前眼部色素性病変─結膜母斑,虹彩?胞,転移性虹彩腫瘍AnteriorSegmentPigmentedLesions加瀬諭*はじめに結膜や虹彩にはさまざまな腫瘍性病変が発生する.組織学的には,結膜は杯細胞,メラノサイトを混じる重層円柱上皮と血管,炎症細胞などを伴う固有層よりなる.虹彩は前面が前境界層といわれる色素を伴った結合織が前房と接しており,虹彩間質と色素を豊富に含んだ上皮細胞よりなる.前眼部の色素性腫瘤は主として,結膜では色素産生細胞であるメラノサイト,虹彩では間質内のメラノサイトや色素上皮より発生する.結膜の色素性腫瘍は母斑,原発性後天性色素沈着症,原発性・転移性悪性黒色腫が含まれ,虹彩の色素性腫瘍は母斑,黒色細胞腫,悪性黒色腫が代表的である.加えて,転移性虹彩腫瘍や虹彩?胞も,臨床的に色素性腫瘤を呈する可能性があり,診断に苦慮することがある.光干渉断層計(opticalcoherencetomography:OCT)は当初,加齢黄斑変性(age-relatedmaculardegenera-tion:AMD)や糖尿病網膜症などの後眼部の診療に必須となった検査機器で,簡便に非侵襲的に画像診断が可能であるため,日常診療になくてはならない機器となった.前眼部の画像診断としては近年,前眼部光干渉断層計(anteriorsegmentOCT:AS-OCT)が盛んに用いられている.AS-OCTは角膜や結膜,前房,虹彩に加え毛様体ひだ部までの観察が可能になり,これまでの50MHzを用いた超音波生体顕微鏡(ultrasoundbiomi-croscope:UBM)と同等の形態学的評価を行うことが可能となっている1).実際,AS-OCTはUBMよりも緑内障濾過手術後の濾過胞や前房深度の評価に優れるという報告もあり2),結膜の評価においても再現性の高い検査であることが証明されている.加えて欧米からの報告では,AS-OCTは結膜・虹彩・毛様体腫瘍の形態学的評価においても有用であることが報告されている1,3).本稿では,筆者の経験した結膜母斑,虹彩上皮性?胞,転移性虹彩腫瘍についての病理学的所見とAS-OCT所見との関連について概説する.I結膜母斑結膜母斑はおもに小児期に発生するメラノサイト系の良性腫瘤である.発生部位は眼球結膜が多く,円蓋部や眼瞼結膜の発生はやや頻度が低下する.腫瘤は就学時頃から自覚し,中学や高校生になるころに増大する傾向を示すことがある.図1~3に代表的な結膜母斑の細隙灯顕微鏡所見を示す.腫瘤は扁平からドーム状を呈して,色素沈着が豊富で黒褐色調であるものや(図1a),色素が乏しく淡い褐色調(図2a),あるいはほぼ無色素性の(図3a)腫瘤までさまざまである.典型的な結膜母斑の病理組織学的所見は,類円形核を有する異型性のない母斑細胞が,結膜上皮下にびまん性に,あるいは胞巣を形成して増生する(図1b).増生した母斑細胞の細胞質には散在性にメラニン色素が充満する.腫瘤内に大小の固有?胞が形成されるのが特徴的な病理学的所見である(図1b).?胞壁は数層の扁平上皮系細胞にて裏打ちされ,?胞壁内に母斑細胞の浸潤や杯細胞が混在する.?◆SatoruKase:北海道大学大学院医学研究院眼科学教室〔別刷請求先〕加瀬諭:〒060-8638札幌市北区北15条西7丁目北海道大学大学院医学研究院眼科学教室(0910-1810/20/\100/頁/JCOPY(15)15図110代男児の結膜母斑細隙灯顕微鏡所見では眼球結膜に黒色調の腫瘤がみられる(a).同症例の病理組織額的所見を示す(b).結膜上皮下に広範な母斑細胞の増生があり,内部に大小の?胞形成を伴う(*).図210代女児の結膜母斑眼球結膜にやや淡い褐色調の結膜母斑がみられ,血管侵入を伴っている(a).同部の前眼部光干渉断層計(AS-OCT)所見を示す.腫瘤内部に低輝度な円形病巣が検出される(b).図310代男児の結膜母斑眼球結膜に肌色調の結膜母斑がみられる(a).AS-OCT所見では腫瘤の内部に円形の低輝度病巣が検出される(b).腫瘤の深部でより大型の円形病巣が形成されている.胞は腫瘤の深部に向かうにつれ,大型化する傾向がある.母斑細胞は基本的にはメラノサイト系マーカーであるS100蛋白に陽性を示し,HMB45もところどころで陽性になる.細胞増殖マーカーであるKi67で増殖細胞を標識すると,上皮下の細胞で増殖細胞が検出されるが,Tenon?に近づくにつれ,より深部に向かうと増殖細胞がみられなくなる.形態学的にも母斑細胞は深部で小型化する傾向があり,この増殖マーカーの分布の変化は母斑細胞の成熟像に相当する.これらの病理組織学的所見を念頭に細隙灯顕微鏡で観察してみると,症例によってはスリット光で腫瘤内部に透光性を有する?胞性病変が示唆されるが,色素の多い症例や,病理学的に上皮表層の?胞の?胞径が,上皮から?胞上縁までの距離よりも小さければ,観察されない傾向がある4).したがって,細隙灯顕微鏡所見だけでは母斑の診断が困難な症例が存在する.次にAS-OCT所見を確認すると,代表例2例でいずれも腫瘤内に低輝度な管腔様病巣が数個観察される.ここでOCT所見と病理学的所見との関連を一つ紹介する.スペクトラルドメインOCTにおける深部強調画像(enhanceddepthimagingOCT:EDI-OCT)では,網膜だけでなく脈絡膜の構造解析も可能になることはよく知られている.既報では,AMD患者におけるEDI-OCT所見と剖検眼の臨床病理学的所見との相関を検討し,OCTで低輝度な管腔所見は,脈絡膜中・大血管に相当することが明らかになっている5).結膜母斑におけるAS-OCT所見の低輝度な管腔様病変は,病理組織学的には拡張した血管はみられず,他方特徴的所見である?胞性病変と一致する所見と考えられ,非常に興味深い所見である.実際,Shieldsらは22例の結膜母斑においてAS-OCTを施行し,腫瘤内の固有?胞の探知に有用であることを報告している6).しかし,最近ではAS-OCTにて?胞を検出できる症例は61%に留まるという報告もある7).結膜母斑には細隙灯顕微鏡所見だけでは診断が困難な症例が混在することを前述したが,問題となるのが悪性黒色腫との鑑別である.実際,結膜悪性黒色腫は致死的な疾患であり,かつ結膜母斑もその発生母地の一つである.悪性黒色腫は病理組織学的には異型性を有するメラノサイトが広範に上皮下へ浸潤するが,母斑と異なり?胞形成がみられない.したがって,細隙灯顕微鏡所見やAS-OCTで?胞形成が明らかではない場合には,速やかな腫瘤の試験切除を検討すべきである.II虹彩?胞虹彩?胞には上皮性?胞と間質?胞が存在する.上皮性?胞は虹彩後面に存在する上皮細胞層から発生すると考えられる.虹彩上皮性?胞は細隙灯顕微鏡所見上,日本人では表面は平滑な均一な茶褐色の腫瘤性病変を示し,弾性軟である.腫瘤は弾性軟であるため,他に水晶体などへの器質的な病変を伴わないことが多い.腫瘤が小型のうちは未散瞳では発見されず,眼底検査の際に,虹彩裏面?水晶体前面に腫瘤形成がみられる(図4,5a).臨床的にはしばしば,虹彩・毛様体の悪性黒色腫と混同される.?胞壁の病理組織学的所見は,著明な色素を含んでいるため,通常のヘマトキシリン・エオジン染色では採取されている細胞の形態学的評価は不能であるため(図6a),過酸化水素によるメラニン漂白が必須となる(図6b).メラニン漂白標本により,採取されている細胞は異型性のない円形核を有しており,豊富なメラニン色素を伴う細胞質を有することが判明する(図6b).しかし,これだけでは虹彩母斑や黒色細胞腫の鑑別は困難である.さらに,上皮性マーカーであるAE1/AE3で免疫組織化学的検討を行い,ジアミノベンジジン(3,3’-diaminobenzidinetetrahydrochloride:DAB)にて発色する.光量を上げて光学顕微鏡で観察すると,増生している細胞の細胞質に茶褐色に陽性になることが判明し,上皮細胞であることがわかる(図6c,矢印).このような病理組織像を念頭にAS-OCT所見を確認すると,いずれの代表症例においても,虹彩の前境界層や間質には異常はなく,上皮層に低輝度な?胞性病変が確認される(図4b,5b).?胞内部は完全な空洞状の病変で,蛋白濃度の低い液体成分の貯留が示唆される.これまでの結果より,AS-OCTは虹彩上皮性?胞の診断に有用な検査であることが明らかである.実際,虹彩母斑と上皮性?胞が合併する症例に対しても,両者の診断,病変の広がりの把握にAS-OCTが有用であることが示されて図450代女性の虹彩上皮性?胞細隙灯顕微鏡上,散瞳すると虹彩裏面に表面平滑な茶褐色の腫瘤がみられる(a).AS-OCTでは同部では?胞性病変が検出され,内部は完全な空洞状の低輝度な液体が充満している(b).図5切除を希望された40代男性の虹彩上皮性?胞下方の虹彩裏面に表面平滑な茶褐色の腫瘤性病変がみられる(a).AS-OCTでは同部は内部空虚な?胞性病変がみられる(b).図6図5の?胞壁の病理組織学的所見ヘマトキシリン・エオジン染色では採取されている細胞の形態学的評価が不能であるため(a),過酸化水素によるメラニン漂白を施行した(b).メラニン漂白標本により,採取されている細胞は異型性のない円形核を有しており,豊富なメラニン色素を伴う細胞質を伴っていることが判明する(b).上皮性マーカーであるAE1AE3で免疫組織化学的検討を行い,ジアミノベンジジン(DAB)にて発色する(c).光量を上げて光学顕微鏡で観察すると,増生している細胞の細胞質に茶褐色に陽性になることが判明し,上皮細胞であることがわかる(c).いる1).UBMとの比較研究では,AS-OCTはUBMとほぼ同等の情報を得られると考えられる3).本研究では,後者の症例は腫瘤の部分切除を施行した(図7).AS-OCTは術後の?胞壁の増大の有無を評価するのに有用であり,併せて虹彩裏面の評価も可能になるため,経過観察の際には必須の検査である.III転移性虹彩腫瘍虹彩に腫瘤が形成される疾患として,母斑,黒色細胞腫,悪性黒色腫などのさまざまな虹彩腫瘍のみならず肉芽腫性ぶどう膜炎による虹彩結節も含まれる.転移性虹彩腫瘍は原発腫瘍の状態により,細隙灯顕微鏡所見も異なる可能性がある.実際,肺がんや消化器がんの虹彩転移では,虹彩色素に混ざった白色調腫瘤が検出されることがあり,腎がんの虹彩転移では赤色調を呈する.転移性虹彩腫瘍の診断は組織生検や穿刺吸引細胞診によるが,十分な組織量や細胞量を採取できないと診断が不能になる危険がある.加えて,治療後の局所の経過観察は細隙灯顕微鏡所見が主体となり,虹彩全体の病変の変化を捉えることは困難であった.他方,CTやMRIといった画像検査は,虹彩腫瘍のサイズの問題でその評価には不適切であることがほとんどである.AS-OCTは前述の虹彩腫瘍の形態学的変化の評価に有用であり,実際,腎がんの虹彩転移でもUBMに劣るものの一定の腫瘤の評価に貢献することが示されている1).ここでは筆者が経験した肺がんの虹彩転移について報告する(図8~10).症例は50代女性で右眼の充血,痛みで受診した.既往歴に肺がんの治療歴があった.視力や眼圧に問題はなかったが,細隙灯顕微鏡所見では右眼に毛様充血,前房炎症,虹彩後癒着に加え,下方の虹彩に隆起性病変がみられた(図8a).AS-OCTでは同部に著明な隆起がみられ,間質を主体とする充実性腫瘤が検出された(図8b).27ゲージ(G)針で虹彩間質の腫瘤内部を直接穿刺し,穿刺吸引細胞診を施行したところ,異型核を有する細胞集塊(図9a)と核小体明瞭な異型細胞が確認された(図9b).肺がんの虹彩転移と診断し,20Gyによる定位放射線照射が施行された.照射後,細隙灯顕微鏡所見では腫瘤表面は萎縮し(図10a),AS-OCTでは腫瘤のサイズは縮小した(図10b).以上図7図5の術後のAS?OCT所見虹彩根部の裏面の?胞性病変が残存している.より,AS-OCTは転移性虹彩腫瘍の腫瘍全体の大きさの把握に有用であり,併せて治療後の評価,経過観察にも必須な検査と考えられる.IV前眼部病変におけるAS?OCTの限界AS-OCTは結膜病変に対しては高い再現性のある有用な検査であることが示されてきたが8),使用上の限界もある.一つには撮像の際に固視や開瞼が良好でないと病巣の断面像をきれいに得ることができない.また,撮影者に正しく病変の存在する部位を伝えないと,腫瘍の断面をはずしてしまう可能性がある.きれいな断面像が得られない症例では,本検査は役に立たない.二つ目には,AS-OCTはあくまで補助診断的な側面があり,この結果のみで確定的な良悪性の判断をすることは危険である.たとえば,高齢者の結膜母斑などは,AS-OCTで?胞性病変が示唆されたとしても,可能な限り腫瘍を摘出して病理検査を行うべきである.虹彩毛様体腫瘍においても,AS-OCTだけでなく,他のあらゆる眼科的検査を駆使して臨床診断を行い,その結果とAS-OCT所見を比較検討すべきである.Vまとめ本稿では前眼部の色素性病変として結膜母斑,虹彩上皮性?胞と転移性虹彩腫瘍を取りあげ,最近の画像診断で用いられるAS-OCT所見を述べた.AS-OCTは前眼部の色素性腫瘤の病理像を反映する検査であり,その所見は臨床診断に大きく貢献する.加えてAS-OCTは無図8転移性虹彩腫瘍の1例細隙灯顕微鏡上,虹彩下方に腫瘤性病変があり,色素性組織の深部にやや白色を示す腫瘤が観察される(a).AS-OCT所見では,下方の虹彩腫瘤は虹彩間質に病変の主体があり,不整な輝度を呈して充実性の腫瘤であることが判明する(b).図9図8の症例の穿刺吸引細胞診(パパニコロウ染色)一部には異型細胞の集塊があり(a),他の部では核小体が明瞭な腫瘍細胞が検出される(b).図10図8の症例の治療後細隙灯顕微鏡所見では,虹彩腫瘍の表面は萎縮した(a).AS-OCTでは腫瘍部は平坦化した(b).侵襲で繰り返し撮像が可能なため,病変の治療効果判定や経過観察に有用である.AS-OCTは後眼部疾患におけるOCTと同様,今や前眼部の腫瘤性病変の診療になくてはならない検査機器の一つである.文献1)BianciottoC,ShieldsCL,GuzmanJMetal:Assessmentofanteriorsegmenttumorswithultrasoundbiomicrosco-pyversusanteriorsegmentopticalcoherencetomographyin200cases.Ophthalmology118:1297-1302,20112)MansouriK,SommerhalderJ,ShaarawyT:Prospectivecomparisonofultrasoundbiomicroscopyandanteriorseg-mentopticalcoherencetomographyforevaluationofante-riorchamberdimensionsinEuropeaneyeswithprimaryangleclosure.Ey(eLond)24:233-239,20103)HauSC,PapastefanouV,ShahSetal:EvaluationofirisandiridociliarybodylesionswithanteriorsegmentopticalcoherencetomographyversusultrasoundB-scan.BrJOphthalmol99:81-86,20154)石嶋漢,加瀬諭:角結膜腫瘍,母斑.知っておきたい眼腫瘍診療(大島浩一,後藤浩編),眼科臨床エキスパート,p275-278,医学書院,20155)BranchiniLA,AdhiM,RegatieriCVetal:Analysisofchoroidalmorphologicfeaturesandvasculatureinhealthyeyesusingspectral-domainopticalcoherencetomography.Ophthalmology120:1901-1908,20136)ShieldsCL,BelinskyI,Romanelli-GobbiMetal:Anteriorsegmentopticalcoherencetomographyofconjunctivalnevus.Ophthalmology118:915-919,20117)VizvariE,SkribekA,PolgarNetal:Conjunctivalmela-nocyticnaevus:Diagnosticvalueofanteriorsegmentopticalcoherencetomographyandultrasoundbiomicros-copy.PLoSOne13:e0192908,20188)NanjiAA,SayyadFE,GalorAetal:High-resolutionopticalcoherencetomographyasanadjunctivetoolinthediagnosisofcornealandconjunctivalpathology.OculSurf13:226-235,2015