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自覚症状なく定期検査で発見された梅毒性視神経乳頭炎

2020年5月31日 日曜日

《第56回日本眼感染症学会原著》あたらしい眼科37(5):615.618,2020c自覚症状なく定期検査で発見された梅毒性視神経乳頭炎前沢琢磨*1臼井英晶*1安城孝*2玉井一司*1*1名古屋市立東部医療センター眼科*2あきしまクリニック眼科CACaseofSyphiliticOpticPapillitisDisclosedbyRegularOphthalmicExaminationwithoutAnyOcularComplaintsTakumaMaezawa1),HideakiUsui1),TakashiAnjo2)andKazushiTamai1)1)DepartmentofOphthalmology,NagoyaCityEastMedicalCenter,2)DepartmentofOphthalmology,AkishimaClinicC目的:眼科定期検査から梅毒性視神経乳頭炎の診断に至った症例を報告する.症例:46歳,男性.糖尿病の眼科定期検査で両眼視神経乳頭腫脹を指摘され,名古屋市立東部医療センター眼科に紹介された.当科初診時,両眼矯正視力はC1.2で,両前房に少数の細胞を認め,両眼底に視神経乳頭腫脹が観察された.視野検査では両眼に比較暗点が検出された.頭部CCT検査で異常を認めなかったが,血液検査で梅毒血清反応が陽性を示したため梅毒性視神経乳頭炎を疑い,アモキシシリン内服投与を開始した.その後,虹彩炎,視神経乳頭腫脹および視野障害は改善した.経過中,梅毒感染と関連する皮膚症状や視神経以外の神経症状はみられていない.結論:自覚症状に乏しい視神経乳頭腫脹がみられた場合,鑑別診断として梅毒感染を考慮に入れる必要がある.CPurpose:Toreportacaseinwhicharoutineophthalmicexaminationledtothediagnosisofsyphiliticopticpapillitis.CCase:AC46-year-oldCmaleCwasCreferredCtoCourChospitalCafterCbilateralCopticCdiscCswellingCwasCobservedCduringaperiodicophthalmicexaminationfordiabetes.Inbotheyes,thecorrectedvisualacuitywas1.2andsever-alcellsintheanteriorchamberandopticdiscswellingwereobserved.Avisual.eldtestrevealedrelativescoto-masbilaterally.ACTscanofhisheadshowednormal.ndings,yetabloodtestrevealedpositivesyphiliticserumreaction.Thus,syphiliticopticpapillitiswassuspectedandhewastreatedwithasystemicadministrationofamoxi-cillin,CandCtheCiritis,CopticCdiscCswelling,CandCvisualC.eldCdisturbanceCgraduallyCimproved.CDuringCtheCtreatmentCcourse,CnoCdermatologicalCorCotherCneurologicalCsymptomsCrelatedCtoCsyphiliticCinfectionCwereCobserved.CConclu-sion:WhenCaCpatientCwithCopticCdiscCswellingCandCnoCapparentCophthalmicCcomplaintsCisCencountered,CsyphilisCinfectionshouldbeconsideredasadi.erentialdiagnosis.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C37(5):615.618,C2020〕Keywords:眼科定期検査,視神経乳頭腫脹,梅毒性視神経乳頭炎.regularophthalmicexamination,opticdiscswelling,syphiliticopticpapillitis.Cはじめにわが国ではC2012年から男女ともに一貫して梅毒患者は増え続けており,とくにC20.40歳代の若い年齢層でその傾向が顕著となっている1).梅毒による眼病変として,虹彩炎,網脈絡膜炎,網膜血管炎などがあり,視神経障害としては視神経炎,視神経網膜炎,視神経周囲炎の所見を呈する2).梅毒による視神経障害は視力低下などの自覚症状を伴うことが多いが3.10),無症状で眼底所見から偶然発見されることもある11).今回,糖尿病に対する眼科定期検査で両眼視神経乳頭腫脹がみられ,梅毒性視神経乳頭炎の診断に至った症例を経験したので報告する.CI症例患者:46歳,男性.初診:2018年C11月.主訴:両眼視神経乳頭腫脹.現病歴:2018年C10月初旬,糖尿病に対する眼科定期検査のため近医眼科を受診した.同眼科で両眼の視神経乳頭腫脹〔別刷請求先〕前沢琢磨:〒506-8550岐阜県高山市天満町C3-11日本赤十字社高山赤十字病院眼科Reprintrequests:TakumaMaezawa,M.D.,DepartmentofOphthalmology,JapaneseRedCrossTakayamaHospital,3-11Tenmanmachi,Takayama,Gifu506-8550,JAPANC図1初診時眼底両眼に視神経乳頭の発赤と腫脹がみられる.図2初診時フルオレセイン蛍光眼底写真両眼視神経乳頭の染色と蛍光漏出がみられる.がみられたため名古屋市立東部医療センター眼科(以下,当科)へ紹介された.既往歴:初診のC2カ月前から頭痛,倦怠感,発熱があり,近医内科で感冒と診断され加療を受けた.家族:特記することはない.当科初診時,視力は右眼C0.2(1.2C×2.0D),左眼C0.15(1.2C×.2.25D),眼圧は右眼C14mmHg,左眼C14mmHg,限界フリッカー値は右眼C37CHz,左眼C38CHzだった.眼位は正位で,眼球運動制限はなく,瞳孔は左右同大,対光反応に異常はみられなかった.前眼部は両眼前房に少数の細胞があり,眼底は両眼の視神経乳頭腫脹を認めたが,糖尿病網膜症の所見はみられなかった(図1).光干渉断層計(opticalcoherenttomography:OCT)でも両眼視神経乳頭の腫脹が確認されたが,乳頭周囲や黄斑部網膜に異常はみられなかった.フルオレセイン蛍光眼底造影(.uoresceinfundusangiography:FA)検査では,両眼視神経乳頭から蛍光漏出があり(図2),Goldmann動的量的視野(以下,GP)検査では,両眼に傍中心比較暗点,左眼に中心比較暗点が検出された(図3).以上の所見から両眼のぶどう膜視神経炎を疑い,血液検査および頭部CCT検査を行った.血液検査では,白血球数C9,490/μl,図3初診時Goldmann視野検査両眼で傍中心比較暗点,左眼で中心比較暗点がみられる.CRP1.0,赤血球沈降速度(1時間)57Cmm,ヘモグロビンCA1c8.1%,梅毒血清反応で脂質抗原試験法(rapidCplasmaregain:RPR)陽性,抗トレポネーマ抗体ラテックス比濁法(treponemaCpallidumClatexagglutination)陽性,ヒト免疫不全ウイルス(humanCimmunode.ciencyvirus)陰性であった.頭部CCT検査では,頭蓋内,眼窩内に特記する異常はみられなかった.経過:血液検査で梅毒血清反応が陽性あったことから,梅毒性視神経乳頭炎をもっとも疑い,ただちに患者に連絡し診断確定のため髄液検査などを予定した.しかし,患者は仕事の都合でしばらく当院へ来院せず,職場近くの泌尿器科医院を受診した.同院での血液検査では,RPR128倍,血清トレポネーマ抗原試験(treponemapallidumhemagglutinationassay:TPHA)10,240倍であり,駆梅療法(アモキシシリンC2Cg/日内服)が開始された.治療開始後,頭痛,倦怠感などの全身症状は速やかに消失した.当科再診時(初診C10日後)には両眼視神経乳頭腫脹は軽減していた.その後,当院脳神経内科を紹介受診したが,神経学的検査で異常なく,全身状態も改善していたため髄液検査は施行しなかった.内服薬については計C84日間分処方されたが,途中服用忘れがあったため実際の内服期間はC134日となった.2019年C4月,両眼視神経乳頭腫脹は消退し,FAで乳頭周囲の蛍光漏出はみられなかった.GP検査で左眼中心比較暗点の消失,両眼の傍中心比較暗点の縮小が確認され,血液検査でCRPR2倍,CTPHA640倍と改善を認めた.経過中,梅毒と関連する皮膚所見はみられなかった.CII考按本症例では頭痛,倦怠感,発熱などの前駆症状がみられたこと,虹彩炎を伴っていたこと,駆梅療法開始とともに全身症状と虹彩炎,乳頭腫脹が速やかに軽快したことから梅毒感染による視神経症と診断した.問診で,初診の数年前から不定期に性風俗店に行っていることが判明し,梅毒の感染経路と推定される.鑑別診断として前部虚血性視神経症の軽症型の糖尿病乳頭症があげられる.糖尿病乳頭症は,両眼性に発症し自然軽快する場合があるが,本症例のように感冒様の前駆症状や前眼部炎症を同時に伴うことはまれと考えられる.梅毒による視神経症の確定診断を得るには髄液検査が必要であるが,本症例では初診後の受診が遅れ,再来院時にはすでに内服治療が開始され,症状が軽快していたため施行しなかった.本症例では,アモキシシリンの内服治療で症状の改善が得られたが,早期神経梅毒の治療としてはベンジルペニシリンカリウムの点滴治療が推奨されている12).梅毒性視神経炎では,視力障害や視野異常を自覚することがほとんどである3.10).また,梅毒の眼所見には,後極部に限局したびまん性網膜混濁,乳頭腫脹,網膜静脈の拡張蛇行,黄斑部を含む強い滲出性変化,FAにおいて乳頭の過蛍光や拡張・蛇行した血管からの色素漏出,硝子体混濁などが報告されている2).本症例では,全身的には非特異的な感冒様症状のみで,視力良好で眼科的な自覚症状がなく,糖尿病の眼科定期検査で偶然に眼底に視神経乳頭腫脹がみられたことから梅毒感染の診断に至った.視力障害が著明となる前の早期に治療を開始できたため,良好な視機能を維持することができたと考えられる.わが国では,近年梅毒患者は増え続けており,今後,自覚症状が乏しい場合でも,健康診断などにおける眼底検査で梅毒の早期診断が得られる機会が増える可能性があると考える.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)厚生労働科学研究班(研究代表者:荒川創一):性感染症に関する特定感染症予防指針に基づく対策の推進に関する研究.平成C29年度総括・分担研究報告書.20182)中馬秀樹:梅毒性視神経障害.専門医のための眼診療クオリファイ7,視神経疾患のすべて(大鹿哲郎,大橋裕一,中馬秀樹編),p65-70,中山書店,20113)坂中進,高綱陽子,佐藤晴彦ほか:梅毒性視神経網脈絡膜炎のC1例.眼臨C89:379-381,C19954)今澤光宏,神戸孝:梅毒性視神経炎のC2例.臨眼C50:C699-703,C19965)古川貴子,橋本禎子,八子恵子ほか:梅毒性髄膜炎に伴う視神経炎と思われるC1例.臨眼C55:477-480,C20016)岩田裕子:眼症状から梅毒が原因として診断されたC6例.高崎医学C52:94-99,C20017)山本香子,菊池雅史,川本未知ほか:梅毒性視神経炎と網脈絡膜炎を合併したCHIV感染症患者のC1例.あたらしい眼科C21:1273-1279,C20048)秋澤尉子,関根万里:HIV感染患者の梅毒性視神経炎のC1例.眼臨C101:1100-1104,C20079)原ルミ子,三輪映美子,佐治直樹ほか:網膜炎として発症した梅毒性ぶどう膜炎のC1例.あたらしい眼科C25:855-859,C200810)吉谷栄人,松田順子,青木彩ほか:左眼視神経炎を契機に早期神経梅毒と診断された高齢者のC1例.眼科C55:633-637,C201311)ParkerCSE,CPulaJH:NeurosyphilisCpresentingCasCasymp-tomaticCopticCperineuritis.CCaseCRepCOphthalmolCMedC2012:621872,C201212)清田浩,石地尚興,岸本寿男ほか:性感染症診断・治療ガイドラインC2016.日性感染症会誌C27(Suppl):4-170,C2016C***

後天性免疫不全症候群以外の患者に発症したサイトメガロウィルス網膜炎5例の臨床的検討

2020年5月31日 日曜日

《第56回日本眼感染症学会原著》あたらしい眼科37(5):609.614,2020c後天性免疫不全症候群以外の患者に発症したサイトメガロウィルス網膜炎5例の臨床的検討島崎晴菜高山圭菅岡晋平竹内大防衛医科大学校眼科学教室CClinicalAnalysisofFiveCasesofCytomegalovirusRetinitisComplicatedwithImmunosuppressiveDiseaseExceptAcquiredImmunode.ciencySyndromeHarunaShimazaki,KeiTakayama,ShinpeiSugaokaandMasaruTakeuchiCDepartmentofOphthalmology,NationalDefenseMedicalCollegeC目的:後天性免疫不全症候群(AIDS)以外の原疾患を有するサイトメガロウイルス(CMV)網膜炎の臨床所見と特徴を検討した.対象および方法:2010年C4月.2019年C2月に防衛医科大学校病院眼科を受診し,AIDS以外の原疾患がありCCMV網膜炎と診断したC5例C8眼(全例男性)の発症時年齢,原因疾患,CMV網膜炎のタイプ,白血球数,好中球数,発症時と寛解期の矯正視力,視神経乳頭炎の有無,網膜.離の有無,硝子体手術の実施,転帰について後ろ向きに調査した.結果:発症時平均年齢はC59.8C±10.1歳,平均観察期間はC20.9C±32.2カ月,4例が悪性リンパ腫でC1例が糖尿病だった.平均視力は炎症寛解後も改善せず,視力予後が良好だったのはC1例C2眼のみで,2例C3眼はCCMV網膜炎が再発し,2例は原疾患(ともに悪性リンパ腫)により死亡した.結論:AIDS以外の免疫能低下状態の患者に生じたCCMV網膜炎は視力予後が不良である可能性が示唆された.CPurpose:Toevaluatetheclinical.ndingsandcharacteristicsofcytomegalovirus(CMV)retinitiscomplicatedwithbasicimmunosuppressivediseaseexceptacquiredimmunode.ciencysyndrome(AIDS)C.CasesandMethods:Thisretrospectivereviewstudyinvolved8eyesof5consecutivemalepatients(meanage:59.8C±10.1years)diag-nosedwithCMVretinitisbetweenApril2010andFebruary2019attheNationalDefenseMedicalCollegeHospital.Ageatonset,sex,basicdisease,typeofCMVretinitis,visualacuity(VA)intheacutephaseandremissionphase,presenceofretinaldetachmentandopticdiscedema,implementationofvitreoussurgery,andprognosiswereeval-uated.CResults:MeanCLogMARCVACwasC0.64±1.03CinCtheCacuteCphaseCandC0.83±1.38CinCtheCremissionCphase.CRelapseoccurredin3eyesof2cases,andVAimprovedinonly2eyesof1case.Twopatientsdiedduetobasicdisease.CConclusion:CMVCretinitisCcomplicatedCwithCbasicCimmunosuppressiveCdisease,CexceptCAIDS,CisCaCpoorCprognosisofVAandlife.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C37(5):609.614,C2020〕Keywords:網膜炎,サイトメガロウイルス,悪性リンパ腫.retinitis,cytomegalovirus,malignantlymphoma.はじめにサイトメガロウィルス(cytomegalovirus:CMV)は日和見感染をきたすウイルスとして知られ,CMVの再活性化により免疫抑制状態の患者でCCMV網膜炎を発症させることがある1).CMV網膜炎は前眼部炎症や硝子体炎などの炎症所見が乏しいが,眼底病変は特徴的な所見があり,臨床的には周辺部顆粒型,後極部劇症型,樹氷状血管炎型のC3病型に分類される.周辺部顆粒型は網膜周辺部に出血をほとんど伴わず,白色顆粒状の病変が扇形に集積する.病巣は次第に癒合・拡大しながら進行し,活動性病巣の周辺には白色の顆粒状病変が散在するのが特徴であり,進行はC3病変のなかでは一番緩徐である.後極部劇症型は後極部の血管に沿って網膜出血と浮腫を伴う黄白色滲出斑が出現し,病巣部の網膜は壊死しており出血を伴い速やかに進行し,黄斑浮腫や視神経へ〔別刷請求先〕高山圭:〒C359-8513埼玉県所沢市並木C3-2防衛医科大学校眼科医局Reprintrequests:KeiTakayama,M.D.,DepartmentofOphthalmology,NationalDefenseMedicalCollege,3-2Namiki,Tokorozawa,Saitama359-8513,JAPANCの炎症進展により急激な視力低下が起きる.樹氷状血管炎型は血管壁の顕著な白鞘化と閉塞性血管炎をきたす2).CMV網膜炎は後天性免疫不全症候群(acquiredimmuno-de.ciencysyndrome:AIDS)患者に発症することが多いが,化学療法中の血液疾患の患者,コントロール不良の糖尿病患者にも発症する3).近年,医療の進歩・社会の超高齢化・糖尿病患者の増加などによりCAIDS以外の患者におけるCCMV網膜炎の発症が増加傾向と報告されているが4,5),それらの眼底所見や視力予後の報告は少ない.今回,AIDS以外の原疾患を有する患者に発症したCCMV網膜炎の臨床所見や予後を比較し,その特徴について検討した.CI対象および方法2010年C4月.2019年C2月に防衛医科大学校病院眼科(以下,当科)を受診し,CMV網膜炎と診断された症例の診療録を後ろ向きに調べた.CMV網膜炎の診断は既報と同様に,採血検査によるCCMVIgG,CMVIgM,特徴的な眼底所見,前房水か硝子体液からのCpolymeraseCchainreaction(PCR)testによるCCMVDNAの検出をもって確定診断とした.3病型(周辺部顆粒型,後極部劇症型,樹氷状血管炎型)の分類と病変部位(Zone1:視神経乳頭周囲C1,500Cμmまたは中心窩周囲C3,000Cμm,Zone2:Zone1の外側から赤道部までの領域,Zone3:赤道部から鋸状縁までの領域)の分類および視神経炎の有無についてはぶどう膜炎専門医C2名(竹内,高山)がそれぞれ検眼鏡的所見より判断した.CMV網膜炎と診断した後,入院しガンシクロビルの経静脈投与による治療を開始し,必要と判断した際には硝子体手術を施行した.炎症が寛解したのち,バルガンシクロビルの内服に切り替えて退院,外来で経過観察した.発症時年齢,性別,原疾患,白血球数,好中球数,CMV網膜炎の病型と病変部位,発症時と寛解期の矯正視力(統計処理のためClogMARに変換した),視神経乳頭炎の有無,網膜.離の有無,硝子体手術の有無,転帰を調べた.〔症例1〕67歳,男性.左眼に霧視が出現し近医を受診したところ,左眼に網膜浮腫と周辺部血管炎があり当科に紹介となった.既往歴として,Cdi.useClargeCBCcelllymphoma(DLBCL)と診断されて当院血液内科で化学療法中だった.初診時,矯正視力は右眼C1.2・左眼C0.9,眼圧は右眼C12.0CmmHg・左眼C10.0CmmHg,左眼は前房内に炎症細胞の浸潤,両眼に軽度の白内障,星状硝子体症,眼底は下方の網膜血管炎とその周囲に網膜浮腫と点状出血があり,周辺部に顆粒状の小滲出斑があった(図1a).同日施行した光干渉断層撮影(opticalCcoherenceCtomogra-phy:OCT)検査で黄斑部網膜に浮腫があった(図1b).血液検査では可溶性CIL-2レセプターがC735CU/mlと高値であり,IgGC277Cmg/dl,CIgAC13Cmg/dl,CIgM4Cmg/dlと低下し,白血球数はC4,300/ul(好中球数C2,021/ul,リンパ球C1,785/ul,好塩基球C494/ul)と低下していた.CMV抗体(CF法)は陰性だった.眼底所見およびCDLBCLに対する化学療法中であることからCCMV網膜炎・周辺部顆粒型と診断し,ガンシクロビル点滴C600Cmg/日を開始した.治療開始後,左眼矯正視力は初診日をCDay0としてCDay13にC1.0と改善し,眼内の炎症が寛解したため点滴を終了し,バルガンシクロビル塩酸塩C1,800mg/日の内服治療に切り替えた.Day17には左眼矯正視力1.2,中心窩下方の網膜下浮腫と視細胞内節/外節ラインの欠損は残存するが(図1c),白色病変は縮小して中心部の出血が減少した(図1d).Day53には左眼矯正視力はC1.5,眼底の白色病変は消失し血管炎も消炎したため内服加療を終了した.しかしながら,Day96に左眼歪視が出現して矯正視力はC0.3に低下し,左眼の黄斑部下方に白色病変と周辺部耳側に点状出血が再度出現した.CMV網膜炎の再発と診断し,点滴加療・内服加療を再開した.Day133にて左眼の炎症は寛解したが矯正視力はC0.5だった(図1e,f).〔症例2〕76歳,男性.近医眼科で増殖糖尿病網膜症にて経過観察をしていたが,糖尿病はCHbA1cがC9.11%と管理不良だった.左眼視力低下で近医を受診したところ,左眼の高眼圧と前房内炎症があり当科に紹介となった.初診時,矯正視力は右眼C1.2・左眼指数弁,眼圧は右眼C14.0CmmHg・左眼C36.0CmmHg,左眼は前房内の炎症細胞浸潤と虹彩および隅角に新生血管があり,眼底は硝子体出血のため透見不能だった.血液検査ではCHbA1c9.6%,血糖C411Cmg/dlと高値であり,白血球数は8,500/ul(好中球数C5,049/ul,リンパ球C2,839/ul,好塩基球612/ul)だった.ベバシズマブC0.05Cmlを術前に硝子体内投与して硝子体手術を施行したが,黄斑部に黄白色滲出斑と周辺部の点状出血があった(図2).また,術中採取した硝子体検体からCCMV-DNAが検出され(4.37C×104copy),眼底所見と合わせてCCMV網膜炎・後極部劇症型と診断した.初診日をCDay0としてCDay8よりガンシクロビル点滴C600Cmg/日を開始したところ網膜血管炎とフィブリンが改善し,Day41にバルガンシクロビル塩酸塩C900Cmg/日内服治療に切り替えてCDay46に治療終了とした.Day100に右眼の歪視が出現し,右眼眼底に網膜血管の白線化と黄斑部耳側の黄白色病変があった(図3).右眼の前房水からもCPCRにてCCMV-DNAが検出(4.20C×104copy)されたため,右眼にもCCMV網膜炎・後極部劇症型が発症したと診断した.バルガンシクロビル塩酸塩の内服加療で炎症が寛解し,網膜病変が消失したので内服加療を終了して経過観察とした.しかし,Day284に右眼に再度炎症が出現したため内服加療を再開したが,病変周囲の網膜色調が悪化して網膜.離が出現したため,Day317に右硝子体手術・網膜復位術を施行した.経過中も血糖図1症例1の左眼の眼底所見と光干渉断層計(OCT)所見初診時,左眼底に血管炎および周囲の網膜浮腫と点状出血,および周辺部に顆粒状の小滲出斑,星状硝子体症があり(Ca),OCTで黄斑部に網膜浮腫があった(Cb).Day17にて,白色病変中心および周辺部に認めていた出血が改善し病変も縮小した(Cc).OCTでは視神経細胞内節/外節ラインの障害は残存するものの,黄斑部の網膜浮腫は改善した(Cd).最終受診時(Day133),血管炎は寛解し点状出血が消失,黄斑部網膜浮腫は消失した(Ce)が視神経細胞内節/外節ラインは欠損したままであった(Cf).管理は9.11%と管理不良のままだった.あった.CMV抗原陽性がC5例中C2例,CMV抗体測定は検CII結果査を実施したのはC5例中C2例であり,IgG陽性がC1例,IgM陽性がC1例であった(表2).5例の発症時平均年齢はC59.8C±10.1歳,全例男性で平均経CMV網膜炎の病型は後極部劇症型がC6眼,周辺部顆粒型過観察期間はC20.9C±32.2カ月だった.原疾患は化学療法中が2眼だった.病変部位はZone1が3眼,Zone2が3眼,の悪性リンパ腫C4例,コントロール不良の糖尿病C1例であっCZone3がC2眼だった.視神経乳頭炎は後極部劇症型の病巣た.平均白血球数はC4,460C±2,399/ul,平均好中球数はC2,532部位がCZone1のC1例C1眼を除いたC5例C7眼で生じており,C±1,390/ul,平均リンパ球数はC1,832C±1,171/ulだった(表網膜.離は後極部劇症型の病巣部位がCZone3だったC1例C1C1).眼だった(表3).血液検査結果はCCD4Tリンパ球を測定したのはC5例中C3寛解期に視力が改善したのはC2例C3眼のみであり,視力が例であり,そのうちリンパ球数まで測定したのはC1例のみで不変だったのはC2例C2眼,悪化した症例はC3例C3眼だった.図2症例2の左眼の眼底写真図3症例2の右眼の眼底写真黄斑部に黄白色滲出斑と周辺部の点状出血があった.網膜血管の白線化と黄斑部耳側に黄白色病変があった表1各症例の年齢・性別・経過観察期間・原疾患および免疫状態症例年齢(歳)性別経過観察期間(月)原疾患白血球数(/uCl)好中球数(/uCl)リンパ球数(/uCl)C1C75男C5マントル細胞リンパ腫C4,400C2,700C1,800C2C76男C36糖尿病C8,500C5,000C3,600C3C50男C84悪性リンパ腫C1,800C930C580C4C67男C11濾胞性リンパ腫C2,300C1,700C2,600C5C57男C3濾胞性リンパ腫C5,300C2,200C580表2各症例の血液検査および前房水PCR検査結果症例CD4T細胞(%/ul)CMV抗原CCMVIgGCCMVIgG前房水中のCCMV-DNAPCR結果1C7.5/.陽性C.C.陽性(左C.右C2.91C×106)C2C22.4/.陰性陰性陽性陽性(左C4.27C×104右C4.20C×104)C3C./.陰性C.C.陰性C4C5.9/120陰性C.C.C.C5C./.陽性陽性陰性C.C表3各眼の病型・病変部位と所見・小数視力症例病眼病型病変部位視神経乳頭炎網膜.離発症時視力寛解期視力1右後極部劇症型CZone3有有C0.1C0.2左後極部劇症型CZone2有無C0.4C0.8C2右後極部劇症型CZone2有有C0.9C0.05左後極部劇症型CZone1有無指数弁光覚弁なしC3右後極部劇症型CZone1無無C0.5C1.2左後極部劇症型CZone2有無C1.0C1.0C4右周辺部顆粒型CZone1有無C0.9C0.2C5左周辺部顆粒型CZone3有無C0.5C0.5C表4増悪時・寛解時の平均logMAR全体CZone1CZone2CZone3発症時C0.64±1.03C0.50±0.96C0.15±0.18C0.65±0.35寛解時C0.83±1.38C0.76±1.55C0.47±0.59C0.50±0.20表5硝子体手術の有無と転帰症例病眼硝子体手術転帰1右実施せずDay190原疾患で死亡左実施せずC2右再発後実施CMV網膜炎が再発し,急性網膜壊死に近い状態となったため硝子体手術を施行した左実施せず炎症は寛解するが視力改善せずC3右実施せず経過良好左実施せず経過良好C4右実施せずDay96CMV網膜炎が再発したC5左実施せずDay261原疾患で死亡した発症時平均ClogMARはC0.64C±1.03,寛解期平均ClogMARでC0.83±1.38と有意な変化はなかった.病型別にみると,後極部型の発症時平均ClogMARはC0.02C±0.88で,寛解期ClogMARはC0.15C±1.32であり,周辺部顆粒型の発症時平均ClogMARはC0.17C±0.13,寛解期ClogMARはC0.06C±0.24だった.部位別にみると,Zone1の発症時平均ClogMARはC0.50C±0.96,寛解期ClogMARはC0.76C±1.55,Zone2の発症時平均ClogMARはC0.15C±0.18,寛解期ClogMARはC0.47C±0.59,Zone3の発症時平均ClogMARはC0.65C±0.35,寛解期ClogMARはC0.50C±0.20だった(表4).2例は原疾患により死亡し,2例C3眼のCCMV網膜炎はいったん治療によって寛解したが治療を終了すると平均C1.8カ月(1.1.3.2カ月)で再発し,そのうちC1例C1眼は再発時に網膜.離が生じたため硝子体手術を施行した.寛解期視力および生命予後が良好だったのはC1例C2眼だった(表5).CIII考按今回,AIDS以外の原疾患による免疫能低下でCCMV網膜炎をきたしたC5例C8眼の臨床所見や予後をまとめた.全例男性で病型は後極部劇症型がC3例C6眼,周辺部顆粒型がC2例C2眼であり,視力改善例はC1例C2眼(原疾患はCDLBCL)のみでC5眼中C3眼はCCMV網膜炎の治療が終了すると炎症が再燃して視力は不良となり,2例は原疾患により死亡した.AIDS患者でのCCMV網膜炎は主要な合併症であり,1996年に登場した多剤併用療法(highlyCactiveCantiretroviraltherapy:HAART)導入以前にはCAIDS患者のC37%に発症し6),AIDS患者最大の失明原因とされた7).HAARTにより,AIDS患者におけるCCMV網膜炎の発症率は導入前のC10.20%になったと報告されている8).濱本らは,HAARTを(111)施行したCAIDS患者C261例のうちCHAART導入前にC23例,導入後にC16例にCCMV網膜炎をきたし,最終視力C0.2以下はC7眼(15%)であったこと,HAART導入後に発症した症例のほうが導入前発症例に比べて軽症例が多く視力予後が良かったことを報告している9).本研究では寛解期視力がC0.2以上だったのはC1例C2眼(25%)であり,4例C6眼(75%)は最終視力がC0.2未満だった.AIDSは治療によって免疫能が改善するが,AIDS以外の原疾患は治療自体がむずかしく免疫能賦活化が困難なために,CMV網膜炎が悪化・再燃しやすい可能性が示唆される.病巣と正常網膜の境界部分にみられる顆粒状の病変はCgranularborderとよばれる.滲出斑は徐々に拡大するが病巣の中心部は萎縮傾向を示し,約C20%の症例で網膜.離を併発する4).また,CMV網膜炎の視力障害は,Zone1では黄斑部と視神経の障害,Zone3では網膜.離が生じることが原因であると報告されている10).今回,Zone1のC3眼中C1眼は視力が改善して治療後も炎症の再燃がなく経過良好だったが,2眼は治療後に炎症が再燃して視力予後が不良だった.CZone2のC3眼中C2眼は視力が改善したがC1例は原疾患により死亡した.Zone3のC2眼中C2眼はC2例とも治療後も視力が改善せず原疾患により死亡した.5例C8眼中,Zone3のC1眼(12.5%)でのみ網膜.離が生じたが,この結果はCStew-artの報告6)と矛盾しなかった.5例中C1例は内服加療を終了すると患眼だけでなく健眼にもCCMV網膜炎が発症した.CMV網膜炎は通常片眼性で発症するが,未治療または治療が奏効しないと両眼に発症すると報告がある10).AIDSではCHAARTにより白血球数が回復して免疫能も改善するが1,6,7),今回のようにCAIDS以外の原疾患による免疫能低下状態でCCMV網膜炎が発症した症例あたらしい眼科Vol.37,No.5,2020C613は免疫状態が初発時も再発時も抑制状態であり,原疾患の治療を中断すると健眼も含めCCMV網膜炎が再燃する可能性がある.症例C2は,一般的には免疫能が改善しやすい糖尿病が原疾患であるが,経過中の血糖管理がCHbA1cがC9.11%台と一貫して不良であり,そのため免疫能が改善しなかったことが再燃の原因と考えられる.しかしながら本研究の症例数は少なく,今後多くの症例数を対象とした検討が必要と考えられる.CIV結論AIDS以外の原疾患に合併したCCMV網膜炎C5例C8眼の臨床所見と特徴について検討した.AIDS以外の免疫能低下状態の患者に生じたCCMV網膜炎は治療後も再燃が多く,生命予後のみならず視力予後も不良である可能性が示唆された.文献1)柳田淳子,蕪城俊克,田中理恵ほか:近年のサイトメガロウイルス網膜炎の臨床像の検討.あたらしい眼科C32:699-703,C20152)園田康平,川島秀俊,大黒伸行ほか:ヘルペス感染によるぶどう膜炎,所見から考えるぶどう膜炎(園田康平,後藤浩),p175-202,医学書院,20133)関本慎一郎,村上昌,今村周ほか:後天性免疫不全症候群(AIDS)に合併したサイトメガロウイルス網膜炎のC1例.あたらしい眼科19:1359-1362,C20024)TakayamaK,OgawaM,MochizukiMetal:Cytomegalo-virusretinitisinapatientwithproliferativediabetesreti-nopathy.OcularImmunolIn.ammC21:225-226,C20135)YamasakiCS,CKohnoCK,CKadowakiCMCetal:Cytomegalovi-rusretinitisinrelapsedorrefractorylow-gradeBcelllym-phomaCpatientsCtreatedCwithCbendamustine.CAnnCHematolC96:1215-1217,C20176)VrabecTR:PosteriorsegmentmanifestationsofHIV/AIDS.SurvOphthalmolC49:131-157,C20047)Foscarnet-GanciclovirCCytomegalovirusCRetinitisTrial:5.CClinicalCfeaturesCofCcytomegalovirusCretinitisCatCdiagnosis.CStudiesCofCocularCcomplicationsCofCAIDSCResearchCGroupCinCcollaborationCwithCtheCAIDSCClinicalCTrialsCGroup.CAmJOphthalmolC124:141-157,C19978)JabsCDA,CAhujaCA,CVanCNattaCMCetal:CourseCofCcyto-megalovirusretinitisintheeraofhighlyactiveantiretro-viraltherapy:.ve-yearCoutcomes.COphthalmologyC117:C2152-2161,C20109)濱本亜裕美,建林美佐子,上平朝子ほか:ヒト免疫不全ウイルス(HIV)患者のCHAART導入前後の眼合併症.日眼会誌116:721-729,C201210)StewartMW:OptimalCmanagementCofCcytomegalovirusCretinitisCinCpatientsCwithCAIDS.CClinCOphthalmolC4:285-299,C2010C***

ニュープロダクツ 株式会社 スリットランプ METORI-50

2020年5月31日 日曜日

●株式会社エムイーテクニカスリットランプMETORI.50METORI-50は,スマートフォンに取付けて使用する軽量・簡便なスリットランプです.スマートフォンのカメラ機能と通信機能を使って,スリットやコバルト光を用いた前眼部検査の記録や,遠隔地などへの動画や静止画像の送信もスマートフォンの操作そのままに簡単に行えます.また,院内だけでなく,海外への医療支援や在宅,救急などの医療現場,あるいは眼科医不在の診療所などにおいても,眼科専門医と容易に情報を共有できるなどのメリットがあります.仕様検査光:スリット,コバルト光源:LED電源:DC3V(リチウム電池CR2×1)連続使用時間:約10時間重量:93g製造元:株式会社井澤日本製医療機器認証番号:13B2X00180000078定価:¥86,800(税別)<総発売元・問い合わせ先>株式会社エムイーテクニカ東京都豊島区巣鴨1-34-4TEL:03-5395-4588http://www.metechnica.co.jp/(101)あたらしい眼科Vol.37,No.5,2020603

基礎研究コラム 36.シナプスと網膜再生

2020年5月31日 日曜日

シナプスと網膜再生秋葉龍太朗*1,2松山オジョス武*3高橋政代*3万代道子*3シナプスとは脳や網膜などの神経組織は,多数の神経細胞(ニューロン)がシナプスという構造を介して神経伝達物質をやり取りすることでお互いに会話をし,コンピューターのような回路として機能することができます.網膜において光を受容するのは視細胞ですが,シナプスを介して双極細胞・神経節細胞などの上位ニューロンに視覚情報が伝えられることで初めて,中枢神経に視覚情報が認識されるようになるのです(図1a).視細胞のシナプスにおいては,ribeyeという蛋白質を介して神経伝達物質であるグルタミン酸が放出され,二次ニューロンである双極細胞の代謝型グルタミン酸受容体(mGluR6)にて受け取られます(図2a).網膜再生におけるシナプスの再建網膜色素変性症では遺伝子変異によって視細胞が細胞死を起こし,その結果として視機能を喪失します.近年,iPS/ES細胞から網膜組織を分化する技術が開発されたため1),幹細胞由来の網膜組織を移植することで視細胞を補充する細胞治療が,新しい治療法として期待されています2).この治療法で視機能を回復するために重要なのは,移植した細胞がホストの網膜と視細胞シナプスを形成すること(図1b,c)ですが,移植後のシナプスを詳細に検討した研究は行われていませんでした.そこで筆者らは,視細胞のシナプスをribeyeとCmGluR6の免疫染色で可視化し(図2b),その画像からシナプスを客観的に評価できるコンピュータープログラムを作成しました.マウスCiPS細胞由来の網膜組織を網膜変図1正常網膜の構造と幹細胞を用いた細胞治療の概略図*1ワシントン大学*2千葉大学医学研究院眼科学*3理化学研究所網膜再生医療研究開発プロジェクト性モデルマウスに移植し,移植後にシナプスの解析を行ったところ,経時的に視細胞のシナプスが増加することが明らかになりました(図2c).また,移植後の飼育環境に光があると,暗所で飼育した場合と比べて有意にシナプス形成が増加することも明らかになり,移植後の光刺激の有用性が示唆されました3).今後の展望加齢黄斑変性や黄斑ジストロフィなど,中心視力が低下する疾患では視細胞を補うだけではなく高密度のシナプス接続が必要となります.今後,視細胞シナプスのメカニズム解明が進むことで,高密度にシナプス接続が必要とされる黄斑や中心窩の再生が可能になるかもしれません.文献1)EirakuCM,CTakataCN,CIshibashiCHCetal:Self-organizingCoptic-cupCmorphogenesisCinCthree-dimensionalCculture.CNatureC472:51-56,C20112)MandaiM,FujiiM,HashiguchiTetal:iPSC-derivedret-inaCtransplantsCimproveCvisionCinCrd1Cend-stageCretinal-degenerationmice.StemCellReportsC8:69-83,C20173)AkibaCR,CMatsuyamaCT,CTuCH-YCetal:QuantitativeCandCqualitativeCevaluationCofCphotoreceptorCsynapsesCinCdevel-oping,CdegeneratingCandCregeneratingCretinas.CFrontCCellCNeurosciC13:16,C2019図2視細胞シナプスの構造と移植後の解析結果a:視細胞シナプスの構造.Cb:正常網膜と移植後網膜で検出されたシナプスの免疫染色画像(加算画像).ScaleCbar=0.5Cμm.Cc:iPS細胞由来網膜組織移植後の視細胞シナプス数の推移.(文献C3より改変引用)(99)あたらしい眼科Vol.37,No.5,2020C6010910-1810/20/\100/頁/JCOPY

硝子体手術のワンポイントアドバイス 204.脈絡膜出血後の網膜皺襞(初級編)

2020年5月31日 日曜日

硝子体手術のワンポイントアドバイス●連載204204脈絡膜出血後の網膜皺襞(初級編)池田恒彦大阪医科大学眼科●はじめに脈絡膜出血は種々の内眼手術でまれに生じる重篤な合併症であり,手術症例の多い白内障手術や,術中に急激な眼圧の変動をきたす緑内障手術などで生じたとする報告が多いが,硝子体手術中に生じることもある.通常,脈絡膜出血は発症直後に凝血をきたすため,その場で強膜切開を施行しても出血を排出できないことが多い.いったん創を閉じ,溶血するのを待ったうえで再手術を施行する1).溶血に要する期間は通常2週間とされているが,1週間で溶血している症例もある.脈絡膜出血の量が多いと脈絡膜.離が胞状となり,脈絡膜.離が消退したあとに網膜皺襞が残存することがある.●症例提示62歳,女性.右眼の裂孔原性網膜.離に対して近医で日帰り硝子体手術を受けたが,術中に脈絡膜.離が生じたため当科紹介となった.右眼は人工的偽水晶体眼で硝子体腔内には気体を約2/3認めたが,耳側に脈絡膜.離を認めた.超音波Bモード検査で耳側の脈絡膜.離中にも高輝度陰影を認め(図1),術中に生じた脈絡膜出血と診断した.当科入院後,溶血を待って脈絡膜出血除去を予定していたが,出血は次第に消退してきたため経過観察することにした.術後2カ月の時点で耳側の脈絡膜出血はほぼ消退したが,同部位に胞状の脈絡膜出血により引き伸ばされた網膜が皺襞状となり残存した(図2).なお,経過観察中に網膜.離の再発は認めなかった.●脈絡膜出血後の網膜皺襞脈絡膜出血の量が多いと,胞状の脈絡膜.離となり,その部位の網膜は過度に伸展される.網膜はそれ自体に伸展性があるので,脈絡膜の隆起が軽快すると,伸展さ(97)0910-1810/20/\100/頁/JCOPY図1当科初診時の右眼超音波Bモード写真耳側に脈絡膜.離中に高輝度陰影を認め,脈絡膜.離ではなく術中に生じた脈絡膜出血と診断した.図22カ月後の右眼眼底写真脈絡膜出血により引き伸ばされた網膜が皺襞状となり残存した.れた網膜が元通りには回復せず,今回のような皺襞として残存する.通常の漿液性脈絡膜.離でも,胞状の場合には脈絡膜.離が消退したあとに網膜皺襞が残存することがある.これらの皺襞は時間の経過とともに徐々に伸展してくることが多く,皺襞が視機能に影響しないかぎりは経過観察に留めるのが一般的である.文献1)池田恒彦:硝子体手術のワンポイントアドバイス駆逐性出血に対する硝子体手術(中級編).あたらしい眼科29:69,2012あたらしい眼科Vol.37,No.5,2020599

眼瞼・結膜:化膿性肉芽腫とは

2020年5月31日 日曜日

眼瞼・結膜セミナー監修/稲富勉・小幡博人小泉宇弘小幡博人62.化膿性肉芽腫とは埼玉医科大学総合医療センター眼科化膿性肉芽腫は皮膚や粘膜に生じる毛細血管腫の一種であり,眼科領域では結膜に生じることがある.化膿性肉芽腫は化膿性病変でも肉芽腫でもないので,誤解を生みやすい病名である.結膜の化膿性肉芽腫は,鮮紅色~暗赤色の半球状または有茎性に隆起した腫瘤であり,易出血性である.結膜に生じる赤い腫瘤性病変を一様に化膿性肉芽腫とよぶ傾向があるので注意が必要である.●化膿性肉芽腫とはくことがある2)(図2).化膿性肉芽腫の治療の基本は手化膿性肉芽腫(pyogenicgranuloma)は皮膚や粘膜に術である.化膿性肉芽腫は良性腫瘍であり,完全な切除生じる腫瘤性病変で,病理組織学的に毛細血管腫の一種をしないと再発することがある.もし類似の病変が副腎であり,小葉状(分葉状)毛細血管腫(lobularcapillary皮質ステロイド点眼薬で消退したならば,化膿性肉芽腫hemangioma)とよばれることもある.InternationalSocietyfortheStudyofVascularAnomalies(ISSVA)の分類によると,化膿性肉芽腫は良性の血管腫瘍に分類されている1).すなわち,化膿性肉芽腫は化膿性病変でも肉芽腫でもない.化膿性肉芽腫は誤った臨床病名(misnomer)である.外傷や手術などが誘因となって発症するといわれているが,原因が明らかでないことが多い.●臨床所見結膜に生じる半球状または有茎性に隆起した腫瘤で,色は鮮紅色または暗赤色を呈する(図1).易出血性であり,眼科では,患者から眼から血が出たという訴えを聞図1結膜の化膿性肉芽腫62歳,男性.鮮紅色の球状の腫瘤が観察される.図2出血した化膿性肉芽腫a:61歳,女性.眼から血が出たという主訴で来院した.b:圧迫眼帯をして帰宅,翌日の所見.瞼結膜に鮮紅色の有茎性腫瘤がみられる.(95)あたらしい眼科Vol.37,No.5,20205970910-1810/20/\100/頁/JCOPY図3化膿性肉芽腫の病理組織像a:弱拡大.腫瘤表面の上皮は菲薄化している.間質に小葉状の細胞増殖がみられる.b:強拡大.血管内皮細胞の増殖と拡張した血管がみられる.血管の内腔に赤血球がみられる.化膿性肉芽腫は肉芽腫ではなく血管腫の一種である.図4霰粒腫が瞼結膜に破裂してできた肉芽組織a:63歳,女性.霰粒腫が瞼結膜に破裂してできたと考えられる腫瘤.b:病理組織学的に浮腫性の間質に血管新生と多核巨細胞が観察され,肉芽腫性炎症の所見である.化膿性肉芽腫の病理組織像ではない.ではなく,肉芽組織あるいは肉芽腫性炎症であると考える.●病理血管内皮細胞の増殖と血管腔の拡張を特徴とする(図3).肉芽腫の病理組織像の特徴であるマクロファージや多核巨細胞の増殖がみられるわけではない.病理標本を見ると,化膿性肉芽腫は肉芽腫ではなく血管腫の一種であることがわかる.●鑑別診断結膜にできる赤い腫瘤の鑑別として,霰粒腫・手術・598あたらしい眼科Vol.37,No.5,2020外傷などに伴う肉芽組織(図4),乳頭腫,リンパ管腫・リンパ管拡張症,蔓状血管腫,海綿状血管腫などがある.眼科医は,結膜にできた赤く表面平滑な腫瘤を化膿性肉芽腫とよぶ傾向にあるが,血管腫の一つである化膿性肉芽腫と肉芽組織は区別する必要がある.文献1)https://www.issva.org/UserFiles/.le/ISSVA-Classi.cation-2018.pdf2)小幡博人:化膿性肉芽腫.見た目が大事!眼腫瘍(後藤浩編),眼科プラクティス24,p86,文光堂,2008(96)

緑内障:OCTワイドスキャンとHoodレポート

2020年5月31日 日曜日

●連載239監修=山本哲也福地健郎239.OCTワイドスキャンとHoodレポート須田謙史京都大学大学院医学研究科眼科学緑内障性視神経症は網膜神経線維の走行に一致した視野欠損を認めるのが特徴である.HoodレポートではOCTワイドスキャンによる網膜神経線維層厚の解析結果に視野検査点を重ね合わせることで,緑内障における機能-構造の相関関係をより直観的に把握できるようになっている.●はじめに前視野緑内障(preperimetricCglaucoma:PPG)という疾患概念の登場により,現在の緑内障診療において光干渉断層計(opticalCcoherencetomography:OCT)は不可欠のものになりつつある.Spectral-domainCOCT(SD-OCT)が導入されて以後,OCTのさまざまな撮像範囲,結果の描出方法やパラメータが診断に使われている.緑内障診療でよく使用されるパラメータとして視神経乳頭周囲網膜神経線維層(circumpapillaryCretinalCnerveC.berlayer:cpRNFL)や網膜神経節細胞複合体(ganglionCcellcomplex:GCC)が知られているが,OCTの機能が向上するにつれて短時間で広範囲の撮像が可能となってきた今,一度に広範囲を撮像し(OCTワイドスキャン),1回の撮像から複数のパラメータを同時に取得するという試みがなされている1).さらに,緑内障診療においてCOCTを活用するうえで欠かせないのは,機能-構造の相関関係を適切に解釈することである.網膜外層の障害がそのままの形で視力低図1正常眼のHoodレポート3DOCT-1(トプコン製)で正常眼を撮像したCOCTワイドスキャンの解析結果.レポート内に記載されている各パートの説明は本文を参照のこと.(画像はトプコン提供)下や視野欠損としてとらえやすい黄斑疾患とは異なり,網膜神経線維が障害される緑内障などの視神経症では,網膜神経線維の欠損部位と視野障害の複雑な相関関係を意識しながら所見を読み解く必要がある2,3).このことを念頭におきながらCOCTと視野検査の結果を比較する必要があるが,トプコン製のCOCTではCOCTの検査結果に視野検査点を重ね合わせることで,構造と機能の障害部位が対応しているかを認識しやすくするという工夫を行っている(Hoodレポート).本稿では,OCTワイドスキャンを活用したCHoodレポートの特徴について述べる.C●Hoodレポートの特徴Hoodレポート(図1)は緑内障の構造-機能相関を詳細に研究しているCDonaldCC.Hoodの発案によるCOCT画像解析結果レポートである1).その大きな特徴はC4点からなり,1)緑内障は初期において黄斑部に障害を伴うことから4),黄斑のマップ解析を含むこと,2)GCCやCcpRNFLの結果は視野と比較可能な形で表示するこ(93)あたらしい眼科Vol.37,No.5,2020C5950910-1810/20/\100/頁/JCOPYと,3)cpRNFLは他の機種では耳側が両端になるように表示されることが多いが(TSNITチャート),視野との比較を簡便にするために鼻側が両端になる表示に変更したこと(NSTINチャート),4)セグメンテーションエラーや緑内障性の網膜神経線維欠損(retinalCnerveC.berlayerdefect:NFLD)を詳細に評価できるように,cpRNFLのCOCT原画像を表示すること,である.C●Hoodレポートの実際Hoodレポートの内容を表示されている順に詳述する.レポートの上方にはCImageQualityが枠内に示されており,画質が良好な場合は緑枠(図1),不良な場合は赤枠(図2)で表示され,画質が測定結果に与える影響や検査間の画質比較が容易になっている.そのすぐ下に表記されているのがCcpRNFLのCOCT原画像であり,セグメンテーションエラーを直接確認できる.OCT原画像の下にはCcpRNFL厚のプロファイルが表示されており,乳頭黄斑線維の上方をピンク色,下方を青色で表示することで黄斑部の障害を評価しやすくなっている.cpRNFLの下に表示されているのはCOCTワイドスキャンから再構成されたCen-face画像およびCRNFL厚マップである.En-face画像は眼底の概観を把握するのに役立ち,RNFL厚マップではワイドスキャンを活用することで視神経乳頭に連続するCNFLDが把握しやすくなっている.RNFL厚マップの右側ではCcpRNFLのセクターごとの平均厚が数字で,正常眼分布からの逸脱がカラー表示で示されている.Hoodレポートの右側に表示されている解析結果が,C596あたらしい眼科Vol.37,No.5,2020図2緑内障眼におけるHoodレポートと視野検査・他社製OCT検査との比較a:Hoodレポート.Cb:RS-3000(ニデック)で撮像したGCC.Cc:Humphrey視野検査(SITACStandard24-2).d:Humphrey視野検査(SITACStandard10-2).Hoodレポートの眼目といってよい.右上に表示されているのがワイドスキャンしたCRNFL厚を正常眼データベースと比較したマップである.Humphrey視野検査のC24-2およびC10-2の検査点が重ねて表示されており,さらに注目すべき点はCOCT結果が視野検査結果と直接比較しやすいように上下反転して表示されている(FieldView).この右上のマップと視野検査結果を並べて比較することにより,直観的にCRNFLの菲薄化が視野欠損に対応しているかどうかを評価することができる(図2).右下に表示されているのが黄斑部のCGCC厚マップおよびそれに対応する正常眼データベースとの比較マップ(Humphreyの視野検査点付き)である.正常眼データベースとの比較マップではCRNFLと同様,FieldViewで表示されているので,とくにCHumphrey視野検査C10-2との比較を容易にしている(図2).文献1)HoodDC,DeCuirN,BlumbergDMetal:Asinglewide-.eldOCTprotocolcanprovidecompellinginformationfortheCdiagnosisCofCearlyCglaucoma.CTranslCVisCSciCTechnolC5:1-15.C20162)HoodDC,KardonRH:Aframeworkforcomparingstruc-turalCandCfunctionalCmeasuresCofCglaucomatousCdamage.CProgRetinEyeRes26:688-710.C20073)NakanishiCH,CAkagiCT,CSudaCKCetal:ClusteringCofCcom-binedC24-2CandC10-2CvisualC.eldCgridsCandCtheirCrelation-shipCwithCcircumpapillaryCretinalCnerveC.berClayerCthick-ness.InvestigOphthalmolVisSciC57:3203-3210.C20164)HoodCDC,CRazaCAS,CdeCMoraesCCGVCetal:GlaucomatousCdamageCofCtheCmacula.CProgCRetinCEyeCResC32:1-21.C2013(94)

屈折矯正手術:ICLとLASIK術後の視機能比較

2020年5月31日 日曜日

監修=木下茂●連載240大橋裕一坪田一男240.ICLとLASIK術後の視機能比較小島隆司慶應義塾大学医学部眼科学教室,名古屋アイクリニックLASIKは角膜高次収差,とりわけ球面収差を惹起する.しかしCwavefront-guidedLASIKは,手術により生じる角膜高次収差を軽減することが可能で,通常のCLASIKより,高い視機能が獲得できる可能性がある.ICLは,組織を変化させず眼内レンズを挿入するという手術の特性上,高次収差の惹起が小さく,LASIKより術後コントラスト感度に優れる.どちらの手術も屈折矯正が行われる光学径に限界があるため,その領域をはずれると高次収差の増加により,夜間視におけるグレアやハローなどの問題が起こる可能性がある.LASIKは屈折矯正量が増えると術後視機能への影響が大きくなる一方,ICLではその影響は小さい.患者の状態に応じた術式の選択が必要である.C●はじめにImplantablecollamerlens(ICL)とClaserinsituker-atomileusis(LASIK)の術後視機能の比較が注目される要因として,この二つの手術が屈折矯正手術のなかで大きな位置を占め,またCICLの軽度~中等度近視に対する適応拡大によって,それぞれの適応範囲がオーバーラップしてきたことがあげられる.本稿では二つの屈折矯正手術について,有効性,安全性,屈折矯正精度やコントラスト感度などの視機能,屈折矯正手術ではときに問題となる夜間視の観点から比較し解説する.C●ICLとLASIK手術の視機能の比較2006年にCSandersらによって報告された米国でのICLとCLASIKの手術成績の多施設研究では,術後C6カ月での術後裸眼視力がC20/15(小数視力C1.33程度)以上であったものはCICL群C21.6%,LASIK群C7.8%で,20/20(小数視力C1.0)以上であったものはCICL群C67%,LASIK群C57%であり,これらの割合はCICL手術後眼で有意に高かった1).また,術後C1週で,矯正視力が術前よりもC2段階以上低下した割合はCLASIKで有意に高かったことを示している(ICL0.7%,LASIK6%).これには術後早期でのドライアイによる視力低下などが関係している可能性が示唆される.屈折矯正精度に関しては,術後C6カ月に狙いのC±0.5Dに入った割合がCICL群79%,LASIK群C70%,C±1Dに入った割合がCICL群C97%,LASIK群C88%と,有意にCICL群で精度が高いことが報告されている.ただし,この報告はC10年以上前のLASIKとの比較であるため,その後のエキシマレーザーの進歩やノモグラムの改善を受けた現在のCLASIKの成績を必ずしも反映しているとはいえない点に注意が必要(91)である.LASIKはエキシマレーザーで角膜を切除し,角膜曲率半径を大きくする(.atにする)ことにより近視を矯正する手術であるが,レーザーの切除効率などの要因によって,図1に示すように,LASIK術後は角膜中心が周辺部よりC.atなCoblate形状になり,正の球面収差が増加する.このような背景のなかで,眼球の高次収差を波面収差計で計測して,球面および正乱視成分の低次収差だけでなく高次収差も矯正するCwavefront-guidedLASIK(WFLAIK)が行われるようになってきた.Iga-rashiらはCICL手術とCWFLASIKの臨床成績を報告している2).-6D以上の高度近視を対象にした比較研究では,4Cmm径で比較するとCICLのほうがCWFLASIKに比較して,コマ収差,球面収差,全高次収差の増加量が小さいことを示した.またコントラスト視力は,コントラスト感度のグラフ下の面積(areaunderthelogcon-trastsensitivity:AULCSF)で比較して,ICL群では有意にCAULCSFが術前より向上したが,WFLASIK眼では術前より有意に低下した.一方,Kamiyaらは,-3D~-6Dまでの軽度から中等度近視を対象に同様の報告をしている3).この報告でも,4Cmm径およびC6Cmm径でCICL眼のほうが有意にコマ収差,球面収差,全高次収差の増加量が小さいことが示されている.また,AULCSFはCWFLASIK眼では術前後で変化がなかったが,ICL眼ではより良好になっていることが示された.このようにCWFLASIKでは収差の増加量を軽減できる効果はあっても,術前より減らしたり,ICLと同程度のレベルに維持することは困難と考えられている.ランダム化比較試験を解析したCCochraneCSystematicReviewでは,phakicIOL(虹彩支持型を含む)とLASIKでは術後C12カ月の裸眼視力には差はないが,中あたらしい眼科Vol.37,No.5,2020C5930910-1810/20/\100/頁/JCOPY等度から高度近視ではCICLで矯正視力の低下が少なくより安全であること,phakicIOLはCLASIKより中等度から高度近視でより高いコントラスト感度を得ることができることが示されている4).C●ICLとLASIK手術の夜間視直接比較した研究がほとんどなく,主観的な症状について,どちらが優れているかをエビデンスに基づいて論じるのはむずかしいが,一般的にCLASIK術後患者では上述した高次収差の増加によるグレアを訴えることが多い.LASIK術後でもハローの訴えはあるが,ICLは光学径を外れると急激に屈折力の変化が起こるために,はっきりとしたハローを訴えることが多い.ICL術後のハローの原因について多変量解析を用いて検討した研究では,ハローの程度は瞳孔径とCICL光学径の差に依存することが報告されている5).ただし,最新のモデルであるCICLのCV5は,従来のモデルよりも光学径が大きくなり,従来のモデルに比較して夜間視の問題が少ないことが報告されている6).C●おわりにICLとCLASIKはそれぞれ眼内レンズによる屈折矯正と,レーザー角膜屈折矯正手術の特性が,術後視機能に影響を与える.レーザー屈折矯正手術はレーザーによる切除効率が角膜に負荷される水分量,手術室の湿度,手術時間によって変化し,手術結果にも影響しうる.このため,術者や施設によって手術結果にばらつきも生じうる.また,レーザー角膜屈折矯正手術はレーザーの照射中心ずれの問題もあり,いくら優秀なアイトラッキングC594あたらしい眼科Vol.37,No.5,2020図1LASIK術前後の角膜の変化LASIK術前は角膜中心部が周辺部よりCsteepなCprolate形状をしているが,術後は角膜中心部が周辺部より.atなCoblate形状となり,正の球面収差が増加する.装置が装備されていても,固視が悪く眼の向きが傾く場合には照射ずれが起きる可能性がある.一方,ICLは眼内レンズを埋植する手術であり,合併症を起こさず手術が終われば,術後視機能に影響を与える要素は少ない.手術の適応を判断する際には,術後視機能について患者に十分なインフォームド・コンセントを行い,またそれだけではなく,それぞれの手術で起こりうる特有の合併症についても十分な説明が必要である.文献1)SandersCDR,CSandersML:ComparisonCofCtheCtoricCimplantableCcollamerClensCandCcustomCablationCLASIKCforCmyopicastigmatism.JRefractSurg24:773-778,C20082)IgarashiCA,CKamiyaCK,CShimizuCKCetal:VisualCperfor-manceCafterCimplantableCcollamerClensCimplantationCandCwavefront-guidedClaserCinCsituCkeratomileusisCforChighCmyopia.AmJOphthalmol148:164-170,C20093)KamiyaCK,CIgarashiCA,CShimizuCKCetal:VisualCperfor-manceCafterCposteriorCchamberCphakicCintraocularClensCimplantationandwavefront-guidedlaserinsitukeratomi-leusisCforClowCtoCmoderateCmyopia.CAmCJCOphthalmol153:1178-186,C20124)BarsamCA,CAllanBD:ExcimerClaserCrefractiveCsurgeryCversusphakicintraocularlensesforthecorrectionofmod-eratetohighmyopia.CochraneDatabaseSystRevC2014:CCD007679,C20145)LimCDH,CLyuCIJ,CChoiCSHCetal:RiskCfactorsCassociatedCwithCnightCvisionCdisturbancesCafterCphakicCintraocularClensimplantation.AmJOphthalmol157:135-141,C20146)KojimaCT,CKitazawaCY,CNakamuraCTCetal:ProspectiveCrandomizedCmulticenterCcomparisonCofCtheCclinicalCout-comesofV4candV5implantablecollamerlenses:Acon-tralateraleyestudy.JOphthalmolC5:7623829,C2018(92)

眼内レンズ:34ゲージ鋭針を用いた白内障手術創口のハイドレーション

2020年5月31日 日曜日

眼内レンズセミナー監修/大鹿哲郎・佐々木洋402.34ゲージ鋭針を用いた白内障手術創口の保坂文雄岩見沢市立総合病院眼科ハイドレーション白内障手術の角膜切開創自己閉鎖が不十分な場合,カニューラを用いて切開トンネルの内腔からCBSSを吹き付けるハイドレーションが行われる.今回,より確実な創閉鎖のためにC34ゲージ極細鋭針を用いて角膜切開創の外側からCBSSを微量注射するハイドレーション法を試みた.●はじめに近年の小切開白内障手術では無縫合で切開創を自己閉鎖させる.手術終了時の自己閉鎖をうながすために,切開創口に内側からカニューラを押し当ててビーエスエスプラスC500眼灌流液(以下,BSS)を吹き付ける角膜ハイドレーションが広く行われている.しかし,ハイドレーションを行っても,フィッシュマウス状に開いた創口から房水が漏れることがある.今回,より確実な創閉鎖のためにC34ゲージ(G)極細鋭針を用いて術創の外側にCBSSを微量注射するハイドレーション法を考案した.C●テクニック34G極細鋭針を,BSSを半量程度充.したC1.0CmlあるいはC2.5Cmlシリンジに装着する.針長C4Cmmの短いものが針先がぶれずに扱いやすい.片手に持った先細の無鉤鑷子で角膜切開創前弁の縁を軽くつかみ,もう片手で前弁の切開縁からC1.0Cmm程度角膜中心寄りの位置にべベルダウンで針を刺入する.刺入角度はC30°程度が刺入深度をコントロールしやすい.適度な深さに針が刺さ図134G鋭針による創口ハイドレーションa:術中虹彩緊張低下症候群.Cb:注射によるハイドレーションにより,虹彩脱出することなく創閉鎖した.ったら,穿刺点から直径C1.5~2.0Cmmの範囲で角膜が白濁するまでゆっくりCBSSを注入し,角膜前弁を膨潤させることで創口を閉鎖する(図1,2).切開位置が輪部よりも角膜中心側にある場合やサイドポートなど切開トンネル長が短い場合は,角膜切開創の前弁ではなく後弁に同様の手技を行うこともできる(図3).C●34G鋭針ハイドレーション法の特長角膜切開創を手術終了時に確実に閉鎖させることは,術後眼内炎予防のためにとくに重要である.もっとも簡便で一般的な方法はカニューラを用いたハイドレーション法であるが,この方法では創口の両側にCBSSを吹き付けるため,中央付近の閉鎖が不十分となることがある.そこで主創口の前方にケラトームで角膜ポケットを作製してハイドレーションを行う方法が考案されたが1),ケラトームでは創口を損傷する懸念があり,一定のポケットを作製するには習熟を要する.最近,30G鋭針で角膜潰瘍部に抗菌薬液を直接注射する治療法に着想を得て,同じくC30G鋭針で角膜創口前弁にハイドレーションを行う方法が報告された2).今(89)あたらしい眼科Vol.37,No.5,2020C5910910-1810/20/\100/頁/JCOPY回は,現在一般利用可能なもっとも極細のC34G針を用いることで,さらに低侵襲となり,針の刺入も容易となった.34G針は刺入による挫滅が小さいだけでなく,液の注入速度が制限される点で安全である.また,今回は角膜切開創前弁だけでなく,後弁への鋭針ハイドレーションも有効であることがわかった.さらに,鋭針ハイドレーションにはもう一つ利点がある.カニューラによる切開トンネル内腔へのハイドレーションと違って眼内圧が上昇しないことである.とくに術中虹彩緊張低下症候群では通常のハイドレーションにより虹彩脱出してしまうことがあるが,鋭針ハイドレーションでしっかり創閉鎖したあとにサイドポートから眼圧調整すると,これを防げる.また,挿入したトーリック眼内レンズが動きがちな症例では,眼内圧を下げて水晶体.とレンズの接図3後弁への34G鋭針ハイドレーショントンネル長の短い創では切開創後弁へのハイドレーションが有効である.触をうながすことが術後回転の防止となるが,鋭針ハイドレーションを行うと低眼圧のまま確実に創閉鎖することができる.この手技による合併症はこれまで経験していないが,Descemet膜.離には注意が必要である.しかし,内腔からC25~27G針でCBSSの水流を吹き付ける通常のハイドレーションよりもその危険性は低いと予想できる.今後より多くの症例でこの手技の有効性と安全性が確認されることを期待する.文献1)Mi.inCMD,CKinardCK,CNeu.erMC:ComparisonCofCstro-malChydrationCtechniquesCforCclearCcornealCcataractCinci-sions:conventionalChydrationCversusCanteriorCstromalCpocketChydration.CJCCataractCRefractCSurgC38:933-937,C20122)NithyanandarajahCG,CAthanasiadisCY,CScolloCPCetal:CHydrationCofCtheCanteriorCstromaCinCphacoemulsi.cationCcataractCsurgery.CJCCataractCRefractCSurgC40:702-704,C2014C

写真:非典型的な部位に発生した眼窩脂肪ヘルニア

2020年5月31日 日曜日

写真セミナー監修/島﨑潤横井則彦432.非典型的な部位に発生した小林瞳福岡秀記京都府立医科大学大学院医学研究科眼窩脂肪ヘルニア視覚機能再生外科学図2図1のシェーマ眼窩脂肪ヘルニア図1初診時の前眼部写真47歳,女性.右眼鼻下側結膜下に黄色腫瘤を認めた.図3HE染色図4MDM2染色図5CDK4染色成熟脂肪細胞よりなる組織が認められた.核に染色はなく陰性だった.核に染色はなく陰性だった.(87)あたらしい眼科Vol.37,No.5,20205890910-1810/20/\100/頁/JCOPY眼窩脂肪ヘルニアは,眼窩脂肪がTenon.の脆弱部から結膜下に脱出した状態である.結膜下の黄色腫瘤であり,圧をかけると腫瘤が結膜下を移動する.眼窩脂肪は眼球を後方から支えるように存在しており,眼球に接する部位ではCTenon.で周囲の組織と隔てられている1).直筋はCTenon.を貫いて眼球に付着しており,それぞれの直筋の間には筋間膜が存在する.脂肪組織の脱出はCTenon.と筋間膜との結合の離開で生じるが,涙腺付近のCTenon.の構造が疎であるため,脱出は圧倒的に耳上側にみられることが多い1,2).鑑別疾患としては,良性疾患では皮様脂肪腫や結膜アミロイドーシス,悪性疾患では結膜リンパ腫などがあげられる.皮様脂肪腫は脂肪組織を含む黄色調のデルモイドであり,好発部位は上耳側で,奥側に伸びていることがある.結膜アミロイドーシスは結膜円蓋部に発生することが多く,ヘマトキシリン・エオジン(hematoxylineosin:HE)染色で淡いピンク色,Congo-Red染色で赤橙色に染まるアミロイドの証明で確定診断とする.結膜リンパ腫は平坦で境界明瞭なサーモンピンク色の腫瘤であり,結膜円蓋部に生じやすい.MALTリンパ腫が多く,悪性度は低いとされている.症例はC47歳,女性で,2カ月前から右眼鼻下側結膜下に限局した黄色の腫瘤が出現し,当科受診となった(図1,2).可動性があり,眼窩脂肪ヘルニアと診断した.整容面から手術を希望されたため,局所麻酔下で手術を施行した.まず結膜上皮を切開し,脱出した脂肪組織を切除後,ヘルニア門を閉じるようにC7-0バイクリル糸で結膜と強膜を縫合固定し,術中術後合併症は認めなかった.術中に採取した組織の病理では,HE染色にて大きさの揃った成熟脂肪細胞よりなる組織の所見を認め,悪性腫瘍である高分化および脱分化型脂肪肉腫のマーカーとされているCMDM2やCCDK4は陰性であり,眼窩脂肪ヘルニアと確定した(図3~5).術後C3カ月時点で再発は認めていない.手術方法は今回のように経結膜切開で眼窩脂肪ヘルニアを切除するのが一般的ではあるが,結膜切開をせずに結膜強膜固定をする術式もある3).眼窩脂肪ヘルニアをスパーテルなどで眼窩内へ戻したあと,瞼縁からC12~14Cmm後方にC10-0ナイロン糸でC2列の堤防のように強膜固定を行うため,経結膜切開よりも低侵襲で簡便であるとの報告がある3)が,長期的な再発率などは不明である.一般的には眼窩脂肪ヘルニアは中高年で肥満傾向のある男性に多い傾向があるが,耳上側以外からの脱出は少ないとの報告4)があり,耳上側>鼻上側の順であり,1例のみ下方からの脱出の報告4)があるが,今回の鼻下側からの報告は,筆者らが知るかぎりない.今回の症例のように眼窩脂肪ヘルニアが鼻下側に脱出するのはまれであり,まずは発生部位,色調や可動性などから他の結膜腫瘤との鑑別をしっかりと行い,病理にて確定診断を行うことが大切である.文献1)野田実香:結膜下眼窩脂肪脱.臨眼60:1570-1575,C20062)宮田信之,金原久治,岡田栄一ほか:炭酸ガス(COC2)レーザーを使用した眼窩脂肪ヘルニア手術.臨眼C63:1885-1888,C20093)NakamuraCN,CAkiyamaCK,CShigeyasuCCCetal:SurgicalCrepairCofCorbitalCfatCprolapseCbyCconjunctivalC.xationCtoCthesclera.ClinOphthalmolC9:1741-1744,C20154)McNabAA:SubconjunctivalCfatCprolapse.CAustCNCZCJOphthalmolC27:33-36,C1999