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最新の網膜硝子体手術機器

2020年7月31日 金曜日

最新の網膜硝子体手術機器LatestDevicesUsedforRetinalVitrectomy中野裕貴*鈴間潔*はじめに網膜硝子体手術は,毛様体扁平部に3カ所強膜創を作製し,灌流装置と照明・操作器具を硝子体内に挿入して行う手術である.その進歩の多くは,手術機器の改善によって支えられている.硝子体手術が普及した1980年代と2010年代とを比べると,創口の縮小,結膜切開からの脱却,トロカールシステムの採用,広角観察系の採用がおもな進歩したところである.最近はさらなる少侵襲化が進み,2000年後半に普及した25ゲージ(0.5mm)から,27ゲージ(0.4mm)に移行しつつある.スモールゲージによってシャフト径が細くなり,剛性や硝子体切除速度,照明の性能は低下するが,それでもある程度の手術に耐えうるクオリティを維持できるのは,やはり器械の技術の進歩である.27ゲージシステムを中心に,キーワードであるtwodimentionalcutting(TDC)カッター,照明システム,広角観察系などを交えながら,最新の硝子体手術機器でできる硝子体手術の世界を紹介する.なお,筆者は27ゲージは普段ConstellationHyper-vit(dualblade)を使用し,EVAとStellarisPCも使用経験があるということを書きそえておく.I硝子体手術装置と27ゲージシステム現在日本で入手可能な経毛様体扁平部用の硝子体手術装置は,Constellation(Alcon),EVA(DORC),Stel-larisPC(Bausch&Lomb),FortasAP(ニデック)がある.普及率はConstellationがトップで,高効率カッターであるTDCカッター(次項で説明する)が早くから存在したEVAが2番手である.27ゲージは4機種ともに純正品で対応しているが,StellarisPCはまだ日本の薬事承認が通っておらず,執筆時点ではDORCのシステムを使用する.Constellationはインフュージョン・トロッカーシステムのほかに,照明とカッターを含むオールインパックの形で提供されている.バネ駆動でないのでカッターの振動が少ないことが優秀だが,標準かつ唯一のストレートファイバーでは,周辺術野の視認性に不満が残る.EVAは照明が優秀で,ワイドアングルはシールドタイプで眩しくなく,広角観察系との相性が良い.Constellationを導入されている術者で標準のストレートファイバーに不満のある場合は,照明を外づけで他社のシステムを組み合わせることが良いだろう.DORCとSynergeticsがある.表1に各社の27ゲージの対応状況を記載する.27ゲージの硝子体手術システム自体は2014年頃より発売されているが,硝子体切除に時間がかかる,剛性が低い,照明が暗く狭いという弱点があり,普及の速度は緩やかであった.このあたりの経緯は20ゲージから25ゲージへの変遷の際にも見受けられたことと同様である.トップシェアのConstellationでは,いままで実用的な速度で27ゲージの手術を行うにはDORCのUltra-SppedTransformerを介したTDCカッターを用いる必要があったが,2020年より純正でTDCカッターに対応したことで敷居は下がり,これから27ゲージの普及*YukiNakano&*KiyoshiSuzuma:香川大学医学部眼科学講座〔別刷請求先〕中野裕貴:〒761-0793香川県木田郡三木町池戸1750-1香川大学医学部眼科学講座0910-1810/20/\100/頁/JCOPY(45)819表1各社の27ゲージ・硝子体手術装置の特徴27G対応カッター照明その他Constellation(Alcon)◎純正対応◎TDC対応◎完全空気駆動で振動が少ない純正の広角照明とシャンデリアがない◎超音波装置はトーショナル対応DORCのUSTを併用してTDCカッターを利用する方法もあったEVA(DORC)◎純正対応◎TDC対応◎LED光源,明るい◎シャンデリアと広角照明ありStellarisPC(Bausch&Lomb)現状は他社製(DORC)で対応他社製でTDC対応(MiDLABS製)他社製で対応2020年中に純正品の国内承認取得予定FortasAP(ニデック)◎純正対応◎TDC対応他社製で対応硝子体灌流は加圧でないペリスタルティックポンプ(非ベンチュリー)◎:長所abCut1Cut1Cut2No2ndcut25GTDC25GstandardTDCカッター従来カッター27GTDC27Gstandard図1TDCカッターと従来カッターの比較a:TDCカッターと従来カッターの構造の違い.TDCカッターは常に開口し,1往復でC2回切断する.Cb:EVAにおける最大吸引圧に設定したときのC25GとC27GのCTDCと従来カッターそれぞれにおける回転数と吸引流量の比較.TDCカッターは回転数が増えても吸引流量の低下が起きていない(bは筆者が文献C2をもとに作成).⑤図2ライトガイドの先端の形の例①ストレート型,②ワイド型,③シールド型(金属筒斜め型),④シールド型(ファイバー斜め型),⑤シャンデリア型.①.④はCKatalyst社,⑤はCSynergetics社のカタログより抜粋.表2代表的なメーカーの27ゲージ対応の照明メーカー①ストレート型②ワイド型③シールド型(金属斜め型)④シールド型(ファイバー斜め型)⑤シャンデリア型備考CAlcon〇CDORC〇〇〇〇(ガイダンスニードル経由で経結膜で直差し)CSynergetics〇6C5°〇9C0°〇(トロッカー経由,2C9ゲージもある)CKatalyst〇〇〇〇日本導入未定C表3非接触広角観察系における角膜保護の方法角膜保護の方法長所短所BSSもしくは生理食塩水の塗布角膜乱視が少ない,簡単すぐ乾燥するOVDの塗布・関節注射用(アルツなど)安い,平滑に乗せるのが容易適応外使用,請求不可,1C0分くらいで乾くOVDの塗布・凝集型(オペガンハイなど)白内障同時手術だと余りがある請求不可,平滑に乗せるのがむずかしいOVDの塗布・分散型(ビスコートなど)白内障同時手術だと余りがある請求不可,平滑に乗せるのがやや,むずかしい(あとでCBSSをふりかけると平滑になる)硝子体手術用直像接触レンズ(HHV)解像度が高い,再滅菌可能なものがあるレンズ台が必要(スカート・VSLバンド・縫着)硝子体手術用ハードコンタクトレンズ(HHV-Zd)専用開発,滅菌済み,単回使用でもっとも解像度が高い単回使用で値段が高い通常の酸素透過性ハードコンタクトレンズ解像度が高いEOG滅菌,直径が小さい通常のソフトコンタクトレンズ滅菌してある,安い見えにくいので使用に適さない角膜保護の方法とそれぞれの長所と短所を,私見と参考文献3)をもとにまとめた.表427ゲージの不得意分野とその対処法27ゲージのデメリット具体的内容対策器具の剛性が低い眼を傾けるのがむずかしい麻酔を深くする眼を傾けなくてすむ方法(強膜圧迫,CIOL後挿入による視野確保)の導入25ゲージのみ対応するデバイスの存在VFC(CConstellation)が未対応縫合するのでC27ゲージのメリットは少ない長眼軸眼の黄斑操作先端まで長いぶん剛性が弱い,手技自体がむずかしい25ゲージはセッシの種類が多いので27ゲージでむずかしいときは切りかえる,最初からC25ゲージで行う吸引口が小さい落下水晶体への対処時間をかければ処理は可能,CTDCカッターだと弾かないし早い図3Sti.DEXシャフトの根本にあるC19ゲージのスリーブが縮む構造になっている.

術中OCTの有用性

2020年7月31日 金曜日

術中OCTの有用性TheUsefulnessofIntraoperativeOCT井上真*はじめに光干渉断層計(opticalcoherencetomography:OCT)は光の干渉現象を用いて光学的な断層像を得られる装置であり,後眼部疾患だけではなく前眼部疾患においても眼科診療には必須となっている.術中OCTは手術顕微鏡に内蔵したOCT装置であり,手術顕微鏡を通した立体像にOCTでの断層像を投影できる(図1).鏡筒の代わりにビデオカメラを鏡体にのせて手術画像を3Dモニターで観察するheads-upsurgeryとの組み合わせでは,55インチの大きなモニターにOCT画像が投影されるため,より詳細なOCT画像が観察できる1~3).術中OCTが硝子体手術に有用である理由は,手術顕微鏡による観察が前方からの観察のみであることによる.広角観察システムでは広角に観察できる代わりに立体感は犠牲になっている.眼内照明は多少斜めに光を当てることで網膜血管の影などから網膜の厚みなどを観察できるが,日常眼科診療で用いている細隙灯顕微鏡のような光学的な切片で手術画像を観察することができない.その欠点を補うことができるのが術中OCTである.術中OCTの情報を組み合わせることで前方からの情報だけでなく立体的なイメージングができる.筆者の施設で使用しているZeiss社のOCT手術顕微鏡Rescan700について述べる.IRescan700の改良点術中OCTはバージョンアップされて,垂直方向のスキャン深度は2.9mmと5.8mmを選択できるようになab図1Resan700での術中OCT画像(CarlZeiss社HPから)a:手術顕微鏡の右眼のアイピースに術中OCT画像が投影される.b:Heads-upsurgeryでは術中OCT画像は55インチ3Dモニターに映し出される.*MakotoInoue:杏林アイセンター〔別刷請求先〕井上真:〒181-8655東京都三鷹市新川6-20-2杏林アイセンター0910-1810/20/\100/頁/JCOPY(39)813図2NGENUITYでの術中OCT画像黄斑円孔網膜.離の症例である.黄斑円孔周囲の断面を術中COCT画像で確認している.水平断では黄斑円孔()を捉えているが垂直断では黄斑円孔を捉えていない.術中OCTは動画での観察になるため,患者の呼吸などで観察したい断面を捉えにくいこともある.a:左は手術画像で,黄斑前膜の反射がみられる.OCTの水平,垂直断面の位置を示すガイドが表示されている.右の黄斑前膜.離前のCOCT画像では黄斑前膜()がみられる.Cb:左は内境界膜.離後の手術画像である.周囲のブリリアントブルーCGで染色された部分との境界が,.離された内境界膜の部分である.右のCOCT画像では黄斑前膜が.離されている().網膜内の.胞や網膜内の裂隙()がやや拡大しているが網膜外層は影響が少ない.1Cmmのスケールが表示されている.ab図4黄斑円孔網膜.離の症例a:手術画像ではブリリアントブルーCGで染色された内境界膜()を黄斑円孔に向けて翻転している.Cb:左の液-空気置換下の手術画像では黄斑円孔にガイドを合わせている.OCT断面では液-空気置換の液面の境界面()と翻転した内境界膜()が観察できる.図5眼内レンズ(IOL)落下の症例a:硝子体中に落下したCIOLを前房中に誘導して鑷子で把持し,半割して摘出した.Cb:IOLを挿入後,ループ()を眼外へ誘導して強膜内固定した.Cc:硝子体切除後に黄斑前膜などがないか,黄斑部を術中COCTで観察した.Resight128Dの広角眼底観察でC6Cmmの幅でCOCTを設定している.Cd:ループを固定位置に合わせて術中COCTを前眼部モードで起動してCIOLの高さに合わせる.強膜内固定されたCIOLの前面()は瞳孔縁を結ぶ線と並行していて,IOLの傾斜が少ないことがわかる.OCTの深度はC5.8Cmmでスキャン幅は12Cmmに設定している.IOLの前面のほかに後面も描出されている.-

Heads-Up Surgeryを用いた硝子体手術

2020年7月31日 金曜日

Heads-UpSurgeryを用いた硝子体手術Heads-upVitreoretinalSurgery石田雄一郎*瓶井資弘*はじめにHeads-upsurgery(HUS)とは,顕微鏡の鏡筒を覗く代わりに,3Dモニターに表示された映像を見ながら行う手術である1)(図1).HUSでの映像は,デジタルカメラで撮影したデジタル信号であるため,画質調整だけでなく,映像の補完や変換など,さまざまな修正をリアルタイムで加えることができる.そのため,将来的には顕微鏡を通した人の眼による認知の限界を超える映像を作り出せる可能性があるシステムだと筆者らは考えているが,現時点では,従来の顕微鏡手術よりも劣っている点もある.さらに,HUSを使いこなすためには,カメラやモニターなどさまざまな知識も必要となる.本稿では,HUSのシステム・機材について説明し,愛知医科大学病院(以下,当院)での臨床使用経験をもとに,現時点でのHUSによる手術が顕微鏡手術と比較して優っている点,劣っている点,当院でのHUS使用方法,注意点について説明する.IHUSの機材HUSを使用するうえで,カメラやモニターについての理解は重要であるため,まずはその仕組みや特徴について説明する.1.HUSのカメラHUSでは,顕微鏡の左右の光軸にそれぞれ1台ずつ計2台のカメラを設置する.現在のところHUSで用い図1愛知医科大学眼科手術室のheads-upsurgeryられるカメラの解像度は1,920×1,080ピクセルのFullHD(2K)が主流である.解像度が3,840×2,160ピクセルである4Kなどの超高解像度のカメラも存在するが,解像度が上がると映像が暗くなること(撮像素子の数が4倍になる分小さくなるので信号は小さくなる)や,被写界深度(depthof.eld:DOF)が浅くなり,頻繁に顕微鏡のピント調節が必要となるなどマイナス面も出てくる.さらに,高解像度の動画は容量が飛躍的に大きくなり,録画装置が普及していないため,現在のHUSではfullHD(2K)カメラが使用されている.立体視を得るには,左右のカメラのセンタリングや,明るさ・色合いのなどの画像パラメータが一致している必要がある.*YuichiroIshida&*MotohiroKamei:愛知医科大学眼科学教室〔別刷請求先〕石田雄一郎:〒480-1195愛知県長久手市岩作雁又1-1愛知医科大学眼科学教室0910-1810/20/\100/頁/JCOPY(33)8072.3Dモニターヒトは立体視を得るために,左右の網膜に視差のある像を投影し,その像を脳で立体像として再構築している.現在のCHUSで用いられているC3Dモニターは,この両眼視差を利用したC2眼式の表示方式である.2眼式の表示を実現するC3Dディスプレイの方式は複数あり,3D映像の利用環境に合わせて選定される.HUSでは,手術室での利用であることから,視距離はC1.2Cm程度である.また,執刀医を主たる観察者とした数名での利用となるため,スクリーンを用いた投射型ではなく,テレビモニターを利用するのが適している.高輝度で高精細な映像表示が可能であることも,HUSに適しているといえる.さらに,右眼の映像を術者の右眼に,左眼の映像を術者の左眼に表示するためには,裸眼式とC3Dメガネを用いる方法がある.裸眼式C3Dディスプレイ(レンティキュラーを用いる=お菓子のおまけの立体写真)は眼鏡をかける必要がないので簡便であるが,限定された適切な位置から観察しないと二重像を観察してしまうといった課題があるため,現状ではC3Dメガネを用いる方法のほうが優れている.3Dメガネには,光の波長によって左右眼に分割するインフィテック方式や,液晶シャッターの開閉により映像を左右眼に分離するアクティブシャッター方式などさまざまな方式が提案されている.アクティブシャッター方式は解像度が半減しないメリットがあるものの,眼鏡自体が重く,電池切れが生じると機能不全になるなどの欠点があるので,あまり普及していない.現在のCHUSでおもに採用されているのは,偏光フィルムによって左右眼に映像を分離する方式(パッシブC3D方式)である.CIIHUSの利点当院ではC2017年C3月にCHUSを導入した.約C3年臨床使用してきた中でわかってきたCHUSの利点について述べる.C1.眼内照明の光量を下げて手術することができる眼科手術では照明を強くすると,照明による熱や網膜への光障害が起こるという問題があり,こまめな遮光やできるだけ光量を下げて手術を行うのが良いとされてきたが,既存の顕微鏡手術では限界があった.一方,HUSではカメラやモニター側で明るさを上げることができるため,手術に使用する照明を顕微鏡手術のC1/10程度に下げても,手術に必要な明るさを確保できるようになった.当院では,網膜色素変性など,光障害によるリスクが高いと考えられる症例では,室内照明のみで白内障手術をすることもあるが,それでも問題なく手術が行える.C2.より判別しやすい色合いにすることができるHUSでは術中に画像パラメータ(色相など)を変化させることで,硝子体やブリリアントブルーCG,インドシアニングリーンなどの可視化剤の染色を際立たせることができる.今後技術が進歩すれば,現在使用している可視化剤を使用しなくても黄斑上膜や内境界膜を可視できるようになるかもしれない.C3.画像鮮明化ができる角膜や中間透光体の混濁で眼底観察がやや不鮮明になった場合,highdynamicrange(HDR)やコントラストの調整で,ある程度見やすくすることができる.防犯カメラに用いられている技術などを応用すれば,さらに進化すると思われる.C4.術中OCTや眼内内視鏡を併用したハイブリッド手術が容易に行える近年,術中COCTや眼内内視鏡を併用した硝子体手術が行われてきている.術中COCTや眼内内視鏡の画像は通常,モニターに映し出されるため,従来の顕微鏡手術の際には鏡筒から眼をはずして術中COCTや眼内内視鏡の画像を確認しなければならず,三つを同時に確認することは不可能であった.しかし,HUSは術中COCTや眼内内視鏡と同様にモニターを見ながらの手技であり,3つを同じモニター内に映すことで,同時に確認することが容易である.今後,このようなハイブリッド眼底観察手術が主流になっていく可能性がある.808あたらしい眼科Vol.37,No.7,2020(34)図2愛知医科大学での手術指導法指導医がモニターの横に立ち,モニター画面上で器具の操作を指示することで,指導がしやすく,また指導を受ける側も理解がしやすい.図3NGENUITY3Dビジュアルシステム図4当院での顕微鏡手術セッティングNGENUITYICMカメラ(C○).1.4倍変倍アダプター(boostlens,).ab図5Proveo8(LeicaMicrosystems)図63Dメガネa:3Dアイシールドとシールドフレーム(ソニー).Cb:3Dメガネセット(池上通信機).-

黄斑手術における内境界膜剥離の有用性と課題

2020年7月31日 金曜日

黄斑手術における内境界膜.離の有用性と課題TheUsefulnessandChallengesofILMPeelinginMacularSurgery的場亮*森實祐基*はじめに内境界膜(internallimitingmembrane:ILM)は網膜の最表層に存在するIV型コラーゲンを主体とした均質な膜で,Muller細胞の基底膜である1,2).網膜硝子体手術,とくに黄斑手術においてILMに対してなんらかの処理を行うようになったのは,1995年の黄斑円孔手術におけるILM.離が最初である3).その後,ILM.離が黄斑円孔以外の黄斑疾患,すなわち網膜上膜(epireti-nalmembrane:ERM)や一部の黄斑浮腫に対しても有用であることが明らかになり,現在もその適応は拡大している(表1).さらに最近では,ILMを単純に.離除去するのではなく,.離して黄斑を被覆する,黄斑外のILMを.離して黄斑に移植するなど,.離したILMを積極的に治療に活用するという新しい手術概念が生まれ,黄斑手術におけるILM.離の重要性は増している.一方で,ILM.離が普及するとともに,ILM.離が網膜機能に及ぼす負の影響が近年報告されている.ILMが本来網膜を構成する組織であり,ILMを.離することは網膜に侵襲を加えることにほかならないことを考えると,この指摘は当然であるといえる.ILM.離の治療効果や適応についてどのように考えるべきか,現時点で答えを得ることはむずかしい.しかし,ILM.離の適応が拡大し,ILMを対象とした術式の多様性が増した現在,最近の知見を整理しておくことは意義があると考える.そこで本稿では,ILM.離の対象疾患のうち,黄斑円孔とその類縁疾患,そしてERMを取り上げ,ILM.離の有用性と課題について解説する.I黄斑円孔1.有用性1995年にBrooksらによって黄斑円孔周囲のILMを.離除去すると黄斑円孔の閉鎖率が向上することが報告され3),それ以降,ILM.離は黄斑円孔手術の標準術式となった.しかし,黄斑円孔に対するILM.離が定着するとともに,ILM.離を行っても円孔が閉鎖しない症例が存在することが明らかになった.このような黄斑円孔は一般に難治性の黄斑円孔とよばれ,巨大黄斑円孔(円孔径>400.μm),陳旧性黄斑円孔,近視性黄斑円孔,外傷性黄斑円孔,増殖性網膜病変・ぶどう膜炎・網膜色素変性症に合併する黄斑円孔,黄斑分離症に対する硝子体手術後の黄斑円孔などが該当する(表2).難治性の黄斑円孔に対してILM.離を行った場合,黄斑円孔内の網膜色素上皮細胞が露出した状態,いわゆる“.at-open”の形態になることが多く,視力の改善は期待できない.そこで2010年にMichalewskaらによってILM翻転法が考案された.Michalewskaらの原法では,黄斑円孔の縁までILMを.離して作製したILM弁を翻転し,黄斑円孔内に詰め込む.この方法によって,巨大黄斑円孔の術後に.at-openの形態になる確率が約1/10に減少した4).近年のメタアナリシスにおいてもILM翻転法はILM.離と比較して巨大黄斑円孔*RyoMatoba&*YukiMorizane:岡山大学大学院医歯薬学総合研究科眼科学講座〔別刷請求先〕的場亮:〒700-8558岡山市北区鹿田町2-5-1岡山大学大学院医歯薬学総合研究科眼科学講座0910-1810/20/\100/頁/JCOPY(23)797表1内境界膜手術の適応疾患および目的表2難治性黄斑円孔黄斑円孔.離除去翻転・自家移植牽引解除円孔閉鎖促進1.巨大黄斑円孔(円孔径>400.μm)2.陳旧性黄斑円孔黄斑上膜黄斑浮腫.離除去.離除去黄斑上膜の完全除去牽引解除再発予防牽引解除(酵素分圧改善)3.近視性黄斑円孔4.外傷性黄斑円孔5.増殖性網膜病変に合併6.ぶどう膜炎,網膜色素変性症に合併7.黄斑分離症に対する硝子体手術後網膜分離症.離除去(中心窩温存)牽引解除黄斑円孔形成予防内境界膜下出血.離除去内境界膜下出血の除去網膜下出血.離除去網膜下注入時の抵抗軽減abcdef図1内境界膜弁翻転法の手術手順の一例a,b:黄斑円孔径の約2.5倍の半径の面積で黄斑を中心に内境界膜を.離する.c:下方の内境界膜をトリミングする.d,e:上方の内境界膜を下方へ翻転する.f:眼粘弾性物質で内境界膜を固定した後,液-空気置換を行う.abcde図2内境界膜弁自家移植法の手術手順a~c:内境界膜残存部()から内境界膜遊離弁を採取し,黄斑円孔()内に埋め込む.d,e:眼粘弾性物質()で円孔内に移植した内境界膜遊離弁()を固定した後,液-空気置換を行う.図3翻転した内境界膜弁に沿ったグリア細胞の集簇(サル眼)サル眼に黄斑円孔を作製し,内境界膜弁翻転法を施行した.a:術前の光干渉断層計写真.Cb:術後C10日目の光干渉断層計写真.は翻転した内境界膜弁を示す.Cc:黄斑のヘマトキシリンエオジン染色.は翻転した内境界膜弁を示す.Cd:術後C10日目の免疫染色像.翻転した内境界膜弁(ラミニン=緑,)に接してグリア細胞(glialC.brillaryCacidicCpro-tein=赤)が集簇していることがわかる(点線は集簇の範囲を示す).図5Lamellar.holeassociatedepiretinalproliferation(LHEP)embeddingの手術手順a:内境界膜鑷子を用いてCLHEPのみを把持し,黄斑に向かって求心性に.離する.b:.離したCLHEPを分層円孔内に埋め込む.C-図6裂孔原性網膜.離に対する硝子体手術後に生じた続発性黄斑上膜中心窩を通る水平断および垂直断の光干渉断層計CBスキャン画像では,網膜表層の高輝度な線状所見として厚い黄斑上膜()が観察され,網膜の肥厚,中心窩陥凹の消失,網膜層構造の乱れ,網膜外層の.胞様変化(*)を認める.光干渉断層計Cenface画像(内境界膜レベル)を用いることで,高輝度な膜様所見(*)として黄斑上膜の局在が確認でき,黄斑上膜に伴って生じた網膜皺襞()も観察できる.図7光干渉断層計enface画像により観察される黄斑上膜に対する手術前後の網膜皺襞a:術前.内境界膜レベル.黄斑上膜を認める.b:術前.内境界膜レベルのC20.μm深層.低輝度線状の所見として網膜皺襞を認める().c:術後C1カ月.内境界膜レベル.傍中心窩領域の黄斑上膜および内境界膜が.離されている.Cd:術後C1カ月.内境界膜レベルの20.μm深層.内境界膜の.離範囲()の内側には網膜皺襞は認めず,外側にのみ網膜皺襞が残存している().暗点が多かったと報告している34).しかし,近年報告されたメタ分析の結果では,ERM.離単独群とCILM.離併用群の術後視力の比較において,ILM.離併用群のほうが術後視力が不良であった報告35),両群の術後視力に有意差がみられなかった報告36),ILM.離併用群のほうが術後視力が良かった報告37)がそれぞれ存在し,一定の結論には至っていない.今後視力以外の視機能,すなわち歪視や網膜感度についても検討を行うことが必要である.ILM.離によるCMuller細胞や網膜神経線維層の障害については,ILM.離の面積を必要最小限に抑えることが一つの解決策になると考える.筆者らはCenface画像を用いてCILMの.離面積が術後の視機能に及ぼす影響を検討した.その結果,少なくとも傍中心窩領域(中心窩を中心とした直径C3Cmmの円の領域)のCILMを.離すれば,それ以上の範囲のCILMを.離した場合と同等の視機能が得られた(図7)27).おわりに黄斑手術におけるCILM.離の有用性と課題について近年の研究結果をもとに概説した.術後視機能のさらなる改善をめざして,侵襲の低い術式や手術器具の考案,手術適応基準の個別化が今後必要である.そのためには,OCTをはじめとする網膜画像の多面的な検討や分子生物学的研究による黄斑疾患の病態解明が重要である.文献1)FineBS:LimitingCmembranesCofCtheCsensoryCretinaCandCpigmentCepithelium.CAnCelectronCmicroscopicCstudy.CArchCOphthalmolC66:847-860,C19612)RussellCSR,CShepherdCJD,CHagemanGS:DistributionCofCglycoconjugatesCinCtheChumanCretinalCinternalClimitingCmembrane.CInvestCOphthalmolCVisCSciC32:1986-1995,C19913)BrooksL:ILMCpeelingCinCfullCthicknessCmacularCholeCsur-gery.CVitreoretinalSurgTechnolC7:1-6,C19954)MichalewskaCZ,CMichalewskiCJ,CAdelmanCRACetal:Invert-edCinternalClimitingCmembraneC.apCtechniqueCforClargeCmacularCholes.COphthalmologyC117:2018-2025,C20105)ShenCY,CLinCX,CZhangCLCetal:ComparativeCe.cacyCevaluC-ationCofCinvertedCinternalClimitingCmembraneC.apCtech-niqueCandCinternalClimitingCmembraneCpeelingCinClargeCmacularholes:aCsystematicCreviewCandCmeta-analysis.CBMCOphthalmolC20:14-10,C20206)HiranoCM,CMorizaneCY,CKawataCTCetal:Casereport:suc-cessfulCclosureCofCaClargeCmacularCholeCsecondaryCtoCuve-itisCusingCtheCinvertedCinternalClimitingCmembraneC.apCtechnique.CBMCOphthalmolC51:83-85,C20157)MichalewskaCZ,CMichalewskaCJ,CDulczewska-CicheckaCKCetal:TemporalCinvertedCinternalClimitingCmembraneC.apCtechniqueCversusCclassicCinvertedCinternalClimitingCmem-braneC.aptechnique:aCcomparativeCstudy.CRetinaC35:C1844-1850,C20158)CasiniCG,CMuraCM,CFigusCMCetal:InvertedCinternalClimit-ingCmembraneC.apCtechniqueCforCmacularCholeCsurgeryCwithoutCextraCmanipulationCofCtheC.ap.CRetinaC37:2138-2144,C20179)MorizaneCY,CShiragaCF,CKimuraCSCetal:AutologousCtrans-plantationCofCtheCinternalClimitingCmembraneCforCrefractoryCmacularCholes.CAmCJCOphthalmolC157:861-869,Ce861,C201410)ShiodeCY,CMorizaneCY,CMatobaCRCetal:TheCroleCofCinvert-edCinternalClimitingCmembraneC.apCinCmacularCholeCclo-sure.CInvestOphthalmolVisSciC58:4847-4855,C201711)HisatomiCT,CEnaidaCH,CMatsumotoCHCetal:StainingCabilityCandCbiocompatibilityCofCbrilliantCblueG:preclinicalCstudyCofCbrilliantCblueCGCasCanCadjunctCforCcapsularCstaining.CArchOphthalmolC124:514-519,C200612)ZhangCL,CLiCX,CShenCYCetal:Transdi.erentiationCe.ectsCandCrelatedCmechanismsCofCnerveCgrowthCfactorCandCinter-nalClimitingCmembraneConCMullerCcells.CExpEyeResC180:C146-154,C201913)TadayoniCR,CPaquesCM,CMassinCPCetal:DissociatedCopticCnerveC.berClayerCappearanceCofCtheCfundusCafterCidiopathicCepiretinalCmembraneCremoval.COphthalmologyC108:2279-2283,C200114)EnaidaCH,CHisatomiCT,CGotoCYCetal:PreclinicalCinvestiga-tionCofCinternalClimitingCmembraneCstainingCandCpeelingCusingCintravitrealCbrilliantCblueCG.CRetinaC26:623-630,C200615)IshidaCM,CIchikawaCY,CHigashidaCRCetal:RetinalCdisplace-mentCtowardCopticCdiscCafterCinternalClimitingCmembraneCpeelingCforCidiopathicCmacularChole.CAmCJCOphthalmolC157:971-977,C201416)ShionoCA,CKogoCJ,CSasakiCHCetal:Hemi-temporalCinternalClimitingCmembraneCpeelingCisCasCe.ectiveCandCsafeCasCcon-ventionalCfullCpeelingCforCmacularCholeCsurgery.CRetinaC39:1779-1785,C201917)TsuchiyaCS,CHigashideCT,CSugiyamaK:VisualC.eldCchang-esCafterCvitrectomyCwithCinternalClimitingCmembraneCpeel-ingCforCepiretinalCmembraneCorCmacularCholeCinCglaucoma-tousCeyes.CPLoSONEC12:e0177526,C201718)MatsumaeCH,CMorizaneCY,CYamaneCSCetal:InvertedCinternalClimitingCmembraneC.apCversusCinternalClimitingC(31)あたらしい眼科Vol.C37,No.7,2020C805’C’C

網膜疾患の遺伝子治療

2020年7月31日 金曜日

網膜疾患の遺伝子治療GeneTherapyforIntractableRetinalDiseases池田康博*はじめに網膜色素変性(retinitispigmentosa:RP)を代表とする遺伝性網膜変性疾患は,これまで有効な治療法がなく,患者は失明の恐怖に悩まされている.近年,欧米からは遺伝子治療の臨床応用の結果が数多く報告されており,その安全性と治療効果が確認されつつある.2017年C12月には,レーバー先天盲(LeberC’sCcongenitalamaurosis:LCA)に対する遺伝子治療薬が米国食品医薬品局(FoodandDrugAdministration:FDA)で認可された.国内でも,九州大学病院でCRPに対する視細胞保護遺伝子治療の医師主導治験がスタートしており,遺伝子治療が遺伝性網膜変性疾患をはじめとした網膜の難治性疾患に対する標準治療となる時代が確実に近づいている.CI欧米で着々と進められている遺伝子治療の現状欧米では,LCAだけでなく,コロイデレミアやCRPなどに対する臨床応用が進められている(表1).それぞれの現状を紹介する.C1.Leber先天盲に対する遺伝子治療LCAは,1869年CLeberによって報告されたCRPの類縁疾患で,生後早期(多くは生後C6カ月以内)より高度に視力が障害される1).また,視力のみならず,暗所での行動にも大きな制限が生じる.これまでにC20種類以上の病因遺伝子が同定されており,ほとんどが常染色体劣性遺伝の形式をとる.病因遺伝子のなかで,RPE65(LCA2)遺伝子異常を対象とした遺伝子治療研究がこれまで盛んに行われている.Aclandらは,このCLCA2に対する遺伝子治療法として,アデノ随伴ウイルス(adeno-associatedvirus:AAV)ベクターを用いたCRPEへの正常CRPE65遺伝子導入という方法を試み,RPE65遺伝子異常を有する自然発症のイヌに対して著明な治療効果を示した2).2007年C2月より英国のグループによって,またC2007年C9月より米国ペンシルバニア大学のグループによって,ヒトLCA2患者に対する臨床応用が開始された3,4).一連の臨床応用では,AAVベクターの網膜下投与において,眼局所ならびに全身の重篤な副作用がないこと,視力や視野の改善といった臨床的な治療効果が一定の被験者で確認できたと報告された5,6).さらに,LCA2患者を対象とした第CIII相臨床試験(NCT00999609)が米国において実施され,本治療の有効性が示された7).この結果を受け,治験で使用された治験薬(voretigeneCneparv-ovec:商品名CLuxturna)は眼科領域で初めての遺伝子治療薬としてCFDAに認可された.LCA2以外にも,CEP290(LCA10)遺伝子異常を対象としたアンチセンスオリゴヌクレオチド(QR-110)を用いた遺伝子治療8)が米国を中心に臨床応用されており,2019年C4月より第CIIC/III相臨床試験が開始されている(NCT03913143).*YasuhiroIkeda:宮崎大学医学部感覚運動医学講座眼科学分野〔別刷請求先〕池田康博:〒889-1692宮崎市清武町木原C5200宮崎大学医学部感覚運動医学講座眼科学分野C0910-1810/20/\100/頁/JCOPY(15)C789表1欧米における眼科領域の遺伝子治療臨床試験一覧臨床試験登録CNo.対象疾患フェーズ治験薬投与方法被験者数スポンサーCNCT00999609NCT02781480NCT00749957NCT03913143NCT03496012NCT02341807NCT03116113NCT03316560NCT03252847NCT03328130NCT02556736NCT03326336CNCT02652767NCT02652780NCT03293524NCT01494805NCT01024998NCT03066258NCT03748784NCT03278873NCT02599922NCT02317887NCT02416622Leber先天盲(LCA2)Leber先天盲(LCA2)Leber先天盲(LCA2)Leber先天盲(LCAC10)コロイデレミアコロイデレミアRP(RPGR)RP(RPGR)RP(RPGR)RP(PEDC6B)末期CRPRPLeber遺伝性視神経症Leber遺伝性視神経症Leber遺伝性視神経症滲出性加齢黄斑変性滲出性加齢黄斑変性滲出性加齢黄斑変性滲出性加齢黄斑変性全色盲全色盲X連鎖性若年性網膜分離症X連鎖性若年性網膜分離症第CIII相C第CI/II相C第CI/II相C第CII/III相第CIII相C第CI/II相C第CI/II/III相C第CI/II相C第CI/II相C第CI/II相C第CI/II相第CI/II相第CIII相第CIII相第CIII相第CI/II相C第I相第CI/II相第I相第CI/II相C第CI/II相C第CI/II相C第CI/II相CAAV2-hRPE65v2AAV-RPE65AAV2-CB-hRPE65QR-110(RNAantisenseoligonucleotide)AAV2-REP1AAV2-hCHMAAV8-RPGRAAV2tYF-GRK1-RPGRAAV2/5-RPGRAAV2/5-hPDE6BRST-001(AAVC2-ChR)GS-030(AAVC2.7m8-CAG-ChrimsonR-tdTomato)硝子体内GS-010(AAVC2-ND4)GS-010(AAVC2-ND4)GS-010(AAVC2-ND4)AAV.sFlt-1AAV2-sFLT01RGX-314(AAV-anti-VEGFfab)ADVM-022(AAV.C7m8-a.ibercept)AAV-CNGB3orAAV-CNGA3AAV2tYF-PR1.7-hCNGB3AAV8-RS1AAV2tYF-CB-hRS1網膜下網膜下網膜下硝子体内網膜下網膜下網膜下網膜下網膜下網膜下硝子体内硝子体内硝子体内硝子体内網膜下硝子体内網膜下硝子体内網膜下網膜下硝子体内硝子体内31名C15名C12名C30名C169名C15名C63名C30名C46名C15名C14名18名C39名C37名C90名C40名C19名C42名C30名C72名C24名C24名27名CSparkTherapeuticsMeiraGTxUKIILtdAppliedGeneticTechnologiesCorpProQRTherapeuticsNightstaRxLtd/BiogenCompanySparkTherapeuticsNightstaRxLtd/BiogenCompanyAppliedGeneticTechnologiesCorpMeiraGTxUKIILtdHoramaS.A.CAllergan(RetroSenseTherapeutics)CGenSightBiologicsGenSightBiologicsGenSightBiologicsGenSightBiologicsLionsEyeInstituteGenzyme/Sano.CompanyCRegenxbioInc.AdverumBiotechnologies,Inc.MeiraGTxUKIILtdAppliedGeneticTechnologiesCorpNationalEyeInstitute(NEI)CAppliedGeneticTechnologiesCorpC図1RPGR遺伝子変異による網膜色素変性に対する臨床試験の結果6段階中C3番目の濃度が投与されたC3症例(C3.1.C3.3)において,治験薬投与眼で網膜感度が上昇していた(マイクロペリメトリー検査).(文献C15より抜粋)国オックスフォード大学が中心となっている研究グループが報告した第CIC/CII相臨床試験の結果を簡単に紹介する15).対象は,RPGR遺伝子異常を有するC18歳以上の男性被験者C18名.RPGR遺伝子を搭載したCAAV8型ベクターを網膜下に投与し,6カ月間経過観察した(ベクター濃度はC6段階で各濃度C3名).高濃度になると眼内での炎症が観察されたが,ステロイド投与で制御可能であり,その他の重篤な副作用もなかったとされている.一方で,6名の被験者で治療眼の視野が改善したという結果が得られており(図1),引き続き第CIIC/III相臨床試験が実施されているようである(NCT03116113).同様に,正常遺伝子を補充するという方法で,常染色体劣性遺伝形式のCRPであるCPDE6B遺伝子異常に対するCAAVベクターを用いた第CIC/CII相臨床試験がフランスにおいて実施されている(NCT03328130).C4.Leber遺伝性視神経症に対する遺伝子治療網膜疾患ではないが,Leber遺伝性視神経症に対する遺伝子治療も精力的に臨床応用が進められているのでここで紹介する.Leber遺伝性視神経症は,ミトコンドリアCDNAの点変異が生じて網膜神経節細胞内にあるミトコンドリアの機能異常により発症する疾患で,母系遺伝する.点変異が検出される部位のうち,MT-ND4遺伝子のCG11778A変異がアジアならびに欧米で頻度が高いことが知られている.MT-ND4遺伝子のCG11778A変異の患者を対象として,MT-ND4遺伝子を搭載したAAVベクターを硝子体内投与する遺伝子治療が実施されている.2014年から米国で第CI相臨床試験が実施され(NCT02161380),重篤な副作用はなく一部の被験者において視力が改善したことが報告されている16).また,フランスでも別の研究グループにより第CIC/CII相臨床試験(NCT02064569)が実施され,眼内での免疫反応(炎症)と眼圧上昇が認められたものの,安全性が示されとされている17).現在は複数の第CIII相臨床試験(NCT02652767,NCT02652780,NCT03293524)が米国を中心とした複数の国で実施されている.遺伝子治療後C1年で,治療群とコントロール群との視力変化に有意な差が得られなかったようであるが,最長C5年間経過観察しながら最終的な治療効果を検討するようである.5.滲出性加齢黄斑変性に対する遺伝子治療遺伝性疾患ではないが,滲出性加齢黄斑変性に対する遺伝子治療も多くの臨床試験が実施されているのでここで紹介する.現状の標準的な治療として,抗CVEGF製剤を硝子体内に投与することが定着しているが,その投与回数が多くなることが臨床的に大きな問題となっている.遺伝子治療では,1回の投与で長期間の遺伝子発現が可能となるため,VEGFの生理活性を低下させる蛋白質を発現させることにより,抗CVEGF製剤の投与回数を減らせる可能性が期待されている.初期の研究から進められていた方法は,可溶型VEGF受容体-1(soluble.t-1)をCAAVベクターに搭載し眼内へ投与する方法である.豪州で実施された第IC/CII相臨床試験(NCT01494805)では,安全性は示されたものの明確な治療効果が示されなかったと結論づけられている18).また,米国で実施された第CI相臨床試験(NCT01024998)では安全性が示され19),さらなる検討が予定されているようである.そのほかに,抗CVEGF抗体の断片を発現する遺伝子を搭載したCAAVベクター(RGX-314)を網膜下に投与する第CIC/CII相臨床試験(NCT03066258)では,安全性と治療効果が確認され,本年度から第CII相臨床試験を実施する予定とのことである(https://www.regenxbio.com/rgx-314/).また,アフリベルセプトを発現するAAVベクター(ADVM-022)を硝子体内投与する第CI相臨床試験(NCT03748784)も現在実施中のようである.C6.その他の疾患全色盲(achromatopsia,CNGA3遺伝子異常ならびにCCNGB3遺伝子異常)19),X連鎖性若年性網膜分離症(RS1遺伝子異常)20)などに対する遺伝子治療も欧米ではすでに臨床応用が進められている.CII国内の遺伝子治療の現状1.独自技術による変異置換ゲノム編集遺伝子治療ゲノム編集(genomeediting)とは,デザインした部位特異的な短いCguideRNAとCDNAを加水分解する酵素であるヌクレアーゼを利用して,標的部位のゲノム配792あたらしい眼科Vol.37,No.7,2020(18)-MMEJの応用単一ベクター化小型Cas9の使用プロモーターの小型化編集効率大幅up!図2変異置換ゲノム編集遺伝子治療に用いるアデノ随伴ウイルス(AAV)ベクターマイクロホモロジー媒介末端結合(microhomology-mediatedCendjoining:MMEJ)の応用などの工夫により,AAVベクターの単一化に成功した.これにより,生体内におけるゲノム編集効率が大幅に上昇した.ab4030P1latency(ms)遺伝盲ラット2010050mV遺伝子導入後30ms図3オプトジェネティクス遺伝子治療の治療効果a:未治療のCRCSラット(RPモデル動物)では電位がほぼ消失しているが,チャネルロドプシン-2遺伝子導入により電位が再び測定できた.Cb:正常ラットの半分ぐらいの電位が得られた.(文献C27より改変引用)C-図4医師主導治験における治験薬投与ExtendablePolyTipCannula25Cg/38Cgを用いた治験薬の網膜下投与により,blebが形成された.–

自家網膜移植術

2020年7月31日 金曜日

自家網膜移植術AutologousRetinalTransplantation門之園一明*はじめに網膜の移植の歴史は浅く,ここ数年で実用化された手術である.その理由として,神経系の移植であるため治療効果が未知数であること,手技が煩雑であること,倫理上の問題があげられる.しかし,難治性黄斑円孔はこれらの三つの課題を克服する最良の移植術の対象疾患であり,自家網膜移植が治療方法の一つとして開発され,急速に進歩してきた.最初の自家網膜移植が行われたのは,Mahmoundらによる近視性の黄斑円孔の非閉鎖例である1).その後,多数例の難治性黄斑円孔に対する自家網膜移植術が多施設研究として行われ,良好な結果が報告された2).さらに,黄斑円孔の初回手術として本術式が用いられるようになり,筆者らは最小円孔径がC600μmを超える黄斑円孔に対する良好な治療成績を報告している3).本稿では,自家網膜移植術の難治性黄斑円孔に対する現状の治療成績を解説し,問題点と今後の課題を報告する.CI難治性黄斑円孔とは黄斑円孔には,特発性黄斑円孔および続発性黄斑円孔がある.すべての黄斑円孔は外科的手術の適応であり,内境界膜.離が標準的な術式である.しかし,初回手術で閉鎖が得られない黄斑円孔が存在する.強度近視の黄斑円孔や円孔のサイズの大きな黄斑円孔がこれに該当する.このような黄斑円孔に対しては,これまで内境界膜の自家移植4)や水晶体前.の移植が行われてきたが,十分な治療成績は得られていない.難治性黄斑円孔は多く存在する疾患ではないが,治療の開発が望まれていた.CII難治性黄斑円孔の機能と形態を改善する治療法はないかこれまでの難治性黄斑円孔の治療のゴールは,解剖学的な成功であった.内境界膜移植や前.の移植は,Csca.oldformation(組織増殖の足場)とよばれる円孔に線維化増殖を用いて蓋をするといったイメージの形態学的修復を目的とした手術であった.しかし,単に難治性黄斑円孔の形態的整復を試みるだけではなく,視機能を向上できないかという思いを筆者はずっと抱いていた.仮に,患者自身の感覚網膜の一部を利用することができれば,孔をパッチすることで円孔を閉鎖することは可能であり,かつ視細胞が存在するので光刺激により神経節細胞へ光情報を伝達する可能性を秘めている.また,自家移植なので拒絶反応もなく,移植自体に関していえば倫理的な問題はない,と考えた.そして,今からC5年前にCDuke大学と難治性黄斑円孔の自家網膜移植術の有効性と安全性の共同研究を開始した.CIII自家網膜移植術の対象・手技特発性黄斑円孔の閉鎖率はC90%以上である.しかし,強度近視によくみられる大きな黄斑円孔の閉鎖率は十分に満足の行くものではない5).InvertedCILMC.ap法を用いると確かに円孔の閉鎖率は向上するが,非閉鎖例も*KazuakiKadonosono:横浜市立大学大学院医学研究科視覚再性外科〔別刷請求先〕門之園一明:〒232-0024横浜市南区浦舟町C4-57横浜市立大学附属市民総合医療センター眼科C0910-1810/20/\100/頁/JCOPY(11)C785図1近視性黄斑円孔の非閉鎖円孔に対する自家網膜移植術a:強度近視の黄斑円孔網膜.離術後の大型の黄斑円孔のCOCT.シリコーンオイル下で網膜は復位し,円孔は開存している(2,019Cμm).視力は(0.04)であった.Cb:自家網膜移植術後C2週のCOCT画像.円孔は良好に閉鎖して,シリコーンオイルは除去されている.視力は(0.2)に向上した.Cc:移植後C1カ月のCOCT画像.円孔は閉鎖し,移植片とレシピエント網膜の外網状層および内顆粒層には緩やかな連続性がみられる.Cd:術後C1カ月の微小視野検査.移植片内に刺激反応はみられないが,円孔周囲に比較的良好な反応がみられる.図2自家網膜移植術の術式a:強度近視の硝子体術後の黄斑円孔(図C1の症例)に対する自家網膜移植手術中の写真.グラフトの採取のために事前にマーキングを行う.b:剪刀にて正確にグラフト採取を行う.c:巨大な黄斑円孔を確認し,パーフルオロカーボンを用いグラフトを円孔底へ移動する.d:黄斑円孔底をグラフト網膜で覆い,かつ埋没する.存在する6).そこで,近視性黄斑円孔の非閉鎖円孔に対する治療として,自家網膜移植術を行った2)(図1).筆者らの施設(横浜市立大学市民総合医療センター眼科)での対象患者の条件は,①硝子体手術後の非閉鎖症例であること,②最小円孔径(minimumClinierCdiameter/CinnerCopeningCholediameter)がC600Cμm以上,③重篤な眼合併症のないこと,④十分な同意が取れること,であった.実際にこの臨床試験の条件に該当した患者は,8名C8眼であった.平均年齢はC63.2歳,女性C5名,男性3名,平均術前視力はC0.04,平均黄斑円孔径はC1,112/1,981Cμmであった.平均眼軸は,29.21Cmmであった.自家網膜移植術の術式は,特殊な三つのパーツからできている.1)移植片(グラフト)の採取,2)グラフトの円孔への移植,3)タンポナーデであり,どれも難易度の高い手技になる(図2).1)の移植片は,鼻側下方から採取する,周辺部から採取する,のいずれかが主流である.耳側からの採取の報告があるが,術後の視野障害を考えると適切でない.網膜.離を作製したあとに,ジアテルミーでマーキングしたうえで,垂直剪刀を用いてグラフトを作製する.グラフトのサイズは,黄斑円孔よりやや大きめが適している.インドシアニングリーン(indocyaninegreen:ICG)など染色剤を使用して裏表を明瞭にしておくと,逆さま移植を防止できるので便利である.2)のグラフトの円孔への移植も重要なプロセスである.液体パーフルオロカーボンを用いてグラフトを円孔まで鑷子で移動し円孔を覆う,もしくは円孔内に埋める.円孔内に埋める場合は,特殊な手技が必要とされる.この過程で重要なことは,視細胞を傷つけないことと,円孔を正確に塞ぐことである.3)のタンポナーデは,現在,膨張性ガスを用いる方法,シリコーンオイルを用いる方法,液体パーフルオロカーボンを用いる方法のC3種類がある.いずれのタンポナーデが有効であるとの報告はないが,組織修復を速やかに行うためには膨張性ガスが適している.CIV自家網膜移植術の結果41眼を対象とした筆者らの多施設研究の結果では,円孔の閉鎖率はC87.7%であり,0.3ClogMAR以上の視力改善を得ることができた症例はC36.6%であった.また,症例のなかで増殖硝子体網膜症に進展した症例はみられず,網膜.離がC12眼,硝子体出血がC1眼みられるのみであった.通常,大型の黄斑円孔の閉鎖率は低い.650μm以上の大きな円孔の初回硝子体手術の閉鎖率を調べた報告では,76%(49/64)の閉鎖率であった4).この症例との直接比較はできないが,筆者らの報告した自家網膜移植術での難治性黄斑円孔の解剖学的閉鎖率C87%は良好な治療成績といえるであろう.さらに,最近筆者らが報告したC7眼の平均円孔径(最小C643Cμm,最大C1,214μm)の未治療の巨大な黄斑円孔に対する自家網膜移植手術では,100%の円孔の閉鎖と有意な術後視力の改善を得ている3).CV自家網膜移植術の期待と課題強度近視の硝子体手術は今後も増加するであろう.その際に生じうる,強度近視の硝子体術後の円孔再開あるいは円孔の発症は,視機能の悪化をもたらす重篤な合併症である.現在,この難治性黄斑円孔を解決できる有効な手段は自家網膜移植だけである.さらに長期的に視機能を向上させる可能性もある.本術式は,初回の巨大な黄斑円孔への応用も可能であり,視機能を向上させる可能性がある.興味深いことに,筆者らの臨床例では,移植片内での視機能の存在が確認された症例がある.移植片での光受容器からのシグナルがどのようなメカニズムで双極細胞へ伝達され,神経節細胞を刺激するのか,神経科学的に興味のある課題である.万代らの研究では7),この疑問に一定の答えを導きだしており,はたしてヒトの網膜移植が生着し,かつ機能するのかが,今後の大きな課題である.自家網膜移植術は,さまざまな問題を提起している.文献1)GrewalDS,MahmoudTH:Autologousneurosensoryreti-nalCfreeC.apCforCclosureCofCrefractoryCmyopicCmacularCholes.CJAMAOphthalmolC134:229-230,C20162)GrewalDS,CharlesS,ParoliniBetal:AutologousretinaltransplantCforCrefractoryCmacularholes:MulticenterCInternationalCCollaborativeCStudyCGroup.COphthalmologyC126:1399-1408,C20193)TanakaCS,CInoueCM,CInoueCTCetal:AutologousCretinalCtransplantationCasCaCprimaryCtreatmentCforClargeCchronicC(13)あたらしい眼科Vol.37,No.7,2020C787’C-

iPS細胞を用いた網膜治療

2020年7月31日 金曜日

iPS細胞を用いた網膜治療RetinalTherapyUsingiPSCells栗本康夫*はじめに山中伸弥教授による人工多能性幹(inducedCpluripo-tentstem:iPS)細胞の発見は1),分化を完了した体細胞が比較的単純な遺伝子導入によって多能性幹細胞に脱分化できるという生命科学上のセンセーショナルな大発見であり,同時に,再生医療分野での臨床応用に大きな期待が寄せられた.当時,幹細胞による再生医療の本命と考えられていた胚性幹(embryonicstem:ES)細胞で障壁となっていた拒絶反応と倫理的問題を克服できると考えられたからである.そして,ヒトCiPS細胞樹立の発表からわずかC7年後,わが国では異例ともいえるスピード感でCiPS細胞による世界初の臨床治療が眼科の網膜領域で実現した.本稿ではサージカルレティナにおけるCiPS細胞登場の意義と背景,これまでに臨床実施されたCiPS細胞による網膜移植治療を紹介し,移植治療におけるサージカルなオプションと問題点,今後の見通しを概観する.CIiPS細胞と網膜治療ヒトを含む成熟した哺乳類の中枢神経では神経細胞の新生は起こらず,疾病や外傷などで細胞が変性・脱落しても再生しないというのが医学界における長年の通説であった2).眼科領域でも中枢神経系に属する網膜細胞はひとたび変性すれば再生することはなく,網膜治療の目標は突き詰めればいかに網膜細胞の変性を防ぐかにあったといえる.しかしながら,成熟した哺乳類の脳にも組織幹細胞(神経幹細胞)が存在し,神経細胞の新生が起きることが示され3),この常識は覆された.生体の組織内において神経幹細胞から細胞新生が起こっているのであれば,この細胞新生を増幅するなり,あるいは移植により新たな神経細胞を患部に供給すれば,細胞の変性により失われた機能を再建できるはずだと考えられるようになった.ただし,神経細胞に分化できる組織幹細胞は脳だけでなく網膜でも同定されたが4),その細胞新生能は弱く,患者本人に内在する組織幹細胞に頼って中枢神経の再生治療を行えるめどは今のところ立っていない.これに対して,どのような細胞にでも分化できる多能性幹細胞をCinvitroで増幅してさまざまな種類の体細胞に分化させる技術は急速に進歩し,網膜においても多能性幹細胞を網膜色素上皮5)や神経網膜細胞6)に分化させることが可能となった.このため,ES細胞やCiPS細胞を用いた再生医療は,CellProcessingCenter(CPC)で治療に必要な体細胞を産生して患者に移植する方向で実用化の研究が進んでいる.CII網膜移植治療のターゲット網膜において,たとえば緑内障では神経節細胞,網膜色素変性では視細胞のように,特定の細胞が変性・脱落する疾患では,視路や網膜の他の部分に二次的な変性をきたす前に脱落した細胞を移植で補ってやれば,病状の改善や治癒が期待できる.しかしながら,神経網膜では移植した細胞が生着するだけでは不十分で,移植細胞が*YasuoKurimoto:神戸市立神戸アイセンター病院〔別刷請求先〕栗本康夫:〒650-0047神戸市中央区港島南町C2-1-8神戸市立神戸アイセンター病院C0910-1810/20/\100/頁/JCOPY(3)C777ホストの網膜との生理的な神経回路網を再構築しなければ機能の回復は望めない.したがって,網膜でも神経回路網がより複雑化する中枢側では機能再建はよりむずかしく,とくに神経節細胞では軸索を外側膝状体や上丘などの一次視中枢まで伸長して正しく相方のニューロンとシナプスを形成する必要があるので,機能再建ヘのハードルは高い.これに対して視路の末梢側に位置する視細胞では神経回路網の構造は比較的単純であり,機能再建は中枢側に較べれば容易であると思われる.さらに,神経網膜と同じく神経上皮由来ではあるものの神経細胞には分化しなかった網膜色素上皮(retinalCpigmentCepi-thelium:RPE)については,そもそも神経回路網を構築する必要がなく,RPEとして生理的に正しい場所に生着し細胞固有の機能を発揮すれば治療効果が見込める.したがって,網膜の再生医療は実現へのハードルがより低いCRPEから始まり,次いで視路の最末端である視細胞から神経網膜のより内層側に向かって治療開発を進めるのが合理的である.CIIIiPS細胞を用いたRPEの移植治療上述のように,細胞移植による網膜の再生治療開発はRPEから着手するのが合理的であり,iPS細胞による網膜再生治療の臨床研究もCRPEからスタートした.iPS細胞由来CRPE細胞移植の最初の対象は滲出型加齢黄斑変性(age-relatedCmaculardegeneration:AMD)であった.AMDは発症の背景に加齢に伴うCRPEの劣化があると考えられており,加齢劣化したCRPEを健常なRPEをもって換えるという治療法の着想は以前から存在した.実際に健常なCRPEをCAMD患者の黄斑下に移植する試みとして,胎児組織7),自家CRPE8)などを用いた移植治療がすでに報告されている.しかし,胎児組織移植は倫理的な問題をはらんでいるうえに他家移植であるがゆえの免疫学的拒絶の問題があり,自家CRPE移植については有効性が認められるものの,ドナー組織として患者本人のCRPEを周辺部網膜下から切り出す操作の手術侵襲が大きく,合併症リスクの問題などにより,標準治療とはなりえていない.2015年には萎縮型CAMDとCStargardt病に対するCES細胞由来のCRPE懸濁液による移植治療の成功が報告9)されたが,他家移植のために拒絶を抑制するための免疫抑制薬による副作用を認め,細胞の生着量や効果も必ずしも十分とはいえない結果であった.これに対し,筆者らは免疫抑制が必要ない自家CiPS細胞をドナーとし,移植細胞の形態はより確実な生着が期待できる細胞シートを用い,世界初のCiPS細胞治療となる滲出型CAMDに対する自家CiPS細胞由来CRPE移植をC2014年に実施した10).自家CiPS細胞由来CRPEシート移植のプロトコールの概略を図1に示す.現行の標準治療が無効な滲出型AMDの患者本人の皮膚を採取しCiPS細胞を樹立し,RPEに分化誘導しCRPE細胞シートを作製する.対象患者に硝子体手術を行い,黄斑部網膜下の脈絡膜新生血管(choroidalneovascularization:CNV)を抜去したうえでCCNVと同時に除去された病的CRPEの跡に生じたホストCRPEの欠損部にCiPS細胞由来CRPEシートを移植した(図2).この移植は臨床研究として実施したが,ヒトで初めてのCiPS細胞治療であったので,安全性の確認が臨床研究の主たる目的となった.したがって,プライマリーエンドポイントは本プロトコール治療の安全性の検討とし,セカンダリーエンドポイントとして,その他のあらゆる有害事象を検証し,治療による効果についても検討を行った.今回の対象は現行の標準治療を行っても病状が進行してすでに黄斑部の視細胞が変性してしまった症例に限定しているので,視機能の大幅な回復は望めない.それでも,本治療によりエンドレスに続く抗VEGF療法から離脱して視機能の低下が食い止められれば,患者にとってのメリットは大きい.移植症例はすでに術後C5年を経過しているが,重篤な合併症を認めず,本臨床研究のプライマリーエンドポイントである安全性の確認は達成された10,11).また,CNVの再発は認めず,黄斑部網膜の浮腫は減少,矯正視力は術前の値から悪化することなく維持され,視機能に関する健康関連CQOLを評価するCVFQ-25(NationalCEyeInstituteVisualFunctionQuestionnaire-25,日本語版)のスコアは改善した.網膜断層撮影所見にて,移植されたCiPS細胞由来CRPEシートに接する視細胞の保全が認められ,脈絡膜側では毛細血管板のある程度の保全効果も認められた11,12).ホスト環境においてCRPEの生理的機能を果たしていることが推定される.滲出型CAMDに778あたらしい眼科Vol.37,No.7,2020(4)図1自家iPS細胞由来RPEシート移植治療の概略患者より皮膚小片を採取し線維芽細胞を培養.線維芽細胞よりCiPS細胞を樹立し(iPS細胞の樹立には核外プラスミドを用いるため細胞のゲノムは変更されず安全性が高い),iPS細胞からCRPEへの分化を誘導.RPEは細胞シート状に培養し,患者の黄斑部網膜下に本人のCiPS細胞由来CRPE細胞シートを移植する.図2滲出型AMD患者へのRPEシート移植手術シェーマ滲出型CAMD患者に硝子体手術を行い黄斑下のCCNVを抜去,CNVと一緒に除去された病的CRPEの欠損部にCiPS細胞由来CRPEシートを移植する.滲出型AMDiPS細胞由RPE細胞の網膜下移植病変部分の抑えこみ神経網膜RPE38GHLA主要6座ホモドナーiPS細胞由来RPE細胞懸濁液A*24:02B*52:01C*12:02DRB1*15:02DQB1*06:01DPB1*09:01図3滲出型AMD患者へのHLA主要6座マッチ他家iPS細胞由来RPE懸濁液移植手術シェーマHLA-A,C,B,DP,DQ,DRのC6座が日本人でもっとも頻度が高い型のホモ接合体の健常ドナーから得られたCiPS細胞由来のCRPE細胞懸濁液を,HLA6座それぞれの対立アレルのどちらか一方がホモドナーとマッチする滲出型CAMDの患者の黄斑下にC38Gカニューラで移植.CNV抜去の対象とはなりにくい患者を対象とする.対する自家CiPS細胞由来CRPEシート移植臨床研究第C1例目は安全性に関するエンドポイントを達成し,形態学的評価と自覚症状において有効性を認め,治療は成功したといえる10.12).一方,初の自家CiPS細胞由来CRPE移植の経験から,本治療が標準治療となるうえでの問題点も浮かび上がってきた.自家移植では,患者本人の細胞からCiPS細胞を樹立しCRPEを得るまでに約C10カ月の月日と,作製したCiPS細胞由来CRPEの安全性確認を含め多額の費用を要する.今後,より高い治療効果をめざすうえで,長い準備期間のために最適な治療タイミングを逸しかねないし,高額な費用は広く行われる治療となるためには障害となる.こうした問題を解決するために,健常ボランティアドナーよりさまざまなタイプのChumanleukocyteantigen(HLA)のCiPS細胞株を樹立しバンク化するCiPSストックプロジェクトが京都大学CiPS細胞研究財団で進んでいる.iPS細胞バンクが整備され,患者と適合するHLAタイプのCiPS細胞由来のCRPEが手に入るようになれば,拒絶の問題を回避しつつ,治療までの期間を短縮し費用も低く抑えることが可能となる.筆者らは,HLA-A,C,B,DP,DQ,DRのC6座が日本人でもっとも頻度が高い型のホモ接合体の細胞から樹立したCiPS細胞由来のCRPE細胞懸濁液をCHLA6座すべてが適合している滲出型CAMDの患者C5例に移植する臨床研究を実施した(図3).この臨床研究の焦点は,HLA主要C6座をマッチさせることで免疫抑制薬の使用なしに拒絶を抑制できるかであったが,予定されたC1年間の経過観察を終わり,免疫抑制薬の全身投与をせずに局所のステロイドのみで拒絶反応がコントロール可能であった13).今回の他家CiPS細胞由来CRPE移植臨床研究の成功を受けて,今後,わが国の保険診療による治療開発は他家移植の方向で進んでいくと予想され,自家移植はCHLAのマッチングが困難な一部の患者を対象に限定的に施行される医療となることが予想される.あるいは,免疫拒絶を起こしにくいようにゲノム編集したCiPS細胞がドナーとして使用されるようになる可能性もある.780あたらしい眼科Vol.37,No.7,2020(6)1.3mm3mm図4滲出型AMD眼へのRPEシート黄斑下移植手術a:黄斑下のCCNVを抜去.Cb:移植用デバイス(*)を用いて黄斑下にCRPEシートを挿入.Cc:移植したCRPEシート(*)とそのサイズ.Cd:RPEシート移植後,シリコーンオイルタンポナーデを施行してCRPEシートを中心窩下に固定.e:術翌日の眼底所見.RPEシートが中心窩下に移植されている.(mm2)8.07.06.05.04.03.02.01.00.0術後週数図5移植されたRPEシート面積の術後5年経過移植されたCiPS細胞由来CRPEシートの面積を算出し(グラフ中右下の眼底写真),5年経過をプロット.移植後C1年間で面積は約C4倍に拡大し,その後は安定している.移植シートの面積0306090120150180210240270図6サル眼におけるiPS細胞由来RPEシート網膜下移植サル眼におけるCiPS細胞由来CRPEシート移植後C3週間のCOCT画像.移植したCRPEシート()はホストのRPE層の上に平坦な面状に生着している.b図7滲出型AMD眼へのRPE細胞懸濁液移植手術a:移植前.抜去の適応となるようなCCNVを認めない症例に対して先端がC38Gのカニューレ()を網膜下に刺入してCRPE細胞懸濁液を移植.Cb:移植後,細胞懸濁液が注入された範囲に網膜ブレブ()が形成されている.’C

序説:サージカルレティナ最前線

2020年7月31日 金曜日

サージカルレティナ最前線TheFrontLineofSurgicalRetina小椋祐一郎*本特集は,「サージカルレティナ最前線」と題して最近の網膜硝子体外科領域の進歩をまとめてみました.RobertMachemerにより開発された現代の硝子体手術は,網膜硝子体疾患の外科治療を飛躍的に進歩させて,従来不治であった疾患の治療成績も良好なものとなっています.25ゲージ硝子体手術に代表される極小切開硝子体手術(microincisionvitreoussurgery:MIVS)は,手術合併症の頻度を減少させて,治療成績の向上から術者の裾野が広がってきています.また,抗VEGF薬剤などの登場により,「メディカルレティナ」という専門分野が生まれ,網膜領域は「サージカルレティナ」と「メディカルレティナ」という二つの分野となり,さらに発展しつつあります.iPS細胞を用いた網膜治療は日本の研究者がトップを走っており,2014年に世界初のiPS細胞由来の網膜色素上皮細胞シートが加齢黄斑変性患者に移植されたことはマスコミでも大きく取り上げられました.その手術の執刀を担当された栗本康夫先生にiPS細胞治療の現状と課題,そして将来についてご執筆いただきました.ちょうどこの原稿を書いている時に,iPS細胞から作った視細胞を含む網膜シート移植の臨床研究を国が承認したとのニュースが入ってきました.今年中には,網膜色素変性症の患者に対して,iPS細胞由来の網膜シート移植治療が始まるとのことです.日本発で世界初という治療で,大きな期待が寄せられます.一方で,周辺部から採取した網膜組織を黄斑部に移植するという自家網膜移植術も手術手技や治療成績が報告されて,話題になっています.難治性黄斑円孔や萎縮型加齢黄斑変性に対してこの手術が施行されています.移植された網膜が機能することを示唆する所見も認められており,従来の常識を覆すような事実です.自家網膜移植術に関しては,わが国でこの術式をもっとも多く手術されておられる門之園一明先生にご執筆いただきました.網膜への遺伝子治療も現実のものとなりつつあり,その手段として安全な硝子体手術手技は必須です.この領域の第一人者である池田康博先生に,海外で行われている網膜疾患に対する遺伝子治療の現状と先生がご自身で行われている国内での第I/II相医師主導治験についてご解説いただきました.今後の大きな発展が期待されます.網膜内境界膜に対する手術は,黄斑円孔やそれに伴う網膜.離の治療成績を飛躍的に改善しました.しかし,術後の網膜の菲薄化や網膜感度の低下などの問題点も指摘されています.的場亮先生,森實祐基先生には黄斑円孔と黄斑上膜に対する手術での*YuichiroOgura:名古屋市立大学大学院医学研究科視覚科学0910-1810/20/\100/頁/JCOPY(1)775

特別養護老人ホームに通所している高齢者の視覚関連Quality of Life

2020年6月30日 火曜日

《原著》あたらしい眼科37(6):763.767,2020c特別養護老人ホームに通所している高齢者の視覚関連QualityofLife多々良俊哉前田史篤生方北斗菊入昭金子弘阿部春樹新潟医療福祉大学医療技術学部視機能科学科CVision-RelatedQualityofLifeinElderlySubjectsinaSpecialElderlyNursingHomeShunyaTatara,FumiatsuMaeda,HokutoUbukata,AkiraKikuiri,HiroshiKanekoandHarukiAbeCNiigataUniversityofHealthandWelfareDepartmentofOrthopticsandVisualSciencesC特別養護老人ホームに通所している高齢者(平均年齢C±標準偏差C86.0C±5.3歳)を対象に,25-itemCNationalCEyeCInstituteCVisualCFunctionQuestionnaire(NEIVFQ-25)を用いて視覚に関連した健康関連CQOL尺度を測定し,視力との関係性について検討した.対象者の眼鏡常用率はC12.5%であった.本研究では矯正視力に加えて,眼鏡常用者は眼鏡視力,未常用者の場合は裸眼視力を測定し,それらを日常生活視力として評価した.日常生活視力は矯正視力と比較して,遠見でC0.23log(p<0.01),近見でC0.20log(p<0.01)低値であった.NEIVFQ-25の「遠見視力による行動」のスコアはC81.0,「近見視力による行動」では,74.0であり,それらはCworseeyeの日常生活視力と強く相関した(p<0.01).特別養護老人ホームに通所している高齢者には眼鏡非常用者が多かった.これらのことから高齢者は適切な屈折矯正がされていないため,日常生活のなかで行動制限が生じている可能性が示唆された.CInthisstudy,wemeasuredthehealth-relatedqualityoflife(QOL)levelusingthe25-itemNationalEyeInsti-tuteVisualFunctionQuestionnaire(NEIVFQ-25)amongelderlysubjects[meanage:86.0C±5.3(meanC±standarddeviation)years]inaspecialelderlynursinghome,andexaminedtherelationshipbetweenQOLandvisualacuity(VA)C.OfCtheCsubjectsCexamined,12.5%CworeCglassesCregularly.CInCadditionCtoCcorrectedCVA,CweCmeasuredCVACwithglassesornakedeyeasvisionindailylife(dailylifeVA)C.DailylifeVAwas0.23Clog(p<0.01)inthedistanceand0.20Clog(p<0.01)inCtheCnearCvisionCcomparedCwithCtheCcorrectedCVA.CTheCNEICVFQ-25scoreCwasC81.0forC“di.cultyCwithCdistance-visionCactivities”andC74.0for“di.cultyCwithCnear-visionCactivities”,andCmostCofCtheCexaminedCsubjectsCdidCnotCwearCglassesCwhileCatCtheCfacility.COurC.ndingsCsuggestCthatCseniorsCmayCnotChaveCappropriaterefractivecorrection,andthatbehavioralrestrictionsmayoccurintheirdailylives.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C37(6):763.767,C2020〕Keywords:NEIVFQ-25,QOL,視覚,高齢者,特別養護老人ホーム.NEICVFQ-25,QOL,visual,elderly,spe-cialelderlynursinghome.Cはじめに2018年におけるわが国の平均寿命1)は女性C87.3歳,男性81.3歳であり,65歳以上の人口が全人口のC28.1%を占める超高齢社会である.加齢による機能低下は身体のみならず視機能にも生じ,qualityCoflife(QOL)の低下をきたす2).西脇ら3)は眼科の患者を対象とした研究において,眼疾患によって生じた視機能低下がCQOLに及ぼす影響について検討している.しかし眼科に通院せず,具体的な医療の介入を受けていない高齢者を対象とした報告は少ない4,5).信頼性と妥当性が確認されたCQOL尺度にC25-itemNation-alCEyeCInstituteCVisualCFunctionQuestionnaire(NEIVFQ-25)6)がある.NEIVFQ-25は,51の質問項目があるCTheCNationalCEyeCInstituteCVisualCFunctionCQuestionnaireの短縮版であり,Suzukamoら7)がその日本語版を作成した.CNEIVFQ-25は見え方による身体的,精神的,そして社会的な生活上の制限の程度を測定する.12の領域(下位尺度)〔別刷請求先〕多々良俊哉:〒950-3198新潟県新潟市北区島見町C1398新潟医療福祉大学医療技術学部視機能科学科Reprintrequests:ShunyaTatara,NiigataUniversityofHealthandWelfareDepartmentofOrthopticsandVisualSciences,1398Shimami-cho,Kita-ku,Niigata-shi,Niigata950-3198,JAPANCから構成され,これらの領域は,眼疾患をもつ患者だけでなく,眼疾患をもたない人にも共通する内容で構成されている.したがって疾患別のCQOLが比較できるほか,疾患の有無にかかわらず利用することが可能である.本研究では特別養護老人ホームに通所している高齢者の視機能を評価し,NEIVFQ-25から求めた視覚に関連した健康関連CQOLとの関係性について検討した.CI対象および方法1.対象対象は特別養護老人ホームCAに通所している高齢者C40名で,その内訳は女性C36名,男性C4名であった.年齢はC70.96歳であり,平均年齢C±標準偏差はC86.0C±5.3歳であった.C2.方法a.NEIVFQ.25対象者に対し,NEIVFQ-25をC1対C1の面接方式で行った.検者C1名が各項目を読み上げ,対象者にC5段階の回答肢のなかから選択させた.NEIVFQ-25のデータ分析は「NEIVFQ-25日本語版(Ver1.4)使用上の注意」に従った.具体的には調査表の各項目にコード化された数値を再コード化のうえ,各項目をC0.100のスケールで得点化して下位尺度を算出した.検討した下位尺度はCSuzukamoら7)の使用法を参考に「全体的見え方」「近見視力による行動」「遠見視力による行動」「見え方による社会生活機能」「見え方による心の健康」「見え方による役割制限」「見え方による自立」のC7項目とした.スコア化についてはスコアC100を最高値としC0を最低値とした.回答が得られなかった項目については,平均代入法を用いて処理した.Cb.視力検査対象者には視機能検査として遠見および近見の視力検査を行い,得られた視力値はClogMAR値に換算した.なお,視力検査には視力表(半田屋商店)とひらかな万国近点検査表(半田屋商店)を用いた.室内照度はC270Clxであった.左右表1眼鏡の使用目的使用目的人数(常用者数)遠見3(1)近見5(1)遠見および近見10(2)中間距離および近見1(1)不明4(0)計C23(5)眼それぞれの完全屈折矯正下における矯正視力と日常生活における視力(以下,日常生活視力)を測定した.日常生活視力を求めるため,眼鏡常用者では眼鏡装用下の眼鏡視力を測定し,眼鏡を常用していない対象者の場合は裸眼視力を測った.また,左右眼の視力を比較し,視力良好であった眼をCbettereye,不良であった眼をCworseeyeと定義した.分析では矯正視力と日常生活視力について,左右眼およびCbettereye,worseeyeの視力値を比較した.Cc.統計解析遠見視力と近見視力,そして日常生活視力と矯正視力との比較をCWilcoxonの符号付き順位検定にて行った.遠見のCbettereye,worseeyeそれぞれの日常生活視力とNEIVFQ-25における下位尺度の「遠見視力による行動」の項目との相関を,Spearmanの順位相関係数を用いて求めた.同様に,近見のCbettereye,worseeyeそれぞれの日常生活視力とCNEIVFQ-25における下位尺度の「近見視力による行動」の項目との相関を,Spearmanの順位相関係数を用いて求めた.なお,統計処理において,小数視力C0.01未満であったC2眼は小数視力C0.01として扱った.すべての統計解析において,有意水準C5%未満を統計学的有意差ありとして判定した.本研究は新潟医療福祉大学倫理委員会の承認を得て実施した.CII結果1.眼鏡保有率と使用率眼鏡保有者はC40名中C23名(57%)であった.そのうち,眼鏡常用者はC5名であり全体のC12.5%であった.眼鏡の使用目的は表1のとおりであった.C2.視力矯正視力と日常生活視力(平均値C±標準偏差)を表2に示した.遠見視力よりも近見視力が低かった.日常生活視力は矯正視力と比較して,遠見でC0.23log(p<0.01),近見で0.20log(p<0.01)低値であった.C3.NEIVFQ.25の下位尺度スコアと日常生活視力との関係NEIVFQ-25の下位尺度スコア(平均値C±標準誤差)は「全体的見え方」66.3C±3.0,「近見視力による行動」73.9C±4.5,「遠見視力による行動」81.0C±3.6,「見え方による社会生活機能」83.1C±3.9,「見え方による心の健康」76.6C±4.3,「見え方による役割制限」78.8C±3.6,「見え方による自立」78.1C±4.1であり,対象者は「遠見視力による行動」よりも「近見視力による行動」に制限を感じていた(図1).「遠見視力による行動」「近見視力による行動」ともにCbet-tereyeに比べてCworseeyeの日常生活視力と相関が強かった(図2~5).表2対象者の視力値遠見近見p値矯正視力右眼C0.35±0.42C0.49±0.41Cp=0.01左眼C0.41±0.36C0.54±0.39p<0.01日常生活視力右眼C0.58±0.44C0.72±0.36Cp=0.02左眼C0.63±0.40C0.72±0.36Cp=0.06矯正視力CbettereyeC0.24±0.28C0.37±0.27p<0.01CworseeyeC0.51±0.44C0.67±0.45p<0.01日常生活視力CbettereyeC0.42±0.29C0.59±0.27p<0.01CworseeyeC0.80±0.44C0.85±0.40Cp=0.25C100100NEIVFQ-25「遠見視力による行動」908070605040302010NEIVFQ-25スコアGVNVDVSFMHRLDPNEIVFQ-25下位尺度図1NEIVFQ.25の下位尺度検討を行った下位尺度は「全体的見え方(generalvision:GV)」「近見視力による行動(nearvision:NV)」「遠見視力による行動(distancevision:DV)」「見え方による社会生活機能(socialfunction:SF)」「見え方による心の健康(mentalhealth:MH)」「見え方による役割制限(rolelimitations:RL)」「見え方による自立(dependency:DP)」のC7項目であった.バーは平均値を,エラーバーは標準誤差を示す.CIII考按1.眼鏡保有率と使用率本研究における眼鏡常用率はC12.5%であった.宮崎ら4)が特別養護老人ホームで行った調査では入所者の眼鏡常用率は20.0%であり,入所者は眼鏡の作製に対して「受診に手間がかかる」「介護者に依頼すると面倒なことを増やすだけ」といった意見があったと報告している.特別養護老人ホームの高齢者は眼科への受診が容易ではなく,眼鏡を作製しにくい状況にあると考えられる.また,河鍋8)はC40歳代に初診した患者の他覚的屈折度をC40年にわたって測定し,その屈折度の変化は球面度数+1.81D,円柱度数C.0.87Dであったと報告している.このことから本研究の対象群においても,経年的な屈折度の変化が生じていることが推測され,眼鏡を常用していない理由の一つとして眼と眼鏡の度数が合っていない可能性が考えられる.さらにCbettereyeの矯正視力がC0.24(121)02.01.51.00.50.0(0.01)(0.03)(0.1)(0.3)(1.0)bettereyeの日常生活視力(遠見)図2「遠見視力による行動」とbettereyeの日常生活視力縦軸はCNEIVFQ-25で測定した「遠見視力による行動のスコア」,横軸はCbettereyeの日常生活視力(遠見)をClogMARで示し,括弧内にその小数視力を表した.r=.0.293,p<0.01で弱い相関があった.C±0.28であったことから白内障などの影響が推測され,眼鏡を装用しても視力が改善しにくいことも眼鏡を常用しない要因としてあげられる.C2.視力値日常生活視力は遠見のCbettereyeで+0.42±0.29,近見のCbettereyeで+0.59±0.27であった.平均年齢C77.52C±5.33歳を対象とした林の調査9)においてCbettereyeの日常生活視力(小数視力)は遠見でC0.63(logMAR換算値C0.20),近見で0.44(logMAR換算値C0.36)であったと報告されている.視力はC45歳を境として眼疾患がない場合でも加齢とともに低下する傾向にあり,75歳以上では急激に低下する10)ため,対象群の年齢の違いが今回の差の理由だと推測される.C3.NEIVFQ.25の下位尺度スコアと日常生活視力との関係大鹿ら11)は白内障患者における手術前後のCNEICVFQ-25あたらしい眼科Vol.37,No.6,2020C765100100908080NEIVFQ-25「遠見視力による行動」NEIVFQ-25「近見視力による行動」707060504030201060504030201002.01.51.00.50.0(0.01)(0.03)(0.1)(0.3)(1.0)worseeyeの日常生活視力(遠見)図3「遠見視力による行動」とworseeyeの日常生活視力(遠見)縦軸はCNEIVFQ-25で測定した「遠見視力による行動のスコア」,横軸はCworseeyeの日常生活視力(遠見)をClogMARで示し,括弧内にその小数視力を表した.Cr=.0.495,p<0.01で相関があった.C10002.01.51.00.50.0(0.01)(0.03)(0.1)(0.3)(1.0)bettereyeの日常生活視力(近見)図4「近見視力による行動」とbettereyeの日常生活視力(近見)縦軸はCNEIVFQ-25で測定した「近見視力による行動のスコア」,横軸はCbettereyeの日常生活視力(近見)をClogMARで示し,括弧内にその小数視力を表した.Cr=.0.263,p=0.12であった.た結果,「遠見視力による行動」および「近見視力による行90807060504030201002.01.51.00.50.0(0.01)(0.03)(0.1)(0.3)(1.0)worseeyeの日常生活視力(近見)図5「近見視力による行動」とworseeyeの日常生NEIVFQ-25「近見視力による行動」動」のスコアは視力と相関した.大鹿ら11)の医療機関の研究において,その対象はClogMAR値C0.15以下の患者であった.本研究の対象は特別養護老人ホームの高齢者であり,そのClogMAR値は遠見でC2.0からC.0.08,近見でC2.0からC0.0と幅があった.そのためCQOLスコアについても一定の幅があり,両者の相関が得られやすかったと推測される.本研究の限界としては,調査対象が特別養護老人ホームAのC1施設のみであったことがあげられる.しかし,得られたデータは宮崎ら4)と同様の傾向を示しており,特別養護老人ホームを利用している高齢者の特徴を捉えていると考えられる.今後は多施設の調査を実施し,より詳細な特徴を明らかにしたい.本研究の眼鏡非常用者はC87.5%であり,視力低下と行動による制限には相関があった.視機能低下がわずかであって活視力(近見)縦軸はCNEIVFQ-25で測定した「近見視力による行動のスコア」,横軸はCworseeyeの日常生活視力(近見)をClogMARで示し,括弧内にその小数視力を表した.Cr=.0.686,p<0.01で相関があった.のスコア改善度は,手術前後それぞれのCbettereye,worseeyeの視力いずれとも相関しなかったことを報告している.本研究では特別養護老人ホームの高齢者の視機能とCNEIVFQ-25の各種の行動に関するスコアとの関係性を検討しも,QOLに与える影響は大きいとされている12).これらのことから高齢者は適切な屈折矯正がされていない,あるいは眼鏡を常用していないため,行動に制限が生じている可能性が示唆された.超高齢社会に向けて今後は高齢者に対する眼科受診の必要性について積極的な啓発活動を行うこと,さらには特別養護老人ホームへ眼科医療従事者が具体的に介入することについて検討が必要である.文献1)厚生労働省:平成C30年簡易生命表の概要2)田中清,田丸淳子:介護とCQOL.骨粗鬆症治療C3:44-49,C20043)西脇友紀,田中恵津子,小田浩一ほか:ロービジョン患者のCQualityCofLife(QOL)評価と潜在的ニーズ.眼紀C53:C527-531,C20024)宮崎茂雄,浜口奈弓,辻直美ほか:特別養護老人ホーム入所者の視活動に関する実態調査.眼臨C98:88-91,C20045)宮崎茂雄,青葉香奈,田畑舞:特別養護老人ホームにおける眼科的ケアについてのアンケート調査.眼臨C101:C578-581,C20076)MangioneCCM,CLeeCPP,CGutierrezCPRCetal:DevelopmentCofCtheC25-itemCNationalCEyeCInstituteCVisualCFunctionCQuestionnaire.ArchOphthalmolC119:1050-1058,C20017)SuzukamoCY,COshikaCT,CYuzawaCMCetal:PsychometricCpropertiesCofCtheC25-itemCNationalCEyeCInstituteCVisualCFunctionQuestionnaire(NEIVFQ-25)C,JapaneseCversion.CHealthQualLifeOutcomesC3:65,C20058)河鍋楠美:他覚的屈折度(等価球面度数)をC40年以上追えたC180眼の屈折度の変化.臨眼C69:1389-1393,C20159)林雅美:地域活動に参加している高齢者の視覚機能の実態と活動性との関連.老年社会科学C37:417-427,C201610)市川宏:老化と眼の機能.臨眼C35:9-26,C198111)大鹿哲郎,杉田元太郎,林研ほか:白内障手術による健康関連CqualityCoflifeの変化.日眼会誌C109:753-760,C200512)西永正典,池成基,上総百合ほか:老年症候群;わずかな視・聴覚機能低下が生活機能やCQOL低下に与える影響.日老医誌C48:302-304,C2007***

原因不明のβ-Dグルカン上昇を伴うAcute Syphilitic Posterior Placoid Chorioretinopathy(ASPPC)の1例

2020年6月30日 火曜日

《原著》あたらしい眼科37(6):758.762,2020c原因不明のb-Dグルカン上昇を伴うAcuteSyphiliticPosteriorPlacoidChorioretinopathy(ASPPC)の1例高橋良太渡辺芽里井上裕治高橋秀徳川島秀俊自治医科大学付属病院眼科ACaseofAcuteSyphiliticPosteriorPlacoidChorioretinopathy(ASPPC)withHighb-D-GlucanemiaRyotaTakahashi,MeriWatanabe,YujiInoue,HidenoriTakahashiandHidetoshiKawashimaCDepartmentofOphthalmology,JichiMedicalUniversityC目的:原因不明のCb-Dグルカン上昇が継続したCacuteCsyphiliticCposteriorCplacoidchorioretinopathy(ASPPC)の1例を経験したので報告する.症例:39歳,女性.1カ月前からの右眼羞明,中心暗点,飛蚊症で近医受診.精査加療目的に当院へ紹介受診.視力は右眼(0.8),左眼(1.2),眼圧は右眼C13CmmHg,左眼C12CmmHg.両眼に前部硝子体細胞,右眼眼底は上方を中心に一部癒合した淡い白斑を多数認めた.蛍光眼底造影では,両眼に末梢網膜静脈の蛍光漏出を認めた.OCTでは,右眼のみCellipsoidC&CinterdigitationCzoneの不整を認めた.血液検査にて,梅毒陽性(STS,TPHA)およびCb-Dグルカン上昇を認めたがCHIVは陰性だった.腟分泌液や血液培養でも真菌感染症を示唆する所見はなかった.駆梅療法を実施し,眼底所見およびCOCT所見は改善した.しかし,高Cb-Dグルカン血症は原因を究明できないまま持続している.CPurpose:Toreportacaseofacutesyphiliticposteriorplacoidchorioretinopathy(ASPPC)withextraordinari-lyhighb-D-glucan(BDG)levels.Case:Thisstudyinvolveda39-year-oldfemalewithphotophobia,centralscoto-ma,andC.oatersinherrighteyefor1monthpriortopresentationatourhospital.Herbest-correctedvisualacuitywasC0.8ODCandC1.2OS.CAnteriorCvitreousCcellsCwereCobserved,CandCtheCrightCfundusCexhibitedCmanyCpaleCwhiteCspotsCthatCwereCpartiallyCfused.CFluoresceinCangiographyCshowedCleakageCinCtheCperipheralCretinalCveinsCinCbothCeyes.COpticalCcoherenceCtomographyC.ndingsCshowedCirregularityCofCtheCellipsoid/interdigitationCzoneConlyCinCherCrightCeye.CSystemicCexaminationCrevealedCthatCsheCwassyphilisCpositive(STS,CTPHAtests)andCthatCBDGClevelsCwereextraordinarilyelevated.ShewasHIVnegative,andnosignsoffungalinfectionweredetected.Conclusion:CAlthoughthesyphilistreatmentthatwasadministeredimprovedherocularC.ndings,thehighBDGlevelsthatstillpersistedcouldnotbeexplained.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)37(6):758.762,C2020〕Keywords:b-Dグルカン,梅毒,擬陽性,性感染症,ASPPC.b-Dglucan,syphilis,pseudopositive,sexuallytransmitteddisease,ASPPC.Cはじめに梅毒はペニシリンの普及とともに予後が劇的に改善し,日本では第二次世界大戦後減少していた.しかし,2012年から患者数が増加しており,その後も増加し続けている.とくにC2015年頃から新規患者が急激に増加しており,原因として男性同性愛者や異性間性交渉による若年女性の感染があげられている1).梅毒性ぶどう膜炎の所見はさまざまで特異的な症状はない.前眼部炎症は角膜後面沈着物をきたすことが多く,肉芽腫性(muttonCfatKPs)のことも,非肉芽種性(.neKPs)のこともある.後眼部所見は,硝子体混濁,網膜血管炎(動脈炎,静脈炎,毛細血管炎)や,視神経乳頭炎,黄斑浮腫を生じるとした報告もある2).1990年にCGassが命〔別刷請求先〕高橋良太:〒329-0498栃木県下野市薬師寺C3311-1自治医科大学付属病院眼科Reprintrequests:RyotaTakahashi,DepartmentofOphthalmology,JichiMedicalUnicersity,3311-1Yakushiji,Shimotsuke-shi,Tochigi329-0498,JAPANC758(114)図1眼底写真a:初診時の右眼眼底写真,Cb:初診時の左眼眼底写真,Cc:3カ月後の右眼眼底写真,Cd:3カ月後の左眼眼底写真.初診時右眼上方(Ca,b)に大小さまざまな多数の淡い白斑を認めたが,特徴的な円盤状病変は認めなかった.治療後(Cc,d)に所見は消退している.名したCacuteCsyphiliticCposteriorCplacoidCchorioretinopathy(ASPPC)は,黄斑部に特徴的な大型の円盤状黄白色病変を認めるものとしている3).また,Cb-Dグルカンは,主要な病原真菌に共通する細胞壁構成多糖成分の一つであり,深在性真菌症のスクリーニング検査として位置づけられる4).今回,ぶどう膜炎を認め,性産業に従事していることから性感染症を疑った.梅毒血清反応陽性で,梅毒治療に反応したが,原因不明のCb-Dグルカンの上昇は継続した梅毒性ぶどう膜炎の症例を経験した.CI症例患者:44歳,女性.主訴:飛蚊症.現病歴:受診C2週間前から右眼羞明,視力低下,飛蚊症が出現した.また,中心暗点が出現した.受診C1週間前に近医受診し,前部ぶどう膜炎を認め,抗菌薬,ステロイド点眼に(115)よる治療を行ったが症状は改善せず,当科紹介となった.既往歴・家族歴:7年前に子宮頸癌に対し子宮および卵巣摘出術,化学療法,放射線治療を行った.特記すべき家族歴なし.初診時所見:矯正視力は右眼C0.8(n.c),左眼C1.2(n.c),眼圧は右眼C13CmmHg,左眼C12CmmHgであった.前眼部所見は認めなかったが,両眼前部硝子体にごくわずかな炎症細胞を認めた.眼底には,右眼上方アーケード血管の周辺に小さな円形の淡い白斑を多数認めた.左眼には明らかな異常所見を認めなかった(図1a,b).蛍光眼底造影検査では両眼の網膜周辺部の血管に蛍光漏出を認めた(図2a,b).光干渉断層計(opticalCcoherencetomography:OCT)では右眼網膜外層のCellipsoidzone,interdigitationzoneの欠損を認めた(図3a).左眼には明らかな異常所見を認めなかった.初診時検査としてルーチンであるぶどう膜炎全身諸検査を施行行ったところ,下記血液検査結果となった.白血球数:7.8C×103/ml,好中球:72%,好酸球:1%,好図2眼底造影検査a:初診時の右眼底造影検査,Cb:初診時の左眼底造影検査,Cc:3カ月後の右眼眼底造影検査,Cd:3カ月後の左眼眼底造影検査.初診時(Ca,b),両眼の末梢網膜静脈に蛍光漏出あり.治療後(Cc,d)は蛍光漏出が消退している.塩基球:1%,単球:10%,リンパ球:16%,赤血球数:456C×103/μl,ヘモグロビン:13.1Cg/dl,血小板:31.3C×104/μl,梅毒CRPR:300CR.U.,梅毒CTP:3,970,CRP:0.39Cmg/dl,総蛋白:6.9Cg/dl,アルブミン:4.0Cg/dl,尿素窒素:14Cmg/dl,クレアチニン:0.45Cmg/dl,尿酸:2.5Cmg/dl,総ビリルビン:1.47Cmg/dl,AST:14CU/l,ALT:9CU/l,ナトリウム:141Cmmol/l,カリウム:4.0Cmmol/l,クロール:108mmol/l,カルシウム:9.1Cmg/dl,血糖:95Cmg/dl,Cb-Dグルカン:503Cpg/ml,HIV陰性.梅毒CRPR陽性,梅毒CTP陽性であったことから梅毒による網脈絡膜炎と診断した.あわせてCb-Dグルカンが503pg/mlと異常高値であったことから,深部真菌感染を考え頭部,胸腹部CCT,頭部CMRIを施行したが,後述する頭部画像所見以外の病態を示唆する所見は認めなかった.頭部CCT,MRIにて側脳室の左右差を認めたため,梅毒によるゴム腫による頭蓋内圧亢進と推察した.脊椎穿刺は危険性が認められたため実施せず,神経梅毒に準じて駆梅療法セフトリアキソンC2Cg/日を導入し,2週間継続後にアモキシシリンC4g/日とプロベネシド内服をC2週間行った.駆梅治療前より両眼矯正視力はC1.2と改善しており,治療後速やかに,自覚症状も改善した.側脳室の左右差はその後も変化せず,経過中に神経梅毒の症状が出現しなかったため,経過観察とした.OCTでは眼網膜外層のCellipsoidzone,interdigita-tionzoneの欠損は消退し,蛍光眼底造影検査での網膜周辺血管での蛍光漏出,眼底所見での右眼の白斑が消退した(図1c,d,2c,d,3b,c).治療に伴い眼内病変は消退し,梅毒CRPRは速やかに減少したが,Cb-Dグルカンは一時的に減少したもののその後低下せず,依然異常高値が持続している(図4).血液培養は真菌陰性であり,Cb-Dグルカン擬陽性の可能性を考え,治療前より使用しているサプリメントや栄養剤を中止したが,Cb-Dグルカン値は改善しなかった.CII考按今回筆者らは,梅毒感染と高Cb-Dグルカン血症を認める梅毒性ぶどう膜炎を経験した.当科初診時,前眼部炎症は軽抗菌薬投与期間a2,5002,0003503001,5002001,000150100500500002468101214初診時からの経過期間(月)図4治療後の血中b-Dグルカンと梅毒RPR(pg/ml)(R.U.)b図3右眼OCT写真a:初診時,Cb:治療C2週間後,Cc:治療C3カ月後.初診時(Ca)は黄斑部のCellipsoidzone,interdigitationzoneの欠損を認めるが,治療C2週間後(Cb),3カ月後(Cc)は網膜外層の異常所見が時間経過とともに改善している.度,OCTで網膜外層構造の変化を認めるものの,眼病態による視力低下は軽度であった.梅毒による眼症状は結膜炎,角膜炎,強膜炎,虹彩毛様体炎,網膜炎,視神経炎など非常に多彩であるとされる.今回の症例では前眼部炎症所見がなく,眼底,OCT所見から網膜炎のなかでもCouterCretinitisの一病型であると考えた5).すなわち,outerretinitisは網膜外層の病態であり,その一つとしてのCASPPCと診断を下駆梅療法後,梅毒CRPRは速やかに低下したが,高Cb-Dグルカン血症は継続した.した.このCASPPCはC1990年にCGassらが命名した疾患であり,梅毒患者において黄斑部に特徴的な大型の円盤状黄白色病変を認めるものとしている3).眼底病変は脈絡毛細血管板から視細胞層に可溶性免疫複合体の沈着が起こるためと考えられているが,詳しくは不明である.半数はヒト免疫不全ウイルス(HIV)陽性であり,およそC80%に前房,硝子体に炎症がみられる.治療に反応し視力予後は比較的良好,眼底所見は可逆的であることが多いとされている.Eandiらは初診時中央値C20/80であった視力が,治療後中央値C20/25まで改善し,また,25眼のうちC20眼で眼底の黄色病変が消退したと報告している6).また,OCTではCellipsoidzoneと外境界膜の消失,網膜色素上皮の肥厚,結節性突出を認めると報告されている7).今回の症例では眼底の黄斑部の特徴的な円盤状黄白色病変は認めなかったが,OCTで既報と同様の所見を認めたこと,蛍光眼底造影検査で網膜動静脈炎を認め,血清梅毒反応陽性であったことから,ASPPCと診断した.また,駆梅治療を行い,治療への反応は既報と同様に良好であり,眼底所見は改善して視力予後も良好であった.ASPPC患者における視力予後には患者の免疫機能が関与していると考えられている.本症例では受診当初は視力低下,眼底の白斑,OCTの構造変化を認めていたが,治療直前には視力改善,自覚症状の緩和があった.Francoらの報告では無治療のCASPPC患者において,無治療でも低下した視力が改善し,眼底所見が消退する場合があることを示している8).Eandiらの報告ではCouterretinitisの一種であるASPPCに罹患したC16人のうちC9人がCHIV陽性患者であり,TranらはCHIV陽性例では眼症状,所見が強く出現することを報告している6,9).一方では免疫不全状態ではCASPPCが生じにくくなるとの報告もされている10).さらには,後天性免疫不全症候群(acquiredCimmunode.ciencyCsyndrome:AIDS)患者に発症したサイトメガロウイルス網膜炎患者における炎症反応が微弱となり,免疫機能の回復とともに炎症病勢が強まってくる現象が認められており,immunerecov-eryuveitisとよばれている11).免疫不全とCtreponemaCpalli-dum感染病態の形成は,免疫不全による免疫複合体の作成能低下により眼底所見が軽減する可能性も否定できない.翻ってCFrancoらはCHIV陰性患者において,ASPPCの病勢が激しかったにもかかわらず,その病態が自然に軽快した症例を報告している.今回の筆者らの症例はCHIV陰性で患者における免疫機能は正常であり,網膜所見が強く出現していないのは眼科受診前に自然治癒過程であった可能性が考えられる.頭部CMRIにて神経梅毒を否定できず,頭部腫瘤による頭蓋内圧亢進の可能性を否定できなかったため,通常であれば行う髄液検査は施行できなかった12).また,抗菌薬は第一選択としてペニシリンCGの投与があげられるが,ペニシリンGはわが国ではアレルギー発症例が多いため使用されておらず,わが国では一般的であるセフトリアキソン点滴治療,アモキシシリンとプロベネシドの内服を併用した治療を行った13).経過中,神経梅毒による症状は出現せず,神経梅毒は否定的と考えられた.高Cb-Dグルカン血症に対しては全身の造影CCT,頭部のMRIを行い精査したが,真菌感染を疑わせる病巣は確認できなかった.Cb-Dグルカンはムコール属やクリプトコッカス属を除く多くの真菌の細胞壁成分として含まれており,真菌感染を診断するにあたり重要な値の一つとなっている.ただし,およそC15%の確率で擬陽性を示すことが報告されており,それらの原因として透析に使用するセルロース膜,抗癌剤,血液製剤,手術におけるガーゼの使用,Alcaligenesfaecalisによる菌血症があげられる4,14).今回来院前より患者が使用していたサプリメント,化粧品が血液中のCb-Dグルカン上昇の原因となっている可能性を考え,各社に問い合わせしたが,高Cb-Dグルカン血症をきたした前例はないとのことであった.過去に.のリフトアップ手術を行っており,その際に使用した糸が原因の可能性を考え,製造元に確認したが,診断につながる有用な情報は得られなかった.受診当初は梅毒と真菌の混合感染を考えたが,治療後もCb-Dグルカン高値が継続していることから,Cb-Dグルカン高値は,擬陽性所見であると考えている.以上,梅毒感染としてCASPPCを発症し,併せて原因不明のCb-Dグルカン異常高値を呈する症例を経験した.HIV陰性で,駆梅治療にはよく反応し,視力予後も良好であった.文献1)早川直,早川智:梅毒の疫学歴史と現在の遺伝子解析から.臨床検査62:162-167,C20182)根本穂高,蕪木俊克,田中理恵ほか:日本における梅毒性ぶどう膜炎C7例の臨床像の検討.あたらしい眼科C34:702-712,C20173)GassJD,BraunsteinRA,ChenowethRG:Acutesyphiliticposteriorplacoidchorioretinitis.OphthalmologyC97:1288-1297,C19904)深在性真菌症のガイドライン作成委員会:血清診断.深在性真菌症の診断・治療ガイドラインC2007,p45-47,協和企画,20075)DavisJL:Ocularsyphilis.CurrOpinOphthalmolC25:513-518,C20146)EandiCCM,CNeriCP,CAdelmanCRACetal:AcuteCsyphiliticCposteriorCplacoidchorioretinitis:reportCofCaCcaseCseriesCandCcomprehensiveCreviewCofCtheCliterature.CRetinaC32:C1915-1941,C20127)BritoP,PenasS,CarneiroAetal:Spectral-domainopticalcoherencetomographyfeaturesofacutesyphiliticposteriorplacoidchorioretinitis:theCroleCofCautoimmuneCresponseCinpathogenesis.CaseRepOphthalmolC2:39-44,C20118)FrancoCM,CNogueiraV:SevereCacuteCsyphiliticCposteriorCplacoidCchorioretinitisCwithCcompleteCspontaneousCresolu-tion:Thenaturalcourse.GMSOphthalmolCasesC6:Doc02,20169)TranCTH,CCassouxCN,CBodaghiCBCetal:SyphiliticCuveitisCinCpatientsCinfectedCwithChumanCimmunode.ciencyCvirus.CGraefesArchClinExpOphthalmolC243:863-869,C200510)FonollosaCA,CMartinez-IndartCL,CArtarazCJCetal:ClinicalCmanifestationsandoutcomesofsyphilis-associateduveitisinNorthernSpain.OculImmunolIn.ammC159:334-343,C201511)UrbanB,Bakunowicz-LazarczykA,MichalczukM:Immunerecoveryuveitis:pathogenesis,CclinicalCsymptoms,CandCtreatment.CHindawiCPublishingCCorporationCMediatorsCIn.amm2014:971417,C201412)SalehCMG,CCampbellCJP,CYangCPCetal:Ultra-wide-.eldCfundusauto.uorescenceandspectral-domainopticalcoher-enceCtomography.ndingsinsyphiliticouterretinitis.Oph-thalmicSurgLasersImagingRetinaC48:208-215,C201713)TanizakiCR,CNishijimaCT,CAokiCTCetal:High-doseCoralCamoxicillinCplusCprobenecidCisChighlyCe.ectiveCforCsyphilisCinCpatientsCwithCHIVCinfection.CClinCInfectCDisC61:177-183,C201514)KarageorgopoulosCDE,CVouloumanouCEK,CNtzioraCFCetal:b-D-glucanassayforthediagnosisofinvasivefungalinfections:aCmeta-analysis.CClinCInfectCDisC52:750-770,C2011C***