近視進行の抑制法ControllingtheProgressionofMyopia中村葉*はじめに近視は進行し強度近視となると,網膜脈絡膜萎縮,黄斑変性症,緑内障,網膜.離などの病態につながる可能性がある疾患であり,一度強度近視となると不可逆性の変化を生じてしまう.近年の視環境の変化により,近視人口は増加傾向にある.2050年には全世界人口の半数が近視となり,それに伴って強度近視人口も約1割となる可能性が高いと試算されている.これらの報告を受け,WHOは近視を「深刻な公衆衛生上の懸念」であるとして緊急の対策が必要であると指摘している.近視人口の増加は,近視の発症には遺伝因子のみではなく,環境因子が大きく関連していることを示しており,屋外活動が多いほど近視進行が抑制されることも報告されている.屋外活動における近視進行抑制の関連因子についてはいくつか仮説があるが,網膜における光誘導性ドーパミンが関連因子ではないかとの説が有力である.直射日光でなく,建物の陰や木陰における光環境でも効果のあることが示されてきており,可能であれば1日2時間,少なくとも1時間以上の屋外活動が推奨されている1).近視の進行抑制法として,これまでさまざまな光学的な矯正方法や薬物療法が研究されてきた.本稿では,そのなかで近年エビデンスのある方法としてメタ解析でも有効性が示されている低濃度アトロピン点眼,オルソケラトロジー(orthokeratology:OK),特殊デザインソフトコンタクトレンズ(softcontactlens:SCL)について説明する.また,新しい方法として報告されているデフォーカス組み込み(defocusincorporatedmultiplesegment:DIMS)眼鏡も紹介する.I低濃度アトロピン点眼1.基礎知識と作用機序アトロピンはムスカリン受容体拮抗薬(M1.M5)であり,副交感神経末端から放出される神経伝達物質アセチルコリン刺激を抑制し,副交感神経活動を抑制する.ムスカリン受容体は眼のさまざまな部位に存在しており,とくにM3受容体は毛様体,瞳孔括約筋に存在することにより,アトロピンの作用として散瞳,調節麻痺作用が明らかとなる.これまで,このM3受容体を介しての調節麻痺作用が近視進行抑制と関連すると考えられていたが,そのほかの機序として網膜アマクリン細胞におけるドーパミン産生との関連性,強膜や脈絡膜における受容体との関連性などさまざまな機序が考えられており,解明には至っていない.2.近視進行抑制効果低濃度アトロピン点眼液による近視進行抑制効果については1970年代よりいくつかの後ろ向き研究が行われ,1980年代以降ランダム化比較試験も行われるようになってきた.そのなかで,低濃度アトロピンの有効性についてのエビデンスを確立してきた報告として,ATOM1,ATOM-2,ATOM-J,LAMPstudyがある.*YoNakamura:四条烏丸眼科小室クリニック〔別刷請求先〕中村葉:〒604-8152京都市中京区手洗水町652烏丸ハイメディックコート4階四条烏丸眼科小室クリニック0910-1810/20/\100/頁/JCOPY(9)1473等価球面度数の変化量(D)0.00-0.20-0.40-0.60-0.80-1.00-1.20-1.40ベースライン4カ月8カ月12カ月16カ月20カ月24カ月アトロピン0.05%アトロピン0.025%アトロピン0.01%プラセボより変更図1低濃度アトロピン点眼(0.05%,0.025%,0.01%)とプラセボ点眼による屈折度の変化(LAMPstudy)濃度依存性に近視の進行が抑制されている.プラセボ群は1年経過後に0.05%アトロピン点眼に変更することによって近視進行が抑制された.(文献5より改変引用)0.70眼軸長の変化量(mm)0.600.500.400.300.200.100.0ベースライン4カ月8カ月12カ月16カ月20カ月24カ月アトロピン0.05%アトロピン0.025%アトロピン0.01%プラセボより変更図2低濃度アトロピン点眼(0.05%,0.025%,0.01%)とプラセボ点眼による眼軸長の変化(LAMPstudy)図1の屈折度の変化と同様,眼軸長の伸びでも濃度依存性に近視進行抑制効果が認められた.(文献5より引用改変)認められている.さらに,至適濃度を検討するために現在日本においてCDE-127試験が実施されており,3年間の経過観察中である.また,香港においてもCLAMPstudyが行われた.この研究では,0.05%,0.025%,0.01%,プラセボ群のC4群間での比較が行われた(図1,2)5).1年後にプラセボ群はC0.05%アトロピン点眼に変更し,さらにC2年間の経過観察を行った.結果は濃度依存性に近視進行抑制効果は大きく,プラセボからC0.05%アトロピン点眼に変更した群では,点眼変更後明らかに近視進行は抑制されていた.この報告では,0.05%アトロピン点眼は副作用も少なく近視進行抑制効果が高いと結論づけている5).これまでの研究において,0.01%アトロピン点眼では,2年間に屈折度としてC0.22.0.70D,眼軸長C0.10から0.14Cmmの近視進行抑制効果を認めている.また,0.05%アトロピン点眼では,2年間で屈折度ではC1.08D,眼軸長ではC0.42Cmmの抑制効果を認めている.C3.副作用と問題点副作用としては,M3受容体を介したアトロピンの作用としての散瞳作用による羞明感,調節麻痺作用がある.LAMPstudyが行われた香港においては,通常眼鏡装用時においても紫外線があたると遮断することのできる調光レンズを処方することが多く,0.05%アトロピン点眼処方症例においても調光レンズ眼鏡の装用によって羞明などによる脱落が少なく,問題がなかったようである.しかし,濃度が高くなると羞明感や近見障害が起こる可能性が高くなる.現在すでにC0.01%アトロピン点眼薬はシンガポールでは市販されているが,もっとも効果的な至適濃度についてはさらなる検討が必要であると考えられている.副作用が少ない,近視進行抑制効果が高い,リバウンドを生じにくいといった条件を満たす至適濃度の検討が必要である.CIIオルソケラトロジー1.基礎知識と作用機序OKは,夜間就寝時に酸素透過性ハードコンタクトレンズ(hardcontactlens:HCL)を装用し,角膜を平坦化することによって,日中は裸眼で過ごすことのできる近視矯正法である.現在用いられているレンズの構造は四つのカーブをもっており,中央のベースカーブにより角膜を圧迫するとともに,続くリバースカーブへの上皮の移動によってさらに角膜を平坦化する効果を強めている.圧迫するという性質上,適応度数には制限があり,C.4.0Dくらいまでの屈折度の症例に適した方法である.OKによる近視進行抑制効果の作用機序としては,軸外収差説が考えられている.OKの矯正において,視軸の焦点は網膜上にあるが,周辺では角膜のスティープ化により焦点がやや手前に合うため,単焦点眼鏡のような周辺における遠視性デフォーカスが起こらないためであるという説である(図3)6).しかし,OKの近視進行抑制効果の作用機序については,多焦点性などほかの機序の関与も示唆されており,解明されていない部分もある.C2.近視進行抑制効果2年間の比較試験での報告がいくつか出ており,2011年CKakitaら7),2012年CChoら8),Santodomingo-Rubi-doら9)の報告によると,単焦点眼鏡と比較してそれぞれC36%,42%,32%の眼軸長による近視進行抑制効果が認められている.また,トーリックレンズによる矯正でも近視進行抑制効果が認められており,52%の効果があったとの報告がその後なされている10).OKには矯正限界があるが,残った屈折は眼鏡で追加矯正を行っても近視進行抑制効果が認められ,63%の強い効果があったとの報告もある11).これまでの報告から眼軸長による検討においてC30.60%と効果にばらつきはあるが,効果のあることは明らかになってきている.OKは中国やシンガポール,香港などの東アジア,ヨーロッパを中心として処方されており,そのほとんどが学童に対する近視進行抑制効果を期待しての処方となっているのが現状である.2016年,日本国内のアンケート調査でもC25%が小学生,41%が中学生.19歳に対する処方となっていた.2017年ガイドラインが,20歳未満に対する処方について慎重処方と変更になったこともあり,近視進行抑制を期待しての学童への処方が増えつつある.(11)あたらしい眼科Vol.37,No.12,2020C1475ab角膜周辺部がスティープ化網膜後方に結像してしまう図3オルソケラトロジー(OK)による近視進行抑制効果のメカニズムa:通常眼鏡矯正の場合の周辺部の焦点位置.通常眼鏡による矯正では周辺部の焦点位置が網膜面よりも後方に生じる.このことが眼軸長を伸長させるきっかけとなると考えられている.Cb:OKレンズ矯正の場合の周辺部の焦点位置.OKレンズにより角膜周辺部は上皮の移動を含む形状変化によりスティープ化する.このため焦点位置は網膜面より後方に生じることはなく,眼軸長伸長を抑制できる可能性がある.(文献C6より引用)ab図4MiSightのレンズデザインa:中心は遠用,周辺に向けて同心円状に遠近の屈折度数が配列する多焦点コンタクトレンズ(MSCL).中心の遠用部はC3.36Cmm,加入度数は+2.0D.Cb:遠用部と近用部があることにより,網膜面状に焦点を結ぶと同時に,網膜前方に二つ目の焦点を結んでいる.(CooperVisionMiSight1dayホームページより改変引用)Cab4332.52211.501-10.5-20-3-0.5-4-1Opticzonediameter(mm)図5累進屈折型多焦点ソフトコンタクトレンズのデザイン(EDOFとDISC)a:Extendeddepthoffocus(EDOF)効果を示す累進屈折型MSCL.さまざまな屈折度をもつレンズの組み合わせによってCEDOF効果を生じ,近視進行抑制効果が得られると考えられている.MYLOとして市販されている.Cb:DefocusCincorporatedCsoftCcontactClens(DISC)のデザイン.中心遠用,周辺に遠用と+2.5D加入の近用部位を交互に同心円状に組み入れ,周辺の焦点位置をぼやけさせている.(文献C17より改変引用)Opticzonediameter(mm)-4-3-2-101234中心9mmのみ遠用+3.5D加入の入った矯正度数傍中心部径3.3cmの部分に約400個のセグメント図6Defocusincorporatedmultiplesegment(DIMS)眼鏡のデザイン(文献C19より引用改変)ザインを比較するとドットデザインのほうが眼軸伸長抑制効果が高かったことより,ドットデザインのデフォーカス組み込み(defocusincorporatedmultiplesegment:DIMS)眼鏡が作製され,海外では市販されている.しかし,焦点のばらつきがあると眼軸伸長の制御機構が機能しない可能性も指摘されている.図6に示すように,DIMS眼鏡は中心C9Cmmの遠用度数の周囲に約C1Cmm径の+3.5Dのドット状の加入レンズを散りばめたデザインとなっている19).日本では市販されていないが,香港と中国では市販されている眼鏡である.C2.近視進行抑制効果現在のところ多施設研究などはまだ行われていないが,2年間の比較試験で屈折度C52%,眼軸長C62%と良好な近視進行抑制効果が認められている.SCLでは装用時間にばらつきが出てしまうが,眼鏡装用時間はC1日15時間程度とかなり長時間装用となっていることが大きな効果を生んでいる可能性もある.現在,中国では多施設研究が行われているようであり,今後の結果が待たれる.C3.合併症と問題点一部の症例では周辺部のぼやけの訴えが一時的にあったが,ほとんどの症例で問題なく装用できており,自覚的な訴えとしては単焦点眼鏡と差はなかったと報告されている.多施設研究においても有効性が証明されれば,有効な近視進行抑制手段となる可能性がある.おわりに現在のところ,さまざまな方法の比較をしたレビュー論文では,アトロピン点眼,OK,多焦点CSCLについては有効性が認められてきている20).また,低濃度アトロピン点眼とCOKの併用の有効性も報告されている21).現在もさまざまな薬物療法や光学的方法が試みられており,もっとも効果的で安全な近視進行抑制法の確立が求められている.文献1)SherwinCJC,CReacherCMH,CKeoghCRHCetal:TheCassocia-tionbetweentimespentoutdoorsandmyopiainchildrenandadolescents:aCsystematicCreviewCandCmeta-analysis.COphthalmologyC119:2141-2151,C20122)ChuaCWH,CBalakrishnanCV,CChanCYHCetal:AtropineCforCtheCtreatmentCofCchildhoodCmyopia.COphthalmologyC113:C2285-2291,C20063)TongL,HuangXL,KohALetal:Atropineforthetreat-mentCofCchildhoodmyopia:e.ectConCmyopiaCprogressionCafterCcessationCofCatropine.COphthalmologyC116:572-579,C20094)ChiaCACChuaCWH,CWenCLCetal:AtropineCforCtheCtreat-mentCofCchildhoodmyopia:changesCafterCstoppingCatro-pine0.01%C,0.1%and0.5%C.AmJOphthalmolC157:451-457,C20145)YamJC,LiFF,ZhangXetal:Two-yearclinicaltrialoftheClow-concentrationCatropineCforCmyopiaCprogression(LAMP)study:Phase2report.OphthalmologyC127:910-919,C20206)平岡孝浩:近視進行予防の治療2.オルソケラトロジー.あたらしい眼科37:527,C20207)KakitaCT,CHiraokaCT,COshikaT:In.uenceCofCovernightCorthokeratologyConCaxialCelongationCinCchildhoodCmyopia.CInvestOphthalmolVisSciC52:2170-2174,C20118)ChoCP,CCheungSW:RetardationCofCmyopiaCinCorthokera-tology(ROMIO)study:aCrandomizedCcontrolledCtrial.CInvestOpthalmolVisSciC53:7077-7085,C20129)Santodomingo-RubidoJ,Villa-CollarC,GilmartinBetal:CMyopiaCcontrolCwithCorthokeratologyCcontactClensesCinSpain:refractiveCandCbiometricCchanges.CInvestCOphthal-molVisSci53:5060-5065,C201210)ChenCC,CCheungCSW,CChoP:MyopiaCcontrolCusingCtoricorthokeratology(TO-SEEstudy)C.CInvestCOphthalmolCVisCSciC54:6510-6517,C201311)CharmCJ,CChoP:HighCmyopia-partialCreductionCortho-k:aC2-yearCrandomizedCstudy.COptomCVisCSci90:530-539,C201312)日本眼科医会:オルソケラトロジーに関するアンケート調査の集計結果報告(平成C30年度).日本の眼科C90:198-206,C201913)FujikadoT,NinomiyaS,KobayashiT:E.ectoflow-addi-tionsoftcontactlenseswithdecenteredopticaldesignonmyopiaCprogressionCinchildren:aCpilotCstudy.CClinCOph-thalmol23:1947-1956,C201414)Ruiz-PomedaA,Perez-SanchezB,VallsIetal:MiSightassessmentstudyCSpain(MASS)C.CAC2-yearCrandomizedCclinicalCtrial.CGraefesCArchCClinCExpCOphthalmolC256:C1011-1021,C201815)ChamberlainCP,CPeixoto-de-MatosCSC,CLoganNSCetal:AC3-yearrandomizedclinicaltrialofMiSightlensesformyo-piacontrol.OptomVisSciC96:556-567,C2019(15)あたらしい眼科Vol.37,No.12,2020C1479-