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眼内レンズ:乱視矯正機能を有する低加入度数分節眼内 レンズ「レンティス コンフォート トーリック」

2021年2月28日 日曜日

眼内レンズセミナー監修/大鹿哲郎・佐々木洋411.乱視矯正機能を有する低加入度数分節眼内大鹿哲郎筑波大学医学医療系眼科レンズ「レンティスコンフォートトーリック」+1.5Dの加入度数を有する屈折型のC2焦点眼内レンズである「レンティスコンフォート」(参天製薬)に,乱視矯正機能を付加したトーリック版が登場した.従来のレンティスコンフォートと同様,選定療養ではなく,保険診療の枠内で使用することができる.軸安定性および乱視矯正効果は非常に良好である.本製品は「良好な遠方・中間視力」「不快な自覚症状の抑制」「焦点深度の拡張」「術前乱視の軽減」を実現させることによって,術後視機能の質の向上に寄与し,快適な見え方を提供する眼内レンズである.●はじめに低加入度数分節型眼内レンズ「レンティスコンフォート」は,+1.5Dの差がある二つの光学部をasymmetricな扇状に配した独自の形状を有するレンズである.その設計上の特徴から,ハロー/グレアといった不快な光学現象が生じにくく,またコントラスト感度の低下もほとんどみられない1).広い明視域をもちながら不具合が少なく,保険診療の枠内で単焦点眼内レンズと同じ感覚で使用できる製品である.今回,本レンズに乱視矯正機能を付加した「レンティスコンフォートトーリック」が登場したことにより,角膜乱視を有する症例にも適応が広がった2).C●デザインとトーリック度数二つの異なる度数の単焦点レンズを繋ぎ合わせたような分節型(segmented)レンズである.従来の多焦点眼内レンズが同心円状のデザインであったのに対して,非対称の配置となっているところが特徴的である.瞳孔径によって遠用/中間用ゾーンの面積比率が大きく変わらないため,遠中の見え方のバランスは瞳孔径に影響されにくい.レンズ状のトーリックマーク(axismark)は長軸方向に印されている(図1).このマークを角膜の強主経線に合わせることになる.トーリックの度数はC3種類(モデル名:LS-313MF15T1/T2/T3)で,円柱度数は表1のようになっている.C●使用方法新インジェクター(エタニティーアクセスイーズLCJ,参天製薬)は,眼内レンズに触ることなく,眼内レンズ固定器具をそのままインジェクターに装.するタイプである.保存容器から取り出した眼内レンズ固定器具を,(53)図1レンティスコンフォートトーリック低加入度数分節眼内レンズにトーリック矯正機能が付加されたもの.表1円柱度数型番CT1CT2CT3眼内レンズ面C1.5DC2.25DC3.0D角膜面C1.05DC1.58DC2.1Dインジェクター側面の開口部に差し込む(図2).一方向でしか噛み合わないので,上下左右を間違えることはない.装.したのち,インジェクター内部を粘弾性物質で満たす.プランジャーを前進させ,眼内レンズを前方に押していく.C●挿入操作強角膜の場合,2.2Cmmの創口からカートリッジ先端を前房内に挿入し,眼内レンズを押し出していく(図3).眼内レンズが水平に出るように方向を調整しながら,プランジャーを押す(図4).通常はインジェクターの回転操作は必要なく,単純に押し出していくだけでよい.先行部分が.内に入ったら,インジェクターを引き抜く.プランジャーは押し出しすぎないほうがよい.プランジャーの先端部は若干太くなっており,この部分が眼内に深く入ってしまうと,創口から抜き出しにくくなる.続いて手前部分を挿入する.レンズ手前部分がインジェクターから出てきたところで,フックでレンズを下に向かって押すようにすると(図5),レンズは.内に挿入される.C●軸合わせレンズを回転し(図6),axismarkを角膜の強主経線あたらしい眼科Vol.38,No.2,2021C1690910-1810/21/\100/頁/JCOPY図2インジェクターへの装着図3眼内レンズ挿入図4先行部分の挿入図5手前部分の挿入インジェクター側面の開口部2.2Cmmの強膜創から前房内レンズの先行部分を.内にレンズ手前部分がインジェクに,カートリッジを差し込む.に挿入.挿入.ターから出てきたところで,セミプリロード型である.フックで下に向かって押すことにより,.内に挿入できる.図6レンズの回転図7軸合わせ図8粘弾性物質の洗浄図9手術終了時フックでレンズを回転させる.強主経線にレンズのCaxismarkI/Aチップを眼内レンズ裏に.内での安定性はきわめてを合わせている.挿入し,洗浄している.良好である.乱視量Astigmatism(D)2.521.510.50pre1day1week1month3months6monthsTime図10乱視量の変化術前の角膜乱視と,術後の屈折乱視の経時変化.(文献C2より引用)に合わせる(図7).本レンズはプレート型であり,通常のオープンループ型眼内レンズより若干回転させづらいが,フックでの操作で問題なく回すことができる.レンズ光学部の表面を単純に押していくだけで回転できるし,大きく角度を変えたい場合はホール部にフックを引っかけて回転すればよい.眼内レンズ裏の粘弾性物質を洗浄し(図8),レンズの軸方向を再確認して手術終了となる(図9).術後の軸安定性はきわめて良好で,術後C1日からC6カ月の軸回転量はC1.66C±1.17°,乱視の矯正効果も良好であった2)(図10).C●おわりにトーリック版の登場により,レンティスコンフォートの適応はさらに広がった.保険診療で使用でき,かつ不快な光学現象が少ないことから,幅広い患者層に使用できる眼内レンズであると考えられる.文献1)OshikaT,AraiH,FujitaYetal:One-yearclinicalevalu-ationofrotationallyasymmetricmultifocalintraocularlenswith+1.5dioptersnearaddition.SciRepC9:13117,C20192)OshikaCT,CNegishiCK,CNodaCTCetal:ProspectiveCassess-mentCofCplate-hapticCrotationallyCasymmetricCmultifocalCtoricCintraocularClensCwithCnearCadditionCof+1.5Cdiopters.CBMCCOphthalmolC20:454,C2020

コンタクトレンズ:今だからハードコンタクトを見直す 今だからハードコンタクトを見直す

2021年2月28日 日曜日

・・提供コンタクトレンズセミナー今だからハードコンタクトを見直すハードコンタクトレンズ処方のための基礎知識小玉裕司小玉眼科医院9.パワーの決定■はじめにハードコンタクトレンズ(HCL)のサイズ,ベースカーブ(basecurve:BC),ベベル,エッジ形状の選択が終わって良好なフィッティングが得られたと判断したら,最終的にHCLのパワー(度数)を決定する.しかし,HCLでは良好な視力が得られない症例があることも理解していなくてはならない.■パワーの決定法(全乱視がほぼ角膜乱視の場合)RV=0.2(1.2×sph.1.25D)オートレフ値:R)sph.1.50Dcyl.0.25DAx3°オートケラト値:45.00DAx180°44.75DAx90°このような症例では,テストレンズを装用させると(ほとんどのテストレンズのパワーは.3.0Dか.4.0D)過矯正になる.そこで,プラスレンズを予定のパワーよりも強めに入れて,雲霧法を使いながら矯正していく.(0.8×750/.3.0/8.8=+2.50D)(0.9×750/.3.0/8.8=+2.25D)(1.2×750/.3.0/8.8=+2.00D)(1.2×750/.3.0/8.8=+1.75D)(1.5×750/.3.0/8.8=+1.50D)(1.5×750/.3.0/8.8=+1.25D)こういう経過で視力矯正が得られたならば,最終的なパワーを決めなければならない.候補としては1.2の視力が得られた+2.00Dか+1.75Dを加えたパワーであるが,同じ視力なら弱いほうのパワーを選択するという考え方もある.筆者はHCLの上からオーバースキアをして選択する場合もあるが,赤緑試験を用いてもよい.赤緑試験とは1.0や1.2の視力が得られるようなほぼ完全矯正の状態で,低矯正か過矯正かをチェックする方法である(図1).+2.00Dのレンズを加えた状態で赤色の背景のほうがよく見え,+1.75Dのレンズを加えた状態で緑色の背景のほうがよく見えた場合は,+1.75Dのレンズでは過矯正となるので+2.00Dのレンズを選択する.よって処方レンズは750/.1.00/8.8で,そのHCLによる視力は1.2である.この症例のような軽い近視では以上のようにパワーを決定するが,強度近視や強度遠視では,角膜頂点間距離補正を行ったうえで,矯正するパワーを求めていかねばならない.いずれの場合も,雲霧法を利用して過矯正にならないように気をつける.また,強度近視や強度遠視の場合,テストレンズに強い度数がそろっていれば,で図1赤緑指標試験(2色テスト・R.Gテスト)正視の場合,無限遠から来た光は網膜上に焦点を結ぶ.さまざまな波長のなかでも黄色が網膜上にあるときが一番ものが見やすく,波長の長い赤色は屈折力が弱くて網膜のやや後方に,緑色は波長が短くて屈折力が大きくやや前方に位置する(a).近視の矯正で過矯正になると,緑色の焦点は後方に移動して網膜に近づくことになり,緑色の背景の円や十字などの指標のほうが赤色の背景の指標よりはっきり見える(b).低矯正では,その逆のことが生じて,赤色の背景の指標のほうが緑色の背景の指標よりもはっきり見える.このことを応用して,低矯正か過矯正を調べる方法が赤緑指標試験である.ただし,この試験法は完全矯正に近い状態でのみ有効である.(51)あたらしい眼科Vol.38,No.2,20211670910-1810/21/\100/頁/JCOPY涙液図2涙液レンズHCLと角膜の間に存在する涙液がレンズの働きをしてしまう.フラットではマイナスレンズ,スティープではプラスレンズとして働く.きるだけ実際のパワーに近いものを選択して,パワーを決定する.■残余乱視でHCLでは良好な視力が得られない症例RV=0.1(1.5×sph.3.00D(cyl.1.50DAx180°)オートレフ値:R)sph.3.75Dcyl.1.75DAx2°オートケラト値:45.50DAx180°45.75DAx90°このような症例では角膜乱視は.0.25DAx180°であり,全乱視は.1.50DAx180°である.球面HCLは角膜乱視の矯正のみ可能であり,球面HCLを装用させた場合は.1.25DAx180°の乱視が残ることになる.このような乱視を「残余乱視」とよび,この症例では球面HCLでは良好な視力が得られない.■持ち込み乱視でHCLでは良好な視力が得られない症例RV=0.1(1.2×.3.25D)オートレフ値:R)sph.3.75Dcyl.0.25DAx2°オートケラト値:45.50DAx180°47.00DAx90°このような症例では角膜乱視は.1.50DAx180°であり,全乱視は.0.25DAx180°である.球面HCLは角膜乱視の矯正のみ可能であり,球面HCLを装用させた場合は.1.25DAx90°の乱視が出ることになる.このような乱視を「持ち込み乱視」とよび,この症例でも球面HCLでは良好な視力が得られない.■残余乱視や持ち込み乱視で良好な視力が得られない場合の対処法HCLにて対処するのであれば後面トーリックHCLや両面トーリックHCLを処方することもあるが,筆者はトーリックSCLを処方することが多い.■BC変更とパワー変更HCLのBCと角膜の間には涙液が存在し,この涙液がレンズの働きをしてしまう.これを涙液レンズとよぶ(図2).角膜曲率半径とレンズの関係が平行な「パラレル」の状態ではレンズとしての働きはないが,角膜曲率半径のほうがBCよりも小さい「スティープ」の状態では涙液レンズはプラスとして働き,角膜曲率半径のほうがBCよりも大きい「フラット」の状態では涙液レンズはマイナスとして働く.たとえばHCLのBCを1段階フラットにすると,ほぼ.0.25Dの度数が加わることになる.■初めてHCLを装用した場合の注意点初めてHCLのテストレンズを装用した患者の場合,異物感であまり瞬目をせず,レンズが下方や上方に位置したまま矯正をしてしまうことがある.これでは正確なパワーを決めることができないことがあるので,しっかりと瞬目をするよううながしながら矯正視力を求めなくてはならない.あまりに異物感を訴える場合は,しばらく時間を置いてから計測するか,点眼麻酔薬を使用することも考慮に入れる.

写真:アトピー性角結膜炎に伴う角膜プラーク

2021年2月28日 日曜日

写真セミナー監修/島﨑潤横吉村井則彦彩野細谷友雅441.アトピー性角結膜炎に伴う角膜プラーク兵庫医科大学眼科学教室図1初診時の左眼前眼部写真角膜中央部に広範囲なプラーク形成と結膜充血を認める.眼瞼は腫脹し,皮膚は肥厚している.矯正視力(0.3).図3左眼前眼部フルオレセイン染色写真角膜プラークが鮮明になり,プラーク上は上皮が欠損している.図4治療開始半年後の左眼前眼部写真2回目の角膜プラーク切除後は結膜充血も改善し,角膜の上皮化,消炎が得られたが,実質混濁は残存している.矯正視力(0.3).(49)あたらしい眼科Vol.38,No.2,20211650910-1810/21/\100/頁/JCOPYアトピー性角結膜炎に合併した角膜プラークの1例を紹介する.患者は63歳,女性.主訴は左眼の視力低下と眼痛である.半年前に左眼痛を自覚し,近医にて巨大乳頭,角膜びらんを認め,4カ月前からは眼脂と視力低下も訴えていた.角膜の状態が悪化し,紹介受診となった.既往歴は高血圧症とアトピー性皮膚炎であった.受診時の矯正視力は右眼(1.0),左眼(0.3)で,左眼の眼瞼腫脹,充血を伴う上眼瞼結膜巨大乳頭,角膜中央部の広範囲なプラーク形成を認めた(図1~3).右眼は軽度充血を認めるものの,乳頭増殖はなく,角膜病変も認めなかった.顔面の皮膚は全体的に乾燥,肥厚し,発赤を伴っており,皮膚科でオロパタジン塩酸塩錠が処方されていた.所見よりアトピー性角結膜炎,アトピー性眼瞼炎と診断した.オロパタジン塩酸塩点眼,リン酸ベタメタゾン点眼,タクロリムス点眼,レボフロキサシン点眼で治療を開始した.経過中MRSA角膜炎を併発したが,抗菌薬による治療ですみやかに改善した.保存的治療で上皮化が得られなかったため,2カ月半後に角膜プラーク切除を施行したが,術後も炎症が遷延し,角膜プラークが再燃した.眼瞼炎に対しタクロリムス軟膏を追加し,石灰化によるプラーク増悪を回避するためにリン酸ベタメタゾン点眼をデキサメタゾンメタスルホ安息香酸エステルナトリウム点眼に変更,ステロイド内服も追加し,さらなる消炎を行って,初診から6カ月後に2回目の角膜プラーク切除を施行した.術後は上皮化が得られ(図4),巨大乳頭も改善し,眼表面の安定化を得た.アレルギー性結膜疾患のうち,春季カタルやアトピー性角結膜炎は,結膜の強い炎症により種々の角膜障害をきたす1~3).角膜プラークとは,角膜潰瘍が遷延化し,シールド潰瘍の底に炎症性残渣物が堆積し,均一な白色物質となったものである.組織学的には層状構造を呈し,免疫染色では好酸球由来の細胞障害性蛋白が検出されることより,変性した上皮細胞や好酸球,ムチンなどが構成成分ではないかと考えられている3).いったん厚い角膜プラークが形成されると,堆積したプラークが角膜上皮細胞の遊走を物理的に阻害する3).このため,上皮化が得られない場合は積極的にプラークを外科的に.離・除去することを検討したほうがよい.しかし,消炎が不十分だとプラークが再発することがあるので,まずは結膜でのアレルギー性炎症の鎮静化を図る.重症アレルギー性結膜疾患の場合,抗アレルギー点眼薬で効果不十分の場合は,免疫抑制点眼薬,ついでステロイド点眼薬の順に追加することが推奨されている2).局所治療で改善が得られない場合は,ステロイドの内服追加や巨大乳頭切除も検討する.炎症の活動性や治療効果は,掻痒感,充血,眼脂などの自覚症状と,結膜乳頭の丈や充血,浮腫,またプラーク周囲の点状表層角膜症の程度などで判定する.リン酸カルシウム塩を含むステロイドは,点眼液中のリン酸塩がカルシウムと結合して角膜の石灰化を引き起こすことがある4).本症例は経過中に角膜プラークが再燃したため,さらなる増悪を危惧し,リン酸カルシウム塩を含まないデキサメタゾンメタスルホ安息香酸エステルナトリウム点眼に変更した.文献1)近間泰一郎,西田輝夫:アトピー性角結膜炎.臨床眼科61:484-486,20072)アレルギー性結膜疾患診療ガイドライン(第2版):日眼会誌114:833-870,20103)福田憲,熊谷直樹,西田輝夫:日常みる角膜疾患角膜プラーク.臨床眼科60:162-164,20064)長井紀章,伊藤吉將:知っておきたい!点眼剤の基礎知識添加物による眼組織への影響.薬局65:1731-1737,2014

難治性角膜疾患のレジストリー研究

2021年2月28日 日曜日

難治性角膜疾患のレジストリー研究RegistryResearchofIntractableCornealDiseases大家義則*川崎良**西田幸二*はじめに難治性疾患,いわゆる「難病」とは,発病の機構が明らかでなく,治療方法が確立していない希少な疾病であって,長期の療養を必要とするものと定義されている.角膜疾患にも多くの難治性疾患があるが,そのなかでも「難病の患者に対する医療等に関する法律」(難病法)に基づき,現在,無虹彩症,前眼部形成異常,膠様滴状角膜ジストロフィの3疾患が指定難病に指定されている.対象患者が診断基準により指定難病と診断され,重症度分類に照らしてIII度以上であると診断されると医療費助成の対象となり,医療費の自己負担上限額が所得に応じて設定される.筆者らは厚生労働省難治性疾患政策研究事業において全国の角膜専門医を中心に研究班を組織し,多施設共同研究として「希少難治性角膜疾患の疫学調査」「角膜難病の標準的診断法および治療法の確立を目指した調査研究」「前眼部難病の標準的診断基準およびガイドライン作成のための調査研究」を実施してきた.参加施設は愛媛大学,大阪大学,金沢大学,京都府立医科大学,杏林大学,慶應義塾大学,国立成育医療研究センター,順天堂大学,東京歯科大学,東京大学,東邦大学,宮田眼科病院(50音順)の12施設である.上記の各研究班では,指定難病3疾患を含む難治性角膜疾患(前眼部形成異常,無虹彩症,膠様滴状角膜ジストロフィ,Fuchs角膜内皮ジストロフィ,眼類天疱瘡など)について診断基準,重症度分類および診療ガイドラインの策定を目的とした疫学調査を行い,レジストリー登録を行ってきた.そのなかでも本稿では無虹彩症についての取り組みを中心に紹介する.I無虹彩症無虹彩症は,虹彩の先天性形成異常(完全または不完全欠損)を特徴とする疾患である(図1~3)1).有病率は64,000~96,000人に1人とされ,比較的まれな疾患である2,3).性差はなく,本疾患は遺伝性疾患で,常染色体優性遺伝形式を示す.患者の2/3程度が家族性に発症しており,残る1/3は孤発性であると報告されている.責任遺伝子はPAX6遺伝子であることが知られており,この遺伝子の片アレルの機能喪失によって機能遺伝子量が半減し,ハプロ不全によって発症すると考えられており,両アレルが異常の場合には胎生致死となると考えられる4).遺伝子変異はノンセンスやフレームシフトなどPTC(prematuretruncatedcodon)型の変異が多く,ミスセンス変異も報告がある5~7).本疾患の眼合併症として,虹彩形成異常以外にも角膜実質混濁や角膜上皮幹細胞疲弊症をはじめとした角膜症(図2),白内障(図3),高眼圧や緑内障,黄斑低形成,小眼球症,眼球振盪症などが知られており,視力予後は一般に不良である8,9).また,虹彩形成異常のために羞明を訴えることも多い.角膜症については幼少時には正常であることが多いが,成長につれ角膜実質混濁や角膜上皮幹細胞疲弊症を合併して視力低下の原因となることがある9).実質混濁に対する治療として表層もしくは全*YoshinoriOie&*KohjiNishida:大阪大学大学院医学系研究科脳神経感覚器外科(眼科学)**RyoKawasaki:大阪大学大学院医学系研究科視覚情報制御学寄付講座〔別刷請求先〕大家義則:〒565-0871大阪府吹田市山田丘2-2大阪大学大学院医学系研究科脳神経感覚器外科(眼科学)0910-1810/21/\100/頁/JCOPY(43)159図1無虹彩症患者の前眼部写真図2無虹彩症患者の前眼部写真虹彩欠損および周辺部角膜の混濁を認める.虹彩形成異常はあまり目立たない.角膜には血管新生およ(文献C1より引用)び混濁を認める.(文献C1より引用)図3無虹彩症患者の前眼部写真著明な白内障を認める.虹彩欠損も認める.(文献C1より引用)表1無虹彩症の診断基準A.症状1.両眼性の視力障害注1)2.羞明注2)B.検査所見1.細隙燈顕微鏡検査で,部分的虹彩萎縮から完全虹彩欠損までさまざま程度の虹彩の形成異常を認める注3).2.眼底検査,光干渉断層計(opticalCcoherencetomography:OCT)検査等で,黄斑低形成を認める注4).3.細隙燈顕微鏡検査で,角膜輪部疲弊症や角膜混濁などの角膜病変を認める注5).4.細隙燈顕微鏡検査で,白内障を認める注6).5.超音波検査,magneticresonanceimaging(MRI),computedtomography(CT)で,小眼球を認める.6.眼球振盪症を認める.7.眼圧検査等で,緑内障を認める注7).C.鑑別診断1.ヘルペスウイルス科の既感染による虹彩萎縮2.外傷後または眼内手術後虹彩欠損3.眼杯裂閉鎖不全に伴う虹彩コロボーマ4.Rieger異常5.虹彩角膜内皮(iridocornealendothelial:ICE)症候群D.眼外合併症PAX6遺伝子変異に伴う異常注8)E.遺伝学的検査PAX6遺伝子の病的遺伝子変異もしくはC11p13領域の欠失を認める.F.その他の所見家族内発症が認められる注9).<診断のカテゴリー>De.nite:Aのいずれか+B1+Eを満たし,Cを除外したものProbable:(1)Aのいずれか+B1+Fを満たし,Cを除外したもの(2)Aのいずれか+B1およびCB2を満たし,Cを除外したもの(3)Aのいずれか+B1およびCB3を満たし,Cを除外したものPossible:Aのいずれか+B1を満たし,Cを完全には除外できない注1)黄斑低形成,白内障,緑内障,角膜輪部疲弊症などの眼合併症により視力低下を来す.注2)虹彩欠損の程度により羞明を訴える.注3)60~90%が両眼性.注4)黄斑部の黄斑色素,中心窩陥凹,中心窩無血管領域が不明瞭となる.注5)病期により,palisadesofVogtの形成不全から,血管を伴った結膜組織の侵入,上皮の角化までさまざまな程度の角膜病変をとりうる.注6)約C80%に合併する.注7)隅角の形成不全によりC50~75%に合併する.注C8)PAX6遺伝子は眼組織の他,中枢神経,膵臓CLangerhans島,嗅上皮にも発現しており,これらの組織の低形成により,脳梁欠損,てんかん,高次脳機能障害,無嗅覚症,グルコース不耐性などさまざまな眼外合併症を伴うことがある.注9)家族性(常染色体優性遺伝)がC2/3で残りは孤発例である.(文献C1より引用)表2無虹彩症の重症度分類I度:罹患眼が片眼で,僚眼(もう片方の眼)が健常なものII度:罹患眼が両眼で,良好なほうの眼の矯正視力C0.3以上III度:罹患眼が両眼で,良好なほうの眼の矯正視力C0.1以上,0.3未満IV度:罹患眼が両眼で,良好なほうの眼の矯正視力C0.1未満注C1)健常とは矯正視力がC1.0以上であり,視野異常が認められず,また眼球に器質的な異常を認めない状況である.注2)I~III度の例で続発性の緑内障等で良好な方の眼の視野狭窄を伴った場合には,1段階上の重症度分類に移行する.注3)視野狭窄ありとは,中心の残存視野がCGoldmannI/4視標でC20度以内とする.注C4)乳幼児などの患者において視力測定ができない場合は,眼所見などを総合的に判断して重症度分類を決定することとする.(文献C1より引用)図4難病プラットフォームの構成難治性疾患政策研究事業研究班や難治性疾患実用化研究事業研究班から得た情報をもとにデータベースを構築している.(難病プラットフォームのホームページより)図5無虹彩症患者の難病プラットフォームへの入力画面視力,眼圧,緑内障の有無など診療情報の入力が可能である.(文献C1より引用)-

網膜芽細胞腫全国登録

2021年2月28日 日曜日

網膜芽細胞腫全国登録NationalRegistryofRetinoblastomainJapan東範行*はじめに網膜芽細胞腫全国登録は,全国の網膜芽細胞腫診療の専門家からなる全国登録委員会が,毎年全国の主要施設に全国登録を依頼し,データベース化しているもので,45年にわたって継続している.令和元年度(2019年)までに3,599例が登録されている.これは,わが国の網膜芽細胞腫のほぼ全数に相当する.網膜芽細胞腫の登録票には,多くの項目が含まれており,これらのデータにより,わが国における診断と病像,治療法の状況とその変遷を理解することができる.I網膜芽細胞腫全国登録事業の歴史網膜芽細胞腫患者の全国登録は,1975年に「がんの子供を守る会」からの要請によって網膜芽細胞腫全国登録委員会が設立されたことに始まる.最初は「がんの子供を守る会」の後援よって,2005年からは日本眼科学会の後援事業に移行して,現在まで45年間登録事業が行われてきた.網膜芽細胞腫全国登録委員会は,全国の網膜芽細胞腫の診療・研究にかかわっている代表的な眼科医約20名で構成され,現在は国立成育医療研究センターに事務局を置いている.毎年1回,全国の主要な網膜芽細胞腫診療(眼科)施設に登録票を送付し,前年度に診断・治療した網膜芽細胞腫症例について記入してもらい,返送された登録票は事務局で集計している.その結果は,網膜芽細胞腫患者全国登録一覧表として『日本眼科学会雑誌』ならびに『日本の眼科』に公表している.令和元年度(2019年)までの登録症例数は3,599例に達している.この中には,眼所見,全身所見から治療歴,病理所見に至るまで,詳細なデータが集積されており,世界的にも類をみない貴重な疫学資料となっている.1975~1982年のデータは解析の後に『日本眼科学会雑誌』に掲載された1).1983~2004年のデータは解析の後に『JapneseJournalofOphthalmology』に掲載された2).II網膜芽細胞腫全国登録事業の目的と必要性網膜芽細胞腫はまれな腫瘍であるうえに,眼底所見・組織型なども多彩であり,治療法もとくに眼球保存治療については統一的なものがない.単一施設で十分な数の症例を経験し,知見を蓄積することは困難である.これは国内の各大学病院,基幹施設のみならず,欧米の代表的施設においても同様である.この状況を克服し,本疾患に関する知見・治療成績を向上させるためには,登録システムにより,治療経験を多施設で共有することがもっとも効果的である.網膜芽細胞腫の疫学から,治療法,治療成績までを網羅する全国レベルの電子化データベースを確立することによって,単一施設では経験できない多数例に関する臨床知見を全国の施設で共有できるようになり,国民の健康の向上に大きく貢献すると期待する.一方,本事業は,法律で規定された「地域がん登録」*NoriyukiAzuma:国立成育医療研究センター眼科・視覚科学研究室,網膜芽細胞腫全国登録委員会〔別刷請求先〕東範行:〒157-8535東京都世田谷区大蔵2-10-1国立成育医療研究センター眼科・視覚科学研究室0910-1810/21/\100/頁/JCOPY(35)151「院内がん登録」とは異なり,「臓器がん登録」として学会の自発的な研究である.また,登録施設は,5.2.で規定される全国の基幹診療施設を想定しているため,わが国における網膜芽細胞腫症例を100%網羅することは困難である.しかし,本登録は,網膜芽細胞腫の発生頻度・罹患率など疾患の基礎的疫学情報の収集という側面に加えて,本疾患に対してどのような診療が実施され,どのような治療成積が得られているのかを明らかにするアウトカム研究も大きな目的としており,全国規模で多数例を集計・解析し,その情報を共有することには,大きな意義がある.本事業により,網膜芽細胞腫に関する以下の点の理解が進むことが期待できる.・わが国における網膜芽細胞腫の発生頻度・治療選択の実情・国レベルの治療成績の評価・標準的治療の確立とガイドラインの作成・医療者・患者の疾患に対する理解・疾患データベースの構築本事業によって,わが国における網膜芽細胞腫の発生頻度とその治療の実態が明らかになること,単一施設では経験できない多数例に関する臨床知見を全国の施設,研究者が共有できるようになることは,わが国における網膜芽細胞腫の診療レベルを向上させるうえできわめて有用と考えられ,国民の健康・福祉の向上に大きく貢献することが期待できる.III登録事業の流れ登録は全国の主要施設,すなわち大学病院,国立高度医療センター,国立病院機構病院および網膜芽細胞腫の診断と治療に携わる地域拠点病院(2020年度対象施設:970施設,以下,登録施設)で行う.毎年,全国の登録施設に対して,前年に診療した網膜芽細胞腫の患者の有無,患者数を確認する.ついで,登録施設は患者に関する情報を,患者ごとに登録票と個人情報報告証を作成する.以下の方法により連結可能匿名化処理に対応する.1.登録に当たってはインフォームド・コンセントを必要とする(登録施設で保管).2.担当医師が,腫瘍の大きさや程度,治療の経過など,病気の状態に関する情報を登録票に記載して,網膜芽細胞腫全国登録事務局(国立成育医療研究センター)へ送る.ここには,登録コード番号が付され,氏名などの個人情報は書かれていない.3.担当医師は,登録票とは別に,患者の氏名,性別,生年月を記した個人情報報告証を,情報管理責任者(国立がん研究センター)へ送る,情報管理責任者は,この情報を複数の施設から重複して登録されていないかの確認のみに用いる.重複登録の有無は,網膜芽細胞腫全国登録事務局へ登録番号だけで知らされる.4.以上の方法から,登録票に書かれた病気の状態から個人が特定されることは,一切ない.5.網膜芽細胞腫全国登録事務局では,この重複登録を除いて,登録を行う.登録票は書庫に施錠の上厳重に管理し,データは専用のコンピューターで集計し,登録数は網膜芽細胞腫全国登録一覧表として毎年1回,『日本眼科学会雑誌』ならびに『日本の眼科』誌に公表する.6.さらに,5年後,10年後の経過についても,診療を行った登録施設で追跡登録票および個人情報報告証を作成し,登録票は事務局,個人情報報告証は情報管理者へ送付する.IV倫理委員会と個人情報の保護本登録事業は,日本眼科学会の倫理委員会の審査・承認を受けて行っている.本登録事業は,「令和2年改正個人情報保護法」「疫学研究に関する倫理指針」「人を対象とする医学系研究に関する倫理指針」,および「臨床研究に関する倫理指針」を遵守して遂行される.情報の管理については,「試料・情報の提供に関する記録の作成・保管等について」の指針に準じて行う.V情報の集計・解析と公表,開示登録数に関しては網膜芽細胞腫全国登録一覧表を作成する.解析結果のうち,登数については,網膜芽細胞腫全国登録一覧表としてまとめられ,『日本眼科学会雑誌』ならびに『日本の眼科』に毎年公表する.さらなるデータの集計結果は,網膜芽細胞腫全国登録委員会,日本眼科学会において内容を検討のうえ,論文として発表する.152あたらしい眼科Vol.38,No.2,2021(36)図1登録数と性別(文献C2より許可を得て和文改変転載)例数1,0009008007006005004003002001000図2初診年齢分布(文献C2より許可を得て和文改変転載)例数121086420年■1歳未満■1歳以上図3家族歴ありの1歳未満と1歳以下の受診(文献C2より許可を得て和文改変転載)例数1,0009008007006005004003002001000白色瞳孔猫目斜視低視力結膜充血角膜異常眼瞼腫脹眼球突出その他症状■6カ月未満■6~11カ月■1歳以上3歳未満■3歳以上6歳未満■6歳以上図4年齢別初発症状(文献C2より許可を得て和文改変転載)眼数160140120100806040200年■Ⅰa■Ⅰb■Ⅱa■Ⅱb■Ⅲa■Ⅲb■Ⅳa■Ⅳb■Ⅴa■Ⅴb■不明図5登録年別Reese.Ellsworth分類(文献C2より許可を得て和文改変転載)図6Reese.Ellthworth分類groupVにおける眼球摘出の割合(文献C2より許可を得て和文改変転載)—-

J-CREST

2021年2月28日 日曜日

J-CRESTJapanClinicalRetinaStudy近藤峰生*IJ-CRESTとはJ-CRESTとは,JapanCClinicalCRetinaStudyの略であり,日本において網膜硝子体分野の臨床研究を行う共同研究グループの名称である.論文におけるグループ名としてはCJapanCClinicalCRetinaStudy(J-CREST)groupが使われることが多い.これまで日本の学会における研究発表や論文では,1つあるいはC2~3の大学病院や施設のデータを収集して解析するものが多かった.しかし,そのような少ないデータ数では中国,韓国,シンガポールなどの圧倒的な症例数に太刀打ちできない.海外の学術誌に投稿できるレベルの症例数になるまで根気よく集めたとしても,その時にはすでにテーマが古くなってしまっていることも珍しくない.そこで,大学や施設の垣根を超え,多施設での共同研究により多くの症例数を基に解析を行い,日本から世界に臨床研究データを積極的に発信することを目的に作られたのがCJ-CRESTである.CIIランダム比較試験と新臨床研究法の壁たとえばある疾患に対する治療としてCAとCBのどちらが有効かを調べる場合,これまではランダム比較試験(randomizedCcontrolledtrial:RCT)がもっとも強力な方法と考えられてきた.無作為化によりバイアスを除き,対象集団の背景を揃えて比較することができるためである.しかし,RCTには膨大なコストと時間および多大な労力が必要である.さらに,RCTで得られた結論が対象以外の集団に対してあてはまるかどうかの証拠もない.日本においてCRCTの壁をさらに高くしたのは,新臨床研究法である.2018年に施行された新臨床研究法では,たとえば未承認薬の治療効果判定や二つの治療法のRCT,あるいは適応外の治療法の効果を研究しようとすれば特定臨床研究に該当し,1)モニタリング・監査の実施,利益相反の管理,研究対象者の保護,疾病などの報告やC5年間の記録の保存,2)研究計画書の厚生労働省への提出義務,3)研究対象者への補償,4)実施基準違反に対する指導・監督といった厳しいハードルを超えなければならず,書類作成の負担,臨床研究保険などを考えると,医師が小さな医局のなかで容易に行える研究ではなくなってしまったといえる.新臨床研究法では,違反した場合には罰則規定もある.CIIIビッグデータを用いた観察研究このような状況下で,臨床現場のビッグデータを用いた観察研究が注目されるようになった.たとえば十分な量の症例数があれば,後ろ向きデータであってもCpro-pensityscorematchingなどで既知の限られた因子については背景を十分に揃え,治療法の効果を検証することが可能である.しかし,そのためには,できるだけ多くの情報(データベース)が必要になる.日本において十分な数のデータベースを作成しようとすれば,当然一つ*MineoKondo:三重大学大学院医学系研究科臨床医学系講座眼科学〔別刷請求先〕近藤峰生:〒514-8507三重県津市江戸橋C2-174三重大学大学院医学系研究科臨床医学系講座眼科学C0910-1810/21/\100/頁/JCOPY(29)C145の施設だけでは不十分であり,多施設共同研究が必要となる.しかし,10~20以上の施設が集まって共同研究を行う場合には同然デメリットも生じうる.Authorship(その論文に誰が名前を連ねるのか)の問題,またグループ全体の研究活動を回していくためのルール作りやコミュニケーション問題,そしてもっとも重要なポイントは,研究のモチベーションを長年どう維持していくか,である.CIVJ-CRESTの歴史筆者自身がCJ-CRESTに参加したのは途中からであり,J-CREST誕生当時の状況は詳しくない.2015~2017年にはすでに鹿児島大学が徳島大学,市立札幌病院,奈良県立医科大学と共同研究を行い,光断層干渉計(opticalCcoherencetomography:OCT)を用いた脈絡膜画像の二値化と脈絡膜血管腔面積の解析の研究成果1~10)を報告している.このあたりがCJ-CRESTの黎明期にあたると思われる.発足当時から,代表は鹿児島大の坂本泰二先生が務めている.2015年の秋には,上記のC4大学に加えて滋賀医科大学,筑波大学,防衛医科大学校,東京医科大学八王子医療センター,新潟大学などの施設が加わり,「臨床網膜研究グループ」という名称で臨床眼科学会中に第C1回会合が開かれている.この会合では,脈絡膜血管腔のOCT解析の共同研究のほかにさまざまな網膜疾患のデータベース構築の提案などが議論され,今後さらに参加施設を増やして症例を集積する計画が練られている.このグループの目的について議事録に以下のように記されている.「近年研究に対するマンパワーが減少しているにもかかわらず,わが国においては過去と同じように各大学,研究機関に依存した研究が続けられている.近年の諸外国の変化をみると,症例規模を大きくして行く必要がある.本研究グループは,いくつかの研究機関をまとめることで症例集積を迅速に進め,研究内容を向上させるためのプラットフォームに発展させることが目標である」.この時点で,上記の施設に加えて愛知医科大学,名古屋市立大学,福井大学なども参加している.この会合で,糖尿病網膜症や網膜静脈閉塞に対するレジストリー作成の案も開始された.2016年の会合では,さらに兵庫医科大学,東京女子医科大学糖尿病センターも加わっている.定期的な会合のたびに,アクセプトされた論文,投稿中の論文,また症例集積/解析中の課題などがまとめて報告され,同時に各施設から新たなテーマの提案も積極的に行われている.この年の会合では新たな研究の提案がC10個以上出されており,J-CRESTの研究が活発になってきたことがわかる.この年の冬にさらに山口大学,三重大学も加わっている.2017年の会議では,今後グループとして治験も見据えていくこと,またグループの正式名称として“JapanCClinicalCRetinaStudy(group)”を採用することが決められた.Authorshipについても議論され,雑誌の規定にもよるが,原則として主管大学がC3名以内,そのほかは提供症例の多い順に各施設C1名ずつとする原則が確認されている.さらに,データベースについては,論文投稿後もできるだけデータを集め,生きたデータベースとして各大学が使用できるようにすることが決められた.2018年の会議では,ある疾患についてデータを集積する際の集め方についても議論が行われた.データの集積方法としては,1)最初から網羅的にデータを集める方法,2)集計が容易な基本データのみ集める方法,3)論文作成に必要な因子のみに絞ったデータを集める方法があるが,基本的に2)と3)の収集方法を中心にすることが決められている.この年には,神戸大学,久留米大学,信州大学,聖マリアンナ医科大学,聖路加国際病院も加わっている.冬には,海外の研究者も招いて多施設研究や治験の重要性についての講演会も開催している.2019年になると,各施設が中心となった多施設研究の成果の論文化が進み,J-CREST関連の研究論文はC13本発表されている.増殖糖尿病網膜症,糖尿病黄斑浮腫,網膜静脈閉塞症,加齢黄斑変性,未熟児網膜症,中心性漿液性脈絡網膜症など多くの網膜疾患でデータ収集が進められ,また新たなテーマによる研究の提案が活発に行われている.J-CRESTから投稿した論文がCrejectされた場合は,どのようなコメントでCrejectされたのか,またどのような雑誌が比較的CJ-CRESTに向いているのかについても議論された.この年には日本大学,ツ146あたらしい眼科Vol.38,No.2,2021(30)図1J-CRESTの定期ミーティングで熱弁をふるう瓶井資弘先生表1J-CREST方式の研究の利点と欠点=-====る.真面目な研究者がデータ集積した施設CAではカルテを熱心に読み込んで因子Caの拾い上げ確率が高い一方で,少し不真面目な研究者がデータ集積した施設CBでは,カルテから因子Caの拾い上げ確率が低くなるという可能性がある.このようなことが起こらないように,データ収集の実務者に対する十分な注意喚起を行うことが必要である.おわりにこれまでも日本でさまざまな形で多施設の共同研究が行われてきたが,J-CREST方式は特色のある研究形態である.これまでの多くの方法は,「まず研究アイデアの発案」があり,その後に「共同研究すべき施設の選定」というプロセスが取られていた.J-CRESTでは,まず「多施設共同研究を望む多くの施設」があり,これらの施設に新しいアイデアを提案するだけですぐに研究が開始される.学会主導の多施設共同研究と比較すると明らかに小回りが効く.今後もCJ-CREST形式による共同研究形態は増えるであろうと考えられ,日本の研究活動の推進に寄与していくことが予想される.謝辞J-CRESTに関する詳細な資料や情報をご提供いただいた,鹿児島大学の寺崎寛人先生,坂本泰二先生に深謝します.文献1)IwataCA,CMitamuraCY,CNikiCMCetal:BinarizationCofCenhancedCdepthCimagingCopticalCcoherenceCtomographicCimagesofaneyewithWyburn-Masonsyndrome:acasereport.BMCOphthalmolC15:19,C20152)EgawaM,MitamuraY,SanoHetal:Changesofchoroi-dalstructureaftertreatmentforprimaryintraocularlym-phoma:retrospective,CobservationalCcaseCseries.CBMCCOphthalmol15:136,C20153)KawanoH,SonodaS,YamashitaTetal:Relativechang-esinluminalandstromalareasofchoroiddeterminedbybinarizationCofCEDI-OCTCimagesCinCeyesCwithCVogt-Koy-anagi-HaradaCdiseaseCafterCtreatment.CGraefesCArchCClinCExpOphthalmolC254:421-426,C20164)SonodaCS,CSakamotoCT,CKuroiwaCNCetal:StructuralCchangesofinnerandouterchoroidincentralserouscho-rioretinopathyCdeterminedCbyCopticalCcoherenceCtomogra-phy.PLoSOne11:e0157190,C20165)KinoshitaCT,CMitamuraCY,CMoriCTCetal:ChangesCinCcho-roidalCstructuresCinCeyesCwithCchronicCcentralCserousCcho-rioretinopathyCafterChalf-doseCphotodynamicCtherapy.CPLoSOneC11:e0163104,C20166)NishiCT,CUedaCT,CMizusawaCYCetal:ChoroidalCstructureCinCchildrenCwithCanisohypermetropicCamblyopiaCdeter-minedCbyCbinarizationCofCopticalCcoherenceCtomographicCimages.PLoSOne11:e0164672,C20167)EgawaM,MitamuraY,AkaiwaKetal:Changesofcho-roidalCstructureCafterCcorticosteroidCtreatmentCinCeyesCwithCVogt-Koyanagi-HaradaCdisease.CBrJCOphthalmolC100:1646-1650,C20168)KinoshitaT,MoriJ,OkudaNetal:E.ectsofexerciseontheCstructureCandCcirculationCofCchoroidCinCnormalCeyes.CPLoSOne11:e0168336,C20169)DaizumotoE,MitamuraY,SanoHetal:Changesofcho-roidalCstructureCafterCintravitrealCa.iberceptCtherapyCforCpolypoidalchoroidalvasculopathy.BrJOphthalmol101:C56-61,C201710)KinoshitaCT,CMitamuraCY,CShinomiyaCKCetal:DiurnalCvariationsCinCluminalCandCstromalCareasCofCchoroidCinCnor-maleyes.BrJOphthalmolC101:360-364,C201711)ShiiharaH,SakamotoT,TerasakiHetal:E.ectof.uid-airexchangeonreducingresidualsiliconeoilaftersiliconeoilCremoval.CGraefesCArchCClinCExpCOphthalmolC255:C1697-1704,C201712)NishiT,UedaT,MizusawaYetal:E.ectofopticalcor-rectionConCsubfovealCchoroidalCthicknessCinCchildrenCwithCanisohypermetropicCamblyopia.CPLoSCOneC12:e0189735,C201713)OkamotoCM,CYamashitaCM,CSakamotoCTCetal:ChoroidalCbloodC.owCandCthicknessCasCpredictorsCforCresponseCtoCanti-VEGFCtherapyCinCmacularCedemaCsecondaryCtoCbranchretinalveinocclusion.RetinaC38:550-558,C201814)MorikawaCS,COkamotoCY,COkamotoCFCetal;(J-CREST)group:ClinicalCcharacteristicsCandCoutcomesCofCfall-relat-edCopenCglobeCinjuriesCinCJapan.CGraefesCArchCClinCExpCOphthalmolC256:1347-1352,C201815)TakamuraCY,CShimuraCM,CKatomeCTCetal;(J-CREST)group:E.ectofintravitrealtriamcinoloneacetonideinjec-tionCatCtheCendCofCvitrectomyCforCvitreousChaemorrhageCrelatedtoproliferativediabeticretinopathy.BrJOphthal-molC102:1351-1357,C201816)MorikawaCS,COkamotoCF,COkamotoCYCetal:ClinicalCchar-acteristicsCandCvisualCoutcomesCofCsport-relatedCopenCglobeinjuries.ActaOphthalmolC96:e898-e899,C201817)YamashitaT,SakamotoT,TerasakiHetal;(J-CREST)group:BestCsurgicalCtechniqueCandCoutcomesCforClargeCmacularholes:retrospectiveCmulticentreCstudyCinCJapan.CActaOphthalmolC96:e904-e910,C201818)OkamotoCY,CMorikawaCS,COkamotoCFCetal:ClinicalCchar-acteristicsCandCoutcomesCofCopenCglobeCinjuriesCinCJapan.C(33)あたらしい眼科Vol.38,No.2,2021C149—-

網膜色素変性のレジストリー ─日本網膜色素変性レジストリプロジェクト

2021年2月28日 日曜日

網膜色素変性のレジストリー─日本網膜色素変性レジストリプロジェクトAPatientRegistryforRetinitisPigmentosa─TheJapanRetinitisPigmentosaRegistryProject(JRPRP)池田康博*はじめに網膜色素変性(retinitispigmentosa:RP)は現時点で有効な治療法のない難病で,新規の治療法開発がもっとも切望されている疾患のひとつである.また,わが国の視覚障害の原因疾患の第C2位である1).RPに対する創薬の問題点は,1)希少疾患であるため患者数が限られていること,2)病因となる遺伝子異常が多様であり,ヘテロな疾患群であること,3)病因遺伝子の診断率が低いこと,4)病気の進行が遅いこと,5)病気の自然経過に関するデータが少ないこと,などであり,治療法を開発するためには,これらの問題点を解決する必要がある.単施設で患者や疾患データを収集するのは困難であり,多施設によるデータベース作成や共同研究が治療法開発への近道になると考えられている.欧米には,EuropeanRetinalDiseaseConsortium(ERDC)(https://www.erdc.info)という遺伝性網膜疾患に関する共同研究を実施するための枠組みがC2008年に構築され,ヨーロッパを中心にイスラエル,カナダ,米国の22施設も参加しており,これまでに数多くの論文が発表されている.CI日本網膜色素変性レジストリプロジェクトの構築わが国における眼科領域の難病(後眼部)に対する研究は,厚生労働科学研究費補助金事業「網膜脈絡膜・視神経萎縮症に関する調査研究」班(以下,本研究班)が中心となって進められてきた.上述の「視覚障害の原因疾患」や「中途失明の原因疾患」としてよく目にする全国調査の結果は本研究班による成果である.また,「網膜色素変性診療ガイドライン」2)も本研究班によって作成された成果物である.RPに関する治療法開発に向けた基礎研究ならびに治療研究を推進するための,オールジャパン体制のCRPに特化した患者レジストリーの必要性については長い間議論されてきたが,山下英俊先生が研究代表者であった本研究班(2017.2019年度)において,患者レジストリーの運営委員会(委員長:山本修一)を設置し,運用ルールの策定と登録システムの構築を行った.最終的には,日本網膜色素変性レジストリプロジェクト(JapanCRetinitisPigmentosaRegistryProject:JRPRP)という登録システムが構築され,2018年C7月から運用されている(https://convention.jtbcom.co.jp/jrprp/,図1).運営委員会は定期的に開催されており,参加施設の承認や運用ルールの見直しなど,JRPRPの健全で円滑な運営をサポートしている.登録目標症例数は,わが国の患者数のC1/10にあたる3,000名である.登録項目は,年齢(登録時),性別,病型(診断名),遺伝形式,血族婚の有無,家系内患者数,病因遺伝子,矯正小数視力,Humphrey視野検査C10-2プログラムのCMD値,検体保有の有無,と簡略化されており(図2),症例の登録に負担が生じないように配慮されている.また,効率的なデータ収集を実現するため*YasuhiroIkeda:宮崎大学医学部感覚運動医学講座眼科学分野〔別刷請求先〕池田康博:〒889-1692宮崎市清武町木原C5200宮崎大学医学部感覚運動医学講座眼科学分野C0910-1810/21/\100/頁/JCOPY(25)C141図1日本網膜色素変性レジストリプロジェクトのホームページトップページの一部(https://convention.jtbcom.co.jp/jrprp/).図2レジストリの登録画面登録画面の一部を編集して紹介.症例数222524553368logMAR視力2.521.5EYS10.50-0.5~1920~3940~5960~年齢(歳)図3EYSを病因遺伝子とする患者と常染色体劣性遺伝形式の患者の年齢別視力20.39歳とC40.59歳において,EYSを病因遺伝子とする患者の視力が良好な傾向であった.Mann-WhitneyのCU検定.p<0.05で有意差あり.EYS:EYSを病因遺伝子とする患者,常劣:EYS遺伝子以外の病因遺伝子が同定された常染色体劣性遺伝形式の患者.表1小数視力0.7以上の患者(年代ごとの患者数に占める割合).19歳20.39歳40.59歳60歳.全体CEYS常劣(EYS以外)1名(50%)1名(50%)19名(76.0%)13名(54.2%)37名(63.8%)28名(50.9%)11名(33.3%)27名(39.7%)68名(57.6%)69名(46.3%)EYS:EYSを病因遺伝子とする患者,常劣(EYS以外):EYS遺伝子以外の病因遺伝子が同定された常染色体劣性遺伝形式の患者.JRPRPに登録されたCEYSを病因遺伝子とする患者(男性C58名,女性C62名,平均年齢C51.4歳)のうち視力検査結果が登録されていたC118名と,EYS遺伝子以外の病因遺伝子が同定されかつ常染色体劣性遺伝形式であった患者C149名(男性C70名,女性C79名,平均年齢C55.0歳)の年代ごとの視力を図3と表1に示す.20.39歳とC40.59歳において,EYSを病因遺伝子とする患者はその他の常染色体劣性遺伝形式の患者と比較して,有意差はないものの視力が良好な傾向であった.また,小数視力がC0.7以上の患者の割合も高いという結果であった.今後,さらなる症例が蓄積されることにより,EYSを病因遺伝子とする患者の臨床的な自然経過を再検討することが必要である.また,そのほかの病因遺伝子についても同様の検討が可能となることが期待される.CIIIJRPRPの現状JRPRPの参加施設は全国に広がっており,2020年C12月時点で以下のC26施設が参加している(順不同,括弧内は施設の代表者,敬称略).また,登録患者数はC2,700名を越えている.山形大学医学部眼科(金子優),千葉大学医学部眼科(山本修一),順天堂大学医学部眼科(村上晶),神戸アイセンター病院(平見恭彦),大阪大学医学部眼科(西田幸二),東北大学医学部眼科(阿部俊明),九州大学医学部眼科(村上祐介),東京大学医学部眼科(小畑亮),京都大学医学部眼科(池田華子),名古屋大学医学部眼科(上野真治),鹿児島大学医学部眼科(坂本泰二),三重大学医学部眼科(近藤峰生),東京医療センター(角田和繁),浜松医科大学眼科(堀田喜裕),弘前大学医学部眼科(中澤満),徳島大学医学部眼科(三田村佳典),東京慈恵会医科大学眼科(林孝彰),帝京大学医学部眼科(井上裕治),近畿大学医学部眼科(國吉一樹),日本大学医学部眼科(田中公二),日本医科大学眼科(五十嵐勉),自治医科大学眼科(渡辺芽里),わだゆうこ眼科クリニック(和田裕子),宮崎大学医学部眼科(筆者),宮田眼科病院(宮田和典),長崎大学医学部眼科(大石明生).患者個人のデータ登録は経年的に継続することになっC144あたらしい眼科Vol.38,No.2,2021ており,時間軸に沿った視機能の変化など,わが国のRP患者の動向を詳細にかつ経時的に観察することも可能になる.今後は,日本眼科学会などの学会や患者会(日本網膜色素変性症協会)とも連携することになっており,将来的にはさらにCJRPRPの有用性が高まることが期待される.おわりにJRPRPは日本網膜硝子体学会の登録システムを現在は使用しているが,日本医療研究開発機構(JapanCAgencyCforCMedicalCResearchCandDevelopment:AMED)および厚生労働省の難病研究班が収集した臨床情報や生体試料から得られた情報を集約する情報統合基盤「難病プラットフォーム」(https://www.raddarj.org)にデータを移行する予定となっている(2021年C4月を目標).難病プラットフォームでは,実名での登録が可能となり,また眼科以外の難病とのデータ共有が可能となるため,さらに有用性の高いレジストリーへと進化するだろう.今後も参加施設を増やしながら患者データを蓄積することで,RPの治療法開発に向けた基礎研究と治療研究の推進と発展につながることが期待される.文献1)MorizaneCY,CMorimotoCN,CFujiwaraCACetal:IncidenceCandCcausesCofCvisualCimpairmentCinJapan:theC.rstCnation-wideCcompleteCenumerationCsurveyCofCnewlyCcerti.edCvisuallyCimpairedCindividuals.CJpnCJCOphthalmolC63:26-33,C20192)山本修一,村上晶,高橋政代ほか:網膜色素変性診療ガイドライン.日眼会誌120:846-861,C20163)池田康博,山本修一,村上晶ほか:日本網膜色素変性レジストリプロジェクトに登録されたデータの解析.日眼会誌(受理中)4)早川むつ子,藤木慶子,松村美代ほか:原発性定型網膜色素変性の遺伝的異質性と予後に関するC18施設調査.臨眼C46:1025-1029,C19925)OishiCM,COishiCA,CGotohCNCetal:ComprehensiveCmolecu-larCdiagnosisCofCaClargeCcohortCofCJapaneseCretinitisCpig-mentosaandUshersyndromepatientsbynext-generationCsequencing.CInvestCOphthalmolCVisCScC55:7369-7375,C20146)KoyanagiCY,CAkiyamaCM,CNishiguchiCKMCetal:GeneticCcharacteristicsCofCretinitisCpigmentosaCinC1204CJapaneseCpatients.JMedGenetC56:662-670,C2019(28)

裂孔原性網膜剝離のレジストリー

2021年2月28日 日曜日

裂孔原性網膜剥離のレジストリーRegistryofRhegmatogenousRetinalDetachment厚東隆志*平形明人*坂本泰二**はじめに臨床研究においてエビデンスレベルがもっとも高い研究デザインがランダム化比較試験(randomizedcontrolstudy:RCT)であることはいうまでもない.しかしながら,手術治療の分野において標準的な手術適応などが確立している疾患に対し,術式をランダム化する研究デザインは,法的・倫理的に非常に問題のある研究となる.さらにRCTを行う際には莫大な費用と時間,医師の負担がかかることも大きな問題となる.近年,これらを解決するためのトレンドとしてリアルワールドデータを収集し,莫大な症例数から特定の傾向を捉えるレジストリー研究が注目されている.わが国でも日本網膜硝子体学会の主導のもと,2016.2017年に裂孔原性網膜.離(rhegmatogenousretinaldetach-ment:RRD)に対するレジストリー研究が行われ,多くの研究成果を得た.本稿ではその経緯とともに,今後の手術加療におけるレジストリー研究の有用性について考える.I手術加療に対するレジストリー研究手術治療に対するレベルの高いエビデンスの獲得のためにRCTは理想的ではあるが,網膜硝子体手術領域に限らず実際に施行されることはほとんどない.その理由として,RCT施行には多大なコストと時間がかかること,そのような試験が既存の治療法と比較した非劣勢試験となること,そしてなによりも術式選択に対しランダム化を行うという点に法的・倫理的な問題が生じてしまうことが考えられる.さらに近年では,臨床研究に対する規制強化に伴い前向き介入試験の実施に高いハードルがあり,RCTの施行がより困難となっている.そのような状況において,今後の医学研究の方向性としては,すでに行われた診療データを集積・解析することで新しい知見を得る必要がある.そのため,治療効果の評価にビッグデータを解析することでRCTと同レベルのエビデンスが得られる,レジストリー研究が提唱され,普及しつつある1).近年のビッグデータの収集,格納,分析するための技術の進歩により可能となった研究手法であるが,条件のそろった限られた患者集団を対象とするRCTと実臨床の差分を埋められる研究手法でもあり,RCTが行いにくい外科手術の臨床研究にも適していると考えられる.IIわが国における網膜.離のレジストリー研究このような背景のなか,わが国においても眼科手術領域におけるレジストリー研究の先鞭をつけるべく,日本網膜硝子体学会の主導のもと,眼科領域ではわが国初となる網膜硝子体手術に対するレジストリー研究「日本網膜硝子体学会における網膜硝子体手術・治療情報データベース事業」として立案された(図1).2013年12月には日本網膜硝子体学会の承認のもとに,鹿児島大学,杏林大学,千葉大学,山形大学が中心となって準備作業に*TakashiKoto&AkitoHirakata:杏林大学医学部眼科学教室,網膜硝子体学会疾患登録委員会**TaijiSakamoto:鹿児島大学大学院医歯学総合研究科眼科学,網膜硝子体学会疾患登録委員会〔別刷請求先〕厚東隆志:〒181-8611東京都三鷹市新川6-20-2杏林大学医学部眼科学教室0910-1810/21/\100/頁/JCOPY(17)133研究参加施設オンライン登録研究課題の提案情報の提供情報の請求統一されたデータ収集項目で研究課題に必要な全国データベースを作成データ解析データセンター日本網膜硝子体学会内にデータセンターを設置・運営研究課題や情報請求について理事会などで審査・承認理事会による分析・報告書作成図1日本網膜硝子体学会による疾患登録事業研究参加施設から統一されたデータ収集項目で全国データベースを作成した.参加施設からの研究課題の提案を受け,データベースや研究課題に必要なデータ解析の提供を行っている.-図2J.RDRegistry参加施設当初,鹿児島大学,杏林大学,千葉大学,山形大学のC4施設で試験登録を行った後,全国C26施設に拡大,2016年C2月.2017年C5月の間に手術を施行したCRRD症例の全例登録を行った.ac図3実際の登録画面Web上から登録ページへログイン(Ca),詳細な情報をラジオボタン/チェックボックスで入力していく(Cb).特記事項があれば直接入力も可能とした.入力者の負担を軽減するため,情報入力とともに手術記録が出力される機能を付与した(Cc).患者情報術前情報手術情報術後情報図4J.RDRegistryの登録項目術前,術中情報を中心に,多岐にわたる項目を収集した.術後情報も術後C1カ月,3カ月,6カ月,12カ月の時点での情報を収集したが,施設によりフォローアップ期間が異なるため,12カ月のデータは任意入力とした.表1J.RDRegistryとEVRSRDstudyの比較J-RDregistryCEVRSRDstudyデザイン前向き後ろ向き対象症例全症例登録者が判断登録方法WebからWebからCJ-RDregistryは前向きの全例登録であり,登録者が判断した症例を後ろ向きに登録したCEVRSと比べバイアスがかかりにくいという研究デザインであった.CaSex■Female■MalebSex●Female●MalePrimaryretinaldetachment(n)90807060504030201000~1920~2930~3940~4950~5960~6970~7980+HoleMacularholeTearTearatthevitreousbaseAge,yearsTypesofthebreak図5J.RDRegistry登録症例の背景因子わが国におけるCRRDの年齢の分布はC50代にピークのある一峰性を示した(Ca).網膜円孔によるCRRD年齢分布は均一であったが,網膜裂孔によるCRRDの発症ピークはC50.60歳代に集中していた(Cb).(文献C3より許可を得て引用)表2J.RDRegistryにおける網膜復位率全症例での初回復位率はC90.8%であり,明らかに難症例を多く含むバックル併用硝子体手術ではC60%台であったが,硝子体手術,バックリング手術ともにC90%を超える良好な手術成績であった.表3J.RDRegistryにおける裂孔位置と初回非復位のハザード比バックリング手術硝子体手術ハザード比95%信頼区間p値ハザード比95%信頼区間p値裂孔位置上耳側C1.000.560.780.66(reference)C0.29.C1.09C0.089C0.48.C1.26C0.311C0.31.C1.41C0.283C1.000.851.892.41(reference)0.51.C1.34C0.4911.26.C2.84C0.0021.42.C4.08C0.001上鼻側C下鼻側C下耳側C上耳側の裂孔によるCRRDに対する初回非復位のハザード比を検討した.バックリング手術では裂孔位置による成績に差はなかったが,硝子体手術では,下方の裂孔によるCRRDでは有意に初回非復位のリスクが高かった.表4J.RDRegistryで示されたバックリング手術に対する硝子体手術の初回非復位のハザード比初回非復位と裂孔位置の関連(硝子体手術対バックリング手術)調整済みハザード比95%信頼区間p値全症例C2.53C3.61C1.27C1.67C3.842.20C5.940.53C3.01<C0.001<C0.001C0.594上方裂孔によるCRRDC下方裂孔によるCRRDC症例の背景因子をCCox比例ハザードモデルを用いた多変量解析で調整した硝子体手術対バックリング手術の非復位のハザード比(1より大きいと硝子体手術が有利)を示す.上方裂孔のCRRDでは硝子体手術が有利であるのに対し,下方裂孔においてはこの優位性は検出されなかった.-

日本眼科学会による医療情報データベースの 基盤構築

2021年2月28日 日曜日

日本眼科学会による医療情報データベースの基盤構築EstablishmentofBasicInfrastructureforMedicalInformationDatabasebytheJapaneseOphthalmologicalSociety大鹿哲郎*はじめに人工知能(arti.cialintelligence:AI)は国境を軽々と越える.欧米あるいは中国やシンガポールで作成されたAIアプリケーションが,虎視眈々と日本のマーケットを狙っている.この分野はwinner-takes-allの側面が強く,当該領域のデフォルトをいったん握られたら,その後はデータもお金も,際限なく外国勢力に吸い上げられ続けることになりかねない.国益を護るためにも,また眼科医療の発展性と創造性を死守するためにも,わが国独自のデータベースを構築し,国産AI開発プロジェクトの基盤を整備しておくことはきわめて重要であり,急務である.以下に,日本眼科学会が取り組んでいる眼科画像等データベース基盤構築事業について述べる.なお,本事業は日本の眼科におけるAI・ビッグデータ関連のインフラを整備(基盤構築)するものであり,個々のAIアプリケーションの開発を目的としたものではない.AIの臨床応用の具体例については,別稿を参照していただきたい.I次世代眼科医療をめざしたデータベース基盤の骨子国立研究開発法人日本医療研究開発機構(JapanAgencyforMedicalResearchandDevelopment:AMED)(用語解説参照)による研究助成「臨床研究等ICT基盤構築・人工知能実装研究事業」を契機とし,日本眼科学会では本格的にデータベース基盤構築事業に取り組み始めた.詳細は順次説明するが,まず骨子を列挙する.・画像のみならず,関連した医療情報を広く収集する.・各施設からのデータは,手動アップロードではなく,電子カルテから自動収集する方式とする.・セキュリティの確保されたネットワークなどの方法で,匿名化されたデータをやり取りする.・電子カルテや検査器機からの出力フォーマットを統一する.・AMEDの研究助成終了後も継続して事業を行えるよう,一般社団法人JapanOcularImagingRegistry(JOIRegistry)(用語解説参照)と日本眼科AI学会を設立する.・データ解析については国立情報学研究所(NationalInstituteofInfomatics:NII)(用語解説参照)と,成果物の社会実装については日本眼科医療機器協会(JapanOphthalmicInstrumentsAssociation:JOIA)(用語解説参照)と連携する.・眼科サブスペシャリティ学会との連携・共同研究を進める.・まず限定施設を結んだネットワークを構築したあと,順次参加施設を広げていく.*TetsuroOshika:筑波大学医学医療系眼科〔別刷請求先〕大鹿哲郎:〒305-8575茨城県つくば市天王台1-1-1筑波大学医学医療系眼科0910-1810/21/\100/頁/JCOPY(11)127図1AMED研究助成における臨床画像情報基盤の全体像https://www.amed.go.jp/program/list/14/02/002.html2.診療情報の取り込み形式の統一と取得内容の決定電子カルテからのデータ出力方式がまちまちでは,異なる医療機関からの情報を集約して解析することができない.そのため筆者らは,日本眼科医療機器協会を窓口として眼科カルテベンダー各社と協議を進め,必要データについて出力フォーマットの統一化を行った.カルテベンダーが乱立する欧米と異なり,わが国においては大手4社にほぼ限られるので,この作業はかなりスムーズに行うことができた.また,電子カルテからどのような情報を取り出すか,疾患ごとのサマリーページの作成にも取り組んでいる.サマリーページの使用により,その疾患に必要な情報を簡潔にまとめることができるので,過不足のない情報のやり取りが可能になり,また日常診療の手助けにもなる.3.各種検査機器からのデータ提供形式の統一医療機器のデータ出力フォーマットは,メーカーによって異なっている.これを標準化することはかねてからの課題であり,日本眼科学会は数年前から日本IHE(IntegratingtheHealthcareEnterprise)協会(用語解説参照)と協議してデータ形式の共通化を推進し,一部の検査機器データについては国際標準化機構(ISO)(用語解説参照)認証の取得を目的として取り組んできた.今回,この動きをさらに加速化させ,日本眼科医療機器協会を窓口とし,眼科基本診察情報,眼底写真,光干渉断層計,視野検査など,主要な項目のデータ提供形式についてコンセンサスを確立した.一部の検査機器からのデータについては,統一出力フォーマットに則った日常的移行体制を構築することができた.眼科検査機器の分野では日本のメーカーが大きなシェアを占めていることから,この統一フォーマットの多くが今後世界標準になっていく可能性がある.4.参加医療機関とのネットワークの構築上記1,2を経て,倫理審査委員会と医療情報部の承認を得た施設において順次ネットワークの構築を開始し,オンラインシステムの運用を開始した.ネットワークでのデータ収集はセキュリティの高い方法で行う必要があるため,学術情報ネットワーク(Sci-enceInformationNETwork:SINET)(用語解説参照)を使用した.SINETは,日本全国の大学・研究機関などの学術情報基盤として,NIIが構築・運用している情報通信ネットワークである.今回の参加施設の多数ではSINETが接続されていたが,一部施設でSIENTへの接続が困難,あるいはSINETの配線が眼科サーバ設置場所まで届いていないなどの問題があった.そのため,オフラインによるデータ送付や,SINET以外のセキュリティを確保した通信(SSL-VPNなど)もあわせて運用を行っている(図2).なお,収集されたデータは,参加医療機関において個人の特定が可能な情報を削除して匿名化し,SINETあるいは暗号化されたデータを格納した携帯型記憶メディアなどにより,中央サーバに送られる.データセンターへのデータの提供は,特定の関係者以外がアクセスできない状態で行っている.IV自動データ収集体制が重要データ収集を継続的に行うためには,現場の負担をできるだけ軽くしなくてはいけない.診療を終えた医師が,手作業でデータをアップロードするようでは,データの収集は進まないし,長続きしない.わが国でも外科系診療科がナショナルデータベースを作成しているが,そこでは必要なデータを担当者が手作業で入力している.義務なので仕方なく行っているようだが,手間はかかるし,入力項目を絞らざるをえないので,得られる情報量も限られる.日本眼科学会のシステムは,電子カルテから自動で情報を収集する方式である.そのために,電子カルテからの出力方式や,検査器機のデータ出力フォーマットを統一し,また端末とSINETを直接接続してデータを送付する態勢を作り上げた.この自動送付方式を完成させるためには,医療情報部など関係各所との折衝や書類手続き,さらには施設に応じた制度設計など,膨大な作業が必要であり,多くの時間を要した.しかし,このシステムがいったん完成すれば,手動方式をはるかに上回る量と質のデータが日々自動的に集まることになる.(13)あたらしい眼科Vol.38,No.2,2021129図2眼科データベースの構築と運用日本眼科学会図3ビッグデータのAI解析と社会実装をめざした取り組みのフレームワーク■用語解説■国立研究開発法人日本医療研究開発機構(JapanAgencyforMedicalResearchandDevelopment:AMED):内閣府所管の国立研究開発法人.医療分野の研究開発の基礎から実用化までの一貫した推進体制の構築,成果の円滑な実用化に向けた体制の充実,研究開発の環境整備を総合的に行うことを目的としている.また,これまで進んでいなかった産学など各機関の連携,治験や創薬などの実用化に力を入れている.一般社団法人JapanOcularImagingRegistry(JOIRegistry):質の高い眼科データを継続的に収集する体制を確立する目的で設立された団体.日本眼科学会と連携して活動を行う.公益財団法人である日本眼科学会が直接携わることが困難なデータ収集のためのインフラ整備,レジストリーの作成・整備,データの管理・提供を担う.国立情報学研究所(NationalInstituteofInformatics:NII):大学共同利用機関法人で,情報学という学術分野での「未来価値創成」を使命とする学術総合研究所.情報学における基礎論から人工知能やビッグデータ,InternetofThings(IoT),情報セキュリティといった最先端のテーマまで幅広い研究分野において,長期的な視点に立つ基礎研究,ならびに社会課題の解決をめざした実践的な研究を推進している.日本眼科医療機器協会(JapanOphthalmicInstrumentsAssociation:JOIA):眼科医療機器・用具をとり扱う製造会社,販売会社,輸入商社など,幅広い会員企業によって構成された一般社団法人.会員会社数は賛助会員を含め130社以上で,国内における学会併設器械展示会の運営を行い,また厚生労働省をはじめとする行政からの通達の配信,意見具申など,関連団体との連携強化に取組んでいる.日本医療機器産業連合会(医機連)および医療機器業公正取引協議会(公取協)に加盟している.情報通信技術(InformationandCommunicationTech-nology:ICT):通信技術を活用したコミュニケーションをさす.情報処理だけではなく,インターネットのような通信技術を利用した産業やサービスなどの総称.ITに「Communication(通信,伝達)」という言葉を加え,通信によるコミュニケーションの重要性を強調することにより,単なる情報処理にとどまらず,ネットワーク通信を利用した情報や知識の共有を重要視している.日本IHE協会:IHEとはIntegratingtheHealthcareEnterpriseの略で,医療情報システムの相互接続性を推進する国際的なプロジェクトである.医療情報における標準規格の使い方のガイドラインを各メーカーに示すことで,機器やメーカーを問わずに連携できるシステムの実現をめざしている.医療現場での一般的なワークフローを「統合プロファイル」とし,そのために必要な標準規格の内容とその使い方を「テクニカルフレームワーク」としてまとめている.国際標準化機構(InternationalOrganizationforStan-dardization:ISO):国際的な標準であるISO規格を策定する非営利法人.ISO規格は,国際的な取引をスムーズにするために,製品やサービスに関して国家間に共通な標準規格を定めたものである.約2万の規格があり,工業製品・技術・食品安全・農業・医療など,あらゆる分野を網羅している.学術情報ネットワーク(ScienceInformationNET-work:SINET):日本全国の大学,研究機関などの学術情報基盤として,NIIが構築・運用している情報通信ネットワーク.クラウドやセキュリティ,学術コンテンツを全国100Gネットワークで有機的につなぎ,800以上の機関にハイレベルな学術情報基盤を提供している.また,国際間の研究情報流通を円滑に進められるよう,米国Internet2や欧州GEANTをはじめとする多くの海外研究ネットワークと相互接続している.

IRIS registry

2021年2月28日 日曜日

IRISregistryIntelligentResearchinSightrejistry三宅正裕*柏木賢治**はじめに2017年より日本眼科学会の主導で画像などのデータベースの構築が開始された.このデータベースは「JapanOcularImagingRegistry(JOIregistry)」という名称がつけられている.データベースを形づくるための最初の3年間は,日本医療研究開発機構(JapanAgencyforMedicalResearchandDevelopment:AMED)の臨床研究等ICT基盤構築・人工知能実用化研究事業の支援を受けていたが,運営自立化のために一般社団法人JapanOcularImagingRegistryが設立された.当該法人は,日本眼科学会からの委託を受けて,自立した形で自己資金によりデータベースの管理・運用・拡張を行っている.このレジストリーについては,各論の大鹿哲郎先生の稿を参照されたい.世界を見渡すと,眼科領域ではJOIregistryに先立つ2013年に,米国眼科学会(AmericanAcademyofOphthalmology:AAO)が大規模なレジストリーをローンチしている.これがIntelligentResearchinSight(IRIS)registryである1~4).IRISregistryは米国では大規模なレジストリーとして地位を確立しており,そのデータを用いた論文も多数上梓されている.それまでも眼科領域の大規模レジストリーは存在したが,IRISregis-tryと異なり,特定の疾患や状態に特化したものであった.たとえば1992年にスウェーデンで設立された国立白内障レジストリーには,スウェーデンで行われたほぼすべての白内障手術が含まれており,2009年時点で100万件以上の白内障手術が登録されている5).また,EuropeanRegistryofQualityOutcomesforCataractandRefractiveSurgery(EUREQUO)には16カ国から収集された100万件以上の白内障手術の情報が含まれている6).そのほか,角膜移植7,8),加齢黄斑変性9),糖尿病眼合併症10),進行緑内障11),未熟児網膜症12)などのレジストリーがある.本稿では総論として世界の眼科レジストリーについてのオーバービューをまとめる予定だったが,これまでIRISregistryのコンセプト・目的・展望などを日本語でまとめた論文がないため,IRISregistryに着目して解説を行う.IIRISregistryの目的IRISregistryの名称にはintelligentresearchという言葉が含まれているため研究用のレジストリーと考えられがちだが,その主要な目的は,IRISregistryの使用を通じて,眼科医が患者に提供する医療の質を継続的に向上させることである.そしてもう一つ重要な用途として診療報酬請求がある.また,その他の目的として,より良い患者転帰を得るためのプラットフォームの提供,医療格差の特定と対処,研究目的でのデータ収集,医療の質の指標のリスク調整を行うための土台を築くことなどがあげられる.目的だけを聞いても,IRISregistryの仕組みについて理解することはむずかしいと思われる.まず歴史を振り返りながら,IRISregistryの仕組みを紐解いていく.*MasahiroMiyake:京都大学大学院医学研究科眼科学**KenjiKashiwagi:山梨大学大学院医学工学総合研究部眼科学講座〔別刷請求先〕三宅正裕:〒606-8507京都市左京区聖護院河原町54京都大学大学院医学研究科眼科学0910-1810/21/\100/頁/JCOPY(3)119-図1米国の公的医療保険のパフォーマンス評価とIRISregistry%,相互運用性の推進45%,コスト15%となっている.このように,米国の公的医療保険は診療報酬支払方式改革の最中であり,payforperformance(P4P)を重視した改革を進めている.IIIIRISregistryの歴史IRISregistry自体が始まったのは2014年3月24日だが,その根本にある医療の質の改善という観点からは,その種は1985年に発足したAcademy’sQualityofCareCommitteeまで遡る.AAOはこの委員会を通じて,医療の質の改善とベストプラクティスの推進を行うための,専門家のコンセンサスと科学的根拠に基づいた医学会初のガイドラインであるPreferredPracticePat-ternsをまとめた.その後,1995年にはアウトカム・レジストリーの試みとして,白内障手術の成果を測定するためのNationalEyecareOutcomesNetworkを立ち上げ,17,000人以上の患者の術前の特徴,手術パラメータ,術後のアウトカムに関するデータを収集した.ただし,このネットワークは手入力に要する時間が多大であるために参加者数が伸び悩み,5年間で終焉を迎えた.最終的には参加した眼科医は249名で,収集されたデータは17,876人分であった.その後もAAOは医療の質の改善に力を入れた.2000年代前半にはパフォーマンス測定時代における品質指標の必要性を見越して,米国医師会のPhysicianConsor-tiumforPerformanceImprovementの中に眼科医療ワーキンググループを召集し,PreferredPracticePat-ternsに基づいて眼科医療のパフォーマンス指標の作成を開始した.2006年にこのワーキンググループは八つのプロセス指標を作成し,このうち四つがNationalQualityForumに認められ,CMSからPQRSに用いることの承認を受けた.2007年にはさらに五つの指標を作成し,そのうち二つの白内障手術アウトカム指標が承認されている.これらの指標はPQRS開始当初から承認されていたため,AAOメンバーはこれらの指標を報告することにより,プログラムの開始当初からインセンティブを受けることができた.そしてその後もワーキンググループは活動を続け,さらに29のサブスペシャリティーアウトカム指標と二つの適正使用指標を作成している.AAOは2012年秋に,ITを利用した臨床データ登録および学習する医療システム(LearningHealthSystem,医療を実施しながら臨床データから知識を獲得し,医療を改善するシステム)についての検討を開始した.これがIRISregistryの萌芽である.評議員会はこのシステムの目的,構造,ガバナンスの原則について議論し,適切なベンダーを選定するためのタスクフォースを作成した.この時にタスクフォースが設定した主要な目的は,①AAOメンバー個人の医療の質の改善のための土台として,アウトカム改善につながったプロセスや手順の特定を促進すること,②個々の眼科医療の質の改善および人口カバー率の格差の特定により,社会レベルで健康を改善すること,そして,③エビデンスに基づく臨床医学の発展や新しい診断・治療に必要不可欠な科学的発見を生み出すこと,の3つであった.そして,IRISregistryは,PQRSにペナルティが設定されるタイミングである2013年から12カ月のパイロット期間を経て,上述の通り2014年3月24日に正式に開始された.このように医療保険制度と密接に結びついていたIRISregistryは,開始直後から順調に契約数・データ数を増やすことに成功した.2016年1月1日の時点で,米国に拠点を置く3,888の眼科診療所から合計11,739人の医師らがIRISregistryと契約し,2,050万人の患者の7,205万回の受診データが収集されており,その後,2017年7月1日の時点では13,199人の契約を得て,3,730万人の患者の1億4,800万回の受診データが蓄積されている.2019年に診療報酬請求にMIPSが導入されてからはMIPSの報告にも対応している.MIPS報告に成功しなかった場合,眼科医1人当たり平均して約2万ドルのペナルティが生じることから,IRISregistryを使用して簡便にMIPS報告ができることは眼科医にとって大きなインセンティブとなっている.IVIRISregistryの特徴次に,IRISregistryの特徴について説明する.(5)あたらしい眼科Vol.38,No.2,20211211.管理原則IRISregistryの管理原則には次のようなものがある.①眼科医は,患者に関連してレジストリーに入力されたすべてのデータを所有する.②すべてのデータの保護措置が講じられている(HIPAA遵守など).③個人の患者を特定できるデータはレジストリーの外部に配付されない.これらのデータは,個々の品質改善のための業務でのみアクセス可能である.④眼科医は,自身の医師が特定した個人データを他の事業体(例:CMS,米国眼科学会など)に配布することを許可しなければならない.⑤医療行為のクレームや訴訟における医師固有のデータの法的発見は,米国の登録機関では一度も発生したことがなく,今後も発生するとは予想されていない.⑥データ入力は,個々の医師とその診療にできるだけ負担がかからないようにする必要がある.C2.電子カルテからの自動データ抽出AAOが最初のCNationalEyecareOutcomesNetworkで学んだことは,診療所による手作業でのデータ入力は継続性に欠けるということだった.このため,IRISregistryのデータ戦略は,EHRデータベースを含む診療所のサーバーにシステムインテグレーター・ソフトウェアをインストールし,データを自動で抽出する方針となった.CIRISregistryのシステムインテグレーター・ソフトウェアは,ほとんどのクライアント・サーバー型CEHRに対応しており,2017年時点ではC41種類のCEHRシステムとの統合に成功している.このソフトウェアが診療所のCEHRデータベースサーバーにインストールされると,医師の手を煩わせることなく,診療所が診察を行っていない時間帯に定期的(毎日または毎週)にCIRISreg-istryへとデータを送信する.データはセキュアなクラウドサーバー(アマゾンウェブサービスのCAWSCGovCloud)にアップロードされ,そこでは保護されたデータを保管し,匿名加工されたデータがCIRISregistryデータベースに保存される(図2).クラウドベースのEHRでは,ファイルをCIRISregistryへ送信するか,IRISregistryのベンダーがアクセス可能な別サーバーにファイルを保存することで連携可能である.これらのファイルは,HL7ClinicalDataArchitectureStandardとして知られる標準化されたフォーマットで送信され,IRISregistryに保存される.データには,表1に示すような項目が含まれている.診療管理システムがCEHRと分離されている場合は,診療報酬請求の正確な情報を得るために,診療管理システムも統合することができる.また,患者が複数の診療所を受診した場合のダブルカウントを防ぐために,IRISregistryは各患者に固有の識別子を割り当てている.これらのデータは署名された診療記録から収集されており,その他のソースは参照していない.外れ値などは,分析目的では除外するよう設定されているが,IRISregistryがカルテ情報の変更や追加を要求することはできないようになっている.HealthInsurancePortabilityandAccountabilityAct(HIPAA)のCStandardsforPri-vacyofIndividuallyIdenti.ableHealthInformationによると臨床データレジストリーで集約された匿名加工情報を使用するにあたっては,患者の個人の同意は不要となっている(匿名加工された情報は個人情報ではないため).C3.自動パフォーマンス測定上述の通り,現在,米国の公的医療保険であるメディケアとメディケイドの対象となる患者に医療を提供する米国の医師は,ClinicalCQualityMeasureを満たしていることを証明する必要がある.IRISregistryのデータはC2017年時点でC15個の関連するCClinicalQualityMea-sureを計算するために抽出されている.これらは白内障手術,糖尿病網膜症,原発開放隅角緑内障(primaryCopenangleCglaucoma:POAG)に関連する五つの眼科医療指標と,タバコ使用のスクリーニング,タバコ使用者の禁煙カウンセリング,現在服用しているすべての薬の文書化,高齢者への高リスク薬の処方など,10個の一般的な予防および患者の安全性の指標からなる.たとえば,POAGの視神経評価に関するCClinicalCQualityMeasureであれば,IRISregistryは,年齢・診断などの要件を満たす患者について,C/D比と視神経乳頭所122あたらしい眼科Vol.38,No.2,2021(6)図2IRISregistryのデータ抽出のしくみ(文献C4より引用)表1IRISregistryの項目患者の人口統計出生年,死亡年,性別,人種,民族など保険者保険プランに関する情報など:プライベート,メディケアでき高払い,メディケアマネージドケア,メディケイド,ミリタリー,その他,無保険,発効日アレルギー・副反応予防接種,アレルギーの記載,状態など社会歴喫煙歴やその他の観察など受診課金された訪問と課金されていない受診など.通常はCCPT[CurrentProceduralTerminology]コードで記載結果すべての眼の検査の,左右や,視力,CC/D比,眼圧,視神経所見,眼底検査所見などの値プロブレム診断など.眼球性と全身性の両方.通常はCICDコードで記載処置実施され請求された処置や眼の左右.通常はCCPTまたはCHCPCS[HealthcareCommonProcedureCodingSystem]コードで記載薬物薬名,コード,用量,経路など見が,臨床診断に用いられる検査値基準と合致することが文書として記載されていることを確認している.さらに,糖尿病黄斑浮腫,網膜.離,前部ぶどう膜炎,角膜移植,弱視,斜視手術など,サブスペシャリティのためのC22のアウトカム指標も収集しており,患者集団に対してもっとも関連性の高い指標を評価のために提出できるようになっている.さらに,データが集積されればされるほど,IRISregistryは重症度や併存疾患のリスクを調整することなどによりこの指標を改善し,その特異性・価値・有用性を高めていくことができる.最終的には,このような質の評価指標は,臨床ガイドラインに基づくのではなく,Creal-worlddataから生み出され,組み込まれるようになっていくだろう.また,ここで得られたCreal-worlddataは,ランダム化比較試験から得られたエビデンスを劇的に拡張し,とくにランダム化比較試験の対象とならなかった患者集団における効果評価に大いに役立つだろう.適切な場所に文書化された記載が見当たらなかったり,古い用語が使われていて捕捉できなかったりすると評価指標は悪くなってしまうが,IRISregistryは評価指標の良い群と悪い群の患者リストを表示することができるため,原因がどこにあるかの調査が可能である.これらの原因で評価指標が悪く算出されてしまっているようであれば,医師はCIRISregistryのスタッフと議論し,記載がある文書を指定し直したり,用語をCupdateしたりして指標を再計算してもらうことができる.C4.ダッシュボードIRISregistryの参加者は,ウェブベースのダッシュボードにアクセスできるようになっている.自宅でもオフィスでも,IRISregistryのウェブサイトにログインすることで,個々のパフォーマンスと患者の転帰をリアルタイムで追跡することができる.また,自分の患者集団について任意の条件で検索を行うことができ,どの患者がCClinicalCQualityMeasureの基準を満たしていないかを特定し,特定の患者または患者集団に対するアウトリーチやフォローアップの目標を設定することができる.そのほか,リスク調整後の異なった患者集団と比較したり,国のベンチマークと比較したりといったことも可能である.このようにアクセスしやすく実用的なパフォーマンス情報は数カ月後や数年後という単位ではなくタイムリーに提供されるという点もポイントで,医師はこのフィードバックに応えて,患者のフォローアップの緊密化など診療パターンを急速に変化させ,より完全な文書化を実現している.このように参加者がCIRISregistryのダッシュボードを使用してパフォーマンスを向上させていることは,MIPSの評価項目の一つである質の改善活動の一環と考えられる.CVIRISregistryが急速に広がった理由ここまで解説したことでおおむねCIRISregistryの普及の原因がわかったと思うが,ここでまとめておく.まず,最大の要因は,IRISregistryを使用することで眼科医が手動でデータを入力する必要がなくなり,品質報告に関する規制上の複雑な要件が大幅に簡素化されたことである.そしてこれにより,平均で年間C200万円ともいわれる診療報酬償還の大幅なマイナス調整を圧倒的に回避しやすくなる.次に,このCIRISregistryのサービスは会員に対して無償で提供されていることである.これは医師のみならず検眼士などにも拡大されている.第三に,EHRからのデータ収集とビッグデータ分析が可能なツールとプラットフォームを提供していることがある.そして最後に,この大規模データを抽出可能とするだけのCITの進歩があったことである.CVIIRISregistryの限界多くは今後徐々に改善していくことが期待されるが,現時点での限界についても触れておく.データベースの限界を知ることは,そのデータベースから得られた結果を解釈するうえできわめて重要である.C1.登録患者の代表性IRISregistryに登録されている患者の年齢構成は,CNationalAmbulatoryMedicalCareSurveyで報告されている年齢構成と同程度であり,眼科医受診患者をある程度は代表していると考えられるが,これは当然ながら124あたらしい眼科Vol.38,No.2,2021(8)米国の一般人口とは異なっている.このため,登録者を母数とした場合の割合には意味がないと考えられる.また,EHRを導入していない診療所が参加していないことや,医学部附属病院があまり含まれていないことも限界である.具体的には,医学部附属病院は米国の診療施設のC11%を占めるにもかかわらず,IRISCregistryに登録されている医学部附属病院の割合はC1%にすぎない.このため,IRISregistryは眼科受診患者を代表しているとはいえず,とくに医学部附属病院でみられるような重症患者や希少疾患患者が少ない.徐々に改善していくことが期待されている.C2.情報の欠如診療所のCEHRには一般に手術室データは含まれておらず,外来手術センターにはCEHRがないことが多いため,麻酔の内容や使用された補助器具(眼内レンズを含む)などの手術室情報はCIRISregistryに含まれていない.また,EHRには画像の解釈や所見が入力されているが,画像そのものやその測定値は入力されていないことが多いため,ぶどう膜炎の際の前房内の細胞や,網膜.離後の網膜復位の情報などの情報を集めることができない.CVIIIRISregistryのデータを用いた研究IRISregistryは貴重なデータソースであるが,需要が高く解析の実行が複雑であるため,現在のところオープンアクセスでの利用はできない.IRISregistryデータにアクセスして外部資金を用いて独自のプロジェクトを実施するだけの経験と専門性をもつチームのために,研究提案プロセスがホームページで公開されている.たとえば今年度はC2021年C1月C19日が締切となっている.第C4回CIRISregistryresearchawardに選ばれた研究テーマは,子どもが白内障手術術後に白内障手術を要する割合の評価,白内障手術だけで眼圧を下げることができるような患者集団の特定に関する研究,強膜炎の最適な治療法に関する研究,白内障手術後の.胞性黄斑浮腫の発生率やそれに関連する因子の研究,の四つである.各研究にはC35,000ドルの研究費が支給され,各研究代表者はC10,000ドルの直接研究費を受け取ることができる.受賞者はCIRISregistryのデータについて学ぶためにサンフランシスコのCAAOのオフィスを訪問し,ほかの受賞者とともにトレーニングを受ける.そして,研究デザインに基づきCIRISregistryのスタッフから研究用のデータサブセットを受け取ることができ,2年間の授与期間中,電話での質問,web会議,サポートが得られる.申請するための要件としては,研究期間で働いており,関連する分析経験(統計学的バックグラウンド,ビッグデータ解析の経験,SASやそのほかの統計プログラム知識)があることと,研究課題の臨床的意義である.これに加えて,研究の仮説と具体的な目的・背景・根拠・臨床的意義,AAOの使命との整合性,研究期間などを申請書に記載して送信する.これまでCIRISregistryを使用した論文は多数上梓されている.おわりにIRISregistryは,公的保険の償還のインセンティブを受けるための作業を大幅に簡略化することでその価値をアピールし,全米で受け入れられ拡大しつつある.現在,日本では米国のようなCpayforperformanceは行われていないが,膨張する日本の医療費を鑑みると,米国の後を追ってこういった制度が導入されてくる可能性は否定できない.また,医師のパフォーマンスの「見える化」もCIRISregistryの重要な機能の一つである.このようなレジストリーは一朝一夕では実装できないため,将来を見越してわが国でも早急にプロジェクトを進めていくことが望まれる.文献1)ParkeCDWC2nd,CRichCWLC3rd,CSommerCACetal:TheCAmericanCAcademyCofCOphthalmology’sCIRISRCRegistry(IntelligentCResearchCinCSightCClinicalData):ACLookCBackCandCaCLookCtoCtheCFuture.COphthalmologyC124:C1572-1574,C20172)ParkeCIiCDW,CLumCF,CRichWL:TheCIRISRRegistry:CPurposeandperspectives.OphthalmologeC114(Suppl1):C1-6,C20173)RichCWLC3rd,CChiangCMF,CLumCFCetal:PerformanceCratesmeasuredintheAmericanAcademyofOphthalmol-(9)あたらしい眼科Vol.38,No.2,2021C125-略語集AAO:AmericanAcademyofOphthalmologyHIPAA:HealthInsurancePortabilityandAccountabilityActAMED:JapanAgencyforMedicalResearchandDevelopmentIRISregistry:IntelligentResearchinSightregistryCMS:CenterforMedicare&MedicaidServicesJOIregistry:JapanOcularImagingRegistryCPT:CurrentProceduralTerminologyMIPS:Merit-basedIncentivePaymentSystemEUREQUO:EuropeanRegistryofQualityOutcomesforP4P:payforperformanceCCataractandRefractiveSurgeryPQRI:PhysicianQualityReportingInitiativeprogramHER:ElectronicHealthRecordsPQRS:PhysicianQualityReportingSystemHCPCS:HealthcareCommonProcedureCodingSystemVM:PhysicianValueBasedPaymentModi.erprogramHHS:DepartmentofHealthandHumanServices