保険承認された遺伝子治療(RPE65関連網膜症に対する遺伝子補充治療)Insurance-ApprovedGeneTherapy(GeneAugmentationTherapyforRPE65-RelatedRetinopathy)角田和繁*はじめに網膜色素変性(retinitispigmentosa:RP)は,網膜関連遺伝子の異常によって網膜視細胞および網膜色素上皮(retinalpigmentepithelium:RPE)細胞がゆっくりと変性し,夜盲,視野狭窄,視力低下などをきたす疾患である.本疾患に対しては,これまでさまざまな治療の試みがなされてきたが,2023年6月にRPE65遺伝子異常を原因とする網膜ジストロフィ(RPE65関連網膜症)を対象とした遺伝子補充治療薬(用語解説参照)が国内において初めて保険収載され,現在は国内の2施設で治療が行われている.現在のところ,対象はRPE65関連網膜症に限られているが,それ以外にも多くの原因遺伝子を対象とした臨床治験が海外を中心に行われている(特集の別項目参照).このため,RPの診療にあたっては正確な遺伝学的診断に加えて,「その患者が現時点で治療の対象となるかどうか」という新たな視点での対応が求められるようになってきている.本稿では,国内で初めて承認された網膜遺伝子治療の対象疾患であるRPE65関連網膜症について,その診断と治療の概要を解説する.I治療に対するさまざまな取り組みRPに対しては,国内においてもさまざまな治療の試みが行われてきた.発症初期~中期にかけての網膜の機能維持を目的とした治療としては,内服治療薬(分岐鎖アミノ酸,代替レチノイド,リードスルー薬など),網膜下への神経保護因子の遺伝子導入治療(特集の別項目参照),経皮膚電気刺激療法などの開発や臨床治験が行われてきた.また,重症患者に対して新たな視機能獲得を目的とした治療としては,人工網膜(光に反応して脳に電気信号を送るチップを眼内に埋め込む),網膜再生医療(iPS細胞を用いた網膜視細胞移植),オプトジェネティクス(障害された視細胞の代わりに光感受性蛋白の遺伝子を網膜内に導入する.特集の別項目参照)などの開発や臨床治験が進められている.これらの治療法の多くは,基本的に原因遺伝子の種類に限定されない治療法である.一方で,RPの原因遺伝子ごとに行われる個別化医療として,遺伝子補充治療,遺伝子編集治療,アンチセンスオリゴヌクレオチドに代表されるmRNA修飾治療等の臨床治験が,おもに国外においてさまざまな網膜関連遺伝子に対して行われてきた.そして2017年には,RPE65関連網膜症に対する遺伝子補充治療薬ボレチゲンネパルボベク(ルクスターナ注)が米国食品医薬品局(FoodandDrugAdministration:FDA)に承認され,わが国においても,国内における第3相試験を経て2023年に保険収載されるに至った.II本治療の対象疾患本治療の対象疾患はRPE65関連網膜症に限定されるが,その表現型はどのようなものであろうか.RPには*KazushigeTsunoda:東京医療センター臨床研究センター(感覚器センター)視覚研究部〔別刷請求先〕角田和繁:〒152-8902東京都目黒区東が丘2-5-1東京医療センター臨床研究センター(感覚器センター)視覚研究部(1)(33)8170910-1810/25/\100/頁/JCOPY100種類程度の原因遺伝子が知られ,それぞれの遺伝子が関与する蛋白質の機能や局在によって,網膜障害のパターンや重症度などが異なっている.このうちCRPE65遺伝子がコードする蛋白はCRPE細胞におけるビタミンAサイクル(visualcycle)において重要な役割を果たす酵素(レチノイドイソメロヒドロラーゼ)であり,この酵素の働きが障害されることで杆体視細胞の機能が傷害される.ビタミンCAサイクルに関する遺伝子は,ほかにもCLRAT,RDH5,RLBP1などが知られているが,いずれもその異常によって杆体機能が低下し,夜盲を生じることが特徴である.RPE65遺伝子の異常によって生じる代表的な病態として,Leber先天盲(LeberCcongenitalamaurosis:LCA)および,早期発症重症網膜ジストロフィ(early-onsetCsevereCretinaldystrophy:EOSRD)があげられ1,2),一般外来で診察する定型CRPとはその臨床所見や症状経過がやや異なっている.遺伝形式は常染色体潜性遺伝(劣性遺伝)であり,兄弟での発症がみられることがあるが,家族歴のない患者も多い.本遺伝子に関連して定型CRPや網膜変性を生じない白点状眼底(fundusalbipunctatus)などの表現型を示す患者もあるが,頻度は高くない.LCAの本来の定義としては,①出生後数カ月~1年以内に重度の視覚障害がみられ,②症状に比べて眼底の異常所見が軽度であり,③全視野網膜電図(electroretC-inogram:ERG)が消失もしくは重度の減弱を示し,④常染色体潜性(劣性)の遺伝形式を示す患者をさす1).また,重度の視力障害とともに,眼振,羞明,夜盲,乳児期にみられるCoculo-digitalsign(自分の手で眼球を強く押さえるしぐさ)などが特徴的な所見である.ただし現在では,発症がC1歳以内であれば視力障害がそれほど重症でなくてもCLCAと診断される傾向にある.LCAに関連する代表的な遺伝子はC20種類以上知られているが,特筆すべき点として,RPE65遺伝子異常によるCLCAは他の遺伝子異常によるCLCAに比べると症状がやや軽く,若年期にはある程度の視機能が残されている患者が多いことがあげられる3~7).このため,LCAの特徴とされるCoculo-digitalCsignはCRPE65関連網膜症では観察されることがなく,また,なんらかの全身合併症を伴うこともまれであるとされている.一方のCEOSRDはLCAより発症が遅いものの,5歳までに発症するCRPの重症型である.ただし,両者の違いは厳密ではなく,LCAとCEOSRDは同一のスペクトラム上に置かれた疾患と考えてよい2).結論として,RPE65関連網膜症の表現型は定型CRPよりも重症であるものの,LCAよりもやや軽症な網膜ジストロフィと要約できる.RPE65関連網膜症の自然経過については,これまでに欧米を中心に多くの報告がなされてきた.共通して指摘されているのは,早期から強い夜盲と視野狭窄,視力不良がみられるものの,幼児期~10代半ばまでの期間は視力が大きく変化しないことである3~7).具体的には,10代までの矯正小数視力はCWHOの弱視基準であるC0.3を下回る患者が多いものの,多くの患者ではC0.1以上を維持しており,ロービジョンケアによって書字,識字が可能な場合も多い.しかし,10代後半~20歳以降には視力低下が著しく,40代ではほぼ全例でCWHOの失明基準であるC0.05を下回る.一方で,求心性視野狭窄は早期から徐々に進行して行く傾向にある.これらの進行過程はCEYS,RPGRなど,ほかの代表的な遺伝子異常による定型CRPに比べるとかなり早いといえる.CIIIRPE65関連網膜症に対する遺伝子補充治療RPE65関連網膜症に対する遺伝子補充治療薬ルクスターナ注はC2012年に米国で第C3相試験が開始され,2017年にCFDAによって承認された.翌C2018年にはEUにおいても承認され,2024年C7月現在,世界のC49の国または地域で承認され,すでにC701症例に対して治療が行われている.国内においても日本人を対象とした有効性と安全性を検討するため,2021年に第C3相試験としてC4例の患者に投与された.そしてC2023年C6月に厚生労働省より製造販売承認を受けている.ルクスターナ注は正常ヒトCRPE65蛋白質(hRPE65)を発現する遺伝子の導入を目的としたウイルスベクターであり,アデノ随伴ウイルスC2型(adeno-associatedvirus2:AAV2)が使用されている.投与方法は網膜下投与であり,治療にあたっては通常のC3ポート硝子体手術が行われる.すなわち,硝子体を除去し後部硝子体.離を完成したのち,網膜下投与カニューレを用いて後極818あたらしい眼科Vol.42,No.7,2025(34)a図1RPE65関連網膜症と定型RPの広角眼底写真および眼底自発蛍光a:RPE65関連網膜症(34歳,女性).眼底写真(左)では周辺網膜の粗造な色調と血管狭細化が著明であるが,骨小体様変化はみられない.眼底自発蛍光(右)では,黄斑部周囲を除いてびまん性の低蛍光所見が広範囲に観察される.RPE層の欠損を示す蛍光消失領域は見られない.Cb:定型CRP(EYS関連網膜症,31歳,男性).眼底写真(左)では周辺網膜の広範囲に骨小体様変化が見られる.眼底自発蛍光(右)では,骨小体様変化の分布に一致した斑状の蛍光消失領域(黒く写った部分)が観察される.図2遺伝子補充治療に適したRPE65関連網膜症RPE65関連網膜症のC17歳,女性.左眼矯正視力は(0.09).a:眼底写真では血管アーケード周囲の粗造な網膜色調と血管狭細化が著明であるが,骨小体様変化は見られない.Cb:眼底自発蛍光では,黄斑部周囲を除いてびまん性の低蛍光所見が広範囲に観察される.Cc:後極部のCOCTでは,外顆粒層(①)と視細胞CellipsoidCzone(EZ)(②)の萎縮が観察されるものの,まだ十分に残存していることが確認できる.網膜色素上皮層(③)も広範囲で残存している.図3遺伝子補充治療に適さないRPE65関連網膜症RPE65関連網膜症のC29歳,男性.左眼矯正視力は光覚弁.Ca:眼底写真では血管アーケード周囲の粗造な網膜色調と血管狭細化が著明であるが,骨小体様変化は見られない.Cb:眼底自発蛍光では,黄斑部周囲を除いてびまん性の低蛍光所見が広範囲に観察される.Cc:後極部のCOCTでは,外顆粒層(①)と視細胞CellipsoidCzone(EZ)(②)の萎縮が進行して広範囲において消失している.傍中心窩ではCRPE層の萎縮が進行し,Bruch膜が露出している(③).遺伝子補充治療薬:遺伝子機能の喪失によって傷害された組織に対し,ウイルスベクターを用いて正常な遺伝子を核内に補充することで,正常な蛋白質を作り機能を回復させる治療法.ウイルスによって運搬可能な遺伝子の大きさに限りがあるため,原因遺伝子のサイズが小さい網膜疾患が治療の対象となる.眼底自発蛍光(FAF):CRPEに蓄積したリポフスチンを起源とする自発蛍光を二次元的に描出する眼底イメージング法.初期の網膜病変を鋭敏に検出することが可能で,また非侵襲的に繰り返し撮影ができるため,遺伝性網膜疾患の診断においてはフルオレセイン蛍光眼底造影に代わって必須の検査項目となっている.おもにCHeidelberg社製のCHeidelbergCRetinaCAngiograph(CHRA)を用いる方法と,オプトス社製の超広角眼底撮影を用いる方法が一般的であるが,とくにCHRAは解像度とコントラストに優れているため,臨床研究や臨床治験において主要な評価項目として用いられている.両アレル性:常染色体潜性(劣性)遺伝の疾患において,原因となる病的バリアントが,父由来,母由来のそれぞれの遺伝子に存在していること.これを証明するためには,患者の両親の遺伝子検査を行い,それぞれのバリアントがヘテロで存在することを確認する必要がある.体潜性遺伝(劣性遺伝)が想定される場合には,まず大学病院等の網膜専門医に精査を依頼して治療の可能性を含めて精査することが望まれる.CV治療の現状と治療に適した時期本治療は日本網膜硝子体学会が発行した「ルクスターナ注適正使用指針」に準じて行われている.患者の選択にあたってもっとも重要なポイントは,「病態がRPE65遺伝子の両アレル性(用語解説参照)の変異によるもの」であり,かつ,治療の時点で「十分な生存網膜細胞を有することが確認されている」ことである(図2,3).現在,国内の治療施設は東京医療センターおよび神戸アイセンターのC2施設に限定されており,保険収載後,2025年C6月の時点でC5症例C8眼に対して本治療が施行された.すでに海外ではC700以上の症例に対して治療が行われており,治療成績や合併症に関して多くの報告がある.治療効果については,米国第C3相臨床試験の結果と同様に,ほとんどの症例で網膜感度や視野の改善が報告されている15~17).また,治療時の年齢がC20歳以下の若年者のほうが,より治療効果が高いことが示されている.一方,治験終了後に報告された治療後の網膜所見として,薬物注入の数カ月以降に出現する網脈絡膜萎縮があげられている17~19).これは薬液を注入したCblebの周囲に治療前にはみられなかった網脈絡膜萎縮が出現するものであるが,現在のところ夜盲の改善等の治療効果に及ぼす影響は少ないと考えられている.国内においては「ルクスターナ注適正使用指針の留意事項」として,「若年者の治療が推奨される(一部抜粋)」,「網膜生存網膜細胞の評価は慎重に行うべきである.評価にあたっては,OCTを用いて後極部に十分な網膜外層構造(RPE層から外顆粒層にかけて)が残存していることを確認する(一部抜粋)」,「治療侵襲による視機能への影響を上回る治療効果が得られることが期待できる患者を治療対象とする」等の留意点が示されており,すでに網膜萎縮が進行して治療効果が期待できない患者については対象から外すことが求められている(図2,3).おわりにこれまで遺伝性網膜疾患において有効な治療法はなかったが,RPE65関連網膜症に対してはCAAV2を用いた遺伝子補充治療がC2023年から国内でも実施されるようになった.海外ではすでにC2017年から治療が開始され,有効性と効果の持続性が確認されており,薬剤に起因した重篤な合併症の報告はない.ただし,本治療の対象患者数は非常に少なく,また治療に適した年齢も限られているため,今後さらに多くの患者を対象とした新たな治療法が実現することが期待されている.C■用語解説■文献1)denCHollanderCAI,CRoepmanCR,CKoenekoopCRKCetal:CLeberCcongenitalamaurosis:genes,CproteinsCandCdiseaseCmechanisms.ProgRetinEyeRes27:391-419,C20082)KumaranN,MooreAT,WeleberRGetal:Lebercongeni-talCamaurosis/early-onsetCsevereCretinaldystrophy:clini-calCfeatures,CmolecularCgeneticsCandCtherapeuticCinterven-tions.BrJOphthalmolC101:1147-1154,C20173)ChungDC,BertelsenM,LorenzBetal:Thenaturalhis-822あたらしい眼科Vol.42,No.7,2025(38)—