加齢黄斑変性の網膜再生医療RegenerativeMedicineforTreatingAge-relatedMacularDegeneration前田亜希子*はじめに加齢黄斑変性(age-relatedmaculardegeneration:AMD)の治療には,抗VEGF療法,レーザー治療,硝子体出血に対する硝子体手術などがあり,これらの治療により視力予後の改善が期待できる疾患となっている.しかしながら,現在の治療には限界があり,新規治療の確立が期待されている.本稿では国内外で開発が進められている網膜再生医療について解説する.I加齢黄斑変性における再生医療の目的AMDでは,環境因子や遺伝因子などが複雑に影響することにより,網膜色素上皮(retinalpigmentepitheli-um:RPE)細胞に変化が起こることが知られている.RPE細胞はさまざまな役割を担っており,その破綻が,滲出型AMDの病態である脈絡膜新生血管の増殖や,萎縮型AMDの病態である視細胞変性につながることが知られている.このため,再生医療として正常RPE細胞を病巣へ移植することにより脈絡膜や視細胞への影響を軽減または停止できることが期待され,AMDの治療となりうることが示唆されている.II網膜色素上皮細胞の役割RPE細胞は六角形を呈し,隣りあうRPE細胞間でタイトジャンクションを形成し,単一単層膜として視細胞と脈絡膜の間に位置している.タイトジャンクションによりバリア機能を有し,血液網膜関門を形成し網膜内恒表1網膜色素上皮(RPE)細胞の機能と役割常性の維持に重要な役割を担っている.また,RPE細胞内のメラニン顆粒は光の吸収にかかわっている.RPEを介して脈絡膜血管と神経網膜間の物質輸送が行われており,電解質や栄養成分の供給・排出にかかわっている.そのほかにも表1に示す通り,多くの重要な生理学的機能と役割を担っていることから,RPEは神経網膜維持に不可欠であり,その機能不全や欠損は視細胞変性や炎症などを引き起こし,AMDをはじめとする網膜疾患の原因になっている.近年,RPE細胞を多能性幹細胞から分化・誘導して得ることが可能となり,AMDに対するRPE細胞移植治療の確立が現実的なものとなっている.III多能性幹細胞とiPS細胞多能性幹細胞とは,生体のさまざまな細胞・組織に分化する分化万能性と,その細胞自体も増殖することができる自己複製能を併せもつ細胞のことである.胚性幹細◆AkikoMaeda:理化学研究所生命機能科学研究センター網膜再生医療研究開発プロジェクト,神戸アイセンター病院〔別刷請求先〕前田亜希子:〒650-0047神戸市中央区港島南町2-2-3D棟5F理化学研究所生命機能科学研究センター網膜再生医療研究開発プロジェクト(0910-1810/20/\100/頁/JCOPY(29)277多能性誘導因子図1iPS細胞作製方法体細胞に多能性誘導因子の遺伝子を導入することによりiPS細胞が得られる.(文献2より引用)Bar:200?mBar:200?m図2iPS細胞コロニー(a)とiPS細胞から分化・誘導されたRPE細胞(b)胞(embryonicstemcell:ES細胞)と,iPS細胞(inducedpluripotentstemcell)が知られている.1981年にEvansらが胚盤胞期の胚の一部である内部細胞塊から,多能性幹細胞であるES細胞の作製に成功している1).iPS細胞は人工的に作りだされた多能性幹細胞のことで,2006年に京都大学の山中伸弥研究室が皮膚から採取した線維芽細胞へ四つの遺伝子を導入することでiPS細胞が得られることを発表した(図1)2).これらの細胞は体内のどんな細胞にも分化することが可能であることから万能細胞とよばれることもあり,再生医療や創薬研究への応用が期待されている.AMDの次世代治療として,これら多能性幹細胞から分化・誘導して得たRPE細胞を用いた再生医療が試みられている.IV網膜色素上皮細胞の分化・誘導2002年に理化学研究所の笹井芳樹研究室が中枢神経の分化誘導中に得られる色素上皮細胞がRPE細胞であることを偶然発見し3),2004年には理化学研究所の高橋政代研究室でサルES細胞から得られたRPE細胞を網膜疾患モデルラットに移植している4).これまでに分化・誘導方法の詳細が検討され,現在ではES/iPS細胞から治療に使用可能な臨床グレードのRPE細胞を再現性をもって製造できるまでになっている(図2).今後は自動培養技術を用いた大量培養,事業化に向かうことが予測されている.V網膜色素上皮細胞と加齢黄斑変性の病態1.加齢により起こるRPE細胞変化加齢により,RPE細胞とその近傍ではさまざまな変化があらわれる(図3).RPE細胞層下にはドルーゼンの蓄積がみられる.AMD発症の危険因子としてアポリポプロテインE(apolipoproteinE:APOE)やATP結RPE:網膜色素上皮細胞OS:視細胞外節:ファゴソーム:リポフスチン顆粒図3加齢によるRPE細胞の変化加齢により,ドルーゼン,ファゴソームやリポフスチン顆粒の増加,炎症細胞浸潤などが観察されるようになる.合カセットトランスポーター(ATP-bindingcassetteproteinA1:ABCA1)などの脂質代謝にかかわる遺伝子の遺伝子多型が知られていることなども含め,ドルーゼン蓄積と脂質代謝異常の関連が示唆されている.また,RPE細胞内ではファゴソームやリポフスチン顆粒の増加,視細胞層から網膜下にかけてはミクログリアやマクロファージなどの炎症細胞浸潤が観察されている.これらの変化はいずれもAMDの発症・病態の理解に重要であると考えられている.2.ストレス応答とVEGF血管内皮増殖因子(vascularendothelialgrowthfac-604020001234ストレス下培養(培養日)図4ストレスによるVEGF産生亢進6004002000tor:VEGF)はマクロファージなど炎症細胞を含むさまざまな正常細胞で産生され,血管の発生・維持に重要な役割を担っている.RPE細胞は眼内における主要なVEGF産生細胞である.適正なVEGF濃度は生体恒常性の維持に必須であるが,ストレス応答の結果としてVEGF産生亢進が起こり,さまざまな病態に関与することが知られている.RPE細胞に酸化ストレスをはじめとするストレスが加わることによりVEGF産生亢進がみられる(図4).RPE細胞におけるVEGF産生亢進が脈絡膜新生血管の増殖に関与することが解明されており,近年では,抗VEGF療法が脈絡膜新生血管を伴うAMDのファーストライン治療となっている.ストレス誘導を目的として培養液中A2E(10?M)存在下においてiPSC-RPE細胞の培養を行った.VEGF産生亢進と細胞死の増加が観察される.(文献14より引用)3.A2Eや他の脂質の関与加齢眼においてはリポフスチン顆粒が顕著化することが知られている.リポフスチン顆粒の主要成分はビスレチノイド(A2E)であることが同定されている5).A2EはビタミンA代謝回路(視覚サイクル)の副産物で,ビタミンA代謝中間体であるall-trans-retinalが2分子と網膜に豊富に含まれる脂質phosphatidylethanolamineが1分子の割合で縮合した化合物である(図5).加齢とともにRPE細胞におけるA2E蓄積は増大し,AMDのall-trans-retinal図5A2Eの構造とRPE細胞における蓄積A2Eは視覚回路の副産物としてビタミンA代謝中間体であるall-trans-retinalより生合成される.遺伝子ノックアウトマウスにおいてA2E蓄積はRPE細胞内にびまん性に観察される.(文献15より引用)病態に関与することが示唆されている.A2E蓄積マウスにおいては,AMD様の変化が観察され,酸化ストレス増大や炎症が観察されている6,7).これら以外にもRPE細胞の機能異常がAMDの病態と深くかかわることが報告されている.VI加齢黄斑変性におけるRPE細胞治療の試み上述のように,RPE細胞の加齢変化により網膜の恒常性維持破綻をもたらすことから,正常RPE細胞を移植・補充することによりAMDを治療するという試みがある.1990年代には胎児を含む他人からのRPE細胞がAMD患者に移植されたが,移植片の拒絶が問題となった8).その後,患者眼において,患者自身のRPE細胞と脈絡膜を移植片として病変部に移動する手術が行われ,一定の結果を得ることができている9).この結果から,RPE細胞移植がAMDの治療になり得ることが強く示唆された.VII多能性幹細胞を用いたRPE細胞治療の試み2012年にSchwartzらによってヒトES細胞から得たRPE(hESC-RPE)細胞移植が萎縮型AMDとStar-gardt病(遺伝性若年性黄斑変性)患者に行われた10).移植RPE細胞は腫瘍形成などの異常な細胞増殖や,免疫系の活性亢進を引き起こすことなく,生着することが報告されている.hESC-RPE細胞移植による視力改善傾向も観察されており,hESC-RPE細胞移植の安全性と有効性が報告されている.2014年に理化学研究所の高橋らと神戸市立医療センター中央病院の栗本康夫らが滲出型AMD患者の皮膚細胞からiPS細胞を作製し,RPE細胞を分化・誘導し,iPSC-RPE細胞シートとして患者本人の網膜下に移植している(図6)11).この自家iPSC-RPE細胞シート移植では,免疫抑制薬の使用なく,良好な移植片の生着が確認されている.視細胞が残存していない領域へのRPE細胞移植であったため,視力改善はみられなかったもの神経網膜RPE脈絡膜病変除去RPE移植図6人類初のiPSC?RPE細胞移植での手順網膜下の新生血管と変性RPE細胞よりなる病変を除去し,iPSC-RPE細胞シートが移植された.(文献11より引用)の,移植後には抗VEGF療法の必要はなく,視力維持ができている.また,移植片下の脈絡膜は他の部位に比べて優位に維持されることも確認されている12).これらの結果から,自家iPSC-RPE細胞シート移植の安全性と有効性が示された.一方で,自家移植では移植細胞作製にかかる時間やコストの問題が浮き彫りになった.そこで最近,免疫学的拒絶反応に重要なHLA型を適合させた他家iPS細胞からRPE細胞を作製し,滲出型AMD患者5名に対して他家iPSC-RPE細胞移植を行っている.iPS細胞は京都大学iPS細胞研究所CiRAより理化学研究所に提供され,RPE細胞が作製され,患者への移植は神戸市立医療センター中央市民病院と大阪大学医学部附属病院で行われている.この移植ではHLA適合他家RPE細胞が免疫系に与える影響とその制御に関して経過観察することが主要な目的であった.5例中1例において免疫系の活性亢進がみられたが,免疫活性を予測するリンパ球移植細胞混合培養検査の開発とTenon?下ステロイド注射(局所ステロイド治療)により,その反応を制御することが可能であり,HLA適合図7iPS細胞より分化・誘導された立体網膜他家iPSC-RPE細胞移植が将来の治療になりうる可能性が示されている.VIII加齢黄斑変性における再生医療の展望わが国において,すでに自家RPE細胞移植,さらに他家HLA型適合RPE細胞移植が他施設研究として行われており,治療への道筋が整ってきている.また,移植RPE細胞の安全性と有効性が確認されている.今後は,移植細胞作製の事業化に加え,治療に適した患者側要因の検索・同定や,移植患者数を増やすことによるデータの収集・解析が必要になっていくであろう.RPE細胞に加え,2011年には理化学研究所の笹井芳樹研究室により,ES細胞から視細胞層を含む立体網膜を分化・誘導できることが報告され13),現在ではiPS細胞からも立体網膜を作製することが可能となっている(図7).RPE移植と同時に視細胞を移植することにより,視機能を回復しようとする試みが国内外で行われている.おわりにこれまでの研究から,AMDの病態理解が進み,新しい治療法が開発されてきている.網膜再生医療はAMDに対する治療の選択肢を増やすだけでなく,既存の治療や開発中の他の治療との併用によって,良好な視機能維持が期待でき,よりよい医療提供を可能にするものと思われる.文献1)EvansMJ,KaufmanMH:Establishmentincultureofplu-ripotentialcellsfrommouseembryos.Nature292:154-156,19812)TakahashiK,YamanakaS:Inductionofpluripotentstemcellsfrommouseembryonicandadult?broblastculturesbyde?nedfactors.Cell126:663-676,20063)KawasakiH,SuemoriH,MizusekiKetal:Generationofdopaminergicneuronsandpigmentedepitheliafrompri-mateEScellsbystromalcell-derivedinducingactivity.PNAS99:1580-1585,20024)HarutaM,SasaiY,KawasakiHetal:Invitroandinvivocharacterizationofpigmentepithelialcellsdi?erentiatedfromprimateembryonicstemcells.InvestigOphthalmolVisSci45:1020-1025,20045)EldredGE,LaskyMR:Retinalagepigmentsgeneratedbyself-assemblinglysosomotrophicdetergents.Nature361:724-726,19936)KohnoH,ChenY,KevanyBMetal:Photoreceptorpro-teinsinitiatemicroglialactivationviaToll-likereceptor4inretinaldegenerationmediatedbyall-trans-retinal.JBiolChem288:15326-15341,20137)MaedaA,MaedaT,GolczakMetal:Retinopathyinmiceinducedbydisruptedall-trans-retinalclearance.JBiolChem283:26684-26693,20088)AlgverePV,GourasP,DafgardKoppE:Long-termout-comeofRPEallograftsinnon-immunosuppressedpatientswithAMD.EurJOphthalmol9:217-230,19999)vanZeeburgEJ,MaaijweeKJ,MissottenTOetal:Afreeretinalpigmentepithelium?choroidgraftinpatientswithexudativeage-relatedmaculardegeneration:resultsupto7years.AmJOphthalmol153:120-127,201210)SchwartzSD,RegilloCD,LamBLetal:Humanembry-onicstemcell-derivedretinalpigmentepitheliuminpatientswithage-relatedmaculardegenerationandStar-gardt’smaculardystrophy:follow-upoftwoopen-labelphase1/2studies.Lancet385:509-516,201511)MandaiM,WatanabeA,KurimotoYetal:Autologousinducedstem-cell-derivedretinalcellsformaculardegen-eration.NEJM376:1038-1046,201712)TakagiS,MandaiM,GochoKetal:Evaluationoftrans-plantedautologousinducedpluripotentstemcell-derivedretinalpigmentepitheliuminexudativeage-relatedmacu-lardegeneration.OphthalmolRetina10:850-859,201913)EirakuM,TakataN,IshibashiHetal:Self-organizingoptic-cupmorphogenesisinthree-dimensionalculture.Nature472:51-56,201114)ParmarVM,ParmarT,AraiEetal:A2E-associatedcelldeathandin?ammationinretinalpigmentedepithelialcellsfromhumaninducedpluripotentstemcells.StemCellRes27:95-104,201815)PalczewskaG,MaedaT,ImanishiYetal:Noninvasivemulti-photon?uorescencemicroscopyresolvesretinolandretinal-condensationproductsinmouseeyes.NatureMed16:1444-1449,2010