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ブリモニジン点眼液追加投与による眼圧下降効果の検討

2020年2月29日 土曜日

《原著》あたらしい眼科37(2):223?225,2020cブリモニジン点眼液追加投与による眼圧下降効果の検討神谷隆行*1川井基史*1,2中林征吾*1善岡尊文*1吉田晃敏*1*1旭川医科大学眼科学教室*2あさひかわ眼科クリニックTheE?cacyofBrimonidineOphthalmicSolutionasanAdjunctiveTherapyforGlaucomaTakayukiKamiya1),MotofumiKawai1,2),SeigoNakabayashi1),TakafumiYoshioka1)andAkitoshiYoshida1)1)DepartmentofOphthalmology,AsahikawaMedicalUniversity,2)Asahikawagankaclinicはじめに0.1%ブリモニジン酒石酸塩点眼液(以下,ブリモニジン点眼液)はa2刺激薬の緑内障点眼薬である.その作用機序はぶどう膜強膜流出路からの房水流出促進と房水産生の抑制である.緑内障の唯一の治療法は眼圧下降であり,ブリモニジン点眼液を追加処方することで治療の選択肢が増える.今回,筆者らは旭川医科大学眼科において,既存の緑内障点眼薬で治療中であり眼圧下降効果が不十分でブリモニジン点眼液を追加投与した症例について,眼圧下降効果を診療録より後ろ向きに検討した.I対象および方法2012年11月?2017年4月に旭川医科大学病院に通院中で0.1%ブリモニジン点眼液を追加処方された97例153眼を対象とした.それぞれの患者について,ブリモニジン点眼液追加投与開始直前の受診3回分の平均眼圧値と追加投与開始直後の受診3回分の平均眼圧値を後ろ向きに調査し,点眼スコア別に追加前と追加後の眼圧下降値,下降率を比較した.配合剤点眼薬は2剤として解析した.なお,本研究は旭川医科大学倫理委員会で承認された.また,解析方法として,ブリモニジン点眼液追加投与開始前後の眼圧値の比較にはpairedt-testを用い,眼圧下降値の比較にはKruskal-〔別刷請求先〕神谷隆行:〒078-8510北海道旭川市緑が丘東2条1丁目1-1旭川医科大学眼科学教室Reprintrequests:TakayukiKamiya,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology,AsahikawaMedicalUniversity,1-1Midorigaokahigashi2jo,Asahikawa,Hokkaido078-8510,JAPANWallistestを用い,いずれもp<0.05を有意水準とした.II結果表1に患者背景を示した.対象は97例153眼(男性59例,女性38例),年齢は72.1±12.1歳(平均値±標準偏差)であった.表2にブリモニジン点眼液追加投与開始前の点眼スコア別処方パターンを示した.内訳は1剤(ブリモニジン点眼液が2剤目として投与されたもの)が17眼(11.1%),2剤(ブリモニジン点眼液が3剤目として投与されたもの)が37眼(24.2%),3剤(ブリモニジン点眼液が4剤目として投与されたもの)が77眼(50.3%),4剤(ブリモニジン点眼液が5剤目として投与されたもの)が22眼(14.4%),追加前平均点眼スコアは2.7±0.86剤であった.病型は原発開放隅角緑内障(primaryopen-angleglaucoma:POAG)27眼,正常眼圧緑内障119眼,落屑緑内障11眼であった.患者全体として追加投与前眼圧は14.3±3.7mmHg,追加投与後眼圧は13.0±2.8mmHg,点眼スコア別では1剤が追加前15.7±3.3mmHg,追加後13.5±2.5mmHg,2剤が追加前13.3±3.3mmHg,追加後12.3±2.9mmHg,3剤が追加前14.0±2.9mmHg,追加後12.8±2.6mmHg,4剤が追加前16.0±6.0mmHg,追加後14.0±3.2mmHgであった.いずれも有意な眼圧下降を認めたが,スコア間では眼圧下降値に有意な差を認めなかった(p=0.12,Kruskal-Wallistset)(表3)また,図1にブリモニジン点眼液追加前眼圧と眼圧下降値の関係を示した.追加前眼圧と眼圧下降値は正の相関を認めた(p<0.001,r=0.6836,Pearson’scorrelationcoe?-cienttest).10%以上の眼圧下降を認めた症例は65眼(42.5表1患者背景症例数(男:女)97例153眼(59:38)年齢72.1±12.1歳追加前の点眼スコア2.7±0.86剤追加前眼圧14.3±3.7mmHg平均±標準偏差.%),20%以上の眼圧下降を認めた症例は27眼(17.6%),30%以上の眼圧下降を認めた症例は6眼(3.9%)であった.さらに,ブリモニジン点眼液追加前眼圧が15mmHg以下の症例(98眼)では79眼(80.6%)で眼圧下降効果を示した.III考按開放隅角緑内障では,眼圧下降が唯一の治療であり,緑内障点眼により治療を開始することが多いが,眼圧下降が不十分な場合や視野障害が進行する場合,点眼の追加や手術を検討する.今回,緑内障患者に対しブリモニジン点眼液を追加投与することで,有意な眼圧下降が得られることが示された.本研究での平均眼圧下降幅は1.4±2.4mmHg,平均眼圧下降率は7.9±13.3%であった.この値は既報と比較し同程度であり,当科においてもブリモニジン点眼液の追加投与による眼圧下降効果が確認できた.1mmHgの眼圧下降により視野障害進行のリスクが約10%減少することも知られており,ブリモニジン点眼液の追加処方により治療の選択肢が増えると考えられる.また,併用薬剤数の影響を検討するた表2追加前の点眼スコア別処方パターン点眼スコアパターン症例数1剤PG10b4CAI32剤PG+b12PG+CAI11b+CAI11PG+a12CAI+a113剤PG+b+CAI774剤PG+b+CAI+ROCK8PG+b+CAI+a114PG:プロスタグランジン関連薬,b:b遮断薬,CAI:炭酸脱水素酵素阻害薬,a1:a1遮断薬(ブナゾシン),ROCK:ROCK阻害薬(リパスジル).表3眼圧下降全体追加前の点眼スコア1剤2剤3剤4剤N15317377722追加前(mmHg)14.3±3.715.7±3.313.3±3.314.0±2.916.0±6.0追加後(mmHg)13.0±2.813.5±2.512.3±2.912.8±2.614.0±3.2差(mmHg)?1.4±2.4?2.2±1.7?0.9±1.3?1.2±2.1?2.0±4.3変化率(%)?7.9±13.3?12.9±10.0?6.4±9.9?7.7±12.8?7.7±20.3p値<0.001<0.001<0.001<0.0010.045変化率:各変化率の相加平均.め,ブリモニジン点眼液の追加投与前の点眼スコア別に調査してみたところ,今回2?4剤の併用薬剤があり,いずれの点眼スコアでも眼圧下降を示し,点眼スコアによる有意な差はなかった.これまでの多剤併用療法に対するブリモニジン点眼液追加投与による眼圧下降率は2剤目としての追加投与では11.8?18.2%1,3,4),3剤以上の多剤併用症例への追加投与では6.9?14.3%5,6)との報告がされているが,当科におけるブリモニジン点眼液追加投与による眼圧下降効果は既報と比較し,同程度と考えられる.緑内障点眼薬ではベースライン眼圧が高いほど,眼圧下降効果が高い傾向にあるが,今回の研究においてもブリモニジン点眼液追加前眼圧と眼圧下降値に有意な正の相関を認め,追加前眼圧が高いほど眼圧下降値も大きいことが示された.追加前眼圧が15mmHg以下という低い症例に限った場合にも80.6%の症例が眼圧下降を示しており,15mmHg以下の比較的眼圧が低い多剤併用中の症例においてもブリモニジン点眼液は有効であると考えられる.20100-10Y=0.4152x?4.618r=0.6836p<0.001眼圧下降N追加前眼圧10%以上下降65眼(42.5%)16.0±4.420%以上下降27眼(17.6%)17.2±5.130%以上下降6眼(3.9%)21.1±7.9図1追加前眼圧と眼圧下降幅の相関IV結論ブリモニジン点眼液は多剤併用例に対しても併用薬の数にかかわらず眼圧下降効果があり,追加前眼圧が15mmHg以下という低い症例においても有効であった.文献1)新家眞,山崎芳夫,杉山和久ほか:ブリモニジン点眼液の原発開放隅角緑内障または高眼圧症を対象とした長期投与試験.あたらしい眼科29:679-686,20122)LiuCJ,KoYC,ChengCYetal:E?ectoflatanoprost0.005%andbrimonidinetartrate0.2%onpulsatileocularblood?owinnormaltensionglaucoma.BrJOphthalmol86:1236-1239,20023)山本智恵子,井上賢治,富田剛司:ブリモニジン酒石酸塩点眼液のプロスタグランジン関連点眼液への追加効果.あたらしい眼科31:899-902,20144)林泰博,林福子:プロスタグランジン関連薬へのブリモニジン点眼液追加後1年間における有効性と安全性.あたらしい眼科69:499-503,20155)中島侑至,井上賢治,富田剛司:ブリモニジン酒石酸塩点眼液の追加投与による眼圧下降効果と安全性.臨眼68:967-971,20146)森山侑子,田辺晶代,中山奈緒美ほか:多剤併用中の原発開放隅角緑内障に対するブリモニジン酒石酸塩点眼液追加投与の短期成績.臨眼68:1749-1753,2014◆**

2012年から2年間の久留米大学眼科における感染性角膜炎の報告

2020年2月29日 土曜日

《原著》あたらしい眼科37(2):220?222,2020c2012年から2年間の久留米大学眼科における感染性角膜炎の報告阿久根穂高佛坂扶美門田遊山下理佳山川良治吉田茂生久留米大学医学部眼科学講座InfectiousKeratitisPatientsSeenatKurumeUniversityHospitalBetween2012and2013HodakaAkune,FumiHotokezaka,YuMonden,RikaYamashita,RyojiYamakawaandShigeoYoshidaDepartmentofOpthalmology,KurumeUniversitySchoolofMedicineはじめに近年,優れた抗菌薬や抗真菌薬が使用されているにもかかわらず,いまだ感染性角膜炎の治療に難渋する例は多々認められる.起炎菌の動向が患者背景や年代といった要素によって異なることが原因の一つであり,これらの動向について調査することは治療において有用であると考える.2006年に報告された感染性角膜炎全国サーベイランス1()以下,サーベイランス)では,2003年における全国24施設の感染性角膜炎における起炎菌,分離菌,患者背景などについて報告している.久留米大学眼科(以下,当科)においても2000?2006年の6年間の感染性角膜炎について2010年に杉田らが報告を行った2()以下,前回の報告).サーベイランスで定義された起炎菌分類を用いて集計したところ,サーベイランスはグラム陽性球菌(以下,G(+)球菌)が42%,グラム陰性桿菌(以下,G(?)桿菌)が30%,その他14%,真菌・アメーバ14%であったのに対し,前回の報告ではその他32〔別刷請求先〕阿久根穂高:〒830-0011福岡県久留米市旭町67久留米大学医学部眼科学講座Reprintrequests:HodakaAkune,M.D.,DepartmentofOpthalmology,KurumeUniversitySchoolofMedicine,67thareaAsahimachi,Kurume-shi,Fukuoka830-0011,JAPAN220(106)0910-1810/20/\100/頁/JCOPY%,真菌・アメーバ31%,G(?)桿菌19%,G(+)球菌18%であり,前回の報告ではサーベイランスと比べ真菌の割合が高く,G(+)球菌の割合が低い結果であった.今回,2012年から2年間の当科における入院加療を要した感染性角膜炎についてレトロスペクティブに調査したので報告する.I対象および方法対象は2012年1月?2013年12月の2年間に当科で入院加療を要した感染性角膜炎の患者,97例101眼.男性47例49眼,女性50例52眼で,平均年齢は59.8±23.7歳(2?92歳)であった.今回,ウイルス性角膜炎は除外した.病巣部から直接顕微鏡検査(以下,検鏡)と培養検査(以下,培養)を行い,サーベイランスに準じ,起炎菌をG(+)球菌,G(?)桿菌,真菌・アメーバ,その他の4種類のカテゴリーに分類した.培養で検出された菌(以下,分離菌)と検鏡のみ陽性であった菌は起炎菌と定義し,その際に分離菌と検鏡が不一致の場合は分離菌を優先した.また,培養において複数の菌が分離された場合(以下,複数菌),複数菌が同一カテゴリーの場合はそのまま起炎菌とし(たとえば複数の菌がII結果検鏡は97例全例に施行しており,菌検出は48例で認められ検出率は50%であった.培養も97例全例に施行しており,菌検出は35例で認められ検出率は36%であった.表1に示すように,分離菌では細菌が35例中29例(83%)を占め,G(+)球菌が15例ともっとも多く,そのなかでもっとも多く検出された菌はStaphylococcusspp.9例,ついでStreptcoccusspp.6例,Corynebacteriumspp.6例の順に多く認めた.真菌は5例(14%)で糸状菌2例,酵母菌2例,不明真菌1例であった(表2).アカントアメーバは1例(3%)であった.検鏡および培養の結果から,97例中60例(62%)で起炎菌が分類された.その内訳はG(+)球菌が22例,G(?)桿菌が7例,真菌・アメーバが6例,その他が25例であった(図1).その他の内訳は,複数菌が14例,G(+)桿菌が10例,G(?)球菌が1例であった.年齢は,70代が23例(24%)ともっとも多く,年齢分布は一峰性であった(図2).真菌・アメーバは60代以上で認め,50代以下での検出はなかった.表2分類菌の内訳(真菌)すべてG(+)球菌ならばG(+)球菌と分類),違うカテゴリーの場合はその他とした.サーベイランスに従いグラム陰性球菌(以下G(?)球菌),グラム陽性桿菌(以下G(+)桿菌),嫌気性菌はその他に分類を行った.患者背景,前医の治療の有無についても検討した.・真菌:5/34例(15%)糸状菌:2例酵母菌:2例Aspergillussp.1例Candidaalbicans1例Fusariumoxysorum1例Candidaparapsilosislt1例不明真菌1例表1分離菌の内訳(細菌)全検出例:34/97例(35%)・細菌:29/34例(85%)グラム陽性球菌:15例グラム陰性球菌:3例Staphylococcusspp.9例Moraxellacatarrhalis3例Streptococcusspp.6例グラム陽性桿菌:9例グラム陰性桿菌:2例Corynebacteriumspp.6例Klebsiellapneumonia1例Propionibacteriumacnes3例Enterobactercloacae1例例)25201510500~9代10代20代30代40代50代60代70代80代90代CL装用(18例)外傷(16例)糖尿病(13例)アレルギー疾患(6例)図1起炎菌の内訳05101520■G(+)球菌■G(-)桿菌■真菌■その他■検出なし図2年齢別起炎菌■G(+)球菌■G(-)桿菌■真菌■その他■未検出(例図3患者背景別起炎菌(107)あたらしい眼科Vol.37,No.2,2020221患者背景では,コンタクトレンズ(contactlens:CL)装用がもっとも多く18例で,外傷が16例,糖尿病が13例,アレルギー疾患が6例の順で多く認めた(図3).CLの種類は,使い捨てソフトCL7例,頻回交換ソフトCL6例,定期交換型ソフトCL2例,従来型ソフトCL2例,ハードCL1例であった.このうちカラーCLは6例で,4例が20代であった.CL装用での起炎菌はその他5例,G(+)球菌3例,G(?)桿菌1例,アメーバ1例の順に認められた.前医の治療の有無について調査したところ,前医の治療があったのは97例中87例(90%)で,前医の治療がなかったのは10例のみであった.前医の治療があった例で起炎菌が検出されたのは52例で検出率は60%であり,前医の治療がなかった例では7例と70%で菌が検出されていたが,検出率に有意差はなかった(Fisher直接確率計算法).III考察検鏡の検出率は,今回の報告では50%であり,サーベイランスは記載なし,前回の報告では58%とやや低い結果であった.また,分離菌の検出率も今回の報告では36%であり,サーベイランスでは43%,前回の報告では41%と他の報告と比べてやや低い結果であった.竹澤らは,5年間の感染性角膜潰瘍をまとめ,前医による治療があった症例は67眼中45眼(67.2%)で培養陽性率は37.8%,前医による治療がなかった症例では培養陽性率は77.3%と高率であり有意差を認めている3).今回の報告では起炎菌の検出率は前医による治療があった例となかった例で有意差はなかったが,前医による治療があった例がサーベライランスでは39%,前回の報告では80%,今回の報告では90%と高率であったことから,前医での抗菌薬の使用により検鏡および培養の検出率が低くなった可能性もあると考えられた.分離菌は,今回の報告においてG(+)球菌がもっとも多く,そのなかでもStaphylococcusspp.が最多であったが,この傾向はサーベイランス,前回の報告と同様であった.年齢分布について,今回の報告では70代がもっとも多い一峰性であったが,サーベイランスおよび前回の報告では若年層と高齢層にピークを認める二峰性であり,若年層では20代にピークを認めている.20代のピークはCL装用者が多く分布することによると考えられているが,今回の報告においてCL装用者は10代が4例,20代が5例,30代6例と幅広い年代に分散していたため20代にピークがなかったと考えられた.患者背景については,今回CL装用がもっとも多く,ついで外傷の順であったことは,サーベイランスと同様であった.前回の報告は外傷がもっとも多くついで糖尿病であったため,患者背景は今回変化していた.また,前回の報告ではカラーCLの症例はなかったが今回の報告では18例中6例でカラーCLが認められており,CL装用が増えた要因の一つと考えられた.起炎菌は今回,その他がもっとも多く,前回の報告と同様であり,サーベイランスではG(+)球菌がもっとも多かった.前回の報告ではその他20例中13例が複数菌の検出であり,今回の報告でも24例中複数菌は14例と多かった.前回の報告では,起炎菌は,その他のつぎに真菌・アメーバが19例(アメーバは0例)と多かったが,今回,真菌・アメーバは6例(アメーバは1例)と大幅に減少していた.その代わりにG(+)球菌が22例と前回の報告11例に比べ大幅に増加していた.また,前回の報告と今回の報告を合わせても,アカントアメーバは1例であった.両報告の対象の間である2007?2009年の間に当科ではアカントアメーバ角膜炎9例11眼が加療しており4),この期間に偏っていた.このことは,全国調査でも同様の傾向であった5).今回,真菌が減少し,G(+)球菌が増加していたが,当院は農村が近く,前回の患者背景では草刈りを代表とする外傷が多かった.そのため真菌を多く認めたが,今回外傷が少なかったため真菌が減少していたと考えられた.アジア地域の感染性角膜炎の報告6)では細菌性が38.0%,真菌性が32.7%と真菌の割合が高く,患者背景は外傷が34.7%ともっとも多く,ついでCLは10.7%であった.このことからも外傷が多いと真菌の割合が高くなると考えられる.また,前回の報告の背景で,外傷眼で糖尿病もあった症例が10例あり,そのうち7例から真菌が検出されていた.一方,今回の報告では外傷眼で糖尿病もあった症例は1例のみであった.このことも真菌が少ない要因の一つと考えた.今回の報告で当科の感染性角膜炎は,過去の前回の報告と比べ起炎菌の内容が変化しサーベイランスに近づいていた.今回患者背景が変化したことにより,起炎菌も変化しわが国における動向に類似したと考えられた.文献1)感染性角膜炎全国サーベイランス・スタディグループ:感染性角膜炎全国サーベイランス─分離菌・患者背景・治療の現状─.日眼会誌110:961-971,20062)杉田稔,門田遊,岩田健作ほか:感染性角膜炎の患者背景と起炎菌.臨眼64:225-229,20103)竹澤美貴子,小幡博人,中野佳希ほか:自治医科大学における過去5年間の感染角膜潰瘍の検討.眼紀56:494-497,20054)宮崎幸子,熊谷直樹,門田遊ほか:当院でのアカントアメーバ角膜炎の検討,眼臨紀5:633-638,20125)鳥山浩二,鈴木崇,大橋裕一:アカントアメーバ角膜炎発症者数全国調査.日眼会誌118:28-32,20146)KhorWB,PrajnaVN,GargPetal:AsiaCorneaSocietyInfectiousKeratitisStudy:AprospectivemulticenterstudyofinfectiouskeratitisinAsia.AmJOphthalmol195:167-170,2018222あたらしい眼科Vol.37,No.2,2020(108)

涙点閉鎖術時のジアテルミー使用により角膜熱傷を生じた1例

2020年2月29日 土曜日

《原著》あたらしい眼科37(2):217?219,2020c涙点閉鎖術時のジアテルミー使用により角膜熱傷を生じた1例奥拓明*1,2脇舛耕一*1,2外園千恵*2木下茂*1,3*1バプテスト眼科クリニック*2京都府立医科大学大学院医学研究科視機能再生外科学*3京都府立医科大学感覚器未来医療学ACaseofCornealBurnthatOccurredduetotheDiathermyProcedureAppliedforPunctalOcclusionHiroakiOku1,2),KoichiWakimasu1,2),ChieSotozono2)andShigeruKinoshita1,3)1)BaptistEyeInstitute,2)DepartmentofOphthalmology,KyotoPrefecturalUniversityofMedicine,3)DepartmentofFrontierMedicalScienceandTechnologyforOphthalmology,KyotoPrefecturalUniversityofMedicineはじめに外眼部の手術あるいは処置に関係した医原性の眼表面あるいは眼内損傷の症例は多数報告されている.Shiramizuらは霰粒腫摘出時の局所麻酔で網膜内に麻酔薬の誤注入の症例を2例1),Chanらは球後麻酔時の眼内誤注射による症例を1例報告しており2),いずれも高度の視力低下を認めている.また,Luらは角膜異物除去時の灌流中にシリンジから針がはずれることで角膜穿孔に至った1例を報告している3).その他,処置時に消毒薬を誤点入したための角膜化学外傷4,5),美容形成術のヒアルロン酸ナトリウムの角膜内誤注射6)などの報告がある.通常,外眼部への手術,処置は手術後の視力に直接影響しないが,これらの報告のように,医原性の合併症により重篤な視力低下を生じる可能性がある.今回,手術時のジアテルミー使用による医原性の角膜熱傷で角膜実質混濁を生じ,角膜移植に至った1例を経験したので報告する.I症例患者:67歳,女性.〔別刷請求先〕脇舛耕一:〒606-8287京都市左京区北白川上池田町12バプテスト眼科クリニックReprintrequests:KoichiWakimasu,M.D.,BaptistEyeInstitute,12Kamiikeda-cho,Kitashirakawa,Sakyo-ku,Kyoto606-8287,JAPAN図2角膜移植後3年経過時の前眼部写真角膜の透明治癒が得られ,視力は0.6(1.2×sph+0.5D(cyl?3.0DAx120°)であった.図1初診時所見a:初診時の右眼前眼部写真.角膜中央部に角膜実質混濁を認める.b:初診時の右眼前眼部スキャッタリング像.角膜中央部の角膜実質混濁をより明確に把握できる.c:前眼部OCT画像.VisanteOCT(CarlZeissMeditec社)により得られた画像,角膜中央部の実質内に高輝度の反射像を認める.主訴:右眼視力低下.既往歴:特記事項なし.家族歴:なし.現病歴:2008年4月に近医にて右眼ドライアイに対し,涙点閉鎖術を施行された.そのときにジアテルミーの熱遮断器具がはずれており,ジアテルミーの通電部分が角膜に触れ,角膜上皮障害を含む角膜熱傷を生じた.このため,ガチフロキサシンおよびリン酸ベタメタゾンを右眼に1日4回の点眼加療が行われたが改善が認められなかった.2008年8月,角膜混濁などの治療目的で京都府立医科大学眼科に紹介となった.初診時所見:視力は右眼0.01(0.07×sph+15.0D(cyl?2.0DAx90°),左眼0.6(1.0×sph+0.25(cyl?1.0DAx85°),眼圧は右眼10mmHg,左眼12mmHgであった.細隙灯顕微鏡検査で,右眼角膜中央部に角膜実質混濁を認めた(図1a,b).前眼部光干渉断層計(opticalcoherencetomog-raphy:OCT)(VisanteOCT,CarlZeissMeditec)断層像でも右眼角膜実質中央部に高輝度となる画像所見を認めた(図1c).スペキュラマイクロスコープ(TOMEY)で測定した右眼角膜内皮細胞密度は角膜中央部では測定不能であったが,角膜周辺部は2,520cells/mm2と正常範囲であった.また,角膜輪部構造は正常であり,角膜上皮幹細胞疲弊症は生じていなかった.経過:保存的加療による角膜混濁の改善を図るため,0.1%フルオロメトロンの1日3回点眼にて経過観察を行った.その後2014年7月の時点で,右眼視力は0.1(0.3×sph?4.0D)まで回復を認めた.矯正視力低下の原因として,角膜混濁のほか角膜不正乱視が考えられたため,ハードコンタクトレンズ(hardcontactlens:HCL)装用を試行した.しかし,HCL装用下右眼視力(0.4)であり,視力改善を得られなかったため,2015年10月にフェムトセカンドレーザーによるzigzag切開を用いた全層角膜移植術と水晶体再建術の同時手術を施行した.術後,角膜移植片の透明治癒が得られ,右眼の手術1カ月後の視力は0.06(0.3×sph+9.0D(cyl?8.0DAx40°)となった.手術1年9カ月後に角膜移植片縫合糸の全抜糸を施行し(図2),手術3年後の右眼視力は0.6(1.2×sph+0.5D(cyl?3.0DAx120°)まで改善した.眼圧は9mmHgであった.経過観察期間中,重篤な角膜移植術後合併症を認めなかった.II考按保存的治療で改善しない重症ドライアイの治療法として,涙点プラグ挿入術や涙点焼灼術などの涙点閉鎖術は有効であり7),保険診療としても承認されている確立された術式であるが,本症例ではジアテルミーの熱遮断の部品が装着されないまま使用されたことにより,角膜上皮および実質に障害をきたした.その後保存的加療および全層角膜移植により視力回復を得ることができたが,このような報告は国内外ともに調べる限りではみられなかった.今回の症例では角膜混濁は実質にまで及んでおり,長時間ジアテルミーに接触していたことが考えられる.通常,涙点焼灼術などの外眼部の手術施行時は局所麻酔薬を使用するため患者の痛みの自覚がないことも発見が遅れた要因の一つであると考えられる.既報の美容形成術のヒアルロン酸ナトリウムの角膜内誤注射による角膜実質混濁をきたした症例でも局所麻酔薬による痛みの自覚を認めなかったと考察されている6).このように,外眼部の手術時には局所麻酔点眼薬による角膜表面の感覚遮断を行うため,手技中は患者,術者両者とも気がつかないまま予期せぬ箇所にも影響が及んでいる可能性があるということを常に念頭に置いて操作を行う必要がある.また,バイポーラピンセットの誤操作により口角部熱傷を生じることが指摘されている.絶縁体コーティングのないバイポーラピンセットでは他組織を侵襲するリスクが高く,絶縁体コーティングがあるピンセットの使用が推奨されている.しかし,絶縁体コーティングがあるピンセットでもコーティングの劣化により予期せぬ熱傷が生じる可能性がある.熱凝固を行う際には絶縁体型を使用するべきであるが,コーティングの劣化が判別しにくい場合があり,常に先端以外は周辺組織に触れないよう注意する必要がある.手術手技が確立された外眼部の手術であっても角膜や眼内組織を損傷する可能性がある.執刀医の手技の習得に加え,手術機器の知識や準備,確認を含めたコメディカルへの教育など,システム構築を行い,可能な限り医原性の合併症を回避する対策が必要であると考えられた.文献1)ShiramizuKM,KreigerAE,McCannelCAetal:Severevisuallosscausedbyocularperforationduringchalazionremoval.AmJOphthalmol137:204-205,20042)ChanBJ,koushanK,LiszauerAetal:Atrogenicglobepenetrationinacaseofinfraorbitalnerveblock.CanJOphthalmol46:290-291,20113)LuCW,HaoJL,LiuXFetal:Pseudomonasaeruginosaendophthalmitiscausedbyaccidentaliatrogenicocularinjurywithahypodermicneedle.JIntMedRes45:882-885,20174)PhinneyRB,MondinoBJ,HofbauerJDetal:Cornealedemarelatedtoaccidentalhibiclensexposure.AmJOphthalmol106:210-215,19885)中村葉,稲富勉,西田幸二ほか:消毒液による医原性化学腐蝕の4例.臨眼52:786-788,19986)日野智之,上田真由美,木下茂ほか:美容外科において角膜実質内にヒアルロン酸ナトリウムが誤注入された1例.日眼会誌122:406-409,20187)YaguchiS,OgawaY,KamoiMetal:Surgicalmanage-mentoflacrimalpunctalcauterizationinchronicGVHD-relateddryeyewithrecurrentpunctalplugextrusion.BoneMarrowTransplant47:1465-1469,2012◆**

2種類の1日使い捨て遠近両用コンタクトレンズの臨床評価

2020年2月29日 土曜日

《原著》あたらしい眼科37(2):209?216,2020c2種類の1日使い捨て遠近両用コンタクトレンズの臨床評価吉野健一*1伏見典子*2熊埜御堂隆*3篠上治彦*4内田薫*5佐々木紀幸*5*1吉野眼科クリニック*2フシミ眼科クリニック*3クマノミドー眼科*4眼科亀戸クリニック*5日本アルコン株式会社ClinicalEvaluationofTwoTypesofDailyDisposableMultifocalContactLensesKenichiYoshino1),NorikoFushimi2),TakashiKumanomido3),HaruhikoShinogami4),KaoruUchida5)andNoriyukiSasaki5)1)YoshinoEyeClinic,2)FushimiEyeClinic,3)KumanomidoEyeClinic,4)KameidoEyeClinic,5)AlconJapanLtd.目的:2種類の1日使い捨て遠近両用コンタクトレンズ(MFCL)の他覚所見および自覚評価を比較した.対象および方法:40歳以上のソフト系MFCLの常用者134例を対象とした.研究レンズは日本アルコンのDAILIESTOTAL1TMMultifocal(DT1MF)およびジョンソン・エンド・ジョンソンの1-DAYACUVUERMoistRMultifocal(AMMF)を用いた.各研究担当医師が両研究レンズを適切に処方し,クロスオーバー法により両眼に14±3日間装用させた.結果:レンズセンタリング「良好」の割合はDT1MFが97.0%,AMMFが90.9%でDT1MFが有意に多かった(p=0.0455).被験者自覚評価の「全体的な見え方の質」および「1日の終わりのレンズの快適さ」のスコア平均値はDT1MFが7.3および7.5,AMMFがいずれも6.9でDT1MFが有意に高かった(p=0.0380,p=0.0042).これらについては仮説検定により優越性が検証された.レンズフィッティング「良好」の割合,細隙灯顕微鏡所見およびレンズ表面性状のスコア平均値は,DT1MFがAMMFに比し有意に高かった.両眼視力(5m,70cm,30cm)について遠方ではDT1MFが,近方ではAMMFが有意に良好で,中間においては両研究レンズが同等で有意差がなかった.眼局所の有害事象による中止症例は全例に認めなかった.結論:レンズセンタリングおよび被験者自覚評価はDT1MFがAMMFよりも有意に良好であった.Objective:Tocompareobjectiveandsubjectivevariableswithtwotypesofdailydisposablemultifocalcon-tactlenses(MFCLs).CasesandMethods:Inthisstudy,134Japanesesubjects(age:?40years)wearingsoft-typeMFCLs(includingsiliconehydrogeltypes)wereassignedtowearDAILIESTOTAL1Multifocal(DT1MF)(Alcon)or1-DAYACUVUEMoistMultifocal(AMMF)(Johnson&Johnson)MFCLs.Afterreviewofthelens?ttingbyanophthalmologist,eachlenswasworninbotheyesforameanperiodof14±3days.Results:IntheDT1MFandAMMFeyes,theproportionof“optimal”lenscentrationwas97.0%and90.9%,respectively(p=0.0455),yetthemeanscoreofsubjectiveratingsof“OverallVisionQuality”/“Comfortatendoftheday”was7.3/7.5and6.9/6.9,respectively,thussigni?cantlysuperiorforDT1MF(p=0.0380andp=0.0042,respectively);the3itemsofsuperiorityweredemonstratedviatheuseofahypothesistestingmethod.Theproportionof“opti-mal”lens?tting,slit-lampexamination?ndings,andmeanlens-surfacecharacteristicsscoresofDT1MFweresigni?cantlybetterthanthoseofAMMF.Forbinocularvisualacuity(VA)(i.e.,at5m,70cm,and30cm),DT1MFwassigni?cantlybetterat5mandAMMFwassigni?cantlybetterat30cm,yetat70cm,theVAofthelenseswasequalandnosigni?cantdi?erenceswereobserved.Noneofthesubjectsdiscontinuedlenswearduetoocular-relatedadverseevents.Conclusion:DT1MFwasfoundsuperiortoAMMFinregardtolenscentrationandsub-jectiveratings.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)37(2):209?216,2020〕Keywords:1日使い捨て遠近両用コンタクトレンズ,レンズセンタリング,細隙灯顕微鏡所見,両眼視力,被験者自覚評価.dailydisposablemultifocalcontactlens,lenscentration,slit-lampexamination,binocularvisualacuity,sub-jectiveratings.〔別刷請求先〕吉野健一:〒110-0005東京都台東区上野1-20-10風月堂本社ビル6F吉野眼科クリニックReprintrequests:KenichiYoshino,M.D.,Ph.D.,YoshinoEyeClinic,1-20-10Ueno,Taito-ku,Tokyo110-0005,JAPANはじめに老視とは加齢による調節力の低下として定義され,加齢による調節力の低下は水晶体の硬化に起因し,水晶体の硬度は45歳ぐらいから指数関数的に増大すると報告されている1).老視に対する矯正は,眼鏡,コンタクトレンズ(contactlens:CL),屈折矯正手術(角膜老視矯正手術または多焦点眼内レンズ)とさまざまな方法があるが2),遠近両用CL(multifocalcontactlens:MFCL)による老視矯正も徐々に増加の傾向にある3).しかしながら,老視矯正が必要と考えられる40歳以上のCL装用者は,レンズ装用時の眼不快感(contactlensdiscomfort:CLD)や視機能異常が理由でCL装用を中断する比率が40歳以下の年代に比べて高かったとの報告もある4).TearFilmandOcularSurfaceSocietyのワークショップは,CLDの定義を「CLと眼の環境との適合性の低下により生じるCL装用に関係する,視機能異常の有無を問わない,一過性あるいは持続性の眼の感覚異常であり,装用時間の減少あるいはレンズ装用の中止を余儀なくされ得るもの」と報告している5,6).CLDや視機能異常の発現メカニズムは,CL装用による開瞼維持時の涙液層の安定性の低下と瞬目時の摩擦亢進によりレンズ表面の涙液層が菲薄化して不安定となることが原因と考えられている6).VanHaeringenは加齢に伴う涙液減少を報告しており7),老視矯正が必要と考えられる40歳以上の年代では,レンズ表面の涙液層の菲薄化によるCLDや視機能異常への影響が懸念される.糸井らは,CLDを有する1日使い捨てソフトコンタクトレンズ(softcontactlens:SCL)または1日使い捨てシリコーンハイドロゲル(siliconehydrogel:SH)CLを常用している99例(平均年齢39.9±9.7歳:21?62歳)を対象に,ウォーターグラディエント構造8)を有する1日使い捨てSHCLの単焦点レンズである日本アルコンのDAILIESTOTAL1TM(以下,DT1)と1日使い捨てSHCLの単焦点レンズであるジョンソン・エンド・ジョンソンの1-DAYACUVUERTruEyeR(以下,ATE)の臨床評価を報告している9).その結果は,装用10±3日後でのDT1およびATE装用時の被験者満足度の「快適性」および「見え方」はDT1が有意に良好で,その理由はDT1表面の含水率が80%以上の潤滑性に優れた構造を有するためと考察している9).このDT1のMFCLであるDAILIESTOTAL1TMMulti-focal(以下,DT1MF)10)が2017年にわが国で発売されている.DT1MFはDT1と同一素材であるため,レンズ装用時の被験者自覚評価の「快適性」および「見え方」の改善が期待される.DT1MFの光学デザインは,すでに日本アルコンがわが国で発売している中心近用タイプの2週間頻回交換MFCL11)と同様に,同心円状に境目なく近方を見るための加入度数をレンズ中心部に加えた累進加入度数の光学デザインを採用している.したがって,MFCL装用時における角膜上での中心安定性はレンズ装用時の見え方の観点で重要12)と考えられるが,現時点においてわが国でのDT1MFの有水晶眼における臨床評価は報告されていない.そこで今回,DT1MFと類似した光学デザインのヒドロキシエチルメタクリレート(hydroxyethylmethacrylate:HEMA)素材であるジョンソン・エンド・ジョンソンの1-DAYACUVUERMoistRMultifocal(以下,AMMF)13)を対照として,他覚所見のレンズセンタリング,レンズフィッティング,フルオレセイン角膜染色,フルオレセイン結膜染色,レンズ表面の水濡れ性,レンズ表面の付着物,両眼視力(5m,70cm,30cm)および,被験者自覚評価の見え方(「遠方の見え方」「中間距離の見え方」「近方の見え方」「全体的な見え方の質」)および快適さ(「1日を通してのレンズの快適さ」「1日の終わりのレンズの快適さ」)を比較した.I対象および方法対象は,40歳以上でSCLまたはSHCLのMFCLを常用している134例(男性31例,女性103例)とした.平均年齢は53.1±5.1歳(40?70歳),実施期間は2017年12月?2018年6月であった.おもな選択基準は,40歳以上でMFCLの常用者,自覚屈折検査の円柱度数が1.00D未満の者および矯正下の遠見視力が両眼とも小数視力0.7以上の者などであった.おもな除外基準は,研究レンズの使用経験の影響を排除するためにDT1MFまたはAMMFの常用者,モノビジョン処方者,内眼手術の経験者または角膜形状異常の者およびCL装用に禁忌な疾患を有する者とした.実施施設は4施設で,吉野眼科クリニック,フシミ眼科クリニック,クマノミドー眼科および眼科亀戸クリニックであった.本臨床研究はヘルシンキ宣言,医療機器の臨床試験の実施の基準に関する省令(医療機器GCP)および人を対象とする医学系研究に関する倫理指針に準拠し,試験デザインはプロスペクティブ,無作為化,クロスオーバー(図1),被験者に対する製品名マスキングで実施した.本臨床研究は倫理審査委員会の承認済みで,UniversityhospitalMedicalInforma-tionNetwork(000030247)およびClinicalTrials.gov(NCT03341923)に登録済みである.方法は,被験者背景の確認,オートレフラクトケラトメータによる角膜曲率半径の測定およびその他の本臨床研究における被験者の適格性を確認したのち,トライアルレンズを用いて各研究担当医師が両研究レンズ(表1)を適正に処方した.処方プロセスは両製造販売業者が推奨するフィッティングガイドに従った.両研究レンズを被験者の両眼に14±3日間ずつ装用させた.検査観察は初回来院時に常用していたMFCL,1回目来院時に最初割り付けられた研究レンズ,2回目来院時に他方の研究レンズについて実施した.両研究レンズの装用14±3日後におけるレンズセンタリング,レンズフィッティング,フルオレセイン角膜染色,フルオレセイン結膜染色,レンズ表面の水濡れ性,レンズ表面の付着物,両眼視力(5m,70cm,30cm)および被験者自覚評価の見え方(「遠方の見え方」「中間距離の見え方」「近方の見え方」「全体的な見え方の質」)および快適さ(「1日を通してのレンズの快適さ」「1日の終わりのレンズの快適さ」)を比較した.レンズセンタリングの評価基準は,レンズの偏位がない場合を「良好」,わずかに偏位する場合を「わずかに偏位」,明らかに偏位しているがレンズのエッジの輪部への接触がない場合を「軽度の偏位」,エッジが輪部に接触するが角膜の露出がない場合を「中等度の偏位」,角膜が露出する場合を「重度の偏位」とした.レンズフィッティングの評価基準は,レンズの動きが適切な場合を「良好」,レンズの動きが許容できる場合を「許容できるルーズフィット」または「許容できるタイトフィット」,レンズの動きが許容できない場合を「許容できないルーズフィット」または「許容できないタイトフィット」とした.両眼視力は小数視力表にて5m,70cm,30cmで測定した.フルオレセイン角膜染色およびフルオレセイン結膜染色はEfron分類14),レンズ表面の水濡研究レンズ装用14±3日後の来院時に被験者が回答した.被験者自覚評価の基準は見え方が「10:非常に良い」から「1:見えづらい」,快適さが「10:すばらしい」から「1:ひどい」とした.レンズセンタリング,レンズフィッティング,フルオレセイン角膜染色,フルオレセイン結膜染色,レンズ表面の水濡れおよびレンズ表面の付着物の解析は,左右眼のうち無作為に選択されたいずれかの対象眼,両眼視力および被験者自覚評価の解析は症例単位で行った.両眼小数視力の平均値は幾何平均とした17).無作為割付れ性およびレンズ表面の付着物は,Morganらの判定基準15)に従ってレンズ表面の涙液(水濡れ性)の不安定16)さを考慮して開瞼直後に評価した.被験者自覚評価は10段階で,両研究終了図1クロスオーバー法による無作為割付表1研究レンズの概要研究レンズDAILIESTOTAL1TMMultifocal1-DAYACUVUERMoistRMultifocal酸素透過係数*14028含水率33%58%BC8.5mm8.4mm直径14.1mm14.3mm中心厚(?3.00D)0.09mm0.084mm供給球面度数範囲+5.00?±0.00D,?0.25??10.00D+5.00?±0.00D,?0.25??9.00D供給加入度数範囲**+1.25D,+2.00D,+2.50D+1.25D,+1.75D,+2.50D*(cm2/sec)×(mLO2/mL×mmHg),**中心近用.表2仮説検定の順序検定の順序評価項目検定基準1レンズセンタリング(主要評価項目)非劣性10%2レンズセンタリング(主要評価項目)優越性0%3全体的な見え方の質非劣性0.541日の終わりのレンズの快適さ非劣性0.55全体的な見え方の質優越性061日の終わりのレンズの快適さ優越性0先行する番号の検定が有意だった場合のみ,次の検定に進むことができる18).表3被験者の常用MFCL:年齢別年齢別(症例数)常用MFCLタイプ40?49歳(29例)50?59歳(96例)60?69歳(8例)70歳以上(1例)合計(134例)1日使い捨て17(58.6%)43(44.8%)5(62.5%)0(0.0%)65例2週間頻回交換12(41.4%)51(53.1%)3(37.5%)1(100.0%)67例従来型0(0.0%)2(2.1%)0(0.0%)0(0.0%)2例表4処方レンズにおける加入度数分布(対象眼):レンズ処方日加入度数DT1MF(N=133)AMMF(N=134)Lo77(57.9%)77(57.5%)Med45(33.8%)44(32.8%)Hi11(8.3%)13(9.7%)本臨床研究ではとくにレンズセンタリング(主要評価項目)DT1MF(N=132)AMMF(N=133)および被験者自覚評価のうちの「全体的な見え方の質」および「1日の終わりのレンズの快適さ」(重要な探索的項目)については,DT1MFのAMMFに対する非劣性と優越性を有意水準片側2.5%として検証することとした.表2のように仮説検定の順序と限界値をあらかじめ設定し,この手順により検定の多重性(複数の項目の検定の繰り返しにより誤って有意差ありと判断してしまうこと)を調整した18).目標症例数はKernらが過去に実施した臨床研究10)のレンズセンタリングと被験者自覚評価の結果から,これら評価項目について非劣性・優越性の検証が可能となる134例に設定した.II結果1.被験者背景など被験者が試験前に常用していたMFCLタイプの年齢別の集計結果を表3に示した.対象眼の角膜曲率半径の強主経線平均値は7.66±0.24mmで,弱主経線平均値は7.83±0.23mmであった.対象眼の処方球面度数の平均値はDT1MFが?3.86±2.4D,AMMFが?3.94±2.4Dであった.両者の差は,製造販売業者が推奨するフィッティングガイドに従った結果である.対象眼の両研究レンズの加入度数分布を表4に示した.レンズセンタリング,レンズフィッティング,レンズ表面の水濡れ性およびレンズ表面の付着物は,対象眼のうち中止症例などを除いたDT1MFの132眼およびAMMFの133眼,フルオレセイン角膜染色およびフルオレセイン結膜染色細隙灯顕微鏡所見は対象眼のうち選択基準または除外基準に抵触するなどの規定違反した症例を除いたDT1MFの132眼およびAMMFの134眼を解析対象とした.被験者自覚評価は中止症例などを除いたDT1MFの132例およびAMMFの133例を解析対象とした.眼局所の有害事象に伴う中止症例を認めず,眼局所以外の有害事象およびその他■良好■わずかに偏位図2レンズセンタリング(対象眼):装用14±3日後「良好」の割合に対してMcNemar検定を実施(p=0.0455).の理由による中止症例は2例で,DT1MF装用時での急性腰痛症および選択基準違反(自覚屈折の円柱度数が両眼とも?1.00D:AMMF装用時に判明)であった.2.レンズセンタリング主要評価項目であるレンズセンタリングの「良好」の被験者の割合は,DT1MFが97.0%(132眼中の128眼)でAMMFが90.9%(133眼中の121眼)で,その差は6.1%(95%信頼区間:0.2?11.9%)であり,97.5%片側信頼区間下限の0.2%はあらかじめ設定した非劣性限界値の?10%,優越性の限界値である0%を上回っており,表2の手順に従い装用14±3日後のレンズセンタリングについて,DT1MFのAMMFに対する非劣性,優越性が検証された(p=0.0455,McNemar検定,図2).3.被験者自覚評価重要な探索的評価項目である「全体的な見え方の質」および「1日の終わりのレンズの快適さ」の研究レンズ間のスコア平均値の差の97.5%片側信頼区間下限は0.023および0.194であり,あらかじめ設定した非劣性検証の基準である?0.5,優越性検証の基準である0を上回っており,表2の手順に従い装用14±3日後の「全体的な見え方の質」および「1日の終わりのレンズの快適さ」について,DT1MFのAMMFに対する非劣性,優越性が検証された(p=0.0380およびp=0.0042,対応のあるt検定,表5).見え方に関するスコア平均値については,「遠方の見え方」はDT1MFが8.0±1.7,AMMFが6.9±2.3でDT1MFにお表5被験者自覚評価(見え方および快適さ):装用14±3日後項目DT1MF(N=132)AMMF(N=133)p値*遠方の見え方8.0±1.76.9±2.3<0.0001中間距離の見え方7.3±2.17.2±1.90.7485近方の見え方5.4±2.66.3±2.1<0.0001全体的な見え方の質7.3±1.76.9±1.80.03801日を通してのレンズの快適さ7.9±1.67.1±1.90.00021日の終わりでのレンズの快適さ7.5±1.86.9±2.00.004210段階評価(10:非常に良い?1:見えづらい,10:すばらしい?1:ひどい),スコア平均値±標準偏差.*対応のあるt検定,重要な探索的評価項目:全体的な見え方および1日の終わりのレンズの快適さ.いて有意に高く,「中間距離の見え方」はDT1MFが7.3±2.1,AMMFが7.2±1.9で有意差なく,「近方の見え方」はDT1MFが5.4±2.6,AMMFが6.3±2.1で,AMMFにおいて有意に高く,「全体的な見え方の質」はDT1MFが7.3±1.7,AMMFが6.9±1.8で,DT1MFにおいて有意に高かった(表5).快適さに関するスコア平均値については,「1日を通してのレンズの快適さ」はDT1MFが7.9±1.6,AMMFが7.1±1.9で,DT1MFにおいて有意に高かった.「1日の終わりのレンズの快適さ」はDT1MFが7.5±1.8,AMMFが6.9±2.0で,DT1MFにおいて有意に高かった(表5).4.レンズフィッティングレンズフィッティングの「良好」の被験者の割合は,DT1MFが93.2%(132眼中の123眼),AMMFが83.3%(133眼中の110眼)で,その差は9.8%(95%信頼区間:2.0?17.7%)でDT1MFにおいて有意に良好であった(p=0.0158,McNemar検定,図3).許容できるタイトフィットの割合は,DT1MFが3.0%(132眼中の4眼),AMMFが15.8%(133眼中の21眼)であった.一方,許容できるルーズフィットの割合はDT1MFの3.0%(132眼中の4眼)でAMMFが0.8%(133眼中の1眼)で,AMMFにタイトフィットの傾向がみられた(図3).5.フルオレセイン角膜染色およびフルオレセイン結膜染色フルオレセイン角結膜染色のスコア平均値は,DT1MFがAMMFに比し有意に低かった.角膜染色のスコア平均値はDT1MFが0.2±0.4,AMMFが0.3±0.5(p=0.0141,対応のあるt検定,表6),結膜染色のスコア平均値はDT1MFが0.2±0.5,AMMFが0.4±0.6であった(p=0.0005,対応のあるt検定,表6).6.レンズ表面の水濡れ性およびレンズ表面の付着物レンズ表面の水濡れ性,付着物のスコア平均値は,ともにDT1MFがAMMFに比し有意に低かった.水濡れ性のスコア平均値はDT1MFが0.0±0.1,AMMFが0.3±0.7(p<DT1MF(N=132)AMMF(N=133)■良好■許容できるタイトフィット■許容できるルーズフィット■許容できないタイトフィット図3レンズフィッティング(対象眼):装用14±3日後「良好」の割合に対してMcNemar検定を実施(p=0.0158).0.0001,対応のあるt検定,表6),付着物のスコア平均値はDT1MFが0.0±0.1,AMMFが0.3±0.6であった(p<0.0001,対応のあるt検定,表6).7.両眼視力DT1MFおよびAMMF装用時の両眼視力(幾何平均小数第1位)は,5mではDT1MFが1.2,AMMFが1.1でDT1MFで有意に高く,70cmではDT1MFが1.1,AMMFも1.1で同値で統計学的に有意差がなく,30cmではDT1MFが0.8,AMMFも0.8で同値であったが,統計学的にAMMFで有意に高かった(p<0.0001,対応のあるt検定,表7).8.眼局所の有害事象本臨床研究開始後,レンズの装用中止が必要となった眼局所の有害事象は両研究レンズに認めなかった.研究レンズの装用継続は可能であったが,新たに認められた眼局所の有害事象(研究担当医師による報告のみ)は,DT1MFでは装用時のアレルギー性結膜炎1例1眼(0.4%),角膜異物1例1眼(0.4%),はずしづらい2例2眼(0.8%)を認め,AMMFでは装用時のアレルギー性結膜炎3例3眼(1.1%),視力低下2例2眼(0.7%),角膜上皮障害1例1眼(0.4%),マイボーム腺機能不全1例1眼(0.7%),ドライアイ2例2眼表6細隙灯顕微鏡検査所見(対象眼):装用14±3日後項目DT1MFAMMFp値*フルオレセイン角膜染色**0.2±0.40.3±0.50.0141フルオレセイン結膜染色**0.2±0.50.4±0.60.0005レンズ表面の水濡れ性***0.0±0.10.3±0.7<0.0001レンズ表面の付着物***0.0±0.10.3±0.6<0.0001*対応のあるt検定,**DT1MF:N=132およびAMMF:N=134,***DT1MF:N=132およびAMMF:N=133,平均値±標準偏差.フルオレセイン角膜染色およびフルオレセイン結膜染色:Efron分類(0:正常,1:ごく軽度,2:軽度,3:中等度,4:重度)レンズ表面の水濡れ性:0:完全にレンズ表面が濡れている,1:直径0.1mm未満の濡れていないエリアがある,2:直径0.1?0.5mmの濡れていないエリアが1カ所ある,3:直径0.1?0.5mmの濡れていないエリアが2カ所以上ある,4:直径0.5mm超の濡れていないエリアが1カ所以上ある.レンズ表面の付着物:0:レンズ表面に付着物がない,1:直径0.1mm未満の付着物が5個以下,2:直径0.1mm未満の付着物が6個以上,あるいは直径0.1?0.5mmの付着物が1個,3:直径0.1?0.5mmの付着物が2個以上,あるいは直径0.5mm超の付着物が1個,4:直径0.5mm超の付着物が2個以上.表7両眼視力(5m,70cm,30cm):装用14±3日後5m70cm30cmDT1MFAMMFDT1MFAMMFDT1MFAMMF例数132133132133132133幾何平均17)1.181.121.061.060.750.82中央値(最小値,最大値)1.20(0.8,1.5)1.20(0.3,1.5)1.20(0.6,1.5)1.20(0.7,1.5)0.80(0.3,1.2)0.90(0.4,1.2)p値*0.00010.96610.0001*対応のあるt検定.表8眼局所の有害事象(研究担当医師による報告のみ)有害事象DT1MF(N=133)AMMF(N=134)アレルギー性結膜炎1(0.4%)3(1.1%)角膜異物1(0.4%)─はずしづらい2(0.8%)─視力低下─2(0.7%)角膜上皮障害─1(0.4%)マイボーム腺機能不全─1(0.4%)ドライアイ─2(0.7%)(0.7%)を認めた(表8).III考察わが国では6種類(終売製品を除外)のHEMA素材やSH素材の1日使い捨てや頻回交換のMFCLが各社から販売19)されており,眼科医の老視矯正を必要とするCLユーザーに対するMFCLの処方の選択肢が広がった.しかしながら,本臨床研究で使用したDT1MFは1日使い捨てMFCLのなかで唯一のSH素材である.他のレンズとの特性を比較検討するにあたり,他のレンズがすべてHEMA素材であることから,比較対照はDT1MFと光学デザインが類似した3種類の加入度数を持つAMMFとした.レンズセンタリングが「良好」と判定された被験者の割合についてDT1MFがAMMFに比べて有意に多かったことは,DT1MFのエッジ形状がChisel様に対してAMMFはKnife様であることに起因すると推察した(図4)20).また,DT1MFの良好なレンズセンタリングは,本レンズ周辺部やエッジのデザインが被験者の角膜形状により適合し,角結膜への影響20?22)を抑えたからと考えた.AMMFにタイトフィットが多かったことは,HEMA素材がSHよりも脱水が早く23),乾燥24,25)したためと考えた.このことから,DT1MFは角膜上での中心安定性が良好でレンズフィッティングがより良好な1日使い捨てMFCLと考えた.AlisonらはDT1MFと同一素材の単焦点レンズであるDT1表面のウォーターグラディエント構造8)がレンズ表面6μmで潤滑性に優れることを報告26)しており,このDT1MF表面の優れた潤滑性によりDT1MFがAMMFに比べて角結膜とレンズ表面との摩擦亢進27)を軽減させたと考えられる.これらにより,フルオレセイン角膜染色およびフルオレセイン結膜染色のスコア平均値がAMMFに比べて有意に良好となり,DT1MFがより角膜および結膜への影響を抑えた状態で装用できるものと考えた.DT1MF表面にはシリコーン素材が露出していない28,29)ことおよびDT1MF表面の含水率が80%以上と高含水率で表面の潤滑性が優れる構造26)であるのに対して,HEMA素材のAMMFはSH素材のDT1MFよりも脱水が早い23)と考えられることから,DT1MFがAMMFに比べて開瞼維持時のレンズ表面の涙液層が安定化したと考えられる.これにより,レンズ表面の水濡れ性およびレンズ表面の付着物のスコア平均値がDT1MFはAMMFに比べて有意に良好であり,DT1MFがAMMFよりも見えやすかったと考えた.本臨床研究の両眼視力の5mにおいてはDT1MFが,30cmではAMMFがそれぞれ良好な視力が得られたものの,表7のとおり両研究レンズともに装用時の両眼視力は臨床的に十分な視力30)が得られており,臨床的老視の診断基準が40cmでの両眼視力を0.4未満(30cm換算では0.3未満)とする井出らの報告1)からも,両レンズは臨床的老視に対して有用と考えられた.被験者自覚評価の「全体的な見え方の質」のスコア平均値がDT1MFのほうが良好であったことは,SH素材のDT1MFのレンズ強度0.7MPa31)に対してHEMA素材のAMMFのレンズ強度が0.2MPa31)のため形状保持が良好27)で,SH素材のレンズ表面強度特性24)によるものと推察した.また,DT1MFと同様の光学デザインである日本アルコンの中心近用タイプの2週間頻回交換MFCL11)が,光学ゾーン全体における度数分布の変化が少ないという理由で全般的な見え方が良好であったとするFedtkeらの報告32)からも裏づけられる.被験者自覚評価の「近方の見え方」のスコア平均値についてAMMFのほうが良好であった理由は,AMMFの光学部デザインがより高い加入度数となりうる光学設計30)であった可能性を考えた.塩谷は処方前の常用レンズが過矯正であることは多く,過矯正は遠方視力への影響は小さいが近方視力への影響は大きく,加入度数の設定で近方視力の改善に対応しようとすると,遠近両用SCLの処方を成功させることはできないと報告33)している.本臨床研究においては全症例が過矯正ではなかったものの,DT1MFの「近方の見え方」を改善するには,遠方の見え方に配慮しながら近方の見え方を注意深く確認したうえで球面度数および加入度数のバランスを考慮して決定する必要があったと考えた33,34).被験者自覚評価の快適さのスコア平均値について,40歳図4ChiselおよびKnifeのレンズエッジ形状(文献20より転載)以上を対象にしたDT1MFおよびAMMFの装用14±3日後における「1日を通してのレンズの快適さ」および「1日の終わりのレンズの快適さ」は,DT1MFのほうが良好であった.これは,乾燥感の軽減がDT1MFのウォーターグラディエント構造8)に起因したと考えた.また,糸井らの報告9)による,CLDを有する平均年齢39.9±9.7歳(21?62歳)を対象とした単焦点レンズであるDT1およびATEの装用10±3日後における「快適性」は,DT1において有意に良好であったとの結果からも,DT1MFと同一素材であるDT1は表面の潤滑性に優れた構造26)を有していると考えた.以上より,DT1MFは優れた他覚所見および自覚評価が得られる1日使い捨てMFCLとして老視矯正に有用と考えられた.文献1)井出武,不二門尚:老視とは何か:定義と考え方.あたらしい眼科28:605-608,20112)根岸一乃:老視に対する対処法.あたらしい眼科27:751-756,20103)LegrasR,BenardY,RougerH:Through-focusvisualperformancemeasurementsandpredictionswithmultifo-calcontactlenses.VisionRes50:1185-1193,20104)DumbletonK,WoodsCA,JonesLWetal:Theimpactofcontemporarycontactlensesoncontactlensdiscontinua-tion.EyeContactLens39:93-99,20135)NicholsKK,RedfernaRL,JacobJTetal:TheTFOSInter-nationalWorkshoponContactLensDiscomfort:Reportofthede?nitionandclassi?cationsubcommittee.InvestOph-thalmolVisSci54:TFOS14-19,20136)横井則彦:涙液からみたコンタクトレンズ.日コレ誌57:222-235,20157)VanHaeringenNJ:Agingandthelacrimalsystem.BrJOphthalmol81:824-826,19978)PruittJ,QiuY,ThekveliSetal:Surfacecharacterizationofawatergradientsiliconehydrogelcontactlens(dele?l-conA).InvestOphthalmolVisSci53:E-Abstract6107,20129)糸井素純,樋口裕彦,伏見典子ほか:2種類の1日使い捨てシリコーンハイドロゲルコンタクトレンズの臨床評価.あたらしい眼科35:992-998,201810)KernJ,JacksonB,KannarrSetal:Clinicaloutcomesfordailiestotal1multifocallensinsymptomaticpatients.ContLensAnteriorEye41S:S47-S80,201811)保坂幸一:製品紹介コーナー.遠近両用2週間交換終日装用シリコーンハイドロゲルレンズ「エアオプティクス遠近両用」.日コレ誌51:309-312,200912)GuillonM,MaissaC,CooperPetal:Visualperformanceofamulti-zonebifocalandaprogressivemultifocalcon-tactlens.CLAOJ28:88-93,200213)丸山邦夫:製品紹介コーナー第36回.ワンデーアキュビューRモイストRマルチフォーカルの紹介.日コレ誌57:289-293,201514)EfronN:EfronGradingScalesforcontactlenscomplica-tions.Butterworth-Heinemann,Oxford,200015)MorganPB,EfronN:Comparativeclinicalperformanceoftwosiliconehydrogelcontactlensesforcontinuouswear.ClinExpOptom85:183-192,200216)横井則彦,丸山邦夫:コンタクトレンズと涙液.日コレ誌48:42-48,200617)大野良之:眼科医のための推計学入門(2)代表値とばらつき.臨眼41:405-408,198718)WestfallPH,TobiasRD,RomDetal:MultipleCompari-sonsandMultipleTestsUsingSASSystem.SASInstituteInc.:35-36,199919)小玉裕司,梶田雅義,植田喜一ほか:コンタクトレンズデータブック第3版.メジカルビュー社,201420)Wol?sohnJ,DrewT,DhalluSetal:Impactofsoftcon-tactlensedgedesignandmidperipherallensshapeontheepitheliumanditsindentationwithlensmobility.InvestOphthalmolVisSci54:6190-6196,201321)吉川義三:フィッティングの理論:ソフトコンタクトレンズ(2).日コレ誌36:68-74,199422)YoungG,HallL,SulleyAetal:Inter-relationshipofsoftcontactlensdiameter,basecurveradius,and?t.OptomVisSci94:458-465,201723)Gonzalez-MeijomeJ,Lopez-AlemanyA,AlmeidaJBetal:Qualitativeandquantitativecharacterizationoftheinvitrodehydrationprocessofhydrogelcontactlenses.JBiomedMaterResPartB83B:512-526,200724)CoxIG:Thewhyandwhereofsoftlensvisualperfor-mance.ContLensAnteriorEye23:3-9,200025)FonnD:Targetingcontactlensinduceddrynessanddis-comfort:whatpropertieswillmakelensesmorecomfort-able.OptomVisSci84:279-285,200726)AlisonCD,JuanMU,YuchenHetal:Lubricityofsur-facehydrogellayers.TribolLett49:371-378,201327)宮本裕子,横井則彦,澤充:シリコーンハイドロゲルレンズと表面処理の重要性.日コレ誌56:S1-S6,201328)RexJ,KnowlesT,ZhaoXetal:Elementalcompositionatsiliconehydrogelcontactlenssurfaces.EyeContactLens44:S221-S226,201829)TsukiyamaJ,MiyamotoY,KodamaAetal:Cosmeticcleansingoilabsorptionbysoftcontactlensesindryandwetconditions.EyeContactLens43:318-323,201730)ShaJ,TiliaD,KhoDetal:Visualperformanceofdaily-disposablemultifocalsoftcontactlenses:arandomized,double-blindclinicaltrial.OptomVisSci95:1096-1104,201831)KimE,SahaM,EhrmannK:Mechanicalpropertiesofcontactlensmaterials.EyeContactLens44:S148-S156,201832)FedtkeC,BakarajuRC,EhrmannKeta:Visualperfor-manceofsinglevisionandmultifocalcontactlensesinnon-presbyopicmyopiceyes.ContLensAnteriorEye39:38-46,201633)塩谷浩:CLフィッティングケースバイケースその2SCL編.日コレ誌51:46-48,200934)塩谷浩:遠近両用ソフトコンタクトレンズの処方テクニック.あたらしい眼科30:1363-1368,2013◆**

基礎研究コラム 33.脂質メディエーターと網膜

2020年2月29日 土曜日

基礎研究コラム?監修北澤耕司・村上祐介・中川卓脂質メディエーターと網膜脂質とは生体を構成する有機物には蛋白質,糖質,脂質,核酸があります.脂質はエネルギー源であること以外に生体膜成分,生理活性シグナル分子,生体バリア機能という重要な機能を有しています.細胞膜を構成する脂質二重膜成分のリン脂質は,加水分解によりリゾリン脂質と脂肪酸に分けられます(図1).脂肪酸からはアラキドン酸に由来するプロスタグランジンやロイコトリエンなどのエイコサノイドが生成され,脂質メディエーターの研究はエイコサノイドに関するものに代表されています.しかし,近年はリゾホスファチジン酸やスフィンゴシン1-リン酸(sphingosine1-phosphate:S1P)など,リゾリン脂質から生成されるリゾリン脂質メディエーターについても研究が進んでおり,臨床応用につながっています1).脂質メディエーターには非常に多彩かつ強力な生理活性がありますが,脂質は化学的に不安定な物質で,すぐに過酸化,加水分解されてしまいます.そのため検出や測定が非常に困難です.しかし,質量解析など近年の測定系発達による脂質研究の発展で,生体内における脂質メディエーターの生理的・病理的役割が明らかになってきました.生理活性脂質を通した眼科領域の研究も進められていますが,網膜領域の関してはまだあまり解明されていません.網膜と脂質メディエーターの関連S1Pは細胞膜成分であるスフィンゴミエリンからセラミド,スフィンゴシンを経て生成されます.筆者らのグループはこれまでに光照射が視細胞外節でS1Pの産生酵素(SphK)を発現させ,視細胞内S1Pを増加させること,SphKの阻害が網寺尾亮東京大学大学院医学系研究科膜光障害を抑制することを報告しました2).S1Pそのものは色素上皮由来の血管新生因子やケモカインの発現に関与していました.また,色素上皮細胞間バリア破綻も引き起こしていました3).さらには特定のS1P受容体阻害薬,またはS1Pシャペロンであるアポリポ蛋白Mの投与が脈絡膜新生血管モデルを抑制したことから4),SphK/S1Pが脈絡膜新生血管を含め,網膜疾患に関与している可能性が考えられました.今後の展望細胞増殖,遊走,血管新生,炎症反応など多岐にわたる生理活性をもつ脂質は,それらを病態とする網膜疾患に関与している可能性があります.今回筆者らが注目したS1Pも加齢性黄斑変性症のような網膜疾患に対する新たな治療ターゲットとなることが期待されます.S1P以外にも多くの脂質メディエーターが知られており,網膜疾患患者の脂質網羅的解析や生理活性の検証などにより,脂質メディエーターによる疾患制御や治療研究がさらに加速することが期待されます.文献1)MandalaS,HajduR,BergstromJetal:Alterationoflymphocytetra?ckingbysphingosine-1-phosphatereceptoragonists.Science296:346-349,20022)TeraoR,HonjoM,UetaTetal:Lightstress-inducedincreaseofsphingosine1-phosphateinphotoreceptorsanditsrelevancetoretinaldegeneration.IntJMolSci20:3670,20193)TeraoR,HonjoM,TotsukaKetal:Theroleofsphingo-sine1-phosphatereceptorsonretinalpigmentepithelialcellsbarrierfunctionandangiogenice?ects.Prostaglan-dinsandOtherLipidMediators145:106365,20194)TeraoR,HonjoM,AiharaM:ApolipoproteinMinhibitsangiogenesisinducedbysphingosine1-phosphateonreti-nalpigmentepitheliumcells.IntJMolSci19:112,2018図1脂質メディエーターの概略図図2S1Pの網膜色素上皮細胞におけるシグナル伝達系(文献2より転載)(89)0910-1810/20/\100/頁/JCOPYあたらしい眼科Vol.37,No.2,2020203

硝子体手術のワンポイントアドバイス 201.放射状角膜切開術後眼に発症した網膜剝離(初級編)

2020年2月29日 土曜日

201放射状角膜切開術後眼に発症した網膜剝離(初級編)池田恒彦大阪医科大学眼科図1右眼の術前の細隙灯顕微鏡所見RKによる放射状の角膜瘢痕を認める.●放射状角膜切開術とは放射状角膜切開術(radialkeratotomy:RK)は角膜中心部近傍から放射状に切開を加えて角膜の曲率を変化させることで近視を矯正する手術である.特殊な器械が不要で,メスがあれば施行可能な手術であったため一時世界的に普及したが,その後LASIKなどの普及により現在ではほとんど行われていない.しかし,RK既往眼は近視眼であるため,晩期に種々の網膜硝子体疾患を併発する頻度は高いと考えられる.●症例提示52歳,女性.両眼とも強度近視眼で,30年前に両眼に対してRKを受けている.細隙灯顕微鏡では両眼にRK後の角膜瘢痕を認めた(図1).今回,右眼の上鼻側の赤道部に弁状裂孔が生じて胞状の網膜?離が視神経乳頭まで及んでいたため(図2),強膜バックリング手術を施行した.まず,前房穿刺を施行して眼圧を低下させてから,経強膜冷凍凝固を施行し,ついで#501シリコーンスポンジを11時~4時の範囲に円周方向に縫着した.その後バックルの後極で網膜下液排除を施行した.術中,眼圧の変動には細心の注意を払い,極端な高眼圧および低眼圧にならないように注意した.術後,角膜の状態はとくに変化なく,網膜は復位し経過良好である.●RKと網膜硝子体手術RKは近視眼に施行されるため,網膜?離の発症率は高くなる.また,RKを受ける年齢も比較的若いため,眼外傷を受ける頻度も高いことが予想される1).RK施行眼に網膜硝子体手術を施行したとするこれまでの報告では,以下のような問題点が指摘されている2~4).1)強膜バックリング手術時の高眼圧によって角膜切開創が離開する.2)硝子体手術中の灌流圧上昇により角膜混濁を生じ,視認性が低下する.3)硝子体手術中,角膜切開創の瘢痕により周辺部の図2右眼の術前眼底写真上鼻側に弁状裂孔を有する胞状の網膜?離を認める.眼底視認性が低下する.あるいは眼内光凝固のエイミングビームがダブってみえる.4)硝子体手術後の角膜内皮減少率が通常の症例に比較して大きくなる.今回の症例では強膜バックリング手術を施行したが,前房穿刺を適宜行い,網膜下液排除時にも眼圧変動を最小限に抑えるようにしたため,角膜が術中に混濁して視認性が低下することはなかった.しかし,RK既往眼に網膜硝子体手術を施行する際には,上記の点に注意すべきと考えられる.文献1)O’DayDM,FemanSS,ElliottJH:Visualimpairmentfol-lowingradialkeratotomy.Aclusterofcases.Ophthalmolo-gy93:319-326,19862)WeinbergerD,Fink-CohenS,Axer-SiegelR:Rheg-matogenousretinaldetachmentoperationafterradialker-atotomy.ActaOphthalmolScand75:214-215,19973)DavisDB:Radialkeratotomybeforeandafterretinaldetachmentsurgery.JCataractRefractSurg23:10-11,19974)RodriguezA,CamachoH:Retinaldetachmentafterrefractivesurgeryformyopia.Retina12(3Suppl):S46-S50,1992(87)0910-1810/20/\100/頁/JCOPYあたらしい眼科Vol.37,No.2,2020201

眼瞼・結膜:アデノウイルス結膜炎の最新の話題

2020年2月29日 土曜日

59.アデノウイルス結膜炎の最新の話題内尾英一福岡大学医学部眼科学教室●はじめにアデノウイルス(adenovirus:AdV)はウイルス性結膜炎の主たる病因であり,近年AdV結膜炎の原因として新型のAdVが注目を集めている.AdV結膜炎の最近の話題として,とくに新型AdVと臨床像について解説する.●アデノウイルスと結膜炎AdV結膜炎は流行性角結膜炎(epidemickeratocon-junctivitis:EKC)と咽頭結膜熱(pharyngoconjunctivalfever:PCF)の総称である.EKCとPCFの臨床所見はほぼ類似しており,潜伏期は7~10日である.典型的なAdV結膜炎では急性濾胞性結膜炎,角膜上皮下混濁,耳前リンパ節腫脹がみられる.発症早期にはしばしば点状表層角膜症を生じ,ときに結膜偽膜がみられる.結膜下出血はウイルス性結膜炎に特異性が高い所見である.一方,PCFは上記の角結膜所見が比較的軽症であるとされているが,それは原因の型がEKCはD種であるのに対し,PCFはB種であるからだとされる.しかし,臨床症状と型,種は完全には一致しない症例もある.AdV結膜炎の症状は,患者の年齢やアトピー性皮膚炎などの全身,局所の免疫状態により異なって現れることがあるからである.●アデノウイルス角結膜炎の現状国立感染症研究所の感染症疫学センターによると,2014~2018年の5年間の各年の型別検出頻度では,2015年に54型が約40%と最多となり,この状況は2016年以降も続いた.2017年からその他のアデノウイルス型(otheradeno)が増加しており,2018年は「その他」がもっとも多いという今までみられなかった状況となっている.その他の中には64型や85型1)という新型が多く含まれている.新型の53型と56型も毎年一定頻度で検出されている.(85)0910-1810/20/\100/頁/JCOPY表1ヒトアデノウイルスの分類種型A12,18,31,61B3,7,11,14,16,21,34,35,50,55,66,76,77,78,79C1,2,5,6,57,89D8,9,10,13,15,17,19,20,22-30,32,33,36,37,38,39,42-49,51,53?54,56,58,59,60,62,63,64,65,67,68,69,70,71,72,73,74,75,80,81,82,83,84,85,86,87,88,90E4F40,41G52主要な結膜炎起炎型を太字で示す.●新型アデノウイルスが現れた理由AdVの分類法として,かつては血清型(serotype)が用いられていた.1型から51型までは血清型である.AdVに感染した生体では中和抗体が産生されるが,これは血清型ごとに異なる蛋白質を標的としたものであり,いわゆる中和試験として広く行われていた.しかし,その原理上,血清型を決めるためにはすべての血清型の中和抗体を準備する必要があるために,現実的にはむずかしくなっていた.そこで,2005年頃からPCR法2)を用いて,全ゲノム遺伝子の変異率から遺伝子型(genotype)で新しい型を決定するということになったわけである.血清型に取って代わった型(type)が52型以降に追加され,最近では100に近づく型数となっている(表1).●新型アデノウイルス結膜炎の臨床的特徴新型のなかで角結膜炎を発症することが報告されているのは53型,54型,56型,64型,85型の五つである.これらの新型AdVのなかで,わが国でもっとも結膜炎から多くみられるのは54型である.54型による角結膜炎では,強い角膜上皮障害(びらん,潰瘍など)(図1,2)が多数例にみられた.また,急性期経過後の期間にあたらしい眼科Vol.37,No.2,2020199図1角膜全?離となったアデノウイルス結膜炎LASIK手術後10年後に罹患し,発症10日目に角膜上皮が全?離した.54型が検出された.abc図2図1の症例の前眼部OCT所見a:角膜中央付近は残存実質は475mmあり,LASIKフラップ作製痕()がある.b:角膜耳側では上皮欠損部にフラップ脱落を疑う明らかな実質欠損はなく(),c:角膜鼻側でも同様にフラップ脱落はみられず(),上皮のみが脱落していることがわかった.図3Thygeson点状表層角膜炎様の角膜合併症54型の症例で,発症後2カ月経過しても蒸気所見が遷延して観察された.Thygeson点状表層角膜炎に類似した上皮の隆起を伴う浸潤が遷延して,視力低下を生じる症例は治療抵抗例も多く(図3),これまでのAdV角結膜炎ではまれな臨床像であった3).ただその一方で,地域流行の多数症例を検討した筆者らの報告では,臨床的にはほとんどの症例が軽症であり,重症例が著しく多いわけではなかった.小児例を含む若年群が成人群よりも有意に重症なことや,多発性角膜上皮下混濁(multiplesubepithelialcor-nealin?ltrates:MSI)が77%にみられたことは他の型とは大きく異なる特徴であり,重症な角膜合併症と強く関連する臨床的特徴とも考えられる4).MSIに対しては,ステロイド点眼は漸減すると再燃することが多く,困難な症例が少なくない.タクロリムス点眼がステロイド抵抗性のAdVによるMSIに有効という最近の報告がある5).56型は臨床的には中等症の角結膜炎を生じることを筆者らが報告している6).また,53型はわが国では数%の検出率だが,中国ではAdV角結膜炎の起炎型としては4型,37型とともにもっとも多くなっているが,中国では54型は報告がない7)●おわりにAdV結膜炎は最近大きな流行をみせ,臨床像にも変化が生じている.新型の概念もすでに遺伝子レベルに変わっており,これからも臨床的に注目すべき疾患であるといえる.文献1)HashimotoS,GonzalezG,HaradaSetal:RecombinanttypehumanmastadenovirusD85associatedwithepidemickeratoconjunctivitissince2015inJapan.JMedVirol90:881-889,20182)TakeuchiS,ItohN,UchioEetal:Serotypingofadenovi-rusesonconjunctivalscrapingsbyPCRandsequenceanalysis.JClinMicrobiol37:1839-1845,19993)Tsukahara-KawamuraT,FujimotoT,GonzalezGetal:Epidemickeratoconjunctivitiscasesresultingfromadeno-virustypes8and54detectedatFukuokaUniversityHos-pitalbetween2014and2015.JpnJInfectDis71:323-324,20184)UemuraT,MigitaH,UenoTetal:Clinicalandvirologi-calanalysisofepidemickeratoconjunctivitiscausedbyadenovirustype54inaregionalophthalmicclinicinKyushu,Japan.ClinOphthalmol12:511-517,20185)GhanemRC,VargasJF,GhanemVC:Tacrolimusforthetreatmentofsubepithelialin?ltratesresistanttotopicalsteroidsafteradenoviralkeratoconjunctivitis.Cornea33:1210-1213,20146)藤田秀昭,ファン・ジェーン,小沢昌彦ほか:新型アデノウイルス56型による流行性角結膜炎の1例.臨床眼科66:659-662,20127)LiJ,LuX,JiangBetal:Adenovirus-associatedacuteconjunctivitisinBeijing,China,2011-2013.BMCInfectDis18:135,2018200あたらしい眼科Vol.37,No.2,2020(86)

抗VEGF治療:加齢黄斑変性の予防

2020年2月29日 土曜日

高橋綾子京都大学大学院医学研究科眼科学はじめに加齢黄斑変性(age-relatedmaculardegeneration:AMD)は,前駆病変としてドルーゼン,網膜色素上皮異常があり,これらは早期AMDとも分類される.加齢黄斑変性(AMD)と一般的によばれるものは後期AMDであり,滲出型AMDと萎縮型AMDの2型に分類され,進行例では社会的失明に至る例もある.近年は光干渉断層計(opticalcoherencetomgraphy:OCT)での詳細な病状把握が可能となり,抗VEGF療法が確立され,AMDの視機能予後は明らかに改善した.しかし,重度の視細胞や網膜色素上皮の障害を受けた場合,機能回復は困難であり,発症予防にも関心が高まっている.AMDの治療指針には,前駆病変に対する予防的治療として,ライフスタイルと食生活の改善,サプリメントの摂取が推奨されている1).前駆病変は後期AMD発症のハイリスクであり(図1),患者は予防に留意し,医療者は慎重なフォローおよび適切なタイミングでの治療介入の判断が必要である.サプリメントの有効性AMDに対するサプリメントの有効性に関しては,欧米人を対象にして行われた大規模スタディであるAREDS(Age-RelatedEyeDiseaseStudy.1992~2012年)およびAREDS2(2006~2012年)が参考になる.AREDSでは,抗酸化ビタミン+亜鉛の摂取群が有意に後期AMDを予防することが示された.AREDS2では,ルテイン+ゼアキサンチン摂取群で有意に滲出型AMDの発症が抑制され,一方でbカロテンやオメガ3脂肪酸(DHA,EPA)摂取では予防効果が明らかでなかった.萎縮型AMD(地図状萎縮が中心窩に及ぶ)にはサプリメントによる抑制効果は認められなかった2).こ図175歳,男性(初診時矯正視力:右眼0.2,左眼1.2p)a:初診時カラー眼底写真,b:同OCT.右眼は滲出型加齢黄斑変性を発症しており,左眼は黄斑部に軟性ドルーゼンが集簇し,reticularpseudodrusenを伴い,後期加齢黄斑変性発症のリスクが高いと判断される.このような症例にはサプリメントの内服が推奨される.c:初診から5年後の左眼OCT.左眼にも脈絡膜新生血管が発生し,滲出型加齢黄斑変性となった.のスタディの対象は欧米人であり,この結論が食生活の異なる日本人に当てはまるかどうかは一概にはいえない.国内でサプリメントはさまざまなものが市販されているが(表1),ルテインを少なくとも10mg含むものが望ましい.喫煙者および過去に喫煙歴のある患者は肺癌発症リスクが高まるため,bカロテンを含むものは避けるべきである.サプリメントが推奨される患者両眼に前駆病変(ドルーゼン・網膜貴色素上皮異常)を認めない低リスク患者では,サプリメント摂取の必要性は乏しいことが示されている.多数のドルーゼンを認める症例,1眼に後期AMDを発症している症例に推奨(83)0910-1810/20/\100/頁/JCOPYあたらしい眼科Vol.37,No.2,2020197表1市販サプリメント含有成分(1日摂取量.単位mg)商品名VCVEbカロテン亜鉛銅ルテインゼアキサンチンDHAEPAオキュバイトプリザービジョン2408242─301.5102──オキュバイトプリザービジョン40824215.8301.5────オキュバイトプリザービジョン+ルテイン408242─301.59───オキュバイト50プラス15020─9─5116090オキュバイト+ルテイン300601.290.66───サンテルタックス20+ビタミン&ミネラル300150─151.2203──サンテルタックス20─────203──サンテルタックス20+DHA─────203200─オプティエイドDE408.5─7─3─5481オプティエイドMLMACULAR408242─301.530───VC:ビタミンC,VE:ビタミンE.・項目別数値であり全成分は表示していない.・オキュバイド(ボシュロム),オプティエイド(わかもと製薬)は全種類にビタミンが含まれるが,サンテルタックス(参天製薬)はビタミン含有の有無を選択できる.・このほか,ルテインのみのサプリメントなども他社から市販されている.される.萎縮型AMD発症に関しては予防効果が示されていないが,萎縮型AMDの約10%は脈絡膜新生血管を続発し,滲出型AMDに移行する症例があるため3),サプリメントを推奨する.両眼に滲出AMDをすでに発症している症例ではサプリメントの効果は不明であり,推奨しない.また,とくに高齢者は内科からビタミン剤をすでに処方されている場合がある.腎機能が低下している患者の場合は排泄不良の問題もある.これらの場合は過剰摂取とならないように内科医と連携することが望ましい.サプリメントは1日2~4粒の内服で月当たり約3,000~5,000円の負担となるため,効果が見込まれる患者に推奨するべきである.ライフスタイルと食生活の改善喫煙はAMDの危険因子であることが数多くの研究で明らかにされており,喫煙をやめることで危険が減少することも示されている4).禁煙は患者自身が実行可能なライフスタイルの改善点として重要である.食生活の改善に関しては,ルテインを多く含む食品はホウレン草などの緑黄色野菜であり,積極的に摂取し,バランスのよい食事を摂ることが望ましいが,食事だけから必要量を摂取するのは困難である.198あたらしい眼科Vol.37,No.2,2020今後の展望近年,ドルーゼンに乏しく脈絡膜肥厚を伴う黄斑疾患としてpachychoroid関連疾患が注目されている.従来AMDと考えられてきた疾患の中にはpachychoroid関連疾患が含まれており,実際日本人でAMDと診断された症例の中にもドルーゼンをほとんど認めない症例が多かった.これらのpachychoroid関連疾患に対しての予防法が,AMDの予防法と共通するのかは未知であり,今後の研究の課題である.文献1)髙橋寛二,小倉祐一郎,石橋達朗ほか:加齢黄斑変性の治療指針.日眼会誌116:1150-1155,20122)ThorntonJ,EdwardsR,KellySPetal:Smokingandage-relatedmaculardegeneration:areviewofassocia-tion.Ey(eLond)19:935-944,20053)TakahashiA,OotoS,YoshimuraNetal:Pachychoroidgeographicatrophy:Clinicalandgeneticcharacteristics.OphthalmolRetina2:295-305,20184)ChewEY,ClemonsTE,AgronEetal:Ten-yearfollow-upofage-relatedmaculardegenerationintheage-relatedeyediseasestudy:AREDSreportno.36.JAMAOphthal-mol132:272-277,2014(84)

緑内障:開放隅角緑内障のゲノムワイド関連解析-緑内障診療における個別化医療実現に向けて

2020年2月29日 土曜日

236.開放隅角緑内障のゲノムワイド関連解析─緑内障診療における個別化医療実現に向けて志賀由己浩中澤徹東北大学医学部眼科学教室●はじめに緑内障は多因子疾患であり,遺伝要因と環境要因が発症にかかわることが知られている.主要病型である原発開放隅角緑内障(primaryopen-angleglaucoma:POAG)のゲノム解析は,ゲノムワイド関連解析(genome-wideassociationstudy:GWAS)という手法を中心に行われてきた.GWASは,ヒトゲノム全体に分布する数百万の一塩基多型*1(singlenucleotidepolymorphism:SNPs)をマーカーとして使い,疾患や眼圧などの量的な形質に影響があるゲノム上のマーカーを網羅的に検索する手法である.ゲノム解析技術の目覚ましい進歩に伴って,安価に全ゲノム上のSNPsを高精度で取得することが可能となった.こうした背景から,GWASの対象者数の規模は年々拡大しており,POAG発症に関連する多数の遺伝子マーカーが同定されている.そしてこれからは得られた知見をいかに実臨床に役立てるかが求められる,いわゆるポストGWASの時代に向かっていくと考えられる.本稿では,個別化医療の実現に向けた緑内障診療におけるGWASデータの活用法について述べる.●GWASデータを用いた緑内障発症リスクの予測POAG患者を対象としたこれまでのGWAS結果から,同定される遺伝子マーカーのオッズ比*2は1.2程度であり,影響は小さいことが判明している.そのため,ひとつひとつの遺伝子マーカーを個別に用いて緑内障診療に生かすことは困難である.これを克服する方法として,疾患と関連する遺伝子マーカー(塩基情報)を組み合わせることで,遺伝子マーカーの数に応じた遺伝子リスクスコアを作成し,個人の発症リスクを予測する試みがなされている.MacGregorらは眼圧または視神経乳頭形状に影響を与える103カ所の遺伝子マーカーを用いて遺伝子リスクスコアを算出した.進行性緑内障を有する1,734人と2,938人の対照群において,リスクスコアの上位1/10の集団は下位1/10の集団と比較して緑内障有病率のオッズ比が5.6であったと報告している1).わが国においてもMabuchiらが,255人の狭義POAG患者,261人の正常眼圧緑内障患者および246人の対照の遺伝情報を解析し,欧米において眼圧との関連が報告されている10カ所の遺伝子マーカーを用いて遺伝子リスクスコアを算出した.その結果,リスクスコアが12以上の人はそれ以下の人と比較して狭義POAG有病率のオッズ比が2.5となることを明らかにしており,今後の緑内障予防への有用な情報になると思われる2).以上の知見は,POAGをはじめとする多因子疾患では数多くの遺伝子マーカーを駆使するアプローチが,個人の疾患リスク予測に有用であることを示している.しかしながら,疾患の遺伝背景には民族差があることを考慮する必要がある.筆者らは日本人POAG患者を対象とした大規模GWASを実施し,発症に関連する11の遺伝子マーカーを同定することに成功したが,このうち7個の遺伝子マーカーは欧米では報告のない新規の遺伝子マーカーであった(図1)3).このように,日本人の疾患リスクを正確に予測するためには,日本人を対象としたゲノム解析が不可欠であり,今後は日本人の遺伝背景を反映した緑内障発症や進行のリスク予測モデル作成が必要であると思われる.(81)0910-1810/20/\100/頁/JCOPYあたらしい眼科Vol.37,No.2,2020195図1日本人開放隅角緑内障患者の遺伝解析結果GWASは疾患に影響するヒトゲノム上に分布するSNPsを網羅的に検索する.統計学的に関連が認められた遺伝子マーカーはオレンジのラインより上にあるものである.新規に関連が認められた領域を赤で,先行研究で報告のある領域は青で示す.(文献3より許可を得て改変,転載)●GWASで同定された遺伝子マーカーの機能解析近年,iPS細胞の技術を用いて,GWASで同定された遺伝子マーカーが表現型に与える影響を調べることが可能となった.ここではPOAGの遺伝子マーカーの一つであるSIX6を例に,iPS細胞を利用した機能解析について触れたい.これまでの遺伝子解析から,SIX6遺伝子におけるエクソン内の変異(rs33912345;C>A;His141Asn)がPOAG発症のみならず,光干渉断層計で測定された網膜神経線維層厚の菲薄化に関連することが明らかになっている4).Teotiaらは,SIX6遺伝子の変異を有する患者と有さない対照者の末梢血からiPS細胞を樹立し,分化誘導された網膜神経節細胞における神経突起の長さを比較検討している.その結果,SIX6遺伝子変異を有する緑内障患者由来の網膜神経節細胞における神経突起の長さは発生時から対照由来と比較して短く,細胞死が亢進していた5).SIX6遺伝子変異が網膜神経節細胞脆弱性に関与することをヒト由来の細胞を用いて示したものであり興味深い.このように,今後は数多くの遺伝子マーカーを用いた遺伝子リスクスコアのみならず,GWASで同定された特定の遺伝子マーカーに着目した機能解析のアプローチも緑内障の病態理解や個別化医療実現に貢献すると思われる.*1:一塩基多型(SNP):ゲノム上で一塩基だけが異なって多様性を生じている部位のうち,集団での頻度が1%以上存在するもの.*2:オッズ比.ある事象の起こりやすさについて二つの群で比較したときの相違を示す統計学的尺度の一つ.文献1)MacGregorS,OngJS,AnJetal:Genome-wideassocia-tionstudyofintraocularpressureuncoversnewpathwaystoglaucoma.NatGenet50:1067-1071,20182)MabuchiF,MabuchiN,SakuradaYetal:Additivee?ectsofgeneticvariantsassociatedwithintraocularpressureinprimaryopen-angleglaucoma.PLoSOne12:e0183709,20173)ShigaY,AkiyamaM,NishiguchiKMetal:Genome-wideassociationstudyidenti?essevennovelsusceptibilitylociforprimaryopen-angleglaucoma.HumMolGenet27:1486-1496,20184)ShigaY,NishiguchiKM,KawaiYetal:GeneticanalysisofJapaneseprimaryopen-angleglaucomapatientsandclinicalcharacterizationofriskallelesnearCDKN2B-AS1,SIX6andGAS7.PLoSOne19:e0186678,20175)TeotiaP,VanHookMJ,WichmanCSetal:Modelingglaucoma:RetinalganglioncellsgeneratedfrominducedpluripotentstemcellsofpatientswithSIX6riskalleleshowdevelopmentalabnormalities.StemCells35:2239-2252,2017196あたらしい眼科Vol.37,No.2,2020(82)

屈折矯正手術:LASIK後の多焦点眼内レンズ

2020年2月29日 土曜日

●連載237屈折矯正手術セミナー─スキルアップ講座─監修=木下茂大橋裕一坪田一男237.LASIK後の多焦点眼内レンズ坂谷慶子●はじめにLaserinsitukeratomileusis(LASIK)が国内に導入されてから約20年が経過した.2006年に厚生労働省から承認を受け,累積手術件数は200万件以上と推定されている.一方,多焦点眼内レンズ(intraocularlens:IOL)は2008年に先進医療として認定されたこともあり,普及してきている.このような流れのなかで,LASIKにより裸眼での快適な生活を獲得した患者が老視・白内障世代となり,多焦点IOLを用いた水晶体再建術を希望する場面にしばしば遭遇する.LASIK後の多焦点眼内レンズの注意点について述べる.●適応のポイント基本的に多焦点IOLは本人の希望で選択されるものであり,単焦点IOLとの差異を明確に説明し,理解してもらうことがもっとも重要である.過度な期待はトラブルの原因となるため,利点だけでなく問題点もしっかりと伝える.LASIKを受けた患者は,LASIK術後に裸眼視力の改善とともに見え方の質の変化も経験しており,多焦点IOLに関する説明への理解が得られやすい場合が多く,むしろよい適応ではないかと考える.しかし,すべてのLASIK患者が適応となるわけではない.適応を検討する際のポイントや注意点について,表1にまとめた.まず,LASIK後,老視や白内障を発症するまでの期間において,安定した視力が得られていたかどうかは重要である.老視や白内障がないにもかかわらず視力が不安定だった場合や,視力が良好でもコントラスト感度が著明に低下していた場合,夜間の見えにくさ・光のにじみなどの症状を強く感じていた場合には多焦点IOLの適応となりにくい.多焦点IOLの特性上,入射光の光表1LASIK後多焦点IOLの適応のポイントと注意点学的エネルギーが多焦点に振り分けられることや,結像に使用できない光学的ロスも発生することで,ハロー・グレアを生じたり,コントラスト感度が低下したりするなどのデメリットがあるので,LASIK後の見え方に不具合があればデメリットが大きくなる懸念がある.とくに,偏心照射などにより角膜不正乱視が認められる場合や,角膜の収差が大きい場合には,瞳孔領から入射する光束が不均一となるため,多焦点IOLを使用しないか,topography-guidedLASIKによって不正乱視や角膜収差を軽減する必要がある.次に,LASIK後の多焦点IOLは,光学的ロスが極力少ないものを選択することが重要である.吉野らは,LASIK後眼への多焦点IOL挿入は良好な遠方および近方裸眼視力が得られるが,コントラスト感度の低下に留意しなければならないとしている1).筆者らの施設において,分節状屈折型のLentisMplus(Oculentis社製)と回折型のATLISA(CarlZeissMeditec社製)の術後コントラスト感度を,LASIK群とLASIKの既往のない群とに分けて比較した.抽出条件は年齢40~69歳,眼軸長は24~30mm,術後3カ月以上経過観察できたものとした.解析対象を表2に示す.その結果,Lens-tisMplusではLASIKの既往の有無でコントラスト感度の差は認められなかった(図1)が,ATLISAではLASIK群のコントラスト感度が低い傾向があった(図2)2).このように多焦点IOLの光学的ロスの程度により,(79)0910-1810/20/\100/頁/JCOPYあたらしい眼科Vol.37,No.2,2020193CSV-1000ContrastSensitivityCSV-1000ContrastSensitivityLENTISMplus(グレアなし)LENTISMplus(グレアあり)ATLisa(グレアなし)ATLisa(グレアあり)361218361218361218361218SpatialFrequency-(CyclesPerDegree)Ages20-59Ages70-80図1LASIK既往の有無による術後コントラスト感度の比較:LentisMplusの場合SpatialFrequency-(CyclesPerDegree)Ages20-59Ages70-80図2LASIK既往の有無による術後コントラスト感度の比較:ATLISAの場合表2術後コントラスト感度の解析対象LentisMplusATLISALASIK(+)LASIK(?)LASIK(+)LASIK(?)眼数35眼46眼14眼26眼年齢57.7±7.5歳57.6±7.9歳60.4±5.9歳60.3±5.9歳眼軸長26.9±1.5mm26.6±1.2mm26.4±1.8mm25.7±1.3mmIOL度数18.5±3.9D11.1±3.4D19.1±1.3D12.2±4.3Dコントラスト感度低下の程度も異なると考えられる3,4).●術後屈折誤差もう一つの重要なポイントとして,術後屈折誤差の問題があげられる.LASIK後眼に対してさまざまなIOL計算式が考案されているが,決定的に精度の高い計算式はない.筆者らの施設では,Haigis-L,BarrettTrueK,Camelline-Calossi,ASCRSのIOLcalculatorなどを用いて総合的に判断するとともに,術中計測装置ORA(Alcon社製)を併用することで屈折誤差を最小限にできるよう努めている.多焦点IOLを希望する患者は術後の眼鏡装用を望まず,屈折誤差は大きな問題となりうるため,術後屈折誤差の可能性とともに,LASIKタッチアップやIOL入替などについても事前に説明して理解を得ておくことが必要である.●おわりにこのように,LASIK後の多焦点IOLについては特有の注意点があり,適応判断は慎重であるべきと考える194あたらしい眼科Vol.37,No.2,2020が,近年のLASIKはコントラスト感度の低下を防ぐためにカスタム照射が主流になっており,今後,LASIK後のIOL度数計算式の発展や,多焦点IOLの改良により光学的ロスの低減が進めば,より適応が拡大するものと思われる.文献1)吉野真未,南慶一郎,平沢学ほか:Laserinsituker-atomileusis(LASIK)術後多焦点眼内レンズ挿入眼の術後成績.日眼会誌119:613-618,20152)荒井宏幸:LASIK後の多焦点IOL肯定派.IOL&RS30:260-265,20163)AlioJL,Plaza-PucheAB,JavaloyJetal:Comparisonofthevisualandintraocularopticalperformanceofarefrac-tivemultifocalIOLwithrotationalasymmetryandanapo-dizeddi?ractivemultifocalIOL.JRefractSurg28:100-105,20124)AlfonsoJF,Madrid-CostaD,Poo-LopezAetal:Visualqualityafterdi?ractiveintraocularlensimplantationineyeswithpreviousmyopiclaserinsitukeratomileusis.JCataractRefractSurg34:1848-1854,2008(80)