視機能を考慮した眼瞼下垂手術BlepharoptosisSurgeryandVisualFunction鄭暁東*はじめに眼瞼下垂とは,まぶたが下がって上方の視野が狭くなり,見えにくくなるなど視機能にも異常をきたす病態である.先天性,神経原性も含めさまざまな原因があるが,超高齢化に伴い,加齢による退行性眼瞼下垂が急増している.また,20年,30年前に若年だったハードコンタクトレンズユーザーたちは現在中高年となり,まぶたが下がることに起因するコンタクトレンズの諸症状に悩まされている.したがって,外来ではすでに多くの患者を経験しているのが現状であり,もはや眼瞼下垂は日常診療で避けて通れない眼科の“commondisease”となっているといっても過言ではない.眼瞼下垂の問題点は,まぶたが下がるという外見上の問題だけではなく,上方視野の狭窄や下垂によって代償的に前頭筋や肩および背中の筋の過緊張が生じ,頭痛や肩こりなどのさまざまな疲労症状が現れることである.こういった症例への眼瞼下垂手術は,まぶたを上げることによって視野が広がり,見え方も体の姿勢までも改善し,まさに姿かたちが若返ることによって,患者の表情が明るくなり,QOV(qualityofvision),さらにquali-tyoflife(QOL)までも改善することにつながる.本稿では,筆者が近年,退行性眼瞼下垂における挙筋短縮術前後の視機能の変化について検討した内容や眼精疲労など自覚症状についてのアンケート調査結果,さらに新しい知見について述べる.I眼瞼下垂と角膜形状および高次収差加齢による角膜形状の変化として,直乱視から倒乱視化することは以前より知られている.その成因については諸説あるが,加齢による輻湊力の低下,内直筋力の低下,上眼瞼の圧力の低下,または眼瞼挙筋の緊張低下などによると考えられている.角膜の倒乱視化により不整乱視が持ちこまれ,これも加齢による視機能低下の一因となっていると考えられる.眼瞼下垂がもたらす角膜形状変化についての報告は以前から散見される.多数にわたる症例検討の初期の報告は先天性下垂について行われている.Caderaらは,先天性下垂の術後36%症例で,角膜乱視量は0.75D以上の変化がみられ,吊り上げ術と挙筋短縮術に有意差はないと報告した1).Brownらは18例の退行性下垂をビデオケラトスコープにて検討し,術後に直乱視化傾向を認めたとしている2).さらに,Zinkernagelらは術式についても検討し,挙筋短縮,大量脂肪切除併用術は角膜乱視変化量がより大きく,眼瞼皮膚切除術のみより角膜曲率,乱視の変化に大きく影響を与えるという結果を報告している3).近年の角膜解析では屈折率,乱視量のほか,より視機能に関連した項目である高次収差(highorderaberra-tion:HOA)の測定も眼瞼下垂術の評価に応用されるようになった.Kimらは16例の眼瞼皮膚切除および挙筋短縮症例を検討し,術後totalHOA,三次および四次収*XiaodongZheng:愛媛大学医学部眼科学教室〔別刷請求先〕鄭暁東:〒791-0295愛媛県東温市志津川愛媛大学医学部眼科学教室0910-1810/21/\100/頁/JCOPY(3)3図1角膜形状解析装置OPDIII(ニデック)による全高次収差およびコマ収差の解析①角膜乱視量,②明所視,③薄暮視.a0.01b0.010.02術前術後0.02術前術後ContrastThreshold0.64ContrastThreshold0.040.080.160.326.34.02.51.61.00.66.34.02.51.61.00.6DegDeg図2CGT2000(タカギセイコー)による自覚コントラスト感度検査縦軸はコントラスト感度の閾値でコントラスト感度の逆数である.横軸は視標の角度(deg)で数字が小さいほうが空間周波数が高い.明所視(a)および薄暮視(b)のグレアo.状態では,高周波領域において術後の感度は術前より有意に改善した(*p<0.05).図3OPDIIIによる他覚コントラスト検査コントラスト感度を波面収差から他覚的にシミュレーションした解析グラフ(MTF)より,自動的に症例のTotal高次収差(青線下面積)値を正常眼の値(緑線下面積)で割ってarearatioを算出する.右眼左眼術前術後3日目図4眼瞼下垂術前後の前眼部写真小切開挙筋短縮術後C3日目,MRD1の向上およびClashptosisの改善を認めた.術前の写真は眼底検査のため散瞳している.C-afailpass1分間連続で視力を測定⇒日常生活での視機能を評価図5実用視力計測装置FVA.100(ニデック)の検査アルゴリズムa:1分間の連続視力計測を行う.視標は自動的に変化し,被検者が認識しない,もしくは誤読した場合は自動に拡大(一段下げ)し,正解の場合は自動的に縮小(一段上げ)する.Cb:視力変動曲線より実用視力(FVA),視力維持率(VMR),最高視力,最低視力および平均反応時間などを評価する.b□ミエタ100/120■ミエナカッタ20/120△モウテンエスターマンキノウスコア:83図6Esterman両眼開放視野検査a:Humphrey自動視野計(HumphreyCFieldCAnalyzerIICi-series,Zeiss)による術前および術後の検査風景.Cb:視野結果の左下にCEstermanスコアが自動に表記され,120個視標を全部見ることができたら,EstermanスコアはC100点となる.この症例のスコアは(100/120)C×100=83点となる.(mm)図7眼瞼下垂術前後の自覚症状についてのアンケート調査「焦点が合わない」「二重に見える」など視機能に関連するC10項目について眼瞼下垂の術前後のVAS(visualanalogscore)を示す.術前よりすべての項目は改善傾向を示した(*p<0.05).==術前CEstermanスコアの平均C85.3C±12.1に対して,術後はC92.5C±8.4まで有意に改善した.また,術前シミュレーションのスコアと,術後のスコアを比較しても有意差は認めなかった.これにより,Esterman両眼視野検査およびテーピング開瞼方法は,定量的に術後の視野の予測ができることが明らかになった.さらに,術前のCEstermanスコアは年齢と負の相関,MRD1と正の相関を示した.これは,加齢のためCMRD1が低下し,結果として上方の視野感度の低下によるものと考える.実際,術後にCMRD1が改善したことで,上方の視標が視認できようになり,Estermanスコアに反映されたものであり,手術による眼瞼位置の変化によるものと考える.Estermanスコアの改善率は,術前のスコアと挙筋機能のそれぞれと有意な負の相関を認めた.術前下垂が重度なほどCMRD1はもちろん低く,また挙筋機能が弱いほど開瞼困難であるため,術後有意な視野改善が期待できる.Esterman両眼開放視野検査は,術前後視機能評価にも,手術の適応の判断にも応用できると考える.CV眼瞼下垂と眼精疲労の自覚症状Battuらは眼瞼下垂術後の自覚視機能およびCQOLの改善を報告した17).筆者らは,眼瞼下垂の術後眼精疲労に関するアンケート調査を行った.「眼が疲れる」「眼の奥が痛い」「眼が乾く」「焦点が合いづらい」「物が二重に見える」「頭痛がする」「肩がこる」「物がちらついて見える」「いらいらする」「寝つきが悪い」などC10項目について視覚的評価尺度(visualCanalogscore:VAS)で評価した.各項目について,「症状がまったくない」を0Cmm基点とし,「一番強い」をC100mmとした直線上に,自覚症状に該当する箇所を被験者にマークさせ,基点からマーク位置までの長さを計測した5).結果は,10項目すべてで術前より術後のほうが減少傾向にあり,とくに「焦点が合いずらい」「物が二重に見える」など見え方の関連項目,また「肩がこる」「いらいらする」という項目では有意差を認めた(図7).これは,前述のように,術後乱視や高次収差の軽減やコントラスト感度の改善によって見え方が改善したためと考える.さらに,眼瞼下垂には代償的に眉毛挙上,過度な前頭筋収縮やCchinup頭位を取るため背頭筋の緊張も続くため,頭痛や肩こりなどを合併することが多い.また,眼瞼挙筋による開瞼不全のため交感神経の支配するMuller筋の緊張度も高まり,自律神経のバランスが崩れやすいと考える.術後,開瞼しやすくなるためMuller筋の緊張も前頭筋の緊張も下がり,交感神経の興奮状態も静まり術後の肩こりやいらいらする症状の改善につながると考えられる18,19).おわりに眼瞼下垂は,単に加齢によって徐々に進行するだけではなく,コンタクトレンズの使用や緑内障など内眼手術後に発症することが多い20).また,眼瞼下垂は,単に外見上の問題だけでもなく,乱視や高次収差の増加,コントラスト感度や実用視力の低下による視機能の低下をきたすことが明らかとなっている.われわれ眼科医としては,眼瞼下垂を美容的な問題としてだけではなく,視機能に与える影響について十分理解し,今後さらに進む高齢社会のなかで,急速に増加するであろう患者のCQOVとCQOLの改善のために,正しい診断および適切な治療が求められる.文献1)CaderaW,OrtonR.B,HakimO:ChangesinastigmatismafterCsurgeryCforCcongenitalCptosis.CJCPediatircCOphthalCStrabismusC29:85-88,C19922)BrownMS,SiegelIM,LismanRD:Prospectiveanalysisofchangesincornealtopographyafteruppereyelidsurgery.COphthalPlastReconstrSurg15:378-383,C19993)ZinkernagelMS,EbneterA,Ammann-RauchD:E.ectofupperCeyelidCsurgeryConCcornealCtopography.CArchCOph-thalmolC125:1610-1612,C20074)KimCJW,CLeeCH,CChangCMCetal:WhatCcausesCincreasedCcontrastCsensitivityCandCimprovedCfunctionalCvisualCacuityCafterCupperCeyelidCblepharoplasty?CJCCraniofacCSurgC24:C1582-1585,C20135)鄭暁東,五藤智子,鎌尾知行ほか:眼瞼下垂術後における角膜形状,自覚及び他覚視機能の変化.臨眼C72:245-251,C20186)檀之上和彦,宮田信之,平澤一法:加齢性眼瞼下垂手術による視機能についての評価.臨眼C68:1335-1339,C20147)三戸秀哲,山崎太三,畑中宏樹ほか:Lashptosisは視機能に影響する.眼臨医報C100:363,C20068)GotoCE,CYagiCY,CMatsumotoCYCetal:ImpairedCfunctionalC10あたらしい眼科Vol.38,No.1,2021(10)’C-’C