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眼窩先端部症候群7例の原因と臨床経過の検討

2024年9月30日 月曜日

《原著》あたらしい眼科41(9):1135.1140,2024c眼窩先端部症候群7例の原因と臨床経過の検討小林嶺央奈*1,2渡辺彰英*2外園千恵*2*1舞鶴赤十字病院眼科*2京都府立医科大学眼科学教室CInvestigationoftheCausesandClinicalCoursesin7CasesofOrbitalApexSyndromeReonaKobayashi1,2)C,AkihideWatanabe2)andChieSotozono2)1)DepartmentofOphthalmology,JapaneseRedCrossSocietyMaizuruHospital,2)DepartmentofOphthalmology,KyotoPrefecturalUniversityofMedicineC眼窩先端部症候群に必要な初期対応を明らかにするため,2009.2020年に京都府立医科大学附属病院眼科を受診したC7例の原因,治療,臨床経過を後ろ向きに検討した.患者の内訳は男性C6例,女性C1例,平均年齢C71歳,原因は副鼻腔炎C2例,眼窩先端部腫瘍C3例,特発性眼窩炎症とCTolosa-Hunt症候群がC1例であった.副鼻腔炎のC2例はともに真菌性で抗真菌薬投与を行うも失明した.腫瘍C3例はびまん性大細胞型CB細胞性リンパ腫,眼窩副鼻腔腫瘍,眼窩炎症性偽腫瘍で,リンパ腫に対し化学療法,炎症性偽腫瘍に対しステロイドパルス療法を行い,炎症性偽腫瘍例で視力が改善した.眼窩副鼻腔腫瘍は生検で確定診断に至らず,腎機能障害のためステロイド治療を行えず失明した.特発性眼窩炎症,Tolosa-Hunt症候群にステロイドパルス療法を行い視力が改善した.眼窩先端部症候群が疑われる際は迅速に画像検査を行い,副鼻腔に病変があれば耳鼻咽喉科での速やかな生検が必要である.CPurpose:ToCinvestigateCtheCcausesCandCclinicalCcoursesCinC7CcasesCofCorbitalCapexsyndrome(OAS)C.CCasereport:Thisstudyinvolved7OAScases(6males,1female;meanage:71years)seenatKyotoPrefecturalUni-versityCofCMedicine,CKyoto,CJapanCfromC2009CtoC2020.CCausesCincludedsinusitis(2cases)C,CorbitalCapextumors(3cases),idiopathicorbitalin.ammation(1case)C,andTolosa-Huntsyndrome(1case)C.Inthe2sinusitiscases,bothfungal,CblindnessCoccurredCdespiteCantifungalCtreatment.CTheC3CtumorCcases,Crespectively,CinvolvedCaCdi.useClargeCB-cellClymphoma,CanCorbitalCethmoidCsinusCtumor,CandCanCin.ammatoryCpseudotumor.CChemotherapyCwasCper-formedforthelymphomacase,andcorticosteroidpulsetherapywasadministeredforthein.ammatorypseudotu-morCcase.CImprovementCinCvisionCwasCobservedCinCtheCin.ammatoryCpseudotumorCcase.CCorticosteroidCpulseCimprovedvisionintheidiopathicorbitalin.ammationandTolosa-Huntsyndromecases.Conclusion:RapidtestingforfungalsinusitisisvitalwhenOASissuspected,andimagingandabiopsybyanotolaryngologistisnecessaryinthepresenceofsinuslesions.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C41(9):1135.1140,C2024〕Keywords:眼窩先端部症候群,副鼻腔炎,真菌感染,ステロイドパルス.orbitalapexsyndrome,sinusitis,fungalinfection,steroidpulse.Cはじめに眼窩先端部症候群は眼窩部から眼窩深部の病変により視神経管および上眼窩裂を走行する神経が障害され,全眼球運動障害と視力障害をきたす疾患である.類縁疾患として眼球運動障害と三叉神経の障害による知覚麻痺を主体とする上眼窩裂症候群や海綿静脈洞症候群があるが,眼窩先端部症候群の疾患概念としては,眼球運動障害や三叉神経障害に加えて視神経障害をきたしたものが本症候群と定義される1)(図1).原因は副鼻腔炎やサルコイドーシス,ANCA関連血管炎,炎症性疾患,感染症,腫瘍,肥厚性硬膜炎など多岐にわたる.とくに真菌性副鼻腔炎が原因の場合は致死率が高く,注意が必要である2).国内での眼窩先端部症候群について複数症例をまとめた報告は少ない3.5).今回筆者らは眼窩先端部症候群のC7症例について原因,臨床経過について検討し,必要な初期対応について若干の知見を得たので報告する.〔別刷請求先〕小林嶺央奈:〒624-0906京都府舞鶴市字倉谷C427舞鶴赤十字病院眼科Reprintrequests:ReonaKobayashi,DepartmentofOpthalmology,MaizuruRedCrossHospital,427Kuratani,Maizuru,Kyoto624-0906,JAPANC眼球運動障害上眼窩裂症候群三叉神経第1枝の刺激症状・知覚麻痺海綿静脈洞症候群眼窩先端部症候群視神経障害図1眼窩先端部症候群の類縁疾患(今日の眼科疾患治療方針第3版.679-680,医学書院,2016,BadakereCA,CPatil-ChhablaniP:Orbitalapexsyndrome:Areview.EyeBrainC11:63-72,C2019より改変)表1対象症例のまとめ症例性別年齢原疾患治療治療前視力治療後視力再発C1男性C71真菌性副鼻腔炎CESSCVRCZCVD=(0C.2)CVD=SL-なしC2男性C78真菌性副鼻腔炎CESSCAMPH-BCVS=30Ccm/CFCVS=SL-なしC3男性C74CDLBCLR-CHOP療法CVS=(0C.5)CVS=(0C.8)なしC4男性C75炎症性偽腫瘍CMPSLpuluseCVS=30Ccm/CF不明不明C5男性C85眼窩副鼻腔腫瘍経過観察CVS=(0C.8)CVS=SL+不明C6女性C76Tolosa-Hunt症候群CMPSLpulseCVS=(0C.6)CVS=(0C.7)なしC7男性C66特発性眼窩炎症CMPSLpulseCVD=(C0.15)CVD=(0C.8)なしMPSL:methylprednisolone,ESS:endoscopicsinussurgery,VRCZ:voriconazole,AMPH-B:amphoteri-cin,DLBCL:di.uselargeB-celllymphoma.I方法2009年C1月.2020年C12月に京都府立医科大学附属病院眼科(以下,当科)を受診し,眼窩先端部症候群と診断した7症例について診療録をもとに原因,治療,臨床経過を検討した.画像検査で眼窩先端部に病変を認め,動眼神経麻痺や外転神経麻痺による眼球運動障害,三叉神経第一枝の障害のいずれかの障害に加えて視神経障害があったものを眼窩先端部症候群と診断した.II結果7例の内訳は男性C6例,女性C1例,年齢はC66.85歳(平均C71.7C±6.3歳)であった(表1).原因となった疾患は,副鼻腔炎がC2例,眼窩先端部腫瘍がC3例,Tolosa-Hunt症候群がC1例,特発性眼窩炎症がC1例であった(図2).副鼻腔炎C2例はともに真菌性副鼻腔炎であり,耳鼻咽喉科での内視鏡下副鼻腔手術(endoscopicCsinussurgery:ESS)による生検で真菌塊を認めた.症例C1の原因真菌はCAsper-gillusCfumigatusであったが,症例C2は生検部位より真菌が検出されたが真菌の種類を同定することはできなかった.症例C1は他科入院中に視力低下がみられ,当科紹介となった.当科初診時の右眼矯正視力はC0.2であったが軽度白内障を認めるのみで,眼瞼下垂および眼球運動障害を認めなかった.その数日後より眼瞼下垂,眼球運動障害を生じ,画像検査で副鼻腔炎および眼窩先端部に占拠性病変を認め(図3),耳鼻咽喉科のCESSで真菌塊を認めたことから抗真菌薬による治療が開始された.視力低下を自覚してからすでに約C3週間が経過しており,治療の効果は乏しく失明となった.症例C2は左眼の眼瞼下垂と視力低下の症状から始まり,次第に悪化して全眼球運動障害を呈したため画像検査を行った図3症例1における頭蓋内MRIT1強調画像(Ca),T2強調画像(Cb).水平断画像(Cb)で眼窩部に低信号の病変を認める.T2強調STIR画像(Cc).右篩骨洞後方から眼窩先端部および海綿静脈洞にかけて病変を認める.ところ,蝶形骨洞内に軟部陰影を認めた(図4).しかし,症状が出現してから受診までの日数が長く,抗真菌薬による治療が開始されるまで約C1カ月が経過しており,投薬の効果なく失明となった.眼窩先端部腫瘍によるC3症例はそれぞれ,びまん性大細胞型CB細胞性リンパ腫(di.useClargeCB-celllymphoma:DLBCL),炎症性偽腫瘍,眼窩副鼻腔腫瘍であった.症例C3は,篩骨洞の軟部陰影が骨破壊を伴い,眼窩先端部や海綿静脈洞へ進展していた.耳鼻咽喉科でのCESS術中所見から真菌感染が疑われたため抗真菌薬による治療が開始されたが,生検結果からCDLBCLと診断されたため,血液内科へ紹介となり化学療法が行われた.矯正視力は白内障手術が行われた影響もあり,治療前後でC0.5からC0.7まで改善した.症例C4は,前医にて心臓カテーテル治療の入院中に視野欠損を自覚,視力が光覚弁となり精査加療のため当院へ紹介となった.MRI検査を行ったところ眼窩先端部に炎症性腫瘤を認めた.副鼻腔炎を認めず,採血上も真菌感染は否定的であったため,診断的治療としてステロイドパルス療法を行った.指数弁まで視力は回復したが,その後は前医へ転院され,前医にてステロイドパルス療法継続となったため治療後の視力は不明である.症例C5は,眼窩および篩骨洞後方の骨破壊を伴う腫瘍であった(図5).耳鼻咽喉科での生検では炎症細胞の浸潤や肉芽組織,線維性組織を認めるのみで積極的に腫瘍を疑う病理結果ではなく,確定診断に至らなかった.病変が広範囲にわたり手術不可能であったこと,透析中で腎機能障害があることを考慮し,ステロイド治療を行わずに経過観察の方針となった.当科初診時の視力は裸眼視力でC0.8であったが,眼窩先端部への病変の進展により光覚弁となった.Tolosa-Hunt症候群の症例6,特発性眼窩炎症の症例C7の2症例はステロイドパルス療法が行われた.症例C6は治療前後で視力はC0.6からC0.7とわずかな改善がみられたのみであbcd図4症例2におけるCT・MRI画像a,b:CT画像.左蝶形骨洞内から眼窩先端部に軟部陰影および,左内側壁の骨破壊を認める.Cc,d:MRI画像.T2強調画像(Cd)で左蝶形骨洞および眼窩先端部に低信号の病変を認める.った.一方,症例C7では治療前後でC0.15からC1.0と著明な視力改善を認め,眼球運動障害の改善も認めた.CIII考按眼窩先端部症候群は眼窩部から眼窩深部の病変により視力低下や眼球運動障害をきたす比較的まれな疾患である.原因は多岐にわたり,原因疾患によって治療方針も異なる.原因検索のため,MRIやCCT,必要に応じて造影検査も追加する.また,血液検査で全血液計測やCCRP,肝・腎機能に加え,ANCA関連血管炎やサルコイドーシス,IgG4関連疾患,悪性リンパ腫などを考慮した検査を行う.今回の検討で真菌性副鼻腔炎が原因となったC2例は,その他の症例と比較して視機能の改善に乏しく,重篤な経過となった.既報でも副鼻腔炎が原因となる眼窩先端部症候群のうち,とくに真菌感染症によるものは重篤な転機をたどった報告もあり注意が必要である6.9).真菌性副鼻腔炎は周辺部組織に浸潤する浸潤型と,周辺浸潤を伴わない非浸潤型に分けられる.浸潤型副鼻腔真菌症はC2.3%とまれであるが10)頭蓋内にまで及んだ浸潤型眼窩先端部症候群では死亡例も報告されている6).また,真菌感染のなかでも頻度の高いCAsper-gillusCfumigatusは空気中の胞子から体内に吸入されることで感染し,さらに血管との親和性が高いため血管壁を突破し全身へ散布される.血栓症や動脈瘤,膿瘍といった合併症の報告もあり6.8)早期の診断と治療が重要と考えられる.真菌感染症による副鼻腔炎が原因となった眼窩先端部症候群を画像所見のみで診断することはむずかしい.しかし,真菌性副鼻腔炎では真菌内のアミノ酸代謝産物の鉄,マグネシウム,マンガンが常磁性体効果を有し,T2画像で低信号を示すとされており,画像上の特徴として留意すべきである11,12).また,採血で真菌感染を示唆するCb-Dグルカンが陰性のこともあり9)b-Dグルカンが陰性であるからといって真菌感染の可能性を除外することはできない.本検討でも真菌性副鼻腔炎のC2症例はCb-Dグルカンは陰性であった.そのため速やかに耳鼻咽喉科で副鼻腔手術による病変部位の生検を行い,真菌を証明することが重要となる.越塚らは,診断と治療の時間を要し死亡に至った浸潤型副鼻腔真菌症による眼窩先端部症候群の症例報告から,副鼻腔真菌症での生検の重要性を説いている13).最近では内視鏡手術の発達により安全で低侵襲な生検が行えるようになっており,易感染性患者での眼窩先端部症候群では浸潤型副鼻腔真菌症を念頭に,適切な時期に慎重に内視鏡生検を行う必要性を指摘している.本検討の症例C1は,当初は視力低下のみで眼瞼下垂や眼球運動障害などの症状に乏しく,副鼻腔真菌症による眼窩先端部症候群の診断には至らなかった.視力低下を自覚して数日してから眼瞼下垂や眼球運動障害が出現し,耳鼻咽喉科での内視鏡手術と副鼻腔の生検を行い副鼻腔真菌症の診断に至った.症例C2では画像検査で骨破壊を認め,浸潤型副鼻腔真菌症となっていた.これらのC2症例は既往に糖尿病や慢性腎臓病といった易感染性の全身疾患を有し,ハイリスク患者であった.こうした患者では真菌感染を念頭に,早期の鼻内視鏡による副鼻腔炎の生検が必要であったと考えられる.また,篩骨洞後方や蝶形骨洞など内視鏡手術が困難な深部の病変で生検が困難な場合や,病変部が小さく画像による判断がむずかしい患者では診断に難渋する.こうした症例に対しては患者背景の詳細な聴取や経時的な臨床経過,放射線科医や耳鼻咽喉科医,眼科医の複数の専門医の意見を総合的に判断し,治療方針を決定する必要がある.診断的治療を行う場合は,安易なステロイド投与が感染の悪化を招くことがあるため注意しなくてはならない.炎症性腫瘍やCTolosa-Hunt症候群,特発性眼窩炎症が原因となった症例4,6,7に関してはステロイドパルス療法で視機能の改善がみられた.炎症性疾患が原因である患者に対してはステロイドによる治療を積極的に行うことで良好な視力が得られると考えられる.しかし,悪性リンパ腫や真菌感染ではステロイド治療により一時的に鎮静化しても,その後再燃し病状を悪化させ,結果として予後が悪くなることがある.そのためステロイド治療前に,悪性リンパ腫や真菌感染症による眼窩先端部症候群を否定しておくことが望ましい.画像検査や採血で真菌感染が疑われ,患者背景に易感染性のある場合はステロイド治療を開始する前に,耳鼻咽喉科で病変部位の生検を依頼する必要があると考えられる.以上,当科における眼窩先端部症候群のC7例の原因と臨床図5症例5におけるCT画像眼窩後方の篩骨洞側に骨欠損像を認める.経過を報告した.眼窩先端部症候群のうち真菌感染による副鼻腔炎が原因であった症例は,結果的に抗真菌薬治療開始が遅れたことで視力予後が不良であった.眼窩先端部症候群を疑った際には,まず画像検査にて真菌感染による副鼻腔炎が原因であるかどうかを疑い,副鼻腔に病変があれば速やかに耳鼻咽喉科へ依頼し生検を施行することが重要である.また,副鼻腔炎を伴わない場合はその他の原因疾患を想起し検査を進め,適切な診断および治療につなげる必要がある.文献1)KjoerI:ACcaseCofCorbitalCapexCsyndromeCinCcollateralCpansinusitis.ActaOphthalmolC23:357,C19452)TurnerJH,SoudryE,NayakJVetal:SurvivaloutcomesinCacuteCinvasiveCfungalsinusitis:aCsystematicCreviewCandquantitativesynthesisofpublishedevidence.Laryngo-scopeC123:1112-1118,C20083)二宮高洋,檜森紀子,吉田清香ほか:東北大学における眼窩先端部症候群C19例の検討.神経眼科36:404-409,C20194)藤田陽子,吉川洋,久冨智朗ほか:眼窩先端部症候群の6例.臨眼59:975-981,C20055)中島崇,青山達也,奥沢巌ほか:眼窩尖端症候群をきたした数例についての解析.臨眼32:930-936,C19786)津村涼,尾上弘光,末岡健太郎ほか:浸潤型蝶形骨洞アスペルギルス症による死亡例と生存例.あたらしい眼科C39:1256-1260,C20227)YipCCM,CHsuCSS,CLiaoCWCCetal:OrbitalCapexCsyndromeCdueCtoCaspergillosisCwithCsubsequentCfatalCsubarachnoidChemorrhage.SurgNeurolIntC3:124,C20128)戸田亜以子,坂口紀子,伊丹雅子ほか:副鼻腔真菌症に続発した海綿静脈洞血栓症と内頸動脈瘤による眼窩先端部症候群のC1例.臨眼72:1277-1283,C20189)甘利達明,澤村裕正,南館理沙ほか:非浸潤型副鼻腔アスペルギルス感染症により視神経症を呈したC1例.臨眼C74:C907-912,C2020C10)FukushimaT,ItoA:Fungalinfection.JpnClinMedC41:CneseCde.ciencyCinAspergillusCniger:evidenceCofC84-97,C1983CincreasedCproteinCdegradation.CArchCMicrobialC141:266-11)ZinreichCSJ,CKennedyCDW,CMalatCJCetal:FungalCsinus-268,C1985itis:DiagnosisCwithCCTCandCMRCimaging.CRadiology13)越塚慶一,花澤豊行,中村寛子ほか:眼窩先端症候群を伴C169:439-444,C1988った浸潤型副鼻腔真菌症のC2症例.頭頸部外科C25:325-12)MaCH,CKubicekCCP,CRohrM:MetabolicCe.ectsCofCmanga-332,C2015***

経強膜的マイクロパルス波毛様体凝固術の短期治療成績

2024年9月30日 月曜日

《原著》あたらしい眼科41(9):1131.1134,2024c経強膜的マイクロパルス波毛様体凝固術の短期治療成績大原成喜梅津新矢渡部恵錦織奈美大黒浩札幌医科大学眼科学講座CShort-TermSurgicalOutcomesofMicropulseTransscleralCyclophotocoagulationforGlaucomaNarukiOhara,ArayaUmetsu,MegumiWatanabe,NamiNishikioriandHiroshiOhguroCDepartmentofOphthalmology,SapporoMedicalUniversityC目的:マイクロパルス波毛様体凝固術(MP-CPC)の短期治療成績の検討.対象および方法:2023年2月.6月に札幌医科大学付属病院でCMP-CPCを施行した緑内障患者C18人C18眼を後ろ向きに検討した.検討項目は術前,術後C1週間,術後C1,2カ月の眼圧値,術前,術後C2カ月の点眼スコア,術前,術後の矯正視力(logMAR),有害事象の有無とした.結果:平均眼圧は術前がC29.9C±9.6CmmHg,術後C1週間がC17.9C±6.6CmmHg,術後1,2カ月がそれぞれC19.7C±7.1CmmHg,20.1C±7.6CmmHgで,術前と比較してすべての時点で有意な眼圧下降を示した(p<0.05).点眼スコアおよび矯正視力はそれぞれ術前がC4.3C±1.6およびC0.7C±0.8,術後C2カ月がC4.5C±1.5およびC0.7C±0.8と術前後で有意な差はなかった(p>0.05).合併症では瞳孔散大C3例で,眼球癆などの重篤な合併症は認めなかった.結論:緑内障の病型にかかわらずCMP-CPCは施行可能であった.CPurpose:ToCinvestigateCtheCshort-termCsurgicalCoutcomesCofCmicropulseCtransscleralCcyclophotocoagulation(MP-CPC)forglaucoma.Methods:Weretrospectivelyevaluated18glaucomapatientswhounderwentMP-CPCfromCFebruaryCtoCJuneC2023CatCSapporoCMedicalCUniversityCHospital.CResults:MeanCintraocularpressure(IOP)Cwas29.9±9.6CmmHgpresurgery,and17.9±6.6CmmHg,19.7±7.1CmmHg,and20.1±7.6CmmHgat1week,2weeks,and2months,respectively,postsurgery,thusshowingthatMP-CPCresultedinasigni.cantdecreaseinIOPatallpostoperativetimepoints(p<0.05)C.Nosigni.cantdi.erenceswerefoundinthenumberofanti-glaucomamedi-cationsCusedCorCcorrectedCvisualCacuityCbetweenCtheCpre-andpostoperativeCperiods(p>0.05)C.CExceptCforCdilatedpupils(n=3cases)C,CnoCmajorCcomplicationsCoccurred.CConclusion:RegardlessCofCglaucomaCtype,CMP-CPCCwasCe.ectiveforthereductionofIOP,thusillustratingthatitisoneoptionforthetreatmentofglaucoma.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C41(9):1131.1134,C2024〕Keywords:マイクロパルス波毛様体凝固術,緑内障.micropulsetransscleralcyclophotocoagulation,glaucoma.はじめに緑内障の治療目標は,眼圧下降を図ることによる視野進行の抑制であり,治療法としては点眼,内服,手術療法がある1).毛様体をターゲットとした手術治療は,従来は毛様体上皮を破壊することで房水産生を抑制し眼圧下降を図ったが,眼球癆などの重篤な合併症を生じるため難症例の緑内障におもに行われていた.2010年に報告された経強膜的マイクロパルス波毛様体凝固術(micropulseCtransscleralcyclophotocoagulation:MP-CPC)は,従来よりも低い出力のレーザーを,短時間照射(on)と休止(o.)を周期的に繰り返すことにより,周囲組織の温度上昇を抑えながら毛様体光凝固を行う1).そのため従来の毛様体破壊術とは違い,手術侵襲が少なく重篤な合併症はきわめてまれである.また,MP-CPCは毛様体への破壊作用と流出路の促進と両方あると考えられているが,現在のところは詳細な見解が得られていない.現在,MP-CPCは適応を中期の緑内障へと広げて加療されているが2),日本ではC2017年に認可されたため,術後成績の報告はまだ少数である3,4).そこで今回筆者らは,札幌医科大学病院(以下,当院)における短期治療成績を検討した.〔別刷請求先〕大原成喜:〒060-8543北海道札幌市中央区南C1条西C16丁目札幌医科大学眼科学講座Reprintrequests:NarukiOhara,M.D.,DepartmentofOphthalmology,SapporoMedicalUniversity,Minami1-joNishi16-chome,Chuo-ko,Sapporocity,Hokkaido060-8543,JAPANC表1患者背景年齢C71.72±16.94歳性別男8例(C44.4%)女10例(C55.6%)病型開放隅角緑内障9眼(C50.0%)高眼圧症3眼(C16.7%)閉塞隅角緑内障2眼(C11.1%)落屑緑内障2眼(C11.1%)血管新生緑内障2眼(C11.1%)手術既往8眼(C44.4%)Trabeculotomy5眼(C27.8%)Trabeculectomy4眼(C22.2%)AhmedglaucomavalveC1眼(5C.6%)術前眼圧C29.89±9.37CmmHg術前視力(logMAR)C0.71±0.81術前点眼スコアC4.29±1.52点(平均±標準偏差)CI対象および方法対象はC2023年C2月.6月に当院眼科でCMP-CPCを施行した緑内障患者で,男性C8例,女性C10例,年齢C71.7C±16.9歳(平均年齢C±標準偏差)のC18人C18眼である.病型は,原発開放隅角緑内障C9眼,原発閉塞隅角緑内障C2眼,落屑緑内障2眼,血管新生緑内障C2眼および高眼圧症C3眼で,そのうちのC8眼が緑内障手術既往眼であった(表1).測定項目は,①眼圧値(術前,術後C1週間,術後C1カ月,2カ月),②術前および術後C2カ月の点眼スコア(点眼薬:1点,配合薬:2点,炭酸脱水酵素阻害薬内服:2点),③術前,術後の矯正視力(logMAR)および④有害事象の有無を診療録から後ろ向きに検討した.MP-CPCはCCycloG6CGlaucomaCLasermachine(IRIDEX社)とCMP3プローブCRev2を使用し,下耳側にCTenon.下麻酔(2%リドカイン)をC2Cml注入したあとに,以下の条件で施行した.出力C2,500CmW,DutycycleはC31.3%(on0.5ms,o.1.1ms)で上半球および下半球をそれぞれ片道C20秒,合計C2往復照射し,合計C160秒で終了とした.毛様動脈の照射による損傷を避けるためにC3時,9時は避けて照射した.また,濾過胞がある患者に対しては濾過胞部位も避けて照射した.解析は平均眼圧はCOne-wayANOVA,手術の有無による平均眼圧の推移はCmixed-e.ectsanalysis,点眼スコアおよび矯正視力の推移はCunpairedt検定を用いて検討し,いずれもCp<0.05を有意水準とした.なお,本研究は札幌医科大学倫理委員会で承認された.眼圧(mmHg)***50****403020100(repeatedmeasuresANOVA)***p<0.001術前術後術後術後****p<0.00011週間1カ月2カ月図1平均眼圧の推移II結果18例中C2例は眼圧低下を認めたものの,目標眼圧に達しなかったため,術後C1カ月までの検討で打ち切りとなった.このC2例のうちC1例は複数回にわたり,従来の毛様体破壊術を行い眼圧コントロールしていた症例であり,再度従来の毛様体破壊術を施行し,もうC1例は濾過手術を行った.平均眼圧の推移を図1に示す.平均眼圧は術前がC29.9C±9.6CmmHg,術後C1週間がC17.9C±6.6CmmHg,術後C1およびC2カ月がそれぞれC19.7C±7.1CmmHgおよびC20.1C±7.6CmmHgで,術前と比較してすべての時点で有意な眼圧下降を認めた(p<0.05).また,眼圧下降率は術後C1週間がC40.1%,術後C1およびC2カ月がそれぞれC34.1%およびC32.8%であった.緑内障手術既往の有無別での平均眼圧の推移を図2に示す.手術既往眼の平均眼圧は術前がC27.1C±8.1CmmHg,術後1週間がC16.9C±6.0CmmHg,術後C1およびC2カ月がそれぞれC21.1±8.1CmmHgおよびC18.8C±7.9CmmHgで,術前と比較してすべての時点で有意な眼圧下降であり(p<0.05),一方,非手術既往眼の平均眼圧でも術前がC32.1C±10.6CmmHg,術後C1週間がC18.6C±7.2CmmHg,術後C1およびC2カ月がそれぞれC19.5C±7.4CmmHgおよびC20.5C±7.8CmmHgと,術前と比較してすべての時点で眼圧が有意に下降した(p<0.05).手術既往眼,非手術既往眼ともに,術後C2カ月時点で術前と比較し有意な眼圧下降を認めた(p<0.05).手術の既往の有無での有意差は認めなかった.点眼スコアおよび矯正視力の推移は,それぞれ術前がC4.3C±1.6およびC0.7C±0.8,術後C2カ月がC4.5C±1.5およびC0.7C±0.8で術前後において有意な差はなかった(p>0.05).合併症はC3例で瞳孔散大と羞明などの自覚症状を認めたが,眼球癆などの重篤なものは認めなかった.**眼圧(mmHg)50403020100手術既往なし●手術既往あり固定効果:手術既往の有無変量効果:眼圧Paired-t検定で解析を行っています(mixed-e.ectsanalysis)術前術後術後術後**p<0.01,***p<0.005,****p<0.0011週間1カ月2カ月*******図2手術既往の有無別にみた平均眼圧の推移表2既報との比較Rita.Cら5)今回症例数61眼18眼年齢C73.9±10.8歳C71.7±16.9歳病型開放隅角緑内障3C9眼(6C3.9%)開放隅角緑内障9眼(5C0.0%)落屑緑内障1C2眼(1C9.7%)高眼圧症3眼(1C6.7%)血管新生緑内障6眼(1C0.0%)閉塞隅角緑内障2眼(1C1.1%)閉塞隅角緑内障2眼(3.3%)落屑緑内障2眼(1C1.1%)先天性緑内障2眼(3.3%)血管新生緑内障2眼(1C1.1%)緑内障手術既往眼23眼(C37.8%)8眼(C44.4%)術前眼圧C24.9±8.6CmmHgC29.9±9.6CmmHg術後C1カ月での眼圧下降率34.8%34.1%術前後の矯正視力0.5(有意差なし)0.7(有意差なし)合併症前房炎症4眼(6C.6%)瞳孔散大3眼(1C6.7%)角膜障害3眼(4C.9%)黄斑浮腫2眼(3C.3%)III考按今回,当院では従来の点眼や手術などの治療法で目標眼圧に達することができなかった患者をCMP-CPCの適応とした.その結果,眼圧は術後C1週間からC2カ月までで有意な眼圧下降を認めた.本研究と類似条件でCMP-CPCを施行した既報5)との比較を表2に示す.そのほかにもC2,500CmWの出力でC31.3.57%,2,000CmWの出力でC17.8.30%の眼圧下降を認めた報告があり6,7),本研究でも最長C2カ月の経過でC32%の眼圧下降と既報と同等の結果だった.手術既往の有無別に検討したところ,本研究では手術歴の有無にかかわらず,術後C1週間より良好な眼圧下降を得られ,術後C2カ月までの経過中も有意な眼圧下降を認めた.一方,MP-CPCによる眼圧下降の手術歴の有無による有意差は既報でも見解が分かれており8,9),統一した見解はない.本研究では手術眼がC8例と症例数が少なく,また短期期間の結果にとどまるため,今後さらなる症例数の蓄積および追跡による検討が必要である.術前後の矯正視力に関しては,本研究では術前後で有意な変化は認めなかった.既報でも,同様の報告が多数みられる一方,Sarrafpourらは視力C20/400以上の患者のC18.8%において,視力がC2段階下がり,counting.nger(CF)の患者の10%がCnolightCperception(NLP)になったと報告している6).また,Jammalらは,難治性・進行性の緑内障患者においてはCMP-CPCによりC2段以上の視力低下がC4.8%で生じたと報告しており10),比較的末期の緑内障患者においてはMP-CPCによる視力低下が生じやすいことが考えられる.本研究では術前視力が良好であった症例が多いことから,矯正視力に有意差が生じなかったと考えられた.点眼スコアに関しては,今回は術前後で有意な変化は認めなかったが,既報では点眼スコアが有意に減少した報告が複数散見される5,11).本研究では比較的中期.末期の緑内障が多く,20.30%程度の眼圧下降を得られていても,目標眼圧をより低く設定している症例が多いことや,観察期間がC2カ月と短いことから,点眼調整が始まる前の症例が多いことが一因であると考えられた.合併症に関しては,本研究では既報同様に瞳孔散大を16.7%に認めたのみで,既報で報告されている前房出血5)を生じた症例はなかった.瞳孔散大についてCRadhakrishmanらは,アジア人や水晶体眼では術後瞳孔散大の頻度が高いと報告している12).本研究でも比較的高頻度の瞳孔散大が認められ,人種による要因がある可能性が示唆された.しかし,本研究で認めた瞳孔散大はいずれも経過観察中に改善を認め一過性のもので,加えて低眼圧による眼球癆などの重篤な合併症を認めなかったことから,MP-CPCは合併症の少ない治療法であると思われた.従来の毛様体破壊術と違い,重篤な合併症が少なく良好な眼圧下降が得られることから,中期の緑内障への適応拡大の可能性が示唆された.しかし,軽度の瞳孔散大を数例で認めるため,視力や視野が良好な人には,施行後に羞明や見えづらさなどが出現する可能性があり,初期症例に対しては慎重な検討が必要である.今回筆者らは,短期成績ではあるがCMP-CPCで良好な眼圧下降を得ることができ,緑内障治療の選択肢の一つとしての可能性が示唆された.今後は症例数を増やし,長期的な眼圧経過および視野進行を追跡しさらなる検討を行うことが必要である.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)日本緑内障学会緑内障診療ガイドライン作成委員会:緑内障診療ガイドライン(第C5版).日眼会誌C126:85-177,C20222)ChangCHL,CChaoCSC,CLeeCMTCetal:MicropulseCtranss-cleralCcyclophotocoagulationCasCprimaryCsurgicalCtreat-mentforprimaryopenangleglaucomainTaiwanduringtheCCOVID-19Cpandemic.Healthcare(Basel)C9:1563,C20213)山本理沙子,藤代貴志,杉本宏一郎ほか:難治性緑内障におけるマイクロパルス波経強膜的毛様体凝固術の短期成績.あたらしい眼科36:933-936,C20194)神谷由紀,神谷隆行,木ノ内玲子ほか:マイクロパルス波経強膜毛様体光凝固術の短期治療成績.あたらしい眼科C40:1103-1107,C20235)BastoCRC,CAlmeidaCJ,CRoqueCJNCetal:ClinicalCoutcomesCofCmicropulseCtransscleralcyclophotocoagulation:2CyearsofexperienceinPortugueseeyes:JCurrGlaucomaPractC17:30-36,C20236)SarrafpourS,SalehD,AyoubSetal:Micropulsetranss-cleralcyclophotocoagulation:AClookCatClong-termCe.ectivenessCandCoutcomes.COphthalmolCGlaucomaC2:C167-171,C20197)KabaCQ,CSomaniCS,CTamCECetal:TheCe.ectivenessCandCsafetyCofCmicropulseCcyclophotocoagulationCinCtheCtreat-mentCofCocularChypertensionCandCglaucoma.COphthalmolCGlaucomaC3:181-189,C20208)ZaarourCK,CAbdelmassihCY,CArejCNCetal:OutcomesCofCmicropulseCtransscleralCcyclophotocoagulationCinCuncon-trolledglaucomapatients.JGlaucomaC28:270-275,C20199)GarciaCGA,CNguyenCCV,CYelenskiyCACetal:MicropulseCtransscleralCdiodeClaserCcyclophotocoagulationCinCrefracto-ryglaucoma:Short-termCe.cacy,Csafety,CandCimpactCofCsurgicalChistoryConCoutcomes.COphthalmolCGlaucomaC2:C402-412,C201910)JammalCAA,CCostaCDC,CVasconcellosCJPCCetal:Prospec-tiveCevaluationCofCmicropulseCtransscleralCdiodeCcyclopho-tocoagulationinrefractoryglaucoma:1yearresults.ArqBrasOftalmolC82:381-388,C201911)deVriesVA,PalsJ,PoelmanHJetal:E.cacyandsafe-tyofmicropulsetransscleralcyclophotocoagulation.CJClinMedC11:3447,C202212)RadhakrishnanS,WanJ,TranBetal:Micropulsecyclo-photocoagulation:ACmulticenterCstudyCofCe.cacy,Csafety,CandCfactorsCassociatedCwithCincreasedCriskCofCcomplica-tions.JGlaucomaC29:1126-1131,C2020***

白内障手術,硝子体手術,硝子体内注射の術中ヨード洗浄と抗菌薬前房内投与の臨床的検討

2024年9月30日 月曜日

《第59回日本眼感染症学会原著》あたらしい眼科41(9):1127.1130,2024c白内障手術,硝子体手術,硝子体内注射の術中ヨード洗浄と抗菌薬前房内投与の臨床的検討小野竜輝岡野内俊雄林淳子越智正登野田雄己永岡卓戸島慎二小野恭子細川満人倉敷成人病センター眼科CClinicalE.cacyofIntraoperativeOcularSurfaceIrrigationwithPovidone-IodineandIntracameralAntibioticsAdministrationinCataractSurgery,Vitrectomy,andIntravitrealInjectionRyukiOno,ToshioOkanouchi,JunkoHayashi,MasatoOchi,YukiNoda,TakuNagaoka,ShinjiToshima,KyokoOnoandMitsutoHosokawaCDepartmentofOpthalmology,KurashikiMedicalCenterC目的:白内障手術,硝子体手術,硝子体内注射におけるポビドンヨード(PI)による術中眼表面洗浄(術中CPI)と抗菌薬前房内投与の臨床効果を検討する.対象および方法:2006.2022年に倉敷成人病センターで施行された白内障手術C22,301件,硝子体手術C6,404件,硝子体内注射C20,358件を対象とした.当院では眼内炎対策としてC2015年から硝子体内注射を含むすべての手術に術中CPIを,白内障手術と硝子体手術については術終了時にモキシフロキサシン(MFLX)前房内投与を施行している.この眼内炎対策の開始以前と開始後の眼内炎発症率を後ろ向きに検討した.結果:硝子体手術で眼内炎発症率は有意に減少(p=0.018)した.白内障手術では有意差はなかった(p=0.34)が発症率は減少した.硝子体注射では有意差はなかった(p=1.0).考按:術中CPIとCMFLX前房内投与は白内障手術と硝子体手術後の眼内炎発症を抑制する効果が期待できる.硝子体内注射は対策前後の母数の差が大きく,さらなる検討が必要である.CPurpose:Toevaluatetheclinicale.cacyofintraoperativeocularsurfacepovidone-iodineirrigation(PI-irriga-tion)andintracameralmoxi.oxacinadministrationincataractsurgery,vitrectomy,andintravitrealinjection.Mate-rialsandMethods:InCthisCstudy,C22301CcataractCsurgeries,C6404Cvitrectomies,CandC20358CintravitrealCinjectionsCperformedCatCKurashikiCMedicalCCenterCfromC2006CtoC2022CwereCincluded.CAtCtheCbeginningCofC2015,CweCinitiatedCPI-irrigationCforCallCsurgeriesCincludingCintravitrealCinjectionsCandCintracameralCmoxi.oxacinCadministrationCatCtheCendofthecataractsurgeriesandvitrectomies.Theincidencerateofendophthalmitisbeforeandaftertheinitiationwasretrospectivelyexamined.Results:Aftertheinitiation,theincidencerateofendophthalmitisaftervitrectomysigni.cantlyreduced(p=0.018)C,whilethataftercataractsurgerywasreduced,butnotsigni.cantly(p=0.34)C.Nosigni.cantCdi.erenceCinCtheCincidenceCrateCofCendophthalmitisCafterCintravitrealCinjectionCwasobserved(p=1.0)C.Conclusions:AlthoughCPI-irrigationCandCintracameralCmoxi.oxacinCadministrationCcanCreduceCendophthalmitisCaftercataractsurgeryandvitrectomy,nosigni.cantdi.erenceintheincidencerateofendophthalmitisafterintra-vitrealinjectionwasdetected.Thus,furtherinvestigationisneeded.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C41(9):1127.1130,C2024〕Keywords:術後眼内炎,ポビドンヨード,モキシフロキサシン,前房内投与.postoperativeendophthalmitis,po-vidone-iodine,moxi.oxacin,intracameraladministration.Cはじめにうる合併症である.その発症予防はきわめて重要な課題であ眼科手術における術後眼内炎は重篤な視機能障害をきたしり,術前後の抗菌薬による減菌化に依存してきた経緯があ〔別刷請求先〕小野竜輝:〒710-8522岡山県倉敷市白楽町C250倉敷成人病センター眼科Reprintrequests:RyukiOno,DepartmentofOpthalmology,KurashikiMedecalCenter,250Bakuro-tyo,Kurashiki,Okayama710-8522,JAPANC図1ポビドンヨード(PI)による眼表面洗浄a:白内障手術時のCIOL挿入直前,Cb:硝子体手術時の硝子体ポート作成時,Cc:硝子体内注射時の開瞼後注射直前のCPIによる眼表面洗浄.る1).一方,2016年の英国の報告で,2050年にはC100万人が薬剤耐性菌により死亡する可能性があるとされ2),近年薬剤耐性菌増加を抑止する観点から抗菌薬の適正使用が求められている.眼科では耐性菌を生まないヨード製剤を使用した眼内炎対策が新たに提唱されており,白内障手術で術中のヨード製剤での眼表面洗浄や抗菌薬前房内投与,硝子体手術で硝子体ポート作製時のヨード製剤での眼表面洗浄などの有効性や安全性が報告されている1,3.7).ただし,複数の技量の異なる術者がいる病院施設では施設として眼内炎対策を統一させる必要があり,従来どおりの眼内炎対策を取り続ける施設も多いと考えられる.今回,複数の術者がいる筆者らの病院施設で,白内障手術,硝子体手術の術中ポビドンヨード(povidone-iodine:PI)での眼表面洗浄と,術終了時のモキシフロキサシン(MFLX)前房内投与,および硝子体内注射の注射直前・直後のCPIでの眼表面洗浄の臨床効果を検討したので報告する.CI対象および方法2006.2022年に倉敷成人病センター(以下,当院)で施行された白内障手術C22,301件,硝子体手術C6,404件,硝子体注射C20,358件について後ろ向きに検討した.当院では,眼内炎予防のため術前後のニューキノロン系抗菌薬点眼,術前のヨード製剤での皮膚洗浄や洗眼,術中の生理食塩水による眼表面洗浄3),白内障手術と硝子体手術でセフェム系抗菌薬の点滴,内服(白内障手術では点滴はC2019年で終了,内服はC2022年で終了)をしていた.2015年から白内障手術と硝子体手術で術中のC0.25%CPIでの眼表面洗浄3,7)と術終了時CMFLX250.375Cμg/mlの前房内投与5,6)を,また硝子体内注射で開瞼後注射直前(図1c)と直後のC0.25%CPIでの眼表面洗浄を導入した.術中CPI洗浄は,術開始時,終了時,眼内レンズ(intraocularlens:IOL)挿入時(図1a),硝子体ポート作製時(図1b),および抜去時には必ず,それ以外でも極力角膜にかからないよう断続的に行った.また,硝子体手術のCMFLX前房内投与は白内障手術併用時のみ行った.今回,2015年以前と以後の眼内炎発症率を診療録をもとに後ろ向きに検討した.明らかに中毒性前眼部症候群(toxicanteriorsegmentCsyndrome:TASS)と考えられた症例は除外した.統計解析はCFisherの正確確率検定を用い,p<0.05で有意差ありとした.本研究は当院の倫理委員会の承認を得たうえで,ヘルシンキ宣言に則って行った.CII結果白内障手術後の眼内炎発症は,TASSのC9件(うちCHOYA製CiSert251,255に起因8)したC8件)を除外し,2006.2014年でC7,501件中C3件(0.040%),2015.2022年でC14,800件中C2件(0.012%)だった.眼内炎症例は強角膜切開がC3件,強角膜一面切開がC2件で,2015年以後のC2件は認知症であった.前後で有意差はなかった(p=0.34)が,発症率は低下していた(表1).硝子体手術後の眼内炎発症は,ケナコルトによるCTASSと考えられたC2件を除外し,2006.2014年でC2,551件中C4件(0.17%),2015.2022年でC3,636件中C0件(0%)だった.2015年以後で眼内炎発症率が有意に低下していた(p=0.018)(表1).白内障手術併用の硝子体手術に限定すると(2015年以後はCMFLX前房内投与併用),2006.2014年で1,696件中C4件(0.24%),2015.2022年でC2,962件中C0件(0%)であり,発症率は同様に有意に低下した(p=0.018).2006.2014年の白内障手術併用硝子体手術と硝子体単独手術の比較では,発症率に有意差はなかった(p=0.31).2015年以後ではいずれも眼内炎の発症はなかった.また,対象期間の硝子体手術は全例低侵襲硝子体手術(MIVS)で,23,25,27ゲージ(gauge:G)システムを用いた.2006.2014年ではC2,551件中,23GがC950件,25GがC1,564件,27GがC37件であり,2015.2022年ではC3,636件中,それぞれ50件,1,962件,1,624件であった.眼内炎を生じたのは,対策前ではC23CGでC950件中C1件(0.11%),25CGでC1,564件中C3件(0.17%),27Gで37件中0件(0%)であり,3群間で発症率に有意差はなかった(p=1.0)(表2).対策後ではすべてのゲージでC0件(0%)だった.対策前後を合わせたC3群間でも有意差はなかった(p=0.49)(表2).硝子体内注射後の眼内炎発症は,ブロルシズマブ関連の眼内炎9)3件を除外すると,2006.2014年でC3,536件中C0件(0表1白内障手術,硝子体手術,硝子体内注射後の眼内炎発症率2006.C2014年2015.C2022年p値*白内障手術0.040%(3C/7,501)0.012%(2C/14,800)C0.34硝子体手術0.17%(4C/2,551)0%(0C/3,636)C0.018硝子体内注射0%(0C/3,536)0.012%(2C/16,822)C1.002015年以降,白内障手術では有意差はないが眼内炎の発症率がC0.04%からC0.012%へと約C1/3に減少した,硝子体手術では眼内炎発症率が有意に減少した.硝子体内注射では発症率に有意差はなかった.*Fisherの正確確率検定.表2硝子体手術のゲージ数ごとの眼内炎発症率2006.C2014年2015.C2022年全症例23ゲージ25ゲージ27ゲージp値*C0.11%(1C/950)0.17%(3C/1,564)0%(0C/37)1.0C0%(0C/50)0%(0C/1,962)0%(0C/1,624)1.0C0.10%(1C/1,000)0.085%(3C/3,526)0%(0C/1,661)0.49硝子体手術のゲージ別のC3群間で眼内炎発症率に有意差はなかった.*Fisherの正確確率検定.表3発症した術後眼内炎の治療経過年度年齢,性別元の視力原因となった治療発症までの日数発症後視力眼内炎治療内容術後視力C2006200920102010201020102014201620162017202059歳,男性C75歳,男性C75歳,男性C54歳,女性C70歳,女性C51歳,男性C78歳,男性C84歳,女性C89歳,女性C81歳,女性C89歳,男性C0.21.20.70.50.090.60.60.90.30.020.5硝子体手術白内障手術硝子体手術白内障手術硝子体手術白内障手術硝子体手術硝子体内注射白内障手術白内障手術硝子体内注射2日20日C11日C16日C10日13日C5日1日C2日2日C7日C測定なし1.00.80.01手動弁0.6測定なし0.9測定なし0.60.07前房洗浄+硝子体手術C前房洗浄+抗菌薬硝子体内注射C抗菌薬硝子体内注射C前房洗浄+硝子体手術C硝子体手術C前房洗浄+抗菌薬硝子体内注射C前房洗浄+硝子体手術C前房洗浄+抗菌薬硝子体内注射C前房洗浄C前房洗浄+抗菌薬硝子体内注射C前房洗浄+硝子体手術C1.2C1.2C1.2C1.2C0.7C1.5C0.7C1.2C1.2C1.0C1.0発症した眼内炎症例C11件は硝子体手術や前房洗浄,抗菌薬硝子体内注射で治療を行い,いずれも視力の改善が得られた.%),2015.2022年でC16,822件中C2件(0.012%)だったが,前後で有意差はなかった(p=1.0)(表1).なお,発症した眼内炎症例C11件は全例当院で前房洗浄や抗菌薬硝子体内注射,硝子体手術などで治療し,いずれも視力改善が得られた(表3).IOLは全例温存した.CIII考按術後眼内炎発症率は白内障手術でC0.025%10),硝子体手術でC0.054%11),硝子体内注射でC0.035%12)程度と報告されている.その発症を予防するため,近年白内障手術で術中ヨード製剤での眼表面洗浄や抗菌薬前房内投与,硝子体手術で硝子体ポート作製時のヨード製剤での眼表面洗浄などが行われ,その有効性や安全性が報告されている1,3.7).とくにヨード製剤の使用は薬剤耐性菌を生じないことで注目されている.2011年,Shimadaらは白内障手術でC0.25%CPIでの術中眼表面洗浄を頻回に行った群で術終了時の前房水中の細菌検出率が0%だったと報告しており3),開瞼器装脱着前後の眼脂の出やすいタイミングや眼内への細菌迷入の可能性があるCIOL挿入時などでCPIでの洗浄は重要と考えられる.また,同報告でヨードの含まれていない灌流液での術中の眼表面頻回洗浄でも,前房水中の細菌汚染率が既報と比較し低値だったと報告されており,当院でも生理食塩水での術野洗浄を励行している.また,2015年,Matsuuraらは白内障手術時,MFLX前房内投与群で非投与群と比較し眼内炎発症率が有意に低かったと報告し,MFLX前房内投与の有用性を示した6).当院では術野から眼内への菌の迷入を減らすため術中CPI洗浄を,迷入する菌に対してCMFLX前房内投与をC2015年から導入した.今回の結果では,白内障手術は術中CPI洗浄とCMFLX前房内投与の開始前後で眼内炎発症率はC0.040%からC0.012%まで低下したものの有意差はなかった.2015年以後のC2件はいずれも認知症患者であり,術後の感染も考えられるため,一定の眼内炎発症抑制効果が期待できると考えてよいかもしれない.切開創は強角膜切開を基本とし,経結膜強角膜一面切開が報告されてからは13),この切開を基本としている.熟練術者による角膜切開も一部含まれるが,今回の眼内炎発症例に角膜切開はなかった.角膜切開と強角膜切開で眼内炎発症率に有意差はないという過去の報告14)からも切開創による影響はないと考える.硝子体手術では開始前後で眼内炎発症率に有意差を認め,眼内炎発症抑制効果が示された.ゲージによる発症率の差はなかった.なお,硝子体単独手術で眼内炎発症例がなかったが,単独手術の全体数が少ないことを考慮する必要がある.硝子体注射ではC2015年以前と以後で眼内炎発症率に有意差はなかった.以後でC2件生じたことからヨードの直前直後の使用でも完全には予防できないといえる.以前以後とも低値だったのは,注射開始当初から全例テガダームを用いたドレーピングを行っていることや,開瞼してすぐ注射することで結膜面への常在菌の移行が少ないことも要因として考えられる.近年,薬剤耐性菌増加を抑止する観点から抗菌薬の適正使用が求められている.2020年,Matuuraらは白内障手術時,抗菌薬点眼を術前C3日間使用した群と抗菌薬点眼は使用せず手術開始時とCIOL挿入直前のC2回,ヨードでの眼表面洗浄を行った群で手術前,手術開始時,手術後の結膜の細菌培養陽性率に差がなかったと報告した4).また,2013年,MatsuuraらはCMFLX前房内投与後の前房濃度がC150Cμg/mlであれば半減期を考慮してC2時間後濃度がC38Cμg/mlであり,これはほとんどの耐性菌のCMICC90を上回ると報告した5).レボフロキサシンC1.5%点眼,およびCMFLX0.5%点眼の頻回使用で前房内濃度がそれぞれC1.43,0.87μg/mlだったという報告15)があり,耐性菌を考慮すると十分な濃度に達していないと考えられる.そのため,高濃度投与の可能な前房内投与はより有効な術後眼内炎対策方法であるといえる5,6).周術期の抗菌薬使用の適正化を進めるうえで,術中CPI洗浄とCMFLX前房内投与は術前後の抗菌薬削減に向けて期待されている1).今回の結果から,技量の異なる複数の術者がいる病院施設でも,術中CPI洗浄とCMFLX前房内投与が眼内炎対策にさらなる有益性をもたらすと考えられた.このことは,病院施設の術前抗菌薬点眼などの周術期抗菌薬使用の削減にもつながると考えられる.本研究の限界としては,白内障手術,硝子体内注射で前後の発症率に有意差はなく,さらに多数例での検討が必要であること,また白内障手術,硝子体手術では術中CPI洗浄とMFLX前房内投与を同時に開始したため,単独での有用性について言及できないことがあげられる.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)松浦一貴,宮本武,田中茂登ほか:日本国内での白内障周術期の消毒法および抗菌薬投与法の現況調査.日眼会誌C121:521-528,C20172)OC’NeillJ:TacklingCdrug-resistantCinfectionsglobally:C.nalreportandrecommendations.ReviewonAntimicrobi-alResistance,C20163)ShimadaCH,CAraiCS,CNakashizukaCHCetal:ReductionCofCanteriorCchamberCcontaminationCrateCafterCcataractCsur-gerybyintraoperativesurfaceirrigationwith0.25%Cpovi-done-iodine.AmJOphthalmolC151:11-17,C20114)MatsuuraK,MiyazakiD,SasakiSIetal:E.ectivenessofintraoperativeCiodineCinCcataractsurgery:cleanlinessCofCtheCsurgicalC.eldCwithoutCpreoperativeCtopicalCantibiotics.CJpnJOphthalmolC64:37-44,C20205)MatsuuraK,SutoC,AkuraJetal:ComparisonbetweenintracameralCmoxi.oxacinCadministrationCmethodsCbyCassessingCintraocularCconcentrationsCandCdrugCkinetics.CGraefesArchClinExpOphthalmolC251:1955-1959,C20136)MatsuuraCK,CUotaniCR,CSasakiS:Irrigation,CincisionChydration,CandCeyeCpressurizationCwithCantibiotic-contain-ingsolution.ClinOphthalmolC9:1767-1769,C20157)ShimadaCH,CNakashizukaCH,CHattoriCTCetal:E.ectCofCoperativeC.eldCirrigationConCintraoperativeCbacterialCcon-taminationCandCpostoperativeCendophthalmitisCratesCinC25-gaugevitrectomy.RetinaC30:1242-1249,C20108)SuzukiCT,COhashiCY,COshikaCTCetal:OutbreakCofClate-onsettoxicanteriorsegmentsyndromeafterimplantationofCone-pieceCintraocularClenses.CAmCJCOphthalmolC159:C934-939,C20159)BaumalCCR,CSpaideCRF,CVajzovicCLCetal:RetinalCvasculi-tisandintraocularin.ammationafterintravitrealinjectionofbrolucizumab.OphthalmologyC127:1345-1359,C202010)InoueT,UnoT,UsuiNetal:Incidenceofendophthalmi-tisCandCtheCperioperativeCpracticesCofCcataractCsurgeryCinJapan:JapaneseCProspectiveCMulticenterCStudyCforCPost-operativeCEndophthalmitisCafterCCataractCSurgery.CJpnJOphtalmolC62:24-30,C201811)OshimaCY,CKadonosonoCK,CYamajiCHCetal:MulticenterCsurveyCwithCaCsystematicCoverviewCofCacute-onsetCendo-phthalmitisCafterCtransconjunctivalCmicroincisionCvitrecto-mysurgery.AmJOphtalmolC150:716-725,C201012)RayessCN,CRahimyCE,CStoreyCPCetal:PostinjectionCendo-phthalmitisratesandcharacteristicsfollowingintravitrealbevacizumab,ranibizumab,anda.ibercept.AmJOphthal-molC165:88-93,C201613)菅井滋,大鹿哲郎:白内障手術における経結膜・強角膜一面切開.眼科手術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網羅的Polymerase Chain Reaction(PCR)検査が診断の補助に有効であった眼トキソプラズマ症の1例

2024年9月30日 月曜日

《第59回日本眼感染症学会原著》あたらしい眼科41(9):1122.1126,2024c網羅的PolymeraseChainReaction(PCR)検査が診断の補助に有効であった眼トキソプラズマ症の1例井本翔*1辻中大生*1南出恵美*1上田哲生*1今北菜津子*2笠原敬*2緒方奈保子*1*1奈良県立医科大学眼科学教室*2奈良県立医科大学感染症内科学講座CACaseofOcularToxoplasmosisDiagnosedbyComprehensivePolymeraseChainReaction(PCR)TestingShoImoto1),HirokiTsujinaka1),EmiMinamide1),TetsuoUeda1),NatsukoImakita2),KeiKasahara2)andNahokoOgata1)1)DepartmentofOphthalmology,NaraMedicalUniversity,2)DepartmentofInfectiousDiseases,NaraMedicalUniversityC目的:原因不明の汎ぶどう膜炎に対し,前房水の網羅的CPCR検査によりトキソプラズマ網膜炎と診断し,有効な治療を行うことができたC1例を報告する.症例:70歳代,男性.2カ月前から左眼霧視を自覚し,近医で左眼ぶどう膜炎と診断されて奈良県立医科大学附属病院眼科を紹介受診.初診時矯正視力は右眼C0.8,左眼C0.1,左眼に豚脂様角膜後面沈着物,虹彩後癒着,硝子体混濁を認めた.右眼は炎症所見を認めなかった.血清抗トキソプラズマCIgG,IgM抗体価が高値であり,前房水の網羅的CPCR検査でトキソプラズマ遺伝子を検出し,トキソプラズマ網膜炎と診断した.ピリメタミン,スルファジアジン,ホリナート内服を開始し,6週後滲出斑の改善が得られ内服終了としたが,2カ月後に硝子体混濁の再発を認めた.硝子体手術を施行し,術後クリンダマイシン硝子体内投与を併用し,滲出性病変の鎮静化を得た.結論:網羅的CPCR検査によりトキソプラズマ網膜炎と診断できたことで,有効な治療を行うことができた.CPurpose:ToreportCaCcaseofCpanuveitisthatCwasdiagnosedastoxoplasmosisretinitisbycomprehensivepoly-merasechainreaction(PCR)testingCofCaqueoushumor.Case:Amaleinhis70’swasreferredtoourChospitalwiththeprimarycomplaintCofCblurredvisioninhisleftCeyeforCoverC2months.Uponexamination,hisvisualacuitywas0.8CO.D.CandC0.1CO.S.CKeraticCprecipitates,CposteriorCsynechia,CandCvitreousCopacityCwereCobservedCinCtheCleftCeye.CTherewasnoin.ammatory.ndingCintherightCeye.ThelevelsofCserumanti-ToxoplasmaCimmunoglobulinGandimmunoglobulinMwerehigh.ComprehensivePCRtestingCofCtheaqueoushumordetectedtoxoplasmaCgenes,whichallowedthediagnosisofCtoxoplasmaCretinitis.Anti-toxoplasmaCtreatment,pyrimethamine,sulfadiazine,andfolinatewerestartedorallyfor6weeks.AtC2monthsafterCthetreatmentCwasdiscontinued,thevitreousopacityonce-again.aredup.VitrectomyandintravitrealinjectionofCclindamycinwereperformed,andtheocularin.ammation.nallydisappeared.Conclusion:ComprehensivePCRtestingCwase.ectiveforthediagnosisofCuveitis.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)41(9):1122.1126,C2024〕Keywords:トキソプラズマ網膜炎,網羅的CPCR検査.toxoplasmosisretinitis,comprehensivepolymerasechainreaction(PCR)testing.はじめにトキソプラズマ網膜炎は,トキソプラズマ原虫(Toxoplas-magondii)が網脈絡膜の細胞内に寄生して汎ぶどう膜炎を生じる疾患である.トキソプラズマ原虫は,ウシ,ブタ,ヒツジ,ウマなどを中間宿主とし,ネコを終宿主とする1).ヒトへの感染は,トキソプラズマ原虫に感染した中間宿主の生肉の摂取や,ネコの糞便に含まれる.胞体を汚染された土や水とともに経口摂取することによるとされる1).また,感染した妊婦から胎盤経由での胎児への垂直感染や臓器移植による先天性感染が知られている.〔別刷請求先〕井本翔:〒634-8521奈良県橿原市四条町C840奈良県立医科大学眼科学教室Reprintrequests:ShoImoto,M.D.,DepartmentofOphthalmology,NaraMedicalUniversity,840Shijo-cho,Kashihara-shi,Nara634-8521,JAPANC1122(80)図1左前眼部所見a:豚脂様角膜後面沈着物(C→),虹彩後癒着(C→)を認める.Cb:隅角では周辺虹彩前癒着(C←)を認める.今回,原因不明の汎ぶどう膜炎に対し前房水の網羅的ポリメラーゼ連鎖反応(polymeraseCchainreaction:PCR)検査を行い,トキソプラズマ網膜炎と診断でき,有効な治療を行えた症例を経験したので報告する.CI症例患者:70歳代,男性.現病歴:某年CX-2月下旬から左眼霧視を自覚し近医を受診.左眼ぶどう膜炎と診断されC0.1%ベタメタゾン点眼で加療開始された.いったん症状は改善したが,X月上旬より左眼霧視再燃し視力低下が進行したため,X月CY日(第C0病日)に奈良県立医科大学附属病院眼科を紹介受診となった.既往歴:2型糖尿病(HbA1c9.0%),腸閉塞治療後,片頭痛.両眼前増殖糖尿病網膜症,左眼網膜裂孔に対して網膜光凝固施行後.海外渡航や生肉摂取歴はなく,猫との接触もなかったが,自宅庭に野良猫が来ており,その場所での農作業やガーデニングはしていたとのこと.矯正視力:右眼(0.8C×sph+1.25D(cyl.0.75DCAx110°),左眼(0.1C×sph+1.50D(cyl.1.25DCAx130°).眼圧:右眼C19mmHg,左眼C17mmHg.前眼部所見:右眼は明らかな炎症所見なし.左眼は毛様充血,豚脂様角膜後面沈着物,虹彩後癒着,周辺部虹彩前癒着を認めた(図1).眼底所見:右眼は明らかな異常所見はなし.左眼には硝子体混濁があり,網膜上方に境界不明瞭の白色滲出性病変と周辺血管の白鞘化を認めた(図2).フルオレセイン蛍光造影:眼底病変部は造影早期に低蛍光,造影後期には病変周囲が過蛍光となり,中央部には低蛍光が持続するCblackcenterの所見を呈した.周辺動静脈からの蛍光漏出があり,網膜血管炎を示唆する所見であった図2左眼眼底写真境界不明瞭な白色の滲出性病変(.)と周辺血管の白鞘化を認める.(図3).血清学的検査:血液検査の結果を別表に示す(表1).トキソプラズマ抗体価は第C10病日に結果が判明し,免疫グロブリン(immunoglobulin:Ig)G抗体がC77CU/ml,IgM抗体がC3.7CC.O.Iと上昇を認めいずれも陽性であった.前房水CPCR検査:感染性ぶどう膜炎を疑い,第C7病日にウイルス性ぶどう膜炎に対する前房水CPCR検査を施行したが,対象となるウイルスはすべて陰性であった(図4).そのため,さらなる原因検索のため第C14病日後にC24項目の病原微生物CDNAを同定することが可能である眼感染症網羅的PCR12連Cstrip検査を神戸アイセンター病院に依頼した.第20病日に結果(表2)が判明し,トキソプラズマ原虫のみ陽図3FA所見:造影剤投与1分後(a)と5分後(b)の写真病変部は造影早期に低蛍光,造影後期に周囲が過蛍光で中央部に低蛍光となるCblackcenterを伴う.表1血清学的検査の結果Lane抗CSS-A抗体<1.0(U/ml)抗CSS-B/La抗体<1.0(U/ml)ループスアンチコアグラントC1.6TG抗体<10.0(U/ml)抗CTPO抗体<9.0(U/ml)CACEC19.6(U/ml)Lane1:PositivecontrolLane2:Patient’ssample血清単純ヘルペスウイルスC32倍血清サイトメガロウイルスC32倍血清トキソプラズマClgGC77(U/ml)CHSV-2血清トキソプラズマClgMC3.7(C.0.1)CHSV-1b-Dグルカン<6.0(pg/ml)CEBV梅毒CTP抗体C0(S/CO)CHHV-6VZVMPO-ANCA<1.0(S/CO)CCMVRFC8(U/ml)CKL-6C316(U/ml)可溶性CIL-2レセプターC413(U/ml)図4前房水PCR検査の結果表2眼感染症網羅的PCR12連Strip検査の結果定性CPCR定量CPCR定性CPCR定量CPCRCHSVl(.)(.)トキソカラ(.)(.)CHSV2(.)(.)結核(.)(.)CVZV(.)(.)梅毒(.)(.)CCMV(.)(.)アクネ菌(.)(.)CHHV6(.)(.)クラミジア(.)(.)CEBV(.)(.)CHTLVl(.)(.)CHHV7(.)(.)アカントアメーバ(.)(.)CHHV8(.)(.)カンジダアルビカンス(.)(.)真菌C28CS(全般)(.)(.)カンジダグラブラータ(.)(.)細菌C16CS(全般)(.)(.)カンジダクルセイ(.)(.)トキソプラズマ(+)C3.3×10CE4copies/mlアスペルギルス(.)(.)CADV(.)(.)フザリウム(.)(.)性であった.前眼部,眼底所見,前房水の眼感染症網羅的PCR12連Cstrip検査結果を総合し,眼トキソプラズマ症と診断し,第C21病日より治療を開始した.治療経過:本症例は,まずスルファメトキサゾール・トリメトプリム(ST合剤)(900mg/日)で治療を開始したが,投与後より副作用と思われる腎機能障害の進行を認めたため,2週間でCST合剤の投与を中止した.第C35病日より熱帯病治療薬研究班による研究(jRCTs071180092)に参加し,ピリメタミン(50Cmg/日),スルファジアジン(1,500Cmg/日),ホリナート(5Cmg/週C3日間)の内服を開始した.臨床研究のプロトコルで最長のC6週間で投与を終了し,網膜滲出性病変は縮小傾向にあったので,経過観察とした.しかし,3剤内服終了から約C2カ月後,豚脂様角膜後面沈着物と硝子体混濁の再発を認め,第C133病日よりアセチルスピラマイシンを開始したが,第C140病日には虹彩新生血管を認めピリメタミン+スルファジアジン+ホリナート内服を再開した.再度C6週間投与したが硝子体混濁の改善を得られず,第175病日に硝子体出血が合併し,第C189病日に硝子体手術を施行した.また,術後クリンダマイシン硝子体内注射(1.0mg/0.05Cml)を週C1回とアジスロマイシン内服(500Cmg/日)を追加した.その後,矯正視力はC0.03程度であるが滲出性病変の鎮静化を得た.CII考按本症例は診断に苦慮したぶどう膜炎に対して,眼感染症網羅的CPCR12連Cstrip検査が診断に有用であったC1例であった.一般に眼トキソプラズマ症の診断には,血清学的検査による血清トキソプラズマCIgG抗体,IgM抗体の抗体価上昇,特徴的な眼底所見やフルオレセイン蛍光造影の所見から診断する.眼局所のみの感染の場合は,眼内で抗体が産生されることから,Goldmann-Witmer係数の抗体率2)から診断することもある.近年では,前房水や硝子体液中のトキソプラズマ原虫のCDNAを検出することがもっとも確実な診断方法である3).本症例では,先に原因不明の汎ぶどう膜炎に対してウイルス性ぶどう膜炎に対する前房水CPCR検査を施行したが,原因病原体を特定できず,診断に至るまで時間を要した.また,眼トキソプラズマ網膜炎は,通常,片眼性の限局性滲出性網脈絡膜炎として発症するが,約C30%に両眼性の発症を伴う場合がある4).また,非典型的な例もあるため他疾患によるぶどう膜炎,とくに感染性ぶどう膜炎との鑑別が重要になってくる.StripPCR検査を利用すれば,主要な病原微生物を網羅的に検出することができ,感染性ぶどう膜炎に対する診断の迅速化につながる.中野らの報告によると,CStripPCR法は従来の定量的CPCR法とほぼ同等の感度特異度をもち,1度の検査で複数の原因についての結果が得られるとされている5).さらに,トキソプラズマ抗体の採血結果が判明するまで,外注検査では通常時間を要する場合が多く,本症例でもC10日間を要した.一方でCStripPCR法は検体到着からC1.2日程度で結果が判明し,治療が開始できる点で優位性をもっているといえる.また,本症例では血清サイトメガロウイルス,単純ヘルペスウイルスの抗体価が上昇していたことから,採血検査のみからではこれらとの鑑別が問題となったが,StripPCR検査によって,より確実に診断を行うことができた.治療であるが,眼トキソプラズマ症の治療は,欧米ではピリメタミンとスルファジアジンに加え,ホリナートを併用するC3剤内服療法による治療が中心である6)が,わが国ではこれらの薬剤は未承認薬であり,トキソプラズマに対して適応を有する認可された薬剤はない.これらの治療薬を日本国内において使用する場合は,現時点においては,熱帯病治療薬研究班の研究参加という形でしか使用できない.これらの薬剤が処方困難な場合に代替薬としてCST合剤,アセチルスピラマイシン,クリンダマイシン,アジスロマイシンなどが使用されることが多い7).また,眼科領域においてはアセチルスピラマイシンが眼内移行性良好であるとされ,選択されることが多い.免疫正常者の眼トキソプラズマに対して,ST合剤はピリメタジン+スルファジアジンの代替療法となるとの報告8)もされており,クリンダマイシンは全身加療のみならず硝子体注射でも代替療法となるなど,代替治療の報告はさまざまあるが,それらのエビデンスは乏しい実態がある.近年,アセチルスピラマイシン耐性のトキソプラズマの報告も散見されるため9),本症例では,ST合剤で治療開始したが,薬剤性の腎機能障害が出現したため,治療効果を得られる前に投与中止となってしまった.ピリメタミン+スルファジアジン+ホリナート内服療法は,6週間で治療効果を得られていたが,その後再燃を認めた.眼内炎症所見が強い場合には,ピリメタミン,スルファジアジンに加えて網膜保護目的に副腎皮質ステロイド全身投与の併用が推奨されているが,本症例においてはコントロール不良の糖尿病があったため,3剤内服のみで治療を開始する方針とした.入院管理し厳重な血糖コントロールのもとで副腎皮質ステロイド全身投与の併用で加療すれば,眼内炎症の再燃は発生せず,最終視力の低下を防ぐことができた可能性があると考える.また,眼トキソプラズマ症の再発のリスクファクターとして,40歳以上の症例,初回発症例,1乳頭径以上の病変を伴う症例など10)が報告されており,本症例においても再発リスクを考慮し慎重に経過観察を行う必要があった.ピリメタミン+スルファジアジン+ホリナート内服療法は,臨床研究のプロトコルではC6週間の投与が最長であるが,経過に応じて投与延長や代替薬の追加が可能であれば,再発を防ぐことができた可能性があると考える.眼トキソプラズマ症に対する欧米での標準的な治療薬は,容易に使用することはできないので,このような疾患に対してより早期に治療介入するためにも,網羅的CPCR検査を利用して診断を迅速に行うことが重要である.謝辞:本研究は,AMED新興・再興感染に対する革新的医薬品等開発推進事業「わが国における熱帯病・寄生虫症の最適な診断治療予防体制の構築」(課題番号:23fk0108639h0002)により実施された.この研究に参加するにあたり,ご協力いただいた熱帯病治療薬研究班代表である宮崎大学医学部医学科感染症学講座寄生虫学分野丸山治彦先生,国立国際医療研究センター病院国際感染症センター山元佳先生に心より感謝申し上げます.文献1)日本医療研究開発機構熱帯病治療薬研究班:寄生虫症薬物治療の手引き改訂第C10.2版,p33-36,C20202)杉田直:ポリメラーゼ連鎖反応(PCR),Goldmann-Wit-mer比(Q値).あたらしい眼科25:1491-1496,C20083)SugitaCS,COgawaCM,CInoueCSCetal:DiagnosisCofCocularCtoxoplasmosisCbyCtwoCpolymeraseCchainreaction(PCR)examinations:qualitativemultiplexandquantitativereal-time.JpnJOphthalmolC55:495-501,C20114)HoganCMJ,CKimuraCSJ,CO’ConnorGR:OcularCtoxoplasmo-sis.ArchOphthalmolC72:592-600,C19645)NakanoCS,CTomaruCY,CKubotaCTCetal:EvaluationCofCaCmultiplexCStripCPCRCtestCforCinfectiousuveitis:ACpro-spectiveCmulticenterCstudy.CAmCJCOphthalmolC213:252-259,C20206)MontoyaCJG,CLiesenfeldO:Toxoplasmosis.CLancetC363:C1965-1976,C20047)de-la-TorreCA,CStanfordCM,CCuriCACetal:TherapyCforCocularCtoxoplasmosis.COculCImmunolCIn.ammC19:314-320,C20118)ZhangY,LinX,LuF:Currenttreatmentofoculartoxo-plasmosisCinimmunocompetentCpatients:aCnetworkCmeta-analysis.ActaTropC185:52-62,C20189)山名智志,武田篤信,長谷川英一ほか:ピリメタミンにより加療した眼トキソプラズマ症のC2例.日眼会誌C125:C122-128,C202110)Cifuentes-GonzalezCC,CRojas-CarabaliCW,CPerezCAOCetal:RiskfactorsforrecurrencesandvisualimpairmentinpatientsCwithCoculartoxoplasmosis:ACsystematicCreviewCandmeta-analysis.PLOSONEC18:e0283845,C2023***

劇症型 A 群β溶血性レンサ球菌感染症による細菌性眼内炎の1例

2024年9月30日 月曜日

《第59回日本眼感染症学会原著》あたらしい眼科41(9):1117.1121,2024c劇症型A群b溶血性レンサ球菌感染症による細菌性眼内炎の1例森本佑辻中大生竹内崇上田哲生緒方奈保子奈良県立医科大学眼科学教室BacterialEndophthalmitisAssociatedwithStreptococcalToxicShock-LikeSyndrome:ACaseReportYuMorimoto,HirokiTsujinaka,TakashiTakeuchi,TetsuoUedaandNahokoOgataCDepartmentofOphthalmology,NaraMedicalUniversityC目的:劇症型CA群Cb溶血性レンサ球菌感染症は,全身性の多臓器不全やショックを引き起こし死亡率が高い.今回,前房水培養によりCA群Cb溶血性レンサ球菌感染症による眼内炎と早期に診断できたC1例を報告する.症例:30歳代の女性.発熱し,そのC5日後に右眼痛,視力低下が出現したため近医眼科を受診.同日,奈良県立医科大学附属病院眼科に紹介受診となった.右眼の視力は光覚弁で眼圧上昇,角膜浮腫を認め,眼底は透見不能であった.左眼は視力1.0であったが,網膜滲出斑を認めた.内因性眼内炎と診断,原因検索のため前房水を採取し抗菌薬治療を開始した.また,全身状態の悪化により当院内科入院となった.患者は眼内炎以外に脳膿瘍,心内膜炎など全身に炎症病巣があり,前房水培養でCStreptococcuspyogenesを検出し劇症型CA群Cb溶血性レンサ球菌感染症の診断となった.抗菌薬治療を継続し,右眼は眼球癆に至ったものの救命することができた.結論:劇症型CA群Cb溶血性レンサ菌感染症に対して,前房水培養により早期に診断,治療ができたC1例を経験した.CPurpose:ToCreportCaCcaseCofCbacterialCendophthalmitisCassociatedCwithCStreptococcalCToxicCShock-LikeCSyn-drome(STSS)C,CaCrareCyetCveryCseriousCbacterialCinfectionCthatCcanCcauseCsystemicCmulti-organCfailure,CthatCwasCdiagnosedCbyCaqueousChumorCculture.CCase:AC30-year-oldCfemaleCwasCreferredCtoCourCdepartmentCdueCtoCpainCandvisionlossinherrighteyeat5daysaftertheonsetofahighfever.Uponexamination,hervisualacuitywaslightCperceptionCO.D.CandC1.0CO.S.CIncreasedCintraocularCpressureCandCsevereCcornealCedemaCwasCobservedCinCherCrighteye,yetthefunduswasnotvisible.Inherlefteye,thecorneawasclearandthefunduswasvisible,yetreti-nalCexudatesCwereCdetected.CSheCwasCdiagnosedCwithCendogenousCendophthalmitis.CHowever,CherCoverallCgeneralCconditionCrapidlyCworsened,CandCsheCwasCadmittedCtoCourChospitalCforCemergencyCtreatment.CInCadditionCtoCendo-phthalmitis,thepatienthadsystemiclesionssuchasabrainabscessandendocarditis.Streptococcuspyogenes(groupAstreptococcus)wasdetectedfromanaqueoushumorculture,andthe.naldiagnosiswasSTSS.Thepatientwassuccessfullytreatedwithsystemicantibioticsandultimatelyrecovered,yetherrighteyeultimatelybecamephthi-sisbulbi.Conclusions:WeexperiencedacaseofSTSSinwhichearlyinitiationoftreatmentviaanearlydiagnosisbyaqueoushumorculturewassuccessful.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C41(9):1117.1121,C2024〕Keywords:細菌性眼内炎,劇症型CA群溶連菌感染症.bacterialendophthalmitis,streptococcaltoxicshock-likesyndrome.Cはじめに亡率が高い.わが国においては,最初の典型例がC1992年に劇症型CA群Cb溶血性レンサ球菌(以下,A群溶連菌)は,報告されて以降,全国で毎年C50.100例ほどの報告があり,Cb溶血を示すレンサ球菌による感染症であり,急速に全身性致死率は約C40%に上るとされている1).今回,原因不明であの多臓器不全や敗血症性ショックを引き起こし,きわめて死った内因性眼内炎に対して前房水培養を施行することで眼内〔別刷請求先〕森本佑:〒634-8521奈良県橿原市四条町C840奈良県立医科大学眼科学教室Reprintrequests:YuMorimoto,DepartmentofOphthalmology,NaraMedicalUniversity,840Shijo-cho,Kashihara-shi,Nara634-8521,JAPANC炎を合併した劇症型CA群溶連菌感染症と早期に診断でき,治療に寄与したC1例を報告する.CI症例患者:30歳代,女性.現病歴:5日前より発熱を認め,そのC4日後より右眼眼痛を自覚,翌日起床時に右眼視力低下を自覚したため近医を受診,同日,奈良県立医科大学附属病院眼科に紹介受診となった.既往歴:全身疾患は特記すべき事項なし.10代の頃に両眼のClaserinsitukeratomileusis(LASIK)施行歴あり.初診時所見:矯正視力は右眼光覚弁,左眼C0.4(1.0C×sphC.4.50D(cyl.0.75DAx60°).眼圧は右眼35mmHg,左眼C17CmmHg.前眼部,中間透光体所見は右眼は著明な毛様充血を認めたほか,角膜全体に浮腫を認めた.瞳孔は極大散瞳しており,水晶体に明らかな偏位や脱臼を認めなかった(図1a).左眼は明らかな炎症所見を認めなかった.眼底所見:右眼眼底は角膜浮腫が著明で透見できない状態であっ図1a初診時右眼前眼部写真結膜充血,角膜にCLASIK痕および著明な浮腫を認めるほか,瞳孔の散大を認める.た.右眼のCBモード超音波検査では明らかな網膜.離や硝子体の混濁を疑う所見を認めなかった.左眼眼底に血管白鞘化および網膜全体に散在する白色の滲出斑を認めた(図1b).以上より内因性眼内炎と診断した.経過および治療:初診日より抗菌薬点眼(レボフロキサシンC1.5%点眼液右眼C6回/日)で治療を開始した.さらに右眼前房水を採取し培養検査を行い,血液検査を行った.同日夜間に急激に全身状態が悪化,意識障害を発症し当院内科に緊急入院となった.入院時身体所見:体温C39.2℃,血圧C119/74CmmHg,脈拍125Cbpm,SpO295%(roomair).血液検査の結果を表1に示す.CRPの著明な上昇,ならびに白血球分画の左方移動を認め,急性期の炎症所見を認めた.また,著明な肝障害,なら図1b初診時左眼眼底写真広範に滲出斑(C.)を認める.表1入院時の主要な血液検査結果白血球C4.8C×103/μlCASTC70CU/l好中球91.5%CALTC94CU/lリンパ球4.8%CΓ-GTPC74CU/l単球3.5%CBUNC12Cmg/dl好酸球0.1%CCREC0.8Cmg/dl好塩基球0.1%CCRPC27.4Cmg/dl赤血球C41.1C×106/μlCb-Dグルカン<C6.0Cpg/mlヘモグロビンC12.3Cg/dlCFDPC12.1C×104/μlヘマトクリット37.1%DダイマーC4.3Cμg/mlCPLTC6.4C×104/μlPT%76%*FDP:.brindegradationproducts.炎症反応,肝障害,腎障害および凝固障害を認める.C1118あたらしい眼科Vol.41,No.9,2024(76)びに腎障害を認めた.日本救急医学会によって作成された播種性血管内凝固症候群(disseminatedCintravascularCcoa-gulation:DIC)の診断基準からは,急性期CDICスコアC5点(全身性炎症反応症候群C1点,血小板数C3点,.brinCdegra-dationproducts値C1点)であり,急性期感染症に伴うCDICの状態と診断された.入院時よりレボフロキサシン点眼に加え,セフトリアキソン(2Cg/日),クリンダマイシン(900Cmg/日),バンコマイシン(1Cg/日)の全身投与を開始した.入院C1日後,前日の前房水培養の結果CStreptococcuspyogenesが検出され,劇症型A群溶連菌感染症と診断,免疫グロブリン療法も並行して図2初診後1日に施行した頭部MRIT2強調画像初診時には認めなかった水晶体の硝子体への落下(.)を認めた.前房水培養からStreptococcuspyogenes検出バンコマイシン点滴(1g/日)セフトリアキソン点滴(2g/日)施行した.経過中施行した経食道心臓超音波検査にて僧帽弁周囲に疣贅を認めたほか,頭部CMRI画像にて脳膿瘍や多発脳梗塞像に加え,右眼水晶体の硝子体腔への落下を認めた(図2).入院C6日後,抗菌薬投与の開始前に施行した血液培養においてもCStreptococcuspyogenesを検出し,感受性試験(表2)からペニシリンCG(400万単位/日)への抗菌薬の変更を行った(図3)が経過中の頭部画像検査で脳膿瘍の縮小を認めず,入院C18日後に開頭膿瘍排膿術を当院脳神経外科にて施行した.眼所見としては,入院C41日後には右眼の角膜輪部幹細胞疲弊が著明となり血管の侵入および結膜組織の増殖を認め,その後抗菌薬治療により炎症所見は消失したものの最終的には眼球癆に至った(図4a).右眼は角膜の状態が悪く,経過を通して眼底所見の確認はできなかった.左眼は前眼部に炎症の波及なく経過し,眼底に認めていた滲出斑は網脈絡膜萎縮へと変化したが,血管炎については改善がみられた(図4b).その後全身状態および症状は落ち着き,入院表2抗菌薬感受性試験の結果抗菌薬最小発育阻止濃度(μg/ml)ペニシリンCGC≦0.06アンピシリンC≦0.12セフォタキシムC≦0.06セフトリアキソンC≦0.25メロペネムC≦0.06エリスロマイシンC≧4クラリスロマイシンC≧32アジスロマイシンC≧8クリンダマイシンC≧4レボフロキサシンC≦1バンコマイシンC≦0.5クリンダマイシンに対する耐性を認める.クリンダマイシン点滴(900mg/日)ペニシリンG点滴(400万単位/日)血液培養からStreptococcuspyogenes検出レボフロキサシン点眼12~456C11C18C59C74C76日意識障害発症頭部MRI画像で多発脳梗塞+脳膿瘍を確認心エコーで疣贅確認,開頭膿瘍排膿術採血で炎症反応低下感染性心内膜炎と診断意識状態改善充血消失退院免疫グロブリン療法図3入院後の経過感受性試験の結果から入院C6日目に抗菌薬を変更した.図4a入院41日目の右眼前眼部写真眼球癆に至っている.76日後に退院となった.退院後定期的に眼科外来にて経過観察し,左眼の炎症所見発症なく矯正視力C1.0にて経過している.CII考按本症例は,前房水培養が血液培養に先行して起炎菌同定に寄与し,その結果,病態把握がスムーズに進んだことにより,患者の救命に貢献したC1例といえる.A群溶連菌は通常小児の咽頭炎などの起炎菌となるグラム陽性球菌で,まれに劇症化を引き起こし,重篤な全身感染症を呈することが知られている2).A群Cb溶血性連鎖球菌感染症に合併する内因性眼内炎の報告は少なく,これまでに10例ほどの報告しかない3).そのなかでも,劇症型CA群溶連菌感染症に合併する内因性眼内炎の報告はわが国では皆無である.劇症型CA群溶連菌感染症では生命予後が非常に悪いことが知られており1),本症例においても全身状態の悪化が著しく,治療方針に苦慮した.内因性細菌性眼内炎は,原病巣から血行性に細菌が脈絡膜に波及し発症する.初期の症状として急性発症の視力低下や眼痛がみられるほか,全身病変の存在を示唆する発熱が,眼症状に先行することがある.Jacksonらによる報告では,内因性眼内炎を罹患した患者のC60%に基礎疾患が認められ,もっとも多かったのは糖尿病であった4).また,秦野らによる報告では,内因性眼内炎の患者は高齢者に多いという傾向を認めた5).原発感染巣としては,肝膿瘍についで肺炎,心内膜炎が多いことが報告されている6).本症例では,眼症状および先行する発熱を認めたものの,眼科受診時には解熱しており,その他全身症状もなかったため前房水培養検査が診断および治療方針決定において重要であった.原病巣は,入院中に施行した心臓超音波検査にて疣贅を認めたことから感図4b入院41日目の右眼眼底写真滲出斑を認めた箇所に一致する網脈絡膜萎縮を認める.染性心内膜炎が疑われ,経過中に認めた脳膿瘍についても同様に血行性に転移したことが疑われた.劇症型CA群溶連菌感染症に限らず,一般に内因性細菌性眼内炎の治療においては抗菌薬の全身投与が選択され,他の治療法として,抗菌薬の硝子体腔への注射や硝子体手術があげられる.硝子体手術の目的は,細菌増殖の母地となる硝子体の切除および抗菌薬の眼内への灌流であり,A群以外の溶連菌感染症に伴う眼内炎については薬物療法以外に硝子体手術や硝子体内注射が有効であった例も報告がある7,8).一方で,眼内炎に対し外科的療法を行っても,治療時期によっては視力予後に寄与しなかった報告もあり9),いずれの治療を行うにしても早期の診断および治療開始が重要であると考えられる.本例においても硝子体手術が適応となった可能性はあるが,全身状態の急激な悪化に伴い全身治療が優先され,硝子体手術は行えなかった.結果として右眼の視力回復はかなわず眼球癆に至ったものの,早期診断と治療開始により救命に至り,また左眼に関しては治療後炎症の波及なく経過し,視力の安定が得られた.今回,前房水培養の結果がC2日で得られたことで,早期診断に寄与したが,Banuらは,眼感染症の診断に際して眼組織液(前房水,硝子体)の塗抹検鏡が有効であると報告している10).細菌の増殖を待つ性質上,結果が出るまでに時間を要する培養検査に比して,塗抹検鏡は直接細菌の形態を確認できるため迅速に診断,治療を開始できる.実際に塗抹検鏡により前房水培養に先行して内因性細菌性眼内炎の診断ができ,早期に治療を開始できた例が報告されており11),本症例においても前房水採取の際に塗抹検鏡を行うことでさらに診断,治療を早期に行うことができた可能性がある.また,杉田らにより,感染性眼内炎に対するCstripPCR検査が確立されつつあり12),これらの方法はまだ全国的に普及したものではないが,将来これらがさらに普及することで早期の診断,治療介入が行えるようになり,予後改善に寄与すると考える.内因性細菌性眼内炎は診断,治療が遅延しやすく,予後不良であることが知られている.しかし,早期の診断および治療開始により視力維持や全身状態の安定につながる可能性が示唆されている.今後も詳細な病歴聴取や全身診察,また塗抹検鏡や培養検査などを用いた迅速な鑑別が重要であると考える.また,劇症型CA群溶連菌感染症は基礎疾患のない健常人にも発症するとの報告があるため2)基礎疾患のない健常人に発症する眼内炎の起炎菌として,本症を鑑別にあげる必要性があると考える.文献1)奥野ルミ,遠藤美代子,下島優香子ほか:わが国における過去C10年間の劇症型CA群溶血性レンサ球菌感染症患者由来CStreptococcuspyogenesに関する疫学調査.感染症学雑誌C78:10-17,C20042)StevensDL:InvasiveCgroupCACStreptococcusCinfections.CClinicalCinfectiousdiseases:anCo.cialCpublicationCofCtheCInfectiousCDiseasesCSocietyCofCAmerica.CClinCInfectCDisC14:2-11,C19923)ImaiCK,CTarumotoCN,CTachibanaCHCetal:EndogenousendophthalmitisCsecondaryCtoCsepticCarthritisCcausedCbygroupAStreptococcusinfection:Acasereportandlitera-turereview.JInfectChemotherC26:128-131,C20204)JacksonCTL,CParaskevopoulosCT,CGeorgalasCICetal:Sys-tematicreviewof342casesofendogenousbacterialendo-phthalmitis.SurvOphthalmolC59:627-635,C20145)秦野寛:全眼球炎の統計的観察.臨眼C36:806-807,C19826)JacksonCTL,CEykyunCSJ,CGrahamCEMCetal:EndogenousCbacterialendophthalmitis:AC17-yearCprospectiveCseriesCandCreviewCofC267CreportedCcases.CSurvCOphthalmolC48:C403-423,C20037)小松務,小浦祐治,政岡則夫ほか:硝子体手術を施行した転移性細菌性眼内炎のC2例.あたらしい眼科C19:1223-1227,C20028)MitakaCH,CGomezCT,CPerlmanDC:ScleritisCandCendo-phthalmitisCdueCtoCStreptococcusCpyogenesCinfectiveCendo-carditis.AmJMedC133:e15-e16,C20209)丸山和一,橋田徳康,高静花ほか:内眼炎遷延症例に対する硝子体手術の有用性.日眼会誌C122:393-399,C201810)BanuCA,CSriprakashCK,CNagarajCECetal:ImportanceCofCaccurateCsamplingCtechniquesCinCmicrobiologicalCdiagnosisCofendophthalmitis.AustralasMedJC4:258-262,C201111)齊藤千真,袖山博健,戸所大輔ほか:ムコイド型肺炎球菌による内因性眼内炎のC1例.あたらしい眼科C33:724-727,C201612)SugitaS,ShimizuN,WatanabeKetal:Diagnosisofbac-terialCendophthalmitisCbyCbroad-rangeCquantitativeCPCR.CBrJOphthalmolC95:345-349,C2011***

基礎研究コラム:88.近視生物学

2024年9月30日 月曜日

近視生物学生物学と近視生物学生物学とは生命とは何であるかを探究する学問です.生物学では個体や臓器,組織,細胞,細胞内小器官,さらには分子といった異なるレベルにおける生命単位を対象に,生命単位同士または外部/内部環境と生命単位の相互作用と,それによる生命単位の構造や機能の変化から,さまざまな生命現象の仕組みやその本質を明らかにすることを目的としています.筆者のグループは,近視とは何であるかを探究する「近視生物学」という学問分野の提唱を行なっています.さまざまなレベルの生命単位における構造や機能の変化をもとに,近視を形作る生命単位同士の相互作用(たとえば網膜・脈絡膜・強膜間の相互作用)や,外部・内部環境(光環境や全身状態,炎症など)の影響を明らかにすることを目的とした学問です.近視生物学の実際筆者らの近視生物学研究によって(図1),網膜における網膜神経節細胞がもつ非視覚オプシンであるOpsin5(OPN5)が360~400nm領域の光(紫光)を受け取ることで近視を抑制する働きを有することを見出しました1).すなわち紫光という外部環境が網膜神経節細胞の機能を介して近視を抑制しているのです.また,網膜色素細胞が分泌する血管内皮増殖因子(vascularendothelialgrowthfactor:VEGF)の機能が脈絡膜の厚みを維持しており,この機構が破綻し脈絡膜が薄くなるという構造変化を生じることで近視を引き起こすことを見出しました2).さらに,近視強膜は小胞体ストレスとよばれる機能異常状態にあること,その小胞体ストレスを4-phenylbuticacid(4-PBA)という薬剤によって緩和すると,近視強膜におけるコラーゲン線維の構造異常が改善し近視進行が抑制されることを明らかにしました3).このように構造と機能にフォーカスしながら内外の環境との関係性を注意深く観察することで,近視の原因やその発生機序に迫ることができます.今後の展望生物学においては,次世代シークエンサーやシングルセル図1近視生物学が明らかにしてきた構造・機能変化形態変化と機能変化の関連性,それを引き起こす環境要因を明らかにする必要がある.解析,バイオインフォマティクスツールの発展など,解析手法の目覚ましい進歩によって生命の理解が加速度的に進んでいます.近視生物学は黎明期にある学問領域です.生物学の発展と同様に新たな解析技術によって今後その理解が進んでいくのと同時に,学問として成長することが期待されます.未知の知と出会い,それを自らの力で既知へと変えていくことで一つの分野を成熟させる喜びが近視生物学にはあります.その喜びを手にする若手研究者/医師が増えてくれることを願ってやみません.文献1)JiangX,PardueMT,MoriKetal:Violetlightsuppress-eslens-inducedmyopiavianeuropsin(OPN5)inmice.ProcNatlAcadSciUSA118:e2018840118,20212)ZhangY,JeongH,MoriKetal:Vascularendothelialgrowthfactorfromretinalpigmentepitheliumisessentialinchoriocapillarisandaxiallengthmaintenance.PNASNexus1:pgac166,20223)IkedaSI,KuriharaT,JiangXetal:ScleralPERKandATF6astargetsofmyopicaxialelongationofmouseeyes.NatCommun13:5859,2022☆☆☆(69)あたらしい眼科Vol.41,No.9,202411110910-1810/24/\100/頁/JCOPY

硝子体手術のワンポイントアドバイス:256.糖尿病黄斑浮腫に対する硝子体手術後の分層黄斑円孔(初級編)

2024年9月30日 月曜日

256糖尿病黄斑浮腫に対する硝子体手術後の分層黄斑円孔(初級編)池田恒彦大阪回生病院眼科●はじめに糖尿病黄斑浮腫(diabeticCmacularedema:DME)に対する治療の第一選択は抗CVEGF療法であるが,薬物治療に抵抗性のCDME例や黄斑上膜(epiretinalCmem-brane:ERM)を伴うCDMEに対しては硝子体手術を選択することがある.このような症例では,DMEが消退したあとに分層黄斑円孔(lamellarCmacularhole:LMH)をきたすことがある1).C●症例提示71歳,男性.7年前に両眼のCDMEに対してトムアムシノロンのCTenon.下注射および抗CVEGF療法を複数回施行していたが,軽快傾向に乏しく,右眼はCERMが進行してきたため,5年前に硝子体手術を施行した(図1).その後CDMEは徐々に消退傾向を認め,矯正視力は0.4からC0.7に改善したが,中心窩網膜の内層が欠損し,光干渉断層計(opticalCcoherencetomography:OCT)でCLMHの形態を呈するようになった(図2).軽度のDMEの再発はあるものの,ellipsoidzoneは比較的保たれており,矯正視力はC0.7を保持している.DMEの再発に対しては引き続き抗CVEGF療法を施行しているが,ここC2年はほぼ安定した状態にある.DME後に生じたLMHと診断し,引き続き経過観察することにした.C●DME消退後のLMH硝子体手術施行例に限ったことではないが,DMEが消退したあとにCOCTでCLMHの形態を呈する患者をときどき経験する.Unokiらは,遷延する.胞様黄斑浮腫ab図1硝子体手術前の眼底写真(a)とOCT(b)DMEに加えてCERMを認める.矯正視力はC0.4.Cab図2硝子体手術後の眼底写真(a)とOCT(b)LMHの所見を呈しているが,ellipsoidzoneは比較的保持されており,矯正視力はC0.7と良好である.(cystoidCmacularedema:CME)の経過観察中にCLMHをきたしたC4例を報告している1).そしてCLMH形成がCMEとCERMの網膜硝子体牽引に関連し,CMEの内壁が破裂したときに起こる構造変化であるとするCGassの仮説2)を支持している.筆者らはサル眼を用いた研究で,中心窩には未分化な幹細胞様の細胞群が存在し3),このうちCfovealslopeに存在する未分化なCMuller細胞がいわゆる幹細胞疲弊症をきたすために,このようなCLMH様の構造が形成されるのではないかと考えているが,詳細については今後の検討課題としたい.網膜の内層が欠落したとしても視細胞層の傷害が少ない場合には,予想以上に良好な視力を保持できる可能性があり,ellipsoidzoneの観察が視力予後を予測するうえで重要である.文献1)UnokiCN,CNishijimaCK,CKitaCMCetal:LamellarCmacularCholeCformationCinCpatientsCwithCdiabeticCcystoidCmacularCedema.RetinaC29:1128-1133,C20092)GassJD:LamellarCmacularhole:ACcomplicationCofCcys-toidCmacularCedemaCafterCcataractCextraction.CArchCOph-thalmolC94:793-800,C19763)IkedaCT,CNakamuraCK,COkuCHCetal:ImmunohistologicalCstudyofmonkeyfovealretina.SciRep9:5258,C2019(67)あたらしい眼科Vol.41,No.9,202411090910-1810/24/\100/頁/JCOPY

考える手術:33.穿孔性眼外傷の手術

2024年9月30日 月曜日

考える手術.監修松井良諭・奥村直毅穿孔性眼外傷の手術橋田正継町田病院穿孔性眼外傷は保護眼鏡が普及して減少している感があるが,程度や対応によっては予後不良となる可能性がある.穿孔創が角膜にあれば発見が容易であるが,結膜の刺入部が不明なケースでは発見が遅れることがあるので,疑えば超音波検査かCTなどの画像診断を行う.磁性異物の可能性があればMRIは行わない.角膜裂傷は房水漏出がわずかであればソフトコンタクトレンズの装用で治癒する可能性があるが,前房が消失していたり虹彩が嵌頓している場合は光学部への影響が最小限になるように縫合する.早期に縫合を要することが明白であれとがある.外傷性白内障に対して超音波乳化吸引術(PEA)を行う際には,前.切開が不連続になったり後.損傷していることもあるので,灌流圧と吸引設定を下げて角膜創部からの灌流液の漏出を抑えて対処する.核落下に対しては25ゲージ(G)システムのカッターであればグレード2.5程度までの核処理はできるが,それ以上硬い核にはフラグマトームを用いるか液体パーフルオロカーボンなどで瞳孔付近に水晶体を持ち上げてPEAを行う.受傷直後には眼内炎は発症していないが,穿孔時に微生物が入った可能性を念頭に抗菌薬を予防的に投与する.眼内レンズは度数決定が困難なことが多く,眼内炎の可能性もあるので二期的に挿入する戦略も考える.眼内異物は成分と形状によっては摘出が困難な場合がある.磁性異物ならマグネットを用いれば容易だが,20Gのマグネットに比して25Gは磁力が弱いので,扁平部ポートを20G以上に拡大して大きな創から摘出したほうが確実である.扁平部からの摘出が困難であれば,径瞳孔的に前房に出して輪部から取り出すこともある.聞き手:穿孔性外傷患者の診察の流れを教えてくださ視力の有無を記載し,眼圧測定は最小限の侵襲で試みい.て,測定が不能であればその事実を記録するようにしま橋田:外傷がどういう経緯で発生したかを診療録に残すす.小児や高齢者では正確な情報が得られにくいことも必要があります.訴訟になった際には,第三者行為であありますが,受傷時に周囲にいた人から情報を集めて眼ったかや初診時の視力や眼圧が争点になる可能性があり内異物の有無も予想しながら画像診断を行います.超音ますので,測定が困難な場合でも手動弁や光覚弁以上の波検査は角膜裂傷がない場合に用いますが,眼球破裂が(65)あたらしい眼科Vol.41,No.9,2024C11070910-1810/24/\100/頁/JCOPY考える手術疑われる際には眼瞼上から侵襲を最小限に短時間で行うようにします.工事現場などでの爆発では多量の飛散物に暴露されて眼窩内や眼内に異物が残っている可能性があります.CTは眼内異物が疑われる場合に用いますが,ガラスやプラスチック,木片の検出能はやや劣り,小児であれば被曝線量のリスクも勘案して撮影を検討します.MRIはCCTで写らない異物の検出や軟部組織の描写に優れているので,磁性異物がなければ眼内のみならず眼窩内の状態を評価するためにとても有用です.また,角膜障害で隅角付近の異物が検出困難な場合に前眼部COCTが役立つこともあります.聞き手:非磁性眼内異物の摘出で気をつけることはありますか.橋田:磁性異物ではマグネットが有効ですが,大きな非磁性異物の場合には硝子体鑷子での把持や,フィネッセフレックスループ(アルコン社)を用いての摘出は困難で難渋することがあります.他科の器具を応用する場合には,20ゲージより大きな創口が必要になります.液体パーフルオロカーボンは,より比重が大きなガラス片でも,表面張力の作用を応用して黄斑から移動させることで,安全な摘出に寄与するという報告1)があります.聞き手:二重穿孔をきたした患者にはどのように対応するのでしょうか.橋田:異物が小さいケースが多く,創口が自然閉鎖する可能性があります.眼内や眼窩内の炎症が明らかでなければ緊急対応が必要でないこともありますが,異物の性状によって予後が異なります.木片などは積極的に除去する必要があります.聞き手:感染対策はどのようにしていますか.橋田:眼内異物を認めた症例ではC6.9~16.5%に眼内炎が発症したという報告2)があります.受傷時に環境菌が眼内に持ち込まれた可能性がありますので,眼内灌流液に抗菌薬を添加します.術後眼内炎の方法に準じてセフタジジムはC0.4Cmg/ml,バンコマイシンはC0.2Cmg/mlの最終濃度になるように灌流液に溶解します.手術終了時にC0.1Cmlのワンショット投与する方法を推奨する報告もありますが,眼内容積が異なる可能性があることや前房水も同等の条件になるようにと考えると,最初から上記の濃度で手術を開始するようにしたほうがよいでしょう.溶解方法は抗菌薬(モダシンはC0.5CgとC1CgがありますがC1gのバイアルであれば)1バイアルをC5mlのBSSで溶解して,そのC1CmlをC500CmlのCBSSに溶解すると上記の濃度になります.また,ヨードを用いた硝子体手術も報告されていて,有効な可能性が考えられます.聞き手:外傷で網膜.離を合併した患者について,タンポナーデの際の注意点はありますか.橋田:拡張性ガスであるCSFC6やC3F8には抗菌作用が報告されていますが,黄斑円孔にCSFC6を用いた治療後に眼内炎を生じたケースを私自身が複数例経験していますので,ガスや空気を用いた場合は術後眼内炎の発症に注意が必要です.シリコーンオイルは抗菌作用がより高いと思われ3),上記の濃度で抗菌薬を添加した硝子体手術のあとにシリコーンオイルタンポナーデを併用すると,安全で術後の眼底観察にも有用と考えます.文献1)UngC,LainsI,PapakostasTDetal:Per.uorocarbonliq-uid-assistedCintraocularCforeignCbodyCremoval.CClinCOph-thalmolC12:1099-1104,C20182)AhmedCY,CSchimelCAM,CPathengayCACetal:Endophthal-mitisfollowingCopen-globeCinjuries.CEye(Lond)C26:212-217,C20123)OzdamarA,ArasC,OzturkRetal:Invitroantimicrobi-alCactivityCofCsiliconeCoilCagainstCendophthalmitis-causingCagents.RetinaC19:122-126,C1999☆☆☆1108あたらしい眼科Vol.41,No.9,2024(66)

抗VEGF治療セミナー:硝子体内注射後の感染性眼内炎

2024年9月30日 月曜日

●連載◯147監修=安川力五味文127硝子体内注射後の感染性眼内炎盛岡正和高村佳弘福井大学医学部感覚運動医学講座眼科学抗CVEGF治療に関連する合併症のなかで,とくに重要なのが感染性眼内炎である.まれな疾患ではあるが発症すると急速に悪化するため,適切で迅速なマネジメントが求められる.本稿では,その治療方針について,手術に重点を置いて詳しく述べる.注射後感染性眼内炎の診断細菌による感染性眼内炎は,硝子体内注射後の重篤な合併症の一つである.その発生頻度はおおむねC1万件に1件程度,あるいはそれ以下とされており1.4),2,000.5,000件にC1件程度の割合とされている白内障手術や硝子体手術に比べると少ない.発症時期は注射後数日以内がほとんどである.眼内炎は迅速な診断と治療が求められる.自覚症状としては霧視,視力低下,充血,眼痛が多くみられるが,典型的な症状を伴わないこともあるため注意が必要である.他覚的な所見としては,結膜・毛様充血,角膜浮腫,角膜混濁,前房内の細胞増多,フレア,フィブリン析出,前房蓄膿,硝子体混濁,網膜血管閉塞,網膜出血(図1)などがみられる.確定診断には前房水や硝子体液の細菌培養検査が必要である.結膜.の常在菌であるブドウ球菌属が起因菌となるケースが多い.疑われたら手術を考慮感染性眼内炎の可能性が高い場合は,硝子体手術と前房洗浄の実施が必須となる.所見が非典型的で診断に迷う場合でも,数時間後に明白な前房蓄膿が出現し診断が確定する頃には,網膜の損傷が進行してしまう可能性もある.したがって感染が疑われた時点で積極的に手術適応とするほうが理にかなっていると筆者は考える.診療体制の都合で迅速な硝子体手術が行えない場合は,姑息的治療として抗菌薬の点眼や硝子体内注射を行うことも選択肢となる.しかし,あくまでも硝子体手術を行うまでの「つなぎの治療」と考え,これらの治療のために硝子体手術の実施が遅れることはあってはならない.抗菌点眼薬にはレボフロキサシンやセフメノキシム,抗菌薬全身投与には第C4世代セフェム系やカルバペネム系が用(63)C0910-1810/24/\100/頁/JCOPY図1感染性眼内炎を生じた症例の前眼部写真発症時.著明な前房蓄膿,フィブリン析出を認める.いられる.硝子体内注射にはバンコマイシンとセフタジジムが使用される.手術では網膜を傷つけないこと手術の目的は起因菌と有害な液性因子の除去と抗菌薬の直接投与である.局所麻酔で行われることが多いが,眼内炎は強い炎症を伴うため,点眼麻酔だけでは除痛が困難である.そのため球後麻酔やCTenon.下麻酔が推奨される.前房洗浄では,細菌培養検査のために前房水を採取し,I/Aで前房を洗浄する.フィブリン膜が前.や眼内レンズに付着している場合は前.鑷子などを用いて除去する.水晶体が残っている場合は水晶体再建術も同時に行う.硝子体混濁による徹照不良や炎症によるZinn小帯脆弱などを認める場合があり,通常の白内障手術よりも手技の難度が高くなる.眼内レンズ挿入を行うか,水晶体の除去だけにとどめ,眼内レンズ挿入は後日C2期的に行うかは議論の余地がある.以上の操作により前眼部を可能な限りクリアにすることで,硝子体内の視認性を高め,硝子体手術の安全性を確保できる.硝子体手術では,硝子体液を採取しながら硝子体混濁を可能あたらしい眼科Vol.41,No.9,20241105図2図1と同一症例の硝子体手術後1カ月時点の広角眼底写真感染は落ち着いており硝子体混濁は認めないが,網膜出血が残存し,血管閉塞もめだつ.図3図1と同一症例の硝子体手術後1カ月時点のOCT画像網膜が著しく菲薄化している.矯正視力は(0.01)となり,改善は困難と考えられる.な限り切除する.ただし,炎症により脆弱になっている網膜を損傷し,網膜.離や黄斑円孔を生じてしまうと難治性となる可能性が高い.したがって,網膜に近い硝子体混濁を切除することに固執せず,「甘め」の硝子体切除を心がけることが重要である.シリコーンオイルの留置や網膜出血部位に対する光凝固も不要である.手術中には,バンコマイシンとセフタジジムを添加した灌流液を使用し,十分な灌流を行う.術後にも点眼・点滴で治療を術前から継続して抗菌薬を点眼・全身投与する.消炎のためにステロイドの点眼や全身投与も効果的である.術後数日からC10日程度で炎症が沈静化するにつれ,残存した硝子体混濁は消失し,網膜出血も吸収される.炎症の程度にあわせて各治療は漸減・終了していく.早期に治療介入すれば発症前の視力に戻る場合もあるが,レンサ球菌属や腸球菌などが迷入し起因菌となった場合は予後が悪いと報告されている(図2,3)5).文献1)MenchiniF,ToneattoG,MieleAetal:Antibioticprophy-laxisCforCpreventingCendophthalmitisCafterCintravitrealinjection:aCsystematicCreview.Eye(Lond)C32:1423-1431,C20182)TanakaK,ShimadaH,MoriRetal:SafetymeasuresformaintainingClowCendophthalmitisCrateCafterCintravitrealCanti-vascularCendothelialCgrowthCfactorCInjectionCbeforeCandduringtheCOVID-19Pandemic.CJClinMedC11:876,C20223)TanakaCK,CShimadaCH,CMoriCRCetal:NoCincreaseCinCinci-denceCofCpost-intravitrealCinjectionCendophthalmitisCwith-outtopicalantibiotics:aprospectivestudy.JpnJOphthal-molC63:396-401,C20194)MoriokaCM,CTakamuraCY,CNagaiCKCetal;IncidenceCofCendophthalmitisCafterCintravitrealCinjectionCofCanCanti-VEGFCagentCwithCorCwithoutCtopicalCantibiotics.CSciCRepC10:22122,C20205)TodokoroCD,CEguchiCH,CSuzukiCTCetal:GeneticCdiversityCandCpersistentCcolonizationCofCEnterococcusCfaecalisConCocularsurfaces.JpnJOphthalmolC61:408-414,C2017☆☆☆1106あたらしい眼科Vol.41,No.9,2024(64)

緑内障セミナー:偏光OCT

2024年9月30日 月曜日

●連載◯291監修=福地健郎中野匡竹本大輔291.偏光OCT金沢大学医薬保健研究域医学系(眼科学)偏光感受型光干渉断層計(偏光COCT)は,測定によって対象組織の「質的な」情報が得られる次世代のCOCT装置であり,緑内障領域では術後濾過胞の評価など,さまざまな場面での活用が期待されている.本稿では,おもに偏光COCTに関する理論面の要諦について解説する.今後普及が進むと考えられる本装置の理解の足がかりとなれば幸いである.●はじめに光干渉断層計(optocalCcoherenecetomography:OCT)は眼底疾患の診療に不可欠な画像診断装置として定着して久しい.前眼部疾患の診療にもCOCTの活用が進んでおり,緑内障領域では隅角評価や術後の強膜創,濾過胞などの内部構造の評価に使用される機会が増えている.偏光感受型COCT(以下,偏光COCT)は組織の偏光特性を評価することで,従来型COCTにおける厚みや体積といった構造的計量に加えて,組織の質的な観点(たとえば,コラーゲン線維の有無やその方向性)からも評価することができる次世代COCT装置である.C●偏光OCTの原理と緑内障領域への応用従来のCOCTでは組織の各位置からの反射光によって強度を求め,これを画像化している.それに対して偏光OCTによる測定では,各位置のCJones行列(複素数成分のC2×2行列)が得られることが基本的原理である.これは,光をより精密に計測しているということを意味し,強度の情報もこれに含まれる.そもそも光は進行方向に垂直な面内で振動しながら進む横波であり,偏光とはその振動の状態をさし,数学的にはCxy方向の二つの複素数成分からなるベクトルで表現される(xy各成分の振動の位相ずれは,複素平面上での偏角の差となる).Jones行列とは,xy方向それぞれでの入射光→反射光ベクトルの状態変化をあらわすもの(線形変換)である.すなわち,偏光COCTによってCJones行列を取得することで,従来型COCTでは抜け落ちていた偏光に関する情報(偏光特性)をも漏れなく測定することができ,対象物についてより多くの情報が得られる.偏光COCTからの出力には,強度のほかにおもにC2種類のパラメータが存在し,そのキーワードは複屈折および偏光解消性である.取得されたCJones行列はそのままの形ではなく,以下に述べるような計算処理がなされ,(61)C0910-1810/24/\100/頁/JCOPY図1複屈折と偏光位相差の概念図は偏光位相差を示す.これは,組織の配向性のため入射光の方向によって屈折率が異なる現象(複屈折)に由来する.(図は株式会社トーメーコーポレーション山成正宏氏のご厚意により,提供いただいた)装置より出力される.まず,測定によって得られたJones行列の固有方程式を代数的に解くことにより,複屈折(偏光位相差および軸方向)に関する情報が得られる.これは組織の配向性とその方向を示す量で(図1),生体内ではとくにコラーゲン線維を反映する.これが第一のパラメータである.次に,取得されたCJones行列の統計的性質(randomness)に着目して偏光解消性を定量する.偏光解消性とは,組織内での後方光散乱における偏光特性が空間的にランダムになる現象であり,生体内ではとくにメラニン色素を反映することが知られている.具体的には,量子情報理論におけるCvonNeumannエントロピーに相当する量を計算することで偏光エントロピーを求める.これが偏光COCTの第二のパラメータである1.3).緑内障領域においては,線維柱帯切除術後の濾過胞の瘢痕化を偏光位相差によって定量できることが切除切片での組織学的検討によって示され4),術後早期での濾過胞の偏光COCT所見とその後の眼圧経過との関連が臨床あたらしい眼科Vol.41,No.9,20241103abc図2偏光OCTによる前眼部(側方視)の出力画像例a:強度画像.偏光アーチファクトのない,従来型COCTよりも正確な画像が得られる.筆者らが行った研究では,強膜の赤四角内(幅C500Cμm)の部位について偏光パラメータを評価した.Cb:偏光位相差画像.組織内の配向性の強さ,おもにはコラーゲン線維を反映し黄緑系色調に表示される.とくに外眼筋付着部が高値となる.Cc:偏光エントロピー画像.メラニン色素を反映し赤紫系色調に表示される.とくに,ぶどう膜組織が高値となる.研究によっても示されている5).濾過胞の瘢痕化は緑内障手術の成績を規定するもっとも重要な因子であるが,それを細隙灯顕微鏡によって早期の段階で見いだすことは必ずしも容易ではない.本装置を緑内障術後管理に用いることで,これまでエキスパートが経験的に判断していた濾過胞や強膜フラップなどの内部構造を多面的かつ定量的に評価することが可能になり,それによってニードリングなどの処置を行う最適なタイミングについて臨床医が判断するのをサポートできることが期待される.C●緑内障眼における前眼部組織の質的評価の試み筆者の施設において,緑内障C40例C40眼をトーメーコーポレーション製偏光COCTおよび各検査機器にて前眼部組織を評価したところ(図2),原発開放隅角緑内障群と落屑緑内障群において,強膜の偏光エントロピー(0.23C±0.05CvsC0.28±0.08),角膜ヒステレシス(9.3C±1.3CmmHgCvs.C6.6±1.6CmmHg)の平均値に両群間で有意差を認め,病型による前眼部組織の質的な差異が示唆された.また,強膜の偏光位相差および偏光エントロピーは角膜ヒステレシスと有意な相関を示し(それぞれCr=.0.34,C.0.33),角膜ヒステレシスは眼圧と強い相関(r=.0.70)を示したが,偏光位相差および偏光エントロピーはいずれも眼圧との相関は弱かった.生体力学特性をあらわす角膜ヒステレシスは,眼組織から得られる質的情報のひとつとして緑内障評価で臨床的に用いられているが,測定原理上,眼圧値の影響を受けると考えられる.一方で,偏光特性は眼圧非依存的に眼組織を質的に評価できる手段と筆者らは考えている.C●おわりに偏光COCTは,従来のCOCTとはまったく異質で新規C1104あたらしい眼科Vol.41,No.9,2024なものではなく,これを包括した多機能なものであると捉えていただいきたい.測定対象を質・量の両面から評価が可能なオールインワンのCOCTとして今後普及が期待される.現段階では上述した筆者らの検討も含めて研究段階での使用に留まっているものが多いが,前眼部および後眼部の各領域において本機の特性を生かした興味深い研究結果が報告されている.緑内障分野に関して,本機の臨床実用に向けて直近でもっとも有望と考えられるのは,本稿でも一部紹介した術後濾過胞の評価と思われる.セグメンテーションなどの画像取得後の解析方法に関する技術的課題はまだあるものの,偏光COCTによる前眼部撮影の実用化が期待される状況と考えられる.文献1)山成正宏:偏光感受型COCTの技術.視覚の科学C38:C98-106,C20172)DeCBoerCJF,CHitzenbergerCCK,CYasunoY:PolarizationCsensitiveCopticalCcoherenceCtomographyC-aCreview.CBiomedOpticsExpressC8:1838-1873,C20173)YamanariCM,CTsudaCS,CKokubunCTCetal:EstimationCofCJonesCmatrix,CbirefringenceCandCentropyCusingCCloude-PottierCdecompositionCinCpolarization-sensitiveCopticalCcoherenceCtomography.CBiomedCOptCExpressC7:3551-3573,C20164)TsudaCS,CKunikataCH,CYamanariCMCetal:AssociationCbetweenChistologicalC.ndingsCandCpolarization-sensitiveCopticalCcoherenceCtomographyCanalysisCofCaCpost-trabecu-lectomyChumanCeye.CClinCExpCOphthalmolC43:685-688,C20155)FukudaCS,CFujitaCA,CKasaragodCACetal:ComparisonCofCintensity,phaseretardation,andlocalbirefringenceimagesCforC.lteringCblebsCusingCpolarization-sensitiveCopticalCcoherencetomography.SciRepC8:7519,C2018(62)