後眼部非色素性網膜病変─網膜硝子体リンパ腫,網膜血管増殖性腫瘍,網膜星状膠細胞過誤腫Non-PigmentaryRetinalTumors石田友香*相馬亮子**高瀬博**はじめに近年の画像診断機器の発達は,光干渉断層計(opticalcoherencetomography:OCT)による高解像度の網脈絡膜断層像を,また超広角眼底撮影装置による眼底最周辺部までの撮影と眼底造影検査を,それぞれ可能としている.網膜腫瘍性疾患は,その診断においてこれらの画像診断機器の恩恵を受けている領域の一つであり,複数の眼底解析画像を統合的に判断することによって,より正確な診断と深い所見の解釈を行うことが可能となっている.本稿では,非色素性の後眼部網膜病変として,網膜硝子体リンパ腫(vitreoretinallymphoma:VRL),網膜血管増殖性腫瘍(retinalvasoproliferativetumor:VPT),網膜星状膠細胞過誤腫について,その形態的特徴を概説する.I網膜硝子体リンパ腫VRLは,ぶどう膜炎様の臨床像を呈する仮面症候群のなかでももっとも頻度の高い疾患である.非ホジキンリンパ腫の1%未満に発症する非常にまれな病型であり1),その大半はびまん性大細胞型B細胞リンパ腫であることが知られている2).発症様式としては,眼内原発のVRL(primaryvitreoretinallymphoma:PVRL),中枢神経系(centralnervesystem:CNS)リンパ腫に伴うものに分類される.他臓器からの血行性転移により生じる眼内リンパ腫の多くは脈絡膜リンパ腫の形態をとることが多い.VRLはわが国のぶどう膜炎原因疾患に関する疫学調査研究ではぶどう膜炎の約1.5%を占め3,4),感染性または非感染性のぶどう膜炎との鑑別診断が重要である.診断は,以下に述べる画像診断による形態的特徴の検出に加え,おもに硝子体液を用いた病理細胞診,セルブロック法による組織診,フローサイトメトリー,免疫グロブリン遺伝子再構成の検出,MYD88遺伝子変異,サイトカイン濃度測定などを用いて行う5~8).眼局所治療としてはメトトレキサート硝子体内注射,放射線照射などが行われるが,PVRLに対して全身化学療法が生命予後を改善させるとの報告もなされている9,10).VRLの典型的な臨床像には硝子体混濁と網膜病変がある.これらの診断には,OCTによる硝子体細胞と網膜病変の観察,眼底自発蛍光などが有用である.VRLの硝子体混濁はびまん性であり,オーロラ状,ヴェール状などと表現される(図1a).硝子体細胞は大型であり,細隙燈顕微鏡により明瞭に観察することができる(図1b).微細な硝子体混濁も,OCTにより網膜表面の毛羽立ち様の病変として観察することができ(図1c),治療反応性の判断にも有用である(図1d).網膜病変は,典型的には網膜色素上皮下に境界明瞭,不整形の黄白色隆起性病変としてみられ,その表面にはしばしば色素塊が散在する(図2a).網膜下病変は,眼底自発蛍光でしばしば高自発蛍光を呈する.自然経過または治療介入により消退すると網膜色素上皮の萎縮を生じ,それにより同部位は低自発蛍光となる11).この高自発蛍光と低自発傾向部位はしばしば同一眼底に混在する◆TomokaIshida:杏林大学眼科学教室**RyokoSoma&**HiroshiTakase:東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科眼科学〔別刷請求先〕高瀬博:〒113-8519東京都文京区湯島1-5-45東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科眼科学(0910-1810/20/\100/頁/JCOPY(23)23図1眼内リンパ腫にみられる硝子体混濁a:眼内リンパ腫患者の左眼眼底写真.オーロラ状,ヴェール状などと表現されるびまん性硝子体混濁がみられる.b:細隙燈顕微鏡により観察される前部硝子体細胞.大型の細胞が濃厚に観察される.c:眼内リンパ腫の再発が疑われた患者の光干渉断層計(OCT)像.網膜面上に毛羽立ち様の変化が観察され,リンパ腫細胞の眼内浸潤が疑われる.d:メトトレキサートの硝子体注射により,cでみられた網膜面上の毛羽立ち様変化は消失している.(図2b).網膜下隆起性病変部のOCTでは網膜色素上皮下,Bruch膜上に腫瘤性病変が存在する(図2c,d).また,検眼鏡的に網膜病変が明らかではない部位においても多発性に斑状高自発蛍光がみられることがあり,診断的価値は高い(図3).網膜病変は網膜内への浸潤像を呈することもあり,この場合はぶどう膜炎との鑑別が困難なことが多い.検眼鏡的には境界不明瞭な網膜黄白色病変として視神経乳頭を含んだ後極部に観察されることが多く,網膜の浮腫と出血を伴う(図4a).網膜浸潤部位の自発蛍光は低自発蛍光となるが,病変の辺縁部において多発性の斑状高自発蛍光を呈する(図4b).OCTでは肥厚した網膜の内部構造は不明瞭となっており,特異性の高い所見は得られないが,高深達OCTでは網膜下に浸潤病変が同定され(図4c),健常網膜との境界付近においては網膜色素上皮内または上下に境界明瞭,円形または不整形の斑状図2眼内リンパ腫患者の網膜下隆起性病変a:眼底中間周辺部の網膜下に大小不同,不整形の境界明瞭な網膜隆起性病変が散在している.一部は表面に色素塊の散在がみられる.血管アーケード耳側には網膜色素上皮萎縮がみられる.b:眼底自発蛍光により,網膜下黄白色隆起性病変は高自発蛍光を呈する.網膜色素上皮萎縮部位は低自発蛍光となっている.血管アーケード内および視神経乳頭鼻側には,顆粒状の高自発蛍光点が多数みられる.c:網膜隆起性病変(aの赤線部分)の光干渉断層計(OCT)像.網膜色素上皮下,Bruch膜上に隆起性病変がみられる.d:眼底後極部(aの緑線部分)のOCT像.検眼鏡的に明らかな病変を認めないが,網膜色素上皮の不整,?離,網膜内の高輝度顆粒状病変がみられる.図3眼内リンパ腫患者の眼底病変a:血管アーケードの上耳側に黄白色隆起性病変がみられる.b:眼底自発蛍光により,班状の高自発蛍光点が多数みられる.図4眼内リンパ腫患者の網膜内浸潤病変a:眼底後極部網膜に,境界不鮮明の網膜白色浸潤病変がみられる.網膜出血と視神経乳頭浮腫を生じている.耳側周辺部には網膜下の黄白色隆起性病変がみられる(?).b:眼底自発蛍光により,後極部の網膜浸潤病変部位は低自発蛍光を呈している.その周辺部には顆粒状の高自発蛍光点が多数みられる.耳側の隆起性病変は高自発蛍光を呈している(?).c:網膜白色浸潤病変(aの赤線部分)の光干渉断層計(OCT)像.網膜は浮腫を生じ,内部構造は不明瞭となっている.網膜下には境界明瞭な塊状病変が観察される(?).d:網膜白色浸潤病変と健常部網膜の境界領域(aの緑線部分)のOCT像.網膜色素上皮内およびその上下に,境界明瞭,円形の斑状病変が散在している(?).図5眼内リンパ腫患者の網膜内浸潤病変a:眼底後極部網膜に境界不鮮明な網膜白色浸潤病変と網膜出血がみられる.濃厚な硝子体混濁により,眼底の透見は不明瞭となっている.b:超音波Bモードにより,視神経乳頭上に隆起性病変が観察される.病変がみられる(図4d).網膜内浸潤を伴うVRLは,眼内の炎症反応が強いことに起因すると思われる濃厚な硝子体混濁を伴うことが多く,眼底の観察はしばしば困難であるが,超音波Bモードでは眼底に隆起性病変がみられる(図5).II網膜血管増殖性腫瘍1995年にShieldsらにより提唱された疾患概念であり,おもに片眼性の網膜に生じる後天性,良性の血管腫瘍である12).近年では,主要組織に対する病理学的解析,免疫組織学的解析の結果から,retinalreactiveastrocytictumor,focalnodulargliosisなどの呼称が提唱されている13).約7割の症例が特発性であり,腫瘍は孤立性にみられることが多い.一方,続発性のVPTでは複数みられることがあり,ときに両眼発症例もみられる.ぶどう膜炎,外傷後,網膜色素変性症,網膜?離手術などに続発する13).発症年齢はさまざまであるが,20~30歳代が多いとされている13).多くの患者は視力低下を訴えるが,無症候性に偶発的に発見される例も増えている.治療法には定まった見解は未だないが,経強膜冷凍凝固,光線力学療法,レーザー光凝固,ステロイド投与,抗血管内皮増殖因子(vascularendothelialgrowthfactor:VEGF)治療などが選択肢としてあげられる14,15).好発部位は耳下側周辺部網膜であり,ときに鋸状縁を含む周辺部に発症する.橙赤色または黄白色の隆起性病変として観察され,強い拡張や蛇行を伴わない流入血管と,表面には拡張した毛細血管網が存在する(図6).これらの所見は,フルオレセイン蛍光造影(?uoreceinangiography:FA)やインドシアニングリーン蛍光造影(indocyaninegreenangiography:IA)を用いることで,より明瞭に観察される(図7).網膜内または網膜下には滲出性病変が広範にみられることが多く,ときに滲出性網膜?離や硝子体出血も生じる(図8).これが黄斑部に至ると,視力低下を生じる原因となる.また,黄斑部には網膜前膜や?胞様黄斑浮腫,硝子体黄斑牽引を生じることも多い(図9).視力予後は必ずしも不良ではないが,併発症によっては高度な視力低下をきたすこともある.黄斑部の併発症がある場合は,硝子体手術が選択さ図6網膜血管増殖性腫瘍の眼底病変眼底最周辺部に,橙赤色の隆起性病変が観察される.流入する網膜血管に拡張,蛇行はみられない.橙赤色病変の表面には拡張した毛細血管網と思われる赤色病変がみられる.病変周囲の網膜下には出血と白色の滲出性病変がみられ,点状の硬性白斑がその周囲に存在している.れることもある16).III網膜星状膠細胞過誤腫おもに先天性で,視神経乳頭もしくは網膜内層から発生する半透明または黄色のまれな良性腫瘍である(図10).通常は視力への影響はなく,進行も緩徐であり,加療を要するものは少ない.結節性硬化症や神経腺腫症などに合併することが多いが,孤発性もある.石灰化していることが多いが,その程度はさまざまである.石灰化したものは閃輝性の黄色を示し,“桑の実状”と表現されることが多い.ときとして,網膜深層にみられ,その場合は石灰化はなく,網膜下の線維化のようにみえることもある17).本症を全身疾患に伴う場合は,両眼性,多発性であることが多い.小児にみられるため網膜芽細胞腫との鑑別が重要になるが,孤発性の小さいものは鑑別が困難である.FAでは早期に細い血管がみられ,後期に組織染を認める.超音波検査で石灰化を確認することができる.OCTでは,高輝度な網膜表層の隆起性病変として観察される.石灰化がある場合は,虫食い状に低蛍光となる17,18).進行は緩徐であり視力に影響しないことが多いため,経過観察でよい場合がほとんどである.まれな変異型として顕著に拡大し,滲出性網膜?離,硝子体出血,血管新生緑内障をきたすことがある.治療の選択肢には光凝固,冷凍凝固,硝子体手術などがあり,また保険適用外であるが光線力学療法もあげられるが,ときとして眼球摘出まで至る場合も報告されているため注意が必要である19,20).一方で,病理的には,星状膠細胞過誤腫とよく似ているが,違う疾患として分けられているものとして後天性網膜星状膠細胞腫(acquiredretinalastrocytoma)がある.黄色の網膜腫瘤として観察されるが,後天性に成人に発症し,片眼性,孤発性で,石灰化はほとんどない点で通常の過誤腫と異なる(図11).通常の過誤腫と同様に,無症候性のことが多い.全身疾患との関連はない.FAでは腫瘍内に細い血管がみられ,後期でびまん性組織染を認める(図12).栄養血管の拡張や蛇行は認めない.IAは低蛍光になる18).超音波検査では,石灰化を認めない.ときとして拡大し治療を要するために経過観察は定期的に必要である.おわりに後眼部腫瘍のなかで,非色素性病変の三疾患について概説した.いずれも比較的まれな病態ではあるものの,すべての眼科医が無縁のまま過ごすことはできないであろう疾患ばかりである.いずれも特徴的な形態と画像を図8網膜血管増殖性腫瘍の眼底病変a:左眼底上耳側最周辺部に,周囲が赤色中心は白色の隆起性病変が観察される.流入する網膜血管に拡張,蛇行はみられない.病変周囲下方の網膜下に出血と硝子体に穿破した出血,滲出性網膜?離があり,白色の滲出性病変と点状の硬性白斑がその周囲に存在している.b:フルオレセイン蛍光造影により,橙赤色隆起性病変に一致した漏出のある過蛍光と,その周囲の網膜?離と網膜出血に一致した低蛍光部位がみられる.腫瘤周囲の網膜には斑状過蛍光がみられる.acb図9網膜血管増殖性腫瘍の眼底病変a:左眼底耳下側最周辺部に,橙赤色の隆起性病変が観察される.流入する網膜血管に拡張,蛇行はみられない.病変周囲の網膜下に白色の滲出性病変がみられる.b:眼底後極部(左下眼底写真の黄色線)のOCT像.網膜前膜(epiretinalmembrane:ERM)が併発し黄斑部網膜を牽引している.c:自然経過でERMがはずれている.病変部網膜下の白色の滲出性病変は初診時に比較してやや増悪を認めるが,その後自然経過で消退傾向であった.図10結節性硬化症に伴う網膜星状膠細胞過誤腫の眼底病変a:上アーケード血管下に一つと下アーケード血管下に小さくて淡い病変が二つみられる.黄白色のやや透明感のあるわりと平坦な病変として観察される.b:上アーケード部位(aの緑線矢印)の過誤腫のOCT像.網膜内層に位置し,内部は均一な高輝度病変としてみられる.図11後天性網膜星状膠細胞腫の眼底病変a:左眼視神経乳頭鼻側下方に,淡白色のやや境界不明瞭な隆起性病変が観察される.b:病変部(aの緑色矢印)のOCT像.病巣部に一致して網膜内隆起性病変を認める.内部は高反射で虫食い状に反射が抜けているところがある.c:FA後期所見.病変部は組織染により全体に過蛍光を示す.d:IA後期所見.病変部は早期から後期まで低蛍光を示す.呈するものであるため,これらの画像をいったんは精読しておく必要があると思われる.文献1)BardensteinDS:Intraocularlymphoma.CancerControl5:317-325,19982)ChanCC,SenHN:Currentconceptsindiagnosingandmanagingprimaryvitreoretinal(intraocular)lymphoma.DiscovMed15:93-100,20133)GotoH,MochizukiM,YamakiKetal:Epidemiologicalsurveyofintraocularin?ammationinJapan.JpnJOph-thalmol51:41-44,20074)OhguroN,SonodaKH,TakeuchiMetal:The2009pro-spectivemulti-centerepidemiologicsurveyofuveitisinJapan.JpnJOphthalmol56:432-435,20125)KaseS,NambaK,IwataDetal:Diagnostice?cacyofcellblockmethodforvitreoretinallymphoma.DiagnPathol11:29,20166)KimuraK,UsuiY,GotoHetal:Clinicalfeaturesanddiagnosticsigni?canceoftheintraocular?uidof217patientswithintraocularlymphoma.JpnJOphthalmol56:383-389,20127)SugitaS,TakaseH,SugamotoYetal:Diagnosisofintra-ocularlymphomabypolymerasechainreactionanalysisandcytokinepro?lingofthevitreous?uid.JpnJOphthal-mol53:209-214,20098)YoneseI,TakaseH,YoshimoriMetal:CD79Bmuta-tionsinprimaryvitreoretinallymphoma:Diagnosticandprognosticpotential.EurJHaematol102:191-196,20199)AkiyamaH,TakaseH,KuboFetal:High-dosemetho-trexatefollowingintravitrealmethotrexateadministrationinpreventingcentralnervoussysteminvolvementofpri-maryintraocularlymphoma.CancerSci107:1458-1464,201610)KaburakiT,TaokaK,MatsudaJetal:Combinedintra-vitrealmethotrexateandimmunochemotherapyfollowedbyreduced-dosewhole-brainradiotherapyfornewlydiagnosedB-cellprimaryintraocularlymphoma.BrJHae-matol179:246-255,201711)IshidaT,Ohno-MatsuiK,KanekoYetal:Fundusauto?uorescencepatternsineyeswithprimaryintraocu-larlymphoma.Retina30:23-32,201012)ShieldsCL,ShieldsJA,BarrettJetal:Vasoproliferativetumorsoftheocularfundus.classi?cationandclinicalmanifestationsin103patients.ArchOphthalmol113:615-623,199513)GrossniklausHE,LenisTL,JakobiecFA:Retinalreactiveastrocytictumor(focalnodulargliosis):theentityalsoknownasvasoproliferativetumor.OculOncolPathol3:161-163,201714)RogersC,DamatoB,KumarIetal:Intravitrealbevaci-zumabinthetreatmentofvasoproliferativeretinaltumours.Eye(Lond)28:968-973,201415)RennieIG:Retinalvasoproliferativetumours.Eye(Lond)24:468-471,201016)Castro-NavarroV,SaktanasateJ,SayEAetal:Roleofparsplanavitrectomyandmembranepeelinvitreomacu-lartractionassociatedwithretinalvasoproliferativetumors.OmanJOphthalmol9:167-169,201617)ShieldsJA,ShieldsCL:Intraoculartumors:Anatlasandtextbook.Thirdedition,LippincottWilliams&Wilkins,200818)後藤浩:眼内腫瘍アトラス.医学書院,201919)PusateriA,MargoCE:Intraocularastrocytomaanditsdi?erentialdiagnosis.ArchPatholLabMed138:1250-1254,201420)ShieldsCL,ShieldsJA,EagleRCJretal:Progressiveenlargementofacquiredretinalastrocytomain2cases.Ophthalmology111:363-368,2004