生物製剤の点眼開発TheDevelopmentofBiologicalEyeDropTherapies鴨居功樹*はじめに生物製剤は抗体,ペプチド・蛋白質,遺伝子治療,核酸医薬,細胞製剤などを含み,全身領域では多くの疾患で画期的な治療効果をもたらしてきた.眼科領域でも近年,生物製剤を点眼薬として応用する試みが進展している.従来は,ドライアイや眼炎症などに対する人工涙液や免疫調節薬・低分子薬の点眼,眼感染症に対する抗菌薬/抗ウイルス薬の点眼,加齢黄斑変性(age-relatedCmaculardegeneration:AMD)に対する抗血管内皮増殖因子(vascularendothelialgrowthfactor:VEGF)抗体/融合蛋白質の硝子体内注射が標準であった.しかし,患者負担の軽減と非侵襲的治療へのニーズの高まりを受け,「点眼で投与可能な生物製剤」の開発が国内外で注目されている.点眼は前眼部病変に有効である一方,後眼部疾患に対しては生体利用率の低さや角膜/結膜/強膜バリアなど薬物動態上の制約が大きく,臨床実装の障壁となっている.本稿では,生物製剤を上記の広義概念として用い,点眼治療の現状と将来展望を概説し,克服戦略と安全性について論じる.CI生物製剤の種類と作用機序生物製剤は分子種(抗体,ペプチド・蛋白質,核酸医薬,遺伝子治療,細胞製剤)により作用機序が異なる.以下では,それぞれの概要と眼科疾患への応用を整理して概説する.抗体医薬(モノクローナル抗体,抗体フラグメントなど)は,標的となるサイトカインや成長因子を高い特異性で中和する.眼科では炎症性サイトカイン〔たとえば腫瘍壊死因子(tumorCnecrosisCfactoralpha:TNF-a)〕や血管新生因子(VEGF)を抑制することで炎症・新生血管を制御する.抗CTNF-a抗体フラグメントのリカミニリマブは,前部ぶどう膜炎に対して点眼で有効性を示したとの報告がある1).従来の全長抗体(分子量約150CkDa)は角膜を通過しにくいが,低分子量の単鎖抗体(single-chainvariable.fragment:scFv)などにすることで角膜透過性を高める工夫がなされている.ペプチド・蛋白質医薬は,生理活性ペプチドや成長因子,サイトカインなどを利用した製剤である.神経成長因子(nervegrowthfactor:NGF)やサイトカインを補充・刺激することで組織修復や神経再生を促す.眼科では角膜上皮や神経の再生を促す目的で応用され,代表例としてセネゲルミン(オクサーベート)があげられる.これはヒト遺伝子組み換えCNGF製剤であり,角膜知覚神経の障害による難治性角膜潰瘍(神経栄養性角膜症)を治癒に導く.オクサーベートは眼科領域で初めて承認された局所生物製剤であり,8週間の点眼療法で角膜上皮欠損の完全治癒をもたらし得る画期的治療薬である2).ほかにも創傷治癒ペプチドであるチモシンCb4を含む点眼薬(RGN-259)がドライアイや神経障害性角膜症で臨床試験中である3).核酸医薬(アンチセンス,siRNA,DNA/RNAアプタマーなど)は遺伝子発現を操作したり,標的蛋白質に*KojuKamoi:東京科学大学眼科学教室〔別刷請求先〕鴨居功樹:〒113-8519東京都文京区湯島C1-5-45東京科学大学眼科学教室(1)(57)C14210910-1810/25/\100/頁/JCOPY結合して働きを阻害する核酸分子である.たとえばRNAアプタマー(PEG化したCRNAオリゴヌクレオチド)はCVEGFに結合して失活させる作用をもち,すでにペガプタニブ(マクジェン)としてCAMDに導入された.眼科領域では,角膜や結膜における炎症性サイトカインの発現抑制や病的遺伝子変異のサイレンシングを狙ったCsiRNAやアンチセンスの点眼投与が研究されているが,核酸医薬は細胞膜透過性が低いため,ドラッグデリバリーシステム(drugCdeliveryCsystem:DDS)の助けなしに点眼のみで効果を発揮するのはむずかしく,現在はおもに注射投与が中心である.ただし,一部では核酸を封入したナノ粒子点眼や細胞膜透過ペプチド(cellpenetratingCpeptide:CPP)との複合体による送達技術が模索されている.遺伝子治療は,ウイルスベクターや遺伝子導入プラスミドを用いて標的細胞に新たな遺伝子を送り込み,治療効果を得るアプローチである.眼科では網膜ジストロフィに対するアデノ随伴ウイルスベクターを用いた遺伝子治療(たとえばルクスターナ注の網膜下注射)が実用化されているが,これは侵襲的手技である.点眼による遺伝子治療は技術的ハードルが高いものの,最近点眼型の遺伝子治療薬が難治性角膜疾患で劇的効果を示したケースも報告されている.米国ではCBeremageneCgeper-pavec(Vyjuvek)が単純ヘルペスウイルス(herpessim-plexvirus:HSV)-1ベクターを用いた皮膚用遺伝子治療薬として栄養障害型表皮水疱症(dystrophicCepider-molysisbullosa:DEB)に承認されており,DEBに起因する重度の眼表面瘢痕に対して術後に点眼投与した症例がCNewCEnglandCJournalCofMedicine(NEJM)で報告され,角膜上皮の治癒および視力改善が示された4).細胞治療は培養細胞や誘導細胞そのもの,あるいはそれらが産生するエクソソーム・サイトカインを利用する治療法である.眼科では角膜上皮幹細胞移植や培養角膜上皮シートなど移植医療が実践されているが,点眼への応用としては細胞培養上清や幹細胞由来エクソソームの点眼療法が注目されている.たとえば間葉系幹細胞(mesenchymalstemcell:MSC)のコンディショニング培地(細胞が放出した成長因子やサイトカインを含む上清)を点眼投与することで,ドライアイモデルで角膜バリア機能が改善し上皮障害が軽快することが報告された.この効果はトランスフォーミング増殖因子(transC-formingCgrowthfactor:TGF)C-bおよびCJAK-STAT経路の関与が示唆される5).また,幹細胞由来エクソソームの点眼は,ドライアイに対する小規模ランダム化試験で安全性と有効性が確認されている6).以上のように,生物製剤はそれぞれ異なるメカニズムで眼科疾患にアプローチする.抗体は病的因子の中和,ペプチドは組織修復促進,核酸は遺伝子発現制御,遺伝子治療は根本原因への介入,細胞治療は多面的な再生促進といった特徴がある(表1).CII点眼用生物製剤の疾患別の開発状況現在,点眼投与可能な生物製剤の研究開発は眼表から眼底まで幅広い疾患を対象に世界中で進められている.以下,おもな疾患領域ごとに開発状況を概観する.C1.眼表疾患ドライアイや角膜上皮障害では,組織修復や涙液補充を目的とした生物製剤が開発されている.代表的なのが前述のセネゲルミン(NGF製剤)であり,欧米では神経栄養性角膜症の治療薬として実用化されている2)ドライアイに対してはチモシンCb4点眼薬(RGN-259)の第CIII相試験が進行中であり,速やかな角膜上皮治癒や症状改善が示唆されている3)が,一部試験では主要評価項目未達も報告されている.角膜上皮障害(難治性角膜潰瘍,遷延性上皮欠損など)に対しては,生物製剤の活躍が顕著である.既述のCNGF製剤,チモシンCb4製剤に加え,dHGF(oremeperminalfa)点眼CCSB-001が神経栄養性角膜症(stage2.3)に対して開発中である.アレルギー性結膜炎領域では,点眼型の生物学的製剤はまだ限られるが,抗体断片の点眼による抗原中和などの局所免疫調節が動物で実証されている(例:スギ花粉アレルゲンCCryCj1特異的CFabの点眼で炎症抑制).一方で,免疫グロブリンCE(immunoglobulinE:IgE)や胸腺間質性リンホポエチン(thymicstromallymphopoi-etin:TSLP),インターロイキン(interleukin:IL)-5,IL-4/IL-13などのサイトカイン軸は病態の中心であり,1422あたらしい眼科Vol.42,No.11,2025(58)表1点眼用生物製剤製剤分類標的/作用おもな対象CLicaminlimab抗体医薬(抗CTNFCa抗体断片)抗炎症急性前部ぶどう膜炎細胞侵入ペプチド(CPP)結合抗CVEGF点眼抗体医薬(抗体×CPP)後眼部送達/抗脈絡膜新生血管加齢黄斑変性CCenegerminペプチド・蛋白質(神経成長因子)神経栄養・上皮治癒促進神経栄養性角膜症(NK)CThymosinb4ペプチド・蛋白質(ペプチド)上皮治癒・抗炎症ドライアイ/NK多機能ペプチドペプチド・蛋白質(メラニン結合+CPP)メラニン組織デポ化/持続化視神経保護などCBeremagenegeperpavec遺伝子治療(HSV-1ベクター)COL7A1遺伝子導入→CVII型コラーゲン発現/上皮治癒促進栄養障害型表皮水疱症関連眼表障害間葉系幹細胞(MSC)コンディショニング培地細胞治療(生体由来上清)多因子(TGF-b/JAK-STAT関与)ドライアイ間葉系幹細胞(MSC)由来エクソソーム細胞治療(細胞外小胞)多因子ドライアイ抗体医薬ペプチド/蛋白質遺伝子治療細胞治療細胞侵入ペプチド-抗VEGF多能ペプチド(HR97)HSV(Ber間葉系幹細胞コンディショニング培地TNF-a単鎖抗体(Licaminlimab)-1ベクターemagenegeperpavec)間葉系幹細胞由来エクソソーム神経成長因子(Thymosinb)神経成長因子(Cenegermin)前臨床第Ⅰ/Ⅱ相第Ⅲ相承認図1点眼用生物製剤の開発状況表2後眼部送達と持続化のおもな戦略戦略作用概念長所おもな課題CPP結合抗体角膜バリア通過→網膜到達,抗新生血管活性非侵襲・分子拡張性安全域・用量域の確立反復投与時免疫反応メラニン結合ペプチド/低分子毛様体やCRPEのメラニンへドラッグデポ→作用持続用量頻度低減,持続化個体差(メラニン量)長期安全性イオントフォレーシス微弱電流で角膜/強膜通過促進手技で透過制御網膜到達は限定的装置依存コンタクトレンズ型/留置デバイス眼表に留置し長時間放出患者操作で持続化装用快適性アドヒアランスinsituゲル/カチオン性エマルション滞留延長・放出制御製剤で簡便に持続化後眼部到達は限定的VI将来の展望と新技術生物製剤の点眼開発における将来展望として,近年のキーワードはCDDS技術の進化とCAI活用である.C1.DDS技術の進化ナノテクノロジーの進歩により,これまで到達がむずかしかった眼内へ薬剤を非侵襲的に届ける試みが加速している.リポソーム,ナノ粒子,ナノゲル,エマルション等の各種ナノキャリアは,滞留時間の延長・角膜透過性の改善・持続放出化に有用であり,眼科応用に関する報告が相次いでいる.前述のCCPPやメラニン結合ペプチドもCDDSの一種である.さらに,持続性デリバリーの観点では,埋め込み型デバイスを用いる代わりに点眼薬自体で持続効果を生む工夫(点眼薬中でのドラッグデポ形成など)が研究されており,メラニン結合性ペプチドや低分子を利用して毛様体やCRPEのメラニンへ薬剤をデポし作用持続を得るアプローチが報告されている18).将来的には「貼る点眼薬」のようなデバイス,すなわちコンタクトレンズ型のドラッグデリバリーや眼表留置デバイスも登場し,患者自身が貼付・点眼することで半減期の短い生物製剤を長時間作用させるプラットフォームとして有望視される.C2.AI活用創薬の分野ではCAIが活躍し始めているが,眼科における生物製剤でも例外ではない.AIは標的分子の探索から分子デザイン,最適製剤処方に至るまで幅広く応用可能である.実際に,前述の多機能ペプチドCHR97は機械学習アルゴリズムで設計され,細胞侵入能・メラニン結合性・低毒性を兼ね備える配列が同定された18).このような「創薬C×AI」の成功例は今後増えていくと予想され,より安定で浸透性の高い抗体断片や分解酵素に強い改変蛋白質の設計にCAIが活用されるであろう.また,インシリコシミュレーションも強力なツールであり,眼球内の薬物動態を計算モデルで予測し,最適な点眼間隔や濃度を導出する試みも報告されている29).これにより,臨床試験前に有望な処方や投与レジメンを合理的に絞り込むことが可能となる.おわりに生物製剤の点眼開発は,多様なカテゴリーのバイオ医薬品を眼科領域へと誘導する最先端の試みである.すでに実装されたCNGF点眼薬に続き,複数の候補が開発の後期段階にある.薬物動態・安定性・免疫学的課題など困難も多いものの,DDS技術やCAIの力を借りてその壁は着実に破られつつある.国内外の協調と競争のもと,今後ますます革新的な点眼治療が生まれるであろう.眼科領域における生物製剤点眼療法の発展に,今後も注目したい.文献1)PasqualiCTA,CToyosCMM,CAbramsCDBCetal:TopicalCocu-larCanti-tnfalphaCagentClicaminlimabCinCtheCtreatmentCofCacuteCanterioruveitis:aCrandomizedCphaseCiiCpilotCstudy.CTranslVisSciTechnolC11:14,C20222)BakrM,EleiwaTK,SaeedHNetal:TopicalcenegerminforpediatricCneurotrophicCkeratopathy:aCreviewCofCtheCliteratureCandCsystematicCreview.CCornea2025:doi:C10.1097/ICO.0000000000003960Onlineaheadofprint3)SosneCG,CKleinmanCHK,CSpringsCCCetal:0.1%CRGN-259(Thymosinss4)ophthalmicsolutionpromoteshealingandimprovescomfortinneurotrophickeratopathypatientsinarandomized,placebo-controlled,double-maskedphaseiiiclinicaltrial.IntJMolSciC24:554,C20224)TovarCVetencourtCA,CSayed-AhmedCI,CGomezCJCetal:COcularCgeneCtherapyCinCaCpatientCwithCdystrophicCepider-molysisbullosa.NEnglJMedC390:530-535,C20245)ImaizumiCT,CHayashiCR,CKudoCYCetal:OcularCinstillationCofCconditionedCmediumCfromCmesenchymalCstemCcellsCisCe.ectivefordryeyesyndromebyimprovingcornealbar-rierfunction.SciRep13:13100,C20236)HabibiA,KhosraviA,SoleimaniMetal:E.cacyoftopi-calCmesenchymalCstemCcellCexosomeCinCSjogren’sCsyn-drome-relatedCdryeye:aCrandomizedCclinicalCtrial.CBMCCOphthalmolC25:299,C20257)MizutaniN,NabeT,YoshinoS:TopicaloculartreatmentwithCmonoclonalCantibodyCFabCfragmentsCtargetingCJapa-neseCcedarCpollenCCryCjC1CinhibitsCJapaneseCcedarCpollen-inducedCallergicCconjunctivitisCinCmice.CEurCJCPharmacolC798:105-112,C20178)LambiaseCA,CAloeCL,CCentofantiCMCetal:ExperimentalCandCclinicalCevidenceCofCneuroprotectionCbyCnerveCgrowthCfactorCeyedrops:ImplicationsCforCglaucoma.CProcCNatlCAcadSciUSAC106:13469-13474.C20099)KimCHM,CWooSJ:OcularCdrugCdeliveryCtoCtheretina:CcurrentCinnovationsCandCfutureCperspectives.CPharmaceu-tics13:108,C20211426あたらしい眼科Vol.42,No.11,2025(62)–