黄斑ジストロフィMacularDystrophy角田和繁*はじめに黄斑ジストロフィ(maculardystrophy)とは,遺伝学的要因により黄斑部に進行性の機能障害をきたす疾患の総称である.日本眼科学会の診断ガイドラインにより,卵黄状黄斑ジストロフィ(Best病),Stargardt病,オカルト黄斑ジストロフィ(三宅病),錐体ジストロフィ/錐体-杆体ジストロフィ,X連鎖性若年網膜分離症(先天網膜分離症),中心性輪紋状脈絡膜ジストロフィ,およびその他の黄斑ジストロフィに分類されている1,2).黄斑ジストロフィの発症原因となる遺伝子についてはこれまでに数多く報告されているが,未だに原因遺伝子が特定できない患者も多く,全症例のなかでも網羅的遺伝学的検査によって原因特定に至るのは約60%程度と考えられている2).上述の疾患分類はおもに眼底所見(検眼鏡的所見)や電気生理学的所見を中心とした表現型(phenotype)をもとに確立されたものである.しかし,網膜ジストロフィに対する遺伝子治療の研究が進むとともに,表現型ではなく,遺伝型(genotype)をもとにした分類の重要性が高まりつつある.たとえばPRPH2遺伝子による網膜障害は,網膜色素変性と黄斑ジストロフィのどちらも生じることが知られており,それらの症例は一括して「PRPH2遺伝子関連網膜ジストロフィ」とよばれることがある.黄斑ジストロフィの臨床診断にあたっては,初発症状,症状経過,家族歴を詳細に聴取したうえで,光干渉断層計(opticalcoherencetomography:OCT),眼底自発蛍光(fundusauto.uorescence:FAF)などの画像検査や,網膜電図(electroretinogram:ERG),眼電位図(electrooculogram:EOG)などの電気生理学的検査を包括的に行う必要がある.なお臨床の現場では,前述の6分類のいずれにも当てはまらない「その他の黄斑ジストロフィ」の患者が多くみられることも重要なポイントである.本稿では診断ガイドラインの分類に従い,黄斑ジストロフィのうち卵黄状黄斑ジストロフィ(Best病),Star-gardt病,オカルト黄斑ジストロフィ,中心性輪紋状脈絡膜ジストロフィおよびその他の黄斑ジストロフィについて解説する.なお,錐体ジストロフィ/錐体-杆体ジストロフィとX連鎖性若年網膜分離症については,それぞれ本特集の別項目で解説されている.I卵黄状黄斑ジストロフィ(Best病)ベストロフィン蛋白の異常に関連した黄斑ジストロフィはベストロフィン症(bestrophinopathy)と総称され,代表疾患として卵黄状黄斑ジストロフィ(Best病),常染色体潜性ベストロフィノパチー,さらに成人発症卵黄様黄斑変性症があげられる.卵黄状黄斑ジストロフィ(Best病)は常染色体顕性遺伝(優性遺伝)の黄斑ジストロフィであり,Best1遺伝子の異常を原因とする(図1)3).Best1遺伝子は網膜色素上皮細胞の基底膜に存在する蛋白質であるベストロ*KazushigeTsunoda:東京医療センター臨床研究センター(感覚器センター)視覚研究部〔別刷請求先〕角田和繁:〒152-8902東京都目黒区東が丘2-5-1東京医療センター臨床研究センター(感覚器センター)視覚研究部0910-1810/25/\100/頁/JCOPY(57)321図1Best病の眼底所見,眼底自発蛍光,OCT所見a:卵黄期(8歳,男児).矯正視力1.0.眼底写真(左)では,黄斑部に卵黄様物質の沈着を認める.眼底自発蛍光(右)では卵黄様物質の部位に一致したリポフスチン様物質の過蛍光を認める().b:炒り卵期(45歳,男性).矯正視力0.3.眼底写真(左)では黄斑部の楕円形病変部と,その内部に散在する網膜下沈着物を多数認める.眼底自発蛍光(右)では楕円形病変部の辺縁に過蛍光を認める().c:炒り卵期(45歳,男性)のOCT所見.黄斑部に網膜下液が貯留し,視細胞外節は中心窩を除いて萎縮している.本症例では,網膜色素上皮層が中心部において肥厚している.い前卵黄期,眼底に卵黄様物質が沈着する卵黄期(図1a),卵黄が崩れて下方に貯留する偽蓄膿期,黄色斑がまだらになる炒り卵期(図1b),黄斑部に萎縮性変化をきたす萎縮期のC5期に分類されている5).このうち卵黄期の「卵黄状病変」が特徴的とされるが,眼底に卵黄様の変化がみられる期間は無症状であることが多く,実際に眼科を受診するのは卵黄期を過ぎた患者が大半である.すなわち,通常の診療で典型的な卵黄期病変をみる機会はきわめて少ない.また,偽蓄膿期以降には黄斑部にドーム状の漿液性網膜.離が観察されるため,中心性漿液性脈絡網膜症と誤って診断されるケースが非常に多い.さらに,萎縮期には脈絡膜新生血管を生じるケースもある.視力は中心窩における視細胞外節の有無に依存しており,このため,萎縮期に至らないうちは眼底所見の割に視力低下が軽度である患者も多い.視力低下を訴える時期には学童期から中年以降までと幅があり,自覚症状の出現年齢にばらつきがある.全視野CERGは多くの患者で正常であるが,EOGでは基礎電位の低下,Arden比の低下が顕著にみられる6).Best病の診断にはとくに眼底自発蛍光が有用であり,卵黄期,偽蓄膿期,および炒り卵期にみられる黄色のリポフスチン様物質の分布に一致して,強い過蛍光が両眼性に観察される(図1a,b).卵黄期のリポフスチン様物質は次第に漿液性の網膜下液に置換され,偽蓄膿期以降では中心性漿液性脈絡網膜症によく似たCOCT所見がみられることが多い(図1c).また,Best病と臨床的特徴が類似しているものの,同じCBest1遺伝子の変異を両アレルにもつことで発症する常染色体潜性(劣性)ベストロフィノパチー(autoso-malCrecessivebestrophinopathy:ARB)の症例報告が増えてきている7,8).ARBではCBest病と同様に眼底異常が黄斑部に限定した症例から,リポフスチン様物質の蓄積が黄斑部を越えて後極の広範囲に広がる患者まで多彩である.一般的に,ARBはCBest病に比べて網膜障害範囲が広く重症といわれているが,実際には両親を含めた遺伝学的検査を施行しないとCBest病との正確な鑑別は困難である.また,経過中に網膜色素上皮層の変性に伴い脈絡膜新生血管を生じる症例があるため,注意深い経過観察が必要である.さらに,Best病とCARBに共通した特徴として遠視および狭隅角が知られており,とくに中年以降には狭隅角に伴う眼圧上昇に注意する必要がある.なお,家族歴がなく成人期に発症するタイプは,成人発症卵黄様黄斑変性症(adult-onsetvitelliformmaculardystrophy:AVMD)とよばれている.眼底所見はCBest病に類似しているが黄斑部病変が小さく,EOGも正常か軽度の異常を示す.遺伝学的にはCBest1遺伝子に変異を認める患者も含まれるが頻度は高くはなく,PRPH2遺伝子に異常を認める患者も知られている.臨床的にBest病とCAVMDの区別が困難な患者もときおりみられる.CIIStargardt病黄斑部における網膜外層の萎縮病変および黄斑部周囲に散在する多発性黄色斑(.eck)を特徴とする黄斑ジストロフィで,ABCA4遺伝子の異常を原因とする常染色体潜性(劣性)遺伝の疾患である(図2)9,10).ABCA4蛋白はCvisualcycleにおいて視細胞外節円板における膜輸送蛋白質として機能しており,同蛋白の機能不全によってリポフスチンの主要成分であるCDi-retinoid-pyridini-umethanolamine(A2E)が網膜色素上皮層に蓄積することで細胞障害を引き起こすと考えられている.若年発症例では,10歳前後で両眼の視力低下を主訴に来院することが多い.初期には黄斑部萎縮,黄色斑などの検眼鏡的所見は明瞭ではないが,OCTで観察すると明らかな視細胞変性がみられる.また,フルオレセイン蛍光造影における背景蛍光の低下(darkchoroid)も特徴的な所見である.とくに進行期においては,眼底自発蛍光で黄斑部の楕円形低蛍光(図2a),黄色斑に一致した斑状の過蛍光(図2b),および視神経乳頭周囲の眼底自発蛍光が正常に保たれるCperipapillaryCsparing(図2c)など,本疾患に特徴的な所見が多くみられる.小児期の進行は比較的早く,数年のうちに黄斑部萎縮が進行し,視力が低下していく.一方で,発症年齢が20歳以上の晩期発症例においては中心窩が長期的に温存されことが多く(中心窩回避),視力予後は比較的よいとされる.このようにCABCA4遺伝子異常による病(59)あたらしい眼科Vol.42,No.3,2025C323図2Stargardt病の眼底所見(左)と眼底自発蛍光所見(右)a:小児期にみられる典型的な黄斑部萎縮所見(10歳,男児.矯正視力C0.2).まだ黄色斑は出現していない.眼底自発蛍光では楕円形の蛍光低下領域がみられる().b:黄斑部の萎縮と黄斑部周囲に黄色斑がみられる晩期発症型の所見(41歳,男性.矯正視力C0.4).眼底自発蛍光では黄色斑に一致した過蛍光がみられる().c:病変が後極を超えて広範囲に広がるものの,中心窩回避により視力良好な症例(44歳,男性.矯正視力C0.8).視神経乳頭周囲には自発蛍光の異常がみられないCperipapillarysparingが観察される().bad図3オカルト黄斑ジストロフィの眼底所見,眼底自発蛍光,ERG,OCT所見a:28歳,男性.矯正視力C0.5.眼底写真(左),眼底自発蛍光(右)はともに正常である.Cb:多局所CERG.両眼において,黄斑部に相当する領域での振幅低下がみられる().c:黄斑部局所CERG.5°,10°,15°の刺激に対する応答がいずれも健常者に比べて減弱している.d:OCT所見.黄斑部においてCinterdigitationzoneが消失し,ellipsoidzoneは不明瞭化,膨潤化している(楕円内).とくに中心窩におけるCEZの不明瞭化が顕著であるが,黄斑部周囲のCEZは明瞭である.=図4中心性輪紋状脈絡膜ジストロフィの眼底写真および眼底自発蛍光a:眼底写真では萎縮病巣のなかに脈絡膜血管が観察される(44歳,男性,矯正視力C0.5).b:眼底自発蛍光では,自発蛍光の消失領域がまだ中心窩に及んでいないことがわかるが,さらに進行すると円形の萎縮病巣となる.図5その他の黄斑ジストロフィの眼底写真および眼底自発蛍光50歳,女性.矯正視力C1.2.全視野CERGにおける錐体反応が正常であるため「その他」に分類されているが,黄斑ジストロフィとしては非常によくみられるタイプである.同じ眼底所見でも,全視野CERGにおける錐体反応が低下している症例は「錐体ジストロフィ」に分類されることになる.眼底写真(Ca),眼底自発蛍光(Cb)において,中心窩が温存されている様子がわかる().—