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学童近視の疫学

2021年8月31日 火曜日

学童近視の疫学EpidemiologyofMyopiainSchool-AgeChildren川崎良*はじめに近年,全世界的に近視が増えつつあると考えられている.近視有病者は2020年にはすでに世界人口の約3人に1人,さらには今後も増え続けて2050年までには世界人口の約2人に1人にあたる50億人に上るとの推計1)もある.そのなかでもわが国を含む東アジア諸国では,小児から成人にかけてのすべての年代で近視者の割合が高いことが複数の疫学研究によって報告されており,とくに小児の近視有病率については,Rudnickaら2)がメタアナリシスを報告している.それによれば,東アジア人種の推定近視有病率は他の人種に比べて5歳,10歳,15歳,18歳いずれにおいても非常に高いことが示されている.日本は世界のなかでも近視が多く,さらに今なお近視が増えているという状況を考えると,わが国においても若い世代から継続して近視に関する疫学調査を行う必要性があると考えるが,そのような研究結果は限られている.すでに眼科の臨床においては若い世代であるほど近視の割合が高いことは肌で感じるが,このことを把握し,対策を考え,また対策の結果を評価するためには大規模かつ継続的に疫学調査が必要である.本稿では,わが国の学童の近視有病割合について調査した疫学研究のレビューと学校保健統計のデータからの推計の二つの観点からみていく.さらに,今後の学童の近視にまつわる話題として,GIGA(GlobalandInnova-tionGatewayforAll)スクール構想などデジタル端末利用の普及と,世界中に感染が拡大した新型コロナウイルスCOVID-19の感染対策としての学校教育の提供方法の変化がある.COVID-19感染拡大により学校教育は遠隔教育や電子端末利用が一気に加速したが,それが近視を増加させている可能性を示唆する中国からの研究を含め紹介する.I疫学研究における近視の定義InternationalMyopiaInstitute(IMI)は近視に関する基礎研究,臨床研究,介入や政策などの多岐にわたる近視関連の研究について積極的に情報発信を行っている3).そのなかで,近視の定義についてレビューしたところ,実に400を超える近視の定義,屈折値や眼軸値のカットオフ値が文献において用いられていたという.これにより近視研究,とくに有病割合などの記述疫学においては混乱がみられた.2019年にIMIが出版した近視白書4)においては,表1の定義が提唱された.一方で,学校における健診などの現場で一般児童を対象に調節麻痺下の屈折検査を行うことはむずかしく,また病院を受診した児童に対する調査だけでは偏ったサンプリングになってしまう.そのため,学童期の屈折度数を調査する研究は非調節麻痺下の屈折検査のみによって近視を定義するため,厳密な意味での近視の定義を満たしていない可能性があり,その結果として一過性の近視を除外できず,有病割合を多く見積もってしまう危険性があることには注意が必要である.*RyoKawasaki:大阪大学医学部附属病院AI医療センター,大阪大学大学院医学系研究科視覚情報制御学・寄附講座〔別刷請求先〕川崎良:〒565-0871大阪府吹田市山田丘2-2大阪大学医学部附属病院AI医療センター0910-1810/21/\100/頁/JCOPY(3)851-------表1近視およびその程度の定義用語定義Myopia近視調節麻痺下等価球面度数≦-0.50DLowmyopia弱度近視調節麻痺下等価球面度数≦-0.50Dかつ>-6.00DHighmyopia強度近視調節麻痺下等価球面度数≦-6.00D(InternationalMyopiaInstituteによる提案(文献4から抜粋・私訳)有病率(%)10080604020094.694.234567891011121314151617年齢(歳)1984(MatsumuraとHirai)1996(MatsumuraとHirai)2017(Yotsukura,Toriiら)図11984年,1996年および2017年の学童期の近視の有病率調査研究結果(文献5,6をもとに作成)該当者割合(%)403020100等価球面度数(D)図2Yotsukura,Toriiらによる小学生,中学生調査の屈折度数分布(文献C6をもとに作成)807060504030201006歳7歳8歳9歳10歳11歳12歳13歳14歳15歳16歳17歳該当者の割合(%)1993年生1994年生1995年生1996年生1997年生1998年生1999年生2000年生2001年生2002年生2003年生2004年生2005年生2006年生2007年生2008年生2009年生2010年生図3出生年別にみる同年齢の裸眼視力1.0未満者の割合各ラインが同年齢者を表す.(文献C7をもとに作成)該当者の割合(%)該当者の割合(%)該当者の割合(%)8070605040302010067891011121314151617年齢(歳)1993年生1994年生1995年生1996年生1997年生1998年生1999年生2000年生2001年生2002年生2003年生2004年生2005年生2006年生2007年生2008年生2009年生図4出生年別にみる同年齢の裸眼視力1.0未満者の割合各ラインが出生年別の年齢に伴う割合を表す.(文献C7をもとに作成)0.7~0.90.3~0.60.3未満20062018200620186歳7歳8歳9歳10歳11歳0.7~0.90.3~0.60.3未満200620182006201812歳13歳14歳15歳16歳17歳図5370方式による視力区分の割合(文献C7をもとに作成)該当者の割合(%)該当者の割合(%)6歳7歳8歳9歳10歳11歳12歳13歳14歳15歳16歳17歳図6年齢別の裸眼視力1.0未満の割合都道府県単位に集計された裸眼視力C0.1未満の割合をプロットした.(文献C7をもとに作成)-で近視化が進んでおり,たとえばC6歳児においては2015.2019年のC5年で-0.05D近視化していたのに対し,2019.2020年にはC1年で-0.3D近視化していた.このような近視化のトレンドの大きな変化はとくにC6.8歳の若い年代で顕著であり,この若年層での近視者の増加,近視度数の進行が顕著にみられた原因としては,学校生活の変化(教室での授業から在宅オンライン授業への変更)や,その他の社会生活の変化(戸外活動時間の減少,デジタルデバイス利用の増加)が考察されている.中国からはこの研究以外にも,COVID-19感染拡大の状況下での学童の生活について,たしかに学校生活の変化やその他の社会生活の変化が起きていることを示す調査13)がある.スマートホン,タブレット,パーソナルコンピューターなどの電子端末利用児は,テレビなどの大型画面機器を用いる児よりも近視方向への屈折変化がより大きいこと,オンライン授業時間,1日あたりのオンライン授業の回数,デジタルスクリーン曝露時間はすべて近視方向への屈折変化がより大きいことに,屋外活動時間は近視方向への屈折変化が少ないことに関連していたことを報告している.一方で,1年未満の短期間に起きた学習環境や生活習慣の変化が近視化,近視度数の進行をきたすのか,またそのような変化が可逆的なものなのか恒常的なものなのかについては,さらなる研究が必要であろう.なお,そのような調査を定期的に継続して行うことの意義はとても大きいと考える.また,文部科学省は電子タブレット端末の利用にあたっての健康への配慮などに関する啓発リーフレットを公開14)している.おわりにわが国では,学童を対象とした疫学研究は限られており,文部科学省学校保健統計などから間接的に近視の動向を推定することしかできなかった.しかし,文部科学省の研究班として屈折検査を含めた詳細な調査を全国から抽出された小中学生約C9,000人の実態調査が開始された.調査はC2021年C5.6月,小中学生計C9,000人を対象に実施され.屈折度数や眼軸長を測定するとともに,スマートホンの使用時間や外遊びの頻度など生活習慣に関するアンケートも実施し,視力への影響を分析するもので,わが国における学童の近視の状況を正確に把握できる重要な機会になると期待している.文献1)HoldenCBA,CFrickeCTR,CWilsonCDACetal:GlobalCpreva-lenceCofCmyopiaCandChighCmyopiaCandCtemporalCtrendsCfrom2000through2050.OphthalmologyC123:1036-1042,C20162)RudnickaAR,KapetanakisVV,WathernAKetal:Globalvariationsandtimetrendsintheprevalenceofchildhoodmyopia,asystematicreviewandquantitativemeta-analy-sis:implicationsCforCaetiologyCandCearlyCprevention.CBrJOphthalmol100:882-890,C20163)JongCM,CJonasCJB,CWol.sohnCJSCetal:IMIC2021CyearlyCdigest.InvestOphthalmolVisSci62:7,C20214)FlitcroftDI,HeM,JonasJBetal:IMI-de.ningandclas-sifyingCmyopia:aCproposedCsetCofCstandardsCforCclinicalCandepidemiologicstudies.InvestOphthalmolVisSci60:CM20-M30,C20195)MatsumuraH,HiraiH:Prevalenceofmyopiaandrefrac-tiveCchangesCinCstudentsCfromC3CtoC17CyearsCofCage.CSurvCOphthalmol44(SupplC1):S109-S115,C19996)YotsukuraCE,CToriiCH,CInokuchiCMCetal:CurrentCpreva-lenceCofCmyopiaCandCassociationCofCmyopiaCwithCenviron-mentalfactorsamongschoolchildreninJapan.JAMAOph-thalmol137:1233-1239,C20197)政府統計の総合窓口(総務省統計局):学校保健統計調査.Ce-Statwww.e-stat.go.jp/SG1/estat/NewList.do?tid=000001011648(2021年C5月C29日最終アクセス)8)宮浦徹,宇津見義一,伊藤忍ほか:視力受診勧奨の屈折等に関する調査.日本の眼科6:900-905,C20209)文部科学省:GIGAスクール構想について.https://www.mext.go.jp/a_menu/other/index_0001111.htm(2021年C5月C29日最終アクセス)10)LinLLK,ShihYF,HsiaoCKetal:PrevalenceofmyopiainCTaiwaneseschoolchildren:1983CtoC2000.CAnnCAcadCMedSingaporeC33:27-33,C200411)TsaiCTH,CLiuCYL,CMaCIHCetal:EvolutionCofCtheCpreva-lenceCofCmyopiaCamongCTaiwaneseCschoolchildren.CaCreviewCofCsurveyCdataCfromC1983CthroughC2017.COphthal-mologyC128:290-301,C202112)WangJ,LiY,MuschDCetal:Progressionofmyopiainschool-agedCchildrenCafterCCOVID-19ChomeCcon.nement.CJAMAOphthalmolC139:293-300,C202113)WangCW,CZhuCL,CZhengCSCetal:SurveyConCtheCprogres-sionCofCmyopiaCinCchildrenCandCadolescentsCinCChongqingCDuringCCOVID-19Cpandemic.CFront.CPublicCHealth9:C646770,C202114)文部科学省:端末利用に当たっての児童生徒の健康への配慮等に関する啓発リーフレットについて.https://www.Cmext.go.jp/a_menu/shotou/zyouhou/detail/mext_00001.html(2021年C5月C29日最終アクセス)(9)あたらしい眼科Vol.38,No.8,2021C857

序説:近視の最新治療-学童近視から病的近視まで

2021年8月31日 火曜日

近視の最新治療─学童近視から病的近視までCurrentMethodsfortheManagementofMyopia:FromMyopiainSchool-AgeChildrentoPathologicalMyopia大野京子*近年,世界中で近視とくに学童近視の頻度が急増しており,超近視時代ともいわれている.とくに従来から近視人口が多かった東アジア諸国では,若者のC80~90%が近視になるなど甚大な問題となっている.さらに,コロナ禍における近業の増加と屋外活動の減少などが拍車をかけ,Holdenら1)の試算(2016年)では,2050年までに全世界人口の約半分が近視に,全世界人口の約C1割が強度近視になると予測している(図1)が,現状はこれを上回るスピードで近視化が進んでいる.このような情勢のもと,近視の進行を抑制するさまざまな治療法が開発され,いくつかはきちんとしたエビデンスをもって有効性と安全性が証明されている.しかし一方で,エビデンスが明らかでない,または乏しい治療の情報も氾濫しており,われわれ眼科医は正しい知識をもって近視患者を導いていく必要がある.学童近視の国際的スタンダードの治療は,低濃度アトロピン,オルソケラトロジー,多焦点コンタクトレンズやCDIMS(defocusCincorporatedCmultiplesegments)レンズなどの光学的治療である.眼鏡はボケ刺激を与えないために完全矯正眼鏡が基本である.年齢や近視の程度,進行具合などを勘案し,個々の患者に対し,最適な治療を提案しフォローする必要がある.同時にこれらの治療と並行して,近業時間の削減や屋外活動の推奨といった環境要因にも働きかける必要がある.つまり,近視治療には「これだけやっておけばよい」といった方法はなく,さまざまな面から複合的にアプローチする必要がある.では,なぜ近視の進行を学童期に抑制する必要があるのか.その答えとしてよくいわれているのが,「近視が強くなると病的な近視になって失明を起こすから」である.しかし,本当にそうであるかは明らかではない.そもそも病的近視の発生と近視の進行はパラレルではなく,長浜スタディの遺伝子解析でも,近視性黄斑症を起こすような病的近視に関連する遺伝子は,近視自体の進行とは別の働きをしていることが明らかとなっている2).Yokoiら3,4)の研究では,病的近視になった大人では,小児期にすでに乳頭耳側に極度の脈絡膜菲薄化がみられることが報告され,Tanakaら5)は,病的近視の特徴である後部ぶどう腫が超広角光干渉断層計を用いてすでに小児期に生じていることを明らかとした.これらの結果は,「病的近視患者の眼は小児期から異なっている」ことを示唆する.したがって,乳頭周囲の脈絡膜菲薄化を指標とすることにより,両者を鑑別し,病的近視リスクが少ない小児には必要以上の心配を抱かせないことも重要である.しかし,病的近視にならなければよいか,というと必ずしもそうではない.日本の失明原因の首位である緑内障は,近視が軽度から中等度の近視であっ*KyokoOhno-Matsui:東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科眼科学分野C0910-1810/21/\100/頁/JCOPY(1)C849(百万人)7,0006,0005,0004,0003,0002,0001,00002000年2010年2020年2030年2040年2050年図1現在のトレンドが続くと仮定した場合の将来の近視予測Holdenらの研究(2016年)では,2050年には全世界人口の約半数が近視に,約C1割が強度近視になると予測されている.(文献C1より引用)学童近視若年成人の近視病的近視による失明低濃度アトロピン強膜コラーゲン光架橋近視性黄斑部新生血管(萎縮抑制)オルソケラトロジー強膜再生近視性牽引黄斑症(より早い段階DIMSレンズでの侵襲の少ない治療)屋外活動緑内障(診断・治療指針の確立,社会および眼科医への啓発)図2さまざまな段階での近視治療近視のさまざまな段階において異なるアプローチが可能となる.

都市近郊における眼科在宅医療─開院後2 年間の現状─

2021年7月31日 土曜日

《原著》あたらしい眼科38(7):839.843,2021c都市近郊における眼科在宅医療─開院後2年間の現状─河野智子*1堀貞夫*2河野正寛*3木山智*3*1訪問眼科こうのクリニック*2西新井病院眼科*3中央林間病院外科SuburbanHomeMedicalEyeCareOvera2-YearPeriodTomokoKono1),SadaoHori2),MasahiroKono3)andSatoshiKiyama3)1)HomeEyeCareKonoClinic,2)DepartmentofOphthalmology,NishiaraiHospital,3)DepartmentofSurgery,Chuo-RinkanHospital目的:開院から2年間に眼科在宅診療を行った患者の背景について報告する.対象および方法:2017年9月.2019年8月に訪問眼科こうのクリニックの眼科在宅医療を受けた全患者181人(男性58人,女性123人,平均年齢は80.5±14.8歳)を対象とし,在宅医療導入に至るさまざまな要因について検討した.結果:全体の71.3%は要介護と判定されていた.家族などの介護者による依頼が44.8%と最多だった.診察場所は自宅が最多で70.7%だった.もっとも多い主訴は視力低下だったが,継続診療を希望する例もあった.定期的な訪問診療へ移行した患者は92人(50.8%)だった.定期訪問診療へ移行した患者では外眼部・前眼部疾患が37.3%ともっとも多かった.結論:眼科在宅医療の介入により,対応しにくかった眼症状に適切に対応することができた.介護者や訪問診療医,ケアマネージャーなどが眼科医に相談しやすい環境を整えることが重要である.Purpose:Toreportthebackgroundofpatientswhoreceivedhomemedicaleyecareduringthe2yearsaftertheopeningourclinic.Subjects:WeexaminedvariousfactorsrelatedtotheintroductionofhomehealthcareforallpatientswhoreceivedhomemedicaleyecarefromSeptember2017toAugust2019.Results:Thisstudyincluded181cases(58men,123women,meanage:80.5±14.8years).Ofthose,71.3%werejudgedtobeinneedofnursingcare,44.8%oftheclientswerefamilycaregivers,and70.7%wereexaminedathome.Therewererequestsforhomecarephysicianstorespondtotheprimarycomplaintsandcontinuetheeyetreatment,and92cases(50.8%)transitionedtoregularhomevisits.Ofthediseasestreated,anteriorsegmentdiseasewasthemostcommon.Conclusion:Theemergenceofhomemedicaleyecarehasmadeitpossibletoappropriatelyrespondtodi.cult-to-handleocularsymptoms,thusillustratingthatimportanceofcreatinganenvironmentwhereimmediatecaregiverscaneasilydirectlyconsultwithophthalmologists.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)38(7):839.843,2021〕Keywords:眼科在宅医療,在宅医療,多職種連携.homemedicaleyecare,homemedicalcare,multi-profession-alcooperation.はじめに1948年に制定された医療法では医療提供施設は病院のみだったが,1992年の改正で居宅なども医療を行う場として法的に認められた1).在宅医療とは「外来や入院ではなく,医療を受ける者の居宅等において,提供される医療」と定義され,1994年の健康保険法改正により在宅医療が保険給付の対象となった.保険制度上,在宅医療は大きく二つに分けられる.一つは訪問診療,もう一つは往診である.訪問診療とは医師が自宅または施設に定期的に訪問し,計画的に健康管理を行うものである.一方,往診とは患者や家族の要請を受けてその都度診察に行くもので,一般に臨時のものである.在宅医療の対象者は保険診療上,「在宅で療養を行っている患者であって,疾病,傷病のために通院による療養が困難な者」とされている.また,除外基準として「少なくとも独歩で家族・介助者等の助けを借りずに通院ができる者」と通知されている2).すなわち,病気や介護度による区分はない.2017年度までは訪問診療は「1人の患者に対して1つの〔別刷請求先〕河野智子:〒252-0334神奈川県相模原市南区若松2-1-29訪問眼科こうのクリニックReprintrequests:TomokoKono,HomeEyeCareKonoClinic,2-1-29Wakamatsu,Minami-ku,Sagamiharacity,Kanagawa252-0334,JAPAN保険医療機関の保険医の指導管理の下に継続して行われる」こととされていた3).いわゆる「1訪問診療は1医療機関のみ」といわれる原則である.そのため,複数の疾患を抱えている患者が多いなか,訪問主治医はやむなく専門診療科を超えて対応せざるをえなかった.しかし,複数疾病を抱える患者が多く,また医師の専門性が細分化されているのが現実であることから,異なる診療科の医師が連携して計画的に訪問診療を行うほうが,質の高い在宅医療を提供できると考えられ,2018年度の診療報酬改定で複数医療機関による訪問診療料の算定が認められた.ただし,2件目以降の医療機関が訪問診療に入るには,訪問主治医からの依頼が必須である.また,訪問主治医以外の訪問診療料算定は訪問診療を開始した日の属する月から起算して6カ月間,月1回のみに限定されている4).眼科訪問診療の必要性が低くないことは周知の事実であるが,眼科の訪問診療を行う医療機関数は決して多くない.眼科訪問診療が広がらない理由としては,患者からの依頼がない,十分な検査・治療ができない,診療報酬請求が煩雑で見合わない,時間や体力に余裕がないなどがあげられている5).在宅医療経験がないのは依頼がないためとの答えが45%を超えるという報告もある6).本当に眼科訪問診療の需要はないのだろうか.日本人の平均寿命は令和元年簡易生命表によると男性で81.41歳,女性では87.45歳と世界のなかでも非常に長い7).今もなお高齢化が進み,2025年には日本人口の800万人を占める団塊の世代が後期高齢者となる超高齢社会へ突入する.一方で厚生労働省の政策に基づいた病床数の減少に伴い,患者の療養場所は病院から自宅や施設などへ移行しつつある.厚生労働省が行う3年ごとの患者調査によると,在宅医療を受けた推定外来患者数は平成17年までは7万人前後とほぼ横ばいであったものが,平成20年からは増加し,平成29年の在宅医療を受けた推計外来患者数は18万人と報告されている8).厚生労働省特別研究事業の速報値によれば2020年の認知症有病率は18.0%,2025年には推計で20.6%になると報告9)されており,認知症が介護に至るおもな原因疾患である10)ことを踏まえれば,今後さらに在宅医療を要する患者が増えることに疑念の余地はない.このような背景のなか,筆者の一人(河野智子)は眼科訪問診療を中心に行う診療所として2017年9月に神奈川県相模原市で訪問眼科こうのクリニック(以下,当院)を開業した.開業当初は「1訪問診療は1医療機関のみ」のため全例往診であったが,診療報酬改定に伴い2018年度からは定期訪問診療も開始した.開院から2年経過し,都市近郊で眼科在宅医療を受けている患者背景につき調査した.I対象および方法2017年9月.2019年8月に当院で眼科在宅診療を行った全患者181人,延べ732人を対象とした.男性が58人(32.0%),女性が123人(68.0%)で,年齢は男性76.7±16.9歳(平均±標準偏差),女性82.2±13.4歳だった.当院は初診患者の電話による診察依頼は受けていない.本人,訪問主治医,あるいは介護者からのFAXあるいはメール送信による診療依頼のみ受け付けている.車に診療器材を載せて,医師と事務スタッフ1人の計2人で在宅診療に当たった.診療器材は手持ち細隙灯顕微鏡,眼圧計,倒像鏡,オートレフラクトメータ,スキアスコープ,3m視力表,近見視力表,場合によりレンズセットを持参した.また,処置用としてフローレス試験紙,ふき綿,処置薬,受水器,涙洗針,開瞼器,睫毛鑷子,シリンジ,眼脂培養キットなどを用意し,事務用品としては電子カルテ,処方箋,領収書,釣り銭や各種書類をまとめて持参した.事前に得た問診票で診察前の病歴把握に努め,診察日時を調整連絡する際には住所や連絡先,駐車場の有無や保険証の有無を確認,介護者などの同席が得られるかを確認した.投薬は原則院外処方箋の発行,訪問調剤を受けている患者では当該薬局へ連絡し,調剤および服薬管理指導を依頼した.また,在宅ではできない追加精査や加療が必要となれば,近隣の眼科診療所や病院へ紹介とした.眼科在宅医療を提供する患者は,通院療養が困難として診療依頼があれば全例対象とした.自由記載ではあるが,通院困難な理由を診療依頼時に明記する箇所を設定した.ただし,明らかに通院が可能と判断されるものに対しては通常の外来通院を促した.また,眼科通院中の患者に対しては,必ず通院先へ相談し眼科在宅診療へ転医の了解を得てから依頼をするように促した.II結果患者背景,往診を必要とする理由,患者の有する主要疾患,眼科在宅診療の依頼者,診察場所,診療依頼時の主訴,定期訪問診療を導入した患者の眼疾患につき調査した結果を表1~7に示す.介護認定を受けているものは78.5%で,要介護が71.3%ともっとも多く,要支援は7.2%だった.介護保険非該当者は5.0%で,人工呼吸器管理などを受けている小児などが含まれていた.身体障害者手帳を有する者は14人で全体の7.7%で,視覚障害による手帳取得者は2人のみだった.障害等級で分類すると,1級は1人のみで2級が7人と全体の半数を占めた(表1).「歩行困難」を往診依頼理由とするものがもっとも多く46.4%だった.人工呼吸器管理を受けている患者や,全身の拘縮などにより事実上自力で起き上がれない表1患者背景男性/女性58人/123人年齢平均±標準偏差(範囲)80.5±14.8(0.99)男性76.7±16.9(0.94)女性82.2±13.4(5.99)要介護要介護1129人(71.3%)20人(11.0%)要介護2要介護332人(17.7%)16人(8.8%)要介護認定要介護4要介護524人(13.3%)37人(20.4%)要支援13人(7.2%)要支援15人(2.8%)要支援28人(4.4%)非該当9人(5.0%)不明30人(16.6%)身体障害者手帳あり1級2級3級4級14人(7.7%)1人(7.1%)7人(50.0%)2人(14.3%)4人(28.6%)なし167人(92.3%)表4眼科在宅診療の依頼者と頻度介護者81人(44.8%)家族51人(28.2%)施設職員28人(15.5%)訪問職員2人(1.1%)訪問主治医44人(24.3%)ケアマネージャー43人(23.8%)眼科医9人(5.0%)その他4人(2.2%)医師からの依頼は全体の約30%であり,介護関係者からの依頼が全体の約70%を占めた.表6診療依頼時の主訴と頻度視力低下66(27.2%)乾燥感7(2.9%)眼脂42(17.3%)腫れ3(1.2%)眼痛17(7.0%)飛蚊症3(1.2%)異物感9(3.7%)羞明2(0.8%)受診指示9(3.7%)その他15(6.2%)充血8(3.3%)継続加療55(22.6%)流涙7(2.9%)自覚症状が大半を占めたが,通院中断した眼疾患の継続加療を希望するケースもあった.寝たきりの患者は,全体の8.8%にすぎなかった(表2).生活習慣病を有する者がもっとも多く,運動器疾患,認知症と続いた.認知症を有する者は全体の43.1%だった(表3).表2往診を必要とする理由と頻度歩行困難84人(46.4%)通院困難48人(26.5%)外出困難24人(13.3%)寝たきり16人(8.8%)その他9人(5.0%)表3主要疾患名と頻度生活習慣病120人(66.3%)認知症78人(43.1%)運動器障害62人(34.3%)頭蓋内疾患57人(31.5%)呼吸器疾患22人(12.2%)心臓疾患16人(8.8%)精神疾患16人(8.8%)悪性腫瘍15人(8.3%)その他80人(44.2%)(重複あり)要介護の主因となる認知症や運動器疾患の並存が多かった.表5診察場所と頻度自宅128人(70.7%)有料老人ホーム29人(16.0%)グループホーム10人(5.5%)特別養護老人ホーム8人(4.4%)サービス付き高齢者向け住宅2人(1.1%)ショートステイ2人(1.1%)眼科医が不在の病院2人(1.1%)患者自宅での診察がもっとも多かった.眼科医不在の病院からの診察依頼もあった.表7定期訪問診療の導入に至った患者の眼疾患と頻度外眼部・前眼部81(37.3%)水晶体疾患77(35.5%)緑内障30(13.8%)眼底疾患18(8.3%)その他11(5.1%)外眼部・前眼部疾患がもっとも多かった.慢性疾患に対する診療依頼もあった.在宅診療依頼者の内訳は家族や施設職員などの介護者が全体の44.8%,訪問主治医が24.3%,ケアマネージャーが23.8%,眼科医が5.0%,その他が2.2%だった.患者本人からの依頼はほとんどなかった(表4).診察場所は自宅が70.7%ともっとも多く,ついで有料老人ホームが16.0%だった.その他には特別養護老人ホームやグループホーム,サービス付き高齢者住宅やショートステイ,眼科医のいない病院への往診もあった(表5).往診依頼時の主訴は視力低下や眼脂などの自覚症状が多かったが,一方で眼科通院を中断していたものを再開したいということも受診の動機となっていた(表6).初回往診後,訪問主治医からの指示および本人の同意のもと定期訪問診療へと移行するケースは全体の50.8%で,外眼部・前眼部疾患が37.3%ともっとも多かった(表7).III考按保険制度上,在宅診療を受けるために必要となる理由は通院が困難であることで,病気の重症度や介護度による制限は受けない.在宅療養中で通院困難というと,一般的には自力で起き上がることのできない「寝たきり」がイメージされるが,その比率はわずか8.8%で,常時誰かの支援や見守りを要すると判断される要介護度3以上のものは77人(42.5%),障害者認定を受けているものは14人(7.7%)だった.ほとんどは室内歩行や車イス移動が可能だった.彼らが在宅診療を依頼する理由を分類すると,身体は動かせるが認知機能低下で意思疎通が困難,長時間の座位保持ができない,受診しても顎台に顔が載せられず検査が受けられない,意欲低下で受診を拒否するといった身体・精神的要因と,一人で移動することはできないが付添い者がいない,送迎サービスが高額で利用できないといった環境・経済的要因の二つに大別できた.在宅医療の拡充は身体的弱者だけでなく,社会的弱者への医療提供という意味でも重要と思われる.在宅診療を必要とする身体・精神的要因において,認知症は大きな要因である.本調査では認知症の有病率が43.1%で,厚生労働省特別研究事業の速報値と比較しても明らかに高かった.介護に至る原因の第一位が認知症であり9),在宅診療を希望するものの多くが要介護認定を受けている現実を鑑みれば,日本の高齢化に伴う認知症患者の増加に従い要介護者は増加し,それに伴って訪問診療の需要が高まることは容易に想像される.当院への在宅診療依頼が電話ではできないこと,意思の疎通が困難な患者が少なくないことが影響したのか,患者本人からの診療依頼はほとんどなかった.本調査では介護者からの依頼がもっとも多かったが,その内訳をみると家族が63.0%,施設職員が34.6%,訪問リハビリや訪問薬剤師などの訪問職員が2.5%で,家族による依頼がもっとも多く,全体の28.2%に相当した.医師からの依頼は全体の30%に満たなかった.すなわち介護をしている人が患者の眼の異常に気づかなければ,あるいは関心をもたなければ眼科受診にはつながりにくいともいえる.意思疎通の困難な患者が多いこともあり,患者自身が眼症状を訴えるケースが多いわけではない.しかし,患者が眼症状を訴える場合,一日中繰り返し訴えることが多い.介護者が繰り返しの訴えに疲弊し,訪問主治医を介して診療依頼を受けるケースもあった.ここ数年,介護施設などの定員数は増加傾向にあり,有料老人ホームなどの増加が目立っている9).しかしながら,本調査では自宅での診療件数が最多だった.家族などによる通院介助を要する自宅療養患者では,同行援助が確保できなければ往診対応の眼科を探すこととなり受診に至る.その一方で,施設入居者では嘱託医による診察,投薬で対応されてきたケースが少なくないが,全身管理を依頼された嘱託医が眼科専門医だったケースはなかった.眼科在宅診療が一般化されておらず,患者本人を含め投薬継続さえされていればよしとするような眼科医からみると好ましくない土壌ができていたのかもしれない.さらに,眼科医のいない病院への往診依頼も少数ながらあった.このことから,眼科専門医による診療を要する患者はその療養場所に関係なく存在し,眼科訪問診療はあらゆる場所で必要とされていることがわかる.受診に至る動機でもっとも多いものは視力低下や眼脂,眼痛といった自覚症状だったが,入院などを契機に中断していた眼科診療の再開を望むものが20%以上存在した.こういった患者のなかには眼科の診療情報がとだえ,眼科治療経緯がまったく不明なものもあり,診療するうえで非常に難渋した.したがって診療科を超えた途切れのない情報共有が重要であると考える.現在は複数医療機関による訪問診療料の算定が可能であるものの,2件目以降の医療機関が訪問診療を開始するには,訪問主治医からの診療依頼を受けることが条件とされている.したがって他科診療医との積極的な連携は必要不可欠である.複数医療機関による訪問診療料の算定が可能になって以降,慢性眼疾患で定期診療を希望する患者には,患者の了承を得たうえで訪問主治医と連絡を取り,往診から訪問診療へ移行した.訪問診療へと移行した患者は全体の約半数であり,移行した症例の有する眼疾患は緑内障や網膜疾患を抑えて外眼部・前眼部疾患がもっとも多かった.睫毛乱生や鼻涙管閉塞など,自覚症状の出やすい疾患で継続診療を希望することが多かった印象である.今回調査した各項目について既報5,6,11)と比較した.いずれの報告においても生活習慣病,認知症,運動器疾患を有する者が多く,眼疾患としては外眼部・前眼部疾患が多かった.また,在宅眼科診療を依頼するのは家族などの介護者がもっとも多く,自覚症状のみならず継続診療を希望して依頼する患者が存在した.本報告の結果は既報とほぼ同等だった.患者の療養環境は患者の身体状況や患者を取り巻く周囲の人間の状況に応じていくどとなく変化する.それに伴い患者の療養にかかわる医療職,介護職もいくどとなく変更が生じるため,各職種との連携は常に最新の状態で維持する必要がある.在宅療養患者の情報を漏らすことなく共有できるような新たな仕組みの構築も必要かもしれない.IV結論在宅療養患者のなかにも眼科医による専門的医療を必要とする患者が存在していることが明らかになった.しかしながら,患者自身による眼科在宅医療へのアクセスは困難な場合が多く,よほど患者の訴えが強くなければ希望に合わせた受診につながらない.したがって,患者のケアに当たる者が患者の目の状態に関心をもち,トラブルに気づいた際に眼科医に相談する必要がある.このことを在宅療養にかかわる医療者,介護者へ広めていくことが重要であると考えられる.同時に眼科医側からも他職種と積極的に連携を深め,眼科医に相談,診察依頼しやすい環境を整える必要がある.本論文の内容は第124回日本眼科学会総会にて発表した.文献1)医療法,19482)厚生労働省:令和2年度診療報酬改定,20203)厚生労働省:平成28年度診療報酬改定,20164)厚生労働省:平成30年度診療報酬改定,20185)淺井利通,今泉正德:介護・在宅医療だより93眼科在宅医療の現状と問題点.日本の眼科90:761-764,20196)淺井利通,笹本洋一,熊谷俊一ほか:介護・在宅医療だより30在宅医療実態調査─全国各地区調査比較検討.日本の眼科85:1040-1045,20147)厚生労働省:厚生労働統計,20198)厚生労働省:厚生労働統計,20179)二宮利治,清原裕,小原知之ほか:日本における認知症の高齢者人口の将来推計に関する研究.平成26年度総括・分担研究報告書,201510)内閣府:令和元年高齢社会白書,201911)菊池卓也,小出良平:神奈川県川崎市の菊池眼科クリニックにおける在宅医療の実態.眼科61:307-312,2019***

小児の網膜電図記録用に新しく試作した極小LED 内蔵コン タクトレンズ電極の使用経験

2021年7月31日 土曜日

《原著》あたらしい眼科38(7):835.838,2021c小児の網膜電図記録用に新しく試作した極小LED内蔵コンタクトレンズ電極の使用経験永濵皆美奥一真近藤寛之産業医科大学眼科学教室CANewlyDeveloped,ExtremelySmallContactLensElectrodewithBuilt-InLight-EmittingDiodesforRecordingElectroretinogramsinChildrenMinamiNagahama,KazumaOkuandHiroyukiKondoCDepartmentofOphthalmology,UniversityofOccupationalandEnvironmentalHealthC目的:網膜電図(electroretinogram:ERG)使用の際,現在臨床で広く用いられているCERG電極は白色CLEDが内蔵された光源一体型コンタクトレンズ電極である.一般的に大人用,小児用とされる型式の電極があるが,乳児などで小眼球や瞼裂狭小の症例に実際に使用することは困難である.筆者らは,従来のものよりレンズ直径の小さい,極小LED内蔵コンタクトレンズ電極の試作を依頼し(薬事認証範囲内),使用したので報告する.方法:ERGの刺激,記録にはCLE-3000(トーメーコーポレーション)を用いた.全身麻酔の状態でC20分暗順応させた後に,試作した極小コンタクトレンズ電極を使用し手術室で測定を行った.結果:乳児や小眼球を伴うC2症例に対し試作した極小コンタクトレンズ電極を使用し,ERGを記録し波形を得ることができた.結論:ERGはコンタクトレンズ電極の選択を誤ると,電極と角膜の接触が悪くなり正しく測定できない.乳幼児や小眼球など瞼裂の狭い症例の場合,極小CLED内蔵コンタクトレンズ電極は有用である.CPurpose:Contactlens(CL)electrodesincorporatingalightstimulatorarewidelyusedforelectroretinogram(ERG)measurementsinJapaneseclinics.Althoughspeci.ctypesofelectrodesareavailableforbothchildrenandadults,CtheyCareCunsuitableCforCpatientsCwithCaCsmallCpalpebralC.ssureCand/orCmicrophthalmia.CHereCweCtestedCaCnewlyCdesignedCsmallerCCLCelectrode.CMethods:TwoCpatientsCwithCanCextremelyCsmallCpalpebralC.ssureCandCmicrophthalmiaunderwentERGmeasurementwiththenewlydesignedCLelectrode.TheERGswereexcitedbyuseCofCaClightstimulator(LE-3000;Tomey)underCgeneralCanesthesiaCafterC20CminutesCofCdark-adaptation.CResults:ERGsweresuccessfullyrecordedinthemicrophthalmiceyeswithincontinentiapigmentiandcongenitalaphakia.Conclusion:ThesmallCLelectrodewasfounde.ectiveformeasuringERGsinpatientswithanextreme-lysmallpalpebral.ssureandmicrophthalmia.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C38(7):835.838,C2021〕Keywords:LED内蔵型コンタクトレンズ電極,網膜電図,小眼球,瞼裂狭小.contactlenselectrode,electroret-inogram,microphthalmos,smallpalpebral.ssure.Cはじめに網膜電図(electroretinogram:ERG)は他覚的に網膜の機能を評価でき,多くの遺伝性網膜疾患の診断に有用であるため,小児に検査を行うことも少なくない.現在臨床で広く用いられているCERG電極は,白色CLEDが内蔵された光源一体型コンタクトレンズ電極である1).一般的に大人用,小児用がある.国内でもっとも広く使用されているのは,メイヨー社製の型式CLW-103(大人用)とLW-203(小児用)のC2タイプである.小児用コンタクト電極でもレンズ直径はC16.0Cmmであるため,乳児などで小眼〔別刷請求先〕永濵皆美:〒807-8555福岡県北九州市八幡西区医生ヶ丘C1-1産業医科大学眼科学教室Reprintrequests:MinamiNagahama,DepartmentofOphthalmology,UniversityofOccupationalandEnvironmentalHealth,1-1Iseigaoka,Yahatanishi-ku,Kitakyushu-shi,Fukuoka807-8555,JAPANC図1各電極の外観左より大人用,小児用,試作した極小コンタクトレンズ電極.球や瞼裂狭小の症例に使用することは困難である.そこで筆者らは,従来のものよりレンズ直径の小さい,極小CLED内蔵コンタクトレンズ電極の試作をメイヨー社に依頼し(薬事認証範囲内),使用した.極小CLED内蔵コンタクトレンズ電極は,レンズ直径C11.3mm,角膜部直径を11.3Cmm,関電極内径C7.2Cmm,円筒部直径はC9.6Cmmという仕様である.レンズ直径と角膜部直径が同径となることにより,従来のような強角膜を想定した鍔が付いた形状ではないのが特徴である(図1,表1).この極小CLED内蔵コンタクトレンズ電極の使用経験を報告する.CI方法小児患者C2名(症例C1,2)を対象とし,極小CLED内蔵コンタクトレンズ電極を用いてCERGを測定した.どちらも手術室で全身麻酔導入後,20分暗順応させたあとに測定を行った.ERGの刺激,記録には全例ともCLE-3000(トーメーコーポレーション)を用いた.さらに,大人用コンタクトレンズ電極と極小コンタクトレンズ電極を比較するために,健常成人C1名に対してシールドルームにて測定を行った.大人用コンタクトレンズ電極(型式CLW-103)使用時のみCLE-2000(トーメーコーポレーション)で記録した.CII結果〔症例1〕生後C3カ月,女児.小眼球を伴う色素失調症.出生時より皮疹を認め,色素失調症疑いで他院新生児科,皮膚科,眼科でフォロー中,左眼血管走行異常を認めたため,精査加療目的で当院を受診した.両眼とも前眼部,中間透光体に異常なし.右眼眼底に血管走行異常はなかったが,左眼は血管の蛇行,耳側網膜の途絶,蛍光濾出があり,新生表1大人用と小児用,極小のコンタクトレンズ電極のサイズ型式極小(CW421,CW422)小児用(LW-203)大人用(LW-103)レンズ直径C11.3CmmC16.0CmmC20.0Cmm角膜部曲率半径C7.8CmmC7.8CmmC7.8Cmm角膜部直径C11.3CmmC12.0CmmC12.2Cmm強角膜曲率半径なしC11.5CmmC12.0Cmm関電極内径C7.2CmmC10.5CmmC12.6Cmm円箇部直径C9.6CmmC13.3CmmC15.4Cmm内蔵CLED数量C4発光色白色レンズ直径のみに着目すると,小児用がC16.0Cmmに対して,極小コンタクトレンズ電極はC11.3Cmmと,小児用よりC4.7Cmm小さく作られている.血管を認めた.眼瞼瞼裂横径はC13Cmm,角膜径はC10Cmmであった.小児用コンタクト電極を装着し測定したが,振幅が異常に低い波形となった.装着部を確認すると,小児用コンタクトレンズ電極が角膜から浮き,適切に装着できていなかった.そこで極小CLEDコンタクトレンズ電極を使用しCERGを測定したところ,どの応答も全体的に振幅は低いが,生後3カ月としては正常レベルに近い反応が得られた(図2).〔症例2〕2歳,男児.両強膜化角膜,先天無水晶体,小眼球.右眼は牛眼であり,瞳孔形成術後眼球癆となった症例.両眼とも角膜混濁を認め,眼底が透見できなかった.右眼は失明していたが,左眼は測定距離C38CcmでC20/1,000に相当するカードを眼前C10Ccmにて識別でき,光源の色の識別が可能であったため,ERGにて網膜機能を評価した.ERGを測定したところ,全体的に低振幅であり,杆体応答,錐体応答,フリッカ応答はごくわずかに振幅が得られた程度であった(図3).最大応答では右眼ははっきりと波形は認めず,左眼はわずかにCa,b波の波形を認めた.成人の同一健常者に大人用コンタクトレンズ電極と極小LEDコンタクトレンズ電極を用いてCERGの測定を行った.極小CLEDコンタクトレンズ電極を使用してもノイズが入ることなく測定可能であった(図4)が,大人用コンタクトレンズ電極と比較し,振幅が小さい波形となった.CIII考察今回,乳児や眼底が透見できない小眼球を伴う小児に対して,試作した極小CLEDコンタクトレンズ電極を使用して網膜機能を評価できた.症例C1では,眼瞼瞼裂横径がC13.0Cmmと狭く,小児用コンタクトレンズ電極のレンズ直径が大きすぎたため正常に測図2極小LED内蔵コンタクトレンズ電極を用いて計測した小眼球を伴う色素失調症(症例1,生後3カ月)の網膜電図所見LE-3000で記録した.どの応答も全体的に振幅は低かった.図3極小コンタクトレンズ電極を用いて計測した小眼球を伴う先天無水晶体(症例2,2歳)の網膜電図所見LE-3000で記録した.全体的に低振幅であり,杆体応答,錐体応答,フリッカ応答はごくわずかに振幅が得られた程度であった.わずかに左眼でCa,b波の波形を認めた.定できなかった.極小CLEDコンタクトレンズ電極では鍔が径はC12.0Cmm,垂直径はC12.5Cmmとされるが2),極小CLEDないため,装用後の偏位が生じず波形を得ることができたとコンタクトレンズ電極のレンズ直径はC11.3mm,関電極内径考える.はC7.2Cmmと成人角膜径より小さく,測定した健常者の目に一方,健常成人では,大人用コンタクトレンズ電極を用いは光が入りにくかった可能性がある.また,極小CLEDコンた結果に比べて極小CLEDコンタクトレンズ電極を用いた結タクトレンズ電極は鍔をもたないため,健常者の成人の眼球果は振幅が小さい波形となった.成人の角膜の平均的な水平では電極単体で電極の位置が角膜中央に保てず,テープで固図4大人用と極小のコンタクトレンズ電極を用いて測定したERGの波形の比較成人の同一健常者を被験者にした.極小コンタクトレンズ電極を使用してもノイズが入ることなく測定可能であった.定しても電極の位置が安定しにくかった.角膜頂点から関電極部分がずれると振幅が減少する3)ことが知られている.これらの要因が重なり,健常成人では極小CLEDコンタクトレンズ電極使用時の振幅が小さくなったと考える.極小CLEDコンタクトレンズ電極は小眼球や,眼瞼の狭い症例に対しては電極が小さく,鍔がないことが利点となるが,一方で成人や健常者に対しては電極の選択を間違うと電極の固定に安定性が欠け低振幅となると思われた.今回提示したような,小児用コンタクトレンズ電極の装着が困難な小眼球や眼瞼が狭い症例では,非侵襲的な皮膚電極ERGも選択肢の一つと考えられるが,皮膚電極で得られる振幅は角膜電極の約C1/4.1/5である4)ため,角膜電極より皮膚電極で得られる結果のほうが眼球運動ノイズによる振幅変動の影響が顕著に出ると考えられる.極小CLEDコンタクトレンズ電極があれば,測定時に使用する電極の選択に幅が生まれ,診断に有用である.ただし,固視が不十分な症例では振幅が低下する5)ことが知られており,ERG検査に麻酔下や鎮静下が必要な症例では意識的に正面固視をすることが困難なため固視できず,結果振幅が低下することに留意する必要がある.CIV結論ERGは多くの網膜疾患に対して有用であり,小児の網膜機能を他覚的に判断する際に重要な役目を担う.しかし,コンタクトレンズ電極の選択を誤ると,電極と角膜の接触が悪くなり,正しく測定できない.また,電極がうまく装用されていなくても波形が取れるため,注意が必要である.乳幼児や小眼球など瞼裂の狭い症例の場合,極小CLED内蔵コンタクトレンズ電極は有用であると考える.謝辞:極小CLED内蔵コンタクトレンズ電極の試作品の提供,助言をいただいたメイヨー社吉川眞男氏に感謝いたします.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)貝田智子,松永美絵,花谷淳子ほか:サブトラクション法を用いた皮膚電極による網膜電図とCLED内蔵コンタクトレンズ電極を用いた網膜電図の比較.日眼会誌C117:5-11,C20132)澤田麻友:眼球と視覚の発達.子どもの眼と疾患(仁科幸子編),専門医のための眼科診療クオリファイ,9,p7-10,中山書店,20123)新井三樹:基本のCERG.どうとる?どう読む?ERG(山本修一,新井三樹,近藤峰生ほか編),p36-57,メジカルビュー社,20154)近藤峰生:基本のCERG.どうとる?どう読む?ERG(山本修一,新井三樹,近藤峰生ほか編),p58-61,メジカルビュー社,20155)櫻井寛子,上野真治,近藤峰生ほか:網膜疾患を有する小児に対するCLE-2000の有用性.眼臨7:605-608,C2004***

大学病院に紹介となった後期緑内障患者の治療方針について

2021年7月31日 土曜日

《原著》あたらしい眼科38(7):830.834,2021c大学病院に紹介となった後期緑内障患者の治療方針について北野まり恵*1,2坂田礼*1淺野公子*1,3杉本宏一郎*1藤代貴志*1村田博史*1朝岡亮*1,4本庄恵*1相原一*1*1東京大学医学部眼科学教室*2東京都健康長寿医療センター眼科*3国保旭中央病院眼科*4総合病院聖隷浜松病院眼科CTreatmentPlansforLate-StageGlaucomaPatientsReferredfromtheInitialMedicalFacilityMarieKitano1,2),ReiSakata1),KimikoAsano1,3),KoichiroSugimoto1),TakashiFujishiro1),HiroshiMurata1),RyoAsaoka1,4),MegumiHonjo1)andMakotoAihara1)1)DepartmentofOphthalmology,TheUniversityofTokyo,2)DepartmentofOphthalmology,TokyoMetropolitanGeriatricMedicalCenter,3)DepartmentofOphthalmology,AsahiGeneralHospital,4)DepartmentofOphthalmology,SeireiHamamatsuGeneralHospitalC目的:大学病院に紹介となった後期の緑内障患者に対する治療方針を検討すること.対象および方法:2017年C6月.同年C12月に東京大学医学部附属病院眼科緑内障専門外来に紹介となった初診患者連続C244例のうち,後期の緑内障(Humphrey自動視野計のCMD値が.20CdB以下)であった患者の治療方針を後ろ向きに検討した.結果:55例C69眼が検討対象となり,初診時の平均年齢C70.6(20.93)歳,平均CBCVA(logMAR)0.46(.0.079.2.0),平均CMD値C.25.47CdB(.20.07..32.15),平均眼圧C18.0(9.48)mmHg,平均点眼成分数C3.4(0.5)剤であった.5例C6眼は初診後に治療方針が決まらないままにドロップアウトした.30例C34眼は初診日に手術の方針となり,濾過手術がもっとも多く施行されていた(39.4%).残りのC20例C29眼の治療方針は点眼調整を行った症例(5例C8眼),紹介状による視野では進行評価が十分にできなかったため,追加検査が必要であった症例(5例C7眼),眼圧管理は十分と判断され治療を継続した症例(5例C5眼),手術適応と判断されたが手術の希望がなかった症例(4例C4眼),すでに手術の適応からはずれた症例(4例C5眼)であった.結論:大学病院に紹介となった後期の緑内障患者に対して,濾過手術がもっとも多く行われていた.初診日に迅速に治療方針を決定できるようにするため,患者情報(眼圧,視野)は余すところなく病院側へ提供してもらうことが必要であり,これが円滑な病診連携につながると考えられた.CPurpose:ToCinvestigateCtheCtreatmentsCofClate-stageCglaucomaCpatientsCreferredCtoCourCuniversityChospitalCfromtheinitialhealthcarefacility,theappliedtherapeuticmodalitieswereretrospectivelyreviewed.SubjectsandMethods:ThisCretrospectiveCstudyCinvolvedC69CeyesCof55Clate-stageCglaucomaCpatients(meanage:70.6Cyears,range:20-93Cyears)seenCuponCreferralCatCtheCUniversityCofCTokyoCHospital,CTokyo,CJapanCbetweenCJuneCandCDecemberC2017.CInCthoseC55Cpatients,CmeanCvisualCacuityCwasClogMARC0.46,CmeanCdeviationCwasC.25.47CdB,CandCmeanCintraocularpressure(IOP)wasC18.0CmmHg.CThirtyCpatientsCunderwentCocularCsurgery,CwithCtheCmostCcom-monCsurgeryCbeingC.ltrationCsurgery.CResults:OfCthe55CpatientsCseen,Ceye-dropCmedicationCwasCadjustedCinC5,Cadditionalexaminationswereneededin5,andIOPwasalreadywell-controlledof5.Fourpatientsrefusedsurgery,andC4CpatientsCshowedCnoCindicationsCforCocularCsurgery.CConclusion:ToChelpCbetterCsupportCtheCproperCmedicalCcareofglaucomapatients,itisvitaltoprovideappropriatepatientdatathroughcooperationbetweentheoperatinghospitalandtheregionalhealthcarefacilities.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)38(7):830.834,C2021〕Keywords:後期緑内障,緑内障手術,病診連携.late-stageglaucoma,glaucomasurgery,medicalcooperation.〔別刷請求先〕北野まり恵:〒113-8655東京都文京区本郷C7-3-1東京大学医学部眼科学教室Reprintrequests:MarieKitano,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology,TheUniversityofTokyo,7-3-1Hongo,Bunkyo-ku,Tokyo113-8655,JAPANC830(100)はじめに緑内障は早期発見,早期治療を必要とする中途失明の第一位の疾患である1).エビデンスに基づく治療は眼圧下降のみであり2),目標眼圧での眼圧管理が進行抑制につながると考えられている.後期の緑内障における目標眼圧は低く,点眼管理では十分に眼圧を下げられないことも多い.東京大学医学部附属病院(以下,当院)は特定機能病院であり,近隣の診療所や市中病院と役割分担(病診連携)を行っている.病診連携を円滑に行うための一つの方法として,診断や治療方針に関して,連携する医療機関と共通の認識をもつことが望ましい2).今回,手術を前提に紹介されることの多い後期の緑内障患者に対して,当院がどのような治療方針を取ったかを検討し,大学病院側の視点から,病診連携における注意点を考えた.CI対象および方法診療録の後ろ向き調査である.2017年C6月.同年C12月に当院の緑内障専門外来に紹介となった初診患者C244例のうち,後期緑内障患者C55例C69眼を対象とした.本検討における後期緑内障の判定基準は,HumphreyCFieldCAnalyzer(カールツァイスメディテック)SwedishCinteractiveCthresh-oldingCalgorithm(SITA)-standard30-2もしくはC24-2の条件下でのCmeandeviation(MD)値がC.20.0CdB(固視不良C20%未満,偽陽性と偽陰性C15%未満)以下とした.初診時の診察はC7名の緑内障専門医が行った.治療下での眼圧,目標眼圧と使用点眼数,視野進行速度を判断材料とし,フルメディケーションでも目標眼圧に達していない症例,視野進行が.1CdB/年前後以上の増悪がみられる症例が,手術適応を決めるおおまかな基準であった.評価項目は性別,年齢,経過観察期間,視力,眼圧,MD表1患者背景対象55例69眼性別男性C35例,女性C20例平均年齢C70.6±14.5(C20.C93)歳前医での平均観察期間C6.0±0.2(0.20.6)年平均視力(logMAR)C0.46±0.62(C.0.079.2.0)平均CMD値C.25.47±3.33(C.20.07.C.32.15)dB中心視野欠損9例10眼平均眼圧C17.5±8.1(9.48)mmHg患者数(人)87774使用点眼(成分)C3.4±1.3(0.5)C2アセタゾラミド内服使用2例名3眼原発開放隅角緑内障C33C0正常眼圧緑内障C16続発緑内障C8病型原発閉塞隅角緑内障C8年齢(歳)落屑緑内障C4図1患者の年齢と男女分布(1C01)あたらしい眼科Vol.38,No.7,2C021C831術(アルコンエクスプレス)であった.ついで,低侵襲緑内障手術(minimallyCinvasiveCglaucomasurgery:MIGS)が10眼であった(図2).初診後,方針未決定で通院が途絶えた症例はC6眼であった.残りのC29眼は以下の方針が取られた.点眼調整を行っC1413121010864432210濾過手術MIGSGSLtripleP+ICPCNeeding症例数(眼)図2手術施行群の手術内容濾過手術:線維柱帯切除術,もしくはアルコンエクスプレス,MIGS:低侵襲緑内障手術,GSLtriple:隅角癒着解離術+水晶体再建術.P+I:水晶体再建術(眼内レンズ挿入あり),CPC:レーザー毛様体光凝固術,Needling:ブレブ.離術.た症例C8眼,添付視野では評価不十分のため,追加検査が必要であった症例C7眼,眼圧管理が十分と判断された症例C7眼,すでに中心視野が消失,あるいは高齢で手術適応なしと判断された症例C4眼,手術希望がない症例C4眼,であった.経過観察群のうち,点眼調節を施行した群(8眼)の治療成績を示す(表2).紹介元での点眼調整を施行する方針となったC2眼を除くC6眼については,点眼方法を確認,また配合剤に変更し,点眼調節前の平均眼圧C15.8CmmHgが調整後に10.7CmmHgとなり有意な眼圧下降が得られた.前医からの点眼管理を継続した群はC7眼であった.診断はPOAGがC3眼,NTGがC3眼,PACGがC1眼であった.平均MD値はC.23.34dB,平均眼圧はC12.6mmHg(平均C4成分)であり,添付された視野を踏まえると眼圧管理は十分であると判断され,保存的治療を継続する方針が取られた.C2.手術施行群と非施行群の比較手術施行群C34眼,非施行群C31眼であり,平均CMD値,平均視力,平均眼圧にそれぞれ有意差が認められた(表3).CIII考察今回,大学病院に紹介となった後期緑内障患者を対象として,初診時の治療方針を検討した.その結果,約半数で手術表2点眼の調整で対応した群年齢(歳)視野C30-2(dB)診断ClogMAR眼圧調整前後(mmHg)点眼調整前後(成分)C57C.30.09正常眼圧緑内障C0.155C12C→C10C2→4C57C.28.67正常眼圧緑内障C0.523C12C→C11C2→4C83C.26.42原発開放隅角緑内障C.0.079C16C→C12C2→4C77C.24.24原発開放隅角緑内障C1.15C18C→C14C1→2C52C.23.28原発開放隅角緑内障C.0.079C13→8C0→1C42C.21.77正常眼圧緑内障C021→不明なし→不明C42C.21.73正常眼圧緑内障C0.15519→不明なし→不明C52C.20.61原発開放隅角緑内障C0.222C15→9C0→1表3手術施行群と非施行群の比較手術施行群(34眼)非施行群(31眼)p値年齢C72.8±14.0(C20.C93)歳C68.6±14.8(C35.C90)歳C0.23観察期間C5.6±6.2(C0.C20.6)年C6.8±(0.C17.1)年C0.24点眼(成分)C3.6±0.9(1.5)C3.2±1.6(0.5)C0.19MD値C.26.59±3.17(C.32.15.C.20.88)CdBC.24.43±3.18(C.30.7.C.20.07)CdBC0.006視力(logMAR)C0.62±0.64(C.0.08.2)C0.32±0.57(C.0.08.2)C0.046眼圧C21.1±10.1(9.C48)CmmHgC14.3±3.34(9.C22)CmmHgC0.0003病型(眼)原発開放隅角緑内障16眼17眼原発閉塞隅角緑内障6眼10眼正常眼圧緑内障5眼3眼続発緑内障4眼4眼落屑緑内障3眼1眼が行われ,手術施行群は非施行群と比較して有意にCMD値は低く,眼圧は高く,視力が悪かった.十分な患者データ(眼圧推移や視野経過)の添付の有無が,迅速な治療方針決定に重要な役割を果たしていると考えられた.緑内障が進行するにつれて,より低い眼圧値での管理が提唱されているので3),視機能維持が厳しくなりつつあるような症例は,手術を前提として大学病院に紹介されることが多い.しかし,紹介を受ける側としては,眼圧値以外にも患者の年齢や対眼の状態,病状の理解度,点眼アドヒアランスの意識レベルなど,手術を決める根拠を常に探している.今回検討した症例の約半数で初診日に緑内障手術が決定され,濾過手術が最多であり,筋が通っていた.手術施行群と非施行群では,MD値,視力,眼圧で有意差がみられたことから,同じ後期でも視機能がより悪い症例が手術になりやすいことが判明した.中心視野障害が強い緑内障患者に対して濾過手術を施行することで,中心視野が消失する確率がC0.8.1%とも報告されている4,5).また,緑内障は慢性的に進行し,手術後もその進行はすぐには止まらないため,中心視野が少ない状態になってからの手術では,自然経過でも視機能が維持できなくなる可能性もある.したがって,手術適応の評価のためには,視野にある程度余裕がある段階で紹介すべきであると考えられた.ただし,手術希望のない患者もおり,緑内障の自然経過や手術のメリット・デメリットを説明し慎重に治療を進める必要がある.MIGSについては短時間で終わるため,濾過手術を躊躇しがちな高齢者などで,まずCMIGSで眼圧管理ができないかを模索しつつ,術後経過によっては濾過手術も選択していくという方針を取るほうがよい場合もある.なお,紹介時に中心視野が消失していた症例(4眼)については,視機能維持の観点からはすでに手術適応はないと判断されたが,周辺視野を残すために手術を行うこともある.また,閉塞隅角緑内障では水晶体再建術単独もしくは隅角癒着解離術,低侵襲緑内障手術の併用など,絶対的に手術が適応となる.しかしながら,このような症例でも術前の眼圧や視野のデータがないと手術術式の選択を迅速に行うことができない.つぎに,手術非施行群について考える.まず,添付されていた視野情報のみでは進行判定が困難な症例が含まれていた.最終視野検査のみ添付されている例が多く,このような場合は紹介元への問い合わせ,あるいは改めて視野検査を行う必要があるが,これでは治療方針の決定までさらに時間がかかってしまう.このことから,紹介元で行われた視野検査のデータはすべて提供することが,迅速な方針決定を行い,結果的に患者の視機能維持につながると考えられた6).点眼調整をした症例については,処方内容,点眼アドヒアランスについて改めて確認をすべき症例が含まれていることを示唆していた.今回の症例においても,フルメディケーションではない症例が含まれており,眼圧下降薬の点眼成分を増やし,点眼方法を今一度確認したところ,有意な眼圧下降を得ることができた.注意すべき点としては,このように保存的に経過をみている間も残存視野が少ないことを常に意識し,手術介入のタイミングを逸することは避けなければいけないということである.紹介時の点眼内容で眼圧管理が十分と判断された症例については,眼圧値だけではなく,年齢や視野進行速度を含めての総合的な判断によるものである.このような症例は,判断材料(眼圧推移や視野経過)がしっかり添付されている場合が多く,視野進行が比較的緩徐であり,眼圧管理へ積極的に介入する必要が低い症例であった.このことからも,患者データを情報共有することの重要性が示唆された.本研究はいくつかの限界をかかえている.まず,大学病院という特性上,紹介患者にかなり偏りが生じていることは否めない.しかしながら,あらゆる緑内障治療を行っている当院であったからこそ,いろいろな治療法から選択することが可能であったともいえる.つぎに,手術適応の有無については,眼圧レベルあるいは視野進行速度から判断を行ったが,治療方針を判断した緑内障専門医の判断根拠が完全に統一されているわけではないことがあげられる.上記指針を基にしつつも臨床医としての経験年数がこれに加わるため,最終判断時の意思統一に第三者が介入することはできなかった.これはこの後ろ向き調査の限界であると考えられた.最後に治療方針の選択とその後の視機能との関連について追跡調査ができていない点である.視機能の維持という緑内障治療の最終目標を確認するためには,長期的な視点に立っての経過観察が望まれるのはいうまでもない.CIV結論大学病院に紹介となった後期の緑内障患者における初診時の治療方針を検討した結果,緑内障手術を行った症例が約半数を占めていた.手術を施行した群は,しなかった群と比較して眼圧がより高く,視機能がより悪かった.今回の検討を通じ,迅速な治療方針が決定されるために,紹介元における患者情報はすべて病院に提供していただくという,患者のためになる病診連携体制を構築していく必要があると考えられた.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)MorizaneCY,CMorimotoCN,CFujiwaraCACetal:IncidenceCandCcausesCofCvisualCimpairmentCinJapan:theC.rstCnation-wideCcompleteCenumerationCsurveyCofCnewlyCvisuallossafterglaucomasurgery.OphthalmicSurg23:Ccerti.edCvisuallyCimpairedCindividuals.CJpnCJCOphthalmolC388-394,C1992C63:26-33,C20195)CostaVP,SmithM,SpaethGIetal:Lossofvisualacuity2)日本緑内障学会緑内障診療ガイドライン作成委員会:緑内Caftertrabeclectomy.Ophthalmology100:599-612,C1993障診療ガイドライン第C4版.日眼会誌122:5-53,C20186)ChauhanCBC,CGarway-HeathCDF,CGoniCFJCetal:Practical3)岩田和雄:低眼圧緑内障および原発開放隅角緑内障の病態CrecommendationsCforCmeasuringCratesCofCvisualC.eldと視神経障害機構.日眼会誌96:1501-1531,C1992Cchangeinglaucoma.BrJOpthalmol92:569-573,C20084)LeveneRZ:Centralvisual.eld,visualacuity,andsudden***

原発開放隅角緑内障として紹介された肉芽腫性ぶどう膜炎に よる続発緑内障の臨床像

2021年7月31日 土曜日

《原著》あたらしい眼科38(7):825.829,2021c原発開放隅角緑内障として紹介された肉芽腫性ぶどう膜炎による続発緑内障の臨床像秋元亨介*1新明康弘*1新田卓也*2大口剛司*1木嶋理紀*1宇野友絵*1南場研一*1陳進輝*1石田晋*1*1北海道大学大学院医学研究院眼科学教室*2回明堂眼科・歯科CTheClinicalFeaturesofPatientswithGranulomatousUveiticGlaucomaPreviouslyDiagnosedwithPrimaryOpenAngleGlaucomaKyosukeAkimoto1),YasuhiroShinmei1),TakuyaNitta2),TakeshiOhguchi1),RikiKijima1),TomoeUno1),KenichiNamba1),ShinkiChin1)andSusumuIshida1)1)DepartmentofOphthalmology,FacultyofMedicineandGraduateSchoolofMedicine,HokkaidoUniversity,2)KaimeidoOphthalmicandDentalClinicC目的:前医より原発開放隅角緑内障として紹介され,北海道大学病院眼科(以下,当科)で肉芽腫性ぶどう膜炎性緑内障と診断された患者の臨床像について検討したので報告する.方法:2015年C4月.2017年C3月に当科を紹介受診し,前述の経過をたどったC5例C10眼について,診療録をもとに眼圧,検眼鏡所見,全身検査所見などについて後ろ向きに検討を行った.結果:当科初診時の眼圧は平均C27.9C±15.3CmmHg,当科初診時に前医で処方されていた抗緑内障点眼スコアは平均C2.6C±0.8であった.5例C10眼すべてにおいて前房炎症細胞や網膜病変はみられず,2例C3眼で雪玉状やびまん性の硝子体混濁がみられた.隅角結節はC5例C10眼すべてで認められた.精査の結果,3例はサルコイドーシスの組織診断群,2例は原因不明の肉芽腫性ぶどう膜炎の診断となった.結論:隅角検査により隅角結節が見つかり,のちにぶどう膜炎性緑内障と診断される症例は,その多くがサルコイドーシスであり,血中CsIL-2Rの上昇や肺門リンパ節腫大を伴っていた.たとえ前房炎症に乏しい症例であっても,高眼圧の症例では注意深く隅角検査を行い,隅角結節があればサルコイドーシスの可能性を考えて全身精査を進めるべきである.CPurpose:ToCdescribeCtheCclinicalCfeaturesCofCpatientsCwithCgranulomatousCuveiticCglaucomaCwhoCwereCdiag-nosedCwithCprimaryCopen-angleCglaucomaCbyCtheCpreviousCphysicians.CMethods:InCthisCretrospectiveCstudy,CweCreviewedCtheCmedicalCrecordsCof5CglaucomaCpatients(10Ceyes).Results:AtCinitialCpresentation,CmeanCIOPCwasC27.9±15.3CmmHgandthemeannumberofanti-glaucomamedicationsusedwas2.6±0.8.Inalleyes,noanterior-chamberin.ammationandnoretinallesionswereobserved.Threeeyeshadvitreousopacity.GonionoduleswereobservedCinCallCeyes.CSystemicCexaminationC.ndingsCshowedC3CcasesChistologicallyCdiagnosedCwithCsarcoidosis,CandC2CcasesCdiagnosedCwithCunknownCgranulomatousCuveitis.CConclusion:MostCofCtheCcasesCwithCgonioCnoduleCwereCdiagnosedwithsarcoidosis,accompaniedbyelevatedbloodsIL-2Randhilarlymphadenopathy.Evenincaseswith-outCanterior-chamberCin.ammation,CgonioscopyCisCessentialCinCpatientsCwithCocularChypertension.CInCcasesCwithCgonionodules,systemicexaminationshouldbecarriedoutinconsiderationofthepossibilityofsarcoidosis.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C38(7):825.829,C2021〕Keywords:肉芽腫性ぶどう膜炎,ぶどう膜炎性緑内障,隅角結節,サルコイドーシス.granulomatousCuveitis,Cuveiticglaucoma,gonionodules,sarcoidosis.C〔別刷請求先〕陳進輝:〒060-8638札幌市北区北C15条西C7丁目北海道大学大学院医学研究院眼科学教室Reprintrequests:ShinkiChin,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology,FacultyofMedicineandGraduateSchoolofMedicine,HokkaidoUniversity,North15West7,Kitaku,Sapporo-city,Hokkaido060-8638,JAPANCはじめにぶどう膜炎ではC20.35%の患者に眼圧上昇が起こり,7.10%に緑内障性視神経症が生じるといわれているが1),その眼圧上昇機序については,炎症細胞やフィブリンを含む炎症関連物質の線維柱帯への付着による線維柱帯構成細胞の機能不全,炎症による不可逆的な線維柱帯の構造障害,虹彩後癒着による瞳孔ブロック,周辺虹彩前癒着による隅角閉塞2),さらに隅角結節を伴う線維柱帯への炎症細胞浸潤3)などが考えられている.ぶどう膜炎性緑内障においては眼圧をコントロールすると同時に十分な炎症制御が重要であり,原発開放隅角緑内障(primaryopenangleglaucoma:POAG)とは一部治療が異なるため,両者の鑑別は重要である.しかし,ぶどう膜炎性緑内障のなかには前房炎症に乏しい症例もあり,そのような症例ではぶどう膜炎と診断することが困難なことがあり,しばしばCPOAGと診断されて治療されてしまう.今回筆者らは,前房炎症がみられずCPOAGとして紹介され,後にぶどう膜炎性緑内障と診断された症例の臨床像を検討したので報告する.CI方法2015年C4月.2017年C3月の間に北海道大学病院眼科(以下,当科)緑内障外来に紹介されたC173名のうち,狭義のPOAG(眼圧>21CmmHg,正常眼圧緑内障を除く)として紹介されたC81例で,後にぶどう膜炎性緑内障の診断となったC5例C10眼(6.1%)を対象とした.診療録をもとに後ろ向きに検討を行った.診療録より抽出した項目は視力,眼圧(Goldma-nn圧平眼圧計で測定),抗緑内障点眼スコア,炭酸脱水酵素阻害薬内服の有無,前眼部所見,隅角所見,眼底所見,Humphrey静的視野検査CSITA-Standard30-2(HFA30-2)図1隅角結節(症例5)毛様体帯から線維柱帯にかけて米粒状の白色結節がみられる(.).におけるCmeandeviation(MD)値,中心角膜厚である.いずれの症例も前医にてすでに点眼薬などによる緑内障治療が行われていたが,眼圧コントロール不良あるいは視野進行による手術適応の相談を目的として当科に紹介された.当科では緑内障外来に紹介された患者は,初診時には緑内障専門医による細隙灯顕微鏡検査と眼底検査,隅角鏡検査を行っている.そこでぶどう膜炎を疑う所見があれば,さらに血液検査を行う.血液検査項目は全血球計算,生化学,可溶性インターロイキンC2受容体(solubleCinterleukin-2Crecep-tor:sIL-2R),アンジオテンシン転換酵素(angiotensinCconvertingenzyme:ACE),KL-6,結核菌特異的CIFN-g遊離試験(T-SPOT),梅毒血清検査,抗CHTLV-1抗体検査,尿中Cb2ミクログロブリン,抗核抗体,リウマトイド因子,血清補体価,免疫グロブリン(A,E,G,M)を含む.採血でサルコイドーシスが疑われた場合には,胸部画像検査(胸部単純CX線および胸部CCT)を施行しており,肺門部リンパ節腫大や肺野結節影が確認されれば,当院呼吸器内科に気管支鏡検査を依頼している.CII結果症例は男性C1例,女性C4例で,平均年齢はC66.2C±10.1歳であった.前医初診時の眼圧は平均C34.6C±17.5CmmHg,当科初診時の眼圧は平均C27.9C±15.3CmmHg,HFA30-2におけるMD値は平均C.17.5±10.5CdBであった.当科初診時に前医で処方されていた抗緑内障点眼スコアは平均C2.6C±0.8,炭酸脱水酵素阻害薬を内服していた症例はC2例であった(表1).5例C10眼すべてにおいて細隙灯顕微鏡検査では前房炎症細胞および前房内フレアはみられず,1眼(症例C1の右眼)で陳旧性の白色角膜後面沈着物を認めるのみであった.眼底所見でも網膜血管周囲炎や血管周囲結節,網脈絡膜滲出斑,萎縮斑などの所見はみられず,2例C3眼(症例C2の両眼,症例3の左眼)で雪玉状やびまん性の硝子体混濁を認めた.隅角検査ではC10眼すべてに隅角結節(図1)を認め,2例C3眼に周辺虹彩前癒着がみられた(表2).ぶどう膜炎性緑内障と診断して全身検査を行ったところ,ACE高値はC1例(症例3),sIL-2R高値はC4例(症例C2,3,4,5),両側肺門部リンパ節腫大は胸部CX線でC2例(症例2,3),胸部CTで4例(症例2,3,4,5)にみられた(表3).両側肺門部リンパ節腫大を認めたC4例については当院呼吸器内科に精査依頼を行ったが,うちC1例(症例4)は最終的に検査を希望せず,3例(症例C2,3,5)で気管支肺胞洗浄,気管支鏡検査が施行された.3例すべてで気管支肺胞洗浄液のCCD4陽性CTリンパ球/CD8陽性CTリンパ球比の上昇はみられなかったが,超音波気管支鏡下針生検で得られた組織の病理検査で類上皮肉芽腫を認めた.その結果,3例(症例2,3,5)はサルコイドーシスの組織診断群,2例(症例表1各症例の眼圧および視野年齢(歳)性眼前医初診時当科初診時中心角膜厚眼圧(mmHg)眼圧(mmHg)(Cμm)CHFA30-2MD値(dB)抗緑内障点眼スコア炭酸脱水酵素阻害薬内服症例C1C症例C2C症例C3C症例C4C症例C5C7556767252女女男女女右左C右左C右左C右左C右左C25C28C526C17C18C523C53C56C611C52C53C600C15C17C471C29C33C521C30C22C518C15C11C549C60C23C564C50C18C537C.10.3C.9.8C.18.8C.4.1C.26.4C.26.7C.31.1C.3.1C.32.4C.12.6C1C13C33C33C33C3無無無有有平均C66.2±10.1C34.6±17.5C27.9±15.3C542.0±41.3C.17.5±10.5C2.6±0.8C表2各症例の眼所見眼前部硝子体細胞隅角結節周辺虹彩前癒着Schlemm管充血角膜後面沈着物硝子体混濁症例1右C.+.++.左C.+.+..右+++..雪玉状症例2左+++..雪玉状右C.+….症例3左+++..びまん性症例4右C.+….左C.+….右C.+….症例5左C.+….表3各症例の全身検査所見両側肺門部リンパ節腫大抗CHTLV-1抗体CACECKL-6CsIL-2RCT-SPOTX線CCT症例C1C.10.6C226C310C…症例C2C.20.3C296C627.++症例C3C.25.4335C1,362.++症例C4C.15.5C274C486..+症例C5C.20.6C216C599..+当院で施行した検査方法における各項目の正常値は,ACEはC8.3.21.4(U/l),KL-6はC500未満(U/ml),sIL-2RはC157.C474(U/ml)である.異常値を太字で示す.1,4)は原因不明の肉芽腫性ぶどう膜炎の診断となった.治療として,症例C1は炭酸脱水酵素阻害薬であるアセタゾラミド内服およびC0.1%リン酸ベタメタゾンナトリウム点眼の追加により,眼圧は初診時の右眼C28mmHg,左眼C18mmHgから右眼C16CmmHg,左眼C12CmmHgへと下降し,炭酸脱水酵素阻害薬内服中止後も右眼C16mmHg,左眼16CmmHgと再上昇しなかった.しかし,抗緑内障点眼によるアレルギー症状が出現したため,やむなく抗緑内障点眼を中止すると,右眼C26CmmHg,左眼C32CmmHgへと再上昇がみられた.また,併発白内障もみられたため,両眼に水晶体乳化吸引+眼内レンズ挿入+360°Csuturetrabeculotomy眼外法(S-LOT)を施行し,右眼C13mmHg,左眼C15mmHgと眼圧下降を得た.症例C2,3,4,5ではアセタゾラミド内服とC0.1%リン酸ベタメタゾンナトリウム点眼の追加で速やかな眼圧下降が得られ,その後アセタゾラミド内服中止と0.1%リン酸ベタメタゾンナトリウム点眼の漸減を行い,良好な眼圧コントロールを維持できた.症例C2では初診時眼圧右眼C56mmHg,左眼C53mmHgから右眼C20mmHg,左眼19CmmHgへ,症例C3では初診時眼圧右眼C17CmmHg,左眼33CmmHgから右眼C9CmmHg,左眼C10CmmHgへ,症例C4では初診時眼圧右眼C22mmHg,左眼C11mmHgから右眼11CmmHg,左眼C10CmmHgへ,症例C5では初診時眼圧右眼23mmHg,左眼18mmHgから右眼16mmHg,左眼15CmmHgへと下降した.また,症例C2,3,4,5では,前医より処方されていた抗緑内障点眼の変更および追加は行っていない.CIII考按当院では,緑内障外来に紹介された患者に対して,全例初診時に緑内障専門医が隅角鏡による検査を行っているが,POAGとして紹介される前房炎症所見に乏しい症例のなかにも,隅角に肉芽腫性病変が見つかる場合がある.今回,検討を行った症例では,5例C10眼すべてで前房に炎症細胞がみられず,全例で隅角結節を認めた.隅角に結節を伴うような肉芽腫性ぶどう膜炎の原因疾患としては,サルコイドーシス,原田病,眼トキソプラズマ症,結核性ぶどう膜炎,ヘルペス性ぶどう膜炎などがあげられるが4),鑑別診断のために全身精査を行ったところ,5例のうち3例(症例2,3,5)はサルコイドーシスの組織診断群となった.症例C4も眼所見こそ隅角結節のみであったものの,全身検査では血清CsIL-2Rの上昇と胸部CCTで両側肺門部リンパ節腫大を認めており,気管支鏡検査を施行していたなら,サルコイドーシスの組織診断群となっていた可能性が高いと思われる.サルコイドーシスはC2009年の国内統計でもぶどう膜炎全体のC10.9%と最多を占め5),過去の手術治療を必要とするぶどう膜炎性緑内障の報告でも,原因としてサルコイドーシスがもっとも多いとされている6).眼サルコイドーシス患者では,Oharaらは,74.7%に虹彩炎が,62.1%に隅角結節,54.5%に周辺虹彩前癒着がみられ,網膜血管炎がC67.3%に,網脈絡膜滲出斑がC53.9%にみられたと報告している7).また,石原らも,前部ぶどう膜炎が86.0%,隅角結節がC86.0%,周辺虹彩前癒着がC72.0%,角膜後面沈着物がC62.4%,硝子体混濁がC83.9%,網膜血管炎が77.4%,脈絡網膜炎がC61.3%の患者に生じていたと報告している8).いずれの報告でも前房炎症や隅角結節が眼サルコイドーシス患者で高頻度に生じる点が共通しているが,必ずしも全例で両者がオーバーラップするわけではなく,また,ぶどう膜炎性緑内障全体をみても,眼圧上昇時にC27.6%が前眼部炎症を伴わないとする報告もある9).今回のC5症例では,隅角検査を除くと他の炎症性眼所見に乏しく,1眼(症例1)で角膜後面沈着物とC2例C3眼(症例C2,3)で硝子体混濁がみられたのみであった.実際,隅角検査を行わなければ肉芽腫性ぶどう膜炎の診断は困難であったと考えられる.眼圧については,ぶどう膜炎性緑内障のほうが開放隅角緑内障よりも高いとする報告が多い.Iwaoらは,ぶどう膜炎性緑内障で線維柱帯切除術を要した症例では,術前眼圧がC33.7±8.6CmmHgだったのに対し,開放隅角緑内障ではC28.1C±7.26CmmHgだったと報告している6).また,開放隅角緑内障群での最大眼圧C23.45C±0.44CmmHgに対し10),サルコイドーシスによるぶどう膜炎性緑内障の最大眼圧はC34.1C±6.6mmHgであったとの報告もある9).今回の検討でも前医初診時の眼圧は平均C34.6C±16.5mmHg,最大眼圧が平均C38.3C±16.1CmmHgと高く,眼圧が高いことや年齢の割にCMD値が悪いことは,ぶどう膜炎性緑内障の診断の一助になるかもしれない.今回の結果では,サルコイドーシスと診断するための全身精査として,血液検査ではCACEよりもCsIL-2CRが,画像診断では胸部CX線検査よりもCCT検査が有効であった.2015年のサルコイドーシス診断基準でも,特徴的検査所見項目として従来からの両側肺門部リンパ節腫脹に加え,sIL-2CR高値が追加されている11).既報によると眼サルコイドーシスではC87.5%がステロイドの局所投与のみで消炎可能であったと報告されており12),サルコイドーシスによる眼圧上昇のメカニズムはおもに隅角結節を伴う線維柱帯への炎症細胞浸潤による房水流出抵抗の増大とされている3).症例C2,3,4,5では,ステロイドの眼局所投与により十分な消炎を行うことで隅角結節の消失とともに房水流出抵抗が減少し,眼圧下降が得られたと考えられた.また,症例C1ではステロイド点眼薬による眼圧下降効果は限定的であり,すでに線維柱帯に不可逆性の構造障害が進んでいた可能性が考えられる.筆者らは過去に続発開放隅角緑内障に対するC360°S-LOTの有効性を報告しており13),同一症例の両眼にてそれぞれC360°CS-LOTと通常の金属ロトームによるC120°トラベクロトミーを比較した報告でも良好な眼圧が得られた14).CIV結論前房炎症に乏しく開放隅角緑内障と診断された症例であっても,隅角検査により隅角結節が見つかり,のちにぶどう膜炎性緑内障と診断される症例がある.その多くはサルコイドーシスと診断され,血中CsIL-2Rの上昇や肺門リンパ節腫大を伴っていた.たとえ前房炎症に乏しい症例であっても,高眼圧の症例では注意深く隅角検査を行うべきであり,隅角結節があればサルコイドーシスを念頭に全身精査を進めるべきである.また,その場合にはステロイド点眼を併用することで眼圧をコントロールできる可能性がある.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)蕪城俊克,藤野雄次郎:ぶどう膜炎関連緑内障の病因.あたらしい眼科26:305-310,C20092)楠原仙太郎:ぶどう膜炎性緑内障.あたらしい眼科C35:1017-1024,C20183)IwataCK,CNanbaCK,CSobueCKCetal:Ocularsarcoidosis:CevaluationCofCintraocularC.ndings.CAnnCNCYCAcadCSciC278:445-454,C19764)北市伸義:ぶどう膜炎の眼臨床所見.OCULISTAC5:1-8,C20135)OhguroN,SonodaKH,TakeuchiMetal:The2009pro-spectiveCmulticenterCepidemiologicCsurveyCofCuveitisCinCJapan.JpnJOphthalmol56:432-435,C20126)IwaoCK,CInataniCM,CSetoCTCetal:Long-termCoutcomesCandprognosticfactorsfortrabeculectomywithmitomycinCCinCeyesCwithCuveiticglaucoma:aCretrospectiveCcohortCstudy.JGlaucoma23:88-94,C20147)OharaK,OkuboA,SasakiHetal:Intraocularmanifesta-tionsCofCsystemicCsarcoidosis.CJpnCJCOphthalmolC36:452-457,C19928)石原麻美,石田敬子,内尾英一ほか:サルコイドーシス組織診断例の眼症状の検討.眼科40:829-835,C19989)高橋哲也,大谷伸一郎,宮田和典ほか:ぶどう膜炎に伴う続発緑内障の臨床的特徴の解析.日眼会誌C106:39-43,C200210)ChengCJ,CKongCX,CXiaoCMCetal:Twenty-four-hourCpat-ternCofCintra-ocularCpressureCinCuntreatedCpatientsCwithCprimaryopen-angleglaucoma.ActaOphthalmol94:460-467,C201611)四十坊典晴,山口哲生:わが国におけるサルコイドーシスの診断基準と重症度分類.日本サルコイドーシスC/肉芽腫性疾患学会雑誌35:3-8,C201512)菅原道孝,岡田アナベルあやめ,若林俊子ほか:眼サルコイドーシスに対する積極的局所治療の有用性.臨眼C60:C621-626,C200613)ChinS,NittaT,ShinmeiYetal:Reductionofintraocularpressureusingamodi.ed360-degreesuturetrabeculoto-mytechniqueinprimaryandsecondaryopen-angleglau-coma:apilotstudy.JGlaucoma21:401-407,C201214)木嶋理紀,陳進輝,新明康弘ほか:360°CSutureTrabecu-lotomy変法とCTrabeculotomyの術後眼圧下降効果の比較検討.あたらしい眼科33:1779-1783,C2016***

神経麻痺性角膜穿孔に対し羊膜移植術併用表層角膜移植術 が奏効した1 例

2021年7月31日 土曜日

《原著》あたらしい眼科38(7):821.824,2021c神経麻痺性角膜穿孔に対し羊膜移植術併用表層角膜移植術が奏効した1例曽田里奈*1,2福岡秀記*1岩間亜矢子*1吉岡麻矢*1,3奥村峻大*1,3外園千恵*1*1京都府立医科大学眼科学教室*2大阪府済生会中津病院眼科*3大阪医科大学眼科学教室CACaseofAmnioticMembraneandSuper.cialCornealTransplantationforCornealPerforationwithTrigeminalNervePalsyRinaSoda1,2)C,HidekiFukuoka1),AyakoIwama1),MayaYoshioka1),TakahiroOkumura1,3)CandChieSotozono1)1)DepartmentofOphthalmology,KyotoPrefecturalUniversityofMedicine,2)CNakatsuHospital,3)DepartmentofOphthalmology,OsakaMedicalCollegeCDepartmentofOphthalmology,OsakaSaiseikai目的:神経麻痺性角膜症による角膜穿孔後,急速に白内障が進行し,表層角膜移植術,羊膜移植術,水晶体再建術を同時に施行し経過良好な症例を経験したので報告する.症例:80歳,男性.既往歴は脳梗塞.左眼の角膜びらんと診断され,改善しないため京都府立医科大学病院を紹介受診した.当院初診時,遷延性角膜上皮欠損と角膜混濁を認めた.角膜知覚低下および著明な涙液減少を認めた.神経麻痺性角膜症と診断しドライアイの治療と,消炎にていったん上皮化を得たが上皮欠損と治癒を繰り返し角膜穿孔と続発白内障に至った.表層角膜移植術,羊膜移植術,水晶体再建術を同時に施行した.羊膜移植後は前房内を透見可能であり,経過観察中羊膜は自然脱落したが術後半年経過し,上皮欠損なく経過良好である.結論:神経麻痺性角膜症は難治性な疾患であるが,表層角膜移植術,羊膜移植術,水晶体再建術の同時手術が有効であった.今後のさらなる治療技術の発展が期待される.CPurpose:ToCreportCaCcaseCofCcornealCperforationCdueCtoCneurotrophickeratitis(NK)thatCrequiredClamellarkeratoplasty(LKP)C,Camnioticmembrane(AM)transplantation(AMT)C,CandCcataractCsurgery.CCasereport:An80-year-oldmalewhohadbeendiagnosedwithcornealerosioninhislefteyefollowingastrokewasreferredtousduetotheconditionworsening.Slit-lampexaminationrevealedpersistentcornealdefectandopacity.Moreover,cornealsensitivityandtearsecretionremarkablydecreased.WediagnosedhimwithNK.Althoughre-epithelializa-tionwasachievedwithtreatmentfordryeyeandin.ammation,hisconditionrepeatedlyworsened.Sincecornealperforationandsecondarycataractoccurred,LKP,AMT,andcataractsurgerywasperformed.TheAMnaturallydissolvedwithnorecurrenceofcornealdefectfor6-monthspostoperative.Conclusion:WereportacaseofNK-relatedCcornealCperforationCinCwhichCLKP,CAMT,CandCcataractCsurgeryCwasCe.ective,CandCanticipateCfurtherCadvancementsinthetreatmentofthisrefractorydisease.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C38(7):821.824,C2021〕Keywords:神経麻痺性角膜症,遷延性角膜上皮欠損,角膜穿孔,表層角膜移植術,羊膜移植術.neurotrophicCkeratitis,persistentcornealdefect,cornealperforation,lamellarkeratoplasty,amnioticmembranetransplantation.Cはじめに涙の促進,角膜上皮細胞への栄養供給の働きがあり,これに角膜は無血管で透明な組織であり,第五脳神経に由来するより角膜上皮の細胞増殖,恒常性の維持,創傷治癒に役立っ角膜知覚神経が上皮下実質浅層に密に分布している.角膜知ている1,2).角膜知覚神経の機能不全が生じると,角膜上皮覚神経には,瞬目や神経伝達物質,成長因子の放出による流の恒常性が損なわれ,神経麻痺性角膜症を生じる.神経麻痺〔別刷請求先〕曽田里奈:〒530-0012大阪市北区芝田C2-10-39大阪府済生会中津病院眼科Reprintrequests:RinaSoda,M.D.,DepartmentofOphthalmology,OsakaSaiseikaiNakatsuHospital,2-10-39Shibata,Kita-ku,Osakacity,Osaka530-0012,JAPANC図1前眼部写真a:初診時,角膜中央部から下方に遷延性上皮欠損と実質混濁を認めた.b:上皮欠損の再発と治癒を繰り返していたが,初診からC1年経過後に角膜穿孔と虹彩嵌頓,膨化白内障を生じた.c:表層角膜移植術,羊膜移植術,白内障手術(水晶体乳化吸引術と眼内レンズ挿入)を同時に施行し,治療用ソフトコンタクトレンズを装着して終了した.手術翌日,羊膜に覆われた部位は,前房の深さなども観察可能な程度の透見性があった.d:手術C6カ月経過,羊膜は自然脱落し上皮化が得られた.上皮欠損の再発はなくよい臨床経過を得ている.性角膜症はきわめて難治な神経変性疾患であり,三叉神経核から角膜知覚神経終末までのいずれかのレベルに損傷を与える眼局所疾患もしくは全身疾患に伴って生じる.原因疾患としては,ヘルペス性角膜炎や外傷,前眼部手術後,聴神経腫瘍術後の顔面神経・三叉神経麻痺,糖尿病,多発性硬化症,脳腫瘍などがあげられる3,4).臨床所見として,角膜上皮の不整,点状表層角膜症,遷延性角膜上皮欠損を呈し,重症例では角膜実質融解を伴う潰瘍,角膜穿孔を生じるが5,6),根本的治療が現在ないため非常に難治である.今回筆者らは,神経麻痺性角膜症により遷延性角膜上皮欠損を生じ角膜穿孔に至ったあとに急速に白内障が進行した症例に対し,表層角膜移植術,羊膜移植術,水晶体再建術を同時に施行し経過良好な臨床経過を得たので報告する.CI症例脳梗塞の既往のあるC80歳,男性.脳神経外科からの紹介で近医眼科を受診した.左眼の角膜びらんと診断され,ヒアルロン酸ナトリウム点眼とオフロキサシン眼軟膏で治療されたが角膜上皮欠損が拡大した.悪化傾向を認めたためヘルペス性角膜炎が疑われ,0.3%ガチフロキサシン点眼左眼C3回,0.1%ベタメタゾン点眼左眼C3回,アシクロビル眼軟膏左眼4回へ処方を変更されたが改善なく,徐々に視力が低下したため,初診からC1カ月経過後に京都府立医科大学病院眼科(以下,当院)へ紹介となった.当院初診時の矯正視力は右眼C0.6,左眼C30Ccm手動弁,眼圧は両眼C17CmmHgで,角膜中央から下方に及ぶ広範囲の遷延性角膜上皮欠損と角膜混濁を認めた(図1a).また,CCochetBonnet角膜知覚計を用いて測定した角膜知覚は右眼60mm,左眼C10mmと左眼の角膜知覚の低下を認め,Schirmer試験CI法にて右眼C3Cmm,左眼C0Cmmと著明な涙液減少を認めた.ヘルペス性角膜炎を疑う所見を認めなかったため,アシクロビル眼軟膏を中止し,ガチフロキサシン点眼左眼C4回,ベタメタゾン点眼左眼C4回を継続,オフロキサシン眼軟膏左眼C1回,人工涙液点眼左眼C3回を追加し,上下涙点に涙点プラグを挿入した.その後徐々に上皮化が得られ,感染徴候を認めなかったため,ガチフロキサシン点眼とベタメタゾン点眼を漸減し,治療開始C7カ月目にようやく上皮欠損の修復が得られた.その後,上皮欠損の再発と治癒を繰り返していたが,治療開始C12カ月目に左眼の視力低下を主訴に再診した.左眼角膜穿孔,虹彩嵌頓,前房消失を認めた.膨化白内障も進行し(図1b),表層角膜移植術,羊膜移植術,水晶体再建術を同時に施行した.図2手術手順a:単回使用組織生検用針デルマパンチにてC5Cmm径のパンチを行い,クレセントナイフとダイヤモンドメスを用いて角膜表層を切除した.Cb:凍結保存角膜を用いて表層角膜移植片を作製し,10-0ナイロン糸で単縫合を行った.c:嵌頓した虹彩を整復後,インドシアニングリーンで前.染色を行い前.切開を行った.d:透見性不良のためサージカルスリット下で水晶体乳化吸引術を行った.e:眼内レンズを挿入した.f:羊膜を移植部位(上皮欠損部位)を覆うように縫合を行い,余剰羊膜を切除し手術を終了した.手術はまず,単回使用組織生検用針デルマパンチにて5Cmm径のパンチを行い,クレセントナイフとダイヤモンドメスを用いて角膜表層から実質深層までを切除した後,凍結保存角膜を用いた表層角膜移植片を作製し,10-0ナイロン糸で単縫合を行った.嵌頓した虹彩を整復し,インドシアニングリーンで前.染色し前.切開を行ったあと,超音波乳化吸引,眼内レンズ挿入を行いアセチルコリン希釈液を注入した.最後に羊膜で角膜上皮欠損部位をカバーリングし,治療用ソフトコンタクトレンズ(softcontactlens:SCL)をのせて終了した(図2,図1c).術後経過は良好で,ガチフロキサシン点眼左C4回,ベタメタゾン点眼左C4回を開始し,術後C2日目までベタメタゾンリン酸エステルナトリウムC1Cmg点滴を施行,術後C3日目よりベタメタゾン錠C0.5Cmg1錠内服C4日間へ切り替え,術後C8日目に退院となった.その後,治療用CSCL脱落に伴い羊膜は自然脱落したが上皮伸展は良好で,術後点眼は漸減とした.表層角膜移植後C6カ月経過後も上皮欠損の再発なく,ガチフロキサシン点眼左眼C1回,ベタメタゾン点眼左眼C1回を継続し経過観察中である(図1d).CII考按神経麻痺性角膜症に対する従来の治療は,MackieがC1995年に提唱した神経麻痺性角膜症の重症度によるC3段階のステージ分類7)に基づいて選択されてきた.点状表層角膜症や角膜上皮の不整を生じるステージC1では,薬剤毒性を避けるため点眼薬の中止が推奨される8).保存剤が添加されていない人工涙液点眼を使用し,上皮欠損を伴う場合は予防的な抗菌薬点眼の併用が考慮される.遷延性角膜上皮欠損を伴うステージC2の症例では,治療用コンタクトレンズの使用,眼瞼縫合,眼瞼挙筋へのボツリヌスCA毒素の注入が考慮される.羊膜移植術は被覆による摩擦の軽減に加えて,成長因子やサイトカインを放出することで角膜上皮の創傷治癒促進,眼表面の炎症抑制に効果的とされる9).ステロイド点眼は炎症反応を抑制するが,同時に創傷治癒の遅延,ステロイド緑内障,ステロイド白内障のリスクがあり使用には注意を要する.角膜潰瘍や実質融解,角膜穿孔に至るステージC3の症例では,実質融解を防止するためコラーゲナーゼ阻害薬や眼瞼縫合が考慮される.角膜穿孔を生じた症例では表層角膜移植術や全層角膜移植術が必要である10).近年,海外では神経成長因子点眼やCP物質/インスリン様成長因子などの神経の再生や免疫調整を直接刺激する薬剤が注目されており,いずれも神経麻痺性角膜症患者において高い治癒率が得られている11.13).本症例では経過中に角膜穿孔が増悪し膨化白内障により前房も浅くなってきたため,緊急の角膜移植手術を実施した.透見性の維持という観点からは羊膜移植術は不利であるが,被覆による摩擦軽減のみではなく,創傷治癒促進,炎症抑制の効果が期待できる,とくに神経麻痺性角膜症においては,角膜知覚の低下,瞬目の減少,涙液分泌低下を伴っており,角膜移植術単独では上皮が伸展せず術後に遷延性上皮欠損を再発するリスクが高く14),角膜移植術と羊膜移植術の併施を行った.同時手術を行うことで,複数回手術を行うことと比較し患者負担が軽減することが期待される.今回の症例は,角膜穿孔部位の羊膜移植術による摩擦軽減,抗炎症作用などにより角膜上皮進展を得たが,術後も角膜知覚神経の機能不全の状態であることには変わりなく,一度上皮障害を発症すると再燃のリスクがあり綿密な経過観察が重要である.また,羊膜移植術は,複数術式をしても単独でしか算定できないため病院の負担となることがデメリットの一つである.また,角膜穿孔に伴って生じる合併症には,角膜実質混濁,白内障の進行,瞳孔膜形成,虹彩前癒着・後癒着,緑内障などがあり15)これらの疾患も同時に治療をする必要がある.本症例では角膜穿孔発症後に徐々に膨化白内障が進行したため角膜移植術,羊膜移植術施行時に水晶体再建術を同時に施行した.術後の前房炎症の程度の詳細な評価などが不可能になるのではないかと危惧されたが,実際は,羊膜に覆われた部位の透見性は細隙灯顕微鏡で眼内レンズ,前房の深さを観察することが可能であり問題は生じなかった.瞳孔膜や虹彩後癒着を生じた症例では白内障手術を施行する際に除去するが,瞳孔膜を残した症例では,虹彩後癒着を生じ瞳孔ブロックによる緑内障を発症した15)と報告されており,瞳孔膜の処理,虹彩癒着の解除も同時に行うことが緑内障の発症予防に重要である.角膜穿孔に至った症例では,角膜穿孔の原因,随伴する眼疾患の有無,炎症の程度,移植片のサイズ,拒絶反応の有無などさまざまな要因が影響するため,視力予後は症例により大きく異なる16).神経麻痺性角膜症に対して現時点では根本的治療法がなく難治性な疾患であるが,今回の症例では,表層角膜移植術,羊膜移植術,水晶体再建術の同時手術が有効であった.今後のさらなる治療技術の発展が期待される.文献1)MullerCLJ,CMarfurtCCF,CKruseCFCetal:Cornealnerves:structure,CcontentsCandCfunction.CExpCEyeCResC77:253,C20032)ShaheenCBS,CBakirCM,CJainS:CornealCnervesCinChealthCanddisease.SurvOphthalmol59:263-285,C20143)HyndiukRA,KazarianEL,SchultzROetal:Neurotroph-icCcornealCulcersCinCdiabetesCmellitus.CArchCOphthalmolC95:2193-2196,C19774)KaufmanSC:AnteriorCsegmentCcomplicationsCofCherpesCzosterophthalmicus.Ophthalmology115:S24-S32,C20085)MastropasquaCL,CMassaro-GiordanoCG,CNubileCMCetal:CUnderstandingCtheCpathogenesisCofCneurotrophicCkerati-tis:theCroleCofCcornealCnerves.CJCCellCPhysiolC232:717-724,C20076)BoniniCS,CRamaCP,COlziCDCetal:NeurotrophicCkeratitis.Eye(Lond)C17:989-995,C20037)MackieIA:NeuroparalyticCkeratitis.In:CurrentCOcularTherapy,CPhiladelphia(FraunfelderCF,CRoyCFH,CMeyerSM,eds)C,WBSaunders,p452-454,19958)SacchettiCM,CLambiaseA:DiagnosisCandCmanagementCofCneurotrophickeratitis.ClinOphthalmol8:571-579,C20149)GomesCJA,CRomanoCA,CSantosCMSCetal:AmnioticCmem-braneCuseCinCophthalmology.CCurrCOpinCOphthalmolC16:C233-240,C200510)FogleCJA,CKenyonCKR,CFosterCS:TissueCadhesiveCarrestsCstromalCmeltingCinCtheChumanCcornea.CAmCJCOph-thalmol89:795-802,C198011)BoniniCS,CLambiaseCA,CRamaCPCetal:PhaseCICtrialCofCrecombinanthumannervegrowthfactorforneurotrophickeratitis.Ophthalmology125:1468-1471,C201812)BoniniCS,CLambiaseCA,CRamaCPCetal:PhaseCIICrandom-ized,Cdouble-masked,Cvehicle-controlledCtrialCofCrecombi-nantChumanCnerveCgrowthCfactorCforCneurotrophicCkerati-tis.Ophthalmology125:1332-1343,C201813)NishidaT,ChikamaT,MorishigeNetal:Persistentepi-thelialCdefectsCdueCtoCneurotrophicCkeratopathyCtreatedCwithCaCsubstanceCp-derivedCpeptideCandCinsulin-likeCgrowthfactorJpnJOphthalmolC51:442-447,C200714)SeitzB,DasS,SauerRetal:Amnioticmembranetrans-plantationCforCpersistentCcornealCepithelialCdefectsCinCeyesCafterpenetratingCkeratoplasty.CEye(Lond)23:840-848,C200915)HillJC:Useofpenetratingkeratoplastyinacutebacterialkeratitis.BrJOphthalmol70:502-506,C198616)StamateAC,T.taruCP,ZembaM:Emergencypenetrat-ingCkeratoplastyCinCcornealCperforations.CRomCJCOphthal-mol62:253-259,C2018***

基礎研究コラム:硝子体のpH

2021年7月31日 土曜日

硝子体のpHpHと糖尿病pHは,生体の恒常性を判断するうえで欠かせない指標です.血液においては,ヘモグロビンやアルブミンといった緩衝物質が豊富に存在するため,pHはC7.35~7.45という狭い範囲に厳密に保たれています.ところが,緩衝物質が乏しい間質液は,病的状態になると血液以上にダイナミックにCpHが変化する可能性が近年示唆されています.とりわけ,糖尿病におけるCpHの変化は注目されており,たとえば糖尿病モデルのラットの海馬周囲の間質液のCpHは,通常のラットのものより劇的に低下していることが報告されています1).眼の領域ではどうでしょうか硝子体が間質液に近いと考えると,上述の論文からは糖尿病網膜症の硝子体のCpHは酸性になる可能性があると考えられました.一方で,アルカリ性になる可能性を示唆する報告も存在します2).そこで,筆者らは糖尿病網膜症における硝子体のCpHを測定することにしました.実は,これまでの硝子体のCpHの報告は動物のものばかりで,ヒトの報告は存在しなかったのですが,研究をスタートするとその理由がすぐにわかりました.pHを測定するには,①体内に器具を入れて直接測定する,②体外に取り出して測定する,のC2種類しかありませんが,①はヒトの体内での測定が承認されたCpH測定器具など存在せず,倫理的に許されません.そのため②の方法をとるしかないのですが,体内と空気中では二酸化濃度がまったく異なるため(体内の濃度はC5%なのに対し,空気中ではC0.05%),硝子体が空気に触れると容易にCpHが変化してしまうのです.そこで筆者らは,27ゲージ硝子体手術によるサンプル採取と,血液ガス分析装置での測定を組み合わせる方法を考案しました.硝子体手術は低侵襲化が進んでおり,逆流防止弁のついたC27ゲージシステムを用いると,空気に触れることなく硝子体を採取できます.一方,血液ガス分析装置を用いた体液CpHの測定は,血液だけでなく胸水においても行われ,inCvitrodiagnosisとして知られています.こうして,27ゲージ硝子体手術により嫌気的に採取された硝子体を,速やかに血液ガス分析装置により測定することで,糖尿病網膜症により硝子体のCpHが変化するかを検証しました.結果は,硝子体のCpHは糖尿病の有無にかかわらず,7.20~7.30と血液同様に狭い範囲で変動していました3).三重野洋喜京都府立医科大学大学院医学研究科視機能再生外科学硝子体Ca2+lactateglucose(mmol/l)(mmol/l)(mmol/l)1.58151.41261.3941.2621.131.000DM-NPDRPDRDM-NPDRPDRDM-NPDRPDR血液Ca2+(mmol/l)(mmol/l)lactate(mmol/l)glucose1.58151.41261.3941.2621.131.000DM-NPDRPDRDM-NPDRPDRDM-NPDRPDR図1硝子体と手術直前に採取した静脈血との比較硝子体においては,糖尿病網膜症の進行に伴い,CaC2+は低下していき,逆にClactateは上昇する.一方,血液では,Ca2+,lac-tateとも糖尿病網膜症の有無で大きな差を認めない.グルコースについては,硝子体,血液中とも糖尿病があると上昇している.DM:糖尿病,NPDR:非増殖糖尿病網膜症,PDR:増殖糖尿病網膜症今後の展望今回の検討は,ヒト硝子体のCpHを報告する初めての報告になりました.pHに関しては,糖尿病の有無では変化しないという結果でしたが,同時に測定したイオン濃度を検討すると,糖尿病患者,とりわけ増殖糖尿病網膜症の患者の硝子体ではClactate濃度が上昇し,CaC2+濃度が減少していることが明らかになりました(図1).Lactate濃度が増加しているにもかかわらずCpHはほぼ一定の範囲内で動いていたことからも,ヒト硝子体は緩衝能が高いと考えられます.硝子体中の乳酸に着目することで,今後新たな眼生理の知見が得られる可能性があると考えられます.文献1)MarunakaY,YoshimotoK,AoiWetal:LowpHofinter-stitialC.uidCaroundChippocampusCofCtheCbrainCinCdiabeticCOLETFrats.MolCellTherC2:6,C20142)GaoBB,ClermontA,RookSetal:Extracellularcarbonicanhydrasemediateshemorrhagicretinalandcerebralvas-cularCpermeabilityCthroughCprekallikreinCactivation.CNatCMedC13:181-188,C20073)MienoH,MarunakaY,InabaTetal:pHbalanceandlac-ticacidincreaseinthevitreousbodyofdiabetesmellituspatients.ExpEyeResC188:107789,C2019(81)あたらしい眼科Vol.38,No.7,2021C8110910-1810/21/\100/頁/JCOPY

硝子体手術のワンポイントアドバイス:脳梗塞を合併したTerson症候群に対する硝子体手術(初級編)

2021年7月31日 土曜日

硝子体手術のワンポイントアドバイス●連載218218脳梗塞を合併したTerson症候群に対する硝子体手術(初級編)池田恒彦大阪回生病院眼科●はじめにTerson症候群はくも膜下出血に続発する硝子体出血で,出血が遷延する症例では硝子体手術の適応となる.くも膜下出血の発症早期に,脳血管攣縮より脳梗塞を併発することがあるが,脳梗塞がTerson症候群の視機能に影響を及ぼしたとする報告は少ない.筆者らは以前に脳梗塞を併発したTerson症候群に対して硝子体手術を施行した1例を経験し報告したことがある1).●症例52歳,男性.前大脳動脈瘤破裂によるくも膜下出血を発症し,経過中に左側頭葉の梗塞をきたした(図1).約1カ月間,意識不明の状態であったが,意識回復した際に両眼の視力低下を訴え眼科受診となった.両眼とも硝子体出血のため上方の一部を除いて眼底透見困難で,矯正視力は眼前手動弁であった.Goldmann視野検査では両眼とも左側~下方周辺部のみイソプターを認め,出血による視野障害に加えて,脳梗塞による右同名半盲が疑われた(図2).両眼とも硝子体手術を施行し,右眼は術後矯正視力0.9を得たが,左眼は脳梗塞による視野障害がより中心近くまで認められ,黄斑萎縮も加わり矯正視力は0.2に留まった(図3).●脳梗塞を合併するくも膜下出血くも膜下出血後に生じる脳障害には,早期脳損傷(earlybraininjury:EBI)と遅発性脳損傷(delayedbraininjury:DBI)がある.EBIはくも膜下出血発症数分以内で脳血管攣縮発症前に生じる脳損傷の総称である.一方DBIは脳血管攣縮期に生じる脳障害で,その発症には脳血管攣縮のほかにEBI,静脈還流障害などが複合的に関与すると考えられている.過去にEBIがDBIや脳梗塞の原因になるとする報告や,脳梗塞とくも膜下出血を同時に呈した可逆性脳血管攣縮症候群の報(79)0910-1810/21/\100/頁/JCOPY図1頭部MRI画像左側頭葉に脳梗塞を認めた().(文献1より引用)ab図2術前Goldmann視野検査(a:右眼,b:左眼)(文献1より引用)ab図3術後Goldmann視野検査(a:右眼,b:左眼)(文献1より引用)告などがある.●脳梗塞を合併するTerson症候群の特徴くも膜下出血に脳梗塞を併発すると全身状態がより悪化し,意識レベルも低下することが多いため,硝子体出血の発見が遅れる可能性がある.また,術前の視野検査では硝子体出血に加えて脳梗塞による視野障害が加わるため評価が複雑となり,術後視力の予測が単純硝子体出血例よりもむずかしい.脳梗塞を合併するTerson症候群では,術後視機能が脳梗塞による視野障害の影響を受ける可能性を念頭においたうえで,硝子体手術を施行する必要がある.文献1)許勢文誠,宮本麻起子,清水一弘ほか:脳梗塞を合併したテルソン症候群に対して硝子体手術を施行した1例.臨眼,印刷中あたらしい眼科Vol.38,No.7,2021809

抗VEGF治療:硝子体内注射後の感染性眼内炎とその対策

2021年7月31日 土曜日

●連載109監修=安川力髙橋寛二89.硝子体内注射後の感染性眼内炎と盛岡正和高村佳弘福井大学医学部眼科学教室その対策硝子体内注射後の感染性眼内炎は,いったん発症してしまうと重篤な視力障害を残しうるため,何よりも予防が大切になる.そのために用いられるヨウ素系消毒薬と抗菌点眼薬について,最新の臨床研究結果を交えて概説する.感染性眼内炎:概要硝子体内注射のもっとも重篤な合併症は細菌による感染性眼内炎である.その発生頻度はおおむねC0.01~0.26%程度と報告されており1),比較的まれな合併症といえるものの,一度発症してしまうと重篤な視力障害を残すことも多い.原因菌としては,眼表面の常在菌であるStaphylococcus属や,口腔内常在菌であるCStreptococcus属などが多いと報告されている.典型例では注射翌日から数日の間に進行する急激な視力低下で発症し,前眼部および後眼部に高度な炎症を生じる(図1,2).CPA・ヨードによる予防の重要性感染予防のためには,日本網膜硝子体学会による黄斑疾患に対する硝子体内注射ガイドライン2)を参考に,十分注意した注射手技が大切になる.術者・介助者のマスクの着用,術者の手指消毒および滅菌手袋着用,眼瞼・睫毛・眼周囲皮膚の消毒,さらに滅菌開瞼器の使用が必要な手順としてガイドラインに明記されており,これらを必ず遵守する.そしてもっとも重要と考えられるのが,ポビドンヨード(イソジンなど)やヨウ素・ポリビニルアルコール点眼・洗眼液(PA・ヨード)などのヨウ素系消毒薬による結膜.の消毒である(ただし日本で結膜.の消毒に適応を有するのはPA・ヨードのみ).その理由は,ヨウ素系消毒薬による消毒が適切に行われていれば,点眼抗菌薬使用の有無にかかわらず,眼表面の細菌数を十分に減らすことができると報告されているからである.細菌の代謝に作用する抗菌薬とは異なり,ヨウ素系消毒薬は遊離したヨウ素が細菌の膜蛋白を直接障害して薬効を発揮するため,薬剤耐性菌を増加させないという利点がある.使用においては,適切な濃度で十分な作用時間を設けることが重要である.ヨウ素系消毒薬は,製剤を原液で用いるよりも希釈したほうが殺菌力は強まるが,それと同時に角膜上皮への悪影響も懸図1硝子体内注射後に生じた感染性眼内炎の前眼部写真注射後C1日で発症.前房蓄膿と前房内細胞浮遊がみられる.図2感染性眼内炎の眼底所見図C1と同じ症例.網膜血管の白線化と網膜出血の散在を認める.硝子体混濁のため,後極部は透見不能となっている.(77)あたらしい眼科Vol.38,No.7,2021C8070910-1810/21/\100/頁/JCOPY表1硝子体内注射後の眼内炎発生率の比較(抗菌点眼薬使用方法別)AntibioticuseCNo.offacilitiesCNo.ofinjectionsCNo.ofendophthalmitisCIncidentrate(%)95%Con.denceintervalCNoneC3C19,738C1C0.0050.000894~C0.0287%CPreinjectiononlyC1C10,903C1C0.0090.00162~C0.0519%CPostinjectiononlyC4C33,433C4C0.0120.00465~C0.0308%CPre-andpostinjectionC10C83,366C4C0.0050.00187~C0.0123%CTotalC18C147,440C10C0.0070.00368~C0.0125%抗菌点眼薬の使用方法はC4種類に分類した.いずれの群においても眼内炎発生率は低く,群間で有意な差はなかった.(文献C4より引用)念される.よって,PA・ヨードであれば添付文書通りにC4~8倍に希釈して使用すれば,眼表面で涙液などによってさらに薄まっても十分な殺菌作用が期待でき,角膜上皮への影響も最小限にすることができる.抗菌点眼薬予防的投与の是非一方でレボフロキサシン(クラビット)やガチフロキサシン(ガチフロ)に代表される抗菌点眼薬は,ガイドライン上は術者が使用有無を判断するとされており,必ずしも必須であるとは記載されていない.しかし,現在日本で使用できる硝子体内注射薬のうち,アフリベルセプト(アイリーア),ラニビズマブ(ルセンティス),トリアムシノロンアセトニド(マキュエイド)は注射前後3日間の広域抗菌点眼薬の使用が添付文書に明記されている.一方,米国の硝子体内注射ガイドラインでは,抗菌点眼薬は眼内炎リスクを低下させるエビデンスに乏しいため不要で,ヨウ素系消毒薬の使用が予防にもっとも重要であるとされている3).抗菌薬の使用は耐性菌を生じる可能性があり,度重なる使用でそのリスクは上昇する.硝子体内注射自体が何度も繰り返して行われる治療であるため,抗菌薬点眼による予防をルーチンで行うと,注射をするたびに眼表面に耐性菌を生じる危険性が増していく.このような背景から,日本でも患者に十分な説明を行って,抗菌薬点眼の予防的投与を行わずに硝子体内注射を施行する施設が出てきている.筆者らの施設が主導して国内C18施設が参加した多施設共同研究では,2015~2019年のC5年間に各施設で施行された全硝子体内注射を集計し,抗菌薬点眼投与方法別で眼内炎発生率を比較検討した4).すると,合計で約C14万件の注射件数のうち,約C2万件が抗菌薬を使用せずに注射されていたが,抗菌薬の使用方法で眼内炎の発生率に有意な差は認められなかった(表1).また,眼内炎を発症したC10症例のうち原因菌を検出できたのがC8症例あったが,そのうち5症例で薬剤耐性菌が検出されていた.したがって欧米での先行研究と同様に,抗菌点眼薬に眼内炎予防効果は認められず,むしろその使用で薬剤耐性菌を生んでしまっているといえる.臨床現場では注射薬の添付文書に則り,耐性菌の発生を危惧しながら抗菌点眼薬による予防を続けている眼科医も多いと推察されるが,上記のような結果を考慮すると,今後は日本においても抗菌薬点眼薬を用いない硝子体内注射を検討する段階にあると考えられる.文献1)Menchini,CF,CToneattoCG,CMieleCACetal:AntibioticCpro-phylaxisCforCpreventingCendophthalmitisCafterCintravitrealinjection:asystematicreview.EyeC32:1423-1431,C20182)小椋祐一郎,髙橋寛二,飯田知弘:黄斑疾患に対する硝子体内注射ガイドライン.日眼会誌120:87-90,C20163)AveryCRL,CBakriCSJ,CBlumenkranzCMSCetal:Intravitrealinjectiontechniqueandmonitoring:Updatedguidelinesofanexpertpanel.RetinaC34:S1-S18,C20144)MoriokaCM,CTakamuraCY,CNagaiCKCetal:IncidenceCofCendophthalmitisCafterCintravitrealCinjectionCofCanCanti-VEGFCagentCwithCorCwithoutCtopicalCantibiotics.CSciCRepC10:22122,C2020☆☆☆808あたらしい眼科Vol.38,No.7,2021(78)