変化した眼圧を取り巻く環境─角膜ヒステレシスや眼瞼圧と緑内障IOPChangesandBiomechanicsofGlaucomatousEyes木内良明*はじめに緑内障は多因子性の疾患である.疾患の進行を阻止するためにはその進行の危険因子にしっかりと対処する必要がある.緑内障性視神経障害を進行させる危険因子としてまず眼圧があげられる.そのほか高年齢,乳頭出血があること,眼灌流圧が低いことのほかに中心角膜厚(centralcornealthickness:CCT)が薄いことが知られている.CCTが注目を浴びるようになったのはOcularHypertensionTreatmentStudy(OHTS)の報告からである1).CCTが薄いと高眼圧症から開放隅角緑内障に移行しやすいことが明らかにされ,EuropeanGlaucomaPre-ventionStudy(EGPS)でもCCTの重要性が確認されるようになった2).CCTが薄いとGoldmann圧平眼圧計で測定された眼圧は真の眼圧よりも低く表示されるために,適切に患者の治療が行われない可能性がある.そのため,CCTは本当に緑内障進行のリスク因子であるのか疑問視されていた.しかし,CCTで補正した眼圧値を用いて検討しても,薄いCCTは緑内障進行のリスクであることが証明されている3).CCTが薄いとなぜ緑内障が進行しやすいのかは,よくわかっていない.膠原線維や弾性線維が角膜や篩状板の物理学的特性を規定すると考えると,角膜の物理学的性質と緑内障の進行が関連しても不思議ではない4).I角膜の粘弾性角膜は,ばねのように押されると変形して,加わる力がなくなると元に戻ろうとする性質(弾性)をもつ.さらに押し込まれるときと戻るときの動きに抵抗するような性質(粘性)をあわせてもつ(粘弾性物質).車のサスペンションと同じように考えるとよい.ばね(弾性)とダンパー(粘性)の組み合わせである(図1).角膜頂点を押し込むときと戻るときの動きは同じ経路をたどらない.弾性力が戻ろうとするのを粘性が抑えるからである.押し込まれるときと戻るときに描く曲線をヒステリシス曲線とよぶ.これが物理学で用いられる曲線である(図2).この曲線で囲まれた部分のエネルギーは熱として放散される5).II角膜の物理学的特性(粘弾性)を測定する装置角膜の粘弾性の性質を測定する装置としてOcularresponseanalyzer(ORA,Reicher社)とCorvisST(Oculus社)の2機種が多くの研究で使われている.ORAもCorvisSTも非接触型の空気式眼圧計の一種である.空気式眼圧計では測定眼に斜め前方から赤外線を照射する.丸い形状をもつ角膜表面に赤外光が照射されるとその光は散乱しながら反射する.角膜頂点に空気が噴射されると角膜頂点の表面が押し込まれて,ある時点で角膜表面は平坦になる.角膜表面が平坦になると反*YoshiakiKiuchi:広島大学大学院医系科学研究科視覚病態学〔別刷請求先〕木内良明:〒734-8551広島市南区霞1-2-3広島大学大学院医系科学研究科視覚病態学0910-1810/20/\100/頁/JCOPY(21)1197力Y変位量図2角膜のヒステレシス曲線粘弾性図1角膜の粘弾性ばねとダンパーの組み合わせで角膜の粘弾性が表現される.加わる力バネダンパー反射光図3非接触型眼圧計の測定原理加わる力YP1時間図4圧平圧力と反帰信号の強さおよびCornealhysteresisP2(CH)表1ORAで得られるパラメータ変位図5Cornealhysteresis表2パラメータを求める計算式図6CorvisSTの表示ないことがわかった.Goldmann圧平眼圧計の測定値に影響する因子も検討している.年齢,性別,眼軸長,CCT,角膜曲率半径の因子でみると,従来の報告と同じようにCCCTと角膜曲率半径が眼圧測定値に影響を及ぼすという結果になった.ここにCCorvisSTのパラメータを挿入すると,CCTや角膜曲率半径の重要性は低下して,CorvisSTのパラメータが眼圧測定値に強く影響する因子として選択された.2016年にはCMikiらがバージョンアップされたモデルで(Ver1.3b1361)同様に検討を行っている15).この研究では信頼性が乏しい,あるいは臨床的に有用と思われないパラメータを省いてC18個のパラメータを解析している.この研究では眼圧と眼軸長がC18個のうちC13個のパラメータと有意な関係があることが示された.眼圧が高いと角膜の変形は乏しく,眼軸長が長くなると角膜が変形しやすい.年齢も眼圧と同じように角膜の変形に抵抗する.その代わり,眼圧測定の空気噴射の影響で眼球全体が後方に移動しやすくなる.Mikiらの報告15)とCAsaokaらの報告14)が大きく矛盾することはない.Mikiら16)は緑内障患者と健常者の角膜性状の違いを明らかにするために,47例C47眼の開放隅角緑内障患者とC75例C75眼の健常者の間でCCorvisSTのパラメータの違いを比較している.その結果,同じ力を加えても角膜の変形が早期から生じて,早期に戻る,角膜の変形部位が急峻なカーブを描く,空気圧に押されて後方へ移動する距離が短い眼は緑内障と関係が深いと報告した.この報告では対象者の多くがプロスタグランジン(prostaC-glandin:PG)関連薬で治療中であった.PG関連薬は細胞外マトリクスのリモデリングを行うCmatrixCmetallo-proteinasesを産生するため,PGの点眼治療が角膜の剛性に影響を及ぼす可能性がある.Bolivarら17)はC68人C68眼の新たにCPOAGと診断された患者にCPG関連薬点眼を始めた.眼圧はC19.8C±5.2mmHgからC15.60C±3.35CmmHgまで下がりCCHはC8.96C±2.3CmmHgからC9.79C±1.97CmmHgまで有意に増えた.手術で眼圧を下げてもCCHは増える.眼圧が下がるとCHが増えることはよく知られている.この研究では眼圧変化はCCHの増加と関係なく,ベースラインCCHが関係していた.PG関連薬点眼で角膜のバイオメカニクスが変化したと思われる.PG関連薬治療中の患者の点眼治療をC6週間中止するとCCCTもCCHもCCRFも高くなり,点眼を再開すると三つとも元に戻ることも報告されている18).そこでCMikiらは点眼治療開始前の開放隅角緑内障患者と健常者のCCorvisSTのパラメータの違いを検討した19).その結果,点眼治療を受けていないCNTG患者では,点眼治療を受けている患者と同じように,空気圧によって角膜が変形しやすくなっていることがわかった.一方,Wuら20)の報告によると,緑内障患者ではMikiらが報告したCCorvisSTの同じパラメータが,角膜が変形しにくくなる方向に変化すると報告した.Mikiらの報告とまったく逆の結果を示している.さらに最低2年間のCPG関連薬点眼で治療するとCCorvisSTのパラメータは影響を受ける.CorvisSTのパラメータに対する影響はラタノプロスト,ビマトプロスト,トラボプロストの間に差はないことがわかった.Wuらの報告とCMikiらの報告がまったく逆の結果になった理由はわからない.多くのパラメータは眼圧の影響を受ける.ベースライン眼圧が高い海外の報告では,日本からの報告と異なるデータになるのかもしれない.そこで以下は日本での報告を中心に話を進める.筆者らは開放隅角緑内障において緑内障性視神経障害の進行速度とCCorvisSTのパラメータの関係を調べた.角膜に同じ空気噴流を加えても角膜が早く変形しはじめ,早く変形から戻る.陥凹から戻るときの変形範囲が広くて,最大陥凹が深い症例は視野障害の進行が速いことがわかった21).Mikiらが報告した開放隅角緑内障の特徴が強いほど視野障害の進行が速いことになる.CCorvisSTのパラメータとCORAのパラメータまったく異なるコンセプトで得られる.筆者らは両者を組み合わせるとより正確に緑内障の進行速度を予測できないかと考えた.CorvisSTのパラメータとCORAのパラメータを合わせて緑内障性視野障害進行の予測式を作った22).眼圧,CCT,眼軸長,年齢,観察開始時の網膜感度を投入した基本予測式よりも,CHの情報を追加した予測式のほうが有意に正確であった.さらにCCorvisSTのパラメータを投入すると予測式の精度がさらに向上した.CorvisSTのパラメータだけで予測式を立てた(25)あたらしい眼科Vol.37,No.10,2020C1201先の研究と異なる患者集団で検討したが,角膜の最大陥凹が深く,変形から戻るときに扁平になる範囲が広い症例は視野障害の進行が速いという同じ結果になった.CCTよりもCCHのほうが緑内障性視機能障害に関与する率が高いため,CCTは選択されなかったと思われる.視野障害の程度とCCorvisSTのパラメータやCCHの関係も調べた23).最大陥凹が深くて,陥凹部の曲率が小さいほど,最初の扁平時刻における扁平面積が大きく戻りが速い眼は視野障害が強い.眼圧,CCT,眼軸長,年齢を投入して緑内障病期を検討すると,CCTが薄い人は末期になりやすい.しかし,CorvisSTのパラメータやCCHを投入した予測式のほうが病期判定は正確になる.サル眼を用いた研究で緑内障性の視神経ダメージが強くなると強膜の生体力学特性が変化するという報告もある24).これまでの報告を総合しても緑内障患者と健常者の角膜のヒステレシス曲線の差を描くことはむずかしい.緑内障眼では同じように空気を噴射しても早く(少ない空気圧で)角膜の変形が始まる.そして,最大陥凹が深いので最大の力を加えている間の曲線は全体的に右側にシフトする.角膜が陥凹から扁平に戻る時間も短い(高い空気圧でも扁平になる).したがって緑内障ではCCHが小さくなる.ここまでは推測できるが,角膜が扁平になる時点での角膜頂点の変位量が示されていない論文が多く,ヒステレシス曲線を推測できない.CV近視性変化と生体力学特性近視と緑内障の関係も注目されている.近視眼では視神経乳頭から耳上側,耳下側に伸びる乳頭周囲網膜神経線維層(circumpapillaryCretinalCnerveC.berlayer:cpRNFL)の厚みのピークのなす角度(cpRNFLangle)が狭くなることが報告され,近視の一つのパラメータと考えられている25).健常若年者のCcpRNFLangleとCCorvisSTのパラメータの関係を調べた.cpRNFLangleが狭い眼(近視)では空気の噴射を受けたあと,早く角膜の表面が平坦になり早く元の形状に戻る.そして最初に扁平になる部分は小さいとことがわかった26).CPeripapillaryCretinalCarteriesangle(PRAA)とCORAの新しいC35のパラメータの関係を調べた27).空気噴流に対して素早く陥凹する角膜がCPRAAに関係することがわかった.視神経乳頭を挟んで耳上側と耳下側の網膜動脈がなす角度とCCorvisSTのパラメータの関係を調べると,狭いCPRAAをもつ眼は角膜の最大変位が浅く,狭いことがわかった28).緑内障性視神経障害が進行しやすい眼は角膜の最大変位が深く広い眼である.この点を考えると近視は緑内障の進行因子になりえないことになる.CVI生体力学特性で補正した眼圧値CorvisSTやCORAでは角膜の生体力学特性を考慮に入れた眼圧測定値が得られる.CorvisSTのCVer1.00r30モデルでは通常の測定値であるCCST-IOPのほかに患者の年齢と角膜厚で補正したCCST-IOPpachyという眼圧測定値が得られる.ORAではCGoldmann圧平眼圧計で得られる測定値を予測するCIOPgと角膜の物理学的性状で補正したCIOPccが得られる.筆者らはそれらの測定値の信頼性,再現性を検討した29).角膜厚や年齢で補正したCCST-IOPpachyはCGoldmann圧平眼圧計による測定値よりも低く,IOPccは高く表示された.Gold-mann圧平式眼圧計を基準としたとき,CST-IOPpachyは加算誤差があるものの比例誤差(眼圧が高くなるほど測定値と基準値からのずれが大きくなる)がない.IOPccは加算誤差も比例誤差もある.CST-IOPpachyは角膜曲率半径の影響を受けるがCIOPccはCCCTや曲率半径の影響を受けなかった.生体力学特性で補正を受けたCCorvisSTやCORAで得られる眼圧測定値はこの時点で互換性がない.Ver1.3b1361のCCorvisSTで得られるCbIOPはCCCTやCCorvisSTのパラメータ補正した眼圧である.この眼圧値はCCCTの影響を受けないがCCHと関連する30).CCorvisSTやCORAで得られる眼圧値のうちCbIOPは一番データの再現性がよかった31).しかし,今のところ臨床的にベストな眼圧測定装置はない.CVII眼瞼の硬さ近年,PG関連薬による眼瞼の硬化が話題に上っている.硬い瞼が緑内障進行の危険因子かどうか明らかでは1202あたらしい眼科Vol.37,No.10,2020(26)ないが,硬い眼瞼は眼圧測定の妨げになる.反跳式眼圧計(iCare)は先端が小さく,瞼裂高が低くても十分眼圧が測れそうであるが,眼瞼から眼球に力が加わる.そのために高く眼圧が測定されるという報告がある32).小児の場合,開瞼器をかけると約C4mmHg,水泳用のゴーグルを押すようにするとC4.5CmmHg眼圧が上昇するといわれている.反跳式眼圧計(iCare)も時代とともに進化している.Nakakuraら33)は眼瞼の挙上がCicareTAO01i(2003年発売のオリジナルモデル),icarePro(2010年発売),CicareCic100(2016発売),Goldmann圧平眼圧計のC4種類の眼圧計で眼圧を測定するときに眼瞼の挙上の影響を調べている.眼瞼をもち上げる操作は眼圧測定に影響しないという結果になった.眼瞼の挙上による眼圧変化はGoldmann圧平眼圧計の場合.CCTと曲率半径が関係している.おわりに緑内障進行の危険因子として眼圧,循環障害と並んで角膜の剛性に注目した研究が進んできた.空気圧で角膜が陥凹しやすい眼は緑内障になりやすく,緑内障が進行しやすい.角膜は年齢とともに厚さ方向の力に対して強くなる一方,曲げに対する力に弱くなることと一致するのであろう34).今後はこの角膜剛性を変化させる治療法があるのか,そのような治療を行うと本当に有用なのかを調べる研究が必要と思われる.文献1)GordonCMO,CBeiserCJA,CBrandtCJDCetal;TheCOcularHypertensionTreatmentStudy:baselinefactorsthatpre-dicttheonsetofprimaryopen-angleglaucoma.ArchOph-thalmolC120:714-720,C20022)EuropeanCGlaucomaCPreventionStudyCGroup;Pfei.erCN,CTorriV,GomezIKetal:CentralcornealthicknessintheEuropeanCGlaucomaCPreventionCStudy.COphthalmologyC114:454-459,C20073)BrandtCJD,CGordonCMO,CGaoCFCetal:AdjustingCintraocu-larCpressureCforCcentralCcornealCthicknessCdoesCnotCimprovepredictionmodelsforprimaryopen-angleglauco-ma.Ophthalmology119:437-442,C20124)WongCBJ,CMoghimiCS,CZangwillCLMCetal:RelationshipCofCcornealChysteresisCandCanteriorClaminaCcribrosaCdisplace-mentinglaucoma.AmJOphthalmolC212:134-143,C20205)IshiiCK,CSaitoCK,CKamedaCTCetal:ElasticChysteresisCinChumaneyesisanage-dependentvalue.ClinExpOphthal-molC41:6-11,C20136)RobertsCJ:ConceptsCandCmisconceptionsCinCcornealCbio-mechanics.CJCataractRefractSurgC40:862-869,C20147)WellsCAP,CGarway-HeathCDF,CPoostchiCACetal:CornealChysteresisCbutCnotCcornealCthicknessCcorrelatesCwithCopticCnerveCsurfaceCcomplianceCinCglaucomaCpatients.CInvestCOphthalmolVisSciC49:3262-3268,C20088)PakravanCM,CParsaCA,CSanagouCMCetal:CentralCcornealCthicknessCandCcorrelationCtoCopticCdiscsize:aCpotentialClinkCforCsusceptibilityCtoCglaucoma.CBrJOphthalmolC91:C6-28,C20079)DascalescuD,CorbuC,VasilePetal:TheimportanceofassessingCcornealCbiomechanicalCpropertiesCinCglaucomaCpatientscare-areview.RomJOphthalmol60:219-225,C201610)CongdonCNG,CBromanCAT,CBandeen-RocheCKCetal:CenC-tralCcornealCthicknessCandCcornealChysteresisCassociatedCwithCglaucomaCdamage.CAmCJCOphthalmolC141:868-875,C200611)MangouritsasG,MorphisG,MourtzoukosSetal:Associ-ationCbetweenCcornealChysteresisCandCcentralCcornealCthicknessCinCglaucomatousCandCnon-glaucomatousCeyes.CActaOphthalmolC87:901-905,C200912)CongdonCNG,CBromanCAT,CBandeen-RocheCKCetal:Cen-tralCcornealCthicknessCandCcornealChysteresisCassociatedCwithCglaucomaCdamage.CAmCJCOphthalmolC141:868-875,C200613)ParkJH,JunRM,ChoiKR:Signi.canceofcornealbiome-chanicalCpropertiesCinCpatientsCwithCprogressiveCnormal-tensionglaucoma.BrJOphthalmol99:746-751,C201514)AsaokaR,NakakuraS,TabuchiHetal:TherelationshipbetweenCCorvisCSTCtonometryCmeasuredCcornealCparame-tersCandCintraocularCpressure,CcornealCthicknessCandCcor-nealcurvature.PLoSOne20:10,Ce0140385,C201515)MikiA,MaedaN,IkunoYetal:FactorsassociatedwithcornealCdeformationCresponsesCmeasuredCwithCaCdynamicCScheimp.uganalyzer.InvestOphthalmolCVisSciC58:538-544,C201716)MikiCA,CYasukuraCY,CWeinrebCRNCetal:DynamicCScheimp.ugCocularCbiomechanicalCparametersCinChealthyCandmedicallycontrolledglaucomaeyes.JGlaucomaC28:C588-592,C201917)BolivarCG,CSanchez-BarahonaCC,CTeusCMCetal:E.ectCofCtopicalprostaglandinanaloguesoncornealhysteresis.ActaOphthalmolC93:e495-e498,C201518)MedaR,WangQ,PaoloniDetal:Theimpactofchronicuseofprostaglandinanaloguesonthebiomechanicalprop-ertiesCofCtheCcorneaCinCpatientsCwithCprimaryCopen-angleCglaucoma.BrJOphthalmol101:120-125,C2017(27)あたらしい眼科Vol.37,No.10,2020C1203—