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硝子体手術のワンポイントアドバイス 208.糖尿病網膜症における網膜血管の石灰化(研究編)

2020年9月30日 水曜日

硝子体手術のワンポイントアドバイス●連載208208糖尿病網膜症における網膜血管の石灰化(研究編)池田恒彦大阪医科大学眼科●はじめに糖尿病患者における血管病変の特徴に血管の石灰化があり,とくに冠動脈での石灰化は生命予後に関連するため重要視されている.従来,血管の石灰化は動脈壁の変性・壊死過程で生じるものと考えられていたが,最近では血管壁細胞(おもに血管平滑筋細胞)が低酸素や炎症などによって形質転換をきたし,その結果として石灰化を生じることが報告され注目されている1).筆者らは,石灰化が原因と思われる網膜動脈の著明な白鞘化を硝子体手術後にきたした増殖糖尿病網膜症のC2例C3眼を経験し報告したことがある2).C●代表症例65歳,女性.右眼の増殖糖尿病網膜症による網膜前出血と牽引性網膜.離(図1)のため硝子体手術を施行したが,術後に網膜再.離をきたした.その際にそれまでは認めなかった網膜動脈の白鞘化を認めた(図2).再手術にてシリコーンオイルタンポナーデを施行し復位を得たが,術後も網膜動脈の白鞘化は残存していた(図3).術後の蛍光眼底造影検査では網膜血流は保たれており,血管からの漏出は認めなかった(図4).また,白鞘化は動脈のみで静脈には認めなかった.術後の光干渉断層計(OCT)では,白鞘化した網膜動脈は通常の網膜動脈よりも高輝度を呈していた(図5).C●網膜血管の石灰化を生じるメカニズム血管の石灰化部位では軟骨様組織の存在が確認されており,血管石灰化は骨形成ときわめて類似した病態を呈していることが示唆されている3).基礎実験においても酸化ストレスや炎症,低酸素などの変化が血管の石灰化に関与することが報告されている4).眼科領域では,慢性腎症において網膜動脈に石灰化をきたした報告はあるが,今回の症例はその所見に酷似しており,OCTで高輝度を呈していたことからも,網膜再.離による低酸素や炎症によって誘発された網膜動脈の石灰化である可能性が高いと考えられる.(87)C0910-1810/20/\100/頁/JCOPY図1術前の右眼眼底写真右眼は下方血管アーケード周囲に網膜前出血を認めるが,血管の白鞘化は認めない.(文献C2より引用)図2再.離時の右眼眼底写真境界明瞭で断続的に網膜動脈の白鞘化を認める().網膜静脈には明らかな異常を認めない.(文献C2より引用)図3再手術後の右眼眼底写真シリコーンオイル下での写真.術後半年以上経過しているが網膜血管の白鞘化は残存している().(文献C2より引用)図4再手術後の右眼フルオレセイン蛍光眼底造影写真網膜白鞘化部位の血流は保たれている().(文献C2より引用)図5再手術後の右眼OCT血管壁の反射亢進とCacousticshadowの増強を認める().(文献C2より引用)文献1)GiachelliCM:Ectopiccalci.cation:gatheringChardCfactsCaboutCsoftCtissueCmineralization.CAmJCPatholC154:671-675,19992)NishikawaCY,CMorishitaCS,CNakamuraCKCetal:TwoCcasesCofCproliferativeCdiabeticCretinopathyCwithCmarkedCsheath-ingCofCtheCretinalCarteriesCfollowingCvitrectomy.CCaseCRepCOphthalmol8:40-48,C20173)DemerLL,TintutY:Mineralexploration;searchforthemechanismCofCvascularCcalci.cationCandbeyond:TheC2003Je.reyM.HoegAwardlecture.CArteriosclerThrombVascBiolC23:1739-1743,C20034)SenguptaCS,CParkCSH,CPatelCACetal:HypoxiaCandCaminoCacidCsupplementationCsynergisticallyCpromoteCtheCosteo-genesisofhumanmesenchymalstemcellsonsilkproteinsca.olds.TissueEngPartA16:3623-3634,C2010あたらしい眼科Vol.37,No.9,2020C1127

抗VEGF治療:遺伝子多型を用いた黄斑疾患の予後予測

2020年9月30日 水曜日

●連載監修=安川力髙橋寛二79.遺伝子多型を用いた黄斑疾患の細田祥勝京都大学大学院医学研究科眼科学教室予後予測山城健児大津赤十字病院眼科ゲノムワイド関連解析(GWAS)の登場により,遺伝子多型と疾患の関連を網羅的に検討することが可能となり,数多くの遺伝子多型と眼疾患との関連が報告されている.近年では,遺伝子多型が疾患発症のみならず,その予後や治療反応性に関連することが報告されており,実臨床への応用が期待されている.本稿では遺伝子多型を用いた滲出型加齢黄斑変性および中心性漿液性脈絡網膜症の予後予測について概説する.加齢黄斑変性の遺伝的背景加齢黄斑変性(age-relatedCmaculardegeneration:AMD)は欧米先進諸国における失明原因の第C1位であり,遺伝子研究も古くから行われてきた.2016年には1万人以上の大規模なゲノムワイド関連解析(genomeCwideCassociationstudy:GWAS)により,34ものAMD関連遺伝子が報告された.AMD発症の関連遺伝子としてもっとも広く知られているのはCCFHとARMS2であり,人種を問わずCAMD発症に強く関連することが報告されている.加齢黄斑変性の予後に関連する遺伝子滲出型(wet)AMDに伴う脈絡膜新生血管(choroidalneovascularization:CNV)の治療は,抗CVEGF薬が第一選択としてあげられる.WetAMDに対する抗VEGF療法の効果と遺伝子多型の関連についての日本からの前向き研究では,ARMS2Crs10490924Tアレルが,ラニビズマブ追加治療のリスクとなることが示唆された1).別の日本からの報告では,KCNMA1,PLXNC1,EXOC5,ZPLD1の四つの遺伝子領域におけるリスク変異の数がラニビズマブ治療後の視力に関連するという結果であり2),欧州からの報告では,CCT3遺伝子が治療後視力に関連しているという結果であった3).また,片眼性CAMD患者の僚眼にCCNVを発症するリスクを研究した報告では,ARMS2およびCCFHがCCNV発生のリスクとなることが報告されている4).上記の報告より,CFHおよびCARMS2はCAMDの発症のみならず,AMD患者の予後を決める因子として重要である可能性はある.しかしながらCAMD患者の予後に関連する遺伝子については未だ確立されたものはないのが現状であり,今後,表1に示した遺伝子の一塩基多型(singlenucleotidepolymorphism:SNP)の再現性の確認を含め,さらなる研究が必要である.中心性漿液性脈絡網膜症の遺伝的背景中心性漿液性脈絡網膜症(centralCserousCchorioreti-nopathy:CSC)は,30~50歳の男性に好発する疾患で表1AMDの予後に関連する遺伝子ARMS2Crs10490924CT・AMD発症のリスク上昇・ラニビズマブ追加治療を必要とするリスク上昇・片眼性CAMD患者で,僚眼にCCNV発症のリスク上昇CFHCrs800292CG・AMD発症のリスク上昇・片眼性CAMD患者で,僚眼にCCNV発症のリスク上昇CCT3Crs12138564CT・AMD患者で治療後視力を改善させるKCNMA1Crs76150532CAC・左記のリスクアレルの数が多いほど,ラニビズマブ治療PLXNC1Crs17296444CTC後の視力が低いEXOC5Crs75165563CCCZPLD1Crs17822656CC(85)あたらしい眼科Vol.37,No.9,2020C11250910-1810/20/\100/頁/JCOPY表2CSCの予後に関連する遺伝子CFHCrs800292CA・CSC発症のリスクCG・CSC発症を抑制・CSC患者におけるCCNV発症のリスク・漿液性網膜.離遷延のリスクCARMS2Crs10490924CT・CSC患者におけるCCNV発症のリスクあり,黄斑部の漿液性網膜.離を特徴とする.自然寛解することが多いとされているが,近年のCCSCの長期予後に関する報告では,平均C10年間の経過により慢性CSC患者のC12.8%が社会的失明(両眼とも矯正視力C0.1以下)したと報告された.CSCに続発するCCNVは視機能障害の重要な原因であり,この報告ではC24%の患者に経過中のCCNV発症を認めている5).AMDと比較して,CSC発症に関連する遺伝子の報告は非常に少ない.2015年にCCFH領域におけるCAMDのリスク遺伝子多型がCCSC発症のリスクを減らすことが報告され,その後多くの研究で同様の結果が確認されている.またCGWASにより,SLC7A5,TNFRSF10A,GATA5近傍の遺伝子領域がCCSC発症に関与していることが報告されている.中心性漿液性脈絡網膜症の予後に関連する遺伝子CSCは長期的に失明につながる重要な疾患であるが,その予後と遺伝子の関係について研究した論文は少ない.CSCの予後に関連する重要な因子として,上記で述べたCCNVがあげられるが,近年,AMDのリスク遺伝子多型であるCCFHrs800292のCGアレルとCARMS2rs10490924のCTアレルが,CSCにおけるCCNV発症に寄与しているということが報告された6).また,CFHrs800292のCGアレルは,CSCにおける漿液性網膜.離遷延にも関連していることが報告された.つまりCCFHrs800292のCAアレルはCCSC発症のリスクとなるものの,CSC患者においてCAアレルは患者の予後を良好にするという結果であった.CFHとCARMS2の二つの遺伝子は,CSC患者の予後を規定する重要な因子であると考えられるが,現時点ではCCSCの臨床経過と遺伝子型の関連はほとんど研究されていない.今後はCCSCの臨床経過を前向きに検討することにより,予後関連遺伝子を解明することが期待される.文献1)YamashiroK,MoriK,HondaSetal:Aprospectivemul-ticenterstudyongenomewideassociationstoranibizum-abCtreatmentCoutcomeCforCage-relatedCmacularCdegenera-tion.SciRepC7:9196,C20172)AkiyamaCM,CTakahashiCA,CMomozawaCYCetal:Genome-wideCassociationCstudyCsuggestsCfourCvariantsCin.uencingCoutcomesCwithCranibizumabCtherapyCinCexudativeCage-relatedCmacularCdegeneration.CJCHumCGenetC63:1083-1091,C20183)Lores-MottaCL,CRiazCM,CGruninCMCetal:AssociationCofCgeneticvariantswithresponsetoanti-vascularendothelialgrowthCfactorCtherapyCinCage-relatedCmacularCdegenera-tion.JAMAOphthalmolC136:875-884,C20184)MiyakeCM,CYamashiroCK,CTamuraCHCetal:TheCcontribu-tionCofCgeneticCarchitectureCtoCtheC10-yearCincidenceCofCage-relatedmaculardegenerationinthefelloweye.InvestOphthalmolCVisSciC56:5353-5361,C20155)MrejenCS,CBalaratnasingamCC,CKadenCTRCetal:Long-termvisualoutcomesandcausesofvisionlossinchroniccentralCserousCchorioretinopathy.COphthalmologyC126:C576-588,C20196)HosodaCY,CYamashiroCK,CMiyakeCMCetal:PredictiveCgenesCforCtheCprognosisCofCcentralCserousCchorioretinopa-thy.OphthalmolRetinC3:985-992,C2019☆☆☆1126あたらしい眼科Vol.37,No.9,2020(86)

緑内障:流出路手術

2020年9月30日 水曜日

●連載243監修=山本哲也福地健郎243.流出路手術井上俊洋熊本大学大学院生命科学研究部眼科学講座流出路手術は生理的な房水流出を促進する手術であり,濾過手術と比較して重篤な合併症のリスクが低い.加えて,近年の新しい術式群は,短時間,小侵襲であることも利点である.一方で,対象が限られること,効果がやや劣ることが欠点である.新しい術式間の成績比較は十分ではなく,さらなるエビデンスの蓄積が望まれる.●はじめに流出路手術は生理的な房水流出を促進することで眼圧下降を図る手術であり,レーザー手術と観血的手術に大きく分けられる.ここでは誌面の都合から,後者のみを取りあげる.観血的手術は,生理的な房水流出路に見切りをつけて新たな人工的流出路を作製する濾過手術と比較して,重篤な合併症のリスクが低いことが大きな利点である.これに加えて,近年のCMIGS(minimallyinva-siveCglaucomasurgery)とよばれる術式群では,短時間で終了し,結膜への影響が最小限であることも利点として数えられる.一方で,対象の病型が限られること,眼圧下降効果が濾過手術と比較して劣ることが欠点である.各術式の詳細は成書を参照していただくとして,本稿では各術式の特徴と使い分けに焦点を合わせて検討した.C●古典的流出路手術古典的な流出路手術として,線維柱帯切開術眼外法,隅角癒着解離術,隅角切開術があげられる.線維柱帯切開術眼外法は角膜の透明性にかかわらず実施できることが利点で,とくに原発先天緑内障に対しては著効し,第一選択となる場合が多い術式である.一方,結膜・強膜に大きな瘢痕を残すため,事後の濾過手術には障害となりうることが欠点である(図1).また,術中のCSchC-lemm管同定にはある程度の経験を要する.近年,同等の効果を有する眼内法が普及したことで,隅角の視認性が良好な症例に対して行う機会は激減した.ほとんどの流出路手術が開放隅角緑内障に対して線維柱帯とCSchlemm管内皮の流出抵抗を減じることを奏効機序としているのに対し,隅角癒着解離術は虹彩前癒着を解除することで線維柱帯以前の流出抵抗を減じることを目的とし,閉塞隅角緑内障を対象とする点が異なっている.隅角鏡を用いて行うことが一般的だが,内視鏡を用いた方法も報告されている1).この方法の利点は,角(83)C0910-1810/20/\100/頁/JCOPY図1線維柱帯切開術眼外法金属製のトラベクロトームをCSchlemm管に挿入し,回転させることで切開する.膜混濁が障害とならないうえに,隅角鏡を用いるより広い範囲の癒着を解除できることである.隅角切開術はもともとわが国での件数は少なかったが,上位互換の線維柱帯切開術眼内法の普及によってほぼ行われる機会がなくなったと思われる.C●新しい流出路手術新しい流出路手術は白内障手術併用眼内ドレーンと,線維柱帯切開術眼内法に大別できる.Canaloplastyやスーチャートラベクロトミー眼外法など,これらに属しない術式もあるが,わが国における近年の件数は多くないと推測されるため割愛する.眼内ドレーンはCiStentとよばれる全長C1Cmmのチタン製インプラントによって前房とCSchlemm管を交通させる術式である(図2).使用基準がC2020年に改定され,適応が広がった2).また,新しい形状のCiStentinjectが2019年C10月に承認されており(実際に導入されるのはCiStentCinjectWの予定.図3),今後術式選択が変化すあたらしい眼科Vol.37,No.9,2020C1123図2白内障手術併用眼内ドレーン挿入術中空のCiStentをCSchlemm管に刺入し,房水流出抵抗を減弱させる.図4KahookDualBladeによる線維柱帯切開術眼内法る可能性がある.線維柱帯切開術眼内法は,トラベクトーム,ナイロン糸,KahookDualBlade(KDB,図4),マイクロフックなどを用いる方法があり,いずれも角膜サイドポートから施行でき,侵襲が少ない一方で,隅角鏡における視認性が必要である.このなかでナイロン糸を用いる方法は技術的にややむずかしいが,360°切開可能な点が他の方法と異なる.C●流出路手術の使い分け古典的流出路手術のなかでの使い分けや,古典的か新しい流出路手術かの使い分けは,前述の特徴によってむずかしくない.一方で,多くの選択肢がある新しい流出路手術のなかでの使い分けは,厳密にはむずかしい.iStentは線維柱帯・Schlemm管内皮の抵抗を減弱できる範囲が狭い一方で安全性は高いので,最新の使用基準に従う症例には良い適応であろう.これに当てはまらなC1124あたらしい眼科Vol.37,No.9,2020図3新しいインプラントiStentinjectWの外観2個挿入が基本となる.(Glaukos社より許可を得て転載)い症例でどの手技を適用するかは,効果の面から判断するにはエビデンスがとぼしい.シングルユースのCKDBやトラベクトーム(販売中止)はナイロン糸より格段に高価であるし,再滅菌して使用可能なマイクロフックと比較すると高くつくので,選ぶ場合は面状に線維柱帯を除去できることに利点を見出すかどうかであろう.切開範囲と眼圧下降効果の関係はヒト摘出眼を用いた実験で検証されており,25CmmHgで灌流したときの房水流出抵抗変化は,360°切開に比してC30°切開でC41%,120°切開でC79%と見積もられている3).理論上,広範囲に切開することによって,より多くの集合管を開放したほうが眼圧下降効果は高くなるが,実臨床上の差については報告によって異なり,エビデンスレベルの高いデータはまだない.C●おわりに流出路手術の新しい術式は広く普及している.従来の術式と比較して利点は多くあるが,客観的にデータを確認すると,術式間の比較が十分ではないことがわかる.適応を正しく判断するために,さらなるエビデンスの蓄積が望まれる.文献1)MaedaCM,CWatanabeCM,CIchikawaK:GoniosynechialysisCusingCanCophthalmicCendoscopeCandCcataractCsurgeryCforCprimaryCangle-closureCglaucoma.CJCGlaucomaC23:174-178,C20142)白内障手術併用眼内ドレーン会議:白内障手術併用眼内ドレーン使用要件等基準(第C2版).日眼会誌C124:441-443,C20203)RosenquistR,EpsteinD,MelamedSetal:Out.owresis-tanceofenucleatedhumaneyesattwodi.erentperfusionpressuresCandCdi.erentCextentsCofCtrabeculotomy.CCurrCEyeResC8:1233-1240(84)

屈折矯正手術:円錐角膜診断におけるPlacido型角膜形状解析装置の役割

2020年9月30日 水曜日

●連載244244.円錐角膜診断におけるPlacido型角膜形状解析装置の役割監修=木下茂大橋裕一坪田一男糸井素啓京都府立医科大学大学院医学研究科視覚機能再生外科学Placido型角膜形状解析装置は,今もなお,円錐角膜のスクリーニング検査機器としての役割が期待できる.角膜前面に形状変化を有する症例を見逃さないために,円錐角膜診断補助プログラムに頼りきらず,元データとなるCMeyerringの配列に注意を払い,適切なスケールでカラーマップを読むことがポイントである.●はじめに1880年代にCPlacidoが同心円像を角膜に投影し,その反射像から角膜形状を観察する装置を発明した1).この装置は,発明者の名前からCPlacido角膜計とよばれ,角膜全体の形状を測定する機器の基礎となった.その後,角膜反射像を写真に記録するフォトケラトスコープ,角膜反射像をコンピューター解析するビデオケラトスコープが登場し,Placido型角膜形状解析装置として現在に至るまで使用されている.近年は技術の進歩により,スリットスキャン型やCScheimp.ug型角膜形状解析,前眼部光干渉断層計といったさまざまな角膜形状解析装置が出現している.しかし,もっとも多く普及しているのは今でもCPlacido型角膜形状解析装置ではないだろうか.本稿ではCPlacido型角膜形状解析装置について,その原理と機能,および現在の円錐角膜診断で担う役割について解説する.C●Placido型角膜形状解析装置の原理と機能Placido型角膜形状解析装置は,同心円像を角膜に投影し,得られた反射像から角膜形状を観察する.この同心円像はCMeyerringとよばれ,リングの歪み・間隔から角膜形状を類推できる(図1A).また,機種によって詳細は異なるが,Meyerring上には放射状に測定点が設けられており,その測定結果から平均角膜曲率が算出され,スケールに基づいてカラーマップが作成される(図1B).一部の機種では,角膜の不整性を示す形状指数や,円錐角膜の診断補助プログラム(図1C),角膜不正乱視を定量化するCFourier解析,Meyerringの経時的な変化を利用した涙液安定性を評価するシステムを備えている.C●円錐角膜診断とPlacido型角膜形状解析装置の役割円錐角膜は,角膜実質の菲薄化と角膜の前方突出をき(81)C0910-1810/20/\100/頁/JCOPY図1円錐角膜眼のTMS.4撮影結果A:角膜中央下方にCMeyerRingが収束し,間隔の狭小化がみられる.CB:カラーマップでは,突出部位に一致して高屈折域を意味する暖色系を示す.CC:円錐角膜診断補助プログラムであるCKlyce/MaedaおよびCSmolek/Klyceによる解析結果.いずれも赤・黄色・緑に色分けされており,それぞれ,異常・注意・正常を示す.たし,角膜不正乱視を生じる進行性の疾患で,診断は古くから細隙灯顕微鏡検査に基づいて行われてきた.その後,角膜形状解析装置の出現により,角膜形状を画像化し定性的に解析することで,従来では困難であった円錐角膜の診断と重症度分類2)(図2)が可能となった.また,技術の進歩に伴い角膜形状の定量化が可能となり,円錐角膜に特徴的な形状変化をとらえることで,診断に活用する試みが行われてきた.現在,円錐角膜の診断に有効とされる角膜形状解析装置由来の指数についてはさまざまな報告があり,それらは大きく,角膜前面形状・角膜後面形状・角膜厚(上皮厚も含む),生態力学特性,角膜高次収差に分類される3).Placido型角膜形状解析装置は非常に精緻な角膜前面データを得られるという長所をもつ一方で,一部機種を除き,角膜後面形状・角膜厚・生態力学特性,角膜高次収差といった情報が一切得られないという短所をもつ.現在,円錐角膜の診断は,角膜前面ないし後面の突あたらしい眼科Vol.37,No.9,2020C1121図3軽度円錐角膜眼のTMS.4撮影結果円錐角膜診断補助プログラムであるCKlyce/Maeda法ではC0.0%,Smolek/Klyce法ではC21.0%と低値を示している(右).しかし,カラーマップでは高屈折域を意味する暖色系が歪んだC8の字を描いており(左下),円錐角膜を疑う必要がある.軽度中等度重度角膜耳下側の急峻化と,これに起因するリン中央の所見に加え,周辺角膜にも急峻化中央の急峻化が著しいため周辺にリンググの歪みを認める.周辺には変化を認めない.を認める.を認めない.図2円錐角膜の重症度分類出,および角膜の菲薄化というC3要素からなる4)と考えられており,角膜前面形状のみを評価可能なCPlacido型角膜形状解析装置だけでは診断に苦慮する症例も存在する.そのため,円錐角膜の診断という観点からは,角膜前面に加えて角膜後面や角膜厚を評価可能な他機種に比較して力不足といわざるをえない.しかし,角膜前面形状に関する情報量は非常に多く,スクリーニングに関してはCPlacido型角膜形状解析装置は今もなお主力といえる.円錐角膜の見逃しを防ぐために大切なのは,円錐角膜診断補助プログラムに頼りきらず,オリジナルデータに注意を払うことである.元データとなるCMeyerringの配列に注意を払い,カラーマップをしっかり読めば,角膜前面に形状変化を有する症例を見逃すことはほとんどない(図3).スケールのステップ・カラー分布を変更すC1122あたらしい眼科Vol.37,No.9,2020ると,マップが与える印象は大きく異なってしまう.ぶれることのない診断のためには,常に同じスケール設定の画像を読むことも大切である.円錐角膜診断補助プログラムは非常に有用だが,あくまでも診断の補助であり,最終判断を下すのは医師であることを忘れてはいけない.また,必要に応じて,他の角膜形状解析装置を併用するという判断も必要となる.C●おわりにPlacido型角膜形状解析装置は,一部機種を除いて角膜前面の解析のみ可能であり,角膜後面形状・角膜厚・生態力学特性,角膜高次収差といった情報は得られない.そのため,現在の円錐角膜診断基準に照らすと,Placido型角膜形状解析装置のみでは診断に苦慮する症例が存在する.しかし,角膜前面形状に関する情報量はもっとも多く,注意深く使用することで,十分にスクリーニング検査機器としての役割が期待できる.Placi-do型角膜形状解析装置は,その長所・短所を理解し,他の角膜形状解析装置と併用することで,今後も円錐角膜スクリーニング検査の基本となることが推測される.文献1)PlacidoA:NovoCinstrumentoCperCanalyseCimmediateCdasCirregularitadesdecurvaturadacornea.PeriodicoOftalmolPracticaC6:44-49,C18802)前田直之,岩崎直樹,細谷比左志ほか:円錐角膜の角膜形状分類と臨床所見.臨眼45:1737-1741,C19913)MasiwaCLE,CMoodleyV:ACreviewCofCcornealCimagingCmethodsCforCtheCearlyCdiagnosisCofCpre-clinicalCkeratoco-nus.CJOptom.CaheadCofCprint.doi:10.1016/j.optom.2019.C11.0014)GomesJA,TanD,RapuanoCJetal:GlobalconsensusonkeratoconusCandCectaticCdiseases.CCorneaC34:359-369,C2015(82)

眼内レンズ:前眼部OCTによる水晶体の評価

2020年9月30日 水曜日

眼内レンズセミナー監修/大鹿哲郎・佐々木洋森悠大406.前眼部OCTによる水晶体の評価筑波大学医学医療系眼科前眼部光干渉断層計(OCT)で撮影した白内障症例(核混濁,皮質混濁,後.下混濁,成熟白内障,後極白内障)および水晶体異物の症例を提示する.前眼部COCTを用いることで水晶体の状態を客観的にとらえることが可能であり,とくに高度の散瞳不良例や,水晶体異物での後.評価に有用と考えられる.●はじめに光干渉断層計(opticalCcoherencetomography:OCT)は組織断層像を容易かつ非侵襲的に取得できる技術で,現在の眼科診療には欠かせない機器の一つとなっている.従来は眼底撮影用が一般的であったが,最近は前眼部COCTも保険収載され,角膜,前房,隅角の評価に用いることが一般的になりつつある.さらに最近では,水晶体全体の観察まで可能となった高侵達前眼部OCTも臨床使用可能となっている.今回は,前眼部OCTによる白内障所見,臨床的に有用と考えられた症例について提示する.C●正常眼,眼内レンズ挿入眼正常有水晶体眼,眼内レンズ挿入眼について前眼部OCTで撮影した断層像を図1に示す.有水晶体眼では角膜から水晶体後.まで明瞭に描出されており,水晶体は中心がやや低輝度となる(図1a).眼内レンズは内部が低輝度,輪郭がやや高輝度に描出される(図1b).C●核混濁,皮質混濁,後.下混濁白内障の代表的な病型について,前眼部COCTで撮影した水晶体断層像を図2に示す.核混濁はCEmery-Little分類でCGrade2程度までの症図1正常眼,眼内レンズ挿入眼の前眼部OCT所見a:正常有水晶体眼.水晶体は中心がやや低輝度に描出される.Cb:眼内レンズ挿入眼.眼内レンズは内部低輝度,輪郭がやや高輝度に描出される.例では水晶体核が低輝度に観察されるが(図2a),混濁が強くなるほど水晶体核が高輝度に観察される(図2b).皮質混濁は線状の高輝度領域として観察される(図2c).強い皮質混濁では後方に陰影を生じる.後.下混濁は後.のラインが正常より高輝度に描出される(図2d).C●成熟白内障,後極白内障成熟白内障では,ある程度の内部構造は判別できるものの,後.までは撮影不可能である(図3a,b).Dhamiらは白色成熟白内障において,前眼部COCTで前.下に下液腔を認める症例で,前.切開前の穿刺吸引が有効であったことを報告している1).後極白内障は術中の後.破損をきたしやすい病型であり,術前評価と手術計画が重要となるが,前眼部COCTでは後.に接した高輝度領域が観察される(図3c,d).図2白内障の前眼部OCT所見a:Emery-Little分類CGrade2程度の軽度核混濁.核は低輝度に映る.b:Emery-Little分類CGrade4程度の核混濁.核はやや高輝度に映る.Cc:皮質混濁.線状の高輝度領域として観察される.d:後.下混濁.後.のラインが高輝度に映る.(79)あたらしい眼科Vol.37,No.9,2020C11190910-1810/20/\100/頁/JCOPY図3成熟白内障,後極白内障の細隙灯顕微鏡および前眼部OCT所見a:外傷性成熟白内障の症例.Cb:aの前眼部COCT所見.内部構造はある程度描出されるが,後.までは描出不可.Cc:後極白内障の症例.Cd:cの前眼部COCT所見.後.に接した高輝度領域を認める.C●その他臨床上有用と思われる場面前眼部COCTが臨床上有用と思われたC2症例を報告する.図4aは原因不明の縮瞳を呈していた症例であるが,散瞳薬への反応も非常に悪く,後.までは観察困難であった.図4bはこの症例の前眼部COCT所見であるが,このような散瞳不良例でも後.まで明瞭に観察可能だった.図4cは針金状の異物が角膜を穿孔し水晶体に突き刺さった症例だが,前眼部COCTで撮影すると異物の深達度,後.の状態が客観的に判断できる(図4d).ただし,異物の後方は陰影を生じるため明瞭には観察できない場合もあり,成熟白内障に至っている症例では観察困難になる.C●考察これまで水晶体を客観的に評価する方法としては図4散瞳不良,水晶体異物の前眼部OCT所見a:原因不明の縮瞳を認める症例.水晶体の状態はほとんど観察できない.Cb:aの前眼部COCT所見.後.まで観察可能である.Cc:水晶体異物の症例.針金状の異物が角膜を貫通し水晶体に刺さっている.d:cの前眼部COCT所見.高輝度の異物を認め,後.までは達していないことがわかる.Pentacam(OCULUS社)などのCScheimp.ugカメラがあったが,水晶体後面までは撮影できない症例も多く,とくに散瞳不良例では観察困難だった.また,異物や高度の皮質混濁では強いハレーションを生じるという欠点もあった.前眼部COCTでは成熟白内障を除くほとんどの例で水晶体後面まで観察が可能であり,図4で提示したように散瞳が非常に悪い症例でも水晶体断面の観察が可能であった.また,水晶体異物でもハレーションは生じず,周囲の状態を明瞭に観察できた.前眼部COCTにより水晶体の状態を客観的に評価することが可能であり,とくに散瞳不良例や水晶体異物での後.評価で有用と考えられる.文献1)DhamiA,DhamiAS,SinghHetal:Roleofanteriorseg-mentopticalcoherencetomographyforsafermanagementofCmatureCwhiteCcataracts.CJCCataractCRefractCSurgC45:C480-484,C2019C

コンタクトレンズ:ハードコンタクトレンズ処方のための基礎知識 HCL処方-サイズの決定

2020年9月30日 水曜日

・・提供コンタクトレンズセミナー今だからハードコンタクトを見直すハードコンタクトレンズ処方のための基礎知識小玉裕司4.HCL処方―サイズの決定■はじめにハードコンタクトレンズ(HCL)の処方において,最初に考えなくてはならないのはレンズサイズの決定である.もちろん,ベースカーブ(basecurve:BC)はHCL処方において重要な要素ではあるが,レンズサイズによってもBCは変更を余儀なくされるので,まずはいかにレンズサイズを決定するかについて解説する.■基本的なレンズサイズの決定法表1に示したのは40年ほど前のレンズサイズを決める考え方である.当時のレンズサイズの平均値は8.5mm程度であった.しかし,日本人の角膜曲率半径は次第に大きくなっているといわれており,現在のレンズサイズの平均値は9.0mm程度になっている.角膜径も少し大きくなっているのかもしれない.サイズ8.8mmのHCLを装着させて,周辺がぼやけて見えると訴える場合がある.このような場合は瞳孔径を確認する.瞳孔径が大きい症例では,レンズサイズを9.0mmや9.2mmなど大きいものに変更する.眼球突出度については,あまり計測することはないが,実際にテストレンズを装用させてみて,おかしいようであれば計測して参考にする.■瞼裂幅や眼瞼形状の影響表1にもあるように眼瞼形状や瞼裂幅も考慮しなければならない.図1aのように上眼瞼が張り出していたり,図1bのように下三白眼では,レンズが下方に押し下げられて下方固着を起こし,異物感の原因になるので,BCをややフラットにしてレンズサイズを大きくする.また,図1cのように下眼瞼が張り出していたり,図1dのように瞼裂幅が狭い場合は,レンズの装脱がむずかし表1レンズサイズ選択の指標直径9.0mm前後8.5mm前後8.0mm前後角膜曲率半径8.00mm以上12mm以上6.0mm以上10mm以上16mm以上7.70mm前後11.5mm前後4.0.5.0mm前後7.8mm前後14mm前後7.30mm以下11.0mm以下3.0mm以下6.0mm以下12mm以下角膜径瞳孔径瞼裂幅眼球突出小玉眼科医院いことがあり,レンズサイズを小さくするとよい.■角膜周辺部の扁平化の影響中心曲率半径から1.5ジオプトリー以内の範囲は球面部とみなし,cornealcap(CC)とよぶ.周辺部の扁平化が大きいとCCは狭くなり,扁平化が小さいと広くなる.極端に扁平化が小さい場合,ラウンドコルネアとよぶ.角膜周辺部の扁平化がレンズ下の涙液交換に大きな役割を果たしており,涙液交換の観点からいっても,周辺部扁平化が大きな角膜にはサイズが小さなものでよく,周辺部扁平化が小さな角膜にはサイズが大きなものが必要である.筆者らの研究においても,角膜扁平化を示すQ値が平均値より大きくはずれた場合,サンコンタクトレンズのカスタムメイドで作製したレンズよりも,Q値を利用したHCLサイズで製作したレンズのほうが,装用感・フィッティングという観点からよいという結果が出ている1).■強度乱視眼・不正乱視眼への対応角膜乱視眼は乱視が及ぶ範囲によって三つのタイプにabcd図1眼瞼形状の模式図a:上眼瞼張り出し.b:下三白眼.c:下眼瞼張り出し.d:狭小な瞼裂.(77)あたらしい眼科Vol.37,No.9,202011170910-1810/20/\100/頁/JCOPY図2中央部型へのラージサイズHCL処方周辺部の乱視のない部分までレンズサイズを大きくして処方する.図4角膜移植術後眼へのHCL処方この症例ではサイズ11.0mmのレンズが有効であった.分類できることを本セミナーの2回目に解説した.中央部にのみ乱視が局在している場合は中央部型とよび,乱視の及んでいない範囲までレンズサイズを大きくすればフィッティングもよく装用感もよくなる(図2).また,倒乱視ではレンズの動きが不安定になることが多く,そういう場合もレンズサイズを大きくすることで解決できることが多い.角膜外傷術後や角膜移植術後や強度円錐角膜におい図3角膜外傷術後眼へのHCL処方10mm以上のサイズのレンズを処方することもある.図5強度円錐角膜眼へのHCL処方サイズ10.0mmのレンズでレンズが安定し,1.0pの視力を出すことができた.て,レンズの動きが不安定で良好な装用感や視力が得られない場合も,レンズサイズを大きくすることで解決できることがある(図3~5).文献1)小玉裕司,稲葉昌丸,濱田恒一ほか:カスタムメイドシステム・ソフトウェア改良のための試み第一報-Q値を利用したハードコンタクトレンズサイズ.日コレ誌42:86-89,2000

写真:Acute Lacrimal Gland Ductulitis

2020年9月30日 水曜日

写真セミナー監修/島﨑潤横井則彦436.AcuteLacrimalGlandDuctulitis柏井瑛美福岡秀記京都府立医科大学大学院医学研究科視覚機能再生外科学図2図1のシェーマ①:耳側結膜の充血→:迷入した睫毛図1初診時の左眼前眼部写真と外眼角部写真耳側結膜に強い充血を認める.外眼角部の涙腺開口部に睫毛の迷入を認める(→).図3睫毛の抜去マイクロ鑷子を用いて迷入した睫毛を抜去した.除去後,同部位から膿性の分泌物を認めた.図4処置1週間後の左眼前眼部写真と外眼角部写真結膜充血は改善し,症状も消失している.(75)あたらしい眼科Vol.37,No.9,202011150910-1810/20/\100/頁/JCOPY症例は75歳の女性.3日前からの左眼の疼痛と充血を主訴に前医を受診し,左眼の外眼角部の異物を認め当院へ紹介となった.当院初診時,左眼外眼角部の涙腺導管開口部と考えられる部位への脱落した睫毛の迷入と,耳側に強い結膜充血を認めた.涙腺導管開口部のフルオレセイン染色では,迷入した睫毛の隙間から涙液の産生流出を認めており,開口部は不完全閉塞の状態と判断した.マイクロ鑷子を用いて涙腺導管開口部に嵌頓した睫毛を抜去したところ,開口部から多量の膿性の分泌物が排出された.可能なかぎり鑷子を用いて排膿後処置を終了した.レボフロキサシン1.5%点眼4回を処方した.その後症状は改善し,炎症が落ち着いた時点で点眼を休薬し,6カ月後も再発を認めていない.2019年にLeeらは,lacrimalglandductulitisの24症例に涙腺導管切開掻把術を施行し,その長期成績を報告した.24例中10例で涙腺導管内の睫毛の迷入を複数認めており,切開掻把後1年を経過しても23例では再発なく軽快した1).既報のような睫毛の迷入による慢性経過でのlacrimalglandductulitisや肉芽形成は報告があり,しばしば遭遇していると考えられる1.3).本症例では涙腺の開口部から睫毛が迷入しており,涙液の分泌流出が著しく妨げられ停滞したことで,涙腺導管の急性細菌感染を生じたと考えられる.筆者らはほかにも数例,涙腺の導管に睫毛が迷入し炎症をきたしている症例を経験しているが,いずれも外眼角部の開口部に睫毛が迷入しているケースであった.涙腺組織内の神経線維が,分泌物の産生を行う腺房細胞や腺房をとり囲む筋上皮細胞を興奮させ収縮することで,涙液分泌を促進することが知られている.外眼角部への導管内に何らかの原因により陰圧が生じたことで,睫毛が迷入したのではないかと考えられる.涙腺の開口部付近の発赤や疼痛を伴う疾患としては,涙腺炎や涙腺.腫,麦粒腫,化膿性霰粒腫などが考えられるが,本症例では眼瞼の腫脹などは伴っておらず,いずれも否定的だったため,MRI検査などは施行していない.慢性結膜炎と診断され点眼加療でも改善しないものの一部に,lacrimalglandductulitisが原因となるものがある.こういった症例では,切開掻把し肉芽や結石を除去することで早期の改善を期待することができる.慢性経過や再発する涙腺導管炎の症例においては,積極的に手術加療を計画するべきであると考えられる.本症例のように急性感染を認めた場合には,観血的手術ではなく,迷入した睫毛の抜去および排膿のみで,再発なく軽快する症例も存在する.文献1)AnJ,LeeK:Long-termoutcomeofincisionandcuret-tagetreatmentinpatientswithlacrimalglandductulitis.KoreanJOphthalmol33:487-492,20192)Hay-SmithG,RoseGE:LacrimalglandductulitiscausedbyprobableActinomycesinfection.Ophthalmology119:193-196,20123)藤井揚子,高比良雅之,山田芳博ほか:睫毛の迷入を伴った涙腺炎の2症例.あたらしい眼科35:1144-1147,2018

視覚障害児の支援

2020年9月30日 水曜日

視覚障害児の支援SupportforChildrenwithVisualImpairments堀寛爾*I「弱視」という言葉眼科医,とくに小児眼科の領域で弱視といえば,当然amblyopiaのことであるが,福祉や教育の現場,また患者会などで弱視といえばlowvisionのことになる.医療側にも福祉・教育側にも徐々にロービジョンという言葉が浸透してきてはいるが,それでも完全に置き換えられるとは考えにくい.どちらが正しいという話でもなく,それぞれの歴史に裏づけられた背景があり,医療者以外と「弱視」について情報交換をするときには,この点をまず理解する必要がある.II乳幼児期の支援乳幼児のロービジョン者の特徴としては,視覚経験や刺激が少なく,保護者の庇護下にあるため,視覚を利用せずに育ってしまうことがあげられる.ロービジョンをきたす疾患には屈折異常を伴うものもあり,基礎疾患に加え屈折異常弱視を併発させてしまっては,本来使えたはずの視機能すら獲得できない可能性がある.なるべく早期に視機能評価と屈折矯正を行い,保護者に地域の視覚特別支援学校(盲学校)での養育相談や療育指導などの情報提供を行うことが重要になる.乳幼児期の視機能検査としては,視反応や追視の有無,行動観察などである程度の評価は可能である.屈折異常が確認できた場合には,適切な眼鏡装用と随時調整を行い,適切に視反応を引き出すために,視覚障害児の使用する玩具などは色や明暗のコントラスト,輪郭などが明確なものを用いるとよい.III就学前から学童期の支援就学前となると,視機能評価もある程度できるようになり,文字や図形の認識も増えていくので,屈折矯正がより重要になる.視覚補助具の紹介,選定,使い方の練習,そして就学相談などもこの時期には欠かせない.就学にあたっては,どうすれば文字が読めるか,という点が非常に重要である.文字を拡大すれば読める,眼を近づければ読める,コントラストをくっきりさせれば読めるなど,個々人の特性に合わせたケアが必要になる.文字を拡大するにしても,拡大教科書などのように文字自体を大きくする,拡大鏡を使い光学的に大きくする,拡大読書器やタブレット端末を使い電子的に大きくする,顔を近づけて相対的に大きくする,などの方法がある(図1,表1).網膜の感度や解像度と屈折異常の程度などの視機能や個人の能力に応じて読みやすい文字の大きさがあるため,実際に使用予定の教科書などを参考に,最適な手段を検討するとよい(図2).拡大教科書は文字や図そのものが大きく書かれており,またコントラストなども標準の教科書よりも高めて読みやすく作られている.他の視覚補助具と併用することも可能で,視覚障害児の学習にとって有効な方法のひとつである.拡大教科書の標準的な規格1)は,小学3年生までは文字サイズとして26ポイント程度,それ以降*KanjiHori:国立障害者リハビリテーションセンター病院第二診療部〔別刷請求先〕堀寛爾:〒359-8555埼玉県所沢市並木4-1国立障害者リハビリテーションセンター病院第二診療部0910-1810/20/\100/頁/JCOPY(67)1107abdcebd図1文字サイズと拡大鏡などの使い方a:電子的拡大は白黒反転もできるため,ロービジョン者にとって幅広く有用.b:スタンプルーペは採光性も高いが,大きいものは重いので持ち運びには不便.c:行を追って文章を読む場合にはバールーペが便利.d:置き型の拡大鏡は周辺の歪みも大きく,倍率の高いものでは有効な視野が意外と狭い.e:手持ちの拡大鏡は近すぎると拡大せず,離しすぎると文字が反転し,また片手が塞がるのも勉強にはデメリットとなる.表1拡大の方法,補助具とそのときの見かけの像の位置相対的距離による拡大:文字を近づけるハイパワープラスレンズ近づく相対的な大きさの拡大:大きい文字で印刷拡大教科書,拡大コピーそのまま電子的拡大:画面に大きく表示拡大読書器,ICT機器そのまま視角の拡大:レンズで大きく拡大鏡遠ざかる拡大の方法の名称は『ロービジョン・マニュアル』(JacksonAJ,WolfsohnJS著,小田浩一総監訳,2010年,エルゼビア・ジャパン)に従った.図2学習用の環境整備の例教科書の拡大文字の大きさに合わせ黒い紙を切り抜き,タイポスコープとして用いる.罫線の太いルーズリーフに太めの水性ペンでノートをとる.黒板は単眼鏡を使って見ることもできるし,さらに拡大を要する場合は拡大読書器のカメラを黒板に向ければ,ディスプレーに表示することもできる.図3日本地図の触地図(西田朋美:あたらしい眼科30:457.463,2013年より引用転載)表2大学入試センター試験での受験上の配慮事項より抜粋・再編対象となる者解答方法試験時間試験室その他の配慮点字学習者点字解答1.5倍別室・試験室入り口までの付添者の同伴・試験場への乗用車での入構上記に加え・拡大文字問題冊子(14pt/22pt)・拡大鏡など持参使用・窓側の明るい座席を指定・照明器具の持参使用または試験場側での準備視力0.15以下強度視野狭窄※文字解答1.3倍上記以外でマーク困難延長なし上記以外で要配慮※強度視野狭窄とは身体障害者手帳の視野3級に相当する程度である.(大学入試センター「令和2年度大学入学者選抜大学入試センター試験受験上の配慮案内」より作成)設計がなされているのであろう.しかし,視覚障害者は一般に自覚の有無は別にして羞明があることが多く,窓際では文字が読みにくくなることもしばしば経験される.申請書の選択肢にはないが,診断書の現症の欄と申請書のその他の希望配慮事項の欄にその旨を記載することは可能である.V進学と職業適性色覚の話で似たような話題はよくあるが,おもに運転や操縦などの免許を要する職業については,ロービジョン者の就職は困難である.ただ,その仕事ができないという理由で,そのための勉強ができないわけではない.時に本人の視機能と希望進路に乖離がみられることもあるが,一方的にすべてを否定するのではなく,本人や保護者の希望をよく確認しながら話を進め,納得できる進学先が決まればベストである.専門学校に入学はできても,その先の資格試験の欠格事由に該当する可能性も含め,おもに進路指導の先生が配慮すべき問題ではあるが,眼科医としても助言を求められることがある.なお眼科医としてはあくまで助言であり,視覚障害児やその保護者に明確な進学先や就職先を提示しないことが重要である.VI身体障害者手帳申請乳幼児期から視覚障害のある小児にとって,視力検査や視野検査は健常児と比べてむずかしいことがある.無眼球症など病態が明らかであれば,年齢や検査実施の有無を問わずに身体障害者手帳(以下,手帳)を申請することができる.もっとも悩ましいのは,発達そのほかの遅れに伴い,検査自体が成立しない場合である.「身体障害認定基準等の取扱いに関する疑義について」3)には,「片眼摘出,僚眼健常の2歳児について,健側を幼児の一般的な正常視力(0.5.0.6)と見做して6級に認定することは適当ではなく,障害の程度を判定することが可能となる年齢(概ね満3歳)になってから認定を行うことが適当と考えられる」という事例が記載されている.Landolt環による万国式試視力表の評価が困難であっても,たとえば絵視標や縞視力など複数の検査法を複数回試し,ある程度整合性のある結果が得られるなら,その旨を記載して申請を検討することができる.成長とともにより正確な検査ができる場合もあるため,「軽度化による将来再認定」の欄にその旨を記載し,再認定の時期を1年後などと明記することで,認定される可能性がある.一般にGoldmann視野計がある程度の精度で成立するのは,8歳頃とされている.成長しても眼振がある場合などはイソプタが引けない場合もある.平成30年7月の改正から,視野障害の意見書には視野結果の添付が求められるようになったが,それ以外の情報も必要時には添付することができる.眼底写真やOCT画像などを添付し,明らかにアーケードの内側まで変性が進行しているため,I/4視標の視野は最大でも10°以内であることが推察される,などと記載すると,判定の助けとなる.小児の手帳の有無は,公的サービスを受けられるかどうか,という点だけでなく,特別児童扶養手当の受給可否や所得税,住民税の障害者控除など,家計に直接的に影響することもある.障害を過大評価して手当や控除を不当に受けることがあってはならないが,ただ検査ができないからという理由で受けられるはずのものが受けられないことも同様にあってはならない.なお,このように経済的な問題も含むため,将来再認定の際に実際に軽度化していた場合,保護者から強い疑義申し立てを受ける場合がある.再認定の欄を「要」で意見書を記載した際には,とくに保護者に対してその旨を十分に説明し理解を得ておくと,トラブルを回避しやすい.手帳が認定された場合には,原則,補装具費支給制度を活用して眼鏡処方をすることができる.眼鏡に度数を加入する場合には,視力障害が必須で視野障害のみでは不可とする市区町村が多いので留意を要する.Lowvisionであっても適切な屈折矯正がなければamblyopiaをきたしうるため,9歳未満の場合には小児弱視などの治療用眼鏡などにかかる療養費の制度活用が検討できる可能性もある.視力および視野から等級の計算を行う際には,国立障害者リハビリテーションセンターのWebサイトに計算機があるので活用されたい.「視覚障害者等級計算機」で検索すると表示される.(71)あたらしい眼科Vol.37,No.9,20201111ab図4筆記具と見え方のシミュレーションa:通常のルーズリーフと太罫のルーズリーフに,鉛筆,水性ペン,マジックで書いたものと,黒い紙に白いポスカで書いたもの,およびサインガイドの一例.b:aの写真にぼかし処理を加えたもので,普通のルーズリーフの罫線や鉛筆の文字がほとんど見えなくなっていることがわかる.る.黒い紙は切り抜いた窓の部分が触ってわかるようにある程度厚口で,また表面の光沢の少ない画用紙のような紙質のものを選ぶとよい.一般的なノートやルーズリーフなどは,罫線がきわめて薄く細く引いてあり,ロービジョン者にとっては使いにくい.罫線が太く濃く書かれているノートやルーズリーフを使うことで,今まで字をまっすぐ書けないと思われていた児童がマス目通りに字を書き,家族が驚く場面もしばしば見受けられる(図4).その他,ゲームやおもちゃでも視覚障害者用のものがある.点字付きのトランプやUNOのカード,石の表面に突起のあるオセロや囲碁,6面すべて白いが触感の違うルービックキューブなど,一般で使われているものをベースに視覚障害者も楽しめるような工夫が加えられている.これらを使うことで,家族や視覚に障害がないほかの児童とも同じゲームやおもちゃをユニバーサルで楽しむこともできる.これらの補助具は,日本点字図書館の用具の販売のページ4)から見ることができる.VIII情報収集の手段情報社会といわれる現代であっても,視覚障害に関する情報は一般的にはほとんど浸透していない.そのため,ロービジョンであることがわかったばかりの視覚障害児とその家族は孤立しがちである.眼科で簡便に情報提供できるツールのひとつとして,「スマートサイト」の活用があげられる.スマートサイトにはロービジョンの関連連絡先が書いてあるので,まずはそこに相談することをお勧めするのも一案である.スマートサイトは各都道府県眼科医会が中心となって全国的に整備が進んでいる.ちなみに,日本眼科医会のWebサイト5)の会員ページ内にアクセスすると,全国のスマートサイトがPDFなどでダウンロードできる.各都道府県に少なくとも1校はある視覚特別支援学校に相談することも有効である.視覚特別支援学校に通うつもりはないから相談できないと考えている保護者も多いが,相談したら視覚特別支援学校に通わないといけないわけではない.状況によっては普通校の弱視学級などと連携して視覚障害児の支援を行っている.さまざまな補助具の紹介や制度の相談などもできるので,まずは相談してみるとよい.乳幼児期からの相談も可能なので,早い段階から地元の視覚特別支援学校にコンタクトをとって関連情報を得られれば保護者の安心にもつながる可能性がある.近隣に患者会などの活動があれば,それを紹介するのも有効である.あるいは病院またはクリニックに同じような年代,疾患,視機能の患者がいる場合,相互に同意を得たうえで引き合わせるのも有効である.経験上,当事者同士の会話によって解決する問題は意外と多い.就学や就職に関しての情報収集は,視覚障害者ライフサポート機構“viwa”6)などを紹介することも有効である.viwaは視覚障害者やその家族のため「情報発信」「情報やノウハウの蓄積」「人や情報をつなぐ」ことを目的に活動している.ブログやメルマガの形式でさまざまな情報発信を展開しており,セミナーの案内や個別の相談も受け付けている.IXスポーツ「障害のない人はスポーツをしたほうがよいが,障害のある人はスポーツをしなければならない」とはスイスの車椅子陸上競技選手のハインツ・フライの言葉だが,受障時期を問わず視覚障害者ももちろんスポーツをしなければならない.視覚特別支援学校には体育教諭が在籍し,体育の授業もあるので,定期的にスポーツをする時間が作られているが,普通校の弱視級の場合には体育は見学になってしまうことも多い.ルール自体を視覚障害の特性に配慮したものに改変している競技は多く,その場合はユニバーサルに楽しめる.体力作りだけでなく,パラリンピックのようにさらに上をめざすなら,パラスポーツの各競技団体は選手の発掘に難渋しているので,経験の有無を問わず大歓迎だと思われる.日本眼科学会と日本眼科医会の「アイするスポーツプロジェクト」のWebサイト7)には,おもな視覚障害者スポーツ競技団体の連絡先一覧があるので,参照されたい.X困ったときはロービジョンケアには地域特性があるのは否めない.補装具,日常生活用具に関する見解も市区町村で異なる(73)あたらしい眼科Vol.37,No.9,20201113

乳幼児,小児の虐待を疑う眼疾患への対応

2020年9月30日 水曜日

乳幼児,小児の虐待を疑う眼疾患への対応OcularManifestationsofChildAbuse中山百合*はじめに児童相談所への虐待相談の件数は,増加の一途をたどっており,平成C30年度(2018年)は約C16万件と前年度よりC19.5%も増していた(図1).法改正や度重なる行政通達などで関係機関は体制強化を計ってきたものの,虐待死はほとんどの年でC50人を超え,とくにC2018年東京都目黒区の幼児死亡事例やC2019年千葉県野田市の児童死亡事例では,そのあまりに悲惨で痛ましい虐待の内容に社会全体が強い衝撃を受けた.今年は新型コロナ感染症対応における学校休業や外出自粛に伴って子どもや家庭の生活環境が大きく変化しており,厚生労働省は虐待リスクの高まりへの懸念から,「子どもの見守り強化アクションプラン」を公表して地域の見守り体制の強化を進めている現状である.本稿では子ども虐待の全体について述べたあと,小児眼科における虐待を疑う所見の代表的なものを提示し,それらに眼科医として遭遇した際に取るべき行動についてまとめる.CI子どもの虐待とは厚生労働省のホームページでは,児童虐待を身体的虐待,性的虐待,ネグレクト,心理的虐待のC4種類に分類して,具体的な事例をあげつつ呈示している(表1).平成C17年度の児童虐待防止法改正で,身体的虐待の項目に「児童の身体に外傷が生じたもの」のみではなく,「生じるおそれがある暴行」が追加されていることをしっかりと記憶に留めなくてはいけない.しつけと称して叩くのも現在では虐待とみなされており,程度によっては通告する義務がある.冬の寒い日にベランダや外に出す行為も身体的虐待に含まれている.ネグレクトは,きちんとしたご飯を食べさせなかったり,不衛生なままほったらかしにしたり,歯磨きを教えない,予防接種をまったく受けさせない,小さな子どもだけで留守番させるなどがあり,子育てに必要なあたりまえの親としての役割を無視して拒否する行為をさしている.性的虐待は,本人の心を傷つけ根源的な人格形成を脅かす深刻な虐待で,不適切で不健全な性行為を強要することはもちろん,ポルノや性的行為を子どもに見せることも含まれている.近年件数が増加しているのが心理的虐待で,褒めない,優しくしない,子どもに恐怖を与える言葉を用いるなどがあるが,「同居する配偶者に対する暴力(ドメスティック・バイオレンス:DV)」「きょうだい間での明らかな差別的扱い」なども明記されるようになった.このように,子どもへの虐待は多岐にわたっている.たとえ小さな子どもとはいえ,この社会を構成している一人である.虐待とは,相手の人間としての尊厳を踏みにじる行為であり,子ども虐待とは「社会の中で健康に生きる」という子どもの権利が侵害されることをさしている.CII子ども虐待の実態日本全国の児童相談所に虐待の疑いがあると通報(通告)されたのは,平成C30年度では身体的虐待は全体の*YuriNakayama:砧ゆり眼科医院〔別刷請求先〕中山百合:〒157-0073東京都世田谷区砧C4-17-10砧ゆり眼科医院C0910-1810/20/\100/頁/JCOPY(61)C1101100,00090,00080,00070,00060,00050,00040,00030,00020,00010,0000H3H4H5H6H7H8H9H10H11H12H13H14H15H16H17H18H19H20H21H22H23H24H25H26図1児童虐待相談の対応件数の推移(厚生労働省ホームページより)表1児童虐待とは身体的虐待殴る,蹴る,叩く,投げ落とす,激しく揺さぶる,やけどを負わせる,溺れさせる,首を絞める,縄などにより一室に拘束するなど性的虐待子どもへの性的行為,性的行為を見せる,性器を触るまたは触らせる,ポルノグラフィの被写体にするなどネグレクト家に閉じ込める,食事を与えない,ひどく不潔にする,自動車の中に放置する,重い病気になっても病院に連れて行かないなど心理的虐待言葉による脅し,無視,きょうだい間での差別的扱い,子どもの目の前で家族に対して暴力をふるう(ドメスティック・バイオレンス:CDV),きょうだいに虐待行為を行うなど(厚生労働省ホームページより)注)2009年にアメリカ小児科学会は,SBSではその言葉が内包する受傷機序が限定的で,ゆさぶってから叩きつける行為や鈍的打撲などが含まれておらず,虐待と明確にさせるためにも,医療者はCAHTに用語を統一することを提唱している6).図2AHTの眼底写真とが多い.普段の診療以上に,こうした患児への対応は克明に記録をとるよう努めねばならない.C2.眼窩打撲や顔面の殴打に伴う外傷殴打や蹴る,物で叩くなどの行為で眼とその周囲に打撲傷が生じる.受傷直後では眼瞼裂傷や皮下出血を呈し,眼球への外力が大きい場合には,外傷性前房出血や隅角後退,水晶体偏位が生じることもある.受傷からしばらく経過して外傷性白内障や,網膜周辺部に多発性の萎縮円孔や大きな裂孔をもつ巨大な網膜.離をきたすことがあり注意が必要である.ビニールバットで子どもの顔面を保護者が滅多打ちにした自験例では,両眼とも広範囲な網膜振盪症を呈した.幸いなことに数日後に自然吸収されて完治したが,網膜振盪症のように可逆性がある障害程度だったとしても,前述したように大きな障害が生じるおそれがある打撲だった時点で,医療者は児童相談所へ通告する義務がある.外力が前頭部,とくに眉毛部を強打したときに,必ずしも視神経管骨折がなくても視神経損傷を起こし,受傷後から数週間後に視野狭窄や重篤な場合,失明に至ることがある.自験例でC4歳の子が両眼を父親に殴られ保護されたときに「目が痛い」と児童相談所の職員に訴えていたが,数週間後に「暗くなった,何も見えない」と話したときは両眼の視神経はすでに蒼白で失明に至っていたというあまりにむごい症例があった.小学生以上になると眼窩底骨折は虐待でなくともしばしば臨床で遭遇する.自験例で「家の中で走り回って柱にぶつかった」と子ども親が説明した事例があった.柱にぶつかったにしては額や顎には何の傷もなく,集合住宅の限られた面積でそれほどの速度を出して激突できるのか不思議になった.CT撮影する際に親子を離し,看護師とケースワーカーが患児を安心させてから話を丁寧に聞いてみると,母親の内縁の夫に拳で殴られたと話した.たとえ子ども本人が診察室で話したとしても,受傷機転におかしな点がある場合には,口実を設けてでも一時的に親子を離して,もう一度問診を丁寧に取り直す必要を痛感した症例だった.3.熱傷や穿孔性外傷など「顔面に熱湯がかかった」という事例が多くみられる.瞬間湯沸かし器をカウンターなどに置いてその電気コードを子どもが引っ張って子どもの頭上に熱湯ごと落下するなどが多い.「テーブルに熱い飲み物を置いて目を離したらつかまり立ちする子どもが頭からかぶってしまった」という自験例も複数あった.虐待というより養育過誤や注意不足から生じている.同様に,ボールペンやハサミなどの鋭利なものによる外傷や,コンセントのプラグによる事故など,身近なものでも家庭内の穿孔性外傷は生じる.つかまり立ちや伝い歩きをする年齢では家庭内の事故が増えることを保護者によく説明する.一度受傷しても子どもに再発の危険がありえる場合は,保護者の同意を得たうえで市区町村の担当窓口に連絡することができる.同意しない場合には通告すべきである.C4.医療ネグレクト医療ネグレクトとは,保護者が子どもに必要な医療を受けさせないという虐待であり,子どもに適切なケアが施されない結果,心身の障害をきたす可能性があるものをさす.眼科の領域では先天緑内障や網膜.離などの手術加療に対する保護者の拒否などが代表的である.その治療法が十分確立されて広く受け入れられており,成功の可能性が高く治療を受けないデメリットが大きいことを主治医が丁寧に十分説明しても,保護者が頑強に受け入れない場合には通告の対象となる.「眼鏡かけるなんてかわいそう」「せっかくのかわいい顔が台なし」と弱視治療などのための矯正眼鏡を常用するのを偏った考えから拒否する保護者がいる.筆者の印象ではC10年前よりかなり減ったように思うが,アイパッチなど家庭で行う訓練に非協力的な場面は今でもたびたび遭遇する.子どもの限られた時期にしかできない治療であることを丁寧に説明し,保護者と子どもをできるだけ温かく励まして治療につなげる努力が医療者側に必要とされる.十分な説明をしてもかたくなに拒絶を続ける場合には,医療ネグレクトとして児童相談所に通告する.「点眼は面倒なので内服薬で直してほしい」「点眼は泣いてしまって可哀そうだからできない」という保護者は1104あたらしい眼科Vol.37,No.9,2020(64)–

遺伝性網膜疾患のカウンセリング-最先端を行く神戸アイセンター病院の取り組み

2020年9月30日 水曜日

遺伝性網膜疾患のカウンセリング─最先端を行く神戸アイセンター病院の取り組みGeneticCounselingforInheritedRetinalDystrophies吉田晶子*前田亜希子*高橋政代*はじめに小児期発症の遺伝性網膜疾患は患者の生活,就学に多大な影響を及ぼすことがあり,慎重な対応と包括的アプローチが必要となる.また,疾患原因となる遺伝子変異が同定されている家系には発症前検査を勧めることにより,重篤な合併症を防ぐことが可能な場合もある.本稿では小児にみられる遺伝性網膜疾患について解説する.また,神戸アイセンター病院での取り組みについて,とくに遺伝カウンセリングを中心に紹介する.I小児にみられる遺伝性網膜疾患小児期発症の遺伝性網膜疾患として網膜色素変性症,Leber先天黒内症,Stargardt病などがあげられる.本稿では代表的な小児期発症網膜変性疾患について解説する.1.網膜色素変性症(retinitispigmentosa:RP)視覚に関与する重要な蛋白質をコードする遺伝子変異により,視細胞変性が進行する疾患である.一般的には,夜盲に始まり,視野障害,色覚異常,視力低下へと進行することが知られている.疾患原因遺伝子としては60超の遺伝子が報告(RetNet:https://sph.uth.edu/retnet/)されている.10~20代で発症することが多いことから,小児期に診断される場合もある.また,低年齢発症RPは重症化することが多く,適切なサポートが必要となる.小児期に診断されるRPの原因遺伝子としてはX連鎖性のRPGR,RP2や常染色体劣性遺伝形式を示すPDE6Bなどがある(図1).2.Leber先天黒内症(Lebercongenitalamauro-sis:LCA)とearlyonsetRP(EORP)乳児期(1歳まで)に発症するLCAは幼児期発症(5歳まで)のEORPとともにRPの亜型として分類されている.しかしながら遺伝子解析の進歩により,LCA,EORP,RPはそれぞれ独立した疾患ではなく,関連性の強い疾患群と理解されるようになってきている.とくに5歳までに発症する進行性網膜変性症を合わせてLCAと分類するようになってきている(図2).LCAの原因遺伝子は現在までに14遺伝子が知られており(Ret-Net),2017年には原因遺伝子の一つであるRPE65変異によるLCAに対する遺伝子治療が米国で標準治療として承認されている.3.Stargardt病常染色体劣性遺伝形式をとるABCA4遺伝子変異により発症するものが多く,欧米では90%以上がABCA4遺伝子変異であることが知られている.他の原因遺伝子としては常染色体優性遺伝形式を示すPROM1,ELOVL4などが知られている.黄斑変性が特徴的であるが,ABCA4は錐体視細胞だけでなく,桿体視細胞にも発現しており,経過とともに周辺網膜にも変性が進行しRP様となることがある.発症年齢が10*AkikoYoshida,*AkikoMaeda&*MasayoTakahashi:神戸市立神戸アイセンター病院〔別刷請求先〕前田亜希子:〒650-0047神戸市中央区港島南町2-1-8神戸市立神戸アイセンター病院0910-1810/20/\100/頁/JCOPY(51)1091図1網膜色素変性症例症例は19歳の女性で矯正視力は右眼(0.7),左眼(1.2),網膜電図は消失型を示す.右眼には黄斑浮腫を認める.小学校入学前より夜盲があり,小学校高学年で網膜色素変性症(retinitispigmentosa:RP)を指摘される.4歳年上の姉もRPの診断を12歳で受けている.姉妹にはPDE6B遺伝子にc.1604T>A;p.Ile535Asn,c.1712C>T;p.Thr571Met変異が検出されている.眼底には広範な無色素性の網膜変性を認め(a),自家蛍光眼底像撮影では黄斑部に過蛍光リングを認める(b).図2LCA症例症例は7歳の男児で矯正視力は両眼(0.03).乳児期に追視をしないことに両親が気づいていた.遺伝子解析は実施されていない.変性網膜には動脈血管に沿って正常網膜色素上皮が維持されるpreservationofthepara-arte-riolarretinalpigmentepithelium(PPRPE)所見が認められることからCRB1遺伝子変異が疑われる11).図3Stargardt症例左は12歳の男児,右は9歳の男児で兄弟である.矯正視力は兄が右眼(0.1),左眼(0.15),弟は両眼(1.0),視野検査では兄弟ともに中心暗点を認める.兄弟にはABCA4遺伝子にc.5318C>T;p.Ala1773Val,c.1760+2T>G変異が検出されている.自家蛍光眼底像撮影(上段)では兄弟ともに後極の過蛍光と黄斑部萎縮を認める.兄においては視神経乳頭の上側から鼻側に.ecksを認める(上図,左).網膜断層像撮影(下段)では兄弟ともにONL厚の減少と,兄には強い黄斑萎縮を認める.図4繊毛病(ciliopathies)症例症例は25歳の男性で矯正視力は右眼(0.02),左眼(手動弁)で求心性視野狭窄を認める.5歳で網膜色素変性症(retinitispigmentosa:RP)の診断を受けている.軽度知的障害があり,18歳で腎機能障害を指摘されている.BBS1遺伝子にc.1285C>T;p.Arg429*,ex10-11del変異が検出されBardet-Biedlsyndromeと診断できた.眼底には骨小体沈着を伴う広範な網膜変性を認め(a),自家蛍光眼底像撮影では広範な萎縮とともに黄斑部萎縮を認める(b).図5眼底白点症(fundusalbipunctatus)症例症例は11歳の女児で矯正視力は両眼(1.5).幼少期より夜盲がある.RDH5遺伝子にc.928delCinsGAAG;p.Leu310delinsGluVal,c.791T>G;Val264Gly変異が検出されている.眼底網膜には小白点が散在して認められる.表1遺伝性網膜疾患の遺伝カウンセリングの内容遺伝性網膜疾患の遺伝について,これまでの知識,誤解がないかの確認遺伝についての心配や不安,具体的な懸念事項家族歴の聴取遺伝性網膜疾患およびその原因原因遺伝子数が多いこと,症状の個人差との関連遺伝性網膜疾患の遺伝形式と,家族歴から予測される遺伝形式遺伝形式ごとのCatriskな家系員および再発率遺伝子解析についての情報提供(希望があれば研究参加を案内)親子間のコミュニケーションや関係性について自責や罪悪感の傾聴遺伝子解析の本人および家族にとっての意義について家族との情報共有,子どもへいつ,どのように遺伝について伝えるかの相談必要に応じて,心理カウンセリングについて情報提供生活や学校,および就労に対しての心配の傾聴,課題の抽出ロービジョンケアや患者会,相談窓口の紹介*すべてを一度に行わずに継続した相談になることもある.家系図例1家系図例2家系図例312112ⅠⅠⅠ1231232ⅡⅡⅡ男性1212女性ⅢⅢ男性罹患者女性罹患者図6遺伝性疾患にみられる家系図例家系図例C1は男女のきょうだいが患者(II-1,2)の場合,家系図例C2は,男児が患者であり(III-1),母方祖父(I-1)も同疾患の場合,家系図例C3は,男児C2名(III-1,III-2)が患者の場合を代表家系図例として提示する.に応じた理解ができることが多く,また保護者と情報を共有することで,親子の信頼関係が深まり,コミュニケーションが促されたケースも経験している.また,保護者からは,atriskのきょうだいやCX連鎖性の保因者女性の可能性のある娘にいつのタイミングで遺伝の情報を伝えるべきか,相談を受けることがある.両親が遺伝カウンセリングに来院した場合は,子の性格や状況,両親それぞれの思いを傾聴し,ポイントを整理しながら,適切なタイミングを検討していくこととなる.伝える場面も,保護者から伝えるという選択肢のほかに,遺伝カウンセリングの場を利用することも一つの方法として示している.小児の遺伝子検査をいつ行うかという点も,同様にむずかしいポイントの一つである.疾患の原因を特定することは,医療にとって重要であり,ときに症状の予測や就学,就労での参考,またロービジョンケアに役立つ情報となる.先天性停止性夜盲との診断がなされる場合などは,電気生理学的検査に加え,遺伝子検査が有用である.また,ciliopathiesなどの症候群性CRPが遺伝子検査で確定された場合には,合併症のフォローアップにつなげることができる.当院では,耳鼻咽喉科や小児科と連携し,合併症への適切な対応が可能となる体制を整えている.一方で,現状では,原因遺伝子の情報により,すぐに医療介入することはむずかしく,遺伝の情報はあくまでも将来的な治療への情報,および遺伝形式の同定にとどまる可能性がある.遺伝子検査で遺伝形式が明らかとなれば,前述のように,atriskの家系員やCX連鎖性の女性保因者についての情報が得らえる可能性がある.ただし,小児期に行った遺伝子検査の結果や遺伝形式について,とくに本人にすぐに伝えることができない年齢であった場合,いつそれを伝えるのか,保護者が悩む状況も予測される.遺伝についての情報は一生涯変わることなく,さらに患者本人の進路や結婚,挙児に影響する可能性もある.家族構成や病態によっては,本人の理解が進む年齢において,改めて遺伝子検査について検討することも一つの選択肢となりうるだろう.なお,当院では,患者に遺伝子変異が同定された場合も,小児を含め網膜症の発症前診断や保因者診断は行っていない.しかしながら,今後,治療法の開発が進むことで,より小児期の診断や保因者診断が求められるようになる可能性があり,そのような場合には,新たな課題が表出すると考えられる.C6.遺伝カウンセリングにおける心理社会的支援遺伝カウンセリングにおいては,疾患や遺伝形式の説明のほか,心理社会的支援が役割の一つとしてあげられている.小児での遺伝性網膜疾患診断の場合,患者本人だけでなく,保護者にとっても,有効な治療法がなく,進行性であり,遺伝性疾患であり,患者のきょうだいや血縁者,さらに将来の孫の世代まで影響するかもしれないという状況は,非常に心理的負担が大きいことは想像に難くない.遺伝カウンセリングでは“遺伝について”という視点で話し合いが始まるが,お互いに時間をかけて説明と相談を繰り返すなかで,患者家族が抱えてきた心配や不安,苦しさを吐露する場にもなる.また,視機能低下の防止や安全確保のために,行動を制限したり,保護者が過度な介入をするなど,病気を意識するあまり親子関係がスムーズでない場合もある.ときにそれは遺伝や病気についての誤解が影響していることがあるため,丁寧に状況を聞き,情報提供することで,合理的に考えられるようになったり,前向きに考えを変えていくことができる場合がある.両親においては,常染色体劣性遺伝の保因者,もしくはCX連鎖性遺伝の女性保因者の可能性があるということに自責や罪悪感を抱くこともある.両親自身がつらい思いをしていることに加えて,患者または血縁者に対し,遺伝について伝えていく“伝える役割”を負うことの悩みやストレスを抱えることもある.遺伝カウンセリングでは,そのような悩みに対し,傾聴を軸に,ポイントを絞り話し合いを重ね,解決策もしくは納得できる方針を模索している.しかしながら,心理支援の介入が必要と考えられる場合は,心理カウンセリングへ紹介することもある.当院では,月に一度,視覚障害およびロービジョンケアに精通した公認心理師による心理カウンセリングが実施されている.当院での遺伝カウンセリングは通常,1時間程度の話(57)あたらしい眼科Vol.37,No.9,2020C1097.遺伝性網膜疾患患者の診療.疾患・経過など,病状説明.ロービジョンケア,障害者手帳などの紹介.遺伝形式やリスクのある血縁者について.視覚障害に起因する心理的問題について情報提供心理介入および助言・情報提供.遺伝に関する心配に対し心理的支援.必要に応じて視覚障害者情報提供施設・.生活や就労などにおける課題の傾聴および支援窓口の紹介.希望者に対し,研究として遺伝子解析をロービジョン外来/ビジョンパーク実施.補助具,白杖,羞明対策(遮光眼鏡).原因遺伝子の同定および遺伝形式の決定.公的支援制度の紹介.生活,就学,就労サポート.デバイス,アプリ,生活上の工夫の紹介や体験.患者会・支援団体の紹介や直接相談図7神戸アイセンター病院での取り組み遺伝性網膜疾患患者に対する神戸アイセンターでの包括的な支援体制について示す.診療・病状説明を行う網膜変性外来を中心に,遺伝カウンセリング,心理カウンセリング,ロービジョンケア,また希望者に対する遺伝子解析が,それぞれの専門家によって担当されている.各外来は密接連携しており,患者・家族はそれぞれの支援をスムーズに受けることができる.神戸アイセンターはこのように多岐にわたる支援を「ワンストップ」で提供することをめざして設立された.■用語解説■遺伝カウンセリング:遺伝カウンセリングは,遺伝性疾患を幅広く対象とし,疾患や遺伝形式,遺伝子検査についての情報提供および,疾患や遺伝に伴う心配や不安に寄り添う心理的支援を通じ,患者と患者家族が疾患へ適応できるようサポートする場であるとされる.遺伝カウンセリングに携わる専門職として臨床遺伝専門医および認定遺伝カウンセラーが学会認定されている.