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抗VEGF製剤以外の薬剤開発

2020年3月31日 火曜日

抗VEGF製剤以外の薬剤開発NewNon-AntiVEGFDrugsforNeovascularAge-RelatedMacularDegeneration野崎実穂*はじめに滲出型加齢黄斑変性(age-relatedmaculardegenera-tion:AMD)に対する薬物治療として,抗血管内皮増殖因子(vascularendothelialgrowthfactor:VEGF)薬は,視力を改善できる治療として確固たる地位をすでに築いている.しかし,複数回の注射が必要な点,医療経済面,non-responderの存在,といった問題があり,新たな薬物開発が現在も進んでいる.本稿では現在I/II相臨床試験中のVEGFをターゲットとしない新規開発中の薬物について触れるが,plateletderivedgrowthfactor(PDGF)阻害薬(Fovista)が第III相臨床試験まで進みながら,最後の段階で主要目標に達しなかったために実用化に至らなかったことが記憶に新しいように,有望視されながら消えていった薬剤も多い.本稿ではClinicalTrials.gov(https://clinicaltrials.cov/)を参考に,論文化されていない薬剤も多くとりあげた.ClinicalTri-als.govIdenti?er(番号)を記載したので,参照していただければ幸いである.Iチロシンキナーゼ阻害薬細胞膜にある受容体のチロシンキナーゼが活性化し,細胞内にシグナルが伝達するのを防ぐチロシンキナーゼ阻害薬は,VEGFのみならずPDGFも阻害できる.厳密には抗VEGF作用があるので,本稿のテーマである“抗VEGF薬製剤以外の薬剤”には入らないが,PDGF阻害作用ももつことから,本稿に含めた.臨床では,抗VEGF薬に反応を示さないAMD症例が存在することが明らかとなっており,血管周皮細胞(pericyte)が原因のひとつではないかと考えられている.PDGF受容体は周皮細胞に存在し,PDGF-PDGF受容体は周皮細胞の維持を担っており,PDGF阻害により周皮細胞を脱落させると,抗VEGF薬の内皮細胞への浸透性の改善が期待でき,さらに網膜下の線維化抑制もできると考えられている1).スニチニブリンゴ酸塩(sunitinibmalate)はチロシンキナーゼ阻害薬で,経口薬スーテント(ファイザー)は,イマチニブ抵抗性の消化管間質腫瘍,根治切除不能または転移性の腎細胞癌,膵神経内分泌腫瘍に対して,わが国でも認可されている.米国では,GraybugVision社がsunitinibmalate(GB-102)を用いて,AMDを対象とした第II相臨床試験を行っている.GB-102はsuni-tinibmalateをデポ剤化した持効性薬剤になっており,AMD患者に単回硝子体投与を行ったADAGIOstudyでは,88%が1回のGP-102の投与で3カ月間視力を維持,68%が半年間視力を維持していた2).現在は,AMDを対象とした第II相臨床試験(ALTISSIMOStudy)を2019年秋から開始している.GB-102は6カ月ごとに硝子体内投与,対照はアフリベルセプトを2カ月ごとに硝子体注射というプロトコールになっている(NCT03953079).本試験は2021年3月に終了予定である.その他,DE-120(硝子体注射)(NCT02401945),X-82(内服)(NCT02348359)もチロシンキナーゼ阻害薬◆MihoNozaki:名古屋市立大学大学院医学研究科視覚科学〔別刷請求先〕野崎実穂:〒467-8601名古屋市瑞穂区瑞穂町川澄1名古屋市立大学大学院医学研究科視覚科学(0910-1810/20/\100/頁/JCOPY(19)267でAMDに対する第II相臨床試験が終了している.X-82内服の24週の経過をみた第I相臨床試験では,35例中10例がおもに副作用のため脱落した.おもな副作用は下痢(6例),悪心(5例),全身倦怠感(5例),GOT,GPTといった肝臓のトランスアミナーゼ上昇(4例)で,X-82の内服中止で改善していた3).15例(60%)で追加の抗VEGF阻害薬注射を必要としなかった3).また,X-82の最新の第II相臨床試験(APEXstudy)では,X-82内服群で下痢,悪心・嘔吐,全身倦怠感といった副作用がみられており,全例が52週の試験終了を待たずに,中間解析で主要評価項目の解析に至ったという理由で中止されている.52週まで追えたX-82200mg内服+抗VEGF薬prorenata(PRN)投与群(17例)では,1.7±5.58文字の改善,対照のプラセボ内服+抗VEGF薬PRN投与群(22例)では,-0.3±10.63文字の改善という結果であった1).X-82は現在中国でも第II相臨床試験が行われている(NCT03710863).チロシンキナーゼ阻害薬は点眼製剤としても各社が開発していたが,GlaxoSmithKline社の開発していたPazopanibは,ラニビズマブを上回る有効性が認められず4),Bayer社が開発していたRegorafenibも同じ理由で第II相臨床試験後,これ以上の臨床試験が行われないことに決まった5).PanOptcia社のチロシンキナーゼ阻害点眼薬PAN-90806は,米国で第I相臨床試験,第II相臨床試験が終了しているが結果はまだ公表されていない(NCT03479372).また,臨床試験前の段階であるが,硝子体に留置する徐放システムDurasert(EyePoint社)を用いたチロシンキナーゼ阻害薬を製剤化する動きがあり,AMDに対する臨床試験が計画されているようである.Durasertを使用したテクノロジーは,Iluvienというフルオロシノロンアセトニドを徐放する薬剤として海外ではすでに承認されている.OTX-TKI(OcularTherapeutics社)も徐放性のチロシンキナーゼ阻害薬で,第I相臨床試験がオーストラリアで行われている(NCT03630315).II組織因子阻害薬組織因子(tissuefactor)は,膜貫通型の糖蛋白質からなる凝固第VII因子に対する受容体で,AMDや癌で発現が上昇しており,血管新生に関与すると考えられていることから,AMDの治療標的として研究されてきた.IconicTherapeutics社が開発した組織因子阻害薬hI-con1は,組織因子に高い親和性を示す活性化した凝固第VII因子(VIIa)をFabとしヒトIgG1のFc部分を有し,脈絡膜新生血管に存在する過剰な組織因子に結合しその作用を阻害する.5回のhI-con1毎月硝子体内投与後にPRN投与する群と,5回のhI-con1とラニビズマブの毎月硝子体内投与後にPRN投与する群を比較した第II相臨床試験(EMERGEstudy)(NCT02358889)が終わっているが,結果はまだ公表されていない.hI-con1は,現在はICON-1という名称に変わっており,AMD患者における単回硝子体投与の全身および局所の安全性を確認した第I相臨床試験では,1回のICON-1の硝子体投与後2週の時点で,平均8文字の改善がみられている6).現在はラニビズマブではなく,アフリベルセプトと同時投与あるいはアフリベルセプト投与後ICON-1単独投与群を比較する別の第II相臨床試験(DECOstudy)が行われている(NCT03452527).IIIAngiopoietin?Tie2経路Angiopoietinアンギオポエチン/Tie2経路は,血管内皮細胞に存在し,血管のリモデリング,成熟,構造の安定化などに関与している.Vascularendothelial-proteintyrosinephosphatase(VE-PTP)は血管内皮細胞に特異的に発現しており,Tie2の活性を負に制御しているが,虚血状態ではVE-PTPの発現が亢進しており,VE-PTPを阻害すると,Ti2が活性化し,新生血管が抑制されていた7).ARP-1536(Aerpio社)はVE-PTPの細胞外ドメインに対するモノクローナル抗体で,AMDに対する硝子体投与薬として抗VEGF薬と併用する臨床試験が予定されている.IVCCR3CCR3は,おもに好酸球のケモカイン受容体として知られ,元々アレルギー疾患に関連した治療ターゲットとして研究されていたが,脈絡膜新生血管にも発現し,268あたらしい眼科Vol.37,No.3,2020(20)CCR3とそのリガンドであるeotaxinが,脈絡膜新生血管の形成に関与していることが明らかとなり8,9),AMDの治療薬としても,開発が進んでいる.ALK4290(Alkahest社)は,CCR3を阻害する内服薬で,ハンガリーで第II相臨床試験が行われた(NCT03558061).2019年3月に米国で開催された第2回RetinaWorldCongressでその結果が発表されており,6週間のALK4290800mg(400mgを1日2回)内服で,治療歴のないAMD29例中83%の症例が視力の維持あるいは改善を,21%でETDRS視力15文字以上の視力改善が得られ,全体では平均7文字の改善がみられていた10).抗VEGF薬に抵抗する難治性AMD症例に対するALK4290内服の有効性をみる第II相臨床試験もハンガリーで平行して行われたが,結果はまだ公表されていない(NCT03558074).V補体系AMDの病態に補体の関与が報告されており11?13),AMDに対する補体系薬剤も開発されている.APL-2(ApellisPharamaceutical社)は,補体C3を阻害するペプチドである.以前はPOT-4という名前でAMDに対して臨床試験が行われたが,半減期の短いPOT-4をポリエチレングリコール(polyethylenegly-col:PEG)化し半減期を長くしたものがAPL-2である.APL-2は第I相臨床試験(ASAPIIstudy)が終了しているが(NCT02461771),結果は公表されておらず,第I/II相臨床試験が現在行われている(NCT03465709).APL-2は,萎縮型AMDに対しては,現在第III相臨床試験(NCT03525600,NCT03525613)まで進んでおり,2022年に試験が終了する予定である.Zimura(avacincaptadpegol)(Optotech社)は補体C5に対するアプタマーで,ラニビズマブと併用する第II相臨床試験(NCT03362190)が終了しているが結果は公表されていない.Zimuraも,萎縮型AMD(NCT02686658),Stargardt病(NCT03364153)に対して第II相臨床試験が行われている14).VIその他インターロイキン(interleukin:IL)-1bとIL18の発現を抑制するAS10115)は1%溶液(内服)のAMDに対する第I/II相臨床試験がイスラエルで行われている(NCT03216538).AS101は,網膜色素上皮におけるIL-1bを介した炎症性サイトカイン(IL-6,IL-8やVEGF)の発現を抑制しており16),AMDの病的な慢性炎症に対して効果があるのではないかと考えられている.一方,AMDに対する抗VEGF薬治療の問題点として,subretinalhyperre?ectivematerial(SHRM)による視力障害がある.VEGFを阻害することにより,新生血管抑制や血管透過性更新の抑制は可能であるが,線維化はコントロールできない.エンドグリンは,血管内皮細胞や活性化した単球,組織マクロファージに存在し,transforminggrowthfactor(TGF)-bと結合し,血管新生や線維化に関与しており,マウスを用いた実験ではエンドグリンに対する抗体治療は,VEGF阻害単独よりも網膜下の線維化を抑制していた17).DE-122(carotuximab)(参天製薬)はエンドグリンに対する抗体で,現在,ラニビズマブと併用した第II相臨床試験(NCT03211234)が米国で進んでいる.RetinoStat(OxfordBiomedica社)はエンドスタチンとアンギオスタチンを産生するレンチウィルスベクターで網膜下に注入する薬剤である.進行したAMD21例がエントリーした第I相臨床試験(NCT01301443)では,1例が黄斑円孔を発症したが,それ以外には網膜下注入手技による合併症はみられなかった.眼内炎症といった副作用はなく,眼内のエンドスタチン,アンギオスタチン発現が最低48週間確認されている18).現在,その後の経過を追う第I相臨床試験が行われている(NCT01678872).おわりに滲出型AMDの治療ターゲットは脈絡膜新生血管であり,新規の薬剤の効果を確かめるために,動物実験ではBruch膜をレーザーで傷害し脈絡膜新生血管を誘発するモデルが一般的によく用いられている.しかし,実際の(21)あたらしい眼科Vol.37,No.3,2020269AMDの病態は,加齢,慢性炎症といったさまざまな因子が絡み合っており,動物実験の結果がそのままAMD患者に有効とは限らない場合も多い.また,現在の抗VEGF薬の治療効果もかなり高いため,抗VEGF薬を上回る効果を示すには,臨床試験デザイン,患者の選択なども十分考慮する必要があると思われる.本稿で述べた薬剤のうち,実際にわれわれが日常臨床で使用することができるものが将来登場するかどうかはわからないが,点眼,内服,徐放システムといった新たな投与経路の薬剤も開発されており,今後,本稿で述べたVEGF阻害以外の作用をもつ新規薬剤が有効性を発揮する可能性は大いにあり,福音となることを願う.文献1)Al-KhersanH,HussainRM,CiullaTAetal:Innovativetherapiesforneovascularage-relatedmaculardegenera-tion.ExpertOpinPharmacother20:1879-1891,20192)DugelPU;ClinicalTrialDownload:Discussingnewsafe-tydataonGB-102.Earlyresultsforapotential6-monthwetAMDtreatment.RetinalPhysician16:16,20193)JacksonTL,BoyerD,BrownDMetal:Oraltyrosinekinaseinhibitorforneovascularage-relatedmaculardegeneration:Aphase1dose-escalationstudy.JAMAOphthalmol135:761-767,20174)CsakyKG,DugelPU,PierceAJetal:Clinicalevaluationofpazopanibeyedropsversusranibizumabintravitrealinjectionsinsubjectswithneovascularage-relatedmacu-lardegeneration.Ophthalmology122:579-588,20155)JoussenAM,WolfS,KaiserPKeta:Thedevelopingregorafenibeyedropsforneovascularage-relatedmacu-lardegeneration(DREAM)study:anopen-labelphaseIItrial.BrJClinPharmacol85:347-355,20196)WellsJA,GonzalesCR,BergerBBetal:Aphase1,open-label,dose-escalationtrialtoinvestigatesafetyandtolerabilityofsingleintravitreousinjectionsofICON-1targetingtissuefactorinwetAMD.OphthalmicSurgLasersImagingRetina49:336-345,20187)ShenJ,FryeM,LeeBLetal:TargetingVE-PTPacti-vatesTIE2andstabilizestheocularvasculature.JClinInvest124:4564-4576,20148)TakedaA,Ba?JZ,KleinmanMEetal:Ccr3isatargetforage-relatedmaculardegenerationdiagnosisandthera-py.Nature460:225-230,20099)MizutaniT,AshikariM,TokoroMetal:Suppressionoflaser-inducedchoroidalneovascularizationbyaccr3antagonist.InvestOphthalmolVisSci54:1564-1572,201310)http://brief.euretina.org/marketnovel-tech/alkahests-oral-small-molecule-drug-aims-to-report-on-a-phase-iia-study-for-age-related-macular-degeneration11)MullinsRF,RussellSR,AndersonDHetal:Drusenasso-ciatedwithagingandage-relatedmaculardegenerationcontainproteinscommontoextracellulardepositsassoci-atedwithatherosclerosis,elastosis,amyloidosis,anddensedepositdisease.FASEBJ14:835-846,200012)KleinRJ,ZeissC,ChewEYetal:ComplementfactorHpolymorphisminage-relatedmaculardegeneration.Sci-ence308:385-389,200513)NozakiM,RaislerBJ,SakuraiEetal:Drusencomple-mentcomponentsC3aandC5apromotechoroidalneovas-cularization.ProcNatlAcadSciUSA103:2328-2333,200614)KassaE,CiullaTA,HussainRMetal:Complementinhi-bitionasatherapeuticstrategyinretinaldisorders.ExpertOpinBiolTher19:335-342,201915)BrodskyM,YosefS,GalitRetal:Thesynthetictelluri-umcompound,AS101,isanovelinhibitorofIL-1betaconvertingenzyme.JInterferonCytokineRes27:453-462,200716)LingD,LiuB,JawadSetal:Thetelluriumredoximmu-nomodulatingcompoundAS101inhibitsIL-1b-activatedin?ammationinthehumanretinalpigmentepithelium.BrJOphthalmol97:934-938,201317)ShenW,LeeSR,YamMetal:AcombinationtherapytargetingendoglinandVEGF-Apreventssubretinal?bro-neovascularizationcausedbyinducedM?llercelldisruption.InvestOphthalmolVisSci59:6075-6088,201818)CampochiaroPA,LauerAK,SohnEHetal:Lentiviralvectorgenetransferofendostatin/angiostatinformaculardegeneration(GEM)study.HumGeneTher28:99-111,2017270あたらしい眼科Vol.37,No.3,2020(22)

次世代の抗VEGF製剤

2020年3月31日 火曜日

次世代の抗VEGF製剤NewGenerationofAnti-VEGFAgents野田航介*はじめに近年の眼科領域におけるトランスレーショナルリサーチの代表的な成功例は,抗血管内皮増殖因子(vascularendothelialgrowthfactor:VEGF)製剤の眼内血管新生性疾患に対する臨床応用であろう.とくに,直接光凝固,脈絡膜新生血管抜去,黄斑移動術などの外科的なアプローチではその克服が困難であった滲出型加齢黄斑変性(wetage-relatedmaculardegeneration:wetAMD)の治療に本剤は欠かせない薬剤となり,有効な治療手段をもたず経過観察を余儀なくされた時代を思うと隔世の感がある.しかし,抗VEGF製剤を実臨床で使用する経験が増えるにつれて,その限界やリスクなども明らかとなってきている.たとえば,抗VEGF製剤を用いたwetAMD治療の長期経過の検討では,約1/3の患者は視力が保てなかったこと,そしてほぼ100%の患者で黄斑部萎縮が生じたことなどが報告されている1).抗VEGF療法を施行したwetAMD患者における黄斑部萎縮に関してはわが国からも同様の報告が複数あり2,3),同変化はwetAMD自体の経過とする考えもあるなかで,抗VEGF製剤の長期投与が加齢とともに眼組織に与える影響は未だ明らかではない.また,抗VEGF療法を行っても再発を繰り返す患者は多く,近年では完全な滲出性変化の阻止を見込めない患者ではどこまで治療を継続するべきなのか,どのような状況で治療休止をするべきなのか,という議論も行われるようになった.これらのことはwetAMD治療に終止符を打つかにみえた現行の抗VEGF製剤でさえも,すべてを解決できないことを示しており,新しい“gamechanger”となる次世代の抗VEGF製剤開発に拍車がかかったのは必然といえる.開発中にある次世代製剤を俯瞰すると,1)薬剤効果の強化,2)VEGF-A以外の病態責任分子に対する同時阻害,3)眼内滞留時間の延長,などをコンセプトとした取り組みがなされている.本稿では,現在開発が進んでいる次世代の抗VEGF製剤について紹介する.I既存の抗VEGF製剤新規製剤に触れる前に,既存の抗VEGF製剤について概説する.VEGF発見から15年後の2004年,VEGFに対する抗体製剤ベバシズマブが転移性大腸癌に対して米国食品医薬品局(FoodandDrugAdministration:FDA)から認可された.その後,異なる創薬デザインに基づいた抗VEGF製剤が複数開発され,眼科臨床に導入されている.2020年1月現在,わが国において眼科領域でおもに使用されている抗VEGF製剤はラニビズマブとアフリベルセプトである.1.ラニビズマブラニビズマブ(ルセンテス)はVEGFに対するヒトVEGFに対するマウスモノクローナル抗体(A.4.6.1)のFabフラグメント(可変領域)を基本構造として作製さ◆KosukeNoda:北海道大学大学院医学研究院眼科学教室〔別刷請求先〕野田航介:〒060-8638札幌市北区北15条西7丁目北海道大学大学院医学研究院眼科学教室(0910-1810/20/\100/頁/JCOPY(13)261れた蛋白製剤であり,VEGF-Aの全アイソフォームを阻害するように設計されている4).分子量の小さいFabフラグメントとして設計することによって,網膜への浸透性向上や全身循環からの速やかな除去などの利点がある.2.アフリベルセプトアフリベルセプト(アイリーア)は,VEGF受容体-1(VEGFR-1)とVEGF受容体-2(VEGFR-2)におけるVEGF結合部位の細胞外ドメインの一部をヒト免疫グロブリンのFc部分と融合させた組換蛋白である5).VEGFR-1はVEGF-A以外にVEGF-Bや胎盤成長因子(placentalgrowthfactor:PlGF)とも結合能があるため,アフリベルセプトはそれらに対する阻害効果をも有していることになる.近年,wetAMD患者に対するこれら抗VEGF製剤の投与回数を,その治療効果を保ちながらいかに減らすかが実臨床における課題となっている.その工夫としてprorenataregimenあるいはtreatandextendregi-menとよばれる投与計画,既存治療との併用療法などの診療努力が行われる一方で,以下に述べるような治療効果をより見込める次世代製剤の開発が行われている.II薬剤効果の強化をコンセプトとした製剤開発1.BrolucizumabBrolucizumab(Beovu)は分子量26kDaのVEGF-Aをターゲットとしたヒト化抗体フラグメントである6).VEGF-Aをターゲットとしている点は既存の抗VEGF製剤と同様だが,分子量はラニビズマブの48kDa,アフリベルセプトの115kDaと比較してさらに小さく設計されている.そのため,アフリベルセプトの10倍以上の薬物量(モル濃度)を眼内に投与することが可能となっている.wetAMDに対するbrolucizumabの治療効果は,HAWK試験とHARRIER試験とよばれる大規模第III相臨床試験で検証された7).二つの試験では,1817例の患者がbrolucizumab3mg投与群,broluci-zumab6mg投与群,アフリベルセプト2mg投与群の3群に分けられ,導入期の12週には4週ごとの硝子体投与が行われた.アフリベルセプト2mg投与群は8週ごとの硝子体投与,brolucizumab投与群では盲検医師の病状評価に基づいて8週ごとあるいは12週ごとの投与が行われた.その結果,投与開始から48週時点におけるbrolucizumab投与群の最高矯正視力については,アフリベルセプト投与群と比較して統計学的有意差はなく,アフリベルセプトに対する同製剤の非劣性が証明された(図1).それに加えて,中心窩網膜厚と滲出性変化についてはbrolucizumab6mg投与群はアフリベルセプト投与群と比較して優越性を示した.投与開始から48週時点における中心窩網膜厚の減少は,brolucizum-ab6mg投与群(HAWK試験172.8?m,HARRIER試験193.8?m)はアフリベルセプト投与群(HAWK試験143.7?m,HARRIER試験143.9?m)よりも大きかった.また,投与開始から48週時点における滲出性変化は,HAWK試験ではアフリベルセプト投与群21.6%とbrolucizumab6mg投与群13.5%で,HARRIER試験ではbrolucizumab6mg投与群12.9%,アフリベルセプト投与群22.0%で存在し,両試験ともにbrolucizumab6mg投与群で統計学的有意に少なかった.さらに,この二つの大規模臨床試験では48週時点でbrolucizumab6mg投与群の55.6%(HAWK試験)と51.0%(HARRI-ER試験)のwetAMD患者が12週ごとの投与を維持できており,brolucizumabは投与回数軽減の可能性も期待される薬剤である.2.AbiciparpegolAbiciparpegolは,designedankyrinrepeatproteins(DARPins)とよばれる新規の抗VEGF製剤である.現行の抗VEGF製剤が抗体製剤あるいは抗体フラグメントであるのに対して,DARPinsは近年のバイオエンジニアリングの発達によって開発された高い特異性と親和性を有した蛋白製剤である.一般にDARPinsは抗体製剤よりも分子量が小さくなるため組織浸透性が高く,また安定性も高いため薬理効果が持続する製剤となる.REACH試験とよばれるwetAMDに対するabiciparpegolとラニビズマブの治療効果を検討した第II相臨床試験ではabiciparpegol1mg投与群(投与回数3回),abiciparpegol2mg投与群(投与回数3回),ラニビズaHAWK試験10987654321004812162024283236404448経過観察期間(週)bHARRIER試験10987654321004812162024283236404448経過観察期間(週)図1Brolucizumabを用いたwetAMD患者に対する第III相臨床試験(HAWK試験とHARRIER試験)における視力変化量投与開始から48週時点におけるbrolucizumab投与群の最高矯正視力は,アフリベルセプト投与群のそれと比較して同等であった.(文献7より改変引用)マブ投与群(投与回数5回)の3群が比較された8).投与開始後16週時点での最高矯正視力変化量はabiciparpegol1mg投与群では6.2文字改善,abiciparpegol2mg投与群では8.3文字改善であったのに対して,ラニビズマブ投与群では5.6文字の改善にとどまった(図2).さらに,各群における中心窩網膜厚の減少は,投与開始から16週時点でabiciparpegol1mg投与群134?m,abiciparpegol2mg投与群113?m,ラニビズマブ投与群131?m,20週時点でabiciparpegol1mg投与群116?m,abiciparpegol2mg投与群103?m,ラニビズマブ投与群138?mと全群で差がなかった.しかし,同論文ではラニビズマブ投与群では生じなかった眼炎症所見がabiciparpegol投与群の10.4%で生じたとも報告されている.硝子体内投与の重篤な合併症が眼内炎であることを考えると,投与後の状態判断に影響を与える合併症であり,原因の解明が待たれる.プレスリリースではすでにSEQUOIA試験とCEDAR試験とよばれる第III相試験の結果も公開されており9),本製剤も投与回数軽減の可能性が期待される薬剤である.IIIVEGF?A以外の病態責任分子に対する同時阻害をコンセプトとした製剤開発1.FaricimabFaricimabはVEGF-Aとangiopoietin-2に対するバイスペシフィック抗体製剤である(図3)10).AVENUE試験とSTAIRWAY試験とよばれる本製剤を用いたwetAMDに対する二つの第II相試験が行われた.AVENUE試験ではfaricimab1.5mg投与群(4週ごと),faricimab6mg投与群(4週ごとと8週ごと),ラニビズマブ0.5mg投与群(4週ごと),faricimab6mg/ラニビ12Anti-Ang-2FabAnti-VEGF-AFab8400148121620Abicipar()あるいはranibizumab()投与経過観察期間(週)図2Abiciparpegolを用いたwetAMD患者に対する第II相臨床試験(REACH試験)における視力変化量投与開始後16週時点での最高矯正視力変化量は,ラニビズマブ投与群()では5.6文字の改善にとどまったのに対してabici-parpegol1mg投与群では6.2文字改善(),abiciparpegol2mg投与群()では8.3文字改善であった.(文献8より改変引用)ズマブ0.5mg同時投与群の計5群において,投与開始から36週時点での最高矯正視力の平均変化量が比較された11).その結果,faricimab1.5mg投与群(4週ごと)においてもっとも良好な9.1文字の改善という結果が得られた.また,中心窩網膜厚の減少はfaricimab6mg/ラニビズマブ0.5mg同時投与群で185?mという最大の減少効果が得られた.もう一つの第II相試験であるSTAIRWAY試験では,wetAMDに対してfaricimab6mg投与群(12週ごとと16週ごと),ラニビズマブ0.5mg投与群(4週ごと)の治療効果が比較された12).Faricimab6mg投与群では計4回の4週ごと投与が行われ,その後に維持期として12週あるいは16週ごとの間隔で投与が行われた(ラニビズマブ0.5mg投与群は4週ごと).投与開始から52週時点で,faricimab6mg投与群(12週ごと)は10.1文字,faricimab6mg投与群(16週ごと)は11.4文字,ラニビズマブ0.5mg投与群(4週ごと)は9.59文字の視力改善効果があり,faricimabは少ない治療回数で良好な治療効果を示した.このように,本製剤も投与回数軽減の可能性が期待される薬剤である.その第III図3バイスペシフィック抗体製剤faricimabの創薬コンセプト一つの製剤でVEGF-Aとangiopoietin-2という二つのサイトカインを阻害できるデザインとなっている.(文献10より改変引用)相試験はTENAYA試験とLUCERNE試験とよばれ,わが国も含めて治験が現在行われている.IV抗VEGF製剤の眼内滞留時間延長をコンセプトとした製剤開発眼科診療における抗VEGF製剤の使用数は近年増加の一途をたどり,患者と施療者双方の負担として重くのしかかっている現状がある.また,投与回数の増加は感染性眼内炎とよばれる硝子体注射の忌むべき合併症リスクの増加につながるという側面もある.近年報告されたメタ解析においてもその発症率は約1/3,000とされるが13),その予後は失明や重篤な視機能低下などきわめて不良のため,可能な限り発症予防に努める必要がある.そのため,近年ではVEGF阻害薬の投与回数を減らすための取り組みもなされている.1.PortDeliverySystemこのPortDeliverySystem(PDS)とよばれるドラッグデリバリーシステムでは,生体では分解されない素材を使用したポートとよばれる薬剤のリザーバーを強膜にaSiliconecoatingExtrascleral?angeSeptumBodyReleasecontrolelementb1.00.90.80.70.60.50.40.30.20.10.0036912151821経過観察期間(月)図4PortDeliverySystem(PDS)のデザイン(a)とPDSを用いたwetAMD患者に対する第II相臨床試験(LADDER試験)における再注入時期の検討(b)ラニビズマブ100mg/ml注入群では約80%の患者が6カ月以上再注入を行うことなく,視力維持が可能であったことがわかる.(文献14より改変引用)留置し,同部に薬剤を反復して再注入できるという方式を採用している(図4a).第II相試験であるLADDER試験では179例のwetAMD患者に対してPDS留置が行われ,異なる量のラニビズマブ(各10,40,100mg/ml)が注入された結果,ラニビズマブ100mg/ml注入群では約80%の患者が61カ月以上再注入を行うことなく,視力維持が可能であった(図4b)14).また,ラニビズマブ10mg/ml注入群および40mg/ml注入群ではそれぞれ63.5%,71.3%の患者が同様の結果であった.現在,第III相試験であるArchway試験が進行中である.おわりに次世代の抗VEGF製剤に関して記述した.紙面の都合もあるため紹介した薬剤は一部にすぎないが,今後それらの製剤が上市された際には,われわれ眼科医は今よりもさらに力価の強い抗VEGF製剤あるいは他製剤による治療オプションを手にすることになる.しかしその一方で,その眼局所・全身への副作用についても十分に留意しながら投与する最適な製剤を選択することが求められるだろう.そのためには,これから雨後の筍のように増えると予測される各製剤の特徴や創薬デザインについてより積極的な情報収集を行っていく必要が生じる.近年は治験の結果がまずプレスリリースや各種学会・closedmeetingのlatebreakingsessionで公開されるため,論文・雑誌よりも学会,学会よりもウェブサイトで最新の情報を手にする時代である.本稿でもできる限り新しい情報を収集するよう努力したつもりだが,完全には網羅できていない.本稿に掲載されていない情報に関しては,ぜひ米国国立公衆衛生研究所(NationalInstitutesofHealth:NIH)とFDAが共同で提供しているデータベースClinicalTrials.gov(https://clinicaltri-als.gov)や各企業のウェブサイトなどの情報を参照していただきたい.文献1)RofaghaS,BhisitkulRB,BoyerDSetal:Seven-yearout-comesinranibizumab-treatedpatientsinANCHOR,MARINA,andHORIZON:amulticentercohortstudy(SEVEN-UP).Ophthalmology120:2292-2299,20132)HataM,OishiA,YamashiroKetal:Incidenceandcausesofvisionlossduringa?ibelcepttreatmentforneo-vascularage-relatedmaculardegeneration:one-yearfol-low-up.Retina37:1320-1328,20173)KurodaY,YamashiroK,TsujikawaAetal:Retinalpig-mentepithelialatrophyinneovascularage-relatedmacu-lardegenerationafterranibizumabtreatment.AmJOph-thalmol161:94-103e101,20164)FerraraN,DamicoL,ShamsNetal:Developmentofranibizumab,ananti-vascularendothelialgrowthfactorantigenbindingfragment,astherapyforneovascularage-relatedmaculardegeneration.Retina26:859-870,20065)HolashJ,DavisS,PapadopoulosNetal:VEGF-Trap:aVEGFblockerwithpotentantitumore?ects.ProcNatlAcadSciUSA99:11393-11398,20026)DugelPU,Ja?eGJ,SallstigPetal:Brolucizumabversusa?ibelceptinparticipantswithneovascularage-relatedmaculardegeneration:arandomizedtrial.Ophthalmology124:1296-1304,20177)DugelPU,KohA,OguraYetal:HAWKandHARRI-ER:Phase3,multicenter,randomized,double-maskedtri-alsofbrolucizumabforneovascularage-relatedmaculardegeneration.Ophthalmology127:72-84,20208)CallananD,KunimotoD,MaturiRKetal:Double-masked,randomized,phase2evaluationofabiciparpegol(ananti-VEGFDARPintherapeutic)inneovascularage-relatedmaculardegeneration.JOculPharmacolTher2018Nov9.doi:10.1089/jop.2018.0062.[Epubaheadofprint]9)MoisseievE,LoewensteinA:Abiciparpegol-anovelanti-VEGFtherapywithalongdurationofaction.Eye(Lond)2019Sep19.doi:10.1038/s41433-019-0584-y.[Epubaheadofprint]10)SahniJ,PatelSS,DugelPUetal:Simultaneousinhibitionofangiopoietin-2andvascularendothelialgrowthfactor-Awithfaricimabindiabeticmacularedema:BOULE-VARDphase2randomizedtrial.Ophthalmology126:1155-1170,201911)DugelPU:Anti-VEGF/anti-angiopoietin-2bispeci?canti-bodyRG7716inneovascularage-relatedmaculardegen-eration.presentedattheRetinaSocietyAnnualMeeting;2018;SanFrancisco,USA12)KhananiAM:SimultaneousinhibitionofVEGFandAng-2withfaricimabinneovascularAMD:STAIRWAYphase2results.presentedatthe2018AmericanAcade-myofOphthalmology(AAO)AnnualMeeting;2018;Chicago,USA13)KissS,DugelPU,KhananiAMetal:Endophthalmitisratesamongpatientsreceivingintravitrealanti-VEGFinjections:aUSAclaimsanalysis.ClinOphthalmol12:1625-1635,201814)CampochiaroPA,MarcusDM,AwhCCetal:Theportdeliverysystemwithranibizumabforneovascularage-relatedmaculardegeneration:resultsfromtherandom-izedphase2ladderclinicaltrial.Ophthalmology126:1141-1154,2019

脈絡膜形態に着目した治療戦略の再考

2020年3月31日 火曜日

脈絡膜形態に着目した治療戦略の再考TreatmentforAMDFocusingonChoroidalStructure大音壮太郎*はじめに滲出型加齢黄斑変性(neovascularage-relatedmacu-lardegeneration:neovascularAMDもしくはwetAMD)に対する治療法として,抗血管内皮増殖因子(vascularendothelialgrowthfactor:VEGF)薬硝子体注射が第一選択となっている.複数の大規模臨床試験で示されたように,頻回の治療・モニタリングを行った患者では視力の改善が見込めるようになった.しかしながら実臨床において,長期経過で改善された視力を維持することは困難であることも明らかとなった.また,アジア人で多い表現型であるポリープ状脈絡膜血管症(pol-ypoidalchoroidalvasculopathy:PCV)に対しては,抗VEGF併用光線力学療法(photodynamictherapy:PDT)の有効性も示されている.AMDは生涯にわたるマネージメントが必要な疾患であり,長期経過で視力を維持するという観点において,個々の患者に対し,どのように抗VEGF療法やPDTを行うかを再考する時期にきているといえる.本稿では,脈絡膜形態に着目して治療戦略を再考したい.近年,厚い脈絡膜・拡張した脈絡膜血管を特徴とする“pachychoroid”とよばれる新しい概念が広まりつつあり1),このpachychoroid関連疾患の診断と治療について解説する.IPachychoroid関連疾患の概念と歴史Pachychoroidneovasculopathyは,中心性漿液性脈絡網膜症(centralserouschorioretinopathy:CSC)あるいはpachychoroidpigmentepitheliopathy(PPE)に続発して生じた脈絡膜新生血管(choroidalneovascular-ization:CNV)を有する疾患であり,2015年にFreundらによって報告された2).なぜこの概念が重要になるのかは,AMD・PCV・CSCの研究における歴史に密接にかかわっている.これまでの研究では,neovascularAMDの表現型がアジア人と欧米人で大きく異なることが指摘されている.たとえば,欧米人のAMDでは高頻度にみられる軟性ドルーゼンがアジア人のAMDでは必ずしも存在しない.また,欧米人のneovascularAMDではPCVの頻度は高くないが,アジア人のneovascularAMDではPCVが約半数を占める.欧米人ではAMDは女性に多い疾患であるが,日本人では男性に多い.こうした表現型の違いは,民族差だけでは説明が困難であり,疾患概念そのものを見直す必要がある.PCVにおいてCSCの既往をもつ症例があるということは古くから指摘されている.また,PCV・CSCとも脈絡膜が厚いという共通点をもつため,PCVとCSCの関連性について調べられてきた.ところが,従来CSCはCNVを生じないと考えられてきたため,「ドルーゼンがなく,脈絡膜が厚く,CSCの既往をもつCNV症例」は,「CSCから生じたCNV」ではなく,「やや特殊なneovascularAMD・PCV」という位置づけで解析が行われてきた.例としては,AMDやPCVを脈絡膜透過性亢進所見の有無で分類して解析した報告や,脈絡膜厚◆SotaroOoto:京都大学大学院医学研究科眼科学〔別刷請求先〕大音壮太郎:〒606-8507京都市左京区聖護院川原町54京都大学大学院医学研究科眼科学(0910-1810/20/\100/頁/JCOPY(3)251とAMD治療効果との関連を検討した報告などがあげられる3?5).近年,Freundらのグループを中心として,AMD・PCV・CSCの疾患概念を再定義しようとする試みが行われている.彼らは2012年,長期の経過でCSCにもtype1CNVが生じることを報告したほか6),2013年,CSCと同様の特徴をもちながら,既往も含め漿液性網膜?離を認めない症例をpachychoroidpigmentepithe-liopathy(PPE)と命名した7()図1).さらに,2015年にはPPEから生じたと考えられるCNV症例をpachycho-roidneovasculopathyとして報告している2()図2).このような症例がどの程度の頻度で存在するかに関しては言及されていないが,pachychoroidneovasculopathyの報告が3例3眼のケースリポートであったことを考えると,欧米人での頻度は高くないことが推察される.これは,日本人でみられるような典型的なCSCが欧米人で少ないことを考えると自然であろう.筆者らは日本人におけるpachychoroidneovasculopa-thyの頻度を調べ,neovascularAMDとの相違について比較した8).この研究で,pachychoroidneovasculop-athyはneovascularAMDの約1/4程度の頻度で認められ,発症年齢・遺伝的背景が異なることが明らかとなった(詳細についてはIIIに記述する).また,前房水中のVEGF濃度は,pachychoroidneovasculopathyとneo-vascularAMDで優位に異なっていた(pachychoroidneovasculopathyで低値)9).さらにドルーゼンを認めずpachychoroidの特徴を有する地図状萎縮症例をpachy-choroidgeographyatrophy(GA)と定義したところ,従来からのdryAMDの約1/4程度の頻度で認められ,同様に発症年齢や病変サイズ,遺伝的背景が異なることが明らかとなった10).厚い脈絡膜を有するpachycho-roidneovasculopathy・pachychoroidGAはneovascu-larAMD・dryAMDと類似しているため,過去の研究ではAMDとして扱われてきたと思われる.しかしpachychoroidneovasculopathy・pachychoroidGAはneovascularAMD・dryAMDと表現型・遺伝型とも異なり,CNVやGAの発生過程も異なる可能性があるため,区別して考えるべきである.このような症例が低くない頻度でAMDに混ざっていたという事実は重要であり,アジア人におけるAMD表現型の多様性や,欧米人との表現型の違いがこの事実に起因する可能性がある.今後診断基準が確立されていくことで,AMDとpachy-choroidneovasculopathy・pachychoroidGAの線引きがより鮮明になり,理解が深まっていくと思われる.II診断現在のところpachychoroidneovasculopathy・pachy-choroidGAの明確な診断基準は存在しないが,特徴的な所見は複数あげられている.Freundらの報告で示された特徴的所見と筆者らの行った研究での適格基準をあげ,現在提案している最新の診断基準について記載する.1.ドルーゼンPachychoroidneovasculopathy・pachychoroidGAは,neovascularAMD・dryAMDと異なりドルーゼンを介さない機序で発症すると考えられる.ドルーゼンのないneovascularAMDはアジアからの報告では数十パーセントの割合で存在するとされるが,欧米にはほとんど存在しない.こういった症例の大部分は,本来neo-vascularAMDではなくpachychoroidneovasculopathyであった可能性がある.筆者らの報告では,「両眼とも黄斑部にAREDSでのカテゴリー1〔noAMD:ドルーゼンがない,もしくは少量の硬性ドルーゼン(65?m)のみ〕」をpachychoroidneovasculopathy・pachycho-roidGAの適格基準とした.2.脈絡膜厚厚い脈絡膜は,診断に重要な所見の一つである.Freundらのオリジナルの報告でPPEとされた症例の中心窩下脈絡膜厚は231?625?mであった.これをもとに筆者らの研究でのpachychoroidneovasculopathyの適格基準は,「両眼とも200?m以上の中心窩下脈絡膜厚」とした8).ただし,脈絡膜厚は年齢・眼軸長との関連が大きい点や,脈絡膜厚が正規分布してかつ個体差が大きいことを考えると,特定のカットオフ値を設定するのは適当ではない.また,脈絡膜が肥厚していなくても,拡張した脈絡膜血管(pachyvessel)を認める部位に図1Pachychoroidpigmentepitheliopathy症例(79歳,男性)a:眼底写真.ドルーゼンはみられない.色調は全体的にやや血管が不明瞭で,脈絡膜が厚いことを示唆する.b:眼底自発蛍光.軽度の低蛍光がみられ,網膜色素上皮異常が認められる().漿液性網膜?離の既往を示唆する過蛍光所見はない.c:スペクトラルドメイン光干渉断層計(SD-OCT).深部強調法(EDI法)にて脈絡膜を可視化している.脈絡膜が厚く(),脈絡膜中大血管が拡張している(*).d:FA/IA早期相.e:同後期相.複数個所で過蛍光がリング状に拡大しており,脈絡膜血管透過性亢進所見を示す().(文献1より改変転載)図2Pachychoroidneovasculo-pathy症例(42歳,男性)a:眼底写真.出血性網膜色素上皮?離とポリープ状病巣があり,周囲に漿液性網膜?離を認める.b:眼底自発蛍光.病巣部位から離れた個所に,数カ所の網膜色素上皮異常所見がみられる().c:SD-OCT(通常スキャン).網膜色素上皮?離・ポリープ状病巣を認める(*).d:SD-OCT(EDI).脈絡膜が厚く,脈絡膜血管が拡張していることがわかる().e:FA/IA早期相.f:同後期相.ポリープ状病巣を認める().複数個所でリング状に拡大する過蛍光がみられ,脈絡膜透過性亢進所見が存在している().(文献1より改変転載)図3脈絡膜血管透過性亢進所見脈絡膜血管透過性亢進所見の典型例.本症例では,IA早期から脈絡膜透過性亢進所見がみられはじめ,時間とともにリング状に拡大していった.通常は,開始10?15分にかけてリング状に過蛍光拡大がみられることが多い.a:0分47秒.b:2分52秒.c:9分57秒.d:15分56秒.(文献1より改変転載)は色素上皮異常・CNVが起こりうるとされている.筆者らの最新の診断基準では,脈絡膜厚のカットオフ値を設けず,pachychoroidの特徴を有するものとしている10).Pachychoroidの特徴とは,眼底で脈絡膜血管の透見性低下,光干渉断層計(opticalcoherencetomogra-phy:OCT),インドシアニングリーン蛍光造影(indo-cyaninegreenangiography:IA)で脈絡膜血管拡張,IAで脈絡膜血管透過性亢進である.3.脈絡膜血管透過性亢進CSCにおいて特徴的とされる所見であり,CSCの不全型に位置づけられるPPEの特徴の一つでもある.AMDやPCVでも,脈絡膜血管透過性亢進所見と脈絡膜肥厚は関連性が示されている3,4).脈絡膜血管透過性亢進はIA後期においてリング状に過蛍光所見が拡大する所見で,典型的には広範囲に複数箇所認められる(図3).中央にはpunctatehyper?uorescentspotとよばれる点状の過蛍光点を認めることが多い.4.脈絡膜血管拡張Pachyvesselは,OCTではBスキャンで拡張した脈絡膜大血管として認められ,上部の脈絡膜毛細血管は菲薄化している.しかし,主観的な判定となるため,IAのパノラマ像や広角のenfaceOCTなど複数のイメージング画像を用いるのがよい.IAのパノラマ画像では,一つの渦静脈から連続した複数の拡張脈絡膜血管が確認できる.5.筆者らが提案している最新の診断基準10)①片眼もしくは両眼性にCNV(pachychoroidneovas-culopathy)・GA(pachychoroidGA)が存在する.②Pachychoroidの特徴を有する(眼底で脈絡膜血管の透見性低下,OCT,IAで脈絡膜血管拡張,IAで脈絡膜血管透過性亢進).③両眼にドルーゼンがない,またはあっても少量の硬性ドルーゼン(63?m未満).IIIPachychoroidneovasculopathyと加齢黄斑変性筆者らはpachychoroidneovasculopathyとAMDの関係を調べるため,50歳以上でneovascularAMDもしくはpachychoroidneovasculopathyと診断された連続症例で,ゲノムスキャンを施行した200例を対象として,臨床的・遺伝学的特徴について比較検討を行った10).全症例200例のうち,37例(19.5%)がpachychoroidneovasculopathyと診断され(図4~6),161例(80.5%)がneovascularAMDと診断された.Pachychoroidneovasculopathy症例はneovascularAMD症例に比べ,図4中心性漿液性脈絡網膜症(CSC)の既往をもつpachychoroidneovasculopathy症例(50歳,男性)a,d:初診時.漿液性網膜?離を認め,ドルーゼンを認めない.蛍光造影で噴出状の蛍光漏出を認め,脈絡膜新生血管(CNV)を示唆する所見はない.CSCの診断で経過観察となった.e:4カ月後.漿液性網膜?離は残存している.b,f:10カ月後.FA/IAでCNVは明らかでないが,OCTでは網膜色素上皮がやや隆起している.g:2年半後.漿液性網膜?離は自然消失した.h:4年半後.i:6年半後.網膜色素上皮が隆起し,内部に反射を認め,CNVの発生を示唆する().c,j:7年後.FA/IAでCNVを認める().OCTでCNVはより明らかである().全過程において,ドルーゼンはみられない.(文献8より転載)図5僚眼がpachychoroidpigmentepitheliopathy(PPE)のpachychoroidneovasculopathy症例(68歳,男性)a:カラー眼底写真.漿液性網膜?離を認める()が,ドルーゼンはみられない.b:FAにて蛍光漏出を認め,occultCNVが示唆される.c:IAにて脈絡膜血管透過性亢進所見を認める().d:EDI-OCT.漿液性網膜?離,CNVを認める.脈絡膜は厚く,脈絡膜血管は拡張している.は脈絡膜強膜境界面を示す.(文献8より転載)有意に年齢が若く(68.7歳vs75.6歳,p=5.1×10-5),中心窩下脈絡膜厚が大きかった(310?mvs208?m,p=3.4×10-14).IAでの脈絡膜血管透過性亢進所見は53.8%,網膜色素上皮異常は89.7%とpachychoroidneovasculopathyで有意に高率にみられたが,これらの所見は一部のneovascularAMD症例でも認められた.Pachychoroidneovasculopathyにポリープ状病巣は56.4%に認められ,neovascularAMDより多い傾向にあった.AMDの疾患感受性遺伝子として重要なARMS2A69,CFHI62V多型におけるアレル頻度は,pachy-choroidneovasculopathyとneovascularAMDで有意な差が認められた.ARMS2A69S多型のTアレル(リスクアレル)頻度はpachychoroidneovasculopathyで51.3%,neovascularAMDで64.8%であった(p=0.029)CFHI62V多型のAアレル頻度はneovascularAMDで25.5%であり,既報のAMDにおける頻度(27%)11)とほぼ同等であったのに対し,pachchoroidneovascu-lopathyでは41.0%と,既報の正常人における頻度(40.5%)11)とほぼ一致していた(p=0.013).さらに欧米人・アジア人で共通してAMD疾患感受性遺伝子としてあげられている11の遺伝子を用いてgeneticriskscoreを定めたところ,pachychoroidneovasculopathyとneo-vascularAMDの間に有意な差を認めた(p=3.8×10-3).これらの結果は,pachychoroidneovasculopa-thyとneovascularAMDが遺伝学的に異なった疾患群であることを示唆する.このように,pachychoroidneovasculopathyは従来のneovascularAMDの約1/4に認められた.本研究ではAMDとの比較を行うためにpachychoroidneovas-culopathyの対象を50歳以上としたが,40歳代にも少なからず存在するため,平均年齢はneovascularAMDよりさらに若いことが考えられる.CSCの好発年齢が40?50歳であり,ドルーゼンの発症は通常50?60歳以降であることを考えると,pachychoroidneovasculopa-thyの発症年齢がneovascularAMDより若めであるこ図6Pachychoroidpigmentepitheliopathy症例(図5の症例の僚眼)a:カラー眼底写真.ドルーゼンを認めない.b:眼底自発蛍光にて顆粒状の低蛍光を示し(),網膜色素上皮障害を認める().c:EDI-OCT.脈絡膜は厚く,脈絡膜血管は拡張している.は脈絡膜強膜境界面を示す.(文献8より転載)とは理にかなっている.実臨床で,ときに40歳代で硝子体出血を起こすようなPCV症例を経験してきたが,このような症例はpachychoroidneovasculopathyであった可能性が高い.IVPachychoroidneovasculopathyに対する治療現在までにpachychoroidneovasculopathyに対する治療の報告は散見される程度であり,neovascularAMDとの治療効果の違いはまだ不明である.ここでは既報の2論文を紹介する.2018年Matsumotoらは42眼のpachychoroidneo-vasculopathy症例と60眼のtype1wetAMD症例に対してアフリベルセプト硝子体注射をtreatandextend法で行い,2年経過での結果を報告した(図7)12).視力・中心窩網膜厚はともに改善を認め,両群間に有意差はなかったが,中心窩下脈絡膜厚はpachychoroidneo-vasculopathy症例で有意に減少した.また,pachycho-roidneovasculopathy症例のほうが,必要な治療回数が有意に少なかった.Pachychoroidneovasculopathy症例群のなかでは,ポリープ状病巣を有する症例で,より少ない治療回数であった.2019年Jungらは54眼のpachychoroidneovascu-lopathy症例に対してラニビズマブ硝子体注射もしくはアフリベルセプト硝子体注射を3回毎月投与で行い,比較検討を行った13).3カ月の時点で,滲出性変化の消退はアフリベルセプト群で有意に多く認められた.中心窩下脈絡膜厚の減少は,アフリベルセプト群で有意に大きかった.視力改善度・中心窩網膜厚の減少には両群で差がなかった.この2報はともに少数例の後ろ向き研究であり,今後多数例でneovascularAMDとの違い,薬剤間での違い,PDTもしくは抗VEGF併用PDTの有効性,長期経過などを調べていく必要がある.図7Pachychoroidneovasculopathy症例に対するアフリベルセプト硝子体注射(60歳,男性,治療前視力1.0)a,d:治療前.a:OCTにて漿液性網膜?離,ポリープ状病巣による網膜色素上皮の隆起を認める.b:眼底写真にて橙赤色隆起状病巣を認め,ドルーゼンはみられない.c:FAにて蛍光漏出を認める.d:IAにてポリープ状病巣,異常血管網を認める.e~f:アフリベルセプト硝子体注射を4週間隔で3回施行後.視力は1.2.e:OCTにて漿液性網膜?離の消退を認める.f:眼底写真にて橙赤色隆起状病巣の退縮を認める.g:FAにて蛍光漏出の消失を認める.h:IAにてポリープ状病巣の退縮を認める.V関連する報告1.PachychoroidpigmentepitheliopathyWarrowらは,CSC様の所見(厚い脈絡膜・脈絡膜血管拡張・網膜色素上皮異常・脈絡膜血管透過性亢進)を認めるが網膜下液の既往がない症例をpachychoroidpigmentepitheliopathyと名づけ,9例の症例を報告した7).年齢は27?89歳とどの年代にもみられ,9例中8例は遠視?軽度近視(+3D?1.38D)であったが,強度近視例(-6D)も1例含まれている.3例が男性で6例が女性であったが,症例数が少ないため性差に関しては不明である.脈絡膜厚は231?625?mであった.「脈絡膜が厚く,網膜色素上皮に異常を認める状態」をCSC/PPEスペクトラムとして一元化できたことは大きな意味をもつ.2.PachychoroidneovasculopathyPangらは,「CSCの既往・AMDの特徴・その他変性所見を認めないtype1CNV」の3例をpachychoroidneovasculopathyとして症例を報告した2).これら3例は厚い脈絡膜とそれに伴う眼底紋理の減少を認め,ドルーゼンなどの所見を認めなかった.脈絡膜厚は244?407?mで,いずれの症例にもポリープ状病巣がみられたと報告されている.また,3例中2例ではPDTが施行され,効果的であった.日本ではこのような症例をしばしば経験するため,pachychoroidneovasculopathyをneovascularAMDと区別して考えようという提案は,とくにアジア人でのAMD研究で重要である.3.Pachychoroidgeographicatrophy筆者らはpachychoroidGAとAMDの関係を調べるため,drusen-relatedGA(dryAMD)もしくはpachy-choroidGAと診断された連続92症例を対象として,臨床的・遺伝学的特徴について比較検討を行った10).全症例92例のうち,21例(22.8%)がpachychoroidGAと診断され,71例(77.2%)がdrusen-relatedGAと診断された.PachychoroidGA症例はdrusen-relat-edGA症例に比べ,有意に年齢が若く(70.5歳vs78.5歳,p<0.001),病変サイズが小さく(0.9mm2vs4.0mm2,年齢調整後p=0.001),中心窩下脈絡膜厚が大き(11)あたらしい眼科Vol.37,No.3,2020259かった(353?mvs175?m,年齢調整後p=0.009)IAでの脈絡膜血管透過性亢進所見は47.4%とpachychoroidGAで有意に高率にみられた.Pseudodrusenはdru-sen-relatedGAの56.3%にみられたが,pachychoroidGA症例では全例において認めなかった.病変の拡大率は,pachychoroidGAとdrusen-relatedGAで差を認めず,経過観察中に全例拡大した.AMDの疾患感受性遺伝子として重要なARMS2A69多型におけるアレル頻度は,pachychoroidGAとdru-sen-relaetdGAで有意な差が認められた.ARMS2A69S多型のTアレル(リスクアレル)頻度はpachy-choroidGAで31.6%,drusen-relatedGAで68.8%であった(p<0.001).PachychoroidGAでのリスクアレル頻度は,正常人における頻度(36.5%)程度である.さらに欧米人・アジア人で共通してAMD疾患感受性遺伝子としてあげられている11の遺伝子を用いてgeneticriskscoreを定めたところ,pachychoroidGAとdru-sen-relatedGAの間に有意な差を認めた(p=0.001).これらの結果はpachychoroidGAとdrusen-relatedGAが遺伝学的に異なった疾患群であることを示唆する.このように,pachychoroidGAは従来のdryAMDの約1/4に認められた.PachychoroidGAの病変サイズが小さい理由としては,PPEの病変サイズが一般的に小さいのに対し,ドルーゼンは黄斑部全体に及ぶことがあり,ドルーゼンの退縮から形成されるdrusen-relatedGAは大きくなりやすいことがあげられる.現在dryAMDに対してはさまざまな治療法の研究開発が行われているが,pachychoroidGAはドルーゼンを介さないメカニズムで発生するため,治療戦略を代える必要があるかもしれない.おわりに以上のように,pachychoroidneovasculopathy・pachychoroidGAはドルーゼンがなく厚い脈絡膜を特徴とし,CNV・GAの発症メカニズムがAMDとは異なる可能性がある.また,遺伝学的にもpachychoroidneovasculopathy・pachychoroidGAとneovascularAMD・dryAMDが異なることが示された.今後の疫学調査や遺伝子研究では,この両者は区別して考えていくべきであると考える.抗VEGF療法や光線力学療法に対する反応性など,さらに研究を進めることで,CSC・AMDに対する理解がより深まっていくものと考えられる.文献1)三宅正裕,大音壮太郎:Pachychoroidneovasculopathy.加齢黄斑変性(吉村長久編),第2版,p139-146,医学書院,20162)PangCE,FreundKB:Pachychoroidneovasculopathy.Retina35:1-9,20153)JirarattanasopaP,OotoS,NakataIetal:Choroidalthick-ness,vascularhyperpermeability,andcomplementfactorHinage-relatedmaculardegenerationandpolypoidalchoroidalvasculopathy.InvestOphthalmolVisSci53:3663-3672,20124)KoizumiH,YamagishiT,YamazakiTetal:Relationshipbetweenclinicalcharacteristicsofpolypoidalchoroidalvasculopathyandchoroidalvascularhyperpermeability.AmJOphthalmol155:305-313,e1,20135)MiyakeM,TsujikawaA,YamashiroKetal:Choroidalneovascularizationineyeswithchoroidalvascularhyper-permeability.InvestOphthalmolVisSci55:3223-3230,20146)FungAT,YannuzziLA,FreundKB:Type1(sub-retinalpigmentepithelial)neovascularizationincentralserouschorioretinopathymasqueradingasneovascularage-relat-edmaculardegeneration.Retina32:1829-1837,20127)WarrowDJ,HoangQV,FreundKB:Pachychoroidpig-mentepitheliopathy.Retina33:1659-1672,20138)MiyakeM,OotoS,YamashiroKetal:Pachychoroidneo-vasculopathyandage-relatedmaculardegeneration.SciRep5:16204,20159)HataM,YamashiroK,OotoSetal:Intraocularvascularendothelialgrowthfactorlevelsinpachychoroidneovascu-lopathyandneovascularage-relatedmaculardegenera-tion.InvestOphthalmolVisSci58:292-298,201710)TakahashiA,OotoS,YamashiroKetal:Pachychoroidgeographicatrophy:clinicalandgeniticcharacteristics.OphthalmolRetina2:295-305,201811)ArakawaS,TakahashiA,AshikawaKetal:Genome-wideassociationstudyidenti?estwosusceptibilitylociforexudativeage-relatedmaculardegeneraioninJapanesepopulation.NatGenet43:1001-1004,201112)MatsumotoH,HiroeT,MorimotoMetal:E?cacyoftreat-and-extendregimenwitha?iberceptforpachycho-roidneovasculopathyandtype1neovascularage-relatedmaculardegeneration.JpnJOphthalmol62:144-150,201813)JungBJ,KimJY,LeeJHetal:Intravitreala?iberceptandranibizumabforpachychoroidneovasculopathy.SciRep9:2055,2019

序説:次世代の加齢黄斑変性治療

2020年3月31日 火曜日

次世代の加齢黄斑変性治療TheNextGenerationofTreatmentsforAge-RelatedMacularDegeneration野田航介*岡田アナベルあやめ**以前,滲出型加齢黄斑変性は限られた症例を除いて経過観察を余儀なくされる,視力予後不良の疾患であった.レーザー光凝固,経瞳孔的温熱療法,手術療法などによる診療努力は必ずしも報われず,患者の視力が損なわれていくのを見守るしかないことも多かった.その後,光線力学的療法の導入によって視機能保持が可能となる患者が増え,「加齢黄斑変性治療」という言葉がようやく現実味を帯びるようになる.しかし,加齢黄斑変性患者の視力低下を抑止できるという状況を噛みしめるなかで,光線力学的療法施行後の思いがけない網膜下出血に遭遇し,診察室で患者と二人うなだれることも時折あった.それがわずか十数年前のことだといったら,若い先生方は驚かれるだろうか.滲出型加齢黄斑変性に対する抗血管内皮増殖因子(vascularendothelialgrowthfactor:VEGF)製剤の臨床導入は,この厳しい時代に一つの終止符を打ち,「視力改善の見こめる加齢黄斑変性治療」というパラダイムシフトをこの診療領域にもたらした.2019年3月現在,わが国では3種類の抗VEGF製剤が本疾患に対する使用認可を受けており,病態を考慮したある程度の個別化医療もわれわれは行うことができる.前述のように,「発症=社会的失明」を意味していたかつての滲出型加齢黄斑変性診療を考えると今昔の感に堪えない.振り返ってみれば,高解像度の光干渉断層計(opticalcoherencetomography:OCT)の開発と抗VEGF製剤の臨床導入がほぼ同時期に行われたことが重要であった気がしてならない.いかなる時代にあっても,社会や人生に大きな損失を与える疾患に対して医療ニーズは生じ,社会からの要請にしたがって疾患病態学,そして治療学は進歩を遂げる.しかし,その進歩には病態の本質を突いた治療手段とその治療効果を正確に判定する観察手段の存在が必要である.この両者が同一の時期に相ついで現れた偶然が,抗VEGF製剤を近年の眼科領域におけるトランスレーショナルリサーチの代表的な成功例とした成因かもしれない.しかし,その抗VEGF療法でさえも実臨床での治療経験が増すにつれて,早期こそ多くの患者で視力改善が得られる一方で,長期経過ではやはりその視機能維持ができない症例も多く存在することもわかってきた.病型の違いによるものなのか,抗VEGF製剤の治療効果が不十分なのか,あるいは本疾患に対してはやはり別のアプローチが必要なのか,それは現時点ではまだ結論づけることはできない.しかし,いずれにしても滲出型加齢黄斑変性の病型や治療戦略の再考,次世代の治療手段,そして◆KosukeNoda:北海道大学大学院医学研究科眼科学分野AnnabelleAyameOkada:杏林大学医学部眼科学教室各種治療ではカバーできない患者のQOLを高める診療努力,そういった議論をすべき地点にわれわれはたどり着いたのではないだろうか.そこで本特集では,「次世代の加齢黄斑変性治療」と題して,1)治療戦略の再考,2)新規治療法の開発,そして3)診療体制および患者サポート体制の強化に焦点をあて,各テーマに関する第一人者の先生方にご執筆をお願いした.まず,滲出型加齢黄斑変性の病型に基づいた治療戦略の再考について大音壮太郎先生に解説いただいた.近年のOCTは高深達・高分解能となり,脈絡膜形態についても詳細な所見が得られるようになった.その結果,厚い脈絡膜や拡張した脈絡膜血管を特徴とするpachychoroidとよばれる脈絡膜構造と滲出型加齢黄斑変性の関連について学会で議論が交わされている.Pachychoroid関連疾患についての知識を整理するうえで重要かつ最新の情報をまとめてくださっている.次に,次世代の新規製剤に関しては抗VEGF製剤関連を野田航介が情報収集した.現在,臨床試験段階にある新規製剤情報などをまとめたのでご覧いただければ幸いである.また,抗VEGF製剤以外の製剤については野崎実穂先生に解説いただいた.滲出型加齢黄斑変性の病態基盤にはVEGF以外にもさまざまな分子が関与しており,その阻害製剤は抗VEGF製剤とは異なる経路で病態を抑制する.VEGF以外を分子標的とした開発中の製剤(第I/II相臨床試験中)について触れてくださっている.また,薬物療法以外の次世代治療コンセプトについても論じていただいた.山城健児先生には,遺伝子情報を活用した個別化医療やウィルスベクターを用いた開発中の治療法について解説いただいた.前述のpachychoroid関連疾患と遺伝子的背景の興味深い関係,そして今後の遺伝子研究の展望についてもまとめてくださっている.前田亜希子先生には網膜再生医療について解説いただいた.網膜色素上皮細胞の機能不全が本疾患の病態に大きく関与していることから,多能性幹細胞を用いた網膜色素上皮細胞移植の可能性について論じていただいた.さらに,不二門尚先生には人工視覚について解説いただいた.人工視覚の概念から人工網膜の種類,その展望についてわかりやすく紹介していただいている.この領域について臨床医は知る機会が非常に少ないため,ぜひ本稿から多くを学びたい.最後に,日常診療においてもっとも知っておきたい,これからのロービジョンケアとホームモニタリングについても最新の知見を論じていただいた.今後どのような治療法が開発されても,ロービジョンケアを必要とする患者は常に存在する.この重要な点について,新井千賀子先生にはロービジョンケアの実際とトピックスについて解説いただいた.また,抗VEGF療法を含めた加齢黄斑変性診療で問題となっているのは,その投与回数や通院回数が大きな患者負担となっていることである.藤田京子先生には,欧米でおもに取り組まれている加齢黄斑変性に対するホームモニタリングの最近の知見についてまとめていただいた.本特集を通じて,次世代の加齢黄斑変性治療についての期待感を共有していただければ幸いである.

短期間で急速に増大した涙囊原発びまん性大細胞型B細胞リンパ腫の1例

2020年2月29日 土曜日

《原著》あたらしい眼科37(2):239?242,2020c短期間で急速に増大した涙嚢原発びまん性大細胞型B細胞リンパ腫の1例柿添直子*1,5福島美紀子*1江口桃佳*1井上俊洋*1上野志貴子*2渡邊祐子*3松本光希*4谷原秀信*1*1熊本大学大学院生命科学研究部眼科学講座*2熊本大学大学院生命科学研究部血液内科*3くまもと森都総合病院血液内科*4くまもと森都総合病院眼科*5ちとせ眼科ACaseofRapidlyProgressivePrimaryDi?useLargeB-CellLymphoma(DLBCL)LocalizedintheLacrimalSacNaokoKakizoe1,5),MikikoFukushima1),MomokaEguchi1),ToshihiroInoue1),ShikikoUeno2),YukoWatanabe3),KokiMatsumoto4)andHidenobuTanihara1)1)DepartmentofOphthalmology,2)DepartmentofHematology,FacultyofLifeSciences,KumamotoUniversity,3)DepartmentofHematology,4)DepartmentofOphthalmology,KumamotoShintoGeneralHospital,5)ChitoseEyeClinicはじめに涙?部腫瘍はまれな疾患であり,流涙を主訴として受診することが多いため慢性涙?炎として長期間加療されることがある.しかし,悪性腫瘍である頻度が高く,進行すると眼窩,副鼻腔への浸潤や遠隔転移をきたすため生命予後は不良であり,また視機能に影響しQOLの低下をきたすため,早期の診断治療が求められる1).悪性リンパ腫は涙?悪性腫瘍の約2?13%と少なく,また他組織からの転移例であることが多いため,涙?原発のものはきわめてまれである2).近年の化学療法や放射線療法の発〔別刷請求先〕柿添直子:〒869-1108熊本県菊池郡菊陽町光の森7-3-7ちとせ眼科Reprintrequests:NaokoKakizoe,M.D.,ChitoseEyeClinic,7-3-7Hikarinomori,Kikuyoumachi,Kikuchigun,Kumamoto869-1108,JAPAN達,生物学的製剤による治療により根治を含め予後の改善が期待できるが,組織型・病期により治療反応性や予後に差異があるため,早期に正確な組織学的診断・病型診断を行うことが求められる.今回,筆者らは涙?に原発し,短期間で急速に増大した悪性リンパ腫の1例を経験したので報告する.I症例患者:66歳,女性.主訴:左眼流涙,左内眼角周囲の腫脹,複視.既往歴:慢性腎不全のため血液透析施行中.家族歴:特記事項なし.現病歴:2014年4月左眼の流涙のため近医眼科を受診し,涙?炎の診断で点眼治療されたが改善しなかった.同年8月中旬に左涙?周囲の小腫瘤が出現し,徐々に腫瘤の増大と周囲の腫脹を認め,外斜視が出現した.MRIで左涙?部腫瘍を認め,9月に熊本大学附属病院眼科へ紹介受診となった.発熱・盗汗・体重減少などの全身症状は認めなかった.経過:当科初診時,左内眼角下方に境界が比較的明瞭で,弾性硬の無痛性腫瘤を触知した(図1a).血性流涙や血性鼻汁は認めなかった.前医のMRI(血液透析中のため単純のみ)では左涙?内部は充実組織で満たされ拡張し,内部は比較的均一なT1およびT2強調画像で中等度,拡散強調画像で高度の信号強度を呈していた(図1c).腫瘤病変は眼窩内側下方向および左鼻涙管内へ進展しており,左眼球は腫瘤によりわずかに圧迫されていた.単純CTでは明らかな骨破a:初診日LV=(0.6)b:入院日(14日後)LV=(0.4c:前医MRId:入院時MRI壊,造骨性変化および骨肥厚は認めなかった.血液検査ではLDH191U/l(基準値112?213),CRP0.02mg/dl(基準値0?0.30),IgG1,190mg/dl(基準値870?1,700),IgG418.2mg/dl(基準値4.8?105)と異常なく,可溶性IL2受容体765U/ml(基準値127?582)と軽度上昇していた.初診から2週間後に生検目的で入院した際には,左下眼瞼腫脹はさらに増大し発赤を伴い,矯正視力は初診時(0.6)から(0.4)へ低下していた(図1b).左眼眼底検査では,腫瘤の圧排により下鼻側の眼底に脈絡膜皺襞を伴う隆起病変を認めた.入院時に施行したMRIでは前医MRIと比較し腫瘤サイズは増大し,左眼窩筋円錐外,内直筋,下直筋を外側に圧排するように眼窩内下方から頬部皮下,左鼻涙管,鼻腔左側HE染色CD20CD3CD5CD10BCL6図1左前眼部腫脹とMRI所見(T2強調画像)の急速な変化a,b:初診から2週間後の入院時には,左下眼瞼腫脹は増大し発MUM1MIB-1赤を伴い,矯正視力は初診時(0.6)から(0.4)へ低下していた.c,d:前医MRIと比較し,入院時のMRIでは腫瘤サイズの増大により,周囲組織および左眼球の圧排が高度であった.左眼窩内側涙?部に一致して内部lowintensityの内部比較的均一な腫瘤性病変を認める.図2病理・免疫組織学的所見HE染色では好酸性の細胞質を少量有する多稜形ないし類円形の大型異型リンパ球様細胞が充実性に増殖しており,免疫染色では,CD20,BCL6,MIB-1(Ki67)が強陽性で,CD3,CD5,CD10,MUM1が弱陽性?陰性であった.に進展し,左眼球の圧排も高度であった(図1d).視神経に有意な変化は認めず,右眼窩内に腫瘍病変は認めなかった.全身麻酔下で涙?部腫瘤の生検を施行した.HE染色で線維性間質や筋組織の間に,好酸性の細胞質を少量有する多稜形ないし類円形の大型異型リンパ球様細胞が充実性に増殖しており,免疫染色では,CD20,BCL6,MIB-1(Ki67)が強陽性(Ki-67labelingindex>80%)で,CD3,CD5,CD10,MUM1が弱陽性?陰性であった(図2).上皮系のマーカーであるAE1/AE3は陰性であり,insituhybridizationではEpstein-Barrvirusは陰性であった.涙?およびその周囲の病理組織学的所見から,びまん性大細胞型B細胞性リンパ腫(di?uselargeB-celllymphoma:DLBCL)と診断した.FDG-PET/CTでは,左眼窩内,左眼瞼,左鼻腔内の軟部腫瘤に一致して異常集積を認め,その他の部位には集積を認めず,骨髄生検で腫瘍細胞は認めず,涙?原発のDLBCLStageIE(AnnArbor分類)と診断した(図3a,b).治療経過:当院血液内科が満床であったため,くまもと森都総合病院血液内科に転院となった.CD20陽性であったことから抗CD20抗体リツキシマブを併用したR-CHOP療法(rituximab,cyclophosphamide,hydroxydaunorubicin,vincristine,prednisolone)を開始し,2クール目より腫瘍は著明に縮小し,計6クール終了後のFDG-PET/CTでは集積は消失していた(図3c).左眼視力は入院時の(0.4)から(1.0)に改善した.眼球を外側から圧迫していた腫瘍の縮小により眼底の隆起病変は消失した.軽度の斜視が残存したが,日常生活に問題なく,そのまま様子をみることとなった.II考察本症例は,当初の症状は左眼流涙のみで,涙?炎として点眼治療されていたが,左涙?周囲に小腫瘤を自覚した後は進行性に増大し斜視をきたした.精査の結果,涙?原発DLBCLと診断しR-CHOP療法を行い,治療への反応は良好で腫瘍の消失とともに視機能の改善を認めた.涙?部腫瘍はまれな疾患であるが,これまでの報告では悪性腫瘍である頻度がいずれも半数を超えており(55?77%),中高年に多い1?3).涙?部悪性腫瘍のうち大半(60?94%)は原発性の上皮性悪性腫瘍(扁平上皮癌)であり,非上皮性では線維性組織球腫,リンパ増殖性疾患,悪性黒色腫などがある.このうち悪性リンパ腫は2?13%と報告されており,多くは他部位からの転移例である3).涙道には粘膜リンパ装置(lacrimaldrainage-associatedlymphoidtissue)が存在し,悪性リンパ腫の発生母地となるうるが4),わが国からの症例報告はこれまでに10数例と依然少ない5).DLBCLは成人の悪性リンパ腫ではもっとも多い非Hodg-kinリンパ腫であるが,眼付属器のリンパ腫としては少なく,当科からは過去に涙?原発のDLBCLを1例報告している6).bc治療前治療後図3R?CHOP療法前後でのFDG?PET/CT所見a:左眼周囲以外の臓器にFDGの集積を認めず,涙?原発と診断した.b,c:R-CHOP療法前後の比較.左眼周囲のFDGの集積はR-CHOP療法により消失した.Kajitaらは自施設での涙?原発DLBCLを報告するとともに,わが国とコーカシアンにおける涙?原発悪性リンパ腫報告例を比較検討した7).この論文中ではわが国からの症例は8例と少なく十分な検討ができていないが,日本人ではコーカシアンよりも涙?悪性リンパ腫の発生頻度が少ない可能性がある一方で,コーカシアンに比較し,低悪性度のMALTリンパ腫の率は少なく(わが国14%,コーカシアン33%),DLBCLである率はやや高く(わが国38%,コーカシアン33%),リンパ腫であった場合はより悪性度が高い可能性が示唆されている7,8).また,この論文に引用された中国からの報告では96例の涙?原発腫瘍の5.2%(5例)が悪性リンパ腫であり,すべてがMALTリンパ腫であったため,アジア諸国であっても地域差があるのかもしれない7,9).DLBCLは悪性度が高く,眼付属器DLBCLは局所に限局していれば5年生存率が90.9%と予後は比較的よいものの,全身性に進行した場合は23.5%と著しく低下することが報告されている10).本症例はFDG/PET-CTにおいて他部位に病変を認めず,涙?原発かつStageIEと診断し,R-CHOP療法で寛解に至ることができた.同様に涙?および眼科領域に限局したDLBCL症例でR-CHOP療法や放射線治療のみで寛解した報告もあることから7,11?13),早期診断の重要性が強調される.本症例では数カ月の間流涙のみの症状であったが,腫瘤を自覚して以降は急速に増大し,当院受診後は2週間ほどの短期間で明らかな増大を認めた.本症例は上にあげた過去の涙?原発悪性リンパ腫の症例報告と比較し増大が早いが,同様に週単位で急性増悪をきたし,R-CHOP療法が効果的であった眼窩DLBCLの3症例が報告されている14).症例による増大スピードの差異の原因は不明であるが,特異的な遺伝子変異などの要因があるかもしれず,今後の検討が必要である.近年は眼科領域の悪性リンパ腫において臨床病期分類のみならずp53やKi67などの発現と予後15),また腫瘍周囲の炎症細胞プロファイリングと予後16,17)との関連が報告されている.Ki67は核蛋白の一種で,休止期を除くすべての細胞核に発現し,腫瘍の増殖活性のマーカーとして用いられている18).本症例ではKi67が強陽性であり,急速な増大に関与している可能性がある.今後は個々の症例においてさらなるデータの集積と解析が必要であるが,眼科領域の悪性リンパ腫,とくにDLBCLはまれであるとともに,フォローアップも含めた報告はきわめて少ないため,包括的な評価が困難であることが問題であり今後の課題である.涙?原発の悪性リンパ腫はまれな疾患であるため,当初涙?炎として治療されることが多い.悪性度が高いとされるDLBCLであっても早期診断・早期治療により予後の改善が期待できることから,難治性の流涙・涙?炎や眼周囲の腫瘤を認める際は,悪性リンパ腫などの悪性疾患を念頭に置いて鑑別を行う必要がある.文献1)児玉俊夫,野口毅,山西茂喜ほか:涙?部腫瘤性疾患の頻度と画像診断の有用性についての検討.臨眼66:819-826,20122)秋澤尉子,安澄健次郎,島田典明ほか:涙?に原発したBcelllymphomaの1例.臨眼56:1702-1706,20023)KrishnaY,CouplandSE:Lacrimalsactumors-Areview.Asia-PacJOphthalmol6:173-178,20174)辻英貴:涙道悪性腫瘍.眼科58:423-431,20165)濱田怜,永井博之,山田麻里:急性涙?炎を契機に発見された若年性の涙?部悪性リンパ腫の1例.臨眼71:1357-1361,20176)森田保彦,根木昭,稲田晃一朗ほか:涙?腫瘤として発見された悪性リンパ腫の1例.眼臨94:168-170,20007)KajitaF,OshitariT,YotsukuraJetal:Caseofprimarydi?uselargeB-celllymphomaoflacrimalsacinaJapa-nesepatient.ClinOphthalmol4:1351-1354,20108)SjoLD,RalfkiaerE,JuhlBRetal:Primarylymphomaofthelacrimalsac:anEORTCophthalmiconcologytaskforcestudy.BrJOphthalmol90:1004-1009,20069)BiYW,ChenRJ,LiXP:Clinicalandpathologicalanalysisofprimarylacrimalsactumors.ZhonghuaYanKeZaZhi43:499-504,2007Chinese10)MadgeSN,McCormickA,PatelIetal:Ocularadnexaldi?uselargeB-celllymphoma:localdiseasecorrelateswithbetteroutcomes.Eye24:954-961,201011)RamachandranV,MathewKG:PrimarynonHodgkin’slymphomaofthelacrimalsac.WorldJSurgOncol5:127-129,200712)ZarrabiK,DesaiV,YimBetal:Primarydi?uselargeB-celllymphomalocalizedtothelacrimalsac:Acasepresentationandreviewoftheliterature.CaseRepHema-tol56:12749,201613)首藤純,分藤準一,堀文彦:眼内悪性リンパ腫の2例.耳鼻臨床96:603-607,200314)村重高志,鈴木克佳,平野晋司ほか:急性増悪をきたした眼窩びまん性大細胞性B細胞リンパ腫の三症例.眼臨紀9:489-493,201615)SullivanTJ,GrimesD,BunceI:Monoclonalantibodytreatmentoforbitallymphoma.OphthalmicPlastReconstrSurg20:103-106,200416)DaveSS,WrightG,TanBetal:Predictionofsurvivalinfollicularlymphomabasedonmolecularfeaturesoftumor-in?ltratingimmunecells.NEnglJMed351:2159-2169,200417)臼井嘉彦:眼付属器リンパ増殖性疾患の病態.あたらしい眼科28:1397-1403,201118)P?tra?cuAM,RotaruI,OlarLetal:TheprognosticroleofBcl-2,Ki67,c-MYCandp53indi?uselargeB-celllymphoma.RomJMorpholEmbryol58:837-843,2017◆**

悪性黒色腫治療中に生じたぶどう膜炎の1例

2020年2月29日 土曜日

《原著》あたらしい眼科37(2):235?238,2020c悪性黒色腫治療中に生じたぶどう膜炎の1例望月結希乃渡部大介静岡県立総合病院眼科ACaseofUveitisDuringMelanomaTreatmentYukinoMochizukiandDaisukeWatanabeDepartmentofOphthalmology,ShizuokaGeneralHospitalはじめにわが国における皮膚悪性黒色腫の罹患率は10万人あたり1?2人程度であり,比較的まれな悪性腫瘍である1).早期には単純切除が行われるが,切除不能な場合は,近年,免疫チェックポイント阻害薬や,分子標的薬を用いた新しい薬物療法が行われるようになった.そのなかの一つであるダブラフェニブ/トラメチニブ併用療法は,2種類の分子標的薬を組み合わせた,BRAF遺伝子変異陽性の切除不能な悪性黒色腫に対する治療法である.従来の抗癌剤治療と比較し生存期間は大幅に改善されたが,その一方で副作用として心障害や肝障害,深部静脈血栓症などが知られている.眼科領域の副作用としては,ぶどう膜炎や網膜静脈閉塞症が報告されている2).今回,ダブラフェニブ/トラメチニブ併用療法によるVogt-小柳-原田病(原田病)様のぶどう膜炎を認め,併用療法中止とステロイド療法により改善したが,その後併用療法再開に伴いぶどう膜炎が再燃した1例を経験したので報告する.〔別刷請求先〕望月結希乃:〒420-8527静岡市葵区北安東4-27-1静岡県立総合病院眼科Reprintrequests:YukinoMochizuki,M.D.,DepartmentofOphthalmology,ShizuokaGeneralHospital,4-27-1Kita-ando,Aoi-ku,Shizuoka-City420-8527,JAPANI症例患者:64歳,女性.主訴:両眼飛蚊症,霧視.既往歴:皮膚悪性黒色腫.現病歴:平成26年7月に右大腿内側の腫瘤で近医皮膚科を受診した.市内の総合病院皮膚科へ紹介され,11月に切除術を施行,悪性黒色腫と診断された.平成28年1月に再発および多発転移を指摘され化学療法目的で当院皮膚科へ紹介された.BRAF遺伝子変異の有無について検査した結果,陽性であることが判明した.当院皮膚科では同年3月からベムラフェニブを投与したものの,皮膚障害が出現し,治療意欲の減退により中止した.8月からはニボルマブを投与したが,原発巣の増大を認めたため,11月からダブラフェニブ300mg/日とトラメチニブ2mg/日の併用療法を開始した.平成29年1月から両眼の飛蚊症,および2月から霧視を自覚し近医眼科を受診した.両ぶどう膜炎を指摘され,同年3月6日当科に紹介された.初診時所見:視力は右眼0.03(0.2×sph+4.75D(cyl?0.5DAx40°),左眼0.04(0.4×sph+4.75D)であった.両眼に豚脂様角膜後面沈着物,前房細胞,浅前房など前部ぶどう膜炎の所見を認めた.両眼の眼底には視神経乳頭の発赤および多胞性漿液性網膜?離を認めた(図1).光干渉断層計検査では両眼の黄斑部に隔壁を伴う漿液性網膜?離と脈絡膜肥厚,脈絡膜の波打ち所見を認めた(図2).同日施行したフルオレセイン蛍光眼底造影検査では,視神経乳頭からの色素漏出や網膜下の多胞性の蛍光色素の貯留が認められた(図3).経過:所見から原田病を疑い,採血や髄液検査を施行したものの,異常所見は認められなかった.しかし,臨床的には原田病の可能性が高いと考え,同日プレドニゾロン200mg/日から点滴投与を開始した.翌日,皮膚科ではダブラフェニブ/トラメチニブ併用療法によるぶどう膜炎と判断され,併用療法を中止した.当科ではプレドニゾロン点滴を200mg/日を2日間,150mg/日を2日間,100mg/日を2日間施行し,その後はプレドニン内服60mg/日より内服漸減療法を開始した.治療経過は順調であり,漿液性網膜?離や脈絡膜肥厚などの所見は消失,視力は右眼0.2(0.9×sph+2.0D),左眼0.2(1.0×sph+3.0D)まで改善した.経過改善のため,皮膚科ではダブラフェニブ/トラメチニブ併用療法を再開する方針となり,ダブラフェニブ150mg/日,トラメチニブ1mg/日に減量し再開となった.しかし,5月31日には視力は右眼0.15(1.2×sph+3.0D),左眼0.3(1.0×sph+3.5D)と良好で,自覚症状はないものの,両眼に角膜後面沈着物,前房細胞が出現し,脈絡膜の肥厚・波打ち所見(図4),左眼に漿液性網膜?離が出現した.当科では,自覚症状がないもののぶどう膜炎の再燃と考え,プレドニゾロン20mg/日を継続し,経過をみる方針としたが,皮膚科の判断でダブラフェニブ/トラメチニブ併用療法は中止となった.6月14日,脈絡膜の肥厚,波打ち所見と漿液性網膜?離は消失した.その後,腫瘍の肝転移を認め病勢が進行したた右眼左眼図1初診時の眼底写真両眼に漿液性網膜?離と視神経乳頭の発赤,腫脹を認める.右眼左眼図2初診時の光干渉断層像(黄斑部)両眼の脈絡膜の肥厚と波打ち所見を認める.また,隔壁を伴う漿液性網膜?離を認める.右眼左眼図3初診時のフルオレセイン蛍光眼底造影の後期両眼とも神経乳頭からの蛍光漏出を認め,網膜には多房性に蛍光色素が貯留している.右眼左眼図4ダブラフェニブ/トラメチニブ再開後の光干渉断層像(黄斑部)両眼に脈絡膜の肥厚,波打ち所見を認める.め,皮膚科ではダブラフェニブ/トラメチニブ併用療法の再開を検討した.7月12日,腫瘍の小腸転移と急速な肝転移の増大を認めたため,皮膚科へ緊急入院しダブラフェニブ200mg/日,トラメチニブ1.5mg/日として併用療法を再開し,プレドニゾロン60mg/日の点滴投与が開始された.7月13日,小腸穿孔が指摘されたため併用療法を中止し,外科で小腸切除術を施行した.その後ぶどう膜炎の再発は認めなかったが,全身状態が悪化し,8月3日に死亡した.II考按ダブラフェニブ/トラメチニブ併用療法は,腫瘍増殖にかかわるRAS-RAF-MEK-ERKシグナル伝達経路のセリン・トレオニンキナーゼファミリーのBRAFおよびMEKをそれぞれ阻害する働きをもつ分子標的薬を組み合わせた治療法である.副作用としてぶどう膜炎があるが,その形態は前眼部ぶどう膜炎,後眼部ぶどう膜炎,あるいは汎ぶどう膜炎というように,さまざまである.また既報では,BRAF阻害薬単独,あるいはMEK阻害薬単独でぶどう膜炎が起きた症例もある3?5).以上から,実際のメカニズムは不明であるが,眼内でこのシグナル伝達経路が阻害されると,ぶどう膜炎を発症する可能性がある.治療方法も報告によりさまざまである.併用療法は多くの症例で中止されており,ステロイド療法に関しては点眼のみ,内服のみ,ステロイドTenon?下注射と点眼を組み合わせた例,また本症例のように点滴および内服漸減療法を行った例のほか,ステロイドを使用せずに改善した例もある3,4,6?9).また,併用療法の再開に関しては,本症例のように再開すると,ぶどう膜炎再燃をみた例10)もあれば,再燃せずに併用療法を継続できた例5,7,8)もある.ダブラフェニブ/トラメチニブ併用療法は,もともとは切除不能な悪性黒色腫が適応疾患であったが,平成30年3月に切除不能な非小細胞肺癌に対する化学療法,8月にBRAF遺伝子変異陽性の悪性黒色腫の外科的手術後の補助化学療法として適応が拡大された.今後も適応疾患が拡大していく可能性があり,眼科医が診察する機会が増えると考えられる.併用療法によるぶどう膜炎に対しては,主科と連携を取り,併用療法の中止やステロイド療法を検討する必要がある.以上,ダブラフェニブ/トラメチニブ併用療法を行っている患者では,ぶどう膜炎を起こす可能性があり,ぶどう膜炎を発症し併用療法を中止した場合の併用療法再開にあたっては,症状再燃の可能性があり定期診察が必要である.文献1)宇原久:メラノーマの新しい治療とがん免疫療法の新展開.信州医誌64:63-73,20162)WelshSJ,CorriePG:ManagementofBRAFandMEKinhibitortoxicitiesinpatientswithmetastaticmelanoma.TherAdvMedOncol7:122-136,20153)DraganovaD,KergerJ,CaspersLetal:Severebilateralpanuveitisduringmelanomatreatmentbydabrafenibandtrametinib.JOphthalmicIn?ammInfect5:17,20154)McCannelTA,ChmielowskiB,FinnRSetal:BilateralsubfovealneurosensoryretinaldetachmentassociatedwithMEKinhibitoruseformetastaticcancer.JAMAOph-thalmol132:1005-1009,20145)GuedjM,QueantA,Funck-BrentanoEetal:Uveitisinpatientswithlate-stagecutaneousmelanomatreatedwithvemurafenib.JAMAOphthalmol132:1421-1425,20146)JoshiL,KarydisA,GemenetziMetal:UveitisasaresultofMAPkinasepathwayinhibition.CaseRepOphthalmol4:279-282,20137)LimJ,LomaxAJ,McNeilCetal:Uveitisandpapillitisinthesettingofdabrafenibandtrametinibtherapyformeta-staticmelanoma:Acasereport.OculImmunolIn?amm26:628-631,20188)SarnyS,NeumayerM,Ko?erJetal:Oculartoxicityduetotrametinibanddabrafenib.BMCOphthalmol17:146,20179)Rueda-RuedaT,Sanchez-VicenteJL,Moruno-RodriguezAetal:Uveitisandserousretinaldetachmentsecondarytosystemicdabrafenibandtrametinib.ArchSocEspOftal-mol93:458-462,201810)NiroA,StrippoliS,AlessioGetal:Oculartoxicityinmetastaticmelanomapatientstreatedwithmitogen-acti-vatedproteinkinasekinaseinhibitors:Acaseseries.AmJOphthalmol160:959-967,2015◆**

Supplemental Restraint Systemエアバッグによる網膜再剝離と気胸を発症した1例

2020年2月29日 土曜日

《原著》あたらしい眼科37(2):230?234,2020cSupplementalRestraintSystemエアバッグによる網膜再?離と気胸を発症した1例新海晃弘*1加瀬諭*1山下優*2森祥平*1安藤亮*1藤谷顕雄*1鈴木智浩*1野田航介*1石田晋*1*1北海道大学大学院医学研究院眼科学教室*2北海道大学病院内科IACaseofRecurrentRhegmatogenousRetinalDetachmentandPneumothoraxCausedbySupplementalRestraintSystem-AirbagInjuryAkihiroShinkai1),SatoruKase1),YuYamashita2),ShoheiMori1),RyoAndo1),AkioFujiya1),TomohiroSuzuki1),KousukeNoda1)andSusumuIshida1)1)DepartmentofOphthalmology,FacultyofMedicineandGraduateSchoolofMedicineHokkaidoUniversity,2)FirstDepartmentofMedicine,HokkaidoUniversityHospitalはじめに運転席用supplementalrestraintsystem(SRS)エアバッグはステアリング・ホイールに内蔵され,特定の衝撃に対して作動する.その展開速度は最高時速約300kmであり,生命を守るためのSRSエアバッグとはいえ,その展開による傷害は多岐にわたる1,2).SRSエアバッグ展開による臓器障害は上半身に多く,眼,耳,脳を含めた頭部が43.3%を占め,ついで上肢が38.3%,胸部が9.6%,頸部が5.2%と続〔別刷請求先〕加瀬諭:〒060-8638札幌市北区北15条西7丁目北海道大学大学院医学研究院眼科学教室Reprintrequests:SatoruKase,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology,FacultyofMedicineandGraduateSchoolofMedicineHokkaidoUniversity,North15West7,Kitaku,Sapporo-city060-8638,JAPAN230(116)0910-1810/20/\100/頁/JCOPYく3).エアバッグによる全身合併症としては頸椎脱臼,脊髄損傷,頭蓋内出血,難聴,気胸,肋骨骨折,心破裂,大血管の損傷,肝損傷,脾損傷,腸管損傷,四肢の骨折,皮膚の火傷や裂傷などがあげられる4).眼部の合併症では眼球打撲や前房出血が多くみられるが5),網膜?離もまれにみられ,その頻度は1.8%とする報告がある3).しかしながら,わが国ではエアバッグによる網膜?離と全身合併症を呈した症例報告はない.今回,筆者らはSRSエアバッグ展開が原因と考えられる気胸を合併した裂孔原性網膜?離の再発症例を経験したので報告する.I症例患者:73歳,男性.主訴:自覚症状なし.現病歴:2015年に北海道大学病院(以下,当院)眼科で,強度近視眼(眼軸長右眼:29.05mm,左眼:28.03mm)に発症した左眼裂孔原性網膜?離(rhegmatogenousretinaldetachment:RRD)に対して,水晶体再建術に加え,硝子体切除術,上耳側の原因裂孔に対して網膜光凝固および20%六フッ化硫黄(SF6)ガスタンポナーデを施行した.術後1カ月で網膜再?離が出現したため,残存硝子体を切除して上耳側から上鼻側にかけてシリコーンタイヤ(LABRetinalImplants#286)を設置し,輪状締結(LABRetinalImplants#240+LABRetinalImplants#270)を併施した.上耳側の図1a2回目の硝子体手術の術前に撮影した立位胸部X線検査心胸郭比47.7%,横隔膜は左右とも第10後肋間レベルであり,肺野を含めて異常所見はない.新規裂孔の周囲に光凝固術を施行し,シリコーンオイルを充?した.この際に術前に撮影された胸部X線写真では心胸郭比47.7%,横隔膜は左右とも第10後肋間レベルであり,肺野を含めて異常所見を認めなかった(図1a).術後3カ月でシリコーンオイルを抜去し,その後は網膜?離の再発なく経過していた.2016年に,シートベルトを装着したうえで時速約20kmで自家用車を運転していた際に縁石に衝突し,展開したSRSエアバッグによって胸部と顔面を強打し,その際に装用していた眼鏡が飛散した.眼症状に変化はなく,受傷2週間後に当眼科外来を定期受診した.既往歴:両眼とも眼内レンズ挿入眼.気胸を含め,特記すべき全身疾患はなし.身長156.8cm,体重49.8kg.喫煙歴あり(20本/日,40年以上).再診時眼科的所見:視力は右眼(0.8),左眼(0.4),眼圧は右眼14mmHg,左眼16mmHg,両眼とも前眼部および中間透光体には特記事項なし.左眼は視神経乳頭耳側に網膜出血があり,網膜耳下側周辺赤道部に多数の小裂孔を伴った丈の低い網膜?離を認めた(図2).右眼眼底に異常所見はなかった.臨床経過:裂孔原性網膜?離の再発と診断し,左眼の硝子体手術およびシリコーンオイルタンポナーデを施行し,網膜の復位を得た.術後8日目に,患者は突然の胸痛,動悸を訴え,収縮期血圧の著明な上昇(190mmHg)を認めた.胸部X線検査において右肺が著明に虚脱していたため(図1b),気胸を疑い当図1bエアバッグ受傷後の硝子体手術の術後8日目の立位胸部X線検査患者は胸痛,動悸,血圧上昇を発症した.右側の肺紋理は消失し,肺門部に肺実質と考えられる陰性を認め,著明に虚脱していた.(117)あたらしい眼科Vol.37,No.2,2020231図2エアバッグ受傷後の再診時の眼底写真左眼.視神経乳頭耳側に網膜出血がみられ(?),網膜耳下側赤道部に丈の低い網膜?離がある(?).院呼吸器内科に紹介した.同日,右胸腔ドレナージによって右肺は拡張したが,数時間後に再膨張性肺水腫を発症し一時は意識消失した.リザーバー付き酸素マスクで12l/分の酸素投与を行っても酸素化を保つことができず,集中治療室(ICU)に入室した.非侵襲的陽圧換気療法を開始したが,再膨張性肺水腫に伴う循環血液量減少性ショックのため陽圧換気が困難となり,ネーザルハイフローでの酸素投与を行った.その後再膨張性肺水腫は速やかに改善し,ICU入室2日目に鼻カニューレでの酸素投与となった.ICU入室3日目に一般病棟へ転棟となり,転棟翌日には酸素投与から離脱した.その後気胸の治癒を確認し,計6日間で胸腔ドレーンを抜去した.気胸および再膨張性肺水腫の再燃は認めず退院した.術後3カ月にシリコーンオイルを抜去し,術後12カ月で裂孔原性網膜?離の再発なく経過している.視力は右眼(0.8),左眼(0.5),眼圧は右眼9mmHg,左眼12mmHg,両眼とも前眼部,中間透光体および眼底に著変はない(図3).II考按一般に,鈍的外傷は腹部で頻度が高く,実質臓器や大血管,神経などさまざまな臓器に障害を与える.その原因としては交通事故がもっとも多い6).近年,SRSエアバッグが発明され運転者や同乗者の安全に寄与してきたが,他方SRSエアバッグ自体による外傷がみられるようになった.医学中央雑誌で「airbag/ALorエアバッグ/ALorエアバッグ/TH」で検索した論文のうち,わが国におけるSRSエアバッグが作動した際に硝子体出血や網膜障害を認めた症例は,6例であった7?11()表1).その内訳は,黄斑円孔,網膜振盪症,眼底出血などで,網膜?離の報告はなかった.図3術後8カ月目の左眼底写真網膜は復位し,再?離は認めない.Purtscher網膜症も1例報告されている9).また,PubMedを用いた検索によって,海外でSRSエアバッグが作動し網膜?離を発症した症例を表2に示す.既報においてエアバッグ受傷後網膜?離を発症した症例では,前眼部の著明な障害も伴っていた2,5,12?16).Mancheらは本症例と同様に低速走行中の事故によってSRSエアバッグが展開し網膜?離を呈した27歳の女性症例を報告した.当該症例ではシートベルトを装着し乗用車を時速約30kmで走行していた際に前方の乗用車に追突し,運転席のSRSエアバッグが展開した5).運転していた車両の損傷はバンパーおよび右側のヘッドライトに限局していた.受傷直後の視力は右眼が(1.0),左眼が光覚弁であった.細隙灯顕微鏡検査では,左眼の強角膜の裂創が赤道部4?10時にかけてみられ,前房は消失し,虹彩は裂創から脱出し,硝子体出血が著明であった.角膜混濁に対して全層角膜移植を施行した際に,漏斗状網膜?離が明らかとなった5).本症例においては受傷後の前眼部の傷害や視力低下は生じなかったが,網膜?離の既往のある左眼のみに網膜?離の再発が認められた.このことは,本症例におけるSRSエアバッグによる鈍的外傷が既報に比べ比較的軽微なものであったことを示唆する.エアバッグに伴う全身合併症としては,顔面の擦過傷や打撲,体幹の皮下出血,気胸,縦隔血腫,胸骨骨折,腰椎骨折,鼻骨骨折などがある1,7?11,17?19).さらに,エアバッグが作動したことで両側の気胸を発症した症例も報告されているが20),筆者らの調べ得た限りではSRSエアバッグ展開による網膜?離と気胸の合併は報告されていない.本症例では,網膜?離と気胸以外の全身合併症は認めなかった.本症例に232あたらしい眼科Vol.37,No.2,2020(118)表1わが国におけるエアバッグによる眼外傷の報告(医学中央雑誌中で検索)年齢性別座席シートベルト装用眼鏡装用事故相手自分速度(km/時)相手速度(km/時)角膜障害前房出血虹彩離断脈絡膜断裂網膜裂孔網膜?離黄斑円孔網膜振盪硝子体・眼底出血報告されている他の合併症文献番号62男助手席〇×静止物n.a.n.a.右〇左〇右×左〇右×左〇───右×左〇─右×左〇顔面のみ762男運転席〇×壁n.a.n.a.右〇左〇右×左〇─────右×左〇─顔面のみ78男助手席〇n.a.自動車n.a.n.a.─右〇左×─────右〇左×右〇左×顔面のみ819男運転席〇〇静止物1000───────n.a.右×左〇胸骨骨折,腰椎圧迫骨折,縦隔血腫918男運転席〇n.a.静止物300右〇左〇右×左〇─────右〇左×─顔面のみ1028男運転席×〇なし徐行-右〇左×右〇左×─右〇左×───n.a.右〇左×顔面のみ11n.d.:notdetermined,〇:あり,×:なし.表2エアバッグ展開によって網膜?離を呈した症例(PubMed中で検索)年齢性別座席シートベルト装用眼鏡装用事故相手自分速度(km/時)相手速度(km/時)角膜障害前房出血虹彩離断脈絡膜断裂網膜裂孔網膜?離黄斑円孔硝子体・眼底出血報告されている他の合併症文献番号63男運転席n.d.〇n.d.n.d.n.d.右〇左×─右〇左×n.d.右〇左×右〇左×n.d.右〇左×顔面のみ227女運転席〇×自動車30n.d.右×左〇─右×左〇右×左〇右×左〇n.d.n.d.右×左〇顔面のみ457女運転席〇×自動車500右〇左〇右〇左〇右×左〇─右〇左×n.d.n.d.─顔面のみ45男助手席×n.d.n.d.低速n.d.────n.d.右×左〇─右×左〇顔面のみ1240男運転席〇×静止物200────右〇左×右〇左×右〇左×右〇左×顔面のみ1375女助手席〇n.d.静止物n.d.0右〇左〇右〇左〇右?左〇n.d.n.d.右〇左〇n.d.右〇左〇顔面のみ1431女運転席〇n.d.n.d.n.d.n.d.───n.d.n.d.右×左〇n.d.右×左〇顔面のみ1539男運転席×n.d.n.d.70n.d.右×左〇右×左〇右×左〇n.d.n.d.右×左〇n.d.右×左〇左上腕骨骨折16n.d.:notdetermined,〇:あり×,:なし.おけるエアバッグによる網膜再?離の機序は不明であるが,下記のごとく考察する.顔面打撲による鈍的外傷により,左眼網膜下方の輪状締結部(シリコーンバンド設置部)より辺縁部の急激な変形に伴い残存硝子体に新たな牽引が発生し,その付着する網膜に小裂孔が多数形成されたかもしれない.加えて本症例では,Purtscher網膜症を示唆する網膜出血がみられたことより,SRSエアバッグによる胸部圧迫によって胸腔内圧が上昇したことが示唆され,そのため上大静脈圧が上昇し脈絡膜静脈静水圧の急激な上昇,脈絡膜間質の浮腫を伴い,漿液性網膜?離を引き起こした.網膜裂孔部へ漿液性網膜?離が拡大し,網膜が再?離した可能性が考えられる.SRSエアバッグ作動に伴う外傷は,網膜再?離のリスクになると同時に,胸部外傷を含む全身合併症を伴うこともあるため,眼科での治療においても注意が必要である.文献1)峯川明,横井秀,池田勝:エアバックの作動により受傷した眼窩吹き抜け骨折症例と受傷機序の検討.耳鼻咽喉科臨床(補冊126):25-29,20102)KenneyKS,FanciulloLM:Automobileairbags:friendorfoe?Acaseofairbag-associatedoculartraumaandarelatedliteraturereview.Optometry76:382-386,20053)AntosiaRE,PartridgeRA,VirkAS:Airbagsafety.AnnEmergMed25:794-798,19954)CarterPR,MakerVK:Changingparadigmsofseatbeltandairbaginjuries:whatwehavelearnedinthepast3decades.JAmCollSurg210:240-252,20105)MancheEE,GoldbergRA,MondinoBJ:Airbag-relatedocularinjuries.OphthalmicSurgLasers28:246-250,19976)DumovichJ,SinghP:Physiology,Trauma.In:StatPearls.TreasureIsland(FL):StatPearlsPublishingLLC.,Trea-sureIsland(FL),20197)野中文,永山幹,松尾俊ほか:エアバッグ眼外傷の2例.臨眼55:158-162,20018)松田憲,高村佳,久保江ほか:眼部エアバッグ外傷の1例.眼臨101:1010-1013,20079)笹元威,稲富誠,小出良:エアーバッグ外傷によりPurtscher網膜症をきたした1例.日本職業・災害医学会会誌52:250-253,200410)黒光正,本宮数,鳥飼治:エアバッグにて著明な角膜内皮細胞減少を生じた1例.眼紀50:677-681,199911)田村博,新矢誠,谷本誠ほか:エアーバック誤作動による外傷性毛様体解離の1例.眼臨94:1341-1343,200012)EliottD,HauchA,KimRWetal:Retinaldialysisanddetachmentinachildafterairbagdeployment.JAAPOS15:203-204,201113)HanDP:Retinaldetachmentcausedbyairbaginjury.ArchOphthalmol111:1317-1318,199314)SalamT,StavrakasP,WickhamLetal:Airbaginjuryandbilateralgloberupture.AmJEmergMed28:982.e985-986,201015)WhitacreMM,PilchardWA:Airbaginjuryproducingretinaldialysisanddetachment.ArchOphthalmol111:1320,199316)YangCS,ChouTF,LiuJH:Airbagassociatedposteriorsegmentoculartrauma.JChinMedAssoc67:425-431,200417)小原孝,広田篤,岡野智:調節障害を生じたエアバック眼外傷の1例.眼臨92:31-33,199818)KoikeT,KannoT,SekineJ:予期しないエアバッグ展開による鼻-眼窩-篩骨骨折の1症例(Acaseofnaso-orbital-ethmoidfracturefollowingunexpectedairbagdeploy-ment).JournalofOralandMaxillofacialSurgery,Medi-cine,andPathology27:522-524,201519)岩味史,佐藤英,山腰友ほか:エアバッグによって角膜内皮細胞減少を生じた1例.眼臨紀2:697-701,200920)MorgensternK,TalucciR,KaufmanMSetal:Bilateralpneumothoraxfollowingairbagdeployment.Chest114:624-626,1998◆**234あたらしい眼科Vol.37,No.2,2020(120)

低加入度数分節型眼内レンズ挿入眼における全距離視力

2020年2月29日 土曜日

《原著》あたらしい眼科37(2):226?229,2020c低加入度数分節型眼内レンズ挿入眼における全距離視力木下雄人*1織田公貴*1森洋斉*1子島良平*1南慶一郎*1宮田和典*1大鹿哲郎*2*1宮田眼科病院*2筑波大学医学医療系眼科All-DistanceVisualAcuityafterImplantationofaSegmentedIntraocularLenswith+1.5DAddPowerKatsuhitoKinoshita1),KimitakaOda1),YosaiMori1),RyoheiNejima1),KeiichiroMinami1),KazunoriMiyata1)andTetsuroOshika2)1)MiyataEyeHospital,2)DepartmentofOphthalmology,UniversityofTsukuba目的:+1.5D加入の分節型眼内レンズ(IOL)挿入眼における全距離視力を前向きに検討した.方法:対象は,加齢性白内障により両眼に+1.5D加入の分節型眼内レンズ(LS-313MF15,Oculentis)を挿入した10例20眼(平均年齢:67.6±7.5歳).挿入後1,3,12カ月時に,遠方矯正下における全距離視力を単眼,両眼で測定した.結果:自覚屈折等価球面度数は,術後1カ月で?0.21±0.27D,12カ月で?0.10±0.12Dであった.術後1カ月時の全距離視力は,単眼視では遠方から0.7mまで平均0.95以上と安定し,より近方において有意に低下した(p<0.042,Sche?eの対比較).両眼視も同様に,0.5mまで視力0.76?1.11と安定し,0.3mで低下した(p<0.026).術後12カ月時も同様であったが,0.5mでの単眼視力は術後1?3カ月間で低下する傾向がみられた(p=0.051).結論:全距離視力の結果から,低加入度数分節型IOLを用いることで,単眼で遠方から0.7m,両眼で遠方から0.5mまで良好な裸眼視力を得られることが示唆された.All-distancevisualacuity(VA)afterimplantationofsegmentedintraocularlens(IOL)with+1.5diopter(D)addpowerwasprospectivelyevaluated.SegmentedIOLs(LS-313MF15,Oculentis)wereimplantedin20age-relatedcataracteyesof10patients(meanage:67.6±7.5years),anddistance-correctedall-distanceVAsweremeasuredat1-,3-,and12-monthspostoperativelyusingtheall-distancevisiontesterundermonocularandbinoc-ularvision.Themeanmanifestrefractionsphericalequivalentat1-and12-monthspostoperativelywas?0.21±0.27Dand?0.10±0.12D,respectively.At1-monthpostoperatively,themeanmonocularall-distanceVAwas0.95orbetterfromfarto0.7meters(m),anddecreasedatnearerdistances(p<0.042).Binocularly,thestableVA(0.76-1.11)wasobtaineduntil0.5m,andtheVAat0.3mwaslowerthanatotherdistances(p<0.026).Therewasnodi?erenceat12monthspostoperatively.InthemonocularVAsat0.5m,therewasaslightdecreasefrom1-to3-months(p=0.051).Theall-distanceVAresultsdemonstratedthattheuseofthelowaddpowersegmentedIOLallowedforpreferableuncorrectedVAsuntil0.7mand0.5mundermonocularandbinocularvision,respectively.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)37(2):226?229,2020〕Keywords:低加入度数分節型眼内レンズ,全距離視力,両眼視.low-add-powersegmentedintraocularlens,all-distancevisualacuity,binocularvision.はじめに白内障手術時に挿入される眼内レンズ(intraocularlens:IOL)として,乱視を矯正するトーリックIOL,遠方視力に加えて近方視力も提供可能な多焦点IOL,そして,焦点深度を拡張することで視距離が広くなった焦点深度拡張型(extend-eddepthoffocus:EDOF)IOLが臨床使用可能となり,術後に眼鏡が不要,あるいは,使用頻度が低くても支障ない術後生活を提供することが可能となっている1?3).しかしながら,近方視力への加入度数が大きいほど,多焦点IOL挿入後のコントラスト感度の低下,グレア,ハローなどの光障害〔別刷請求先〕宮田和典:〒885-0051宮崎県都城市蔵原町6-3宮田眼科病院Reprintrequests:KazunoriMiyata,MD,PhD,MiyataEyeHospital,6-3Kurahara-cho,Miyakonojo,Miyazaki885-0051,JAPAN226(112)0910-1810/20/\100/頁/JCOPYが重度となる.そのため,近年,それらの合併症が軽減される低加入度数の多焦点IOL1,3)やEDOFIOL4)が注目されている.レンティスコンフォートLS-313MF15(Oculentis)は,わが国で承認された低加入度数分節型IOLである.親水性アクリル製,支持部はplate形状で,6mm径の光学部はIOL度数の屈折力となる部分と,扇状の+1.5D加入された下方部分とに分節されている(図1).低加入度数の領域が含まれているため,単焦点IOLより広い明視域,最小限のコントラスト感度の低下,光障害の低減が期待できる.Vou-notrypidisらの評価では,遠方,中間距離(80cm)で良好な視力が得られ,光障害の自覚は少なく(9.1%),さらに,両眼defocuscurveでは,0.20logMAR以上の視力が±1.0Dの範囲で得られている5).しかし,遠方から近方30cmまでの全距離視力と,生活視力に匹敵する両眼全距離視力は評価されていない.そこで本レンズ挿入眼における単眼視,両眼視での全距離視力を前向きに評価した.I対象および方法本レンズの多施設臨床試験(65例120眼,経過観察52週間)が2016年9月より行われた6).宮田眼科病院はその一施設として,当院の施設内審査委員会(InstitutionalReviewBoard:IRB)承認後,文書によるインフォームド・コンセントを取得し,ヘルシンキ宣言に則り実施した.対象は,超音波有水晶体乳化吸引術による白内障摘出後,水晶体?内にIOLを挿入固定でき,術後矯正視力0.7以上が期待できる10例20眼とした.IOL度数は,両眼とも正視となるように決定した.進行性の糖尿病,コントロール不良の緑内障,活動性のぶどう膜炎,虹彩血管新生,斜視など両眼視機能が異常な症例は除外した.当院における多焦点およびEDOFIOL挿入後の検査に準じて,本IOL挿入後1,3,12カ月時に,遠方(5m)での裸眼視力,矯正視力,自覚屈折等価球面度数を単眼で測定した.また,遠方矯正下で,全距離視力計(AS-15,興和)を用いて,0.3m,0.5m,0.7m,1m,2m,3m,5mでの視力を,単眼,両眼で測定した.全距離視力の経時変化はSche?eの対比較を用いて評価した.p<0.05を統計的に有意差ありとした.II結果対象の年齢は55?82歳(平均:67.6±7.5歳)で,平均眼軸長は23.5±0.8mmであった.単眼視力は全例で測定した.遠方(5m)での裸眼視力,矯正視力,自覚屈折等価球面度数を表1に示す.裸眼視力は経時的な変化はなかった(p=0.11,Freedmantest)が,術後3カ月の自覚屈折等価球面度数は1カ月に比べて有意に大きかった(p=0.001,Holm多重比較).また,左右眼の自覚屈折等価球面度数差は,術後1カ月時は0.01±0.34D,術後12カ月時は0.00±0.23Dであった.単眼視の遠方矯正下における全距離視力を図2に示す.術後1カ月時は,遠方から0.7mまで平均?0.02logMAR(小数:1.04)以上と安定し,それより近方では他の距離より有意に低下した(p<0.042,Sche?eの対比較).術後3カ月時は,遠方から0.7mまで平均0.01logMAR(小数視力:0.98)以上,それより近方では有意に低下した(p<0.0059).術後12カ月時も同様に,遠方から0.7mまで平均0.02logMAR(小数視力:0.95)以上,0.5mと0.3mで低下した(p<0.0037).また,0.5m視力は,術後1カ月と術後3カ月の間で低下傾向がみられた(p=0.052).図3に,挿入後1,3,12カ月時の遠方矯正下における両眼視時の全距離視力を示す.各観測時に測定できたのは,それぞれ8,10,7例であった.術後1カ月時は,遠方から0.5mまで平均?0.03logMAR(小数視力:1.07)以上が得られ,0.3mのみで他の距離より有意に低下した(p<0.0026).術IOL度数1.5D加入図1レンティスコンフォートLS?313MF15光学部はIOL度数の屈折力となる部分と,扇状の+1.5D加入された下方部分とに分節されている.表1挿入後1,3,12カ月時の裸眼視力,矯正視力,自覚屈折等価球面度数裸眼視力,logMAR(平均小数)矯正視力,logMAR(平均小数)自覚屈折等価球面度数1カ月?0.03±0.16(1.08)?0.13±0.08(1.36)?0.21±0.27D3カ月?0.04±0.15(1.09)?0.12±0.09(1.31)0.01±0.27D12カ月?0.07±0.17(1.16)?0.13±0.08(1.36)?0.10±0.12D-0.200.000.200.400.600.801.000.00.51.02.0距離(m)3.05.0-0.200.000.200.400.600.801.000.00.51.02.0距離(m)3.05.0図2術後1,3,12カ月(1M,3M,12M)時における単眼視時の遠方矯正下全距離視力0.3mと0.5mの視力はそれより遠方での視力より有意に低下した(*,p<0.001,Sche?eの対比較).図3術後1,3,12カ月(1M,3M,12M)時における両眼視時の遠方矯正下全距離視力0.3mの視力はそれより遠方での視力より有意に低下した(*,p<0.001,Sche?eの対比較).後3カ月時も,遠方から0.5mまで平均?0.05logMAR(小数視力:0.89)以上が得られ,0.3mのみで他の距離より有意に低下した(p<0.0058).術後12カ月も同様であった(p<0.005).III考按単眼視の全距離視力の結果から,本IOLの挿入により遠方から0.7mまで良好な視力を得ることが可能であることが示唆された.本IOLの近方加入度数+1.5Dは,眼鏡面では約1.0mの近方焦点に相当する.また,本IOL挿入6カ月後に行われた単眼視下の焦点深度の評価では,視力0.8以上が67cmの視距離まで得られることが示されている6).これらの知見は,本検討の結果と一致する.両眼視になると,両眼加算の効果により全距離視力は向上し,0.5mまで良好な視力を得ることが可能であった.本IOL挿入眼の両眼視の焦点深度の評価では,?0.8D加入まで0.2logMAR(小数視力:0.63)が得られると報告されており5),今回の結果と類似していた.遠方矯正下の単焦点IOL挿入眼では,近方では視力が低下する.非球面IOLのZ9000(Johnson&JohnsonSurgicalVision)を挿入した21眼の全距離視力の検討では,遠方視力は視距離1.0mまで維持されているが,0.7m以下の距離では有意に視力低下する7).一方,本IOLでは0.7mまで良好な視力が得られており,+1.5Dの近方加入度数により明視域が広くなったと考えられた.わが国で使用できるEDOFIOLとしてSymfonyZXR00V(Johnson&JohnsonSurgicalVision)があげられる.回折型の光学径により遠方と近方加入度数+1.75Dを有し,近方加入度数は0.69m近方焦点に相当する.遠方矯正下の単眼視力では,遠方から0.5mまで0.9以上の視力が得られている3).また,焦点深度においても約3.0Dの範囲で視力1.0以上が可能となっている.さらに,低加入度数(+2.5D)の多焦点IOLであるSV25T0(Alcon)の臨床試験の結果では,術後1年時の遠方矯正下の5m,1m,0.5m,0.4mでの平均両眼視力は,それぞれ?0.17,0.01,0.08,0.19logMAR(小数視力:1.48,0.98,0.83,0.65)であった8).焦点深度は,正視付近約1.5Dの範囲で視力1.0以上が得られ,?2.0Dにもう一つのピークを有している.これらのIOLと比較すると,本IOLは,加入度数が+1.5Dと一番小さいことを反映し,視距離は単焦点IOLより広いが,EDOFIOLや低加入度数多焦点IOLよりも狭かった.本IOLが使用できるようになったことで,術後の明視域においても選択肢が増え,患者の要望に合わせた老視矯正が提供するものと考えられた.限られた症例数であるが,0.5mにおいて,経時的な単眼視視力の低下傾向がみられ,この傾向は症例数が多くなると顕著になると危惧される.遠方では視力低下がみられないこと,自覚屈折値は安定していることからIOLの偏位による影響は考えにくい.多焦点IOLでは,軽度な後発白内障(posteriorcapsuleopaci?cation:PCO)でも近方視力が低下することが知られている9).国内臨床試験では,術後1年間における後?混濁の発症率は9眼(7.5%)であった6).図1のように本IOLの支持部はplate形状であるためPCOの発生率はopenloopの支持部のIOLより高いと推察される.PCOの影響を調べるために,定量的な評価が望まれる.全距離視力の結果から,低加入度数分節型IOLを用いることで,単眼で遠方から0.7m,両眼で遠方から0.5mまで良好な裸眼視力を得られることが示唆された.得られる明視域は,単焦点IOLより広く,低加入度多焦点IOL,EDOFIOLより狭いことから,患者の希望する明視域に対して,より多くの選択肢が提供できると期待される.文献1)AlioJL,Plaza-PucheAB,Fernandez-BuenagaRetal:Multifocalintraocularlenses:Anoverview.SurvOphthal-mol62:611-634,20172)BreyerDRH,KaymakH,AxTetal:Multifocalintraocu-larlensesandextendeddepthoffocusintraocularlenses.AsiaPacJOphthalmol(Phila)6:339-349,20173)平沢学,太田友香,大木伸一ほか:エシェレット回折デザインを用いた焦点深度拡張型多焦点眼内レンズの術後視機能.あたらしい眼科36:291-294,20194)PedrottiE,BruniE,BonacciEetal:Comparativeanaly-sisoftheclinicaloutcomeswithamonofocalandanextend-edrangeofvisionintraocularlens.JRefractSurg32:436-442,20165)VounotrypidisE,DienerR,WertheimerCetal:Bifocalnondi?ractiveintraocularlensforenhanceddepthoffocusincorrectingpresbyopia:Clinicalevaluation.JCataractRefractSurg43:627-632,20176)OshikaT,AraiH,FujitaYetal:One-yearclinicalevalu-ationofrotationallyasymmetricmultifocalintraocularlenswith+1.5dioptersnearaddition.SciRep11:13117,20197)片岡康志,大谷伸一郎,加賀谷文絵ほか:回折型多焦点非球面眼内レンズ挿入眼の視機能に対する検討.眼科手術23:277-281,20108)ビッセン宮島先生,林研,平沢学ほか:着色非球面+2.5D近方加入多焦点眼内レンズSN6AD2(SV25T0)の臨床試験成績.日眼会誌119:511-520,20159)ElgoharyMA,BeckingsaleAB:E?ectofposteriorcapsu-laropaci?cationonvisualfunctioninpatientswithmono-focalandmultifocalintraocularlenses.Eye(Lond)22:613-619,2008◆**

ブリモニジン点眼液追加投与による眼圧下降効果の検討

2020年2月29日 土曜日

《原著》あたらしい眼科37(2):223?225,2020cブリモニジン点眼液追加投与による眼圧下降効果の検討神谷隆行*1川井基史*1,2中林征吾*1善岡尊文*1吉田晃敏*1*1旭川医科大学眼科学教室*2あさひかわ眼科クリニックTheE?cacyofBrimonidineOphthalmicSolutionasanAdjunctiveTherapyforGlaucomaTakayukiKamiya1),MotofumiKawai1,2),SeigoNakabayashi1),TakafumiYoshioka1)andAkitoshiYoshida1)1)DepartmentofOphthalmology,AsahikawaMedicalUniversity,2)Asahikawagankaclinicはじめに0.1%ブリモニジン酒石酸塩点眼液(以下,ブリモニジン点眼液)はa2刺激薬の緑内障点眼薬である.その作用機序はぶどう膜強膜流出路からの房水流出促進と房水産生の抑制である.緑内障の唯一の治療法は眼圧下降であり,ブリモニジン点眼液を追加処方することで治療の選択肢が増える.今回,筆者らは旭川医科大学眼科において,既存の緑内障点眼薬で治療中であり眼圧下降効果が不十分でブリモニジン点眼液を追加投与した症例について,眼圧下降効果を診療録より後ろ向きに検討した.I対象および方法2012年11月?2017年4月に旭川医科大学病院に通院中で0.1%ブリモニジン点眼液を追加処方された97例153眼を対象とした.それぞれの患者について,ブリモニジン点眼液追加投与開始直前の受診3回分の平均眼圧値と追加投与開始直後の受診3回分の平均眼圧値を後ろ向きに調査し,点眼スコア別に追加前と追加後の眼圧下降値,下降率を比較した.配合剤点眼薬は2剤として解析した.なお,本研究は旭川医科大学倫理委員会で承認された.また,解析方法として,ブリモニジン点眼液追加投与開始前後の眼圧値の比較にはpairedt-testを用い,眼圧下降値の比較にはKruskal-〔別刷請求先〕神谷隆行:〒078-8510北海道旭川市緑が丘東2条1丁目1-1旭川医科大学眼科学教室Reprintrequests:TakayukiKamiya,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology,AsahikawaMedicalUniversity,1-1Midorigaokahigashi2jo,Asahikawa,Hokkaido078-8510,JAPANWallistestを用い,いずれもp<0.05を有意水準とした.II結果表1に患者背景を示した.対象は97例153眼(男性59例,女性38例),年齢は72.1±12.1歳(平均値±標準偏差)であった.表2にブリモニジン点眼液追加投与開始前の点眼スコア別処方パターンを示した.内訳は1剤(ブリモニジン点眼液が2剤目として投与されたもの)が17眼(11.1%),2剤(ブリモニジン点眼液が3剤目として投与されたもの)が37眼(24.2%),3剤(ブリモニジン点眼液が4剤目として投与されたもの)が77眼(50.3%),4剤(ブリモニジン点眼液が5剤目として投与されたもの)が22眼(14.4%),追加前平均点眼スコアは2.7±0.86剤であった.病型は原発開放隅角緑内障(primaryopen-angleglaucoma:POAG)27眼,正常眼圧緑内障119眼,落屑緑内障11眼であった.患者全体として追加投与前眼圧は14.3±3.7mmHg,追加投与後眼圧は13.0±2.8mmHg,点眼スコア別では1剤が追加前15.7±3.3mmHg,追加後13.5±2.5mmHg,2剤が追加前13.3±3.3mmHg,追加後12.3±2.9mmHg,3剤が追加前14.0±2.9mmHg,追加後12.8±2.6mmHg,4剤が追加前16.0±6.0mmHg,追加後14.0±3.2mmHgであった.いずれも有意な眼圧下降を認めたが,スコア間では眼圧下降値に有意な差を認めなかった(p=0.12,Kruskal-Wallistset)(表3)また,図1にブリモニジン点眼液追加前眼圧と眼圧下降値の関係を示した.追加前眼圧と眼圧下降値は正の相関を認めた(p<0.001,r=0.6836,Pearson’scorrelationcoe?-cienttest).10%以上の眼圧下降を認めた症例は65眼(42.5表1患者背景症例数(男:女)97例153眼(59:38)年齢72.1±12.1歳追加前の点眼スコア2.7±0.86剤追加前眼圧14.3±3.7mmHg平均±標準偏差.%),20%以上の眼圧下降を認めた症例は27眼(17.6%),30%以上の眼圧下降を認めた症例は6眼(3.9%)であった.さらに,ブリモニジン点眼液追加前眼圧が15mmHg以下の症例(98眼)では79眼(80.6%)で眼圧下降効果を示した.III考按開放隅角緑内障では,眼圧下降が唯一の治療であり,緑内障点眼により治療を開始することが多いが,眼圧下降が不十分な場合や視野障害が進行する場合,点眼の追加や手術を検討する.今回,緑内障患者に対しブリモニジン点眼液を追加投与することで,有意な眼圧下降が得られることが示された.本研究での平均眼圧下降幅は1.4±2.4mmHg,平均眼圧下降率は7.9±13.3%であった.この値は既報と比較し同程度であり,当科においてもブリモニジン点眼液の追加投与による眼圧下降効果が確認できた.1mmHgの眼圧下降により視野障害進行のリスクが約10%減少することも知られており,ブリモニジン点眼液の追加処方により治療の選択肢が増えると考えられる.また,併用薬剤数の影響を検討するた表2追加前の点眼スコア別処方パターン点眼スコアパターン症例数1剤PG10b4CAI32剤PG+b12PG+CAI11b+CAI11PG+a12CAI+a113剤PG+b+CAI774剤PG+b+CAI+ROCK8PG+b+CAI+a114PG:プロスタグランジン関連薬,b:b遮断薬,CAI:炭酸脱水素酵素阻害薬,a1:a1遮断薬(ブナゾシン),ROCK:ROCK阻害薬(リパスジル).表3眼圧下降全体追加前の点眼スコア1剤2剤3剤4剤N15317377722追加前(mmHg)14.3±3.715.7±3.313.3±3.314.0±2.916.0±6.0追加後(mmHg)13.0±2.813.5±2.512.3±2.912.8±2.614.0±3.2差(mmHg)?1.4±2.4?2.2±1.7?0.9±1.3?1.2±2.1?2.0±4.3変化率(%)?7.9±13.3?12.9±10.0?6.4±9.9?7.7±12.8?7.7±20.3p値<0.001<0.001<0.001<0.0010.045変化率:各変化率の相加平均.め,ブリモニジン点眼液の追加投与前の点眼スコア別に調査してみたところ,今回2?4剤の併用薬剤があり,いずれの点眼スコアでも眼圧下降を示し,点眼スコアによる有意な差はなかった.これまでの多剤併用療法に対するブリモニジン点眼液追加投与による眼圧下降率は2剤目としての追加投与では11.8?18.2%1,3,4),3剤以上の多剤併用症例への追加投与では6.9?14.3%5,6)との報告がされているが,当科におけるブリモニジン点眼液追加投与による眼圧下降効果は既報と比較し,同程度と考えられる.緑内障点眼薬ではベースライン眼圧が高いほど,眼圧下降効果が高い傾向にあるが,今回の研究においてもブリモニジン点眼液追加前眼圧と眼圧下降値に有意な正の相関を認め,追加前眼圧が高いほど眼圧下降値も大きいことが示された.追加前眼圧が15mmHg以下という低い症例に限った場合にも80.6%の症例が眼圧下降を示しており,15mmHg以下の比較的眼圧が低い多剤併用中の症例においてもブリモニジン点眼液は有効であると考えられる.20100-10Y=0.4152x?4.618r=0.6836p<0.001眼圧下降N追加前眼圧10%以上下降65眼(42.5%)16.0±4.420%以上下降27眼(17.6%)17.2±5.130%以上下降6眼(3.9%)21.1±7.9図1追加前眼圧と眼圧下降幅の相関IV結論ブリモニジン点眼液は多剤併用例に対しても併用薬の数にかかわらず眼圧下降効果があり,追加前眼圧が15mmHg以下という低い症例においても有効であった.文献1)新家眞,山崎芳夫,杉山和久ほか:ブリモニジン点眼液の原発開放隅角緑内障または高眼圧症を対象とした長期投与試験.あたらしい眼科29:679-686,20122)LiuCJ,KoYC,ChengCYetal:E?ectoflatanoprost0.005%andbrimonidinetartrate0.2%onpulsatileocularblood?owinnormaltensionglaucoma.BrJOphthalmol86:1236-1239,20023)山本智恵子,井上賢治,富田剛司:ブリモニジン酒石酸塩点眼液のプロスタグランジン関連点眼液への追加効果.あたらしい眼科31:899-902,20144)林泰博,林福子:プロスタグランジン関連薬へのブリモニジン点眼液追加後1年間における有効性と安全性.あたらしい眼科69:499-503,20155)中島侑至,井上賢治,富田剛司:ブリモニジン酒石酸塩点眼液の追加投与による眼圧下降効果と安全性.臨眼68:967-971,20146)森山侑子,田辺晶代,中山奈緒美ほか:多剤併用中の原発開放隅角緑内障に対するブリモニジン酒石酸塩点眼液追加投与の短期成績.臨眼68:1749-1753,2014◆**

2012年から2年間の久留米大学眼科における感染性角膜炎の報告

2020年2月29日 土曜日

《原著》あたらしい眼科37(2):220?222,2020c2012年から2年間の久留米大学眼科における感染性角膜炎の報告阿久根穂高佛坂扶美門田遊山下理佳山川良治吉田茂生久留米大学医学部眼科学講座InfectiousKeratitisPatientsSeenatKurumeUniversityHospitalBetween2012and2013HodakaAkune,FumiHotokezaka,YuMonden,RikaYamashita,RyojiYamakawaandShigeoYoshidaDepartmentofOpthalmology,KurumeUniversitySchoolofMedicineはじめに近年,優れた抗菌薬や抗真菌薬が使用されているにもかかわらず,いまだ感染性角膜炎の治療に難渋する例は多々認められる.起炎菌の動向が患者背景や年代といった要素によって異なることが原因の一つであり,これらの動向について調査することは治療において有用であると考える.2006年に報告された感染性角膜炎全国サーベイランス1()以下,サーベイランス)では,2003年における全国24施設の感染性角膜炎における起炎菌,分離菌,患者背景などについて報告している.久留米大学眼科(以下,当科)においても2000?2006年の6年間の感染性角膜炎について2010年に杉田らが報告を行った2()以下,前回の報告).サーベイランスで定義された起炎菌分類を用いて集計したところ,サーベイランスはグラム陽性球菌(以下,G(+)球菌)が42%,グラム陰性桿菌(以下,G(?)桿菌)が30%,その他14%,真菌・アメーバ14%であったのに対し,前回の報告ではその他32〔別刷請求先〕阿久根穂高:〒830-0011福岡県久留米市旭町67久留米大学医学部眼科学講座Reprintrequests:HodakaAkune,M.D.,DepartmentofOpthalmology,KurumeUniversitySchoolofMedicine,67thareaAsahimachi,Kurume-shi,Fukuoka830-0011,JAPAN220(106)0910-1810/20/\100/頁/JCOPY%,真菌・アメーバ31%,G(?)桿菌19%,G(+)球菌18%であり,前回の報告ではサーベイランスと比べ真菌の割合が高く,G(+)球菌の割合が低い結果であった.今回,2012年から2年間の当科における入院加療を要した感染性角膜炎についてレトロスペクティブに調査したので報告する.I対象および方法対象は2012年1月?2013年12月の2年間に当科で入院加療を要した感染性角膜炎の患者,97例101眼.男性47例49眼,女性50例52眼で,平均年齢は59.8±23.7歳(2?92歳)であった.今回,ウイルス性角膜炎は除外した.病巣部から直接顕微鏡検査(以下,検鏡)と培養検査(以下,培養)を行い,サーベイランスに準じ,起炎菌をG(+)球菌,G(?)桿菌,真菌・アメーバ,その他の4種類のカテゴリーに分類した.培養で検出された菌(以下,分離菌)と検鏡のみ陽性であった菌は起炎菌と定義し,その際に分離菌と検鏡が不一致の場合は分離菌を優先した.また,培養において複数の菌が分離された場合(以下,複数菌),複数菌が同一カテゴリーの場合はそのまま起炎菌とし(たとえば複数の菌がII結果検鏡は97例全例に施行しており,菌検出は48例で認められ検出率は50%であった.培養も97例全例に施行しており,菌検出は35例で認められ検出率は36%であった.表1に示すように,分離菌では細菌が35例中29例(83%)を占め,G(+)球菌が15例ともっとも多く,そのなかでもっとも多く検出された菌はStaphylococcusspp.9例,ついでStreptcoccusspp.6例,Corynebacteriumspp.6例の順に多く認めた.真菌は5例(14%)で糸状菌2例,酵母菌2例,不明真菌1例であった(表2).アカントアメーバは1例(3%)であった.検鏡および培養の結果から,97例中60例(62%)で起炎菌が分類された.その内訳はG(+)球菌が22例,G(?)桿菌が7例,真菌・アメーバが6例,その他が25例であった(図1).その他の内訳は,複数菌が14例,G(+)桿菌が10例,G(?)球菌が1例であった.年齢は,70代が23例(24%)ともっとも多く,年齢分布は一峰性であった(図2).真菌・アメーバは60代以上で認め,50代以下での検出はなかった.表2分類菌の内訳(真菌)すべてG(+)球菌ならばG(+)球菌と分類),違うカテゴリーの場合はその他とした.サーベイランスに従いグラム陰性球菌(以下G(?)球菌),グラム陽性桿菌(以下G(+)桿菌),嫌気性菌はその他に分類を行った.患者背景,前医の治療の有無についても検討した.・真菌:5/34例(15%)糸状菌:2例酵母菌:2例Aspergillussp.1例Candidaalbicans1例Fusariumoxysorum1例Candidaparapsilosislt1例不明真菌1例表1分離菌の内訳(細菌)全検出例:34/97例(35%)・細菌:29/34例(85%)グラム陽性球菌:15例グラム陰性球菌:3例Staphylococcusspp.9例Moraxellacatarrhalis3例Streptococcusspp.6例グラム陽性桿菌:9例グラム陰性桿菌:2例Corynebacteriumspp.6例Klebsiellapneumonia1例Propionibacteriumacnes3例Enterobactercloacae1例例)25201510500~9代10代20代30代40代50代60代70代80代90代CL装用(18例)外傷(16例)糖尿病(13例)アレルギー疾患(6例)図1起炎菌の内訳05101520■G(+)球菌■G(-)桿菌■真菌■その他■検出なし図2年齢別起炎菌■G(+)球菌■G(-)桿菌■真菌■その他■未検出(例図3患者背景別起炎菌(107)あたらしい眼科Vol.37,No.2,2020221患者背景では,コンタクトレンズ(contactlens:CL)装用がもっとも多く18例で,外傷が16例,糖尿病が13例,アレルギー疾患が6例の順で多く認めた(図3).CLの種類は,使い捨てソフトCL7例,頻回交換ソフトCL6例,定期交換型ソフトCL2例,従来型ソフトCL2例,ハードCL1例であった.このうちカラーCLは6例で,4例が20代であった.CL装用での起炎菌はその他5例,G(+)球菌3例,G(?)桿菌1例,アメーバ1例の順に認められた.前医の治療の有無について調査したところ,前医の治療があったのは97例中87例(90%)で,前医の治療がなかったのは10例のみであった.前医の治療があった例で起炎菌が検出されたのは52例で検出率は60%であり,前医の治療がなかった例では7例と70%で菌が検出されていたが,検出率に有意差はなかった(Fisher直接確率計算法).III考察検鏡の検出率は,今回の報告では50%であり,サーベイランスは記載なし,前回の報告では58%とやや低い結果であった.また,分離菌の検出率も今回の報告では36%であり,サーベイランスでは43%,前回の報告では41%と他の報告と比べてやや低い結果であった.竹澤らは,5年間の感染性角膜潰瘍をまとめ,前医による治療があった症例は67眼中45眼(67.2%)で培養陽性率は37.8%,前医による治療がなかった症例では培養陽性率は77.3%と高率であり有意差を認めている3).今回の報告では起炎菌の検出率は前医による治療があった例となかった例で有意差はなかったが,前医による治療があった例がサーベライランスでは39%,前回の報告では80%,今回の報告では90%と高率であったことから,前医での抗菌薬の使用により検鏡および培養の検出率が低くなった可能性もあると考えられた.分離菌は,今回の報告においてG(+)球菌がもっとも多く,そのなかでもStaphylococcusspp.が最多であったが,この傾向はサーベイランス,前回の報告と同様であった.年齢分布について,今回の報告では70代がもっとも多い一峰性であったが,サーベイランスおよび前回の報告では若年層と高齢層にピークを認める二峰性であり,若年層では20代にピークを認めている.20代のピークはCL装用者が多く分布することによると考えられているが,今回の報告においてCL装用者は10代が4例,20代が5例,30代6例と幅広い年代に分散していたため20代にピークがなかったと考えられた.患者背景については,今回CL装用がもっとも多く,ついで外傷の順であったことは,サーベイランスと同様であった.前回の報告は外傷がもっとも多くついで糖尿病であったため,患者背景は今回変化していた.また,前回の報告ではカラーCLの症例はなかったが今回の報告では18例中6例でカラーCLが認められており,CL装用が増えた要因の一つと考えられた.起炎菌は今回,その他がもっとも多く,前回の報告と同様であり,サーベイランスではG(+)球菌がもっとも多かった.前回の報告ではその他20例中13例が複数菌の検出であり,今回の報告でも24例中複数菌は14例と多かった.前回の報告では,起炎菌は,その他のつぎに真菌・アメーバが19例(アメーバは0例)と多かったが,今回,真菌・アメーバは6例(アメーバは1例)と大幅に減少していた.その代わりにG(+)球菌が22例と前回の報告11例に比べ大幅に増加していた.また,前回の報告と今回の報告を合わせても,アカントアメーバは1例であった.両報告の対象の間である2007?2009年の間に当科ではアカントアメーバ角膜炎9例11眼が加療しており4),この期間に偏っていた.このことは,全国調査でも同様の傾向であった5).今回,真菌が減少し,G(+)球菌が増加していたが,当院は農村が近く,前回の患者背景では草刈りを代表とする外傷が多かった.そのため真菌を多く認めたが,今回外傷が少なかったため真菌が減少していたと考えられた.アジア地域の感染性角膜炎の報告6)では細菌性が38.0%,真菌性が32.7%と真菌の割合が高く,患者背景は外傷が34.7%ともっとも多く,ついでCLは10.7%であった.このことからも外傷が多いと真菌の割合が高くなると考えられる.また,前回の報告の背景で,外傷眼で糖尿病もあった症例が10例あり,そのうち7例から真菌が検出されていた.一方,今回の報告では外傷眼で糖尿病もあった症例は1例のみであった.このことも真菌が少ない要因の一つと考えた.今回の報告で当科の感染性角膜炎は,過去の前回の報告と比べ起炎菌の内容が変化しサーベイランスに近づいていた.今回患者背景が変化したことにより,起炎菌も変化しわが国における動向に類似したと考えられた.文献1)感染性角膜炎全国サーベイランス・スタディグループ:感染性角膜炎全国サーベイランス─分離菌・患者背景・治療の現状─.日眼会誌110:961-971,20062)杉田稔,門田遊,岩田健作ほか:感染性角膜炎の患者背景と起炎菌.臨眼64:225-229,20103)竹澤美貴子,小幡博人,中野佳希ほか:自治医科大学における過去5年間の感染角膜潰瘍の検討.眼紀56:494-497,20054)宮崎幸子,熊谷直樹,門田遊ほか:当院でのアカントアメーバ角膜炎の検討,眼臨紀5:633-638,20125)鳥山浩二,鈴木崇,大橋裕一:アカントアメーバ角膜炎発症者数全国調査.日眼会誌118:28-32,20146)KhorWB,PrajnaVN,GargPetal:AsiaCorneaSocietyInfectiousKeratitisStudy:AprospectivemulticenterstudyofinfectiouskeratitisinAsia.AmJOphthalmol195:167-170,2018222あたらしい眼科Vol.37,No.2,2020(108)