加齢黄斑変性のロービジョンケアLowVisionCareforAge-RelatedMacularDegeneration新井千賀子*はじめに加齢黄斑変性(age-relatedmaculardegeneration:AMD)のロービジョン(lowvision:LV)の特徴として,1)高齢になってから発症する,2)長期にわたる通院が必要,3)中心視野障害による視力から想定できない読み書きの困難,があげられる.したがってAMD患者のロービジョンケア(lowvisioncare:LVC)に際しては,ロービジョンエイドの操作学習やケアのゴール設定を学習や身体能力の低下に考慮して行うことが求められる.さらに,この能力低下の個人差が非常に大きいことも特徴で,対応するLVCにもバリエーションが求められる.また,長期にわたる経過のなかでは治療継続のモチベーションの低下や心理的な疲労を訴える患者も多く,これらへの配慮が求められる.中心視野障害による読みの困難は,移動や日常動作などに問題がないことから見過ごされやすい.この困難は視力が高い初期からみられ,初診時から訴えがあることもある.患者の治療への意欲を低下させずに患者のQOLを維持するには,治療とあわせてLVCを活用できる.とくに,読書困難については屈折矯正や拡大鏡など光学的なケアが必要になるため,医療機関でのLVCが患者のQOLを左右する.I加齢黄斑変性のLVCの特徴1.見過ごされやすい高齢者の遠視視力が低いと矯正してもあまり意味がないと考えられるのか,遠見の眼鏡を持っていないLVの患者は多い.LVであっても適切な屈折矯正と老視への対応で見え方を改善できることは多くある.とくに,60歳以上の高齢者が多いAMDでは隠れていた遠視が顕性化しているのに放置され,遠見,近見とも適切な眼鏡を装用していない場合がある.累進眼鏡を十分に使いこなせていない場合には,単焦点の近用眼鏡に変更するだけで十分に文字が読めたりする.こうした,眼鏡調整の不備を疾患による困難と誤解している患者は多い.また,十分に視力があるにもかかわらず文字が読めないという場合には,電気スタンドなどで照明を媒体に十分にあてることで読める場合がある.とくに,紙質が悪くコントラストが低い印刷物では有効である(新聞は今でも高齢者が読みたいものの一つである).本格的なLVCの導入を検討する前に,まず疾患を考慮した適切な屈折矯正で処方された眼鏡を装用しているか,累進眼鏡を使いこなせているか,近見の加入は十分に行われているか,単焦点の近用眼鏡ではどうか,適切な照明下で読んでいるか,の確認をするだけで十分解決できる場合がある.2.高齢者だからしかたがないか?AMDが他のLVCが必要になる疾患と異なる点は,ほとんどの患者が65歳以上の高齢者であることである.既存の視覚障害のリハビリテーションは社会復帰のためにデザインされており,仕事や学業継続がゴールになっていることが多い.超高齢社会となる現在,そのゴール◆ChikakoArai:杏林大学医学部眼科学教室〔別刷請求先〕新井千賀子:〒181-8611東京都三鷹市新川6-20-2杏林大学医学部眼科学教室(0910-1810/20/\100/頁/JCOPY(41)289設定だけではリハビリテーションを続けることはむずかしくなっている.視覚障害者のリハビリテーションはまだ十分に高齢者に対応できていない.そいう状況で「高齢者だからしかたがない」と諦めている患者は多い.また,周辺視野が使えるため,移動や家事,日常生活の動作にほぼ支障がないため周囲から問題がないようにみえたり,高齢だからしかたがないと考えられて改善できる困難が見過ごされてしまう傾向がある.長い経過の間には,どうしても見えにくさや日常の不便さに意識がいってしまいがちになり抑うつ的になる場合がある.さらに身体や認知機能の低下があると,元気がなくなったり,通院へのモチベーションが低下していく患者もいる.しかし,工夫をすることで“見える”ことを示すと,実は……といって諦めていた趣味や活動を話しはじめる患者は少なくない.どんな視機能にもLVCで対応できるわけではないが,全盲でもさまざまな活動ができる今の時代,ロービジョンのために諦めなくてはならないことは案外少ない.希望する活動ができなくても,孫娘のお婿さんの顔を拡大読書器で初めて見ることができたり,昔,入賞した自分の俳句が掲載された会報誌を自分の眼でもう一度読むことができたり,絵手紙や習字ができたり,という可能性を実感することで余暇活動の選択肢を広げることができる.また,増えている独居の高齢者では,介護ヘルパーに頼んだ買い物のレシートの確認,食品の賞味期限の確認など日常の些細な場面で見ることが改善されて安心につながる可能性がある.医療者自身も含めて高齢者だからしかたがないと諦めずに潜在的なニーズがあることを前提に,LVCを導入することも大切である.そして,LVCで得られた活動は長期的な通院が必要な疾患と上手につきあう一つの手段になるはずで,治療へのモチベーション維持にも役立っていると考える.3.中心視野障害による困難AMDでは黄斑の機能が低下するため,1)見たいところがよく見えない,2)眼鏡をかけても文字が読めない,字は見えるけど読みにくい,3)人の顔や表情がわかりにくい,という訴えが中心になる.新聞が読めるとされている0.5以上の視力でも読書が困難になることがAMDの特徴である.この解決には,後述する読書評価が有効である.a.見たいところがよく見えない視力値と患者の実感が一致しない場合が多く,患者の視力検査結果への不満が多いのもAMDの特徴である.視力検査は高コントラストのLandolt環のギャップを判別するため,コントラスト感度の低下や歪視は考慮されない.疾患の状態をモニターするためには十分であるが,患者の日常の困難を理解するには十分ではないのである.黄斑疾患は見たいところが見えにくくなるので,視力が高くても日常生活では不便なことが起きている.見たいところがよく見えないという症状に共感をもつことはこの不満に対応する最初のステップであり,視力検査を行う視能訓練士には留意してほしいところである.b.人の顔が覚えにくい,誰だかわからない黄斑の機能低下は人の顔が判別や表情認知をむずかしくし,近所の人に会っても挨拶ができない,会話中の相手の表情がわかりにくいといった困難を引き起こす.そのために家にこもってしまうという問題を抱える場合がある.この場合には,暗点の位置を確認し,正面の人を見る場合には暗点の方向に視線を動かすことで解決できる.視力検査のときに正面を見てもらい,どの場所に視標を提示すると見やすいかを確認することでも視線を動かす方向を自覚できる.c.眼鏡をかけても文字が読めない,字は見えているけど読みにくい適切な屈折矯正による近用眼鏡装用で照明を使用しても十分に新聞が読めない場合には,本格的なLVCが必要になる.多くの場合,そういう患者にAmslerChartを行い自覚的な中心視野の状況を確認すると,感度低下や歪み,かすみなどの訴えがある.高コントラストの視標で確認する視力検査では検出できない見えにくさがわかり,それがより複雑な文字を判別しにくくしていることがわかる.この解決には読書を直接評価する読書評価が有効である.II加齢黄斑変性の読書困難と解決AMDは移動や日常生活の動作にはあまり困難がなく,読み書きの困難が中心である.したがって,屈折矯図1MNREAD?J(漢字仮名交じり文),MNREAD?JK(平仮名)すべてのタイプに白黒反転と縦書き横書きのバージョンがある.元々は英語で作成されたものが多言語に開発されている.実験室用に開発されたPCバージョンを使うとデータ処理がしやすい.現在,日本語版はiPadで動作するアプリを開発中である.正や拡大鏡など光学的なケアが中心になる.視力値が読書困難を十分に反映できないAMDの場合には,患者の読書パフォーマンスを直接評価する読書評価とその結果からエイドの倍率やタイプを選ぶことが望ましい.読書評価を日常診療のなかで測定することがむずかしい場合には,複数の文字サイズの文章を少し読んでもらうだけでも読みやすい文字サイズを推測できる.患者は見えれば読めると思っていることが多いが(その結果,自分に合わない拡大鏡をたくさん持つことになる),実際に声に出して読んでもらうと,きちんと読める文字が大きいことに気がつき,拡大を十分に行う必要性を理解してくれる.1.読書評価文字の大きさと読書の関係については,晴眼者でもLVでも当てはまる共通の法則がある.LV用や眼科臨床用に開発された文字チャートや近見視力表は多くあるが,現在,文字サイズごとに読書速度が測定できるチャートはMNREADだけである1).MNREADは英語で開発され,現在はさまざまな言語で作られている.日本語版はMNREAD-J(漢字仮名交じり文)とMNREAD-JK(平仮名)がある(図1).英語版のiPad用アプリケーションがすでに販売され日本語版も現在開発中である.このようなチャートで大きな文字サイズから徐々に文字サイズを小さくして速度を測ると,最大読書速度(maximumreadingspeed:MRS),臨界文字サイズ(criticalprintsize:CPS),読書視力(readingacuity:10010小文字サイズ大図2読書速度と文字サイズの関係臨界文字サイズ(CPS)を基準に拡大を考えるとMRSに近い速度で読むことができ,速度が遅く快適に読めないということがなくなる.RA)が得られる(図2).CPSは図2に示された平坦な部分のMRSを示す最小の文字サイズであり,RAはやっと数文字が読める文字サイズである.AMDの患者が視力検査と日常の読み書きとの実感と異なるのは,視力検査で得る最小分閾値はこのRAに相当しているからである.図2からわかるように,われわれがある一定の速度で文章が読めて不快に思わない文字サイズはRAよりも大きいCPS以上の文字サイズになる.LVの患者が十分に文字を読めると感じるためには,網膜像をCPSまで拡大する必要があり,拡大率は以下のように計算できる.拡大率の計算方法拡大率=CPSサイズ/読みたい文字の大きさ拡大鏡のジオプター=拡大率×(1/測定距離)*測定距離30cmならジオプター=拡大率×3.3になる.この結果から得られる拡大率と拡大鏡の必要なジオプターについては,Baileyが等価視屈折力(equivalentviewingpower:EVP),等価視距離(equivalentview-ingdistance:EVD)の概念を説明している1).拡大率をジオプターで考えると,屈折矯正との関係での拡大鏡の調整ができるので臨床的に便利であり効果的な拡大率が得られる2,3).011.21.41.61.822.2文字サイズlogMAR図3AMD患者の読書評価結果の例加齢黄斑変性の場合,CPSが大きくなり場合によっては速度が遅くなるが,視力が高くてCPSが非常に大きくなることが特徴である.この症例では,新聞が読める視力が0.5として,従来の方法で計算すると0.5/0.1=5倍であるが,CPSで計算すると一般的な新聞の文字サイズ9?11ポイントを読む場合には176ポイント/9-11ポイント=約20倍の拡大が必要になる.2.加齢黄斑変性の読書評価結果の特徴AMDは中心暗点が大きくなるとCPSが非常に大きくなる.図3は実際の症例の読書評価の結果である.0.1の視力から計算される拡大率は5倍,CPSから計算される拡大率は20倍と大きな開きがある.実際に読書評価を行って拡大率を計算する必要性が高いことがわかる.中心視野の状態と拡大率でどのような拡大鏡が勧められるかを以下に述べる(図4).快適に読める拡大を得るには,網膜像が十分に読めるように拡大されていること,使用方法に見合った屈折矯正がされていること,補助具の保持や操作方法が適切であることが必要である.a.初期の読書困難10D未満の拡大鏡(拡大率2?3倍程度)や加入度数を5D程度にした強めの眼鏡で対応できる.加入度数を強くする場合には輻湊を考慮してプリズムを入れる方法がある.しかし,AMDの場合は機能のよいほうの眼を使用し両眼視していない場合がほとんどであるので,プリズムを入れることはない.加入を強くすると焦点距離図4照明付き拡大鏡と使用例16D角形(a),16D丸型(b),28D丸型(c).一般に流通しているメーカ品の拡大鏡の多くは28D以上になると口径が狭くなり収差も大きくなる.そのため拡大鏡の使用はdのように目に接近させて使用することになる.が近くなり,拡大鏡と眼の距離が近くなる.20cm(5D加入)程度が限度でないかと考えられるが,実際にその距離での姿勢の読書で患者に抵抗がないか装用テストを十分に行って確認することが大切である.b.中程度の拡大が必要な場合10D?20D程度の拡大率(表示倍率3.5?5倍程度)は,拡大鏡の口径が大きいので拡大鏡でも新聞を読んだり,本を読むことは可能である.市販されている拡大鏡では10D,16Dに角形があり,視野が広く取れるため中心の暗点や歪視があるAMDに好まれる(図4a).ただし,重くなるので高齢者の中には保持がしにくい人もいるので,実際に操作をして確認してもらうことが必要である.c.高倍率の拡大が必要な場合中心視野障害が重度になると拡大率が大きくなる.拡大鏡は28D以上の高倍率になると口径が狭くなり使いにくくなるため(図4c,d),拡大読書器が選ばれることが多い.タブレット端末も候補の一つになる.この場合,使用するときの眼と画面の距離に応じた近見矯正が必要になる.拡大読書器は,患者が読書が好きでたくさんの読書をしたいという希望がある場合には最適な道具となる.拡大読書器にはポータブル型と据え置き型があるが,文字サイズと画面サイズの関係からポータブル型は読書効率が悪くなり拡大鏡と変わらなくなるので勧められない(図5).拡大読書器は障害者手帳を取得していれば,どの等級でも申請することで支給される(所得に応じて最大1割の負担がかかる).視力障害で手帳を取得している場合にはあわせて近用眼鏡も申請できる.あるいは市販の近用眼鏡でも代用できる.拡大読書器は訓練が必要だが,高齢者でも2?3回の練習をすることで活用できる4).筆者の施設では80代後半で拡大読書器を使いこなして文字を読んでいるAMDの患者は少なくない.拡大読書器のかわりにタブレット端末の活用も有効であるが,操作の学習が必要になるため,身近に詳しい人がいたり,すでに使用経験があるような場合に導入している.読書評価からこのような高倍率の拡大が必要でも,患者のニーズが読書ではなく,宛名や賞味期限の確認程度であれば,低倍率の口径の大きいもの,あるいは高倍率の拡大鏡を眼に接近させて使う方法で解決できる(図4d).その場合には,十分な快適さはないことを説明す図5拡大読書器の例据え置き型(a),ポータブル型(b).画面上で同じ程度の文字サイズ(高倍率)を映している.画面上に映される文字数がかなり違うことがわかる.大きい拡大率が必要なる患者が多いAMDには据え置き型が第一候補になる.ることが必要である.III偏心視訓練は有効かいくつかの研究では中心視野を避けた偏心視領域(preferredretinallocus:PRL)の活用方法が示されている.MNREADの開発者でもあるLeggeが著書でまとめている報告では,英文の横書きの場合,暗点の下方か上方で読むほうがよいとされているが,実際には暗点の左(読む方向に暗点がきてしまう)で読んでいる割合が多いとまとめている5).PRLについては,感度のよい領域で固視できる訓練をしてtrained-PRLを作ることが検討されている.一方でPRLを自分自身ですでに獲得している場合もあり(だがそれが必ずしも感度がよい領域ではない場合がある),さらに複数のPRLがあり,対象物のサイズや照度などによって患者が無意識に使い分けをしていることがわかっている.複数あるPRLを臨床で評価することはむずかしく,訓練方法や効果には諸説があり一定していない.すぐに効果があるアドバイスとしては,暗点がある位置を自覚してもらい,それを避けるために暗点の方向に眼を向けると正面が見やすくなる方法があげられる.まとめAMDは視力が高くても読書困難を示すことが特徴である.筆者がAMDのLVCに取り組み始めた15年前と比べて,治療方法の進歩によって初期の段階で視機能を維持している患者が増えている.その場合は,加入度数を少し強くした近用眼鏡や一般に出回っているジオプターが低い拡大鏡で十分な場合がある.文字が読めるということは,趣味や日常生活のあらゆる場面でQOLを改善してくれる.高齢だからといって諦めないで,まずLVCを活用していただければありがたい.文献1)Lovie-KitchinJ:Readingwithlowvision:theimpactofresearchonclinicalmanagement.ClinExpOptom94:121-132,20112)BaileyIL,BullimoreMA,GreerRBetal:Lowvisionmagni?ers-theiropticalparametersandmethodsforpre-scribing.OptomVisSci71:689-698,19943)小田浩一訳:拡大,ロービジョンマニュアル(小田浩一総監訳),p181-195,エルゼビア・ジャパン,20104)新井千賀子,小田浩一,尾形真樹ほか:脳出血による後遺症があるロービジョンの患者への拡大読書器の適用事例,視覚リハビリテーション研究7:27-35,20185)LeggeGE:Chapter3visualmechanismsinreading.In:Psychophysicsofreadinginnormalandlowvision,p43-105,LawrenceErlbaumAssociates,NewJarsey,2006