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抗VEGF治療:網膜静脈分枝閉塞症の治療方針

2020年3月31日 火曜日

74.網膜静脈分枝閉塞症の治療方針飯田悠人はじめに網膜静脈分枝閉塞症(branchretinalveinocclusion:BRVO)は,高血圧や動脈硬化を背景として網膜動静脈交叉部において静脈内血栓が形成され,静脈閉塞をきたすことで発症する.BRVOでは発症からの時間経過で区分して治療を考える必要があり,本稿では急性期と発症6カ月以降の慢性期に分けて治療方針を述べる.急性期の治療方針抗VEGF薬の有効性が確立された現在においては,発症後できるかぎり「速やかに」抗VEGF薬治療を開始することが,良好な視力予後のためにもっとも重要である.投与プロトコールについては,初回投与後4週間以上あけて必要時(prorenata:PRN)で追加投与を行う.初診時視力が0.5以下の症例では,導入期にまず3回毎月投与を行う3+PRN投与のほうが視力の改善が早く1),通院負担も減らすことができるため,3+PRN投与を勧めている.抗VEGF薬治療の導入を行い,黄斑浮腫がいったん完全に軽快した状態での矯正視力は,今後の治療方針を考えるうえで大切である.黄斑浮腫の消失が得られても視力改善に乏しい場合にはほかの要因を考慮する必要があり,網膜下出血,網膜光干渉断層計(opticalcoher-encetomography:OCT)におけるellipsoidzoneの不整,黄斑虚血による網膜内層萎縮,などがあげられる.黄斑浮腫以外にも不可逆的な視力低下の要因が存在する場合,浮腫再燃時に抗VEGF療法を継続していくかどうかは,変視症状やコントラストなど視力以外の自覚改善の有無や患者の希望を考慮し決定するようにしている.難治性の黄斑浮腫慢性期のBRVOは,ほとんど追加治療を要さない軽症例から,継続的な治療が必要な重症例まで,症例によりばらつきが大きい.難治性の黄斑浮腫と,網膜新生血管からの硝子体出血が臨床上問題となる.慢性期にも再燃を繰り返す難治性の黄斑浮腫は,中心窩近傍に形成された毛細血管瘤が原因であることが多い.網膜浮腫が遷延し,さらに漏出した蛋白質や脂質の沈着により硬性白斑が円周状に増加してくる.黄斑部の硬性白斑は長期間を経て中心窩へ集積してくる傾向があり,注意が必要である.毛細血管瘤が同定できる場合には,血管瘤に対する直接光凝固が有効な治療法となる.原因となる毛細血管瘤を認めない場合には,慢性炎症による黄斑浮腫に対する治療としてトリアムシノロンアセトニドがよい適応となる.しかしながら眼圧上昇,白内障の進行などの合併症があるため,長期の反復投与は慎重に行う必要がある.網膜新生血管・硝子体出血網膜新生血管は,無灌流領域と灌流領域の境界に好発し,破綻による硝子体出血が問題となる.網膜無灌流領域が広い(5乳頭径以上)症例では,自然経過にて約3割で硝子体出血をきたすと報告され,予防には網膜無灌流領域に対する部分的汎網膜光凝固が有効である2).抗VEGF薬治療は,発症から網膜新生血管の形成,硝子体出血までの期間を延長するが,将来的な発生を完全に抑制するものではない.そのため,抗VEGF薬治療が奏効し浮腫の再燃が少なくなってきた頃,フォローアップ間隔を伸ばしていく前に,網膜無灌流領域の評価を行うことが大切である.広い網膜無灌流領域を認める症例では,部分的汎網膜光凝固の施行を検討する.網膜新生血管発生の予測に有用な因子の一つに,BRVO原因交叉部の動静脈交叉パターンがある.従来,原因交叉部のほとんどは,動脈が静脈より網膜表層を走行するarterialovercrossingであると想定されてきたが,OCTやOCTAngiographyを用いた検討により,静脈がより網膜表層を走行するvenousovercrossingのタイプも約4割存在することが明らかとなっている3~6).Venousovercrossingのタイプでは,より広い網膜無灌(59)0910-1810/20/\100/頁/JCOPYあたらしい眼科Vol.37,No.3,2020307図2原因動静脈交叉部所見図1と同一症例の初診時OCT画像.原因交叉部の静脈の走行に沿って撮像すると,静脈が動脈より網膜表層を走行するvenousovercrossingであった.静脈は動脈と内境界膜の間で狭細化し,交叉部の中枢側に血栓の形成を認める.流領域領域を生じ4),慢性期での網膜新生血管発生率も高いことが報告され6),より注意深いフォローアップが必要である(図1,2).文献1)MiwaY,Muraoka,Y,OsakaRetal:Ranibizumabformacularedemaafterbranchretinalveinocclusion:Oneinitialinjectionversusthreemonthlyinjections.Retina37:702-709,20172)TheBranchVeinOcclusionStudyGroup:Argonlaserscatterphotocoagulationforpreventionofneovasculariza-tionandvitreoushemorrhageinbranchveinocclusion.ArchOphthalmol104:34-41,1986308あたらしい眼科Vol.37,No.3,20203)MuraokaY,TsujikawaA,MurakamiTetal:Morpholog-icandfunctionalchangesinretinalvesselsassociatedwithbranchretinalveinocclusion.Ophthalmology120:91-99,20134)IidaY,MuraokaY,OotoSetal:Morphologicandfunc-tionalretinalvesselchangesinbranchretinalveinocclu-sion:Anopticalcoherencetomographyangiographystudy.AmJOphthalmol182:168-179,20175)佐藤尚栄,田中慎,稲崎紘ほか:光干渉断層計を用いた網膜静脈分枝閉塞症における動静脈交叉部形態の観察.日眼会誌122:920-927,20186)Iida-MiwaY,MuraokaY,IidaYetal:Branchretinalveinocclusion:Treatmentoutcomesaccordingtothereti-nalnonperfusionarea,clinicalsubtype,andcrossingpat-tern.SciRep9:6569,2019(60)

緑内障:緑内障と中心窩無血管領域

2020年3月31日 火曜日

237.緑内障と中心窩無血管領域庄司拓平●はじめに緑内障の本態は網膜神経節細胞軸索の障害と網膜神経節細胞死の促進であると考えられている.網膜神経節細胞の約半数は黄斑部付近に集簇し,緑内障性視野障害が認められる頃には約半数の細胞死が起きていると考えられている.スペクトラルドメイン光干渉断層計(spectral-domainopticalcoherencetomography:SD-OCT)の普及以降,緑内障眼における構造変化を黄斑部で確認することが可能になり,現在では日常診療でも広く使用されるようになった.OCTによる構造変化だけではなく,光干渉断層血管撮影(opticalcoherencetomographyangiography:OCTA)を用いた形態変化は近年さまざまな報告がなされている.●緑内障とFAZ網膜中心窩には網膜血管が存在せず,中心窩無血管領域(fovealavascularzone:FAZ)が存在することは古くから知られていた.このFAZは網膜静脈閉塞症や糖尿病網膜症において形態が変化することも,また古くから知られていた.従来,FAZ形態を確認するにはフルオレセイン蛍光造影(?uoresceinangiography:FA)検査が必要となり,造影剤注射を伴った侵襲的検査を頻繁に行うことは日常臨床では容易でなかった.しかし,OCTAは造影剤などを必要としない非侵襲的検査であり,OCTAを用いて,FAZの形態変化を観察することが可能となった.とくに緑内障のみを罹患している患者にFAを施行することはまれであり,FAを用いてFAZ形態と緑内障の関連を研究した報告もほとんどなかった.しかし,OCTAを用いたFAZ形状と緑内障の関連について近年いくつか報告があるので本稿で紹介する.abc図1緑内障眼(右眼)と僚眼a:眼底写真.b:Humphrey静的視野計24-2の検査結果.c:OCTA画像と自動抽出されたFAZ領域.左眼に比べ右眼のFAZが拡大している.Choiらは,正常眼に比べ緑内障眼では,FAZの真円率は低下し,FAZの周径は伸びるという報告をしている.そしてこれらのパラメータは緑内障診断にもある程度有効であると報告している(ROC曲線下面積で0.86~0.90)1).これは横断研究であるため因果関係は不明であるが,緑内障眼においてはFAZ形状が変化している(57)0910-1810/20/\100/頁/JCOPYあたらしい眼科Vol.37,No.3,2020305ab図2緑内障術前後のFAZ領域の変化(OCTA画像)67歳,男性.右眼開放隅角緑内障.術前矯正視力(0.9),MD値は-28.41dBだった.a:術前画像.b:術後画像.c:術前後の重ね合わせ画像.術前では描出されていない血管が術後に描出され,自動計測されたFAZ領域が縮小していることが確認できる.cことを示唆している.また,同じ研究グループのKwonらは,緑内障眼を周辺視野欠損型と中心視野欠損型に分類したときに,中心視野欠損型のFAZ面積がより拡大していること,真円率が低下していることを報告している2).筆者らは,スウェプトソース(swept-source:SS-OCTA)で得られた網膜浅層の無血管領域をImageJマクロ言語を用いて自動的に抽出する方法を開発し,すでに報告している3).この方法を用いると,従来の手動での描出に近いFAZ境界領域の抽出が自動で可能になり,再現性の向上と作業時間の短縮を実現できた.図1に示す通り,同じ被検者の左右眼を比較しても,緑内障が進行している眼のほうがFAZは大きい傾向があることを確認した.また,本法を用いて緑内障手術前後の眼底OCTA画像を取得し,FAZ面積を測定した.一部の症例においては,術前には検出感度以下の血流量または血管径であったため観察できなかったと思われる中心窩の毛細血管が,術後には描出されることが確認できた.結果として,緑内障術後では有意にFAZ面積が縮小していること,緑内障眼におけるFAZ面積は中心窩感度と相関することが確認できた.●おわりにFAZは古くから知られているが,OCTAの普及に伴い,非侵襲的に観察可能となった.FAZの形態変化は黄斑部の血流動態変化を反映し,緑内障眼における黄斑部の神経節細胞の活動性や中心視野感度と関連していることが示唆された.今後,緑内障の発症や進行との関連がさらに明らかになることが期待される.文献1)ChoiJ,KwonJ,ShinJWetal:Quantitativeopticalcoher-encetomographyangiographyofmacularvascularstruc-tureandfovealavascularzoneinglaucoma.PLoSOne12:e0184948,20172)KwonJ,ChoiJ,ShinJWetal:Anopticalcoherencetomographyangiographystudyoftherelationshipbetweenfovealavascularzonesizeandretinalvesselden-sity.InvestOphthalmolVisSci59:4143-4153,20183)IshiiH,ShojiT,YoshikawaYetal:Automatedmeasure-mentofthefovealavascularzoneinswept-sourceopticalcoherencetomographyangiographyimages.TranslVisSciTechnol8:28,2019306あたらしい眼科Vol.37,No.3,2020(58)

屈折矯正手術:LASIKとSMILEの使い分け

2020年3月31日 火曜日

●連載238屈折矯正手術セミナー─スキルアップ講座─監修=木下茂大橋裕一坪田一男238.LASIKとSMILEの使い分け戸田郁子●はじめにレーザー角膜屈折矯正術は,1980年代後半に第一世代のPRK(photorefractivekeratectomy)が臨床応用されて以来,1990年に入って第二世代のLASIK(laserinsitukeratomileusis),そして2010年代には第三世代のSMILE(smallincisionlenticuleextraction)が登場した.SMILEはまだ厚生労働省未認可の治療であるが,PRKとLASIKは認可済である.LASIKとSMILEは,上皮?離を行わずに実質の一部を切除するという点では非常に類似した手術であり,適応はオーバーラップするものの,フラップ作製の有無により,その適応選択がやや異なってくる.●LASIKとSMILEの方法と特徴LASIKとSMILEはレーザー切除によって角膜形状を変え,屈折力を調整するという原理は共通であるが,大きな違いは角膜垂直切開の長さである.LASIKではフラップを作製するため,フェムトセカンドレーザーにて直径8~9mm程度,約300°周の角膜に100?mの深さの垂直切開を加える.その後フラップをリフトし,エキシマレーザーにて角膜ベッドに対して矯正度数に合わせて実質切除を行う.一方SMILEでは,フェムトセカンドレーザーにてあらかじめ角膜実質内に2層の水平切開行って,矯正度数に合った角膜組織片をレンチクルとして作製しておく.レンチクルを約2~3mmの垂直切開創からマニュアルで除去する.すなわち角膜水平切開の範囲は同程度であるが,SMILEの角膜垂直切開の長さはLASIKの8~10分の1程度である(図1).角膜内神経は輪部の上下左右から実質3分の1の深さで神経幹として侵入し,水平方向がもっとも多い1).上方ヒンジのLASIKフラップを作製すると,神経幹の8割程度が切断されることになり,SMILEと比較すると術後の一時的角膜内神経減少が有意に多いことがわかる2()図2).涙液の分泌は角膜知覚からの反射であることから,LASIKでは術後一時的に涙液分泌が減少し,ドライアイが起こる3).術後ドライアイの程度はSMILEに比較するとLASIKのほうが強いという報告が多い4).また,LASIKではフラップが存在するため,フラップに関連する合併症(上皮迷入やフラップ偏位)の可能性がある.一方,SMILEは切開創が小さくフラップが存在しないため,ドライアイになりにくく,外傷に強い.角膜の強度は水平切開より垂直切開に依存するといわれていLASIKSMILE図1LASIKとSMILEの手術模式図赤点線は角膜垂直切開の部位.その長さはLASIKがSMILEの8~10倍である.(55)0910-1810/20/\100/頁/JCOPYあたらしい眼科Vol.37,No.3,2020303a角膜上皮基底膜下神経叢密度bLASIK角膜中央3mm,?m/mm2SMILE表1LASIKとSMILEの利点と欠点図2LASIKとSMILE手術直後の角膜内神経密度の比較a:術前の角膜上皮基底膜下神経叢の密度を100%とした場合の,術後の神経密度をLASIKとSMILEで比較した(文献4参照).LASIKにおいて有意に神経密度が少ない.b:LASIKとSMILEにおける角膜内神経切断のイメージ.る5).ただし,-2D以下の軽度近視では,2層間のレーザー照射が近い関係で炎症が起こりやすく,またレンチクルが薄いために操作中の断裂のリスクがあり,よい適応ではない.●LASIKとSMILEの使い分けレーザー屈折矯正術の適応は角膜厚に依存するが,術後の残存角膜厚が400?m以上を保てる症例でも,術後の視機能を考慮し,LASIK,SMILEともに適応の目安は球面度数-6D以下,乱視度数2D以下で,球面度数-6D~-8Dについては要検討,球面度数-8D,乱視度数3D以上は有水晶体眼内レンズを第一選択として勧めている.もちろん,以上の屈折矯正術の適応選択方針は施設や医師によって多少差がある.LASIKとSMILEのメリット・デメリットを簡単に表1にまとめた.両者の特徴を考慮し,当院においては,その使い分けを以下のように考えている.1)SMILEのみを適応とする場合:格闘技の選手など,眼の外傷の可能性が高い人2)SMILEをおもに推奨する場合:術前からのドライアイがある人,術後ドライアイが心配な人3)LASIKをおもに推奨する場合:乱視が強め(回旋補正がないと精度が落ちる),モノビジョンやアンダーコレクションを希望(再手術での調整が行いやすい),角膜形状不良(カスタム照射が推奨される),45歳以上の人304あたらしい眼科Vol.37,No.3,20204)LASIKのみを適応とする場合:-2Dより軽度の乱視,遠視矯正の人以上は目安であり,適応条件のオーバーラップも多いことより,当然患者の希望により2)と3)が逆の方法になることはありえる.●おわりにLASIKは約30年の歴史があり,もっとも一般的なレーザー屈折矯正術であるが,フラップ関連合併症であるドライアイ,外傷性フラップ偏位,上皮迷入などにより術後治療に苦慮することがある.SMILEはLASIKのこれらの欠点をカバーする方法として有用と考えられる.一方で,LASIKが優位なケースもあり,両者の特徴を理解したうえで,患者にとってもっとも適切な治療を選択することが大切である.文献1)LindaJ,M?llerL:Cornealnerves:structure,contentsandfunction.ExpEyeRes76:521-542,20032)LiM,ZhaoJ,ShenYetal:Comparisonofdryeyeandcornealsensitivitybetweensmallincisionlenticuleextrac-tionandfemtosecondLASIKformyopia.PLoSOne8:e77797,20133)TodaI,Asano-KatoN,Hori-KomaiYetal:Dryeyefol-lowinglaserinsitukeratomileusis.AmJOphthalmol132:1-7,20014)KobashiH,KamiyaK,ShimizuK:Dryeyeaftersmallincisionlenticuleextractionandfemtosecondlaser-assist-edLASIK:Meta-analysis.Cornea36:85-91,20175)KnoxCartwrightNE,TyrerJR,JaycockPDetal:E?ectsofvariationindepthandsidecutangulationsinLASIKandthin-?apLASIKusingafemtosecondlaser:abiome-chanicalstudy.JRefractSurg28:419-425,2012(56)

眼内レンズ:白内障手術後のNegative Dysphotopsiaに眼内レンズ交換と位置矯正が効果的であった症例

2020年3月31日 火曜日

400.白内障手術後のNegativeDysphotopsiaに眼内レンズ交換と位置矯正が効果的であった症例高橋鉄平松島博之獨協医科大学眼科学教室●はじめに白内障手術後に,不快な光視症状であるnegativedysphotopsia(ND)またはpositivedysphotopsia(PD)1)を訴える症例が報告されている.わが国では報告が少ないことから対処方法に苦慮することも多い2).今回,白内障手術後のNDが6カ月続く症例に眼内レンズ(intra-ocularlens:IOL)交換を施行したところ症状が軽減し,再度IOL光学部の位置を矯正したところ,さらにNDが減少した症例を経験した.●症例68歳,男性.両眼白内障・左眼黄斑前膜の診断で手術目的で当科紹介となった.術前に特記すべきその他の所見はなく,入院後,左眼水晶体再建術+硝子体手術,右眼水晶体再建術をそれぞれ施行した.使用したIOLは右眼PU6A(興和),左眼PCB00V(ジョンソン・エンド・ジョンソン)であった.術後経過は良好で,矯正視力は右眼1.2,左眼0.7であったが,術後より右眼鼻図1Reverseopticcapture交換したNX-70を水晶体?内から前房側に脱出させてキャプチャーすることでIOL位置を虹彩側に移動させた.側に陰影を知覚した.経過観察により消失する症例も報告されているので外来経過観察としたが,半年経っても改善しないため,右眼のNDと考え,右眼のIOLを光学部径の大きいNX-70(参天製薬)に交換する摘出交換術を施行した.術後,右眼鼻側の影が移動して症状は改善したが,NDの残存と再手術を希望したので,IOLと虹彩間距離を縮める目的で右眼のIOLの位置を前房側に移動(reverseopticcapture)した(図1)ところ,NDはほぼ消失した.●白内障手術後NDと治療白内障手術後に,不快な光視症状であるNDやPDを訴える症例が報告されている(図2).NDはIOLを通過せず虹彩とIOLの隙間から直接網膜に到達した光と,IOLを通過することで屈折した領域の間に光間隙を生じて,暗く感じる現象である.PDは眼内に入った光線が瞳孔を通過する過程で一部の光がスクエアエッジ内面に図2NDとPDNDは直接網膜に到達した光と,IOLを通過することで屈折した領域の間に光間隙を生じて暗点が生じる現象.PDは光線の一部がスクエアエッジ内面に当たって反射し,半月状光輪として自覚する現象.(53)0910-1810/20/\100/頁/JCOPYあたらしい眼科Vol.37,No.3,20203011回目2回目3回目図3NDの経過と前房深度術後経過とIOL種類,位置,IOL-虹彩間距離,NDの症状を示す.IOL光学部径が大きくなり,IOL-虹彩間距離が短くなるに従いNDの症状は減少した.当たって反射し,入射してきた方向と違う網膜に当たることにより,光源とは違う方向に半月状光輪として自覚する現象である.NDの発症リスクは,①IOL素因(スクエアエッジ・高屈折度数・小光学径),②明所での小瞳孔,③IOL-虹彩間距離が大きい,④鼻側前?がIOLをカバーしていること,が指摘されている.今回のNDは,過去の報告と同形のIOLを用いて発生していたので,光学部径が大きいNX-70にIOL摘出交換術を施行したところ,NDは小さくなり上方へ移動した.しかし,患者がさらなるNDに対する治療を望んだので,もう一つのリスクである③IOL-虹彩間距離を縮める目的でIOL位置をreverseopticcaptureした.本症例の経過観察中の前眼部OCT解析結果を図3に示す.3回目にreverseopticcaptureを施行すると,IOL-虹彩間距離は著しく縮小し,症状はさらに改善した.Holladayらの研究で,NDはIOLで屈折した光束と,IOL~虹彩間を通過した光束の間に光が当たらない部位が生じる場合に生じることが報告されており1),この定義を裏づけるようにIOL-虹彩間距離を縮める治療が有効であった.今後も同等のNDやPDを訴える症例は増加することが考えられる.発生機序の解明と確実な対処法,そしてNDやPDが発生しないIOLの開発も必要である.文献1)HolladayA,PortneyV:Analysisofedgeglarephenome-nainintraocularlensedgedesigns.JCataractRefractSurg25:748-752,19992)大塚斎史,森井香織,三浦真二ほか:Negativedysphotop-siaに対する手術治療を施行した2症例.眼科手術31:449-454,2018

写真:DSAEK後の眼内上皮増殖

2020年3月31日 火曜日

430.DSAEK後の眼内上皮増殖高橋実花福岡秀記京都府立医科大学大学院医学研究科視覚機能再生外科学図2図1のシェーマ①眼内上皮増殖②移植片③ブレブ図1DSAEK後の前眼部スリット写真(右眼)角膜9時方向に白濁した眼内上皮増殖を認める.図3図1の眼内上皮増殖部分の拡大図図4DSAEK後の前眼部光干渉断層計像眼内上皮増殖は移植片と角膜の境界面に高輝度な病変として描出された().(51)0910-1810/20/\100/頁/JCOPYあたらしい眼科Vol.37,No.3,2020299膜移植は,従来の角膜上皮から内皮側まで移植する全層角膜移植から,病的部位のみ移植するパーツ移植へと変遷している.内皮機能不全に陥っている水疱性角膜症に対しては,角膜内皮移植術であるDesce?met’sstrippingautomatedendothelialkeratoplasty(DSAEK)やDescemetmembraneendothelialkerato?plasty(DMEK)が世界中で数多く施行されている.一般的な角膜移植術の術後合併症には,移植片偏位(graftdislocation),移植片機能不全(graftfailure),移植片拒絶反応(graftrejection),感染(infection)などがあげられる.DSAEK/DMEK特有の合併症としては,前房内に注入したairによる瞳孔ブロック(airbubblerelat?edpupillaryblock)がある.眼内上皮増殖(epithelialingrowth)は,穿孔性眼外傷や白内障などの内眼手術やLASIK(laserinsituker?atomileusis)後の合併症としておもに報告され,おもに結膜上皮細胞や角膜上皮細胞が異所性に侵入増殖するとされる病態であるが,角膜内皮移植(DSAEK)後の合併症としての報告は多くない.提示症例は,79歳の女性.10年以上前に開放隅角緑内障と診断され,右眼については3度のマイトマイシンC併用線維柱帯切除術を施行され,眼内レンズ挿入後眼である.多重緑内障手術による角膜内皮減少から水疱性角膜症に至ったと考えられた.矯正視力は紹介受診時(0.02)まで低下しており,角膜内皮移植の適応と考えDSAEKを施行した.手術は通常の手順で合併症なく終了した.移植片は9時(耳側)のスリットによる創口から挿入した.移植後の矯正視力は(0.9)まで改善したが,術後4週目に9時移植片辺縁に手術時になかった炎症を伴わない淡い白色の沈着物が認められた(図1~3).角膜周辺部であり視軸内ではなかったため経過観察とし,ステロイド点眼を減量した.白色沈着物はより明瞭かつ均質な沈着物となったが,拡大悪化は認めず,眼内上皮増殖と考えられた.海外の報告によると,眼内上皮増殖は手術後1カ月以降,移植片の周辺部に出現し,白色~灰色の均質な沈着物であるという特徴がある.眼内上皮増殖の原因として,移植片にドナー側の上皮細胞が混入すること,排液切開(ventingincisions)による眼表面との交通によりホスト側の上皮細胞が迷入することなどが推定されている.今回の症例のように移植片の周辺部に認められることが多く,視軸にかかる移植片の中央部に迷入することはまれであると報告されている1).病変は前眼部光干渉断層計にて高輝度な病巣としてとらえられる(図4)2).今回の症例の鑑別疾患に重要なものとして,DSAEK片とホスト角膜の境界面の真菌感染がある.多くはドナー由来であり,保存的治療抵抗性を示し,治療的角膜移植が必要になることが多い3).文献1)DalalRR,RaberI,DunnSPetal:Epithelialingrowthfol?lowingendothelialkeratoplasty.Cornea35:465-470,20162)SuhLH,ShoushaMA,VenturaRUetal:EpithelialingrowthafterDescemetstrippingautomatedendothelialkeratoplasty:descriptionofcasesandassessmentwithanteriorsegmentopticalcoherencetomography.Cornea30:528-534,20113)KitzmannAS,WagonerMD,SyedNAetal:Donor-relat?edcandidakeratitisafterDescemetstrippingautomatedendothelialkeratoplasty.Cornea28:825-828,2009

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2020年3月31日 火曜日

ホームモニタリングHomeMonitoringofPatientsWithAge-RelatedMacularDegeneration藤田京子*はじめに昨今の高齢化に伴い加齢黄斑変性(age-relatedmacu-lardegeneration:AMD)患者も増加の一途をたどっている.脈絡膜新生血管(choroidalneovascularization:CNV)が発生し,出血や滲出が生じる滲出型AMDは抗血管内皮増殖因子(vascularendothelialgrowthfac-tor:VEGF)療法で視力維持が可能になってきたものの,治療前よりも良好な視力を得ることは未だむずかしいのが現状である.抗VEGF療法後の視力は治療開始時における視力値と関連することが報告されており1),網膜に深刻なダメージが生じる前に異常を発見し,早めに治療を開始できれば良好な視機能を維持できる可能性がある.しかしながら患者は軽微な悪化のサインに気づくことは少なく,ある程度病状が進行してから初めて病状に気がつくことがほとんどである.網膜の障害が軽度な段階で治療を開始できれば視機能を保つことができることを考えると,いかに患者自身が症状の変化に気がつくかがポイントになる.欧米では数年前から患者自身による症状の早期発見の重要性が指摘され,さまざまな方法が試みられている.自宅で検査されたデータがホームモニタリングを統括するセンターに送られ,異常があれば早く治療を受けることができるように眼科受診がアレンジされるシステムもある.われわれも日常診療で患者に「ゆがみ」や「中心視野の見えづらさ,暗さ」の変化に気をつけてもらい,Amslerチャートを用いたチェックを薦めているが,早期発見のためにはさらに精度の高い検査が求められる.ここではAMDに対するホームモニタリングについて最近の知見をまとめてみる.I加齢黄斑変性の初期症状AMD患者が最初に気づく症状は変視症と暗点である2).Amslerは検眼鏡的に認められる形態変化よりも先に視機能の変化が現れることを報告し,患者自身の症状のモニタリングが重要であると述べている3).IIモニタリングの方法1.Amslerチャート変視症検出の一般的な方法にAmslerチャートがある(図1).視距離30cmの近見矯正下で片眼ずつ中央の白い点を固視しながら線のゆがみや格子が完全に見えるか,などをチェックする.Amslerチャートは誰もが簡便に行えるが,一方で固視の維持の困難さ,多数の線による“混みあい現象”の影響で精度が低いことが指摘されている4).2.Hyperacuityを利用Hyperacuityはvernieracuityともよばれ副尺視力と訳される.副尺視力とは線分のずれを識別する閾値であり,識別閾は視角2~10秒とされる5).Hyperacuityを利用したホームモニタリング装置にはmVTapp(Vital◆KyokoFujita:愛知医科大学眼科学教室〔別刷請求先〕藤田京子:〒480-1195愛知県長久手町岩作雁又1-1愛知医科大学眼科学教室(0910-1810/20/\100/頁/JCOPY(47)295図1Amslerチャート中心視野20°以内に1°間隔で碁盤の目状に線が描かれている.ArtandScience),ForeseeHomemonitoring(NotalVision,Israel)(図2a)などがあり,いずれもFDA(米国食品医薬品局)の認可を受けている.ForeseeHomemonitoringはモニター画面に一部線を小さく歪ませた点線が160ミリ秒提示される(図2b)6).患者は提示された点線上でもっとも強くゆがみを自覚した部をコンピューターマウスで指し示し,ついで中央に提示されたポイントにマウスを戻すように指示される.提示される点線は中心視野14°以内にランダムに提示され,所要時間は約3分である.新たな病巣がみられない場合には患者は点線上で元々ゆがんでいる部を指し示すが,病巣に活動性が生じその部のゆがみが元々のゆがみよりも大きく感じられた場合,患者はより大きなゆがみの部を指し示すため,その応答は異常と判定される.米国ではAge-RelatedEyeDiseaseStudy2(AREDS2)に参加した全米44カ所の網膜のクリニックを中心にForeseeHomemoniteringの有用性を検証するランダム化比較試験が行われた7).対象は視力が20/60以上で両眼に滲出型AMDに発展する危険性が高い大きなドルーゼン(125?m以上)がみられる症例,もしくは片眼に大きなドルーゼンを有し僚眼は進行したAMDの症例で,ドルーゼンのみ有する眼が対象眼になる.対象症例はAmslerチャートなどを用いて自身で症状をチェック図2ForeseeHomemonitoring(a)(NotalVision,Ltd)とモニター上に提示される刺激(b)点線には人工的なゆがみが含まれている.患者はaでみられるモニター上に提示される点線上のゆがみをコンピューターマウスでさし,ついで中央のポイントにマウスを戻す.刺激は160ミリ秒間提示される.する標準ケア群とForeseeHomemoniteringを用いるモニタリング群とにランダムに割り付けられた.Foresee-Homemoniteringの結果はセルラーモデムを系由してモニタリングセンターに送られ,登録時と比較し明らかな変化が検出されれば担当医師に連絡が行く.HOMEstudyreportNo1ではモニタリング群763例と標準ケア群757例でベースラインの視力とCNV検出時の視力との差が評価された.CNVはモニタリング群で51例,標準ケア群で31例発生したが,モニタリング群で有意にベースラインとCNV検出時の視力差が少なく,標準ケア群よりも良好な視力でCNVが検出された.この結果から,モニタリング群のほうが抗VEGF療法後によ296あたらしい眼科Vol.37,No.3,2020(48)図3iPadで網膜感度をモニター(PsyPad)中心2°以内に12カ所刺激点が配置されている.(http://psypad.net.au/server/)図4HomeOCTsystem(NortalVision社)自宅で行えるOCTで,網膜下液の変化は解析装置によって自動分析される.い視力が期待できると報告している7).また,費用対効果も検討され,モニタリング群の費用対効果は高く,医療費の削減が期待できると報告されている8).3.網膜感度を利用自身のiPadで網膜感度をチェックし病状をモニターする方法も報告されている9~11).アプリケーション(PsyPad)は中心2°以内に配置された12カ所の刺激点からなり(図3),患者は50cmの視距離で通常の静的量的視野検査と同様の方法で行う.検査結果は中央のサーバーにアップロードされ網膜感度が分析される.Adamsらは50歳以上で両眼に125?m以上のドルーゼンを有し,矯正視力が20/60以上,iPadユーザーでインターネットに接続できる環境が整っている患者21例に対し,PsyPadとクリニックで行われたマイクロペリメトリの結果を比較した.その結果,両者に有意な差はみられず,PsyPadでも同様の結果が得られたと報告している11).4.OCTいまやOCTはAMDの診療に欠かせない検査であるが,ホームモニタリングにOCTが加わる日もそう遠くなさそうである.米国NotalVision社が開発したHomeOCTsystemは自宅でOCTを行い(図4),網膜下液の変化をNotalICTanalyzerが自動分析する12).網膜下液が検出された場合にはその結果が担当医師に伝えられるという遠隔管理システムであり,すでにFDAの承認が下りている.ほかにもMalocaらは頭の動きによるアーチファクトを減らすために頭位を固定しやすいように工夫されたOCTを用いて,通常のスペクトラルドメインOCT(spectraldomainOCT:SD-OCT)で測定した中心窩網膜厚を比較し,両者の平均中心窩網膜厚に有意差はみられなかった(p=0.091)と報告している13).おわりにAMDに対するホームモニタリングについて述べた.データの信頼性など課題は多いが,ホームモニタリングと遠隔システムの普及はわが国で現在行われているクリニックベースの医療の仕組みに大きな変革を迫ることになるだろう.増え続けるAMDに対する患者および医師の双方にかかる負担や医療経済への圧迫を欧米と同様に見直す時期が来ているのかもしれない.(49)あたらしい眼科Vol.37,No.3,2020297文献1)YingGS,HuangJ,MaguireMGetal:Baselinepredictorsforone-yearvisualoutcomeswithranibizumaborbevaci-zumabforneovascularage-relatedmaculardegeneration.Ophthalmology120:122-129,20132)FineAM,ElmanMJ,EbertJEetal:Earliestsymptomscausedbyneovascularmembranesinthemacula.ArchOphthalmol104:513-514,19863)AmslerM:Earliestsymptomsofdiseasesofthemacula.BrJOphthalmol37:521-537,19534)LoewensteinA,MalachR,GoldsteinMetal:ReplacingtheAmslergrid:anewmethodformonitoringpatientswithage-relatedmaculardegeneration.Ophthalmology110:966-970,20035)所敬:視力検査の現状と問題点.日本視能訓練士協会誌26:63-66,19986)LoewensteinA:Useofhomedeviceforearlydetectionofneovascularage-relatedmaculardegeneration.OphthalmicRes48(Suppl1):11-15,20127)AREDS2-HOMEStudyResearchGroup;ChewEY,ClemonsTEetal:Randomizedtrialofahomemonitor-ingsystemforearlydetectionofchoroidalneovasculariza-tionhomemonitoringoftheEye(HOME)study.Ophthal-mology121:535-544,20148)WittenbornJS,ClemonsT,RegilloCetal:Economicevaluationofahome-basedage-relatedmaculardegener-ationmonitoringsystem,JAMAOphthalmol135:452-459,20179)TurpinA,LawsonDJ,McKendrickAM;PsyPad:aplat-formforvisualpsychophysicsontheiPad.JVis14:16,201410)WuZ,GuymerRH,JungCJetal:Measurementofretinalsensitivityontabletdevicesinage-relatedmaculardegeneration.TransVisSciTechnol4:13,201511)AdamsM,HoCYD,BaglinEetal:Homemonitoringofretinalsensitivityonatabletdeviceinintermediateage-relatedmaculardegeneration.TranslVisSciTechnol7:32,201812)ChakravarthyU,GoldenbergD,YoungGetal:Automat-edidenti?cationoflesionactivityinneovascularage-relat-edmaculardegeneration.Ophthalmology123:1731-1736,201613)MalocaP,HaslerPW,BarthelmesDetal:Safetyandfea-sibilityofanovelsparseopticalcoherencetomographydeviceforpatient-deliveredRetinahomemonitoring.TranslVisSciTechnol7:8,2018298あたらしい眼科Vol.37,No.3,2020(50)

加齢黄斑変性のロービジョンケア

2020年3月31日 火曜日

加齢黄斑変性のロービジョンケアLowVisionCareforAge-RelatedMacularDegeneration新井千賀子*はじめに加齢黄斑変性(age-relatedmaculardegeneration:AMD)のロービジョン(lowvision:LV)の特徴として,1)高齢になってから発症する,2)長期にわたる通院が必要,3)中心視野障害による視力から想定できない読み書きの困難,があげられる.したがってAMD患者のロービジョンケア(lowvisioncare:LVC)に際しては,ロービジョンエイドの操作学習やケアのゴール設定を学習や身体能力の低下に考慮して行うことが求められる.さらに,この能力低下の個人差が非常に大きいことも特徴で,対応するLVCにもバリエーションが求められる.また,長期にわたる経過のなかでは治療継続のモチベーションの低下や心理的な疲労を訴える患者も多く,これらへの配慮が求められる.中心視野障害による読みの困難は,移動や日常動作などに問題がないことから見過ごされやすい.この困難は視力が高い初期からみられ,初診時から訴えがあることもある.患者の治療への意欲を低下させずに患者のQOLを維持するには,治療とあわせてLVCを活用できる.とくに,読書困難については屈折矯正や拡大鏡など光学的なケアが必要になるため,医療機関でのLVCが患者のQOLを左右する.I加齢黄斑変性のLVCの特徴1.見過ごされやすい高齢者の遠視視力が低いと矯正してもあまり意味がないと考えられるのか,遠見の眼鏡を持っていないLVの患者は多い.LVであっても適切な屈折矯正と老視への対応で見え方を改善できることは多くある.とくに,60歳以上の高齢者が多いAMDでは隠れていた遠視が顕性化しているのに放置され,遠見,近見とも適切な眼鏡を装用していない場合がある.累進眼鏡を十分に使いこなせていない場合には,単焦点の近用眼鏡に変更するだけで十分に文字が読めたりする.こうした,眼鏡調整の不備を疾患による困難と誤解している患者は多い.また,十分に視力があるにもかかわらず文字が読めないという場合には,電気スタンドなどで照明を媒体に十分にあてることで読める場合がある.とくに,紙質が悪くコントラストが低い印刷物では有効である(新聞は今でも高齢者が読みたいものの一つである).本格的なLVCの導入を検討する前に,まず疾患を考慮した適切な屈折矯正で処方された眼鏡を装用しているか,累進眼鏡を使いこなせているか,近見の加入は十分に行われているか,単焦点の近用眼鏡ではどうか,適切な照明下で読んでいるか,の確認をするだけで十分解決できる場合がある.2.高齢者だからしかたがないか?AMDが他のLVCが必要になる疾患と異なる点は,ほとんどの患者が65歳以上の高齢者であることである.既存の視覚障害のリハビリテーションは社会復帰のためにデザインされており,仕事や学業継続がゴールになっていることが多い.超高齢社会となる現在,そのゴール◆ChikakoArai:杏林大学医学部眼科学教室〔別刷請求先〕新井千賀子:〒181-8611東京都三鷹市新川6-20-2杏林大学医学部眼科学教室(0910-1810/20/\100/頁/JCOPY(41)289設定だけではリハビリテーションを続けることはむずかしくなっている.視覚障害者のリハビリテーションはまだ十分に高齢者に対応できていない.そいう状況で「高齢者だからしかたがない」と諦めている患者は多い.また,周辺視野が使えるため,移動や家事,日常生活の動作にほぼ支障がないため周囲から問題がないようにみえたり,高齢だからしかたがないと考えられて改善できる困難が見過ごされてしまう傾向がある.長い経過の間には,どうしても見えにくさや日常の不便さに意識がいってしまいがちになり抑うつ的になる場合がある.さらに身体や認知機能の低下があると,元気がなくなったり,通院へのモチベーションが低下していく患者もいる.しかし,工夫をすることで“見える”ことを示すと,実は……といって諦めていた趣味や活動を話しはじめる患者は少なくない.どんな視機能にもLVCで対応できるわけではないが,全盲でもさまざまな活動ができる今の時代,ロービジョンのために諦めなくてはならないことは案外少ない.希望する活動ができなくても,孫娘のお婿さんの顔を拡大読書器で初めて見ることができたり,昔,入賞した自分の俳句が掲載された会報誌を自分の眼でもう一度読むことができたり,絵手紙や習字ができたり,という可能性を実感することで余暇活動の選択肢を広げることができる.また,増えている独居の高齢者では,介護ヘルパーに頼んだ買い物のレシートの確認,食品の賞味期限の確認など日常の些細な場面で見ることが改善されて安心につながる可能性がある.医療者自身も含めて高齢者だからしかたがないと諦めずに潜在的なニーズがあることを前提に,LVCを導入することも大切である.そして,LVCで得られた活動は長期的な通院が必要な疾患と上手につきあう一つの手段になるはずで,治療へのモチベーション維持にも役立っていると考える.3.中心視野障害による困難AMDでは黄斑の機能が低下するため,1)見たいところがよく見えない,2)眼鏡をかけても文字が読めない,字は見えるけど読みにくい,3)人の顔や表情がわかりにくい,という訴えが中心になる.新聞が読めるとされている0.5以上の視力でも読書が困難になることがAMDの特徴である.この解決には,後述する読書評価が有効である.a.見たいところがよく見えない視力値と患者の実感が一致しない場合が多く,患者の視力検査結果への不満が多いのもAMDの特徴である.視力検査は高コントラストのLandolt環のギャップを判別するため,コントラスト感度の低下や歪視は考慮されない.疾患の状態をモニターするためには十分であるが,患者の日常の困難を理解するには十分ではないのである.黄斑疾患は見たいところが見えにくくなるので,視力が高くても日常生活では不便なことが起きている.見たいところがよく見えないという症状に共感をもつことはこの不満に対応する最初のステップであり,視力検査を行う視能訓練士には留意してほしいところである.b.人の顔が覚えにくい,誰だかわからない黄斑の機能低下は人の顔が判別や表情認知をむずかしくし,近所の人に会っても挨拶ができない,会話中の相手の表情がわかりにくいといった困難を引き起こす.そのために家にこもってしまうという問題を抱える場合がある.この場合には,暗点の位置を確認し,正面の人を見る場合には暗点の方向に視線を動かすことで解決できる.視力検査のときに正面を見てもらい,どの場所に視標を提示すると見やすいかを確認することでも視線を動かす方向を自覚できる.c.眼鏡をかけても文字が読めない,字は見えているけど読みにくい適切な屈折矯正による近用眼鏡装用で照明を使用しても十分に新聞が読めない場合には,本格的なLVCが必要になる.多くの場合,そういう患者にAmslerChartを行い自覚的な中心視野の状況を確認すると,感度低下や歪み,かすみなどの訴えがある.高コントラストの視標で確認する視力検査では検出できない見えにくさがわかり,それがより複雑な文字を判別しにくくしていることがわかる.この解決には読書を直接評価する読書評価が有効である.II加齢黄斑変性の読書困難と解決AMDは移動や日常生活の動作にはあまり困難がなく,読み書きの困難が中心である.したがって,屈折矯図1MNREAD?J(漢字仮名交じり文),MNREAD?JK(平仮名)すべてのタイプに白黒反転と縦書き横書きのバージョンがある.元々は英語で作成されたものが多言語に開発されている.実験室用に開発されたPCバージョンを使うとデータ処理がしやすい.現在,日本語版はiPadで動作するアプリを開発中である.正や拡大鏡など光学的なケアが中心になる.視力値が読書困難を十分に反映できないAMDの場合には,患者の読書パフォーマンスを直接評価する読書評価とその結果からエイドの倍率やタイプを選ぶことが望ましい.読書評価を日常診療のなかで測定することがむずかしい場合には,複数の文字サイズの文章を少し読んでもらうだけでも読みやすい文字サイズを推測できる.患者は見えれば読めると思っていることが多いが(その結果,自分に合わない拡大鏡をたくさん持つことになる),実際に声に出して読んでもらうと,きちんと読める文字が大きいことに気がつき,拡大を十分に行う必要性を理解してくれる.1.読書評価文字の大きさと読書の関係については,晴眼者でもLVでも当てはまる共通の法則がある.LV用や眼科臨床用に開発された文字チャートや近見視力表は多くあるが,現在,文字サイズごとに読書速度が測定できるチャートはMNREADだけである1).MNREADは英語で開発され,現在はさまざまな言語で作られている.日本語版はMNREAD-J(漢字仮名交じり文)とMNREAD-JK(平仮名)がある(図1).英語版のiPad用アプリケーションがすでに販売され日本語版も現在開発中である.このようなチャートで大きな文字サイズから徐々に文字サイズを小さくして速度を測ると,最大読書速度(maximumreadingspeed:MRS),臨界文字サイズ(criticalprintsize:CPS),読書視力(readingacuity:10010小文字サイズ大図2読書速度と文字サイズの関係臨界文字サイズ(CPS)を基準に拡大を考えるとMRSに近い速度で読むことができ,速度が遅く快適に読めないということがなくなる.RA)が得られる(図2).CPSは図2に示された平坦な部分のMRSを示す最小の文字サイズであり,RAはやっと数文字が読める文字サイズである.AMDの患者が視力検査と日常の読み書きとの実感と異なるのは,視力検査で得る最小分閾値はこのRAに相当しているからである.図2からわかるように,われわれがある一定の速度で文章が読めて不快に思わない文字サイズはRAよりも大きいCPS以上の文字サイズになる.LVの患者が十分に文字を読めると感じるためには,網膜像をCPSまで拡大する必要があり,拡大率は以下のように計算できる.拡大率の計算方法拡大率=CPSサイズ/読みたい文字の大きさ拡大鏡のジオプター=拡大率×(1/測定距離)*測定距離30cmならジオプター=拡大率×3.3になる.この結果から得られる拡大率と拡大鏡の必要なジオプターについては,Baileyが等価視屈折力(equivalentviewingpower:EVP),等価視距離(equivalentview-ingdistance:EVD)の概念を説明している1).拡大率をジオプターで考えると,屈折矯正との関係での拡大鏡の調整ができるので臨床的に便利であり効果的な拡大率が得られる2,3).011.21.41.61.822.2文字サイズlogMAR図3AMD患者の読書評価結果の例加齢黄斑変性の場合,CPSが大きくなり場合によっては速度が遅くなるが,視力が高くてCPSが非常に大きくなることが特徴である.この症例では,新聞が読める視力が0.5として,従来の方法で計算すると0.5/0.1=5倍であるが,CPSで計算すると一般的な新聞の文字サイズ9?11ポイントを読む場合には176ポイント/9-11ポイント=約20倍の拡大が必要になる.2.加齢黄斑変性の読書評価結果の特徴AMDは中心暗点が大きくなるとCPSが非常に大きくなる.図3は実際の症例の読書評価の結果である.0.1の視力から計算される拡大率は5倍,CPSから計算される拡大率は20倍と大きな開きがある.実際に読書評価を行って拡大率を計算する必要性が高いことがわかる.中心視野の状態と拡大率でどのような拡大鏡が勧められるかを以下に述べる(図4).快適に読める拡大を得るには,網膜像が十分に読めるように拡大されていること,使用方法に見合った屈折矯正がされていること,補助具の保持や操作方法が適切であることが必要である.a.初期の読書困難10D未満の拡大鏡(拡大率2?3倍程度)や加入度数を5D程度にした強めの眼鏡で対応できる.加入度数を強くする場合には輻湊を考慮してプリズムを入れる方法がある.しかし,AMDの場合は機能のよいほうの眼を使用し両眼視していない場合がほとんどであるので,プリズムを入れることはない.加入を強くすると焦点距離図4照明付き拡大鏡と使用例16D角形(a),16D丸型(b),28D丸型(c).一般に流通しているメーカ品の拡大鏡の多くは28D以上になると口径が狭くなり収差も大きくなる.そのため拡大鏡の使用はdのように目に接近させて使用することになる.が近くなり,拡大鏡と眼の距離が近くなる.20cm(5D加入)程度が限度でないかと考えられるが,実際にその距離での姿勢の読書で患者に抵抗がないか装用テストを十分に行って確認することが大切である.b.中程度の拡大が必要な場合10D?20D程度の拡大率(表示倍率3.5?5倍程度)は,拡大鏡の口径が大きいので拡大鏡でも新聞を読んだり,本を読むことは可能である.市販されている拡大鏡では10D,16Dに角形があり,視野が広く取れるため中心の暗点や歪視があるAMDに好まれる(図4a).ただし,重くなるので高齢者の中には保持がしにくい人もいるので,実際に操作をして確認してもらうことが必要である.c.高倍率の拡大が必要な場合中心視野障害が重度になると拡大率が大きくなる.拡大鏡は28D以上の高倍率になると口径が狭くなり使いにくくなるため(図4c,d),拡大読書器が選ばれることが多い.タブレット端末も候補の一つになる.この場合,使用するときの眼と画面の距離に応じた近見矯正が必要になる.拡大読書器は,患者が読書が好きでたくさんの読書をしたいという希望がある場合には最適な道具となる.拡大読書器にはポータブル型と据え置き型があるが,文字サイズと画面サイズの関係からポータブル型は読書効率が悪くなり拡大鏡と変わらなくなるので勧められない(図5).拡大読書器は障害者手帳を取得していれば,どの等級でも申請することで支給される(所得に応じて最大1割の負担がかかる).視力障害で手帳を取得している場合にはあわせて近用眼鏡も申請できる.あるいは市販の近用眼鏡でも代用できる.拡大読書器は訓練が必要だが,高齢者でも2?3回の練習をすることで活用できる4).筆者の施設では80代後半で拡大読書器を使いこなして文字を読んでいるAMDの患者は少なくない.拡大読書器のかわりにタブレット端末の活用も有効であるが,操作の学習が必要になるため,身近に詳しい人がいたり,すでに使用経験があるような場合に導入している.読書評価からこのような高倍率の拡大が必要でも,患者のニーズが読書ではなく,宛名や賞味期限の確認程度であれば,低倍率の口径の大きいもの,あるいは高倍率の拡大鏡を眼に接近させて使う方法で解決できる(図4d).その場合には,十分な快適さはないことを説明す図5拡大読書器の例据え置き型(a),ポータブル型(b).画面上で同じ程度の文字サイズ(高倍率)を映している.画面上に映される文字数がかなり違うことがわかる.大きい拡大率が必要なる患者が多いAMDには据え置き型が第一候補になる.ることが必要である.III偏心視訓練は有効かいくつかの研究では中心視野を避けた偏心視領域(preferredretinallocus:PRL)の活用方法が示されている.MNREADの開発者でもあるLeggeが著書でまとめている報告では,英文の横書きの場合,暗点の下方か上方で読むほうがよいとされているが,実際には暗点の左(読む方向に暗点がきてしまう)で読んでいる割合が多いとまとめている5).PRLについては,感度のよい領域で固視できる訓練をしてtrained-PRLを作ることが検討されている.一方でPRLを自分自身ですでに獲得している場合もあり(だがそれが必ずしも感度がよい領域ではない場合がある),さらに複数のPRLがあり,対象物のサイズや照度などによって患者が無意識に使い分けをしていることがわかっている.複数あるPRLを臨床で評価することはむずかしく,訓練方法や効果には諸説があり一定していない.すぐに効果があるアドバイスとしては,暗点がある位置を自覚してもらい,それを避けるために暗点の方向に眼を向けると正面が見やすくなる方法があげられる.まとめAMDは視力が高くても読書困難を示すことが特徴である.筆者がAMDのLVCに取り組み始めた15年前と比べて,治療方法の進歩によって初期の段階で視機能を維持している患者が増えている.その場合は,加入度数を少し強くした近用眼鏡や一般に出回っているジオプターが低い拡大鏡で十分な場合がある.文字が読めるということは,趣味や日常生活のあらゆる場面でQOLを改善してくれる.高齢だからといって諦めないで,まずLVCを活用していただければありがたい.文献1)Lovie-KitchinJ:Readingwithlowvision:theimpactofresearchonclinicalmanagement.ClinExpOptom94:121-132,20112)BaileyIL,BullimoreMA,GreerRBetal:Lowvisionmagni?ers-theiropticalparametersandmethodsforpre-scribing.OptomVisSci71:689-698,19943)小田浩一訳:拡大,ロービジョンマニュアル(小田浩一総監訳),p181-195,エルゼビア・ジャパン,20104)新井千賀子,小田浩一,尾形真樹ほか:脳出血による後遺症があるロービジョンの患者への拡大読書器の適用事例,視覚リハビリテーション研究7:27-35,20185)LeggeGE:Chapter3visualmechanismsinreading.In:Psychophysicsofreadinginnormalandlowvision,p43-105,LawrenceErlbaumAssociates,NewJarsey,2006

人工知覚

2020年3月31日 火曜日

人工視覚ArtificialVision不二門尚*はじめに視細胞が障害された患者に視覚を再生させる電子的なデバイスが,人工網膜(retinalprosthesisあるいはreti-nalimplant)である.網膜レベルの視覚再建治療が行われる前提条件は,網膜の外層にある視細胞は変性しているが,網膜の内層の神経細胞(双極細胞,神経節細胞)が残存していることである(図1).対象となる疾患は,網膜色素変性(retinitispigmentosa:RP),加齢黄斑変性(age-relatedmaculardegeneration:AMD)に代表される網膜外層の変性である.緑内障のように網膜の出力細胞である神経節細胞が障害される疾患は,治療の対象にならない.人工網膜以外の網膜レベルの視覚再建法としては,遺伝子治療,再生医療,光遺伝学的治療がある(図1)人工的な視覚(人工視覚)を得る機器として,網膜に電極を設置する人工網膜は,これまでは視力光覚弁以下の進行したRP患者を対象にして臨床試験が行われ,先行する米国のSecondSight社のARGUSIIは,米国食品医薬品局(FoodandDrugAdministration:FDA)の認可を得て300例以上に埋植手術を行った.AMDに対して人工網膜を適応する場合は,RPと異なり周辺視野が残存しているので,中心部の人工視覚と周辺部の残存視覚がマッチできるかという新たな問題が起きる.すでにARGUSIIでは,PILOT試験としてAMD患者に人工網膜を埋植している.また,最近フランスのPIXIUMVISION社が新しいタイプの人工網膜を開発し,AMD神経節細胞アマクリン細胞双極細胞水平細胞遺伝子治療視細胞図1進行した網膜外層変性に対する治療戦略進行した網膜外層変性では視細胞層が広汎に障害される.人工網膜は,電流で残存する網膜内層の神経を刺激することにより視覚を回復する.遺伝子治療では,視細胞の外節が障害されていても,核が残存していれば,遺伝子導入により視覚を回復する可能性がある.光遺伝学では,光を受容するチャンネルロドプシンの遺伝子を神経節細胞に導入することにより視覚を回復する.再生医療では,ES/iPS細胞から再生した視細胞が,双極細胞とシナプスを形成することにより視覚を回復する.患者に対して埋植手術を行い,12カ月の成績を報告している.本稿では,人工網膜システムの説明を行ったあと,AMDへの人工網膜の適応の現況,今後の可能性について述べる.◆TakashiFujikado:大阪大学大学院生命機能研究科〔別刷請求先〕不二門尚:〒565-0871大阪府吹田市山田丘1-3大阪大学大学院生命機能研究科(0910-1810/20/\100/頁/JCOPY(35)283する.III人工網膜で知覚される映像図2人工網膜システム日本独自のSTS型人工網膜システムは,小型カメラで撮影した映像をコンピューターで処理し,情報を体外装置のコイルから体内装置のコイルへ伝送し,最終的に眼球に埋植した電極から電流刺激を行うことにより,擬似的な光覚を生じるようにするものである.I人工視覚とは人工視覚は,網膜から大脳皮質視覚領に到る視路を,電気的に刺激することによって擬似的な光(phos-phene)を得るシステムである.具体的にはchargecou-pleddevice(CCD)カメラで外界の像を撮影し,コンピューターで信号を処理したあと,無線で体内装置に信号を伝送する.人工網膜の場合,二次元的に微小電極が配列された電極アレイを走査して,網膜の神経を電気刺激することにより,中枢に信号が伝えられ,人工的な視覚イメージが認識される.II人工網膜の構成人工網膜は,体外装置と体内装置から構成される.体外装置では,CCDカメラで外界の映像を撮像し,得られた画像情報は信号処理され,体内装置に無線で送信される.電力も同じ無線システムで電送される.体内装置では,送信された信号がアナログ信号にデコードされ,電流が個々の電極に送られる(図2).人工網膜で,網膜下に電極を置く方式では,外部CCDカメラの代わりに,埋め込み型微小電極板に設置されたphotodiodeで撮像人工網膜を埋植された患者は,白色の点で構成されたパターンを知覚する.知覚される映像の質は,電極の数とトーンによって決まる.患者がコップを見たとき,CCDカメラがカップの画像を取り込み,背景の明るさに応じてゲインが調整される.グレートーンを調整した後,電極の数に応じてピクセル化される.各電極には,ピクセルの輝度に対応する電流が流れ,網膜を刺激する.患者には,にじんだ光の塊のようなものが認識される(図3).IV人工網膜の種類1.網膜上刺激方式網膜上刺激方式では,電極アレイは網膜の神経線維層上に配置される(図4a).Humayunらは60チャンネルの微小電極をもつARGUSII(SecondSight社)を開発し1),FDAの認可を受けた.このシステムを埋植した患者は,黒色の背景の上に白色の視標を提示し,指で視標の中心をポイントさせる課題(到達運動試験)において,systemo?の状態よりもsystemonの状態でよい成績を示した.患者の7割は重篤な有害事象(seriousadverseevent:SAE)を示さなかった.もっとも多かったSAEは,結膜の離開であるが,再手術で治療された2).網膜上人工網膜の利点は,臨床試験の長い歴史をもち,装置の安定性が比較的よいことである.2.網膜下刺激方式網膜下刺激方式では,電極アレイは視細胞層の下に配置される(図4b).微小光電変換素子が光を捕獲し,誘起された電流は網膜神経節細胞を刺激する.このシステムの利点は,刺激電極が各微小光電変換素子に隣接して配置されているので,受光した場所と同じ場所で網膜を刺激できることである.Zrennerらは,5mm角のチップ上に1,500個の電極を有する網膜下型人工網膜を開発した.チップを9人の盲目患者の網膜下に移植した.3名の被験者は自発的に文字を読むことができたと報告され,得られた最高視力は0.037であった3).これらのデGainControlGreyScalePixelizedArti?cialVision49pixels図3コップを人工網膜で見たときの見え方のシミュレーションCCDカメラでとらえた画像は適当な明るさにゲインをコントロールされ,グレースケールを導入したのちに49画素に分割され,電流信号に変換される.この電流値で網膜が刺激されると,理論的には白い点の集合体が見えるはずだが,実際には電流の広がりと変性した網膜の内層のリモデリングにより,ぼやけた光の塊のようなものが,患者には知覚される.網膜脈絡膜強膜b網膜下電極c脈絡膜上電極図4人工網膜の種類人工網膜は,電極を置く場所により,三つのタイプに分類される.a:網膜上刺激方式,b:網膜下刺激方式.c:脈絡膜上刺激方式.体内装置LSIfordecoderMultiplexerICChip49極電極図5脈絡膜上刺激方式(大阪大学方式)の体内装置,体外装置,電極板,埋植後の頭部X線画像ータは,網膜下インプラントが日常生活に役立つ視覚機能を回復することができることを示したが,デバイスの長期安定性に課題を残した.近年フランスのPixiumVision社が新しいタイプの網膜下型人工網膜を開発した.378個の微小光電変換素子を配置した電極アレー(直径2mm)に対して,CCDカメラでとらえた映像を赤外光刺激に変換し,ゴーグルを介して光刺激する方法である.AMD患者の障害された中心視野に電極を埋め込むと同部位に光覚が得られたと報告された.本法の利点は手術手技が比較的シンプルであることである.今後,AMDに対して適応する場合,残存視覚と人工視覚をマッチさせることが問題となる.3.脈絡膜上刺激方式刺激電極を強膜ポケット(日本)または脈絡膜上腔(オーストラリア)に設置する新しい人工網膜が開発された(図4c).大阪大学では,電極数を49極に増加した第二世代システムを開発した(図5).2014年から3人のRP患者に対する手術を実施し,約1年間にわたり経過観察を行ったところ,全員で擬似光覚が知覚され,3例中2例で白線に沿った歩行の改善や,対象物の位置の認識向上などの有効性が認められた4).オーストラリアのグループは,44極の微小電極アレイを3名のRP患者の脈絡膜上に埋植し,全員から擬似光覚が得られたと報告している5).電極板の脈絡膜上配置の利点は,電極が網膜に接しないので,術中,術後の合併症が少ない点,電極の固定がよいので長期の安定性が確保される点である.このアプローチの限界は,電極が網膜から遠くにあるため,より高い電流が必要とされ,分解能が制限されることである.V人工網膜の限界多極電極は数ミリ角の基盤上に複数の刺激電極を搭載する電子部品である.理論上,刺激電極が多いほど高い解像度の映像が得られるはずだが,実際は理論値と同等の視力が得られることはまれである.たとえば1,500極の電極を有するAlphaAMS(網膜下電極)では,理論的には0.1?0.2程度の視力が得られるはずであるが,最高視力は0.037にとどまっている.これは,残存する網膜内層の神経細胞の密度や電流の広がりに起因すると考えられる.視野としては,視角15°(直径)程度である.その他,刺激された神経の受容野がCCDカメラでとらえられた視野と一致しないと定位の誤認(対象物の方向の誤認)が起きるなどの問題もある.したがって,不十分な視野,視力を日常生活に役立てるための視覚リハビリテーションが必要になる.VI加齢黄斑変性への人工網膜の適応の現状と今後の方向性すでに網膜上型および網膜下型の人工網膜で,AMDに対する人工網膜埋植のパイロットスタディが開始されている.Stangaらは,網膜上型人工網膜ARGUSIIを萎縮型AMD(視力0.1以下)の患者の黄斑部に埋植し,人工視覚による中心視野と残存する周辺視野はよくマッチして,患者は顔の輪郭を認識することができたと報告している(EuRetina,2016).一方,PixiumVision社は網膜下型人工網膜PrimaSystemを萎縮型AMDの黄斑部に移植し,中心部の網膜で光覚をOctopusを用いて検出することができたと報告している(11thEyeandTheChipWorldResearchCongress2019,Detroit).視覚リハビリテーションを経て,埋植12カ月後には文字が認識できるようになったとのことである.人工網膜の移植において,AMDの場合はRPと異なり,周辺視野で0.1程度の視力が残存している.人工網膜による最高視力が0.1未満であることを考えると,偏心視で見える視力以上の分解能を,中心に置かれた人工網膜で得ることは,現在の方法ではむずかしいと思われる.視線をずらさないで,相手の顔の輪郭を認識しながら話ができるというメリットはあると思われる.最近,感覚型BMI(brain-machineinterface)として先行している人工内耳の領域では,人工的な聴覚(高音領域)と,残存する自然聴覚(低音領域)をマッチできるハイブリッドシステムが開発されている6).この発展は主として術式の改良(低音領域の内耳に侵襲を与えない術式)によるものである.音の知覚テストにおいて,ハイブリッドシステムのほうが,人工聴覚のみよりも,良好な結果が報告されている.人工網膜も,デバイスの高密度化,新たな術式の開電極数3782mm×2mm電極間距離100?m図6網膜下電極(PixiumVision社)を萎縮型加齢黄斑変性患者の網膜下に埋植した場合の模式図発,視覚リハビリテーションを通して,AMDに対しても生活に役立つ視覚が回復できるようになることが期待される.VIIまとめ人工視覚の現状を概説した.人工網膜にはさまざまなアプローチがあるが,それぞれの方法で実用化が進みつつある.人工網膜を埋植した患者は,到達運動や,線に沿って歩くことなどが可能になることが示されている.患者の生活の質の改善を達成するためには,外科的処置および技術的進歩の改善だけでなく,効果的なリハビリテーション法の開発が必要である.人工網膜をAMDに適応する場合の課題は,周辺部の残存視覚と,中心部の人工視覚をマッチさせること,日常生活において人工網膜を使用することによって利益を得ることができるように解像度を改善することである.別の課題は,患者が杖の助けを借りずに歩くことができるように視野を拡大することである.文献1)HumayunMS,deJuanEJ,DagnelieGetal:Visualper-ceptionelicitedbyelectricalstimulationofretinainblindhumans.ArchOphthalmol114:40-46,19962)HumayunMS,DornJD,daCruzLetal;ArgusIIStudyGroup:InterimresultsfromtheinternationaltrialofSec-ondSight’svisualprosthesis.Ophthalmology119:779-788,20123)StinglK,Bartz-SchmidtKU,BeschDetal:Arti?cialvisionwithwirelesslypoweredsubretinalelectronicimplantalpha-IMS.ProcBiolSci280:20130077,20134)FujikadoT,KameiM,SakaguchiHetal:One-yearout-comeof49-channelsuprachoroidal-transretinalstimula-tionprosthesisinpatientswithadvancedretinitispigmen-tosa.InvestOphthalmolVisSci57:6147-6157,20165)AytonLN,BlameyPJ,GuymerRHetal;BionicvisionAustraliaResearchConsortium:First-in-humantrialofanovelsuprachoroidalretinalprosthesis.PLoSOne9:e115239,20146)UsamiS,MotekiH,TsukadaKetal:Hearingpreserva-tionandclinicaloutcomeof32consecutiveelectricacous-ticstimulation(EAS)surgeries.ActaOtolaryngol134:717-727,2014

加齢黄斑変性の網膜再生医療

2020年3月31日 火曜日

加齢黄斑変性の網膜再生医療RegenerativeMedicineforTreatingAge-relatedMacularDegeneration前田亜希子*はじめに加齢黄斑変性(age-relatedmaculardegeneration:AMD)の治療には,抗VEGF療法,レーザー治療,硝子体出血に対する硝子体手術などがあり,これらの治療により視力予後の改善が期待できる疾患となっている.しかしながら,現在の治療には限界があり,新規治療の確立が期待されている.本稿では国内外で開発が進められている網膜再生医療について解説する.I加齢黄斑変性における再生医療の目的AMDでは,環境因子や遺伝因子などが複雑に影響することにより,網膜色素上皮(retinalpigmentepitheli-um:RPE)細胞に変化が起こることが知られている.RPE細胞はさまざまな役割を担っており,その破綻が,滲出型AMDの病態である脈絡膜新生血管の増殖や,萎縮型AMDの病態である視細胞変性につながることが知られている.このため,再生医療として正常RPE細胞を病巣へ移植することにより脈絡膜や視細胞への影響を軽減または停止できることが期待され,AMDの治療となりうることが示唆されている.II網膜色素上皮細胞の役割RPE細胞は六角形を呈し,隣りあうRPE細胞間でタイトジャンクションを形成し,単一単層膜として視細胞と脈絡膜の間に位置している.タイトジャンクションによりバリア機能を有し,血液網膜関門を形成し網膜内恒表1網膜色素上皮(RPE)細胞の機能と役割常性の維持に重要な役割を担っている.また,RPE細胞内のメラニン顆粒は光の吸収にかかわっている.RPEを介して脈絡膜血管と神経網膜間の物質輸送が行われており,電解質や栄養成分の供給・排出にかかわっている.そのほかにも表1に示す通り,多くの重要な生理学的機能と役割を担っていることから,RPEは神経網膜維持に不可欠であり,その機能不全や欠損は視細胞変性や炎症などを引き起こし,AMDをはじめとする網膜疾患の原因になっている.近年,RPE細胞を多能性幹細胞から分化・誘導して得ることが可能となり,AMDに対するRPE細胞移植治療の確立が現実的なものとなっている.III多能性幹細胞とiPS細胞多能性幹細胞とは,生体のさまざまな細胞・組織に分化する分化万能性と,その細胞自体も増殖することができる自己複製能を併せもつ細胞のことである.胚性幹細◆AkikoMaeda:理化学研究所生命機能科学研究センター網膜再生医療研究開発プロジェクト,神戸アイセンター病院〔別刷請求先〕前田亜希子:〒650-0047神戸市中央区港島南町2-2-3D棟5F理化学研究所生命機能科学研究センター網膜再生医療研究開発プロジェクト(0910-1810/20/\100/頁/JCOPY(29)277多能性誘導因子図1iPS細胞作製方法体細胞に多能性誘導因子の遺伝子を導入することによりiPS細胞が得られる.(文献2より引用)Bar:200?mBar:200?m図2iPS細胞コロニー(a)とiPS細胞から分化・誘導されたRPE細胞(b)胞(embryonicstemcell:ES細胞)と,iPS細胞(inducedpluripotentstemcell)が知られている.1981年にEvansらが胚盤胞期の胚の一部である内部細胞塊から,多能性幹細胞であるES細胞の作製に成功している1).iPS細胞は人工的に作りだされた多能性幹細胞のことで,2006年に京都大学の山中伸弥研究室が皮膚から採取した線維芽細胞へ四つの遺伝子を導入することでiPS細胞が得られることを発表した(図1)2).これらの細胞は体内のどんな細胞にも分化することが可能であることから万能細胞とよばれることもあり,再生医療や創薬研究への応用が期待されている.AMDの次世代治療として,これら多能性幹細胞から分化・誘導して得たRPE細胞を用いた再生医療が試みられている.IV網膜色素上皮細胞の分化・誘導2002年に理化学研究所の笹井芳樹研究室が中枢神経の分化誘導中に得られる色素上皮細胞がRPE細胞であることを偶然発見し3),2004年には理化学研究所の高橋政代研究室でサルES細胞から得られたRPE細胞を網膜疾患モデルラットに移植している4).これまでに分化・誘導方法の詳細が検討され,現在ではES/iPS細胞から治療に使用可能な臨床グレードのRPE細胞を再現性をもって製造できるまでになっている(図2).今後は自動培養技術を用いた大量培養,事業化に向かうことが予測されている.V網膜色素上皮細胞と加齢黄斑変性の病態1.加齢により起こるRPE細胞変化加齢により,RPE細胞とその近傍ではさまざまな変化があらわれる(図3).RPE細胞層下にはドルーゼンの蓄積がみられる.AMD発症の危険因子としてアポリポプロテインE(apolipoproteinE:APOE)やATP結RPE:網膜色素上皮細胞OS:視細胞外節:ファゴソーム:リポフスチン顆粒図3加齢によるRPE細胞の変化加齢により,ドルーゼン,ファゴソームやリポフスチン顆粒の増加,炎症細胞浸潤などが観察されるようになる.合カセットトランスポーター(ATP-bindingcassetteproteinA1:ABCA1)などの脂質代謝にかかわる遺伝子の遺伝子多型が知られていることなども含め,ドルーゼン蓄積と脂質代謝異常の関連が示唆されている.また,RPE細胞内ではファゴソームやリポフスチン顆粒の増加,視細胞層から網膜下にかけてはミクログリアやマクロファージなどの炎症細胞浸潤が観察されている.これらの変化はいずれもAMDの発症・病態の理解に重要であると考えられている.2.ストレス応答とVEGF血管内皮増殖因子(vascularendothelialgrowthfac-604020001234ストレス下培養(培養日)図4ストレスによるVEGF産生亢進6004002000tor:VEGF)はマクロファージなど炎症細胞を含むさまざまな正常細胞で産生され,血管の発生・維持に重要な役割を担っている.RPE細胞は眼内における主要なVEGF産生細胞である.適正なVEGF濃度は生体恒常性の維持に必須であるが,ストレス応答の結果としてVEGF産生亢進が起こり,さまざまな病態に関与することが知られている.RPE細胞に酸化ストレスをはじめとするストレスが加わることによりVEGF産生亢進がみられる(図4).RPE細胞におけるVEGF産生亢進が脈絡膜新生血管の増殖に関与することが解明されており,近年では,抗VEGF療法が脈絡膜新生血管を伴うAMDのファーストライン治療となっている.ストレス誘導を目的として培養液中A2E(10?M)存在下においてiPSC-RPE細胞の培養を行った.VEGF産生亢進と細胞死の増加が観察される.(文献14より引用)3.A2Eや他の脂質の関与加齢眼においてはリポフスチン顆粒が顕著化することが知られている.リポフスチン顆粒の主要成分はビスレチノイド(A2E)であることが同定されている5).A2EはビタミンA代謝回路(視覚サイクル)の副産物で,ビタミンA代謝中間体であるall-trans-retinalが2分子と網膜に豊富に含まれる脂質phosphatidylethanolamineが1分子の割合で縮合した化合物である(図5).加齢とともにRPE細胞におけるA2E蓄積は増大し,AMDのall-trans-retinal図5A2Eの構造とRPE細胞における蓄積A2Eは視覚回路の副産物としてビタミンA代謝中間体であるall-trans-retinalより生合成される.遺伝子ノックアウトマウスにおいてA2E蓄積はRPE細胞内にびまん性に観察される.(文献15より引用)病態に関与することが示唆されている.A2E蓄積マウスにおいては,AMD様の変化が観察され,酸化ストレス増大や炎症が観察されている6,7).これら以外にもRPE細胞の機能異常がAMDの病態と深くかかわることが報告されている.VI加齢黄斑変性におけるRPE細胞治療の試み上述のように,RPE細胞の加齢変化により網膜の恒常性維持破綻をもたらすことから,正常RPE細胞を移植・補充することによりAMDを治療するという試みがある.1990年代には胎児を含む他人からのRPE細胞がAMD患者に移植されたが,移植片の拒絶が問題となった8).その後,患者眼において,患者自身のRPE細胞と脈絡膜を移植片として病変部に移動する手術が行われ,一定の結果を得ることができている9).この結果から,RPE細胞移植がAMDの治療になり得ることが強く示唆された.VII多能性幹細胞を用いたRPE細胞治療の試み2012年にSchwartzらによってヒトES細胞から得たRPE(hESC-RPE)細胞移植が萎縮型AMDとStar-gardt病(遺伝性若年性黄斑変性)患者に行われた10).移植RPE細胞は腫瘍形成などの異常な細胞増殖や,免疫系の活性亢進を引き起こすことなく,生着することが報告されている.hESC-RPE細胞移植による視力改善傾向も観察されており,hESC-RPE細胞移植の安全性と有効性が報告されている.2014年に理化学研究所の高橋らと神戸市立医療センター中央病院の栗本康夫らが滲出型AMD患者の皮膚細胞からiPS細胞を作製し,RPE細胞を分化・誘導し,iPSC-RPE細胞シートとして患者本人の網膜下に移植している(図6)11).この自家iPSC-RPE細胞シート移植では,免疫抑制薬の使用なく,良好な移植片の生着が確認されている.視細胞が残存していない領域へのRPE細胞移植であったため,視力改善はみられなかったもの神経網膜RPE脈絡膜病変除去RPE移植図6人類初のiPSC?RPE細胞移植での手順網膜下の新生血管と変性RPE細胞よりなる病変を除去し,iPSC-RPE細胞シートが移植された.(文献11より引用)の,移植後には抗VEGF療法の必要はなく,視力維持ができている.また,移植片下の脈絡膜は他の部位に比べて優位に維持されることも確認されている12).これらの結果から,自家iPSC-RPE細胞シート移植の安全性と有効性が示された.一方で,自家移植では移植細胞作製にかかる時間やコストの問題が浮き彫りになった.そこで最近,免疫学的拒絶反応に重要なHLA型を適合させた他家iPS細胞からRPE細胞を作製し,滲出型AMD患者5名に対して他家iPSC-RPE細胞移植を行っている.iPS細胞は京都大学iPS細胞研究所CiRAより理化学研究所に提供され,RPE細胞が作製され,患者への移植は神戸市立医療センター中央市民病院と大阪大学医学部附属病院で行われている.この移植ではHLA適合他家RPE細胞が免疫系に与える影響とその制御に関して経過観察することが主要な目的であった.5例中1例において免疫系の活性亢進がみられたが,免疫活性を予測するリンパ球移植細胞混合培養検査の開発とTenon?下ステロイド注射(局所ステロイド治療)により,その反応を制御することが可能であり,HLA適合図7iPS細胞より分化・誘導された立体網膜他家iPSC-RPE細胞移植が将来の治療になりうる可能性が示されている.VIII加齢黄斑変性における再生医療の展望わが国において,すでに自家RPE細胞移植,さらに他家HLA型適合RPE細胞移植が他施設研究として行われており,治療への道筋が整ってきている.また,移植RPE細胞の安全性と有効性が確認されている.今後は,移植細胞作製の事業化に加え,治療に適した患者側要因の検索・同定や,移植患者数を増やすことによるデータの収集・解析が必要になっていくであろう.RPE細胞に加え,2011年には理化学研究所の笹井芳樹研究室により,ES細胞から視細胞層を含む立体網膜を分化・誘導できることが報告され13),現在ではiPS細胞からも立体網膜を作製することが可能となっている(図7).RPE移植と同時に視細胞を移植することにより,視機能を回復しようとする試みが国内外で行われている.おわりにこれまでの研究から,AMDの病態理解が進み,新しい治療法が開発されてきている.網膜再生医療はAMDに対する治療の選択肢を増やすだけでなく,既存の治療や開発中の他の治療との併用によって,良好な視機能維持が期待でき,よりよい医療提供を可能にするものと思われる.文献1)EvansMJ,KaufmanMH:Establishmentincultureofplu-ripotentialcellsfrommouseembryos.Nature292:154-156,19812)TakahashiK,YamanakaS:Inductionofpluripotentstemcellsfrommouseembryonicandadult?broblastculturesbyde?nedfactors.Cell126:663-676,20063)KawasakiH,SuemoriH,MizusekiKetal:Generationofdopaminergicneuronsandpigmentedepitheliafrompri-mateEScellsbystromalcell-derivedinducingactivity.PNAS99:1580-1585,20024)HarutaM,SasaiY,KawasakiHetal:Invitroandinvivocharacterizationofpigmentepithelialcellsdi?erentiatedfromprimateembryonicstemcells.InvestigOphthalmolVisSci45:1020-1025,20045)EldredGE,LaskyMR:Retinalagepigmentsgeneratedbyself-assemblinglysosomotrophicdetergents.Nature361:724-726,19936)KohnoH,ChenY,KevanyBMetal:Photoreceptorpro-teinsinitiatemicroglialactivationviaToll-likereceptor4inretinaldegenerationmediatedbyall-trans-retinal.JBiolChem288:15326-15341,20137)MaedaA,MaedaT,GolczakMetal:Retinopathyinmiceinducedbydisruptedall-trans-retinalclearance.JBiolChem283:26684-26693,20088)AlgverePV,GourasP,DafgardKoppE:Long-termout-comeofRPEallograftsinnon-immunosuppressedpatientswithAMD.EurJOphthalmol9:217-230,19999)vanZeeburgEJ,MaaijweeKJ,MissottenTOetal:Afreeretinalpigmentepithelium?choroidgraftinpatientswithexudativeage-relatedmaculardegeneration:resultsupto7years.AmJOphthalmol153:120-127,201210)SchwartzSD,RegilloCD,LamBLetal:Humanembry-onicstemcell-derivedretinalpigmentepitheliuminpatientswithage-relatedmaculardegenerationandStar-gardt’smaculardystrophy:follow-upoftwoopen-labelphase1/2studies.Lancet385:509-516,201511)MandaiM,WatanabeA,KurimotoYetal:Autologousinducedstem-cell-derivedretinalcellsformaculardegen-eration.NEJM376:1038-1046,201712)TakagiS,MandaiM,GochoKetal:Evaluationoftrans-plantedautologousinducedpluripotentstemcell-derivedretinalpigmentepitheliuminexudativeage-relatedmacu-lardegeneration.OphthalmolRetina10:850-859,201913)EirakuM,TakataN,IshibashiHetal:Self-organizingoptic-cupmorphogenesisinthree-dimensionalculture.Nature472:51-56,201114)ParmarVM,ParmarT,AraiEetal:A2E-associatedcelldeathandin?ammationinretinalpigmentedepithelialcellsfromhumaninducedpluripotentstemcells.StemCellRes27:95-104,201815)PalczewskaG,MaedaT,ImanishiYetal:Noninvasivemulti-photon?uorescencemicroscopyresolvesretinolandretinal-condensationproductsinmouseeyes.NatureMed16:1444-1449,2010

遺伝子情報を活用した個別化医療と遺伝子治療

2020年3月31日 火曜日

遺伝子情報を活用した個別化医療と遺伝子治療GeneTherapyandPrecisionMedicineUtilizingGeneticInformation山城健児*はじめに滲出型加齢黄斑変性(age-relatedmaculardegenera-tion:AMD)に対しては抗血管内皮増殖因子(vascularendothelialgrowthfactor:VEGF)療法を行うのが一般的であるが,一部の患者では抗VEGF薬に対する反応が悪く,治療を行っても視力の改善が得られないことがある.また,抗VEGF療法が有効でも治療後すぐに再発をきたす患者もあり,頻回の投与を要する患者も少なくない.実際には追加治療が遅れることよって視力予後が不良となる患者は多く,最近の大きな問題となっている.そこで,それぞれの患者の遺伝子を調べることによって治療反応性や予後を予測して,最適な治療方針を選択しようという試みや,抗VEGF作用をもつ蛋白を遺伝子導入することによって半永久的に分泌させ続けようという試みが行われている.また,これまでにAMDと診断してきた患者の一部は,脈絡膜が厚いパキコロイドという状態が原因となって脈絡膜新生血管を生じているpachychoroidneovasculopathyと診断すべきものであったということが明らかになってきたことで,AMDの治療が大きく変わりつつある.I遺伝子情報を活用した個別化医療AMDは単一の遺伝子に生じた変異が原因となって発症するような,いわゆるMendel遺伝病ではなく,加齢や喫煙といった環境因子や複数の遺伝子の変異・多型が発症しやすさに影響を与えている多因子疾患である.2005年にCFHやARMS2/HTRA1といった遺伝子の変異・多型がAMDの発症に大きく影響を与える感受性遺伝子であるということが発表されて以来,AMDの自然経過や治療反応性に影響を与えている遺伝子がないかどうかを調べる研究が盛んに行われてきた.現時点で,片眼にAMDを発症した患者に対しては,ARMS2/HTRA1の遺伝子配列を調べるだけで,僚眼のAMD発症が予測できるということは間違いないと考えられる1).さらにARMS2/HTRA1の遺伝子配列を調べると,光線力学療法後の視力改善の度合いも予測できるかもしれない(表1).しかし,抗VEGF療法の反応性やその後の視力経過を予測できるような遺伝子はまだ発見されていない.これまでにCFH,ARMS2/HTRA1,VEGFA遺伝子については20報以上の研究結果が報告されているが,再現性のある結果は報告されていないため,少なくともこの三つの遺伝子が抗VEGF療法に対する反応性やその後の視力経過を予測するために使える可能性は低そうである.全ゲノム関連解析も行われているが2,3),明らかな関連が確認された遺伝子多型は報告されておらず,一つの遺伝子がAMDの抗VEGF療法の効果に大きく影響している可能性は低いのかもしれない.最近になって,後述するように今までにAMDと診断してきた症例の一部はpachychoroidneoasculopathyという異なった遺伝子背景をもつ一群であったことが判明した.AMDをpachychoroidneovasculopathyとpachychoroidneo-◆KenjiYamashiro:大津赤十字病院眼科〔別刷請求先〕山城健児:〒520-8511滋賀県大津市長等1-1-35大津赤十字病院眼科(0910-1810/20/\100/頁/JCOPY(23)271表1遺伝子多型とAMDとの関連遺伝子AMD発症僚眼の発症PDT後の視力経過抗VEGF療法後の視力経過CFH関連あり───ARMS2/HTRA1関連あり関連あり関連ありそう─図1PachychoroidのOCT画像図2Pachychoroid系疾患の進行図3CFH遺伝子多型と疾患発症との関係vasculopathyではないものとに分けて遺伝子研究をすることで,個別化医療(precisionmedicine)に活用できる遺伝子が発見できるのかもしれない.IIPachychoroid疾患の遺伝子的背景AMDは本来ドルーゼンを背景にして発症するものであると考えられており,白人のAMD眼にはドルーゼンが認められることが多い.一方で,アジア人ではドルーゼンがない眼にAMDが発症することが多いにもかかわらず,アジア人のAMDは白人のAMDと同様のものとして扱われてきた.光干渉断層計(opticalcoherencetomography:OCT)の進歩に伴って,脈絡膜の状態が詳細に観察できるようになった.2009年にはOCTを使って中心性漿液性網脈絡膜症(centralserouschorioretinopathy:CSC)患者の脈絡膜を観察した結果,CSCの脈絡膜が厚いということが明らかになり,この厚い脈絡膜がCSCの発症要因となっているのかもしれないと考えられるようになった4).最近になってこの脈絡膜が厚い状態をpachy-choroidとよんで(図1),pachychoroidを背景として発症する疾患群をpachychoroid疾患群としてとらえようという考え方が提唱されてきた.そのおもなものはCSC,pachychoroid色素上皮症,pachychoroidneovas-culopathy,pachychoroidgeographicatrophyである(図2).Pachychoroid色素上皮症は不全型CSCのようなものであると考えられており,網膜色素上皮には障害が生じているものの,漿液性網膜?離が認められないものをさす.漿液性網膜?離の既往があった場合にはCSCと診断することになる5).CSCやpachychoroid色素上皮症からは脈絡膜新生血管や地図状萎縮が生じることがあり,前者がpachychoroidneovasculopathy,後者がpachychoroidgeographicatrophyである6,7).遺伝子的な背景を比較すると,CFH遺伝子の多型については,AMDを発症しやすい遺伝子型をもっているとpachychoroidになりにくく,pachychoroidになりやすい遺伝子型をもっているとAMDにはなりにくいということがわかってきている8()図3).Pachychoroidとドルーゼンを背景にしたAMDとは,CFH遺伝子という図4CFH遺伝子とCSCの経過との関係表2遺伝子治療の方法と対象疾患治療方法単一遺伝子疾患(Mendel遺伝病)多因子疾患機能喪失型変異機能獲得型変異遺伝子修復○○×機能喪失型変異の導入×○×正常遺伝子の導入○△×治療保護作用の導入○○○観点からみると正反対の疾患群であると考えられる.IIIPachychoroid疾患の個別化医療と考えられる.IV遺伝子治療CSCの多くは大幅な視力低下をきたすことなく自然治癒することが多いが,その後にpachychoroidneovas-culopathyに進行してしまうと視力予後が悪くなる.このCSCからpachychoroidneovasculopathyへの進行が,CFH遺伝子を調べることで予測できるかもしれない.最近の研究では,CSC患者のCFH遺伝子の多型を調べた結果,AMDを発症しにくい遺伝子型をもっているとCSCが自然治癒しやすく,pachychoroidneovasculopa-thyへは進行しにくくなり,AMDを発症しやすい遺伝子型をもっているとCSCが自然治癒しにくく,pachy-choroidneovasculopathyに進行しやすくなるということがわかってきた9()図4).CSCに対しては初診時にCFH遺伝子を調べて,自然治癒しやすい遺伝子型をもっている患者に対しては,まずは経過観察をして,自然治癒しにくい遺伝子型をもっている患者に対しては早めに治療を検討するほうがよいのかもしれない.また,自然治癒しにくい遺伝子型をもっている患者に対しては,早期に治療を行うことでpachychoroidneovasculopa-thyへの進行予防まではできなくても,pachychoroidneovasculopathy発症後の重症度を軽減できる可能性はあるため,今後,前向き研究で確認していく必要がある最近ではAMDに対する遺伝子治療も注目されはじめている.遺伝子治療という言葉をみると,変異が生じている遺伝子を修復することによって治療をめざす場合だけを遺伝子治療とよぶと考えそうになるが,実際には変異遺伝子はそのままにしておいて,新たな遺伝子を導入することで治療効果をめざすものが多い(表2).また,遺伝子の変異によって異常な機能をもつ蛋白が生じることが疾患の原因となっている場合には,さらに変異を生じさせてその蛋白の機能を喪失させたり,蛋白そのものを喪失させることによって治療効果を狙うこともある.AMDは多因子疾患であるため,遺伝子を修復することで治療をめざすような疾患ではない.多くのAMD患者には抗VEGF療法は有効であるが,その一部では黄斑部の滲出性変化が消退した状態(drymacula)を維持するために抗VEGF薬の頻回投与が必要となることが問題となっているため,網膜色素上皮細胞に遺伝子を導入して,抗血管新生作用を産生させ続けようという遺伝子治療が試みられている(表3).遺伝子の導入方法としてはウイルスが細胞に感染する機序を利用するものが多く,ウイルスベクターとしてはアデノ随伴ウイルス(adeno-associatedvirus:AAV)やレンチウイルスが表3AMDに対する遺伝子治療薬剤名ベクター導入物投与経路RGX-314AAV8antiVEGFfabPPV+subretinalinjectionADVM-022AAV2.7m8a?iberceptIntravitrealinjectionADVM-032AAV2.7m8ranibizumabIntravitrealinjectionAAV2-sFLT01AAV2sFlt11.Intravitrealinjection2.PPV+subretinalinjectionrAAV.sFLT-1rAAVsFlt1PPV+subretinalinjectionRetinostatLentivirusEndostatin/angiostatinPPV+subretinalinjectiona?iberceptsolubleVEGFR1(sFlt1)VEGFR1VEGFR2(Flt1)(Flk1,KDR)図5VEGFと結合する薬剤と受容体広く用いられている.エンドスタチンやアンジオスタチンには血管新生抑制作用があるため,レンチウイルスを使ってこれらが15人のAMD患者に網膜下投与されたことがある.しかし,視力や網膜厚に対しては有意な治療効果は確認できなかった10).また,VEGFの受容体には細胞膜から遊離して存在するsFlt1とよばれるものがあり,sFlt1がVEGFと結合すると,細胞表面にあるVEGF受容体への結合を阻害することになる(図5).そこでアデノウイルスをベクターとして使って,sFlt1を導入しようという治療も試みられた11,12).投与経路としては硝子体注射または硝子体手術(parsplanavitrectomy:PPV)時の網膜下投与が採用されたが,いずれも臨床的に有効であることが証明できそうな結果は得られていない.ただし,上述の試験の結果によって遺伝子治療の安全性は確認されており,導入効率の改善などによって,AMDに対する遺伝子治療は実現できるのではないかと考えられるようになった.最近ではラニビズマブのような抗VEGF抗体の抗原接着部位(Fab)だけを導入したり,アフリベルセプトと同様の構造をもつ蛋白を導入したりすることで,AMDを治療しようとする研究が進んでいるADVM-022は2018年から2年間のphase1studyが始まっており,RGX-314については2019年3月から5年間の長期経過を前向きに観察する研究が始まっている.おわりにAMDに対する抗VEGF療法が一般的になってきたことで,問題点も明らかになってきた.遺伝子情報を活用した個別化医療や遺伝子治療によって,AMD患者の視力予後がさらに改善していくことが期待される.文献1)TamuraH,TsujikawaA,YamashiroKetal:AssociationofARMS2genotypewithbilateralinvolvementofexuda-tiveage-relatedmaculardegeneration.AmJOphthalmol154:542-548,20122)YamashiroK,MoriK,HondaSetal:Aprospectivemul-ticenterstudyongenomewideassociationstoranibizum-abtreatmentoutcomeforage-relatedmaculardegenera-tion.SciRep7:9196,20173)AkiyamaM,TakahashiA,MomozawaYetal:Genome-wideassociationstudysuggestsfourvariantsin?uencingoutcomeswithranibizumabtherapyinexudativeage-relatedmaculardegeneration.JHumGenet63:1083-1091,20184)ImamuraY,FujiwaraT,MargolisRetal:Enhanceddepthimagingopticalcoherencetomographyofthecho-roidincentralserouschorioretinopathy.Retina29:1469-1473,20095)WarrowDJ,HoangQV,FreundKB:Pachychoroidpig-mentepitheliopathy.Retina33:1659-1672,20136)PangCE,FreundKB:Pachychoroidneovasculopathy.Retina35:1-9,20157)TakahashiA,OotoS,YamashiroKetal:Pachychoroidgeographicatrophy:clinicalandgeneticcharacteristics.OphthalmolRetina2:295-305,20188)HosodaY,YoshikawaM,MiyakeMetal:CFHandVIPR2assusceptibilitylociinchoroidalthicknessandpachychoroiddiseasecentralserouschorioretinopathy.ProcNatlAcadSciUSA115:6261-6266,20189)HosodaY,YamashiroK,MiyakeMetal:Predictivegenesfortheprognosisofcentralserouschorioretinopa-thy.OphthalmolRetina3:985-992,201910)CampochiaroPA,LauerAK,SohnEHetal:Lentiviralvectorgenetransferofendostatin/angiostatinformaculardegeneration(GEM)study.HumGeneTher28:99-111,201711)HeierJS,KheraniS,DesaiSetal:IntravitreousinjectionofAAV2-sFLT01inpatientswithadvancedneovascularage-relatedmaculardegeneration:aphase1,open-labeltrial.Lancet390:50-61,201712)RakoczyEP,MagnoAL,LaiCMetal:Three-yearfol-low-upofphase1and2arAAV.sFLT-1subretinalgenetherapytrialsforexudativeage-relatedmaculardegener-ation.AmJOphthalmol204:113-123,2019