甲状腺眼症ThyroidEyeDisease川口俊輔*神前あい*I概要甲状腺眼症(thyroideyedisease:TED)とは,おもにBasedow病(Graves’diseaseともよばれる)に伴って発症する自己免疫性の炎症性眼窩疾患であり,眼球突出,複視,視力障害などを生じることで患者の生活の質(qualityofLife:QOL)を著しく低下させる.疾患の本質は,外眼筋や眼窩脂肪,結合組織への自己免疫反応による炎症であり,進行すると急激な視機能低下に至ることもあるため,早期診断と適切な治療介入がきわめて重要である.これまで日本におけるTEDの発症率や有病率は不明であったが,2023年レセプトビッグデータを用いた解析結果が報告された.JapanMedicalDateCenter(JMDC)の1,300万人のデータベースを用いたこの解析では,TEDの発症率は人口10万人年あたり7.3人(男性3.6人,女性13.0人),日本におけるTEDの年齢調整有病者数は34,913人(有病率0.034%)と算出された.平均年齢は44.6歳,女性が76%,基礎疾患としてはBasedow病70.8%,慢性甲状腺炎9.4%であった1).本疾患では,重症度と活動性の評価が診断と治療方針の決定に直結する.臨床的には眼科的所見とともに臨床活動性スコア(clinicalactivityscore:CAS)(表1)によって活動性を評価し,MRI,とくに脂肪抑制T2強調画像(STIR法など)による眼窩組織の浮腫・炎症の可視化が有用である.これにより,治療の時期や方法を選表1ClinicalActivityScore(CAS)□眼球や球後の痛み・圧迫感や違和感□眼球運動時痛(上方視,下方視,側方視)□眼瞼の発赤□眼瞼の腫脹□結膜の充血□結膜の浮腫□涙丘の腫脹───────────────□1.3カ月間に2mm以上の眼球突出の進行□1.3カ月間に8度以上の眼球運動障害□1.3カ月間に視力低下注:炎症の典型的な特徴に基づく活動性評価である.択する.治療の中心にはステロイドパルス療法があり,活動性の高い場合には射線療法の併用も検討される.非活動期には,眼窩減圧術や斜視手術,眼瞼手術などの外科的介入が後遺症の改善を目的として行われる.また,2024年11月にはIGF-1受容体阻害薬であるテプロツムマブが日本でも活動性甲状腺眼症への適用が承認され,治療の選択肢が広がった.TEDは,単なる「目の病気」にとどまらず,内分泌疾患と眼科疾患が交差する代表的な病態であり,早期発見と包括的なマネジメントによって患者のQOLと視機能を守ることができる疾患である.II決め手になる症状・所見本疾患の初期には,患者が「目が出てきた」「目がゴ*ShunsukeKawaguchi&AiKozaki:オリンピア眼科病院〔別刷請求先〕川口俊輔:〒150-0001東京都渋谷区神宮前2-18-12オリンピア眼科病院(1)(15)14930910-1810/25/\100/頁/JCOPY図1Hertel眼球突出度計による測定両眼の外眼角部に.の突出部をあて,正面方向から二つの赤矢印を重ね,角膜頂点部の数字(.)が突出度である.測定誤差が出ないように眼窩外側縁間距離も記載し,毎回同じ距離で計測する.図2外眼筋の活動性炎症a:T1強調画像の冠状断.両眼C4直筋の腫大がみられる.b:脂肪抑制CT2強調画像の冠状断.腫大した外眼筋が高吸収域を示しており炎症所見を認める.とくに左上,内,下直筋の炎症が強くみられる.STTA前STTA後図3右下直筋炎症性腫大に対するSTTA施行例STTA前にはCMRIで右眼の下直筋と内直筋の炎症性腫大がみられる.STTAを下直筋周囲に施行は,治療前にみられた高吸収域がなくなっており,炎症が改善していることがわかる(.).図4下直筋の拘縮による上転障害例の9方向眼位正面視にて右が下斜視となっており,上方視にて右眼上転が制限されている(.).4.眼窩蜂窩織炎眼の急性化膿性炎症で,副鼻腔炎やう歯から炎症が波及する場合が多く,発熱・悪寒などの全身症状を伴い,眼瞼の強い発赤腫脹や眼窩の圧痛が特徴的である.画像検査で炎症所見を確認し,白血球増多やCC反応性蛋白(C-reactiveprotein:CRP)上昇などの炎症反応で診断する.C5.内頸動脈海綿静脈洞瘻内頸動脈から海綿静脈洞への動脈血短絡であり,拍動性眼球突出,結膜の静脈怒張,血管雑音,眼球運動制限などを呈する.眼圧脈圧が高いことも特徴的で,MRアンギオグラフィにより短絡血流や上眼静脈拡張を確認できる.外傷後に急性に発症する例と,血管奇形により硬膜枝から短絡する軽症型がある.加えて,重症筋無力症,動眼神経麻痺,上眼瞼挙筋ミオパチー,サルコイドーシス,血管炎(Wegener肉芽腫症)など全身疾患に伴う眼症状も鑑別に含めるべきである.とくに片側性,急速な進行,全身症状を伴う例では,甲状腺眼症と決めつけず,広い視野で診断アプローチをとることが重要である.CV治療あるいは紹介のタイミング甲状腺眼症の治療や専門医紹介のタイミングは,重症度と活動性の評価に基づいて決定される.活動期の患者,とくに視神経障害や急速な進行を認める場合は,早急に専門医紹介が必要である.甲状腺眼症の治療の第一歩は甲状腺機能の是正であり,内分泌専門医への紹介も必要であり,内科治療と並行して眼科治療を行う.活動期には,メチルプレドニゾロンの静注ステロイドパルス療法が標準治療であり,複数筋の腫大,もしくは単筋腫大でCTSAbが高値である場合が治療の適応である.反応不良例には眼窩放射線療法やテプロツムマブ導入も検討される.テプロツムマブはCIGF-1受容体を標的とした分子標的薬であり,活動期のCTEDに対して眼球突出の著明な改善が期待できる.一方で,複視に対する改善効果は部分的であり,線維化が進行した非活動期では効果が限定的である.治療効果の発現が早く,患者のCQOLの改善も顕著で,3週間ごとの点滴投与で通院負担が少ない利点もあるが,難聴,高血糖,倦怠感,無月経などの有害事象が報告されており,治療継続には注意を要する.また,治療費の負担も課題である.圧迫性視神経症状が顕著な場合は,眼窩減圧術の適応を速やかに検討する必要がある.点滴治療以外にも局所の炎症にはステロイド局所注射も行われている.トリアムシノロンアセトニド(triamcinoloneacetonide:TA)皮下注射やトリアムシノロンアセトニドCTenon.下注射(sub-TenonCTAinjection:STTA)が実施される.MRIで上眼瞼挙筋の炎症性腫大がみられ,上眼瞼後退や眼瞼腫脹のみられる患者にはCTA皮下注射がよい適応である.眼瞼皮下にCTA12.20Cmg/0.5Cmlを注射する.また,単筋腫大例やステロイドパルス療法後に残存する外眼筋炎症に対してはCSTTAが適応となる(図3).腫大筋周囲にC20Cmg/0.5Cmlを注射する.STTA後に外眼筋の炎症は改善するが,複視が残存する患者もみられる.とくに下直筋では筋拘縮が進んで投与後に複視が悪化する患者があるため,施行には注意を要する.複視に対しては,活動期,非活動期を問わず,A型ボツリヌス毒素注射の併用も可能であり,複視改善を狙うことができる.非活動期には,後遺症に対する外科的介入が段階的に行われる.眼窩減圧術,斜視手術,眼瞼形成術の順で行うのが一般的であり,炎症の安定をC6カ月以上確認したうえで計画される.軽症例では生活指導や保存的治療が中心となり,禁煙,ビタミンCD・セレンの補充,人工涙液の使用が推奨される.総じて,紹介や治療開始のタイミングを逸すると,視機能や外見の後遺障害が固定されるため,初期診療を担う医師が適切に対応もしくは眼症専門医へ早期に紹介することがきわめて重要である.CVIその他の予後に影響すること甲状腺眼症は自己免疫疾患であるので,自然寛解もみられる.活動期さえ過ぎれば徐々に改善していく疾患であるので,重症化させない治療が予後に影響する.原疾患であるCBasedow病の管理,甲状腺眼症発症時の重症(19)あたらしい眼科Vol.42,No.12,2025C1497度,喫煙,合併症の有無など多くの因子に左右される.発症年齢が高い患者では重症化しやすく,男性や喫煙者で重症化しやすいが,近年は喫煙率の低下に伴い性差は縮小している.人種差も存在し,白人で高頻度,アジア人で低頻度とされる.環境因子の中では喫煙がとくに重要である.喫煙はTEDの発症,進展,治療抵抗性といったあらゆる段階において有意な影響を与えることが複数の疫学研究で示されている.Haggらの初報や,Vestergaardらによるメタ解析では,喫煙者は非喫煙者と比較してCTED発症のオッズ比(oddsratio:OR)がC4.40(95%信頼区間:2.88.6.73)と有意に高く,Basedow病自体の発症リスク(OR3.30,95%信頼区間:2.09.5.22)を上回った2,3).さらに,Basedow病患者においても喫煙は非喫煙に比しCTED発症のCOR2.18(95%信頼区間:1.51.3.14)であった.治療抵抗性についても,放射線外照射や糖質コルチコイド療法との併用成績において喫煙者は改善率が低下しており,中等度CTED症例においても治療効果の有意な減弱が報告されている.この背景には,タバコ煙成分によるサイトカイン産生促進,慢性的低酸素刺激による外眼筋線維化,線維芽細胞でのプロテオグリカン産生亢進や脂肪細胞分化促進といった病態機序が想定される4.6).これらの知見をふまえ,米国甲状腺学会,欧州ガイドライン,日本甲状腺学会のいずれの診療指針においても,すべてのCBasedow病患者に対して禁煙を強く推奨し,TED治療戦略の一環として禁煙外来や薬物療法による支援を明記している.甲状腺機能異常自体も予後に直結し,甲状腺中毒症の程度と持続期間はCTEDの重症化と相関し,治療に伴う甲状腺機能低下症への移行も新規発症や増悪の契機となる.TRAb高値例では活動性と重症度が高く,予後不良であることも知られている.加えて,遺伝的素因として免疫調節因子の遺伝子多型が関与し,これはCBasedow病の発症機序とほぼ共通である7).精神的ストレスも重要な修飾因子であり,眼症の有無にかかわらずCBasedow病発症を誘発しうる.眼症患者は一般集団に比べCQOLが有意に低下しており,その程度は複視や眼窩部痛,重大なストレスイベントの経験と相関する.生活リズムの乱れは精神的不安定を助長し,甲状腺機能異常や眼症症状の悪化につながるため,規則的な生活と十分な睡眠,精神的支援が予後改善に寄与する可能性がある.さらに,身体的ストレスや局所組織障害も眼症の増悪因子となりうる.眼窩減圧術,斜視手術,白内障手術,インターフェロン治療,動脈塞栓術などが増悪の契機となった報告があり,局所感染や組織崩壊は自己免疫反応の活性化や炎症の増強を介して病態を悪化させる8.12).活動期には不要不急の外科処置や抜歯,過激な運動は避けることが望ましい.総じて,TEDの予後改善には禁煙の徹底,甲状腺機能の厳密な管理,精神的ストレス対策と生活リズムの安定化,活動期における組織侵襲の回避が不可欠である.これらの因子のうち,喫煙は患者自身が直接是正できる唯一の要素であり,TED治療戦略における中心的介入対象と位置づけられる.また,喫煙は発症リスクだけでなく,治療抵抗性や重症化の独立した危険因子であることが知られており,診断時の禁煙指導は必須である.加えて,外見の変化による精神的負担や社会的ストレスも無視できず,患者の心理的支援と生活環境への配慮も,治療の継続とCQOLの向上において欠かせない要素であることも忘れてはならない.文献1)渡邊奈津子,神前あい,井上浩輔ほか:日本における甲状腺眼症の有病率と発症率.日内分泌会誌99:324,C20232)HaggE,AsplundK:Isendocrineophthalmopathyrelatedtosmoking.BrMedJC295:634-635,C19873)VestergaardP:SmokingandthyroiddisordersC─Cameta-analysis.EurJEndocrinolC146:153-161,C20024)MetcalfeCRA,CWeetmanAP:StimulationCofCextraocularCmuscleC.broblastsCbyCcytokinesCandhypoxia:possibleCroleinthy-roid-associatedophthalmopathy.ClinEndocri-nolC40:67-72,C19945)ChngCL,LaiOF,ChewCSetal:Hypoxiaincreasesadi-po-genesisanda.ectsadipocytokineproductioninorbital.bro-blasts-aCpossibleCexplanationCofCtheClinkCbetweenCsmokingCandCGraves’Cophthalmopathy.CIntCJCOphthalmolC7:403-407,C20146)RegensburgCNI,CWiersingaCWM,CBerendschotCTTCetal:CE.ectCofCsmokingConCorbitalCfatCandCmuscleCvolumeCinCGraves’orbi-topathy.ThyroidC21:177-181,C20117)KhalilzadehCO,CNoshadCS,CRashidiCACetal:GravesC’Coph-thalmopathy:aCreviewCofCimmunogenetics.CCurrCGenom-1498あたらしい眼科Vol.42,No.12,2025(20)’C’C