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硝子体手術のワンポイントアドバイス:253.糖尿病黄斑浮腫と MacTel type 2(中級編)

2024年6月30日 日曜日

253糖尿病黄斑浮腫とMacTeltype2(中級編)池田恒彦大阪回生病院眼科●はじめに黄斑部毛細血管拡張症C2型(macularCtelangiectasisCtype2:MacTeltype2)は,黄斑色素の消失,傍中心窩の毛細血管拡張,ellipsoidzoneの欠損,網膜の肥厚を伴わない網膜内の空洞所見などを特徴とする疾患である.OCT所見で観察される網膜内の空洞所見は,糖尿病黄斑浮腫(diabeticCmacularedema:DME)などの黄斑浮腫との鑑別を要する.MacTeltype2と糖尿病網膜症(diabeticretinopathy:DR)は,それぞれ異なる臨床的特徴をもつ眼疾患であるが,いくつかの類似点があり,その合併例も多いことが報告されている1).C●症例提示67歳,男性.以前よりコントロール不良の糖尿病を指摘され,HbA1cはC9%程度で推移していた.最近,右眼の変視症を自覚して来院した.眼底検査では後極から中間周辺部に毛細血管瘤と散在性の小出血をわずかに認めた.OCTでは網膜肥厚を伴わない傍中心窩の空洞形成を認め,その大きさは時間の経過とともにやや拡大してきた(図1).フルオレセイン蛍光造影検査では黄斑部に目立った漏出を認めなかった(図2).矯正視力はCab0.9であった.他院でCDMEを疑われ,ステロイドのTenon.下注射を受けたが,軽快しなかった.OCT所見からCDRに合併したCMacTelCtype2と診断し経過観察することにした.C●MacTeltype2と糖尿病黄斑浮腫の鑑別両疾患とも発症にCMuller細胞の関与が指摘されており,MacTeltype2はCMuller細胞の枯渇による神経変性疾患とする説が最近は有力である2).筆者らはサル眼を用いた免疫組織学的検討により,中心窩の未分化な細胞群のうち,fovealslopeに存在する未分化なCMuller細胞のアポトーシスがCMacTelCtype2の本態ではないかと考えている3).アポトーシスによる組織欠損はCapop-toticCvolumedecreaseといわれ4),容積の増加を伴わないので通常のCDMEとは異なり網膜厚の増加を伴わない空洞形成をきたすと考えられる.DRでこのような空洞形成を中心窩に認めた場合には,MacTeltype2の可能性を考え,抗CVEGF療法や硝子体手術の効果は得られにくいという認識をもつ必要がある.文献1)vanRomundeSHM,vanderSommenCM,MartinezCiria-noJPetal:Prevalenceandseverityofdiabeticretinopa-thyCinCpatientsCwithCmacularCtelangiectasiaCtypeC2.COph-thalmolRetinaC5:999-1004,C20212)PownerMB,GilliesMC,TretiachMetal:PerifovealMul-lerCcellCdepletionCinCaCcaseCofCmacularCtelangiectasiaCtypeC2.OphthalmologyC117:2407-2416,C20103)池田恒彦,中村公俊,奥英弘ほか:網膜硝子体疾患の病態解明臨床の素朴な疑問を出発点として.日眼会誌C126:C254-297,C20224)OkadaCY,CMaenoCE,CShimizuCTCetal:Receptor-mediatedcontrolofregulatoryvolumedecrease(RVD)andapoptot-icCvolumedecrease(AVD).CJCPhysiolC532(Pt1):3-16,2001C図2提示例のフルオレセイン蛍光造影写真黄斑部にめだった漏出は認めなかった.図1提示例のOCT所見網膜肥厚を伴わない傍中心窩の空洞形成を認め(a),その大きさは時間の経過とともに拡大した(b).(89)あたらしい眼科Vol.41,No.6,20246930910-1810/24/\100/頁/JCOPY

考える手術:30.線維柱帯切開術の変遷と合併症

2024年6月30日 日曜日

考える手術.監修松井良諭・奥村直毅線維柱帯切開術の変遷と合併症細田進悟独立行政法人国立病院機構埼玉病院眼科線維柱帯切開術の歴史は古く,1960年代にSmith,Burianらが報告したのが始まりといわれている.それは角膜輪部の小切開からSchlemm管を同定してナイロン糸を挿入し,一部の線維柱帯を切開する方法であったが,現在の技術をもってしても非常に難度の高い術式といえる.その後,Mcphersonらにより強膜弁作製と金属製のトラベクロトームにより線維柱帯を切開する術式が確立され,広く普及するに至った.さらなる眼圧下降効果が期待される術式として,従来の金属トラベクロトームの代わりに先端を熱加工した5-0ナイロン糸するべく,ナイロン糸を眼内からSchlemm管内に挿入し全周の線維柱帯を切開する360°スーチャートラベクロトミー眼内法が発表され,さらに簡便な術式としてナイロン糸ではなくマイクロフックで眼内から線維柱帯を切開するマイクロフックトラベクロトミーが谷戸らにより発表された.線維柱帯切開術はより効果が高く,より侵襲の少ない術式をめざして進歩してきたが,どの術式が最適解となりえるのか,どの症例にどの術式が適応となるのかを考えて選択することが大切である.聞き手:術式選択のコツを教えてください.う.このことから360°スーチャートラベクロトミー眼細田:それぞれの術式の特徴を表1に示しましたので見内法とマイクロフックトラベクロトミーは非常に優れたてみましょう.まずは眼圧下降効果についてですが,既術式となります.しかし,これらの術式では角膜上に隅報では線維柱帯の切開範囲が広いほど,眼圧下降効果が角鏡を載せて前房内操作をすることが前提となりますの高い傾向が示されています.ですが,何度の範囲を切開で,角膜透見性の悪い症例では眼外法がよい適応になるするのが最適なのかは決着がついていません.180°以上こともあります.総合的に考えると,①低侵襲かつ操作の線維柱帯を切開すれば高い眼圧下降効果が期待されまが簡便,②切開範囲を自分で決められて眼圧下降効果がすので,できる限り広い範囲を切開するのは正しいとい期待できる,という利点から,マイクロフックトラベクえると思われます.次に結膜や強膜への侵襲についてでロトミーが優れていると考えられます.私の病院では,す.これは眼内法が圧倒的に優れているといえるでしょ鼻側耳側下方の線維柱帯を切開することで最大限の眼圧(87)あたらしい眼科Vol.41,No.6,20246910910-1810/24/\100/頁/JCOPY考える手術表1線維柱帯切開術の比較眼圧下降効果結膜侵襲合併症習得の難易度金属ロトーム△×△△360°眼外法〇×××360°眼内法〇〇△×マイクロフック△.〇〇〇〇下降効果を狙い,かつ上方の線維柱帯を切開しないことで上方からの出血の垂れ込みを防ぐという意味で,270°マイクロフックトラベクロトミー眼内法を多く選択しております.270°以上の切開が必要であったり,広範囲な周辺虹彩前癒着があったりする場合は360°スーチャートラベクロトミー眼内法を選択する場合もあります.聞き手:ナイロン糸とフックの違いはなんでしょうか?細田:ナイロン糸を前房内や眼外から正確にSchlemm管に挿入する操作は非常に難度が高く,熟練した技術を要します.それに比べてマイクロフックでは線維柱帯を直接視認しながら切開するので,簡便かつ安全性の高い手技といえます.マイクロフックの落とし穴としては,初心者にありがちですが,フックをSchlemm管の後壁に押しつけてしまうことです.これにより集合管を傷つけて出血させるリスクが高くなります.この点ではナイロン糸は集合管を傷つける可能性は低いと考えられます.また,強固な周辺虹彩前癒着がある場合はフックが進まなくなったり出血したりすることがありますが,ナイロン糸であればSchlemm管内からペーパーナイフの要領で線維柱帯とともに虹彩の癒着部位をスムーズに切開することが可能です.聞き手:合併症はないのでしょうか?細田:もちろんあります.眼外法の場合は早期穿孔を起こすとSchlemm管内に金属ロトームやナイロン糸を正確に挿入することがきわめて困難となります.スーチャートラベクロトミーの場合は眼外法であっても眼内法であってもナイロン糸の先端を常に視認できるわけではないため,ナイロン糸がSchlemm管から別の組織(多くは脈絡膜下腔)に迷入してしまうこともあります.ナイロン糸がSchlemm管内を通っている場合は適度な抵抗があるのですが,その抵抗がスッと抜けた場合は要注意です.それ以上ナイロン糸を進めないようにして先端の位置を確認し,危険であれば糸を抜くか,狙った切692あたらしい眼科Vol.41,No.6,2024開範囲でなくとも一部の線維柱帯切開に留めることがあります.線維柱帯切開術共通の合併症としては,術後の一過性眼圧上昇があげられます.おおむね術後1カ月以内に眼圧が急上昇することが一定の割合でみられます.多くの場合は点眼や内服などの保存的治療で速やかに眼圧下降が得られる場合が多いですが,眼圧上昇の程度や期間によっては視野欠損が悪化する場合もあるので要注意です.術後はこまめに経過観察することが大事だといえるでしょう.線維柱帯切開術の最多の合併症は前房出血です.術後の前房出血を少なくするコツとしては,手術終了時に創口からの水の漏れを徹底的に止め,眼圧をかなり上げた状態にすることです.それでも前房出血をゼロにすることは困難で,ときには瞳孔領を越えるほどの大量の前房出血を経験することもあります.出血の吸収が遅い場合や眼圧が上昇した場合は再手術が必要となります.硝子体出血を合併している場合は硝子体切除術の適応となります.溶血前の血腫は吸引のみでは非常に除去しにくいのですが,硝子体カッターであれば比較的簡便に除去できるので,おすすめです.聞き手:緑内障手術治療の中で,線維柱帯切開術は第一選択になりうるのでしょうか?細田:線維柱帯切開術は簡便かつ眼圧下降効果の期待できる優れた術式です.ただ弱点として,①集合管以降の機能が悪い場合は一定割合で無効例があること,②術後の一過性眼圧上昇で視野が悪化するケースがあること,などがあげられます.そのため,過度な期待で眼圧が高いにもかかわらず経過をみすぎてしまうことは禁物で,効果が不十分と判断された場合は速やかに線維柱帯切除術など他の緑内障手術に移行することが大切です.逆にいえば,一定の割合で効果があるということになりますので,線維柱帯切除術に至る患者を一人でも減らせればという心構えで臨むのがよいと考えます.(88)

抗VEGF治療セミナー:ブロルシズマブの利点

2024年6月30日 日曜日

●連載◯144監修=安川力五味文124ブロルシズマブの利点コンソルボ上田朋子富山大学大学院医学薬学研究部眼科学講座ブロルシズマブ(ベオビュ)の利点は,投与間隔を延長できることである.滲出型加齢黄斑変性の中でも,網膜色素上皮下に伸展するC1型黄斑新生血管やポリープ状脈絡膜血管症には頻回治療を要する症例がみられるが,ブロルシズマブに切り替えることにより投与間隔を延長できることが少なくない.本稿では,病型ごとのブロルシズマブの利点について概説する.1型黄斑新生血管1型黄斑新生血管(typeC1CmacularCneovasculariza-tion:typeC1MNV)はCchoriocapillarisから発生した新生血管が網膜色素上皮の下に伸展している病型である.ブロルシズマブ(ベオビュ)は分子量が約C26kDと小さく眼組織移行性が高いことと,溶解性が高くモル投与量が大きいことから,網膜色素上皮下の新生血管および脈絡膜に対する効果が他剤に比べて大きい1).筆者の施設では,アフリベルセプト(アイリーア)からブロルシズマブへCtreatandextend(TAE)継続のまま切り替えを行ったCtypeC1MNV症例C19例C19眼において,平均治療間隔はC7.4±1.4週からC11.6±2.6週に延長された(p<0.001)2).導入期を設けずCTAEを継続しながら切り替え効果が得られることは通院・治療の負担軽減に適っており,切り替えを積極的に選択する理由となる.また,新生血管の大きさについて,切り替え前とC1年半後を比較すると,新生血管は有意に縮小がみられた(切り替え前C7.04±3.9Cmm2,1年半後C5.71±4.1Cmm2,p=0.015)2).ブロルシズマブによるCTAE治療は,網膜色素上皮下の新生血管の拡大を抑制する効果があると考えられる(図1).ポリープ状脈絡膜血管症ブロルシズマブは,ポリープ状脈絡膜血管症(polypoi-dalchoroidalvasculopathy:PCV)のポリープ退縮率が他の抗CVEGF薬に比べて高い.導入期C3回連続投与後のポリープ退縮率はブロルシズマブではC79.93%と報告されており,ラニビズマブ(ルセンティス)はC23.34%,アフリベルセプトはC42.57%,ファリシマブ(バビースモ)(3回連続)はC52.61%である(ファリシマブの導入期はC4週ごとC4回連続投与が基本とされており,ファリシマブのポリープ退縮率については今後新たな報告も待たれる).また,ラニビズマブと光線力学療法図1Type1MNVに対するブロルシズマブ切り替えアフリベルセプトで治療開始しC2年半後,8週間隔であった.TAEを継続してブロルシズマブへ切替後,網膜下液は消退し新生血管は縮小した.治療間隔はC16週まで延長され,縮小した新生血管の拡大はみられない.FA:フルオレセイン蛍光造影,IA:インドシアニングリーン蛍光造影,IVBr:ブロルシズマブ硝子体内注射.(85)あたらしい眼科Vol.41,No.6,20246890910-1810/24/\100/頁/JCOPY図2PCVに対するブロルシズマブ切り替えアフリベルセプトC10週間隔で治療されていた症例.網膜下液が少量みられていたが,ブロルシズマブへ切り替え,10週間隔でC3回投与後,ポリープは退縮した.IVBr:ブロルシズマブ硝子体内注射.(photodynamicCtherapy:PDT)併用のポリープ退縮率はC69%(EVERESTII試験),アフリベルセプトとCPDT併用療法ではC69.77%とされており,PDT併用療法と比較してもブロルシズマブ単独療法のほうがポリープ閉塞率は高いと考えられる.したがって,他剤で反応が不良なCPCV症例では,早期にブロルシズマブへ切り替えることによって治療間隔の延長が期待できる.筆者の施設ではCTAE継続のままアフリベルセプトからブロルシズマブへ切り替えを行ったCPCV症例において,1年半後C26.7%(15眼中C4眼)でポリープ状病巣が退縮し,とくにポリープ数が少なく異常血管網を含めた病巣の小さなCPCVにおいて,投与間隔を長く延ばすことができた2).小さなCPCV症例では,TAE継続のまま切り替えを行った場合でも,投与間隔が延長できると筆者は考えている(図2).一方,ポリープ数の多い病巣の大きなPCVでは,TAEを継続するよりも導入期を設けるほうが治療間隔を延ばせるかもしれない.ブロルシズマブの利点を生かすためにわが国では,ブロルシズマブ投与後眼内炎症のC1年間の累積発生率はC12.2%であった3).安心して切り替えを行うためには,眼内炎症に対する対策が重要である.眼内炎症は約C7割が初回投与後C6カ月以内に発生し,投与後C1カ月以内に生じることが多い4).早期発見・早期治療が不可欠であり,ブロルシズマブ投与後に「無数の黒い点がみえる」といった飛蚊症や,見え方の異常などを自覚した場合には,施行施設に早急に連絡するよう,患者指導を行うことが大切である.無治療では網膜血管閉塞に進展する可能性があるため,0.1%ベタメタゾン点眼C1日C6回およびトリアムシノロンアセトニドテノン.下注射C20Cmg/0.5Cmlで加療する.文献1)BosciaCG,CPozharitskiyCN,CGrassiCMOCetal:ChoroidalCremodelingCfollowingCdi.erentCanti-VEGFCtherapiesCinCneovascularAMD.SciRepC14:1941,C20242)Ueda-ConsolvoCT,CTanigichiCA,CNumataCACetal:Switch-ingtobrolucizumabfroma.iberceptinage-relatedmacu-larCdegenerationCwithCtypeC1CmacularCneovascularizationCandCpolypoidalCchoroidalvasculopathy:anC18-monthCfol-low-upCstudy.CGraefesCArchCClinCExpCOphthalmolC261:C345-352,C20233)InodaCS,CTakahashiCH,CMaruyama-InoueCMCetal:InciC-denceCandCriskCfactorsCofCintraocularCin.ammationCafterCbrolucizumabCtreatmentCinJapan:ACmulticenterCAMDCstudy.RetinaC2023C44:714-722,C20244)MonesCJ,CSrivastavaCSK,CJa.eCGJCetal:RiskCofCin.amma-tion,retinalvasculitis,andretinalocclusion-relatedeventswithbrolucizumab:posthocreviewofHAWKandHAR-RIER.COphthalmologyC128:1050-1059,C2021690あたらしい眼科Vol.41,No.6,2024(86)

緑内障セミナー:眼圧上昇における線維柱帯細胞の関与

2024年6月30日 日曜日

●連載◯288監修=福地健郎中野匡288.眼圧上昇における線維柱帯細胞の関与根本穂高東京大学医学部眼科学教室緑内障の最大のリスク因子である眼圧は房水の産生と排出のバランスで規定されており,眼圧上昇は線維柱帯流出路の房水流出機能低下が関与している.線維柱帯細胞は線維柱帯の主要な構成細胞であり,線維柱帯の機能や構造を維持する役割を果たしている.本稿では眼圧上昇における線維柱帯細胞の関与について紹介する.●はじめに眼内の房水は毛様体により産生され,房水流出路より眼外へと排出されることで一定のバランスを保っている.房水流出路は主流出路およびぶどう膜強膜流出路と大きく二つの流出路に分けられ,主流出路では房水は線維柱帯を通過しCSchlemm管を経由して房水静脈,上強膜静脈へと還流し,眼外に排出されていく(図1).線維柱帯は,房水がCSchlemm管に流出する際に眼内で発生した不要物を除去し,上強膜静脈やCSchlemm管内から血液が眼内に逆流することを防いでいる.線維柱帯の主要な構成細胞である線維柱帯細胞は,その周囲を取り囲む細胞外マトリックスの産生や分解,また貪食能を介して線維柱帯のクリアランスを維持することで流出抵抗を制御し,眼圧を維持していることから,緑内障病態を考えるうえで線維柱帯細胞の機能やその役割を理解することは非常に重要である.線維柱帯細胞の流出抵抗維持にはさまざまな機序が関与しており,代表的なものを以下に記述する.角膜Schlemm管線維柱帯①房水強膜②毛様体図1主経路のシェーマ房水は毛様体で産生され,前房へと達したのち,房水流出路から排出される.①主流出路:線維柱帯を通過しCSchlemm管に流出する.②ぶどう膜強膜流出路..は房水の流れを示す.●線維柱帯細胞の細胞外マトリックスに与える組織学的変化線維柱帯細胞はコラーゲン,エラスチンなどの細胞外マトリックスを産生し,さらに細胞外マトリックス分解酵素Cmatrixmetalloproteinase(MMP)による分解を介して恒常的に細胞外マトリックスの再構成を行っている1).緑内障患者での細胞外マトリックス蓄積の異常増加は線維柱帯細胞の減少・機能低下によると考えられている(図2).C●細胞・組織収縮と流出抵抗線維柱帯細胞のCa-smoothCmuscleactin(a-SMA)発現細胞への形質転換や細胞骨格変化による収縮弛緩,細胞間接着などの収縮プロパティが流出抵抗に関与することが報告されている2).Rho/ROCKはアクチンの細胞骨傍Schlemm管ぶどう膜網Schlemm管結合組織角強膜網線維柱帯細胞房水細胞外マトリックス図2線維柱帯の層構造緑内障眼では線維柱帯細胞の減少,細胞外マトリックスの異常蓄積,硬化など,線維柱帯細胞および細胞外マトリックスの変化が生じていることが報告されている.(83)あたらしい眼科Vol.41,No.6,20246870910-1810/24/\100/頁/JCOPYApoptosisinhibitorofmacrophage(AIM)コントロールによって貪食能が促進された線維柱帯細胞図3Apoptosisinhibitorofmacrophage(AIM)により促進された貪食能線維柱帯細胞に,貪食能を促進する作用のあるCAIMという蛋白質を作用させることで,死細胞から作成した不要物(debris)の貪食が促進された.格変化やアクトミオシンの収縮などに関与しておりROCK阻害薬は線維柱帯細胞の弛緩や細胞外マトリックスの収縮変化および異常沈着の抑制などを介して眼圧下降に寄与することが知られている.C●生理活性物質を介した眼圧制御機構緑内障病態において生理活性脂質やサイトカインなどのさまざまな生理活性物質が関与していることが近年報告されてきている.transformingCgrowthCfactorCb2(TGF-b2)は原発開放隅角緑内障の患者の前房水中で増加していることが報告されており,線維柱帯細胞の形質転換・細胞骨格変化などを介して流出抵抗増大に関与していることが示唆されている3).生理活性脂質であるCsphingosine1-phosphate(S1P)やClysophosphatidicacid(LPA)においても同様に,緑内障眼の房水中における増加が指摘されており,筆者らのグループはCLPA産生酵素であるCautotaxin(ATX)-LPAの眼圧との相関を報告している4).C●線維柱帯細胞の貪食能と房水流出抵抗の維持緑内障患者では線維柱帯細胞の貪食能低下がみられ,貪食能の抑制によるマウス眼での眼圧上昇が過去に報告されていることから,線維柱帯細胞の貪食能は線維柱帯のクリアランスを維持することで流出機能に重要な役割を果たしている可能性が示唆されている5).筆者らのグループでは,apoptosisinhibitorofmacrophage(AIM)という他分野で細胞の貪食能を促進する作用が知られている蛋白質に,線維柱帯細胞の貪食能も促進する作用があることを明らかにし,マウスにおいて眼圧下降に寄与することを報告した6)(図3).AIMは現在創薬開発が進められており,ネコの腎疾患に対してC2026年の承認をC688あたらしい眼科Vol.41,No.6,2024めざして臨床治験が行われている.今後CAIMが臨床現場で用いられるようになれば,線維柱帯細胞の貪食能促進による新たな眼圧下降機序による緑内障治療が期待される.C●おわりに線維柱帯細胞はさまざまな作用を介して流出抵抗を制御している.今後さらに機序の理解が深まることで,薬剤や手術を含むさまざまな新規緑内障治療の開発や,将来的には線維柱帯の構造や機能の回復に繋がっていくことが期待される.文献1)WeinrebCR,CRobinsonCM,CDibasCMCetal:MatrixCmetallo-proteinasesCandCglaucomaCTreatment.CJCOculCPharmacolCTherC36:208-228,C20202)Lutjen-DrecollE:FunctionalCmorphologyCofCtheCtrabecu-larCmeshworkCinCprimateCeyes.CProgCRetinCEyeCResC18:C91-119,C19993)PervanC:Smad-independentCTGF-b2CsignalingCpath-waysCinChumanCtrabecularCmeshworkCcells.CExpCEyeCResC158:137-145,C20174)HonjoCM,CIgarashiCN,CKuranoCMCetal:Autotaxin-lyso-phosphatidicacidpathwayinintraocularpressureregula-tionCandCglaucomaCsubtypes.CInvestCOphthalmolCVisCSciC59:693-701,C20185)IkegamiCK,CMasubuchiS:SuppressionCofCtrabecularCmeshworkCphagocytosisCbyCnorepinephrineCisCassociatedCwithCnocturnalCincreaseCinCintraocularCpressureCinCmice.CCommunBiolC5:339,C20226)NemotoCH,CHonjoCM,CAraiCSCetal:ApoptosisCinhibitorCofCmacrophages/CD5LenhancesphagocytosisCinthetrabecu-larCmeshworkCcellsCandCregulatesCocularChypertension.CJCellPhysiol238:2451-2467,C2023(84)

屈折矯正手術セミナー:ICL術後診察のポイント

2024年6月30日 日曜日

●連載◯288監修=稗田牧神谷和孝289.ICL術後診察のポイント後藤田哲史中京眼科後房型有水晶体眼内レンズであるCICLは毛様溝に固定されるため,水晶体.内に固定する白内障手術とは異なる視点で術後診察を行う必要がある.ICL挿入眼の増加に伴い,屈折矯正専門施設だけでなく,一般の病院・クリニックでもCICL挿入眼の患者を診る機会が増えることが想定されるので,ICL術後診察のポイントを事前に把握しておくことが肝要である.C●はじめにIntraocularCcollamerlens(ICL)挿入術は,近年,レンズ自体の進歩,インフルエンサーのCSNSなどでの情報発信,術後合併症の大幅な改善により,屈折矯正手術の主流になりつつある.JSCRSCClinicalSurveyでも,「現在行っている屈折矯正手術」と「今後有用と思う屈折矯正手術」という設問に対し,どちらも「ICL挿入術」の回答が最多であった1).わが国における近視人口の増加も相まって,本稿読者がCICL挿入後の患者を診る機会も増えると思われる.今回は,ICL挿入術の術後に行う各種眼科検査別に,術後診察のポイントを解説する.C●細隙灯顕微鏡検査,眼底検査受診時に毎回細隙灯顕微鏡検査にて前眼部所見,vault(ICLと水晶体との距離),レンズのポジショニングなどを確認する.前眼部所見に関しては,炎症の程度,感染症の有無,レンズ脱臼の有無など,ICL挿入術に伴う合併症がないか詳しくチェックしていく.Vaultは細隙灯顕微鏡検査でも定性的に評価できるが(図1),後述するように前眼部光干渉断層計(opticalcoherencetomography:OCT)を用いれば,正確にCvaultを定量可能である.また,ICL挿入眼はもともと強度近視眼が多く,黄斑部病変や周辺部変性を含んだ網膜疾患,緑内障を合併しやすいことから,定期的に眼底検査も行う.トーリックICLで裸眼視力が出にくくなったり,自覚屈折に乱視が残っていたりした場合は,散瞳して乱視軸を確認することが望ましい.レンズ回旋により乱視矯正効果が低下し,裸眼視力の低下がみられれば,再手術にて軸ずれを補正することを考慮する.C●視力検査,屈折検査まずは視力検査にて,どれだけ裸眼視力,矯正視力が(81)C0910-1810/24/\100/頁/JCOPY図1ICL挿入眼の術後前眼部所見細隙灯顕微鏡のスリット幅を細くして,観察軸からC30.45°の位置からスリット光を入れて,中心角膜厚と比較することで評価できる.出ているか,球面レンズ/円柱レンズ度数がどれだけ入るか,そしてそれらの数値が術前の狙いどおりか,患者自身はその見え方に満足しているかを確認する.予測より過矯正になると眼精疲労や頭痛を訴えることが多く,低矯正になると実際の裸眼での見え方が落ちる.また,ICL挿入術はCLASIKと比較して再近視化(リグレッション)しにくいとされているが,長期経過とともに近視が進むリスクは否定できない.術後長期における再近視化のリスクとして,手術時の年齢が高い,眼軸長が長い症例が報告されている2).対処としては,まずはコンタクトレンズなどで検眼時シミュレーションを行い,必要に応じてエキシマレーザーによるタッチアップ手術やCICL度数交換手術を考慮する.C●眼圧検査術直後眼圧が高い場合は,粘弾性物質が眼内に残存しあたらしい眼科Vol.41,No.6,2024685図2図1と同一症例の前眼部OCTVaultはC457Cμm(0.91CT)であり,角膜・ICL・水晶体の位置は良好である.ている可能性が高い.必要に応じて眼圧下降治療(点眼・内服・前房洗浄など)を行う.ICLのサイズが大きく,器質的隅角閉塞を生じている場合は,ICL摘出を考慮する.術後しばらくしてからの眼圧上昇は,術後のステロイド点眼による影響も考えられる.一方,術直後眼圧が低い場合は創口閉鎖不全の可能性があり,前房形成の有無,創口からの漏出の有無をチェックする.C●前眼部OCTによるvaultの測定・評価ICL術後診察において,vaultの評価はもっとも重要な項目といえる.ICL独特の評価項目でもある.最適vaultは中心角膜厚(cornealthickness:CT)と同じC500Cμm(1CT)程度であり,250.750Cμm(0.5.1.5CT)の範囲内が適切とされている(図2).術翌日からCvaultがC250μm(0.5CT)未満であればClowvaultと分類する.ICLと水晶体の距離が近いことで物理的な接触や房水循環不全が生じ,白内障の発症リスクも高くなるが,holeICL(貫通孔付きのCICL)になってからはそのリスクは著明に減少している.自覚症状によるが,ICLと水晶体の距離が近すぎたり,白内障を認めた場合は,必要に応じて①CICL摘出,②垂直固定なら水平固定にレンズ回旋(ICLが固定される毛様溝は解剖学的に縦方向に長い楕円形となる形状をしているから),③CICLをC1Csizeupにて摘出・交換し,白内障手術を行う.術翌日からCvaultがC750Cμm(1.5CCT)より大きければChighvaultと分類する.通常,時間経過とともにCvaultは低下していくので,眼圧上昇や角膜内皮細胞密度低下に注意して経過観察を行う.角膜と虹彩の距離が近すぎたり,眼圧上昇,角膜内皮細胞機能障害を生じれば,ICL摘出,水平固定なら垂直固定にレンズ回旋,ICLをC1sizedownにて摘出・交換を行う.C686あたらしい眼科Vol.41,No.6,2024図3Highvaultにてレンズ位置修正を施行した症例(再手術直前の前眼部OCT)ICLが固定される毛様溝間距離は,横に比べ縦のほうが長い形状をしている.本症例はCnon-Toricであり,水平方向にレンズが固定されていたため,再手術にてレンズを垂直方向に回旋させるだけで,vaultが再手術前C861Cμm(1.72CCT)から再手術後C418Cμm(0.84CT)となり正常化した.C●角膜内皮細胞密度検査筆者のクリニックでは,術翌日,1カ月,3カ月,6カ月,1年のタイミングで角膜内皮細胞密度検査を施行している.前房型有水晶体眼内レンズでは長期的に角膜内皮機能低下が問題になることが少なくないが,後房型のCICLでは長期経過後も問題となりにくい3).しかし,ICL挿入術はやはり白内障手術と同じ内眼手術であり,定期的な経過観察が重要である.経過観察中に著明な内皮減少がみられた際は,適宜レンズを摘出することも考慮する.C●おわりにICL挿入術はCLASIKなどの角膜屈折矯正手術と比べ比較的歴史が浅いが,ここ数年新たな合併症の報告はなく,安全性や有効性が確立されつつある非常に完成度の高い術式となっている.日常外来でも今後CICL挿入眼に遭遇する機会が増えていくことが容易に予想されるので,本稿を屈折矯正分野以外の先生方にもご一読いただきたいと考えている.文献1)佐藤正樹,田淵仁志,神谷和孝ほか:2023JSCRSClinicalSurvey.CIOL&CRS37:358-381,C20232)SandersDR,DoneyK,PocoMetal:UnitedStatesFoodandCDrugCAdministrationCclinicalCtrialCofCtheCimplantableCcollamerlens(ICL)forCmoderateCtohighCmyopia:three-yearfollow-up.OphthalmologyC111:1683-1692,C20043)PackerM:TheCEVOCICLCforCmoderatemyopia:ResultsCfromCtheCUSCFDACclinicalCtrial.CClinCOphthalmolC16:C3981-3991,C2022(82)

コンタクトレンズセミナー:英国コンタクトレンズ協会のエビデンスに基づくレポートを紐解く コンタクトレンズの光学設計(前編)

2024年6月30日 日曜日

■オフテクス提供■6.コンタクトレンズの光学設計(前編)松澤亜紀子聖マリアンナ医科大学,川崎市立多摩病院眼科土至田宏順天堂大学医学部附属静岡病院眼科英国コンタクトレンズ協会の“ContactCLensCEvidence-BasedCAcademicReports(CLEAR)”の第C5章は,コンタクトレンズの光学設計について解説している.今回はその前半を紹介する.はじめに現代のコンタクトレンズ(CL)は,透明な軟質または硬質ポリマーで作られており,CLを装用することにより眼の光学的距離を変化させる.歴史的にこれらのレンズは球面度数や正乱視または不正乱視などの屈折異常を矯正してきたが,近年は老視矯正や近視進行抑制など,さらに高度な目標をめざしている.社会が進歩するにつれて,CL技術は単に視力矯正を行うだけでなく,さらに多くの目的に広がり,それに伴いCCLの製造,計測,処方も進歩する必要が出てきた.眼の光学設計の概要眼の構成要素である眼軸長や曲率,屈折率により低次収差(近視,遠視,乱視)が生じ,不均一な涙液層や角膜,水晶体などの高度に変形した屈折面は,高次収差(球面収差,コマ収差など)を生じる.球面収差は,光学中心から周辺に向かって放射状に対称な度数変化が生じており,CLや眼球構造に存在している.眼の屈折面は,お互いに偏心したり傾いたりすること,瞳孔がわずかに鼻上方に偏位していることにより,回転対称ではない収差(コマ収差,矢状収差)が生じ,網膜像に悪影響を及ぼしている.CLは,偶然または光学設計により,これらの低次収差や高次収差を補正したり,逆に誘発することがある.加齢に伴う眼の変化人の光学系は,生涯を通じて変化する.とくに生後C1年以内は角膜径と角膜曲率半径の増加,角膜乱視の減少,水晶体径の増加と水晶体厚の減少,眼軸の大きな伸長がみられる.これらの変化は,正視化プロセスの一環としてC10~15歳まで生じている.若年および中年期には,水晶体の光学系は角膜乱視と単色の高次収差を補正することで,眼球全体の光学系を(79)C0910-1810/24/\100/頁/JCOPY最適化している.その後,水晶体の直径と厚みが増加し続けることにより,水晶体前後面の曲率は増加するが,水晶体自体の屈折率変化によって補正され,水晶体全体の屈折率は比較的保たれる.しかし,加齢により水晶体が硬化すると老視が進み,角膜と水晶体との間の収差の補完が失われ,眼の高次収差も増加する.現代的なコンタクトレンズのデザイン1.球面球面単焦点レンズは,遠視または近視を矯正するために処方されている.球面ハードCCL(HCL)は角膜中央にレンズ下涙液層が存在するため,最大約C2Dの角膜乱視を矯正することができる.ソフトCCL(SCL)の大部分は角膜表面を覆うため,最大でC1Dの屈折乱視をもつ患者でも角膜正乱視を補うことが可能であるとされている.しかし,0.75D以上の乱視の場合には,乱視用CSCLのほうが球面のみの補正よりも視力が良好であったという研究結果が示されている.また,SCLの場合は,レンズ度数によっては球面収差が生じることで装用者の視力に悪影響を与えるだけでなく,球面収差のあるCSCLが眼の視軸から偏心するとコマ収差が誘発され,視覚に大きな影響を与える.C2.非球面球面レンズに共通する収差の問題に対処するために,球面収差のレベルを制御することをめざした非球面プロファイルが作成された.その多くのレンズは,平均集団から得られた球面収差を補正することで全体的な収差を低減するようにデザインされている.そこでは球面収差のレベルを平均瞳孔径と相関させて軽減しているため,低光量で瞳孔が大きい条件下では,多くの装用者で遠方視力の質を改善できる可能性がある.ただし,コマ収差やトレフォイルなどの非対称性の収差は非球面レンズであたらしい眼科Vol.41,No.6,2024C683表1乱視用コンタクトレンズのデザイン光学ゾーン内に垂直プリズムプリズムバラストレンズ下方を厚くする0.81~1.12が誘発されるレンズ下方の限局した部分デザインにより光学部のプリペリバラストをプリズムで厚くする0.52~0.96ズム効果が減弱するレンズ上方と下方を薄くし光学プリズムによる影響がほダブルスラブオフ3時-9時方向を厚くする<0.03とんどないは補正できない.C3.乱視用乱視を矯正するために,垂直に交差した異なる二つの曲率半径のあるトーリック面がCCLの前面,または前面と後面に配置される.HCLを角膜乱視眼に装着する場合には,曲率半径の違いにより角膜上での軸安定性が向上するが,SCLではレンズ後面にトーリック面を配置しても軸安定性の向上にはつながらず,低弾性率のSCLではレンズ後面と角膜が適合し,トリシティがレンズの前面に転写されてしまう(プリントスルー効果).SCLおよび前面トーリックCHCLでは,レンズの乱視軸を角膜上で安定させる必要がある.安定させるために,プリズムバラスト,ペリバラストまたはダブルスラブオフというレンズの厚みを変化させるデザインがある(表1).レンズの安定化機構は,レンズの非対称収差を誘発し,視覚の質の低下を引き起こすこともある.C4.多焦点多焦点レンズには非回転対称型と回転対称型があり,後者が一般的である.さらに最近では,小児の近視進行抑制のために,周辺屈折を修正する多焦点レンズも登場している.非回転対称型レンズには「交代視型」または「セグメント型」のデザインがある.交代視型はCHCLに採用されている.メガネの遠近両用レンズのような構造をしているため,十分な遠方視力と近方視力を得るために,レンズのセンタリングやプリズムバラストデザインなどによる回転制御などの工夫が必要となる.同時視型では,光線は同時に複数のゾーンを通過するため,以下のようなデザインがされている.①二つの異なる光学度数のゾーン(2焦点)②遠方と近方度数間のスムーズな移行(累進屈折)いずれのデザインでも,光学的度数の急激な移行は製造が困難である.また,同時視の場合には,網膜に焦点内像と焦点外像を同時に受光するため,焦点の合っていない像(ゴースト)によりコントラスト感度が低下するが,視力への影響は少ない.また,同時視の補正には回折型,同心円型,非球面,焦点深度拡大型などのデザインがあり,それぞれ中心近用または中心遠用となっている.おわりに今回はCCLEARの第C5章の前半を要約し解説した.CLは単に視力補正を行うだけでなく,眼の光学的な特性を補い,網膜像を最適化するが,近年はさまざまな付加価値があることも明らかとなっている.CLには,さらに高度な光学補正を可能にする余地があるのではないだろうか.文献1)RichdaleCK,CCoxCI,CKollbaimCPCetal:CLEAR-ContactClensoptix.ContLensAnteriorEye44:220-239,C2021

写真セミナー:“金粉療法”後の角膜混濁

2024年6月30日 日曜日

写真セミナー監修/福岡秀記山口剛史加山結万481.“金粉療法”後の角膜混濁東京歯科大学市川総合病院眼科図2図1のシェーマ①角膜実質深層の深さの混濁②金粉図1初診時の前眼部所見両眼の角膜実質深層の深さの混濁,浮腫,周辺部血管新生を認めた.図3図1の前眼部光干渉断層計所見角膜実質深層のCDescemet膜近くにまで及ぶ角膜混濁と一致した浮腫を認める.図4術後所見右眼深層層状角膜移植と白内障手術後.抜糸後,乱視が強いためCcompressionsutureを施行した.移植からC3年が経過.RV=1.0×HCL,左眼深層層状角膜移植後C1.5カ月.LV=(0.7C×.7.75D(cyl.2.25DCAx140°).(77)あたらしい眼科Vol.41,No.6,2024C6810910-1810/24/\100/頁/JCOPY症例は60代の女性.他院にて両眼LASIK治療の際に,「金粉療法」なるものを受けた.術後10年で両眼霧視を自覚.角膜混濁が徐々に広がり,整容面でも気になるようになったため東京歯科大学市川総合病院眼科を受診した.「金粉療法」は標準治療にはなく詳細は不明だが,すでに閉院した都内の自費診療のクリニックで老視に効果があると「金粉療法」を勧められ,LASIKと同時に角膜周辺部実質内に金色粉末を注入されたと推察された.初診時視力は右眼C0.4(n.c.),左眼0.7(0.9C×cyl.1.75DAx160°),眼圧は右眼C10mmHg,左眼9mmHg,角膜内皮細胞密度は右眼2,296Ccells/Cmm2,左眼C2,447Ccells/mmC2であった.前眼部は両眼角膜周辺部実質に金粉が埋め込まれ,同部位より中央にかけて実質深層までの混濁と角膜浮腫,周辺部血管侵入を伴う実質炎を認めた.右眼の混濁は瞳孔領にかかっていた.中間透光体はCEmery-Little分類で右眼C3,左眼C2の核白内障も認めた.角膜内皮機能が残存しているため,深層層状角膜移植の方針となった.手術では可能なかぎり輪部組織を残しつつ,角膜実質に面状に埋め込まれた金粉を周辺部角膜が薄くなりすぎないよう加減しながら除去した.病理組織検査で異物型巨細胞,Touton型巨細胞を伴う肉芽腫形成と,その周囲のリンパ球浸潤,線維化を認めた.その後,白内障手術と,連続縫合抜糸後の乱視が強いためCcompressionsutureを施行した.移植からC3年後,右眼視力はC1.0C×HCLで経過し,角膜混濁の拡大はなかった.同様に左眼深層層状角膜移植を施行し,術後C1.5カ月で左眼視力(0.7C×sph.7.75D(cly.2.25DAx140°)に改善し,今後白内障手術を予定している.角膜内金属沈着にはさまざまな原因がある.角膜鉄片異物により角膜実質に沈着する角膜鉄症や,かつての放射状角膜切開術後や角膜移植後による角膜上皮基底部への鉄の沈着,また,銀が角膜のCBowman膜,実質およびCDescemet膜内に沈着し,変色の原因となった宝飾品加工職の症例報告がある1).ほかには眼内異物によりDescemet膜に銅が沈着する角膜銅症や,かつてのトラコーマ治療で硝酸銀点眼により銀が実質深部からCDesC-cemet膜に沈着する角膜銀症,そして,かつての関節リウマチの金製剤内服療法を原因として,角膜周辺実質深部に金が沈着する角膜金症が知られている.本症例のように直接角膜に「金粉」を入れた例はまだ報告がなく,目的も不明で実際に金であるか真偽は不明であるが,角膜実質内に埋められた金色粒子に対する慢性免疫反応により,肉芽組織の形成を経て線維性の組織が生じたと考えられる2).過去に関節リウマチの治療で金コロイド筋肉注射をされた症例では,角膜上皮,実質に黄褐色沈着物を認めたが,病理所見では炎症反応を認めず,本症例のような拡大する角膜混濁は認めなかった3).希少ではあるが,本症例のような角膜実質に金粉が埋め込まれた症例では,実質炎により角膜混濁が瞳孔近くまで拡大する前の早期に,手術で可能なかぎり除去するべきである.混濁が拡大した場合でも,深層層状移植でCDescemet膜近くまで混濁を除去すれば,整容面と視機能の改善が期待できる.文献1)DudejaL,DudejaI,JanakiramanAetal:Ocularargyro-sis:Acasewithsilverdepositsincorneaandlens.IndianJOphthalmolC67:267-268,C20192)遠藤一彦,松田浩一,安彦善裕ほか:医用金属材料の腐食と生体反応.Zairyo-to-KankyoC46:682-690,C19973)SinghCAD,CPuriCP,CAmosCRSCetal:DepositionCofCgoldCinCocularstructures,althoughknown,israre.Acaseofocu-larCchrysiasisCinCaCpatientCofCrheumatoidCarthritisConCgoldCtreatmentispresented.EyeC18:443-444,C2004

眼鏡作製技能士と眼科の連携

2024年6月30日 日曜日

眼鏡作製技能士と眼科の連携CollaborationbetweenProfessionalCerti.edOpticiansandOphthalmologist魚里博*はじめに視力補正や屈折矯正における代表的で最適手段の一つとして,眼鏡の重要性は広く認識されている.わが国におけるビジョン(アイ)ケアを担う専門職としては眼科医,視能訓練士および眼鏡技術者のいわゆる3Os(oph-thalmologist,orthoptist,optician/欧米ではophthalmol-ogist,optometrist,optician)が活躍している.近年,眼鏡技術者の分野において,従来の民間認定による眼鏡士から技能検定による国家検定制度である眼鏡作製技能士が誕生し,新たな認知度の向上とその活躍が期待されている1.4).そのためには,眼科分野との連携も重要であり,よりよい眼鏡の提供がますます望まれるところである.本稿では,近年新たに登場した眼鏡作製技能士の概要と眼科分野との連携の必要性について解説する.I眼鏡作製技能士技能士は職業能力開発促進法に基づく名称独占の国家検定制度である,働くうえで必要とされる技能の習得レベルを国が評価・認定するものである.この資格にはファイナンシャルプランナー,機械加工やウエブデザインなどの131にも及ぶ技能検定職種がある.眼鏡作製技能士はその一つで,眼科専門医との連携を含め,眼鏡を必要とする顧客が視力の補正用眼鏡などを選択し購入する際に,眼鏡店において行われる視力の測定,レンズ加工,フレームの調整(フィッティング)などの業務に表1眼鏡作製職種の定義眼鏡作製職種とは眼科専門医との連携を含め,眼鏡を必要とする顧客が視力補正用眼鏡等を選択し購入する際に,眼鏡店において行われる,視力の測定,レンズ加工,フレームのフィッティング等の業務に従事する職種.従事する職種と定義され(表1),2021年8月に創設された.資格には1級と2級があり,合格すると1級は厚生労働大臣,2級は指定試験機関の代表者名(公益社団法人日本眼鏡技術者協会の会長名)で合格証書が交付され,技能士を名乗ることができる.2024年3月現在で1級6,662名,2級1,066名の計7,728名が取得している.技能検定試験には,筆記試験と実技試験がある.前者は1.視機能系,2.光学系,3.商品系,4.眼鏡販売系,5.加工作製系,6.フィッティング系,7.企業倫理・コンプライアンスの7科目がある.実技試験には1.視力の測定,2.フィッティング,3.レンズの加工の3科目がある.試験は公益社団法人日本眼鏡技術者協会により実施される.毎年春には筆記試験が行われ,その合格者が実技試験を受験でき,秋に合格者が発表される.なお,業界内で既存の認定眼鏡士SS級以上を保持する者は,移行措置用の試験に合格すると1級が取得できる.眼鏡作製技能士は将来にわたり眼科と連携して検定試験を運営・実施するために,日本眼科学会と日本眼科医会(以*HiroshiUozato:東京眼鏡専門学校〔別刷請求先〕魚里博:〒169-0073東京都新宿区百人町2-26-10東京眼鏡専門学校0910-1810/24/\100/頁/JCOPY(75)679表2眼科専門医との連携眼鏡作製技能士Ophthalmologists─試験科目及びその範囲(抜粋)─企業倫理・コンプライアンス眼科専門医との連携:次に掲げる事項について一般的な知識を眼科医有すること.1)眼の状態(眼病・眼の動き・視力)が疑わしい場合の眼科専門医への速やかな紹介および眼鏡処方箋による眼鏡調製2)幼児・学童に対する眼科専門医への紹介および眼鏡処方箋による眼鏡調製眼鏡士3)遠用若しくは近用眼鏡を初めて作製する者の眼科専門医へ(眼鏡作製技能士)の紹介,検診の推奨4)医行為,疾病等の診断に関する行為及びそれらに類する行為を行ってはならないことOpticians図1Vision(Eye)Careにおける3Osの連携

眼鏡のフィッティング

2024年6月30日 日曜日

眼鏡のフィッティングEyeglassFittingandAdjustment松本富美子*I眼鏡のフィッティング眼鏡は屈折矯正や調節異常,眼位異常を矯正する光学的治療用具として汎用される.しかし,眼鏡レンズを正しく保持するための眼鏡フレームの選択やフィッティングについては眼鏡店に任せがちである.累進屈折力眼鏡の装用では,眼鏡のフィッティングは見え方の不具合に直結する.過去の累進屈折力眼鏡についての調査では,多数の不適切なフィッティング例があったと報告されている1).患者が眼鏡の不具合を訴えたとき,その原因が屈折度数にあるのか,フィッティング調整の不具合にあるのか,問題点を分析できるように解説する.眼鏡のフィッティング調整は技術力の高い眼鏡作製技能士が行うべきものであり,販売に特化した安価な眼鏡店ではむずかしい.累進屈折力レンズや小児の治療用眼鏡,また,頭部や顔の非対称などフィッティング調整がむずかしい症例では,技術力の高い眼鏡店を選ぶ必要がある.1.フィッティングの目的眼鏡フレームの各部の名称を示した(図1)2).眼鏡のフィッティングは眼に対して屈折度数が正しく働くように,眼鏡の重みを鼻梁,耳介の前方,後方下部の3点で支持する(図2)3).鼻パッドは鼻梁にパッド面全体が触れるようにする.鼻形状は三角錐と考えることができ,パッド面は鼻梁の傾斜が急であるほどずれやすく,なだ図1眼鏡フレームの各部名称①フロント:ブリッジと智(ち)からなるフレーム前側の総称.②ブリッジ:左右のリムの連結部分.③クリングス:鼻パッドの足の金具.④鼻パッド:鼻への固定部品.⑤リム:レンズを保持する部品.⑥智(ち):テンプルにつながるフロントの両端部分.⑦丁番(ちょうばん):フロントとテンプルをつなぐ開閉機能をもった部品.⑧テンプル:丁番から耳にかかる部品.⑨テンプルチップ:テンプルの末端で耳介後部に固定する部分.らかであるほど安定する.重みの偏りや圧迫が強すぎないように調整することが必要である.鼻梁の傾斜が急な場合には,摩擦抵抗を増すためにシリコーンなど滑りにくい素材に変更するか,パッド面積の大きな部品を使うと安定しやすい.頭部形状は丸いので,こめかみ部分にテンプルが強くあたると前方への飛び出し力が働き,耳介より後下部の側頭骨を圧迫するとずれにくくなる(図3).累進屈折力レンズの場合には,遠用部と近用部の各度数での視野を確保する必要があるため,フレームの天地*FumikoMatsumoto:溝上眼科〔別刷請求先〕松本富美子:〒656-0101兵庫県洲本市納303-5溝上眼科0910-1810/24/\100/頁/JCOPY(69)673b図2フィッティングの圧迫位置a:前方より鼻パッドとこめかみ.b:側方より鼻パッドとこめかみ.c:後方より耳介後方下部.フィッティングをするときに顔を圧迫する位置は鼻パッドと耳介後方下部で,おもに重みを受ける.側頭部のこめかみあたりから耳介上方は軽く触れる程度で圧迫しすぎない.こめかみ部分に圧迫耳介の後下部に圧迫フレーム前方へ飛び出す図3テンプルの力学的要素(頭部を上方から見た図)頭部は丸いため,形に合ったフィッティング調整が必要である.a:耳より前のこめかみ部分を圧迫すると前方へ飛び出す.b:耳介の後ろ下部を圧迫すると後方へ引っ張る力になり,安定したフィッティングになる.(文献7より改変引用)後方へ引っ張る光学中心高装用時前傾角遠用2.2mm5°常用4.4mm10°近用6.7mm15°累進屈折力Fittingpoint10°頂点間距離装用時前傾角図4光学的要素水平は光学中心間距離が瞳孔間距離に一致する.側方から頂点間距離は12mmに設定する.垂直要素は,用途に従って光学中心高と装用時前傾角を連動して調整する.光学中心高:遠方視線より下げる量.装用時前傾角:垂直より前方への傾き角度.Fittingpoint:累進屈折力レンズに指定された遠用視線のレイアウト箇所.遠方視瞳孔間距離高さPrenticeの法則D*hΔD:レンズ度数P()=10h:光学中心からの距離mm例:S+2.00DS+4.00D光学中心よりも近方視1cm下方視2baseupΔ4baseupΔ図5遠方視と近方視の視線位置遠方視は正面視で平行眼位だが,近方視では輻湊し下方視するため瞳孔位置が変化する.プリズム作用や収差の影響を少なくなるように水平,高さや角度で対応する必要がある.Δ左右差2baseup図6プリズム作用瞳孔中心とレンズ光学中心が一致しない場合,Prenticeの法則に従ってプリズム作用が働く.片眼レンズでは像の位置が移動するだけであるが,両眼で働くプリズム作用に注意する.この例では右レンズが+2.00D,左レンズが+4.00Dの不同視の場合,1cm下方視をすると右に2Δbaseup,左に4Δbaseupが働き,両眼の差は左に2Δbaseupとなる.プリズム作用は両眼での相殺あるいは加算も考えて,眼に対する影響を考える.鼻より耳が高い標準的鼻より耳が低い→装用時前傾角は深い→適正→浅い図7鼻と耳の高さと前傾角の関係鼻と耳の高さの相対的な関係が前傾角に影響する.b:標準的な位置関係で,装用時前傾角は適正である.a:鼻に対して耳の位置が高い場合で装用時前傾角は深くなる.c:鼻に対して耳の位置が低いと前傾角は浅くなる.とくに浅い場合は,近用眼鏡や累進屈折力レンズの場合に近用部が使いがたくなる.a.鼻幅標準眼鏡が適正b.鼻幅狭い眼鏡が下方へ図8鼻幅とずれの関係鼻形状とずれの関係で,鼻幅が標準的な場合には適正な位置に装用できるが,鼻幅が狭いとフレームは下方にずれ,鼻幅が広いと上方にずれる.適正〇遠方視〇近方視下方へ◎遠方視×近方視遠方度数上方へ×遠方視中距離度数◎近方視近方度数図9累進屈折力レンズの見え方とずれの関係図8のようなずれが累進眼屈折力レンズ装用時に起こると,見え方に支障が出る.適正な位置では遠方視も近方視も良好に見えるが,眼鏡が下方にずれると遠方視は良好だが近方視が見えにくい.逆に,上方にずれると遠方視が見えにくくなり,近方視はよく見える.眼鏡店の方へ眼鏡の装用状態について以下の不具合がありますので,フィッテング調整をお願いします.〇見えがたいあるないある場合遠く近く〇痛み,赤みあるないある場合こめかみ(右左)耳(右左)鼻(右左)図10眼鏡フィッティングチェックシート眼鏡店に不具合を伝えるためにチェックシートの該当する箇所に〇をつける.見え方の場合には,眼鏡視力と当日の自覚的屈折検査は確認しておく.チェックの入れ方は,まず見えがにくか,ある場合には遠くか近くか.痛みや赤みがあるか,あるならその場所を〇で囲む.絵に〇をつけることでもよい.特記事項として,例のように具体的なことを書き添える.技術力が高い信頼できる店に持参して再調整をしてもらう.

遮光眼鏡の選定と処方

2024年6月30日 日曜日

遮光眼鏡の選定と処方TheSelectionandPrescriptionofAbsorptiveGlasses三輪まり枝*はじめに眼科を受診する患者には,その疾患を問わず「まぶしさ」を訴える者が多い.本稿では,その「まぶしさ」などを軽減させる遮光眼鏡を選定・処方する際に必要な基礎知識と,その手順について述べる.I遮光眼鏡1.遮光眼鏡とは遮光眼鏡とは「グレアの軽減,コントラストの改善,暗順応の補助などを目的として装用する光吸収フィルター(用語解説参照)を用いた眼鏡」と定義されている1).羞明(photophobia)やグレア(glare,用語解説参照)は,晴天時の屋外だけでなく,室内の蛍光灯やパソコンモニター,夜間の対向車のヘッドライトなどでも感じる場合があり,遮光眼鏡はこれらの羞明やグレアを軽減させる補助具として活用されている.遮光眼鏡は,患者によっては制度を利用して「補装具」として入手することができる.その制度の詳細については後述する.2.遮光眼鏡の適応羞明やグレアは,網膜疾患や視神経疾患,中間透光体混濁,虹彩欠損,前眼部での強い炎症など,幅広い眼疾患患者が訴える視覚の不調である2).また,片頭痛,眼瞼けいれん,頭蓋内疾患などでも生じることが知られているが,その詳細な機序は明らかになっていない3).現時点では,どの疾患にどの色の遮光眼鏡が適しているかなどの疾患による特異性は低く,個人によるばらつきが大きい4).そのため,見えにくさによって日常生活に困難を感じている患者には,一度は遮光眼鏡を試してみることを推奨する.II遮光眼鏡の選定・処方に必要な基礎知識1.短波長光の散乱人間の網膜が感知できる波長約380.780nm(ナノメートル)の可視光線(図1)のうち,紫外線により近い短波長側である紫.青色の光がヒトの眼にとって羞明やグレアを引き起こす原因の一つとして考えられている.短波長光は高エネルギーであり散乱しやすいという特徴があり,角膜混濁や白内障,前房フレア(.are)などで散乱した光が網膜に達した際,物体像のコントラストを低下させてしまうためである5).遮光眼鏡はこの短波長領域の青色光線を選択的にカットし,その散乱を抑え,錐体の比視感度の高い中波長光(555.nm付近)は透過させるという特徴がある2).2.分光透過率と視感透過率分光透過率(用語解説参照)とは,レンズが「どの波長を,どの程度透過しているか」を表したものである.図1に示したレンズ①とレンズ②の可視光線領域の透過率は,同じく約50%であるが,透過している波長とその割合は異なっている.レンズの特徴は,分光透過率曲*MarieMiwa:埼玉医科大学病院眼科〔別刷請求先〕三輪まり枝:〒350-0495埼玉県入間郡毛呂山町毛呂本郷38埼玉医科大学病院眼科0910-1810/24/\100/頁/JCOPY(55)659透過率(%)100レンズ①レンズ②500ab図2遮光眼鏡を通した見え方a:CCP400-AC(東海光学)装用により,白背景に薄いグレー印字のコントラストが改善した例(②).b:CCP400-FL(東海光学)装用.白地に赤文字のコントラストが低下している(②).c上段:偏光レンズ(グレー)は色の見分けがつきやすい.c下段:オレンジ・赤色系の遮光眼鏡は,信号機などの色の区別がつきにくい場合がある.ac図3トライアルレンズa:東海光学・STGフルトライアルキット(板状).b:東海光学・STGテストレンズキット(検眼枠に差し込んで使用).c:HOYARetinexトライアルセット(板状).図4遮光眼鏡の処方までの流れ(例)表1ニーズ聞き取りのチェック項目屋外まぶしさ程度(+)(++)天気晴れ曇天天気にかかわらず季節春・夏・秋・冬時間帯朝昼夕方夜間一日中場所など外出先通勤時洗濯干し西日など夜間の照明雪面その他室内まぶしさ程度(+)(++)天気晴れ曇天天気にかかわらず季節春・夏・秋・冬時間帯朝昼夕方夜間一日中場所など部屋(位置)西日が入るなど窓際蛍光灯その他読み書き紙面携帯電話パソコン画面拡大読書器備考羞明などを感じる天気や季節,場所や時間帯などについて具体的に聞き取り,まぶしさ程度を(+)(++)で記録するとよい.ありなし〈選定当日〉天気は?天気×天気○はいいいえ保留※用語解説参照中~弱強い羞明が強い場合の透過率50%からの選定手順へ選定手順へ図5選定手順フローチャート視機能を把握し,ニーズを聞き取った後の手順の一例.遮光レンズは東海光学製を想定.例に示したRS,NLなどの略号のカラーは図7を参照.逆光順光日陰図6屋外・屋内でのトライアル屋外での選定では「逆光」,太陽を背にした「順光」,建物などの「日陰」など,視環境の条件を変えて選定する.a:屋外で選定しているところ.トライアルキットをボックスに入れて持ち運ぶと便利.b:トライアルレンズを数枚もち,見え方の違いを番号で教えてもらうとわかりやすい.c:室内でPCやタブレットのバックライト,紙面の見え方などを確認しているところ.図7視感透過率を目安にした選定(例)羞明の程度が不明のときは,透過率約50%の緑系レンズから選定を進めると効率的.NLで羞明がとりきれないときは,透過率の低いレンズ②から④の順に試していく.NLで視界が暗くなる場合は,NLより透過率の高いレンズ⑤を順に試す.HOYAのトライアルレンズもあればカラー選択の幅が広がる.(東海光学カタログより抜粋)a(帽子や日傘なども併用して試す)○軽減×まぶしさ残る×暗くなるb視感透過率低逆順日高図9選定用紙(例)CCP・CCP400(東海光学)のレンズ一覧(レンズ透過率位置は目安).選定時の自覚的応答を◎,○,△,×で記載し,コメントをメモする.10%20%30%40%50%60%70%80%90%光光陰光逆光順陰日逆順日日陰は暗い光光陰赤くなるHG/32光逆光順陰日まぶしさとりきれずCH/32まぶしさとりきれずOG/46まぶしいMV/50abc①②③def②図10各種レンズ・フレームデザインa:①クリップオンタイプ.②C-CLIPbySTGサイドシールド付きクリップオンタイプ(東海光学).両者とも跳ね上げが可能.b:グラデーションタイプ.視線や顎の上下で濃淡を調整できる.c:オーバーグラスタイプ.①ViewnalbySTGタイプM.②レチネックスグラス(HOYA).③小児用ViewnalbySTGタイプK.d:偏光レンズ(クリップ式).e:調光レンズ.レンズ右側は調光前,レンズ左側は調光後.f:HDGlass(東海光学).表2遮光眼鏡の補装具費支給事務取扱指針対象者以下の要件を満たす者1)羞明を来していること2)羞明の軽減に遮光眼鏡の装用より優先される治療がないこと3)補装具費支給事務取扱指針に定める眼科医による選定,処方であること※この際,下記項目を参照の上,遮光眼鏡の装用効果を確認すること(意思表示できない場合,表情,行動の変化等から総合的に判断すること)1)まぶしさや白んだ感じが軽減する2)文字や物などが見やすくなる3)羞明によって生じる流涙等の不快感が軽減する4)暗転時に遮光眼鏡をはずすと暗順応が早くなる※遮光眼鏡とは,羞明の軽減を目的として,可視光のうちの一部の透過を抑制するものであって,分光透過率曲線が公表されているものであること.※難病患者等に限り身体障害者手帳を用件としないものであり,それ以外は視覚障害により身体障害者手帳を取得していることが要件となる.ab図11遮光眼鏡の例a:症例1.CCP400-NLviewnalフレームとサンバイザーを併用すると羞明が軽減した.b:症例2.室内用CCP400-LV(矯正眼鏡)と偏光レンズクリップ(グレー)を併用.タイポスコープで紙面からの反射が抑えられた.c:小児用遮光眼鏡.■用語解説■光吸収フィルタ:入射光の特定波長範囲または特定比率の吸収をするように設計された光学素子.視覚補助具としては眼鏡の形態をとる場合が多く,カラーレンズ,フォトクロミックレンズ(調光レンズ),偏光レンズ,および,これらの性質を合わせもったレンズが用いられる.そのほかに,レンズの性質をもたないシート(セロファンなど)がある1).羞明・グレア:光が強くて不快に感じたり見えにくい状態になったりする「まぶしさ」を,医学的に症状として表現する場合に,これを羞明という1).グレアは,光源(太陽光,夜間の照明など)から眼球内に入射する光量が急激に増したり,視野内の隣接する部分の輝度差が著しくなり不快を感じる「不快グレア」と,白内障や角膜疾患などの中間透光体の混濁において眼内に生じる散乱光により,視界がヴェールで覆われたようにコントラストが低下し視力低下をきたす「障害グレア(減能グレア)」に分類される.また,光沢のある印刷面における反射光のために印字が読み難い場合などのような反射グレア(re.ectedglare)も障害グレアの一種で,これらが同時に生じることもある1).分光透過率(spectraltransmittance),視感透過率(luminoustransmittance):分光透過率とは,そのレンズが「どの波長を,どの程度透過しているか」を表したもので,視感透過率は,レンズの分光透過率から,ヒトの眼の昼光の比視感度,CIE標準光源D65の条件の下でレンズを通さないときの状態(分母)に対するレンズを通した時の状態(分子)の割合を示したもの2).ヒトの網膜感度の高い波長の透過率を重視し,感度の低い波長の透過率を軽視して加重平均したものである.文献1)日本ロービジョン学会:ロービジョン関連用語ガイドライン.https://www.jslrr.org/low-vision/guideline2)高橋龍五:c.透過率(視感透過率など).あたらしい眼科28(臨増):69-72,2011