社会問題化するアレルギー性結膜炎TheE.ectsofLifestyleonAllergicConjunctivitis岸本達真*福田憲*はじめにアレルギー疾患は世界的にC1970年代以降急増し,日本ではスギ花粉症は国民病とよばれる.近年の調査でアレルギー疾患のなかでアレルギー性結膜炎がもっとも有病率が高いことが明らかとなった1).2006年にフィラグリン遺伝子の異常とアトピー性皮膚炎の罹患に相関があることが報告され2),アレルギー疾患の発症の考え方が大きく変化した.しかしながら,遺伝子変異だけでは近年のアレルギー疾患の増加は説明できず,さまざまな環境やライフスタイルの変化が影響していると推察される.本稿では,ライフスタイル・環境の変化とアレルギー性結膜疾患との関連について考察する.CIアレルギー疾患発症とライフスタイルの変化との関連アレルギー疾患の発症には,遺伝的要因に加えさまざまなライフスタイルの変化に伴う環境因子が関与していると考えられている.喘息やアトピー性皮膚炎などのアレルギー疾患に対し,原因と考えられるサイトカインなどの遺伝子変異などが数多く調べられたが,決定的なものは長らく見つからなかった.しかしながら,2006年に皮膚バリア機能の維持に重要なフィラグリン遺伝子の変異がアトピー性皮膚炎患者に有意に多いことが報告された.欧州のアトピー性皮膚炎患者の約C4割,日本人の患者でも約C3割にフィラグリン遺伝子変異が認められた.この発見により,アレルギー発症の原因には皮膚のバリア機能の破綻がかかわっているという考え方に変わってきた.新生児に保湿剤を毎日塗布することによりアトピー性皮膚炎の発症がC32%予防できたとの報告もあり3),アレルギーが先にあるのではなく,バリアの破綻が先にあって,そこからアレルゲンの感作が生じると考えられるようになった.食物アレルギーにおいても,バリアの破綻した皮膚からアレルゲンに感作され,幼少期に食べることはむしろ免疫寛容を誘導するかもしれない(アレルゲン二重暴露仮説)と考えが変わってきている4).フィラグリン遺伝子の異常による皮膚のバリア機能低下はアトピー性皮膚炎の発症における重要な因子であるが,それだけでは近年のアレルギー疾患の急増は説明できない.フィラグリン遺伝子変異を有するアトピー性皮膚炎患者の割合が日本のなかでも北海道や東京などで地域差がみられることから,たとえ遺伝的な素因をもっていても生まれた後の環境で発症しない可能性が示唆されている.したがって,環境因子・ライフスタイルもアトピー性皮膚炎・アレルギー疾患の発症に重要な要素である.澄川らはアトピー性皮膚炎の有病率の低い中国と有病率の高い日本で比較検討し,皮膚バリア機能に影響を与える入浴回数が中国と比較し日本で有意に多く,ライフスタイルがバリア機能低下・アトピー性皮膚炎の発症に影響を与えることを報告した5).またわが国では,加水分解小麦を含む石鹸で洗顔することで,顔面の皮膚バリアが破綻し,アレルゲンが少しずつ経皮的に感作しア*TatsumaKishimoto&*KenFukuda:高知大学医学部眼科学講座〔別刷請求先〕岸本達真:〒783-8505高知県南国市岡豊町小蓮C185-1高知大学医学部眼科学講座C0910-1810/21/\100/頁/JCOPY(9)C489レルギー発症の原因となった「茶のしずく石鹸」による加水分解小麦アレルギーは大きな社会問題になった6).さらに西洋化された食事とそれに伴う肥満の発症,屋内外の活動パターンの変化,抗生物質の早期使用の増加などの近年のライフスタイルの変化が,喘息やアトピー性皮膚炎などのアレルギー疾患の増加に寄与している可能性が考えられている7,8).以前欧米を中心にアレルギー疾患が先進国で増加している要因の一つとして,いわゆる衛生仮説(hygienehypothesis)が提唱された.衛生仮説とは,乳児期までの感染・非衛生的環境がその後のアレルギー疾患の発症を低下させるという考えである.免疫機能が発達する乳幼児期に細菌やウイルスと接触する機会が少ない,すなわち清潔すぎる環境で育つとC1型(Th1)免疫反応を促進する刺激が減少し,2型(Th2)免疫応答が優位となり,アレルギー疾患の発症が促進するという機序が考えられている.衛生仮説を初めて提唱したStrachanは,1958年3月に生まれた英国人17,414名を対象に(すなわち同時期に同じ地域で生まれた人を対象に)アレルギー疾患の関連する環境要因を調査した9).その結果,花粉症や皮膚炎の保有や既往は,兄弟の数に反比例し,またその効果は年少の兄弟よりも年長の兄弟に大きく依存していることを見いだした.年長の兄弟がいる子どもが後のアレルギー疾患の保有率が低いのは,生育時における感染暴露頻度が高いためと推察した.また,現時点で同じ環境に暮らしているにもかかわらず,西ドイツ出身者は東ドイツ出身者よりも同じ民族でもアレルギー疾患の保有率が高いこと10)や牧畜農家などのエンドトキシン量が多い地域で育った場合はアレルギー疾患の発症率やCIgE抗体保有率が低いこと11)などが報告されている.さらに,生後C6カ月までに保育園に預けられた子どもは,6歳以降のアレルギー性喘息の罹患率が低いこと12)も明らかとなり,乳児期の感染が少ないことがアレルギー疾患の発症の原因の一つと推察されている.アレルギー疾患の発症のすべてが衛生仮説で説明できるわけではないが,わが国でC1950.1960年代以降に出生した人においてアレルゲン感作率が高いが,幼児期死亡率の急激な低下で示される当時の衛生環境の急激な改善との関連が推察される.IIアレルギー性結膜炎(スギ花粉症)とライフスタイルの変化アレルギー性結膜疾患でもっとも多いのが季節性アレルギー性結膜炎であるが,その代表疾患が花粉性結膜炎である.スギ花粉症患者の増加に伴いスギ花粉性結膜炎も増加の一途をたどっている.花粉症の歴史を振り返ると,花粉症はC1819年にイギリス人医師のCJohnBostockがイネ科の花粉症であった自分自身の症状を,原因がわからず,hayfeverと診断したことが初めての報告である.日本ではC1963年に荒木がブタクサ花粉症,1964年に堀口,斉藤らによりスギ花粉症がはじめて報告されたことからも花粉症の歴史は浅いことがわかる.日本においてスギは太平洋戦争の軍需目的に大量に伐採され,戦後に復興のため建材としてC1950.1970年にかけて大量に植林された.その後C1964年に林産物貿易の自由化により価格の安い木材が輸入されるようになり,建材用として植林されたスギは伐採されることなく放置された.スギが成熟し花粉を飛散するC30.50年後,すなわちC2000年前後にスギ花粉の飛散量はピークを迎えた.スギ花粉の飛散量の増加に伴いスギ花粉症の罹患者数は増え続け,国民病として認知されるようになった.東京都は定期的に東京都内の花粉症有病率の調査を行っており,1994年の調査でC19.4%であったのに対し,2016年の調査ではC48.8%とC2倍以上増加している13).また,年齢別でみるとC0.14歳でC40.3%,15.29歳で61.6%,30.44歳でC57.0%,45.59歳でC47.9%,60歳以上でC37.4%であり,発症が低年齢化しているのが特徴で,今後は全年齢層で有病率が高い水準を保つことが予想される.アレルギー性結膜疾患に関する疫学調査としては,日本眼科医会アレルギー眼疾患調査研究班により,全国C28施設におけるC1993.1995年にかけてのC3年間の定点調査において,小児のC12.2%,成人のC14.8%がアレルギー性結膜疾患を有すると推定された14).2017年には全国の眼科医とその家族を対象とした花粉症をはじめとしたアレルギー性結膜疾患の有病率についての調査が行われ,アレルギー性結膜疾患の有病率は48.7%であった.そのなかでスギ,ヒノキによる季節性アレルギー性結膜炎はC37.4%であった(図1)15).花粉症490あたらしい眼科Vol.38,No.5,2021(10)0.545~63%37~45%27~37%0.41~27%0.30.20.10スギ・ヒノキの花粉による年齢季節性アレルギー性結膜炎図1アレルギー性結膜炎の年齢分布と地理的分布小児にもみられ,年齢とともに増加している.地理的には都市化が進む首都圏とスギやヒノキの多い山間部に多い.(文献C15より転載)スギ・ヒノキの花粉による季節性アレルギー性結膜炎の有病率図2ライフスタイルの変化によるアレルギー性結膜疾患の増加大気,都市化,ライフスタイル,衛生環境などの変化によってアレルギー性結膜疾患が増加していると考えられる.の有病率の上昇に伴い,約C20年でアレルギー性結膜疾患の有病率はC3倍以上に増加していることがわかる.飛散するスギ花粉量の増加に加え,わが国でのライフスタイルの変化がアレルギー性結膜疾患を増加・増悪させる因子を考えると,①家屋の近代化や都市化,②家屋内でのペットの飼育の増加,③大気汚染などがアレルギーの増加・増悪因子としてあげられる(図2).まず家屋の近代化により,冷暖房が完備され,密閉式住宅が増加することにより家屋内のヒョウヒダニが増加していることが知られている.家屋内のダニの増加が喘息や通年性アレルギー性結膜炎,鼻炎などの増加原因の一つとして考えられる.また,近年の日本の都市化により,土であった地面が,花粉が吸着・分解されにくいアスファルトやコンクリートなどに変化したことで,地面に落ちた花粉が風で舞い上がって再飛散するという状態が発生するようにもなった.また,現代では室内でイヌやネコ,ハムスターやウサギなどの小動物のペットを飼育することが増加する傾向にある.前述した衛生仮説の研究のなかに,1歳以下のときに室内での犬や猫を飼育した家で育った子どもはアレルギー疾患の発症頻度が有意に少ないことが明らかとなっている16,17).1歳以下のような免疫体質が未熟な時期においてはペットとの接触はむしろ免疫寛容などを介してアレルギー疾患の発症抑制に作用すると考えられる.しかしながら,乳幼児期を過ぎて免疫体質がアレルギー体質に決定されたあとにペットを飼育すると,ペット動物のフケや上皮などによるアレルギー疾患の増加・増悪が推察される.また,室内飼育のペットによるアレルギーは,発症してもペットとの隔離がむずかしいため,常にアレルゲンにさらされ治療しても症状の軽減がむずかしいという問題がある.その場合はペットを飼育する場所を限定したり,寝室に入れないなどの工夫が必要である.さらに自動車からの排気ガス,工場からの煤煙・中国大陸からの黄砂などの土壌粒子などの環境汚染物質が,喘息などの呼吸器症状を悪化させることが知られている18).眼表面は外界と接しているため,これらの大気汚染物質などに直接暴露され,影響を受けやすい組織であると考えられる.二酸化窒素や二酸化硫黄,オゾン,浮遊粒子状物質などの大気汚染物質の増加により結膜炎の患者数が増加するとの報告19)や,大気汚染がアトピー性角結膜炎や春季カタルなどの重症アレルギー性結膜疾患の有病率と関連するとの報告がある1).Mimuraらは,アレルギー性結膜炎患者における黄砂に対する反応を皮膚テストで検討し,微生物や花粉などの浮遊物質を含む黄砂がもっとも皮膚反応の反応性が高く,花粉や熱により微生物を取り除いた黄砂では反応性が低下したことを明らかにした20).黄砂に付着した種々の微生物がアジュバント作用を介してアレルギーを誘発・増悪させている可能性が示唆された.また,Koらは急性結膜炎の患者の洗眼液の黄砂を調べ,黄砂含有量が高い群は低い群よりも症状スコアが有意に高いことを示し21),黄砂飛散時には結膜炎症状が悪化する可能性を示唆した.黄砂よりもさらに粒子の小さい大気浮遊粒子であるCPM2.5の増加時期に喘息などの呼吸器疾患の患者数の増加することが知られており22),また,アレルギー性結膜炎患者数とPM2.5と正の相関があることが報告されている23).このようなライフスタイル・環境の変化が花粉症をはじめとしたアレルギー性結膜炎の発症や症状の増悪に関与している可能性が考えられる.CIIICOVID.19によるライフスタイルの変化が与える影響SevereCacuteCrespiratoryCsyndromeCcoronavirus-2(SARS-CoV-2)による新型コロナウイルス感染症(COVID-19)により,われわれのライフスタイルは劇的に変化した.外出を自粛し,室内での生活が増え,外出時にはマスクを装着する生活スタイルが当たり前になった.COVID-19の症状は無症状から,嗅覚障害,味覚障害,重症の肺炎まで多岐にわたり,死亡に至ることもある.眼領域におけるCCOVID-19は他のウイルス性の結膜炎と同様に,充血・流涙・眼脂などの症状を呈することが知られており,重症度も軽度の充血のみという軽症例から偽膜を呈するような重症例までさまざまである.COVID-19による眼症状の発症率はこれまでの報告ではC0.8.31.6%とさまざまであるが,5%前後とする報告が多い24).COVID-19による結膜炎とアレルギー性結膜炎の症状の違いに関しては,すでにアレルギー性492あたらしい眼科Vol.38,No.5,2021(12)鼻結膜炎と診断されている患者でCCOVID-19に感染した患者に対して行った質問表によるアンケートでは,眼掻痒感,眼痛,流涙のすべてにおいて症状が異なっており,同一と答えたものはいなかったという報告がある25).しかし,現時点ではCCOVID-19に特異的な他覚的眼所見はなく,結膜炎をみたらCCOVID-19の可能性を考え診察をする必要がある.また,結膜はCCOVID-19の感染経路として可能性を否定できないことが報告されている26).2003年に流行したCSARS-CoVでは,ゴーグルやその他の眼を保護する器具を適切に使用しなかった医療従事者は,使用した医療従事者と比較して感染率が高く,そのオッズ比はC7.34であった27).SARS-CoVはCCOVID-19と同じコロナウイルスのファミリーであり,眼科医は診察する際にマスクに加え,ゴーグルやフェイスシールドで保護する必要があり28),まさにわれわれ眼科医の診療スタイルも変化したときであった.また,花粉症などのアレルギー性結膜炎による眼掻痒感で眼を擦過することでCCOVID-19感染を惹起する可能性が考えられ,コロナ禍時代のアレルギー性結膜炎の診療には眼を触らないような指導も加える必要がある.また,コロナ禍で生活習慣が極度に清潔化したために,これまでよりもさらに菌やウイルスに暴露されずに乳幼児期を過ごした子どもは,衛生仮説に当てはめるとさらにアレルギーの発症率が増加することが予想される.さらに乳児でなくてもアルコールによる消毒や手洗いの増加・マスクの摩擦によって皮膚バリア機能が障害されることによって,アレルゲンに感作され,アレルギー疾患の発症が増加することも考えられる.巣ごもりによって室内飼育しているペットとの接触時間も増加していることが予想される.現在のCCOVID-19のパンデミックによる急激なライフスタイルの変化がC10年後のアレルギー疾患の全世界的な増加につながらないことを願うばかりである.おわりにライフスタイル・環境の変化がアレルギー性結膜炎に与える影響について概説した.近代化によるさまざま々な環境変化に加え,COVID-19のパンデミックによってニューノーマルとよばれる新しい生活スタイルの変化が突然生じた.この近年のライフスタイルの急激な変化によって,今後また新たなアレルギー疾患の変化について注意が必要である.文献1)MiyazakiCD,CFukagawaCK,CFukushimaCACetal:AirCpollu-tionCsigni.cantlyCassociatedCwithCsevereCocularCallergicCin.ammatorydiseases.SciRepC9:18205,C20192)PalmerCCN,CIrvineCAD,CTerron-KwiatkowskiCACetal:CCommonloss-of-functionvariantsoftheepidermalbarrierCprotein.laggrinareamajorpredisposingfactorforatopicdermatitis.NatGenetC38:441-446,C20063)HorimukaiCK,CMoritaCK,CNaritaCMCetal:ApplicationCofCmoisturizerCtoCneonatesCpreventsCdevelopmentCofCatopicCdermatitis.JAllergyClinImmunolC134:824-830,C20144)LackCG,CFoxCD,CNorthstoneCKCetal:FactorsCassociatedCwithCtheCdevelopmentCofCpeanutCallergyCinCchildhood.CNCEnglJMedC348:977-985,C20035)澄川靖之,上木裕理子,三好彰ほか:日本,中国(江蘇省・チベット自治区)の学童におけるアトピー性皮膚炎・皮膚バリア機能調査.アレルギー56:1270-1275,C20076)YagamiCA,CAiharaCM,CIkezawaCZCetal:OutbreakCofCimmediate-typeChydrolyzedCwheatCproteinCallergyCdueCtoCafacialsoapinJapan.JAllergyClinImmunolC140:879-881,C20177)NuttenS:Atopicdermatitis:globalCepidemiologyCandCriskfactors.AnnCNutrMetabC66:8-16,C20158)RenzCH,CSkevakiC:EarlyClifeCmicrobialCexposuresCandCallergyrisks:opportunitiesCforCprevention.CNatCRevCImmunolC21:177-191,C20219)StrachanDP:HayCfever,Chygiene,CandChouseholdCsize.CBMJC299:1259-1260,C198910)RenzCH,CvonCMutius,CIlliCSCetal:TCH1/TH2CimmuneCresponsepro.lesdi.erbetweenatopicchildrenineasternandwesternGermany.JAllergyClinImmunol109:338-342,C200211)Braun-FahrlanderCC,CGassnerCM,CGrizeCLCetal:Preva-lenceCofChayCfeverCandCallergicCsensitizationCinCfarmer’sCchildrenCandCtheirCpeersClivingCinCtheCsameCruralCcommu-nity.CSCARPOLCteam.CSwissCStudyConCChildhoodCAllergyCandRespiratorySymptomswithRespecttoAirPollution.ClinCExpAllergyC29:28-34,C199912)MorganCWJ,CSternCDA,CSherrillCDLCetal:OutcomeCofCasthmaCandCwheezingCinCtheC.rstC6CyearsCoflife:follow-upthroughadolescence.AmJRespirCritCareMed172:C1253-1258,C200513)東京都花粉症対策検討委員会:花粉症患者実態調査報告書(平成C28年度).東京都福祉保健局,201714)高村悦子,内尾英一,海老原伸行ほか:アレルギー性結膜疾患診療ガイドライン(第C2版).日眼会誌114:835,C201015)MiyazakiD,TakamuraE,UchioEetal:JapaneseguideC-(13)あたらしい眼科Vol.38,No.5,2021C493