導涙機能を考慮した涙道閉塞手術LacrimalDuctObstructionSurgeryandTearClearance三谷亜里沙*鎌尾知行*はじめに涙道閉塞は涙小管閉塞(pre-saccalobstruction)と鼻涙管閉塞(post-saccalobstruction)に分けて考える必要がある.なぜなら両者は解剖学的構造や治療目的,治療法などさまざまな点で異なるためである.涙小管閉塞の治療法は,涙管チューブ挿入術,経皮的涙小管形成手術,結膜涙.鼻腔吻合術が代表的である.わが国では涙道内視鏡の開発により,ほとんどの症例が涙管チューブ挿入術で対応可能となった1).しかし,涙小管閉塞の重症例については,経皮的涙小管形成手術や結膜涙.鼻腔吻合術が必要な場合がある.一方,鼻涙管閉塞の治療法は涙.鼻腔吻合術(dacryo-cystorhinostomy:DCR)に代表されるバイパス手術と,涙管チューブ挿入術に代表される涙道再建手術に大別される.ゴールドスタンダードの治療法はDCRであるが,わが国では涙道内視鏡の改良・普及により涙管チューブ挿入術の治療適応が拡大し,治療成績の比較検討が行われるようになった.鼻涙管閉塞に対する治療成功率はDCRが90~99%2~4),近年の涙管チューブ挿入術が70~89.9%と報告されており1,5,6),涙道内視鏡を用いた涙管チューブ挿入術の開発により治療成績が向上している.ただし,導涙機能に焦点を当てて比較検討した報告はない.涙道再建手術は閉塞部位を開放するため,その流れは生理的に戻るが,涙道が再狭窄などをきたすと涙液の通過障害が残存することがある.また,バイパス手術は新たな通り道を作製するため,涙液は非生理的な流れとなり,導涙機能に変化が生じている可能性が考えられる.本稿では,導涙機構とその評価法について解説し,涙道閉塞治療後の涙液クリアランスについて述べる.I導涙機構導涙機構には,蒸発や角結膜からの吸収・浸透,重力,毛細管現象,涙道のポンプ作用,Krehbiel.owなどさまざまのものが関与しているが7),そのなかでもっとも重要な機構が涙道のポンプ作用と考えられている.そして涙道のポンプ作用のメカニズムは,柿崎らが提唱したtetracompartmenttheoryがもっとも支持されている8).これは涙小管と涙.がそれぞれ二つのコンパートメントに分かれて動くという考え方で,涙小管と涙.をそれぞれ二つに分けているものがHorner筋である.Horner筋は眼輪筋の深部にあたり,後涙.稜後方から起始し,前外方に走行し,眼輪筋瞼板前部に合流する(図1a,b).涙小管の外側4/5はHorner筋内を走行するが,内側1/5は筋外を走行する.そのため,涙小管の外側と内側で図1a,bのようにHorner筋の収縮弛緩により異なる動きを示す.すなわち,Horner筋により涙小管が二つのパートに分かれて動き,涙小管のポンプ作用を発揮する.涙.については,Horner筋に接している上半部と,接していない下半部に分かれる.上半部は涙小管の内側1/5と同じ動きを示す(図1a,b).一方,下半部の涙.*ArisaMitani&*TomoyukiKamao:愛媛大学大学院医学系研究科医学専攻器官・形態領域眼科学〔別刷請求先〕三谷亜里沙:〒791-0295愛媛県東温市志津川愛媛大学大学院医学系研究科医学専攻器官・形態領域眼科学0910-1810/21/\100/頁/JCOPY(59)59ace図1涙小管と涙.の解剖と瞬目に伴う動きa:涙小管と涙.上部の水平断図.開瞼時,つまり眼輪筋・Horner筋が弛緩している状態では涙小管の外側4/5は拡張する.一方,涙小管の内側1/5と涙.上部は,眼窩脂肪にHorner筋が後方から圧排されて縮小する.b:涙小管と涙.上部の水平断図.閉瞼時,つまり眼輪筋・Horner筋が収縮している状態では,涙小管の外側4/5はHorner筋に圧排され収縮する.一方,Horner筋の筋腹が後方に偏位することで,涙小管の内側1/5と涙.上部は拡張する.c:涙.下部の水平断図.開瞼時には眼輪筋が弛緩し,眼輪筋や眼窩脂肪が前方に偏位し,眼窩内圧の低下により涙.は外側に拡張する.d:涙.下部の水平断図.閉瞼時には眼輪筋の収縮により前方から眼窩脂肪が圧排され,眼窩内圧の上昇による外側からの圧排により涙.は縮小する.e:開瞼時の涙小管と涙.の動き.眼輪筋・Horner筋が弛緩しているため,涙小管外側と涙.下部は拡張し,涙小管内側と涙.上部が収縮している.f:閉瞼時の涙小管と涙.の動き.眼輪筋・Horner筋が収縮しているため,涙小管外側と涙.下部は収縮し,涙小管内側と涙.上部が拡張している.(a,b:眼手術学3眼瞼・涙器I.涙器手術に必要な基礎知識1.涙液,涙道の解剖生理図22より改変引用,c~f:KakizakiH,etal:ThelacrimalcanaliculusandsacborderedbytheHorner’smuscleformthefunctionallacrimaldrainagesystem.Ophthalmology112:710-716,2005Figure4,6より改変引用)表1定量的導涙機能検査検査装置トレーサーC.uorophotometryC.uorophotometerC.uorescein造影CdynamicMRICMRIガドリニウムシンチグラフィCgammacamera放射性同位体PMMA検査細隙灯顕微鏡PMMA粒子前眼部COCT検査前眼部COCT生食/ムコスタa前眼部OCT撮影生食5μl点眼涙液メニスカス面積(TMA)涙液メニスカス高(TMH)b0.80.60.40.20点眼前0秒30秒1分2分3分4分5分時間TMH高(mm)図2前眼部OCTを用いた涙液クリアランス検査a:マイクロピペットを用いてC5Cμlの生理食塩水を下眼瞼結膜.に点眼する.前眼部COCT(CASIASS-1000,トーメーコーポレーション)を用いて,自然瞬目による下眼瞼の涙液メニスカス高(TMH)と涙液メニスカス面積(TMA)を経時的に計測する.Cb:正常者におけるTMHの経時変化.縦軸がCTMHの高さ,横軸が時間経過を示す.測定ポイントは点眼前と点眼直後(0秒),30秒後,1,2,3,4,5分後までのC8ポイントである.生食点眼直後に上昇したCTMHは,最初のC30秒間で急激に低下し,約C3分でベースラインに戻っている.Grade1Grade2Grade3図3涙小管閉塞の重症度分類(矢部・鈴木分類)涙管通水検査にて上下交通が認められる総涙小管閉塞はCGrade1,上下交通が認められず,閉塞部までの距離が涙点から7~8Cmm以上であればCGrade2,閉塞部までの距離が涙点から7~8Cmm未満の場合はCGrade3に分類される.正常者涙管チューブ挿入術結膜涙.鼻腔吻合術aGrade1bGrade2,3図4当院における涙小管閉塞の重症度別涙管チューブ挿入術治療成績当院で涙小管閉塞に対して涙道内視鏡併用涙管チューブ挿入術を行い,涙管チューブ抜去後半年以上経過観察可能であった症例を対象とした.Ca:Grade1の治療成功率はC95.4%(151側中C144側).b:Grade2およびGrade3の治療成功率はC69.8%(43側中C30側).TMH高(mm)0.80.60.40.20点眼前0秒30秒1分2分3分4分5分時間図5涙小管閉塞治療後のOCT涙液クリアランス検査正常者,涙小管閉塞に対する涙管チューブ挿入術治療後,または結膜涙.鼻腔吻合術後のCTMHの経時変化を示す.結膜涙.鼻腔吻合術後群は正常者群や涙管チューブ挿入術後群と比較して,点眼前と点眼C30秒以降で統計学的に有意にCTMHが高い.*:p<0.05(Tukey-Kramertest)図6結膜涙.鼻腔吻合術LesterJonestubeはパイレックスまたは硬質ガラス製のステントである.両端につばがあり,片端が涙湖に,もう片端が涙.や鼻粘膜に固定されることで落下や脱落を防止している.日本では本ステントが認可されておらず,個々で作製するか,米国より個人輸入する必要がある.aDCR後b涙管チューブ挿入術後G110.5%G22.8%正常者涙管チューブ挿入術DCRTMH高(mm)0.60.40.2時間図7鼻涙管閉塞治療後のOCT涙液クリアランス検査正常者,鼻涙管閉塞に対する涙管チューブ挿入術治療後,または涙.鼻腔吻合術後(DCR)症例のCTMHの経時変化を示す.正常者群と涙管チューブ挿入術後群はほぼ同じ動態を示す.DCR後群も統計学的に有意な差はなかった.(Tukey-Kramertest)図8鼻涙管閉塞治療後の涙道通過障害の割合涙管通水検査時の逆流量により,逆流なし,全注入量の内C50%未満が逆流してくるものをCGrade1(G1),全注入量の内C50%以上が逆流するものをCGrade2(G2)と分類した.当院で鼻涙管閉塞に対してCDCRまたは涙道内視鏡併用涙管チューブ挿入術を行い,涙管チューブ抜去後半年以上経過観察可能であった症例の最終診察時の涙管通水検査結果を示す.a:DCR後C19側.Cb:涙管チューブ挿入術後C36側.点眼前0秒30秒1分2分3分4分5分逆流なし逆流あり0.60.40.20.0TMH高(mm)点眼前0秒30秒1分2分3分4分5分時間図9涙管通水検査の逆流の有無によるOCT涙液クリアランス検査の比較当院で鼻涙管閉塞に対して涙道内視鏡併用涙管チューブ挿入術治療を行い,涙管チューブ抜去後半年以上経過観察可能であった症例を対象とした.涙管通水検査の逆流の有無によりCOCT涙液クリアランス結果を比較すると,逆流なし群と比較してCGrade1以上の逆流を有する群は,点眼前と点眼C30秒以降で有意にCTMHが高い.*:p<0.05(Student’st-test)-’C