‘記事’ カテゴリーのアーカイブ

近視の外科的治療

2020年12月31日 木曜日

近視の外科的治療SurgicalTreatmentofMyopia稗田牧*I近視の外科的治療のいま近視矯正手術は大都会の専門クリニックで行われる特殊な手術で,受けるためには長距離移動をしなくていけないというわが国の近視矯正手術事情も,「新しい生活様式」で変わりはじめている.新型コロナウィルスの影響で,三密を避ける,マスクを装用するに加えて,移動を少なくすることも普通のことになりつつある.これからは,地域に根ざした保険診療にも取り組んでいる総合的な眼科施設で近視矯正手術を受けることが増えるはずである.近視は日本でもっとも有病率の高い疾患であり,近視が失明や低視力の原因1)であり,経済活動のマイナス要因になる2)ことを示す報告がこの数年,あいついでなされている.近視進行予防,光学的矯正,病的近視の治療に近視矯正手術も加えて,近視を総合的に診療していかなくてはならない.CII近視矯正手術の種類と診療形態近視の矯正手術には大きく分けて,角膜屈折力を変化させる角膜屈折矯正手術(cornealCrefractivesurgery)と,眼内レンズを使った手術(lens-basedsurgery)とがある.眼球光学系の屈折要素に変化を与えることで効果を発揮する治療である.特殊な近視として角膜屈折力が著しく増加した円錐角膜がある.ハードコンタクトレンズによる矯正が標準治療ではあるものの,進行予防,矯正手術などの外科治療が世界的に標準的な治療となっている.わが国では角膜クロスリンキング(cornealcrosslinkig:CXL),角膜内リングは未承認の治療である.白内障による近視もある.核白内障では近視化が進み,皮質白内障では遠視化をきたす.この場合,白内障手術を行うことで,保険診療の範囲内で近視と水晶体混濁を治療できる.多焦点眼内レンズを使用すると眼鏡依存度をさらに減らすことができる.これらの屈折矯正手術の多くはC100%自己負担の自由診療として行われている.国内で承認された多焦点眼内レンズについては選定療養という枠組みでレンズ代だけ自己負担で診療が行われている.眼鏡,コンタクトレンズ費用が自己負担C100%であることに比較すると,保険診療で行われる白内障手術では眼内レンズはC30%の負担ですんでいる.自由診療のなかでも,承認された医療機器,薬剤を使用している場合と,未承認のものを使用する場合とでは,その意味合いは異なってくる(図1).承認されたものであれば,自由診療で行うことは自由である.しかし,未承認の医療機器や薬剤を使った治療を導入する前向き臨床研究を行う場合には特定臨床研究となり,厚生労働大臣に研究計画書を提出しなくてはならない(図2).未承認の医療機器や薬剤による治療は,患者に最適な治療として,医師の裁量で行われることは禁止されてい*OsamuHieda:京都府立医科大学大学院医学研究科視覚機能再生外科学〔別刷請求先〕稗田牧:〒602-0841京都市上京区河原町広小路上ル梶井町C465京都府立医科大学大学院医学研究科視覚機能再生外科学C0910-1810/20/\100/頁/JCOPY(33)C1497図1保険診療か保険診療以外か自由診療のなかには承認された治療と未承認の治療がある.コンタクトレンズ処方は保険診療なので自己負担はC30%ですむ.図2臨床研究法時代の未承認治療の位置づけ未承認治療の有効性・安全性を確かめる研究を行うには特定臨床研究をしなくてはならない.図3レーシック図4PRKフラップを作製して角膜実質にエキシマレーザーを角膜上皮を.離してCBowman膜からエキシマレー照射する.ザーを照射する.図5角膜クロスリンキング図6角膜内リングリボフラビンが浸透した角膜に紫外線を照射することで角膜実質内の深い位置にプラスチック製のリングが埋めコラーゲンを架橋する.込まれている.図7アイシーエル毛様溝にソフト素材のレンズが挿入されている.水晶体とレンズの間に空隙がある.表1レーシックとアイシーエルの違いレーシックアイシーエル矯正精度中程度近視まで良好変化なし強度近視で増加強度近視で良好強度近視で改善する変化なし増加(スリット型)コントラスト感度高次収差円錐疑い不適応適応のことあり眼内操作なし角膜潰瘍あり眼内炎感染症アイシーエルの高次収差は測定機器によって差が大きい.

小児白内障に対する眼内レンズの選択

2020年12月31日 木曜日

小児白内障に対する眼内レンズの選択OptimalIOLSelectionforPediatricCataractSurgery日下俊次*はじめに小児白内障に対する手術は症例数が少ないことや全身麻酔が必要なこともあり,治療をてがける施設は限られているが,患児の術後何十年に及ぶ期間の視機能を左右する重要なものである.小児では眼が解剖学的,機能的に成長途上にあるため,術後に屈折値変化が生じること,形態覚遮断弱視になっている場合には弱視治療が必要となることなど,成人と違ったさまざまな特徴がある.また,とくに低年齢児では外来での眼軸長測定,角膜屈折値測定が困難で,しばしば全身麻酔下でこれらの検査を行う必要があるといったことも,成人例に対する治療との相違点としてあげられる.本稿では小児白内障のさまざまな問題点のうち,眼内レンズ(intraocularlens:IOL)の選択を中心に概説する.CIIOLの適応小児に対するCIOL挿入は,添付文書上,永らく禁忌とされてきた.しかし,日本眼科学会などによる要望を受け,平成C23年にCIOL適応の見直しがなされ,小児に対するCIOL使用は他のぶどう膜炎や進行性糖尿病網膜症などとともに禁忌ではなくなった.現在,IOLの添付文書には以下のように記載されている.「小児については,小児の特性等について十分な知識と経験を有する眼科専門医のもとで眼内レンズ挿入術を行うこと.特にC2歳未満の小児においては,眼球のサイズから器具の挿入や操作が難しくなること,成長に伴う眼軸長の変化によって再手術の可能性が高くなることが報告されていることからも,その旨を含めた十分なインフォームドコンセントを保護者に対して行うとともに,リスクとベネフィットを考慮の上で慎重に適用すること」.すなわち,この文言に則って診療を行う限り,年齢制限は撤廃されたと考えることができる.では実際にはどうすべきであろうか.近年,米国で行われた生後C1.6カ月の片眼性白内障を対象とした多施設前向きランダム化比較試験(InfantCAphakiaTreatmentStudy:IATS)1)では,IOL挿入例とCIOL非挿入例(術後はコンタクトレンズ矯正)のC4歳半時点での成績を比較し,両群間で矯正視力に差はないものの,IOL挿入例で有意に術後合併症や追加手術が多かったことが示された.この結果を受けて,現在,米国では生後C6カ月以内の児にCIOL挿入は原則行われていない.また,生後C3カ月の水晶体直径はC7.1Cmm,生後3.6カ月でC7.7Cmm,核と皮質を吸引し水晶体.の状態でもこれにC1Cmm程度加えたサイズであるため2),全長10Cmm以上あるCIOLを挿入するにはかなり無理があると思われる.また,この時期は眼球の成長も速く,適切なCIOLの度数設定が困難である.わが国での小児白内障に対する多施設アンケートの結果3)によると,IOL挿入を行う最小年齢は,2歳がC41.2%ともっとも多く,55.8%の施設がC2歳以上であった.ただし,2歳未満がC17.6%,年齢制限を設けていないと回答した施設もC23.5%あり,施設による適応の違いが*ShunjiKusaka:近畿大学医学部眼科学教室〔別刷請求先〕日下俊次:〒589-8511大阪狭山市大野東C377-2近畿大学医学部眼科学教室C0910-1810/20/\100/頁/JCOPY(27)C1491ある.現在,近畿大学病院(以下,当院)では,基本的に対象症例がC1歳半以上であれば両親とよく相談し,希望された場合にCIOL挿入を行っている.それより低年齢の児では水晶体切除のみを行うことを基本とし,2.3歳以上に成長した時点で両親の希望があればCIOLの二次挿入を行っている.ただし,コンタクトレンズ,眼鏡などで良好な視機能が得られていれば,できる限り大きくなるまで手術を遅らせるようにアドバイスしている.また,水晶体.が虹彩が癒着しているとCIOL挿入を.内,あるいは毛様溝に固定することは容易ではない.IOLの毛様溝縫着あるいは強膜内固定まで想定して手術を行うのかといった慎重な検討が必要である.CIIIOLの度数計算および術後屈折値おおむねC3,4歳以上では成人例と同様に外来での眼軸長測定,角膜曲率測定が可能であることが多いが,低年齢児,精神発育遅滞がある児などでは外来での検査施行が困難なので,手術直前に全身麻酔下での検査(examinationCunderanesthesia:EUA)を他の眼底検査などとあわせて行う必要がある.しかし,EUAでの眼軸長測定は超音波CAモードのプローブを手に持って測定することや,角膜曲率半径も開瞼器をかけた状態(生理的状態とは異なる状態)で手持ちケラトメータを用いて測定するために,精度に劣るという大きな問題がある.IOL度数の計算式に関しては小児白内障であっても,CHolladay1やCSRK/T式で安定した結果が得られていることが報告されている4).小児の場合,術後の狙い度数設定は視力発達・弱視予防の観点から非常に重要である.乳幼児の眼軸長は成長とともに伸長するため,将来の近視化を鑑み,術後屈折値を遠視側に設定することが推奨されている.Enyediら5)は,1歳では+6.0D,2歳では+5.0D,3歳では+4.0D,4歳では+3.0D,5歳では+2.0Dを目標にすることを提唱している.しかし,たとえば術後+6.0Dの遠視としてしまうと,術後早期に眼鏡装用が必要となり,視力発達,弱視予防の観点からは不利である.また,近視化の程度には個人差があり,近視化の程度が弱いと,将来的に遠視が残ってしまうことになる.一方,術後屈折値を正視に設定すると,術直後は眼鏡装用が不要となり,視力発達を促しやすくなる利点がある.しかし,その場合はCIOL度数が+30.0Dを超えてしまう可能性があり,使用できるCIOLがないということも想定される.また,挿入されたCIOL度数が大きいほど,たとえ同じ眼軸長変化であっても近視化の程度が強いとの説6)もある.当院では,Enyediらの報告を参考にしているが,術直後強い遠視になることのデメリット,とくにCEUAで検査を行う場合には狙いよりさらに遠視側にずれてしまうリスクを考慮し,彼らの推奨値より控えめの遠視度数とし,とくに+3.0以上の狙い度数を避けるようにしている.CIIIIOLの径先述の通り,低年齢児では水晶体.は小さく,7Cmm径のCIOLは挿入困難である.この点ではC5.5Cmm径のIOLが適しているかも知れないが,現時点でCIOLをC5.5mm径に限定するとシリコーン製,PMMA(polymethylmethacrylate)製のCrigidIOLといった選択肢となってしまう.当科ではおもにC6Cmm径のCIOLを使用している.Pandeyら7)はC2歳未満およびC2歳以上のそれぞれの群で,摘出された小児CIOL挿入眼におけるCIOLの状態を検討し,もっとも水晶体.の歪みが少なかったのは,光学部径がC5.5Cmmで光学部・支持部ともにアクリル素材でできているワンピースCIOLであったこと,また,光学部径がC6.0Cmmで支持部がCPMMAの場合は,水晶体.が支持部に牽引され,.が大きく変形していたことを報告した.しかしながら,5.5Cmm径のアクリル製ワンピースCIOLであっても,生後C5カ月の患児に対して挿入された例では水晶体.の歪みを呈していたことから,やはり生後C6カ月未満の場合,水晶体.の大きさが十分ではなくCIOL挿入は適していないと考えられる.一方,成人と同定度の水晶体.を有するC3,4歳以上の症例では光学径が大きいCIOLのほうが成人,とくに高齢者に比し瞳孔径の大きな小児では適しており,この点ではC7Cmm径CIOLがよいであろう.当院では視軸域の透明性が長期にわたって維持されるCOpticCapture法8)を好んで用いているが,7Cmm径CIOLではレンズ径が大きすぎて,適切な大きさの後.切開を作製することが技1492あたらしい眼科Vol.37,No.12,2020(28)図1小児白内障に対するIOL挿入の手術例患者はC5歳,女児.Ca:層間白内障を認める.b:水晶体吸引はサイドポートから前.下の水晶体上皮細胞も可能な限り吸引,除去した.Cc:後.の連続環状切開を行っているところ.Cd:ワンピースCIOL(本症例はトーリックIOL)を挿入した.Ce:マーカーレスシステム(Callistoeye,CarlZeiss社)を使用し,トーリックCIOLの軸合わせを施行しているところ.Cf:術終了直前.Opticcaptureを用い,IOL支持部は.内,光学部を後.下に固定した.中央部の混濁はCIOL挿入時に迷入した出血で,後.下にあるため洗浄できないが,翌日には消失した.術的に困難である.このような理由もあり,筆者らはおもにC6Cmm径のCIOLを使用している(図1).CIVIOLの種類および素材IOLの素材は,成人と同様に長期間透明性を保持できる疎水性アクリル素材(hydrophobicCacrylic)が多く選択されている.最近,いわゆるCglistening,whiteningなどのCIOLの透明性低下をきたす現象に関して理解が進んできている.同じアクリル素材でも製法などによってはCglistening,whiteningなどをきたしやすいとか,あるいは長期にわたって透明性維持が期待できる,などといった知見も得られてきている.小児の場合,IOLの透明性が長期にわたって維持できるというのはきわめて重要であるので,これらの知見を参考にしてCIOLを選択すべきであろう.デザインとしてはワンピース,スリーピースのどちらも使われているようであり,筆者らが知る限りどちらかが優れているといったエビデンスはない.当院では小さな創口で挿入できること,.が小さな症例でも挿入可能であることなどの理由でワンピースCIOLをおもに使用している.また,筆者らが知る限り着色IOLがよいのかといった点でもエビデンスは得られていないと思われる.筆者らは児の術後の長い人生に鑑み,着色CIOLをおもに使用しているが,これが果たして正しい選択なのか否かは現時点では不明である.CV単焦点IOL,多焦点IOL,トーリックIOL単焦点CIOLで失われる調節力を考慮すると多焦点IOLが,とくに片眼性白内障の児では適しているかもしれない.ただし,小児では術後に屈折値が変化する可能性が高いこと,術後の屈折値が狙いからはずれてしまうこともしばしばみられること,形態覚遮断弱視の可能性がある眼ではコントラスト感度などで単焦点に劣る多焦点CIOLを入れることのデメリットが考えられることなどから,多焦点CIOLが使用されることはほとんどない.当科では単焦点CIOLをもっぱら使用しており,補足的に累進屈折力レンズを眼鏡に用いることで近見,遠見の立体視改善を図っている9).一方,トーリックCIOLに関してはコントラスト感度低下といった問題がなく,小児白内障眼ではしばしば強い直乱視を認める症例があることから,筆者らは積極的に用いている.ただし,加齢に伴う倒乱視化を考慮し,乱視度数の完全矯正ではなく,直乱視を残すようにしている.おわりに小児白内障に対する手術は,難易度が高く,術前後の検査や術後の視能訓練などに手間と時間がかかる割には診療報酬が低く設定されており,経営的な側面からは割に合わない診療となってしまっている.しかし,小児白内障を早期に発見して,適切なタイミングで適切な方法で手術を行うことは,その児の術後の長い人生に大きな影響を与える重要な診療である.IATS1)によってようやくエビデンスレベルの高いデータが得られてきているが,それでもなお,IOLの狙い度数,IOLの素材,デザインなどに関して統一された見解はない.今後は多施設が連携して,IATSのようなエビデンスレベルの高いスタディを日本でも行う必要があると考えられる.文献1)InfantCAphakiaCTreatmentStudyCGroup;LambertCSR,CLynnMJ,HartmannEEetal:Comparisonofcontactlensandintraocularlenscorrectionofmonocularaphakiadur-inginfancy:arandomizedclinicaltrialofHOTVoptotypeacuityatage4.5yearsandclinical.ndingsatage5years.CJAMAOphthalmolC132:676-682,C20142)BluesteinEC,WilsonME,WangXHetal:DimensionsoftheCpediatricCcrystallinelens:implicationsCforCintraocularClensesCinCchildren.CJCPediatrCOphthalmolCStrabismusC33:C18-20,C19963)NagamotoT,OshikaT,FujikadoTetal:AsurveyofthesurgicalCtreatmentCofCcongenitalCandCdevelopmentalCcata-ractsinJapan.JpnJOphthalmolC59:203-208,C20154)VanderveenCDK,CTrivediCRH,CNizamCACetal;InfantCAphakiaCTreatmentStudyCGroup:PredictabilityCofCintra-ocularClensCpowerCcalculationCformulaeCinCinfantileCeyesCwithCunilateralCcongenitalcataract:resultsCfromCtheCInfantAphakiaTreatmentStudy.AmJOphthalmol156:C1252-1260,C20135)EnyediCLB,CPeterseimCMW,CFreedmanCSFCetal:Refrac-tiveCchangesCafterCpediatricCintraocularClensCimplantation.CAmJOphthalmolC126:772-781,C19986)McClatcheyCSK,CHofmeisterEM:TheCopticsCofCaphakicCandCpseudophakicCeyesCinCchildhood.CSurvCOphthalmolC55:174-182,C20101494あたらしい眼科Vol.37,No.12,2020(30)

子どもの遠視への対処法

2020年12月31日 木曜日

子どもの遠視への対処法TreatmentforHyperopiainChildren根岸貴志*I屈折の経年変化と弱視の疫学小児の屈折状態は,出生直後には短い眼軸長の影響でわずかに遠視傾向にあり,幅の広い正規分布を示すが,その後正視を中心に幅の狭い正規分布に変化する.これを正視化(emmetropization)といい,生理的な適応反応と考えられている.屈折状態はC6~9歳ごろまでわずかに遠視が増大し,その後近視化をたどるという古い報告1)があるが,近年は近業作業負荷の低年齢化の影響で,遠視が一時増大することなく一方的に近視化が進行するという報告が増えている.強度遠視は弱視の原因となる.わが国では人口のC0.6%が弱視であると考えられており2),3歳児健診でC4%は要精査となり,要精査として受診した中で弱視は14.6%とメタアナリシスで数値が得られている.弱視は不同視弱視C54%,屈折異常弱視C16%,斜視弱視と不同視弱視の合併がC10%3)といわれており,合計すると弱視のC80%になんらかの屈折異常を伴う(器質性視力障害を除く).その多くが遠視性であり,小児の弱視治療のほとんどは遠視に対する治療と考えてよい.CII遠視の眼鏡処方の目安遠視に対する弱視治療の目安として,米国眼科学会(AmericanCAcademyCofOphthalmology:AAO)のC“PreferredCPracticePattern”の“AmblyopiaCPPP-2017”に表1,2のような指標が示されている4).それに表1弱視になる屈折異常0~1歳1~2歳2~3歳3~4歳近視C≧-5.00C≧-4.00C≧-3.00C≧-2.20C遠視斜視なしC≧+6.00C≧+5.00C≧+4.50C≧+3.50C遠視斜視ありC≧+3.00C≧+2.00C≧+1.50C≧+1.50C乱視C≧3.00C≧2.50C≧2.00C≧1.50C(Preferredpracticepattern.Amblyopiahttp://www.aao.org/ppp)(文献C4より改変引用)表2弱視になる不同視度0~1歳1~2歳2~3歳3~4歳近視C≧-4.00C≧-3.00C≧-3.00C≧-2.50C遠視C≧+2.50C≧+2.00C≧+1.50C≧+1.50C乱視C≧2.50C≧2.00C≧2.00C≧1.50C(Preferredpracticepattern.Amblyopiahttp://www.aao.org/ppp)(文献C4より改変引用)よると,3歳で斜視のない遠視は,両眼とも+3.5D以上であれば,眼鏡を処方したほうがいいとされている.また,3歳で左右差がC1.5D以上ある遠視性不同視がみられた場合は,眼鏡を処方したほうがいいとされている.これはあくまでガイダンスであり,専門家によるコンセンサスに基づいて作成されていて,統計学的な科学的根拠には乏しいという注記も添えられているが,現状はこの値に基づいて診療を行うことが望ましいとされて*TakashiNegishi:順天堂大学大学院医学研究科眼科学〔別刷請求先〕根岸貴志:〒113-8431東京都文京区本郷C3-1-3順天堂大学大学院医学研究科眼科学C0910-1810/20/\100/頁/JCOPY(23)C1487いる.CIII眼鏡処方の手順小児の遠視に対してはじめにしなければいけないことは,眼位の確認である.調節性内斜視を惹起していないかどうか,交代遮閉試験で確認する.角度が大きい場合はCHirshberg試験で確認できるが,不同視弱視の中には微少角斜視を伴うこともあるため,注視を促して交代遮閉試験を行うようにする.つぎに行うのはアトロピン調節麻痺下屈折検査である.硫酸アトロピン点眼液C1%を,両眼にC1日C2回C5日間点眼し,屈折状態を測定する.乳児ではアトロピン眼軟膏を用いても同様の効果が得られるとされる.点眼の期間は施設によって異なるがC5~7日が多い.点眼による副作用として散瞳による羞明がみられるが,抗ムスカリン作用による心拍数増大,顔面の紅潮などの全身合併症を伴う場合もある.これらは鼻粘膜から網細血管内に吸収されて起きるため,鼻根部を点眼後C5分ほど圧迫することで抑制することが可能である.全身合併症は数時間で消失することから,次の点眼時まで持続することは少なく,消失した場合には再度点眼するように指導している.アトロピン調節麻痺下での屈折検査として,据え置き型オートレフラクトメーター,手持ち型オートレフラクトメーターなどを使用することができれば,その値を参考に眼鏡を処方する.据え置き型オートレフラクトメーターは近接性調節の影響を受けやすいことに注意する.手持ち型のオートレフラクトメーターの代表格はCReti-nomax(ライト製作所)である.こちらも近接性調節の影響を受けやすい.スポットビジョンスクリーナー(WelchAllyn社)はC1Cmから測定できるが,極大散瞳状態では測定できず,測定範囲もC±7.5Dまでであることに注意が必要である.スクリーナーという名前の通り,誤差範囲も広く,エラーを拾いやすいことから,参考値にとどめることが望ましい.どうしても測定がむずかしい場合には,検影法で屈折を得る.検査で得られた屈折値に対する眼鏡処方は,5歳未満であれば屈折値そのままを処方する.乱視はC1D未満であれば無視してよい.自然緊張を考慮した屈折値の減弱は行わない.これは低矯正の眼鏡では潜在性の調節性内斜視が誘発されてしまうことがあるためである.また,プリズム効果を考慮して,瞳孔間距離は広めに処方することが望ましい.遠視では瞳孔間距離を大きく処方すると基底外方のプリズム効果が出るために内斜視に対して陽性の影響が出ることと,将来的な骨格の成長に対して備えることもできるからである.5歳以上ですでに眼鏡を装用している場合には,シクロペントラート塩酸塩点眼液C1%を用いて屈折検査をすることもできる.硫酸アトロピン点眼液に比べて調節麻痺効果が少ないことに留意する.また,硫酸アトロピン点眼液に比べて中枢性興奮の副作用が出現しやすいことから,院内でC5分ごとにC3回点眼し,待合室に待機のうえでC1時間後に測定する.5歳以上では調節麻痺下の屈折値そのままを処方してしまうと,生理的調節緊張による近視化により眼鏡が過矯正となり,装用ができない場合がある.シクロペントラート塩酸塩点眼液C1%での調節麻痺下では瞳孔径が極大まで散瞳しないことから,点眼C1時間後に検眼レンズでの眼鏡トライアルを行うことも可能である.調節麻痺下での自覚視力により眼鏡を処方することで,過矯正による度数変更をある程度まで防ぐことが可能である.トライアルがむずかしい場合は,減弱幅として遠視度数の1/2まででC2.0Dを超えない量を生理的調節緊張として調節麻痺下屈折値から差し引くことが可能である.CIV療養費と処方後の留意点弱視および斜視に対して治療用眼鏡を処方した場合,療養費の支給を受けることができる.眼鏡店では立て替え払いとなるが,市区町村担当窓口(国民健康保険の場合),もしくは健保組合や共済組合に療養費支給申請書を請求し,家族が記載して提出する.その際に必要なのが眼鏡処方箋であり,病名と検査項目が記載されていることが必要である.フォーマットは決まっていないが日本眼科医会がひな形を用意しており,『日本の眼科』誌や日本眼科医会のホームページからダウンロードすることもできる.5歳未満ではC1年にC1回,5歳以上ではC2年にC1回給付を受けられ,9歳を越えると対象外となる.眼鏡作製後は装用状態を確認することが必要である.1488あたらしい眼科Vol.37,No.12,2020(24)モダンノーズパッド図1眼鏡の部位名成人用モダン+アタッチメント二段階曲げモダンケーブルタイプモダン図2モダンの形状図3レンズのタイプa:Franklinタイプレンズ.Cb:小玉タイプレンズ.c:累進多焦点レンズ.図4バイフォーカルレンズ(ハイドロタック)

近業による近視化への対処法(ポストコロナ時代を見据えて)

2020年12月31日 木曜日

近業による近視化への対処法(ポストコロナ時代を見据えて)InsightsonMyopiaDuetoRecentNear-VisionWork-AspectsofthePostCorona-VirusEra不二門尚*はじめに学童の裸眼視力1.0に満たない頻度(多くは近視)は,右肩上がりに増加しており(図1a),その理由として屋外活動の減少と近業の増加が考えられている.小学生のスマートフォンの所持率(図1b)は近年急増しており,使用頻度も増加していると考えられる.新型コロナウイルス感染症の影響でリモート授業が行われている学校もa「裸眼視力1.0未満の者」の割合の推移■,■,■,■過去最多あり,今後さらに近視の頻度が増加することが危惧される.本稿では,スマートフォンなどのデジタルデバイスも含めた近業と近視化の関係について,疫学,実験近視からの視点,予防法に関して述べる.bスマートフォン(計)・携帯電話(計)の所有・利用率携帯電話(計)の所有・利用率スマートフォン(計)の所有・利用率55.5%50.2%50.4%46.1%36.6%32.6%30.9%29.9%27.5%28.2%20.9%20.3%30.6%25.4%20.9%20.3%6.0%23.7%27.0%29.4%2.1%17.1%平成平成平成平成平成平成平成平成2223242526272829年度年度年度年度年度年度年度年度小学校図1裸眼視力1.0未満の子どもの割合の推移と小学生のスマートフォン・携帯電話の所有・利用率の推移a:令和元年度学校保健統計(学校保健統計調査報告書).b:平成29年度青少年のインターネット利用環境実態調査(内閣府).裸眼視力1.0未満の者の割合が右肩上がりに増加し,小学生のスマートフォン所持率の急激な増加が示されている.*TakashiFujikado:大阪大学大学院生命機能研究科特別研究講座〔別刷請求先〕不二門尚:〒565-0871大阪府吹田市山田丘1-3大阪大学大学院生命機能研究科特別研究講座0910-1810/20/\100/頁/JCOPY(17)1481---acLensAdded(D)bRef(L-R)(D)-20-10010網膜より後ろに焦点を結ぶボケ→眼軸長延長図2ヒヨコに対する凹レンズ付加による近視モデルヒヨコの近視モデル(ゴーグル型のレンズ付加)(a).凹レンズ付加により眼軸長は伸びる(Cb).付加度数に応じて近視が増加する(Cc).網膜より後ろに焦点を結ぶ遠視性のボケが眼軸長延長のトリガーになると考えられている(Cd).(文献C5より引用)屈折度(D)耳側に凹レンズ付加全視野に凹レンズ付加鼻側に凹レンズ付加-4図3ヒヨコに対する半視野への凹レンズ付加による近視化凹レンズ付加に一致した網膜領域の近視化が有意にみられる.横の点線は対照眼の屈折を示し,横の実線は凹レンズ付加眼の屈折を示す(***p<0.001).網膜局所の遠視性のボケが,近視化を誘起することを示している.(文献C7より改変引用)Ca44書籍b35***40-60-40-200204060水平視野角(°)40-2.5303842362534視距離(cm)調節(D)輻湊角(deg)32-3.0302028-3.5261524-4.02220-5.0101816-6.051412-8.0100①②③④⑤⑥⑦20304050スマートフォン視距離(cm)図4スマートフォン使用時の視距離(a),視距離と輻湊角の関係(b)若年者の書籍読書時の視距離は平均C30Ccmであるのに対して,スマートフォン使用時の視距離は平均C20Ccmと近い.視距離が近いと輻湊角は指数関数的に大きくなる.(文献C10より引用)水平眼位ずれ量(deg)***0.60.40.20.0-0.2-0.4-0.6-0.8-1.0-1.2視距離(cm)図5スマートフォン使用時の視距離と両眼の固視点のずれの関係若年者において,視距離C30Ccm,50Ccmと比較して,視距離C20Ccmでは固視点のずれは有意に大きい.(文献C11より引用)503020視距離∞固視点のずれ=小さい30~50cm固視点のずれ=大きい20cm図6視距離と両眼の固視点のずれのシェーマ視距離C50CcmとC30Ccmでは固視点のずれは小さく有意差はないが,視距離C20Ccmでは有意にずれが大きい.つまり,左右眼で融像できるギリギリのところで見ていることになり,視覚負荷が大きいことを示唆する.遠用近用+プリズム加入:+1.50Dプリズム:3基底内方Δ図7近用部に基底内方にプリズムを組み込んだ遠近両用眼鏡近方視時に輻湊努力を軽減する作用がある.この効果と近用部のプラス度数の加入の効果で,近視進行が抑制されたと報告されている.(文献C12より引用)CabAccommodation[D]/Vergence[MA]Accommodation[D]/Vergence[MA]10-1-2-3-4-51調節0-1-2輻湊-3-4-505,00010,00015,00020,00025,000TIME[msec]05,00010,00015,00020,00025,000TIME[msec]プリズムなしプリズムあり図8近見外斜位の若年者におけるプリズム内方付加時の輻湊と調節の関係視標をC5mからC40cmにステップ状に変化させたときの輻湊(黄線)と調節(赤線右眼,青線左眼)を両眼波面センサーで測定した例.プリズム内方付加時(Cb)に調節反応量が付加しない時(Ca)と比較して減少することがわかる.CIVスマートフォンの視距離と視覚負荷同様に増加するので(図4b),視距離C20cmではC33cmと比較して理論的に視覚系への負荷は大きいといえる.スマートフォン使用時の視距離は平均C20cmと,書筆者らは,スマートフォンで距離を変えて文章を読ん籍を読む場合の視距離(平均C33cm)と比較して短いこだ場合の視線解析を行った.その結果,視距離C50cm,とが報告されている(図4a)10).視距離C20cmをC3330cmと比較して,視距離C20cmでは有意に左右の固視cmと比較すると,調節力はC5D/3DとC1.7倍,輻湊角も点のずれが大きくなった(図5).このことは,20cmの(21)あたらしい眼科Vol.37,No.12,2020C1485-’C-

近視進行の抑制法

2020年12月31日 木曜日

近視進行の抑制法ControllingtheProgressionofMyopia中村葉*はじめに近視は進行し強度近視となると,網膜脈絡膜萎縮,黄斑変性症,緑内障,網膜.離などの病態につながる可能性がある疾患であり,一度強度近視となると不可逆性の変化を生じてしまう.近年の視環境の変化により,近視人口は増加傾向にある.2050年には全世界人口の半数が近視となり,それに伴って強度近視人口も約1割となる可能性が高いと試算されている.これらの報告を受け,WHOは近視を「深刻な公衆衛生上の懸念」であるとして緊急の対策が必要であると指摘している.近視人口の増加は,近視の発症には遺伝因子のみではなく,環境因子が大きく関連していることを示しており,屋外活動が多いほど近視進行が抑制されることも報告されている.屋外活動における近視進行抑制の関連因子についてはいくつか仮説があるが,網膜における光誘導性ドーパミンが関連因子ではないかとの説が有力である.直射日光でなく,建物の陰や木陰における光環境でも効果のあることが示されてきており,可能であれば1日2時間,少なくとも1時間以上の屋外活動が推奨されている1).近視の進行抑制法として,これまでさまざまな光学的な矯正方法や薬物療法が研究されてきた.本稿では,そのなかで近年エビデンスのある方法としてメタ解析でも有効性が示されている低濃度アトロピン点眼,オルソケラトロジー(orthokeratology:OK),特殊デザインソフトコンタクトレンズ(softcontactlens:SCL)について説明する.また,新しい方法として報告されているデフォーカス組み込み(defocusincorporatedmultiplesegment:DIMS)眼鏡も紹介する.I低濃度アトロピン点眼1.基礎知識と作用機序アトロピンはムスカリン受容体拮抗薬(M1.M5)であり,副交感神経末端から放出される神経伝達物質アセチルコリン刺激を抑制し,副交感神経活動を抑制する.ムスカリン受容体は眼のさまざまな部位に存在しており,とくにM3受容体は毛様体,瞳孔括約筋に存在することにより,アトロピンの作用として散瞳,調節麻痺作用が明らかとなる.これまで,このM3受容体を介しての調節麻痺作用が近視進行抑制と関連すると考えられていたが,そのほかの機序として網膜アマクリン細胞におけるドーパミン産生との関連性,強膜や脈絡膜における受容体との関連性などさまざまな機序が考えられており,解明には至っていない.2.近視進行抑制効果低濃度アトロピン点眼液による近視進行抑制効果については1970年代よりいくつかの後ろ向き研究が行われ,1980年代以降ランダム化比較試験も行われるようになってきた.そのなかで,低濃度アトロピンの有効性についてのエビデンスを確立してきた報告として,ATOM1,ATOM-2,ATOM-J,LAMPstudyがある.*YoNakamura:四条烏丸眼科小室クリニック〔別刷請求先〕中村葉:〒604-8152京都市中京区手洗水町652烏丸ハイメディックコート4階四条烏丸眼科小室クリニック0910-1810/20/\100/頁/JCOPY(9)1473等価球面度数の変化量(D)0.00-0.20-0.40-0.60-0.80-1.00-1.20-1.40ベースライン4カ月8カ月12カ月16カ月20カ月24カ月アトロピン0.05%アトロピン0.025%アトロピン0.01%プラセボより変更図1低濃度アトロピン点眼(0.05%,0.025%,0.01%)とプラセボ点眼による屈折度の変化(LAMPstudy)濃度依存性に近視の進行が抑制されている.プラセボ群は1年経過後に0.05%アトロピン点眼に変更することによって近視進行が抑制された.(文献5より改変引用)0.70眼軸長の変化量(mm)0.600.500.400.300.200.100.0ベースライン4カ月8カ月12カ月16カ月20カ月24カ月アトロピン0.05%アトロピン0.025%アトロピン0.01%プラセボより変更図2低濃度アトロピン点眼(0.05%,0.025%,0.01%)とプラセボ点眼による眼軸長の変化(LAMPstudy)図1の屈折度の変化と同様,眼軸長の伸びでも濃度依存性に近視進行抑制効果が認められた.(文献5より引用改変)認められている.さらに,至適濃度を検討するために現在日本においてCDE-127試験が実施されており,3年間の経過観察中である.また,香港においてもCLAMPstudyが行われた.この研究では,0.05%,0.025%,0.01%,プラセボ群のC4群間での比較が行われた(図1,2)5).1年後にプラセボ群はC0.05%アトロピン点眼に変更し,さらにC2年間の経過観察を行った.結果は濃度依存性に近視進行抑制効果は大きく,プラセボからC0.05%アトロピン点眼に変更した群では,点眼変更後明らかに近視進行は抑制されていた.この報告では,0.05%アトロピン点眼は副作用も少なく近視進行抑制効果が高いと結論づけている5).これまでの研究において,0.01%アトロピン点眼では,2年間に屈折度としてC0.22.0.70D,眼軸長C0.10から0.14Cmmの近視進行抑制効果を認めている.また,0.05%アトロピン点眼では,2年間で屈折度ではC1.08D,眼軸長ではC0.42Cmmの抑制効果を認めている.C3.副作用と問題点副作用としては,M3受容体を介したアトロピンの作用としての散瞳作用による羞明感,調節麻痺作用がある.LAMPstudyが行われた香港においては,通常眼鏡装用時においても紫外線があたると遮断することのできる調光レンズを処方することが多く,0.05%アトロピン点眼処方症例においても調光レンズ眼鏡の装用によって羞明などによる脱落が少なく,問題がなかったようである.しかし,濃度が高くなると羞明感や近見障害が起こる可能性が高くなる.現在すでにC0.01%アトロピン点眼薬はシンガポールでは市販されているが,もっとも効果的な至適濃度についてはさらなる検討が必要であると考えられている.副作用が少ない,近視進行抑制効果が高い,リバウンドを生じにくいといった条件を満たす至適濃度の検討が必要である.CIIオルソケラトロジー1.基礎知識と作用機序OKは,夜間就寝時に酸素透過性ハードコンタクトレンズ(hardcontactlens:HCL)を装用し,角膜を平坦化することによって,日中は裸眼で過ごすことのできる近視矯正法である.現在用いられているレンズの構造は四つのカーブをもっており,中央のベースカーブにより角膜を圧迫するとともに,続くリバースカーブへの上皮の移動によってさらに角膜を平坦化する効果を強めている.圧迫するという性質上,適応度数には制限があり,C.4.0Dくらいまでの屈折度の症例に適した方法である.OKによる近視進行抑制効果の作用機序としては,軸外収差説が考えられている.OKの矯正において,視軸の焦点は網膜上にあるが,周辺では角膜のスティープ化により焦点がやや手前に合うため,単焦点眼鏡のような周辺における遠視性デフォーカスが起こらないためであるという説である(図3)6).しかし,OKの近視進行抑制効果の作用機序については,多焦点性などほかの機序の関与も示唆されており,解明されていない部分もある.C2.近視進行抑制効果2年間の比較試験での報告がいくつか出ており,2011年CKakitaら7),2012年CChoら8),Santodomingo-Rubi-doら9)の報告によると,単焦点眼鏡と比較してそれぞれC36%,42%,32%の眼軸長による近視進行抑制効果が認められている.また,トーリックレンズによる矯正でも近視進行抑制効果が認められており,52%の効果があったとの報告がその後なされている10).OKには矯正限界があるが,残った屈折は眼鏡で追加矯正を行っても近視進行抑制効果が認められ,63%の強い効果があったとの報告もある11).これまでの報告から眼軸長による検討においてC30.60%と効果にばらつきはあるが,効果のあることは明らかになってきている.OKは中国やシンガポール,香港などの東アジア,ヨーロッパを中心として処方されており,そのほとんどが学童に対する近視進行抑制効果を期待しての処方となっているのが現状である.2016年,日本国内のアンケート調査でもC25%が小学生,41%が中学生.19歳に対する処方となっていた.2017年ガイドラインが,20歳未満に対する処方について慎重処方と変更になったこともあり,近視進行抑制を期待しての学童への処方が増えつつある.(11)あたらしい眼科Vol.37,No.12,2020C1475ab角膜周辺部がスティープ化網膜後方に結像してしまう図3オルソケラトロジー(OK)による近視進行抑制効果のメカニズムa:通常眼鏡矯正の場合の周辺部の焦点位置.通常眼鏡による矯正では周辺部の焦点位置が網膜面よりも後方に生じる.このことが眼軸長を伸長させるきっかけとなると考えられている.Cb:OKレンズ矯正の場合の周辺部の焦点位置.OKレンズにより角膜周辺部は上皮の移動を含む形状変化によりスティープ化する.このため焦点位置は網膜面より後方に生じることはなく,眼軸長伸長を抑制できる可能性がある.(文献C6より引用)ab図4MiSightのレンズデザインa:中心は遠用,周辺に向けて同心円状に遠近の屈折度数が配列する多焦点コンタクトレンズ(MSCL).中心の遠用部はC3.36Cmm,加入度数は+2.0D.Cb:遠用部と近用部があることにより,網膜面状に焦点を結ぶと同時に,網膜前方に二つ目の焦点を結んでいる.(CooperVisionMiSight1dayホームページより改変引用)Cab4332.52211.501-10.5-20-3-0.5-4-1Opticzonediameter(mm)図5累進屈折型多焦点ソフトコンタクトレンズのデザイン(EDOFとDISC)a:Extendeddepthoffocus(EDOF)効果を示す累進屈折型MSCL.さまざまな屈折度をもつレンズの組み合わせによってCEDOF効果を生じ,近視進行抑制効果が得られると考えられている.MYLOとして市販されている.Cb:DefocusCincorporatedCsoftCcontactClens(DISC)のデザイン.中心遠用,周辺に遠用と+2.5D加入の近用部位を交互に同心円状に組み入れ,周辺の焦点位置をぼやけさせている.(文献C17より改変引用)Opticzonediameter(mm)-4-3-2-101234中心9mmのみ遠用+3.5D加入の入った矯正度数傍中心部径3.3cmの部分に約400個のセグメント図6Defocusincorporatedmultiplesegment(DIMS)眼鏡のデザイン(文献C19より引用改変)ザインを比較するとドットデザインのほうが眼軸伸長抑制効果が高かったことより,ドットデザインのデフォーカス組み込み(defocusincorporatedmultiplesegment:DIMS)眼鏡が作製され,海外では市販されている.しかし,焦点のばらつきがあると眼軸伸長の制御機構が機能しない可能性も指摘されている.図6に示すように,DIMS眼鏡は中心C9Cmmの遠用度数の周囲に約C1Cmm径の+3.5Dのドット状の加入レンズを散りばめたデザインとなっている19).日本では市販されていないが,香港と中国では市販されている眼鏡である.C2.近視進行抑制効果現在のところ多施設研究などはまだ行われていないが,2年間の比較試験で屈折度C52%,眼軸長C62%と良好な近視進行抑制効果が認められている.SCLでは装用時間にばらつきが出てしまうが,眼鏡装用時間はC1日15時間程度とかなり長時間装用となっていることが大きな効果を生んでいる可能性もある.現在,中国では多施設研究が行われているようであり,今後の結果が待たれる.C3.合併症と問題点一部の症例では周辺部のぼやけの訴えが一時的にあったが,ほとんどの症例で問題なく装用できており,自覚的な訴えとしては単焦点眼鏡と差はなかったと報告されている.多施設研究においても有効性が証明されれば,有効な近視進行抑制手段となる可能性がある.おわりに現在のところ,さまざまな方法の比較をしたレビュー論文では,アトロピン点眼,OK,多焦点CSCLについては有効性が認められてきている20).また,低濃度アトロピン点眼とCOKの併用の有効性も報告されている21).現在もさまざまな薬物療法や光学的方法が試みられており,もっとも効果的で安全な近視進行抑制法の確立が求められている.文献1)SherwinCJC,CReacherCMH,CKeoghCRHCetal:TheCassocia-tionbetweentimespentoutdoorsandmyopiainchildrenandadolescents:aCsystematicCreviewCandCmeta-analysis.COphthalmologyC119:2141-2151,C20122)ChuaCWH,CBalakrishnanCV,CChanCYHCetal:AtropineCforCtheCtreatmentCofCchildhoodCmyopia.COphthalmologyC113:C2285-2291,C20063)TongL,HuangXL,KohALetal:Atropineforthetreat-mentCofCchildhoodmyopia:e.ectConCmyopiaCprogressionCafterCcessationCofCatropine.COphthalmologyC116:572-579,C20094)ChiaCACChuaCWH,CWenCLCetal:AtropineCforCtheCtreat-mentCofCchildhoodmyopia:changesCafterCstoppingCatro-pine0.01%C,0.1%and0.5%C.AmJOphthalmolC157:451-457,C20145)YamJC,LiFF,ZhangXetal:Two-yearclinicaltrialoftheClow-concentrationCatropineCforCmyopiaCprogression(LAMP)study:Phase2report.OphthalmologyC127:910-919,C20206)平岡孝浩:近視進行予防の治療2.オルソケラトロジー.あたらしい眼科37:527,C20207)KakitaCT,CHiraokaCT,COshikaT:In.uenceCofCovernightCorthokeratologyConCaxialCelongationCinCchildhoodCmyopia.CInvestOphthalmolVisSciC52:2170-2174,C20118)ChoCP,CCheungSW:RetardationCofCmyopiaCinCorthokera-tology(ROMIO)study:aCrandomizedCcontrolledCtrial.CInvestOpthalmolVisSciC53:7077-7085,C20129)Santodomingo-RubidoJ,Villa-CollarC,GilmartinBetal:CMyopiaCcontrolCwithCorthokeratologyCcontactClensesCinSpain:refractiveCandCbiometricCchanges.CInvestCOphthal-molVisSci53:5060-5065,C201210)ChenCC,CCheungCSW,CChoP:MyopiaCcontrolCusingCtoricorthokeratology(TO-SEEstudy)C.CInvestCOphthalmolCVisCSciC54:6510-6517,C201311)CharmCJ,CChoP:HighCmyopia-partialCreductionCortho-k:aC2-yearCrandomizedCstudy.COptomCVisCSci90:530-539,C201312)日本眼科医会:オルソケラトロジーに関するアンケート調査の集計結果報告(平成C30年度).日本の眼科C90:198-206,C201913)FujikadoT,NinomiyaS,KobayashiT:E.ectoflow-addi-tionsoftcontactlenseswithdecenteredopticaldesignonmyopiaCprogressionCinchildren:aCpilotCstudy.CClinCOph-thalmol23:1947-1956,C201414)Ruiz-PomedaA,Perez-SanchezB,VallsIetal:MiSightassessmentstudyCSpain(MASS)C.CAC2-yearCrandomizedCclinicalCtrial.CGraefesCArchCClinCExpCOphthalmolC256:C1011-1021,C201815)ChamberlainCP,CPeixoto-de-MatosCSC,CLoganNSCetal:AC3-yearrandomizedclinicaltrialofMiSightlensesformyo-piacontrol.OptomVisSciC96:556-567,C2019(15)あたらしい眼科Vol.37,No.12,2020C1479-

眼球形状の経年変化

2020年12月31日 木曜日

眼球形状の経年変化Age-RelatedChangesinEyeballShape山下高明*はじめに屈折は角膜屈折力,水晶体屈折力,眼軸長のC3要素で決まる.角膜形状と眼軸長によるピントのズレを補正するように変化する水晶体を除くと,角膜形状と眼軸長,すなわち眼球形状の個人差によって近視・遠視・乱視のような屈折の個人差が生じることになる.眼球形状の個人差がどの時点でどんな原因によって決まるかという視点から考えると,新たな検討すべき屈折異常の要因が浮かび上がってくる.今回は緑内障専門医の立場から眼球形状の経年変化について考察する.CI遺伝と胎内での眼球形状変化本稿では詳しく述べないが,顔かたちの個人差に遺伝の影響が大きいように,眼球形状に対しても遺伝は大きな要因であることは間違いない1).一方で,胎内での眼球発生の個人差についての報告はほとんどなく,胎内の眼球形状を低侵襲で簡便に測定できる機器の開発が待たれる.現時点では,遺伝子と発生の結果としての出生時の眼球形状から,胎内での眼球形状の変化を推察することになる.妊娠週数C32.40週で出生した新生児の眼軸長,前房深度,硝子体長を比較すると,週数が長くなるにつれて,それぞれ週あたりC0.14mm,0.028mm,0.11.mm大きくなったが,水晶体厚は有意な変化を認めなかった2).妊娠週数C32週以降の胎内では前眼部,後眼部ともに眼球全体が急速に大きくなっていると推察される.II乳児期出生時の眼軸長には個人差があり,平均では約C16.mmと報告されている3).成人では正視の眼軸長はC24.mm程度なので,眼軸長としてはC1.5倍,眼球容積としてはC1.5のC3乗で約C3倍に拡大することになる.妊娠後期に引き続いて乳幼児期も眼球は前眼部も後眼部も急速に大きくなる(図1,proportionalCenlargement).角膜曲率半径が大きくなることで角膜屈折力は低下するが,眼軸長が長くなるため相殺されて屈折の変化は少ない.眼軸長としてはC2歳までに約C22.mmまで大きくなるが,個人差も大きくなりC20.mm以下の眼やC25.mm以上の眼も出てくる4).2歳ごろまでの眼球拡大に関してもっとも影響を与えると考えられているのは,眼圧と角強膜伸展性である.小児緑内障では病的な眼圧上昇によって,角膜径の含め眼球全体が大きくなり牛眼と呼ばれる状態になる.正常眼でも判で押したようにすべての眼の眼圧と眼球壁伸展性が一緒ということはありえず,個人差がある.角強膜伸展性が大きく,眼圧が高い眼では眼球全体が大きくなり,逆に角強膜伸展性が小さく,眼圧が低い眼では眼球全体が小さくなる.未熟児と満期産児を比較すると未熟児のほうが眼圧が高く(13.25Cvs12.22.mmHg),角膜厚も厚い(524.720Cvs489.650.μm)5).つまり眼圧と角強膜伸展性の間でバランスがとれるまで,眼圧によって眼球が拡大していくと考えられる.ただし,正確な眼内圧(真の眼圧)を測定することは,成*TakehiroYamashita:鹿児島大学大学院医歯学総合研究科感覚器病学眼科学〔別刷請求先〕山下高明:〒890-8520鹿児島市桜ケ丘C8-35-1鹿児島大学大学院医歯学総合研究科感覚器病学眼科学C0910-1810/20/\100/頁/JCOPY(3)C1467眼圧,強膜伸展性栄養強膜硬化核白内障前眼部・後眼部ともに拡大主に赤道部が拡大ProportionalenlargementExcessiveenlargement眼球拡大停止または持続後眼部局所が拡大Focalenlargement眼球拡大が大きく持続する場合後部ぶどう腫・病的近視図1眼球形状の経年変化時期によって影響する要因が変化する.学童期に眼球の伸びる方向図2卵型眼球での成長期の眼底変化眼球赤道部が伸びると眼底写真では矢印のように黄斑に向かって伸びることになる.視神経乳頭耳側ではコーヌスが拡大し,上下ではアーケード血管が黄斑方向にシフトし,鼻側では神経線維が視神経乳頭に乗り上げてくる.く,平均身長がほとんど変化していないインドとバングラディッシュでは若年世代ほど近視頻度が増加する傾向はない.逆に老年世代ほど近視頻度が増加しているが,これは低栄養で加齢が早くなり,核性近視が増加したことが原因とされている13).先進国では現在のC90歳代と比較するとC60歳以下は,身長は高く,スタイルはよく,顔は立体的になっているのに,眼球形状だけ変化しないということはありえない.日本の久米島疫学調査でも世代が若いほど身長が高く,眼軸長が長い傾向があった13).現代の日本人小学生を対象にした研究では,食事が日本的よりも西洋的なほうがCbodyCmassindexが大きく,眼軸長が長かったことから14),小児期の栄養状態が身長だけでなく,眼軸長にも影響しているといえる.CIV学童期赤道部の眼球壁が伸びていく要素が大きい眼では,眼底に大きな変化が生じてくる.図2のように赤道部が伸びる場合に眼底写真では黄斑に向かって伸びることになる.このような卵形の眼の成長期の眼底写真変化は,図2の同一眼のC9歳時とC14歳時を見比べるとわかる.視神経乳頭およびその周辺の変化が大きいことがわかる.視神経はほとんど動かないため,眼球壁が進展するにしたがって,視神経乳頭が傾斜し,視神経乳頭の上下ではアーケード血管が黄斑側へシフトし15),耳側ではコーヌスが大きくなり,鼻側では神経線維が乗り上げて隆起してくる16).図2の光干渉断層計の横断面では,耳側のコーヌスが拡大し,鼻側の神経線維の乗り上げ(乳頭周囲神経線維隆起)が高くなっているのがわかる.これらの個人差は,緑内障の視野障害パターンや正常眼データベースと比較する光干渉断層計の緑内障診断に影響してくる17).CV成人成長期が終わると眼球の成長も止まる眼が多いが,一部の眼では成人になっても眼軸長が伸び続ける.それは強度近視眼だけではなく,遠視眼でも起こる.病的近視が含まれない開放隅角緑内障C125眼で約C5年間の眼軸伸長を測定したところ平均C0.035Cmm伸びており,予想に反して最初の時点での眼軸長が短いほど,眼軸長の伸びが大きい傾向がみられた18).このことから成人してから眼軸長が伸びる眼は,眼軸長に限らず,眼球伸長が止まる要素が完全に働かなった眼であると考えられる.現在のところなぜ眼球の成長が止まったり,止まらなかったりするのかはわかっていないが,眼球壁の硬化が影響しているのではないかと筆者は考えている.おわりに緑内障研究で,バイオメカニクスの重要性に気づき,さまざまな仮説を立てて研究してきたが,眼球形状の個人差とは顔かたちの個人差に似ており,単純ではない.今回は経年変化という時間軸で要因を述べたが,地域差,世代間の差も考慮する必要がある.時間軸の要因も人によって長く続く場合もあれば,強い場合もあり,それを統計学で仕分けていく必要がある.眼球形状の個人差の研究はまだ始まったばかりであり,本稿をみた先生方が眼球形状のたくさんの謎に興味をもって,少しでも解明されることを願っている.文献1)SpaideCRF,COhno-MatsuiCK,CYannuzziLA:PathologicCmyopia.CSpringer.C20142)YangCJ,CWangCQ,CLiCCCetal:TheCdevelopmentCofCocularCbiometricCparametersCinCprematureCinfantsCwithoutCreti-nopathyCofCprematurity.CCurrCEyeCRes.CEpubCaheadCofCprint,C20203)Axer-SiegelCR,CHerscoviciCZ,CDavidsonCSCetal:EarlyCstructuralCstatusCofCtheCeyesCofChealthyCtermCneonatesCconceivedCbyCinCvitroCfertilizationCorCconceivedCnaturally.CInvestOphthalmolVisSci48:5454-5458,C20074)LinCH,CLinCD,CChenCJCetal:DistributionCofCaxialClengthCbeforeCcataractCsurgeryCinCchineseCpediatricCpatients.CSciCRepC29:23862,C20165)UvaCMG,CReibaldiCM,CLongoCACetal:IntraocularCpressureCandCcentralCcornealCthicknessCinCprematureCandCfull-termCnewborns.CJAAPOSC15:367-369,C20116)GroverCS,CZhouCZ,CHajiCSCetal:IntraocularCpressureCinCprematureClowCbirthCweightCinfants.CJPediatrOphthalmolStrabismusC53:300-304,C20167)LiCSM,CIribarrenCR,CLiCHCetal:IntraocularCpressureCandCmyopiaCprogressionCinCChinesechildren:theCAnyangCChildhoodCEyeCStudy.CBrJCOphthalmolC103:349-354,C20198)MayCA:Non-vascularCsmoothCmuscleCcellsCinCtheChumanchoroid:distribution,CdevelopmentCandCfurtherC1470あたらしい眼科Vol.C37,No.C12,2020(6)’C-

序説:屈折矯正に関する話題

2020年12月31日 木曜日

屈折矯正に関する話題UpdatedMedicalInformationrelatedtoRefractiveErrorsandTheirCorrections木下茂*今回の特集では,盛花的ではあるが,今,注目されている,そして話題となっている,屈折矯正に関する内容を集めてみた.『あたらしい眼科』は,発刊当初から「重厚長大ではなく軽薄短小」をめざしてきた.一口で言えば,寝転がっても読める,そして診療に役立つ,そのような内容と書きぶりをめざしてきた.もちろん内容そのものはサイエンスに裏付けされていることが必要である.さて,ここでは,編者としてというよりは私の個人的な立場で屈折矯正についてのいくつかの妄想(?)を述べさせていただく.まず,角膜形状そして眼球形状の変化についてである.正常者の角膜形状の多くは角膜直乱視あるいは角膜倒乱視であり,角膜斜乱視は珍しい.加齢との関係でいえば,加齢とともに角膜倒乱視の人が増加してくる.この現象は,角膜の骨格を形成しているコラーゲンの走行と角膜輪部あたりへのアンカリング構造にも関係しているようである.実際,英国のCKeithMeekらはCX線解析でこの構造のあらましを証明している1).さらに,角膜表層と角膜深層のコラーゲン走行に違いがあることも見逃せない.この観点からみれば円錐角膜はユニークである.多くの場合,円錐角膜の極く初期は角膜斜乱視から始まるように思われるからである.角膜の骨格を形作るコラーゲン構造の伸展と部分的断裂が不規則に生じていることを想像させる.眼球形状を考えると軸性近視で眼軸長が延長していくときには,黄斑を中心に後方に伸展していくことが多いようであり,視神経の眼球付着部,すなわち乳頭近傍では経年的には解剖学的ひずみが強くなっていくことが指摘されている.高度近視と正常眼圧緑内障の関連からみると非常に興味あるところである.以上のような視点も含めて,山下高明先生の眼球形状の経年変化,さらには島﨑潤先生の軽度円錐角膜の屈折矯正手段を読み進めてみると面白い.次に,小児の屈折異常,とくに近視とその進行抑制についてである.私が研修医を始めたC50年ほど前には,近視発生機序については,大塚任先生の屈折・眼軸長両因説と佐藤邇先生の水晶体屈折説をめぐる大論争があった.基本的には,そのような議論の延長線上から近視進行抑制法として周辺網膜面上の遠視性デフォーカスを改善させる複数の手段が認められてきたように思われる.スマホ近視の発生機序も形は違うが古くから考えられていたことになる.近視発症の研究に興味ある方々は近視論争にかかわった原著を振り返ると面白いだろう.ここでは,中村葉先生の小児の近視の進行抑制法,根岸貴志先生の子どもの遠視への対処法,日下俊次先生*ShigeruKinoshita:京都府立医科大学感覚器未来医療学講座C0910-1810/20/\100/頁/JCOPY(1)C1465

クリプトコックスによる真菌性眼内炎の1例

2020年11月30日 月曜日

《原著》あたらしい眼科37(11):1455.1458,2020cクリプトコックスによる真菌性眼内炎の1例福井歩美*1,2永田健児*1寺尾信宏*1外園千恵*1*1京都府立医科大学大学院医学研究科視機能再生外科学*2京都府立医科大学附属北部医療センターCARareCaseofEndophthalmitisCausedbyCryptococcusneoformansCAyumiFukui1,2)C,KenjiNagata1),NobuhiroTerao1)andChieSotozono1)1)DepartmentofOphthalmology,KyotoPrefecturalUniversityofMedicine,2)NorthMedicalCenter,KyotoPrefecturalUniversityofMedicineC眼内炎を契機にクリプトコックス感染症を診断した症例を経験した.症例はC85歳,男性.右眼の飛蚊症を主訴に受診した.初診時に右眼底に白色の滲出斑,硝子体混濁を認めた.全身検査を行うも原因の特定には至らず,CbDグルカンは陰性であり,ステロイドCTenon.下注射を施行した.一時的に視力,症状は改善したが,3カ月後に硝子体混濁が増悪したため硝子体手術を施行した.硝子体塗抹から酵母型真菌を認め,術翌日より抗真菌薬の全身投与を開始した.その後,硝子体培養よりCCryptococcusneoformansを検出した.抗真菌薬の長期内服により白色病変は徐々に縮小したが,術後約C7カ月で他疾患のため死亡した.クリプトコックス属は莢膜に菌体が包まれており,CbDグルカンは検出されず陰性となる.真菌性眼内炎を疑い,CbDグルカンが陰性の場合はクリプトコックス抗原の検査や硝子体液の培養を行うことが有用である.CPurpose:ToCreportCaCrareCcaseCofCendophthalmitisCcausedCbyCCryptococcusCneoformans.Casereport:An85-year-oldmalepresentedafterbecomingawareofa.oaterinhisrighteye.Uponexamination,whiteexudatesandvitreousopacitywereobservedontherightfundus.Sincetheresultsofasystemicexaminationfailedtoiden-tifyCtheCcauseCofCintraocularCin.ammation,CandCb-D-glucanCwasCnegative,CaCsub-tenonCinjectionCofCtriamcinoloneCacetonidewasperformed.Althoughhissymptomstemporarilyimproved,vitreousopacityworsenedfor3months,soCvitrectomyCwasCperformed.CAtC1-dayCpostoperative,CaCvitreousCsmearCrevealedCaCyeastCfungus,CandCsystemicCadministrationCofCanCantifungalCdrugCwasCstarted.CC.CneoformansCwasCthenCdetectedCinCtheCvitreousCculture.CTheClong-termCadministrationCofCtheCantifungalCdrugCgraduallyCreducedCtheCwhiteClesion,Chowever,CtheCpatientCdiedCofCanotherCdiseaseC7CmonthsCafterCsurgery.CConclusion:SinceCtheCCryptococcusCbodyCisCencapsulated,CitCcannotCbeCdetectedbyb-D-glucan.Thus,incasesofendophthalmitiswithsuspectedfungalinfectionyetnegativeb-D-glu-can.ndings,avitreouscultureshouldbecheckedfortheCryptococcusCantigen.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C37(11):1455.1458,C2020〕Keywords:クリプトコックス眼内炎,クリプトコックス・ネオフォルマンス,CbDグルカン,抗真菌薬,フルコナゾール.cryptococcalendophthalmitis,Cryptococcusneoformans,bD-glucan,antifungaldrug,.uconazole.Cはじめにクリプトコックス症はCCryptococcus属による感染症で,真菌感染症の一種である.おもに肺や皮膚から感染して病巣を形成する.肺炎として発症する肺クリプトコックス症が多いが,とくに中枢神経系に播種し,髄膜炎へ移行すると予後が悪いとされる1).また,クリプトコックス髄膜炎は約C40%に視力低下や眼筋麻痺,眼内炎,乳頭浮腫やCMariotte盲点拡大,視神経萎縮などの眼症状を合併するという報告2.5)がある.しかし,クリプトコックス感染症において,クリプトコックス眼内炎のみを認める報告はきわめてまれ6,7)であり,クリプトコックス眼内炎の治療法は確立されていない8,9).すでに他臓器がクリプトコックス症に罹患している場合は,上記の眼症状を認めた際に眼球への感染を疑う10)ことができるが,眼症状のみの場合にクリプトコックス症を鑑別にあ〔別刷請求先〕永田健児:〒602-0841京都市上京区河原町通広小路上ル梶井町C465京都府立医科大学大学院医学研究科視覚機能再生外科学Reprintrequests:KenjiNagata,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology,KyotoPrefecturalUniversityofMedicine,465Kajii-cho,Hirokoji-agaru,Kawaramachi-dori,Kamigyo-ku,Kyoto602-0841,JAPANC図1初診時の画像検査a:初診時の広角眼底写真.塊状の硝子体混濁(.)を認めた.b:初診時の光干渉断層計(OCT).上:網膜上に沈着物(.)を認めた.下:白色病巣のCOCT.網膜内層に高輝度な病変(.)を認めた.Cc:初診時のフルオレセイン蛍光造影.病巣部位は低蛍光(.)であり,病巣の近傍の血管から淡い漏出(.)を認めた.げることは容易ではない.今回,眼症状を契機にクリプトコックス感染症と診断され,抗真菌薬の長期投与により軽快した症例を経験したので報告する.CI症例患者:85歳,男性.既往歴:高血圧,糖尿病,肝硬変,腹部大動脈瘤術後,肺癌,前立腺癌.中心静脈栄養や免疫抑制薬の使用はなかった.現病歴:10日前より右眼に飛蚊症と霧視を自覚し,当科を受診した.鳥類の飼育歴はなく,野生の鳥類との接触もなかった.初診時所見:視力は右眼(0.8),左眼(1.0),眼圧は右眼17CmmHg,左眼C14CmmHgであった.右眼には角膜後面沈着物,白内障と塊状の硝子体混濁,網膜に白色病巣を認めた(図1a).左眼は異常所見を認めなかった.光干渉断層計(opticalCcoherencetomography:OCT)では右眼の網膜内層に高輝度な病変を認め,網膜上には沈着物を認めた(図1b).病巣部に脈絡膜肥厚は認めなかった.フルオレセイン蛍光造影では病巣部位は低蛍光であり,病巣の近傍の血管から淡い漏出を認めた.視神経乳頭の造影は正常であった(図1c).全身検査所見:白血球数は正常範囲であり,CRP(反応性蛋白)はC0.87Cg/dlと軽度上昇していた.その他一般血液検査に明らかな異常所見を認めなかった.可溶性インターロイキンC2レセプターは軽度上昇(530CIU/ml)を認め,アンギオテンシンCI転換酵素(ACE)はC9.1U/mlと正常であり,CbDグルカンは陰性であった.結核菌CIFN-g測定(T-SPOT.TB)は陽性であったが追加で行った喀痰検査で抗酸菌は陰性であったことから,結核の既感染が示唆された.胸部CX線では肺癌治療後の瘢痕性病変は認めるものの,肺門リンパ節腫脹や肺炎などを疑う所見は認めなかった.臨床経過:原因不明のぶどう膜炎として,まずはトリアムシノロンアセトニドCTenon.下注射(sub-TenonCtriam-cinoloneCacetonideinjection:STTA)を施行した.注射後一時的に視力はC1.0まで回復し,硝子体混濁の改善を認めたが,STTA80日後には視力がC0.02まで低下し,硝子体混濁も悪化したため硝子体手術を施行した(図2).硝子体は全体的に混濁しており,透見不良で,網膜血管に沿った白色沈着物と黄斑の耳側に白色病巣を認めた(図3a).術中に採取した硝子体の塗抹検査で酵母型真菌が検出されたため,真菌性眼内炎として,術翌日からボリコナゾールC400Cmg/日の内服で治療を開始した.術後C9日目に硝子体培養よりCCryptococ-cusneoformans(図3b)を検出し,追加で行った血液検査よりCCryptococcusneoformans抗原を検出した.これらの結果からクリプトコックス性眼内炎と診断し,眼球以外の病変検図2STTA80日後の広角眼底写真硝子体混濁(.)が増悪し,網膜血管に沿った白色沈着物(.)を認めた.図4最終受診時の広角眼底写真硝子体混濁は改善し,白色病巣(.)は縮小している.血管に沿った沈着物は著明に改善した.索を行った.神経学的所見に異常はなく,髄膜刺激症状も認めないことから髄膜炎は否定的であった.喀痰検査と血液培養は陰性,胸部CCTにて肺野に感染巣を疑う所見はなく,ガリウム(Ga)シンチグラフィにおいても右眼球以外に明らかな異常集積は認めなかった.その後,ボリコナゾールの硝子体内注射をC2回施行したが効果は明らかではなかったため,内服薬をクリプトコックスの第一選択薬のフルコナゾールC400Cmg/日に変更した.しかし,改善が乏しかったためにアムホテリシンCBリポソーム150Cmg/日の投与に変更したが,全身倦怠感,低CK血症,嘔気,食欲減退などのアムホテリシンCBの副作用を生じたため継続困難となり,フルコナゾールの内服を再開した.その後はフルコナゾールを漸減し(200Cmg/日),約C7カ月にわた図3術中写真と培養結果a:術中写真.硝子体混濁を取り除くと,網膜血管に沿った白色沈着物と黄斑の耳側に白色病巣(.)を認めた.Cb:採取した硝子体の培養からCCryptococcusneoformansの菌体を認めた(墨汁染色).る長期内服を行った.内服を開始した当初の数カ月は眼底の白色病巣は徐々に縮小したが,内服期間が長期になるにつれて,改善速度は低下したものの,視力は緩徐に改善した.なお,本症例は当科で治療中に,消化器内科にて肝臓癌が指摘され,放射線治療が開始されたが改善に乏しく,術後C7カ月の眼科診察の後に死亡した.最終来院時の視力はC0.5であった(図4).CII考按クリプトコックス症はCCryptococcus属真菌により発症し,おもにCCryptococcusneoformansが原因真菌であることが多い.Cryptococcusneoformansは通常土壌に生息し,ハトなどの鳥類の糞便中で増殖する.乾燥することで空気中に飛散し,吸入され,肺に感染巣を作ることが多い11).また,クリプトコックス症は多くの場合,悪性腫瘍,糖尿病,膠原病,血液疾患,ステロイド・免疫抑制薬投与や腎移植後,HIV感染症などの基礎疾患をもつ患者に発症し,基礎疾患をもたない健常人の発症は全体のC20%とされる12).本症例については,鳥類の飼育歴やハトなどの野生の鳥の接触歴はなく,具体的な感染経路は特定できなかった.しかし,高齢であり,糖尿病や肺癌,前立腺癌など基礎疾患が多数認められることや,治療中に肝臓癌が発見されたことから,感染のリスクは健常人に比べ高いと考えられた.また,肺癌に対して放射線,化学療法後であったことや,以前より胸水貯留を認めていたことから,肺野の評価が困難であった.したがって,胸部CCTで明らかな感染巣は認めなかったものの,肺が感染源の可能性が高い.本症例では前眼部に角膜後面沈着物,中間透光体には塊状の硝子体混濁,眼底には網膜に白色病巣を認め,OCTでは網膜内層を中心とした病変を認めたことから,サルコイドーシスや真菌性眼内炎が鑑別疾患にあげられた.血液検査では,可溶性インターロイキンC2レセプターが軽度上昇しており,bDグルカンは陰性であった.さらに中心静脈栄養の既往もなく,真菌性眼内炎と診断する根拠がないため,原因不明のぶどう膜炎としてCSTTAを施行した.STTAで一時的に所見が改善したが,硝子体混濁の悪化がみられたため硝子体手術を行い,採取した硝子体の解析を行った.Cryptococ-cus属は莢膜に菌体が包まれており,真菌のマーカーであるCbDグルカンは検出されず陰性となる11).診断には墨汁染色による菌体の確認や培養検査,抗原検査が有用である.本症例においては,CbDグルカンは陰性であったが,クリプトコックス抗原の検査や,硝子体液の培養でCCryptococcusneoformansの菌体を検出したことで,クリプトコックス性眼内炎と診断した.一般的にステロイド治療への反応が不良なぶどう膜炎では,硝子体網膜リンパ腫の可能性を考えることが多い.本症例は採取した硝子体における種々の解析結果から,硝子体網膜リンパ腫は否定的であった.このような場合はクリプトコックス眼内炎も鑑別にあげる必要がある.クリプトコックス症の抗真菌薬治療についてわが国の「深在性真菌症の診断・治療ガイドライン」8)では,クリプトコックス脳髄膜炎と肺クリプトコックス症の治療方針は定められているが,本症例のような眼球内のみといった単一部位感染についての治療方針は定められておらず,同様の報告は数例のみであった6,7).それらの報告では,クリプトコックス症が眼球内のみに認められた症例に対して,アムホテリシンCBやフルシトシン,ボリコナゾールなどの抗真菌薬の長期内服を行うことで,病状が改善したと報告されている6,7).本症例においても,抗真菌薬長期投与により良好な経過をたどることができたが,その経過は投与直後から治療効果が顕著に現れるというものではなく,長期的にみて少しずつ改善しているというものであった.前述のガイドライン8)にて,維持療法での第一選択薬はフルコナゾールを推奨されていたため,長期投与の抗真菌薬としてフルコナゾールを選択した.フルコナゾールはアゾール系抗真菌薬の一種であり,真菌の細胞膜の主成分であるエルゴステロールの合成を阻害する.静脈投与と経口投与があり,いずれも生物学的利用能が高く,安全性も高いとされ,長期投与のため経口投与が有用であった.本症例を経て,真菌性眼内炎を疑う症例ではCbDグルカンが陰性であったとしても,クリプトコックス性の眼内炎を鑑別にあげ,クリプトコックス抗原の検査や硝子体液の培養を行うことが有用であることがわかった.また,クリプトコックス性眼内炎の治療には抗真菌薬長期投与が必要であると考えられた.文献1)PerfectJR,DismukesWE,DromerFetal:Clinicalprac-ticeCguidelinesCforCtheCmanagementCofCcryptococcalCdis-ease:2010CupdateCbyCtheCinfectiousCdiseasesCsocietyCofCamerica.ClinInfectDisC50:291-322,C20102)OkunE,ButlerWT:Ophthalmologiccomplicationsofcryp-tococcalCmeningitis.ArchOphthalmolC71:52-57,C19643)HissPW,ShieldsJA,AugsburgerJJ:Solitaryretinovitre-alCabscessCasCtheCinitialCmanifestationCofCcryptococcosis.COphthalmologyC95:162-165,C19884)HilesCDA,CFontRL:BilateralCintraocularCcryptococcosisCwithCunilateralCspontaneousCregression.CReportCofCaCcaseCandreviewoftheliterature.AmJOphthalmolC65:98-108,C19685)KhodadoustAA,PayneJW:Cryptococcal(torular)retiniC-tis.Aclinicopathologiccasereport.AmJOphthalmolC67:C745-750,C19696)VelaCJI,CDiaz-CascajosaCJ,CSanchezCFCetal:ManagementCofendogenouscryptococcalendophthalmitiswithvoricon-azole.CanJOphthalmolC44:e61-e62,C20097)SheuSJ,ChenYC,KuoNWetal:Endogenouscryptococ-calendophthalmitis.OphthalmologyC105:377-381,C19988)深在性真菌症のガイドライン作成委員会:深在性真菌症の診断・治療ガイドライン.2014.協和企画,20149)CustisCPH,CHallerCJA,CdeCJuanCE,Jr:AnCunusualCcaseCofCcryptococcalendophthalmitis.RetinaC15:300-304,C199510)設楽幸治,土屋櫻,矢島照紘ほか:クリプトコッカス球後視神経炎のC1例.あたらしい眼科C16:1745-1748,C199911)武田和明,泉川公一:2.クリプトコックス症.日本胸部臨床73:1019-1028,C201412)PappasPG,PerfectJR,CloudGAetal:CryptococcosisinhumanCimmunode.ciencyCvirus-negativeCpatientsCinCtheCeraofe.ectiveazoletherapy.ClinInfectDisC33:690-699,C2001C***

Purtscher様網膜症で血管新生緑内障を合併し手術に至った1例

2020年11月30日 月曜日

《原著》あたらしい眼科37(11):1449.1454,2020cPurtscher様網膜症で血管新生緑内障を合併し手術に至った1例西島崇敬田中克明武田義玄高木理那榛村真智子木下望髙野博子蕪城俊克梯彰弘自治医科大学附属さいたま医療センター眼科CACaseofPurtscher-likeRetinopathywithNeovascularGlaucomaLeadingtoSurgeryTakayukiNishijima,AkihiroTanaka,YoshiharuTakeda,RinaTakagi,MachikoShinmura,NozomiKinoshita,HirokoTakano,ToshikatsuKaburagiandAkihiroCKakehashiCDepartmentofOphthalmology,JichiMedicalUniversitySaitamaMedicalCenterC緒言:整形外科手術施行後の患者がCPurtscher様網膜症に血管新生緑内障を合併し,手術に至ったC1例を報告する.症例:74歳,男性.当院整形外科にて両側大腿骨頭壊死に対して両側人工股関節置換術を施行された.手術後C18日目に右眼の視力低下を訴え,当科を受診となった.初診時の矯正視力は右眼(0.02),左眼(1.2).両眼底に軟性白斑を認めた.病歴と所見より,Purtscher様網膜症と診断した.初診時よりC2日後に右眼眼圧上昇,隅角出血,蛍光造影検査時に前房内へのフルオレセイン漏出もみられ,血管新生緑内障と診断した.右内頸動脈の高度狭窄と右後頭葉梗塞が確認されたため,眼虚血が強く緊急性が高いと判断し,硝子体手術併用アーメド緑内障インプラントおよび術中に網膜光凝固を施行した.術後の眼圧は安定し,現在は矯正視力C0.3まで改善している.結論:Purtscher様網膜症からも虚血の程度によっては早期に血管新生緑内障に至る場合もあり,経過観察は慎重に行うべきと考える.CPurpose:ToreportacaseofapatientwithcombinedPurtscher-likeretinopathyandneovascularglaucoma(NVG)postorthopedicsurgery.Casereport:A74-year-oldmancomplainedofdecreasedcorrectedvisualacuity(VA)inhisrighteye18-daysafterbilateralhip-replacementsurgery.Inhisrightandlefteye,theVAwas0.02and1.2,respectively,andfundusexaminationrevealedsoftexudates.At2-dayspostinitialpresentation,increasedintraocularpressure(IOP)andC.uoresceinCleakageCintoCtheCanteriorCchamberCwereCobserved,CandCheCwasCdiag-nosedCwithCNVG.CSevereCstenosisCofCtheCrightCinternalCcarotidCarteryCandCrightCoccipitalClobeCinfarctionCwereCcon.rmed.COcularCischemiaCwasCjudgedCtoCbeCstrongCandCofCurgentCconcern,CthusCresultingCinCAhmedCglaucomaCvalveimplantationcombinedwithvitreoussurgerybeingimmediatelyperformed.Postsurgery,theIOPwasstableandCtheCright-eyeCcorrectedCVACimprovingCtoC0.3.CConclusion:EvenCinCPurtscher-likeCretinopathyCcases,CNVGCmaydevelopearlydependingonthedegreeofischemia.Thus,strictfollow-upisrequired.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C37(11):1449.1454,C2020〕Keywords:Purtscher様網膜症,Purtscher網膜症,血管新生緑内障,アーメド緑内障インプラント.Purtscher-likeretinopathy,Purtscher’sretinopathy,neovascularglaucoma,Ahmedglaucomavalveimplantation.CはじめにPurtscher網膜症およびCPurtscher様網膜症は網膜血管閉塞性疾患である1).Purtscher網膜症が外傷に起因する網膜血管閉塞性疾患であるのに対し,Purtscher様網膜症は全身疾患や手術手技などに起因して発症する網膜血管閉塞性疾患である2).Purtscher網膜症はC1910年にCPurtsherが頭部打撲の患者で報告したものが最初であり,典型的な所見は両眼の眼底に多発する綿花状軟性白斑と網膜内出血である3).今回,筆者らは人工股関節置換術後の患者がCPurtscher様網膜症を発症し,内頸動脈狭窄を合併して血管新生緑内障を発症したため手術に至ったC1例を経験したので報告する.〔別刷請求先〕西島崇敬:〒330-0834埼玉県さいたま市大宮区天沼町C1-847自治医科大学附属さいたま医療センター眼科Reprintrequests:TakayukiNishijima,DepartmentofOphthalmology,JichiMedicalUniversitySaitamaMedicalCenter,1-847CAmanumacho,Oomiyaku,Saitama-shi,Saitama330-0834,JAPANCab図1両眼の眼底写真a:初診時.両側で綿花様白斑(Purtscher.ecken)の散在がみられた.Cb:術後.両側で綿花様白斑は軽快がみられた.I症例患者:74歳,男性.初診日:2017年C8月8日.主訴:右眼の視力低下.既往歴:虫垂炎,高血圧,高脂血症,再生不良性貧血,両眼内レンズ挿入眼.現病歴:自治医科大学附属さいたま医療センター(以下,当院)の整形外科にて大腿骨頭壊死に対して両側人工股関節置換術を施行された.手術施行後C18日目,右眼の視力低下を訴えて当院眼科(以下,当科)を受診となった.初診時所見:視力は右眼C0.01(0.02),左眼C1.2(1.2).眼圧は右眼C23CmmHg,左眼C14CmmHgであった.前房は保たれており,炎症細胞を認めず,角膜は混濁や浮腫なく,その他の前眼部所見にとくに異常は認められなかった.両眼の眼底所見としては,多発する軟性白斑を認めた(図1a).Gold-mann視野計による視野検査では,右眼の中心暗点,両眼の左下C1/4盲がみられた(図2a).視野所見から脳梗塞の合併を疑い,初診日の翌日に頭部CMRI/頸部CMRAを施行した.精査の結果,右後頭葉に脳梗塞所見を認めた.また,右内頸動脈に高度狭窄を認めた(図3).以上の病歴と所見より,Purtscher様網膜症の診断に至った.経過:初診時よりC2日後に右眼の眼圧上昇(36CmmHg),隅角出血を認めた.フルオレセイン蛍光造影検査では右眼に著明な造影剤の灌流遅延を認めた(図4).角膜混濁のため隅角,虹彩に新生血管は確認できなかったが,不鮮明ではあるが,前房内へのフルオレセインの漏出がみられ,血管新生緑内障と診断した.まずは網膜光凝固も考慮したが,角膜浮腫が強く施行を断念した.同日,アスピリンC100Cmg内服,降圧薬点眼(ラタノプロスト,ブリモニジン酒石酸塩,リパスジル塩酸塩水和物,ドルゾラミド塩酸塩,チモロールマレイン酸塩),アセタゾラミドC1,000Cmg内服,D-マンニトール点滴を開始し,網膜静脈閉塞症に伴う黄斑浮の合併も疑い抗血管内皮増殖因子薬(アフリベルセプト)硝子体注射を施行した.初診後C7日目にはいったんは眼圧C6CmmHgまで改善がみられた.しかし,右内頸動脈の高度狭窄と右後頭葉梗塞も認めており,眼虚血が強く,急性発症で予後不良症例と判断し,初診後C8日目に硝子体手術併用アーメド緑内障インプ図2両側の動的視野検査a:初診時.右眼の中心暗点,両眼の左下C1/4盲あり.Cb:術後.中心暗点の残存を認めるものの,左下C1/4盲はやや改善がみられた.ラントおよび術中に網膜光凝固を施行した.アーメド緑内障インプラントは,前房留置用を硝子体扁平部よりチューブを硝子体腔に留置した(院内臨床倫理委員会承認済).初診後16日目にアスピリンC100Cmg,クロピドグレル硫酸塩C75Cmgに内服変更し,初診後C21日目に当院脳神経外科にて内頸動脈狭窄に対して頸動脈ステント留置術が施行された(図5).術後はおおむね眼圧C15CmmHg程度で安定して経過し,現在は眼底の白斑は改善しており(図1b),矯正視力C0.3まで改善が得られている.視野は中心暗点の残存を認めるものの,左下C1/4盲はやや改善を認めた(図2b).CII考按Purtscher網膜症はC1910年にCOtmarPurtscherにより,樹から落下した頭部外傷の症例で報告された網膜の血管閉塞性疾患である1).手術手技,全身疾患,急性膵炎,腎不全,結合組織病などの外傷以外が原因のものはCPurtscher様網膜症とされている2).原因は多岐に及び,重量挙げ4)や落雷5)などによる発症も報告されている.多くが両眼性で,視力障害は外傷や関連する疾患から数時間から数日遅れて発症し,中心暗点,傍中心暗点,弓状暗点などの視野障害もみられる.眼底所見としては網膜綿花様白斑,火炎状シミ状出血の所見がみられ,蛍光造影検査では網膜細動脈レベルでの閉塞による灌流遅延,後期相での遅延漏出,視神経からの漏出がみられることもある.以上の臨床所見と蛍光造影検査所見から診断に至る.今回の症例は,整形外科的手術後に視力低下を主訴に発症した症例であり,両眼の網膜に綿花様白斑を認め,蛍光造影検査では灌流遅延を認めていた.また視野検査結果より右後頭葉に脳硬塞を認め,右内頸動脈狭窄も認めていたことから,本症例では,もともと内頸動脈狭窄狭窄に伴う眼虚血の状態が起きており,手術に伴うCPurtscher様網膜症が関与して右眼の血管新生緑内障が急激に進んだと考える.治療としては,本来は予後良好のため多くは経過観察,もしくはステロイド投与で視機能の改善が報告されている6)が,エビデンスのある治療法はいまだに確立されていない.大部分の患者で治療なしでC1.3カ月で外傷前レベルに戻る視覚機能の緩徐な経過をたどることが多く,予後は比較的良好な疾患とされている2,6).本症例では硝子体注射を施行して一時的に高眼圧状態の解除はできたものの,高眼圧に伴う角膜の浮腫が強いために網膜光凝固がむずかしく,また,内図3頭部MRI,頸部MRA右後頭葉に脳梗塞所見,右内頸動脈に高度狭窄を認めた.図4両眼のフルオレセイン蛍光造影検査右眼に造影剤の著明な灌流遅延を認めた.頸動脈狭窄症を合併しているため眼虚血症状のさらなる増悪ると考えられる.の可能性も考えられたため,手術を行った.眼虚血が軽度の本疾患の明確な病態はいまだ解明されていないが,虚血再場合であれば経過観察で対処が可能な症例が多いとされてい灌流障害による毛細血管レベルの障害が両眼に起こったものるが,本症例のように新生血管緑内障を合併するような高度と考える.本症例は以前に筆者らが報告した急性心筋梗塞にな虚血を認める場合は,手術による積極的な加療も適応とな対する経皮的冠動脈形成術後の網膜症8)に酷似した所見,臨術前術後図5右内頸動脈造影検査右内頸動脈狭窄に対して頸動脈ステント留置術が施行され,内頸動脈の狭窄の改善認めた.床経過である.経皮的冠動脈形成術後による虚血再灌流障害が起こり,その結果として白血球が活性化され毛細血管レベルでのCretinalleukostasisが惹起され,眼底に出血や軟性白斑が認められたと推察している.本症例では,慢性的内頸動脈狭窄が手術を契機に一過性の内頸動脈の完全閉塞を惹起し,その結果として虚血再灌流障害が発生し経皮的冠動脈形成術後の網膜症とほぼ同様な病態で発症したものと推測される.とくに右眼は右内頸動脈閉塞に伴う網膜虚血そのものも関与したため,血管新生緑内障までに至ったものと思われる.本症例のように血管新生緑内障にはバルベルト緑内障インプラントやアーメド緑内障バルブインプラント挿入も適応となる9).今回はアーメド緑内障バルブ挿入術を施行した.アーメド緑内障バルブは調圧弁をもつドレナージ装置であり,シリコーン製のチューブと内圧C8.12CmmHgで開く調圧弁をもつプレートから構成されている.チューブを眼内に差し込み,流出する房水をプレート部分でその周囲に形成される結合組織の被膜を通して周囲組織に吸収させることで眼圧を下げる構造となっている.アーメド緑内障バルブはこのような構造により術直後の低眼圧が起こりにくいという特徴をもち,当科では重症緑内障患者に対して良好な手術成績を残している10,11).過去の論文検索において,Purtscher網膜症またはCPurtscher様網膜症で血管新生緑内障を合併した症例は筆者らの知る限りではC2例のみである12,13)が,本症例のように手術に至った症例報告はない.そのC2例では狭心症,糖尿病,急性腎不全などの基礎疾患歴や合併疾患あるが,2例のいずれの症例においても眼症状が出現してからC1カ月以降に血管新生緑内障を認めている.一方,本症例では,もともとの内頸動脈による重度の眼虚血があり,手術後のCPurtscher様網膜症が契機となって急激に新生血管緑内障が引き起こされたと考える.Purtscher様網膜症は予後良好な疾患とされているが,虚血の程度によっては早期に血管新生緑内障に至る場合もあり,経過観察は慎重に行うべきであると考える.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)PurtscherO:NochCunbekannteCBefundeCnachCSchadel-trauma.BerDeutschOphthalmolGesC36:94-301,C19102)AgrawalCA,CMcKibbinMA:PurtscherC’sCandCPurtscher-likeretinopathies:aCreview.CSurvCOphthalmolC51:129-136,C20063)ProencaCPinaCJ,CSsi-Yan-KaiCK,CdeCMonchyCICetal:Purtscher-likeretinopathy:casereportandreviewoftheliterature.JFrOphtalmolC31:609,C20084)KocakN,KaynakS,KaynakTetal:UnilateralPurtscher-likeCretinopathyCafterCweight-lifting.CEurCJCOphthalmolC13:395-397,C20035)SharmaA,ReddyYCVG,ShettyAPetal:ElectricshockinducedPutsches-likeretinopathy.IndianOphthalmolC7:C1497-1500,C20196)AtabayCC,CKansuCT,CNurluCGCetal:LateCvisualCrecoveryCafterintravenousmethylprednisolonetreatmentofPurtscher’sretinopathy.AnnOphthalmolC25:330-333,C19937)MiguelCAIM,CHenriquesCF,CAzevodoCLERCetal:SystemicreviewCofpurtscher-likeCretinopathyies.CEye(Lond)C27:C1-13,C20138)KinoshitaCN,CKakehashiCA,CYasuCTCetal:ACnewCformCofCretinopathyCassociatedCwithCmyocardialCinfarctionCtreatedCwithpercutaneouscoronaryintervention.BrJOphthalmolC88:494-496,C20049)SudaM,NakanishiH,AkagiTetal:BaerveldtorAhmedglaucomaCvalveCimplantationCwithCparsCplanaCtubeCinser-tioninJapaneseeyeswithneovascularglaucoma:1-yearoutcome.ClinOphthalmolC12:2439-2449,C201810)上原志保,小林未奈,髙木理那ほか:増殖糖尿病網膜症に続発する血管新生緑内障に対する毛様体扁平部バルベルト緑内障インプラントの初期成績.あたらしい眼科C33:291-294,C201611)髙木理那,小林未奈,田中克明ほか:重症緑内障に対するアーメド緑内障バルブインプラント術の初期成績.あたらしい眼科35:116-119,C201812)KurodaCM,CNishidaCA,CKikuchiCMCetal:PurtscherC’sCreti-nopathyfollowedbyneovascularglaucoma.ClinOphthal-molC7:2235-2237,C201313)SanchezCVicenteCJL,CCastillaCMartinoCM,CContrerasCDiazCMetal:Purtscher-likeretinopathyprecedingacuterenalfailure.ArchSocEspOftalmolC93:198-201,C2018***

壊死性強膜炎に合併した両眼性のPaecilomyces真菌性角膜炎の1例

2020年11月30日 月曜日

《原著》あたらしい眼科37(11):1444.1448,2020c壊死性強膜炎に合併した両眼性のPaecilomyces真菌性角膜炎の1例子島良平木下雄人森洋斉岩崎琢也宮田和典宮田眼科病院CACaseofBilateralPaecilomycesKeratitisAssociatedwithNecrotizingScleritisCRyoheiNejima,KatsuhitoKinoshita,YosaiMori,TakuyaIwasakiandKazunoriMiyataCMiyataEyeHospitalC目的:壊死性強膜炎の治療中に両眼性のCPaecilomyces角膜炎を発症したC1例を経験したので報告する.症例:59歳,男性.糖尿病網膜症の加療中に両眼の充血・疼痛を自覚し再診した.壊死性強膜炎と判断し精査を行ったが原因は不明,ステロイド点眼で治療を開始した.5カ月後に左眼の角膜穿孔・膿瘍を認め,塗抹検鏡で糸状菌が,培養検査でPaecilomyces属が検出され真菌性角膜炎と診断した.右眼は強膜の菲薄化が進行していた.入院のうえ,左眼はステロイド点眼を中止し抗真菌薬を投与するも増悪,角膜クロスリンキングを行ったが視力は光覚弁となった.右眼には免疫抑制薬,ステロイド内服を追加,軽快し退院となった.退院後の再診時に右眼にも膿瘍を認め,培養でCPaecilomy-ces属が検出された.抗真菌薬で加療するも右眼も光覚弁となった.結語:壊死性強膜炎の治療中には真菌性角膜炎の発症に注意すべきである.CPurpose:ToreportacaseofbilateralPaecilomycesCkeratitisinapatientundergoingtreatmentfornecrotizingscleritis.Casereport:A59-year-oldmanwhowasundergoingtreatmentfordiabeticretinopathypresentedwithhyperemiaandpaininbotheyes.Althoughdetailedexaminationsfailedtoidentifytheunderlyingcause,necrotiz-ingscleritiswassuspected,sotreatmentwithsteroideyedropswasinitiated.Fivemonthslater,weobservedcor-nealperforationandanabscessinthelefteye,andasmearexaminationandculturetestdetected.lamentousfun-gusandPaecilomyces,respectively.Finally,thepatientwasdiagnosedwithfungalkeratitis,withadvancedscleralthinningintherighteye.Afterhospitaladmission,theeye-droptreatmentwasstopped,andtheadministrationofanCantifungalCdrugCwasCinitiatedCinCtheCleftCeye.CHowever,CtheCconditionCworsened.CDespiteCcornealCcrosslinkingbeingperformed,hisleft-eyevisualacuity(VA)waslightperception.Therighteyewastreatedwithimmunosup-pressantsandoralsteroids,andthepatientwasdischargedafteralleviationofthecondition.However,anabscesswasobservedinhisrighteyeduringafollow-upexamination,andculturetestsdetectedPaecilomyces.TheVAinthateyewasalsolightperception,despitetreatmentwithantifungaldrugs.Conclusion:Strictattentionshouldbepaidwhentreatingnecrotizingscleritis,asfungalkeratitiscandevelop.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)37(11):1444.1448,C2020〕Keywords:壊死性強膜炎,真菌性角膜炎,Paecilomyces属,ステロイド,免疫抑制薬.necrotizingscleritis,fun-galkeratitis,Paecilomyces,steroids,immunosuppressants.Cはじめに壊死性強膜炎は前部強膜炎の一形状であり1),日本においては強膜炎全体のC10%程度を占めると報告されている2,3).強膜炎の原因は自己免疫疾患や感染であることが知られているが,原因不明であることも多い.そのため,治療方針を決定するうえではまず感染か否かの鑑別をするとともに,血算,生化学,血液像などの臨床検査により潜在する全身疾患を特定することが重要である4,5).壊死性強膜炎は臨床所見から原因を特定することは容易ではないが,両眼性であれば感染以外の原因が示唆され,結節病変を伴う場合には自己免〔別刷請求先〕子島良平:〒885-0051宮崎県都城市蔵原町C6-3宮田眼科病院Reprintrequests:RyoheiNejimaM.D.,Ph.D,MiyataEyeHospital,6-3Kurahara,Miyakonojo,Miyazaki885-0051,JAPANC1444(112)疫性の可能性が高い.感染が否定された場合にはステロイドの眼局所投与を中心に,症状,重症度によりステロイドの全身投与や免疫抑制薬の併用による治療を検討することとなる.一方で,ステロイドの副作用である眼圧上昇の発現や,ステロイドや免疫抑制薬の長期の連用により免疫不全状態となることに注意が必要である.今回,壊死性強膜炎の治療中で免疫不全状態にあったと思われる患者に生じたCPaecilomyces真菌性角膜炎のC1例を経験したので報告する.CI症例患者:59歳,男性.主訴:両眼の充血および疼痛.職業:養鶏業.既往歴:もともと両眼の糖尿病網膜症による黄斑浮腫に対して宮田眼科病院(以下,当院)で加療中.現病歴:2017年C6月に両眼の充血,疼痛を主訴に当院を再診,結膜炎を疑いC0.1%フルオロメトロン点眼を処方し経過観察としたが,改善なく,7月に再度受診した.7月受診時所見:矯正視力は右眼C0.6,左眼C0.7,眼圧は右眼C16CmmHg,左眼C14CmmHgであった.両眼ともに強膜の充血および菲薄化を認めた.前房内,眼底に異常はなかった.前眼部所見から両眼の壊死性強膜炎を疑い精査するも原因は特定できず,点眼をC0.1%ベタメタゾンに変更した.経過:0.1%ベタメタゾン点眼をC1日C4回で継続したが,強膜の菲薄化が進行した.10月中旬に左眼の視力低下を自覚し,また家族から左眼が白くなっていると指摘され,11月初旬に再診となった.矯正視力は右眼C0.1,左眼は光覚弁と両眼ともに著しく低下し,眼圧は右眼がC20CmmHg,左眼はC8CmmHgであった.左眼の瞳孔領やや下方に角膜穿孔と膿瘍が認められ,前房は消失していた.所見,患者背景,ステロイド点眼の長期使用から感染症を疑い,膿瘍から検体を採取しグラム染色・ファンギフローラCY染色にて検鏡した.グラム染色ではグラム陽性桿菌が認められ,ファンギフローラCY染色にて真菌は陰性であった.同日入院のうえ,0.1%ベタメタゾン点眼を中止,1.5%レボフロキサシン点眼およびC0.5%セフメノキシム点眼のC1時間毎頻回投与を開始した.その後,膿瘍が増大したため,再度の塗抹検鏡検査をしたところ糸状真菌(図1)が検出された.このため治療をC1%ボリコナゾール点眼,0.1%アムホテリシンCB点眼のC1時間毎頻回投与,1%ピマリシン眼軟膏およびC1.5%レボフロキサシン点眼C1日C6回投与に変更し,ボリコナゾールC400Cmgの内服を開始した.培養検査ではCPaecilomyces属が検出された.抗真菌薬による治療を開始するも反応せず悪化したため,11月中旬に角膜クロスリンキングを施行した.その後感染は鎮静化し,点眼薬を漸減することができたが視力は光覚弁となった.図2に左眼のC2017年C7月.2018年C5月までの経過を示す.右眼は,11月初旬の時点で強膜の炎症が遷延し,菲薄化も進行していたため,0.1%ベタメタゾン点眼を増量のうえ,0.1%ブロムフェナク点眼,0.1%タクロリムス点眼を追加した.11月中旬にメトトレキサートC8Cmgの内服を追加するも症状が悪化,さらにプレドニゾロンC30Cmg内服を追加した.これにより菲薄化は残存するものの軽快し,12月下旬に退院となった.2018年C1月初旬の再診時,右眼角膜のC7.8時方向に浸潤巣および上皮欠損を認め,塗抹検鏡検査にて糸状真菌が検出された.再入院のうえ,左眼と同様の点眼治療に変更し角膜クロスリンキングを施行した.培養検査では右眼からもCPaecilomyces属が検出された(図3).加療後も症状が悪化したため,メトトレキサート,プレドニゾロンの内服を中止し抗真菌薬の内服を開始した.その後,抗真菌薬の実質内注射を行うも角膜穿孔をきたし,2月下旬よりC0.025%ポリビニルアルコールヨウ素液の点眼を開始,感染は鎮静化した.しかしC2018年C5月には視力は左眼同様,右眼も光覚弁となった.図4に右眼の2017年7月.2018年5月までの経過を示す.CII考按壊死性強膜炎の合併症として強膜の菲薄化や周辺部角膜潰瘍などがあり,改善しない場合には強膜や角膜の穿孔をきたし予後不良となる5,6).そのためステロイド点眼による治療を中心に,改善が得られない場合には眼局所および全身の感染を否定したうえで,ステロイドの全身投与が長期間投与される.ステロイドの全身投与を行っても改善のない症例では,免疫抑制薬が併用されることもある.ステロイドや免疫抑制薬の投与により壊死性強膜炎の改善は得られる可能性があるものの,宿主の免疫反応は抑制されるため感染症に罹患しやすい状況となる.プレドニゾロンの全身投与では用量依存的に感染率が増加することが示されており,真菌による感染は大量に,かつ長期間継続された場合に生じやすい7).今回,壊死性強膜炎に合併した両眼性のCPaecilomyces属による真菌性角膜炎を経験した.わが国で実施された真菌性角膜炎多施設スタディにおいて,真菌性角膜炎から検出されたC72株のうちもっとも多くを占めたのはCCandida属でC32%,ついでCFusarium属C25%,Alternaria属8%の順であり,Paecilomyces属は3%と頻度は少ない8).Paecilomyces属は土壌や空気中など環境中に多く存在する糸状真菌である.眼感染症に関与するのはおもにCP.lilacinusであり,手術や外傷,コンタクトレンズの使用を契機とした角膜炎や眼内炎の起因菌と報告されている9.11).川上ら9)がCPaecilomyces属による眼感染症について既報および自験例をまとめたC18例C19眼の報告によると,P.lilacinusが起因菌と考えられたのが83%を占め,また患者背景では糖尿病の既往があったのは42%,ステロイドの点眼や内服が使用されていたのはC50%,眼手術歴や外傷があったのはC53%であった.経過中にはC42%が角膜穿孔をきたし,最終矯正視力はC60%で指数弁以下,11%で眼球摘出に至るなど一般的に予後は不良である.治療にはボリコナゾールが用いられることが多く9,12),アムホテリシンCBなどの従来の抗真菌薬よりも高い感受性を示すが,治療に反応しない症例では重症化しやすい.その理由として,P.lilacinusが産生するパエシロトキシンとよばれるきわめて強力な低分子毒素が関与していると考えられる13).このパエシロトキシンは眼感染分離株からも産生されることが確認されており,症状が重症化する一端を担っていることが報告されている14).図1左眼のファンギフローラY染色で検出された真菌像(×1,000)本症例では,壊死性強膜炎の症状が進行したため,ステロ図2左眼の前眼部所見a:2017年C7月.強膜の充血および菲薄化を認める.Cb:11月初旬.瞳孔領やや下方に角膜穿孔および膿瘍.前房は消失.のちに糸状真菌が検出された.Cc:11月中旬.角膜クロスリンキング施行前.Cd:12月中旬.角膜クロスリンキング施行C1カ月後.感染は鎮静化した.Ce:2018年C5月下旬.視力は光覚弁.イドの点眼・内服に加えて,免疫抑制薬の点眼・内服を長期に行っていた.経過観察中に発生した角膜穿孔および膿瘍から真菌感染の併発を疑い塗抹検鏡検査を実施したところ,糸状真菌が検出された.通常,ステロイドの投与下で発症しやすいのはカンジダなどの酵母菌による感染である15).糸状真菌が角膜に感染を起こすには角膜への外傷が契機となっている場合が多いが,本症例ではそのような事象は確認できなかった.患者が気づかないうちに角膜に傷がついて感染した可能性はあるものの,Paecilomyces属による感染では非外傷性の場合も少なからずあり,これらの症例では当初は強膜炎やぶどう膜炎,眼内炎などと診断されていることから感染は内因性のものである可能性が指摘されている16).しかし,血液検査などで菌体が特定されたものはほとんどなく,感染の図3右眼のファンギフローラY染色で検出された真菌像メカニズムは明確ではない.(×1,000)cf図4右眼の前眼部所見a:2017年C7月.強膜の充血を認める.Cb:11月中旬.強膜の菲薄化がさらに進行.Cc:12月初旬.プレドニゾロン内服により菲薄化は残存するも軽快.Cd:2018年C1月初旬.角膜に浸潤巣および上皮欠損.糸状真菌が検出された.Ce:4月中旬.その後感染は悪化,角膜穿孔をきたしヨード点眼を開始.Cf:5月下旬.視力は光覚弁.本症例の患者背景および治療予後は既報9)と同様であり,菌種は同定できていないがCP.lilacinusである可能性が高いと考えられた.また,本症例が難治性であり重症化した理由として,糖尿病の既往および壊死性強膜炎の治療のためステロイドおよび免疫抑制薬を点眼・内服している免疫抑制状態であったこと,Paecilomyces属には抗真菌薬が奏効しがたいこと,またこれは推測の域を出ないがCPaecilomyces属特有のエンドトキシンの毒性の強さなどが考えられる.本症例の経験から,免疫抑制状態の患者で真菌感染が疑われる場合は,早期の塗抹検鏡検査にて起因菌の予測を立て,治療に着手することが重要と考えられた.Paecilomyces属が原因の真菌性角膜炎はまれとされており,本症例ではこれに有効とされるボリコナゾールを用いたものの奏効しなかったが,こうした症例報告の積み重ねにより有効な治療アプローチが確立されることを切に望む.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)WatsonCPG,CHayrehSS:ScleritisCandCepiscleritis.CBrJOphthalmolC60:163-191,C19762)KeinoH,WatanabeT,TakiWetal:ClinicalfeaturesandvisualCoutcomesCofCJapaneseCpatientsCwithCscleritis.CBrJOphthalmolC94:1459-1463,C20103)TanakaCR,CKaburakiCT,COhtomoCKCetal:ClinicalCcharac-teristicsandocularcomplicationsofpatientswithscleritisinJapanese.JpnJOphthalmolC62:517-524,C20184)堀純子:強膜炎の診断と治療.臨眼65:354-357,C20115)山口沙織:壊死性強膜炎.眼科C60:675-680,C20186)目時友美:強膜炎.臨眼73:112-116,C20197)川人豊:リウマチ性疾患におけるステロイドの功罪.臨床リウマチC21:106-111,C20098)砂田淳子,上田安希子,井上幸次ほか:感染性角膜炎全国サーベイランス分離菌における薬剤感受性と市販点眼薬のpostantibiotice.ectの比較.日眼会誌110:973-983,C20069)川上秀昭,犬塚裕子,望月清文ほか:Paecilomyces属による眼感染症における診断,治療および予後についての検討.日眼会誌116:613-622,C201210)MondenY,SugitaM,YamakawaRetal:Clinicalexperi-encetreatingPaecilomyceslilacinusCkeratitisinfourpatients.CClinOphthalmolC6:949-953,C201211)柴玉珠,山崎広子,渡辺哲ほか:眼内レンズ縫着術後に生じた外傷性CPaecilomyceslilacinus眼内炎のC1例.臨眼68:1631-1637,C201412)ChenCY-T,CYehCL-K,CMaCDHKCetal:Paecilomyces/Pur-pureocilliumkeratitis:ACconsecutiveCstudyCwithCaCcaseCseriesandliteraturereview.MedMycol58:293-299,C202013)新井正:免疫学的諸問題.真菌と真菌症C28:50-54,C198714)MikamiCY,CFukushimaCK,CAraiCTCetal:Leucinostatins,CpeptideCmycotoxinsCproducedCbyCPaecilomycesClilacinusCandtheirpossiblerolesinfungalinfection.ZentralblBak-teriolMikrobiolHygAC257:275-283,C198415)日本眼感染症学会感染性角膜炎診療ガイドライン第C2版作成委員会:感染性角膜炎診療ガイドライン(第C2版).日眼会誌117:467-509,C201316)TurnerCLD,CConradD:RetrospectiveCcase-seriesCofCPae-cilomyceslilacinusocularmycosesinQueensland,Austra-lia.BMCResNotesC8:627,C2015***