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近未来の緑内障治療  近未来の新規眼圧下降薬

2021年6月30日 水曜日

近未来の緑内障治療近未来の新規眼圧下降薬IntraocularPressure-LoweringDrugswithNovelMechanismsofActionintheNearFuture坂田礼*はじめに網膜神経節細胞の不可逆的かつ進行性の変性を特徴とする緑内障において,眼圧が高いほど緑内障の有病率が上がり,緑内障の進行が速いということが明らかになっている.このため「眼圧」が現時点でのターゲットとなる治療の対象となっているが,その病態は不明な点が多く,発症や進行に関与する因子は多岐にわたると考えられている.しかしながら,各種のランダム化比較試験において,眼圧下降治療で進行遅延が認められたことから,エビデンスに基づいた治療法は「眼圧下降」ということでコンセンサスを得ている状況である1).これは高眼圧の緑内障のみならず,正常眼圧の緑内障においても当てはまる.四半世紀以上にわたって「眼圧」に対する治療しかできていないわけであるが,眼圧下降治療の方法としては薬物治療(点眼薬),レーザー治療,手術治療の選択肢があり,原発開放隅角緑内障(広義)に対しては,まずは薬物治療から開始することが一般的である(図1)2).治療の中心となる点眼薬は,眼圧下降効果がもっとも強いプロスタグランジンFP受容体作動薬であり,この点眼薬の登場以来,さまざまな作用機序の点眼薬が使用可能になっていった.ただし,これらの点眼薬は眼圧上昇の機序に基づいて創薬されたものではなく,房水産生抑制もしくは房水流出促進のいずれかに対しての薬剤ということである.眼圧上昇を引き起こすそもそもの原因や,眼圧以外に病態に関与する因子に対して直接治療を行っているわけではない.本稿では,日常診療で使用している点眼薬についておさらいし,そのうえで,脂質メディエーターと眼圧制御という視点から,新しい治療薬の可能性について考える.そして,点眼治療に頼らないドラッグデリバリーシステムについて,臨床研究中のものについて触れてみる.創薬には数十年の期間を必要とし,膨大な労力や費用がかかるが,その恩恵を受けることができる多くの患者がいることは間違いない.I現在の眼圧下降薬ベースライン眼圧,緑内障の病期,進行のリスクファクターの有無,患者の余命なども参考にしながら,20~30%の眼圧下降をめざして最小限の点眼数となるように点眼薬(配合点眼薬を含め)を選択する.房水の排出(主経路・副経路)を促進させる薬剤,房水の産生を抑制させる薬剤に分けられるが(図2),作用機序が異なる薬剤を組み合わせることで効果が増強され,現時点では最大5成分まで併用投与が可能となっている.1.主経路に作用する薬剤副交感神経刺激薬(ピロカルピン塩酸塩)は,毛様体筋を収縮させることにより線維柱帯が広がり,房水流出を促進するが,眼圧下降薬としての処方頻度は著しく減少している.2014年9月に日本で製造販売承認された,ROCK阻害薬(リパスジル塩酸塩水和物)は線維柱帯か*ReiSakata:東京大学医学部附属病院眼科〔別刷請求先〕坂田礼:〒113-8655東京都文京区本郷7-3-1東京大学医学部附属病院眼科0910-1810/21/\100/頁/JCOPY(51)655*副作用やアドヒアランスも考慮する(+)(-)薬剤変更図1開放隅角緑内障(広義)の治療方針(緑内障診療ガイドライン第4版より引用)図2緑内障点眼薬の作用部位①房水産生抑制(b遮断薬,炭酸脱水酵素阻害薬,a2刺激薬)②主経路の流出促進(ROCK阻害薬)③副経路の流出促進(FP受容体作動薬,EP2受容体作動薬,a2刺激薬)弱,基底膜からの脱落,傍CSchlemm管結合組織における細胞外マトリックスの減少も確認されており,一部は主経路にも作用すると考えられている5).片眼にラタノプロストを点眼させたサル眼での組織学的検討では,毛様体や線維柱帯の間隙が広がっており,副経路ならびに主経路の両方で細胞外マトリックスのリモデリングが起こっていたことが確認されている6).新しく使用可能になった選択的CEP2受容体作動薬は,FP受容体作動薬(ラタノプロスト点眼液)と非劣性の眼圧下降効果を有したと報告されている7)が,この薬剤も副経路に作用するだけではなく主経路にも作用することが判明している.C3.毛様体に作用する薬剤房水の産生場所である毛様体(上皮)に作用する薬剤として,第二選択薬として使用される頻度が高いCb遮断薬がその代表であるが,歴史は古く,日本ではC1981年に使用が開始されている.作用機序としては,Cb受容体の遮断により環状アデノシン一リン酸(cyclicAMP:cAMP)依存性プロテインキナーゼの活性が低下し,結果的に後房側へのナトリウム流入が低下し,後房側への房水移動が阻害される,とされている.炭酸脱水酵素阻害薬もCb遮断薬と同様に毛様体に作用するが,重炭酸イオンの産生を抑制することで後房側への房水移動を抑えている.作用機序が異なるため,両者の併用使用は可能となっている.Ca2刺激薬も毛様体に作用し,Cb遮断薬と同様の作用機序で眼圧下降を得ると考えられるが,作用する受容体が異なっている(なお,Ca2刺激薬は副経路にも作用すると考えられている).以上にあげたCb遮断薬,炭酸脱水酵素阻害薬,Ca2刺激薬はすべて併用使用が可能である.CII脂質メディエーターと眼圧制御全体の約C7割の病型が正常眼圧緑内障であることを明らかにした多治見疫学研究から,緑内障のリスクファクターとして,「眼圧」「屈折」「年齢」があげられている8).緑内障患者の平均眼圧はC15CmmHg前後であるにもかかわらず,このような集団においても「眼圧」がリスクファクターの一つであったことを踏まえると,今後も引き続き「眼圧」をターゲットとした治療薬の開発は続いていくと考えられる.房水動態は,毛様体で産生され,線維柱帯流出路もしくはぶどう膜強膜流出路から排出される(図3)という一連のサイクルであるが,最近,前房内の脂質メディエーター(生理活性物質)と,房水流出の大部分を担うと考えられている線維柱帯~Schlemm管流出路(主経路)における房水流出抵抗との関係について,多くの知見が得られつつある.房水流出抵抗は眼圧(値)を規定する重要な因子の一つであり,抵抗の上昇は眼圧の上昇を意味する.前房内の炎症性サイトカインを調べた報告で,原発開放隅角緑内障(primaryCopenangleCglaucoma:POAG)において,前房水中のトランスフォーミング増殖因子(transformingCgrowthfactor:TGF)C-b2濃度が,閉塞隅角緑内障,落屑緑内障,続発緑内障よりも有意に上昇していることが判明し,TGF-b2濃度の上昇がCPOAGの病因の一つではないかと考えられた(図4)9).一般的に緑内障においては,このような炎症性サイトカインに加えて,脂質メディエーター,酸化ストレス,ステロイド刺激などが線維柱帯~Schlemm管流出路における房水流出抵抗を増加させ,その結果,眼圧上昇を引き起こしていることが示唆されている.線維柱帯~Schlemm管流出路における房水流出抵抗が上昇する理由としては,線維柱帯細胞数の減少,線維柱帯間隙の狭小化,傍CSchlemm管結合組織の細胞外マトリックス沈着,Schlemm管自体の虚脱や閉塞,Schlemm管上皮細胞における巨大空胞の減少,集合管~上強膜静脈の狭窄や閉塞などが考えられている10).臨床的には内眼手術後,あるいはぶどう膜炎に代表される眼内炎症などが原因で眼内環境が大きく変化したあとで,続発的に眼圧が上昇することが多いことからもこのことは裏づけられる.眼内炎症の増加による組織障害によって,細胞膜リン脂質からアラキドン酸が切り出され,エイコサノイド〔プロスタグランジン(PG),プロスタサイクリン(PGI),トロンボキサン(TX),ロイコトリエン(LT)〕などの第一世代脂質メディエーターとリゾリン脂質〔グリセリン骨格をもつリゾグリセロリン脂質:リゾホスファチジ(53)あたらしい眼科Vol.38,No.6,2021C657(pg/ml)TGF-b2濃度3002001000対照眼緑内障眼(一番左がPOAG)緑内障眼図4POAGでTGF.b2濃度の上昇が認められた図5緑内障眼におけるATX濃度(文献C9より引用)ATX2.5500LPC2002.04001.53001.0100200500.5100000010203040500102030405001020304050眼圧眼圧眼圧図6術前眼圧値とATX,LPA,LPCの各濃度の関係(文献C12より引用)*ATX-mRNA*****2000コントロール0CMV陰性CMV陽性CMV陽性ステロイド刺激緑内障なし緑内障あり図7ステロイド刺激によるATX発現図8サイトメガロウイルス(CMV)感染の有無(続発緑内(文献C13より引用)障の有無)とATX濃度(文献C14より引用)1,000*800ATX濃度600400LysoPLD活性120100806040200図9ATX阻害薬の候補(文献C15より引用)図10前房内に投与された徐放剤(文献C17より引用)(文献C18より引用)図12トラボプロスト涙点プラグ(GLAUCOMATODAY,NOVEMBER/DECEMBER,2016より転載)C—

他の眼科疾患を併発したときの管理  緑内障眼における網膜硝子体疾患の管理

2021年6月30日 水曜日

他の眼科疾患を併発したときの管理緑内障眼における網膜硝子体疾患の管理ManagementofVitreoretinalDiseaseinGlaucomatousEyes木許賢一*はじめにわが国の高齢化率(総人口に対する65歳以上の人口割合)は増加の一途をたどっている.その割合によって高齢化社会(7%以上),高齢社会(14%以上),超高齢社会(21%以上)と定義され,日本は2007年に21.49%の超高齢社会となり現在もこれは進行中である.70歳以上の緑内障有病率は10.5%とされ,緑内障の経過中に,緑内障と同様に加齢とともに有病率が増加する網膜静脈閉塞症,加齢黄斑変性,網膜前膜(epiretinalmem-brane:ERM)などの網膜疾患を併発する患者も今後多くなることは容易に想像できる.ここでは,日常診療で遭遇する機会が多い緑内障眼のERM,黄斑円孔(macu-larhole:MH)の手術に関して術後視野障害への注意点をまとめ,さらに光干渉断層計(opticalcoherencetomography:OCT)の普及に伴い病態が認識されるようなった緑内障眼の網膜分離症の手術ついて考える.I非緑内障眼の黄斑疾患に対する硝子体手術後の視野障害黄斑疾患の硝子体手術全般に関して,液空気置換とインドシアニングリーン(indocyaninegreen:ICG)染色による周辺視野障害と,内境界膜(innerlimitingmem-brane:ILM).離とICG染色による中心視野障害に注意する.1.周辺視野障害a.液空気置換による周辺視野障害約20年前の20ゲージ(G)硝子体手術の頃に硝子体術後に耳側周辺部の視野欠損が生じる例が散見されていた(図1).Hirataら1)は耳下側にポートを作製すると耳側に,鼻下側にポートを作製すると鼻側に術後視野欠損が生じ,空気灌流圧を下げるとこの発症頻度が減少したことから,この視野欠損は空気置換時の灌流ポート対側網膜の脱水が原因であるとした.現在の小切開硝子体手術の時代になってからは話題にのぼることはなくなってきたが,術中に空気灌流下での作業が長時間になった場合にはやはり注意が必要である.図1対側網膜の脱水による液空気置換後の周辺視野障害耳下側に灌流ポートを設置して行った黄斑円孔に対する硝子体手術後の耳側周辺視野欠損.*KenichiKimoto:大分大学医学部眼科学講座〔別刷請求先〕木許賢一:〒879-5593大分県由布市挟間町医大ヶ丘1-1大分大学医学部眼科学講座0910-1810/21/\100/頁/JCOPY(43)647図2症例1:POAG眼の黄斑円孔に対する硝子体手術前後の視野とOCT所見(74歳,男性)a:術前のHumphrey視野30-2.b:術前OCT.c:術後1年のHumphrey視野.d:術後1年のOCT.円孔は閉鎖し,視力は改善したが,鼻側の絶対暗点の拡大が顕著である.図3症例2:進行した正常眼圧緑内障眼の黄斑円孔に対する硝子体手術前後の視野とOCT所見(74歳,女性)a:術前のCHumphrey視野C10-2.Cb:術前OCT.Cc:術後C1年のCHumphrey視野.Cd:術後C1年のOCT.円孔は閉鎖し,視力は中等度改善したが,鼻側の絶対暗点が拡大した.図4症例3:POAG眼のERM術前後の視野とOCT所見(72歳,女性)ILM.離あり.Ca:術前のCHumphrey視野C30-2.Cb:術前OCT.Cc:術後C1年のCHumphrey視野.Cd:術後C1年のOCT.視力は改善したが,中心上方・鼻側の暗点が拡大している.図5症例4:POAG眼のERM術前後の視野とOCT所見(72歳,女性)ILM.離なし.Ca:術前のCHumphrey視野C30-2.Cb:術前OCT.Cc:術後C1年のCHumphrey視野.Cd:術後C1年のOCT.術後黄斑部形態と視力の改善がみられ,鼻側の感度低下もわずかである.表1緑内障眼に対するERM手術のメリット・デメリット1.メリット・変視症や大視症の軽減・視野障害進行予防視神経乳頭への牽引除去神経線維層,網膜内層への牽引除去網膜構造破壊の進行抑制2.デメリット・視野・コントラスト感度の悪化神経線維層への機械的損傷術中の灌流圧変動や術後炎症染色剤光障害・内境界膜.離はCERMの再発抑制以外にメリットはなく手術侵襲による感度低下は避けられない.図7症例5:術前と術後2年のHumphrey視野鼻側の感度低下と絶対暗点の出現がみられた(C○).図8症例6:正常眼圧緑内障眼の網膜分離症例(62歳,女性)a:術前カラー写真.b:術前CHumphrey視野C30-2.乳頭上下の神経線維層欠損に一致した暗点と感度低下がみられる.Cc:術前COCTでは外網状層を主体とする網膜分離があり,乳頭近傍は内層の分離もある.Cd:術後C1年のCOCT.Ce:術後1年のCHumphrey視野C30-2.中心窩構造はやや歪であるが網膜分離は消失し視野感度はやや改善している.-

他の眼科疾患を併発したときの管理  ぶどう膜炎診療における緑内障の管理

2021年6月30日 水曜日

他の眼科疾患を併発したときの管理ぶどう膜炎診療における緑内障の管理CurrentManagementsofUveitisSecondaryGlaucomaTreatment園田康平*はじめにぶどう膜炎診療と緑内障は切っても切れない関係がある.ぶどう膜炎専門外来で眼炎症はコントロールできても,緑内障によって失明する患者が数多く存在する.炎症により眼圧が上がるメカニズムは複数の要因が考えられる.急性期にはフィブリン析出により虹彩と水晶体が癒着を起こし,前房への房水の流れがブロックされ膨隆虹彩(irisbombe)となる.また,とくに肉芽腫性ぶどう膜炎において虹彩と隅角に周辺虹彩前癒着(peripher-alCanteriorsynechia:PAS)が生じ,物理的に流出路が阻害される.急性期を乗り切っても,炎症細胞が線維柱帯にトラップされることで流出抵抗が増大し,慢性的眼圧上昇をきたす.ぶどう膜炎治療はおもに副腎皮質ステロイドの全身または局所投与が行われるが,一定の割合でステロイドレスポンダーが存在し,眼圧が上昇する.とくに投与期間の長い若年発症例においては高頻度にステロイド緑内障を発症する.炎症および治療によるステロイド双方の要因により緑内障が発症する.眼圧上昇要因の断定がむずかしい症例や,両要因が混在する症例もしばしば存在し,こういった場合にステロイド治療を続行すべきか中止すべきか判断がむずかしい.ぶどう膜炎と緑内障は,どちらも緊急に対応しなければならない状況があり,優先順位を整理しておく必要がある.本稿ではぶどう膜炎診療の現場で問題となる緑内障を取りあげ,その診断と治療について述べる.Iぶどう膜炎続発緑内障の統計ぶどう膜は虹彩・毛様体・脈絡膜の総称で,眼球内で大量の血流がある場所である.ぶどう膜炎を介して全身血管炎,感染症,悪性腫瘍が眼に炎症を起こす.ぶどう膜炎は眼疾患というより,全身病を反映しているといえる.日本眼炎症学会が中心となり,2016年度のぶどう膜炎新患患者数の全国調査が行われた.7年おきに同様の調査が行われており,わが国のぶどう膜炎の動向をみる貴重な資料となっている.2016年度のぶどう膜炎原因疾患の第C1位はサルコイドーシス,第C2位はCVogt-小柳-原田病,第C3位はヘルペス虹彩炎,第C4位は急性前部ぶどう膜炎,第C5位は強膜ぶどう膜炎,第C6位はBehcet病であった1).九州大学で以前行った調査によると,全国調査で上位に入った原因疾患患者はいずれも高眼圧症・緑内障の合併率が高く,30%以上であった.Dickらは健康保険データからの解析で,ぶどう膜炎患者は発症C5年でC30.8%,発症C10年でC38.5%が緑内障を合併していると報告している2).こうしたデータからも,ぶどう膜炎と緑内障の深い関係がうかがわれる.CIIぶどう膜炎の病型と合併緑内障のパターンぶどう膜炎における高眼圧の要因は,炎症によって房水流出路阻害または抵抗上昇することで高眼圧になる「眼炎症続発緑内障」と,ステロイド治療の副作用として高眼圧になる「ステロイド緑内障」に分かれる.ぶど*Koh-HeiSonoda:九州大学大学院医学研究院眼科学〔別刷請求先〕園田康平:〒812-8582福岡市東区馬出C3-1-1九州大学大学院医学研究院眼科学C0910-1810/21/\100/頁/JCOPY(37)C641う膜炎続発緑内障の病型鑑別の基本は隅角検査である.PASの有無を注意深く確かめ,癒着がある場合には消炎を第一にステロイド投与を強化し,眼圧の推移を見守ること.癒着が存在しない場合には勇気をもっていったんステロイド投与を弱め,短い間隔で眼圧測定を行うことが大切である.それでもなお眼圧が高い場合には,慢性炎症による流出抵抗増大が存在すると考え,ステロイド治療を元のレベルまたはそれ以上に強化したうえで,降圧治療を併用することになる.前房隅角部に結節・前癒着を形成する場合は,大量のフィブリン析出で組織癒着が生じ,隅角房水流出が障害されるなどして眼圧が上昇する.また,虹彩後癒着によって瞳孔部を通して後房から前房への房水流路が閉塞,虹彩が前房へドーナツ状に盛り上がり,盛り上がった虹彩が隅角部を閉塞することでも眼圧が上昇する.これは膨隆虹彩とよぶ.また,ステロイドレスポンダーにおいては,副腎皮質ステロイドの全身投与・局所投与いずれにおいても眼圧が上昇する.ステロイドレスポンダーは若年者に多い.症例に応じて眼圧上昇の程度が異なるため,消炎の必要性に鑑みて適切にステロイドの調整を行う必要がある.一方,重度の毛様体炎症により毛様体の房水産生機能が低下しているのに気づかないでそのまま降圧点眼を続けられていることがある.経過で眼圧が下がってくる場合は,上記のことも念頭におき治療を調整する.CIIIぶどう膜炎続発緑内障の治療ぶどう膜炎患者は視野狭窄進行への予備能が低下している.神経節細胞に眼炎症によるストレスがかかっていることと,視神経・網膜が炎症により腫脹し,一見視神経乳頭陥凹や網膜厚が正常であるかのようにマスクされるためである.診察時に驚くほどの高眼圧でなくても,ぶどう膜炎患者は時間帯によって眼圧変動が激しいことがあり,視野進行を助長する.いずれにせよ,通常の緑内障より眼圧下降を急ぐ必要がある.ぶどう膜炎続発緑内障の内科的治療は,通常の緑内障治療と大きく変える必要を筆者は感じていない.プロスタグランジン関連製剤で黄斑浮腫を誘発する可能性があるが,眼炎症そのものの誘発についてのエビデンスは乏しい3).もちろんぶどう膜炎により黄斑浮腫を合併している場合は注意が必要であるが,ぶどう膜炎続発緑内障に対してプロスタグランジン関連製剤を一律に禁忌にする必要はないと考えている.眼圧を早急に整える必要のある場面で,プロスタグランジン関連製剤は有効である.近年登場したCROCK阻害薬点眼は,「眼炎症続発緑内障」および「ステロイド緑内障」両方に有効であるという報告がなされている4.6).ぶどう膜炎続発緑内障では,ROCK阻害薬点眼に反応する症例と反応しない症例に二分される7).筆者は,ぶどう膜炎に伴う線維柱帯の変化が可逆的な時期には有効だが,ある程度不可逆的変化が起こってしまった場合には無効だと考えている.ぶどう膜炎続発緑内障で最初の一手として使用するのは推奨されるが,1カ月程度使用しても眼圧下降が認められないケースでは,効果が見込めないと判断して速やかに中止している.「眼炎症続発緑内障」および「ステロイド緑内障」の合併例は診断に苦慮する.若年患者や,長期ステロイド投与がなされた眼炎症遷延化症例で頻度が高い.この場合の対応策は,勇気をもっていったんステロイド投与を弱め,短い間隔で眼圧測定を行うことである.レスポンダーであれば翌日から眼圧が若干でも下がる可能性が高い.もし眼圧が下がらないのであればステロイドレスポンダーではないと判断し,基本的に局所ステロイド治療を再開もしくは以前より強化したうえで,適切な内科的もしくは外科的降圧治療を行う.ぶどう膜炎ではあらゆる内科的治療を試みてもコントロール不良なことがしばしばある.観血的治療へ踏み切る際,筆者は以下の三点を念頭に入れている.1.ぶどう膜炎では驚くほどの高眼圧でなくても,眼圧変動が大きい場合視野変化が早い.2.適応には,①隅角の状態,②炎症活動性,③臨床的緊急度を勘案する.3.線維柱帯切除術を基本に術式を組み立てる.ぶどう膜炎続発緑内障の観血的治療フローチャートを図1にまとめる.隅角の観察が最初のステップであり,閉塞隅角であれば急性に起こってきた変化か慢性的な変化であるかを鑑別する.急性隅角閉塞は虹彩と水晶体の癒着による流出障害をきたす場合であり,隅角狭小・膨642あたらしい眼科Vol.38,No.6,2021(38)図1ぶどう膜炎続発緑内障の観血的治療フローチャート(蕪城俊克:ぶどう膜炎を斬る!(園田康平編),専門医のための眼科臨床クオリファイ,13,中山書店,2012より一部改変)図2サイトメガロウイルス虹彩内皮炎患者の前眼部写真45歳.女性.豚脂様角膜後面沈着物が角膜中央近くにみられる().角膜内皮数減少とともに眼圧がC40CmmHgを超えたため,線維柱帯切除術を施行した.図3遷延型原田病の前眼部・後眼部写真34歳,男性.ステロイド治療を減量すると再発を繰り返す遷延型で,アダリムマブを併用している.隅角が閉塞し眼圧のコントロールがむずかしくなったために,線維柱帯切除術を施行した.図4水晶体融解緑内障の前眼部写真67歳,男性.長期の原因不明の眼炎症によって水晶体が高度に混濁し,前.が一部破損したことに伴い眼圧が上昇した.水晶体を除去したあと,眼圧は正常化した.C-

他の眼科疾患を併発したときの管理  緑内障眼における白内障手術

2021年6月30日 水曜日

他の眼科疾患を併発したときの管理緑内障眼における白内障手術CataractSurgeryinEyeswithGlaucoma林研*はじめに緑内障眼において,白内障手術をいつどのように行うかは,長期的な緑内障治療に密接に関連する.基本的に緑内障は慢性進行性の疾患なのに対し,白内障は手術を確実に行えばすむ疾患なので,緑内障治療を妨げないように手術することを優先すべきである.具体的には,長期的に緑内障手術の妨げにならないように,強膜や結膜をなるべく温存する形で手術を終えたい.筆者の経験では,水晶体を残しておいたために,のちに著しく核硬化が進んだり,緑内障手術の創によって白内障手術の難易度が上がったりしたことが多い.その点から,緑内障眼では,早いうちに白内障の手術は角膜切開を用いて施行しておく.本稿では,緑内障の治療を妨げないような白内障手術の手技や注意点について述べる.I術前の注意点1.切開法緑内障眼に白内障手術を行う場合には,手術手技や必要な器具・薬物を前もって計画しておく.手技的な原則として,①上方の強膜や結膜を切開しないように角膜切開を行うこと(図1),②強膜を切開する場合でも,上方を温存して側方に創を作製することがある.わが国では,経結膜強角膜一面切開を行う術者が多いが,輪部より後方の結膜・強膜が切開されていると,やはりその後の濾過手術はやりにくい.緑内障眼では角膜切開が必須なので,角膜切開に習熟しておくことが必要である.とくに,上方から耳側にかけては,濾過手術がもっともやりやすい位置なので,同部の強膜・結膜を切らないようにする.2.必要な器具や薬物の準備準備する器具として,落屑緑内障や原発閉塞隅角緑内障などZinn小帯が脆弱な例に対しては,虹彩レトラクター・カプセルエキスパンダーなどの前.固定器具は必須である.水晶体振盪が認められる眼では当然であるが,散瞳不良や浅前房の場合もZinn小帯が弱い傾向があるので,前.固定器具を使用したほうが安全である(図2).虹彩レトラクターをかけるのは面倒であるが,筆者の経験では,使用していなければZinn小帯断裂を起こしていたと思われる例は多い.レトラクターは通常4方向にかけるが,5~6方向にかけてもよい.他の器具としては,サイドポートから入る前.鑷子を用意しておくとよい.注射針による円形連続切.は,前.を引っ張る力が弱いので,著しくZinn小帯が弱い例には切.が困難なことがある.前.鑷子のほうがZinn小帯への負荷が少なく,切.が行いやすい.とくに,水晶体亜脱臼のような例では,切.できた部分から順次虹彩レトラクターをかけていけば,かなり脆弱な場合でも完了できる.薬物としては,滞留性の高い粘弾性物質を使用することは必須である.術中に前房から抜けやすい粘弾性物質では,前房が不安定になって,Zinn小帯に負荷がかか*KenHayashi:林眼科病院〔別刷請求先〕林研:〒812-0011福岡市博多区博多駅前4-23-35林眼科病院0910-1810/21/\100/頁/JCOPY(27)631図1側方角膜切開図2虹彩レトラクターを用いた前.固定緑内障眼においては,強膜・結膜を温存するために,角膜Zinn小帯脆弱例では,前.固定器具の虹彩レトラクター切開が原則である.とくに,上耳側は残したいので,側方やカプセルエキスパンダーの使用は必須である.切開を行うほうが好ましい.術前投与群()vs投与なし群()p<0.0001術前投与群()vs投与なし群()p<0.0084(mmHg)術前投与群()vs術後投与群()p=0.0031術前投与群()vs術後投与群()p=0.0224眼圧終了時1時間3時間5時間7時間24時間時間図3アセタゾラミド内服による術後一過性の眼圧上昇の予防緑内障眼では,白内障術後3~7時間に一過性の眼圧上昇が起こる.予防のために,アセタゾラミドの内服は効果があるが,とくに術直前に内服すると,術後数時間に内服するより効果がある.(文献1より引用)ブリンゾラミド群()vsチモロール群()p≦0.0001(mmHg)ブリンゾラミド群()vsトラボプロスト群()p≦0.003124時間1時間3時間5時間7時間24時間術後時間図4緑内障治療薬点眼による一過性眼圧上昇の予防抗プロスタグランジン関連薬(トラボプロスト),b遮断薬(チモロール),炭酸脱水酵素阻害薬(ブリンゾラミド)の点眼の眼圧上昇の抑制効果を調べたところ,炭酸脱水酵素阻害薬の効果が他に比べて有意に強かった.(文献2より引用)24222018161412眼圧滞留性の高いOVDZinn小帯断裂図5原発閉塞隅角緑内障の浅前房例における注意点浅前房例における手術のポイントとして,Zinn小帯断裂を起こさないことと,角膜内皮の保護が重要である.引き出し用注射針虹彩レトラクター図6Zinn小帯脆弱・亜脱臼例における注意点術前からCZinn小帯が弱いと推定される場合は,前.固定器具の使用を考慮して,トリパンブルーによる前.染色を行っておく.前.切開が完了したら,前.縁にC4カ所以上虹彩レトラクターをかける.水晶体.が温存できた場合でも,Zinn小帯が著しく弱い場合は,IOL縫着・強膜内固定を行っておく.滞留性のよいOVD濾過胞濾過胞角膜切開濾過胞と離れた位置で結膜がうすい場合は超音波手術を行う先に濾過胞に圧迫縫合をしておく図7濾過胞のある眼における注意点濾過胞のある眼に白内障手術をする場合,濾過胞の部分を避けて角膜切開を行うのが原則である.薄い結膜から漏出が懸念される場合は,前もって圧迫縫合を置いてから,白内障手術を行うことも選択肢である.眼圧をチェック上皮を.離虹彩レトラクター最初にコアビトレクトミー…眼圧を下げ過ぎないように注意図8急性原発閉塞隅角症に対する一次的水晶体摘出急性原発閉塞隅角症には,硝子体手術用のトロカールを挿入して,コアビトレクトミーを行う.硝子体を切除すると,眼圧が下がるだけでなく前房も深くなる.次に,Zinn小帯が脆弱化している例も多いので,虹彩レトラクターを前.縁にかけるほうが安全である.必要に応じて虹彩レトラクターを前.縁にかける図9前.収縮予防のためのYAGレーザー減張切開Zinn小帯脆弱例や浅前房例は,前.収縮が強い.これらの場合は,前.収縮予防のために,術後早期に前.にCYAGレーザーによる減張切開を入れるとよい.およそ術後C2週に,YAGレーザーを用いて,前.切開縁から光学部縁までC3本の切開を入れる.散瞳不良で十分な長さの切開を入れることができない場合は,なるべく多くの切開を入れておく.(文献C3より引用)

緑内障の長期経過  トラベクレクトミーの長期経過と管理のコツ

2021年6月30日 水曜日

緑内障の長期経過トラベクレクトミーの長期経過と管理のコツManagementofGlaucomaafterTrabeculectomyforaLongerFollow-UpPeriod犬塚将之*澤田明*はじめに1968年にCairns1)により報告されたトラベクレクトミー(trabeculectomy:TLE)は,その後5-フルオロウラシル(5-FU)やマイトマイシンC(MMC)の代謝拮抗薬併用2,3)により,長期的に安定した眼圧下降および長期的に緑内障性視神経障害進行をスローダウンすることが可能な術式に変貌を遂げている.その結果として,今日でもTLEが緑内障手術のゴールドスタンダードな術式であることに異論はないものと思われる.斯くの如くMMC併用TLEは,多くの緑内障症例に多大な恩恵をもたらしたと推測されるが,それと同時に得られたデータ収集により緑内障に対する眼圧下降の重要性をわれわれ眼科医に再認識させることにもなった.しかしながら,その一方でハイリスクな術式であり,濾過胞感染症や低眼圧黄斑症などさまざまな術後合併症のため,臨床的に苦慮することも多い.術後合併症発現により,最終的に緑内障患者のqualityofvision(QOV)の低下を招くことも少なくはない.本稿ではMMC併用TLE術後の眼圧および緑内障視神経障害の長期経過,ならびに晩期合併症とその管理方法について紹介する.術後早期合併症については割愛させていただく.ITLEの長期成績(眼圧)TLE後10年程度以上にわたって経過観察した報告例は,実際のところ数少ない.Landersら4)は英国のアデンブルックズ病院で1988~1990年にTLEが施行された330眼につき,結果を詳細にまとめている.原発開放隅角緑内障(広義)からぶどう膜炎による続発緑内障までさまざまな病型が混じったデータであるが,そのうち70症例(30%)は術後20年経過した症例である.また,そのすべてが5-FUあるいはMMCを使用している.術後眼圧下降成功の定義としては眼圧<21mmHgとしている.20年経過でみても,眼圧下降薬を使用しない状態で約60%の症例,眼圧下降薬併用下では実に90%程度の症例で眼圧調整率が得られている(図1).さらに,Landersら4)は背景因子ごとの眼圧調整率についても検討を加えている(図2,眼圧下降薬併用下).緑内障病型では,原発開放隅角緑内障(広義)における成功率が相対的に高く,ぶどう膜炎による続発緑内障では低い.また,手術歴については白内障(.外摘出あるいは.内摘出)やTLEなどの眼内手術歴のある場合は,成功率が低い.他には若年齢,手術前の眼圧値が高い症例,手術時におけるmeandeviation(MD)が悪い(低い)症例では成功率に有意差があったとしている.一方,性別,緑内障家族歴の有無,糖尿病や高血圧などは眼圧調整率成功と関連性がなかったとしている.上記は非常に貴重なデータではあるものの,わが国で多い正常眼圧緑内障が6症例しか含まれていない.日本人でのデータとしては,Shigeedaら5)が初回MMC併用TLEを施行した原発開放隅角緑内障(狭義)123眼の眼圧下降成績を報告している(平均術前眼圧21.6mmHg,*MasayukiInuzuka&*AkiraSawada:岐阜大学医学部眼科学教室〔別刷請求先〕犬塚将之:〒501-1194岐阜市柳戸1-1岐阜大学医学部眼科学教室0910-1810/21/\100/頁/JCOPY(19)623ab%%10010090908080707060605050404030302020101000図1トラベクレクトミー後の眼圧調整率a:眼圧下降薬無使用,b:眼圧下降薬使用下.(文献4より改変引用)0510152025Years0510152025Yearsa%100POAG/NTG90PXG/PG80PACG7060Other5040Uveitic30201000510152025cYears%100.60yrs9040-59yrs807060<40yrs504030201000510152025eYears%100<30mmHg9080.30mmHg7060504030201000510152025Yearsb%100None90ECCE80Other70Trabeculectomy605040ICCE30201000510152025Yearsd%100>-15.0dB9080.-15.0dB7060504030201000510152025Years図2背景因子ごとのトラベクレクトミー後の眼圧調整率a:緑内障病型,Cb:トラベクレクトミー施行前の手術歴,Cc:年齢,d:トラベクレクトミー施行前のCmeandeviation,Ce:トラベクレクトミー施行前の眼圧値.(文献C4より改変引用)CumulativeSurvivalRate1.00.50.00510PostoperativefollowupPeriod(years)図3MMC併用トラベクレクトミー後の眼圧調整率De.nition1:眼圧<18.mmHg,De.nition2:術後眼圧<16.mmHg,De.nition3:術後眼圧がベースライン眼圧と比較しC30%以上減少かつ術後眼圧<21.mmHg.(文献C5より引用)Cab16200046810121416Follow-upperiod(%)IOP(mmHg)20Pre12345678910111213141516141210864Successprobability(%)100806040Follow-upperiod(%)図4MMC併用トラベクレクトミー後の平均眼圧および眼圧調整率a:術前および術後平均眼圧,b:眼圧調整率.(文献C6より改変引用)Proportionsurviving1表1目標眼圧と視野進行抑制との関連0.8TargetCMDCslopeCpCvalueStable(n)Progression(n)C30%CreductionC0.6SuccessC21C2C0.0093FailureC9C8C0.420%CreductionSuccessC25C3C0.0001FailureC3C9C0.212mmHgSuccessC27C7C0.1528FailureC3C3C011mmHgTime(years)SuccessC24C5C0.1028FailureC6C5図5治療により30%以上の眼圧下降率が得られた群(Treated)と無治療群(Controls)での緑内障10mmHgSuccessC22C2C0.0068性視野進行の比較FailureC8C8(文献C7より引用)C9mmHgSuccessC15C2C0.1450FailureC15C8CMeanCdeviationslope(MDslope)による視野進行は,負の回帰直線でかつp<0.05であった場合と定義している.(文献C6より引用)12345678図6無血管で壁が薄い濾過胞からの房水漏出図7濾過胞関連感染症a:stageCI,Cb:stageCII,Cc:stageCIIIb.図8TLEの術後に生じた低眼圧黄斑症a:術後半年程度経過して生じた低眼圧黄斑症,Cb:自己血注射後,低眼圧黄斑症は軽快した,Cc:白内障術後も濾過胞形態はあまり変化なく,黄斑症も改善している.図9脈絡膜.離a:術後C20年近く経て生じた脈絡膜.離,Cb:点眼ステロイド投与のみで,脈絡膜.離は消失した.C-

緑内障の長期経過  トラベクロトミーの長期経過と管理のコツ

2021年6月30日 水曜日

緑内障の長期経過トラベクロトミーの長期経過と管理のコツTheLong-TermOutcomeofTrabeculotomy:TipsforPostoperativeManagement豊川紀子*はじめに流出路手術の代表であるトラベクロトミー(trabecu-lotomy.以下,LOT)は房水流出抵抗の主座であるSchlemm管内皮組織と傍Schlemm管領域を切開して,生理的な房水流出を促進し眼圧を下降させる.旧来の強膜側から行う眼外法は術式が煩雑で眼圧下降もトラベクレクトミー(trabeculectomy:TLE)に及ばないことから海外では成人緑内障手術としての認識は低かった.しかし,日本では独自に術式の改良を重ね薬物治療併用で10台半ば以下の眼圧が期待できるようになり,手術成績が多数報告されてきた1~4).眼圧下降はTLEに及ばなくても,利点として重篤な合併症が少なく術後管理が容易,視機能への影響が少ない5),白内障同時手術との相加効果6)もあることが評価され施行されてきた.手術原理的に術後薬物治療の併用にも適し,正しく施行すれば結果を予測しやすい利点もある.近年,低侵襲緑内障手術(minimallyinvasiveglaucomasurgery:MIGS)の潮流が起こり,角膜切開創から低侵襲に行う流出路手術の手術件数が増加し,さまざまなバリエーションをもって多数施行されている.今回は術後10年の長期経過がテーマのため,本稿では従来の眼外からアプローチするSchlemm管外壁開放術(sinusotomy:SIN)併用LOT(以下,LOT/SIN)の成績を提示しLOTの可能性と限界を再考する.LOT/SINとMIGSによる流出路手術の成績は必ずしも同等ではないが,流出路手術の長期予後,長期管理の参考になれば幸いである.IPOAGに対するLOT.SINの術後10年以上の長期成績原発開放隅角緑内障(primaryopenangleglauco-ma:POAG)の診断で有水晶体眼に対し初回LOT/SIN単独手術を施行した群(以下,LOT/SIN群)86眼と白内障同時手術を施行した群(以下,同時手術群)65眼,平均観察期間16.8±3.9年の成績を示す.LOT/SIN群のうち,施行時期が古い17眼は上方から施行,69眼は下方から施行しているため,上方群と下方群に分けて結果を示す.対象の手術時平均年齢は上方群55±12歳,下方群51±13歳,同時手術群71±7歳で,性差に有意差はなかった.1.手術方法4×4mmの二重強膜弁を作製しSchlemm管を露出してLOT用金属プローブを挿入・回転し線維柱帯を約120°切開した.2枚目の内層強膜弁を切除し表層強膜弁の一部をKELLY/Descemet膜パンチで切除しSINを追加した.一部の症例では,深層強膜切除術(deepsclerectomy:DS)として2枚目の内層強膜弁の作製を角膜実質まで進めて切除し,さらに線維柱帯内皮網を鑷子で.離し内皮網除去を行った.2.眼圧経過(図1)上方群,下方群,同時手術群ともに術後10年の経過*NorikoToyokawa:永田眼科〔別刷請求先〕豊川紀子:〒631-0844奈良市宝来町北山田1147永田眼科0910-1810/21/\100/頁/JCOPY(9)613眼圧(mmHg)25***************************20***1510上方単独群下方単独群5白内障同時手術群0術前1年2年3年4年5年6年7年8年9年10年*p<0.05,ANOVA+Dunnett’stest図1原発開放隅角緑内障に対するLOT.SIN後の眼圧経過===生存率(%)薬剤スコア32.521.510.5*10年1.92.01.401年2年3年4年5年6年7年8年9年10年*p<0.05,Willcoxon符号付順位和検定図2原発開放隅角緑内障に対するLOT.SIN後の薬剤スコア経過20mmHg16mmHg14mmHg1110.80.80.8生存率(%)生存率(%)0.60.60.60.40.40.40.20.20.2000012345678910012345678910012345678910観察期間(年)観察期間(年)観察期間(年)図3原発開放隅角緑内障におけるKaplan.Meier生存曲線:白内障同時手術群,:上方LOT/SIN,:下方LOT/SIN.===20mmHg16mmHg14mmHg1110.90.90.90.80.80.8生存率(%)生存率(%)生存率(%)0.70.70.70.60.60.60.50.50.50.40.40.40.30.30.30.20.20.20.10.10.1001234567891000123456789100012345678910期間(年)期間(年)期間(年)図4深層強膜切除術の有無による原発開放隅角緑内障におけるLOT.SINのKaplan.Meier生存曲線実線:深層強膜切除術併用,破線:深層強膜切除術なし.y=x-5-10-15-20-25-30術前視野MD(dB)図5原発開放隅角緑内障に対するLOT.SIN前後のHumphrey視野MD〇で囲んだ3眼は,MDslope-0.4dB/年を超える進行.MD:meandeviation.-30-25-20-15-10-50=-==術後最終視野MD(dB)0.5y=x30350眼圧(mmHg)201510術後(dB/年)-0.5-150-1.5術前1234-2期間(年)術前(dB/年)図7原発開放隅角緑内障に対するLOT.SIN前後の図6原発開放隅角緑内障に対するLOT.SIN前後のHumphrey視野維持群,悪化群の眼圧経過Humphrey視野のMDslope悪化群では維持群より術後有意に高い眼圧で推移した.MD:meandeviation.Student’st-test,p<0.05-==-------2-1.5-1-0.500.5薬剤スコア眼圧(mmHg)30.0C25.0C20.0C15.0C10.0C5.0C0.0C6C12C24C36C48C60C72C84C96C108120観察期間(月)(***p<0.0001,**p<0.001,*p<0.01,pairedttest)図8落屑緑内障に対するLOT.SIN後の眼圧経過(文献7より許可を得て転載)4.0C3.0C2.0C1.0C0.0C術前3C6C1224364860728496108120観察期間(月)(***p<0.0001,**p<0.001,*p<0.01,pairedttest)図9落屑緑内障に対するLOT.SIN後の薬剤スコア経過(文献7より許可を得て転載)20mmHg15mmHg110.90.90.80.80.70.7(**)生存率0.60.5(**)0.40.30.20.10.100観察期間(月)観察期間(月)図10LOT.SINの落屑緑内障におけるKaplan.Meier生存曲線(文献7より許可を得て転載)==0122436486072849610812001224364860728496108120生存率生存率(%)1001008080生存率(%)6040202000観察期間(月)図11原発開放隅角緑内障における2回目のLOT.SINの観察期間(月)眼圧20mmHgのKaplan.Meier生存曲線(p=0.8,図12落屑緑内障における2回目のLOT.SINの眼圧Log.ranktest)(文献8より許可を得て転載)20mmHgのKaplan.Meier生存曲線(p=0.23,Log.ranktest)(文献8より許可を得て転載)0204060801001200102030405060-

緑内障の長期経過 原発開放隅角緑内障の長期経過と進行の危険因子

2021年6月30日 水曜日

緑内障の長期経過原発開放隅角緑内障の長期経過と進行の危険因子Long-TermFollow-UpandRiskFactorsforProgressioninPrimaryOpenAngleGlaucomaPatients坂上悠太*はじめに広義原発開放隅角緑内障は高眼圧型の原発開放隅角緑内障(primaryopenangleglaucoma:POAG)と正常眼圧緑内障(normalCtensionglaucoma:NTG)からなり,もっとも遭遇しやすい代表的な緑内障病型である.自覚症状がなくとも人間ドックなどで視神経乳頭陥凹拡大を指摘されて診断に至るケースも増えている.検査機器の発達によって診断や検査の精度も向上し,また平均寿命も延びていることから,治療開始から長期の経過観察に至る患者が増えている.本稿では長期の経過観察から得られた知見や,緑内障進行の危険因子について述べる.CIPOAGの10年間の長期経過新潟大学医歯学総合病院(以下,当院)においてC2007年からC10年以上経過観察したCPOAG患者C40例C80眼について,フォロー開始からのC3年間とC8~10年目のC3年間とを比較した.前者を開始時,後者をC10年後とすると,開始時の平均経過眼圧はC15.56±2.95CmmHg,10年後の平均経過眼圧はC13.86±3.01CmmHgと有意に低下していた(p<0.01,Pairedt-test).開始時とC10年後の点眼本数,点眼回数,点眼成分数の変化について表1に示す.点眼本数は開始時C2.09±1.30本からC10年後はC1.55±1.24本と有意に減少し,点眼回数も有意に減少していたが,点眼成分数はほぼ不変であった.これはこの10年間で緑内障配合点眼薬を使用するようになったため,点眼本数,点眼回数は減少したものの,点眼成分数表1POAG症例(40例80眼)の長期経過観察における点眼薬の変化開始時10年後p値点眼本数(本)C2.09±1.30C1.55±1.24<0.01点眼回数(回)C3.08±2.19C2.41±2.08<0.01点眼成分数(成分)C2.09±1.30C2.05±1.590.89(Pairedt-test)は維持されたものと考えられる.国内の緑内障点眼薬の変遷について図1にまとめた.ラタノプロスト発売以後,治療の第一選択がプロスタグランジン関連薬となり,このC10年ではCa2刺激薬やCRhoキナーゼ阻害薬など新たな作用機序の点眼薬が登場し,また配合点眼薬の種類も増えてきている.開始時とC10年後とで点眼成分数は不変であったが,平均経過眼圧は有意に下降しており,治療薬の選択肢が増えたことでより効果的な治療ができた可能性が考えられた.また,開始時とC10年後のCHumphrey視野計C30-2(もしくはC24-2)におけるCmeandeviation(MD)値の変化を図2に示す.MD値は開始時-8.16±6.30CdB,10年後は-11.26±7.13CdBであり,10年間でのCMD変化量は-3.10±3.44CdBであった.MD変化率は全体の平均では-0.31CdB/年ということであるが,一部では大きく視野障害が進行した症例もあった.MD値がC10年間で大幅に低下した症例と経過中の眼圧上昇について表2に示す.10年間でCMD値が大きく低下した症例では経過中に眼圧がC20CmmHg以上あるいはC30CmmHg以上に上*YutaSakaue:新潟大学大学院医歯学総合研究科眼科学分野〔別刷請求先〕坂上悠太:〒951-8520新潟市中央区旭町通一番町C754新潟大学大学院医歯学総合研究科眼科学分野C0910-1810/21/\100/頁/JCOPY(3)C607b遮断薬(b),炭酸脱水酵素阻害薬(CAI),交感神経非選択性刺激薬,副交感神経刺激薬etc…プロスタグランジン関連薬(PG)の台頭(国内販売開始)1994年イソプロピルウノプロストン1999年ラタノプロスト2007年トラボプロスト2008年タフルプロスト2009年ビマトプロスト新たな機序の緑内障点眼薬の登場配合点眼薬の登場2012年ブリモニジン(a2刺激薬)2010年PG+b2014年リパスジル(Rhoキナーゼ阻害薬)2010年b+CAI2019年a2刺激薬+b2020年a2刺激薬+CAI図1国内の緑内障点眼薬の変遷MD値(dB)50-5-10-15-20-25-30-35図2表1の症例のHumphrey視野計30.2(もしくは24.2)におけるMD値の変化-表2図2の症例のうちMD値が大幅に低下した症例の経過中の眼圧上昇10年間のCMD変化量経過中に眼圧>2C0CmmHg経過中に眼圧>3C0CmmHg-7CdB以下4/5眼(8C0.0%)2/5眼(4C0.0%)-10dB以下4/4眼(1C00%)3/4眼(7C5.0%)--=-表3長期経過観察されたPOAG症例(60例60眼)とNTG症例(90例90眼)POAGCNTGフォロー開始時年齢(歳)C52.9±11.8C54.8±11.1フォロー開始時CMD値(dB)-6.1±5.3-7.4±5.0経過観察期間(年)C10.6±6.2C9.3±5.7平均経過眼圧(mmHg)C16.9±2.2C13.5±1.5眼圧下降率(%)C26.5±9.2C17.9±7.9MD変化率(dB/年)-0.35±0.30-0.42±0.38C10.50-0.5-1全症例相関係数R全症例(150例150眼):ー0.044(p=0.590)POAG(60例60眼):ー0.261(p=0.044)NTG(90例90眼):-0.085(p=0.423)(Pearson’scorrelationcoe.cienttest)-1.5-2-2.5510152025平均経過眼圧(mmHg)POAG-0.5-1-1.510.50-0.5-1-1.5-2NTGMD変化率(dB/年)MD変化率(dB/年)-2.55101520255101520平均経過眼圧(mmHg)平均経過眼圧(mmHg)図3表3の症例の平均経過眼圧とMD変化率MD変化率(dB/年)MD変化率(dB/年)全症例相関係数R10.50全症例(150例150眼):0.272(p<0.001)POAG(60例60眼):0.282(p=0.029)-0.5NTG(90例90眼):0.249(p=0.017)-1(Pearson’scorrelationcoe.cienttest)-1.5-2-2.5010203040眼圧下降率(%)5060(無治療時最高眼圧-平均経過眼圧)眼圧下降率(%)=×100無治療時最高眼圧POAG10.50-0.5-1-1.5-2-2.5NTG01020304050600102030405060眼圧下降率(%)眼圧下降率(%)図4表3の症例の眼圧下降率とMD変化率

序説:緑内障治療の現状と近未来

2021年6月30日 水曜日

緑内障治療の現状と近未来Introductionof“TheCurrentStatusandNearFutureofGlaucomaTreatment”久保田敏昭*山本哲也**本特集では緑内障の治療を取りあげる.緑内障は一生の疾患である.2000年から2001年にかけて日本緑内障学会が行った多治見スタデイでは40歳以上の一般人口の5%の有病率と報告されたが,その後高齢化が進み,さらに高い有病率が報告されてきている.実臨床においても白内障手術や硝子体手術が必要な患者に緑内障が合併している状況によく遭遇する.緑内障患者は良好な視機能を生涯保持するために眼科管理を受ける必要がある.したがって,実際に緑内障の治療を行う際には,①長期的な視点に立つ治療選択,②他の眼科疾患併発時の臨機応変な対応,③将来の緑内障治療に関する知識,が求められる.これが今回の三つの主題である.長期的な視点からの管理に関しては,代表的緑内障病型である原発開放隅角緑内障の10年程度の長期経過と治療成績に関して解説をお願いした.手術に関しては,昨今ブームとなっている低侵襲緑内障手術(MIGS)の長期予後を知るためにも,国内で経験の多いトラベクロトミーの長期成績を知ることは有用であると考える.進行期の緑内障眼にはトラベクレクトミーが必要になり,その長期成績も大事な情報である.坂上悠太先生は原発開放隅角緑内障,正常眼圧緑内障の長期経過と進行因子について執筆され,進行因子については,眼圧および眼圧関連因子と眼圧以外の危険因子に項目を分けてまとめてある.豊川紀子先生はトラベクロトミーの手術成績を原発開放隅角緑内障と落屑緑内障に分けて,さまざまな手術アプローチ別に成績を述べられている.そしてトラベクロトミーの限界と追加手術のタイミングの重要性を述べられている.犬塚将之先生・澤田明先生はトラベクレクトミーの長期の治療成績および濾過胞からの房水漏出,濾過胞関連感染症,低眼圧黄斑症,脈絡膜.離などの晩期合併症とその管理方法について,多くの読者に参考になる論文を執筆されている.われわれも興味をもって熟読した.緑内障は高い有病率の疾患であるがゆえに,さまざまな眼疾患を治療する場合に緑内障を合併していることはしばしば経験する.他の眼科疾患を併発した緑内障の管理に関して,白内障,ぶどう膜炎,網膜硝子体疾患の治療をする場合の問題点と注意点の知識は必要である.それぞれの領域で豊富な手術経験をお持ちの先生方に執筆を依頼した.林研先生は,緑内障を伴う白内障眼の手術方法と注意点を述べている.注意点については,術前・術中・術後に分けて記載されている.術者を常に悩ます原発閉塞隅角緑内障の浅前房,落屑緑内障などのZinn小帯脆弱例,濾過胞を有する眼,急性原発閉塞隅角症眼*ToshiakiKubota:大分大学医学部眼科学講座**TetsuyaYamamoto:海谷眼科0910-1810/21/\100/頁/JCOPY(1)605

涙道内視鏡検査の検査中操作が与える身体的苦痛の実態 調査

2021年5月31日 月曜日

《原著》あたらしい眼科38(5):595.599,2021c涙道内視鏡検査の検査中操作が与える身体的苦痛の実態調査鎌尾知行*1武田太郎*2三谷亜里沙*1鄭暁東*1白石敦*1*1愛媛大学大学院医学系研究科眼科学講座*2愛媛大学医学部附属病院屈折矯正センター・手術部CMeasurementofPhysicalDistresswithDacryoendoscopyExaminationTomoyukiKamao1),TaroTakeda2),ArisaMitani1),XiaodongZheng1)andAtsushiShiraishi1)1)DepartmentofOphthalmology,EhimeUniversityGraduateSchoolofMedicine,2)SurgicalOperatingDepartmentandRefractiveSurgeryCenter,EhimeUniversityHospitalC目的:涙道内視鏡検査の各操作が与える身体的苦痛の強度を明らかにすること.対象および方法:対象はC2018年6月.2019年C8月に愛媛大学附属病院で涙管チューブ挿入術を施行した患者のうち,術前に涙道内視鏡検査を行った43例(男性C14例,女性C29例,平均年齢C73.4C±9.5歳)と,術後に検査を行ったC79例(男性C27例,女性C52例,平均年齢C72.3C±9.6歳).点眼麻酔,涙道内麻酔後に蒸留水灌流下涙道内視鏡検査を施行し,麻酔と検査操作の苦痛強度を視覚的アナログスケール(VAS)でアンケート調査した.術前後の各麻酔,検査操作を比較検討した.結果:点眼,涙道内麻酔には有意差がなかったが,涙点拡張が術前C37.3C±29.7,術後C7.4C±16.4,涙道内視鏡操作が術前C43.4C±32.2,術後C19.3C±22.6と術前が術後より有意に高かった.結論:術前の涙道内視鏡検査は,点眼麻酔と涙道内麻酔では不十分な可能性がある.CPurpose:Toinvestigatetheintensityofphysicaldistresscausedbyeachoperationinpatientswithlacrimalductobstructionwhounderwentdacryoendoscopy.PatientsandMethods:Thisstudyinvolved122patientswithlacrimalductobstructionwhounderwentdacryoendoscopyexaminationatEhimeUniversityHospital.Ofthe122patients,C43CwereCexaminedCpreCsurgeryCandC79CwereCexaminedCpostCsurgery.CTheCproceduresCwereCperformedCundertopicalandlocalanesthesiaintothelacrimalductwithoxybuprocainehydrochloride0.4%andlidocaine4%.Dacryoendoscopyexaminationwasperformedwhileinjectingsalinethroughthewaterchannel,andthepaininten-sitywasexaminedviaavisualanaloguescale(VAS)within30-minutespostexamination.TheVASofanesthesiaandCeachCoperationCwereCthenCcompared.CResults:NoCstatisticallyCdi.erenceCinCe.ectivenessCbetweenCtopicalCandClocalanesthesiawasobserved.However,theVASofdilationoflacrimalpunctaanddacryoendoscopyexaminationbeforeCsurgeryCwereCsigni.cantlyChigherCthanCthatCafterCsurgery.CConclusions:OurC.ndingsCsuggestCthatCtopicalCandlocalanesthesiaisinadequateforpreventingpreoperativedacryoendoscopy-relatedphysicaldistress.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C38(5):595.599,C2021〕Keywords:涙道内視鏡検査,麻酔,視覚的アナログスケール,身体的苦痛,アンケート調査.dacryoendoscopyCexamination,anesthesia,visualanalogscale,physicaldistress,questionnaire.Cはじめに涙道診療における検査は,細隙灯顕微鏡検査や涙管通水検査,CT,MRI,涙道造影検査などさまざまあるが,以前は術前に涙道内を直接観察することが不可能で,涙道内を観察できるのは涙.鼻腔吻合術(dacryocystorhinostomy:DCR)などの観血的手術時のみであった.わが国ではC2000年前後に涙道内視鏡が開発され,低侵襲で涙道内の観察が可能となった1,2).そのため,涙道閉塞の部位や閉塞状態,涙道内の炎症の程度,涙道内の結石や異物,肉芽の有無など,今まで観察できなかった涙道内所見を,涙道内視鏡検査で術前に容易に観察することが可能となった.わが国では涙道内視鏡を用いた涙管チューブ挿入術の開発〔別刷請求先〕鎌尾知行:〒791-0295愛媛県東温市志津川愛媛大学大学院医学系研究科眼科学講座Reprintrequests:TomoyukiKamao,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology,EhimeUniversityGraduateSchoolofMedicine,Shitsukawa,Toon-city,Ehime791-0295,JAPANCにより,涙道閉塞に対する涙管チューブ挿入術の治療成績が向上し3.5),DCRに並ぶ治療法としての地位を確立し,それに伴い徐々に涙道内視鏡が普及している.さらにC2018年度の診療報酬改定において涙道内視鏡検査が保険収載され,涙道内視鏡検査は涙道診療に必須の検査となりつつある.この検査は,現在のところ低侵襲で涙道内を観察できる唯一の方法であるが,決して非侵襲ではない.しかし,涙道内視鏡検査の各操作の身体的苦痛強度について調査した報告は筆者らが知る限りない.そこで本研究では,術前後の涙道内視鏡検査時の各操作における苦痛強度を調査した.CI対象および方法対象はC2018年C6月.2019年C8月に愛媛大学附属病院眼科にて術前もしくは術後に同一検者が涙道内視鏡検査を行った患者のうち,本研究に同意が得られた満C20歳以上の男女で,片側もしくは両側に涙道閉塞を認める患者C122例(男性41例,女性C81例,平均年齢C72.7C±9.5歳)である.なお,アンケートの回答に協力が得られないものは除外した.麻酔は,オキシブプロカイン塩酸塩C0.4%をC2回,リドカイン塩酸塩(リドカイン)4%をC1回C2分ごとに点眼して点眼麻酔を行ったのち,リドカインC4%を上涙点から涙道内に注入して涙道内表面麻酔を行い,5分以内に涙道内視鏡検査を開始した.涙道内視鏡検査は,涙点拡張針(イナミ)を用いて上下涙点を拡張後,プローブ径C0.9Cmmの弯曲タイプの硬性涙道内視鏡(LAC-06FY-H,町田製作所)を用いて,蒸留水灌流下,涙道内視鏡検査を施行した.術前の涙道内視鏡検査は全例で両側に施行した.一方,術後の涙道内視鏡検査は治療側のみ施行した.また,術後の涙道内視鏡検査の施行時期は涙管チューブ抜去時または,涙管チューブ抜去半年後に施行した.涙道内視鏡検査のアンケート調査方法は,検査内容とアンケート調査内容を涙道内視鏡検査施行前に十分に説明し,検査中,操作内容を患者に声掛けを行ってから各操作を行った.検査終了後C30分以内に点眼麻酔,涙道内麻酔,涙点拡張,涙道内視鏡操作,灌流液流入,検査前の緊張の程度のC6項目の苦痛強度を,視覚的アナログスケール(VisualCAna-logScale:VAS)を用いてC100Cmmの線上に印をつけさせた.0は苦痛または緊張なし,100は我慢できない苦痛または緊張とした.男女比,年齢および,麻酔,検査操作,緊張の程度のVASについて,術前群と術後群,片側群と両側群,涙管チューブ抜去時と抜去半年群で比較検討した.また,麻酔,検査操作,緊張の程度それぞれの相関関係を検討した.男女比の比較についてはCc2検定を,年齢やCVASの比較についてはCStudent’st-testを用い,相関関係についてはCPearsonの積率相関係数を計算し,いずれも有意水準はC5%とした.統計解析にはCJMP11.2(SASinstitute)を使用した.本研究は,愛媛大学医学部附属病院臨床研究審査委員会(1601003)の承認のもと行った.CII結果表1に患者背景を示した.対象として選択されたのは,術前に涙道内視鏡検査を行ったC43例(男性C14例,女性C29例,平均年齢C73.4C±9.5歳)と,涙管チューブ挿入術治療後に涙道内視鏡検査を行ったC79例(男性C27例,女性C52例,平均年齢C72.3C±9.6歳)である.術前群は全例両側涙道内視鏡検査を施行したが,術後群の涙道内視鏡検査は治療側のみで,40例が片側に,39例が両側に行った.また,術後群の涙道内視鏡検査の施行時期は涙管チューブ抜去時または涙管チューブ抜去半年後に行ったが,35例が涙管チューブ抜去時,44例が涙管チューブ抜去半年後に行った.術前群と術後群,片側群と両側群,涙管チューブ抜去時群と涙管チューブ抜去半年後群の各C2群で男女比,年齢に有意差はなかった.術前群と術後群の各麻酔,検査操作の苦痛強度,緊張の程度のCVASを比較検討した(表2).涙点拡張は,術前群には全例必要であったが,術後群はC39例が必要で,40例は不要であったため,必要であったC39例のCVASの平均を示している.麻酔については,点眼麻酔,涙道内麻酔とも術前群と術後群で有意差を認めなかった.一方,検査操作については,涙点拡張が術前群C37.3C±29.7,術後群C15.0C±20.9,涙道内視鏡操作が術前群C43.4C±32.2,術後群C19.3C±22.6と術前群が術後群と比較してスコアが有意に高かった(p=0.0002,<0.0001).灌流液流入はC2群間で有意差を認めなかった.緊張の程度については,術前群C43.1C±7.5,術後群C20.0C±20.8と術前群が術後群と比較してスコアが有意に高かった(p<0.0001)(表2).術後群の涙道内視鏡検査は治療側のみで,検査の片側例と両側例で各麻酔,検査操作の苦痛強度,緊張の程度に差があるか比較検討した.その結果,6項目のCVASに有意差を認めなかった(表3).また,術後群の涙道内視鏡検査は涙管チューブ抜去時または,涙管チューブ抜去半年後に行ったため,検査の施行時期でC6項目のCVASに差があるか比較検討したが(表4),いずれも有意差を認めなかった.つぎに術前群の涙道内視鏡検査において,各麻酔,検査操作の苦痛強度,緊張の程度のCVASの相関関係を検討した.VASの高かった涙道内麻酔,涙点拡張,涙道内視鏡操作,灌流液流入のC4項目については,それぞれ有意な正の相関を認めた(表5).一方,点眼麻酔と緊張の程度のCVASについてはいずれの項目とも有意な相関を認めなかった.CIII考按本研究では,術前後の涙道内視鏡検査時の各操作における表1患者背景症例数男性女性年齢術前群43例14例29例C73.4±9.5歳術後群79例27例52例C72.3±9.6歳片側40例15例25例C71.2±10.6歳両側39例12例27例C73.4±8.4歳涙管チューブ抜去時35例14例21例C70.5±10.8歳涙管チューブ抜去半年後44例13例31例C73.8±8.4歳年齢:平均値±標準偏差.表3片側群と両側群の麻酔,検査操作,緊張のVAS片側群両側群Cn=40Cn=39p値点眼麻酔C9.9±12.6C5.3±11.8C0.1029涙道内麻酔C24.1±25.0C20.9±18.1C0.5107涙点拡張C16.7±24.1C13.6±18.1C0.6444涙道内視鏡操作C21.8±24.8C16.9±20.0C0.3397灌流液流入C18.6±24.2C16.3±17.9C0.6304検査前の緊張C19.4±22.3C20.5±19.4C0.8138C平均値±標準偏差.涙点拡張を行った片側C40例,両C39例のVASの平均を示している.表5術前群の涙道内視鏡検査における涙道内麻酔,涙点拡張,涙道内視鏡操作,灌流液流入の苦痛強度のVASの相関涙点拡張涙道内視鏡操作灌流液流入涙道内麻酔C涙点拡張C涙道内視鏡操作CrCprCprCpC0.7278C<C0.0001C0.4107C0.0062C0.7061C<C0.00010.5305C0.00030.6225C<C0.00010.5365C0.0002Cr=相関係数.身体的苦痛の強度をCVASを用いて検討した.その結果,術前の涙道内視鏡検査において涙点拡張と涙道内視鏡操作のVASが術後より有意に高いことが明らかとなった.涙道内視鏡はC1979年にCCohenらの発表した硬性光学視管(dacryoscopy)が始まりとされている6).この内視鏡は先端に観察レンズ,硬性管の中に中継レンズがあり,手元に映る像を直接覗き込む方式であった.上涙点から硬性光学視管の先端を,下涙点から光源を挿入して涙道内を観察していたが,内視鏡のサイズが非常に大きく侵襲性の高い検査装置であった.その後さまざまな涙道内視鏡が開発され,2002年にはわが国で現在一般的に使用されている硬性涙道内視鏡が登場した2).わが国の涙道内視鏡の特徴はハンドピース先端(117)表2術前群と術後群の麻酔,検査操作,緊張のVAS術前群Cn=43術後群Cn=79p値点眼麻酔C9.4±15.9C7.6±12.4C0.5044涙道内麻酔C23.0±25.6C22.5±21.8C0.9088涙点拡張C37.3±29.7C15.0±20.9C0.0002涙道内視鏡操作C43.4±32.2C19.3±22.6<C0.0001灌流液流入C19.5±21.6C17.5±21.2C0.6204検査前の緊張C43.1±7.5C20.0±20.8<C0.0001平均値±標準偏差.涙点拡張のCVASの値は,涙点拡張を行った症例(術前群は全例,術後群はC39例)の平均を示している.他項目は,術前術後とも全例の平均を示している.表4涙管チューブ抜去時群と涙管チューブ抜去半年後群の麻酔,検査操作,緊張のVAS涙管チューブ涙管チューブ抜去時群C抜去半年後群Cp値n=35n=44点眼麻酔C6.3±11.9C8.7±12.8C0.4116涙道内麻酔C24.1±23.6C21.3±20.5C0.5721涙点拡張C10.5±18.0C16.8±21.9C0.3983涙道内視鏡操作C18.8±18.1C19.8±25.8C0.3397灌流液流入C18.8±21.8C16.4±20.9C0.6251検査前の緊張C18.5±18.7C21.1±22.5C0.5813平均値±標準偏差.涙点拡張を行った涙管チューブ抜去時C35例,涙管チューブ抜去半年後C44例のCVASの平均を示している.のプローブが無理なく涙道内に挿入できるように細く(0.7.0.9Cmm径)設計されていることである.その中に観察用レンズと灌流口,照明を装備しており,涙道内を灌流液で拡張し,照明光で涙道内を照らしながら観察することが可能である.プローブはストレートタイプと弯曲タイプのC2種類があるが,硬性内視鏡であるためストレートタイプでは涙道内に存在する生理的屈曲部位を超えるのにプローブに無理が生じたり,涙道に医原性裂孔を形成するリスクが高くなる.一方,弯曲タイプはプローブ先端からC10Cmmの位置で約C27°弯曲しているが,これは日本人の涙道の走行に対応した形状となっており7),その弯曲を利用すれば涙道内を損傷することなく涙道内全体の観察が可能となった.これらの涙道内視鏡プローブの形状の工夫によって,涙道内視鏡検査の低侵襲化に成功した.涙道内視鏡検査は大きく麻酔と検査手技操作のC2種類に分類される.麻酔については標準的な方法が確立されておらず,各施設でさまざまな方法で行われているが,当院では点眼麻酔と涙道内表面麻酔のみで涙道内視鏡検査を行っている.一方,検査手技操作における患者に対する侵襲は涙点拡張と涙道内視鏡操作,灌流液の流入の三つに分けられる.そのため点眼麻酔,涙道内表面麻酔,涙点拡張,涙道内視鏡操あたらしい眼科Vol.38,No.5,2021C597作,灌流液流入に加え,検査前の緊張の程度のC6項目の苦痛強度をCVASを用いて評価した.術前群と術後群でC6項目について比較検討すると,点眼麻酔と涙道内麻酔,灌流液流入についてはC2群間で有意差を認めなかったが,涙点拡張と涙道内視鏡操作,検査前の緊張のC3項目で術前群が術後群より有意にCVASが高かった.涙点拡張において,術前群が術後群より有意にCVASが高かった.涙点は硬い線維組織からなる盛り上がった構造で,開口部の内径はC0.2.0.3Cmmと報告されている8).現在の涙道内視鏡の先端プローブがC0.7.0.9Cmm径であるため,挿入に際しては涙点拡張が必要となる.涙点拡張に際しては涙点の硬い線維組織が伸展され,一部で断裂する.この侵害刺激が加わると,涙点近傍の皮下組織に存在する侵害受容器の末梢側終末に備わる受容体が活性化され,三叉神経に含まれる侵害受容性ニューロンを介して中枢へとシグナルが伝達され疼痛を感知する(侵害受容性疼痛).点眼麻酔や涙道内表面麻酔では,涙点涙小管の表層には麻酔が作用すると考えられるが,重層扁平上皮下には麻酔作用が及びにくいと考えられる.そのため術前の涙点拡張でCVASが高値を示したと考えられる.一方,術後の涙点拡張のCVASは低値であった.涙道内視鏡手術に際しては,涙道内視鏡に外径C1.1.1.3Cmmの外套を装着して手術を行うため,それ以上に涙点を拡張する必要がある.そのため,術中に十分な涙点拡張操作が加えられている.術後涙点径はやや狭小化するものの,元の状態に戻ることはなく,術前より拡張した状態が維持される.実際,79例中C40例(50.6%)は術後の涙道内視鏡検査において涙点拡張が不要であった.残りのC39例についても少しの涙点拡張操作で十分涙道内視鏡を挿入可能であったため,侵害刺激も軽度となり,術後の涙点拡張のCVASは術前より有意に低くなったと考えられる.涙道内視鏡操作においても術前群が術後群より有意にVASが高かった.涙道内視鏡検査においては灌流液で涙道内を拡張しながら涙道内視鏡を操作する.涙道閉塞が存在する術前では,灌流液による涙道内圧上昇が惹起されやすく,涙道壁の伸展による侵害刺激も大きくなり,VASが高くなったと考えられる.一方,涙道閉塞が解除された術後であれば,灌流液による涙道内圧上昇は軽度であり,術後の涙道内視鏡操作のCVASは術後より有意に低くなったと考えられる.当院では涙道内視鏡の破損リスクを軽減する目的で蒸留水で灌流しているが,蒸留水は低浸透圧なので灌流中に疼痛を惹起するリスクがあり,生理食塩水を選択すると術前後の涙道内視鏡操作のCVASをさらに低減できた可能性がある.検査前の緊張の程度においても術前群が術後群より有意にVASが高かった.経験のない検査や治療を受ける場合,不安を感じ緊張のCVASが高値となる.本研究を行うにあたり,検査内容を涙道内視鏡検査施行前に十分に説明したが,術前の不安や緊張を取り除くことは困難であった.一方,術後の涙道内視鏡検査施行前の緊張のCVASは低値であった.患者は疼痛を経験すると,疼痛への恐怖から同様の体験をする場合に不安が強くなる9).今回,涙道内視鏡検査や手術を経験したものでは緊張の程度のCVASが低値であったことは,涙道内視鏡検査や手術中に強い疼痛を経験しておらず,不安や恐怖がない状態で術後の涙道内視鏡検査を受けていると考えられ,涙道内視鏡検査や手術が低侵襲に行われていることを示している.ただしCVASスコアがC30以上である場合,「中等度の疼痛がある」と評価されるため10),術後群の涙道内視鏡検査の麻酔C2項目と手術操作C3項目や,術前群の点眼麻酔,涙道内麻酔,灌流液流入についてはCVASがC30未満であり,患者への侵襲は抑えられていると考えられる.しかし,術前群のCVASが有意に高かった涙点拡張と涙道内視鏡操作についてはCVASがC30以上であり,中等度の疼痛を自覚していると考えられる.つまり,術後群の涙道内視鏡検査については十分な麻酔効果を得られていたが,術前の涙道内視鏡検査については不十分であり,疼痛を低減する麻酔方法の検討が望ましい.前述したように,涙道内視鏡検査の麻酔については標準的な方法が確立されておらず,各施設でさまざまな方法で行われている.当院では点眼麻酔と涙道内表面麻酔のみで涙道内視鏡検査を行っている.術前検査時の疼痛を緩和する方法の一つとして滑車下神経麻酔があげられるが,一過性散瞳,視力低下,眼球運動障害,球後出血などの合併症がある.当院では術前に行う初回涙道内視鏡検査においては,片側の涙道疾患であっても必ず両側検査を行っている.そのため,両側に滑車下神経麻酔を行うと,帰宅が困難となる場合が多くなり,滑車下神経麻酔の施行は容易ではない.術前の涙道内視鏡検査においては合併症の少ない麻酔方法について検討の余地がある.涙道内視鏡検査について検査側や検査時期によりCVASが変化するか検討した.その結果,術後涙道内視鏡検査の片側検査群と両側検査群で差は認めなかった.また,涙管チューブ抜去時群と涙管チューブ抜去半年後群でも差は認めなかった.つまり,術後の涙道内視鏡検査については,検査側や検査時期によってCVASが変化しないため,検査側や検査時期によって麻酔方法を検討する必要はなく,点眼麻酔と涙道内表面麻酔で低侵襲に検査可能である.術前の涙道内視鏡検査において,各麻酔,検査操作の苦痛強度,緊張の程度のCVASの相関関係を検討した結果,点眼麻酔を除いた涙道内麻酔,涙点拡張,涙道内視鏡操作,灌流液流入のC4項目について,それぞれ有意な正の相関を認めた.VASは疼痛の強度という単一次元において感度が高く,再現性があり,同一被験者内で信頼性と妥当性が高いとされる11).しかし,疼痛は主観的な知覚であり,疼痛に対する耐性や経験,性格などが影響し,疼痛刺激に対する認識の個人差を生み出している.そのため疼痛の閾値の低い患者は麻酔,検査操作による侵襲でCVASが高くなる傾向にあり,閾値の高い患者ではCVASが低くなる傾向にある.そのため涙道内麻酔,涙点拡張,涙道内視鏡操作,灌流液流入のC4項目で有意な正の相関がみられたと考えられる.点眼麻酔についてはCVASのスコアが低いこと,点眼麻酔の経験にばらつきが大きいことが影響して相関がなかったと考えられる.疼痛の知覚には感覚的側面と情動的側面がある12).そのため不安や恐怖,うつ状態など精神状態が疼痛の閾値に影響すると考えられている.しかし,緊張の程度のCVASは涙道内麻酔,涙点拡張,涙道内視鏡操作,灌流液流入のC4項目と有意な相関を認めなかった.つまり緊張の程度によって患者の知覚する疼痛の程度を予想することは困難であり,患者の緊張状態により麻酔方法を変更するといった対策を取ることはむずかしいと考えられる.本研究の限界としては,単施設で行われた結果であることがあげられる.検査の身体的苦痛強度をCVASを用いて評価するにあたり,結果が正確になるようにアンケートに回答困難な高齢者を除外し,検査前と検査中に各操作を十分に説明して行った.そして終了後速やかにアンケートの回答を得た.ただし,疼痛には個体差や精神状態などさまざまな要因が影響するため,今後多施設多数例で検討したい.今回,筆者らは術前後の涙道内視鏡検査時の各操作における身体的苦痛の強度をCVASにより初めて明らかにした.術後の涙道内視鏡検査については点眼麻酔と涙道内表面麻酔で低侵襲に行えることが明らかとなった.一方,術前の涙道内視鏡検査については涙点拡張と涙道内操作のCVASが高く,今回の麻酔では十分な麻酔効果が得られていないことが示唆された.術前検査における麻酔方法についてはさらなる検討が必要である.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)佐々木次壽:涙道内視鏡所見による涙道形態の観察と涙道内視鏡併用シリコーンチューブ挿入術.眼科C41:1587-1591,C19992)鈴木亨:涙道ファイバースコピーの実際.眼科C45:2015-2023,C20033)井上康:涙道から見た流涙症─確実な涙管チューブ挿入術.眼科手術22:161-166,C20094)MimuraM,UekiM,OkuHetal:Indicationsforande.ectsofCNunchaku-styleCsiliconeCtubeCintubationCforCprimaryCacquiredClacrimalCdrainageCobstruction.CJpnCJCOphthalmolC59:266-272,C20155)鈴木亨:鼻涙管閉塞症のシリコーンチューブ留置術の手術時期.眼科手術20:305-309,C20076)CohenCSW,CPrescottCR,CShermanCMCetal:Dacryoscopy.COphthalmicSurgC10:57-63,C19797)NariokaCJ,CMatsudaCS,COhashiY:CorrelationCbetweenCanthropometricfacialfeaturesandcharacteristicsofnaso-lacrimalCdrainageCsystemCinCconnectionCtoCfalseCpassage.CClinExpOphthalmolC35:651-656,C20078)BurkatCCN,CLucarelliMJ:AnatomyCofCtheClacrimalCsys-tem.In:TheCLacrimalsystem:diagnosis,Cmanagement,Candsurgery(Cohen,CAJCetCaleds)C,CSpringer,CNewCYork,Cp3-19,C20069)VlaeyenJW,LintonSJ:Fear-avoidancemodelofchronicmusculoskeletalpain:ACstateCofCtheCart.CPainC85:317-332,C200010)DownieWW,LeathamPA,RhindVMetal:Studieswithpainratingscales.AnnRheumDisC37:378-381,C197811)BerckerCM,CHughesB:UsingCaCtoolCforCpainCassessment.CNursTimesC86:50-52,C199012)NakaeCA,CMashimoT:PainCandCemotion.CPAINCRESEARCHC25:199-209,C2010***

Florid Diabetic Retinopathy の1 例

2021年5月31日 月曜日

《原著》あたらしい眼科38(5):588.594,2021cFloridDiabeticRetinopathyの1例石郷岡岳喜田照代大須賀翔河本良輔佐藤孝樹小林崇俊池田恒彦大阪医科大学眼科学教室CACaseofReversalFloridDiabeticRetinopathyGakuIshigooka,TeruyoKida,ShouOosuka,RyohsukeKohmoto,TakakiSato,TakatoshiKobayashiandTsunehikoIkedaCDepartmentofOphthalmology,OsakaMedicalCollegeC目的:Floriddiabeticretinopathy(FDR)は若年女性に多く,線維性増殖膜を伴わずに視神経乳頭周囲に隆々とした放射状の新生血管を認める病態で,急速に網膜症が悪化しやすいとされている.今回筆者らはCFDRのC1例を経験したので報告する.症例:19歳,女性.近医にて糖尿病網膜症を指摘され大阪医科大学附属病院眼科紹介受診となった.初診時視力は両眼とも矯正C1.0で,自覚症状はとくに認めなかった.11歳時にC1型糖尿病を指摘されていたが,血糖コントロール不良でCHbA1cはC12%,定期的な眼科受診も受けていなかった.眼底は両眼とも視神経乳頭周囲に放射状の太い新生血管を認めたが黄斑浮腫はみられなかった.フルオレセイン蛍光造影検査では新生血管からの漏出を認めた.ただちに汎網膜光凝固を開始した.同時に内科にて持続皮下インスリン注入療法(continuoussubcutaneousinsu-lininfusion:CSII)が開始され,HbA1cは徐々に低下し,8%程度になった.その後右眼に後部硝子体.離の進行による硝子体出血をきたしたが,自然吸収した.初診C1年C3カ月後の時点で網膜症は鎮静化し,矯正視力は両眼ともC1.0を維持している.結論:FDRのC1例を経験した.早期の網膜光凝固と,CSIIによる厳格な血糖コントロールがCFDRの進行抑制に有効であったと考えられるが,今後も注意深い経過観察が必要である.CPurpose:ToCreportCaCcaseCofC.oridCdiabeticretinopathy(FDR).CCasereport:AC19-year-oldCfemaleCwasCreferredtoourhospitalduetodiabeticretinopathy.Sincetheageof11,shehadpoorlycontrolledandveryunsta-bletype1diabetes.Shehadnotundergoneregularophthalmologyexaminations,andherHbA1cwas12%.Oph-thalmoscopicCexaminationCrevealedCthatCherCbest-correctedCvisualacuity(BCVA)wasC1.0CinCbothCeyes,CandCthatCsheChadCnoCsymptoms.CHowever,CfundusCexaminationCshowedCretinalCneovascularizationCradiallyCaroundCtheCopticCdiscinbotheyes.Fluoresceinangiographyshowedsomeleakagefromtheneovascularizations,andpanretinalpho-tocoagulationwasimmediatelyperformedinbotheyes.Simultaneously,aninternistatourhospitalinitiatedcontin-uoussubcutaneousinsulininfusion(CSII)therapy,andtheHbA1cgraduallydeclinedto8%.VitreoushemorrhageoccurredCdueCtoCtheCprogressionCofCposteriorCvitreousCdetachment,CyetCitCwasCspontaneouslyCabsorbed.CAtC1-yearCand3-monthspostinitialpresentation,herFDRhasimprovedandBCVAinbotheyeshasbeenmaintainedat1.0.Conclusion:WeCreportCaCyoungCpatientCwithCFDRCinCwhomCearlyCretinalCphotocoagulationCandCgoodCandCstableCmetaboliccontrolofdiabetesviaCSIIwase.ectiveinsuppressingtheprogressionofFDR.However,strictfollow-upisrequired.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)38(5):588.594,C2021〕Keywords:.orid糖尿病網膜症,若年女性,増殖糖尿病網膜症,1型糖尿病,汎網膜光凝固..oriddiabeticreti-nopathy,youngfemale,progressivediabeticretinopathy,type1diabetes,panretinalphotocoagulation.Cはじめに1972年にCBeaumontとCHollowsが急速に進行する予後不良CFloridCdiabeticretinopathy(FDR)は増殖糖尿病網膜症のCPDRの特殊型を報告し,急激な虚血に対する二次性変化(progressiveCdiabeticretinopathy:PDR)の特殊型である.であると提唱した1).1976年にCKohnerらはC1型糖尿病,40〔別刷請求先〕石郷岡岳:〒569-8686大阪府高槻市大学町C2-7大阪医科大学眼科学教室Reprintrequests:GakuIshigooka,M.D.,DepartmentofOphthalmology,OsakaMedicalCollege,2-7Daigaku-machi,Takatsuki-city,Osaka569-8686,JAPANC歳未満,非増殖糖尿病網膜症からCPDRまたはその危険がきわめて高い状態に至るまでC6カ月未満で進行するこの特殊型をCFDRとした2).Lattanzioらはその危険因子として若年(平均C27歳),女性,インスリン依存性糖尿病の罹病期間がC15年以上であること,血糖コントロールの不良をあげている3).FDRでは両眼性に視神経乳頭周囲に隆起性で「サンゴ状」とも称される4)放射状の新生血管を認める.フルオレセイン蛍光造影検査(.uoresceinangiography:FA)ではこの新生血管は通常よりも漏出が軽度なことがあるため注意が必要で3.5),また黄斑浮腫の合併の程度も症例による差が大きい6).一般に,FDRの発症早期は視力良好であるが,急速に網膜症が悪化しやすいとされている1.5).そのため,早期診断と適切な汎網膜光凝固(panretinalCphotocoagulation:PRP),必要に応じて硝子体手術の選択が重要となる3.7).今回筆者らはCFDRと考えられる若年女性のC1例について経験したので報告する.CI症例患者:19歳,女性.身長C162.2cm,体重C63kg,BMI(bodymassindex)24.主訴:自覚症状なし.家族歴:特記事項なし.既往歴:出生時特記事項なし.現病歴:8年前にC1型糖尿病と診断を受け,強化インスリン療法が開始されたが,血糖コントロールは不良で,病識にも乏しく,HbA1cはC12%程度で推移していた.他院と当院で計C4回教育入院したが,退院後血糖コントロール状況は再度増悪し改善しなかった.Ca3年前に持続皮下インスリン注入療法(continuoussubcu-taneousCinsulininfusion:CSII)であるセンサー付ポンプ療法が導入されたが,本人の病識や治療への意欲が薄く,操作の煩雑性などを理由に数カ月で中止となった.血糖コントロールの改善はみられず,低血糖発作を月に数回繰り返していた.7年前より近医眼科に通院を開始し,年C1回程度受診していた.2018年C6月近医受診時,両眼に点状,しみ状出血を生じており単純糖尿病網膜症と診断された.2019年C2月末,両眼視神経乳頭周囲に著明な放射状の新生血管と左眼には視神経乳頭上に増殖膜がみられ,大阪医科大学附属病院眼科(以下,当科)紹介となった.初診時所見:初診時視力CVD=1.2,VS=0.8(1.5C×.1.5D).眼圧CRT=16CmmHg,LT=19CmmHg.前眼部中間透光体に異常なく,虹彩に新生血管はみられなかった.眼底検査で両眼視神経乳頭周囲に放射状に伸長する新生血管を認め,左眼は視神経乳頭上に線維血管性増殖膜を伴っていた.両眼に多数のしみ状出血を認めるものの硬性白斑,軟性白斑はみられず,視神経乳頭周囲以外に明らかな新生血管は認めなかった(図1).両眼の光干渉断層計(opticalCcoherenceCtomog-raphy:OCT)では,明らかな糖尿病黄斑浮腫は認められず,中心窩陥凹は保たれていた(図2).FAを施行したところ,両眼中間周辺部に無灌流領域を生じていた.網膜新生血管からの漏出を認めたが,漏出の程度は軽度であった(図3).経過:当科初診時,患者より就職活動中で定期的な通院が困難であるとの申し出があったが,眼科だけでなく当院代謝内科の定期的な通院を指示した.初診時よりCPRPの必要性を説明したが,内科治療に専念したいとの患者希望により,PRPの同意は得られなかった.しかし,同年C4月右眼飛蚊症を自覚,右眼後極部に網膜前出血を生じていた.患者よりCb図1初診時眼底写真a:右眼,b:左眼.両眼とも視神経乳頭から放射状に伸長する新生血管を認める.左眼は線維血管性増殖膜を認める.b図2フルオレセイン蛍光造影検査の写真a:右眼,Cb:左眼.中間周辺部に網膜無灌流域を認めるが,視神経乳頭周囲の新生血管からの漏出は比較的軽度である.糖尿病黄斑浮腫も併発している.PRPの積極的希望があったため同日右眼よりCPRPを開始した.左眼は同年C5月初めよりCPRPを開始し両眼ともにC1,000発程度(アルゴンレーザーにてC150CmW,250Cμm,200Cmsec,yellow,SuperQuadレンズ)照射された(図4).同年C7月より内科にてCCSIIが再開され,HbA1cは徐々に低下しC8%程度まで改善した.その後患者の希望によりCCSIIは中止となったが,強化インスリン療法にて血糖値は悪化せず同程度で推移している.初診C1年C3カ月後の時点で両眼の新生血管は初診時に比べて退縮傾向であり,糖尿病網膜症は鎮静化した(図5).矯正視力は両眼ともにC1.0を維持しており,現在もHbA1cは8%程度で推移している.CII考按若年女性のコントロール不良C1型糖尿病患者におけるFDRのC1例を経験した.本症例においては早期の網膜光凝固と,CSIIによる厳格な血糖コントロールがCFDRの進行抑制に有効であったと考えられた.FDRは詳細な発症機序について明らかにされていないが,広範で急速な血液網膜関門の破綻を生じる虚血変化により著明な新生血管を生じると考えられている1.5).Kohnerらは,図3OCT画像a:右眼,b:左眼.FAで蛍光漏出を認めるが,OCTでは中心窩陥凹は保持されていた.図4PRP施行後の眼底写真a:右眼,b:左眼.右眼はCPRP施行後に硝子体出血をきたした.硬性白斑の出現は認めなかった.図5現在(初診より1年3カ月後)の眼底写真a:右眼,b:左眼.両眼新生血管は退縮傾向であり,右眼硝子体出血は吸収されている.血中成長ホルモン(growthhormone:GH)濃度高値が原因とする仮説を示し,かつてCPDRの治療であった下垂体焼灼術の有効性を報告した2).ただし下垂体破壊術はその副作用の面から現在,標準治療とはなっていない3).わが国においても高取らが乳頭周囲に新生血管を伴うCPDRのC4例に下垂体破壊術を施行した症例を報告し,有効例における内分泌機能検査ではアルギニン負荷後のCGH抑制を認めたとしている8).Kitanoらは低血糖発作を繰り返すC2型糖尿病のCFDRのC2例において血清中のインスリン様増殖因子(insulinlikegrowthfactor:IGF)-1の濃度上昇と硝子体中の血管内皮増殖因子(vascularendothelialgrowthfactor:VEGF)の濃度上昇を示し,FDRの発症につながる可能性を示した9).若年者におけるGH,IGF-1の血中濃度高値を背景として,広汎な血液網膜関門の破綻が生じることで硝子体中CVEGFの濃度が上昇し,FDRの特徴である著明な血管新生と網膜症の急速進行をきたしていると考えられる.なお上述した危険因子である女性に関して,その理由について既報では検討されていない.近年,網膜には性ホルモン受容体が存在し,その発生や維持に関与していることが明らかになり,網膜症における性ホルモンの関与が推察されている10).しかし,エストロゲン投与を行ったコホート研究で糖尿病網膜症の重症度や糖尿病黄斑浮腫の発症率との関連は認めなかったとする報告11)もあり,エストロゲンと糖尿病網膜症との関連は不明である.一方でCGH分泌量は性差による影響が大きく,男性は睡眠に関連したCGH分泌が顕著であるのに対して,女性では男性より高頻度のCGHのパルス状分泌がみられ12,13),男性に対するエストロゲン投与によりCGH分泌パターンが女性化したとの報告もある14).エストロゲンはGHの分泌や機能に関して調節機構を有している15)ため糖尿病網膜症,とくにCFDRの発症においてはエストロゲンが二次的に関与している可能性が考えられる.FDRでみられる視神経乳頭周囲の放射状の新生血管は通常よりも漏出が軽度なことがあり6),本症例でも蛍光漏出は少なかったので注意が必要である.FDRにおける新生血管も通常のCPDRでみられる新生血管と構造が異なるのかもしれない.過去の報告では,FDRの黄斑浮腫は,血液網膜関門の破綻につながる著明な虚血性変化が原因である可能性が指摘されており7),Gaucherらは通常の糖尿病黄斑浮腫はPRP後炎症性反応により増悪するが,FDRではC17例中C15眼でCPRPおよび血糖コントロールにより速やかに浮腫や視力が改善し再発はなかったと報告した6).若年発症で血糖コントロール不良のC1型糖尿病ではCFDRが生じていることがあり3),早期に眼底検査を施行し,内科的治療と並行してPRPなどの適切な眼科的治療の時期を逃さず施行することが重要と考えられる.FDRにおいてはCPRPを早急に施行することが治療の原則であるが,経過中に硝子体手術が必要となる症例も多く,予後は概して不良とされている1.7).また,通常のCPRPよりもより多くの照射数が必要とされる3,7).LattanzioらはCFDRに対してCPRPを施行した後に硝子体手術が必要となった群と,初診時より硝子体手術の適応であった群に分けて,その予後について比較検討をしており,最終視力が前者は平均0.47であるのに対して後者は平均C0.14と不良で,さらに失明に至る危険性も後者が前者のC6倍であったと示した3).PRPとトリアムシノロンアセトニド硝子体注射の併用が新生血管の蛍光漏出に対して有効であったとする報告16)や,硝子体手術とベバシズマブの併用が網膜症と視力両者の改善に有効であるとする報告もみられる17).FDRにおいては強化インスリン療法やCCSIIの有用性を示した報告が散見される18.20).CSIIに関してはインスリン頻回注射に比べてCHbA1cの改善と重症低血糖に対してメタ解析で優位性を示されており21),米国ではC1型糖尿病患者の40%がCCSIIを行っていると報告されている22)が,わが国におけるC2011年時点でのCCSIIの使用はC4,000.5,000人程度である23).CSIIを含むインスリン療法の向上により,血糖コントロール不良や低血糖発作が減少したことはCFDRの発症を低下させたことに寄与している可能性がある.ただしCCSII導入開始後網膜症が増悪し,FDRを生じた例もあり18,19)注意を要する.この悪化原因としては急速な血糖是正による網膜血流の低下が疑われている18).わが国においてもCCSII療法によりC10%で開始後C0.3.4年の短期間で前増殖糖尿病網膜症まで進展しCPRPを要したが,その後もCSII継続により網膜症が安定化したとする報告がある24).内科的治療のみで,FDRが自然に退縮したとする報告もあり25),早期の内科的治療の介入は視力を保持するうえでもとくに重要と考えられる.なお,わが国におけるCFDRの報告は少ない.上述した高取らの下垂体破壊術を施行した乳頭周囲に新生血管を伴う増殖糖尿病網膜症C4例8),KitanoらのC2型糖尿病のCFDR2例9)のほか,北室のC1例26)の報告がある.また,小嶋らはC57眼のCPDR症例のうちCPRPの施行後も急速に増悪するC.oridtypeがC21%であったと報告している27).わが国でのCFDRの報告が少ないことに関しては,GH,IGF-1の血中濃度の違いで日本人に生じにくい,あるいはCSIIを含めたインスリン療法の向上に伴う血糖コントロールの改善により発症が抑制されているなどの可能性がある.本症例は血糖コントロール不良の期間が長い若年C1型糖尿病の女性患者で典型的なCFDR像である.本症例においては発症前に一度CCSIIを試されているが,血糖是正に至っておらず,発症原因になったとは考えにくい.低血糖発作は網膜症悪化要因と疑われており18),以前より血糖コントロール不良でありかつ頻回に低血糖発作を生じていたことが,FDRを発症する原因であった可能性がある.PRPを施行するとともに内科的治療を行うことで血糖是正を長期的に図ることで新生血管の退縮,網膜症の鎮静化を得られた例であった.CIII結語今回,若年女性のコントロール不良C1型糖尿病患者におけるCFDRのC1例を経験した.本症例においては早期の網膜光凝固と,CSIIによる厳格な血糖コントロールがCFDRの進行抑制に有効であったと考えられた.若年発症のC1型糖尿病の患者にはCFDRが生じている可能性がある3)ので,長期の血糖コントロール不良,低血糖発作を繰り返す患者では定期的に眼底検査を施行し,初期CFDRを早期に診断し,内科的治療と並行してCPRPなどの適切な眼科的治療時期を逃さず施行することが重要である.本症例は今後も注意深い経過観察が必要である.文献1)BeaumontCP,CHollowsFC:Classi.cationCofCdiabeticCreti-nopathy,CwithCtherapeuticCimplications.CLancetC299:419-425,C19722)KohnerEM,HamiltonAM,JoplinGFetal:Floriddiabet-icCretinopathyCandCitsCresponseCtoCtreatmentCbyCphotoco-agulationorpituitaryablation.Diabetes25:104-110,C19763)LattanzioCR,CBrancatoCR,CBandelloCFMCetal:FloridCdia-beticretinopathy(FDR):aClong-termCfollow-upCstudy.CGraefesArchClinExpOphthalmol239:182-187,C20014)AhmadCSS,CGhaniSA:FloridCdiabeticCretinopathyCinCaCyoungpatient.JOphthalmicVisRes7:84-87,C20125)KingsleyR,GhoshG,LawsonPetal:Severediabeticret-inopathyinadolescents.BrJOphthalmolC67:73-79,C19836)GaucherCD,CFortunatoCP,CLecleire-ColletCACetal:Sponta-neousresolutionofmacularedemaafterpanretinalphoto-coagulationin.oridproliferativediabeticretinopathy.Ret-ina29:1282-1288,C20097)FavardCC,CGuyot-ArgentonCC,CAssoulineCMCetal:FullCpanretinalphotocoagulationandearlyvitrectomyimproveprognosisCofC.oridCdiabeticCretinopathy.COphthalmologyC103:561-574,C19968)高取悦子,高橋千恵子,劉瑞恵ほか:糖尿病性網膜症に対する下垂体破壊術施行例の臨床経過について.糖尿病C20:205-217,C19779)KitanoS,FunatsuH,TanakaYetal:VitreousLevelsofIGF-1CandCVEGFCinCFloridCDiabeticCRetinopathy.CInvestCOphthalmolVisSci46:347-347,C200510)GuptaPD,JoharKSr,NagpalKetal:Sexhormonerecep-torsCinCtheChumanCeye.CSurvCOphthalmolC50:274-284,C200511)KleinCBE,CKleinCR,CMossSE:ExogenousCestrogenCexpo-suresandchangesindiabeticretinopathy.TheWisconsinEpidemiologicCStudyCofCDiabeticCRetinopathy.CDiabetesCCareC22:1984-1987,C199912)ObalFJr,KruegerJM:GHRHandsleep.SleepMedRevC8:367-377,C200413)VanCCauterCE,CEsraTasali:EndocrineCphysiologyCInC:CRelationCtoCsleepCandCsleepCdisturbance.CprinciplesCandCpracticeCofCsleepmedicine(KrygerCMH,CRothCT,CDemenWC,eds)C.6thed,p203-204,Elsevier,201714)FrantzCAG,CRabkinMT:E.ectsCofCestrogenCandCsexCdif-ferenceConCsecretionCofChumanCgrowthChormone.CJCClinCEndocrinolMetabC25:1470-1480,C196515)LeungKC,JohannssonG,LeongGMetal:Estrogenreg-ulationCofCgrowthChormoneCaction.CEndocrCRevC25:693-721,C200416)BandelloCF,CPognuzCDR,CPirracchioC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