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硝子体手術のワンポイントアドバイス 200.正視眼に発症した黄斑円孔網膜剝離(中級編)

2020年1月31日 金曜日

200正視眼に発症した黄斑円孔網膜?離(中級編)池田恒彦大阪医科大学眼科図1術前眼底写真スッリト状の黄斑円孔とその周囲に肥厚した後部硝子体膜を認め,周囲に網膜?離が生じていた.(文献3より引用)●はじめに黄斑円孔網膜?離(macularholeretinaldetachment:MHRD)は一般に,後部ぶどう腫や後極部脈絡膜萎縮などを伴った中等度から強度近視の変性近視眼に発症するが,正視眼に発症したとする報告も散見される1,2).筆者らも過去に硝子体黄斑牽引症候群に続発したと考えられる正視眼のMHRDを経験し報告したことがある3).●症例提示85歳,男性.右眼にMHRDをきたし手術目的で大阪医科大学眼科に紹介された.術前の屈折値は両眼ともほぼ正視であった.眼底は,右眼黄斑部にスリット状の黄斑円孔,およびその周囲の膜状の肥厚した後部硝子体膜の付着を認め,後極部から下方にかけてやや胞状の網膜?離をきたしていた(図1).眼軸は23.0mmであった.手術はまずコアの硝子体ゲルを切除したのち,黄斑円孔周囲の肥厚した後部硝子体膜を硝子体鑷子で?離した(図2).膜様硝子体と網膜は比較的強固に癒着しており,黄斑円孔近傍に前後方向の牽引が作用していた.後部硝子体は全象限で未?離であったため,後極部の硝子体を?離したのち,周辺部に向かって人工的後部硝子体?離を作製した.その後,黄斑円孔周囲の内境界膜を?離し,気圧伸展網膜復位術,20%SF6ガスによるガスタンポナーデ術を施行した.術後,黄斑円孔は閉鎖し,網膜も復位した(図3).●正視眼に発症するMHRDの特徴上村らは,正視眼に発症した特発性黄斑円孔の経過観察中に不完全後部硝子体網膜?離によって網膜?離が生じた症例を報告し1),服部らも,特発性黄斑円孔発症後に不完全後部硝子体?離が進行したため黄斑部に前後方向の硝子体牽引が働き,網膜?離を生じた1例を報告している2).本症例も,黄斑円孔周囲に付着した後部硝子体膜が網膜を前後方向に牽引し,硝子体黄斑牽引症候群の病態によりスリット状の黄斑円孔が形成され,網膜?離が発生したと考えられた.図2術中所見硝子体鑷子を用いて黄斑部に付着した肥厚した後部硝子体膜を除去した.(文献3より引用)図3術後眼底写真網膜は復位し黄斑円孔も閉鎖した.(文献3より引用)硝子体牽引の関与が大きい正視眼の黄斑円孔網膜?離では,前後方向の網膜硝子体牽引を外科的に解除することが治療の原則である.本症例でもそうであったように,硝子体黄斑牽引症候群では黄斑部周囲の網膜硝子体癒着も強固な症例があり,周辺部に向かって確実に人工的後部硝子体?離を作製する必要がある.本症例のように正視眼であっても,硝子体黄斑牽引症候群のような網膜の前後方向の牽引が著明な場合はMHRDが発症する可能性がある.肥厚した後部硝子体膜が黄斑部に付着している黄斑円孔例では,MHRDの発症に注意して慎重な経過観察が必要であると考えられる.文献1)上村昭典,出田秀尚:正視眼の黄斑円孔網膜?離.眼臨医報89:997-1000,19952)服部匡志,木内裕美子,川村肇ほか:硝子体黄斑牽引症候群により発症した黄斑円孔網膜?離.眼紀48:740-743,19973)向井規子,大林亜希,今村裕ほか:正視眼に発症した黄斑円孔網膜?離の1例.眼科45:515-518,2003(65)0910-1810/20/\100/頁/JCOPYあたらしい眼科Vol.37,No.1,202065

眼瞼・結膜:クラミジア結膜炎の診断と治療

2020年1月31日 金曜日

58.クラミジア結膜炎の診断と治療鈴木崇東邦大学医療センター大森病院眼疾患先端治療学講座●はじめにクラミジア・トラコマティス(Chlamydiatrachoma-tis)は,感染宿主の細胞内で増幅する微小な球状生物の細菌で,性感染症として,尿道炎,精巣上体炎,子宮頸管炎,骨盤内付属器炎を引き起こす.クラミジア・トラコマティスに感染すると,分泌物中に多くクラミジアが含まれ,容易に他のヒトに伝播する.そのため,性器以外にも眼部に伝播すると結膜炎を生じる.また,保菌者の母親から産道感染によって新生児にクラミジア結膜炎が発症する場合もある.正常妊婦の3~5%にクラミジア保有者がみられることから,自覚症状のない不顕性感染者はかなりあるものと推測されている.無自覚のうちに男性パートナーや出産児へ感染させることもあるので,注意が必要である.また,口腔性交による咽頭への図1クラミジア結膜炎の一例(20歳代,女性)強い結膜充血と下眼瞼の円蓋部に敷石状の大型濾胞を認める.感染も少なくない.戦後間もない時期や開発途上国では,トラコーマといわれる高度の角結膜瘢痕を示すクラミジア結膜炎もあったが,現在の日本では認められない.●クラミジア結膜炎の臨床像封入体結膜炎といわれ,成人の場合は症状として充血,粘液性の膿性眼脂,眼瞼腫脹を認める.急性結膜炎として出現することも多く,アデノウイルス結膜炎として見過ごされる場合もある.成人における封入体結膜炎の臨床所見としては,結膜充血に加えて,下眼瞼結膜から円蓋部結膜にかけて敷石状の癒合した結膜濾胞を認める(図1).また,濾胞内が白く濁っていても,濾胞自体はそれほど大きくない場合もある(図2).ときに角膜浸潤が観察される.眼部以外にも,性器などに感染を認める場合も多いため,泌尿器科,婦人科を受診させることが必要である.図2クラミジア結膜炎の一例(50歳代,男性)下眼瞼の円蓋部に敷石状の大型濾胞を認める.(63)0910-1810/20/\100/頁/JCOPYあたらしい眼科Vol.37,No.1,202063図3クラミジア結膜炎の一例(20歳代,男性)下眼瞼の円蓋部に敷石状の大型濾胞を認める.新生児に認められる封入体結膜炎では,眼脂,充血,眼瞼腫脹を認めても,リンパ組織が未熟なため濾胞は認めず,偽膜形成を高率に認める.●クラミジア結膜炎の検査・診断検査としては,通常の細菌培養では検出できないため,培養検査以外の検査が必要になってくる.とくに,結膜擦過物の塗抹標本を作製し,ギムザもしくはグラム染色にて好中球優位の細胞浸潤に加えて結膜上皮細胞の細胞質内の封入体(Prowazek小体)を観察することで,クラミジア結膜炎を疑うことが可能である(図3,4).また,確定診断には結膜擦過物からPCR法もしくはTMA法にてクラミジア遺伝子を検出する(クラミジア結膜炎としては保険適用外)か,クラミジア抗原を検出することが必要である.また,クラミジア感染症が全身にある場合は,血液中のクラミジア・トラコマティスIgAが上昇するため(初感染と再感染時に約2週間で上昇し,6カ月で消失する),補助診断として有用である.●クラミジア結膜炎の治療全身感染症の治療には,テトラサイクリン系,マクロライド系,キノロン系抗菌薬が使用される.クラミジアは細胞内寄生菌であるため,細胞内に効率的に移行し,薬効を持続することが必要である.眼科用市販抗菌薬ではオフロキサシン(OFLX)眼軟膏のみが保険適用となる.しかし,眼軟膏は霧視が発生するなど継続がむずか図4図3の症例の結膜擦過物グラム染色封入体(?)を細胞質内に認め,核が変位している.しいことがあるため,キノロン系抗菌薬の頻回点眼を行ってもよい.また,市販のマクロライド系抗菌薬は,エリスロマイシン/コリスチン眼軟膏,もしくは近年発売されたアジスロマイシン点眼であるが,保険適用がないものの,OFLX眼軟膏に抵抗性を示す場合は使用価値がある.一方,アジスロマイシン(AZM)は細胞内への移行性,持続性が高く,長く抗菌作用を有するため,性器クラミジア感染症の第一選択薬になっている.そのため,結膜炎には適用はないものの,合併症対策と合わせて治療できる可能性がある.また,パートナーの治療も必要になる場合がある.海外では,AZMの地域の投与でクラミジアによる眼障害の予防が行われているが,長期に使用してもAZMの耐性化は報告されていないため,現状では使用量増加による耐性化は可能性が低い1).治療法の実際としては,OFLX眼軟膏,キノロンの点眼に加えて,マクロライド系抗菌薬の眼軟膏・点眼やAZMの全身投与が必要になる場合がある.文献1)WestSK,MoncadaJ,MunozBetal:IsthereevidenceforresistanceofocularChlamydiatrachomatistoazithro-mycinaftermasstreatmentfortrachomacontrol?JInfectDis210:65-71,201464あたらしい眼科Vol.37,No.1,2020(64)

抗VEGF治療:抗VEGF治療とAI

2020年1月31日 金曜日

●連載⑲抗VEGF治療セミナー監修=安川力髙橋寛二72.抗VEGF治療とAI伊野田悟髙橋秀徳はじめに眼科治療において抗血管内皮増殖因子(vascularendothelialgrowthfactor:VEGF)薬がわが国で保険適用となってから10年を迎える.抗VEGF薬は,滲出型加齢黄斑変性(wetage-relatedmaculardegenera-tion:wAMD),網膜静脈閉塞症(retinalveinocclu-sion:RVO),糖尿病黄斑浮腫(diabeticmacularedema:DME),近視性脈絡膜新生血管などの治療方針を大きく変化させた.また,光干渉断層計(opticalcoherencetomography:OCT)の普及により,わずかな再燃を検出できるようになり,OCT所見に基づくprorenata法,treatandextend法といった個別化医療が実用化し,固定投与に比べてはるかに低侵襲・低コストで同等の有効性が確保できるようになった.現在,第三次ブームを迎えている人工知能(arti?cialintelligence:AI)を利用した画像解析についてはさまざまな報告がある.AIによりRVO,DME疾患でのOCT画像中の網膜内浮腫(intraretinalcystoid?uid:ICF)や網膜下浸出液(subretinal?uid:SRF)を同定した報告があり,筆者らも眼底写真から脈絡膜厚を予測するAIアルゴリズムの報告を行った1,2()図1).2018年にはOCT画像に基づいた抗VEGF薬の治療適応を評価するAIについて報告された3).およそ18万枚のOCT画像とカルテから,画像撮影後3週間以内に硝子体内投与が行われた群と,行われなかった群とに分け,深層学習を行い,その結果,検証データセット内の画像に対して95.5%の予測精度に達したという.検査と診療治療適応の決定を主目的とするAIの開発は他科でも進行している.2019年5月7日,AI医療機器を開発するアイリスは塩野義製薬と第三者割当増資を行った.同社はAIを用いた高精度・早期診断対応のインフルエン眼底カメラヒートマップCCT実測値(?m)103170235361CCT推定値(?m)127163227345図1眼底カメラから脈絡膜厚を測定するAI上段:眼底カメラ,中段:AIによる脈絡膜厚(centralchoroidalthickness:CCT)推定中のヒートマップ.下段:実測値のCCTと推定値のCCT.脈絡膜が厚くなるにつれて,脈絡膜血管が薄くなっている.(2017年,TheAssociationforResearchinVisionandOphthalmologyにて発表)(61)0910-1810/20/\100/頁/JCOPYあたらしい眼科Vol.37,No.1,202061図2喉頭診察所見a:インフルエンザ濾胞.咽頭後壁に1~2mmの小さな半球状の赤い皿状の透明な濾胞.b:インフルエンザの可能性のある濾胞.やや細長い皿状.c,d:非インフルエンザ濾胞.濾胞は多形であるかまたは凝集した小結節.(宮本昭彦,渡辺重行:喉頭診察所見(インフルエンザ濾胞)の意味と価値の考察.日大医学雑誌72:11-18,2013より一部改変して転載)ザ診断支援AI医療機器の開発を行っている.塩野義製薬は2018年3月にこれまでとは作用機序がまったく異なる,Capエンドヌクレアーゼ阻害薬のバロキサビルマルボキシル(ゾフルーザ)を販売開始した.今回の資本業務提携によって,塩野義製薬はアイリスのAI医療機器を対象としたライセンス契約に関する優先交渉権を獲得し,インフルエンザの早期診断・早期治療につなげられるという.現在一般的なインフルエンザの迅速診断はイムノクロマト法を用いており,迅速診断キットにおける感度はA型54.4%,B型53.2%である4).この診断キットは発症から24時間以上経過していないと偽陰性となりやすい.一方で,2017年に発刊された「成人の新型インフルエンザ診療ガイドライン」5)では,抗インフルエンザ薬の導入を行う場合はできるだけ早期,できれば48時間以内に投与が望ましいとしている.アイリスが開発中のAIアルゴリズムは,発症早期から咽頭にできるインフルエンザ濾胞から診断を行うことで高精度な早期診断をめざしている(図2).ただし本件のようにAI開発企業に,推奨する薬剤の権利をもつ製薬企業の資金が入った場合,いわゆるマッチポンプではないかとの懸念に対する丁寧な説明が求められる.米国疾病対策センター5)のガイドラインにおいては,4歳未満の小児や,65歳以上の高齢者,慢性疾患をも62あたらしい眼科Vol.37,No.1,2020つ患者,肥満患者,妊婦はインフルエンザ重症化リスク患者とされ,抗インフルエンザ薬の投与が推奨されている.一方で,インフルエンザウイルスも抗菌薬同様に薬剤耐性を獲得するため,新たな薬剤耐性を獲得し,いざパンデミックとなったときに利用できる抗インフルエンザ薬がないということがないように,適正使用が求められる.AIと抗VEGF薬すでにAIによりICF,SRFの同定は可能である1).そのためOCT解析ソフトウェアにアルゴリズムを搭載のうえで,AMDでは「SRF=抗VEGF薬の積極適用」と設定するだけで,OCT画像のみから抗VEGF薬投与の提案がすでに可能である.しかし,実際に治療適用を決定するためには,総合的な判断が必要であろう.ところが,ヒトの総合的な判断は,実は単純なアルゴリズムに基づく判断より劣るという,一般的な人間の感覚と真逆なことが数十年来証明され続けている6).AIの判断力は専門家を超えつつあるが,総合的な判断において専門家が決めたアルゴリズムとAIのどちらが優れているかはまだ報告がない.今後,AIの進歩は間違いないだろうが,その新技術はあくまでも補助であり,正しい知識に基づいた医師の判断が診療には重要であることは変わらない.文献1)SchlelT,WaldsteinSM,BogunovicHetal:Fullyauto-mateddetectionandquanti?cationofmacular?uidinOCTusingdeeplearning.Ophthalmology125:549-558,20182)TampoH,TakahashiH,YanagiYetal:Deep-learningestimationchoroidalthicknessfromcolorfundusphoto-graphs.TheAssociationforResearchinVisionandOph-thalmology.2017573)PrahsP,RadeckV,MayerCetal:OCT-baseddeeplearningalgorithmfortheevaluationoftreatmentindica-tionwithanti-vascularendothelialgrowthfactormedica-tions.GraefesArchClinExpOphthalmol256:91-98,20184)BrunningAHL,Lee?angMMG,VosJMBWetal:Rapidtestsforin?uenza,Respiratorysyncytialvirus,andotherrespiratoryviruses;Asystematicreviewandmeta-anal-ysis.ClinInfectDis65:1026-1032,20175)Centerfordiseasecontrolandprevention:The?u:whattodoifyougetsick.https://www.cdc.gov/?u/takingcare.htmAccessedNov27,20186)MeehlPE:Causesande?ectsofmydisturbinglittlebook.JPersAssess50:370-375,1986(62)

緑内障:急性原発閉塞隅角症のリスク評価

2020年1月31日 金曜日

235.急性原発閉塞隅角症のリスク評価吉水聡●はじめに原発閉塞隅角緑内障は日本を含む東アジアで失明の大きな原因となる疾患である.なかでも急性原発閉塞隅角症/緑内障(acuteprimaryangleclosureglaucoma:APAC/APCG)は速やかな加療がなされなければ急速に悪化する救急疾患であり,発症前にそのリスクを評価することは臨床的に重要な課題である.慢性原発閉塞隅角(chronicprimaryangleclosure:CPAC)は,原発閉塞隅角症疑い(primaryangleclo-suresuspect:PACS),原発閉塞隅角症(primaryangleclosure:PAC),原発閉塞隅角緑内障(primaryangleclosureglaucoma:PACG)に分類(表1)される1).重要なのは,APACはこれらのどの段階でも起こりうるので,まだPACSだから大丈夫という考え方はできないという点である.●治療方針閉塞隅角眼の治療の原則は解剖学的な隅角閉塞の解消にあり,水晶体摘出術,レーザー虹彩切開術,外科的周辺虹彩切除術などが用いられる.しかし,これらの治療はリスクフリーではなく,治療適応の有無の評価が必要である.評価の流れとして,まずCPACとして治療適応がある場合,つまり視野障害・高眼圧・周辺虹彩前癒着(peripheralanteriorsynechia:PAS)・負荷試験での眼圧上昇を認めている場合などは,治療で閉塞隅角を解消することがAPAC発症予防にもつながるため,原則として早期に適切な加療を行うことが重要となる.一方でCPACとしての治療適応がない場合,つまり無症候性のPACSで白内障としても適応がなく経過観察となった場合は,APACは閉塞隅角のどの段階でも発症しうるので,この中にAPACに進展してしまうものも潜んでしまう.そのため,とくこれらの症例でリスク評価の必要性がある.リスクの一つにAPAC発作眼の僚眼があげられる.従来,APACの僚眼で発作のリスクが高いことは知られている2).僚眼はCPACとして治療適応であることも多いが,かりにCPACとして治療適応が明確でない場合でも,積極的な治療の検討が望まれる.●画像評価前眼部構造をAPAC眼とその僚眼やCPAC眼で比較表1慢性原発閉塞隅角の分類*:隅角鏡検査で第一眼位・非圧迫下に2または3象限以上で後部線維柱帯が視認不可.PAS:周辺虹彩前癒着図1AS?OCT前眼部パラメータAS-OCTを用いることによって,各種パラメータを定量的に測定可能である.ACD:中心前房深度,LV:両側の強膜岬を結んだ線から水晶体前面までの距離,IC:虹彩膨隆度,虹彩後面の両端を結んだ線からの突出度.(59)0910-1810/20/\100/頁/JCOPYあたらしい眼科Vol.37,No.1,202059図2薬剤性閉塞隅角増悪を疑う症例症例は70歳,女性.初診時矯正視力良好で眼圧上昇なし.VanHerrick法でAC/CT比1/4~1/2,隅角鏡検査では第一眼位で4象限とも線維柱帯が視認可能でPACSの基準に該当しなかった.AS-OCTでは初診時(上段)と発作時(下段)の比較で,ACD(中心前房深度)は右眼2.102から1.731mm,左眼2.154から1.134mmと左眼優位に両眼性に低下した.したリスク因子の検討がなされている.前眼部光干渉断層計(anteriorsegmentopticalcoherencetomogra-phy:AS-OCT)を用いた既報では,前眼部パラメータ(図1)についてAPAC眼での中心前房深度(anteriorchamberdepth:ACD)の低下,lensvault(LV)の増加,虹彩膨隆度(irisconvexity:IC)の低下,虹彩厚の低下,虹彩断面積の低下などが報告されている3).当院でAS-OCTを用いて発作中のAPAC眼とCPAC眼を後ろ向きに比較した結果では,APAC眼で有意にACDが小さく,ROC曲線下面積(areaunderthecurve:AUC)は0.931,両群を判別するカットオフ値は1.699mmであった4).また,両群のACDの分布を検討すると,APAC眼はACD2.0mm以下において認められた.以前の当院での超音波生体顕微鏡を用いた後ろ向きの検討においても同程度の結果5)が得られており,ACD1.7mm以下はAPAC発症のリスクがとくに高く,積極的な治療が勧められ,1.7~2.0mmの症例においてもAPAC発症のリスクに鑑み,負荷試験などの精査をふまえて患者と相談のうえで治療を検討することが望ましいと考えられる.前眼部パラメータのみで発作のリスクを完全に評価することは困難であるが,一般にACDは経時的に漸減するため,どの程度までACDが低下しているかは閉塞隅角の治療適応検討の一つの尺度となりえる.AS-OCTがない施設においてもACD1.7mm・2.0mm以下は中心角膜厚の約3~4倍として細隙灯顕微鏡でおおよその目処がつくため,スクリーニングとして有用と考えられる.●薬剤の影響別の観点として,厳密には「原発」ではないが,眼球以外の影響も考慮に入れる必要がある.閉塞隅角緑内障禁忌薬には交感神経作動薬,抗コリン薬など種々知られているが,これらは禁忌症例にも数多く処方されている.当院薬剤部のデータでは,閉塞隅角眼で手術加療目的に入院が決まった43症例の検討で,緑内障禁忌薬は9名(20.9%)に計16剤が処方されており,APAC症例2名も含まれていた.薬剤としては睡眠薬の割合が50%と最多であり,ほかに過活動膀胱治療薬や抗不安薬なども処方されていた(第30回緑内障学会発表,論文投稿中).近年当院では,初診時に隅角狭小化傾向もPACSの基準に該当しなかったが,3カ月後にAPACを発症した症例を経験した(図2).この症例は非典型的な臨床経過であったため詳しく聴取すると,多数の禁忌薬(睡眠薬,抗不安薬,抗うつ薬,過活動膀胱抑制薬,選択的セロトニン再取込阻害薬)が処方され,直近に1剤追加されていたことが判明した.重要な点として,症例によっては代替薬の提案が可能である.睡眠薬ではオレキシン受容体拮抗薬やメラトニン受容体作動薬,過活動膀胱治療薬では選択的b3受容体作動薬が代替候補である.患者への啓発や処方元医師との連携の重要性を強調したい.●おわりにAPACの発症リスクを事前に完全に評価することは困難であるが,AS-OCT画像は閉塞隅角の治療適応に悩む症例でリスク評価の一助となる可能性がある.一つの目安にACD1.7mm・2.0mmがあげられる.眼圧上昇をきたしうるリスクとして暗所でのうつむき,禁忌薬剤使用への注意,眼痛(頭痛),嘔気,霧視などの症状出現時にすぐに救急受診することなどの患者教育が肝要である.文献1)日本緑内障学会緑内障診療ガイドライン作成委員会:緑内障診療ガイドライン(第4版).日眼会誌122:5-55,20182)LoweRF:Acuteangle-closureglaucoma:Thesecondeye:Ananalysisof200cases.BrJOphthalmol46:641-650,19623)SngCCA,AquinoMCD,LoonSCetal:Pretreatmentanteriorsegmentimagingduringacuteprimaryangleclo-sure:insightsintoangleclosuremechanismsintheacutephase.Ophthalmology121:119-125,20144)YoshimizuS,HiroseF,KurimotoYetal:Comparisonofpretreatmentmeasurementsofanteriorsegmentparame-tersineyeswithacuteandchronicprimaryangleclosure.JpnJOphthalmol63:151-157,20195)野中淳之:中心部前房深度と隅角閉塞の関係.臨床眼科63:68-73,200960あたらしい眼科Vol.37,No.1,2020(60)

屈折矯正手術:角膜屈折矯正術後の角膜上皮厚分布

2020年1月31日 金曜日

●連載236屈折矯正手術セミナー─スキルアップ講座─監修=木下茂大橋裕一坪田一男236.角膜屈折矯正術後の角膜上皮厚分布張佑子●はじめに近視および近視性乱視に対する角膜屈折矯正手術には,フラップを作製し角膜実質にレーザーを照射するLASIK(laserinsitukeratomileusis,レーシック)やエピケラトームで角膜上皮のみをフラップにしてBowman膜から実質にレーザーを照射するEpi-LASIK(epipolis-LASIK,エピレーシック)があり,術後良好な裸眼視力が得られることが知られている.一方,角膜実質切除に対して角膜上皮の代償性変化が起こり,屈折へ影響する可能性が示唆されている1).Fourierdomain方式の前眼部光干渉断層計(anteriorsegmentopticalcoherencetomography:AS-OCT)が臨床応用され,非侵襲的に角膜横断面の精密な画像を広範囲に得ることができるようになった.本稿では,軸解像度が5?mと非常に高く,角膜の層構造を描出できるspectraldomainOCTのRTVue-XRAvanti(Optovue社)を用いて角膜上皮厚を測定し,角膜上皮厚分布が角膜屈折矯正術後屈折に及ぼす影響について解説する.●角膜上皮厚分布の見方瞳孔膜屈折矯正手術前に撮影した正常眼の1例を示す(図1).中心から直径2mm以内の中央部,直径5mm以内で中央部より周辺の環状領域を表す傍中心部8区域図1RTVue?XRAvantiで測定した正常眼(左眼)右下に角膜径6mm以内における角膜厚(左)および角膜上皮厚(右)の分布マップが表示される.全体に緑色で均一に表示されている.(57)0910-1810/20/\100/頁/JCOPYあたらしい眼科Vol.37,No.1,202057ab図2エピレーシック術後眼(図1と同一症例)a:術後1カ月の角膜および角膜上皮厚マップ.角膜はレーザー照射により菲薄しており,角膜上皮はとくに中央部から傍中心部に厚い領域がある.b:術後3カ月では角膜上皮厚分布の変化を認める.と,直径6mm以内で傍中心部よりさらに周辺の環状領域を表す中間周辺部8区域において,角膜厚と角膜上皮厚を測定し,内蔵アルゴリズムからそれぞれのマップが作成され,右下に表示される.正常眼では,角膜上皮厚はほぼ均一で,上方より下方が厚く,男性が女性より厚く,加齢に伴い上皮厚の変動が大きくなることが明らかになっている2).角膜屈折矯正手術後では直径5mm以内の角膜が薄く,角膜上皮は一部厚く表示されており,術後1カ月と3カ月では変化していることがわかる(図2).角膜上皮とBowman膜もしくは角膜実質の境界線が一致していない場合があるため,解析画像を確認し,マニュアルで修正を行う必要がある.●角膜屈折矯正術後の角膜上皮厚分布の特徴と屈折誤差に及ぼす影響わが国において,レーシックとエピレーシック術後は非手術眼と比べて角膜径5mmの範囲がすべて厚く,直径5~6mm径の中間周辺部においても厚い部分が多いことを報告した3).これは海外の報告と矛盾しておらず,人種や術式に関係なく角膜実質の変化に対して角膜上皮が代償性変化をきたすことを示す.中央部角膜上皮厚の増加が術後早期の近視の戻りに影58あたらしい眼科Vol.37,No.1,2020図3強度近視に対するエピレーシック術後眼(左眼)術後角膜上皮厚マップは橙色で全体に角膜上皮が厚いことを示す.響していると考えられてきたが,長期的な影響については不明であった.筆者らの横断研究では,中央部角膜上皮厚は術後目標屈折度からのずれ(屈折誤差)に影響しておらず,中央部と直径5~6mm径の中間周辺部の厚みの差が有意に影響していることを示した4).つまり,中央部が中間周辺部より厚くなると低矯正,薄くなると過矯正であることを示す.他の因子として年齢,性別,手術手技,術後期間は影響しておらず,屈折矯正量が屈折誤差に影響するのは既報と同様であった.強度近視に対するエピレーシック術後1年半の症例を示す(図3).角膜径6mm全体において角膜上皮が厚く,中央部と中間周辺部の厚みの差はほとんどない.測定時の屈折は正視で,裸眼視力1.5と良好であった.●おわりに角膜上皮厚の分布が角膜屈折矯正手術後の屈折誤差に影響していると考えらえる.しかし,術前から術後長期にわたる角膜上皮厚の変化や代償性変化のパターンの違いに影響する因子はわかっていない.また,長期的な影響については眼軸長延長や水晶体硬化などの影響が考えられ,角膜上皮の影響についてはさらなる検討が必要である.文献1)ChayetAS,AssilKK,MontesMetal:Regressionanditsmechanismsafterlaserinsitukeratomileusisinmoderateandhighmyopia.Ophthalmology105:1194-1199,19982)KanellopoulosAJ,AsimellisG:Invivothree-dimensionalcornealepitheliumimaginginnormaleyesbyanterior-segmentopticalcoherencetomography:aclinicalrefer-encestudy.Cornea32:1493-1498,20133)張佑子,稗田牧,脇舛耕一ほか:屈折矯正術後の角膜上皮厚分布に対する検討.日眼会誌2:114-120,20184)ChoY,HiedaO,WakimasuKetal:Multiplelinearregressionanalysisoftheimpactofcornealepithelialthicknessonrefractiveerrorpostcornealrefractivesur-gery.AmJOphthalmol.inpress2019(58)

眼内レンズ:超高速ビデオでのトーショナルフェイコの評価-Mini TipとBalanced Tipの比較

2020年1月31日 金曜日

398.超高速ビデオでのトーショナルフェイコの評価?MiniTipとBalancedTipの比較野口三太朗三栄会ツカザキ病院眼科●はじめに2013年にリリースされた半弧状形状超音波チップ“Balancedtip”(BT)は,従来のベント型チップ“Minitip”(MT)から刷新されたが,非常に特異的な印象を受ける(図1).BTは世界中で爆発的に普及し,臨床的評価は非常に高いものとなっている.理由としては,白内障の核破砕能力の高さにある.筆者は検証実験を行い,その謎に迫ることができたので以下に報告する.●振幅幅比較両チップ先端から起始部側にかけて,point1~5を0?m,1,325?m,2,650?m,3,975?m,5,035?mとして解析した(図1).チップ先端部(point1)の振幅幅は,MTが132.89?m,BTでは189.69?mであり,有意差を認めた(p=0.0022).Point5はMTが46.40?m,BTが15.15?mとBTが優位に小さかった(p=0.0022).つまり,チップ先端ではBTがMTの1.5倍近くの振幅幅であるにもかかわらず,先端から5mm付近のシャフトのブレはBTがMTの約1/3に低減していることがわかった(図2).弱拡大で両チップを撮影すると,MTでは発振によりシャフトが蛇のように蛇行しているのがわかるが,BTではほとんど蛇行していないことがわかった(図3).豚眼の涙道内視鏡での撮影では,MTでは虹彩がスリーブに触れた瞬間に虹彩脱色素を認めた.逆に,BTでは虹彩がスリーブに触れても虹彩脱色素が起こらないことが確認できた(図4).●高速カメラ映像によるキャビテーション比較BT,MTともにチップ先端部分の両サイドにキャビ(55)0910-1810/20/\100/頁/JCOPY図1BalancedTip(a)とMiniTip(b)テーションが発生しているのがわかる.シャフトに関して,MTではpoint3からpoint5以降に連続してシャフト側面にキャビテーションが発生していた.それに対し,MTではpoint3と4の中間地点でキャビテーションが発生しているが,point5ではほとんどキャビテーションが発生していないことがわかった(図5).●考按超音波チップが剛体(rigidbody)であるならば,超音波チップの挙動はトーショナル回転の中心軸であるシャフト直線部分からの遠位距離で遠位であればあるほど振幅は大きく,近位であればあるほど振幅は認められないはずである.両者ともチタン合金の同一素材,同一直径,内径で,しなりの違いは形状によるものと考えらあたらしい眼科Vol.37,No.1,202055μm250*200150100500Point1Point2Point3Point4MTBTPoint5図3弱拡大でのシャフトのブレa:BTのシャフトとその拡大図.超音波発振中でもシャフトは大きくゆがまず,ストレートにみえる.b:MTのシャフトとその拡大図.超音波発振中,シャフトがしなり,蛇のようにゆがんでいるのがわかる.図2超音波チップの振幅幅Point1ではBTが約1.5倍大きく振幅している.Point5ではBTが大きく振幅幅を下げているのに対し,MTでは振幅は減少せずに振幅が増加したままである.*Wilcoxon-MannWhitney-Utest,p<0.05.図5創口付近での虹彩脱色素の様子a:MTでは先端5mm付近のスリーブに虹彩が触れると,虹彩脱色素が発生していることがわかる(先端から5mmのところで黒くマーキングされている).b:BTではスリーブに虹彩が触れても,虹彩脱色素が発生しにくいことがわかる.図4高速カメラでのキャビテーション比較a:BT.先端の両サイド,シャフト部分ではpoint3と4の中間地点(3.5mm付近)に発生していた.b:MT.先端部両側に少量発生,point3~5(3mm以降)に発生している.れる.BTは先端のみにしなりを集中させ,シャフト部分には振幅エネルギーが発生しないようになっているが,MTでは振幅エネルギーがシャフト部分にまで逃げて,シャフト部分が振幅してしまっていると考えられる.BTは創口付近でのシャフトのぶれ,振幅が制御できているために無用なキャビテーションが発生せず,創口付近でのDI,角膜に対するダメージを大きく減少させることが可能となっていることを示していると思われる.●結論MTからBTに刷新して核破砕能力の向上と虹彩脱色素,角膜ダメージの軽減の両方を可能にしていることが示唆される.今回,超音波チップの挙動解析より明らかとなった結果をもとに,手術への再考につながれば幸いである.

写真:虹彩炎から虹彩前癒着を生じ水疱性角膜症に至った症例

2020年1月31日 金曜日

428.虹彩炎から虹彩前癒着を生じ水疱性角膜症に至った症例細谷比左志ホワイティうめだ眼科クリニック,JCHO神戸中央病院眼科細谷友雅兵庫医科大学眼科学教室図2図1のシェーマ①虹彩前癒着(で示した範囲)②瞳孔がやや鼻側に偏位③浮腫混濁の範囲(格子で示した範囲)図1初診時の左眼前眼部写真角膜の鼻側を中心に角膜の半分以上が浮腫混濁しており,瞳孔はやや鼻側に偏位している.鼻側に虹彩前癒着があり,瞳孔が鼻側に牽引されているためである.毛様充血を伴う.図3初診時のカシア像鼻側を中心に180°を超える虹彩前癒着があるため,縦断面(下図の断面線を参照)でも上下に虹彩前癒着を認める.図4DSAEK術後3カ月の前眼部写真移植片はきれいに生着しており,角膜も浮腫が取れ透明になっている.虹彩前癒着が上方にわずかに残り,瞳孔の形がやや上下に縦長となっている.前房炎症を認めない.(53)0910-1810/20/\100/頁/JCOPYあたらしい眼科Vol.37,No.1,202053例は66歳,女性.2015年11月,左眼のかすみを主訴に受診.初診時RV=0.8(1.2×sph+3.00D(cyl?1.75DAx90°),LV=0.4(0.6×sph+3.00D(cyl?2.50DAx90°)と左眼視力低下を認めた.眼圧は右眼18mmHg,左眼18mmHgと正常範囲内であった.以前に慢性の虹彩炎を指摘されたことがあったが,かゆみがあり花粉症と自分では思っていたので,眼科受診が遅れたとのことであった.右眼は異常なしであったが,左眼角膜の鼻側半分は浮腫状で水疱性角膜症の状態であった(図1~3).前房内細胞は確認できなかったが角膜後面沈着物が付着しており,鼻側から上方と下方に伸びる180°を超える虹彩前癒着がみられ(図3),毛様充血も伴っていた.内皮スペキュラー検査は角膜下方でかろうじて撮影可能で,内皮細胞密度は484/mm2と著明に低下していた.右眼中央部の内皮細胞密度は2,227/mm2であった.0.1%リンデロン点眼により消炎した後,3カ月後の2016年2月に左眼水晶体乳化吸引+眼内レンズ挿入術を施行.同時に虹彩癒着解離術を施行した.術前左眼視力は(0.3)で,白内障手術後も(0.3)であった.術後はほぼ全面の水疱性角膜症となったため,2カ月後に左眼水疱性角膜症に対しDescemet膜?離角膜内皮移植術(Descemetstrippingendothelialkeratoplasty:DSAEK)を施行した.術後経過は良好で,術後3カ月の段階で左眼角膜は浮腫がなくなり透明化し(図4),視力もLV=(1.0×sph+0.50D(cyl?0.50DAx100°)と改善がみられた.軽度の虹彩前癒着が上方に残存したため瞳孔はやや縦長に不正形であるが,今のところ問題を生じていない.ウイルス性の角膜ぶどう膜炎であった可能性が高いので,DSAEK術後も1.5%クラビット点眼と0.1%リンデロン点眼を4回/日点眼して,ゾビラックス眼軟膏を眠前に1回点入している.この症例ではウイルス性が疑われたが,手術時には消炎しており,角膜後面沈着物も消退していたため,前房水のウイルスPCR検査は陰性になる可能性が高いと考え施行していない.ウイルスの存在は証明できていないものの,慢性的な炎症の存在があったことからICE(iri-docornealendothelial)症候群は否定的で,ヘルペス属ウイルスによる虹彩炎が疑われ,内皮細胞も減少したのではないかと推測する.しかし,虹彩前癒着も慢性的に存在するとそれ自体が内皮細胞の脱落1~3)に影響し,内皮細胞密度が限界に達し,水疱性角膜症を生じる誘因になった可能性がある.本症例では虹彩前癒着の強い部位から角膜浮腫が生じてきており,この仮説を裏づける所見と考える.筆者らは虹彩前癒着により内皮細胞減少がみられる症例を,ほかに2例経験している.1例は76歳,女性で,5歳の時にハサミにより左眼鼻側角膜に外傷を受け,創自体は治癒したものの,虹彩前癒着が鼻側に残存し,内皮細胞密度が580/mm2(2019年9月時点)と著明に減少している症例.もう1例は83歳,男性で,左眼に鉄粉による外傷を受け,虹彩前癒着があり,内皮細胞密度は722/mm2(2019年2月時点)と著明に減少している.定期的に内皮細胞数を検査しており,年ごとに内皮細胞密度は少しずつ減少してきているが,幸いにも今のところ水疱性角膜症には至っていない.この2例からも,虹彩前癒着があると慢性的に内皮細胞を障害し,徐々に内皮細胞脱落に働き,内皮細胞数の減少につながることが推測された.その機序については不明であるが,虹彩前癒着の刺激により内皮細胞が障害され脱落する,あるいはICE症候群のように角膜内皮細胞が虹彩前癒着を伝わって虹彩側へ移動していく1~3)などの仮説が考えられる.しかし本当のところは不明である.今後も定期的な内皮細胞密度のチェックが必要であると思われた.文献1)SilvaL,Naja?A,SuwanYetal:Theiridocornealendo-thelialsyndrome.SurvOphthalmol63:665-676,20182)AllinghamRR,DamjiKF,FreedmanSFetal:Glaucomasassociatedwithdisordersofthecornealendothelium.In:Shields’textbookofglaucoma(AllinghamRR,DamjiKF,FreedmanSFetal:eds),Chapter16,6thedition,Lippin-cottWilliams&Wilkins,p262-271,20113)今井和行,澤田英子,福地健郎:うつむき位超音波生体顕微鏡検査を施行したレーザー虹彩切開術後に角膜内皮細胞が減少しているプラトー虹彩の2症例.日眼会誌119:68-76,2015

後眼部色素性病変-脈絡膜母斑,脈絡膜メラノーマ,視神経乳頭黒色細胞腫

2020年1月31日 金曜日

後眼部色素性病変─脈絡膜母斑,脈絡膜メラノーマ,視神経乳頭黒色細胞腫MelanoticTumorsoftheOcularFundus古田実*はじめに後眼部に生じる原発性色素性病変は,メラニン産生細胞である網膜色素上皮細胞と脈絡膜のメラノサイト,母斑細胞などが原因である.本来はその色調から,疾患の鑑別は容易であるはずであるのに,中間透光体の混濁,網膜の色調変化,網膜?離,網膜色素上皮の変性,反応性病変,転移性病変,そして無色素性病変の存在などが鑑別診断をむずかしくする.本稿においては,代表的な腫瘍性病変の典型例と非典型例をアトラス形式で解説する.I脈絡膜母斑脈絡膜に生じた母斑細胞母斑である.母斑細胞は神経堤由来ではあるが,メラノサイトやSchwann細胞のどちらにも分化できなかった中途半端な組織である.青色母斑や太田母斑のように,メラノサイトが過剰に増生している病態よりは悪性黒色腫(メラノーマ)には遠いといえる.実際に,脈絡膜母斑の悪性化率は8,845病変に1つであるが1),太田母斑患者の眼底メラノーシスのメラノーマ発症率は400例に1人であることが知られている2,3).臨床所見のバリエーションはとても多く,診断に苦慮することもある.病変自体の所見と,付随する変化のバリエーションをいくつか呈示する.脈絡膜母斑診断後の臨床上のポイントは,①視力低下の原因となるか,②悪性化のリスクはあるか,の2点に絞られる.大きな母斑と小さなメラノーマを鑑別するためには,眼底画像診断をもとにした危険因子を参考にする4).全部で6種類あり“ToFindSmallOcularMelanomaDoingImaging”(TFSOM-DIM)と語呂合わせされている.Thickness腫瘍厚>2mm(超音波検査),Fluidsubreti-nal網膜?離(OCT),Symptomsvisionloss視力低下(視力),Orangepigmentオレンジ色素(眼底自発蛍光),Melanomahollow腫瘍内低反射(超音波検査)とDIaMeter腫瘍径>5mm(眼底写真)である.これらの危険因子から,統計学的に5年後にメラノーマに移行する危険率は,0因子で1%(ハザード比HR0.8),1因子で11%(HR3.09),2因子で22%(HR10.6),3因子で34%(HR15.1),4因子で51%(HR15.2),5因子で55%(HR26.4)であり,臨床的には,4因子以上をもつ病変はメラノーマと診断することが推奨されている.危険因子の中でも,腫瘍厚,網膜?離,オレンジ色素はもっとも重要な所見である.オレンジ色素は眼底自発蛍光で過蛍光を呈する,網膜後面の斑状沈着物として観察される.1.典型的な脈絡膜母斑(図1)脈絡膜母斑は,脈絡膜上腔(suprachoroidalspace)を基底にした鏡餅型に発育し,基底は円形で頂点部分も不整形にはならない.OCTや超音波断層検査(Bモードエコー)では,境界明瞭で内部の構造はメラニン色素により透見不可能である.脈絡膜上腔からBモードエコーで計測した腫瘍厚は,2mm未満であることが多く,◆MinoruFuruta:福島県立医科大学医学部眼科学講座〔別刷請求先〕古田実:〒960-1295福島県福島市光が丘1福島県立医科大学医学部眼科学講座(0910-1810/20/\100/頁/JCOPY(41)41図1典型的な脈絡膜母斑(修飾され変化がない病変)a:カラー眼底.右眼中心窩上方の脈絡膜母斑.b:OCT.脈絡膜内に高反射腫瘤があり,軽微な隆起がある.c:EDI-OCT.脈絡膜内高反射腫瘤は,鏡餅型に脈絡膜上腔側に基底がある.d:bの拡大.脈絡膜毛細管板は保たれており(→),網膜の各層にも途切れはない.e:Bモードエコー.腫瘤は高反射を呈する(→).f:FA中期像.腫瘤による.絡膜の背景蛍光はブロックされる.g:FA後期像.腫瘤と周囲組織からの蛍光漏出はない.h:IA早期像.腫瘤による蛍光ブロックがある.腫瘍内血管はない.i:IA後期像.低蛍光のままで,新生血管はない.頂点付近の網膜色素上皮(retinalpigmentepithelium:RPE)は腫瘍の大きさによりさまざまな程度で障害される.小さな病変では脈絡膜毛細管板は障害されていない.フルオレセイン蛍光造影(?uoresceinangiogra-phy:FA)およびインドシアニングリーン蛍光造影(indocyaninegreenangiography:IA)では造影早期から後期まで一貫して低蛍光を示し,蛍光漏出や組織染もみられず,病変への栄養血管や内部の異常血管はない.病変上の網膜色素上皮障害の程度に応じて造影早期から蛍光漏出のない過蛍光を呈するtransmissiondefect(windowdefect)がみられる.大きな脈絡膜母斑(図2),RPE変性の強い脈絡膜母斑(図3),新生血管を伴った脈絡膜母斑(図4),脈絡膜母斑と鑑別を要する先天性網膜色素上皮肥大(図5)を示す.II脈絡膜メラノーマ脈絡膜メラノーマは,脈絡膜メラノサイトの悪性腫瘍であり,成人の原発性眼内悪性腫瘍の中ではもっとも高頻度である.とはいえ,わが国での年間新規患者数は100例に満たないまれな疾患である.脈絡膜メラノーマは,ほぼ全例に漿液性網膜?離か硝子体出血を伴っており,腫瘍上のRPEはさまざまな修飾を受けて多彩な色調を呈する.また,腫瘍自体のメラニンの多寡によるバリエーションがあるため,近年普及した広角眼底カメラと広角OCTを用いたmultimodalimagingを駆使しての判断がきわめて有用である.眼底画像検査以外に,メラノーマの放射線学的検査でもっとも特異性が高いのは,123I-IMPシンチグラム(脳血流シンチ)の24時間像である5).一般的に用いられる18F-FDG-PETよりも感度と特異性が高いとされている.皮膚メラノーマとは異なり,患者は自覚症状が出てからの初診となるため,すでに大きな腫瘍になっていることも多く,生命予後の改善に対する大きな障壁となっている.せめて,受診後には迅速な診断と治療が提供できるよう最大限の配慮が必要である.1.典型的な脈絡膜メラノーマ(図6)脈絡膜メラノーマは,脈絡膜母斑と同様に脈絡膜上腔を基底に発育し,基底は基本的には円形であるが,浸潤性発育のため不整形となることもある.垂直方向のもっとも特徴的な発育形態は,Bruch膜を破って発育するマッシュルーム型であるが,実際には半数例はドーム型となる.病変上のRPEはさまざまな程度の変性が生じ,白色にみえることも多い.漿液性網膜?離は必発であるが,滲出を伴うことはまれである.Bモードエコー検査では,腫瘍内部は特徴的に低反射を示し,正常脈絡膜とのコントラスト(choroidalexcavation)が生じており,診断的意義は高い.微細な強膜外浸潤などもエコ-で検出可能である.眼底自発蛍光では,オレンジ色素の検出性にも優れる.OCTでは,腫瘍上の網膜浮腫や網膜?離が検出され,?胞様黄斑浮腫(cystoidmacularedema:CME)は眼底周辺部に病変がある場合でも生じる.大きな病変では撮影が困難であるが,OCT-angiog-raphy(OCTA)は,腫瘍表面の新生血管を鮮明に描出できる.FAでは,腫瘍上のびまん性蛍光漏出と網膜血管と乳頭からの反応性蛍光漏出があり,CMEがみられる.IAでは,腫瘍内血管が透見されてループ形成や血管拡張がみられ,doublelayerサインとして観察されることがあり,生命予後不良因子の一つに加えられている.IAでみられる低蛍光領域は,病変の大きさを正確に示しており,検眼鏡所見より大きいことがわかる.びまん性発育した脈絡膜メラノーマ(図7),周辺部に生じたマッシュルーム型メラノーマ(図8),脈絡膜メラノーマと鑑別を要する網膜色素上皮腺腫(図9)を示す.III視神経乳頭黒色細胞腫視神経乳頭黒色腫は,先天性非遺伝性病変であり,発症頻度には人種差がない.メラニン色素量が豊富なため,診断は容易である.しかし,視神経乳頭を超えた範囲に色素性病変がある場合,乳頭原発の黒色細胞腫の網脈絡膜浸潤と,傍乳頭脈絡膜母斑やメラノーマの乳頭浸潤を区別するのがむずかしいときがある.補助画像検査には,超音波断層検査,OCT,OCTA,眼底自家蛍光,FA,IA,大きな病変にはMRIなどを行う.視神経乳頭黒色細胞腫が発育しないとの誤った記述をみることがあるが,実際には視力低下は10年で18%の症例に生じ,腫瘍の拡大は5年で11%,10年で32%に生じる6).視図2大きな脈絡膜母TFSOM-DIMのうち,5/6危険因子が陽性のため,厳格な管理と患者との相談を要する例.a:カラー眼底.左視力(0.6),耳側に大きな脈絡膜母斑があり,中心窩を含む範囲に網膜?離がある.頂点では網膜への浸潤を疑わせる所見がある(→).その下方にはオレンジ色素がある(丸印).Bモードエコーでは,高反射を呈し,大きさは基底11mm,腫瘍厚は2.1mmであった.b:OCT.中心窩下に近接する脈絡膜腫瘤があり,網膜?離を伴っている.腫瘤上のRPE障害は高度である.c:青色自発蛍光.帯状過蛍光は,網膜?離が下方に広がる部分である.オレンジ色素に一致して過蛍光斑がある(丸印).d:FA静脈相.RPE障害部位から蛍光漏出があり,後期にはびまん性蛍光漏出が生じた.e:IA静脈相.腫瘍内に異常血管網はない.図3RPE変性の強い脈絡膜母斑(TFSOM?DIMリスクなし)a:カラー眼底.右眼耳側に表面が白色調の腫瘤がある.b:OCT.腫瘤上には網膜?離はなく,腫瘤内部は色素性病変のため,高反射である.RPE障害が強く,古いドルーゼンとRPE変性による変化と考えられる.c:Bモードエコー.腫瘤の基底4.7mm,厚1.6mmで腫瘤内は高反射であった.図4新生血管を伴った脈絡膜母斑a:カラー眼底.右眼中心下耳側に赤橙色の隆起と網膜下沈着物と網膜?離があり,一見加齢黄斑変性に似た所見を呈する.b:EDI-OCT.網膜下沈着物と網膜?離があり,網膜色素上皮は緩やかに隆起している.脈絡膜内には脈絡膜上腔を基底にした鏡餅型の高反射陰影があり,脈絡膜母斑と考えられる.c:IA中期像.赤橙色隆起の部分に脈絡膜新生血管があり,脈絡膜母斑を背景にして生じたものと考えられる.d:FA後期像.病変に一致した旺盛な蛍光漏出がある.図5脈絡膜母斑と鑑別を要する先天性網膜色素上皮肥大a:カラー眼底.左眼鼻側に扁平で花びら型の色素性病変があり,病変内には色素脱失が散在する.b:OCT.粗造なRPEが1層あり,病変上の網膜蓋層は消失している.網膜内層の構造は保たれている.網膜?離はない.病変は大きめであるが,典型的な先天性網膜色素上皮肥大(congenitalhyper-trophyoftheretinalpigmentepi-thelium:CHRPE)である.図6典型的な脈絡膜メラノーマa:カラー眼底.右眼上方アーケード血管付近に灰白色の隆起性病変があり,周囲には網膜?離がある.病変の下縁に沿ってオレンジ色素のある(点線).b:Bモードエコー.病変の大きさは基底12mm,腫瘍厚5.3mmで,病変内部は低反射であり,正常脈絡膜との間にchoroidalexcavationがある(→).c:EDI-OCT.黄斑には?胞様黄斑浮腫があり腫瘍辺縁に網膜?離がある.病変の深部は中心窩下近傍に迫る(→).病変内は高反射で観察不可能である.脈絡膜毛細管板と網膜色素上皮の障害が著しく,病変の表面は不整である.d:OCTA網膜全層enface像.インセットの病変条目膜断面の血流信号は,著しく亢進している.Enface画像で,病変表面の毛細血管が増生していることがわかる.e:眼底自発蛍光.病変上のRPEは低蛍光であるが,aに示すオレンジ色素がある病変下縁では,過蛍光斑がある.f:FA中期像.病変表面の毛細血管は拡張し,蛍光漏出がある.黄斑にも?胞様浮腫が確認できる.g:IA早期像.病変自体は蛍光ブロックを呈し,病変内の異常血管はみられない.図7びまん性発育した脈絡膜メラノーマa:カラー眼底.左眼耳側に色素性脈絡膜病変があり,びまん性に発育している.黄斑には網膜?離とオレンジ色素がある(点線).b:IA中期像.カラー眼底写真でみられる範囲を遙かに上回る視神経乳頭に達する範囲で,病変による脈絡膜蛍光のブロックがある.びまん性発育した脈絡膜メラノーマであり,最大基底長は約20mm,腫瘍厚は3.1mmであった.AmericanJointCommissiononCancer(AJCC)のTNM分類では,生命予後不良のT4に分類される.c:眼底自発蛍光.aに示す黄斑のオレンジ色素は,斑状過蛍光を呈する.図8周辺部に生じたマッシュルーム型メラノーマa:カラー眼底.右眼上耳側周辺部に基底がある黄白色の腫瘤が視軸を遮っている.色調はRPEの変性により生じており,腫瘤自体は色素性である.b:Bモードエコー.腫瘤はマッシュルーム型で,基底13mm,腫瘍厚12mmで,網膜?離を伴う.腫瘤内部は高反射である.眼球外への浸潤はない.図9脈絡膜メラノーマと鑑別を要する網膜色素上皮腺腫a:カラー眼底.左眼黄斑耳側に色素性腫瘤があり,周囲には滲出性網膜?離がある.色素性腫瘤は網膜に浸潤し,網膜の牽引も生じている.脈絡膜メラノーマでは硬性白斑の滲出を生じることは少なく,網膜への明らかな浸潤や穿孔は相当進行してから生じる.また,網膜表面の増殖性変化は,網膜色素上皮腫瘍の特徴である.b:FA中期像.上下の網膜アーケード血管が腫瘍を栄養しており,旺盛な蛍光漏出がある.栄養血管は基本的には,脈絡膜メラノーマは脈絡膜血管,色素上皮腫瘍は網膜血管である.網膜色素上皮腫瘍は,眼底後極に生じることはまれであり,通常は眼底周辺部に生じる.このため,十分な眼底画像検査ができなかったが,広角眼底カメラの普及により,鑑別しやすくなることが期待される.力・視野障害は腫瘍による直接的な視神経線維束障害,視神経乳頭や視神経篩板内での圧迫性視神経線維束障害,腫瘍局在によるMariotte盲点拡大の三つの因子に分類できる.非常にまれに,腫瘍壊死による色素の硝子体内播種,発育による網膜中心静脈閉塞がみられるほか,視神経乳頭黒色細胞腫の2%にメラノーマへの転化が生じるため,長期の経過観察が必要である.1.典型的な視神経乳頭黒色細胞腫(図10)高度のメラニン色素を伴った結節性病変が視神経乳頭内にみられ,若年患者や腫瘍の増大時には,圧排された視神経乳頭に浮腫が生じる.年月の経過とともに視神経乳頭は萎縮する.Bモードエコーでは高反射の結節が乳頭上にみられ,視神経篩板を超えた発育があるかを確認できる.球後の病変が疑われる場合にはMRI検査を行う.OCTでは乳頭拡大とその領域を超えた腫瘍浸潤が網脈絡膜にあるかどうかを確認できる.また,腫瘍上の視神経線維束が菲薄している場合には,視野障害が強いことが予測される.静的視野検査は,腫瘍による直接障害.間接障害,Mariotte盲点拡大の三成分に分けて観察するとよい.眼底自発蛍光撮影では,青色光に対してはRPEや網膜はないために低蛍光を示すが,メラニン色素が豊富なため赤外光には自発蛍光を示す.FA,IAともに初期から後期まで腫瘍は低蛍光であるが,視神経乳頭浮腫の部分はFA早期から旺盛な蛍光漏出がみられる.腫瘍からの滲出がみられる場合は,典型例ではない.大きめの視神経乳頭黒色細胞腫(図11),視神経乳頭黒色細胞腫の脈絡膜浸潤(傍乳頭脈絡膜母斑もしくはメラノーマの視神経乳頭浸潤との鑑別を要する例)(図12)を示す.おわりに眼底に生じる色素性病変は多数あるが,もっとも重要なのは,脈絡膜悪性黒色腫(メラノーマ)との鑑別である.隆起性病変が,どの部位のどの深さにあるのか,どの血管から栄養を受けているか,周囲組織にはどのような障害が生じているか,などに注目して眼底画像診断を行うのが鉄則である.鑑別に困る病変がある場合には,眼腫瘍もしくは眼底画像診断のスペシャリストに迷わず図10典型的な視神経乳頭黒色細胞腫a:カラー眼底.左眼視神経乳頭の下方縁を中心に色素性腫瘤がある.腫瘤は視神経乳頭を超えているようにみえる.上方の視神経乳頭には浮腫が生じている.網膜血管は腫瘤の表面にあるが,一部色素により走行がみえない部分がある(*).網膜血管のうっ血はなく,網膜?離,滲出斑や出血はない.b:Bモードエコー.視神経乳頭上に高反射の腫瘤があり,ダンベル型に発育して乳頭篩板後方にも病変が拡大しているようにみえる.眼窩MRIでは明らかな眼球外への浸潤はなかった.c:OCT.高反射の腫瘤のため,内部構造は不明である.腫瘤上には菲薄した網膜神経線維があり,顆粒状高反射がみられる.浮腫のため,視神経乳頭組織は本来の辺縁(→)を超えている.腫瘤の辺縁で,網膜,脈絡膜への浸潤・拡大はない.d:Humphrey視野検査.鼻側の視野欠損と盲点拡大がある.上下の成分で分けると,腫瘤による直接視神経線維束障害で上鼻側欠損,続発した視神経乳頭浮腫による下鼻側視野欠損,腫瘤自体のブロックによる上方盲点拡大がある.e:青色光自発蛍光.腫瘤は低蛍光で,周囲の網膜色素上皮にも障害はない.f:赤外光自発蛍光.腫瘤内のメラニン色素により過蛍光を呈する.g:FA中期像.腫瘤は造影早期から後期まで低蛍光であり,周囲の網膜組織に反応性変化やうっ血がない.腫ロックされている.上方の視神経乳頭浮腫がある.h:IA静脈相.腫瘤は造影早期から後期まで低蛍光であり.腫瘤内血管は観察されない.腫瘤上の網膜血管は部分的に蛍光ブロックされている.図11大きめの視神経乳頭黒色細胞腫a:カラー眼底.色素性腫瘤は視神経乳頭下鼻側を中心に視神経乳頭のほぼ全体と周囲の脈絡膜へ発育している.上耳側視神経乳頭は萎縮している.腫瘤上の網膜血管は一部走行が追えない部分があり,動脈は白鞘化している.腫瘤の上耳側縁で視神経乳頭表面にメラニン色素が露出している(→)が,硝子体内への播種はない.腫瘤による網膜浮腫,網膜?離,滲出性変化や血行障害はない.b:OCTA全層enface画像.FAでは描出されない腫瘤上の毛細血管が克明に描出されている.カラー眼底写真ではみえない腫瘤上の網膜血管も描出されている.c:OCTA断面像.腫瘤表面の乳頭上組織内の血流が亢進している.腫瘤内は観察不能で,この断面では視神経乳頭周囲の網膜と脈絡膜への水平方向の浸潤を示唆する所見はない.図12視神経乳頭黒色細胞腫の脈絡膜浸潤傍乳頭脈絡膜母斑もしくはメラノーマの視神経乳頭浸潤との鑑別を要する例.a:カラー眼底.右眼視神経乳頭鼻側辺縁に結節状色素性腫瘤があり,周囲の脈絡膜に色素沈着がある.視神経乳頭への浸潤が疑われる.b:OCT.傍視神経乳頭に結節性病変があり,内部の観察は不能である.視神経乳頭と腫瘤上のグリアや視神経乳頭線維には菲薄がなく,顆粒状高反射所見はない(→).脈絡膜側に高反射病変が広がっており,ellipsoidzoneとRPEの障害がある()が,脈絡膜毛細管板は保たれている(横線).鼻側の高反射病変の辺縁は境界が明瞭であり,色素病変が脈絡膜の浅層に局在していることが疑われる.脈絡膜母斑やメラノーマにみられる脈絡膜上腔を基底とした発育形態とは異なる.脈絡膜内のメラニン色素が亢進した状態であり,黒色細胞腫の浸潤と考えられる.紹介し,メラノーマの早期診断に結びつくよう,広く眼科医にご協力いただきたい.文献1)SinghAD,KalyaniP,TophamA:Estimatingtheriskofmalignanttransformationofachoroidalnevus.Ophthal-mology112:1784-1789,20052)ShieldsCL,KalikiS,LiveseyMetal:Associationofocu-larandoculodermalmelanocytosiswiththerateofuvealmelanomametastasis:analysisof7872consecutiveeyes.JAMAOphthalmol131:993-1003,20133)SinghAD,DePotterP,FijalBAetal:Lifetimepreva-lenceofuvealmelanomainwhitepatientswithoculo(der-mal)melanocytosis.Ophthalmology105:195-198,19984)ShieldsCL,DalvinLA,Ancona-LezamaDetal:Choroi-dalnevusimagingfeaturesin3,806casesandriskfactorsfortransformationintomelanomain2,355cases:The2020TaylorR.SmithandVictorT.CurtinLecture.Retina39:1840-1851,20195)GotoH:Clinicale?cacyof123I-IMPSPECTforthediagnosisofmalignantuvealmelanoma.IntJClinOncol9:74-78,20046)ShieldsJA,DemirciH,MashayekhiAetal:Melanocyto-maofopticdiscin115cases:The2004SamuelJohnsonMemorialLecture,part1.Ophthalmology111:1739-1746,2004

後眼部非色素性脈絡膜病変-局限性脈絡膜血管腫,脈絡膜骨腫,転移性脈絡膜腫瘍,Vogt-小柳-原田病

2020年1月31日 金曜日

後眼部非色素性脈絡膜病変─局限性脈絡膜血管腫,脈絡膜骨腫,転移性脈絡膜腫瘍,Vogt-小柳-原田病PosteriorNon-PigmentedChoroidalLesions後藤浩*I限局性脈絡膜血管腫脈絡膜に生じる代表的な良性腫瘍のひとつである血管腫には,限局性(孤立性)脈絡膜血管腫と,Sturge-Weber症候群に合併するびまん性脈絡膜血管腫がある.限局性脈絡膜血管腫は,通常,眼底後極部に数乳頭径大の赤橙色を呈する境界がやや不明瞭な,わずかな隆起性病変として観察される.腫瘍の直上の網膜には漿液性網膜?離や網膜分離症が,黄斑部には浮腫や漿液性網膜?離を生じることがあり,これらの変化は光干渉断層計(opticalcoherencetomography:OCT)で確認することができる(図1).フルオレセイン蛍光造影(?uoresceinangiography:FA)では造影早期,すなわち動脈相の段階で本症に特徴的な腫瘍内の網目状~斑状の過蛍光を示し,経時的に過蛍光が増強し,後期になると腫瘍全体が組織染による過蛍光を示すとともに,部分的には低蛍光領域もみられるようになる(図2).同様の所見はインドシアニングリーン蛍光造影(indocyaninegreenangiog-raphy:IA)でも捉えることができる(図3).超音波断層検査では内部反射の高い充実性の腫瘤として描出される(図4).II脈絡膜骨腫10~20歳代の若年女性に診断されることの多い,骨化を伴う脈絡膜腫瘍である.眼底後極部,とくに視神経図1限局性脈絡膜血管腫視神経乳頭の鼻側に3~4乳頭経大の,赤橙色を呈するわずかな隆起を伴った病変がみられる(a).OCTでは脈絡膜の腫瘤に一致した網膜色素上皮の隆起と直上の網膜分離が描出されている(b).腫瘍から離れた黄斑部にも漿液性網膜?離を生じている(c).◆HiroshiGoto:東京医科大学臨床医学系眼科学分野〔別刷請求先〕後藤浩:〒160-023東京都新宿区西新宿6-7-1東京医科大学臨床医学系眼科学分野(0910-1810/20/\100/頁/JCOPY(33)33図2限局性脈絡膜血管腫黄斑を含む眼底後極部の血管腫(a).FAでは網膜血管が充盈される前の造影早期の段階で腫瘍内の血管が描出されている(b).経時的に不規則な過蛍光を示し(c),後期には組織染による過蛍光と,一部は低蛍光を呈している(d).図3限局性脈絡膜血管腫図2と同一症例のIA所見.内の血管が描出され(a),徐々に腫瘍全体が過蛍光を示している(b~d).図4限局性脈絡膜血管腫視神経乳頭上方の脈絡膜血管腫.黄斑を含む眼底後極部に漿液性網膜?離()を生じている(a).超音波断層検査では高い内部反射を呈する充実性の腫瘤が描出されている(b).図5脈絡膜骨腫視神経乳頭に接するような,隆起に乏しい黄橙色の病変(a).FAでは造影早期から病巣に一致して過蛍光を示し(b),後期に至るまで大きな変化はみられない(c,d).乳頭周囲に生じることが多く,典型例では黄橙色の境界明瞭な病巣を呈するが,隣接する網膜色素上皮の障害や腫瘍内の脱灰の有無や程度によって色調はバリエーションに富む.初期には扁平な病巣も,経過とともに隆起や凹凸を生じることがある.多くは片眼性であるが,約1/4は両眼に発症し,その場合は左右対称性の眼底所見を呈することが多い.漿液性網膜?離のほか,脈絡膜新生血管を生じることがあり,網膜出血を繰り返す.骨腫図6脈絡膜骨腫黄橙色で比較的境界が明瞭な,わずかに隆起を伴った腫瘍(a).OCTでは脈絡膜に充実性の病変がみられ,その上には漿液性の網膜?離を生じている(b).図7脈絡膜骨腫視神経乳頭の上耳側に橙色の境界明瞭な病変がみられ,乳頭の下耳側には本症の初期病巣と思われる同様の小病変が観察される(a).超音波断層検査では眼底病変に一致して高いエコー反射がみられ(b),その後方には音響陰影(acousticshadow)を生じている(b).図8脈絡膜骨腫X線CTでは,水平断(a),冠状断(b)のいずれも眼球壁に沿った骨化を示す高吸収域が描出されている.に隣接した網膜色素上皮も変性による不整や肥厚を示し,網膜は徐々に菲薄化していく.FAでは造影早期から病巣に一致して組織染による過蛍光を呈し,後期に至るまで過蛍光が持続し,大きな変化はみられない(図5).OCTでは脈絡膜の骨腫に一致した部分が限局性の占拠性病変を示し,網膜色素上皮が硝子体腔側に隆起している様子がわかる(図6).超音波断層検査では骨腫に一致して限局性の高いエコー反射を示し,その後方には音響陰影(acousticshadow)がみられるのが特徴である(図7).X線CTでは骨腫に一致した部分の眼球壁に限局性の高吸収域を認める(図8).図9転移性脈絡膜腫瘍肺腺癌の脈絡膜への転移.眼底後極部に境界がやや不明瞭な隆起性病変がみられる(a).FAでは転移病巣内の顆粒状,斑状の過蛍光が時間とともに拡大し(b,c),後期には組織染による過蛍光を呈している(d).病巣を縁取るような帯状の低蛍光は本症にしばしばみられる特徴的所見である.図10転移性脈絡膜腫瘍黄斑耳側の境界不明瞭なわずかな隆起を伴った黄白色病巣.肺腺癌の脈絡膜転移である(a).OCTでは黄斑から耳側にかけて網膜の隆起がみられるとともに,耳側の網膜色素上皮の不整,肥厚所見と,その上には漿液性網膜?離がみられる(b).III転移性脈絡膜腫瘍肺癌や乳癌をはじめとする全身の悪性腫瘍は,血流豊富な脈絡膜に転移をきたすことがある.転移性脈絡膜腫瘍の眼底所見は多彩であるが,一般に転移が成立した初期には扁平な限局性の斑状病巣を形成し,次第に病巣の拡大や肥厚がみられる.境界は不明瞭なこともあれば明瞭なこともある.しばしば周囲に漿液性網膜?離を生じ,全?離に至ることもある.片眼に複数の転移巣を生じるほか,両眼に転移する場合もある.FAは随伴する漿液性網膜?離や網膜色素上皮の障害に応じてさまざまな所見を呈するが,一般に病巣に一致図11Vogt-小柳-原田病右眼(a),左眼(b)のいずれも眼底後極部を中心とした多房性の滲出性網膜?離がみられる.図12Vogt-小柳-原田病FAの造影早期には点状,斑状の蛍光色素の漏出とともに,小円形の低蛍光斑が散在している(a).経時的に蛍光色素の漏出が拡大し(b,c),後期には滲出性網膜?離に一致した房状の蛍光色素の貯留が観察される(d).して造影早期から不規則な斑状過蛍光を示し,中~後期にかけて次第に過蛍光が増強していく.しばしば病巣周囲に帯状の低蛍光領域が観察される(図9).OCTでは網膜色素上皮が隆起を示し,漿液性網膜?離や網膜の菲薄化がみられる(図10).IVVogt-小柳-原田病脈絡膜や皮膚などに存在するメラノサイトを標的とし図13Vogt-小柳-原田病広角眼底撮影装置によるFAでは,本症に特徴的な多房性の蛍光色素の貯留に加え,しばしば眼底周辺部に網膜血管炎による蛍光色素の漏出がみられる.図14Vogt-小柳-原田病OCTでは多房性の滲出性網膜?離が明瞭に観察される.脈絡膜は強膜との境界が判然としないほど肥厚している(a).ステロイドの全身投与による治療の結果,滲出性網膜?離は消失し,脈絡膜もほぼ正常レベルに回復している(b).た炎症を生じる,広義の自己免疫性疾患であり,晩期にはメラニン色素の消失をもたらす.発症急性期には脈絡膜に広範な肉芽腫性炎症を生じ,典型例では両眼に多房性の漿液性網膜?離をきたす(図11).FAでは造影早期の点状,斑状の蛍光色素の漏出と小円形の低蛍光スポットが散在し,徐々に色素の漏出が拡大,後期には滲出性網膜?離に一致して蛍光色素の貯留が観察される(図12).眼底の最周辺部にはしばしば網膜血管からの色素の漏出がみられ,これは広角眼底カメラを用いた観察で明らかになることが多い(図13).OCTでは眼底後極部の滲出性網膜?離が明瞭に描出される.また,?離した網膜下に線維素の析出や,網膜色素上皮の波打ち所見がみられることもある.急性期には浸潤した炎症細胞および類上皮細胞からなる肉芽腫によって脈絡膜が著しく肥厚し,強膜との境界が描出されなくなる.一方,副腎皮質ステロイドを中心とした治療によって炎症が消退していくにつれて網膜?離は消失し,脈絡膜厚も正常化していく(図14).文献1)ShieldsJA,ShieldCL:Intraoculartumors.AnAtlasandTextbook,3rded,WoltersKluwer,20162)後藤浩:眼内腫瘍アトラス.医学書院,20193)KimP,SunHJ,HamDI:Ultra-wide-?eldangiography?ndingsinacuteVogt-Koyanagi-Haradadisease.BrJOphthalmol103:942-948,2019

後眼部非色素性網膜病変-網膜硝子体リンパ腫,網膜血管増殖性腫瘍,網膜星状膠細胞過誤腫

2020年1月31日 金曜日

後眼部非色素性網膜病変─網膜硝子体リンパ腫,網膜血管増殖性腫瘍,網膜星状膠細胞過誤腫Non-PigmentaryRetinalTumors石田友香*相馬亮子**高瀬博**はじめに近年の画像診断機器の発達は,光干渉断層計(opticalcoherencetomography:OCT)による高解像度の網脈絡膜断層像を,また超広角眼底撮影装置による眼底最周辺部までの撮影と眼底造影検査を,それぞれ可能としている.網膜腫瘍性疾患は,その診断においてこれらの画像診断機器の恩恵を受けている領域の一つであり,複数の眼底解析画像を統合的に判断することによって,より正確な診断と深い所見の解釈を行うことが可能となっている.本稿では,非色素性の後眼部網膜病変として,網膜硝子体リンパ腫(vitreoretinallymphoma:VRL),網膜血管増殖性腫瘍(retinalvasoproliferativetumor:VPT),網膜星状膠細胞過誤腫について,その形態的特徴を概説する.I網膜硝子体リンパ腫VRLは,ぶどう膜炎様の臨床像を呈する仮面症候群のなかでももっとも頻度の高い疾患である.非ホジキンリンパ腫の1%未満に発症する非常にまれな病型であり1),その大半はびまん性大細胞型B細胞リンパ腫であることが知られている2).発症様式としては,眼内原発のVRL(primaryvitreoretinallymphoma:PVRL),中枢神経系(centralnervesystem:CNS)リンパ腫に伴うものに分類される.他臓器からの血行性転移により生じる眼内リンパ腫の多くは脈絡膜リンパ腫の形態をとることが多い.VRLはわが国のぶどう膜炎原因疾患に関する疫学調査研究ではぶどう膜炎の約1.5%を占め3,4),感染性または非感染性のぶどう膜炎との鑑別診断が重要である.診断は,以下に述べる画像診断による形態的特徴の検出に加え,おもに硝子体液を用いた病理細胞診,セルブロック法による組織診,フローサイトメトリー,免疫グロブリン遺伝子再構成の検出,MYD88遺伝子変異,サイトカイン濃度測定などを用いて行う5~8).眼局所治療としてはメトトレキサート硝子体内注射,放射線照射などが行われるが,PVRLに対して全身化学療法が生命予後を改善させるとの報告もなされている9,10).VRLの典型的な臨床像には硝子体混濁と網膜病変がある.これらの診断には,OCTによる硝子体細胞と網膜病変の観察,眼底自発蛍光などが有用である.VRLの硝子体混濁はびまん性であり,オーロラ状,ヴェール状などと表現される(図1a).硝子体細胞は大型であり,細隙燈顕微鏡により明瞭に観察することができる(図1b).微細な硝子体混濁も,OCTにより網膜表面の毛羽立ち様の病変として観察することができ(図1c),治療反応性の判断にも有用である(図1d).網膜病変は,典型的には網膜色素上皮下に境界明瞭,不整形の黄白色隆起性病変としてみられ,その表面にはしばしば色素塊が散在する(図2a).網膜下病変は,眼底自発蛍光でしばしば高自発蛍光を呈する.自然経過または治療介入により消退すると網膜色素上皮の萎縮を生じ,それにより同部位は低自発蛍光となる11).この高自発蛍光と低自発傾向部位はしばしば同一眼底に混在する◆TomokaIshida:杏林大学眼科学教室**RyokoSoma&**HiroshiTakase:東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科眼科学〔別刷請求先〕高瀬博:〒113-8519東京都文京区湯島1-5-45東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科眼科学(0910-1810/20/\100/頁/JCOPY(23)23図1眼内リンパ腫にみられる硝子体混濁a:眼内リンパ腫患者の左眼眼底写真.オーロラ状,ヴェール状などと表現されるびまん性硝子体混濁がみられる.b:細隙燈顕微鏡により観察される前部硝子体細胞.大型の細胞が濃厚に観察される.c:眼内リンパ腫の再発が疑われた患者の光干渉断層計(OCT)像.網膜面上に毛羽立ち様の変化が観察され,リンパ腫細胞の眼内浸潤が疑われる.d:メトトレキサートの硝子体注射により,cでみられた網膜面上の毛羽立ち様変化は消失している.(図2b).網膜下隆起性病変部のOCTでは網膜色素上皮下,Bruch膜上に腫瘤性病変が存在する(図2c,d).また,検眼鏡的に網膜病変が明らかではない部位においても多発性に斑状高自発蛍光がみられることがあり,診断的価値は高い(図3).網膜病変は網膜内への浸潤像を呈することもあり,この場合はぶどう膜炎との鑑別が困難なことが多い.検眼鏡的には境界不明瞭な網膜黄白色病変として視神経乳頭を含んだ後極部に観察されることが多く,網膜の浮腫と出血を伴う(図4a).網膜浸潤部位の自発蛍光は低自発蛍光となるが,病変の辺縁部において多発性の斑状高自発蛍光を呈する(図4b).OCTでは肥厚した網膜の内部構造は不明瞭となっており,特異性の高い所見は得られないが,高深達OCTでは網膜下に浸潤病変が同定され(図4c),健常網膜との境界付近においては網膜色素上皮内または上下に境界明瞭,円形または不整形の斑状図2眼内リンパ腫患者の網膜下隆起性病変a:眼底中間周辺部の網膜下に大小不同,不整形の境界明瞭な網膜隆起性病変が散在している.一部は表面に色素塊の散在がみられる.血管アーケード耳側には網膜色素上皮萎縮がみられる.b:眼底自発蛍光により,網膜下黄白色隆起性病変は高自発蛍光を呈する.網膜色素上皮萎縮部位は低自発蛍光となっている.血管アーケード内および視神経乳頭鼻側には,顆粒状の高自発蛍光点が多数みられる.c:網膜隆起性病変(aの赤線部分)の光干渉断層計(OCT)像.網膜色素上皮下,Bruch膜上に隆起性病変がみられる.d:眼底後極部(aの緑線部分)のOCT像.検眼鏡的に明らかな病変を認めないが,網膜色素上皮の不整,?離,網膜内の高輝度顆粒状病変がみられる.図3眼内リンパ腫患者の眼底病変a:血管アーケードの上耳側に黄白色隆起性病変がみられる.b:眼底自発蛍光により,班状の高自発蛍光点が多数みられる.図4眼内リンパ腫患者の網膜内浸潤病変a:眼底後極部網膜に,境界不鮮明の網膜白色浸潤病変がみられる.網膜出血と視神経乳頭浮腫を生じている.耳側周辺部には網膜下の黄白色隆起性病変がみられる(?).b:眼底自発蛍光により,後極部の網膜浸潤病変部位は低自発蛍光を呈している.その周辺部には顆粒状の高自発蛍光点が多数みられる.耳側の隆起性病変は高自発蛍光を呈している(?).c:網膜白色浸潤病変(aの赤線部分)の光干渉断層計(OCT)像.網膜は浮腫を生じ,内部構造は不明瞭となっている.網膜下には境界明瞭な塊状病変が観察される(?).d:網膜白色浸潤病変と健常部網膜の境界領域(aの緑線部分)のOCT像.網膜色素上皮内およびその上下に,境界明瞭,円形の斑状病変が散在している(?).図5眼内リンパ腫患者の網膜内浸潤病変a:眼底後極部網膜に境界不鮮明な網膜白色浸潤病変と網膜出血がみられる.濃厚な硝子体混濁により,眼底の透見は不明瞭となっている.b:超音波Bモードにより,視神経乳頭上に隆起性病変が観察される.病変がみられる(図4d).網膜内浸潤を伴うVRLは,眼内の炎症反応が強いことに起因すると思われる濃厚な硝子体混濁を伴うことが多く,眼底の観察はしばしば困難であるが,超音波Bモードでは眼底に隆起性病変がみられる(図5).II網膜血管増殖性腫瘍1995年にShieldsらにより提唱された疾患概念であり,おもに片眼性の網膜に生じる後天性,良性の血管腫瘍である12).近年では,主要組織に対する病理学的解析,免疫組織学的解析の結果から,retinalreactiveastrocytictumor,focalnodulargliosisなどの呼称が提唱されている13).約7割の症例が特発性であり,腫瘍は孤立性にみられることが多い.一方,続発性のVPTでは複数みられることがあり,ときに両眼発症例もみられる.ぶどう膜炎,外傷後,網膜色素変性症,網膜?離手術などに続発する13).発症年齢はさまざまであるが,20~30歳代が多いとされている13).多くの患者は視力低下を訴えるが,無症候性に偶発的に発見される例も増えている.治療法には定まった見解は未だないが,経強膜冷凍凝固,光線力学療法,レーザー光凝固,ステロイド投与,抗血管内皮増殖因子(vascularendothelialgrowthfactor:VEGF)治療などが選択肢としてあげられる14,15).好発部位は耳下側周辺部網膜であり,ときに鋸状縁を含む周辺部に発症する.橙赤色または黄白色の隆起性病変として観察され,強い拡張や蛇行を伴わない流入血管と,表面には拡張した毛細血管網が存在する(図6).これらの所見は,フルオレセイン蛍光造影(?uoreceinangiography:FA)やインドシアニングリーン蛍光造影(indocyaninegreenangiography:IA)を用いることで,より明瞭に観察される(図7).網膜内または網膜下には滲出性病変が広範にみられることが多く,ときに滲出性網膜?離や硝子体出血も生じる(図8).これが黄斑部に至ると,視力低下を生じる原因となる.また,黄斑部には網膜前膜や?胞様黄斑浮腫,硝子体黄斑牽引を生じることも多い(図9).視力予後は必ずしも不良ではないが,併発症によっては高度な視力低下をきたすこともある.黄斑部の併発症がある場合は,硝子体手術が選択さ図6網膜血管増殖性腫瘍の眼底病変眼底最周辺部に,橙赤色の隆起性病変が観察される.流入する網膜血管に拡張,蛇行はみられない.橙赤色病変の表面には拡張した毛細血管網と思われる赤色病変がみられる.病変周囲の網膜下には出血と白色の滲出性病変がみられ,点状の硬性白斑がその周囲に存在している.れることもある16).III網膜星状膠細胞過誤腫おもに先天性で,視神経乳頭もしくは網膜内層から発生する半透明または黄色のまれな良性腫瘍である(図10).通常は視力への影響はなく,進行も緩徐であり,加療を要するものは少ない.結節性硬化症や神経腺腫症などに合併することが多いが,孤発性もある.石灰化していることが多いが,その程度はさまざまである.石灰化したものは閃輝性の黄色を示し,“桑の実状”と表現されることが多い.ときとして,網膜深層にみられ,その場合は石灰化はなく,網膜下の線維化のようにみえることもある17).本症を全身疾患に伴う場合は,両眼性,多発性であることが多い.小児にみられるため網膜芽細胞腫との鑑別が重要になるが,孤発性の小さいものは鑑別が困難である.FAでは早期に細い血管がみられ,後期に組織染を認める.超音波検査で石灰化を確認することができる.OCTでは,高輝度な網膜表層の隆起性病変として観察される.石灰化がある場合は,虫食い状に低蛍光となる17,18).進行は緩徐であり視力に影響しないことが多いため,経過観察でよい場合がほとんどである.まれな変異型として顕著に拡大し,滲出性網膜?離,硝子体出血,血管新生緑内障をきたすことがある.治療の選択肢には光凝固,冷凍凝固,硝子体手術などがあり,また保険適用外であるが光線力学療法もあげられるが,ときとして眼球摘出まで至る場合も報告されているため注意が必要である19,20).一方で,病理的には,星状膠細胞過誤腫とよく似ているが,違う疾患として分けられているものとして後天性網膜星状膠細胞腫(acquiredretinalastrocytoma)がある.黄色の網膜腫瘤として観察されるが,後天性に成人に発症し,片眼性,孤発性で,石灰化はほとんどない点で通常の過誤腫と異なる(図11).通常の過誤腫と同様に,無症候性のことが多い.全身疾患との関連はない.FAでは腫瘍内に細い血管がみられ,後期でびまん性組織染を認める(図12).栄養血管の拡張や蛇行は認めない.IAは低蛍光になる18).超音波検査では,石灰化を認めない.ときとして拡大し治療を要するために経過観察は定期的に必要である.おわりに後眼部腫瘍のなかで,非色素性病変の三疾患について概説した.いずれも比較的まれな病態ではあるものの,すべての眼科医が無縁のまま過ごすことはできないであろう疾患ばかりである.いずれも特徴的な形態と画像を図8網膜血管増殖性腫瘍の眼底病変a:左眼底上耳側最周辺部に,周囲が赤色中心は白色の隆起性病変が観察される.流入する網膜血管に拡張,蛇行はみられない.病変周囲下方の網膜下に出血と硝子体に穿破した出血,滲出性網膜?離があり,白色の滲出性病変と点状の硬性白斑がその周囲に存在している.b:フルオレセイン蛍光造影により,橙赤色隆起性病変に一致した漏出のある過蛍光と,その周囲の網膜?離と網膜出血に一致した低蛍光部位がみられる.腫瘤周囲の網膜には斑状過蛍光がみられる.acb図9網膜血管増殖性腫瘍の眼底病変a:左眼底耳下側最周辺部に,橙赤色の隆起性病変が観察される.流入する網膜血管に拡張,蛇行はみられない.病変周囲の網膜下に白色の滲出性病変がみられる.b:眼底後極部(左下眼底写真の黄色線)のOCT像.網膜前膜(epiretinalmembrane:ERM)が併発し黄斑部網膜を牽引している.c:自然経過でERMがはずれている.病変部網膜下の白色の滲出性病変は初診時に比較してやや増悪を認めるが,その後自然経過で消退傾向であった.図10結節性硬化症に伴う網膜星状膠細胞過誤腫の眼底病変a:上アーケード血管下に一つと下アーケード血管下に小さくて淡い病変が二つみられる.黄白色のやや透明感のあるわりと平坦な病変として観察される.b:上アーケード部位(aの緑線矢印)の過誤腫のOCT像.網膜内層に位置し,内部は均一な高輝度病変としてみられる.図11後天性網膜星状膠細胞腫の眼底病変a:左眼視神経乳頭鼻側下方に,淡白色のやや境界不明瞭な隆起性病変が観察される.b:病変部(aの緑色矢印)のOCT像.病巣部に一致して網膜内隆起性病変を認める.内部は高反射で虫食い状に反射が抜けているところがある.c:FA後期所見.病変部は組織染により全体に過蛍光を示す.d:IA後期所見.病変部は早期から後期まで低蛍光を示す.呈するものであるため,これらの画像をいったんは精読しておく必要があると思われる.文献1)BardensteinDS:Intraocularlymphoma.CancerControl5:317-325,19982)ChanCC,SenHN:Currentconceptsindiagnosingandmanagingprimaryvitreoretinal(intraocular)lymphoma.DiscovMed15:93-100,20133)GotoH,MochizukiM,YamakiKetal:Epidemiologicalsurveyofintraocularin?ammationinJapan.JpnJOph-thalmol51:41-44,20074)OhguroN,SonodaKH,TakeuchiMetal:The2009pro-spectivemulti-centerepidemiologicsurveyofuveitisinJapan.JpnJOphthalmol56:432-435,20125)KaseS,NambaK,IwataDetal:Diagnostice?cacyofcellblockmethodforvitreoretinallymphoma.DiagnPathol11:29,20166)KimuraK,UsuiY,GotoHetal:Clinicalfeaturesanddiagnosticsigni?canceoftheintraocular?uidof217patientswithintraocularlymphoma.JpnJOphthalmol56:383-389,20127)SugitaS,TakaseH,SugamotoYetal:Diagnosisofintra-ocularlymphomabypolymerasechainreactionanalysisandcytokinepro?lingofthevitreous?uid.JpnJOphthal-mol53:209-214,20098)YoneseI,TakaseH,YoshimoriMetal:CD79Bmuta-tionsinprimaryvitreoretinallymphoma:Diagnosticandprognosticpotential.EurJHaematol102:191-196,20199)AkiyamaH,TakaseH,KuboFetal:High-dosemetho-trexatefollowingintravitrealmethotrexateadministrationinpreventingcentralnervoussysteminvolvementofpri-maryintraocularlymphoma.CancerSci107:1458-1464,201610)KaburakiT,TaokaK,MatsudaJetal:Combinedintra-vitrealmethotrexateandimmunochemotherapyfollowedbyreduced-dosewhole-brainradiotherapyfornewlydiagnosedB-cellprimaryintraocularlymphoma.BrJHae-matol179:246-255,201711)IshidaT,Ohno-MatsuiK,KanekoYetal:Fundusauto?uorescencepatternsineyeswithprimaryintraocu-larlymphoma.Retina30:23-32,201012)ShieldsCL,ShieldsJA,BarrettJetal:Vasoproliferativetumorsoftheocularfundus.classi?cationandclinicalmanifestationsin103patients.ArchOphthalmol113:615-623,199513)GrossniklausHE,LenisTL,JakobiecFA:Retinalreactiveastrocytictumor(focalnodulargliosis):theentityalsoknownasvasoproliferativetumor.OculOncolPathol3:161-163,201714)RogersC,DamatoB,KumarIetal:Intravitrealbevaci-zumabinthetreatmentofvasoproliferativeretinaltumours.Eye(Lond)28:968-973,201415)RennieIG:Retinalvasoproliferativetumours.Eye(Lond)24:468-471,201016)Castro-NavarroV,SaktanasateJ,SayEAetal:Roleofparsplanavitrectomyandmembranepeelinvitreomacu-lartractionassociatedwithretinalvasoproliferativetumors.OmanJOphthalmol9:167-169,201617)ShieldsJA,ShieldsCL:Intraoculartumors:Anatlasandtextbook.Thirdedition,LippincottWilliams&Wilkins,200818)後藤浩:眼内腫瘍アトラス.医学書院,201919)PusateriA,MargoCE:Intraocularastrocytomaanditsdi?erentialdiagnosis.ArchPatholLabMed138:1250-1254,201420)ShieldsCL,ShieldsJA,EagleRCJretal:Progressiveenlargementofacquiredretinalastrocytomain2cases.Ophthalmology111:363-368,2004