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保険承認された遺伝子治療(RPE65関連網膜症に対する遺伝子補充治療)

2025年7月31日 木曜日

保険承認された遺伝子治療(RPE65関連網膜症に対する遺伝子補充治療)Insurance-ApprovedGeneTherapy(GeneAugmentationTherapyforRPE65-RelatedRetinopathy)角田和繁*はじめに網膜色素変性(retinitispigmentosa:RP)は,網膜関連遺伝子の異常によって網膜視細胞および網膜色素上皮(retinalpigmentepithelium:RPE)細胞がゆっくりと変性し,夜盲,視野狭窄,視力低下などをきたす疾患である.本疾患に対しては,これまでさまざまな治療の試みがなされてきたが,2023年6月にRPE65遺伝子異常を原因とする網膜ジストロフィ(RPE65関連網膜症)を対象とした遺伝子補充治療薬(用語解説参照)が国内において初めて保険収載され,現在は国内の2施設で治療が行われている.現在のところ,対象はRPE65関連網膜症に限られているが,それ以外にも多くの原因遺伝子を対象とした臨床治験が海外を中心に行われている(特集の別項目参照).このため,RPの診療にあたっては正確な遺伝学的診断に加えて,「その患者が現時点で治療の対象となるかどうか」という新たな視点での対応が求められるようになってきている.本稿では,国内で初めて承認された網膜遺伝子治療の対象疾患であるRPE65関連網膜症について,その診断と治療の概要を解説する.I治療に対するさまざまな取り組みRPに対しては,国内においてもさまざまな治療の試みが行われてきた.発症初期~中期にかけての網膜の機能維持を目的とした治療としては,内服治療薬(分岐鎖アミノ酸,代替レチノイド,リードスルー薬など),網膜下への神経保護因子の遺伝子導入治療(特集の別項目参照),経皮膚電気刺激療法などの開発や臨床治験が行われてきた.また,重症患者に対して新たな視機能獲得を目的とした治療としては,人工網膜(光に反応して脳に電気信号を送るチップを眼内に埋め込む),網膜再生医療(iPS細胞を用いた網膜視細胞移植),オプトジェネティクス(障害された視細胞の代わりに光感受性蛋白の遺伝子を網膜内に導入する.特集の別項目参照)などの開発や臨床治験が進められている.これらの治療法の多くは,基本的に原因遺伝子の種類に限定されない治療法である.一方で,RPの原因遺伝子ごとに行われる個別化医療として,遺伝子補充治療,遺伝子編集治療,アンチセンスオリゴヌクレオチドに代表されるmRNA修飾治療等の臨床治験が,おもに国外においてさまざまな網膜関連遺伝子に対して行われてきた.そして2017年には,RPE65関連網膜症に対する遺伝子補充治療薬ボレチゲンネパルボベク(ルクスターナ注)が米国食品医薬品局(FoodandDrugAdministration:FDA)に承認され,わが国においても,国内における第3相試験を経て2023年に保険収載されるに至った.II本治療の対象疾患本治療の対象疾患はRPE65関連網膜症に限定されるが,その表現型はどのようなものであろうか.RPには*KazushigeTsunoda:東京医療センター臨床研究センター(感覚器センター)視覚研究部〔別刷請求先〕角田和繁:〒152-8902東京都目黒区東が丘2-5-1東京医療センター臨床研究センター(感覚器センター)視覚研究部(1)(33)8170910-1810/25/\100/頁/JCOPY100種類程度の原因遺伝子が知られ,それぞれの遺伝子が関与する蛋白質の機能や局在によって,網膜障害のパターンや重症度などが異なっている.このうちCRPE65遺伝子がコードする蛋白はCRPE細胞におけるビタミンAサイクル(visualcycle)において重要な役割を果たす酵素(レチノイドイソメロヒドロラーゼ)であり,この酵素の働きが障害されることで杆体視細胞の機能が傷害される.ビタミンCAサイクルに関する遺伝子は,ほかにもCLRAT,RDH5,RLBP1などが知られているが,いずれもその異常によって杆体機能が低下し,夜盲を生じることが特徴である.RPE65遺伝子の異常によって生じる代表的な病態として,Leber先天盲(LeberCcongenitalamaurosis:LCA)および,早期発症重症網膜ジストロフィ(early-onsetCsevereCretinaldystrophy:EOSRD)があげられ1,2),一般外来で診察する定型CRPとはその臨床所見や症状経過がやや異なっている.遺伝形式は常染色体潜性遺伝(劣性遺伝)であり,兄弟での発症がみられることがあるが,家族歴のない患者も多い.本遺伝子に関連して定型CRPや網膜変性を生じない白点状眼底(fundusalbipunctatus)などの表現型を示す患者もあるが,頻度は高くない.LCAの本来の定義としては,①出生後数カ月~1年以内に重度の視覚障害がみられ,②症状に比べて眼底の異常所見が軽度であり,③全視野網膜電図(electroretC-inogram:ERG)が消失もしくは重度の減弱を示し,④常染色体潜性(劣性)の遺伝形式を示す患者をさす1).また,重度の視力障害とともに,眼振,羞明,夜盲,乳児期にみられるCoculo-digitalsign(自分の手で眼球を強く押さえるしぐさ)などが特徴的な所見である.ただし現在では,発症がC1歳以内であれば視力障害がそれほど重症でなくてもCLCAと診断される傾向にある.LCAに関連する代表的な遺伝子はC20種類以上知られているが,特筆すべき点として,RPE65遺伝子異常によるCLCAは他の遺伝子異常によるCLCAに比べると症状がやや軽く,若年期にはある程度の視機能が残されている患者が多いことがあげられる3~7).このため,LCAの特徴とされるCoculo-digitalCsignはCRPE65関連網膜症では観察されることがなく,また,なんらかの全身合併症を伴うこともまれであるとされている.一方のCEOSRDはLCAより発症が遅いものの,5歳までに発症するCRPの重症型である.ただし,両者の違いは厳密ではなく,LCAとCEOSRDは同一のスペクトラム上に置かれた疾患と考えてよい2).結論として,RPE65関連網膜症の表現型は定型CRPよりも重症であるものの,LCAよりもやや軽症な網膜ジストロフィと要約できる.RPE65関連網膜症の自然経過については,これまでに欧米を中心に多くの報告がなされてきた.共通して指摘されているのは,早期から強い夜盲と視野狭窄,視力不良がみられるものの,幼児期~10代半ばまでの期間は視力が大きく変化しないことである3~7).具体的には,10代までの矯正小数視力はCWHOの弱視基準であるC0.3を下回る患者が多いものの,多くの患者ではC0.1以上を維持しており,ロービジョンケアによって書字,識字が可能な場合も多い.しかし,10代後半~20歳以降には視力低下が著しく,40代ではほぼ全例でCWHOの失明基準であるC0.05を下回る.一方で,求心性視野狭窄は早期から徐々に進行して行く傾向にある.これらの進行過程はCEYS,RPGRなど,ほかの代表的な遺伝子異常による定型CRPに比べるとかなり早いといえる.CIIIRPE65関連網膜症に対する遺伝子補充治療RPE65関連網膜症に対する遺伝子補充治療薬ルクスターナ注はC2012年に米国で第C3相試験が開始され,2017年にCFDAによって承認された.翌C2018年にはEUにおいても承認され,2024年C7月現在,世界のC49の国または地域で承認され,すでにC701症例に対して治療が行われている.国内においても日本人を対象とした有効性と安全性を検討するため,2021年に第C3相試験としてC4例の患者に投与された.そしてC2023年C6月に厚生労働省より製造販売承認を受けている.ルクスターナ注は正常ヒトCRPE65蛋白質(hRPE65)を発現する遺伝子の導入を目的としたウイルスベクターであり,アデノ随伴ウイルスC2型(adeno-associatedvirus2:AAV2)が使用されている.投与方法は網膜下投与であり,治療にあたっては通常のC3ポート硝子体手術が行われる.すなわち,硝子体を除去し後部硝子体.離を完成したのち,網膜下投与カニューレを用いて後極818あたらしい眼科Vol.42,No.7,2025(34)a図1RPE65関連網膜症と定型RPの広角眼底写真および眼底自発蛍光a:RPE65関連網膜症(34歳,女性).眼底写真(左)では周辺網膜の粗造な色調と血管狭細化が著明であるが,骨小体様変化はみられない.眼底自発蛍光(右)では,黄斑部周囲を除いてびまん性の低蛍光所見が広範囲に観察される.RPE層の欠損を示す蛍光消失領域は見られない.Cb:定型CRP(EYS関連網膜症,31歳,男性).眼底写真(左)では周辺網膜の広範囲に骨小体様変化が見られる.眼底自発蛍光(右)では,骨小体様変化の分布に一致した斑状の蛍光消失領域(黒く写った部分)が観察される.図2遺伝子補充治療に適したRPE65関連網膜症RPE65関連網膜症のC17歳,女性.左眼矯正視力は(0.09).a:眼底写真では血管アーケード周囲の粗造な網膜色調と血管狭細化が著明であるが,骨小体様変化は見られない.Cb:眼底自発蛍光では,黄斑部周囲を除いてびまん性の低蛍光所見が広範囲に観察される.Cc:後極部のCOCTでは,外顆粒層(①)と視細胞CellipsoidCzone(EZ)(②)の萎縮が観察されるものの,まだ十分に残存していることが確認できる.網膜色素上皮層(③)も広範囲で残存している.図3遺伝子補充治療に適さないRPE65関連網膜症RPE65関連網膜症のC29歳,男性.左眼矯正視力は光覚弁.Ca:眼底写真では血管アーケード周囲の粗造な網膜色調と血管狭細化が著明であるが,骨小体様変化は見られない.Cb:眼底自発蛍光では,黄斑部周囲を除いてびまん性の低蛍光所見が広範囲に観察される.Cc:後極部のCOCTでは,外顆粒層(①)と視細胞CellipsoidCzone(EZ)(②)の萎縮が進行して広範囲において消失している.傍中心窩ではCRPE層の萎縮が進行し,Bruch膜が露出している(③).遺伝子補充治療薬:遺伝子機能の喪失によって傷害された組織に対し,ウイルスベクターを用いて正常な遺伝子を核内に補充することで,正常な蛋白質を作り機能を回復させる治療法.ウイルスによって運搬可能な遺伝子の大きさに限りがあるため,原因遺伝子のサイズが小さい網膜疾患が治療の対象となる.眼底自発蛍光(FAF):CRPEに蓄積したリポフスチンを起源とする自発蛍光を二次元的に描出する眼底イメージング法.初期の網膜病変を鋭敏に検出することが可能で,また非侵襲的に繰り返し撮影ができるため,遺伝性網膜疾患の診断においてはフルオレセイン蛍光眼底造影に代わって必須の検査項目となっている.おもにCHeidelberg社製のCHeidelbergCRetinaCAngiograph(CHRA)を用いる方法と,オプトス社製の超広角眼底撮影を用いる方法が一般的であるが,とくにCHRAは解像度とコントラストに優れているため,臨床研究や臨床治験において主要な評価項目として用いられている.両アレル性:常染色体潜性(劣性)遺伝の疾患において,原因となる病的バリアントが,父由来,母由来のそれぞれの遺伝子に存在していること.これを証明するためには,患者の両親の遺伝子検査を行い,それぞれのバリアントがヘテロで存在することを確認する必要がある.体潜性遺伝(劣性遺伝)が想定される場合には,まず大学病院等の網膜専門医に精査を依頼して治療の可能性を含めて精査することが望まれる.CV治療の現状と治療に適した時期本治療は日本網膜硝子体学会が発行した「ルクスターナ注適正使用指針」に準じて行われている.患者の選択にあたってもっとも重要なポイントは,「病態がRPE65遺伝子の両アレル性(用語解説参照)の変異によるもの」であり,かつ,治療の時点で「十分な生存網膜細胞を有することが確認されている」ことである(図2,3).現在,国内の治療施設は東京医療センターおよび神戸アイセンターのC2施設に限定されており,保険収載後,2025年C6月の時点でC5症例C8眼に対して本治療が施行された.すでに海外ではC700以上の症例に対して治療が行われており,治療成績や合併症に関して多くの報告がある.治療効果については,米国第C3相臨床試験の結果と同様に,ほとんどの症例で網膜感度や視野の改善が報告されている15~17).また,治療時の年齢がC20歳以下の若年者のほうが,より治療効果が高いことが示されている.一方,治験終了後に報告された治療後の網膜所見として,薬物注入の数カ月以降に出現する網脈絡膜萎縮があげられている17~19).これは薬液を注入したCblebの周囲に治療前にはみられなかった網脈絡膜萎縮が出現するものであるが,現在のところ夜盲の改善等の治療効果に及ぼす影響は少ないと考えられている.国内においては「ルクスターナ注適正使用指針の留意事項」として,「若年者の治療が推奨される(一部抜粋)」,「網膜生存網膜細胞の評価は慎重に行うべきである.評価にあたっては,OCTを用いて後極部に十分な網膜外層構造(RPE層から外顆粒層にかけて)が残存していることを確認する(一部抜粋)」,「治療侵襲による視機能への影響を上回る治療効果が得られることが期待できる患者を治療対象とする」等の留意点が示されており,すでに網膜萎縮が進行して治療効果が期待できない患者については対象から外すことが求められている(図2,3).おわりにこれまで遺伝性網膜疾患において有効な治療法はなかったが,RPE65関連網膜症に対してはCAAV2を用いた遺伝子補充治療がC2023年から国内でも実施されるようになった.海外ではすでにC2017年から治療が開始され,有効性と効果の持続性が確認されており,薬剤に起因した重篤な合併症の報告はない.ただし,本治療の対象患者数は非常に少なく,また治療に適した年齢も限られているため,今後さらに多くの患者を対象とした新たな治療法が実現することが期待されている.C■用語解説■文献1)denCHollanderCAI,CRoepmanCR,CKoenekoopCRKCetal:CLeberCcongenitalamaurosis:genes,CproteinsCandCdiseaseCmechanisms.ProgRetinEyeRes27:391-419,C20082)KumaranN,MooreAT,WeleberRGetal:Lebercongeni-talCamaurosis/early-onsetCsevereCretinaldystrophy:clini-calCfeatures,CmolecularCgeneticsCandCtherapeuticCinterven-tions.BrJOphthalmolC101:1147-1154,C20173)ChungDC,BertelsenM,LorenzBetal:Thenaturalhis-822あたらしい眼科Vol.42,No.7,2025(38)—

遺伝子検査を読み解くための遺伝学の基本

2025年7月31日 木曜日

遺伝子検査を読み解くための遺伝学の基本BasicKnowledgeofGeneticstoProperlyInterpretGeneticTestResults浦川優作*はじめに近年,さまざまな疾患と遺伝子の関係が明らかになってきており,遺伝性の疾患についても多くのことが解明されてきた.眼科領域の遺伝性疾患である網膜色素変性(retinitispigmentosa:RP)をはじめとする遺伝性網膜ジストロフィ(inheritedCretinaldystrophy:IRD)はその代表例である.IRDは夜盲,視野狭窄,視力低下をおもな症状とする進行性の網膜変性疾患である.IRDと診断された患者にとっては,治療法がない,失明する可能性があるということだけでなく,遺伝するということがわかったときのインパクトは大きく,今後の人生設計にも大きな影響を及ぼす可能性がある.一方で,実臨床においてCRPE65を原因とするCIRDに対して遺伝子治療が始まった.治療方針の決定には遺伝学的検査が不可欠であり,それだけではなく自身の子どもへの遺伝的リスクを知りたいという患者も少なくない.遺伝学的検査で得られる情報を有効活用するために,本稿では遺伝学的検査の検査結果を解釈するための遺伝や遺伝子診断の基本をまとめた.CIIRDの遺伝学的特徴IRDは,その原因となる遺伝子がきわめて多様であることが最大の特徴である.類縁疾患を含めると,現在までにC250を超える原因遺伝子が報告されている1).多くの遺伝性疾患では,特定の疾患に対して原因遺伝子が一対一で対応するのに対し,IRDでは一つの疾患(たとえばCRP)に対して多数の異なる遺伝子が原因となりうる.この現象を「遺伝的異質性(geneticCheterogene-ity)」とよび,IRDの診療において非常に重要な概念である.原因遺伝子の違いは,疾患の進行速度や重症度といった予後,さらには眼所見を含む臨床像(病像)の違いにも影響する.そして,遺伝形式も原因遺伝子によって異なることが知られており,正確な遺伝カウンセリングを行ううえで必須の情報となる.遺伝学的検査により原因遺伝子が同定されると遺伝形式も確定されることになり,同胞や子どもへの影響の大きさが評価できる.遺伝形式を知ることは,患者やその家族にとっては非常に重要なことであり,遺伝について知るということが検査を受ける動機になることは少なくない.CII遺伝形式遺伝性疾患は,その疾患が家族内でどのように伝わるかを示す「遺伝形式」によって分類される.IRDのおもな遺伝形式には,常染色体顕性遺伝(優性遺伝),常染色体潜性遺伝(劣性遺伝),X連鎖性遺伝がある.それぞれの遺伝形式で血縁者が同病である確率が大きく異なるため,原因遺伝子が同定されることにより遺伝形式が確定することは,血縁者への影響を判断するうえで非常に重要である.遺伝形式は家族歴を聴取することである程度予測できる場合もあるが,最終的に遺伝形式を確定するためには遺伝学的検査により原因遺伝子を同定す*YusakuUrakawa:藤田医科大学医学部先端ゲノム医療科〔別刷請求先〕浦川優作:〒470-1192愛知県豊明市沓掛町田楽ケ窪C1-98藤田医科大学医学部先端ゲノム医療科(1)(27)C8110910-1810/25/\100/頁/JCOPY図1ADの典型的な家系図各世代に少なくとも一人の罹患者が存在している.また,性別図2ARの典型的な家系図に関係なく罹患している.同胞には罹患者がいるが,上の世代,下の世代ともに罹患者はいない.図3XLの典型的な家系図女性を挟んだ男性のみが罹患している,c.性腺モザイク卵巣または精巣の生殖細胞(卵子や精子のもとになる細胞)にのみ遺伝子の病的バリアントが存在し,ほかの組織には存在しない状況を性腺モザイクとよぶ.この病的バリアントは,受精後の発生の早い段階で,生殖細胞になる予定の細胞に突然変異が起こることで生じると考えられている.病的バリアントは生殖細胞に限られているため,親自身は無症状であり,遺伝学的検査でも病的バリアントは検出されない.一方で,その子どもは受精卵のときから病的バリアントを有している可能性があり,遺伝性疾患を発症する可能性がある.Cd.浸透率の低い遺伝性疾患ADの遺伝子の場合,一部の遺伝子では病的バリアントをもっていても必ずしも発症しない(不完全浸透)ことが報告されている.家系内で症状が現れない世代が存在し,弧発例のようにみえることがある.Ce.XL母親が病的バリアント保持者で,その息子のみが発症し,ほかに男性の罹患者がいない場合がある.母方の家系で偶然男性へは遺伝していない場合や男性の家系員がいない場合に見かけ上は弧発例にみえる場合がある.Cf.情報不足家系情報が不正確であったり,軽症で未診断の家族がいたりする場合,見かけ上は弧発例となることがある.弧発例の遺伝的リスク評価を行う際には,詳細な家族歴の聴取が非常に重要である.弧発例の場合の遺伝形式はCARのことが多いが,弧発例だからCARであると決めつけることにはリスクが生じる.ADやCXLの場合もありえるため,遺伝学的検査前の情報提供時にはすべての可能性について説明しておくことが望ましい.CIV家系図の聴取と作成家系図は遺伝医療において遺伝学的なリスク評価を行うために用いられ,家系内での罹患状況から遺伝形式を推測するために不可欠なツールである.遺伝学的リスク評価を行ううえでは,家系員の情報が多ければ多いほうが正確な評価が可能になるが,原則C3世代にわたって父方,母方両方の家系の家族歴を確認する必要がある.患者本人だけでなく血縁者の罹患状況,診断時年齢,亡くなっている場合は死亡年齢や生前の病歴を聴取する.眼科疾患では患者側が家族の視力のことに注意しがちであるが,夜盲があったかどうか,日常生活での不自由があるかどうか,自動車,自転車を利用していたかどうかなども参考になる情報である.また,IRDはCAR形式の遺伝子が原因であることが珍しくないため,患者や同病の血縁者の両親が近親婚であったかどうかの確認も忘れてはならない.ほかにも,症候性のIRDの可能性を検討するために,難聴の有無や,心疾患,腎疾患があるかどうかも確認しておくことが望ましい.家系図は医療者あるいは医療機関どうしでのやり取りが発生するため,共通の記載方法を用いることが望ましい.遺伝医療においては,米国遺伝カウンセラー学会(NationalCSocietyCofCGeneticCounselors:NSGC)の提唱する表記方法が国際的に用いられている2).CV遺伝子診断と原因遺伝子日本国内においては,RPE65網膜症を疑う患者に対して保険診療でCIRDパネル検査が実施可能となった.IRDに対する遺伝子診断はこれまでにいくつかの研究で実施されており,日本国内での原因遺伝子の同定率が明らかになりつつある.保険診療に先駆けて実施された遺伝子診断に関する先進医療では,82遺伝子の網羅的遺伝子解析にてCIRD患者C100名中C41名に原因遺伝子が同定された3).同定された遺伝子でもっとも頻度が高かったのはCEYSであり,15名(37.5%)であった.同定された遺伝子の遺伝形式は,ADがC2例(4.9%),ARが34例(82.9%),XLがC5例(12.2%)であり,多くの患者がCARの遺伝形式であった.遺伝子診断の注意点としては,検査で同定されたバリアントの解釈と遺伝形式に矛盾がないか確認することである.たとえば,ADの遺伝形式である遺伝子(RHOやCPRPH2など)では,病的バリアントが一つ同定されると,それが疾患の原因であると考えられる.ARの場合は同じ遺伝子の病的バリアントがヘテロ接合で二つ同定されるか,同じバリアントがホモ接合である場合に,両方の遺伝子の機能に影響を与えていると考えるため,バリアントの情報だけでなく接合(ホモなのかヘテロな814あたらしい眼科Vol.42,No.7,2025(30)

遺伝学的検査IRDパネルシステムの特徴と臨床的意義

2025年7月31日 木曜日

遺伝学的検査IRDパネルシステムの特徴と臨床的意義CharacteristicsandClinicalSigni.canceofGeneticTestingIRDPanelSystem前田亜希子*はじめに遺伝性網膜ジストロフィ(inheritedCretinalCdystro-phy:IRD)において,遺伝学的検査CPrismGuideCIRDパネルシステム(シスメックス社)が保険収載され,国内における検査実施体制の整備が進んでいる.検査によりCRPE65関連網膜症患者の確定診断が可能なことから,RPE65遺伝子治療が実施可能となっている.保険収載されたCPrismGuideIRDパネルシステムの特徴と臨床的意義について解説する.CI遺伝学的検査の実施の流れ疾患に対する遺伝的要因を明らかにするために,疾患原因遺伝子の解析を行う検査を「遺伝学的検査」という.日本医学会や日本眼科学会のガイドラインでは,遺伝学的検査の実施体制について定められており,検査の前後に遺伝カウンセリングを提供することと,解析結果についてエキスパートパネル(用語解説参照)とよばれる専門家会議で検討することが求められている1,2).IRDに対する遺伝学的検査は,図1に示す流れで実施されている.現在,国内にC12の検査実施施設があり,それぞれにおいてエキスパートパネルによる結果の検討が行われている.CII遺伝学的検査IRDパネルシステムIRDは,網膜の機能や構造維持に必要な遺伝情報の変異に起因する疾患群で,網膜色素変性(retinitisCpig-mentosa:RP)や錐体ジストロフィが代表疾患である.正常と考えられる標準遺伝子配列と異なる配列をバリアント(用語解説参照)というが,IRDでは,疾患発症に関与する病的バリアント検出の必要性が高まっている.遺伝学的検査とは,病的バリアントを検出し,疾患原因遺伝子を同定することである.遺伝子解析には,サンガーシーケンス,次世代シーケンシング(nextgenerationCsequencing:NGS)を用いたパネル検査,全エクソームシーケンス(wholeexomesequencing:WES),全ゲノムシーケンス(wholeCgenomesequencing:WGS)などが用いられる.サンガーシーケンスはC1977年に開発されたCDNAシーケンシング技術であり,現在も解析に広く用いられている.高精度で,特定の遺伝子やエクソンの解析に適するが,NGSに比べ低スループットであり,大規模解析には不向きである.NGSパネル検査は,特定の疾患関連遺伝子のみを対象とするため,高精度かつ迅速な診断が可能である.一方,WESは全エクソーム領域を解析し,新規病因変異の探索に有用であるが,非コード領域の変異は検出できない.WGSは全ゲノムを対象とし,コーディング領域と非コーディング領域を網羅的に解析できるが,コストとデータ解析の負担が大きい.目的に応じて適切な手法を選択することが重要である.遺伝学的検査を含む体外診断検査には体外診断薬(invitrodiagnostics:IVD)と自家調整試薬(laboratoryCdevelopedtest:LDT)がある(表1).海外では検査施*AkikoMaeda:神戸アイセンター病院〔別刷請求先〕前田亜希子:〒650-0047神戸市中央区港島南町C2-1-8神戸アイセンター病院(1)(21)C8050910-1810/25/\100/頁/JCOPYステップ1ステップ2ステップ3ステップ4図1遺伝学的検査の実施フロー遺伝学的検査は多くの専門職の協力により実施される.表1IVDとLDTIVDCLDT定義承認された体外診断用医薬品・医療機器医療施設や研究機関で自家開発される検査開発・承認薬機法に沿った審査・承認医療施設や研究機関内で開発・使用薬機法の適用ありなし表2PrisumGuideIRDパネルシステムに搭載されている82遺伝子1群:治療のある遺伝子CRPE652群:治療開発が進められている遺伝子CABCA4,CBEST1,CCEP290,CCHM,CCNGA1,CCNGA3,CCNGB1,CCNGB3,CCYP4V2,CLRAT,CMERTK,CMYO7A,CPDE6A,CPDE6B,CPRPF31,CRDH12,CRDH5,CRHO,CRLBP1,CRP2,CRPGR,CRS1,CUSH2A3群:国内の網羅的解析でC2家系以上が報告されている遺伝子CADGRV1,CC8orf37,CCACNA1F,CCDH23,CCERKL,CCFAP410,CCRB1,CCRX,CDRAM2,CEYS,CGNAT2,CGUCA1A,CGUCY2D,CIMPDH1,IMPG2,KCNV2,MAK,NR2E3,NRL,NYX,PCARE,PDE6G,CPOC1B,CPRCD,CPROM1,CPRPF8,CPRPH2,CRP1,CRP1L1,RP9,SAG,SNRNP200,TOPORS,TULP14群:海外で複数の報告ありなどの遺伝子CAIPL1,CCA4,CCDHR1,CCLRN1,CDHDDS,CFAM161A,CFSCN2,CGRK1,CIDH3B,CIQCB1,CKLHL7,CNMNAT1,CPDE6C,CPRPF3,CPRPF6,CRBP3,CRGR,CRGS9BP,CROM1,CRPGRIP1,CSEMA4A,CSPATA7,TTC8,ZNF513図2わが国におけるIRD原因遺伝子の同定率神戸アイセンター病院においてC39またはC50遺伝子パネル検査を用いた研究解析では,原因遺伝子の同定率はC50.9%であった.原因遺伝子としてはCEYS,CUSH2A,CRHO,RPGRが高頻度で同定された.ab図3異なる原因遺伝子が類似する自家蛍光像を示す例a:EYS,USH2A,RHO,RPGRを原因遺伝子とするCRPはそれぞれ所見が類似することがある.Cb:ABCA4とCPRPH2を原因遺伝子とする黄斑ジストロフィも所見が類似している.-

角膜ジストロフィの遺伝子検査

2025年7月31日 木曜日

角膜ジストロフィの遺伝子検査GeneticTestsforCornealDystrophies辻川元一*はじめに角膜は外界に接する組織で,ヒトが採光する際に光が最初に通る組織であるのと同時に,レンズ機能の多くを占めることからその透明性と形状の維持がきわめて重要である.したがって,透明度を損ねる混濁や,形状を変化させる脱落などはその機能を大きく阻害する.角膜は大きく上皮,実質,内皮からなり,それぞれの座において発現する遺伝子の異常により,実質を中心とした混濁や形状異常が引き起こされ失明に至る.たとえば,内皮ジストロフィによって角膜実質の浮腫と混濁が起こるといったように,ある部分の異常がほかの部分の異常も引き起こすことがあり,その維持機構は複雑であり解明されていない部分も多い.いずれにしても,この維持機構が阻害されると視機能は著しく低下する.本稿では,それが遺伝的素因で起こる角膜ジストロフィとその遺伝子解析について述べる.I角膜ジストロフィ角膜ジストロフィは「遺伝性に発症し,両眼性,進行性に角膜の混濁をきたす非炎症性の疾患」として定義される.これをもう少し詳しく検討する.①「遺伝性に発症」の意味は遺伝的素因が存在するという意味ではなく,はっきりと定義されていないが,少なくともメンデル遺伝発生形式を含むものと考えられる.たとえば,Fuchs角膜内皮ジストロフィ(Fuchsendothelialcornealdystrophy:FECD)は遺伝形式がはっきりしないものもあるが,常染色体優性遺伝の家系が存在するので該当する.つまり,遺伝的素因(この場合は病因遺伝子にある病因変異の支配の法則に従う存在)が発症の少なくとも必要条件であり,ほぼ十分条件であるものを含むことを示す.②「両眼性」という条件は①の遺伝性によってもその多くが規定されるが,角膜疾患に於いてはジストロフィでなくとも片眼性に角膜ジストロフィと酷似する病態を示すことがままあり,これを明確に除外するためでもあると考えられる.③「進行性に角膜の混濁をきたす」という点は角膜ジストロフィの特徴を示したものであるが,本来,さらに重要なのは「遅発性」進行性であるということである.つまり,多くの角膜ジストロフィはメンデル遺伝病であるものの,出生時にはその表現型が確定していない(症状や所見が出ていない)という点が重要である.今後増加すると思われる遺伝カウンセリングにおいて家系内再発や発症前診断を対象とする場合は,遺伝検査が必須の検査項目となる.また,多くの神経疾患における変性症・ジストロフィとは異なり,角膜においてはある特定の細胞群の障害や脱落を必ずしも意味しない.たとえば,沈着病である神経疾患においては沈着物によって神経細胞の脱落が起きて発症するが,角膜ジストロフィにおいては沈着物が細胞死を引き起こさなくとも沈着物自身が角膜の透明性を阻害した時点で発症する.上皮下・実質の角膜ジストロ*MotokazuTsujikawa:大阪大学大学院医学系研究科病態生体情報科学講座〔別刷請求先〕辻川元一:〒565-0871大阪府吹田市山田丘2-2大阪大学大学院医学系研究科病態生体情報科学講座(1)(11)7950910-1810/25/\100/頁/JCOPYフィの多くはこの発症形式をとる.この点が多くの神経ジストロフィとは異なり,そのためか,本疾患カテゴリは角膜変性症といった表記はせず,角膜ジストロフィという記載が一般には使用される(これについてはジストロフィの記載のほうがいいと個人的に考える).また,炎症によっても角膜の混濁が一時的,あるいは永続的に生じるため,炎症によるものも除いた定義となっている.II角膜ジストロフィの遺伝子検査角膜ジストロフィはその定義に「遺伝性」があるため,眼科領域においてもっとも早く遺伝子検査が行われてきた疾患群であろう.角膜ジストロフィの多くはメンデル形式にて遺伝するメンデル疾患であるため,患者の遺伝子型が決定できれば,ほぼ診断は確定する.また,上記のように片眼性の似たような病変や炎症によっても類似した病態が発生することから,これらを除外する意味でも遺伝子検査の価値は高い.また,後述するように,遺伝子検査の有用性が早くから認識されてきた分野でもあり,全科的にみても早期から診断基準などに積極的に遺伝子検査が取り入れられている.その代表であり,成果であるものが国際的な角膜ジストロフィの分類であるIC3D1)であり,ここでは遺伝子検査がとくに重要視されている.角膜ジストロフィは下記のように分類されている.カテゴリ1:遺伝子座が特定され,責任遺伝子およびその特異的変異が明らかとなっている,定義の確立された角膜ジストロフィ.カテゴリ2:一つ以上の特定の染色体上の遺伝子座への連鎖が確認されているものの,責任遺伝子が未だ同定されていない,定義の確立された角膜ジストロフィ.カテゴリ3:疾患としての定義は確立されているが,いまだ染色体上の遺伝子座への連鎖が示されていない角膜ジストロフィ.カテゴリ4:新たに提唱された,あるいは既報の角膜ジストロフィである可能性があるが,独立した疾患単位としての確証が不十分なもの.このように,角膜ジストロフィのカテゴリは遺伝子検査が可能かどうか,そして,その結果に左右される.この観点からは,とくにカテゴリ1の疾患(占める疾患が拡大している現在においては)では,遺伝子検査は必須に近い.III角膜ジストロフィの遺伝子検査の歴史角膜ジストロフィの遺伝子診断は,1990年代からの位置的原因遺伝子検索法(ポジショナルクローニング)の発展により可能となった.これはDuchenne型ジストロフィ,.胞性線維症,Huntington舞踏病など欧米において著名であった他科の疾患群には遅れるものの,かなり早くから積極的に解明が始まっている.これには,角膜ジストロフィが致死的でなく,家系の蓄積が容易に認められることが関係していると思われる.この成果はまず,上皮ジストロフィにおいて現れた.1994年にStoneらは格子状角膜ジストロフィI型,顆粒状角膜ジストロフィ,Avellino角膜ジストロフィの三つの疾患が,古典的連鎖解析により5番染色体長腕に存在し,これらの異なったジストロフィが同じ遺伝子の違った変異で起きている可能性が高いと予想した2).この予想はMunierによって確かめられた3).これら一連の発表が衝撃的であったのは,表現型が異なる三種類のジストロフィが,同一の遺伝子であるTGFBIの違った変異で起こるという事実であった.実際にこれらのジストロフィは蓄積する物質も異なり,同じ遺伝子で起こるとは考えられていなかったのである.日本においてさらに話題となったのは,長らく顆粒状角膜ジストロフィと考えられていた表現型が,実はAvellino角膜ジストロフィであることが判明したことである.遺伝子検査が疾患概念を再構成した例であり,角膜ジストロフィにおける遺伝子診断の有用性を広く知らしめるものであった.IV日本の単離への貢献ミースマン角膜ジストロフィは,角膜上皮に微細な.胞状混濁を生じる常染色体優性遺伝性疾患である.大阪大学の西田らはKRT12が角膜上皮に非常に特異的に発現するケラチン遺伝子であり,ほかのケラチン異常により水疱性病変が起きることから,候補遺伝子としての検討を行っていた.KRT12遺伝子の変異自体の報告は他グループが先んじたが,KTR12の一時配列決定も西796あたらしい眼科Vol.42,No.7,2025(12)田を中心になされたことを鑑みれば,原因遺伝子単離における功績は大きい4).斑状角膜ジストロフィは,角膜実質に酸性ムコ多糖が沈着し,進行性の混濁を呈する常染色体劣性遺伝性疾患である.同様に赤間,西田らは候補遺伝子アプローチによりCHST6遺伝子が本疾患の原因であることを明らかにした5).また,筆者らのグループがわが国に多い膠様滴状ジストロフィの原因遺伝子をポジショナル解析によって原因遺伝子が明らかとなった6).このようにして,古典的メンデル遺伝で発症する角膜上皮・実質ジストロフィの多くの原因遺伝子が単離され,技術的に遺伝診断が可能となった.以上のとおり,上皮・実質のジストロフィにおいては日本人研究者の貢献がかなり高い.VFuchs角膜内皮ジストロフィの原因遺伝子FECDは欧米においては報告によっては20%近くの罹病率をもち,角膜移植の需要の主たるものを占める重要疾患である.近年,衝撃を与えたのはFECDにおけるTCF4の関与の発見であった.FECDは遺伝子座異質性,つまり,原因遺伝子が複数存在する疾患であるが,多くの患者において連鎖解析ではなく相関解析であるgenomewideassociationstudy(GWAS)においてTCF4領域に原因遺伝子が存在すると予測された7)(相関解析においてはより原因変異に近い位置で陽性結果が出るため,TCF4遺伝子であろうと予測された).そこで本遺伝子座での変異検索が行われたが,TCF4の翻訳領域(エクソンのなかで実際に蛋白質に翻訳される領域,codingsequence:CDS)ではなく,イントロン3領域に存在する3塩基繰り返し配列における伸長(50回以上CTGが繰り返される)を示す割合が,が一般人(3%)に比べて患者では(79%)と優位に高いことが示された8).このように,3塩基の繰り返し配列が病因となる疾患はトリプレットリピート病とよばれ,神経疾患に多く,筋緊張性ジストロフィ1型(DM1)などイントロンでの伸長で起こるものも多い.FECDも遺伝学的尤度(3塩基伸長が真の原因と考えたほうが統計学的に有利)や体細胞不安定性(個々の細胞においてリピート伸長数が異なる)が起こり,一部の報告に表現型促進(優性遺伝において子が親よりもリピートが伸長し,表現型が重症になる)があることから,神経疾患でないものの3塩基繰り返しによるトリプレットリピート病であることは間違いないとされている.このように,原因遺伝子座が特定された疾患に関しては,基本的に遺伝子検査が可能となり,診断可能な疾患はここ20年ほどで急速に増えた.対象とする疾患の原因遺伝子が単離されているかどうか,すなわち,遺伝子診断が可能であるか否かは,ヒトメンデル遺伝病カタログ(MendelianInheritanceinMan:MIN)を参照すればほぼわかる.現在ではオンライン化されており,頻繁にアップデートされている(OnlineMendelianInheri-tanceinMan:OMIM,http://omim.org/).VI角膜ジストロフィの遺伝的特徴上述のように角膜細胞の変性・脱落によらず,混濁を引き起こす物質の蓄積によって起こる一群(とくにTGFBI関連ジストロフィ)があり,その機序から常染色体顕性遺伝となる疾患が多い.この場合,ほかのヒト顕性遺伝疾患と同様に完全優性を示さず,ホモ接合体はヘテロ接合体よりも重症度が高く,一見違った遺伝病にみえることがある.また,このTGFBI関連ジストロフィにおいては,同じ遺伝子の異なる変異が異なる表現型を示す(表現型異質性).これら同一遺伝子の違った変異で起きる各病態は,なんらかの蓄積病という点では同様であるが,その重症度や形状,さらには蓄積している物質も異なるため,臨床的には区別することがむずかしく,遺伝子検査が威力を発揮する.またFECDも含め,角膜ジストロフィの多くは前述のとおり遅発性,進行性疾患であり,若年時にはそれぞれの疾患に特異的な沈着,混濁などの臨床的特徴がはっきりしない場合が多い.この場合もすでに遺伝子異常は受精卵の状態から持続しているため,採血からの遺伝子検査で発症前診断が行えることになる.さらに,角膜ジストロフィはあまり生存性(生物学的適応度,健康な子孫を残すことができる能力)にはかかわらないためか,創始者効果による代表的な変異(患者に於いて多くを占める単独の変異)が存在することが多(13)あたらしい眼科Vol.42,No.7,2025797図1FECDの表現型a:前眼部写真にて水疱性角膜症を認める.b:スペキュラーマイクロスコープによるGuttaeの観察.表1角膜ジストロフィ遺伝子検査に関する厚生労働省の告示と通知D006-20角膜ジストロフィ遺伝子検査C1,200点保険収載:2020年C4月C1日.注:別に厚生労働大臣が定める施設基準に適合しているものとして地方厚生局長等に届け出た保険医療機関において行われる場合に,患者C1人につきC1回に限り算定する.通知:(1)角膜ジストロフィ遺伝子検査は,角膜混濁等の前眼部病変を有する患者であって,臨床症状,検査所見,家族歴等から角膜ジストロフィと診断又は疑われる者に対して,治療方針の決定を目的として行った場合に算定する.本検査を実施した場合には,その医学的な必要性を診療報酬明細書の摘要欄に記載すること.(2)検査の実施に当たっては,個人情報保護委員会・厚生労働省「医療・介護関係事業者における個人情報の適切な取扱いのためのガイダンス」(平成C29年C4月)及び関係学会による「医療における遺伝学的検査・診断に関するガイドライン」(平成C23年C2月)を遵守すること.表2遺伝子検査が可能な角膜ジストロフィとその遺伝子変異ジストロフィ名(別名)OMIN番号遺伝形式染色体座遺伝子病因変異Cepithelial-stromalTGFBIdystorphiesClatticecornealdystrophy,typeI(格子状)C122200R124CなどCvariantsIIIC608471CP501TCgranularcornealdystrophy,typeI:GCDC1(顆粒状)C121900CADC5q31CTGFBICR555WCgranularcornealdystrophy,typeII;CCGD2607541CADC5q31CTGFBICR124HCthiel-behnkecorneal602082CADC5q31CTGFBICR555QCdystrophy:TBCDC10q24CunknownCReis-Bucklerscornealdystrophy:RBCDC608470CADC5q31CTGFBICR124LCstromaldystrophiesCmacularcornealdystrophy,typeI(斑状)C217800CARC16q23.1CCHST6many(Functionloss)schnydercornealdystrophy:CSCDC121800CADC1p36.22CUBIAD1many(Functionloss)CepithelialandsubepithelialdystrophiesCgelatinousdrop-likecornealdystrophy:GDLD(膠様滴状)C204870CARC1p32.1CTACSTD2*many(Functionloss)1CendothelialdystropiesCFuchsendothelialcornealdystrophy3C61367CADC18q21.2CTCF4(CTG)CnRepeatExpansion,IVS3など*2*1SRLにて外注可能*2検出は容易ではない-治療は,混濁が表層にある場合が多いためエキシマレーザーによる治療的角膜切除術(phototherapeutickeraC-tectomy:PTK)が行われるが,再発がC2年ほどで認められる.PTKはC2回ほど治療ができるが,その後は表層および深層角膜移植による治療となる.混濁が深い位置にある場合も同様である.C2.顆粒状角膜ジストロフィII型顆粒状角膜ジストロフィCII型(アベリノ角膜ジストロフィ,granularCcornealCdystrophy,CtypeII:CGD2)はTGFBI関連角膜ジストロフィのうち,わが国では一番多く認められる.元々顆粒状の角膜ジストロフィで組織的にヒアリンとアミロイドが同時に沈着している特徴があり,イタリアのCAvellino地方に多く認められると考えられ,この名前がついた.しかし,遺伝子診断により日本をはじめ世界中各地に確認されている.遺伝子検査により,顆粒状角膜ジストロフィCI型(GrenouwtypeI,granularCdystrophy)と明確に区別されるようになり,現在は混乱を避ける意味からも顆粒状角膜ジストロフィCII型とよばれる.遺伝形式は常染色体優性遺伝であるが,I型同様に不完全優性で,ホモ接合体ではヘテロ接合体より重篤である.TGFBI遺伝子のCR124Hミスセンス変異によって引き起こされる.初期には両眼瞳孔領付近に顆粒状角膜ジストロフィCI型よりも大きく辺縁の明瞭な白色円形の混濁が実質表層から中層に出現する.進行するとコンペイトウ状,棍棒状,棒状の濃い白色沈着に成長するが,この場合でも視力低下は引き起こさないことが多い.これに伴い,濃い混濁の間に淡い混濁が表層に生じるようになると視力低下を引き起こすことが多い.混濁の進行に伴って上皮欠損を起こすような状態に至ることは少ない.治療は顆粒状角膜ジストロフィCI型に準ずるが,明らかに再発は少ない.C3.格子状角膜ジストロフィ格子状の沈着性角膜実質混濁をしめす格子状角膜ジストロフィ(latticeCcornealdystrophies)はCI型,CII型,CIII型,IIIA型,CIV型が報告されている.このうち,CII型は全身性のアミロイドーシスを伴い,FinnishCtypeCamylidosisとよばれる常染色体優性遺伝病の一症状である.この疾患では血清のCgelsolin蛋白の異常が知られており,これより候補遺伝子検索でこれをコードするCgel-solin遺伝子(GSN)が原因遺伝子として単離された.CIII型は後で述べるCIIIA型に非常に近い表現型をもち,常染色体劣性遺伝形式を示すといわれているが,遺伝子検査が行われるようになってからはこのような症例報告がなく不明である.そのほかのCI型,CIIIA型,CIV型はやはりCTGFBIの変異が原因の常染色体優性遺伝病である.I型は世界中で報告され,もっとも多く認められる格子状角膜ジストロフィの一つである.TGFBIのCR124C変異ほか,同遺伝子のいくつかの変異でこの表現型が起こることが報告されている.実質浅層,Bowman層に二重の輪郭をもった細かい線状の混濁が絡み合い,メロンの皮のような形態を示す.この混濁ははじめ瞳孔領に発生し,次第に周辺部を侵すのとともに,中央部の混濁は強くなり,卵黄型あるいは円形の混濁を呈し,その周辺に微細な格子状病変を伴う.また,これにより角膜表面に隆起をきたすようになり,再発性角膜びらんを生じることが多く,臨床的に問題となる.CII型は全身のアミロイドーシス(アミロイドーシスCIV型)に伴う角膜症状で,周辺から出現する格子状の変性が特徴的である.IIIA型はCI型に比べ太い格子状,あるいは線上の混濁が角膜中央部から周辺部まで出現する.角膜表面の隆起は少なく,臨床症状は比較的穏やかである.TGFBIの創始者効果によりCS538C変異がほとんどである.CIV型は晩年発症が特徴的で表現型も軽い.TGFBIのCL527Rが報告されている.CIV型もわが国での創始者効果が報告されている.治療は,角膜の中央部の混濁による視力への影響と再発性のびらんの状況などにより必要を判断する.病巣のアミロイド沈着は角膜実質浅層にあることから,エキシマレーザーによるCPTKが行われる.再発しやすい例,あるいはより深い層に混濁がある場合は,表層あるいは深層角膜移植を選択する.800あたらしい眼科Vol.42,No.7,2025(16)4.斑状ジストロフィ斑状ジストロフィ(macularCcornealdystrophy)は実質の細胞内外にムコ多糖類が沈着する疾患で,細隙灯顕微鏡による観察では角膜実質に細かい沈着がびまん性に認められ,角膜全体がすりガラス状を呈する.この混濁ははじめは中央部から連続して周辺に広がっていき,角膜全層が混濁する.視力低下はこの時点で顕著である.その後,びまん性の混濁に加えて灰白色の小さい不規則な形の多数の混濁が実質浅層に認められることがある.本疾患はプロテオグリカン(蛋白質に糖鎖の修飾がついたもの)の代謝異常による.角膜実質にはプロテオグリカンが存在し,これにケラタン硫酸がついて透明性を維持している.斑状ジストロフィ患者においてはこのケラタン硫酸の硫酸基を付加する酵素が欠落するため,必要なケラタン硫酸が産生されず,プロテオグリカンが難溶性となって,混濁を生じる.酵素の機能喪失性変異によるので,常染色体劣性遺伝となる.全身においてこれが起こるのがCI型で,角膜においてのみ起こるのがCII型である.I型の原因遺伝子検索は,まずCStoneらが連鎖解析を用いた位置的検索法で第C16番染色体長腕に存在することを明らかにした.続いて赤間,西田らは角膜型のCN-アセチルグルコサミンC6スルフォトランスフェラーゼをコードするCCHST6遺伝子がこの領域に存在することをつきとめ,位置的候補遺伝子アプローチにて変異を複数同定した.この変異により酵素活性が低下するためにI型においては全身の病態を示す.一方でCII型においてはCCHST6のコーディングには問題がないが,このプロモーター領域に大きな欠損や相同組み換えによる異常があり,この場合角膜でのCN-アセチルグルコサミンC6スルフォトランスフェラーゼの発現が減弱する.このため,角膜のみで表現型が出現する.治療はCTGFBI関連ジストロフィとは異なり,混濁が全層にびまん性に進行することからエキシマレーザーによるCPTKや表層角膜移植を選択しにくく,通常は全層角膜移植,もしくは深層角膜移植が行われる.つまり,より深層への介入が必要である.沈着は角膜実質細胞が産生するものであるので,術後の再発は通常はない.5.膠様滴状角膜ジストロフィ膠様滴状角膜ジストロフィ(gelatinousdrop-likecor-nealdystrophy:GDLD)はC1914年中泉により初めて報告され,1932年に滝沢により膠様滴状角膜ジストロフィと命名された.遺伝形式は常染色体劣性遺伝で,患者はわが国に比較的多く,諸外国ではまれであることに特徴がある.罹病率は約C30万人にC1人とされる.また,わが国において位置的遺伝子検索法にて初めて原因遺伝子が同定された疾患でもある.典型的な患者はC10代頃より,羞明感,異物感の自覚で発症し,両眼の角膜上皮下に乳白色のびまん性の小混濁が出現し,次第に数と密度を増していく.さらに,角膜表面に灰白色の隆起性病変(膠様病変)が瞼裂,角膜中央のやや下方に出現し,次第に数を増やし融合しながら周辺部へ侵入し,最終的には輪部を含めた角膜全体を覆ってしまう.この沈着物はコンゴーレッド陽性のアミロイド沈着である.また,本疾患においては角膜のバリア機能が低下していることと,周辺から角膜上皮に血管侵入が認められることが比較的特徴的な所見である.本疾患は辻川らが位置的遺伝子探索法にてCTAC-STD2(M1S1/TROP2/GA733-2)という遺伝子に複数の変異を同定した.また,このうちCQ118X変異は病因変異の実にC90%を占め,さらにこの周囲の遺伝マーカーの対立遺伝子の状態(ハプロタイプ)も共通であった.このことは,患者の多くは共通の祖先(創始者)をもち,創始者に起こった病因変異(Q118X)を共通に引き継いでいる,いわば大きな家系を形成していることを示唆する(創始者効果).本疾患は角膜のバリア機能が低下しているのが特徴であるが,その機構については中司らが角膜上皮においてCTACSTD2が存在しないとクローディン分子の不安定化が起こることを報告している10).本疾患は日本において商業的に検査が行われているおそらく唯一の角膜ジストロフィである.2023年に保険収載された検査としてCSRL社が提供を開始した.原因遺伝子CTACSTD2はシングルエクソンジーンであるため,コーディング領域すべての変異をダイレクトシーケンスで検出,報告するシステムとなっており,プロモーターに存在するような特殊な変異(報告はまだない)でない限り,検出できるものと考えられる.また,本疾患(17)あたらしい眼科Vol.42,No.7,2025C801aNormal+extendedalleleTP-PCR(+)図2リピート伸長を示す遺伝子検査の結果a:TP-PCRによるリピート伸長の検出.extrapeaksを認める.Cb:SP-PCRの結果,各バンドそれぞれが伸長したCTCF4リピートの存在を示す.異なった細胞においてC40個ほどの異なった伸長数をもつことが示され,体細胞不安定性が認められる.この症例では最長のリピート数はC2241回,バンドの種類はC40種類を数える.図3フラグメント解析,TP-PCR,SP-PCRを組み合わせた診断上段:膠様滴状角膜ジストロフィのさまざまな表現型.下段:どの表現型も同一のCQ118X変異のホモ接合体であることを示す結果.(文献C9より改変引用)

非感染性ぶどう膜炎とHLA遺伝子検査

2025年7月31日 木曜日

非感染性ぶどう膜炎とHLA遺伝子検査HLATypinginNon-InfectiousUveitis石原麻美*目黒明*はじめにぶどう膜炎は感染性と非感染性に大別され,非感染性ぶどう膜炎の多くは全身性炎症性疾患と関連する.その発症には,遺伝要因と環境要因が関与すると考えられている.近年のゲノム解析により,多くの疾患感受性遺伝子(用語解説参照)が同定されているが,なかでもヒト白血球抗原(humanleukocyteantigen:HLA)遺伝子はもっとも強い疾患感受性を示し,疾患の発症に深く関与している.非感染性ぶどう膜炎の診断や鑑別には全身検査が重要であり,HLA遺伝子検査は有用な免疫学的検査の一つである.本稿では,HLAの機能や役割を概説し,HLAとの関連が知られる非感染性ぶどう膜炎およびHLA遺伝子検査の概要を紹介する.IHLA分子1.HLAとは何かHLAは,ヒトの主要組織適合遺伝子複合体(majorhistocompatibilitycomplex:MHC)である.ほぼすべての有核細胞の膜表面に発現する膜貫通型糖タンパク質であり,T細胞による「自己」と「非自己」の識別において中核的な役割を担う.T細胞はHLA分子に結合した抗原ペプチドを認識し,これを契機として免疫応答を開始する.すなわち,HLAは抗原提示分子として自然免疫と獲得免疫をつなぐ重要な構成要素である.HLA遺伝子群は,第6染色体短腕の6p21.3領域に集中し,クラスI,クラスII,クラスIII領域から構成される.この領域は,ヒトゲノム中でもとくに遺伝的多型性(用語解説参照)が高く,個々人で異なるHLA型(HLA対立遺伝子,アレル)の組み合わせをもつ.この多様性は抗原認識の幅を広げ,集団としての病原体防御に寄与するとともに,自己免疫疾患や全身性炎症性疾患,移植拒絶反応,感染症への感受性にも深く関与している.2.HLA分子の分類1)HLA分子は,構造や機能,抗原提示経路,発現細胞の違いから,クラスIとクラスIIに大別される(表1)1).それぞれに古典的分子と非古典的分子が存在し,抗原提示様式や免疫応答の違いから臨床的にも明確に区別される.クラスIには古典的なHLA-A,-B,-Cと,非古典的なHLA-E,-F,-Gが含まれる.クラスIIには,古典的なHLA-DR,-DQ,-DPと,非古典的なHLA-DM,-DOがある.3.HLA分子の立体構造1)a.クラスI分子クラスI分子は,クラスI遺伝子がコードするa鎖(a1,a2,a3ドメイン)とb2ミクログロブリン遺伝子がコードするb2mから構成される膜タンパクである.a1とa2ドメインで形成されるペプチド結合溝には,ポケットA~Fのくぼみが存在し,9残基前後の抗原ペプチドが収容される.ホットドッグのパン(クラスI分*MamiIshihara&AkiraMeguro:横浜市立大学大学院医学研究科視覚器病態学〔別刷請求先〕石原麻美:〒236-0004横浜市金沢区福浦3-9横浜市立大学大学院医学研究科視覚器病態学(1)(3)7870910-1810/25/\100/頁/JCOPY表1HLAの分類―HLAクラスI分子とクラスII分子の比較HLAHLAクラスI分子HLAクラスII分子構造a鎖+b2ma鎖+b鎖ペプチド結合部位a1-a2ドメインa1-b1ドメインペプチドの長さ約9(8~10)個のアミノ酸約15(10~30)個のアミノ酸ペプチド結合溝両端が閉じている両端が開いている抗原提示するT細胞CD8+T細胞CD4+T細胞結合する抗原ペプチド細胞内由来(ウイルス,腫瘍など)細胞外由来(細菌,ウイルスなど)発現細胞全身の有核細胞および血小板ランゲルハンス細胞,樹状細胞,単球などの抗原提示細胞や活性化T細胞図1HLAクラスII抗原(HLA-DR1分子)の三次元立体構造モデルa1ドメインとb1ドメインからなる「ペプチド結合溝」に抗原ペプチドが結合する.「ペプチド結合溝」に存在するポケット1,4,6,7,9には,それぞれ抗原ペプチドのアミノ酸残基であるP1,P4,P6,P7,P9が直接結合する.HLA分子は多型性に富み,ポケットを構成するアミノ酸は各HLA分子により異なる.また,HLA分子により,結合できる抗原ペプチドには一定の特徴(HLA結合モチーフ)がある.((Nature368:215,1994より引用)表2HLAのDNA型検査の種類方法原理特徴PCR-SSP法特異的プライマーを用いた増幅反応により,目的のアレルの有無を確認する比較的迅速かつ簡便医療現場で多用されているPCR-rSSO法オリゴプローブとCPCR産物をハイブリダイズさせてアレルを検出する高いスループットが可能PCR-SBT法塩基配列を直接読み取ることで,詳細なアレル情報が得られる解像度が高く,研究や臨床移植に適するNGS法近年導入された方法で,CHLA遺伝子全体を網羅的に解析できる既知・新規アレル,Cnullアレルの同定にも対応.タイピング精度が飛躍的に向上PCR-SSP:sequence-speci.cCprimer,PCR-rSSO:reverseCsequence-speci.cColigonu-cleotide,PCR-SBT:sequence-basedCtyping,NGS:next-generationCsequencing(次世代シークエンシング).CHLA-DRB1*04:05:01①②③④①HLA遺伝子名.②第一フィールド:血清学的抗原型に相当する.③第二フィールド:アミノ酸配列の違いに基づくアレルを表す.④第三フィールド以降:同義変異(アミノ酸配列が変化しない塩基置換)や非翻訳領遺域の違いを表す.図2HLAアレルの表記法表3ぶどう膜炎を合併する疾患と相関するHLAおよびオッズ比疾患相関するHLA型オッズ比Behcet病B51(日本人)B51(シルクロード沿いの流行国)A26(日本人)CB*51:0C1CB*51CA*26:0C1C6.83C5.90C2.50(B*51:0C1陰性者:3C.86)CAAUB27(欧州白人)CB*27C68.4CBCRA29(欧州白人)CA*29:0C2C157.5VKH病DR4(東アジア人)DR4(ヒスパニック)DR4(イタリア人)DR4(インド人)CDRB1*04CDRB1*04CDRB1*04CDRB1*04C13.69C4.79C8.67C2.09サルコイドーシスDR3(欧州白人)(Lofgren症候群)DR8(日本人)DR11(アフリカ系米国人)(米国白人)DR12(アフリカ系米国人)(欧州白人)DR14(欧州白人)(米国白人)DR15(欧州白人)(米国白人)CDRB1*03:0C1CDRB1*03:0C1CDRB1*08:0C3CDRB1*11:0C1CDRB1*11:0C1CDRB1*12:0C1CDRB1*12CDRB1*14CDRB1*14:0C1CDRB1*15CDRB1*15:0C1C1.95.2~C12.51.82~C2.0C2.24C3.31C3.23C3.71C2.54C4.66C1.42C16.6クローン病DR1(白人)DR7(白人)CB*52(白人)CDRB1*01:0C3CDRB1*07:0C1CB*52:0C1C2.51C1.14C1.44潰瘍性大腸炎DR1(白人)DR15(白人)CB*52(白人)CDRB1*01:0C3CDRB1*15:0C2CB*52:0C1C3.59C2.21C2.21AAU:急性前部ぶどう膜炎,BCR:バードショット網脈絡膜炎,VKH病:Vogt-小柳-原田病.表4ぶどう膜炎を合併する全身疾患と相関するHLAおよび相対危険度疾患相関するCHLA型患者群健常者群相対危険度強直性脊椎炎B27(日本人)B27(白人)B27(黒人)85%89%58%1.5%9%4%C208C69C54ライター病B27(白人)80%9%C37Behcet病B51(日本人)B5(白人)CB*5157%31%14%12%C7.9C3.8尋常性乾癬Cw6(日本人)Cw6(白人)27%56%4%15%C8.5C7.5関節リウマチDR4(日本人)DR4(白人)DR4(黒人)CDRB1*04:0C5CDRB1*04:0C1CDRB1*04:0C171%68%40%41%25%10%C3.4C3.8C5.4全身性エリテマトーデスDR15(日本人)DR15(白人)DR3(白人)DR15(黒人)CDRB1*15:0C1CDRB1*15:0C1CDRB1*03:0C1CDRB1*15:0C132%25%27%47%14%16%12%21%C2.9C1.8C2.7C3.3多発性硬化症DR15(日本人)DR15(白人)CDRB1*15:0C1CDRB1*15:0C136%51%14%27%C3.4C2.7(文献C2より改変引用)C-代シルクロード」沿いの国々で多く報告されている.1973年にCOhnoらがCHLA-B51との強い相関を初めて報告して以降,HLA-B51との関連を対象とした多数の研究が行われ,78編の論文を対象としたメタ解析ではHLA-B51のオッズ比はC5.90とされた4).また,本疾患の好発地域では,他地域と比べて,一般集団におけるHLA-B51陽性率が高く5),HLA-B*51が地域特異的な疾患発症に関与している可能性が示唆されている.日本人患者では近年CHLA-B51陽性率が低下傾向にあり,50%程度とされる5).また,筆者らは日本人集団においてCHLA-A*26がCHLA-B*51と独立してCBehcet病と相関することを報告した6).HLA-A*26の頻度は健常群(19.7%)に比べて患者群(38.0%)で有意に高く(OR=2.50),HLA-B*51:01陰性患者に限るとC48.5%(OR=3.86)に達した6).②CHLAと臨床症状・予後CHLA-B*51と眼病変の関連を検討したC18編の論文のメタ解析では,HLA-B*51陽性者は眼病変のリスクが高く(p=0.000057,OR=1.76),シルクロード東方ほど関連が強まる傾向があった7).日本人C3,044例の全国調査でも,B*51陽性患者は眼病変(OR=1.59)のリスクが高かった.一方,陰部潰瘍(OR=0.72)や消化器症状(OR=0.65)のリスクは低く8),その後の研究でも,消化器症状を有する患者ではCHLA-B*51陽性率が低いことが報告されている5).さらに日本人患者では,CHLA-A*26:01が視力予後不良と有意に関連することも報告されている(p=0.026)9).Cb.急性前部ぶどう膜炎①相関するCHLA遺伝子AAUは白人でもっとも一般的なぶどう膜炎であり,1973年にCHLA-B*27との関連が報告された.白人のCHLA-B*27保有率はC8~10%であるが,「HLA-B27関連CAAU」は前部ぶどう膜炎のC18~32%といわれている10).一方で,HLA-B*27保有率は中国人では2~9%,中東人やアフリカ人ではC2~5%である10).日本人では保有率はC0.5%以下と非常に低く,ぶどう膜炎の原因疾患に関する全国統計(2002年)では「HLA-B27関連AAU」はC1.5%であった11).AAUでは強直性脊椎炎(ankylosingCspondylitis:AS),反応性関節炎(ライター病),乾癬性関節炎,炎症性腸疾患などの脊椎関節症(spondyloarthritis:SpA)を合併することがある.AAU患者のCHLA-B*27陽性率はC50%程度とされ10),「HLA-B27関連CAAU」患者175例の解析では,77.7%がCSpA症状を有し,ASがもっとも多かった(46.3%)12).CHLA-B*27には人種差のあるサブタイプがあり,北欧白人のCHLA-B*27陽性者の約C90%がCHLA-B*27:05を保有するのに対し,日本人ではCHLA-B*27:04の頻度が高い.いずれのサブタイプも疾患との関連が示されている10).②臨床症状や予後との関連22編の論文を対象としたメタ解析では,「HLA-B27関連CAAU」の特徴として,AS(RR=6.8)やCSpA(RR=9.9)の合併,男性(RR=1.2),片眼性(RR=1.1),両眼交互の炎症(RR=2.2),前房蓄膿(RR=5.5),フィブリン析出や視神経乳頭炎(RR=7.7)との関連が示されている.一方で,白内障や黄斑浮腫などの眼合併症や視力予後との関連はなかった13).「HLA-B27関連CAAU」患者ではぶどう膜炎発症後にSpAが診断されることが少なくないため12),背部痛や末梢関節炎,皮膚症状などの全身症状に留意する.C2.HLAクラスIIと相関を示す疾患a.Vogt-小柳-原田病①相関するCHLA遺伝子VKH病は東アジア人,ネイティブアメリカン,アラブ人,インド人,イヌイット,アボリジニなどに好発し,サハラ以南のアフリカ人では報告がなく,白人ではまれとされる14).1981年にCOhnoらがCHLA-DR4/DR53との相関を報告し,その後の解析で,日本人患者ではCHLA-DR4(DRB1*04)のサブタイプであるCDRB1*0405とCDRB1*0410の頻度が有意に高いことが示された15).21編の論文の系統的レビュー16)では,HLA-DR4/CDRB1*04保有者の発症リスクはCOR=8.42と高く,CHLA-DR4/DRB1*04は人種を超えた感受性アレルであることが示された.人種別では,HLA-DR4/DRB1*04との関連は東アジア人でもっとも強く,インド人でもっ792あたらしい眼科Vol.42,No.7,2025(8)とも弱かった.サブタイプ解析では,HLA-DRB1*04:04(OR=2.57),HLA-DRB1*04:05(OR=10.31),CHLA-DRB1*04:10(OR=6.52)がCVKH病の発症リスクを高め,HLA-DRB1*04:01(OR=0.21)がリスクを低下させていた.Cb.サルコイドーシス①相関するCHLA遺伝子サルコイドーシスは人種を問わずみられる疾患で,日本人患者の家族の発症のリスクは約8倍とされることから,遺伝的要因の関与が強く示唆されている17).HLA領域はもっとも強い疾患感受性領域であり18),HLA-DR(DRB1)の複数のアレルが相関を示す.白人ではCHLA-DR11(DRB1*11),HLA-DR12(DRB1*12),HLA-DR14(DRB1*14),HLA-DR15(DRB1*15)19,20),アフリカ系米国人ではCHLA-DRB1*11およびCHLA-DRB1*1220)との相関が報告されている.また,急性発症・自然寛解型のCLofgren症候群は欧州白人に多く,DRB1*03が強い相関を示す19).一方,日本人ではCDRB1*08(08:03)がもっとも強く相関し(健常群:17.2%,患者群:29.3%,OR=1.82)18),ほかにCDRB1*04(04:01),DRB1*11,DRB1*12,DRB1*14との相関も報告されている19,21).一方,DRB1*01はどの人種でも患者群で有意に少なく(OR=0.12~0.5),発症リスクを低下させる19,21).このように相関するアレルが人種間で異なる一因として,DRB1アレル頻度の人種間差があげられる.DRB1*08は日本人に多く,他人種ではまれなため,日本人に特異的な相関がみられ,逆にCDRB1*03が非常にまれな日本人ではCLofgren症候群の発症もまれである22).②臨床症状や予後との関連CDRB1*04:01は白人19,23)と日本人19)でぶどう膜炎と関連し,DRB1*08:03は日本人で心臓病変24),ぶどう膜炎19),神経病変19)と関連していた.また,DRB1*03保有者(Lofgren症候群)は予後良好とされる22).おわりに非感染性ぶどう膜炎の発症には,HLAを含む遺伝要因と環境要因が関与している.HLA遺伝子検査は確定診断には至らないものの,一部の疾患では診断補助や鑑別の参考になる.HLAと非感染性ぶどう膜炎の関連を理解することは,的確な診療や今後の個別化医療の推進に寄与すると考えられる.文献1)西村泰治:T細胞に抗原を認識させる主要組織適合性抗原の構造と機能.蛋・核・酵45:1205-1218,C20002)西村泰治:HLAと免疫疾患.病理と臨床C16:581-592,C19983)難病情報センター:特定疾患医療受給者証所持者数.Chttps://www.nanbyou.or.jp/entry/13564)deMenthonM,LavalleyMP,MaldiniCetal:HLA-B51/CB5CandCtheCriskCofCBehcet’sdisease:aCsystematicCreviewCandCmeta-analysisCofCcase-controlCgeneticCassociationCstudies.ArthritisRheumC61:1287-1296,C20095)TakenoM:TheCassociationCofCBehcet’sCsyndromeCwithCHLA-B51CasCunderstoodCinC2021.CCurrCOpinCRheumatolC34:4-9,C20226)MeguroA,InokoH,OtaMetal:GeneticsofBehcetdis-easeCinsideCandCoutsideCtheCMHC.CAnnCRheumCDisC69:C747-754,C20107)HorieY,MeguroA,OhtaTetal:HLA-B51carriersaresusceptibletoocularsymptomsofBehcetdiseaseandtheassociationCbetweenCtheCtwoCbecomesCstrongerCtowardsC(9)あたらしい眼科Vol.42,No.7,2025C793’C’C-’C’C

序説:眼科の日常診療に必要な「遺伝子」に関する基礎知識

2025年7月31日 木曜日

眼科の日常診療に必要な「遺伝子」に関する基礎知識BasicKnowledgeofGeneticDiagnosisandGeneTherapyforDailyPractice小沢洋子*榛村重人*遺伝子に踏み込むのは一部の専門家だけ,という概念は今や通用しない.遺伝子を調べることの意義を理解し,治療に結び付けられる可能性を知ることは,患者にとってファーストタッチとなる一般眼科臨床医にとっても重要である.すなわち,最新の診断や治療は専門医療機関において行われるとしても,そこへ紹介し,診断や治療の機会を提案するのは一般眼科臨床医の仕事である.そこで本特集では,現在行われている,もしくは近い将来に行われる診断・治療および臨床試験などについて,それぞれのエキスパートである先生方に解説していただいた.ヒト白血球抗原(humanleukocyteantigen:HLA)と非感染性ぶどう膜炎の関係はよく知られるが,これを調べることで患者にどのようなメリットがあるのか考えたことはあるだろうか.本特集では,HLAとはなにか,クラスIやクラスIIの意味といった基本的知識から,HLAと疾患の相関機序の解釈までを石原麻美先生,目黒明先生に解説していただいた.角膜ジストロフィの特徴的な角膜所見をアトラスで勉強した方は多いだろう.ただし,はっきりした診断と予後予測のためには,遺伝子検査を行うことが勧められる.特定の医療機関で行える保険収載された検査について,本特集の辻川元一先生による解説を読むと,日ごろ診ている患者の顔が思い浮かび,検査を勧めることを検討したくなるかもしれない.遺伝学的検査というと,白黒がはっきりする検査という印象があるかもしれないが,実は必ずしもそうではない.IRDパネルシステムは,現時点では治療法のあるRPE65遺伝子変異が疑われる患者にのみ保険収載がなされているが,全部で82遺伝子を調べられる.筆者らの施設(藤田医科大学東京先端医療研究センター)では,RPE65以外の遺伝子変異を疑われる者に対して自費診療で検査を行っている.もちろん,カウンセリングによる患者ケアとエキスパートパネル(後述)による結果解釈の質は担保している.その経験からすると,1人の検査でも,何cmもの厚さに至る遺伝子変異の報告書を渡されることになる.すなわち,調べたのが82遺伝子だけでも多数の変異がみつかるのである.そのなかから患者の病状と合致する遺伝子変異を判断するのが,エキスパートパネルという専門家会議である.この会議では,これまでの論文や学会の報告などを参考に原因遺伝子が判断される.前田亜希子先生にご執筆いただいた項目を読み,遺伝子検査の判定までの舞台裏を知ることは,患者への説明に欠か*YokoOzawa&ShigetoShinmura:藤田医科大学東京先端医療研究センター臨床再生医学講座0910-1810/25/\100/頁/JCOPY(1)785-

球状水晶体に伴う続発閉塞隅角緑内障に対して手術加療を行った1例

2025年6月30日 月曜日

《原著》あたらしい眼科42(6):771.776,2025c球状水晶体に伴う続発閉塞隅角緑内障に対して手術加療を行った1例村田直矢*1河嶋瑠美*1松下賢治*1岡崎智之*1藤野貴啓*1臼井審一*1西田幸二*1,2*1大阪大学医学部医学系研究科脳神経感覚器外科学講座(眼科学)*2大阪大学先導的学際研究機構生命医科学融合フロンティア研究部門CACaseofSurgicalTreatmentforSecondaryAngle-ClosureGlaucomaAssociatedwithMicrospherophakiaNaoyaMurata1),RumiKawashima1),KenjiMatsushita1),TomoyukiOkazaki1),TakahiroFujino1),ShinichiUsui1)CandKohjiNishida1,2)1)DepartmentofOphthalmology,OsakaUniversityGraduateSchoolofMedicine,2)IntegratedFrontierResearchforMedicalScienceDivision,InstituteforOpenandTransdisciplinaryResearchInitiatives,OsakaUniversityC目的:球状水晶体に伴う続発閉塞隅角緑内障に対して手術加療を行ったC1例を報告する.症例:24歳,男性.X年C5月に視力低下を自覚し,両眼の高眼圧症を指摘され大阪大学医学部附属病院を受診した.視力は右眼(0.7C×sphC.17.0(cyl.1.50DAx140°),左眼(0.07C×sph.16.5(cyl.2.00Ax55°),眼圧は両眼28mmHgであった.両眼浅前房で,右眼はC75%,左眼はC90%の周辺虹彩前癒着があり,両眼ともに中心に及ぶ進行した緑内障性視野障害を認めた.前眼部光干渉断層計で球状の水晶体を認め,球状水晶体に伴う続発閉塞隅角緑内障と診断した.閉塞隅角眼のため,根本治療として水晶体再建術を施行した.術後C5剤の緑内障点眼で眼圧は下降していたが,左眼の眼圧変動が大きくなり,視野障害の進行もあったため,X+2年C10月に隅角癒着解離術および線維柱帯切開術を追加した.その後の経過は良好である.結論:球状水晶体に続発した閉塞隅角緑内障に水晶体再建術は有効であったが,周辺虹彩前癒着の強い患者などでは追加の緑内障手術が必要になる.CPurpose:ToCreportCaCcaseCofCsurgicalCtreatmentCforsecondaryCangle-closureCglaucoma(SACG)associatedCwithmicrospherophakia(MSP)C.CCase:AC24-year-oldCmaleCpresentedCwithCvisionClossCinCbothCeyes.CHisCbest-cor-rectedCvisualCacuitywas(0.7C×sph.17.0)inCtheCrightCeyeand(0.07C×sph.16.5)inCtheCleft.CIntraocularCpressure(IOP)was28CmmHginbotheyes.Hehad75%peripheralanteriorsynechia(PAS)intherighteyeand90%PASinthelefteye,indicatinglate-stageglaucoma.Anteriorsegment-opticalcoherencetomographyshowedasphericallens.CWeCdiagnosedCMSPCandCSACG,CandCperformedClensCaspirationCandCposteriorCchamberCintraocularlens(PCIOL)implantation.Postsurgery,therewassigni.cantIOP.uctuationinhislefteyeandprogressioninthevisual.eld,sogoniosynechialysisandtrabeculotomywasperformed.Postsurgery,IOPstabilized,andtherewasnovisual.eldCprogression.CConclusion:LensCaspirationCandCPCCIOLCimplantationCe.ectivelyCtreatedCSACGCassociatedCwithCMSP,however,additionalglaucomasurgerymayberequiredinsomecases.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C42(6):771.776,C2025〕Keywords:球状水晶体,続発閉塞隅角緑内障,水晶体再建術,隅角癒着解離術,線維柱帯切開術.microsphero-phakia,secondaryangleclosureglaucoma,lensaspiration,goniosynechialysis,trabeculotomy.Cはじめに赤道径が小さく,前後径が大きいため,その名のとおり球状球状水晶体は非常にまれな両眼性の先天異常で,水晶体のを呈する1).胎生期の水晶体血管膜の栄養障害により,第二次〔別刷請求先〕河嶋瑠美:〒565-0871大阪府吹田市山田丘C2-15大阪大学医学部附属病院眼科Reprintrequests:RumiKawashima,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology,OsakaUniversityHospital,2-15Yamadaoka,Suita-shi,Osaka565-0871,JAPANC図1術前の前眼部写真およびAS-OCT両眼ともに浅前房,閉塞隅角で球状の水晶体を認める.水晶体線維の発達が障害されることが原因で生じると考えられており1),その病因遺伝子としてFBN12),ADAMTS103),CADAMTS173),LTBP24)がこれまで報告されている.球状水晶体はその前後径が大きいため,形状そのものにより浅前房化や隅角の狭小化をきたすが,Zinn小帯が脆弱かつ無緊張であるため,水晶体の前方偏位や亜脱臼といった水晶体位置異常も生じやすい.これらの水晶体因子に伴う瞳孔ブロックや慢性的な隅角癒着による閉塞隅角,先天的な隅角異常などによって緑内障を高率に合併することから,球状水晶体眼では緑内障がもっとも一般的な失明原因である5).今回,球状水晶体に続発した閉塞隅角緑内障と診断し,手術加療を行った症例を経験したので報告する.CI症例患者:24歳,男性.主訴:両眼視力低下.既往歴:特記事項なし.家族歴:兄は近視.両親は不詳.現病歴:もともとソフトコンタクトレンズで近視を矯正していたが,X-6年ほど前から両眼の著明な近視進行があった.X年C5月に視力低下を自覚し,近医を受診したところ,両眼の高眼圧症を指摘され,精査加療目的で大阪大学医学部附属病院眼科を紹介受診した.初診時所見:視力は右眼(0.7C×sph.17.0(cyl.1.50DCAx140°),左眼(0.07C×sph.16.5D(cyl.2.00Ax55°)と強度近視であった.眼軸長は右眼C25.04mm,左眼C24.88mmと中等度の長眼軸であり,眼軸長では屈折度数が説明できず,屈折性の強度近視であった.眼圧は右眼C28CmmHg,左眼C28mmHgに上昇しており,両眼ともに浅前房で,Scheimp.ug式角膜形状解析装置(Pentacam,ニコン)で両眼の中心前房深度はC0.96Cmmであった.隅角はCSha.er分類でCgrade1と閉塞隅角であり,右眼はC75%,左眼はC90%の周辺虹彩前癒着(peripheralCanteriorsynechia:PAS)を認めた.前眼部光干渉断層計(anteriorsegmentopticalcoher-encetomography:AS-OCT)のCCASIA2(トーメーコーポレーション)では浅前房,閉塞隅角に加えて,水晶体厚(右眼C4.34Cmm,左眼C5.18Cmm)に比して赤道径が小さい球状の水晶体が観察された(図1).眼底検査では両眼の視神経乳頭陥凹は同心円状に拡大し,垂直CC/D比はC0.9になっており,強度近視に特徴的な網脈絡膜の萎縮性変化はみられなかった(図2a).後眼部COCTでは黄斑部全体で網膜神経節細胞複合体の菲薄化がみられた(図2b).波面収差解析では角膜屈折力は正常で,水晶体由来の高次収差を認めた(図2c).角膜内皮細胞密度は右眼C1,842.6個/mmC2,左眼C1,813.1個/Cmm2に減少していた.Goldmann動的視野検査では,湖崎分類で右眼はCIII-a期,左眼はCIII-b期(図2d),Humphrey静的視野検査のC10-2CSITAstandardではCMD値が右眼C.31.8CdB,左眼C.33.5CdBであり,両眼ともに中心に及ぶ進ab右眼左眼右眼左眼d左眼右眼e左眼右眼図2初診時検査所見a:広角眼底写真.両眼の視神経乳頭陥凹が同心円状に拡大している.網脈絡膜の萎縮性変化はみられない.Cb:光干渉断層計.黄斑部全体で網膜神経節細胞複合体が菲薄化している.c:波面収差解析.角膜屈折力は正常で,水晶体由来の高次収差を認める.d:Goldmann動的視野検査湖崎分類で右眼はCIII-a期,左眼はCIII-b期の視野障害を認める.Ce:Humphrey静的視野検査(10-2CSITAStandard).MD値は右眼.31.8dB,左眼C.33.5CdBであり,中心窩閾値は右眼C22dB,左眼C23CdBに低下していた.30眼圧(mmHg)2520151050X年5月X年11月X+1年5月X+1年11月X+2年5月X+2年11月X+3年5月図3術後眼圧経過X年C6月に両眼の水晶体再建術,X+2年C10月に左眼の隅角癒着解離術および線維柱帯切開術を施行した.そののち,両眼圧はC10CmmHg台半ばで推移している.行した緑内障性視野障害を認めた.これにより,中心窩閾値は右眼C22CdB,左眼C23CdBに低下していた(図2e).これらの所見から,両眼の球状水晶体と,それに続発した慢性閉塞隅角緑内障と診断した.なお,血液検査では腎機能を含め異常所見を認めなかったが,心電図検査ではCQT短縮があり,心臓超音波検査で大動脈弁逆流症を認め,なんらかの全身疾患との関連が示唆された.経過:まずC5剤の緑内障点眼(ラタノプロスト,チモロールマレイン酸塩,ブリモニジン酒石酸塩,ブリンゾラミド,リパスジル塩酸塩水和物)で加療を開始し,両眼眼圧C19mmHgに下降したが,広範囲なCPASを伴う閉塞隅角眼であるため,根本治療としてCX年C6月に両眼の水晶体再建術を施行した.Zinn小帯が脆弱であったため,水晶体.拡張リング(capsularCtensionring:CTR)を併用したうえで眼内レンズを.内に挿入し,手術を終了した.術後経過:術翌日から緑内障点眼を再開し,5剤の点眼(ラタノプロスト,ドルゾラミド,チモロールマレイン酸塩,ブリモニジン酒石酸塩,リパスジル塩酸塩水和物)で両眼とも眼圧C10CmmHg前後に下降した.術後の矯正視力は右眼(1.0),左眼(0.4)と向上し経過をみていたが,X+2年10月に左眼の眼圧変動が大きくなり,視野障害の進行もあったため,隅角癒着解離術(goniosynechialysis:GSL)と線維柱帯切開術を追加した.その後もC5剤の緑内障点眼を必要としているが,10CmmHg台半ばの眼圧でコントロールできており(図3),視野障害の進行もなく経過している.また,眼内レンズの動揺をわずかに認めるものの,大きな偏位は生じていない(図4).II考按球状水晶体は,浅前房,強度近視,閉塞隅角緑内障を臨床的な特徴とする非常にまれな先天異常である1).水晶体由来の屈折力により強度近視を呈するが,軸性近視ではないため強度近視眼に特徴的な網脈絡膜の萎縮性変化はみられない.本症例のように若年の強度近視眼で脈絡膜萎縮がなく,浅前房,閉塞隅角の場合は球状水晶体を鑑別にあげる必要がある.散瞳径が大きい場合は細隙灯顕微鏡で水晶体を赤道部まで観察できるが,散瞳不良例などではCAS-OCTが診断の補助に有用である.球状水晶体はCZinn小帯が脆弱であるため,水晶体の前方偏位が生じやすく,44%の症例で水晶体亜脱臼が生じると報告されており6),それにより角膜内皮細胞密度の減少や角膜内皮機能不全を起こすこともある7).本症例もCZinn小帯が脆弱で角膜内皮細胞密度も減少しており,水晶体の前方偏位が繰り返し起こっていた可能性がある.球状水晶体は水晶体の形状や前方偏位,亜脱臼などの水晶体因子に伴う瞳孔ブロックや慢性的な隅角癒着によって隅角閉塞をきたしやすく,球状水晶体の約C50%に閉塞隅角緑内障を合併するとの報告もある5).球状水晶体に伴う閉塞隅角緑内障の発症年齢は若年であることが多く,早期診断が重要である.早期であれば緑内障点眼やレーザー虹彩切開術(laseriridotomy:LI),周辺虹彩切除術(peripheralCiridectomy:PI)で加療できることもあるが8),LI後に追加の薬物治療や手術加療を必要としなかった症例はC12.5%であり,慢性的な隅角閉塞や隅角の発達異常を伴う場合はCLIの効果は限定的だとする報告や5),球状水晶体はその赤道径が短いため,LIやCPIによ右眼左眼図4術後約3年(X+3年5月)の前眼部写真およびAS-OCT眼内レンズの傾斜や偏心はなく,前房深度も大きくなっている.表1球状水晶体を合併する全身疾患疾患名眼症状全身症状Weill-Marchesani症候群球状水晶体,水晶体脱臼低身長,短指趾,短肢,関節拘縮,心血管異常Marfan症候群球状水晶体,水晶体脱臼青色強膜,巨大角膜,虹彩低形成高身長,側弯,大動脈瘤,大動脈解離,自然気胸Alport症候群球状水晶体,白内障,円錐水晶体慢性腎炎,難聴平滑筋腫本症例はCWeil-Marchesaniの特徴にもっとも一致する.り硝子体が前房内に脱出してしまうという報告もある9).また,ピロカルピン点眼薬はCZinn小帯をさらに弛緩させ,水晶体の前方移動や瞳孔ブロックを促進してしまうため禁忌となる10).Senthilらによると,球状水晶体に続発した緑内障において,点眼のみで眼圧のコントロールが良好であった症例は18%であり,多くの症例で外科的治療(水晶体摘出術,線維柱帯切除術,線維柱帯切開術,経強膜毛様体光凝固術,緑内障インプラント挿入術)が必要であった5).水晶体摘出術は異常な水晶体を取り除くことができるため,球状水晶体の手術加療において重要な位置を占めるが7),Raoらは,水晶体摘出術により術後C1年でC69%,5年でC51%の症例が緑内障点眼なしで眼圧コントロールができ,40%が緑内障点眼を,7.7%のみが追加の緑内障手術を必要としたと報告している11).水晶体摘出術のみで眼圧下降しない場合のリスクファクターとして若年,術前の高眼圧,使用している緑内障点眼数,視神経乳頭陥凹拡大の程度があげられた.術前の隅角閉塞の有無は関連がないとされていたが,全周にCPASを生じた球状水晶体に続発した緑内障に対して,水晶体再建術にCGSLを併施して良好な結果が得られた報告もあり9),本症例のようにCPASの程度が強い症例では,初回の水晶体再建術の際にCGSLを併用することで,その後の追加の緑内障手術を避けることができた可能性がある.しかし水晶体再建術の際には,水晶体.が小さく,Zinn小帯が脆弱かつ無緊張なため,CTRを併用しても眼内レンズを.内に挿入することは困難であり,眼内レンズ強膜内固定術が施行されることもある12).本症例も術後に眼内レンズの動揺を認めており,今後は眼内レンズ強膜内固定術が必要になる可能性がある.球状水晶体は孤発性のこともあるが,Weill-Marchesani症候群,Marfan症候群,Alport症候群などの全身疾患に関連して起こることがある(表1)1,3).本症例は身長がC163Ccmと高身長ではなく,腎機能は正常で,心血管異常があることからCWeill-Marchesani症候群の可能性も考えられたが,遺伝子検査は施行しておらず,確定診断には至っていない.CIII結論球状水晶体に続発した閉塞隅角緑内障に水晶体再建術は有効であったが,PASなどの隅角異常が生じている眼では追加の緑内障手術が必要になることもある.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)ChanCRT,CCollinHB:Microspherophakia.CClinExpOptomC85:294-299,C20022)MegarbaneCA,CMustaphaCM,CBleikCJCetal:ExclusionCofCchromosomeC15q21.1CinCautosomal-recessiveCWeill-MarchesanisyndromeinaninbredLebanesefamily.ClinGenetC58:473-478,C20003)MoralesCJ,CAl-SharifCL,CKhalilCDSCetal:HomozygousCmutationsinADAMTS10andADAMTS17causelenticu-larCmyopia,CectopiaClentis,Cglaucoma,Cspherophakia,CandCshortstature.AmJHumGenetC85:558-568,C20094)KumarCA,CDuvvariCMR,CPrabhakaranCVCCetal:AChomo-zygousCmutationCinCLTBP2CcausesCisolatedCmicrosphero-phakia.HumGenetC128:365-371,C20105)SenthilCS,CRaoCHL,CHoangCNTCetal:GlaucomaCinCmicro-spherophakia:presentingCfeaturesCandCtreatmentCout-comes.JGlaucomaC23:262-267,C20146)MuralidharCR,CAnkushCK,CVijayalakshmiCPCetal:VisualCoutcomeCandCincidenceCofCglaucomaCinCpatientsCwithmicrospherophakia.Eye(Lond)C29:350-355,C20157)GuoCH,CWuCX,CCaiCKCetal:Weill-MarchesaniCsyndromeCwithadvancedglaucomaandcornealendothelialdysfunc-tion:aCcaseCreportCandCliteratureCreview.CBMCCOphthal-molC15:3,C20158)GilbertAL,ThanosA,PinedaR:Persistentblurryvisionafteraroutineeyeexamination.JAMAOphthalmolC134:C1065-1066,C20169)KanamoriA,NakamuraM,MatsuiNetal:Goniosynechi-alysiswithlensaspirationandposteriorchamberintraoc-ularClensCimplantationCforCglaucomaCinCspherophakia.CJCataractRefractSurgC30:513-516,C200410)KhokharCS,CPangteyCMS,CSonyCPCetal:Phacoemulsi-.cationinacaseofmicrospherophakia.JCataractRefractSurgC29:845-847,C200311)RaoCDP,CJohnCPJ,CAliCMHCetal:OutcomesCofClensectomyCandriskfactorsforfailureinspherophakiceyeswithsec-ondaryglaucoma.BrJOphthalmolC102:790-795,C201812)YangJ,FanQ,ChenJetal:Thee.cacyoflensremovalplusCIOLCimplantationCforCtheCtreatmentCofCspherophakiaCwithCsecondaryCglaucoma.CBrCJCOphthalmolC100:1087-1092,C2016C***

上強膜血管怒張と脈絡膜血管拡張とをきたした1例

2025年6月30日 月曜日

《原著》あたらしい眼科42(6):767.770,2025c上強膜血管怒張と脈絡膜血管拡張とをきたした1例根本貴大山本有貴杉澤孝彰五味文兵庫医科大学附属病院眼科CACaseofSpeci.cChoroidalVasodilatationandSuperiorScleralVasodilatationTakahiroNemoto,YukiYamamoto,TakaakiSugisawaandFumiGomiCDepartmentofOphthalmology,HyogoCollegeofMedicineC目的:上強膜血管怒張と脈絡膜血管拡張を認め,トリアムシノロン後部CTenon.下注射(STTA)で改善したC1例を報告する.症例:74歳,女性.右眼充血を主訴に近医受診.右眼の視力低下,光干渉断層計(OCT)で異常を認め,兵庫医科大学附属病院眼科を紹介受診した.初診時右眼視力(0.9),上強膜血管怒張を認め,OCTで黄斑部網膜下液,脈絡膜皺襞を認めた.眼軸はC22.86Cmmであった.インドシアニングリーン蛍光造影(indocyanineCgreenCangiogra-phy:IA)で鼻上側渦静脈につながる脈絡膜血管拡張を認めた.頭部造影CMRIで上眼静脈拡張はみられず,内頸動脈海綿静脈洞瘻は否定された.Bモード超音波検査で右眼後部強膜に軽度肥厚がみられ,後部強膜炎を疑いCSTTAを施行した.上強膜血管怒張,脈絡膜皺襞は改善,右眼視力(1.2)となった.考按:強膜および脈絡膜血管拡張を認めたが,MRIで上眼静脈の拡張は認めず,血流うっ滞の起点は上眼静脈より眼球側と考えた.小眼球でもともと肥厚した強膜に炎症が併発し,一時的な血流うっ滞が起こり,STTAによる消炎で強膜肥厚が改善し,血流うっ滞が解除されたと考える.CPurpose:ToCreportCaCcaseCofCscleralCvasodilatationCandCchoroidalCvasodilatationCassociatedCwithCsubretinalCmacularC.uidCandCaCchoroidalCcrease,CwhichCimprovedCfollowingCaCsub-Tenon’sCcapsuleCtriamcinoloneCacetonide(STTA)injection.CCase:ThisCstudyCinvolvedCaC74-year-oldCfemaleCwhoCinitiallyCpresentedCtoCherCprimaryCcareCphysicianCwithChyperemiaCinCherCrightCeye,CyetCwasCsubsequentlyCreferredCtoCourCdepartmentCdueCtoCdecreasedCvisualacuity(VA)andabnormalitiesobservedviaopticalcoherencetomography(OCT)C.Uponinitialexamination,herright-eyeVAwas0.9,andsuperiorscleralvasodilatation,subretinalmacular.uid,andachoroidalcreasewereobservedCviaCOCT.CTheCocularCaxisCmeasuredC22.86Cmm,CindicatingCaCsmallCeye.CIndocyanineCgreenCangiographyCrevealeddilatedchoroidalvesselsconnectedtothesuperiornasalvortexvein,andB-modeultrasonographydem-onstratedCmildCthickeningCofCtheCposteriorCscleraCinCtheCrightCeye.CBasedConCthoseC.ndings,CposteriorCscleritisCwasCsuspected,andSTTAwasperformed.Followingtreatment,thesuperiorscleralvasculartonenormalized,thecho-roidalcreaseresolved,thesubretinalmacular.uiddisappeared,andherVAimprovedto1.2.Conclusions:Mag-neticCresonanceCimagingCshowedCnoCdilatationCofCtheCsuperiorCophthalmicCvein,CsuggestingCthatCbloodCstagnationCoriginatedontheocularsideofthevein.Thepatient’sscleralthickeningwasattributedtoin.ammationinthecon-textCofCaCsmallCeye,CwhichCisCanatomicallyCpredisposedCtoCsuchCchanges.CPost-STTA,CtheCscleralCin.ammationCimproved,resolvingthethickeningandrelievingbloodstasis.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C42(6):767.770,C2025〕Keywords:脈絡膜血管拡張,上強膜血管怒張,脈絡膜皺襞,血流うっ滞.choroidalvasodilatation,superiorscler-alvasodilatation,choroidalcreases,congestionofblood.ow.Cはじめに層を栄養する.そののち,集合細静脈によって排出され,渦眼血管の走行は,内頸動脈より眼動脈を分岐し,長後毛様静脈に合流して膨大部から強膜を通って上眼静脈へ流入する体動脈と短後毛様体動脈となりぶどう膜を栄養する.短後毛と報告されている1).筆者らは,上強膜血管怒張と渦静脈に様体動脈は小細動脈に分岐し,脈絡毛細血管板となり網膜外つながる脈絡膜血管拡張がみられた症例を経験した.血流う〔別刷請求先〕根本貴大:〒663-8501兵庫県西宮市武庫川町C1-1兵庫医科大学附属病院眼科Reprintrequests:TakahiroNemoto,M.D.,DepartmentofOphthalmology,HyogoCollegeofMedicineHospital,1-1Mukogawa-cho,Nishinomiya-shi,Hyogo663-8501,JAPANCっ滞の原因考察に苦慮したため,報告する.CI症例患者:74歳,女性.主訴:右眼充血,視力低下.既往歴:特記事項なし.現病歴:X年C2月より両眼の充血と眼脂を自覚し,前医を受診.前医にてレボフロキサシン水和物点眼とフルオロメトロン点眼治療を開始した.3月に改善を認め,ブロムフェナクナトリウム水和物液点眼加療に変更となった.その後も点眼を継続していたが,5月に右眼の眼脂を認めない充血を主訴に再度前医を受診した.右眼の充血再燃と視力低下に加え,光干渉断層計(opticalCcoherencetomography:OCT)で異常を認めたため,精査目的で兵庫医科大学附属病院眼科を紹介を受診した.前医でのCOCTを図1に示す.脈絡膜皺襞と肥厚,黄斑に網膜下液がみられた.初診時所見:視力は右眼C0.9C×sph+3.00D(cyl.0.75DAx60°,左眼C1.2C×sph+2.25D,眼圧は右眼C18mmHg,左眼C11CmmHg,眼軸長は右眼C22.86Cmm,左眼C23.05Cmm,フ図1前医受診時のOCT黄斑部に網膜下液と脈絡膜皺襞と肥厚を認める.レア値は右眼C19.6Cpc/ms,左眼C9.6Cpc/msであった.右眼は上強膜血管怒張と右下方角膜実質混濁を認めたが,前房内に明らかな細胞はみられなかった.左眼前眼部に異常はなかった(図2a).両眼とも軽度白内障以外は中間透光体に異常はみられなかった.眼底検査では右眼視神経乳頭軽度腫脹とドルーゼンがみられ,左眼はドルーゼン以外はみられなかった.OCTで右眼脈絡膜皺襞と肥厚がみられ,黄斑部にはごく少量の網膜下液(subretinal.uid:SRF)を認めていた.前医でのCOCTと比較すると網膜下液は改善していた(図2b).Bモード超音波検査では右眼後部強膜に軽度肥厚がみられた(図2c).フルオレセイン蛍光造影(.uoresceinangiography:FA)では後期に軽度のびまん性過蛍光を認めたが,明らかな蛍光漏出はみられず(図3a,b),インドシアニングリーン蛍光造影(indocyanineCgreenangiography:IA)にて鼻上側渦静脈につながる脈絡膜血管の拡張と蛇行がみられた.(図3c,d)内頸動脈海綿静脈洞瘻鑑別のため頭部造影CMRIを施行したが,上眼静脈の拡張は認めず,眼窩内占拠性病変もみられなかった.(図4).経過:炎症性疾患による血流うっ滞を考え,後部CTenon.下注射(sub-TenonCinjectionCofCtriamcinoloneCaceton-ide:STTA)を施行したところフレア値,強膜血管怒張(図5a),脈絡膜皺襞,SRFは徐々に改善し(図5b),1カ月後には右眼視力C1.2C×sph+1.75(cyl.0.25DCAx70°まで改善した.図2初診時の右眼前眼部写真とOCT,Bモード超音波検査Aa:右眼の強膜全体に上強膜血管怒張を認める.角膜下方に混濁を認める.b:黄斑部にわずかな網膜下液,脈絡膜皺襞と肥厚を認めるが,前医紹介時よりは改善している.c:右眼の後部強膜に肥厚がみられる.図3蛍光眼底造影検査a:FA早期.過蛍光,低蛍光はみられない.Cb:FA後期.軽度のびまん性過蛍光を認めたが,明らかな蛍光漏出は認めなかった.Cc:IA早期.明らかな異常なし.d:IA後期鼻上側渦静脈につながる脈絡膜血管拡張と蛇行を認める.図4MRA上眼静脈の拡張を認めず,眼窩内占拠性病変も認めなかった.CII考按眼血管の走行は,内頸動脈より眼動脈を分岐し,長後毛様体動脈と短後毛様体動脈となりぶどう膜を栄養する.そして,短後毛様体動脈は小細動脈に分岐し,脈絡毛細血管板となり網膜外層を栄養する.その後,集合細静脈によって排出され,渦静脈に合流して膨大部から強膜を通って,上眼静脈へ流入する.本症例では上強膜血管,脈絡膜血管の拡張がみられたが,上眼静脈の拡張はみられず,血流うっ滞は上眼静脈よりも眼球側で起きていたと考えられる.後部強膜炎は鋸状縁部よりも後方で生じる強膜の炎症性反応であり,後部強膜の肥厚を認める.また,多彩な眼底所見を呈し,漿液性網膜.離,視神経乳頭浮腫,黄斑浮腫,網膜や脈絡膜の皺襞などがある2).本症例では,後部強膜炎でみられる蛍光眼底造影でのCleopard-spotpatternや蛍光漏出は図5治療1カ月後の前眼部写真とOCTa:右眼の上強膜血管怒張は改善を認めた.Cb:網膜下液と脈絡膜肥厚は改善を認めたが,脈絡膜皺襞はわずかに残存している.みられなかった.また,疼痛の訴えもなかった.しかし,Bモード超音波検査で軽度の後部強膜の肥厚がみられたことから,後部強膜炎による強膜肥厚が血流うっ滞の要因の鑑別の一つと考えられる.短眼軸の特徴である強膜肥厚による渦静脈血流うっ滞も原因の一つと考察する.強膜厚は眼軸長が増加するにつれて薄くなり,眼軸長が減少するにつれて厚くなると報告されている3).渦静脈は強膜を眼球面に沿うように貫通するため,強膜厚に比例して貫通する経路は長くなり,静脈の血流流出は障害される4).本症例は眼軸長C22.86Cmmであり,渦静脈血流うっ滞の原因として小眼球は一つの要因であった可能性がある.脈絡膜の皺襞が高度ではないことや,疼痛がなかったこと,今回の疾患が後部強膜炎だったとしてもそれほど強い炎症ではなかったことが推察される.Bモードでみられた強膜肥厚も後部強膜炎に伴うものなのか,小眼球ゆえなのかははっきりしない.小眼球による強膜肥厚に後部強膜炎が併発したことで,過度の血流うっ滞が生じた可能性がある.STTAにより後部強膜炎の消炎が得られたことで強膜肥厚が緩和され,血流うっ滞が改善した可能性が考えられる.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)BrinksJ,VanDijkEHC,MeijerOCetal:Choroidalarte-riovenousanastomoses:ahypothesisforthepathogenesisofCcentralCserousCchorioretinopathyCandCotherCpachycho-roidCdiseaseCspectrumCabnormalities.CActaCOphthalmolC100:946-959,C20222)三浪梨絵子,齋藤航,南場研一ほか:広範な網脈絡膜萎縮を来した後部強膜炎の1例.日眼会誌C110:730-735,C20063)JonasJB,HolbachL,Panda-JonasS:ScleralcrosssectionareaCandCvolumeCandCaxialClength.CPLoSCOneC9:e93551,C20144)SchlatterB,BeckM,FruehBEetal:Evaluationofscler-alCandCcornealCthicknessCinCkeratoconusCpatients.CJCCata-ractRefractSurgC41:1073-1080,C2015***

ステロイドパルス療法著効後に再燃しアダリムマブを導入した急性帯状潜在性網膜外層症(AZOOR)-complexの1例

2025年6月30日 月曜日

《原著》あたらしい眼科42(6):760.766,2025cステロイドパルス療法著効後に再燃しアダリムマブを導入した急性帯状潜在性網膜外層症(AZOOR)-complexの1例田内睦大西尾侑祐堀純子日本医科大学多摩永山病院眼科ACaseofAcuteZonalOccultOuterRetinopathy(AZOOR)-ComplexthatRelapsedafterSteroidPulseTherapywasE.ectiveandAdalimumabStartedMutsuhiroTauchi,YusukeNishioandJunkoHoriCDepartmentofOphthalmology,NipponMedicalSchoolTamaNagayamaHospitalC目的:急性帯状潜在性網膜外層症(AZOOR)には確立した治療法が存在しない.今回,ステロイドパルス療法が著効したが再燃を繰り返し,アダリムマブ(ADA)を導入したCAZOOR-complexのC1例を報告する.症例:33歳,女性.左眼の暗点を自覚し当科を紹介受診.AZOOR診断基準を満たし左眼視力C0.15でありステロイドパルス療法を施行した.視力や視野障害は著明に改善したがプレドニゾロン(PSL)内服終了C1カ月後に僚眼にCAZOOR発症した.PSL増量とシクロスポリン併用により改善するもCPSL漸減時にC2度再燃しCADAを導入した.導入後C6カ月の時点で再燃なく経過している.考按:本症例は複数の自己抗体が陽性で網膜血管炎も呈しており,自己免疫疾患の存在が示唆され,ステロイドやCADA加療が奏功した可能性が考えられた.結論:自己免疫背景のあるCAZOOR-complexに対しステロイドパルス療法やCADAが有効であった.CPurpose:Todate,thereisnostandardtreatmentforacutezonaloccultouterretinopathy(AZOOR).Herein,wereportacaseofAZOOR-complexthatrespondedtosteroidpulsetherapy,butrelapsedandwassuccessfullytreatedCwithadalimumab(ADA).CCase:AC33-year-oldCfemaleCwasCreferredCforCtreatmentCofCaCdarkCspotCinCherClefteye,andwasdiagnosedwithAZOOR.Hervisualacuitywas0.15,andsteroidpulsetherapyimprovedhercon-dition.However,symptomsreappearedinherrighteyeafterstoppingprednisolone(PSL)administration.PSLandcyclosporineimprovedthecondition,butrelapsesoccurredtwiceduringthetapering-o.ofPSL.ADAwasintro-duced,andtherewerenorelapsesfor6-monthspostinitiatingtreatment.Thepatienttestedpositiveforautoanti-bodiesandhadretinalvasculitis,suggestinganautoimmunedisorder,whichmayhavecontributedtothesuccessofthesteroidandADAtreatment.Conclusion:SteroidpulseandADAweree.ectiveinacaseofAZOOR-com-plexwithasuspectedautoimmunebackground.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)42(6):760.766,C2025〕Keywords:急性帯状潜在性網膜外層症,ステロイドパルス療法,シクロスポリン,アダリムマブ(ADA),点状脈絡膜内層症.acutezonaloccultouterretinopathy(AZOOR),steroidpulsetherapy,cyclosporine,adalimumab,punc-tateinnerchoroidopathy(PIC).Cはじめに急性帯状潜在性網膜外層症(acutezonaloccultouterreti-nopathy:AZOOR)はC1992年にCGassによって提唱された疾患概念1)で,網膜外層に主病変が存在し,おもに若年女性に急激な視力低下や視野欠損で発症する.類縁疾患を含めたより大きな疾患概念としてCAZOOR-complexとよぶこともある.現在でも確立された治療法が存在しない.今回筆者らは,自己免疫性背景や視神経炎を併発した可能性も考えられたCAZOOR-complexに対して,ステロイドパルス療法が著効したが再燃を繰り返し,アダリムマブ(ADA)を導入した1例を経験したので報告する.〔別刷請求先〕田内睦大:〒206-8512東京都多摩市永山C1-7-1日本医科大学多摩永山病院眼科Reprintrequests:MutsuhiroTauchi:DepartmentofOphthalmology,NipponMedicalSchoolTamaNagayamaHospital,1-7-1Nagayama,Tama-shi,Tokyo206-8512,JAPANC760(118)I症例患者:33歳,女性.主訴:左眼の視野障害.現病歴:X年C6月に左眼の中心から上方の暗点を自覚し,前医大学病院を受診した.光干渉断層計(opticalcoherencetomography:OCT)で網膜外層の障害と,多局所網膜電図(electroretinogram:ERG)で振幅低下を認め,AZOORが疑われ,精査加療目的に日本医科大学多摩永山病院眼科に紹介受診となった.既往:両眼とも有水晶体後房型眼内レンズ(ICL)挿入術後,ほか特記なし.初診時使用薬剤:なし.〔初診時所見〕視力:右眼=0.9×ICL(1.2C×cyl.1.50DAx140°),左眼=0.09×ICL(0.15C×sph.1.50D(cyl.1.50DCAx25°).眼圧:右眼C16mmHg,左眼C13mmHg.眼軸長(Aモード):右眼C27.01mm,左眼C28.11mm.中心CFlicker値(criticalCfusionfrequency:CFF)(赤):右眼C33Hz,左眼C26Hz.前眼部:両眼浅前房,両眼CICL挿入眼.相対的瞳孔求心路障害(relativeCa.erentCpupillaryCele-fect:RAPD):左眼で陽性,前房内細胞(ACcell):grade0/0.中間透光体:前部硝子体内細胞(A-vitcell)C./..硝子体混濁(OCV):grade0/0(NEI/SUN).眼底:左眼アーケード血管内に白色斑の点在あり(図1b,f).OCT:左眼でCellipsoidzone(EZ)の欠損あり,網膜色素上皮(retinalpigmentCepithelium:RPE)レベルにドーム状の隆起あり(図1d,e).眼底自発蛍光(fundusauto-.uorescence:FAF):眼底の白色斑と一致する位置に低蛍光あり(図1g).フルオレセイン蛍光造影(.uoresceinangiography:FA):早期相(図1i,j)から両眼網膜周辺部にびまん性血管漏出を認め,後期相(図1h,k,l)でCFAFの低蛍光部と一致したCwindowdefectを認めた.逆転現象は認めなかった.Goldmann動的視野計(以下,GP)(図2a):左眼の中心から鼻上側に絶対暗点を認めた.多局所CERG(図2c):GPの暗点に一致した振幅低下を認めた.血液検査:血清補体価CC3,C4の軽度低下(C374Cmg/dl,CC49.7Cmg/dl),抗核抗体(160倍)と複数の自己抗体(抗カルジオリピン抗体C23.9CU/ml,抗CTPO抗体C18.6CIU/ml)の陽性を認めたが,自己免疫疾患の診断には至らなかった.髄液所見,頭部眼窩造影MRI:正常.日本眼科学会のCAZOOR診療ガイドラインによる診断基準2)は表1のとおりであり,これら①.⑤の主要項目を満たしたものがCAZOOR確定例とされる.本症例ではこれらの項目を満たしておりCAZOORと診断した.また,0.15までの視力低下に加えて,CFF低下,RAPD陽性,中心暗点も認めており,視神経炎併発の可能性も考えられ,ステロイドパルス療法施行の方針とした.ステロイドパルス療法はメチルプレドニゾロン(PSL)1,000CmgをC3日間,後療法は体重当たりC1mgでCPSL内服C50mgから開始し,1週間ごとに10Cmg,30Cmg以下はC2週間ごとにC5Cmg,10Cmg以下はC2週間ごとにC2.5Cmgの漸減スケジュールとした.ステロイドパルス療法施行C3日間で左眼矯正視力はC0.6まで改善し,CFF値も正常値となった.内服後療法を継続し,ステロイドパルス療法開始からC9日後には左眼視力はC1.0まで回復し,GP(図3a)および多局所CERGの所見も改善した.約C4カ月でCPSL内服は終了となったが,そのC1カ月後(初診からC5カ月)に右眼の暗点を自覚し,視力がC0.5まで低下した.GPで右眼中心やや上方の暗点と多局所CERGで暗点に一致する振幅低下を認め,右眼CAZOORと診断した(図4).矯正視力はC0.5と保たれていたため,PSL30Cmgから内服加療を開始とした.PSL30CmgからC2週間ごとにC5Cmg,15Cmg以下はC2週間ごとにC2.5Cmgと,より緩徐に漸減し,治療強化として漸減の過程でシクロスポリン(CysA)を併用とした.CysAはC125Cmgから開始し採血トラフ値に応じて量を調整し,PSL15Cmg以降はCCysA175Cmgの投与であった.PSL内服再開C3カ月後(初診からC8カ月)には右眼矯正視力C1.2まで改善し,GPや多局所CERGなどの所見も改善した.しかし,内服再開C5カ月(初診からC10カ月)にCPSL2Cmgとなったところで,右眼に再燃が確認された.PSLC25mgに増量しCCysA175Cmg併用のうえ,前回同様のスケジュールでCPSL漸減開始とし,自覚,視力,視野はすぐに改善した.PSL10Cmg以下はC1カ月ごとにC2Cmg,5Cmg以下はC1カ月ごとにC1Cmgとさらに緩徐なスケジュールで漸減とし,約C6カ月(初診からC16カ月)でCPSL3Cmgとなりそのまま維持とした.4カ月(初診からC20カ月)ほど経過したところで両眼に再燃を認めた(図3e,f).過去C2度ともCPSL終了後C1カ月以内,もしくは終了する手前で再燃を認めており,PSL25Cmgに増量し,CysA175Cmgを継続するとともにCADAを導入とした.導入後C6カ月経過の現時点でCPSLはC2Cmgまで減量しているが,再燃なく経過している.CII考案AZOORはC20.50代(平均C36歳)の近視眼の健康女性に好発し,おもな症状は急激な視力低下や視野欠損である.原因は不明であり,炎症や循環障害などさまざまな病態が考えられている.60%が片眼で発症し,76%では最終的には両眼性になる.60.92%は近視眼であり,とくにC.6D以上の図1初診時の眼底,OCT,FAF,FAa,b,f:眼底写真.左眼アーケード血管内に白色斑が点在する(.).c~e:OCT画像.c:右眼.Cd,e:左眼.左眼CEZの欠損,不明瞭化を認め(C.),RPEレベルにドーム状の隆起がみられる(.).g:FAF像.眼底の白色斑と一致する位置に低蛍光を認める(.).h:FA後期相.FAFの低蛍光部と一致したCwindowdefectがみられる(.).i,j:FA早期相から両眼網膜周辺部にびまん性血管漏出を認める.Ck,l:FA後期相.図2初診時のGoldmann動的視野計検査(GP)と多局所網膜電図(ERG)a:左眼のCGP.中心から鼻上側にかけて絶対暗点を認めた.Cb:右眼のCGP.Cc:左眼の多局所CERG.暗点に一致する部位の多局所CERGの振幅は低下していた.d:aの一部拡大.Ce:右眼の多局所ERG.Cf:bの一部拡大.ef強度近視がC46%を占める.約C28%で自己免疫疾患の合併が報告されており,多いものは橋本病(12%)や多発性硬化症(8%)である1,2).AZOORには患者背景,症状,検査所見が類似した,同じスペクトラム上にあると考えられている類縁疾患が存在する.点状脈絡膜内層症(punctateCinnerchoroidopathy:PIC),多発消失性白点症候群(multipleCevanescentCwhiteCdotsyndrome:MEWDS),急性黄斑神経網膜症(acutemacularneuroretinopathy:AMN),多巣性脈絡膜炎(multi-focalchoroiditis:MFC),急性特発性盲点拡大(acuteCidio-pathicCblindspotCenlargement:AIBSE),急性輪状網膜外層症(acuteCannularCouterretinopathy:AAOR)があげられ,これらの類縁疾患を含めたより大きな疾患概念としてAZOOR-complexとよぶこともある2,3).類縁疾患のうちPICは,30代の女性に好発する原因不明の網脈絡膜炎であり,眼底後極部を中心に網膜色素上皮層あるいは脈絡膜内層レベルに複数の白.黄色斑がみられ,OCTではCRPEレベル(121)表1わが国のガイドラインによるAZOOR診断基準以下の主要項目①-⑤を満たすものをCAZOOR確定例とする.①急激に発症する視野欠損あるいは視力低下.片眼性が多いが,両眼性もありうる.②眼底検査およびCFAでは,視野欠損を説明できる明らかな異常が認められない.ただし,軽度の異常(網脈絡膜の色調異常や軽い乳頭発赤など)はありうる.③OCTにて,視野欠損部位に一致して網膜外層の構造異常EZの欠損あるいは不鮮明化とCinterdigitationCzone(IZ)の消失)がみられる.ただしCAZOORの軽症例や回復期では,IZのみ異常になることもある.④全視野CERGにおいて振幅低下,あるいは多局所CERGにおいて視野欠損部位に一致した振幅低下がみられる.⑤先天性/遺伝性網膜疾患,網膜血管性疾患やその他の網膜疾患,癌関連網膜症/自己免疫網膜症,ぶどう膜炎,外傷性網脈絡膜疾患,視神経疾患/中枢性疾患が除外できる.(文献C2より引用)あたらしい眼科Vol.42,No.6,2025C763図3治療開始後の両眼Goldmann動的視野計検査(GP)a,c,e:左眼.Cb,d,f:右眼.Ca,b:ステロイドパルス開始C9日後.PSL50Cmg時.左眼の絶対暗点が縮小し,矯正視力はC1.0に改善した.Cc,d:ステロイドパルス開始後C45日.PSL25Cmg時.暗点はさらに縮小した.Ce,f:初診から約C20カ月後,両眼再燃時.PSL3Cmg+CysA175Cmg時.ADAを追加した.のドーム状隆起病変と,それに伴うCEZの異常が確認されるAZOOR-complexのうち,とくにCPICがもっとも近い疾患のが特徴である4.6).本症例ではCAZOORの診断基準を満たであったと考えられた.AZOOR-complexの治療法は確立すが,眼底とCOCT所見がCPICの特徴に類似しており,された方法はないが,病因として自己免疫や炎症の関与が推図4右眼発症時のGoldmann動的視野計検査(GP)と多局所網膜電図(ERG)初診からC5カ月時点で,右眼の暗点と視力低下の自覚があった.Ca:GPで右眼中心やや上方の暗点を認めた.Cb:aを一部拡大したもの.c,d:多局所CERGで暗点に一致する振幅低下を認め,右眼CAZOORと診断した.定されていることからステロイドにより加療されることがあり,ステロイドパルス療法が奏功した報告もある7,8).また数は少ないものの,免疫抑制薬9)やCTNF-a阻害薬10,11)を使用した報告もある.Neriらは橋本病の既往のあるCAZOOR患者でステロイドに反応不良である例にアダリムマブを使用したところ著効した例を報告している11).再燃率に関してGassらはC31%1),斎藤らはC18%12)と報告している.斎藤らの再燃例C7例のうちC6例は全身ステロイド加療を受けており,そのC6例のうちC4例はCPSLをC15Cmg/日以下に減量した際に再燃しており,発症から再燃までの期間の中央値はC6.5カ月(3.52カ月)であった.2例でアザチオプリンが併用された.本症例ではC33歳,女性の急激な視野と視力障害であり,片眼から始まり両眼で再燃した.ICL挿入眼でありもともとの正確な屈折は不明であるが,長眼軸眼であり中等度以上の近視であったと想定される.また,診断はついていないが,複数の自己抗体陽性や眼底の網膜血管炎所見を認めており,なんらかの自己免疫疾患の存在が疑われた.AZOOR-com-plexに対するステロイドの有効性は確立していないが,本症例では初診時の左眼視力の大幅な低下に加えて,中心暗点の出現,CFFの低下,RAPD陽性を認め,視神経炎の併発を示唆する所見もあり,治療としてステロイドパルス療法を選択し著効した.また,右眼の所見出現時やその後の再燃の際に,いずれもCPSLの減量に伴い症状が出現し,再度増量すると速やかに所見が改善しており,ステロイド依存性に症状が変動している傾向がみられた.本症例の自己免疫的背景がステロイドの奏功に寄与している可能性が示唆された.現在は再燃に対してCCysAやCADAの併用も開始しており,自己免疫学的背景を持つ本患者において奏功することを期待する.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)GassJD:AcuteCzonalCoccultCouterCretinopathy.CDondersLecture:TheCNetherlandsCOphthalmologicalCSociety,CMaastricht,CHolland,CJuneC19,C1992.CJCClinCNeuroophthal-molC13:79-97,C19932)近藤峰生,飯田知弘,園田康平ほか;厚生労働科学研究費補助金難治性疾患政策研究事業網膜脈絡膜・視神経萎縮症に関する調査研究班:AZOORの診断ガイドライン作成ワーキンググループ.急性帯状潜在性網膜外層症(AZOOR)の診断ガイドライン.日眼会誌123:443-449,C20193)GassCJD,CAgarwalCA,CScottCIUCetal:AcuteCzonalCoccultCouterretinopathy:aClong-termCfollow-upCstudy.CAmJOphthalmolC134:329-339,C20024)StandardizationCofCUveitisNomenclature(SUN)WorkingGroup:Classi.cationCcriteriaCforCpunctateCinnerCchoroidi-tis.AmJOphthalmolC228:275-280,C20215)SinghCRB,CPerepelkinaCT,CTestiCICetal:Imaging-basedassessmentCofchoriocapillaris:ACcomprehensiveCreview.CSeminOphthalmol38:405-426,C20236)ThongborisuthCT,CSongCA,CLobo-ChanAM:PunctateCInnerCChoroiditis.CAdvCOphthalmolCOptomC9:345-357,C20247)ChenCSN,CYangCCH,CYangCM:SystemicCcorticosteroidsCtherapyCinCtheCmanagementCofCacuteCzonalCoccultCouterCretinopathy.JOphthalmolC2015:793026,C20158)KitakawaT,HayashiT,TakashinaHetal:ImprovementofCcentralCvisualCfunctionCfollowingCsteroidCpulseCtherapyCinCacuteCzonalCoccultCouterCretinopathy.CDocCOphthalmolC124:249-254,C20129)GuijarroCA,CMunozCN,CAlejandreCNCetal:LongCtermCfol-low-upCandCe.ectCofCimmunosuppressionCinCacuteCzonalCoccultCouterCretinopathy.CEurCJCOphthalmolC32:NP118-NP122,C202010)NeriCP,CRicciCF,CGiovanniniCACetal:SuccessfulCtreatmentCofCanCoverlappingCchoriocapillaritisCbetweenCmultifocalCchoroiditisCandCacuteCzonalCoccultCouterCretinopathy(AZOOR)withadalimumab(HumiraTM)C.IntOphthalmolC34:359-364.C201411)MerleCDA,CWolframCL,CNasyrovCECetal:ACcaseCofCAZOORunderimmunomodulatorytreatment.RetinCasesBriefRep:doi:10.1097/ICB.0000000000001643,C2024COnlineaheadofprint12)SaitoCS,CSaitoCW,CSaitoCMCetal:AcuteCzonalCoccultCouterCretinopathyCinJapaneseCpatients:clinicalCfeatures,CvisualCfunction,CandCfactorsCa.ectingCvisualCfunction.CPLoSCOneC10:e0125133,C2015***

DSAEKの際に前房内増殖組織と虹彩の全周切除を行ったAxenfeld-Rieger症候群の1例

2025年6月30日 月曜日

《原著》あたらしい眼科42(6):755.759,2025cDSAEKの際に前房内増殖組織と虹彩の全周切除を行ったAxenfeld-Rieger症候群の1例安達永里子横川英明小林顕森奈津子杉山和久金沢大学眼科学教室CACaseofAxenfeld-RiegerSyndromeTreatedwithDescemetStrippingAutomatedEndothelialKeratoplastyCombinedwithTotalIridectomyErikoAdachi,HideakiYokogawa,AkiraKobayashi,NatsukoMoriandKazuhisaSugiyamaCDepartmentofOphthalmology,KanazawaUniversityGraduateSchoolofMedicalScienceC目的:前房の構造異常,とくに虹彩異常や虹彩前癒着があると角膜内皮移植が困難となる.今回は,高度の前房内増殖組織と虹彩異常があったため,Descemet膜.離角膜内皮移植術(DSAEK)の際に前房内増殖組織と虹彩を全周切除したCAxenfeld-Rieger症候群のC1例を報告する.症例:58歳,女性.Axenfeld-Rieger症候群と小角膜であり,白内障,線維柱帯切除術,DSAEK,毛様溝チューブシャントの既往があった.水疱性角膜症と高度の前房内増殖組織と虹彩欠損と前癒着を認め,視力は手動弁であった.本症例に対して,毛様体の傷害や出血に注意して前房内増殖組織と虹彩を全周切除して,DSAEKを行ったところ角膜の透明化が得られ,術後視力(0.1)と改善した.結論:前房内炎症の予防や虹彩異常のために,虹彩の温存が困難な場合には,DSAEKの際に前房内増殖組織と虹彩の全周切除を行うことも選択肢となりうる.CStructuralabnormalitiesoftheanteriorchamber,especiallyirisabnormalitiesandanteriorsynechia,makecor-nealCendothelialCtransplantationCdi.cult.CHerein,CweCreportCaCcaseCofAxenfeld-RiegerCsyndrome(ARS)treatedCwithDescemetstrippingautomatedendothelialkeratoplasty(DSAEK)combinedwithtotaliridectomy.Thisstudyinvolveda58-year-oldfemalepatientwithARSandmicrocorneawhohadahistoryofcataractsurgery,trabecu-lectomy,DSAEK,andciliarysulcustubeshuntimplantation.Bullouskeratopathy,severeanteriorchamberprolifer-ativetissueirisdefects,andanteriorsynechiawerenoted.Visualacuitywashandmotion.Forthispatient,DSAEKwasCperformedCwithCtotalCremovalCofCtheCanteriorCchamberCproliferativeCtissueCandCiris,CtakingCcareCnotCtoCinjureCtheCciliaryCbody,CwhichCresultedCinCcornealCtransparencyCandCimprovedCherCpostoperativeCvisualacuity(0.1)C.CTheC.ndingsinthisstudyrevealedthattotalremovaloftheanteriorchamberproliferativetissueandtotaliridectomyatthetimeofDSAEKmaybeanoptioniftheirisretentionisdi.cultduetosevereanteriorchamberproliferativetissueandirisabnormalities.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C42(6):755.759,C2025〕Keywords:角膜内皮移植,前房内増殖組織,虹彩前癒着,虹彩全周切除,Axenfeld-Rieger症候群.Descemetstrippingautomatedendothelialkeratoplasty(DSAEK)C,anteriorchamberproliferativetissue,anteriorsynechia,to-taliridectomy,Axenfeld-Riegersyndrome.Cはじめに近年,水疱性角膜症に対する選択的層状移植として角膜内皮移植が第一選択として広く行われている1).角膜内皮移植の代表的な術式としては,Descemet膜.離角膜内皮移植術(Descemetstrippingautomatedendothelialkeratoplasty:DSAEK)やCDescemet膜角膜内皮移植術(DescemetCmem-braneCendothelialkeratoplasty:DMEK)があげられる.全層角膜移植に比較して,DSAEK/DMEKは縫合糸感染のリスクが低い,外傷に強い,早期に良好な視力が得られる,拒絶反応のリスクが低いなどのメリットがある.DSAEK/〔別刷請求先〕安達永里子:〒920-8641石川県金沢市宝町C13-1金沢大学附属病院眼科Reprintrequests:ErikoAdachi,DepartmentofOphthalmology,KanazawaUniversityGraduateSchoolofMedicalScience,13-1Takara-machi,Kanazawa-city,Ishikawa920-8641,JAPANCc図1術前所見a:左眼は小角膜であり,結膜充血,角膜浮腫および混濁を認めた.Cb:角膜深層に血管侵入を認めた.Cc:前眼部COCTにて角膜の著明な肥厚と全周のCPAS,前房内増殖組織を認めた.Cd:前眼部COCTの角膜厚マップで,中心角膜厚はC955Cμmであった.DMEKでは,内皮グラフトを前房に挿入し,前房に空気を留置することにより,グラフトを角膜後面に接着させる術式である.そのため,周辺虹彩前癒着(peripheralCanteriorsynechia:PAS)など虹彩水晶体隔壁の構造異常があった場合は,グラフトを挿入および接着させるスペースがない,空気泡を前房に維持できないなど,DSAEK/DMEKの施行が困難となる2,3).今回は,前房内を満たす増殖組織とCPASがあったため,DSAEKの際に前房内増殖組織と虹彩の全周切除を施行したAxenfeld-Rieger症候群のC1症例を報告する.CI症例患者:58歳,女性.主訴:左眼視力低下.現病歴:Axenfeld-Rieger症候群と小角膜が指摘されている.右眼はC1992,1994,1996年に他院にて手術をC3回受けたが失明(詳細不明).前医にはC2020年より通院しており,左眼はC2020年C10月に白内障手術,11月に線維柱帯切除術が施行された.2021年C2月に左眼前房内硝子体手術(詳細不明)を受けて以降に左眼水疱性角膜症を生じ視力が低下したため,金沢大学眼科学教室(以下,当科)を紹介され,2021年4月に当科にて左眼DSAEKを受けて左眼視力(0.04)に改善した.以降は前医に通院継続していたが,2021年C11月に左眼緑内障チューブシャント手術(毛様体溝挿入)を受けて以降,再度の視力低下があり,左眼CDSAEK後に内皮機能不全にてC2022年C1月に再度当科紹介受診となった.全身既往歴:特記すべき事項なし.家族歴:母が緑内障.Axenfeld-Rieger症候群の家族歴は問診上なし.初診時所見:視力は右眼光覚なし,左眼C10cm/手動弁(矯正不能)であった.左眼眼圧はC9CmmHg,角膜内皮細胞密度は測定不能であった.細隙灯顕微鏡にて左眼に結膜充血,角膜浮腫および混濁を認め,角膜の横径はC10.0Cmmと小角膜であった(図1a).角膜深層の血管侵入を認め,前房内の透見性は不良であった(図1b).眼内レンズ挿入眼であり,鼻上側にフラットなろ過胞,耳下側には緑内障チューブを認めた.前眼部光干渉断層計(opticalCcoherencetomography:OCT)にて角膜の著明な肥厚と全周のCPAS,前房内増殖組織を認め(図1c),中心角膜厚はC955Cμmであった(図1d).眼底は透見不能であったが,超音波検査にて網膜.離は認め図2術中所見眼内剪刀を用いて二手法でスパイラルに増殖組織と虹彩の全切除を行った.毛様体の傷害と出血に注意して施行した.なかった.経過:2022年C3月に左眼CDSAEK+増殖組織と虹彩の全周切除を施行した.前回のCDSAEK移植片を.離したのち,移植片のスペース確保および術後の内皮減少や拒絶反応抑制を目的に,毛様体の傷害や出血に注意して前房内増殖組織と虹彩を全周切除した(図2).虹彩切除の際に少量の出血を認め,出血時には灌流圧を上げることで止血を行った.虹彩は鑷子での把持や牽引に対して容易に断裂し脆弱であった.その後,直径C7.0CmmのCDSAEKグラフトをCNS-EndoInserterで前房に挿入して,空気で角膜後面に接合させた.摘出した過去のCDSAEK移植片の病理組織において,炎症細胞の浸潤が認められた(図3).術後は左眼にレボフロキサシン点眼1日C5回,0.1%ベタメタゾン点眼C1日C5回,1%アトロピン点眼C1日C2回,ブロムフェナク点眼C1日C2回を行った.術後2週間後には左眼の視力はC0.06(矯正不能)まで改善し,眼圧はC7.6CmmHgであった.角膜は透明化が得られ,前房内や硝子体内に出血は認めなかった(図4a).術後の前眼部OCTにて,角膜の肥厚は術前より改善し,中心角膜厚は707Cμmであった(図4b).術後C2週間で退院した後は前医に通院した.前医におけるC2022年C5月の前眼部COCTでは中心角膜厚はさらに改善し,632Cμm(図4c)であった.2023年C2月の角膜内皮細胞密度はC1,146/mmC2,2024年C11月の左眼視力はC0.06(0.1)と保たれていた.CII考按今回,高度の虹彩前癒着と前房内増殖組織を伴ったCAxen-feld-Rieger症候群の水疱性角膜症(DSAEK後内皮機能不全)に対して,増殖組織と虹彩を全周切除してCDSAEKを行い,角膜の透明化が得られ,短期的に良好な結果が得られ図3切除した過去のDSAEK移植片の病理標本内皮は認めない.実質には全体的に軽度の線維化(.)を認め,小血管拡張(.),炎症細胞浸潤があり,小型リンパ球(C▲)や少数の好酸球(C△)をみる.好中球の浸潤は目立たず,標本内に菌塊,肉芽腫,封入体,多核巨細胞,異型細胞は明らかではなかった.た.Axenfeld-Rieger症候群は,神経堤細胞に由来する先天的な発達異常から前眼部異常をきたす疾患である4,5).後部胎生環(posteriorCembryotoxon)や虹彩,隅角,角膜に異常をきたし,発達緑内障をしばしば伴う.顔貌,歯の異常など全身異常も伴い,常染色体顕性遺伝疾患であることが多い.虹彩の発生異常のために,虹彩は脆弱である.本症例においては,虹彩が脆弱であることや小角膜であることに加え,全周のCPASと前房内増殖組織があったため,瞳孔形成などで虹彩を温存することは困難と考えて虹彩の全周切除を行うことを選択した.本症例のようにCPASや欠損,前房内増殖組織があると,グラフトを挿入する十分なスペースがなく,さらに前房への空気留置がむずかしくなる.Chaurasiaらは,著しいCPASを伴った虹彩角膜内皮症候群(iridocornealCendothelialCsyn-drome:ICE症候群)のC3例に対する虹彩の亜全切除とDSAEKの同時手術を行い,平均経過観察期間C53カ月まで角膜の透明化が得られ,眼圧コントロールが得られたと報告している3).また,Chaurasiaらは虹彩を根部まで切除するメリットとして,①グラフト挿入と空気タンポナーデが可能になること,②CSchwalbe線を越えて隅角や虹彩面上に増殖した上皮細胞様の異常内皮細胞を除去できること,③残存した張りのない虹彩によるCPASを防止できることをあげている3).Ngらは,緑内障発作後に前房内に増殖組織が生じた症例に対して,全層角膜移植と白内障手術と虹彩の亜全切除とCCustomFlex人工虹彩移植(日本未承認)を行った症例を報告しており,前房に増殖膜ができる機序として,眼内炎症によるフィブリン,内皮細胞の筋線維芽細胞様への形質転d図4術後所見a:角膜は透明化が得られ,前房内や硝子体内に出血を認めなかった.耳下側に毛様溝からの緑内障チューブを認める.b:術C2週間後の前眼部COCTの角膜厚マップ.Cc:bと同日の前眼部COTC画像(3切片).d:術C2カ月後の角膜厚マップ.換,水晶体上皮細胞の増殖,あるいは外傷等による上皮迷入などをあげている6).本症例では,前回のCDSAEK後に機能不全を生じた理由としてCPASの影響があると考え,移植片のスペース確保が必要であったことに加え,術後の前房内増殖組織の抑制および移植片の生存期間の延長の可能性を期待し,虹彩全周切除を施行した.虹彩の全周切除に伴う術中合併症として出血があげられる.本症例では,出血しないように眼内剪刀を用いてスパイラルに切除を行い,毛様体を傷害しないように気をつけた.また,出血を認めた場合には灌流圧を上げることにより止血した.術後合併症として,残存した虹彩根部組織によって線維柱帯が閉塞することによる眼圧上昇が懸念される.今回の症例では毛様溝チューブシャントがすでに存在していたため,術後の眼圧上昇が回避できたと考えられた.術後無虹彩となることによりグレアが生じる懸念もあったが,今回はグレアの訴えはなかった.また,虹彩の全象限を切除することにより,術後の前房サイトカイン上昇や,術後の角膜内皮細胞の減少のしやすさが懸念されるため7),今後は長期的な角膜内皮細胞減少に留意し経過観察する必要がある.虹彩欠損やCPASを伴う症例に対するCDSAEK/DMEKの際には,症例に応じて術式を選択する必要がある.虹彩欠損やCPASが軽度である場合やぶどう膜炎症例では,虹彩に触らずにCDSAEK/DMEKを行ったほうがよいと考えられる.また,虹彩を温存し,瞳孔形成(縫合)で整復することで前房と後房との隔壁を再建してから,DSAEK/DMEKをする方法も選択肢となる8).近年CFDAに承認されたCCustomFlex人工虹彩移植(日本未承認)で虹彩を再建してからCDMEKを行う方法も報告されている9).インドのCJoshiとCVadda-valliはCICE症候群のCPASに対して,DMEKと隅角癒着解離術(GSL)の同時手術を提案している10).全周CGSLを行い,マイクロ鑷子やマイクロ剪刀を用いて角膜周辺部や虹彩上の異常内皮細胞シートと虹彩表層を切除することで,DMEKグラフトを展開するスペースを作り,術後にCPASを再発しにくくすることができるとしている10).したがって,今回のように高度の前房内増殖組織と虹彩異常のために虹彩の温存が困難な場合に限って,DSAEKの際に前房内増殖組織と虹彩の全周切除を行うことも選択肢となりうる.長期的な角膜内皮細胞減少に留意しながら経過観察する必要がある.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)WooCJH,CAngCM,CHtoonCHMCetal:DescemetCmembraneCendothelialCkeratoplastyCversusCDescemetCstrippingCauto-matedCendothelialCkeratoplastyCandCpenetratingCkerato-plasty.AmJOphthalmolC207:288-303,C20192)FengCMT,CPriceCFWCJr,CPriceMO:ComplexCendothelialCkeratoplasty.In:Cornea(MannisCMJ,CHollandCEJeds)C,Cp1403-1409,ElsevierMosby,Philadelphia,20223)ChaurasiaCS,CSenthilCS,CChoudhariN:OutcomesCofCDes-cemetCstrippingCendothelialCkeratoplastyCcombinedCwithCneartotaliridectomyiniridocornealendothelialsyndrome.BMJCaseRepC14:e240988,C20214)MaCY,CWuCX,CNiCSCetal:TheCdiagnosisCandCphacoe-mulsi.cationCinCcombinationCwithCintraocularClensCimplan-tationCforCanCAxenfeld-RiegerCsyndromeCpatientCwithCsmallcornea:aCcaseCreport.CBMCCOphthalmolC20:148,C20205)Sei.CM,CWalterMA:Axenfeld-RiegerCsyndrome.CClinCGenetC93:1123-1130,C20186)NgJy,SrinivasanS,RobertsF:Fibrousproliferationintoanteriorsegmentafteracuteangle-closureglaucoma.Cor-neaC34:103-106,C20157)IshiiCN,CYamaguchiCT,CYazuCHCetal:FactorsCassociatedCwithgraftsurvivalandendothelialcelldensityafterDes-cemet’sCstrippingCautomatedCendothelialCkeratoplasty.CSciCRepC6:25276,C20168)NarangCP,CAgarwalCA,CDuaCHSCetal:GluedCintrascleralC.xationofintraocularlenswithpupilloplastyandpre-des-cemetCendothelialkeratoplasty:aCtripleCprocedure.CCor-neaC34:1627-1631,C20159)AngCM,CTanD:AnteriorCsegmentCreconstructionCwithCarti.cialCirisCandCDescemetCmembraneCendothelialCkerato-plasty:aCstagedCsurgicalCapproach.CBrCJCOphthalmolC106:908-913,C202210)JoshiVP,VaddavalliPK:Descemetmembraneendotheli-alCkeratoplastyCandCgoniosynechialysisCinCiridocornealCendothelialsyndrome:surgicalCperspectiveCandClong-termoutcomes.CorneaC41:1418-1425,C2022***