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涙道内視鏡検査の検査中操作が与える身体的苦痛の実態 調査

2021年5月31日 月曜日

《原著》あたらしい眼科38(5):595.599,2021c涙道内視鏡検査の検査中操作が与える身体的苦痛の実態調査鎌尾知行*1武田太郎*2三谷亜里沙*1鄭暁東*1白石敦*1*1愛媛大学大学院医学系研究科眼科学講座*2愛媛大学医学部附属病院屈折矯正センター・手術部CMeasurementofPhysicalDistresswithDacryoendoscopyExaminationTomoyukiKamao1),TaroTakeda2),ArisaMitani1),XiaodongZheng1)andAtsushiShiraishi1)1)DepartmentofOphthalmology,EhimeUniversityGraduateSchoolofMedicine,2)SurgicalOperatingDepartmentandRefractiveSurgeryCenter,EhimeUniversityHospitalC目的:涙道内視鏡検査の各操作が与える身体的苦痛の強度を明らかにすること.対象および方法:対象はC2018年6月.2019年C8月に愛媛大学附属病院で涙管チューブ挿入術を施行した患者のうち,術前に涙道内視鏡検査を行った43例(男性C14例,女性C29例,平均年齢C73.4C±9.5歳)と,術後に検査を行ったC79例(男性C27例,女性C52例,平均年齢C72.3C±9.6歳).点眼麻酔,涙道内麻酔後に蒸留水灌流下涙道内視鏡検査を施行し,麻酔と検査操作の苦痛強度を視覚的アナログスケール(VAS)でアンケート調査した.術前後の各麻酔,検査操作を比較検討した.結果:点眼,涙道内麻酔には有意差がなかったが,涙点拡張が術前C37.3C±29.7,術後C7.4C±16.4,涙道内視鏡操作が術前C43.4C±32.2,術後C19.3C±22.6と術前が術後より有意に高かった.結論:術前の涙道内視鏡検査は,点眼麻酔と涙道内麻酔では不十分な可能性がある.CPurpose:Toinvestigatetheintensityofphysicaldistresscausedbyeachoperationinpatientswithlacrimalductobstructionwhounderwentdacryoendoscopy.PatientsandMethods:Thisstudyinvolved122patientswithlacrimalductobstructionwhounderwentdacryoendoscopyexaminationatEhimeUniversityHospital.Ofthe122patients,C43CwereCexaminedCpreCsurgeryCandC79CwereCexaminedCpostCsurgery.CTheCproceduresCwereCperformedCundertopicalandlocalanesthesiaintothelacrimalductwithoxybuprocainehydrochloride0.4%andlidocaine4%.Dacryoendoscopyexaminationwasperformedwhileinjectingsalinethroughthewaterchannel,andthepaininten-sitywasexaminedviaavisualanaloguescale(VAS)within30-minutespostexamination.TheVASofanesthesiaandCeachCoperationCwereCthenCcompared.CResults:NoCstatisticallyCdi.erenceCinCe.ectivenessCbetweenCtopicalCandClocalanesthesiawasobserved.However,theVASofdilationoflacrimalpunctaanddacryoendoscopyexaminationbeforeCsurgeryCwereCsigni.cantlyChigherCthanCthatCafterCsurgery.CConclusions:OurC.ndingsCsuggestCthatCtopicalCandlocalanesthesiaisinadequateforpreventingpreoperativedacryoendoscopy-relatedphysicaldistress.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C38(5):595.599,C2021〕Keywords:涙道内視鏡検査,麻酔,視覚的アナログスケール,身体的苦痛,アンケート調査.dacryoendoscopyCexamination,anesthesia,visualanalogscale,physicaldistress,questionnaire.Cはじめに涙道診療における検査は,細隙灯顕微鏡検査や涙管通水検査,CT,MRI,涙道造影検査などさまざまあるが,以前は術前に涙道内を直接観察することが不可能で,涙道内を観察できるのは涙.鼻腔吻合術(dacryocystorhinostomy:DCR)などの観血的手術時のみであった.わが国ではC2000年前後に涙道内視鏡が開発され,低侵襲で涙道内の観察が可能となった1,2).そのため,涙道閉塞の部位や閉塞状態,涙道内の炎症の程度,涙道内の結石や異物,肉芽の有無など,今まで観察できなかった涙道内所見を,涙道内視鏡検査で術前に容易に観察することが可能となった.わが国では涙道内視鏡を用いた涙管チューブ挿入術の開発〔別刷請求先〕鎌尾知行:〒791-0295愛媛県東温市志津川愛媛大学大学院医学系研究科眼科学講座Reprintrequests:TomoyukiKamao,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology,EhimeUniversityGraduateSchoolofMedicine,Shitsukawa,Toon-city,Ehime791-0295,JAPANCにより,涙道閉塞に対する涙管チューブ挿入術の治療成績が向上し3.5),DCRに並ぶ治療法としての地位を確立し,それに伴い徐々に涙道内視鏡が普及している.さらにC2018年度の診療報酬改定において涙道内視鏡検査が保険収載され,涙道内視鏡検査は涙道診療に必須の検査となりつつある.この検査は,現在のところ低侵襲で涙道内を観察できる唯一の方法であるが,決して非侵襲ではない.しかし,涙道内視鏡検査の各操作の身体的苦痛強度について調査した報告は筆者らが知る限りない.そこで本研究では,術前後の涙道内視鏡検査時の各操作における苦痛強度を調査した.CI対象および方法対象はC2018年C6月.2019年C8月に愛媛大学附属病院眼科にて術前もしくは術後に同一検者が涙道内視鏡検査を行った患者のうち,本研究に同意が得られた満C20歳以上の男女で,片側もしくは両側に涙道閉塞を認める患者C122例(男性41例,女性C81例,平均年齢C72.7C±9.5歳)である.なお,アンケートの回答に協力が得られないものは除外した.麻酔は,オキシブプロカイン塩酸塩C0.4%をC2回,リドカイン塩酸塩(リドカイン)4%をC1回C2分ごとに点眼して点眼麻酔を行ったのち,リドカインC4%を上涙点から涙道内に注入して涙道内表面麻酔を行い,5分以内に涙道内視鏡検査を開始した.涙道内視鏡検査は,涙点拡張針(イナミ)を用いて上下涙点を拡張後,プローブ径C0.9Cmmの弯曲タイプの硬性涙道内視鏡(LAC-06FY-H,町田製作所)を用いて,蒸留水灌流下,涙道内視鏡検査を施行した.術前の涙道内視鏡検査は全例で両側に施行した.一方,術後の涙道内視鏡検査は治療側のみ施行した.また,術後の涙道内視鏡検査の施行時期は涙管チューブ抜去時または,涙管チューブ抜去半年後に施行した.涙道内視鏡検査のアンケート調査方法は,検査内容とアンケート調査内容を涙道内視鏡検査施行前に十分に説明し,検査中,操作内容を患者に声掛けを行ってから各操作を行った.検査終了後C30分以内に点眼麻酔,涙道内麻酔,涙点拡張,涙道内視鏡操作,灌流液流入,検査前の緊張の程度のC6項目の苦痛強度を,視覚的アナログスケール(VisualCAna-logScale:VAS)を用いてC100Cmmの線上に印をつけさせた.0は苦痛または緊張なし,100は我慢できない苦痛または緊張とした.男女比,年齢および,麻酔,検査操作,緊張の程度のVASについて,術前群と術後群,片側群と両側群,涙管チューブ抜去時と抜去半年群で比較検討した.また,麻酔,検査操作,緊張の程度それぞれの相関関係を検討した.男女比の比較についてはCc2検定を,年齢やCVASの比較についてはCStudent’st-testを用い,相関関係についてはCPearsonの積率相関係数を計算し,いずれも有意水準はC5%とした.統計解析にはCJMP11.2(SASinstitute)を使用した.本研究は,愛媛大学医学部附属病院臨床研究審査委員会(1601003)の承認のもと行った.CII結果表1に患者背景を示した.対象として選択されたのは,術前に涙道内視鏡検査を行ったC43例(男性C14例,女性C29例,平均年齢C73.4C±9.5歳)と,涙管チューブ挿入術治療後に涙道内視鏡検査を行ったC79例(男性C27例,女性C52例,平均年齢C72.3C±9.6歳)である.術前群は全例両側涙道内視鏡検査を施行したが,術後群の涙道内視鏡検査は治療側のみで,40例が片側に,39例が両側に行った.また,術後群の涙道内視鏡検査の施行時期は涙管チューブ抜去時または涙管チューブ抜去半年後に行ったが,35例が涙管チューブ抜去時,44例が涙管チューブ抜去半年後に行った.術前群と術後群,片側群と両側群,涙管チューブ抜去時群と涙管チューブ抜去半年後群の各C2群で男女比,年齢に有意差はなかった.術前群と術後群の各麻酔,検査操作の苦痛強度,緊張の程度のCVASを比較検討した(表2).涙点拡張は,術前群には全例必要であったが,術後群はC39例が必要で,40例は不要であったため,必要であったC39例のCVASの平均を示している.麻酔については,点眼麻酔,涙道内麻酔とも術前群と術後群で有意差を認めなかった.一方,検査操作については,涙点拡張が術前群C37.3C±29.7,術後群C15.0C±20.9,涙道内視鏡操作が術前群C43.4C±32.2,術後群C19.3C±22.6と術前群が術後群と比較してスコアが有意に高かった(p=0.0002,<0.0001).灌流液流入はC2群間で有意差を認めなかった.緊張の程度については,術前群C43.1C±7.5,術後群C20.0C±20.8と術前群が術後群と比較してスコアが有意に高かった(p<0.0001)(表2).術後群の涙道内視鏡検査は治療側のみで,検査の片側例と両側例で各麻酔,検査操作の苦痛強度,緊張の程度に差があるか比較検討した.その結果,6項目のCVASに有意差を認めなかった(表3).また,術後群の涙道内視鏡検査は涙管チューブ抜去時または,涙管チューブ抜去半年後に行ったため,検査の施行時期でC6項目のCVASに差があるか比較検討したが(表4),いずれも有意差を認めなかった.つぎに術前群の涙道内視鏡検査において,各麻酔,検査操作の苦痛強度,緊張の程度のCVASの相関関係を検討した.VASの高かった涙道内麻酔,涙点拡張,涙道内視鏡操作,灌流液流入のC4項目については,それぞれ有意な正の相関を認めた(表5).一方,点眼麻酔と緊張の程度のCVASについてはいずれの項目とも有意な相関を認めなかった.CIII考按本研究では,術前後の涙道内視鏡検査時の各操作における表1患者背景症例数男性女性年齢術前群43例14例29例C73.4±9.5歳術後群79例27例52例C72.3±9.6歳片側40例15例25例C71.2±10.6歳両側39例12例27例C73.4±8.4歳涙管チューブ抜去時35例14例21例C70.5±10.8歳涙管チューブ抜去半年後44例13例31例C73.8±8.4歳年齢:平均値±標準偏差.表3片側群と両側群の麻酔,検査操作,緊張のVAS片側群両側群Cn=40Cn=39p値点眼麻酔C9.9±12.6C5.3±11.8C0.1029涙道内麻酔C24.1±25.0C20.9±18.1C0.5107涙点拡張C16.7±24.1C13.6±18.1C0.6444涙道内視鏡操作C21.8±24.8C16.9±20.0C0.3397灌流液流入C18.6±24.2C16.3±17.9C0.6304検査前の緊張C19.4±22.3C20.5±19.4C0.8138C平均値±標準偏差.涙点拡張を行った片側C40例,両C39例のVASの平均を示している.表5術前群の涙道内視鏡検査における涙道内麻酔,涙点拡張,涙道内視鏡操作,灌流液流入の苦痛強度のVASの相関涙点拡張涙道内視鏡操作灌流液流入涙道内麻酔C涙点拡張C涙道内視鏡操作CrCprCprCpC0.7278C<C0.0001C0.4107C0.0062C0.7061C<C0.00010.5305C0.00030.6225C<C0.00010.5365C0.0002Cr=相関係数.身体的苦痛の強度をCVASを用いて検討した.その結果,術前の涙道内視鏡検査において涙点拡張と涙道内視鏡操作のVASが術後より有意に高いことが明らかとなった.涙道内視鏡はC1979年にCCohenらの発表した硬性光学視管(dacryoscopy)が始まりとされている6).この内視鏡は先端に観察レンズ,硬性管の中に中継レンズがあり,手元に映る像を直接覗き込む方式であった.上涙点から硬性光学視管の先端を,下涙点から光源を挿入して涙道内を観察していたが,内視鏡のサイズが非常に大きく侵襲性の高い検査装置であった.その後さまざまな涙道内視鏡が開発され,2002年にはわが国で現在一般的に使用されている硬性涙道内視鏡が登場した2).わが国の涙道内視鏡の特徴はハンドピース先端(117)表2術前群と術後群の麻酔,検査操作,緊張のVAS術前群Cn=43術後群Cn=79p値点眼麻酔C9.4±15.9C7.6±12.4C0.5044涙道内麻酔C23.0±25.6C22.5±21.8C0.9088涙点拡張C37.3±29.7C15.0±20.9C0.0002涙道内視鏡操作C43.4±32.2C19.3±22.6<C0.0001灌流液流入C19.5±21.6C17.5±21.2C0.6204検査前の緊張C43.1±7.5C20.0±20.8<C0.0001平均値±標準偏差.涙点拡張のCVASの値は,涙点拡張を行った症例(術前群は全例,術後群はC39例)の平均を示している.他項目は,術前術後とも全例の平均を示している.表4涙管チューブ抜去時群と涙管チューブ抜去半年後群の麻酔,検査操作,緊張のVAS涙管チューブ涙管チューブ抜去時群C抜去半年後群Cp値n=35n=44点眼麻酔C6.3±11.9C8.7±12.8C0.4116涙道内麻酔C24.1±23.6C21.3±20.5C0.5721涙点拡張C10.5±18.0C16.8±21.9C0.3983涙道内視鏡操作C18.8±18.1C19.8±25.8C0.3397灌流液流入C18.8±21.8C16.4±20.9C0.6251検査前の緊張C18.5±18.7C21.1±22.5C0.5813平均値±標準偏差.涙点拡張を行った涙管チューブ抜去時C35例,涙管チューブ抜去半年後C44例のCVASの平均を示している.のプローブが無理なく涙道内に挿入できるように細く(0.7.0.9Cmm径)設計されていることである.その中に観察用レンズと灌流口,照明を装備しており,涙道内を灌流液で拡張し,照明光で涙道内を照らしながら観察することが可能である.プローブはストレートタイプと弯曲タイプのC2種類があるが,硬性内視鏡であるためストレートタイプでは涙道内に存在する生理的屈曲部位を超えるのにプローブに無理が生じたり,涙道に医原性裂孔を形成するリスクが高くなる.一方,弯曲タイプはプローブ先端からC10Cmmの位置で約C27°弯曲しているが,これは日本人の涙道の走行に対応した形状となっており7),その弯曲を利用すれば涙道内を損傷することなく涙道内全体の観察が可能となった.これらの涙道内視鏡プローブの形状の工夫によって,涙道内視鏡検査の低侵襲化に成功した.涙道内視鏡検査は大きく麻酔と検査手技操作のC2種類に分類される.麻酔については標準的な方法が確立されておらず,各施設でさまざまな方法で行われているが,当院では点眼麻酔と涙道内表面麻酔のみで涙道内視鏡検査を行っている.一方,検査手技操作における患者に対する侵襲は涙点拡張と涙道内視鏡操作,灌流液の流入の三つに分けられる.そのため点眼麻酔,涙道内表面麻酔,涙点拡張,涙道内視鏡操あたらしい眼科Vol.38,No.5,2021C597作,灌流液流入に加え,検査前の緊張の程度のC6項目の苦痛強度をCVASを用いて評価した.術前群と術後群でC6項目について比較検討すると,点眼麻酔と涙道内麻酔,灌流液流入についてはC2群間で有意差を認めなかったが,涙点拡張と涙道内視鏡操作,検査前の緊張のC3項目で術前群が術後群より有意にCVASが高かった.涙点拡張において,術前群が術後群より有意にCVASが高かった.涙点は硬い線維組織からなる盛り上がった構造で,開口部の内径はC0.2.0.3Cmmと報告されている8).現在の涙道内視鏡の先端プローブがC0.7.0.9Cmm径であるため,挿入に際しては涙点拡張が必要となる.涙点拡張に際しては涙点の硬い線維組織が伸展され,一部で断裂する.この侵害刺激が加わると,涙点近傍の皮下組織に存在する侵害受容器の末梢側終末に備わる受容体が活性化され,三叉神経に含まれる侵害受容性ニューロンを介して中枢へとシグナルが伝達され疼痛を感知する(侵害受容性疼痛).点眼麻酔や涙道内表面麻酔では,涙点涙小管の表層には麻酔が作用すると考えられるが,重層扁平上皮下には麻酔作用が及びにくいと考えられる.そのため術前の涙点拡張でCVASが高値を示したと考えられる.一方,術後の涙点拡張のCVASは低値であった.涙道内視鏡手術に際しては,涙道内視鏡に外径C1.1.1.3Cmmの外套を装着して手術を行うため,それ以上に涙点を拡張する必要がある.そのため,術中に十分な涙点拡張操作が加えられている.術後涙点径はやや狭小化するものの,元の状態に戻ることはなく,術前より拡張した状態が維持される.実際,79例中C40例(50.6%)は術後の涙道内視鏡検査において涙点拡張が不要であった.残りのC39例についても少しの涙点拡張操作で十分涙道内視鏡を挿入可能であったため,侵害刺激も軽度となり,術後の涙点拡張のCVASは術前より有意に低くなったと考えられる.涙道内視鏡操作においても術前群が術後群より有意にVASが高かった.涙道内視鏡検査においては灌流液で涙道内を拡張しながら涙道内視鏡を操作する.涙道閉塞が存在する術前では,灌流液による涙道内圧上昇が惹起されやすく,涙道壁の伸展による侵害刺激も大きくなり,VASが高くなったと考えられる.一方,涙道閉塞が解除された術後であれば,灌流液による涙道内圧上昇は軽度であり,術後の涙道内視鏡操作のCVASは術後より有意に低くなったと考えられる.当院では涙道内視鏡の破損リスクを軽減する目的で蒸留水で灌流しているが,蒸留水は低浸透圧なので灌流中に疼痛を惹起するリスクがあり,生理食塩水を選択すると術前後の涙道内視鏡操作のCVASをさらに低減できた可能性がある.検査前の緊張の程度においても術前群が術後群より有意にVASが高かった.経験のない検査や治療を受ける場合,不安を感じ緊張のCVASが高値となる.本研究を行うにあたり,検査内容を涙道内視鏡検査施行前に十分に説明したが,術前の不安や緊張を取り除くことは困難であった.一方,術後の涙道内視鏡検査施行前の緊張のCVASは低値であった.患者は疼痛を経験すると,疼痛への恐怖から同様の体験をする場合に不安が強くなる9).今回,涙道内視鏡検査や手術を経験したものでは緊張の程度のCVASが低値であったことは,涙道内視鏡検査や手術中に強い疼痛を経験しておらず,不安や恐怖がない状態で術後の涙道内視鏡検査を受けていると考えられ,涙道内視鏡検査や手術が低侵襲に行われていることを示している.ただしCVASスコアがC30以上である場合,「中等度の疼痛がある」と評価されるため10),術後群の涙道内視鏡検査の麻酔C2項目と手術操作C3項目や,術前群の点眼麻酔,涙道内麻酔,灌流液流入についてはCVASがC30未満であり,患者への侵襲は抑えられていると考えられる.しかし,術前群のCVASが有意に高かった涙点拡張と涙道内視鏡操作についてはCVASがC30以上であり,中等度の疼痛を自覚していると考えられる.つまり,術後群の涙道内視鏡検査については十分な麻酔効果を得られていたが,術前の涙道内視鏡検査については不十分であり,疼痛を低減する麻酔方法の検討が望ましい.前述したように,涙道内視鏡検査の麻酔については標準的な方法が確立されておらず,各施設でさまざまな方法で行われている.当院では点眼麻酔と涙道内表面麻酔のみで涙道内視鏡検査を行っている.術前検査時の疼痛を緩和する方法の一つとして滑車下神経麻酔があげられるが,一過性散瞳,視力低下,眼球運動障害,球後出血などの合併症がある.当院では術前に行う初回涙道内視鏡検査においては,片側の涙道疾患であっても必ず両側検査を行っている.そのため,両側に滑車下神経麻酔を行うと,帰宅が困難となる場合が多くなり,滑車下神経麻酔の施行は容易ではない.術前の涙道内視鏡検査においては合併症の少ない麻酔方法について検討の余地がある.涙道内視鏡検査について検査側や検査時期によりCVASが変化するか検討した.その結果,術後涙道内視鏡検査の片側検査群と両側検査群で差は認めなかった.また,涙管チューブ抜去時群と涙管チューブ抜去半年後群でも差は認めなかった.つまり,術後の涙道内視鏡検査については,検査側や検査時期によってCVASが変化しないため,検査側や検査時期によって麻酔方法を検討する必要はなく,点眼麻酔と涙道内表面麻酔で低侵襲に検査可能である.術前の涙道内視鏡検査において,各麻酔,検査操作の苦痛強度,緊張の程度のCVASの相関関係を検討した結果,点眼麻酔を除いた涙道内麻酔,涙点拡張,涙道内視鏡操作,灌流液流入のC4項目について,それぞれ有意な正の相関を認めた.VASは疼痛の強度という単一次元において感度が高く,再現性があり,同一被験者内で信頼性と妥当性が高いとされる11).しかし,疼痛は主観的な知覚であり,疼痛に対する耐性や経験,性格などが影響し,疼痛刺激に対する認識の個人差を生み出している.そのため疼痛の閾値の低い患者は麻酔,検査操作による侵襲でCVASが高くなる傾向にあり,閾値の高い患者ではCVASが低くなる傾向にある.そのため涙道内麻酔,涙点拡張,涙道内視鏡操作,灌流液流入のC4項目で有意な正の相関がみられたと考えられる.点眼麻酔についてはCVASのスコアが低いこと,点眼麻酔の経験にばらつきが大きいことが影響して相関がなかったと考えられる.疼痛の知覚には感覚的側面と情動的側面がある12).そのため不安や恐怖,うつ状態など精神状態が疼痛の閾値に影響すると考えられている.しかし,緊張の程度のCVASは涙道内麻酔,涙点拡張,涙道内視鏡操作,灌流液流入のC4項目と有意な相関を認めなかった.つまり緊張の程度によって患者の知覚する疼痛の程度を予想することは困難であり,患者の緊張状態により麻酔方法を変更するといった対策を取ることはむずかしいと考えられる.本研究の限界としては,単施設で行われた結果であることがあげられる.検査の身体的苦痛強度をCVASを用いて評価するにあたり,結果が正確になるようにアンケートに回答困難な高齢者を除外し,検査前と検査中に各操作を十分に説明して行った.そして終了後速やかにアンケートの回答を得た.ただし,疼痛には個体差や精神状態などさまざまな要因が影響するため,今後多施設多数例で検討したい.今回,筆者らは術前後の涙道内視鏡検査時の各操作における身体的苦痛の強度をCVASにより初めて明らかにした.術後の涙道内視鏡検査については点眼麻酔と涙道内表面麻酔で低侵襲に行えることが明らかとなった.一方,術前の涙道内視鏡検査については涙点拡張と涙道内操作のCVASが高く,今回の麻酔では十分な麻酔効果が得られていないことが示唆された.術前検査における麻酔方法についてはさらなる検討が必要である.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)佐々木次壽:涙道内視鏡所見による涙道形態の観察と涙道内視鏡併用シリコーンチューブ挿入術.眼科C41:1587-1591,C19992)鈴木亨:涙道ファイバースコピーの実際.眼科C45:2015-2023,C20033)井上康:涙道から見た流涙症─確実な涙管チューブ挿入術.眼科手術22:161-166,C20094)MimuraM,UekiM,OkuHetal:Indicationsforande.ectsofCNunchaku-styleCsiliconeCtubeCintubationCforCprimaryCacquiredClacrimalCdrainageCobstruction.CJpnCJCOphthalmolC59:266-272,C20155)鈴木亨:鼻涙管閉塞症のシリコーンチューブ留置術の手術時期.眼科手術20:305-309,C20076)CohenCSW,CPrescottCR,CShermanCMCetal:Dacryoscopy.COphthalmicSurgC10:57-63,C19797)NariokaCJ,CMatsudaCS,COhashiY:CorrelationCbetweenCanthropometricfacialfeaturesandcharacteristicsofnaso-lacrimalCdrainageCsystemCinCconnectionCtoCfalseCpassage.CClinExpOphthalmolC35:651-656,C20078)BurkatCCN,CLucarelliMJ:AnatomyCofCtheClacrimalCsys-tem.In:TheCLacrimalsystem:diagnosis,Cmanagement,Candsurgery(Cohen,CAJCetCaleds)C,CSpringer,CNewCYork,Cp3-19,C20069)VlaeyenJW,LintonSJ:Fear-avoidancemodelofchronicmusculoskeletalpain:ACstateCofCtheCart.CPainC85:317-332,C200010)DownieWW,LeathamPA,RhindVMetal:Studieswithpainratingscales.AnnRheumDisC37:378-381,C197811)BerckerCM,CHughesB:UsingCaCtoolCforCpainCassessment.CNursTimesC86:50-52,C199012)NakaeCA,CMashimoT:PainCandCemotion.CPAINCRESEARCHC25:199-209,C2010***

Florid Diabetic Retinopathy の1 例

2021年5月31日 月曜日

《原著》あたらしい眼科38(5):588.594,2021cFloridDiabeticRetinopathyの1例石郷岡岳喜田照代大須賀翔河本良輔佐藤孝樹小林崇俊池田恒彦大阪医科大学眼科学教室CACaseofReversalFloridDiabeticRetinopathyGakuIshigooka,TeruyoKida,ShouOosuka,RyohsukeKohmoto,TakakiSato,TakatoshiKobayashiandTsunehikoIkedaCDepartmentofOphthalmology,OsakaMedicalCollegeC目的:Floriddiabeticretinopathy(FDR)は若年女性に多く,線維性増殖膜を伴わずに視神経乳頭周囲に隆々とした放射状の新生血管を認める病態で,急速に網膜症が悪化しやすいとされている.今回筆者らはCFDRのC1例を経験したので報告する.症例:19歳,女性.近医にて糖尿病網膜症を指摘され大阪医科大学附属病院眼科紹介受診となった.初診時視力は両眼とも矯正C1.0で,自覚症状はとくに認めなかった.11歳時にC1型糖尿病を指摘されていたが,血糖コントロール不良でCHbA1cはC12%,定期的な眼科受診も受けていなかった.眼底は両眼とも視神経乳頭周囲に放射状の太い新生血管を認めたが黄斑浮腫はみられなかった.フルオレセイン蛍光造影検査では新生血管からの漏出を認めた.ただちに汎網膜光凝固を開始した.同時に内科にて持続皮下インスリン注入療法(continuoussubcutaneousinsu-lininfusion:CSII)が開始され,HbA1cは徐々に低下し,8%程度になった.その後右眼に後部硝子体.離の進行による硝子体出血をきたしたが,自然吸収した.初診C1年C3カ月後の時点で網膜症は鎮静化し,矯正視力は両眼ともC1.0を維持している.結論:FDRのC1例を経験した.早期の網膜光凝固と,CSIIによる厳格な血糖コントロールがCFDRの進行抑制に有効であったと考えられるが,今後も注意深い経過観察が必要である.CPurpose:ToCreportCaCcaseCofC.oridCdiabeticretinopathy(FDR).CCasereport:AC19-year-oldCfemaleCwasCreferredtoourhospitalduetodiabeticretinopathy.Sincetheageof11,shehadpoorlycontrolledandveryunsta-bletype1diabetes.Shehadnotundergoneregularophthalmologyexaminations,andherHbA1cwas12%.Oph-thalmoscopicCexaminationCrevealedCthatCherCbest-correctedCvisualacuity(BCVA)wasC1.0CinCbothCeyes,CandCthatCsheChadCnoCsymptoms.CHowever,CfundusCexaminationCshowedCretinalCneovascularizationCradiallyCaroundCtheCopticCdiscinbotheyes.Fluoresceinangiographyshowedsomeleakagefromtheneovascularizations,andpanretinalpho-tocoagulationwasimmediatelyperformedinbotheyes.Simultaneously,aninternistatourhospitalinitiatedcontin-uoussubcutaneousinsulininfusion(CSII)therapy,andtheHbA1cgraduallydeclinedto8%.VitreoushemorrhageoccurredCdueCtoCtheCprogressionCofCposteriorCvitreousCdetachment,CyetCitCwasCspontaneouslyCabsorbed.CAtC1-yearCand3-monthspostinitialpresentation,herFDRhasimprovedandBCVAinbotheyeshasbeenmaintainedat1.0.Conclusion:WeCreportCaCyoungCpatientCwithCFDRCinCwhomCearlyCretinalCphotocoagulationCandCgoodCandCstableCmetaboliccontrolofdiabetesviaCSIIwase.ectiveinsuppressingtheprogressionofFDR.However,strictfollow-upisrequired.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)38(5):588.594,C2021〕Keywords:.orid糖尿病網膜症,若年女性,増殖糖尿病網膜症,1型糖尿病,汎網膜光凝固..oriddiabeticreti-nopathy,youngfemale,progressivediabeticretinopathy,type1diabetes,panretinalphotocoagulation.Cはじめに1972年にCBeaumontとCHollowsが急速に進行する予後不良CFloridCdiabeticretinopathy(FDR)は増殖糖尿病網膜症のCPDRの特殊型を報告し,急激な虚血に対する二次性変化(progressiveCdiabeticretinopathy:PDR)の特殊型である.であると提唱した1).1976年にCKohnerらはC1型糖尿病,40〔別刷請求先〕石郷岡岳:〒569-8686大阪府高槻市大学町C2-7大阪医科大学眼科学教室Reprintrequests:GakuIshigooka,M.D.,DepartmentofOphthalmology,OsakaMedicalCollege,2-7Daigaku-machi,Takatsuki-city,Osaka569-8686,JAPANC歳未満,非増殖糖尿病網膜症からCPDRまたはその危険がきわめて高い状態に至るまでC6カ月未満で進行するこの特殊型をCFDRとした2).Lattanzioらはその危険因子として若年(平均C27歳),女性,インスリン依存性糖尿病の罹病期間がC15年以上であること,血糖コントロールの不良をあげている3).FDRでは両眼性に視神経乳頭周囲に隆起性で「サンゴ状」とも称される4)放射状の新生血管を認める.フルオレセイン蛍光造影検査(.uoresceinangiography:FA)ではこの新生血管は通常よりも漏出が軽度なことがあるため注意が必要で3.5),また黄斑浮腫の合併の程度も症例による差が大きい6).一般に,FDRの発症早期は視力良好であるが,急速に網膜症が悪化しやすいとされている1.5).そのため,早期診断と適切な汎網膜光凝固(panretinalCphotocoagulation:PRP),必要に応じて硝子体手術の選択が重要となる3.7).今回筆者らはCFDRと考えられる若年女性のC1例について経験したので報告する.CI症例患者:19歳,女性.身長C162.2cm,体重C63kg,BMI(bodymassindex)24.主訴:自覚症状なし.家族歴:特記事項なし.既往歴:出生時特記事項なし.現病歴:8年前にC1型糖尿病と診断を受け,強化インスリン療法が開始されたが,血糖コントロールは不良で,病識にも乏しく,HbA1cはC12%程度で推移していた.他院と当院で計C4回教育入院したが,退院後血糖コントロール状況は再度増悪し改善しなかった.Ca3年前に持続皮下インスリン注入療法(continuoussubcu-taneousCinsulininfusion:CSII)であるセンサー付ポンプ療法が導入されたが,本人の病識や治療への意欲が薄く,操作の煩雑性などを理由に数カ月で中止となった.血糖コントロールの改善はみられず,低血糖発作を月に数回繰り返していた.7年前より近医眼科に通院を開始し,年C1回程度受診していた.2018年C6月近医受診時,両眼に点状,しみ状出血を生じており単純糖尿病網膜症と診断された.2019年C2月末,両眼視神経乳頭周囲に著明な放射状の新生血管と左眼には視神経乳頭上に増殖膜がみられ,大阪医科大学附属病院眼科(以下,当科)紹介となった.初診時所見:初診時視力CVD=1.2,VS=0.8(1.5C×.1.5D).眼圧CRT=16CmmHg,LT=19CmmHg.前眼部中間透光体に異常なく,虹彩に新生血管はみられなかった.眼底検査で両眼視神経乳頭周囲に放射状に伸長する新生血管を認め,左眼は視神経乳頭上に線維血管性増殖膜を伴っていた.両眼に多数のしみ状出血を認めるものの硬性白斑,軟性白斑はみられず,視神経乳頭周囲以外に明らかな新生血管は認めなかった(図1).両眼の光干渉断層計(opticalCcoherenceCtomog-raphy:OCT)では,明らかな糖尿病黄斑浮腫は認められず,中心窩陥凹は保たれていた(図2).FAを施行したところ,両眼中間周辺部に無灌流領域を生じていた.網膜新生血管からの漏出を認めたが,漏出の程度は軽度であった(図3).経過:当科初診時,患者より就職活動中で定期的な通院が困難であるとの申し出があったが,眼科だけでなく当院代謝内科の定期的な通院を指示した.初診時よりCPRPの必要性を説明したが,内科治療に専念したいとの患者希望により,PRPの同意は得られなかった.しかし,同年C4月右眼飛蚊症を自覚,右眼後極部に網膜前出血を生じていた.患者よりCb図1初診時眼底写真a:右眼,b:左眼.両眼とも視神経乳頭から放射状に伸長する新生血管を認める.左眼は線維血管性増殖膜を認める.b図2フルオレセイン蛍光造影検査の写真a:右眼,Cb:左眼.中間周辺部に網膜無灌流域を認めるが,視神経乳頭周囲の新生血管からの漏出は比較的軽度である.糖尿病黄斑浮腫も併発している.PRPの積極的希望があったため同日右眼よりCPRPを開始した.左眼は同年C5月初めよりCPRPを開始し両眼ともにC1,000発程度(アルゴンレーザーにてC150CmW,250Cμm,200Cmsec,yellow,SuperQuadレンズ)照射された(図4).同年C7月より内科にてCCSIIが再開され,HbA1cは徐々に低下しC8%程度まで改善した.その後患者の希望によりCCSIIは中止となったが,強化インスリン療法にて血糖値は悪化せず同程度で推移している.初診C1年C3カ月後の時点で両眼の新生血管は初診時に比べて退縮傾向であり,糖尿病網膜症は鎮静化した(図5).矯正視力は両眼ともにC1.0を維持しており,現在もHbA1cは8%程度で推移している.CII考按若年女性のコントロール不良C1型糖尿病患者におけるFDRのC1例を経験した.本症例においては早期の網膜光凝固と,CSIIによる厳格な血糖コントロールがCFDRの進行抑制に有効であったと考えられた.FDRは詳細な発症機序について明らかにされていないが,広範で急速な血液網膜関門の破綻を生じる虚血変化により著明な新生血管を生じると考えられている1.5).Kohnerらは,図3OCT画像a:右眼,b:左眼.FAで蛍光漏出を認めるが,OCTでは中心窩陥凹は保持されていた.図4PRP施行後の眼底写真a:右眼,b:左眼.右眼はCPRP施行後に硝子体出血をきたした.硬性白斑の出現は認めなかった.図5現在(初診より1年3カ月後)の眼底写真a:右眼,b:左眼.両眼新生血管は退縮傾向であり,右眼硝子体出血は吸収されている.血中成長ホルモン(growthhormone:GH)濃度高値が原因とする仮説を示し,かつてCPDRの治療であった下垂体焼灼術の有効性を報告した2).ただし下垂体破壊術はその副作用の面から現在,標準治療とはなっていない3).わが国においても高取らが乳頭周囲に新生血管を伴うCPDRのC4例に下垂体破壊術を施行した症例を報告し,有効例における内分泌機能検査ではアルギニン負荷後のCGH抑制を認めたとしている8).Kitanoらは低血糖発作を繰り返すC2型糖尿病のCFDRのC2例において血清中のインスリン様増殖因子(insulinlikegrowthfactor:IGF)-1の濃度上昇と硝子体中の血管内皮増殖因子(vascularendothelialgrowthfactor:VEGF)の濃度上昇を示し,FDRの発症につながる可能性を示した9).若年者におけるGH,IGF-1の血中濃度高値を背景として,広汎な血液網膜関門の破綻が生じることで硝子体中CVEGFの濃度が上昇し,FDRの特徴である著明な血管新生と網膜症の急速進行をきたしていると考えられる.なお上述した危険因子である女性に関して,その理由について既報では検討されていない.近年,網膜には性ホルモン受容体が存在し,その発生や維持に関与していることが明らかになり,網膜症における性ホルモンの関与が推察されている10).しかし,エストロゲン投与を行ったコホート研究で糖尿病網膜症の重症度や糖尿病黄斑浮腫の発症率との関連は認めなかったとする報告11)もあり,エストロゲンと糖尿病網膜症との関連は不明である.一方でCGH分泌量は性差による影響が大きく,男性は睡眠に関連したCGH分泌が顕著であるのに対して,女性では男性より高頻度のCGHのパルス状分泌がみられ12,13),男性に対するエストロゲン投与によりCGH分泌パターンが女性化したとの報告もある14).エストロゲンはGHの分泌や機能に関して調節機構を有している15)ため糖尿病網膜症,とくにCFDRの発症においてはエストロゲンが二次的に関与している可能性が考えられる.FDRでみられる視神経乳頭周囲の放射状の新生血管は通常よりも漏出が軽度なことがあり6),本症例でも蛍光漏出は少なかったので注意が必要である.FDRにおける新生血管も通常のCPDRでみられる新生血管と構造が異なるのかもしれない.過去の報告では,FDRの黄斑浮腫は,血液網膜関門の破綻につながる著明な虚血性変化が原因である可能性が指摘されており7),Gaucherらは通常の糖尿病黄斑浮腫はPRP後炎症性反応により増悪するが,FDRではC17例中C15眼でCPRPおよび血糖コントロールにより速やかに浮腫や視力が改善し再発はなかったと報告した6).若年発症で血糖コントロール不良のC1型糖尿病ではCFDRが生じていることがあり3),早期に眼底検査を施行し,内科的治療と並行してPRPなどの適切な眼科的治療の時期を逃さず施行することが重要と考えられる.FDRにおいてはCPRPを早急に施行することが治療の原則であるが,経過中に硝子体手術が必要となる症例も多く,予後は概して不良とされている1.7).また,通常のCPRPよりもより多くの照射数が必要とされる3,7).LattanzioらはCFDRに対してCPRPを施行した後に硝子体手術が必要となった群と,初診時より硝子体手術の適応であった群に分けて,その予後について比較検討をしており,最終視力が前者は平均0.47であるのに対して後者は平均C0.14と不良で,さらに失明に至る危険性も後者が前者のC6倍であったと示した3).PRPとトリアムシノロンアセトニド硝子体注射の併用が新生血管の蛍光漏出に対して有効であったとする報告16)や,硝子体手術とベバシズマブの併用が網膜症と視力両者の改善に有効であるとする報告もみられる17).FDRにおいては強化インスリン療法やCCSIIの有用性を示した報告が散見される18.20).CSIIに関してはインスリン頻回注射に比べてCHbA1cの改善と重症低血糖に対してメタ解析で優位性を示されており21),米国ではC1型糖尿病患者の40%がCCSIIを行っていると報告されている22)が,わが国におけるC2011年時点でのCCSIIの使用はC4,000.5,000人程度である23).CSIIを含むインスリン療法の向上により,血糖コントロール不良や低血糖発作が減少したことはCFDRの発症を低下させたことに寄与している可能性がある.ただしCCSII導入開始後網膜症が増悪し,FDRを生じた例もあり18,19)注意を要する.この悪化原因としては急速な血糖是正による網膜血流の低下が疑われている18).わが国においてもCCSII療法によりC10%で開始後C0.3.4年の短期間で前増殖糖尿病網膜症まで進展しCPRPを要したが,その後もCSII継続により網膜症が安定化したとする報告がある24).内科的治療のみで,FDRが自然に退縮したとする報告もあり25),早期の内科的治療の介入は視力を保持するうえでもとくに重要と考えられる.なお,わが国におけるCFDRの報告は少ない.上述した高取らの下垂体破壊術を施行した乳頭周囲に新生血管を伴う増殖糖尿病網膜症C4例8),KitanoらのC2型糖尿病のCFDR2例9)のほか,北室のC1例26)の報告がある.また,小嶋らはC57眼のCPDR症例のうちCPRPの施行後も急速に増悪するC.oridtypeがC21%であったと報告している27).わが国でのCFDRの報告が少ないことに関しては,GH,IGF-1の血中濃度の違いで日本人に生じにくい,あるいはCSIIを含めたインスリン療法の向上に伴う血糖コントロールの改善により発症が抑制されているなどの可能性がある.本症例は血糖コントロール不良の期間が長い若年C1型糖尿病の女性患者で典型的なCFDR像である.本症例においては発症前に一度CCSIIを試されているが,血糖是正に至っておらず,発症原因になったとは考えにくい.低血糖発作は網膜症悪化要因と疑われており18),以前より血糖コントロール不良でありかつ頻回に低血糖発作を生じていたことが,FDRを発症する原因であった可能性がある.PRPを施行するとともに内科的治療を行うことで血糖是正を長期的に図ることで新生血管の退縮,網膜症の鎮静化を得られた例であった.CIII結語今回,若年女性のコントロール不良C1型糖尿病患者におけるCFDRのC1例を経験した.本症例においては早期の網膜光凝固と,CSIIによる厳格な血糖コントロールがCFDRの進行抑制に有効であったと考えられた.若年発症のC1型糖尿病の患者にはCFDRが生じている可能性がある3)ので,長期の血糖コントロール不良,低血糖発作を繰り返す患者では定期的に眼底検査を施行し,初期CFDRを早期に診断し,内科的治療と並行してCPRPなどの適切な眼科的治療時期を逃さず施行することが重要である.本症例は今後も注意深い経過観察が必要である.文献1)BeaumontCP,CHollowsFC:Classi.cationCofCdiabeticCreti-nopathy,CwithCtherapeuticCimplications.CLancetC299:419-425,C19722)KohnerEM,HamiltonAM,JoplinGFetal:Floriddiabet-icCretinopathyCandCitsCresponseCtoCtreatmentCbyCphotoco-agulationorpituitaryablation.Diabetes25:104-110,C19763)LattanzioCR,CBrancatoCR,CBandelloCFMCetal:FloridCdia-beticretinopathy(FDR):aClong-termCfollow-upCstudy.CGraefesArchClinExpOphthalmol239:182-187,C20014)AhmadCSS,CGhaniSA:FloridCdiabeticCretinopathyCinCaCyoungpatient.JOphthalmicVisRes7:84-87,C20125)KingsleyR,GhoshG,LawsonPetal:Severediabeticret-inopathyinadolescents.BrJOphthalmolC67:73-79,C19836)GaucherCD,CFortunatoCP,CLecleire-ColletCACetal:Sponta-neousresolutionofmacularedemaafterpanretinalphoto-coagulationin.oridproliferativediabeticretinopathy.Ret-ina29:1282-1288,C20097)FavardCC,CGuyot-ArgentonCC,CAssoulineCMCetal:FullCpanretinalphotocoagulationandearlyvitrectomyimproveprognosisCofC.oridCdiabeticCretinopathy.COphthalmologyC103:561-574,C19968)高取悦子,高橋千恵子,劉瑞恵ほか:糖尿病性網膜症に対する下垂体破壊術施行例の臨床経過について.糖尿病C20:205-217,C19779)KitanoS,FunatsuH,TanakaYetal:VitreousLevelsofIGF-1CandCVEGFCinCFloridCDiabeticCRetinopathy.CInvestCOphthalmolVisSci46:347-347,C200510)GuptaPD,JoharKSr,NagpalKetal:Sexhormonerecep-torsCinCtheChumanCeye.CSurvCOphthalmolC50:274-284,C200511)KleinCBE,CKleinCR,CMossSE:ExogenousCestrogenCexpo-suresandchangesindiabeticretinopathy.TheWisconsinEpidemiologicCStudyCofCDiabeticCRetinopathy.CDiabetesCCareC22:1984-1987,C199912)ObalFJr,KruegerJM:GHRHandsleep.SleepMedRevC8:367-377,C200413)VanCCauterCE,CEsraTasali:EndocrineCphysiologyCInC:CRelationCtoCsleepCandCsleepCdisturbance.CprinciplesCandCpracticeCofCsleepmedicine(KrygerCMH,CRothCT,CDemenWC,eds)C.6thed,p203-204,Elsevier,201714)FrantzCAG,CRabkinMT:E.ectsCofCestrogenCandCsexCdif-ferenceConCsecretionCofChumanCgrowthChormone.CJCClinCEndocrinolMetabC25:1470-1480,C196515)LeungKC,JohannssonG,LeongGMetal:Estrogenreg-ulationCofCgrowthChormoneCaction.CEndocrCRevC25:693-721,C200416)BandelloCF,CPognuzCDR,CPirracchioC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円錐角膜に対する全層角膜移植と深層層状角膜移植の術後 経過の比較

2021年5月31日 月曜日

《原著》あたらしい眼科38(5):584.587,2021c円錐角膜に対する全層角膜移植と深層層状角膜移植の術後経過の比較關口(色川)真理奈水野未稀内野裕一榛村重人坪田一男慶應義塾大学医学部眼科学教室CComparisonofthePostoperativeCoursebetweenPenetratingKeratoplastyandDeepAnteriorLamellarKeratoplastyforKeratoconusMarina(Irokawa)Sekiguchi,MikiMizuno,YuichiUchino,ShigetoShimmuraandKazuoTsubotaCDepartmentofOphthalmology,KeioUniversitySchoolofMedicineC目的:円錐角膜患者に対する全層角膜移植と深層層状角膜移植の術後経過について比較検討する.対象:2008年3月.2017年C1月に行った円錐角膜患者に対する全層角膜移植と深層層状角膜移植のうち,術後C2年以上経過を追跡できたC20症例(全層角膜移植群C11名C11眼,深層層状角膜移植群C9名C10眼)を対象とした.縫合糸は緩み,断裂,感染があった場合にのみ抜糸とした.結果:術後C3年までの眼鏡矯正視力(logMAR換算視力),球面度数,乱視度数,等価球面度数,角膜形状,角膜内皮細胞密度について,両群間に差はなかった.結論:円錐角膜患者に対する全層角膜移植群および深層層状角膜移植群のC3年までの術後経過は両群に差はなかった.CPurpose:ToCcompareCtheCpostoperativeCcourseCbetweenpenetratingCkeratoplasty(PK)andCdeepCanteriorClamellarkeratoplasty(DALK)forCkeratoconus.CMethods:ThisCretrospectiveCstudyCinvolvedC20CkeratoconusCpatientswhounderwentPK(PKGroup,11eyesof11patients)orDALK(DALKGroup,10eyesof9patients)atKeioCUniversityCHospital,CTokyo,CJapanCfromCMarchC2008CtoCJanuaryC2017,CandCwhoCcouldCbeCfollowedCforCmoreCthanC2-yearsCpostoperative.CInCallCpatients,CpostoperativeCbestCspectacle-correctedCvisualacuity(BSCVA;Log-MAR),CsphericalCpower,astigmatism,CsphericalCequivalent(SE),CcornealCtopography,CandCcornealCendothelialCcelldensity(ECD)wereretrospectivelyexamined,andthencomparedbetweenthetwogroups.Results:BetweenthePKGroupandDALKGroup,nodi.erencesinBSCVA,sphericalpower,astigmatism,SE,cornealtopography,andcornealCECDCwereCobservedCoverCtheC3-year-postoperativeCperiod.CConclusions:TheCpostoperativeCcourseCofCPKCandDALKforkeratoconuswasfoundtobesimilarforupto3-yearspostoperative.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)38(5):584.587,C2021〕Keywords:円錐角膜,全層角膜移植,深層層状角膜移植.keratoconus,penetratingkeratoplasty,deepanteriorlamellarkeratoplasty.Cはじめに円錐角膜に対する移植術として,全層角膜移植(penetrat-ingkeratoplasty:PK)または深層層状角膜移植(deepante-riorClamellarkeratoplasty:DALK)が選択される.DALKはCPKのようなCopenskysurgeryはなく,内皮型拒絶反応のリスクがないことで1),術後の長期免疫抑制が不要となる.近年,円錐角膜に対する角膜移植は障害された組織のみを置き換える選択的層状角膜移植が主流となってきている2).日本国内における円錐角膜に対する術式の違いによる経過報告はいまだ少なく,今回筆者らはCPKとCDALKのC2年の術後経過を比較検討したので報告する.CI対象および方法対象はC2008年C3月.2017年C1月に慶應義塾大学病院でPKあるいはCDALKを受けた円錐角膜患者のうち,少なくとも術後C2年の経過観察ができた症例とし,PK群はC11名〔別刷請求先〕關口真理奈:〒160-8582東京都新宿区信濃町C35慶應義塾大学医学部眼科学教室Reprintrequests:MarinaSekiguchi,DepartmentofOphthalmology,KeioUniversitySchoolofMedicine,35ShinanomachiShinjuku-ku,Tokyo160-8582,JAPANC584(104)0910-1810/21/\100/頁/JCOPY(104)C5840910-1810/21/\100/頁/JCOPY11眼(男性C10名,女性C1名,平均年齢C41.9C±17.2歳),DALK群は9名10眼(男性4名,女性5名,平均年齢43.5C±19.2歳)であった.平均年齢については,2群間に有意差はなかった.急性水腫の既往がある症例C2眼と内皮細胞密度が測定できない瘢痕性混濁がある症例C3眼,複数回の円錐角膜手術(有水晶体眼内レンズ挿入,角膜内リング挿入,角膜クロスリンキング)の既往がある症例C1眼はCPKを第一選択とし,DALKを予定していたが術中CPKへ変更した症例C4眼はCPK群とした.また,術後C2年以内に角膜感染をきたし,その後視力が改善しなかった症例,エキシマレーザーによる屈折矯正手術や翼状片に対する手術を施行した症例は対象から除外した.手術はC13眼(PK群C7眼,DALK群C6眼)では,ドナー角膜径C7.75Cmm,レシピエント角膜径C7.5Cmmとした.PK群のC1眼は高度円錐角膜であったためドナー角膜径C8.25Cmm,レシピエント角膜径C8.0Cmmとし,また眼軸長C25Cmm以上の症例C7眼(PK群C3眼,DALK群C4眼)ではドナー角膜径,レシピエント角膜径ともにC7.5Cmmとした.ドナー角膜径はPK群C7.70C±0.14Cmm,DALK群C7.65C±0.12Cmm(p=0.38),またレシピエント角膜径はCPK群C7.57C±0.22Cmm,DALK群7.5Cmm(p=0.35)であり,2群間に有意差はなかった.DALK群のCDescemet膜はすべて粘弾性物質を注入し.離した3).縫合法は両群ともにC10C.0ナイロン糸を用いたC24針連続縫合とし,縫合糸は緩み,断裂,感染があった場合のみ抜糸とした.術後,抗菌薬点眼はC1日C5回より開始し,上皮化が得られればC3カ月程度で減量しC6カ月程度で終了とした.ステロイド点眼はベタメタゾンC1日C5回より開始し,術後C3カ月程度より徐々に漸減,またはフルメトロンへ変更とした.また,活動性のアトピー性皮膚炎に合併した症例C2眼では強角膜炎の予防目的に術後ステロイド全身投与を行った.各群の術後半年,1年,2年,3年における術後経過をCt検定により比較検討した.評価項目は,眼鏡矯正視力(log-MAR換算視力),球面度数,乱視度数,等価球面度数,角膜形状,角膜内皮細胞密度とした.屈折度数はすべて自覚評価とした.角膜形状解析にはCTMS-2NまたはC5(トーメーコーポレーション)を用いCaveragekeratometry(AveK),CsurfaceCregularityindex(SRI),surfaceCasymmetryCindex(SAI)について評価した.合併症についても,その種類と頻度について比較検討した.なお本研究は慶應義塾大学病院倫理審査委員会の承認を得たうえで調査を開始した(承認番号:20190130).CII結果1.眼鏡矯正視力(logMAR換算視力)術前のClogMAR換算視力はCPK群C1.46C±1.10,DALK群0.99±0.56(p=0.25)でC2群間に有意差はなかった.術後C2年のClogMAR換算視力はCPK群C0.009C±0.15,DALK群C0.13C±0.29(p=0.25),術後C3年の経過を追跡できた症例に関してはCPK群C0.003C±0.080,DALK群C0.15C±0.32(p=0.19)であり両群間に有意差はなかった(表1).術後C2年においてハードコンタクトレンズを装用した症例はCPK群でC5眼,DALK群でC1眼であり,いずれもClogMAR換算視力はC.0.080±0であった.C2.球面度数,乱視度数,等価球面度数術前の球面度数はCPK群C.7.71±5.95D,DALK群C.11.93C±7.70D(p=0.61),術後C2年の球面度数はCPK群C0.25C±5.13D,DALK群C1.42C±4.31D(p=0.61),術後C3年の経過を追跡できた症例に関してはCPK群C0.58C±5.22D,DALK群C0.36±4.56D(p=0.93)であり両群間に有意差はなかった.術前の乱視度数は測定が可能であった症例においてCPK群C.1.00±2.66D,DALK群C.2.04±2.11D(p=0.50),術後C2年の乱視度数はCPK群C.4.32±2.62D,DALK群C.3.94±1.61D(p=0.71),術後C3年の経過を追跡できた症例に関してはPK群C.4.92±3.49D,DALK群C.4.08±1.78D(p=0.56)であり両群間に有意差はなかった(表2).術前の等価球面度数は測定が可能であった症例においてPK群C.8.21±6.38D,DALK群C.12.95±7.28D(p=0.27),術後C2年の等価球面度数はCPK群C.1.91±4.79D,DALK群C.0.56±4.48(p=0.54),術後C3年の経過を追跡できた症例に関してはCPK群C.1.88±4.68D,DALK群C.1.68±4.88D(p=0.94)であり両群間に有意差はなかった(表2).C3.角.膜.形.状角膜形状解析では,術前のCSRI,SAI,AveKにおいて両群間に有意差はなく,術後C2年のCAveKはCPK群C43.68C±5.14D,DALK群C44.05C±5.16D(p=0.88),SRIはPK群1.49C±0.56D,DALK群C1.56C±0.86D(p=0.84),SAIはCPK群C1.84±1.11D,DALK群C1.60C±1.03D(p=0.64)であり両群間に有意差はなかった.術後C3年の経過を追跡できた症例においてもC2群間に有意差はなかった(表3).C4.角膜内皮細胞密度術前の角膜内皮細胞密度はCPK群C2,750C±375Ccell/mm2,DALK群C2,527C±228Ccell/mm2(p=0.16),術後C2年の角膜内皮細胞密度はCPK群C1,678C±736Ccell/mm2,DALK群C2,100C±605Ccell/mm2(p=0.20),術後C3年の経過を追跡できた症例に関してはCPK群C1,487C±658Ccell/mm2,DALK群C1,868C±554Ccell/mm2(p=0.29)であり両群間に有意差はなかった(図1).C5.合併症術後C3年以内の合併症はCPK群にて高眼圧症C2眼,真菌性角膜潰瘍C1眼,DALK群では高眼圧症C3眼(そのうち手術加療が必要となった症例はC1眼)を認めた.それ以降の合併症(105)あたらしい眼科Vol.38,No.5,2021C585表1眼鏡矯正視力(logMAR換算視力)の比較表2等価球面度数,乱視度数の比較PK群DALK群p値PK群DALK群p値視力(logMAR)等価球面度数術前C1.46±1.10(11)C0.99±0.56(10)C0.25術前C.8.21±6.38D(6)C.12.95±7.28D(7)C0.27術後2年C0.009±0.15(11)C0.13±0.29(10)C0.25術後2年C.1.91±4.79D(11)C.0.56±4.45D(9)C0.54術後3年C0.003±0.08(10)C0.15±0.32(10)C0.19術後3年C.1.88±4.68D(9)C.1.68±4.88D(9)C0.94()内は眼数を表す.PK:全層角膜移植,DALK:深層層状角乱視度数膜移植.2群間に有意差はなかった(t-test).術前C.1.00±2.66D(6)C.2.04±2.11D(7)C0.50術後2年C.4.32±2.62D(11)C.3.94±1.61D(9)C0.71術後3年C.4.92±3.49D(9)C.4.08±1.78D(9)C0.56表3角膜形状解析の比較()内は眼数を表す.PK:全層角膜移植,DALK:深層層状角PK群DALK群p値膜移植.2群間に有意差はなかった(t-test).CAveK術前C46.03±6.75(11)C46.14±4.36(9)C0.97術後2年C43.68±5.14(11)C44.05±5.16(9)C0.88C3,500術後3年C43.04±5.35(8)C44.55±6.41(8)C0.64Cn=8PK群SRIC3,000術前C2.73±0.76(11)C2.88±0.60(9)C0.65術後2年C1.49±0.56(11)C1.56±0.86(9)C0.84C術後3年C1.33±0.50(8)C1.70±0.83(8)C0.34CSAIC術前C4.15±1.84(C11)C3.91±1.01(C9)C0.73術後2年C1.84±1.11(C11)C1.60±1.03(C9)C0.64術後3年C1.58±0.79(C8)C1.62±0.84(C8)C0.94()内は眼数を表す.PK:全層角膜移植,DALK:深層層状角膜移植.AveK:averagekeratometry,SRI:surfaceregular-角膜内皮細胞密度(cell/mm2)2,5002,0001,5001,000n=10ityindex,SAI:surfaceCasymmetryindex.2群間に有意差はなかった(t-test).表4合併症PK群DALK群高眼圧症C2C3真菌性角膜潰瘍C1C0縫合糸感染0(1)0(1)ヘルペス角膜炎C00(2)拒絶反応0(1)C0()内は術後C3年以降の眼数を表す.PK:全層角膜移植,DALK:深層層状角膜移植.としては,PK群にて縫合糸感染C1眼,拒絶反応C1眼,DALK群ではヘルペス角膜炎C2眼,縫合糸感染C1眼を認めた(表4).CIII考按今回,円錐角膜に対するCPKとCDALKの術後成績を比較した.海外の報告では,円錐角膜に対するCPKとCDALKの術後半年からC5年にかけての追跡で,術後視力の中央値はPK群のほうが良好であったが統計学的には有意な差がなかった4.6).国内の植松らの報告では,術後C12カ月では術後500術前術後半年1年2年3年図1角膜内皮細胞密度の経時的変化PK:全層角膜移植,DALK:深層層状角膜移植.経時的に角膜内皮細胞密度の減少が認められたが,2群間に有意差はなかった(t-test).視力はCPK群で有意に良好であったが,術後C24カ月程度では両群で有意差を認めなかった7).本検討では,術後半年,1年,2年における経過を比較できたCPK群C11眼,DALK群C10眼で,術後視力に有意差はなかった.また,術後C3年まで経過を追えたCPK群C10眼,DALK群C10眼で比較しても,術後視力に有意差はなかった.両群の術後視力に有意差はないもののCPK群において視力が良好であったのは,DALK群においてCDescemet膜露出が不十分な症例が含まれていたことなどが要因として考えられる8).術後等価球面度数は,両群間で差がないという報告と4,7,9),DALK群のほうがより近視が強いという報告がある5,6).本検討では,術後半年,1年,2年における経過を比較できたPK群C11眼,DALK群C9眼で,術後等価球面度数に有意差はなかった.また,術後C3年まで経過を追えたCPK群C9眼,DALK群C9眼で比較しても,等価球面度数に有意差はなか(106)った.角膜形状解析に関しては,SRIのみCPK群で有意に高値であったとの報告がある7).本検討ではCAveK,SRI,SAIいずれの項目においても両群に有意差はなかった.術後拒絶反応に関しては,海外のCWatsonらの報告では,PKではC28%の症例において術後に拒絶反応を認め,DALKではC8%の症例で拒絶反応を認めたが,実質型拒絶反応または上皮型拒絶反応のみで内皮型拒絶反応は認められなかった5).国内では,PKにおいて,植松らの報告ではC6.3%,安達らの報告ではC4.8%の症例において術後に拒絶反応を認めたが,DALKでは軽度の拒絶反応のみであった7,9,10).本検討では,PK群のC11眼中C1眼(9.1%)に内皮型拒絶反応を認め,DALK群では認めなかった.これらの結果からCDALKは術後の内皮型拒絶反応のリスクを減らすと考えられた.PKはCDALKと比較して,術後角膜内皮細胞密度が有意に低く,最終角膜内皮細胞減少率が有意に高いとの報告ある7,9).しかし,本検討では術後の角膜内皮細胞密度は両群間に有意差はなかった.円錐角膜は若年者に多く,残存した角膜周辺の角膜内皮機能が保たれている可能性が示唆された.DALKによる術後経過はCPKと同等であり,内皮型拒絶反応のリスクなしに有効な治療効果が期待できる.今後症例数と経過観察期間を増やし,さらなる術後長期予後について検討していく必要がある.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)ShimazakiCJ,CShimmuraCS,CIshiokaCMCetal:RandomizedCclinicalCtrialCofCdeepClamellarCkeratoplastyCvsCpenetratingCkeratoplasty.AmJOphthalmolC134:159-165,C20022)島﨑潤:これで完璧角膜移植.p10-13,南山堂,20093)ShimmuraCS,CShimazakiCJ,COmotoCMCetal:DeepClamellarCkeratoplastyCinCkeratoconusCpatientsCusingCviscoadptiveCviscoelastics.CorneaC24:178-181,C20054)CohenAW,GoinsKM,SutphinJEetal:Penetratingker-atoplastyCversusCdeepCanteriorClamellarCkeratoplastyCforCtheCtreatmentCofCkeratoconus.CIntCOphthalmolC30:675-681,C20105)WatsonSL,RamsayA,DartJKetal:ComparisonofdeeplamellarCkeratoplastyCandCpenetratingCkeratoplastyCinCpatientsCwithCkeratoconus.COphthalmologyC111:1676-1682,C20046)JonesCMN,CArmitageCWJ,CAyli.eCWCetal:Penetratinganddeepanteriorlamellarkeratoplastyforkeratoconus:CaCcomparisonCofCgraftCoutcomesCinCtheCUnitedCKingdom.CInvestOphthalmolVisSciC50:5625-5629,C20097)植松恵,横倉俊二,大家義則ほか:円錐角膜に対する全層角膜移植と深層表層角膜移植の術後経過の比較.臨眼C65:1413-1417,C20118)NavidA,ScottH,JamesCMetal:QualityofvisionandgraftCthicknessCinCdeepCanteriorClamellarCandCpenetratingCcornealallografts.AmJOphthalmolC143:228-235,C20079)安達さやか,市橋慶之,川北哲也ほか:深層層状角膜移植術と全層角膜移植術の長期成績比較.臨眼67:85-89,C201310)谷本誠治,長谷部治之,増本真紀子ほか:円錐角膜に対する深層角膜移植術の成績.臨眼54:789-793,C2000***(107)あたらしい眼科Vol.38,No.5,2021C587

糖尿病透析患者における『糖尿病眼手帳』の利用ならびに 記入状況(第2 報)

2021年5月31日 月曜日

《第25回日本糖尿病眼学会原著》あたらしい眼科38(5):579.583,2021c糖尿病透析患者における『糖尿病眼手帳』の利用ならびに記入状況(第2報)大野敦*1,2粟根尚子*1入江康文*2松下隆哉*1*1東京医科大学八王子医療センター糖尿病・内分泌・代謝内科*2三愛記念病院内科CUseandEntryStatusoftheDiabeticEyeNotebookinDiabeticDialysisPatients─2ndReportAtsushiOhno1,2)C,NaokoAwane1),YasufumiIrie2)andTakayaMatsushita1)1)DepartmentofDiabetology,EndocrinologyandMetabolism,HachiojiMedicalCenterofTokyoMedicalUniversity,2)SanaiMemorialHospitalC目的:糖尿病透析患者における『糖尿病眼手帳』(以下,眼手帳)の利用・記入状況をC2005年に調査し報告したが,今回同一施設でC2018年に再度調査したので,両年の結果を比較検討した.方法:対象は,三愛記念病院の糖尿病外来に定期受診中の糖尿病透析患者C2005年C42名,2018年C34名で,原則C2005年C9.11月,2018年C11.12月の外来受診時の眼手帳の最新の記入内容を調査し,両年の結果を比較した.結果:次回受診予定時期はC2018年が有意に長かった.白内障の術後の患者の比率が,2018年は有意に高かった.糖尿病網膜症は,全項目中唯一両年とも記入率がC100%であった.福田分類の記入率はC2005年C80.9%,2018年C55.9%で両年とももっとも低かった.糖尿病黄斑症は,ありの回答がC2005年に比べてC2018年は減少傾向を認めた.次回受診予定時期は,増殖網膜症を除いてC2018年のほうが有意に長かった.結論:眼手帳の「受診の記録」の項目のうち,福田分類以外はC2018年のほうがC2005年よりも記入率が高く,かかりつけ眼科医の内科・眼科連携への意識の高さがうかがえる.CPurpose:WepreviouslyinvestigatedandreportedontheuseandentrystatusoftheDiabeticEyeNotebook(EyeNotebook)indiabeticdialysispatientsin2005.Inthisstudy,wesurveyedtheEyeNotebookuseandentrystatusatthesamefacilityin2018,andthenexaminedandcomparedtheresultsofbothyears.Methods:Thesub-jectswerediabeticdialysispatientsundergoingregularoutpatientvisitsatSanaiMemorialHospital,Chiba,Japan(2005:42patients;2018:34patients).WesurveyedthelatestentriesintheEyeNotebook,andthencomparedtheCresultsCofCbothCyears.CResults:TheCnextCscheduledCvisitCwasCsigni.cantlyClonger,CandCtheCproportionCofCpost-cataractCpatientsCwasCsigni.cantlyChigher,CinC2018.CForCdiabeticCretinopathy,CtheCentryCrateCwas100%CinCbothyears;i.e.,CtheConlyCitemCamongCallCitemsCexamined.CTheCentryCrateCforCtheCFukudaCclassi.cationCwas80.9%CinC2005,yet55.9%in2018,thelowestinthetwoyears.Comparedto2005,therewasadownwardtrendinthenum-berofdiabeticmaculopathyrespondentsin2018.Exceptforproliferativeretinopathy,thenextscheduledvisitwassigni.cantlyClongerCinC2018.CConclusions:OfCtheCitemsCinCthe“RecordCofCmedicalCexamination”inCtheCEyeCNote-book,theentryrate,exceptfortheFukudaclassi.cation,washigherin2018thanin2005,thusindicatingthattheawarenessofcooperationininternalmedicineandophthalmologyamongthefamilyophthalmologistswashigh.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C38(5):579.583,C2021〕Keywords:糖尿病透析患者,糖尿病眼手帳,福田分類.diabeticdialysispatients,diabeticeyenotebook,Fukudaclassi.cation.Cはじめに1997年に内科医と眼科医が世話人となり糖尿病治療多摩懇糖尿病診療の地域医療連携を考える際に重要なポイントの話会を設立させ,内科と眼科の連携を強化するために両科の一つが,内科と眼科の連携である.東京都多摩地域では,連携専用の「糖尿病診療情報提供書」を作成し地域での普及〔別刷請求先〕大野敦:〒193-0998東京都八王子市館町C1163東京医科大学八王子医療センター糖尿病・内分泌・代謝内科Reprintrequests:AtsushiOhno,M.D.,Ph.D.,DepartmentofDiabetology,EndocrinologyandMetabolism,HachiojiMedicalCenterofTokyoMedicalUniversity,1163Tate-machi,Hachioji-city,Tokyo193-0998,JAPANCを図った1).また,この活動をベースに,筆者(大野)は2001年の第C7回日本糖尿病眼学会での教育セミナー「糖尿病網膜症の医療連携.放置中断をなくすために」に演者として参加した2)が,ここでの協議を経て,2002年C6月に日本糖尿病眼学会より『糖尿病眼手帳』(以下,眼手帳)が発行されるに至った3).眼手帳の利用状況についての報告4.7)は散見されるが,維持血液透析施行中の糖尿病患者(以下,糖尿病透析患者)での利用状況の報告は筆者らの検索した限り認めなかった.そこで糖尿病透析患者における眼手帳の利用状況をC2005年にC■1カ月後■2~3カ月後■4~6カ月後■12カ月後2005年(未記入2名)記入率95.2%2018年記入率100%(人)102532214c2検17定p<0.00110%20%40%60%80%100%図1次回受診予定時期■A0■A1■A2■A3■A4■A5B1B2B3B4B52005年(未記入8名)記入率80.9%2018年(未記入15名)記入率55.9%(人)527941222c2検定p<0.1012212110%20%40%図2福田分類60%80%100%2005年(未記入7名)記入率83.3%■なし■あり(人)2018年(未記入2名)記入率94.1%0%20%40%60%80%100%図3糖尿病黄斑症580あたらしい眼科Vol.38,No.5,2021調査し報告した8,9)が,今回同一施設でC2018年に再度眼手帳の利用・記入状況を調査したので,両年の結果を比較検討した.CI対象および方法対象は,糖尿病専門医である筆者(大野)が非常勤医師として週C1回当直勤務している三愛記念病院(千葉市中央区)の糖尿病外来(毎週水曜日午前)に定期受診中の糖尿病透析患者C2005年C42名,2018年C34名で,原則C2005年C9.11月,2018年C11.12月の外来受診時の眼手帳の最新の記入内容を調査し,両年の結果を比較した.調査した記入項目は,次回受診予定時期,矯正視力,眼圧,白内障,糖尿病網膜症,変化,福田分類,糖尿病黄斑症であるが,左右眼で記入内容に差を認める場合には,矯正視力はより良好な眼,眼圧はより高い眼,白内障と網膜症はより重症な眼,変化はより悪い変化の眼,福田分類と黄斑症はより重症な眼のデータを各々採用した.また,糖尿病網膜症のレベルと指定された次回受診予定時期との関係が適切であるか,眼手帳の精密眼底検査の目安を参考にして検討した.矯正視力と眼圧の成績は,平均値±標準偏差で表示し,群間の比較には,Mann-WhitneyのCU検定(SPSSCStatisticsver.25)ならびにCc2検定(Statcel3)を用い,危険率(p値)0.05未満をもって統計学的有意差があると判定した.CII結果1.次回受診予定時期(図1)次回受診予定時期はC2005年「2.3カ月後」,2018年「4.6カ月後」が最多で,2018年が有意(Cc2検定p<0.001)に長かった.記入率は,95.2%からC100%に上昇していた.C2.矯.正.視.力矯正視力の平均はC2005年C0.71C±0.37,2018年C0.77C±0.42で,両年間に有意差は認めなかった(p=0.41).記入率は,97.6%からC100%に上昇していた.C3.眼圧眼圧の平均はC2005年C14.4C±3.2CmmHg,2018年C14.8C±3.9mmHgで,両年間に有意差は認めなかった(p=0.86).記入率は,80.9%からC100%に上昇していた.C4.白内障眼手帳の改訂に伴い白内障の記載様式が変化したため直接の比較は困難であるが,比較可能な術前後で検討してみると,2005年は術前C25名,術後C14名,2018年は術前C10名,術後C24名と,術後の患者の比率がC2018年は有意(Cc2検定p=0.003)に高かった.記入率は,92.9%からC100%に上昇していた.C5.糖尿病網膜症2005年とC2018年における糖尿病網膜症は,なしC7名Cvs7(100)表1網膜症のレベルと次回受診予定時期の関係網膜症のレベル【精密眼底検査の目安】年度(人数)1カ月後2.3カ月後4.6カ月後12カ月後Cc2検定p値網膜症なし2005年(C7)C3C3C0C1<C0.05【6.1C2カ月にC1回】2018年(C7)C0C1C5C1単純網膜症2005年(C14)C3C10C0C1<C0.01【3.6カ月にC1回】2018年(C10)C0C3C7C0増殖前網膜症2005年(C3)C3C0C0C0<C0.05【1.2カ月にC1回】2018年(C3)C0C2C1C0増殖網膜症2005年(C16)C1C12C3C0C0.56【2週間.1カ月にC1回】2018年(C14)C2C8C4C0名,単純網膜症C15名Cvs10名,増殖前網膜症C3名Cvs3名,増殖網膜症C17名Cvs14名で,両年とも増殖,単純の順に多く,両年間に有意差は認めず(Cc2検定p=0.93),全項目中唯一両年とも記入率がC100%であった.C6.変化2005年とC2018年における変化は,改善C2名Cvs1名,不変34名vs29名,悪化3名vs2名,未記入者3名vs2名で,両年とも「不変」の回答が大多数を占め,両年間に有意差を認めなかった(Cc2検定p=0.89).記入率は,92.9%から94.1%に上昇していた.C7.福田分類(図2)福田分類の記載内容において,2005年はバリエーションに富み悪性網膜症(B)もC20%認めたが,2018年はCA3の回答がC60%以上を占め,BはCB1のC1名にとどまった.記入率はC80.9%からC55.9%まで低下し,両年とも全項目のなかでもっとも低かった.C8.糖尿病黄斑症(図3)糖尿病黄斑症は,ありの回答がC2005年に比べてC2018年は減少傾向(Cc2検定p=0.052)を認めた.記入率は,83.3%からC94.1%に上昇していた.C9.網膜症のレベルと次回受診予定時期の関係(表1)次回受診予定時期は,増殖網膜症を除いてC2018年のほうが有意に長かった.「眼科受診のススメ」の精密眼底検査の目安よりも,網膜症なしと単純網膜症ではC2005年で短く,増殖前網膜症ではC2018年で長く,増殖網膜症では両年とも長かった.C10.記入率のまとめ(表2)眼手帳の「受診の記録」の項目のうち,福田分類以外は2018年のほうがC2005年よりも記入率が高かった.CIII考按今回のような調査の場合に,その施設の糖尿病透析患者全員を対象に調査するべきであるが,マンパワーの関係で全員表2記入率のまとめ受診の記録の項目名2005年C42名2018年C34名次回受診予定時期95.2%100%矯正視力97.6%100%眼圧80.9%100%白内障92.9%100%糖尿病網膜症100%100%変化92.9%94.1%福田分類80.9%55.9%糖尿病黄斑症83.3%94.1%調査は困難であった.そこで両年とも,筆者のC1人が週C1回行っている糖尿病外来に定期受診中の糖尿病透析患者を対象に調査しており,バイアスのかかったデータといえる.しかし,その点を考慮に入れたとしても,ほぼC100%の眼手帳の利用率は高値といえる.その背景として,眼手帳の発行を内科医から積極的に行ったこと(1名のみが眼科医からの発行で,残りはすべて内科医が発行した),眼手帳の「受診の記録」の下段にある「診察メモ」に糖尿病の治療方針ならびに血糖コントロール状況(月C1回測定のグリコアルブミン値)を外来受診ごとに記入し,患者と眼科医に眼手帳を通じて内科の情報提供を行ったこと10)などが考えられる.糖尿病透析患者においては,腎不全に関する定期の臨床検査データなどを記入する「透析管理手帳」を利用する患者は少なくないが,腎不全保存期まで使用していた「糖尿病連携手帳」は,透析導入後も糖尿病外来に継続通院しない限り,利用しなくなることが多い.糖尿病連携手帳の利用率が低下する糖尿病透析患者において,糖尿病治療への関心を保ちながら眼科への定期受診を継続させるには,糖尿病連携手帳の利用にこだわらず,むしろ眼手帳に「糖尿病の治療方針」や「血糖コントロール状況」を記入し,内科・眼科連携と患者への情報提供を行うほうがよいと考え実践してきた10).一方,糖尿病透析患者における眼科への定期受診に関する筆者らの調査では,2001年C53.0%11),2005年C63.5%12)であった.この眼科への定期受診率がC10%増加した背景には,2002年に発行された眼手帳を糖尿病外来の受診者には積極的に配布し,眼科への定期受診を促したことも少なからず関与していると考えられ,上記の筆者らの取り組みは眼科受診の放置・中断の予防効果も期待できる.眼手帳の記入状況をみると,まず「次回受診予定時期」は2018年が有意に長かったが,その背景として白内障の術後の患者の比率が有意に高かったこと,福田分類で悪性網膜症の比率が低下していたこと,糖尿病黄斑症ありの回答が減少傾向を認めたことなどが考えられる.記入率はC95.2%から100%に上昇していたが,眼科受診放置を防ぐためには,まず次回の受診時期を患者本人および内科主治医に知らせることは重要であり,この記入率は満足のできる結果であった.「白内障」においてC2018年に手術後の割合が増えた背景には,対象患者の高齢化も予想されるがC2005年の集計時に年齢をチェックしておらず両年の比較ができなかった.一方で,13年の間に白内障手術はより非侵襲化されて,透析患者でも日帰りで手術が可能になったため,より早期に施行されるようになった可能性も考えられる.今回の対象患者の多くが隣接するCI病院の眼科で定期管理されており,三愛記念病院に入院しながら非透析日に白内障手術を日帰り手術の形で施行できる利便性が,さらに早期に手術に踏み切れた要因の一つと思われる.「糖尿病網膜症」は,「なし」と「単純網膜症」を合わせると両年ともC50%以上を占め,糖尿病透析患者の結果としては網膜症の重症者が少ない印象を受けるが,糖尿病腎症以外の原疾患で透析導入となり,導入後に糖尿病を併発した患者も含まれているためと思われる.「福田分類」の記入率はC2005年がC81%,2018年がC56%でC25%の低下を認めたが,その背景としては眼手帳第C2版から第C3版への改訂時に削除されたことが考えられる.ただし記入率が減少したにしてもC50%台を維持した理由として,2014年に第C3版に改訂後も三愛記念病院の糖尿病外来に第2版のストックがかなり残っており,実際に第C3版に切り替わった時期がかなり遅れたことがあげられる.「糖尿病黄斑症」はありの比率がC20%以上減少傾向を示したが,蛍光眼底造影検査の実施しにくい透析患者において光干渉断層計(opticalCcoherencetomography:OCT)により積極的に早期診断し,透析条件の変更や抗血管内皮増殖因子(vascularCendothelialCgrowthfactor:VEGF)薬による早期介入を行ってきた結果と思われる.網膜症のレベル別に次回受診予定日をみてみたが,網膜症なしと単純網膜症でC2005年に精密眼底検査の目安よりも短かった理由としては白内障の術前患者が多く,白内障管理のために受診間隔が短くなっていたためと思われる.増殖前網膜症ではC2018年に長かったが,2018年に糖尿病黄斑症が減少傾向を示したことも一因と考えられる.また増殖網膜症で両年とも長かった背景には,増殖停止網膜症患者の比率が高く,眼科主治医の判断で間隔をあけていると思われる.眼手帳の「受診の記録」における各項目の記入率の報告はほとんどみられないが,筆者らは総合新川橋病院(神奈川県川崎市)に定期通院中の非透析糖尿病患者C110名を対象に記入率をC2005年に報告した13).その結果は,次回受診予定時期C85.5%,矯正視力C100%,眼圧C100%,白内障C93.6%,糖尿病網膜症C100%,変化C81.8%,福田分類C62.7%,糖尿病黄斑症C89.1%で,福田分類の記入率がもっとも低く,福田分類を除いてC80%以上をキープしている点は今回の結果と一致していた.今回の結果において,2005年は「糖尿病網膜症」のみであった記入率C100%がC2018年にはC5項目まで増え,福田分類以外はC2005年よりも記入率が高く,かかりつけ眼科医の内科・眼科連携への意識の高さがうかがえる.まとめ糖尿病専門医が非常勤で週C1回かかわっている透析専門病院の糖尿病外来に定期受診中の糖尿病透析患者を対象に,眼手帳の利用・記入状況をC2005年とC2018年に調査した.その結果,「受診の記録」の項目のうち,福田分類以外はC2018年のほうがC2005年よりも記入率が高く,かかりつけ眼科医の内科・眼科連携への意識の高さがうかがえた.糖尿病透析患者は日々の透析治療に追われて眼科受診の中断リスクは高いが,両科の連携に熱心な眼科医を見つけて,眼手帳の利用による定期受診システムを構築することは,眼科受診の中断防止につながると思われる.本論文の要旨は,第C25回日本糖尿病眼学会総会(2019年C9月28日)において発表した.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)大野敦,植木彬夫,馬詰良比古ほか:内科医と眼科医の連携のための糖尿病診療情報提供書の利用状況と改良点.日本糖尿病眼学会誌7:139-143,C20022)大野敦:糖尿病診療情報提供書作成までの経過と利用上の問題点・改善点.眼紀53:12-15,C20023)大野敦:クリニックでできる内科・眼科連携─「日本糖尿病眼学会編:糖尿病眼手帳」を活用しよう.糖尿病診療マスター1:143-149,C20034)善本三和子,加藤聡,松本俊:糖尿病眼手帳についてのアンケート調査.眼紀5:275-280,C20045)糖尿病眼手帳作成小委員会:船津英陽,福田敏雅,宮川高一ほか:糖尿病眼手帳.眼紀56:242-246,C20056)船津英陽:糖尿病眼手帳と眼科内科連携.プラクティスC23:301-305,C20067)船津英陽,堀貞夫,福田敏雅ほか:糖尿病眼手帳のC5年間推移.日眼会誌114:96-104,C20108)大野敦,植木彬夫,入江康文ほか:糖尿病透析患者における糖尿病眼手帳の利用ならびに記入状況.日本糖尿病眼学会誌12:79,C20079)大野敦,植木彬夫,入江康文ほか:糖尿病透析患者における糖尿病眼手帳の利用ならびに記入状況.ProgMed27:C2105-2110,C2007C10)大野敦,粟根尚子,入江康文ほか:糖尿病透析患者における糖尿病眼手帳を利用した内科・眼科連携の試み(第C2報).透析会誌52(Suppl-1):446,201911)大野敦,植木彬夫,入江康文ほか:透析専門施設の糖尿病維持透析患者における眼科の受診状況に関するアンケート調査.プラクティス20:457-461,C200312)大野敦,植木彬夫,樋宮れい子ほか:透析専門施設の糖尿病透析患者における眼科のフォロー状況に関するアンケート調査─2001年度とC2005年度の調査結果の比較─.透析会誌40(Suppl-1):461,200713)大野敦,林泰博,川邉祐子ほか:当院における糖尿病眼手帳の記入状況.川崎市医師会医学会誌22:48-53,C2005***

急速な血糖改善により異なる臨床経過を呈した2 型糖尿病 患者の2 症例

2021年5月31日 月曜日

《第25回日本糖尿病眼学会原著》あたらしい眼科38(5):573.578,2021c急速な血糖改善により異なる臨床経過を呈した2型糖尿病患者の2症例中条恭子*1高地貞宏*1関谷泰治*1須藤史子*1加藤勇人*2佐倉宏*2*1東京女子医科大学東医療センター眼科*2東京女子医科大学東医療センター内科CDi.erenceofClinicalFindingsAfterRapidGlycemicControlinTwoCasesofType2DiabetesKyokoChujo1)CSadahiroKochi1)CYasuharuSekiya1)CChikakoSuto1)CHayatoKato2)andHiroshiSakura2),,,,1)DepartmentofOphthalmology,TokyoWomen’sMedicalUniversityMedicalCenterEast,2)DepartmentofInternalMedicine,TokyoWomen’sMedicalUniversityMedicalCenterEastC眼科受診を機にC2型糖尿病と診断され,急速な血糖改善後に異なる臨床経過を呈したC2症例を報告する.症例C1は48歳,男性.初診時視力は右眼(0.1),左眼(0.02)で,両眼に成熟白内障を認めた.HbA1c16.6%で内科治療を開始したが,インスリン投与困難のため,HbA1c値の改善を待たず両眼白内障手術を施行し,視力は両眼(1.2)と改善した.初診時よりC4カ月間でC7.5%と急速に血糖改善したが,両眼底に網膜症を認めなかった.症例C2はC38歳,男性.初診時,視力は両眼(1.2)であった.左眼にフィブリン析出と虹彩後癒着を認め,HbA1c15.9%であり,糖尿病虹彩炎と診断した.内科治療開始後,右眼にも虹彩炎が出現した.両眼に黄斑浮腫を認め,視力は右眼(0.8),左眼(0.3)と低下した.初診時よりC3カ月間でC7.3%と急速に血糖改善したが,アフリベルセプト硝子体内注射施行後,視力は両眼(1.2)と改善し,黄斑浮腫も改善した.糖尿病虹彩炎を有する患者において,急速な血糖改善後に網膜症の進行や黄斑浮腫を引き起こした症例を経験した.CPurpose:Toreporttwocasesoftype2diabetesinwhichdi.erentclinical.ndingswereobservedafterrapidglycemiccontrol.Cases:Case1involveda48-year-oldmalewithbilateralmaturecataracts.HisHbA1cwas16.6%,andintensiveinsulintherapywasimmediatelyinitiated.However,hewasunabletoself-injecttheinsulin.Cata-ractsurgerywasperformedinbotheyeswithoutwaitingforimprovementofHbA1c,andhiscorrectedvisualacu-ityimprovedpostsurgery.AlthoughhisHbA1cfellto7.5%for4months,nodiabeticretinopathywasobserved.Case2involveda38-year-malewithdiabeticiritiswithhypopyoninhislefteye.HisHbA1cwas15.9%.Duringintensiveinsulintherapy,anddespitehavingnodiabeticretinopathy,hedevelopeddiabeticiritis,diabeticmacularedema,CandCpre-proliferativeCretinopathyCinCbothCeyes.CHisCHbA1cCfellCto7.3%CforC3Cmonths.CAfterCintravitrealCa.ibercepttherapy,bilateraldiabeticmacularedemadisappearedandhiscorrectedvisualacuityimproved.Conclu-sion:Weexperiencedacaseofdiabeticiritisthatcausedprogressionofretinopathyandmacularedemaafterrap-idglycemiccontrol.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C38(5):573.578,C2021〕Keywords:糖尿病白内障,急速な血糖改善,糖尿病虹彩炎,糖尿病黄斑浮腫,血糖改善による一過性の網膜症悪化.diabeticcataract,rapidglycemiccontrol,diabeticiritis,diabeticmacularedema,earlyworseningofdiabeticCretinopathy.CはじめにDR),糖尿病黄斑浮腫(diabeticCmacularedema:DME),糖尿病は多臓器にわたって影響を及ぼす内科疾患であり,血管新生緑内障やぶどう膜炎などの合併症がみられる.その眼科では白内障,糖尿病網膜症(diabeticretinopathy:なかでもよく合併されるDRは,糖尿病患者の6人に1人〔別刷請求先〕須藤史子:〒116-8567東京都荒川区西尾久C2-1-10東京女子医科大学東医療センター眼科Reprintrequests:ChikakoSuto,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology,TokyoWowen’sMedicalUniversityMedicalCenterEast,2-1-10Nishiogu,Arakawa-ku,Tokyo116-8567,JAPANC(15%)にみられるという1).そのうち,2型糖尿病患者に限定すると,DRの合併率はC40%に上る2).また,糖尿病に伴って眼内に炎症を起こすぶどう膜炎は,急性の非肉芽腫性ぶどう膜炎である糖尿病虹彩炎(diabeticiritis:DI)と転移性内因性眼内炎(感染性眼内炎)の二つに大別され,糖尿病患者のC0.8.5.8%にCDIを合併すると報告されている3).今回筆者らは,眼科受診を契機にC2型糖尿病と診断され,内科治療介入による急速な血糖改善中に異なる臨床経過を呈したC2症例を経験したので報告する.CI症例〔症例1〕48歳,男性.主訴:両眼視力低下.現病歴:2018年から視力低下を自覚していたが,2019年1月より右眼の視力低下増悪を自覚したため,2019年C2月20日に当院を紹介受診した.既往歴:46歳頃に糖尿病を指摘されていたが,内科通院歴なし.家族歴:不明.初診時所見:視力は右眼C0.02(0.1C×sph.4.25D(cyl.0.75CDAx150°),左眼C0.01(0.02C×sph.4.00D),眼圧は右眼C17mmHg,左眼C16CmmHgであった.両眼に成熟白内障と,それに伴う水晶体膨隆を認め(図1a,b),眼底透見は困難であった.全身検査所見:随時血糖C470Cmg/dl,HbA1c16.6%,尿素窒素C11.6Cmg/dl,クレアチニンC0.73Cmg/dl.尿定性試験で尿蛋白は陰性,尿糖と尿ケトン体は陽性であった.経過:2019年C3月C8日に内科入院となり,インスリンおよび内服治療開始となった.しかしながら,著しい視力低下のため,インスリン自己注射が困難であった.そのため,HbA1c値の改善を待たず,同年C3月C22日右眼の白内障手術を施行した.術後視力は(1.2)に改善し,自宅加療可能となり退院した.術後感染や術後炎症の遷延もなかったため,同年C4月C30日に左眼の白内障手術を施行し,術後視力は(1.2)と両眼ともに改善を認めた.HbA1cの推移は,16.6%からC7.5%と,4カ月間でC9.1%低下したが,初診時よりC3カ月後の眼底写真でCDRを示唆する所見を認めなかった(図1c,d).2型糖尿病の内科治療については,術後C6カ月後にインスリン治療を終了し,経口血糖降下薬(DPP-4阻害薬)の内服でCHbA1cはC7.8%台で推移した.経過中,腎機能の変動はみられなかった.〔症例2〕38歳,男性.主訴:左眼充血,視力低下.既往歴:特記事項なし.家族歴:両親ともに糖尿病の既往あり.現病歴:2019年C3月C28日よりC1日使い捨てコンタクトレンズをC3日間連続装用後,左眼の充血および視力低下を自覚.同年C4月C3日に近医受診し,抗菌薬(ベガモックス点眼液C0.5%,ベストロン点眼用C0.5%)とステロイド(リンデロン点眼用C0.1%)点眼を開始したが改善乏しく,同年C4月C6日に当院紹介受診となった.初診時所見:視力は右眼C0.09(1.0C×sph.3.25D(cyl.0.50CDAx170°),左眼C0.07(1.2C×sph.4.75D(cyl.1.25DCAx175°),眼圧は右眼C15mmHg,左眼C6mmHgであった.左眼の前眼部に著明な結膜充血,フィブリン沈着および虹彩後癒着を認め,散瞳不良であった(図2a).右眼の前眼部は異常なく,両眼底ともにCDRや後部ぶどう膜炎を疑う所見を認めなかった(図3a,b).全身検査所見:随時血糖C650Cmg/dl,HbA1c15.9%,尿素窒素C16.1Cmg/dl,クレアチニンC0.45Cmg/dl.尿定性試験で尿蛋白は陰性,尿糖と尿ケトン体は陽性であった.経過:2019年C4月C6日よりベガモックス点眼液C0.5%C4回,リンデロン点眼用C0.1%C6回,散瞳薬(ミドリンCP点眼液C4回)の点眼を開始した.同年C4月C8日より内科でインスリン治療開始となった.2019年C4月C15日に右眼にもフィブリンが析出し,DIを認めた(図2b).同年C4月C24日に左眼(0.7)と視力低下およびCDME,同年C5月C2日に右眼(0.8)と視力低下およびDMEが出現した(図4a,b).両眼底に刷毛状出血と軟性白斑を認め(図3c,d),蛍光眼底造影検査では網膜全体に血管透過性亢進を示唆する所見がみられ(図3e,f),前増殖CDRへ進行していた.内科でのインスリン治療開始C1カ月でCHbA1c12.9%になったことから,血糖値の急速な改善による一過性の網膜症悪化(earlyworsening)と診断した.両眼のCDMEに対して,毎月C1回C3カ月間,アフリベルセプト硝子体内注射(intravitreala.iberceptCtherapy:IVA)を施行した.その後CDMEは改善し(図4c,d),視力も両眼(1.2)と改善した.HbA1cの推移はC15.9%からC7.3%と,3カ月間でC8.6%低下し,急速改善を認めた.DIについてはリンデロン点眼用C0.1%,ミドリンCP点眼液の点眼継続により炎症症状の改善がみられた.2型糖尿病の内科治療については,両眼にCDIを生じてからC6カ月後にインスリン治療を終了した.経口血糖降下薬(DPP-4阻害薬)の内服でCHbA1cはC6.7%台で推移した.なお,症例C2においても経過中,腎機能の変動はみられなかった.CII考按症例C1,2はいずれもC30.40歳代と比較的若年の男性であり,眼科受診を契機にCHbA1c値C15%以上と血糖コントロール不良の未治療C2型糖尿病が発見された.両症例ともにインスリン治療や内服治療を開始したが,いずれの症例でも経過中に血圧や腎機能の変動はみられなかった.初診時より図1両眼性の糖尿病白内障(症例1)48歳.男性.初診時両眼に成熟白内障とそれに伴う水晶体膨隆を認めた(Ca:右眼,Cb:左眼).術後は両眼とも網膜症を認めなかった(Cc:右眼,d:左眼).図2両眼性の糖尿病虹彩炎(症例2)38歳.男性.Ca:初診時の左眼前眼部所見.結膜充血と,2時からC5時にかけて虹彩後癒着,前房蓄膿を認め(.),散瞳も不良であった.b:9日後には,右眼にもフィブリン析出を認めた(C.).数カ月でC8.9%台と,短期間で急速な血糖改善を認めたが,つつも,異なる臨床経過を呈したC2症例の相違について考察症例C1では眼底にはCDRを認めず,病期はCNDR(nodiabeticする.retinopathy)であった.症例C2では両眼にCDIを発症した後,症例C1では,40歳代でありながら,高度の成熟白内障を急速な血糖改善中に刷毛状出血やCDMEを認め,earlywors-呈していた.2型糖尿病以外に全身状態を含めて異常を疑うeningをきたした.年齢や性別など共通する背景因子を有し所見がなく,糖尿病白内障と診断した.水晶体はクリスタリabdcef図3両眼性の糖尿病虹彩炎(症例2)の眼底所見の経過a,b:初診時の眼底写真.DRは認められない.Cc,d:急速な血糖改善後の眼底写真.刷毛状出血と軟性白斑を認める.Ce,f:同時期の蛍光眼底造影写真.血管透過性亢進と黄斑浮腫が目立つ前増殖CDRへの進行がみられた.ンという蛋白質と水分からなる器官であるが,糖尿病白内障晶体内の浸透圧を上昇させ,水晶体線維を膨化させる.そのの成因としては,アルドース還元酵素(aldosereductase:他,活性酸素による酸化ストレスや,肝臓の代謝障害に伴うAR)を中心とするアルドース蓄積説がもっとも有用とされ血中フルクトース濃度上昇によって,クリスタリンの変性・ている4).高血糖が持続した状態では,ARの働きによって分解が促され,水晶体混濁をきたすとされる.フルクトースに変換され,血中に蓄積したフルクトースが水白内障の術前CDR病期別にみた術後CDR悪化率について,図4両眼性のDME(症例2)に対するIVA施行前後のOCT写真a,b:IVA施行前の両眼光干渉断層計(OCT)写真,両眼にCDMEを認めた.Cc,d:IVA施行後の両眼COCT写真,両眼ともCDMEの消失を認めた.Sutoら5)は急速な血糖改善群では,コントロール良好群および不良群と比較して有意にCDME悪化率が高いことと,急速な血糖改善群のなかでも,術前CDR病期が前増殖期のものは術後CDRとCDMEの悪化率が高いことを報告している.症例1ではCNDRであったため,DMEを生じなかったが,今後も定期的に経過をみていく必要がある.急速な血糖改善に伴うCearlyworseningについては,インスリン強化療法群では,従来療法に比べてCDRの早期悪化率が高いというCDiabetesCControlCandCComplicationsCTrial(DCCT)での報告6)を筆頭に,すでに広く知られている.Cearlyworseningの機序としては,急速な血糖値低下で相対的に局所の虚血をきたすことで,低酸素誘導因子や網膜内の血管内皮増殖因子(vascularCendothelialCgrowthfactor:VEGF)が亢進し,血液房水関門(blood-aqueousbarrier:BAB)や血液網膜関門(blood-retinalbarrier:BRB)が破綻すると考えられている7).BABの破綻からCDIが発症していると考えられた症例C2では,急速な血糖改善により,前房内および網膜内のCVEGFが亢進し,BABのみならずCBRBも破綻したと考えられた.その結果,刷毛状出血,軟性白斑やCDMEが出現し,前増殖期CDRへ進行した.IVA投与により血管透過性が抑制され,DMEは改善した.DRは一般的に両眼性であることが多いが,DIでは,患者C18名中C11名が片眼性(61%)であったことを,Watanabeらは報告している8).さらに,DI発症時の病期は単純期CDRであったが,DIが軽快したにもかかわらず,短期間で増殖CDRへ進行した症例も報告されている3).そのため,症例C2においても,DI軽快後もCDRの悪化に注意した管理が必要である.今回筆者らは,未治療糖尿病のC2症例から,初診時にCDIを有する場合は,急速な血糖改善後にCDRおよびCDMEが発症・進展することを経験した.内科治療介入による急速な血糖改善後も,内科と眼科で密接に連携しつつ,継続的な加療が必要であると再認識した.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)須藤史子:白内障手術と糖尿病網膜症.DiabetesFrontier28:314-318,C20172)田中麻理:2型糖尿病患者の外来医療費に関係する因子についての検討.日本糖尿病学会誌55:193-198,C20123)臼井嘉彦:糖尿病虹彩炎.日本糖尿病眼学会誌C23:66-70,C20184)高村佳弘:糖尿病白内障に対するアプローチ.日本白内障学会誌29:45-47,C20175)SutoC,HoriS,KatoSetal:E.ectofperioperativeglyce-micCcontrolCinCprogressionCofCdiabeticCretinopathyCandCinsulinCtherapyCexacerbatesCdiabeticCblood-retinalCbarrierCmaculopathy.ArchOphthalmolC124:38-45,C2006Cbreakdownviahypoxia-induciblefactor-1alphaandVEGF.6)DiabetesCControlCandCComplicationsTrial(DCCT)ReserchCJClinInvestC109:805-815,C2002Group:EarlyCworseningCofCdiabeticCretinopathyCinCthe8)WatanabeCT,CKeinoCH,CNakayamaCKCetal:ClinicalCfea-DiabetesCControlCandCComplicationsCTrial.CArchCOphthal-turesofpatientswithdiabeticanterioruveitis.BrJOph-molC116:874-886,C1998CthalmolC103:78-82,C20197)PoulakiCV,CQinCW,CJoussenCAMCetal:AcuteCintensive***

SGLT2 阻害薬内服中に血管新生緑内障による急激な 視力低下をきたした2 型糖尿病症例

2021年5月31日 月曜日

《第25回日本糖尿病眼学会原著》あたらしい眼科38(5):567.572,2021cSGLT2阻害薬内服中に血管新生緑内障による急激な視力低下をきたした2型糖尿病症例上野八重子*1藤部香里*1石口絵梨*1野田浩夫*1徳田あゆみ*2近本信彦*3*1宇部協立病院内科*2宇部興産中央病院眼科*3近本眼科CACaseofType2DiabeteswithSuddenLossofVisionDuetoNeovascularGlaucomawhileTakingSGLT2InhibitorYaekoUeno1)CKaoriHujibe1)CEriIshiguchi1)CHirooNoda1)CAyumiTokuda2)andNobuhikoChikamoto3),,,,1)DepartmentofInternalMedicine,UbeKyoritsuHospital,2)DepartmentofOphthalmology,UbeKosanCentralHospital,3)ChikamotoEyeClinicC新規糖尿病治療薬CSGLT2阻害薬を内服中に血管新生緑内障による急激な視力低下をきたした糖尿病症例を報告する.症例はC40歳,男性.10年余り治療を放置しC4年前に他院にて前増殖網膜症を指摘されたが,自己判断で治療を中断し,2年前より宇部協立病院内科で治療を再開.高血糖に対しCSGLT2阻害薬をビグアナイド類と併用.血糖値は改善傾向で視力は維持されたが,8カ月後に急な左眼視力低下をきたし宇部協立病院眼科を受診.両眼とも黄斑浮腫はなく,高眼圧(右眼C22CmmHg,左眼C54CmmHg)と左眼角膜浮腫とびらん,左眼優位の虹彩ルベオーシスを認めた.頭頸部CMRAにて右内頸動脈CC3の軽度狭窄を認めた.両眼隅角に新生血管が多発しており汎網膜光凝固術にて右眼の視力は維持されたが,左眼は高眼圧による視神経萎縮で失明した.糖尿病網膜症が悪化する際には黄斑浮腫による視力低下を伴うことが多いが,この症例ではCSGLT2阻害薬内服によって黄斑浮腫が抑制された可能性がある.急な経過より眼虚血症候群との関連も否定できなかった.CPurpose:Toreportthecaseofa40-year-oldmalewithdiabeteswhosu.eredasuddendropinvisualacuity(VA)dueCtoCneovascularCglaucomaCwhileCtakingCSGLT2Cinhibitor,CaCnovelCantidiabeticCdrug.CCase:ThisCstudyCinvolvedCtheCcaseCofCaC40-year-oldCmaleCpatientCwithCdiabetesCinCwhomCtheCdiseaseCwasCleftCuntreatedCforCmoreCthan10years.Fouryearsprevious,hewasdiagnosedwithpre-proliferativeretinopathyatanotherhospital.Twoyearsago,hepresentedatourhospital,andatreatmentinvolvingthecombineduseofSGLT2inhibitorwithotherdrugsforhyperglycemiawasrestarted.HisbloodglucosewasimprovingandhisVAwaswell-maintained,yet8monthslater,heexperiencedasuddendropofVAinthelefteye.Highintraocularpressure(54mmHg)andcorne-aledemawereobserved,buttherewasnomaculaedemainbotheyes.MildstenosisofthecarotidarteryC3wascon.rmedCviaCaCheadCMRACexamination.CConclusion:SGLT2CinhibitorsCmayCimproveCmacularCedemaCdueCtoCtheCdiuretice.ect,fromthesuddenprogressconsideredtherelationshipwithocularischemicsyndrome.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C38(5):567.572,C2021〕Keywords:SGLT2阻害薬,糖尿病網膜症,血管新生緑内障,眼虚血症候群,黄斑浮腫.SGLT2inhibitor,diabeticretinopathy,neovacularglaucoma,ocularischemicsyndrome,maculaedema.Cはじめにナトリウムグルコース共輸送体C2(sodium/glucoseCcotransporter2:SGLT2)阻害薬は,近位尿細管において糖の再吸収を阻害して尿糖排泄量を増加させることにより血糖値を低下させる新規経口血糖降下薬である.2014年C4月に1剤目のイプラグリフロジンが発売された当初は高齢者への投与において脳血栓などのリスクが懸念されたが,その後の評価で脱水や全身状態に注意すれば年齢を限らず使用可能とされた1).発売後C5年以上を経過した現在では,血糖降下作用以外に心疾患や腎障害に対する効果についてエビデンスが〔別刷請求先〕上野八重子:〒755-0005山口県宇部市五十目山町C16-23宇部協立病院内科Reprintrequests:UenoYaeko,UbeKyoritsuHospital,16-23Gojumeyama,Ube,Yamaguchi755-0005,JAPANC0910-1810/21/\100/頁/JCOPY(87)C567蓄積されたことや,インスリン分泌を介さない作用機序によりC1型糖尿病にも適応が拡大されており,抗糖尿病薬において中心的位置を占めてきている.今回,糖尿病性合併症のある若年患者にCSGLT2阻害薬を使用したところ,血糖値は改善したが,血管新生緑内障による眼圧上昇により急激な視力低下をきたしたので,原因を考察しつつ症例を呈示する.CI症例患者:40歳代,男性.主訴:下腿浮腫.既往歴:27歳で糖尿病を指摘.ケトーシスでの入院歴あり(他県の病院).過去最大体重:110Ckg(20歳代)家族歴:特記すべきことなし.Ca2016年11月(内科初診時)現病歴:27歳で糖尿病を指摘されたが,10年以上治療を放置した.2015年に職場検診にて糖尿病・高血圧症・脂質異常症を指摘され,宇部興産中央病院内科で糖尿病治療(インスリン療法)を開始した.同院眼科で両眼に前増殖網膜症を指摘されたがC3カ月後には事情で内科・眼科ともに治療を中断.2016年C11月,産業医より受診を勧められ宇部協立病院内科を初診.現症および検査所見:体重C81Ckg,血圧C191/100CmmHg,脈拍C105/分,右眼視力C0.07(0.8),左眼視力C0.05(0.8),血糖C422Cmg/dl(食後C2.5時間),HbA1c12.1%,GOT14CU/l,GPT19CU/l,CgGTP27CU/l,総コレステロールC267Cmg/dl,中性脂肪C652Cmg/dl,HDLコレステロールC43Cmg/dl,LDLコレステロール127mg/dl,WBC8,200μl,RBC553μl,CHbC15.4Cg/dl,Ht47.5%,尿蛋白(3+),尿潜血(2+),尿b2018年3月(内科定期受時時,左眼の見えにくさあり)図1内科で施行した眼底検査所見a:初診時には小出血や少数の軟性白斑を認め,軽度の前増殖型網膜症の所見.Cb:視力が悪化するC1週間前の所見.左眼の透見性がやや低下している.左黄斑部上方には硬性白斑を認める.左眼(水平断)図2視力悪化時に初診した眼科での左眼OCTおよび前眼部所見OCTでは黄斑浮腫は認めない.左眼虹彩瞳孔縁に明らかなルベオーシスが出現している.左眼虹彩ルベオーシス左眼(垂直断)ケトン体(C.).眼底写真:両側網膜に点状出血と少数の軟性白斑を認める(図1a).C1.内科での治療経過糖尿病腎症C3期と診断し降圧薬とメトホルミンを開始したが,その後は半年間来院がなく,2017年C6月に内服治療を再開した.空腹時血糖C364Cmg/dlと高く,メトホルミンC500mgに加えてCSGLT2阻害薬のイプラグリフロジンC50Cmgを開始した.6週間は内服継続したが,その後C4カ月間にわたり中断し,2017年C12月に来院した.HbA1cはC13.2%で著明な高血糖があり,イプラグリフロジンC50CmgとメトホルミンC500Cmgで治療再開した.その後治療は継続し,3カ月後にはCHbA1c10.9%まで改善した.2018年C3月当院内科にて無散瞳眼底検査を施行したところ出血の増悪や新生血管を疑わす所見は認めなかったが,左黄斑部上方に硬性白斑を少数認めた(図1b).その際に左眼がやや見えにくいと訴えたため,中断していた眼科への早急な受診を勧めた.2018年C3月下旬,1週前より左眼が急に見えなくなったと近医眼科を初診.左眼の虹彩ルベオーシス,著明な高眼圧(左眼C48CmmHg)を指摘され,眼底検査では出血・白斑は少数で単純.前増殖網膜症の所見であった.視力は右眼C0.06(1.0),左眼C0.02(0.15).眼圧は右眼C20CmmHg,左眼48CmmHg.網膜光干渉断層計(opticalCcoherenceCtomogra-phy:OCT)にて両眼とも黄斑浮腫を認めず.左眼前眼部に虹彩ルベオーシスあり(図2).左眼ブリモニジン(アイファガン),ドルゾラミド(トルソプト),リパスジル(グラナテック),ラタノプロスト(キサラタン)の点眼開始.血管新生緑内障の診断で同眼科より以前の病院眼科に紹介されC2日後に受診した.C2.眼科での所見と治療経過眼圧上昇(右眼C14CmmHg,左眼C54CmmHg)を認め,左眼は角膜浮腫を認め中央に角膜びらんを伴っており(図3)強い眼痛あり.視力は右眼C0.06(1.0),左眼C0.02(0.03).両眼虹彩面に新生血管(右眼<左眼)・右眼隅角全周に新生血管あり.左眼隅角は浮腫とびらんのため観察できなかったが,閉塞隅角であると推測され,両眼血管新生緑内障および両眼増殖糖尿病網膜症と診断した.両眼グラナック,キサラタン点眼,左眼アイファガン,トルソプト点眼に変更し,左眼オフロキサシン(タリビッド)眼軟膏を開始した.蛍光眼底検査は未施行であったが両眼虹彩ルベオーシスを認めるなど両眼に血管閉塞病変が強く疑われ,頸動脈および頭蓋内疾患検索のため,再初診C4日後に脳外科に紹介となった.頭頸部MRAを施行し右内頸動脈CC3に軽度の狭窄所見があり,反対側同部位にも石灰化を認めたが内頸動脈閉塞は認めず,脳外科的には問題なしとされた(図4).同日には左眼の角膜びらんが改善したため,再初診C1週後より両眼の汎網膜光凝固療法を開始.左眼視力(0.2p)で左眼隅角に著明な新生血管を認め抗血管内皮増殖因子(vasucularCendtherialCgrowthfactor:VEGF)薬注射を勧めたが費用の面で同意を得られなかった.そのC1週後には両眼虹彩炎が確認されベタメタゾンリン酸エステルナトリウム液(リンベタ)を開始した.右眼の眼圧は正常化したが左眼は眼圧降下治療に抵抗し高眼圧a右眼b左眼c左眼前眼部図3病院眼科紹介(再初診)時の所見a:軽度の前増殖網膜症が疑われる所見.Cb:角膜浮腫のため眼底を透見できない.Cc:角膜びらんを認める.図4頭部MRAの所見右内頸動脈CC3に軽度狭窄を認め,左内頸動脈同部位にも石灰化がめだつ(C.).(頸部CMRAでは有意な狭窄所見なし)と強度の眼痛が続いた.線維柱帯切除術は視力の回復があまり期待できず患者も消極的であり施行していない.7カ月後に行った右眼蛍光造影検査では光凝固の頻回施行にもかかわらず,右眼網膜血管からの漏出像や無血管領域を認めた(図5).左眼は角膜混濁があり施行困難であった.2019年C7月にCOCTを施行し両眼とも黄斑所見に異常は認めず.右眼視力はC0.05(0.7)と比較的維持されたが,左眼は高眼圧の持続で視神経萎縮をきたし光覚(-)となった.内科的には治療中断がなくCSGLT2阻害薬も継続している.2018年C10月にはCHbA1c8.0%,2020年C4月現在ではCHbA1c6.6%と改善している.CII考察血管新生緑内障により急激な視力低下を生じた症例を経験し,SGLT阻害薬投与との関連について検討した.SGLT2阻害薬は腎症や心血管障害への好影響が認められており3),CAmericanCDiabetesAssociation(ADA)およびCEuropeanCAssociationCforCtheCStudyCofDiabetes(EASD)のCconsen-susreportにおいてC.rst-lineの薬剤としても推奨されるに至っており糖尿病臨床において使用頻度が増加している4).イプラグリフロジンと同効薬であるエンパグリフロジンについての大規模スタディ(EMPA-REGOUTCOME)では網膜症への影響についてサブ解析が報告されている5).7,020人(平均年齢:63.1C±8.6歳,HbA1c:8.07C±0.85%)について平均C3.1年のフォローの結果,網膜症出現や悪化の頻度はエンパグリフロジン群ではC1.6%とCplaceboのC2.1%を下回り,改善していると評価されているが有意差はない(HR0.78,p=0.1732).同報告のなかでエンパグリフロジン群の失明は4例でCplaceboにおける失明C2例より多かったが,少数のた図5光凝固療法開始7カ月後の蛍光眼底写真(右眼)頻回の光凝固にもかかわらず,網膜血管からの漏出や無血管領域を認める.左眼は角膜混濁にて撮影不能であった.め有意差検定はされておらず失明例の詳細も不明である.一方,SGLT2阻害薬には黄斑浮腫を改善する効果があることが複数症例での検討や後ろ向き研究により報告されている6,7).津田らがまとめたC1996年の報告では,長期放置後の治療開始時に単純網膜症や前増殖網膜症を認めC6カ月以内に悪化した症例では,ほぼ全例で黄斑症を合併していたとされ,0.7以下の視力低下の原因はすべて黄斑症であったとされている8).今回の症例では糖尿病性腎症およびネフローゼ症候群を合併しており,治療開始時に前増殖網膜症の初期と診断されていたため,当初より網膜症の悪化や黄斑浮腫の発症が懸念されていた.緑内障による視力低下発症時に初診した近医眼科でC2018年C3月下旬に施行した左眼COCTにて黄斑浮腫をまったく認めなかった点が,糖尿病治療放置症例としてはやや異例の経過であった.当院内科初診時のC2016年11月に施行した左眼眼底写真では認めなかった硬性白斑が2018年C3月の眼底写真では少数出現しており,このC1年C4カ月の間に何らかの網膜浮腫が存在したことを示唆すると思われた.SGLT2阻害薬の投与で黄斑浮腫が抑制された可能性もあるが,高度に虚血を伴った増殖網膜症でも黄斑浮腫を伴わない症例も存在する.左眼COCTでは虚血を示唆する所見は認めなかったが,蛍光造影検査が未施行であるため正確な評価はむずかしい.黄斑浮腫の存在や硝子体出血で生ずる視力低下を自覚することなく,血管新生緑内障が悪化するまで眼科を受診しなかったことで高度な視力障害に至ったと考えられた.一方,突然の視力低下をきたしたもう一つの背景として眼虚血症候群(ocularCischemicsyndrome:OIS)がベースとなった可能性について検討した.この患者の特徴としてC40歳代という若年にもかかわらず頭部CMRAにて眼動脈の分岐部近傍の右内頸動脈CC3部分に狭窄を認めた.左内頸動脈の同部位にも石灰化があり,血管新生緑内障発症の背景として,もともと眼循環に異常があった可能性が否定できない.動脈硬化に関連した糖尿病網膜症とCOISの関連についての総説9)によれば,内頸動脈閉塞のない症例でも眼虚血に起因すると考えられる血管新生緑内障の報告がある.OISのC20%は両側性に病変を生ずるとされる.また,白内障手術など眼科的処置の際には脳血管障害の状態や眼循環を評価することが重要とされている.この症例が病院眼科を再初診した際には,角膜浮腫とびらんにより左眼眼底は透見不能で蛍光造影検査は施行できず,7カ月後に右眼蛍光造影検査を行った結果では蛍光色素の流入遅延や腕網膜循環遅延は認められなかったため,積極的にCOISと診断する根拠に乏しい.しかし,当院にて行った頸動脈エコーでは左内頸動脈起始部付近にC1.7CmmのCsoftplaqueを認め,左内頸動脈の最高血流速度はC24Ccm/秒と異常低値を示し,右側はC38Ccm/秒とやや低値であり,かつ左右の速度に有意な差があった.当症例は糖尿病歴が長く両眼前眼部に多数の新生血管を認めており,血管新生緑内障は増殖糖尿病網膜症に起因する続発緑内障と考えるのが一般的である.しかし,眼底所見では増殖性変化を認めないまま隅角ルベオーシスまで急激に進行したことより,動脈硬化の進行をベースとした左右内頸動脈の血流速度低下が眼循環低下に関連した可能性もあると考えた.この症例で使用したCSGLT2阻害薬と眼虚血との関連についての報告は検索した範囲にはなく,イプラグリフロジンの発売後調査の結果により両者の関連を検討した.イプラグリフロジン発売直後C2014年C4月.8月までの短期間にC12例の脳梗塞が報告されており,開始後C9日目で発症したという症例報告もあった10).イプラグリフロジン販売後C1年半での調査では重篤な眼障害がC6件あり,糖尿病網膜症C1件,虚血性視神経症C1件,網膜動脈閉塞症がC1件,眼瞼浮腫C5件のうち2件が重篤とされていた.さらに涙器障害C1件が重篤とされていた(詳細な情報はない).眼圧については言及がなく,眼痛・霧視・視力障害など緑内障や眼圧上昇との関連が否定できない症状がC8例あった.これらがCSGLT2阻害薬に直接起因する副作用であるかどうかは不明であるが,いずれにしても投与開始時に生ずる脱水や低血圧症が脳梗塞や網膜循環不全に関連する可能性については軽視できず,今後もSGLT2阻害薬使用症例における眼合併症への影響を考慮した経過観察が必要と考えられた.CIII結語若年者であっても重症かつ病歴の長い糖尿病患者に新規糖尿病治療薬CSGLT2阻害薬を使用する際には,動脈硬化症を評価し,眼虚血リスクのある症例では血管新生緑内障の発生に注意する必要がある.眼圧や前眼部変化について眼科での定期的なチェックが望ましい.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)SinclairCJ,CBodeCB,CHarrisS:E.cacyCandCsafetyCofCcana-gli.ozininindividualsaged75andolderwithtype2dia-betesmellitus:Apooledanalysis.JAmGeriatrSocC64:C543-552,C20162)橋本洋一郎,米村公伸,寺崎修司ほか:総説眼虚血症候群─神経超音波検査の役割─.Neurosonology17:55-61,C20043)DaviesCJ,CD’AlessioCA,CFradkinCJCetal:ManagementCofChyperglycemiaintype2diabetes,2018.AconsensusreportbyCtheCAmericanCDiabetesAssociation(ADA)andCtheCEuropeanCAssociationCforCtheCStudyCofDiabetes(EASD)C.CDiabetesCareC41:2669-2701,C20184)ZinmanB,WannerC,LachinMetal:EMPAREGOUT-COMECInvestigators.CEmpagli.ozin,CcardiovascularCout-comes,CandCmortalityCinCtypeC2Cdiabetes.CNCEnglCJCMedC373:2117-2128,C20155)InzucchiE,WannerC,HehnkeUetal:Retinopathyout-comesCwithCempagli.ozinCversusCplaceboCinCtheCEMPA-REGOUTCOMETrial.DiabetesCare2019CJan;dc1813556)前野彩香,前田泰孝,宮崎亜希ほか:SGLT2阻害薬で改善を認めた糖尿病黄斑浮腫のC4症例.糖尿病61:253,C20187)MienoCH,CYonedaCK,CYamazakiM:TheCe.cacyCofCsodi-um-glucoseCcotransporter2(SGLT2)inhibitorsCforCtheCtreatmentCofCchronicCdiabeticCmacularCoedemaCinCvitrect-omisedeyes:aCretrospectiveCstudy.CBMJCOpenCOphthal-molC3:e000130,C20188)津田晶子,千葉泰子,矢田省吾ほか:長期間血糖コントロール不良放置例C39例における治療開始後の網膜症の変化─黄斑症の重要性について.糖尿病C39(Suppl1):305,19969)吉成元孝:眼外循環と糖尿病網膜症.糖尿病C47:786-788,C200410)阿部眞理子,伊藤裕之,尾本貴志ほか:SGLT2阻害薬の投与開始後C9日目に脳梗塞を発症した糖尿病のC1例.糖尿病C57:843-847,C2014***

基礎研究コラム:若返りへのアプローチ

2021年5月31日 月曜日

若返りへのアプローチ若返り(rejuvenation)とは世界中で急速に老年人口が増えています.1950年には65歳以上の高齢者がわずか1億3,000万人(世界人口の5%)であったものが,2050年には16億人(17%)になると予測されており,老化への理解は緊喫の課題です.人生100年時代といわれますが,他の生物をみると寿命は多種多様です.ベニクラゲは不老不死のクラゲとよばれており,寿命を迎えてもポリプに戻り,まったく同一の遺伝子で再び同一個体が生まれます.このようなところに,不老不死のヒントがあるのかもしれません.年齢はchronologicalageとbiologicalageの二つに定義されます.前者はいわゆる「年齢」で,生まれてから何年経ったかを意味します.後者は細胞や組織年齢をさし,いわゆる「体内年齢」と同義です.現在,栄養,運動などさまざまなアプローチでbiologicalageを調整する研究が盛んに行われています.DNAのメチル化は年齢とともに蓄積することが知られており,DNAメチル化から構築された年齢予測因子は「エピジェネティック・クロック」とよばれています.iPS細胞の樹立に必要な四つの転写因子(山中因子:OSKM)がinvitroで加齢に関連した表現型を改善させ1),invivoにおいて高齢の野生型マウスの代謝疾患や筋損傷からの回復を改善させたこと2)は記憶に新しいところです.このようなエピジェネティック・クロックの制御を介した長寿や若返りの研究が注目されています.眼科領域ではリプログラミグによる眼科領域でのアプローチが最近二つ報告されています.一つは低分子化合物で細胞をリプログラミングすることで視細胞を作製する,再生医療的アプローチでの介入3),もう一つは,山中因子であるOct4,Sox2,Klf4(OSK)の三つの転写因子を導入し,エピジェネティック・クロックを制御することで,老化し機能低下したものを若返りさせる方法です4).後者では,マウス視神経損傷モデル用いてAAVベクターでOSKを導入し,軸索の再生が確認されました.ポイントは,DNAのメチル化状態がOSKの投与により損傷前のレベルにまで戻っていたことです.また,高眼圧緑内障モデルでは,OSKの投与で網膜神経節細胞に対応するERGの回復を認め,さらに視力の改善も確認されました.また,若年マウスと比べると12カ月齢マウスで上(75)0910-1810/21/\100/頁/JCOPY北澤耕司京都府立医科大学大学院医学研究科視覚機能再生外科学緑内障モデル眼AAVベクター図1若返り(rejuvenation)のアプローチエピジェネティックを変化させるOct4,Sox2,Klf4(OSK)を導入することで,緑内障モデルマウスで機能的,遺伝子発現的に回復が観察された.がっていた遺伝子の90%がOSKの導入により若年マウスのレベルに回復しており,DNAメチル化の変化が高齢者の視力回復に機能的な役割を果たしている可能性があると結論づけています.今後の展望エピジェネティック・リプログラミングは,組織の修復や年齢に関連する機能低下の回復を促進する可能性があることを示唆しています.一方で,細胞がどのように若々しいエピジェネティック情報をコードし,保存しているのだろうかという疑問は残ります.Digitaltransformationによって,個別化された疾患特異的な方法で,先手を打った健康増進のための介入が可能となると予測されます.このような老化プロセスを調節しようとする研究は今後ますます加速するでしょう.文献1)LapassetL,MilhavetO,PrieurAetal:Rejuvenatingsenescentandcentenarianhumancellsbyreprogram-mingthroughthepluripotentstate.GenesDev25:2248-2253,20112)OcampoA,ReddyP,Martinez-RedondoPetal:Invivoameliorationofage-associatedhallmarksbypartialrepro-gramming.Cell167:1719-1733,e1712,20163)MahatoB,KayaKD,FanYetal:Pharmacologic.broblastreprogrammingintophotoreceptorsrestoresvision.Nature581:83-88,20204)LuY,BrommerB,TianXetal:Reprogrammingtorecoveryouthfulepigeneticinformationandrestorevision.Nature588:124-129,2020あたらしい眼科Vol.38,No.5,2021555

硝子体手術のワンポイントアドバイス:強度近視眼に生じた増殖糖尿病網膜症(中級編)

2021年5月31日 月曜日

硝子体手術のワンポイントアドバイス●連載216216強度近視眼に生じた増殖糖尿病網膜症(中級編)池田恒彦大阪回生病院眼科●はじめに近視は糖尿病網膜症の抑制因子とされており,その要因として網膜の菲薄化による酸素需要の減少,近視進行による眼血流の遅延や減少,早期後部硝子体.離などがあげられる.また,後部ぶどう腫を有するような強度近視眼では,重篤な増殖糖尿病網膜症(proliferativedia-beticretinopathy:PDR)が発症することはまれとされている.筆者らは以前に後部ぶどう腫を有する強度近視眼に硝子体出血と牽引性網膜.離をきたし,硝子体手術に至ったPDRの1例を経験し報告したことがある1).●症例59歳,女性.両眼に後部ぶどう腫を伴う強度近視とPDRを認め,汎網膜光凝固術を開始したが,経過中に右眼に網膜前出血(図1a),左眼に硝子体出血と牽引性網膜.離が生じた(図1b).蛍光眼底造影検査では,両眼に広範な無灌流領域と網膜新生血管からの蛍光漏出があり,左眼は後部ぶどう腫の下方に線維血管性増殖膜を認めた(図1b,矢印).超音波Bモードでは,左眼に後部ぶどう腫に沿って硝子体牽引,浅い牽引性網膜.離がみられた(図2,矢印).硝子体手術の術中所見として,後部ぶどう腫の辺縁に沿って線維血管性増殖膜と強固な網膜硝子体癒着があり,増殖膜処理後の人工的後部硝子体.離作製時に後部ぶどう腫の辺縁に医原性裂孔を形成した.後部ぶどう腫内には肥厚した後部硝子体膜が認められ,硝子体鑷子で網膜との癒着を解離した.その後,気圧伸展網膜復位術,眼内光凝固術を施行し術後網膜は復位した.●後部ぶどう腫を伴う増殖糖尿病網膜症に対する硝子体手術の問題点本症例の増殖膜は通常のPDRのように血管アーケー(73)0910-1810/21/\100/頁/JCOPY図1術前の眼底右眼(a)は鼻側に網膜前出血がみられた.左眼(b)は後部ぶどう腫(点線)を認め,下方に硝子体出血および血管アーケードに沿って線維血管性増殖膜(..)を認め,その周囲に牽引性網膜.離が生じていた.(文献1より引用)図2術前の左眼超音波Bモード所見後部ぶどう腫に沿って硝子体牽引,増殖膜(..)および牽引性網膜.離がみられた.(文献1より引用)ド近傍にみられたが,これは後部ぶどう腫の辺縁に隣接していた.また,牽引性網膜.離は増殖膜近傍だけでなく後部ぶどう腫内にも一部及んでおり,後部ぶどう腫の形状が関与していた可能性も考えられた.また,後部ぶどう腫内では後部硝子体.離が生じておらず,肥厚した後部硝子体膜が網膜と強固に癒着していた.後部ぶどう腫を有するPDR症例に対して硝子体手術を施行する際には,通常のPDRの病態に加えて,強度近視眼の異常な網膜硝子体癒着が加味されるため,硝子体処理時に細心の注意が必要である.文献1)村井克行,植木麻理,南政宏ほか:硝子体手術に至った後部ぶどう腫を有する増殖糖尿病網膜症の1例.臨床眼科59:1729-1733,2005あたらしい眼科Vol.38,No.5,2021553

抗VEGF治療:未熟児網膜症へのラニビズマブの適応拡大

2021年5月31日 月曜日

●連載107監修=安川力髙橋寛二87.未熟児網膜症へのラニビズマブの野々部典枝名古屋大学医学部附属病院総合周産期母子医療センター適応拡大活動期の未熟児網膜症に対する治療は,長く網膜光凝固術が第一選択であった.2019年C11月にラニビズマブが抗CVEGF薬として初めて未熟児網膜症に対する効能追加の承認を得たことで,視機能予後の改善をもたらす可能性が期待される.治療の選択肢が増え,最適な治療方針の確立や長期安全性の確認が待たれる.レーザー網膜光凝固術の課題レーザー網膜光凝固術は,長く未熟児網膜症(retinop-athyofprematurity:ROP)に対する標準治療として失明予防に寄与してきた.しかし,光凝固単独では鎮静化できない重症例も存在し,いったん網膜.離に進行すれば,たとえ手術で復位を得ても重篤な視力障害の原因となる.また,zoneIROPのような血管発育の悪い例では,後極まで密な凝固斑を生じて瘢痕期の黄斑部形態異常や強度近視などを誘発し,良好な視機能を得られない場合がある.晩期には裂孔原性網膜.離や白内障,緑内障などの合併症を生じる例があり,光凝固に代わる新たな治療方法が模索されてきた.CROPに対する抗VEGF薬の大規模試験2011年,BEAT-ROPstudyによってとくにCzoneCIROPに対するベバシズマブの有効性が報告1)され,抗VEGF薬が適応外投与ながら世界的に広く使用されるようになった.そして,RAINBOW(ranibizumabcom-paredCwithClaserCtherapyCforCtheCtreatmentCofCinfantsCbornCprematurityCwithCretinopathyCofprematurity)Cstudy2)を経て,2019年C11月に抗CVEGF薬として初めてCROP治療にラニビズマブ硝子体内注射(intravitrealranibizumab:IVR)が承認された.CRAINBOWstudyは,国内外のCROP患者C225名を対象とした第CIII相臨床試験である.IVR0.1Cmgもしくは0.2Cmgとレーザー治療を比較し,24週後の治療成功率(両眼ともに活動性のCROPがなく,かつ不良な形態学的転帰もない患者の割合)を評価している.治療成功率はIVR0.2mg群で80%,レーザー群で66%となり,感度分析で有意差がみられたためCIVRC0.2Cmg/0.02CmlがCROPへの効能追加の承認を得ることとなった.再発率(初回治療以外の追加治療を治療開始C24週以内に実施した患者の割合)はIVR0.2mg群で31.1%,レーザー群でC18.9%であり,IVRで再発率が高い.IVR(71)C0910-1810/21/\100/頁/JCOPY図1実際の穿刺(左眼)症例は修正C36週時.結膜出血がみられる.0.2Cmg群における再投与までの期間はC55日(中央値)であった.おもな副作用はいずれの群も結膜出血(図1)であったが,IVR0.2Cmg群で白内障がC1眼に生じている.血中CVEGF濃度はC14日目,28日目で低下がみられず,短期間で回復している.現在長期継続試験が行われており,5歳までの経過を追跡して眼や全身合併症の有無などについて検討する予定である.CROPに対する抗VEGF療法の実際ROPに対するラニビズマブ承認後C1年が経過し,初回治療としてCIVRを行う機会が増加している(図2).2020年C12月の『日本眼科学会雑誌』にCROPに対する抗CVEGF療法の手引き3)が掲載され,注射手技や経過観察の方法について詳しく述べられている.しかし,IVRとレーザー網膜光凝固の選択については現時点で明確な基準がない.当院では現在初回治療はほぼ全例がラニビズマブである.再発率の高さや頻回の経過観察は問題であるが,たとえ追加治療が必要になったとしても,修正週数が早い時期に行う初回治療での治療時間を短くし,黄斑近傍への光凝固を避けるメリットが大きいあたらしい眼科Vol.38,No.5,2021C551b図2ラニビズマブ投与例(右眼)在胎C25週,出生体重C840Cgの児.修正C33週で両眼にCROPを発症.Ca:修正C35週,zoneCII,stageC3(+)にてCIVR施行.Cb:投与7日後.後極の拡張蛇行は改善し,増殖も消退傾向がみられる.図3ラニビズマブ投与後の再発b(左眼)在胎C26週,出生体重C800Cgの児.修正C32週で両眼にCROPを発症.Ca:修正C36週,zoneCII,stageC3(+)にてCIVR施行.Cb:IVR後12週目.ややのびた血管先端部に再びCridgeを形成したが,追加治療を要さず経過観察のみで鎮静化した.と考えるためである.また,重症のCaggressive-posteri-orROP(APROP)例では,IVRを先に施行することで水晶体血管膜の怒張や散瞳状態が改善し,光凝固も施行しやすくなることが多い.再発に対するリスクファクターとして,ベバシズマブでの報告では,在胎週数が短い,出生体重が軽い,壊死性腸炎,入院期間が長い,CzoneI,APROPがあげられている4).RAINBOWstudyでの再発率は追加治療を要した割合なので,治療に至らない程度の再発はこれより多い(図3).初回IVRを選択することで追加治療までの時間に少しでも全身状態が整い,網膜血管が伸びれば,その後レーザーを選択しても鎮静に耐えられる可能性があり,網膜の凝固範囲を減らして黄斑を守るとともに,あとで近視化しにくく有利である.追加治療の選択は再発時期(ラニビズマブは初回投与からC1カ月経過していないと再投与できない),退院時期や病院へのアクセス,再発時点での血管先端部の位置によって選択している.再発時の網膜血管先端部がまだCzoneIやCzoneCIIposteriorのような状態であればラニビズマブの再投与を選択することが多い.今後の課題現在CROPに対するアフリベルセプトを用いた第CIII相臨床試験(NCT04004208)も行われており,今後,抗C552あたらしい眼科Vol.38,No.5,2021VEGF薬の選択肢が増える可能性もある.とくに抗VEGF薬投与後に周辺部の血管異常が残存する5)ことがあり,最適な治療・経過観察の方法確立にむけて,多くの長期経過の蓄積が必要である.診療報酬については診断群分類包括評価(DPC)を導入している施設では,高額なラニビズマブを使用することでコスト面で問題が生じるため,検討する必要がある.文献1)Mintz-HittnerCHA,CKennedyCKA,CChuangCAZCetal;CBEAT-ROPCooperativeCGroup:E.cacyCofCintravitrealCbevacizumabCforCstageC3+retinopathyCofCprematurity.CNEnglJMedC364:603-615,C20112)StahlCA,CLeporeCD,CFielderCACetal:RanibizumabCversusClaserCtherapyCforCtheCtreatmentCofCveryClowCbirthweightCinfantsCwithCretinopathyCofprematurity(RAINBOW):anCopen-labelrandomizedcontrolledtrial.LancetC394:1551-1559,C20193)未熟児網膜症眼科管理対策委員会:未熟児網膜症に対する抗CVEGF療法の手引き.日眼会誌124:1013-1019,C20204)Mintz-HittnerCHA,CGeloneckCMM,CChuangAZ:ClinicalCmanagementCofCrecurrentCretinopathyCofCprematurityCfol-lowingCintravitrealCbevacizumabCmonotherapy.COphthal-mologyC123:1845-1855,C20165)HarperCA3rd,WrightLM,YoungRCetal:FluoresceinangiographicCevaluationCofCperipheralCretinalCvasculatureCafterCprimaryCintravitrealCranibizumabCforCretinopathyCofCprematurity.RetinaC39:700-705,C2019(72)

緑内障:緑内障濾過手術モデルを用いた研究

2021年5月31日 月曜日

●連載251監修=山本哲也福地健郎251.緑内障濾過手術モデルを用いた研究小嶌祥太大阪医科薬科大学三島南病院眼科緑内障濾過手術モデル眼を用いた研究は緑内障治療発展のために必要不可欠であるが,使用動物,眼圧測定法,濾過手術の方法,濾過胞や組織の分析方法など多くの点を考慮して最適な実験系を組み立てていく必要があり,さらに最終的な結果の解釈には人眼との違いを熟慮して結論を出す必要がある.●はじめに緑内障手術のゴールドスタンダードはマイトマイシンCなど線維芽細胞増殖抑制作用のある薬剤を併用した線維柱帯切除術であり,その成功率向上のための濾過胞における瘢痕形成の抑制や眼内炎などの重篤な合併症の克服の意味からも,さまざまな検討が必要とされている.新しい方法については,まず緑内障濾過手術モデル眼の使用による効果と安全性の検討が求められる.C●使用動物瘢痕形成の組織学的検討にはラットなど小動物が用いられることもあるが,精密な眼圧測定や詳細な組織学的検討のためには,眼球形状と大きさがヒトに類似したサルなどの動物の使用が有利である.実際には取り扱いや購入価格の手軽さからウサギを用いた報告が多い.筆者らは,1)組織瘢痕化に関連するキマーゼ活性がヒトと同様に存在1)し,2)房水排出経路がヒトと比較的類似,かつC3)ヒト同様に緑内障治療が行われている2)という理由から,おもにイヌを用いて実験を行なっている.C●眼圧測定動物眼での眼圧測定にはさまざまな報告3)があり,カニューレ前房内挿入による測定がもっとも正確だと考えられるが,煩雑性や侵襲などの問題がある.ヒトで用いられるCTono-penやCICareは簡便で測定者による差異が少ないが,角膜厚や剛性,曲率半径といった測定に影響を与える因子が動物種によって異なっているため注意が必要である.現在筆者らはおもにイヌに使用可能な機器(図1)を使用している.C●濾過手術モデル理想的にはヒトと同様の手技で行うべきであり,実際にそうした報告も多い.ただし動物眼の場合,ヒトよりも急速に瘢痕形成が進行して濾過が不成功になること(69)C0910-1810/21/\100/頁/JCOPY図1イヌの眼圧測定に用いている眼圧計a:イヌおよびネコ用のCTono-PenCAVIACVET(Reichert社).b:イヌ,ネコ,ウマ用に調整されたCTonoVetCreboundtonometer(CIcareFinland社).や,瘢痕形成が強膜開窓部に生じやすいことなどが報告4)されている.したがって,長期的な観察には,房水流出量増加による流出路閉塞抑制を期待して,強膜弁を作製せず強膜開窓(と周辺虹彩切除)のみ行うこともある.さらに,たとえばイヌでは強膜が硬く虹彩などからの出血が多いことから,個体間での術式の差異を最小限にとどめる意味からも,より簡便な方法を用いることも考慮する.C●濾過胞・組織の検討ヒト用の光干渉断層計や超音波生体顕微鏡(図2)による経時的観察5)が可能である.ただし動物種によっては結膜下組織が厚いため光干渉断層計による観察が困難なことがある.組織学的検討においては眼球摘出後に詳細な検討が可能であり,動物実験ならではのさまざまな知見5)を得ることが可能である(図3,4).C●おわりに緑内障濾過手術モデル眼を用いた実験は,前述のようにヒトと異なる部分が多いためしっかりとした対照の設定が肝要であり,結果の解釈にも十分な検討が必要となる.あたらしい眼科Vol.38,No.5,2021C549図2ウサギ緑内障濾過手術モデル眼(術12週後)における濾過胞の超音波生体顕微鏡像UD-800UltrasonicA/BScannerandBiometer(トーメーコーポレーション)を用い,マルチキナーゼ阻害薬であるレゴラフェニブを術後点眼した眼(Ca)と通常のマイトマイシンCC術中使用眼(Cb)を術C12週後に比較すると,濾過胞壁(⇔)はCbのほうが薄かった.スケールバー:1mm.(文献C5より転載)図3ウサギ緑内障濾過手術モデル眼(術12週後)における結膜および結膜下組織像(アザン染色)色抽出法を用いてレゴラフェニブ点眼眼(Ca)とマイトマイシンCC術中使用眼(Cb)のコラーゲン(緑部分)を比較したところ,bがCaより有意に密度が低かった.スケールバー:1,000Cμm.(文献C5より転載)図4ウサギ緑内障濾過手術モデル眼(術12週後)における結膜下組織における毛細血管(抗ビメンチン抗体による免疫染色)レゴラフェニブ点眼眼(Ca)と比較しマイトマイシンCC術中使用眼(Cb)では毛細血管密度が有意に低かった.スケールバー:100Cμm.(文献C5より転載)CintraocularCpressureCinClaboratoryCanimals.CExpCEyeCRes文献141:74-90,C20151)MiyazakiM,TakaiS:Roleofchymaseonvascularprolif-4)DesjardinsCDC,CParrishCRKC2nd,CFolbergCRCetal:WoundCeration.CJCReninCAngiotensinCAldosteroneCSystC1:23-26,Chealingafter.lteringsurgeryinowlmonkeys.ArchOph-2000CthalmolC104:1835-1839,C19862)KomaromyCAM,CBrasCD,CEssonCDWCetal:TheCfutureCof5)NemotoCE,CKojimaCS,CSugiyamaCTCetal:E.ectsCofCrego-canineCglaucomaCtherapy.CVetCOphthalmolC22:726-740,Crafenib,CaCmulti-kinaseCinhibitor,ConCconjunctivalCscarringCinCaCcanineC.ltrationCsurgeryCmodelCinCcomparisonCwith20193)MillarCJC,CPangIH:Non-continuousCmeasurementCofCmitomycin-C.IntJMolSciC21:63,C2019550あたらしい眼科Vol.38,No.5,2021(70)