顔面神経麻痺における麻痺性兎眼に対する静的再建術StaticReconstructionforParalyticLagophthalmos林礼人*はじめに顔面神経麻痺で生じる麻痺性兎眼は,乾燥性角結膜炎に伴って結膜充血や疼痛といった症状を呈し,適切な治療が行われず慢性化すると,角膜の損傷や潰瘍を惹起して重篤な視力障害を生じる(図1a,b).そのため,麻痺性兎眼は顔面神経麻痺の発症後急性期にもっとも注意が必要な症状と考えられ1),症状の重症度や回復見込みなどを考慮し,保存的または外科的治療を急性期から積極的に検討していく1,2).麻痺性兎眼に対する外科的治療には,静止時の形態改善を目的とする静的再建術がおもに用いられ,麻痺により生じた眼瞼の変形に対する整容的再建に加え,眼球保護という機能的再建の側面も重要になる.眼瞼の閉瞼には,85%は上眼瞼,15%は下眼瞼が関与するともいわれ3),麻痺性兎眼の治療には,上眼瞼へのlidloadingがゴールドプレートを中心に広く行われてきた4.6).しかし,わが国では移植材料としての保険適用がないために使用しづらい側面があり,長期的にはプレート露出や偏位といった合併症を高率に生じる4,7,8)(図1c).そこで,瞼板と挙筋腱膜の間に筋膜や耳介軟骨を挿入し眼瞼挙筋全体を延長するlevatorlengthening法(LL法)が注目を集め,筆者らは報告を行ってきた9.11).一方,下眼瞼は眼輪筋麻痺に伴う下眼瞼の弛緩に重力の影響が加わり,眼瞼縁の下垂ならびに外反を生じる12).とくに皮膚や筋肉の張りが弱くなる中高齢者では症状が顕著となり,乾燥性角結膜炎の大きな要因になる.そのため,症状が長期遷延する場合には外科的治療を積極的に検討する12).本稿では,麻痺性兎眼で生じる閉瞼不全に対する治療アルゴリズムを紹介するとともに,部位別に適応する術式について筆者の経験も踏まえ解説する.I閉瞼不全に対する術式選択(治療アルゴリズム)麻痺性兎眼に対する再建は,麻痺性兎眼に伴う乾燥性角結膜炎に対する急性期治療と重力や加齢などに伴う経時的な変化に対する慢性期治療の二つの側面を持ち合わせている14,15).そのため,術式選択を考えるとき,自然回復の可能性を残す患者に対する一時的治療として行うのか,慢性的な麻痺や長期的な経過を見こしての恒久的治療として行うのかが一つの大きなポイントになる13)(表1).急性期.亜急性期の治療アルゴリズムを検討してみる(図2).まず麻痺の自然回復の可能性があるかないかを考える13).自然回復の可能性がある場合には,まずは点眼薬や眼軟膏による湿潤環境の保持や夜間のテーピングまたはパッチといった保存的加療を行い,一時的な瞼板縫合を行うこともある.適切なテーピングによる加療は急性期におけるQOL保持に役立つが,その手法は簡易的な静的再建術ともいえる(図3).それでも乾燥性角結膜炎の増悪を認め症状が強い場合や,3カ月以上麻痺性兎眼が継続する可能性のある場合,さらに三叉神経麻痺*AyatoHayashi:横浜市立大学医学部形成外科学講座〔別刷請求先〕林礼人:〒236-0004神奈川県横浜市金沢区福浦3-9横浜市立大学医学部形成外科学講座0910-1810/24/\100/頁/JCOPY(61)1209図1顔面神経麻痺による眼瞼の閉瞼不全とゴールドプレート露出例a:麻痺性兎眼に伴う乾燥性角結膜炎と角膜潰瘍.結膜充血や疼痛,流涙といった症状を呈し,角膜中央の混濁を認める.b:完全麻痺例における麻痺性兎眼の閉瞼時.下眼瞼縁の下垂を認め,兎眼が顕著となっている.c:ゴールドプレート長期埋入例におけるプレート露出(埋入後12年の状態).表1眼瞼部静的再建術の術式選択…急性期治療⇒麻痺後急性期に生じる麻痺性兎眼に伴う乾燥性角結膜炎*自然回復の可能性を残す症例にも一時的な治療・機能的側面を重視(閉瞼機能)…・侵襲や負担の少ない手法慢性期治療⇒重力や加齢などに伴う経時的な変化*長期的な経過(経時的な変形や弛緩)を見越したうえでの恒久的治療・整容的側面を重視・重力や加齢にも耐えうる,よりしっかりとした手法乾燥性角結膜炎麻痺の自然回復の可能性ありなし非手術的療法症状改善症状増悪(テーピング,点眼薬)保存的治療の早急な外科的治療動的再建と同時に外科的治療継続(低侵襲手術)(陳旧例と同様なしっかりした再建)手術療法下眼瞼の静的再建術(低侵襲な術式)[低侵襲な術式(KS法,LTS法)]上眼瞼の静的再建術[以前はゴールドプレートを利用したlidloading,現在はlevatorl法]*眉毛挙上は急性期には基本的には行わない(閉瞼機能を第一に考える)図2急性期~亜急性期における麻痺性兎眼に対する治療アルゴリズム機能的側面を重視し,侵襲や負担の少ない手法を選択する.KS法:Kuhnt-Szymanowski法.LTS法:lateraltarsalstrip法.LevatorL法:levatorlengthening法.(文献13より作成)図3Ramsy-Hunt症候群に伴う左顔面神経完全麻痺例に対するテーピング施行例76歳,男性.a:閉瞼時.眉毛下垂と上眼瞼皮膚弛緩に伴い,閉瞼可能なように見える.b:用手的な眉毛挙上時の閉瞼.下眼瞼下垂と外反を認め,兎眼が顕著.乾燥性角結膜炎に伴う結膜充血も認める.c:3Mテープによる吊り上げ施行後,静止時.下眼瞼の吊り上げで下垂が改善され,眉毛部の吊り上げで視野が確保されている.d:3Mテープによる吊り上げ施行後,閉瞼時.兎眼の大幅な改善を認める.麻痺性兎眼・大腿筋膜(二~四つ折りの架橋型)軽症重症・耳介軟骨下眼瞼の静的再建術低侵襲な術式の施行移植材料と伴う(架橋型/衝立型)(KS法,LTS法)術式の施行・骨膜・側頭筋・筋膜症状改善症状の残存症状改善症状の残存(下眼瞼:Anderson手術)ありなし下眼瞼下垂の残存保存的治療移植材料を伴う保存的治療下眼瞼の再建術眉毛部・上眼瞼部に対する静的再建術図4陳旧例における麻痺性兎眼に対する治療アルゴリズム(下眼瞼部)整容面と機能面の双方を考えた治療を検討する.KS法:Kuhnt-Szymanowski法,LTS法:lateraltarsalstrip法.(文献13より作成)眉毛の用手的な持ち上げで眉毛下垂に伴う皮膚弛緩を評価ありなし(眉毛挙上術の施行)皮膚弛緩によるありなしありなし眼瞼下垂眉毛挙上術眉毛挙上術のみ上眼瞼再建のみ下眼瞼再建のみ+(LevatorL法)上眼瞼再建上眼瞼を下げる(LevatorL法)必要性図5陳旧例における麻痺性兎眼に対する治療アルゴリズム(眉毛部・上眼瞼部)下眼瞼部の再建後に眉毛や上眼瞼への手術が必要かを用手的に眼瞼部を持ち上げて評価する.眉毛下垂による上眼瞼の皮膚弛緩の程度や弛緩皮膚の裏に隠れた上眼瞼縁の位置に特に留意する.LevatorL法:levatorLengthening法.(文献13より作成)図6右前頭筋麻痺に伴う眉毛下垂例67歳,男性.Ca:術前所見.b:手術時デザイン.下垂の程度に応じ,7.10Cmmの眉毛上の皮膚切除を施行する.Cc:術中所見.下垂の再発予防を踏まえ,前頭筋のCtuckingを行うこともある().眼輪筋上縁の吊り上げは弛緩した上眼瞼皮膚の矯正に有効で,ほぼ全例に施行している().d:手術終了時所見.e:術後C9カ月.瘢痕も目立たず良好な形態・位置が保たれている.図7Anchoringsutureによる眉毛挙上術17歳,女性.左完全麻痺例.Ca:術前所見.b:手術時デザイン.眉毛下と前頭部生え際に小切開をデザインする.c:手術終了時所見(はCanchoringsutureでの牽引部).3Mテープによる吊り上げ施行後,静止時.下眼瞼の吊り上げで下垂が改善され,眉毛部の吊り上げで視野が確保されている.Cd:術後C10カ月.瘢痕も目立たず良好な形態となっている.Ce:眉毛上の小切開による修正例.固定部のCdimple形成を認める().(一部文献C13より作成)bc挙筋腱膜瞼板AB図8Levatorlengthening法の手術方法a:挙筋腱膜およびCMuller筋をその全幅にわたって切断し,頭側に.離挙上.Cb:麻痺側と同側の耳甲介腔から軟骨(5.7CmmC×20mm)を採取.Cc:手術シェーマ(正面).瞼板上縁と切断した挙筋腱膜およびCMuller筋の間に筋膜または耳介軟骨()を移植する.Cd:筋膜を使用する原法では,移植筋膜の縦幅を術前の瞳孔上縁と上眼瞼縁との距離の左右差のC2倍として延長を行った10).e:手術シェーマ(縦断面).耳介軟骨()を使用した場合には,瞼板上端縁に移植軟骨端を合わせて縫着し,瞼板を押し下げる()ようにする場合もある.(文献C10,11より作成)d図9下眼瞼に対する代表的な静的再建術と移植材料a:KS法の術式シェーマ.瞼縁のくさび状切除による水平方向の短縮と下眼瞼皮膚の吊り上げ固定を行う(は瞼板,は骨膜固定)26).Cb:LTS法の術中所見(はCstrip部).c,d:移植材料として頻用する四つ折として大腿筋膜とCL型に採取した耳介軟骨27).e:U字型筋膜移植による下眼瞼修正.眉毛部骨膜に固定を行う.KS法:Kuhnt-Szymanowski法.LTS法:lateraltarsalstrip法.(文献C26,27より作成)図10陳旧性左完全麻痺例に対する眼瞼周囲再建例(眉毛上皮膚切除による眉毛挙上術+下眼瞼部へのKS法,U字型筋膜移植術)69歳,男性.Ca,b:術前所見.Ca:静止時.Cb:閉瞼時.眉毛下垂に伴う視野障害と乾燥性角結膜炎による疼痛を認める.Cc,d:術後1年2カ月.Cc:静止時.Cd:閉瞼時.視野障害は改善し,整容面でも高い満足度を得ている.閉瞼時に結膜の露出を認めるが,点眼薬の併用にて乾燥性角結膜炎症状は軽快している.移植材料を用いた吊り上げ術を検討し,内眼角靱帯と外眼角部頭側の眼窩骨膜の間に筋膜または軟骨を架橋して移植する手法(吊り橋型)が一般的に広く用いられている.筋膜による吊り上げのほうが簡便で行いやすいが,筋膜が伸張して経時的な緩みを生じるため12),二.四つ折りとして移植するようにしている(図9c~e)29).内側部にも下垂を認める場合には,内側の固定位置を眉毛下とより頭側に求め,U字状に筋膜を移植することで,下眼瞼全体によりしっかりとした吊り上げ効果が得られている(図9e).閉瞼時に結膜露出が残存する状況に留まる場合もしばしば経験するが,下垂と外反の矯正がしっかりと行えている場合には,点眼薬や眼軟膏などの併用で乾燥性角結膜炎のコントロールを長期にわたって行える場合も多い(図10).耳介軟骨はより強い矯正力を有するが,吊り橋型では長期経過でその形態が顕著になったり触知したりする傾向にある.そのため,重度例については下眼窩縁と瞼板の間に耳介軟骨を立てて移植する衝立型の軟骨移植を取り入れており12),筋膜移植との併用で軟骨形態の顕在化を予防することも行っている(図9c,d).また,Ander-sonの側頭筋膜弁移植は眼瞼部に対する動的再建術にはなるものの14),下眼瞼への効果についてはCviabletissueの移行であることや上外側からの吊り上げが可能といった特性から,非常に有用な静的再建術ということもできると考えている.まとめ顔面神経麻痺によって生じる麻痺性兎眼に対する静的再建術についてまとめ,報告を行った.発症時期や形態,重症度,自然回復など,個々の患者の状態をしっかり評価することがまず重要で,さまざまな要素を加味しながら適切な術式選択を行っていく.また,それぞれの術式には特性があり,施行法によりその効果も異なってくるため,全体的なバランスも踏まえた系統的な手術治療を検討していく必要があると考えられた.文献1)BaheerathanN,EthunandanM,IlankovanV:GoldweightimplantsCinCtheCmanagementCofCparalyticClagophthalmos.CIntJOralMaxillofacSurg38:632-636,C20092)HarrisbergCBP,CSinghCRP,CCroxsonCGRCetal:Long-termCoutcomeCofCgoldCeyelidCweightsCinCpatientsCwithCfacialCnervepalsy.Otolneurotol22:397-400,C20013)KeenMS,BurgoyneJD,KaySL:SurgicalmanagementoftheCparalyzedCeyelid.CEarCNoseCThroatCJC72:692,C659-701,C19934)KelleyCSA,CSharpeDT:GoldCeyelidCweightsCinCpatientsCwithCfacialpalsy:aCpatientCreview.CPlastCReconstrCSurgC89:436-440,C19925)SmellieGD:RestorationCofCtheCblinkingCre.exCinCfacialCpalsybyasimplelid-loadoperation.BrJPlastSurgC19:C279-283,C19666)HenstromCDK,CLindsayCRW,CCheneyCMLCetal:SurgicalCtreatmentCofCtheCperiocularCcomplexCandCimprovementCofCqualityoflifeinpatientswithfacialparalysis.ArchfacialPlastSurgC13:125-128,C20117)SonmezA,OzturkN,Durmu.Netal:Patients’perspec-tivesontheocularsymptomsoffacialparalysisaftergoldweightCimplantation.CJCplastCReconstrCAesthetCSurgC61:C1065-1068,C20088)RofaghaS,Sei.SR:Long-termresultsfortheuseofgoldeyelidloadweightsinthemanagementoffacialparalysis.PlastReconstrSurgC125:142-149,C20109)林礼人,小室裕造,宮本英子ほか:Levatorlengthening法による顔面神経麻痺性兎眼の治療.FacialNervRes30:C100-102,C201010)Guillou-JamardCMR,CLabbeCD,CBardotCJCetal:PaulCTessi-er’stechniqueinthetreatmentofparalyticlagophthalmosbyClengtheningCofCtheClevatormuscle:evaluationCofC29Ccases.AnnPlastSurgC67:S31-S35,C201111)林礼人,名取悠平,吉澤秀和ほか:麻痺性兎眼に対する軟骨移植によるClevatorlengthening法.形成外科57:489-496,C201412)阪場貴夫,上田和毅,梶川明義ほか:麻痺性下眼瞼変形の治療.FacialNervResC30:111-113,C201013)林礼人,吉澤秀和:顔面神経麻痺に対する静的再建術の治療アルゴリズム.日頭顎顔会誌34:1-8,C201814)多久嶋亮彦,波利井清紀:顔面神経麻痺における眼瞼再建.CPEPARSC43:57-63,C201015)林礼人,名取悠平,吉澤秀和ほか:麻痺性兎眼に対する軟骨移植によるClevatorlengthening法.形成外科57:489-496,C201416)松田健:麻痺性兎眼に対するClateralCorbitalCperiosteal.ap法.形成外科57:481-487,C201417)上田和毅:顔面神経麻痺・痙攣C1前頭部(眉毛下垂)→[眉毛挙上].形成外科58:S76-S82,C201518)田中一郎:顔面神経麻痺による眉毛下垂に対する整容的改善治療.FacialNervResC30:1-3,C201019)UedaCK,CHariiCK,CYamadaCACetal:ACcomparisonCofCtem-poralCmuscleCtransferCandClidCloadingCinCtheCtreatmentCofCparalyticClagophthalmos.CScandCJCPlastCReconstrCSurgC(69)あたらしい眼科Vol.41,No.10,2024C1217