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先天鼻涙管閉塞症の治療-涙管ブジーか涙道チューブか

2020年9月30日 水曜日

先天鼻涙管閉塞症の治療─涙管ブジーか涙道チューブかManagementofCongenitalNasolacrimalDuctObstruction中山知倫*渡辺彰英*I先天鼻涙管閉塞症とは1.臨床像先天的に鼻涙管が閉塞しており,流涙をおもな症状とし(図1),鼻涙管閉塞による涙.炎(図2),流涙による眼瞼皮膚炎(図3)を合併することがある.C2.原因先天鼻涙管閉塞症の原因は多くが鼻涙管形成不全であり,典型的には鼻涙管の鼻腔内開口部付近にあるHasner弁の部分で閉塞しているとされる1).C3.発生率と合併症先天鼻涙管閉塞症は幼児のC6~20%に認められる2).片側性が多く,両側性はC20%程度とされる3).原因は今のところ不明であるが,不同視弱視をC10~12%合併するとの報告もある4).CII診断と鑑別疾患1.問診まず流涙症があることを確認する.先天疾患であり,いつから症状があるのかの確認も重要である.症状が出生直後に認められないこともあるが,多くは生後C1カ月以内で症状が発生する.2.診察a.涙.部の圧迫による涙液の逆流鼻涙管閉塞によって涙液が涙.に留まっており,その涙液の逆流を涙.部の圧迫により認める.Cb.フルオレセイン消失試験鼻涙管閉塞により眼表面の涙液の排泄が滞るため,涙液をフルオレセインで染色するとその消失が遅れる.正常であればC5分以内で消失する.Cc.診断鼻涙管閉塞の診断には通水検査が有用であるが,対象が小児であると身体を抑える必要があり,適切に行うことが非常に困難である.したがって上記Ca,bにて鼻涙管閉塞の診断とする.そして,次に述べるその他の流涙症原因疾患を除外できれば,先天鼻涙管閉塞症と診断できる.C3.鑑別診断睫毛内反症(図4)や先天緑内障などによる角膜への物理的刺激による流涙症,結膜炎などによる炎症による流涙症,涙.皮膚瘻のようなその他の鼻涙管の先天異常による流涙症がないか確認する.ただし,これらと先天鼻涙管閉塞症が併発することもあるので,その点は注意が必要である.このなかでは先天緑内障は見落とすと視力に影響を及ぼすためとくに注意を要する.角膜径に差がないか,あるいは触診で眼圧に大きな差がないか確認してみることが,簡便で有用な方法である.*TomomichiNakayama&*AkihideWatanabe:京都府立医科大学大学院医学研究科視覚機能再生外科学〔別刷請求先〕中山知倫:〒602-0841京都市中京区河原町広小路上ル梶井町C465京都府立医科大学大学院医学研究科視覚機能再生外科学C0910-1810/20/\100/頁/JCOPY(3)C1043図1左先天鼻涙管閉塞症図2左先天鼻涙管閉塞症に続発した涙.炎図3両先天鼻涙管閉塞症に続発した眼瞼皮膚炎図4睫毛内反症図5a:右先天鼻涙管閉塞症に涙.皮膚瘻を合併した症例,b:涙管チューブ挿入術と涙.皮膚瘻閉鎖術施行後図6a:両先天鼻涙管閉塞症に涙.炎を合併した症例(出生時),b:3カ月後生後C3カ月で自然軽快.図7a:右先天鼻涙管閉塞症の症例(3歳,男児),b:治療後a:涙管チューブ挿入術を施行することにした.b:右流涙症状は改善している.表1先天鼻涙管閉塞症に対する涙管ブジー術と涙管チューブ挿入術の比較月齢難症例再発症例麻酔合併症涙管ブジー術(内視鏡なし)早期推奨治癒率低下治癒率低下局所麻酔構造破壊,菌血症涙管チューブ挿入術(内視鏡あり)関係ない対応可能対応可能全身麻酔チューブ関連-

序説:いまどきの小児眼科の傾向と対策

2020年9月30日 水曜日

いまどきの小児眼科の傾向と対策TrendsandCountermeasuresinModernPediatricOphthalmology外園千恵*杉山能子**高齢化とともに眼科の受診患者に占める小児の割合は年々減少している.しかし眼科医療における小児眼科の重要性に変わりはなく,誰もが眼を酷使する昨今の状況を考慮すると,むしろ今まで以上に子どもの眼を守る方策を考えていかねばならない.本特集では,小児眼科の基本を押さえながらアップデートな情報を集約し,小児眼科診療に関する疑問に応えることをめざした.病気を説明するのは医師の役割であるが,いまどきの保護者は聞いた病名をネットで検索する.ネット情報が保護者の正しい理解につながればよいが,実際にはまちがった解釈をしたり,質問への対応に外来で多大な時間を要したりする.一方,卒後臨床研修や眼科初期研修において小児の眼疾患に遭遇する機会が減り,小児眼科に苦手意識をもつ若手医師は少なくないのではないかと危惧される.本特集では,まず小児に多い疾患として,先天鼻涙管閉塞症,重症アレルギー性結膜炎,色覚異常をとりあげた.先天鼻涙管閉塞症に「ブジーをするべきか」「涙道チューブの適応は?」という疑問には,京都府立医科大学の中山知倫先生と渡辺彰英先生に答えていただいた.眼に局所使用できる免疫抑制薬が処方可能となってから10年以上が経過した.重症アレルギー性結膜炎に対し免疫抑制薬の点眼をどう使うのかを,高知大学の福島敦樹先生に解説いただいた.色覚異常については,基本事項,眼科での精査からインターネット情報まで,滋賀医科大学の岩佐真紀先生,村木眼科の村木早苗先生にご教示いただいた.近年あらたに開発されたスポットビジョンスクリーナー(SVS)は,その簡便性もあって眼科よりも先に小児科で広まった.「三歳児健診にSVSは有用か?」という問いに,山形大学の林思音先生に回答いただいた.子どもをもつ保護者に共通して関心の深い近視については,学術記事から商売目的と思えるものまで,さまざまな情報があふれている.これらを踏まえたうえでの保護者対応を,生野眼科の山田裕華先生と生野恭司先生に解説いただいた.またオルソケラトロジーによる近視抑制の研究について,国際動向も踏まえて京都府立医科大学の中村葉先生に紹介いただいた.マスコミでもとりあげられている,いわゆるスマホ内斜視(後天急性内斜視)はいったいどのような病態なのだろうか.浜松医科大学の佐藤美保先生に解説いただいた.患者支援の面から,三つの題目を各専門家に引き受けていただいた.最先端の眼科医療と患者支援をしている神戸アイセンターの吉田晶子先生,前田亜希子先生,高橋政代先生に,遺伝性網膜疾患のカウ*ChieSotozono:京都府立医科大学大学院医学研究科視覚機能再生外科学**YoshikoSugiyama:金沢大学附属病院眼科0910-1810/20/\100/頁/JCOPY(1)1041

調節安静位における調節微動の変化を指標とした0.01%イブジラスト点眼液の眼疲労に対する有効性の評価

2020年8月31日 月曜日

調節安静位における調節微動の変化を指標とした0.01%イブジラスト点眼液の眼疲労に対する有効性の評価有馬武志仲野裕一郎高橋浩日本医科大学眼科学教室ProofofConceptTrialof0.01%IbudilastOphthalmicSolutionforEyeFatigueinHealthyAdultsTakeshiArima,YuuichirouNakanoandHiroshiTakahashiCDepartmentofOphthalmology,CNipponMedicalSchoolC目的:イブジラスト点眼液の眼疲労に対する有効性を明らかにするために,健康成人に対し携帯用テレビゲームによる調節負荷を加えて,一時的に眼疲労を生じさせたときの調節微動の推移を比較検討した.対象および方法:健康成人C10名を対象として,携帯用テレビゲームによる負荷後にC0.01%イブジラスト点眼液もしくは人工涙液をC1回点眼した.他覚所見は負荷前の調節安静の視標位置を基準にした調節微動出現頻度の数値を,自覚症状はCvisualCanaloguescale(VAS)を用いて,負荷前,負荷後,安静後の推移を比較した.結果:自覚症状は,両薬剤とも負荷後から安静後にかけて有意に改善した.また,0.01%イブジラスト点眼液は,人工涙液と比較して,負荷後から安静後まで調節安静位における調節微動を有意に減少させた.結論:0.01%イブジラスト点眼液は眼疲労に対する治療薬としての可能性が示唆された.CPurpose:Inordertoclarifythee.ectivenessof0.01%ibudilastophthalmicsolutiononeyefatigue,weevalu-atedCtheCchangesCofCtheCaccommodativeCmicro.uctuationCinChealthyCadultsCwhenCplayingCaCportableCvideoCgame.CMethods:ThisCstudyCinvolvedC10ChealthyCadultsCwhoCwereCadministered0.01%CibudilastCophthalmicCsolutionCorCarti.cialCtearsCatCtheCendCofCplayingCaCportableCvideoCgame.CPrimarily,CtheCchangesCofCtheCaccommodativeCmicro.uctuationintherestingstatewereevaluated,andthenanalyzedincorrelationwiththechangesofthevisu-alanaloguescale(VAS)values.Results:TheVASvaluesweresigni.cantlyimprovedafteradministrationinbothdrugCgroups.CInCaddition,CcomparedCwithCarti.cialCtears,0.01%CibudilastCophthalmicCsolutionCsigni.cantlyCreducedCtheCaccommodativeCmicro.uctuationCinCtheCrestingCstateCfromCtheCendCofCplayingCtheCportableCvideoCgameCtoCtheCendofthetest.Conclusion:Our.ndingssuggestthat0.01%ibudilastophthalmicsolutionmaybeausefultreat-mentoptionforeyefatigue.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C37(8):1027.1034,C2020〕Keywords:健康成人,イブジラスト,眼精疲労,HFC.healthyadult,ibudilast,asthenopia,HFC.はじめに眼の疲労には,休息によっても容易に回復しない病的な疲労である「眼精疲労」と,休息によって回復し翌日まで残存しない生理的な疲労である「眼疲労」がある1).眼精疲労の発症要因としては,外環境要因,視器要因および内環境要因・心的要因の三つに分類2)されており,このC3要因のバランスが崩れたときに眼精疲労が発症するとされている3).つまり,健康な状態においてCVDT(visualCdisplayterminal)作業によって生じる一時的な眼の疲れは「眼疲労」であり,一方恒常的なCVDT作業による近業作業の繰り返しに加え,たとえば,仕事による心的ストレスが加わるなどで,休息によっても疲れが回復しないような状態が「眼精疲労」であるといえる.このような眼疲労に関する評価については,調節安静位に〔別刷請求先〕有馬武志:〒113-8603東京都文京区千駄木C1-1-5日本医科大学眼科学教室Reprintrequests:TakeshiArima,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology,NipponMedicalSchool,1-1-5,Sendagi,Bunkyo-ku,Tokyo113-8603,JAPANCおける眼疲労度に関する報告が散見される4.7).これは,被験者の調節努力の介入が少なく,再現性が期待でき,わずかな調節機能変化を他覚的に定量評価できる可能性に基づく8).しかしながら,これらの報告で用いられた測定方法では,測定環境の違いで結果が左右されるなど,安定した計測ができないという問題があった9).一方,近年,オートレフケラトメータを用いて毛様体筋の揺らぎ(調節微動)を測定し,その高周波成分の発現頻度(highCfrequencyCcompo-nent:HFC)の解析を可能としたソフトウエアCAA-2(ニデック)が登場したことで,測定環境に左右されることなく,眼疲労度を客観的に評価できる可能性が示唆されている9).このようななか,國重ら10)は,HFC値による眼精疲労の他覚的評価の可能性を示したが,自覚症状との相関には検討の余地を残した.また,梶田ら11)は,病的な眼精疲労を呈しない集団におけるC1日のCVDT作業前後のCHFC値と自覚症状推移の相関について検討しているが,やはり明確な相関は得られておらず,眼疲労の自覚症状と他覚的指標による総合的な評価には課題を残した.一方,同報告においては,眼疲労評価の新しいパラメータとしてCHFCmin値(VDT作業開始前の視標距離C2Cm.50Ccm間における最小CHFC値の視標位置を基準としたCHFC値)の有用性が提唱された.眼精疲労に対する治療アプローチとして,1967年にC0.02%シアノコバラミン(ビタミンCBC12)点眼液が調節性眼精疲労における調節微動の改善薬として承認されている.また,0.02%シアノコバラミン点眼液で改善が認められない強い自覚症状を訴える患者に対しては,調節緊張(毛様体筋の異常緊張)を緩和する目的で,0.4%トロピカミド点眼液やC1%シクロペントラート塩酸塩点眼液などが使用されているが,調節麻痺や散瞳を生じるため,その適用は限定的である.一方,2000年にアレルギー性結膜炎治療薬として発売されたイブジラスト点眼液(ケタス点眼液C0.01%)の有効成分であるイブジラストは,散瞳・縮瞳作用を示すことなく,毛様体筋の異常緊張に対する弛緩作用を示すことが報告12)され,調節性眼精疲労に対する新たな治療選択肢となる可能性が示された.臨床的には,眼精疲労を自覚する患者へのイブジラスト点眼液C1日C4回点眼により,HFC67cmおよびHFC1Cmの有意な低下が認められた10).一方,同報告では,眼精疲労がさまざまな環境因子の影響を受けることなどから,評価の限界に触れている.今回筆者らは,健康成人に対し調節負荷を加え,一時的に眼疲労を生じさせた際の調節安静位における調節微動の推移を測定し,イブジラスト点眼液の調節性眼疲労に対する有効性について検討したので報告する.CI対象および方法本研究は,2017年C11月.2018年C2月末に,文書により研究への参加に同意が得られ,①C20歳以上C30歳未満である,②本研究に影響を与える既往歴や合併症〔ドライアイ(BUT5秒未満),アレルギーを含む眼炎症,感染症,緑内障,糖尿病〕を有しない,③被験薬に対するアレルギーを有しない,④妊娠中,授乳中あるいは妊娠の可能性がない,⑤眼科手術既往歴がない,⑥角膜上皮障害を認めない,⑦視標に対して調節ができる,⑧負荷後のCHFC1がC50以上または負荷後にCHFC1が上昇した,⑨調節性眼精疲労を効能に有する市販薬を含めた点眼薬を使用せず,また機能性食品(アスタキサンチンなど)を摂取していない,⑩遠視でない(負荷前の等価球面度数にて判定),以上のC10項目をすべて満たす者を対象とした.本研究は,無作為化二重遮閉比較試験として実施した.すなわち,被験薬であるイブジラスト点眼液もしくは人工涙液マイティア点眼液(以下,人工涙液)を無作為に割付し,外観からは識別不能である小箱に封入・封緘した.研究方法は図1に示したとおりであり,来院時検査として,性別,矯正視力,屈折値,乱視度数,角膜所見,BUT検査を行った.安静はC20分とし,負荷のためのゲーム時間はC30分とした.負荷作業は,遠方完全矯正屈折値にC.0.75Dを負荷した過矯正レンズが装着された眼鏡を装用し,眼から30Ccmの位置に固定できるようにゲーム機に紐をつけて研究対象者の首にかけ,落ち物ゲームを行った.なお,ゲーム機はニンテンドウC3DS(任天堂)を用いた.負荷前検査,負荷後検査,安静①後検査,安静②後検査では,調節微動,屈折値および調節応答量を測定した.なお,被験薬は負荷後検査の後に,主治医以外の医師が両眼にC1回1滴点眼し,負荷後検査でCHFC1が高値を示した眼を評価対象眼とした.屈折値は,測定された等価球面値に乱視度のC1/2を加算した値を用い,調節応答量はCrangeCofaccommodationの値とした.なお,測定には乱視矯正付きオートレフケラトメータCARK560A(ニデック)を使用し,負荷前検査値と各検査時の被験薬内の数値を比較した.調節微動は,調節機能測定解析ソフトCAA-2(ニデック)がインストールされたパーソナルコンピュータに接続されたARK560Aにて測定した.HFCは,オートレフケラトメータで得られた屈折度を基準に,視標位置+0.5.C.3.0Dを0.5D間隔でC8段階にステップ状に切り換えて,各ステップにおける視標を注視した際に生じる調節応答波形を計測したものである13).計測された値は,AA-2により解析され,各測定位置におけるCHFC,0.C.0.75Dまでの調節状態におけるCHFCの平均値であるCHFC1,C.1.C.3Dまでの調節状態におけるCHFCの平均値であるCHFC2,HFCの総平均,およびCrangeCofaccommodationなどがCFk-mapとともに表示される(図2).また,通常,視標の最遠点からの近方移動によ図1研究スケジュール図2Fk.mapと測定値りCHFCはいったん上昇し,極大値を示した後にわずかに減少し,調節安静位付近で極小値を示す9).この極小値がもたらす屈折度と雲霧状態における屈折値の平均が近似した値を呈することから,HFCの極小値は調節安静位におけるCHFCであることが示唆されている8).以上のことから,本研究においては,調節微動測定にて視標位置C2Cm.50Ccm間における最小CHFC値を示した視標位置を調節安静位とし,負荷前の調節安静位でのCHFC値をCHFCmin(たとえば,負荷前検査において視標距離C2Cmで最小CHFC値を示した場合,視標位置C2CmのCHFC値をCHFCmin値とする)として,評価指標とした.自覚症状は,症状がない状態をC0(左端),症状が一番強い状態をC10(右端)と規定したC100Cmmの長さの線分上に被験者自身が縦線をマークするCVAS(visualCanaloguescale)を用いた.各検査時にはそれまでに記載したマークを被験者自身が確認したうえでマークすることとし,左端からマークまでの距離(mm)を自覚症状のスコア値とした.他覚所見(HFCmin)と自覚症状(VAS)の相関検討には,負荷後と安静①,安静②後の変化量を用いた.有害事象は,被験者の訴えがあった際に主治医が確認することとした.なお,本研究は日本医科大学病院薬物治験審査委員会の承認後,UniversityCHospitalCMedicalCInformationCNetwork(https://center.umin.ac.jp)に登録のうえ,実施した(UMIN000029611).また,本研究の実施にあたり千寿製薬の資金提供を受けた.CII統.計.解.析被験薬間の比較はCWelchのCt検定,被験薬内の比較はCpairedt検定を行い,HFCmin値とCVASの変化量はCPeasonの相関を検討した.なお,有意水準は両側C0.05とし,統計解析にはCSASCstatisticalsoftware(versionC9.4CforCWin-dows,SASInstituteInc.)を使用した.C本研究は,参加者C23名のうち,負荷後にCHFC1値がC50未満または上昇しなかった症例(5例),初診時にCBUTがC5秒未満であった症例(2例),6D以上の強度近視(3例),他覚所見で調節緊張を疑われた症例(3例)を除外したC10症例を対象とした.対象者の背景は表1に示すとおりで,イブジラスト点眼液群C4例(すべて男性),人工涙液群C6例(男性C3例,女性C3例)の計C10例であった.来院時における矯正視表1被験者背景イブジラスト人工涙液負荷前負荷後安静①後安静②後イブジラスト点眼液群人工涙液群症例数C4C6性別男性C4C3女性C0C3矯正視力(logMAR)C.0.08±0.00C.0.08±0.00屈折値C.2.66±2.08C.3.42±1.46乱視度数C0.56±0.80C0.83±0.83角膜所見CA0D0C3C1CA1D1C1C5BUT検査C5.0±0.0C5.2±0.4C0.00-1.00-2.00屈折値(D)-2.76-2.91-2.83-3.00-3.48-3.42-3.49-3.52-4.00-5.00-6.00図3屈折値の推移と比較イブジラスト人工涙液3.00HFCminの変化量の比較においては,負荷後と安静①後C2.50との変化量(イブジラスト点眼液群:C.3.96±3.76,人工涙2.152.012.072.012.07*1.592.10*1.98調節応答量(D)液群:7.10C±5.33)ならびに負荷後と安静②後との変化量(イブジラスト点眼液群:C.5.26±5.93,人工涙液群:4.61C±5.22)において,イブジラスト点眼液群は,人工涙液群と比2.001.501.00較して有意に減少した(p=0.005,0.036)(図6).0.500.00負荷前負荷後安静①後安静②後*:p<0.05図4調節応答量の推移と比較ARK560Aで測定されたCrangeofaccommodationの値.力,屈折値,乱視度数,BUT値に被験群間で有意な差はなく,角膜所見においても角膜上皮障害が重症である症例はなかった.なお,本研究の参加者は,全員が日本医科大学医学部在学中のC5年生であった.屈折値は,来院時から安静②後まで両群ともに有意な変化はみられなかった(図3).一方,調節応答量は,イブジラスト点眼液群では負荷前から安静②後までの間に有意な変化はみられなかったが,人工涙液群では負荷前と比較して負荷後に有意に調節力が低下(負荷前:2.07C±0.40D,負荷後:1.59C±0.52D,p=0.036)し,安静②後にかけて有意に調節力は回復した(安静②後:1.98C±0.57D,p=0.014)(図4).HFCminの推移は図5に示すとおりで,全症例においては,負荷前と比較して安静①後に有意に上昇した(負荷前:C49.23±4.36,安静①後:54.62C±5.93,p=0.016).また,人工涙液群においては,負荷前と比較して安静①後および安静②後(負荷前:49.33C±5.62,安静①後:57.04C±6.61,安静②後:54.55C±8.46,p=0.024,0.039),負荷後と比較して安静①後に有意に上昇した(負荷後:49.94C±5.48,Cp=0.022).VASの全症例における推移は,負荷前:19.1C±18.7,負荷後:45.8C±17.8,安静①後:22.8C±19.1,安静②後:12.0C±11.8であり,負荷前から負荷後に有意に上昇し(p<0.001),その後安静②後にかけて有意にスコア値が減少した(負荷後Cvs安静①後,安静②後ともにp<0.01,安静①後Cvs安静②後:p=0.023)(図7a).また,被験群間のCVASの推移は,イブジラスト点眼液群においては,負荷前:21.8C±20.1,負荷後:54.5C±19.0,安静①後:26.8C±22.3,安静②後:14.0C±13.5(図7b),人工涙液群では,負荷前:17.3C±19.4,負荷後:40.0C±15.8,安静①後:20.2C±18.4,安静②:C10.7±11.7であり(図7c),負荷前から負荷後に有意に数値が上昇(イブジラスト点眼液群:p=0.021,人工涙液群:p=0.013)し,負荷後から安静①後(イブジラスト点眼液群:Cp=0.018,人工涙液群:p<0.001),安静②後(イブジラスト点眼液群:p=0.024,人工涙液群:p<0.001)にかけて有意に減少したが,負荷後から安静②後までのCVASの変化量の比較においては,両群間に有意な差を認めなかった(図8).3D画像視聴により近点が延長される報告がある14)ため,本研究においても負荷による調節安静位の延長や短縮といった調節安静位の移動について検討した.負荷前と比較して負荷後の調節安静位が近方に移動した症例を近視化症例,遠方に移動した症例を遠視化症例,移動しなかった症例を変化なし症例と定義したところ,表2に示したとおり,近視化症例はC3例(イブジラスト点眼液群:2例,人工涙液群:1例),遠視化症例はC2例(すべてイブジラスト点眼液群),変化なa:全症例b:イブジラストc:人工涙液707060605050調節微動(HFCmin)54.9450.9949.094049.68302010調節微動(HFCmin)49.9454.554049.3330**20*100負荷前負荷後安静①後安静②後0負荷前負荷後安静①後安静②後負荷前負荷後安静①後安静②後*:p<0.05図5HFCminの推移イブジラスト■人工涙液151050-5-10-15安静①後-負荷後安静②後-負荷後*:p<0.05図6HFCminの変化量の比較a:全症例b:イブジラストc:人工涙液100**100**100**調節微動(HFCmin)の変化量21.854.5*26.814.09090スコア値(mm)4030208070605040302080706050403020100負荷前負荷後安静①後安静②後負荷前負荷後安静①後安静②後負荷前負荷後安静①後安静②後*:p<0.05図7VASの推移し症例はC5例(すべて人工涙液群)であった.イブジラスト静①後以降に調節安静位が近方もしくは遠方に移動したが,点眼液群で近視化したC2症例は,安静①後以降,調節安静位1症例は負荷前から安静②後を通して調節安静位は移動しなが負荷前と同じ位置に戻った.人工涙液群では,5症例で安かった.イブジラスト■人工涙液0.0-10.0安静①後-負荷後安静②後-負荷後スコア変化量(mm)-20.0-30.0-40.0-50.0-60.0-70.0*:p<0.05図8VASの変化量の推移表2各検査時における調節安静位被験薬症例負荷前負荷後安静①後安静②後イブジラスト点眼液C1C2C3C4C2CmC1CmC1CmC2CmC1CmC2CmC2CmC1CmC2CmC67CcmC1CmC2CmC2CmC2CmC67CcmC2Cm人工涙液C1C2C3C4C5C6C2CmC1CmC2CmC2CmC2CmC2CmC2CmC67CcmC2CmC2CmC2CmC2CmC1CmC1CmC1CmC1CmC2CmC1CmC1CmC2CmC1CmC1CmC2CmC67Ccm調節安静位:各検査時の庁瀬微動測定時において,2Cm.50Ccm間の最小CHFCを記録した指標位置.a:近視化(n=3)b:遠視化(n=2)c:変化なし(n=5)80707047.6156.8251.8255.1049.0148.44*57.43**52.4950.6854.5251.8051.1370605040302010調節微動(HFCmin)調節微動(HFCmin)調節微動(HFCmin)6050403020106050403020100負荷前負荷後安静①後安静②後0負荷前負荷後安静①後安静②後負荷前負荷後安静①後安静②後*:p<0.05図9調節安静位の変化とHFCminの推移a:近視化(調節安静位が負荷前と比較して負荷終了時に近方へ移行した症例)Cb:遠視化(調節安静位が負荷前と比較して負荷終了時に遠方へ移動した症例)Cc:変化なし(調節安静位が負荷前と比較して負荷終了時に変化しなかった症例)図9に示したとおり,調節安静位の移動別のCHFCminは,安静①後:51.82C±2.78,安静②後:55.10C±6.54,変化なし近視化症例では,負荷前:50.68C±1.11,負荷後:54.52C±症例では,負荷前:49.01C±6.22,負荷後:48.44C±4.55,安4.83,安静①後:51.80C±2.87,安静②後:51.13C±12.31,遠静①後:57.43C±7.31,安静②後:52.49C±7.59であり,変化視化症例では,負荷前:47.61C±1.52,負荷後:56.82C±0.77,なし症例において負荷前と安静①後および安静②後,負荷後8080*57.720.727.37.0**19.637.6*17.811.0スコア値(mm)スコア値(mm)706050706050101000負荷前負荷後安静①後安息②後負荷前負荷後安静①後安静②後負荷前負荷後安静①後安静②後*:p<0.05図10調節安静位の変化とVASの推移a:近視化(調節安静位が負荷前と比較して負荷終了時に近方へ移行した症例)Cb:遠視化(調節安静位が負荷前と比較して負荷終了時に遠方へ移動した症例)Cc:変化なし(調節安静位が負荷前と比較して負荷終了時に変化しなかった症例)と安静①後に有意に上昇した(それぞれCp=0.041,0.016,C00.003).-10調節安静位の移動別のCVASの推移は図10に示したとお-20りであり,近視化症例では負荷前:20.7C±25.4,負荷後:ΔVAS(mm)57.7±10.7,安静①後:27.3C±19.4,安静②後:7.0C±1.7(図10a),遠視化症例では,負荷前:15.5C±9.2,負荷後:48.5±27.6,安静①後:28.5C±27.6,安静②後:22.0C±17.0(図-30-4010b),変化なし症例では,負荷前:19.6C±20.7,負荷後:-5037.6±16.4,安静①後:17.8C±19.5,安静②後:11.0C±13.1(図10c)であり,近視化症例および変化なし症例において,負荷前と比較して負荷後には有意に上昇し(p=0.049,0.017),近視化症例における負荷後と安静②後,変化なし症例の負荷後と安静①後および安静②後とで有意に減少した(それぞれCp=0.017,<0.001,<0.001).HFCminとCVASの相関は図11に示すとおり,負荷後と安静②後との変化量において有意な相関を認めた(r=0.653,p=0.041).なお,本研究において有害事象の発現は認められなかった.CIV考按イブジラスト点眼液群において,負荷後から安静①後および安静②後のCHFCminの変化量は,人工涙液群と比較して有意に減少したことから,イブジラスト点眼液による調節微動の軽減効果が示唆された.イブジラスト点眼液群のCHFCminは,負荷後に最高値を示し,以降安静②後にかけて減少した.イブジラストは,ホスホジエステラーゼ(PDE)を阻害15)し,環状アデノシン・1リン酸(cyclicCadenosinmonophosphate:cAMP)の活性を維持することで毛様体筋を弛緩させる12)と考えられている.また,ウサギへのイブジラスト点眼液単回投与試験で-60r=0.653p=0.041-70-15.00-10.00-5.000.005.0010.0015.00ΔHFCmin図11ΔVASとΔHFCminの相関(負荷後と安静②後の変化量)は,10分後に虹彩・毛様体への移行濃度がC881Cng/gと最高濃度を示し,以降は漸減し,30分後でC358Cng/g,60分後で106Cng/gであった16).PDEに対するイブジラストのC50%阻害濃度(ICC50)の値はC110Cng/mlである12)ことから,その効力は約C60分間持続すると考えられる.負荷後から安静②後までの時間が約C40分であったことから,イブジラスト点眼液が虹彩・毛様体筋に直接作用することによりCPDEを阻害し,毛様体筋弛緩作用を発現した結果,調節微動を軽減したものと考えられた.一方,人工涙液群は,負荷前に比べ負荷後にはCHFCminの変化がなかったが,そのときC6例中C5例で調節安静位の変化もなかった.その後,安静①後ではC6例中C4例,安静②後ではC6例中C5例で調節安静に変化が生じており,HFCminも上昇していることから,何らかの理由により調節安静位の変化が遅れたため,眼疲労の出現時期が遅れたものと推察された.しかし,点眼や安静によってもCHFCminを減少させることができなかったことから,人工涙液の点眼による角膜表面の安定化だけでは毛様体筋に対する影響がないことが示唆された.調節安静位の遠視化については,3D画像の視聴により調節と輻湊の不一致が生じ,調節努力により近点が延長したという報告14)や,間欠性外斜位患者では輻湊や調節により多くの負荷が生じるという報告17)があることから,本研究においてもこれらの要因によってCHFCminが上昇したものと推察される.また,近視化した症例では,疲労のために調節安静位が近方へ移動した結果,毛様体筋における神経支配が副交感神経有意になり,毛様体筋が収縮し,HFCminが上昇したと考えられた.しかしながら,調節安静位が移動しなかった症例の説明については今後の課題である.HFCminとCVASとの間では,負荷後と安静②後との変化量において相関が認められたことから,HFCminは自覚症状を反映するのに有用であることが示唆された.なお,屈折値については両被験薬群と負荷前から安静②後まで変化を示さなかった.また,人工涙液群において,調節応答が負荷後に有意に低下したが,6例中C5例で調節安静位の変化がなかったことや負荷前に比べ負荷後のCHFCminの変化がなかったことから,臨床的に影響を及ぼす変化でないと思われた.以上のことから,両被験薬投与による屈折値や調節応答量に影響はなかったと考えられた.以上,イブジラスト点眼液は,調節性眼精疲労に対して有用な薬剤であると考えられるが,本研究での症例数が少なかったこと,調節安静位が移動しない要因を明確にできなかったことなどの課題が認められたことから,さらなる検証が必要である.文献1)不二門尚:眼精疲労に対する新しい対処法.あたらしい眼科27:763-769,C20102)鈴村昭弘:主訴からする眼精疲労の診断.眼精疲労(三島済一編),眼科CMOOK23,p.1-9,金原出版,19853)梶田雅義:眼精疲労に対する眼鏡処方.あたらしい眼科C19:149-154,C20024)三輪隆:調節安静位は眼の安静位か.視覚の科学C16:C114-119,C19955)三輪隆,所敬:調節安静位と屈折度の関係.日眼会誌93:727-732,C19896)MiwaCT,CTokoroT:AsthenopiaCandCtheCdarkCfocusCofCaccommodation.OptomVisSciC71:377-380,C19947)中村葉,中島伸子,小室青ほか:調節安静位の調節変動量測定における負荷調節レフCARK-1sの有用性について.視覚の科学37:93-97,C20168)梶田雅義:調節応答と微動.眼科40:169-177,C19989)梶田雅義,伊藤由美子,佐藤浩之ほか:調節微動による調節安静位の検出.日眼会誌C101:413-416,C199710)國重智之,高橋永幸,吉野健一ほか:0.01%イブジラスト点眼液とC0.02%シアノコバラミン点眼液の調節性眼精疲労に対する有効性と安全性の比較.あたらしい眼科C36:C1462-1470,C201911)梶田雅義,末信敏秀,高橋仁也ほか:調節安静位における調節微動の変化を指標としたCVDT作業による眼の疲労度の評価.あたらしい眼科37:363-369,C202012)井坂光良:イブジラスのウサギ摘出毛様体平滑筋におけるカルバコール誘発収縮に対する作用.医学と薬学C60:733-734,C200813)梶田雅義:調節機能測定ソフトウェアCAA-2の臨床応用.あたらしい眼科33:467-476,C201614)難波哲子,小林泰子,田淵昭雄ほか:3D映像視聴による視機能と眼精疲労の検討.眼臨紀6:10-16,C201315)GibsonCLC,CHastingsCSF,CMcPheeCICetal:TheCinhibitoryCpro.leCofCIbudilastCagainstCtheChumanCphosphodiesteraseCenzymeCfamily.CEurCJCPhamacolC24:538(1-3):39-42,C200616)小室正勝,堀田恵,堀弥ほか:イブジラスト点眼液の体内動態(I).あたらしい眼科12:1445-1448,C199517)藤井千晶,岸本典子,大月洋:間欠性外斜視におけるプリズムアダプテーション前後の調節微動高周波成分出現頻度.日視能訓練士協誌41:77-82,C2012

妊娠37週妊婦にステロイドパルス療法を行い良好な経過をたどったVogt-小柳-原田病の1例

2020年8月31日 月曜日

《原著》あたらしい眼科37(8):1022.1026,2020c妊娠37週妊婦にステロイドパルス療法を行い良好な経過をたどったVogt-小柳-原田病の1例岡本直記瀬戸口義尚桐生純一川崎医科大学眼科学1教室CACaseofVogt-Koyanagi-HaradaDiseaseinaPregnantWomanat37WeeksofGestationTreatedwithSteroidPulseTherapywithaGoodCourseNaokiOkamoto,YoshinaoSetoguchiandJunichiKiryuCDepartmentofOphthalmology1,KawasakiMedicalSchoolC目的:妊娠C37週でCVogt-小柳-原田病(以下,原田病)を発症した患者にステロイドパルス療法を施行したC1例を報告する.症例:27歳.女性.両眼の視力低下を自覚し受診.初診時矯正視力は右眼C0.4,左眼C0.4,頭痛や耳鳴りを伴う両眼性の漿液性網膜.離を認めた.患者は妊娠中であったため,産科医と十分に協議したのちに,患者にインフォームド・コンセントを行ったうえで,ステロイドパルス療法を施行した.治療後,頭痛や耳鳴りは改善し,両眼の漿液性網膜.離も消失した.矯正視力は両眼ともC1.2に回復した.ステロイド投与による合併症は眼,全身ともに認めなかった.治療開始C19日目で,無事に児娩出となった.結論:妊娠後期に発症した原田病の患者に対してステロイドパルス療法を行い,ステロイドの合併症もなく,母子ともに良好な経過をたどった.妊娠中に発症した原田病に対して治療する際には,産科医との密接な連携と患者への十分な説明が必要であると考えられた.CPurpose:ToCreportCaCcaseCofVogt-Koyanagi-Harada(VKH)diseaseCinCaCpregnantCwomanCatC37CweeksCofCgestationwhowastreatedwithsteroidpulsetherapy.Case:A27-year-oldwomanpresentedtoourhospitalwithbilateralCvisualCimpairment.CHerCcorrectedCvisualCacuityCatC.rstCconsultationCwasC0.4CinCbothCeyes,CwithCbilateralCserousretinaldetachmentaccompaniedbyheadacheandtinnitus.InaccordancewithasuggestionobtainedfromanCobstetrician-gynecologist,CsteroidCpulseCtherapyCwasCinitiatedCafterCinformedCconsentCwasCobtainedCfromCtheCpatient.CPostCtreatment,CtheCheadacheCandCtinnitusCimproved,CandCtheCserousCretinalCdetachmentCresolvedCinCbothCeyes.CNoCsystemicCcomplicationsCdueCtoCsteroidCadministrationCwereCobserved.CConclusion:SteroidCpulseCtherapyCwasCsuccessfullyCperformedCinCaCpatientCwithCVKHCdiseaseCthatCdevelopedCduringClateCpregnancy,CwithCaCgoodCcoursenocomplicationsduetosteroidadministration.Consultationwithanobstetricianandexplanationtopatientsisnecessarywhenadministeringsystemicsteroidstopregnantwomen.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)37(8):1022.1026,C2020〕Keywords:Vogt-小柳-原田病,ステロイドパルス療法,妊娠.Vogt-Koyanagi-Haradadisease,steroidpulsetherapy,pregnancy.CはじめにVogt-小柳-原田病(以下,原田病)は,ぶどう膜炎の代表疾患で,メラノサイトを標的とした全身性の自己免疫性疾患である1).原田病に対する治療は,副腎皮質ステロイド(以下,ステロイド)の全身投与が一般的に行われる2).妊娠中は免疫寛容状態であるため原田病を罹患しにくいとされており,わが国においても報告例の数は限られている3.6).妊娠中に原田病を罹患した場合,ステロイドの全身投与は催奇形性や胎児毒性などの副作用のリスクを考慮する必要があり,治療の選択に難渋する.今回,原田病を発症した妊娠C37週の妊婦に対し,ステロイドパルス療法を施行したC1例を経験したので報告する.〔別刷請求先〕岡本直記:〒701-0192倉敷市松島C577川崎医科大学眼科学C1教室Reprintrequests:NaokiOkamoto,DepartmentofOphthalmology1,KawasakiMedicalSchool,577Matsushima,Kurashiki701-0192,JAPANC1022(122)I症例患者:27歳,女性.現病歴:2018年C7月中旬から頭痛や耳鳴りと両眼に霧視を自覚し,近医眼科を受診したが,結膜炎と診断を受けて経過観察となった.その後,視機能の増悪を認めたため,別の近医眼科を受診したところ,両眼に漿液性網膜.離(serousretinaldetachment:SRD)を指摘されて,7月下旬に川崎医科大学附属病院眼科(以下,当科)を紹介受診した.既往歴,家族歴:特記すべき事項なし.妊娠歴:1回(25歳時に自然分娩,妊娠中の経過に異常なし),流産歴なし.出産予定日:2018年C8月中旬.全身所見:頭痛や耳鳴りを認めた.産科受診にて妊娠経過図1初診時眼底写真両眼とも後極を中心に多発性漿液性網膜.離を認める.右眼左眼図2初診時OCT所見両眼にフィブリンによる隔壁が形成された漿液性網膜.離を認めた.中心窩脈絡膜厚(CCT)は,右眼C1,150Cμm,左眼1,126Cμmと著明な肥厚を認めた.図3治療開始から14日目のOCT所見両眼の網膜下液は消失しており,CCTは右眼C351Cμm,左眼C335Cμmに改善した.矯正視力は両眼ともC1.2となった.図4治療開始から22日目の眼底写真両眼の多発性漿液性網膜.離は消失している.に異常は認めなかった.C1,400初診時の血液検査と尿検査:赤血球数C4.04C×106/μl,血色8001.01,200素量C12.1Cg/dl,ヘマトクリット値C36.2%,血小板数C228C×1,000103/μl,血糖値C94Cmg/dl,血清クレアチニンC0.31Cmg/dl,尿酸C3.6Cmg/dl,推算糸球体濾過量C200.5Cml/min,尿糖(C.),小数視力CCT(μm)600400尿蛋白(C.).200当科初診時所見:視力は右眼C0.2(0.4×+0.50D),左眼0.04C00(0.4×+2.75D(cyl.0.50DAx180°),眼圧は右眼8mmHg,C08治療(日)141924左眼C9CmmHgであった.前房内炎症は認めず,また中間透光体にも異常所見は認めなかった.眼底検査では,両眼の後PSL投与量極部に多発するCSRDを認めた(図1).また,光干渉断層計(opticalCcoherencetomography:OCT)で両眼にフィブリンによる隔壁が形成されたCSRDが観察され,中心窩脈絡膜厚(centralCchoroidalthickness:CCT)は右眼C1,150Cμm,左眼C1,126Cμmと著明な肥厚を認めた(図2).経過:妊娠中のため,蛍光眼底造影や髄液検査などの侵襲的な検査は施行しなかったが,眼底所見にあわせて頭痛といった神経学的所見を認めること,耳鳴りを伴っていることから,Readらの診断基準1)をもとに,不全型原田病と診断し図5入院中におけるプレドニゾロン(PSL)の投与量と治療経過た.産科医と十分に協議したのちに,患者と家族にインフォームド・コンセントを行い,同意を得たうえで,受診当日(妊娠C37週C6日)からステロイドパルス療法を行った.メチルプレドニゾロンC1,000Cmgの点滴をC3日間施行後,検眼鏡的に網膜下液は吸収傾向にあったが,OCTではフィブリン析出を伴ったCSRDの残存を認め,CCTも右眼C627Cμm,左眼C748Cμmとまだ著明に肥厚していたため,治療開始C6日目(妊娠C38週C4日)からステロイドパルス療法C2クール目として,メチルプレドニゾロンC1,000Cmgの点滴をさらにC3日間施行した.治療開始C8日目には,矯正視力が右眼C0.9,左眼0.8に改善し,網膜下液は十分に吸収されており,CCTも右眼C449Cμm,左眼C444Cμmと改善傾向を認めた.治療開始C9日目に,プレドニゾロンC40Cmg/日の内服に切り替えて漸減投与を行った.治療開始C14日目には,両眼とも矯正視力が1.2,両眼の網膜下液は完全に消失し,CCTも右眼C351Cμm,左眼C335Cμmに改善した(図3).治療開始C19日目(妊娠C40週C3日)に陣痛が発来し,同日に経腟分娩にて児娩出となった.児は体重C2,785Cg,ApgarCscore8/8点で,明らかな異常は認めなかった.その後も,ステロイドの副作用などはなく,母子ともに経過良好のため,治療開始C24日目に退院となった.その後,プレドニゾロンの内服量を漸減したが,原田病の再発は認められず,治療開始後C7カ月目でプレドニゾロンの内服は中止とした.治療終了からC12カ月後も原田病の再燃はなく,矯正視力は両眼ともC1.2となっている.また,夕焼け状眼底などの慢性期病変は認めていない.児の発育にも明らかな異常は認められていない.CII考察原田病に対する治療のゴールドスタンダードは,ステロイドの全身投与である2).妊娠時のステロイドの全身投与については,疫学研究によると奇形全体の発生率増加はないと考えられている7).しかし,動物においては口唇口蓋裂を上昇させるといわれており,ヒトにおいても催奇形性との関連があるという報告もある8,9).そのため,口蓋の閉鎖が完了する妊娠C12週頃までの全身投与では口唇口蓋裂の発生が危惧される.また,妊娠中期以降にステロイドを全身投与した場合,経胎盤移行したステロイドによる胎児毒性を考慮する必要がある.妊娠初期に発症した原田病は軽症であることが多く,自然軽快例10)やステロイドの局所投与のみで軽快した例が報告されている3).しかし,妊娠中期以降になると炎症が重症化しやすく,ほとんどの報告例でステロイドの全身投与が行われている4,6,11).本症例は,妊娠C37週と正期産にあたる時期の発症で,出産予定日を間近に控えていたため,分娩を先行して,出産後にステロイドの全身投与を行うことも考慮した.しかし,両眼の眼底に強い炎症所見が認められていることや視機能低下を自覚してから当科受診までにC7日も経過していること,また次第に進行する視機能低下に対して患者が強い不安を感じて,早期の治療開始を強く希望されていたことから,産科医と十分に協議したのちに,患者と家族にインフォームド・コンセントを行って,受診当日(妊娠37週C6日)からステロイドの全身投与を開始した.大河原ら6)は,本症例と同じ妊娠C37週に発症した原田病で,分娩を先行して出産後にステロイドの全身投与を行った例を報告している.その症例では,視力低下を自覚してからC2日目で受診したが,漿液性網膜.離の鑑別疾患として原田病とは別に,正常妊娠後期に生じた漿液性網膜.離である可能性も考慮されており,分娩後の自然軽快を期待し経過観察としている.しかしその後,頭痛および視力障害が増悪し,子癇に伴う可逆性白質脳症による病態が疑われたため,初診日からC5日目に緊急帝王切開を施行された.そして分娩からC5日後にステロイドの全身投与が行われている.視力回復には至ったが,晩期続発症として夕焼け状眼底を呈したと述べられており,網脈絡膜に強い炎症が持続していたことが示唆される.原田病では発症早期に十分量のステロイド投与がされない場合は,炎症の再発を繰り返し,予後不良な遷延型へと移行することで,網脈絡膜変性や続発緑内障を合併し,不可逆的な視機能障害が生じる2.12).Kitaichiらは,遷延型に移行するリスクを抑えるためには,発症からC14日以内にステロイドの全身投与を開始する必要があると報告している13).本症例のように正期産にあたる時期において,分娩とステロイドの全身投与のどちらを先行すべきかについては,発症してからの期間,症状や所見の重症度,妊娠週数,母体と胎児の全身状態などを総合的に考慮したうえで,判断すべきであると考えられる.原田病に対するステロイドの全身投与方法として,ステロイド大量療法とステロイドパルス療法の二つがある.ステロイド大量療法は,ベタメタゾンなどの長時間作用型のステロイドを点滴投与したのちに,内服に切り替える.一方で,ステロイドパルス療法は中間作用型のメチルプレドニゾロン1,000Cmgを点滴でC3日間投与し,その後はプレドニゾロンの内服に切り替えて漸減していく2).原田病に対するステロイド大量療法とステロイドパルス療法の有効性についての比較検討では,双方ともに視力予後や炎症所見の改善は良好な結果を示し,両群間に差は認められていない14).一方で,プレドニゾロンは胎盤に存在するC11b-hydroxysteroidCdehydrogenaseによって不活化されるため,胎盤移行性の高いデキサメタゾンやベタメタゾンと比較して胎児への影響は少ないとされている.したがって,妊娠中に発症した原田病に対してステロイドの全身投与を行う場合は,ステロイドパルス療法を選択するほうが望ましいと考えられ,既報でも多くがプレドニゾロンを使用されていた4.6).一方で,妊婦に対するステロイドの全身投与は,早産率の上昇,妊娠高血圧腎症,妊娠糖尿病,胎児発育制限のリスクが上昇することが知られており15),太田ら4)は妊娠C30週で発症した原田病に対してプレドニゾロンの全身投与を行い,治療C18日目に胎児が死亡した症例を報告している.胎児死亡とステロイド投与との関連について判断はできないと述べられているが,妊婦に対するプレドニゾロンの全身投与が必ずしも安全ではないことが示唆される.妊婦の治療を目的としたステロイドの全身投与における問題点は,胎児へ薬物が移行することにある.しかし,胎児のリスクを懸念するあまり,母体への投薬が躊躇されることで,治療の時機を逸してはならない.母体疾患のコントロールを胎児のリスクよりも優先することは治療の原則である.本症例では分娩よりステロイドの全身投与を先に行い,母子ともに良好な経過をたどった.しかし,今回の治療における妥当性についてはまだ議論の余地が残されている.妊娠中に発症した原田病の報告は限られており,どのように治療を行うべきかという明確な指針はない.したがって,今後も同様の症例を蓄積していくことで,治療選択についてさらに検討を行っていく必要がある.そして現在,治療の選択に一定の見解が得られていないからこそ,治療方針の決定には産科医との密接な連携と患者に対する十分な説明が必要であると考える.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)ReadCRW,CHollandCGNCRaoCNACetal:RevisedCdiagnosticCcriteriaCforCVogt-Koyanagi-Haradadisease:reportCofCanCinternationalCcommitteeConCnomenclature.CAmCJCOphthal-molC131:647-652,C20012)長谷川英一,園田康平:副腎皮質ステロイド薬の全身投与.あたらしい眼科34:483-488,C20173)松本美保,中西秀雄,喜多美穂里:トリアムシノロンアセトニドのテノン.下注射で治癒した妊婦の原田病のC1例.眼紀57:614-617,C20064)太田浩一,後藤謙元,米澤博文ほか:Vogt-小柳-原田病を発症した妊婦に対する副腎皮質ステロイド薬治療中の胎児死亡例.日眼会誌111:959-964,C20075)小林崇俊,丸山耕一,庄田裕美ほか:妊娠初期のCVogt-小柳-原田病にステロイドパルス療法を施行したC1例.あたらしい眼科32:1618-1621,C20156)大河原百合子,牧野伸二:妊娠C37週に発症し,分娩遂行後にステロイド全身投与を行ったCVogt-小柳-原田病のC1例.眼紀2:616-619,C20097)GurC,Diav-CitrinO,ShechtmanSetal:Pregnancyout-comeCafterC.rstCtrimesterCexposureCtocorticosteroids:aCprospectiveCcontrolledCstudy.CReprodCToxicolC18:93-101,C20048)Park-WyllieL,MazzottaP,PastuszakAetal:BirthdefectsafterCmaternalCexposureCtocorticosteroids:ProspectiveCcohortstudyandmeta-analysisofepidemiologicalstudies.TeratologyC62:385-392,C20009)BriggsGG,FreemanRK,Ya.eSJ:AReferenceguidetofetalCandCneonatalCriskCdrugsCinCpregnancyCandClactation.C4thed,WilliamsandWillins,Maryland,p713-715,199410)NoharaCM,CNoroseCK,CSegawaK:Vogt-Koyanagi-HaradaCdiseaseCduringCpregnancy.CBrCJCOphthalmolC79:94-95,C199511)MiyataCN,CSugitaCM,CNakamuraCSCetal:TreatmentCofCVogt-Koyanagi-Harada’sCdiseaseCduringCpregnancy.CJpnJOphthalmolC45:177-180,C200112)ReadCRW,CRechodouriCA,CButaniCNCetal:ComplicationsCandCprognosticCfactorsCinCVogt-Koyanagi-HaradaCdisease.CAmJOphthalmolC131:599-606,C200113)KitaichiN,HorieY,OhnoS:PrompttherapyreducesthedurationCofCsystemicCcorticosteroidsCinCVogt-Koyanagi-Haradadisease.GraefesArchClinExpOphthalmolC246:C1641-1642,C200814)北明大州:Vogt-小柳-原田病新鮮例に対するステロイド大量療法とパルス療法の比較.臨眼58:369-372,C200415)生水真紀夫:妊娠中のステロイドの使い方.臨牀と研究C94:71-77,C2017***

強膜バックリング術後に眼窩先端症候群を呈し診断に苦慮した肥厚性硬膜炎の1例

2020年8月31日 月曜日

《原著》あたらしい眼科37(8):1018.1021,2020c強膜バックリング術後に眼窩先端症候群を呈し診断に苦慮した肥厚性硬膜炎の1例渡邊未奈*1,2蕪城俊克*1武島聡史*1武田義玄*1高木理那*1田中克明*1榛村真智子*1木下望*1高野博子*1梯彰弘*1*1自治医科大学附属さいたま医療センター眼科*2独立行政法人地域医療機能推進機構さいたま北部医療センター眼科CACaseofHypertrophicPachymeningitisComplicatedbyOrbitalApexSyndromeafterScleralBucklingMinaWatanabe1,2),ToshikatsuKaburaki1),SatoshiTakeshima1),YoshiharuTakeda1),RinaTakagi1),YoshiakiTanaka1),MachikoShimmura1),NozomiKinoshita1),HirokoTakano1)andAkihiroKakehashi1)1)DepartmentofOphthalmology,SaitamaMedicalCenter,JichiMedicalUniversity,2)DepartmentofOphthalmology,SaitamaNorthMedicalCenterC目的:強膜バックリング手術施行後に眼窩先端症候群を呈し,のちにCANCA関連血管炎による肥厚性硬膜炎と診断された症例を経験したので報告する.症例:78歳,男性.左眼下鼻側裂孔原性網膜.離に対し,強膜バックリングを施行.退院後再診日,左眼矯正C0.01と高度の視力低下に加え左眼の視野欠損,動眼・外転・滑車神経麻痺を認めた.左眼の眼窩先端症候群を疑い,ステロイド内服を開始したところ,視力と眼球運動制限の著明な改善と炎症反応低下を認め,治療開始C4カ月後には患眼の矯正視力はC1.2まで回復した.その後,発症C4カ月後頃から嘔気・頭痛症状に加え,右眼の外転神経麻痺を認めた.頭部造影CMRIを施行したところ硬膜の著明な肥厚を認めた.髄液圧は正常であったため低髄液圧症候群は否定的であり,ANCA関連血管炎を背景とした肥厚性硬膜炎の診断に至った.結論:原因がはっきりしない眼窩先端症候群では,肥厚性硬膜炎の可能性を考え頭部造影CMRIの撮像が必須である.CPurpose:ToCreportCaCcaseCofCorbitalCapexCsyndromeCfollowingCscleralCbuckling,ClaterCdiagnosedCasChypertro-phicCpachymeningitis,CpossiblyCdueCtoCantineutrophilCcytoplasmicCantibody-associatedvasculitis(AAV).CCase:A78-year-oldCmaleCunderwentCscleralCbucklingCinChisCleftCeye.CAfterCdischarge,CparalysisCinCtheCoculomotorCnerve,CabductionCnerve,CandCtrochlearCnerve,CasCwellCasCsevereCvisualCdisturbance,CwasCobservedCinChisCleftCeye.COrbitalCapexsyndromewassuspected,andoralprednisolonewasadministrated.Posttreatment,hisvisualacuitymarkedlyimproved.CHowever,CatC4-monthsCpostConset,CabductionCnerveCparalysisCinCtheCrightCeyeCoccurredCsimultaneouslyCwithnauseaandheadache.Contrast-enhancedbrainmagneticresonanceimaging(MRI)revealedmarkedthicken-ingofthedura,thusleadingtothediagnosisofhypertrophicpachymeningitis(HP),withAAVpossiblybeingthecause.CConclusion:IfCorbitalCapexCsyndromeCofCanCunknownCcauseCisCobserved,Ccontrast-enhancedCbrainCMRICisCindispensablewhenconsideringthepossibilityofHP.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)37(8):1018.1021,C2020〕Keywords:肥厚性硬膜炎,ANCA関連血管炎,眼窩先端症候群,頭痛,造影MRI.hypertrophicpachymeningi-tis,ANCA-associatedvasculitis,orbitalapexsyndrome,headache,contrast-enhancedMRI.Cはじめに日本人での発症年齢は平均C58.3±15.8歳で2),ほぼ全例で頭肥厚性硬膜炎は,頭蓋底近傍硬膜の慢性炎症性病変による痛・眼窩深部痛を認めるといわれている1).比較的まれな疾頭痛,脳神経麻痺,小脳失調などの神経症状を,眼症状とし患とされていたが,近年のCMRIをはじめとする画像診断のては視力障害,複視,乳頭腫脹などを呈する疾患である1).進歩によりわが国での報告が散見されている.肥厚性硬膜炎〔別刷請求先〕渡邊未奈:〒330-8503さいたま市大宮区天沼町C1-847自治医科大学附属さいたま医療センター眼科Reprintrequests:MinaWatanabe,M.D.,DepartmentofOphthalmology,SaitamaMedicalCenter,JichiMedicalUniversity,1-847CAmanuma,Omiya,Saitama330-8503,JAPANC1018(118)の原因として,抗好中球細胞質抗体(anti-neutrophilcyto-plasmicantibody:ANCA)関連血管炎,IgG4関連疾患,サルコイドーシス,関節リウマチなどが報告されているが3),今回,網膜.離に対して強膜バックリング手術を施行後に多発脳神経麻痺を呈し,後にCANCA関連血管炎による肥厚性硬膜炎と診断された症例を経験した.原因不明の多発脳神経麻痺に遭遇した場合には,本疾患を鑑別疾患として疑い,頭部造影CMRIでの精査行うことの重要性を再認識する教育的な知見が得られたため,ここに報告する.CI症例患者:78歳,男性.主訴:左眼視力低下.既往歴:前立腺肥大症,55歳時CGuillain-Barre症候群.家族歴:特記事項なし.現病歴:3日前より左眼に飛蚊症を自覚,近医眼科にて左眼網膜.離を指摘され自治医科大学附属さいたま医療センター眼科を紹介受診した.初診時矯正視力は両眼ともC1.2,左眼下鼻側周辺部に裂孔原性網膜.離(図1)を認めた.受診同日に緊急入院となり,全身麻酔下で左眼強膜バックリング法による網膜復位術を施行した.術翌日より網膜復位が得られ,経過良好のため術後C7日目に退院となった.術後C14日目の再診日,左眼矯正視力C0.01と急激な視力低下を認めた.左眼前眼部,中間透光体,眼底に異常所見はなく,網膜.離の再発や視神経乳頭腫脹は認めなかった.しかし,左眼瞼下垂および全方向性の眼球運動障害を認め,動眼・外転・滑車神経麻痺が疑われた.頭痛や眼球運動時痛,顎跛行は認めなかった.左眼限界フリッカ値はC15CHzと低下しており,Goldmann視野検査(図2)でも高度の左視野狭窄・中心暗点を認めた.蛍光眼底造影検査では,造影早期の視神経乳頭周囲の脈絡膜充盈遅延を認めた.血液検査では赤図2バックリング術後14日目左眼Goldmann視野検査高度の左視野狭窄・中心暗点を認めた.血球沈降速度C1時間値C63Cmm,C反応性蛋白(CRP)0.41と亢進していた.鑑別疾患として脳動脈瘤,脳腫瘍のほか,動脈炎性虚血性視神経症,Fisher症候群,重症筋無力症,眼窩先端症候群などが考えられた.頭部単純CCT,単純CMRI,単純CMRAを施行したが,いずれも明らかな異常所見は認めなかった.検査結果と臨床所見から血管炎に伴う虚血性視神経症および眼窩先端症候群を疑い,プレドニゾロン(以下,PSL)内服C30mg/日を開始した.治療開始より矯正視力と眼球運動制限の著明な改善,炎症反応低下が認められたため(図3),PSL内服を漸減した.治療開始C2カ月後には患眼の矯正視力はC1.2まで改善,眼球運動制限もほぼ寛解した.一方,血液検査でCmyeloperoxidase-ANCA(MPO-ANCA)がC16.5CIU/ml(基準値C3.5CIU/ml以下),proteinaseC3CANCA(PR3-ANCA)がC9.9CIU/ml(基準値C2.0CIU/ml以下)と陽性図1初診時左眼眼底写真左眼下鼻側に丈の浅い裂孔原性網膜.離を認めた.0.70.60.50.40.30.20.10治療開始5日後2週間後3週間後1カ月後図3ステロイド内服開始から1カ月の経過概要プレドニゾロン(PSL)内服治療により矯正視力の改善を認めた.a図4発症4カ月後の頭部単純CTおよび頭部ガドリニウム造影MRIa:頭部単純CT.凸レンズ状のCcysticlesionを認め,慢性硬膜下水腫が疑われた.Cb,c:頭部ガドリニウム造影CMRIT1強調画像.硬膜全体の著明な肥厚(.)を認めた.図5治療開始1年6カ月後の左眼Goldmann視野検査視野狭窄・中心暗点は著明に改善した.であることが判明し,背景に全身性血管炎が疑われたため,膠原病内科へ紹介となった.腫瘍やサルコイドーシス,真菌感染,結核感染を疑う検査結果や画像所見は認めなかった.膠原病内科で診察および追加検査を行ったが,すでにステロイド内服が開始されていたこともあり,ANCA関連血管炎を疑う臨床症状は認められず,診断には至らなかった.その後の経過は安定していたが,ステロイド内服をC15mg/日まで減少した発症C4カ月後頃から頭痛・嘔気症状とともに僚眼(右眼)の外転神経麻痺を認めた.視力低下は認めず,神経内科医による診察では,右外転神経単独麻痺との診断であった.頭部単純CCTを施行したところ,両側の前頭葉から側頭葉にかけての脳表に凸レンズ状のCcysticlesionを認め(図4a),慢性硬膜下水腫が疑われた.しかし,それ以外は年齢相応の脳萎縮がみられるのみで,頭蓋内圧亢進による頭痛や嘔吐は否定的であり,右眼外転神経麻痺の原因も不明であった.頭痛,嘔気,外転神経麻痺などの症状とこれまでの臨床経過から肥厚性硬膜炎の可能性を疑い,頭部ガドリニウム造影CMRIを施行したところ,硬膜全体の造影効果を伴う著明な肥厚を認めた(図4b,c).髄液検査は細胞数C14/3μl個(基準値C0.5個以下),総蛋白C76Cmg/dl(基準値C15.50Cmg/dl以下)と軽度上昇,髄圧はC390CmmHC2Oと高値であった.血液,髄液,培養所見からは感染性髄膜炎は否定的であった.末梢血炎症反応の著明な上昇とCMPO-ANCAの再上昇が認められたこと,一連のステロイド用量依存性の多発脳神経麻痺や頭痛などの臨床症状,および造影CMRIでの硬膜全体の肥厚所見から,ANCA関連血管炎を背景とした肥厚性硬膜炎と診断した.入院のうえCPSL20Cmg内服を水溶性CPSL30Cmg静脈内注射に増量したところ,頭痛・嘔気症状と右眼外転神経麻痺は改善を認めた.入院C2週間後には退院となり,退院後は経口アザチオプリン(AZA)100Cmg/日を追加してCPSL内服は漸減した.しかし,PSLをC17.5Cmg/日まで減量した頃よりCCRPの再上昇を認めたため,退院C5カ月後より経口シクロフォスファミド(CPA)をC50Cmg/日から開始しC100Cmg/日まで増量し,炎症反応は改善した.CPAは計C10Cg使用したが,CPAからCAZAに戻したところ一時的な発熱と肝酵素の上昇を認めたためCAZAは中止とした.その後,発症C16カ月後にMPO-ANCAの再上昇を認めたため,PSL40Cmgに増量,以降は漸減しながら経口メトトレキサートC4Cmg/週を追加した後,リツキシマブC500Cmg静注をC2.4カ月ごとに計C6回投与した.視機能については発症当初の左眼の視力障害はステロイド治療により矯正視力C1.2まで回復,左眼の視野障害も著明に改善した(図5).その後両眼に白内障進行による視力低下を認め,左眼は発症C2年C8カ月後に白内障手術を施行,右眼も白内障手術を施行予定である.発症C3年C6カ月後の最終観察時の矯正視力は右眼C0.4,左眼C1.2で,眼球運動制限に関しても完全寛解の状態を維持している.II考按眼窩先端症候群は視神経管と上眼窩裂に病変の主座をもち,視神経管と上眼窩裂を通る視神経,動眼神経,三叉神経第一枝(眼神経),外転神経に障害を起こす症候群で,全方向性の眼筋麻痺,三叉神経痛,視神経障害を起こす.原因として眼窩先端部の炎症,感染,腫瘍のほか,外傷性,血管性があるとされ,多種多様な疾患が原因となりうる4).頭部CCT,MRI検査は必須であり,とくに脂肪抑制を行ったCSTIR法で眼窩部を撮影し,炎症性が疑われる場合にはガドリニウム造影,血管腫が疑われる場合にはCMRangiographyを追加して行う.感染性や自己免疫疾患が疑われる場合には,末梢血検査,CRPなどの一般血液検査に加え,抗核抗体,CMPO-ANCA,PR3-ANCAなどの自己抗体検査,胸部CX線撮影,髄液検査などが必要となる4).一方,肥厚性硬膜炎は頭蓋底近傍硬膜の慢性炎症性病変により,さまざまな神経症状を呈する疾患である.肥厚性硬膜炎の臨床症状として頭痛,脳神経麻痺,小脳失調,視力障害,複視などをきたすといわれているが,なかでも頭痛はもっとも多い臨床症状とされている1).わが国での報告では,肥厚性硬膜炎において脳神経障害はC61%にみられ,そのうち視神経障害はC43%と最多で,動眼神経・滑車神経・外転神経障害もC40%にみられるなど眼科領域の所見の頻度が高いとされている5).これは硬膜肥厚の好発部位が小脳テント,頭蓋底部,海綿静脈洞部であり,視神経,動眼神経,滑車神経,眼神経,外転神経の走行に近接することによるものと考えられている5).肥厚性硬膜炎による多発脳神経麻痺の病態としては,肥厚した硬膜による直接圧迫・循環障害,神経周膜への炎症細胞浸潤,脳圧亢進などが推測されている6).肥厚性硬膜炎の確立した診断基準はいまだなく確定診断は硬膜生検であるが,侵襲性などの面から生検を行うことはまれであり,臨床的には造影CMRIでの画像診断が用いられること多い7).肥厚性硬膜炎の硬膜肥厚はCMRIではCT1強調画像で低または等信号,T2強調画像で高信号,線維成分の増加につれて低信号を示し,ガドリニウム造影CT1強調画像で著明な造影効果を示す6).しかし,単純CMRIや頭部CCTではしばしば診断が困難であり,ガドリニウム造影CMRIが診断に有用であるとされている8,9).また,硬膜と骨髄脂肪との区別を明確にするためには造影とともに脂肪抑制を行うことが望ましい9,10).本症例では全身麻酔下でのバックリング手術後の多発脳神経麻痺ということもあり,当初緊急性の高い頭蓋内疾患を疑い,頭部単純CCTとCMRIを施行した.MRIを造影せずに施行したことに加え,頭痛症状がなかったこと,末梢血炎症反応の上昇を伴う突然の急激な視力低下のため,血管炎に伴う虚血性視神経症を疑いステロイド投与を急いだことで検査所見や症状がマスクされ,肥厚性硬膜炎の診断に至るまでに時間を要する結果となった.肥厚性硬膜炎の随伴症状として強膜炎や漿液性網膜.離を伴う報告もあるが8),裂孔原性網膜.離術後に肥厚性硬膜炎を発症したという報告はない.今回の症例の網膜.離については蛍光眼底造影検査の所見からは血管炎を疑わせる所見はなく,術後復位が確認されていたこともあり,裂孔原性網膜.離とCANCA関連血管炎・肥厚性硬膜炎には因果関係はないものと考える.一方,本症例の慢性硬膜下水腫を伴う硬膜肥厚のCMRI所見は低髄液圧症候群が原因である可能性も考えられたが,腰椎穿刺時の初圧が高値であったこと,ANCAの抗体価と臨床症状の相関性,ステロイド用量依存性の改善がみられたことからも低髄液圧症候群は否定的であり,ANCA関連血管炎に合併した肥厚性硬膜炎と考えた.今回,強膜バックリング施行後に,ANCA関連血管炎に合併した肥厚性硬膜炎による眼窩先端症候群のC1例を経験した.原因のはっきりしない多発脳神経麻痺を認めた場合には,頭痛の有無にかかわらず肥厚性硬膜炎の可能性を考え,頭部造影CMRIを施行することが早期診断・治療に直接寄与し必須であると考える.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)KupersmithMJ,MartinV,HellerGetal:Idiopathichyper-trophicCpachymeningitis.NeurologyC62:686-694,C20042)YonekawaT,MuraiH,UtsukiSetal:Anationwidesur-veyCofChypertrophicCpachymeningitisCinCJapan.CJCNeurolCNeurosurgPsychiatryC85:732-739,C20143)RudnikA,LaryszD,GamrotJetal:Idiopathichypertro-phicCpachymeningitis─caseCreportCandCliteratureCreview.CFoliaNeuropatholC45:36-42,C20074)栗本拓治:眼窩先端部症候群・上眼窩裂症候群.これならわかる神経眼科(根木昭編),眼科プラクティス5,p236-238,文光堂,20055)植田晃広,上田真努香,三原貴照ほか:肥厚性硬膜炎の臨床像とステロイド治療法に関するC1考察:自験C3症例と文献例C66症例からの検討.臨床神経C51:243-247,C20116)河内泉,西澤正豊:肥厚性硬膜炎.日内会誌C99:1821-1829,C20107)福田美穂,木村亜紀子,増田明子ほか:両耳側半盲を呈した肥厚性硬膜炎のC1例.神経眼科C36:60-65,C20198)福本嘉一,仙石昭仁,宮崎勝徳ほか:漿液性網膜.離を呈した肥厚性硬膜炎のC1例.臨眼C71:1057-1062,C20179)安達功武,伊藤忠,佐藤章子:造影CMRIが診断に有用であった眼窩先端部病変のC2症例.臨眼C68:1741-1748,C201410)橋本雅人:肥厚性硬膜炎による視神経症.眼科C55:667-672,C2013C

異なる時期に両眼の急性閉塞隅角緑内障を発症した前房レンズ挿入眼の1例

2020年8月31日 月曜日

《第30回日本緑内障学会原著》あたらしい眼科37(8):1014.1017,2020c異なる時期に両眼の急性閉塞隅角緑内障を発症した前房レンズ挿入眼の1例石郷岡岳*1河本良輔*1小嶌祥太*1植木麻理*1,2根元栄美佳*1前田美智子*1杉山哲也*1池田恒彦*1*1大阪医科大学眼科学教室*2永田眼科CACaseinwhichBilateralAcuteAngleClosureGlaucomaDevelopedatDi.erentTimesinPseudophakicEyesPostAnteriorChamberIntraocularLensImplantationGakuIshigooka1),RyohsukeKohmoto1),ShotaKojima1),MariUeki1,2),EmikaNemoto1),MichikoMaeda1),TetsuyaSugiyama1)andTsunehikoIkeda1)1)DepartmentofOphthalmology,OsakaMedicalCollege,2)NagataEyeClinicC目的:両眼に前房レンズを挿入後,異なる時期に急性閉塞隅角緑内障を発症した症例を経験した.症例:74歳,女性.近医にて白内障手術が施行されたが,術中CZinn小帯が脆弱で眼内レンズは挿入できず,両眼とも前房レンズが挿入された.左眼は術翌日に前房消失と眼圧上昇を認め大阪医科大学病院紹介となった.初診時,左眼眼圧は38CmHg,前房レンズ後方にCdensityの高い前部硝子体を認め,悪性緑内障を疑い虹彩切除および前部硝子体切除術を施行した.術後,眼圧はC8mmHgと下降した.約C1年後に右眼を打撲し眼痛で再診した.前房は消失し眼圧は46CmmHgであった.超音波生体顕微鏡にて毛様体前方回旋を認め悪性緑内障を疑い左眼と同様の手術を施行した.術後,両眼とも再発を認めていない.結論:前房レンズ挿入眼では,術後異なった時期に急性閉塞隅角緑内障を発症することがあり,継続的な経過観察が必要である.CPurpose:Toreportacaseofbilateralacuteangle-closureglaucomaoccurringatdi.erenttimespostanteriorchamberCintraocularlens(ACIOL)implantation.CCaseReport:AC74-year-oldCwomanCunderwentCcataractCextrac-tion,yetthezonulesofZinnwerefragile,soACIOLimplantationwasperformed.However,at1-daypostoperative,sheCwasCreferredCtoCourChospitalCdueCtoCanCextremelyCshallowCanteriorCchamberCdepthCandChighCintraocularCpres-sure(IOP)inCherCleftCeye.CUponCexamination,CtheCIOPCinCherCleftCeyeCwasC38CmmHgCandCanteriorCvitreousCwasCfoundbehindtheimplantedACIOL.Malignantglaucomawassuspected,soperipheraliridectomyandanteriorvit-rectomyCwasCperformed,CandCherCleft-eyeCIOPCdecreasedCtoC8CmmHg.CAtCapproximatelyC1-yearClater,CsheCsu.eredCbluntCtraumaCandCpresentedCwithCocularCpainCinCherCrightCeye.CTheCanteriorCchamberCofCtheCrightCeyeChadCdisap-peared,CandCtheCIOPCwasC46CmmHg.CThus,CmalignantCglaucomaCwasCsuspected.CAfterCundergoingCtheCsameCopera-tionasperformedonherlefteye1-yearpreviously,norecurrencewasobserved.Conclusion:Continuousfollow-upisrequiredinpseudophakiceyespostACIOLimplantation.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)37(8):1014.1017,C2020〕Keywords:前房レンズ,悪性緑内障,瞳孔ブロック,急性閉塞隅角緑内障.anteriorchamberintraocularlens,malignantglaucoma,pupillaryblock,acuteangleclosureglaucoma.Cはじめにを使用する機会は少ない1,2).ACIOLは支持部の虹彩接触部成人の白内障術後の無水晶体眼に対しては,眼内レンズ縫を減らす改良がなされたのちも角膜内皮障害による水疱性角着,強膜内固定術が一般的で,さまざまな合併症のリスクが膜症を始めとして,黄斑浮腫,緑内障,虹彩炎,前房出血なある前房レンズ(anteriorCchamberCintraocularlens:ACIOL)ど長期的に重大な合併症がある3,4).しかし,高齢者では手〔別刷請求先〕石郷岡岳:〒569-8686大阪府高槻市大学町C2-7大阪医科大学眼科学教室Reprintrequests:GakuIshigooka,M.D.,DepartmentofOphthalmology,OsakaMedicalCollege,2-7Daigaku-machi,TakatsukiCity,Osaka569-8686JAPANC1014(114)前房出血硝子体前房消失図1当科初診時の左眼前眼部所見前房出血とCIOL後方に硝子体を認め,中央部前房深度が非常に狭く(Ca).周辺部の前房は消失している(Cb).術時間短縮目的などのため,無水晶体眼に対して隅角支持型ACIOLがまれに使用されることがある.今回,両眼にACIOL挿入後,異なる時期に急性閉塞隅角緑内障を発症し,観血的治療により改善を得た症例を経験したので報告する.CI症例74歳,女性.近医にてC2006年C10月C17日右眼,2017年8月C17日左眼白内障手術を施行された.両眼ともにCZinn小帯脆弱のため,水晶体摘出のみとなった.deep-set-eyeでIOL縫着が困難と判断され,二期的にCACIOL(4点隅角支持型)が挿入された.右眼はC2006年C11月C07日,左眼はC2017年C9月C14日に二次挿入施行.左眼は術後翌日に前房消失,および高眼圧を認め大阪医科大学病院眼科(以下,当科)紹介となった.初診時所見:視力は,VD=0.3(0.4C×cyl.2.25DCAx130°),CVS=0.03(0.06C×.1.00D(cyl.1.50DAx100°),眼圧はGoldmann圧平眼圧計にて右眼=8CmmHg,左眼=38CmmHgと左眼の高眼圧を認めた.眼軸長は右眼=22.37Cmm,左眼=22.31Cmmであり両眼ともにやや短眼軸であった.右眼の前房深度は保たれていたが,左眼は角膜浮腫,前房出血に加えて,前房消失を認めた.ACIOL後方に硝子体を認めた(図1).治療経過:マンニットール注射液C20%300Cml,ダイアモックス注射用C500Cmgを静脈内投与したが,眼圧下降は得られなかった.気分不良のため超音波生体顕微鏡(ultrasoundbiomicroscopyexamination:UBM)は施行困難であったが,前房レンズ後方にCdensityの高い前部硝子体を認め,悪性緑内障の可能性も考慮し,外科的治療を施行した.角膜サイドポートよりC25CG硝子体カッターで虹彩切除,前部硝子体切角膜浮腫前房消失図2当科初診1年後の右眼前眼部所見角膜浮腫を認め,前房深度が浅く周辺前房は消失している.除および周辺部強膜を圧迫しながら周辺部硝子体切除を可能な限り行った.術後翌日左眼眼圧=8CmmHgと改善し,前房深度も改善を認めた.術後,左眼眼圧経過は落ち着いていたが,約C1年後,転倒により右眼を打撲,右眼眼痛で近医を受診した.右眼の視力低下,前房消失と眼圧上昇を認め当科再診となった.再診時視力は右眼=(0.09C×cyl.1.00DAx130°),左眼=(0.4C×cyl.1.25DAx155°),眼圧は右眼=46CmmHg,左眼=11mmHgであった.右眼は角膜浮腫,前房消失を認めた(図2).右眼UBM所見では毛様体が前方回旋し,虹彩とACIOLが前方に圧排され隅角が閉塞,前房が消失していた虹彩毛様体の前方回旋図3右眼超音波生体顕微鏡所見毛様体の前方回旋を認め,虹彩と前房レンズが前方に圧排され,隅角が閉塞,前房消失している.右眼左眼図4両眼術後前眼部所見前房深度の改善を認める.(図3).マンニットール注射液C20%300Cml,ダイアモックス注射用C500Cmg静脈内投与で眼圧下降は得られず,UBM所見より悪性緑内障と診断し左眼同様に外科的治療を施行した.角膜サイドポートより硝子体カッターで虹彩切除,前部硝子体切除および周辺部強膜を圧迫しつつ周辺部硝子体切除を可能な限り行った.術後翌日眼圧は右眼=8CmmHgに低下し,前房深度も改善を認めた(図4).その後,両眼とも眼圧上昇なく経過している.CII考按本症例は,左眼はCACIOL挿入翌日に,右眼はCACIOL挿入C12年後に外傷を契機として閉塞隅角緑内障による急性の高眼圧を認めた.右眼は,術前にCUBMにより毛様体の前方回旋を認め,悪性緑内障による高眼圧の可能性を考えた.左眼の術前は高眼圧による体調不良のため,UBMによる精査ができなかったが,虹彩,ACIOLが一体となって前方に偏位し,ACIOL後面には一塊となったCdensityの高い前部硝子体を認めた.これらから悪性緑内障による眼圧上昇もしくは瞳孔ブロックの関与が考えられた.ACIOLの長期的な合併症として.胞性黄斑浮腫,緑内障,虹彩炎,前房出血,角膜内皮障害,水疱性角膜症など重篤なものが知られている5.11).悪性緑内障は極度の浅前房と高眼圧をきたす重篤な続発緑内障で,閉塞隅角症眼の濾過手術後に多い12).また手術による急激な眼圧低下,前房虚脱,炎症などを契機に毛様体ブロックを起こすことが原因と考えられ,術前の短眼軸,浅前房は危険因子である13).Wollensakらは白内障手術のC0.025%にあたるC8眼で悪性緑内障を生じ,7眼は閉塞隅角症眼であったと報告している14).またCThomasらは水晶体摘出術施行後の無水晶体眼での悪性緑内障はC0.43%に生じ,また発症は術後C2日後からC6週後であったと報告している15).わが国における白内障術後悪性緑内障では報告されたC9例のうち,短眼軸症例はC4例,術前の浅前房はC3例,術前に原発閉塞隅角症を生じていた例がC2例であった16.23).また,橋本らは術前前房深度正常,白内障術後経過良好であったが術C1カ月後に眼球擦過を契機に悪性緑内障を発生した症例を報告している22).本症例は近医にて白内障手術がなされる前に視神経乳頭陥凹拡大は認められなかったが,両眼とも比較的眼軸長が短く,悪性緑内障の危険因子を有していたと考えられる.両眼とも無水晶体眼へのCACIOL挿入眼であり,左眼は手術を契機に,右眼は外傷を契機に毛様体と前部硝子体の間で毛様体ブロックが生じた可能性を考えた.本症例では悪性緑内障を疑い,硝子体切除および虹彩切除を施行することで改善が得られたが,今回の術前に周辺虹彩切除術やレーザー虹彩切除は未施行であり,瞳孔ブロックが合併していた可能性も完全に否定はできず,眼圧上昇の原因となった可能性もある.瞳孔ブロックによる急性緑内障発作に関しては,ACIOL挿入時に周辺虹彩切除を施行しておくことで発症を予防できた可能性がある.CIII結語両眼にCACIOLを挿入術後に,異なる時期に急性閉塞隅角症を発症した症例を経験した.眼内レンズ縫着術や強膜内固定術が確立されている現在において,水晶体再建術後の無水晶体眼に対してCACIOLが挿入される機会は減少していると思われるが,限られた症例で前房レンズが挿入されることがある.その場合,本症例のように急性の閉塞隅角症による高眼圧を生じることがあり,その発症はレンズ挿入後の早期から晩期にかけて生じうるため,長期にわたって注意深い経過観察が必要である利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)ChanTC,LamJK,JhanjiVetal:ComparisonofoutcomesofCprimaryCanteriorCchamberCversusCsecondaryCscleral-.xatedCintraocularClensCimplantationCinCcomplicatedCcata-ractsurgeries.AmJOphthalmolC159:221-226,C20142)GirardCA,CElliesCP,CBejjaniCRACetal:WhyCareCaphakicCanteriorchamberintraocularlensesstillimplanted?Five-yearCincidenceCandCimplantationCcircumstancesCatCtheCHotel-DieuinParis.JFrOphthalmolC26:344-349,C20033)KimCEJ,CBruninCGM,CAl-MohatasebZN:LensCplacementCintheabsenceofcapsularsupport:scleral.xatedversusiris-.xatedIOLversusACIOL.IntOphthalmolClinC56:C93-106,C20164)CondonCGP,CMasketCS,CKranemannK:Small-incisionCirisC.xationCofCfoldableCintraocularClensesCinCtheCabsenceCofCcapsulesupport.OphthalmologyC114:1311-1318,C20075)EllingsonFT:TheCuveitis-glaucoma-hyphemaCsyndromeCassociatedwiththeMarkVIIIanteriorchamberlensimplant.JAmIntraoculImplantSocC4:50-53,C19786)AppleCDJ,CMamalisCN,CLot.eldCKCetal:ComplicationsCofCintraocularlenses:aChistoricalCandChistopathologicalCreview.CSurvOphthalmolC29:1-54,C19847)MaynorRCJ:FivecasesofsevereanteriorchamberlensimplantCcomplications.CJCAmCIntraoculCImplantCSocC10:C223-224,C19848)WongCSK,CKochCDD,CEmeryJM:SecondaryCintraocularClensimplantation.JCataractRefractSurgC13:17-20,C19879)SmithCPW,CWongCSK,CStarkCWJCetal:ComplicationsCofCsemi.exible,Cclosed-loopCanteriorCchamberClenses.CArchCOphthalmolC105:52-57,C198710)AppleCDJ,CBremsCRN,CParkCRBCetal:AnteriorCchamberClenses.Part1:complicationsandpathologyandareviewofdesigns.JCataractRefractSurgC13:157-174,C198711)InslerCS,CKookCMS,CKaufmannHE:PenetratingCkerato-plastyCforCpseudophakicCbullousCkeratopathyCassociatedCwithCsemi.exible,Cclosed-loopCanteriorCchamberCintraocu-larlenses.AmJOphthalmolC107:252-256,C198912)RubenST,TsaiJ,HitchinhgsRAetal:Malignantglauco-maCandCitsCmanagement.CBrCJCOphthalmolC81:163-167,C199713)KaplowitzK,YungE,FlynnRetal:CurrentconceptsintheCtreatmentCofCvitreousCblock,CalsoCknownCasCaqueousCmisdirection.SurvOphthalmolC60:229-241,C201414)WollensakJ,PhamDT,AndersN:CiliolenticularblockasaClateCcomplicationCinCpseudophakia.COphthalmologeC92:C280-283,C199515)ThomasR,AlexanderTA,ThomasS:Aphakicmalignantglaucoma.IndianJOphthalmolC33:281-283,C198516)玉井祐樹,岩田恵美:白内障手術後に生じた悪性緑内障と思われるC1例.西尾市民病院紀要28:35-36,C201717)佐々木研輔,春田雅俊,竹下弘伸ほか:白内障手術後に生じた悪性緑内障のC2例.眼臨紀9:1017-1021,C201618)中村有美子:白内障術後悪性緑内障のC1例.眼臨紀5:187,C201219)平野晋司,徳久佳代子,福村美帆:原発閉塞隅角症に対する白内障手術後の悪性緑内障.眼臨紀3:1045-1046,C201020)加藤葵,徳田直人,山口晋太郎ほか:悪性緑内障発症機序が関与したと思われる白内障術後の閉塞隅角緑内障のC1例.神奈川医学会雑誌36:34,C200921)松野員寿,尾土谷雅博,阿川哲也ほか:白内障手術後に発症した悪性緑内障のC1例.緑内障14(臨増):176,C200422)橋本浩隆,筑田眞,小原喜隆:悪性緑内障が発生した白内障手術後合併症のC1例.臨眼62:185-188,C200823)松本行弘,高橋一則,筑田眞:白内障術後に生じた悪性緑内障のC1例.埼玉県医学会雑誌32:1283,C1998

0.002%オミデネパグイソプロピル点眼液(エイベリス)の短期眼圧下降効果と安全性の検討

2020年8月31日 月曜日

0.002%オミデネパグイソプロピル点眼液(エイベリス)の短期眼圧下降効果と安全性の検討清水美穂*1池田陽子*2,3森和彦*3今泉寛子*1吉井健悟*4上野盛夫*3,4木下茂*5外園千恵*3*1市立札幌病院眼科*2御池眼科池田クリニック*3京都府立医科大学眼科学教室*4京都府立医科大学生命基礎数理学*5京都府立医科大学感覚器未来医療学EvaluationoftheSafetyandE.cacyofShort-TermTreatmentwith0.002%OmidenepagIsopropylOphthalmicSolutionMihoShimizu1),YokoIkeda2,3),KazuhikoMori3),HirokoImaizumi1),KengoYoshii4),MorioUeno3,4),ShigeruKinoshita5)andChieSotozono3)1)DepartmentofOphthalmology,SapporoCityGeneralHospital,2)Oike-IkedaEyeClinic,3)DepartmentofOphthalmology,KyotoPrefecturalUniversityofMedicine,4)DepartmentofGenomicMathematicsandStatisticsinMedicalSciences,KyotoPrefecturalUniversityofMedicine,5)DepartmentofFrontierMedicalScienceandTechnologyforOphthalmology,KyotoPrefecturalUniversityofMedicineC0.002%オミデネパグイソプロピル点眼液(エイベリス)の短期眼圧下降効果と安全性について検討した.対象は市立札幌病院と御池眼科池田クリニック通院中でエイベリスを投与した両眼有水晶体眼の広義原発開放隅角緑内障(POAG)患者C32例C32眼.エイベリスの新規投与例を新規群,追加投与例を追加群,他剤からの切替え投与例を切替え群とし,投与前,1カ月後の眼圧と安全性を検討した.眼圧はC1カ月以内に中止した症例を除き,追加群C11例,切替え群C17例で検討,結果は追加群/切替え群で,投与前C14.6±4.3CmmHg/14.4±2.3mmHg,1カ月後C12.4±3.5CmmHg/C12.9±2.2CmmHgと両群とも有意に眼圧が下降した.安全性は全例で検討,中心角膜厚は平均C12.1±8.9Cμmと有意に肥厚,.胞様黄斑浮腫は認めず,充血がC14例に出現したが点眼継続,3例(球結膜充血,頭痛,かすみ各C1例)で投与を中止した.CPurpose:Toevaluatethesafetyande.cacyofshort-termomidenepagisopropylophthalmicsolution0.002%(EYBELIS)eye-dropCinstillationCforCtheCreductionCofCintraocularpressure(IOP)inCJapaneseCprimaryCopen-angleglaucoma(POAG)patients.Methods:Thisstudyinvolved32eyesof32JapanesePOAGpatientswhowerenewlyadministeredEYBELISeye-dropmedicationforthereductionofIOP.The32patientsweredividedintothefollow-ing2groups:.rstadministration/additionaldruggroup,andswitchinggroup.IOPatpretreatmentinitiationandatC1-monthCpostCinitiation,CasCwellCasCadverseCevents,CwereCexaminedCandCcomparedCbetweenCtheC2Cgroups.CResults:IOPCsigni.cantlyCdecreasedCfromC14.6±4.3/14.4±2.3CmmHgCtoC12.4±3.5/12.9±2.2CmmHgCatC1-monthCposttreatmentinitiationinboththeadditionalgroup(.rstadministration/additionaldrug)andtheswitchinggroup(p=0.024andp=0.020,respectively,Wilcoxonsigned-ranksumtest),andthemeancentralcornealthicknesswassigni.cantlythickened(mean:12.1±8.9Cμm).Conclusion:EYBELISCwasCfoundCsafeCandCe.ectiveCforCIOPCreduc-tionCinCallCPOAGCpatients,CandCnoCcysticCmacularCedemaCwasCobserved,CyetCadministrationCwasCdiscontinuedCinC1Cpatientduetocornealhaze.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)37(8):1008.1013,C2020〕Keywords:0.002%オミデネパグイソプロピル,眼圧下降効果,角膜厚,副作用,結膜充血.0.002%ComidenepagCisopropyl,IOPreductione.ect,cornealthickness,sidee.ect,conjunctivalinjection.C〔別刷請求先〕清水美穂:〒060-8604北海道札幌市中央区北C11条西C13-1-1市立札幌病院眼科Reprintrequests:MihoShimizu,M.D.,DepartmentofOphthalmology,SapporoCityGeneralHospital,1-1Nishi13-Chome,Kita11-Jo,Chuo-Ku,Sapporo,Hokkaido060-8604,JAPANC1008(108)はじめにオミデネパグイソプロピル(以下,OMDI)は,2018年C9月に世界で初めて,プロスタノイド受容体CEP2作動薬として日本で開発され,緑内障,高眼圧症治療薬の製造販売承認を取得した点眼液である1).その作用機序は,EP2受容体を介した平滑筋弛緩作用により,おもにぶどう膜強膜流出路から,さらには線維柱帯流出路からの房水排出促進作用により眼圧を下降させ,1日C1回点眼でラタノプロストに非劣性の優れた眼圧下降効果を有するとされている1,2).今回筆者らは,0.002%COMDI点眼液(エイベリス,参天製薬)の短期眼圧下降効果と安全性についてレトロスペクティブに検討したので報告する.CI対象および方法対象は,市立札幌病院と御池眼科池田クリニックに通院中の広義原発開放隅角緑内障(primaryCopenCangleCglauco-ma:POAG)患者のうちエイベリスを処方した両眼有水晶体患者C32例(男性C7例,女性C25例,平均年齢C64.4C±11.7歳)である.エイベリス新規投与を新規群,追加投与を追加群,1剤からの切り替えまたは配合薬からの切替え投与を切替え群とし,投与前,1カ月後の眼圧および角膜厚を比較した.エイベリス片眼投与の場合はその投与眼を,両眼の場合は右眼のデータを選択した.投与をC1カ月以内に中止した症例は眼圧の解析から除外し,投与C1カ月時点での安全性の解析は全症例で行った.投与前の眼圧下降薬については,合剤は2,内服はC1錠をC1として点眼数をスコア化した.眼圧および角膜厚の変化を解析した.病型別内訳は狭義CPOAG9例(男性4例,女性C5例),正常眼圧緑内障(NTG)19例(男性C3例,女性C16例)であった.眼圧は,各施設とも同一験者がCGold-mann圧平眼圧計で測定し,黄斑の評価は光干渉断層計(OCT)を用いた.測定機器はCOCT,角膜厚の順に,御池眼科池田クリニックはCRS-3000Advance(ニデック製),EM-3000(トーメーコーポレーション製),市立札幌病院はスペクトラリス(ハイデルベルグ製),CEM-530(ニデック製)を使用した.統計分析は,Wilcoxonの符号付き順位検定を用い,統計的有意水準は5%とした.今回はノンレスポンダー(non-responder:NR)の定義についてCIkedaら3)の眼圧下降率(intraocularpressurereduc-tionrate;IOP-RR)を採用し,10%以下をCNRとした.CII結果対象の背景は,表1に示すように,男女比はC1:3で女性が多く,平均年齢はC64.4C±11.7歳だった.病型別では,狭義POAG11例(男性C4例,女性C7例),正常眼圧緑内障(normal表1a対象の内訳全症例その内⇒C1カ月後眼圧測定可能例Cn=32Cn=28C性別(男/女)C7/25C6/22C年齢(平均C±SD)(歳)C64.4±11.7C64.9±11.3C病型狭義CPOAGC12C10性別(男/女)C4/8C3/7CNTGC20C18性別(男/女)C3/17C3/15C表1b1カ月眼圧測定可能例の内訳新規群追加群切替え群n=9n=2n=17性別(男/女)C3/6C0/2C4/13C年齢(平均C±SD)(歳)C60.0±15.0C61.5±4.5C66.9±9.9C病型狭義POAGC2C17性別(男/女)C2/0C0/1C2/5CNTGC7C110性別(男/女)C1/6C0/1C2/8CPOAG:開放隅角緑内障,NTG:正常眼圧緑内障tensionglaucoma:NTG)21例(男性C3例,女性C18例)だった(表1).そのうちC1カ月以内に副作用のため投与を中止したC3例と,投与しなかったC1例を除外したC28例について,追加群C11例(うち新規C9例,追加C2例),切替え群C17例であり,追加群(2例)についての前投薬は,1%ドルゾラミド塩酸塩,2%カルテオロール塩酸塩がそれぞれC1例ずつだった.切替え群の切替え前の点眼は,プロスタグランジン関連薬(以下,PG)11例(64.7%),b遮断薬C2例(11.8%),PG+b配合薬C2例(11.8%),ab遮断薬C1例(5.9%),炭酸脱水酵素阻害薬C1例(5.9%)であった(表2a).眼圧解析の結果は,追加群(新規+追加)の眼圧は,投与前C14.6C±4.3CmmHg,1カ月後C12.4C±3.5CmmHgと有意に下降(p=0.004)し,切替え群は,投与前C14.4C±2.3CmmHg,1カ月後C12.9C±2.2mmHgと有意に下降した(p=0.024)(図1a).切替え群の詳細は表2aのように,PGからの切替えが11例(64.7%)と最多であり,その眼圧は切替え前C14.6C±2.9CmmHgからC1カ月後C13.7C±2.4CmmHgと下降傾向を示すも有意差はなかった(p=0.078)(図1b).PGの内訳は表2bのように,ピマトプロストC45.5%,ラタノプロストC36.4%,タフルプロストC18.2%であり,いずれも切替え前後の眼圧下降に有意差がなかった.b遮断薬からの切替えはC2例(11.8%)で,切替え前後で眼圧に変化はなかった.角膜厚は,全症例で投与前C537.2C±39.3Cμm,1カ月後C545.4C±37.6Cμmで有意に肥厚し(p<0.001),平均変化量C12.1C±8.9Cμm,最大変化量はC33.0Cμmであった(図2a).また,追加群,切替え群に分けての検討では,追加群:投与前C524.1C±38.1Cμm,1カ月後C535.4C±42.8Cμm(p=0.016),切替え群:投与前C544.0C±41.3Cμm,1カ月後C558.8C±30.9Cμm(p=0.004)と,どちら表2a切替え点眼の詳細エイベリスと切り替えC17例中の性別投与前切替え前眼圧切替え後眼圧切替えた点眼薬症例数(%)(男/女)点眼数(mmHg)(mmHg)p値PG11(64.7)C2/9C1C15.2±2.7C13.7±2.4C0.078Cb2(11.8)C0/2C1C14.0±4.2C14.0±4.2C─CPG+b2(11.8)C1/1C2C14.0±4.2C12.0±1.4C─CCAI1(5.9)C0/1C1C10C10C─Cab1(5.9)C1/0C1C11C11C─CPG:プロスタグランジン関連薬,b:b遮断薬,CAI:炭酸脱水酵素阻害薬,ab:ab遮断薬.Wilcoxonの符号順位検定表2bPG関連薬の内訳切替え前眼圧切替え後眼圧PG関連薬内訳症例数性別(男/女)投与前点眼数(mmHg)(mmHg)p値ピマトプロスト5(45.5%)C1/4C3.0±1.4C15.2±2.9C14.0±1.8C0.710Cラタノプロスト4(36.4%)C1/3C2.0±1.5C14.6±1.7C14.3±3.2C0.170Cタフルプロスト2(18.2%)C0/2C2.0±1.4C16.0±4.2C12.0±1.4C1.000CWilcoxonの符号順位検定追加群(n=*11)切替え群(n*=17)PGからの切替え(n=11)眼圧(mmHg)20151050眼圧(mmHg)201510投与前1ヵ月後投与前1ヵ月後投与前1ヵ月後*:Wilcoxonの符号順位検定Wilcoxonの符号順位検定追加群:p=0.004切替え群:p=0.024p=0.078エラーバーは標準偏差を示すエラーバーは標準偏差を示す図1a投与前,1カ月後の眼圧下降効果図1bPGからの切替えでの投与前,1カ月後の眼圧下降効果(1C10)C700650600550700650角膜厚(mm)追加群(n=10)切替え群(n=17)**500角膜厚(mm)角膜厚(mm)600450550500550500400450投与前1ヵ月後450400*:Wilcoxonの符号順位検定400投与前1ヵ月後投与前1ヵ月後1ヵ月後:p<0.001エラーバーは標準偏差を示す*:Wilcoxonの符号順位検定追加群:p=0.016切替え群:p=0.004〇は外れ値を示すエラーバーは標準偏差を示す〇は外れ値を示す図2a投与前,1カ月後の角膜厚の変化図2b追加群,切替え群での角膜厚変化表3副作用A)投与継続(24例/32例;75.0%)B)投与中止(3例/32例;9.4%)中止までの期間球結膜充血14例(43.8%)球結膜充血1例(3.1%)3週間表層角膜炎8例(25.0%)頭痛1例(3.1%)3週間眼瞼炎1例(3.1%)眼痛1例(3.1%)1週間かすみ1例(3.1%)(1例(3.1%)は来院なく打ち切り)表4ノンレスポンダーの内訳ノンレスポンダーn=4(36.4%)投与前眼圧(mmHg)1カ月後眼圧(mmHg)新規群CNTGn=2(18.2%)C11.5±3.5C11.5±3.5CNTGn=1(9.1%)C12.0±0.0C12.0±0.0追加群CPOAGn=1(9.1%)C14.0±0.0C15.0±0.0Cも有意に肥厚した(図2b).副作用については全症例(32例)で検討した(表3),球結膜充血がC14例(58.3%),表層角膜炎がC8例(33.0%)に出現し投与は継続した..胞様黄斑浮腫,眼瞼色素沈着,上眼瞼溝深化の出現はなかった.点眼開始からC1カ月時点でC3例(12.5%)で投与中止に至り,中止に至った内訳は,球結膜充血C1例(3.1%%),頭痛C1例(3.1%),かすみC1例(3.1%)だった.なおC1例で来院なく打ち切りとした.頭痛,球結膜充血,かすみは投与中止で速やかに改善した.また,他のPGから切替えたC1例で色素沈着,上眼瞼溝深化が改善,またC2例で充血の改善がみられた.PGのCNRの定義は報告3.5)により変わるが,IOP-RR10%での計算では,追加群でC2例(18.2%),新規群でC2例(18.2%)であった.NRの投与前/1カ月後の眼圧は,新規CNTG,追加CNTG群で不変,追加POAG群では投与後眼圧がC1CmmHgのわずかな上昇であった(表4).CIII考按眼圧の検討として,第CIII相試験(RENGEstudy)6.8)では,エイベリス単独投与で平均C3.5CmmHg程度の眼圧下降が得られている.本調査ではCRENGEstudyより低いベースライン眼圧にもかかわらず追加群(新規+追加)ではC2.2CmmHgの下降が得られ,その高い眼圧下降効果が示される結果であった.第CII相,第CIII相試験(AYAMEstudy)ではエイベリスの眼圧下降効果はラタノプロストに対し非劣性6,8,9)とされている.本調査において,切替え投与全体としては有意な眼圧下降が得られており,PG関連眼窩周囲症など合併症を嫌悪する症例などの切替えとしてエイベリスへの切替えを考慮できる.また,PGからの切替え投与で有意差はなかったものの眼圧上昇はなく下降を示したことは,ラタノプロストに非劣性であることを確認できる結果と考える.本調査では投与後C1カ月の時点においても眼周囲の色素沈着や上眼瞼溝深化が改善したと感想を話した患者が数名あった.医師側から観察した目視や細隙灯顕微鏡での前眼部写真では大きな違いが認められなくとも本人には感じられる改善があり,そのような微細な変化もコンプライアンスの向上に貢献した可能性が考えられた.また同様に点眼の切り替え効果も同じくコンプライアンス向上に貢献した可能性がある.追加または新規投与のうちCNRとみなされる症例は,4例(36.4%)であり,NRの投与前/1カ月後の眼圧は,新規NTG,追加CNTG群で不変,追加CPOAG群でも投与後眼圧がC1CmmHgの上昇とごくわずかであった(表4).1カ月のデータでは大幅な上昇値ではなかったが今後も注意して観察する予定である.副作用について,日本での第CII相および第CIII相試験対象の総合解析ではC40.1%に副作用がみられ,球結膜充血C32.8%,角膜肥厚C6.7%,黄斑浮腫C5.2%,虹彩炎C1.5%との報告だった7.10).本調査ではCSPKがC25.0%に出現し,それは既報8.10)のC0.4%に比べ明らかに高い結果ではあった.今回はおよそすべての症例で細隙灯顕微鏡での前眼部写真撮影を行い角膜表面の状態変化をとらえることができており,わずかなCSPKの出現,増加であっても副作用とカウントしたため,SPK症例の程度が多くなっている可能性がある.しかしこれらのCSPKで自覚症状なし,もしくはあったとしても軽度のみで中止に至る症例はなかったこと,防腐剤フリーであるラタノプロストCPF製剤との切替え例でもCSPKは増強なく不変(軽度,自覚症状なし)であったこと,エイベリスの防腐剤(ベンザルコニウム塩化物:BAK)の濃度はC0.001%と他のCPGと比べても低いことからも重篤な副作用には至らず,SPKが出現/増悪してもその程度は低いものであった.投与中止の原因(その後来院なしを除く)は球結膜充血C1例(3.1%),頭痛C1例(3.1%),かすみC1例(3.1%)で,3例とも投与中止で速やかに改善し視機能に影響はなかったことから,おおむね軽度の所見であったと考える.今回の調査では,.胞様黄斑浮腫の出現はなかったが,最新の市販後調査では有水晶体眼での黄斑浮腫(10人/7万人)の報告がみられ,糖尿病,高血圧など網膜血管病変を惹起しやすい基礎疾患を有する症例がC10人中C4人あり9)そのような症例には,OCTを用いての経過観察が望ましい.角膜厚について,測定機種が施設間で異なっているが,EM-3000(トーメーコーポレーション製)とCCEM-530(ニデック製)はともに角膜厚測定方法が同じ原理である.Nikolausらは,このC2種間において角膜厚は平均C20Cμm以下の差であり臨床的に問題ない11)と報告しており,機種間の測定値に臨床上問題となる差異はないと考えられる.Suzukiらによると中心角膜厚がC10Cμm肥厚すると眼圧C0.12mmHg高く測定される12).今回の調査でも角膜厚は有意に肥厚し,その最大変量C33Cμmの変化で引き起こされる眼圧変化はC0.12C×3.3=0.36CmmHg程度と考えられ,臨床上問題となる眼圧変化ではないと考えられる.既報8.10)ではC1カ月の経過観察機関においての副作用による中止例の報告はないが,本調査ではC3例(9.4%)にみられた.中止の原因として頭痛がC1例(3.1%)みられたが,投与中止後C1カ月以内に消失したためエイベリスによる症状であったと考えられる.同じCPGであるキサラタンの副作用報告において頭痛はC5%未満とあり,PGF2Ca関連薬と同等に出現する可能性も考えられた.本調査ではCNR症例でもC1カ月での眼圧はC0.1CmmHgとわずかな上昇で,この先眼圧経過がどうなっていくかをみるため現時点での眼圧下降不十分により中止した症例はなかったが,今後長期にわたる経過観察予定である.PGからの切替えにより眼瞼色素沈着,上眼瞼溝深化,充血の改善がみられたことは,整容面を重視する症例や従来のCPGで充血がみられる症例に良い適応になると思われる.利益相反:外園千恵:【F】【P】参天製薬木下茂:【F】【P】参天製薬,【F】【P】千寿製薬,【F】【P】大塚製薬,【F】【P】興和森和彦:【P】池田陽子:【P】上野盛夫:【P】文献1)相原一:EP2受容体作動薬.FrontiersCofCofCGlaucomaC57:54-60,C20192)FuwaCM,CTorisCCB,CFanCSCetal:E.ectCofCaCnovelCselec-tiveEP2receptoragonist,omidenepagisopropyl,onaque-oushumordynamicsinlaser-inducedocularhypertensivemonkeys.JOculPharmacolTherC34:531-537,C20183)IkedaCY,CMoriCK,CIshibashiCTCetal:LatanoprostCnonre-sponderswithopen-angleglaucomaintheJapanesepopu-lation.JpnJOphthalmolC50:153-157,C20064)WarrenJ:ACretrospectiveCreviewCofCnon-respondersCtoClatanoprost.JOculPharmacolTherC18:287-291,C20025)AungT,ChewTKP,YipCetal:Arandomizeddouble-maskedCcrossoverCstudyCcomparingClatanoprost0.005%CwithCunoprostone0.12%CinCpatientsCwithCprimaryCopen-angleCglaucomaCandCocularChypertension.CAmCJCOphthal-molC131:636-642,C20016)AiharaH,LuF,KawataHetal:Six-monthresultsfromtheCRENGEstudy:OminedepagCIsopropylClowersCIOPCinCsubjectsCwithCopen-angleCglaucomaCandCocularChyperten-sion.C36thCWorldCOphthalmologyCCongress,CBarcelona,C20187)AiharaCH,CLuCF,CKawataCHCetal:12-monthCe.cacyCandCsafetystudyofanovelselectiveEP2agonistominedepagisopropylCinCOAGCandOHT:theCRENGECstudy.CAmeri-canAcademyofOphthalmologyannualmeeting,Chicago,20188)参天製薬株式会社:エイベリス添付文書(2018年C9月作成,第1版)9)参天製薬株式会社:エイベリス点眼液C0.002%適正使用ガイド,201810)参天製薬株式会社:エイベリス点眼液C0.002%第C3回市販後安全性情報,201911)NikolausL,NinoH,SandraSetal:Comparisonof4spec-ularCmicroscopesCinChealthyCeyesCandCeyesCwithCcorneaCguttataorcornealgrafts.CorneaC34:381-386,C201512)SuzukiCS,CSuzukiCY,CIwaseCACetal:CornealCthicknessCinCanCophthalmologicallyCnormalCJapaneseCpopulation.COph-thalmologyC112:1327-1336,C2005***

ダイアモンドダストスイーパーを使用した流出路再建術(Gonio Scrub)

2020年8月31日 月曜日

《第30回日本緑内障学会原著》あたらしい眼科37(8):1003.1007,2020cダイアモンドダストスイーパーを使用した流出路再建術(GonioScrub)横山光伸*1木内良明*2徳毛花菜*2三好輝行*3吉田博則*3*1レチナクリニック横山眼科*2広島大学大学院医歯薬総合研究科視覚病態学*3三好眼科CGonioScrub─ANewTrabeculotomyMethodUsingaDiamondDustSweeperMitsunobuYokoyama1),YoshiakiKiuchi2),KanaTokumo2),TeruyukiMiyoshi3)andHironoriYoshida3)1)YokoyamaRetinaClinic,2)DepartmentofOphthalmologyandVisualSciences,GraduateSchoolofBiomedicalSciences,HiroshimaUniversity,3)MiyoshiEyeClinicC目的:ダイアモンドダストスイーパーC23CG(DORC製)を使用した流出路再建術(GonioScrub)を行ったC3例を報告する.対象および方法:開放隅角緑内障C1眼,落屑緑内障C1眼,ステロイド緑内障C1眼に白内障手術を併用してCGonioScrubを行い,12カ月間経過観察を行った.GonioScrubとはダイアモンドダストスイーパーで線維柱帯の表面の付着物質を擦過,除去して房水流出抵抗を軽減する方法である.結果:術後C12カ月で眼圧は開放隅角緑内障眼で26CmmHgからC14CmmHgに下降した.落屑緑内障眼はC18CmmHgからC14CmmHgに下降した.ステロイド緑内障眼は30CmmHgからC15CmmHgに下降した.結論:GonioScrubはCSchlemm管を切開しないで眼圧を下降させる流出路再建術となる可能性がある.CPurpose:ToCreportC3CcasesCofCaqueous-out.ow-tractreconstruction(GonioScrub)usingCaC25-guageCdia-mond-dustsweeper(D.O.R.C.International)C.CSubjectsandMethods:ThisCstudyCinvolvedC1Copen-angleCglaucoma(OAG)eye,C1CexfoliationCglaucomaCeye,CandC1CsteroidCglaucomaCeyeCthatCunderwentCGonioScrub(aCmethodCofCreducingtheresistancetoout.owofaqueoushumorbyscrubbingtheadheringsubstancesonthesurfaceoftheSchlemm’sCcanalCwithCaCdiamond-dustsweeper)combinedCwithCcataractCsurgery,CandCthatCwereCfollowedCforC12-monthsCpostoperative.CResults:AtC12-monthsCpostoperative,Cintraocularpressure(IOP)hadCdroppedCfromC26CmmHgCtoC14CmmHgCinCtheCOAGCeye,CfromC18CmmHgCtoC14CmmHgCinCtheCexfoliationCglaucomaCeye,CandCfromC30CmmHgCtoC15CmmHgCinCtheCsteroidCglaucomaCeye.CConclusion:GonioCScrubCmayCbeCanCe.ectiveCnewCaqueous-out.ow-tractreconstructionprocedureforthedecreaseofIOPwithoutSchlemm’s-canalincision.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C37(8):1003.1007,C2020〕Keywords:低侵襲緑内障手術,線維柱帯,ダイアモンドダストスイーパー.minimallyinvasiveglaucomasur-gery,trabecularmeshwork,diamonddustsweeper.Cはじめに開放隅角緑内障は線維柱帯の房水流出抵抗が増大して,眼圧が上昇する病態である.病的な線維柱帯の房水流出抵抗を軽減する術式としてトラベクロトミーがある.近年,緑内障手術は侵襲の少ない低侵襲緑内障手術(minimallyinvasiveglaucomasurgery:MIGS)が注目を浴びている.MIGSとはCTrabectome1)をはじめCsutureCtrabeculotomyCabCinter-no2),KahookCDualCBlade3),Micro-hookCtrabeculotomy4),Ci-Stent5)など前房から線維柱帯にアプローチする術式の総称である.これらは眼球外に強膜弁を作り,Schlemm管にアプローチする旧来のCtrabeculotomyと同様に,Schlemm管への流出抵抗を減弱させる操作を前房から行うことで眼圧下降効果を期待する術式である.MIGSは結膜・強膜を切開することなく角膜サイドポートから器具を挿入し,隅角鏡で観察することにより直接線維柱帯に操作する術式である.すべての術式において線維柱帯を穿孔するため,Schlemm管から前房内に血液が逆流し,術後に一過性の眼圧上昇をきたす恐れがある.しかも手術範囲の線維柱帯は破壊されてしま〔別刷請求先〕横山光伸:〒730-0053広島市中区東千田町C1-1-53hitoto広島ナレッジスクエアC1Fレチナクリニック横山眼科Reprintrequests:MitsunobuYokoyama,YokoyamaRetinaClinic,hitotoHiroshimaKnowledgeSquare1F,1-1-53Higashisenda-machi,Naka-ku,Hiroshima730-0053,JAPANC図1先端を10mmほど120°に曲げたダイアモンドダストスイーパー図3実際の術中写真う.今回,筆者らは線維柱帯の構造を温存し,線維柱帯を穿孔せずに前房側に付着した物質を擦って取り除くだけでも房水流出抵抗が軽減し眼圧下降が得られるのではないかと考えた.この術式をCGonioScrub(GS)と命名し白内障手術を併用してC3例に行った.術後C12カ月間の経過観察を行いC3例とも良好な眼圧下降が得られたので報告する.CI術式GSを白内障手術(超音波乳化吸引術+眼内レンズ挿入術)と併用して行った.使用する器具はダイアモンドダストスイーパー(23G,DORC製)で,操作しやすいよう先端からC10mmほどの位置で約C120°に折り曲げておく(図1).これを白内障手術の前.切開後,白内障手術時に作製した角膜サイドポートから前房内に挿入する.粘弾性物質を角膜上に置き,隅角鏡(森ゴニオトミーレンズ:図2)を当てて隅角を観察する.ダイアモンドダストスイーパーの先端で線維柱帯の色素帯の前房側を軽くC5回ほど擦過して線維柱帯前房側の付着物を除去する(図3).手術範囲は線維柱帯の約C1/3(120°)図2森式ゴニオトミーレンズによる隅角の観察図4手術範囲角膜サイドポートよりダイアモンドダストスイーパーを挿入し,対側の線維柱帯をC120°(1/3)の範囲でC5.6回ほど擦って付着物を除去する.に行う(図4).その後は通常どおりの白内障手術を行い,眼内レンズを挿入し粘弾性物質を除去して手術を終える.CII症例〔症例1〕60歳,男性.両眼開放隅角緑内障.主訴:右眼がなんとなく見えづらい.家族歴:特記すべきことなし.既往歴:2008年に右眼の網膜赤道部変性に対してレーザー光凝固治療を,左眼は網膜.離のために白内障+硝子体手術を行った.現病歴:眼圧が高いため現在は両眼にタフルプロスト点眼治療中である.術前所見:VD0.05(0.7C×.7.0D(.0.5DAx70°),VS0.06(1.2pC×.5.0D).眼圧は右眼26mmHg,左眼C18mmHg.両眼の角膜は透明で前房深度は正常であった.右眼は皮質白内障があり左眼は眼内レンズ挿入眼であった.眼底は両眼にレーザー光凝固斑がみられた.左眼は網膜.離手術後であった.右眼の隅角所見で虹彩癒着はなく色素沈着はCGrade4(図5)であった.2018年C4月C23日に右眼に白内障手術とCGSを行った.手術翌日は眼内レンズの固定はよく,前房深度は正常で出血はなかったが,眼圧がC32CmmHgに上昇していたため前房穿刺を行った.5日目には眼圧はC18CmmHgに下がり,6カ月目図5症例1の術前隅角写真Grade4の色素沈着がみられる.図7症例2の術前隅角写真Grade3の色素沈着がみられる.にはC14CmmHgとなり術前より継続していたタフルプロスト点眼治療を中止した.12カ月後の視力はC0.1(1.2C×.4.0D(.0.5DAx90°),眼圧は14mmHgであった.隅角の色素沈着はCGrade2(図6)で,周辺虹彩癒着はなかった.〔症例2〕68歳,男性.右眼落屑緑内障.主訴:右眼の視力低下.家族歴:特記すべきことなし.既往歴:平成C14年から右眼緑内障.現病歴:平成C18年より右眼に緑内障点眼治療を開始した.現在はラタノプロスト+チモロールマレイン酸塩配合薬を点眼治療中である.術前所見:VD=0.2(0.8C×.2.75D(.0.5DAx75°),VS=0.4(0.9C×.4.0D(.1.75DCAx173°),眼圧は右眼C18mmHg,左眼C14CmmHgであった.両眼の角膜は透明で前房深度は正常.右眼は中等度の皮質白内障,左眼は軽度の皮質白内障であった.両眼の瞳孔縁に偽落屑がみられた.右眼の隅角所見で虹彩癒着はなく,色素沈着はCGrade3(図7)であった.図6症例1の術後の隅角写真色素沈着はCGrade2に軽減している.図8症例2の術後隅角写真色素沈着はCGrade2に軽減している.2018年C5月C16日に右眼に白内障手術とCGSを行った.手術翌日は眼内レンズの固定はよく,前房深度は正常で出血はなかった.12カ月後はCVD=0.1(1.0C×.2.0D(.1.5DAx70°),眼圧はC14mmHgであった.隅角の色素沈着はGrade2(図8)で,周辺虹彩癒着はなかった.点眼は術前と変わりなかった.〔症例3〕66歳,男性.両眼開放隅角緑内障(ステロイド緑内障).主訴:急激な右眼の眼圧上昇と視力低下.家族歴:特記すべきことなし.既往歴:13歳からネフローゼ症候群があり,現在は隔日でプレドニン(5mg)をC1.25錠内服中である.現病歴:平成C24年から眼圧が高くなり緑内障点眼治療を開始した.現在はタフルプロスト+チモロールマレイン酸塩合薬,ブリモニジン,リパスジル,ブリンゾラミド点眼,アセタゾラミドC2錠内服中である.術前所見:眼圧上昇前はCVD=0.04(1.2C×.8.0D(.0.75CDAx90°),VS=0.03(0.2C×.5.5D(.1.0DAx110°).手図9症例3の術前隅角写真Grade2の色素沈着がみられる.術直前の眼圧は右眼C30CmmHg,左眼C18CmmHg.右眼の角膜には浮腫がみられ前房深度は正常.両眼に軽度の皮質白内障があった.右眼の隅角所見で虹彩癒着はなく色素沈着はGrade2(図9)であった.2018年C5月C30日に右眼に白内障手術とCGSを行った.手術翌日は眼内レンズの固定はよく前房深度は正常で出血はなかった.手術の翌日より緑内障点眼,内服をすべて中止したためC2週間は眼圧がC30CmmHgであったが,タフルプロスト+チモロールマレイン酸塩配合薬,ブリモニジン,リパスジル,ブリンゾラミド点眼を再開後はC12CmmHgに下降した.経過途中で点眼薬をビマトプロスト,リパスジル,ブリンゾラミド+チモロールマレイン酸塩配合薬に変更した.12カ月後の視力はCVD=0.05(0.6C×.2.75D(.1.0DAx95°),眼圧は15mmHgであった.隅角の色素沈着はGrade2(図10)で,周辺虹彩癒着はなかった.CIII考按MIGSの一手技としてダイアモンドダストスイーパーで線維柱帯前房側を擦過して線維柱帯前房側の付着物を除去するGSという新しい術式を白内障手術と併用してC3眼に行い,12カ月の経過観察期間後ですべての症例で眼圧下降が得られた.落屑緑内障ではその眼圧上昇機序として線維柱帯にプロテオグリカンなどの落屑物質が沈着するからという報告がある6).開放隅角緑内障ではCjuxtacanaliculartissueにグリコサミノグリカンであるコンドロイチン硫酸が増えているという報告がある7).ステロイド緑内障では基底膜に似た物質が蓄積していることが報告されている8).筆者らは,線維柱帯の前房側に付着したこれらの物質を除去することで線維柱帯の流出抵抗を減らし眼圧を下降できるのではないかと考えた.1995年にCJacobiらがCTrabecularAspirationという術図10症例3の術後隅角写真色素沈着はCGrade2である.式を報告している9).Irrigation-aspirationdeviceを使って落屑緑内障の線維柱帯に付着した物質を吸引除去するといった方法であった.眼圧下降効果はあったようだが,不確実性のためか現在も行っているという報告はない.筆者らは,さらに確実にこの物質を除去するための器具として,硝子体手術で使用していたダイアモンドダストスイーパーに注目した.これはC1997年にCTanoら10)が硝子体手術中に網膜上膜を除去するために開発したものである.これを使用すると網膜に傷をつけることなく,通常の方法では除去が不可能な薄い網膜上膜や硝子体皮質を除去できる.今回,開放隅角緑内障C1眼,落屑緑内障C1眼,ステロイド緑内障C1眼の合計C3眼にCGSを行った.眼圧はすべての症例で術後C1年間持続して下降した.開放隅角緑内障眼に行った白内障手術で全体のC48%の症例にC20%以上の眼圧下降が得られたとCSamuelsonらが報告しており11),3例とも白内障手術を併用しているためCGS純粋の眼圧下降値はもう少し少ないと思われる.現在,報告されている種々のCMIGSの結果と比較してみる.2006年のCMincklerら1)のCTrabecutomeの報告はC30カ月の経過観察期間で術前平均眼圧C27.6CmmHgからC40.9%の眼圧下降が得られていた.2015年のCSatoら2)のC360°Csuturetrabecurotomyabinternoの報告ではC6カ月で術前平均眼圧C19.4CmmHgからC28.9%の眼圧下降が得られていた.2009年のCSpiegelら5)の白内障手術を併用したi-Stentの報告では,12カ月の経過観察期間で術前平均眼圧21.7CmmHgからC19.8%の眼圧下降が得られていた.2017年のCTanitoら4)のCmicrohookの報告では約C6カ月の経過観察期間で術前平均眼圧C25.9CmmHgからC43.2%の眼圧下降が得られていた.2017年のCGreenwoodら3)の白内障手術を併用したCKahookDualBladeの報告ではC6カ月の経過観察期間で術前平均眼圧C17.4CmmHgからC26.4%の眼圧下降が得られていた.今回のCGSの結果は,症例C1では術前府眼圧C26CmmHgから手術C1年後にC14CmmHgとなりC50.0%の眼圧下降が得られている.緑内障治療薬点数はC1からC0に減った.症例C2では術前眼圧C18CmmHgから手術C1年後にC14CmmHgとなり眼圧下降はC22.2%で点数はC2からC2と不変であった.症例C3では術前眼圧C30CmmHgから手術C1年後にC15CmmHgとなり眼圧下降はC53.3%で点数はC9からC3であった.いずれの症例も前房出血の合併症はなく,他のCMIGSの報告と比較しても十分な眼圧下降効果が得られていると思われる.症例C1で術翌日に一過性の眼圧上昇がみられたが,手術直後は緑内障点眼ができないことと白内障手術で使用する粘弾性物質が残存していたためと推測している.GSは線維柱帯を切開しない術式のため,十分な眼圧下降が得られなくても追加手術として線維柱帯を切開する術式が可能である.さらにCGSは結膜を切開しないCMIGSであるため,他のCMIGSと同様に眼圧下降効果が少ない場合の追加手術となる濾過手術には影響を及ぼさない.このような結果を踏まえて考えると,GSという術式は観血的緑内障手術のなかで,最初に行ってよい術式になる可能性を秘めていると考える.症例数が少なく経過観察期間が短いため有効性はまだ不明であるが.GSという術式が確立するためには,白内障手術併用だけでなくCGS単独手術の眼圧下降効果も調査する必要がある.今後はより多くの症例にCGSを行い,さまざまな緑内障タイプでの比較検討と眼圧下降効果の統計学的分析,さらに長期予後を調べていく必要がある.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)MincklerCD,CBaerveldtCG,CRamirezCMACetal:ClinicalresultswithTrabectome,anovelsurgicaldevicefortreat-mentofopen-angleglaucoma.TransAmOphthalmolSocC104:40-50,C20062)SatoCT,CMizoguchiT:Prospective,Cnoncomparative,Cnon-randomizedCcaseCstudyCofCshort-termCoutcomesCofC360°CsutureCtrabeculotomyCabCinternoCinCpatientsCwithCopen-angleglaucoma.ClinOphthalmolC9:63-68,C20153)GreenwoodCMD,CSeiboldCLK,CRadcli.eCNMCetal:Gonioto-myCwithCaCsingle-useCdualblade:Short-termCresults.CJCataractRefractSurgC43:1197-1201,C20174)TanitoCM,CSanoCI,CIkedaCYCetal:Short-termCresultsCofCmicrohookCabCinternoCtrabeculotomy,CaCnovelCminimallyCinvasiveCglaucomaCsurgeryCinCJapaneseeyes:initialCcaseCseries.ActaOphthalmolC95:354-360,C20175)SpiegelD,WetzelW,NeuhannTetal:Coexistentprima-ryopen-angleglaucomaandcataract:interimanalysisofaCtrabecularCmicro-bypassCstentCandCconcurrentCcataractCsurgery.EurJOphthalmolC19:393-399,C20096)Schlotzer-SchrehardtCU,CDor.erCS,CNaumannGO:Immu-nohistochemicalClocalizationCofCbasementCmembraneCcom-ponentsCinCpseudoexfoliationCmaterialCofCtheClensCcapsule.CCurrEyeResC11:343-345,C19927)KnepperPA,GoossensW,PalmbergPF:Glycosaminogly-canCstrati.cationCofCtheCjuxtacanalicularCtissueCinCnormalCandprimaryopen-angleglaucoma.InvestOphthalmolVisSciC37:2412-2425,C19968)JohnsonD,GottankaJ,Ho.mannFetal:Ultrastructuralchangesinthetrabecularmeshworkofhumaneyestreat-edCwithCcorticosteroids.CArchCOphthalmolC115:375-383,C19979)JacobiPC,KrieglsteinGK:TrabecularAspiration.Anewmodetotreatpseudoexfoliationglaucoma.InvestOphthal-molVisSciC36:2270-2276,C199510)LewisJM,ParkI,OhjiMetal:Diamond-dustedcannulaforCepiretinalCmembraneCseparationCduringCvitreousCsur-gery.AmJOphtalmolC124:552-554,C199711)SamuelsonCTW,CKatzCLJ,CWellsCJMCetal:RandomizedCevaluationCofCtheCtrabecularCmicro-bypassCstentCwithCphacoemulsi.cationCinCpatientsCwithCglaucomaCandCcata-ract.OphthalmologyC118:459-467,C2011***

ぶどう膜炎続発緑内障に対するナイロン糸による線維柱帯切開術(眼内法)の成績

2020年8月31日 月曜日

《第30回日本緑内障学会原著》あたらしい眼科37(8):999.1002,2020cぶどう膜炎続発緑内障に対するナイロン糸による線維柱帯切開術(眼内法)の成績内海卓也丸山勝彦小竹修祢津直也水井理恵子後藤浩東京医科大学臨床医学系眼科学分野CSurgicalOutcomeofSutureTrabeculotomyAbInternoinEyeswithUveiticGlaucomaTakuyaUtsumi,KatsuhikoMaruyama,OsamuKotake,NaoyaNezu,RiekoMizuiandHiroshiGotoCDepartmentofOphthalmology,TokyoMedicalUniversityCぶどう膜炎続発緑内障に対し,ナイロン糸を用いた眼内法による線維柱帯切開術(単独手術)を施行し,術後C1年以上経過観察したC11例C11眼の眼圧調整成績と合併症の頻度を検討した.術後C1年目におけるC15CmmHg未満への眼圧調整成績は,眼圧下降薬の併用ありではC73%,併用なしではC36%となり,眼圧調整良好例の平均眼圧はそれぞれ11.3CmmHg,12.5CmmHgであった.術後合併症としてぶどう膜炎の再燃をC1眼で,洗浄を要した前房出血をC1眼で,1カ月以上遷延する眼圧上昇をC4眼で認め,2眼で濾過手術の追加を要した.また,眼圧調整良好例での検討では,線維柱帯の切開範囲と眼圧下降との間に有意な相関はなかった.以上より,ぶどう膜炎続発緑内障に対するナイロン糸による線維柱帯切開術(眼内法)は,一定の効果が期待できる術式と考えられる.CInthisstudy,weretrospectivelyanalyzed11eyesof11medicallyuncontrolleduveiticglaucomapatientswhounderwentCsutureCtrabeculotomyCabinterno(notCcombinedCwithCcataractsurgery)C.AtC1-yearCpostoperative,CtheCprobabilityofobtainingasuccessfulintraocularpressure(IOP)controlofunder15CmmHgwas73%withglaucomamedications,Cand36%CwithoutCglaucomaCmedications.CMeanCIOPCofCtheCmedicallyCcontrolledCandCuncontrolledCpatientswas11.3CmmHgand12.5CmmHg,respectively.Recurrenceofuveitispostsurgeryoccurredin1eye.Irriga-tionCofCtheCanteriorCchamberCforCmassiveChyphemaCwasCrequiredCinC1eye.CElevationCofCIOPClastingC1monthCwasCseenin4eyes,and2eyesrequiredre-operation.Simplecorrelationanalysisindicatedthattheextentoftheinci-sionindegreesoftrabecularmeshworkdidnotcorrelatewithIOPreduction.SuturetrabeculotomyabinternoisatreatmentoptionforthecontrolIOPinpatientswithuveiticglaucoma.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C37(8):999.1002,C2020〕Keywords:ぶどう膜炎,続発緑内障,線維柱帯切開術,眼内法,糸.uveitis,secondaryglaucoma,trabeculoto-my,abinterno,suture.Cはじめにぶどう膜炎続発緑内障では隅角や線維柱帯に器質的,機能的異常を生じていることが多く1),線維柱帯切開術では眼圧下降が得られにくいとする意見がある.一方,奏効例の報告もみられるが2),この報告は結膜を切開し,強膜弁を作製する眼外法による治療成績を検討したものであり,近年普及している眼内法による線維柱帯切開術の成績は十分検討されていない.そこで本研究では,ぶどう膜炎続発緑内障に対するナイロン糸を用いた線維柱帯切開術(眼内法)の眼圧調整成績と合併症の頻度を後ろ向きに検討した.CI対象および方法対象はC2016年C3月からC2年の間に,東京医科大学病院でナイロン糸を用いた線維柱帯切開術(眼内法)を施行し,術後C1年以上経過観察したぶどう膜炎続発緑内障(uveiticglaucoma:UG)症例C11例C11眼(男性C5例,女性C6例)である.なお,白内障との同時手術を行った症例は今回の調査〔別刷請求先〕内海卓也:〒162-0023東京都新宿区西新宿C6-7-1東京医科大学臨床医学系眼科学分野Reprintrequests:TakuyaUtsumi,DepartmentofOphthalmology,TokyoMedicalUniversity,6-7-1Nishi-shinjuku,Shinjuku-ku,Tokyo162-0023,JAPANC症例数(眼)090180270360切開範囲(°)図1線維柱帯の切開範囲の内訳平均C245C±69°(120.360°).対象から除外した.対象の年齢はC47.0C±14.1歳(レンジC13.69歳),術前眼圧はC29.0C±6.5CmmHg(20.44CmmHg),術前の眼圧下降薬数はC5.1C±0.8本(4.6本)であった.全例で消炎目的に副腎皮質ステロイド点眼薬が使用されていたが,いずれも一度休薬,あるいは低力価のステロイドへの変更が試みられ,それでも眼圧下降を認めない症例であった.ぶどう膜炎の内訳は,Behcet病C2眼,サルコイドーシスC1眼,急性前部ぶどう膜炎C1眼,サイトメガロウイルス虹彩炎1眼,Fuchs虹彩異色性虹彩毛様体炎C1眼,結核性ぶどう膜炎C1眼で,残りのC4眼は同定不能だったが,いずれも術前は眼内に炎症を認めなかった.また,広範囲に周辺虹彩前癒着を生じていた症例はなく,全例が開放隅角機序によるCUGと考えられた.なお,4眼では白内障手術,1眼では硝子体手術の既往があった(重複あり).術後の経過観察期間はC16.3C±8.4カ月(12.42カ月)であった.手術方法は以下のとおりである.点眼麻酔を行ったのち,耳側の角膜輪部にC2Cmmの切開創を作製し,前房内に粘弾性物質を充.した.続いて隅角鏡で観察しながらシンスキーフックで対側の線維柱帯に小切開を作製してCSchlemm管を開放し,同部位から前.鑷子で把持したC5-0ナイロン糸をSchlemm管内に挿入後,押し進め,進まなくなった時点で5-0ナイロン糸を引くことによって,そこまでの線維柱帯を切開した.12時方向とC6時方向で同様の操作を行い,同一の切開創からのアプローチで可能な限りの線維柱帯を切開した.切開範囲は平均C245C±69°(120.360°)であった(図1).最後に粘弾性物質を吸引して手術を終了した.術後は抗菌点眼薬と副腎皮質ステロイド点眼薬を使用し,所見に応じて適宜漸減,中止した.また,眼圧上昇に対しても適宜眼圧下降薬を追加した.検討項目は以下のとおりである.まず,眼圧調整成績をKaplan-Meier法で解析した.眼圧調整の定義は術後の眼圧値がC18CmmHg未満,15CmmHg未満のC2つとし,3回連続でこれらの条件を満たさなかった場合はC1回目の時点で眼圧調整不良と判定し,さらに眼圧下降薬の併用あり,なしに分けて検討した.また,緑内障の再手術を要した場合も眼圧調整不良とした.つぎに,術中,術後合併症の頻度を調査し眼圧調整成績(%)100806040200期間(月)1612投薬あり99988生存数投薬なし44444図2眼圧調整成績(Kaplan.Meier法)実線:眼圧下降薬の投薬あり,点線:眼圧下降薬の投薬なし.眼圧調整の定義:術後眼圧値がC18CmmHg未満,15CmmHg未満のC2つ定め,3回連続でこれらの条件を満たさなかった場合はC1回目の時点で眼圧調整不良と判定,緑内障の再手術を行った場合も眼圧調整不良と判定した(いずれのカットオフ値でも結果は同様).た.さらに線維柱帯の切開範囲と眼圧下降幅,ならびに眼圧下降率との関係を,眼圧調整良好例に限定して回帰分析で解析した.いずれもCp<0.05の場合に統計学的に有意と判定した.CII結果眼圧調整成績を図2に示す.カットオフ値C18CmmHg,15CmmHgいずれの場合でも結果に変わりはなく,術後C1年目での眼圧調整成績は,眼圧下降薬の併用ありではC73%,併用なしではC36%であった.なお,眼圧調整良好例の平均眼圧は,投薬ありはC11.3C±3.5CmmHg(6.15CmmHg),投薬なしはC12.5C±1.8CmmHg(10.15mmHg)であった.術中,術後合併症の頻度を表1に示す.術後,ぶどう膜炎が再燃したCBehcet病の症例は,術後C2カ月でステロイド点眼薬を中止し経過観察していたが,術後C8カ月で眼圧上昇を伴わない炎症反応の再発を認め,ステロイド点眼薬の再開で消炎が得られた.なお,ステロイドの全身投与は不要であった.また,緑内障手術の再手術を要したC2症例には,経過中どちらも強い炎症反応はみられなかった.なお,術中に線維柱帯が切開できなかった症例や,術後低眼圧となった症例はなかった.さらに,術後C1年目での眼圧調整良好例(投薬あり)8眼を対象に調査したところ,線維柱帯の切開範囲と眼圧下降幅,ならびに眼圧下降率との間にはいずれも有意な相関はなかった(図3).CIII考按本研究は,UGに対してナイロン糸を用いた線維柱帯切開表1術中,術後合併症の頻度項目頻度ぶどう膜炎の内訳術中前房出血術後前房出血の遷延*一過性眼圧上昇†ぶどう膜炎の再燃緑内障手術の再手術100%9%36%9%18%Fuchs1眼,AAUC1眼,同定不能C2眼Behcet病C1眼CMV虹彩炎C1眼,サルコイドーシスC1眼重複あり.*処置を要したもの.C†30CmmHg以上.Fuchs:Fuchs虹彩異色性虹彩毛様体炎,AAU:急性前部ぶどう膜炎,CMV虹彩炎:サイトメガロウイルス虹彩炎.術(眼内法)の術後成績を検討した初めての報告である.術線維柱帯の切開範囲(°)後C1年目での眼圧調整成績は,カットオフ値C18CmmHg,15mmHgいずれの場合でも,眼圧下降薬の併用ありではC73%,併用なしではC36%となり,眼圧調整良好例の平均眼圧はそれぞれC11.3CmmHg,12.5CmmHgであった.また,重篤な術中,術後合併症は認めなかった.さらに,眼圧調整良好例を対象とした検討では,線維柱帯の切開範囲と眼圧下降との間に有意な相関はなかった.UGに対する線維柱帯切開術の成績に関しては,眼外法についてはCChinら2)が,18眼(落屑緑内障C3眼,外傷性緑内障C1眼を含む)を対象にナイロン糸による全周の線維柱帯切開術(眼外法)単独手術を行った結果,眼圧C18CmmHg未満,かつ術前眼圧からの眼圧下降率C30%以上への眼圧調整成績は術後C1年でC89%であったと報告している.本報告で用いた眼内法による線維柱帯切開術は,結膜弁や強膜弁を作製せず,線維柱帯の切開範囲が必ずしも全周ではない点でCChinらの術式と異なるため,結果を単純に比較することはできないが,UGに対しても一定の割合で線維柱帯切開術が有効な症例が存在することが確認された.合併症に関しては,UGを対象としていることもあって,原発開放隅角緑内障(primaryCopenCangleglaucoma:POAG)とは頻度や内容が異なる可能性がある.しかし,今回の筆者らの検討では,一過性眼圧上昇(36%)や処置を要する前房出血(9%)の頻度は,POAG13眼,落屑緑内障C6眼を対象とした本報告と同様の術式のCSatoら3)の報告と類似していた(それぞれC24%,6%).一方,緑内障手術が再度必要となった症例は,Satoらの報告では6%であるのに対し本報告ではC18%と高く,ぶどう膜炎の再燃をきたした症例もみられたことから,UGに対する本術式の効果は限定的と考えられた.ナイロン糸を用いた線維柱帯切開術では,眼内法,眼外法いずれの場合でも適切な線維柱帯の切開範囲は今のところ明確にはされていない.眼外法に関してはCPOAGや落屑緑内障を対象とした検討で,Manabeら4)が単独手術でも白内障眼圧下降率(%)眼圧下降幅(mmHg)0901802703600-10-20-30906030090180270360線維柱帯の切開範囲(°)図3線維柱帯の切開範囲と眼圧下降の関係(回帰分析)上:線維柱帯の切開範囲と眼圧下降幅との関係.眼圧下降幅=.0.02×線維柱帯の切開範囲.12.51.相関係数=0.25,Cp=0.55.下:線維柱帯の切開範囲と眼圧下降率との関係.眼圧下降率=0.03×線維柱帯の切開範囲+51.57.相関係数=0.17,Cp=0.69.との同時手術でも線維柱帯の切開範囲と術後C1年目の眼圧値や眼圧下降幅との間に有意な相関はなかったと報告している.UGが対象ではあるが,今回検討した結果によれば眼内法でも同様の結果となり,必ずしも線維柱帯の全周切開にこだわる必要はないことが示唆された.本報告は経過観察期間が短く,少数例を対象とした単一施設での後ろ向き研究であり,結果の解釈には各種バイアスの影響を加味しなければならない.とくにステロイドの影響は留意すべきで,今回の対象は臨床経過から全例ステロイド緑内障が否定された症例ではあったが,部分的にはステロイドによる眼圧上昇が病態に関与していた可能性は否定できない.ステロイド緑内障に対する線維柱帯切開術の成績は良好であり5),今回の成績が過大評価されていることもありえるが,臨床的にはCUGとステロイド緑内障を厳密に鑑別できないことも多い.このようにいくつかの問題点はあるが,いわゆる難治緑内障といわれるCUGに対しても,小切開で施行可能で,結膜や強膜に瘢痕を残さない眼内法によるナイロン糸を用いた線維柱帯切開術は適応を考慮してもよい術式と考えられた.今後,多数例を対象とした,長期にわたる観察に基づいた検証が必要であろう.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)KulkarniCA,CBartonK:UveiticCglaucoma.In:Glaucoma.CMedicaldiagnosisC&therapy.EdbyShaarawyTM,Sher-woodMB,HitchingsRAed)C,2nded,al:Elsevier,Amster-dam,Cp410-424,C20152)ChinS,NittaT,ShinmeiYetal:Reductionofintraocularpressureusingamodi.ed360-degreesuturetrabeculoto-mytechniqueinprimaryandsecondaryopen-angleglau-coma:apilotstudy.JGlaucomaC21:401-407,C20123)SatoT,KawajiT,HirataAetal:360-degreesuturetra-beculotomyCabCinternoCtoCtreatCopen-angleglaucoma:C2-yearoutcomes.ClinOphthalmolC12:915-923,C20184)ManabeCS,CSawaguchiCS,CHayashiK:TheCe.ectCofCtheCextentCofCtheCincisionCinCtheCSchlemmCcanalConCtheCsurgi-caloutcomesofsuturetrabeculotomyforopen-angleglau-coma.CJpnJOphthalmolC61:99-104,C20175)IwaoK,InataniM,TaniharaH;JapaneseSteroid-InducedGlaucomaMulticenterStudyGroup:Successratesoftra-beculotomyforsteroid-inducedglaucoma:acomparative,multicenter,retrospectivecohortstudy.AmJOphthalmolC151:1047-1056,C2011***

エクスプレス挿入術における角膜内皮細胞密度の変化についての検討

2020年8月31日 月曜日

《第30回日本緑内障学会原著》あたらしい眼科37(8):994.998,2020cエクスプレス挿入術における角膜内皮細胞密度の変化についての検討嶌嵜薫齋藤雄太嶌嵜創平恩田秀寿昭和大学医学部眼科学講座CChangesinCornealEndothelialCellDensityPostEX-PRESSGlaucomaShuntImplantationKaoruShimasaki,YutaSaito,SoheiShimasakiandHidetoshiOndaCDepartmentofOphthalmonogy,ShowaUniversitySchoolofMedicineC対象および方法:当院でC2014年C1月.2016年C12月に同一術者によるエクスプレス挿入術を施行し,術後C6カ月以上経過観察できた連続症例を対象とした.術前と比較した術後の角膜内皮細胞密度と減少率をレトロスペクティブに検討した.結果:男性C40眼,女性C32眼で年齢はC66.1±13.9歳,病型は原発開放隅角緑内障C56眼,落屑緑内障C12眼,続発緑内障C4眼だった.単独手術のうち有水晶体眼C20眼,眼内レンズ挿入眼C31眼,水晶体再建術併用C21眼だった.観察期間はC23.5±10.0カ月で,角膜内皮細胞密度(cells/mm2)は術前C2,488±387(n=72),術後6,12,24,36カ月でそれぞれC2,469±382(n=59),2,503±402(n=59),2,414±477(n=45),2,355±530(n=15),減少率(%)はそれぞれC1.4±8.4,2.1±11.0,6.0±13.8,10.9±15.4だった.CPurpose:Toinvestigatethechangesincornealendothelialcelldensity(ECD)postEX-PRESSGlaucomaFil-trationDevice(Alcon)implantation.CSubjectsandMethods:InCthisCretrospectiveCstudy,CweCexaminedCandCcom-paredCtheCpre-andCpostoperativeCcornealCECDCandCreductionCrateCinCpatientsCwhoChadCundergoneCEX-PRESSRCimplantationbythesamesurgeonfromJanuary2014toDecember2016andwhowereabletobefollowedupformorethan6-monthspostoperative.Results:Therewere40maleeyesand32femaleeyes(meanage:66.1±13.9years),andtheglaucomatypeswereprimaryopen-angleglaucoma(56eyes),exfoliationglaucoma(12eyes),andsecondaryglaucoma(4eyes).Ofthesingleoperationsperformed,therewere20phakic-surgeryeyes,31intraocu-lar-lens-implantationCeyes,CandC21Ccataract-surgeryCeyes.CTheCmeanCfollow-upCperiodCwasC23.0±11.5Cmonths.CAtCpreCsurgeryCandCatC6-,C12-,C24-,CandC36-monthsCpostoperative,Crespectively,CtheCmeanCcornealECD(cells/mm2)CwasC2,488±387(n=72),C2,469±382(n=59),C2,503±402(n=59),C2,414±477(n=45),CandC2,355±530(n=15),andthemeanECDreductionrateat6-,12-,24-,and36-monthspostoperativewas1.4±8.4%,C2.1±11.0%,C6.0±13.8%,CandC10.9±15.4%,Crespectively.CConclusion:ACsigni.cantCdecreaseCinCECDCwasCobservedCatC18-,C24-,CandC36-monthsafterexpressinsertioncomparedwithbeforesurgery.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)37(8):994.998,C2020〕Keywords:角膜内皮細胞密度,エクスプレス,眼圧.cornealendothelialcelldensity,EX-PRESS,intraocularpressure.Cはじめにわが国ではC2012年にエクスプレス緑内障フィルトレーションデバイス(以下,エクスプレス.Alcon)が認可された.エクスプレスの眼圧下降は線維柱帯切除術と比較して同等であるとの報告が多く1.5),エクスプレス挿入術の利点として術中の前房消失や術後前房出血,脈絡膜.離などの合併症の軽減があげられる1.6).近年,日本アルコンから使用成績調査が報告され,わが国におけるエクスプレスの長期的な術後合併症の一つである術後の角膜内皮細胞密度(cornealendo-thelialCcelldensity:ECD)の減少はC12カ月でC2.5±19.3%,〔別刷請求先〕齋藤雄太:〒142-8666東京都品川区旗の台C1-5-8昭和大学医学部眼科学講座Reprintrequests:YutaSaito,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmonogy,ShowaUniversitySchoolofMedicine,1-5-8,Hatanodai,Shinagawa-ku,Tokyo142-8666,JAPANC994(94)24カ月でC5.6C±22.0%であった.線維柱帯切除術でも術後の長期経過観察においてCECDの減少が報告されており7,8),エクスプレス挿入術ではCECDが減少するとの報告9.11)がある一方で,術後C2年では減少が認められなかったとの報告もある12).そこで今回,昭和大学病院附属東病院(以下,当院)にてエクスプレス挿入術を行った患者について術後CECDの変化をレトロスペクティブに検討した.CI対象および方法1.対象2014年C1月.2016年C12月に,昭和大学病院附属東病院においてエクスプレス挿入術を施行し,術後C6カ月以上の経過観察ができた連続症例を対象として診療録をもとにレトロスペクティブに調査した.水晶体再建術または線維柱帯切開術以外の眼手術歴のある症例は除外し,エクスプレス挿入術後の経過観察中に他の眼内手術が行われた症例はその時点で観察終了とした.いずれも術前に手術の術式と利点・欠点について十分な説明を行い,同意を得られた症例である.本研究は昭和大学「人を対象とする研究等に関する倫理委員会」の承認を得て行った.C2.方法手術はすべて同一医師が執刀し行った.円蓋部基底結膜弁法で角膜輪部の結膜を切開後,3C×3Cmmの四角形強膜弁を作製し,切開創にスポンジに浸したC0.04%のマイトマイシンCC(mitomycinC:MMC)をC3分間留置したあと,生理食塩水C250Cmlで洗浄した.水晶体再建術を併施した場合は,強膜弁よりC90°離れた位置に角膜切開を作製して水晶体超音波乳化吸引術および眼内レンズ挿入術を行った.強膜弁下のグレーゾーンよりC25ゲージ針で前房内へ穿刺後,本体を前房内へ挿入し,本体の位置と房水の流出を確認してC10-0ナイロン糸で強膜弁を縫合した.強膜弁の両角をC1針ずつ縫合し,過剰濾過があればそのつど縫合数を増やし濾過量を調節した(4.0C±1.3本).9-0バイクリル糸で結膜を縫合し,結膜からの房水漏出がないことを確認後終了とした.術後レーザー切糸はC1.9C±1.5本行った.術後には抗菌薬点眼(ガチフロキサシン),ステロイド点眼(リン酸ベタメタゾン)を約C3カ月間使用した.術前,術後C6,12,18,24,36カ月の眼圧,角膜中央部のCECDを測定した.眼圧測定にはCGoldmann圧平眼圧計を,ECD測定には非接触式スペキュラーマイクロスコープ(KONANFA-3509,コーナンメディカル)を使用した.点眼スコアはC1剤C1点,配合点眼薬C2点,炭酸脱水酵素阻害薬内服C1点とした.C3.統.計.解.析手術後の眼圧およびCECDを術前と比較した.また,術前と比較した術後のCECD減少率をエクスプレス単独手術のうち有水晶体眼群と眼内レンズ挿入眼群,水晶体再建術併用群の群間で比較した.得られた結果は平均値C±標準偏差で示し,ECDの術前後比較はCpairedt-test,ECD減少率の群間比較はCTukeyのCHSD(honestlysigni.cantdi.erence)検定を使用した.また,ECDの減少要因解析にはCECDの最終測定時までにC10%以上の減少率を認めた症例を従属変数として年齢・病型〔落屑緑内障(exfoliationglaucoma:XFG)またはその他〕・術前眼圧・術前点眼スコア・術前CECD・術後前房形成の有無・術後脈絡膜.離の有無・術式(単独または水晶体再建術併用)・単独手術での有水晶体眼または眼内レンズ眼を目的変数としてロジスティク回帰分析を行った.統計解析ソフトウェアはCJMPver.14.0を使用し,p値<0.05を有意差ありとした.CII結果対象症例の患者背景を表1に示す.対象眼はC66例C72眼(男性38例40眼,女性28例32眼),年齢は平均66.1歳であった.術前眼圧はC23.5CmmHg,術前点眼スコアはC3.9,経過観察期間はC23.0カ月,線維柱帯切開術(トラベクトーム)施行眼はC15眼,水晶体再建術施行眼はC31眼であった.術式別では,水晶体再建術併用群がC21眼,単独手術C51眼のうち有水晶体眼群がC20眼,眼内レンズ挿入眼群がC31眼であった.また病型は,原発開放隅角緑内障(primaryCopenangleCglaucoma:POAG)56眼,XFG12眼,続発緑内障(secondaryglaucoma:SG)4眼(ステロイドC2眼,アトピーC1眼,血管新生C1眼)であった.術後合併症・追加処置として脈絡膜.離C5眼(6.9%),浅前房C6眼(8.3%)のうち前房形成を施行した症例がC5眼(6.9%)あった.眼圧推移を表2に示す.術後C6,12,18,24,およびC36カ月における眼圧は術前と比較して有意な眼圧下降を認めた.ECD(cells/mmC2)の変化を表3に示す.術前と比較して,全体では術後C18,24およびC36カ月で有意なCECDの減少を認めた.また術式別では水晶体再建術併用群の術後C6,18,24カ月で,エクスプレス単独手術のうち有水晶体眼群の術後C36カ月,眼内レンズ挿入眼群の術後C24カ月において術前と比較してそれぞれ有意なCECDの減少を認めた.病型別ではCPOAGの術後C18,24,36カ月で,XFGの術後C18カ月で術前と比較してそれぞれ有意なCECDの減少を認めた.ECDの減少率を表4に示す.術式別での群間比較では術後C6カ月において水晶体再建術併用群とエクスプレス単独群全体および眼内レンズ挿入眼群との間に有意差を認めたが,病型別では術後経過中のCECD減少率に群間差を認めなかった.症例数の少ないCSG群を除いたCPOAG群とCXFG群とのECD減少率の比較でも有意な群間差は認められなかった.10%以上CECDが減少した症例はC16眼ありその要因検討を表5に示す.表1患者背景表2眼圧の推移年齢C66.1±13.9歳眼圧(mmHg)Cn性別(男性/女性)40/32眼術前C23.5±10.0C72C術前眼圧C23.5±10.0mmHg1CDC10.6±6.0*C70C術前点眼スコアC3.9±1.01CWC10.4±4.8*C69C観察期間C23.0±11.5月2CWC13.5±10.6*C47C眼手術歴1CMC12.4±6.4*C69CトラベクトームC152CMC11.9±3.7*C58C水晶体再建術C313CMC11.7±4.7*C61C術式6CMC12.5±5.2*C70C水晶体再建術併用C219CMC12.4±4.1*C41Cエクスプレス単独C5112CMC13.0±4.8*C63C有水晶体眼C2018CMC14.0±6.1*C47C眼内レンズ挿入眼C3124CMC12.9±3.9*C50C病型36CMC12.6±4.1*C23原発開放隅角緑内障C56D:day,W:week,M:month落屑緑内障C12n:眼数,mean±SD,続発緑内障C4*p<0C.05術前と比較(ステロイドC2眼,アトピーC1眼,新生血管C1眼)表3角膜内皮細胞密度の変化術前C6MC12MC18MC24MC36MC全体C2,488±387(72)C2,469±382(59)C2,503±402(59)C2,426±477(36)*C2,414±477(45)*C2,355±530(15)*水晶体再建術併用C2,720±233(21)C2,539±273(17)*C2,596±307(18)C2,587±277(13)*C2,606±256(16)*C2,550±239(6)エクスプレス単独C2,392±399(51)C2,440±418(42)C2,462±435(41)C2,334±544(23)C2,309±538(29)*C2,226±640(9)*有水晶体眼C2,593±210(20)C2,560±271(17)C2,634±240(18)C2,594±303(10)C2,556±244(14)C2,488±194(5)*眼内レンズ挿入眼C2,262±439(31)C2,332±468(25)C2,327±506(23)C2,134±612(13)C2,078±637(15)*C1,899±885(4)原発開放隅角緑内障C2,532±327(56)C2,521±265(46)C2,531±380(46)C2,447±454(29)*C2,459±454(39)*C2,354±550(14)*落屑緑内障C2,420±455(12)C2,389±575(9)C2,412±505(11)C2,323±706(5)*C2,044±675(4)2,381(1)続発緑内障C2,066±731(4)C2,046±768(4)C2,335±410(2)C2,366±336(2)C2,289±380(2)C.Cmean±SDcells/mm2(眼数),*p<0.05術前と比較表4角膜内皮細胞密度の減少率6MC12MC18MC24MC36MC全体C1.4±8.4(59)C2.1±11.0(59)C4.4±11.0(36)C6.0±13.8(45)C10.9±15.4(15)水晶体再建術併用C6.6±11.9(17)*†C4.7±10.5(18)C4.4±6.0(13)C5.2±10.0(16)C5.8±5.4(6)エクスプレス単独C.0.7±5.4(42)*C0.9±11.0(41)C4.4±13.1(23)C6.4±15.6(29)C14.2±19.2(9)有水晶体眼C1.1±3.6(17)C.0.9±3.9(18)C2.3±4.9(10)C1.3±5.3(14)C6.4±1.9(5)眼内レンズ挿入眼C.1.9±6.1(25)C†C2.3±14.3(23)C6.1±17.1(13)C11.3±20.3(15)C24.1±27.2(4)原発開放隅角緑内障C1.7±8.4(C46)C2.1±11.7(C46)C4.5±12.1(C29)C5.4±14.5(C39)C11.4±15.9(C14)落屑緑内障C0.2±9.7(9)C2.1±8.4(C11)C5.5±3.6(5)C12.8±6.3(4)3.6(1)続発緑内障C1.6±6.2(4)C1.9±0.6(2)C0.3±4.1(2)C3.8±1.5(2)C.CIII考察本研究において眼圧は術後C6カ月でC12.5C±5.2mmHg,12カ月でC13.0C±4.8mmHg,24カ月でC12.9C±3.9CmmHgで,CXVTstudyで報告された術後C6カ月でC13.8C±4.7mmHg,2mean±SD%(眼数),*†p<0.05群間比較年でC14.7C±4.6mmHgと同等と考えられる5).またエクスプレス挿入術の合併症の発症率は過去の報告では脈絡膜.離が0.42.9%2,10,13.16),浅前房がC6.5.42.9%5,10,13,14,16)で,本研究でも同程度であった.エクスプレス挿入術後のCECDの減少率は術後C1年でC2.2表510%以上減少した症例のロジスティック回帰分析項目オッズ比95%信頼区間p値年齢C0.997C0.934-1.065C0.9354病型(落屑緑内障/その他)C2.127C0.396-11.429C0.3792術前眼圧C0.991C0.911-1.077C0.8236術前点眼スコアC0.733C0.381-1.406C0.3500術前角膜内皮細胞密度C1.000C0.999-1.002C0.5666前房形成(あり/なし)C1.413C0.102-19.611C0.7967脈絡膜.離(あり/なし)C2.304C0.256-20.771C0.4570術式(単独/併用)C0.022C0.000-2.815C0.1233単独手術での有水晶体眼/眼内レンズ挿入眼C0.193C0.014-2.626C0.2167C.10.1%,術後C2年でC4.0.18.0%と報告されており9.11),本研究での術後C1年でC2.1%,2年でC6.0%の減少率は過去の報告と同程度であると考えられる.一方でCOmatsuらは,術後C2年の経過観察で線維柱帯切除術ではCECDの減少が認められたものの,エクスプレス挿入術では認めなかったと報告している12).線維柱帯切除術でも術後12カ月でC6.0.9.6%8,17),24カ月でC6.3.9.3%7,17)程度のCECDの減少が報告されており,必ずしもエクスプレス自体がCECDの減少に関与しているわけではないのかもしれない.ECD減少率の群間比較では,術式別比較で術後C6カ月において,水晶体再建術併用群と眼内レンズ挿入眼群との群間に有意差を認めたが,この結果は水晶体再建術の操作がCECD減少に影響を与えたものと予測される.10%以上CECDが減少した症例の要因解析において,病型別では宮本ら18)はエクスプレス挿入術で原発開放隅角緑内障眼と比べて落屑緑内障眼でよりCECDの減少を認めたと報告しているため,本研究でもCXEGとその他の病型に分けてCECDの減少要因を検討したが,病型はECD減少の要因として有意差は認められなかった.以上よりエクスプレス挿入術におけるCECD減少の要因を明らかにすることはできなかった.本研究の限界としてレトロスペクティブであること,線維柱帯切除術と比較しておらず,ECD減少がエクスプレス単体による影響によるものか,濾過手術自体が影響するのかが明らかではないこと,さらに隅角内でのエクスプレス先端の虹彩や角膜に対する角度や位置の定量化を行っていないことなどがあげられる.今後前眼部COCTを用いた画像解析を行うことでエクスプレス挿入位置とCECDの変化の新たな知見が得られるかもしれない19).以上,本研究の結果より,エクスプレス挿入術後にCECDの有意な減少が認められたため,今後長期的なCECDの観察を要する.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)MarisPJJr,IshidaK,NetlandPA:Comparisonoftrabec-ulectomyCwithCEx-PRESSCminiatureCglaucomaCdeviceCimplantedunderscleral.ap.JGlaucomaC16:14-19,C20072)WagschalCLD,CTropeCGE,CJinapriyaCDCetal:ProspectiveCrandomizedCstudyCcomparingCEx-PRESSCtoCtrabeculecto-my:1-yearresults.JGlaucomaC24:624-629,C20153)WangCW,CZhangX:Meta-analysisCofCrandomizedCcon-trolledtrialscomparingEX-PRESSimplantationwithtra-beculectomyCforCopen-angleCglaucoma.CPLoSCOneC9:Ce100578,C20144)WangCW,CZhouCM,CHuangCWCetal:Ex-PRESSCimplanta-tionCversusCtrabeculectomyCinCuncontrolledglaucoma:aCmeta-analysis.PLoSOneC8:e63591,C20135)NetlandCPA,CSarkisianCSRCJr,CMosterCMRCetal:RandomC-ized,Cprospective,CcomparativeCtrialCofCEX-PRESSCglauco-maC.ltrationCdeviceCversustrabeculectomy(XVTstudy)C.CAmJOphthalmolC157:433-440,Ce433,C20146)前田征宏,近藤奈津,大貫和徳:EX-PRESSCTMを用いた濾過手術の術後早期成績Trabeculectomyとの比較.あたらしい眼科29:1563-1567,C20127)HigashideT,NishinoT,SakaguchiKetal:DeterminantsofCcornealCendothelialCcellClossCafterCtrabeculectomyCwithCmitomycinC.JGlaucomaC28:61-67,C20198)ArnavielleS,LafontainePO,BidotSetal:Cornealendo-thelialcellchangesaftertrabeculectomyanddeepsclerec-tomy.JGlaucomaC16:324-328,C20079)AiharaCM,CKuwayamaCY,CMiyataCKCetal:Twelve-monthCe.cacyCandCsafetyCofCglaucomaC.ltrationCdeviceCforCsur-geryinpatientswithnormal-tensionglaucoma.JpnJOph-thalmolC63:402-409,C201910)IshidaCK,CMorotoCN,CMurataCKCetal:E.ectCofCglaucomaCimplantCsurgeryConCintraocularCpressureCreduction,C.areCcount,CanteriorCchamberCdepth,CandCcornealCendotheliumCinCprimaryCopen-angleCglaucoma.CJpnCJCOphthalmolC61:C334-346,C201711)ArimuraS,MiyakeS,IwasakiKetal:Randomisedclini-calCtrialCforCpostoperativeCcomplicat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