トーリックソフトコンタクトレンズによる乱視矯正AstigmaticCorrectionbyToricSoftContactLenses樋口裕彦*はじめにラグビーボールのように直交する二つの曲率半径が異なっている面をトーリック面とよび,レンズの前面または後面にトーリック面を有するコンタクトレンズ(con-tactlens:CL)をトーリックCLという.トーリックCLにはソフトコンタクトレンズ(softcontactlens:SCL)とハードコンタクトレンズ(hardcontactlens:HCL)がある.わが国では海外諸国に比べてトーリック(乱視用)レンズの処方割合が低いといわれている.2020年の国別SCL処方におけるトーリックレンズの割合を図1に示す.わが国におけるトーリックSCLの処方割合は17%と,オーストラリアや北米諸国,ヨーロッパ諸国に比べて非常に低く,世界平均(27%)を大きく下回っている1).この傾向はHCLに関しても同様である.トーリックレンズの処方率が低くなる理由として,処方者側の要因としては球面レンズの処方に比べてやや手間がかかり,経験と時間を要することや,トライアルレンズの種類が多く,施設内の保管場所に困るといったことなどが考えられる.また,装用者側の要因としては球面レンズに対してトーリックSCLが一般的に高価であることや,レンズデザインによっては球面レンズよりも装用感が劣ることなどが考えられる.矯正すべき乱視を放置した場合,SCL装用者の視機能が不良となり不快感や不満足感を与える可能性があるほか,結果として眼精疲労や頭痛,肩こりなどを惹起する可能性もある.IトーリックSCLで矯正可能な乱視乱視とは眼の経線によって屈折力が異なり,外界の1点から出た光線が眼内で1点に結像しない状態をいい,正乱視と不正乱視に大別される.正乱視眼では直交する強い屈折力をもつ経線(強主経線)と弱い屈折力をもつ経線(弱主経線)が存在し,無限遠の1点から出た光線は,それぞれの経線方向で前焦線と後焦線に結像する.前焦線と後焦線の間を焦域とよび,正乱視眼では焦域の中央付近に存在する最小錯乱円でボケを伴った像を見ていることが多い.正乱視はその強さにもよるが,原則としてトーリックSCLにより矯正が可能である.不正乱視は主として円錐角膜,角膜移植後,屈折矯正術後合併症,外傷や感染症後の角膜瘢痕,角膜変性などにより,角膜の屈折面(前面および後面)が不規則なため,外界の1点から出た光線が眼内で点または線など規則的な結像をしない状態をいう.不正乱視はトーリックSCLにより矯正することができない.IIトーリックSCLの種類トーリックSCLは使用期間,素材,トーリック面の設置部位,レンズの回転を抑え安定させるデザインの点からいくつかの種類に分類される.1.使用期間使用期間からトーリックSCLは1日交換型,2週間*HirohikoHiguchi:ひぐち眼科〔別刷請求先〕樋口裕彦:〒180-0004東京都武蔵野市吉祥寺本町1-8-3ダイヤガイビル4Fひぐち眼科0910-1810/21/\100/頁/JCOPY(53)783(%)4035302520151050図1国別SCL処方におけるトーリックレンズの割合(2020年)わが国におけるトーリックSCLの処方割合は17%と,オーストラリアや北米諸国,ヨーロッパ諸国に比べて非常に低く,世界平均(27%)を大きく下回っている.表1日本で処方可能な代表的なトーリック(乱視用)SCLレンズタイプメーカーレンズ名素材含水率Dk値*1)BC(mm)デザイン球面度数円柱度数軸度1日交換型J&Jワンデーアキュビューオアシス乱視用シリコーンハイドロゲル381038.5ダブルスラブオフ+4.00.-9.00-0.75,-1.25,-1.75,-2.25*2)90°180°ワンデーアキュビューモイスト乱視用ハイドロゲル58288.5ダブルスラブオフ+4.00.-9.00-0.75,-1.25,-1.75,-2.25*2)10°20°60°80°90°100°120°160°170°180°*2)CooperVisionワンデーバイオメディックストーリックハイドロゲル5519.78.7プリズムバラスト±0.00.-10.00-0.75,-1.25,-1.75*2)20°90°160°180°*2)マイデイトーリックシリコーンハイドロゲル54808.6プリズムバラスト+6.00.-10.00-0.75,-1.25,-1.75,-2.2510°20°70°80°90°100°110°160°170°180°*2)Alconデイリーズアクアコンフォートプラストーリックハイドロゲル69268.8ダブルスラブオフ+4.00.-8.00-0.75,-1.25,-1.7520°90°160°180°Menicon1DAYメニコンプレミオトーリックシリコーンハイドロゲル56648.4ハイブリッド±0.00.-10.00-0.75,-1.25,-1.7590°180°*3)Magicトーリックハイドロゲル5719.48.6ハイブリッド±0.00.-10.00-0.75,-1.25,-1.7590°180°*3)B&Lメダリストワンデープラス〈乱視用〉ハイドロゲル59228.6プリズムバラスト±0.00.-9.00-0.75,-1.25,-1.7590°180°バイオトゥルーワンデートーリックハイドロゲル78428.4プリズムバラスト±0.00.-9.00-0.75,-1.25,-1.75,-2.2520°90°160°180°SEEDシード1dayPureうるおいプラス乱視用ハイドロゲル58308.8プリズムバラスト+2.00.-10.00-0.75,-1.25,-1.7520°90°160°180°*2)*3)2週間交換型J&Jアキュビューオアシス乱視用シリコーンハイドロゲル381038.6ダブルスラブオフ±0.00.-9.00-0.75,-1.25,-1.75,-2.25*2)10°20°60°90°120°160°170°180°*2)CooperVisionバイオフィニティートーリックシリコーンハイドロゲル481288.7プリズムバラスト+5.00.-10.00-0.75,-1.25,-1.75,-2.25*2)10°20°90°160°170°180°*2)Alconエアオプティクス乱視用シリコーンハイドロゲル331088.7ハイブリッド+6.00.-10.00-0.75,-1.25,-1.75,-2.2520°90°160°180°*2)Menicon2WEEKメニコンプレミオトーリックシリコーンハイドロゲル401298.6ハイブリッド±0.00.-10.00-0.75,-1.25,-1.7590°180°*3)2WEEKメニコンレイトーリックハイドロゲル72348.6ダブルスラブオフ±0.00.-10.00-0.75180°2Wメニコンプレミオ遠近両用トーリックシリコーンハイドロゲル401298.6ダブルスラブオフ+5.00.-13.00-0.75,-1.2590°180°B&Lメダリストフレッシュフィットコンフォートモイスト〈乱視用〉シリコーンハイドロゲル36918.9プリズムバラスト±0.00.-9.00-0.75,-1.25,-1.75,-2.2510°20°80°90°100°160°170°180°メダリスト66トーリックハイドロゲル66328.5プリズムバラスト±0.00.-9.00-0.75,-1.25,-1.75,-2.25,-2.7510°20°80°90°100°160°170°180°SEEDシード2weekPureうるおいプラス乱視用ハイドロゲル58308.6プリズムバラスト±0.00.-8.00-0.75,-1.25,-1.7590°180°*3)定期交換型Meniconマンスウェアトーリックハイドロゲル72348.9ハイブリッド±0.00.-10.00-0.75,-1.25,-1.7590°180°*3)従来型Meniconメニコンソフト72トーリックハイドロゲル72348.1,8.4,8.7,9.0,9.3プリズムバラスト-1.00.-8.00-0.75.-2.75(0.50間隔)10°.180°(10°間隔)*2)AimeアイミーソフトII・トーリックハイドロゲル38128.3,8.6,8.9プリズムバラスト+5.00.-20.00-0.50.-6.00(0.50間隔)5°.180°(5°間隔)SEEDユーソフトハイドロゲル80447.8,8.0,8.2,8.4,8.6,8.8プリズムバラスト+30.00.-30.00(0.25)-0.25.-6.00(0.25間隔)5°.180°(5°間隔)*1)酸素透過係数:×10-11(cm2/sec)・(mlO2/ml×mmHg)*2)球面度数により制作範囲は異なる.*3)円柱度数により制作範囲は異なる.1日交換トーリックSCLの円柱度数は最大-2.25D,2週間交換トーリックSCLの円柱度数は最大-2.75D,従来型のトーリックSCLの円柱度数は最大-6.00Dまで用意されている.プリズムバラストデザインダブルスラブオフデザイン薄い部分厚い部分厚い部分図2トーリックレンズデザイン(イメージ)プリズムバラストはレンズ下方に厚みをもたせ,ダブルスラブオフはレンズの上下を薄くしてレンズの回転を防ぐ.表2諸条件とトーリックSCLのデザイン別選択プリズムバラストデザインダブルスラブオフデザイン乱視の軸直乱視C○C△倒乱視C△C○眼瞼の形状上下の眼瞼が角膜輪部をカバーC○C○瞼裂が傾いているC○C△下三白眼C△C×装用感重視C△C○乱視の軸や眼瞼の形状によって,優先すべきデザインは異なる.〇:適応,△:比較的適応,×:非適応(文献C2より改変引用)-----7.75D-7.00D-6.50D-6.00D角膜頂点間距離補正sph-6.50Dcyl-1.25DAx180°sph-6.00Dcyl-1.00DAx180°〈自覚的屈折値〉〈角膜面での屈折値〉図3角膜頂点間距離補正自覚的屈折値(sph-6.50DCcyl-1.25DAx180°)の角膜頂点間距離補正後の角膜面での屈折値は(sph-6.00DCcyl-1.00DAx180°)である.球面度数,円柱度数ともに変化している点に注意.表3全乱視の強さと選択すべきCLの関係全乱視の強さ軽度(.C0.75D)中等度(C1.00D.C2.75D)強度(C3.00D.C5.75D)最強度(C6.00D.)球面CSCL○.C△△.C×××トーリックCSCLC×.C○C○○.C××HCLC○C○C○C○乱視矯正効果から考えた全乱視の強さと選択すべきCCLの関係を示す.〇:適応,△:比較的適応,×:非適応にシリコーンハイドロゲルレンズが望ましいと考える.1日交換型の場合は現時点で,三つのブランドが処方可能である(表1).球面度数の制作範囲も+6.00Dから-10.00D,円柱度数も-0.75Dから-2.25Dまで幅広く用意されており,1日交換型ハイドロゲルトーリックレンズに比べても選択肢に遜色はない.装用者の満足できる視機能が得られる球面度数,円柱度数,軸度などの必要な規格が存在するのであれば,やはりシリコーンハイドロゲルレンズを第一選択と考えたい.ただし,経済的な面ではハイドロゲルレンズよりも高価なことが多いので,この点も含めてこれらのレンズが処方不可能な場合はハイドロゲルレンズを選択することになる.2週間交換型ではすでに大手メーカーは製品をハイドロゲルレンズからシリコーンハイドロゲルレンズにシフトしてきており,シリコーンハイドロゲルレンズのほうが選択肢は広い(表1).あえて新規処方でハイドロゲルトーリックレンズを選択するケースは,乱視が強く円柱度数-2.75Dまで用意があるCBC&L社の「メダリストC66トーリック」でしか対応不可能な場合以外,筆者は思いつかない.ただし,1日交換型であれC2週間交換型であれ,シリコーンハイドロゲルレンズ装用者には,ときとして正しい装用法を守り正しいケアを行っていてもCsuperiorepiC-thelialCarcuatelesions(SEALS)とよばれる特有の角膜上皮障害やCcontactClensCinducedCpapillaryCconjunctivi-tis(CLPC)とよばれる乳頭増殖を特徴とする結膜炎が発生することがある.これらの障害の原因は一般的にはレンズのモデュラスの高さ(硬さ)が原因と考えられている.このような障害に直面した場合には,ハイドロゲルレンズに処方変更をすると問題を解決できる場合が多い.C3.トライアルレンズの選択ひぐち眼科には,自院で処方可能なトーリックCSCLの一覧表(表1のひぐち眼科バージョン)が作成してある.先に述べたC1)レンズの使用期間,2)レンズの材質を考慮しながら,装用者のケラトメータの値,自覚的屈折値を参考にもっとも適切と考えられるレンズ規格,すなわちベースカーブ(basecurve:BC),レンズ径,円柱軸,角膜頂点間距離補正後の円柱度数,角膜頂点間距離補正後の球面度数をもつブランドを一覧表から抽出し,最初のトライアルレンズとする.BC,レンズ径に関してはC1日交換型,2週間交換型の場合は固定されているため,選択の余地はないが,従来型の場合は複数のBCが選択可能である.円柱軸,円柱度数,球面度数に関しては,まず円柱軸を最優先し,次に円柱度数を優先して選択するとよい.球面度数に関しては多くのブランドで,マイナスレンズに関しては-9.00.-10.00Dまで作製されているが,プラスレンズについては約半数のブランドで作製されていない.したがって,遠視性乱視眼や混合性乱視眼にトーリックCSCLを処方するときは,あらかじめプラスレンズを作製しているブランドを把握しておくとよい.円柱度数に関しては,やや低矯正のトライアルレンズを選択する.一般的には-0.75Dの円柱レンズは-1.00.-1.50D,-1.25Dの円柱レンズは-1.75D.-2.25D,-1.75Dの円柱レンズは-2.25D.-2.75D,-2.25Dの円柱レンズは-2.75D.-3.25D,-2.75Dの円柱レンズは-3.25D.-4.00Dの全乱視に対して用いるのが一つの目安となる.ただし,実際の処方にあたっては乱視の方向(直乱視や倒乱視など)や年齢なども考慮する必要がある.球面度数に関しても,球面レンズを処方するときと同様にやや低矯正のレンズをファーストトライアルレンズとする.C4.フィッティング判定法フィッティングの判定は,通常レンズ装用後C15.20分程度経過してから行うのがよいが,時間を短縮したい場合にはC5分程度経過したところでC1回確認し,視力測定の後で最終確認を行うとよい.センタリング(安定位置)の確認や瞬目に伴うレンズの動き(タイトフィッティングやルーズフィッティング)の確認などは,球面レンズの処方の場合と同様なのでここでは割愛する.トーリックCSCLのフィッティング判定に際して重要なのは,円柱軸の安定性と安定位置である.トーリックSCLには円柱軸を確認するためのガイドマークがついている(図4).安定性については,一般に円柱度数が小さい場合にはレンズが回転した場合の残留乱視への影響は小さいが,円柱度数が大きい場合には少しの回転で残788あたらしい眼科Vol.38,No.7,2021(58)ワンデーバイオメディックストーリックなどワンデーアキュビューエアオプティクスデイリーズアクアコンフォートオアシス乱視用など乱視用などプラストーリックなど図4トーリックSCLのガイドマークの例メーカーやブランドによって,ガイドマークの位置は異なる.メダリスト66トーリックなど------=-=-=表4残留屈折値残留屈折値Ca(°)Sph(D)Cyl(D)Ax(°)C0C0C0C0C5C0.087-0.174C137.5C10C0.174-0.347C140C15C0.259-0.518C142.5C20C0.342-0.684C145C25C0.423-0.845C147.5C30C0.5C150C35C0.574-1.147C152.5C40C0.643-1.286C155C45C0.707-1.414C157.5C50C0.766-1.532C160C55C0.819-1.638C162.5C60C0.866-1.732C165C65C0.906-1.813C167.5C70C0.94-1.879C170C75C0.966-1.932C172.5C80C0.985-1.97C175C85C0.996-1.992C177.5C90C1-2C180C95C0.996-1.992C2.5C100C0.985-1.97C5C105C0.966-1.932C7.5C110C0.94-1.879C10C115C0.906-1.813C12.5C120C0.866-1.732C15C125C0.819-1.638C17.5C130C0.766-1.532C20C135C0.707-1.414C22.5C140C0.643-1.286C25C145C0.574-1.147C27.5C150C0.5C30C155C0.423-0.845C32.5C160C0.342-0.684C35C165C0.259-0.518C37.5C170C0.174-0.347C40C175C0.087-0.174C42.5-1.00Dの直乱視に,-1.00DAx180°のトーリックCSCLを装用してCa°軸ずれをした場合の残留屈折値を示す.この表から軸ずれがC0すなわちCa=0°であれば,-1.00Dの直乱視は完全に矯正されるが,Ca=15°で,残留乱視は-0.518D(軸度C142.5°)と矯正効果は半減し,Ca=30°で-1.00D(軸度C150°)と軸が変化するだけで乱視の矯正効果はまったく消失してしまうことがわかる.(文献C4より改変引用)