学童近視の疫学EpidemiologyofMyopiainSchool-AgeChildren川崎良*はじめに近年,全世界的に近視が増えつつあると考えられている.近視有病者は2020年にはすでに世界人口の約3人に1人,さらには今後も増え続けて2050年までには世界人口の約2人に1人にあたる50億人に上るとの推計1)もある.そのなかでもわが国を含む東アジア諸国では,小児から成人にかけてのすべての年代で近視者の割合が高いことが複数の疫学研究によって報告されており,とくに小児の近視有病率については,Rudnickaら2)がメタアナリシスを報告している.それによれば,東アジア人種の推定近視有病率は他の人種に比べて5歳,10歳,15歳,18歳いずれにおいても非常に高いことが示されている.日本は世界のなかでも近視が多く,さらに今なお近視が増えているという状況を考えると,わが国においても若い世代から継続して近視に関する疫学調査を行う必要性があると考えるが,そのような研究結果は限られている.すでに眼科の臨床においては若い世代であるほど近視の割合が高いことは肌で感じるが,このことを把握し,対策を考え,また対策の結果を評価するためには大規模かつ継続的に疫学調査が必要である.本稿では,わが国の学童の近視有病割合について調査した疫学研究のレビューと学校保健統計のデータからの推計の二つの観点からみていく.さらに,今後の学童の近視にまつわる話題として,GIGA(GlobalandInnova-tionGatewayforAll)スクール構想などデジタル端末利用の普及と,世界中に感染が拡大した新型コロナウイルスCOVID-19の感染対策としての学校教育の提供方法の変化がある.COVID-19感染拡大により学校教育は遠隔教育や電子端末利用が一気に加速したが,それが近視を増加させている可能性を示唆する中国からの研究を含め紹介する.I疫学研究における近視の定義InternationalMyopiaInstitute(IMI)は近視に関する基礎研究,臨床研究,介入や政策などの多岐にわたる近視関連の研究について積極的に情報発信を行っている3).そのなかで,近視の定義についてレビューしたところ,実に400を超える近視の定義,屈折値や眼軸値のカットオフ値が文献において用いられていたという.これにより近視研究,とくに有病割合などの記述疫学においては混乱がみられた.2019年にIMIが出版した近視白書4)においては,表1の定義が提唱された.一方で,学校における健診などの現場で一般児童を対象に調節麻痺下の屈折検査を行うことはむずかしく,また病院を受診した児童に対する調査だけでは偏ったサンプリングになってしまう.そのため,学童期の屈折度数を調査する研究は非調節麻痺下の屈折検査のみによって近視を定義するため,厳密な意味での近視の定義を満たしていない可能性があり,その結果として一過性の近視を除外できず,有病割合を多く見積もってしまう危険性があることには注意が必要である.*RyoKawasaki:大阪大学医学部附属病院AI医療センター,大阪大学大学院医学系研究科視覚情報制御学・寄附講座〔別刷請求先〕川崎良:〒565-0871大阪府吹田市山田丘2-2大阪大学医学部附属病院AI医療センター0910-1810/21/\100/頁/JCOPY(3)851-------表1近視およびその程度の定義用語定義Myopia近視調節麻痺下等価球面度数≦-0.50DLowmyopia弱度近視調節麻痺下等価球面度数≦-0.50Dかつ>-6.00DHighmyopia強度近視調節麻痺下等価球面度数≦-6.00D(InternationalMyopiaInstituteによる提案(文献4から抜粋・私訳)有病率(%)10080604020094.694.234567891011121314151617年齢(歳)1984(MatsumuraとHirai)1996(MatsumuraとHirai)2017(Yotsukura,Toriiら)図11984年,1996年および2017年の学童期の近視の有病率調査研究結果(文献5,6をもとに作成)該当者割合(%)403020100等価球面度数(D)図2Yotsukura,Toriiらによる小学生,中学生調査の屈折度数分布(文献C6をもとに作成)807060504030201006歳7歳8歳9歳10歳11歳12歳13歳14歳15歳16歳17歳該当者の割合(%)1993年生1994年生1995年生1996年生1997年生1998年生1999年生2000年生2001年生2002年生2003年生2004年生2005年生2006年生2007年生2008年生2009年生2010年生図3出生年別にみる同年齢の裸眼視力1.0未満者の割合各ラインが同年齢者を表す.(文献C7をもとに作成)該当者の割合(%)該当者の割合(%)該当者の割合(%)8070605040302010067891011121314151617年齢(歳)1993年生1994年生1995年生1996年生1997年生1998年生1999年生2000年生2001年生2002年生2003年生2004年生2005年生2006年生2007年生2008年生2009年生図4出生年別にみる同年齢の裸眼視力1.0未満者の割合各ラインが出生年別の年齢に伴う割合を表す.(文献C7をもとに作成)0.7~0.90.3~0.60.3未満20062018200620186歳7歳8歳9歳10歳11歳0.7~0.90.3~0.60.3未満200620182006201812歳13歳14歳15歳16歳17歳図5370方式による視力区分の割合(文献C7をもとに作成)該当者の割合(%)該当者の割合(%)6歳7歳8歳9歳10歳11歳12歳13歳14歳15歳16歳17歳図6年齢別の裸眼視力1.0未満の割合都道府県単位に集計された裸眼視力C0.1未満の割合をプロットした.(文献C7をもとに作成)-で近視化が進んでおり,たとえばC6歳児においては2015.2019年のC5年で-0.05D近視化していたのに対し,2019.2020年にはC1年で-0.3D近視化していた.このような近視化のトレンドの大きな変化はとくにC6.8歳の若い年代で顕著であり,この若年層での近視者の増加,近視度数の進行が顕著にみられた原因としては,学校生活の変化(教室での授業から在宅オンライン授業への変更)や,その他の社会生活の変化(戸外活動時間の減少,デジタルデバイス利用の増加)が考察されている.中国からはこの研究以外にも,COVID-19感染拡大の状況下での学童の生活について,たしかに学校生活の変化やその他の社会生活の変化が起きていることを示す調査13)がある.スマートホン,タブレット,パーソナルコンピューターなどの電子端末利用児は,テレビなどの大型画面機器を用いる児よりも近視方向への屈折変化がより大きいこと,オンライン授業時間,1日あたりのオンライン授業の回数,デジタルスクリーン曝露時間はすべて近視方向への屈折変化がより大きいことに,屋外活動時間は近視方向への屈折変化が少ないことに関連していたことを報告している.一方で,1年未満の短期間に起きた学習環境や生活習慣の変化が近視化,近視度数の進行をきたすのか,またそのような変化が可逆的なものなのか恒常的なものなのかについては,さらなる研究が必要であろう.なお,そのような調査を定期的に継続して行うことの意義はとても大きいと考える.また,文部科学省は電子タブレット端末の利用にあたっての健康への配慮などに関する啓発リーフレットを公開14)している.おわりにわが国では,学童を対象とした疫学研究は限られており,文部科学省学校保健統計などから間接的に近視の動向を推定することしかできなかった.しかし,文部科学省の研究班として屈折検査を含めた詳細な調査を全国から抽出された小中学生約C9,000人の実態調査が開始された.調査はC2021年C5.6月,小中学生計C9,000人を対象に実施され.屈折度数や眼軸長を測定するとともに,スマートホンの使用時間や外遊びの頻度など生活習慣に関するアンケートも実施し,視力への影響を分析するもので,わが国における学童の近視の状況を正確に把握できる重要な機会になると期待している.文献1)HoldenCBA,CFrickeCTR,CWilsonCDACetal:GlobalCpreva-lenceCofCmyopiaCandChighCmyopiaCandCtemporalCtrendsCfrom2000through2050.OphthalmologyC123:1036-1042,C20162)RudnickaAR,KapetanakisVV,WathernAKetal:Globalvariationsandtimetrendsintheprevalenceofchildhoodmyopia,asystematicreviewandquantitativemeta-analy-sis:implicationsCforCaetiologyCandCearlyCprevention.CBrJOphthalmol100:882-890,C20163)JongCM,CJonasCJB,CWol.sohnCJSCetal:IMIC2021CyearlyCdigest.InvestOphthalmolVisSci62:7,C20214)FlitcroftDI,HeM,JonasJBetal:IMI-de.ningandclas-sifyingCmyopia:aCproposedCsetCofCstandardsCforCclinicalCandepidemiologicstudies.InvestOphthalmolVisSci60:CM20-M30,C20195)MatsumuraH,HiraiH:Prevalenceofmyopiaandrefrac-tiveCchangesCinCstudentsCfromC3CtoC17CyearsCofCage.CSurvCOphthalmol44(SupplC1):S109-S115,C19996)YotsukuraCE,CToriiCH,CInokuchiCMCetal:CurrentCpreva-lenceCofCmyopiaCandCassociationCofCmyopiaCwithCenviron-mentalfactorsamongschoolchildreninJapan.JAMAOph-thalmol137:1233-1239,C20197)政府統計の総合窓口(総務省統計局):学校保健統計調査.Ce-Statwww.e-stat.go.jp/SG1/estat/NewList.do?tid=000001011648(2021年C5月C29日最終アクセス)8)宮浦徹,宇津見義一,伊藤忍ほか:視力受診勧奨の屈折等に関する調査.日本の眼科6:900-905,C20209)文部科学省:GIGAスクール構想について.https://www.mext.go.jp/a_menu/other/index_0001111.htm(2021年C5月C29日最終アクセス)10)LinLLK,ShihYF,HsiaoCKetal:PrevalenceofmyopiainCTaiwaneseschoolchildren:1983CtoC2000.CAnnCAcadCMedSingaporeC33:27-33,C200411)TsaiCTH,CLiuCYL,CMaCIHCetal:EvolutionCofCtheCpreva-lenceCofCmyopiaCamongCTaiwaneseCschoolchildren.CaCreviewCofCsurveyCdataCfromC1983CthroughC2017.COphthal-mologyC128:290-301,C202112)WangJ,LiY,MuschDCetal:Progressionofmyopiainschool-agedCchildrenCafterCCOVID-19ChomeCcon.nement.CJAMAOphthalmolC139:293-300,C202113)WangCW,CZhuCL,CZhengCSCetal:SurveyConCtheCprogres-sionCofCmyopiaCinCchildrenCandCadolescentsCinCChongqingCDuringCCOVID-19Cpandemic.CFront.CPublicCHealth9:C646770,C202114)文部科学省:端末利用に当たっての児童生徒の健康への配慮等に関する啓発リーフレットについて.https://www.Cmext.go.jp/a_menu/shotou/zyouhou/detail/mext_00001.html(2021年C5月C29日最終アクセス)(9)あたらしい眼科Vol.38,No.8,2021C857