《原著》あたらしい眼科38(5):595.599,2021c涙道内視鏡検査の検査中操作が与える身体的苦痛の実態調査鎌尾知行*1武田太郎*2三谷亜里沙*1鄭暁東*1白石敦*1*1愛媛大学大学院医学系研究科眼科学講座*2愛媛大学医学部附属病院屈折矯正センター・手術部CMeasurementofPhysicalDistresswithDacryoendoscopyExaminationTomoyukiKamao1),TaroTakeda2),ArisaMitani1),XiaodongZheng1)andAtsushiShiraishi1)1)DepartmentofOphthalmology,EhimeUniversityGraduateSchoolofMedicine,2)SurgicalOperatingDepartmentandRefractiveSurgeryCenter,EhimeUniversityHospitalC目的:涙道内視鏡検査の各操作が与える身体的苦痛の強度を明らかにすること.対象および方法:対象はC2018年6月.2019年C8月に愛媛大学附属病院で涙管チューブ挿入術を施行した患者のうち,術前に涙道内視鏡検査を行った43例(男性C14例,女性C29例,平均年齢C73.4C±9.5歳)と,術後に検査を行ったC79例(男性C27例,女性C52例,平均年齢C72.3C±9.6歳).点眼麻酔,涙道内麻酔後に蒸留水灌流下涙道内視鏡検査を施行し,麻酔と検査操作の苦痛強度を視覚的アナログスケール(VAS)でアンケート調査した.術前後の各麻酔,検査操作を比較検討した.結果:点眼,涙道内麻酔には有意差がなかったが,涙点拡張が術前C37.3C±29.7,術後C7.4C±16.4,涙道内視鏡操作が術前C43.4C±32.2,術後C19.3C±22.6と術前が術後より有意に高かった.結論:術前の涙道内視鏡検査は,点眼麻酔と涙道内麻酔では不十分な可能性がある.CPurpose:Toinvestigatetheintensityofphysicaldistresscausedbyeachoperationinpatientswithlacrimalductobstructionwhounderwentdacryoendoscopy.PatientsandMethods:Thisstudyinvolved122patientswithlacrimalductobstructionwhounderwentdacryoendoscopyexaminationatEhimeUniversityHospital.Ofthe122patients,C43CwereCexaminedCpreCsurgeryCandC79CwereCexaminedCpostCsurgery.CTheCproceduresCwereCperformedCundertopicalandlocalanesthesiaintothelacrimalductwithoxybuprocainehydrochloride0.4%andlidocaine4%.Dacryoendoscopyexaminationwasperformedwhileinjectingsalinethroughthewaterchannel,andthepaininten-sitywasexaminedviaavisualanaloguescale(VAS)within30-minutespostexamination.TheVASofanesthesiaandCeachCoperationCwereCthenCcompared.CResults:NoCstatisticallyCdi.erenceCinCe.ectivenessCbetweenCtopicalCandClocalanesthesiawasobserved.However,theVASofdilationoflacrimalpunctaanddacryoendoscopyexaminationbeforeCsurgeryCwereCsigni.cantlyChigherCthanCthatCafterCsurgery.CConclusions:OurC.ndingsCsuggestCthatCtopicalCandlocalanesthesiaisinadequateforpreventingpreoperativedacryoendoscopy-relatedphysicaldistress.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C38(5):595.599,C2021〕Keywords:涙道内視鏡検査,麻酔,視覚的アナログスケール,身体的苦痛,アンケート調査.dacryoendoscopyCexamination,anesthesia,visualanalogscale,physicaldistress,questionnaire.Cはじめに涙道診療における検査は,細隙灯顕微鏡検査や涙管通水検査,CT,MRI,涙道造影検査などさまざまあるが,以前は術前に涙道内を直接観察することが不可能で,涙道内を観察できるのは涙.鼻腔吻合術(dacryocystorhinostomy:DCR)などの観血的手術時のみであった.わが国ではC2000年前後に涙道内視鏡が開発され,低侵襲で涙道内の観察が可能となった1,2).そのため,涙道閉塞の部位や閉塞状態,涙道内の炎症の程度,涙道内の結石や異物,肉芽の有無など,今まで観察できなかった涙道内所見を,涙道内視鏡検査で術前に容易に観察することが可能となった.わが国では涙道内視鏡を用いた涙管チューブ挿入術の開発〔別刷請求先〕鎌尾知行:〒791-0295愛媛県東温市志津川愛媛大学大学院医学系研究科眼科学講座Reprintrequests:TomoyukiKamao,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology,EhimeUniversityGraduateSchoolofMedicine,Shitsukawa,Toon-city,Ehime791-0295,JAPANCにより,涙道閉塞に対する涙管チューブ挿入術の治療成績が向上し3.5),DCRに並ぶ治療法としての地位を確立し,それに伴い徐々に涙道内視鏡が普及している.さらにC2018年度の診療報酬改定において涙道内視鏡検査が保険収載され,涙道内視鏡検査は涙道診療に必須の検査となりつつある.この検査は,現在のところ低侵襲で涙道内を観察できる唯一の方法であるが,決して非侵襲ではない.しかし,涙道内視鏡検査の各操作の身体的苦痛強度について調査した報告は筆者らが知る限りない.そこで本研究では,術前後の涙道内視鏡検査時の各操作における苦痛強度を調査した.CI対象および方法対象はC2018年C6月.2019年C8月に愛媛大学附属病院眼科にて術前もしくは術後に同一検者が涙道内視鏡検査を行った患者のうち,本研究に同意が得られた満C20歳以上の男女で,片側もしくは両側に涙道閉塞を認める患者C122例(男性41例,女性C81例,平均年齢C72.7C±9.5歳)である.なお,アンケートの回答に協力が得られないものは除外した.麻酔は,オキシブプロカイン塩酸塩C0.4%をC2回,リドカイン塩酸塩(リドカイン)4%をC1回C2分ごとに点眼して点眼麻酔を行ったのち,リドカインC4%を上涙点から涙道内に注入して涙道内表面麻酔を行い,5分以内に涙道内視鏡検査を開始した.涙道内視鏡検査は,涙点拡張針(イナミ)を用いて上下涙点を拡張後,プローブ径C0.9Cmmの弯曲タイプの硬性涙道内視鏡(LAC-06FY-H,町田製作所)を用いて,蒸留水灌流下,涙道内視鏡検査を施行した.術前の涙道内視鏡検査は全例で両側に施行した.一方,術後の涙道内視鏡検査は治療側のみ施行した.また,術後の涙道内視鏡検査の施行時期は涙管チューブ抜去時または,涙管チューブ抜去半年後に施行した.涙道内視鏡検査のアンケート調査方法は,検査内容とアンケート調査内容を涙道内視鏡検査施行前に十分に説明し,検査中,操作内容を患者に声掛けを行ってから各操作を行った.検査終了後C30分以内に点眼麻酔,涙道内麻酔,涙点拡張,涙道内視鏡操作,灌流液流入,検査前の緊張の程度のC6項目の苦痛強度を,視覚的アナログスケール(VisualCAna-logScale:VAS)を用いてC100Cmmの線上に印をつけさせた.0は苦痛または緊張なし,100は我慢できない苦痛または緊張とした.男女比,年齢および,麻酔,検査操作,緊張の程度のVASについて,術前群と術後群,片側群と両側群,涙管チューブ抜去時と抜去半年群で比較検討した.また,麻酔,検査操作,緊張の程度それぞれの相関関係を検討した.男女比の比較についてはCc2検定を,年齢やCVASの比較についてはCStudent’st-testを用い,相関関係についてはCPearsonの積率相関係数を計算し,いずれも有意水準はC5%とした.統計解析にはCJMP11.2(SASinstitute)を使用した.本研究は,愛媛大学医学部附属病院臨床研究審査委員会(1601003)の承認のもと行った.CII結果表1に患者背景を示した.対象として選択されたのは,術前に涙道内視鏡検査を行ったC43例(男性C14例,女性C29例,平均年齢C73.4C±9.5歳)と,涙管チューブ挿入術治療後に涙道内視鏡検査を行ったC79例(男性C27例,女性C52例,平均年齢C72.3C±9.6歳)である.術前群は全例両側涙道内視鏡検査を施行したが,術後群の涙道内視鏡検査は治療側のみで,40例が片側に,39例が両側に行った.また,術後群の涙道内視鏡検査の施行時期は涙管チューブ抜去時または涙管チューブ抜去半年後に行ったが,35例が涙管チューブ抜去時,44例が涙管チューブ抜去半年後に行った.術前群と術後群,片側群と両側群,涙管チューブ抜去時群と涙管チューブ抜去半年後群の各C2群で男女比,年齢に有意差はなかった.術前群と術後群の各麻酔,検査操作の苦痛強度,緊張の程度のCVASを比較検討した(表2).涙点拡張は,術前群には全例必要であったが,術後群はC39例が必要で,40例は不要であったため,必要であったC39例のCVASの平均を示している.麻酔については,点眼麻酔,涙道内麻酔とも術前群と術後群で有意差を認めなかった.一方,検査操作については,涙点拡張が術前群C37.3C±29.7,術後群C15.0C±20.9,涙道内視鏡操作が術前群C43.4C±32.2,術後群C19.3C±22.6と術前群が術後群と比較してスコアが有意に高かった(p=0.0002,<0.0001).灌流液流入はC2群間で有意差を認めなかった.緊張の程度については,術前群C43.1C±7.5,術後群C20.0C±20.8と術前群が術後群と比較してスコアが有意に高かった(p<0.0001)(表2).術後群の涙道内視鏡検査は治療側のみで,検査の片側例と両側例で各麻酔,検査操作の苦痛強度,緊張の程度に差があるか比較検討した.その結果,6項目のCVASに有意差を認めなかった(表3).また,術後群の涙道内視鏡検査は涙管チューブ抜去時または,涙管チューブ抜去半年後に行ったため,検査の施行時期でC6項目のCVASに差があるか比較検討したが(表4),いずれも有意差を認めなかった.つぎに術前群の涙道内視鏡検査において,各麻酔,検査操作の苦痛強度,緊張の程度のCVASの相関関係を検討した.VASの高かった涙道内麻酔,涙点拡張,涙道内視鏡操作,灌流液流入のC4項目については,それぞれ有意な正の相関を認めた(表5).一方,点眼麻酔と緊張の程度のCVASについてはいずれの項目とも有意な相関を認めなかった.CIII考按本研究では,術前後の涙道内視鏡検査時の各操作における表1患者背景症例数男性女性年齢術前群43例14例29例C73.4±9.5歳術後群79例27例52例C72.3±9.6歳片側40例15例25例C71.2±10.6歳両側39例12例27例C73.4±8.4歳涙管チューブ抜去時35例14例21例C70.5±10.8歳涙管チューブ抜去半年後44例13例31例C73.8±8.4歳年齢:平均値±標準偏差.表3片側群と両側群の麻酔,検査操作,緊張のVAS片側群両側群Cn=40Cn=39p値点眼麻酔C9.9±12.6C5.3±11.8C0.1029涙道内麻酔C24.1±25.0C20.9±18.1C0.5107涙点拡張C16.7±24.1C13.6±18.1C0.6444涙道内視鏡操作C21.8±24.8C16.9±20.0C0.3397灌流液流入C18.6±24.2C16.3±17.9C0.6304検査前の緊張C19.4±22.3C20.5±19.4C0.8138C平均値±標準偏差.涙点拡張を行った片側C40例,両C39例のVASの平均を示している.表5術前群の涙道内視鏡検査における涙道内麻酔,涙点拡張,涙道内視鏡操作,灌流液流入の苦痛強度のVASの相関涙点拡張涙道内視鏡操作灌流液流入涙道内麻酔C涙点拡張C涙道内視鏡操作CrCprCprCpC0.7278C<C0.0001C0.4107C0.0062C0.7061C<C0.00010.5305C0.00030.6225C<C0.00010.5365C0.0002Cr=相関係数.身体的苦痛の強度をCVASを用いて検討した.その結果,術前の涙道内視鏡検査において涙点拡張と涙道内視鏡操作のVASが術後より有意に高いことが明らかとなった.涙道内視鏡はC1979年にCCohenらの発表した硬性光学視管(dacryoscopy)が始まりとされている6).この内視鏡は先端に観察レンズ,硬性管の中に中継レンズがあり,手元に映る像を直接覗き込む方式であった.上涙点から硬性光学視管の先端を,下涙点から光源を挿入して涙道内を観察していたが,内視鏡のサイズが非常に大きく侵襲性の高い検査装置であった.その後さまざまな涙道内視鏡が開発され,2002年にはわが国で現在一般的に使用されている硬性涙道内視鏡が登場した2).わが国の涙道内視鏡の特徴はハンドピース先端(117)表2術前群と術後群の麻酔,検査操作,緊張のVAS術前群Cn=43術後群Cn=79p値点眼麻酔C9.4±15.9C7.6±12.4C0.5044涙道内麻酔C23.0±25.6C22.5±21.8C0.9088涙点拡張C37.3±29.7C15.0±20.9C0.0002涙道内視鏡操作C43.4±32.2C19.3±22.6<C0.0001灌流液流入C19.5±21.6C17.5±21.2C0.6204検査前の緊張C43.1±7.5C20.0±20.8<C0.0001平均値±標準偏差.涙点拡張のCVASの値は,涙点拡張を行った症例(術前群は全例,術後群はC39例)の平均を示している.他項目は,術前術後とも全例の平均を示している.表4涙管チューブ抜去時群と涙管チューブ抜去半年後群の麻酔,検査操作,緊張のVAS涙管チューブ涙管チューブ抜去時群C抜去半年後群Cp値n=35n=44点眼麻酔C6.3±11.9C8.7±12.8C0.4116涙道内麻酔C24.1±23.6C21.3±20.5C0.5721涙点拡張C10.5±18.0C16.8±21.9C0.3983涙道内視鏡操作C18.8±18.1C19.8±25.8C0.3397灌流液流入C18.8±21.8C16.4±20.9C0.6251検査前の緊張C18.5±18.7C21.1±22.5C0.5813平均値±標準偏差.涙点拡張を行った涙管チューブ抜去時C35例,涙管チューブ抜去半年後C44例のCVASの平均を示している.のプローブが無理なく涙道内に挿入できるように細く(0.7.0.9Cmm径)設計されていることである.その中に観察用レンズと灌流口,照明を装備しており,涙道内を灌流液で拡張し,照明光で涙道内を照らしながら観察することが可能である.プローブはストレートタイプと弯曲タイプのC2種類があるが,硬性内視鏡であるためストレートタイプでは涙道内に存在する生理的屈曲部位を超えるのにプローブに無理が生じたり,涙道に医原性裂孔を形成するリスクが高くなる.一方,弯曲タイプはプローブ先端からC10Cmmの位置で約C27°弯曲しているが,これは日本人の涙道の走行に対応した形状となっており7),その弯曲を利用すれば涙道内を損傷することなく涙道内全体の観察が可能となった.これらの涙道内視鏡プローブの形状の工夫によって,涙道内視鏡検査の低侵襲化に成功した.涙道内視鏡検査は大きく麻酔と検査手技操作のC2種類に分類される.麻酔については標準的な方法が確立されておらず,各施設でさまざまな方法で行われているが,当院では点眼麻酔と涙道内表面麻酔のみで涙道内視鏡検査を行っている.一方,検査手技操作における患者に対する侵襲は涙点拡張と涙道内視鏡操作,灌流液の流入の三つに分けられる.そのため点眼麻酔,涙道内表面麻酔,涙点拡張,涙道内視鏡操あたらしい眼科Vol.38,No.5,2021C597作,灌流液流入に加え,検査前の緊張の程度のC6項目の苦痛強度をCVASを用いて評価した.術前群と術後群でC6項目について比較検討すると,点眼麻酔と涙道内麻酔,灌流液流入についてはC2群間で有意差を認めなかったが,涙点拡張と涙道内視鏡操作,検査前の緊張のC3項目で術前群が術後群より有意にCVASが高かった.涙点拡張において,術前群が術後群より有意にCVASが高かった.涙点は硬い線維組織からなる盛り上がった構造で,開口部の内径はC0.2.0.3Cmmと報告されている8).現在の涙道内視鏡の先端プローブがC0.7.0.9Cmm径であるため,挿入に際しては涙点拡張が必要となる.涙点拡張に際しては涙点の硬い線維組織が伸展され,一部で断裂する.この侵害刺激が加わると,涙点近傍の皮下組織に存在する侵害受容器の末梢側終末に備わる受容体が活性化され,三叉神経に含まれる侵害受容性ニューロンを介して中枢へとシグナルが伝達され疼痛を感知する(侵害受容性疼痛).点眼麻酔や涙道内表面麻酔では,涙点涙小管の表層には麻酔が作用すると考えられるが,重層扁平上皮下には麻酔作用が及びにくいと考えられる.そのため術前の涙点拡張でCVASが高値を示したと考えられる.一方,術後の涙点拡張のCVASは低値であった.涙道内視鏡手術に際しては,涙道内視鏡に外径C1.1.1.3Cmmの外套を装着して手術を行うため,それ以上に涙点を拡張する必要がある.そのため,術中に十分な涙点拡張操作が加えられている.術後涙点径はやや狭小化するものの,元の状態に戻ることはなく,術前より拡張した状態が維持される.実際,79例中C40例(50.6%)は術後の涙道内視鏡検査において涙点拡張が不要であった.残りのC39例についても少しの涙点拡張操作で十分涙道内視鏡を挿入可能であったため,侵害刺激も軽度となり,術後の涙点拡張のCVASは術前より有意に低くなったと考えられる.涙道内視鏡操作においても術前群が術後群より有意にVASが高かった.涙道内視鏡検査においては灌流液で涙道内を拡張しながら涙道内視鏡を操作する.涙道閉塞が存在する術前では,灌流液による涙道内圧上昇が惹起されやすく,涙道壁の伸展による侵害刺激も大きくなり,VASが高くなったと考えられる.一方,涙道閉塞が解除された術後であれば,灌流液による涙道内圧上昇は軽度であり,術後の涙道内視鏡操作のCVASは術後より有意に低くなったと考えられる.当院では涙道内視鏡の破損リスクを軽減する目的で蒸留水で灌流しているが,蒸留水は低浸透圧なので灌流中に疼痛を惹起するリスクがあり,生理食塩水を選択すると術前後の涙道内視鏡操作のCVASをさらに低減できた可能性がある.検査前の緊張の程度においても術前群が術後群より有意にVASが高かった.経験のない検査や治療を受ける場合,不安を感じ緊張のCVASが高値となる.本研究を行うにあたり,検査内容を涙道内視鏡検査施行前に十分に説明したが,術前の不安や緊張を取り除くことは困難であった.一方,術後の涙道内視鏡検査施行前の緊張のCVASは低値であった.患者は疼痛を経験すると,疼痛への恐怖から同様の体験をする場合に不安が強くなる9).今回,涙道内視鏡検査や手術を経験したものでは緊張の程度のCVASが低値であったことは,涙道内視鏡検査や手術中に強い疼痛を経験しておらず,不安や恐怖がない状態で術後の涙道内視鏡検査を受けていると考えられ,涙道内視鏡検査や手術が低侵襲に行われていることを示している.ただしCVASスコアがC30以上である場合,「中等度の疼痛がある」と評価されるため10),術後群の涙道内視鏡検査の麻酔C2項目と手術操作C3項目や,術前群の点眼麻酔,涙道内麻酔,灌流液流入についてはCVASがC30未満であり,患者への侵襲は抑えられていると考えられる.しかし,術前群のCVASが有意に高かった涙点拡張と涙道内視鏡操作についてはCVASがC30以上であり,中等度の疼痛を自覚していると考えられる.つまり,術後群の涙道内視鏡検査については十分な麻酔効果を得られていたが,術前の涙道内視鏡検査については不十分であり,疼痛を低減する麻酔方法の検討が望ましい.前述したように,涙道内視鏡検査の麻酔については標準的な方法が確立されておらず,各施設でさまざまな方法で行われている.当院では点眼麻酔と涙道内表面麻酔のみで涙道内視鏡検査を行っている.術前検査時の疼痛を緩和する方法の一つとして滑車下神経麻酔があげられるが,一過性散瞳,視力低下,眼球運動障害,球後出血などの合併症がある.当院では術前に行う初回涙道内視鏡検査においては,片側の涙道疾患であっても必ず両側検査を行っている.そのため,両側に滑車下神経麻酔を行うと,帰宅が困難となる場合が多くなり,滑車下神経麻酔の施行は容易ではない.術前の涙道内視鏡検査においては合併症の少ない麻酔方法について検討の余地がある.涙道内視鏡検査について検査側や検査時期によりCVASが変化するか検討した.その結果,術後涙道内視鏡検査の片側検査群と両側検査群で差は認めなかった.また,涙管チューブ抜去時群と涙管チューブ抜去半年後群でも差は認めなかった.つまり,術後の涙道内視鏡検査については,検査側や検査時期によってCVASが変化しないため,検査側や検査時期によって麻酔方法を検討する必要はなく,点眼麻酔と涙道内表面麻酔で低侵襲に検査可能である.術前の涙道内視鏡検査において,各麻酔,検査操作の苦痛強度,緊張の程度のCVASの相関関係を検討した結果,点眼麻酔を除いた涙道内麻酔,涙点拡張,涙道内視鏡操作,灌流液流入のC4項目について,それぞれ有意な正の相関を認めた.VASは疼痛の強度という単一次元において感度が高く,再現性があり,同一被験者内で信頼性と妥当性が高いとされる11).しかし,疼痛は主観的な知覚であり,疼痛に対する耐性や経験,性格などが影響し,疼痛刺激に対する認識の個人差を生み出している.そのため疼痛の閾値の低い患者は麻酔,検査操作による侵襲でCVASが高くなる傾向にあり,閾値の高い患者ではCVASが低くなる傾向にある.そのため涙道内麻酔,涙点拡張,涙道内視鏡操作,灌流液流入のC4項目で有意な正の相関がみられたと考えられる.点眼麻酔についてはCVASのスコアが低いこと,点眼麻酔の経験にばらつきが大きいことが影響して相関がなかったと考えられる.疼痛の知覚には感覚的側面と情動的側面がある12).そのため不安や恐怖,うつ状態など精神状態が疼痛の閾値に影響すると考えられている.しかし,緊張の程度のCVASは涙道内麻酔,涙点拡張,涙道内視鏡操作,灌流液流入のC4項目と有意な相関を認めなかった.つまり緊張の程度によって患者の知覚する疼痛の程度を予想することは困難であり,患者の緊張状態により麻酔方法を変更するといった対策を取ることはむずかしいと考えられる.本研究の限界としては,単施設で行われた結果であることがあげられる.検査の身体的苦痛強度をCVASを用いて評価するにあたり,結果が正確になるようにアンケートに回答困難な高齢者を除外し,検査前と検査中に各操作を十分に説明して行った.そして終了後速やかにアンケートの回答を得た.ただし,疼痛には個体差や精神状態などさまざまな要因が影響するため,今後多施設多数例で検討したい.今回,筆者らは術前後の涙道内視鏡検査時の各操作における身体的苦痛の強度をCVASにより初めて明らかにした.術後の涙道内視鏡検査については点眼麻酔と涙道内表面麻酔で低侵襲に行えることが明らかとなった.一方,術前の涙道内視鏡検査については涙点拡張と涙道内操作のCVASが高く,今回の麻酔では十分な麻酔効果が得られていないことが示唆された.術前検査における麻酔方法についてはさらなる検討が必要である.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)佐々木次壽:涙道内視鏡所見による涙道形態の観察と涙道内視鏡併用シリコーンチューブ挿入術.眼科C41:1587-1591,C19992)鈴木亨:涙道ファイバースコピーの実際.眼科C45:2015-2023,C20033)井上康:涙道から見た流涙症─確実な涙管チューブ挿入術.眼科手術22:161-166,C20094)MimuraM,UekiM,OkuHetal:Indicationsforande.ectsofCNunchaku-styleCsiliconeCtubeCintubationCforCprimaryCacquiredClacrimalCdrainageCobstruction.CJpnCJCOphthalmolC59:266-272,C20155)鈴木亨:鼻涙管閉塞症のシリコーンチューブ留置術の手術時期.眼科手術20:305-309,C20076)CohenCSW,CPrescottCR,CShermanCMCetal:Dacryoscopy.COphthalmicSurgC10:57-63,C19797)NariokaCJ,CMatsudaCS,COhashiY:CorrelationCbetweenCanthropometricfacialfeaturesandcharacteristicsofnaso-lacrimalCdrainageCsystemCinCconnectionCtoCfalseCpassage.CClinExpOphthalmolC35:651-656,C20078)BurkatCCN,CLucarelliMJ:AnatomyCofCtheClacrimalCsys-tem.In:TheCLacrimalsystem:diagnosis,Cmanagement,Candsurgery(Cohen,CAJCetCaleds)C,CSpringer,CNewCYork,Cp3-19,C20069)VlaeyenJW,LintonSJ:Fear-avoidancemodelofchronicmusculoskeletalpain:ACstateCofCtheCart.CPainC85:317-332,C200010)DownieWW,LeathamPA,RhindVMetal:Studieswithpainratingscales.AnnRheumDisC37:378-381,C197811)BerckerCM,CHughesB:UsingCaCtoolCforCpainCassessment.CNursTimesC86:50-52,C199012)NakaeCA,CMashimoT:PainCandCemotion.CPAINCRESEARCHC25:199-209,C2010***