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Endpoint Management(PASCAL)

2020年2月29日 土曜日

EndpointManagement(PASCAL)野崎実穂*はじめに閾値下レーザーは,従来の凝固斑が観察できる光凝固とは異なり,凝固斑が「観察できない」光凝固である.英文ではnon-damagingretinallasertherapy(NRT)と表現されることもあるように,網膜組織に破壊や瘢痕を起こさず,治療効果をもたらす新しいコンセプトの治療法である.糖尿病黄斑浮腫や慢性漿液性脈絡網膜症などに対する有効性が期待されている.もともとはIRIDEX社のマイクロパルスモードのみが網膜閾値下レーザーの機種であったが,現在さまざまな機種に閾値下レーザーソフトウェアが搭載されている.本稿では,パターンスキャンレーザーであるPASCAL(トプコン)に搭載されている閾値下レーザーソフトウェアであるEndpointManagementについて解説する.IEndpointManagementとは2008年にわが国でも販売開始されたパターンスキャンレーザーであるPASCAL(トプコン)は,従来よりも短照射時間・高出力設定であり,パターンスキャンテクノロジーにより照射パターンもいろいろ選択できる,という特徴がある1).短照射時間・高出力設定であるために脈絡膜への熱拡散が少なく,痛みが少ない光凝固ができるというメリット2)のほかに,従来の凝固法に比べて,瘢痕拡大が少ない3),網膜内層への障害が少ない4,5)というメリットがあり,網膜色素上皮(retinalpigmentepi-thelium:RPE)のみをターゲットにした治療が可能になった.このPASCALの特徴を生かし,コンピューターでエネルギーとパターンを細かく制御し,再現性のある均一な凝固斑を用いてRPEに対して閾値~閾値下凝固を可能にしたソフトウェアがEndpointManagementである.網膜光凝固の治療効果について考えるとき,凝固エネルギーは,照射出力×照射時間となり,エネルギーが強すぎれば出血などの問題が,エネルギーが弱すぎると治療効果がまったく得られないことになる.EndpointManagementで用いられているアルゴリズム(図1)6)は,その間の治療効果のあるウィンドウを最大限に計算する式である7).熱拡散が,レーザー光凝固による網膜に対する障害のもっとも大きな因子であるという背景から,コンピューターモデルを用い,組織の温度上昇,動物実験により得られた熱ショック蛋白(heatshockpro-tein:HSP)の発現パターンなどをもとに,Arrhenius積分で計算された係数が得られ,それを元にアルゴリズムが作成された.つまり,100%(閾値)の照射エネルギーの50%(閾値下)のエネルギーで照射する場合に,その出力と照射時間は,単純に半分になるわけではなく,このアルゴリズムに則って計算される.100%閾値の出力設定は,“barelyvisible(見えるか見えないか)”凝固に設定することが重要であり,メーカーでは照射約3秒後に,わずかに凝固斑が観察できる程度の設定を推奨している.◆MihoNozaki:名古屋市立大学大学院医学研究科視覚科学〔別刷請求先〕野崎実穂:〒467-8601愛知県名古屋市瑞穂区瑞穂町字川澄1名古屋市立大学大学院医学研究科視覚科学(0910-1810/20/\100/頁/JCOPY(69)183出血かろうじて見える(閾値)観察不可能蛍光眼底造影で観察可能光干渉断層計で観察可能治療効果なしエンドポイントアルゴリズム上限下限照射時間図1EndpointManagementのアルゴリズムのシェーマ治療効果のあるウィンドウを最大限に計算するアルゴリズムである.IIEndpointManagementの奏効機序閾値下凝固の黄斑浮腫や漿液性?離への奏効機序としては,従来の凝固ではRPEが死んでしまうが,閾値下凝固ではRPEが熱により刺激されることにより,細胞修復プロセスが活性化され,その修復プロセスの一環として浮腫が減少すると考えられている.動物実験の結果でも,EndpointManagementを用いた50%の閾値下凝固では,凝固1日目ではRPEのごく一部が障害されているが,3日目にはRPEは修復されていることが確認されている7).EndpointManagementを用い,さまざまな閾値下設定でウサギに照射して,1時間後の眼底所見を調べた実験では,100%閾値設定(見えるか見えないか程度の凝固斑)で照射すると,カラー眼底写真で観察可能であり,75%で照射するとカラー眼底写真では判定不能であるが,蛍光眼底造影では観察可能であり,50%の設定では,かろうじて蛍光眼底造影と光干渉断層計(opticalcoherencetomography:OCT)で観察可能であり,30%の設定では,どの観察系でも判定不可能であった7).一方,30%でHSPの発現がみられ,網膜障害はなかったことから,Lavinskyらは,30%,spacing0.25の設定で,慢性漿液性脈絡網膜症の治療を行っている8).IIIEndpointManagementのメリットとデメリットEndpointManagementのメリットは,PASCALをもっていればEndpointManagementソフトウェアを購入するだけで閾値下凝固ができる点であろう.閾値下凝固用のみにレーザーを別に1台購入するのはむずかしいが,もしPASCALをもっていれば容易に閾値下凝固を始めることができる.また,PASCALで閾値下凝固を行う際,さまざまなパターンが選択できるので,凝固斑が観察できなくても,打ち忘れるところもなく,ある程度均一に照射することが可能である.EndpointMan-agementでは,さらに目印としてランドマーク機能がついている.ランドマーク機能とは,パターン隅の凝固斑のみベースライン(閾値)とした100%設定にして凝固する機能で,ランドマークを凝固後観察できるため,より正確な閾値下凝固が可能な便利な機能である(図2,3).しかし,従来のマイクロパルスを使った閾値下凝固は,dutycycle(%)(照射時間と休止時間の合計に占める照射時間の割合)を変えて閾値下凝固の強さを調節できるようになっているが,EndpointManagementはあくまでもマイクロパルスではなく連続波を用いており,照射時間と出力がアルゴリズムに則って閾値より弱い設定になるため,マイクロパルスを使った閾値下凝固設定とは異なる機序が働く可能性もある.IVEndpointManagementの使用法アーケード外の浮腫のないエリアでまずテスト照射(titration)を行う.照射時間は15msec,スポットサイズは200μm,照射して約3秒後にわずかに凝固斑が認められる最小出力を決める.その後,EndpointMan-agementで30~50%に設定し,ランドマーク機能をonとし,まず,maculargridパターンで,全周照射(spac-ingは30,40%であれば0.25,50%であれば0.5),その照射でカバーできなかったエリアを2×2などのパターンで追加凝固する(図4).閾値下凝固は密に凝固斑を置くほうが(spacingを0にしたほうが),より高い効果が得られるとされているが,EndpointManagementで100%(閾値)50%(閾値下)ランドマークo?50%(閾値下)ランドマークon図2実際のコントロールパネル(maculargridパターンの場合)左下(矢印)が,EndpointManagementの閾値下設定.LM(赤)がonになっており,パターンの外周隅の凝固斑はランドマーク(閾値)凝固となる.この図では30%になっている.出力(power)と照射時間(exposure)はパネルでは120mW,15msecになっているが,実際には30%にあわせた照射出力と照射時間に変換され閾値下凝固を行う.図3ランドマークの模式図(3×3パターン)ランドマーク設定がないと,閾値下凝固斑はすべて確認できないが(中央),ランドマークをonにすれば(右),四隅が閾値(100%)凝固斑となり,かろうじて確認できる.図4黄斑浮腫に対するEndpointManagement凝固例①浮腫のないアーケード外の網膜で閾値出力(100%)を決定する.②次にmaculargridパターンでランドマークをonにして,凝固斑を置く.EndpointManagement40%であればspacing0.25,EndpointManagement50%であればspacing0.5がメーカー推奨設定である.その他の部位は,2×2パターンなどで埋めていくことも可能であるが,中心窩近傍に凝固する際は,必ずランドマークをo?にする.はメーカー推奨のspacingは0.25~0.5のようで注意を要する.また,maculargridパターンで凝固した円周より内側を照射する場合は,中心窩に近いため,ランドマーク機能をo?にしておかないと100%閾値設定の凝図5EndpointManagementで閾値下凝固を行った糖尿病黄斑浮腫症例EndpointManagement50%,175mW,15msec,spac-ing0.25,maculargridパターンを用いて閾値下凝固した症例.術後enfaceOCTのRPE面(slab)で,ランドマーク(閾値凝固斑)()以外に,“閾値下”の凝固斑()も一部観察される.固斑(ランドマーク)が中心窩近傍に入ってしまい,長期的にはRPEの萎縮などが生じる可能性もあるため注意が必要である.凝固後,ランドマークは自発蛍光などで観察可能であるが,50%で設定した凝固斑は,基本的には検眼鏡でも自発蛍光,蛍光眼底造影検査でも,検出不可能とされている.ランドマークも,浮腫のない領域で設定した閾値であるため,浮腫の強い症例では,実際には観察できない場合もある.しかし,パターンで凝固できるため,ある程度どの領域が凝固されたかの判定は比較的容易である.閾値下凝固すべてにいえることであるが,最初のtitrationで,“見えるか見えないか”(閾値)の凝固設定abc図6糖尿病黄斑浮腫の1例61歳,男性.左眼汎網膜光凝固後に糖尿病黄斑浮腫が遷延,ステロイドレスポンダーでもあり,EndpointManagement40%(出力110mW,照射時間15msec,spacing0,maculargridと3×3パターンで全照射数598発)で閾値下凝固を施行した.a:治療開始前の視力(0.3),中心網膜厚323μm.b:1カ月後に浮腫はやや改善した.c:3年後の視力(0.5),中心網膜厚228μm,その間,浮腫の再発はみられなかった.(100%)が非常に重要である.閾値の設定が高出力になってしまうと,たとえ50%の閾値下凝固を行っても,凝固斑が検眼鏡で観察でき,“閾値下”凝固ではなくなってしまう(図5).VEndpointManagementの効果Lavinskyら9)は,慢性漿液性脈絡網膜症(発症して4カ月以上遷延)16眼に対して,EndpointManagement30%(spacing0.25)の閾値下凝固を行い,37%が初回治療で網膜下液が消失し,44%が3カ月後に再治療を受け,19%が再々治療を受けたと報告している.2カ月後から平均12文字の視力改善があり,6カ月まで視力は維持されており,6カ月後の時点で75%の症例で網膜下液は完全に消失し,25%ではわずかに下液の残存があった.Hamadaら10)は,びまん性糖尿病黄斑浮腫症例10眼にEndpointManagement50%(spacing0.5)の閾値下凝固を行い,6カ月後の時点で10眼中4眼で浮腫の完全な消退が得られ,その4眼では黄斑部の網膜感度も改善していたと報告している.しかし,自発蛍光では6眼で凝固部位に一致する点状の過蛍光が認められ,50%という設定は強すぎた可能性も否定できない.どの程度の閾値下で凝固を行えばいいか,まだ確立されていないが,慢性漿液性脈絡網膜症には30%で閾値下凝固を行い,黄斑浮腫に対しては40%で閾値下凝固を行い,3カ月後に効果を判定して,不足であれば再び追加する,という方針のほうがよいかもしれない.どちらにしろ,黄斑浮腫と漿液性脈絡網膜症に対する,日本人の至適設定の確立が必要であろう.図6はEndpointManagementを用いた閾値下凝固で治療した糖尿病黄斑浮腫の1例である.EndpointMan-agement40%,spacingは当時0で施行し,3年経過では視力低下はなかったが,外層障害があり,視力は(0.3)から(0.5)への改善にとどまっている.おわりに本特集のタイトルは「眼科レーザーをマスターしてAI時代を生き抜こう」であるが,AI時代の到来で,閾値下レーザーも,術前の中心網膜厚や黄斑体積,年齢,性別,眼軸長などのデータを入力すると,AIが“適正な“閾値”出力を教えてくれる時代がくるのではないか,OCTの厚みのマップや蛍光眼底造影画像から,適正な照射箇所も指示してくれるのではないかとも考える.将来,われわれ眼科医が介入できるところは,個々の患者に対して閾値下レーザーが有効であるかどうかを見きわめることかもしれない.マイクロパルスレーザーでは,術前の中心網膜厚が400μm以上の症例では反応が不良であり11),薬物療法である程度網膜厚を減らしてから施行することが推奨されている.閾値下凝固は薬物治療と併用して使用されることが多いが,今後,閾値下凝固の介入の最適なタイミング,どのようなタイプの浮腫や漿液性?離症例に効果が高いかなど,われわれ眼科医が見きわめる基準を確立していく必要があろう.文献1)BlumenkranzMS,YellachichD,AndersenDEetal:Semiautomatedpatternedscanninglaserforretinalphoto-coagulation.Retina26:370-376,20062)MuqitMM,MarcellinoGR,GrayJCetal:PainresponsesofPascal20msmulti-spotand100mssingle-spotpanret-inalphotocoagulation:ManchesterPascalStudy,MAPASSreport2.BrJOphthalmol94:1493-1498,20103)HigakiM,NozakiM,YoshidaMetal:Lessexpansionofshort-pulselaserscarsinpanretinalphotocoagulationfordiabeticretinopathy.JOphthalmol2018:9371895,20184)PaulusYM,JainA,GarianoRFetal:Healingofretinalphotocoagulationlesions.InvestOphthalmolVisSci49:5540-5545,20085)植田次郎,野崎実穂,吉田宗徳ほか:網膜光凝固後の組織反応の光干渉断層計による評価PASCALと従来レーザーとの比較.臨床眼科64:1111-1115,20106)野崎実穂:エンドポイントマネージメント(PASCAL).あたらしい眼科31:37-41,20147)LavinskyD,SramekC,WangJetal:Subvisibleretinallasertherapy:titrationalgorithmandtissueresponse.Retina34:87-97,20148)LavinskyD,WangJ,HuiePetal:Nondamagingretinallasertherapy:rationaleandapplicationstothemacula.InvestOphthalmolVisSci57:2488-2500,20169)LavinskyD,PalankerD:Nondamagingphotothermaltherapyfortheretina:initialclinicalexperiencewithchroniccentralserousretinopathy.Retina35:213-222,201510)HamadaM,OhkoshiK,InagakiKetal:SubthresholdphotocoagulationusingendpointmanagementinthePAS-CALRsystemfordi?usediabeticmacularedema.JOph-thalmol2018:7465794,201811)MansouriA,SampatKM,MalikKJetal:E?cacyofsub-thresholdmicropulselaserinthetreatmentofdiabeticmacularedemaisin?uencedbypre-treatmentcentralfovealthickness.Eye(Lond)28:1418-1424,2014

マイクロパルス閾値下レーザー

2020年2月29日 土曜日

マイクロパルス閾値下レーザーSubthresholdMicropulseLaserPhotocoagulation大越貴志子*はじめに抗血管内皮増殖因子(vascularendothelialgrowthfactor:VEGF)薬がさまざまな黄斑疾患に適応承認されて以来,レーザー光凝固術の役割が変化しつつある.DiabeticRetinopathyClinicalResearchNetwork(DRCR-net)は糖尿病黄斑浮腫(diabeticmacularedema:DME)に対するレーザー単独治療とラニビズマブ硝子体注射を比較し,後者が視力をより改善させたことを報告している1).今日DMEに対するレーザー治療は,中心窩外の局所浮腫に対する単独治療が適応ではあるが,中心窩を含む進行したDMEについては抗VEGF療法が中心となっている.一方,マイクロパルスレーザーは1990年代に登場した非侵襲的に黄斑疾患を治療するレーザーシステムである.今日まで有効性を示す臨床研究が数多く報告されたが,専用の機器が必要なこともあり近年まで普及をみなかった.しかし今日,抗VEGF薬硝子体注射の効果の限界とその経済的負担が問題視されるようになると併用療法への期待が高まり,その結果,マイクロパルス閾値下レーザーへの関心が高まりつつある.本稿ではマイクロパルス閾値下レーザーの基本的な概念と臨床応用の仕方,そして具体的な治療方法について解説する.Iマイクロパルスレーザー1.マイクロパルスとは従来のレーザーはフットペダルを踏んでいる間レーザーが連続して発振されるのに対し,マイクロパルスレーザーでは,短い凝固時間のレーザーが断続的に発振される.マイクロパルスレーザーは500Hz,すなわち1秒間に500回のon,o?を繰り返す.レーザーが発振されていない時間(o?time)に対するレーザーが発振されている時間(ontime)の比率はdutycycleとよばれ,通常5~15%に設定される.すなわち5%dutycycleでレーザーを発振した場,ontimeは100μ秒となる(図1).レーザーのエネルギーは凝固時間×出力であるので,マイクロパルスレーザーを用いると,同じエネルギーの照射を行うためには,通常の条件より高い出力が必要となる.閾値下,すなわち凝固斑の出ない条件で照射するためには閾値,すなわち凝固斑が得られる最少のエネルギーをテスト照射(titration)を行って決定する必要がある.レーザーの機種によりtitrationの仕方が異なるが,可能であればマイクロパルスモードにてtitrationを行い,得られた閾値のパワーの40~50%程度の出力にて照射する.2.マイクロパルスレーザーの意義マイクロパルスレーザー開発の目的は,凝固時間を短くすることにより,網膜色素上皮層を選択的に照射することであったが,同時にレーザーのエネルギーを網膜に障害を及ぼさない安全な領域まで十分に低下させることが可能となった.適切なパラメータ設定を行うことで,色素上皮を中心とする網膜外層に細胞死のないレベルの◆KishikoOhkoshi:聖路加国際病院眼科〔別刷請求先〕大越貴志子:〒104-8560東京都中央区明石町9-1聖路加国際病院眼科(0910-1810/20/\100/頁/JCOPY(59)173(連続波)100mW200msTime(ms)(マイクロパルスdutycycle5%)2,000mWdutycycle5%100μs2msdutycycle15%100mW200msTime(ms)図1連続波とマイクロパルスの違い連続波はフットペダルを踏んでいる間,連続してレーザーが発振される.マイクロパルスは,短い凝固時間のレーザーを断続的に発振し,1回の照射とするシステムである.凝固時間が短いため,高出力照射となる.通常500Hz=1s(1,000ms)の中に500回onとo?があり,onとo?1回分の時間は2ms.Dutycycleとはontimeとo?timeの比率である.小さいほどレーザーが発振されている時間が短いため,より大きい出力を要する.温度上昇をもたらすことができ,それにより治療効果が得られるものと考えられている.そしてこの条件が後述する「閾値下レーザー」のコンセプトにつながっている.II閾値下レーザー1.閾値下レーザーとは閾値下レーザーの概念は古くからあり,古典的な閾値下レーザーはマイクロパルスを用いないものであった.当初は,凝固斑が出ないレベルの照射を行うレーザーを広い意味の閾値下レーザーとして大まかに定義していた.しかし,閾値下レーザーでも従来のレーザーを用いると黄斑感度が低下することや,長期的にはフレックが出る可能性が指摘されており,閾値下であっても必ずしも安全ではないことがわかってきた.閾値下レーザーの定義は未だ確定的なものはないが,閾値下レーザーの最大の利点である安全性と非侵襲性を条件とするのであれば,その定義を「レーザーを用いた細胞死のないレベルの温度刺激」とすべきであろう.しかし,海外では細胞死があり温度上昇をきたさない閾値下レーザーも存在するので,温度上昇のある閾値下レーザーとない閾値下レーザーに今後区別してゆく必要があろう.図2レーザーの侵襲のレベルと組織変化レーザーのエネルギーが大きい場合,網膜に凝固斑が確認できる.凝固斑が確認でないレベルのエネルギーの照射を行った場合,条件次第では,OCTで凝固斑が確認でき,自発蛍光検査で過蛍光となる.眼底写真で凝固斑がかろうじて観察できる条件のエネルギーを100%とした場合(黄色点線),75%のエネルギーの照射では,カラー眼底写真では凝固斑が確認できないがOCTで凝固斑が観察される(青点線).30%のエネルギーではOCTでもカラー眼底でも凝固斑が確認できない(緑点線).この条件での照射は,細胞死が起こっていない可能性がある.しかし,エネルギーが低すぎると,治療効果のないレベルの照射となる(赤枠).閾値下レーザーを安全かつ効果的に行うには,細胞死がない条件でかつ治療効果が発現できる程度の熱刺激を網膜色素上皮細胞に加えることであるが,閾値下レーザーでの治療効果が得られる範囲はかなり狭くなっている.(OCTとカラー眼底は文献2より改変引用)図2にレーザーによる網膜への侵襲のレベルを示す.閾値,すなわち凝固斑が確認できる最少のエネルギーを100%とした場合(黄色点線),このレベルの照射では光干渉断層計(opticalcoherencetomography:OCT)で明瞭に凝固斑が確認できる.エネルギーを75%まで低下させると眼底写真上は凝固斑は確認できず,閾値下と判断されるが,OCTでは依然として凝固斑が確認できる(青点線).OCTでの形態変化は細胞死と考えられるため,閾値下の条件でもエネルギー次第では非侵襲的レーザーとはいえない.また,エネルギーが低すぎると細胞に熱刺激が加わらないため,治療効果のないレーザーとなる.閾値下レーザーの条件を非侵襲的でかつ治療効果をもたらすレベルに設定するための条件は,狭い範囲であることを認識しなければならない.閾値下レーザーの治療効果発現のマーカーとして,熱ショック蛋白(heatshockprotein:HSP)の発現上昇が報告されている.HSPは49℃以上で発現上昇し,かつ57℃以上で細胞死がもたらされる.すなわち,49℃以上56℃以下の狭い範囲の温度上昇が,閾値下レーザーを成功させるために要求される.動物実験ではおよそ細胞死の閾値の50%のエネルギーでHSPが発現上昇するとされており,安全な閾値下の条件は,40~50%ぐらいのエネルギーであると考えられている.しかし,実臨床においては網膜の厚さや色素の量などが不均衡であり,理想的な条件設定は困難であることが現状であり,残念ながらパラメーa3bc21001361224Timecourse(h)マイクロパルス連続波図3マイクロパルスレーザーによる熱ショック蛋白(HSP)の発現上昇a:マイクロパルス閾値下レーザー後の細胞内分子の評価の指標としてHSPA1Aという熱ストレスに対して発現する蛋白に注目した.12mmシャーレにヒト網膜色素上皮細胞を培養し,閾値下凝固に相当するエネルギーで81発レーザーを施行し,術後totalRNAを抽出しPCR定量を行った.HSPA1Aは,照射1時間後に照射前の2倍以上,3時間後に3倍以上に発現上昇し6時間後まで持続した.b,c:照射部の抗Hsp70抗体を用いた免疫染色(免疫染色24時間後).緑はHsp70が発現している部位.b:マイクロパルス閾値下レーザー照射部位(細胞死はなく細胞の形態が変化するレベルの照射)では照射部位の色素上皮細胞の形態変化を認めた部位にHsp70が強く発現している.c:連続波のレーザーでは照射部位の中心に細胞死をきたしたエリアが観察される.細胞死をきたした範囲は染色されず,非照射部位である周囲にHsp70が発現している.(文献3より引用)タ設定については経験による判断が大きい.閾値下レーザーを行うにはマイクロパルスレーザーを必ずしも必要としないが,閾値下のパラメータ設定のシステムが必要である.トプコン社のPASCALレーザーに搭載された「EndpointManagement」はマイクロパルスを用いない閾値下レーザーシステムである.2.閾値下レーザーの奏効機序これまで閾値下レーザーの奏効機序は謎であった.従来のレーザーは網膜外層の細胞死をもたらすことで浮腫を引かせるものと考えられていたので,細胞死のない条件で浮腫が引くメカニズムは解明されていなかった.しかし,これまで複数の基礎研究においてヒトや動物の網膜色素上皮細胞に細胞死のない条件でレーザーによる熱刺激を加えることで,HSPをはじめとするさまざまな蛋白が発現上昇することが報告されている3()図3).HSPは細胞が熱ストレスにさらされた際に発現し,細胞を保護する作用をもつ蛋白質で,抗炎症作用など,さまざまな働きを有している.HSPの発現上昇は閾値下レーザーの奏効機転のトリガーとなり,浮腫減少をもたらすさまざまな分子を動かしているものと推定されている.また,マイクロパルス閾値下レーザー後の前房水の分析でMuller細胞に関連する分子が動いていることも確認されており4),細胞死のない熱刺激がさまざまな経路で分子を動かし,網膜色素上皮細胞のポンプ作用を改善させたり,あるいは,Muller細胞の機能を回復させることにより浮腫を引かせているものと推定されている.IIIマイクロパルス閾値下レーザーの臨床応用1.適応と効果DMEをはじめとする黄斑疾患が適応となる.表1に適応疾患を示した.a.糖尿病黄斑浮腫DMEに対するマイクロパルス閾値下レーザー単独治療の適応は,中心窩外の局所浮腫,中心窩を含む領域の黄斑浮腫のうち,軽症な症例(中心窩網膜厚600μm以下)である(図4).今日までDMEに対する閾値下レーザー単独治療の有効性を証明した報告は多数ある6~9).ランダム化比較試験の結果も報告されており,従来のレーザー(modi?edETDRSレーザー)より有効であることが示されている7).このことから,閾値下レーザーが可能であれば原則毛細血管瘤の直接凝固は行わず,黄斑部の病巣部に広範囲にレーザーを蜜に照射する.一般に浮腫が比較的軽症である症例が単独治療の適応であり,重症な黄斑浮腫については,抗VEGF治療との併用療法10)が適応となる(図5).b.網膜静脈閉塞症網膜静脈閉塞症(retinalveinocclusion:RVO)の黄斑浮腫は抗VEGF治療が奏効するため,単独療法としての閾値下レーザーの適応は狭く,視力が良好な軽症例に限られる11).重症例では出血が多くレーザーが網膜色素上皮層まで通過しないので効果に限界がある.しかし,出血が引き慢性化した?胞様黄斑浮腫や,注射を繰り返し行っても再発を繰り返している症例に対し閾値下レーザーが奏効することをしばしば経験する.閾値下レーザーと注射の併用療法が注射の本数を減らせたという後ろ向き研究結果が報告されている12,13).筆者らは網膜静脈分枝閉塞症(branchretinalveinocclusion:BRVO)の黄斑浮腫に対し,抗VEGF薬と閾値下レーザーの併用療法を行い,1年間に3.1本の注射で13文字の視力改善が得られたことを報告した13).c.中心性漿液性脈絡網膜症中心性漿液性脈絡網膜症(centralserouschorioreti-nopathy:CSC)は閾値下レーザーのよい適応である.CSCは遷延すると視細胞が障害され,恒久的な視力低下に陥る疾患である.これまで,漏出点が中心窩に近い場合や,漏出点が不明な症例ではレーザー治療が不能とされ放置されることが多く,視力低下を余儀なくされていた.このような症例に対し光線力学的療法(photody-namictherapy:PDT)の有効性を示す複数の報告がある.しかし,PDTはわが国では保険適用がなく,また表1マイクロパルス閾値下レーザーの適応疾患治療後に遮光が必要であることなど患者負担が大きい.マイクロパルス閾値下レーザーはこのような症例に対して有効かつ安全な治療法である(図6).約60%の症例で漿液性?離が消失する.PDTや従来のレーザーと比較した論文14~16)はいくつかあるが,効果はほぼ同等14,15),またはやや効果が低い16)との報告もある.いずれにしても,マイクロパルス閾値下レーザーは治療のハードルが低く副作用も懸念する必要がないので,まず試してみる価値がある治療である.CSCは放置されることにより視細胞の障害は不可逆的になるため,長期間自然回復を待つより閾値下レーザーで早期に治療を行い,視機能の温存を図ることが重要である.2.方法マイクロパルス閾値下レーザーは凝固斑がみえないレーザーであるため,パラメータの設定が重要な鍵となる.そのため入念に時間をかけてtitrationを行う.また,照射範囲も重要であり,広い範囲を照射しないと効果がない場合がある.本稿では,ピュアイエロー・レーザー光凝固装置IQ577(トーメーコーポレーション)という,もっとも使用されている機種での方法を解説する.a.テスト照射海外では固定されたパラメータで施行する医師もあるが,網膜は厚さや色調,そして水晶体の混濁の程度が個人個人で異なり,また,レーザーの出力もミラーの汚れなどで低下してくる可能性もあるので,毎回titrationを行うことが重要である.titrationはアーケードより外側の網膜でなるべく健常な部分を選び,5%dutycycle,100μm200msec,出力を500mWから徐々に上げてゆき,凝固斑の得られる最低の出力を閾値の出力に決定する.閾値は照射直後に網膜が白濁するレベルの出力では図4糖尿病黄斑浮腫に対するマイクロパルス閾値下レーザーの単独治療例54歳,女性.?胞様黄斑浮腫を伴うびまん性糖尿病黄斑浮腫に対し,マイクロパルス閾値下レーザーを施行したところ,術前視力0.3から術後3カ月で0.7に改善した.a:レーザー直後の眼底写真.凝固斑はみられない.b:レーザー前の蛍光眼底写真.びまん性蛍光漏出を認める.c:レーザー前の光干渉断層計.中心窩網膜厚668μm.?胞様浮腫を認める.d:レーザー後3カ月.浮腫は減少している(中心窩網膜厚407μm).(文献5より改変引用)閾値下レーザー図5糖尿病黄斑浮腫に対する抗VEGF硝子体注射とレーザー治療の計画的併用療法重症なびまん性黄斑浮腫では,抗VEGF薬硝子体注射を3回連続行い,その後浮腫の減少を見計らって閾値下レーザー治療を行う.その後は浮腫が再発するたびに必要に応じて追加注射と追加のレーザーを行う.図6中心性漿液性脈絡網膜症に対する閾値下レーザー治療56歳,女性.蛍光眼底撮影が不能だったため,漏出点を確認できず,遷延した中心性漿液性脈絡網膜症症例.中心窩を除く黄斑部全体にテクセル(TxCell)パターンモードにてマイクロパルス閾値下レーザーを施行した.治療前視力1.0.a:レーザー直後のカラー眼底写真.凝固斑はみられない.b~e:治療前後のOCT写真(b:治療前,c:治療後20日,d:56日,e:88日後).治療後速やかに下液は減少し,3カ月で完全に消失した.その後も3カ月にわたって再発はみられない.f,g:自発蛍光検査(f:レーザー前,g:4カ月後).照射部位に一致して蛍光の変化はみられない.なく,照後3秒くらいで凝固斑が得られる出力とする.b.パターン照射閾値の出力が決定したら,出力を40~50%程度に低下させ,TxCell(テクセル)モード(IQ577に搭載されたパターンモード)で照射する.通常7×7のテクセルパターンを「spacing」0に設定し,中心窩を除く範囲に蜜に照射する.中心窩の周囲には7×7のテクセルを8個並べることができる(図7).したがって49×8で最低392発の照射となる.病変部位が広い場合は,さらに周囲も追加照射する.この際,閾値をとっているのが健常部位で,実際治療するのが浮腫がある部分なので,症例によって閾値下のエネルギーを40~60%まで変化させて行う.筆者は,通常50%のエネルギーを用いるが,CSCや視力が良好で浮腫の軽症のDMEを治療する場合は40%を選択している.RVOではアーケード内の閉塞範囲に広く照射を行う.この場合は浮腫のない部分も含むことがある.表2に閾値下レーザーの凝固条件を示す.c.漏出点に対する局所照射CSCやパキコロイド関連疾患では,漏出点が明瞭な図7TxCellを用いたグリッドパターン照射のイメージ(IQ577)7×7のグリッドをspacing0に設定し作成.中心窩の周囲に8個のグリッドを並べて照射する.病巣部が広い場合はさらに周囲に追加する.表2閾値下レーザーの条件サイズ(μm)凝固時間エネルギー(mW,mJ)spacingdutycycleマイクロパルス閾値下凝固100200msec閾値の40~60%なし5%EndpointManagement20015msec閾値の30~50%0.5─スポットサイズはスリーミラーレンズ使用時.症例はまずそこを照射し,効果に乏しい場合は,中心窩を除いた黄斑部に広範囲にグリッド状に照射する.d.再治療治療後3カ月経過して効果がない場合再治療を検討する.その際には自発蛍光検査を行い,レーザー痕が描出されないのを確認してからのほうがよい.自発蛍光が過蛍光になっていたら,過蛍光が消えるまで待ってから治療したほうがよい.3.抗VEGF治療との併用(図5)重症なびまん性糖尿病黄斑浮腫の場合,抗VEGF治療との併用療法が推奨される.併用する際の注意点であるが,注射で浮腫を限界まで引かせ,その後浮腫が軽症になったところで,マイクロパルス閾値下レーザーを当てる.浮腫が重症な時点で注射とレーザーを同時に併用してもレーザーの透過効率が悪く効果に乏しい.筆者ら10)は注射を3本程度打ってから計画的に低侵襲レーザー(閾値下レーザーと閾値毛細血管瘤凝固)を照射する方法を行い,年間3.6本と少ない注射の本数で視力改善が5.9文字と海外の前向き臨床試験の結果に匹敵する視力の改善を得たことを報告した.併用療法は,抗VEGF薬による治療効果を低下させることなく注射の本数を減らすことが可能な方法と思われる.IVマイクロパルス閾値下レーザーの未来これまで多くの臨床研究によりマイクロパルス閾値下レーザーが従来のレーザーとほぼ同等,あるいは治療効果が高いことが証明されてきた.今後は黄斑疾患に対するレーザー治療の多くは閾値下レーザーに置き変わる可能性が示唆される.しかし,前述したように閾値下レーザーは凝固斑がみえないレーザーで,かつ治療効果が発揮できる条件設定はかなり幅が狭くなることから,閾値下レーザーをより確実性の高い治療にするためには,将来リアルタイムで網膜の形態変化を観察したり,温度測定をするなど,フィードバックシステムの開発が望まれる.文献1)DiabeticRetinopathyClinicalResearchNetwork:Expand-ed2-yearfollow-upofranibizumabpluspromptordeferredlaserortriamcinolonepluspromptlaserfordia-beticmacularedema.Ophthalmology118:609-614,20112)LavinskyD,SramecC,WangJetal:Subvisibleretinallasertherapy:titrationalgorithmandtissueresponse.Retina34:87-97,20143)InagakiK,ShuoT,KatakuraKetal:Sublethalphotother-malstimulationwithamicropulselaserinducesheatshockproteinexpressioninARPE-19cells.JOphthalmol2015:729792,20154)MidenaE,BiniS,MartiniFetal:ChangesofaqueoushumorMullercells’biomarkersinhumanpatientsa?ectedbydiabeticmacularedemaaftersubthresholdmicropulselasertreatment.Retina40:126-134,20205)大越貴志子:マイクロパルス閾値下凝固.あたらしい眼科31:29-35,20146)OhkoshiK,YamaguchiT:SubthresholdmicropulsediodelaserphotocoagulationfordiabeticmacularedemaforJap-anese.AmJOphthalmol149:133-139,20107)LavinskyD,CardilloJA,MeloLASetal:RandomizedclinicaltrialevaluatingmETDRSversusnormalorhigh-densitymicropulsephotocoagulationfordiabeticmacularedema.IOVS52:4614-4323,20118)QiaoG,GuoHK,DaiYetal:Sub-thresholdmicro-pulsediodelasertreatmentindiabeticmacularedema:AMeta-analysisofrandomizedcontrolledtrials.IntJOph-thalmol9:1020-1027,20169)HamadaM,OhkoshiK,InagakiKetal:SubthresholdphotocoagulationusingendpointmanagementinthePAS-CALRsystemfordi?usediabeticmacularedema.JOph-thalmol2018:7465794,201810)InagakiK,HamadaM,OhkoshiK:Minimallyinvasivelasertreatmentcombinedwithintravitrealinjectionofanti-vascularendothelialgrowthfactorfordiabeticmacu-laroedema.SciRep9:7585,201911)InagakiK,OhkoshiK,OhdeSetal:Subthresholdmicro-pulsephotocoagulationforpersistentmacularedemasec-ondarytobranchretinalveinocclusionincludingbest-correctedvisualacuitygreaterthan20/40.JOphthalmol2014:251257,201412)TerashimaH,HasebeH,OkamotoFetal:Combinationtherapyofintravitrealranibizumabandsubthresholdmicropulsephotocoagulationformacularedemasecondarytobranchretinalveinocclusion:6-monthresult.Retina39:1377-1384,201913)姜正信,箕輪有子,稲垣圭司ほか:網膜静脈分枝閉塞症の黄斑浮腫に対する血管内皮増殖因子阻害薬硝子体注射療法と低侵襲黄斑光凝固術の併用療法の検討.臨床眼科72:1413-1419,201814)MarukoI,KoizumiH,HasegawaTetal:Subthreshold577nmmicropulselasertreatmentforcentralserouscho-rioretinopathy.PLoSOne12:e0184112,201715)RocaJA,WuL,Fromow-GuerraJetal:Yellow(577nm)micropulselaserversushalf-dosevertepor?nphotody-namictherapyineyeswithchroniccentralserouschorio-retinopathy:resultsofthePan-AmericanCollaborativeRetinaStudy(PACORES)Group.BrJOphthalmol102:1696-1700,201816)vanDijkEHC,FauserS,BreukinkMBetal:Half-dosephotodynamictherapyversushigh-densitysubthresholdmicropulselasertreatmentinpatientswithchroniccen-tralserouschorioretinopathy:ThePLACETrial.Ophthal-mology125:1547-1555,2018

光線力学的療法

2020年2月29日 土曜日

光線力学的療法PhotodynamicTherapy(PDT)大中誠之*髙橋寛二*はじめに光線力学的療法(photodynamictherapy:PDT)は,光感受性物質であるベルテポルフィンと非発熱性近赤外線レーザーの光化学反応を利用した治療法であり,わが国では2004年に滲出型加齢黄斑変性(age-relatedmaculardegeneration:AMD)に対して認可された.欧米における大規模臨床試験TAP試験1)の結果では,PDTの効果は視力低下の抑制にとどまったが,わが国で行われたJAT試験2)においては,視力の維持あるいは改善効果が示され,2009年にラニビズマブが認可されるまでは滲出型AMD治療の主流であった.欧米と比較してPDTの効果が良好であった理由は,滲出型AMDに占めるポリープ状脈絡膜血管症(polypoidalchoroidalvasculopathy:PCV)の割合が高いことがあげられる.PDTによるポリープ状病巣の閉塞率は確かなものであったが,単独治療後に多量の網膜下出血などの合併症によって15%程度の患者において視力低下が生じる3)ことに加え,抗血管内皮増殖因子(vascularendothelialgrowthfactor:VEGF)薬の劇的な視力改善効果とその手軽さに圧倒され,多くの施設においてその使用頻度は激減した.しかし,近年,抗VEGF療法の長期経過から,視機能を維持するために抗VEGF薬を頻回に投与しなければならない症例が一定数存在することがわかり,それが問題としてクローズアップされる中,PCVに対するPDTとラニビズマブの併用療法の有効性が報告4,5)されたことで,再びPDTに注目が集まってきている.本稿では,滲出型AMD,とくにPCVに対するPDTについて基本的事項から臨床応用までを解説し,PDTの適応外疾患である中心性漿液性脈絡網膜症(centralserouschorioretinopathy:CSC)と脈絡膜血管腫に対するPDT治療についても触れる.IPDTの基本的事項1.方法光感受性物質ベルテポルフィン(6mg/m2体表面積)の静脈内投与を10分間かけて行い,薬剤注射開始15分後から病変最大直径(greatestlineardimension:GLD)に1,000μm(safetymargin)を加えた照射野にレーザー光〔波長689±3nm,光照射エネルギー量50J/cm2(照射出力600mW/cm2で83秒間)〕を照射する.GLDはフルオレセイン蛍光造影(?uoresceinangiogra-phy:FA)によって測定し,脈絡膜新生血管(choroidalneovascularization:CNV)のほかに漿液性網膜色素上皮?離(retinalpigmentepithelialdetachment:PED),出血,蛍光ブロック,光凝固瘢痕を含む.ただし,乳頭近傍の病変では視神経への障害を避けるために視神経乳頭縁から200μm以上の距離をあけて照射を行う必要がある.両眼に治療対象となる病変がある場合,基本的には片眼ずつの治療が望ましいが,経済的理由などやむを得ず両眼同時に治療を行う場合には正常組織への影響を考え,ベルテポルフィンの投与開始後から20分以内に◆MasayukiOhnaka&*KanjiTakahashi:関西医科大学医学部眼科学教室〔別刷請求先〕大中誠之:〒573-1010大阪府枚方市新町2-5-1関西医科大学医学部眼科学教室(0910-1810/20/\100/頁/JCOPY(49)163両眼の照射を終えることが推奨される.実臨床においては,上記標準的方法に加えて,①インドシアニングリーン蛍光造影(indocyaninegreenangi-ography:IA)で検出されたCNVのみをカバーして照射野を決定する方法(IA-guidedPDT)6),②減弱PDTまたは半量PDT7),③PCVのポリープ状病巣のみを照射する方法(polyp-selectivePDT)8,9),④レーザースポットを動かしながら照射を行う方法(ironingPDT)10),などのmodi?edmethods11)が個々の病態に合わせて用いられている.2.CNVに対する作用機序ベルテポルフィンは血中の低比重リポ蛋白(low-den-sitylipoprotein:LDL)に結合し,CNVの血管内皮細胞に多数発現しているLDLレセプターを介して細胞内に取り込まれる.そこにレーザー光が照射されると取り込まれたベルテポルフィンが光化学反応を起こし,活性酸素の一つである一重項酸素が発生する.一重項酸素によって血管内皮細胞は傷害を受け,そこに血小板が粘着・凝集することで血栓が形成され,CNVが閉塞する.3.利点と欠点11)PDTの利点として,①眼内炎や脳梗塞などの抗VEGF療法で起こりうる重篤な有害事象がなく,全身副作用が少ないこと,②すでに脳梗塞,心筋梗塞などの脳心血管合併症を有する患者にも使用できること,③血管閉塞効果が高く長期間持続すること,④治療回数が少なくすむこと,⑤治療後の受診は3カ月間隔でよいので受診回数が少なくすむこと,などがあげられる.反面,欠点として,①治療後2日間は太陽光,ハロゲンランプなど強い光への暴露を避ける必要があること,②脈絡膜毛細血管やさらに深層の脈絡膜血管が一時的に閉塞するなど脈絡膜循環障害が生じること,③複数回の治療により網膜色素上皮が萎縮すること,④出血や急性視力低下などの術後の副反応がみられること,⑤視力0.1?0.5,病変サイズ5,400μm未満が標準的適応であり,適応に限界があること,などがあげられる.II滲出型AMDに対する治療1.PDT単独療法市販後に行われたPDT新ガイドライン調査12)の結果,PDT単独療法は日本人の滲出型AMD(典型AMDとPCV)に対して1年間の視力維持効果を示し,とくに病変最大径1,800μm未満の小さい病変やPCVに対しては視力の改善効果を認めた.しかし,PDT単独療法の副反応として急性視力低下(術後1週間以内に発生)と網膜下出血が問題としてあげられる.早期の副反応はPDT施行後に起こる著明な炎症反応やVEGFの増加によるものと考えられている13).出血はCNVへの血流の再灌流が起こり始める1カ月前後にもっとも多い.筆者らの経験では急性視力低下の頻度は約5%であり,その原因として2型新生血管を含む典型AMDや,進行した網膜血管腫状増殖(retinalangiomatousprolif-eration:RAP)においてCNVの急速な収縮や線維化が発生した症例に多く,またPDT後に一過性に滲出の増強が生じやすい5,400μm以上の大きい病変に頻度が高い傾向にあった.一方,術後出血は,2005年に報告されたPDT術後出血スタディ(国内6施設,695眼,代表:白神史雄・岡山大学教授)の結果,血管アーケードを越える重症出血例は3.7%(典型AMD3.2%,PCV5.0%)にみられ,線維血管性網膜色素上皮?離(?brovascularretinalpig-mentepithelialdetachment:FVPED)における頻度も高い傾向にあった.硝子体出血の頻度は全例で1.0%(典型AMD1.3%,PCV0.5%)であった.現在は,上記副反応を減らす目的で次に述べる抗VEGF薬との併用療法が一般的であるが,脳梗塞直後など全身的な問題から抗VEGF薬が使用できない場合や,注射に対する恐怖心から硝子体注射を行えない症例には適応がある.2.抗VEGF薬とPDTの併用療法PDT単独療法後に生じる網膜下出血などの副反応を抗VEGF薬により抑制できることが報告14,15)されてから,PDTを行う場合,抗VEGF薬を併用することが一164あたらしい眼科Vol.37,No.2,2020(50)般的となっている.副反応の抑制効果は,抗VEGF薬がPDT後にみられる治療後1週以内の異常な滲出を抑制すること,PDT後の脈絡膜血管閉塞(相対的虚血)によるVEGFのup-regulationを抑えることでCNVの異常増殖を抑制することなどに起因すると考えられる.PDTと抗VEGF薬の治療のタイミングに関しては,抗VEGF薬による眼内炎などの合併症を考慮して,抗VEGF薬投与をPDTの前に行う施設が多く,さらにラニビズマブを使用した場合,PDTの7日前より2日前投与のほうが治療効果が高かった16)ことから,当院では基本的にPDTの2日前に抗VEGF薬の投与を行っている.2012年に報告されたAMDの治療指針17)では,典型AMDは抗VEGF薬の単独療法,PCVは視力0.5以下の症例はPDTを含む治療法,0.6以上の症例は抗VEGF薬の単独療法,RAPは治療回数の少ないPDTと抗VEGF薬の併用療法が推奨され,視力良好例には抗VEGF薬単独療法も考慮してよいとされている.典型AMDに対してPDT併用療法が推奨されない理由は,欧米の大規模臨床試験18,19)の結果,ラニビズマブ単独群のほうがラニビズマブ+PDT併用群より12カ月後の平均視力の改善幅が大きい傾向にあったことからもわかるように,典型AMDに対するPDTの効果が弱いことがあげられる.RAPに対しては抗VEGF薬とPDTの併用療法が推奨されているが,治療指針の公表後に発売されたアフリベルセプトの治療効果の高さや早期に治療が行われるようになったことによる重症例の減少,PDTを併用することによる黄斑萎縮促進の可能性などを背景に,現在は初期治療として抗VEGF薬の単独療法を選択する施設が多い.しかしながら,典型AMD,RAPにおいても,①抗VEGF薬投与例において,最初から治療抵抗性を示すinitialnon-responder,②抗VEGF薬投与の途中から効果が減弱あるいは無効となり,投与がより頻回になる耐性例,③経済的負担の問題または高齢者で頻回の通院や家族の付添いが困難であり,患者がより少ない治療回数を望む場合には併用療法も適応となる.ただし,PDTに抗VEGF薬を併用しても出血のリスクがすべてなくなるわけではないので,視力良好例に対する適応は慎重に判断する必要がある.視力0.5以下のPCVの治療には,PDTを含む治療法が推奨されていることからわかるように,併用療法の有効性についてはこれまでに多数の報告がある.とくに併用療法の適応を考えるうえで参考となるのはEVER-ESTII4,5)試験とPLANET試験20,21)である.EVERESTII試験はPCVに対して,ラニビズマブ単独とラニビズマブ+PDT併用の治療効果を無作為前向きで比較検討した試験である.1年目のポリープ完全退縮率はラニビズマブ単独群33.8%に対し,併用群では69.7%と有意に高く,視力の改善もラニビズマブ単独群+5.1文字に対し,併用群では+8.1文字と有意に高かった.2年目22)も併用群の優位性は変わらず,ポリープ完全退縮率は単独群26.7%に対し,併用群では56.6%,視力の改善は単独群+5.5文字に対し,併用群では+9.6文字と有意に高かった.この結果から,少なくとも2年間はラニビズマブとPDTの併用療法のほうが,ラニビズマブ単独療法よりPCVに対して治療効果が高いことが示された.PLANET試験はPCVに対して,アフリベルセプト単独とアフリベルセプト+PDTによるレスキュー療法を比較検討した試験である.1年目20)のポリープ完全退縮率はアフリベルセプト単独群38.9%に対し,レスキュー群では44.8%,視力の改善はアフリベルセプト単独群+10.7文字に対し,レスキュー群では+10.8文字であった.2年目21)のポリープ完全退縮率は単独群33.1%に対し,レスキュー群では29.1%,視力の改善は単独群+10.7文字に対し,レスキュー群では+9.1文字であった.この結果から,アフリベルセプト単独療法はアフリベルセプト+PDTによるレスキュー療法と比較して非劣勢であることが示された.また,PDTによるレスキュー治療が必要であった症例が15%程度と少なく,PDTレスキュー治療による追加の有用性が認められなかったことから,アフリベルセプト単独療法でPCVのコントロールが可能であることが示された.しかし,単独療法で治療に抵抗する症例も少なからず存在するため,レスキュー治療の有効性や初回併用療法が適している症例の特徴などについての検証が必要と考える.(51)あたらしい眼科Vol.37,No.2,2020165図1ポリープ状脈絡膜血管症(PCV)に対する抗VEGF薬併用PDT70歳,女性のPCV症例.FA,IAにてCNVを同定し,1,000μmのsafetymarginを設けずにスポットサイズを決定した(3,000μm).ラニビズマブ投与後2日目にfull-dosePDTを施行した.治療1カ月後も漿液性網膜?離(serousretinaldetachment:SRD)が残存していたためラニビズマブを追加投与したところ,SRDは消失し,視力も1.0まで回復した.治療4カ月後のIAではポリープ状病巣は消失していた.現在,PCVに対する併用療法の適応を考えるうえで重要な所見としてあげられているのは,脈絡膜血管透過性亢進(choroidalvascularhyperpermeability:CVH)の有無と脈絡膜厚である.CVHのあるPCVではラニビズマブによる滲出抑制効果が弱く23),併用療法による治療成績が良好であった24)と報告されている.また,PCVは典型AMDや正常眼と比較して平均脈絡膜厚が厚いとされており25,26),併用療法の視力予後は脈絡膜の厚い症例で良好であったと報告されている27).この結果は,抗VEGF薬やPDTによって脈絡膜が薄くなること28?30),PCVでは脈絡膜の減少が視力の改善と相関があったとする報告31)からもリーズナブルである.一方,脈絡膜の薄い症例に対する併用療法は,脈絡膜のさらなる菲薄化を招き,黄斑萎縮のリスクが高くなるため適応に関しては注意が必要である.これらの結果から,CVHや脈絡膜肥厚を伴うPCVには抗VEGF薬とPDTの併用療法が推奨される.PCVに対するPDTの適応視力に関しては,2012年の治療指針では併用療法においても0.5以下が推奨されているが,前述のように併用療法によってPDT単独療166あたらしい眼科Vol.37,No.2,2020(52)図2アフリベルセプトによる治療効果不良例に対する抗VEGF薬併用PDT59歳,女性のPCV症例.アフリベルセプトを4回投与したが,漿液性網膜?離(serousretinaldetachment:SRD)の完全消失が得られなかったため抵抗例と判断し,視力は良好であったが,患者と相談のうえ,ラニビズマブとfull-dosePDTの併用療法を施行した.併用療法後1カ月目にはSRDは消失し,その後3カ月間再発なく,視力も1.5と良好であった.法後に生じる網膜下出血などのリスクが減少することがわかり,最近は視力良好例にも適応が広がっている.Fujisan試験32)は,初回からラニビズマブとPDTを併用する群とラニビズマブ単独で治療を開始する群に分け,経過中に滲出性変化を伴うポリープ状病巣が確認されれば,いずれの群においてもPDTを追加するというデザインの前向き試験である.この試験では視力0.1?0.7までの症例を対象としており,結果的には8文字以上の改善が得られたことから,併用療法を行う場合は少なくとも視力0.7以下まで適応を広げてもよいと思われる.PDTを併用するタイミングに関しては,Fujisan試験の結果,1年間の治療回数が初回から併用療法を行った群で有意に少なかったことから,少なくともラニビズマブ使用時は初回からの併用が望ましく,これはPCVの治療において早期にしっかり病態を抑えることが重要であることを示唆している.以上の結果を踏まえて,当院ではGLD5,400μm未満,脈絡膜厚200μm以上,視力0.7以下のPCV症例で,全身状態が悪く初回治療としてラニビズマブを使用する,もしくはアフリベルセプトに対して抵抗性を示す場合にPDT併用を積極的に考慮している(図1,2).IIICSCと脈絡膜血管腫の治療1.CSCに対するPDTCSCの原発病巣は脈絡膜血管の異常な透過性亢進であり,そのために網膜色素上皮のバリアが破綻し,網膜下に漿液が漏出する.急性期は自然回復が望めるために患者の強い希望がなければ経過観察となるが,長期にわたって網膜下への滲出が持続する慢性CSCに対しては,網膜下への漏出を止めるために適応外使用ではあるがPDTが用いられている.(53)あたらしい眼科Vol.37,No.2,2020167図3慢性中心性漿液性脈絡網膜症(CSC)に対する半量PDT64歳,男性の慢性CSC症例.トラック運転手で中心暗点を自覚.当院紹介受診後,カリジノゲナーゼ内服にて3カ月間経過観察したが,漿液性網膜?離(serousretinaldetachment:SRD)の増加を認めたため,半量PDTを施行した.2カ月後にはSRDは完全に消失し,中心暗点の自覚もなくなった.4カ月後の視力は1.5と良好であった.PDTを行うと異常な脈絡膜血管の透過性が抑制されるため,網膜色素上皮のバリア機能は回復し,網膜下への漏出は停止する.その結果,網膜下液は速やかに吸収される.藤田らは,慢性CSC204眼に半量PDT(ベルテポルフィン投与量半量)を行ったところ,治療1年後には89.2%で漿液性網膜?離の完全消失がみられ,著明な視力低下は1例もなく,平均視力は治療前と比較して有意に改善したと報告している33).当院でも慢性CSC症例に対して,照射時間を42秒に短縮し,造影検査による漏出部位と隣接するCVH領域を含め,最小限のスポットサイズで治療を行っており,良好な治療効果を得ている(図3).2.脈絡膜血管腫に対するPDT脈絡膜血管腫は,脈絡膜内に拡張した太い血管が集簇して存在する海綿状血管腫の組織像を示し,黄斑部に漿液性網膜?離や網膜浮腫を生じることがある.これら滲出性変化は,腫瘍血管の透過性亢進や腫瘍の隆起による脈絡膜毛細血管の圧排の結果,網膜色素上皮が傷害されて生じると考えられており,PDTは腫瘍血管の透過性亢進を抑制する目的で用いられる.5年の長期経過の報168あたらしい眼科Vol.37,No.2,2020(54)図4脈絡膜血管腫に対するPDT46歳,男性の脈絡膜血管腫症例.黄斑部に漿液性網膜?離(serousretinaldetachment:SRD)が生じたため,視神経乳頭から200μm離し,safetymarginを設けずに腫瘍部全体にfull-dosePDTを施行した.治療後2カ月目にはSRDは消失し,視力も1.2まで改善した.1年後に再び黄斑部にSRDが生じたため,同様にPDTを施行したところ,3週間後にはSRDはほぼ消失し,2カ月後には視力も1.2まで改善した.2回目治療後1年目においても黄斑部にSRDはなく,視力も良好であったが,腫瘍部には網膜浮腫を認めている.告34)もあるが,症例数が少なく,脈絡膜血管腫に対するPDTは保険適用外である.標準的なfull-dosePDTを血管腫全体に照射することで,滲出は速やかに消失することが多いが,血管腫自体は残存するため再発することもまれではない(図4).しかし,過去に行われてきた光凝固治療による強い網膜色素上皮のダメージによる不可逆性のCMEはPDTでは起こりにくいという利点がある.おわりに滲出型AMDの治療にPDTを用いる場合,網膜下出血などの副反応は抗VEGF薬を併用してもゼロにはならない.しかし,抗VEGF薬の頻回投与が問題となってきている今,エビデンスのあるPDTを活用することは重要なことである.近年,脈絡膜大血管(Haller層)の拡張や造影検査による脈絡膜血管透過性亢進などを特徴とするパキコロイド関連疾患の概念が提唱され,その疾患群にCSCとPCVも含まれている.これら2疾患にPDTが有効であることから,パキコロイド関連疾患の一つであるpachychoroidneovasculopathy(PNV)に対してもPDTが有効である可能性は高い.現在,PNVに対するPDTの効果については各施設で検討されており,今のところ有効とする報告が多いようであるが,長期成績を含め,今後のさらなる検討が必要であろう.(55)あたらしい眼科Vol.37,No.2,2020169最後に,カールツァイス社のビズラスPDTシステム690Sの製造中止に伴い,現在はカンテルメディカル社の眼科用PDTレーザー装置VitraPDTレーザーシステムも保険適用機器であることを付記しておく.文献1)BresslerNM;TreatmentofAge-RelatedMacularDegen-erationwithPhotodynamicTherapy(TAP)StudyGroup:Photodynamictherapyofsubfovealchoroidalneo-vascularizationinage-relatedmaculardegenerationwithvertepor?n:two-yearresultsof2randomizedclinicaltri-als-tapreport2.ArchOphthalmol119:198-207,20012)JapaneseAge-RelatedMacularDegenerationTrial(JAT)StudyGroup:Japaneseage-relatedmaculardegenerationtrial:1-yearresultsofphotodynamictherapywithvertepor?ninJapanesepatientswithsubfovealchoroidalneovascularizationsecondarytoage-relatedmaculardegeneration.AmJOphthalmol136:1049-1061,20033)OishiA,KojimaH,MandaiMetal:Comparisonofthee?ectofranibizumabandvertepor?nforpolypoidalcho-roidalvasculopathy:12-monthLAPTOPstudyresults.AmJOphthalmol156:644-651,20134)KohA,LaiTYY,TakahashiKetal;EVERESTIIstudygroup:E?cacyandsafetyofranibizumabwithorwith-outvertepor?nphotodynamictherapyforpolypoidalcho-roidalvasculopathy:arandomizedclinicaltrial.JAMAOphthalmol135:1206-1213,20175)TakahashiK,OhjiM,TerasakiHetal:E?cacyandsafe-tyofranibizumabmonotherapyversusranibizumabincombinationwithvertepor?nphotodynamictherapyinpatientswithpolypoidalchoroidalvasculopathy:12-monthoutcomesintheJapanesecohortofEVERESTIIstudy.ClinOphthalmol12:1789-1799,20186)OtaniA,SasaharaM,YodoiYetal:Indocyaninegreenangiography:guidedphotodynamictherapyforp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汎網膜光凝固

2020年2月29日 土曜日

汎網膜光凝固PanretinalPhotocoagulation(PRP)─PastandPresent和田伊織*中尾新太郎*はじめに眼疾患に対するレーザー治療は,1949年Meyer-Schwickerathによる眼底への太陽光線の照射に始まった.以来,光源にはキセノン,ルビーレーザー,アルゴンレーザー,クリプトンレーザー,アルゴンダイレーザーが使用されてきた.1960年代には眼科領域として初めて糖尿病網膜症に対する治療法として用いられた1).1971年にアルゴンレーザーが市販され,1976年には網膜疾患に対する周辺部網膜への部分的光凝固による新生血管の退縮が報告され,汎網膜光凝固(panretinalpho-tocoagulation:PRP)の有用性が示された2).1973年にはわが国でも導入され,糖尿病網膜症による失明を防ぐ治療として日常診療に広く普及した(表1).本稿ではPRPの歴史と臨床的意義について述べる.I汎網膜光凝固PRPの有効性については,わが国において1973年に菅が報告しているが3),1981年には米国における糖尿病網膜症に対する大規模臨床試験(DiabeticRetinopathyStudyResearchGroup)により有効性が報告された3).PRPの奏効機序について述べる.レーザー光のおもな吸収体は網膜色素上皮(retinalpigmentepithelium:RPE)や脈絡膜メラノサイトに存在するメラニン色素になるが,吸収されずに拡散した熱が周囲の細胞や酸素需要量が高い視細胞を変性壊死させ,その結果,酸素需要が減少し,脈絡膜から網膜側への酸素供給が促進されることで,酸素の需要と供給のバランスが改善するとされる.また,虚血状態の改善により,虚血網膜からの血管内皮増殖因子(vascularendothelialgrowthfactor:VEGF)などの血管新生促進因子を抑制し,新生血管発生予防や鎮静化をもたらすとも考えられている.これらの仮説は動物実験や細胞培養実験により裏づけられている4).また,より有効なPRPを施行するために,近年では幾何学的側面から有効性の検討も行われている.たとえば網膜全体の表面積を測定し(1,092mm2),密にPRPした場合とそうでない場合でのスポット数の差や(1,222vs1,814),網膜全体に対するスポット数の割合を計測している5).現在のPRPは定性的な側面があるが,今後定量的な治療となることが期待される.PRPは,網膜血管閉塞による虚血状態が生じ,虚血状態の持続により血管新生緑内障や増殖性変化が進行する場合が適応となる.以下に代表的な適応疾患である,糖尿病網膜症,網膜静脈閉塞症,血管新生緑内障について解説する.II糖尿病網膜症糖尿病網膜症における網膜光凝固の目的は大きく二つに分けられる.一つは新生血管の発生予防と消退,活動性を低下させること,もう一つは細小血管や毛細血管瘤からの血漿成分の漏出を防止することである.前者は増殖前糖尿病網膜症(または重症非増殖網膜症)および増殖糖尿病網膜症(proliferativediabeticretinopathy:◆IoriWada&*ShintaroNakao:九州大学大学院医学研究院眼科学分野〔別刷請求先〕和田伊織:〒812-8582福岡市東区馬出3-1-1九州大学大学院医学研究院眼科学分野(0910-1810/20/\100/頁/JCOPY(43)157表1網膜光凝固治療の歴史年次網膜光凝固治療の変遷1949年1960年代1971年1973年1976年1981年1986年1994年1995年1999年2000年代以降Meyer-Schwickerathが太陽光線を眼底に照射眼科領域として初めて糖尿病網膜症の治療に適用アルゴンレーザーが市販わが国へレーザー治療が導入される.菅がPRPの有効性を報告部分的光凝固による新生血管退縮の報告→PRPの有用性が示唆されるDiabeticRetinopathyStudyResearchGroupにより糖尿病網膜症に対するPRPの大規模臨床試験が実施BRVOstudy厚生省(当時)よりわが国の糖尿病網膜症に対する適応および実施基準が示されるCRVOstudyETDRS(EarlyTreatmentDiabeticRetinopathyStudy)により糖尿病網膜症に対するPRPのエビデンスが確立パターンスキャンレーザーの開発(2005年)部分的光凝固によるPDR進行抑制の報告(2012年,日本)PDR)が,後者はおもに黄斑浮腫が対象となる.1994年に糖尿病網膜症に対する光凝固の適応および実施基準が厚生省(当時)から示された.この実施基準によると,PRPの適応は,PDR,隅角および虹彩新生血管,蛍光造影検査にて無灌流領域が3象限以上に存在する場合となる.この適応はわが国の眼科医に広く浸透しているが,明確なエビデンスに基づくものではない.また,わが国では,FAを行い無灌流領域に対してのみ部分的光凝固術を行うことでPDRへの進行が抑制されるという報告があり汎用されている6).一方,海外ではEarlyTreatmentDiabeticRetinopathyStudy(ETDRS)による大規模臨床試験にてエビデンスが確立されている7).こちらは,軽症あるいは中等度の非増殖糖尿病網膜症に対してPRPは奨めず,より重症な場合や,ハイリスクなPDRに至っている場合についてPRPが推奨されている.米国ではこれらの臨床試験の結果から,ETDRS分類で非常に重症な非増殖糖尿病網膜症以上に対してのみPRPを推奨している.以上を基準に考えると,単純網膜症,軟性白斑のみを主要な所見とするDavis分類における増殖前糖尿病網膜症ではPRPの適応とならず,網膜内細小血管異常表2網膜光凝固の特徴利点欠点(副作用)黄斑浮腫新生血管の発生予防と消退硝子体出血血漿成分の漏出防止視野狭窄血管新生緑内障の発生予防夜盲低コスト網膜裂孔全身的な副作用が少ない凝固班の拡大(creeping)最終的な硝子体手術の必要性(intra-retinalmicrovascularabnormalities:IRMA)や静脈拡張,数珠状拡張,ループ形成といった静脈の異常が多発している場合,また蛍光眼底造影において広範な無灌流領域を認めた場合には,PDRに移行する可能性が非常に高いことからPRPの施行を考慮すべきかもしれない.もちろん,PDRは確実なPRPの適応である.また,より早期のPRPを考慮すべき臨床上の要因として,定期的な経過観察が困難な場合,蛍光眼底造影が不可能な場合,若年齢の場合などがあげられる.III網膜静脈閉塞症網膜静脈閉塞症は頻度の高い網膜血管閉塞性疾患である.閉塞部位により,網膜中心静脈閉塞症と網膜静脈分枝閉塞症とに分けられる.さらに網膜中心静脈閉塞症は,網膜虚血の程度により,非虚血型と虚血型とに分類される.前者は血管閉塞がないかまたは軽度で,視力予後も良好な場合が多いのに対し,後者は血管閉塞が広範囲に及んでおり,新生血管やルベオーシスを生じ,牽引性網膜?離や血管新生緑内障をきたすこともあり予後不良であり,PRPの適応となる.無灌流領域に対しては密に凝固する必要がある.とくに高度の虚血を伴う網膜中心静脈閉塞症では,しばしば乳頭上新生血管発生や血管新生緑内障に至ることが多く,PRPを考慮すべきである.部分的な閉塞である網膜静脈分枝閉塞症でも,1986年に米国で行われた多施設共同研究(BranchVeinOcclusionStudyGroup)により,無治療群では22%に,PRP群では12%に新生血管を認めることが報告された8).一方,1995年に報告された網膜中心静脈閉塞症の無作為化臨床試験(CentralVeinOcclusionStudy)では,PRP早期治療群で20%,無治療群では35%に新生血管を認めた9).IV血管新生緑内障血管新生緑内障は糖尿病網膜症,網膜中心静脈閉塞症,未熟児網膜症,高安病,Eales病などで発生し,網膜に広範な血管閉塞が起きた結果,網膜の虚血部位よりVEGFなどの血管新生促進因子が産生され,後眼部のみならず前眼部にまで及んで,虹彩や隅角に新生血管が発生する疾患である.原因としては糖尿病網膜症と網膜中心静脈閉塞症によるものが多数を占めるが,失明のきっかけとなるため,適切な時期に光凝固を行うことで何よりも発症を予防することが大切である.また,発症後も徹底的に光凝固を施行し,血管新生促進因子の発生を抑制することが重要となる10).前眼部や隅角所見の程度にかかわらず,蛍光眼底造影により眼底に虚血を認めるものについてはPRPの適応となる.蛍光眼底造影において広範囲に虚血領域が広がっているような症例では,現時点でまだ血管新生緑内障を発症していなかったとしても,無治療で経過するとその後移行する確率が高いので,眼底が透見可能であれば直ちに光凝固治療を行う必要がある.また,すでにPRPが施行されている場合でも,隅角に新生血管が認められているようであれば,できるだけ早期に光凝固を追加する必要がある.一見十分に施行されているようであっても,周辺部が不十分であったり,凝固斑同士の間隔が広かったりと,追加の余地があるケースが多いからである.V合併症と対策1.黄斑浮腫血液網膜関門(blood-retinalbarrier:BRB)の破綻,網膜循環動態の変化,脈絡膜循環障害,硝子体の収縮などにより生じる.とくに糖尿病網膜症では,施行前より黄斑周囲の血管透過性や血管閉塞が亢進している可能性が十分に考えられる.PRPに伴う炎症反応を抑える対策として,治療日の間隔を少なくとも1週間以上あけること,1回の治療における凝固数を減らすこと,照射領域をあけることが大切である.2.硝子体出血光凝固はBRBを破壊するため,一度に多数の凝固を行うと硝子体の収縮を誘導し,後部硝子体?離を生じることがある.さらに糖尿病網膜症や網膜静脈閉塞症といった網膜新生血管を伴う症例では,後部硝子体?離によって新生血管が破綻し,硝子体出血を生じる可能性がある.対策として,狭い範囲内に密で強度の凝固は避けるべきである.しかし,後部硝子体?離は,時に進行し,格子状変性に網膜裂孔が形成されることがあるので注意が必要である.また,患者へ施行前に説明しておくことも大切である.3.視野狭窄網膜内層に及ぶ強凝固時には,神経節細胞,神経線維層が破壊されて,時に視野欠損,狭窄を生じることがある.網膜静脈閉塞症などの強い網膜出血を伴う症例に,ヘモグロビン(Hb)吸収の高い波長(緑-黄色)で出血部位を凝固した場合,出血で吸収されたレーザー光は網膜内層で熱を発し,神経線維障害を誘導する.破壊された赤血球は貪食処理されるため,出血自体は早期に改善するが,その後視野欠損を生じることがある.対策として,出血部位はできるだけ避けて凝固するか,軽度の出血では赤色波長レーザーにより網膜色素上皮にレーザー光を吸収させて,網膜外層のみに凝固を行う.4.夜盲PRPの場合,網膜周辺部に凝固を行うことになる.網膜周辺部にはとくに桿体細胞が存在するため,凝固により細胞が破壊されると,患者は視野全体を暗く感じる二次性の夜盲を生じることがある.5.時間経過に伴う網膜裂孔の出現と凝固斑の拡大強凝固斑では,時間経過とともに網膜の菲薄化が進行し,網膜裂孔となることがある.たとえば,糖尿病網膜症のPRP後,周辺部に胞状網膜?離が出現した場合,原因として凝固斑に一致した小さな裂孔を認める場合を臨床上経験することが多い.また,時間経過とともに凝固斑周囲では網膜色素上皮細胞の萎縮が拡大する.この現象は“creeping”とよば図1パターンスキャンレーザー後の再発(蛍光眼底造影写真)れ,中心窩への萎縮拡大を起こし,時に不可逆性の視力障害を生じる.VI最近の汎網膜光凝固治療PRP治療の新たな方法として,パターンスキャンレーザーについて紹介する.パターンスキャンレーザーとは,従来の1照射1凝固とは異なり,1回の照射であらかじめ機械に内蔵されたパターン通りの形に網膜光凝固を施行することができるレーザー装置のことである.内蔵されているレーザーパターンには,正方形や円形,弓状などが存在し,等間隔で均一な光凝固を施行することが可能である.パターンスキャンレーザーは,複数あるスポットを連続で順番に照射するため,1スポットの照射時間が短いショートパルスのレーザーを採用している.最大の利点は,一度の手技で複数の照射を得られることである.それにより施術時間の大幅な短縮を望める.たとえば5×5の計25発のパターンを使用した場合,PRP時間は3?4分程度ですむ.また,PRP施行時の最大欠点であった“疼痛”についても,脈絡膜への熱の放散を抑えることで,照射時の痛みを大幅に軽減することが可能となった.欠点としては,ショートパルスであるがゆえにレーザーの安全域(凝固斑が形成される強さから脈絡膜出血を起こすまでの強さ)が狭いこと,中間透光体の影響を受けやすいことである.以上より,1スポットあたりの凝固斑が弱いと考えられ,PRP後にも増殖性変化を伴う症例を経験することがある.パターンスキャンレーザーのほうが従来のPRPに比べ,網膜新生血管,虹彩新生血管,血管新生緑内障の頻度が高いことも報告されている11).以下に筆者らの施設でパターンスキャンレーザー後に再発を認めた症例について報告する.症例:49歳,男性両増殖糖尿病網膜症,糖尿病黄斑浮腫造影検査にて広範囲の無血管野と多数の新生血管を認めたため,PRPの方針となった.当初,従来のレーザー機器を用いて加療を開始したが,疼痛の訴えが強く連続した施行が困難であったこと,網膜症の状態が進行しており早急なPRPの必要があったことから,パターンスキャンレーザーに切り替えた.0.2msec,200μm,300mWと条件設定を行い,全象限に計4,000発施行した.施行2週間後にPRP後の炎症に伴い黄斑浮腫の増悪を認めたが,施行時における疼痛の自覚はなく,その後は経過良好であった.しかし,施行1年後に経過観察目的にて造影検査を再施行したところ,レーザー未治療部のみならず,レーザー瘢痕部にも新生血管の出現を認めた(図1).そこで,従来のレーザー機器を用いてPRP(0.2sec,300μm,100?120mW,yellow)の追加を行った.その後は新生血管の再出現を認めず,経過は良好である.この症例のように,パターンスキャンレーザーに関しては疼痛や時間短縮といった利点があるものの,どのような症例に適応があるのか,またその条件設定などを今後検討していかなければならない.おわりに最近,PDRに対するPRPと抗VEGF療法の治療効果を比較したProtocolSが報告された12).長年にわたりPRPはPDRの標準治療であったが,本報告は抗VEGF療法のPRPに対する非劣勢を示している.さらに,PRPによる標準治療と比較して,周辺視野狭窄,硝子体手術の必要性,糖尿病黄斑浮腫発生率の減少も認めた.しかし,抗VEGF療法の長期的な有効性,予後は未だ不明であり,高コスト,全身的な副作用の問題もある.今後もさまざまな治療薬や治療法が開発されていく中で,PRPは眼科治療に貢献していくと思われる.文献1)MeyerschGr:OphthalmologyandPhotography.AmJOphthalmol66:1011-,1968&DOIDoi10.1016/0002-9394(68)90809-X2)L’EsperanceFAJr:Focalphotocoagulationofretinovitre-alneovascularization.IntOphthalmolClin16:127-143,19763)TheDiabeticRetinopathyStudyResearchGroup:Photo-coagulationtreatmentofproliferativediabeticretinopathy.ClinicalapplicationofDiabeticRetinopathyStudy(DRS)?ndings,DRSReportNumber8.Ophthalmology88:583-600,19814)LipPL,BelgoreF,BlannADetal:PlasmaVEGFandsolubleVEGFreceptorFLT-1inproliferativeretinopa-thy:Relationshiptoendothelialdysfunctionandlasertreatment.InvestOpthalmolVisSci41:2115-2119,20005)NishidaK,SakaguchiH,KameiMetal:Simulationofpanretinallaserphotocoagulationusinggeometricmethodsforcalculatingthephotocoagulationindex.EurJOphthal-mol27:205-209,20176)SatoY,KojimaharaN,KitanoSetal:JapaneseSocietyofOphthalmicDiabetology,SubcommitteeontheStudyofDiabeticRetinopathytreatment:Multicenterrandomizedclinicaltrialofretinalphotocoagulationforpreproliferativediabeticretinopathy.JpnJOphthalmol56:52-59,20127)FongDS,FerrisFL,DavisMDetal;EarlyTreatmentDiabeticRetinopathyStudyGroup:Causesofseverevisuallossintheearlytreatmentdiabeticretinopathystudy:ETDRSreportno.24.AmJOphthalmol127:137-141,19998)RosenbergN:Argon-laserscatterphotocoagulationforpreventionofneovascularizationandvitreoushemorrhageinbranchveinocclusion.Arandomizedclinical-trial.ArchOphthalmol-Chic104:34-41,19869)Arandomizedclinical-trialofearlypanretinalphotocoagu-lationforischemiccentralveinocclusion.TheCentralVeinOcclusionStudy-GroupNreport.Ophthalmology102:1434-1444,199510)DukerJS,BrownGC:Thee?cacyofpanretinalphotoco-agulationforneovascularizationoftheirisaftercentralretinalarteryobstruction.Ophthalmology96:92-95,198911)ChappelowAV,TanK,WaheedNKetal:Panretinalpho-tocoagulationforproliferativediabeticretinopathy:pat-ternscanlaserversusargonlaser.AmJOphthalmol153:137-142,201212)SunJK,GlassmanAR,BeaulieuWTetal:Rationaleandapplicationoftheprotocolsanti-vascularendothelialgrowthfactoralgorithmforproliferativediabeticretinopa-thy.Ophthalmology126:87-95,2019

網膜ナビゲーションレーザー NAVILAS

2020年2月29日 土曜日

網膜ナビゲーションレーザーNAVILASNAVILAS─TheNavigatedRetinalLaser平野隆雄*はじめにNAVILASはナビゲーションシステムを搭載した光凝固装置で,ドイツのOD-OS社により開発された1).従来の光凝固装置と異なり,スリット下での観察システムは備わっておらず,眼底カメラにレーザー光凝固装置が搭載されている.眼底カメラで撮影を行い,得られた画像に他検査を参照して凝固する部位をマーキングして治療計画画像を作成することが可能である.照射の際には患者の眼底にこの治療計画画像が投影され,術者はペダルを踏むだけで計画した凝固部位に光凝固が可能となる.オートトラッキング(自動追尾)システムが搭載されているため正確に,そして治療計画に警戒領域として視神経乳頭や中心窩を照射不能な部位として設定できるため,安全に凝固を行えることがNAVILASの大きな特徴である.発売当初のNAVILASにはその新規性ゆえにいくつかの問題もあった.たとえば初期のNAVILASではグリーンレーザー(波長532nm)が用いられていたため,有効な凝固が得られにくい症例も散見されたが,NAVI-LAS577+では,黄斑付近の凝固がより安全に可能で中間透光体の混濁にも強いイエローレーザー(波長577nm)が搭載された.また,NAVILAS577sでは蛍光眼底撮影の機能が取り除かれ,筐体が足元に移動したことで,全体的にコンパクト(縦70cm×横110cm×高さ127~230cm)になり,ジョイスティックの形状も従来用いられている様式に近いものに変更され,操作性が向上した(図1).このようなバージョンアップに伴いNAVILASは患者にも術者にもより快適なものへと短期間に進化している.本稿ではNAVILASの臨床成績,具体的な使用方法,アーケード内の局所光凝固のみにとどまらないNAVI-LASの多様な臨床応用について概説する.INAVILASの臨床成績NAVILASの特徴としては上述したように光凝固の安全性と正確性があげられる.Kozakらは糖尿病黄斑浮腫61例86眼に対してNAVILASを用いて毛細血管瘤直接凝固を行い,従来の機器による凝固と比較した.その結果,全例で合併症は認められず,毛細血管瘤に対して正確に凝固できる割合は従来の機器では72%であったのに対し,NAVILASでは92%と有意に高く,その安全性と正確性が示された2).近年,糖尿病黄斑浮腫に対しては抗血管内皮増殖因子(vascularendothelialgrowthfactor:VEGF)療法が第一選択とされることが多いが費用,頻回な治療,感染,全身合併症などが問題として残る3).Lieglらは糖尿病黄斑浮腫66例を,抗VEGF薬のラニビズマブの毎月注射3回の導入期後に,必要に応じてラニビズマブを投与する(prorenata:PRN)単独治療群と,NAVILASを用いて局所光凝固を行い,その後ラニビズマブをPRN投与する併用治療群に分け,治療成績について比較検討を行った.12カ月の時点で,改善した文字数は両群間◆TakaoHirano:信州大学医学部眼科学教室〔別刷請求先〕平野隆雄:〒390-8621長野県松本市旭3-1-1信州大学医学部眼科学教室(0910-1810/20/\100/頁/JCOPY(35)149図1NAVILAS外観(OD?OS社提供)従来の光凝固装置と異なり,スリット下での観察システムはなく,眼底カメラにレーザー光凝固装置が搭載されている.術者は眼底を直視下で観察するのではなく,モニターで観察し,さらには操作を行う.当初のNAVILAS(a)からより長波長の凝固が可能なイエローレーザーを搭載したNAVILAS577+(b),コンパクトになり操作性が向上したNAVILAS577s(c)へとバージョンアップがすすんでいる.で有意差を認めなかったが,導入期後に必要であったラニビズマブの投与回数は単独治療群の3.88回に対してNAVILASによる光凝固併用治療群では0.88回と有意に少なかった.また,この報告では導入期以降にラニビズマブ投与が必要であった症例は併用治療群では35%で単独治療群の84%と比較して有意に少なかった4).さらに,この研究は36カ月まで延長され,12~36カ月までのラニビズマブ投与回数は単独治療群3.85回,併用治療群2.91回とNAVILASによる光凝固併用の治療効果が継続することが示された5).糖尿病黄斑浮腫に対する抗VEGF療法の治療回数を減らすことができる治療としてNAVILASによる局所光凝固併用療法は期待される.近年,糖尿病黄斑浮腫以外にも中心性漿液性脈絡網膜症6,7)や脈絡膜新生血管の栄養血管8)に対するNAVILASを用いた光凝固の良好な治療成績が報告されつつあるが,現時点では検討症例数が少なく,今後,より多数例での検討が待たれる.IINAVILASの使用方法NAVILASシリーズはバージョンによって使用方法が若干異なる.本稿ではおもに,最新バージョンのNAVILAS577sを用いてアーケード血管内への網膜光凝固の方法について解説する.基本的にNAVILASシリーズでは眼底撮影や網膜光凝固を行う際,従来のようにスリット下で観察しながらではなく,モニターに写した眼底を観察しながら操作を行う.治療を行う前に,眼底撮影を行う.NAVILAS577sに搭載されている高性能眼底カメラにはカラー眼底写真と赤外光(infraredlight:IR)モードがついている.IRモードは治療時に患者にまぶしさを感じさせずに眼底を観abNon-contactobjective(後極用対物レンズ)Wideanglelens(汎網膜光凝固用対物レンズ)図2NAVILAS577sで用いる2種類の対物レンズ(OD?OS社提供)a:凝固時にレーザー用コンタクトレンズを使用しない場合は対物レンズにnon-contactobjective(後極用対物レンズ)を選択して撮影を行う.non-contactobjectiveを選択した際は網膜上の凝固倍率は自動的に等倍(×1)となる.b:凝固時にレーザー用コンタクトレンズを使用する場合は対物レンズにwideanglelens(汎網膜光凝固用対物レンズ)を選択する.次に,使用するレーザー用コンタクトレンズをpull-downから選択し,実際にそのレンズを患者に使用した状態で撮影を行う.察する際に用い,眼底撮影にはカラー眼底写真モードを用いる.この時,凝固時にレーザー用コンタクトレンズを使用しない場合は対物レンズにnon-contactobjective(後極用対物レンズ)を選択して撮影する.NAVILAS577sではレーザー用コンタクトレンズを使用せずに凝固可能であり,自主的な開瞼が良好な患者には好評である.Non-contactobjectiveを選択した際は網膜上の凝固倍率は自動的に等倍(×1)となる(図2a).一方,凝固時にレーザー用コンタクトレンズを使用する場合は対物レンズにwideanglelens〔汎網膜光凝固(panretinalpho-tocoagulation:PRP)用対物レンズ〕を選択する.次に,使用するレーザー用コンタクトレンズをpull-downから選択し,実際にそのレンズを患者に使用した状態で撮影を行う(図2b).以前のバージョンでは専用のレンズが必要であったが,NAVILAS577sではこの制限はなくなり市販のレーザー用コンタクトレンズが使用可能となり汎用性が各段に向上した.次に,このようにして得られたカラー眼底写真にさまざまな検査を参考に凝固する部位をマーキングし治療計画画像を作成する.まずは警戒領域として視神経乳頭と中心窩の2カ所を照射不能な部位として黄色丸で囲み設定する.NAVILAS577sにはオートトラッキングシステムが搭載されており,治療時に患者が急に眼球を動かしてもこの部位には凝固が行えないようになっている.次に,画面上に表示される単発,2~5×2~5の格子,円形,孤状などの凝固パターンを選択し,カラー眼底写真の凝固したい部位にマウスでクリックもしくは画面をタップすることで選択した凝固のパターンが治療計画画像にマーキングされる.続いて,凝固時間や凝固間隔などを調整していく.カラー眼底写真のみでも治療計画画像は作成可能であるが,NAVILASの大きな特徴としてNAVILAS以外の撮影機器で取得したフルオレセイン蛍b図3治療計画画像と治療中の画面カラー眼底写真にOCTカラーマップ(a),FA(b)画像を位置合わせして重ねた治療計画画像.警戒領域として視神経乳頭と中心窩が照射不能部位として黄色丸で設定されている.各画像の小さな青丸が凝固予定部位となる.NAVILAS577sによる治療中の実際の画面.凝固予定部位の青丸と照射不能部位の黄色丸が投影されたIRモードによるライブ眼底(上段)と治療計画画像(下段)が同時に表示されている.上段の緑羽根(?)が回転していれば同部位に凝固可能となる(c).光造影(?uoresceinangiography:FA)や光干渉断層計(opticalcoherencetomography:OCT)といったさまざまな画像も取り込むことが可能で,それらをカラー眼底写真に重ね合わせて治療計画画像を作成可能でることがあげられる(図3a,b).初期のNAVILASでは取得した眼底写真と取りこむFAやOCTなどの画像との位置合わせが困難であったが,NAVILAS577sでは(ある程度,血管分岐部などを目安に手動で位置を合わせる必要はあるが)半自動的にこの位置合わせが行われるため,術者の手間はかなり軽減された.そして,照射の際は患者の眼底に治療計画画像が投影され凝固を行うという手順をとる.NAVILAS,NAVI-LAS577+ではライブの眼底画像と治療計画画像が一度に表示できなかったが,NAVILAS577sではこの二つの画像をモニターの上下に同時に表示可能で,操作性が向上した(図3c).レーザー発振器はNAVILAS532では半波長YAGレーザーのグリーンレーザー(波長532nm)が用いられていたが,NAVILAS577+・NAVILAS577sでは半励起式半導体のイエローレーザー(波長577nm)が用いられている.カラー眼底モード下でも凝固は行えるが被検者はまぶしいため,一般的にはIRモードで観察している眼底に治療計画画像の予定凝固部位を投影し凝固を行う.後極用対物レンズを用いればレーザー用コンタクトレンズは不要であるが,瞬目が多い症例や固視不良の症例では0°の専用レンズを使用するとよい.PRP用対物レンズを用いて倍率を選択すれば,普段から使いなれているレーザー用コンタクトレンズも使用可能である.前述したように,予定凝固部位はオートトラッキングシステムによって眼球が動いてもその動きについてくる.凝固可能な状態であれば,予定凝固部位周辺の緑羽根が回転しフットスイッチを踏むと実際に光凝固が施行される.眼球の動きがオートトラッキングシステムの許容範囲を超えると,凝固は自動的に停止し,予定外の部位には凝固がなされないように安全面にも配慮がなされている.IRモードでは凝固斑が確認できない.そのため,自動的に凝固部位を撮影して治療画面に表示させることも可能だが,やや冗長になるので筆者らは適宜,カラー眼底写真を撮影し凝固出力を調整しながら凝固を行っている.IIINAVILASの多様な臨床応用1.OCTA画像を用いたNAVILASによる局所光凝固網膜静脈分枝閉塞症や糖尿病網膜症による黄斑浮腫に対する局所光凝固は,FAで毛細血管瘤や無灌流領域を同定して行われることが多いが,実臨床の場では全身状態やアナフィラキシーショックの可能性などからFAの実施をためらう症例も散見される.2018年に保険収載されたOCTangiography(OCTA)は非侵襲的に網脈絡膜循環を評価可能で,日常診療に用いられるようになってきている.NAVILAS577sではOCTA画像も取り込むことが可能で,治療計画画像作成に活用できる.筆者らの施設では抗VEGF療法に対して治療抵抗性を示す黄斑浮腫症例で,OCTAを用いて浮腫が残存する部位を評価し,原因となる毛細血管瘤や無灌流領域が存在すれば,同部位に対してNAVILAS577sを用いて局所光凝固を行っている(図4).OCTAには毛細血管瘤の描出率がFAの62%と低い9)などの懸念もあるが,近年,糖尿病黄斑浮腫の原因となる毛細血管瘤はOCTAの深層で描出されるものに多いことも報告されてきており10),OCTA画像を用いたNAVILASによる局所光凝固は,治療が必要な毛細血管瘤に限局した安全で効果的な手法として期待される.2.NAVILASによる閾値下レーザー短時間のレーザーをパルス照射することで,熱凝固による組織破壊を起こすことなく組織反応を誘導する閾値下レーザー治療が糖尿病黄斑浮腫に対する新しい治療手法として注目されている.しかしながら,従来の凝固装置で行う閾値下レーザーでは凝固後も瘢痕が残らないため,治療を行う部位・行った部位を評価することが困難であった.治療計画画像を作成し,また治療部位がレポートとして表示されるNAVILASにより,この問題が軽減される.高間らは従来治療に抵抗性を示す糖尿病黄斑浮腫14例16眼に対してNAVILAS577+のマイクロセカンドパルス閾値下凝固モードを用いた閾値下レーザーを行い,治療3カ月での良好な治療効果を報告している11).今後,多数例・長期間での照射条件や併用療法についてさらなる検討が必要と考えられるが,NAVILASを用いた閾値下レーザーは治療抵抗性の糖尿病黄斑浮腫に対して選択肢の一つとして期待される.3.NAVILASを用いた汎網膜光凝固上述してきたようにNAVILASといえばアーケード血管内への治療について言及されることが多いが,PRPなどアーケード血管外への凝固もNAVILASは可能である.従来のバージョンでは専用のPRPレンズが必要,1回の照射数が200~300発程度と少ないことなどの問題があったが,NAVILAS577sではこれらが解決され,NAVILASを用いたPRPはより臨床に即したもののとなりつつある.実際に行ってみると,手術時間の短縮・照射不能な部位を設定するため誤照射がほぼ起こりえないという安全性・照射部位の計画と結果を共有できることによる教育的意義を実感する(図5).また,スリット下での観察ではなくモニターを観察しながら行うPRPは硝子体手術時のheads-upsurgeryが眼科医の51.8%abcd図4OCTA画像を用いたNAVILASによる局所光凝固(71歳,男性)糖尿病黄斑浮腫に対して抗VEGF療法を3回施行もOCTカラーマップ(a)で中心窩耳側に黄斑浮腫の残存を認める.取り囲んだOCTA画像を眼底写真に重ねあわせ(b),治療計画画像を作成(c).治療計画画像をもとに局所光凝固施行後1カ月で黄斑浮腫の軽減を認める(d).abc図5NAVILAS577sを用いた汎網膜光凝固a:NAVILAS577sを用いて汎網膜光凝固を行っている様子.市販のレーザー用コンタクトレンズ(マインスターPRP165)を用い,モニターを観察しながら治療を行っている.b:凝固予定部位の青丸と照射不能部位の黄色丸が投影され,連続に一度で凝固を行っているライブのカラー眼底画像.c:NAVILAS577sを用いて汎網膜光凝固を行った眼底写真.周辺部まで整然と並んだ凝固斑が確認できる.が自覚するといわれる筋骨格障害12)を軽減したことと同様に,腰痛持ちの筆者の痛みを軽減してくれるheads-upPRPと個人的に呼称し,普及することを心待ちにしている.おわりにいざ,NAVILASを使用するとなると,従来の凝固装置とはまったく異なる仕様のため,とまどわれる先生も多いと思われる.しかし,今までNAVILASを使用したことがない当院の若手の先生達が実際に使用してみると(もちろん模擬眼などでシミュレーションを行った後ではあるが)初回から問題なく治療を完遂できた.今では従来の凝固装置よりもNAVILASを用いた凝固のほうがスムーズに治療を行っているようにさえ見受けられる.5年前に初代のNAVILASを使用した際は本文中にも述べたようないくつかの問題があり,正直まだまだという印象をもったが,バージョンアップを繰り返し,本当に臨床の場で使用できる凝固装置へと進歩したことを実感する.凝固条件など検討しなくてはいけない問題も残るが,黄斑の局所光凝固,閾値下凝固,PRPを含めた周辺部の光凝固を安全に正確にそして短時間に可能なNAVILASは今後,臨床の場で普及し,患者そして術者に多くの恩恵を与えてくるのではないかと考える.文献1)KerntM,CheuteuR,VounotrypidisEetal:Focalandpanretinalphotocoagulationwithanavigatedlaser(NAVI-LASR).ActaOphthalmol89:e662-e664,20112)KozakI,OsterSF,CortesMAetal:ClinicalevaluationandtreatmentaccuracyindiabeticmacularedemausingnavigatedlaserphotocoagulatorNAVILAS.Ophthalmolo-gy118:1119-1124,20113)SugimotoM,TsukitomeH,OkamotoFetal:Clinicalpreferencesandtrendsofanti-vascularendothelialgrowthfactortreatmentsfordiabeticmacularedemainJapan.JDiabetesInvestig10:475-483,20194)LieglR,LangerJ,SeidenstickerFetal:Comparativeevaluationofcombinednavigatedlaserphotocoagulationandintravitrealranibizumabinthetreatmentofdiabeticmacularedema.PLoSOne9:e113981,20145)HeroldTR,LangerJ,VounotrypidisEetal:3-year-dataofcombinednavigatedlaserphotocoagulation(Navilas)andintravitrealranibizumabcomparedtoranibizumabmonotherapyinDMEpatients.PLoSOne13:e0202483,20186)ChhablaniJ,RaniPK,MathaiAetal:Navigatedfocallaserphotocoagulationforcentralserouschorioretinopa-thy.ClinOphthalmol8:1543-1547,20147)MullerB,TatsiosJ,KlonnerJetal:Navigatedlaserpho-tocoagulationinpatientswithnon-resolvingandchroniccentralserouschorioretinopathy.GraefesArchClinExpOphthalmol256:1581-1588,20188)AlshahraniST,GhaziNG.Navigatedlaser(navilas)thera-pyforchoroidalneovascularandhyperpermeabilitypathologies.RetinCasesBriefRep9:117-120,20159)CouturierA,ManeV,BonninSetal:Capillaryplexusanomaliesindiabeticretinopathyonopticalcoherencetomographyangiography.Retina35:2384-2391,201510)ParravanoM,DeGeronimoD,ScarinciFetal:Progres-sionofdiabeticmicroaneurysmsaccordingtotheinternalre?ectivityonstructuralopticalcoherencetomographyandvisibilityonopticalcoherencetomographyangiogra-phy.AmJOphthalmol198:8-16,201911)高間奏映,笠井暁仁,小島彰ほか:糖尿病黄斑浮腫に対する閾値下レーザーの短期成績.臨眼73:878-883,201912)DhimitriKC,McGwinGJr,MeNealSFetal:Symptomsofmusculoskeletaldisordersinophthalmologists.AmJOphthalmol139:179-181,2005

レーザー周辺虹彩切開術とレーザー隅角形成術

2020年2月29日 土曜日

レーザー周辺虹彩切開術とレーザー隅角形成術LaserPeripheralIridotomyandLaserGonioplasty澤田明*はじめに最近の眼科学における診断学の進歩には目をみはるものがある.緑内障領域では,隅角近傍に関しては超音波生体顕微鏡(ultrasoundbiomicroscope:UBM)や前眼部光干渉断層計(anteriorsegment-opticalcoherencetomography:AS-OCT),視神経乳頭やその周辺部に関しては後眼部OCTなどを駆使することによって,ある程度の診断に導くことは可能となってきている.そのうえ,昨今の人工知能(arti?cialintelligence:AI)ブームの到来である.こうした時代の流れの中,診断よりも直接的な技術習得に若い先生方の興味が向けられるのは至極当然のことといえる.本稿では,緑内障領域で一般に使用されるレーザー周辺虹彩切開術とレーザー隅角形成術のテクニカルな部分に焦点をあてて述べる.Iレーザー周辺虹彩切開術1.適応症例一般的には,急性原発閉塞隅角症(acuteprimaryangleclosure:APAC)/慢性原発閉塞隅角症(chronicprimaryangleclosure:CPAC)および疑い(primaryangleclosuresuspect:PACS)において適応となる.他には膨隆虹彩(irisbombe)などを生じる可能性がある続発閉塞隅角緑内障や色素緑内障なども適応となる.レーザー周辺虹彩切開術(laserperipheraliridotomy:LPI,図1)の目的は,すべての症例において前房-後房間の圧較差をなくすことにある.2.使用レンズアルゴンレーザー照射には,Abrahamレンズ,Wiseレンズなどを用いる.YAGレーザーによる照射にはYAGレーザー用レンズを用いる.3.レーザー前処置(APAC症例を除く症例)レーザー照射1時間前にアプラクロニジンを点眼し,その後2%ピロカルピンを5分ごとに4回点眼する.まず細隙灯顕微鏡検査にて,虹彩の全体的な非薄化が得られているか確認する.レーザー照射部位を決定することは,きわめて重要なステップである.可能なかぎりレーザー照射が少なくできる部位を選択するべきであり,虹彩小窩のある虹彩厚の薄い部位を慎重に観察する.老人環など角膜混濁が存在する部位は避けるべきである.また,上眼瞼で覆われる箇所を選択するほうがよく,個人的には10~11時あるいは1~2時の部位を選択するようにしている.12時の部位はレーザー照射中にレンズに気泡が入ることが多いので避けたほうがよい.4.LPI手順2005年の『あたらしい眼科』9月号の特集を参考に,表1に各大学におけるLPI設定条件を示した1~5).大学ごとに設定条件が異なっているが,アルゴンレーザーにて第一および第二段階を行い,YAGレーザーで第三段◆AkiraSawada:岐阜大学医学部眼科学教室〔別刷請求先〕澤田明:〒501-1194岐阜市柳戸1-1岐阜大学医学部眼科学教室(0910-1810/20/\100/頁/JCOPY(29)143図1レーザー周辺虹彩切開術後a:11時の虹彩周辺部にレーザー孔を認める.b:同部位の高倍率写真.表1さまざまな施設のLPI設定条件施設アルゴンレーザーYAGレーザー第一段階第二段階新潟大学サイズ時間出力照射数200μm0.2sec200mW5~6発50μm0.05sec1,000mW20~30発出力照射数1.0~1.5mJ1~3発山形大学サイズ時間出力照射数500μm0.2sec200mW4~6発50μm0.02sec1,000mW30~50発出力照射数3.0~5.0mJ1~2発琉球大学サイズ時間出力照射数50μm0.1sec600~700mW4~8発出力照射数2.0mJ2~10発愛媛大学サイズ時間出力照射数500μm0.3sec100mW3~5発50μm0.02sec1,000mW20~40発出力照射数2.0~3.0mJ1~3発岐阜大学サイズ時間出力照射数200μm0.2sec200mW10発50μm0.02sec900~1,000mW50発出力照射数1.5mJ1~3発(文献1~5より改変引用)階を施行するところが多いようである.第一段階では,レーザーのサイズを比較的大きめに設定し,虹彩穿孔部位周辺を十分にさらに非薄化させる.第二段階では,逆にサイズを小さくしピンポイントでの虹彩穿孔を達成する.第三段階においては,虹彩穿孔部位をYAGレーザーにて拡大する(図2).第一段階第二段階第三段階虹彩を非薄化させる(ある程度重ねうってもよい).全体的に虹彩が非薄化した領域(灰色)の1点を穿孔させる.図2レーザー周辺虹彩切開術の施行手順虹彩穿孔部位(黒色)を目がけて,YAGレーザーを照射する.a.第一段階筆者は,第1段階はスポットサイズ200μm,出力200mW,時間0.2secの条件下において,やや多めだが10発照射している.第一段階における注意すべき最大のポイントは,あまり照射範囲を拡大しないことである.確実なLPI孔を得るためには,この過程はもっとも重要と考えている.b.第二段階十分虹彩がさらに非薄化したところで,第二段階に移行する.条件としては,サイズ50μm,出力900~1,000mW,時間0.02secとしている.第二段階において注意すべきポイントは,照射数をできるだけ少なくすることである.余剰照射は将来的な水疱性角膜症の原因となりえるため,決して連射はしない.虹彩穿孔が生じると茶褐色の色素が前房中に湧出する現象が観察できる.YAGレーザーが装備されていない施設もあると思われるが,そうした場合は,レーザー孔の拡大をアルゴンレーザーのみで施行する必要がある.c.第三段階アルゴンレーザーで虹彩穿孔が得られたのち,YAGレーザーで穿孔部位の拡大を試みる.レーザー孔が再閉塞しない大きさは,直径200μmとされている.出力1.5mJ,1照射のパルス数1での条件下で1~数発照射している.第三段階において注意すべきポイントは,最初の照射をいかに効率よくレーザー孔拡大が得られる部位に照射できるかということである.時に虹彩からの出血が生じる場合があるが,その際は無理に続行しない.5.LPI施行後施行直後はアプラクロニジン,0.1%ベタメタゾン(消炎目的),トロピカミド配合薬(フェニレフリン含有)(虹彩後癒着予防)を点眼し,ステロイドの点眼のみは数日間使用する.術後眼圧は少なくとも施行後1,2時間は測定し,一過性眼圧上昇を認めた場合には,D-マンニトール点滴などで随時対処する.6.APAC症例APAC症例は必ず角膜上皮浮腫を伴っているため,1~2%ピロカルピン点眼やD-マンニトール点滴あるいはアセタゾラミド側注を行い,レーザー処置前にできるかぎりの眼圧下降を得ることが必要である.眼圧下降が得られれば,角膜上皮浮腫の軽減により,前房の透見性が上昇する.薬物処置後に,瞳孔がほぼ正円に縮瞳していれば,相対的瞳孔ブロックはまず解除されていると考えてよく,いったん眼圧下降は得られる.一方,薬物処置後も瞳孔不整がある症例では周辺虹彩前癒着(peripher-alanteriorsynechia:PAS)が少なくとも部分的には生じてしまっていると考えたほうがよい.薬物処置前には,ほとんどの症例でスペキュラマイクロスコープが撮影できないが,角膜上皮浮腫が軽減すれば撮影可能となる症例が多い.角膜内皮細胞の減少が著しい場合や滴状角膜を認める場合には,LPIは施行せず,図3レーザー隅角形成術後周辺虹彩切除術を考慮したほうがよい.また,薬物治療にもかかわらず前房の透見性が不良な場合も,無理にLPIを選択するべきではない.APACにLPIを施行する場合は,基本的には前述した慢性症例と同様であるが,1)可能なかぎり前房深度が保たれている(角膜後面と虹彩前面が離れている)箇所に施行する.2)あまり虹彩周辺部に施行すると透見性が十分に得ることがむずかしいため,やや中心部寄りに施行したほうがよい.3)レーザー処置後には,トロピカミド配合薬を投与しない.IIレーザー隅角形成術1.適応症例レーザー隅角形成術(lasergonioplasty:LGP,図3)は,プラトー虹彩(図4)に適応される場合が多い.ほかには,レーザー線維柱帯形成術を施行する前処置としてのPACを伴う原発開放隅角緑内障(広義)症例,隅角癒着解離術後(術後癒着防止目的)などに施行される場合もある.また,APAC症例に有効であったとする報告もある.2.使用レンズAbrahamレンズ,Wiseレンズ,Goldmann三面鏡など.図4プラトー虹彩の超音波生体顕微鏡写真3.レーザー前処置LPI施行時と同様である.4.LGP手順条件は成書により異なるが,アルゴンレーザーにてサイズ500μm,時間0.2sec,出力200mWとしている.半周25発を目安に,全周で50発施行している.筆者は1列に照射しているが,2列に施行してもよい.熱凝固のため術後凝固斑が拡大するので,1~2個分間隔を空けて虹彩周辺部に照射する.出力に関しては最初200mWから始めるが,虹彩の凝固状態をみて変更する.実際照射してみると虹彩面が収縮するが,軽く収縮をきたす程度がよい.過剰な凝固は必要ではなく,その場合は出力を低めに再設定する.5.LGP施行後LPI施行時とほぼ同様であり,施行直後はアプラクロニジン,0.1%ベタメタゾン(消炎目的)を点眼し,ステロイドの点眼のみは数日間使用する.術後眼圧は少なくとも施行後1,2時間は測定し,一過性眼圧上昇を認めた場合には随時対処する.おわりに本稿を参考に若い先生方にテャレンジしていただけると幸いなことだが,本当に重要なことはそれぞれの治療に適応する症例か否かということである.実際,閉塞隅角緑内障は診断を誤りやすい疾患であり,岐阜大学への紹介患者でも開放隅角緑内障との診断がなされている紹介状も少なくない.隅角検査は診療単価も低く,かつ骨の折れる検査であることは確かであるが,患者に不利益を与えることがないように確実な診断を基に治療を施行するよう心がけてもらいたい.文献1)福島淳志,上田潤,福地健郎:緑内障専門病院で行っている閉塞隅角緑内障のレーザー治療.新潟大学における実際.あたらしい眼科22:1211-1212,20052)澤田明:緑内障専門病院で行っている閉塞隅角緑内障のレーザー治療.岐阜大学における実際.あたらしい眼科22:1213,20053)菅野誠:緑内障専門病院で行っている閉塞隅角緑内障のレーザー治療.山形大学における実際.あたらしい眼科22:1214-1215,20054)上門千時,石川修作,仲村佳巳ほか:緑内障専門病院で行っている閉塞隅角緑内障のレーザー治療.琉球大学における実際.あたらしい眼科22:1216,20055)溝上志朗:緑内障専門病院で行っている閉塞隅角緑内障のレーザー治療.愛媛大学における実際.あたらしい眼科22:1217,20056)日本眼科学会緑内障診療ガイドライン作成委員会:緑内障診療ガイドライン(第4版).日眼会誌122:5-53,20187)北澤克明監,白土城照,新家眞,山本哲也編:緑内障.医学書院,2004

選択的レーザー線維柱帯形成術

2020年2月29日 土曜日

選択的レーザー線維柱帯形成術MasteringSelectiveLaserTrabeculoplasty(SLT)内藤知子*はじめに選択的レーザー線維柱帯形成術(selectivelasertra-beculoplasty:SLT)は,選択的光加熱分解(selectivephotothermolysis)という原理を応用し,周囲組織に障害を与えることなく線維柱帯の色素細胞のみを選択的に破壊する緑内障治療法である1).以前のアルゴンレーザー線維柱帯形成術(argonlasertrabeculoplasty:ALT)に比較してSLTは照射エネルギーが格段に少なく,線維柱帯の熱変性を生じにくいため,より安全な方法であるとされている2).SLTの作用機序はまだ解明されていないが,Chenら3)はレーザー照射により活性化されたフリーラジカルがマクロファージの貪食能を高めることによって眼圧が下降するという仮説を,またAlvaradoら4)はレーザー照射により放出されたサイトカインがSchlemm管内皮細胞の房水透過性を向上させることによって眼圧が下降するという仮説を提唱しており,選択的な色素細胞の障害による炎症反応の過程で,線維柱帯細胞や貪食細胞が活性化され,線維柱帯の機能的再構築が行われて房水流出抵抗が減弱した結果,眼圧が下降するのではないかと考えられている.ISLTの適応SLTは一般的に施行前眼圧の高いものほど眼圧下降効果が大きく,原発開放隅角緑内障(primaryopenangleglaucoma:POAG)や落屑緑内障がよい適応であるとされてきたが,正常眼圧緑内障(normaltensionglaucoma:NTG)に対しても有効であり,眼圧日内変動における平均眼圧・最高眼圧・日内変動幅を小さくする効果も報告されている5).また,近年ではステロイド緑内障に対する有効性も報告されている6).これらの病型は隅角が広く線維柱帯への照射も容易である.一方,SLT施行後に炎症を惹起しかえって眼圧上昇を招いてしまう恐れのあるぶどう膜炎緑内障や術後眼圧上昇,隅角が狭くてレーザー照射が不可能な原発閉塞隅角緑内障はSLTの適応外と考えられる.IISLTの施行方法SLT施行後の一過性眼圧上昇を予防するために,施行前1時間と施行直後にアプラクロニジンを点眼する.SLTの設定は,QスイッチNd:YAGレーザー使用,照射時間3nsec,照射スポット直径400μmで,これらは変更不可能な条件であるので,術者はレーザーのパワーのみを調整する.照射の際に使用する隅角鏡は,筆者はLatinaの1面鏡を使用しているが(図1),このレンズは隅角を拡大して観察可能であり,レーザー照射がやりやすい.照射は線維柱帯色素帯を中心に行う(図2,3).どの部位が線維柱帯であるかをすぐに同定できるよう,日頃の診療時から隅角検査を積極的に行い,隅角の解剖に慣れておくことが重要である.レーザーのパワーは照射部位に気泡が生じる最小のエネルギーとするのが一般的である.色素沈着が生じている部位は小さいエネ◆TomokoNaito:グレース眼科クリニック〔別刷請求先〕内藤知子:〒700-0821岡山市北区中山下1-1-1グレースタワーIII2階グレース眼科クリニック(0910-1810/20/\100/頁/JCOPY(23)137図1SLTに使用する隅角鏡LatinaSLTGonioLaserLens(Ocular社)(組織図はHoganetal.:Histlogyofhumaneyeより)図2隅角の解剖図3SLT照射部位線維柱帯色素帯を中心に照射する.ルギーでも気泡が生じ,色素沈着のない部位では大きいエネルギーでも気泡が生じないことが多いので,2?3発に1度程度気泡が生じるエネルギーで照射する(図4).照射スポットが重ならない程度に詰めて照射することになっているが,網膜光凝固のように照射斑を生じないため,重ね打ちをしないように照射し,また虹彩に近すぎると毛様体を損傷するので注意する(図5).隅角鏡回旋時には照射部位を見失いやすいので,色素変化や虹彩突起を目印に行う(図6).図4SLT照射の実際強膜岬をガイドに,照射スポットが重ならないように照射する.図5照射エネルギー気泡が出るか出ないかくらいの最小のエネルギーで照射する.(愛媛大学溝上志朗先生のご厚意による)図6隅角鏡回旋時の注意照射部位を見失いやすいので色素変化や虹彩突起を目印に行う.SLTの照射範囲については,これまで国内外からいくつかの報告がなされており3,7),90°,180°,360°と照射範囲が広くなればなるほど眼圧下降効果が大きくなる傾向にあるが,半周照射と全周照射の眼圧下降効果の比較報告では,統計学的有意差を認めたとするものと認めなかったとするものがあり見解が一致していない.SLT施行後に抗炎症点眼薬はあえて使用しない.というのも,SLTの作用機序は線維柱帯での炎症を惹起することで眼圧下降を誘導するともいわれており,抗炎症点眼薬を使用することでかえってSLTの効果が減弱する可能性があるからである8).SLT前に使用していた緑内障点眼薬は,休薬してしまうとレーザーの効果がわからくなるのでそのまま継続し,眼圧の下がり具合をみながら,症例に応じて減薬できる場合には1剤から中止していく.III合併症SLT施行後の一過性眼圧上昇は,アプラクロニジン点眼を併用することによって頻度が低くなったものの,必ず施行1時間後には眼圧を測定し眼圧上昇がないか確認する.SLTにおける照射エネルギーはALTに比べて低いため,SLTによる熱エネルギーによる合併症の頻度は低いと予測されるが,術後一過性眼圧上昇に関しては術後1時間で6mmHg以上の眼圧上昇がALT,SLTの両者ともおよそ3?4%で認められるとされている9).また,SLT施行後に軽微な虹彩炎をきたすことがあるが,通常1週間程度で消炎,周辺部虹彩前癒着形成はないとされており,新田らの報告によると結膜充血,霧視,重圧感などの合併症の出現頻度は26/40(65.0%)と高率であるもののすべて数日間で消失,重篤な合併症はないとされている10).施行後数日間は霧視や結膜充血が生じることを事前に患者に伝え,そのうえで施行1週間後の再診を指示しておく.まれに照射後に著明な眼圧上昇をきたして観血的手術が必要となる症例が報告されており11),すでに視野障害が高度で,使用点眼数の多い症例に施行する場合には,リスクについての十分な説明を行い,眼圧上昇した場合には速やかに観血的手術に踏み切る準備をしたうえで行う.SLTの安全性を過信することは禁物であり,最終的に観血的手術が行えない・あるいは拒否する患者に対して安易にSLTを施術することは避けなければならず,適応には十分な注意を払うことが必要と考える.IVSLTの治療成績狭義POAGにおける追加治療としてのSLT治療の眼圧下降効果についての報告は多数あり,いずれの報告でも眼圧下降率は20?30%程度となっている1,12).徳田らは,SLT施行後12カ月以上経過観察できた46眼(ステロイド緑内障10眼,POAG16眼,落屑緑内障10眼,混合緑内障10眼)の治療成績を検討した結果,眼圧下降率はステロイド緑内障群35.9%,POAG群13.2%,落屑緑内障群10.7%,混合緑内障群6.9%で,ステロイド緑内障群は他の病型と比較して有意な眼圧下降率を示したと報告している.また,累積生存率(眼圧が手術療法施行前またはSLT前と同等もしくは2回連続して上回った場合に死亡と定義)は,ステロイド緑内障群80.0%,POAG群56.3%,落屑緑内障群50.0%,混合緑内障群40.0%であり,ステロイド緑内障はSLTを試してみる価値のある病型であるとされている6).一方,齋藤らは最大耐用薬剤使用中のPOAGにSLTを施行した結果,施行前眼圧20.9±3.4mmHgが施行後18.7±4.6mmHgと下降したが,下降率は10.0%,Kaplan-Meier法による12カ月後の眼圧累積生存率は23.2%と不良であった13).3剤以上緑内障点眼薬を使用している症例では,房水産生抑制作用やぶどう膜強膜流出路促進作用は点眼薬にて図られている.SLTは線維柱帯を介する主経路からの房水流出促進作用があるので,最大耐用薬剤使用中の症例にも理論上は効果が期待できるが,施行後の眼圧下降効果は不良という結果であった.Mikiらは,最大耐用薬剤使用中(平均3.4剤)の緑内障患者(POAG39眼,落屑緑内障23眼,続発開放隅角緑内障(secondaryopenangleglaucoma:SOAG,13眼)にSLTを施行し1年以上経過観察し,眼圧がSLT前と同等かそれ以上上昇した場合を脱落基準1,SLT施行前より眼圧下降率が20%未満になった場合を脱落基準2としたところ,基準1での成功率45.3%,基準2での成功率14.2%であり,多変量解析の結果,SLT前の眼圧が高いほど,病型ではSOAGが,成功率が有意に悪かったと報告している14).第一選択治療としてのSLTについては,すでにいくつか報告されている8,10).McIlraithら8)は,SLT前眼圧26.0±4.3mmHgがSLT1年後に17.8mmHgと有意に下降し,ラタノプロスト点眼を行った場合と同等の眼圧下降があったと報告している.新田らは,日本人NTG患者に第一選択治療としてSLTを施行し,その治療成績についてプロスペクティブに3年間観察した結果,眼圧はSLT前15.8±1.8mmHg,3年後13.5±1.9mmHgと有意に下降,眼圧下降作用が減衰し点眼治療を開始した症例が10/40(25.0%)あるものの,累積視野生存率は82.4%であり,NTGへのSLT第一選択治療は有効な緑内障治療法の一つであると結論づけている10).そして今年“Lancet”に,POAGと高眼圧症に対して,第一選択治療としてSLTを施行した場合と標準的点眼治療を行った場合の比較を,多施設で前向きに検討したトライアルが報告された(ThelaserinGlaucomaandOcularHypertensionTrial:LiGHT)15).累積の目標眼圧達成率はSLT群では93.0%,点眼群では91.3%,経過中に病状進行した割合は点眼群で多かった.SLT群は36カ月の時点で無点眼で目標眼圧を維持できている割合が78.2%あり,費用対効果のうえでもSLT群がより安価で,点眼群は整容的な副作用や全身への影響も考慮しなくてはならないが,SLT群ではその懸念もないなど,緑内障の初期治療としてSLTは安全で有用な選択肢であることが示された.これらの報告からも,追加治療としてのSLTだけでなく,SLTは第一選択治療としても効果的な緑内障治療として,今後ますますその存在意義を発揮すると考える.以上のようにSLTはとても魅力的な治療法であるが,施行しても眼圧下降がほとんど得られないnon-responderが3割程度存在することを忘れてはならない1).SLTの治療効果と,年齢・性別・内眼手術の既往・水晶体の有無には関連性を認めず,緑内障点眼治療状況や糖尿病の有無も眼圧下降効果とは無関係と報告されており16,17),どのような症例がnon-responderになりやすいかをSLT施行前に判断することはなかなか困難である.よって,施行前に眼圧下降効果が得られない可能性が3割程度あることを患者には説明し,承諾を得ておく必要がある.反復照射については,SLTは理論上,線維柱帯の構造には影響を与えないとされており,再照射が可能とされている2).しかし,初回SLTより半年以内での再照射や,3回目以上の反復照射についてはほとんど報告がないうえ,SLT照射で線維柱帯の一部に軽度の断片化や破壊を生じるとの報告もあるなど18),反復照射には限界がある可能性があるので,効果の少ない症例に安易に繰り返すべきではない.おわりに緑内障はこれまで点眼による眼圧下降治療が主体に行われてきたが,アドヒアランスが不良な症例や自然脱落症例も多い.一方SLTは,1度施行すればresponderの場合には一定期間にわたり安定的に眼圧下降効果が持続するので,アドヒアランスの観点からも非常に有用である.SLTは組織障害性が軽度であるので反復照射が可能,という利点のみを拡大解釈し不必要なSLT治療を行うことは避けるべきであり,また,SLTに頼るあまりに観血的手術を逸するリスクについても慎重に考える必要があるが,SLTが点眼治療に勝る点は多く,SLTの特徴をよく理解したうえで適応をきちんと選ぶことにより,SLTは今後,緑内障治療における第一選択あるいは第二選択として位置づけられる,とても効果的な治療法になると思われる.文献1)LatinaMA,SibayanSA,ShinDHetal:Q-switched532-nmNd:YAGlasertrabeculoplasty(selectivelasertra-beculoplasty):amulticenter,pilot,clinicalstudy.Ophthal-mology105:2082-2088,19982)KramerTR,NoeckerRJ:Comparisonofthemorphologicchangesafterselectivelasertrabeculoplastyandargonlasertrabeculoplastyinhumaneyebankeyes.Ophthal-mology108:773-779,20013)ChenC,GolchinS,BlomdahlS:Acomparisonbetween90degreesand180degreesselectivelasertrabeculoplas-ty.JGlaucoma13:62-65,20044)AlvaradoJA,AlvaradoRG,YehRFetal:Anewinsightintothecellularregulationofaqueousout?ow:howtra-becularmeshworkendothelialcellsdriveamechanismthatregulatesthepermeabilityofSchlemm’scanalendo-thelialcells.BrJOphthalmol89:1500-1505,20055)GuzeyM,ArslanO,TamcelikNetal:E?ectsoffrequen-cy-doubledNd:YAGlasertrabeculoplastyondiurnalintraocularpressurevariationsinprimaryopen-angleglaucoma.Ophthalmologica213:214-218,19996)徳田直人,井上順,山崎泉ほか:ステロイド緑内障に対するselectivelasertrabeculoplastyの有用性.日眼会誌116:751-757,20127)NagarM,OgunyomadeA,O’BrartDPetal:Aran-domised,prospectivestudycomparingselectivelasertra-beculoplastywithlatanoprostforthecontrolofintraocularpressureinocularhypertensionandopenangleglaucoma.BrJOphthalmol89:1413-1437,20058)McllraithI,StrasfeldM,ColevGetal:Selectivelasertra-beculoplastyasinitialandadjunctivetreatmentforopen-angleglaucoma.JGlaucoma15:124-130,20069)DamjiKF,ShahKC,RockWJetal:Selectivelasertra-beculoplastyvargonlasertrabeculoplasty:aprospectiverandomisedclinicaltrial.BrJOphthalmol83:718-722,199910)新田耕治,杉山和久,馬渡嘉郎ほか:正常眼圧緑内障に対する第一選択治療としての選択的レーザー線維柱帯形成術の有用性.日眼会誌117:335-343,201311)HarasymowyczPJ,PapamatheakisDG,LatinaMetal:Selectivelasertrabeculoplasty(SLT)complicatedbyintraocularpressureelevationineyeswithheavilypig-mentedtrabecularmeshworks.AmJOphthalmol139:1110-1113,200512)JuzychMS,ChopraV,BanittMRetal:Comparisonoflong-termoutcomesofselectivelasertrabeculoplastyver-susargonlasertrabeculoplastyinopen-angleglaucoma.Ophthalmology111:1853-1859,200413)齋藤代志明,東出朋巳,杉山和久:原発開放隅角緑内障症例への選択的レーザー線維柱帯形成術の追加治療成績.日眼会誌111:953-958,200714)MikiA,KawashimaR,UsuiSetal:Treatmentoutcomesandprognosticfactorsofselectivelasertrabeculoplastyforopen-angleglaucomareceivingmaximal-tolerablemedicaltherapy.JGlaucoma25:785-789,201615)GazzardG,KonstantakopoulouE,Garway-HeathDetal:Selectivelasertrabeculoplastyversuseyedropsfor?rst-linetreatmentofocularhypertensionandglaucoma(LiGHT):amulticentrerandomisedcontrolledtrial.Lan-cet393:1505-1516,201916)MaoAJ,PanXJ,McIlraithIetal:Developmentofapre-dictionruletoestimatetheprobabilityofacceptableintra-ocularpressurereductionafterselectivelasertrabeculo-plastyinopen-angleglaucomaandocularhypertension.JGlaucoma17:449-454,200817)MartowE,HutnikCM,MaoA:SLTandadjunctivemedi-caltherapy:apredictionruleanalysis.JGlaucoma20:266-270,201118)CvenkelB,HvalaA,Drnovsek-OlupBetal:Acuteultra-structuralchangesofthetrabecularmeshworkafterselectivelasertrabeculoplastyandlowpowerargonlasertrabeculoplasty.LasersSurgMed33:204-208,2003

フェムトセカンドレーザーを用いた白内障手術

2020年2月29日 土曜日

フェムトセカンドレーザーを用いた白内障手術FemtosecondLaser-AssistedCataractSurgery(FLACS)谷口紗織*ビッセン宮島弘子*はじめに白内障手術は,術者が顕微鏡下で眼球の状態を観察しながら,器具を使って水晶体を摘出し,眼内レンズ(intraocularlens:IOL)を挿入するマニュアル操作で行われてきた.そのため,術者の熟練度によって手術時間や眼球への侵襲に差が出ることは避けられない.フェムトセカンドレーザーは,手術室で眼球を光干渉断層計(opticalcoherencetomography:OCT)で測定し,その結果に基づきレーザー照射部位を決定するため,術者の熟練度による差がなく,マニュアル操作では不可能な組織の切開を可能にする.フェムトセカンドレーザーを用いた白内障手術(femtosecondlaser-assistedcata-ractsurgery:FLACS)は,2009年にNagyらにより初めて報告され1),わが国でもLenSx眼科用レーザー手術装置(アルコン)とカタリスプリシジョンレーザー(ジョンソン・エンド・ジョンソン)の2機種が厚生労働省の承認を得ている.ここでは,FLACSの術式を説明し,従来のマニュアル操作による手術と何が異なるのか,FLACSの利点と問題についてまとめる.近年,医療分野でも注目されている人工知能(arti?cialintelli-gence:AI)のFLACSヘの導入について,筆者らが調べた範囲では報告がないため,その可能性についても考えてみる.IフェムトセカンドレーザーとOCTFLACSは,光切断(photodisruption)を用いて角膜・水晶体前?・水晶体核の各組織の切開を行う(図1).フェムトセカンドレーザーは,フェムト秒(10-15秒)という超短パルスのレーザーで,生体組織に照射をすると,照射部位に熱を発生せずにプラズマ爆発を起こす.プラズマ爆発を起こした組織は,二酸化炭素と水に分解されるため,組織内にはキャビテーションバブルという気泡が発生し,組織に空洞ができる.この空洞を連結させてミシン目状に切断する(図2).FLACSは,最初に眼球の測定を行い,その後にレーザー照射となるが,この間,接眼器具(patientinter-face:PI)を用いて眼球を固定する.PIは,接眼部が角膜に直接触れる接触式と,間に液体(BSSPlus)を満たして使用し,器具が直接角膜に触れない非接触式(浸水式)がある.LenSxのPIは接触式で(図3),眼球の吸引固定がしっかりしているため,照射中のわずかな眼球の動きを抑え,正確な位置にレーザー照射ができる.角膜接触面にソフトコンタクトレンズを装着させたSoft-Fitpatientinterfaceにより,硬いPIによる角膜圧迫が軽減され,OCT測定およびレーザー照射の精度が向上した.カタリスのPIは浸水式で,liquidopticinterface(LOI)とよばれ,サクションリングとディスポーザブルレンズからなる.サクションリングを角膜に吸引させ,BSSplusを満たした後,フェムトセカンドレーザー装置に装着したディスポーザブルレンズとドッキングする.角膜を圧平しないため,眼圧の上昇が抑えられる.PIを装着後,レーザー装置に搭載されているOCTで◆SaoriYaguchi&*HirokoBissen-Miyajima:東京歯科大学水道橋病院眼科〔別刷請求先〕谷口紗織:〒101-0061東京都千代田区神田三崎町2-9-18東京歯科大学水道橋病院眼科(0910-1810/20/\100/頁/JCOPY(17)131図2レーザーによる切開組織にできた空洞が連結され,ミシン目状の切断面となる.図1レーザー照射が可能な各組織角膜,水晶体前?,水晶体内への照射が可能である.図3接触式接眼器具(PI)角膜上に水色のPIをのせ,吸引にて固定する.図4レーザー装置に搭載されたOCTによる測定OCTの測定画面を見ながら,レーザー照射デザインを決める.角膜から水晶体後面まで測定する(図4).LenSxでは,circleスキャンとlineスキャンを組み合わせた三次元解析を用い,カタリスでは1万本以上のAスキャンを行い,三次元イメージを合成している.OCT測定の結果に基づいてフェムトセカンドレーザー照射のデザインを決め,水晶体前?切開,水晶体核分割,角膜切開を行う.角膜乱視症例には,乱視の程度に合わせて角膜弧状切開も行える.IIFLACSとマニュアル操作の違いFLACSの手順を図5に示す.FLACSでは,PIを装着してフェムトセカンドレーザー装置でOCT測定およびレーザー照射を行ったあとに,患者を手術顕微鏡下に移動して,残りの手術操作である超音波乳化吸引術(phacoemulsi?cationandaspiration:PEA)とIOL挿入を行う.レーザー照射は,レーザーにより発生した気泡が組織への照射に影響を与えないように水晶体前?切開,水晶体核分割,角膜切開の順となる.マニュアル操作で行う角膜切開,水晶体前?切開,水晶体核分割の手順とは異なる.1.前?切開FLACSでは,OCT測定後に設定した場所に設定した径で正円に前?切開ができるのが利点である.また,前?切開の中心は,LenSxでは瞳孔縁の形状をもとに決定し,カタリスでは水晶体?,輪部,瞳孔から選択でフェムトセカンドレーザー手術顕微鏡PI装着OCT測定レーザー照射水晶体吸引眼内レンズ挿入図5FLACSの手順フェムトセカンドレーザー装置でレーザー照射終了後,手術顕微鏡下に移動して水晶体吸引と眼内レンズ挿入を行う.図6レーザーによる前?切開眼内レンズ全周が前?で均等に覆われている().きる.使用するIOLの光学径に応じた大きさに正円で偏心が少ない前?切開ができるため,前?がIOL周辺を均等かつ完全に被覆するこができる(図6).その結果として,IOLのセンタリングが良好でかつ傾斜が少なく,後発白内障が抑制されるので,乱視矯正のためのトーリックあるいは多焦点IOLといった高機能IOLに有用とされている2,3).レーザーは,マニュアル操作で前?切開が困難な成熟白内障やZinn小帯脆弱・断裂例でその威力を発揮する.成熟白内障では,粘弾性物質(ophthalmicviscosurgical図7Zinn小帯断裂例における前?切開Zinn小帯断裂の状態によって,レーザーによる前?切開の位置と径(黄色円)を設定する.device:OVD)を使っても水晶体全体が膨隆しているため,チストトームや前?鑷子による前?穿刺と同時に亀裂が赤道部まで広がることがある.レーザーによる前?切開は,照射時のエネルギーや照射範囲を調整することで前?切開を完成させることができる.多数例での比較においても,レーザーを用いた前?切開の成功率が高いことが報告されている4).Zinn小帯脆弱例では,水晶体?の支持が弱いためマニュアル操作での前?切開がむずかしい.FLACSでは,水晶体の偏位に応じて前?切開の位置や径を調整し(図7),正円の前?切開が可能である.水晶体亜脱臼例においても,レーザーで前?切開と水晶体核が分割および軟化されているため,水晶体?を4分割6分割円柱状図8レーザーによる水晶体内照射デザイン水晶体核の硬さや術者の好みによって照射パターンを決める.グリッド状温存したまま水晶体を吸引除去できる5).FLACSにおける前?切開の利点は知られているが,レーザー照射が瞳孔縁より内側にしか設定できないため,散瞳不良例や瞳孔偏位例では前?切開が困難なことがある.また,角膜混濁や前?の強い線維化部分にはレーザーが完全に照射されないため,手術顕微鏡下でのマニュアル操作が必要になる.このような症例数は限られているものの,FLACSが白内障手術のスタンダードになるために克服すべき問題でもある.2.水晶体内照射水晶体内照射はおもに核分割に用いられる.レーザーによる核分割は,放射状の4ないし6分割や,円柱状やグリッド状のパターンがある(図8).水晶体核硬度や水晶体混濁の種類,あるいは術者がマニュアル操作で慣れている核分割方法によって,照射デザインを選択できる.フェムトセカンドレーザー照射後に,顕微鏡下でPEA装置にて水晶体の吸引を行うが,すでに核がレーザーで分割ないしは軟化された状態のため,より少ない超音波エネルギーで手術を完了できる.そのため,超音波による角膜内皮への影響を抑えることができ,核硬化が進んでいる症例や,角膜内皮細胞数減少例,角膜内皮機能障害例にFLACSの利点が生かされる.水晶体へのレーザー照射で発生した細かいキャビテーションバブルが水晶体?内に溜まると視認性が悪くなり,その後の前房内操作が困難になる.FLACS導入当初,気泡が後?に回った状態でハイドロダイセクションを行うと水晶体?に強い水圧がかかり,後?破?が生じる危険があったが,水晶体?内に溜まった気泡を前房内に逃がすこと,強い水圧をかけないようにすることで後?破?の発生は防げる.どの程度の核硬化までレーザー照射が可能かということが議論されている.硬い核においては,レーザーで完全に分割されていなくても,一部照射されていることで,その後のマニュアル操作による分割が容易になる.レーザーの限界は前?切開同様,瞳孔領内の照射になるため,散瞳不良例では有効な水晶体内照射ができない.水晶体内照射については,OCT測定がさらに進化し,水晶体混濁あるいは核硬度によって今まで術者が照射デザインを選択していたが,AIが導入されることで,ビッグデータによりレーザー装置が照射デザインを選択することが可能になると思われる.3.角膜切開主切開,サイドポート,乱視矯正切開が可能である.切開位置,幅,長さ,外切開線および内切開線の角度などをデザインし,モニターおよびOCT画像で確認する(図9).正確で再現性の高い角膜切開により,術者による医原性惹起乱視(surgicallyinducedastigmatism:SIA)のばらつきを減らし,トーリックIOLのモデル選択の精度を上げることが期待されている.理論的に,マニュアル操作では不可能な形状の切開をデザインすることができ,創の閉鎖性を上げることができる.FLACSを導入している術者すべてが,角膜切開をレーザーで行っているわけではない.レーザーを用いない理由として,レーザー照射前の確認と照射は,ブレードモニタ画面で角膜切開位置(?)の確認OCT画面でピンク色の線で示された切開デザイン(?)を確認図9レーザーによる角膜切開の設定による切開より時間を要すること,レーザー照射をしても顕微鏡下で角膜切開部分を鈍的に?離する必要があること,切開面がブレードに比べてラフなことがあげられる.このように,角膜切開については,まだ改善の余地がある.もう一つの問題点として,前?切開と水晶体内照射は散瞳状態に左右されるが,角膜切開は角膜周辺部の混濁や老人環,血管侵入部位で不完全切開になりやすいことである.老人性白内障例では老人環の強い症例があり,留意が必要である.このような場合は,通常より角膜中心寄りに切開を設定することで対処可能であるが,顕微鏡下での操作性が悪くなったり,医原性乱視を増加させることになりうる.IIIFLACSの有用性FLACSは,デジタル化時代に期待される技術である.しかし,従来のマニュアル操作による白内障手術と有効性,安全性に関する比較をメタアナリシスで行った報告では,患者の満足度に直結する術後の視力や屈折度数は両群間に差を認めなかった6).超音波発振時間は,FLACS群のほうが有意に短かったが,手術時間には差を認めず,眼内灌流液の使用量にも差を認めなかった.前房内プロスタグランジン濃度はFLACS群が高かったが,前房内フレア値においては差を認めなかった.FLACSが普及してから,利点のみが注目されていたが,最近,レーザー照射によって前房内,後房内に発生するガスが虹彩に影響を与えてプロスタグランジン濃度を上げている可能性,実験的にフリーラジカルの影響が指摘されている7,8).以上のように,臨床成績として明らかにFLACSを用いたほうが良好という結果ではなく,レーザーによる眼組織への影響といった未解決の問題が残されている.しかし,最初のFLACSが施行されて10年以上経過し,マニュアル手術と同等の有効性と安全性が得られていることは心強いことである.予想以上にFLACSが普及していない理由は,現在のマニュアル操作による白内障手術の完成度が高く良好な結果が得られていること,レーザー装置が高価で各症例にPIの費用,レーザー操作を補助する人件費といった費用が増えること,日本においてはレーザー装置を設置するスペースがないといった問題が残されていることなどがあげられる.臨床成績とは別にFLACSがもっているポテンシャルとして,どの術者でも同じレベルの手術ができることがある.OCT測定とレーザー照射の部分は術者の熟練度による差が出にくく,教育施設においては,マニュアル操作による白内障手術に比べ,手術技術の習得期間が短くてすむ利点がある.熟練した術者であっても,レーザーと同等の精度の前?切開,核分割は不可能である.マニュアル操作の白内障手術は,顕微鏡下で術者が自分の眼で観察して,手の感覚で習得した前?や水晶体の硬さや厚みをもとに行ってきた.FLACSは術者の眼や感覚ではなく,OCTによる実測値に基づいたものである.そのため,明らかに新しい時代に向かっていく技術ということは多くの術者が感じている.おわりに眼科領域においては,眼底写真から未熟児網膜症や糖尿病網膜症の診断,OCT所見から黄斑変性や緑内障の診断にAIが有用であるとされている.FLACSにおいては,まだAIを導入した技術がまだ報告されていないが,白内障の診断,術前あるいは術中OCT測定結果の解析にAIが導入されると,現在,術者が選択しているレーザー照射デザインの自動化が可能になるかもしれない.白内障手術は,先にも述べたように現在の技術への満足度が高く,フェムトセカンドレーザー導入にはもっと明らかな利点が求められるであろう.とはいえ,今の技術で満足していれば,今後の発展はない.将来の手術になる可能性が高く,AIの有効利用が期待されるFLACSは,今後も注目すべき技術と考える.文献1)NagyZ,TakacsA,FilkornTetal:Initialclinicalevalua-tionofanintraocularfemtosecondlaserincataractsur-gery.JRefractSurg25:1053-1060,20092)KranitzK,MihaltzK,SandorGLetal:Intraocularlenstiltanddecentrationmeasuredbyscheimp?ugcamerafol-lowingmanualorfemtosecondlaser-createdcontinuouscircularcapsulotomy.JRefractSurg28:259-263,20123)SzigetiA,KranitzK,TakacsAIetal:Comparisonoflong-termvisualoutcomeandIOLpositionwithasingle-opticaccommodatingIOLafter5.5-or6.0-mmfemtosec-ondlasercapsulotomy.JRefractSurg28:609-613,20124)PengTT,WangY,BaoXY:Preliminaryreportontheapplicationoffemtosecondlaser-assistedanteriorcapsu-lotomyinintumescentwhitecataractsurgery.ChinJOphthalmol53:281-287,20175)CheeSP,WongMH,JapA:Managementofseverelysub-luxatedcataractsusingfemtosecondlaser-assistedcata-ractsurgery.AmJOphthalmol173:7-15,20176)PopovicM,Campos-MollerX,SchlenkerMBetal:E?cacyandsafetyoffemtosecondlaser-assistedcataractsurgerycomparedwithmanualcataractsurgery:ameta-analysisof14567eyes.Ophthalmology123:2113-2126,20167)SchultzT,JoachimSC,KuehnMetal:Changesinpros-taglandinlevelsinpatientsundergoingfemtosecondlaser-assistedcataractsurgery,JRefractSurg29:742-747,20138)MasudaY,IgarashiT,OkiKetal:Freeradicalproduc-tionbyfemtosecondlaserlensirradiationinporcineeyes.JCataractRefractSurg45:1168-1171,2019

術後屈折に配慮した治療的エキシマレーザー表層角膜切除術

2020年2月29日 土曜日

術後屈折に配慮した治療的エキシマレーザー表層角膜切除術PhototherapeuticRefractiveKeratectomyinConsiderationofPostoperativeRefraction中村友昭*はじめに治療的レーザー角膜切除術(phototherapeutickera-tectomy:PTK)は角膜表層の混濁のある症例に対し,エキシマレーザーを照射し組織を蒸散することにより,混濁部を切除する有用な手術である1~4).わが国では1998年に承認され,2011年から保険適用となっている.対象疾患は顆粒状変性(図1),帯状変性(図2),格子状変性(1型)(図3),再発性上皮びらんである.あくまでも混濁が表層に限局している症例が対象であり,中間から深層に混濁のある症例は適応にはならない.さて,通常のPTKを行うと,角膜表層の不整が残り,角膜の扁平化により遠視化が起こる5~7).そのため混濁は取れても,視機能の低下が続き,矯正視力は上がるものの裸眼視力が低下する症例も多くみられる.さらに,どの程度まで混濁を除去するのか見きわめもむずかしく(図4),単にレーザー照射をするだけでは,角膜不整によりかえって矯正視力が低下する場合もある8,9).遠視化予防に関してはこれまでさまざまな手法が考案されたが5~9),明確な標準的アプローチは提唱されていなかった.そこで,これらを解決すべく,筆者は術後の良好な裸眼視力をめざしたphototherapeuticrefractivekeratectomy(PTRK)を考案し,2013年より施行している.これは術後屈折に配慮するとともに,角膜表面の平滑化をめざしたものである10).今回,その方法とともに術後成績について解説する.IPTRKの実際筆者はフライングスポット式のエキシマレーザーであるCarlZeissMeditec社のMEL80(現在はMEL90)を用いている.従来PTKは,スリットスキャン式のエキシマレーザーが面として滑らかに切除することができるためよりよいとされてきたが,PTRKに関しては局所的に小さなスポットで照射するフライングスポット式のほうが向いていると考える.その理由については後述する.以下にこの方式の概念について記す.①疾患により切除量を変える.帯状変性は混濁が限局しているので,ごく表層だけ切除する.再発性角膜びらんはごく表層のBowman膜下のみ切除する.格子状変性も混濁を取ることより表層を平滑にすることを心がける.顆粒状変性はバリエーションが多いが,まずは表層の混濁を取ることとし,深い混濁はあえて残す.いずれも表層をできる限り平滑にすることがより重要である.また,いずれのケースも削り過ぎないようにし,せいぜい上皮+100μmに留める.②術前屈折により屈折矯正も含めた手術計画を立てる.球面に関しては,術後の遠視化(レーザー機種で異なるがMEL80の場合は100μmの切除で約+3.0D)を考慮し,その分を含めて患者の術後屈折の希望を聞いたうえで矯正を行う.柱面(乱視)についても,ある程度角膜形状が予測できるものに関しては角膜乱視分だけ矯正を行い,術後の裸眼視力の向上を図る.◆TomoakiNakamura:名古屋アイクリニック〔別刷請求先〕中村友昭:〒456-0003名古屋市熱田区波寄町25-1名鉄金山第一ビル3F名古屋アイクリニック(0910-1810/20/\100/頁/JCOPY(11)125図1顆粒状変性混濁にはいろいろなタイプがあるが,あくまでも表層に限局するものがよい適応である.図2帯状変性混濁は表層で均一であるため,PTKのとてもよい適応となる.図3格子状変性I型混濁は比較的深層に及ぶが,表層のみの切除により再発性びらんの予防にもなり,術後の満足度が高い.③角膜表面をスムーズにする工夫を「スムージング」とよんでいる.原法は2004年にVinciguerraらによって報告されているが,それは生理食塩水を用いた方法である8).現在筆者らの行っている方法は,FagerholmやKornmehlらによって提唱されたヒアルロン酸を用いてマスクする方法11,12)の変法で,照射は数回(通常は3回程度)に分け,約3倍に希釈した0.1%ヒアルロン酸ナトリウム点眼液を用いて混濁部のみを液上に露出させることにより集中的に切除する(図5).これは水分がある箇所に対してエキシマレーザーの照射効率が落ちること図4前眼部OCTによる混濁部位の深さの判定PTKの治療対象は,あくまでも表層に混濁がある症例である.前眼部OCTにより混濁部位の深さをある程度把握したうえで,過度に削りすぎないよう注意しながらレーザー照射を行う.を利用したもので,希釈したヒアルロン酸溶液はフライングスポットレーザーの照射時に一定時間そのまま照射部に留まり,レーザーによる蒸散をブロックする.生理食塩水に比べ,希釈したヒアルロン酸溶液は留まる時間が長く効率よくブロックできる.やがてレーザーの衝撃により溶液ははじかれ,すべて分散する.その過程において,混濁部にあるヒアルロン酸はより早く分散するため,混濁部のみにレーザーが効く.MEL90の場合,およそ20μm切除時に切除域上の溶液がすべて分散する.そこで再度溶液を全体に滴下し,切除を繰り返す.これを3回ほど繰り返すと,凹凸は軽減しスムーズな切除面となる.あくまでもスムーズな面を得ることを心がけ,適度に混濁は残し,完全除去はめざさない.ヒアルロン図5スムージングの模式図約3倍に希釈した0.1%ヒアルロン酸ナトリウム点眼液を用いて混濁部のみを液上に露出することにより集中的に切除する.1009080706050403020100■術後裸眼視力■術前矯正視力1.2以上1.0以上0.7以上0.6以上0.5以上0.4以上0.3以上0.2以上視力図6有効係数術前矯正視力に対する術後裸眼視力.平均裸眼視力は0.87で,6061.0%が術後裸眼視力0.7以上となり,有効係数は1.53と非常50に高かった.403020100loss2以上loss1不変矯正視力の変化gain1gain2以上実際はヒアルロン酸溶液のブロックにより,この量は切除されていない),③PRK20.8±18.3μm(0~52)であった.術後3カ月の平均球面度数+0.71±0.92D,柱面度数-1.02±0.62D,等価球面度数-0.20±0.89Dと,予測図7矯正視力の変化平均矯正視力は0.71から1.05へと向上し,48%が2段階以上改善した.安全係数も1.81と非常に高かった.酸溶液の分散に関しては,レーザースポットをランダムに発生させるフライングスポットレーザーが望ましいと考える.前述の屈折矯正のためのレーザー屈折矯正角膜切除術(photorefractivekeratectomy:PRK)はスムージング後に行う.スムージングによっても遠視化は起こるが,その程度は少なく,通常のPTKの1/3程度(100μmの切除で約+1.0D)である.II手術成績2013年1月~2016年9月に名古屋アイクリニックで顆粒状角膜ジストロフィのためPTRKを受けた17例23眼の成績を示す.平均年齢57.7±10.1歳.平均裸眼視力0.39,矯正視力0.71.平均球面度数+0.32±1.21D,柱面度数-0.85±0.78D,等価球面度数-0.11±1.36D.切除量は①PTK102.7±6.9μm(100~120)(角膜上皮から),②スムージング68.8±20.9μm(20~80)(注:性は乏しいものの大きく遠視化することなく,ほぼ良好な屈折度数となった.平均裸眼視力は0.87,矯正視力は1.05へと向上し,61.0%が裸眼視力0.7以上となり満足度も高かった(図6).矯正視力は48%が2段階以上向上した(図7).安全係数,有効係数はそれぞれ1.81±1.34,1.53±1.39と非常に高かった.角膜の均一性を表すトポグラフィのSRI(surfaceregularityindex)は,0.93±0.46から0.60±0.30へと有意に向上(p<0.001),対称性を表すSAI(surfaceasymmetryindex)も0.92±0.83から0.64±0.54へと有意に向上した(p=0.033).ここで,代表的な症例を供覧する.55歳,男性で原疾患は顆粒状角膜ジストロフィである.ここ数年徐々に視力低下し,運転に支障をきたしてきたとのことで受診.術前屈折は右眼0.3(0.7×sph+1.5(cyl-0.75Ax110°),左眼0.2(0.7×sph+2.5).治療計画は①120μmPTK,②50μmスムージング,③PRKによる屈折矯正は右眼sph+2.0,cyl-0.75Ax110°,左眼sph+3.0とする.術後1年での視力は右眼1.2(1.5p×sph+1.0cyl(-0.5Ax90°),左眼1.2(n.c.)と顕著に回復した.術前,術後のスリットランプ所見(図8)とトポグラフィ(図9)を示す.若干の混濁を残すものの,表層はクリア図8スリット所見a:術前,b:術後.若干の混濁を残すものの,表層の淡い混濁は除去でき瞳孔中心はほぼクリアになっている.SRI1.29/1.32SAI1.45/3.40術前SRI1.02/0.92SAI0.38/0.96術後図9トポグラフィ不正乱視が軽減し,SRI,SAIともに改善しているのがわかる.になっている.トポグラフィではSRIとSAIは,それぞれ右眼は1.29から1.02,1.32から0.38,左眼は1.45から0.92,3.40から0.96へと改善した.III考按PTRKを行うにあたって,その対象となる疾患のなかで顆粒状角膜ジストロフィは,帯状変性などと比較して混濁部の数,大きさ,不透明度,角膜表面の凹凸不整など多種多様であるため,その治療戦略はむずかしく,ある程度の経験を要すかもしれない.ただし,視機能に関して言及すると,混濁の除去よりも角膜表面の凹凸を改善することがより重要に思われる.そのため,まずスムージングのテクニックを習得する必要がある.さらに,矯正視力の向上だけでなく,屈折矯正を加えることで裸眼視力も向上させ,術後のQOLを高めることに配慮することも,この手術を成功させる秘訣である.PTKとPRKとの手術間隔であるが,Wilsonらは,PTKの半年後にPRKを行う必要があると述べている4).理想ではあるが,その間の遠視化による日常での見え方の悪さと,再度の角膜上皮除去による痛みなどの患者への負担を考えると,1回で終えることのメリットのほうを重視したい.また,Vinciguerraらは,通常のPTKと術中に計測したトポグラフィに基づくPRKを組み合わせたカスタムPTK(customphototherapeutickera-tectomy:CPK)を提唱した8,9).これにより高度の収差をもつ眼の屈折異常をうまく治療したが,この方法は術中計測のステップを含むことにより時間がかかり,患者はその間忍耐を要する.Zaidmanらも同様に,PTK,PRK同時手術により近視,乱視も矯正することを報告している13).この手技もPTKアブレーション後に角膜の術中検査が含まれていたため,時間のかかるものであった.最近,Clearyらは,フーリエドメインOCTを使用して混濁の深さ,角膜厚に応じてPTKを行い,残余屈折(球面)に対しPRKを施行する方法を報告している.しかし,残念ながら本研究では乱視の軽減については言及されていない14).さらに天野らはPTKと遠視PRKの同時手術により,PTK後の遠視化シフトを効果的に減少させることができると報告している15).PTRKでは,球面だけでなく乱視矯正も同時に行うが,PTK対象眼の術前のトポグラフィは不整であり,乱視の予測性は低いため,通常は控えめな矯正に留めている.しかし,裸眼視力の向上のためには乱視矯正は欠かせないと感じている.PTRK後の平均等価球面度数は+0.71D,乱視度数-1.02Dで,遠視化を防止するだけでなく乱視も抑えることができた.さらに角膜の不整や非対称性の指標であるSRIおよびSAIの平均値も有意に減少したため,術後の裸眼,矯正視力の平均はそれぞれ0.87と1.05と向上し,うち裸眼視力は61.0%で0.8以上あり,術後多くの患者が眼鏡を使用する必要がなくなった.術後矯正視力は87.0%が0.7以上あり,ほとんどの患者が手術後に運転免許を取得できる視力となった.おわりにPTRKは角膜混濁例に対し,混濁除去だけでなく角膜表層の不整も改善し,さらに屈折矯正を加えることにより矯正視力だけでなく裸眼視力も良好となり,術後のQOLを改善することができる満足度の高い手術手技と考える.どこまで切除するか,どの程度の屈折矯正を行うかは,ある程度の経験に基づく勘も必要であるが,いずれにせよ完璧をめざさず,少しでも現状よりの改善をめざし,必要に応じて再手術も行うという考え方でのぞめば,よい結果を得ることができると思われる.文献1)RapuanoCJ:Phototherapeutickeratectomy:whoarethebestcandidatesandhowdoyoutreatthem?CurrOpinOphthalmol21:280-282,20102)FagerholmP:Phototherapeutickeratectomy:12yearsofexperience.ActaOphthalmolScand81:19-32,20033)RathiVM,VyasSP,SangwanVS:Phototherapeutickera-tectomy.IndianJOphthalmol60:5-14,20124)WilsonSE,MarinoGK,MedeirosCSetal:Phototherapeu-tickeratectomy:Scienceandart.JRefractSurg33:203-210,20175)MaloneyRK,ThompsonV,GhiselliGetal;TheSummitPhototherapeuticKeratectomyStudyGroup:Aprospec-tivemulticentertrialofexcimerlaserphototherapeutickeratectomyforcornealvisionloss.AmJOphthalmol122:149-160,19966)AmmM,DunckerGI:Refractivechangesafterphoto-therapeutickeratectomy.JCataractRefractSurg23:839-844,19977)DogruM,KatakamiC,YamanakaA:Refractivechangesafterexcimerlaserphototherapeutickeratectomy.JCata-ractRefractSurg27:686-692,20018)VinciguerraP,CamesascaF:Customphototherapeutickeratectomywithintraoperativetopography.JRefractSurg20:555-563,20049)VinciguerraP,CamesascaF:One-yearfollow-upofcus-tomphototherapeutickeratectomy.JRefractSurg20(Suppl):S705-S710,200410)NakamuraT,KojimaT,SugiyamaY:Refractiveout-comesafterphototherapeuticrefractivekeratectomyforgranularcornealdystrophy.Cornea37:548-553,201811)FagerholmP,FitzsimmonsTD,OrndahlMetal:Photo-therapeutickeratectomy:long-termresultsin166eyes.RefractCornealSurg9(2Suppl):S76-S81,199312)KornmehlEW,SteinertRF,Pulia?toCA:Acomparativestudyofmasking?uidsforexcimerlaserphototherapeutickeratectomy.ArchOphthalmol109:860-863,199113)ZaidmanGW,HongA:VisualandrefractiveresultsofcombinedPTK/PRKinpatientswithcornealsurfacedis-easeandrefractiveerrors.JCataractRefractSurg32:958-961,200614)ClearyC1,LiY,TangMetal:PredictingtransepithelialphototherapeutickeratectomyoutcomesusingFourierdomainopticalcoherencetomography.Cornea33:280-287,201415)AmanoS,KashiwabuchiK,SakisakaTetal:E?cacyofhyperopicphotorefractivekeratectomysimultaneouslyperformedwithphototherapeutickeratectomyfordecreasinghyperopicshift.Cornea35:1069-1072,2016

フェムトセカンドレーザーを用いた角膜移植

2020年2月29日 土曜日

フェムトセカンドレーザーを用いた角膜移植FemtosecondLaser-AssistedKeratoplasty妹尾正*はじめにレーザーは1917年にアインシュタインによって報告された.その後多くの研究を経て1947年にウィリス・ラムによって初めてレーザーのデモンストレーションが行われると,レーザーの開発・応用は瞬く間に進展してExcimerArgonDiodeNd:GlassEr:Yag193nm457~514nm805~820nm1,053nm2,940nm遠紫外線可視光線近赤外線CO210,600nmゆく.LASERの名前はゴードン・グルードの論文に記載されたLightAmpli?cationbyStimulatedEmissionofRadiation(輻射の誘導放出による光増幅)の頭字語でエキシマレーザー・フッ化アルゴンガス・波長193nm・パルス幅10~25nsフェムトセカンドレーザー・ネオジウムガス・波長1,053nm・パルス幅600~800fsある1).レーザーの特徴は可干渉性(コヒーレンス)とパルス発振にある.コヒーレンスはさらに空間的コヒーレンスと時間的コヒーレンスに分けられる.これを大まかに説明すると,レーザーは純粋な波長をもつ光であるため,干渉させると純粋な結果が得られ(空間的コヒーレンス),どこまで距離をおいても波長が変化しない(時間的コヒーレンス)ということである.一方のパルス発振とは,ナノ秒~フェムト秒といった非常に短い時間幅のパルス光を発振することである.これらレーザーの特性を生かした製品はDVDレコーダーなど,われわれの日常生活空間に多数存在している.Iフェムトセカンドレーザー眼科で用いられているレーザー医療機器は,網膜光凝固装置などに代表される治療用からフレアセルメーターや眼底血流測定装置などの検査用に至るまで,眼科診療においては必要不可欠なものとなっている.現在,眼科領域でおもに用いられている治療用レーザーは,遠紫外図1眼科治療用レーザーフェムトセカンドレーザーは波長1,053nm,パルス幅600~800フェムト秒の近赤外線レーザーである.線レーザーのエキシマレーザーから赤外線レーザーのCO2レーザーまで,多種多様である(図1).フェムトセカンドレーザー(femtosecondlaser:FSL)は近赤外線・超短パルスレーザーで,約600~800フェムト秒(1フェムト秒は1×10?15秒にあたる)という非常に短い時間でレーザー照射が可能で,きわめて小さい範囲に高出力のレーザーを照射することができる.1点に照射される1パルスあたりのレーザーピークエネルギー量は,「照射エネルギー(J)/(ビームスポット面積・レーザーパルス時間幅)」で表すことができる.つまり照射エネルギー総量を抑えても,小さな範囲に超短時間でレーザーを照射することで,照射された部位に大きなエネルギーを与えることができる.たとえば,1μJの照射エネルギー量で,600fs(フェムト秒)=600×10?15秒でレーザーを照射すると,レーザーピークエネ◆TadashiSeno:獨協医科大学眼科学教室〔別刷請求先〕妹尾正:〒321-0293栃木県下都賀郡壬生町大字北小林880獨協医科大学眼科学教室(0910-1810/20/\100/頁/JCOPY(3)117図2フェムトセカンドレーザーによる組織切開レーザー照射によって組織内に約10μm程度の間隙ができる.これを次々とつなげてゆくことで切開する.ルギー量は10?6/600×10?15=1.67MWとなる.この強い光エネルギーで分子結合を切断し,レーザー照射周囲に熱拡散することなく分子を除去する.一方,CO2レーザーのようなマイクロセカンドレーザーを用いても組織の切断は可能であるが,CO2レーザーでは,照射された部位の分子が光エネルギーを吸収して振動し,熱エネルギーに変換されて溶融・蒸発することで組織が切断される.このため止血効果などが得られるものの周辺組織への影響が生じる.FSLによる組織切断は光分裂(photodisruption)とよばれ,この光分裂によって作製された点状の空洞をつなげて組織を切断するのがFSLの特徴である(図2).FSLは,この光分裂によって理論上無制限の形状で正確に角膜を切開することができる(図3).II角膜移植におけるFSLの応用角膜におけるFSLの外科的応用は広い範囲に及び,LASIK(laserinsitukeratomileusis)のフラップ作製2)や白内障手術の創口作製3),intracornealringsegment挿入用の角膜内トンネルの作製4)など多くの角膜手術に用いられている.角膜移植においても多くの術式にFSLは用いられるようになった5).しかし,このFSLの臨床応用には,FSLによる正確な切除を行うための正確な計測機器が必要となる.正確に切開できるテクノロジーがあっても,切除深度や位置を設定するための正確なマップがなければ意味がなくなる.当院で行われているFSLを用いた角膜移植では,前眼部光干渉断層計(opticalcoherencetomography:OCT)と角膜トポグラフィーは必要不可欠の検査であ図3フェムトセカンドレーザーによる角膜切開パターン縦・横・斜めの面状切開や表面に傷をつけずに実質内のみ切開することができる.る.角膜トポグラフィーはfulllamellarcutの際の切除深度決定,sidecutや角膜patchの位置決定に用いている.また,前眼部OCTは角膜の厚さや前房深度,虹彩前癒着の有無を事前にチェックしておくことに用いられている.これらのデータをもとにFSLの切除設定をしている(図4).図4,5に示す円錐角膜症例は,角膜トポグラフィーのpathymetryでの角膜最薄値は257μmであったが,OCTでは213μmであり,この結果からfulllamellarcutの深度は110μmとし,下方の菲薄化した部分をカバーするサイズとして直径7.6mmでの切開をセットして手術を行った結果,Descemet膜の穿孔を生じることなく深層層状移植(deepanteriorlamellarkeratoplasty:DALK)を執刀することができた(図5).一方で,移植適応疾患に対し必要となる部分だけを移植する角膜パーツ移植が角膜移植の主流となった現在,古典的には角膜移植とほぼ同義語であった従来の全層角膜移植術(penetratingkeratoplasty:PKP)は,角膜移植の術式の中の一つの選択肢にしかすぎなくなった.角膜パーツ移植は全層移植と比較し,術中術後の合併症を最小限度にとどめることができる.角膜実質による視力低下には層状角膜移植,角膜内皮障害には内皮移植が用いられるが,ドナー角膜を必要なパーツに切り分けるにはlamellarcutは不可欠で,正確なlamellarcutを行えるFSLの役割は大きい.ab7.6mm図4円錐角膜に対する深層層状角膜移植(DALK)前眼部光干渉断層計(a)と角膜トポグラフィー(b)でその形状を十分に観察し,これらのデータを元にフェムトセカンドレーザーの切除設定を決定する(c).図5フェムトセカンドレーザー(FSL)?深層層状角膜移植(DALK)の手術手順a:レシピエントへのFSL照射.b:レシピエントへのFSL照射後.c:角膜表層の切除.d:Descemet膜の露出,e:ドナー角膜へのFSL照射.f:移植片切離.g,h:移植片縫着.ab図6トレパンブレードとフェムトセカンドレーザー(FSL)による角膜全層移植(PKP)a:トレパンブレードによるPKP.切断面は垂直なためしっかりとした縫合が必要となる.また,トレパンによる切開にズレが生じることもありドナーとレシピエントの形状が不安定なことがある.b:FSLによるPKP(zig-zag).切断面が同一な上ドナーとレシピエントの接着性がよいため,術後の早期安定が得られる.FSLmicrokeratome図7AOCTによるフェムトセカンドレーザー(FSL)とmicrokeratomeによる表層切除の比較豚眼を用いて角膜切除を行い設定角膜厚との差を比較した.FSLでは切除断端がほぼ直角に面取りされているのに対し,microkeratomeではなだらかな傾斜を形成している.角膜中央部はFSLでもmicrokeratomeでも厚さに差は少なかったが,周辺部は角膜中央部との差が有意にmicrokeratomeで大きい傾向にあった.図8Descemet膜角膜内皮移植術(DSAEK)・深層層状角膜移植(DALK)用角膜切開のデザイン当院で用いているlamellarcutデザインは約410~430μmの深さでlamellarcutを行い,前方をDALK,後方をDSAELに用いている.1.FSLによるサイドカットサイドカットは,これまでのトレパンを用いた垂直方向のみの切開から,FSLによる種々の形状での切開が可能になった(図6).iFS(ABOT社)ではzig-zag形,top-hat形,mushroom形,christmastree形などの形があらかじめシステムソフト内に設定されている.当院ではPKPにはzig-zag形で,層状移植には120°の角度をつけた形でサイドカットを行っている.FSLを用いてサイドカットの形状を変えることで,ドナーとレシピエントのサイズ・深度などの形状を一致させることがで角膜白斑水疱性角膜症DSAEK図9Descemet膜角膜内皮移植術(DSAEK)と深層層状角膜移植(DALK)の同一ドナーからの移植図10に示した切開で作製した移植片を2人に移植している.きる.これによって縫合数を減らし,かつ抜糸の時期を早めることができるため,治癒および視力の回復を早めることができる.また,zig-zag形状を取ることでドナーとレシピエントの間の接着面積が広がり,眼球全体の剛性が上がった.しかし,一方で術後最終視力や内皮細胞減少率などには差を認めなかった6).これらの有効性の検証や新たな角膜切開形状の検討は今後も重要な課題である.2.FSLによるlamellarcut前述の通り角膜を水平に切断するlamellarcutはLASIKのフラップ作製,パーツ移植などに用いられている.最大の利点は切除深度を正確に決定できる点とサイドカットの面取りをできる点である(図7).このためLASIKでは術後のフラップの位置ズレが少なく,しかもmicrokeratomeより薄いフラップを作製できるために手術の適応が広くなり,当院では全例FSLを用いてLASIKを行っている.一方,パーツ移植では,内皮移植用の移植片と層状移植用の移植片とを一つの角膜から切り出し,一つのドナー角膜から2人の患者にそれぞれ移植することが可能になった(図8,9).さらに顆粒状角膜変性などのように角膜混濁が角膜のごく浅層に限局しているような例では,サイドカットにアングルをつけることで無縫合での表層移植を行える.DALKに対しては約80%の深さまでFSLを用いて角膜を切除し,残存した厚さ約100μmの角膜実質をbig-bubble法(BB)で切除しDescemet膜を露出する.その後0.2mm大きい移植片をドナー角膜から相似形で切り出し,8針端端縫合し手術を終了する.この方法により手術時間を短縮することができ,かつ面取りを行うこ図10フェムトセカンドレーザー(FSL)によるbig?bubble法を用いた深層層状角膜移植(DALK)a:FSL照射によるlamellarcutを実質約100μm残して行う.b:切開後の混濁角膜実質の除去.c:除去後.d:残存した混濁角膜からbig-bubble法でDescemet膜を?離.e:残存角膜実質の除去.f:角膜中央部のDescemet膜が露出されている.g:レシピエントと同様の設定で作製したドナー角膜をのせる.h:8針端端縫合を行い手術を終了する.i:術1カ月後の前眼部.とで,ホスト-ドナー・ジャンクションを正確に合わせることができる(図10).FSLによるlamellarcutの応用はほかにも種々あり,部分的な切除やBB用の切開法などが報告されている.しかし一方で近年DSAEK用のmicrokeratomeは,ヘッドのディスポーザブル化に伴って切除深度を110~550μmの範囲で選択できるようになった.さらに,これまでフリーハンドで使用していたものがオートマチックになり切開の質が格段に向上した.FSLとの術後予後の比較が今後検討されてゆかなければならない.III今後の課題角膜移植に対するFSLの導入によって,従来は考えられなかったような切開や切除が可能になった.しかし,現時点ではまだ従来の角膜移植手技を凌駕するまでには至っていない.またFSLは,メーカーによってその切除形式が若干異なり,カッティングのパターンもさまざまなため,切除の状態がそれぞれ機種によって異なる7()図11).さらに近年,lamellarcutのパターンやlaserパワーを調整することでよりスムーズな表面を形ab図11Lamellarcutパターンによる切除面の比較350μmの深さでlamellarcutをrasterパターン(iFS,abbot社)とspiralパターン(Visumax,Zeiss社)で比較した.a:Rasterパターンでは縦方向と横方向の切断面の質に差があるのに対し,b:Spiralパターンでは縦横ほぼ同等の切断面が形成されている.成できるかどうかの基礎実験なども行われている.一方でFSLの使用にあたっての問題点として,手術室のスペースや温度管理,ランニングコストなどがあり,現状での本術式の価値を危ぶむ報告すらある8).現状ではランニングコストに見合うほどの大きなメリットがあるとは言いきれないが,バージョンアップや新機種参入での照射スピードや機械の安定性は常に向上している.筆者らのデータでも後発機種になるほど切開の質は改善されていた.また,屈折矯正手術や白内障手術への適応拡大は,米国の調査会社MarketsandMarkets社による「眼科レーザー市場,2021年までのグローバル予測」の中でも最大規模になると予想されており,これらを踏まえた産学協同による研究の成果に今後期待したい.文献1)沓名宗春:レーザーの科学─人工の光が生む可能性─.NHKブックス,日本放送出版協会,19932)DurrieDS,KezirianGM:Femtosecondlaserversusmechanicalkeratome?apsinwavefront-guidedlaserinsitukeratomileusis:prospectivecontralateraleyestudy.JCataractRefractSurg31:120-126,20053)MasketS,SaraybaM,IgnacioTetal:Femtosecondlaser-assistedcataractincisions:architecturalstabilityandreproducibility.JCataractRefractSurg36:1048-1049,20104)BastosPrazeresTM,daLuzSouzaAC,Pereira,NCetal:Intrastromalcornealringsegmentimplantationbyfemtosecondlaserforthecorrectionofresidualastigma-tismafterpenetratingkeratoplasty.Cornea30:1293-297,20115)YooSH,HurmericV:Femtosecondlaser-assistedkerato-plasty.AmJOphthalmol151:189-191,20116)妹尾正:フェムトセカンドレーザーによる角膜移植.臨眼72:109-115,20187)宮島大河,石丸慎平,小作明則ほか:フェムトセカンドレーザーによる角膜切除への角膜上皮の影響.眼科手術29:309-313,20168)DanielMC,BohringerD,MaierPetal:Comparisonoflong-termoutcomesoffemtosecondlaser-assistedkerato-plastywithconventionalkeratoplasty.Cornea35:293-298.2016