網膜疾患の遺伝子治療GeneTherapyforIntractableRetinalDiseases池田康博*はじめに網膜色素変性(retinitispigmentosa:RP)を代表とする遺伝性網膜変性疾患は,これまで有効な治療法がなく,患者は失明の恐怖に悩まされている.近年,欧米からは遺伝子治療の臨床応用の結果が数多く報告されており,その安全性と治療効果が確認されつつある.2017年C12月には,レーバー先天盲(LeberC’sCcongenitalamaurosis:LCA)に対する遺伝子治療薬が米国食品医薬品局(FoodandDrugAdministration:FDA)で認可された.国内でも,九州大学病院でCRPに対する視細胞保護遺伝子治療の医師主導治験がスタートしており,遺伝子治療が遺伝性網膜変性疾患をはじめとした網膜の難治性疾患に対する標準治療となる時代が確実に近づいている.CI欧米で着々と進められている遺伝子治療の現状欧米では,LCAだけでなく,コロイデレミアやCRPなどに対する臨床応用が進められている(表1).それぞれの現状を紹介する.C1.Leber先天盲に対する遺伝子治療LCAは,1869年CLeberによって報告されたCRPの類縁疾患で,生後早期(多くは生後C6カ月以内)より高度に視力が障害される1).また,視力のみならず,暗所での行動にも大きな制限が生じる.これまでにC20種類以上の病因遺伝子が同定されており,ほとんどが常染色体劣性遺伝の形式をとる.病因遺伝子のなかで,RPE65(LCA2)遺伝子異常を対象とした遺伝子治療研究がこれまで盛んに行われている.Aclandらは,このCLCA2に対する遺伝子治療法として,アデノ随伴ウイルス(adeno-associatedvirus:AAV)ベクターを用いたCRPEへの正常CRPE65遺伝子導入という方法を試み,RPE65遺伝子異常を有する自然発症のイヌに対して著明な治療効果を示した2).2007年C2月より英国のグループによって,またC2007年C9月より米国ペンシルバニア大学のグループによって,ヒトLCA2患者に対する臨床応用が開始された3,4).一連の臨床応用では,AAVベクターの網膜下投与において,眼局所ならびに全身の重篤な副作用がないこと,視力や視野の改善といった臨床的な治療効果が一定の被験者で確認できたと報告された5,6).さらに,LCA2患者を対象とした第CIII相臨床試験(NCT00999609)が米国において実施され,本治療の有効性が示された7).この結果を受け,治験で使用された治験薬(voretigeneCneparv-ovec:商品名CLuxturna)は眼科領域で初めての遺伝子治療薬としてCFDAに認可された.LCA2以外にも,CEP290(LCA10)遺伝子異常を対象としたアンチセンスオリゴヌクレオチド(QR-110)を用いた遺伝子治療8)が米国を中心に臨床応用されており,2019年C4月より第CIIC/III相臨床試験が開始されている(NCT03913143).*YasuhiroIkeda:宮崎大学医学部感覚運動医学講座眼科学分野〔別刷請求先〕池田康博:〒889-1692宮崎市清武町木原C5200宮崎大学医学部感覚運動医学講座眼科学分野C0910-1810/20/\100/頁/JCOPY(15)C789表1欧米における眼科領域の遺伝子治療臨床試験一覧臨床試験登録CNo.対象疾患フェーズ治験薬投与方法被験者数スポンサーCNCT00999609NCT02781480NCT00749957NCT03913143NCT03496012NCT02341807NCT03116113NCT03316560NCT03252847NCT03328130NCT02556736NCT03326336CNCT02652767NCT02652780NCT03293524NCT01494805NCT01024998NCT03066258NCT03748784NCT03278873NCT02599922NCT02317887NCT02416622Leber先天盲(LCA2)Leber先天盲(LCA2)Leber先天盲(LCA2)Leber先天盲(LCAC10)コロイデレミアコロイデレミアRP(RPGR)RP(RPGR)RP(RPGR)RP(PEDC6B)末期CRPRPLeber遺伝性視神経症Leber遺伝性視神経症Leber遺伝性視神経症滲出性加齢黄斑変性滲出性加齢黄斑変性滲出性加齢黄斑変性滲出性加齢黄斑変性全色盲全色盲X連鎖性若年性網膜分離症X連鎖性若年性網膜分離症第CIII相C第CI/II相C第CI/II相C第CII/III相第CIII相C第CI/II相C第CI/II/III相C第CI/II相C第CI/II相C第CI/II相C第CI/II相第CI/II相第CIII相第CIII相第CIII相第CI/II相C第I相第CI/II相第I相第CI/II相C第CI/II相C第CI/II相C第CI/II相CAAV2-hRPE65v2AAV-RPE65AAV2-CB-hRPE65QR-110(RNAantisenseoligonucleotide)AAV2-REP1AAV2-hCHMAAV8-RPGRAAV2tYF-GRK1-RPGRAAV2/5-RPGRAAV2/5-hPDE6BRST-001(AAVC2-ChR)GS-030(AAVC2.7m8-CAG-ChrimsonR-tdTomato)硝子体内GS-010(AAVC2-ND4)GS-010(AAVC2-ND4)GS-010(AAVC2-ND4)AAV.sFlt-1AAV2-sFLT01RGX-314(AAV-anti-VEGFfab)ADVM-022(AAV.C7m8-a.ibercept)AAV-CNGB3orAAV-CNGA3AAV2tYF-PR1.7-hCNGB3AAV8-RS1AAV2tYF-CB-hRS1網膜下網膜下網膜下硝子体内網膜下網膜下網膜下網膜下網膜下網膜下硝子体内硝子体内硝子体内硝子体内網膜下硝子体内網膜下硝子体内網膜下網膜下硝子体内硝子体内31名C15名C12名C30名C169名C15名C63名C30名C46名C15名C14名18名C39名C37名C90名C40名C19名C42名C30名C72名C24名C24名27名CSparkTherapeuticsMeiraGTxUKIILtdAppliedGeneticTechnologiesCorpProQRTherapeuticsNightstaRxLtd/BiogenCompanySparkTherapeuticsNightstaRxLtd/BiogenCompanyAppliedGeneticTechnologiesCorpMeiraGTxUKIILtdHoramaS.A.CAllergan(RetroSenseTherapeutics)CGenSightBiologicsGenSightBiologicsGenSightBiologicsGenSightBiologicsLionsEyeInstituteGenzyme/Sano.CompanyCRegenxbioInc.AdverumBiotechnologies,Inc.MeiraGTxUKIILtdAppliedGeneticTechnologiesCorpNationalEyeInstitute(NEI)CAppliedGeneticTechnologiesCorpC図1RPGR遺伝子変異による網膜色素変性に対する臨床試験の結果6段階中C3番目の濃度が投与されたC3症例(C3.1.C3.3)において,治験薬投与眼で網膜感度が上昇していた(マイクロペリメトリー検査).(文献C15より抜粋)国オックスフォード大学が中心となっている研究グループが報告した第CIC/CII相臨床試験の結果を簡単に紹介する15).対象は,RPGR遺伝子異常を有するC18歳以上の男性被験者C18名.RPGR遺伝子を搭載したCAAV8型ベクターを網膜下に投与し,6カ月間経過観察した(ベクター濃度はC6段階で各濃度C3名).高濃度になると眼内での炎症が観察されたが,ステロイド投与で制御可能であり,その他の重篤な副作用もなかったとされている.一方で,6名の被験者で治療眼の視野が改善したという結果が得られており(図1),引き続き第CIIC/III相臨床試験が実施されているようである(NCT03116113).同様に,正常遺伝子を補充するという方法で,常染色体劣性遺伝形式のCRPであるCPDE6B遺伝子異常に対するCAAVベクターを用いた第CIC/CII相臨床試験がフランスにおいて実施されている(NCT03328130).C4.Leber遺伝性視神経症に対する遺伝子治療網膜疾患ではないが,Leber遺伝性視神経症に対する遺伝子治療も精力的に臨床応用が進められているのでここで紹介する.Leber遺伝性視神経症は,ミトコンドリアCDNAの点変異が生じて網膜神経節細胞内にあるミトコンドリアの機能異常により発症する疾患で,母系遺伝する.点変異が検出される部位のうち,MT-ND4遺伝子のCG11778A変異がアジアならびに欧米で頻度が高いことが知られている.MT-ND4遺伝子のCG11778A変異の患者を対象として,MT-ND4遺伝子を搭載したAAVベクターを硝子体内投与する遺伝子治療が実施されている.2014年から米国で第CI相臨床試験が実施され(NCT02161380),重篤な副作用はなく一部の被験者において視力が改善したことが報告されている16).また,フランスでも別の研究グループにより第CIC/CII相臨床試験(NCT02064569)が実施され,眼内での免疫反応(炎症)と眼圧上昇が認められたものの,安全性が示されとされている17).現在は複数の第CIII相臨床試験(NCT02652767,NCT02652780,NCT03293524)が米国を中心とした複数の国で実施されている.遺伝子治療後C1年で,治療群とコントロール群との視力変化に有意な差が得られなかったようであるが,最長C5年間経過観察しながら最終的な治療効果を検討するようである.5.滲出性加齢黄斑変性に対する遺伝子治療遺伝性疾患ではないが,滲出性加齢黄斑変性に対する遺伝子治療も多くの臨床試験が実施されているのでここで紹介する.現状の標準的な治療として,抗CVEGF製剤を硝子体内に投与することが定着しているが,その投与回数が多くなることが臨床的に大きな問題となっている.遺伝子治療では,1回の投与で長期間の遺伝子発現が可能となるため,VEGFの生理活性を低下させる蛋白質を発現させることにより,抗CVEGF製剤の投与回数を減らせる可能性が期待されている.初期の研究から進められていた方法は,可溶型VEGF受容体-1(soluble.t-1)をCAAVベクターに搭載し眼内へ投与する方法である.豪州で実施された第IC/CII相臨床試験(NCT01494805)では,安全性は示されたものの明確な治療効果が示されなかったと結論づけられている18).また,米国で実施された第CI相臨床試験(NCT01024998)では安全性が示され19),さらなる検討が予定されているようである.そのほかに,抗CVEGF抗体の断片を発現する遺伝子を搭載したCAAVベクター(RGX-314)を網膜下に投与する第CIC/CII相臨床試験(NCT03066258)では,安全性と治療効果が確認され,本年度から第CII相臨床試験を実施する予定とのことである(https://www.regenxbio.com/rgx-314/).また,アフリベルセプトを発現するAAVベクター(ADVM-022)を硝子体内投与する第CI相臨床試験(NCT03748784)も現在実施中のようである.C6.その他の疾患全色盲(achromatopsia,CNGA3遺伝子異常ならびにCCNGB3遺伝子異常)19),X連鎖性若年性網膜分離症(RS1遺伝子異常)20)などに対する遺伝子治療も欧米ではすでに臨床応用が進められている.CII国内の遺伝子治療の現状1.独自技術による変異置換ゲノム編集遺伝子治療ゲノム編集(genomeediting)とは,デザインした部位特異的な短いCguideRNAとCDNAを加水分解する酵素であるヌクレアーゼを利用して,標的部位のゲノム配792あたらしい眼科Vol.37,No.7,2020(18)-MMEJの応用単一ベクター化小型Cas9の使用プロモーターの小型化編集効率大幅up!図2変異置換ゲノム編集遺伝子治療に用いるアデノ随伴ウイルス(AAV)ベクターマイクロホモロジー媒介末端結合(microhomology-mediatedCendjoining:MMEJ)の応用などの工夫により,AAVベクターの単一化に成功した.これにより,生体内におけるゲノム編集効率が大幅に上昇した.ab4030P1latency(ms)遺伝盲ラット2010050mV遺伝子導入後30ms図3オプトジェネティクス遺伝子治療の治療効果a:未治療のCRCSラット(RPモデル動物)では電位がほぼ消失しているが,チャネルロドプシン-2遺伝子導入により電位が再び測定できた.Cb:正常ラットの半分ぐらいの電位が得られた.(文献C27より改変引用)C-図4医師主導治験における治験薬投与ExtendablePolyTipCannula25Cg/38Cgを用いた治験薬の網膜下投与により,blebが形成された.–