‘記事’ カテゴリーのアーカイブ

近視進行抑制治療における保護者対応

2020年9月30日 水曜日

近視進行抑制治療における保護者対応ParentSupportfortheControlofMyopiaProgression山田裕華*生野恭司*はじめに近年の近視人口の増加の勢いはめざましい.近視が進行し強度近視になると,眼軸長の伸展によって網膜.離や近視性の黄斑疾患,緑内障などの合併症のリスクも増加することがよく知られている.加えて強度近視による失明は中途失明原因の上位であることからも,近視が矯正のみならず治療や予防の必要性が高い疾患であることを示している.昨今の近視発症の低年齢化でますます近視が原因の疾患の増加が懸念されている.このような深刻な状況下でシンガポールから発表されたATOMスタディ1)ならびに続報のATOM2スタディ2)は,今まで困難であった近視進行の抑制が低濃度アトロピンの点眼で学童期に簡便かつ低リスクでできるとの報告であり,近視人口の急増に歯止めがかけられると期待された.とくに近視が多い東アジア諸国では,学童期の近視予防が急務であるとの認識から,課外授業の義務化など国家規模の対策がとられている.しかし,東アジアであるわが国は学校検診にて屈折検査および眼軸長検査が必須項目になっておらず実際の近視の人口も不明であることから,国をあげて近視の十分な予防対策をとっているとは言いがたい状況である.よって近視がもっとも進む時期とされる学童期に,予防的に近視抑制する方法が必要と考えられている.近視進行抑制法には大きく分けて,薬物による方法と屈折矯正による方法がある.予防治療で大事なことは,1)重篤な副作用がない,2)経済的である,3)煩雑でない,の3点である.これらの要素に加え屈折異常の度合い,患者本人や保護者の希望,来院可能な頻度など考慮し,最善の治療方針を決定する必要がある.I近視の分類近視の度数による分類には明確な基準が定まっていない.日本近視学会は診断のガイドラインとして度数に関して以下のように定義している.①弱度近視:0.5D以上.3.0D未満の近視②中等度近視:3.0D以上.6.0D未満の近視③強度近視:6.0D以上の近視ここで重要なのは,学童期の近視をみた際に,成長期が過ぎてもこのまま単純近視でとどまるのか,黄斑疾患を合併する可能性のある病的近視になるのか,という点である.現在,病的近視になる遺伝子の解明に向け基礎研究が進んでいる.II近視進行の原因近視の進行は遺伝因子と環境因子の相互作用であるとされている.なかでも現代のライフスタイルの変化の影響は大きく,最近ではスマートフォンやゲームなどの普及による視影響の変化によるといわれることが多い.近視化のトリガーには2種類の仮説がある.一つは網膜面における遠視性の焦点誤差(以下,遠視性デフォーカス)理論である(図1).この遠視性デフォーカスはさらに,*YukaYamada&*YasushiIkuno:いくの眼科〔別刷請求先〕山田裕華:〒532-0023大阪市淀川区十三東2-9-10十三駅前医療ビル3階いくの眼科0910-1810/20/\100/頁/JCOPY(29)1069結像面図1遠視性デフォーカス説の仕組み近視眼では周辺部(軸外)において網膜よりも後方に結像されやすい.このとき通常の眼鏡やコンタクトレンズで矯正を行うと,眼軸長の伸長(軸性近視の進行)が促進される.表1近視進行抑制法のメリット・デメリットメリットデメリット低濃度アトロピン点眼液・低年齢でもできる・簡単である・副作用(羞明や近見障害)の可能性がある・裸眼で視力が改善しないので効果を感じにくい多焦点眼鏡・手軽にかけはずしできる・安全性が高い・激しい運動に向かない・眼鏡をかける位置や目線の使い方によっては効果が得られにくい多焦点コンタクトレンズ・強い度数にも対応できる・見た目が変わらない・装脱やケアを正しく理解する必要があるオルソケラトロジー・裸眼で過ごせる・中止すれば2週間程でほとんど元の眼の形に戻る・見た目が変わらない・高額である・強い度数は対応できない・度数変動があるので予備の眼鏡が作製しづらい・装脱やケアを正しく理解する必要がある図2ムスカリン受容体(アトロピン点眼)によるブロックのイメージ強膜の合成阻害説とよばれる.神経伝達物質のアセチルコリンがムスカリン受容体に結合する前に,アトロピン点眼で遮断し,眼軸長の伸展を防ぐとする説である.周辺はスティープ図3オルソケラトロジーによる遠視性デフォーカスの改善角膜周辺部の角膜形状が急峻化するため,遠視性デフォーカスが改善する.網膜前方での近視性デフォーカス図4DIMSレンズ装用で起きる近視性デフォーカスの仕組みプラスパワー加入ゾーンを通る光は,網膜状の第一フォーカスとは別に,約C3.5D前方に第二フォーカスを作る.<副ふく作さ用ようチェックシート>お名な前まえ目めぐすりをしているなかで、あてはまる数すう字じに丸まるをつけてください。1.近ちかくの文も字じが見みえにくくなりましたか?普ふ段だんと変かわらず見みえる多おおくの文も字じが見みえづらい12342.太たい陽ようや光ひかりがまぶしくなりましたか?普ふ段だんと変わらずまぶしくない目めがあけられないほどまぶしい1234ご協きょう力りょくありがとうございました。受うけ付つけ・検けん査さの人ひとにお渡わたしください。図5当院の外来で使用している副作用チェックシート羞明および近見障害をC4段階でアンケート調査している.保護者ではなく,本人に記入してもらうようお願いしている.にて冷暗で保存および配布する.本剤を冷暗所保管のうえ,1日C1回眠前に両眼点眼するよう指導する.毎回診察前に羞明や近見障害に関するチェックシートを渡し,副作用の有無を確認する(図5).当院で行ったC0.01%アトロピン点眼のC1年間の研究では,点眼下で屈折度数は平均C0.63D近視化し,眼軸長は平均C0.39Cmm伸展した.また,初診時の裸眼視力値が高いかもしくは近視度数が少ないほど,近視度数・眼軸長ともにより大きく進行もしくは伸展した.C2.オルソケラトロジー初診時とは別日に装脱練習で来院してもらい,CLの取り扱い方を伝えながら十分装脱練習に時間をとって行う.角膜感染症になる危険もあることを説明しレンズケアを怠らないように指導する.C3.EDOFレンズオルソケラトロジーと同様に,初診時とは別日に装脱練習で来院してもらい,CLの取り扱い方を伝えながら,装脱練習に十分な時間をとっている.C.12Dまでの度数に対応しており,おもに強度近視の学童に勧めることが多い.過去のCRCT14)にてもっとも抑制効果の高かった加入度数+1.75Dのレンズを採用している.C4.検査項目当院の検査内容は治療内容にかかわらず以下の通り行う.1.オートレフケラトメータによる非調節麻痺下での他覚的屈折値2.非接触眼圧計による眼圧測定3.スペキュラーマイクロスコープによる角膜内皮細胞測定4.ウェーブフロントアナライザーによる高次収差測定5.光学式眼軸長測定装置による眼軸長測定6.光干渉断層計による角膜および網膜形状検査7.準標準視力検査装置での遠見の裸眼および矯正視力測定調節麻痺薬を毎回使用して検査するのではなく,何度かの来院時データに基づく近視進行の評価を行うことで,学童本人ならびに保護者への負担を少なくし近視治療のため頻繁に通ってもらうことが可能となっている.治療開始からC1.3カ月ごとに来院してもらい眼局所の副作用チェックを行う.以降はC6カ月間隔で上記C1.7にあげた前後眼部の一連の検査を行うことで,近視進行の評価を行っている.近視抑制治療は学童および保護者のアドヒアランスが重要である.近視抑制治療を望む保護者はとくに近視に対しては非常に不安が強く敏感であることが多い.初診来院時に近視抑制法の一覧のパンフレットを渡し,事前理解を深めてもらう.診察にて現状の説明,学童や保護者が抱える問題点の解決,治療への十分な説明と同意を得る.このような問診から診察での一連の流れが,近視治療の効果が最大限に発揮するかどうかの鍵となると考えている.保護者向けのQ&A当院における典型的な質問と回答をここに載せる.Q.近視は治りますか?A.自然に治ることはありません.成長期に身長が急に伸びる時期がありますが,眼球も前後に伸びることで近視が進みます.この時期がもっとも近視が進みやすいとされています.Q.裸眼視力がどんどん下がっているので不安です.A.近視が進行して裸眼視力が下がるのは自然なことです.大事なことは,眼鏡をかけた矯正視力が落ちないようにすることです.適宜視力検査をする必要があります.近視の度数の進行が早ければ,抑制法を考えていく必要があります.Q.近視が進む原因は?A明らかになっていません.よくある質問の例として以下のようなものがありますが,医学的に証明されたものはほとんどありません.「遺伝ですか?」「睡眠時間が少ないからですか?」「眼鏡を常にかける/かけ外しするからですか?」「部屋や画面が暗い/明るいからですか?」「電灯がCLED/電球だか(35)あたらしい眼科Vol.37,No.9,2020C1075–

三歳児眼科検診の視覚スクリーニングにスポットビジョンスクリーナーは有用か

2020年9月30日 水曜日

三歳児眼科健診の視覚スクリーニングにスポットビジョンスクリーナーは有用かSpotVisionScreenerforVisionScreeningin3-year-oldChildreninJapan─IstheSpotVisionScreenerUsefulforVisionScreening?林思音*はじめにWelchAllyn社のスポットビジョンスクリーナー(SpotVisionScreener,以下SVS)は,おもに屈折検査と眼位検査を行う機器である.SVSが国内で発売されて5年が経過した.小児眼科を専門としない先生方も,一度は使用したり検査後の精査依頼を受けたことがあるのではないだろうか.発売当初は,小児科から精査依頼の紹介を受けた眼科医がとまどうなど,眼科―小児科間でのトラブルを多数耳にした.しかし,日本弱視斜視学会および日本小児眼科学会が発行した『小児科医向けSpotVisionScreener運用マニュアル』1)や,日本小児科医会の会員専用サイトに乳幼児の精密検査受入可能な眼科医療機関を掲載するなどの働きかけで,以前に比べると連携がスムーズに行われるようになったと聞いている.では,スクニーニング効果についてはどうか?三歳児健康診査視覚検査(以下,三歳児眼科健診)は,乳幼児眼科健診のなかでも大規模に行われている健診である.日本眼科医会の調査によると,その実施率は全市町村の95.8%に達する2).これからの三歳児眼科健診にSVSは取り入れられていくのだろうか.本稿では,まず三歳児眼科健診の現状と課題について触れ,次にSVSの特徴を紹介し三歳児眼科健診に有用かどうかについて述べる.I三歳児眼科健診1.三歳児眼科健診の目的は弱視の発見三歳児眼科健診で見つけるべき疾患のなかで,一番重要と考えられているのは弱視である.弱視は,視力が年齢相応に発達していない状態であり,その原因は屈折異常,斜視,器質的疾患である.片眼性のことが多く,なかでも屈折の左右差から生じる不同視弱視が,弱視全体の半数以上を占めるといわれている3).弱視の原因が斜視や形態異常であれば周囲の大人や小児科医が気づくことが可能だが,屈折異常,とくに不同視弱視は外見上はまったくわからないため,スクリーニング検査が発見に重要な役割を果たす.弱視は早期発見ができれば眼鏡装用と弱視訓練により治療可能であるが,発見が遅れた場合は生涯にわたり視力障害を負うことになる.このように三歳児眼科健診は弱視検出に重要な機会であるのだが,残念ながら健診をすり抜けて就学時健康診断や学校健診で弱視を指摘される例が多く報告されている.2.三歳児眼科健診の精度を上げるために屈折検査が重要三歳児眼科健診の精度を上げるため,追加すべき検査が屈折検査であることがこれまで多数報告されてきた.*ShionHayashi:山形大学医学部眼科学講座〔別刷請求先〕林思音:〒990-9585山形市飯田西2-2-2山形大学医学部眼科学講座0910-1810/20/\100/頁/JCOPY(23)1063図1スポットビジョンスクリーナー(SVS)図2SVSの検査風景検査は被検者からC1Cm離して行う.a異常判定を示すメッセージ正常範囲内だった場合は,「スクリーニング完了」と表示されるb等価球面度数異常判定項目眼位球面度数円柱度数図3SVSの異常判定基準により得られた結果票a:異常判定であった場合の結果票.SVSをワイヤレスネットワークでプリンターに接続すると,結果票をCA4サイズの用紙に印刷できる.Cb:aの点線部分.等価球面度数,球面度数,円柱度数,乱視軸,眼位などの実測値および異常判定項目が表示される.また,異常値は赤字で表記される.表1米国小児眼科学会(AAPOS)が定める弱視リスクファクターリスクとなる屈折異常値年齢(月齢)乱視遠視近視不同視12.3031.48>48>2.0D>2.0D>1.5D>4.5D>4.0D>3.5D>.3.5D>.3.0D>.1.5D>2.5D>2.0D>1.5D屈折値以外のリスクファクター全年齢恒常性斜視8Δ以上中間透光体の混濁(文献C9より引用)Proportionadequatelyscreened100%92%90%80%70%60%50%40%30%20%10%0%3YearsOld4YearsOld5YearsOld図4Instrument.basedscreening(SVS使用)とchart.basedscreening(視力検査,立体視機能検査)の検査可能率の比較SVSは,どの年齢においても検査成功率が高い.とくにC3歳においては,検査可能率の差が大きく,3歳児においてSVSが視力検査などを補完するものであることを示唆している.(文献C11より引用)訳をみると,SVS陰性で従来の方法で陽性だった者の中に眼鏡を要する屈折異常者がいたことから,従来の方法に置き換わるものではなく,追加するのが妥当であると考える.C3.群馬県三歳児眼科健診の報告13,14)群馬県では,2018年度から全県下で三歳児眼科健診に屈折検査(おもにCSVS)を導入している.群馬県眼科医会ホームページにも掲載されている群馬県の健診フローチャート(図5)14)を見ると,健診対象者全例に屈折検査および家庭での問診と視力検査を実施している.ただし,屈折検査で異常の場合は,問診と視力検査の結果いかんにかかわらず,精密検査依頼票を発行し,屈折検査異常の見逃し防止に努めている.また,導入にあたっては,機器の導入はもちろんだが,現場の理解と協力も不可欠である.検査を導入するとなると,1)人員の確保(検査員C1名,誘導員C1名),2)検査場所の確保(個室の必要はないが,厚手カーテンなどで薄暗い環境を確保する),3)検査の流れの見直しが必要となる.そこで群馬県では,講習会を設置し屈折検査の必要性を担当保健師に説明し,県眼科医会・県医師会がガイドラインの作成をするなど,連携体制の構築の働きかけを行っている.おわりに―これからの課題三歳児眼科健診にCSVSが有用であることは,多方面からみて明らかである.しかしながら,導入した自治体が限られているため,その有効性や費用対効果を示すエビデンスがまだまだ少ない.異常判定基準についても,日本弱視斜視学会と日本小児眼科学会は推奨する基準を設置しており,今後は現場での評価が必要である.また,屈折検査の有用性を示すことは,行政への働きかけの材料となるので,SVSを導入した地域の眼科医は,ぜひその結果を報告していただきたい.他方,各地域の活動には限りがあることから,日本眼科医会は今年度より三歳児健診のあり方検討委員会を設置し,専門学会とともに,屈折検査の項目を盛り込んだマニュアルの作成を進めている.C1068あたらしい眼科Vol.37,No.9,2020三歳児眼科健診におけるCSVSの有用性は明らかになり始めたばかりであり,課題解決に向けた各領域の取り組みに期待したい.文献1)日本弱視斜視学会・日本小児眼科学会:小児科医向けCSpotCVisionScreener運用マニュアルVer1.http://www.japo-web.jp/_pdf/svs.pdf(2019/5/17)2)日本眼科医会公衆衛生部:三歳児眼科健康診査調査報告(VI)─平成C28年度.日本の眼科89:171-176,C20183)XiaoCO,CMorganCIG,CEllweinCLBCetal:PrevalenceCofCamblyopiaCinCschool-agedCchildrenCandCvariationsCbyCage,Cgender,CandCethnicityCinCaCmulti-countryCrefractiveCerrorCstudy.OphthalmologyC122:1924-1931,C20154)板倉麻理子,高橋美和子,小島由加利ほか:3歳児健診で見過ごされた弱視の症例.眼臨紀10:153-156,C20175)林思音,仁科幸子,森隆史ほか:三歳児眼科健診における屈折検査の有用性:システマティックレビュー.眼臨紀C12:373-377,C20196)MatsuoCT,CMatsuoCC,CKioCKCetal:IsCrefractionCwithCaChand-heldCautorefractometerCusefulCinCadditionCtoCvisualCacuityCtestingCandCquestionnairesCinCpreschoolCvisionCscreeningat3.5yearsinJapan?ActaMedOkayamaC63:C195-202,C20097)PeterseimCMM,CPapaCCE,CWilsonCMECetal:TheCe.ectivenessCofCtheCSpotCVisionCScreenerCinCdetectingCamblyopiariskfactors,JAAPOSC18:539-542,C20148)林思音,枝松瞳,沼倉周彦ほか:小児屈折スクリーニングにおけるCSpotVisionScreenerの有用性.眼臨紀10:C399-404,C20179)DonahueCSP,CArthurCB,CNeelyCDECetal:GuidelinesCforCautomatedCpreschoolCvisionscreening:AC10-year,Cevi-dence-basedupdate.JAAPOSC17:4-8,C201310)DonahueSP,NixonCetal:Visualsystemassessmentininfants,Cchildren,CandCyoungCadultsCbyCpediatricians.CPedi-atrics137:28-30,C201611)ModestJR,MajzoubKM,MooreBetal:ImplementationofCinstrument-basedCvisionCscreeningCforCpreschool-ageCchildreninprimarycare.PediatricsC140:e20163745,C201712)鈴木美加,比金真菜,佐藤千尋ほか:3歳児健康診査でのCSpotCVisionScreenerの使用経験.日視会誌C46:147-153,C201713)板倉麻理子,板倉宏高:群馬県乳幼児健診における視覚発達の啓発と屈折検査導入への取り組み.臨眼C72:1313-1317,C201814)3歳児健康診査における眼科検査の手引き.弱視の早期発見のために.第C2版.群馬県医師会ホームページ.http://Cwww.gunma.med.or.jp/PDF/3-year-olds_ophthalmic_med-ical_examination.pdf(28)

色覚異常の診断に必要な検査と対応方法

2020年9月30日 水曜日

色覚異常の診断に必要な検査と対応方法TheMethodofDiagnosisforCongenitalColorVisionDe.ciency岩佐真紀*村木早苗**はじめに先天赤緑色覚異常は日本人男性の5%,女性の0.2%に存在する,眼科診療で一般的な疾患である.通常ヒトの網膜には明るさを感知する杆体と色を感知する3種類の錐体が存在する.3種類の錐体は感じやすい波長が異なり,それぞれ長波長感受性錐体(L-錐体),中波長感受性錐体(M-錐体),短波長感受性錐体(S-錐体)とよばれている.それぞれの錐体に含まれる視物質(オプシン)に対応する遺伝子はL-錐体・M-錐体はX染色体上に,S-錐体は常染色体上に存在する1).先天色覚異常ではこの3種類の錐体のうちどれかが欠損している,あるいはあっても不完全な機能しかもたない場合に起こる.通常ヒトはL-錐体とM-錐体の反応の差から赤と緑の感覚を生じるが,赤緑色覚異常者では赤と緑の感覚差が生じにくくなっている.赤緑色覚異常は,L-錐体が生まれつき存在していない(1型2色覚)もしくはM-錐体が生まれつき存在していない(2型2色覚),M-錐体と不完全なM’-錐体が存在している(1型3色覚)もしくはL-錐体と不完全なL’-錐体が存在する(2型3色覚)の4種に分類され(表1),2色覚は多くの例で程度が強く,3色覚は正常色覚に近いものから2色覚と区別できないものまでさまざまな程度がある.先天色覚異常の人は色のない世界で生きているわけではない.しかし,赤味や緑味が入ると正常色覚者とかなり異なった感じ方になると考えられている.よって赤いピーマンと緑のピーマンは色だけでは強度の色覚異常者表1赤緑色覚異常の分類M’-錐体=本来のM-錐体と異なる吸収波長をもつ不完全なM-錐体.L’-錐体=本来のL-錐体と異なる吸収波長をもつ不完全なL-錐体.には区別がつかない(図1).ミニトマトの収穫で熟れた赤いミニトマトを選べず,緑のミニトマトを収穫してしまう,といった間違いも起こりえる.そのため,先天色覚異常の患児は幼少期から色以外の情報をフルに活用して物事を判断する訓練を自然と行っている.多くの場面で正常色覚者と同じ行動ができるため,軽度の色覚異常者は周りに色覚異常と気づかれることなく生活している.軽度の色覚異常者の保護者の多くが子どもの色覚異常に気がついていないのはこのためである.先天色覚異常への対応は患児の将来に影響を及ぼす.色覚異常と診断するための色覚検査とその判定法,患児,保護者への対応について解説する.色覚検査は検査中の患児の様子からわかることがたくさんある(どれくらい判読に時間がかかったか,集中してできていたかなど).できれば眼科医みずからで検査*MakiIwasa:滋賀医科大学医学部眼科学講座**SanaeMuraki:むらき眼科〔別刷請求先〕岩佐真紀:〒520-2192滋賀県大津市瀬田月輪町滋賀医科大学医学部眼科学講座0910-1810/20/\100/頁/JCOPY(15)1055正常色覚1型色覚2型色覚図1正常色覚と先天色覚異常の見え方「色のシミュレータ」を使用し撮影したもの.強度の色覚異常では写真のように赤・緑の区別がつきにくくなる.検出表分類表正常色覚者と色覚異常者で読み方が異なる表正常色覚者のみが読める表色覚異常者のみが読める表1型色覚6/2型色覚2正常8/異常3正常97/異常なし正常なし/異常5図2石原色覚検査表検査表と分類表読んでもらい,左右どちらの数字を読むことが多いかで型判定を行う.正常色覚者では左右両方とも読むことができ,1型では右側の,2型では左側の数字を読むことができる.曲線表ではどちらの曲線をなぞるかで判定する.石原色覚検査表の検出表で型判定の確定はできない.型判定はアノマロスコープ(anomaloscope)で行う.石原色覚検査表の結果は参考程度にとどめておく.2.SPP標準色覚検査表第1部の使い方a.検査の方法照明条件や検査距離など検査の条件は石原色覚検査表と同様である.SPP1は最初にデモンストレーション表が4表あり,その次に検出表が10表,最後に分類表が5表ある.正常色覚者・色覚異常者ともに読解できる第1表を間違えれば,検査が理解できていないか,詐病,心因性などを疑う.第5表から第19表には2桁の数字が書かれている.正常色覚者は多くの場合2桁の数字が読める.そして正常色覚者に読みやすいといわれる数字のほうがはっきりとみえる.一方,色覚異常者では異常者に読みやすいといわれる数字のみが見えることが多い.やり方としてはまず2桁の数字表を読んでもらう.片方のみを回答すればその数字を記載する.2桁のうち両方とも読めた場合はどちらのほうがよりはっきりと見えるかを聞き,はっきりしているほうを回答とし,両方の数字に差がない場合は正答と考える.b.結果の判定判定は,検出表で8表以上正読していれば正常とする.分類表はどちらの数字が読めるかで1型と2型の型判定を行う.この検査表は型判定が非常に優れていて,95%はアノマロスコープと結果が一致するといわれている.SPP1は軽度の色覚異常では判定が正常となることもある.正常であっても,わずかな誤読が色覚異常者に特有の読み方であれば軽度の色覚異常を疑う.よってSPP1のみでスクリーニングは行わず,かならず他の検査と組み合わせて診断を行う.SPP1は石原色覚検査表よりも色覚異常者にも読める表が多く,精神的な負担がかかりにくい検査である.注意してほしい点は,色覚検査の型判定はアノマロスコープでのみ確定できるという点である.仮性同色表では型判定や程度判定の確定はできない.検査表には型判定の表が付属しているが,確定診断の唯一の方法であるアノマロスコープとの型一致率は100%にはならない.SPP1の型判定は石原色覚検査表よりもアノマロスコープの型判定と一致率が高いといわれているが,参考程度にする.就職先などに正確な診断書が必要な場合,諸所の事情で本人や家族が型判定まで希望されるときはアノマロスコープのある施設へ紹介する.しかしながら,一般的には色覚異常の型や程度の確定ができなくとも十分な対応ができると考える.III色相配列検査色相配列検査には15個の色票からなる“TheFarn-sworthpanelD-15Test”(パネルD-15テスト)や,より細かな色の識別評価を行う“Farnsworth-Munsell100HueTest”などがある.パネルD-15テストは強度の色覚異常か中等度以下の色覚異常の程度判定ができる.この検査で程度が判明すると患児や親への説明が比較的スムーズにできるため,ぜひ行ってほしい検査である.1.パネルD.15テストの使い方a.検査の方法検査時は直接色票に素手で触れないように,検査者は手袋を,患児には筆などをもってもらう.色票は16個あり,一つだけ木箱に固定されている(基準色票).色票の裏には数字が書いてある.まず色票を数字が見えないように出し,順番がばらばらになるように患児の前に置く.次に基準色票に一番近い色票を15個の色票の中から一つ選んでもらい,選ばれた色票を「検査者」が木箱の基準色票のとなりに並べる.次に先ほど選んだ色票に一番近い色票を残りの14票から選んでもらい,木箱に順に並べていく.これを最後まで繰り返し,15票を並べていく.b.結果判定木箱に並んだ色票のうらの数字を,順番に表にかき線で結ぶ.正常であれば数字順にならび円形になるが,離れた番号の色票が隣にくると,線が横断し円形にならない.典型的な検査結果を図3に示す.横断線が2本以上1058あたらしい眼科Vol.37,No.9,2020(18)PassFail1型色覚Fail2型色覚444262626111353535基準色票基準色票基準色票777888151413121011915141312101191514131211109Passoneerror横断線が1本Passminorerrors線が横断しないわずかな誤り123456123456基準色票7基準色票78899151510101414131312111211図3パネルD.15テスト典型的な検査結果正常1型色覚2型色覚図5色相環

重症アレルギー性結膜疾患の治療戦略-免疫抑制点眼液をどう使うか

2020年9月30日 水曜日

重症アレルギー性結膜疾患の治療戦略─免疫抑制点眼薬をどう使うかTreatmentStrategyforSevereAllergicConjunctivalDiseases─HowtoUseProperlyImmunosuppressiveEyeDrops福島敦樹*I重症アレルギー性結膜疾患1.分類と定義アレルギー性結膜疾患(allergicCconjunctivalCdiseas-es:ACD)はアレルギー性結膜炎(allergicCconjunctivi-tis:AC),アトピー性角結膜炎(atopicCkeratoconjunctivi-tis:AKC),春季カタル(vernalkeratoconjunctivitis:VKC),手術用縫合糸やソフトコンタクトレンズなどの異物が関与する巨大乳頭結膜炎(giantCpapillaryCcon-junctivitis:GPC)の四つのタイプに分類される1).分類のカギになる所見は巨大乳頭や輪部増殖に代表される結膜増殖性変化であり,増殖性変化が顕著であるCVKCなどは重症に分類される1).AKCは増殖性変化を認める場合と認めない場合があるが,角膜病変を伴うことが多く,重症に分類される.すなわち,重症CACDとはAKCとCVKCをさす.C2.疫学日本におけるCACDの有病率や地域分布の全国規模の調査は,20年前の日本眼科医会の調査報告2)以降,行われていない.ACDの疫学的データのアップデートおよび新規取得することを目的に,日本眼科アレルギー学会で調査を行った.具体的には,日本の全眼科医ならびにその家族を対象としたインターネットCWebアンケートを用い,ACDおよび背景因子の実態を調査した3).回答率はC10.8%,平均年齢はC33.3歳,男女比はほぼC1:1であった.ACD全体の有病率はC48.7%であり,重症型であるCAKCの有病率はC5.3%,VKCの有病率はC1.2%であった.AKCの特徴として,北海道,首都圏,中部,近畿の特定地域に多く分布していたこと,年齢分布がC5~9歳およびC20歳代に山を認める二峰性を示すことが明らかとなった(図1).一方,VKCは地域分布に偏りを認め,年齢分布に関しては,20歳代に多いという結果であった(図2).本報告は有病率を調査した結果であることから,AKC,VKCとも小児期より発症している可能性が高いと考えられる.C3.AKC,VKCが重症である理由前述のようにCAKCとCVKCでは角膜傷害を認めるために重症に分類される.ではなぜ,角膜傷害をきたすのか?ACDに共通する発症機序はCI型アレルギーであるが,重症に認める結膜増殖性変化は,I型アレルギーのみでは説明がつかない.結膜増殖性変化の代表所見である巨大乳頭の病理組織像をみると,好酸球浸潤,線維芽細胞の増生,細胞外マトリックスの沈着に加えて,数多くのCT細胞の浸潤もみられる.そのほか,一連の研究結果から,重症化の鍵を握る細胞はCT細胞であることが明らかとなった(図3).CII重症ACDの治療1.なぜ免疫抑制点眼薬が必要か軽症・重症にかかわらずCACDの発症にはCI型アレル*AtsukiFukushima:高知大学医学部眼科学講座〔別刷請求先〕福島敦樹:〒783-8505高知県南国市岡豊町小蓮高知大学医学部眼科学講座C0910-1810/20/\100/頁/JCOPY(9)C1049abAdjustedpredictionswith95%CIs0VeryhighHighMediumLow線形予測.05.1.150~4歳5~9歳10~19歳20~29歳30~39歳40~49歳50~59歳60~69歳(8.08748,23.98121]年齢(2.09518,8.08748](1.39e-15,2.09518][-1.25e-14,1.39e-15]図1AKCの地域差と年齢分布AKCは北海道,首都圏,中部,近畿の特定地域に多く分布していた(Ca).AKCの年齢分布は,5~9歳およびC20歳代の二峰性を示した(Cb).(第C122回日本眼科学会総会一般口演CO1-086の発表スライドを改変)CAdjustedpredictionswith95%CIsab.1VeryhighHighMediumLow線形予測.0500~4歳5~9歳10~19歳20~29歳30~39歳40~49歳50~59歳60~69歳年齢(.72498,6.00768](2.60e-16,.72498](-2.60e-16,2.60e-16][-1.65e-15,-2.60e-16]図2VKCの地域差と年齢分布VKCは地域分布に偏りを認めた(Ca).年齢分布に関しては,20歳代にピークを認めた(Cb).(第C122回日本眼科学会総会一般口演CO1-086の発表スライドを改変)ギーが関与するため,重症においても,I型アレルギーを抑制する抗アレルギー点眼薬が基盤点眼薬として用いられる.しかし,抗アレルギー点眼薬には免疫抑制能はない.重症ではCT細胞が非常に重要な役割を果たすため,T細胞の機能を制御する免疫抑制点眼薬やステロイド点眼薬が必要となる.免疫抑制薬の抑制能はCT細胞への選択性が高いことが知られており,重症CACDに対する治療として適切と考えられる.2.免疫抑制点眼薬のこれまで免疫抑制点眼薬は自家調整薬あるいは治験薬として使用された結果,重症CACDに非常に効果的であることが明らかとなった.2006年にシクロスポリン点眼薬が,2008年にはタクロリムス点眼薬も発売された.両点眼薬とも治験ならびに市販後全例調査が行われた.その結果をみると,両点眼薬の投与により自覚症状,他覚所見とも有意な改善を認め,ステロイド点眼薬の減量または1050あたらしい眼科Vol.37,No.9,2020(10)MBPEPOECP組織障害角膜図3重症化の免疫学的機序結膜に浸潤したCT細胞はCIL-4を分泌し,線維芽細胞のケモカイン分泌を促進し,好酸球を遊走させる.T細胞から分泌されたCIL-5は好酸球を活性化する.その結果,好酸球から組織傷害性蛋白(MBP,ECP,EPO)が放出され,角膜傷害に至る.(眼アレルギーフォーラムC21より作成)※1:シクロスポリン点眼液ルート※2:タクロリムス点眼液ルートパターン2bパターン1図4春季カタルのパターン治療のための免疫抑制点眼薬の使い方ステロイド点眼薬と併用するか,ステロイド点眼薬から変更するかに関して,シクロスポリン点眼薬とタクロリムス点眼薬の使い分けがポイントとなる.(文献C8より引用)表1高知大学眼科における春季カタル患者のタクロリムス点眼回数とステロイド点眼割合の長期経過タクロリムス平均点眼回数C2.47C2.47C2.20(使用者患者数/全患者数)(15/15)(15/15)(15/15)ステロイド点眼使用頻度80%40%0%(使用者患者数/全患者数)(12/15)(6/15)(0/15)症例内訳:男女比=13:2,初診時平均年齢C17.3歳(6~46歳).病型は輪部型:66.6%,眼瞼輪部混合型:33.3%.平均観察期間64.6カ月(18~108カ月).

先天鼻涙管閉塞症の治療-涙管ブジーか涙道チューブか

2020年9月30日 水曜日

先天鼻涙管閉塞症の治療─涙管ブジーか涙道チューブかManagementofCongenitalNasolacrimalDuctObstruction中山知倫*渡辺彰英*I先天鼻涙管閉塞症とは1.臨床像先天的に鼻涙管が閉塞しており,流涙をおもな症状とし(図1),鼻涙管閉塞による涙.炎(図2),流涙による眼瞼皮膚炎(図3)を合併することがある.C2.原因先天鼻涙管閉塞症の原因は多くが鼻涙管形成不全であり,典型的には鼻涙管の鼻腔内開口部付近にあるHasner弁の部分で閉塞しているとされる1).C3.発生率と合併症先天鼻涙管閉塞症は幼児のC6~20%に認められる2).片側性が多く,両側性はC20%程度とされる3).原因は今のところ不明であるが,不同視弱視をC10~12%合併するとの報告もある4).CII診断と鑑別疾患1.問診まず流涙症があることを確認する.先天疾患であり,いつから症状があるのかの確認も重要である.症状が出生直後に認められないこともあるが,多くは生後C1カ月以内で症状が発生する.2.診察a.涙.部の圧迫による涙液の逆流鼻涙管閉塞によって涙液が涙.に留まっており,その涙液の逆流を涙.部の圧迫により認める.Cb.フルオレセイン消失試験鼻涙管閉塞により眼表面の涙液の排泄が滞るため,涙液をフルオレセインで染色するとその消失が遅れる.正常であればC5分以内で消失する.Cc.診断鼻涙管閉塞の診断には通水検査が有用であるが,対象が小児であると身体を抑える必要があり,適切に行うことが非常に困難である.したがって上記Ca,bにて鼻涙管閉塞の診断とする.そして,次に述べるその他の流涙症原因疾患を除外できれば,先天鼻涙管閉塞症と診断できる.C3.鑑別診断睫毛内反症(図4)や先天緑内障などによる角膜への物理的刺激による流涙症,結膜炎などによる炎症による流涙症,涙.皮膚瘻のようなその他の鼻涙管の先天異常による流涙症がないか確認する.ただし,これらと先天鼻涙管閉塞症が併発することもあるので,その点は注意が必要である.このなかでは先天緑内障は見落とすと視力に影響を及ぼすためとくに注意を要する.角膜径に差がないか,あるいは触診で眼圧に大きな差がないか確認してみることが,簡便で有用な方法である.*TomomichiNakayama&*AkihideWatanabe:京都府立医科大学大学院医学研究科視覚機能再生外科学〔別刷請求先〕中山知倫:〒602-0841京都市中京区河原町広小路上ル梶井町C465京都府立医科大学大学院医学研究科視覚機能再生外科学C0910-1810/20/\100/頁/JCOPY(3)C1043図1左先天鼻涙管閉塞症図2左先天鼻涙管閉塞症に続発した涙.炎図3両先天鼻涙管閉塞症に続発した眼瞼皮膚炎図4睫毛内反症図5a:右先天鼻涙管閉塞症に涙.皮膚瘻を合併した症例,b:涙管チューブ挿入術と涙.皮膚瘻閉鎖術施行後図6a:両先天鼻涙管閉塞症に涙.炎を合併した症例(出生時),b:3カ月後生後C3カ月で自然軽快.図7a:右先天鼻涙管閉塞症の症例(3歳,男児),b:治療後a:涙管チューブ挿入術を施行することにした.b:右流涙症状は改善している.表1先天鼻涙管閉塞症に対する涙管ブジー術と涙管チューブ挿入術の比較月齢難症例再発症例麻酔合併症涙管ブジー術(内視鏡なし)早期推奨治癒率低下治癒率低下局所麻酔構造破壊,菌血症涙管チューブ挿入術(内視鏡あり)関係ない対応可能対応可能全身麻酔チューブ関連-

序説:いまどきの小児眼科の傾向と対策

2020年9月30日 水曜日

いまどきの小児眼科の傾向と対策TrendsandCountermeasuresinModernPediatricOphthalmology外園千恵*杉山能子**高齢化とともに眼科の受診患者に占める小児の割合は年々減少している.しかし眼科医療における小児眼科の重要性に変わりはなく,誰もが眼を酷使する昨今の状況を考慮すると,むしろ今まで以上に子どもの眼を守る方策を考えていかねばならない.本特集では,小児眼科の基本を押さえながらアップデートな情報を集約し,小児眼科診療に関する疑問に応えることをめざした.病気を説明するのは医師の役割であるが,いまどきの保護者は聞いた病名をネットで検索する.ネット情報が保護者の正しい理解につながればよいが,実際にはまちがった解釈をしたり,質問への対応に外来で多大な時間を要したりする.一方,卒後臨床研修や眼科初期研修において小児の眼疾患に遭遇する機会が減り,小児眼科に苦手意識をもつ若手医師は少なくないのではないかと危惧される.本特集では,まず小児に多い疾患として,先天鼻涙管閉塞症,重症アレルギー性結膜炎,色覚異常をとりあげた.先天鼻涙管閉塞症に「ブジーをするべきか」「涙道チューブの適応は?」という疑問には,京都府立医科大学の中山知倫先生と渡辺彰英先生に答えていただいた.眼に局所使用できる免疫抑制薬が処方可能となってから10年以上が経過した.重症アレルギー性結膜炎に対し免疫抑制薬の点眼をどう使うのかを,高知大学の福島敦樹先生に解説いただいた.色覚異常については,基本事項,眼科での精査からインターネット情報まで,滋賀医科大学の岩佐真紀先生,村木眼科の村木早苗先生にご教示いただいた.近年あらたに開発されたスポットビジョンスクリーナー(SVS)は,その簡便性もあって眼科よりも先に小児科で広まった.「三歳児健診にSVSは有用か?」という問いに,山形大学の林思音先生に回答いただいた.子どもをもつ保護者に共通して関心の深い近視については,学術記事から商売目的と思えるものまで,さまざまな情報があふれている.これらを踏まえたうえでの保護者対応を,生野眼科の山田裕華先生と生野恭司先生に解説いただいた.またオルソケラトロジーによる近視抑制の研究について,国際動向も踏まえて京都府立医科大学の中村葉先生に紹介いただいた.マスコミでもとりあげられている,いわゆるスマホ内斜視(後天急性内斜視)はいったいどのような病態なのだろうか.浜松医科大学の佐藤美保先生に解説いただいた.患者支援の面から,三つの題目を各専門家に引き受けていただいた.最先端の眼科医療と患者支援をしている神戸アイセンターの吉田晶子先生,前田亜希子先生,高橋政代先生に,遺伝性網膜疾患のカウ*ChieSotozono:京都府立医科大学大学院医学研究科視覚機能再生外科学**YoshikoSugiyama:金沢大学附属病院眼科0910-1810/20/\100/頁/JCOPY(1)1041

調節安静位における調節微動の変化を指標とした0.01%イブジラスト点眼液の眼疲労に対する有効性の評価

2020年8月31日 月曜日

調節安静位における調節微動の変化を指標とした0.01%イブジラスト点眼液の眼疲労に対する有効性の評価有馬武志仲野裕一郎高橋浩日本医科大学眼科学教室ProofofConceptTrialof0.01%IbudilastOphthalmicSolutionforEyeFatigueinHealthyAdultsTakeshiArima,YuuichirouNakanoandHiroshiTakahashiCDepartmentofOphthalmology,CNipponMedicalSchoolC目的:イブジラスト点眼液の眼疲労に対する有効性を明らかにするために,健康成人に対し携帯用テレビゲームによる調節負荷を加えて,一時的に眼疲労を生じさせたときの調節微動の推移を比較検討した.対象および方法:健康成人C10名を対象として,携帯用テレビゲームによる負荷後にC0.01%イブジラスト点眼液もしくは人工涙液をC1回点眼した.他覚所見は負荷前の調節安静の視標位置を基準にした調節微動出現頻度の数値を,自覚症状はCvisualCanaloguescale(VAS)を用いて,負荷前,負荷後,安静後の推移を比較した.結果:自覚症状は,両薬剤とも負荷後から安静後にかけて有意に改善した.また,0.01%イブジラスト点眼液は,人工涙液と比較して,負荷後から安静後まで調節安静位における調節微動を有意に減少させた.結論:0.01%イブジラスト点眼液は眼疲労に対する治療薬としての可能性が示唆された.CPurpose:Inordertoclarifythee.ectivenessof0.01%ibudilastophthalmicsolutiononeyefatigue,weevalu-atedCtheCchangesCofCtheCaccommodativeCmicro.uctuationCinChealthyCadultsCwhenCplayingCaCportableCvideoCgame.CMethods:ThisCstudyCinvolvedC10ChealthyCadultsCwhoCwereCadministered0.01%CibudilastCophthalmicCsolutionCorCarti.cialCtearsCatCtheCendCofCplayingCaCportableCvideoCgame.CPrimarily,CtheCchangesCofCtheCaccommodativeCmicro.uctuationintherestingstatewereevaluated,andthenanalyzedincorrelationwiththechangesofthevisu-alanaloguescale(VAS)values.Results:TheVASvaluesweresigni.cantlyimprovedafteradministrationinbothdrugCgroups.CInCaddition,CcomparedCwithCarti.cialCtears,0.01%CibudilastCophthalmicCsolutionCsigni.cantlyCreducedCtheCaccommodativeCmicro.uctuationCinCtheCrestingCstateCfromCtheCendCofCplayingCtheCportableCvideoCgameCtoCtheCendofthetest.Conclusion:Our.ndingssuggestthat0.01%ibudilastophthalmicsolutionmaybeausefultreat-mentoptionforeyefatigue.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C37(8):1027.1034,C2020〕Keywords:健康成人,イブジラスト,眼精疲労,HFC.healthyadult,ibudilast,asthenopia,HFC.はじめに眼の疲労には,休息によっても容易に回復しない病的な疲労である「眼精疲労」と,休息によって回復し翌日まで残存しない生理的な疲労である「眼疲労」がある1).眼精疲労の発症要因としては,外環境要因,視器要因および内環境要因・心的要因の三つに分類2)されており,このC3要因のバランスが崩れたときに眼精疲労が発症するとされている3).つまり,健康な状態においてCVDT(visualCdisplayterminal)作業によって生じる一時的な眼の疲れは「眼疲労」であり,一方恒常的なCVDT作業による近業作業の繰り返しに加え,たとえば,仕事による心的ストレスが加わるなどで,休息によっても疲れが回復しないような状態が「眼精疲労」であるといえる.このような眼疲労に関する評価については,調節安静位に〔別刷請求先〕有馬武志:〒113-8603東京都文京区千駄木C1-1-5日本医科大学眼科学教室Reprintrequests:TakeshiArima,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology,NipponMedicalSchool,1-1-5,Sendagi,Bunkyo-ku,Tokyo113-8603,JAPANCおける眼疲労度に関する報告が散見される4.7).これは,被験者の調節努力の介入が少なく,再現性が期待でき,わずかな調節機能変化を他覚的に定量評価できる可能性に基づく8).しかしながら,これらの報告で用いられた測定方法では,測定環境の違いで結果が左右されるなど,安定した計測ができないという問題があった9).一方,近年,オートレフケラトメータを用いて毛様体筋の揺らぎ(調節微動)を測定し,その高周波成分の発現頻度(highCfrequencyCcompo-nent:HFC)の解析を可能としたソフトウエアCAA-2(ニデック)が登場したことで,測定環境に左右されることなく,眼疲労度を客観的に評価できる可能性が示唆されている9).このようななか,國重ら10)は,HFC値による眼精疲労の他覚的評価の可能性を示したが,自覚症状との相関には検討の余地を残した.また,梶田ら11)は,病的な眼精疲労を呈しない集団におけるC1日のCVDT作業前後のCHFC値と自覚症状推移の相関について検討しているが,やはり明確な相関は得られておらず,眼疲労の自覚症状と他覚的指標による総合的な評価には課題を残した.一方,同報告においては,眼疲労評価の新しいパラメータとしてCHFCmin値(VDT作業開始前の視標距離C2Cm.50Ccm間における最小CHFC値の視標位置を基準としたCHFC値)の有用性が提唱された.眼精疲労に対する治療アプローチとして,1967年にC0.02%シアノコバラミン(ビタミンCBC12)点眼液が調節性眼精疲労における調節微動の改善薬として承認されている.また,0.02%シアノコバラミン点眼液で改善が認められない強い自覚症状を訴える患者に対しては,調節緊張(毛様体筋の異常緊張)を緩和する目的で,0.4%トロピカミド点眼液やC1%シクロペントラート塩酸塩点眼液などが使用されているが,調節麻痺や散瞳を生じるため,その適用は限定的である.一方,2000年にアレルギー性結膜炎治療薬として発売されたイブジラスト点眼液(ケタス点眼液C0.01%)の有効成分であるイブジラストは,散瞳・縮瞳作用を示すことなく,毛様体筋の異常緊張に対する弛緩作用を示すことが報告12)され,調節性眼精疲労に対する新たな治療選択肢となる可能性が示された.臨床的には,眼精疲労を自覚する患者へのイブジラスト点眼液C1日C4回点眼により,HFC67cmおよびHFC1Cmの有意な低下が認められた10).一方,同報告では,眼精疲労がさまざまな環境因子の影響を受けることなどから,評価の限界に触れている.今回筆者らは,健康成人に対し調節負荷を加え,一時的に眼疲労を生じさせた際の調節安静位における調節微動の推移を測定し,イブジラスト点眼液の調節性眼疲労に対する有効性について検討したので報告する.CI対象および方法本研究は,2017年C11月.2018年C2月末に,文書により研究への参加に同意が得られ,①C20歳以上C30歳未満である,②本研究に影響を与える既往歴や合併症〔ドライアイ(BUT5秒未満),アレルギーを含む眼炎症,感染症,緑内障,糖尿病〕を有しない,③被験薬に対するアレルギーを有しない,④妊娠中,授乳中あるいは妊娠の可能性がない,⑤眼科手術既往歴がない,⑥角膜上皮障害を認めない,⑦視標に対して調節ができる,⑧負荷後のCHFC1がC50以上または負荷後にCHFC1が上昇した,⑨調節性眼精疲労を効能に有する市販薬を含めた点眼薬を使用せず,また機能性食品(アスタキサンチンなど)を摂取していない,⑩遠視でない(負荷前の等価球面度数にて判定),以上のC10項目をすべて満たす者を対象とした.本研究は,無作為化二重遮閉比較試験として実施した.すなわち,被験薬であるイブジラスト点眼液もしくは人工涙液マイティア点眼液(以下,人工涙液)を無作為に割付し,外観からは識別不能である小箱に封入・封緘した.研究方法は図1に示したとおりであり,来院時検査として,性別,矯正視力,屈折値,乱視度数,角膜所見,BUT検査を行った.安静はC20分とし,負荷のためのゲーム時間はC30分とした.負荷作業は,遠方完全矯正屈折値にC.0.75Dを負荷した過矯正レンズが装着された眼鏡を装用し,眼から30Ccmの位置に固定できるようにゲーム機に紐をつけて研究対象者の首にかけ,落ち物ゲームを行った.なお,ゲーム機はニンテンドウC3DS(任天堂)を用いた.負荷前検査,負荷後検査,安静①後検査,安静②後検査では,調節微動,屈折値および調節応答量を測定した.なお,被験薬は負荷後検査の後に,主治医以外の医師が両眼にC1回1滴点眼し,負荷後検査でCHFC1が高値を示した眼を評価対象眼とした.屈折値は,測定された等価球面値に乱視度のC1/2を加算した値を用い,調節応答量はCrangeCofaccommodationの値とした.なお,測定には乱視矯正付きオートレフケラトメータCARK560A(ニデック)を使用し,負荷前検査値と各検査時の被験薬内の数値を比較した.調節微動は,調節機能測定解析ソフトCAA-2(ニデック)がインストールされたパーソナルコンピュータに接続されたARK560Aにて測定した.HFCは,オートレフケラトメータで得られた屈折度を基準に,視標位置+0.5.C.3.0Dを0.5D間隔でC8段階にステップ状に切り換えて,各ステップにおける視標を注視した際に生じる調節応答波形を計測したものである13).計測された値は,AA-2により解析され,各測定位置におけるCHFC,0.C.0.75Dまでの調節状態におけるCHFCの平均値であるCHFC1,C.1.C.3Dまでの調節状態におけるCHFCの平均値であるCHFC2,HFCの総平均,およびCrangeCofaccommodationなどがCFk-mapとともに表示される(図2).また,通常,視標の最遠点からの近方移動によ図1研究スケジュール図2Fk.mapと測定値りCHFCはいったん上昇し,極大値を示した後にわずかに減少し,調節安静位付近で極小値を示す9).この極小値がもたらす屈折度と雲霧状態における屈折値の平均が近似した値を呈することから,HFCの極小値は調節安静位におけるCHFCであることが示唆されている8).以上のことから,本研究においては,調節微動測定にて視標位置C2Cm.50Ccm間における最小CHFC値を示した視標位置を調節安静位とし,負荷前の調節安静位でのCHFC値をCHFCmin(たとえば,負荷前検査において視標距離C2Cmで最小CHFC値を示した場合,視標位置C2CmのCHFC値をCHFCmin値とする)として,評価指標とした.自覚症状は,症状がない状態をC0(左端),症状が一番強い状態をC10(右端)と規定したC100Cmmの長さの線分上に被験者自身が縦線をマークするCVAS(visualCanaloguescale)を用いた.各検査時にはそれまでに記載したマークを被験者自身が確認したうえでマークすることとし,左端からマークまでの距離(mm)を自覚症状のスコア値とした.他覚所見(HFCmin)と自覚症状(VAS)の相関検討には,負荷後と安静①,安静②後の変化量を用いた.有害事象は,被験者の訴えがあった際に主治医が確認することとした.なお,本研究は日本医科大学病院薬物治験審査委員会の承認後,UniversityCHospitalCMedicalCInformationCNetwork(https://center.umin.ac.jp)に登録のうえ,実施した(UMIN000029611).また,本研究の実施にあたり千寿製薬の資金提供を受けた.CII統.計.解.析被験薬間の比較はCWelchのCt検定,被験薬内の比較はCpairedt検定を行い,HFCmin値とCVASの変化量はCPeasonの相関を検討した.なお,有意水準は両側C0.05とし,統計解析にはCSASCstatisticalsoftware(versionC9.4CforCWin-dows,SASInstituteInc.)を使用した.C本研究は,参加者C23名のうち,負荷後にCHFC1値がC50未満または上昇しなかった症例(5例),初診時にCBUTがC5秒未満であった症例(2例),6D以上の強度近視(3例),他覚所見で調節緊張を疑われた症例(3例)を除外したC10症例を対象とした.対象者の背景は表1に示すとおりで,イブジラスト点眼液群C4例(すべて男性),人工涙液群C6例(男性C3例,女性C3例)の計C10例であった.来院時における矯正視表1被験者背景イブジラスト人工涙液負荷前負荷後安静①後安静②後イブジラスト点眼液群人工涙液群症例数C4C6性別男性C4C3女性C0C3矯正視力(logMAR)C.0.08±0.00C.0.08±0.00屈折値C.2.66±2.08C.3.42±1.46乱視度数C0.56±0.80C0.83±0.83角膜所見CA0D0C3C1CA1D1C1C5BUT検査C5.0±0.0C5.2±0.4C0.00-1.00-2.00屈折値(D)-2.76-2.91-2.83-3.00-3.48-3.42-3.49-3.52-4.00-5.00-6.00図3屈折値の推移と比較イブジラスト人工涙液3.00HFCminの変化量の比較においては,負荷後と安静①後C2.50との変化量(イブジラスト点眼液群:C.3.96±3.76,人工涙2.152.012.072.012.07*1.592.10*1.98調節応答量(D)液群:7.10C±5.33)ならびに負荷後と安静②後との変化量(イブジラスト点眼液群:C.5.26±5.93,人工涙液群:4.61C±5.22)において,イブジラスト点眼液群は,人工涙液群と比2.001.501.00較して有意に減少した(p=0.005,0.036)(図6).0.500.00負荷前負荷後安静①後安静②後*:p<0.05図4調節応答量の推移と比較ARK560Aで測定されたCrangeofaccommodationの値.力,屈折値,乱視度数,BUT値に被験群間で有意な差はなく,角膜所見においても角膜上皮障害が重症である症例はなかった.なお,本研究の参加者は,全員が日本医科大学医学部在学中のC5年生であった.屈折値は,来院時から安静②後まで両群ともに有意な変化はみられなかった(図3).一方,調節応答量は,イブジラスト点眼液群では負荷前から安静②後までの間に有意な変化はみられなかったが,人工涙液群では負荷前と比較して負荷後に有意に調節力が低下(負荷前:2.07C±0.40D,負荷後:1.59C±0.52D,p=0.036)し,安静②後にかけて有意に調節力は回復した(安静②後:1.98C±0.57D,p=0.014)(図4).HFCminの推移は図5に示すとおりで,全症例においては,負荷前と比較して安静①後に有意に上昇した(負荷前:C49.23±4.36,安静①後:54.62C±5.93,p=0.016).また,人工涙液群においては,負荷前と比較して安静①後および安静②後(負荷前:49.33C±5.62,安静①後:57.04C±6.61,安静②後:54.55C±8.46,p=0.024,0.039),負荷後と比較して安静①後に有意に上昇した(負荷後:49.94C±5.48,Cp=0.022).VASの全症例における推移は,負荷前:19.1C±18.7,負荷後:45.8C±17.8,安静①後:22.8C±19.1,安静②後:12.0C±11.8であり,負荷前から負荷後に有意に上昇し(p<0.001),その後安静②後にかけて有意にスコア値が減少した(負荷後Cvs安静①後,安静②後ともにp<0.01,安静①後Cvs安静②後:p=0.023)(図7a).また,被験群間のCVASの推移は,イブジラスト点眼液群においては,負荷前:21.8C±20.1,負荷後:54.5C±19.0,安静①後:26.8C±22.3,安静②後:14.0C±13.5(図7b),人工涙液群では,負荷前:17.3C±19.4,負荷後:40.0C±15.8,安静①後:20.2C±18.4,安静②:C10.7±11.7であり(図7c),負荷前から負荷後に有意に数値が上昇(イブジラスト点眼液群:p=0.021,人工涙液群:p=0.013)し,負荷後から安静①後(イブジラスト点眼液群:Cp=0.018,人工涙液群:p<0.001),安静②後(イブジラスト点眼液群:p=0.024,人工涙液群:p<0.001)にかけて有意に減少したが,負荷後から安静②後までのCVASの変化量の比較においては,両群間に有意な差を認めなかった(図8).3D画像視聴により近点が延長される報告がある14)ため,本研究においても負荷による調節安静位の延長や短縮といった調節安静位の移動について検討した.負荷前と比較して負荷後の調節安静位が近方に移動した症例を近視化症例,遠方に移動した症例を遠視化症例,移動しなかった症例を変化なし症例と定義したところ,表2に示したとおり,近視化症例はC3例(イブジラスト点眼液群:2例,人工涙液群:1例),遠視化症例はC2例(すべてイブジラスト点眼液群),変化なa:全症例b:イブジラストc:人工涙液707060605050調節微動(HFCmin)54.9450.9949.094049.68302010調節微動(HFCmin)49.9454.554049.3330**20*100負荷前負荷後安静①後安静②後0負荷前負荷後安静①後安静②後負荷前負荷後安静①後安静②後*:p<0.05図5HFCminの推移イブジラスト■人工涙液151050-5-10-15安静①後-負荷後安静②後-負荷後*:p<0.05図6HFCminの変化量の比較a:全症例b:イブジラストc:人工涙液100**100**100**調節微動(HFCmin)の変化量21.854.5*26.814.09090スコア値(mm)4030208070605040302080706050403020100負荷前負荷後安静①後安静②後負荷前負荷後安静①後安静②後負荷前負荷後安静①後安静②後*:p<0.05図7VASの推移し症例はC5例(すべて人工涙液群)であった.イブジラスト静①後以降に調節安静位が近方もしくは遠方に移動したが,点眼液群で近視化したC2症例は,安静①後以降,調節安静位1症例は負荷前から安静②後を通して調節安静位は移動しなが負荷前と同じ位置に戻った.人工涙液群では,5症例で安かった.イブジラスト■人工涙液0.0-10.0安静①後-負荷後安静②後-負荷後スコア変化量(mm)-20.0-30.0-40.0-50.0-60.0-70.0*:p<0.05図8VASの変化量の推移表2各検査時における調節安静位被験薬症例負荷前負荷後安静①後安静②後イブジラスト点眼液C1C2C3C4C2CmC1CmC1CmC2CmC1CmC2CmC2CmC1CmC2CmC67CcmC1CmC2CmC2CmC2CmC67CcmC2Cm人工涙液C1C2C3C4C5C6C2CmC1CmC2CmC2CmC2CmC2CmC2CmC67CcmC2CmC2CmC2CmC2CmC1CmC1CmC1CmC1CmC2CmC1CmC1CmC2CmC1CmC1CmC2CmC67Ccm調節安静位:各検査時の庁瀬微動測定時において,2Cm.50Ccm間の最小CHFCを記録した指標位置.a:近視化(n=3)b:遠視化(n=2)c:変化なし(n=5)80707047.6156.8251.8255.1049.0148.44*57.43**52.4950.6854.5251.8051.1370605040302010調節微動(HFCmin)調節微動(HFCmin)調節微動(HFCmin)6050403020106050403020100負荷前負荷後安静①後安静②後0負荷前負荷後安静①後安静②後負荷前負荷後安静①後安静②後*:p<0.05図9調節安静位の変化とHFCminの推移a:近視化(調節安静位が負荷前と比較して負荷終了時に近方へ移行した症例)Cb:遠視化(調節安静位が負荷前と比較して負荷終了時に遠方へ移動した症例)Cc:変化なし(調節安静位が負荷前と比較して負荷終了時に変化しなかった症例)図9に示したとおり,調節安静位の移動別のCHFCminは,安静①後:51.82C±2.78,安静②後:55.10C±6.54,変化なし近視化症例では,負荷前:50.68C±1.11,負荷後:54.52C±症例では,負荷前:49.01C±6.22,負荷後:48.44C±4.55,安4.83,安静①後:51.80C±2.87,安静②後:51.13C±12.31,遠静①後:57.43C±7.31,安静②後:52.49C±7.59であり,変化視化症例では,負荷前:47.61C±1.52,負荷後:56.82C±0.77,なし症例において負荷前と安静①後および安静②後,負荷後8080*57.720.727.37.0**19.637.6*17.811.0スコア値(mm)スコア値(mm)706050706050101000負荷前負荷後安静①後安息②後負荷前負荷後安静①後安静②後負荷前負荷後安静①後安静②後*:p<0.05図10調節安静位の変化とVASの推移a:近視化(調節安静位が負荷前と比較して負荷終了時に近方へ移行した症例)Cb:遠視化(調節安静位が負荷前と比較して負荷終了時に遠方へ移動した症例)Cc:変化なし(調節安静位が負荷前と比較して負荷終了時に変化しなかった症例)と安静①後に有意に上昇した(それぞれCp=0.041,0.016,C00.003).-10調節安静位の移動別のCVASの推移は図10に示したとお-20りであり,近視化症例では負荷前:20.7C±25.4,負荷後:ΔVAS(mm)57.7±10.7,安静①後:27.3C±19.4,安静②後:7.0C±1.7(図10a),遠視化症例では,負荷前:15.5C±9.2,負荷後:48.5±27.6,安静①後:28.5C±27.6,安静②後:22.0C±17.0(図-30-4010b),変化なし症例では,負荷前:19.6C±20.7,負荷後:-5037.6±16.4,安静①後:17.8C±19.5,安静②後:11.0C±13.1(図10c)であり,近視化症例および変化なし症例において,負荷前と比較して負荷後には有意に上昇し(p=0.049,0.017),近視化症例における負荷後と安静②後,変化なし症例の負荷後と安静①後および安静②後とで有意に減少した(それぞれCp=0.017,<0.001,<0.001).HFCminとCVASの相関は図11に示すとおり,負荷後と安静②後との変化量において有意な相関を認めた(r=0.653,p=0.041).なお,本研究において有害事象の発現は認められなかった.CIV考按イブジラスト点眼液群において,負荷後から安静①後および安静②後のCHFCminの変化量は,人工涙液群と比較して有意に減少したことから,イブジラスト点眼液による調節微動の軽減効果が示唆された.イブジラスト点眼液群のCHFCminは,負荷後に最高値を示し,以降安静②後にかけて減少した.イブジラストは,ホスホジエステラーゼ(PDE)を阻害15)し,環状アデノシン・1リン酸(cyclicCadenosinmonophosphate:cAMP)の活性を維持することで毛様体筋を弛緩させる12)と考えられている.また,ウサギへのイブジラスト点眼液単回投与試験で-60r=0.653p=0.041-70-15.00-10.00-5.000.005.0010.0015.00ΔHFCmin図11ΔVASとΔHFCminの相関(負荷後と安静②後の変化量)は,10分後に虹彩・毛様体への移行濃度がC881Cng/gと最高濃度を示し,以降は漸減し,30分後でC358Cng/g,60分後で106Cng/gであった16).PDEに対するイブジラストのC50%阻害濃度(ICC50)の値はC110Cng/mlである12)ことから,その効力は約C60分間持続すると考えられる.負荷後から安静②後までの時間が約C40分であったことから,イブジラスト点眼液が虹彩・毛様体筋に直接作用することによりCPDEを阻害し,毛様体筋弛緩作用を発現した結果,調節微動を軽減したものと考えられた.一方,人工涙液群は,負荷前に比べ負荷後にはCHFCminの変化がなかったが,そのときC6例中C5例で調節安静位の変化もなかった.その後,安静①後ではC6例中C4例,安静②後ではC6例中C5例で調節安静に変化が生じており,HFCminも上昇していることから,何らかの理由により調節安静位の変化が遅れたため,眼疲労の出現時期が遅れたものと推察された.しかし,点眼や安静によってもCHFCminを減少させることができなかったことから,人工涙液の点眼による角膜表面の安定化だけでは毛様体筋に対する影響がないことが示唆された.調節安静位の遠視化については,3D画像の視聴により調節と輻湊の不一致が生じ,調節努力により近点が延長したという報告14)や,間欠性外斜位患者では輻湊や調節により多くの負荷が生じるという報告17)があることから,本研究においてもこれらの要因によってCHFCminが上昇したものと推察される.また,近視化した症例では,疲労のために調節安静位が近方へ移動した結果,毛様体筋における神経支配が副交感神経有意になり,毛様体筋が収縮し,HFCminが上昇したと考えられた.しかしながら,調節安静位が移動しなかった症例の説明については今後の課題である.HFCminとCVASとの間では,負荷後と安静②後との変化量において相関が認められたことから,HFCminは自覚症状を反映するのに有用であることが示唆された.なお,屈折値については両被験薬群と負荷前から安静②後まで変化を示さなかった.また,人工涙液群において,調節応答が負荷後に有意に低下したが,6例中C5例で調節安静位の変化がなかったことや負荷前に比べ負荷後のCHFCminの変化がなかったことから,臨床的に影響を及ぼす変化でないと思われた.以上のことから,両被験薬投与による屈折値や調節応答量に影響はなかったと考えられた.以上,イブジラスト点眼液は,調節性眼精疲労に対して有用な薬剤であると考えられるが,本研究での症例数が少なかったこと,調節安静位が移動しない要因を明確にできなかったことなどの課題が認められたことから,さらなる検証が必要である.文献1)不二門尚:眼精疲労に対する新しい対処法.あたらしい眼科27:763-769,C20102)鈴村昭弘:主訴からする眼精疲労の診断.眼精疲労(三島済一編),眼科CMOOK23,p.1-9,金原出版,19853)梶田雅義:眼精疲労に対する眼鏡処方.あたらしい眼科C19:149-154,C20024)三輪隆:調節安静位は眼の安静位か.視覚の科学C16:C114-119,C19955)三輪隆,所敬:調節安静位と屈折度の関係.日眼会誌93:727-732,C19896)MiwaCT,CTokoroT:AsthenopiaCandCtheCdarkCfocusCofCaccommodation.OptomVisSciC71:377-380,C19947)中村葉,中島伸子,小室青ほか:調節安静位の調節変動量測定における負荷調節レフCARK-1sの有用性について.視覚の科学37:93-97,C20168)梶田雅義:調節応答と微動.眼科40:169-177,C19989)梶田雅義,伊藤由美子,佐藤浩之ほか:調節微動による調節安静位の検出.日眼会誌C101:413-416,C199710)國重智之,高橋永幸,吉野健一ほか:0.01%イブジラスト点眼液とC0.02%シアノコバラミン点眼液の調節性眼精疲労に対する有効性と安全性の比較.あたらしい眼科C36:C1462-1470,C201911)梶田雅義,末信敏秀,高橋仁也ほか:調節安静位における調節微動の変化を指標としたCVDT作業による眼の疲労度の評価.あたらしい眼科37:363-369,C202012)井坂光良:イブジラスのウサギ摘出毛様体平滑筋におけるカルバコール誘発収縮に対する作用.医学と薬学C60:733-734,C200813)梶田雅義:調節機能測定ソフトウェアCAA-2の臨床応用.あたらしい眼科33:467-476,C201614)難波哲子,小林泰子,田淵昭雄ほか:3D映像視聴による視機能と眼精疲労の検討.眼臨紀6:10-16,C201315)GibsonCLC,CHastingsCSF,CMcPheeCICetal:TheCinhibitoryCpro.leCofCIbudilastCagainstCtheChumanCphosphodiesteraseCenzymeCfamily.CEurCJCPhamacolC24:538(1-3):39-42,C200616)小室正勝,堀田恵,堀弥ほか:イブジラスト点眼液の体内動態(I).あたらしい眼科12:1445-1448,C199517)藤井千晶,岸本典子,大月洋:間欠性外斜視におけるプリズムアダプテーション前後の調節微動高周波成分出現頻度.日視能訓練士協誌41:77-82,C2012

妊娠37週妊婦にステロイドパルス療法を行い良好な経過をたどったVogt-小柳-原田病の1例

2020年8月31日 月曜日

《原著》あたらしい眼科37(8):1022.1026,2020c妊娠37週妊婦にステロイドパルス療法を行い良好な経過をたどったVogt-小柳-原田病の1例岡本直記瀬戸口義尚桐生純一川崎医科大学眼科学1教室CACaseofVogt-Koyanagi-HaradaDiseaseinaPregnantWomanat37WeeksofGestationTreatedwithSteroidPulseTherapywithaGoodCourseNaokiOkamoto,YoshinaoSetoguchiandJunichiKiryuCDepartmentofOphthalmology1,KawasakiMedicalSchoolC目的:妊娠C37週でCVogt-小柳-原田病(以下,原田病)を発症した患者にステロイドパルス療法を施行したC1例を報告する.症例:27歳.女性.両眼の視力低下を自覚し受診.初診時矯正視力は右眼C0.4,左眼C0.4,頭痛や耳鳴りを伴う両眼性の漿液性網膜.離を認めた.患者は妊娠中であったため,産科医と十分に協議したのちに,患者にインフォームド・コンセントを行ったうえで,ステロイドパルス療法を施行した.治療後,頭痛や耳鳴りは改善し,両眼の漿液性網膜.離も消失した.矯正視力は両眼ともC1.2に回復した.ステロイド投与による合併症は眼,全身ともに認めなかった.治療開始C19日目で,無事に児娩出となった.結論:妊娠後期に発症した原田病の患者に対してステロイドパルス療法を行い,ステロイドの合併症もなく,母子ともに良好な経過をたどった.妊娠中に発症した原田病に対して治療する際には,産科医との密接な連携と患者への十分な説明が必要であると考えられた.CPurpose:ToCreportCaCcaseCofVogt-Koyanagi-Harada(VKH)diseaseCinCaCpregnantCwomanCatC37CweeksCofCgestationwhowastreatedwithsteroidpulsetherapy.Case:A27-year-oldwomanpresentedtoourhospitalwithbilateralCvisualCimpairment.CHerCcorrectedCvisualCacuityCatC.rstCconsultationCwasC0.4CinCbothCeyes,CwithCbilateralCserousretinaldetachmentaccompaniedbyheadacheandtinnitus.InaccordancewithasuggestionobtainedfromanCobstetrician-gynecologist,CsteroidCpulseCtherapyCwasCinitiatedCafterCinformedCconsentCwasCobtainedCfromCtheCpatient.CPostCtreatment,CtheCheadacheCandCtinnitusCimproved,CandCtheCserousCretinalCdetachmentCresolvedCinCbothCeyes.CNoCsystemicCcomplicationsCdueCtoCsteroidCadministrationCwereCobserved.CConclusion:SteroidCpulseCtherapyCwasCsuccessfullyCperformedCinCaCpatientCwithCVKHCdiseaseCthatCdevelopedCduringClateCpregnancy,CwithCaCgoodCcoursenocomplicationsduetosteroidadministration.Consultationwithanobstetricianandexplanationtopatientsisnecessarywhenadministeringsystemicsteroidstopregnantwomen.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)37(8):1022.1026,C2020〕Keywords:Vogt-小柳-原田病,ステロイドパルス療法,妊娠.Vogt-Koyanagi-Haradadisease,steroidpulsetherapy,pregnancy.CはじめにVogt-小柳-原田病(以下,原田病)は,ぶどう膜炎の代表疾患で,メラノサイトを標的とした全身性の自己免疫性疾患である1).原田病に対する治療は,副腎皮質ステロイド(以下,ステロイド)の全身投与が一般的に行われる2).妊娠中は免疫寛容状態であるため原田病を罹患しにくいとされており,わが国においても報告例の数は限られている3.6).妊娠中に原田病を罹患した場合,ステロイドの全身投与は催奇形性や胎児毒性などの副作用のリスクを考慮する必要があり,治療の選択に難渋する.今回,原田病を発症した妊娠C37週の妊婦に対し,ステロイドパルス療法を施行したC1例を経験したので報告する.〔別刷請求先〕岡本直記:〒701-0192倉敷市松島C577川崎医科大学眼科学C1教室Reprintrequests:NaokiOkamoto,DepartmentofOphthalmology1,KawasakiMedicalSchool,577Matsushima,Kurashiki701-0192,JAPANC1022(122)I症例患者:27歳,女性.現病歴:2018年C7月中旬から頭痛や耳鳴りと両眼に霧視を自覚し,近医眼科を受診したが,結膜炎と診断を受けて経過観察となった.その後,視機能の増悪を認めたため,別の近医眼科を受診したところ,両眼に漿液性網膜.離(serousretinaldetachment:SRD)を指摘されて,7月下旬に川崎医科大学附属病院眼科(以下,当科)を紹介受診した.既往歴,家族歴:特記すべき事項なし.妊娠歴:1回(25歳時に自然分娩,妊娠中の経過に異常なし),流産歴なし.出産予定日:2018年C8月中旬.全身所見:頭痛や耳鳴りを認めた.産科受診にて妊娠経過図1初診時眼底写真両眼とも後極を中心に多発性漿液性網膜.離を認める.右眼左眼図2初診時OCT所見両眼にフィブリンによる隔壁が形成された漿液性網膜.離を認めた.中心窩脈絡膜厚(CCT)は,右眼C1,150Cμm,左眼1,126Cμmと著明な肥厚を認めた.図3治療開始から14日目のOCT所見両眼の網膜下液は消失しており,CCTは右眼C351Cμm,左眼C335Cμmに改善した.矯正視力は両眼ともC1.2となった.図4治療開始から22日目の眼底写真両眼の多発性漿液性網膜.離は消失している.に異常は認めなかった.C1,400初診時の血液検査と尿検査:赤血球数C4.04C×106/μl,血色8001.01,200素量C12.1Cg/dl,ヘマトクリット値C36.2%,血小板数C228C×1,000103/μl,血糖値C94Cmg/dl,血清クレアチニンC0.31Cmg/dl,尿酸C3.6Cmg/dl,推算糸球体濾過量C200.5Cml/min,尿糖(C.),小数視力CCT(μm)600400尿蛋白(C.).200当科初診時所見:視力は右眼C0.2(0.4×+0.50D),左眼0.04C00(0.4×+2.75D(cyl.0.50DAx180°),眼圧は右眼8mmHg,C08治療(日)141924左眼C9CmmHgであった.前房内炎症は認めず,また中間透光体にも異常所見は認めなかった.眼底検査では,両眼の後PSL投与量極部に多発するCSRDを認めた(図1).また,光干渉断層計(opticalCcoherencetomography:OCT)で両眼にフィブリンによる隔壁が形成されたCSRDが観察され,中心窩脈絡膜厚(centralCchoroidalthickness:CCT)は右眼C1,150Cμm,左眼C1,126Cμmと著明な肥厚を認めた(図2).経過:妊娠中のため,蛍光眼底造影や髄液検査などの侵襲的な検査は施行しなかったが,眼底所見にあわせて頭痛といった神経学的所見を認めること,耳鳴りを伴っていることから,Readらの診断基準1)をもとに,不全型原田病と診断し図5入院中におけるプレドニゾロン(PSL)の投与量と治療経過た.産科医と十分に協議したのちに,患者と家族にインフォームド・コンセントを行い,同意を得たうえで,受診当日(妊娠C37週C6日)からステロイドパルス療法を行った.メチルプレドニゾロンC1,000Cmgの点滴をC3日間施行後,検眼鏡的に網膜下液は吸収傾向にあったが,OCTではフィブリン析出を伴ったCSRDの残存を認め,CCTも右眼C627Cμm,左眼C748Cμmとまだ著明に肥厚していたため,治療開始C6日目(妊娠C38週C4日)からステロイドパルス療法C2クール目として,メチルプレドニゾロンC1,000Cmgの点滴をさらにC3日間施行した.治療開始C8日目には,矯正視力が右眼C0.9,左眼0.8に改善し,網膜下液は十分に吸収されており,CCTも右眼C449Cμm,左眼C444Cμmと改善傾向を認めた.治療開始C9日目に,プレドニゾロンC40Cmg/日の内服に切り替えて漸減投与を行った.治療開始C14日目には,両眼とも矯正視力が1.2,両眼の網膜下液は完全に消失し,CCTも右眼C351Cμm,左眼C335Cμmに改善した(図3).治療開始C19日目(妊娠C40週C3日)に陣痛が発来し,同日に経腟分娩にて児娩出となった.児は体重C2,785Cg,ApgarCscore8/8点で,明らかな異常は認めなかった.その後も,ステロイドの副作用などはなく,母子ともに経過良好のため,治療開始C24日目に退院となった.その後,プレドニゾロンの内服量を漸減したが,原田病の再発は認められず,治療開始後C7カ月目でプレドニゾロンの内服は中止とした.治療終了からC12カ月後も原田病の再燃はなく,矯正視力は両眼ともC1.2となっている.また,夕焼け状眼底などの慢性期病変は認めていない.児の発育にも明らかな異常は認められていない.CII考察原田病に対する治療のゴールドスタンダードは,ステロイドの全身投与である2).妊娠時のステロイドの全身投与については,疫学研究によると奇形全体の発生率増加はないと考えられている7).しかし,動物においては口唇口蓋裂を上昇させるといわれており,ヒトにおいても催奇形性との関連があるという報告もある8,9).そのため,口蓋の閉鎖が完了する妊娠C12週頃までの全身投与では口唇口蓋裂の発生が危惧される.また,妊娠中期以降にステロイドを全身投与した場合,経胎盤移行したステロイドによる胎児毒性を考慮する必要がある.妊娠初期に発症した原田病は軽症であることが多く,自然軽快例10)やステロイドの局所投与のみで軽快した例が報告されている3).しかし,妊娠中期以降になると炎症が重症化しやすく,ほとんどの報告例でステロイドの全身投与が行われている4,6,11).本症例は,妊娠C37週と正期産にあたる時期の発症で,出産予定日を間近に控えていたため,分娩を先行して,出産後にステロイドの全身投与を行うことも考慮した.しかし,両眼の眼底に強い炎症所見が認められていることや視機能低下を自覚してから当科受診までにC7日も経過していること,また次第に進行する視機能低下に対して患者が強い不安を感じて,早期の治療開始を強く希望されていたことから,産科医と十分に協議したのちに,患者と家族にインフォームド・コンセントを行って,受診当日(妊娠37週C6日)からステロイドの全身投与を開始した.大河原ら6)は,本症例と同じ妊娠C37週に発症した原田病で,分娩を先行して出産後にステロイドの全身投与を行った例を報告している.その症例では,視力低下を自覚してからC2日目で受診したが,漿液性網膜.離の鑑別疾患として原田病とは別に,正常妊娠後期に生じた漿液性網膜.離である可能性も考慮されており,分娩後の自然軽快を期待し経過観察としている.しかしその後,頭痛および視力障害が増悪し,子癇に伴う可逆性白質脳症による病態が疑われたため,初診日からC5日目に緊急帝王切開を施行された.そして分娩からC5日後にステロイドの全身投与が行われている.視力回復には至ったが,晩期続発症として夕焼け状眼底を呈したと述べられており,網脈絡膜に強い炎症が持続していたことが示唆される.原田病では発症早期に十分量のステロイド投与がされない場合は,炎症の再発を繰り返し,予後不良な遷延型へと移行することで,網脈絡膜変性や続発緑内障を合併し,不可逆的な視機能障害が生じる2.12).Kitaichiらは,遷延型に移行するリスクを抑えるためには,発症からC14日以内にステロイドの全身投与を開始する必要があると報告している13).本症例のように正期産にあたる時期において,分娩とステロイドの全身投与のどちらを先行すべきかについては,発症してからの期間,症状や所見の重症度,妊娠週数,母体と胎児の全身状態などを総合的に考慮したうえで,判断すべきであると考えられる.原田病に対するステロイドの全身投与方法として,ステロイド大量療法とステロイドパルス療法の二つがある.ステロイド大量療法は,ベタメタゾンなどの長時間作用型のステロイドを点滴投与したのちに,内服に切り替える.一方で,ステロイドパルス療法は中間作用型のメチルプレドニゾロン1,000Cmgを点滴でC3日間投与し,その後はプレドニゾロンの内服に切り替えて漸減していく2).原田病に対するステロイド大量療法とステロイドパルス療法の有効性についての比較検討では,双方ともに視力予後や炎症所見の改善は良好な結果を示し,両群間に差は認められていない14).一方で,プレドニゾロンは胎盤に存在するC11b-hydroxysteroidCdehydrogenaseによって不活化されるため,胎盤移行性の高いデキサメタゾンやベタメタゾンと比較して胎児への影響は少ないとされている.したがって,妊娠中に発症した原田病に対してステロイドの全身投与を行う場合は,ステロイドパルス療法を選択するほうが望ましいと考えられ,既報でも多くがプレドニゾロンを使用されていた4.6).一方で,妊婦に対するステロイドの全身投与は,早産率の上昇,妊娠高血圧腎症,妊娠糖尿病,胎児発育制限のリスクが上昇することが知られており15),太田ら4)は妊娠C30週で発症した原田病に対してプレドニゾロンの全身投与を行い,治療C18日目に胎児が死亡した症例を報告している.胎児死亡とステロイド投与との関連について判断はできないと述べられているが,妊婦に対するプレドニゾロンの全身投与が必ずしも安全ではないことが示唆される.妊婦の治療を目的としたステロイドの全身投与における問題点は,胎児へ薬物が移行することにある.しかし,胎児のリスクを懸念するあまり,母体への投薬が躊躇されることで,治療の時機を逸してはならない.母体疾患のコントロールを胎児のリスクよりも優先することは治療の原則である.本症例では分娩よりステロイドの全身投与を先に行い,母子ともに良好な経過をたどった.しかし,今回の治療における妥当性についてはまだ議論の余地が残されている.妊娠中に発症した原田病の報告は限られており,どのように治療を行うべきかという明確な指針はない.したがって,今後も同様の症例を蓄積していくことで,治療選択についてさらに検討を行っていく必要がある.そして現在,治療の選択に一定の見解が得られていないからこそ,治療方針の決定には産科医との密接な連携と患者に対する十分な説明が必要であると考える.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)ReadCRW,CHollandCGNCRaoCNACetal:RevisedCdiagnosticCcriteriaCforCVogt-Koyanagi-Haradadisease:reportCofCanCinternationalCcommitteeConCnomenclature.CAmCJCOphthal-molC131:647-652,C20012)長谷川英一,園田康平:副腎皮質ステロイド薬の全身投与.あたらしい眼科34:483-488,C20173)松本美保,中西秀雄,喜多美穂里:トリアムシノロンアセトニドのテノン.下注射で治癒した妊婦の原田病のC1例.眼紀57:614-617,C20064)太田浩一,後藤謙元,米澤博文ほか:Vogt-小柳-原田病を発症した妊婦に対する副腎皮質ステロイド薬治療中の胎児死亡例.日眼会誌111:959-964,C20075)小林崇俊,丸山耕一,庄田裕美ほか:妊娠初期のCVogt-小柳-原田病にステロイドパルス療法を施行したC1例.あたらしい眼科32:1618-1621,C20156)大河原百合子,牧野伸二:妊娠C37週に発症し,分娩遂行後にステロイド全身投与を行ったCVogt-小柳-原田病のC1例.眼紀2:616-619,C20097)GurC,Diav-CitrinO,ShechtmanSetal:Pregnancyout-comeCafterC.rstCtrimesterCexposureCtocorticosteroids:aCprospectiveCcontrolledCstudy.CReprodCToxicolC18:93-101,C20048)Park-WyllieL,MazzottaP,PastuszakAetal:BirthdefectsafterCmaternalCexposureCtocorticosteroids:ProspectiveCcohortstudyandmeta-analysisofepidemiologicalstudies.TeratologyC62:385-392,C20009)BriggsGG,FreemanRK,Ya.eSJ:AReferenceguidetofetalCandCneonatalCriskCdrugsCinCpregnancyCandClactation.C4thed,WilliamsandWillins,Maryland,p713-715,199410)NoharaCM,CNoroseCK,CSegawaK:Vogt-Koyanagi-HaradaCdiseaseCduringCpregnancy.CBrCJCOphthalmolC79:94-95,C199511)MiyataCN,CSugitaCM,CNakamuraCSCetal:TreatmentCofCVogt-Koyanagi-Harada’sCdiseaseCduringCpregnancy.CJpnJOphthalmolC45:177-180,C200112)ReadCRW,CRechodouriCA,CButaniCNCetal:ComplicationsCandCprognosticCfactorsCinCVogt-Koyanagi-HaradaCdisease.CAmJOphthalmolC131:599-606,C200113)KitaichiN,HorieY,OhnoS:PrompttherapyreducesthedurationCofCsystemicCcorticosteroidsCinCVogt-Koyanagi-Haradadisease.GraefesArchClinExpOphthalmolC246:C1641-1642,C200814)北明大州:Vogt-小柳-原田病新鮮例に対するステロイド大量療法とパルス療法の比較.臨眼58:369-372,C200415)生水真紀夫:妊娠中のステロイドの使い方.臨牀と研究C94:71-77,C2017***

強膜バックリング術後に眼窩先端症候群を呈し診断に苦慮した肥厚性硬膜炎の1例

2020年8月31日 月曜日

《原著》あたらしい眼科37(8):1018.1021,2020c強膜バックリング術後に眼窩先端症候群を呈し診断に苦慮した肥厚性硬膜炎の1例渡邊未奈*1,2蕪城俊克*1武島聡史*1武田義玄*1高木理那*1田中克明*1榛村真智子*1木下望*1高野博子*1梯彰弘*1*1自治医科大学附属さいたま医療センター眼科*2独立行政法人地域医療機能推進機構さいたま北部医療センター眼科CACaseofHypertrophicPachymeningitisComplicatedbyOrbitalApexSyndromeafterScleralBucklingMinaWatanabe1,2),ToshikatsuKaburaki1),SatoshiTakeshima1),YoshiharuTakeda1),RinaTakagi1),YoshiakiTanaka1),MachikoShimmura1),NozomiKinoshita1),HirokoTakano1)andAkihiroKakehashi1)1)DepartmentofOphthalmology,SaitamaMedicalCenter,JichiMedicalUniversity,2)DepartmentofOphthalmology,SaitamaNorthMedicalCenterC目的:強膜バックリング手術施行後に眼窩先端症候群を呈し,のちにCANCA関連血管炎による肥厚性硬膜炎と診断された症例を経験したので報告する.症例:78歳,男性.左眼下鼻側裂孔原性網膜.離に対し,強膜バックリングを施行.退院後再診日,左眼矯正C0.01と高度の視力低下に加え左眼の視野欠損,動眼・外転・滑車神経麻痺を認めた.左眼の眼窩先端症候群を疑い,ステロイド内服を開始したところ,視力と眼球運動制限の著明な改善と炎症反応低下を認め,治療開始C4カ月後には患眼の矯正視力はC1.2まで回復した.その後,発症C4カ月後頃から嘔気・頭痛症状に加え,右眼の外転神経麻痺を認めた.頭部造影CMRIを施行したところ硬膜の著明な肥厚を認めた.髄液圧は正常であったため低髄液圧症候群は否定的であり,ANCA関連血管炎を背景とした肥厚性硬膜炎の診断に至った.結論:原因がはっきりしない眼窩先端症候群では,肥厚性硬膜炎の可能性を考え頭部造影CMRIの撮像が必須である.CPurpose:ToCreportCaCcaseCofCorbitalCapexCsyndromeCfollowingCscleralCbuckling,ClaterCdiagnosedCasChypertro-phicCpachymeningitis,CpossiblyCdueCtoCantineutrophilCcytoplasmicCantibody-associatedvasculitis(AAV).CCase:A78-year-oldCmaleCunderwentCscleralCbucklingCinChisCleftCeye.CAfterCdischarge,CparalysisCinCtheCoculomotorCnerve,CabductionCnerve,CandCtrochlearCnerve,CasCwellCasCsevereCvisualCdisturbance,CwasCobservedCinChisCleftCeye.COrbitalCapexsyndromewassuspected,andoralprednisolonewasadministrated.Posttreatment,hisvisualacuitymarkedlyimproved.CHowever,CatC4-monthsCpostConset,CabductionCnerveCparalysisCinCtheCrightCeyeCoccurredCsimultaneouslyCwithnauseaandheadache.Contrast-enhancedbrainmagneticresonanceimaging(MRI)revealedmarkedthicken-ingofthedura,thusleadingtothediagnosisofhypertrophicpachymeningitis(HP),withAAVpossiblybeingthecause.CConclusion:IfCorbitalCapexCsyndromeCofCanCunknownCcauseCisCobserved,Ccontrast-enhancedCbrainCMRICisCindispensablewhenconsideringthepossibilityofHP.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)37(8):1018.1021,C2020〕Keywords:肥厚性硬膜炎,ANCA関連血管炎,眼窩先端症候群,頭痛,造影MRI.hypertrophicpachymeningi-tis,ANCA-associatedvasculitis,orbitalapexsyndrome,headache,contrast-enhancedMRI.Cはじめに日本人での発症年齢は平均C58.3±15.8歳で2),ほぼ全例で頭肥厚性硬膜炎は,頭蓋底近傍硬膜の慢性炎症性病変による痛・眼窩深部痛を認めるといわれている1).比較的まれな疾頭痛,脳神経麻痺,小脳失調などの神経症状を,眼症状とし患とされていたが,近年のCMRIをはじめとする画像診断のては視力障害,複視,乳頭腫脹などを呈する疾患である1).進歩によりわが国での報告が散見されている.肥厚性硬膜炎〔別刷請求先〕渡邊未奈:〒330-8503さいたま市大宮区天沼町C1-847自治医科大学附属さいたま医療センター眼科Reprintrequests:MinaWatanabe,M.D.,DepartmentofOphthalmology,SaitamaMedicalCenter,JichiMedicalUniversity,1-847CAmanuma,Omiya,Saitama330-8503,JAPANC1018(118)の原因として,抗好中球細胞質抗体(anti-neutrophilcyto-plasmicantibody:ANCA)関連血管炎,IgG4関連疾患,サルコイドーシス,関節リウマチなどが報告されているが3),今回,網膜.離に対して強膜バックリング手術を施行後に多発脳神経麻痺を呈し,後にCANCA関連血管炎による肥厚性硬膜炎と診断された症例を経験した.原因不明の多発脳神経麻痺に遭遇した場合には,本疾患を鑑別疾患として疑い,頭部造影CMRIでの精査行うことの重要性を再認識する教育的な知見が得られたため,ここに報告する.CI症例患者:78歳,男性.主訴:左眼視力低下.既往歴:前立腺肥大症,55歳時CGuillain-Barre症候群.家族歴:特記事項なし.現病歴:3日前より左眼に飛蚊症を自覚,近医眼科にて左眼網膜.離を指摘され自治医科大学附属さいたま医療センター眼科を紹介受診した.初診時矯正視力は両眼ともC1.2,左眼下鼻側周辺部に裂孔原性網膜.離(図1)を認めた.受診同日に緊急入院となり,全身麻酔下で左眼強膜バックリング法による網膜復位術を施行した.術翌日より網膜復位が得られ,経過良好のため術後C7日目に退院となった.術後C14日目の再診日,左眼矯正視力C0.01と急激な視力低下を認めた.左眼前眼部,中間透光体,眼底に異常所見はなく,網膜.離の再発や視神経乳頭腫脹は認めなかった.しかし,左眼瞼下垂および全方向性の眼球運動障害を認め,動眼・外転・滑車神経麻痺が疑われた.頭痛や眼球運動時痛,顎跛行は認めなかった.左眼限界フリッカ値はC15CHzと低下しており,Goldmann視野検査(図2)でも高度の左視野狭窄・中心暗点を認めた.蛍光眼底造影検査では,造影早期の視神経乳頭周囲の脈絡膜充盈遅延を認めた.血液検査では赤図2バックリング術後14日目左眼Goldmann視野検査高度の左視野狭窄・中心暗点を認めた.血球沈降速度C1時間値C63Cmm,C反応性蛋白(CRP)0.41と亢進していた.鑑別疾患として脳動脈瘤,脳腫瘍のほか,動脈炎性虚血性視神経症,Fisher症候群,重症筋無力症,眼窩先端症候群などが考えられた.頭部単純CCT,単純CMRI,単純CMRAを施行したが,いずれも明らかな異常所見は認めなかった.検査結果と臨床所見から血管炎に伴う虚血性視神経症および眼窩先端症候群を疑い,プレドニゾロン(以下,PSL)内服C30mg/日を開始した.治療開始より矯正視力と眼球運動制限の著明な改善,炎症反応低下が認められたため(図3),PSL内服を漸減した.治療開始C2カ月後には患眼の矯正視力はC1.2まで改善,眼球運動制限もほぼ寛解した.一方,血液検査でCmyeloperoxidase-ANCA(MPO-ANCA)がC16.5CIU/ml(基準値C3.5CIU/ml以下),proteinaseC3CANCA(PR3-ANCA)がC9.9CIU/ml(基準値C2.0CIU/ml以下)と陽性図1初診時左眼眼底写真左眼下鼻側に丈の浅い裂孔原性網膜.離を認めた.0.70.60.50.40.30.20.10治療開始5日後2週間後3週間後1カ月後図3ステロイド内服開始から1カ月の経過概要プレドニゾロン(PSL)内服治療により矯正視力の改善を認めた.a図4発症4カ月後の頭部単純CTおよび頭部ガドリニウム造影MRIa:頭部単純CT.凸レンズ状のCcysticlesionを認め,慢性硬膜下水腫が疑われた.Cb,c:頭部ガドリニウム造影CMRIT1強調画像.硬膜全体の著明な肥厚(.)を認めた.図5治療開始1年6カ月後の左眼Goldmann視野検査視野狭窄・中心暗点は著明に改善した.であることが判明し,背景に全身性血管炎が疑われたため,膠原病内科へ紹介となった.腫瘍やサルコイドーシス,真菌感染,結核感染を疑う検査結果や画像所見は認めなかった.膠原病内科で診察および追加検査を行ったが,すでにステロイド内服が開始されていたこともあり,ANCA関連血管炎を疑う臨床症状は認められず,診断には至らなかった.その後の経過は安定していたが,ステロイド内服をC15mg/日まで減少した発症C4カ月後頃から頭痛・嘔気症状とともに僚眼(右眼)の外転神経麻痺を認めた.視力低下は認めず,神経内科医による診察では,右外転神経単独麻痺との診断であった.頭部単純CCTを施行したところ,両側の前頭葉から側頭葉にかけての脳表に凸レンズ状のCcysticlesionを認め(図4a),慢性硬膜下水腫が疑われた.しかし,それ以外は年齢相応の脳萎縮がみられるのみで,頭蓋内圧亢進による頭痛や嘔吐は否定的であり,右眼外転神経麻痺の原因も不明であった.頭痛,嘔気,外転神経麻痺などの症状とこれまでの臨床経過から肥厚性硬膜炎の可能性を疑い,頭部ガドリニウム造影CMRIを施行したところ,硬膜全体の造影効果を伴う著明な肥厚を認めた(図4b,c).髄液検査は細胞数C14/3μl個(基準値C0.5個以下),総蛋白C76Cmg/dl(基準値C15.50Cmg/dl以下)と軽度上昇,髄圧はC390CmmHC2Oと高値であった.血液,髄液,培養所見からは感染性髄膜炎は否定的であった.末梢血炎症反応の著明な上昇とCMPO-ANCAの再上昇が認められたこと,一連のステロイド用量依存性の多発脳神経麻痺や頭痛などの臨床症状,および造影CMRIでの硬膜全体の肥厚所見から,ANCA関連血管炎を背景とした肥厚性硬膜炎と診断した.入院のうえCPSL20Cmg内服を水溶性CPSL30Cmg静脈内注射に増量したところ,頭痛・嘔気症状と右眼外転神経麻痺は改善を認めた.入院C2週間後には退院となり,退院後は経口アザチオプリン(AZA)100Cmg/日を追加してCPSL内服は漸減した.しかし,PSLをC17.5Cmg/日まで減量した頃よりCCRPの再上昇を認めたため,退院C5カ月後より経口シクロフォスファミド(CPA)をC50Cmg/日から開始しC100Cmg/日まで増量し,炎症反応は改善した.CPAは計C10Cg使用したが,CPAからCAZAに戻したところ一時的な発熱と肝酵素の上昇を認めたためCAZAは中止とした.その後,発症C16カ月後にMPO-ANCAの再上昇を認めたため,PSL40Cmgに増量,以降は漸減しながら経口メトトレキサートC4Cmg/週を追加した後,リツキシマブC500Cmg静注をC2.4カ月ごとに計C6回投与した.視機能については発症当初の左眼の視力障害はステロイド治療により矯正視力C1.2まで回復,左眼の視野障害も著明に改善した(図5).その後両眼に白内障進行による視力低下を認め,左眼は発症C2年C8カ月後に白内障手術を施行,右眼も白内障手術を施行予定である.発症C3年C6カ月後の最終観察時の矯正視力は右眼C0.4,左眼C1.2で,眼球運動制限に関しても完全寛解の状態を維持している.II考按眼窩先端症候群は視神経管と上眼窩裂に病変の主座をもち,視神経管と上眼窩裂を通る視神経,動眼神経,三叉神経第一枝(眼神経),外転神経に障害を起こす症候群で,全方向性の眼筋麻痺,三叉神経痛,視神経障害を起こす.原因として眼窩先端部の炎症,感染,腫瘍のほか,外傷性,血管性があるとされ,多種多様な疾患が原因となりうる4).頭部CCT,MRI検査は必須であり,とくに脂肪抑制を行ったCSTIR法で眼窩部を撮影し,炎症性が疑われる場合にはガドリニウム造影,血管腫が疑われる場合にはCMRangiographyを追加して行う.感染性や自己免疫疾患が疑われる場合には,末梢血検査,CRPなどの一般血液検査に加え,抗核抗体,CMPO-ANCA,PR3-ANCAなどの自己抗体検査,胸部CX線撮影,髄液検査などが必要となる4).一方,肥厚性硬膜炎は頭蓋底近傍硬膜の慢性炎症性病変により,さまざまな神経症状を呈する疾患である.肥厚性硬膜炎の臨床症状として頭痛,脳神経麻痺,小脳失調,視力障害,複視などをきたすといわれているが,なかでも頭痛はもっとも多い臨床症状とされている1).わが国での報告では,肥厚性硬膜炎において脳神経障害はC61%にみられ,そのうち視神経障害はC43%と最多で,動眼神経・滑車神経・外転神経障害もC40%にみられるなど眼科領域の所見の頻度が高いとされている5).これは硬膜肥厚の好発部位が小脳テント,頭蓋底部,海綿静脈洞部であり,視神経,動眼神経,滑車神経,眼神経,外転神経の走行に近接することによるものと考えられている5).肥厚性硬膜炎による多発脳神経麻痺の病態としては,肥厚した硬膜による直接圧迫・循環障害,神経周膜への炎症細胞浸潤,脳圧亢進などが推測されている6).肥厚性硬膜炎の確立した診断基準はいまだなく確定診断は硬膜生検であるが,侵襲性などの面から生検を行うことはまれであり,臨床的には造影CMRIでの画像診断が用いられること多い7).肥厚性硬膜炎の硬膜肥厚はCMRIではCT1強調画像で低または等信号,T2強調画像で高信号,線維成分の増加につれて低信号を示し,ガドリニウム造影CT1強調画像で著明な造影効果を示す6).しかし,単純CMRIや頭部CCTではしばしば診断が困難であり,ガドリニウム造影CMRIが診断に有用であるとされている8,9).また,硬膜と骨髄脂肪との区別を明確にするためには造影とともに脂肪抑制を行うことが望ましい9,10).本症例では全身麻酔下でのバックリング手術後の多発脳神経麻痺ということもあり,当初緊急性の高い頭蓋内疾患を疑い,頭部単純CCTとCMRIを施行した.MRIを造影せずに施行したことに加え,頭痛症状がなかったこと,末梢血炎症反応の上昇を伴う突然の急激な視力低下のため,血管炎に伴う虚血性視神経症を疑いステロイド投与を急いだことで検査所見や症状がマスクされ,肥厚性硬膜炎の診断に至るまでに時間を要する結果となった.肥厚性硬膜炎の随伴症状として強膜炎や漿液性網膜.離を伴う報告もあるが8),裂孔原性網膜.離術後に肥厚性硬膜炎を発症したという報告はない.今回の症例の網膜.離については蛍光眼底造影検査の所見からは血管炎を疑わせる所見はなく,術後復位が確認されていたこともあり,裂孔原性網膜.離とCANCA関連血管炎・肥厚性硬膜炎には因果関係はないものと考える.一方,本症例の慢性硬膜下水腫を伴う硬膜肥厚のCMRI所見は低髄液圧症候群が原因である可能性も考えられたが,腰椎穿刺時の初圧が高値であったこと,ANCAの抗体価と臨床症状の相関性,ステロイド用量依存性の改善がみられたことからも低髄液圧症候群は否定的であり,ANCA関連血管炎に合併した肥厚性硬膜炎と考えた.今回,強膜バックリング施行後に,ANCA関連血管炎に合併した肥厚性硬膜炎による眼窩先端症候群のC1例を経験した.原因のはっきりしない多発脳神経麻痺を認めた場合には,頭痛の有無にかかわらず肥厚性硬膜炎の可能性を考え,頭部造影CMRIを施行することが早期診断・治療に直接寄与し必須であると考える.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)KupersmithMJ,MartinV,HellerGetal:Idiopathichyper-trophicCpachymeningitis.NeurologyC62:686-694,C20042)YonekawaT,MuraiH,UtsukiSetal:Anationwidesur-veyCofChypertrophicCpachymeningitisCinCJapan.CJCNeurolCNeurosurgPsychiatryC85:732-739,C20143)RudnikA,LaryszD,GamrotJetal:Idiopathichypertro-phicCpachymeningitis─caseCreportCandCliteratureCreview.CFoliaNeuropatholC45:36-42,C20074)栗本拓治:眼窩先端部症候群・上眼窩裂症候群.これならわかる神経眼科(根木昭編),眼科プラクティス5,p236-238,文光堂,20055)植田晃広,上田真努香,三原貴照ほか:肥厚性硬膜炎の臨床像とステロイド治療法に関するC1考察:自験C3症例と文献例C66症例からの検討.臨床神経C51:243-247,C20116)河内泉,西澤正豊:肥厚性硬膜炎.日内会誌C99:1821-1829,C20107)福田美穂,木村亜紀子,増田明子ほか:両耳側半盲を呈した肥厚性硬膜炎のC1例.神経眼科C36:60-65,C20198)福本嘉一,仙石昭仁,宮崎勝徳ほか:漿液性網膜.離を呈した肥厚性硬膜炎のC1例.臨眼C71:1057-1062,C20179)安達功武,伊藤忠,佐藤章子:造影CMRIが診断に有用であった眼窩先端部病変のC2症例.臨眼C68:1741-1748,C201410)橋本雅人:肥厚性硬膜炎による視神経症.眼科C55:667-672,C2013C

異なる時期に両眼の急性閉塞隅角緑内障を発症した前房レンズ挿入眼の1例

2020年8月31日 月曜日

《第30回日本緑内障学会原著》あたらしい眼科37(8):1014.1017,2020c異なる時期に両眼の急性閉塞隅角緑内障を発症した前房レンズ挿入眼の1例石郷岡岳*1河本良輔*1小嶌祥太*1植木麻理*1,2根元栄美佳*1前田美智子*1杉山哲也*1池田恒彦*1*1大阪医科大学眼科学教室*2永田眼科CACaseinwhichBilateralAcuteAngleClosureGlaucomaDevelopedatDi.erentTimesinPseudophakicEyesPostAnteriorChamberIntraocularLensImplantationGakuIshigooka1),RyohsukeKohmoto1),ShotaKojima1),MariUeki1,2),EmikaNemoto1),MichikoMaeda1),TetsuyaSugiyama1)andTsunehikoIkeda1)1)DepartmentofOphthalmology,OsakaMedicalCollege,2)NagataEyeClinicC目的:両眼に前房レンズを挿入後,異なる時期に急性閉塞隅角緑内障を発症した症例を経験した.症例:74歳,女性.近医にて白内障手術が施行されたが,術中CZinn小帯が脆弱で眼内レンズは挿入できず,両眼とも前房レンズが挿入された.左眼は術翌日に前房消失と眼圧上昇を認め大阪医科大学病院紹介となった.初診時,左眼眼圧は38CmHg,前房レンズ後方にCdensityの高い前部硝子体を認め,悪性緑内障を疑い虹彩切除および前部硝子体切除術を施行した.術後,眼圧はC8mmHgと下降した.約C1年後に右眼を打撲し眼痛で再診した.前房は消失し眼圧は46CmmHgであった.超音波生体顕微鏡にて毛様体前方回旋を認め悪性緑内障を疑い左眼と同様の手術を施行した.術後,両眼とも再発を認めていない.結論:前房レンズ挿入眼では,術後異なった時期に急性閉塞隅角緑内障を発症することがあり,継続的な経過観察が必要である.CPurpose:Toreportacaseofbilateralacuteangle-closureglaucomaoccurringatdi.erenttimespostanteriorchamberCintraocularlens(ACIOL)implantation.CCaseReport:AC74-year-oldCwomanCunderwentCcataractCextrac-tion,yetthezonulesofZinnwerefragile,soACIOLimplantationwasperformed.However,at1-daypostoperative,sheCwasCreferredCtoCourChospitalCdueCtoCanCextremelyCshallowCanteriorCchamberCdepthCandChighCintraocularCpres-sure(IOP)inCherCleftCeye.CUponCexamination,CtheCIOPCinCherCleftCeyeCwasC38CmmHgCandCanteriorCvitreousCwasCfoundbehindtheimplantedACIOL.Malignantglaucomawassuspected,soperipheraliridectomyandanteriorvit-rectomyCwasCperformed,CandCherCleft-eyeCIOPCdecreasedCtoC8CmmHg.CAtCapproximatelyC1-yearClater,CsheCsu.eredCbluntCtraumaCandCpresentedCwithCocularCpainCinCherCrightCeye.CTheCanteriorCchamberCofCtheCrightCeyeChadCdisap-peared,CandCtheCIOPCwasC46CmmHg.CThus,CmalignantCglaucomaCwasCsuspected.CAfterCundergoingCtheCsameCopera-tionasperformedonherlefteye1-yearpreviously,norecurrencewasobserved.Conclusion:Continuousfollow-upisrequiredinpseudophakiceyespostACIOLimplantation.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)37(8):1014.1017,C2020〕Keywords:前房レンズ,悪性緑内障,瞳孔ブロック,急性閉塞隅角緑内障.anteriorchamberintraocularlens,malignantglaucoma,pupillaryblock,acuteangleclosureglaucoma.Cはじめにを使用する機会は少ない1,2).ACIOLは支持部の虹彩接触部成人の白内障術後の無水晶体眼に対しては,眼内レンズ縫を減らす改良がなされたのちも角膜内皮障害による水疱性角着,強膜内固定術が一般的で,さまざまな合併症のリスクが膜症を始めとして,黄斑浮腫,緑内障,虹彩炎,前房出血なある前房レンズ(anteriorCchamberCintraocularlens:ACIOL)ど長期的に重大な合併症がある3,4).しかし,高齢者では手〔別刷請求先〕石郷岡岳:〒569-8686大阪府高槻市大学町C2-7大阪医科大学眼科学教室Reprintrequests:GakuIshigooka,M.D.,DepartmentofOphthalmology,OsakaMedicalCollege,2-7Daigaku-machi,TakatsukiCity,Osaka569-8686JAPANC1014(114)前房出血硝子体前房消失図1当科初診時の左眼前眼部所見前房出血とCIOL後方に硝子体を認め,中央部前房深度が非常に狭く(Ca).周辺部の前房は消失している(Cb).術時間短縮目的などのため,無水晶体眼に対して隅角支持型ACIOLがまれに使用されることがある.今回,両眼にACIOL挿入後,異なる時期に急性閉塞隅角緑内障を発症し,観血的治療により改善を得た症例を経験したので報告する.CI症例74歳,女性.近医にてC2006年C10月C17日右眼,2017年8月C17日左眼白内障手術を施行された.両眼ともにCZinn小帯脆弱のため,水晶体摘出のみとなった.deep-set-eyeでIOL縫着が困難と判断され,二期的にCACIOL(4点隅角支持型)が挿入された.右眼はC2006年C11月C07日,左眼はC2017年C9月C14日に二次挿入施行.左眼は術後翌日に前房消失,および高眼圧を認め大阪医科大学病院眼科(以下,当科)紹介となった.初診時所見:視力は,VD=0.3(0.4C×cyl.2.25DCAx130°),CVS=0.03(0.06C×.1.00D(cyl.1.50DAx100°),眼圧はGoldmann圧平眼圧計にて右眼=8CmmHg,左眼=38CmmHgと左眼の高眼圧を認めた.眼軸長は右眼=22.37Cmm,左眼=22.31Cmmであり両眼ともにやや短眼軸であった.右眼の前房深度は保たれていたが,左眼は角膜浮腫,前房出血に加えて,前房消失を認めた.ACIOL後方に硝子体を認めた(図1).治療経過:マンニットール注射液C20%300Cml,ダイアモックス注射用C500Cmgを静脈内投与したが,眼圧下降は得られなかった.気分不良のため超音波生体顕微鏡(ultrasoundbiomicroscopyexamination:UBM)は施行困難であったが,前房レンズ後方にCdensityの高い前部硝子体を認め,悪性緑内障の可能性も考慮し,外科的治療を施行した.角膜サイドポートよりC25CG硝子体カッターで虹彩切除,前部硝子体切角膜浮腫前房消失図2当科初診1年後の右眼前眼部所見角膜浮腫を認め,前房深度が浅く周辺前房は消失している.除および周辺部強膜を圧迫しながら周辺部硝子体切除を可能な限り行った.術後翌日左眼眼圧=8CmmHgと改善し,前房深度も改善を認めた.術後,左眼眼圧経過は落ち着いていたが,約C1年後,転倒により右眼を打撲,右眼眼痛で近医を受診した.右眼の視力低下,前房消失と眼圧上昇を認め当科再診となった.再診時視力は右眼=(0.09C×cyl.1.00DAx130°),左眼=(0.4C×cyl.1.25DAx155°),眼圧は右眼=46CmmHg,左眼=11mmHgであった.右眼は角膜浮腫,前房消失を認めた(図2).右眼UBM所見では毛様体が前方回旋し,虹彩とACIOLが前方に圧排され隅角が閉塞,前房が消失していた虹彩毛様体の前方回旋図3右眼超音波生体顕微鏡所見毛様体の前方回旋を認め,虹彩と前房レンズが前方に圧排され,隅角が閉塞,前房消失している.右眼左眼図4両眼術後前眼部所見前房深度の改善を認める.(図3).マンニットール注射液C20%300Cml,ダイアモックス注射用C500Cmg静脈内投与で眼圧下降は得られず,UBM所見より悪性緑内障と診断し左眼同様に外科的治療を施行した.角膜サイドポートより硝子体カッターで虹彩切除,前部硝子体切除および周辺部強膜を圧迫しつつ周辺部硝子体切除を可能な限り行った.術後翌日眼圧は右眼=8CmmHgに低下し,前房深度も改善を認めた(図4).その後,両眼とも眼圧上昇なく経過している.CII考按本症例は,左眼はCACIOL挿入翌日に,右眼はCACIOL挿入C12年後に外傷を契機として閉塞隅角緑内障による急性の高眼圧を認めた.右眼は,術前にCUBMにより毛様体の前方回旋を認め,悪性緑内障による高眼圧の可能性を考えた.左眼の術前は高眼圧による体調不良のため,UBMによる精査ができなかったが,虹彩,ACIOLが一体となって前方に偏位し,ACIOL後面には一塊となったCdensityの高い前部硝子体を認めた.これらから悪性緑内障による眼圧上昇もしくは瞳孔ブロックの関与が考えられた.ACIOLの長期的な合併症として.胞性黄斑浮腫,緑内障,虹彩炎,前房出血,角膜内皮障害,水疱性角膜症など重篤なものが知られている5.11).悪性緑内障は極度の浅前房と高眼圧をきたす重篤な続発緑内障で,閉塞隅角症眼の濾過手術後に多い12).また手術による急激な眼圧低下,前房虚脱,炎症などを契機に毛様体ブロックを起こすことが原因と考えられ,術前の短眼軸,浅前房は危険因子である13).Wollensakらは白内障手術のC0.025%にあたるC8眼で悪性緑内障を生じ,7眼は閉塞隅角症眼であったと報告している14).またCThomasらは水晶体摘出術施行後の無水晶体眼での悪性緑内障はC0.43%に生じ,また発症は術後C2日後からC6週後であったと報告している15).わが国における白内障術後悪性緑内障では報告されたC9例のうち,短眼軸症例はC4例,術前の浅前房はC3例,術前に原発閉塞隅角症を生じていた例がC2例であった16.23).また,橋本らは術前前房深度正常,白内障術後経過良好であったが術C1カ月後に眼球擦過を契機に悪性緑内障を発生した症例を報告している22).本症例は近医にて白内障手術がなされる前に視神経乳頭陥凹拡大は認められなかったが,両眼とも比較的眼軸長が短く,悪性緑内障の危険因子を有していたと考えられる.両眼とも無水晶体眼へのCACIOL挿入眼であり,左眼は手術を契機に,右眼は外傷を契機に毛様体と前部硝子体の間で毛様体ブロックが生じた可能性を考えた.本症例では悪性緑内障を疑い,硝子体切除および虹彩切除を施行することで改善が得られたが,今回の術前に周辺虹彩切除術やレーザー虹彩切除は未施行であり,瞳孔ブロックが合併していた可能性も完全に否定はできず,眼圧上昇の原因となった可能性もある.瞳孔ブロックによる急性緑内障発作に関しては,ACIOL挿入時に周辺虹彩切除を施行しておくことで発症を予防できた可能性がある.CIII結語両眼にCACIOLを挿入術後に,異なる時期に急性閉塞隅角症を発症した症例を経験した.眼内レンズ縫着術や強膜内固定術が確立されている現在において,水晶体再建術後の無水晶体眼に対してCACIOLが挿入される機会は減少していると思われるが,限られた症例で前房レンズが挿入されることがある.その場合,本症例のように急性の閉塞隅角症による高眼圧を生じることがあり,その発症はレンズ挿入後の早期から晩期にかけて生じうるため,長期にわたって注意深い経過観察が必要である利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)ChanTC,LamJK,JhanjiVetal:ComparisonofoutcomesofCprimaryCanteriorCchamberCversusCsecondaryCscleral-.xatedCintraocularClensCimplantationCinCcomplicatedCcata-ractsurgeries.AmJOphthalmolC159:221-226,C20142)GirardCA,CElliesCP,CBejjaniCRACetal:WhyCareCaphakicCanteriorchamberintraocularlensesstillimplanted?Five-yearCincidenceCandCimplantationCcircumstancesCatCtheCHotel-DieuinParis.JFrOphthalmolC26:344-349,C20033)KimCEJ,CBruninCGM,CAl-MohatasebZN:LensCplacementCintheabsenceofcapsularsupport:scleral.xatedversusiris-.xatedIOLversusACIOL.IntOphthalmolClinC56:C93-106,C20164)CondonCGP,CMasketCS,CKranemannK:Small-incisionCirisC.xationCofCfoldableCintraocularClensesCinCtheCabsenceCofCcapsulesupport.OphthalmologyC114:1311-1318,C20075)EllingsonFT:TheCuveitis-glaucoma-hyphemaCsyndromeCassociatedwiththeMarkVIIIanteriorchamberlensimplant.JAmIntraoculImplantSocC4:50-53,C19786)AppleCDJ,CMamalisCN,CLot.eldCKCetal:ComplicationsCofCintraocularlenses:aChistoricalCandChistopathologicalCreview.CSurvOphthalmolC29:1-54,C19847)MaynorRCJ:FivecasesofsevereanteriorchamberlensimplantCcomplications.CJCAmCIntraoculCImplantCSocC10:C223-224,C19848)WongCSK,CKochCDD,CEmeryJM:SecondaryCintraocularClensimplantation.JCataractRefractSurgC13:17-20,C19879)SmithCPW,CWongCSK,CStarkCWJCetal:ComplicationsCofCsemi.exible,Cclosed-loopCanteriorCchamberClenses.CArchCOphthalmolC105:52-57,C198710)AppleCDJ,CBremsCRN,CParkCRBCetal:AnteriorCchamberClenses.Part1:complicationsandpathologyandareviewofdesigns.JCataractRefractSurgC13:157-174,C198711)InslerCS,CKookCMS,CKaufmannHE:PenetratingCkerato-plastyCforCpseudophakicCbullousCkeratopathyCassociatedCwithCsemi.exible,Cclosed-loopCanteriorCchamberCintraocu-larlenses.AmJOphthalmolC107:252-256,C198912)RubenST,TsaiJ,HitchinhgsRAetal:Malignantglauco-maCandCitsCmanagement.CBrCJCOphthalmolC81:163-167,C199713)KaplowitzK,YungE,FlynnRetal:CurrentconceptsintheCtreatmentCofCvitreousCblock,CalsoCknownCasCaqueousCmisdirection.SurvOphthalmolC60:229-241,C201414)WollensakJ,PhamDT,AndersN:CiliolenticularblockasaClateCcomplicationCinCpseudophakia.COphthalmologeC92:C280-283,C199515)ThomasR,AlexanderTA,ThomasS:Aphakicmalignantglaucoma.IndianJOphthalmolC33:281-283,C198516)玉井祐樹,岩田恵美:白内障手術後に生じた悪性緑内障と思われるC1例.西尾市民病院紀要28:35-36,C201717)佐々木研輔,春田雅俊,竹下弘伸ほか:白内障手術後に生じた悪性緑内障のC2例.眼臨紀9:1017-1021,C201618)中村有美子:白内障術後悪性緑内障のC1例.眼臨紀5:187,C201219)平野晋司,徳久佳代子,福村美帆:原発閉塞隅角症に対する白内障手術後の悪性緑内障.眼臨紀3:1045-1046,C201020)加藤葵,徳田直人,山口晋太郎ほか:悪性緑内障発症機序が関与したと思われる白内障術後の閉塞隅角緑内障のC1例.神奈川医学会雑誌36:34,C200921)松野員寿,尾土谷雅博,阿川哲也ほか:白内障手術後に発症した悪性緑内障のC1例.緑内障14(臨増):176,C200422)橋本浩隆,筑田眞,小原喜隆:悪性緑内障が発生した白内障手術後合併症のC1例.臨眼62:185-188,C200823)松本行弘,高橋一則,筑田眞:白内障術後に生じた悪性緑内障のC1例.埼玉県医学会雑誌32:1283,C1998