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加齢黄斑変性のロービジョンケア

2020年3月31日 火曜日

加齢黄斑変性のロービジョンケアLowVisionCareforAge-RelatedMacularDegeneration新井千賀子*はじめに加齢黄斑変性(age-relatedmaculardegeneration:AMD)のロービジョン(lowvision:LV)の特徴として,1)高齢になってから発症する,2)長期にわたる通院が必要,3)中心視野障害による視力から想定できない読み書きの困難,があげられる.したがってAMD患者のロービジョンケア(lowvisioncare:LVC)に際しては,ロービジョンエイドの操作学習やケアのゴール設定を学習や身体能力の低下に考慮して行うことが求められる.さらに,この能力低下の個人差が非常に大きいことも特徴で,対応するLVCにもバリエーションが求められる.また,長期にわたる経過のなかでは治療継続のモチベーションの低下や心理的な疲労を訴える患者も多く,これらへの配慮が求められる.中心視野障害による読みの困難は,移動や日常動作などに問題がないことから見過ごされやすい.この困難は視力が高い初期からみられ,初診時から訴えがあることもある.患者の治療への意欲を低下させずに患者のQOLを維持するには,治療とあわせてLVCを活用できる.とくに,読書困難については屈折矯正や拡大鏡など光学的なケアが必要になるため,医療機関でのLVCが患者のQOLを左右する.I加齢黄斑変性のLVCの特徴1.見過ごされやすい高齢者の遠視視力が低いと矯正してもあまり意味がないと考えられるのか,遠見の眼鏡を持っていないLVの患者は多い.LVであっても適切な屈折矯正と老視への対応で見え方を改善できることは多くある.とくに,60歳以上の高齢者が多いAMDでは隠れていた遠視が顕性化しているのに放置され,遠見,近見とも適切な眼鏡を装用していない場合がある.累進眼鏡を十分に使いこなせていない場合には,単焦点の近用眼鏡に変更するだけで十分に文字が読めたりする.こうした,眼鏡調整の不備を疾患による困難と誤解している患者は多い.また,十分に視力があるにもかかわらず文字が読めないという場合には,電気スタンドなどで照明を媒体に十分にあてることで読める場合がある.とくに,紙質が悪くコントラストが低い印刷物では有効である(新聞は今でも高齢者が読みたいものの一つである).本格的なLVCの導入を検討する前に,まず疾患を考慮した適切な屈折矯正で処方された眼鏡を装用しているか,累進眼鏡を使いこなせているか,近見の加入は十分に行われているか,単焦点の近用眼鏡ではどうか,適切な照明下で読んでいるか,の確認をするだけで十分解決できる場合がある.2.高齢者だからしかたがないか?AMDが他のLVCが必要になる疾患と異なる点は,ほとんどの患者が65歳以上の高齢者であることである.既存の視覚障害のリハビリテーションは社会復帰のためにデザインされており,仕事や学業継続がゴールになっていることが多い.超高齢社会となる現在,そのゴール◆ChikakoArai:杏林大学医学部眼科学教室〔別刷請求先〕新井千賀子:〒181-8611東京都三鷹市新川6-20-2杏林大学医学部眼科学教室(0910-1810/20/\100/頁/JCOPY(41)289設定だけではリハビリテーションを続けることはむずかしくなっている.視覚障害者のリハビリテーションはまだ十分に高齢者に対応できていない.そいう状況で「高齢者だからしかたがない」と諦めている患者は多い.また,周辺視野が使えるため,移動や家事,日常生活の動作にほぼ支障がないため周囲から問題がないようにみえたり,高齢だからしかたがないと考えられて改善できる困難が見過ごされてしまう傾向がある.長い経過の間には,どうしても見えにくさや日常の不便さに意識がいってしまいがちになり抑うつ的になる場合がある.さらに身体や認知機能の低下があると,元気がなくなったり,通院へのモチベーションが低下していく患者もいる.しかし,工夫をすることで“見える”ことを示すと,実は……といって諦めていた趣味や活動を話しはじめる患者は少なくない.どんな視機能にもLVCで対応できるわけではないが,全盲でもさまざまな活動ができる今の時代,ロービジョンのために諦めなくてはならないことは案外少ない.希望する活動ができなくても,孫娘のお婿さんの顔を拡大読書器で初めて見ることができたり,昔,入賞した自分の俳句が掲載された会報誌を自分の眼でもう一度読むことができたり,絵手紙や習字ができたり,という可能性を実感することで余暇活動の選択肢を広げることができる.また,増えている独居の高齢者では,介護ヘルパーに頼んだ買い物のレシートの確認,食品の賞味期限の確認など日常の些細な場面で見ることが改善されて安心につながる可能性がある.医療者自身も含めて高齢者だからしかたがないと諦めずに潜在的なニーズがあることを前提に,LVCを導入することも大切である.そして,LVCで得られた活動は長期的な通院が必要な疾患と上手につきあう一つの手段になるはずで,治療へのモチベーション維持にも役立っていると考える.3.中心視野障害による困難AMDでは黄斑の機能が低下するため,1)見たいところがよく見えない,2)眼鏡をかけても文字が読めない,字は見えるけど読みにくい,3)人の顔や表情がわかりにくい,という訴えが中心になる.新聞が読めるとされている0.5以上の視力でも読書が困難になることがAMDの特徴である.この解決には,後述する読書評価が有効である.a.見たいところがよく見えない視力値と患者の実感が一致しない場合が多く,患者の視力検査結果への不満が多いのもAMDの特徴である.視力検査は高コントラストのLandolt環のギャップを判別するため,コントラスト感度の低下や歪視は考慮されない.疾患の状態をモニターするためには十分であるが,患者の日常の困難を理解するには十分ではないのである.黄斑疾患は見たいところが見えにくくなるので,視力が高くても日常生活では不便なことが起きている.見たいところがよく見えないという症状に共感をもつことはこの不満に対応する最初のステップであり,視力検査を行う視能訓練士には留意してほしいところである.b.人の顔が覚えにくい,誰だかわからない黄斑の機能低下は人の顔が判別や表情認知をむずかしくし,近所の人に会っても挨拶ができない,会話中の相手の表情がわかりにくいといった困難を引き起こす.そのために家にこもってしまうという問題を抱える場合がある.この場合には,暗点の位置を確認し,正面の人を見る場合には暗点の方向に視線を動かすことで解決できる.視力検査のときに正面を見てもらい,どの場所に視標を提示すると見やすいかを確認することでも視線を動かす方向を自覚できる.c.眼鏡をかけても文字が読めない,字は見えているけど読みにくい適切な屈折矯正による近用眼鏡装用で照明を使用しても十分に新聞が読めない場合には,本格的なLVCが必要になる.多くの場合,そういう患者にAmslerChartを行い自覚的な中心視野の状況を確認すると,感度低下や歪み,かすみなどの訴えがある.高コントラストの視標で確認する視力検査では検出できない見えにくさがわかり,それがより複雑な文字を判別しにくくしていることがわかる.この解決には読書を直接評価する読書評価が有効である.II加齢黄斑変性の読書困難と解決AMDは移動や日常生活の動作にはあまり困難がなく,読み書きの困難が中心である.したがって,屈折矯図1MNREAD?J(漢字仮名交じり文),MNREAD?JK(平仮名)すべてのタイプに白黒反転と縦書き横書きのバージョンがある.元々は英語で作成されたものが多言語に開発されている.実験室用に開発されたPCバージョンを使うとデータ処理がしやすい.現在,日本語版はiPadで動作するアプリを開発中である.正や拡大鏡など光学的なケアが中心になる.視力値が読書困難を十分に反映できないAMDの場合には,患者の読書パフォーマンスを直接評価する読書評価とその結果からエイドの倍率やタイプを選ぶことが望ましい.読書評価を日常診療のなかで測定することがむずかしい場合には,複数の文字サイズの文章を少し読んでもらうだけでも読みやすい文字サイズを推測できる.患者は見えれば読めると思っていることが多いが(その結果,自分に合わない拡大鏡をたくさん持つことになる),実際に声に出して読んでもらうと,きちんと読める文字が大きいことに気がつき,拡大を十分に行う必要性を理解してくれる.1.読書評価文字の大きさと読書の関係については,晴眼者でもLVでも当てはまる共通の法則がある.LV用や眼科臨床用に開発された文字チャートや近見視力表は多くあるが,現在,文字サイズごとに読書速度が測定できるチャートはMNREADだけである1).MNREADは英語で開発され,現在はさまざまな言語で作られている.日本語版はMNREAD-J(漢字仮名交じり文)とMNREAD-JK(平仮名)がある(図1).英語版のiPad用アプリケーションがすでに販売され日本語版も現在開発中である.このようなチャートで大きな文字サイズから徐々に文字サイズを小さくして速度を測ると,最大読書速度(maximumreadingspeed:MRS),臨界文字サイズ(criticalprintsize:CPS),読書視力(readingacuity:10010小文字サイズ大図2読書速度と文字サイズの関係臨界文字サイズ(CPS)を基準に拡大を考えるとMRSに近い速度で読むことができ,速度が遅く快適に読めないということがなくなる.RA)が得られる(図2).CPSは図2に示された平坦な部分のMRSを示す最小の文字サイズであり,RAはやっと数文字が読める文字サイズである.AMDの患者が視力検査と日常の読み書きとの実感と異なるのは,視力検査で得る最小分閾値はこのRAに相当しているからである.図2からわかるように,われわれがある一定の速度で文章が読めて不快に思わない文字サイズはRAよりも大きいCPS以上の文字サイズになる.LVの患者が十分に文字を読めると感じるためには,網膜像をCPSまで拡大する必要があり,拡大率は以下のように計算できる.拡大率の計算方法拡大率=CPSサイズ/読みたい文字の大きさ拡大鏡のジオプター=拡大率×(1/測定距離)*測定距離30cmならジオプター=拡大率×3.3になる.この結果から得られる拡大率と拡大鏡の必要なジオプターについては,Baileyが等価視屈折力(equivalentviewingpower:EVP),等価視距離(equivalentview-ingdistance:EVD)の概念を説明している1).拡大率をジオプターで考えると,屈折矯正との関係での拡大鏡の調整ができるので臨床的に便利であり効果的な拡大率が得られる2,3).011.21.41.61.822.2文字サイズlogMAR図3AMD患者の読書評価結果の例加齢黄斑変性の場合,CPSが大きくなり場合によっては速度が遅くなるが,視力が高くてCPSが非常に大きくなることが特徴である.この症例では,新聞が読める視力が0.5として,従来の方法で計算すると0.5/0.1=5倍であるが,CPSで計算すると一般的な新聞の文字サイズ9?11ポイントを読む場合には176ポイント/9-11ポイント=約20倍の拡大が必要になる.2.加齢黄斑変性の読書評価結果の特徴AMDは中心暗点が大きくなるとCPSが非常に大きくなる.図3は実際の症例の読書評価の結果である.0.1の視力から計算される拡大率は5倍,CPSから計算される拡大率は20倍と大きな開きがある.実際に読書評価を行って拡大率を計算する必要性が高いことがわかる.中心視野の状態と拡大率でどのような拡大鏡が勧められるかを以下に述べる(図4).快適に読める拡大を得るには,網膜像が十分に読めるように拡大されていること,使用方法に見合った屈折矯正がされていること,補助具の保持や操作方法が適切であることが必要である.a.初期の読書困難10D未満の拡大鏡(拡大率2?3倍程度)や加入度数を5D程度にした強めの眼鏡で対応できる.加入度数を強くする場合には輻湊を考慮してプリズムを入れる方法がある.しかし,AMDの場合は機能のよいほうの眼を使用し両眼視していない場合がほとんどであるので,プリズムを入れることはない.加入を強くすると焦点距離図4照明付き拡大鏡と使用例16D角形(a),16D丸型(b),28D丸型(c).一般に流通しているメーカ品の拡大鏡の多くは28D以上になると口径が狭くなり収差も大きくなる.そのため拡大鏡の使用はdのように目に接近させて使用することになる.が近くなり,拡大鏡と眼の距離が近くなる.20cm(5D加入)程度が限度でないかと考えられるが,実際にその距離での姿勢の読書で患者に抵抗がないか装用テストを十分に行って確認することが大切である.b.中程度の拡大が必要な場合10D?20D程度の拡大率(表示倍率3.5?5倍程度)は,拡大鏡の口径が大きいので拡大鏡でも新聞を読んだり,本を読むことは可能である.市販されている拡大鏡では10D,16Dに角形があり,視野が広く取れるため中心の暗点や歪視があるAMDに好まれる(図4a).ただし,重くなるので高齢者の中には保持がしにくい人もいるので,実際に操作をして確認してもらうことが必要である.c.高倍率の拡大が必要な場合中心視野障害が重度になると拡大率が大きくなる.拡大鏡は28D以上の高倍率になると口径が狭くなり使いにくくなるため(図4c,d),拡大読書器が選ばれることが多い.タブレット端末も候補の一つになる.この場合,使用するときの眼と画面の距離に応じた近見矯正が必要になる.拡大読書器は,患者が読書が好きでたくさんの読書をしたいという希望がある場合には最適な道具となる.拡大読書器にはポータブル型と据え置き型があるが,文字サイズと画面サイズの関係からポータブル型は読書効率が悪くなり拡大鏡と変わらなくなるので勧められない(図5).拡大読書器は障害者手帳を取得していれば,どの等級でも申請することで支給される(所得に応じて最大1割の負担がかかる).視力障害で手帳を取得している場合にはあわせて近用眼鏡も申請できる.あるいは市販の近用眼鏡でも代用できる.拡大読書器は訓練が必要だが,高齢者でも2?3回の練習をすることで活用できる4).筆者の施設では80代後半で拡大読書器を使いこなして文字を読んでいるAMDの患者は少なくない.拡大読書器のかわりにタブレット端末の活用も有効であるが,操作の学習が必要になるため,身近に詳しい人がいたり,すでに使用経験があるような場合に導入している.読書評価からこのような高倍率の拡大が必要でも,患者のニーズが読書ではなく,宛名や賞味期限の確認程度であれば,低倍率の口径の大きいもの,あるいは高倍率の拡大鏡を眼に接近させて使う方法で解決できる(図4d).その場合には,十分な快適さはないことを説明す図5拡大読書器の例据え置き型(a),ポータブル型(b).画面上で同じ程度の文字サイズ(高倍率)を映している.画面上に映される文字数がかなり違うことがわかる.大きい拡大率が必要なる患者が多いAMDには据え置き型が第一候補になる.ることが必要である.III偏心視訓練は有効かいくつかの研究では中心視野を避けた偏心視領域(preferredretinallocus:PRL)の活用方法が示されている.MNREADの開発者でもあるLeggeが著書でまとめている報告では,英文の横書きの場合,暗点の下方か上方で読むほうがよいとされているが,実際には暗点の左(読む方向に暗点がきてしまう)で読んでいる割合が多いとまとめている5).PRLについては,感度のよい領域で固視できる訓練をしてtrained-PRLを作ることが検討されている.一方でPRLを自分自身ですでに獲得している場合もあり(だがそれが必ずしも感度がよい領域ではない場合がある),さらに複数のPRLがあり,対象物のサイズや照度などによって患者が無意識に使い分けをしていることがわかっている.複数あるPRLを臨床で評価することはむずかしく,訓練方法や効果には諸説があり一定していない.すぐに効果があるアドバイスとしては,暗点がある位置を自覚してもらい,それを避けるために暗点の方向に眼を向けると正面が見やすくなる方法があげられる.まとめAMDは視力が高くても読書困難を示すことが特徴である.筆者がAMDのLVCに取り組み始めた15年前と比べて,治療方法の進歩によって初期の段階で視機能を維持している患者が増えている.その場合は,加入度数を少し強くした近用眼鏡や一般に出回っているジオプターが低い拡大鏡で十分な場合がある.文字が読めるということは,趣味や日常生活のあらゆる場面でQOLを改善してくれる.高齢だからといって諦めないで,まずLVCを活用していただければありがたい.文献1)Lovie-KitchinJ:Readingwithlowvision:theimpactofresearchonclinicalmanagement.ClinExpOptom94:121-132,20112)BaileyIL,BullimoreMA,GreerRBetal:Lowvisionmagni?ers-theiropticalparametersandmethodsforpre-scribing.OptomVisSci71:689-698,19943)小田浩一訳:拡大,ロービジョンマニュアル(小田浩一総監訳),p181-195,エルゼビア・ジャパン,20104)新井千賀子,小田浩一,尾形真樹ほか:脳出血による後遺症があるロービジョンの患者への拡大読書器の適用事例,視覚リハビリテーション研究7:27-35,20185)LeggeGE:Chapter3visualmechanismsinreading.In:Psychophysicsofreadinginnormalandlowvision,p43-105,LawrenceErlbaumAssociates,NewJarsey,2006

人工知覚

2020年3月31日 火曜日

人工視覚ArtificialVision不二門尚*はじめに視細胞が障害された患者に視覚を再生させる電子的なデバイスが,人工網膜(retinalprosthesisあるいはreti-nalimplant)である.網膜レベルの視覚再建治療が行われる前提条件は,網膜の外層にある視細胞は変性しているが,網膜の内層の神経細胞(双極細胞,神経節細胞)が残存していることである(図1).対象となる疾患は,網膜色素変性(retinitispigmentosa:RP),加齢黄斑変性(age-relatedmaculardegeneration:AMD)に代表される網膜外層の変性である.緑内障のように網膜の出力細胞である神経節細胞が障害される疾患は,治療の対象にならない.人工網膜以外の網膜レベルの視覚再建法としては,遺伝子治療,再生医療,光遺伝学的治療がある(図1)人工的な視覚(人工視覚)を得る機器として,網膜に電極を設置する人工網膜は,これまでは視力光覚弁以下の進行したRP患者を対象にして臨床試験が行われ,先行する米国のSecondSight社のARGUSIIは,米国食品医薬品局(FoodandDrugAdministration:FDA)の認可を得て300例以上に埋植手術を行った.AMDに対して人工網膜を適応する場合は,RPと異なり周辺視野が残存しているので,中心部の人工視覚と周辺部の残存視覚がマッチできるかという新たな問題が起きる.すでにARGUSIIでは,PILOT試験としてAMD患者に人工網膜を埋植している.また,最近フランスのPIXIUMVISION社が新しいタイプの人工網膜を開発し,AMD神経節細胞アマクリン細胞双極細胞水平細胞遺伝子治療視細胞図1進行した網膜外層変性に対する治療戦略進行した網膜外層変性では視細胞層が広汎に障害される.人工網膜は,電流で残存する網膜内層の神経を刺激することにより視覚を回復する.遺伝子治療では,視細胞の外節が障害されていても,核が残存していれば,遺伝子導入により視覚を回復する可能性がある.光遺伝学では,光を受容するチャンネルロドプシンの遺伝子を神経節細胞に導入することにより視覚を回復する.再生医療では,ES/iPS細胞から再生した視細胞が,双極細胞とシナプスを形成することにより視覚を回復する.患者に対して埋植手術を行い,12カ月の成績を報告している.本稿では,人工網膜システムの説明を行ったあと,AMDへの人工網膜の適応の現況,今後の可能性について述べる.◆TakashiFujikado:大阪大学大学院生命機能研究科〔別刷請求先〕不二門尚:〒565-0871大阪府吹田市山田丘1-3大阪大学大学院生命機能研究科(0910-1810/20/\100/頁/JCOPY(35)283する.III人工網膜で知覚される映像図2人工網膜システム日本独自のSTS型人工網膜システムは,小型カメラで撮影した映像をコンピューターで処理し,情報を体外装置のコイルから体内装置のコイルへ伝送し,最終的に眼球に埋植した電極から電流刺激を行うことにより,擬似的な光覚を生じるようにするものである.I人工視覚とは人工視覚は,網膜から大脳皮質視覚領に到る視路を,電気的に刺激することによって擬似的な光(phos-phene)を得るシステムである.具体的にはchargecou-pleddevice(CCD)カメラで外界の像を撮影し,コンピューターで信号を処理したあと,無線で体内装置に信号を伝送する.人工網膜の場合,二次元的に微小電極が配列された電極アレイを走査して,網膜の神経を電気刺激することにより,中枢に信号が伝えられ,人工的な視覚イメージが認識される.II人工網膜の構成人工網膜は,体外装置と体内装置から構成される.体外装置では,CCDカメラで外界の映像を撮像し,得られた画像情報は信号処理され,体内装置に無線で送信される.電力も同じ無線システムで電送される.体内装置では,送信された信号がアナログ信号にデコードされ,電流が個々の電極に送られる(図2).人工網膜で,網膜下に電極を置く方式では,外部CCDカメラの代わりに,埋め込み型微小電極板に設置されたphotodiodeで撮像人工網膜を埋植された患者は,白色の点で構成されたパターンを知覚する.知覚される映像の質は,電極の数とトーンによって決まる.患者がコップを見たとき,CCDカメラがカップの画像を取り込み,背景の明るさに応じてゲインが調整される.グレートーンを調整した後,電極の数に応じてピクセル化される.各電極には,ピクセルの輝度に対応する電流が流れ,網膜を刺激する.患者には,にじんだ光の塊のようなものが認識される(図3).IV人工網膜の種類1.網膜上刺激方式網膜上刺激方式では,電極アレイは網膜の神経線維層上に配置される(図4a).Humayunらは60チャンネルの微小電極をもつARGUSII(SecondSight社)を開発し1),FDAの認可を受けた.このシステムを埋植した患者は,黒色の背景の上に白色の視標を提示し,指で視標の中心をポイントさせる課題(到達運動試験)において,systemo?の状態よりもsystemonの状態でよい成績を示した.患者の7割は重篤な有害事象(seriousadverseevent:SAE)を示さなかった.もっとも多かったSAEは,結膜の離開であるが,再手術で治療された2).網膜上人工網膜の利点は,臨床試験の長い歴史をもち,装置の安定性が比較的よいことである.2.網膜下刺激方式網膜下刺激方式では,電極アレイは視細胞層の下に配置される(図4b).微小光電変換素子が光を捕獲し,誘起された電流は網膜神経節細胞を刺激する.このシステムの利点は,刺激電極が各微小光電変換素子に隣接して配置されているので,受光した場所と同じ場所で網膜を刺激できることである.Zrennerらは,5mm角のチップ上に1,500個の電極を有する網膜下型人工網膜を開発した.チップを9人の盲目患者の網膜下に移植した.3名の被験者は自発的に文字を読むことができたと報告され,得られた最高視力は0.037であった3).これらのデGainControlGreyScalePixelizedArti?cialVision49pixels図3コップを人工網膜で見たときの見え方のシミュレーションCCDカメラでとらえた画像は適当な明るさにゲインをコントロールされ,グレースケールを導入したのちに49画素に分割され,電流信号に変換される.この電流値で網膜が刺激されると,理論的には白い点の集合体が見えるはずだが,実際には電流の広がりと変性した網膜の内層のリモデリングにより,ぼやけた光の塊のようなものが,患者には知覚される.網膜脈絡膜強膜b網膜下電極c脈絡膜上電極図4人工網膜の種類人工網膜は,電極を置く場所により,三つのタイプに分類される.a:網膜上刺激方式,b:網膜下刺激方式.c:脈絡膜上刺激方式.体内装置LSIfordecoderMultiplexerICChip49極電極図5脈絡膜上刺激方式(大阪大学方式)の体内装置,体外装置,電極板,埋植後の頭部X線画像ータは,網膜下インプラントが日常生活に役立つ視覚機能を回復することができることを示したが,デバイスの長期安定性に課題を残した.近年フランスのPixiumVision社が新しいタイプの網膜下型人工網膜を開発した.378個の微小光電変換素子を配置した電極アレー(直径2mm)に対して,CCDカメラでとらえた映像を赤外光刺激に変換し,ゴーグルを介して光刺激する方法である.AMD患者の障害された中心視野に電極を埋め込むと同部位に光覚が得られたと報告された.本法の利点は手術手技が比較的シンプルであることである.今後,AMDに対して適応する場合,残存視覚と人工視覚をマッチさせることが問題となる.3.脈絡膜上刺激方式刺激電極を強膜ポケット(日本)または脈絡膜上腔(オーストラリア)に設置する新しい人工網膜が開発された(図4c).大阪大学では,電極数を49極に増加した第二世代システムを開発した(図5).2014年から3人のRP患者に対する手術を実施し,約1年間にわたり経過観察を行ったところ,全員で擬似光覚が知覚され,3例中2例で白線に沿った歩行の改善や,対象物の位置の認識向上などの有効性が認められた4).オーストラリアのグループは,44極の微小電極アレイを3名のRP患者の脈絡膜上に埋植し,全員から擬似光覚が得られたと報告している5).電極板の脈絡膜上配置の利点は,電極が網膜に接しないので,術中,術後の合併症が少ない点,電極の固定がよいので長期の安定性が確保される点である.このアプローチの限界は,電極が網膜から遠くにあるため,より高い電流が必要とされ,分解能が制限されることである.V人工網膜の限界多極電極は数ミリ角の基盤上に複数の刺激電極を搭載する電子部品である.理論上,刺激電極が多いほど高い解像度の映像が得られるはずだが,実際は理論値と同等の視力が得られることはまれである.たとえば1,500極の電極を有するAlphaAMS(網膜下電極)では,理論的には0.1?0.2程度の視力が得られるはずであるが,最高視力は0.037にとどまっている.これは,残存する網膜内層の神経細胞の密度や電流の広がりに起因すると考えられる.視野としては,視角15°(直径)程度である.その他,刺激された神経の受容野がCCDカメラでとらえられた視野と一致しないと定位の誤認(対象物の方向の誤認)が起きるなどの問題もある.したがって,不十分な視野,視力を日常生活に役立てるための視覚リハビリテーションが必要になる.VI加齢黄斑変性への人工網膜の適応の現状と今後の方向性すでに網膜上型および網膜下型の人工網膜で,AMDに対する人工網膜埋植のパイロットスタディが開始されている.Stangaらは,網膜上型人工網膜ARGUSIIを萎縮型AMD(視力0.1以下)の患者の黄斑部に埋植し,人工視覚による中心視野と残存する周辺視野はよくマッチして,患者は顔の輪郭を認識することができたと報告している(EuRetina,2016).一方,PixiumVision社は網膜下型人工網膜PrimaSystemを萎縮型AMDの黄斑部に移植し,中心部の網膜で光覚をOctopusを用いて検出することができたと報告している(11thEyeandTheChipWorldResearchCongress2019,Detroit).視覚リハビリテーションを経て,埋植12カ月後には文字が認識できるようになったとのことである.人工網膜の移植において,AMDの場合はRPと異なり,周辺視野で0.1程度の視力が残存している.人工網膜による最高視力が0.1未満であることを考えると,偏心視で見える視力以上の分解能を,中心に置かれた人工網膜で得ることは,現在の方法ではむずかしいと思われる.視線をずらさないで,相手の顔の輪郭を認識しながら話ができるというメリットはあると思われる.最近,感覚型BMI(brain-machineinterface)として先行している人工内耳の領域では,人工的な聴覚(高音領域)と,残存する自然聴覚(低音領域)をマッチできるハイブリッドシステムが開発されている6).この発展は主として術式の改良(低音領域の内耳に侵襲を与えない術式)によるものである.音の知覚テストにおいて,ハイブリッドシステムのほうが,人工聴覚のみよりも,良好な結果が報告されている.人工網膜も,デバイスの高密度化,新たな術式の開電極数3782mm×2mm電極間距離100?m図6網膜下電極(PixiumVision社)を萎縮型加齢黄斑変性患者の網膜下に埋植した場合の模式図発,視覚リハビリテーションを通して,AMDに対しても生活に役立つ視覚が回復できるようになることが期待される.VIIまとめ人工視覚の現状を概説した.人工網膜にはさまざまなアプローチがあるが,それぞれの方法で実用化が進みつつある.人工網膜を埋植した患者は,到達運動や,線に沿って歩くことなどが可能になることが示されている.患者の生活の質の改善を達成するためには,外科的処置および技術的進歩の改善だけでなく,効果的なリハビリテーション法の開発が必要である.人工網膜をAMDに適応する場合の課題は,周辺部の残存視覚と,中心部の人工視覚をマッチさせること,日常生活において人工網膜を使用することによって利益を得ることができるように解像度を改善することである.別の課題は,患者が杖の助けを借りずに歩くことができるように視野を拡大することである.文献1)HumayunMS,deJuanEJ,DagnelieGetal:Visualper-ceptionelicitedbyelectricalstimulationofretinainblindhumans.ArchOphthalmol114:40-46,19962)HumayunMS,DornJD,daCruzLetal;ArgusIIStudyGroup:InterimresultsfromtheinternationaltrialofSec-ondSight’svisualprosthesis.Ophthalmology119:779-788,20123)StinglK,Bartz-SchmidtKU,BeschDetal:Arti?cialvisionwithwirelesslypoweredsubretinalelectronicimplantalpha-IMS.ProcBiolSci280:20130077,20134)FujikadoT,KameiM,SakaguchiHetal:One-yearout-comeof49-channelsuprachoroidal-transretinalstimula-tionprosthesisinpatientswithadvancedretinitispigmen-tosa.InvestOphthalmolVisSci57:6147-6157,20165)AytonLN,BlameyPJ,GuymerRHetal;BionicvisionAustraliaResearchConsortium:First-in-humantrialofanovelsuprachoroidalretinalprosthesis.PLoSOne9:e115239,20146)UsamiS,MotekiH,TsukadaKetal:Hearingpreserva-tionandclinicaloutcomeof32consecutiveelectricacous-ticstimulation(EAS)surgeries.ActaOtolaryngol134:717-727,2014

加齢黄斑変性の網膜再生医療

2020年3月31日 火曜日

加齢黄斑変性の網膜再生医療RegenerativeMedicineforTreatingAge-relatedMacularDegeneration前田亜希子*はじめに加齢黄斑変性(age-relatedmaculardegeneration:AMD)の治療には,抗VEGF療法,レーザー治療,硝子体出血に対する硝子体手術などがあり,これらの治療により視力予後の改善が期待できる疾患となっている.しかしながら,現在の治療には限界があり,新規治療の確立が期待されている.本稿では国内外で開発が進められている網膜再生医療について解説する.I加齢黄斑変性における再生医療の目的AMDでは,環境因子や遺伝因子などが複雑に影響することにより,網膜色素上皮(retinalpigmentepitheli-um:RPE)細胞に変化が起こることが知られている.RPE細胞はさまざまな役割を担っており,その破綻が,滲出型AMDの病態である脈絡膜新生血管の増殖や,萎縮型AMDの病態である視細胞変性につながることが知られている.このため,再生医療として正常RPE細胞を病巣へ移植することにより脈絡膜や視細胞への影響を軽減または停止できることが期待され,AMDの治療となりうることが示唆されている.II網膜色素上皮細胞の役割RPE細胞は六角形を呈し,隣りあうRPE細胞間でタイトジャンクションを形成し,単一単層膜として視細胞と脈絡膜の間に位置している.タイトジャンクションによりバリア機能を有し,血液網膜関門を形成し網膜内恒表1網膜色素上皮(RPE)細胞の機能と役割常性の維持に重要な役割を担っている.また,RPE細胞内のメラニン顆粒は光の吸収にかかわっている.RPEを介して脈絡膜血管と神経網膜間の物質輸送が行われており,電解質や栄養成分の供給・排出にかかわっている.そのほかにも表1に示す通り,多くの重要な生理学的機能と役割を担っていることから,RPEは神経網膜維持に不可欠であり,その機能不全や欠損は視細胞変性や炎症などを引き起こし,AMDをはじめとする網膜疾患の原因になっている.近年,RPE細胞を多能性幹細胞から分化・誘導して得ることが可能となり,AMDに対するRPE細胞移植治療の確立が現実的なものとなっている.III多能性幹細胞とiPS細胞多能性幹細胞とは,生体のさまざまな細胞・組織に分化する分化万能性と,その細胞自体も増殖することができる自己複製能を併せもつ細胞のことである.胚性幹細◆AkikoMaeda:理化学研究所生命機能科学研究センター網膜再生医療研究開発プロジェクト,神戸アイセンター病院〔別刷請求先〕前田亜希子:〒650-0047神戸市中央区港島南町2-2-3D棟5F理化学研究所生命機能科学研究センター網膜再生医療研究開発プロジェクト(0910-1810/20/\100/頁/JCOPY(29)277多能性誘導因子図1iPS細胞作製方法体細胞に多能性誘導因子の遺伝子を導入することによりiPS細胞が得られる.(文献2より引用)Bar:200?mBar:200?m図2iPS細胞コロニー(a)とiPS細胞から分化・誘導されたRPE細胞(b)胞(embryonicstemcell:ES細胞)と,iPS細胞(inducedpluripotentstemcell)が知られている.1981年にEvansらが胚盤胞期の胚の一部である内部細胞塊から,多能性幹細胞であるES細胞の作製に成功している1).iPS細胞は人工的に作りだされた多能性幹細胞のことで,2006年に京都大学の山中伸弥研究室が皮膚から採取した線維芽細胞へ四つの遺伝子を導入することでiPS細胞が得られることを発表した(図1)2).これらの細胞は体内のどんな細胞にも分化することが可能であることから万能細胞とよばれることもあり,再生医療や創薬研究への応用が期待されている.AMDの次世代治療として,これら多能性幹細胞から分化・誘導して得たRPE細胞を用いた再生医療が試みられている.IV網膜色素上皮細胞の分化・誘導2002年に理化学研究所の笹井芳樹研究室が中枢神経の分化誘導中に得られる色素上皮細胞がRPE細胞であることを偶然発見し3),2004年には理化学研究所の高橋政代研究室でサルES細胞から得られたRPE細胞を網膜疾患モデルラットに移植している4).これまでに分化・誘導方法の詳細が検討され,現在ではES/iPS細胞から治療に使用可能な臨床グレードのRPE細胞を再現性をもって製造できるまでになっている(図2).今後は自動培養技術を用いた大量培養,事業化に向かうことが予測されている.V網膜色素上皮細胞と加齢黄斑変性の病態1.加齢により起こるRPE細胞変化加齢により,RPE細胞とその近傍ではさまざまな変化があらわれる(図3).RPE細胞層下にはドルーゼンの蓄積がみられる.AMD発症の危険因子としてアポリポプロテインE(apolipoproteinE:APOE)やATP結RPE:網膜色素上皮細胞OS:視細胞外節:ファゴソーム:リポフスチン顆粒図3加齢によるRPE細胞の変化加齢により,ドルーゼン,ファゴソームやリポフスチン顆粒の増加,炎症細胞浸潤などが観察されるようになる.合カセットトランスポーター(ATP-bindingcassetteproteinA1:ABCA1)などの脂質代謝にかかわる遺伝子の遺伝子多型が知られていることなども含め,ドルーゼン蓄積と脂質代謝異常の関連が示唆されている.また,RPE細胞内ではファゴソームやリポフスチン顆粒の増加,視細胞層から網膜下にかけてはミクログリアやマクロファージなどの炎症細胞浸潤が観察されている.これらの変化はいずれもAMDの発症・病態の理解に重要であると考えられている.2.ストレス応答とVEGF血管内皮増殖因子(vascularendothelialgrowthfac-604020001234ストレス下培養(培養日)図4ストレスによるVEGF産生亢進6004002000tor:VEGF)はマクロファージなど炎症細胞を含むさまざまな正常細胞で産生され,血管の発生・維持に重要な役割を担っている.RPE細胞は眼内における主要なVEGF産生細胞である.適正なVEGF濃度は生体恒常性の維持に必須であるが,ストレス応答の結果としてVEGF産生亢進が起こり,さまざまな病態に関与することが知られている.RPE細胞に酸化ストレスをはじめとするストレスが加わることによりVEGF産生亢進がみられる(図4).RPE細胞におけるVEGF産生亢進が脈絡膜新生血管の増殖に関与することが解明されており,近年では,抗VEGF療法が脈絡膜新生血管を伴うAMDのファーストライン治療となっている.ストレス誘導を目的として培養液中A2E(10?M)存在下においてiPSC-RPE細胞の培養を行った.VEGF産生亢進と細胞死の増加が観察される.(文献14より引用)3.A2Eや他の脂質の関与加齢眼においてはリポフスチン顆粒が顕著化することが知られている.リポフスチン顆粒の主要成分はビスレチノイド(A2E)であることが同定されている5).A2EはビタミンA代謝回路(視覚サイクル)の副産物で,ビタミンA代謝中間体であるall-trans-retinalが2分子と網膜に豊富に含まれる脂質phosphatidylethanolamineが1分子の割合で縮合した化合物である(図5).加齢とともにRPE細胞におけるA2E蓄積は増大し,AMDのall-trans-retinal図5A2Eの構造とRPE細胞における蓄積A2Eは視覚回路の副産物としてビタミンA代謝中間体であるall-trans-retinalより生合成される.遺伝子ノックアウトマウスにおいてA2E蓄積はRPE細胞内にびまん性に観察される.(文献15より引用)病態に関与することが示唆されている.A2E蓄積マウスにおいては,AMD様の変化が観察され,酸化ストレス増大や炎症が観察されている6,7).これら以外にもRPE細胞の機能異常がAMDの病態と深くかかわることが報告されている.VI加齢黄斑変性におけるRPE細胞治療の試み上述のように,RPE細胞の加齢変化により網膜の恒常性維持破綻をもたらすことから,正常RPE細胞を移植・補充することによりAMDを治療するという試みがある.1990年代には胎児を含む他人からのRPE細胞がAMD患者に移植されたが,移植片の拒絶が問題となった8).その後,患者眼において,患者自身のRPE細胞と脈絡膜を移植片として病変部に移動する手術が行われ,一定の結果を得ることができている9).この結果から,RPE細胞移植がAMDの治療になり得ることが強く示唆された.VII多能性幹細胞を用いたRPE細胞治療の試み2012年にSchwartzらによってヒトES細胞から得たRPE(hESC-RPE)細胞移植が萎縮型AMDとStar-gardt病(遺伝性若年性黄斑変性)患者に行われた10).移植RPE細胞は腫瘍形成などの異常な細胞増殖や,免疫系の活性亢進を引き起こすことなく,生着することが報告されている.hESC-RPE細胞移植による視力改善傾向も観察されており,hESC-RPE細胞移植の安全性と有効性が報告されている.2014年に理化学研究所の高橋らと神戸市立医療センター中央病院の栗本康夫らが滲出型AMD患者の皮膚細胞からiPS細胞を作製し,RPE細胞を分化・誘導し,iPSC-RPE細胞シートとして患者本人の網膜下に移植している(図6)11).この自家iPSC-RPE細胞シート移植では,免疫抑制薬の使用なく,良好な移植片の生着が確認されている.視細胞が残存していない領域へのRPE細胞移植であったため,視力改善はみられなかったもの神経網膜RPE脈絡膜病変除去RPE移植図6人類初のiPSC?RPE細胞移植での手順網膜下の新生血管と変性RPE細胞よりなる病変を除去し,iPSC-RPE細胞シートが移植された.(文献11より引用)の,移植後には抗VEGF療法の必要はなく,視力維持ができている.また,移植片下の脈絡膜は他の部位に比べて優位に維持されることも確認されている12).これらの結果から,自家iPSC-RPE細胞シート移植の安全性と有効性が示された.一方で,自家移植では移植細胞作製にかかる時間やコストの問題が浮き彫りになった.そこで最近,免疫学的拒絶反応に重要なHLA型を適合させた他家iPS細胞からRPE細胞を作製し,滲出型AMD患者5名に対して他家iPSC-RPE細胞移植を行っている.iPS細胞は京都大学iPS細胞研究所CiRAより理化学研究所に提供され,RPE細胞が作製され,患者への移植は神戸市立医療センター中央市民病院と大阪大学医学部附属病院で行われている.この移植ではHLA適合他家RPE細胞が免疫系に与える影響とその制御に関して経過観察することが主要な目的であった.5例中1例において免疫系の活性亢進がみられたが,免疫活性を予測するリンパ球移植細胞混合培養検査の開発とTenon?下ステロイド注射(局所ステロイド治療)により,その反応を制御することが可能であり,HLA適合図7iPS細胞より分化・誘導された立体網膜他家iPSC-RPE細胞移植が将来の治療になりうる可能性が示されている.VIII加齢黄斑変性における再生医療の展望わが国において,すでに自家RPE細胞移植,さらに他家HLA型適合RPE細胞移植が他施設研究として行われており,治療への道筋が整ってきている.また,移植RPE細胞の安全性と有効性が確認されている.今後は,移植細胞作製の事業化に加え,治療に適した患者側要因の検索・同定や,移植患者数を増やすことによるデータの収集・解析が必要になっていくであろう.RPE細胞に加え,2011年には理化学研究所の笹井芳樹研究室により,ES細胞から視細胞層を含む立体網膜を分化・誘導できることが報告され13),現在ではiPS細胞からも立体網膜を作製することが可能となっている(図7).RPE移植と同時に視細胞を移植することにより,視機能を回復しようとする試みが国内外で行われている.おわりにこれまでの研究から,AMDの病態理解が進み,新しい治療法が開発されてきている.網膜再生医療はAMDに対する治療の選択肢を増やすだけでなく,既存の治療や開発中の他の治療との併用によって,良好な視機能維持が期待でき,よりよい医療提供を可能にするものと思われる.文献1)EvansMJ,KaufmanMH:Establishmentincultureofplu-ripotentialcellsfrommouseembryos.Nature292:154-156,19812)TakahashiK,YamanakaS:Inductionofpluripotentstemcellsfrommouseembryonicandadult?broblastculturesbyde?nedfactors.Cell126:663-676,20063)KawasakiH,SuemoriH,MizusekiKetal:Generationofdopaminergicneuronsandpigmentedepitheliafrompri-mateEScellsbystromalcell-derivedinducingactivity.PNAS99:1580-1585,20024)HarutaM,SasaiY,KawasakiHetal:Invitroandinvivocharacterizationofpigmentepithelialcellsdi?erentiatedfromprimateembryonicstemcells.InvestigOphthalmolVisSci45:1020-1025,20045)EldredGE,LaskyMR:Retinalagepigmentsgeneratedbyself-assemblinglysosomotrophicdetergents.Nature361:724-726,19936)KohnoH,ChenY,KevanyBMetal:Photoreceptorpro-teinsinitiatemicroglialactivationviaToll-likereceptor4inretinaldegenerationmediatedbyall-trans-retinal.JBiolChem288:15326-15341,20137)MaedaA,MaedaT,GolczakMetal:Retinopathyinmiceinducedbydisruptedall-trans-retinalclearance.JBiolChem283:26684-26693,20088)AlgverePV,GourasP,DafgardKoppE:Long-termout-comeofRPEallograftsinnon-immunosuppressedpatientswithAMD.EurJOphthalmol9:217-230,19999)vanZeeburgEJ,MaaijweeKJ,MissottenTOetal:Afreeretinalpigmentepithelium?choroidgraftinpatientswithexudativeage-relatedmaculardegeneration:resultsupto7years.AmJOphthalmol153:120-127,201210)SchwartzSD,RegilloCD,LamBLetal:Humanembry-onicstemcell-derivedretinalpigmentepitheliuminpatientswithage-relatedmaculardegenerationandStar-gardt’smaculardystrophy:follow-upoftwoopen-labelphase1/2studies.Lancet385:509-516,201511)MandaiM,WatanabeA,KurimotoYetal:Autologousinducedstem-cell-derivedretinalcellsformaculardegen-eration.NEJM376:1038-1046,201712)TakagiS,MandaiM,GochoKetal:Evaluationoftrans-plantedautologousinducedpluripotentstemcell-derivedretinalpigmentepitheliuminexudativeage-relatedmacu-lardegeneration.OphthalmolRetina10:850-859,201913)EirakuM,TakataN,IshibashiHetal:Self-organizingoptic-cupmorphogenesisinthree-dimensionalculture.Nature472:51-56,201114)ParmarVM,ParmarT,AraiEetal:A2E-associatedcelldeathandin?ammationinretinalpigmentedepithelialcellsfromhumaninducedpluripotentstemcells.StemCellRes27:95-104,201815)PalczewskaG,MaedaT,ImanishiYetal:Noninvasivemulti-photon?uorescencemicroscopyresolvesretinolandretinal-condensationproductsinmouseeyes.NatureMed16:1444-1449,2010

遺伝子情報を活用した個別化医療と遺伝子治療

2020年3月31日 火曜日

遺伝子情報を活用した個別化医療と遺伝子治療GeneTherapyandPrecisionMedicineUtilizingGeneticInformation山城健児*はじめに滲出型加齢黄斑変性(age-relatedmaculardegenera-tion:AMD)に対しては抗血管内皮増殖因子(vascularendothelialgrowthfactor:VEGF)療法を行うのが一般的であるが,一部の患者では抗VEGF薬に対する反応が悪く,治療を行っても視力の改善が得られないことがある.また,抗VEGF療法が有効でも治療後すぐに再発をきたす患者もあり,頻回の投与を要する患者も少なくない.実際には追加治療が遅れることよって視力予後が不良となる患者は多く,最近の大きな問題となっている.そこで,それぞれの患者の遺伝子を調べることによって治療反応性や予後を予測して,最適な治療方針を選択しようという試みや,抗VEGF作用をもつ蛋白を遺伝子導入することによって半永久的に分泌させ続けようという試みが行われている.また,これまでにAMDと診断してきた患者の一部は,脈絡膜が厚いパキコロイドという状態が原因となって脈絡膜新生血管を生じているpachychoroidneovasculopathyと診断すべきものであったということが明らかになってきたことで,AMDの治療が大きく変わりつつある.I遺伝子情報を活用した個別化医療AMDは単一の遺伝子に生じた変異が原因となって発症するような,いわゆるMendel遺伝病ではなく,加齢や喫煙といった環境因子や複数の遺伝子の変異・多型が発症しやすさに影響を与えている多因子疾患である.2005年にCFHやARMS2/HTRA1といった遺伝子の変異・多型がAMDの発症に大きく影響を与える感受性遺伝子であるということが発表されて以来,AMDの自然経過や治療反応性に影響を与えている遺伝子がないかどうかを調べる研究が盛んに行われてきた.現時点で,片眼にAMDを発症した患者に対しては,ARMS2/HTRA1の遺伝子配列を調べるだけで,僚眼のAMD発症が予測できるということは間違いないと考えられる1).さらにARMS2/HTRA1の遺伝子配列を調べると,光線力学療法後の視力改善の度合いも予測できるかもしれない(表1).しかし,抗VEGF療法の反応性やその後の視力経過を予測できるような遺伝子はまだ発見されていない.これまでにCFH,ARMS2/HTRA1,VEGFA遺伝子については20報以上の研究結果が報告されているが,再現性のある結果は報告されていないため,少なくともこの三つの遺伝子が抗VEGF療法に対する反応性やその後の視力経過を予測するために使える可能性は低そうである.全ゲノム関連解析も行われているが2,3),明らかな関連が確認された遺伝子多型は報告されておらず,一つの遺伝子がAMDの抗VEGF療法の効果に大きく影響している可能性は低いのかもしれない.最近になって,後述するように今までにAMDと診断してきた症例の一部はpachychoroidneoasculopathyという異なった遺伝子背景をもつ一群であったことが判明した.AMDをpachychoroidneovasculopathyとpachychoroidneo-◆KenjiYamashiro:大津赤十字病院眼科〔別刷請求先〕山城健児:〒520-8511滋賀県大津市長等1-1-35大津赤十字病院眼科(0910-1810/20/\100/頁/JCOPY(23)271表1遺伝子多型とAMDとの関連遺伝子AMD発症僚眼の発症PDT後の視力経過抗VEGF療法後の視力経過CFH関連あり───ARMS2/HTRA1関連あり関連あり関連ありそう─図1PachychoroidのOCT画像図2Pachychoroid系疾患の進行図3CFH遺伝子多型と疾患発症との関係vasculopathyではないものとに分けて遺伝子研究をすることで,個別化医療(precisionmedicine)に活用できる遺伝子が発見できるのかもしれない.IIPachychoroid疾患の遺伝子的背景AMDは本来ドルーゼンを背景にして発症するものであると考えられており,白人のAMD眼にはドルーゼンが認められることが多い.一方で,アジア人ではドルーゼンがない眼にAMDが発症することが多いにもかかわらず,アジア人のAMDは白人のAMDと同様のものとして扱われてきた.光干渉断層計(opticalcoherencetomography:OCT)の進歩に伴って,脈絡膜の状態が詳細に観察できるようになった.2009年にはOCTを使って中心性漿液性網脈絡膜症(centralserouschorioretinopathy:CSC)患者の脈絡膜を観察した結果,CSCの脈絡膜が厚いということが明らかになり,この厚い脈絡膜がCSCの発症要因となっているのかもしれないと考えられるようになった4).最近になってこの脈絡膜が厚い状態をpachy-choroidとよんで(図1),pachychoroidを背景として発症する疾患群をpachychoroid疾患群としてとらえようという考え方が提唱されてきた.そのおもなものはCSC,pachychoroid色素上皮症,pachychoroidneovas-culopathy,pachychoroidgeographicatrophyである(図2).Pachychoroid色素上皮症は不全型CSCのようなものであると考えられており,網膜色素上皮には障害が生じているものの,漿液性網膜?離が認められないものをさす.漿液性網膜?離の既往があった場合にはCSCと診断することになる5).CSCやpachychoroid色素上皮症からは脈絡膜新生血管や地図状萎縮が生じることがあり,前者がpachychoroidneovasculopathy,後者がpachychoroidgeographicatrophyである6,7).遺伝子的な背景を比較すると,CFH遺伝子の多型については,AMDを発症しやすい遺伝子型をもっているとpachychoroidになりにくく,pachychoroidになりやすい遺伝子型をもっているとAMDにはなりにくいということがわかってきている8()図3).Pachychoroidとドルーゼンを背景にしたAMDとは,CFH遺伝子という図4CFH遺伝子とCSCの経過との関係表2遺伝子治療の方法と対象疾患治療方法単一遺伝子疾患(Mendel遺伝病)多因子疾患機能喪失型変異機能獲得型変異遺伝子修復○○×機能喪失型変異の導入×○×正常遺伝子の導入○△×治療保護作用の導入○○○観点からみると正反対の疾患群であると考えられる.IIIPachychoroid疾患の個別化医療と考えられる.IV遺伝子治療CSCの多くは大幅な視力低下をきたすことなく自然治癒することが多いが,その後にpachychoroidneovas-culopathyに進行してしまうと視力予後が悪くなる.このCSCからpachychoroidneovasculopathyへの進行が,CFH遺伝子を調べることで予測できるかもしれない.最近の研究では,CSC患者のCFH遺伝子の多型を調べた結果,AMDを発症しにくい遺伝子型をもっているとCSCが自然治癒しやすく,pachychoroidneovasculopa-thyへは進行しにくくなり,AMDを発症しやすい遺伝子型をもっているとCSCが自然治癒しにくく,pachy-choroidneovasculopathyに進行しやすくなるということがわかってきた9()図4).CSCに対しては初診時にCFH遺伝子を調べて,自然治癒しやすい遺伝子型をもっている患者に対しては,まずは経過観察をして,自然治癒しにくい遺伝子型をもっている患者に対しては早めに治療を検討するほうがよいのかもしれない.また,自然治癒しにくい遺伝子型をもっている患者に対しては,早期に治療を行うことでpachychoroidneovasculopa-thyへの進行予防まではできなくても,pachychoroidneovasculopathy発症後の重症度を軽減できる可能性はあるため,今後,前向き研究で確認していく必要がある最近ではAMDに対する遺伝子治療も注目されはじめている.遺伝子治療という言葉をみると,変異が生じている遺伝子を修復することによって治療をめざす場合だけを遺伝子治療とよぶと考えそうになるが,実際には変異遺伝子はそのままにしておいて,新たな遺伝子を導入することで治療効果をめざすものが多い(表2).また,遺伝子の変異によって異常な機能をもつ蛋白が生じることが疾患の原因となっている場合には,さらに変異を生じさせてその蛋白の機能を喪失させたり,蛋白そのものを喪失させることによって治療効果を狙うこともある.AMDは多因子疾患であるため,遺伝子を修復することで治療をめざすような疾患ではない.多くのAMD患者には抗VEGF療法は有効であるが,その一部では黄斑部の滲出性変化が消退した状態(drymacula)を維持するために抗VEGF薬の頻回投与が必要となることが問題となっているため,網膜色素上皮細胞に遺伝子を導入して,抗血管新生作用を産生させ続けようという遺伝子治療が試みられている(表3).遺伝子の導入方法としてはウイルスが細胞に感染する機序を利用するものが多く,ウイルスベクターとしてはアデノ随伴ウイルス(adeno-associatedvirus:AAV)やレンチウイルスが表3AMDに対する遺伝子治療薬剤名ベクター導入物投与経路RGX-314AAV8antiVEGFfabPPV+subretinalinjectionADVM-022AAV2.7m8a?iberceptIntravitrealinjectionADVM-032AAV2.7m8ranibizumabIntravitrealinjectionAAV2-sFLT01AAV2sFlt11.Intravitrealinjection2.PPV+subretinalinjectionrAAV.sFLT-1rAAVsFlt1PPV+subretinalinjectionRetinostatLentivirusEndostatin/angiostatinPPV+subretinalinjectiona?iberceptsolubleVEGFR1(sFlt1)VEGFR1VEGFR2(Flt1)(Flk1,KDR)図5VEGFと結合する薬剤と受容体広く用いられている.エンドスタチンやアンジオスタチンには血管新生抑制作用があるため,レンチウイルスを使ってこれらが15人のAMD患者に網膜下投与されたことがある.しかし,視力や網膜厚に対しては有意な治療効果は確認できなかった10).また,VEGFの受容体には細胞膜から遊離して存在するsFlt1とよばれるものがあり,sFlt1がVEGFと結合すると,細胞表面にあるVEGF受容体への結合を阻害することになる(図5).そこでアデノウイルスをベクターとして使って,sFlt1を導入しようという治療も試みられた11,12).投与経路としては硝子体注射または硝子体手術(parsplanavitrectomy:PPV)時の網膜下投与が採用されたが,いずれも臨床的に有効であることが証明できそうな結果は得られていない.ただし,上述の試験の結果によって遺伝子治療の安全性は確認されており,導入効率の改善などによって,AMDに対する遺伝子治療は実現できるのではないかと考えられるようになった.最近ではラニビズマブのような抗VEGF抗体の抗原接着部位(Fab)だけを導入したり,アフリベルセプトと同様の構造をもつ蛋白を導入したりすることで,AMDを治療しようとする研究が進んでいるADVM-022は2018年から2年間のphase1studyが始まっており,RGX-314については2019年3月から5年間の長期経過を前向きに観察する研究が始まっている.おわりにAMDに対する抗VEGF療法が一般的になってきたことで,問題点も明らかになってきた.遺伝子情報を活用した個別化医療や遺伝子治療によって,AMD患者の視力予後がさらに改善していくことが期待される.文献1)TamuraH,TsujikawaA,YamashiroKetal:AssociationofARMS2genotypewithbilateralinvolvementofexuda-tiveage-relatedmaculardegeneration.AmJOphthalmol154:542-548,20122)YamashiroK,MoriK,HondaSetal:Aprospectivemul-ticenterstudyongenomewideassociationstoranibizum-abtreatmentoutcomeforage-relatedmaculardegenera-tion.SciRep7:9196,20173)AkiyamaM,TakahashiA,MomozawaYetal:Genome-wideassociationstudysuggestsfourvariantsin?uencingoutcomeswithranibizumabtherapyinexudativeage-relatedmaculardegeneration.JHumGenet63:1083-1091,20184)ImamuraY,FujiwaraT,MargolisRetal:Enhanceddepthimagingopticalcoherencetomographyofthecho-roidincentralserouschorioretinopathy.Retina29:1469-1473,20095)WarrowDJ,HoangQV,FreundKB:Pachychoroidpig-mentepitheliopathy.Retina33:1659-1672,20136)PangCE,FreundKB:Pachychoroidneovasculopathy.Retina35:1-9,20157)TakahashiA,OotoS,YamashiroKetal:Pachychoroidgeographicatrophy:clinicalandgeneticcharacteristics.OphthalmolRetina2:295-305,20188)HosodaY,YoshikawaM,MiyakeMetal:CFHandVIPR2assusceptibilitylociinchoroidalthicknessandpachychoroiddiseasecentralserouschorioretinopathy.ProcNatlAcadSciUSA115:6261-6266,20189)HosodaY,YamashiroK,MiyakeMetal:Predictivegenesfortheprognosisofcentralserouschorioretinopa-thy.OphthalmolRetina3:985-992,201910)CampochiaroPA,LauerAK,SohnEHetal:Lentiviralvectorgenetransferofendostatin/angiostatinformaculardegeneration(GEM)study.HumGeneTher28:99-111,201711)HeierJS,KheraniS,DesaiSetal:IntravitreousinjectionofAAV2-sFLT01inpatientswithadvancedneovascularage-relatedmaculardegeneration:aphase1,open-labeltrial.Lancet390:50-61,201712)RakoczyEP,MagnoAL,LaiCMetal:Three-yearfol-low-upofphase1and2arAAV.sFLT-1subretinalgenetherapytrialsforexudativeage-relatedmaculardegener-ation.AmJOphthalmol204:113-123,2019

抗VEGF製剤以外の薬剤開発

2020年3月31日 火曜日

抗VEGF製剤以外の薬剤開発NewNon-AntiVEGFDrugsforNeovascularAge-RelatedMacularDegeneration野崎実穂*はじめに滲出型加齢黄斑変性(age-relatedmaculardegenera-tion:AMD)に対する薬物治療として,抗血管内皮増殖因子(vascularendothelialgrowthfactor:VEGF)薬は,視力を改善できる治療として確固たる地位をすでに築いている.しかし,複数回の注射が必要な点,医療経済面,non-responderの存在,といった問題があり,新たな薬物開発が現在も進んでいる.本稿では現在I/II相臨床試験中のVEGFをターゲットとしない新規開発中の薬物について触れるが,plateletderivedgrowthfactor(PDGF)阻害薬(Fovista)が第III相臨床試験まで進みながら,最後の段階で主要目標に達しなかったために実用化に至らなかったことが記憶に新しいように,有望視されながら消えていった薬剤も多い.本稿ではClinicalTrials.gov(https://clinicaltrials.cov/)を参考に,論文化されていない薬剤も多くとりあげた.ClinicalTri-als.govIdenti?er(番号)を記載したので,参照していただければ幸いである.Iチロシンキナーゼ阻害薬細胞膜にある受容体のチロシンキナーゼが活性化し,細胞内にシグナルが伝達するのを防ぐチロシンキナーゼ阻害薬は,VEGFのみならずPDGFも阻害できる.厳密には抗VEGF作用があるので,本稿のテーマである“抗VEGF薬製剤以外の薬剤”には入らないが,PDGF阻害作用ももつことから,本稿に含めた.臨床では,抗VEGF薬に反応を示さないAMD症例が存在することが明らかとなっており,血管周皮細胞(pericyte)が原因のひとつではないかと考えられている.PDGF受容体は周皮細胞に存在し,PDGF-PDGF受容体は周皮細胞の維持を担っており,PDGF阻害により周皮細胞を脱落させると,抗VEGF薬の内皮細胞への浸透性の改善が期待でき,さらに網膜下の線維化抑制もできると考えられている1).スニチニブリンゴ酸塩(sunitinibmalate)はチロシンキナーゼ阻害薬で,経口薬スーテント(ファイザー)は,イマチニブ抵抗性の消化管間質腫瘍,根治切除不能または転移性の腎細胞癌,膵神経内分泌腫瘍に対して,わが国でも認可されている.米国では,GraybugVision社がsunitinibmalate(GB-102)を用いて,AMDを対象とした第II相臨床試験を行っている.GB-102はsuni-tinibmalateをデポ剤化した持効性薬剤になっており,AMD患者に単回硝子体投与を行ったADAGIOstudyでは,88%が1回のGP-102の投与で3カ月間視力を維持,68%が半年間視力を維持していた2).現在は,AMDを対象とした第II相臨床試験(ALTISSIMOStudy)を2019年秋から開始している.GB-102は6カ月ごとに硝子体内投与,対照はアフリベルセプトを2カ月ごとに硝子体注射というプロトコールになっている(NCT03953079).本試験は2021年3月に終了予定である.その他,DE-120(硝子体注射)(NCT02401945),X-82(内服)(NCT02348359)もチロシンキナーゼ阻害薬◆MihoNozaki:名古屋市立大学大学院医学研究科視覚科学〔別刷請求先〕野崎実穂:〒467-8601名古屋市瑞穂区瑞穂町川澄1名古屋市立大学大学院医学研究科視覚科学(0910-1810/20/\100/頁/JCOPY(19)267でAMDに対する第II相臨床試験が終了している.X-82内服の24週の経過をみた第I相臨床試験では,35例中10例がおもに副作用のため脱落した.おもな副作用は下痢(6例),悪心(5例),全身倦怠感(5例),GOT,GPTといった肝臓のトランスアミナーゼ上昇(4例)で,X-82の内服中止で改善していた3).15例(60%)で追加の抗VEGF阻害薬注射を必要としなかった3).また,X-82の最新の第II相臨床試験(APEXstudy)では,X-82内服群で下痢,悪心・嘔吐,全身倦怠感といった副作用がみられており,全例が52週の試験終了を待たずに,中間解析で主要評価項目の解析に至ったという理由で中止されている.52週まで追えたX-82200mg内服+抗VEGF薬prorenata(PRN)投与群(17例)では,1.7±5.58文字の改善,対照のプラセボ内服+抗VEGF薬PRN投与群(22例)では,-0.3±10.63文字の改善という結果であった1).X-82は現在中国でも第II相臨床試験が行われている(NCT03710863).チロシンキナーゼ阻害薬は点眼製剤としても各社が開発していたが,GlaxoSmithKline社の開発していたPazopanibは,ラニビズマブを上回る有効性が認められず4),Bayer社が開発していたRegorafenibも同じ理由で第II相臨床試験後,これ以上の臨床試験が行われないことに決まった5).PanOptcia社のチロシンキナーゼ阻害点眼薬PAN-90806は,米国で第I相臨床試験,第II相臨床試験が終了しているが結果はまだ公表されていない(NCT03479372).また,臨床試験前の段階であるが,硝子体に留置する徐放システムDurasert(EyePoint社)を用いたチロシンキナーゼ阻害薬を製剤化する動きがあり,AMDに対する臨床試験が計画されているようである.Durasertを使用したテクノロジーは,Iluvienというフルオロシノロンアセトニドを徐放する薬剤として海外ではすでに承認されている.OTX-TKI(OcularTherapeutics社)も徐放性のチロシンキナーゼ阻害薬で,第I相臨床試験がオーストラリアで行われている(NCT03630315).II組織因子阻害薬組織因子(tissuefactor)は,膜貫通型の糖蛋白質からなる凝固第VII因子に対する受容体で,AMDや癌で発現が上昇しており,血管新生に関与すると考えられていることから,AMDの治療標的として研究されてきた.IconicTherapeutics社が開発した組織因子阻害薬hI-con1は,組織因子に高い親和性を示す活性化した凝固第VII因子(VIIa)をFabとしヒトIgG1のFc部分を有し,脈絡膜新生血管に存在する過剰な組織因子に結合しその作用を阻害する.5回のhI-con1毎月硝子体内投与後にPRN投与する群と,5回のhI-con1とラニビズマブの毎月硝子体内投与後にPRN投与する群を比較した第II相臨床試験(EMERGEstudy)(NCT02358889)が終わっているが,結果はまだ公表されていない.hI-con1は,現在はICON-1という名称に変わっており,AMD患者における単回硝子体投与の全身および局所の安全性を確認した第I相臨床試験では,1回のICON-1の硝子体投与後2週の時点で,平均8文字の改善がみられている6).現在はラニビズマブではなく,アフリベルセプトと同時投与あるいはアフリベルセプト投与後ICON-1単独投与群を比較する別の第II相臨床試験(DECOstudy)が行われている(NCT03452527).IIIAngiopoietin?Tie2経路Angiopoietinアンギオポエチン/Tie2経路は,血管内皮細胞に存在し,血管のリモデリング,成熟,構造の安定化などに関与している.Vascularendothelial-proteintyrosinephosphatase(VE-PTP)は血管内皮細胞に特異的に発現しており,Tie2の活性を負に制御しているが,虚血状態ではVE-PTPの発現が亢進しており,VE-PTPを阻害すると,Ti2が活性化し,新生血管が抑制されていた7).ARP-1536(Aerpio社)はVE-PTPの細胞外ドメインに対するモノクローナル抗体で,AMDに対する硝子体投与薬として抗VEGF薬と併用する臨床試験が予定されている.IVCCR3CCR3は,おもに好酸球のケモカイン受容体として知られ,元々アレルギー疾患に関連した治療ターゲットとして研究されていたが,脈絡膜新生血管にも発現し,268あたらしい眼科Vol.37,No.3,2020(20)CCR3とそのリガンドであるeotaxinが,脈絡膜新生血管の形成に関与していることが明らかとなり8,9),AMDの治療薬としても,開発が進んでいる.ALK4290(Alkahest社)は,CCR3を阻害する内服薬で,ハンガリーで第II相臨床試験が行われた(NCT03558061).2019年3月に米国で開催された第2回RetinaWorldCongressでその結果が発表されており,6週間のALK4290800mg(400mgを1日2回)内服で,治療歴のないAMD29例中83%の症例が視力の維持あるいは改善を,21%でETDRS視力15文字以上の視力改善が得られ,全体では平均7文字の改善がみられていた10).抗VEGF薬に抵抗する難治性AMD症例に対するALK4290内服の有効性をみる第II相臨床試験もハンガリーで平行して行われたが,結果はまだ公表されていない(NCT03558074).V補体系AMDの病態に補体の関与が報告されており11?13),AMDに対する補体系薬剤も開発されている.APL-2(ApellisPharamaceutical社)は,補体C3を阻害するペプチドである.以前はPOT-4という名前でAMDに対して臨床試験が行われたが,半減期の短いPOT-4をポリエチレングリコール(polyethylenegly-col:PEG)化し半減期を長くしたものがAPL-2である.APL-2は第I相臨床試験(ASAPIIstudy)が終了しているが(NCT02461771),結果は公表されておらず,第I/II相臨床試験が現在行われている(NCT03465709).APL-2は,萎縮型AMDに対しては,現在第III相臨床試験(NCT03525600,NCT03525613)まで進んでおり,2022年に試験が終了する予定である.Zimura(avacincaptadpegol)(Optotech社)は補体C5に対するアプタマーで,ラニビズマブと併用する第II相臨床試験(NCT03362190)が終了しているが結果は公表されていない.Zimuraも,萎縮型AMD(NCT02686658),Stargardt病(NCT03364153)に対して第II相臨床試験が行われている14).VIその他インターロイキン(interleukin:IL)-1bとIL18の発現を抑制するAS10115)は1%溶液(内服)のAMDに対する第I/II相臨床試験がイスラエルで行われている(NCT03216538).AS101は,網膜色素上皮におけるIL-1bを介した炎症性サイトカイン(IL-6,IL-8やVEGF)の発現を抑制しており16),AMDの病的な慢性炎症に対して効果があるのではないかと考えられている.一方,AMDに対する抗VEGF薬治療の問題点として,subretinalhyperre?ectivematerial(SHRM)による視力障害がある.VEGFを阻害することにより,新生血管抑制や血管透過性更新の抑制は可能であるが,線維化はコントロールできない.エンドグリンは,血管内皮細胞や活性化した単球,組織マクロファージに存在し,transforminggrowthfactor(TGF)-bと結合し,血管新生や線維化に関与しており,マウスを用いた実験ではエンドグリンに対する抗体治療は,VEGF阻害単独よりも網膜下の線維化を抑制していた17).DE-122(carotuximab)(参天製薬)はエンドグリンに対する抗体で,現在,ラニビズマブと併用した第II相臨床試験(NCT03211234)が米国で進んでいる.RetinoStat(OxfordBiomedica社)はエンドスタチンとアンギオスタチンを産生するレンチウィルスベクターで網膜下に注入する薬剤である.進行したAMD21例がエントリーした第I相臨床試験(NCT01301443)では,1例が黄斑円孔を発症したが,それ以外には網膜下注入手技による合併症はみられなかった.眼内炎症といった副作用はなく,眼内のエンドスタチン,アンギオスタチン発現が最低48週間確認されている18).現在,その後の経過を追う第I相臨床試験が行われている(NCT01678872).おわりに滲出型AMDの治療ターゲットは脈絡膜新生血管であり,新規の薬剤の効果を確かめるために,動物実験ではBruch膜をレーザーで傷害し脈絡膜新生血管を誘発するモデルが一般的によく用いられている.しかし,実際の(21)あたらしい眼科Vol.37,No.3,2020269AMDの病態は,加齢,慢性炎症といったさまざまな因子が絡み合っており,動物実験の結果がそのままAMD患者に有効とは限らない場合も多い.また,現在の抗VEGF薬の治療効果もかなり高いため,抗VEGF薬を上回る効果を示すには,臨床試験デザイン,患者の選択なども十分考慮する必要があると思われる.本稿で述べた薬剤のうち,実際にわれわれが日常臨床で使用することができるものが将来登場するかどうかはわからないが,点眼,内服,徐放システムといった新たな投与経路の薬剤も開発されており,今後,本稿で述べたVEGF阻害以外の作用をもつ新規薬剤が有効性を発揮する可能性は大いにあり,福音となることを願う.文献1)Al-KhersanH,HussainRM,CiullaTAetal:Innovativetherapiesforneovascularage-relatedmaculardegenera-tion.ExpertOpinPharmacother20:1879-1891,20192)DugelPU;ClinicalTrialDownload:Discussingnewsafe-tydataonGB-102.Earlyresultsforapotential6-monthwetAMDtreatment.RetinalPhysician16:16,20193)JacksonTL,BoyerD,BrownDMetal:Oraltyrosinekinaseinhibitorforneovascularage-relatedmaculardegeneration:Aphase1dose-escalationstudy.JAMAOphthalmol135:761-767,20174)CsakyKG,DugelPU,PierceAJetal:Clinicalevaluationofpazopanibeyedropsversusranibizumabintravitrealinjectionsinsubjectswithneovascularage-relatedmacu-lardegeneration.Ophthalmology122:579-588,20155)JoussenAM,WolfS,KaiserPKeta:Thedevelopingregorafenibeyedropsforneovascularage-relatedmacu-lardegeneration(DREAM)study:anopen-labelphaseIItrial.BrJClinPharmacol85:347-355,20196)WellsJA,GonzalesCR,BergerBBetal:Aphase1,open-label,dose-escalationtrialtoinvestigatesafetyandtolerabilityofsingleintravitreousinjectionsofICON-1targetingtissuefactorinwetAMD.OphthalmicSurgLasersImagingRetina49:336-345,20187)ShenJ,FryeM,LeeBLetal:TargetingVE-PTPacti-vatesTIE2andstabilizestheocularvasculature.JClinInvest124:4564-4576,20148)TakedaA,Ba?JZ,KleinmanMEetal:Ccr3isatargetforage-relatedmaculardegenerationdiagnosisandthera-py.Nature460:225-230,20099)MizutaniT,AshikariM,TokoroMetal:Suppressionoflaser-inducedchoroidalneovascularizationbyaccr3antagonist.InvestOphthalmolVisSci54:1564-1572,201310)http://brief.euretina.org/marketnovel-tech/alkahests-oral-small-molecule-drug-aims-to-report-on-a-phase-iia-study-for-age-related-macular-degeneration11)MullinsRF,RussellSR,AndersonDHetal:Drusenasso-ciatedwithagingandage-relatedmaculardegenerationcontainproteinscommontoextracellulardepositsassoci-atedwithatherosclerosis,elastosis,amyloidosis,anddensedepositdisease.FASEBJ14:835-846,200012)KleinRJ,ZeissC,ChewEYetal:ComplementfactorHpolymorphisminage-relatedmaculardegeneration.Sci-ence308:385-389,200513)NozakiM,RaislerBJ,SakuraiEetal:Drusencomple-mentcomponentsC3aandC5apromotechoroidalneovas-cularization.ProcNatlAcadSciUSA103:2328-2333,200614)KassaE,CiullaTA,HussainRMetal:Complementinhi-bitionasatherapeuticstrategyinretinaldisorders.ExpertOpinBiolTher19:335-342,201915)BrodskyM,YosefS,GalitRetal:Thesynthetictelluri-umcompound,AS101,isanovelinhibitorofIL-1betaconvertingenzyme.JInterferonCytokineRes27:453-462,200716)LingD,LiuB,JawadSetal:Thetelluriumredoximmu-nomodulatingcompoundAS101inhibitsIL-1b-activatedin?ammationinthehumanretinalpigmentepithelium.BrJOphthalmol97:934-938,201317)ShenW,LeeSR,YamMetal:AcombinationtherapytargetingendoglinandVEGF-Apreventssubretinal?bro-neovascularizationcausedbyinducedM?llercelldisruption.InvestOphthalmolVisSci59:6075-6088,201818)CampochiaroPA,LauerAK,SohnEHetal:Lentiviralvectorgenetransferofendostatin/angiostatinformaculardegeneration(GEM)study.HumGeneTher28:99-111,2017270あたらしい眼科Vol.37,No.3,2020(22)

次世代の抗VEGF製剤

2020年3月31日 火曜日

次世代の抗VEGF製剤NewGenerationofAnti-VEGFAgents野田航介*はじめに近年の眼科領域におけるトランスレーショナルリサーチの代表的な成功例は,抗血管内皮増殖因子(vascularendothelialgrowthfactor:VEGF)製剤の眼内血管新生性疾患に対する臨床応用であろう.とくに,直接光凝固,脈絡膜新生血管抜去,黄斑移動術などの外科的なアプローチではその克服が困難であった滲出型加齢黄斑変性(wetage-relatedmaculardegeneration:wetAMD)の治療に本剤は欠かせない薬剤となり,有効な治療手段をもたず経過観察を余儀なくされた時代を思うと隔世の感がある.しかし,抗VEGF製剤を実臨床で使用する経験が増えるにつれて,その限界やリスクなども明らかとなってきている.たとえば,抗VEGF製剤を用いたwetAMD治療の長期経過の検討では,約1/3の患者は視力が保てなかったこと,そしてほぼ100%の患者で黄斑部萎縮が生じたことなどが報告されている1).抗VEGF療法を施行したwetAMD患者における黄斑部萎縮に関してはわが国からも同様の報告が複数あり2,3),同変化はwetAMD自体の経過とする考えもあるなかで,抗VEGF製剤の長期投与が加齢とともに眼組織に与える影響は未だ明らかではない.また,抗VEGF療法を行っても再発を繰り返す患者は多く,近年では完全な滲出性変化の阻止を見込めない患者ではどこまで治療を継続するべきなのか,どのような状況で治療休止をするべきなのか,という議論も行われるようになった.これらのことはwetAMD治療に終止符を打つかにみえた現行の抗VEGF製剤でさえも,すべてを解決できないことを示しており,新しい“gamechanger”となる次世代の抗VEGF製剤開発に拍車がかかったのは必然といえる.開発中にある次世代製剤を俯瞰すると,1)薬剤効果の強化,2)VEGF-A以外の病態責任分子に対する同時阻害,3)眼内滞留時間の延長,などをコンセプトとした取り組みがなされている.本稿では,現在開発が進んでいる次世代の抗VEGF製剤について紹介する.I既存の抗VEGF製剤新規製剤に触れる前に,既存の抗VEGF製剤について概説する.VEGF発見から15年後の2004年,VEGFに対する抗体製剤ベバシズマブが転移性大腸癌に対して米国食品医薬品局(FoodandDrugAdministration:FDA)から認可された.その後,異なる創薬デザインに基づいた抗VEGF製剤が複数開発され,眼科臨床に導入されている.2020年1月現在,わが国において眼科領域でおもに使用されている抗VEGF製剤はラニビズマブとアフリベルセプトである.1.ラニビズマブラニビズマブ(ルセンテス)はVEGFに対するヒトVEGFに対するマウスモノクローナル抗体(A.4.6.1)のFabフラグメント(可変領域)を基本構造として作製さ◆KosukeNoda:北海道大学大学院医学研究院眼科学教室〔別刷請求先〕野田航介:〒060-8638札幌市北区北15条西7丁目北海道大学大学院医学研究院眼科学教室(0910-1810/20/\100/頁/JCOPY(13)261れた蛋白製剤であり,VEGF-Aの全アイソフォームを阻害するように設計されている4).分子量の小さいFabフラグメントとして設計することによって,網膜への浸透性向上や全身循環からの速やかな除去などの利点がある.2.アフリベルセプトアフリベルセプト(アイリーア)は,VEGF受容体-1(VEGFR-1)とVEGF受容体-2(VEGFR-2)におけるVEGF結合部位の細胞外ドメインの一部をヒト免疫グロブリンのFc部分と融合させた組換蛋白である5).VEGFR-1はVEGF-A以外にVEGF-Bや胎盤成長因子(placentalgrowthfactor:PlGF)とも結合能があるため,アフリベルセプトはそれらに対する阻害効果をも有していることになる.近年,wetAMD患者に対するこれら抗VEGF製剤の投与回数を,その治療効果を保ちながらいかに減らすかが実臨床における課題となっている.その工夫としてprorenataregimenあるいはtreatandextendregi-menとよばれる投与計画,既存治療との併用療法などの診療努力が行われる一方で,以下に述べるような治療効果をより見込める次世代製剤の開発が行われている.II薬剤効果の強化をコンセプトとした製剤開発1.BrolucizumabBrolucizumab(Beovu)は分子量26kDaのVEGF-Aをターゲットとしたヒト化抗体フラグメントである6).VEGF-Aをターゲットとしている点は既存の抗VEGF製剤と同様だが,分子量はラニビズマブの48kDa,アフリベルセプトの115kDaと比較してさらに小さく設計されている.そのため,アフリベルセプトの10倍以上の薬物量(モル濃度)を眼内に投与することが可能となっている.wetAMDに対するbrolucizumabの治療効果は,HAWK試験とHARRIER試験とよばれる大規模第III相臨床試験で検証された7).二つの試験では,1817例の患者がbrolucizumab3mg投与群,broluci-zumab6mg投与群,アフリベルセプト2mg投与群の3群に分けられ,導入期の12週には4週ごとの硝子体投与が行われた.アフリベルセプト2mg投与群は8週ごとの硝子体投与,brolucizumab投与群では盲検医師の病状評価に基づいて8週ごとあるいは12週ごとの投与が行われた.その結果,投与開始から48週時点におけるbrolucizumab投与群の最高矯正視力については,アフリベルセプト投与群と比較して統計学的有意差はなく,アフリベルセプトに対する同製剤の非劣性が証明された(図1).それに加えて,中心窩網膜厚と滲出性変化についてはbrolucizumab6mg投与群はアフリベルセプト投与群と比較して優越性を示した.投与開始から48週時点における中心窩網膜厚の減少は,brolucizum-ab6mg投与群(HAWK試験172.8?m,HARRIER試験193.8?m)はアフリベルセプト投与群(HAWK試験143.7?m,HARRIER試験143.9?m)よりも大きかった.また,投与開始から48週時点における滲出性変化は,HAWK試験ではアフリベルセプト投与群21.6%とbrolucizumab6mg投与群13.5%で,HARRIER試験ではbrolucizumab6mg投与群12.9%,アフリベルセプト投与群22.0%で存在し,両試験ともにbrolucizumab6mg投与群で統計学的有意に少なかった.さらに,この二つの大規模臨床試験では48週時点でbrolucizumab6mg投与群の55.6%(HAWK試験)と51.0%(HARRI-ER試験)のwetAMD患者が12週ごとの投与を維持できており,brolucizumabは投与回数軽減の可能性も期待される薬剤である.2.AbiciparpegolAbiciparpegolは,designedankyrinrepeatproteins(DARPins)とよばれる新規の抗VEGF製剤である.現行の抗VEGF製剤が抗体製剤あるいは抗体フラグメントであるのに対して,DARPinsは近年のバイオエンジニアリングの発達によって開発された高い特異性と親和性を有した蛋白製剤である.一般にDARPinsは抗体製剤よりも分子量が小さくなるため組織浸透性が高く,また安定性も高いため薬理効果が持続する製剤となる.REACH試験とよばれるwetAMDに対するabiciparpegolとラニビズマブの治療効果を検討した第II相臨床試験ではabiciparpegol1mg投与群(投与回数3回),abiciparpegol2mg投与群(投与回数3回),ラニビズaHAWK試験10987654321004812162024283236404448経過観察期間(週)bHARRIER試験10987654321004812162024283236404448経過観察期間(週)図1Brolucizumabを用いたwetAMD患者に対する第III相臨床試験(HAWK試験とHARRIER試験)における視力変化量投与開始から48週時点におけるbrolucizumab投与群の最高矯正視力は,アフリベルセプト投与群のそれと比較して同等であった.(文献7より改変引用)マブ投与群(投与回数5回)の3群が比較された8).投与開始後16週時点での最高矯正視力変化量はabiciparpegol1mg投与群では6.2文字改善,abiciparpegol2mg投与群では8.3文字改善であったのに対して,ラニビズマブ投与群では5.6文字の改善にとどまった(図2).さらに,各群における中心窩網膜厚の減少は,投与開始から16週時点でabiciparpegol1mg投与群134?m,abiciparpegol2mg投与群113?m,ラニビズマブ投与群131?m,20週時点でabiciparpegol1mg投与群116?m,abiciparpegol2mg投与群103?m,ラニビズマブ投与群138?mと全群で差がなかった.しかし,同論文ではラニビズマブ投与群では生じなかった眼炎症所見がabiciparpegol投与群の10.4%で生じたとも報告されている.硝子体内投与の重篤な合併症が眼内炎であることを考えると,投与後の状態判断に影響を与える合併症であり,原因の解明が待たれる.プレスリリースではすでにSEQUOIA試験とCEDAR試験とよばれる第III相試験の結果も公開されており9),本製剤も投与回数軽減の可能性が期待される薬剤である.IIIVEGF?A以外の病態責任分子に対する同時阻害をコンセプトとした製剤開発1.FaricimabFaricimabはVEGF-Aとangiopoietin-2に対するバイスペシフィック抗体製剤である(図3)10).AVENUE試験とSTAIRWAY試験とよばれる本製剤を用いたwetAMDに対する二つの第II相試験が行われた.AVENUE試験ではfaricimab1.5mg投与群(4週ごと),faricimab6mg投与群(4週ごとと8週ごと),ラニビズマブ0.5mg投与群(4週ごと),faricimab6mg/ラニビ12Anti-Ang-2FabAnti-VEGF-AFab8400148121620Abicipar()あるいはranibizumab()投与経過観察期間(週)図2Abiciparpegolを用いたwetAMD患者に対する第II相臨床試験(REACH試験)における視力変化量投与開始後16週時点での最高矯正視力変化量は,ラニビズマブ投与群()では5.6文字の改善にとどまったのに対してabici-parpegol1mg投与群では6.2文字改善(),abiciparpegol2mg投与群()では8.3文字改善であった.(文献8より改変引用)ズマブ0.5mg同時投与群の計5群において,投与開始から36週時点での最高矯正視力の平均変化量が比較された11).その結果,faricimab1.5mg投与群(4週ごと)においてもっとも良好な9.1文字の改善という結果が得られた.また,中心窩網膜厚の減少はfaricimab6mg/ラニビズマブ0.5mg同時投与群で185?mという最大の減少効果が得られた.もう一つの第II相試験であるSTAIRWAY試験では,wetAMDに対してfaricimab6mg投与群(12週ごとと16週ごと),ラニビズマブ0.5mg投与群(4週ごと)の治療効果が比較された12).Faricimab6mg投与群では計4回の4週ごと投与が行われ,その後に維持期として12週あるいは16週ごとの間隔で投与が行われた(ラニビズマブ0.5mg投与群は4週ごと).投与開始から52週時点で,faricimab6mg投与群(12週ごと)は10.1文字,faricimab6mg投与群(16週ごと)は11.4文字,ラニビズマブ0.5mg投与群(4週ごと)は9.59文字の視力改善効果があり,faricimabは少ない治療回数で良好な治療効果を示した.このように,本製剤も投与回数軽減の可能性が期待される薬剤である.その第III図3バイスペシフィック抗体製剤faricimabの創薬コンセプト一つの製剤でVEGF-Aとangiopoietin-2という二つのサイトカインを阻害できるデザインとなっている.(文献10より改変引用)相試験はTENAYA試験とLUCERNE試験とよばれ,わが国も含めて治験が現在行われている.IV抗VEGF製剤の眼内滞留時間延長をコンセプトとした製剤開発眼科診療における抗VEGF製剤の使用数は近年増加の一途をたどり,患者と施療者双方の負担として重くのしかかっている現状がある.また,投与回数の増加は感染性眼内炎とよばれる硝子体注射の忌むべき合併症リスクの増加につながるという側面もある.近年報告されたメタ解析においてもその発症率は約1/3,000とされるが13),その予後は失明や重篤な視機能低下などきわめて不良のため,可能な限り発症予防に努める必要がある.そのため,近年ではVEGF阻害薬の投与回数を減らすための取り組みもなされている.1.PortDeliverySystemこのPortDeliverySystem(PDS)とよばれるドラッグデリバリーシステムでは,生体では分解されない素材を使用したポートとよばれる薬剤のリザーバーを強膜にaSiliconecoatingExtrascleral?angeSeptumBodyReleasecontrolelementb1.00.90.80.70.60.50.40.30.20.10.0036912151821経過観察期間(月)図4PortDeliverySystem(PDS)のデザイン(a)とPDSを用いたwetAMD患者に対する第II相臨床試験(LADDER試験)における再注入時期の検討(b)ラニビズマブ100mg/ml注入群では約80%の患者が6カ月以上再注入を行うことなく,視力維持が可能であったことがわかる.(文献14より改変引用)留置し,同部に薬剤を反復して再注入できるという方式を採用している(図4a).第II相試験であるLADDER試験では179例のwetAMD患者に対してPDS留置が行われ,異なる量のラニビズマブ(各10,40,100mg/ml)が注入された結果,ラニビズマブ100mg/ml注入群では約80%の患者が61カ月以上再注入を行うことなく,視力維持が可能であった(図4b)14).また,ラニビズマブ10mg/ml注入群および40mg/ml注入群ではそれぞれ63.5%,71.3%の患者が同様の結果であった.現在,第III相試験であるArchway試験が進行中である.おわりに次世代の抗VEGF製剤に関して記述した.紙面の都合もあるため紹介した薬剤は一部にすぎないが,今後それらの製剤が上市された際には,われわれ眼科医は今よりもさらに力価の強い抗VEGF製剤あるいは他製剤による治療オプションを手にすることになる.しかしその一方で,その眼局所・全身への副作用についても十分に留意しながら投与する最適な製剤を選択することが求められるだろう.そのためには,これから雨後の筍のように増えると予測される各製剤の特徴や創薬デザインについてより積極的な情報収集を行っていく必要が生じる.近年は治験の結果がまずプレスリリースや各種学会・closedmeetingのlatebreakingsessionで公開されるため,論文・雑誌よりも学会,学会よりもウェブサイトで最新の情報を手にする時代である.本稿でもできる限り新しい情報を収集するよう努力したつもりだが,完全には網羅できていない.本稿に掲載されていない情報に関しては,ぜひ米国国立公衆衛生研究所(NationalInstitutesofHealth:NIH)とFDAが共同で提供しているデータベースClinicalTrials.gov(https://clinicaltri-als.gov)や各企業のウェブサイトなどの情報を参照していただきたい.文献1)RofaghaS,BhisitkulRB,BoyerDSetal:Seven-yearout-comesinranibizumab-treatedpatientsinANCHOR,MARINA,andHORIZON:amulticentercohortstudy(SEVEN-UP).Ophthalmology120:2292-2299,20132)HataM,OishiA,YamashiroKetal:Incidenceandcausesofvisionlossduringa?ibelcepttreatmentforneo-vascularage-relatedmaculardegeneration:one-yearfol-low-up.Retina37:1320-1328,20173)KurodaY,YamashiroK,TsujikawaAetal:Retinalpig-mentepithelialatrophyinneovascularage-relatedmacu-lardegenerationafterranibizumabtreatment.AmJOph-thalmol161:94-103e101,20164)FerraraN,DamicoL,ShamsNetal:Developmentofranibizumab,ananti-vascularendothelialgrowthfactorantigenbindingfragment,astherapyforneovascularage-relatedmaculardegeneration.Retina26:859-870,20065)HolashJ,DavisS,PapadopoulosNetal:VEGF-Trap:aVEGFblockerwithpotentantitumore?ects.ProcNatlAcadSciUSA99:11393-11398,20026)DugelPU,Ja?eGJ,SallstigPetal:Brolucizumabversusa?ibelceptinparticipantswithneovascularage-relatedmaculardegeneration:arandomizedtrial.Ophthalmology124:1296-1304,20177)DugelPU,KohA,OguraYetal:HAWKandHARRI-ER:Phase3,multicenter,randomized,double-maskedtri-alsofbrolucizumabforneovascularage-relatedmaculardegeneration.Ophthalmology127:72-84,20208)CallananD,KunimotoD,MaturiRKetal:Double-masked,randomized,phase2evaluationofabiciparpegol(ananti-VEGFDARPintherapeutic)inneovascularage-relatedmaculardegeneration.JOculPharmacolTher2018Nov9.doi:10.1089/jop.2018.0062.[Epubaheadofprint]9)MoisseievE,LoewensteinA:Abiciparpegol-anovelanti-VEGFtherapywithalongdurationofaction.Eye(Lond)2019Sep19.doi:10.1038/s41433-019-0584-y.[Epubaheadofprint]10)SahniJ,PatelSS,DugelPUetal:Simultaneousinhibitionofangiopoietin-2andvascularendothelialgrowthfactor-Awithfaricimabindiabeticmacularedema:BOULE-VARDphase2randomizedtrial.Ophthalmology126:1155-1170,201911)DugelPU:Anti-VEGF/anti-angiopoietin-2bispeci?canti-bodyRG7716inneovascularage-relatedmaculardegen-eration.presentedattheRetinaSocietyAnnualMeeting;2018;SanFrancisco,USA12)KhananiAM:SimultaneousinhibitionofVEGFandAng-2withfaricimabinneovascularAMD:STAIRWAYphase2results.presentedatthe2018AmericanAcade-myofOphthalmology(AAO)AnnualMeeting;2018;Chicago,USA13)KissS,DugelPU,KhananiAMetal:Endophthalmitisratesamongpatientsreceivingintravitrealanti-VEGFinjections:aUSAclaimsanalysis.ClinOphthalmol12:1625-1635,201814)CampochiaroPA,MarcusDM,AwhCCetal:Theportdeliverysystemwithranibizumabforneovascularage-relatedmaculardegeneration:resultsfromtherandom-izedphase2ladderclinicaltrial.Ophthalmology126:1141-1154,2019

脈絡膜形態に着目した治療戦略の再考

2020年3月31日 火曜日

脈絡膜形態に着目した治療戦略の再考TreatmentforAMDFocusingonChoroidalStructure大音壮太郎*はじめに滲出型加齢黄斑変性(neovascularage-relatedmacu-lardegeneration:neovascularAMDもしくはwetAMD)に対する治療法として,抗血管内皮増殖因子(vascularendothelialgrowthfactor:VEGF)薬硝子体注射が第一選択となっている.複数の大規模臨床試験で示されたように,頻回の治療・モニタリングを行った患者では視力の改善が見込めるようになった.しかしながら実臨床において,長期経過で改善された視力を維持することは困難であることも明らかとなった.また,アジア人で多い表現型であるポリープ状脈絡膜血管症(pol-ypoidalchoroidalvasculopathy:PCV)に対しては,抗VEGF併用光線力学療法(photodynamictherapy:PDT)の有効性も示されている.AMDは生涯にわたるマネージメントが必要な疾患であり,長期経過で視力を維持するという観点において,個々の患者に対し,どのように抗VEGF療法やPDTを行うかを再考する時期にきているといえる.本稿では,脈絡膜形態に着目して治療戦略を再考したい.近年,厚い脈絡膜・拡張した脈絡膜血管を特徴とする“pachychoroid”とよばれる新しい概念が広まりつつあり1),このpachychoroid関連疾患の診断と治療について解説する.IPachychoroid関連疾患の概念と歴史Pachychoroidneovasculopathyは,中心性漿液性脈絡網膜症(centralserouschorioretinopathy:CSC)あるいはpachychoroidpigmentepitheliopathy(PPE)に続発して生じた脈絡膜新生血管(choroidalneovascular-ization:CNV)を有する疾患であり,2015年にFreundらによって報告された2).なぜこの概念が重要になるのかは,AMD・PCV・CSCの研究における歴史に密接にかかわっている.これまでの研究では,neovascularAMDの表現型がアジア人と欧米人で大きく異なることが指摘されている.たとえば,欧米人のAMDでは高頻度にみられる軟性ドルーゼンがアジア人のAMDでは必ずしも存在しない.また,欧米人のneovascularAMDではPCVの頻度は高くないが,アジア人のneovascularAMDではPCVが約半数を占める.欧米人ではAMDは女性に多い疾患であるが,日本人では男性に多い.こうした表現型の違いは,民族差だけでは説明が困難であり,疾患概念そのものを見直す必要がある.PCVにおいてCSCの既往をもつ症例があるということは古くから指摘されている.また,PCV・CSCとも脈絡膜が厚いという共通点をもつため,PCVとCSCの関連性について調べられてきた.ところが,従来CSCはCNVを生じないと考えられてきたため,「ドルーゼンがなく,脈絡膜が厚く,CSCの既往をもつCNV症例」は,「CSCから生じたCNV」ではなく,「やや特殊なneovascularAMD・PCV」という位置づけで解析が行われてきた.例としては,AMDやPCVを脈絡膜透過性亢進所見の有無で分類して解析した報告や,脈絡膜厚◆SotaroOoto:京都大学大学院医学研究科眼科学〔別刷請求先〕大音壮太郎:〒606-8507京都市左京区聖護院川原町54京都大学大学院医学研究科眼科学(0910-1810/20/\100/頁/JCOPY(3)251とAMD治療効果との関連を検討した報告などがあげられる3?5).近年,Freundらのグループを中心として,AMD・PCV・CSCの疾患概念を再定義しようとする試みが行われている.彼らは2012年,長期の経過でCSCにもtype1CNVが生じることを報告したほか6),2013年,CSCと同様の特徴をもちながら,既往も含め漿液性網膜?離を認めない症例をpachychoroidpigmentepithe-liopathy(PPE)と命名した7()図1).さらに,2015年にはPPEから生じたと考えられるCNV症例をpachycho-roidneovasculopathyとして報告している2()図2).このような症例がどの程度の頻度で存在するかに関しては言及されていないが,pachychoroidneovasculopathyの報告が3例3眼のケースリポートであったことを考えると,欧米人での頻度は高くないことが推察される.これは,日本人でみられるような典型的なCSCが欧米人で少ないことを考えると自然であろう.筆者らは日本人におけるpachychoroidneovasculopa-thyの頻度を調べ,neovascularAMDとの相違について比較した8).この研究で,pachychoroidneovasculop-athyはneovascularAMDの約1/4程度の頻度で認められ,発症年齢・遺伝的背景が異なることが明らかとなった(詳細についてはIIIに記述する).また,前房水中のVEGF濃度は,pachychoroidneovasculopathyとneo-vascularAMDで優位に異なっていた(pachychoroidneovasculopathyで低値)9).さらにドルーゼンを認めずpachychoroidの特徴を有する地図状萎縮症例をpachy-choroidgeographyatrophy(GA)と定義したところ,従来からのdryAMDの約1/4程度の頻度で認められ,同様に発症年齢や病変サイズ,遺伝的背景が異なることが明らかとなった10).厚い脈絡膜を有するpachycho-roidneovasculopathy・pachychoroidGAはneovascu-larAMD・dryAMDと類似しているため,過去の研究ではAMDとして扱われてきたと思われる.しかしpachychoroidneovasculopathy・pachychoroidGAはneovascularAMD・dryAMDと表現型・遺伝型とも異なり,CNVやGAの発生過程も異なる可能性があるため,区別して考えるべきである.このような症例が低くない頻度でAMDに混ざっていたという事実は重要であり,アジア人におけるAMD表現型の多様性や,欧米人との表現型の違いがこの事実に起因する可能性がある.今後診断基準が確立されていくことで,AMDとpachy-choroidneovasculopathy・pachychoroidGAの線引きがより鮮明になり,理解が深まっていくと思われる.II診断現在のところpachychoroidneovasculopathy・pachy-choroidGAの明確な診断基準は存在しないが,特徴的な所見は複数あげられている.Freundらの報告で示された特徴的所見と筆者らの行った研究での適格基準をあげ,現在提案している最新の診断基準について記載する.1.ドルーゼンPachychoroidneovasculopathy・pachychoroidGAは,neovascularAMD・dryAMDと異なりドルーゼンを介さない機序で発症すると考えられる.ドルーゼンのないneovascularAMDはアジアからの報告では数十パーセントの割合で存在するとされるが,欧米にはほとんど存在しない.こういった症例の大部分は,本来neo-vascularAMDではなくpachychoroidneovasculopathyであった可能性がある.筆者らの報告では,「両眼とも黄斑部にAREDSでのカテゴリー1〔noAMD:ドルーゼンがない,もしくは少量の硬性ドルーゼン(65?m)のみ〕」をpachychoroidneovasculopathy・pachycho-roidGAの適格基準とした.2.脈絡膜厚厚い脈絡膜は,診断に重要な所見の一つである.Freundらのオリジナルの報告でPPEとされた症例の中心窩下脈絡膜厚は231?625?mであった.これをもとに筆者らの研究でのpachychoroidneovasculopathyの適格基準は,「両眼とも200?m以上の中心窩下脈絡膜厚」とした8).ただし,脈絡膜厚は年齢・眼軸長との関連が大きい点や,脈絡膜厚が正規分布してかつ個体差が大きいことを考えると,特定のカットオフ値を設定するのは適当ではない.また,脈絡膜が肥厚していなくても,拡張した脈絡膜血管(pachyvessel)を認める部位に図1Pachychoroidpigmentepitheliopathy症例(79歳,男性)a:眼底写真.ドルーゼンはみられない.色調は全体的にやや血管が不明瞭で,脈絡膜が厚いことを示唆する.b:眼底自発蛍光.軽度の低蛍光がみられ,網膜色素上皮異常が認められる().漿液性網膜?離の既往を示唆する過蛍光所見はない.c:スペクトラルドメイン光干渉断層計(SD-OCT).深部強調法(EDI法)にて脈絡膜を可視化している.脈絡膜が厚く(),脈絡膜中大血管が拡張している(*).d:FA/IA早期相.e:同後期相.複数個所で過蛍光がリング状に拡大しており,脈絡膜血管透過性亢進所見を示す().(文献1より改変転載)図2Pachychoroidneovasculo-pathy症例(42歳,男性)a:眼底写真.出血性網膜色素上皮?離とポリープ状病巣があり,周囲に漿液性網膜?離を認める.b:眼底自発蛍光.病巣部位から離れた個所に,数カ所の網膜色素上皮異常所見がみられる().c:SD-OCT(通常スキャン).網膜色素上皮?離・ポリープ状病巣を認める(*).d:SD-OCT(EDI).脈絡膜が厚く,脈絡膜血管が拡張していることがわかる().e:FA/IA早期相.f:同後期相.ポリープ状病巣を認める().複数個所でリング状に拡大する過蛍光がみられ,脈絡膜透過性亢進所見が存在している().(文献1より改変転載)図3脈絡膜血管透過性亢進所見脈絡膜血管透過性亢進所見の典型例.本症例では,IA早期から脈絡膜透過性亢進所見がみられはじめ,時間とともにリング状に拡大していった.通常は,開始10?15分にかけてリング状に過蛍光拡大がみられることが多い.a:0分47秒.b:2分52秒.c:9分57秒.d:15分56秒.(文献1より改変転載)は色素上皮異常・CNVが起こりうるとされている.筆者らの最新の診断基準では,脈絡膜厚のカットオフ値を設けず,pachychoroidの特徴を有するものとしている10).Pachychoroidの特徴とは,眼底で脈絡膜血管の透見性低下,光干渉断層計(opticalcoherencetomogra-phy:OCT),インドシアニングリーン蛍光造影(indo-cyaninegreenangiography:IA)で脈絡膜血管拡張,IAで脈絡膜血管透過性亢進である.3.脈絡膜血管透過性亢進CSCにおいて特徴的とされる所見であり,CSCの不全型に位置づけられるPPEの特徴の一つでもある.AMDやPCVでも,脈絡膜血管透過性亢進所見と脈絡膜肥厚は関連性が示されている3,4).脈絡膜血管透過性亢進はIA後期においてリング状に過蛍光所見が拡大する所見で,典型的には広範囲に複数箇所認められる(図3).中央にはpunctatehyper?uorescentspotとよばれる点状の過蛍光点を認めることが多い.4.脈絡膜血管拡張Pachyvesselは,OCTではBスキャンで拡張した脈絡膜大血管として認められ,上部の脈絡膜毛細血管は菲薄化している.しかし,主観的な判定となるため,IAのパノラマ像や広角のenfaceOCTなど複数のイメージング画像を用いるのがよい.IAのパノラマ画像では,一つの渦静脈から連続した複数の拡張脈絡膜血管が確認できる.5.筆者らが提案している最新の診断基準10)①片眼もしくは両眼性にCNV(pachychoroidneovas-culopathy)・GA(pachychoroidGA)が存在する.②Pachychoroidの特徴を有する(眼底で脈絡膜血管の透見性低下,OCT,IAで脈絡膜血管拡張,IAで脈絡膜血管透過性亢進).③両眼にドルーゼンがない,またはあっても少量の硬性ドルーゼン(63?m未満).IIIPachychoroidneovasculopathyと加齢黄斑変性筆者らはpachychoroidneovasculopathyとAMDの関係を調べるため,50歳以上でneovascularAMDもしくはpachychoroidneovasculopathyと診断された連続症例で,ゲノムスキャンを施行した200例を対象として,臨床的・遺伝学的特徴について比較検討を行った10).全症例200例のうち,37例(19.5%)がpachychoroidneovasculopathyと診断され(図4~6),161例(80.5%)がneovascularAMDと診断された.Pachychoroidneovasculopathy症例はneovascularAMD症例に比べ,図4中心性漿液性脈絡網膜症(CSC)の既往をもつpachychoroidneovasculopathy症例(50歳,男性)a,d:初診時.漿液性網膜?離を認め,ドルーゼンを認めない.蛍光造影で噴出状の蛍光漏出を認め,脈絡膜新生血管(CNV)を示唆する所見はない.CSCの診断で経過観察となった.e:4カ月後.漿液性網膜?離は残存している.b,f:10カ月後.FA/IAでCNVは明らかでないが,OCTでは網膜色素上皮がやや隆起している.g:2年半後.漿液性網膜?離は自然消失した.h:4年半後.i:6年半後.網膜色素上皮が隆起し,内部に反射を認め,CNVの発生を示唆する().c,j:7年後.FA/IAでCNVを認める().OCTでCNVはより明らかである().全過程において,ドルーゼンはみられない.(文献8より転載)図5僚眼がpachychoroidpigmentepitheliopathy(PPE)のpachychoroidneovasculopathy症例(68歳,男性)a:カラー眼底写真.漿液性網膜?離を認める()が,ドルーゼンはみられない.b:FAにて蛍光漏出を認め,occultCNVが示唆される.c:IAにて脈絡膜血管透過性亢進所見を認める().d:EDI-OCT.漿液性網膜?離,CNVを認める.脈絡膜は厚く,脈絡膜血管は拡張している.は脈絡膜強膜境界面を示す.(文献8より転載)有意に年齢が若く(68.7歳vs75.6歳,p=5.1×10-5),中心窩下脈絡膜厚が大きかった(310?mvs208?m,p=3.4×10-14).IAでの脈絡膜血管透過性亢進所見は53.8%,網膜色素上皮異常は89.7%とpachychoroidneovasculopathyで有意に高率にみられたが,これらの所見は一部のneovascularAMD症例でも認められた.Pachychoroidneovasculopathyにポリープ状病巣は56.4%に認められ,neovascularAMDより多い傾向にあった.AMDの疾患感受性遺伝子として重要なARMS2A69,CFHI62V多型におけるアレル頻度は,pachy-choroidneovasculopathyとneovascularAMDで有意な差が認められた.ARMS2A69S多型のTアレル(リスクアレル)頻度はpachychoroidneovasculopathyで51.3%,neovascularAMDで64.8%であった(p=0.029)CFHI62V多型のAアレル頻度はneovascularAMDで25.5%であり,既報のAMDにおける頻度(27%)11)とほぼ同等であったのに対し,pachchoroidneovascu-lopathyでは41.0%と,既報の正常人における頻度(40.5%)11)とほぼ一致していた(p=0.013).さらに欧米人・アジア人で共通してAMD疾患感受性遺伝子としてあげられている11の遺伝子を用いてgeneticriskscoreを定めたところ,pachychoroidneovasculopathyとneo-vascularAMDの間に有意な差を認めた(p=3.8×10-3).これらの結果は,pachychoroidneovasculopa-thyとneovascularAMDが遺伝学的に異なった疾患群であることを示唆する.このように,pachychoroidneovasculopathyは従来のneovascularAMDの約1/4に認められた.本研究ではAMDとの比較を行うためにpachychoroidneovas-culopathyの対象を50歳以上としたが,40歳代にも少なからず存在するため,平均年齢はneovascularAMDよりさらに若いことが考えられる.CSCの好発年齢が40?50歳であり,ドルーゼンの発症は通常50?60歳以降であることを考えると,pachychoroidneovasculopa-thyの発症年齢がneovascularAMDより若めであるこ図6Pachychoroidpigmentepitheliopathy症例(図5の症例の僚眼)a:カラー眼底写真.ドルーゼンを認めない.b:眼底自発蛍光にて顆粒状の低蛍光を示し(),網膜色素上皮障害を認める().c:EDI-OCT.脈絡膜は厚く,脈絡膜血管は拡張している.は脈絡膜強膜境界面を示す.(文献8より転載)とは理にかなっている.実臨床で,ときに40歳代で硝子体出血を起こすようなPCV症例を経験してきたが,このような症例はpachychoroidneovasculopathyであった可能性が高い.IVPachychoroidneovasculopathyに対する治療現在までにpachychoroidneovasculopathyに対する治療の報告は散見される程度であり,neovascularAMDとの治療効果の違いはまだ不明である.ここでは既報の2論文を紹介する.2018年Matsumotoらは42眼のpachychoroidneo-vasculopathy症例と60眼のtype1wetAMD症例に対してアフリベルセプト硝子体注射をtreatandextend法で行い,2年経過での結果を報告した(図7)12).視力・中心窩網膜厚はともに改善を認め,両群間に有意差はなかったが,中心窩下脈絡膜厚はpachychoroidneo-vasculopathy症例で有意に減少した.また,pachycho-roidneovasculopathy症例のほうが,必要な治療回数が有意に少なかった.Pachychoroidneovasculopathy症例群のなかでは,ポリープ状病巣を有する症例で,より少ない治療回数であった.2019年Jungらは54眼のpachychoroidneovascu-lopathy症例に対してラニビズマブ硝子体注射もしくはアフリベルセプト硝子体注射を3回毎月投与で行い,比較検討を行った13).3カ月の時点で,滲出性変化の消退はアフリベルセプト群で有意に多く認められた.中心窩下脈絡膜厚の減少は,アフリベルセプト群で有意に大きかった.視力改善度・中心窩網膜厚の減少には両群で差がなかった.この2報はともに少数例の後ろ向き研究であり,今後多数例でneovascularAMDとの違い,薬剤間での違い,PDTもしくは抗VEGF併用PDTの有効性,長期経過などを調べていく必要がある.図7Pachychoroidneovasculopathy症例に対するアフリベルセプト硝子体注射(60歳,男性,治療前視力1.0)a,d:治療前.a:OCTにて漿液性網膜?離,ポリープ状病巣による網膜色素上皮の隆起を認める.b:眼底写真にて橙赤色隆起状病巣を認め,ドルーゼンはみられない.c:FAにて蛍光漏出を認める.d:IAにてポリープ状病巣,異常血管網を認める.e~f:アフリベルセプト硝子体注射を4週間隔で3回施行後.視力は1.2.e:OCTにて漿液性網膜?離の消退を認める.f:眼底写真にて橙赤色隆起状病巣の退縮を認める.g:FAにて蛍光漏出の消失を認める.h:IAにてポリープ状病巣の退縮を認める.V関連する報告1.PachychoroidpigmentepitheliopathyWarrowらは,CSC様の所見(厚い脈絡膜・脈絡膜血管拡張・網膜色素上皮異常・脈絡膜血管透過性亢進)を認めるが網膜下液の既往がない症例をpachychoroidpigmentepitheliopathyと名づけ,9例の症例を報告した7).年齢は27?89歳とどの年代にもみられ,9例中8例は遠視?軽度近視(+3D?1.38D)であったが,強度近視例(-6D)も1例含まれている.3例が男性で6例が女性であったが,症例数が少ないため性差に関しては不明である.脈絡膜厚は231?625?mであった.「脈絡膜が厚く,網膜色素上皮に異常を認める状態」をCSC/PPEスペクトラムとして一元化できたことは大きな意味をもつ.2.PachychoroidneovasculopathyPangらは,「CSCの既往・AMDの特徴・その他変性所見を認めないtype1CNV」の3例をpachychoroidneovasculopathyとして症例を報告した2).これら3例は厚い脈絡膜とそれに伴う眼底紋理の減少を認め,ドルーゼンなどの所見を認めなかった.脈絡膜厚は244?407?mで,いずれの症例にもポリープ状病巣がみられたと報告されている.また,3例中2例ではPDTが施行され,効果的であった.日本ではこのような症例をしばしば経験するため,pachychoroidneovasculopathyをneovascularAMDと区別して考えようという提案は,とくにアジア人でのAMD研究で重要である.3.Pachychoroidgeographicatrophy筆者らはpachychoroidGAとAMDの関係を調べるため,drusen-relatedGA(dryAMD)もしくはpachy-choroidGAと診断された連続92症例を対象として,臨床的・遺伝学的特徴について比較検討を行った10).全症例92例のうち,21例(22.8%)がpachychoroidGAと診断され,71例(77.2%)がdrusen-relatedGAと診断された.PachychoroidGA症例はdrusen-relat-edGA症例に比べ,有意に年齢が若く(70.5歳vs78.5歳,p<0.001),病変サイズが小さく(0.9mm2vs4.0mm2,年齢調整後p=0.001),中心窩下脈絡膜厚が大き(11)あたらしい眼科Vol.37,No.3,2020259かった(353?mvs175?m,年齢調整後p=0.009)IAでの脈絡膜血管透過性亢進所見は47.4%とpachychoroidGAで有意に高率にみられた.Pseudodrusenはdru-sen-relatedGAの56.3%にみられたが,pachychoroidGA症例では全例において認めなかった.病変の拡大率は,pachychoroidGAとdrusen-relatedGAで差を認めず,経過観察中に全例拡大した.AMDの疾患感受性遺伝子として重要なARMS2A69多型におけるアレル頻度は,pachychoroidGAとdru-sen-relaetdGAで有意な差が認められた.ARMS2A69S多型のTアレル(リスクアレル)頻度はpachy-choroidGAで31.6%,drusen-relatedGAで68.8%であった(p<0.001).PachychoroidGAでのリスクアレル頻度は,正常人における頻度(36.5%)程度である.さらに欧米人・アジア人で共通してAMD疾患感受性遺伝子としてあげられている11の遺伝子を用いてgeneticriskscoreを定めたところ,pachychoroidGAとdru-sen-relatedGAの間に有意な差を認めた(p=0.001).これらの結果はpachychoroidGAとdrusen-relatedGAが遺伝学的に異なった疾患群であることを示唆する.このように,pachychoroidGAは従来のdryAMDの約1/4に認められた.PachychoroidGAの病変サイズが小さい理由としては,PPEの病変サイズが一般的に小さいのに対し,ドルーゼンは黄斑部全体に及ぶことがあり,ドルーゼンの退縮から形成されるdrusen-relatedGAは大きくなりやすいことがあげられる.現在dryAMDに対してはさまざまな治療法の研究開発が行われているが,pachychoroidGAはドルーゼンを介さないメカニズムで発生するため,治療戦略を代える必要があるかもしれない.おわりに以上のように,pachychoroidneovasculopathy・pachychoroidGAはドルーゼンがなく厚い脈絡膜を特徴とし,CNV・GAの発症メカニズムがAMDとは異なる可能性がある.また,遺伝学的にもpachychoroidneovasculopathy・pachychoroidGAとneovascularAMD・dryAMDが異なることが示された.今後の疫学調査や遺伝子研究では,この両者は区別して考えていくべきであると考える.抗VEGF療法や光線力学療法に対する反応性など,さらに研究を進めることで,CSC・AMDに対する理解がより深まっていくものと考えられる.文献1)三宅正裕,大音壮太郎:Pachychoroidneovasculopathy.加齢黄斑変性(吉村長久編),第2版,p139-146,医学書院,20162)PangCE,FreundKB:Pachychoroidneovasculopathy.Retina35:1-9,20153)JirarattanasopaP,OotoS,NakataIetal:Choroidalthick-ness,vascularhyperpermeability,andcomplementfactorHinage-relatedmaculardegenerationandpolypoidalchoroidalvasculopathy.InvestOphthalmolVisSci53:3663-3672,20124)KoizumiH,YamagishiT,YamazakiTetal:Relationshipbetweenclinicalcharacteristicsofpolypoidalchoroidalvasculopathyandchoroidalvascularhyperpermeability.AmJOphthalmol155:305-313,e1,20135)MiyakeM,TsujikawaA,YamashiroKetal:Choroidalneovascularizationineyeswithchoroidalvascularhyper-permeability.InvestOphthalmolVisSci55:3223-3230,20146)FungAT,YannuzziLA,FreundKB:Type1(sub-retinalpigmentepithelial)neovascularizationincentralserouschorioretinopathymasqueradingasneovascularage-relat-edmaculardegeneration.Retina32:1829-1837,20127)WarrowDJ,HoangQV,FreundKB:Pachychoroidpig-mentepitheliopathy.Retina33:1659-1672,20138)MiyakeM,OotoS,YamashiroKetal:Pachychoroidneo-vasculopathyandage-relatedmaculardegeneration.SciRep5:16204,20159)HataM,YamashiroK,OotoSetal:Intraocularvascularendothelialgrowthfactorlevelsinpachychoroidneovascu-lopathyandneovascularage-relatedmaculardegenera-tion.InvestOphthalmolVisSci58:292-298,201710)TakahashiA,OotoS,YamashiroKetal:Pachychoroidgeographicatrophy:clinicalandgeniticcharacteristics.OphthalmolRetina2:295-305,201811)ArakawaS,TakahashiA,AshikawaKetal:Genome-wideassociationstudyidenti?estwosusceptibilitylociforexudativeage-relatedmaculardegeneraioninJapanesepopulation.NatGenet43:1001-1004,201112)MatsumotoH,HiroeT,MorimotoMetal:E?cacyoftreat-and-extendregimenwitha?iberceptforpachycho-roidneovasculopathyandtype1neovascularage-relatedmaculardegeneration.JpnJOphthalmol62:144-150,201813)JungBJ,KimJY,LeeJHetal:Intravitreala?iberceptandranibizumabforpachychoroidneovasculopathy.SciRep9:2055,2019

序説:次世代の加齢黄斑変性治療

2020年3月31日 火曜日

次世代の加齢黄斑変性治療TheNextGenerationofTreatmentsforAge-RelatedMacularDegeneration野田航介*岡田アナベルあやめ**以前,滲出型加齢黄斑変性は限られた症例を除いて経過観察を余儀なくされる,視力予後不良の疾患であった.レーザー光凝固,経瞳孔的温熱療法,手術療法などによる診療努力は必ずしも報われず,患者の視力が損なわれていくのを見守るしかないことも多かった.その後,光線力学的療法の導入によって視機能保持が可能となる患者が増え,「加齢黄斑変性治療」という言葉がようやく現実味を帯びるようになる.しかし,加齢黄斑変性患者の視力低下を抑止できるという状況を噛みしめるなかで,光線力学的療法施行後の思いがけない網膜下出血に遭遇し,診察室で患者と二人うなだれることも時折あった.それがわずか十数年前のことだといったら,若い先生方は驚かれるだろうか.滲出型加齢黄斑変性に対する抗血管内皮増殖因子(vascularendothelialgrowthfactor:VEGF)製剤の臨床導入は,この厳しい時代に一つの終止符を打ち,「視力改善の見こめる加齢黄斑変性治療」というパラダイムシフトをこの診療領域にもたらした.2019年3月現在,わが国では3種類の抗VEGF製剤が本疾患に対する使用認可を受けており,病態を考慮したある程度の個別化医療もわれわれは行うことができる.前述のように,「発症=社会的失明」を意味していたかつての滲出型加齢黄斑変性診療を考えると今昔の感に堪えない.振り返ってみれば,高解像度の光干渉断層計(opticalcoherencetomography:OCT)の開発と抗VEGF製剤の臨床導入がほぼ同時期に行われたことが重要であった気がしてならない.いかなる時代にあっても,社会や人生に大きな損失を与える疾患に対して医療ニーズは生じ,社会からの要請にしたがって疾患病態学,そして治療学は進歩を遂げる.しかし,その進歩には病態の本質を突いた治療手段とその治療効果を正確に判定する観察手段の存在が必要である.この両者が同一の時期に相ついで現れた偶然が,抗VEGF製剤を近年の眼科領域におけるトランスレーショナルリサーチの代表的な成功例とした成因かもしれない.しかし,その抗VEGF療法でさえも実臨床での治療経験が増すにつれて,早期こそ多くの患者で視力改善が得られる一方で,長期経過ではやはりその視機能維持ができない症例も多く存在することもわかってきた.病型の違いによるものなのか,抗VEGF製剤の治療効果が不十分なのか,あるいは本疾患に対してはやはり別のアプローチが必要なのか,それは現時点ではまだ結論づけることはできない.しかし,いずれにしても滲出型加齢黄斑変性の病型や治療戦略の再考,次世代の治療手段,そして◆KosukeNoda:北海道大学大学院医学研究科眼科学分野AnnabelleAyameOkada:杏林大学医学部眼科学教室各種治療ではカバーできない患者のQOLを高める診療努力,そういった議論をすべき地点にわれわれはたどり着いたのではないだろうか.そこで本特集では,「次世代の加齢黄斑変性治療」と題して,1)治療戦略の再考,2)新規治療法の開発,そして3)診療体制および患者サポート体制の強化に焦点をあて,各テーマに関する第一人者の先生方にご執筆をお願いした.まず,滲出型加齢黄斑変性の病型に基づいた治療戦略の再考について大音壮太郎先生に解説いただいた.近年のOCTは高深達・高分解能となり,脈絡膜形態についても詳細な所見が得られるようになった.その結果,厚い脈絡膜や拡張した脈絡膜血管を特徴とするpachychoroidとよばれる脈絡膜構造と滲出型加齢黄斑変性の関連について学会で議論が交わされている.Pachychoroid関連疾患についての知識を整理するうえで重要かつ最新の情報をまとめてくださっている.次に,次世代の新規製剤に関しては抗VEGF製剤関連を野田航介が情報収集した.現在,臨床試験段階にある新規製剤情報などをまとめたのでご覧いただければ幸いである.また,抗VEGF製剤以外の製剤については野崎実穂先生に解説いただいた.滲出型加齢黄斑変性の病態基盤にはVEGF以外にもさまざまな分子が関与しており,その阻害製剤は抗VEGF製剤とは異なる経路で病態を抑制する.VEGF以外を分子標的とした開発中の製剤(第I/II相臨床試験中)について触れてくださっている.また,薬物療法以外の次世代治療コンセプトについても論じていただいた.山城健児先生には,遺伝子情報を活用した個別化医療やウィルスベクターを用いた開発中の治療法について解説いただいた.前述のpachychoroid関連疾患と遺伝子的背景の興味深い関係,そして今後の遺伝子研究の展望についてもまとめてくださっている.前田亜希子先生には網膜再生医療について解説いただいた.網膜色素上皮細胞の機能不全が本疾患の病態に大きく関与していることから,多能性幹細胞を用いた網膜色素上皮細胞移植の可能性について論じていただいた.さらに,不二門尚先生には人工視覚について解説いただいた.人工視覚の概念から人工網膜の種類,その展望についてわかりやすく紹介していただいている.この領域について臨床医は知る機会が非常に少ないため,ぜひ本稿から多くを学びたい.最後に,日常診療においてもっとも知っておきたい,これからのロービジョンケアとホームモニタリングについても最新の知見を論じていただいた.今後どのような治療法が開発されても,ロービジョンケアを必要とする患者は常に存在する.この重要な点について,新井千賀子先生にはロービジョンケアの実際とトピックスについて解説いただいた.また,抗VEGF療法を含めた加齢黄斑変性診療で問題となっているのは,その投与回数や通院回数が大きな患者負担となっていることである.藤田京子先生には,欧米でおもに取り組まれている加齢黄斑変性に対するホームモニタリングの最近の知見についてまとめていただいた.本特集を通じて,次世代の加齢黄斑変性治療についての期待感を共有していただければ幸いである.

短期間で急速に増大した涙囊原発びまん性大細胞型B細胞リンパ腫の1例

2020年2月29日 土曜日

《原著》あたらしい眼科37(2):239?242,2020c短期間で急速に増大した涙嚢原発びまん性大細胞型B細胞リンパ腫の1例柿添直子*1,5福島美紀子*1江口桃佳*1井上俊洋*1上野志貴子*2渡邊祐子*3松本光希*4谷原秀信*1*1熊本大学大学院生命科学研究部眼科学講座*2熊本大学大学院生命科学研究部血液内科*3くまもと森都総合病院血液内科*4くまもと森都総合病院眼科*5ちとせ眼科ACaseofRapidlyProgressivePrimaryDi?useLargeB-CellLymphoma(DLBCL)LocalizedintheLacrimalSacNaokoKakizoe1,5),MikikoFukushima1),MomokaEguchi1),ToshihiroInoue1),ShikikoUeno2),YukoWatanabe3),KokiMatsumoto4)andHidenobuTanihara1)1)DepartmentofOphthalmology,2)DepartmentofHematology,FacultyofLifeSciences,KumamotoUniversity,3)DepartmentofHematology,4)DepartmentofOphthalmology,KumamotoShintoGeneralHospital,5)ChitoseEyeClinicはじめに涙?部腫瘍はまれな疾患であり,流涙を主訴として受診することが多いため慢性涙?炎として長期間加療されることがある.しかし,悪性腫瘍である頻度が高く,進行すると眼窩,副鼻腔への浸潤や遠隔転移をきたすため生命予後は不良であり,また視機能に影響しQOLの低下をきたすため,早期の診断治療が求められる1).悪性リンパ腫は涙?悪性腫瘍の約2?13%と少なく,また他組織からの転移例であることが多いため,涙?原発のものはきわめてまれである2).近年の化学療法や放射線療法の発〔別刷請求先〕柿添直子:〒869-1108熊本県菊池郡菊陽町光の森7-3-7ちとせ眼科Reprintrequests:NaokoKakizoe,M.D.,ChitoseEyeClinic,7-3-7Hikarinomori,Kikuyoumachi,Kikuchigun,Kumamoto869-1108,JAPAN達,生物学的製剤による治療により根治を含め予後の改善が期待できるが,組織型・病期により治療反応性や予後に差異があるため,早期に正確な組織学的診断・病型診断を行うことが求められる.今回,筆者らは涙?に原発し,短期間で急速に増大した悪性リンパ腫の1例を経験したので報告する.I症例患者:66歳,女性.主訴:左眼流涙,左内眼角周囲の腫脹,複視.既往歴:慢性腎不全のため血液透析施行中.家族歴:特記事項なし.現病歴:2014年4月左眼の流涙のため近医眼科を受診し,涙?炎の診断で点眼治療されたが改善しなかった.同年8月中旬に左涙?周囲の小腫瘤が出現し,徐々に腫瘤の増大と周囲の腫脹を認め,外斜視が出現した.MRIで左涙?部腫瘍を認め,9月に熊本大学附属病院眼科へ紹介受診となった.発熱・盗汗・体重減少などの全身症状は認めなかった.経過:当科初診時,左内眼角下方に境界が比較的明瞭で,弾性硬の無痛性腫瘤を触知した(図1a).血性流涙や血性鼻汁は認めなかった.前医のMRI(血液透析中のため単純のみ)では左涙?内部は充実組織で満たされ拡張し,内部は比較的均一なT1およびT2強調画像で中等度,拡散強調画像で高度の信号強度を呈していた(図1c).腫瘤病変は眼窩内側下方向および左鼻涙管内へ進展しており,左眼球は腫瘤によりわずかに圧迫されていた.単純CTでは明らかな骨破a:初診日LV=(0.6)b:入院日(14日後)LV=(0.4c:前医MRId:入院時MRI壊,造骨性変化および骨肥厚は認めなかった.血液検査ではLDH191U/l(基準値112?213),CRP0.02mg/dl(基準値0?0.30),IgG1,190mg/dl(基準値870?1,700),IgG418.2mg/dl(基準値4.8?105)と異常なく,可溶性IL2受容体765U/ml(基準値127?582)と軽度上昇していた.初診から2週間後に生検目的で入院した際には,左下眼瞼腫脹はさらに増大し発赤を伴い,矯正視力は初診時(0.6)から(0.4)へ低下していた(図1b).左眼眼底検査では,腫瘤の圧排により下鼻側の眼底に脈絡膜皺襞を伴う隆起病変を認めた.入院時に施行したMRIでは前医MRIと比較し腫瘤サイズは増大し,左眼窩筋円錐外,内直筋,下直筋を外側に圧排するように眼窩内下方から頬部皮下,左鼻涙管,鼻腔左側HE染色CD20CD3CD5CD10BCL6図1左前眼部腫脹とMRI所見(T2強調画像)の急速な変化a,b:初診から2週間後の入院時には,左下眼瞼腫脹は増大し発MUM1MIB-1赤を伴い,矯正視力は初診時(0.6)から(0.4)へ低下していた.c,d:前医MRIと比較し,入院時のMRIでは腫瘤サイズの増大により,周囲組織および左眼球の圧排が高度であった.左眼窩内側涙?部に一致して内部lowintensityの内部比較的均一な腫瘤性病変を認める.図2病理・免疫組織学的所見HE染色では好酸性の細胞質を少量有する多稜形ないし類円形の大型異型リンパ球様細胞が充実性に増殖しており,免疫染色では,CD20,BCL6,MIB-1(Ki67)が強陽性で,CD3,CD5,CD10,MUM1が弱陽性?陰性であった.に進展し,左眼球の圧排も高度であった(図1d).視神経に有意な変化は認めず,右眼窩内に腫瘍病変は認めなかった.全身麻酔下で涙?部腫瘤の生検を施行した.HE染色で線維性間質や筋組織の間に,好酸性の細胞質を少量有する多稜形ないし類円形の大型異型リンパ球様細胞が充実性に増殖しており,免疫染色では,CD20,BCL6,MIB-1(Ki67)が強陽性(Ki-67labelingindex>80%)で,CD3,CD5,CD10,MUM1が弱陽性?陰性であった(図2).上皮系のマーカーであるAE1/AE3は陰性であり,insituhybridizationではEpstein-Barrvirusは陰性であった.涙?およびその周囲の病理組織学的所見から,びまん性大細胞型B細胞性リンパ腫(di?uselargeB-celllymphoma:DLBCL)と診断した.FDG-PET/CTでは,左眼窩内,左眼瞼,左鼻腔内の軟部腫瘤に一致して異常集積を認め,その他の部位には集積を認めず,骨髄生検で腫瘍細胞は認めず,涙?原発のDLBCLStageIE(AnnArbor分類)と診断した(図3a,b).治療経過:当院血液内科が満床であったため,くまもと森都総合病院血液内科に転院となった.CD20陽性であったことから抗CD20抗体リツキシマブを併用したR-CHOP療法(rituximab,cyclophosphamide,hydroxydaunorubicin,vincristine,prednisolone)を開始し,2クール目より腫瘍は著明に縮小し,計6クール終了後のFDG-PET/CTでは集積は消失していた(図3c).左眼視力は入院時の(0.4)から(1.0)に改善した.眼球を外側から圧迫していた腫瘍の縮小により眼底の隆起病変は消失した.軽度の斜視が残存したが,日常生活に問題なく,そのまま様子をみることとなった.II考察本症例は,当初の症状は左眼流涙のみで,涙?炎として点眼治療されていたが,左涙?周囲に小腫瘤を自覚した後は進行性に増大し斜視をきたした.精査の結果,涙?原発DLBCLと診断しR-CHOP療法を行い,治療への反応は良好で腫瘍の消失とともに視機能の改善を認めた.涙?部腫瘍はまれな疾患であるが,これまでの報告では悪性腫瘍である頻度がいずれも半数を超えており(55?77%),中高年に多い1?3).涙?部悪性腫瘍のうち大半(60?94%)は原発性の上皮性悪性腫瘍(扁平上皮癌)であり,非上皮性では線維性組織球腫,リンパ増殖性疾患,悪性黒色腫などがある.このうち悪性リンパ腫は2?13%と報告されており,多くは他部位からの転移例である3).涙道には粘膜リンパ装置(lacrimaldrainage-associatedlymphoidtissue)が存在し,悪性リンパ腫の発生母地となるうるが4),わが国からの症例報告はこれまでに10数例と依然少ない5).DLBCLは成人の悪性リンパ腫ではもっとも多い非Hodg-kinリンパ腫であるが,眼付属器のリンパ腫としては少なく,当科からは過去に涙?原発のDLBCLを1例報告している6).bc治療前治療後図3R?CHOP療法前後でのFDG?PET/CT所見a:左眼周囲以外の臓器にFDGの集積を認めず,涙?原発と診断した.b,c:R-CHOP療法前後の比較.左眼周囲のFDGの集積はR-CHOP療法により消失した.Kajitaらは自施設での涙?原発DLBCLを報告するとともに,わが国とコーカシアンにおける涙?原発悪性リンパ腫報告例を比較検討した7).この論文中ではわが国からの症例は8例と少なく十分な検討ができていないが,日本人ではコーカシアンよりも涙?悪性リンパ腫の発生頻度が少ない可能性がある一方で,コーカシアンに比較し,低悪性度のMALTリンパ腫の率は少なく(わが国14%,コーカシアン33%),DLBCLである率はやや高く(わが国38%,コーカシアン33%),リンパ腫であった場合はより悪性度が高い可能性が示唆されている7,8).また,この論文に引用された中国からの報告では96例の涙?原発腫瘍の5.2%(5例)が悪性リンパ腫であり,すべてがMALTリンパ腫であったため,アジア諸国であっても地域差があるのかもしれない7,9).DLBCLは悪性度が高く,眼付属器DLBCLは局所に限局していれば5年生存率が90.9%と予後は比較的よいものの,全身性に進行した場合は23.5%と著しく低下することが報告されている10).本症例はFDG/PET-CTにおいて他部位に病変を認めず,涙?原発かつStageIEと診断し,R-CHOP療法で寛解に至ることができた.同様に涙?および眼科領域に限局したDLBCL症例でR-CHOP療法や放射線治療のみで寛解した報告もあることから7,11?13),早期診断の重要性が強調される.本症例では数カ月の間流涙のみの症状であったが,腫瘤を自覚して以降は急速に増大し,当院受診後は2週間ほどの短期間で明らかな増大を認めた.本症例は上にあげた過去の涙?原発悪性リンパ腫の症例報告と比較し増大が早いが,同様に週単位で急性増悪をきたし,R-CHOP療法が効果的であった眼窩DLBCLの3症例が報告されている14).症例による増大スピードの差異の原因は不明であるが,特異的な遺伝子変異などの要因があるかもしれず,今後の検討が必要である.近年は眼科領域の悪性リンパ腫において臨床病期分類のみならずp53やKi67などの発現と予後15),また腫瘍周囲の炎症細胞プロファイリングと予後16,17)との関連が報告されている.Ki67は核蛋白の一種で,休止期を除くすべての細胞核に発現し,腫瘍の増殖活性のマーカーとして用いられている18).本症例ではKi67が強陽性であり,急速な増大に関与している可能性がある.今後は個々の症例においてさらなるデータの集積と解析が必要であるが,眼科領域の悪性リンパ腫,とくにDLBCLはまれであるとともに,フォローアップも含めた報告はきわめて少ないため,包括的な評価が困難であることが問題であり今後の課題である.涙?原発の悪性リンパ腫はまれな疾患であるため,当初涙?炎として治療されることが多い.悪性度が高いとされるDLBCLであっても早期診断・早期治療により予後の改善が期待できることから,難治性の流涙・涙?炎や眼周囲の腫瘤を認める際は,悪性リンパ腫などの悪性疾患を念頭に置いて鑑別を行う必要がある.文献1)児玉俊夫,野口毅,山西茂喜ほか:涙?部腫瘤性疾患の頻度と画像診断の有用性についての検討.臨眼66:819-826,20122)秋澤尉子,安澄健次郎,島田典明ほか:涙?に原発したBcelllymphomaの1例.臨眼56:1702-1706,20023)KrishnaY,CouplandSE:Lacrimalsactumors-Areview.Asia-PacJOphthalmol6:173-178,20174)辻英貴:涙道悪性腫瘍.眼科58:423-431,20165)濱田怜,永井博之,山田麻里:急性涙?炎を契機に発見された若年性の涙?部悪性リンパ腫の1例.臨眼71:1357-1361,20176)森田保彦,根木昭,稲田晃一朗ほか:涙?腫瘤として発見された悪性リンパ腫の1例.眼臨94:168-170,20007)KajitaF,OshitariT,YotsukuraJetal:Caseofprimarydi?uselargeB-celllymphomaoflacrimalsacinaJapa-nesepatient.ClinOphthalmol4:1351-1354,20108)SjoLD,RalfkiaerE,JuhlBRetal:Primarylymphomaofthelacrimalsac:anEORTCophthalmiconcologytaskforcestudy.BrJOphthalmol90:1004-1009,20069)BiYW,ChenRJ,LiXP:Clinicalandpathologicalanalysisofprimarylacrimalsactumors.ZhonghuaYanKeZaZhi43:499-504,2007Chinese10)MadgeSN,McCormickA,PatelIetal:Ocularadnexaldi?uselargeB-celllymphoma:localdiseasecorrelateswithbetteroutcomes.Eye24:954-961,201011)RamachandranV,MathewKG:PrimarynonHodgkin’slymphomaofthelacrimalsac.WorldJSurgOncol5:127-129,200712)ZarrabiK,DesaiV,YimBetal:Primarydi?uselargeB-celllymphomalocalizedtothelacrimalsac:Acasepresentationandreviewoftheliterature.CaseRepHema-tol56:12749,201613)首藤純,分藤準一,堀文彦:眼内悪性リンパ腫の2例.耳鼻臨床96:603-607,200314)村重高志,鈴木克佳,平野晋司ほか:急性増悪をきたした眼窩びまん性大細胞性B細胞リンパ腫の三症例.眼臨紀9:489-493,201615)SullivanTJ,GrimesD,BunceI:Monoclonalantibodytreatmentoforbitallymphoma.OphthalmicPlastReconstrSurg20:103-106,200416)DaveSS,WrightG,TanBetal:Predictionofsurvivalinfollicularlymphomabasedonmolecularfeaturesoftumor-in?ltratingimmunecells.NEnglJMed351:2159-2169,200417)臼井嘉彦:眼付属器リンパ増殖性疾患の病態.あたらしい眼科28:1397-1403,201118)P?tra?cuAM,RotaruI,OlarLetal:TheprognosticroleofBcl-2,Ki67,c-MYCandp53indi?uselargeB-celllymphoma.RomJMorpholEmbryol58:837-843,2017◆**

悪性黒色腫治療中に生じたぶどう膜炎の1例

2020年2月29日 土曜日

《原著》あたらしい眼科37(2):235?238,2020c悪性黒色腫治療中に生じたぶどう膜炎の1例望月結希乃渡部大介静岡県立総合病院眼科ACaseofUveitisDuringMelanomaTreatmentYukinoMochizukiandDaisukeWatanabeDepartmentofOphthalmology,ShizuokaGeneralHospitalはじめにわが国における皮膚悪性黒色腫の罹患率は10万人あたり1?2人程度であり,比較的まれな悪性腫瘍である1).早期には単純切除が行われるが,切除不能な場合は,近年,免疫チェックポイント阻害薬や,分子標的薬を用いた新しい薬物療法が行われるようになった.そのなかの一つであるダブラフェニブ/トラメチニブ併用療法は,2種類の分子標的薬を組み合わせた,BRAF遺伝子変異陽性の切除不能な悪性黒色腫に対する治療法である.従来の抗癌剤治療と比較し生存期間は大幅に改善されたが,その一方で副作用として心障害や肝障害,深部静脈血栓症などが知られている.眼科領域の副作用としては,ぶどう膜炎や網膜静脈閉塞症が報告されている2).今回,ダブラフェニブ/トラメチニブ併用療法によるVogt-小柳-原田病(原田病)様のぶどう膜炎を認め,併用療法中止とステロイド療法により改善したが,その後併用療法再開に伴いぶどう膜炎が再燃した1例を経験したので報告する.〔別刷請求先〕望月結希乃:〒420-8527静岡市葵区北安東4-27-1静岡県立総合病院眼科Reprintrequests:YukinoMochizuki,M.D.,DepartmentofOphthalmology,ShizuokaGeneralHospital,4-27-1Kita-ando,Aoi-ku,Shizuoka-City420-8527,JAPANI症例患者:64歳,女性.主訴:両眼飛蚊症,霧視.既往歴:皮膚悪性黒色腫.現病歴:平成26年7月に右大腿内側の腫瘤で近医皮膚科を受診した.市内の総合病院皮膚科へ紹介され,11月に切除術を施行,悪性黒色腫と診断された.平成28年1月に再発および多発転移を指摘され化学療法目的で当院皮膚科へ紹介された.BRAF遺伝子変異の有無について検査した結果,陽性であることが判明した.当院皮膚科では同年3月からベムラフェニブを投与したものの,皮膚障害が出現し,治療意欲の減退により中止した.8月からはニボルマブを投与したが,原発巣の増大を認めたため,11月からダブラフェニブ300mg/日とトラメチニブ2mg/日の併用療法を開始した.平成29年1月から両眼の飛蚊症,および2月から霧視を自覚し近医眼科を受診した.両ぶどう膜炎を指摘され,同年3月6日当科に紹介された.初診時所見:視力は右眼0.03(0.2×sph+4.75D(cyl?0.5DAx40°),左眼0.04(0.4×sph+4.75D)であった.両眼に豚脂様角膜後面沈着物,前房細胞,浅前房など前部ぶどう膜炎の所見を認めた.両眼の眼底には視神経乳頭の発赤および多胞性漿液性網膜?離を認めた(図1).光干渉断層計検査では両眼の黄斑部に隔壁を伴う漿液性網膜?離と脈絡膜肥厚,脈絡膜の波打ち所見を認めた(図2).同日施行したフルオレセイン蛍光眼底造影検査では,視神経乳頭からの色素漏出や網膜下の多胞性の蛍光色素の貯留が認められた(図3).経過:所見から原田病を疑い,採血や髄液検査を施行したものの,異常所見は認められなかった.しかし,臨床的には原田病の可能性が高いと考え,同日プレドニゾロン200mg/日から点滴投与を開始した.翌日,皮膚科ではダブラフェニブ/トラメチニブ併用療法によるぶどう膜炎と判断され,併用療法を中止した.当科ではプレドニゾロン点滴を200mg/日を2日間,150mg/日を2日間,100mg/日を2日間施行し,その後はプレドニン内服60mg/日より内服漸減療法を開始した.治療経過は順調であり,漿液性網膜?離や脈絡膜肥厚などの所見は消失,視力は右眼0.2(0.9×sph+2.0D),左眼0.2(1.0×sph+3.0D)まで改善した.経過改善のため,皮膚科ではダブラフェニブ/トラメチニブ併用療法を再開する方針となり,ダブラフェニブ150mg/日,トラメチニブ1mg/日に減量し再開となった.しかし,5月31日には視力は右眼0.15(1.2×sph+3.0D),左眼0.3(1.0×sph+3.5D)と良好で,自覚症状はないものの,両眼に角膜後面沈着物,前房細胞が出現し,脈絡膜の肥厚・波打ち所見(図4),左眼に漿液性網膜?離が出現した.当科では,自覚症状がないもののぶどう膜炎の再燃と考え,プレドニゾロン20mg/日を継続し,経過をみる方針としたが,皮膚科の判断でダブラフェニブ/トラメチニブ併用療法は中止となった.6月14日,脈絡膜の肥厚,波打ち所見と漿液性網膜?離は消失した.その後,腫瘍の肝転移を認め病勢が進行したた右眼左眼図1初診時の眼底写真両眼に漿液性網膜?離と視神経乳頭の発赤,腫脹を認める.右眼左眼図2初診時の光干渉断層像(黄斑部)両眼の脈絡膜の肥厚と波打ち所見を認める.また,隔壁を伴う漿液性網膜?離を認める.右眼左眼図3初診時のフルオレセイン蛍光眼底造影の後期両眼とも神経乳頭からの蛍光漏出を認め,網膜には多房性に蛍光色素が貯留している.右眼左眼図4ダブラフェニブ/トラメチニブ再開後の光干渉断層像(黄斑部)両眼に脈絡膜の肥厚,波打ち所見を認める.め,皮膚科ではダブラフェニブ/トラメチニブ併用療法の再開を検討した.7月12日,腫瘍の小腸転移と急速な肝転移の増大を認めたため,皮膚科へ緊急入院しダブラフェニブ200mg/日,トラメチニブ1.5mg/日として併用療法を再開し,プレドニゾロン60mg/日の点滴投与が開始された.7月13日,小腸穿孔が指摘されたため併用療法を中止し,外科で小腸切除術を施行した.その後ぶどう膜炎の再発は認めなかったが,全身状態が悪化し,8月3日に死亡した.II考按ダブラフェニブ/トラメチニブ併用療法は,腫瘍増殖にかかわるRAS-RAF-MEK-ERKシグナル伝達経路のセリン・トレオニンキナーゼファミリーのBRAFおよびMEKをそれぞれ阻害する働きをもつ分子標的薬を組み合わせた治療法である.副作用としてぶどう膜炎があるが,その形態は前眼部ぶどう膜炎,後眼部ぶどう膜炎,あるいは汎ぶどう膜炎というように,さまざまである.また既報では,BRAF阻害薬単独,あるいはMEK阻害薬単独でぶどう膜炎が起きた症例もある3?5).以上から,実際のメカニズムは不明であるが,眼内でこのシグナル伝達経路が阻害されると,ぶどう膜炎を発症する可能性がある.治療方法も報告によりさまざまである.併用療法は多くの症例で中止されており,ステロイド療法に関しては点眼のみ,内服のみ,ステロイドTenon?下注射と点眼を組み合わせた例,また本症例のように点滴および内服漸減療法を行った例のほか,ステロイドを使用せずに改善した例もある3,4,6?9).また,併用療法の再開に関しては,本症例のように再開すると,ぶどう膜炎再燃をみた例10)もあれば,再燃せずに併用療法を継続できた例5,7,8)もある.ダブラフェニブ/トラメチニブ併用療法は,もともとは切除不能な悪性黒色腫が適応疾患であったが,平成30年3月に切除不能な非小細胞肺癌に対する化学療法,8月にBRAF遺伝子変異陽性の悪性黒色腫の外科的手術後の補助化学療法として適応が拡大された.今後も適応疾患が拡大していく可能性があり,眼科医が診察する機会が増えると考えられる.併用療法によるぶどう膜炎に対しては,主科と連携を取り,併用療法の中止やステロイド療法を検討する必要がある.以上,ダブラフェニブ/トラメチニブ併用療法を行っている患者では,ぶどう膜炎を起こす可能性があり,ぶどう膜炎を発症し併用療法を中止した場合の併用療法再開にあたっては,症状再燃の可能性があり定期診察が必要である.文献1)宇原久:メラノーマの新しい治療とがん免疫療法の新展開.信州医誌64:63-73,20162)WelshSJ,CorriePG:ManagementofBRAFandMEKinhibitortoxicitiesinpatientswithmetastaticmelanoma.TherAdvMedOncol7:122-136,20153)DraganovaD,KergerJ,CaspersLetal:Severebilateralpanuveitisduringmelanomatreatmentbydabrafenibandtrametinib.JOphthalmicIn?ammInfect5:17,20154)McCannelTA,ChmielowskiB,FinnRSetal:BilateralsubfovealneurosensoryretinaldetachmentassociatedwithMEKinhibitoruseformetastaticcancer.JAMAOph-thalmol132:1005-1009,20145)GuedjM,QueantA,Funck-BrentanoEetal:Uveitisinpatientswithlate-stagecutaneousmelanomatreatedwithvemurafenib.JAMAOphthalmol132:1421-1425,20146)JoshiL,KarydisA,GemenetziMetal:UveitisasaresultofMAPkinasepathwayinhibition.CaseRepOphthalmol4:279-282,20137)LimJ,LomaxAJ,McNeilCetal:Uveitisandpapillitisinthesettingofdabrafenibandtrametinibtherapyformeta-staticmelanoma:Acasereport.OculImmunolIn?amm26:628-631,20188)SarnyS,NeumayerM,Ko?erJetal:Oculartoxicityduetotrametinibanddabrafenib.BMCOphthalmol17:146,20179)Rueda-RuedaT,Sanchez-VicenteJL,Moruno-RodriguezAetal:Uveitisandserousretinaldetachmentsecondarytosystemicdabrafenibandtrametinib.ArchSocEspOftal-mol93:458-462,201810)NiroA,StrippoliS,AlessioGetal:Oculartoxicityinmetastaticmelanomapatientstreatedwithmitogen-acti-vatedproteinkinasekinaseinhibitors:Acaseseries.AmJOphthalmol160:959-967,2015◆**