例ではCPRPを施行したが,経過中にCPRHなどが出現し,急速に増殖性変化が進行した.この要因として,コントロール不良の糖尿病に加えて腎症による腎性貧血があり,PDRの増殖性変化が急速に進行したと考えられた.眼科初診時C2日目より腎性貧血に対してダルベポエチンの投与を開始し透析導入となった.また,活動性が高い網膜症に対してCPRPの照射数が少なく,PRH出現時に追加凝固ができなかったことも要因になったのではないかと反省している.右眼は網膜症が悪化しやすいと過去に報告されている透析導入直後から6カ月以内の時期に急速に増殖性変化が進んだが,左眼は導入C6カ月以降に網膜症が悪化した.強い増殖性変化に対して両眼硝子体手術を施行したが,術前より透析が導入されており,腎性貧血に対しても治療介入されていた.そのため腎性貧血はダルベポエチン投与後C4カ月でヘモグロビンC10.12g/dl,ヘマトクリット値C32.35%と推移しており,術後経過としては良好であった.糖尿病網膜症は腎性貧血や透析などさまざまな因子が関与しており,血糖値やCHbA1cだけでなく,貧血などの全身状態も考慮したうえで,総合的に経過観察していく必要がある.なお本症例は,第C29回日本糖尿病眼学会で発表した.文献1)別所建夫:網膜症の進行,抑制に関する眼局所状態.眼科診療プラクティスC20,糖尿病眼科診療(田野保雄編),p174-177,文光堂,19952)徳山孝展,池田誠宏,石川浩子ほか:血液透析症例における糖尿病網膜症.あたらしい眼科11:1069-1072,C19943)難波光義:糖尿病眼合併症予防の内科的対策.眼紀C48:C28-31,C19974)笹野久美子,安藤文隆,長坂智子ほか:増殖糖尿病硝子体手術成績と腎性貧血との関連について.眼紀C44:1152-1157,C19935)WangJ,XinX,LuoWetal:AnemiaanddiabetickidneydiseaseChadCjointCe.ectConCdiabeticCretinopathyCamongCpatientsCwithCtypeC2Cdiabetes.CInvestCOphthalmolCVisCSciC61:14-25,C20206)DavisMD,FisherMR,GangmnREetal:Riskfactorsforhigh-riskCproliferativediabeticretinopathyCandCsevereCvisualloss:EarlyTreatment.DiabeticRetinopathyStudyReport#18.InvestOphthalmolVisSciC39:233-252,C19987)ShorbSR:AnemiaCandCdiabeticCretinopathy.CAmCJCOph-thalmolC100:434-436,C19858)日本透析医学会:2015年版慢性腎臓病患者における腎性貧血治療のガイドライン.透析会誌49:89-158,C20169)笹野久美子,安藤文隆,長坂智子ほか:増殖糖尿病硝子体手術成績と腎性貧血との関連について.眼紀C44:1152-1157,C199310)AndoF,NagasakaT,SasanoKetal:Factorsin.uencingsurgicalresultsinproliferativediabeticretinopathy.GerJOphthalmolC2:155-160,C199311)笹野久美子,安藤文隆,長坂智子ほか:エリスロポイエチンによる高度腎性貧血治療後の糖尿病網膜症硝子体手術成績.あたらしい眼科11:1083-1086,C199412)笹野久美子,安藤文隆,鳥居良彦ほか:増殖糖尿病硝子体手術の視力予後への全身的因子の関与について.眼紀C47:C306-312,C199613)石井晶子,馬場園哲也,春山賢介ほか:糖尿病透析患者における網膜症の年次的変化.糖尿病C45:737-742,C200214)吉富健志,石橋達朗,山名泰生ほか:透析療法中の糖尿病患者の網膜症について.臨眼37:1179-1184,C1983***