遺伝学的検査・遺伝子検査GeneticTesting/GeneticAnalysis林孝彰*はじめに小児期発症の網膜疾患のなかで,遺伝性網膜ジストロフィ(inheritedretinaldystrophies:IRD)の存在を見逃さないことは重要である.IRDとは,生まれつきもつ遺伝子変異(用語解説参照)が原因で発症する遺伝性の網膜疾患である.2024年4月13日現在,IRDの原因として284遺伝子が,RetinalInformationNetwork(RetNet)(https://web.sph.uth.edu/RetNet/)に報告されている.網膜色素変性と黄斑ジストロフィがIRDの代表疾患で,いずれも難病に認定されている1~4).網膜色素変性は,IRDのなかでもっとも頻度が高く,4,000人に1人の発症頻度とすれば,日本に約3万人の罹患者が存在する(難病センター:https://www.nanbyou.or.jp/entry/196).網膜色素変性や黄斑ジストロフィの発症年齢はさまざまであるものの,小児期に発症するケースはむしろ少ない.小児期に発症するIRDは,全身合併症を伴う症候性とIRD単独で発症する非症候性に分類される.症候性IRDは希少疾患で,Alstrom症候群,Bardet-Biedl症候群,Senior-Loken症候群,Joubert症候群などが報告されている.非症候性IRDは,生後1年以内に臨床症状(振子様眼振,羞明,夜盲,追視困難,oculo-digi-talサインなど)が出現するLeber先天黒内障,先天性錐体機能不全(青錐体1色覚,杆体1色覚),先天性夜盲(完全型先天停在性夜盲,不全型先天停在性夜盲,白点状眼底,小口病)が代表疾患である5).IRDの原因・責任遺伝子の遺伝子変異をつきとめる検査は,遺伝学的検査(または遺伝子検査)とよばれる6).遺伝学的検査はその結果が血縁者や次世代に影響を与えるため,検査のプロセス,すなわち検査の意義や結果の解釈を正しく理解することが重要である.本稿では,小児期に発症するIRDに対する遺伝学的検査実施のプロセス,種類と方法,結果解釈,実際例,問題点について解説する.I遺伝学的検査実施のプロセス日本医学会の「医療における遺伝学的検査・診断に関するガイドライン」によれば,遺伝学的検査とは,IRDなどの単一遺伝子疾患の診断,加齢黄斑変性や緑内障などの多因子疾患のリスク・易罹患性評価,薬物などの効果・副作用・代謝の推定,個人識別にかかわる遺伝学的検査などを目的とした,核およびミトコンドリアゲノム内の原則的に生涯変化しない,その個体が生来的に保有する遺伝学的情報(生殖細胞系列の遺伝子解析より明らかにされる情報)を明らかにする検査と定義されている7).遺伝学的検査実施にあたっては,本ガイドラインを遵守し,十分な遺伝カウンセリングを提供することが求められる.遺伝カウンセリングは,疾患の遺伝学的関与について,その医学的影響,心理学的影響および家族への影響を理解し,それに適応していくことを助けるプロセスである.このプロセスには,①疾患の発生および再発の可*TakaakiHayashi:東京慈恵会医科大学葛飾医療センター〔別刷請求先〕林孝彰:〒125-8506東京都葛飾区青戸6-41-2東京慈恵会医科大学葛飾医療センター0910-1810/24/\100/頁/JCOPY(17)763能性を評価するための家族歴および病歴の解釈,②遺伝現象,検査,マネージメント,予防,資源および研究についての教育,③インフォームド・チョイス(十分な情報を得たうえでの自律的選択),およびリスクや状況への適応を促進するためのカウンセリングなどが含まれる7).2023年に「IRDにおける遺伝学的検査のガイドライン」8)が発刊されているので,参照していただきたい.しかし,実際の眼科診療で十分な遺伝カウンセリングを提供することは時間的に容易ではない.大学病院などでは,遺伝子診療部と連携することが必要である.未成年者など同意能力がない罹患者に対して遺伝学的検査を実施する場合は,本人に代わって検査の実施を承諾することのできる立場にある者の代諾を得る必要があり,その際は,罹患者の最善の利益を十分に考慮すべきである.また,罹患者の理解度に応じた説明を行い,できるだけ本人の了解(インフォームド・アセント,用語解説参照)を得ることが望ましい7,8).IRD特有のカウンセリングとして,後述する遺伝子治療薬のほかに,さまざまな遺伝子治療や内服治療の臨床試験が実施されていることを伝えることも重要である.特定された原因遺伝子によっては,将来国内で実施される臨床試験の対象者になり得るからである.遺伝学的検査を受けることによって,IRD診断の域に留まらず,臨床試験への参加資格や新たな治療法の開発研究へとつながる可能性がある.II遺伝学的検査の種類・方法2023年6月に両アレル性RPE65遺伝子変異によるIRDに対する遺伝子補充療法薬であるボレチゲンネパルボベク(ルクスターナ注,ノバルティスファーマ社)の製造販売が承認され,同年,IRDに特化した遺伝学的検査「PrismGuideIRDパネルシステム」(シスメックス社)の製造販売も承認された.2024年度からPrismGuideIRDパネルシステムの運用が開始される.これまでIRDに対する遺伝学的検査は,すべて研究レベルで行われてきたが,健康保険の適用となったことは,患者とその家族に光をもたらすという意味で大きな進展といえる.眼科以外では難病領域の遺伝学的検査の保険収載化が進み,2022年度には合計191の検査項目が保険収載(D006-4遺伝学的検査)されるに至っている9).これまでIRDに対して遺伝学的検査が保険収載されなかった理由として,網膜色素変性に絞っても105種類(常染色体顕性遺伝31種類,常染色体潜性遺伝71種類,X連鎖性遺伝3種類)の責任遺伝子がRetNetに報告されており,IRD全体としてはさらに多数の責任遺伝子が存在するため,遺伝子変異をつきとめることがきわめて困難と考えられていたためである.遺伝学的検査を理解するために,遺伝子の構造について述べる.遺伝子はおおまかにプロモータ,エクソン,イントロンの三つから構成されている(図1)6).プロモータは遺伝子の司令塔で,mRNA(メッセンジャーRNA)の発現をコントロールしている.スプライシングによって,遺伝子からmRNAに転写される領域がエクソンで,転写されず除去される領域がイントロンである(図1)6).転写されたmRNAが,蛋白質に翻訳される設計図となる.エクソンとイントロンの境界部は,遺伝子変異の好発部位として知られ,転写に影響を与える.現状,日本で行われているIRDに対する遺伝学的検査は,保険適用となった遺伝子パネル検査,研究レベルで行われている全エクソーム解析,全ゲノム解析の三つがある6).遺伝子パネル検査の試料は血液で,末梢血から白血球を分離しゲノムDNAを抽出する.全エクソーム解析と全ゲノム解析も多くの場合,同様に試料を採取する.それぞれの特徴について述べる.1.遺伝子パネル検査IRDに関連しRPE65遺伝子を含む82遺伝子(表1)を網羅的に調べるPrismGuideIRDパネルシステムが保険収載された.ハイブリダイゼーション・キャプチャー法(用語解説参照)で,各遺伝子のエクソン領域とエクソン・イントロン境界部から10bpイントロン側の配列をキャプチャーし,次世代シークエンサを用いて塩基配列を決定する(図2).詳細は,本システムのカタログ(https://products.sysmex.co.jp/)を参照していただきたい.遺伝学的検査に対する遺伝カウンセリングの提供,インフォームド・コンセント取得後,SRL社などを経由して,採血管が最終的に理研ジェネシス社に配送され解析が行われる.保険収載に先立って,IRDと診断された100例で臨床研究が実施され,遺伝子変異の764あたらしい眼科Vol.41,No.7,2024(18)プロモータ3′5′遺伝子イントロン1イントロン2転写mRNA蛋白質に翻訳図1遺伝子の構造,転写,翻訳エクソンを三つ有する遺伝子を例に示す.ゲノム上でDNA配列中に遺伝子は存在している.DNAや遺伝子は相補性のある2本鎖を形成し存在している.遺伝子が読まれる方向の上流(図の左)側が5′(プライム),下流(図の右)側が3′(プライム)と定義されている.転写によって,イントロンが除去され1本鎖のmRNAとなり,蛋白質翻訳の設計図となる.(文献6より改変引用)表1PrismGuideIRDパネルシステムで解析対象の遺伝子No.対象遺伝子21CYP4V242NR2E363RHO1ABCA422DHDDS43NRL64RLBP12ADGRV123DRAM244NYX65ROM13AIPL124EYS45PCARE66RP14BEST125FAM161A46PDE6A67RP1L15C8orf3726FSCN247PDE6B68RP26CA427GNAT248POE6C69RP97CACNA1F28GRK149PDE6G70RPE658CDH2329GUCA1A50POC1B71RPGR9CDHR130GUCY2D51PRCD72RPGRIP110CEP29031IDH3B52PROM173RS111CERKL32IMPDH153PRPF374SAG12CFAP41033lMPG254PRPF3175SEMA4A13CHM34lQCB155PRPF676SNRNP20014CLRN135KCNV256PRPF877SPATA715CNGA136KLHL757PRPH278TOPORS16CNGA337LRAT58RBP379TTC817CNGB138MAK59RDH1280TULP118CNGB339MERTK60RDH581USH2A19CRB140MYO7A61RGR82ZNF51320CRX41NMNAT162RGS9BP本システムではRPE65遺伝子を含む82遺伝子が解析対象となっている(シスメックス社の製品カタログより抜粋).エクソン・エクソン・エクソン・エクソン・イントロンイントロンイントロンイントロン境界境界境界境界イントロン1イントロン2イントロン33′5′遺伝子10bp10bp10bp10bp塩基配列を決定する範囲塩基配列を決定する範囲図2PrismGuideIRDパネルシステム(シスメックス社)の塩基配列決定領域ある遺伝子のエクソンC2とエクソンC3領域を例として示す.本パネルシステムでは,解析遺伝子のエクソン領域,エクソン・イントロン境界部からイントロン側にC10Cbp(塩基対)の領域の塩基配列を決定する.エクソン・イントロン境界部のイントロン側3′末端(最下流)のC2塩基(アデニン,グアニン)はアクセプター部位と,イントロン側5′末端(最上流)のC2塩基(グアニン,チミン)はドナー部位と定義され,両者はCcanonicalスプライス部位とよばれ,遺伝子変異の好発部位として知られている.本パネルシステムは,canonicalスプライス部位の変異は検出される.一方,エクソン・イントロン境界部からイントロン側にC10Cbpよりさらに深いイントロン側は,ディープイントロンとよばれ,解析対象とはならない.責任遺伝子A責任遺伝子B変異1変異2変異3塩基配列が読まれるリード3′5′3′遺伝子パネル解析全エクソーム解析全ゲノム解析図3遺伝学的検査の解析範囲遺伝子パネル解析,全エクソーム解析,全ゲノム解析領域の違いを示す.遺伝子パネル解析では,責任遺伝子CAが含まれるものの責任遺伝子CBは含まれない.変異C1(責任遺伝子CA)と変異C3(責任遺伝子CB)はエクソン領域に存在し,変異C2(責任遺伝子CA)はディープイントロン領域に存在している.遺伝子パネル解析:解析対象の責任遺伝子CAの変異C1のみを検出.全エクソーム解析:変異C1と責任遺伝子CBの変異C3を検出.全ゲノム解析:イントロン領域も解析範囲であることから,変異1~3のすべてを検出.(文献C6より改変引用)表2バリアントデータベースdbSNPrs番号などChttps://www.ncbi.nlm.nih.gov/snp/C頻度主体CHGVDgnomAD遺伝子名,rs番号,バリアントC遺伝子名Chttps://www.hgvd.genome.med.kyoto-u.ac.jp/Chttps://gnomad.broadinstitute.org/CJMorp遺伝子名,rs番号Chttps://jmorp.megabank.tohoku.ac.jp/ClinVar遺伝子名,rs番号,バリアントChttps://www.ncbi.nlm.nih.gov/clinvar/C疾患関連CHGMD遺伝子名Chttps://www.hgmd.cf.ac.uk/CLOVDv.3.0遺伝子名Chttps://databases.lovd.nl/shared/genesC統合型CVarSome遺伝子名,rs番号,バリアントChttps://varsome.com/CdbSNP:TheSingleNucleotidePolymorphismdatabase,HGVD:HumanGeneticVariationDatabase,gnomAD:CTheGenomeAggregationDatabase,JMorp:JapaneseMultiOmicsReferencePanel,HGMD:TheHumanGeneMutationDatabase,LOVD:LeidenOpenVariationDatabase図4IntegrativeGenomicsViewerを用いたNF1遺伝子領域・塩基配列の可視化a:染色体C17上に存在するCNF1遺伝子領域のカバレッジはC430Xで,コーディング領域(エクソンC16とC17)が十分にシークエンスされている.Cb:エクソンC17の拡大図.示されているとおり,全リードの約半数で,NF1mRNA(NM_000267.3)のCc.1884の位置でシトシン(C)からアデニン(A)への塩基置換(c.1884C>A,rs555635097)に伴うストップゲイン変異(p.Tyr628Ter)がヘテロ接合性に検出されている.(文献C12より改変引用)カバレッジ欠損範囲カバレッジ母親カバレッジ罹患者(姉)3′カバレッジ罹患者(弟)5′エクソン17エクソン18エクソン19RPGRIP1遺伝子カバレッジ欠損範囲図5IntegrativeGenomicsViewerを用いたRPGRIP1遺伝子領域の可視化全ゲノム解析を行い,RPGRIP1遺伝子のエクソンC17からC19までの領域を示す.杆体C1色覚と診断された姉と弟のカバレッジ・リードアライメントをみると,エクソン18を含む領域が広範囲にホモ接合で欠損している.一方,母親では,同部位のカバレッジはその周囲に比べて明らかに低くなっており,ヘテロ接合で欠損していることが示唆される.(文献C13より改変引用)■用語解説■遺伝子変異:IRDの原因となる生殖細胞遺伝子変異をさす.生殖細胞遺伝子変異は,体細胞変異とは異なり,次世代に遺伝する.生殖細胞とは,配偶子(精子や卵子)の形成過程において受精能力を有している細胞である.インフォームド・アセント:検査や治療を受ける小児患者に対して,その検査や治療について理解できるようにわかりやすく説明し,その内容について本人の納得を得ること.ハイブリダイゼーション・キャプチャー法:ハイブリダイゼーションとは,1本鎖の核酸(DNAやCRNA)が相補性に別の核酸に水素結合を通してC2本鎖を形成することをいう.遺伝子のターゲット領域(塩基配列を決定する部位)のCDNAに対して,プローブCDNA(キャプチャープローブ)を用い,ハイブリダイゼーションによって,ターゲット領域を抽出する方法を,ハイブリダイゼーション・キャプチャー法とよんでいる.リード:次世代シークエンサによって塩基配列が決定される一つの読み取り断片をリードとよんでいる.PCR法産物に例えると,増幅されたCPCR法産物全体のC1分子(2本鎖CDNA)がリードに相当する.通常の次世代シークエンサで読まれるリード長は,150Cbp(塩基対)ほどである.カバレッジ:次世代シークエンサで得られた配列データを評価する際,しばしば出現する専門用語である.次世代シークエンサで読まれるリードデータの重なりをカバレッジ,カバレッジの厚みをカバレッジ深度(coveragedepth)と表現している.遺伝子パネル検査では,100CX(倍)以上のカバレッジで配列が読まれ,全エクソーム解析ではC50CX以上のカバレッジで読まれ,全ゲノム解析ではC25-30CXのカバレッジで読まれる.「カバレッジの均一性(uniformity)が高い」とは,どの遺伝子のカバレッジを比較してもカバレッジ深度に大きな差がないことを意味する.CClinVar:ヒトゲノムのバリアントと関連する疾患についての情報を収集し,誰でもアクセス可能な公開アーカイブとして米国国立生物工学情報センター(Nation-alCCenterCforCBiotechnologyInformation:NCBI)が提供しているデータベースのこと.①CNCBIが管理・運営しているヒトの一塩基置換(singleCnucleotidepolymorphism:SNP)ID(rs番号),②遺伝子名・シンボル,③疾患名などを入力してCClinVar内を検索することができる.二次的所見:IRDの疾患原因となる遺伝子変異を一次的所見とよぶ.一方,全エクソーム解析のような網羅的遺伝子解析では,IRD以外の遺伝子配列も結果的には調べている.ACMGの提案では,遺伝性不整脈や遺伝性腫瘍など,臨床的に有用性のある遺伝子変異を二次的所見と定義している.2021年,開示すべき遺伝子リストとして,35疾患・73遺伝子を報告している.日本医療研究開発機構の小杉班は,「医療現場でのゲノム情報の適切な開示のための体制整備に関する研究」で,「ゲノム医療におけるコミュニケーションプロセスに関するガイドライン―そのC2:次世代シークエンサーを用いた生殖細胞系列網羅的遺伝学的検査における具体的方針(改訂第C2版)」を報告している(https://www.amed.go.jp/content/000087775.pdf)ので,参考にしていただきたい.IRDに対する網羅的遺伝子解析研究のなかで,二次的所見の扱いについては,今後の重要な検討課題である.C-