乳幼児,小児の虐待を疑う眼疾患への対応OcularManifestationsofChildAbuse中山百合*はじめに児童相談所への虐待相談の件数は,増加の一途をたどっており,平成C30年度(2018年)は約C16万件と前年度よりC19.5%も増していた(図1).法改正や度重なる行政通達などで関係機関は体制強化を計ってきたものの,虐待死はほとんどの年でC50人を超え,とくにC2018年東京都目黒区の幼児死亡事例やC2019年千葉県野田市の児童死亡事例では,そのあまりに悲惨で痛ましい虐待の内容に社会全体が強い衝撃を受けた.今年は新型コロナ感染症対応における学校休業や外出自粛に伴って子どもや家庭の生活環境が大きく変化しており,厚生労働省は虐待リスクの高まりへの懸念から,「子どもの見守り強化アクションプラン」を公表して地域の見守り体制の強化を進めている現状である.本稿では子ども虐待の全体について述べたあと,小児眼科における虐待を疑う所見の代表的なものを提示し,それらに眼科医として遭遇した際に取るべき行動についてまとめる.CI子どもの虐待とは厚生労働省のホームページでは,児童虐待を身体的虐待,性的虐待,ネグレクト,心理的虐待のC4種類に分類して,具体的な事例をあげつつ呈示している(表1).平成C17年度の児童虐待防止法改正で,身体的虐待の項目に「児童の身体に外傷が生じたもの」のみではなく,「生じるおそれがある暴行」が追加されていることをしっかりと記憶に留めなくてはいけない.しつけと称して叩くのも現在では虐待とみなされており,程度によっては通告する義務がある.冬の寒い日にベランダや外に出す行為も身体的虐待に含まれている.ネグレクトは,きちんとしたご飯を食べさせなかったり,不衛生なままほったらかしにしたり,歯磨きを教えない,予防接種をまったく受けさせない,小さな子どもだけで留守番させるなどがあり,子育てに必要なあたりまえの親としての役割を無視して拒否する行為をさしている.性的虐待は,本人の心を傷つけ根源的な人格形成を脅かす深刻な虐待で,不適切で不健全な性行為を強要することはもちろん,ポルノや性的行為を子どもに見せることも含まれている.近年件数が増加しているのが心理的虐待で,褒めない,優しくしない,子どもに恐怖を与える言葉を用いるなどがあるが,「同居する配偶者に対する暴力(ドメスティック・バイオレンス:DV)」「きょうだい間での明らかな差別的扱い」なども明記されるようになった.このように,子どもへの虐待は多岐にわたっている.たとえ小さな子どもとはいえ,この社会を構成している一人である.虐待とは,相手の人間としての尊厳を踏みにじる行為であり,子ども虐待とは「社会の中で健康に生きる」という子どもの権利が侵害されることをさしている.CII子ども虐待の実態日本全国の児童相談所に虐待の疑いがあると通報(通告)されたのは,平成C30年度では身体的虐待は全体の*YuriNakayama:砧ゆり眼科医院〔別刷請求先〕中山百合:〒157-0073東京都世田谷区砧C4-17-10砧ゆり眼科医院C0910-1810/20/\100/頁/JCOPY(61)C1101100,00090,00080,00070,00060,00050,00040,00030,00020,00010,0000H3H4H5H6H7H8H9H10H11H12H13H14H15H16H17H18H19H20H21H22H23H24H25H26図1児童虐待相談の対応件数の推移(厚生労働省ホームページより)表1児童虐待とは身体的虐待殴る,蹴る,叩く,投げ落とす,激しく揺さぶる,やけどを負わせる,溺れさせる,首を絞める,縄などにより一室に拘束するなど性的虐待子どもへの性的行為,性的行為を見せる,性器を触るまたは触らせる,ポルノグラフィの被写体にするなどネグレクト家に閉じ込める,食事を与えない,ひどく不潔にする,自動車の中に放置する,重い病気になっても病院に連れて行かないなど心理的虐待言葉による脅し,無視,きょうだい間での差別的扱い,子どもの目の前で家族に対して暴力をふるう(ドメスティック・バイオレンス:CDV),きょうだいに虐待行為を行うなど(厚生労働省ホームページより)注)2009年にアメリカ小児科学会は,SBSではその言葉が内包する受傷機序が限定的で,ゆさぶってから叩きつける行為や鈍的打撲などが含まれておらず,虐待と明確にさせるためにも,医療者はCAHTに用語を統一することを提唱している6).図2AHTの眼底写真とが多い.普段の診療以上に,こうした患児への対応は克明に記録をとるよう努めねばならない.C2.眼窩打撲や顔面の殴打に伴う外傷殴打や蹴る,物で叩くなどの行為で眼とその周囲に打撲傷が生じる.受傷直後では眼瞼裂傷や皮下出血を呈し,眼球への外力が大きい場合には,外傷性前房出血や隅角後退,水晶体偏位が生じることもある.受傷からしばらく経過して外傷性白内障や,網膜周辺部に多発性の萎縮円孔や大きな裂孔をもつ巨大な網膜.離をきたすことがあり注意が必要である.ビニールバットで子どもの顔面を保護者が滅多打ちにした自験例では,両眼とも広範囲な網膜振盪症を呈した.幸いなことに数日後に自然吸収されて完治したが,網膜振盪症のように可逆性がある障害程度だったとしても,前述したように大きな障害が生じるおそれがある打撲だった時点で,医療者は児童相談所へ通告する義務がある.外力が前頭部,とくに眉毛部を強打したときに,必ずしも視神経管骨折がなくても視神経損傷を起こし,受傷後から数週間後に視野狭窄や重篤な場合,失明に至ることがある.自験例でC4歳の子が両眼を父親に殴られ保護されたときに「目が痛い」と児童相談所の職員に訴えていたが,数週間後に「暗くなった,何も見えない」と話したときは両眼の視神経はすでに蒼白で失明に至っていたというあまりにむごい症例があった.小学生以上になると眼窩底骨折は虐待でなくともしばしば臨床で遭遇する.自験例で「家の中で走り回って柱にぶつかった」と子ども親が説明した事例があった.柱にぶつかったにしては額や顎には何の傷もなく,集合住宅の限られた面積でそれほどの速度を出して激突できるのか不思議になった.CT撮影する際に親子を離し,看護師とケースワーカーが患児を安心させてから話を丁寧に聞いてみると,母親の内縁の夫に拳で殴られたと話した.たとえ子ども本人が診察室で話したとしても,受傷機転におかしな点がある場合には,口実を設けてでも一時的に親子を離して,もう一度問診を丁寧に取り直す必要を痛感した症例だった.3.熱傷や穿孔性外傷など「顔面に熱湯がかかった」という事例が多くみられる.瞬間湯沸かし器をカウンターなどに置いてその電気コードを子どもが引っ張って子どもの頭上に熱湯ごと落下するなどが多い.「テーブルに熱い飲み物を置いて目を離したらつかまり立ちする子どもが頭からかぶってしまった」という自験例も複数あった.虐待というより養育過誤や注意不足から生じている.同様に,ボールペンやハサミなどの鋭利なものによる外傷や,コンセントのプラグによる事故など,身近なものでも家庭内の穿孔性外傷は生じる.つかまり立ちや伝い歩きをする年齢では家庭内の事故が増えることを保護者によく説明する.一度受傷しても子どもに再発の危険がありえる場合は,保護者の同意を得たうえで市区町村の担当窓口に連絡することができる.同意しない場合には通告すべきである.C4.医療ネグレクト医療ネグレクトとは,保護者が子どもに必要な医療を受けさせないという虐待であり,子どもに適切なケアが施されない結果,心身の障害をきたす可能性があるものをさす.眼科の領域では先天緑内障や網膜.離などの手術加療に対する保護者の拒否などが代表的である.その治療法が十分確立されて広く受け入れられており,成功の可能性が高く治療を受けないデメリットが大きいことを主治医が丁寧に十分説明しても,保護者が頑強に受け入れない場合には通告の対象となる.「眼鏡かけるなんてかわいそう」「せっかくのかわいい顔が台なし」と弱視治療などのための矯正眼鏡を常用するのを偏った考えから拒否する保護者がいる.筆者の印象ではC10年前よりかなり減ったように思うが,アイパッチなど家庭で行う訓練に非協力的な場面は今でもたびたび遭遇する.子どもの限られた時期にしかできない治療であることを丁寧に説明し,保護者と子どもをできるだけ温かく励まして治療につなげる努力が医療者側に必要とされる.十分な説明をしてもかたくなに拒絶を続ける場合には,医療ネグレクトとして児童相談所に通告する.「点眼は面倒なので内服薬で直してほしい」「点眼は泣いてしまって可哀そうだからできない」という保護者は1104あたらしい眼科Vol.37,No.9,2020(64)–