抗VEGF薬Anti-VascularEndothelialGrowthFactor(anti-VEGF)Drugs志村雅彦*はじめに血管内皮増殖因子(vascularendothelialgrowthfac-tor:VEGF)は1989年にLeung1)らによってその存在が同定され,のちに遺伝子クローニングによって,1983年にすでに報告されていた血管透過性因子(vascu-larpermeabilityfactor:VPF)とVEGFが同一分子であることが判明したことから,VEGFは血管増殖である新生血管の発症と,血管透過性亢進の結果としての組織浮腫に関与する因子であることが判明した.その後,抗VEGF薬としてVEGFに対するヒトモノクローナル抗体であるベバシズマブが開発され,転移性結腸癌の治療薬として米食品医薬品局(FDA)に承認され,VEGFが関与する疾患への抗VEGF薬の臨床適応が広がっていったが,その恩恵をもっとも得たといってもよいのが眼科領域である.眼科領域のなかでも,とくに血管病変の多い網膜硝子体疾患では,新生血管と血管透過性亢進は重要な病態である.網膜での新生血管は虚血を病態とする糖尿病網膜症(diabeticretinopathy:DR)や血管新生緑内障(neo-vascularglaucoma:NVG),未熟児網膜症(retinopathyofprematurity:ROP)でみられ,脈絡膜での新生血管は加齢黄斑変性(age-relatedmaculardegeneration:AMD)や病的近視性脈絡膜新生血管(myopicchoroidalneovascularization:mCNV)の病態でもある.また,網膜での血管透過性亢進は網膜静脈閉塞(retinalveinocclusion:ROV)の病態であり,脈絡膜での血管透過性亢進は中心性漿液性脈絡網膜症(centralserouscho-rioretinopathy:CSC)の病態に関係する.抗VEGF薬の登場によって,これらの網膜疾患の治療は劇的に変化していった.2005年に初めてベバシズマブのAMDに対する適用外使用が報告され,それまで有効な治療法がなかったAMDに対し,ベバシズマブの投与が予想をはるかに超えた有効性を示したことは,AMD以外の網膜硝子体疾患への適用が広がっていくきっかけになった.こうして抗VEGF薬は,網膜硝子体疾患の治療方針に多大な影響を与えていった.IVEGFの生物学的作用(図1)VEGFはいくつかのアイソフォームが存在するが,眼内で確認されているものはVEGF-Aと胎盤成長因子(placentagrowthfactor:PlGF)であり,VEGF-AはVEGF121とVEGF165が,PlGFではPlGF-1が報告されている.VEGFは組織の受容体であるVEGFreceptor(VEGFR)に結合することで生理活性をもたらすが,おもな受容体は3種類報告されている.VEGFR-1は炎症細胞に発現し,IL-6などのサイトカインを分泌して炎症細胞を誘導し,組織炎症に関与すると考えられている.VEGFR-2は血管内皮細胞に発現し,血管損傷後の血管再生に関し内皮細胞を集簇させることから,血管新生に関与すると考えられている.VEGFR-1とVEGFR-2はNF-kBなどのさまざまな細胞内シグナルを活性化す*MasahikoShimura:東京医科大学八王子医療センター眼科〔別刷請求先〕志村雅彦:〒193-0998東京都八王子市舘町1163東京医科大学八王子医療センター眼科0910-1810/21/\100/頁/JCOPY(45)1283PIGF-1VEGF121VEGF165図1VEGFファミリーとVEGF受容体眼内に確認されているVEGFファミリーはVEGF121とVEGF165,そしてPlGF-1である.PlGF-1とVEGF121は炎症細胞に発現している受容体のVEGFR-1に結合し,組織の炎症に関与する.VEGF165とVEGF121は血管内皮細胞に発現している受容体のVEGFR-2に結合し,新生血管の発症や増殖変化に関与する.VEGFR-1とVEGFR-2はさまざまなサイトカインを介して相互に活性化する.表1抗VEGF薬薬剤名(商品名)投与量(濃度)創薬デザイン分子量CIC50*半減期#適用疾患ベバシズマブ(アバスチン)C1.25Cmg/50Cμl(1C67.8nM)ヒト化モノクローナル抗体C149CkDC32CpMCNoData適用疾患なしペガプタニブ(マクジェン)C0.3Cmg/90Cμl(6C6.7nM)特異的結合核酸分子(アプタマー)C50CkDCNoData6.3日CAMDラニビズマブ(ルセンティス)C0.5Cmg/50Cμl(2C08.3nM)ヒト化モノクローナル抗体CFab断片C48CkDC47CpM7.9日AMD,RVO,mCNV,DME,ROPアフリベルセプト(アイリーア)C2.0Cmg/50Cμl(3C47.8nM)遺伝子組換え融合糖蛋白質C115CkDC5.5CpM4.8日AMD,RVO,mCNV,DME,NVGブロルシズマブ(ベオビュ)C6.0Cmg/50Cμl(C4562.7CnM)ヒト化モノクローナル抗体一本鎖CFv断片C26.3CkDC6.8CpM4.4日CAMD*13pMVEGF165のCVEGFR-2結合阻害作用(24時間)C#硝子体内投与での硝子体中半減期a.ラニビズマブb.アフリベルセプトc.ブロルシズマブCDRs:抗体の抗原結合特異性を構成する配列領域2Fabdomainsヒト化一本鎖抗体スカフォールド領域+pM=10-12Mリンカー配列図2保険適用の抗VEGF薬a:ラニビズマブ.ヒト化モノクローナル抗体のCFab断片.Cb:アフリベルセプト.VEGFR-1とCVEGFR-2の各々の結合ドメインを有する合成蛋白質.c:ブロルシズマブ.ヒト化モノクローナル抗体の結合領域であるCL鎖とCH鎖を含む断片をリンカー結合.ブロルシズマブ(26.3kDa)PDR)への有効性が期待されている.C4.mCNV,ROP,NVGに対する抗VEGF薬抗CVEGF薬適用の三大疾患はCAMD,RVO,DMEであるが,そのほかにも保険適用を受けている疾患がある.mCNVはラニビズマブがC2013年C8月,アフリベルセプトがC2014年C9月に保険適用されている.いずれの薬剤もC1回投与後,増悪時に投与するというプロトコールでC1年後に+14.4文字(ラニビズマブ)15),+13.5文字(アフリベルセプト)16)という良好な視力予後が得られている.ROPについてはラニビズマブのみがC2019年C11月に保険適用となり,NVGについてはアフリベルセプトのみがC2020年C3月に保険適用となっている.これらの疾患は継続的な投与を行うことは少ないため,ほとんどは単回投与で行われている.CIII抗VEGF薬の問題点1.投与プロトコール抗CVEGF薬は生物学的製剤であることから活性期間は有限であり,効果を持続させるためには継続的な投与が必要となる一方で,生物学的製剤ならではの高額な薬剤費の問題もあり,「どのようなプロトコールで,いつまで」投与するのかが問題となる.一般的な抗CVEGF薬の投与の考え方として,最初に病態をしっかり抑えるために導入期として毎月連続投与を行い,病態が安定した時点で維持期としての投与方法に変更していくことが多い.AMDやCDMEでは導入期はC3回連続投与を採用することが多く,維持期は当初,再発時に投与するCproCrenata(PRN)法が採用されていたが,増悪してからの投与によって視力が維持できなくなることが報告されて以降,2カ月あるいはC3カ月ごとの定期投与,最近では,増悪していなければ投与期間を延長していくCtreatCandextend法を採用していく傾向にある.後述するが,抗CVEGF薬は疾患や患者によって反応性が異なることが多く,固定的な投与プロトコールを当てはめることはむずかしい.したがって,導入期に薬剤反応性を評価し,対象患者に対応した個別の投与プロトコールを作成していくべきである.C2.全身への影響抗CVEGF薬は硝子体中への投与ではあるものの,全身循環への流出による影響が報告されており,VEGF阻害による末梢循環での内皮型一酸化窒素合成酵素(endothelialnitrogenoxidesynthetase:eNOS)の活性阻害によってCNO依存性の血管拡張を阻害し,全身血圧を上昇させ,心血管イベントの確立を高める可能性があることが報告されている.ただし,適正使用下での抗VEGF薬投与による心血管イベントの発症確率の上昇については,肯定・否定の両方の報告があり,明確な結論は得られていない.C3.抗VEGF薬の限界抗CVEGF薬に対するもう一つの大きな問題は「効果のある人と,ない人がいる」ということである.とくにDMEに対する抗CVEGF薬の有効性については,治療に抵抗する患者が全体のC30%近くに及ぶことが知られており,図3のように,同じようにみえて効果が異なる患者をしばしば診察する.筆者らの研究によれば,1回の投与で浮腫が消退するCDME患者は全体のC35%程度,3回目までにC66%程度に及ぶ一方で,6回連続投与しても浮腫が消退しないCDME患者がC18%程度存在することが判明している17).とくにCDMEのような全身疾患の影響が大きい疾患については,個別化された投与プロトコールのみならず,全身状態を把握しながら治療を行う必要がある.CIV実臨床における抗VEGF薬さて,実臨床において抗CVEGF薬が疾患に対してどのように使われ,どのような視力予後が得られているのかというと,大規模臨床試験の結果とは異なることが報告されている.AMDでは,1年間にC7.7回程度の抗CVEGF薬投与で+5.5文字の改善,2年間でC13回程度の抗CVEGF薬投与で+4.9文字の改善との報告がある18)が,既報の大規模臨床試験の結果に比べ,投与回数も少なく,視力予後も及ばない.(49)あたらしい眼科Vol.38,No.11,2021C1287図3抗VEGF薬への反応性上段:反応良好例.71歳,男性.DME矯正視力(0.3)中心窩網膜厚C692Cμm.抗CVEGF薬C1回注射後C1カ月で浮腫は消退.矯正視力(0.6)中心窩網膜厚C295Cμmに改善し,その後,再注射をせずにC6カ月後は矯正視力(0.8)中心窩網膜厚C244Cμmを得た.下段:反応不良例.75歳,男性.DME矯正視力(0.3)中心窩網膜厚C559Cμm.抗CVEGF薬C1回注射後C1カ月で浮腫は残存し,矯正視力(0.3)中心窩網膜厚C489Cμmと改善せず.その後,5回連続で抗CVEGF薬を注射したが,6カ月後は矯正視力(0.4)中心窩網膜厚C455Cμmと著明な改善はみられなかった.速にCPDRが進行することも報告22)されており,汎網膜光凝固の前処置としての適用などが模索されている.CSCに対しては現時点では低用量光線力学療法には及ばないという報告23)がある一方で,CNVを合併したCSCでは有効とする報告24)もあり,CSCのサブタイプへの有効性について,今後の研究結果が待たれる.C2.既存の抗VEGF薬の将来既存の抗CVEGF薬の問題点は,極論すると①薬剤価格が高い,②投与頻度が高い,ことである.まず①については,既存の薬剤であるラニビズマブとアフリベルセプトについて,バイオシミラーとよばれる同様の抗CVEGF抗体とCVEGFtrap蛋白が開発されており,現在わが国で臨床治験が行われている.また,アフリベルセプトについてはバイオセイムとよばれる製品(先発品とまったく同じだが,パッケージと価格が異なる)が準備されている.いずれも既存の薬剤のC7割程度の価格での上市が予想されている.②については,ラニビズマブをポートデリバリーシステムとして眼球に埋め込むことで長期作用を期待する方法と徐放型製剤化して硝子体内に留置する方法が開発段階にあり,前者はわが国においても治験段階に入ったところである.一方,既存のアフリベルセプトを高濃度(8Cmg/0.05Cml)にすることで長期の活性が期待されており,これもまた現在臨床治験段階にあって,結果と適用認可が待たれている.C3.開発中の抗VEGF薬抗CVEGF薬に新たな薬理効果を追加するという創薬デザインで,現在臨床治験が行われている薬剤にCFaric-imabがある.VEGFと血管外壁のCpericyteを不安定化するCAngiopoietin-2に対する二つの抗体を合成したBi-speci.c抗体の臨床治験がわが国でも進められている.とくにCpericyteの脱落を病態とするCDMEに対する有効性が期待されており,海外での大規模臨床試験ではC1年時点での視力改善度はアフリベルセプトに対して非劣性が証明され,投与間隔はC3カ月以上をC70%以上の患者で達成されており,より長期に作用することが期待されている.また,興味深い開発中の薬剤としては,抗CVEGF薬遺伝子を搭載させたアデノ随伴ウイルスを網膜下に投与し半永続的に抗CVEGF薬を分泌させる方法なども開発されており,これからもさまざまな抗CVEGF関連薬の開発が行われることになるだろう.おわりにVEGFの存在が初めて証明され,抗CVEGF薬が開発されてC30年近く経過するが,当時はまさかこれほど眼科領域で抗CVEGF薬が普及するとは想像できなかったに違いない.今やラニビズマブは年間C250億円,アフリベルセプトは年間C700億円規模の市場となっており,眼科領域での薬剤費C3,600億円のC1/4以上を占めるまでになった.裏返せば,虚血や血管透過性亢進を病態とする網膜硝子体疾患に,これほどCVEGFが大きな役割を果たしていたことは驚きでもあった.一方,抗CVEGF薬が有効とされる各疾患の根本的な原因は血管の損傷であり,虚血や血管透過性は二次的な現象である以上,眼内でのCVEGFの抑制で原疾患の根本的な治療が行われるわけではなく,抗CVEGF薬はあくまでも各疾患の進行あるいは増悪を抑制する薬でしかないことを認識すべきであろう.文献1)LeungDW,CachianesG,FerraraNetal:Vascularendo-thelialgrowthfactorisasecretedangiogenicmitogen.Sci-enceC246:1306-1309,C19892)RosenfeldPJ,BrownDM,HeierJSetal:RanibizumabforneovascularCage-relatedCmacularCdegeneration.CNEngJMedC355:1419-1431,C20063)BrownCDM,CKaiserCPK,CMichelsCMCetal:RanibizumabCversusCvertepor.nCforCneovascularCage-relatedCmacularCdegeneration.NCEngJMedC355:432-1444,C20064)HeierCJS,CBrownCDM,CChongCVCetal:Intravitreala.ibercept(VEGFtrap-eye)inCwetCage-relatedCmacularCdegeneration.Ophthalmology119:2537-2548,C20125)GrunwaldJE,DanielE,HuangJetal:RiskofgeographicatrophyCinCtheCcomparisonCofCage-relatedCmacularCdegen-erationCtreatmentsCtrial.COphthalmologyC121:150-161,C20146)DugelCPU,CKohCA,COguraCYCetal:HAWKCandCHARRI-ER:phase3,multicenter,randomized,double-maskedtri-alsCofCbrolucizumabCforCneovascularCage-relatedCmacularCdegeneration.OphthalmologyC127:72-84,C2020(51)あたらしい眼科Vol.38,No.11,2021C1289—