軽度円錐角膜に対する屈折矯正RefractiveCorrectioninMildKeratoconus島﨑潤*はじめに円錐角膜の検査・診断はこの10年余りの間に大きな進歩を遂げた.その結果,より早期に正確な診断が可能となり,その自然経過に関する理解も進んだ.さらに治療面でも数多くの新しい方法が開発され,患者の年齢や進行度,ライフスタイルに合わせた治療を選択する時代に入ってきている.本稿では,とくに軽度の円錐角膜患者に対する治療法と屈折に与える影響について述べる.I円錐角膜は重度になる前に介入するべき円錐角膜の治療手段が増えたとはいえ,重症例に対する治療法は限られている.ハードコンタクトレンズ(hardcontactlens:HCL)による矯正は進歩したが,最重症例ではいまでも角膜移植が唯一の治療法となることも少なくない(図1).角膜移植による治療法も,深層層状角膜移植の術式改良やフェムトセカンドレーザーの応用などで進歩しているが,できる限りこの「最後の手段」を使わずにすむように対処することが重要である.また,HCLもデザインの改良や角膜トポグラフィの結果を取り入れたフィッティング,ピギーバック法や強膜レンズの使用などの進歩があった.しかしながら,中等度以上の円錐角膜でのコンタクトレンズ使用は,異物感やレンズのずれ・脱落,角膜形状の変化に伴う頻繁なレンズ交換や紛失に伴う費用負担などにより,患者の生活の質(qualityoflife:QOL)を損なっており,こうした面でも疾患の進行抑制が重要となる.II円錐角膜の進行停止かつて円錐角膜は,「30歳をすぎると進行しない」といわれていた.しかしながら,主として検査機器の進歩により,一部の患者では30歳代以降になっても進行することがわかってきた.図2は大阪大学のグループによる円錐角膜の角膜曲率の自然経過のデータであるが,30歳代以降も進行(グラフでは右肩下がりで示される)する例が少なくないことがわかる1).グラフでの+印は,急性水腫を起こした症例である.急性水腫を起こすと,実質瘢痕のために視力回復が妨げられる例があり,また角膜移植を行う際も全層角膜移植に限定されるため,この合併症を起こさないような介入が望ましい.III円錐角膜進行予防策:角膜クロスリンキング現在までのところ,円錐角膜の進行を効果的に抑制することが証明されているのは,角膜クロスリンキング(cornealcrosslinkng:CXL)のみである.以前は,HCL(とくにフラットに処方したもの)やあとに述べる角膜内リング(intracornealringsegment:ICRS)も進行抑制効果がある可能性を指摘されていたが,現状これらは角膜形状の変化はもたらすものの,進行そのものを抑制する効果については否定的に考えられている.CXLは,角膜にリボフラビンを点眼したのちに,長波長紫外線を照射することにより光化学反応を起こして*JunShimazaki:東京歯科大学市川総合病院眼科〔別刷請求先〕島﨑潤:〒272-8513市川市菅野5-11-13東京歯科大学市川総合病院眼科0910-1810/20/\100/頁/JCOPY(47)1511角膜前面のBFS軽症87651020304050Age[years]607080[mm]重症図2円錐角膜の年齢別進行Y軸で下方にいくほど重症度が増していることを示す.(文献1より引用)図1円錐角膜の重症度別治療法の概念2020kmax0kmax10kmin0kmin10kapex0kapex10beforeCXL10yearsafterCXL0図3角膜クロスリンキング(標準法)10年間の角膜曲率および乱視度数の変化(文献6より引用)80108MeanvalueinD606404り,照射時間を短縮した方法が高速照射法である3).ただし,CXLでは酸素を消費するので,紫外線強度をC45.0CmW/cm2以上にすると架橋効果が低下する.Cc.経上皮照射法(transepithelialCXL)上皮を掻爬しないで行うCCXLである.リボフラビン点眼液に,塩化ベンザルコニウムやエチレンジアミン四酢酸(ethylenediaminetetraaceticacid:EDTA)などで上皮細胞間タイトジャンクションを弱めることでリボフラビンを実質に浸透させる4).標準法に比べて,術後の痛みが少ない,感染症の頻度が低いといった利点がある.Cd.カスタム照射法円錐角膜の角膜形状に合わせて,もっとも突出している部分に強く紫外線を照射し,その周辺に強度を弱めた紫外線を照射することで,突出部分を平坦にする試みである5).CXLに屈折矯正効果をもたせることを期待させる治療であるが,まだデータが少なく評価は定まっていない.C2.CXLは効果があるのかこれまでの数多くの報告から,少なくとも標準法においては円錐角膜の進行抑制効果が十分にあることが示されている.メタアナリシスを含むほぼすべての報告で,CXLの施行後,90%以上の症例で円錐角膜の進行が停止したとされている.近年発表されたC10年間の長期成績でも,90%以上の症例で円錐角膜の進行停止が認められ,再照射を要したものはC2眼(5.9%)であった6).年齢の若いもの,アトピー性皮膚炎を伴うもの,頻繁に眼をこする例ではCCXL施行後も進行が認められるとした報告が多い.しかし,エビデンスはないものの,こうした症例でもCCXLを施行しなかった場合と比べると進行の抑制が得られた可能性が高い.わが国ではCKatoらが行った日本人の円錐角膜症例における臨床研究で,CXLはC90%以上の症例で円錐角膜の進行を停止させていた7).高速照射法と経上皮照射法についても,一部の報告で標準法より効果が低いという報告はあるものの,大半の症例で進行抑制効果があることが示されている8.11).3.CXLの屈折矯正効果CXLの目的の第一は,その進行を抑制することにあるが,程度は少ないながら角膜の平坦化が得られる.ほとんどの報告では,裸眼視力,矯正視力の改善も認められた(図3).この結果は,歴史の長い標準法では明らかであり,高速法や経上皮照射法ではやや程度が軽いことを示唆する報告もあるが,ある程度の屈折矯正効果(遠視化,乱視軽減)が得られることが示されている6.12).C4.CXLは安全なのかCXLでは,重篤な合併症を生じることはまれであると示されている.CXLで起こりうる合併症を表1に示す.術直後は,上皮障害に伴う感染のリスクに気をつける必要がある.疼痛に対して治療用ソフトコンタクトレンズを装用させることが多いが,まれに上皮欠損の遷延が生じる.術後C1.2週間後に角膜実質の炎症細胞浸潤がみられることがある.治療はステロイド点眼の増量で大半の例で対応可能である.術後C1.3カ月では実質のびまん性混濁(haze)やCdemarcationline(架橋された表層から中層の角膜実質とされていない深層の実質との境界線の発生)などが発生する.時間の経過とともに自然治癒することが知られており,視機能にはほとんど影響しないことが多い.そのほか,頻度の低い合併症としては,術後上皮再生遅延,感染,非感染性角膜浸潤,遅発性実質瘢痕,持続性平坦化などが報告されているが,全体として術後に視機能を大きく損なうような重篤な合併症の発生はまれであり,安全な治療といえる.C5.CXLの治療における位置づけ従来,制御することができなかった円錐角膜の進行をCXLで抑制できるようになった意義は大きい.CXLはこれまで世界で数C10万件以上行われており,その効果と安全性は立証されたといえる.現在では,進行性円錐角膜の標準治療と位置づけられ,将来の角膜移植への移行を防ぐことで患者のCQOLや医療経済的にも改善をもたらすと考えられている13,14).一方で,屈折矯正手段としてはCCXLの効果は限定的であり,次項以降の屈折矯正法と組み合わせることで,安全性を高めつつ矯正効果(49)あたらしい眼科Vol.37,No.12,2020C1513表1角膜クロスリンキングの合併症発症時期合併症頻度特徴治療術後早期(数日.1週間)上皮治癒遅延まれ遷延性の上皮欠損治療用コンタクトレンズドライアイ治療感染(細菌・真菌性)まれ強い毛様充血・前房内炎症,細胞浸潤感受性のある抗菌薬投与無菌性炎症7.6%上皮掻爬縁に沿った白っぽい上皮下細胞浸潤毛様充血は感染より弱いステロイド点眼・全身投与術後1.3カ月CHazeCDemarcationlineほぼ全例浅層.中層の角膜実質に微細な混濁Hazeのある層と透明な深層との間の境界線3.6カ月で自然治癒術後C6カ月以降実質深層混濁3.0%中央.傍中央部の実質深層に混濁と平坦化術後C1年以降持続性平坦化不明術後角膜形状が平坦化し続ける.C5年以上経っても平坦化が持続する症例もある表2角膜内リングの種類IntacsCIntacsSKC*Keraringメーカーと所在国AdditionTechnology社(米国)AdditionTechnology社(米国)Mediphacos社(ブラジル)長さ(弧の角度)C150°C150°90.3C40°断面形状六角形楕円形三角形厚み0.25.C0.45Cmm0.25.C0.45Cmm0.15.C0.35Cmm中心からの距離(内径)C6.77CmmC6.0Cmm5.0.6C.0Cmm中心からの距離(外径)C8.10CmmC7.30CmmCNA*FerraraRing(AJLOphthalmic社)と同規格.図4ICRS術後の前眼部写真図5円錐角膜に対する有水晶体眼内レンズ挿入の等価球面度数と乱視度数の経時的変化(文献C24より引用)通常の近視眼とあまり違いがなく良好であった.さらに,.1.50Dを超える近視,および+1.0Dを超える遠視になった例はなく,屈折の安定性もきわめて良好であった(図5).これらのことより,円錐角膜に対する有水晶体眼内レンズの挿入は,屈折矯正手段として有用で安全あることが示めされたと考えられる.ただし,非進行性であることの見きわめが重要であることは間違いなく,また収差に関連する視機能の不良は解決されないことには留意が必要である.文献1)FujimotoH,MaedaN,ShintaniAetal:Quantitativeeval-uationCofCtheCnaturalCprogressionCofCkeratoconusCusingCthree-dimensionalCopticalCcoherenceCtomography.CInvestOphthalmolVisSci57:OCT169-OCT175,C20162)WollensakG,SpoerlE,SeilerT:Ribo.avin/ultraviolet-a-inducedcollagencrosslinkingforthetreatmentofkerato-conus.AmJOphthalmol135:620-627,C20033)GatzioufasZ,RichozO,BrugnoliEetal:Safetypro.leofhigh-.uencecornealcollagencross-linkingforprogressivekeratoconus:preliminaryCresultsCfromCaCprospectiveCcohortstudy.JRefractSurg29:846-848,C20134)DaxerCA,CMahmoudCHA,CVenkateswaranRS:CornealCcrosslinkingandvisualrehabilitationinkeratoconusinoneCsessionCwithoutCepithelialdebridement:newCtechnique.CCornea29:1176-1179,C20105)SeilerTG,FischingerI,KollerTetal:Customizedcorne-alcross-linking:one-yearCresults.CAmCJCOphthalmolC166:14-21,C20166)RaiskupCF,CTheuringCA,CPillunatCLECetal:CornealCcolla-gencrosslinkingwithribo.avinandultraviolet-Alightinprogressivekeratoconus:ten-yearCresults.CJCCataractCRefractSurg41:41-46,C20157)KatoCN,CKonomiCK,CShinzawaCMCetal:CornealCcrosslink-ingCforCkeratoconusCinJapaneseCpopulations:oneCyearCoutcomesCandCaCcomparisonCbetweenCconventionalCandCacceleratedCprocedures.CJpnCJCOphthalmolC62:560-567,C20188)KobashiCH,CTsubotaK:AcceleratedCversusCstandardCcor-nealCcross-linkingCforCprogressivekeratoconus:aCmeta-analysisCofCrandomizedCcontrolledCtrials.CCorneaC39:172-180,C20209)ShajariCM,CKolbCCM,CAghaCBCetal:ComparisonCofCstan-dardCandCacceleratedCcornealCcross-linkingCforCtheCtreat-mentCofkeratoconus:aCmeta-analysis.CActaCOphthalmolC97:e22-e35,C201910)ZhangCX,CZhaoCJ,CLiCMCetal:ConventionalCandCtransepi-thelialcornealcross-linkingforpatientswithkeratoconus.PLoSOne13:e0195105,C2018(53)11)ZiaeiCM,CVellaraCH,CGokulCACetal:ProspectiveC2-yearCstudyCofCacceleratedCpulsedCtransepithelialCcornealCcross-linkingCoutcomesCforCKeratoconus.Eye(Lond)C33:1897-1903,C201912)LiJ,JiP,LinX:E.cacyofcornealcollagencross-linkingfortreatmentofkeratoconus:ameta-analysisofrandom-izedcontrolledtrials.PLoSOne10:e0127079,C201513)GodefrooijCDA,CGansCR,CImhofCSMCetal:NationwideCreductionCinCtheCnumberCofCcornealCtransplantationsCforCkeratoconusfollowingtheimplementationofcross-linking.ActaOphthalmol94:675-678,C201614)LeungVC,PechlivanoglouP,ChewHFetal:CornealcolC-lagenCcross-linkingCinCtheCmanagementCofCkeratoconusCinCanada:aCcost-e.ectivenessCanalysis.COphthalmologyC124:1108-1119,C201715)ColinJ,CochenerB,SavaryGetal:Correctingkeratoco-nusCwithCintracornealCrings.CJCataractCRefractCSurgC26:C1117-1122,C200016)MiraftabM,HashemiH,HafeziFetal:Mid-termresultsofCaCsingleCintrastromalCcornealCringCsegmentCforCmildCtoCmoderateCprogressiveCkeratoconus.CCorneaC36:530-534,C201717)ZareCMA,CHashemiCH,CSalariMR:IntracornealCringCseg-mentCimplantationCforCtheCmanagementCofkeratoconus:CsafetyCandCe.cacy.CJCCataractCRefractCSurgC33:1886-1891,C200718)CoskunsevenE,KymionisGD,TsiklisNSetal:Complica-tionsCofCintrastromalCcornealCringCsegmentCimplantationCusingCaCfemtosecondClaserCforCchannelcreation:aCsurveyCofC850CeyesCwithCkeratoconus.CActaCOphthalmolC89:C54-57,C201119)日本眼科学会屈折矯正委員会:屈折矯正手術のガイドライン(第C7版).日眼会誌C123:167-169,C201920)AlfonsoCJF,CFernandez-VegaCL,CLisaCCCetal:CollagenCcopolymertoricposteriorchamberphakicintraocularlensinCeyesCwithCkeratoconus.CJCCataractCRefractCSurgC36:C906-916,C201021)AlfonsoCJF,CPalaciosCA,CMontes-MicoR:MyopicCphakicCSTAARcollamerposteriorchamberintraocularlensesforkeratoconus.JRefractSurg24:867-874,C200822)KatoCN,CTodaCI,CHori-KomaiCYCetal:PhakicCintraocularClensCforCkeratoconus.COphthalmologyC118:605-605,Ce602,C201123)SedaghatCM,CAnsari-AstanehCMR,CZarei-GhanavatiCMCetal:ArtisanCiris-supportedCphakicCIOLCimplantationCinCpatientswithkeratoconus:areviewof16eyes.JRefractSurg27:489-493,C210024)KamiyaCK,CShimizuCK,CKobashiCHCetal:Three-yearCfol-low-upofposteriorchambertoricphakicintraocularlensimplantationCforCtheCcorrectionCofChighCmyopicCastigma-tismineyeswithkeratoconus.BrJOphthalmol99:177-183,C2015あたらしい眼科Vol.37,No.12,2020C1517