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円錐角膜に対する全層角膜移植と深層層状角膜移植の術後 経過の比較

2021年5月31日 月曜日

《原著》あたらしい眼科38(5):584.587,2021c円錐角膜に対する全層角膜移植と深層層状角膜移植の術後経過の比較關口(色川)真理奈水野未稀内野裕一榛村重人坪田一男慶應義塾大学医学部眼科学教室CComparisonofthePostoperativeCoursebetweenPenetratingKeratoplastyandDeepAnteriorLamellarKeratoplastyforKeratoconusMarina(Irokawa)Sekiguchi,MikiMizuno,YuichiUchino,ShigetoShimmuraandKazuoTsubotaCDepartmentofOphthalmology,KeioUniversitySchoolofMedicineC目的:円錐角膜患者に対する全層角膜移植と深層層状角膜移植の術後経過について比較検討する.対象:2008年3月.2017年C1月に行った円錐角膜患者に対する全層角膜移植と深層層状角膜移植のうち,術後C2年以上経過を追跡できたC20症例(全層角膜移植群C11名C11眼,深層層状角膜移植群C9名C10眼)を対象とした.縫合糸は緩み,断裂,感染があった場合にのみ抜糸とした.結果:術後C3年までの眼鏡矯正視力(logMAR換算視力),球面度数,乱視度数,等価球面度数,角膜形状,角膜内皮細胞密度について,両群間に差はなかった.結論:円錐角膜患者に対する全層角膜移植群および深層層状角膜移植群のC3年までの術後経過は両群に差はなかった.CPurpose:ToCcompareCtheCpostoperativeCcourseCbetweenpenetratingCkeratoplasty(PK)andCdeepCanteriorClamellarkeratoplasty(DALK)forCkeratoconus.CMethods:ThisCretrospectiveCstudyCinvolvedC20CkeratoconusCpatientswhounderwentPK(PKGroup,11eyesof11patients)orDALK(DALKGroup,10eyesof9patients)atKeioCUniversityCHospital,CTokyo,CJapanCfromCMarchC2008CtoCJanuaryC2017,CandCwhoCcouldCbeCfollowedCforCmoreCthanC2-yearsCpostoperative.CInCallCpatients,CpostoperativeCbestCspectacle-correctedCvisualacuity(BSCVA;Log-MAR),CsphericalCpower,astigmatism,CsphericalCequivalent(SE),CcornealCtopography,CandCcornealCendothelialCcelldensity(ECD)wereretrospectivelyexamined,andthencomparedbetweenthetwogroups.Results:BetweenthePKGroupandDALKGroup,nodi.erencesinBSCVA,sphericalpower,astigmatism,SE,cornealtopography,andcornealCECDCwereCobservedCoverCtheC3-year-postoperativeCperiod.CConclusions:TheCpostoperativeCcourseCofCPKCandDALKforkeratoconuswasfoundtobesimilarforupto3-yearspostoperative.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)38(5):584.587,C2021〕Keywords:円錐角膜,全層角膜移植,深層層状角膜移植.keratoconus,penetratingkeratoplasty,deepanteriorlamellarkeratoplasty.Cはじめに円錐角膜に対する移植術として,全層角膜移植(penetrat-ingkeratoplasty:PK)または深層層状角膜移植(deepante-riorClamellarkeratoplasty:DALK)が選択される.DALKはCPKのようなCopenskysurgeryはなく,内皮型拒絶反応のリスクがないことで1),術後の長期免疫抑制が不要となる.近年,円錐角膜に対する角膜移植は障害された組織のみを置き換える選択的層状角膜移植が主流となってきている2).日本国内における円錐角膜に対する術式の違いによる経過報告はいまだ少なく,今回筆者らはCPKとCDALKのC2年の術後経過を比較検討したので報告する.CI対象および方法対象はC2008年C3月.2017年C1月に慶應義塾大学病院でPKあるいはCDALKを受けた円錐角膜患者のうち,少なくとも術後C2年の経過観察ができた症例とし,PK群はC11名〔別刷請求先〕關口真理奈:〒160-8582東京都新宿区信濃町C35慶應義塾大学医学部眼科学教室Reprintrequests:MarinaSekiguchi,DepartmentofOphthalmology,KeioUniversitySchoolofMedicine,35ShinanomachiShinjuku-ku,Tokyo160-8582,JAPANC584(104)0910-1810/21/\100/頁/JCOPY(104)C5840910-1810/21/\100/頁/JCOPY11眼(男性C10名,女性C1名,平均年齢C41.9C±17.2歳),DALK群は9名10眼(男性4名,女性5名,平均年齢43.5C±19.2歳)であった.平均年齢については,2群間に有意差はなかった.急性水腫の既往がある症例C2眼と内皮細胞密度が測定できない瘢痕性混濁がある症例C3眼,複数回の円錐角膜手術(有水晶体眼内レンズ挿入,角膜内リング挿入,角膜クロスリンキング)の既往がある症例C1眼はCPKを第一選択とし,DALKを予定していたが術中CPKへ変更した症例C4眼はCPK群とした.また,術後C2年以内に角膜感染をきたし,その後視力が改善しなかった症例,エキシマレーザーによる屈折矯正手術や翼状片に対する手術を施行した症例は対象から除外した.手術はC13眼(PK群C7眼,DALK群C6眼)では,ドナー角膜径C7.75Cmm,レシピエント角膜径C7.5Cmmとした.PK群のC1眼は高度円錐角膜であったためドナー角膜径C8.25Cmm,レシピエント角膜径C8.0Cmmとし,また眼軸長C25Cmm以上の症例C7眼(PK群C3眼,DALK群C4眼)ではドナー角膜径,レシピエント角膜径ともにC7.5Cmmとした.ドナー角膜径はPK群C7.70C±0.14Cmm,DALK群C7.65C±0.12Cmm(p=0.38),またレシピエント角膜径はCPK群C7.57C±0.22Cmm,DALK群7.5Cmm(p=0.35)であり,2群間に有意差はなかった.DALK群のCDescemet膜はすべて粘弾性物質を注入し.離した3).縫合法は両群ともにC10C.0ナイロン糸を用いたC24針連続縫合とし,縫合糸は緩み,断裂,感染があった場合のみ抜糸とした.術後,抗菌薬点眼はC1日C5回より開始し,上皮化が得られればC3カ月程度で減量しC6カ月程度で終了とした.ステロイド点眼はベタメタゾンC1日C5回より開始し,術後C3カ月程度より徐々に漸減,またはフルメトロンへ変更とした.また,活動性のアトピー性皮膚炎に合併した症例C2眼では強角膜炎の予防目的に術後ステロイド全身投与を行った.各群の術後半年,1年,2年,3年における術後経過をCt検定により比較検討した.評価項目は,眼鏡矯正視力(log-MAR換算視力),球面度数,乱視度数,等価球面度数,角膜形状,角膜内皮細胞密度とした.屈折度数はすべて自覚評価とした.角膜形状解析にはCTMS-2NまたはC5(トーメーコーポレーション)を用いCaveragekeratometry(AveK),CsurfaceCregularityindex(SRI),surfaceCasymmetryCindex(SAI)について評価した.合併症についても,その種類と頻度について比較検討した.なお本研究は慶應義塾大学病院倫理審査委員会の承認を得たうえで調査を開始した(承認番号:20190130).CII結果1.眼鏡矯正視力(logMAR換算視力)術前のClogMAR換算視力はCPK群C1.46C±1.10,DALK群0.99±0.56(p=0.25)でC2群間に有意差はなかった.術後C2年のClogMAR換算視力はCPK群C0.009C±0.15,DALK群C0.13C±0.29(p=0.25),術後C3年の経過を追跡できた症例に関してはCPK群C0.003C±0.080,DALK群C0.15C±0.32(p=0.19)であり両群間に有意差はなかった(表1).術後C2年においてハードコンタクトレンズを装用した症例はCPK群でC5眼,DALK群でC1眼であり,いずれもClogMAR換算視力はC.0.080±0であった.C2.球面度数,乱視度数,等価球面度数術前の球面度数はCPK群C.7.71±5.95D,DALK群C.11.93C±7.70D(p=0.61),術後C2年の球面度数はCPK群C0.25C±5.13D,DALK群C1.42C±4.31D(p=0.61),術後C3年の経過を追跡できた症例に関してはCPK群C0.58C±5.22D,DALK群C0.36±4.56D(p=0.93)であり両群間に有意差はなかった.術前の乱視度数は測定が可能であった症例においてCPK群C.1.00±2.66D,DALK群C.2.04±2.11D(p=0.50),術後C2年の乱視度数はCPK群C.4.32±2.62D,DALK群C.3.94±1.61D(p=0.71),術後C3年の経過を追跡できた症例に関してはPK群C.4.92±3.49D,DALK群C.4.08±1.78D(p=0.56)であり両群間に有意差はなかった(表2).術前の等価球面度数は測定が可能であった症例においてPK群C.8.21±6.38D,DALK群C.12.95±7.28D(p=0.27),術後C2年の等価球面度数はCPK群C.1.91±4.79D,DALK群C.0.56±4.48(p=0.54),術後C3年の経過を追跡できた症例に関してはCPK群C.1.88±4.68D,DALK群C.1.68±4.88D(p=0.94)であり両群間に有意差はなかった(表2).C3.角.膜.形.状角膜形状解析では,術前のCSRI,SAI,AveKにおいて両群間に有意差はなく,術後C2年のCAveKはCPK群C43.68C±5.14D,DALK群C44.05C±5.16D(p=0.88),SRIはPK群1.49C±0.56D,DALK群C1.56C±0.86D(p=0.84),SAIはCPK群C1.84±1.11D,DALK群C1.60C±1.03D(p=0.64)であり両群間に有意差はなかった.術後C3年の経過を追跡できた症例においてもC2群間に有意差はなかった(表3).C4.角膜内皮細胞密度術前の角膜内皮細胞密度はCPK群C2,750C±375Ccell/mm2,DALK群C2,527C±228Ccell/mm2(p=0.16),術後C2年の角膜内皮細胞密度はCPK群C1,678C±736Ccell/mm2,DALK群C2,100C±605Ccell/mm2(p=0.20),術後C3年の経過を追跡できた症例に関してはCPK群C1,487C±658Ccell/mm2,DALK群C1,868C±554Ccell/mm2(p=0.29)であり両群間に有意差はなかった(図1).C5.合併症術後C3年以内の合併症はCPK群にて高眼圧症C2眼,真菌性角膜潰瘍C1眼,DALK群では高眼圧症C3眼(そのうち手術加療が必要となった症例はC1眼)を認めた.それ以降の合併症(105)あたらしい眼科Vol.38,No.5,2021C585表1眼鏡矯正視力(logMAR換算視力)の比較表2等価球面度数,乱視度数の比較PK群DALK群p値PK群DALK群p値視力(logMAR)等価球面度数術前C1.46±1.10(11)C0.99±0.56(10)C0.25術前C.8.21±6.38D(6)C.12.95±7.28D(7)C0.27術後2年C0.009±0.15(11)C0.13±0.29(10)C0.25術後2年C.1.91±4.79D(11)C.0.56±4.45D(9)C0.54術後3年C0.003±0.08(10)C0.15±0.32(10)C0.19術後3年C.1.88±4.68D(9)C.1.68±4.88D(9)C0.94()内は眼数を表す.PK:全層角膜移植,DALK:深層層状角乱視度数膜移植.2群間に有意差はなかった(t-test).術前C.1.00±2.66D(6)C.2.04±2.11D(7)C0.50術後2年C.4.32±2.62D(11)C.3.94±1.61D(9)C0.71術後3年C.4.92±3.49D(9)C.4.08±1.78D(9)C0.56表3角膜形状解析の比較()内は眼数を表す.PK:全層角膜移植,DALK:深層層状角PK群DALK群p値膜移植.2群間に有意差はなかった(t-test).CAveK術前C46.03±6.75(11)C46.14±4.36(9)C0.97術後2年C43.68±5.14(11)C44.05±5.16(9)C0.88C3,500術後3年C43.04±5.35(8)C44.55±6.41(8)C0.64Cn=8PK群SRIC3,000術前C2.73±0.76(11)C2.88±0.60(9)C0.65術後2年C1.49±0.56(11)C1.56±0.86(9)C0.84C術後3年C1.33±0.50(8)C1.70±0.83(8)C0.34CSAIC術前C4.15±1.84(C11)C3.91±1.01(C9)C0.73術後2年C1.84±1.11(C11)C1.60±1.03(C9)C0.64術後3年C1.58±0.79(C8)C1.62±0.84(C8)C0.94()内は眼数を表す.PK:全層角膜移植,DALK:深層層状角膜移植.AveK:averagekeratometry,SRI:surfaceregular-角膜内皮細胞密度(cell/mm2)2,5002,0001,5001,000n=10ityindex,SAI:surfaceCasymmetryindex.2群間に有意差はなかった(t-test).表4合併症PK群DALK群高眼圧症C2C3真菌性角膜潰瘍C1C0縫合糸感染0(1)0(1)ヘルペス角膜炎C00(2)拒絶反応0(1)C0()内は術後C3年以降の眼数を表す.PK:全層角膜移植,DALK:深層層状角膜移植.としては,PK群にて縫合糸感染C1眼,拒絶反応C1眼,DALK群ではヘルペス角膜炎C2眼,縫合糸感染C1眼を認めた(表4).CIII考按今回,円錐角膜に対するCPKとCDALKの術後成績を比較した.海外の報告では,円錐角膜に対するCPKとCDALKの術後半年からC5年にかけての追跡で,術後視力の中央値はPK群のほうが良好であったが統計学的には有意な差がなかった4.6).国内の植松らの報告では,術後C12カ月では術後500術前術後半年1年2年3年図1角膜内皮細胞密度の経時的変化PK:全層角膜移植,DALK:深層層状角膜移植.経時的に角膜内皮細胞密度の減少が認められたが,2群間に有意差はなかった(t-test).視力はCPK群で有意に良好であったが,術後C24カ月程度では両群で有意差を認めなかった7).本検討では,術後半年,1年,2年における経過を比較できたCPK群C11眼,DALK群C10眼で,術後視力に有意差はなかった.また,術後C3年まで経過を追えたCPK群C10眼,DALK群C10眼で比較しても,術後視力に有意差はなかった.両群の術後視力に有意差はないもののCPK群において視力が良好であったのは,DALK群においてCDescemet膜露出が不十分な症例が含まれていたことなどが要因として考えられる8).術後等価球面度数は,両群間で差がないという報告と4,7,9),DALK群のほうがより近視が強いという報告がある5,6).本検討では,術後半年,1年,2年における経過を比較できたPK群C11眼,DALK群C9眼で,術後等価球面度数に有意差はなかった.また,術後C3年まで経過を追えたCPK群C9眼,DALK群C9眼で比較しても,等価球面度数に有意差はなか(106)った.角膜形状解析に関しては,SRIのみCPK群で有意に高値であったとの報告がある7).本検討ではCAveK,SRI,SAIいずれの項目においても両群に有意差はなかった.術後拒絶反応に関しては,海外のCWatsonらの報告では,PKではC28%の症例において術後に拒絶反応を認め,DALKではC8%の症例で拒絶反応を認めたが,実質型拒絶反応または上皮型拒絶反応のみで内皮型拒絶反応は認められなかった5).国内では,PKにおいて,植松らの報告ではC6.3%,安達らの報告ではC4.8%の症例において術後に拒絶反応を認めたが,DALKでは軽度の拒絶反応のみであった7,9,10).本検討では,PK群のC11眼中C1眼(9.1%)に内皮型拒絶反応を認め,DALK群では認めなかった.これらの結果からCDALKは術後の内皮型拒絶反応のリスクを減らすと考えられた.PKはCDALKと比較して,術後角膜内皮細胞密度が有意に低く,最終角膜内皮細胞減少率が有意に高いとの報告ある7,9).しかし,本検討では術後の角膜内皮細胞密度は両群間に有意差はなかった.円錐角膜は若年者に多く,残存した角膜周辺の角膜内皮機能が保たれている可能性が示唆された.DALKによる術後経過はCPKと同等であり,内皮型拒絶反応のリスクなしに有効な治療効果が期待できる.今後症例数と経過観察期間を増やし,さらなる術後長期予後について検討していく必要がある.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)ShimazakiCJ,CShimmuraCS,CIshiokaCMCetal:RandomizedCclinicalCtrialCofCdeepClamellarCkeratoplastyCvsCpenetratingCkeratoplasty.AmJOphthalmolC134:159-165,C20022)島﨑潤:これで完璧角膜移植.p10-13,南山堂,20093)ShimmuraCS,CShimazakiCJ,COmotoCMCetal:DeepClamellarCkeratoplastyCinCkeratoconusCpatientsCusingCviscoadptiveCviscoelastics.CorneaC24:178-181,C20054)CohenAW,GoinsKM,SutphinJEetal:Penetratingker-atoplastyCversusCdeepCanteriorClamellarCkeratoplastyCforCtheCtreatmentCofCkeratoconus.CIntCOphthalmolC30:675-681,C20105)WatsonSL,RamsayA,DartJKetal:ComparisonofdeeplamellarCkeratoplastyCandCpenetratingCkeratoplastyCinCpatientsCwithCkeratoconus.COphthalmologyC111:1676-1682,C20046)JonesCMN,CArmitageCWJ,CAyli.eCWCetal:Penetratinganddeepanteriorlamellarkeratoplastyforkeratoconus:CaCcomparisonCofCgraftCoutcomesCinCtheCUnitedCKingdom.CInvestOphthalmolVisSciC50:5625-5629,C20097)植松恵,横倉俊二,大家義則ほか:円錐角膜に対する全層角膜移植と深層表層角膜移植の術後経過の比較.臨眼C65:1413-1417,C20118)NavidA,ScottH,JamesCMetal:QualityofvisionandgraftCthicknessCinCdeepCanteriorClamellarCandCpenetratingCcornealallografts.AmJOphthalmolC143:228-235,C20079)安達さやか,市橋慶之,川北哲也ほか:深層層状角膜移植術と全層角膜移植術の長期成績比較.臨眼67:85-89,C201310)谷本誠治,長谷部治之,増本真紀子ほか:円錐角膜に対する深層角膜移植術の成績.臨眼54:789-793,C2000***(107)あたらしい眼科Vol.38,No.5,2021C587

糖尿病透析患者における『糖尿病眼手帳』の利用ならびに 記入状況(第2 報)

2021年5月31日 月曜日

《第25回日本糖尿病眼学会原著》あたらしい眼科38(5):579.583,2021c糖尿病透析患者における『糖尿病眼手帳』の利用ならびに記入状況(第2報)大野敦*1,2粟根尚子*1入江康文*2松下隆哉*1*1東京医科大学八王子医療センター糖尿病・内分泌・代謝内科*2三愛記念病院内科CUseandEntryStatusoftheDiabeticEyeNotebookinDiabeticDialysisPatients─2ndReportAtsushiOhno1,2)C,NaokoAwane1),YasufumiIrie2)andTakayaMatsushita1)1)DepartmentofDiabetology,EndocrinologyandMetabolism,HachiojiMedicalCenterofTokyoMedicalUniversity,2)SanaiMemorialHospitalC目的:糖尿病透析患者における『糖尿病眼手帳』(以下,眼手帳)の利用・記入状況をC2005年に調査し報告したが,今回同一施設でC2018年に再度調査したので,両年の結果を比較検討した.方法:対象は,三愛記念病院の糖尿病外来に定期受診中の糖尿病透析患者C2005年C42名,2018年C34名で,原則C2005年C9.11月,2018年C11.12月の外来受診時の眼手帳の最新の記入内容を調査し,両年の結果を比較した.結果:次回受診予定時期はC2018年が有意に長かった.白内障の術後の患者の比率が,2018年は有意に高かった.糖尿病網膜症は,全項目中唯一両年とも記入率がC100%であった.福田分類の記入率はC2005年C80.9%,2018年C55.9%で両年とももっとも低かった.糖尿病黄斑症は,ありの回答がC2005年に比べてC2018年は減少傾向を認めた.次回受診予定時期は,増殖網膜症を除いてC2018年のほうが有意に長かった.結論:眼手帳の「受診の記録」の項目のうち,福田分類以外はC2018年のほうがC2005年よりも記入率が高く,かかりつけ眼科医の内科・眼科連携への意識の高さがうかがえる.CPurpose:WepreviouslyinvestigatedandreportedontheuseandentrystatusoftheDiabeticEyeNotebook(EyeNotebook)indiabeticdialysispatientsin2005.Inthisstudy,wesurveyedtheEyeNotebookuseandentrystatusatthesamefacilityin2018,andthenexaminedandcomparedtheresultsofbothyears.Methods:Thesub-jectswerediabeticdialysispatientsundergoingregularoutpatientvisitsatSanaiMemorialHospital,Chiba,Japan(2005:42patients;2018:34patients).WesurveyedthelatestentriesintheEyeNotebook,andthencomparedtheCresultsCofCbothCyears.CResults:TheCnextCscheduledCvisitCwasCsigni.cantlyClonger,CandCtheCproportionCofCpost-cataractCpatientsCwasCsigni.cantlyChigher,CinC2018.CForCdiabeticCretinopathy,CtheCentryCrateCwas100%CinCbothyears;i.e.,CtheConlyCitemCamongCallCitemsCexamined.CTheCentryCrateCforCtheCFukudaCclassi.cationCwas80.9%CinC2005,yet55.9%in2018,thelowestinthetwoyears.Comparedto2005,therewasadownwardtrendinthenum-berofdiabeticmaculopathyrespondentsin2018.Exceptforproliferativeretinopathy,thenextscheduledvisitwassigni.cantlyClongerCinC2018.CConclusions:OfCtheCitemsCinCthe“RecordCofCmedicalCexamination”inCtheCEyeCNote-book,theentryrate,exceptfortheFukudaclassi.cation,washigherin2018thanin2005,thusindicatingthattheawarenessofcooperationininternalmedicineandophthalmologyamongthefamilyophthalmologistswashigh.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C38(5):579.583,C2021〕Keywords:糖尿病透析患者,糖尿病眼手帳,福田分類.diabeticdialysispatients,diabeticeyenotebook,Fukudaclassi.cation.Cはじめに1997年に内科医と眼科医が世話人となり糖尿病治療多摩懇糖尿病診療の地域医療連携を考える際に重要なポイントの話会を設立させ,内科と眼科の連携を強化するために両科の一つが,内科と眼科の連携である.東京都多摩地域では,連携専用の「糖尿病診療情報提供書」を作成し地域での普及〔別刷請求先〕大野敦:〒193-0998東京都八王子市館町C1163東京医科大学八王子医療センター糖尿病・内分泌・代謝内科Reprintrequests:AtsushiOhno,M.D.,Ph.D.,DepartmentofDiabetology,EndocrinologyandMetabolism,HachiojiMedicalCenterofTokyoMedicalUniversity,1163Tate-machi,Hachioji-city,Tokyo193-0998,JAPANCを図った1).また,この活動をベースに,筆者(大野)は2001年の第C7回日本糖尿病眼学会での教育セミナー「糖尿病網膜症の医療連携.放置中断をなくすために」に演者として参加した2)が,ここでの協議を経て,2002年C6月に日本糖尿病眼学会より『糖尿病眼手帳』(以下,眼手帳)が発行されるに至った3).眼手帳の利用状況についての報告4.7)は散見されるが,維持血液透析施行中の糖尿病患者(以下,糖尿病透析患者)での利用状況の報告は筆者らの検索した限り認めなかった.そこで糖尿病透析患者における眼手帳の利用状況をC2005年にC■1カ月後■2~3カ月後■4~6カ月後■12カ月後2005年(未記入2名)記入率95.2%2018年記入率100%(人)102532214c2検17定p<0.00110%20%40%60%80%100%図1次回受診予定時期■A0■A1■A2■A3■A4■A5B1B2B3B4B52005年(未記入8名)記入率80.9%2018年(未記入15名)記入率55.9%(人)527941222c2検定p<0.1012212110%20%40%図2福田分類60%80%100%2005年(未記入7名)記入率83.3%■なし■あり(人)2018年(未記入2名)記入率94.1%0%20%40%60%80%100%図3糖尿病黄斑症580あたらしい眼科Vol.38,No.5,2021調査し報告した8,9)が,今回同一施設でC2018年に再度眼手帳の利用・記入状況を調査したので,両年の結果を比較検討した.CI対象および方法対象は,糖尿病専門医である筆者(大野)が非常勤医師として週C1回当直勤務している三愛記念病院(千葉市中央区)の糖尿病外来(毎週水曜日午前)に定期受診中の糖尿病透析患者C2005年C42名,2018年C34名で,原則C2005年C9.11月,2018年C11.12月の外来受診時の眼手帳の最新の記入内容を調査し,両年の結果を比較した.調査した記入項目は,次回受診予定時期,矯正視力,眼圧,白内障,糖尿病網膜症,変化,福田分類,糖尿病黄斑症であるが,左右眼で記入内容に差を認める場合には,矯正視力はより良好な眼,眼圧はより高い眼,白内障と網膜症はより重症な眼,変化はより悪い変化の眼,福田分類と黄斑症はより重症な眼のデータを各々採用した.また,糖尿病網膜症のレベルと指定された次回受診予定時期との関係が適切であるか,眼手帳の精密眼底検査の目安を参考にして検討した.矯正視力と眼圧の成績は,平均値±標準偏差で表示し,群間の比較には,Mann-WhitneyのCU検定(SPSSCStatisticsver.25)ならびにCc2検定(Statcel3)を用い,危険率(p値)0.05未満をもって統計学的有意差があると判定した.CII結果1.次回受診予定時期(図1)次回受診予定時期はC2005年「2.3カ月後」,2018年「4.6カ月後」が最多で,2018年が有意(Cc2検定p<0.001)に長かった.記入率は,95.2%からC100%に上昇していた.C2.矯.正.視.力矯正視力の平均はC2005年C0.71C±0.37,2018年C0.77C±0.42で,両年間に有意差は認めなかった(p=0.41).記入率は,97.6%からC100%に上昇していた.C3.眼圧眼圧の平均はC2005年C14.4C±3.2CmmHg,2018年C14.8C±3.9mmHgで,両年間に有意差は認めなかった(p=0.86).記入率は,80.9%からC100%に上昇していた.C4.白内障眼手帳の改訂に伴い白内障の記載様式が変化したため直接の比較は困難であるが,比較可能な術前後で検討してみると,2005年は術前C25名,術後C14名,2018年は術前C10名,術後C24名と,術後の患者の比率がC2018年は有意(Cc2検定p=0.003)に高かった.記入率は,92.9%からC100%に上昇していた.C5.糖尿病網膜症2005年とC2018年における糖尿病網膜症は,なしC7名Cvs7(100)表1網膜症のレベルと次回受診予定時期の関係網膜症のレベル【精密眼底検査の目安】年度(人数)1カ月後2.3カ月後4.6カ月後12カ月後Cc2検定p値網膜症なし2005年(C7)C3C3C0C1<C0.05【6.1C2カ月にC1回】2018年(C7)C0C1C5C1単純網膜症2005年(C14)C3C10C0C1<C0.01【3.6カ月にC1回】2018年(C10)C0C3C7C0増殖前網膜症2005年(C3)C3C0C0C0<C0.05【1.2カ月にC1回】2018年(C3)C0C2C1C0増殖網膜症2005年(C16)C1C12C3C0C0.56【2週間.1カ月にC1回】2018年(C14)C2C8C4C0名,単純網膜症C15名Cvs10名,増殖前網膜症C3名Cvs3名,増殖網膜症C17名Cvs14名で,両年とも増殖,単純の順に多く,両年間に有意差は認めず(Cc2検定p=0.93),全項目中唯一両年とも記入率がC100%であった.C6.変化2005年とC2018年における変化は,改善C2名Cvs1名,不変34名vs29名,悪化3名vs2名,未記入者3名vs2名で,両年とも「不変」の回答が大多数を占め,両年間に有意差を認めなかった(Cc2検定p=0.89).記入率は,92.9%から94.1%に上昇していた.C7.福田分類(図2)福田分類の記載内容において,2005年はバリエーションに富み悪性網膜症(B)もC20%認めたが,2018年はCA3の回答がC60%以上を占め,BはCB1のC1名にとどまった.記入率はC80.9%からC55.9%まで低下し,両年とも全項目のなかでもっとも低かった.C8.糖尿病黄斑症(図3)糖尿病黄斑症は,ありの回答がC2005年に比べてC2018年は減少傾向(Cc2検定p=0.052)を認めた.記入率は,83.3%からC94.1%に上昇していた.C9.網膜症のレベルと次回受診予定時期の関係(表1)次回受診予定時期は,増殖網膜症を除いてC2018年のほうが有意に長かった.「眼科受診のススメ」の精密眼底検査の目安よりも,網膜症なしと単純網膜症ではC2005年で短く,増殖前網膜症ではC2018年で長く,増殖網膜症では両年とも長かった.C10.記入率のまとめ(表2)眼手帳の「受診の記録」の項目のうち,福田分類以外は2018年のほうがC2005年よりも記入率が高かった.CIII考按今回のような調査の場合に,その施設の糖尿病透析患者全員を対象に調査するべきであるが,マンパワーの関係で全員表2記入率のまとめ受診の記録の項目名2005年C42名2018年C34名次回受診予定時期95.2%100%矯正視力97.6%100%眼圧80.9%100%白内障92.9%100%糖尿病網膜症100%100%変化92.9%94.1%福田分類80.9%55.9%糖尿病黄斑症83.3%94.1%調査は困難であった.そこで両年とも,筆者のC1人が週C1回行っている糖尿病外来に定期受診中の糖尿病透析患者を対象に調査しており,バイアスのかかったデータといえる.しかし,その点を考慮に入れたとしても,ほぼC100%の眼手帳の利用率は高値といえる.その背景として,眼手帳の発行を内科医から積極的に行ったこと(1名のみが眼科医からの発行で,残りはすべて内科医が発行した),眼手帳の「受診の記録」の下段にある「診察メモ」に糖尿病の治療方針ならびに血糖コントロール状況(月C1回測定のグリコアルブミン値)を外来受診ごとに記入し,患者と眼科医に眼手帳を通じて内科の情報提供を行ったこと10)などが考えられる.糖尿病透析患者においては,腎不全に関する定期の臨床検査データなどを記入する「透析管理手帳」を利用する患者は少なくないが,腎不全保存期まで使用していた「糖尿病連携手帳」は,透析導入後も糖尿病外来に継続通院しない限り,利用しなくなることが多い.糖尿病連携手帳の利用率が低下する糖尿病透析患者において,糖尿病治療への関心を保ちながら眼科への定期受診を継続させるには,糖尿病連携手帳の利用にこだわらず,むしろ眼手帳に「糖尿病の治療方針」や「血糖コントロール状況」を記入し,内科・眼科連携と患者への情報提供を行うほうがよいと考え実践してきた10).一方,糖尿病透析患者における眼科への定期受診に関する筆者らの調査では,2001年C53.0%11),2005年C63.5%12)であった.この眼科への定期受診率がC10%増加した背景には,2002年に発行された眼手帳を糖尿病外来の受診者には積極的に配布し,眼科への定期受診を促したことも少なからず関与していると考えられ,上記の筆者らの取り組みは眼科受診の放置・中断の予防効果も期待できる.眼手帳の記入状況をみると,まず「次回受診予定時期」は2018年が有意に長かったが,その背景として白内障の術後の患者の比率が有意に高かったこと,福田分類で悪性網膜症の比率が低下していたこと,糖尿病黄斑症ありの回答が減少傾向を認めたことなどが考えられる.記入率はC95.2%から100%に上昇していたが,眼科受診放置を防ぐためには,まず次回の受診時期を患者本人および内科主治医に知らせることは重要であり,この記入率は満足のできる結果であった.「白内障」においてC2018年に手術後の割合が増えた背景には,対象患者の高齢化も予想されるがC2005年の集計時に年齢をチェックしておらず両年の比較ができなかった.一方で,13年の間に白内障手術はより非侵襲化されて,透析患者でも日帰りで手術が可能になったため,より早期に施行されるようになった可能性も考えられる.今回の対象患者の多くが隣接するCI病院の眼科で定期管理されており,三愛記念病院に入院しながら非透析日に白内障手術を日帰り手術の形で施行できる利便性が,さらに早期に手術に踏み切れた要因の一つと思われる.「糖尿病網膜症」は,「なし」と「単純網膜症」を合わせると両年ともC50%以上を占め,糖尿病透析患者の結果としては網膜症の重症者が少ない印象を受けるが,糖尿病腎症以外の原疾患で透析導入となり,導入後に糖尿病を併発した患者も含まれているためと思われる.「福田分類」の記入率はC2005年がC81%,2018年がC56%でC25%の低下を認めたが,その背景としては眼手帳第C2版から第C3版への改訂時に削除されたことが考えられる.ただし記入率が減少したにしてもC50%台を維持した理由として,2014年に第C3版に改訂後も三愛記念病院の糖尿病外来に第2版のストックがかなり残っており,実際に第C3版に切り替わった時期がかなり遅れたことがあげられる.「糖尿病黄斑症」はありの比率がC20%以上減少傾向を示したが,蛍光眼底造影検査の実施しにくい透析患者において光干渉断層計(opticalCcoherencetomography:OCT)により積極的に早期診断し,透析条件の変更や抗血管内皮増殖因子(vascularCendothelialCgrowthfactor:VEGF)薬による早期介入を行ってきた結果と思われる.網膜症のレベル別に次回受診予定日をみてみたが,網膜症なしと単純網膜症でC2005年に精密眼底検査の目安よりも短かった理由としては白内障の術前患者が多く,白内障管理のために受診間隔が短くなっていたためと思われる.増殖前網膜症ではC2018年に長かったが,2018年に糖尿病黄斑症が減少傾向を示したことも一因と考えられる.また増殖網膜症で両年とも長かった背景には,増殖停止網膜症患者の比率が高く,眼科主治医の判断で間隔をあけていると思われる.眼手帳の「受診の記録」における各項目の記入率の報告はほとんどみられないが,筆者らは総合新川橋病院(神奈川県川崎市)に定期通院中の非透析糖尿病患者C110名を対象に記入率をC2005年に報告した13).その結果は,次回受診予定時期C85.5%,矯正視力C100%,眼圧C100%,白内障C93.6%,糖尿病網膜症C100%,変化C81.8%,福田分類C62.7%,糖尿病黄斑症C89.1%で,福田分類の記入率がもっとも低く,福田分類を除いてC80%以上をキープしている点は今回の結果と一致していた.今回の結果において,2005年は「糖尿病網膜症」のみであった記入率C100%がC2018年にはC5項目まで増え,福田分類以外はC2005年よりも記入率が高く,かかりつけ眼科医の内科・眼科連携への意識の高さがうかがえる.まとめ糖尿病専門医が非常勤で週C1回かかわっている透析専門病院の糖尿病外来に定期受診中の糖尿病透析患者を対象に,眼手帳の利用・記入状況をC2005年とC2018年に調査した.その結果,「受診の記録」の項目のうち,福田分類以外はC2018年のほうがC2005年よりも記入率が高く,かかりつけ眼科医の内科・眼科連携への意識の高さがうかがえた.糖尿病透析患者は日々の透析治療に追われて眼科受診の中断リスクは高いが,両科の連携に熱心な眼科医を見つけて,眼手帳の利用による定期受診システムを構築することは,眼科受診の中断防止につながると思われる.本論文の要旨は,第C25回日本糖尿病眼学会総会(2019年C9月28日)において発表した.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)大野敦,植木彬夫,馬詰良比古ほか:内科医と眼科医の連携のための糖尿病診療情報提供書の利用状況と改良点.日本糖尿病眼学会誌7:139-143,C20022)大野敦:糖尿病診療情報提供書作成までの経過と利用上の問題点・改善点.眼紀53:12-15,C20023)大野敦:クリニックでできる内科・眼科連携─「日本糖尿病眼学会編:糖尿病眼手帳」を活用しよう.糖尿病診療マスター1:143-149,C20034)善本三和子,加藤聡,松本俊:糖尿病眼手帳についてのアンケート調査.眼紀5:275-280,C20045)糖尿病眼手帳作成小委員会:船津英陽,福田敏雅,宮川高一ほか:糖尿病眼手帳.眼紀56:242-246,C20056)船津英陽:糖尿病眼手帳と眼科内科連携.プラクティスC23:301-305,C20067)船津英陽,堀貞夫,福田敏雅ほか:糖尿病眼手帳のC5年間推移.日眼会誌114:96-104,C20108)大野敦,植木彬夫,入江康文ほか:糖尿病透析患者における糖尿病眼手帳の利用ならびに記入状況.日本糖尿病眼学会誌12:79,C20079)大野敦,植木彬夫,入江康文ほか:糖尿病透析患者における糖尿病眼手帳の利用ならびに記入状況.ProgMed27:C2105-2110,C2007C10)大野敦,粟根尚子,入江康文ほか:糖尿病透析患者における糖尿病眼手帳を利用した内科・眼科連携の試み(第C2報).透析会誌52(Suppl-1):446,201911)大野敦,植木彬夫,入江康文ほか:透析専門施設の糖尿病維持透析患者における眼科の受診状況に関するアンケート調査.プラクティス20:457-461,C200312)大野敦,植木彬夫,樋宮れい子ほか:透析専門施設の糖尿病透析患者における眼科のフォロー状況に関するアンケート調査─2001年度とC2005年度の調査結果の比較─.透析会誌40(Suppl-1):461,200713)大野敦,林泰博,川邉祐子ほか:当院における糖尿病眼手帳の記入状況.川崎市医師会医学会誌22:48-53,C2005***

急速な血糖改善により異なる臨床経過を呈した2 型糖尿病 患者の2 症例

2021年5月31日 月曜日

《第25回日本糖尿病眼学会原著》あたらしい眼科38(5):573.578,2021c急速な血糖改善により異なる臨床経過を呈した2型糖尿病患者の2症例中条恭子*1高地貞宏*1関谷泰治*1須藤史子*1加藤勇人*2佐倉宏*2*1東京女子医科大学東医療センター眼科*2東京女子医科大学東医療センター内科CDi.erenceofClinicalFindingsAfterRapidGlycemicControlinTwoCasesofType2DiabetesKyokoChujo1)CSadahiroKochi1)CYasuharuSekiya1)CChikakoSuto1)CHayatoKato2)andHiroshiSakura2),,,,1)DepartmentofOphthalmology,TokyoWomen’sMedicalUniversityMedicalCenterEast,2)DepartmentofInternalMedicine,TokyoWomen’sMedicalUniversityMedicalCenterEastC眼科受診を機にC2型糖尿病と診断され,急速な血糖改善後に異なる臨床経過を呈したC2症例を報告する.症例C1は48歳,男性.初診時視力は右眼(0.1),左眼(0.02)で,両眼に成熟白内障を認めた.HbA1c16.6%で内科治療を開始したが,インスリン投与困難のため,HbA1c値の改善を待たず両眼白内障手術を施行し,視力は両眼(1.2)と改善した.初診時よりC4カ月間でC7.5%と急速に血糖改善したが,両眼底に網膜症を認めなかった.症例C2はC38歳,男性.初診時,視力は両眼(1.2)であった.左眼にフィブリン析出と虹彩後癒着を認め,HbA1c15.9%であり,糖尿病虹彩炎と診断した.内科治療開始後,右眼にも虹彩炎が出現した.両眼に黄斑浮腫を認め,視力は右眼(0.8),左眼(0.3)と低下した.初診時よりC3カ月間でC7.3%と急速に血糖改善したが,アフリベルセプト硝子体内注射施行後,視力は両眼(1.2)と改善し,黄斑浮腫も改善した.糖尿病虹彩炎を有する患者において,急速な血糖改善後に網膜症の進行や黄斑浮腫を引き起こした症例を経験した.CPurpose:Toreporttwocasesoftype2diabetesinwhichdi.erentclinical.ndingswereobservedafterrapidglycemiccontrol.Cases:Case1involveda48-year-oldmalewithbilateralmaturecataracts.HisHbA1cwas16.6%,andintensiveinsulintherapywasimmediatelyinitiated.However,hewasunabletoself-injecttheinsulin.Cata-ractsurgerywasperformedinbotheyeswithoutwaitingforimprovementofHbA1c,andhiscorrectedvisualacu-ityimprovedpostsurgery.AlthoughhisHbA1cfellto7.5%for4months,nodiabeticretinopathywasobserved.Case2involveda38-year-malewithdiabeticiritiswithhypopyoninhislefteye.HisHbA1cwas15.9%.Duringintensiveinsulintherapy,anddespitehavingnodiabeticretinopathy,hedevelopeddiabeticiritis,diabeticmacularedema,CandCpre-proliferativeCretinopathyCinCbothCeyes.CHisCHbA1cCfellCto7.3%CforC3Cmonths.CAfterCintravitrealCa.ibercepttherapy,bilateraldiabeticmacularedemadisappearedandhiscorrectedvisualacuityimproved.Conclu-sion:Weexperiencedacaseofdiabeticiritisthatcausedprogressionofretinopathyandmacularedemaafterrap-idglycemiccontrol.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C38(5):573.578,C2021〕Keywords:糖尿病白内障,急速な血糖改善,糖尿病虹彩炎,糖尿病黄斑浮腫,血糖改善による一過性の網膜症悪化.diabeticcataract,rapidglycemiccontrol,diabeticiritis,diabeticmacularedema,earlyworseningofdiabeticCretinopathy.CはじめにDR),糖尿病黄斑浮腫(diabeticCmacularedema:DME),糖尿病は多臓器にわたって影響を及ぼす内科疾患であり,血管新生緑内障やぶどう膜炎などの合併症がみられる.その眼科では白内障,糖尿病網膜症(diabeticretinopathy:なかでもよく合併されるDRは,糖尿病患者の6人に1人〔別刷請求先〕須藤史子:〒116-8567東京都荒川区西尾久C2-1-10東京女子医科大学東医療センター眼科Reprintrequests:ChikakoSuto,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology,TokyoWowen’sMedicalUniversityMedicalCenterEast,2-1-10Nishiogu,Arakawa-ku,Tokyo116-8567,JAPANC(15%)にみられるという1).そのうち,2型糖尿病患者に限定すると,DRの合併率はC40%に上る2).また,糖尿病に伴って眼内に炎症を起こすぶどう膜炎は,急性の非肉芽腫性ぶどう膜炎である糖尿病虹彩炎(diabeticiritis:DI)と転移性内因性眼内炎(感染性眼内炎)の二つに大別され,糖尿病患者のC0.8.5.8%にCDIを合併すると報告されている3).今回筆者らは,眼科受診を契機にC2型糖尿病と診断され,内科治療介入による急速な血糖改善中に異なる臨床経過を呈したC2症例を経験したので報告する.CI症例〔症例1〕48歳,男性.主訴:両眼視力低下.現病歴:2018年から視力低下を自覚していたが,2019年1月より右眼の視力低下増悪を自覚したため,2019年C2月20日に当院を紹介受診した.既往歴:46歳頃に糖尿病を指摘されていたが,内科通院歴なし.家族歴:不明.初診時所見:視力は右眼C0.02(0.1C×sph.4.25D(cyl.0.75CDAx150°),左眼C0.01(0.02C×sph.4.00D),眼圧は右眼C17mmHg,左眼C16CmmHgであった.両眼に成熟白内障と,それに伴う水晶体膨隆を認め(図1a,b),眼底透見は困難であった.全身検査所見:随時血糖C470Cmg/dl,HbA1c16.6%,尿素窒素C11.6Cmg/dl,クレアチニンC0.73Cmg/dl.尿定性試験で尿蛋白は陰性,尿糖と尿ケトン体は陽性であった.経過:2019年C3月C8日に内科入院となり,インスリンおよび内服治療開始となった.しかしながら,著しい視力低下のため,インスリン自己注射が困難であった.そのため,HbA1c値の改善を待たず,同年C3月C22日右眼の白内障手術を施行した.術後視力は(1.2)に改善し,自宅加療可能となり退院した.術後感染や術後炎症の遷延もなかったため,同年C4月C30日に左眼の白内障手術を施行し,術後視力は(1.2)と両眼ともに改善を認めた.HbA1cの推移は,16.6%からC7.5%と,4カ月間でC9.1%低下したが,初診時よりC3カ月後の眼底写真でCDRを示唆する所見を認めなかった(図1c,d).2型糖尿病の内科治療については,術後C6カ月後にインスリン治療を終了し,経口血糖降下薬(DPP-4阻害薬)の内服でCHbA1cはC7.8%台で推移した.経過中,腎機能の変動はみられなかった.〔症例2〕38歳,男性.主訴:左眼充血,視力低下.既往歴:特記事項なし.家族歴:両親ともに糖尿病の既往あり.現病歴:2019年C3月C28日よりC1日使い捨てコンタクトレンズをC3日間連続装用後,左眼の充血および視力低下を自覚.同年C4月C3日に近医受診し,抗菌薬(ベガモックス点眼液C0.5%,ベストロン点眼用C0.5%)とステロイド(リンデロン点眼用C0.1%)点眼を開始したが改善乏しく,同年C4月C6日に当院紹介受診となった.初診時所見:視力は右眼C0.09(1.0C×sph.3.25D(cyl.0.50CDAx170°),左眼C0.07(1.2C×sph.4.75D(cyl.1.25DCAx175°),眼圧は右眼C15mmHg,左眼C6mmHgであった.左眼の前眼部に著明な結膜充血,フィブリン沈着および虹彩後癒着を認め,散瞳不良であった(図2a).右眼の前眼部は異常なく,両眼底ともにCDRや後部ぶどう膜炎を疑う所見を認めなかった(図3a,b).全身検査所見:随時血糖C650Cmg/dl,HbA1c15.9%,尿素窒素C16.1Cmg/dl,クレアチニンC0.45Cmg/dl.尿定性試験で尿蛋白は陰性,尿糖と尿ケトン体は陽性であった.経過:2019年C4月C6日よりベガモックス点眼液C0.5%C4回,リンデロン点眼用C0.1%C6回,散瞳薬(ミドリンCP点眼液C4回)の点眼を開始した.同年C4月C8日より内科でインスリン治療開始となった.2019年C4月C15日に右眼にもフィブリンが析出し,DIを認めた(図2b).同年C4月C24日に左眼(0.7)と視力低下およびCDME,同年C5月C2日に右眼(0.8)と視力低下およびDMEが出現した(図4a,b).両眼底に刷毛状出血と軟性白斑を認め(図3c,d),蛍光眼底造影検査では網膜全体に血管透過性亢進を示唆する所見がみられ(図3e,f),前増殖CDRへ進行していた.内科でのインスリン治療開始C1カ月でCHbA1c12.9%になったことから,血糖値の急速な改善による一過性の網膜症悪化(earlyworsening)と診断した.両眼のCDMEに対して,毎月C1回C3カ月間,アフリベルセプト硝子体内注射(intravitreala.iberceptCtherapy:IVA)を施行した.その後CDMEは改善し(図4c,d),視力も両眼(1.2)と改善した.HbA1cの推移はC15.9%からC7.3%と,3カ月間でC8.6%低下し,急速改善を認めた.DIについてはリンデロン点眼用C0.1%,ミドリンCP点眼液の点眼継続により炎症症状の改善がみられた.2型糖尿病の内科治療については,両眼にCDIを生じてからC6カ月後にインスリン治療を終了した.経口血糖降下薬(DPP-4阻害薬)の内服でCHbA1cはC6.7%台で推移した.なお,症例C2においても経過中,腎機能の変動はみられなかった.CII考按症例C1,2はいずれもC30.40歳代と比較的若年の男性であり,眼科受診を契機にCHbA1c値C15%以上と血糖コントロール不良の未治療C2型糖尿病が発見された.両症例ともにインスリン治療や内服治療を開始したが,いずれの症例でも経過中に血圧や腎機能の変動はみられなかった.初診時より図1両眼性の糖尿病白内障(症例1)48歳.男性.初診時両眼に成熟白内障とそれに伴う水晶体膨隆を認めた(Ca:右眼,Cb:左眼).術後は両眼とも網膜症を認めなかった(Cc:右眼,d:左眼).図2両眼性の糖尿病虹彩炎(症例2)38歳.男性.Ca:初診時の左眼前眼部所見.結膜充血と,2時からC5時にかけて虹彩後癒着,前房蓄膿を認め(.),散瞳も不良であった.b:9日後には,右眼にもフィブリン析出を認めた(C.).数カ月でC8.9%台と,短期間で急速な血糖改善を認めたが,つつも,異なる臨床経過を呈したC2症例の相違について考察症例C1では眼底にはCDRを認めず,病期はCNDR(nodiabeticする.retinopathy)であった.症例C2では両眼にCDIを発症した後,症例C1では,40歳代でありながら,高度の成熟白内障を急速な血糖改善中に刷毛状出血やCDMEを認め,earlywors-呈していた.2型糖尿病以外に全身状態を含めて異常を疑うeningをきたした.年齢や性別など共通する背景因子を有し所見がなく,糖尿病白内障と診断した.水晶体はクリスタリabdcef図3両眼性の糖尿病虹彩炎(症例2)の眼底所見の経過a,b:初診時の眼底写真.DRは認められない.Cc,d:急速な血糖改善後の眼底写真.刷毛状出血と軟性白斑を認める.Ce,f:同時期の蛍光眼底造影写真.血管透過性亢進と黄斑浮腫が目立つ前増殖CDRへの進行がみられた.ンという蛋白質と水分からなる器官であるが,糖尿病白内障晶体内の浸透圧を上昇させ,水晶体線維を膨化させる.そのの成因としては,アルドース還元酵素(aldosereductase:他,活性酸素による酸化ストレスや,肝臓の代謝障害に伴うAR)を中心とするアルドース蓄積説がもっとも有用とされ血中フルクトース濃度上昇によって,クリスタリンの変性・ている4).高血糖が持続した状態では,ARの働きによって分解が促され,水晶体混濁をきたすとされる.フルクトースに変換され,血中に蓄積したフルクトースが水白内障の術前CDR病期別にみた術後CDR悪化率について,図4両眼性のDME(症例2)に対するIVA施行前後のOCT写真a,b:IVA施行前の両眼光干渉断層計(OCT)写真,両眼にCDMEを認めた.Cc,d:IVA施行後の両眼COCT写真,両眼ともCDMEの消失を認めた.Sutoら5)は急速な血糖改善群では,コントロール良好群および不良群と比較して有意にCDME悪化率が高いことと,急速な血糖改善群のなかでも,術前CDR病期が前増殖期のものは術後CDRとCDMEの悪化率が高いことを報告している.症例1ではCNDRであったため,DMEを生じなかったが,今後も定期的に経過をみていく必要がある.急速な血糖改善に伴うCearlyworseningについては,インスリン強化療法群では,従来療法に比べてCDRの早期悪化率が高いというCDiabetesCControlCandCComplicationsCTrial(DCCT)での報告6)を筆頭に,すでに広く知られている.Cearlyworseningの機序としては,急速な血糖値低下で相対的に局所の虚血をきたすことで,低酸素誘導因子や網膜内の血管内皮増殖因子(vascularCendothelialCgrowthfactor:VEGF)が亢進し,血液房水関門(blood-aqueousbarrier:BAB)や血液網膜関門(blood-retinalbarrier:BRB)が破綻すると考えられている7).BABの破綻からCDIが発症していると考えられた症例C2では,急速な血糖改善により,前房内および網膜内のCVEGFが亢進し,BABのみならずCBRBも破綻したと考えられた.その結果,刷毛状出血,軟性白斑やCDMEが出現し,前増殖期CDRへ進行した.IVA投与により血管透過性が抑制され,DMEは改善した.DRは一般的に両眼性であることが多いが,DIでは,患者C18名中C11名が片眼性(61%)であったことを,Watanabeらは報告している8).さらに,DI発症時の病期は単純期CDRであったが,DIが軽快したにもかかわらず,短期間で増殖CDRへ進行した症例も報告されている3).そのため,症例C2においても,DI軽快後もCDRの悪化に注意した管理が必要である.今回筆者らは,未治療糖尿病のC2症例から,初診時にCDIを有する場合は,急速な血糖改善後にCDRおよびCDMEが発症・進展することを経験した.内科治療介入による急速な血糖改善後も,内科と眼科で密接に連携しつつ,継続的な加療が必要であると再認識した.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)須藤史子:白内障手術と糖尿病網膜症.DiabetesFrontier28:314-318,C20172)田中麻理:2型糖尿病患者の外来医療費に関係する因子についての検討.日本糖尿病学会誌55:193-198,C20123)臼井嘉彦:糖尿病虹彩炎.日本糖尿病眼学会誌C23:66-70,C20184)高村佳弘:糖尿病白内障に対するアプローチ.日本白内障学会誌29:45-47,C20175)SutoC,HoriS,KatoSetal:E.ectofperioperativeglyce-micCcontrolCinCprogressionCofCdiabeticCretinopathyCandCinsulinCtherapyCexacerbatesCdiabeticCblood-retinalCbarrierCmaculopathy.ArchOphthalmolC124:38-45,C2006Cbreakdownviahypoxia-induciblefactor-1alphaandVEGF.6)DiabetesCControlCandCComplicationsTrial(DCCT)ReserchCJClinInvestC109:805-815,C2002Group:EarlyCworseningCofCdiabeticCretinopathyCinCthe8)WatanabeCT,CKeinoCH,CNakayamaCKCetal:ClinicalCfea-DiabetesCControlCandCComplicationsCTrial.CArchCOphthal-turesofpatientswithdiabeticanterioruveitis.BrJOph-molC116:874-886,C1998CthalmolC103:78-82,C20197)PoulakiCV,CQinCW,CJoussenCAMCetal:AcuteCintensive***

SGLT2 阻害薬内服中に血管新生緑内障による急激な 視力低下をきたした2 型糖尿病症例

2021年5月31日 月曜日

《第25回日本糖尿病眼学会原著》あたらしい眼科38(5):567.572,2021cSGLT2阻害薬内服中に血管新生緑内障による急激な視力低下をきたした2型糖尿病症例上野八重子*1藤部香里*1石口絵梨*1野田浩夫*1徳田あゆみ*2近本信彦*3*1宇部協立病院内科*2宇部興産中央病院眼科*3近本眼科CACaseofType2DiabeteswithSuddenLossofVisionDuetoNeovascularGlaucomawhileTakingSGLT2InhibitorYaekoUeno1)CKaoriHujibe1)CEriIshiguchi1)CHirooNoda1)CAyumiTokuda2)andNobuhikoChikamoto3),,,,1)DepartmentofInternalMedicine,UbeKyoritsuHospital,2)DepartmentofOphthalmology,UbeKosanCentralHospital,3)ChikamotoEyeClinicC新規糖尿病治療薬CSGLT2阻害薬を内服中に血管新生緑内障による急激な視力低下をきたした糖尿病症例を報告する.症例はC40歳,男性.10年余り治療を放置しC4年前に他院にて前増殖網膜症を指摘されたが,自己判断で治療を中断し,2年前より宇部協立病院内科で治療を再開.高血糖に対しCSGLT2阻害薬をビグアナイド類と併用.血糖値は改善傾向で視力は維持されたが,8カ月後に急な左眼視力低下をきたし宇部協立病院眼科を受診.両眼とも黄斑浮腫はなく,高眼圧(右眼C22CmmHg,左眼C54CmmHg)と左眼角膜浮腫とびらん,左眼優位の虹彩ルベオーシスを認めた.頭頸部CMRAにて右内頸動脈CC3の軽度狭窄を認めた.両眼隅角に新生血管が多発しており汎網膜光凝固術にて右眼の視力は維持されたが,左眼は高眼圧による視神経萎縮で失明した.糖尿病網膜症が悪化する際には黄斑浮腫による視力低下を伴うことが多いが,この症例ではCSGLT2阻害薬内服によって黄斑浮腫が抑制された可能性がある.急な経過より眼虚血症候群との関連も否定できなかった.CPurpose:Toreportthecaseofa40-year-oldmalewithdiabeteswhosu.eredasuddendropinvisualacuity(VA)dueCtoCneovascularCglaucomaCwhileCtakingCSGLT2Cinhibitor,CaCnovelCantidiabeticCdrug.CCase:ThisCstudyCinvolvedCtheCcaseCofCaC40-year-oldCmaleCpatientCwithCdiabetesCinCwhomCtheCdiseaseCwasCleftCuntreatedCforCmoreCthan10years.Fouryearsprevious,hewasdiagnosedwithpre-proliferativeretinopathyatanotherhospital.Twoyearsago,hepresentedatourhospital,andatreatmentinvolvingthecombineduseofSGLT2inhibitorwithotherdrugsforhyperglycemiawasrestarted.HisbloodglucosewasimprovingandhisVAwaswell-maintained,yet8monthslater,heexperiencedasuddendropofVAinthelefteye.Highintraocularpressure(54mmHg)andcorne-aledemawereobserved,buttherewasnomaculaedemainbotheyes.MildstenosisofthecarotidarteryC3wascon.rmedCviaCaCheadCMRACexamination.CConclusion:SGLT2CinhibitorsCmayCimproveCmacularCedemaCdueCtoCtheCdiuretice.ect,fromthesuddenprogressconsideredtherelationshipwithocularischemicsyndrome.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C38(5):567.572,C2021〕Keywords:SGLT2阻害薬,糖尿病網膜症,血管新生緑内障,眼虚血症候群,黄斑浮腫.SGLT2inhibitor,diabeticretinopathy,neovacularglaucoma,ocularischemicsyndrome,maculaedema.Cはじめにナトリウムグルコース共輸送体C2(sodium/glucoseCcotransporter2:SGLT2)阻害薬は,近位尿細管において糖の再吸収を阻害して尿糖排泄量を増加させることにより血糖値を低下させる新規経口血糖降下薬である.2014年C4月に1剤目のイプラグリフロジンが発売された当初は高齢者への投与において脳血栓などのリスクが懸念されたが,その後の評価で脱水や全身状態に注意すれば年齢を限らず使用可能とされた1).発売後C5年以上を経過した現在では,血糖降下作用以外に心疾患や腎障害に対する効果についてエビデンスが〔別刷請求先〕上野八重子:〒755-0005山口県宇部市五十目山町C16-23宇部協立病院内科Reprintrequests:UenoYaeko,UbeKyoritsuHospital,16-23Gojumeyama,Ube,Yamaguchi755-0005,JAPANC0910-1810/21/\100/頁/JCOPY(87)C567蓄積されたことや,インスリン分泌を介さない作用機序によりC1型糖尿病にも適応が拡大されており,抗糖尿病薬において中心的位置を占めてきている.今回,糖尿病性合併症のある若年患者にCSGLT2阻害薬を使用したところ,血糖値は改善したが,血管新生緑内障による眼圧上昇により急激な視力低下をきたしたので,原因を考察しつつ症例を呈示する.CI症例患者:40歳代,男性.主訴:下腿浮腫.既往歴:27歳で糖尿病を指摘.ケトーシスでの入院歴あり(他県の病院).過去最大体重:110Ckg(20歳代)家族歴:特記すべきことなし.Ca2016年11月(内科初診時)現病歴:27歳で糖尿病を指摘されたが,10年以上治療を放置した.2015年に職場検診にて糖尿病・高血圧症・脂質異常症を指摘され,宇部興産中央病院内科で糖尿病治療(インスリン療法)を開始した.同院眼科で両眼に前増殖網膜症を指摘されたがC3カ月後には事情で内科・眼科ともに治療を中断.2016年C11月,産業医より受診を勧められ宇部協立病院内科を初診.現症および検査所見:体重C81Ckg,血圧C191/100CmmHg,脈拍C105/分,右眼視力C0.07(0.8),左眼視力C0.05(0.8),血糖C422Cmg/dl(食後C2.5時間),HbA1c12.1%,GOT14CU/l,GPT19CU/l,CgGTP27CU/l,総コレステロールC267Cmg/dl,中性脂肪C652Cmg/dl,HDLコレステロールC43Cmg/dl,LDLコレステロール127mg/dl,WBC8,200μl,RBC553μl,CHbC15.4Cg/dl,Ht47.5%,尿蛋白(3+),尿潜血(2+),尿b2018年3月(内科定期受時時,左眼の見えにくさあり)図1内科で施行した眼底検査所見a:初診時には小出血や少数の軟性白斑を認め,軽度の前増殖型網膜症の所見.Cb:視力が悪化するC1週間前の所見.左眼の透見性がやや低下している.左黄斑部上方には硬性白斑を認める.左眼(水平断)図2視力悪化時に初診した眼科での左眼OCTおよび前眼部所見OCTでは黄斑浮腫は認めない.左眼虹彩瞳孔縁に明らかなルベオーシスが出現している.左眼虹彩ルベオーシス左眼(垂直断)ケトン体(C.).眼底写真:両側網膜に点状出血と少数の軟性白斑を認める(図1a).C1.内科での治療経過糖尿病腎症C3期と診断し降圧薬とメトホルミンを開始したが,その後は半年間来院がなく,2017年C6月に内服治療を再開した.空腹時血糖C364Cmg/dlと高く,メトホルミンC500mgに加えてCSGLT2阻害薬のイプラグリフロジンC50Cmgを開始した.6週間は内服継続したが,その後C4カ月間にわたり中断し,2017年C12月に来院した.HbA1cはC13.2%で著明な高血糖があり,イプラグリフロジンC50CmgとメトホルミンC500Cmgで治療再開した.その後治療は継続し,3カ月後にはCHbA1c10.9%まで改善した.2018年C3月当院内科にて無散瞳眼底検査を施行したところ出血の増悪や新生血管を疑わす所見は認めなかったが,左黄斑部上方に硬性白斑を少数認めた(図1b).その際に左眼がやや見えにくいと訴えたため,中断していた眼科への早急な受診を勧めた.2018年C3月下旬,1週前より左眼が急に見えなくなったと近医眼科を初診.左眼の虹彩ルベオーシス,著明な高眼圧(左眼C48CmmHg)を指摘され,眼底検査では出血・白斑は少数で単純.前増殖網膜症の所見であった.視力は右眼C0.06(1.0),左眼C0.02(0.15).眼圧は右眼C20CmmHg,左眼48CmmHg.網膜光干渉断層計(opticalCcoherenceCtomogra-phy:OCT)にて両眼とも黄斑浮腫を認めず.左眼前眼部に虹彩ルベオーシスあり(図2).左眼ブリモニジン(アイファガン),ドルゾラミド(トルソプト),リパスジル(グラナテック),ラタノプロスト(キサラタン)の点眼開始.血管新生緑内障の診断で同眼科より以前の病院眼科に紹介されC2日後に受診した.C2.眼科での所見と治療経過眼圧上昇(右眼C14CmmHg,左眼C54CmmHg)を認め,左眼は角膜浮腫を認め中央に角膜びらんを伴っており(図3)強い眼痛あり.視力は右眼C0.06(1.0),左眼C0.02(0.03).両眼虹彩面に新生血管(右眼<左眼)・右眼隅角全周に新生血管あり.左眼隅角は浮腫とびらんのため観察できなかったが,閉塞隅角であると推測され,両眼血管新生緑内障および両眼増殖糖尿病網膜症と診断した.両眼グラナック,キサラタン点眼,左眼アイファガン,トルソプト点眼に変更し,左眼オフロキサシン(タリビッド)眼軟膏を開始した.蛍光眼底検査は未施行であったが両眼虹彩ルベオーシスを認めるなど両眼に血管閉塞病変が強く疑われ,頸動脈および頭蓋内疾患検索のため,再初診C4日後に脳外科に紹介となった.頭頸部MRAを施行し右内頸動脈CC3に軽度の狭窄所見があり,反対側同部位にも石灰化を認めたが内頸動脈閉塞は認めず,脳外科的には問題なしとされた(図4).同日には左眼の角膜びらんが改善したため,再初診C1週後より両眼の汎網膜光凝固療法を開始.左眼視力(0.2p)で左眼隅角に著明な新生血管を認め抗血管内皮増殖因子(vasucularCendtherialCgrowthfactor:VEGF)薬注射を勧めたが費用の面で同意を得られなかった.そのC1週後には両眼虹彩炎が確認されベタメタゾンリン酸エステルナトリウム液(リンベタ)を開始した.右眼の眼圧は正常化したが左眼は眼圧降下治療に抵抗し高眼圧a右眼b左眼c左眼前眼部図3病院眼科紹介(再初診)時の所見a:軽度の前増殖網膜症が疑われる所見.Cb:角膜浮腫のため眼底を透見できない.Cc:角膜びらんを認める.図4頭部MRAの所見右内頸動脈CC3に軽度狭窄を認め,左内頸動脈同部位にも石灰化がめだつ(C.).(頸部CMRAでは有意な狭窄所見なし)と強度の眼痛が続いた.線維柱帯切除術は視力の回復があまり期待できず患者も消極的であり施行していない.7カ月後に行った右眼蛍光造影検査では光凝固の頻回施行にもかかわらず,右眼網膜血管からの漏出像や無血管領域を認めた(図5).左眼は角膜混濁があり施行困難であった.2019年C7月にCOCTを施行し両眼とも黄斑所見に異常は認めず.右眼視力はC0.05(0.7)と比較的維持されたが,左眼は高眼圧の持続で視神経萎縮をきたし光覚(-)となった.内科的には治療中断がなくCSGLT2阻害薬も継続している.2018年C10月にはCHbA1c8.0%,2020年C4月現在ではCHbA1c6.6%と改善している.CII考察血管新生緑内障により急激な視力低下を生じた症例を経験し,SGLT阻害薬投与との関連について検討した.SGLT2阻害薬は腎症や心血管障害への好影響が認められており3),CAmericanCDiabetesAssociation(ADA)およびCEuropeanCAssociationCforCtheCStudyCofDiabetes(EASD)のCconsen-susreportにおいてC.rst-lineの薬剤としても推奨されるに至っており糖尿病臨床において使用頻度が増加している4).イプラグリフロジンと同効薬であるエンパグリフロジンについての大規模スタディ(EMPA-REGOUTCOME)では網膜症への影響についてサブ解析が報告されている5).7,020人(平均年齢:63.1C±8.6歳,HbA1c:8.07C±0.85%)について平均C3.1年のフォローの結果,網膜症出現や悪化の頻度はエンパグリフロジン群ではC1.6%とCplaceboのC2.1%を下回り,改善していると評価されているが有意差はない(HR0.78,p=0.1732).同報告のなかでエンパグリフロジン群の失明は4例でCplaceboにおける失明C2例より多かったが,少数のた図5光凝固療法開始7カ月後の蛍光眼底写真(右眼)頻回の光凝固にもかかわらず,網膜血管からの漏出や無血管領域を認める.左眼は角膜混濁にて撮影不能であった.め有意差検定はされておらず失明例の詳細も不明である.一方,SGLT2阻害薬には黄斑浮腫を改善する効果があることが複数症例での検討や後ろ向き研究により報告されている6,7).津田らがまとめたC1996年の報告では,長期放置後の治療開始時に単純網膜症や前増殖網膜症を認めC6カ月以内に悪化した症例では,ほぼ全例で黄斑症を合併していたとされ,0.7以下の視力低下の原因はすべて黄斑症であったとされている8).今回の症例では糖尿病性腎症およびネフローゼ症候群を合併しており,治療開始時に前増殖網膜症の初期と診断されていたため,当初より網膜症の悪化や黄斑浮腫の発症が懸念されていた.緑内障による視力低下発症時に初診した近医眼科でC2018年C3月下旬に施行した左眼COCTにて黄斑浮腫をまったく認めなかった点が,糖尿病治療放置症例としてはやや異例の経過であった.当院内科初診時のC2016年11月に施行した左眼眼底写真では認めなかった硬性白斑が2018年C3月の眼底写真では少数出現しており,このC1年C4カ月の間に何らかの網膜浮腫が存在したことを示唆すると思われた.SGLT2阻害薬の投与で黄斑浮腫が抑制された可能性もあるが,高度に虚血を伴った増殖網膜症でも黄斑浮腫を伴わない症例も存在する.左眼COCTでは虚血を示唆する所見は認めなかったが,蛍光造影検査が未施行であるため正確な評価はむずかしい.黄斑浮腫の存在や硝子体出血で生ずる視力低下を自覚することなく,血管新生緑内障が悪化するまで眼科を受診しなかったことで高度な視力障害に至ったと考えられた.一方,突然の視力低下をきたしたもう一つの背景として眼虚血症候群(ocularCischemicsyndrome:OIS)がベースとなった可能性について検討した.この患者の特徴としてC40歳代という若年にもかかわらず頭部CMRAにて眼動脈の分岐部近傍の右内頸動脈CC3部分に狭窄を認めた.左内頸動脈の同部位にも石灰化があり,血管新生緑内障発症の背景として,もともと眼循環に異常があった可能性が否定できない.動脈硬化に関連した糖尿病網膜症とCOISの関連についての総説9)によれば,内頸動脈閉塞のない症例でも眼虚血に起因すると考えられる血管新生緑内障の報告がある.OISのC20%は両側性に病変を生ずるとされる.また,白内障手術など眼科的処置の際には脳血管障害の状態や眼循環を評価することが重要とされている.この症例が病院眼科を再初診した際には,角膜浮腫とびらんにより左眼眼底は透見不能で蛍光造影検査は施行できず,7カ月後に右眼蛍光造影検査を行った結果では蛍光色素の流入遅延や腕網膜循環遅延は認められなかったため,積極的にCOISと診断する根拠に乏しい.しかし,当院にて行った頸動脈エコーでは左内頸動脈起始部付近にC1.7CmmのCsoftplaqueを認め,左内頸動脈の最高血流速度はC24Ccm/秒と異常低値を示し,右側はC38Ccm/秒とやや低値であり,かつ左右の速度に有意な差があった.当症例は糖尿病歴が長く両眼前眼部に多数の新生血管を認めており,血管新生緑内障は増殖糖尿病網膜症に起因する続発緑内障と考えるのが一般的である.しかし,眼底所見では増殖性変化を認めないまま隅角ルベオーシスまで急激に進行したことより,動脈硬化の進行をベースとした左右内頸動脈の血流速度低下が眼循環低下に関連した可能性もあると考えた.この症例で使用したCSGLT2阻害薬と眼虚血との関連についての報告は検索した範囲にはなく,イプラグリフロジンの発売後調査の結果により両者の関連を検討した.イプラグリフロジン発売直後C2014年C4月.8月までの短期間にC12例の脳梗塞が報告されており,開始後C9日目で発症したという症例報告もあった10).イプラグリフロジン販売後C1年半での調査では重篤な眼障害がC6件あり,糖尿病網膜症C1件,虚血性視神経症C1件,網膜動脈閉塞症がC1件,眼瞼浮腫C5件のうち2件が重篤とされていた.さらに涙器障害C1件が重篤とされていた(詳細な情報はない).眼圧については言及がなく,眼痛・霧視・視力障害など緑内障や眼圧上昇との関連が否定できない症状がC8例あった.これらがCSGLT2阻害薬に直接起因する副作用であるかどうかは不明であるが,いずれにしても投与開始時に生ずる脱水や低血圧症が脳梗塞や網膜循環不全に関連する可能性については軽視できず,今後もSGLT2阻害薬使用症例における眼合併症への影響を考慮した経過観察が必要と考えられた.CIII結語若年者であっても重症かつ病歴の長い糖尿病患者に新規糖尿病治療薬CSGLT2阻害薬を使用する際には,動脈硬化症を評価し,眼虚血リスクのある症例では血管新生緑内障の発生に注意する必要がある.眼圧や前眼部変化について眼科での定期的なチェックが望ましい.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)SinclairCJ,CBodeCB,CHarrisS:E.cacyCandCsafetyCofCcana-gli.ozininindividualsaged75andolderwithtype2dia-betesmellitus:Apooledanalysis.JAmGeriatrSocC64:C543-552,C20162)橋本洋一郎,米村公伸,寺崎修司ほか:総説眼虚血症候群─神経超音波検査の役割─.Neurosonology17:55-61,C20043)DaviesCJ,CD’AlessioCA,CFradkinCJCetal:ManagementCofChyperglycemiaintype2diabetes,2018.AconsensusreportbyCtheCAmericanCDiabetesAssociation(ADA)andCtheCEuropeanCAssociationCforCtheCStudyCofDiabetes(EASD)C.CDiabetesCareC41:2669-2701,C20184)ZinmanB,WannerC,LachinMetal:EMPAREGOUT-COMECInvestigators.CEmpagli.ozin,CcardiovascularCout-comes,CandCmortalityCinCtypeC2Cdiabetes.CNCEnglCJCMedC373:2117-2128,C20155)InzucchiE,WannerC,HehnkeUetal:Retinopathyout-comesCwithCempagli.ozinCversusCplaceboCinCtheCEMPA-REGOUTCOMETrial.DiabetesCare2019CJan;dc1813556)前野彩香,前田泰孝,宮崎亜希ほか:SGLT2阻害薬で改善を認めた糖尿病黄斑浮腫のC4症例.糖尿病61:253,C20187)MienoCH,CYonedaCK,CYamazakiM:TheCe.cacyCofCsodi-um-glucoseCcotransporter2(SGLT2)inhibitorsCforCtheCtreatmentCofCchronicCdiabeticCmacularCoedemaCinCvitrect-omisedeyes:aCretrospectiveCstudy.CBMJCOpenCOphthal-molC3:e000130,C20188)津田晶子,千葉泰子,矢田省吾ほか:長期間血糖コントロール不良放置例C39例における治療開始後の網膜症の変化─黄斑症の重要性について.糖尿病C39(Suppl1):305,19969)吉成元孝:眼外循環と糖尿病網膜症.糖尿病C47:786-788,C200410)阿部眞理子,伊藤裕之,尾本貴志ほか:SGLT2阻害薬の投与開始後C9日目に脳梗塞を発症した糖尿病のC1例.糖尿病C57:843-847,C2014***

基礎研究コラム:若返りへのアプローチ

2021年5月31日 月曜日

若返りへのアプローチ若返り(rejuvenation)とは世界中で急速に老年人口が増えています.1950年には65歳以上の高齢者がわずか1億3,000万人(世界人口の5%)であったものが,2050年には16億人(17%)になると予測されており,老化への理解は緊喫の課題です.人生100年時代といわれますが,他の生物をみると寿命は多種多様です.ベニクラゲは不老不死のクラゲとよばれており,寿命を迎えてもポリプに戻り,まったく同一の遺伝子で再び同一個体が生まれます.このようなところに,不老不死のヒントがあるのかもしれません.年齢はchronologicalageとbiologicalageの二つに定義されます.前者はいわゆる「年齢」で,生まれてから何年経ったかを意味します.後者は細胞や組織年齢をさし,いわゆる「体内年齢」と同義です.現在,栄養,運動などさまざまなアプローチでbiologicalageを調整する研究が盛んに行われています.DNAのメチル化は年齢とともに蓄積することが知られており,DNAメチル化から構築された年齢予測因子は「エピジェネティック・クロック」とよばれています.iPS細胞の樹立に必要な四つの転写因子(山中因子:OSKM)がinvitroで加齢に関連した表現型を改善させ1),invivoにおいて高齢の野生型マウスの代謝疾患や筋損傷からの回復を改善させたこと2)は記憶に新しいところです.このようなエピジェネティック・クロックの制御を介した長寿や若返りの研究が注目されています.眼科領域ではリプログラミグによる眼科領域でのアプローチが最近二つ報告されています.一つは低分子化合物で細胞をリプログラミングすることで視細胞を作製する,再生医療的アプローチでの介入3),もう一つは,山中因子であるOct4,Sox2,Klf4(OSK)の三つの転写因子を導入し,エピジェネティック・クロックを制御することで,老化し機能低下したものを若返りさせる方法です4).後者では,マウス視神経損傷モデル用いてAAVベクターでOSKを導入し,軸索の再生が確認されました.ポイントは,DNAのメチル化状態がOSKの投与により損傷前のレベルにまで戻っていたことです.また,高眼圧緑内障モデルでは,OSKの投与で網膜神経節細胞に対応するERGの回復を認め,さらに視力の改善も確認されました.また,若年マウスと比べると12カ月齢マウスで上(75)0910-1810/21/\100/頁/JCOPY北澤耕司京都府立医科大学大学院医学研究科視覚機能再生外科学緑内障モデル眼AAVベクター図1若返り(rejuvenation)のアプローチエピジェネティックを変化させるOct4,Sox2,Klf4(OSK)を導入することで,緑内障モデルマウスで機能的,遺伝子発現的に回復が観察された.がっていた遺伝子の90%がOSKの導入により若年マウスのレベルに回復しており,DNAメチル化の変化が高齢者の視力回復に機能的な役割を果たしている可能性があると結論づけています.今後の展望エピジェネティック・リプログラミングは,組織の修復や年齢に関連する機能低下の回復を促進する可能性があることを示唆しています.一方で,細胞がどのように若々しいエピジェネティック情報をコードし,保存しているのだろうかという疑問は残ります.Digitaltransformationによって,個別化された疾患特異的な方法で,先手を打った健康増進のための介入が可能となると予測されます.このような老化プロセスを調節しようとする研究は今後ますます加速するでしょう.文献1)LapassetL,MilhavetO,PrieurAetal:Rejuvenatingsenescentandcentenarianhumancellsbyreprogram-mingthroughthepluripotentstate.GenesDev25:2248-2253,20112)OcampoA,ReddyP,Martinez-RedondoPetal:Invivoameliorationofage-associatedhallmarksbypartialrepro-gramming.Cell167:1719-1733,e1712,20163)MahatoB,KayaKD,FanYetal:Pharmacologic.broblastreprogrammingintophotoreceptorsrestoresvision.Nature581:83-88,20204)LuY,BrommerB,TianXetal:Reprogrammingtorecoveryouthfulepigeneticinformationandrestorevision.Nature588:124-129,2020あたらしい眼科Vol.38,No.5,2021555

硝子体手術のワンポイントアドバイス:強度近視眼に生じた増殖糖尿病網膜症(中級編)

2021年5月31日 月曜日

硝子体手術のワンポイントアドバイス●連載216216強度近視眼に生じた増殖糖尿病網膜症(中級編)池田恒彦大阪回生病院眼科●はじめに近視は糖尿病網膜症の抑制因子とされており,その要因として網膜の菲薄化による酸素需要の減少,近視進行による眼血流の遅延や減少,早期後部硝子体.離などがあげられる.また,後部ぶどう腫を有するような強度近視眼では,重篤な増殖糖尿病網膜症(proliferativedia-beticretinopathy:PDR)が発症することはまれとされている.筆者らは以前に後部ぶどう腫を有する強度近視眼に硝子体出血と牽引性網膜.離をきたし,硝子体手術に至ったPDRの1例を経験し報告したことがある1).●症例59歳,女性.両眼に後部ぶどう腫を伴う強度近視とPDRを認め,汎網膜光凝固術を開始したが,経過中に右眼に網膜前出血(図1a),左眼に硝子体出血と牽引性網膜.離が生じた(図1b).蛍光眼底造影検査では,両眼に広範な無灌流領域と網膜新生血管からの蛍光漏出があり,左眼は後部ぶどう腫の下方に線維血管性増殖膜を認めた(図1b,矢印).超音波Bモードでは,左眼に後部ぶどう腫に沿って硝子体牽引,浅い牽引性網膜.離がみられた(図2,矢印).硝子体手術の術中所見として,後部ぶどう腫の辺縁に沿って線維血管性増殖膜と強固な網膜硝子体癒着があり,増殖膜処理後の人工的後部硝子体.離作製時に後部ぶどう腫の辺縁に医原性裂孔を形成した.後部ぶどう腫内には肥厚した後部硝子体膜が認められ,硝子体鑷子で網膜との癒着を解離した.その後,気圧伸展網膜復位術,眼内光凝固術を施行し術後網膜は復位した.●後部ぶどう腫を伴う増殖糖尿病網膜症に対する硝子体手術の問題点本症例の増殖膜は通常のPDRのように血管アーケー(73)0910-1810/21/\100/頁/JCOPY図1術前の眼底右眼(a)は鼻側に網膜前出血がみられた.左眼(b)は後部ぶどう腫(点線)を認め,下方に硝子体出血および血管アーケードに沿って線維血管性増殖膜(..)を認め,その周囲に牽引性網膜.離が生じていた.(文献1より引用)図2術前の左眼超音波Bモード所見後部ぶどう腫に沿って硝子体牽引,増殖膜(..)および牽引性網膜.離がみられた.(文献1より引用)ド近傍にみられたが,これは後部ぶどう腫の辺縁に隣接していた.また,牽引性網膜.離は増殖膜近傍だけでなく後部ぶどう腫内にも一部及んでおり,後部ぶどう腫の形状が関与していた可能性も考えられた.また,後部ぶどう腫内では後部硝子体.離が生じておらず,肥厚した後部硝子体膜が網膜と強固に癒着していた.後部ぶどう腫を有するPDR症例に対して硝子体手術を施行する際には,通常のPDRの病態に加えて,強度近視眼の異常な網膜硝子体癒着が加味されるため,硝子体処理時に細心の注意が必要である.文献1)村井克行,植木麻理,南政宏ほか:硝子体手術に至った後部ぶどう腫を有する増殖糖尿病網膜症の1例.臨床眼科59:1729-1733,2005あたらしい眼科Vol.38,No.5,2021553

抗VEGF治療:未熟児網膜症へのラニビズマブの適応拡大

2021年5月31日 月曜日

●連載107監修=安川力髙橋寛二87.未熟児網膜症へのラニビズマブの野々部典枝名古屋大学医学部附属病院総合周産期母子医療センター適応拡大活動期の未熟児網膜症に対する治療は,長く網膜光凝固術が第一選択であった.2019年C11月にラニビズマブが抗CVEGF薬として初めて未熟児網膜症に対する効能追加の承認を得たことで,視機能予後の改善をもたらす可能性が期待される.治療の選択肢が増え,最適な治療方針の確立や長期安全性の確認が待たれる.レーザー網膜光凝固術の課題レーザー網膜光凝固術は,長く未熟児網膜症(retinop-athyofprematurity:ROP)に対する標準治療として失明予防に寄与してきた.しかし,光凝固単独では鎮静化できない重症例も存在し,いったん網膜.離に進行すれば,たとえ手術で復位を得ても重篤な視力障害の原因となる.また,zoneIROPのような血管発育の悪い例では,後極まで密な凝固斑を生じて瘢痕期の黄斑部形態異常や強度近視などを誘発し,良好な視機能を得られない場合がある.晩期には裂孔原性網膜.離や白内障,緑内障などの合併症を生じる例があり,光凝固に代わる新たな治療方法が模索されてきた.CROPに対する抗VEGF薬の大規模試験2011年,BEAT-ROPstudyによってとくにCzoneCIROPに対するベバシズマブの有効性が報告1)され,抗VEGF薬が適応外投与ながら世界的に広く使用されるようになった.そして,RAINBOW(ranibizumabcom-paredCwithClaserCtherapyCforCtheCtreatmentCofCinfantsCbornCprematurityCwithCretinopathyCofprematurity)Cstudy2)を経て,2019年C11月に抗CVEGF薬として初めてCROP治療にラニビズマブ硝子体内注射(intravitrealranibizumab:IVR)が承認された.CRAINBOWstudyは,国内外のCROP患者C225名を対象とした第CIII相臨床試験である.IVR0.1Cmgもしくは0.2Cmgとレーザー治療を比較し,24週後の治療成功率(両眼ともに活動性のCROPがなく,かつ不良な形態学的転帰もない患者の割合)を評価している.治療成功率はIVR0.2mg群で80%,レーザー群で66%となり,感度分析で有意差がみられたためCIVRC0.2Cmg/0.02CmlがCROPへの効能追加の承認を得ることとなった.再発率(初回治療以外の追加治療を治療開始C24週以内に実施した患者の割合)はIVR0.2mg群で31.1%,レーザー群でC18.9%であり,IVRで再発率が高い.IVR(71)C0910-1810/21/\100/頁/JCOPY図1実際の穿刺(左眼)症例は修正C36週時.結膜出血がみられる.0.2Cmg群における再投与までの期間はC55日(中央値)であった.おもな副作用はいずれの群も結膜出血(図1)であったが,IVR0.2Cmg群で白内障がC1眼に生じている.血中CVEGF濃度はC14日目,28日目で低下がみられず,短期間で回復している.現在長期継続試験が行われており,5歳までの経過を追跡して眼や全身合併症の有無などについて検討する予定である.CROPに対する抗VEGF療法の実際ROPに対するラニビズマブ承認後C1年が経過し,初回治療としてCIVRを行う機会が増加している(図2).2020年C12月の『日本眼科学会雑誌』にCROPに対する抗CVEGF療法の手引き3)が掲載され,注射手技や経過観察の方法について詳しく述べられている.しかし,IVRとレーザー網膜光凝固の選択については現時点で明確な基準がない.当院では現在初回治療はほぼ全例がラニビズマブである.再発率の高さや頻回の経過観察は問題であるが,たとえ追加治療が必要になったとしても,修正週数が早い時期に行う初回治療での治療時間を短くし,黄斑近傍への光凝固を避けるメリットが大きいあたらしい眼科Vol.38,No.5,2021C551b図2ラニビズマブ投与例(右眼)在胎C25週,出生体重C840Cgの児.修正C33週で両眼にCROPを発症.Ca:修正C35週,zoneCII,stageC3(+)にてCIVR施行.Cb:投与7日後.後極の拡張蛇行は改善し,増殖も消退傾向がみられる.図3ラニビズマブ投与後の再発b(左眼)在胎C26週,出生体重C800Cgの児.修正C32週で両眼にCROPを発症.Ca:修正C36週,zoneCII,stageC3(+)にてCIVR施行.Cb:IVR後12週目.ややのびた血管先端部に再びCridgeを形成したが,追加治療を要さず経過観察のみで鎮静化した.と考えるためである.また,重症のCaggressive-posteri-orROP(APROP)例では,IVRを先に施行することで水晶体血管膜の怒張や散瞳状態が改善し,光凝固も施行しやすくなることが多い.再発に対するリスクファクターとして,ベバシズマブでの報告では,在胎週数が短い,出生体重が軽い,壊死性腸炎,入院期間が長い,CzoneI,APROPがあげられている4).RAINBOWstudyでの再発率は追加治療を要した割合なので,治療に至らない程度の再発はこれより多い(図3).初回IVRを選択することで追加治療までの時間に少しでも全身状態が整い,網膜血管が伸びれば,その後レーザーを選択しても鎮静に耐えられる可能性があり,網膜の凝固範囲を減らして黄斑を守るとともに,あとで近視化しにくく有利である.追加治療の選択は再発時期(ラニビズマブは初回投与からC1カ月経過していないと再投与できない),退院時期や病院へのアクセス,再発時点での血管先端部の位置によって選択している.再発時の網膜血管先端部がまだCzoneIやCzoneCIIposteriorのような状態であればラニビズマブの再投与を選択することが多い.今後の課題現在CROPに対するアフリベルセプトを用いた第CIII相臨床試験(NCT04004208)も行われており,今後,抗C552あたらしい眼科Vol.38,No.5,2021VEGF薬の選択肢が増える可能性もある.とくに抗VEGF薬投与後に周辺部の血管異常が残存する5)ことがあり,最適な治療・経過観察の方法確立にむけて,多くの長期経過の蓄積が必要である.診療報酬については診断群分類包括評価(DPC)を導入している施設では,高額なラニビズマブを使用することでコスト面で問題が生じるため,検討する必要がある.文献1)Mintz-HittnerCHA,CKennedyCKA,CChuangCAZCetal;CBEAT-ROPCooperativeCGroup:E.cacyCofCintravitrealCbevacizumabCforCstageC3+retinopathyCofCprematurity.CNEnglJMedC364:603-615,C20112)StahlCA,CLeporeCD,CFielderCACetal:RanibizumabCversusClaserCtherapyCforCtheCtreatmentCofCveryClowCbirthweightCinfantsCwithCretinopathyCofprematurity(RAINBOW):anCopen-labelrandomizedcontrolledtrial.LancetC394:1551-1559,C20193)未熟児網膜症眼科管理対策委員会:未熟児網膜症に対する抗CVEGF療法の手引き.日眼会誌124:1013-1019,C20204)Mintz-HittnerCHA,CGeloneckCMM,CChuangAZ:ClinicalCmanagementCofCrecurrentCretinopathyCofCprematurityCfol-lowingCintravitrealCbevacizumabCmonotherapy.COphthal-mologyC123:1845-1855,C20165)HarperCA3rd,WrightLM,YoungRCetal:FluoresceinangiographicCevaluationCofCperipheralCretinalCvasculatureCafterCprimaryCintravitrealCranibizumabCforCretinopathyCofCprematurity.RetinaC39:700-705,C2019(72)

緑内障:緑内障濾過手術モデルを用いた研究

2021年5月31日 月曜日

●連載251監修=山本哲也福地健郎251.緑内障濾過手術モデルを用いた研究小嶌祥太大阪医科薬科大学三島南病院眼科緑内障濾過手術モデル眼を用いた研究は緑内障治療発展のために必要不可欠であるが,使用動物,眼圧測定法,濾過手術の方法,濾過胞や組織の分析方法など多くの点を考慮して最適な実験系を組み立てていく必要があり,さらに最終的な結果の解釈には人眼との違いを熟慮して結論を出す必要がある.●はじめに緑内障手術のゴールドスタンダードはマイトマイシンCなど線維芽細胞増殖抑制作用のある薬剤を併用した線維柱帯切除術であり,その成功率向上のための濾過胞における瘢痕形成の抑制や眼内炎などの重篤な合併症の克服の意味からも,さまざまな検討が必要とされている.新しい方法については,まず緑内障濾過手術モデル眼の使用による効果と安全性の検討が求められる.C●使用動物瘢痕形成の組織学的検討にはラットなど小動物が用いられることもあるが,精密な眼圧測定や詳細な組織学的検討のためには,眼球形状と大きさがヒトに類似したサルなどの動物の使用が有利である.実際には取り扱いや購入価格の手軽さからウサギを用いた報告が多い.筆者らは,1)組織瘢痕化に関連するキマーゼ活性がヒトと同様に存在1)し,2)房水排出経路がヒトと比較的類似,かつC3)ヒト同様に緑内障治療が行われている2)という理由から,おもにイヌを用いて実験を行なっている.C●眼圧測定動物眼での眼圧測定にはさまざまな報告3)があり,カニューレ前房内挿入による測定がもっとも正確だと考えられるが,煩雑性や侵襲などの問題がある.ヒトで用いられるCTono-penやCICareは簡便で測定者による差異が少ないが,角膜厚や剛性,曲率半径といった測定に影響を与える因子が動物種によって異なっているため注意が必要である.現在筆者らはおもにイヌに使用可能な機器(図1)を使用している.C●濾過手術モデル理想的にはヒトと同様の手技で行うべきであり,実際にそうした報告も多い.ただし動物眼の場合,ヒトよりも急速に瘢痕形成が進行して濾過が不成功になること(69)C0910-1810/21/\100/頁/JCOPY図1イヌの眼圧測定に用いている眼圧計a:イヌおよびネコ用のCTono-PenCAVIACVET(Reichert社).b:イヌ,ネコ,ウマ用に調整されたCTonoVetCreboundtonometer(CIcareFinland社).や,瘢痕形成が強膜開窓部に生じやすいことなどが報告4)されている.したがって,長期的な観察には,房水流出量増加による流出路閉塞抑制を期待して,強膜弁を作製せず強膜開窓(と周辺虹彩切除)のみ行うこともある.さらに,たとえばイヌでは強膜が硬く虹彩などからの出血が多いことから,個体間での術式の差異を最小限にとどめる意味からも,より簡便な方法を用いることも考慮する.C●濾過胞・組織の検討ヒト用の光干渉断層計や超音波生体顕微鏡(図2)による経時的観察5)が可能である.ただし動物種によっては結膜下組織が厚いため光干渉断層計による観察が困難なことがある.組織学的検討においては眼球摘出後に詳細な検討が可能であり,動物実験ならではのさまざまな知見5)を得ることが可能である(図3,4).C●おわりに緑内障濾過手術モデル眼を用いた実験は,前述のようにヒトと異なる部分が多いためしっかりとした対照の設定が肝要であり,結果の解釈にも十分な検討が必要となる.あたらしい眼科Vol.38,No.5,2021C549図2ウサギ緑内障濾過手術モデル眼(術12週後)における濾過胞の超音波生体顕微鏡像UD-800UltrasonicA/BScannerandBiometer(トーメーコーポレーション)を用い,マルチキナーゼ阻害薬であるレゴラフェニブを術後点眼した眼(Ca)と通常のマイトマイシンCC術中使用眼(Cb)を術C12週後に比較すると,濾過胞壁(⇔)はCbのほうが薄かった.スケールバー:1mm.(文献C5より転載)図3ウサギ緑内障濾過手術モデル眼(術12週後)における結膜および結膜下組織像(アザン染色)色抽出法を用いてレゴラフェニブ点眼眼(Ca)とマイトマイシンCC術中使用眼(Cb)のコラーゲン(緑部分)を比較したところ,bがCaより有意に密度が低かった.スケールバー:1,000Cμm.(文献C5より転載)図4ウサギ緑内障濾過手術モデル眼(術12週後)における結膜下組織における毛細血管(抗ビメンチン抗体による免疫染色)レゴラフェニブ点眼眼(Ca)と比較しマイトマイシンCC術中使用眼(Cb)では毛細血管密度が有意に低かった.スケールバー:100Cμm.(文献C5より転載)CintraocularCpressureCinClaboratoryCanimals.CExpCEyeCRes文献141:74-90,C20151)MiyazakiM,TakaiS:Roleofchymaseonvascularprolif-4)DesjardinsCDC,CParrishCRKC2nd,CFolbergCRCetal:WoundCeration.CJCReninCAngiotensinCAldosteroneCSystC1:23-26,Chealingafter.lteringsurgeryinowlmonkeys.ArchOph-2000CthalmolC104:1835-1839,C19862)KomaromyCAM,CBrasCD,CEssonCDWCetal:TheCfutureCof5)NemotoCE,CKojimaCS,CSugiyamaCTCetal:E.ectsCofCrego-canineCglaucomaCtherapy.CVetCOphthalmolC22:726-740,Crafenib,CaCmulti-kinaseCinhibitor,ConCconjunctivalCscarringCinCaCcanineC.ltrationCsurgeryCmodelCinCcomparisonCwith20193)MillarCJC,CPangIH:Non-continuousCmeasurementCofCmitomycin-C.IntJMolSciC21:63,C2019550あたらしい眼科Vol.38,No.5,2021(70)

屈折矯正手術:カスタム角膜クロスリンキング

2021年5月31日 月曜日

監修=木下茂●連載252大橋裕一坪田一男252.カスタム角膜クロスリンキング神谷和孝北里大学医療衛生学部視覚生理学従来の角膜クロスリンキング(CXL)は,角膜中央部に均一な紫外線を照射していた.円錐角膜の構造的脆弱性は全体ではなく,局所的な菲薄化部位に由来することが示唆されており,角膜形状解析データを基に選択的に紫外線を照射するCcustomizedCXLが開発されている.進行予防だけでなく,一定の角膜形状改善効果も有することから,今後普及が期待される.C●はじめに円錐角膜は,角膜傍中央部が進行性に菲薄化して前方突出し,不正乱視や近視化により視機能低下をきたす疾患であり,日常臨床の現場において遭遇しやすい疾患の一つである.本疾患は長期的に進行を認めることが多く,患者の視機能維持の観点から,早期発見および進行予防が重要な課題となっている.角膜クロスリンキング(cornealcross-linking:CXL)は,角膜実質のコラーゲン線維間の架橋構造を強めることにより角膜全体の剛性を上げる治療であり,現在国内では未承認治療となっている.波長C370Cnmの紫外線で励起された光感受性物質であるリボフラビン(ビタミンB2)が酸素分子との反応により,活性酸素の一種である一重項酸素を産生し,角膜実質コラーゲン線維の架橋結合を増加させることで(図1),角膜自体の剛性が上がり進行を抑制する,唯一のエビデンスを有する治療である.CXLの標準術式としてCSeilerらが提唱したドレスデン法が広く知られている.この方法は,8Cmm径で角膜上皮を.離し,リボフラビンを角膜に浸透させたのち,C3CmW/cm2のエネルギーでC370Cnmの長波長紫外線をC30分間照射し,総エネルギーC5.4CJ/cmC2とするものである.そのほか,近年高出力にて照射時間を短縮したCacceler-atedCXLや角膜上皮を温存するCtransepithelialCCXL(Epi-onCXL)も応用されている.従来のCCXLは本疾患の進行予防に有効であったが,術後角膜形状や屈折変化は予測困難であった.近年の研究から,角膜形状解析データを基に選択的に紫外線を照射するCcustomizedCXLが考案されており,角膜強度を上げ,疾患の進行を抑制するだけでなく,照射パターンの工夫によって角膜形状を最適化し,視機能を向上する可能性が考えられる.本稿では,新たなCcustomizedCXLの概要や従来のCCXLとの相違について紹介する1).(67)C0910-1810/21/\100/頁/JCOPYOHOPOH2COHHCOHHCOHH2CUVA(365nm)活性酸素H3CNNHNOCHOHH3CNORivo.avin(VitaminB2)図1CXLの奏効機序紫外線で励起されたリボフラビンが酸素分子との反応により一重項酸素を産生し,コラーゲン線維の架橋結合を増加させる.C●開発の経緯昨今のブリルアン散乱を用いた研究1)から,円錐角膜の脆弱性は,角膜全体の剛性に由来するのではなく,局所的な角膜脆弱性に起因して,進行を生じる可能性が高いことが報告されている.また,有限要素法を用い構造力学特性に関する研究2)から,角膜の剛性を局所的に変化させることによって近視,乱視,遠視矯正を行いうる可能性が指摘されている.これらをふまえ,従来の方法のように紫外線を広範囲に均一に照射するのでなく,角膜形状解析データを基に,構造力学的な解析から脆弱化を生じている領域を中心として選択的に紫外線を照射することで,角膜剛性を上げるだけでなく,視機能向上も同時に行うCcustom-izedCXLが考案された.C●手術の実際現在CcustomizedCXLが可能な装置は,MosaicSystem(Avedro社)のみであり,本装置を用いて行う.エキシマレーザーと同様に眼球運動を追尾するアイトラッキングシステムも搭載されている.まず点眼麻酔を行い,0.25%リボフラビン点眼を約C10分間行い,角膜あたらしい眼科Vol.38,No.5,2021C547図2CustomizedCXLの選択的紫外線照射パターン角膜後面高さ最大位置を中心として,3段階の同心円状の紫外線照射(7.2,10,15CJ/cm2)を行う.内に十分に浸透させる.角膜表面上に残るリボフラビンはCBSSなどで洗い流す.筆者の施設では通常角膜上皮.離を行わないCEpi-on法で施行している.その後,酸素ゴーグルを着用させ,ゴーグル内の酸素濃度をC95%以上となることを確認したのち,術前の角膜形状解析データを基に,角膜後面高さ最大位置を中心としてC3段階の同心円状の紫外線照射(7.2,C10,C15CJ/cm2)を行う(図2).その後,コンタクトレンズを装用させ,手術を終了する.C●臨床成績北里大学病院において進行性円錐角膜に対してCcus-tomized(Epi-onCO2-supplemented)CXLを施行し,術後C1年経過観察可能であったC42眼(年齢C20.3C±5.2歳,男性C30眼,女性C12眼)を対象として,術前・術後C1年の時点における視力,屈折度数,乱視度数,角膜形状変化,合併症を検討した.その結果,裸眼視力(logMAR)はC0.87C±0.53からC0.78C±0.56へ(WilcoxonCsigned-rankCtest,Cp=0.016),矯正視力はC0.19C±0.36からC0.11C±0.31へ(p=0,004),それぞれ有意に改善した.等価球面度数は-3.47C±3.87Dから-2.80±3.02Dへと有意な変化を認めず(p=0.259),乱視度数はC4.50C±2.96DからC3.27C±2.61Dへと有意に軽減した(p=0.004).最大角膜屈折力はC53.04C±7.91DからC52.31C±7.50Dへと有意な平坦化を生じた(p<0.001)(図3).病期別では,軽度より重度の症例が平坦化しやすい傾向にあった.全例,経過観察中に進行は認めず,17眼(40%)に一過性上皮下混濁を認めるも保存加療にて消失し,重篤な合併症は認めなかった.以上より,customizedCXLは裸眼・矯正視力が有意に向上し,乱視度数が有意に軽減し,角膜形状が有意なフラット化を生じる術式であることが示唆された.C●従来のCXLとの比較海外の既報によると,Seilerら4)は,40例40眼の進C548あたらしい眼科Vol.38,No.5,202155.0最大角膜屈折力(D)54.053.0453.052.3752.3252.2552.3152.051.050.0術前1カ月3カ月6カ月1年術後期間図3CustomizedCXL術前後における最大角膜屈折力の経時変化術前C53.04C±7.91Dから術後C52.31C±7.50Dへと有意にフラット化した.行性円錐角膜に対してCcustomizedCXLと従来CCXLを無作為割り付けのうえで術後C1年経過を検討したところ,customizedCXLは,従来のCCXLより最大角膜屈折力が有意に減少し,角膜不正形状指数が有意に改善し,角膜上皮治癒期間も有意に短縮されたと報告している.Nordstromら5)は,37例C50眼の進行性円錐角膜に対して同様の検討を行い,customizedCXLでは有意な球面度数の減少と有意な視力向上を認めた一方,従来のCXLでは視力・屈折が有意な変化を認めず,両手術とも角膜内皮細胞への有意な影響はなかったと報告している.自験例における検討でもほぼ同様の結果が得られている.今後長期データの蓄積は必要であるが,理論的な背景からはポテンシャルは高く,一歩先をめざすCCXLとして注目しておきたい治療法である.文献1)KamiyaCK,CKanayamaCS,CTakahashiCMCetal:VisualCandCtopographicCimprovementCwithCepithelium-on,Coxygen-supplemented,CcustomizedCcornealCcross-linkingCforCpro-gressivekeratoconus.JClinMedC9:3222,C20202)ScarcelliG,BesnerS,PinedaRetal:Biomechanicalchar-acterizationofkeratoconuscorneasexvivowithBrillouinmicroscopy.CInvestCOphthalmolCVisCSciC55:4490-4495,C20143)SinhaCRoyCA,CRochaCKM,CRandlemanCJBCetal:InverseCcomputationalCanalysisCofCinCvivoCcornealCelasticCmodulusCchangeCafterCcollagenCcrosslinkingCforCkeratoconus.CExpCEyeResC113:92-104,C20134)SeilerTG,FischingerI,KollerTetal:Customizedcorne-alcross-linking:One-yearCresults.CAmCJCOphthalmolC166:14-21,C20165)NordstromM,SchillerM,FredrikssonAetal:Refractiveimprovementsandsafetywithtopography-guidedcornealcrosslinkingCforkeratoconus:1-yearCresults.CBrJOph-thalmolC101:920-925,C2017(68)

眼内レンズ:瞳孔拡張器具の術中トラブル(前房出血)

2021年5月31日 月曜日

眼内レンズセミナー監修/大鹿哲郎・佐々木洋留守良太414.瞳孔拡張器具の術中トラブル(前房出血)トメモリ眼科・形成外科現在,国内で認可された瞳孔拡張リングはCMST社のCMalyuginCRing2.0とCBeaverVisitec社のCI-RingのC2種類である.海外で作成されたそれぞれの説明書通りに国内の患者に使用すると,前房出血や角膜内皮障害などの合併症を併発する可能性がある.そのため挿入,抜去は患者に応じて対応することが望ましい.今回は挿入時に前房出血を起こすケースを解説する.●はじめに小瞳孔や術中に進行性の縮瞳を起こす術中虹彩緊張低下症候群(intraoperativeC.oppyCirissyndrome:IFIS)は,術後成績に大きく影響する要因である.近年は白内障手術においても術後裸眼視力改善を目標とすることも多く,いかに小瞳孔であっても確実に手術を終了し短期間で改善する必要がある.そこで小瞳孔,IFISの両方に対応できる利便性から,瞳孔拡張リングを多くの術者が選択するようになってきた.現在,わが国で認可されている瞳孔拡張リングはCMST社のCMalyuginRing2.0(以下,M-Ring)とCBeaverVisitec社のCI-Ringであるが,両方とも海外で作製されたもので,推奨される使用方法は,眼球が小さい日本人患者には適さないケースも多い.無理に使用説明書通りに使用すると,挿入時の前房出血,抜去時の角膜内皮障害,虹彩損傷,脱出といった術中トラブルの原因となる.今回はCM-RingとCI-Ring挿入時の前房出血について,原因と対処法を解説する.C●瞳孔拡張リングによる前房出血M-Ring,I-RingともにC4カ所のスクロール(図1)やチャンネル(図2)とよばれる部分に瞳孔縁を挟み込み,6.0Cmm以上の散瞳を確保する構造になっている.3時,6時,9時のスクロール,チャンネルを装着後,最後のC4カ所目を装着するときに虹彩,隅角より前房出血を起こすことがあり,術翌日まで観察されることが多く,術後眼圧上昇,瞳孔変位の原因となる避けたいトラブルの一つである.出血の原因としては,小さな瞳孔に対してC4カ所目のスクロール,チャンネルを無理に押し込み装着しようとすると,M-Ringの場合,12時部の虹彩隅角が過伸展(65)C0910-1810/21/\100/頁/JCOPYし出血を起こす(図1).このときC6時部のスクロールはほとんど厚みがないため虹彩がたわみ,隅角を圧迫することはない.I-Ringも同様にC12時部から出血することもあるが,チャンネルに厚みがあるため,6時部の隅角を圧迫または切断することで出血を起こす(図2).C●前房出血の回避方法このように瞳孔拡張リングの種類によってストレスのかかる部位は異なり,出血場所に特徴があるが,どちらのケースも過度な虹彩,隅角の伸展が原因である.使用説明書のC1本のフックだけを使用する挿入方法では,このような前房出血を回避することはむずかしいことから,筆者は以前よりCdoubleChooktechnic(以下,Dテクニック)を提案してきた.これはC2本のフック(図3)を用いて瞳孔拡張器具を電車のパンタグラフが縮むように挿入する方法である.3カ所のスクロール,チャンネルを装着した状態で,12時部の瞳孔縁が水晶体中心部に達していない場合は,使用説明書通りにC1本のフックで安全に挿入することが可能である.しかし,12時部の瞳孔縁が水晶体中心に達している場合は,Dテクニックを行うことで隅角に対し不必要な負荷がかかることを図1M.Ringの12時部隅角からの前房出血矢印はCM-Ringのスクロール.図2I.Ringの6時部隅角からの前房出血矢印はCI-Ringのチャンネル.あたらしい眼科Vol.38,No.5,2021C545図3瞳孔拡張操作用のフック上:トメC1フック(M-127T,イナミ),下:トメC2プッシュフック(M-128T,同).図4術中写真上段:瞳孔縁が水晶体中心より遠い状態.Singlehookで操作可能.下段:瞳孔縁が水晶体中心に近い状態.Doublehooktechnicで安全に操作できる.回避できる(図4).I-Ringも同様の条件で挿入方法を文献変更する.この場合はCBeaverVisitec社から販売され1)MalyuginB:TheCIQ-Ring.CACnewCsolutionCtoCphaco-ている専用フックをC2本使用する.Cemulsi.cationCinCpresenceCofCsmallCpupil.CCataractCRefractSurgTodaySeptember:87-89,2006C●おわりに2)MalyuginB:SmallCpupilCphacosurgery:aCnewCtech-nique.AnnOphthalmol(Skokie)C39:185-193,C2007瞳孔拡張器具によるトラブルは手術経験を積むより3)ChangDF:UseCofCMalyuginCpupilCexpansionCdeviceCforも,安全な挿入抜去方法を理解することで回避することintraoperative.oppy-irissyndrome:resultsin30consec-が可能である.Cutivecases.JCataractRefractSurgC34:835-841,C2008