‘記事’ カテゴリーのアーカイブ

神経眼科診療における禁忌

2025年9月30日 火曜日

神経眼科診療における禁忌Let’sAvoidContradictionsinNeuro-Ophthalmology澤村裕正*はじめに日常診療で神経眼科疾患に遭遇する頻度は決して多くはなく,系統立てて習熟する機会にも乏しい.また,他の多くの眼科疾患では細隙灯顕微鏡所見,眼底所見,光干渉断層計(opticalcoherencetomograph:OCT)所見など疾患の特徴を可視化することが可能である一方,球後視神経炎などでは通常の眼科診療で行われる検査では可視化できない場合も多い.さらには患者の訴えが多岐に渡り,一言で「みづらい」という訴えで受診しても,器質的な障害がある場合から非器質性の障害まで,あるいは光刺激の受容に障害がある場合から眼球運動障害のために生じる障害など,複雑な要素が入り組んでいることもある.そのため,神経解剖学や全身疾患の知識に加え画像検査・採血検査を駆使する必要があり,敬遠されがちな分野の一つである.しかし,神経眼科疾患は重篤な視機能障害を生じることや生命予後を左右することがあるのもまた事実である.本特集のテーマは「絶対に避けたい!眼科診療における禁忌」である.本稿ではそのなかでも神経眼科領域の禁忌(やってはいけないこと)として,ステロイド全身投与加療の施行が禁忌肢になる場合,反対にステロイド全身投与加療を行わないことが禁忌肢となる場合,の双方を取り上げる.I眼科領域でのステロイドを用いた加療ステロイドは強力な抗炎症作用,抗免疫抑制作用を有する.眼科領域ではおもに局所投与療法として点眼,眼軟膏,結膜下注射,Tenon.下注射が選択されることが多い.神経眼科の領域では視神経炎,甲状腺眼症,特発性眼窩炎症,外傷性視神経症,サルコイドーシスなどに対して経口内服,点滴静注(ステロイドパルス療法)などの全身投与療法が用いられている.ステロイドの副作用は多岐にわたるため,とくに全身性に投与を行う場合には既往歴の確認,採血検査,生理検査,放射線検査などのスクリーニング検査が必須となる.たとえば,B型肝炎ウイルス感染患者の場合には,ステロイド療法によるウイルスの再活性化・肝炎の重症化が生じる可能性があるため消化器内科にコンサルトのうえで慎重に施行する必要がある.ステロイド全身投与における使用法,容量や使用に際しての注意点は本稿の趣旨と離れるため,成書を参照していただきたい.IIステロイド全身投与加療の施行が禁忌になる場合ステロイドはその効果を期待され,診断がつかない場合や,診断がつく前に使用される場合がある.とくに視機能が悪化の一途をたどっている場合や,ほかの治療法がなかなか効かないなどの場合に用いられることがある.ステロイドが効果的である場合も多いものの,その選択が禁忌となる場合がある.ステロイドは免疫抑制効果も強いため,感染症が疑われる場合に対しての単独使用は禁忌となる.代表例として,眼窩蜂窩織炎や真菌性副鼻腔炎から生じる視神経症がある.蜂窩織炎は採血や*HiromasaSawamura:帝京大学医学部眼科学教室〔別刷請求先〕澤村裕正:〒173-8606東京都板橋区加賀2-11-1帝京大学医学部眼科学教室(1)(55)11350910-1810/25/\100/頁/JCOPY図1副鼻腔真菌症に伴う視神経症の症例a:左眼後極写真では視神経乳頭の腫脹,乳頭周囲出血が認められる.また,網膜にピントが合っているため,腫脹している乳頭部の頂点側のピントが合っておらず,硝子体内へ突出していることがわかる.b:頭部CT画像軸位断面では左眼窩周囲副鼻腔に骨破壊を伴う軟部陰影を認める.図2副鼻腔真菌症に伴う視神経症の症例a:左眼後極写真では視神経乳頭に軽度の発赤と乳頭腫脹を認め,視神経炎との鑑別が困難であった.b:眼窩部造影T1強調MRI画像の矢状断面では蝶形骨洞壁に沿って造影効果を認める().図3真菌症に伴う視神経症を疑う場合のフローチャート表1神経眼科での禁忌・安易なステロイドの全身投与は避ける・視神経炎疑い+強い疼痛=副鼻腔真菌症に伴う視神経症も疑いCT撮影を行う・副鼻腔真菌症に伴う視神経症にはステロイドの全身投与は禁忌・動脈炎性の虚血性視神経症ではステロイドの全身投与が必要図4頭部造影T1強調MRI画像の冠状断面頸部動脈の血管壁に造影効果を認める(◎).

ぶどう膜炎診療における禁忌

2025年9月30日 火曜日

ぶどう膜炎診療における禁忌ContraindicationsintheManagementofUveitis髙瀬博*はじめにぶどう膜炎は眼内炎症性疾患の総称であり,その原因は40種類以上に及び,非常に多岐にわたる.これらは非感染性,感染性,眼内リンパ腫を主とする腫瘍性疾患などに大別される.正確な診療を行うには,網羅的な眼科的検査と全身検査に基づく診断,それに対する疾患特異的な治療が要求される.しかし,その過程にはさまざまな禁忌事項が存在し,それを知らずに診療を行うことはときに大きな問題を生じ,誤った対応は不可逆的な視機能喪失や生命の危険に直結することがある.本稿では,ぶどう膜炎を診療する際に避けるべき禁忌事項について述べる.I診断の禁忌1.ぶどう膜炎を細隙灯顕微鏡検査だけで診断する重篤な疾患を見落として手遅れになるというのはあらゆる疾患で避けるべきことだが,これはぶどう膜炎診療においてもしばしば問題となる.当然ながら,散瞳眼底検査を行わないと眼底病変は見逃され,そのなかには数日.数週間の間に劇的に病態が変化するものがある.とくに急性網膜壊死(acuteretinalnecrosis:ARN)は短期間に進行する予後不良な疾患だが,当初はヘルペスウイルス性前部ぶどう膜炎として治療されてしまうことが意外に多い.ヘルペスウイルス性前部ぶどう膜炎の特徴は,片眼性であること〔サイトメガロウイルス(cyto-megalovirus:CMV)虹彩炎の場合は3%は両眼性1)〕,図1ARNの前眼部写真豚脂様角膜後面沈着物と毛様充血がみられる.(文献2より引用)豚脂様(またはぺったりとした)角膜後面沈着物(図1)2)をしばしば呈すること,そして高眼圧を呈することなどである(表1).ここでみられる高眼圧はときに40mmHgを超えるような場合もあるが,瞳孔ブロックを伴わないため,疼痛などを伴うことはほとんどなく無自覚なことが多い.しかし,これらの所見からヘルペスウイルス性前部ぶどう膜炎あるいは単に虹彩炎とだけ診断して,点眼や眼軟膏の処方のみで「1週間後に再診」などとすると,重大な見逃しを生じることとなる.ARN初期の眼所見には,前房細胞または豚脂様角膜後面沈着物がある,眼圧上昇があるといった前眼部診察*HiroshiTakase:宮田眼科東京〔別刷請求先〕髙瀬博:〒160-0004東京都新宿区四谷1-2-8THビル6F宮田眼科東京(1)(47)11270910-1810/25/\100/頁/JCOPY表1前房水多項目PCR検査が有用な感染性ぶどう膜炎の眼所見疾患前眼部所見眼底所見ヘルペスウイルス性前部ぶどう膜炎・豚脂様またはぺったりした角膜後面沈着物・片眼性(※CMV虹彩炎ではまれに両眼性)・高眼圧(4C0.mmHgを超えることもある)基本的に眼底異常なしCARN上記と同様の前眼部炎症所見が出ることもある・周辺部の網膜黄白色病変(顆粒状→癒合)・網膜動脈炎・視神経乳頭発赤・炎症性硝子体混濁・急速な進展・網膜裂孔・網膜.離後天性眼トキソプラズマ症上記と同様の前眼部炎症所見が出ることもある・典型的には古い瘢痕に隣接する黄白色の網膜病巣・強い硝子体混濁(headlightCinCthefog)表2ARNの診断基準診断基準の考え方初期眼所見項目,経過項目,検査項目を総合して診断する.初期眼所見項目のC1aとC1bを認めた場合にはCARNを強く疑い,必要な検査と治療を開始することが望ましい.その後の経過と検査結果に基づいて診断を確定する.ARNは免疫健常人に発症する疾患であるが,免疫不全の背景を有する患者においては,以下に限らない多彩な眼所見を呈することに留意する.C1.初期眼所見項目C1a.前房細胞または豚脂様角膜後面沈着物があるC1b.一つまたは複数の網膜黄白色病変(初期は顆粒状・斑状,次第に癒合して境界明瞭となる)が周辺部網膜に存在するC1c.網膜動脈炎が存在する1d.視神経乳頭発赤があるC1e.炎症による硝子体混濁がある1f.眼圧上昇があるC2.経過項目C2a.病巣は急速に円周方向に拡大する2b.網膜裂孔,網膜.離を生じるC2c.網膜血管閉塞を生じる2d.視神経萎縮をきたすC2e.抗ヘルペスウイルス薬に反応するC3.眼内液検査前房水または硝子体液を用いた検査(PCR法あるいは抗体率算出など)で,HSV-1,CHSV-2,VZVのいずれかが陽性C4.分類(C1)確定診断群:C1.初期眼所見項目のうちC1aとC1b,およびC2.経過項目のうちC1項目を認め,かつC3.眼内液検査でHSVまたはCVZVが病因と同定されたもの(C2)臨床診断群:眼内液においてウイルスの関与を証明できない,あるいは検査未施行であるが,初期眼所見項目のうちC1aとC1bを含むC4項目と経過項目のうちC2項目を認め,他疾患を除外できるものHSV:単純ヘルペスウイルス(herpesCsimplexvirus).(文献C3より改変引用)図2ARNの後極部眼底写真視神経乳頭の強い発赤腫脹がみられる.(文献C2より引用)表3免疫抑制治療と関連する感染リスクおもなリスク感染症必要な事前検査・対応B型肝炎の再活性化(劇症肝炎)B型肝炎(HBs抗原,HBc抗体)潜在梅毒感染の顕在化梅毒(TPHA/RPR)VZV初感染(播種性水痘),一般細菌感染VZV(CIgG抗体,水痘,帯状疱疹の罹患歴聴取)潜在性結核の顕在化,粟粒結核胸部CX線C/CT,ツベルクリン反応,CIGRA(T-Spotなど)ニューモシスチス肺炎,潜在性真菌感染Cb-Dグルカン測定表4主要なぶどう膜炎疾患の鑑別ポイント疾患鑑別対象共通点鑑別ポイントVogt-小柳-原田病急性緑内障発作裂孔原性網膜.離・狭隅角と急激な眼圧上昇・頭痛を伴う・網膜.離・両眼性である・強い眼痛・嘔吐は少ない・発症後に急な近視化(老眼が治ったなど)・漿液性網膜.離を伴う・COCTで脈絡膜肥厚,bacillaryClayerdetachment,脈絡膜の波うちを確認Behcet病網膜静脈閉塞症・網膜血管炎像・網膜無血管域・若年男性に多い・アフタ性口腔内潰瘍・陰部潰瘍・結節性紅斑の有無・蛍光眼底造影でシダの葉様の蛍光漏出を検出-図3Vogt-小柳-原田病のOCT漿液性網膜.離,bacillaryClayerdetachment,脈絡膜の波打ち,脈絡膜肥厚がみられる.(文献C12より引用)図4Behcet病網膜ぶどう膜炎の蛍光造影検査シダの葉様の蛍光漏出がみられる.(文献C13より引用)表5ぶどう膜炎診療における主な禁忌一覧項目禁忌内容臨床的帰結推奨される対応診断細隙灯+OCTのみでぶどう膜炎を診断ARNなど重篤な後眼部疾患の見逃し散瞳眼底検査を行う薬物治療感染性ぶどう膜炎を除外せずにCSTTA潜在性全身感染症を除外せずに免疫抑制治療ぶどう膜炎の劇症化重篤な全身感染症の発症感染症除外のための全身スクリーニング検査および眼内液PCRを行う外科治療原田病を裂孔原性網膜.離として硝子体手術原田病を急性緑内障発作としてレーザー虹彩切開術眼内炎症の増悪両眼の所見を確認,眼底とOCTを確認するBehcet病を網膜静脈閉塞症として光凝固治療眼内炎症発作の誘発蛍光眼底造影検査で血管炎の有無を検索する-’C

網膜硝子体疾患診療における禁忌

2025年9月30日 火曜日

網膜硝子体疾患診療における禁忌ContraindicationsintheTreatmentofVitreoretinalDiseases大石明生*はじめに網膜硝子体疾患診療においても,他の領域と同様に一般的な注意として,患者の状態によって使用を注意すべき薬剤がある.もっとも重要な禁忌はその患者にアレルギー歴のある薬剤である.対象となるものは少ないが胎児に対する影響も注意が必要である.また肝機能,腎機能が低下している患者ではそれぞれで代謝,排泄される薬剤のクリアランスが低下することに留意する.そのほか,網膜硝子体疾患でとくに注意すべき点としてはガス注入や眼内炎の診療に関するものがあり,これらについて概説する.CI蛍光造影剤蛍光造影に用いられるフルオレセインナトリウムおよびインドシアニングリーン(indocyaninegreen:ICG)は,網膜,脈絡膜血管や炎症性病変の評価に有用である一方で,重篤な副反応を起こすことがあるため,使用時には十分留意すべきである.とくにフルオレセインは添付文書でも蕁麻疹がC0.1~5%となっており,0.1%未満となっているCICGと比べてもアレルギー反応は出やすい.実際にアナフィラキシーによる死亡例の報告もあり注意が必要である.もっとも重要な禁忌は,過去にこれらの造影剤に対するアナフィラキシー反応を呈した既往のある患者である.これらの薬剤に対するアナフィラキシーの既往がなくても,喘息やアレルギー体質のある患者では注意が必要で,リスクの高い場合は造影を行わず,光干渉断層計(opticalCcoherencetomograph:OCT)や光干渉断層血管撮影(OCTangiography:OCTA)で代替することも検討する1)(図1).また,ICGはヨード含有物質であるため,ヨードアレルギーや甲状腺疾患などを有する患者では慎重な適応判断が求められる.ただし,ヨードアレルギーといわれる人は基本的にヨードを含む造影剤または消毒剤に対するアレルギーである.ヨード(ヨウ素)は生体に必須な物質で,誰もが食物から毎日摂取しているものであり,ヨードそのものにアレルギー反応を生じることは考えにくい2).ヨード造影剤に対するアレルギー既往があるからCICGのリスクが特別高いというよりは,他の薬剤の場合と同様に薬剤アレルギーの既往があることがリスク,という解釈が正しいと思われる.フルオレセインは尿からの排泄,ICGは肝代謝であるため,それぞれ腎機能,肝機能障害の患者で注意することはもちろんである.CII妊娠における抗血管内皮増殖因子薬抗血管内皮増殖因子(vascularCendothelialCgrowthfactor:VEGF)薬は,加齢黄斑変性(age-relatedCmac-ulardegeneration:AMD)や糖尿病黄斑浮腫(diabeticCmacularedema:DME),網膜静脈閉塞症における黄斑浮腫の第一選択薬として広く使用されている.これらの薬剤は網膜局所への投与を前提としているが,微量とはいえ全身循環への移行が確認されており,VEGFが胎児や胎盤の血管形成にきわめて重要な役割を担っている*AkioOishi:長崎大学医学部眼科学教室〔別刷請求先〕大石明生:〒852-8501長崎市坂本C1-7-1長崎大学医学部眼科学教室(1)(41)C11210910-1810/25/\100/頁/JCOPY図1同一症例の蛍光造影とOCTA画像a:蛍光造影.b:OCTA.漏出が確認できないなどの限界はあるものの,無灌流域や新生血管などの描出はおおむね遜色ない.図2近視性黄斑部新生血管からの出血を繰り返す症例20代,女性.若年にもかかわらず両眼性に近視性黄斑部新生血管からの出血を繰り返す症例の眼底写真(上段)とCOCT画像(下段).挙児希望があり,禁忌とはなっていないラニビズマブで治療しながら注意深く経過をみている.ab図3感染性眼内炎の前眼部写真とMRI画像20代で外傷,手術歴のない症例に生じた感染性眼内炎の前眼部写真(Ca)とCMRI画像(Cb).ぶどう膜炎としてステロイドを投与されていたためか,特異な前房蓄膿を呈している.眼窩内膿瘍を合併しており,最終的には眼球摘出となった.=図4術後眼内炎の術中所見前日夕方の診察では異常がなく,朝の診察で感染が疑われ,午前中に手術を行ったが,網膜上に菌塊が形成され,網膜全体に血管炎の所見を呈している.図5網膜.離に対する硝子体手術の眼底写真-残存する気体が上方に確認できる.レーザー照射部も瘢痕化しつつあり,.離の治療としてはほぼ心配なくなる時期だが,この程度の量の気体の残存でも航空機への搭乗は避けるべきである.

緑内障診療における禁忌

2025年9月30日 火曜日

緑内障診療における禁忌ContraindicationsintheManagementofGlaucoma齋藤瞳*はじめに日本人の緑内障の7割が正常眼圧緑内障であるため1,2),多くの症例では急な判断を必要とする場面はなく,比較的禁忌の少ない疾患である.しかし,緑内障は慢性進行性疾患であり,機能障害は原則不可逆であるため,治療方針の判断ミスが取り返しのつかない結果を生むこともある.急性原発隅角閉塞症や著しい高眼圧の開放隅角緑内障などは治療が遅れると致命的な機能障害を起こしてしまうので,速やかに正しい治療を提供しなくてはならないのはいうまでもない.本稿では,緑内障診療に対してもう少し高度な理解を必要とする禁忌を症例とともに解説する.I緑内障病型診断の際に隅角検査を怠らない緑内障を疑い,治療方針を立てるうえで不可欠な検査は細隙灯顕微鏡検査,眼圧検査,眼底検査,視野検査など多岐にわたるが,隅角検査は非常に重要であるにもかかわらず軽視されやすい検査である.隅角検査をすることで開放隅角と閉塞隅角の鑑別ができるのはもちろんだが,先天性隅角低形成や過去の眼内炎症,外傷の既往などを診断できることもあるため,必ず行うべき検査である.緑内障の病型によって治療方針が大きく変わるので,隅角検査を怠ったことにより誤った治療を開始してしまうこともある.症例1:60代,男性.結膜充血と霧視を主訴に前医を受診.右眼視力(0.8×+1.0D),右眼眼圧19.mmHg.前医にてぶどう膜炎と診断され,ベタメタゾン(0.1%)点眼と散瞳薬を処方された.帰宅後に点眼を開始したところ,症状が悪化し,眼痛も伴うようになったため,当院を救急受診された.当院初診時:右眼眼圧55mmHg,角膜浮腫+,結膜充血++(図1).中央の前房深度は1~1.5角膜厚程度であったが,周辺の前房が非常に浅かったため,隅角検査を行ったところ,全周隅角が閉塞しており,プラトー虹彩症例であったことが判明した.初診日に右眼レーザー隅角形成術(lasergonioplasty)を施行して一時的な眼圧下降を得たが,また眼圧が再上昇したため,翌週に右眼水晶体乳化吸引術(phacoemu-lsi.cationandaspiration:PEA)+眼内レンズ(intraoc-ularlens:IOL)+眼内法線維柱帯切開術(abinternotrabeculotomy)を施行し,以降眼圧は10mmHg台前半にコントロールされている.隅角検査を怠ったため,閉塞隅角を見逃し,散瞳薬を投与したことで閉塞隅角を悪化させてしまった症例であった.プラトー虹彩は中央の前房深度がそれほど浅くならない症例も多く,とくに見逃しがちなので注意が必要である.II緑内障以外の疾患を見落とさない日本人の開放隅角緑内障の9割が正常眼圧緑内障であるが1,2),視神経萎縮もしくは視野異常があるだけです*HitomiSaito:東京大学大学院医学系研究科外科学専攻感覚・運動機能講座眼科学〔別刷請求先〕齋藤瞳:〒113-8655東京都文京区本郷7-3-1東京大学大学院医学系研究科外科学専攻感覚・運動機能講座眼科学(1)(33)11130910-1810/25/\100/頁/JCOPY図1初診時の隅角検査を怠って閉塞隅角緑内障を見落とした症例a:中心前房深度は浅いが,完全に消失しているわけではない.結膜充血が著しい.b:周辺の前房深度は非常に浅い.ab図2正常眼圧緑内障と誤診断されそうになった脳腫瘍症例ca:乳頭上方の辺縁部がやや菲薄化しており,色の蒼白化がある.Cb:乳頭周囲のCOCTでは上耳側の神経線維層菲薄化を認めるが:黄斑部のCOCTでは上下にわたるびまん性の菲薄化を認める.Cc:乳頭所見や乳頭周囲のCOCT所見と一致しない中心視野異常を含む著しい視野障害.Cd:頭部CMRIでトルコ鞍上部を主座とするC2.2C×2.2×1.7cmの髄膜腫を認めた().e:腫瘍摘出後の静的視野検査で視野異常の改善を認める.Cde図3緑内障経過観察中に緑内障以外の眼底疾患で視野が悪化した症例a:左眼の乳頭写真.上下の辺縁部の菲薄化を認める.Cb:進行した視野障害を認める.MDはC.26.76CdB.Cc:中心視野の経時変化.患者から中心視野障害の悪化の訴えがあったタイミングで急激な視野異常の進行を認めており,2カ月後の視野検査でも再現性がある().網膜出血が改善した後に行った視野検査は改善している().d:中心視野障害悪化時の眼底写真.黄斑部の網膜前出血を認める.e:半年後の眼底写真.黄斑部の出血はおおむね引いている.ab図4中心30/24度の視野検査では中心視野障害の進行を検出しにくかった症例a:中心C30/24度の視野検査の経時変化.下方の周辺視野が徐々に進行しているのはわかるが,中心視野に関してはあまり変化がないようにみえる.b:中心C10°の視野検査の経時変化.中心の上方・下方ともに視野障害が進行しているのがはっきりとわかる.ab図5緑内障点眼アレルギーであることに気づかずステロイド投与で眼圧が上がってしまった症例a:前医初診時の視野検査結果.両眼とも下方の初期緑内障性視野障害を認める.Cb:当院初診時の前眼部写真.両眼の結膜充血を認めるが,明らかな前房内炎症はない.Cc:当院初診時の視野検査結果.高眼圧が数カ月以上持続していたため,両眼とも視野が悪化している.d:緑内障点眼中止後C1週間の前眼部写真.結膜充血が著明に改善している.Cd

白内障診療における禁忌

2025年9月30日 火曜日

白内障診療における禁忌ContraindicationsinCataractPracticeTreatment松島博之*はじめに手術機器,手術デバイス,眼内レンズ(intraocularlens:IOL)の進歩によって,白内障術後早期より良好な視機能を獲得できる時代となった.良好な術後成績を獲得できる白内障手術だからこそ,術前・術中・術後に見逃してはいけないチェックポイントがある.本稿では白内障手術を成功させるためのチェックポイントを「してはいけない」という視点から注意点を解説する.新しい試みをいただき,自分でも多くの気づきがあった.しかし,すべてを網羅することはむずかしく,不足していることも多いかもしれない.本稿を参考にして,さらに自分の経験を追記して,白内障手術における禁忌を確立してほしい.I問診時に見逃してはいけないポイント診察前の問診は重要で,気をつけなければいけないポイントが数多くある(表1).手術適応を考えるうえでも予期せぬトラップにかからないようにしなければならない.たとえば,患者から「自分は白内障なので,手術をしたい」と話があっても鵜呑みにせず,ほかの疾患がないか,本当に白内障なのか症状を聞き出す.視機能低下があっても,歪みや部分的な見え方の異常は,黄斑前膜,中心静脈閉塞症,緑内障などの眼底疾患が隠れている.患者とのコミュニケーションをとり,病状を客観的に予測することでほかの疾患を見逃さない.緑内障や軽度の黄斑前膜では,白内障のみ手術の適応となることも表1問診で見逃さないチェックポイント□視機能低下の種類(歪視・暗点)□CL使用□認知障害,閉所恐怖症□全身疾患□亀背,deepseteyeよくある.このような患者に多焦点IOLを選択すると,コントラスト低下によるwaxyvision(用語解説参照)が生じる可能性がある.抗血管内皮増殖因子(vascularendothelialgrowthfactor:VEGF)の硝子体内注射の既往は後.破損を伴うことがある.白内障手術の適応が決まった場合でも,コンタクトレンズ(contactlens:CL)を装用している患者はIOL度数計算に影響する.診察当日はCLをはずして受診している患者もいるので,たとえCLを装用していなくても確認が必要である.過去の屈折矯正手術の既往も注意を要する.超高齢者の認知障害や閉所恐怖症の患者では,手術用のドレープをかけただけでパニックになる場合がある.既往やMRI検査時に不安が生じたなど閉所恐怖症が疑われる場合は,術前のシミュレーションが有用である.これは外来で実際の手術と同様の状態を経験してもらう手法で,手術が可能かどうかを判断するために有用である.筆者の施設では手術ベッドに横になってもらい,ドレープをかけて20分間安静状態を保てるか確認し,局所麻酔での手術の可否を判定している.むずかしい場合*HiroyukiMatsushima:獨協医科大学眼科学教室〔別刷請求先〕松島博之:〒321-0293栃木県下都賀郡壬生町北小林880獨協医科大学眼科学教室(1)(27)11070910-1810/25/\100/頁/JCOPYは全身麻酔やセデーションによる手術への変更も必要となる.背中の弯曲が強い亀背は横になることがむずかしい場合がある.この場合も術前にシミュレーションし,背中や膝裏に枕を入れるなどの工夫が必要になる.認知障害がある患者では術後せん妄が生じやすい.せん妄は可逆性なので,発症した場合は家に帰って通常の環境に戻ると改善することが多いので,日帰りの白内障手術か,入院する場合はせん妄症状が出た場合に退院帰宅する可能性があることを家族に理解してもらう.全身状態では,心不全患者では横になると息苦しくなる場合がある.糖尿病でのCHbA1cの値については,コントロール不良でも白内障の術後成績に影響が出にくいという臨床研究報告1)があったので,白内障手術を中止する理由にはなりがたい.禁忌ではないが,コントロール不良では全身状態の増悪や将来の糖尿病網膜症の発生に関連するため,内科的治療の強化を説明する必要がある.前立腺肥大や抗精神薬の既往は術中虹彩緊張低下症候群(intraoperative.oppyirissyndrome:IFIS,用語解説参照)の予測に役立つ.そのほか,deepseteyeは術野の確保に影響するので,問診時に確認が必要である.CII細隙灯顕微鏡検査で見逃してはいけないポイント(表2)C1.白内障病型後極白内障に遭遇した場合は後部円錐水晶体であり,破.しやすい可能性がある(図1).また,限局した後.の混濁をみつけた場合,抗CVEGF注射による後.破損も考える.前眼部光干渉断層計(opticalCcoherencetomograph:OCT)は診断の助けになることがある.疑わしい場合は術中硝子体処理が必要になる可能性があるので,破.処理に準じて器具の準備が必要である.アトピー白内障にみられる前.下線維性混濁が大きい場合,前.切開時に障害となることがある.前.剪刀で線維化部分を切開する必要がある.また,アトピーでは網膜.離を合併していることもある.術前に眼底を確認し,網膜変性にはレーザーを施行しておく.困難な場合は術後の確認を施行する.成熟白内障など,眼底が透見できない状態で手術を行うときは,超音波CBモードなどでできるだけ眼内の状態を把握しておく.網膜電図や術前色感覚の確認は術後視機能予測の助けとなる.色を感じない場合は,術後視力改善しがたい.成熟白内障は前.切開が困難となるため,トリパンブルー希釈液の準備が必要となる.C2.前房深度浅前房患者では散瞳検査による閉塞隅角緑内障の発生を予測し,疑われる患者では散瞳検査を避ける.片眼の閉塞隅角緑内障発作を生じた患者では対眼も高率に発作が発生するので,放置せずに早めの手術を予定する.手術を待っている間に発作が生じる場合もあるので,早めの手術を勧める.閉塞隅角の発作予防でピロカルピン塩酸塩の点眼を施行していた患者では,術前に点眼を中止すると発作を誘発する可能性がある.レーザー周辺虹彩切除患者では角膜内皮細胞減少を念頭におく.手術時は,手術中に希釈したミドリンCPを使用する2),手術直前に散瞳薬を点眼する,などの対策が必要となる.ミドリンCPを前房内投与する場合は原液を使用すると防腐剤の毒性で角膜内皮障害が生じるので,必ず希釈して使用する.プラトー虹彩では前房が深くても隅角が閉塞しているので,周辺虹彩までの観察が必要である.C3.瞳孔形状瞳孔の形状からも多くの情報が得られるので見逃さない.まずは縮瞳状態で瞳孔形状の左右差をみる.差がみられれば網膜疾患があるケースや,外傷後の麻痺性散瞳が生じているケースがある.瞳孔の左右差や瞳孔が正円でないときには,虹彩離断があれば外傷を疑う(図2).ボールなどの鈍的外傷の既往があると,打撲した眼は瞳孔径が大きく,Zinn小帯断裂が生じていることがある.そのあとに浅前房患者以外は散瞳して瞳孔形状を観察する.落屑症候群では散瞳状態が悪くCZinn小帯脆弱を伴うこともある.虹彩炎の既往があると虹彩後癒着があり散瞳しにくい(図2).また,消炎していない状態での白内障手術は虹彩炎の再燃などの原因となるので,消炎後数カ月経過してからの手術が望ましい.とくに男性で中等度散瞳の場合には,前立腺肥大の治療をしているかどうかを確認しておく(IFISが疑われる).1108あたらしい眼科Vol.42,No.9,2025(28)表2細隙灯検査で見逃さないチェックポイント□水晶体:前.線維化,後部円錐水晶体,成熟白内障C□前房深度:浅前房C□瞳孔:左右差,瞳孔変異,虹彩離断C□角膜:円錐角膜,周辺部潰瘍,ドライアイC□結膜,強膜:過去手術の瘢痕,翼状片図1注意すべき白内障病型a:後部円錐水晶体.効能に限局した丸い混濁があり,後.破損のリスクがあるので硝子体切除とCIOL.外固定光学部キャプチャーに備えてC3PIOLを準備する.b:アトピー白内障の線維性混濁.線維性混濁部の前.は癒着があり切り難いので混濁部を避けて前.切開を行う.混濁部は剪刀で切開可能である.図2注意すべき瞳孔形状a:外傷による虹彩離断.離断部に一致してCZinn小帯断裂が生じていることがある.白内障手術時に瞳孔整復が必要となる.b:虹彩炎後の虹彩後癒着.虹彩炎のために虹彩と水晶体.が癒着し,散瞳すると瞳孔の変形がみられる.潰瘍)では周辺部角膜が薄くなっているので,前眼部OCTなどで角膜が薄い部分を避けて手術を施行する.C5.結膜・強膜手術や外傷既往があると白内障手術に影響する.緑内障手術の既往がある場合は,白内障手術の創口が以前の手術と重ならないようにマネジメントする.結膜の癒着があり,創口作成に苦渋することもある.網膜硝子体手術の既往があると核白内障が進行していることがあり,無硝子体であるために術中CinfusionCmisdirectionCsyn-drome(IMS,用語解説参照)が生じやすい.翼状片も角膜不正乱視の原因となる.角膜トポグラフィーなどで角膜への影響を確認し,影響が及んでいる場合は先に翼状片の手術を施行したあとに改めて白内障手術を施行したほうが度数ずれは生じにくい.CIII術前検査で見逃してはいけないポイント1.角膜内皮細胞検査角膜内皮細胞数が減少している患者では,白内障術後の水疱性角膜症を考慮に入れる.角膜内皮細胞数がC1,000Ccells/mm2以下の患者ではとくに注意が必要である.また,Fuchs角膜変性症は中高年女性に多く,角膜後面のコラーゲン状物質の蓄積が滴状角膜(corneagut-tata)としてみられ(図3),角膜内皮細胞数の減少を生じやすいので,熟練した術者が対応すべきである.C2.角膜トポグラフィートーリックCIOL選択に必要なほか,角膜不正乱視に注意が必要である.円錐角膜ではCIOL度数ずれと術後の進行度合いを考慮する.翼状片がある場合も翼状片による不正乱視が生じやすい.角膜トポグラフィーの変化から翼状片の影響を考え,瞳孔中央部まで変化がみられれば,前述のとおり先に翼状片の手術を行う.C3.IOL度数計算とねらい値単焦点CIOLを選ぶときには,患者の術前屈折もねらい屈折値を決めるうえで重要な要因となる(図4).術前屈折値が近視の患者が遠方合わせを希望した場合に,術前は見えていた近方が見えなくなって不満が生じるというのはよくあるトラブルである.一方で,CLを使用している患者は遠方合わせを希望することが多いが,CL装用時に近方をどのようにカバーしていたかを確認しておく.老眼鏡を使用していたのであれば,術後も同様に使用する必要があることを説明する.強度近視の場合はねらい値がむずかしい.両眼手術の場合は前述のとおり,近方の見え方とCCLの使用に注意してCIOLを選択する.問題は片眼のみ手術を行う場合で,過去には比較的若年の患者で対眼の手術がしばらく必要ではないと判断した場合に,強い近視度数を目標屈折値にすることはあったが,最近ではあまり好ましい選択肢ではない.屈折矯正を目的とした白内障手術や,手術までの間にCCLを使用するなど,患者の視覚の質(qualityCofvision:QOV)を考えた選択肢を勧める.年齢や生活環境もCIOL選択に影響する.運転を重視しない場合は,遠方に合わせるよりも,若干近方に合わせて生活しやすい屈折を選択する.日常生活や仕事などのライフスタイルの確認は重要で,外で体を使う仕事なのか,PCを使うことが多いのか,本を読む機会が多いのかなど,もっとも重視する距離がどこにあるのか確認する.一度の診察でCIOLの種類とねらい値を決めるのではなく,最終的に患者が納得してもらえるねらい値に導くことが術後満足度の向上につながる.多焦点CIOLも種類が増えて選択の幅が年々増加している.進行した網膜疾患や緑内障では適応外となるが,軽度のものでは適応が増えつつある.CIV白内障手術時の合併症と禁忌順調に手術が進んでいるうちは禁忌項目が生じない.しかし,術中合併症3)が生じたときに,行ってはいけない項目が出現する(表3).C1.早期穿孔強角膜切開における合併症として,早期穿孔がある.早期穿孔が発生した状態で手術を継続すると虹彩が脱出し,手術の継続がむずかしくなる.虹彩損傷が酷くなる前に創口を縫合し,他の場所に新しい創口を作製することで安全に手術を継続できる.早期穿孔の創口をそのまま継続して使用することは薦められない.また,脱出し1110あたらしい眼科Vol.42,No.9,2025(30)図3滴状角膜Fuchs角膜変性症ではスペキュラーマイクロスコープにて角膜内皮細胞が黒く抜けるCcorneaguttataがみられる.図4一般的な単焦点IOL選択方法正視・遠視眼は遠方合わせが多い.近視眼でもCCLを使用している場合は遠方合わせが多い.近視眼で眼鏡に慣れている場合や運転する機会が少ない場合は近方に合わせる.基本的には患者生活スタイルに合わせる.表3白内障手術の術中合併症発生時のチェックポイント□早期穿孔:創口閉鎖+再作製C□前.切開クラッツ:前房内圧制御,1PIOL.内固定C□後.破損:前房内圧制御,硝子体切除図5液状後発白内障細隙灯顕微鏡で観察すると,IOL反射の後ろ側に乳白色液状物が貯留している.

網膜穿孔という斜視手術最大のリスク ─Hang-back 法の勧め

2025年9月30日 火曜日

網膜穿孔という斜視手術最大のリスク─Hang-back法の勧めRetinalPerforation:TheMostSeriousRiskinStrabismusSurgery─AdvocacyfortheHang-BackTechnique長谷部聡*はじめに斜視手術における最大のリスクの一つは,強膜への通糸時に誤って網膜を穿孔し,重大な病態を誘発することである.とくに,外眼筋腱付着部の後方では強膜が極端に薄く,0.6Cmm以下となることもあるため,穿針の深さと角度を誤れば,網膜に孔を穿つ可能性が高まる.穿孔が引き起こす網膜.離や眼内炎は,視力予後に深刻な影響を与え,本来は斜視の矯正を目的として来院した患者を,硝子体手術や網膜修復のために別の医療施設に送らなければならない事態にもなりうる.このように,安全性の確保が斜視手術において最重要課題であるという点は,執刀医にとってつねに意識すべき基本である.CI従来法における工夫と限界たとえば,強膜が薄い部分での通糸リスクを低減させる目的で,針先を水平に保持しつつ強膜を垂直方向に圧迫し,強膜表面に傾斜を作り,その傾きに沿って浅く通糸する方法が古くから提案されてきた.しかし実際には,針先が強膜表面を軽くかするだけに終わることが多く,外眼筋を確実に固定するために必要な通糸の深さを得られないばかりか,操作を繰り返すことで強膜を損傷し,強膜通糸が一層困難になることもある.また,強膜が極端に薄く硬い症例や,通糸部が眼球赤道部に付近にあり,強膜の傾斜角度が強い場合は,いかに慎重を期しても穿孔リスクを完全に回避することはむずかしく,術者の技量のみでは安全性を担保しきれないab図1強膜通糸に関する工夫針先を水平に保持しつつ強膜を垂直方向に圧迫し(Ca),できた強膜の斜面を利用し,水平方向に針を進める(Cb).矢印は力の方向を示す.という限界もある.CIIHang-back法採用の必然性と安全性こうした背景のもとで,hang-back(HB)法または吊り下げ術の採用は非常に有用である.この術式は,強膜が比較的厚い外眼筋の元付着部からその前方に向かって針を通し,そこで筋腱を吊るすように後方に固定する方式である.強膜が薄く穿孔リスクが高い後方部の通糸を避けることができるため,安全性が飛躍的に高まることが最大の利点である1,2).実際,欧米においては,,HB法は後転術(recession)を行う際の標準的な手術手技と*SatoshiHasebe:川崎医科大学眼科学C2教室〔別刷請求先〕長谷部聡:〒700-8505岡山県岡山市北区中山下C2-6-1川崎医科大学総合医療センター眼科(1)(21)C11010910-1810/25/\100/頁/JCOPY図2筋間膜への処置が矯正効果に及ぼす影響筋間膜の.離操作をしないと,眼球は筋間膜を介して後転筋により牽引されるため,縫合糸はたわみ,低矯正が起こる(a).定量性を確保するためには,術後縫合糸が張った状態(b)が望ましい.RRiiRRii図3中心縫合の位置と術後の断端形状中心縫合を付着部近傍に作ると(a1),筋腱の断端は曲線(アーク)を呈する(a2).2Cmm後方に作ると(b1),構成される縫合糸の形状には変化はないが,断端が直線化する(b2).L1>L2.CC,CR,i,.は,それぞれ,中心縫合,lockingbite,付着部,筋腱に加わる張力を示す.abc図4ダブルアームドロックバイトの手技aは縫合不全が起こりやすい.ループをひねる(Cb),またはループにC2回通す(Cc)ことが推奨される.はひねりを示す.図5筋裏面の腱膜除去腱膜を.離・除去する操作により,筋腱と強膜の接着を確実にする.中心縫合を損傷しないよう注意する.L1nhnh図6HB法の定量付着部に通糸後(Ca),縫合糸を牽引,キャリパーでCLC1を定量し持針器で固定する(Cb).持針器上で縫合糸を結紮する(Cc).後転量(LC2)にCfudgeCfactorを加えた値がCLC1になる(Cd).iは付着部,nhは持針器を示す.==’C

眼鏡・コンタクトレンズ処方のDos and Don’ts

2025年9月30日 火曜日

眼鏡・コンタクトレンズ処方のDosandDon’tsDosandDon’tswhenPrescribingGlassesandContactLenses山田昌和*はじめに成人における眼鏡使用率は約C70%であり,眼鏡を常用しているのは男性で約C4割,女性で約C2割とされている1).必要に応じて使う,コンタクトレンズ(contactlens:CL)と併用するなどを含めると眼鏡がもっとも普及した屈折矯正法であることがよくわかる.しかし,その一方でC10.8%の成人は眼鏡が必要と思われるのに所持しておらず2),26.4%は老視の矯正(老眼鏡)を行っていないという報告もあり3),屈折異常や老視への対応が十分でないことが推測される.成人の眼鏡処方は,日常生活の改善を目的とする.眼鏡装用の目的や用途を明確にしたうえで,ライフスタイルに応じて慎重に度数を選択することが求められる.ここでは眼鏡処方に伴うCDosとCDonC’tsについて概説したい.CIDos:眼鏡レンズの三つの作用を考慮しよう眼鏡に用いられるレンズには三つの作用がある.光を屈折させて焦点を変える作用,像を拡大・縮小する作用,プリズム作用である.屈折力によってピントを合わせることがレンズの基本的な作用であるが,後者二つを意識すべき場面もある.眼鏡レンズは角膜頂点から約C12Cmm前方に置かれるので,屈折力に応じて像が拡大・縮小する.凸レンズでは像が拡大,凹レンズでは縮小し,その程度はC1ジオプター(D)あたりC1.25%とされる.強度近視などでは像がC10%程度縮小することがあり,眼鏡とCCLを併用する場合には距離感覚の異常の原因となることがある.また,左右でレンズの度数が異なる場合には不等像視が問題となることがある.プリズム入りのレンズでなくても,眼鏡レンズで視線がレンズの中心からはずれた場所を通る場合には,プリズム効果が生じる.瞳孔間距離がずれている場合だけでなく,上下や側方視でも左右でレンズ度数が異なる場合にはプリズム作用のために複視を生じることがある.逆に斜位・斜視がある症例でレンズのプリズム効果を意図的に利用した眼鏡処方がなされる場合もある.本稿ではこの後にも三つの作用の功罪に触れる部分があるので参照してほしい.CIIDon’ts:眼鏡で100点満点の見え方にしてほしい初めて眼鏡を作ったとき,世界がすっきりと鮮明に見えたことを筆者は今でも覚えている.眼鏡を作るときにこうした過去の成功体験を求めている患者は少なくない.また,眼疾患のために視機能が低下しているのに眼鏡を作れば視力が回復すると思っている患者もいる.しかし実際には,老視の患者に遠近両用の眼鏡を処方しても調節力が回復するわけではなく,視線の向け方を覚えたり,周辺部のぼけた見え方を許容したりと,ある程度の我慢と慣れが必要になってくる.また,慢性の眼*MasakazuYamada:杏林大学医学部眼科学教室〔別刷請求先〕山田昌和:〒181-8611東京都三鷹市新川C6-20-2杏林大学医学部眼科学教室(1)(15)C1095疾患を有する患者では,屈折矯正を施しても疾患による視機能損失分を割り引いた見え方が限界となり,若い頃の記憶とは違った見え方にしかならない.患者はどうしても以前のC100点満点の見え方を求めてしまう傾向がある.患者と医師の間にはリテラシーギャップが存在することを忘れてはならない.CIIIDon’ts:今日の視力検査で眼鏡処方箋をください診察室で患者から「今日の視力検査で眼鏡処方箋をください」といわれた経験は,誰もが一度や二度ではないであろう.検査室における視力測定では,正視を作り完全矯正による最良視力を求める.これに対し,眼鏡処方は日常的に装用できる眼鏡の度数を決めるものである.検査室の視力検査は眼の機能や治療効果を判定するために最高出力を求めており,日常生活に必要とされる視機能とは別物である.また,屈折・視力検査では,屈折検査も視力検査も片眼ずつ行う.忙しいときなど,これで屈折や視力に大きな左右差がなければそのまま眼鏡処方と考えるかも知れない.しかし,やはり両眼での見え方や両眼開放視力をチェックして装用テストを行う必要がある.両眼での見え方を確認するのは,日常視に近い状態での見え方を体験してもらい,両眼のバランスをみるのが最大の目的である.矯正視力は両眼で同程度か,優位眼の視力がやや高い状態が一般的には許容されやすい.装用テストでは視力値にこだわるのではなく,自覚的な見え方を重視することが大切である.視力値自体は片眼ずつよりも両眼の視力のほうが若干高くなるとされている.ある程度は生理的なものであるが,なかには片眼遮閉時の調節緊張の影響で過矯正になっていることや,まれに潜伏眼振が影響している場合がある.自覚的に片眼と両眼での見え方が大きく異なる場合には過矯正になっていないか注意するとよい.逆に両眼で見ると遠くがぼけて見えるという場合もあり,考えやすいのは斜位近視である.外斜位斜視がある場合に遠見眼位を斜位に持ち込むために調節性輻湊が働くことがあり,輻湊に伴う調節のために焦点が近方にずれる現象である.この場合には,レンズにプリズムを組み込むことを考慮する.このようにそれほど頻度は高くないが,片眼ずつの見え方と両眼での見え方が異なることがあり,眼鏡処方では両眼開放視力と自覚的な見え方のチェックが必須である.CIVDosandDon’ts:近視の眼鏡は低矯正にする学童に近視の眼鏡を処方する場合には低矯正にしないと近視が進行しやすくなる,と以前はいわれていた.しかし,最近はむしろ完全矯正が近視の進行抑制には望ましいとされている.成人の場合も基本的には無理に低矯正にする必要はないと考えられる.ただし,完全矯正にはどうしても過矯正のリスクがあり,オートレフ値そのままの眼鏡処方は絶対に避けるべきである.過矯正眼鏡では近見時の調節必要量が増えたり,調節性輻湊を介して眼位が内斜したりする可能性があり,近業時のぼやけや眼精疲労が生じやすい.また,軽度の近視を残しても瞳孔径がC1.5Cmm程度の範囲であれば良好な視力を確保できるので,成人の場合には近視をやや低矯正とする眼鏡が処方されることが多い.低矯正が望ましい場合もあり,代表的なのは老視の初期など調節機能が減弱した症例である.近視を低矯正で眼鏡処方すると,明視域が近方に移動するために近見作業が楽になる.また,低視力者では網膜像のデフォーカスを認知しにくいため,低矯正にしたほうが被写界深度(depthof.eld:DOF)を拡大できると考えられている.以上のように,理論的には近視の眼鏡は完全矯正でよいが,成人に処方する場合にはやや低矯正にして,装用テストで見え方と装用感を確認するのが現実的なようである.CVDos:不同視は眼鏡で矯正できることもある一般的にはC3D以上の不同視は許容できず,眼鏡よりCLが望ましいとされる.これは不同視眼を眼鏡で矯正すると網膜像の大きさに左右差,不等像視(aniseikonia)を生じるためである.不等像視の融像限界はC4.7%といわれているが,快適に融像できる範囲は狭く,1.3%の不等像視で眼精疲労などの症状が出現するとされる.前述したように眼鏡レンズではC1DあたりC1.25%の像の拡大・縮小が生じるので,これに順応できる限界がC3Dという計算になる.なお,不等像視は球面レンズだけでなく,円柱レンズでもみられる〔経線不等像視(meridi-onalaniseikonia)〕.ただし,上記の記述は屈折性不同視の場合であり,例外的に軸性不同視の場合には大きな不同視があっても不等像視が生じにくく,眼鏡で矯正できることがある(Knappの法則).小児の不同視弱視は軸性不同視であり,適応能力も高いので,基本的には不同視があってもそのままの度数で眼鏡を処方する.成人でも軸性不同視であれば理論的には眼鏡で矯正できるはずであるが,実臨床ではCCLのほうが適していることが多い.なお,黄斑前膜や黄斑円孔など網膜疾患で不等像視を生じることがあり,網膜性不等像視とよばれる.この場合にサイズレンズという特殊なレンズを用いて不等像視の軽減が試みられることがある.CVIDos:乱視は控えめに矯正するのがよい眼鏡で矯正できる乱視はいわゆる正乱視で,経線方向の屈折力の違いにより焦点がC2カ所にできる屈折異常であり,円柱レンズで矯正できる.乱視も屈折異常であり,本来は完全矯正したほうがよりよい見え方を確保できるはずである.しかし,乱視は控えめに矯正するのがよいとされ,所持眼鏡を参考に違和感を覚えない自然な見え方という点を重視して度数と軸を調整することが推奨されている.これはなぜだろうか.円柱レンズでは軸によって屈折力が異なるために,上下あるいは斜め方向に像の拡大・縮小が生じる.さらに左右で度数が異なる場合には不等像視が生じることもある.これらは乱視を完全矯正したときの違和感の原因となるので,違和感を軽減するために乱視の度数を減らして低矯正にする,あるいは乱視の軸をC90°あるいはC180°に近づけるなどの方法が採られる.乱視の度数を減らすと矯正視力が低下するが,装用感の改善が勝るようなら低矯正を選択したほうがよい.また,低矯正で乱視を残すことのもうC1つのメリットとしてCDOFの拡大があげられる.小さな乱視を意図的に残すことで,大きな視力低下を伴わずに明視域の拡大をはかることができる.乱視の軸に関しては,10°やC170°の乱視軸の場合にはC180°で眼鏡レンズを調整したほうが違和感が少なくなることがある.また,斜乱視の場合は左右の乱視軸をたとえば右眼C30°,左眼C150°と左右対称にするなど,左右で軸のバランスを整えることも重要となる.ただし,乱視軸をずらすと残余乱視が増加し,眼鏡視力は低下する.軸をC15°シフトさせると乱視の矯正効果はC50%程度となり,30°シフトさせれば残余乱視は元の乱視と変わらなくなってしまう.乱視軸をずらすのは最大でもC15°,できればC10°程度が望ましい.CVIIDon’ts:麻痺性斜視はプリズム眼鏡の適応ではないプリズムは眼内に入る光の向きを変えて光学的に複視や眼精疲労などの軽減をめざすものである.プリズム眼鏡の適応としては,以下のようなものがあげられる.①複視の消失,軽減〔外斜位斜視,上斜筋麻痺,開散麻痺,saggingeyesyndrome(SES)など〕.②眼位を斜位に保つために生じる眼精疲労の軽減(外斜位斜視,上斜筋麻痺など).③頭位異常の軽減(麻痺性斜視,眼位性眼振など).成人で多いのは外斜位斜視と上斜筋麻痺,SESなどである.このうち,上斜筋麻痺など麻痺性斜視ではむき眼位によって眼位ずれの角度が異なり,回旋偏位を伴うことがあるのでプリズム眼鏡の適応でないと考えられがちだが,そうでもない.融像幅の範囲であれば眼位ずれがあっても両眼単一視ができる場合があるし,正面や下方など日常でよく使われるむき眼位で単一視ができればそれだけでも眼鏡を処方する価値がある.融像幅は一般に水平方向は広いが,上下方向は狭い.そのため,プリズムで上下偏位の補正を行うと,水平方向は融像により斜位に持ち込めることがある.プリズムでは回旋偏位の補正はできないが,上下と水平の眼位ずれをプリズムで補正すると,回旋偏位も斜位に持ち込める可能性がある.また,外斜位斜視や代償不全型の上斜筋麻痺では融像幅が正常者より広いことが多いので,プリズムである程度眼位ずれを補正すると斜位に持ち込みやすい.したがって,プリズム眼鏡を試す際には,眼位ずれを全部補正する必要はなく,必要最小限の度数にとどめるのがよいと思われる.また,患者にはプリズムは万能ではないこと,プリズムによる違和感や見え方の低下などマイナス面があることを理解してもらう必要がある.眼位ずれが小角度の場合には,球面・円柱レンズのプリズム効果を利用する方法もある.眼鏡レンズで視線がレンズの中心からはずれた場所を通る場合,Prenticeの式〔プリズム効果=偏心距離(cm)C×レンズパワー(D)〕に対応するプリズム効果が生じる.軽度の外斜位,内斜位ではあえて瞳孔間距離をずらした眼鏡が処方されることがある.また,若年者の外斜位では屈折度数をあえて過矯正にして調節性輻湊を促すCoverminustherapyが試みられることもある.これらの方法は像の歪みや眼精疲労などの問題が生じやすく,実際に処方される機会は少ないが,知識として知っておくことは重要であろうと考えられる.プリズムの度数としては,眼鏡レンズに組み込むことができるのは通常はC5CΔ程度までであり,それ以上の眼位ずれを矯正したい場合にはCFresnel膜プリズムをレンズに貼付することになる.Fresnel膜は不透明であり,装用時の視力低下があること,外見上レンズが曇って見えることなど不都合もあるが,大角度の眼位ずれを補正したい場合には試用する価値がある.最近はシリコーン製の膜プリズムも市販されており,レンズがクリアで,変色や硬化が生じにくいなどのメリットがある.もう一つ,複視がある場合の対応として遮閉レンズがある.これは片眼を遮閉し,もう片眼で単眼視することで複視を解消しようとする方法である.両眼視をあきらめて単眼視にする方法でプリズムレンズとは逆の発想になる.外見上は透明に近いが遮閉効果をもつレンズが開発されており,通常の方法では複視や不等像視に対応できない場合や整容的な問題がある場合に試してもよい方法と思われる.場合によっては虹彩付きのCCLを試みてもよい.CVIIIDos:老視対策では明視域を意識する老視はC40代後半から顕性化する調節力の低下である.調節力はC10.50代後半までほぼ直線的に低下し,40.50歳でC3D程度となり,近見時の見にくさを自覚するようになる.調節力の低下には個人差があり,元の屈折状態(潜伏遠視や近視など)も関係するので,老視を自覚し始める年齢には幅がある.最近はCIT眼症やスマホ老眼など,若年者でも近見障害を訴えることがある.老視ではすぐに近用眼鏡,遠近両用眼鏡と考えなくてもよい.近視で眼鏡やCCLを使用している場合,老視の初期ならば所持眼鏡の度数を少し落とす(0.5D程度)ことで対処できることがある.これは焦点をずらすことで明視域を近方に寄せることになる.たとえば,2.5Dの調節力が残っている場合にC0.5D低矯正にすることで,無限遠.40Ccmであった明視域をC2Cm.33Ccmにすることができる.乱視がある場合には意図的に残してCDOFを拡げるのも有用である.明視域を考えるうえでもう一つ重要と思われるのはペアリングの概念である.左右で度数を調整して優位眼を遠方重視,非優位眼を近方重視とする方法で,完全なモノビジョンというよりも両眼の明視域が重なることを意識したほうがよい.老視がある程度進行すると近用眼鏡が必要となるが,この場合にも最初は度数の弱いものから処方する.度数が強ければ強いほど明視域が近方で限定されるからである.眼鏡の掛け替えが面倒,老眼鏡を掛けたくないという場合には遠近両用を考慮する.遠近両用の眼鏡でもCLでも最初に老視が治るわけではないこと,見え方に不自然さが生じることをよく説明する必要がある.眼鏡とCCLでは遠近両用の原理が異なり,眼鏡では遠用部と近用部が分かれていて視線の向きで焦点を合わせるのに対し,CLは同時視型である.CLでは遠用重視,近用重視などレンズによってデザインが異なるが,いずれの場合にも像の不鮮明さ,ぼやけた感じが生じるので,適応は慎重に見定める必要がある.遠近両用眼鏡で使用される累進屈折力レンズは,遠用部+累進部+近用部で構成される.各帯状領域を単純な球面とすると側方部での収差が大きくなるので,累進部の形状が工夫されているが,側方の像の歪みは完全には解消されず,遠用部・近用部での明視幅は狭くなる.累進屈折力レンズを装用する場合,眼鏡フレームの形状は玉型の高さが狭い(30Cmm以下)と近用部が実用的にならない可能性がある.近用部分がきちんと使えているか(視線を下方にずらすことができているか),遠近両用や

角結膜診療における禁忌

2025年9月30日 火曜日

角結膜診療における禁忌ContraindicationsintheDiagnosisandTreatmentofCornealandConjunctivalDiseases北澤耕司*はじめに角結膜疾患は日常の眼科診療においてもっとも頻繁に遭遇する病態であり,流行性角結膜炎(epidemickera-toconjunctivitis:EKC),アレルギー性結膜炎,高齢者に多い慢性結膜炎,ドライアイ関連の角膜障害,コンタクトレンズ(contactlens:CL)関連の角膜炎などがその代表である.これらは大学病院のような高度医療機関に限らず,地域のクリニックでも日常的に診療される疾患であり,初期対応で完治することが多い.一方で,頻度は低いものの,初期診断を誤ることで視力障害や角膜穿孔といった重大な転帰をとる疾患も含まれている点には十分な注意が必要である.とくに,初診時に流行性角結膜炎と判断されたものが実際には淋菌性結膜炎であったり,長年,慢性結膜炎として治療されていたものが腫瘍性病変であったという例も決してまれではない.これらの疾患では,正しい診断と治療を初期に行えるかどうかが,その後の視機能予後を大きく左右する.診察時間が限られる外来では,非典型例や治療抵抗例を見逃すリスクが高まる.本稿では,眼科医として知っておくべきであり,絶対に見逃してはいけない角結膜疾患の診断の落とし穴,重要所見,治療のポイント,そして実例を交えて解説する.CI淋菌性結膜炎Neisseriagonorrhoeaeによる淋菌性結膜炎は,性感染症(sexuallytransmitteddiseases:STD)に分類される細菌性結膜炎であり,きわめて急速な進行性をもつことから,角結膜炎のなかでもとくに初期対応が重要な疾患である.放置すれば数日以内に角膜潰瘍や穿孔に至る可能性があり,視機能を著しく損なうリスクがある.C1.臨床像と診断のポイント典型的な症状は,高度な結膜充血,眼瞼の著明な腫脹,激しい羞明,疼痛,そしてもっとも特徴的なのが「拭いても拭いてもあふれ出てくるクリーム状の膿性眼脂」である(図1).診察中にガーゼなどで眼脂を拭き取ってもすぐに再び分泌される様子がみられた場合には,本疾患を強く疑うべきである.しかし,初診時にはしばしば流行性角結膜炎と誤診されてしまう.とくにアデノウイルス感染症は感染力が強く,診察を簡便に済ませるために手持ち細隙灯顕微鏡での観察にとどまることがある.その結果,角膜や結膜の状態が正確に評価されず,膿性眼脂の質や角膜浸潤の有無などの重要な所見を見落とす危険性がある.また,アデノウイルスでは耳前リンパ節腫脹がみられることが多く,これが乏しい場合には淋菌性をより強く疑う必要がある.C2.鑑別の工夫淋菌性結膜炎が疑われる場合は,眼脂のグラム染色と培養による病原体検出を行う.とくにグラム染色による塗沫鏡検は短時間で判断できるため,診断の一助とな*KoujiKitazawa:京都府立医科大学大学院医学研究科視覚機能再生外科学〔別刷請求先〕北澤耕司:〒602-0841京都市上京区河原町広小路上ル梶井町C465京都府立医科大学大学院医学研究科視覚機能再生外科学(1)(9)C10890910-1810/25/\100/頁/JCOPY図1淋菌性結膜炎図2グラム染色拭いても拭いてもあふれ出てくるクリーム状の膿性眼脂.白血球に貪食されたグラム陰性双球菌が観察される.図3前眼部写真図4淋菌性結膜炎の前眼部写真角膜上方に角膜穿孔部位を認め,虹彩の嵌頓を伴っている.角膜上方に角膜潰瘍を認める.図5結膜扁平上皮癌図6結膜扁平上皮癌の術後リサミングリーンによる染色により,腫瘍の境界部が明らかに結膜扁平上皮癌に対して腫瘍切除および羊膜移植術を行った.なる.図7アカントアメーバ角膜炎図8アカントアメーバ角膜炎放射状角膜神経炎を認める.偽樹枝状潰瘍を認める.図9アカントアメーバ角膜炎図10アカントアメーバ角膜炎円板状の角膜浸潤を認め,視力はC0.01にまで低下していた.角膜混濁の残存を認めるが,充血もなく瘢痕治癒している.

眼形成の禁忌

2025年9月30日 火曜日

眼形成の禁忌ContraindicationsinOculoplasticSurgery北口善之*はじめに眼形成外科では手術手技が注目されがちだが,真の成否はメスを握る前の「診断」「適応判断」「術式選択」で決まる.この術前判断を誤れば,いかに優れた手技も無力化され,患者に医原性の障害や重篤な合併症をもたらしかねない.これこそが,本稿で論じる「禁忌」の本質である.そこで本稿では,代表的な眼瞼疾患である眼瞼下垂,内反症,眼瞼腫瘍をとりあげ,多くの手技書が見過ごしがちな「やってはいけない手術適応」と「やってはいけない術式選択」に焦点を絞って解説する.なぜその判断が「禁忌」とされるのか,各疾患の病態生理と解剖学的原則から理解することで,読者が日常診療で適切な判断を下せるようになることをめざす.I判断を誤らないための原則眼形成手術は疾患や術式が多岐にわたるが,どのような症例においても判断のよりどころとなる共通の基本原則が存在する.これらの原則を理解することが,重篤な合併症を避け,良好な結果を得るための近道となる.本稿では,判断の基礎となる三つの基本原則について述べる.これらは互いに独立したものではなく,「安全性」を最上位とし,それを担保するための「病態理解」,そして両者を踏まえたうえでの「機能的再建」という階層的な関係にある.1.安全性の原則(Primumnonnocere―まず,害を為すなかれ)眼形成外科における最優先事項は,患者の安全である.手術によって患者を術前より明らかに悪い状態,とくに不可逆的な機能障害に陥らせることがあってはならない.たとえば,眼瞼の形態を整えることに固執するあまり,閉瞼不全による兎眼性角膜症といった深刻な事態を招くことは,この原則に著しく反する.また,下眼瞼の脂肪切除など一見局所的な操作が,解剖学的連続性を通じて眼球運動障害や眼球陥凹をきたすなど,予期せぬ部位に機能的・整容的な問題を引き起こす可能性もつねに念頭に置かねばならない.2.病態理解の原則(診断なくして治療なし)眼瞼に現れた形態異常は,あくまで結果にすぎない.その背後にある根本原因(支持組織の弛緩,瘢痕による短縮,悪性腫瘍など)を正確に把握することが適切な術式選択の大前提である.根本原因を突き止めずに表面的な対症療法を行えば,問題は解決しないばかりか,しばしば状況を悪化させる.診断なくして適切な治療はありえない.3.機能的再建の原則(形態は機能に従う)眼形成手術は,単に静的な形態を整えるにとどまらず,瞬目による角膜保護や自然な開閉瞼といった動的機能を回復・再建することを主眼とすべきである.たとえ*YoshiyukiKitaguchi:大阪大学大学院医学系研究科脳神経感覚器外科学(眼科学)〔別刷請求先〕北口善之:〒565-0871大阪府吹田市山田丘2-2大阪大学大学院医学系研究科脳神経感覚器外科学(眼科学)(1)(3)10830910-1810/25/\100/頁/JCOPYば,静的な形態の美しさのみを追求し,皮膚や筋肉といった組織を過剰に切除すれば,瞬目や閉瞼といった動的機能が損なわれ,流涙や角膜障害といった新たな機能不全を生み出しかねない.いかなる手術においても,「形態は機能に従い,機能が形態を規定する」という原則を忘れてはならない.CII眼瞼下垂手術の禁忌眼瞼下垂手術の適応を判断するうえで,真の退行性眼瞼下垂と,その背景に隠れた,あるいは類似した症状を呈する他の病態とを正確に鑑別することが,あらゆる禁忌を回避するための出発点となる1).C1.手術適応判断における禁忌-鑑別すべき重要病態a.急性発症・変動性を示す神経筋疾患急性発症や症状の変動性がある場合には,手術の前に精査が必須であり,これを見逃し手術を先行することは禁忌である.動眼神経麻痺:片側性の急性発症で外斜視や眼球の上転・下転障害を伴うことが特徴的である(図1).とくに瞳孔散大を伴う場合は,内頸動脈-後交通動脈瘤を疑い,緊急で磁気共鳴血管撮影(magneticCresonanceCangiog-raphy:MRA)や三次元CCT血管造影(three-dimension-alcomputedCtomographyCangiography:3D-CTA)による脳血管評価が必須となる.血管性(虚血性)麻痺は自然軽快の可能性があるため,発症後C6カ月.1年の経過観察期間を設ける.症状固定後に眼瞼下垂手術を計画する際には,眼瞼を用手的に挙上して複視の有無を確認し,複視が問題となる場合は斜視手術を先行させる.重症筋無力症:朝は開瞼良好だが,夕方に増悪する日内変動と易疲労性が特徴的であり,本症を疑った場合には上方視負荷テスト(最大C1分間)や感度・特異度の高いアイスパックテスト(氷.でC2.5分間冷却し,2Cmm以上開大すれば陽性)を施行する2).抗アセチルコリン受容体(acetylcholineCreceptor:AchR)抗体,抗筋特異的受容体型チロシンキナーゼ(muscleCspeci.ckinase:MuSK)抗体で確定診断となるが,眼筋型では抗CAchR抗体の陽性率がC50%と低いため,さらに反復神経刺激試験や単線維筋電図が必要な場合もある.未治療・コントロール不良例への手術は禁忌であり,内科的治療でC6カ月以上症状が安定した「固定した残存下垂」に対してのみ手術適応となる(図2).Cb.偽眼瞼下垂(pseudoptosis)および類似病態以下のような病態を真の眼瞼下垂と誤認して手術を行うことは,無効であるか,ときに症状を増悪させる.顔面神経麻痺:前頭筋麻痺による眉毛下垂が偽眼瞼下垂の主因となる.この状態で安易な手術を行うことは,閉瞼不全を助長する.本症における眼瞼下垂は眉毛下垂による偽眼瞼下垂に前頭筋による代償能低下が加わったものなので,挙筋短縮術より眉毛挙上術が適応となることが多い(図3).閉瞼時の眼球上転であるCBell現象の消失や,角膜上皮再生を担う角膜知覚の低下を認める症例への挙筋短縮術は,重篤な角膜障害に直結する危険があり,絶対的禁忌もしくはきわめて慎重な判断を要する.眼瞼けいれん:両側眼輪筋の不随意収縮により機能的な開瞼困難を呈する局所ジストニアである.「目を閉じているほうが楽」という訴えは典型的な眼瞼下垂と異なる(図4).速瞬テストや軽瞬テストで眼輪筋のれん縮を確認できる.第一選択治療はボツリヌス毒素局所注射であり,手術はあくまでボツリヌス後の残存する症状に対してのみ行う.上眼瞼皮膚弛緩:おもに加齢性変化により上眼瞼の皮膚が弛緩し,睫毛の上や視野に覆いかぶさる状態であり,もっとも頻度の高い偽眼瞼下垂である.治療は余剰皮膚の切除(上眼瞼皮膚切除,眉毛下皮膚切除など)が主体となる.眼球陥凹:外傷による眼窩骨折後や加齢性の眼窩脂肪萎縮により眼球が後方に陥凹すると,眼球の支持を失った上眼瞼は相対的に垂れ下がり,偽眼瞼下垂を呈する.重度の場合は原因となる眼窩疾患の評価と治療が優先されるが,軽度の症例では挙筋短縮術がよい適応となることもある.C2.術式計画・術後管理における禁忌a.挙筋機能を無視した術式選択眉毛を固定し測定した挙筋機能がC4Cmm未満の症例に対し,挙筋短縮術を選択しても十分な開瞼は得られず,1084あたらしい眼科Vol.42,No.9,2025(4)図1血管性動眼神経麻痺の症例眼瞼下垂に加えて外下斜視を認める.図2重症筋無力症の症例a:治療前.b:免疫抑制療法により眼瞼下垂は改善した.図3顔面神経麻痺の症例a:左眉毛下垂による上眼瞼皮膚弛緩を認める.b:眉毛挙上術,眉毛下皮膚切除を施行後.図4眼瞼けいれんに典型的な顔貌眉間の皺が特徴的である.眉毛は下垂していることが多いが,開瞼失行が主体の例では眉毛挙上を認めることもある.ab図5睫毛内反症(a)と退行性眼瞼内反症(b),瘢痕性眼瞼内反症(c)の違い図6下眼瞼脂腺癌の症例a:切除生検は辺縁を乱さないようにの範囲で行い,拡大切除はC5Cmmの安全域をとって紫マーカー内の範囲で行う.b:切除後,c:再建後の外観.図7不適切に切除された下眼瞼基底細胞癌の症例a:中途半端に切除を行うと,もともとの局在がよくわからなくなる.本症例ではの範囲で拡大切除を行った.Cb:拡大切除後.切除範囲に涙点が含まれたため,涙管チューブを挿入している.

序説:絶対に避けたい! 眼科診療における禁忌─眼科専門医として知っておくべきポイント─

2025年9月30日 火曜日

絶対に避けたい!眼科診療における禁忌─眼科専門医として知っておくべきポイント─CriticalPitfallstoAvoidinOphthalmicPractice:EssentialKnowledgeforthePractic-ingOphthalmologists辻川明孝*医療は人間が行う以上,常に一定のリスクを内包している.どれほど経験を積んだ医師であっても,判断ミスや見落としがゼロになることはない.これは眼科診療においても同様であり,診療の過程で誤診や治療判断の誤りが生じる可能性を完全に排除することは不可能である.しかし,診療におけるミスには修正可能なものと,絶対に回避しなければならないものとが存在する.とくに後者は,視機能の不可逆的な損失を招き,場合によっては生命に直結することさえあるため,臨床医として絶対に避けなければならない.これまでの眼科臨床においては,個々の医師の経験則によって「禁忌」を学ぶ傾向が多かった.しかし,臨床の専門分化が進む現代において,改めて体系的に「診療上の禁忌」を整理し,共有していく必要性がよりいっそう高まっている.とくに,専門医をめざす若手医師や,専門領域以外に不安を感じる中堅医師にとっては,こうした知識は診療の質を保つために不可欠なものであり,患者の安全を守るためにもきわめて重要である.本特集では,眼科各分野のエキスパートが日常診療に直結する「禁忌」と「絶対に見逃してはならないポイント」について具体的かつ実践的に解説している.対象の領域は,眼形成,角結膜疾患,屈折矯正,斜視・弱視,白内障,緑内障,網膜硝子体疾患,ぶどう膜炎,神経眼科,全身疾患に伴う眼疾患,外傷・救急と,眼科領域をほぼすべてカバーしている.たとえば,眼形成診療では,安易な手術選択や術式選択のミスが機能障害のみならず整容的な問題をも引き起こし,患者のQOLに甚大な影響を及ぼしうる.角結膜領域では,初期段階での所見の見落としが,角膜混濁・穿孔といった重大な転帰を招くことがある.また,眼鏡・コンタクトレンズ処方においては,目的や,患者ニーズに合致しない処方が患者の満足度低下を招く原因となることもある.斜視・弱視診療では,治療介入の適切なタイミングを逃すことが,取り返しのつかない視覚発達障害に直結しうる.白内障診療においても,術式の選択ミスは合併症のリスクを高め,眼内レンズ(intraocularlens:IOL),とくに多焦点IOLの選択ミスは患者の期待を大きく裏切る結果となり,ときにはトラブルにつながることもある.緑内障診療では,急性緑内障発作のリスクを見逃すことは,失明という最悪の結末に直結しかねない.また,点眼薬や内服薬に伴う全身的なリスクにも注意が必要である.網膜硝子体疾患領域においては,術式・手術のタイミングを誤れば視力予後が大きく悪化する一方で,必要のない眼に手術を行うことがあってはならないのはいうまで*AkitakaTsujikawa:京都大学大学院医学研究科眼科学0910-1810/25/\100/頁/JCOPY(1)1081