糖尿病網膜症・黄斑浮腫に対する疾患レジストリー研究ObservationalStudybyRegistryofPatientswithDiabeticRetinopathyandDiabeticMacularEdema志村雅彦*はじめに近年,レジストリー研究という言葉を耳にする機会が増えたように思う.そもそも医学において患者を対象にする臨床研究には介入試験と観察研究の2種類があり1),前者はおもに介入治療の効果を客観的に評価することを目的とするため,あらかじめ定められた介入治療以外を行うことはできず,しばしば臨床試験などともよばれる.介入試験では実験的要素を伴うため,対象患者に対する有益性が不確定であり,したがって介入試験開始前に試験の妥当性・安全性について熟慮する必要から,特定臨床研究法の対象となり,認定倫理委員会での審議・許諾を必要とする.後者である観察研究は文字通り経過を観察するのみの研究であり,意図的・実験的な要素は存在せず,疫学研究などともよばれる.観察研究のなかで,対象患者を登録する研究をレジストリー研究とよんでいる.レジストリー研究は,横断研究(cross-sectionalstudy)と縦断研究(longitudinalstudy)に分けられ,後者は後ろ向きの症例対照研究(retrospectivestudy)と前向きのコホート研究(cohortstudy)に分けられる.なお,コホート研究では前向きに収集されたデータを使って後ろ向き研究を行うことができるため,これを後ろ向きコホート研究(retrospectivecohortstudy)として,前向きコホート研究(prospectivecohortstudy)と分けて考えることもある.Iレジストリー研究の適応と限界レジストリー研究は対象症例を登録するのみであり,症例に対して意図的な介入が行われないため倫理的な問題が起こりにくく,疾患の有病率を調査したり,実臨床における臨床成績を調べるといったことを容易に行うことが可能である.研究を行うことを開示(オプトアウト)することで症例ごとの承諾が不要となるため,多くの症例を集めやすい.有病率や検査精度などを調べるためにはcross-sectionalstudyが適しており,因果関係や危険因子,発症率や治療効果,予後などを調べるためにはlongitudinalstudyが適している.反面,登録された症例の患者背景や臨床経過に統一性がないため,介入治療の有効性を評価するような比較対照を行うことはむずかしい.詳細は疫学研究の専門家にゆだねるが,観察研究による比較対照を目的にしばしば行われる傾向スコアによるマッチングでは,登録された症例のなかで患者背景や治療プロトコールなどが似通った症例ペアをみつけていくため,十分な症例ペアが得られない可能性もある.したがって,治療効果や予後などの傾向を調べるためにはかなりの症例数を集める必要があり,一般的にレジストリー研究では1,000例以上,理想的には10,000例以上の症例登録を行う必要がある.以下,実際に行われた糖尿病網膜症のレジストリー研究を紹介する.*MasahikoShimura:東京医科大学八王子医療センター眼科〔別刷請求先〕志村雅彦:〒193-0998東京都八王子市館町1163東京医科大学八王子医療センター眼科0910-1810/21/\100/頁/JCOPY(71)309II糖尿病網膜症の有病率糖尿病網膜症の有病率はレジストリー研究のなかでもCcross-sectionalstudyとしてもっとも調査しやすい項目であり,わが国においてもC1998年に久山町スタディにおいて報告されている.これによると,糖尿病患者における網膜症の有病率はC16.9%であり,その内訳は単純型C9.6%,前増殖型C6.3%,増殖型C1.0%と報告されている2).久山町スタディとは人口の年齢分布や職業構成および生活様式や栄養摂取状況が日本の平均レベルで推移していた福岡県久山町でC1961年からC40歳以上の住民のC8割以上を検診し,50年にわたる追跡調査を行った世界でも類もみない精度の高い疫学研究である.糖尿病網膜症の有病率の変化についてはC2007年およびC2012年にも同様の調査報告がなされ,2007年の網膜症の有病率はC15.0%(単純型C10.3%,前増殖型C3.0%,増殖型0.5%),2012年の網膜症の有病率はC10.3%と,有病率は低下傾向にあり,網膜症の発症が抑制されていることが判明した3).このように,同一地区の集団を年代ごとに有病率を算出するという手法はレジストリー研究のもっとも得意とする分野であり,網膜症の有病率の低下から,糖尿病患者の眼合併症に対する意識の向上と糖尿病専門医の血糖管理の厳格化,網膜症専門医の網膜光凝固術や硝子体手術の積極的導入などが有効であったとする傍証になった.一方で,久山町での有病率が他の地域においても当てはまるのかという疑問が生じる.実際,山形県舟形町でC2000.2002年にC35歳以上の全住民を対象にした糖尿病網膜症の有病率調査では糖尿病患者の23.0%と報告4)されており,地域差は無視できない.このような場合,すでに報告されたさまざまな地域や年代での研究結果を統合し,統計処理を行って結論を導くデータ統合型メタ研究という手法がある.実際に世界C35研究・登録症例数C23,000人をもとに,2010年の世界人口の年齢分布に標準化した糖尿病網膜症の有病率が計算され,これによれば糖尿病網膜症の有病率はC35.4%であり,増殖糖尿病網膜症がC7.2%,黄斑浮腫がC7.4%と報告され,両者を合わせた「視力を脅かす危険のある網膜症」の有病率はC11.7%であると報告されている5).III糖尿病網膜症の発症率・進展率糖尿病網膜症の危険因子を調査するというような臨床研究では前向きのコホート研究が威力を発揮する.CJapanDiabetesComplicationsStudy(JDCS)がC45.70歳の日本人C2型糖尿病患者(男性C1,087名,女性C946)を対象にした多施設無作為臨床試験としてC8年間の前向きコホート研究を行っており6),これによると,網膜症のC8年累積発症率はC26.6%,38.3/1,000人年で,その危険因子としてヘモグロビンCA1c濃度が高い,糖尿病の罹病期間が長い,bodyCmassindex(BMI)値が大きい,収縮期血圧が高いことが報告されている.また,網膜症の累積進展率はC15.9%,21.1/1,000人年で,その危険因子はヘモグロビンCA1c濃度が高いことであった.なお,UnitedCKingdomCProspectiveCDiabetesCStudy(UKPDS)では,厳格な血糖管理で網膜症の進展(網膜光凝固の施行)が約C25%抑制できると報告されている7).また,高血圧の厳格管理も同様の抑制効果があり,血糖の厳格管理と独立しているとの報告もある8).一方,レジストリー研究で縦断研究を行うためには,多数の登録症例数を要するだけでなく,長期の研究期間が必要となる.そこで,やはり年代別の研究結果をまとめて統計解析を行うデータ統合型メタ研究を用いることもできる.世界C28研究・登録症例数C27,120人を対象にしたメタ研究では,1975.1985年に比べC1986.2008年では増殖網膜症の発症率がC19.5%からC2.6%へと大幅に減少し,糖尿病網膜症に伴う重篤な視力障害もC9.7%からC3.2%に減少したと報告されている9).以上のように,糖尿病網膜症の発症率・有病率は大きく減少傾向にあることがさまざまなレジストリー研究によって明らかになっている一方で,糖尿病黄斑浮腫を含む糖尿病黄斑症の患者数は未だ増加傾向にあるとされる.糖尿病黄斑浮腫の診断には光干渉断層計(opticalCcoherencetomography:OCT)が必須といえるが,検診などに対応するまで普及しておらず,有病率や発症率などの研究はこれからの課題とされている.CIV糖尿病黄斑浮腫への臨床研究さて,糖尿病黄斑浮腫に対する臨床研究は,そのほと310あたらしい眼科Vol.38,No.3,2021(72)んどが抗血管内皮増殖因子(vascularCendothelialCgrowthfactor:VEGF)薬の有効性・安全性を明らかにする目的で行われており,前向き介入治療として行われている.抗CVEGF薬の有効性については,多くの大規模多施設前向き臨床研究結果が報告されており,ラニビズマブを導入期C3回毎月連続投与後,維持期には必要時(proCrenata:PRN)投与を行ったCRESTORECstudy10)では,介入前視力が小数視力C0.125.0.625の症例にC2年間で平均C14.5.15.2回投与され,2年後にはC6.7.7.9文字の改善がみられており,一方アフリベルセプトを導入期にC5回毎月連続投与,維持期にはC2カ月ごとの定期投与を行ったCVIVID/VISTACstudy11)では,介入前視力が小数視力C0.06.0.5の症例にC2年間で平均C13.5.13.6回投与され,2年後にはC9.4-11.1文字の改善がみられている.一方でラニビズマブ,トリアムシノロン,レーザー治療で比較した臨床研究12)では,ラニビズマブはC2年間でC7.9文字の改善に対し.黄斑部への光凝固で治療した場合はC2年間でC3文字の改善にとどまっており,抗炎症ステロイドの硝子体内注射で治療した場合,半年ではラニビズマブと同等の改善が認められたものの,投与後の白内障進行によってC2年間ではC2文字の改善にとどまってしまうことも報告されている.このような前向き臨床研究では治療の効果を評価することが目的であるため,基本的に介入前視力は小数視力でC0.06.0.6という条件で,単一治療・単一プロトコールで行われており,効果に応じて治療選択を変更することはないので実臨床での治療とはかなり異なっている.実臨床における糖尿病黄斑浮腫治療については,抗VEGF薬で治療を開始した症例に対するC1年の研究結果があり,7.5.7.9回の投与でC4.0.5.5文字の改善が得られたとの報告13)や,5.7回の投与でC5文字の改善といった報告14)があり,いずれも前向き研究とは投与回数も平均改善文字数も及ばないことがわかっているが,これらの報告でさえも,抗CVEGF薬を使用した症例のみを対象としており,本来の実臨床の結果とはいいがたい.実臨床における糖尿病黄斑浮腫への治療では,抗VEGF薬以外にステロイドの局所投与や黄斑部への光凝固,硝子体手術も行われているからである.実際の臨床現場では糖尿病黄斑浮腫に対してどんな治療が行われ,どんな予後が得られているのか,といった情報はレジストリー研究の得意とするところである.最近,わが国における網膜硝子体専門医が糖尿病黄斑浮腫に対してどのような治療を行い,どのような視力予後が得られたかについて,大規模多施設後ろ向き研究(STREAT-DMEstudy)が行われたので紹介する15,16).CV糖尿病黄斑浮腫治療についてのレジストリー研究STREAT-DMEstudyは,筆者のグループがわが国の網膜硝子体専門医C41名(27施設)の協力の下で行ったレジストリー研究である.未治療の糖尿病黄斑浮腫で,2010年C1月.2015年C12月に初めて介入治療が開始され,2年間の経過を終えたC1,552症例C2,049眼について,治療開始時およびC2年後の視力と黄斑部網膜厚,さらに介入治療の種類(抗CVEGF薬,ステロイド局所投与,黄斑部光凝固,硝子体手術)と回数,抗CVEGF薬は薬物別(ベバシズマブ,ラニビズマブ,アフリベルセプト),ステロイド局所投与は投与経路別(硝子体内投与,Tenon.下投与)に調査し,作成されたデータベースを作成した.この臨床研究によると,糖尿病黄斑浮腫になんらかの介入治療が開始されたときの平均視力は0.44ClogMAR(小数視力換算でC0.363)であり,2年後の平均視力はC0.40ClogMAR(小数視力換算でC0.398だった.したがって視力改善度は-0.04ClogMAR,つまりC2文字の有意な改善であった.なお,介入治療開始前の小数視力はC0.01.1.2であり,実臨床では視力にかかわらず治療が行われていることがわかっている.このデータベースから抗CVEGF薬治療の有無によって分類15),あるいは治療開始年度ごとに分類16)して,視機能予後や投与パターンを比較検討した.糖尿病黄斑浮腫C2,049眼のうち,2年間に抗CVEGF薬の投与が行われたものはC1,234眼(60.2%)であり,まったく抗CVEGF薬を投与されなかったものはC815眼(39.8%)であった.なお,前者をC2年間に抗CVEGF薬のみで治療されたC427眼(20.8%)と抗CVEGF薬とその他の治療が併用されたC807眼(39.4%)に分類し,3群に分類して比較対照を行った(表1).その結果,介入前視力が良好な症例では抗CVEGF薬を使用せずに治療さ(73)あたらしい眼科Vol.38,No.3,2021C311表1抗VEGF薬使用の有無による2年間の糖尿病黄斑浮腫治療結果全体抗CVEGF薬のみで治療抗CVEGF薬併用治療抗CVEGF薬以外で治療3群間の有意差(p値)適応眼数2,049(C100%)427(C20.8%)807(C39.4%)815(C39.8%)<C0.001介入前視力(logMAR)C0.44C±0.37C0.45C±0.35C0.48C±0.3C0.40C±0.38<C0.001介入C2年後視力(logMAR)C0.40C±0.42C0.37C±0.42C0.46C±0.40C0.35C±0.44<C0.001視力改善度(logMAR)-0.04±0.40-0.09±0.39-0.02±0.40-0.05±0.39C0.0122文字改善4.5文字改善1文字改善2.5文字改善介入前後の有意差(p値)<C0.001<C0.001C0.225<C0.001介入前中心窩網膜厚(mm)C443.8C±154.8C446.4C±144.1C472.8C±160.1C413.7C±149.2<C0.001介入前中心窩網膜厚(mm)C335.6C±139.6C329.0C±126.5C348.6C±151.1C326.2C±133.5C0.003浮腫改善度(mm)-108.2±186.8-117.4±174.1-124.2±197.2-87.5±180.8<C0.001介入前後の有意差(p値)<C0.001<C0.001<C0.001<C0.001投与症例数抗CVEGF薬1,234(C60.2%)427(C100%)807(C100%)0(0%)抗炎症ステロイド1,077(C52.6%)0(0%)524(C64.9%)553(C67.9%)黄斑部光凝固746(C36.4%)0(0%)361(C44.7%)385(C47.2%)硝子体手術597(C29.1%)0(0%)295(C36.6%)302(C37.1%)投与回数抗CVEGF薬(回)C3.8±3.3C4.3±3.6C4.3±3.6C─抗炎症ステロイド(回)C2.0±1.3C─C2.1±1.4C1.9±1.2黄斑部光凝固(回)C1.9±1.4C─C1.8±1.4C1.9±1.3硝子体手術(回)C1.1±0.3C─C1.1±0.3C1.0±0.2(文献C15より改変)b(%)1.0a1000.8800.6600.4400.2200-0.202010-22011-32012-42013-52014-62015-72010-22011-32012-42013-52014-62015-7(n=136)(n=285)(n=365)(n=551)(n=468)(n=244)(n=136)(n=285)(n=365)(n=551)(n=468)(n=244)観察期間観察期間c(%)1008060402002010-22011-32012-42013-52014-62015-7観察期間図1実臨床における糖尿病黄斑浮腫に対する2年間の治療成績:介入年度ごとの変化a:介入前および最終(2年後)視力の推移.Cb:最終視力C0.5以上の症例割合の推移.Cc:介入治療割合の推移.(文献C16より改変引用)視力(logMAR)—-