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糖尿病網膜症・黄斑浮腫に対する低侵襲硝子体手術の進歩

2021年3月31日 水曜日

糖尿病網膜症・黄斑浮腫に対する低侵襲硝子体手術の進歩AdvancesinMinimallyInvasiveVitrectomyforDiabeticRetinopathyandMacularEdema木村修平*森實祐基*はじめに糖尿病が原因で発症する網膜疾患のうち,硝子体手術の対象疾患としては,増殖糖尿病網膜症と黄斑浮腫があげられる.本稿では,まず両疾患に共通して関係する近年の硝子体手術システムの進歩を述べ,その後,各疾患の術式を解説する.I近年の硝子体手術システムの進歩近年の硝子体手術システムの進歩によって,増殖糖尿病網膜症や黄斑浮腫に対する手術の低侵襲化や手術効率,安全性の向上が進んでいる.これらの硝子体手術システムの進歩は,1)硝子体カッターの進歩,2)広角観察システムと照明系の進歩によるところが大きい.1.硝子体カッターの進歩第一の進歩として,硝子体カッターの口径が細くなり,従来20G(0.9mm)であった口径が,現在では27G(0.4mm)まで細くなっている(図1).この進歩によって無縫合で手術を終了することが可能となったため,手術侵襲が小さくなり,手術時間が短縮した.一方で,硝子体カッターの口径が細くなると吸引効率が低下するという問題が生じる.しかし,近年の硝子体カッターにはtwin-dutycycleが導入されたため,吸引量が向上し,現在では27Gでも25Gに近い効率で硝子体を切除できる.また,口径が細くなることで硝子体カッターや眼内鑷子などの器具の剛性が低下するという問題が生じる.これに対しては,器具のシャフトの根元を補強することによって手術に耐えうる剛性が得られている.硝子体カッターの口径が細くなること以外の進歩として,硝子体カッターの高速化と先端形状の改良があげられる.硝子体カッターの高速化については,2000年代のカットスピードは2,500/cpmであったが,2019年には20,000/cpmまで増加している.硝子体カッターが高速化することで,より安全に硝子体および増殖膜の処理が可能となった.硝子体カッターの先端形状については,開口部が従来よりも硝子体カッターの先端に近づいた.さらに,ベベルチップが採用され,従来よりも網膜に近いところで硝子体や増殖膜を処理することが可能になった(図2).さらに硝子体カッターを挿入する部分にトロッカーカニューラを設置することにより,手術創への障害や,術中および術後に硝子体が嵌頓することが少なくなり,医原性裂孔の発生の低下につながっている.2.広角観察システムと照明系の進歩広角観察システムの進歩は,MiniQuadレンズ(Volk社)などに代表される接触レンズに始まり,現在では非接触レンズを用いたシステムが主流となっている.このシステムにより,従来に比べて広い視野で眼底を観察しながら手術操作を行うことが可能となり,医原性裂孔の早期発見,最小限の圧迫での周辺硝子体の郭清が可能となっている(図3).この広角観察に欠かせないのが,照*ShuheiKimura&*YukiMorizane:岡山大学大学院医歯学総合研究科機能再生・再建学専攻生体機能再生・再建学講座眼科学分野〔別刷請求先〕木村修平:〒700-8558岡山市北区鹿田町2-5-1岡山大学大学院医歯学総合研究科機能再生・再建学専攻生体機能再生・再建学講座眼科学分野0910-1810/21/\100/頁/JCOPY(55)293図1硝子体カッターの太さの比較27.Gカッター(0.4.mm)では20.Gカッター(0.9.mm)に比べて外径が半分以下になり,カッターの開口部とカッターの先端との距離が短くなっている.(日本アルコン提供)図2従来の硝子体カッターとベベルカッターの先端形状の比較ベベルカッター(B)の開口部から網膜面までの距離(b)は従来の硝子体カッター(A)の開口部から網膜面までの距離(a)よりも短い.そのため,ベベルカッターでは,従来の硝子体カッターよりも網膜面の近くで操作を行うことが可能である.図3広角観察システムによる硝子体手術a:非接触型広角観察システム.黄色のレンズが弱拡大用,緑色のレンズが強拡大用のレンズである.b:広角観察システムを用いた術中写真.増殖組織()の局在を把握しやすい.abc図4増殖膜の分割と切除の方法a:術前の眼底の模式図.網膜面上に増殖膜()を認める.Cb:硝子体カッターもしくは垂直剪刀を増殖膜と網膜の間のスペースに入れて矢印の方向に増殖膜を分割し,その後切除する.Cc:手術終了時の眼底の模式図.増殖膜は一部島状に残存するが(),増殖膜による網膜への牽引は解除されている.図5増殖糖尿病網膜症に硝子体手術を施行した1例52歳,男性.術前視力(0.08).a,c:増殖膜()による網膜牽引を伴う黄斑浮腫(*)を認めた.Cb,d:硝子体手術を施行し増殖膜を切除した結果,術後C3カ月で浮腫が消失し(),視力は(0.1)に改善した.図6黄斑上膜を合併した糖尿病黄斑浮腫に硝子体手術を施行した1例72歳,男性.術前視力(0.1).a,c:黄斑上膜()を伴う黄斑浮腫を認めた.Cb,d:硝子体切除,黄斑上膜および内境界膜の.離を行った結果,黄斑浮腫が消失し(),視力は(0.4)に改善した.図7糖尿病黄斑浮腫に対して.胞様腔内のフィブリノーゲン塊の摘出を施行した1例70歳,男性.視力(0.3).a,b:これまでに硝子体切除と内境界膜.離を施行したが黄斑浮腫が残存し(),術後に抗VEGF薬およびステロイドの硝子体注射を行ったが無効であった.Cc:そこで,中心窩の.胞様腔内に存在したフィブリノーゲン塊(*)を摘出した.Cd,e:術後C1週間の時点で黄斑浮腫の改善()を認め,術後C2カ月で視力は(0.7)に改善した.図8糖尿病黄斑浮腫に対して計画的黄斑.離術を施行した1例47歳,男性.視力(0.7).a:抗CVEGF薬治療が無効で,漿液性網膜.離(*)を伴うびまん性の黄斑浮腫()を認めた.Cb:計画的黄斑.離術を行ったところ,術後C6時間で黄斑浮腫の改善を認めた.Cc:術後C1カ月の時点で浮腫が消失し(),視力が(1.2)まで改善した.

糖尿病網膜症・黄斑浮腫に対する光凝固治療の進歩

2021年3月31日 水曜日

糖尿病網膜症・黄斑浮腫に対する光凝固治療の進歩AdvancesinPhotocoagulationTreatmentsforDiabeticRetinopathyandMacularEdema高村佳弘*はじめに糖尿病網膜症に対する網膜光凝固の目的は,おもに二つである.一つは虚血網膜に対する治療,もう一つは糖尿病黄斑浮腫に対する治療である.I虚血に対するレーザー治療糖尿病網膜症の進行過程においては,単純網膜症,前増殖網膜症において無灌流領域が拡大し,新生血管の発生をもって増殖期に入ったと判断される.1978年に増殖糖尿病網膜症に対する汎網膜光凝固(panretinalpho-tocoagulation:PRP)の有効性が報告された.虚血性変化が高度になった眼内においては,血管内皮増殖因子(vascularendothelialgrowthfactor:VEGF)のレベルが高く,PRPが奏効した眼においては低い1).VEGFは血管透過性や血管新生を促進するが,光凝固が虚血で誘導されるVEGFの上昇を抑制することが,有色家兎における網膜虚血モデルを用いた解析で示されている2).よって,網膜光凝固は糖尿病網膜症の活動性を抑えるうえで,重要な治療ツールである.しかし,網膜に侵襲を与え,破壊することが基本であり,凝固斑が経年的に拡大することで,むしろ網膜が萎縮傾向を示すといった問題点があった.IIパターンスキャンレーザーこうした問題を解決するために,高出力だが短時間でレーザー照射するパターンスキャンレーザーが開発された.1ショット当たりの出力は高くなるが,照射時間を短くすることでトータルのエネルギー総量は抑えられる.例として,出力が4倍になっても照射時間が1/10になれば,エネルギー総量は0.4倍に縮小される.従来の光凝固と比較し,網膜および色素上皮下の組織への傷害がパターンスキャンレーザーにより小さくなり,低侵襲なレーザー治療が可能となる.PRP後の神経線維層の減少もパターンスキャンレーザーのほうが従来法よりも有意に少なく,患者が自覚する疼痛の程度や凝固斑の拡大も小さいことが報告されている3)(図1).さらに単発ではなく,一度に複数のショットをほぼ同時に照射できることから,治療時間を大幅に短縮することができる.これは患者の治療に対するストレス軽減に寄与する.一方で,パターンスキャンレーザーは従来法と同じショット数では十分な治療効果が得られないことも知られている4).より多くのショット数を要する点では,パターンスキャンレーザーが低侵襲といってよいか疑問が生じるが,有色家兎を用いた解析では,倍の数のショットを行っても,レーザー後に誘導される炎症系サイトカインの量が従来法と比較して少ないことが明らかとなっている(図2a)5).レーザーによる炎症系サイトカイン量の増加は,光凝固後の糖尿病黄斑浮腫の発生ないし悪化を誘導するが,これらの合併症の程度はパターンスキャンレーザーを用いた場合,有意に抑制される(図2b)5).さらにステロイドであるトリアムシノロンアセトニドのTenon.下投与を併用することでさらに浮腫*YoshihiroTakamura:福井大学医学部眼科学教室〔別刷請求先〕高村佳弘:〒910-1193福井県吉田郡松岡町下合月23-3福井大学医学部眼科学教室0910-1810/21/\100/頁/JCOPY(47)285図1パターンスキャンレーザーによる低侵襲レーザー治療a:照射中のエイミングパターン.b:光凝固後の眼底写真.従来法レーザーは凝固斑が拡大して癒合しているが(赤枠内),パターンスキャンレーザー(黄枠内)では凝固斑が小さい.aVEGFIL-6*804007035030060250硝子体内サイトカイン濃度(pg/ml)*■Nolaser*200401503010020501001714(日)01714(日)b550500450中心網膜厚4003503002502000246101830(週)図2パターンスキャンレーザーと従来法レーザーとの比較a:有色家兎に対する光凝固後の硝子体内サイトカイン濃度の変動.VEGF,インターロイキン(IL)-6において,パターンスキャンレーザー(PSL)は倍のショット数でも従来法よりも誘導されるサイトカイン量は少なかった.*群間で有意差あり.p>0.05.b:光凝固後の中心網膜厚の変化.4回に分けた光凝固後(.),黄斑浮腫の悪化を示唆する中心網膜厚の増加は,従来法と比較してPSLでは小さかった.*群間で有意差あり.#経時的に有意差あり.p>0.05.aマイクロパルスエンドポイントパワー(mW)パワー(mW)時間(msec)時間(msec)b図3低侵襲な閾値下レーザーa:マイクロパルスとエンドポイントのレーザー出力のイメージ.エンドポイントでは,閾値のマーキングに囲まれた領域に閾値下の凝固を照射する.b:閾値下凝固の例.6カ月後に浮腫が改善.閾値のマーカー()に囲まれた領域に凝固斑はほとんど確認できない.a抗VEGF薬注射後b***残存群1.81.61.41.21.00.80.60.40.20非残存群abcd残存群非残存群MAdensity(/%)注射前1カ月後図4抗VEGF薬注射後の残存浮腫における毛細血管瘤の密度a:OCTマップと蛍光眼底造影像の合成図において毛細血管瘤をマーキング.Cb:抗CVEGF治療後に残存した群としなかった群とでの毛細血管瘤密度の比較.残存した領域(エリアCb)には,注射前において毛細血管瘤は高密度に存在していた.(文献C9より引用)図5抗VEGF治療後に傍中心窩に局所浮腫が残存したびまん性浮腫の症例残存した浮腫領域には毛細血管瘤が高密度に存在している.図6画像の重ね合わせ眼底写真にCOCTマップ,蛍光眼底像を順次重ね合わせ,浮腫内部の毛細血管瘤を同定できる.トプコン社製のCSweptCSourceCOCTCwithCMultimodalCFundusImagingでは自動で重ね合わせが可能.Ca:DRIOCTTriton,Cb:3DOCT-1TypeMaestro2.図7ヘッドアップディスプレイの例トプコン社製のCHUD-1を組み込むことで,覗き込んだ視野に取り込んだ画像を投影することができる.図8画像の重ね合わせを利用した汎網膜光凝固a:OCTアンギオグラフィーをモンタージュした広角撮影像.赤線は無灌流領域との境界を示す.Cb:広角眼底写真と合成.c:合成写真を参考に足りない領域に凝固を追加した.–

糖尿病網膜症・黄斑浮腫に対する薬物治療の進歩

2021年3月31日 水曜日

糖尿病網膜症・黄斑浮腫に対する薬物治療の進歩NewAspectsintheTreatmentofDiabeticRetinopathyandDiabeticMacularEdema杉本昌彦*はじめに糖尿病網膜症(diabeticretinopathy:DR)は先進国において依然,壮年期の失明原因の一つである.また,DRのなかでも糖尿病黄斑浮腫(diabeticmacularedema:DME)は視力低下の一因となることが知られている.DMEの有病率は加齢とともに増加し,20年以上の罹病で1/3にDMEを生じるとする報告もある.DRやDMEに対しては,網膜光凝固をはじめ種々の治療が以前から行われているが,とくにDMEについては抗血管内皮増殖因子(vascularendothelialgrowthfactor:VEGF)薬などの薬物を中心とした治療ストラテジーが確立されてきている1).そして抗VEGF薬とステロイド製剤であるトリアムシノロンアセトニド(tri-amcinoloneacetonide:TA)以外にも種々の新規薬剤が開発中である.第I/II相試験で有効性が確認されず開発が終了した薬剤も多いが,第III相試験が進められている薬剤もいくつかある.これらの薬剤は既存の薬剤より強い効果(視力・網膜厚改善)をめざすと同時に,投与回数を減らしうるという点にも期待が寄せられている.本稿ではDRとDMEに対する薬物治療について,認可されている薬剤ならびに開発中の薬剤に分けて解説する.I国内外で認可されている薬剤1.抗VEGF薬元来,血管新生は組織を虚血から保護するために備わった生理的に重要な機能である.VEGFはその鍵となる分子であるが眼内でも虚血網膜を保護するために眼内血管新生を誘導する.しかし,新生血管はその脆弱性から容易に傷害され,硝子体出血を生じる.また,VEGFは網膜血管の透過性を亢進し,眼内増殖膜やDMEの形成を促進するという,いわば負の側面をもつ.この眼内VEGFを阻害することが眼血管新生の治療に結びつくことが報告され,現在の抗VEGF薬開発に結びついた.現在DMEに対して国内で使用可能な抗VEGF薬としては,認可されているラニビズマブ(ルセンティス,Genentech)とアフリベルセプト(アイリーア,Regen-eronPharmaceuticals)の2剤,そして適用外のベバシズマブ(アバスチン,Genentech)がある.アフリベルセプトは血管新生緑内障に対しても認可されており,血管新生緑内障に用いられている.ラニビズマブに対するRIDE&RISEstudy,アフリベルセプトに対するVISTA&VIVIDstudyに代表される種々の多施設臨床研究の結果が示すように,いずれの薬剤も投与スケジュールにかかわらずベースラインからの良好な視力改善が得られたことから,抗VEGF薬はDME治療の第一選択肢となっている2).いずれも単回投与ではなく,複数回の導入期投与に続く維持投与による有効性が報告されている(図1).また,近年とくに視力良好例に対する抗VEGF薬の有効性を評価したDRCR.netprotocolVが報告されている.視力20/25以上の症例を1)アフルベルセプト投与群,2)レーザー*MasahikoSugimoto:三重大学大学院臨床医学外科系講座眼科学〔別刷請求先〕杉本昌彦:〒514-8507三重県津市江戸橋2-174三重大学大学院臨床医学外科系講座眼科学0910-1810/21/\100/頁/JCOPY(41)279ETDRS文字数■Ranibizumab■A.ibercept121086420Clinicaltrial名と投与条件図12種の抗VEGF薬によるDMEClinicaltrialの平均視力改善(24カ月)(文献C2より許可を得て改変)図2抗VEGF薬による糖尿病黄斑浮腫治療の過程で認めた網膜症の改善右眼はCDMEに対し,アフリベルセプトのCtreatandextendスケジュールによる投与を行い,左眼はCDMEを認めないため,薬物投与なしで経過観察していた.右眼への抗CVEGF薬維持投与開始後C2年でのフルオレセイン蛍光眼底造影写真を示す.Ca:右眼蛍光眼底造影写真.強い血管漏出を認めず,網膜症の鎮静化を認める.Cb:左眼蛍光眼底造影写真.視神経乳頭を含む後極に強い傾向漏出を認め,網膜症の活動性が高いことが示唆される.表1各種ステロイド製剤の一覧一般名CFluocinoloneCacetonideCDexamethasoneCintravitrealimplantCTriamcinoloneCacetonide製品名CRetisert/IluvienCOzurdexマキュエイドケナコルト剤型プレート/チューブチューブ懸濁粒子懸濁液国内承認C××〇C×眼圧上昇,無菌性眼内炎などの多彩な合併症を生じることが課題であり,実臨床では第一選択薬とはなっていない.抗CVEGF薬はすべてのCDME症例に対して有効ではなく,使用困難な症例もある.TA製剤はこのような症例に対するレスキュー治療として用いられ,その有効性が知られている.また,硝子体手術後の残存浮腫に対する補助療法としての有効性も報告されている6).抗CVEGF薬は頻回投与を要し,これに伴う患者負担の増大は大きな問題である.STTAと抗CVEGF薬を併用することで抗CVEGF薬の投与回数を減らすことが報告され,併用療法としても期待されている7).C3.徐放型ステロイド製剤DMEに対する薬物治療の問題点の一つは,頻回注射を要することである.そのため,一度の処置で長期間にわたり薬剤の眼内での至適濃度を達成可能な徐放型製剤の研究が盛んである.とくにステロイド製剤に関しては複数の徐放型製剤が市販されている.わが国では未認可だが,海外では徐放型ステロイド製剤も認可されている.これらは異なった徐放様式とともに,国内で認可されているCTAと異なる挙動を示すことが特徴である.Ca.フルオロシノロンアセトニド製剤(Fluocinoloneacetonide:FA):Retisert,IluvienRetisert(BauschC&Lomb)は眼球内腔に固定されたデバイスからC0.59Cμg/日のCFAを前部硝子体中に徐放する製剤である.当初は非感染性ぶどう膜炎に用いられていたが,DMEにおいても著明な浮腫軽減効果が報告されている.しかし,2年間の経過観察ではC80.90%で白内障が,そしてC20%で手術を要する眼圧上昇を認めたとされている.Iluvien(AlimeraSciences)はCRetisertと異なり,特殊なデバイスの留置なしに眼内でCFAを放出するチューブ型インプラント(全長C3.5C×径C0.37mm)である.本剤はC25G針を用いて硝子体腔にCFAを含有するチューブを留置する.0.2Cμg/日の低量徐放とC0.5Cμg/日の高量徐放のC2種でのCDMEに対する効果を観察した比較研究(FAMEstudy)では,24カ月でのC15文字以上の視力改善(ETDRS文字数)は低量徐放でC28.7%,高量徐放でC28.6%とCSham群に比し有意に良好であった.白内障は低量徐放群でC74.9%,高量徐放群でC84.9%に発症し,手術を要する緑内障の発症は低量徐放群でC3.7%,高量徐放群でC7.6%に認めた8).Cb.Dexamethasoneintravitrealimplant(DEXimplant)DEXimplant(Ozurdex,Allergan社)は硝子体腔に留置され,6カ月以上,薬剤を徐放する.DMEに対する第CIII相試験としてC0.35Cmgの低量製剤とC0.7Cmgの高量製剤のC3年の経過では,15文字以上の視力改善(ETDRS文字数)は低量群でC18.4%,高量群でC22.2%とCSham群に比し有意に良好であった.白内障は低量群でC64.1%,高量群でC67.9%に発症し,手術を要する眼圧上昇は低量群でC0.3%,高量群でC0.6%に認めた.ステロイド製剤に伴う副作用という問題があるものの,欧米では抗CVEGF薬を含む前治療に対して反応不良であった患者に対するレスキュー治療として用いられている9).CII国内未認可・開発中の新規薬剤(表2)C1.Angiopoietin関連薬a.FaricimabAngiopoietin-2(Ang-2)はCtyrosinekinase受容体に対するアンタゴニストであり,内皮細胞障害と周皮細胞脱落を誘発することで血管透過性亢進に寄与することが知られている.FaricimabはCAng-2とCVEGF-Aの二つの分子に対する抗体製剤である(図3).229名の患者を対象とした第II相試験であるCBOULEVARDCclinicaltrialでは,過去に治療歴のないCDMEに対しC6.0Cmgfaricimab(高用量群),1.5Cmgfaricimab(低用量群),0.3Cmgラニビズマブ(コントロール群)を投与し,比較した.24週で,それぞれC13.9,11.7,10.3文字の視力改善が得られ,二つのCfaricimab群では網膜厚・網膜症ステージ・再投与間隔の延長も認めた.加えて新規ないしは予想外の合併症を認めなかったとされている10).このような有効性と安全性を基に,現在は第CIII相試験であるCRHINEStudy(ClinicalTrials.govCidenti.er,CNCT03622593,Chttps://clinicaltrials.gov/ct2/show/NCT03622593)とCYOSEMITEStudy(ClinicalTrials282あたらしい眼科Vol.38,No.3,2021(44)表2新規製剤の一覧一般名CFaricimabCConberceptCBrolucizumabCZiv-a.ibercept市販名未発売CLumitinベオビュCZaltrapターゲットCAng-2/VEGF-ACVEGFfamilyCVEGF-ACVEGFfamily分子量(kDa)C130C143C26C115適応症未認可未認可CAMD転移性大腸がんAMD:age-relatedCmaculardegeneration,CAng-2:angiopoietin-2,VEGF:vascularCendothelialgrowthfactor.抗Ang-2抗VEGF-AFabFab改変型FcFaricimabはCAng-2とCVEGF-Aに対するCFabをもつ抗体製剤である.(文献C9より許可を得て改変)-

糖尿病の内科的治療の進歩

2021年3月31日 水曜日

糖尿病の内科的治療の進歩RecentProgressintheTreatmentofDiabetes税所芳史*島田朗**はじめに現在,わが国における糖尿病患者は約1,000万人,「境界型」である耐糖能異常の患者も約1,000万人と推定されており,成人の4人に1人がなんらかの糖代謝異常を有することになる1).近年,糖尿病の病態の理解が進み,それに伴い新たな治療薬も次々と開発され,糖尿病の治療は大きく進歩した.しかし,過食による過剰なエネルギー摂取や身体活動量の低下による肥満の増加,また社会の高齢化などにより糖尿病患者の増加は続いており,未だに糖尿病網膜症は視覚障害の主要な原因となっている2).また,高齢糖尿病患者の増加は現在大きな課題となっており,高齢者特有の併存症や病態を考慮した糖尿病治療が求められている.本稿では,眼科医と内科医が協同して網膜症の発症・進展予防にかかわるために,現在の糖尿病の内科的治療について概説する.I糖尿病治療の目標糖尿病治療の目標は,血糖,血圧,脂質代謝の良好なコントロール状態と適正体重の維持,および禁煙の遵守を行うことにより,糖尿病の合併症の発症,進展を予防し,健康な人と変わらない生活の質(qualityoflife:QOL)の維持,寿命を確保することである(図1)3).糖尿病の合併症には,いわゆる三大合併症とよばれる網膜症,腎症,神経障害からなる細小血管合併症,および心筋梗塞,脳梗塞などの動脈硬化性心血管疾患があるが,近年,わが国の高齢化と糖尿病患者の寿命の延伸に伴い高齢糖尿病患者におけるサルコペニア(用語解説参照),フレイル(用語解説参照),認知症,悪性腫瘍などの併存症の増加も大きな問題となっている.糖尿病患者ではこれらの併存症の発症リスクが増加することから,糖尿病患者が健康な人と変わらない人生をめざすためには,こうした併存症の予防や管理も重要となっている.また,近年,スティグマ(stigma)(用語解説参照)という言葉が世界的に注目されている.スティグマとは「負の烙印」という意味をもち,糖尿病に関する誤った知識や情報により糖尿病患者が社会的な差別や不利益を受けることをさす.スティグマの解消も健康な人と変わらない人生をめざすうえで重要な側面であり,学会,患者団体,行政が中心となりアドボカシー(用語解説参照)活動を行っている.II血糖コントロール目標2013年,日本糖尿病学会は新たな血糖コントロール目標を発表し,合併症予防のための目標としてHbA1c7.0%未満を提唱した(図2)3).ただし治療目標は,年齢,罹病期間,臓器障害,低血糖リスク,サポート体制などを考慮して個別に設定する「個別化HbA1c目標値」が推奨されている.さらに高齢糖尿病患者の増加に伴い,2016年,日本糖尿病学会と日本老年医学会は合同で高齢者糖尿病の血糖コントロール目標を発表した(図3)3).高齢者では重*YoshifumiSaisho:慶應義塾大学医学部腎臓内分泌代謝内科**AkiraShimada:埼玉医科大学内分泌糖尿病内科〔別刷請求先〕税所芳史:〒160-8582東京都新宿区信濃町35慶應義塾大学医学部腎臓内分泌代謝内科0910-1810/21/\100/頁/JCOPY(31)269コントロール目標値注4)図2血糖コントロール目標(文献3より引用)-重症低血糖が危惧される薬剤(インスリン製剤,SU薬,グリニド薬など)の使用なし注2)7.0%未満7.0%未満8.0%未満あり注3)65歳以上75歳未満7.5%未満(下限6.5%)75歳以上8.0%未満(下限7.0%)8.0%未満(下限7.0%)8.5%未満(下限7.5%)【重要な注意事項】糖尿病治療薬の使用にあたっては,日本老年医学会編「高齢者の安全な薬物療法ガイドライン」を参照すること.薬剤使用時には多剤併用を避け,副作用の出現に十分に注意する.図3高齢者糖尿病の血糖コントロール目標(文献3より引用)NGTPDMT2DMインスリングルカゴン図4糖尿病と膵b細胞量.日本人剖検膵組織のインスリンおよびグルカゴン染色インスリン陽性面積(b細胞量)は正常耐糖能者(NGT)に比べ,耐糖能異常者(PDM),2型糖尿病患者(T2DM)と糖代謝異常の進展に伴い減少している.(文献6より引用)正常耐糖能2型糖尿病~IGT100%0%β細胞機能回復・β細胞保護図52型糖尿病の病態の新しい考え方2型糖尿病はインスリン抵抗性とインスリン分泌不全を特徴とするが,2型糖尿病におけるb細胞障害の重要性が近年明らかとなっており,2型糖尿病は図の右半分に位置すると考えられる.一方,インスリン抵抗性が主体の病態は2型糖尿病発症前の正常耐糖能肥満.耐糖能異常(impairedglucosetolerance:IGT)の状態と考えられる.したがって2型糖尿病では,障害されたb細胞機能の回復や残存するb細胞の保護が重要な治療戦略となる.(文献8より改変引用)<目標体重(kg)の目安>総死亡が最も低いCBMIは年齢によって異なり,一定の幅があることを考慮し,以下の式から算出する.65歳未満:[身長(m)]C2×2265歳からC74歳:[身長(m)]C2×22.2575歳以上:[身長(m)]C2×22.25C※C※:75歳以上の後期高齢者では現体重に基づき,フレイル,(基本的)ADL低下,併発症,体組成,身長の短縮,摂取状況や代謝状態の評価を踏まえ,適宜判断する.<身体活動レベルと病態によるエネルギー係数(kcal/kg)>①軽い労作(大部分が座位の静的活動):25.30②普通の労作(座位中心だが通勤・家事,軽い運動を含む):30.35③重い労作(力仕事,活発な運動習慣がある):35.高齢者のフレイル予防では,身体活動レベルより大きい係数を設定できる.また,肥満で減量をはかる場合には,身体活動レベルより小さい係数を設定できる.いずれにおいても目標体重と現体重との間に大きな乖離がある場合は,上記①.③を参考に柔軟に係数を設定する.<総エネルギー摂取量の目安>総エネルギー摂取量(kcal/日)=目標体重(kg)C※※×エネルギー係数(kcal/kg)C※※:原則として年齢を考慮に入れた目標体重を用いる.図61日エネルギー摂取量の算出(文献C9より引用)●有酸素運動とレジスタンス運動は,ともに血糖コントロールに有効であり,併用によりさらに効果がある.高齢者糖尿病においては,バランス能力(静止姿勢または動的動作中の姿勢を任意の状態に保つ,また不安定な姿勢から速やかに回復させる能力)を向上させるバランス運動は生活機能の維持・向上に有用である.図7運動療法の種類(文献C3より引用)ビグアナイド薬胃腸障害,乳酸ア肥満2型糖尿病者に対する肝臓での糖新生抑制低なしシドーシス,ビタ大血管症抑制効果があるミンB12低下HDL-Cを上昇させ,TGを浮腫,心不全低下させる効果がある胃腸障害,放屁,肝障害性器・尿路感染症,①心・腎の保護効果がある脱水,皮疹,②心不全の抑制効果があるケトーシスSU薬との併用で低血糖増強,胃腸障害,皮膚障害,類天疱瘡胃腸障害,注射部位反応(発赤,皮心・腎の保護効果がある疹など)肝障害注射部位反応(発赤,皮疹,浮腫,皮下結節など)図82型糖尿病の血糖降下薬の種類と特徴(文献C3より改変引用)*心不全高リスクは,BNP100pg/ml以上もしくはNT-proBNP400pg/ml以上,心筋梗塞の既往,eGFR30ml/min/1.73m2以上の慢性腎臓病など図9糖尿病における心不全予防(文献C11より引用)図1024時間持続血糖モニタリング(CGM)のレポート例(フリースタイルリブレ)上段には血糖指標の統計量や目標範囲内の時間(timeinrange:TIR)(用語解説参照)が,中段にはC1日血糖プロファイル(ambulatoryglucosepro.le:AGP)が,下段にはC1日ごとの血糖プロファイルが提示されている.(アボットジャパンより許可を得て転載)図11SAP療法(ミニメド640Gシステム)CGMで測定したグルコース値とそのトレンドがリアルタイムでインスリンポンプ本体に表示される.(メドトロニックより許可を得て転載)■用語解説■糖尿病にかかわるスティグマとアドボカシー:スティグマ(stigma)とは,特定の属性に対して刻まれる「負の烙印」という意味で,誤った知識や情報が拡散することにより,対象となった者が精神的・物理的に困難な状況に陥ることをさす.糖尿病患者ということで必要なサービスを受けられない,就職や昇進に影響するなどの不利益を被るケースも報告されており,その結果,患者が糖尿病であることを周囲に隠すことで適切な治療の機会を失い,糖尿病や合併症の重症化につながる恐れがある.現在,日本糖尿病学会と日本糖尿病協会は,糖尿病患者を取り巻くスティグマの重大な悪影響を改めて認識し,それを取り除くことで糖尿病であることを隠さずにいられる社会を作ることをめざしている.このように特定の集団や取り組みを支援する活動をアドボカシー(advoca-cy)活動という.サルコペニアとフレイル:サルコペニアは,加齢に伴う筋量と筋力の低下によって身体活動能力が減弱した状態と定義される.サルコペニアの発症には,栄養不足や身体活動低下に加え,内分泌変化や神経系の機能低下など,加齢に伴うさまざまな要因が関与すると考えられている.フレイルは「健常と要介護の中間」の状態をいい,筋力低下,活動量の低下,歩行速度の低下,易疲労,体重減少などが臨床的診断の基準となる.サルコペニアや軽度認知機能障害,うつ,社会的孤立,独居,経済的困窮など要介護に陥りやすい状態がフレイルの背景にあるが,適切な介入により健常な状態に復することが可能な状態である.サルコペニア予防を踏まえた糖尿病治療では,栄養バランスへの配慮とともに,エネルギー摂取量を制限し過ぎないことも重要である.CTimeinrange(TIR):TIRとは,血糖値(グルコース値)が目標範囲内に入っていた時間の割合である.通常,血糖値C70Cmg/dl以上C180Cmg/dl以下が目標血糖範囲とされる.また,それを下回る血糖値の時間の割合をCtimebelowrange(TBR),それを上回る血糖値の時間の割合をCtimeaboverange(TAR)とよぶ.現在,国際的なコンセンサスとして,CGMで得られる血糖コントロール指標としてCTIRを用いることが推奨され,1型,2型糖尿病患者の血糖コントロール目標としてCTIRC70%以上が推奨されている.糖尿病治療薬と眼科疾患:GLP-1受容体作動薬は血糖依存性のインスリン分泌促進および食欲抑制・胃運動抑制などを介した体重減少効果により血糖降下作用を発揮する.週C1回投与のCGLP-1受容体作動薬であるセマグルチドを用いた第CIII相臨床試験(SUSTAIN-6)において,糖尿病網膜症の発症・進展リスクが上昇したことが報告された.しかし,これはその後の追加解析にて,網膜症の悪化を認めた患者では大部分が試験開始時にすでに網膜症を有していたこと,血糖コントロールが悪かったこと,インスリン使用者が多かったこと,網膜症の悪化は投与初期に多かったことなどから,セマグルチドが直接網膜症を悪化させるのではなく,セマグルチドの強力な血糖降下作用による急激な血糖コントロールが網膜症悪化の原因だったのではないかと考えられている.SGLT2阻害薬は腎臓からの尿糖排泄促進により高血糖を改善するが,同時に浸透圧利尿が起こる.近年,糖尿病黄斑浮腫がCSGLT2阻害薬投与により改善する可能性が指摘されている.また,2019年C9月に腎性貧血の新規治療薬であるCHIF-PHD阻害薬が製造販売承認された.HIF-PHD阻害薬はプロリン水酸化酵素(PHD)を阻害し,低酸素誘導因子(HIF)を安定化することで貧血を改善する.現在透析患者および保存期慢性腎臓病に対して保険適用があるが,HIFは血管新生に関与する血管内皮増殖因子(VEGF)を誘導するため,糖尿病網膜症を増悪させる可能性が懸念されている.—

糖尿病網膜症の眼循環に関する最近の知見

2021年3月31日 水曜日

糖尿病網膜症の眼循環に関する最近の知見CurrentTopicsontheOcularBloodFlowinDiabeticRetinopathy野田航介*はじめに研究者にはそれぞれが得手とする領域がある.そして,ある疾患の病態に関する研究を行う際にはもちろんその得意な研究視点からのアプローチが行われる.この時,その研究が明らかにできる部分とできない部分,その研究者が知っている事象と知らない事象が存在するし,検査機器や実験手法などの技術的な問題からその時点では知り得ない知見というものも必ずある.これらのことを考えると,疾患病態に関する理解というものはいつの時代になっても群盲象を評すが如きものだといえる.糖尿病網膜症の病態において血管内皮増殖因子(vas-cularendothelialgrowthfactor:VEGF)が重要な役割を演じること,この歴史的な解明はわれわれの本症に対する理解と診療を大きく変えた.そして,現在も世界中でVEGFに関連する研究を推し進めることに多くの力が注がれ,糖尿病網膜症の病態はVEGFだけで説明できるかのような学会報告や論文を目にすることもある.しかし,前述のことを考えればVEGF以外の因子による糖尿病網膜症の病態は必ず存在し,われわれが現時点では知りえない病態変化もきっとあるはずである.そして,本疾患に対する真の病態理解には血管生物学的な知見と血流や循環などの物理的な視点からの知見を統合することが重要と考える.本稿では,糖尿病患者の網膜および脈絡膜の循環に関する最近のトピックスについて,筆者が興味をもったものをまとめた.I糖尿病網膜症における網膜血流の変化:無灌流領域の形成機序糖尿病網膜症は,糖尿病によって生じる網膜細小血管障害を原因として発症し,網膜機能の障害を引き起こす疾患である.すなわち,高血糖やその他糖尿病に由来する変化によって「網膜の細小血管構築が破壊され」「続発する血管閉塞に伴って網膜に虚血状態が生じ」「その代償機構として網膜血管新生が誘導される」結果,網膜の正常構造が破壊され,視情報を受容および統合する神経組織としての機能が低下ないし喪失する.この際,毛細血管閉塞が生じることは本症が失明に向かう直接の引き金となる変化である.なぜ糖尿病患者の網膜毛細血管は閉塞し,無灌流領域は形成されるのだろうか(図1).1.白血球接着と無灌流領域形成有力視されている一つの仮説は,白血球による血管閉塞(leukocyteplugging)が原因であるとする病態仮説である.古くから,糖尿病患者の赤血球や白血球はその変形能が低下するため1),同患者の毛細血管における循環障害や血管閉塞の原因と考えられてきた.また,糖尿病モデル動物の網膜において,毛細血管瘤や毛細血管閉塞部などの病的血管には白血球が存在することが知られている2,3).さらに近年になって,VEGFをマウス硝子体に投与すると一過性に網膜血管で白血球接着の増加を*KosukeNoda:北海道大学大学院医学研究院眼科学教室〔別刷請求先〕野田航介:〒060-8638札幌市北区北15条西7丁目北海道大学大学院医学研究院眼科学教室0910-1810/21/\100/頁/JCOPY(23)261図1糖尿病網膜症における無灌流領域形成73歳,女性.Ca:フルオレセイン蛍光眼底造影(FA)所見.Cb:超広角Cswept-sourceOCTA(SS-OCTA)所見(XephilioCOCT-S1,キヤノン株式会社).超広角CSS-OCTAではCFAでは不明瞭な無灌流領域()を鮮明に確認できるとともに,FAでは描出されない網膜血管()も検出される.図2Leukocyteplugging仮説毛細血管閉塞による網膜虚血はCVEGF産生を増加させ,その結果として白血球遊走を誘導する.毛細血管では変形能が障害された白血球によって血管閉塞(leukocyteplugging)が生じ,病態がさらに促進されるとする仮説.(文献C6より改変引用)図3血管壁剛性変化仮説糖尿病患者の毛細血管では,ペリサイト脱落などの変化によって血管壁が脆弱となった血管により多くの血流が供給され,他の分岐血管の血流は減少する.その結果,灌流低下や無灌流領域が生じるとする仮説(文献C8より改変引用).また,この仮説は抗CVEGF製剤による血管収縮に伴って血流量が低下することで,その不均衡な血流分布が是正されるという可能性も示している.=眼底造影写真と光干渉断層計(opticalCcoherenceCtomo-graphy:OCT)Cスキャンを合成することで示した,毛細血管瘤を伴う拡張した血管の多くは無灌流領域の近傍に存在するという知見もこの仮説を支持しているのかもしれない10).この「無灌流領域形成は血管壁剛性変化に伴う現象」とする説明もエビデンスとして示されているわけではなく論理的考察に過ぎないが,糖尿病網膜症における毛細血管閉塞が物理的な現象として生じうる可能性をうかがわせる.では,この仮説では糖尿病網膜症に対して抗CVEGF製剤を使用すると無灌流領域の再疎通が促進されるという先の臨床研究の結果も説明できるのだろうか.毛細血管内腔が器質的に閉塞する以外に,血管壁剛性の変化によって一過性に血管閉塞が生じうるという仮定の下では,この仮説も説明可能である.VEGFは生体が低酸素という危機的状態に陥った際にそれを代償するために作動する分子である.VEGFの機能としては血管透過性亢進と血管新生がよく知られているが,もう一つの低酸素代償作用として血管拡張作用がある.VEGFの下流には一酸化窒素合成酵素(nitricCoxidesynthase:NOS)が存在しており,NOSは誘導されると血管拡張作用のある一酸化窒素(nitricoxide:NO)を産生する.抗CVEGF製剤を硝子体投与すると網膜血管径が狭細化することが知られているが,それはこの経路が阻害されるために生じる事象と考えられている.前述の仮説から考えると,血流が減少して内圧が下がれば血流不均衡は是正され,灌流低下や一過性の血管閉塞が生じていた血管への血流供給が再開される可能性がある(図3).このように,抗CVEGF製剤は白血球接着を介さずに血流動態を変化させることによって無灌流領域を再疎通させているのかもしれない.現時点ではCimagingmodalityの解像度などに限界があるためこの推論も検証はできないが,今後の検討を待ちたい.CII糖尿病眼における脈絡膜血流の変化:糖尿病脈絡膜症の解明脈絡膜は血管に富んだ組織として,網膜色素上皮層や視細胞層などの網膜外層を栄養している.糖尿病は血管系を主要なターゲットの一つとしてその臨床症状を惹起する疾患であることや,脈絡膜血流は脳と比較しても約10倍の血流があることなどから,糖尿病による脈絡膜障害は黄斑浮腫などの病態にかかわると考えられてきた.そのため,糖尿病眼における“脈絡膜症”の存在およびその病態への関与は以前から注目されていたが,検体採取が困難なことや臨床的な観察系が十分でなかったことから,その知見も限られてきた.しかし,imagingmodalityの技術革新によって,以前は観察できなかったその構造や血流が生体で観察できるようになり,この数年は世界中の研究者が競い合って解析を行っている.糖尿病患者における脈絡膜の変化は現在どのように考えられているのだろうか.そして,この糖尿病脈絡膜症は糖尿病患者の視機能や病態形成に影響を与えているのだろうか.C1.組織学的検討糖尿病眼における脈絡膜の病態変化に関する検討については,Luttyらの一連の業績が有名である.1995年に“EnhancedCexpressionCofCintracellularCadhesionCmolecule-1CandCP-selectinCinCtheCdiabeticChumanCreti-naandchoroid”という論文において,糖尿病患者の剖検眼を用いた検討で脈絡膜血管における白血球接着分子の発現は亢進しており,その結果として糖尿病患者の網脈絡膜組織における好中球浸潤が増加していることが報告された11).また,1997年にはCLutty本人が筆頭著者となって,その結果生じる多核白血球浸潤と毛細血管脱落数(血管傷害)の間には強い相関があることを報告している12).その後,健常人に比較して糖尿病患者では脈絡膜血管でも毛細血管瘤などの血管異常が生じていること13),局所的な脈絡膜毛細管板の萎縮が多発していること14)などが報告された.これらの知見は,糖尿病においては網膜のみならず,脈絡膜においても血流障害が生じることを示唆している.C2.OCTを用いた脈絡膜厚解析しかし,糖尿病患者の脈絡膜組織の生検を行う機会は実臨床上ではまずない.そのため,“糖尿病脈絡膜症”に関する検討には剖検組織が用いられたことから生体における現象との乖離が否定しえず,その後は一時進捗が(27)あたらしい眼科Vol.38,No.3,2021C265止まっていた感がある.しかし,近年COCTの解像度および深達度が改良されたことによって糖尿病患者の脈絡膜に再び注目が集まっている.ただ,複数施設からの脈絡膜に関する検討結果は混沌としているのが現状である.網膜症を有さない糖尿病患者の中心窩下脈絡膜厚は減少しているとする報告15,16)が複数先行したが,その後は逆に増加しているとする報告17,18)が相次いだ.脈絡膜血流は,糖尿病の全身状態,治療介入の有無,血圧,VEGFを含めたサイトカインの関与などさまざまな因子によって影響されることがその背景にあるようである.近年,筆者の教室の加瀬らは糖尿病患者の脈絡膜厚に関するC17論文のメタアナリシスを行って,網膜症を有さない糖尿病患者では中心窩下の脈絡膜厚は健常人と比較して減少していることを示した19).本検討結果は組織学的検討の結果を支持するものであり,糖尿病が血管症としての性質を有することから妥当であると考えられるが,この問題に関してはもう少し今後の検討が待たれるところである.C3.OCTAや血流観察系などを用いた脈絡膜血管解析進行した糖尿病網膜症患者のインドシアニングリーン蛍光眼底造影では,脈絡膜毛細管板の血流低下を示唆するCsalt-and-pepperパターンが後期相で観察される.また,レーザードップラ法を用いた解析では,糖尿病網膜症患者の中心窩下における脈絡膜血流は有意に低下するとされ20),レーザースペックルフローグラフィーを用いた検討でも糖尿病患者の脈絡膜血流速度はCHbA1cと負の相関を有する21).これらの所見は糖尿病の進行とともに脈絡膜血流が低下することを示しており,enCfaceCsweptsource.OCT(SS-OCT)を用いた解析でも,脈絡膜血管密度は糖尿病患者で低下すると報告されている22).SS-OCTAを用いた研究では,明らかな網膜症のない糖尿病患者の脈絡膜毛細管板においては,流入欠損部が非糖尿病患者に比べて増加するとともに,黄斑部血流変化に先行すると報告されている23).また,脈絡膜毛細管板における血管密度は増殖糖尿病網膜症あるいは糖尿病黄斑浮腫を有する症例で減少するという報告もある24).さらに近年になって,糖尿病網膜症患者における脈絡膜毛細管板の血流低下と中心窩および傍中心窩の網膜感度は相関を示したとの報告がなされ,脈絡膜血流の変化が網膜症病態を修飾することが示された25).本検討結果は脈絡膜症の病態意義を示したものであり,大変興味深い.この分野も検査機器性能の向上などによる今後の発展を待ちたい.おわりに糖尿病網膜症における網膜および脈絡膜血流に関して筆者が興味をもっている最近のトピックスについてまとめた.糖尿病網膜症は血管症と神経症としての二つの側面をもつ疾患であるが,血管症の病態理解には血流動態に関する研究の発展が不可欠である.今後本領域の研究成果が蓄積し,今まで知りえなかった新しい病態解明につながることを期待したい.文献1)ErnstE,MatraiA:Alteredredandwhitebloodcellrhe-ologyintypeIIdiabetes.DiabetesC35:1412-1415,C19862)KimCSY,CJohnsonCMA,CMcLeodCDSCetal:NeutrophilsCareCassociatedwithcapillaryclosureinspontaneouslydiabeticmonkeyretinas.DiabetesC54:1534-1542,C20053)SchroderS,PalinskiW,Schmid-SchonbeinGW:ActivatedmonocytesCandCgranulocytes,CcapillaryCnonperfusion,CandCneovascularizationCinCdiabeticCretinopathy.CAmCJCPatholC139:81-100,C19914)LiuY,ShenJ,FortmannSDetal:Reversibleretinalves-selCclosureCfromCVEGF-inducedCleukocyteCplugging.CJCICInsight2:e95530,C20175)MirTA,KheraniS,Ha.zGetal:Changesinretinalnon-perfusionassociatedwithsuppressionofvascularendothe-lialgrowthfactorinretinalveinocclusion.Ophthalmology123:625-634,Ce1,C20166)CampochiaroPA,Wyko.CC,ShapiroHetal:Neutraliza-tionCofCvascularCendothelialCgrowthCfactorCslowsCprogres-sionCofCretinalCnonperfusionCinCpatientsCwithCdiabeticmacu-laredema.OphthalmologyC121:1783-1789,C20147)石橋達朗,吉川洋:糖尿病網膜症の病理.糖尿病C42:C415-417,C19998)StefanssonCE,CChanCYK,CBekCTCetal:LawsCofCphysicsChelpCexplainCcapillaryCnon-perfusionCinCdiabeticCretinopa-thy.Eye(Lond)C32:210-212,C20189)CoganCDG,CKuwabaraT:CapillaryCshuntsCinCtheCpatho-genesisCofCdiabeticCretinopathy.CDiabetesC12:293-300,C196310)TakamuraY,YamadaY,NodaKetal:Characteristicdis-tributionofmicroaneurysmsandcapillarydropoutsindia-beticCmacularCedema.CGraefesCArchCClinCExpCOphthalmolC266あたらしい眼科Vol.38,No.3,2021(28)–

糖尿病網膜症における分子病態解明の進歩─黄斑浮腫形成機序を中心に

2021年3月31日 水曜日

糖尿病網膜症における分子病態解明の進歩─黄斑浮腫形成機序を中心にProgressintheElucidationofMolecularMechanismsinDiabeticRetinopathy─FocusingontheMechanismofMacularEdemaFormation有馬充*はじめに糖尿病黄斑浮腫(diabeticCmacularedema:DME)は糖尿病網膜症(diabeticretinopathy:DR)患者の視機能を低下させる主病態であり,単純網膜症から増殖網膜症に至るまでどの病期においても発症する.わが国におけるCDME患者数は約C60万人にものぼると推定されており,外来診療で遭遇する機会の多い疾患である.現在CDMEに対する第一選択治療は抗血管内皮増殖因子(vascularendothelialgrowthfactor:VEGF)抗体の硝子体注射(抗CVEGF治療)だが,大規模試験の結果によると,複数年治療を繰り返し施行しても約C4割に浮腫が遷延する1).浮腫を早期に消失させることが視機能の維持に肝要であるという結果も出ており2),VEGF以外の分子を標的とした新規治療法の開発をめざして,世界各国で創薬研究が盛んに行われている.本稿では,網膜血管透過性制御の仕組み,DME形成機序について述べたあと,現在用いられている治療薬や開発中の薬剤がどのような機序でCDME消退を導く(導くと期待されている)のか紹介する.CI網膜における血管透過性制御DME症例に対してフルオレセイン蛍光眼底造影検査を行うと,毛細血管瘤からの蛍光漏出やびまん性の蛍光漏出を認める.また,造影写真を評価するうえで,「血管透過性が亢進している」という言葉も日常診療でよく耳にする.その言葉のとおり,血管透過性が亢進すると浮腫が形成されるのだが,ではそもそも網膜血管透過性はどのように制御されているのだろうか.まずは網膜血管の構造について説明する.網膜を含む中枢神経血管は特殊な構造をしている(図1).具体的には血管内皮細胞が隙間なく密に接着しており,有窓構造もないために物質が自由に透過できない.このバリア機能(網膜の場合は内側血液網膜関門)によって物質の透過が厳格に制御され,神経にとって至適な微小環境を維持することができる.DRにより血管透過性が亢進,つまり血管バリア機能が破綻すると,視細胞を含めた網膜神経細胞の機能障害が誘発される.網膜血管バリア機能は血管内皮細胞だけでは成立しない.周皮細胞やアストロサイトなどの内皮細胞以外の細胞の存在もバリア機能の形成に必須である(図2a).2001年に米国国立衛生研究所から“neuro-vascularunit”という概念が提唱されたが,これは神経疾患の病態は複数の細胞間相互作用によって修飾されると解釈するべき,という理念に基づいている.つまりCDRにおける血管バリア機能破綻に考えるにあたっても,内皮細胞だけではなく,周囲の細胞間との相互作用を考慮しなくてはならない.たとえばCDRでは周皮細胞が脱落することが知られているが,周皮細胞なしではバリア機能を正常に維持することはできないことが証明されている3).網膜を含む中枢神経における周皮細胞の数は他臓器と比較して多く,アストロサイトの足突起もほぼ全周性に内皮細胞を包み込んでいることからも,これらの細胞が血*MitsuruArima:九州大学病院CARO次世代医療センター〔別刷請求先〕有馬充:〒812-8582福岡市東区馬出C3-1-1九州大学病院CARO次世代医療センターC0910-1810/21/\100/頁/JCOPY(13)C251血管内皮細胞網膜血管・血管内皮細胞が密に接着・有窓構造がない・物質が自由に行き来できない有窓構造他臓器(消化管など)の血管・血管内皮細胞がゆるやかに接着・有窓構造がある・物質が自由に行き来できる血管外に出ることができる図1網膜血管の構造他臓器と異なり,網膜では血管内皮細胞は隙間なく密に接着しており,有窓構造もないために物質が自由に透過できない.Cabアストロサイト足突起図2網膜血管透過性制御の仕組みa:物質の移動経路には,「細胞内」と「細胞間」輸送経路が存在する.b:内皮細胞間の拡大図.細胞間に発達した密着結合(OccludinやCClaudin-5)により,血管バリア機能が維持される.表1DMEに対して治験中のおもな薬剤と開発ステージ開発企業治験薬作用機序投与経路開発ステージCNovartisCAllerganCChengduKanghongBiotechCoCKodiakSciencesCOxurionCRocheCEyegeneCAerpioTherapeuticsCAllegroOphthalmicsSci.uorLifeSciencesCOxurionCOxurionCKalvistaPharmaceuticalsCBrolucizumabAbiciparpegolConberceptKSI-301THR-317FaricimabEG-MirotinAKB-9778Luminate(Risuteganib)SF0166THR-687THR-149KVD001抗CVEGF抗体抗CVEGF抗体抗CVEGF,抗CPIGF抗体抗CVEGF抗体抗CPIGF抗体抗CVEGF,抗CAng-2抗体Ang-1シグナル誘導ペプチドVE-PTP阻害インテグリン阻害インテグリン阻害インテグリン阻害カリクレイン阻害カリクレイン阻害硝子体注射C硝子体注射C硝子体注射C硝子体注射C硝子体注射C硝子体注射C皮下注射C皮下注射C硝子体注射C点眼C硝子体注射C硝子体注射C硝子体注射CPhase3CPhase2CPhase3CPhase3CPhase2CPhase3CPhase2CPhase2CPhase3CPhase1/2CPhase2CPhase2CPhase2C網膜循環障害網膜虚血(VEGF,サイトカイン・ケモカイン産生)血管透過性亢進,DME形成図3DMEの形成機序DR網膜では高血糖の遷延化により,代謝異常や酸化ストレス,慢性炎症が起きる.これらの相互作用により網膜循環障害が起き,網膜虚血が助長される.虚血により産生されたVEGFやサイトカイン・ケモカインが血管透過性を亢進させることでCDMEが生じる.a無治療DMEではVEGFとサイトカイン・ケモカイン濃度に相関「あり」(pg/ml)(pg/ml)(pg/ml)600p=0.5720,000800000P=0.0260015,000400IL-6IL-840010,0002002005,00001,0002,0003,00001,0002,0003,00001,0002,0003,000(pg/ml)(pg/ml)(pg/ml)VEGFVEGFVEGFb抗VEGF治療抵抗性DMEではVEGFとサイトカイン・ケモカイン濃度に相関「なし」(pg/ml)(pg/ml)(pg/ml)60020010,0002,000000p=0.31P=0.31p=0.12P=0.718,0004006,000IL-6IL-81004,00020005001,00005001,00005001,000(pg/ml)(pg/ml)(pg/ml)VEGFVEGFVEGF図4DME硝子体中のVEGFとサイトカイン・ケモカイン濃度の相関無治療CDME硝子体では(Ca),VEGFとサイトカイン・ケモカイン濃度に相関があるが,抗CVEGF治療抵抗性CDME硝子体(Cb)では相関がないことから,両者では炎症の性質が異なっていることが示唆される.無治療DME:n=18,抗CVEGF治療抵抗性DME:n=13,Spearman’srankcorrela-tioncoe.cient(文献C11より許可を得て改変引用)Ca白血球bVEGFによるサイトカイン・ケモカインサイトカイン・ケモカインバリア機能の破綻によるバリア機能の破綻によるバリア機能の破綻白血球浸潤TNFa,IL-6,二次的なTNFa,IL-6,IL-8,MCP-1白血球浸潤IL-8,MCP-1白血球活性化二次的な白血球活性化VEGF関連性炎症VEGF非関連性炎症図5VEGF関連性炎症と非関連性炎症のイメージa:VEGFによるバリア機能破綻が起こり,白血球が浸潤する.浸潤白血球は網膜内で活性化され,サイトカインやケモカインの発現が上昇する.これらが二次的なバリア機能破綻を起こす.Cb:二次的なバリア機能破綻により白血球がさらに浸潤し活性化し,炎症を主体としたバリア破綻のサイクルが循環する.(文献C11より許可を得て引用・改変)のようにバリア機能を破綻させるのかについて解説する.VEGFが血管内皮細胞膜上の受容体,VEGFreceptor2(VEGF-R2)と結合するとCPKCが活性化され,Occlu-dinのリン酸化とユビキチン化が起きる12).ユビキチン化とは「この蛋白質は不要」という目印であり,ユビキチン化された蛋白質は細胞内小胞輸送によって取り込まれ消化される.また,VEGFはチロシンキナーゼCSrcの活性化を介して接着構造構成分子であるCVE-cadherin(図2)をリン酸化し,VE-cadherinとCb-cateninの結合をはずす13).細胞質に遊離したCb-cateninは核内に移行し,Claudin-5の転写を阻害する14).これらの作用により網膜血管バリア機能が破綻すると考えられる.また,VEGFは血管内皮細胞のみならず炎症細胞にも作用する.VEGFが炎症細胞膜上のCVEGF-R1に結合すると炎症細胞が活性化し,各種サイトカイン・ケモカインが分泌される.インターロイキン(interleukin:IL)-6やCIL-8,腫瘍壊死因子(tumorCnecrosisCfactoralpha:TNFCa),単球走化性因子(monocyteCchemoat-tractantprotein:MCP)-1といったサイトカイン・ケモカインは血管透過性亢進作用も有しており11),VEGFとともに血管バリア機能を壊すことで網膜内への炎症細胞侵入を修飾する.侵入した炎症細胞からもサイトカイン・ケモカインが産生され,血管バリア機能はさらに破綻する(図5).CV抗VEGF治療・ステロイド治療の奏効機序すでにラニビズマブ(ルセンティス)とアフリベルセプト(アイリーア)がCDMEに対する抗CVEGF抗体製剤として薬事承認を受けており,日常的に使用されている.わが国においても加齢黄斑変性治療薬として承認を得たブロルシズマブ(ベオビュ),そのほかCAbiciparpegolやConbercept,KSI-301,THR-317についても,現在海外にて検証的試験が行われており,いくつかは将来CDME治療薬のラインアップに追加されるであろう(表1).ConberceptやCTHR-317が標的とする胎盤増殖因子(placentalCgrowthfactor:PIGF)もCVEGFファミリーに属する蛋白質であり,VEGF-R1結合能を有する.これらの抗CVEGF抗体製剤の特性については薬物治療の稿を参照されたい.ステロイドは細胞質内でグルココルチコイド受容体結合し,核内に移行して転写因子として作用する.抗炎症蛋白の転写促進やサイトカイン・ケモカインの転写抑制を介して炎症を鎮静化する,という抗炎症作用が広く知られているが15),OccludinやCClaudin-5の転写も亢進させることがわかってきた16).その分子機序の詳細は明らかとなっていないが,ステロイド刺激によってCClau-din-5の転写は亢進するものの,上皮細胞の密着結合を構成するCClaudin-1の転写量には影響がなかったことから,血管内皮細胞にのみ備わったバリア機能回復機能である可能性がある.海外においてはデキサメタゾンやフルオシノロンアセトニドによる硝子体インプラント製剤(Ozurdex,IluviC-en)が承認され,わが国においてはトリアムシノロンアセトニド(マキュエイド)の硝子体注射やCTenon.下注射が行われている.ProtocolUの結果や上記奏効機序からは抗CVEGF治療とステロイド治療の併用によりDME消退へ相加相乗効果が期待できるが,ステロイド治療には白内障や緑内障の合併リスクがあり反復投与が困難である.ステロイド治療を選択すべき症例を整理することも今後の課題であろう.CVI新規治療標的分子のDME形成への関与新規治療標的分子(表1)とCDME発症,すなわち血管バリア機能破綻との関連について記載する.C1.アンジオポエチン.Tie2アンジオポエチン(Angiopoietin:Ang)/Tie2シグナルは,周皮細胞と血管内皮細胞間の相互作用において中心的な役割を果たしており,血管の安定化および血管透過性の制御にとって重要なシグナルであることが知られる(図6)17).Ang-1は周皮細胞から産生される分泌蛋白質で,血管内皮細胞膜上に発現するCAng受容体CTie2に結合する.Tie2のリン酸化によりCAKTが活性化されるとアポトーシス誘導因子の産生が抑制され細胞生存経路が活性化される.また,Ang-1/Tie2シグナルは,VEGFによるCSrc活性化阻害を介し,VE-cadherinのリン酸化256あたらしい眼科Vol.38,No.3,2021(18)aAng-1VEGFbAng-2VEGF図6アンジオポエチン(Ang).Tie2シグナルa:Ang-1がCTie2に結合するとCAKTが活性化し,アポトーシス誘導因子の発現が抑制され,FOXO1も細胞質内でリン酸化され分解される.また,VEGF/VEGF-R2シグナルにより活性化したCSrcによるCVE-cadherinのリン酸化を阻害することで,バリア機能の破綻を防ぐ.Cb:Ang-2がCTie2と結合すると反対の反応が起きる.FOXO1はリン酸化を受けることなく核内へ移行し,Ang-2の産生を促進する.また,リン酸化されたCVE-cadherinは細胞膜上から消失し,バリア機能が破綻する.C-ること,血管内皮細胞と細胞外マトリックスの接着を介して内皮細胞の遊走を修飾することはよく知られているが,インテグリンはさまざまな受容体との相互作用を介して血管透過性をも制御している.インテグリンはVEGF-R2と共局在し,インテグリン非存在下ではVEGFによるCVEGF-R2活性化作用が低下することがわかっている.さらにインテグリンはCTie2とも複合体を形成し,Ang-1/Tie2シグナルの効率のよい伝達を仲介することで血管安定化に寄与することも知られている18).また,Ang-2が周皮細胞やアストロサイトの細胞膜上のインテグリンと結合し,細胞死を誘導することも報告されている.これらの細胞の消失はCneuro-vas-cularunitの崩壊につながるため,血管透過性が亢進する.現在,さまざまなインテグリン阻害薬の治験が行われており有効性に関して一定の効果をあげている.SF0166は点眼薬であり,DMEに対する低侵襲治療として期待がかかる.C3.カリクレインカリクレインはセリンプロテアーゼの一種であり,前駆体であるプレカリクレイン(prekallikrein:PK)はおもに肝臓で合成される.PKの大部分は高分子量キニノーゲン(highmolecularweightkininogen:HK)と結合し血中を循環している.血管障害によって活性化した第.因子によりCPKがカリクレインに変化し,カリクレインはCHKを切断してブラジキニンを遊離させる.ブラジキニン受容体(bradykininCreceptor:BR)にはCB1RとB2Rが存在し,ブラジキニンは直接CB2Rと結合する.一方,カルボキシペプシターゼによってブラジキニンから変換されたCDes-Arg9ブラジキニンはCB1Rに結合する19).DME硝子体中のカリクレイン濃度は著明に増加しており,VEGFとは異なる経路で血管透過性を亢進させることがわかっている.B2Rの下流でCSrcが活性化されCVE-cadherinが消失し,B1RとCB2R双方の下流で一酸化窒素合成酵素が活性化することでCOccludinが消失する.このような機序で血管バリア機能が破綻し,DME形成に至ると考えられる.カリクレインを標的とした薬剤も複数開発されている.作用機序からは抗CVEGF治療との相加相乗効果が期待できると思われる.おわりに本稿ではCDME形成機序を中心に,DRにおける分子病態解明の進歩について述べた.近年の基礎研究の進歩はめざましく,シングルセル解析による網羅的遺伝子解析をはじめ,一度に数千種類の蛋白質を定量するツールも登場してきている.本稿で紹介した治療標的分子候補以外にも,患者検体や疾患モデル動物の解析から次々と新規候補が同定されるであろう.抗CVEGF治療抵抗性を解決する治療薬が開発されることに期待したい.文献1)BresslerCNM,CBeaulieuCWT,CGlassmanCARCetal;DiabeticCRetinopathyClinicalResearchNetwork:Persistentmacu-larCthickeningCfollowingCintravitreousCa.ibercept,Cbevaci-zumab,orranibizumabforcentral-involveddiabeticmacu-larCedemaCwithCvisionimpairment:aCsecondaryCanalysisCofCaCrandomizedCclinicalCtrial.CJAMACOphthalmolC136:C257-269,C20182)Schmidt-ErfurthCU,CLangCGE,CHolzCFGCetal:Three-yearCoutcomesCofCindividualizedCranibizumabCtreatmentCinCpatientsCwithCdiabeticCmacularedema:theCRESTORECextensionstudy.OphthalmologyC121:1045-1053,C20143)DejanaE,Tournier-LasserveE,WeinsteinBM:Thecon-trolCofCvascularCintegrityCbyCendothelialCcelljunctions:CmolecularCbasisCandCpathologicalCimplications.CDevCCellC16:209-221,C20094)OguraCS,CKurataCK,CHattoriCYCetal:SustainedCin.amma-tionCafterCpericyteCdepletionCinducesCirreversibleCblood-retinabarrierbreakdown.JCIInsightC2:e90905,C20175)StittCAW,CCurtisCTM,CChenCMCetal:TheCprogressCinCunderstandingandtreatmentofdiabeticretinopathy.ProgRetinEyeResC51:156-186,C20166)OtaniA,TakagiH,SuzumaKetal:AngiotensinIIpoten-tiatesCvascularCendothelialCgrowthCfactor-inducedCangio-genicCactivityCinCretinalCmicrocapillaryCendothelialCcells.CCircResC82:619-628,C19987)AdamisAP:IsCdiabeticCretinopathyCanCin.ammatoryCdis-ease?BrJOphthalmolC86:363-365,C20028)vanHeckeMV,DekkerJM,NijpelsGetal:In.ammationandCendothelialCdysfunctionCareCassociatedCwithCretinopa-thy:theHoornStudy.DiabetologiaC48:1300-1306,C20059)NodaCK,CNakaoCS,CZandiCSCetal:RetinopathyCinCaCnovelCmodelCofCmetabolicCsyndromeCandCtypeC2diabetes:new258あたらしい眼科Vol.38,No.3,2021(20)–

糖尿病網膜症・黄斑浮腫の疫学

2021年3月31日 水曜日

糖尿病網膜症・黄斑浮腫の疫学EpidemiologyofDiabeticRetinopathy川崎良*はじめに糖尿病網膜症の疫学というと,有病率や発症率,そして危険因子の探索と同定といった記述疫学や分析疫学をイメージされることが多い.確かにそれらの疫学的な知見は疾患の理解と予防法,治療法の開発に欠かせない要素である.その一方で,疫学の守備範囲は実に広く,予防医学から医療政策への提言,また社会への普及や実装をめざすことまで多岐にわたる.本稿では,五つの疫学的視点から糖尿病網膜症を考えてみた.I記述疫学の視点から──糖尿病網膜症の発症状況1.糖尿病の有病率:2040~2045年頃までは患者数は横ばいか糖尿病の有病者数の推計としては,厚生労働省が行う「国民健康・栄養調査」1)がある.この調査では,「糖尿病が強く疑われる者」を,「ヘモグロビンA1c(NGSP)値が6.5%以上(平成23年まではヘモグロビンA1c(JDS)値が6.1%以上)」または「糖尿病治療の有無に有と回答した者」と定義して毎年集計している.厚生労働省が公開する最新の調査結果は令和元年のものであり,糖尿病が強く疑われる者の割合は20歳以上の男性の19.7%,女性の10.8%であった.この割合の経時的な変化をみると,過去10年間で,平成21年時点での男性15.9%,女性9.4%から男女ともに上昇傾向にある.ここで,人口が高齢化していることなどの影響を取り除く年齢構成で調整した割合でみると,男性は約14%弱,女性は約8%弱で過去10年間横ばいである.このことが意味するのは,この10年間,同じ年齢であれば糖尿病の割合は変わっていないが,高齢者が増えていることから患者数はやはり増加している,ということである.現在,わが国の人口は減少しつつあるが,高齢者人口は2040~2045年頃までは増加していくことを考えると,その頃までは糖尿病患者数は現状を下回ることはないと予想される.2.糖尿病網膜症の有病率:糖尿病治療を受ける平均的な患者集団では4~5人に1人が糖尿病網膜症を有する糖尿病網膜症の有病率においては,重症度を問わない網膜症(anydiabeticretinopathy)の有病率に加えて,増殖糖尿病網膜症の有病率,そして,治療の対象となる増殖糖尿病網膜症と黄斑浮腫についていずれかもしくは両方を有する場合を合算し集計した「視力を脅かす網膜症(vision-threateningdiabeticretinopathy)」の有病率がしばしば用いられる(ここで,糖尿病網膜症は糖尿病と診断されたうえでつけられる診断なので,「糖尿病網膜症の有病率」という場合には,〔糖尿病網膜症を有する人〕/〔糖尿病を有する人〕として報告されることが多いが,人口全体における割合を示す場合もあるので,定義を確認することが重要である).糖尿病網膜症の有病率について過去の疫学調査をまと*RyoKawasaki:大阪大学医学部附属病院AI医療センター,大阪大学大学院医学系研究科視覚情報制御学・寄附講座〔別刷請求先〕川崎良:〒565-0871大阪府吹田市山田丘2-2大阪大学医学部附属病院AI医療センター0910-1810/21/\100/頁/JCOPY(3)241表1糖尿病網膜症の有病率研究名概要有病率2型糖尿病5)JDCS(n=1,631)調査年:1995~1996年平均年齢:58歳(対象40~70歳)平均ヘモグロビンA1c:8.4%平均罹病期間:10.6年25.1%30)JDDM(n=3,319)調査年:2004年平均年齢:58.3歳平均ヘモグロビンA1c:7.46%平均罹病期間:11年31.1%31)JDCP(n=5,489)調査年:2007年平均年齢:61歳(対象40~75歳)平均ヘモグロビンA1c:7.5%平均罹病期間:9.4年27.6%30)JDDM(n=3,932)調査年:2014年平均年齢:58.6歳平均ヘモグロビンA1c:7.0%平均罹病期間:12年23.5%1型糖尿病30)JDDM(n=286)調査年:2004年平均年齢:45.2歳平均ヘモグロビンA1c:7.91%平均罹病期間:14年32.2%31)JDCP(n=363)調査年:2007年平均年齢:56.4歳(対象40~75歳)平均ヘモグロビンA1c:7.8%平均罹病期間:9.5年22.8%30)JDDM(n=308)調査年:2014年平均年齢:43.6歳平均ヘモグロビンA1c:7.68%平均罹病期間:15年20.3%JDCS:JapanDiabetesComplicationsStudyJDDM:JapanDiabetesClinicalDataManagementstudyJDCP:JapanDiabetesComplicationanditsPreventionprospectivestudy表2糖尿病網膜症の国際重症度分類網膜症なし異常なし軽症非増殖網膜症毛細血管瘤のみ増殖糖尿病網膜症への進行リスク<5%中等症非増殖糖尿病網膜症毛細血管瘤以上の病変を認めるが重症非増殖糖尿病網膜症より軽症増殖糖尿病網膜症への進行リスク5~25%重症非増殖糖尿病網膜症以下の所見を一つ以上認め,かつ,増殖糖尿病網膜症の所見を認めない:1眼底の4象限のいずれにも20以上の網膜内出血がある2眼底の2象限以上に明らかな数珠状静脈がある3眼底の1象限以上に明らかな網膜内細小血管異常がある増殖糖尿病網膜症への進行リスク50%増殖糖尿病網膜症以下のいずれかの所見を認める:1網膜新生血管2硝子体/網膜前出血国際重症度分類は増殖糖尿病網膜症への進行リスクを基に作成された.II分析疫学の視点から──糖尿病網膜症と食事・運動・睡眠の関連糖尿病網膜症の発症予防や進行抑制には内科治療が有効である.糖尿病の治療の進歩と糖尿病網膜症の内科治療については本特集の別稿で取り上げられると思われるので,内科治療を前提に,それに付け加えることで糖尿病網膜症への関与が知られる生活習慣要因として,食事,運動,睡眠に関する知見を以下に概説する.1.食事:多価不飽和脂肪酸摂取や果物摂取の割合が多いことが糖尿病網膜症に保護的に関与している可能性があるSasakiら9)は血糖コントロールが良好な糖尿病患者に限定して,食事由来の多価不飽和脂肪酸の摂取が多い集団は糖尿病網膜症の有病率が少ない可能性があることを報告している.また,ビタミンD欠乏10)で糖尿病網膜症の発症が高まる可能性もメタ解析で示されている.Tanakaら11)はJDCS研究対象者において,総摂取カロリーで調整したうえで,果物摂取の割合が高い集団は糖尿病の新規発症のリスクが半減していたことを報告し,野菜・果物接種,ビタミンC,カロテン摂取も保護的に作用する可能性を示した.Horikawaら12)は,炭水化物摂取割合と糖尿病合併症に関するシステマティックレビューとメタ解析を行ったが,糖尿病網膜症含む合併症との関連は明らかではなかった.食事と糖尿病網膜症の関係を扱った疫学研究のメタ解析では,いわゆる地中海食,青魚,食物繊維の摂取が糖尿病網膜症の有病率,発症率が低いこととの関連していることが示されている13).2.運動:身体活動量が多いこと,身体的不活動を避けることは糖尿病網膜症に保護的に関与している可能性があるこれまで運動や身体活動と糖尿病網膜症との関連については複数の研究が報告されてきた.Renら14)は身体活動量や身体的不活動と糖尿病網膜症の関連について22研究を基にシステマティックレビューとメタ解析を行い,身体活動が糖尿病網膜症に保護的に,身体的不活動がリスクを増やす方向に関連していることを報告した.運動の内容や測定方法など調査における課題はあるが,運動が糖尿病網膜症の発症や重症化予防に寄与するとすれば,重要な知見であると考える.3.睡眠:睡眠呼吸障害は糖尿病網膜症の重症化に関与する可能性があるLeongら15)は睡眠呼吸障害と糖尿病網膜症の関連についての16研究のシステマティックレビューとメタ解析を行ったが,糖尿病網膜症や糖尿病黄斑症と睡眠呼吸障害との関連は確認できなかった.しかしながら,Shibaら16)は虹彩新生血管・血管新生緑内障を伴う増殖糖尿病網膜症患者の約50%に睡眠呼吸障害が認められたことを報告しており,重症化には睡眠呼吸障害が関連している可能性が示されている.III予防医学の視点から──スクリーニングにおける人工知能・自動診断の実装糖尿病網膜症はスクリーニングに適した疾患であるといわれる.それは,①失明原因となる重要な疾患である,②糖尿病患者という明確なハイリスク集団が存在する,③眼底検査という侵襲が低く簡便で正確な検査結果が提供される,④早期発見により網膜光凝固治療,抗血管内皮成長因子硝子体注射,硝子体手術などの治療法が確立されている,そして⑤早期発見とその後の治療が費用効果的であることが示されている,という条件を満たしているからである.糖尿病の発症から糖尿病網膜症の発症そして治療までのライフスパンを図1にまとめた.内科治療,眼科治療の進歩は著しく,糖尿病網膜症の発症予防,進展抑制,そして,抗血管内皮成長因子療法による黄斑浮腫治療,レーザー網膜光凝固や硝子体手術による増殖糖尿病網膜症への治療など,適切な時期に適切な治療を受けることで失明に至るリスクは大きく減少している.不可逆的な視機能障害をきたすことのないように治療するには,「早期発見」を可能にするスクリーニングが重要である.わが国では糖尿病患者に対する眼底検査は保険診療の中で行われ,おもに糖尿病の診療を担当する内科医から眼科医への紹介という形で行われる,糖尿病網膜症のスクリーニングを目的とした眼底検査はおもに眼科医が担244あたらしい眼科Vol.38,No.3,2021(6)図2「糖尿病網膜症のスクリーニング」の成功に向けての論点成功の鍵は必ずしも「精度の高いCAIプログラム」だけではない.図3新たに作成された糖尿病網膜症の診療ガイドライン(http://www.nichigan.or.jp/member/guideline/diabetic_retinopathy.pdf)男性,若年者,内服処方なし,受診が一施設であることを報告した.また,Tanakaら25)はC2007~2015年にかけて同様に糖尿病患者において眼底検査を年C1回受けている人の割合の経時変化をみると,42.0%からC38.7%と有意に減少する傾向にあったことを示した.また,Sug-iyamaら26)は全国の保険診療レセプトを厚生労働省が取りまとめているCNationalDatabase(NDB)を用い,年C1回の眼底検査を受けた割合がC46.5%,2年にC1回まで範囲を拡大するとC56.2%となることを報告した.都道府県別にみると眼底検査の割合はC37.5~51.0%の開きがあり,人口が多い都道府県であるほどその割合が高い傾向を報告した.また,日本糖尿病学会の認定教育施設では約C60%と非認定施設のC40%より高かった.このように,年代や性別,受診する医療機関の条件によって眼底検査を定期的に受けているかどうかが規定されているとすれば,それに対する対策を講じる必要があると思われる.C3.行動経済学的視点から糖尿病網膜症の診療アドヒランス向上を考える健康にかかわる行動を決定づける選択においては認知バイアスの影響を受けるという理解のもとに,行動経済学的な見地から健康行動を考えるという動きもある.2002年にノーベル経済学賞を受賞したCDanielCKahne-manのプロスペクト理論,ヒューリスティクスと認知バイアスなどが話題となった行動経済学は,経済学と認知科学を統合し人間の行動や選択,意思決定を理解しようとする分野である.2017年にノーベル経済学賞を受賞したCRichardH.Thalerの理論は,種々の認知バイアスをナッジ(軽く肘でつつく)するようなちょっとしたきっかけで人間の行動をよりよい結果につなげる理論として予防医学にも大きな影響を与えた.糖尿病網膜症について行動経済学的な見地から調査した興味深い研究がある.Emotoら27)は糖尿病患者C219名を対象に,「学童期に宿題をすぐにやるほうだったかぎりぎりになってやるほうだったか」,あるいは「架空の宝くじを買うのにどれだけの金額をかけるか」といった認知バイアスを明らかにする研究を行った.その結果,リスク回避傾向を示した群では糖尿病網膜症を有する割合が低く,またC1型糖尿病群に比べC2型糖尿病群でリスク回避傾向を示す患者が少なかったことを明らかにした.さらにCEmotoら28)はC65歳未満の患者群では先延ばし傾向を有することと,教育歴が高校卒業までであることが経済状況と独立して糖尿病網膜症を有することに関連していることを報告している.先延ばし傾向は将来の利益の可能性よりも目の前の小さな利益を重視する傾向で,現在バイアスとよばれ,必要な事柄を後回しにしてしまいがちであるという.まさに糖尿病網膜症の診療の中で経験する患者反応ではないだろうか.このような認知バイアスを理解したうえで,先延ばし傾向を克服するための方策として,佐々木29)はナッジを①デフォルトの変更,②損失の協調,③他人との比較,④コミットメントに大別している.糖尿病網膜症を例にとれば,デフォルトの変更では「次回受診の明確な予約をとること」,損失の協調では「受診しないことで治療のタイミングを逃し本来失明を避けることができるのに失明してしまう可能性が上がることを明確に伝えること」,他人との比較では「多くの人が定期受診して失明を回避しており,きわめて少数派が定期受診せずに失明に至っていることを伝える」,コミットメントでは「糖尿病手帳に自ら所見と次回予約を記入してもらう」などが考えられる.このほかにもナッジを積極的に医療を含む政策に応用している英国CBehaviouralCInsightsTeamはCMINDSPACE(www.bi.team/publications/mindspace/)などのフレームワークに沿って考えるとわかりやすい.今後は,患者に向けたナッジだけでなく,医療者に対するナッジとして,とくに医療者が陥りやすい臨床的な惰性(clinicalinertia,治療目標が達成されていないにもかかわらず,治療が適切に強化されていない状態)への対策に有効である可能性がある.わが国でも日本版ナッジ・ユニットCBehavioralCSciencesTeam(BEST)が発足され,2017年からは健康医療分野でも健康づくりや検診受診率向上,新型コロナウイルス感染症対策におけるナッジの活用などが議論されている.今後,すでに明らかとなっているエビデンス・ガイドラインを広く社会や臨床現場に普及させる一つの方策として,行動経済学的なナッジを利用したよりよい臨床的判断と患者ケアの促しが重要かつ画期的な効果をもた248あたらしい眼科Vol.38,No.3,2021(10)らす可能性もあると考えている.おわりに本稿では,疫学のもつ多様な視点で糖尿病網膜症にまつわる概説を試みた.Morizaneら8)の報告にある通り,着実にわが国で糖尿病網膜症による視覚障害者は減少している.糖尿病網膜症は今や予防,早期発見と適切な治療で「避けることができる失明原因」である.日本疫学会によれば,疫学とは疾病や健康に関する事象の発生状況を把握し,その発生要因の解明,予防対策の計画,実行,評価,政策を含む社会制度の改変,整備などの幅広い分野を守備範囲とする学術領域である.そのため疫学は,医師をはじめとする医療従事者のみならず,広く心理学,社会学,経済学,政策学などの人材がかかわることで成り立つ分野横断的で実践的な学術領域である.しかし,糖尿病網膜症に関しては,このような広義の疫学研究が十分に行われているとはいえないのが現状ではないだろうか.近い将来,糖尿病網膜症による失明の撲滅も可能になる可能性は十分にある.そのために広義の疫学研究が貢献できる余地はまだ大きいと考える.本稿が今後,若い世代の眼科医が広義の疫学研究に興味をもつきっかけとなれば幸いである.文献1)厚生労働省.国民健康・栄養調査:[online].Availableat:Chttps://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kenkou_eiyou_chousa.html.Accessed1月C7日2)YauJW,RogersSL,KawasakiRetal:GlobalprevalenceandCmajorCriskCfactorsCofCdiabeticCretinopathy.CDiabetesCCareC35:556-564,C20123)WongTY,MwamburiM,KleinRetal:Ratesofprogres-sionCinCdiabeticCretinopathyCduringCdi.erentCtimeCperi-ods:aCsystematicCreviewCandCmeta-analysis.CDiabetesCCareC32:2307-2313,C20094)SasakiCA,CHoriuchiCN,CHasewgawaCKCetal:DevelopmentCofCdiabeticCretinopathyCandCitsCassociatedCriskCfactorsCinCtypeC2CdiabeticCpatientsCinCOsakadistrict,CJapan:aClong-termprospectivestudy.DiabetesResClinPractC10:257-263,C19905)KawasakiCR,CTanakaCS,CTanakaCSCetal:IncidenceCandCprogressionCofCdiabeticCretinopathyCinCJapaneseCadultswithtype2diabetes:8yearfollow-upstudyoftheJapanDiabetesComplicationsCStudy(JDCS)C.CDiabetologiaC54:C2288-2294,C2011C6)UekiCK,CSasakoCT,COkazakiCYCetal:E.ectCofCanCintensi.edCmultifactorialinterventiononcardiovascularoutcomesandmortalityCinCtypeC2diabetes(J-DOIT3):anCopen-label,CrandomisedCcontrolledCtrial.CLancetCDiabetesCEndocrinolC5:951-964,C20177)HashimotoY,MichihataN,MatsuiHetal:RecenttrendsinCvitreoretinalsurgery:aCnationwideCdatabaseCstudyCinCJapan,C2010-2017.CJpnJOphthalmolC65:54-62,C20218)MorizaneCY,CMorimotoCN,CFujiwaraCACetal:IncidenceCandCcausesCofCvisualCimpairmentCinJapan:theC.rstCnation-wideCcompleteCenumerationCsurveyCofCnewlyCcerti.edCvisuallyCimpairedCindividuals.CJpnCJCOphthalmolC63:26-33,C20199)SasakiM,KawasakiR,RogersSetal:Theassociationsofdietaryintakeofpolyunsaturatedfattyacidswithdiabeticretinopathyinwell-controlleddiabetes.InvestOphthalmolVisSciC56:7473-7479,C201510)ZhangCJ,CUpalaCS,CSanguankeoA:RelationshipCbetweenCvitaminCDCde.ciencyCandCdiabeticretinopathy:aCmeta-analysis.CanJOphthalmol52:219-224,C201711)TanakaCS,CYoshimuraCY,CKawasakiCRCetal:FruitCintakeCandCincidentCdiabeticCretinopathyCwithCtypeC2Cdiabetes.CEpidemiologyC24:204-211,C201312)HorikawaCC,CYoshimuraCY,CKamadaCCCetal:IsCtheCpro-portionCofCcarbohydrateCintakeCassociatedCwithCtheCinci-denceCofCdiabetesCcomplications?-anCanalysisCofCtheCJapanCDiabetesComplicationsStudy.NutrientsC9:113,C201713)WongMYZ,ManREK,FenwickEKetal:Dietaryintakeanddiabeticretinopathy:Asystematicreview.PLoSOneC13:e0186582,C201814)RenC,LiuW,LiJetal:Physicalactivityandriskofdia-beticretinopathy:asystematicreviewandmeta-analysis.ActaDiabetolC56:823-837,C201915)LeongCWB,CJadhakhanCF,CTaheriCSCetal:E.ectCofCobstructivesleepapnoeaondiabeticretinopathyandmac-ulopathy:aCsystematicCreviewCandCmeta-analysis.CDiabetCMedC33:158-168,C201616)ShibaT,TakahashiM,HoriYetal:Relationshipbetweensleep-disorderedCbreathingCandCirisCand/orCangleCneovas-cularizationinproliferativediabeticretinopathycases.AmJOphthalmol151:604-609,C201117)XieCY,CGunasekeranCDV,CBalaskasCKCetal:HealthCeco-nomicCandCsafetyCconsiderationsCforCarti.cialCintelligenceCapplicationsCinCdiabeticCretinopathyCscreening.CTranslCVisCSciTechnolC9:22,C202018)XieY,NguyenQD,HamzahHetal:Arti.cialintelligenceforCteleophthalmology-basedCdiabeticCretinopathyCscreen-inginanationalprogramme:aneconomicanalysismodel-lingstudy.LancetDigitalHealthC2:e240-e249,C202019)BeedeCE,CBaylorCE,CHerschCFCetal:AChuman-centeredCevaluationCofCaCdeepClearningCsystemCdeployedCinCcl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序説:糖尿病網膜症アップデート

2021年3月31日 水曜日

糖尿病網膜症アップデートDiabeticRetinopathyUpdate村田敏規*吉田茂生**石橋達朗***1990年には糖尿病網膜症はわが国の視覚障害の原因として第1位であったが(身体障害者1級.6級を取得した患者の総数),2015年には第3位とよい意味で順位を下げている.糖尿病データマネジメント研究会の2019年度報告によると,この間に日本人の2型糖尿病患者の平均HbA1cも7.46%(2002年)から7.04(2015年)へと改善しており,このことが順位低下の一因となっている.糖尿病網膜症患者の視力改善は,糖尿病患者の全身状態の管理と,眼科的な治療の進歩が両輪となって実現してきた.今回の特集は,このよい流れをさらに推進するために,先生方の糖尿病網膜症の治療をアップデートしていただくことをめざしている.糖尿病の内科的治療の進歩を,税所芳史先生と島田朗先生からわかりやすく解説していただいた.よりよい血糖コントロールだけでなく,SGLUT2阻害薬は糖尿病黄斑浮腫を改善させる可能性があることなど,内科的治療の糖尿病網膜症への影響は今後ますます大きくなっていくと考えられる.糖尿病と糖尿病網膜症の疫学は川崎良先生に解説していただいた.わが国にどの程度の患者がいて,その変遷はどうなっているのかを知ることができる.あわせて,糖尿病黄斑浮腫のレジストリー研究を志村雅彦先生に解説していただいた.次に,糖尿病患者の視力を改善するうえでもっとも大切な黄斑浮腫の発症機序について,分子病態の側面から有馬充先生に解説していただき,眼循環病態からの解説を野田航介先生にお願いした.診断・治療に必要な種々のイメージングの進歩については,福田洋輔先生と中尾新太郎先生に解説していただいた.糖尿病黄斑浮腫の治療は,薬物療法を杉本昌彦先生に,レーザー治療を高村佳弘先生に解説していただいた.発展が著しい手術療法については,低侵襲硝子体手術の進歩を木村修平先生と森實祐基先生に解説していただいた.最後に,「糖尿病網膜症診療ガイドライン」が2020年12月に『日本眼科学会雑誌』に掲載された.この内容,とくに将来の分類方法の国際化につき,筆者(村田敏規)が解説した.本特集が,明日からの先生方の診療の一助となれば幸いである.*ToshinoriMurata:信州大学医学部眼科学教室**ShigeoYoshida:久留米大学医学部眼科学講座***TatsuroIshibashi:九州大学総長0910-1810/21/\100/頁/JCOPY(1)239

薬局における点眼指導実態アンケート調査報告

2021年2月28日 日曜日

《原著》あたらしい眼科38(2):225.231,2021c薬局における点眼指導実態アンケート調査報告西原克弥山東一孔堀清貴参天製薬(株)日本メディカルアフェアーズグループCSurveyReportontheConditionsofEyeDropGuidanceinPharmaciesKatsuyaNishihara,KazunoriSantoandKiyotakaHoriCSantenPharmaceuticalCo.,LtdJapanMedicalA.airsGroupC目的:薬局の点眼指導の実態を把握すること.対象および方法:本調査の趣旨に同意した調剤薬局企業(15社)傘下のC1,462店舗で実施した.実態調査は,点眼指導の有無,時間,手段,指導内容と頻度,小児・高齢者の指導の有無と指導内容,洗眼指導の有無などについて,アンケート形式で行った.結果:点眼指導の実施率はC96.1%であった.点眼指導にかける時間はC5分未満がもっとも多く,点眼指導の手段は,ほぼ全店舗で「口頭による説明」が施行されていた.点眼指導内容は「点眼:眼瞼を下にひく・容器の先が目に触れないよう点眼する」「あふれた液のふき取り」「点眼後の閉瞼」を“いつも指導する”は,「点眼前の手洗い」「点眼後の閉瞼」を“いつも指導する”に比べ高い頻度であった.小児または高齢者への指導経験の有無は,「ある」がC4割強,「ない」がC5割強を占めた.クラスター分析を行った結果,点眼指導は四つのクラスターに分類することができた.結論:個々の患者に対応するため,点眼指導にはいくつかのバリエーションが存在するが,点眼薬の処方機会の多さと時間的な制約,点眼指導に対する意識の差といった要素により,店舗間で指導内容の相違がみられた.今後,この点を是正していくことが点眼治療の質の向上につながると考えられた.CObjective:Toinvestigatetheactualguidanceprovidedinretailpharmaciesforophthalmic-solutioneye-dropinstillation.Subjectsandmethods:Asurveywasconductedat1462pharmaciesunderthecontrolof15pharma-ceuticalcompaniesthatagreedtothepurposeofthesurvey.Thecontentofthequestionnaireincludedthefollow-ing:presenceorabsenceofeyedrops,time,means,content,andfrequencyofeyedrops,presenceorabsenceofguidanceCforCchildrenCandCtheCelderly,CandCpresenceCorCabsenceCofCeyeCwashingCguidance.CResults:OphthalmicCguidancewasdeliveredto96.1%ofthepatients.Theaveragetimespentforophthalmicguidancewaslessthan5minutes,andthemethodofinstructionwas“verbal”innearlyallpharmacies.Regardingthecontentofophthalmicguidance,CtheCfrequencyCof“alwaysCinstructing”wasChigherCthanCthatCof“washingChandsCbeforeCinstillation”andC“closingeyelidsafterinstillation”for“instillation:pullingtheeyelidsdownanddroppingtheeyesothatthetipsofthecontainersdonottouchtheeyes,”“wipingo.theover.owsolution,”and“closingtheeyelidsafterinstilla-tion.”Approximatelyhalfoftherespondentswere“yes”or“no”withregardtotheexperienceofprovidingguid-ancetochildrenortheelderly.Clusteranalysisshowedthattheclusterscouldbeclassi.edintofourclusters.Con-clusions:ItCwasCspeculatedCthatCsomeCpharmaciesCwereCnotCadequatelyCpreparedCforCtheCocularCguidanceCofCindividualpatients.Fromtheclusteranalysis,itwasthoughtthatfactorssuchasthenumberofeye-dropprescrip-tions,CtimeCconstraints,CandCdi.erencesCinCawarenessCofCophthalmicCguidanceChadCanCin.uenceConCnotCbeingCade-quatelyprepared.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C38(2):225.231,C2021〕Keywords:点眼指導,点眼手技,アンケート調査,薬局.guidanceoninstillation,ocularinstilltionprocedure,questionnairesurvey,pharmacy.C〔別刷請求先〕西原克弥:〒533-8651大阪市東淀川区下新庄C3-9-31参天製薬(株)サイエンスインフォメーションチームReprintrequests:KatsuyaNishihara,ScienceInformationTeam,SantenPharmaceuticalCo.,Ltd.,3-9-31,Shimo-Shinjo,Higashiyodogawa-ku,Osaka533-8651,JAPANCはじめに眼科疾患に対する治療は,点眼薬を主要薬剤とする治療(点眼治療)が基本であり,点眼アドヒアランスだけでなく,点眼手技を含めた点眼薬の取り扱いも治療効果に影響を与えると考えられている.すなわち,点眼薬がもつ有効性と安全性を確保するためには,用法用量を遵守し,正しい点眼方法で確実に薬液を眼に点眼することが求められる.それゆえ,点眼薬処方時の正しい点眼方法の指導(点眼指導)は不可欠である.その一方で,高齢者や緑内障患者1),白内障術後の点眼指導上の課題2)が報告されており,医師,薬剤師,看護師など点眼治療にかかわる医療従事者が共通認識をもち,点眼薬の服薬指導に携わることが重要である..今回,筆者らは,点眼指導の実態を把握することを目的に薬局店舗を対象とした点眼指導実態アンケート調査を実施したので報告する.CI対象および方法1.アンケートの対象と調査方法対象は,本調査の趣旨に同意した調剤薬局企業(15社)傘下のC1,462店舗である.調査期間はC2019年C6月のC1カ月間である.実態調査は,点眼指導の有無,時間,手段,指導内容と頻度,小児・高齢者の指導の有無と指導内容,洗眼指導の有無などについてアンケート形式の調査を行った.調査内容の詳細は表1に示した.調査手法は,Googleフォームまたは調査用紙を利用し,各店舗につきC1件の回答を回収し集計した.C2.統計学的検討実態調査の結果は,単純集計して点眼指導の実態を検討した.また,点眼指導の内容に関する詳細な傾向を明らかにするため,潜在クラス分析(クラスター分析)を行った.クラスター分析では,全店舗をC4クラスターに分類した後,各クラスターにおける点眼指導内容の特徴について検討した.クラスター分類に用いた分析変数の各クラスター間での相違は,分散分析を用いて検討した.判定は,p<0.05を有意差ありと判定した.統計学的解析にはCJMP(Ver.14,CSASInstituteInc.)を用いた.CII結果1.調査店舗の背景都道府県別の調査店舗数を表2に示す.Q1の回答から,月平均の点眼薬処方箋枚数は,点眼薬処方箋がC100枚未満の店舗の割合がC75.0%であったのに対し,100枚以上C500枚未満の割合がC17.0%,500枚以上の割合がC7.7%で,点眼薬処方箋がC100枚以上の店舗の割合はC24.7%であった(表3).C2.点眼指導の実態Q2において点眼指導を「新規に点眼薬を処方する患者さんすべてに実施している」または「点眼指導が必要と思われる患者さんに実施している」とした店舗はC1,462店舗中1,405店舗で,実施率はC96.1%であった.その内訳を表4に示す.「Q3:点眼指導が必要と思われる患者さん」の質問に対する回答は,「高齢者」がもっとも多く,「保護者」「小児」「障害者」の順であった(表5).点眼指導にかける時間は,5分未満がもっとも多く(図1),Q4:点眼指導の手段は,ほぼ全店舗で「口頭による説明」が施行されており,紙媒体のチラシや指導箋を利用している割合はC42.3%,点眼手技動画の利用割合はC0.3%であった(表6).なお口頭と紙媒体を併用する店舗はC41.1%であった.表1アンケート調査内容店舗の所在地(都道府県)Q1)月平均,点眼薬の処方箋をどのくらい受けていますか?Q2)点眼指導を実施されていますか?Q3)Q2)で「点眼指導が必要と思われる患者さんに実施している」と答えた方にお聞きします.必要と思われる患者さんをすべて教えてください.Q4)点眼方法に係る指導の手段を教えてください(複数回答可)Q5)基本の点眼方法に係る指導の内容とその頻度を教えてください.-①点眼前の手洗い-②点眼:眼瞼を下にひく・容器の先が目に触れないよう点眼する-③あふれた液のふき取り-④点眼後の閉瞼-⑤点眼後の涙.部圧迫Q6)小児の点眼で指導されたことがある点眼手技はありますか?Q7)Q6)で「ある」と答えた方にお聞きします.どのような手技ですか(自由記載)Q8)高齢者の点眼で指導されたことがある点眼手技はありますか?Q9)Q8)で「ある」と答えた方にお聞きします.どのような手技ですか?(自由記載)Q10)洗眼方法について洗眼指導されたことはありますか?Q11)Q10)で「ある」と答えた方にお聞きします.どのような指導内容ですか?(自由記載)表2都道府県別の調査店舗数表3点眼薬処方箋枚数(月平均)回答数割合(%)5枚未満C207C14.25.C20枚未満C377C25.820.C100枚未満C513C35.1100.C500枚未満C248C17.0500枚以上C112C7.7未記入C5C0.3合計C1,462表5点眼指導が必要と思われる患者回答数割合(%)高齢者C644C91.9小児C436C62.2保護者C480C68.5障害者C294C41.9新規,あるいは初めてC33C4.7慣れていない,不安そうな患者C24C3.4未記入C4C0.6Q5では,点眼指導内容として「点眼前の手洗い」,「点眼:眼瞼を下にひく・容器の先が目に触れないよう点眼する」,「あふれた液のふき取り」「点眼後の閉瞼」「点眼後の涙.部圧迫」のC5項目の基本的な点眼指導頻度を調査し,その表4点眼指導の実施状況回答数割合(%)新規に点眼薬を処方する患者さんすべてに実施しているC704C48.2点眼指導が必要と思われる患者さんに実施しているC701C47.9実施していないC54C3.7未記入C3C0.2合計C1,4620.40.0■:5分未満:5分以上10分未満:10分以上:その他図1点眼指導にかける時間の割合(%)点眼指導にかける時間は,5分未満がもっとも多い.結果を図2に示した.「点眼:眼瞼を下にひく・容器の先が目に触れないよう点眼する」「あふれた液のふき取り」「点眼後の閉瞼」を“いつも指導する”は,「点眼前の手洗い」「点眼後の閉瞼」を“いつも指導する”に比べ高い頻度であっ表6点眼指導の手段回答数割合(%)口頭C1,385C98.6紙の資料C595C42.3動画C4C0.3実地してもらい,悪いところを指導C23C1.6薬剤師が手本C21C1.5未記入C1C0.1C点眼:眼瞼を下にひく・容器の先が目に触れないよう点点眼前の手洗い眼するあふれた液のふき取り点眼後の閉瞼点眼後の涙.部圧迫2.42.02.53.5■C:ほとんど指導しない■B:ときどき指導する■A:いつも指導するD:指導しない:未記入図2点眼指導内容の実施割合(%)「点眼:眼瞼を下にひく・容器の先が目に触れないよう点眼する」「あふれた液のふき取り」「点眼後の閉瞼」を“いつも指導する”は,「点眼前の手洗い」「点眼後の閉瞼」に比べ高い頻度であった.小児の点眼指導の有無高齢者の点眼指導の有無0.10.4■:ある:ない:未記入図3小児と高齢者への点眼指導の有無の割合(%)「ある」および「ない」は,「ない」が多かった.た.Q6.9で小児および高齢者に対する点眼指導の実態を調査した.小児または高齢者への指導経験の有無は,「ある」がC4割強,「ない」がC5割強を占めた(図3).指導した手技(回答は自由記載)については,アフターコーディングの結果,小児では「寝ているときに点眼」「プロレス法」,高齢者では「げんこつ法」「点眼補助具」の回答割合が高かった(図4).洗眼方法の指導経験(Q10)は,「ある」がC11.2%であった.C3.クラスター分析アンケート結果から,互いに似た性質をもつ薬局店舗をグルーピングし,そこから得られる課題を抽出するためクラスター分析を行った.分析変数を「点眼指導の手段」「基本的なC5項目の点眼指導内容」「小児と高齢者への指導経験」の調査結果としたところ,四つのクラスターに分類することができた.クラスター解析に用いた分析変数は分散分析の結果,クラスター間で有意に差がある変数であった(図5).四つのクラスターの定義づけを「点眼薬処方箋枚数」の結果と掛け合わせた結果を表7に示した.泣いているときは寝て点眼点眼しない目尻,横から入れる容器を持つ手を固定目を閉じて点眼点眼補助具30.7%33.0%プロレス法(子供を固定)げんこつ法寝ているときに点眼0.0%5.0%10.0%15.0%20.0%25.0%30.0%35.0%0.0%5.0%10.0%15.0%20.0%25.0%30.0%35.0%図4小児と高齢者の点眼手技小児,高齢者に点眼指導を実施している店舗におけるその手技方法の割合(アフターコーディング)処方箋枚数指導手段小児指導の有無高齢者指導の有無クラスター1クラスター2クラスター3クラスター40%20%40%60%80%100%*p<0.0001*p<0.0001*p<0.00010%40%80%0%40%80%0%40%80%■20枚以上100枚未満■口頭+紙資料■口頭のみ■ある■ない■ある■ない■100枚以上紙資料のみ■他の説明■20枚未満20%60%100%20%60%100%20%60%100%①②③④⑤クラスター1クラスター2クラスター3クラスター4#p<0.0001#p<0.0001#p<0.0001#p<0.0001#p<0.00010%40%80%0%40%80%0%40%80%0%40%80%0%40%80%20%60%100%20%60%100%20%60%100%20%60%100%20%60%100%■A:いつも指導する■B:ときどき指導する■C:ほとんど指導しないD:指導しない①点眼前の手洗い②点眼:眼瞼を下にひく・容器の先が目に触れないよう点眼する③あふれた液のふき取り④点眼後の閉瞼⑤点眼後の涙.部圧迫図5クラスター分析分析変数を「点眼指導の手段」「基本的なC5つの点眼指導内容」「小児と高齢者への指導経験」の調査結果としたところ,四つのクラスターに分類することができた.表7クラスターの定義づけクラスター分類定義クラスターC1点眼薬の処方箋枚数が少ない薬局で,点眼指導はときどき実施する薬局クラスターC2点眼薬の処方箋枚数が比較的多い薬局で,紙(チラシ)資材も併用しながらC5項目の点眼指導を積極的に実施している.ただし,小児・高齢者への点眼手技指導は,高齢者・小児の接触機会が少ないことからクラスターC3より実施頻度は低いクラスターC3点眼薬の処方箋枚数が多い薬局で,小児・高齢者への点眼手技指導については指導する機会の多さから実施頻度は高いが,5項目の点眼指導は紙(チラシ)に頼る傾向があるクラスターC4点眼薬の処方箋枚数が少ない薬局で,点眼指導はクラスターC1より消極的クラスターAS1S2S3S4S5B13322223221111123112222143444443処方箋数3213数字は変数内の順位図6各変数のクラスター順位A:紙資材の利用頻度,B:小児・高齢者の点眼指導の実施頻度.S1:点眼指導内容「点眼前の手洗い」の実施頻度,S2:点眼指導内容「点眼前の手洗い点眼:眼瞼を下にひく・容器の先が目に触れないよう点眼する」の実施頻度,S3:点眼指導内容「あふれた液のふき取り」の実施頻度,S4:点眼指導内容「点眼後の閉瞼」の実施頻度,S5:点眼指導内容「点眼後の涙.部圧迫」の実施頻度.CIII考察今回のアンケート調査に参加した調査店舗の背景は,都道府県別の分布をみると,おおむね人口比率と似た傾向を示したが,中国地方と九州地方の調査店舗数が少なかった(佐賀県は調査店舗が0).また,点眼薬処方箋枚数では,月平均がC500枚以上の店舗割合がC7.7%であったことから,本調査ではごく標準的な院外薬局が抽出されていると考えられ,眼科関連の処方箋をおもに扱う薬局によるバイアスは考慮しなくてよいと考えられた.今回の対象店舗における点眼指導の実施率はC96.1%とほぼすべての薬局で実施されており,実施方法としては口頭による説明がC98.6%とほとんどを占め,紙資材を併用する店舗はC41.1%であった.近年動画による点眼指導が効果的3,4)との報告があるが,本調査結果で動画の利用率はC0.3%であり,紙資材や動画を使用した点眼指導が普及していない実態が浮き彫りになった.また,基本的なC5項目の点眼指導の実施頻度は,点眼時動作の「点眼:眼瞼を下にひく・容器の先が目に触れないよう点眼する」と「点眼直後のふき取り・閉瞼」の指導頻度は比較的高い傾向がみられたが,「点眼前の手洗い」「点眼後の涙.部圧迫」の指導頻度は低い傾向がみられた.すなわち,点眼指導すべきC5項目が一連の点眼手技であることが十分に認識されていないために指導内容の実施頻度にばらつきがみられたものと考えられた.また,涙.部圧迫については,白内障術後などは,感染症のリスクから実施すべきではないとの報告(文献)が実施頻度を低値にしていることに多少影響している可能性が考えられた.五つの指導内容で“いつも実施する”が,一番高くてC34%であったこと,また小児,高齢者への点眼指導がC50%に達していないことは,個々の患者に対応するための点眼指導がまだ十分に準備されていない店舗があることが推察された.クラスター分析では四つのタイプの薬局店舗に分類することができた.クラスターC2とC3はC1とC2より点眼薬の処方箋枚数が多い店舗タイプであるが,この二つの相違点としては,点眼薬処方箋枚数,紙資材の利用頻度,基本的なC5項目の点眼指導頻度,高齢者・小児の点眼手技指導率があげられる.すなわち,クラスターC3は点眼薬処方に慣れている薬局店舗と考えられ,眼科関連の処方箋を多く扱っている店舗であると推察される.さらに,点眼薬の処方機会の多さとそれによる服薬指導にかかる時間的な制約から,基本的なC5項目の点眼指導については,より効率的な紙資材を多用したことが推察された.クラスターC3におけるこれらの背景が,クラスターC2より五つの点眼指導の実施頻度が少なくなった理由であると考えられた.しかしながら眼科に近接した薬局では,アクセスのよさから高齢者や小児の患者の来局機会は多くなると推測できるため,処方箋枚数が多い店舗では,小児・高齢者の点眼手技の直接指導の頻度がクラスターC2より高くなったと考えられた.点眼薬の処方箋枚数が少ないクラスターC1とC4の違いは,基本的なC5項目の点眼指導の頻度であったことから,点眼指導に対する意識の差が頻度の差となって現れたのではないかと推察した.クラスターC4は,眼科以外の診療科から,内服薬とともに点眼薬が処方される処方箋を扱う機会が多い店舗であると推察され,服薬指導が内服薬中心に行われていて,点眼薬の服薬指導が十分に行われていない可能性が示唆された.これらクラスター分析の結果から,薬局における点眼指導の実態を解釈してみると,点眼指導の内容と頻度は,点眼薬の処方機会の多さと時間的な制約,点眼指導に対する意識の差といった要素が影響を与えていると考えられた.今後,点眼指導内容の統一化を図るためには,統一化を妨げる要因を排除すること,つまり処方の機会や時間的な制約に影響されない指導手段を構築することと,点眼指導をする側,される側の教育と理解の促進を図っていくことが重要と考えられる.謝辞:本論文投稿にあたりご助言をいただきました庄司眼科医院・日本大学医学部視覚科学系眼科学分野の庄司純先生に深謝2)大松寛:白内障術前抗菌点眼薬の施行率と点眼方法の観いたします.察.IOL&RS32:644-646,C20183)野田百代:入院前からの点眼指導への介入.日本視機能看護学会誌3:15-18,C2018文献4)小笠原恵子:白内障手術患者に対するCDVDを用いた個別1)谷戸正樹:点眼指導の繰り返しによる点眼手技改善効果.点眼指導の取り組み.日本農村医学会雑誌C63:846-847,あたらしい眼科35:1675-1678,C2018C2015C***

Klebsiella pneumoniae による尿路感染症および肝膿瘍に 起因する内因性細菌性眼内炎をきたした1 例

2021年2月28日 日曜日

《原著》あたらしい眼科38(2):220.224,2021cKlebsiellapneumoniaeによる尿路感染症および肝膿瘍に起因する内因性細菌性眼内炎をきたしたC1例村上卓半田弥生井田洋輔伊藤格日景史人大黒浩札幌医科大学眼科学講座CACaseofEndogenousBacterialEndophthalmitisAssociatedwithUrinaryTractInfectionandLiverAbscessCausedbyKlebsiellapneumoniaeCSuguruMurakami,YayoiHanda,YosukeIda,KakuItoh,FumihitoHikageandHiroshiOhguroCDepartmentofOphthalmology,SapporoMedicalUniversityCKlebsiellapneumoniaeによる内因性細菌性眼内炎のため眼球内容除去に至ったC1例を経験したので報告する.症例はC80歳,女性.右眼の急激な視力低下と眼痛を自覚し近医受診し,水晶体起因性ぶどう膜炎の疑いで当院紹介となった.当院初診時,右眼の視力は光覚弁,眼圧はC27CmmHgで,角膜の浮腫と混濁,前房炎症を認めた.生化学的検査にて炎症反応高値,軽度肝機能障害,尿路感染とコンピューター断層撮影検査(computerizedtomography:CT)にて肝臓に直径C61Cmmの肝腫瘤を認めた.内因性細菌性眼内炎の可能性も考慮し,抗菌薬の全身投与と点眼を行ったが,結局眼球内容除去を施行した.血液,尿,眼球内容,および肝膿瘍の排液の細菌培養検査にてCKlebsiellaCpneumoniaeが検出された.全身状態が不良な急性の眼内炎を診察した際は,全身検索や他科の医師との連携が眼科的な治療と生命予後の改善のために重要であると考える.CPurpose:Toreportacaseofendogenousbacterialendophthalmitis(EBE)associatedwithurinarytractinfec-tionandliverabscesscausedbyKlebsiellapneumoniaeCthatwasultimatelysuccessfullytreatedbyeviscerationoftheCeye.CCase:AnC80-year-oldCwomanCwasCreferredCtoCourChospitalCforCsuspectedClens-inducedCuveitisCafterCbecomingCawareCofCimpairedCvisionCandCophthalmalgiaCinCherCrightCeye.CInCherCright,CtheCvisualCacuityCwasClightCperceptionandtheintraocularpressurewas22CmmHg.Herrighteyeshowedcornealedema,cornealopaci.cation,andanteriorchamberin.ammation.Thelaboratory.ndingsrevealedahighlevelofin.ammatoryresponse,alowlevelofliverdamage,andaurinarytractinfection.Computedtomographyshoweda61Cmmmassintheliver.Con-sideringCtheCpossibilityCofCEBE,CsheCwasCadministeredCantibiotics,CyetCherCrightCeyeCwasCultimatelyCeviscerated.CKlebsiellaCpneumoniaeCwasCidenti.edCfromCblood,Curine,CintraocularC.uids,CandCpusCofCtheCliverCabscess.CConclu-sion:Incasesofacuteendophthalmitiswithpoorgeneralconditions,asystemicexaminationandclosecollabora-tionbetweenophthalmologistsandotherphysiciansisrequiredforophthalmologictreatmentandimprovementoflifeprognosis.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)38(2):220.224,C2021〕Keywords:内因性細菌性眼内炎,尿路感染症,肝膿瘍,クレブシエラ,眼球内容除去.endogenousCbacterialCen-dophthalmitis,urinarytractinfection,liverabscess,Klebsiellapneumoniae,evisceration.Cはじめにム陰性菌ではCKlebsiellapneumoniaeやCEscherichiacoli,グ内因性細菌性眼内炎は,遠隔臓器の感染病巣から菌が血行ラム陽性菌ではCStaphylococcusaureusやCStaphylococcuspneu-性に眼内に移行して発症する比較的まれな疾患で,視力予後moniaeが多いことが知られているが,日本を含む東アジアはきわめて不良といわれる1,2).一般的な起因菌として,グラではCKlebsiellapneumoniaeなどのグラム陰性菌による胆肝〔別刷請求先〕村上卓:〒060-8543北海道札幌市中央区南C1条西C17丁目札幌医科大学眼科学講座Reprintrequests:SuguruMurakami,M.D.,DepartmentofOphthalmology,SapporoMedicalUniversity,17Chome,Minami1Jonishi,Chuoku,Sapporo-shi,Hokkaido060-8543,JAPANC系感染が原病巣であることが多いと報告されている1.3).今回,筆者らはCKlebsiellapneumoniaeによる尿路感染症および肝膿瘍に起因する内因性細菌性眼内炎を発症し,眼球内容除去に至ったC1例を経験したので報告する.CI症例患者:80歳,女性.主訴:右眼視力低下,眼痛.全身既往歴:突発性難聴.家族歴:特記事項なし.眼既往歴:白内障.現病歴:白内障にて近医定期通院中であった.20xx年C4月某日(第C0病日とする)より右眼の急激な視力低下と眼痛を自覚し,第C1病日に前医を受診した.右眼の視力は光覚弁で強い前房内炎症所見を認め,水晶体起因性ぶどう膜炎の疑いで第C2病日に札幌医科大学附属病院(以下,当院)眼科紹介初診,即日入院となった.初診時現症:視力は右眼光覚弁(矯正不能),左眼C0.3(0.5C×.1.00D).眼圧は右眼C27mmHg,左眼C18mmHg.右眼には角膜実質浮腫と角膜混濁,フィブリン析出を伴った強い前房内炎症,球結膜の充血と浮腫を認め(図1),中間透光体は加齢性白内障(Emery-Little分類CgradeII)のほか,硝子体混濁が強く眼底は透見不能であった.左眼には炎症所見を認めなかった.全身所見:車椅子への移乗も困難なほど衰弱している様子であった.体温はC36.6℃.生化学的所見ではCWBCC8,500/μL(Neut80.5%,Lymph13.0%)のほか,CRPC22.1Cmg/dl,プロカルシトニン9.6Cng/mlと高値を示し,全身的な感染を疑う所見であった.また,アルブミン2.3Cg/dlと低下がみられ,GOT60CU/l,GPT57CU/l,ALP405CU/lと軽度肝機能障害が認められた.尿所見はCWBC(2+),亜硝酸塩(2+),尿潜血(2+)であり,入院時(第C2病日)に提出した血液培養は陰性であったが,尿培養にてCKlebsiellaCpneu-moniaeを少量検出し,尿路感染症が推測された.薬剤感受性評価ではアンピシリンとミノマイシンに耐性を示す以外には,他の抗菌薬に対する感受性はCsensitiveであった.胸腹骨盤単純コンピューター断層撮影検査(computerizedtomog-raphy:CT)にて肝臓CS1領域に直径C61Cmm大の腫瘤影を認めた(図2).臨床経過:諸検査の結果より,水晶体起因性ぶどう膜炎ではなく,尿路感染症に起因する内因性眼内炎の可能性が考えられ,肝腫瘤については胆管細胞癌が疑われた.全身状態不良のため当院内科に治療介入を依頼し,第C2病日から右眼に対しレボフロキサシン点眼液C1日C4回,ベタメタゾンリン酸エステル点眼液C1日C6回,アトロピン点眼液C1日C1回の局所治療のほか,全身治療としてセフォペラゾンナトリウム・スルバクタム(スルペラゾン)2Cg/日による点滴治療を開始した.第C3病日には右眼の眼圧がC39CmmHgと上昇,ビマトプロスト点眼液,チモロールマレイン酸点眼液,ブリンゾラミド点眼液,ブリモニジン点眼液を開始,全身管理のために内科に転科となった.第C4病日にはクリンダマイシン(ダラシン)1.8Cg/日の点滴が追加投与となり,右眼の結膜浮腫が著明となりオフロキサシン眼軟膏C1日C3回塗布を開始した.第5病日には右眼の眼圧がC54CmmHgとさらなる上昇を認め,リパスジル点眼液とCD-マンニトール点滴にて追加加療するも,高眼圧状態と眼痛の改善を得られなかった.第C6病日撮影の造影CCT検査にて右眼眼球の腫脹と突出,眼球壁の肥厚,および眼球周囲の脂肪織の輝度上昇を認め,全眼球炎が示唆された(図3).同日水晶体再建術+硝子体手術を施行した.結膜充血と浮腫,角膜実質浮腫と角膜混濁,強い前房内図1初診時前眼部写真角膜実質浮腫と角膜混濁,フィブリンを伴う強い前房内炎症,球結膜の充血と浮腫を認めた.図2初診時胸腹骨盤単純CT肝臓CS1領域に直径C61Cmm大の腫瘤影を認めた.図3第6病日の頭部造影CT右眼球の腫脹と突出,眼球壁の肥厚,および眼球周囲の脂肪織の輝度上昇を認め,全眼球炎が示唆された.図4術中写真a:手術開始時.結膜充血と浮腫,角膜実質浮腫と角膜混濁,強い前房内炎症を認めた.Cb:水晶体処理後.硝子体は著明に白色混濁していた.Cc:広角眼底観察システム(Resight)使用下.硝子体は著明に白色混濁しており,網膜色調も不良だった.d:脈絡膜出血後.硝子体腔および上鼻側の強膜ポート挿入部より多量の出血を認めた.炎症を認めた(図4a).硝子体は著明に白色混濁しており(図病日にC40℃台の発熱と炎症反応の再燃あり,同日に提出しC4b~c),網膜色調も不良であった(図4c).硝子体手術中にた血液培養からCKlebsiellapneumoniaeが検出され,抗菌薬硝子体腔および上鼻側の強膜ポート挿入部より多量の出血を点滴をタゾバクタム・ピペラシリン(ゾシン)13.5Cg/日に変認め(図4d),上脈絡膜出血と考えられた.視機能を期待で更した.第C10病日にもC39℃台の発熱あり,当初胆管細胞癌きないとの術中判断にて,眼球内容除去へ術式を変更した.を疑っていた腫瘤影が肝膿瘍である可能性も否定できず,経術後に得られた硝子体液からCKlebsiellapneumoniaeが検出皮経肝胆管ドレナージ(percutaneousCtranshepaticCcholan-された.術後経過において炎症反応改善傾向だったが,第C9Cgialdrainage:PTCD)を施行したところ白色膿汁の排液を認めた.排液からもCKlebsiellapneumoniaeが検出され,薬剤感受性評価も同様にアンピシリンとミノマイシンに耐性を示す他は抗菌薬にCsensitiveであった.それまで投与されていた抗菌薬への耐性は示さなかったものの,治療強化のため抗菌薬をセフトリアキソン(ロセフィン)4Cg/日に変更した.ドレナージ後から順調に全身状態は改善し,第C17病日の造影CCT検査でも肝膿瘍の縮小を認めた.第C21病日から抗菌薬を点滴からレボフロキサシン内服に変更したが以後感染の再燃なく経過し,第C30病日リハビリ目的に転院となった.CII考按内因性眼内炎は転移性眼内炎ともよばれ,遠隔臓器の感染病巣から菌血症を経て血行性に眼内に移行して発症するもので,内眼手術や穿孔性眼外傷,角膜潰瘍などによって起炎菌が直達的に眼内に及んで起こる外因性眼内炎とは区別される1,2).眼外の病巣がC67%に発見され,部位別にみると肝膿瘍がC26%と最多で,以下肺炎C12%,中枢神経系感染C10%,腎尿路系感染C10%と続き,12%には複数の眼外病巣がみつかったとの報告がある1.3).背景疾患をもつものがC56%を占め,糖尿病が最多で,HIV感染,自己免疫疾患,血液疾患,アルコール中毒など1.3)のほか,薬物の血管内投与や外科手術,血液透析,免疫抑制薬投与,中心静脈カテーテルに関連した症例の報告も多い1,2,4).起炎菌はグラム陰性菌としてはCKlebsiellapneumoniaeやCEscherichiacoli,グラム陽性菌としてはCStaphylococcusaureusやCStaphylococcuspneumoniaeが多いことが知られている1,2).起炎菌や原病巣には,地域差があるといわれており,欧米ではグラム陽性菌を起炎菌とした心内膜炎や尿路感染症が原病巣であることが多いのに対して,東アジアではCKlebsiellapneumoniaeなどのグラム陰性菌による胆肝系感染が多いといわれている1,3.6).日本においてもCKlebsiellapneumoniaeによる内因性眼内炎の報告が多数存在している5.11).視力予後はきわめて不良で,指数弁以上の視力を維持できるものはC32%にすぎず,光覚を失うものがC44%,眼球摘出を要するものがC25%との報告もあるC1.3).本症例では血液,尿,PTCDの排液,および硝子体液の培養からCKlebsiellapneumoniaeが検出されており,最終的に眼球内容除去を施行するに至った.Klebsiellapneumoniaeによる細菌性内因性眼内炎は早期かつ積極的な抗菌薬の投与および外科的処理にもかかわらずその転帰は不良とされ,硝子体切除術を施行しても光覚弁,失明,あるいは眼球摘出に至る場合が多くみられる5,7).Gounderらは,Klebsiellapneu-moniaeが分離された内因性細菌性眼内炎のC9症例のうち,肝膿瘍を認めたものがC8症例あり,3症例で眼球内容除去が必要になったと報告している12).また,Liらの報告では,CKlebsiellapneumoniaeによる内因性眼内炎と診断された110人の患者のうち,眼外病変で肝膿瘍を認めた患者がC85人と一番多く,124眼中C91眼(73.4%)で最終視力が指数弁より悪くなり,20眼(16.1%)に内容除去あるいは眼球摘出が必要となった13).本症例では突発性難聴以外の既往歴はなく,免疫不全状態に関連するような背景疾患を有していなかった.内因性細菌性眼内炎と診断されたC57人中危険因子をもつ患者はC43人だったという報告12)やCKlebsiellapneumoniaeによる内因性眼内炎と診断されたC110人中C82人(74.5%)に免疫不全状態に関連する基礎疾患があり,糖尿病がC75人(68.2%)と一番多かったという報告13)もあるが,いずれにおいても免疫不全状態に関連する基礎疾患や危険因子をもっていない患者も多数含まれており,全身的な基礎疾患をもたない患者においても内因性細菌性眼内炎の可能性を考慮する必要があると考える.また,前医にて水晶体起因性ぶどう膜炎疑いの診断であったことに関し,内因性細菌性眼内炎は他の細菌感染症の治療中の患者を除き,充血や視力低下,眼痛などを訴えて眼科を受診した患者に,強い前房炎症という眼所見のみから内因性眼内炎の診断を下すことはむずかしい場合があることが示唆された.Jacksonらの報告によると,内因性細菌性眼内炎342例中C89例(26%)にて誤診を認めており,もっとも多かったのがぶどう膜炎でC32例だった14).また,西田らの報告によると初めから正しく内因性細菌性眼内炎と診断された症例はC21名中C15名(71.4%)であった15).本症例では初対面時の本人の全身状態の異変に気付いたことが診断のきっかけになっており,強い炎症を伴う眼所見を認めた際には,眼所見の詳細な観察のみならず,全身状態の検査や評価を行うことで,より的確な診断ならびに早期治療につながることが示唆された.CIII結語Klebsiellapneumoniaeによる尿路感染症と肝膿瘍に起因する内因性細菌性眼内炎のため眼球内容除去に至ったC1例を経験した.急性の強い眼内炎を認める際には,既往歴や前医での診断にこだわらず,内因性細菌性眼内炎の可能性を常に考慮して全身精査を行うべきである.また,状況によっては早期に適切な診療科への治療介入を依頼することが,眼科的治療のみならず生命予後改善のためにも重要であると考える.文献1)喜多美穂里:転移性眼内炎.あたらしい眼科C28:351-356,C20112)喜多美穂里:内因性細菌性眼内炎.臨眼70:274-278,C20163)JacksonCTL,CEykynCSJ,CGrahamCEMCetal:Endogenousbacterialendophthalmitis:aC17-yearCprospectiveCseriesCandCreviewCofC267CreportedCcases.CSurvCOphthalmolC48:C403-423,C20034)戸所大輔:細菌性転移性眼内炎多施設スタディからわかったこと.臨眼73:1115-1121,C20195)太田雅彦,米田行宏,喜多美穂里ほか:クレブシエラ肺炎桿菌による敗血症・髄膜脳炎に難治性眼内炎が併発したC1例.臨神経53:37-40,C20136)森秀夫,谷原佑子,内本佳世:胆管炎で発症し胆管炎の再発により再発した内因性細菌性眼内炎のC1例.臨眼C70:C747-752,C20167)中瀬古裕一,石田祐一,坂本太郎ほか:肝膿瘍に併発した転移性眼内炎により失明に至ったC1例.日外感染症会誌C14:751-754,C20178)橋本慎太郎,角田順久:肺化膿症・眼内炎を併発したCK.pneumoniaeによる肝膿瘍に対して肝切除により感染制御を得た胆管細胞癌のC1例.日外感染症会誌15:100-104,C20189)山崎仁志,大黒浩,間宮和久ほか:肝膿瘍に合併した両眼性転移性眼内炎のC1例.あたらしい眼科C19:1525-1527,C2002C10)樺山真紀,鍋島茂樹,久保徳彦ほか:臨牀指針肝膿瘍に左細菌性眼内炎を合併した一症例.臨と研C79:1205-1208,C200211)TodokoroCD,CMochizukiCK,CNishidaCTCetal:IsolatesCandCantibioticCsusceptibilitiesCofCendogenousCbacterialCendo-phthalmitis:ACretrospectiveCmulticenterCstudyCinCJapan.CJInfectChemotherC24:458-462,C201812)GounderPA,HilleDM,KhooYJetal:Endogenousendo-phthalmitisCinCWesternAustralia:aCsixteen-yearCretro-spectivestudy.RetinaC40:908-918,C202013)LiYH,ChenYH,ChenKJetal:Infectioussources,prog-nosticCfactors,CandCvisualCoutcomesCofCendogenousCKlebsi-ellaCpneumoniaeCendophthalmitis.COphthalmolCRetinaC2:C771-778,C201814)JacksonCTL,CParaskevopoulosCT,CGeorgalasI:SystematicCreviewCofC342CcasesCofCendogenousCbacterialCendophthal-mitis.SurvOphthalmolC59:627-635,C201415)NishidaT,IshidaK,NiwaYetal:Aneleven-yearretro-spectiveCstudyCofCendogenousCbacterialCendophthalmitis.CJOphthalmolC2015:ArticleID261310,11pages,2015C***