小児の重症筋無力症PediatricMyastheniaGravis木村亜紀子*はじめにa重症筋無力症(myastheniagravis:MG)の最大の特徴は疲労現象である(図1a).病態は,神経筋接合部の後シナプス膜上にあるいくつかの標的抗原に対する自己抗体によって,神経筋接合部の刺激伝導が障害される自己免疫疾患と定義される1).小児のMG(15歳以下)も成人同様,眼症状で初発することが多い.そのため,眼科を初診する確率が高い.なかでも,眼筋型MGは眼科で診断をつけなければ,無駄に時間が経過し全身型へ移行してから発見される危険性がある.小児MGでは,高い寛解率(25%)が特徴であり2),眼科で早期に発見し治療を開始することで,全身型への移行を防ぐという役割もある.治療は全面的に小児科に依頼することになるが,治療効果判定や治療法選択においては,眼科も積極的に参加し,小児科との連携のもとで行われることが理想的である.I小児MGの頻度と分類わが国では,乳幼児期発症(5歳未満)例が多く,約半数で抗アセチルコリン受容体(acetylcholinerecep-tor:AChR)抗体は陰性でdoubleseronegativeMGが大部分を占める3).この傾向は中国でも報告されておりアジアの傾向を表していると考えられている4).小児MGはMG全体の約10%を占め,男女比は成人発症例と同様女児に多く,男児1に対し女児が1.5~1.6である.眼筋型は5歳未満では80.6%,5~9歳では61.5%b図13歳4カ月,女児a:2週間前に左眼瞼下垂が出現した(上段).9方向眼位写真を撮影したあと,左眼はほとんど閉瞼してしまった(下段).顕著な疲労現象が認められた.b:左眼瞼下垂を挙上すると左上斜視を認め,複視を自覚した.*AkikoKimura:兵庫医科大学眼科学講座〔別刷請求先〕木村亜紀子:〒663-8501兵庫県西宮市武庫川町1-1兵庫医科大学眼科学講座0910-1810/21/\100/頁/JCOPY(39)1021図211カ月,女児10カ月時に外斜視で発症したが,当科初診時,左眼の眼瞼下垂を認め,しばらくすると診察室で両眼の眼瞼下垂になるのが認められた.表1重症筋無力症の診断基準A症状1)眼瞼下垂,2)眼球運動障害,3)顔面筋力低下4)構音障害,5)嚥下障害,6)咀嚼障害7)頸部筋力低下,8)四肢筋力低下,9)呼吸障害B病原性自己抗体1)アセチルコリン受容体(AChR)抗体陽性2)筋特異的受容体型チロシンキナーゼ(MuSK)抗体陽性C神経筋接合部障害1)眼瞼の易疲労性試験陽性2)アイスパック試験陽性3)塩酸エドロホニウム(テンシロン)試験陽性4)反復刺激試験陽性5)単線維筋電図でジッターの増大D判定AのC1つ以上があり,かつCBのいずれかが認められるAのC1つ以上があり,かつCCのいずれかがあり,他の疾患が否定できる(文献C3より引用)図31歳6カ月,女児a:顎上げの頭位異常で初診となった.Cb:第一眼位では左外斜視を認めている.抗AChR抗体・補体傷害性アグリンアセチルコリン・受容体を破壊筋膜図4病原性自己抗体の働きLrp4(低密度リポ蛋白質受容体関連蛋白質C4)とCMuSK(筋特異的受容体型チロシンキナーゼ)は筋膜上で複合体を形成している.アグリンは神経終末から分泌され筋細胞膜のCLrP4に結合し,その結果CMuSKを活性化させる.DOK7(dockingprotein7)は筋細胞内面からCMuSKに結合し,MuSKをリン酸化して活性化させる.活性化したCMuSKはいくつかのシグナル伝達によりラプシンを活性化する.ラプシンの活性化によりCAChR(アセチルコリン受容体)は群化し,運動終板にCAChRが高密度に集積する.抗CAChR抗体は補体傷害性をもちCAChRを破壊するが,抗CMuSK抗体には直接破壊するような作用はなく,AChRの群化が抑えられることによって神経と筋の伝達障害をきたす1,3,7).表2MG.ADLスケール0点1点2点3点会話正常間欠的に不明瞭もしくは鼻声常に不明瞭もしくは鼻声,しかし聞いて理解可能聞いて理解するのが困難咀嚼正常固形物で疲労柔らかい食物で疲労経管栄養嚥下正常まれにむせる頻回にむせるため,食事の変更が必要経管栄養呼吸正常体動時の息切れ安静時の息切れ人工呼吸を要する歯磨き・櫛使用の障害なし努力を要するが休息を要しない休息を要するできない椅子からの立ち上がり障害なし軽度,時々腕を使う中等度,常に腕を使う高度,介助を要する複視なしあるが毎日ではない毎日起こるが持続的でない常にある眼瞼下垂なしあるが毎日ではない毎日起こるが持続的でない常にある合計(0~24点)(文献C3より引用)表3MGcompositeスケール検査項目点数点数点数点数上方視時の眼瞼下垂出現までの時間(医師の観察)>4C5秒C011~C45秒C11~C10秒C2常時C3側方視時の複視出現までの時間(医師の観察)>4C5秒C011~C45秒C11~C10秒C3常時C4閉眼の筋力(医師の観察)正常C0軽度低下(閉眼維持可能)C0中等度低下(閉眼維持困難)C1重度低下(閉眼不能)C2会話,発音(患者の申告)正常C0時に不明瞭または鼻声C2常に不明瞭または鼻声だが理解可能C4不明瞭で理解が困難C6咬む動作(患者の申告)正常C0固い食物で疲労C2柔らかい食物でも疲労C4栄養チューブ使用C6飲み込み動作(患者の申告)正常C0まれにむせるC2頻回のむせのため食事に工夫を要すC5栄養チューブ使用C6MGによる呼吸状態正常C0活動時息切れC2安静時息切れC4呼吸補助装置使用C9頸の前屈/背屈筋力(弱い方を選択,医師の観察)正常C0軽度低下C1中等度低下(おおよそ半減)C3重度低下C4上肢の挙上筋力(医師の観察)正常C0軽度低下C2中等度低下(おおよそ半減)C4重度低下C5下肢の挙上筋力(医師の観察)正常C0軽度低下C2中等度低下(おおよそ半減)C4重度低下C5合計(0~50点)(文献C3より引用)く危険性がある.幼少時であればあるほど,注意が必要である.視覚中枢(binocularrivalry)では,常に右眼からの視覚情報と左眼からの視覚情報は闘争しており,どちらかの眼の情報が優位になると,眼優位性がついてしまう.眼優位性がついてしまうと,治療に抵抗性となる.これらのことを念頭に経過観察を行う.C1.眼瞼下垂治療が開始されるまでの間,治療効果が得られるまでの間は,瞳孔領を覆う眼瞼下垂があれば,最低でもC1日1時間はテーピングによる眼瞼挙上を試みる.一方,CmarginalCre.exdistanceがC1Cmmあれば弱視にはならないといわれており,完全に瞳孔領を覆う症例のみに施行する.テーピングの時間は長いほうがよいが,小児の負担にならないように配慮する.調節麻痺薬を用いた屈折検査は必ず経過観察中に施行し,必要があれば眼鏡装用を行う.C2.斜視まずは調節麻痺下による屈折検査を行い,必要があれば眼鏡装用を開始する.MGでは偽CMLF症候群による外斜視が多く,内斜視のほうが頻度は少ないが,内斜視の場合は早急にCFresnel膜プリズムで眼位の矯正をはかる.外斜視はCphoriaに持ち込めている場合は屈折矯正眼鏡装用のみで経過をみる.治療開始後は斜視の状態をみながら,Fresnel膜プリズムを調整する.Phoriaがなく,Fresnel膜プリズムの装用ができない症例ではアイパッチを用いた健眼遮閉を行い,斜視弱視を予防する.CVIMGに対する治療抗CAChR薬,経口ステロイド,免疫抑制薬に加え,難治例では血漿交換,免疫グロブリン大量療法などが行われる.小児では,血漿交換療法は推奨されていないが,抗CMuSK抗体陽性全身型CMGでステロイド抵抗性の難治例に,血漿交換が有効であったとする報告もある10).おわりに15歳未満発症CMG80例の検討で,眼症状から全身・C1026あたらしい眼科Vol.38,No.9,2021球麻痺症状が出現するまでの期間に関して,発症後C6カ月未満が約C45%,6カ月~1年以内が約C25%という報告がある11).成人では,眼筋型CMG患者が最重症度に達するまでの期間は,発症後C1年以内がC70%,3年以内がC85%と報告されている12).また,Aguirreらの報告では,45人のCMG患者のうち,84.1%がC1年以内に,97.7%がC2年以内に眼筋型から全身型に移行した9).小児CMGも眼症状で初発することがもっとも多いことを考慮すると,眼科で眼筋型CMGを適切に診断し,眼筋型CMGとして治療が開始され,全身型への移行を阻止できれば,これから先の長い人生にきわめて有益と考えられる.初診医としての眼科医の役割は非常に大きいことを忘れずに,小児の診察に取り組む必要がある.文献1)本村政勝,成田智子(桝田):重症筋無力症の自己抗体.CBRAINandNERVE65:433-439,C20132)FisherCK,CShahV:PediatricCocularCmyastheniaCGravis.CCurrTreatOptionsCNeurol21:46,C20193)「重症筋無力症診療ガイドライン」作成委員会(編):重症筋無力症診療ガイドラインC2014,南江堂,20144)MatsukiCK,CJujiCT,CTokunagaCKCetal:HLACantigensCinCJapaneseCpatientsCwithCmyastheniaCgravis.CJCClinCInvestC86:392-399,C19905)MuraiH,YamashitaN,WatanabeMetal:CharacteristicsofCmyastheniaCgravisCaccordingCtoonset-age:JapaneseCnationwidesurvey.JNeurolSciC305:97-102,C20116)野村芳子:小児重症筋無力症.ClinicalCNeuroscienceC26:C986-989,C20087)OhtaCK,CShigemotoCK,CFujinamiCACetal:ClinicalCandCexperimentalCfeaturesCofCMuSKCantibodyCpositiveCMGCinCJapan.CEurJNeurolC14:1029-1034,C20078)SkjeiCKL,CLennonCVA,CKuntzNL:MuscleCspeci.cCkinaseCautoimmunemyastheniagravisinchildren:acaseseries.NeuromusculDisordC23:874-882,C20139)AguirreF,VillaAM:PrognosisofocularmyastheniagraC-visCinCanCArgentinianCpopulation.CEurCNeurolC79:113-117,C201810)浅井完,石井雅宏,下野昌幸ほか:早期の単純血漿交換療法と免疫抑制剤導入が有効であった抗筋特異的チロシンキナーゼ(MuSK)抗体陽性重症筋無力症のC1例.脳と発達C50:288-291,C201811)大澤真木子,福山幸夫:重症筋無力症.小児科臨床C38:C2743-2752,C198512)GrobCD,CBrunnerCN,CNambaCTCetal:LifetimeCcourseCofCmyastheniagravis.MuscleNerveC37:141-149,C2008(44)