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写真セミナー:全周性偽翼状片

2024年5月31日 金曜日

写真セミナー監修/福岡秀記山口剛史480.全周性偽翼状片四條泰陽山口剛史東京歯科大学市川総合病院眼科右眼図1初診時前眼部所見両眼性の偽翼状片であり,右眼は全周性.図2図1右眼のシェーマ①偽翼状片図3右眼術後1カ月偽翼状片の再発なし.前房内が詳細に視認可能.図4右眼術後6カ月偽翼状片の再発を認めた.(73)あたらしい眼科Vol.41,No.5,20245450910-1810/24/\100/頁/JCOPY偽翼状片の症例を提示する.患者は30歳の男性.近医眼科で両眼偽翼状片を指摘され定期診察となったが,転居に伴い当院を紹介受診した.既往歴・アレルギー特記事項なし.職業は船舶乗組員.図1,2のように両眼性で,右眼は全周性の偽翼状片を認めたが,外傷歴も特記すべきものはなく,原因は不明であった.瞳孔領は比較的温存されており,視力は(1.0)/(1.0)と保たれていた.経過観察の方針とし,トラニラスト,ベタメタゾン点眼で様子をみていたが,徐々に右眼の不正乱視の悪化と視力低下を認めたため,初診から11カ月の時点で右眼偽翼状片切除+マイトマイシンC塗布+羊膜移植(被覆目的)を施行した.術後はベタメタゾン点眼で経過をみたところ,術後1カ月の時点で視力(1.0)と改善し,乱視,不正乱視の改善も認めた(図3).術後4カ月でフルオロメトロンに切り替えた.図4は術後6カ月の再診時である.結膜充血と偽翼状片の再発を認めた.視力は比較的保たれており,再手術も視野に入れつつ経過観察中である.偽翼状片は種々の角膜疾患(外傷,化学熱傷,感染など)により,線維血管組織が角膜内の炎症部位に向かって侵入する疾患である.鼻側や耳側から三角形の形状で侵入する翼状片とは異なり,偽翼状片は平坦な形状で全方向から角膜に侵入しうる.また,角膜面全体と癒着しているため,プローブを病変下に通すことができないことも特徴である(プローブテスト陰性).前眼部光干渉断層計(opticalcoherencetomography:OCT)では角膜表層に侵入する病変として描出され,重症例ではBowman膜の破壊像が観察されるケースもある1).鑑別疾患としては角膜輪部機能不全,結膜上皮系新生物(ocularsurfacesquamousneoplasia)などがあげられる.治療は原因疾患の治療が優先となる.炎症性疾患が原因であることが多いため,ステロイド点眼で病変が縮小されることもある.しかし,整容面の改善や,本例のように瞳孔領近くまで病変が拡大しているケースでは不正乱視を惹起し視力低下の原因になることから,外科的治療を検討する必要がある.外科的治療は一般的に翼状片手術に準じて行う.術前には偽翼状片下にもともとの炎症性変化(角膜に菲薄化や瘢痕)が隠れていないかを前眼部OCTなどでよく観察し,術中角膜穿孔や術後混濁の残存などの可能性を患者によく説明したうえで手術に臨むべきである.偽翼状片の治療成績に関するわが国の報告はなく,病変部切除に加えて,マイトマイシンC塗布,結膜移植,羊膜移植,角膜輪部幹細胞移植,表層角膜移植などを併用する必要がある.Jingyi2)らがまとめた中国における偽翼状片患者の外科的治療方法に関する報告では,2013~2019年に偽翼状片切除+自家輪部幹細胞移植を第一選択とする割合が増えている傾向にあったが,偽翼状片自体がざまざまな原因疾患で起こるため,疾患の重症度や僚眼の状態,術後管理などを考慮して術式を決定すべきである.本症例は初回治療後半年で再発を認めた.既報では,偽翼状片の発症年齢は翼状片に比べると若く2),そのため外科的治療後の再発率も翼状片よりも高い傾向にある.再発リスクは,若年性以外に原疾患の受傷からの時期が浅い場合も顕著に高くなる.再発予防のため術後にステロイド点眼による消炎が重要であり,術後3~6カ月間は眼圧に留意しつつ継続し,その後漸減する.必要に応じてステロイド内服も検討する.偽翼状片に対しては,適切な術式決定と術後の再発に注意しつつ診療にあたるべきである.文献1)UrbinatiF,BorroniD,Rodriguez-Calvo-de-MoraMetal:Pseudopterygium:Analgorithmapproachbasedonthecurrentevidence.Diagnostics(Basel)12:1843,20222)JingyiW,KaiC,ShangLetal:Epidemiologiccharacteris-ticsandthechangeofsurgicalmethodsofpterygiumandpseudopterygiumfrom2013to2019inChina:Aretro-spectiveanalysis.Heliyon9:e15046,2023

総説:私の挑んだ糖尿病眼合併症への攻略

2024年5月31日 金曜日

あたらしい眼科41(5):537.543,2024c第28回日本糖尿病眼学会特別講演(眼科)私の挑んだ糖尿病眼合併症への攻略MyChallengetoConquerDiabeticEyeComplications加藤聡*はじめに眼科医になり,糖尿病に起因するさまざまな眼合併症があることを,日常診療の患者から知り,それに対し,少しでもよりよい治療ができるように工夫してきたが,まだ道半ばというところである.今回,日本糖尿病眼学会で特別講演の機会をいただいた.これを今まで筆者が糖尿病眼合併症に対し,どのように対峙してきたかをまとめる機会と捉え,ここに記す.I糖尿病眼合併症とのかかわりのきっかけ筆者と糖尿病眼合併症とのかかわりは,1988年に東京大学眼科に導入されたレーザーフレアーメーターの糖尿病眼への臨床応用から始まった.網膜症の程度と前房内フレアー値は相関し1),あたかも網膜症の程度を定量しているかのようであった.その理由を探るべく,当時は糖尿病眼での白内障手術では周辺虹彩切除術を併用していたことを利用し,手術時に得られた虹彩血管の電子顕微鏡所見とフレアー値との関連の研究を行った.その結果,虹彩血管障害(図1)の程度がフレアー値に大きく影響していることが判明した2).そのような研究がきっかけで,多くの糖尿病患者を診察することとなっていった.IIさまざまな糖尿病眼合併症との闘いその後,糖尿病眼合併症の患者を多く診られるとのことで,東京女子医科大学糖尿病センター眼科に勤務することになった.そこではすべての患者が糖尿病であり,網膜症のみならず,さまざまな眼合併症を診ることとな図1虹彩血管の血液房水柵の破綻a:虹彩血管の内皮細胞の脱落.b:虹彩血管のtightjunctionから血液成分の漏出.った.網膜症についても多くの研究がなされていたが,糖尿病のよって引き起こされる角膜症3.7),続発緑内障8),視神経症,脈絡膜症9.10),眼筋麻痺を診察し,臨床研究も多く行うことができた.当時(1990年代後半)の糖尿病網膜症診療の問題点として,現在に比較して硝子体手術成績が低いことがあげられる.その理由として,当時用いられていた硝子体手術機器の未発達さや,手術の際に使用する補助剤が現在のようになかったことがある.それらと同程度に,実臨床で感じられることとして,硝子体手術術前の不完全な網膜光凝固術があり,それがその後の網膜光凝固術教育の原動力となっていった.また,当時はちょうど小切開白内障手術が爆発的な広*SatoshiKato:つつみ眼科クリニック〔別刷請求先〕加藤聡:179-0081東京都練馬区北町2-22-8サンテアネックス1Fつつみ眼科クリニック0910-1810/24/\100/頁/JCOPY(65)537がりをみせており,糖尿病網膜症を合併した症例に限れば白内障術後の網膜症の急激な悪化や血管新生緑内障の発症の症例に悩まされることが多かった.その原因の一つとして白内障手術後に極端な前.収縮(図2)や後発白内障(図3)により,十分な網膜光凝固が行えないことがあった.III糖尿病患者での白内障手術時の問題点への対応糖尿病患者における白内障手術時の問題点として,術中,術後の高血糖がある.当時の東京女子医科大学糖尿病センター眼科では,血糖コントロール不良例に対しても積極的に白内障手術を施行していた.しかし,手術当日の夜に高血糖をきたす患者もあり,その原因の一つとして当時ほぼ全例で行われていた白内障手術終了時のステロイド結膜下注射が関連することが考えられ,その必要性を検討することとなった.その結果,白内障手術そのものでも手術終了後は血糖値の上昇があり,とくにステロイド結膜下注射を行った場合は有意に上昇する(図4)が,フレアー値に対する効果は明らかでないこと(図5)が判明した11).以上のことにより,白内障手術終了時にステロイドの結膜下注射を行わないことが標準化されていった.次に注目したのは糖尿病患者で白内障術後に糖尿病網膜症が発症,進展する問題点の研究であった.当時はその評価方法が確立されておらず,研究方法に問題のあるさまざまな研究結果が散見されている状況であった.そこで,白内障術後の網膜症の悪化を「非術眼に比較して,術後1年時に福田分類で2段階以上悪化した症例」と定義して検討した.その結果,糖尿病症例で白内障術後1年で網膜症の発症,進展した症例が24%で,その悪化と術直前の血糖コントロール状況とは無関係であることを明らかにした12).この研究成果により,その後徐々に術直前の血糖コントロール状況が悪くても白内障手術が施行されるようになっていった.IV白内障術後に適切な網膜光凝固を施行するために―後発白内障を減らす前述したが,白内障術後の合併症の一つとして後発白内障があり,そのためとくに周辺部の網膜光凝固が完璧に行えないことがあった(図6).障術者の中には後発白内障はNd:YAGレーザーで切開すれば視力も回復するので,さほど大きな問題のある合併症と捉えられない向きもあったが,米国ではNd:YAGレーザーの治療費が年間2億5,000万ドルにも上り,医療経済上大きな問題となっていた.白内障術後の後発白内障の発生の評価法として,単にNd:YAGレーザーの施行率で評価する報告もあったが,術後矯正視力が不良なこともある糖尿病網膜症症例では明らかにその方法は不適切であった.また,さまざまな定量方法が開発されていたが,各方法に一長一短があった.そのため,糖尿病眼では非糖尿病眼に比較して後発白内障が多いとの報告がある一**50血糖値(mg/dl)40350300302502002015010010500pre361218240結注後の時間(時間)術前1日後2日後5日後7日後14日後図4糖尿病症例での白内障術後の血糖値への影響術後期間白内障手術そのものでも手術終了後は血糖値の上昇があり,と図5糖尿病症例での白内障手術のフレアー値の変化くにステロイド結膜下注射を行った場合は有意に上昇するといステロイド結膜下注射の有無により白内障術後のフレアー値にうことが判明した.差はなかった.図6Nd:YAGレーザーによる後発白内障切開いくら大きく切.しても周辺部の混濁は残り,網膜光凝固術の障害になる.方,逆に少ないとの報告もなされていた.そこで後発白内障を少なくするための手術方法を明らかにするために,まずはその定量法の研究のためにロンドンのCStCThomas’Hospital(世界で初めて眼内レンズを人眼に移植した病院)に留学することとなった.後発白内障を少なくする手術の手段として,眼内レンズの素材があり,当時は後発白内障を少なくするための素材として「アクリル≦シリコーン<PMMA(polymethylCmethacrylate)<ハイドロジェル」と考えられていたが,それ以上にCIOLのエッジ形状が重要であることが後発白内障を正しく定量することで判明していった13).そのため,エッジ効果が少なくなる眼内レンズのハプテクスの付け根から水晶体上皮細胞が迷入し後発白内障が起こることもが観察された(図7)14).眼内レンズのエッジ効果が得られない眼内レンズの.外固定だとその部位より線維性混濁が始まるが,確実に.内固定を行おうと小さな前.切開を行うと術後の前.収縮で眼底の光凝固が行いにくくなってしまうというジレンマがあった.エッジ効果が,レンズの素材より重要で,シャープエッジの眼内レンズを使用することは後発白内障を少な図7眼内レンズのエッジ効果白内障術後C19カ月でハプテクスの付け根から後発白内障が起こる.くするうえで不可欠と考えられた.また,水晶体上皮細胞の数そのものを少なくするのを目的として術中に前.磨きを行っても,後発白内障の発生を抑制する効果もみられなかった.さらに,後発白内障の定量化を厳密に行ったところ,後発白内障が起こりやすい病態として糖尿病眼15)が,また白内障硝子体同時手術16)があることも明らかにし,糖尿病眼および硝子体同時手術では非糖尿病眼に比較してより後発白内障の発生を防ぐことを意識した手術が必要であると考えられた.以上のことより,後発白内障の定量化から,後発白内障を起こしにくくする手術方法の開発につながっていった.CV適切な網膜光凝固を行うために前述したが,1990年代の硝子体手術の成績は低調で,その原因の一つとして術前の不完全な網膜光凝固が考えられた.当時,糖尿病網膜症に対する網膜光凝固術は誰が行うかについてアンケート調査を施行した矢島,浜中らの報告では,欧米では網膜専門医が行うのに対し,わが国では受け持ち医が行うとされていた.そのため,わが国では眼科医ならば網膜専門医でなくとも適切な網膜光凝固を施行できる技術を会得する必要があると考えられた.しかし,白内障手術では完成度が高い手術を施行できても,眼底の網膜光凝固が不十分なゆえに虹彩ルベオーシスから血管新生緑内障にまで進行させてしまっているケースをみるにつけ,白内障手術教育がすでに完成されているのに対し,網膜光凝固術教育が不十分であることを痛感させられていた.そこで,それを補うために日本臨床眼科学会や日本眼科手術学会で網膜光凝固をなるべくなら自分の経験則に依らずにエビデンスを用いて適切な網膜光凝固を教育するように臨んでいった.白内障手術の際に使用する眼内レンズとして黄色眼内レンズは有害な波長をカットするという宣伝文句で徐々に広まりつつあった.有害な波長として網膜光凝固に使用する波長が含まれているとしたならば,黄色眼内レンズが移植された白内障術後眼での網膜光凝固の際には工夫が必要なことが考えられた.そこで,実際に網膜光凝固の際に使用される波長で黄色眼内レンズの厚さごとに透過性を調べたところ,Blue-Greenの波長だと眼内レンズが厚くなるにつけ,レーザー光がカットされることが判明した.その結果,黄色眼内レンズが移植された眼に対して,Blue-Greenの波長で網膜光凝固を施行する際には,その分だけ出力を上げる必要があることがわかった17).筆者が眼科医になったころの網膜光凝固といえば,三面鏡の接触レンズを用いていたものだが,1990年代後半になってからは広視野倒像レンズを用いての網膜光凝固が一般的になっていた.しかし,広視野倒像レンズの特徴もよく理解せずに不用意に設定凝固径を大きくしたあげく,凝固斑を出すために不適切な凝固出力で凝固している症例が散見された.実際に適切な凝固径,凝固出力で網膜光凝固を行っても,広視野倒像レンズを用いると,前眼部への影響,とくに角膜内皮細胞への影響があることを示し18),広視野倒像レンズ使用の際に凝固装置上の最大許容設定凝固径を守るように網膜光凝固の教育講演の際には必ず話すことにした.通常の汎網膜光凝固を施行していても,糖尿病網膜症の虚血の状態が強く,虹彩ルベオーシスが発生することを経験する.通常の網膜光凝固斑の密度を文献的に調べると,凝固斑と凝固斑との間隔は,その凝固斑の直径以上の間隔を置くのを原則とし,正方形四つの中で凝固斑の占める面積はそのC1/4程度になることから網膜全体の19%程度になると記載されていた.そのような凝固密度で汎網膜光凝固を施行されていても虹彩ルベオーシスをきたしていた患者に追加でより密に網膜光凝固を追加し,虹彩ルベオーシスの活動性が鎮静化した患者の凝固密度を計測するとC50%程度にまで達することが判明した.すなわち,虹彩ルベオーシスを抑制するための汎網膜光凝固では,可能な限り大きな凝固径でより密に凝固40する必要があることを明らかにした19).糖尿病患者において,白内障手術と網膜光凝固の治療35の双方が必要となる場合を経験することがある.網膜光30凝固が行えないほどに進行した白内障がある場合は,迷わず白内障手術を先行させるが,そこまで進行していな25い白内障の症例の場合は,どちらを先行させるか迷うこ20とがある.白内障手術を先行した場合は,術後に急激な網膜症の進行や虹彩ルベオーシスの発症が心配である15が,それと同時に白内障手術後に極大散瞳させても瞳孔10径が減少して,周辺部の網膜光凝固が施行できにくくなることが危惧される.そこで,糖尿病症例で白内障術前5後に極大散瞳の瞳孔面積を定量的に計測したところ,白内障術後C3カ月が経過すれば術前と同様の瞳孔径が得られることが判明した.すなわち,術後早期に網膜光凝固が必要な場合を除き,白内障手術を施行してからC3カ月経過すれば,最周辺部までのレーザーが施行でき,網膜症の病態に合わせて白内障手術と網膜光凝固を計画すればよいことが示唆された20).そのほかに,網膜光凝固術の教育にエビデンスをもった内容を取り入れることに専念し,以下のことを明らかにしていった.それらは,パターンスキャンレーザーで使用される高出力短時間凝固では,凝固径の拡大は従来法に比較して小さいこと21),逆に眼内レーザーを用いた場合の凝固径の拡大は通常の経瞳孔的網膜光凝固に比較して大きいこと22),糖尿病黄斑浮腫に対して硝子体手術を行う際に,術前・術後に蛍光眼底撮影を行い,網膜血管床閉塞領域に対して確実に網膜光凝固を行えば,術後に血管新生緑内障を起こす患者がないこと23)を明らかにしていった.以上のように,網膜光凝固術の教育に力を入れることが,糖尿病網膜症による視覚障害が少なくなっていったことにつながっていたのではないかとも考えている.CVI糖尿病患者のロービジョンケア2000年代初頭に東京大学病院眼科外来でロービジョン外来を立ち上げることになった.そこでさまざまな眼科疾患で視覚障害になっている患者に対して,ロービジョンケアを行うこととなった.もちろん,糖尿病網膜症やそれに続発した血管新生緑内障により視覚障害をきたしている患者も紹介されてくることが多かった.しかし,視覚障害をきたしている糖尿病患者は,他の疾患,0図8糖尿病網膜症とそれ以外の疾患による重度視野障害者の特徴の比較糖尿病網膜症で重度視覚障害になった患者は他疾患と比較してメンタルヘルスが有意に障害されていた(VFQ-25)たとえば緑内障や網膜色素変性が原因で視覚障害になっている患者に比較して,ロービジョンケアに消極的であることをよく経験した.その原因を知るべく,重度視覚障害になっている患者を対象にして,NationalCEyeCInstituteC25-ItemCVisualCFunctionQuestionnaire(NEIVFQ-25)を用いて糖尿病患者と他の疾患の患者とを比較したところ,メンタルヘルスが有意に障害されていることが判明した(図8).そのことと関連して,うつ病患者は糖尿病を発症しやすく,2型糖尿病患者はうつになるリスクが高く,さらに視覚障害があるとうつになりやすく,糖尿病患者で視覚障害をきたしている場合は,眼科医の患者への言動にも注意が必要であることを認識させられた.CVIIマイクロパルス閾値下レーザーと偏光光干渉断層計糖尿病黄斑浮腫に対する治療は,とくにC2010年代に入るとレーザー治療,硝子体手術から抗血管内皮増殖因子(vascularendothelialgrowthfactor:VEGF)薬が主体となってきた.とくにレーザー治療は,局所性黄斑浮腫に対する治療以外では,凝固斑の拡大や癒合などの合併症があり,わが国ではあまり施行されなくなっていた.そのような中で閾値下レーザーの可能性が取り上げられるようになり,その方法としてマイクロパルス閾値下レーザー,EndpointCManagement,低出力モードなどが開発されてきた.その中でもマイクロパルス閾値下レーザーの機器が以前とは異なり,577Cnmの通常の網膜光凝固ができる波長で,そのうえパターンスキャン機能が付加され,注目されるようになってきた.しかし,その問題点として,黄斑浮腫が減少する奏効機序が不明なうえ,凝固斑が出ないために凝固の指標がなく,その記録が不正確になることがあげられていた.そこで筆者らはマイクロパルス閾値下レーザーの奏効機序の解明のために,マイクロパルスレーザーと従来のレーザーでの遺伝子の発現の比較を行った.その結果,従来法に比較してマイクロパルスレーザーでは,成長因子に起因する反応やCp53downstreamに関与する遺伝子の発現が低く,従来法よりも糖尿病黄斑浮腫やアポトーシスの抑制に有利であることが示唆された24).次に,マイクロパルス閾値下レーザーでは凝固斑に対する指標がないことに対して検討を行った.従来法では,レーザーにより照射瘢痕が確認され,光干渉断層計(opticalcoherencetomography:OCT)上でのCellipsoidzoneも乱れるとされている.その一方,マイクロパルス閾値下レーザーでは凝固斑が見えないばかりか,OCTでも自発蛍光所見でも変化がみられない.そこで近年開発された偏光COCTを用いてその評価を行った.偏光COCTとは一言でいうと,偏光乱雑性を計測できる次世代COCTであり,メラニンによる偏光解消性,偏光乱雑性(entropy)を計測して,その結果,組織特性を可視化するものである.実際に糖尿病黄斑浮腫に対するマイクロパルス閾値下レーザーによるエントロピーの評価を偏光COCTを用いて行ったところ,網膜色素上皮層ではマイクロパルス閾値下レーザーの照射セクターでエントロピーが低下し,術後C6カ月では網膜変化率と網膜色素上皮層のエントロピー変化率に正の相関が認められた.以上のことにより,偏光COCTによるエントロピー測定は,今まで直接評価できなかったマイクロパルス閾値下レーザーによる網膜色素上皮の機能の変化モニタリングできる新たな指標となりうることが示された25).CVIII新しい光凝固装置NAVILASへの期待近年になり発売されたCNAVILASは,以下のような特徴をもつ.すなわち,マイクロパルス方式と同様に閾値下レーザーが施行可能で,治療計画を事前にプランニングし,高性能アイトラッキング機能により正確に照射ができ,その照射サマリーを電子カルテ上に残すことができる.前述したマイクロパルス閾値下レーザーでは,浮腫領域にC7C×7のパターン照射が行えるものの照射瘢痕が見えないため,隙間なく照射を行うのはよほど熟練した術者でも困難であった.それ対し,NAVILASによる閾値下レーザーはあらかじめ浮腫部位にプランニングしたうえで自動照射するために,瘢痕が残らなくても確実に照射でき,そのうえ照射サマリーも記録として残すことができるなどの特長がある.しかし,その一方で,網膜毛細血管瘤を凝固する際には二次元的には確実に凝固でき,黄斑近傍でも短時間照射により照射部の網膜感度の低下を引き起こさず凝固できる26)ものの,あくまでも二次元的でCZ軸方向の焦点合わせが不確実なことが懸念された.ただし,プランニングさえ行えば,術者によるレーザーの効果の差がなくなり,レーザーの熟練が不要になることが期待される.短時間凝固や閾値下レーザーを用いることにより,今まで黄斑浮腫に対する凝固の合併症として問題視されてきた凝固斑の拡大や癒合が過去のものになることも併せて期待されている.おわりに筆者が糖尿病眼合併症に対してどのように対峙してきたかを述べた.とくに糖尿病網膜症に対する網膜光凝固治療には力を入れてきたつもりである.最近では糖尿病黄斑浮腫の治療においては,網膜光凝固治療に比較して抗CVEGF薬の注射はその熟練度にかかわらず,一定の効果が得られるという点で医療の質として凌駕している.今後はCOCTや眼底写真などの画像情報から網膜光凝固術前に凝固場所や凝固条件を入力しておけば,術者の熟練度にかかわらず一定の効果が得られる網膜光凝固システムが開発されることを期待している.謝辞稿を終えるにあたり,以下の諸氏に感謝いたします(敬称略).増田寛次郎,新家眞,天野史郎,相原一,澤充,宮田和典,沼賀二郎,大鹿哲郎,福田雅俊,堀貞夫,山下英俊,北野滋彦,船津英陽,海谷忠良,杉田元太郎,大塚慎一,湯口琢磨,松村美代,安藤伸朗,佐藤幸裕,高野雅彦,植木麻理,DavidSpalton,福嶋はるみ,重枝崇志,白矢智靖,荒木章之,池上靖子,廣瀬晶,善本三和子,小関義之,吉筋正雄,GalinaDimitrova,茂木豊,林佳枝,戸田淳子,出田隆一,椎橋美予,戸塚清人,外山琢,杉本宏一郎,上田高志,丹治なほみ文献1)加藤聡,大鹿哲郎,船津英陽ほか:糖尿病病期と前房蛋白濃度.1.網膜症病期との相関.臨眼C43:1005-1008,C19892)加藤聡,大鹿哲郎,船津英陽ほか:糖尿病と前房蛋白濃度5.前房蛋白濃度の上昇と虹彩血管障害の関係.日眼会誌96:1000-1006,C19923)InoueK,KatoS,OharaCetal:Ocularandsystemicfac-torsCrelevantCtoCdiabeticCkeratoepithliopathy.CCorneaC20:C798-801,C20014)InoueCK,COkugawaCK,CKatoCSCetal:OcularCfactorsCrele-vantCtoCkeratoepitheliopathyCinCglaucomaCpatientsCwithCandwithoutdiabetesmellitus.JpnJOphthalmol47:287-290,C20035)GekkaM,MiyataK,NagaiYetal:CornealepithelialbarC-rierfunctionindiabeticpatients.CorneaC23:35-37,C20046)InoueCK,COkugawaCK,CAmanoCSCetal:BlinkingCandCsuper.cialCpunctuateCkeratopathyCinCpatientsCwithCdiabe-tesmellitus.EyeC19:418-421,C20057)MiyataCK,CKatoCS,CNejimaCRCetal:In.uencesCofCopticCedgeCdesignConCposteriorCcapsularCopacityCandCanteriorCcapsuleCcontraction.CActaCOphthalmolCScandC85:99-102,C20078)InoueCK.COkugawaCK,CKatoCSCetal:OcularCfactorsCrele-vantCtoCanti-glaucomatousCeyedrop-relatedCkeratoepitheli-opathy.JGlaucomaC12:480-485,C20039)DimitrovaCG,CKatoCS,CTamakiCYCetal:ChoroidalCcircula-tionindiabeticpatients.EyeC15:602-607,C200110)DimitrovaG,TamakiY,KatoSetal:Retobulbarcircula-tionCinCmyopicCpatientsCwithCorCwithoutCmyopicCchoroidalCneovascularisation.BrJOphthalmolC86:771-773,C200211)FukushimaCH,CKatoCS,CKaiyaCTCetal:E.ectsCofCsubcon-junctivalCsteroidCinjectionConCpostoperativeCintraocularCin.ammationCandCbloodCglucoseClevelCafterCcataractCsur-geryCinCdiabeticCpatients.CJCCataractCRefractCSurgC27:C1386-1391,C200112)KatoCS,CFukadaCY,CTanakaCYCetal:In.uenceCofCphacoe-mulsi.cationCandCintraocularClensCimplantationConCtheCcourseCofCdiabeticCretinopathy.CJCCataractCRefractCSurgC25:788-793,C199913)MiyataCK,CKatoCS,CNejimaCRCetal:In.uencesCofCopticCedgeCdesignConCposteriorCcapsularCopacityCandCanteriorCcapsuleCcontraction.CActaCOphthalmolCScandC85:99-102,C2007C14)SugitaM,KatoS,SugitaGetal:Migrationoflensepithe-lialCcellsCthroughChapticCrootCofCsingle-pieceCacrylic-fold-ableCintraocularClens.CAmCJCOphthalmolC137:377-379,C200415)EbiharaCY,CKatoCS,COshikaCTCetal:PosteriorCcapsuleCopaci.cationaftercataractsurgeryinpatientswithdiabe-tesmellitus.CJCataractRefractSurgC32:1184-1187,C200616)TodaCJ,CKatoCS,COshikaCTCetal:PosteriorCcapsuleCopaci.cationCafterCcombinedCcataractCsurgeryCandCvitrec-tomy.JCataractRefractSurgC33:104-107,C200717)ShirayaT,KatoS,ShigeedaT:In.uenceofayellow-tint-edCintraocularClensConCbeamCtransmittance.CActaCOphthal-mologicaC89:37-39,C201118)MurataH,KatoS,FukushimaHetal:CornealendothelialcellCdensityreduction:ACcomplicationCofCretinalCphotoco-agulationCwithCanCindirectCophthalmoscopyCcontactClens.CActaOphthalmolScandC85:407-408,C200719)ShirayaCT,CKatoCS,CShigeedaT:OptimalCareaCofCretinalCphotocoagulationCnecessaryCforCsuppressingCactiveCirisCneovascularisationCassociatedCwithCdiabeticCretinopathy.CIntCOphthalmol34:1115-1117,C201420)TotsukaK,KatoS,ShigeedaTetal:In.uenceofcataractsurgeryConCpupilCsizeCinCpatientsCwithCdiabetesCmellitus.CActaOphthalmologica90:e237-e239,C201221)ShirayaT,KatoS,ShigeedaTetal:ComparisonofburnsizeCafterCretinalCphotocoagulationCbyCconventionalCandChigh-powerCshort-durationCmethods.CActaCOphtahlmologi-caC92:e585-e586,C201422)ShirayaCT,CKatoCS,CArakiCFCetal:ComparisonCofCburnCsizesCresultingCfromCphotocoagulationCusingCaCtranspupil-laryClaserCandCaCanCendolaser.CActaCOphtahlmologicaC93:Ce595-e596,C201523)Aoyama-ArakiCY,CArakiCF,CShirayaCTCetal:ThoroughCperioperativeClaserCphotocoagulationCinCpreventionCofCneo-vascularCglaucomaCafterCvitrectomyCforCdiabeticCmacularCedema.IntJOphthalmolClinResC5:1-3,C201824)ShirayaCT,CArakiCF,CNakagawaCSCetal:Di.erentialCgeneCexpressionCanalysisCusingCRNAsequencing:retinalCpig-mentCepithelialCcellsCafterCexposureCtoCcontinuous-waveCandsubthresholdmicropulselaser.JpnJOphthalmol2022C66:487-497,C202225)UedaK,ShirayaT,ArakiFetal:Changesinentropyonpolarized-sensitiveCopticalCcoherenceCtomographyCimagesCafterCsubthresholdCmicropulseClaserCforCdiabeticCmacularedema:apilotstudy.PloSOne16:e0257000,C202126)IkegamiCY,CShirayaCT,CArakiCFCetal:MicroperimetricCanalysisCofCdiabeticCmacularCedemaCafterCnavigatedCdirectCphotocoagulationCwithCshort-pulseClaserCforCmicroaneu-rysms.IntJRetinaandVitreous,inpressC☆☆☆

総説:糖尿病の疫学

2024年5月31日 金曜日

あたらしい眼科41(5):531.536,2024c第28回日本糖尿病眼学会総会特別講演(内科)糖尿病の疫学EpidemiologyofDiabetesMellitus西村理明*I糖尿病患者数などの疫学データ1.2型糖尿病日本においては,平均寿命の延伸に加え,少子化による高齢者人口の割合の増加が止まらない.2型糖尿病は,高齢者での発症が多いため,厚生労働省の「令和元年(2019年)国民健康・栄養調査報告」による推定患者数は2017年までは増加傾向を示してきた(図1)1).2019年における「糖尿病が強く疑われる者」「糖尿病の可能性を否定できない者」は,それぞれ約1,000万人と推定されており,その合計は約2,000万人となる.つまり,現在の日本において,人口の約6人に1人は糖尿病である可能性がある.繰り返しになるが,高齢者においてその割合は高くなり,60歳以上の男性の約4人中1人が,女性では約7人中1人において「糖尿病が強く疑われる者」であると推定されている1).全世界の糖尿病患者の推定については,InternationalDiabetesFederation(IDF)の“IDFDiabetesAtlas2021”に推計が示されている2).全世界における20.79歳の糖尿病患者数は,2000年には約1億5,300万人と推計されていたが,2021年には5億3,700万人まで増加し,さらに2045年には7億人前後まで増加すると予想されている(図2)2).さらに,国別の全世界における20.79歳の推定糖尿病患者数の順位を表1に示す2).2021年と2045年の順位を比較すると,上位6カ国の順番には変化なく,中国,インド,パキスタン,米国,インドネシア,ブラジルの順番である.その中で増加率に着目すると,突出しているのは3位のパキスタンで,3,300万人が6,220万人まで倍増することが予想されている.一方,4位の米国は,3,220万人が3,630万人とその増加は1割強にとどまっている.米国以外の国における糖尿病患者の増加スピードならびに,その増加する絶対数は場合によっては,国家の命運を左右しかねないスケールとなりうる.2.1型糖尿病1型糖尿病については,その発症時点が比較的明確であることから,欧米を中心とした世界各国で0.14歳の年齢層を対象とした疫学調査が盛んに行われてきた.DiamondProjectGroupは,1990.1999年の世界57カ国112センターにおける14歳以下の1型糖尿病の発症率を調査し,国や地域により1型糖尿病の発症率が著しく異なることを明らかにした3).発症率は,欧州(とくに北欧)や中東において高く,日本を含めたアジア諸国では低い.14歳以下の年齢調整発症率(/10万人)の上位は,1位フィンランド:52.2,2位スウェーデン:44.1,3位クウェート:41.7である(表2a)2).ちなみに日本の発症率は約2であり,これらの国と比較して著しく低い.一方,19歳以下における患者の絶対数をみると,その上位は,1位インド:23万人,2位米国:16万人,3位ブラジル:9万人となり,その様相は大きく異なる(表2b)2).医療経済的な視点で1型糖尿病治療の持続可能性を評価する際に,この患者の絶対数は軽視できない指標である.日本における14歳以下の発症率(/10万人)について*RimeiNishimura:東京慈恵会医科大学糖尿病・代謝・内分泌内科〔別刷請求先〕西村理明:〒105-8461東京都港区西新橋3-25-8東京慈恵会医科大学糖尿病・代謝・内分泌内科0910-1810/24/\100/頁/JCOPY(59)5312,5002,0001,5001,0005000■糖尿病が強く疑われる者■糖尿病の可能性を否定できない者1997年2002年2007年2012年2016年2017年2018年2019年図1わが国の推定糖尿病患者数の推移(文献C1より引用)a2000~2021年b2025~2045年20212045202120152013201920172030204020352021201920062011201520172009201920112013202520102007200320032000KeyKey糖尿病患者数糖尿病患者数(100万人)2003(100万人)図2全世界の糖尿病患者数(20~79歳)の2000~2021年の推計(a)と2025~2045年までの見通し(b)は,小児慢性特定疾患治療研究事業(小慢事業)登録データを用いた報告がある.これによると,2005.2010年の発症率(/10万人)は,2.25(男児:1.91,女児:2.52)であった4).わが国における発症率(/10万人)のピークは,海外の報告と同様に思春期前後にある.男児はC13歳時でC3.3,女児はC10歳時でC3.8と,女児のほうが早いことも報告されている4).発症率の性差は地域により異なり,欧州においては男児で高く,アジアやアフリカでは女児で高い2).わが国からの報告でも,小児期発症例は女児に多いことが報告されている4).(文献C2より引用)CII糖尿病網膜症の患者数などの疫学データ世界における糖尿病網膜症の疫学データについて触れる.IDFが示した,世界の地域ごとの網膜症の有病率(図3)に着目すると,30%前後の地域と,10%台とされる地域に二分される5).30%前後の高リスク地域は,北米,カリブ諸島地域,アフリカ地域,中東および北アフリカ地域である.一方,西太平洋地域(日本もここに含まれる),東南アジア地域,ヨーロッパ地域,中央・南米地域では,10%台であることが示されている.そ表12021年と2045年における20~79歳の推定糖尿病患者数の上位10カ国2021年2045年順位国または地域患者数(1C00万人)順位国または地域患者数(1C00万人)C12345678910中国CインドCパキスタンC米国CインドネシアCブラジルCメキシコCバングラディシュC日本CエジプトC140.9C74.2C33.0C32.2C19.5C15.7C14.1C13.1C11.0C10.9C12345678910中国CインドCパキスタンC米国CインドネシアCブラジルCバングラディッシュCメキシコCエジプトCトルコC174.4C124.9C62.2C36.3C28.6C23.2C22.3C21.2C20.0C13.4(文献C2より改変引用)表21型糖尿病(0~14歳)の国別の発症率/10万人の上位10カ国(a),1型糖尿病(0~19歳)の国別の患者数の上位10カ国(b)a順位国または地域発症率/(0.1C4歳)(1C0万人あたり)C1フィンランドC52.2C2スウェーデンC44.1C3クウェートC41.7C4カタールC38.1C5カナダC37.9C6アルジェリアC34.8C7ノルウェーC33.6C8サウジアラビアC31.4C9英国C28.1C10アイルランドC27.5Cの詳細をみると,「視力を脅かす網膜症」の有病率が唯一C10%を超えているのは,アフリカのみで,実にC14%と報告されている(表3)5).他の地域がC10%未満であることを鑑みても,公衆衛生学的に,この地域に何らかの施策による介入を行う必要性があることに疑う余地がない.さらに,35の疫学研究のデータのレビュー論文〔対象者の合計:22,896人,年齢:58.1歳,糖尿病罹病期間:7.9歳,HbA1c8.0%,人種割合:白人C44.4%,アジア人C30.9%,ヒスパニックC13.9%,アフリカ系米国人C8.9%〕をみると,罹病期間がC20年を超えると,網膜症の年齢調整有病率/100はC1型糖尿病C86,2型糖尿病C52であること,「視力を脅かす網膜症」の年齢調整有病率/100はC1型糖尿病C47,2型糖尿病C26であることが示されている(表4)6).網膜症の具体的なリスクを示す疫学データを知ることにより,網膜症の定期的なスクb順位国または地域患者数(0.1C9歳)(千人)C1インドC229.4C2米国C157.9C3ブラジルC92.3C4中国C56.0C5アルジェリアC50.8C6モロッコC43.3C7ロシアC38.1C8ドイツC35.1C9英国C31.6C10サウジアラビアC28.9(文献C2より改変引用)リーニングがいかに大切かがより明確になる.Sabanayagamらは,地域調査により示された糖尿病網膜症の年間新規発症率に関して報告された値を,調査年に従ってC1980.2010年代まで年代別に並べてプロットし,2000年を境に明らかに減少傾向にあることを示した(図4)7).これは,糖尿病の治療法の進歩が明らかに貢献していることを示すデータと考えられる.CIII日本における糖尿病網膜症の現状日本における糖尿病網膜症の現状を示すデータに最後に触れる.1995.1996年にCJapanCDiabetesCComplicationsCStudy(JDCS)に登録されたC2型糖尿病C2,033例(平均年齢:58.2歳,平均罹病期間C9.8年,平均CHbA1c8.2%)の登録時の単純網膜症の有病率はC20.2%であった.この集団において,8年追跡したC1,221例の糖尿病網膜症の年表3世界の地域別でみた2020年時点における糖尿病網膜症,視力を脅かす糖尿病網膜症,臨床的に重要な糖尿病黄斑浮腫の有病率(%)と人数地域糖尿病網膜症視力を脅かす糖尿病網膜症臨床的に重要な糖尿病黄斑浮腫有病率(%)人数(1C00万人)有病率(%)人数(1C00万人)有病率(%)人数(1C00万人)CSEA16.99(14.13.20.28)14.95(12.42.17.81)3.53(2.45.5.05)3.15(2.15.4.44)2.30(1.44.3.67)2.08(1.26.3.22)CAfrica35.90(29.48.42.87)6.99(5.73.8.33)14.36(10.10.20.01)2.83(1.97.3.90)4.10(2.06.7.99)0.85(0.40.1.56)CEurope18.75(13.69.25.12)11.25(8.12.14.93)5.49(4.63.6.51)3.28(2.74.3.88)5.29(4.18.6.68)3.16(2.47.3.98)CMENA32.90(26.06.40.55)18.07(14.28.22.28)8.19(5.11.12.87)4.59(2.80.7.09)6.06(3.59.10.06)3.43(1.96.5.54)CNAC33.30(25.29.42.40)15.89(12.03.20.16)7.82(5.34.11.31)3.78(2.54.5.37)4.89(2.92.8.08)2.40(1.38.3.83)CSACA13.37(6.13.26.74)4.47(1.93.8.51)5.83(4.15.8.13)1.87(1.31.2.58)4.92(3.39.7.08)1.58(1.07.2.25)CWP19.20(14.16.25.50)31.50(22.97.41.56)5.54(4.53.6.76)9.06(7.36.11.03)3.23(2.26.4.59)5.37(3.68.7.47)CGlobal22.27(19.73.25.03)103.12(91.34.115.90)6.17(5.43.6.98)28.54(25.12.32.34)4.07(3.42.4.82)18.83(15.82.22.32)MENA=中東と北アフリカ,NAC=北アメリカとカリブ諸島,SACA=南・中央アメリカ,SEA=東南アジア,Wp=西太平洋.データは数値(95%信頼区間)で表示.(文献C5より引用)NACEUR有病率:有病率:33.30%18.75%人数(100万人):C人数(100万人):C15.89C11.25MENA有病率:32.90%人数(100万人):C18.07WP有病率:19.20%人数(100万人):C31.50SACASEA有病率:AFR有病率:13.37%有病率:16.99%人数(100万人):C4.47C35.90%人数(100万人):C人数(100万人):C14.956.99DR,inmillionsAFR=アフリカ,EUR=ヨーロッパ,MENA=中東と北アフリカ,NAC=北アメリカとカリブ諸島,SACA=南・中央アメリカ,SEA=東南アジア,WP=西太平洋.図3世界の地域別でみた2020年時点における糖尿病網膜症の有病率ならびに人数(文献C5より引用)間発症率はC3.83%であったと報告されている8).はC22.0%で,増殖前網膜症C5.6%,光凝固療法の既往がさらに,より近年のC2007.2009年に登録された症例4.4%であることが示されている(JDCP研究では増殖網を対象としたCJapanDiabetesComplicationanditsPre-膜症の症例は登録対象外)9).JDCPはC8年間にわたる対CventionprospectiveCstudy(JDCP)において,2型糖尿象症例の追跡も終了しており,網膜症に関する年間発症病患者C5994例(平均年齢:61.4歳,平均罹病期間C10.8率やリスク因子についての報告が待たれる.年,平均CHbA1c7.4%)の登録時の単純網膜症の有病率4.47C31.50C表4同様の方法と網膜症の定義を使用した研究データに基づいた糖尿病の病型別・罹病期間別に示した糖尿病網膜症の年齢調整有病率糖尿病の病型罹病期間(年)イベント数人数年齢調査有病率/1C00(95%信頼区間)相対危険度*(95%信頼区間)CAnyDRI型<1C0C456C20220.53(C18.73.22.34)1.38(C1.19.1.59)I型10to<2C0C794C62455.55(C51.34.59.76)2.43(C2.19.2.69)I型C20+1,026C91486.22(C85.07.87.37)2.69(C2.47.2.93)II型<1C0C6,291C1,19218.11(C17.91.18.31)C1.0II型10to<2C0C1,908C92051.10(C49.53.52.66)2.06(C1.91.2.23)II型C20+726C42452.15(C51.12.53.19)2.45(C2.24.2.68)CPDRI型<1C0C458C100.37(C0.31.0.43)0.90(C0.44.1.86)I型10to<2C0C803C14119.46(C16.38.22.53)6.72(C4.70.9.61)I型C20+1,052C44340.36(C39.60.41.12)15.33(C11.29.20.80)II型<1C0C6,749C781.06(C1.02.1.10)C1.0II型10to<2C0C2,049C1376.92(C6.41.7.42)4.32(C3.16.5.91)II型C20+788C13915.13(C14.64.15.63)9.79(C7.14.13.43)CDMEI型<1C0C399C130.55(C0.48.0.63)0.59(C0.32.1.07)I型10to<2C0C587C9112.27(C11.43.13.1)2.50(C1.77.3.52)I型C20+877C20117.31(C16.83.17.8)4.83(C3.71.6.30)II型<1C0C7,286C2303.07(C2.99.3.16)C1.0II型10to<2C0C2,255C27711.94(C11.42.12.47)3.22(C2.68.3.87)II型C20+857C14316.47(C15.93.17.01)4.56(C3.67.5.67)CVTDRI型<1C0C456C200.74(C0.65.0.82)0.85(C0.52.1.38)I型10to<2C0C804C17814.29(C13.61.14.97)3.97(C3.08.5.12)I型C20+1,054C51847.2(C46.38.48.03)8.69(C7.10.10.63)II型<1C0C6,315C2183.37(C3.28.3.47)C1.0II型10to<2C0C1,894C30116.14(C15.41.16.87)3.73(C3.10.4.49)II型C20+735C20925.95(C25.26.26.65)6.27(C5.14.7.65)CAnyDR=すべての糖尿病網膜症,PDR=増殖網膜症,DME=糖尿病黄斑浮腫,VTDR=視力を脅かす糖尿病網膜症.*年齢(20.79歳を連続変数として),人種(5カテゴリー),高血圧(有/無),HbA1c(5カテゴリー),研究にて補正.(文献C6より引用)C252000年以前2000年以降発症率(%)20151050WESDR<30,1984-86WESDRa30,1984-86SanLuis,1988-92ARIC,1996DISS,1994BISED-I,1992-97SN-DREAMS-II,2007-11BES,2011Beixlinjing,2012SIMES,2011-13SINDI,2013-15LALES,2004-08BISED-II,1997-2003Nakurustudy,2012-14アメリカアジアアメリカ他の地域図41980~2010年代の地域調査で示された糖尿病網膜症の年間発症率を調査年ごとにプロットした図文献1)厚生労働省:令和元年国民健康・栄養調査報告.https://Cwww.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/Ckenkou/eiyou/r1-houkoku_00002.html2)InternationalCDiabetesFederation:IDFCDiabetesCAtlas.CTenthCEdition.Chttps://diabetesatlas.org/idfawp/resource-.les/2021/07/IDF_Atlas_10th_Edition_2021.pdf3)KarvonenM,Viik-KajanderM,MoltchanovaEetal:Inci-denceCofCchildhoodCtypeC1CdiabetesCworldwide.CDiabetesMondiale(DiaMond)ProjectCGroup.CDiabetesCCareC23:C1516-1526,C20004)Onda,Y,SugiharaS,OgataTetal:Incidenceandpreva-lenceCofCchildhood-onsetCTypeC1CdiabetesCinJapan:theCT1Dstudy.DiabetMedC34:909-915,C20175)TeoCZL,CSugiharaCS,COgataCTCetal:GlobalCprevalenceCofCdiabeticCretinopathyCandCprojectionCofCburdenCthrough2045:systematicreviewandmeta-analysis.Ophthalmolo-gyC128:1580-1591,C20216)YawJW,RogersSL,KawasakiRetal:GlobalprevalenceandCmajorCriskCfactorsCofCdiabeticCretinopathy.CDiabetesCCareC35:556-564,C20217)SabanayagamCC,CBanuCR,CCheeCRCetal:IncidenceCandCprogressionCofCdiabeticretinopathy:aCsystematicCreview.CLancetDiabetesEndocrinol7:140-149,C20198)KawasakiCR,CTanakaCS,CTanakaCSCetal:IncidenceCandCprogressionCofCdiabeticCretinopathyCinCJapaneseCadultswithtype2diabetes:8yearfollow-upstudyoftheJapanDiabetesComplicationsCStudy(JDCS)C.CDiabetologiaC54:C2288-2294,C20119)KawasakiCR,CKitanoCS,CSatoCYCetal:FactorsCassociatedCwithCnon-proliferativeCdiabeticCretinopathyCinCpatientsCwithCtypeC1CandCtypeC2diabetes:theCJapanCDiabetesCComplicationCandCitsCPreventionCprospectivestudy(JDCPstudy4)C.DiabetolIntC10:3-11,C2019☆☆☆

内因性眼内炎(細菌・真菌)

2024年5月31日 金曜日

内因性眼内炎(細菌・真菌)EndogenousEndophthalmitis(BacterialandFungal)河越龍方*はじめに眼内炎は外因性と内因性に分けられる.外因性では内眼手術後,穿孔性眼外傷,涙.炎や角膜感染の波及によるものがある.内因性では他臓器原発の感染が血行性に転移して発症する.内因性の場合,細菌性では肝膿瘍や心内膜炎など,真菌性では中心静脈栄養(intravenoushyperalimentation:IVH)カテーテルなどによって起こる.眼科的所見では飛蚊症,視力低下,充血,眼痛をきたしうる.眼症状は内因性のなかでも細菌性では急性の経過をたどることが多く,一方真菌性では数日~数週をかけて症状が悪化する亜急性の経過をたどる.全身症状として発熱,CRP上昇,WBC(白血球)増加をきたしうる.糖尿病,透析患者,担癌患者,ステロイド使用など易感染性のものに生じやすい.内因性眼内炎では全身状態が悪いこともあり,意識障害がある状態や認知機能低下例では発見が遅れが次いで,角膜や強膜が融解していると眼球摘出や眼球内容除去術が必要となることもある.一方,術後眼内炎では健常者が多く,術後定期診察をするため,また,術後C1週間以内に発症することが多く診断が比較的容易であるため,眼球摘出までになることは少ないと考えられる.ただし,外因性眼内炎でも緑内障などで視機能が著しく落ちている眼で,たとえば線維柱体切除術の既往がある場合などにおいては,気づくのが遅れて眼球摘出になる例も存在する.内因性眼内炎は外因性眼内炎と比べて頻度は低く,まとまった数の報告は多くはない.原因微生物は外因性ではグラム陽性球菌が多いが,内因性ではCKlebsiellapneumoniaeなどが多く,また外因性では少ない真菌感染が起こる.真菌感染のC9割がカンジダ属(C.albicansによるものが多い)であり,多くはCIVHが原因となる.原因病原体の種類は,抗生薬の使用や治療法の変化,培養検査の感度,静脈内薬物乱用の頻度,あるいは民族による感受性違いからなのか,時代や地域によって大きな差がある.今後,予後に関しては硝子体手術の普及などにより変わってくると予想される.本稿では,まず,内因性眼内炎の後ろ向き症例対象研究についてこれまでの報告をレビューし,その後診断と治療について概説する.治療に関してはまだ明らかなエビデンスがないことも多く,私見が入ることをご容赦願いたい.CI疫学Guptaらによる,英国でのC1999年~2012年の調査1)では,47例の眼内炎のうち,81%が術後,11%が硝子体注射後,6%が内因性,2%が外傷性であった.つまり,眼内炎全体のC90%以上が術後眼内炎であり,内因性眼内炎は頻度として少なかった.秦野らが報告したわが国の多施設における検討(1988年までのC5年~20年の間)ではC280例C323眼を調べている2).内因性はC88例(31.4%)131眼であった.細菌学的確定診断率はC28.2%であった.内因性ではグラム*TatsukataKawagoe:埼玉医科大学医学部眼科学教室〔別刷請求先〕河越龍方:〒350-0495埼玉県入間郡下呂山町下呂本郷C38埼玉医科大学医学部眼科学教室C0910-1810/24/\100/頁/JCOPY(51)C523陰性菌がもっとも多くC14株(45%)で,そのうちCKlebC-siellapneumoniaeが5株,E.coliがC4株であった.真菌がC9株のCCandidaを含むC11株(35%),グラム陽性菌がC6株(19%)で,計C31株分離された.一方,外因性ではコアグラーゼ陰性ブドウ球菌(coagulaseCnegativeStaphylococci:CNS)などのグラム陽性菌が多く,グラム陰性菌と真菌は少なかった.内因性眼内炎に限って,細菌性と真菌性の前房と硝子体液の培養陽性率を比較すると,細菌性はC19/25(76%)なのに対して真菌性は11/28(39%)であり,真菌の分離率は低かった.Wongらはシンガポールにおける内因性眼内炎C27例32眼(1994年~1997年)について報告している3).19例(70%)はグラム陰性菌で,Klebsiellapneumoniaeは16例(60%)であった.肝胆道系感染はC13例(48%)であった.患者のC2/3に基礎疾患を有しており,糖尿病が46%と多かった.9例(28%)のみがC20/120あるいはそれ以上の視力を保つことができたが,2眼は眼球摘出と眼球内容除去術となった.Nishidaらは,日本人の内因性細菌性眼内炎C21例C27眼(2002年~2013年)に関して報告している4).90.5%において血液,眼内液,その他から培養で検出され,グラム陽性菌はC76.2%,グラム陰性菌はC19.0%であった.52.3%で黄色ブドウ球菌(そのうちC72.7%がメチシリン耐性)であって,真菌感染はいなかった.17例(81.0%)で眼外感染病巣が特定され,3例(14.3%)で感染性心内膜炎,2例(9.5%)で肺炎,2例(9.5%)で軟部組織(皮膚および創傷)感染症,2例(9.5%)で腹膜炎,2例(9.5%)でカテーテル関連感染症,2例(9.5%)で外傷(頭部および腎臓)が特定された.そのほか,肝膿瘍,尿路感染症,熱傷,腰筋膿瘍がそれぞれC1例であった.残りC4例は感染源が特定できなかった.最終視力は,44%でC0.5以上,64%でC0.1以上,36%がC0.1未満であった.3眼で眼球摘出が行われ,2眼で眼球癆となった.硝子体内注射と硝子体手術では,視力予後に差がなかった.SilpaらはタイにおけるC36例C41眼(2005年~2015年)について報告しており5),肝膿瘍(19%),尿路感染症(19%)が原因の上位であった.グラム陰性菌(49%),グラム陽性菌(44%),真菌(7%)であった.全症例のうち,KlebsiellapneumoniaeがC26.8%,次いでCStrepto-coccusagalactiaeがC15%で多かった.感染源は,肝膿瘍(19%)と尿路感染(19%)が多かった.肝膿瘍のC80%はCKlebsiellapneumoniaeが原因であった.初診時の視力と炎症の度合いが予後に影響した.Choらは,2006年~2013年発症のC60例の米国人と48例の韓国人の計C108例C128眼の内因性眼内炎について調べている6).グラム陽性菌は,米国人C44.8%,韓国人C21.3%であり,米国人に多かった.グラム陰性菌は米国人C3%,韓国人C44.3%で韓国人に多かった.Klebsi-ellapneumoniaeは韓国人のC37.7%でみられた.肝膿瘍が原因のものは米国人にはみられず,韓国人ではC33.3%にみられた.真菌性眼内炎は,細菌性眼内炎よりも視力予後が良好であった.硝子体手術は視力予後に関与はしなかったが一部の強毒菌においては有効と考えられた.Bjerrumらは,2000年~2016年のデンマークにおけるC50例C59眼の内因性眼内炎について報告している7).皮膚潰瘍C18%,心内膜炎C12%などが原因であった.患者背景は糖尿病(36%)と癌(26%)が多かった.63%が血液か硝子体で病原微生物が判明し,連鎖球菌と黄色ブドウ球菌が多く,KlebsiellapneumoniaeとCCandidaalbicansは少なかった.他の米国やドイツの報告と比ベてカンジダが少なかった.最終視力は,0.1以下がC62%,0.5以上がC26%,0.1以上は8%であった.Gounderらは西オーストラリア地域における,2000年~2015年の間の内因性眼内炎C57例C66眼を報告している8).尿路感染(28%),肺炎(23%),心内膜炎(21%)であった.培養陽性患者C53例のうち,35%がグラム陽性菌(黄色ブドウ球菌C10例),20.8%がグラム陰性菌(Klebsiellapneumoniae,9例),35.8%が真菌(Candi-daCalbicans,7例)であった.検体の培養陽性率は,硝子体(34/52例,65%),血液(22/51例,43%),前房水(1/11例,9%)であり,全体でC53例(93%)が培養陽性となった.視力はC33眼(50%)で改善し,15眼(22.7%)で低下した.硝子体手術はC66眼中C29眼(44%)で行われたが,視力予後とは相関しなかった.10例C10眼(18%)で眼球内容除去か眼球摘出が行われた.Hsiehらは,台湾におけるC2007年~2017年の,70例C83眼の培養が陽性になった内因性眼内炎を報告して524あたらしい眼科Vol.41,No.5,2024(52)いる9).もっとも多かった感染源は腹腔内膿瘍(N=36,43.37%)で,次いで尿路感染であった.背景因子としてC2型糖尿病が多かった(N=53,63.86%).原因病原体はグラム陰性菌(77.11%),グラム陽性菌(14.46%),真菌(8.43%)であった.陰性菌のなかでもCKlebsiellapneumoniaeがC44例(53.01%)と多かった.真菌はC7例中6例がCCandidaalbicansであった.7例を除き,抗菌薬の全身投与に加え,ただちにテイコプラニンとセフタジジムの併用などの硝子体内注射がC3.03C±2.27回行われた.硝子体手術はC39眼に施行された.指数弁以上視力を残せたものがC34.94%,6眼(7.23%)は眼球摘出か眼球内容除去術になった.肝膿瘍と尿路感染を比較すると肝膿瘍で視力予後が悪かった.硝子体手術と視力予後は相関がなかった.初期の視力が視力予後と相関した.Todokoroらは多施設におけるC25例C32眼の内因性眼内炎(2009年~2014年)について報告している10).培養陽性率は,房水(28.6%),硝子体(62.5%),血液(57.1%),中心静脈カテーテル(100%)であった.12例(48.0%)で糖尿病がみられた.多いものから黄色ブドウ球菌10例(うちCMRSA4例),KlebsiellaCpneumoniae7例であった.すべてのグラム陽性菌でバンコマイシンに感受性があった.すべてのグラム陰性菌において第C3世代セファロスポリン,イミペネム,ゲンタマイシン,レボフロキサシンに感受性があった.Klebsiellapneumoniaeとグラム陰性菌は視力予後不良因子であった.抗生物質硝子体内注射はC19眼(58.8%)で行われた.硝子体手術はC32眼中C14眼(43.8%)で行われた.最終視力がC0.2よりよかったのはC19例(59.4%)であった.2眼(6.3%)に眼球摘出あるいは眼球内容除去が行われた.抗生物質硝子体内注射および硝子体手術は,視力予後とは関連しなかった.Ishikawaらにより,日本人を対象としたC2010年~2019年多施設研究でのC314例C350眼の細菌性眼内炎が報告されている10).外因性と内因性眼内炎の比較を行っている.外因性はC242眼(69.1%),内因性はC108眼(30.9%)であった.ほかの研究に比べて内因性眼内炎の比率が高かった.Klebsiellapneumoniaeの記載はないが,真菌の記載はあり,真菌C20例中C7例は外因性であった.眼痛,毛様充血は外因性のほうが強かった.2群間での最終視力予後に差はなかった.KuoらによりC2008年~2015年の台湾におけるC175例の内因性眼内炎に関して報告されている12).44%において感染源が明らかで,24.6%が肝膿瘍であり,またCKlebsiellapneumoniaeがもっとも多い原因菌(34.4%)であった.175例中C90例で培養陽性であった.グラム陽性菌はC23株で,Coagulase-negativeCStaphylococcusが多かった(6/23,26.1%).グラム陰性菌はC48株で,CKlebsiellapneumoniaeが多く(31/48,64.6%),次いで緑膿菌(11/48,22.9%)であった.真菌はC15株でCCan-didaalbicansが多かった(6/15,40.0%).細菌性よりも真菌性のほうが視力予後良好であった.グラム陰性菌が硝子体から検出された群は培養陰性の群よりも眼球摘出が多かった.硝子体内抗生物質の使用は非使用群と比べて眼球摘出のリスクが低かったため,早期の硝子体内抗生物質治療により,眼球摘出を避けられる可能性があるとしている.硝子体手術と眼球摘出のリスクには相関がなかった.初診時の視力と治療後の視力は相関した.北村らは,2013年~2022年に内因性眼内炎と診断されたC13例C14眼に対する後ろ向き検討を行った13).7例が細菌性,2例が真菌性,4例が起因菌不明であった.原因が明らかになったC9例の内訳は,G群レンサ球菌(GroupCGStreptococcus:GGS),メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(mechicillin-resistantCStaphylococcusCaure-us:MRSA),化膿レンサ球菌(Streptococcuspyogenes)がそれぞれC1例,メチシリン感性黄色ブドウ球菌(meti-cillin-susceptibleCStaphylococcusaureus:MSSA),CKlebsiellapneumoniae,CandidaalbicansがそれぞれC2例であった.患者背景としては,悪性腫瘍治療中C3例,敗血症治療中C6例,免疫抑制中C2例,糖尿病C1例であった.内因性眼内炎の視力予後は一般的に不良と考えられているが,本研究でも術後に視力が改善したのはC4眼のみであった.内因性眼内炎においては,視力予後は細菌性よりも真菌性のほうが良好であると報告されているが,細菌性でも視力予後がよかったものもいて,必ずしもそうとはいえないとしている.また,以前の報告でグラム陰性菌は視力予後が不良とされているが,本研究でもCKlebsiellapneumoniaeによる内因性眼内炎の予後は不良であった.(53)あたらしい眼科Vol.41,No.5,2024C525受診黄斑,視神経乳頭に病変が及んでいる全身抗菌薬投与,点眼で様子をみる*全身状態が悪く手術ができない場合には,抗菌薬+ポビドンヨードの硝子体内投与も検討する**ニューキノロン,セフタジジム,バンコマイシン図1内因性眼内炎診断治療フローチャート(私見)白内障手術灌流なしで硝子体生検1ml程度採取*抗菌薬とポビドンヨード入り灌流液につなぎ替える**硝子体手術(シャンデリア照明を用いて可能な限り硝子体除去,水晶体後.開窓)抗菌薬硝子体注射***,トリアムシノロン硝子体注射,トリアムシノロンTenon.下注射*:培養・鏡検に提出,真菌を疑うならb-Dグルカンも検査.**:BSS500mlにバンコマイシン10mg,セフタジジム20mg,10%ポビドンヨード1.25mlをいれる.BSS内でポビドンヨードは失活するので使用直前に混注する,30分たったら新しい灌流液に変える.真菌性の場合は,BSS500mlにフルコナゾール10mgなど.***:バンコマイシン1.0mg/0.1ml,セフタジジム2.0mg/0.1ml.真菌性の場合は,フルコナゾール100μg/0.1mlなど.図2硝子体手術の流れ(私見)・中心窩に大きな病巣があり抗真菌薬が著効しない時・初診時すでに高度の硝子体混濁あるいは網膜.離がある時とされている.硝子体手術の流れを図2に示した.比較的高齢であることが多い,術中透見の改善,術後白内障が進むといった理由で,手術は基本的に水晶体再建術も併用する.術中セフタジジムとバンコマイシンを用いる(セフタジジムはグラム陽性菌,陰性菌に広い抗菌スペクトラムをもち,バンコマイシンはグラム陽性菌には強いが陰性菌には効かない).またポビドンヨードも用いる17).ポビドンヨードは灌流液にC0.025%になるように調整する.BSS内では還元されて殺菌効果が薄まるため,30分以上経ったら新たに調整したC0.025%BSSと交換する.局所麻酔あるいは全身麻酔に耐えられず,硝子体手術がどうしても施行できない際には抗生薬硝子体投与のほかに,ポビドンヨードの硝子体投与も有効である可能性がある.田中らによると,全身状態不良の内因性眼内炎患者(黄色ブドウ球菌)に対し,1.25%ポビドンヨード0.1Cml硝子体内注射施行し改善し,硝子体手術が施行できない際の代替ともなりうるとしている18).ポビドンヨードは細菌だけでなく真菌に対しても強い殺菌効果を示すことが知られているが,真菌性眼内炎への有効性については,ウサギを用いた報告がCLeeらによりなされている19).Candidaalbicans眼内炎モデルにおいて,ボリコナゾール,ポビドンヨード,ボリコナゾールとポビドンヨード併用の硝子体内注射を試行し比較している.ボリコナゾールとポビドンヨードは同等の効果を示し,ボリコナゾールとポビドンヨード併用ではその相乗効果は認めなかったとしている.真菌性眼内炎においてもポビドンヨードを硝子体手術の灌流液に添加することの有効性が示唆される.C2.抗菌薬(細菌)細菌性の眼内炎に対する点滴は,一般的に眼内に移行性のよいカルバペネム系であるイミペネムやメロペネムを投与されることが多い.カルバペネム系薬剤はCb-ラクタム系の広域スペクトルをもつ抗生薬である.多剤耐性菌ではカルバペネム系に耐性をもつものもあり,硝子体検体などを用いた薬剤感受性の確認は重要である.バンコマイシンは全身投与による眼内移行は悪いとされており20),Ferenczらによると,バンコマイシンの静脈注射は硝子体内では有効濃度には達せず,硝子体注射がよいとしている21).Huervaらによると,バンコマイシン点眼でも前房内濃度は有効濃度に達し,4時間後には有効濃度以下になることから,2時間ごとの点眼がよいとしている22).以上よりバンコマイシンは点滴ではなく点眼で投与されていることが通常である.硝子体手術においては硝子体腔への薬剤の移行をよくするために後.は切開する.C3.抗菌薬(真菌)真菌性眼内炎に対する抗真菌薬の使用は,まずは全身投与が基本である.感受性と眼内移行性を考え薬剤選択をする.『深在性真菌症の診断・治療ガイドライン2014』14)に非常に詳しく記載されているため参照していただきたい.菌種不明の際にはフルコナゾールが第C1選択薬として用いられる.すでに菌種と感受性が判明している際には標的治療を行う.C4.術後炎症抑制ウサギ眼内炎モデル(表皮ブドウ球菌)において,バンコマイシン,バンコマイシン+トリアムシノロン硝子体内投与,生理食塩水硝子体内投与のC3郡に分けて,その予後比較をした報告がある23).その結果,トリアムシノロンを用いた群で組織破壊が少なかったという結果が出ている.この結果をもとに,筆者は硝子体手術の最後にトリアムシノロンを硝子体内,さらにCTenon.下にも注射している.術後炎症を抑えたいが,外因性の場合と異なり,内因性の場合は原発病変がある,全身状態が悪いといった理由で全身性のステロイド投与はできないことも多い.このことが予後にどの程度影響しているか今後検討の余地がある.CIII出血性閉塞性網膜血管炎白内障手術後に予防的にバンコマイシンを投与された患者のなかで,まれではあるが出血性閉塞性網膜血管炎(hemorrhagicCocclusiveCretinalvasculitis:HORV)を528あたらしい眼科Vol.41,No.5,2024(56)起こすことが知られている(米国では白内障手術終了時に眼内炎予防のために抗生薬,とくにバンコマイシンを前房内投与して終わることが多いため報告が多い).2014年に白内障術後C2例C4眼において閉塞性血管炎を起こしたことが報告され24),バンコマイシンの前房内投与が疑わしいとされた.2015年にはC6患者C11眼の白内障手術時バンコマイシン投与後のCHORVが報告された25).術後C1日~14日後に無痛性の視力低下をきたし,全例に全身および局所のステロイド治療が行われ,7眼に新生血管緑内障が生じ,全例に抗血管内皮増殖因子(vascularCendothelialCgrowthfactor:VEGF)薬硝子体投与か汎網膜光凝固(panretinalCphotocoagulation:PRP)が行われた.8眼で最終視力がC0.2以下になった.2018年には,白内障手術終了時の抗生薬前房内投与に関するメタ解析の結果が報告され26),セフロキシム,モキシフロキサシン,バンコマイシンを比較した際に,バンコマイシンにおいてのみ発症を認めている.細菌性眼内炎の硝子体手術においては,バンコマイシンを術中灌流液に入れて用い,また,術最後に硝子体注射を行う.眼内炎では元々ある低度の閉塞性網膜血管炎を起こしていることも多く,術中にバンコマイシンを使用したことが原因でCHORVを起こしたかどうかは判断がつきにくい.眼内炎で炎症細胞が大量に浸潤している眼内では,まれとされているCHORVが生じやすくなることも予想される.術後,眼底透見できるようになれば蛍光造影検査を試行し,無血管領域の確認,およびその後のCPRPや抗CVEGF薬の使用が必要になる患者も一定数あるのではないかと推測する.筆者も眼内炎術後に異常な血管周囲の出血があると,HORVなのかどうか悩むことがある.HORVを考えるとバンコマイシンはなるべく使用したくないが,薬剤感受性試験でセフェム系やカルバペネム系抗生薬に耐性を示す菌も眼内炎で散見する.Nishi-daらの報告によると内因性眼内炎でもCMRSAが多く検出されている4).失明を避けるためには,多剤耐性菌も対象とし,バンコマイシンを使ったエンピリックセラピーも仕方ないのではないかと考えるが,感受性結果からほかの薬剤が使えるならば途中変更するべきであろう.投与前に他科で薬剤感受性結果が示されており,ほかの抗生薬を使用できる際には,むやみにバンコマイシンを使わないようにすべきである.バンコマイシンに替わる抗生薬(諸外国ではテイコプラニンなどを使用することもあるようである),あるいはさらに積極的な術後のポビドンヨード使用など,新たな治療法の開発が待たれる.文献1)GuptaCA,COrlansCHO,CHornbyCSJCetal:MicrobiologyCandCvisualCoutcomesCofCculture-positiveCbacterialCendophthal-mitisCinCOxford,CUK.CGraefeCArchCClinCExpCOphthalmolC252:1825-1830,C20142)秦野寛,井上克洋,的場博子ほか:日本の眼内炎の現状─発症動機と起炎菌─.日眼会誌95:369-376,C19913)WongCJS,CChanCTK,CLeeCHMCetal:EndogenousCbacterialendophthalmitis:anCeastCAsianCexperienceCandCaCreap-praisalCofCaCsevereCocularCa.iction.COphthalmologyC107:C1483-1491,C20004)NishidaT,IshidaK,NiwaYetal:Aneleven-yearretro-spectiveCstudyCofCendogenousCbacterialCendophthalmitis.CJOphthalmol:261310,C20155)Silpa-ArchaS,PonwongA,PrebleJMetal:Culture-pos-itiveendogenousCendophthalmitis:anCeleven-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猫ひっかき病

2024年5月31日 金曜日

猫ひっかき病Cat-scratchDisease溝渕朋佳*福田憲*はじめに猫ひっかき病(cat-scratchdisease:CSD)はグラム陰性桿菌であるCBartonellahenselae(B.henselae)やCBartonellaquintana(B.quintana)などのCBartonella属菌が原因で罹患する人獣共通感染症である.日本ではCSDの推定発生率は少なくとも年間C1万例と考えられている1).CSDはC1950年にCDebreらが初めて報告し,1970年にはCCSDに伴う視神経網膜炎が報告されている.1992年にCBartonella属菌が原因であることが判明して以降,血清学的診断が可能となり,それ以降報告が増加した.Bartonellaの抗体価が測定できるようになり,Leber特発性星芒状視神経網膜炎の患者のなかに一定数CSDが原因と考えられる患者が含まれていることが明らかとなった.本稿ではCBartonella感染に伴う後眼部病変について概説する.CIBartonellaの感染経路とCSDの臨床像Bartonella属菌は猫による咬傷や引っかき傷,もしくはネコノミ(Ctenocelhalidesfelis:C.felis)を介して感染する.ノミの排泄物を介してネコから人へCB.Chense-laeが伝播し,猫の引っかき傷や咬傷によって生じた皮膚擦過傷にノミの排泄物が取り込まれることにより感染する.若い猫や野良猫は,高齢猫や飼い猫よりもCBar-tonellaに感染しやすい.猫におけるCB.henselae抗体の保有率は,高温多湿の地域で高く,9月からC1月にかけてCB.henselaeのCIgMおよびCIgG抗体の陽性率が高値であることが知られている.CB.henselaeの人から人への感染はこれまで報告されていないが,輸血が原因と推察されるCCSDが報告されている.さらにブラジルやチリからの報告では,健常人から献血された血液のCB.ChenselaeDNAを測定したところ,それぞれC23%,13%で陽性であったとしている2).B.henselaeは細胞内寄生菌であり,赤血球や内皮細胞の内部に生息するが,献血の赤血球ユニットにCB.henselaeを接種すると,献血の保存期間であるC35日間以降にもCB.henselaeが存在したことも報告されている.したがって,今後輸血がバルトネラの感染経路の一つとなる可能性も考えられる.CSDは比較的若年者に多く発症し,季節性や地域差が報告されている.季節としては秋から冬に多いことが知られており3),これは春の繁殖時期を経て生後約半年の子猫がCB.henselaeの菌血症のリスクがもっとも高く,CC.felisの生息数も秋にかけて増えるためと考えられている.筆者らが経験したCCSDにおいても,29例中C24例がC9.12月に発症していた.また,高温多湿の地域に多く,わが国では東日本よりも西日本で猫の保菌率が高い.CSDの典型例では感染の数日後にその部位の丘疹・膨疹が生じ,1.2週間後に所属リンパ節の腫脹が出現する.全身倦怠感・関節痛・頭痛などの風邪様症状が生じるが,多くは自然軽快する.発熱は患者のC1/3.1/2にみられる.非典型的な重症例が約C10%程度存在し,*TomokaMizobuchi&KenFukuda:高知大学医学部眼科学講座〔別刷請求先〕福田憲:〒783-8505高知県南国市岡豊町小蓮C185-1高知大学医学部眼科学講座C0910-1810/24/\100/頁/JCOPY(45)C517長期間の発熱,肝脾腫,感染性心内膜炎,骨髄炎,脳炎,眼病変などを生じる.非典型例でもっとも多いのが眼病変で約2.5%で生じる1).CIICSDの眼病変Bartonella感染による眼病変には,前眼部病変(結膜炎・Parinaud眼腺症候群)と後眼部病変がある4).日本では結膜炎はC2.1%,後眼部病変はC5.2%に生じる1).米国では毎年約C2万C4,000人がCCSDを経験すると推定されており,後眼部病変とCParinaud眼腺症候群は,それぞれこれらの患者のC1.2%,2.5%にみられる.米国ではCParinaud眼腺症候群のほうが後眼部病変よりも多いが,日本ではその逆である.これらのCCSDの眼合併症の発生率に日米間で実際に差があるのか,あるいは未診断例による見かけ上の差なのかは明らかでない.後眼部病変は片眼性が多いが,両眼性に生じることもある.全身症状の発現から数日.2週間後に始まることが多く,軽症例では自覚症状はないが,重症例では視力低下や種々の視野障害などを自覚して受診する.眼病変を生じる患者は全身症状が重症な例が多く,自験例では9割近くの患者で発熱していた5,6).CSDに伴う後眼部病変は,大きく視神経網膜炎と限局性網脈絡膜炎に分類される.また,網膜血管閉塞症,黄斑円孔などを併発する症例も報告されている.後眼部病変を伴うCCSDの自験例C23例C28眼では,視神経網膜炎がC18眼(64%)・16例(70%),限局性網脈絡膜炎はC10眼(36%)・7例(30%)であった.片眼性が多いが(18例,78%),両眼性もC5例(22%)にみられた5,6).眼底所見別に頻度を調べると,視神経乳頭腫脹C68%,漿液性網膜.離C55%,星芒状白斑(macularstar)61%,網膜出血C65%,白色の網脈絡膜浸潤病変C86%と,もっとも頻度が高い病変は白色の網脈絡膜浸潤病変であった5,6).米国でのC24例のCCSDによる後眼部病変においても,白色の網脈絡膜浸潤病変がもっとも頻度が高い所見であった7).C1.視神経網膜炎視神経網膜炎は,視神経乳頭腫脹と視神経乳頭周囲の漿液性網膜.離・網膜浮腫を認める病型である(図1a).漿液性網膜.離・網膜浮腫の軽減に伴い黄斑部の網膜外網状層に脂質が蓄積して生じる星芒状白斑を呈するのが特徴である(図1b).また,白色の網脈絡膜浸潤病変や網膜出血などの所見もみられる.フルオレセイン蛍光造影(.uoresceinangiography:FA)では,早期から視神経乳頭や視神経乳頭周囲の毛細血管の拡張が認められ,後期では視神経乳頭からの蛍光漏出を認める.光干渉断層血管撮影(opticalcoherencetomographyangi-ography:OCTA)は,視神経乳頭周囲の毛細血管拡張が検出できる.患者は視神経・黄斑の病変の重症度によって視力低下や種々の視野異常を自覚して受診する.初診時の視野検査では中心暗点,傍中心暗点あるいはMariotte盲点の拡大などを呈する.C2.限局性網脈絡膜炎視神経病変を伴わず網脈絡膜炎のみを呈するものが,限局性網脈絡膜炎に分類される(図2,3).黄斑部に病変がない場合は視力低下などの自覚症状は乏しく,不明熱の原因精査目的で眼科を受診して診断に至ることもある(図2).白色の浸潤病巣は網膜上から脈絡膜病変までさまざまな場所に生じ,網膜表層C30%,網膜深層C49%,網膜全層C14%,脈絡膜7%に生じると報告されている7).網膜表層の病変は時間経過とともに瘢痕を残さず消失するが,網膜深層や全層,脈絡膜病変は瘢痕化することが多い.FAでは,周囲が輪状の過蛍光で囲まれ中央が低蛍光のCblackcenterがみられることがあり,眼トキソプラズマ症との鑑別がむずかしいケースがある.C3.網膜血管閉塞症CSDに伴う網膜血管閉塞は,動脈閉塞症・静脈閉塞症ともに若年者の報告例が複数ある.網膜病変による直接的な網膜動脈の圧迫や,細菌が血管内皮細胞に侵入することによって血栓形成因子が働き網膜動脈を閉塞させるなどの原因が考えられている.筆者らもC21歳の網膜動脈分枝閉塞症を経験した(図4).健康な若年者の網膜血管閉塞症を診断した場合にはCCSDも鑑別診断の一つにするとよい.518あたらしい眼科Vol.41,No.5,2024(46)図1CSDに伴う視神経網膜炎a:初診時は視神経乳頭の発赤腫脹,視神経乳頭周辺から黄斑部にかけて漿液性網膜.離,白色の網膜浸潤および網膜出血を認める.光干渉断層計(OCT)では乳頭周囲の神経網膜の肥厚と漿液性網膜.離が認められる.Cb:抗菌薬およびステロイド内服で加療したC2週間後,視神経乳頭の腫脹と漿液性網膜.離は軽減し,黄斑部にはCmacularstarがみられる.OCTではCmacularstarは網膜の外網状層に高輝度の沈着物として観察される.(文献C5より転載)図2CSDに伴う限局性網脈絡膜炎5歳,女児.2週間前からの抗菌薬で軽快しない発熱で小児科に入院中,不明熱の原因精査で眼科に紹介された.左眼に不整形の白色の網膜浸潤病巣がみられ,CSDの診断につながった.図3眼トキソプラズマ症に類似したCSDに伴う網膜病変限局性網脈絡膜炎の症例で,後極部に二つの白色の網膜病変を認める(Ca).FAでは造影早期には周囲が輪状の過蛍光で囲まれる,中央が低蛍光のCblackcenterとよばれる像がみられる(Cb).造影後期には病巣部全体が過蛍光となった(Cc).(文献C5より転載)d図4CSDによる限局性網脈絡膜炎に伴う網膜動脈分枝閉塞症21歳,男性.2週間続く発熱と左耳前リンパ節腫脹があり,視野欠損を自覚し受診した.眼底検査で右眼の耳下側に網膜出血を伴う虚血性の網膜浮腫を認め(Ca),両眼に白色の網膜浸潤を認める(Ca,b).FAでは,右眼耳下側の網膜動脈分枝閉塞がみられる(Cc).白色の網膜浸潤部分はCOCTで網膜の肥厚がみられる(Cd).(文献C5より転載)CSDの診断においてもっとも重要なことは,眼底病変・全身症状からまずCCSDを疑い問診することである.猫や犬のペット飼育歴に加えて野良猫やノミとの接触歴を問う.確定診断は血清学的診断で行うことが多い.血清のCB.henselaeやCB.quintanaのCIgMおよびCIgG抗体価を測定する.単一血清で①CIgM抗体価がC20倍以上,②CIgG抗体価がC512倍以上,ペア血清で③CIgG抗体価がC4倍以上上昇した場合に確定診断となる.わが国では,血清学的検査は保険適用外であること,検査が米国で行われ,結果の判明までC2週間程度の時間を要することが,広く普及していない原因と思われる.日本では健常者のCB.ChenselaeIgGの陽性率が1.25%との報告があり,診断にあたっては注意が必要である.上述のとおり,現在,日本で検査オーダーしたCB.henselaeの抗体価は米国で測定されている.米国で行われている間接蛍光抗体法は米国の標準株(Houston-1株)を使用しているが,日本でのCCSD患者における陽性率は日本の猫由来のCB.henselae株を用いた間接蛍光抗体法のほうが感度が高い可能性も報告されている.今後日本のCB.henselae株を用いた検査法の開発と保険収載が望まれる.また,眼科では施行がむずかしいが,リンパ節生検からCPCR法でバルトネラCDNAを証明することで診断も可能である.また,Parinaud眼腺症候群では,結膜の病変部にCWarthin-Starrysilver染色陽性の桿菌が観察されており,結膜擦過物をCPCR法を行うことでCB.henselaeDNAを検出し診断することも可能である.培養を用いたCB.henselaeの同定は,細菌の増殖速度が遅く困難である.CIV治療CSDは自然治癒傾向がある疾患のため,抗菌薬療法に関するプロスペクティブ対照研究はアジスロマイシンを用いた少数例のC1件しか報告されておらず,エビデンスのある治療法は確立されていない.したがって,CSDに伴う後眼部病変に対するエビデンスのある治療法はない.Bartonellaは細胞内寄生菌であり,抗菌薬としてはマクロライド系(アジスロマイシン,エリスロマイシン),テトラサイクリン系(ドキシサイクリン),ニューキノロン系(シプロキサン),リファンピシンなどを用いた治療が報告されている.前述のとおり血清学的診断が確定するまでに時間を要するため,筆者らは初診時より治療を開始することが多い.視機能障害がないか軽度の患者,もしくは漿液性網膜.離が軽度で星芒状白斑がみられる患者など,治癒過程にあると考えられる場合は経過観察としている.視機能障害は軽度だが,発熱などの全身症状を呈している場合は抗菌薬(アジスロマイシン)の全身投与を行う.視機能が著しく障害されている場合には,抗菌薬とステロイドの全身投与で治療を行う.筆者らは,マクロライド系抗菌薬(アジスロマイシン)とステロイド(プレドニン)内服をC0.5Cmg/kg程度で加療を開始し,漸減している.ステロイドの全身投与については,抗菌薬単独の全身投与よりも抗菌薬と併用で投与することにより視力予後がよいとする報告と,抗菌薬投与のみと比較しても視力予後には関係しないという報告がある.CSDにおける視力予後は比較的良好であり,筆者らが経験した視神経網膜炎の患者では全例で視力の改善を認めた5,6).限局性網脈絡膜炎や網膜動脈分枝閉塞症の患者では黄斑部に病変がなければ視力は低下しない.しかし,視神経網膜炎の重症例では,治療により視野障害は改善するものの,傍中心暗点やCMariotte盲点の拡大は残存する患者が多い.CSDの予防法としては,猫との接触,とくに子猫の野良猫との接触を避けることがもっとも有効である.飼い猫の場合にはCBartonella感染を予防するワクチンは存在しないため,猫との接触後の手洗い,猫の清潔を保つ,野良猫やほかの猫との接触を最小限にする,などを心がけるとよい.おわりにCSDは診断に至らず見逃されている患者も多いと思われるが,眼病変から疑うことで少しでも早期に診断・治療介入できる可能性がある.視神経網膜炎のみならず,白色の網脈絡膜浸潤病変もCCSDを疑うべき眼底所見であり,これらの所見がみられる患者においては野良猫などの接触歴などについて問診を詳細に行うことが重(49)あたらしい眼科Vol.41,No.5,2024C521

眼トキソプラズマ症

2024年5月31日 金曜日

眼トキソプラズマ症OcularToxoplasmosis長谷敬太郎*はじめに眼トキソプラズマ症は,トキソプラズマ原虫CToxo-plasmaCgondiiによる眼内感染症である.ぶどう膜炎を引き起こす代表的な人獣共通感染症である.不顕性感染が多く,日本でも年齢を経るとともに多くなり高齢者の約C30%がトキソプラズマ抗体価陽性である1).妊婦のトキソプラズマ抗体保有率は全体でC10.3%と報告されている2).2016年度のぶどう膜炎の疫学調査では,全ぶどう膜炎のC0.9%を占める3).先天感染と後天感染に大きく分類される.先天感染は,妊婦の初感染に伴い胎盤を介して胎児に感染することで発症する.後天感染は,加熱不十分な食肉やネコの糞便で汚染された水や土壌を介して感染することで発症する.CI感染経路トキソプラズマ原虫の終宿主はネコであり,ネコの糞便中に原虫.胞体が排出される.ネコの糞便やそれに汚染された土壌中の.胞体,さらにはそれらを摂取したブタ・ニワトリなどの感染動物の生肉を食べることにより,この.胞体が経口的に摂取されるとヒトに感染する.海外では,後天感染による本疾患が多く確認されている地域がある.たとえば,ブラジルではぶどう膜炎原因疾患の第C1位(全ぶどう膜炎のC24%)4),オランダでは後部ぶどう膜炎原因疾患の第C1位(後部ぶどう膜炎の42%)5)となっている.これは生肉入りの料理や,肉そのものを生で食べる習慣があることが深くかかわっている.また,先天感染では,トキソプラズマ症に初回感染した妊娠中の母親から経胎盤的に胎児に感染する.原虫は血行性に眼に移行し,網膜に感染病巣を作ることで発症する.CII全身症状後天感染において免疫異常のない健常人では,ほとんどの場合は無症状であり,時にリンパ節腫脹を伴う発熱や感冒様症状がみられる程度である.したがって,無治療で経過することが多い.しかし,免疫不全患者に感染した場合には劇症化して中枢神経へ浸潤し,死に至ることがある.妊婦に初感染した場合は,胎児に原虫の栄養体が感染し,死産や流産だけではなく,重篤な脳脊髄炎(脳水腫・脳内石灰化・精神運動発達遅滞)を発症することがある.CIII眼所見先天感染では両眼性に病変が生じることが多く,黄斑部を主座として瘢痕性病巣(中心部に灰白色の線維性増殖組織と黒褐色の色素沈着が混在)がある(図1).一部の患者で,陳旧性病巣の近傍に滲出性網膜病巣を伴った再発を生じる(娘病巣).随伴症状として眼球振盪,小眼球,瞳孔膜遺残,硝子体動脈遺残,斜視などがみられる.後天感染では,陳旧性病巣を伴わず,眼底周辺部に限局性網脈絡膜炎(白色または灰白色の境界不鮮明な滲出*KeitaroHase:北海道大学大学院医学研究院眼科学教室〔別刷請求先〕長谷敬太郎:〒060-8638北海道札幌市北区北C15条西C7丁目北海道大学大学院医学研究院眼科学教室C0910-1810/24/\100/頁/JCOPY(37)C509図2眼トキソプラズマ症(後天感染)a:眼底周辺部に限局性の白色滲出性病巣を認める.b:OCT図1眼トキソプラズマ症(先天感染)では,網膜の層構造が破壊され,高反射の病巣(★)が認めらCa:黄斑部に黒褐色の網膜色素上皮細胞の増殖と灰白色のグリれる.ア細胞増殖から成る境界明瞭な陳旧性瘢痕病巣を認める.b:光干渉断層計(OCT)では,網膜の全層に及ぶ菲薄化,網膜色素上皮の菲薄化,破壊像,脈絡膜菲薄化などを認める.-眼底写真FA網膜静脈相(0分43秒)FA網膜静脈相(1分33秒)FA造影後期相(10分13秒)図3眼トキソプラズマ症(後天感染)の眼底写真(a)とフルオレセイン蛍光造影(FA)所見(b~d)FAでは初期から病巣周囲に過蛍光を認め,中央は蛍光ブロックを示すCblackcenterとよばれる所見を呈する.時間が経つとともに病巣中央部に蛍光染色がみられ,後期にはその蛍光染色が著明となる.IA脈絡膜静脈相(5分22秒)IA消退相(20分16秒)図4図3の症例のインドシアニングリーン蛍光造影(IA)所見(図3の患者)初期から後期まで低蛍光を示す.表1トキソプラズマ網膜炎の分類基準(SUNWorkingGroup)1.限局性もしくは微小な壊死性網膜炎病巣がある(*)かつ2もしくはC32.トキソプラズマ感染の証明a.前房水もしくは硝子体液でトキソプラズマのCPCR検査陽性もしくはb.血清トキソプラズマCIgM抗体陽性もしくは3.特徴的な眼所見a.高度な色素沈着かつ/もしくは萎縮性の網脈絡膜瘢痕(トキソプラズマ性瘢痕)かつ(bもしくはc)b.円形もしくは楕円形の網膜炎病巣c.急性再発性(発作性)の経過*免疫不全のない患者における「活動性のある」網膜炎病巣のことをさす.免疫不全のある患者では,多巣性の網膜炎もしくはびまん性の壊死性網膜炎であることがある.瘢痕病巣はC5個以上のこともある.除外基準C1.トキソプラズマCIgGとCIgM抗体ともに陰性(ただし,前房水もしくは硝子体液でトキソプラズマのCPCR検査陽性である場合を除く)C2.梅毒血清反応検査で陽性C3.眼内液の単純ヘルペスウイルス,水痘帯状疱疹ウイルス,サイトメガロウイルスのいずれかがCPCR検査で陽性(ただし,免疫不全,1回以上の感染を示す形態学的証拠,トキソプラズマ網膜炎の特徴的な所見,眼内液検体でトキソプラズマCPCR検査陽性,がある場合を除く)(文献C11より改変引用)図5治療後の眼底写真(図3の患者)白色の滲出性病巣は消退し,瘢痕化している.トメガロウイルス陽性であれば診断がつく.患者背景として後天性免疫不全症候群(acquiredCimmunnode.ci-encysyndrome:AIDS)や血液悪性疾患など免疫不全をきたす基礎疾患を有する場合が多い.C3.サルコイドーシスろう様網脈絡膜滲出斑や陳旧病巣である斑状の網脈絡膜萎縮がみられる.そのほかに,雪玉状硝子体混濁や網膜静脈周囲炎がみられる.鑑別のためには,採血で血清アンジオテンシン変換酵素(angiotensinCconvertingenzyme:ACE)や可溶型インターロイキン(interleu-kin:IL)-2レセプターの上昇がないか,胸部CX線や胸部CCTで縦隔肺門リンパ節腫脹がないかを確認することが有用である.C4.急性網膜壊死網膜動脈炎が急速に進行し,おもに網膜周辺部から滲出斑(壊死病巣)が生じ,顆粒状.斑状の白色病巣が経過とともに円周状に癒合拡大する.進行とともに硝子体混濁が出現する.網膜壊死部が網膜裂孔となり網膜.離を発症する頻度が高い.免疫抑制状態ではない健常人に発症する.眼内液のCPCRで,単純ヘルペスウイルスや水痘帯状疱疹ウイルスが検出される.C5.眼内リンパ腫眼底の黄白色網膜下病変やベール状硝子体混濁を認め,硝子体中の細胞はぶどう膜炎による炎症細胞より大型の細胞を認めることがある.確定診断には硝子体生検を行い,病理検査(細胞診,セルブロック法など),サイトカイン測定(IL-10/IL-6比),免疫グロブリン重鎖(immunoglobulinCheavychain:IgH)あるいはCT細胞受容体(Tcellreceptor:TCR)の遺伝子再構成,フローサイトメトリーの結果から総合的に診断する.C6.眼トキソカラ症頻度が高い周辺部腫瘤型では,周辺部網膜の白色隆起性病変を生じ,病変周囲に網膜血管炎や濃い局在性の硝子体混濁がみられる.イヌ回虫もしくはネコ回虫の幼虫や虫卵が網脈絡膜に侵入することで起きる.眼トキソプラズマ症と同様に,生肉食の既往がないか問診することが大事である.血液中の抗トキソカラ抗体の上昇,とくにCIgMの上昇がある場合に診断できる.C7.真菌性眼内炎初期には網脈絡膜の白色円形の病巣として現れ,次第に多発性となり硝子体混濁を伴ってくる.後期になると硝子体混濁は進行し,羽毛状の硝子体混濁(fungusball)を生じる.AIDS,悪性腫瘍,移植術後などの免疫抑制状態や,中心静脈カテーテル留置の患者に発症する.血清や硝子体検体中のCb-D-グルカン値,カンジダ抗原,アスペルギルス抗原の測定,また硝子体サンプルで塗抹標本を作製し,PAS染色やCGrocott染色を行って真菌の同定を行う.C8.結核性ぶどう膜炎脈絡膜結核腫や脈絡膜粟粒結核では黄白色の病変を網膜下(脈絡膜)に認めることがある.ただし,もっとも多い臨床所見は網膜静脈炎で,網膜出血や血管の白鞘化を認める.硝子体混濁や硝子体出血を認めることがある.結核性ぶどう膜炎が疑われた場合は,喀痰検査,胸部CX線検査,胸部CCT検査,結核インターフェロンCc遊離試験(T-SPOT.TBまたはCQuantiferonTBゴールドプラス)を行い,結核菌の同定とともに活動性肺結核の病変がないかを調べる.文献1)矢野明彦,青才文江,野呂瀬一美:日本におけるトキソプラズマ症(矢野明彦編).九州大学出版会,20072)SakikawaM,NodaS,HanaokaMetal:Anti-ToxoplasmaantibodyCprevalence,CprimaryCinfectionCrate,CandCriskCfac-torsinastudyoftoxoplasmosisin4,466pregnantwomeninJapan.CClinVaccineImmunol19:365-367,C20123)SonodaCKH,CHasegawaCE,CNambaCKCetal:EpidemiologyCofCuveitisCinJapan:aC2016CretrospectiveCnationwideCsur-vey.JpnJOphthalmolC65:184-190,C20214)GonzalezCFernandezCD,CNascimentoCH,CNascimentoCCCetal:UveitisCinCSaoCPaulo,Brazil:1053CnewCpatientsCinC15Cmonths.OculImmunolIn.ammC25:382-387,C20175)SmitCRL,CBaarsmaCGS,CdeCVriesCJCetal:Classi.cationCofC750CconsecutiveCuveitisCpatientsCinCtheCRotterdamCEyeCHospital.IntOphthalmolC17:71-76,C19936)SugitaCS,COgawaCM,CInoueCSCetal:DiagnosisCofCocularC514あたらしい眼科Vol.41,No.5,2024(42)-

今,増えている⁉ 梅毒性ぶどう膜炎

2024年5月31日 金曜日

今,増えている!?梅毒性ぶどう膜炎NowontheRise!?SyphiliticUveitis朝蔭正樹*はじめに梅毒性ぶどう膜炎はスピロヘータ属のCTreponemapallidumの感染に伴う汎ぶどう膜炎を呈する疾患である.本病原体は体系的な感染を引き起こすため,眼を含む全身に影響を及ぼすことがある.本稿では疫学・治療法とともに多彩な臨床所見について述べる.CI疫学わが国において梅毒性ぶどう膜炎はぶどう膜炎の原因疾患のC0.5%程度と多くはない1).一方,厚生労働省の統計では梅毒自体の発生数は年々増加傾向にあり,2022年にはC1万人/年以上と報告されている.男女別にみると男性のほうが多く,年代は若年から中年層まで幅広く分布している.一方,女性ではC20代での発症が多い傾向にある(図1)2).梅毒患者自体が増加しており,2009年の統計ではぶどう膜炎の原因疾患のC0.4%3)であったが,2016年の統計ではC0.5%と増加しており,梅毒性ぶどう膜炎を診察する機会が今後増える可能性がある.CII臨床症状・検査所見1.眼所見梅毒性ぶどう膜炎で特徴的な所見としては急性梅毒後部プラコイド絨毛網膜障害(acuteCsyphiliticCplacoidchorioretinitis:ASPPC)が有名である(図2)4,5).しかし,それ以外にも硝子体混濁(図3a),視神経乳頭の発赤と腫脹(図3b),動静脈炎(図4a)など多彩な眼所見を呈することがあり,臨床所見は多岐にわたる.また,蛍光造影検査ではCBehcet病でよくみられる羊歯状の蛍光漏出(図4b)を示す例も存在するため,ASPPC以外の眼所見のみで梅毒性ぶどう膜炎と診断することは困難である.C2.眼外症状前述したように,梅毒性ぶどう膜炎は多彩な眼所見を示すため,ぶどう膜炎患者を診察する際にまずは梅毒の可能性を疑うことが重要である.梅毒を疑った場合には眼外症状にも注目する必要がある.梅毒の病期は暴露からC1カ月前後(遅くともC90日以内)に陰部などの侵入門戸に丘疹や潰瘍を形成し,硬性下疳などの典型的所見を呈する第C1期,第C1期の症状出現からC4.10週後に全身にバラ疹が出現する第C2期(図5),ゴム腫瘍や脊髄癆など臓器病変が進行した第C3期に大別される.梅毒性ぶどう膜炎は早期神経梅毒に分類され,第C1期と第C2期のいずれでも発症しうるため,受診時の病期決定のためには全身所見が重要になる.第C1期の症状は患者が自覚しにくく,発症部位が陰部に多いこともあり,発見は困難なことが多い.一方,必ず出現するわけではないが,皮疹であれば診察室でも確認することは可能である.暗室での診察が多い眼科診療だが,照明をつけて手掌などの皮疹を確認することは診断の一助になる可能性がある.*MasakiAsakage:東京医科大学臨床医学系眼科学分野〔別刷請求先〕朝蔭正樹:〒160-0023東京都新宿区西新宿C6-7-1東京医科大学臨床医学系眼科学分野C0910-1810/24/\100/頁/JCOPY(33)C505a(件)12,00010,0008,0006,0004,000■男性■女性b■男性■女性(件)2,5003,6582,0002,7171,5007,0852,4162,2551,9655,2611,8951,0004,5911,3864,3873,9313,9023,1895002,0000(歳)図1梅毒患者の報告数の推移(a)および年代別の報告数(b)※C2021年は第C1.52週,2022年はC10月C8日時点集計値(暫定値),2022年は第C1.44週,2022年は11月C9日時点集計値の報告を対象.(文献C1より改変引用)図2ASPPCの眼底写真とOCTa:眼底写真では黄斑部から乳頭部にかけて灰白色病変を認める.b:OCTでは灰白色病変に一致した網膜下液が存在し,elipsoidzoneは途絶し,網膜色素上皮が隆起している.図3梅毒性ぶどう膜炎の眼底写真a:アーケード血管の透見も困難なほど濃厚な硝子体混濁を伴う梅毒性ぶどう膜炎.b:視神経疾患を疑うような視神経乳頭の発赤と腫脹がみられる.図4梅毒性ぶどう膜炎の蛍光眼底造影検査a:静脈からの蛍光漏出があり,静脈炎があることがわかる.b:aとは別の症例ではあるが,一見CBehcet病を想起するような羊歯状の蛍光漏出を認める.表1STS法とTP法の結果と解釈STSCTP解釈陰性陰性梅毒陰性,もしくは初期梅毒陽性陰性生物学的偽陽性,もしくは初期梅毒陰性陽性梅毒治癒後,もしくは初期梅毒陽性陽性梅毒感染図5梅毒に伴うバラ疹前腕から手掌にかけて発疹を認める.

結核性ぶどう膜炎

2024年5月31日 金曜日

結核性ぶどう膜炎TuberculousUveitis松宮亘*I結核の疫学1.歴史結核の歴史は古く,紀元前3000年頃の古代エジプトのミイラから結核病巣が確認され,さらにイスラエルでは9000年前の人骨から結核菌のDNAが同定されている.このように長い年月にわたり世界中で結核感染の報告がなされているが,近代ではとくに18世紀後半に始まった産業革命による社会変化に伴って結核の蔓延が生じ,欧米諸国に急速に広がっていった.日本でも明治以降の産業革命による人口集中により,結核は日本国中に蔓延した.とくに死亡率は明治末,大正,昭和初期にピークであったとされる.日本では1951年に結核予防法が制定され,結核の予防・治療・患者の保護に関する法的な枠組みが確立された.また,結核予防のためBCGワクチンの接種が1951年から開始され,乳幼児を中心に全国的な予防接種プログラムが展開された.その結果,1970年代まで結核罹患率は順調に減少を続けていた.しかし,80年代に入って減少率が鈍化し,さらに逆転増加傾向を示したことから,当時の厚生省は1999年に「結核緊急事態宣言」を発出し,再度結核対策を強化することとなった.新規結核患者は1999年には4万3,818人(対人口10万人罹患率32.4)であったが,2000年には4年ぶりに減少して3万9,384人(同31.0)となり,その後も減少を続け,2021年にはついに1万1,519人(同9.2)となって他の先進国の水準に近づき,初めて日本が「結核低蔓延国」(WHOの基準で対10万の罹患率が10.0以下)となった.最新の情報では2022年の結核罹患率(対人口10万人)は8.2であり,前年と比べ1.0の減少となっている.日本の結核罹患率は,米国など他の先進国の水準に年々近づき,近隣アジア諸国に比べても低い水準にまで改善してきている.一方で,結核患者の高齢化や罹患率の地域格差の問題には注意が必要である.また,2020年からの結核罹患率の減少については,新型コロナウイルス感染症の影響があるとも考えられており,今後の結核罹患率の推移を見守る必要がある.また,世界的にみると結核患者は増加の傾向にあり,世界保健機関(WHO)は1993年に結核非常事態宣言を発表し,全世界に結核対策の強化をよびかけた.WHOが中心となって結核感染危険率などに基づいて推定した世界の結核患者新規発生数は,1990年には753万7,000人,2006年には915万7,000人,2016年には1,040万人と増加が続いている.罹患者はインドを筆頭に,インドネシア,中国,フィリピン,パキスタン,ナイジェリア,南アフリカ共和国などで多く,とくにこれら7カ国の罹患者が世界全体の6割以上を占めている.日本でも2022年の集計では,外国生まれの新登録結核患者の割合が11.9%と前年の11.4%から0.5ポイントの増加となっており,輸入感染症としても引き続き警戒が必要である.*WataruMatsumiya:神戸大学医学部眼科学教室〔別刷請求先〕松宮亘:〒650-0017神戸市中央区楠町7-5-2神戸大学医学部眼科学教室0910-1810/24/\100/頁/JCOPY(27)4992.疾患結核の原因菌は結核菌(Mycobacteriumtuberculosis)であり,第2類感染症に指定されている.結核感染の主要な感染様式は飛沫核感染(空気感染)であり,結核患者から生じた感染性飛沫核が接触者の口から侵入し,気道を通って肺の末梢まで到達し,肺胞マクロファージに貪食されて感染が成立する.感染成立後,さらに肺の状態が悪化するか,もしくは血行性に全身に広がって粟粒結核を発症する状態を「一次結核症」とよぶ.しかし,多くの場合に細胞性免疫の確立によっていったん菌は封じ込められ,活動性結核として発病していない状態となり,この状態を「潜在性結核感染」とよぶ.潜在性結核を有する人々の5.15%において将来的に菌が再び増殖し発病するとされており,これを「二次結核症」とよぶ.感染から二次結核症の発病までの期間はさまざまであり,数カ月から長いときは20年以上となることもある.罹患臓器については,肺結核が約77%,肺外結核が73%である.肺以外の罹患臓器でもっとも多いのは胸膜,次いでリンパ節,腸,脊椎,腹膜の順に多い.他臓器と比較すると眼の罹患率は低いが,過去に結核療養所の患者1万524人を対象とした研究では,全対象患者のうち1.4%で結核による眼合併症を発症したと報告されている1).II結核性ぶどう膜炎の診断と治療1.疾患結核性ぶどう膜炎はぶどう膜炎全体の0.9%程度と比較的まれな疾患ではある2).一方で結核性ぶどう膜炎の臨床表現型は多岐にわたり,さまざまなぶどう膜炎をよく模倣しており,ぶどう膜炎の鑑別疾患としても大変重要な疾患である.結核性ぶどう膜炎の特徴について炎症部位の分類で述べると,前部ぶどう膜炎では虹彩結節(Koeppe結節,Busacca結節)や虹彩後癒着,豚脂様角膜後面沈着を呈するような肉芽腫性ぶどう膜炎が特徴である.中間部ぶどう膜炎では,軽度.中等度の硝子体炎症を伴い,硝子体中の雪玉状混濁や周辺部網膜の血管周囲炎,網膜脈絡膜肉芽腫を認めることがある.一方,後部ぶどう膜炎および汎ぶどう膜炎はもっとも多く,結核性ぶどう膜炎の9割以上の患者が後眼部炎症を有していると報告されている.とくに日本でもっとも多い後眼部所見は網膜血管炎であり,ついで硝子体混濁,網膜滲出斑と報告されている3).結核の網膜血管炎は閉塞性網膜静脈炎が特徴で,アジア人に多いとされる(図1,2).一方,世界的には脈絡膜結核腫や匐行性脈絡膜炎が代表的な後眼部所見とされるが,日本での頻度は低い.脈絡膜結核腫は,腫瘍と見まがうような大きな脈絡膜病変(>4mm)を特徴とするが,対照的に脈絡膜粟粒結核の結節は1/6.2/3乳頭径の境界不明瞭な小黄色病変で,眼底後極に複数生じることが多い(図3).結核性ぶどう膜炎の原因は依然として明らかになっていないが,多様な病像のなかには結核菌の直接侵入によって起こる病変のほか,前述の結核菌構成蛋白質に対するアレルギー反応によって起こる病変もあると考えられ,反復し再燃する前部ぶどう膜炎や網膜血管炎などが,その機序によるとされている.鑑別診断は,肉芽腫性ぶどう膜炎を呈するサルコイドーシスがもっとも重要であるが,そのほかにもBehcet病,Vogt・小柳・原田病,トキソプラズマ性網脈絡膜炎,眼トキソカラ症,梅毒性ぶどう膜炎,眼内悪性リンパ腫,転移性脈絡膜腫瘍など多岐にわたる.2.検査と診断結核性ぶどう膜炎はさまざまな臨床表現型を呈するgreatimitatorとして知られているように,眼所見のみで確定診断を行うことは困難である.そのため,診断法としては眼科所見を基にツベルクリン反応検査,インターフェロンc遊離試験(interferon-gammareleaseassays:IGRA),X線検査などの一般検査の結果を基に総合的に判断する必要がある.ツベルクリン反応検査は結核感染の診断法として有用であり,BCGワクチン接種の評価にも用いられてきた.ツベルクリン反応検査に用いられる精製ツベルクリンは,結核菌の培養液を加熱滅菌後,菌が分泌した300種類以上の蛋白質を部分精製して得られる.患者が結核菌に感染していると,ツベルクリン蛋白質抗原の皮内注射によって,局所に発赤と硬結を伴う遅延型アレルギー反応を惹起する.実際には,精製ツベルクリン0.5μg500あたらしい眼科Vol.41,No.5,2024(28)図1閉塞性網膜血管炎を呈する結核性ぶどう膜炎a:眼底写真.視神経乳頭発赤,乳頭周囲の輪状硬性白斑,多数の網膜血管の白鞘化を認める.b:フルオレセイン蛍光造影の合成写真.血管炎を反映して,網膜血管上に多数の結節性蛍光漏出を認める.耳側周辺部は広範な無還流領域を認め,閉塞性血管炎を呈する.図2網膜静脈分枝閉塞症を伴った網膜血管炎を呈する結核性ぶどう膜炎a:眼底写真.上方の後極から赤道部にかけて刷毛状およびしみ状網膜出血を認める.一部網膜血管は白鞘化しており,上方には白色塊状の硝子体混濁を認める.b:フルオレセイン蛍光造影.血管炎を反映して,網膜血管上に複数の結節性蛍光漏出を認める.後極はびまん性の淡い蛍光漏出を伴うが,一部無還流領域を認める.図3脈絡膜粟粒結核を呈する結核性ぶどう膜炎a:後極から赤道部にかけて多発する黄白色の脈絡膜結節を認める.b:黄斑部上方の黄白色の脈絡膜病変を通るOCT水平断にて,円形の脈絡膜低輝度領域()を認める.bc図4結核性ぶどう膜炎患者のツベルクリン検査結果a:ツベルクリン溶液の皮内注射直後().b,c:ツベルクリン溶液の皮内注射後48時間時点.硬結および二重発赤を認め,発赤径は52mm×38mmで,強陽性と判断された.

HTLV-1感染による後眼部病変

2024年5月31日 金曜日

HTLV-1感染による後眼部病変PosteriorSegmentLesionsCausedbyHTLV-1Infection鴨居功樹*はじめにヒトCT細胞白血病ウイルスC1型(humanCT-cellCleu-kemiavirustype1:HTLV-1)感染症は現在,世界的に注目を集めている感染症である.世界でC3,000万人以上,日本には先進国のなかでもっとも多いC100万人前後のCHTLV-1感染者が存在すると推定されている.近年,オーストラリアの先住民族であるアボリジニの成人の約半数がCHTLV-1に感染していることが明らかになり1),世界保健機関(WorldCHealthOrganization:WHO)は,HTLV-1感染症を全世界で取り組むべき感染症として,Technicalreportを発表した.また,後述する筆者らの発見などを契機にして,WHOは,HTLV-1感染症を性感染症(sexuallyCtransmittedinfections:STI)として分類し,重点的に取り組むことを決定した.現在,各国において大規模な研究資金が本感染症に投入され,調査研究が活発になっている2).HTLV-1感染症は眼疾患を引き起こし,とくに後眼部に生じる病変は視機能に重大な影響を及ぼす.本稿では,HTLV-1感染による後眼部病変について概説するとともに,HTLV-1感染症における二つのパラダイムシフトを含めた最近のCHTLV-1感染症の重要なトピックを紹介する.CIHTLV-1とはHTLV-1はレトロウイルスで,そのウイルス粒子は遺伝情報を携えたゲノムCRNAや,感染過程で必要とされる逆転写酵素などの酵素を含んでいる.ウイルスの外側は,標的細胞に接着・侵入するために必要なエンベロープで包まれている.ウイルスが標的細胞に侵入すると,逆転写反応を介してゲノムCRNAから二本鎖のDNAが生成され,このCDNAは宿主のゲノムにプロウイルスとして組み込まれる3).おもにCCD4陽性CT細胞に感染し,一度感染が成立すると生涯にわたる持続感染となる.CIIHTLV-1感染の確認方法HTLV-1感染の確認は,「HTLV-1感染の診断指針第C2版」に準じて行う.一次検査として血清抗HTLV-1抗体〔粒子凝集(PA)法,化学発光酵素免疫測定(CLEIA)法,化学発光免疫測定(CLIA)法,電気化学発光免疫測定(ECLIA)法〕を測定する.陰性の場合は非感染と判定し,陽性の場合は確認検査としてラインブロット(LIA)法によるCHTLV-1抗体検査を実施する.かつてはウエスタンブロット(WB)法であったが,変更されている.LIA法による確認検査で陽性の場合は感染と判定し,陰性の場合は非感染と判定する.また,LIA法で判定保留になった場合は,HTLV-1核酸検出(PCR)法でさらに確認検査を行う.一次検査のみで感染を判定しないように注意を要する.CIIIHTLV-1と眼疾患HTLV-1はヒトに疾患を引き起こすことが初めて明*KojuKamoi:東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科眼科学〔別刷請求先〕鴨居功樹:〒113-8510東京都文京区湯島C1-5-45東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科眼科学C0910-1810/24/\100/頁/JCOPY(19)C491図1HTLV-1ぶどう膜炎にみられる硝子体混濁図2HTLV-1ぶどう膜炎における網膜血管炎図3網膜面上にみられる顆粒状混濁の付着VHTLV-1関連ぶどう膜炎の後眼部病変の治療HAUの後眼部病変に対しては,ステロイド治療が中心に行われる.硝子体混濁や網膜血管炎などの後眼部病変に対しては,ステロイドCTenon.下注射,ステロイド内服を行う5).HTLV-1感染者の治療における懸念は,治療介入によって,HTLV-1関連疾患(ATL,HAM)の発症リスクを上げることである.プロウイルスロード(感染細胞率)の上昇が関連疾患のリスクを高める最大の因子であるが,これまでの研究によってステロイド治療ではプロウイルスロードは上昇しないことが明らかになっており,安全性が高いと考えられている10,11).CVIHTLV-1感染者に対するVEGF阻害薬治療HTLV-1感染者は世界にC3,000万人以上存在するため,HTLV-1感染者のなかには加齢黄斑変性,糖尿病網膜症,網膜静脈閉塞症などが生じ,血管内皮増殖因子(vascularCendothelialCgrowthfactor:VEGF)阻害薬の投与が必要となる場合も多い.しかし,VEGFはHTLV-1が細胞に感染するのを妨げることが知られており,VEGF阻害薬の眼内投与によるCVEGFの変動はHTLV-1感染者の眼内環境を悪化させる懸念があった.近年,筆者らの安全性の評価により,VEGF阻害薬の眼内投与は,HTLV-1感染者に対して,invitroの見地から安全である可能性が示唆された12).CVII眼科研究によるHTLV-1感染症のパラダイムシフトかつてCHTLV-1は垂直感染(母子感染)後に長期の潜伏感染を経て関連疾患が発症すると考えられていた.筆者らはCHAU患者の家族を含めた眼科学・血液内科学・ウイルス学的な詳細な検討によって,HTLV-1の水平感染(パートナー間感染)がCHTLV-1関連疾患を引き起こす重要な感染ルートであることをつきとめ,LancetCInfectiousDisease誌に報告し,これまでの常識が覆ることになった13).これを受けてCWHOはCHTLV-1をCSTIに位置づけ,重点感染症として取り組むことになった.また,HTLV-1関連疾患は長期の潜伏感染によってプロウイルスロードが増加することが疾患発症にもっとも重要な因子と考えられていたが,筆者らのCHAUにおける眼科学・内科学・ウイルス学を含めた多角的な検討により,Basedow病が背景にある場合は,プロウイルスロードが低値であっても発症することをつきとめ,Lancet誌に報告した7).HTLV-1感染後に,短い潜伏期間でプロウイルスロードが低値であっても疾患が発症するというメカニズムの発見は新たなパラダイムとなった.CVIIIHTLV-1による視神経炎近年,Epstein-Barrウイルスと多発性硬化症(multi-plesclerosis:MS)との関連など,ウイルス感染と神経疾患の関連性がクローズアップされている14).HTLV-1感染症においても,HTLV-1感染と視神経炎の関連性の報告がある6).HTLV-1感染と視神経炎の関連は,HAMと視神経炎の合併において最初に報告された.この病態はCMS,視神経脊髄炎(neuromyelitisCoptica:NMO),感染症,腫瘍の浸潤など他の視神経炎の原因となる疾患を除外したうえで診断される.とくに高浸淫地域において,MSとCHAMの鑑別は脳脊髄液中のオリゴクローナルCIgGバンドやCMRIにおける脳病変の検出といった類似する検査所見・画像所見があることから,むずかしい面がある.一方で,近年CNMOの特異的マーカーとして血清中の抗CAQP4抗体が同定され,NMOがMSとは異なる疾患群であることが明らかになった.この発見は,HTLV-1による視神経炎の診断と治療において重要な意味をもつ.理由として,治療薬であるインターフェロンはCHAMに対しては効果があるとされる一方で,NMOには推奨されないためである.したがって,HTLV-1感染による視神経炎を疑う際には抗CAQP4抗体の検査は必須といえる5).HTLV-1による視神経炎の治療としてはステロイドパルス療法やステロイド内服が選択されることも多いが,治療効果を示さない場合がしばしばみられ,新たな治療戦略が必要となっている.(21)あたらしい眼科Vol.41,No.5,2024C493図5ATL患者における眼浸潤のOCT画像図4ATL患者における眼浸潤の眼底写真図6ATL眼浸潤患者における硝子体生検時の術中写真術中COCTにおいても色素上皮下の細胞浸潤が明確に描出できる.図7CMV網膜炎の眼底写真図8同種造血幹細胞移植後の樹氷状網膜血管炎’C

サイトメガロウイルス網膜炎:慢性網膜 壊死

2024年5月31日 金曜日

サイトメガロウイルス網膜炎:慢性網膜壊死ChronicRetinalNecrosis吉富景子*伊東崇子*はじめにサイトメガロウイルス(cytomegalovirus:CMV)網膜炎は通常,日和見感染として発症し,免疫能の改善や抗ウイルス薬による適切な治療が行われなければ,予後不良である.従来のCCMV網膜炎(古典的CCMV網膜炎)はヒト免疫不全ウイルス(humanCimmunode.ciencyvirus:HIV)感染や臓器移植もしくは同種血液幹細胞移植などの高度免疫不全で発症すると考えられていたが,近年,非CHIV感染者など軽度.中等度の免疫不全患者で起こるCCMV網膜炎が報告され,慢性網膜壊死(chronicret-inalnecrosis:CRN)とよばれるようになった1).その疾患概念や病態,治療についてはいまだ不明な点が多いが,本稿ではCCRNの特徴を症例写真とともに紹介する.CI臨床所見古典的CCMV網膜炎では高度の免疫不全のために炎症反応が生じにくく,硝子体混濁や前眼部炎症をきたすことはまれである.後極部劇症型では砕けたチーズとトマトケチャップとよばれる特徴的な網膜病変(図1)を呈するが,基本的に古典的CCMV網膜炎は網膜壊死病変が主体であり網膜血管炎は生じにくく,血管炎を認めたとしても白色病変に一致した限局的なものである2).一方,CRNでは宿主の免疫能がある程度保たれているため,ウイルスによる直接的な細胞障害(古典的CCMV網膜炎)に加えて自己の免疫反応による組織障害が起こると考えられている1,3).その結果,CRNでは帯状疱疹ウイルスや単純疱疹ウイルスによる急性網膜壊死(acuteretinalnecrosis:ARN)でみられるような網膜血管炎が高頻度でみられ,網膜病変も古典的CCMV網膜炎と違いCARN同様に周辺部顆粒状病変が多いことが特徴である(図1)1).また,ARNと比べ軽度ではあるが前眼部炎症や硝子体混濁を認めることが多い(図2)1).このようにCRNはCARNと非常に類似した臨床所見をもっていることが特徴だがCARNと違い進行が緩徐であることから慢性網膜壊死として報告された.SchneiderらはCCRNにおいて,①網膜周辺部顆粒状病変,②汎網膜閉塞性血管炎,③比較的強い眼内炎症,④慢性の経過,⑤抗ウイルス薬への反応が緩徐,という特徴を提唱した.また,網膜血管炎が長期化した場合,高頻度で無灌流領域(nonperfusionarea:NPA)や血管白鞘化・血管途絶(図3)がみられ,網膜新生血管による硝子体出血や新生血管緑内障(図4)を呈し最終的な視力予後不良につながるケースも多い1,4,5).ARNや古典的CCMV網膜炎,CRNの臨床所見の特徴を表1にまとめた.CII診断・治療確定診断には古典的CCMV網膜炎と同様に,眼内液網羅的ポリメラーゼ連鎖反応(polymeraseCchainCreac-tion:PCR)検査が用いられるが,補助診断として蛍光*KeikoYoshitomi&TakakoIto:九州大学大学院医学研究院眼科学分野〔別刷請求先〕吉富景子:〒812-8582福岡市東区馬出C3-1-1九州大学大学院医学研究院眼科学分野C0910-1810/24/\100/頁/JCOPY(15)C487図1CRNの典型的な眼所見(眼底写真)a:古典的CCMV網膜炎.50歳,男性.HIV,CMV血症にて内科入院中に右CCMV網膜炎を発症.後局部に刷毛状出血を伴う網膜白色病変を認める.Cb:CRN①.40歳,女性.関節リウマチに対する免疫抑制薬内服中にCCRNを発症.周辺部顆粒状病変がみられる.c:CRN②.72歳,女性.関節リウマチに対して免疫抑制薬の内服歴があり.周辺部顆粒状病変に加えて広範囲に血管白鞘化がみられる.図2CRNの典型的な眼所見(細隙灯顕微鏡写真)a:図C1の症例c.Cb:図C1の症例b.古典的CCMV網膜炎と比較してCaは前眼部炎症,bは硝子体混濁を高率に認める.図3CRNの典型的な眼所見(フルオレセイン蛍光造影)a:図C1の症例c.網膜血管炎を認める.Cb:図C1の症例b.網膜血管閉塞が広域にわたってみられる.81歳,男性.前立腺癌にてホルモン療法歴あり,そのほか既往特記事項なし.当院来院時には虹彩ルベオーシス(a),隅角新生血管を合併(Cb).Tos=(0.3).そのあと毛様体炎に伴う低眼圧症をきたし,硝子体手術を施行するも最終視力CTos=(0.02)と視力不良となった症例.表1ARN,古典的CMV網膜炎,CRNの臨床所見の特徴急性網膜壊死CARNCVZV/HSV古典的CCMV網膜炎CCMV慢性網膜壊死CCRNCCMVホスト免疫状態健常人高度免疫不全状態軽度.中等度免疫不全状態網膜炎網膜全層壊死網膜全層壊死顆粒状白色病変網膜全層壊死顆粒状白色病変眼内炎症高度.軽度軽度.高度血管炎高頻度汎網膜閉塞性血管炎(動脈炎>静脈炎)まれ局所性の血管炎(静脈炎>動脈炎)高頻度汎網膜閉塞性血管炎(動脈炎>静脈炎)(文献C1より改変引用)