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遺伝性網膜ジストロフィ

2024年7月31日 水曜日

遺伝性網膜ジストロフィInheritedRetinalDystrophyinPediatricPatients國吉一樹*はじめに小児の遺伝性網膜ジストロフィは,頻度は低いものの,多くの種類の疾患が含まれている.そのなかには眼底所見に乏しく,弱視との鑑別が問題となる疾患もある.本稿では,眼底観察がむずかしい小児にみられる遺伝性網膜ジストロフィのなかで,代表的な疾患について解説する.ILeber先天黒内障(図1)1869年にドイツのLeberが最初に報告した新生児~乳児の重篤な遺伝性網膜ジストロフィで,頻度は3万~8万出生に1人とされる.典型例では生後半年までに視覚障害に気づかれ,おもな症状は,ものを追視しない,眼振,対光反射の減弱ないし消失などである.指で眼をこする,押さえるなどの症状がみられることがあり,指眼現象(digito-ocularsign)とよばれる.眼底はびまん性の網膜変性を示すことが多いが,正常のこともある.Leber先天黒内障の本態は網膜の強い機能障害なので,診断には網膜電図(electroretinogram:ERG)が減弱ないし消失しているという所見が必要である.Leber先天黒内障は現在までに20種類以上の原因遺伝子が同定されており,多くは常染色体潜性遺伝を示す.そのなかで,RPE65遺伝子異常によるLeber先天黒内障に対して,アデノ随伴ウイルス(adeno-associat-edvirus:AAV)ベクターを用いた遺伝子治療(遺伝子補充療法)が2023年8月からわが国でも承認され,2024年5月現在,東京医療センターと神戸アイセンター病院で治療が行われている.これに伴って,遺伝性網膜ジストロフィに対する遺伝子パネル検査が保険適用となった.これは,今まで治療方法のなかった遺伝性網膜ジストロフィの診療における画期的な進歩であり,患者やその家族にとってこのうえない福音である.しかし,本治療にはいくつかの問題が指摘されている.それは,①わが国ではRPE65遺伝子異常によるLeber先天黒内障の頻度は欧米に比較して低い,②治療後に炎症や網脈絡膜萎縮をきたす可能性がある,③どの程度長期にわたって効果が持続するかは不明である,④非常に高価である(両眼でほぼ1億円),⑤視力を向上させるには,視覚の臨界期(感受性期)を過ぎる前に治療を行う必要がある,などである.さらに今後,遺伝子治療の対象疾患を拡大するにあたっては,AAVベクターに搭載できる遺伝子の大きさに限界があることや,顕性遺伝の網膜ジストロフィにはゲノム編集など,ほかの方法が必要であることが問題である.IIStargardt病(図2)1909年にドイツのStargardtによって最初に報告された遺伝性網膜ジストロフィである.本疾患は後に黄色斑眼底と合わせて一つの疾患概念となった(Stargardt病/黄色斑眼底).本症は,欧米では若年者の遺伝性網膜ジストロフィとして頻度が高く,常染色体潜性遺伝形式*KazukiKuniyoshi:近畿大学医学部眼科学教室〔別刷請求先〕國吉一樹:〒589-8511大阪府大阪狭山市大野東377-2近畿大学医学部眼科学教室0910-1810/24/\100/頁/JCOPY(53)799図1Leber先天黒内障の眼底(a,b),指眼現象(digito-ocularsign,c),フラッシュERG原因遺伝子は,それぞれRDH12(a),CRB1(b),NMNAT1(c)であった.いずれもERGは消失型(non-recordable)であった.図2Stargardt病の眼底(a,b)とフルオレセイン蛍光造影像(c)a:小児例.b:成人例.c:成人例.背景蛍光が暗い(darkchoroid/choroidalsilence).-図3卵黄状黄斑ジストロフィの眼底(a)とOCT所見(b)本症例は成人例で,卵黄期である.(弘前大学上野真治先生のご厚意による)-FlashERGXLRS図4先天網膜分離症の広角眼底写真(a),黄斑部拡大写真(b),フラッシュERG広角眼底写真では耳下側に網膜分離を認め,大きな網膜内層裂孔を伴っている.黄斑部には車軸状(桑実様)黄斑変性を認める.フラッシュERGはb波が減弱してa波よりも振幅が小さく,陰性型(negative型)ERGである(.).図5杆体一色覚の眼底(a),OCT所見(b),ERG(DA0.01,DA30,LA3,LA.icker)眼底は正常であるが,OCTでは中心窩下のellipsoidzoneが不明瞭である.ERGでは,杆体ERG(DA0.01)とフラッシュERG(DA30)はよく記録されているが,錐体ERG(LA3)とFlickerERG(LAFlicker)は消失型(non-recordable)である.正常例~CSNB(完全型)CSNB(不全型)眼底正常例ERG図6先天停在性夜盲(Schubert-Bornschein型)の完全型と不全型フラッシュERG(DA30)は完全型,不全型ともにnegativeERGを示す(.).On応答とo.応答の分離記録(LAOn-O.)では,完全型ではon応答のb波が欠如しているのに対して,不全型はon応答もo.応答も減弱している.DA0.01:杆体ERG,LA3:錐体ERG,LAFlicker:FlickerERG.小口病白点状眼底眼底正常例図7小口病と白点状眼底いずれもフラッシュERGのa波,b波ともに減弱し,b波の振幅はとくに小さい(.).On応答とo.応答(LAOn-O.)は,いずれもやや減弱しているが記録可能で,特異的な変化はない.

網膜芽細胞腫

2024年7月31日 水曜日

網膜芽細胞腫Retinoblastoma鈴木茂伸*はじめに網膜芽細胞腫は小児の網膜に生じる悪性腫瘍であり,国内の年間新規発症数は70~80人の希少疾患である.早期発見し,正しい診断を行うことが重要であり,診断がつけば治療法はある程度決まってくる.治療終了後は眼球だけではなく全身の経過観察が重要である.本稿では発生機序,診断,治療,治療後の経過観察について概要を述べる.I疾患概要発症頻度に人種差,性差はない.片眼だけの場合と両側発症の場合があり,2対1の割合である.41%が1歳まで,89%が3歳までに診断される1).先進国では多くの患者が眼球内に限局した状態で発見され,この段階で転移を生じることはほとんどない.そのため,5年生存率は95%以上という疾患である.腫瘍の位置や大きさに依存するが,半分程度の眼球が温存され,有効な視機能温存が可能な場合がある.両側性の全例と片側性の1/6が遺伝性を有し,子に遺伝する可能性があり,後述する二次がんや三側性網膜芽細胞腫に注意を払う必要がある.II疾患の発生機序本疾患の原因遺伝子は13番染色体長腕にあるRB1遺伝子である.片側性の1%程度はMYCN遺伝子の増幅が原因であるが2)今回は割愛する.RB1遺伝子は細胞周期を制御する重要な蛋白である網膜芽細胞腫蛋白質(retinoblastomaprotein:pRB)をコードしている.遺伝子の変化によりpRBが機能しなくなると細胞周期を制御できなくなり,種々の遺伝子変異が蓄積し,最終的にがん化すると考えられている.網膜に生じたがん細胞は増大して網膜.離や硝子体播種を生じ,眼球外に浸潤したり転移を生じるようになる.1細胞には2遺伝子座がある.RB1遺伝子の場合は,一方の遺伝子座に変化を生じても細胞機能は維持されるが,両方の遺伝子座に変化を生じるとがん化する(two-hittheory).腫瘍以外の体細胞のRB1遺伝子の状態で2通りある(図1).体細胞のRB1遺伝子に変化がなく,網膜の1細胞で2段階の遺伝子変化を生じた場合は,生殖細胞には遺伝子の変化がないため遺伝せず(=非遺伝性),確率的に複数の細胞で2段階の遺伝子変化を生じることはないため単発腫瘍・片側性になる.生まれながらにすべての細胞で1遺伝子座のRB1遺伝子変化を有している状態を生殖細胞系列変異とよび,遺伝性網膜芽細胞腫の状態である.細胞機能は保たれているが,複数の細胞で残りの1遺伝子座に変化を生じることが多く,眼腫瘍は多発・両側性になり,体の他の細胞に生じればその組織に別の腫瘍,すなわち二次がんを生じる.また,生殖細胞にも減数分裂で1/2の確率でRB1遺伝子の変化が伝わり,子に遺伝することになる.がんが遺伝するのではなく,RB1遺伝子の変化という「がんになりやすい状態」が遺伝するということになり,*ShigenobuSuzuki:国立がん研究センター中央病院眼腫瘍科〔別刷請求先〕鈴木茂伸:〒104-0045東京都中央区築地5-1-1国立がん研究センター中央病院眼腫瘍科0910-1810/24/\100/頁/JCOPY(45)791体細胞変異(Somaticmutation)=・網膜の1細胞だけの変化・単発腫瘍,片側性・遺伝しない・すべての体細胞に1遺伝子座の変化・複数の細胞で2段階目の変化・両眼性,片眼性の1/6・遺伝性onehitonehit図1遺伝性と非遺伝性体細胞変異は網膜のC1細胞だけの問題であり,遺伝しない.生殖細胞系列変異は複数の細胞でC2段階目の変化を生じ,多発することがあり,遺伝性である.図2初期病変の眼底所見網膜に白色隆起病変を認め,内部に白く反射する石灰化を認める.図3超音波断層検査硝子体腔に突出する実質性の腫瘤を認め,内部に石灰化を反映する高反射を認める.図4MRIa:T1強調画像.Cb:T2強調画像.a,bで両眼とも脳実質と同程度の信号を呈する.Cc:腫瘍は造影効果を示す.腫瘍辺縁の網膜下液も描出されている.図5選択的眼動脈注入バルンカテーテルで内頸動脈遠位を一時的に閉塞し,眼動脈へ薬剤を投与する.ab図6眼球温存治療前の眼底写真2カ月,男児,Ca:右眼,b:左眼.治療前,両眼とも後極に複数の大きな腫瘍を認め,視神経乳頭が見えない.Cab図7眼球温存治療後の眼底写真a:右眼,b:左眼.全身化学療法による複数回の局所治療により視神経乳頭は見えるようになり,病変は不活化したと判断した.その後,10年以上再発はない.的には視機能,二次がんなどに注意をはらう.成人になった場合には遺伝に関する情報を提供する.Ca.治療後の眼科的診察局所治療による寛解の判断は眼底検査で行うしかない(図6,7).リキッドバイオプシーや腫瘍マーカーの意義は確立していない.定期的診察で再発を確認した場合は局所治療の追加を検討する.再発発見時に追加治療可能な程度で発見するため,治療後半年は月C1回,その後は2~3カ月と間隔を伸ばしつつ長期間観察を行うことが望ましい.眼球摘出をした場合には,眼窩内再発に注意しつつ,義眼をはずして眼窩内を観察し,再発を疑う場合にはCMRIなどで確認する.Cb.長期フォロー視機能はC3歳ころから測定可能であるが,視力不良眼の検査は困難な場合が多い.弱視訓練に関しては,ある程度視機能が保たれていると予測される場合には検討の余地があるが,後極腫瘍ではむずかしいことが多い.二次がんに関しては肉腫が多いが,体の成長するC10~20歳代は細胞分裂が多いこともあり,二次がんの好発時期になる.放射線治療を受けると遺伝子に傷が生じるため,発がん確率が高くなる.放射線治療が使われていた時代のデータであるが,両側性患者の二次がん発症率はC20年でC15.7%であった13).二次がん自体は網膜芽細胞腫と異なり,生命予後を悪化させる大きな要因であり,予後は腫瘍の組織型,部位により大きく異なる.また,二次がんを治療後,三次,四次がんなどのリスクが増えるため,生涯にわたり発がんの不安が付きまとうことになる.二次がんは有効なサーベイランスの方法が確立しておらず,症状に応じた全身検査が推奨されているのが現状である14).全身CMRIは解像度が低く,有効性は確立していない.遺伝については,両側性は遺伝性でありC50%の確率で子に遺伝し,浸透率がC90%以上であることからC45%が発病することになる.片側性のうちC15%程度は遺伝性であり,7.5%が子に遺伝することになる.発病者に対する遺伝学的検査はC2016年から保険収載されている.発端者で病的バリアントが検出されなければ子の遺伝学的検査は意味がない.発端者で病的バリアントが検出された場合,これが子に検出されれば遺伝していることになり,ほぼ発病することになる.子の検査は,新生児の採血は負担が大きいことから,臍帯血を用いた検査が行われる.ただ,検査結果が出るまでC3週間ほどかかることから,出生時に眼底検査を行い,結果開示の際にも眼底検査を行うことが望ましく,その後は検査結果に基づき判断する.発端者の病的バリアントが判明している場合,絨毛もしくは羊水を採取し検査する出生前診断が可能であり,海外では広く行われている.流産の危険がゼロではなく,堕胎につながる可能性も否定できないということで,国内ではごく一部の施設のみで行われている.着床前診断(preimplantationCgeneticCtestCforCmonogenic/CsingleCgenedefect:PGT-M)は,重篤な遺伝性疾患に対し,体外受精により得られた受精卵の検査を行い,病的バリアントのない胚を母体に戻す方法であり,海外では複数の国で行われているが,国内では日本産科婦人科学会の倫理審査を受ける必要がある.文献1)TheCCommitteeCforCtheCNationalCRegistryCofCRetinoblasto-ma:TheCnationalCregistryCofCretinoblastomaCinCJapan(1983.2014)C.CJpnJOphthalmol62:409-423,C20182)RushlowDE,MolBM,KennettJYetal:CharacterisationofretinoblastomaswithoutCRB1Cmutations:genomic,geneexpression,CandCclinicalCstudies.CLancetCOncolC14:327-334,C20133)MallipatnaCA,CGallieCBL,CChevez-BarriosCPCetal:Retino-blastoma.AJCCcancerstagingmanual,8thed(AminMB,EdgeSB,GreeneFLetaleds)C,p819-831,Springer,20174)ShieldsCL,MashayekhiA,AuAKetal:Theinternation-alclassi.cationofretinoblastomapredictschemoreductionsuccess.Ophthalmology113:2276-2280,C20065)ShieldsJA,ShieldsCL,ParsonsHetal:Theroleofpho-tocoagulationCinCtheCmanagementCofCretinoblastoma.CArchCOphthalmol108:205-208,C19906)ShieldsJA,ParsonsH,ShieldsCLetal:Theroleofcryo-therapyinthemanagementofretinoblastoma.AmJOph-thalmolC108:260-264,C19897)ShuelerCAO,CFluhsCD,CAnastassiouCGCetal:Beta-rayCbrachytherapywith106Ruplaquesforretinoblastoma.IntJRadiatOncolBiolPhysC65:1212-1221,C20068)ShieldsCL,BasZ,TadepalliSetal:Long-term(20-year)Creal-worldoutcomesofintravenouschemotherapy(chemo-reduction)forCretinoblastomaCinC964CeyesCofC554CpatientsCatasinglecentre.BrJOphthalmolC104:1548-1555,C20209)SuzukiS,YamaneT,MohriMetal:Selectiveophthalmic796あたらしい眼科Vol.41,No.7,2024(50)

未熟児網膜症

2024年7月31日 水曜日

未熟児網膜症HotTopicsinRetinopathyofPrematurity福嶋葉子*はじめに未熟児網膜症(retinopathyofprematurity:ROP)は,早産児の網膜にみられる異常血管新生を本態とする小児期の失明疾患の一つである.近年,ROP診療では国際分類の改訂と血管内皮増殖因子(vascularendothelialgrowthfactor:VEGF)を阻害する薬物療法の承認という二つの新しい話題があった.初回治療として網膜光凝固だけでなく抗VEGF薬を選択できるようになったことから,光凝固と抗VEGF薬の選択基準,抗VEGF治療後の適切な診察期間の設定,周辺網膜の無血管領域の扱いなど新たな課題も顕在化してきた.本稿では,ROP診療に関する最新情報をキャッチアップできるように,診断と治療について概説したうえで,最近の診断支援技術の開発研究についても言及する.I疫学新生児医療の水準によってROPの発症率や治療率は異なる.わが国では,新生児医療の進歩を反映して治療例や失明例は減少傾向にある.新生児臨床研究ネットワークデータベースによれば,在胎32週未満および出生体重1,500g以下の新生児における治療率は2007年の16%をピークに徐々に減少し,2017年には9%となった.東京都を対象とした多施設研究でも,超低出生体重児(出生体重1,000g未満)の治療率は2002年,2011年,2020年でそれぞれ41%,29%,27.5%と減少傾向にあることが最近報告された1).また,全国盲学校の3~5歳児における視覚障害原因としてROPの占める割合は2005年からの10年間で32%から13%と大きく減少しており,ROP診療の質的向上があると推察される.II診断のための検査と重症度判定スクリーニング対象は在胎34週未満,または出生体重1,800g以下の児とすることが多い.高濃度酸素投与や人工換気を要した児に対しては,この基準にかかわらず眼底検査を行う.在胎26週未満の児では修正29~30週から,在胎26週以上の児では生後3週から検査を開始する.診察の際には,眼球心臓反射や無呼吸発作に注意して,短時間で終えるよう心がける.画像記録には広画角デジタル眼撮影装置RetCamRが有用であるが,ほかにもPanoCamや3nethraneoがある.代替として,画角は狭いが倒像鏡レンズを用いたスマートフォン撮影法もある.重症度の判定には国際分類(internationalclassi.cationofROP:ICROP)が用いられる.近年の画像診断ならびに画像撮影機器の進歩や抗VEGF薬の普及などの現状を踏まえて第3版(ICROP3)が2021年に公開された2)〔小児眼科学会のウェブサイト(http://www.japo-web.jp/info.php?page=4)から改訂要旨を確認できる〕.この分類では,活動期の網膜症を病変の位置(Zone),病変部の外観(Stage),plusdiseaseによって重症度を決定する(図1).Zoneは,視神経乳頭を起点として血管が伸びた距離を示し,ZoneI,II,IIIで記す.ZoneI*YokoFukushima:大阪大学大学院医学系研究科眼免疫再生医学共同研究講座〔別刷請求先〕福嶋葉子:〒565-0871大阪府吹田市山田丘2-2大阪大学大学院医学系研究科眼免疫再生医学共同研究講座0910-1810/24/\100/頁/JCOPY(37)783図1Notch(湾入)耳側の境界線が他と比べて後極よりにある.これがnotchである.aはbと比べてさらに後方まで湾入している.NotchがZoneI領域に位置しているが他の境界線はZoneIIにある場合には,ZoneIsecondarytonotchと表記して,ZoneIとして扱い治療適応を決める.-図2ZoneIとZoneIIZoneIとZoneIIを示す.ZoneIに近い領域をposteriorZoneIIとして区分する.この画像はposteriorZoneIIよりも周辺側に血管が伸びており,ZoneIIstage3withoutplusと判定される.図3Plusdisease後極血管の拡張と蛇行で判定する.a,Cb,Cc,Cdの順に蛇行と拡張が進行している.Normal(Ca)とCplus(Cd)の判定についての評価者間の差は少ないが,bをCnormal/preplus,CcをCpreplus/plusと判定するかは評価者によってばらつくことが予想される.図4ラニビズマブ治療例a:在胎C25週C480.gで出生.修正C33週にCZoneCIA-ROPに対してラニビズマブ硝子体注射.Cb:修正在胎C41週(治療後C2カ月).網膜血管は伸長したが,血管の拡張と蛇行がみられる.再燃の所見である.点線は治療時の血管先端部,は現在の血管先端部を示す.(文献C6より引用)表1国際治験の比較薬剤治療判定時期治療成功率(全体)治療成功率(A-ROP)再治療率※1(症例数)再治療時期(中央値)最周辺まで血管伸長した割合(治療C2年)CRAINBOWCstudyラニビズマブC0.2.mg治療後C24週C80%C40%C31%8週(4~16週)C59%CFIREFLEYECstudyアフリベルセプトC0.4.mg治療後C24週C85%C73%28%C※211週(4~17週)80%C※3C※C1レスキュー治療を含む.※C2眼数ではC21%.※C3CFIREFLEYECnextstudyによる.治療C1年ではC71%.図5Persistentavascularretina(PAR)在胎C22週C536.gで出生.修正在胎C36週にCTypeC1CROPに対してベバシズマブ投与.5歳時の超広角走査型レーザー検眼鏡による眼底画像(a)と後極の拡大像(b)を示す.耳側周辺部にCPARがある.眼位は正位,視力はCLV=1.0と良好.(文献C9より引用)に光凝固を考慮する.抗CVEGF治療後の適切な診察間隔の設定とCPARの扱いは今後の課題である.C3.視機能a.光凝固視機能に影響する頻度の高い後遺症として,近視化がある.また,凝固範囲や凝固数と近視の程度は相関することが報告されている.とくにCZoneCIROPはCZoneCIIROPに比べて凝固領域が広く高度近視となる可能性が高い.近視の進行はC1歳すぎまでに急速に進むが,それ以降は緩やかになる傾向となる.また,光凝固で瘢痕化した領域を含む視野狭窄がみられる.ほかにも,網膜.離,緑内障,白内障,斜視,屈折異常など,多彩な長期後遺症に注意を払わなければならない.Cb.抗VEGF薬光凝固治療と比較して近視化は軽度となる.RAIN-BOWstudyのC2年経過の結果8)では,片眼に.5Dを超える近視がある例はラニビズマブC0.2Cmg群でC7%であるのに対して,光凝固群ではC34%と有意にラニビズマブ群が近視化は少ないことが示された.また,FIREFL-EYECnextCstudy11)において,2年経過の平均等価球面値はアフリベルセプト群で.0.6D,光凝固群でC.1.9Dであった.C.5Dを超える近視はアフリベルセプト群で7.8%,光凝固群でC21.7%となっており,RAINBOWstudyと近い結果となった.CVROP診療を支援する技術開発日本ではCROPの発症率・治療率は減少傾向にあるが,世界的には低中所得国における早産児の生存率が上がったことによりCROPは増加傾向にある.専門医の不足も相まって診療の効率化が喫緊の課題となっており,診断支援技術の開発が進められている.C1.ハイリスク児の予測早産児にとって眼底検査は心拍低下や無呼吸を誘発する全身負担の大きい検査の一つである.先進国ではスクリーニング対象のうち治療例はC10%前後であり,不要な検査を減らす目的で重症化リスクを判定する方法が数多く報告されてきた.リスク判定モデルの多くは在胎週数,出生体重,体重増加を変数として用いている.ウェブ上には,情報を入力すればリスク判定値が出力されるプラットフォームを提供しているサイトもある(DIGI-ROP:https://www.digirop.com/).人種や医療水準が異なるため必ずしもすべてが普遍的なモデルとはいえないが,日本人集団にも適応可能なモデルもある.たとえば,北米コホートを対象としたCG.ROP基準を日本人に適応すると,重症例を見逃すことなく,現行のスクリーニング基準から対象患児を約C25%減らすことができる12).ほかにも日常的に計測されている動脈血酸素飽和度の値をスクリーニング開始前までに解析することでスクリーニング効率の向上につながる可能性がある13).こうしたリスク予測モデルは,早産児・医療従事者の負担を減じるだけでなく,医療経済にも貢献できる.C2.OCT網膜領域のマルチモーダルイメージングの進歩はめざましいが,小児への応用はいまだに限定的である.それでも機器開発の兆しはみられており,その一つに手持ち光干渉断層計(opticalCcoherencetomography:OCT)がある.OCT画像から病期によらない黄斑浮腫の存在,視細胞の未熟性による中心窩陥凹形成の遅れ,進行したROP既往例での薄い脈絡膜厚など,新しい知見が報告されている2,14).今後さらに開発が進み普及すれば,病態理解や診断に寄与するであろう.C3.画像診断へのAI応用網膜疾患では糖尿病網膜症や加齢黄斑変性に対する人工知能(arti.cialintelligence:AI)応用は広く知られているが,ROPでもCRetCamなどの広角眼底撮影機器で取得した画像を用いた研究が増加している14).初期の深層学習モデルは,Stage,CZone,Cplusの判別などの単一の特徴抽出を対象とするものであったが,近年ではCROP病期の識別,重要な特徴量の抽出,進行・退縮・再燃を含む予後予測など,より複雑な目的を果たすように設計されている.米国発のCtheCImagingCandCInformaticsCinCROPCdeeplearning(i-ROPDL)AIシステムでは,後極血管の形態から重症スコア(vascularCseverityscore:VSS)を設788あたらしい眼科Vol.C41,No.7,2024(42)定し,従来のCZone,CStage,plusの三つの別次元のパラメータを一元化して数値で表した15).これを用いることで治療前の重症度のみならず治療後の改善や再燃についても数値の大小によって評価できると示唆されている.こうした客観的な定量評価は均質で精度の高い診断につながる.ほかにも診断補助技術として実用化が期待できる自動診断の成果が,海外から次々と報告されている.おわりにROP診療における最近の話題をとりあげた.改訂された国際分類CICROP3は現状に即した体系的な分類を提供し,主観的判断を極力少なくして客観性と再現性の向上を図っている.これにより,診断の標準化に近づける重要な指針となっている.また,新たに承認された抗VEGF治療は「虚血網膜に血管を誘導する」という革新をもたらした.抗CVEGF治療後の視力や屈折についてはおおむね良好な報告が多く,解剖学的な予後の改善だけでなく機能的な予後の改善が予想される.しかし,再燃やCPARを背景とした網膜.離の潜在的な危険があることを念頭に置き,長期に経過観察をする必要がある.さらに,血清CVEGF抑制は全身への影響も懸念されており,抗CVEGF薬の安全性を立証するために治療後の追跡データの蓄積が望まれる.これまでの情報を踏まえて,治療選択の際には光凝固・抗CVEGF薬それぞれの治療方法に固有の合併症や課題を理解し,最適な方法を選択することが求められる.治療選択肢が増えたことで良好な視機能の獲得が期待される一方で,国際治験では光凝固・抗CVEGF薬いずれも治療成功率はC60~80%にとどまった.つまり,いまだ治療不成功が存在し,失明に至る疾患であることに変わりはない.治療を成功させるためには,正しく診断して適切な時期に治療することが依然としてもっとも重要であるが,医師側の習熟度によって診断のばらつきが生じる.重症化リスク判定やCAIによる画像診断が社会実装されれば,専門医のいない施設でも最適なCROP診療ができるようになる.診断支援技術の開発スピードは目を見張るものがあり,この領域での実用化に期待したい.文献1)太刀川貴子,清田眞理子,吉田朋世ほか:超低出生体重児における未熟児網膜症東京都多施設研究第C3報.日眼会誌C127:231,C20232)ChiangCMF,CQuinnCGE,CFielderCARCetal:InternationalCclassi.cationCofCretinopathyCofCprematurity,CthirdCedition.COphthalmologyC128:e51-e68,C20213)FukushimaCY,CKawasakiCR,CSakaguchiCHCetal:Character-izationCofCtheCprogressionCpatternCinCretinopathyCofCprema-turityCsubtypes.COphthalmolRetinaC4:231-237,C20204)EarlyCtreatmentCforCretinopathyCofCprematurityCcoopera-tivegroup:RevisedCindicationsCforCtheCtreatmentCofCreti-nopathyCofprematurity:resultsCofCtheCearlyCtreatmentCforCretinopathyCofCprematurityCrandomizedCtrial.CArchCOphthalmolC121:1684-1694,C20035)寺崎浩子,東範行,北岡隆ほか:未熟児網膜症に対する抗CVEGF療法の手引き(第C2版).日眼会誌C127:570-578,C20236)KubotaCH,CFukushimaCY,CNandinantiCACetal:RetinalCbloodCvesselCformationCinCtheCmaculaCfollowingCintravitrealCranibizumabCinjectionCforCaggressiveCretinopathyCofCpre-maturity.CCureus16:e60005,C20247)StahlCA,CLeporeCD,CFielderCACetal:RanibizumabCversusClaserCtherapyCforCtheCtreatmentCofCveryClowCbirthweightCinfantsCwithCretinopathyCofprematurity(RAINBOW):anCopen-labelCrandomisedCcontrolledCtrial.CLancetC394:1551-1559,C20198)StahlCA,CSukgenCEA,CWuCWCCetal:E.ectCofCintravitrealCa.iberceptCvsClaserCphotocoagulationConCtreatmentCsuccessCofCretinopathyCofprematurity:theC.re.eyeCrandomizedCclinicalCtrial.CJAMAC328:348-359,C20229)近藤寛之,荒木俊介,三木淳司ほか:ファーストステップ!子どもの視機能をみるスクリーニングと外来診療(仁科明子,林思音編),全日本病院出版会,202210)MarlowCN,CStahlCA,CLeporeCDCetal:2-yearCoutcomesCofCranibizumabCversusClaserCtherapyCforCtheCtreatmentCofCveryClowCbirthweightCinfantsCwithCretinopathyCofCprematu-rity(RAINBOWCextensionstudy):prospectiveCfollow-upCofCanCopenClabel,CrandomisedCcontrolledCtrial.CLancetChildAdolescHealthC5:698-707,C202111)StahlCA,CNakanishiCH,CLeporeCDCetal:IntravitrealCa.iberceptCvsClaserCtherapyCforCretinopathyCofCprematuri-ty:two-yearCe.cacyCandCsafetyCoutcomesCinCtheCnonran-domizedCcontrolledCtrialCFIREFLEYECnext.CJAMACNetwCOpenC7:e248383,C202412)ShirakiCA,CFukushimaCY,CKawasakiCRCetal:RetrospectiveCvalidationCofCtheCpostnatalCgrowthCandCretinopathyCofCpre-maturity(G-ROP)criteriaCinCaCJapaneseCcohort.CAmJOphthalmolC205:50-53,C201913)KubotaCH,CFukushimaCY,CKawasakiCRCetal:ContinuousCoxygenCsaturationCandCriskCofCretinopathyCofCprematurityCinCaCJapaneseCcohort.CBrCJOphthalmol(publishedConlineC(43)あたらしい眼科Vol.C41,No.7,2024C789

先天異常

2024年7月31日 水曜日

先天異常CongenitalDisorders横井匡*はじめに小児網膜疾患は多岐にわたるが,本稿においては遺伝子異常に伴う疾患や,いわゆる構造異常または奇形に伴う先天素因のある,比較的臨床で遭遇する頻度の高い疾患について,近年の知見や治療の知識をアップデートする.IStickler症候群Stickler症候群はコラーゲン代謝異常によって,白内障や網膜.離などの眼症と,口蓋裂や鞍鼻,小顎,難聴,関節過可動などの全身症状を示す症候群である.小児においては未熟児網膜症(retinopathyofprematuri-ty:ROP),家族性滲出性硝子体網膜症(familialexuda-tivevitreoretinopathy:FEVR)とともに網膜.離をきたす代表疾患であり,巨大裂孔網膜.離を特徴とし,生涯にわたり,50%程度の網膜.離合併リスクがあるとされる.COL2A1遺伝子変異を認めるものはType1Stickler症候群とよばれ,サブグループのうち80%を占め1),もっとも多い.硝子体は液化し,膜様・ベール状の異常硝子体がみられる.通常の格子状変性と,本疾患に特徴的な血管に沿う放射状の網膜変性を認める.巨大裂孔網膜.離には硝子体手術が適応され,とくにパーフルオロカーボンを用いて硝子体切除,光凝固を行ったあと,シリコーンオイル直接置換が行われる.硝子体は完全に液化しているようにみえて,強度近視眼にみられるような薄く変性した硝子体膜が残っていることが多く,できる限り.離,除去する.下方の巨大裂孔には硝子体手術とともにバックリングの併用が望ましい.現代の硝子体手術では最終復位率は90%を超えるが,再.離率が高いため,慎重な経過観察が必要である2).昨年“NewEnglandJournalofMedicine”に本症における網膜.離が冷凍凝固によって多くを予防できることが報告された3).硝子体手術の復位率が向上したとはいえ網膜.離における視機能障害は避けられず,本報告のインパクトは大きく,今後Stickler症候群の網膜.離は予防の時代に入っていくかもしれない(図1).II色素失調症色素失調症は乳児期に体幹四肢を主体に発症する小紅斑を主症状とするほか,歯牙,骨,中枢神経,肺,眼に症状を引き起こす症候群であり,Bloch-Sulzberger症候群ともよばれる.X連鎖顕性遺伝形式をとる遺伝性疾患であり,ごくまれな例を除いて女児に発症する.男児は胎生致死である.炎症,細胞接着,細胞死に関与するNF-lBの調節蛋白をコードするIKBKG/NEMO遺伝子変異によって発症し4),約35%の症例が眼症状を呈する5).ROPやFEVRとは違い,視力低下の多くはすでに形成された網膜動脈の閉塞によって周辺部網膜に無還流領域が形成されることによる二次的な新生血管,線維血管増殖の形成と,これによる牽引性網膜.離によるものである.網膜動脈の蛇行,周辺部網膜の蒼白化,動静脈シャントが網膜症の徴候であり,治療方針決定のため蛍光眼底造影が必須である.無血管野を認め,かつ新生*TadashiYokoi:杏林大学医学部眼科学教室〔別刷請求先〕横井匡:〒181-8611東京都三鷹市新川6-20-2杏林大学医学部眼科学教室0910-1810/24/\100/頁/JCOPY(27)773図1Stickler症候群(12歳,女児.左眼)a:周辺部網膜に高度な変性を認める.硝子体は液化している.b:変性に対してやや後方まで全周光凝固を行った.9年経過し網膜.離を認めず視力は0.5である.図2色素失調症(7歳,女児)a:左眼は生後から網膜全.離.b:眼底像.とくに耳下側に軽度の浸出と血管拡張,新生血管を疑う.c:蛍光眼底造影検査所見.耳側に広汎な無血管野と,新生血管からの漏出.光凝固によって治癒し,矯正視力は1.0である.図3Coats病(3か月,男児)白色瞳孔に気づかれ受診.a:網膜全.離,網膜下の高度な浸出,毛細血管拡張と血管瘤がみられる.b:蛍光眼底造影では漏出は明らかでなく,数珠状に拡張した毛細血管が確認できる.図4Coats病(6歳,女児)就学時健診で右眼視力不良を指摘された.a:黄斑部は回避されるが,耳側から下方に高度な浸出性変化を認める.b:蛍光眼底造影耳側から下方に毛細血管拡張・血管留を認める.c:冷凍凝固後9年.浸出性変化,網膜上の増殖は鎮静化している.矯正視力は0.2である.図5混合型PFVS(1歳,男児.左眼)内斜視を主訴に紹介受診した.硝子体血管本幹の遺残,これによる黄斑牽引と形態異常.水晶体後面の混濁を伴う.片眼性で器質変化は強く,黄斑部も障害されており廃用性斜視となっている.手術による視力上昇は見込めない.図6Pit-macular症候群(16歳,女児.左眼)a:視神経乳頭耳側にピットを認め,アーケード内から下方に網膜.離を認める.b:OCT像.Cc:硝子体切除後C5年.網膜は復位したが矯正視力はC0.01.術前に網膜下液が吸収・再発を繰り返し,手術をせず長期に経過を観察したことが術後視力不良の一因と考えられる.図7脈絡膜コロボーマ(16歳,男児.右眼)a:網膜.離を合併,黄斑部はコロボーマからわずかにはずれている.b:硝子体手術後C5年,網膜は復位している.コロボーマ周囲への光凝固を認める.黄斑部はわずかに回避されている.矯正視力はC0.3.後発白内障を合併している.図8朝顔症候群(7歳,男児.右眼)a:朝顔症候群に網膜.離を合併している.b:硝子体手術により網膜復位を得た.乳頭周囲全周に光凝固が必要であり視力は術直後はC0.01であったが,その後光覚なしとなった.図9胞状の若年性網膜分離症(1歳,男児.右眼)a:網膜は全周に分離を認め,下方は胞状に分離している.分離した黄斑部が上方に翻転している.b:下方胞状.離が自然軽快している.分離した黄斑部が確認でき,視力はC0.07である.胞状.離はしばしば自然軽快する.離をC98.100%に合併し,車軸様変性をきたすことが特徴的である.また,黄斑部のみならず周辺部にも分離が及び銀箔様変化ともいわれる.眼底変化が軽微であれば機能的な弱視と間違われ経過を観察される場合がある.受診のきっかけは乳児期からの眼振や斜視,健診による視力不良がほとんどであり,まれに架橋血管の破綻による硝子体出血によって視力低下が自覚され受診する.眼底検査,OCTで網膜分離があり,網膜電図(electro-retinogram:ERG)で陰性Cb波を示せば診断はほぼ確定するが,遺伝子検査でCRS1遺伝子変異を同定できれば確実である.分離した外層に裂孔を形成し,牽引が生じれば分離でなく.離が生じる.網膜硝子体界面は高度に異常があるため硝子体手術はむずかしく,はっきりとした外層孔が同定できれば強膜バックリングを第一選択とする.強膜バックリングが不能であれば硝子体手術を行う.分離して硝子体腔中に浮遊する網膜内層は機能していないため,止血後切除し,術後の異常牽引を生じないようにする.硝子体.離が非分離部網膜でも生じないことはあるが,可及的に硝子体を切除する.最近,胞状の網膜分離で黄斑部を覆う場合には形態覚遮断予防に早期に内層を切除する報告がなされた29).自然軽快例もあり適応は慎重に行う必要がある(図9).アデノウイルスベクターを用いた遺伝子治療の治験も行われるなど30)今後の動向も注目したい.文献1)RichardsCAJ,CMcNinchCA,CMartinCHCetal:SticklerCsyn-dromeCandCtheCvitreousphenotype:mutationsCinCCOL2A1andCCOL11A1.CHumMutatC31:e1461-1471,C20102)LeeAC,GreavesGH,RosenblattBJetal:Long-termfol-low-upofretinaldetachmentrepairinpatientswithstick-lerCsyndrome.COphthalmicCSurgCLasersCImagingCRetinaC51:612-616,C20203)AlexanderCP,CFinchamCGS,CBrownCSCetal:CambridgeCprophylacticCprotocol,CretinalCdetachment,CandCsticklerCsyndrome.NEnglJMedC388:1337-1339,C20234)SmahiA,CourtoisG,VabresPetal:Genomicrearrange-mentinnemoimpairsnf-kappabactivationandisacauseofCincontinentiaCpigmenti.CtheCinternationalCincontinentiapigmenti(IP)consortium.NatureC405:466-472,C20005)CarneyRG:IncontinentiaCpigmenti.CACworldCstatisticalCanalysis.CArchDermatol112:535-542,C19766)ShieldsCJA,CShieldsCCL,CHonavarCSGCetal:ClinicalCvaria-tionsandcomplicationsofCoatsdiseasein150cases:the2000CsanfordCgi.ordCmemorialClecture.CAmCJCOphthalmolC131:561-571,C20017)ZhaoCQ,CPengCXY,CChenCFHCetal:VascularCendothelialCgrowthCfactorCinCCoats’Cdisease.CActaCOphthalmolC92:Ce225-e228,C20148)LiangT,PengJ,ZhangQetal:Managementofstage3BCoatsdisease:presentationCofCaCcombinedCtreatmentCmodalityandlong-termfollow-up.CGraefesArchClinExpOphthalmolC258:2031-2038,C20209)Mullner-EidenbockCA,CAmonCM,CMoserCECetal:Persis-tentCfetalCvasculatureCandCminimalCfetalCvascularCrem-nants:afrequentcauseofunilateralcongenitalcataracts.OphthalmologyC111:906-913,C2004;10)DassAB,TreseMT:Surgicalresultsofpersistenthyper-plasticCprimaryCvitreous.COphthalmologyC106:280-284,C199911)Ohno-MatsuiK,HirakataA,InoueMetal:EvaluationofcongenitalCopticCdiscCpitsCandCopticCdiscCcolobomasCbyCswept-sourceCopticalCcoherenceCtomography.CInvestCOph-thalmolVisSci54:7769-7778,C201312)IrvineAR,CrawfordJB,SullivanJH:Thepathogenesisofretinaldetachmentwithmorningglorydiscandopticpit.RetinaC6:146-150,C198613)Linco.CH,CSchi.CW,CKrivoyCDCetal:OpticCcoherenceCtomographyofopticdiskpitmaculopathy.AmJOphthal-molC122:264-266,C199614)TheodossiadisCPG,CGrigoropoulosCVG,CEm.etzoglouCJCetal:VitreousC.ndingsCinCopticCdiscCpitCmaculopathyCbasedConCopticalCcoherenceCtomography.CGraefesCArchCClinCExpCOphthalmolC245:1311-1318,C200715)KiangCL,CJohnsonMW:formationCofCanCintraretinalC.uidCbarrierincavitaryopticdiscmaculopathy.AmJOphthal-molC173:34-44,C201716)HeidaryG:CongenitalCopticCnerveCanomaliesCandCheredi-taryopticneuropathies.JPediatrGenetC3:271-280,C201417)HirakataCA,CInoueCM,CHiraokaCTCetal:VitrectomyCwith-outlasertreatmentorgastamponadeformaculardetach-mentCassociatedCwithCanCopticCdiscCpit.COphthalmologyC119:810-818,C201218)JainN,JohnsonMW:Pathogenesisandtreatmentofmac-ulopathyCassociatedCwithCcavitaryCopticCdiscCanomalies.CAmJOphthalmolC158:423-435,C201419)TanakaA,SaitoW,KaseSetal:RoleoftheepipapillarymembraneCinCmaculopathyCassociatedCwithCcavitaryCopticCdiscanomalies:morphology,surgicaloutcomes,andhisto-pathology.CJOphthalmol2018:5680503,C201820)FigueroaMS,NadalJ,ContrerasI:Arescuetherapyforpersistentopticdiskpitmaculopathyinpreviouslyvitrec-tomizedeyes.RetinCasesBriefRepC12:68-74,C201821)SobolWM,BlodiCF,FolkJCetal:Long-termvisualout-comeCinCpatientsCwithCopticCnerveCpitCandCserousCretinalCdetachmentofthemacula.Ophthalmology97:1539-1542,780あたらしい眼科Vol.41,No.7,2024(34)–

遺伝学的検査・遺伝子検査

2024年7月31日 水曜日

遺伝学的検査・遺伝子検査GeneticTesting/GeneticAnalysis林孝彰*はじめに小児期発症の網膜疾患のなかで,遺伝性網膜ジストロフィ(inheritedretinaldystrophies:IRD)の存在を見逃さないことは重要である.IRDとは,生まれつきもつ遺伝子変異(用語解説参照)が原因で発症する遺伝性の網膜疾患である.2024年4月13日現在,IRDの原因として284遺伝子が,RetinalInformationNetwork(RetNet)(https://web.sph.uth.edu/RetNet/)に報告されている.網膜色素変性と黄斑ジストロフィがIRDの代表疾患で,いずれも難病に認定されている1~4).網膜色素変性は,IRDのなかでもっとも頻度が高く,4,000人に1人の発症頻度とすれば,日本に約3万人の罹患者が存在する(難病センター:https://www.nanbyou.or.jp/entry/196).網膜色素変性や黄斑ジストロフィの発症年齢はさまざまであるものの,小児期に発症するケースはむしろ少ない.小児期に発症するIRDは,全身合併症を伴う症候性とIRD単独で発症する非症候性に分類される.症候性IRDは希少疾患で,Alstrom症候群,Bardet-Biedl症候群,Senior-Loken症候群,Joubert症候群などが報告されている.非症候性IRDは,生後1年以内に臨床症状(振子様眼振,羞明,夜盲,追視困難,oculo-digi-talサインなど)が出現するLeber先天黒内障,先天性錐体機能不全(青錐体1色覚,杆体1色覚),先天性夜盲(完全型先天停在性夜盲,不全型先天停在性夜盲,白点状眼底,小口病)が代表疾患である5).IRDの原因・責任遺伝子の遺伝子変異をつきとめる検査は,遺伝学的検査(または遺伝子検査)とよばれる6).遺伝学的検査はその結果が血縁者や次世代に影響を与えるため,検査のプロセス,すなわち検査の意義や結果の解釈を正しく理解することが重要である.本稿では,小児期に発症するIRDに対する遺伝学的検査実施のプロセス,種類と方法,結果解釈,実際例,問題点について解説する.I遺伝学的検査実施のプロセス日本医学会の「医療における遺伝学的検査・診断に関するガイドライン」によれば,遺伝学的検査とは,IRDなどの単一遺伝子疾患の診断,加齢黄斑変性や緑内障などの多因子疾患のリスク・易罹患性評価,薬物などの効果・副作用・代謝の推定,個人識別にかかわる遺伝学的検査などを目的とした,核およびミトコンドリアゲノム内の原則的に生涯変化しない,その個体が生来的に保有する遺伝学的情報(生殖細胞系列の遺伝子解析より明らかにされる情報)を明らかにする検査と定義されている7).遺伝学的検査実施にあたっては,本ガイドラインを遵守し,十分な遺伝カウンセリングを提供することが求められる.遺伝カウンセリングは,疾患の遺伝学的関与について,その医学的影響,心理学的影響および家族への影響を理解し,それに適応していくことを助けるプロセスである.このプロセスには,①疾患の発生および再発の可*TakaakiHayashi:東京慈恵会医科大学葛飾医療センター〔別刷請求先〕林孝彰:〒125-8506東京都葛飾区青戸6-41-2東京慈恵会医科大学葛飾医療センター0910-1810/24/\100/頁/JCOPY(17)763能性を評価するための家族歴および病歴の解釈,②遺伝現象,検査,マネージメント,予防,資源および研究についての教育,③インフォームド・チョイス(十分な情報を得たうえでの自律的選択),およびリスクや状況への適応を促進するためのカウンセリングなどが含まれる7).2023年に「IRDにおける遺伝学的検査のガイドライン」8)が発刊されているので,参照していただきたい.しかし,実際の眼科診療で十分な遺伝カウンセリングを提供することは時間的に容易ではない.大学病院などでは,遺伝子診療部と連携することが必要である.未成年者など同意能力がない罹患者に対して遺伝学的検査を実施する場合は,本人に代わって検査の実施を承諾することのできる立場にある者の代諾を得る必要があり,その際は,罹患者の最善の利益を十分に考慮すべきである.また,罹患者の理解度に応じた説明を行い,できるだけ本人の了解(インフォームド・アセント,用語解説参照)を得ることが望ましい7,8).IRD特有のカウンセリングとして,後述する遺伝子治療薬のほかに,さまざまな遺伝子治療や内服治療の臨床試験が実施されていることを伝えることも重要である.特定された原因遺伝子によっては,将来国内で実施される臨床試験の対象者になり得るからである.遺伝学的検査を受けることによって,IRD診断の域に留まらず,臨床試験への参加資格や新たな治療法の開発研究へとつながる可能性がある.II遺伝学的検査の種類・方法2023年6月に両アレル性RPE65遺伝子変異によるIRDに対する遺伝子補充療法薬であるボレチゲンネパルボベク(ルクスターナ注,ノバルティスファーマ社)の製造販売が承認され,同年,IRDに特化した遺伝学的検査「PrismGuideIRDパネルシステム」(シスメックス社)の製造販売も承認された.2024年度からPrismGuideIRDパネルシステムの運用が開始される.これまでIRDに対する遺伝学的検査は,すべて研究レベルで行われてきたが,健康保険の適用となったことは,患者とその家族に光をもたらすという意味で大きな進展といえる.眼科以外では難病領域の遺伝学的検査の保険収載化が進み,2022年度には合計191の検査項目が保険収載(D006-4遺伝学的検査)されるに至っている9).これまでIRDに対して遺伝学的検査が保険収載されなかった理由として,網膜色素変性に絞っても105種類(常染色体顕性遺伝31種類,常染色体潜性遺伝71種類,X連鎖性遺伝3種類)の責任遺伝子がRetNetに報告されており,IRD全体としてはさらに多数の責任遺伝子が存在するため,遺伝子変異をつきとめることがきわめて困難と考えられていたためである.遺伝学的検査を理解するために,遺伝子の構造について述べる.遺伝子はおおまかにプロモータ,エクソン,イントロンの三つから構成されている(図1)6).プロモータは遺伝子の司令塔で,mRNA(メッセンジャーRNA)の発現をコントロールしている.スプライシングによって,遺伝子からmRNAに転写される領域がエクソンで,転写されず除去される領域がイントロンである(図1)6).転写されたmRNAが,蛋白質に翻訳される設計図となる.エクソンとイントロンの境界部は,遺伝子変異の好発部位として知られ,転写に影響を与える.現状,日本で行われているIRDに対する遺伝学的検査は,保険適用となった遺伝子パネル検査,研究レベルで行われている全エクソーム解析,全ゲノム解析の三つがある6).遺伝子パネル検査の試料は血液で,末梢血から白血球を分離しゲノムDNAを抽出する.全エクソーム解析と全ゲノム解析も多くの場合,同様に試料を採取する.それぞれの特徴について述べる.1.遺伝子パネル検査IRDに関連しRPE65遺伝子を含む82遺伝子(表1)を網羅的に調べるPrismGuideIRDパネルシステムが保険収載された.ハイブリダイゼーション・キャプチャー法(用語解説参照)で,各遺伝子のエクソン領域とエクソン・イントロン境界部から10bpイントロン側の配列をキャプチャーし,次世代シークエンサを用いて塩基配列を決定する(図2).詳細は,本システムのカタログ(https://products.sysmex.co.jp/)を参照していただきたい.遺伝学的検査に対する遺伝カウンセリングの提供,インフォームド・コンセント取得後,SRL社などを経由して,採血管が最終的に理研ジェネシス社に配送され解析が行われる.保険収載に先立って,IRDと診断された100例で臨床研究が実施され,遺伝子変異の764あたらしい眼科Vol.41,No.7,2024(18)プロモータ3′5′遺伝子イントロン1イントロン2転写mRNA蛋白質に翻訳図1遺伝子の構造,転写,翻訳エクソンを三つ有する遺伝子を例に示す.ゲノム上でDNA配列中に遺伝子は存在している.DNAや遺伝子は相補性のある2本鎖を形成し存在している.遺伝子が読まれる方向の上流(図の左)側が5′(プライム),下流(図の右)側が3′(プライム)と定義されている.転写によって,イントロンが除去され1本鎖のmRNAとなり,蛋白質翻訳の設計図となる.(文献6より改変引用)表1PrismGuideIRDパネルシステムで解析対象の遺伝子No.対象遺伝子21CYP4V242NR2E363RHO1ABCA422DHDDS43NRL64RLBP12ADGRV123DRAM244NYX65ROM13AIPL124EYS45PCARE66RP14BEST125FAM161A46PDE6A67RP1L15C8orf3726FSCN247PDE6B68RP26CA427GNAT248POE6C69RP97CACNA1F28GRK149PDE6G70RPE658CDH2329GUCA1A50POC1B71RPGR9CDHR130GUCY2D51PRCD72RPGRIP110CEP29031IDH3B52PROM173RS111CERKL32IMPDH153PRPF374SAG12CFAP41033lMPG254PRPF3175SEMA4A13CHM34lQCB155PRPF676SNRNP20014CLRN135KCNV256PRPF877SPATA715CNGA136KLHL757PRPH278TOPORS16CNGA337LRAT58RBP379TTC817CNGB138MAK59RDH1280TULP118CNGB339MERTK60RDH581USH2A19CRB140MYO7A61RGR82ZNF51320CRX41NMNAT162RGS9BP本システムではRPE65遺伝子を含む82遺伝子が解析対象となっている(シスメックス社の製品カタログより抜粋).エクソン・エクソン・エクソン・エクソン・イントロンイントロンイントロンイントロン境界境界境界境界イントロン1イントロン2イントロン33′5′遺伝子10bp10bp10bp10bp塩基配列を決定する範囲塩基配列を決定する範囲図2PrismGuideIRDパネルシステム(シスメックス社)の塩基配列決定領域ある遺伝子のエクソンC2とエクソンC3領域を例として示す.本パネルシステムでは,解析遺伝子のエクソン領域,エクソン・イントロン境界部からイントロン側にC10Cbp(塩基対)の領域の塩基配列を決定する.エクソン・イントロン境界部のイントロン側3′末端(最下流)のC2塩基(アデニン,グアニン)はアクセプター部位と,イントロン側5′末端(最上流)のC2塩基(グアニン,チミン)はドナー部位と定義され,両者はCcanonicalスプライス部位とよばれ,遺伝子変異の好発部位として知られている.本パネルシステムは,canonicalスプライス部位の変異は検出される.一方,エクソン・イントロン境界部からイントロン側にC10Cbpよりさらに深いイントロン側は,ディープイントロンとよばれ,解析対象とはならない.責任遺伝子A責任遺伝子B変異1変異2変異3塩基配列が読まれるリード3′5′3′遺伝子パネル解析全エクソーム解析全ゲノム解析図3遺伝学的検査の解析範囲遺伝子パネル解析,全エクソーム解析,全ゲノム解析領域の違いを示す.遺伝子パネル解析では,責任遺伝子CAが含まれるものの責任遺伝子CBは含まれない.変異C1(責任遺伝子CA)と変異C3(責任遺伝子CB)はエクソン領域に存在し,変異C2(責任遺伝子CA)はディープイントロン領域に存在している.遺伝子パネル解析:解析対象の責任遺伝子CAの変異C1のみを検出.全エクソーム解析:変異C1と責任遺伝子CBの変異C3を検出.全ゲノム解析:イントロン領域も解析範囲であることから,変異1~3のすべてを検出.(文献C6より改変引用)表2バリアントデータベースdbSNPrs番号などChttps://www.ncbi.nlm.nih.gov/snp/C頻度主体CHGVDgnomAD遺伝子名,rs番号,バリアントC遺伝子名Chttps://www.hgvd.genome.med.kyoto-u.ac.jp/Chttps://gnomad.broadinstitute.org/CJMorp遺伝子名,rs番号Chttps://jmorp.megabank.tohoku.ac.jp/ClinVar遺伝子名,rs番号,バリアントChttps://www.ncbi.nlm.nih.gov/clinvar/C疾患関連CHGMD遺伝子名Chttps://www.hgmd.cf.ac.uk/CLOVDv.3.0遺伝子名Chttps://databases.lovd.nl/shared/genesC統合型CVarSome遺伝子名,rs番号,バリアントChttps://varsome.com/CdbSNP:TheSingleNucleotidePolymorphismdatabase,HGVD:HumanGeneticVariationDatabase,gnomAD:CTheGenomeAggregationDatabase,JMorp:JapaneseMultiOmicsReferencePanel,HGMD:TheHumanGeneMutationDatabase,LOVD:LeidenOpenVariationDatabase図4IntegrativeGenomicsViewerを用いたNF1遺伝子領域・塩基配列の可視化a:染色体C17上に存在するCNF1遺伝子領域のカバレッジはC430Xで,コーディング領域(エクソンC16とC17)が十分にシークエンスされている.Cb:エクソンC17の拡大図.示されているとおり,全リードの約半数で,NF1mRNA(NM_000267.3)のCc.1884の位置でシトシン(C)からアデニン(A)への塩基置換(c.1884C>A,rs555635097)に伴うストップゲイン変異(p.Tyr628Ter)がヘテロ接合性に検出されている.(文献C12より改変引用)カバレッジ欠損範囲カバレッジ母親カバレッジ罹患者(姉)3′カバレッジ罹患者(弟)5′エクソン17エクソン18エクソン19RPGRIP1遺伝子カバレッジ欠損範囲図5IntegrativeGenomicsViewerを用いたRPGRIP1遺伝子領域の可視化全ゲノム解析を行い,RPGRIP1遺伝子のエクソンC17からC19までの領域を示す.杆体C1色覚と診断された姉と弟のカバレッジ・リードアライメントをみると,エクソン18を含む領域が広範囲にホモ接合で欠損している.一方,母親では,同部位のカバレッジはその周囲に比べて明らかに低くなっており,ヘテロ接合で欠損していることが示唆される.(文献C13より改変引用)■用語解説■遺伝子変異:IRDの原因となる生殖細胞遺伝子変異をさす.生殖細胞遺伝子変異は,体細胞変異とは異なり,次世代に遺伝する.生殖細胞とは,配偶子(精子や卵子)の形成過程において受精能力を有している細胞である.インフォームド・アセント:検査や治療を受ける小児患者に対して,その検査や治療について理解できるようにわかりやすく説明し,その内容について本人の納得を得ること.ハイブリダイゼーション・キャプチャー法:ハイブリダイゼーションとは,1本鎖の核酸(DNAやCRNA)が相補性に別の核酸に水素結合を通してC2本鎖を形成することをいう.遺伝子のターゲット領域(塩基配列を決定する部位)のCDNAに対して,プローブCDNA(キャプチャープローブ)を用い,ハイブリダイゼーションによって,ターゲット領域を抽出する方法を,ハイブリダイゼーション・キャプチャー法とよんでいる.リード:次世代シークエンサによって塩基配列が決定される一つの読み取り断片をリードとよんでいる.PCR法産物に例えると,増幅されたCPCR法産物全体のC1分子(2本鎖CDNA)がリードに相当する.通常の次世代シークエンサで読まれるリード長は,150Cbp(塩基対)ほどである.カバレッジ:次世代シークエンサで得られた配列データを評価する際,しばしば出現する専門用語である.次世代シークエンサで読まれるリードデータの重なりをカバレッジ,カバレッジの厚みをカバレッジ深度(coveragedepth)と表現している.遺伝子パネル検査では,100CX(倍)以上のカバレッジで配列が読まれ,全エクソーム解析ではC50CX以上のカバレッジで読まれ,全ゲノム解析ではC25-30CXのカバレッジで読まれる.「カバレッジの均一性(uniformity)が高い」とは,どの遺伝子のカバレッジを比較してもカバレッジ深度に大きな差がないことを意味する.CClinVar:ヒトゲノムのバリアントと関連する疾患についての情報を収集し,誰でもアクセス可能な公開アーカイブとして米国国立生物工学情報センター(Nation-alCCenterCforCBiotechnologyInformation:NCBI)が提供しているデータベースのこと.①CNCBIが管理・運営しているヒトの一塩基置換(singleCnucleotidepolymorphism:SNP)ID(rs番号),②遺伝子名・シンボル,③疾患名などを入力してCClinVar内を検索することができる.二次的所見:IRDの疾患原因となる遺伝子変異を一次的所見とよぶ.一方,全エクソーム解析のような網羅的遺伝子解析では,IRD以外の遺伝子配列も結果的には調べている.ACMGの提案では,遺伝性不整脈や遺伝性腫瘍など,臨床的に有用性のある遺伝子変異を二次的所見と定義している.2021年,開示すべき遺伝子リストとして,35疾患・73遺伝子を報告している.日本医療研究開発機構の小杉班は,「医療現場でのゲノム情報の適切な開示のための体制整備に関する研究」で,「ゲノム医療におけるコミュニケーションプロセスに関するガイドライン―そのC2:次世代シークエンサーを用いた生殖細胞系列網羅的遺伝学的検査における具体的方針(改訂第C2版)」を報告している(https://www.amed.go.jp/content/000087775.pdf)ので,参考にしていただきたい.IRDに対する網羅的遺伝子解析研究のなかで,二次的所見の扱いについては,今後の重要な検討課題である.C-

小児の網膜検査の実際

2024年7月31日 水曜日

小児の網膜検査の実際EvaluationoftheRetinainPediatricOphthalmology原藍子*上野真治*はじめに眼科における検査は,自覚的検査と他覚的検査に大別されるが,小児において自覚的検査は,協力が得られているようでも集中力が足りずに正確な結果が出ない場合が多く,あくまで参考値にとどまることも珍しくない.しかし他覚的検査は,検査の条件がよいことも前提とはなるが,正確な診断の根拠になるものでもあるため,月齢が低く自覚的検査ができない児において診断の重要なツールとなる.本稿では,網膜疾患における検査として代表的な眼底検査,光干渉断層計(opticalcoherencetomography:OCT),蛍光眼底造影検査,網膜電図(electroretino-gram:ERG)の実際の小児検査におけるポイントについて述べる.眼科検査以外においてもいえることであるが,基本的には小児が嫌がらない検査から順に施行し,最後に一番嫌がられる検査を行うのが重要である.I眼底検査眼底検査は網膜疾患において重要であるが,まぶしさを感じる検査で苦痛もあり,保護者の理解を得て行うべきである.抑制を要することも珍しくないが,これはとくに保護者が立ち会うとショックが大きいため,席をはずしてもらうことが望ましい.抑制時は,開始前にしっかり散瞳されていることを確認してから開始する.とくに嫌がる小児に点眼するときは,散瞳薬が涙で流れてしまい,検査時に散瞳されていないこともあるので複数回点眼することが望ましい.抑制には人手が必要なことも多いため,あらかじめスタッフの確保も必要である.点眼麻酔のあとに開瞼器を用いる.開瞼器は小児用にさまざまなサイズや形状があり,ネジ固定式のバンガーター氏開瞼器やデマル氏開瞼鈎の適切な大きさのものを使用する.観察は単眼倒像,双眼倒像でも可能だが,とくに未熟児網膜症の診察においては,強膜圧迫子を用いての診察を要するため,手があく双眼倒像鏡での診察が一般的と思われる.角膜乾燥予防のために,途中で補助者に人口涙液などの点眼を適宜行ってもらう.自然睡眠下で検査可能な場合もあるが,まぶしさで起きてしまうこともある.時間をかけて検査を行いたい場合は鎮静で行うのが望ましい.トリクロホスナトリウムは内服のみで完結するために,簡便に用いられることも多いが,結局あまり効果が出ずに十分な検査ができなかったという経験も珍しくない.しかし,頻度こそ高くはないものの,呼吸停止,心停止まで至った患者も報告されているため,医療者側は十分に注意して過量投与しないようにするべきである.とくに低年齢の乳幼児は,急速に効いて呼吸抑制を生じる場合と,なかなか効かないからと追加を繰り返すうちに覚醒が遅くなり,呼吸抑制に至っている場合もある.トリクロホスナトリウムでの鎮静がむずかしい場合は,経静脈的に鎮静薬投与を行うことになる.とくに抗てんかん薬であるビガバトリンの副作用のチェックなどの検査では,筆者らは,小児科に*AikoHara&ShinjiUeno:弘前大学大学院医学研究科眼科学講座〔別刷請求先〕上野真治:〒036-8562弘前市在府町5弘前大学大学院医学研究科眼科学講座0910-1810/24/\100/頁/JCOPY(11)757鎮静を依頼して施行している.2019年に神経生理検査時の鎮静における医療安全に関する提言・指針が日本小児神経学会より公開された.検査中に徐脈がないかの観察を行い,可能なら経皮酸素飽和度の測定を行うことが望まれるが,困難な場合には,顔色や呼吸状態などを随時観察すると記載されている1).誤嚥の防止に対しては,2-4-6ルールが提唱されている.2-4-6ルールとは,検査前の経口摂取制限時間のことであり,清澄水は2時間前,母乳は4時間,人工乳,牛乳,粉ミルク,軽食は6時間前までに済ませることをさしている.検査時の誤嚥による窒息を防ぐためには,このルールを遵守して施行すべきである.II光干渉断層計検査OCTは撮像時に近赤外光を用いるため,被験者がまぶしくないので小児でも行いやすい検査である.特殊な手持ちOCTなどがあれば何歳からでも撮影は可能であるが,通常のOCTでの撮影は協力的な児であれば顎台で顔を固定できる2歳頃から可能となる2).OCTにはさまざまな機種があるが,固視がむずかしい小児では,撮影の際に撮影側の機器が固定されているものよりも,左右に動かせるような機器(たとえばハイデルベルグ社製のスペクトラリス)が,患児の視線に合わせて撮影できるので使いやすい.小児の撮影時には,一人で椅子に座れそうな児はあらかじめ椅子を普段よりやや機器に近いところに寄せておき,検査台を低くした状態で座らせると撮影開始までがスムーズである.顎台に顔が届かない児は,保護者の膝の上に座って検査を行う.短時間の検査で撮像するには顔の固定が重要となるが,あまり押し付けようとすると児が嫌がって顔を離してしまうため,顎台の高さや椅子の高さなどの環境を整えるのが重要である.撮影中はなるべく児の眼瞼を触らないようにすると,児が恐怖感なく固視灯を見てくれやすい.検査時には,画面の中に児の好きなキャラクターがいるとか,色の変化など,興味をそそる話をすると固視が持続しやすい.現在ではさまざまなOCTが開発され,広範囲のスキャンや光干渉断層血管撮影(OCTangiography:OCTA)もできるが,時間がかかるため小児ではむずかしいことが多い.短時間で診断に必要な最低限の情報を得るためには,まず黄斑部のラインスキャンの加算回数を減らして記録する.余裕があれば,加算回数を増やし質のよい画像を撮影したり,より広範囲に記録して病巣の範囲を確認したりするとよい.広範囲にOCTを記録する場合には,アイトラッキング機能をオンにすると,1回のスキャン時間は機能オフ時よりも撮像時間が長くなってしまうが,スキャン中の瞬目によるアーチファクトを除外して撮像できるため,小児でもきれいな画像を得やすくなる.III眼底写真眼底に異常のある疾患において,眼底写真を記録することは小児,大人を問わず重要であり,とくに小児の場合は保護者への説明にも役立つ.未熟児網膜症のように病状が刻々と変化し状況によって治療の選択が迫られる疾患は,経時的な変化や治療の効果をみるために眼底撮影が必須となる.また,揺さぶられっ子症候群で訴訟問題になることもあるが,眼底所見が非常に重要になるため,眼底写真を撮影しておくべきである.未熟児網膜症などの乳児の広角の眼底検査でもっとも用いられているのが,手持ちの広角眼底カメラRetCam(Natus社)であろう(図1a).RetCamは画角も130°と広く(図1b),網膜の周辺部の観察が重要な未熟児網膜症の評価になくてはならない存在となっている.近年はスマートフォンに取り付けられるカメラを使用して眼底写真を撮影する報告もあるが,やはり画角が広く,オプションをつければ蛍光眼底造影検査も施行できるRetCamには及ばない.RetCamがない施設では,乳幼児は催眠下またはタオルなどでの抑制のうえ,手持ちの眼底カメラで撮影することになる.いくつかの会社から機器は販売されているが,記録したい範囲を撮影することがむずかしいこともある.眼底検査と同様にスタッフと協力して撮影を行う.今までの通常の眼底カメラでは顎台に顔を乗せられたとしても,周辺視の状態を撮影するのが困難であったが,無散瞳でも周辺部網膜を撮影できる広角眼底カメラの登場により状況は一変した.広角眼底カメラによる眼底写真により,小児の網膜診療に慣れていない眼科医で758あたらしい眼科Vol.41,No.7,2024(12)図1未熟児網膜症のRetCamにおける眼底写真と撮影風景a:RetCamでの実際の撮影風景.b:在胎26週3日,932gで出生した未熟児網膜症Stage2の児の眼底写真である.この写真が撮影された約2週間後,修正39週で両眼にラニビズマブ硝子体注射が施行された.(名古屋大学眼科野々部典枝先生のご厚意による)図2小児の広角眼底カメラでの撮影風景広角眼底写真撮影時には,顔の位置を検査者が調整するが,あまり押さえつけないように注意する.Optos社製の眼底カメラは顎台を設置していないため,椅子を適切な高さにし,成人の撮影よりも椅子を近づけてから中をのぞいてもらい,撮影者が瞳孔の位置を調整して撮影する.図3小児の蛍光眼底造影画像5歳9カ月で当科初診,左眼Coats病の診断となった.検査に非常に協力的で,当科にまだ広角眼底カメラが導入されていなかった時代であったが,その年齢で9方向視も上手にできた画像である.図4RETevalを用いたERGの撮影の実際センサーストリップとよばれるシール型の電極を貼付して波形を記録する.小さなドームの内部から光刺激が発出され,被検者はドームをのぞき込んでERGを記録する.開瞼しているかは赤外線モニターで確認できるため,小児の検査にはとくに有用である.aRODbSFcBF15μV/div05015010020005005025msec/div10msec/div10msec/divdCONEeFLK10μV/div10μV/div0505010010msec/div10msec/div図5HE-2000により記録された国際臨床視覚電気整理学会が推奨するERG波形12歳女児の正常波形である.a:ROD(DA0.01)暗順応下に弱い光刺激で杆体系の機能を評価.b:SF(Standard.ash,DA3)暗順応下に中等度の光刺激で網膜全体の機能を評価.c:BF(Bright.ash,DA30)暗順応下に強度の光刺激で網膜全体の機能を評価.d:CONE(LA3)明順FLK(Flicker,LA30Hz)30Hz応下に中等度の光刺激で錐体系の機能を評価.e:のFlicker刺激により錐体系の機能を評価.

小児網膜疾患の特徴

2024年7月31日 水曜日

小児網膜疾患の特徴CharacteristicsofPediatricRetinalDiseases仁科幸子*はじめに小児の網膜疾患には重篤な視覚障害をきたす疾患が多く,小児の失明原因の約46%を占めている1).しかし,眼科医が眼底検査を行わないと発見できないため,とくに乳幼児期では発見が遅れがちである.近年,検査や診断技術の進歩により,さまざまな網膜疾患の病態解明が進み,早期に的確な診断がついて治療やロービジョンケアを導入できるケースが増えてきた.本稿では,小児の網膜疾患の特徴について概説し,日常臨床においてどのように網膜疾患を発見し,どう診断につなげていくか,その要点を述べる.I小児の網膜疾患の特徴1.小児に起こる網膜疾患の病因小児に起こる網膜疾患は成人に比べて頻度が少ない.また,病因や病態は成人の疾患と異なり,先天異常,周産期異常,遺伝性疾患,全身疾患に伴う疾患が多い.代表的な小児の網膜疾患を表1に示す.これらの疾患を念頭に置いて,所見をとることが重要である.各論については他稿を精読いただきたい.小児の網膜疾患は病因・疾患概念が同一であっても多様な臨床像を呈する.また,乳児期に病像が急速に変化することがあるため,発見時には診断が困難な例もある.しばしば前眼部所見を伴うので,眼球全体を十分観察し,全身疾患や家族歴の有無を調べることが肝要である.2.網膜硝子体の発生と先天異常2)硝子体および網膜の発生は,相互に密接に関与している.小児の網膜疾患の病態を把握するために,網膜硝子体の発生における主要なイベントを知っておきたい.発生初期(胎齢5週頃)に眼杯,水晶体胞,胎生裂が形成されると,胎生裂あるいは眼杯前縁と水晶体胞の間隙から眼杯内に神経堤細胞と血管が侵入して初期の硝子体(第一次硝子体)が発生する.つぎに血管を含まない第二次硝子体が網膜側より発達し,第一次硝子体は萎縮消失してCloquet管になる.初期発生に異常をきたすと,小(無)眼球となり,網膜硝子体のみならず,全眼球に及ぶ高度の先天異常となる.発達期の眼球内を栄養する硝子体血管系は,内頸動脈由来の背側眼動脈の分枝として発生し,胎生裂から眼杯内に侵入する.胎齢6~7週で胎生裂が閉鎖するが,このイベントが正常に進まないと網脈絡膜コロボーマを生じ,重症例では虹彩・水晶体から視神経乳頭に及ぶ広汎なコロボーマとなる(図1a).胎生裂の閉鎖後,視神経乳頭から水晶体後部に向かう本幹と分枝(硝子体固有血管)が発達し,水晶体血管膜に続く.また,眼杯外で伸びた背側および腹側眼動脈は眼杯前縁で血管輪を形成して水晶体血管膜と吻合する.硝子体血管系は胎齢10~12週にもっとも発達するが,硝子体固有血管は胎齢15~20週,本幹は周産期までに退縮する.しかし,胎生期の硝子体血管系が異常増殖もしくは遺残すると,硝子体血管系遺残(persistenceof*SachikoNishina:国立成育医療研究センター眼科〔別刷請求先〕仁科幸子:〒157-8535東京都世田谷区大蔵2-10-1国立成育医療研究センター眼科0910-1810/24/\100/頁/JCOPY(5)751表1小児に起こる代表的な網膜疾患分類代表的網膜疾患先天異常胎生血管系遺残,家族性滲出性硝子体網膜症,Norrie病,網膜有髄神経線維,黄斑低形成,網脈絡膜コロボーマ周産期異常未熟児網膜症他の血管増殖性疾患Coats病全身疾患・症候群に伴う網膜疾患色素失調症,眼白皮症・眼皮膚白皮症,先天代謝異常,症候性網膜色素変性症(Usher症候群,Bardet-Biedl症候群,Kearns-Sayer症候群,Cockayne症候群など),Stickler症候群,Marfan症候群,結節性硬化症,白血病網膜症遺伝性網膜ジストロフィLeber先天盲・早発型網膜色素変性症,先天網膜分離症,先天停止性夜盲,卵黄状黄斑ジストロフィ,Stargardt病,錐体(杆体)ジストロフィ,白点状眼底,杆体一色覚腫瘍性疾患網膜芽細胞腫,網膜過誤腫,網膜血管腫感染・炎症性疾患胎内感染(トキソプラズマ,サイトメガロウイルスなど),サルコイドーシス,中間部ぶどう膜炎外傷虐待性頭部外傷,裂孔原性網膜.離図1網膜硝子体の発生異常による疾患a:小眼球・網脈絡膜コロボーマ.b:後部型硝子体血管系遺残.c:進行性の牽引性網膜.離を呈する家族性滲出性硝子体網膜症.d:黄斑低形成.る.未熟児網膜症は発達途上の網膜血管に起こる増殖性疾患であるが,在胎週数が少ないほど網膜血管が未発達なため重症化する.家族性滲出性硝子体網膜症(familialexudativevitreoretinopathy:FEVR)は,遺伝素因によって網膜血管の発育不全が起こり牽引網膜,網膜ひだ,牽引性網膜.離,白色瞳孔など,左右眼に進行性の多彩な網膜異常をきたす(図1c).網膜は眼杯内板(神経網膜),外板(網膜色素上皮)から発生分化する.胎齢7~8週には神経節細胞が分化し,神経線維の進展が始まるが,視神経無形成が起こると,網膜血管の形成も阻害される.網膜層構造は胎齢7~9カ月頃までに発達するが,後極部では発達が早く周辺部では遅い.さらに黄斑部が完成するのは生後4カ月頃である.網膜の形成異常(異形成)があれば,第二次硝子体の発生が障害され,眼球全体の発育不全(小眼球)をきたしやすい.また,さまざまな先天異常に合併して,もしくは単独に黄斑低形成が起こる(図1d).3.小児の網膜硝子体疾患の特殊性3)発達途上にある小児の網膜硝子体の特殊性は,病態・病像に大きく関与する.おもな特徴として,眼球の形態・機能とも未発達であること,高度の増殖や牽引が起こること,網膜が伸展性に富むこと,ときに遺残組織を伴うこと,硝子体線維の走行が成人とは異なること,網膜硝子体間の接着が強いことがあげられる.未熟児網膜症,FEVR,Coats病,色素失調症に伴う血管増殖性の網膜症では,急速に牽引性変化が進行して,牽引網膜,網膜ひだ,水晶体後面に向かう牽引性網膜.離・白色瞳孔など小児に特有の網膜.離の形態を呈する.発達途上で視覚の感受性の高い乳幼児期に起こる網膜疾患は,たとえ治療ができたとしても,重篤な視覚障害をきたしやすい.片眼性や左右差のある両眼性の重症眼では,高度の弱視をきたし,視機能の予後はきわめて不良である.II網膜疾患の発見と診断1.乳幼児の眼底検査はいつ行うか小児の視覚障害の84%は0歳で発生する.原因疾患として未熟児網膜症が16.9%,先天眼底疾患は合わせて約25%を占めている1).新生児期,乳児期から,眼科医は初診時に必ず散瞳して眼底検査を行うよう努めたい.とくに以下の場合には,眼底検査が必須である.①眼症状がある網膜疾患を疑う症状として,白色瞳孔・猫眼,小眼球,視反応不良,斜視,眼振,羞明,夜盲などがあげられる.保護者から気になる症状を聴取した場合には,必ず眼底検査を行う必要がある.産科,小児科,保健師など,他科多職種にも,日頃から周知を図りたい.②家族歴がある網膜芽細胞腫,小児期・若年期の網膜.離,網膜疾患をきたす全身疾患の家族歴がある場合には,生後1カ月までに眼底検査を受けるように勧めたい.網膜芽細胞腫,FEVR,色素失調症では,超早期の治療が視覚の予後向上に寄与する.遺伝子検査が保険収載されている網膜芽細胞腫,遺伝性網膜ジストロフィ,難聴,先天異常症候群などは,両親の遺伝子検査結果をもとに,眼底検査や精密検査〔網膜電図(electroretinogram:ERG),光干渉断層計(opti-calcoherencetomography:OCT)など〕を計画する.米国では網膜芽細胞腫に対し,RB1遺伝子変異患者家系のリスク評価と,リスクのある小児の眼底スクリーニングについて,ガイドラインを策定している4).ハイリスク児に対しては,生後8週まで2~4週おきに眼底検査,8週~1歳までは毎月の眼底検査を全身麻酔下で行うことを推奨している.日本では遺伝子検査や全身麻酔下検査をルーチンに実施できる施設が限られているが,今後,参考にすべき管理法である.③新生児集中治療室(NICU)診療未熟児網膜症の眼底検査の開始時期は定まっているが,未熟児以外の患児に対しても,NICU診療の一環として積極的に眼底検査を行う.胎内感染が疑われる児,網膜疾患を伴う全身疾患や症候群を疑う児に対しては,可及的早期に眼底検査を行えるように,新生児科医と連携をとる.原因不明の全身症状に対し,眼底所見が診断に役立つこともある.④小児科からの依頼小児科医が眼異常を疑った場合や,眼異常を伴う全身(7)あたらしい眼科Vol.41,No.7,2024753図3虐待性頭部外傷の眼底所見5カ月,女児.眼底後極部から周辺部まで及ぶ多発性・多層性の動静脈からの網膜出血,黄斑部を含むドーム状の出血性網膜分離・網膜ひだを認める.図23歳児健診で斜視判定となり発見された網膜疾患a:右眼偽斜視.b:右眼牽引網膜,家族性滲出性硝子体網膜症の疑い.abc図4色素失調症の眼底所見3カ月,女児.a:右眼後極部眼底,網膜血管の拡張や蛇行を認める.b:右眼中間周辺部眼底,網膜血管走行異常と拡張蛇行が顕著にみられ,網膜血管の異常吻合・ループ形成を認める.c:蛍光眼底造影所見,網膜血管の透過性亢進,顕著な網膜動脈閉塞と無灌流域を認める.早急に光凝固治療を実施した.

序説:小児の網膜疾患 

2024年7月31日 水曜日

小児の網膜疾患PediatricRetinalDisorders佐藤美保*外園千恵**日下俊次***小児の網膜疾患の診療にはさまざまなむずかしさがある.小児の診察そのものが特殊で多くの医師は苦手としていること,小児の網膜疾患は頻度が少ないこと,さらに疾患によっては大人と所見が大きく異なることなどから,診断までに長い時間がかかることもまれではない.さらに手術はもちろんだが術後管理もむずかしい.平行して行う弱視治療やロービジョンケアも必要である.小児の疾患であっても青年.成人期になると新たな問題がでてくる.治療の晩期合併症,進学,就職,結婚などの問題,次世代への遺伝の問題などがもちあがる.成長の過程で転居したり医師の交代が起きたりすることがあり,子どもの頃からケアしてきた眼科医がずっと経過を追えないことも多い.未熟児網膜症に対する抗血管内皮増殖因子(vascularendothelialgrowthfactor:VEGF)薬の硝子体内投与や網膜色素変性症に対する遺伝子治療など新しい治療が開発されているが,それには新たな問題も起きてくる.小児眼科医だけではなく,すべての眼科医がどこかの時点でなんらかの形でかかわる可能性があるため,その時々に知識をアップデートすることが求められる.幸いなことに,診断に関しては診断機器の進歩や遺伝子診断がめざましく,これまで診断がなかなかつかなかった遺伝性網膜疾患が皮膚電極網膜電図(electroretinogram:ERG)によって診断ができたり,光干渉断層計(opticalcoherencetomography:OCT)や広角眼底カメラの発展によって低年齢の子どもたちの網膜の状態をこれまでより早期に的確に診断できたりするようになってきた.国立成育医療研究センターの仁科幸子先生には,豊富な臨床経験に基づいた小児網膜疾患の特徴と診断方法を解説いただいている.いつ,どのような訴えのときに重篤な眼疾患を疑うか,最新の健診事情など,一般の眼科診療の範囲で知っておくべき知識を網羅していただいた.弘前大学の原藍子先生と上野真治先生にはさまざまな検査の具体的方法について記載していただいている.ERGや広角眼底写真撮影,OCTなどの検査は,最初から「子どもには無理」と思い込まないことが大切である.実際の検査は時間がかかり,慣れたスタッフと医師の経験が要求される.視能訓練士の協力は必須であるが,どの検査をどの順序で行うか,今日できなかった検査をいつするか,小児科医の協力を得て鎮静化で行うか,などの判断は医師が下さなくてはならない.また,現在大きな問題となっている揺さぶられっこ症候群では眼底写真が重要であることから,撮影方法を日常から修練しておくことが大切である.慈恵医大の林孝彰先生には遺伝学的検査について詳細*MihoSato:浜松医科大学医学部眼科学講座**ChieSotozono:京都府立医科大学大学院医学研究科視機能再生外科学***ShunjiKusaka:近畿大学医学部眼科学教室0910-1810/24/\100/頁/JCOPY(1)747に記載していただいた.網膜色素変性症に対する遺伝子治療が開始されたことで,多くの網膜色素変性患者はその恩恵を期待している.ただし適用患者決定のための遺伝子診断はごく限られた施設のみで行われ,一般の眼科医の関心は不十分かもしれない.希望する患者にどのように説明するか,そのための費用は,など一般の眼科医も最低限の知識が要求されている.次に,さまざまな小児網膜疾患のなかから頻度が比較的高く,誰もが一度は診察する可能性のある疾患を各論でとりあげた.先天異常の多くは,教科書でみて知っていても実際に経験する眼科医は多くないと思われる.先天異常とはいっても生後すぐに症状が明らかなことばかりではなく,成長に伴い異常が明らかになってくる進行性の疾患や先天異常が引き起こす二次的な障害もあり,いずれも長く経過をみる必要がある.ある程度初期の治療が終了し,進行が止まった段階で一般眼科医にフォローが依頼される場合もある.胎生血管系遺残(persistentfetalvasculature:PFV),ピット黄斑症候群(pit-macularsyndrome),コロボーマ,朝顔症候群などに伴う網膜.離はもっとも予後の不良な状態であるが,新しい治療方法の報告もみられている.手術予後や手術適用も含め最新の考え方を杏林大学の横井匡先生に解説をお願いした.未熟児網膜症は近年治療方法や予後がもっとも大きく進歩した眼科疾患の一つといってよい.それは周産期医療が発達し低出生体重児の全身管理が良くなったことも大きな要因であるが,抗VEGF薬の硝子体注射が一般的に行われるようになり,重篤な未熟児網膜症(retinopathyofprematurity:ROP)の治療が可能になったことがあげられる.その一方で,治療後の長期にわたる眼底変化と追加治療のためのガイドラインなど未確定の部分も多く,診療にあたる医師は常に情報をアップデートしておく必要がある.大阪大学の福嶋葉子先生には新たな国際分類も含め最新の情報を記載していただいた.網膜芽細胞腫はわが国を含む先進国では生命予後が良好な悪性腫瘍であるが,その分,長期にわたる管理が必要である.特に遺伝性の場合には,二次癌の発生が現在も問題である.現在ではレーザー治療,冷凍凝固,小線源放射線治療や全身化学療法などを行い眼球温存に努めるが,それでも眼球温存率は50%である.そして成人になってからのケアも必要であることを忘れてはならない.乳幼児期に大量の化学療法を受けていること,両側性の場合の次世代への遺伝が50%の確率で起きるなど,AYA世代と呼ばれる思春期・若年成人世代へのケアも重要である.国立がんセンターの鈴木茂伸先生には,わが国で行われている治療方針とともに,網膜芽細胞腫の出生前診断,着床前診断による早期診断・早期治療への課題も示していただいた.遺伝性網膜ジストロフィは近畿大学の國吉一樹先生に解説いただいた.小児期は眼底検査が困難であること,所見が少ないこと,そして屈折異常を伴うことが多いことから,弱視として治療を受けていることも少なくない.弱視治療を行っても視力の向上が十分にみられない場合には,OCTやERGなど小児でも可能な検査を積極的に行い診断につなげる必要がある.遺伝性網膜ジストロフィの診断がついても,弱視としての治療を視覚感受性期間内に行うことは意味がある.家族性滲出性硝子体網膜症(familialexudativevitreoretinopathy:FEVR)については,長年精力的に治療,研究にあたっておられる産業医大の近藤寛之先生に執筆していただいた.FEVRは小児先天網膜.離の原因としては比較的頻度の高い疾患である.疾患の重症度に血縁内での差があることから,未診断のFEVRは決して少なくないと思われ748あたらしい眼科Vol.41,No.7,2024(2)

強膜炎と辺縁系脳炎を発症した再発性多発軟骨炎の1 例

2024年6月30日 日曜日

《原著》あたらしい眼科41(6):733.739,2024c強膜炎と辺縁系脳炎を発症した再発性多発軟骨炎の1例案浦加奈子*1,2渡辺芽里*1川島秀俊*1*1自治医科大学眼科学講座*2原眼科病院CRelapsingPolychondritisPresentingasScleritisandLimbicEncephalitisKanakoAnnoura1,2)C,MeriWatanabe1)andHidetoshiKawashima1)1)DepartmentofOphthalmology,JichiMedicalUniversity,2)HaraEyeHospitalC目的:強膜炎の治療中に耳介腫脹と辺縁系脳炎を併発し,耳介生検で再発性多発軟骨炎(RP)の診断に至った症例を報告する.症例:46歳,男性.両眼の充血と強度の眼痛で当科を紹介受診,プレドニゾロン内服C30Cmg/日を開始した.7カ月かけて漸減終了したが,軽度の充血は持続していた.内服終了後C1カ月で両耳介の腫脹が出現,意識障害で当院へ救急搬送された.MRIで辺縁系脳炎を認め,耳介生検でCRPの診断が確定した.内科でステロイドパルスC2回,エンドキサンパルスC3回,リツキシマブ投与C4回が投与され,その後トシリズマブ導入,メトトレキサート,デキサメタゾン内服を併用した.高次機能障害は残存したが全身症状の悪化はなく,退院となった.退院後C2カ月でステロイド点眼も中止したが眼症状の再燃なく経過している.結論:強膜炎においてCRPは鑑別診断として考慮すべき疾患である.さらに,RPは中枢神経系の合併症を非常にまれだが伴うことがあるので,留意すべきである.CPurpose:Toreportacaseofdevelopingauricularswellingandlimbicencephalitisduringtreatmentforscleri-tis,CleadingCtoCaCdiagnosisCofrelapsingCpolychondritis(RP)viaCauricularCbiopsy.CCase:AC46-year-oldCmaleCwasCreferredCtoCourCdepartmentCdueCtoCrednessCandCsevereCocularCpainCinCbothCeyes.COralprednisolone(30Cmg/day)Cwasprescribed,andtheconditionwasresolvedoveraperiodof7months.However,swellingofbothauriclesthenappeared,andhewasrushedtotheemergencyroomatourhospitalduetoimpairedconsciousness.Magneticreso-nanceCimagingCrevealedClimbicCencephalitis,CandCauricularCbiopsyCcon.rmedCaCdiagnosisCofCRP.CForCtreatment,Cste-roidpulsetherapy,intravenouscyclophosphamide,rituximab,tocilizumab,methotrexate,anddexamethasonewereadministered.Higherbraindysfunctionremained,butsystemicsymptomsdidnotworsen,andhewasdischargedwithnosubsequentrecurrenceofeyesymptoms.Conclusions:Amongscleritispatients,RPshouldbeconsidered,asitcanbeaccompaniedbycomplicationsofthecentralnervoussystem.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C41(6):733.739,C2024〕Keywords:強膜炎,再発性多発軟骨炎,耳介生検,辺縁系脳炎.scleritis,recurrentpolychondritis,auricularbi-opsy,limbicencephalitis.Cはじめに再発性多発軟骨炎(relapsingCpolychondritis:RP)は,全身の軟骨組織に特異的に,再発性の炎症をきたす比較的まれな難治性疾患である1).中枢神経系の合併症を伴うこともあるが,非常にまれであり1,4),今回,筆者らは強膜炎の治療中に耳介腫脹と辺縁系脳炎を併発し,耳介生検でCRPの確定診断に至ったC1例を経験したので報告する.CI症例患者:46歳,男性.主訴:両眼の充血と眼痛.既往歴:特記事項なし.現病歴:20XX年C9月頃より両眼の充血と眼痛があり,近医を受診,0.1%ベタメタゾン点眼頻回投与や,デキサメタゾン結膜下注射が施行されたが改善せず,右眼C32CmmHg,左眼C26CmmHgと眼圧上昇も認め,0.1%ベタメタゾン点眼液C2時間おき,ブリンゾラミド・チモロールマレイン酸塩配合点眼液が投薬されたうえで,20XX年C11月に精査加療目的で当院紹介初診となった.初診時所見:視力は右眼(1.2),左眼(1.2).眼圧は右眼〔別刷請求先〕案浦加奈子:〒329-0498栃木県下野市薬師寺C3311-1自治医科大学眼科学講座Reprintrequests:KanakoAnnoura,M.D.,DepartmentofOphthalmology,JichiMedicalUniversity,3311-1Yakushiji,Shimotsuke,Tochigi329-0498,JAPANC図1a初診時前眼部所見(右眼/左眼)両眼とも角膜は透明で,びまん性に強膜充血を認めた.図1b初診時超音波Bモード(右眼/左眼)明らかな強膜肥厚は認めなかった.18CmmHg,左眼C19CmmHg.両眼とも角膜は透明で,びまん性に強膜充血を認めた.前房内炎症はなく,水晶体は軽度の白内障があったが,後眼部に異常所見は認めなかった.超音波CBモード検査では,明らかな強膜肥厚は認めなかった(図1a,b).臨床検査所見:初診時の血液検査では,白血球C7,800/μl,C反応性蛋白(CRP)はC0.45Cmg/dlと軽度の上昇を認めるのみで,リウマチ因子,抗核抗体,抗白血球細胞質抗体(P-ANCA,C-ANCA)の上昇はなかった.その他特記すべき異常は認めなかった.経過:疼痛が非常に強く,感染が原因ではない強膜炎として,初診時よりプレドニゾロン(PSL)30Cmg/日内服を開始した.眼症状は改善傾向であったため,20XX年C12月頃よりCPSL10mg/日へ漸減したが,充血の再燃を認め,PSL20mg/日へ増量とし,両眼へデキサメタゾン結膜下注射も行った.その後は眼症状は落ち着いたため,20XX+1年1月頃よりCPSL15mg/日に減量したところ,記憶障害,食欲不振,不眠,不安症状などが出現した.精神症状はCPSL内服の影響もあると考え,20XX+1年C2月頃からCPSL10Cmg/日へ,3月頃よりC5mg/日,4月頃よりC2.5mg/日へ減量したが,同時期から多弁,妄想,幻聴が出現した.5月頃よりCPSLはさらにC1Cmg/日に減量としたが,症状は改善せず,精神科を受診した.器質的疾患の除外目的で血液検査と頭部CMRIが施行された.血液検査では,白血球C7,400/μl,Hb12.7Cg/dl,MCV100C.の軽度の正球性正色素性貧血,CRPはC0.02と上昇はなく,ビタミンCB12はC620Cpg/mlと正常範囲内であった.葉酸はC3.1Cng/mlと低下を認めたが,アルコール多飲歴もなく,経過観察とされた.MRIでは活動性のある病変はなしと判断された(図2a).精神科ではステロイドを誘引とした双極性障害として,抗精神病薬が処方された.眼所見は落ち着いており,20XX+1年C6月頃よりCPSLは中止とした.軽躁状態や不安症状は改善したが,記憶障害は残存した.7月頃より,両耳介の腫脹を認めていたが,経過観察としていた.8月頃からは吃逆や咳き込みなどの症状も認めた.図2a精神科受診時の頭部MRI(FLAIR画像)同時期に軽度の結膜充血が出現しており,点眼強化で経過観察としていた.9月C5日にC37.9℃の発熱を認めたが,内科受診はせず,自然経過で解熱した.9月C7日,筋強直を伴う意識障害にて当院へ救急搬送となった.入院までの経過を図3に示した.血液検査では,白血球C10,700/μl,CRP4.91Cmg/dlと上昇を認め,両側耳介に発赤・腫脹を認めた(図2b).ビタミンB1はC37Cng/mlと正常であった.髄液検査では単核球優位の細胞数上昇(細胞数:22/μl,単核球C16/μl,多形核球C6/μl)とCIL-6の上昇(872Cpg/ml)を認めた.頭部CMRIでは辺縁系脳炎を認め(図2c),同日神経内科に緊急入院となった.ヘルペス性脳炎と診断され,アシクロビルが投与開始された.けいれん重責状態に対しては抗てんかん薬が投与され,人工呼吸器が装着された.翌日には意識障害,耳介の発赤・腫脹は改善傾向にあったが,9月C15日のCMRI検査で両側海馬傍回と両側尾状核,左外障,右側頭葉皮質にも異常信号を認めた(図2d).入院時の両耳介所見,強膜炎の既往からRPが疑われ,同日耳介生検が行われた.病理結果ではCRPの所見として了解可能であり,確定診断となった(図2e).髄液CHSV-DNA-PCRは陰性が確認され,アシクロビル内服は中止となった.アレルギーリウマチ科へ転科し,9月C30日よりステロイドパルスを開始した.入院中,脳波検査やMRI検査,髄液検査所見に応じてステロイドパルスC2回,エンドキサンパルスC3回,リツキシマブ投与C4回が施行された.20XX+2年C1月よりトシリズマブを導入,3月よりメトトレキサートC6Cmg/週を追加,12Cmg/週まで増量し,メトトレキサートC12CmgとデキサメタゾンC2.25Cmg内服のみで経過観察となった.炎症後の顕著な脳実質の萎縮に伴い(図2f),高次機能障害は残存したが,全身症状の悪化はなく,20XX+2年5月図2b入院時耳介所見両耳介の発赤腫脹を認めている.に退院となった.眼所見については,内科でステロイドパルス加療開始後C9日後の往診では,充血は完全に消退していた.その後も所見の悪化はなく,退院後C2カ月でステロイド点眼も中止としたが,現在も再燃なく経過している(図2g).CII考按RPは,全身の軟骨組織に特異的に再発性の炎症をきたす比較的まれな難治性疾患である.日本における患者数はC400.500人と推定されている.さまざまな年齢で発症するが,発症年齢のピークはC40.50代で,性差はないとの報告が多い1).臨床症状は,耳介軟骨炎,非びらん性の炎症性多発関節炎,鼻軟骨炎,皮膚病変(特有の皮疹はなく,口内アフタ,結節性紅斑,紫斑など非特異的な皮膚症状を呈する)や,肺炎・気管支炎のほか,心臓血管病変として,大動脈弁閉鎖不全症や僧帽弁閉鎖不全症,心膜炎,心筋炎,心筋梗塞,不整図2c入院時頭部MRI(FLAIR画像)両側海馬傍回,右尾状核にCFLAIRで異常高信号(白丸部分)を認め,辺縁系脳炎を生じていた.図2d入院10日後MRI(FLAIR画像)両側海馬傍回と両側尾状核,左外障,右側頭葉皮質にも異常信号の増悪を認めた(白丸部分).脈(房室ブロック,上室性頻脈),大血管の動脈瘤などが起こることがある.呼吸器合併症や心血管病変は死亡の原因となる.また,まれに腎障害および骨髄異型性症候群,白血病を認め,重症化する1,4).初発症状は耳介の疼痛,発赤が多く,患者のC80.90%にみられる.耳介が崩壊すると外耳道閉塞をきたし,伝音性難聴となることもある1,4).眼病変はC50.65%の患者にみられ,強膜炎,上強膜炎,結膜炎,ぶどう膜炎が中心であるが,視神経乳頭炎を伴い重症化することもある.強膜炎の原因疾患としては,関節リウマチ,ANCA関連血管炎などについで多く,強膜炎患者の約2.4%を占める1).中枢神経症状としては脳炎や髄膜炎,脳梗塞,脳出血を合併することがあるが,わが国ではまれであり,全経過のなかで,1割にも満たない.男性に有意に多く,死亡率はC18%と高い1,4).血液検査は特異的な所見に乏しいが,炎症状態に応じて血沈亢進,CRP上昇がみられる.正球性正色素性貧血を呈することもある.33%が抗CTypeIIコラーゲン抗体陽性,22.66%が抗核抗体陽性,約C16%がリウマチ因子陽性,24%でANCA陽性となるが,今回の患者では,抗CTypeIIコラーゲン抗体は測定しておらず,他の抗体も陰性であった1).図2e耳介軟骨病理軟骨周囲に軽度.中等度の炎症細胞の浸潤を認め,軟骨辺縁部は好酸性を帯び,周囲間質との境界が一部で不明瞭になっていることから再発性多発軟骨炎として了解可能であった.図2f退院時頭部MRI(FLAIR画像)脳実質全体の顕著な萎縮により,くも膜下腔が目立っている.図2g退院5カ月後の前眼部所見強膜炎病態は完全に消退し,炎症の再燃なく経過している.表1McAdamらの診断基準(1976年)2)1.両側性耳介軟骨炎2.非びらん性,血清陰性,炎症性多関節炎3.鼻軟骨炎4.眼炎症5.気道軟骨炎6.蝸牛あるいは前庭機能障害※C6項目のうちC3項目以上が陽性.表2Damianiらの診断基準(1979年)3)1.McAdamらの診断基準でC3項目以上が陽性2.McAdamらの診断基準でC1項目以上が陽性で,確定的な病理組織所見3.軟骨炎が解剖学的に離れたC2カ所以上で認められ,ステロイド/ダプソン治療に反応して改善する場合診断には,McAdamの基準とCDamianiの基準が用いられるが(表1,2)2,3),本症例においては,McAdamの基準はC2項目のみ該当で診断基準を満たさなかったが,Damianiの基準では病理組織所見とあわせて確定診断に至った.今回の症例で生じた辺縁系脳炎とは,海馬,扁桃体などを含めた大脳辺縁系が障害される脳炎のことをさし,臨床症状としては幻覚・妄想・興奮・抑うつなどの精神症状,それらに基づく異常行動,意識障害,けいれん発作などを生じる5).自己免疫性脳炎で呈することの多い臨床所見であり6),頭部MRIのC.uidCattenuatedCinversionrecovery(FLAIR)画像やCdi.usionweightedCimage(DWI)において両側性に側頭葉内側の異常信号変化を認めた場合に同疾患の可能性が高いといわれている7).まれではあるがCRPにも合併することがあり2,12),発症機序としては,全身性エリテマトーデスなど図3内科入院までの経過に類似した中枢神経系の血管炎に起因するもの8)と考えられている.自己免疫性脳炎の治療としては,第一選択免疫療法として,メチルプレドニゾロンパルス療法(intravenousmethyl-prednisolone:IVMP),免疫グロブリン大量静注(intrave-nousimmunoglobulin:IVIg),血液浄化療法などを単独もしくは組み合わせて行い,第二選択免疫療法として,リツキシマブあるいはシクロホスファミドによる治療が行われる.近年では,第二選択免疫療法で効果がみられない患者に対して,形質細胞の産生を阻害するプロテアソーム阻害薬(bort-ezomib),インターロイキンC6受容体阻害薬(tocilizumab),低用量インターロイキンC2療法で改善がみられたとの報告もある7,9,10).RPに伴うものでは,ステロイド単剤での治療11)や,ジアフェニルスルホン(ダプソン),シクロホスファミド,メトトレキサート,シクロスポリンの併用や,インフリキシマブを用いた治療報告がある12).今回の症例でも,同様の加療が用いられ,高次機能障害は残存したが,全身症状は改善した.本症例では当初ステロイド精神病が疑われたが,精神症状が辺縁系脳炎の初期症状であった可能性は高く,その時点で神経内科に相談を行うことで早期に治療介入を行うことが開始できた可能性は否めない.反省すべき点であったと考える.強膜炎の診断においては,RPも念頭に身体診察や問診を行うべきと考えられる.さらにCRPにおいては,非常にまれではあるが中枢神経症状を合併することがあるため,経過中に精神症状の変化があれば速やかに神経内科との連携を図ることが必要と考えられた.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)田中理恵,蕪城俊克:再発性多発軟骨炎.あたらしい眼科C33:941-946,C20162)McAdamLP,CO’HanlanCMA,CBluestoneCRCetal:Relapsingpolychondritis:prospectiveCstudyCofC23CpatientsCandCaCreviewCofCtheCliterature.Medicine(Baltimore)C55:193-215,C19763)DamianiCJM,CLevineHL:RelapsingCpolychondritis-reportCoftencases.LaryngoscopeC89:929-946,C19794)鈴木登:新薬と臨牀69:131-137,C20205)近江翼,金井講治,陸馨仙:総合病院で行われる自己免疫性脳炎の治療の実際.当センターで経験したC7症例をふまえて.精神科救急20:100-109,C20176)木村有喜男,千葉英美子,重本蓉子:自己免疫性辺縁系脳炎.画像診断42:1092-1093,C20227)木村暁夫:神経免疫疾患の最新治療.日本内科学会雑誌C110:1601-1610,C20218)StewartCSS,CAshizawaCT,CDudleyAWCJrCetal:CerebralCvasculitisCinCrelapsingCpolychondritis.CNeurologyC38:150-152,C19889)ScheibeCF,CPrussCH,CMengelCAMCetal:BortezomibCforCtreatmentCofCtherapy-refractoryCanti-NMDACreceptorCencephalitis.NeurologyC88:366-370,C201710)AbboudCH,CProbascoCJ,CIraniCSRCetal:Autoimmuneencephalitis:proposedrecommendationsforsymptomaticandlong-termmanagement.JNeurolNeurosurgPsychia-tryC92:897-907,C202111)藤原聡,善家喜一郎,岩田真治ほか:脳炎を発症した再発性多発軟骨炎のC1例.脳神経外科C40:247-253,C201212)KondoT,FukutaM,TakemotoAetal:Limbicencepha-litisassociatedwithrelapsingpolychondritisrespondedtoin.iximabCandCmaintainedCitsCconditionCwithoutCrecur-renceCafterCdiscontinuationCNagoyaCJCMedCSciC76:361-368,C2014C***

非小細胞肺癌に対する化学免疫療法中に生じた Vogt-小柳-原田病様汎ぶどう膜炎の1 例

2024年6月30日 日曜日

《原著》あたらしい眼科41(6):728.732,2024c非小細胞肺癌に対する化学免疫療法中に生じたVogt-小柳-原田病様汎ぶどう膜炎の1例黒木洋平山本聡一郎江内田寛佐賀大学医学部眼科学講座CACaseofVogt-Koyanagi-Harada-LikePanuveitisDuringChemoimmunotherapyforPrimaryLungCancerYoheiKuroki,SoichiroYamamotoandHiroshiEnaidaCDepartmentofOphthalmology,SagaUniversityFacultyofMedicineC目的:肺癌に対して免疫チェックポイント阻害薬(ICI)加療中に両眼に生じたCVogt-小柳-原田病(VKH)様ぶどう膜炎のC1例の経過を報告する.症例:75歳,男性.非小細胞肺癌(stageIVA)に対して,ICI加療開始C4カ月後に眼痛が出現し,佐賀大学附属病院眼科に紹介となった.両眼漿液性網膜.離(SRD),脈絡膜肥厚を認め,フルオレセイン蛍光造影検査でCSRDと一致する多発点状蛍光漏出,視神経乳頭の過蛍光,インドシアニングリーン蛍光造影検査で中期から後期にCdarkspotを認めた.ICI使用に伴うCVKH様ぶどう膜炎と診断し,呼吸器内科と協議してCICIの休薬を行い,トリアムシノロン後部CTenon.下注射(STTA)のみでCSRDは消失した.経過中生じた薬剤性肺障害に対してプレドニゾロン内服をC6.5カ月行い,現在まで再発は認めていない.結論:本症例では一般的なCVKHと異なり,単回CSTTAとCICIの中止のみで眼炎症は軽快した.しかし,ICI中止の判断はむずかしく,対応には他科との連携した介入が重要である.CPurpose:ToCreportCaCcaseCofVogt-Koyanagi-Harada(VKH)-likeCuveitisCthatCappearedCduringCimmuneCcheckpointinhibitor(ICI)therapyforlungcancer.CaseReport:A75-year-oldmalewasreferredtotheDepart-mentofOphthalmology,SagaUniversity,duetoocularpain4monthsafterthestartofICItherapyforlungcan-cer.CSerousCretinaldetachment(SRD)andCchoroidalCthickeningCwereCobserved.CFluoresceinCangiographyCshowedC.uorescenceCleakageCconsistentCwithCSRD.CIndocyanineCgreenCangiographyCshowedCmidCtoClateCdarkCspots.CTheCpatientCwasCdiagnosedCasCVKH-likeCuveitisCrelatedCtoCICI,CandCICICwasCdiscontinuedCafterCconsultationCwithCtheCdepartmentCofCpulmonology.CMoreover,CsubtenonCtriamcinoloneacetonide(STTA)injectionCwasCperformedCandCSRDresolved.Prednisolonewasadministeredfor6.5monthstoaddressdrug-inducedlungdisease,withnouveitisrecurrenceCobserved.CConclusion:InCthisCcase,CocularCin.ammationCwasCrelievedCviaCdiscontinuationCofCICICandCSTTAinjection.SincedecidingtodiscontinueICIiscomplex,cooperationwithotherdepartmentsisimportant.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)41(6):728.732,C2024〕Keywords:Vogt-小柳-原田病,ぶどう膜炎,免疫チェックポイント阻害薬,免疫関連有害事象.Vogt-Koyanagi-Haradadisease,uveitis,immunecheckpointinhibitor,immune-relatedadverseevents.Cはじめに免疫チェックポイント阻害薬(immuneCcheckpointCinhibi-tor:ICI)はCcytotoxicCTClymphocyte-associatedCantigenC4(CTLA-4),programmedCcelldeath-1(PD-1),pro-grammedCcellCdeath-ligand1(PD-L1)といった免疫チェックポイント分子を阻害し,T細胞媒介免疫プロセスを増強することで癌細胞に対する免疫応答を強化し,抗腫瘍効果を発揮する薬剤である1).ICIを用いた癌免疫治療法は,日本ではC2014年に悪性黒色腫で保険適用されて以降,さまざまな癌種の治療に使用され,高い奏効率と全生存期間延長を示している2).しかし,この新しい治療法は,全身の正常な臓器で自己免疫反応を引き起こすため,さまざまな全身性の免疫〔別刷請求先〕黒木洋平:〒849-8501佐賀市鍋島C5-1-1佐賀大学医学部眼科学講座Reprintrequests:YoheiKuroki,DepartmentofOphthalmology,SagaUniversityFacultyofMedicine,5-1-1Nabeshima,Saga849-8501,JAPANC728(124)図1初診時画像所見a:右眼広角眼底写真.Cb:左眼広角眼底写真.両眼ともに脈絡膜皺襞を伴う漿液性網膜.離(SRD),視神経乳頭発赤・浮腫を認めた.Cc:右眼広角CSS-OCT.Cd:左眼広角CSS-OCT.脈絡膜厚は右眼C943Cμm,左眼C964Cμmと肥厚を認めた.関連有害事象(immune-relatedCadverseevents:irAE)が40.60%で発生すると報告されている.眼科関連のCirAEは1.3%で発生し,そのなかにはドライアイ,重症筋無力症,視神経障害,ぶどう膜炎が含まれ,使用開始後数週間.数カ月以内に発生する可能性がある.既報ではもっとも一般的な副作用はドライアイ(57%)で,続いてぶどう膜炎(14%)であると報告されているが,Vogt-小柳-原田病(Vogt-Koy-anagi-Haradadisease:VKH)様汎ぶどう膜炎の報告例はごく少数である3,4).今回,非小細胞肺癌に対してCICI加療中に,VKH様ぶどう膜炎を生じたC1例を経験したので経過を報告する.CI症例患者:75歳,男性.主訴:右眼結膜充血,右眼痛.既往歴:身体疾患の既往なし.現病歴:20XX年C1月C28日,非小細胞肺癌(stageIVA)に対して,佐賀大学附属病院(以下,当院)呼吸器内科にてカルボプラチン+ペメトレキセドに加えて,ICIであるイピリムマブ(抗CCTLA-4抗体)+ニボルマブ(抗CPD-1抗体)での加療を開始された.その後,3月C12日にイピリムマブ+ニボルマブC2クール目,4月C23日にイピリムマブ+ニボルマブC3クール目を施行された.5月C27日に右眼結膜充血,右眼眼痛が出現し,5月C29日に近医眼科を受診した.頭痛,感冒症状,めまいや耳鳴りなどの症状は認めなかった.右眼の前房炎症所見,両眼眼底周辺部の脈絡膜皺襞を伴う漿液性網膜.離(serousretinaldetachment:SRD)を認めたため,当院眼科へ紹介となった.初診時所見:初診時視力は右眼C0.08(0.5C×sph+2.50D),左眼C0.3(0.7C×sph+3.00D(cyl.1.75DAx90°),眼圧は右眼C8CmmHg,左眼C15CmmHgであった.前眼部所見は両眼に全周の結膜充血,浅前房化,毛様体.離を認め,右眼前房細胞2+,左眼前房細胞+であった.両眼ともに有水晶体眼であった.眼底検査では両眼に脈絡膜皺襞を伴うCSRD,視神経乳頭発赤・浮腫を認めた(図1).また,脈絡膜厚は右眼943μm,左眼C964μmであり著明な脈絡膜肥厚を認めた.フルオレセイン蛍光造影検査では両眼に顆粒状の過蛍光,SRDに一致した蛍光貯留,視神経乳頭過蛍光を認め,インドシアニングリーン蛍光造影検査では中期から後期にCdarkspotが散見された(図2).血液検査ではぶどう膜炎の原因となるような,ウイルス感染や膠原病などの所見は認めず,ヒト白血球抗原(humanleukocyteantigen:HLA)はCDR4,DR9が陽性であった.腰椎穿刺は施行しなかった.臨床経過:ICIを用いた免疫療法開始C4カ月後から眼症状が出現しており,irAEの可能性が考えられ,呼吸器内科と協議し精査もかねてCICIは初診日より休薬とした.また,ICI休薬に加えて,初診日に両眼のトリアムシノロンアセトニドC20Cmg後部CTenon.下注射(sub-TenonCtriamcinoloneCacetonideinjection:STTA)を施行した.ステロイドパルス療法,ステロイド点眼は施行しなかった.ICI休薬C2週後の矯正視力は右眼C0.4,左眼C0.6であったが,両眼の前眼部炎症所見は消失し,SRDは減少していた.ICI休薬C6週後の図2初診時蛍光眼底検査a:右眼フルオレセイン蛍光検査(FA).b:左眼CFA.顆粒状の過蛍光,SRDに一致した蛍光貯留,視神経乳頭過蛍光を認めた.c:右眼インドシアニングリーン蛍光検査(IA).d:左眼IA.中期から後期にCdarkspotが散見された.図3治療開始後のOCT経過a:右眼初診日(免疫療法開始C16週後).b:左眼初診日.Cc:右眼休薬C2週後.Cd:左眼休薬C2週後.Ce:右眼休薬C6週後.Cf:左眼休薬C6週後.初診日より免疫チェックポイント阻害薬は休薬とし,両眼にトリアムシノロンアセトニド後部CTenon.下注射を施行.経時的にCSRDは減少し,休薬C6週後にはCSRDは消失した.矯正視力は右眼C0.6,左眼C0.6で両眼ともにCSRDの消失を認めた(図3).ICI休薬C14週後にCICIに起因すると考えられる薬剤性肺障害を認め,呼吸器内科でプレドニゾロン(PSL)25Cmg/日内服が開始となった.その後,肺障害の改善に伴いCPSLは漸減され,ICI休薬C41週後にCPSL内服は終了となった.ICI休薬C1年後には夕焼け状眼底,Dalen-Fuchs斑を認めたが,矯正視力は右眼C1.0,左眼C0.7まで改善した(図4).その後もステロイド点眼やCSTTAの追加は行わず,眼炎症の再燃はなく現在まで経過している.経過中に脱色素斑や毛髪の白毛化は認めなかった.肺癌については,休薬C10カ月後から原発巣の増大を認めたが,irAEとしてのCVKH様ぶどう膜炎,薬剤性肺障害が出現しており,ICIは再開しなかった.休薬C12カ月後よりアルブミン懸濁型パクリタキセル療法を開始したが,肺内転移巣の増大を認めた.その後,全身状態が増悪したが,患者がCbestCsupportivecareを希望したため,休薬C20カ月後より在宅療法となった.図4休薬1年後の眼底写真a:右眼パノラマ眼底写真.Cb:左眼パノラマ眼底写真.Cc:右眼COCT.Cd:左眼COCT.休薬C1年後に夕焼け状眼底,Dalen-Fuchs斑を認めた.CII考按本報告では,非小細胞肺癌に対するCICIを用いた免疫療法中にCVKH様汎ぶどう膜炎を発症した症例を提示し,ICI中止とCSTTAのみで眼炎症が軽快したことと,その管理における複数診療科の連携の重要性について報告した.VKH様ぶどう膜炎の発症メカニズムは,いまだ不明なことが多い.ICIは,免疫反応の制御に関与する特定の分子を標的とする.CTLA-4はCT細胞の活性化を抑制する.PD-1は活性化CT細胞に発現し,そのリガンドCPD-L1は抗原提示細胞や癌細胞に発現してCPD-1と結合することで,PD-1を発現するCT細胞を抑制している.ICIはこれらの免疫抑制分子をブロックすることにより,T細胞媒介免疫プロセスを増強することで癌細胞に対する免疫応答を強化する1).抗CTLA-4抗体にはCTh1様CCD4+T細胞増加作用があり4),抗CPD-1/PD-L1抗体と比較してぶどう膜炎を引き起こすリスクが高く,抗CPD-1抗体単剤療法と比較すると抗CTLA-4抗体併用療法では,ぶどう膜炎発症のオッズ比が4.77からC17.1に増加することが報告されている5).一般的にCVKHの発症機構は,自己抗原であるメラノサイト関連抗原のCtyrosinaseに感作され,活性化したCCD4+Tリンパ球が中心的な働きをしている6).ICI使用に伴うCVKH様ぶどう膜炎の発症は,明確な機序は不明であるが,本症例ではICIの抗CPD-1抗体,抗CCTLA-4抗体の併用により,T細胞媒介免疫プロセスが増強されたことで,炎症惹起につながったと考えられる.また発症要因として,VKH様ぶどう膜炎でもCHLA-DR4(127)が発症に関与している可能性が示唆されている7.12).HLAは,白血球の相互作用を媒介する細胞表面分子のセットである主要組織適合性複合体をコードする遺伝子座である.HLAは免疫機能だけでなく,VKHを含む複数の自己免疫疾患の病因においても重要な役割を果たし,VKHではCHLA-DR4,とくにCHLA-DRB1と密接に関連していると報告されている6,13).本症例ではCHLA-DR4,DR9が陽性であった.また,既報でもCHLA検査を施行されたC8症例のうちC6症例でCHLA-DR4陽性の報告を認めた7.12).しかし,ICI使用に伴うCVKH様ぶどう膜炎の報告は少なく,HLAとの関連は現時点では不明である.VKH様汎ぶどう膜炎の定型化された治療指針は確立されていない.一般的にCVKHではステロイドパルス療法が治療の第一選択となるが,本症例ではステロイドの免疫抑制作用によってCICIの悪性腫瘍に対する免疫応答の増強効果低下が懸念されたため,ICIの中止とともにCSTTAでの眼局所ステロイド治療を選択した.irAEとしてのぶどう膜炎に対する治療方針は米国臨床腫瘍学会(ASCO)ガイドラインで,炎症所見の重症度ごとにCGrade分類されており,Gradeに応じて治療方針が異なる3).本症例は汎ぶどう膜炎を認め,CGrade3に当てはまり,ICIの休薬および眼内または眼窩内ステロイド局所投与またはCPSL内服が推奨された.経過中に薬剤性肺障害に対してCPSL内服を要したが,眼炎症の再燃は認めなかった.既報ではCVKH様汎ぶどう膜炎に対して,本症例と同様にCICIの中止およびCSTTA単独で初期治療を行ったものがC2例報告されているが,SRDの再燃またはSRD改善不良のため,ステロイドパルス療法を施行されあたらしい眼科Vol.41,No.6,2024C731た7,8).しかし,VKH様汎ぶどう膜炎に対してCICIの中止およびステロイド内服での治療を行ったC3例の報告ではすべてで内服開始後速やかに炎症鎮静化を認め,炎症の再燃はなく,ステロイドパルス療法施行例との治療経過,視力予後に差は認めなかった9,10,14).VKH様汎ぶどう膜炎に対してCICIを中止しなかった症例報告では,ステロイド全身投与を行い,一時炎症軽快を認めたが,ステロイド中止後に炎症が再燃した15).本症例の経過および既報から,ICIに伴うCVKH様汎ぶどう膜炎は,ICI中止に加えて適切なステロイド治療を行うことで炎症鎮静化,再発抑制が可能となる可能性が示唆された.また,ICI継続により炎症再燃を認めた症例があるため,ICIの中止はとくに重要である.ICIに伴うCVKH様汎ぶどう膜炎は報告例が少なく,定型化された治療指針はないが,一般的なCVKHと比較してCICIを中止することで軽度のステロイド治療で炎症の鎮静化が得られる可能性が考えられる.しかし,irAEとしてのCVKH様ぶどう膜炎と一般的なCVKHの臨床所見に明確な差異が認められなかったとの報告があるため7.12,14,15),irAEと関連がなく一般的なCVKHを偶発的に発症している可能性も考慮しておく必要がある.そのためCICI中止後も眼炎症の改善が得られない場合は,一般的なCVKHと同様にステロイドパルス療法の検討も必要と考えられる.さらに,ASCOガイドラインではCGrade3以上のぶどう膜炎でステロイド全身投与に反応が乏しい場合はメトトレキサート(MTX)の使用を推奨されているが3),VKH様ぶどう膜炎に対してCMTXでの加療を行われた報告は認めておらず,その有効性は明らかではない.CIII結論ICI使用に伴うCVKH様ぶどう膜炎の治療では,ICIの中止が重要である.しかし,眼科医のみでCICIの中止の判断を行うことはむずかしく,対応には他科との連携した介入が重要である.また,通常のCVKHと比較して軽度のステロイド治療で炎症が沈静化する可能性があり,今後の症例の蓄積および治療法の定型化が必要である.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)HeCX,CXuC:ImmuneCcheckpointCsignalingCandCcancerCimmunotherapy.CellResC30:660-669,C20202)各務博:免疫チェックポイント阻害薬の現状と展望.肺癌C59:217-223,C20193)SchneiderCBJ,CNaidooCJ,CSantomassoCBDCetal:Manage-mentofimmune-relatedadverseeventsinpatientstreat-edCwithCimmuneCcheckpointCinhibitortherapy:ASCOCGuidelineUpdate.JClinOncolC39:4073-4126,C20214)WeiCSC,CLevineCJH,CCogdillCAPCetal:DistinctCcellularCmechanismsunderlieanti-CTLA-4andanti-PD-1check-pointblockade.CellC170:1120-1133,C20175)BomzeCD,CMeirsonCT,CHasanCAliCOCetal:OcularCadverseCeventsCinducedCbyCimmuneCcheckpointinhibitors:aCcom-prehensiveCpharmacovigilanceCanalysis.COculCImmunolCIn.ammC30:191-197,C20226)望月學:眼内炎症と恒常性維持.日眼会誌C113:344-378,C20097)KikuchiCR,CKawagoeCT,CHottaK:Vogt-Koyanagi-HaradaCdisease-likeCuveitisCfollowingCnivolumabCadministrationCtreatedCwithCsteroidCpulsetherapy:aCcaseCreport.CBMCCOphthalmolC20:252,C20208)MinamiK,EgawaM,KajitaKetal:AcaseofVogt-Koy-anagi-HaradaCdisease-likeCuveitisCinducedCbyCnivolumabCandCipilimumabCcombinationCtherapy.CCaseCRepCOphthal-molC12:952-960,C20219)EnomotoCH,CKatoCK,CSugawaraCACetal:CaseCwithCmeta-staticCcutaneousCmalignantCmelanomaCthatCdevelopedCVogt-Koyanagi-Harada-likeCuveitisCfollowingCpembroli-zumabtreatment.DocOphthalmolC142:353-360,C202110)YoshidaCS,CShiraishiCK,CMitoCTCetal:Vogt-Koyanagi-Harada-likeCsyndromeCinducedCbyCimmuneCcheckpointCinhibitorsinapatientwithmelanoma.ClinExpDermatolC45:908-911,C202011)UshioCR,CYamamotoCM,CMiyasakaCACetal:Nivolumab-inducedCVogt-Koyanagi-Harada-likeCsyndromeCandCadre-nocorticalCinsu.ciencyCwithClong-termCsurvivalCinCaCpatientCwithCnon-small-cellClungCcancer.CInternCMedC60:C3593-3598,C202112)BricoutCM,CPetreCA,CAmini-AdleCMCetal:Vogt-Koy-anagi-Harada-likesyndromecomplicatingpembrolizumabtreatmentCforCmetastaticCmelanoma.CJCImmunotherC40:C77-82,C201713)ShiinaCT,CInokoCH,CKulskiJK:AnCupdateCofCtheCHLACgenomicCregion,ClocusCinformationCandCdiseaseCassocia-tions:2004.TissueAntigensC64:631-649,C200414)GodseCR,CMcgettiganCS,CSchuchterCLMCetal:Vogt-Koy-anagi-Harada-likeCsyndromeCinCtheCsettingCofCcombinedCanti-PD1/anti-CTLA4Ctherapy.CClinCExpCDermatolC46:C1111-1112,C202115)MatsuoCT,CYamasakiO:Vogt-Koyanagi-HaradaCdisease-likeCposteriorCuveitisCinCtheCcourseCofnivolumab(anti-PD-1antibody)C,interposedbyvemurafenib(BRAFinhibi-tor)C,CforCmetastaticCcutaneousCmalignantCmelanoma.CClinCCaseRepC5:694-700,C2017***