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白内障手術はいかにして小切開化へ向かったのか

2024年2月29日 木曜日

白内障手術はいかにして小切開化へ向かったのかTheTransitiontoSmallerIncisionsinCataractSurgery柴琢也*はじめに現在の白内障手術はめざましい進歩を遂げており,水晶体乳化吸引術(phacoemulsi.cationCandaspiration:PEA)とCfoldable眼内レンズ(intraocularlens:IOL)による小切開創白内障手術によって,ほぼ完成された術式となっている.その結果,白内障手術は白内障を治療する開眼手術から,より質の高い術後視機能を獲得する復眼手術へとその意味合いが変化してきている.小切開創の厳密な定義はないが,切開創は時代とともに小さくなってきている1,2).本稿では,おもにCPEAの普及前後から現在までの白内障手術における切開創の大きさの変遷について考察する.CIPEAの普及前までKelmanがCPEAを発表3)したC1960年代は,白内障手術のほとんどは白内障.内摘出術(intracapsularcata-ractextraction:ICCE)で施行されていた.世界最初のPEA装置であるKelman-CavitronCphacoemulsi.erCaspiratorCmodel7001(CavitronSurgicalCSystem)(図1a)は水晶体摘出をC3.0Cmmの切開創から行うことができたが,ポリメタクリル酸メチル樹脂(polymethylmethacrylate:PMMA)製の虹彩支持型CIOLや前房IOLを挿入するために,切開創を倍以上に拡大する必要があった.その数年後にCI/Aの吸引圧をC2段階に調整できるなどの改良がなされたCCavitron8000V(クーパービジョン)(図1b)がわが国に導入された.まったく新しい術式の登場は大きな注目を集めたことは間違いないが,当時すでに術式として確立していたCICCEや白内障.外摘出術(extracapsularCcataractextraction:ECCE)の牙城を崩すには至らなかった.PEA装置自体や手術顕微鏡の性能・洗練度が低かったことのみならず,連続円形切.術(continuousCcurvilinearCcapsulor-rhexis:CCC)4,5)や核分割方法6)などの手術手技が確立されていなかったことにより,特別な技量をもった一部の術者のみが行う術式と認識されて,逆に危険な術式との評価もされていた.そして何よりも,大変な思いをして手術を行っても,結局はCPMMAIOLを挿入するために切開創を拡大する必要があることが,この術式の必然性を低下させていた.この頃の手術は,8.5~12Cmmの強角膜切開創を作製してCECCEを行い,直径C6.0Cmm以上のCPMMA製CIOLを挿入して切開創を縫合する方法が主流であった.切開幅が広いため上方切開の場合には倒乱視化は避けられなかったが,この頃はさまざまな縫合方法や縫合糸の違いによる術後角膜乱視のコントロールが研究されていた7).CIIPEAの普及とFoldableIOLの登場前までICCEやCECCEが白内障手術の第一選択であった時代には,白内障手術における惹起乱視の検討はされていたが8,9),現在のCPEAに比べると惹起乱視が大きく長期にわたり変動しており,現在のように詳細に解析すること*TakuyaShiba:六本木柴眼科〔別刷請求先〕柴琢也:〒106-0032東京都港区六本木C1-7-28-201六本木柴眼科C0910-1810/24/\100/頁/JCOPY(9)C119abcdb図1世界初のPEA装置とその改良型a:Kelman-Cavitronphacoemulsi.eraspiratormodel7001(CavitronSurgicalCSystem),b:Cavitron8000V(クーパービジョン)図2代表的な外方切開線のデザインa:直線切開,b:smile切開,Cc:frown切開,Cd:chevron切開.cやCdは,IOLの大きさに比べて小さな外方切開創でCIOLを挿入できるばかりでなく,切開創中央部の強角膜トンネルを短くできるため,手術器具の操作性も良好である.bca図3初期~2000年に発売されたシリコーン製foldableIOLの例a:AA-4203C(スターサージカル),b:SA30AL(アルコン),c:SA60AT(アルコン)ab図4Bimanualphacoスリーブをはずした超音波チップと,灌流フックを分けて使用する.小切開化以外にも,灌流液の方向を超音波チップと独立させてコントロールできるなどの利点があった.図5極小切開創から挿入可能なfoldableIOL(初期モデル)a:Y-60H(HOYA),b:Acri.Smart(AcriTec)図6Woundassistedimplantation法カートリッジの先端のみを切開創に当ててCIOL挿入を行い,切開創内をカートリッジ内腔として利用する.広げたフレアチップが開発された.また,スリーブ内面に溝を作ることにより,超音波チップに対して余裕のない大きさのスリーブでもその溝が灌流液の流れ道となるために,超音波チップの冷却および前房の維持が可能になった.超音波発振では昔からあるパルスモードをさらに細かく制御することにより,超音波チップの温度が上がりにくい発振方法が開発され29),現在の機器では標準装備となっている.また,コンピューター技術の進歩などによりC.uidicsが洗練されたため,術中の前房安定性が向上した.これらにより,慣れ親しんだ方法でC2.0Cmm前後の切開創から白内障手術を行うことが可能になり,現在のスタンダードとなっている.CVI現在および今後の展望現在は前述のとおりCPEA装置の性能向上や,IOLおよびインジェクターの進歩により,切開創を小さくするためのリスクを冒さずに極小切開創白内障手術が試行可能になった.日本白内障屈折矯正手術学会の会員を対象にしたC2023年のサーベイ2)によると,切開幅はC2.3~2.4CmmがC59%で最多であり,2.2Cmm以下でもC13%であった.20年以上前ではごく一部の術者しか行っていなかった極小切開創白内障手術が今や当たり前の術式となっていることの表れであろう.術後視機能を左右するような予測不能な惹起乱視もなく,toricIOLや多焦点IOLなどの良好な術後視機能を獲得することを目的とした屈折矯正白内障手術の時代にわれわれはいるのであろう.そのためか,切開幅や惹起乱視に関しての研究が昔に比べて盛んに行われていないが,歴史は繰り返すのであれば,何らかのCbreakthroughが今後出てきたとき,次の時代が始まるものと思われる.参考文献1)大鹿哲郎,増田寛次郎,林文彦ほか:1992日本眼内レンズ学会会員アンケート.IOLC7:154-170,C19932)佐藤正樹,田淵仁志,神谷和孝ほか:2023JSCRSClinicalSurvey.IOL&RSC37:358-381,C20233)KelmanCD:Phaco-emulsi.cationCandCaspiration.CACnewCtechniqueofcataractremoval.Apreliminaryreport.AmJOphthalmol6423-35,C19674)GimbelCHV,CNeuhannT:Development,CadvantagesCandCmethodsCofCtheCcontinuousCcircularCcapsulorhexisCtech-nique.JCataractRefractSurg16:31-37,C19905)NeuhannT:TheorieCundCOperationstechnikCderCKapsu-lorhexis.KlinMonatsblAugenheilkd190:542-545,C19876)GimbelHV:DivideCandCconquerCnucleofractisCphacoe-mulsi.cation:developmentCandCvariations.CJCCataractCRefractSurg17:281-291,C19917):Long-termCcornealCastigmatismCrelatedCtoCselectedCelas-tic,Cmono.lament,CnonabsorbableCsutures.CJCCataractCRefractiveSurgC15:61-69,C19898)Ili.CE,KhodadoustA:Thecontrolofastigmatismincat-aractsurgery.TransAmOphthalmolSocC65:160-167CetCpassim,19679)Ili.CE,KhodadoustA:Controlofastigmatismincataractsurgery.AmJOphthalmolC65:378-382,C196810)OlsenT,BargumR:Outcomemonitoringincataractsur-gery.ActaOphthalmolScandC73:433-437,C199511)NeumannAC,McCartyGR,SandersDRetal:Smallinci-sionsCtoCcontrolCastigmatismCduringCcataractCsurgery.CJCataractRefractSurg15:78-84,C198912)DavisPL:ComparisonCofCfunctionCandC.xationCofCsmallCincisioncircularandovalpoly(methylmethacrylateintra-ocularlenses.JCataractRefractSurg18:136-139,C199213)SingerJA:FrownCincisionCforCminimizingCinducedCastig-matismCafterCsmallCincisionCcataractCsurgeryCwithCrigidCopticintraocularlensimplantation.JCataractRefractSurg17(Suppl):677-688,C199114)VassC,MenapaceR,RainerGetal:Cornealtopographicchangesafterfrownandstraightsclerocornealincisions.JCataractCRefractSurg23:913-922,C199715)PallinSL:ChevronCincisionCforCcataractCsurgery.CJCCata-ractRefractSurg16:779-781,C199016)MazzoccoTR:ProgressCreport:siliconeCIOLs.CCataractC1:18-19,C198417)DickB,SchwennO,Sto.elnsetal:[LatedislocationofaplatehapticsiliconelensintothevitreousbodyafterNd:CYAGcapsulotomy.acasereport]OphthalmologeC95:181-185,C199818)HabibCNE,CSinghCJ,CAdamsCADCetal:CrackedCcartridgesCduringCfoldableCintraocularClensCimplantation.CJCCataractCRefractSurgC22:630-632,C199619)BathPE,RombergerA,BrownPetal:Quantitativecon-ceptsCinCavoidingCintraocularClensCdamageCfromCtheNd:CYAGClaserCinCposteriorCcapsulotomy.CJCCataractCRefractCSurg12:262-266,C198620)ShibaCT,CMitookaCK,CTsuneokaH:InCvitroCanalysisCofCAcrySofintraocularlensglisteningEurJOphthalmol13:C759-763,C200321)LaneSS,BurgiP,MiliosGSetal:Comparisonofthebio-mechanicalbehavioroffoldableintraocularlenses.JCata-ractRefractSurg30:2397-2402,C200422)WirtitschMG,FindlO,MenapaceRetal:E.ectofhapticdesignonchangeinaxiallenspositionaftercataractsur-gery.JCataractRefractSurg30:45-51,C2004(13)あたらしい眼科Vol.41,No.2,2024C123

屈折ターゲットの考え方

2024年2月29日 木曜日

屈折ターゲットの考え方ApproachestoTargetRefraction飯田嘉彦*はじめに白内障手術は眼内レンズ(intraocularlens:IOL)出荷ベースで年間約C170万枚を超えるほど,眼科の中ではポピュラーに行われている手術である.現在の白内障手術の特徴として,光学式眼軸長測定装置の普及による眼軸長測定精度の向上1,2)や,長きにわたり使用されてきた第三世代のCIOL度数計算式であるCSRK/T式に代わり,BarrettUniversalII式をはじめとする新世代のIOL度数計算式が登場し,術後屈折の予測精度が向上3)したこと,ならびに急速に普及しつつあることがあげられる4).また,乱視矯正が可能なトーリックCIOLにおいては,単焦点CIOLだけでなく,多焦点CIOLや明視域の拡大効果が期待されるCIOLが導入され,乱視のコントロールも可能となった.以上のような背景から,現在の白内障手術は「屈折矯正手術」との認識が広まり,さらに白内障手術による調節力の喪失をカバーするべく,多焦点CIOLの使用や,意図的に左右の屈折差をつけることにより明視域を拡大させるモノビジョン法など「老視矯正手術」の側面も広がってきている.良好な視機能をめざすための選択肢が増えたことは医師と患者にとって喜ばしいことであるが,ときに術後の見え方に対して不満を抱く患者に遭遇することがある.最新の計算式や高機能のCIOLを使い,どんなにすばらしい手術をしても,患者が期待していた見え方と異なり納得していなかったとしたら,それでは手術が成功したとはいえない.術後の見え方に対する期待が高まるなか,最適なレンズ選択や屈折ターゲットの設定など,医師側には適切な手術プランの提案力が求められている.本稿では,おもに単焦点CIOLを使用する場合の一般的な屈折ターゲットの決め方や,日常でよく遭遇するが注意を要するケースを紹介する.CI屈折ターゲットを決定するうえでの原則筆者は屈折ターゲットを考えていくうえで,まず患者のもともとの屈折を基準とし,遠視・正視眼は正視合わせ,近視眼は近方合わせとすることを原則としている.現在の屈折は白内障の進行により変化している場合もあり,患者に以前の屈折状態を確認するとともに,屈折に影響する要素である眼軸長と角膜屈折力に着目する.標準眼軸長であっても,角膜屈折力が大きい患者は本来の屈折が正視ではなく近視である可能性があり,逆に長眼軸長眼では角膜屈折力が小さい患者では軽度の近視や正視に近い場合もある.また,角膜屈折力が標準的なものより大きい場合,小さい場合にはClaserCinCsituCker-atomileusis(LASIK)などの角膜屈折矯正手術を受けているが,患者からの申告がない場合も考えられるし,角膜乱視が大きい患者ではトーリックCIOLの使用も選択肢となりうるが,円錐角膜などの不正乱視を伴っている場合もあるので,角膜形状解析を行うことも考えたい(図1).この原則は,これまで数十年にわたりなじんできた見え方と極端に異なる屈折は術後に違和感を生じる可能性*YoshihikoIida:北里大学医学部眼科学教室〔別刷請求先〕飯田嘉彦:〒252-0374神奈川県相模原市南区北里C1-15-1北里大学医学部眼科学教室C0910-1810/24/\100/頁/JCOPY(3)C113眼鏡図1角膜形状解析ケラトメータで大きな角膜乱視を認めた場合,トーリックCIOLの使用も選択肢となりうるが,正乱視か円錐角膜などの不正乱視かの鑑別は重要であり,角膜形状解析を行う.表1屈折矯正の方法や状態の確認作製時期の確認眼鏡の度数眼鏡装用下での視力(遠方・近方),屈折度数遠近両用眼鏡の使用の有無CL作製時期CLの度数CLの装用下での視力(遠方・近方),屈折度数・完全屈折矯正か低矯正か・CL装用下での近方視の方法CL+老眼鏡遠近CCL低矯正:調節力の有無,遠方視など眼鏡の必要性はC?モノビジョン:どの程度の屈折差としているか,どちらの眼を遠方に矯正しているかHCL:角膜乱視(正乱視・不正乱視)の評価・術後にCHCLを装用する可能性があるかことはないのか,どの程度の遠方視力が得られているのか,その距離感で満足できているのかも,白内障の程度が軽度であれば確認しておきたい.ハードコンタクトレンズ(hardcontactlens:HCL)を装用している場合は,角膜乱視(正乱視・不正乱視ともに)を矯正できているため,白内障術後の裸眼での見え方が術前のCHCL装用時よりも低下する可能性がある.HCLの装用を術前検査前にC10日以上〔ソフトコンタクトレンズ(softcontactlens:SCL)ではC3日.1週間程度〕はずした状態で角膜形状解析を行い,正乱視であればトーリックCIOLを用いた矯正を検討するか,近方合わせにして眼鏡装用,またはCCLを術後も装用するという選択肢も検討する必要がある.術後もCHCLを装用する予定であればトーリックCIOLを選択することはできなくなるため,術後にどのような屈折矯正を行うつもりなのかも確認したうえでCIOLを選択する必要がある.CIII度数設定の注意点と工夫術前の屈折が.1.00D程度の近視眼の場合は,そのまま.1.00Dに合わせても術前より明視域が狭くなったと感じることがあり,遠方も近方も物足りないという結果になりかねず,度数設定は悩ましいところである.単焦点CIOLであれば,正視合わせと近方合わせ(C.2.00.C.2.50D)のどちらを重視するかなどを患者と相談し,見えにくくなる距離は眼鏡を使用するように説明する.そのほか,焦点深度拡張型CIOLなどもよい選択肢となりうると考えられる.筆者は眼軸長差がある患者では,眼軸長差を生かす度数設定とすることを心がけている.とくに近視眼では,左右の屈折差が逆転すると違和感を訴えることが多いため,逆転しないようにCIOL度数を選択する.一般的に眼軸長がC1Cmm変化するとCIOLでは約C3Dの度数が変化することが知られているが,実際にCIOL度数を選択する際には,同度数のCIOLをそれぞれ挿入した場合の予測屈折値を確認し,あまりに大きく屈折差がついてしまうようであれば,眼軸長差C1CmmにつきC1D程度を目安に屈折差をつけるようにCIOL度数を選択している.両眼開放下における明視域を拡大させることを目的に単焦点CIOLを用いてモノビジョン法を行う場合は,優位眼を遠方,非優位眼を近方に矯正する.近方に合わせる屈折ターゲットは.1.25.C.2.75Dとする報告が多い5.7)が,加齢とともに小さくなる瞳孔径も考慮し,瞳孔径がC2.5Cmm以下(70歳代の近方視時の平均瞳孔径に相当8))の場合は,瞳孔径による焦点深度が深くなることを考慮して,ターゲットをC.1.50D前後とすることが可能である9).また,瞳孔径が小さくない場合でも,焦点深度拡張型CIOLなどと組み合わせれば,より屈折差を少なくした状態でモノビジョンを行うことも可能である.CIV距離のイメージや言葉のニュアンスを患者と共有する実際に屈折ターゲットを決定する際には,眼軸長や角膜屈折力を参考に,前述したように視力検査で確認した現在の見え方,屈折矯正方法も踏まえつつ,患者の希望を確認する.ここで注意しておきたいことは,医療者側と患者側で距離感のイメージが食い違っていることがあるため,距離のイメージや言葉のニュアンスを共有できた状態で話を進めていかなければならないということである.患者にとっての「遠方」とは,しばしば非常に遠くの対象をさすことがあり,「30.40Cm先の…」といった距離を想定していることがある.そういった患者に対しては,かなりしっかりと正視を狙うCIOLを選択する必要がある.ちなみにC.0.50DはC2Cmの距離になるわけであるが,このように発言する患者にとってはこの距離は「近く」と認識されている場合もある.また,われわれが中間距離と認識しているC1Cm近辺の距離は,患者によっては「身の回り」とか「近場」という言葉で表現されることがあり,われわれが近方と認識して説明している距離は,患者にとっては「手元」という言葉で表現されるなど,微妙にニュアンスが異なることがある.こういったニュアンスの違いが,近方合わせのつもりで説明して患者も納得していると思っていたのに,手術後に「手元は見えているけど,1Cmくらいの距離が見えない」「思ったより見えない.こんなはずではなかった…」という不満足例となってしまうケースは意外とあるのではないだろうか.対策としては,患者の生活スタイ(5)あたらしい眼科Vol.41,No.2,2024C115ルを聴取したうえで,眼鏡が不要な場面と必要な場面を具体的に説明して術後の見え方のイメージを共有してもらうことが大切である.言葉で説明するだけでなく,シミュレーション画像などのさまざまなツールが公開されているので,そのようなツールを活用してイメージしてもらうことも有効である.CV患者の希望との乖離患者の希望とわれわれが提案する屈折ターゲットが必ずしも一致しない場合もある.原則に基づき屈折ターゲットを提案した場合に,近視の患者は裸眼で遠方を見たいと遠方合わせを,逆に遠視の患者は裸眼で読書がしたいと近方合わせを希望される場合がある.ここで患者に確認すると,今までと逆の屈折になることにより,これまで裸眼で見えていた距離が見えなくなるというイメージがない患者もいる.この点を十分説明せずに「患者が希望したから希望どおりの屈折ターゲットにしただけだ」といういい分は,患者の希望を尊重しているかのようではあるが,医師側の努力不足であるといわざるを得ない.屈折ターゲットの設定については,基本的には屈折をどのように設定するか,つまり焦点距離がどのあたりになるかということを患者と相談して決めていくわけで,どのくらいの視力になるというのはさまざまな要因に影響されるので,視力の目安を患者に説明することには注意しなくてはならないが,このような場合に備えて自覚屈折値と裸眼視力のおおよその目安は把握しておくとよい.たとえば,患者の希望する屈折ターゲットに設定すると,遠方はこの程度しか裸眼視力では見えない可能性が高いというような目安を示すことも,術後の見え方のイメージの共有や提案する屈折ターゲットの理解につながる10).患者の希望を確認していくうえで,患者が自覚している「見える」という見え方がどの程度であるかを把握しておくことも必要である.遠視眼に対して,術後の屈折ターゲットを正視合わせに設定し,手元は老眼鏡が必要であることを説明した際に,今は近くも見えているし,眼鏡も使っていないという患者に遭遇することがある.このような場合には患者とイメージで話をし続けるのではなく,実際に近方裸眼視力を測定することにより,患者が「見えている」と自覚できている視力を把握することができる.以上のことを踏まえても,それでも患者が術後の見え方をイメージできていないと思われる場合は,CLや眼鏡により希望する屈折に矯正したシミュレーションを行い,見えるところ,見えないところを実感してもらうことも必要である.そのうえで患者が納得して,自分の希望を通したいというのであればその屈折ターゲットに合わせてCIOL度数を選択するが,その際はCIOL交換や追加矯正などの選択肢やそれに伴う費用,合併症のリスクについても併せて説明しておく必要がある.また,明らかに患者が納得していない場合や,まだ迷っていて先に進めないような状況であれば,白内障手術予定ありきで進めてしまうのではなく,ときに手術の判断を待つことも必要である.おわりに患者の白内障手術後の見え方に対する期待値は年を追うごとに高まりをみせている.インターネットにはCIOLに関するさまざまな情報があふれているが,患者がその情報をすべて正しく理解し,適切に判断できているとは限らず,患者にとって都合のよい情報しかもっていない場合もあるだろう.ライフスタイルの多様化が進み,一人ひとりのライフスタイルや個々のニーズに合わせたカスタマイズが求められる時代であり,画一的な聴取方法だけで済ませるのではなく,それを元に根掘り葉掘り具体的に聞き出し,患者の希望や日常生活における視環境を細かく把握することが必要である.手術後の満足度を高めるためには,単に情報を提供するだけでなく,患者とともに術後の見え方のイメージを共有し,患者に適したCIOL選択や屈折ターゲットの設定について提案できるような「引き出し」を増やしていく必要がある.文献1)OlsenT:Sourcesoferrorinintraocularlenspowercalcu-lation.JCataractRefractSurgC18:125-129,C19922)NorrbyS:Sourcesoferrorinintraocularlenspowercal-116あたらしい眼科Vol.41,No.2,2024(6)

序説:眼内レンズの知識が白内障手術の執刀パスポート

2024年2月29日 木曜日

眼内レンズの知識が白内障手術の執刀パスポートYourExpertiseinIOLsisYourPassportasCataractSurgeons大内雅之*辻川明孝**白内障手術は,病巣切除ではなく新しい眼を作る手術であり,ウェートは手技が半分,眼内レンズ選択が半分である.しかし,依然として「単焦点か多焦点か」「遠くか近くか(正視か.3Dか)」だけの浅い計画で手術が進められていることも多く,きめ細かな眼内レンズ戦略で患者ニーズを捉えている施設がたくさんあるなか,眼内レンズ教育に関しては,施設間格差が広がっている.新規薬物療法の開発などにより,失明に至る多くの疾患に治療の光が当たり,手術機器の進歩は,これまでアンタッチャブルだった領域に踏み込むことを可能にした.これら難治性疾患の治療や後眼部手術は,発展の余地が多く,研究テーマとしても魅力的で,研究者の心を強く引きつける領域である.しかし,その一方で,白内障手術は,小切開超音波手術がスタンダードとなり,ポンプシステムの改良をはじめとした手術機器のめざましい進歩の助けも借りて,卒後間もない若手医師でも無事に手術を「終了」できる場面が多くなっている.まさに患者にとっては福音であるが,そのために,白内障手術が,眼科手術医としての単なる登竜門=通過点となってしまい,次の努力や興味の対象が別の疾患に向かって行くようになって久しい.しかし,その裏で,実は眼内レンズのバリエーション拡大,機能の細分化・多機能化は激しい勢いで進んでおり,矯正精度の向上とともに,個々に最適な屈折設定に関する概念も,以前とは比較できないくらいに膨らんでいる.これらの情報を,眼内レンズメーカーからのアナウンスとしてしか捉えずに,手術の手技(手術時間の短縮化)にだけ邁進している術者がいるのは遺憾なことで,酷いところでは,一度も患者と顔を合わせたこともない人が,漫然と濁った水晶体を取って眼内レンズを入れる「作業」をして帰る施設もあると聞く.繰り返すが,白内障手術は手技と眼内レンズ選択の両方で完結するものである.あるいは,近年では後者のほうがウェートが重いかもしれない.極論すれば,角膜浮腫や前房炎症は,ある程度時間が解決してくれるものだが,眼内レンズが気に入らなければ,それは一生だからである.今や,その眼内レンズに関する情報は巷にもあふれ,下手をすると,一般患者のほうが情報強者である場面もある.もちろん,それら流布する情報は良莠不鮮であるが,であるからこそ,われわれ術者は全員がそれを身につけ,患者を導く必要があり,眼内レンズの知識を学ぶ姿勢のないものは,白内障手術に手を染めるべきではない.その点では,現状,すべての施設が等しい水準で眼内レンズ教育をしているとは,残念なが*MasayukiOuchi:大内雅之アイクリニック**AkitakaTsujikawa:京都大学大学院医学研究科眼科学0910-1810/24/\100/頁/JCOPY(1)111

硝子体手術後のStaphylococcus lugdunensis 眼内炎の 1 例

2024年1月31日 水曜日

《原著》あたらしい眼科41(1):101.105,2024c硝子体手術後のCStaphylococcuslugdunensis眼内炎の1例福田達也*1上田晃史*1小野喬*1,2子島良平*1野口ゆかり*1佐々木裕美*3岩崎琢也*1宮田和典*1*1宮田眼科病院*2東京大学大学院医学系研究科眼科学教室*3(一財)阪大微生物病研究会CARareCaseofStaphylococcuslugdunensisCEndophthalmitisafterVitreousSurgeryCTatsuyaFukuda1),KojiUeda1),TakashiOno1,2)C,RyoheiNejima1),YukariNoguchi1),YumiSasaki3),TakuyaIwasaki1)CandKazunoriMiyata1)1)MiyataEyeHospital,2)DepartmentofOphthalmology,UniversityofTokyo,GraduateSchoolofMedicine,3)ResearchFoundationforMicrobialDiseasesofOsakaUniversityC緒言:1980年後半に発見されたCStaphylococcuslugdunensisによる術後眼内炎の臨床報告は少ない.症例:61歳,男性.飛蚊症を自覚し,裂孔原性網膜.離と白内障と診断され,局所麻酔下で経毛様体扁平部硝子体切除術および白内障手術を行った.術後C4日目に結膜・毛様充血と前房蓄膿が出現し,Bモードエコーで硝子体腔に高輝度像を認め,急性術後眼内炎と診断し,硝子体手術および眼内レンズ摘出を行った.前房水と硝子体の塗抹にグラム陽性球菌を検出し,メロペネムの静注,レボフロキサシンとセフメノキシム・ベタメタゾンの点眼を開始した.再手術後C4日で眼底の透見性は改善した.前房水・硝子体からCS.lugdunensisが分離された.最終矯正視力は(0.1)であった.結論:硝子体手術後の眼内炎の起炎菌として,S.lugdunensisにも注意が必要である.CPurpose:ToCreportCaCrareCcaseCofCStaphylococcusClugdunensisCendophthalmitisCthatCoccurredCafterCvitreousCsurgery.CCase:AC61-year-oldCmanCwasCreferredCtoCourChospitalCdueCtoC.oaters,CandCunderwentC25CGCparsCplanaCvitrectomyCandCcataractCsurgeryCforCrhegmatogenousCretinalCdetachmentCandCcataract.CAtC4-daysCpostoperative,Chyperemia,Chypopyon,CandC.brinCprecipitationCappeared.CBasedConChyper-re.ectiveCimagingCofCtheCvitreousCviaCechography,CheCwasCdiagnosedCasCacuteCendophthalmitisCandCvitreousCsurgeryCwithCintraocularClensCremovalCwasCperformed.Gram-positivecocciweredetectedintheaqueoushumorandvitreous,andtreatmentwithintravenousmeropenemandlevo.oxacin,cefmenoxime,andbetamethasoneinstillationwereinitiated.Transparencyofthefun-dusCimprovedCandCS.ClugdunensisCwasCisolatedCfromCtheCaqueousChumorCandCvitreousCatC6-daysCpostoperative.CIntravenousCantibioticsCandCdrugCinstillationsCwereCreducedCwithCimprovementCofCintraocularCin.ammation.CBest-correctedvisualacuitywas(0.1)atthe.nalvisit.Conclusion:Incasesofpostoperativeendophthalmitis,itisvitaltokeepS.lugdunensisCinmindasapossiblecausativeorganism.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C41(1):101.105,C2024〕Keywords:Staphylococcuslugdunensis,術後急性眼内炎,コアグラーゼ陰性ブドウ球菌,抗菌薬感受性.Staphy-lococcuslugdunensis,postoperativeendophthalmitis,coagulasenegativestaphylococci,antimicrobialsensitivity.Cはじめに1988年にリヨン(ラテン名CLugdunum)で発見されたCStaphylococcuslugdunensis(S.lugdunensis)はコアグラーゼが陰性のため,コアグラーゼ陰性ブドウ球菌(coagulase-negativeStaphylococci:CoNS)に分類されているが1),ゲノム上の遺伝子数がC3,800台の表皮ブドウ球菌に比較し,3,000未満とかなり少なくユニークな細菌である2).また,軟部組織,骨・関節組織ならびに心血管感染では黄色ブドウ球菌感染に近似の重篤な感染を引き起こし,他のCCoNSとは異なる菌種として注目されている3.6).〔別刷請求先〕福田達也:〒885-0051宮崎県都城市蔵原町C6-3宮田眼科病院Reprintrequests:TatsuyaFukuda,M.D.,MiyataEyeHospital,6-3Kurahara,Miyakonojo,Miyazaki885-0051,JAPANC0910-1810/24/\100/頁/JCOPY(101)C101C図1a眼内炎発症時の左眼の前眼部写真結膜の充血と少量の前房蓄膿がみられ,角膜にはCDescemet膜皺襞を認める.2010年代より質量分析法が細菌学的検査に広く導入されるようになり,以前に比較して菌種の同定が迅速かつ容易となり,S.lugdunensisは皮膚・眼表面の常在菌として認識されるようになり7,8),この菌種がそれほどまれな菌種でないことも明らかにされている.眼科領域の感染症として,重症角膜炎,内眼手術後や硝子体注射後の眼内炎などが報告されているが9.16),報告数は限られており,眼科領域のCS.Clug-dunensis感染症の他のCCoNS感染症との違いに関しては不明な点が多い.裂孔原性網膜.離と白内障に対してC25ゲージ経毛様体扁平部硝子体切除および白内障手術を行ったC1例で,術後C4日目にCS.lugdunensisによる急性眼内炎を発症したC1例を経験したので,その臨床経過を報告する.CI症例患者:61歳,男性.主訴:飛蚊症.既往歴:眼科ならびに内科的に特記すべき既往歴はなく,ヘモグロビンCA1cはC5.5%であった.現病歴:飛蚊症の増悪を主訴に前医を受診し,左眼)裂孔原性網膜.離の診断を受けて精査加療目的に宮田眼科病院(以下,当院)を紹介受診した.受診時所見:視力は右眼C0.05(0.9C×sph.9.50D(cylC.1.50DAx50°),左眼C0.07(0.6C×sph.7.50D),眼圧は右眼C11CmmHg,左眼C9CmmHgであった.左眼には軽度の白内障と,視神経乳頭からC6時方向に単一裂孔を伴った網膜.離を認めた.前眼部には特記すべき所見は認めなかった.術前C2日前よりC1日C4回C1.5%レボフロキサシン(LVFX)点眼を開始した.手術前室にて左眼眼瞼ならびに周囲の皮膚をC10%ポビドンヨード,眼表面はC8倍希釈ポリビニルアルコール(PA)・ヨードC30秒間の消毒を行い,ドレーピング図1b眼内炎発症時の左眼のBモードエコー画像所見硝子体内に高輝度エコーを認める.図1c眼内炎に対する硝子体手術時の術中眼底所見硝子体内は混濁し,網膜上にフィブリンの析出と出血を認めた.後に,開瞼器装着,再度CPA・ヨード消毒を実施し,左眼白内障手術,眼内レンズ挿入およびC25ゲージ経毛様体扁平部硝子体切除,100%空気によるタンポナーデを施行した.術後,1日C4回のC1.5%CLVFX点眼を継続した.経過:術中合併症はなく,術後C3日まで前眼部の炎症は軽度で,網膜は復位していた.眼圧はC10CmmHgであった.しかし,術後C4日目に結膜・毛様充血が生じ,Descemet膜皺襞とフィブリン析出を伴う前房蓄膿を認めた(図1a).眼痛はなかった.全身状態は良好で,体温はC36.7℃で,血清CC表1Staphylococcuslugdunensis分離株の薬剤感受性抗菌薬前房水分離株硝子体分離株CMIC感性CMIC感性CoxacillinC2CSC2CSCceftazidimeC8CSC8CSCceftriaxoneC4CSC2CSCcefmenoximeC1CSC1CSCmeropenemC≦0.25CSC≦0.25CSCvancomycinC≦1CSC≦1CSCtobramycinC≦1CSC≦1CSCazithromycinC≦0.25CSC≦0.25CSCmoxi.oxacinC≦0.25CSC≦0.25CSCgati.oxacinC0.5CSC0.5CSClevo.oxacinC1CSC≦0.25CSCchloramphenicolC4CSC4CSCminocyclineC≦1CSC≦1CSCimipenemC≦0.25CSC≦0.25CSMIC:minimumCinhibitoryconcentration(μg/ml),S:sus-ceptible.反応性蛋白はC0.56Cmg/dlであった.眼底が透見できないため超音波CBモードで観察したところ,硝子体腔に高輝度エコーを認めた(図1b).前眼部とエコー所見より術後眼内炎と診断し,左眼の硝子体手術・眼内レンズ摘出術を緊急に行った.手術:眼内レンズを抜去し,水晶体.を摘出し,細菌学的検査のための硝子体検体の採取後,0.002%バンコマイシン(VCM)およびC0.004%セフタジジム(CAZ)を添加したCBSSPlus(日本アルコン)で眼内を灌流しながら硝子体切除を実施した.網膜の広範囲にフィブリンが析出し,一部の網膜は虚血となっていたため(図1c),網膜裂孔に対してレーザー治療を行うことができなかったため,シリコーンオイルを注入して手術を終了した.術中に採取した前房水,硝子体,眼内レンズ,水晶体.検体の検鏡および培養検査を行った.前房水と硝子体の塗抹標本にはグラム陽性球菌を認め,好中球の貪食像も観察した(図2a,C2b).前房の標本では浸潤する細胞は好中球が主体であったが,硝子体には好中球に加えて単核球も存在し,さらに好中球は核変性を伴っているものが目立った.術後はメロペネム(MEPM)0.5CgのC1日C3回の静注に加えて,1時間ごとのC0.5%セフメノキシム(CMX)とC1.5%LVFX点眼,1日C6回のC0.1%ベタメタゾン点眼,1日C2回のブロムフェナク,1%アトロピン点眼,トロピカミド・フェニレフリン点眼,0.3%オフロキサシン(OFLX)眼軟膏塗布を開始した.再手術後C5日目には眼底の透見性ならびに炎症所見が改善傾向を示し,MEPM静注を中止し,0.5%CCMXとC1.5%LVFX点眼はC2時間ごとに漸減した.再手術後C6日目に細菌培養結果が判明し,前房水と硝子体検体からCS.lugdunen-sisが分離され,抗菌薬感受性(表1)も同一で,起因菌と判断した.点眼中のCLVFXとCCMXに感受性を確認したので,治療を継続した.その後も抗菌薬に対する反応は良好で,眼底の透見性も徐々に改善した.再手術後C7日目にC0.5%CMX,1%アトロピン,トロピカミド・フェニレフリン点眼を中止し,1.5%CLVFX点眼はC1日C6回に,0.1%ベタメタゾン点眼はC1日C4回に漸減し,11日目に退院となった.退院後,眼内炎症の再燃は認めなかったが,再手術後C18日目に眼圧がC44CmmHgと上昇し,角膜上皮浮腫を生じたため,アセタゾラミドC250Cmg内服およびカルテオロール・ラタノプロスト点眼およびブリモニジン・ブリンゾラミド点眼による治療を開始した.その後,眼圧はC19CmmHgまで低下し,内服を中止し,点眼薬も中止した.再手術後C4カ月目に眼圧がC25CmmHgまで上昇したため,タフルプロスト点眼C1日C1回を追加した.再手術後C12カ月目に眼内レンズの強膜固定が行われ,再手術後C23カ月の最終観察時,矯正視力は(0.1C×IOL×sph.1.5D)で,網膜はシリコーンオイルにて復位しており,ブリモニジン・ブリンゾラミド点眼のみで眼圧はC14CmmHgであり,感染の再燃なく経過している.なお,眼底には一部網膜動脈の白線化と局所的な網膜喪失部位を認める.分離株の細菌学的特徴:前房水ならびに硝子体検体より分離され,冷凍保存していた分離株を再度培養し,コロニーの性状,質量分析,clumpingfactor(膜型コラゲナーゼ)について検討した.その結果,コロニー性状と質量分析パターン(図2c,C2d)は一致し,ガラス板法(ウサギ血漿,デンカ)によるCclumpingfactorは両分離株とも陰性であった.CII考按本例は内科的基礎疾患を伴わない成人男性で,硝子体手術後C4日目に眼内炎を発症した.術中に採取した前房水と硝子体の塗抹標本で,同一性状のグラム陽性球菌とその貪食像を認め,両検体からCS.lugdunensisが分離され,抗菌薬感受性,コロニー性状,質量分析パターンも一致したことより,CS.lugdunensisによる内眼手術後の急性細菌性眼内炎と診断した.S.lugdunensisは眼表面の常在菌種であり,採取時のコンタミネーションの可能性もあるため,起因菌としての同定には細菌分離のみならず,塗抹標本での確認も重要と考える.また,塗抹標本では前房水では好中球の浸潤が主体であったが,硝子体では好中球に加えて,単核球も存在し,さらに好中球では核変性もみられたことより,眼内炎は硝子体に始まり,前房に広がったことが示唆された.筆者らが行った白内障術前患者の眼表面からの分離株(9,894株)の解析では,表皮ブドウ球菌がC31%(3,063株),黄色ブドウ球菌がC6.1%(601株)を占め,S.lugdunensisは図2眼内炎に対する術中に採取した左眼前房水(a),左眼硝子体(b)の塗沫検鏡像(グラム染色)と左眼前房水(c),左眼硝子体(d)のグラム陽性球菌のBurkerを使用した質的分析結果a:眼内炎に対する硝子体手術時に採取した左眼前房水の塗抹検鏡像(グラム染色).好中球が散見され,なかには多数のグラム陽性球菌を貪食する好中球を認めた().b:硝子体手術時に採取した左眼硝子体の塗抹検鏡像(グラム染色).好中球と単核球が散見され,一部の好中球は核濃縮を伴っていた.変性した好中球内に多数のグラム陽性球菌の貪食を認めた().c:左眼前房水から分離されたグラム陽性球菌のCMALDCBiotyperCMSPCidenti.cationCstandardCmethodC1.1(Bruker)を使用した質量分析結果.StaphylococcusClugdunensisCDSMC4806DSM(NCBI28035)とマッチし,ScorevalueはC2.32であった.Cd:左眼硝子体から分離されたグラム陽性球菌のCMALDBiotyperMSPidenti.cationstandardmethod1.1(Bruker)を使用した質量分析結果.StaphylococcuslugdunensisCDSM4806DSM(NCBI28035)とマッチし,ScorevalueはC2.33であった.3.9%(386株)とC3番目に多いブドウ球菌であった8).一方,て,丹らの硝子体生検と白内障手術のC1例では術後C4日目にEVSの白内障術後眼内炎の分離株(250株)の解析では,発症13),佐藤らの白内障手術のC1例では術後C8日目14),フラStaphylococcusepidermidisがC81.9%(204株)で,ついでCS.ンスのCChiquetらの白内障手術のC5例では術後C5日からC12lugdunensisとCStaphylococcusCwarneriのそれぞれがC3.6%(9日(平均C7.6日)11),台湾のCChenらの硝子体手術C1例では術株)と,CoNSが分離された術後眼内炎ではC2番目に多い菌後C41日目,白内障手術C3例では術後C3.81日16)に発症して種であった17).おり,S.lugdunensisによる術後眼内炎の発症時期は多様でCS.lugdunensisが分離された術後眼内炎の発症時期としある.本例のCS.lugdunensis分離株は,治療に使用したMEPM,CMX,LVFXを含め,検査した抗菌薬すべてに対し薬剤感受性を示した.しかし,近年ではメチシリン耐性CS.Clugdu-nensisによる術後髄膜炎感染が報告され18),また,筆者らもメチシリン耐性CS.lugdunensisを術前の眼表面より分離しており8),治療に際しては薬剤感受性結果に基づき適切な抗菌薬を選択することが重要と考えられる.CS.lugdunensisはCS.aureusのCclumpingfactorとアミノ酸の相同性を有するCFbl遺伝子を有し19,20),この遺伝子産物はフィブリノーゲンと結合し,病原性を増強している可能性が示唆されている3).一方,S.lugdunensisのすべての株がclumpingfactor陽性ではないことも判明している1).本例の眼内炎手術時に硝子体内にフィブリンの析出は認められたが,分離株はウサギ血漿を使ったCclumpingfactorは陰性であり,フィブリン析出の発症機序は不明である.他のCCoNSによる眼内炎とCS.lugdunensis眼内炎の差異に関する今後の解析が期待される.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)FreneyCJ,CBrunCY,CBesetCMCetal:StaphylococcusClugdu-nensisCspCnovCandCStaphylococcusCschleiferiCspCnov,CtwoCspeciesfromhumanclinicalspecimens.IntJSystBacteriolC38:436-439,C19882)ArgemiCX,CMatelskaCD,CGinalskiCKCetal:ComparativeCgenomicCanalysisCofCStaphylococcusClugdunensisCshowsCaCclosedCpna-genomeCandCmultipleCbarriersCtoChorizontalCgenetransger.BMCGenomicsC19:621,C20183)FrankKL,delPozoJL,PatelR:FromclinialmicrobiologytoCinfectionpathogenesis:HowCdaringCtoCbeCdi.erentCworksforStaphylococcuslugdunensis.ClinMicrobiolRevC21:111-133,C20084)BeckerCK,CHeilmannCC,CPetersG:Coagulase-negaiveCStaphylococci.ClinMicrobiolRevC27:870-926,C20145)ArgemiCX,CHansmannCY,CRiegelCPCetal:IsCStaphylococusClugdunensisCsigni.cantinclinicalsamples?.JClinMicrobi-olC55:3167-3174,C20176)HeilbronnerCS,CFosterTJ:Staphylococuslugdunensis:askinCcommensalCwithCinvasieCpathogenicCpotential.CClinCMicrobiolRevC34:e00205-20,C20217)ElaminCWF,CBallCD,CMillarM:UnbiasedCspecies-levelCidenti.cationCofCclinicalCisolatesCofCcoagulase-negativeStaphylococci:DoesitchangetheperspectiveonStaphy-lococuslugdunensis.JClinMicrobiolC53:292-294,C20158)SakisakaT,IwasakiT,OnoTetal:Changesinthepre-operativeCocularCsurfaceC.oraCwithCanCincreaseCinCpatientage:ACsurveillanceCanalysisCofCbacterialCdiversityCandCresistanceto.uoroquinolone.GraefesArchClinExpOph-thalmol(e-pub)doi.10.1007/Cs00417-023-06121,C20239)InadaN,HaradaN,NakashimaMetal:SevereStaphylo-coccuslugdunensisCkeratitis.InfectionC43:99-101,C201510)ChiquetCC,CPechinotCA,CCreuzut-GarcherCCCetal:AcuteCpostoperativeCendophtalmitisCcausedCbyCStaphylococcusClugdunensis.JClinMicrobiolC45:1673-1678,C200711)GarronCRB,CMillerCD,CFlynnCHWJr:Acute-onsetCendo-phthalmitisCcausedCbyCStaphylococcusClugdunensis.AmJOphthalmolCaseRepC9:28-30,C201812)犬塚将之,石澤聡子,小澤憲司ほか:StaphylococcusClug-dunensisによる抗血管内皮増殖因子薬硝子体内投与後眼内炎のC1例.眼科61:1535-1540,C201913)丹啓紀,池川泰民,小林武史ほか:StaphylococcusClug-dunensisによる硝子体手術後眼内炎のC1例.眼科手術34:C633-637,C202114)佐藤慧一,竹内正樹,石戸みづほほか:良好な視力経過をたどったCStaphylococcuslugdunensisによる白内障術後眼内炎のC1例.あたらしい眼科C39:644-648,C202215)AhmedCU,CNozadCL,CSaldana-VelezM:StaphylococcusClugdunensisCendophthalmitisCfollowingCintravitrealCanti-vascularCend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New TSAS を用いたドライアイスクリーニングの試み

2024年1月31日 水曜日

《原著》あたらしい眼科41(1):94.100,2024cNewTSASを用いたドライアイスクリーニングの試み荒木優斗*1田坂嘉孝*1,2山口昌彦*3篠崎友治*1細川寛子*1井上英紀*4坂根由梨*4白石敦*4高田英夫*5大橋裕一*1*1南松山病院眼科*2愛媛大学大学院医学系研究科視機能再生学講座*3愛媛県立中央病院眼科*4愛媛大学大学院医学系研究科眼科学講座*5株式会社トーメーコーポレーションCDryEyeScreeningUsingaNewTearStabilityAnalysisSystemYutoAraki1),YoshitakaTasaka1,2),MasahikoYamaguchi3),TomoharuShinozaki1),HirokoHosokawa1),HidenoriInoue4),YuriSakane4),AtsushiShiraishi4),HideoTakata5)andYuichiOhashi1)1)DepartmentofOphthalmology,Minami-MatsuyamaHospital,2)DepartmentofOphthalmologyandRegenerativeMedicine,EhimeUniversityGraduateSchoolofMedicine,3)DepartmentofOphthalmology,EhimePrefecturalCentralHospital,4)DepartmentofOphthalmology,EhimeUniversityGraduateSchoolofMedicine,5)TomeyCorporationC目的:ビデオケラトグラフィーを用いた非侵襲的な涙液層安定性評価法の一つであるCtearCstabilityCanalysissystem(TSAS)に改良を加えたCNewTSASを用いてドライアイスクリーニングの有用性を検討した.対象および方法:南松山病院職員ボランティアC45名(男C14名,女C31名,34.6±10.9歳)に対してドライアイ症状の問診(DEQS),CNewTSASの非侵襲的CBUTにあたるCringBUT(RBUT,秒)測定(10秒持続開瞼)を行い,15分後にフルオレセインCBUT(FBUT,秒)を測定した.解析には右眼のCRBUTとCFBUTを用い,解析可能なC43名を対象とした.結果:2016年診断基準によるドライアイ確定例はC8名(18.6%)であった.ドライアイ群および正常群の各検査値は,それぞれCDEQSがC24.8±10.2,7.4±7.8(p=0.002),FBUT(秒)がC2.9±1.9,6.8±3.3(p=0.003),RBUT(秒)がC3.9±2.1,C7.6±3.2(p=0.004)で,いずれもC2群間に有意差を認めた.また,RBUT=0.58×FBUT+3.40(r=0.595)と良好な一次相関を示した.ドライアイ診断に対するCRBUTの感度:87.5%,特異度:68.6%(カットオフ値C5.0秒),receiverCoperatingcharacteristic曲線のCareaCunderCthecurveはC0.816であった.結論:NewTSASのCRBUTはCFBUTに対して良好な相関を示した.NewTSASによる非侵襲的涙液層安定性の評価は実臨床におけるドライアイのスクリーニングにおいて有用と考えられた.CPurpose:Toexaminethee.ectivenessofCthenewly-enhancedTearStabilityAnalysisSystem(NewTSAS),aCnoninvasivemethodusingCvideokeratographytoevaluatetear-.lm(TF)stability,fordryeye(DE)screening.Sub-jectsandMethods:Forty-.veparticipants(14Cmales,31females;meanage:34.6±10.9years)seenatCtheMina-mi-MatsuyamaCHospitalwereinterviewedaboutCDEsymptoms(DERelatedQualityofCLifeScore[DEQS]).Inallsubjects,RingCbreakuptime(BUT)(RBUT;seconds),whichCistheNewTSASnon-invasiveBUT(i.e.,10secondsofCsustainedeyelidopening),wasmeasured,and.uoresceinBUT(FBUT;seconds)wasmeasured15minuteslat-er.CRBUTCandCFBUTCdataCofCtheCrightCeyeCwasCusedCforCanalysis,CandC43CsubjectsCwhoCcouldCbeCanalyzedCwereCincluded.Results:UsingCthe2016JapanesediagnosticcriteriaCforCDE,8(18.6%)ofCthe43includedsubjectswerediagnosedas“de.nitiveDE”.IntheDECgroupandnormalcontrolgroup,themeanDEQSwas24.8±10.2CandC7.4C±7.8,respectively(p=0.002),CtheCmeanCFBUTCwasC2.9±1.9CandC6.8±3.3(p=0.003),Crespectively,CandCtheCmeanCRBUTCwasC3.9±2.1CandC7.6±3.2(p=0.004)respectively.CACsigni.cantCdi.erenceCinCFBUTCandCRBUTCwasCfoundCbetweenthetwogroups.Moreover,RBUT=0.58×FBUT+3.40(r=0.595),showingCaCgoodlinearCcorrelation.AtCanRBUTcuto.Cvalueof<5seconds,thesensitivityofCtheNewTSASwas87.5%Candthespeci.citywas68.6%CfordistinguishingCbetweenCtheCnormalCandCde.nitiveCDE.CTheCareaCunderCtheCreceiverCoperatingCcharacteristicCcurveCwas0.816.Conclusion:TheNewTSASRBUTdemonstratedaCgoodcorrelationwiththeFBUT.ThenoninvasiveassessmentCofCTFCstabilityusingCtheNewTSASwasfoundtobeusefulforCDECscreeningCinclinicalpractice.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)41(1):94.100,2024〕〔別刷請求先〕田坂嘉孝:〒790-8534愛媛県松山市朝生田町C1丁目C3-10南松山病院眼科Reprintrequests:YoshitakaTasaka,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology,Minami-MatsuyamaHospital,1-3-10Asoda,Matsuyama,Ehime790-8534,JAPANC94(94)Keywords:ドライアイ,非侵襲的BUT,NewTSAS,ドライアイスクリーニング.dryeye,noninvasiveBUT,NewTSAS,dryeyescreening.Cはじめに涙液層破壊時間(tearC.lmCbreakuptime:BUT)は涙液安定性の評価に有用な指標であり,ドライアイのスクリーニングには必要不可欠な検査である.通常,フルオレセイン染色により判定されるが,涙液量の増加,測定値のばらつきなどの問題があり,涙液層の客観的な評価には非接触,低侵襲な検査法へとシフトしている.とくに,涙液層への投影像を利用した非侵襲的CBUT(noninvasiveBUT:NIBUT)測定については,筆者らの教室を含めていくつかの先駆的な試みが行われてきた1.3).近年,ビデオケラトグラフィーを用いたCNIBUTの測定機器は日本製,海外製のものを含めて複数が存在し,それぞれに臨床的な有用性が報告されている4.6).以前に筆者らが考案し,RT-7000(トーメーコーポレーション)に搭載されているCtearstabilityCanalysisCsystem(TSAS)もその一つで,ビデオケラトグラフィーを毎秒連続撮影することにより,非侵襲的に涙液安定性を定量評価するシステムである4).プラチド角膜形状解析装置の特徴である「涙液の影響を受けやすい」ことを逆利用し,投影されたマイヤーリング像の歪みやにじみを解析することでCringBUT(RBUT)を算出するが,「開瞼直後の眼表面の状態に影響されやすい」ことが診断精度面での大きな課題となっていた.今回,オートレフラクトメーターCMR-6000(トーメーコーポレーション)(図1)が,マルチファンクション仕様とし図1マルチファンクション・レフラクトメーターMR-6000(トーメーコーポレーション)てリニューアルし,ドライアイやアレルギー性結膜炎に関連した前眼部所見を多角的に検査できるようシステムアップを行った.特に,ドライアイ関連では,涙液メニスカスの観察,マイボグラフィー,そして新しいCTSASの三つの機能が追加されたが,その中で今回,解析方法を大幅に変更した新バージョンのCTSAS(NewTSAS)を用いて,実際の症例およびドライアイスクリーニングにおける有用性を検討したので報告する.CI対象および方法1.ドライアイスクリーニング試験2022年C6.7月に南松山病院職員の健常者ボランティア45名(男C14名,女C31名,34.6C±10.9歳)に対してドライアイ症状の問診(dryCeyeCrelatedCqualityCofClifescore:DEQS)7)を行ったのち,MR-6000にインストールされたCNewTSASにてC10秒間の持続開瞼にてCringBUT(RBUT,秒)を測定し,15分後にフルオレセインCBUT(FBUT,秒)を測定した.解析には右眼のCRBUTとCFBUTを用い,解析可能なC43名を対象とした.コンタクトレンズ装用者C13名については検査当日,朝からコンタクトレンズを非装用とした.DEQSはドライアイの症状や日常生活への影響に関する15項目のアンケートからなり,総合的なCQOL障害度がサマリースコア(0.100)として算出される.スコアが高いほど日常生活においてドライアイによる影響を受けていることになる.2016年版の日本のドライアイの定義と診断基準8),つまり,フルオレセインCBUTがC5秒以下で,ドライアイ症状を有する対象者をドライアイと確定診断した.自覚症状については,既報に準じてCDEQSサマリースコア(0.100)が15以上の場合を有症状とした9).ドライアイ群と正常群の比較検定はCt-testを用い,0.05未満を統計学的有意差とした.なお,本研究は国立大学法人愛媛大学臨床研究審査委員会の承認を得て実施された.C2.NewTSAS従来のCTSASは,オートレフ・トポグラファーCRT-7000(トーメーコーポレーション,2006年発売)に搭載され,すでに実臨床の場でドライアイの補助診断として用いられているが,今回の機種(NewTSAS)ではおもに以下のC2点に改良を加えている.①画像の情報量の増加従来のCTSASでは毎秒C1枚だけの撮影であったが,NewTSASでは毎秒C10枚の撮影を行ってフルオレセイン染色時従来のTSAS:0秒時とn秒時を比較NewTSAS:毎秒ごとの歪み量変化をグラフ化0秒1秒2秒10秒0秒1秒2秒10秒図2画像情報量の増加従来CTSASでは毎秒C1枚だけの撮影であったが,NewTSASでは毎秒C10枚の撮影を行っている.図3NewTSASの結果画面画面には投影マイヤーリングの状況が映し出され(左図),ブレークアップした部分が赤い点として表示される(右図).下部にリング変化量(赤線)のグラフが示される.緑線:開瞼状態,水色点線:閾値,黄線:RBUT測定に用いられる変化量部分.画面右にはCRBUTが表示され,5秒以下の場合,赤色表示になる.に得られるような連続した情報量に近似させ,さまざまな涙液ブレークアップパターンに対応できるように工夫している(図2).図3にCNewTSASの結果画面を示す.画面には投影マイヤーリングの状況が映し出され,ブレークアップした箇所が赤い点で示されている.ブレークアップ領域の経時的変化の状況は動画で観察することが可能である.その下部にリング変化量(赤線)のグラフが示される.緑線は開瞼状態,水色点線は閾値,黄線はCRBUT測定に用いられる変化量部分を表している.画面右にはCRBUTが表示され,5秒以下の場合,赤色表示になる.②オフセット処理機能の搭載さまざまなアーチファクトが原因で開瞼直後からリングに乱れが生じた場合,その乱れを最初にオフセットすることで,その後のリングの乱れをより正しく評価する機能である.事前に行った準備研究において,NewTSAS測定によって得られたブレークアップ変化量のグラフは図4に示すように,パターンCA(ブレークアップがみられない例:正常型),パターンCB(ブレークアップ面積が徐々に増加する例:標準ブレークアップ型),パターンCC(高度に点状表層角膜症(super.cialpunctatekeratopathy:SPK)が存在する例:SPK型),およびパターンCD(開瞼直後からブレークアップがみられる例:初期ブレーク型)の四つに大きく分けられることがわかった.このうちのパターンA,Bについては基本的にオフセット処理を行わずに解析可能であるが,パターンCについてはオフセット機能による調整が必要となる.具体的には,パターンCCの場合にはCSPKにより開瞼直後から変化量が過大評価されているため,オフセット機能が作動して基線を補正している.パターンCDではパターンCCと同様に開瞼直後画像の歪み量は大きいが,処理を行うと点線のように基線以下のマイナス表示になってしまうため,オフセット機能は作動しない.なお,オフセット処理のオンとオフは症例ごとに自動的に切りかえられるようになっている.実際の歪み量オフセット処理前処理後パターンAパターンBパターンCパターンD経過時間歪み量歪み量閾値図4NewTSASにおけるオフセット処理パターンCA:正常型(非ドライアイ型),パターンCB:標準ブレークアップ型,パターンCC:SPK型,パターンD:初期ブレークアップ型.症例を図5に示す.CII結果本研究では登録されたC45名から解析不能のC2名を除いた43名を最終対象とした.除外したC2名のうちC1名はCFBUT測定時にC3秒,もうC1名はCNewTSAS測定時に開瞼時間が4.1秒といずれもC5秒以上の連続開瞼ができなかった症例であり,器機の不備に伴うものではなかった.対象者のうち,2016年ドライアイ診断基準8)によるドライアイ確定例はC8名(18.6%)であり,正常群(35名)との間で検査値の比較検討を行った.ドライアイ群および正常群の各検査値は,それぞれ順に,DEQSがC24.8C±10.2,7.4C±7.8(p=0.002),FBUT(秒)がC2.9±1.9,6.8C±3.3(p=0.003),RBUT(秒)がC3.9C±2.1,7.6C±3.2(p=0.004)で,いずれもC2群間に統計学的な有意差を認めた(表1).RBUTとCFBUTとの間にはCRBUT=0.58×FBUT+3.40(r=0.595)と良好な一次相関が認められた(図6左).なお,RBUTとCFBUTが乖離した症例として,RBUTがC10秒であるがCFBUTがC5秒以下である症例がC4眼,逆にCRBUTがC5秒以下であるがCFBUTがC10秒である症例がC2眼存在した.ドライアイ診断に対するCRBUTの感度はC87.5%,特異度はC68.6%(カットオフ値C5.0秒)であった.ReceiverCoperatingcharacteristic曲線(ROC曲線)のCareaunderthecurve(AUC)はC0.816であった(図6右).ブレークアップパターンCA.Dの割合は,A:19眼(44.2%),B:16眼(37.2%),C:8眼(18.6%),D:0眼(0%)であった.CIII考按BUTとは開瞼から涙液層破壊が生じるまでの時間のことで,涙液層安定性を評価するうえで有用な指標である.その測定には通常フルオレセインを用いるCFBUTで評価されてきたが,簡便に測定できるという長所を持ち合わせる一方で,フルオレセインを使用することで眼表面の涙液量の増加による影響を受けるという欠点がある.その流れの中で,さまざまな角度からドライアイに関連した眼表面の異常を評価する検査法が普及し,しかも各検査が,単一機器の中で,低侵襲かつ定量的な方向で実施されるようになっている.そのトレンドはCBUTにおいても同様であり,近年検査法は非侵襲的なCNIBUTへと進化しつつある.従来のCTSASでは毎秒C1枚の画像しか撮影できず,眼表面の変化をリアルタイムに捉えているとは言い難かった.また,実臨床で用いた場合に開瞼後,長時間涙液層が安定している非ドライアイや,逆に開瞼後時間経過とともに加速度的に涙液層が不安定になる症例は正しく解析できる一方で,開瞼直後の状態が影響を受ける症例(開瞼不足,睫毛の映り込み,眼脂など),高度の角膜上皮障害を有する症例(高度SPKなど)では,解析が不正確になる場合があった.これら従来のCTSASの弱点を補うために,今回のCNewTSASでは大きく二つの改良を行っている.第一には情報量の増加と解析方法の改良である.従来のCTSASでは毎秒ごとにC1枚しか撮影できず,基準値(0秒)と各秒との差を変化量の加算ヒストグラムを用いて算出していたが,NewTSASではC1秒間にC10枚撮影することで情報量を増加させるとともに,毎秒算出される変化量をグラフ化する方式に変更した.また,情報量の増加により涙液層の状態をリアルタイムに捉えることができ,撮影したものを動画で見ることが可能になった.このことでCNewTSASはフルオレセイン染色時に得られる情報に近似できるようになった.第二はオフセット処理機能の搭載である.さまざまなアーチファクトが原因で開瞼直後からリングに乱れが生じた場合,その乱れを最初にオフセットすることで,その後のリンパターンARBUT:notbreakupパターンCSPKにより開瞼直後から変化量が過大評価されている図5NewTSAS実際の症例パターンCA:ブレークアップがみられない例(正常型).パターンCB:ブレークアップ面積が徐々に増加する例(標準ブレークアップ型).パターンCC:SPKが多くみられる例(SPK型).パターンCD:開瞼直後からブレークアップがみられる例(初期ブレークアップ型).A,Bは基本的にオフセット処理を行わずに解析可能である.CはCSPKにより開瞼直後から変化量が過大評価されているため,オフセット機能が作動している.Dは開瞼直後画像の歪み量は大きいが,オフセット処理を行うとマイナスになってしまう(点線)ため,オフセット機能は作動していない.グの乱れをより正しく評価することが可能になった.逆に,フはおよそ四つのパターンを示すことが推察された.すなわ涙液層破壊パターンの一つであるCspotbreak10)の症例では,ち,正常眼でみられるC10秒間閾値を超えないパターン(A:開瞼直後からの涙液層の不安定さによってリングが大幅に乱正常型),ドライアイ眼でよくみられる漸増パターン(CB:標れる.準備研究の段階において,CNewTSASの変化量グラ準ブレークアップ型),高度CSPKが存在するときにみられRBUT=0.58×FBUT+3.40(r=0.595)ROC曲線1210RBUT(秒)86420024681012Speci.cityFBUT(秒)図6FBUTとRBUTの相関とドライアイ診断に対するRBUTの感度・特異度RBUTとCFBUTとの間にはよい相関を認め,ROC曲線では感度:87.5%,特異度:68.6%(カットオフ値C5.0秒,AUC:0.816)であった.表1ドライアイ群と正常群におけるDEQS,FBUT,RBUTドライアイ群(n=8)正常群(n=35)p値CDEQSC24.8±10.2C7.4±7.8C0.002†FBUT(秒)C2.9±1.9C6.8±3.3C0.003†RBUT(秒)C3.9±2.1C7.6±3.2C0.004†t-test†:p<0.05ドライアイ確定例(2016年診断基準)はC8名(18.6%)であった.DEQS,FBUT,RBUTそれぞれにおいて両群間で有意差を認めた.る,初期から変化量が大きく,さらに経時的に漸増するパターン(C:SPK型),及び,SPKはみられないがCspotbreakなどのように開瞼直後の変化がもっとも大きくなるパターン(D:初期ブレーク型)である.今回のスクリーニング試験におけるそれぞれのパターンの発現割合をみてみると,A:19眼(44.2%),B:16眼(37.2%),C:8眼(18.6%),D:0眼(0%)であり,オフセット処理機能の有用性確認は,パターンCCのみにとどまった.なお,症例が得られなかったパターンCDについては,今後の検討に委ねたいと考える.本研究において,RBUTのカットオフ値をC2016年ドライアイ診断基準のCFBUTと同様であるC5秒とした場合,感度はC87.5%,特異度はC68.6%であった.RT-7000に搭載された従来のCTSASでカットオフ値を同じC5秒以下とした場合,感度はC77.8%,特異度はC70.0%4)であり,NewTSASは感度が上回り,特異度については,ほぼ同等となる結果であった.このことは,NewTSASが従来のCTSASと比較して,ドライアイスクリーニングにおける性能が向上したことを示唆している.CNewTSAS同様,NIBUTを測定する器機としてCKetato-graph5M(Oculus)5)やIDRA(SBMSistemi)6)がある.NewTSASについての解析方法は前述のとおりだが,これらの機器については解析方法の詳細は述べられていない.しかし,マイヤーリング像の初期の歪みやにじみを解析する点では同様である.ドライアイ診断基準は異なるが,Ketato-graph5Mでのドライアイ診断に対する感度はC84.1%,特異度はC75.6%(カットオフ値C2.65秒)5),IDRAでは感度C89%,特異度はC69%(カットオフ値C7.75秒)6),ROC曲線解析によるCAUCはCKetatograph5M:0.825,IDRA:0.841であり,今回得られたCNewTSASの数値は他機種のドライアイスクリーニング能力とは遜色ないものと考えられた.RBUTとCFBUTとの間にはCRBUT=0.58×FBUT+3.40(r=0.595)と良好な一次相関が認められたが,FBUTとRBUTが乖離した症例がいくつかみられた.横井によれば,FBUTは涙液層の菲薄化を,マイヤーリングの乱れを利用するCRBUTは油層を含めた涙液全層のブレークを反映しているため,RBUTを含めたCNIBUTはCFBUTよりも長くなるとされる11).したがって,FBUTではC1カ所でも小さなブレークが起こると,そのときの秒を測定値とするが,ブレークの範囲が狭いため,NewTSASではリング変化としてとらえきれず,RBUT=10秒という結果になったと考えられる.また,RBUTがCFBUTよりも短くなったC2眼では,FBUTはC10秒以上,明らかなブレークが見られなかったが,RBUTでは明らかに早期からリングの歪みが見られていた.今回,NewTSASでCRBUTを測定してからC15分間隔を開けてCFBUTを測定しているが,最初に持続開瞼してCRBUTを測定したことにより,過剰な涙液分泌が促され,FBUTの延長に影響を及ぼした可能性が考えられる.今回の研究はCNewTSASを用いたドライアイスクリーニングの有用性の評価を行うことが主目的であり,NewTSASの再現性については詳細に検討していない.続けて何回もの検査を行うことで涙液層に変化が生じる可能性もあるため,種々の条件設定のもとでの再現性試験を行うことで,CNewTSASのさらなる信頼性を検証することが必要と思われる.また,サンプルサイズも小さいため,スクリーニング検査におけるドライアイがC8眼にとどまっており,ROC曲線における感度と特異度を考慮すれば,今後より大きな対象を用いた研究を要すると思われる.CNewTSASでの動画がフルオレセインにおけるブレークアップパターン10)と連動できるようになれば,検査室におけるドライアイスクリーニングの検査を可能とし,ドライアイ診療に大きな変化をもたらすものと思われる.そのためにはさらに多くの情報量が必要になり,今後の機器の進化が期待される.結論として,NewTSASによる非侵襲的涙液層安定性の評価は,実臨床におけるドライアイのスクリーニングにおいて有用と考えられた.本論文の内容は角膜カンファランスC2023にて発表した.謝辞:本研究を行うにあたり,ご尽力いただきました,株式会社トーメーコーポレーションの山本聡氏に感謝申し上げます.利益相反白石敦カテゴリーF参天製薬高田英夫カテゴリーCE株式会社トーメーコーポレーション株式会社トーメーコーポレーションカテゴリーCP文献1)MengerCLS,CBronCAJ,CTongeCSRCetal:ACnon-invasiveCinstrumentforclinicalassessmentofthepre-cornealtear.lmstability.CurrEyeResC4:1-7,C19852)GotoT,ZhengX,KlyceSDetal:Anewmethodfortear.lmstabilityanalysisusingvideokeratography.AmJOph-thalmolC135:607-612,C20033)KojimaCT,CIshidaCR,CDogruCMCetal:ACnewCnoninvasiveCtearCstabilityCanalysisCsystemCforCtheCassessmentCofCdryCeyes.InvestOphthalmolVisSciC45:1369-1374,C20044)YamaguchiCM,CSakaneCY,CKamao,CTCetal:NoninvasiveCdryCeyeCassessmentCusingChigh-technologyCophthalmicCexaminationdevices.CorneaC35:S38-S48,C20165)HongJ,SunX,WeiAetal:Assessmentoftear.lmsta-bilityCinCdryCeyeCwithCaCnewlyCdevelopedCkeratograph.CCorneaC32:716-721,C20136)VigoL,PellegriniM,BernabeiFetal:Diagnosticperfor-manceCofCaCnovelCnoninvasiveCworkupCinCtheCsettingCofCdryeyedisease,JOphthalmol,C5804123,C20207)SakaneY,YamaguchiY,YokoiNetal:DevelopmentandvalidationCofCtheCdryCeye-RelatedCquality-of-lifeCscoreCquestionnaire.JAMAOphthalmolC131:1331-1338,C20138)島﨑潤,横井則彦ほか:ドライアイ研究会:日本のドライアイの定義と診断基準の改訂(2016年版).あたらしい眼科C34:309-313,C20179)IshikawaCS,CTakeuchiCM,CKatoN:TheCcombinationCofCstripCmeniscometryCandCdryCeye-relatedCquality-of-lifeCscoreisusefulfordryeyescreeningduringhealthcheck-up.Medicine(Baltimore)97:12969,C201810)YokoiCN,CGeorgievCGA,CKatoCHCetal:Classi.cationCofC.uoresceinbreakupCpatterns:aCnovelCmethodCofCdi.e-rentialCdiagnosisCforCdryCeye.CAmCJCOphthalmolC180:C72-85,C201711)横井則彦:BUT検査.眼科検査ガイド第C3版,飯田知弘ら編集.文光堂,p342-346,C2022***

ヘルペス性角膜炎における栄養障害性潰瘍の臨床像

2024年1月31日 水曜日

《原著》あたらしい眼科41(1):89.93,2024cヘルペス性角膜炎における栄養障害性潰瘍の臨床像石本敦子*1佐々木香る*1安達彩*1嶋千絵子*1西田舞*2髙橋寛二*1*1関西医科大学眼科学講座*2北野病院眼科CClinicalFeaturesofNeurotrophicUlcersinHerpesKeratitisAtsukoIshimoto1),KaoruSasaki1),AyaAdachi1),ChiekoShima1),MaiNishida-Hamada2)andKanjiTakahashi1)1)DepartmentofOphthalmology,KansaiMedicalUniversity,2)MedicalResearchInstituteKitanoHospitalC目的:ヘルペス性角膜炎に生じた栄養障害性潰瘍は,しばしば原疾患の再燃や真菌性角膜炎との判断が困難である.早期発見のため臨床像を明らかにする.方法:2012年C2月.2020年C10月に関西医科大学附属病院眼科,永田眼科で加療したC9例C9眼を後ろ向きに調べた.結果:原疾患が単純ヘルペス角膜炎のC8眼は複数回の上皮型・実質型の再発既往があり,帯状疱疹角膜炎のC1眼は遷延例であった.いずれも抗ウイルス剤軟膏を断続的に使用していた.膿性眼脂は認めず,3眼では樹枝状類似のフルオレセイン所見を,6眼では地図状類似の不整形上皮欠損を認めた.全例で病変部辺縁は直線状に隆起した白濁を呈し,潰瘍底はカルシウム沈着あるいは実質融解を認めた.潰瘍底.爬,抗ウイルス薬軟膏の減量,ステロイドによる消炎にて治癒した.結論:ヘルペス性角膜炎経過途中の栄養障害性潰瘍の早期発見には,膿性眼脂の有無,病変部辺縁の形状や潰瘍底の性状を確認することが必要である.CPurpose:NeurotrophicCulcersCarisingCinCherpeticCkeratitisCareCoftenCdi.cultCtoCdetermineCasCrelapseCofCtheCunderlyingdiseaseorfungalkeratitis.ThepurposeofthisstudywastoclarifytheclinicalfeaturesofneurotrophiculcersCforCearlyCdetection.CPatientsandMethods:InCthisCretrospectiveCstudy,C9CeyesCofC9CpatientsCtreatedCatCtheCDepartmentofOphthalmology,KansaiMedicalUniversityandNagataEyeClinicfromFebruary2012toOctober2020wereexamined.Results:Ofthe9eyes,8wereherpessimplexkeratitisastheprimarydiseasewithahisto-ryofmultipleepithelialandparenchymalrecurrences,and1wasaprolongedcaseofherpeszosterkeratitis.Anti-viralCointmentsChadCbeenCintermittentlyCadministeredCinCallCeyes.CThereCwasCnoCoccurrenceCofCpurulentCdischarge,Cyet3eyeshaddendritic-like.uorescein.ndingsand6eyeshadgeographicirregularepithelialdefects.Inallcas-es,themarginsofthelesionswerecloudywhiteandlinearlyraised.Theulcerbasesshowedcalciumdepositionorparenchymalmelting.Healingwasachievedbycurettageofthebottomoftheulcer,reductionofthedoseofantivi-ralCointment,CandCadministrationCofCanti-in.ammationCsteroids.CConclusion:ForCearlyCdetectionCofCneurotrophicCulcersCduringCtheCcourseCofCherpeticCkeratitis,CitCisCnecessaryCtoCcon.rmCnoCpresenceCofCpurulentCdischarge,CtheCshapeofthemarginsofthelesion,andthenatureoftheulcerbase.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C41(1):89.93,2024〕Keywords:角膜ヘルペス,栄養障害性潰瘍,遷延性角膜上皮欠損,薬剤毒性,カルシウム沈着.herpeticsCkerati-tis,neurotrophiculcers,persistedcornealepithelialdefects,drugtoxicity,calciumdeposition.Cはじめに単純ヘルペスによる角膜ヘルペスは上皮型(樹枝状,地図状),実質型(円板状,壊死性),内皮型,そしてぶどう膜炎型に分類される1).また,水痘帯状疱疹ウイルスによる眼部帯状疱疹も角膜には偽樹枝状病変から多発性角膜上皮下浸潤をきたす.これらは再発の都度,三叉神経麻痺を生じ,しだいに不可逆性の知覚低下を招く.この三叉神経麻痺は,角膜上皮細胞の増殖能低下,接着能低下をきたすことが知られており,容易に不整形の上皮欠損を生じる2.7).上皮型の病変に上皮接着不全が生じた場合は遷延性上皮欠損となり,実質型に生じた場合は栄養障害性潰瘍として,とくに壊死性角膜炎によく併発する.遷延性上皮欠損ではCBowman層が保たれ,角膜実質の融解,菲薄化を伴わないが,栄養障害性潰瘍では角膜実質の融解,菲薄化,さらに長期の炎症によりカル〔別刷請求先〕石本敦子:〒573-1010大阪府枚方市新町C2-5-1関西医科大学眼科学講座Reprintrequests:AtsukoIshimoto,DepartmentofOphthalmology,KansaiMedicalUniversity,2-3-1Shinmachi,Hirakata573-1191,JAPANC図1代表症例1の前眼部所見a:ターミナルバルブをもつ典型的な樹枝状病変を認める.周囲には過去の上皮型を示す混濁を認める.Cb:当院初診時には直線的な白濁()した縁どりをもつ角膜潰瘍を認めた.白濁部はやや隆起しており,その内部の潰瘍底は軟化していた.Cc:栄養障害性潰瘍として加療開始C1カ月後.瘢痕を残して上皮は修復を完了した.シウム沈着を伴い,難治となる.ヘルペスによる栄養障害性潰瘍が多発したC1990年代に,森・下村らはその臨床的特徴として,潰瘍になる直前の病型は実質型(円板状C65%,壊死性C35%)が過半数(56%)を占め,また栄養障害性潰瘍診断時に,IDU頻回点眼がなされていた(47%)ことを報告した8).また,ヘルペスによる栄養障害性潰瘍の形成要因として,基盤である角膜実質の炎症による角膜上皮接着性の低下,およびCIDUの細胞毒性による上皮の修復障害,不適正なプライマリーケア(上皮型あるいは実質型ヘルペスに対する不適切なステロイドあるいは抗ウイルス剤の投与)を提示した8).抗ウイルス薬がCIDU点眼からアシクロビル眼軟膏へと変遷し,細胞毒性は少なくなったとはいえ上皮細胞への障害は弱くはなく,角膜ヘルペスの上皮型や実質型が何度も繰り返され上皮細胞の脆弱化が生じた場合,やはり栄養障害性潰瘍を発症し,ステロイドの投与の可否含めて治療に難渋することが多い.ヘルペスによる栄養障害性潰瘍は,ヘルペスウイルスそのものの増殖による悪化との鑑別が困難で,抗ウイルス薬が増量され,その薬剤毒性によりさらに難治化させることが多い.今回,栄養障害性潰瘍の早期発見のため,その臨床的特徴を明らかにした.CI方法本研究は関西医科大学医学倫理審査委員会の承認のもと(承認番号2021254),ヘルシンキ宣言に基づき,診療録を参照し後ろ向きに検討した.2012年C2月.2020年C10月に関西医科大学附属病院(以下,当院)眼科,永田眼科に紹介されたヘルペスによる栄養障害性潰瘍症例を対象とした.症例は9例9眼(男性6例,女性3例),年齢は79C±12歳(50.92歳)であった.患者背景,前眼部の臨床所見,治療経過を検討した.II結果[代表症例1]患者:74歳,女性.既往歴:糖尿病性網膜症により硝子体茎切除術を施行されていた.現病歴:10年程前から数回,左眼角膜ヘルペスの上皮型・実質型の再発を繰り返し,その都度,近医にてアシクロビル(ACV)眼軟膏やステロイド点眼で加療されていた.今回,1カ月前に上皮型を再発し,ACV眼軟膏をC1日C5回使用するも,次第に悪化したため,ACV耐性株を疑われ,1カ月後に当院紹介となった.1カ月前の前医での前眼部写真を図1aに示す.初診時所見:当院初診時,左眼視力(0.2C×sph.5.0D(cylC.4.0DAx10°),左眼眼圧12mmHg(緑内障点眼下),地図状類似の角膜潰瘍がみられ,潰瘍周囲が白濁化,一部直線化していた(図1b).潰瘍底では融解傾向で軟化した実質に一部カルシウム沈着があり,周囲には過去の上皮型病変による混濁がみられた.経過:栄養障害性潰瘍と判断し,紹介時に投薬されていたACV眼軟膏C5回,デキサメタゾン点眼C3回,緑内障点眼をすべて中止し,バラシクロビル(VACV)内服,プレドニゾロンC10Cmg内服,抗菌薬眼軟膏を処方した.潰瘍の縮小がみられたため,抗ウイルス薬やステロイドを内服からCACV眼軟膏C1回,0.1%フルオロメトロン点眼C2回,抗菌薬眼軟膏へ変更した.当院での治療開始C2週間後,潰瘍は縮小したものの上皮.離の遷延化がみられたため,治療用コンタクトレンズを装用のうえ,ACV眼軟膏C1回,0.1%フルオロメトロン点眼C2回に,抗菌薬点眼C4回,ヒアルロン酸CNa点眼C4回を追加した.当院初診約C1カ月で,すみやかに角膜潰瘍は治癒し,消炎を得た(図1c).図2代表症例2の前医での前眼部所見ab,cd,efのC3時点で,いずれも偽樹枝状様の所見を呈するフルオレセイン陽性の上皮欠損を認め,寛解増悪を繰り返していた.図3代表症例2の前眼部所見a:当院初診時には直線的な白濁したやや幅広い縁取りをもつ角膜潰瘍を認めた().潰瘍底は触診にてカルシウム沈着を認め,非沈着部位は実質底が軟化していた.Cb:フルオレセイン染色では,カルシウム非沈着部位が陽性を示し,あたかも樹枝状様の所見を呈した.しかし,ターミナルバルブは認めない.Cc:栄養障害性潰瘍として加療し開始C1カ月後.カルシウムは用手的に除去した.瘢痕を残して上皮は修復を完了した.[代表症例2]患者:92歳,男性.現病歴:1年前に眼部帯状疱疹を罹患し,右眼角膜炎,虹彩炎が遷延化した.ACV眼軟膏,ステロイド点眼で加療するも,樹枝状様の上皮病変が形を変えて何度も再燃し,難治性ヘルペス性角膜炎として紹介された.前医での前眼部写真を示す(図2a~f).初診時所見:当院初診時,左眼視力C0.02(n.c.),左眼眼圧12CmmHg,不整形の潰瘍が認められ,潰瘍辺縁が白濁化,一部直線化していた(図3a).潰瘍底は鑷子による触診にて,軟化した実質とカルシウム沈着が混在していた.フルオレセイン染色では,樹枝状のように見える上皮欠損が観察された(図3b).経過:栄養障害性潰瘍を疑い,紹介時に投与されていたACV眼軟膏およびステロイド点眼を中止し,VACV内服,抗菌薬軟膏のみを処方した.しかし,厚いカルシウム沈着が途絶している部分が深掘れの潰瘍となり,上皮修復が困難であった.潰瘍底に沈着したカルシウムと実質軟化が上皮の創傷治癒を妨げていると判断し,27CG針で物理的にカルシウム沈着を.離除去し,実質底が平坦となるように軟化した実質を切除した.同時に治療用コンタクトレンズ装用のうえ,0.1%フルオロメトロン点眼C2回,ACV眼軟膏C1回,抗菌薬点眼C4回,ヒアルロン酸CNa点眼C4回を処方し,約C1カ月後に,上皮修復を得た(図3c).表1全症例のまとめ症年齢虹彩毛原因紹介時緑内障角膜所見辺縁治療例性別前医からの紹介内容様体炎の既往ウイルスACV使用点眼上皮欠損の形状直線化白濁化血管侵入Ca沈着SCL使用C174歳,女性難治性ヘルペス角膜炎〇CHSV〇〇地図状類似〇〇C×〇〇C286歳,男性難治性ヘルペス角膜炎〇CHSV〇C×地図状類似〇〇〇〇C×385歳,男性遷延性角膜上皮欠損〇CHSVC×〇地図状類似C×〇C××〇C483歳,女性遷延性角膜上皮欠損〇CHSV〇〇地図状類似〇〇C××〇C578歳,女性難治性ヘルペス角膜炎〇CHSV〇C×樹枝状類似〇〇C×〇C×670歳,男性角膜潰瘍(ヘルペス角膜炎既往)〇CHSVC××地図状類似〇〇〇C×〇C792歳,男性難治性ヘルペス角膜炎〇CVZV〇〇樹枝状類似〇〇C×〇〇C883歳,男性遷延性角膜上皮欠損〇HSV疑〇〇樹枝状類似〇〇C×〇〇C950歳,男性角膜潰瘍(ヘルペス角膜炎既往)不明CHSVC××地図状類似〇〇C××〇代表症例C1は症例番号1,代表症例C2は症例番号C7を示す.[全症例まとめ]症例C1,2を含むC9症例の一覧表(表1)を示す.全例,複数回のヘルペス再発の既往を持ち,難治性ヘルペス性角膜炎,遷延性角膜上皮欠損や角膜潰瘍として紹介された.ウイルスの活動性上昇や耐性化の懸念から,紹介時にCACV眼軟膏をC3回以上投与されていたものはC9例中C6例と多く,虹彩毛様体炎の併発の既往があり,緑内障点眼をしていたものも約半数にみられた.すべて今までに単純ヘルペスウイルス(HSV)に典型的な上皮型や実質型を繰り返していた既往があり,ウイルスCPCR検査は施行していないが,臨床所見および経過からCHSVによる病態と判断した.なお,症例C7は眼部帯状疱疹の発症に続いて出現した遷延性上皮欠損であり,原因ウイルスをCVZVとした.角膜知覚低下は全例にみられた.角膜所見は,いずれもフルオレセイン染色で,樹枝状病変あるいは地図状病変に類似の所見を示した.全例,潰瘍縁の白濁化がみられ,潰瘍縁は一部直線化していた.角膜実質は浮腫のため膨化して融解傾向であり,約半数に潰瘍底にカルシウム沈着を認めた.このカルシウム沈着の範囲は,鑷子で触診することで確認が容易であった.また,カルシウム沈着部位と非沈着部位が混在することで,樹枝状あるいは地図状類似のフルオレセイン染色所見を呈していた.治療は,紹介時CACV軟膏を使用していた症例は全例中止し,バルトレックスC1日C2錠(分2)内服に変更,抗菌薬眼軟膏使用でガーゼ閉瞼を行った.虹彩炎の活動性があるものや血管侵入を伴う壊死型などはプレドニゾロンC1日C10Cmg内服あるいはフルオロメトロン点眼C2回を併用した.紹介時に細菌感染の併発が疑われたもの(9例中C2例)は,抗菌薬点眼を追加した.緑内障点眼を使用しているものは一度中止し,眼圧が高い場合は炭酸脱水酵素阻害薬の内服に切りかえた.抗ウイルス薬や緑内障点眼の中止と抗菌薬眼軟膏による保湿を2週間行っても上皮欠損が治癒しない症例は,DSCLを装用させた.既往に虹彩毛様体炎を複数回再発があり,リン酸ベタメタゾン点眼を繰り返し使用されているものはカルシウム沈着が強く,上皮欠損修復には物理的カルシウム除去が必要であった.栄養障害性潰瘍の診断後,治癒までの期間は平均約C1カ月であった.CIII考按栄養障害性潰瘍の形成要因には,角膜知覚障害,涙液減少,Bowman膜損傷,実質障害,抗ウイルス薬の毒性があるとされている2,8).今回の症例でも,上皮型・実質型の角膜ヘルペスの再発繰り返しによる角膜知覚低下やCBowman膜,実質の損傷が潜在していたと考えられる.角膜ヘルペスの患者では角膜知覚の低下は角膜神経の密度と数に強く相関し,病気の重症度に相関して患眼の神経密度が低下する3,4).発症からC3年程度経過すると,神経再生を認め,神経密度の回復の傾向がみられるが,健常者に比べ優位に低く,角膜知覚の低下は改善しない9).基底細胞下神経叢の神経の形態と密度の低下は角膜ヘルペスの発症回数が多いほど,著明であり4,10),とくに壊死性角膜炎で強かった.以上より,角膜ヘルペスの再発の繰り返しが,より強い非可逆的な三叉神経麻痺を生じ,角膜上皮細胞の増殖能低下をきたし,栄養障害性潰瘍を引き起こしやすくなると思われる.加えて今回の症例で栄養障害性潰瘍へと悪化する原因として,虹彩毛様体炎や続発緑内障に対し投与された緑内障点眼やリン酸ベタメタゾン点眼による薬剤毒性やカルシウムが沈着が影響したと考えられる.森ら8)は,実質型の複数回既往が栄養障害性潰瘍の危険因子であると述べており,今回の検討でも,同様の傾向が確認された.ウイルスそのものの増殖による所見とウイルスに対する免疫反応による所見が混在するヘルペス性角膜炎の治療では,ACV眼軟膏とステロイド投与の適正なバランスを保つことが困難である場合が多いと考えられる.たとえば,今回の症例の既往歴でも上皮型と実質型を併発した角膜ヘルペスにおいて,ACV眼軟膏投与と同時にステロイドを急に中止し実質炎を誘発したり,上皮型が治癒した時点でステロイドを続行したままCACV眼軟膏を中止することで上皮型の再発を招くという現状が確認された.このような経過中,栄養障害性潰瘍を発症しているにもかかわらず,不整形の上皮欠損をウイルスの再燃と判断してCACV眼軟膏が増量もしくは漫然と継続されることで,さらに難治化させる例が多いことが明らかとなった.栄養障害性潰瘍の臨床所見として,実質炎再発や薬剤毒性により実質が融解し,上皮細胞の増殖や伸展が妨げられるため,潰瘍辺縁部で上皮細胞が滞るため盛り上がり,膨隆や白濁化があげられる.今回の症例では,潰瘍縁が一部直線化しているものが多かった.通常,微生物感染などによる上皮欠損は不整形を示すが,栄養障害性潰瘍の場合は,伸展が滞った上皮細胞が潰瘍辺縁で直線の形状を形成すると考えられる.また長期の炎症に加え,ACV眼軟膏やベタメタゾン点眼などにより潰瘍底にカルシウム沈着が生じ,さらに上皮欠損が難治化する傾向にあった.栄養障害性潰瘍の発症機序から,治療のポイントは①上皮の増殖・伸展を促すこと,②潰瘍底を平坦化し,健常な状態に近づけること,③適度な保湿と消炎,④眼瞼による摩擦軽減であると思われる.具体的には,角膜上皮の増殖能を低下させるCACV眼軟膏を中止し内服に変更することや,防腐剤フリーの点眼薬の選択,保湿のための生理食塩水点眼などがある.カルシウムを物理的に除去し,軟化した潰瘍底を切除することも必要であり,さらに安静のために抗菌薬眼軟膏と圧迫眼帯を行い,場合によって治療用コンタクトレンズ使用も検討する.消炎が必要なためステロイドを使用するが,既往歴における上皮型の再発頻度によって,再発がない場合は点眼を,多い場合には内服を選択した.ただしステロイド使用中は必ず,抗ウイルス薬を局所少量あるいは内服のいずれかを投与し,再発防止を図った.症例の所見に応じて,抗ウイルス薬とステロイドのバランスを決定し,症例の既往歴に応じて投与方法を決定する必要があると考えられた.今回の症例から,大部分の栄養障害性潰瘍は保存的治療で治癒する可能性があると思われた.角膜移植はステロイド長期使用を余儀なくされるため,ヘルペス性角膜炎の再発を惹起しうる.栄養障害性潰瘍を早期に鑑別できれば,保存的に治癒させることは容易であると思われる.CIV結論ヘルペスによる角膜炎の治療経過において,栄養障害性潰瘍に気づかず,難治性角膜ヘルペスとしてCACV眼軟膏を続行すると,さらに難治化させる.栄養障害性潰瘍の臨床的特徴に早期に気づき,患者背景,投薬内容をもとに,治療方針の方向転換を行うことが大切であると考えられた.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)大橋裕一:角膜ヘルペス─新しい病型分類の提案─.眼科C37:759-764,C19952)Ruiz-LozanoCRE,CHernandez-CamarenaCJC,CLoya-GarciaCDCetal:TheCmolecularCbasisCofCneurotrophicCkeratopa-thy:DiagnosticCandCtherapeuticCimplications.CaCreview.COculSurfC19:224-240,C20213)PatelCDV,CMcGheeCN:InCvivoCconfocalCmicroscopyCofChumanCcornealCnervesCinChealth,CinCocularCandCsystemicCdisease,CandCfollowingCcornealsurgery:aCreview.CBrJOphthalmolC93:853-860,C20094)NagasatoD,Araki-SasakiK,KojimaTetal:Morphologi-calCchangesCofCcornealCsubepithelialCnerveCplexusCinCdi.erentCtypesCofCherpeticCkeratitis.CJpnCJCOphthalmolC55:444-450,C20115)CruzatA,QaziY,HamraP:InvivoconfocalmicroscopyofCcornealCnervesCinChealthCandCdisease.COculCSurfC15:C15-47,C20176)EguchiCH,CHiuraCA,CNakagawaCHCetal:CornealCnerveC.berstructure,itsroleincornealfunction,anditschangesCincornealdiseases.BiomedResIntC2017:3242649,C20177)OkadaCY,CSumiokaCT,CIchikawaCKCetal:SensoryCnerveCsupportsepithelialstemcellfunctioninhealingofcornealepitheliuminmice:theroleoftrigeminalnervetransientreceptorCpotentialCvanilloidC4.CLabCInvestC99:210-230,C20198)森康子,下村嘉一,木下裕光ほか:ヘルペスのよる栄養障害性角膜潰瘍の形成要因.あたらしい眼科C7:119-122,C19909)FalconCMG,CJonesCBR,CWiliamsCHPCetal:ManegementCofCherpeticeyedisease.TransCOphthalmolSocUKC97:345-349,C197710)HamrahP,CruzatA,DastjerdiMHetal:Cornealsensa-tionCandCsubbasalCnerveCalterationsCinCpatientsCwithCher-pesCsimplexkeratitis:anCinCvivoCconfocalCmicroscopyCstudy.OphthalmologyC117:1930-1936,C201011)MoeinHR,KheirkhahA,MullerRTetal:CornealnerveregenerationCafterCherpesCsimplexkeratitis:AClongitudi-nalinvivoconfocalmicroscopystudy.OculSurfC16:218-225,C2018C***

ブリモニジン関連角膜実質混濁の臨床経過 ~自験3 症例からの考察

2024年1月31日 水曜日

《原著》あたらしい眼科41(1):82.88,2024cブリモニジン関連角膜実質混濁の臨床経過~自験3症例からの考察篠崎友治*1溝上志朗*2細川寛子*1田坂嘉孝*1,3鳥飼治彦*4白石敦*2大橋裕一*1*1南松山病院眼科*2愛媛大学大学院医学系研究科眼科学講座*3愛媛大学大学院医学系研究科視機能再生学講座*4とりかい眼科クリニックCClinicalCourseof3CasesofBrimonidine-RelatedCornealStromalOpacityTomoharuShinozaki1),ShiroMizoue2),HirokoHosokawa1),YoshitakaTasaka1,3),HaruhikoTorikai4),AtsushiShiraishi2)andYuichiOhashi1)1)DepartmentofOphthalmology,Minami-MatsuyamaHospital,2)DepartmentofOphthalmology,EhimeUniversityGraduateSchoolofMedicine,3)4)TorikaiEyeClinicCDepartmentofOphthalmology&RegenerativeMedicine,EhimeUniversityGraduateSchoolofMedicine,C目的:ブリモニジン点眼液C0.1%(以下,BT)の長期使用により生じた角膜実質混濁のC3例について発症前段階からの進行経過を報告する.症例:1)81歳,女性.2015年両眼CBT開始.2018年に両眼の濾胞性結膜炎,2019年に両眼の周辺部角膜浸潤が出現.2020年には角膜新生血管を伴う角膜実質炎へ進展し角膜脂肪変性に至った.2)73歳,男性.2015年左眼,2019年両眼CBT開始.翌月に濾胞性結膜炎,2022年角膜新生血管を伴う角膜実質炎が両眼に発症した.3)88歳,女性.2018年両眼CBT開始.2020年に両眼の濾胞性結膜炎と周辺部角膜浸潤,2022年に周辺部角膜浸潤の中央への拡大とそれに向かう角膜新生血管の侵入を認めた.考按:3症例の臨床経過から本症は結膜充血や濾胞性結膜炎が生じる「結膜充血期」,周辺部角膜に輪状の浸潤が出現する「周辺部角膜浸潤期」,角膜浸潤に向かって新生血管が伸長し角膜脂肪変性に至る「角膜実質炎期」,の順に進行すると考えられた.CPurpose:ToCreportC3CcasesCofCcornealCstromalCopacityCcausedCbyCtopicalCbrimonidinetartrate(BT).CCasereports:CaseC1,CanC81-year-oldCfemale,CwasCstartedConCtopicalCBTCtreatmentCinC2015,CandClaterCdiagnosedCwithCbilateralCfollicularCconjunctivitisCinC2018.CBilaterally,CperipheralCcornealCin.ltrationCdevelopedCinC2019CandCstromalCkeratitisCwithCneovascularizationCandfattyCdegenerationCdevelopedCin2020.CCaseC2,Ca73-year-oldCmale,CwasstartedontopicalBTinthelefteyein2015andbilaterallyin2019.Thefollowingmonth,bilateralfollicularconjunctivitisdeveloped,leadingtobilateralperipheralstromalkeratitiswithneovascularizationin2022.Case3,an88-year-oldfemale,wasstartedontopicalBTinbotheyesin2018.In2020,bilateralfollicularconjunctivitisandstromalkera-titiswithneovascularizationoccurred.Conclusion:Clinicalcourseassessmentofthecasesshowedthatafterlong-termCadministrationCofCtopicalCBT,CtheCdiseaseCprogressedCfromCconjunctivalChyperemiaCtoCperipheralCcornealCin.ltration,and.nallystromalkeratitis,oftenaccompaniedbyfattydegeneration.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)41(1):82.88,2024〕Keywords:ブリモニジン点眼,副作用,角膜実質混濁,角膜新生血管,結膜充血.brimonidineophthalmicsolu-tion,sidee.ects,cornealstromalopacity,cornealneovascularization,conjunctivalhyperemia.Cはじめに房水産生を抑制し,ぶどう膜強膜流出路を介した房水流出を交感神経Ca2受容体作動薬(以下,a2作動薬)であるブリ促進することにより眼圧を下降させる.緑内障診療ガイドラモニジン酒石酸塩点眼液C0.1%(以下,ブリモニジン)は,イン(第C5版)によれば,点眼治療の第一選択薬は,プロス〔別刷請求先〕篠崎友治:〒790-8534愛媛県松山市朝生田町C1-3-10南松山病院眼科Reprintrequests:TomoharuShinozaki,M.D.,DepartmentofOphthalmology,Minami-MatsuyamaHospital,1-3-10Asodamachi,Matuyama-shi,Ehime790-8534,JAPANC82(82)タノイドCFP受容体作動薬(以下,FP作動薬),交感神経Cb受容体遮断薬(以下,Cb遮断薬)およびプロスタノイドCEP2受容体作動薬(以下,EP2作動薬)の三つであり,Ca2作動薬は炭酸脱水酵素阻害薬,Rhoキナーゼ阻害薬(以下,ROCK阻害薬)とともに第二選択薬に位置づけられている1).他系統との合剤も開発されるなか,あるレセプトデータベースによればブリモニジンを含有する製剤は緑内障薬物治療患者の5名にC1名程度の割合で広く用いられている2).長期間にわたって使用されることもあって,緑内障点眼薬には多様な副作用がみられる.なかでも,FP作動薬における眼瞼・虹彩色素沈着,上眼瞼溝深化,Cb遮断薬における気管支収縮,徐脈が知られており,その他,EP2作動薬では黄斑浮腫,ROCK阻害薬では結膜充血や眼瞼炎などが代表的なものとしてあげられる.ブリモニジンの副作用については結膜炎,眼瞼炎,点状角膜症などが主体とされるが,頻度こそ少ないものの,2017年のCMaruyamaらの報告を皮切りに,近年,長期投与に伴う炎症性の角膜実質混濁をきたす症例が増加している3.12).その臨床所見は角膜ヘルペスなどでみられる角膜実質炎に酷似しており,進行例では血管新生を伴う扇状の角膜実質混濁を呈する.しかし,これまでの報告の大半は悪化後に大学病院や基幹病院などに紹介された症例であり,どのような経過で角膜病変が進行していくかについては不明な点も多かった.今回,筆者らは同様な角膜実質混濁のC3症例を診療する機会を得たが,そのなかで,前医での診療情報をもとに発症に至るまでの経過を詳細に把握することができた.ここでは,これまでの報告例の臨床プロフィールを比較供覧するとともに,ブリモジニンに起因する角膜混濁の進行様式について若干の考察を加えて報告する.CI症例[症例1]81歳,女性.既往歴に両眼白内障手術(2004年右眼,2006年左眼)があり,骨粗鬆症に対して内服治療中であった.2015年C10月に開放隅角緑内障と診断され両眼にラタノプロスト点眼を開始,2016年C2月から両眼にブリモニジンを追加した.2018年C12月より両眼に結膜充血と濾胞性結膜炎を認めるようになり(図1a),2019年C11月には両眼の角膜下方周辺部に角膜浸潤が出現(図1b),2020年C7月からは新生血管を伴う角膜実質炎へと進行した.この時点で,消炎のためにベタメタゾン点眼を開始すると結膜充血は軽減し,角膜新生血管の活動性も低下した.その後,眼圧が上昇しC2021年C2月にはラタノプロスト点眼をビマトプロスト点眼に切り替え,2021年C7月にリパスジル点眼を追加した.なお,角膜混濁は徐々に再燃増強し,治療に難渋したためC2022年C1月C14日,南松山病院(以下,当院)受診となった.初診時矯正視力は右眼光覚(+),左眼(0.2),眼圧右眼20CmmHg,左眼C17CmmHg,両眼に著明な結膜充血と濾胞性結膜炎,および眼瞼炎がみられた.角膜下方を中心に瞳孔領にまで及ぶ半円形の濃厚な角膜浸潤と灰白色の沈着,輪部実質側からの新生血管侵入がほぼ対称性に両眼にみられた(図1c).また,小型ながらこれに類似した角膜病変が上方に複数認められた.前眼部光干渉断層計では病変部に一致した輝度の高い混濁を角膜実質に認め,その部を中心に角膜厚が著明に増大していた(図1d).生体共焦点顕微鏡では角膜実質混濁内に脂質と思われる針状結晶が観察された(図1e).特徴的な両眼性の角膜病変とブリモニジンの長期投与歴から,ブリモニジンによる副作用の可能性が高いと診断した.なお,血液検査では,ヘルペスウイルス感染,結核,梅毒などを疑わせる所見は認めなかった.そこで,処方されていた緑内障点眼薬C3剤(ビマトプロスト点眼,リパスジル点眼,ブリモニジン)を中止し,アセタゾラミド内服とカルテオロール-ラタノプロスト配合剤およびベタメタゾン点眼を両眼に開始した.その後,結膜充血と眼瞼炎は速やかに軽快したものの,眼圧コントロールがむずかしくなったため,2022年C3.4月に両眼にトラべクレクトミーを施行し,その後眼圧は正常化した.角膜浸潤は徐々に混濁の周辺部から軽減したが,2023年C4月の段階においても病変の中央部に混濁が残存している(図1f).[症例2]73歳,男性.正常眼圧緑内障の診断でブリモニジンとイソプロピルウノプロストン点眼を左眼にC4年間使用し,2019年C9月からは右眼にも追加投与した(図2a).2019年C10月,両眼に結膜充血と濾胞性結膜炎を認めたが点眼をそのまま継続すると,2022年C6月に,右眼に軽微な新生血管の侵入を伴う周辺部角膜浸潤が,左眼に新生血管を伴う扇状の角膜混濁が出現した.ブリモニジンによる副作用を疑い,同薬を休止してフルオロメトロン点眼を開始したところ,翌月の診察で結膜充血は改善したが,角膜混濁は残存していたため(図2b),診断目的にてC2022年C9月当院を受診した.初診時矯正視力は右眼(1.2),左眼(1.2),眼圧右眼C10mmHg,左眼C13CmmHg,すでに消炎傾向で,両眼の結膜充血は消退し,濾胞性結膜炎も認めなかった.角膜周辺部の病変は両眼ともに瘢痕化傾向にあったが,左眼の鼻下側,耳下側の一部の混濁にはまだ新生血管が侵入していた.初診時以降,両眼ともに緑内障点眼薬は休止し,角膜混濁に対しては角膜浸潤の治療ため左眼にフルオロメトロン点眼を継続している.正常眼圧緑内障については,眼圧上昇はなく,視野障害は進行していないため,点眼薬なしで慎重に経過観察している.2023年C4月の診察時も角膜混濁は残存している.f図1a~eは症例1の左眼,fは症例1の両眼a:点眼開始からC2年C10カ月後,結膜充血とともに角膜周辺部に微細な輪状の浸潤がみられる.Cb:3年C9カ月後,角膜下方周辺部に弧状の角膜浸潤が出現している.Cc:6年C3カ月後(当科初診時),結膜充血と眼瞼炎,脂質沈着を伴う濃厚な角膜浸潤が角膜下方全体に認められる.d:前眼部光干渉断層計にて病変部に一致して音響反射を伴う輝度の高い角膜実質混濁があり,著明な角膜厚の増加(1594Cμm)が認められる.e:共焦点顕微鏡検査では脂質の沈着と考えられる針状結晶が多量に認められた.f:両眼に角膜混濁が残存している.図2症例2の左眼a:点眼開始C4年後,角膜周辺部に淡い混濁があり,小さな角膜浸潤が鼻下側に複数認められる(この時点ではブリモニジンによるものと認識されていない).b:点眼開始後C7年,結膜充血と周辺部の角膜浸潤および角膜血管新生像を認める.透明帯は存在しない.ブリモニジンの中止,フルオロメトロン投与にて充血は消退しているが,角膜病変にはまだ活動性がみられる.Cc:前眼部光干渉断層計にて病変部に一致して輝度の高い角膜実質混濁を認める.[症例3]88歳,女性.リモニジンとチモロール点眼に切り替えた.2010年C1月から落屑緑内障に対して両眼にビマトプロスその後のC2020年C6月から結膜充血が両眼に出現するようト点眼を開始.2018年C2月に両眼白内障手術を施行したが,になり,2020年C7月には両眼に周辺部角膜浸潤が認められ術後に眼圧が上昇しため,ビマトプロスト点眼を休止し,ブた(図3a).そこで,ベタメタゾン点眼をC1カ月使用したと図3症例3の右眼a:点眼開始C2年C4カ月後,著明な結膜充血が認められ,濾胞性結膜炎と周辺部角膜浸潤がみられる.Cb:点眼開始後C4年C7カ月後,高度の結膜充血がみられ,表層性の角膜新生血管が伸長し,角膜下方を中心に角膜浸潤が拡大,進行している.透明帯は認められない.Cc:前眼部光干渉断層計にて病変部に一致した輝度の高い角膜実質混濁があり,角膜厚の増大(963Cμm)を認める.ころ,濾胞性結膜炎は軽減したため,ブリモニジン投与を継続した.しかし,2022年C9月には顕著な結膜充血,濾胞性結膜炎を認めるようになり,角膜混濁が進行したため(図3b),ブリモニジンによる副作用を強く疑い,同薬を休止しフルオロメトロン点眼を開始するとともに診断目的にて当院紹介となった.初診時矯正視力は右眼(0.7),左眼(0.5Cp),眼圧右眼C17mmHg,左眼C25CmmHg,著明な結膜充血と濾胞性結膜炎があり,両眼の角膜下方には血管侵入を伴った角膜浸潤を認めた.角膜浸潤は下方を中心に右眼は鼻側,左眼は耳側にまで拡大し,点状表層角膜症も顕著であった.両眼にフルオロメトロン点眼をベタメタゾン点眼に変更し,落屑緑内障に対してはチモロール点眼を継続した.結膜充血はC2週間で軽減したが角膜新生血管と瘢痕化した角膜混濁はC2023年C4月の段階で残存している.CII考按ブリモニジンの上市から約C5年が経過したC2017年,Maruyamaら3)により特異な角膜実質混濁のC2例が報告された.いずれもブリモニジンの長期投与例で,角膜実質炎に該当する臨床所見が観察されたが,他に原因は同定されず,点眼の中止とステロイド点眼投与にて瘢痕治癒した.以後,筆者らが検索した限りにおいて,同様の症例が計18例,わが国を中心にC10施設から報告3.12)されている.表1に自験例C3例と合わせた全C21例の臨床像をまとめた.既報をもとにした臨床像の特徴としては,①長期間のブリモニジン投与歴があること,②周辺部から新生血管を伴う角膜浸潤が生じ,重症例では角膜脂肪変性に至ること,③発症前(または発症時)に顕著な結膜充血がみられること,④ブリモニジンの中止とステロイド点眼で角膜実質炎は消退するが病変部に角膜瘢痕が残存する,などが共通項としてあげられる.筆者らの角膜混濁C3症例の診断も,既報に準じて,①ブリモニジンによる長期投与歴があり,②結膜充血と角膜実質炎に酷似した病変がみられたこと,③血液検査,血清抗体検査,全身症状などからヘルペス,梅毒,結核などの原因が否定的であること,などに基づいて行った.緑内障という疾患の性格上,患者は両眼点眼を行っており,左右差こそあれ病変は両眼性に生じるのが一般的であるが,既報の症例のなかには,白内障術後にステロイドを点眼していた小島らのC1例10)を含めて片眼のみに発症している症例も散見される.角膜実質炎の診断に確定的な検査がない以上,このなかにヘルペスウイルス感染などによるものが含まれている可能性は完全には否定できないが,そのほとんどが両眼に結膜充血と濾胞性結膜炎を発症しており,発症の時間差を示すものと解釈される.ここで改めて認識しておきたいのが前駆所見としての結膜充血の重要性である.濾胞性結膜炎や眼瞼炎(ときにマイボーム腺機能異常とも表現される)については一部でこれを認めない症例もあるが,結膜充血は報告例のほぼすべてで観察されている.これは永山ら13)がいう点眼の副作用としての「ブリモニジンアレルギー」であり,診断基準は「ブリモニジン点眼下に進行性の結膜充血および眼瞼結膜濾胞や眼瞼発赤を生じ,中止によって症状の寛解が認められる」とされる.彼らの臨床研究によれば,その発症頻度はC1年でC15.7%,2年でC27.1%であり,製薬企業サイドからの副作用報告とほぼ同様な値を示しており,頻度の高い副作用として重要である.実際の臨床ではブリモニジンアレルギーが出現した時点で薬剤の投与中止を検討することになるが,やむをえない理由で結膜炎発症後も点眼が継続された場合には,角膜病変の生じるリスクが高まることが自験例の臨床経過からも推察できる.本報告で強調したいのは,自験C3症例についての臨床経過を詳細に解析できた点である.これは,前医の協力のもと,発症前に遡って診療録を確認することができたためであり,偶然ではあるが,3症例のステージがそれぞれ異なっていた表1ブリモニジンによる角膜実質混濁症例(自験3例と既報18例)年性使用発症結膜充血濾胞性角膜発症時矯正視力症例使用期間発症時併用点眼または眼瞼炎治療薬齢別眼眼結膜炎結膜炎新生血管右左ラタノプロスト自験例C1C81女両両4年++++光覚+0.2ベタメタゾン点眼リパスジル右7年自験例C2C73男両両イソプロピルウノプロストン++.+1.2C1.2フルオロメトロン点眼左3年自験例C3C88女両両2年チモロール++.+0.7C0.5Cpフルオロメトロン点眼Maruyamaら3)C1C78女左左2年ラタノプロストチモロール++++記載なしC0.15フルオロメトロン点眼レボフロキサシン点眼ベタメタゾン内服C2C75女両両1年4カ月ラタノプロストドルゾラミドーチモロール不詳不詳++記載なし記載なしフルオロメトロン点眼Tsujinakaら4)ビマトプロスト3C74男両両1年6カ月ドルゾラミド-チモロール++.+0.7C0.5ベタメタゾン点眼依藤ら5)C4C5C6C627976女女男両両両右左左4年6年3年ブナゾシンブリンゾラミドーチモロールビマトプロストドルゾラミドヒアルロン酸+++..+…+++0.7C1.01.2C1.20.9C0.3フルオロメトロン点眼アシクロビル眼軟膏Cフルオロメトロン点眼アシクロビル眼軟膏Cベタメタゾン点眼Manabeら6)C7C8C6575男女両両左左2年2年リパスジルブリンゾラミドビマトプロストドルゾラミド+++不詳++++1.0C1.0記載なし記載なしフルオロメトロン点眼Cフルオロメトロン点眼中澤ら7)ラタノプロスト-チモロール9C80男両両不詳ブリモニジン-ブリンゾラミド+不詳C.+0.7C1.0フルオロメトロン点眼宮久保ら8)タフルプロスト10C73女両右4年ヒアルロン酸++.+0.1C1.0ベタメタゾン点眼岡橋ら9)ビマトプロスト11C69男両両5年ブリンゾラミドーチモロール+..+0.4CpC1.2ベタメタゾン点眼小島ら10)タフルプロスト12C78女両右2年チモロール+不詳C.+0.3C1.2ベタメタゾン点眼Chikamaら11)Cフルオロメトロン点眼13C69女両両3年トロボプロスト-チモロール+.++記載なし記載なしセフメノキシム点眼バラシクロビル内服クラリスロマイシン内服C14C60男両両4年10カ月ビマトプロストドルゾラミド-チモロール+.++記載なし記載なしフルオロメトロン点眼C15C61女両両8年5カ月トロボプロストチモロール+.++記載なし記載なしフルオロメトロン点眼C16C56男両両不明なし+.++記載なし記載なしフルオロメトロン点眼C17C71男両両6年ラタノプロストカルテオロール+.+不詳記載なし記載なしフルオロメトロン点眼Moshirfarら12)C18C86女両両7年人工涙液不詳C..+0.3C0.3ジフルプレドナート点眼こと,すなわち,初期の周辺部角膜浸潤と末期の角膜脂肪変性の症例に加えて,その中間の角膜浸潤が拡大する時期の症例から構成されていた点にも恵まれたといえる.要約すれば,まず結膜充血と濾胞性結膜炎が前駆病変として全例で発生しており(結膜充血期),この時期を越えて点眼が継続された結果,角膜輪部付近に斑状,ときに輪状を呈する上皮下浸潤が出現し,経過とともに角膜中央方向へ浸潤が増強した(周辺部角膜浸潤期).この後もさらに点眼が継続された自験症例C1,3では,輪部角膜の深層から新生血管が伸長して扇状の角膜浸潤病変を形成し,角膜実質内への脂(86)図4ブリモニジンによる角膜混濁の臨床経過a:症例C1左眼.濾胞性結膜炎に加え周辺部にわずかな角膜浸潤が始まっている.Cb:症例C3の右眼.周辺部角膜浸潤,角膜新生血管を認める.Cc:症例C3右眼.角膜浸潤の亢進し角膜実質炎を発症.Cd:症例C1の右眼.角膜実質炎を発症し脂質の沈着.Ce:症例C2の左眼.結膜充血に伴い周辺部角膜浸潤が進行.f:症例C2左眼.ブリモニジンを休止し周辺部までで瘢痕化した角膜混濁.質漏出(角膜実質炎期)に至った(図4).結論としては,「結膜充血期」「周辺部角膜浸潤期」,および「角膜実質炎期」の順に進展していくものと考えられる.ブリモニジンによる角膜混濁が生じる明確な機序は不明であるが,本点眼薬に含まれる何らかの成分が角膜内に浸透,蓄積し,角膜輪部の深部血管叢に作用して炎症性機転を惹起させることが推測される.最新のイオン化イメージング質量分析法を用いたCGroveらによる研究では,ブリモニジンは点眼後C15分で角膜全体に速やかに浸透し,前房,虹彩毛様体に高濃度で分布後,ぶどう膜強膜流出路から後眼部へと排出されることが示されており14),この薬剤移行のなかで前眼部組織に何らかの薬理作用を及ぼす可能性は十分に考えられる.加えて,緑内障点眼薬の角膜血管新生作用については,Schwartzら16)による興味深い研究がある.彼らはCbFGF(塩基性線維芽細胞成長因子)ペレットを埋込んだラット角膜に種々の緑内障点眼薬を投与し,ブリモニジン>ラタノプロスト>ドルゾラミド>チモロールの順に強い血管新生作用を認めたという.使用されたブリモニジンがCAbbVie社製品という制約はあるが,この事実は,ブリモニジンが角膜新生血管の主因となっている可能性が高いことが考えられるとともに,多剤点眼による血管新生の可能性も示唆するデータでもある.角膜実質炎との臨床所見の類似性からみて,発症メカニズムには共通の基盤があると思われるが,機序の解明は今後の課題となる.ブリモニジンによる角膜混濁の報告は長らくの間,わが国だけに限られていて,海外からの報告は病態の異なる多発性角膜上皮下浸潤のC1例15)のみであった.その理由として当初,宮久保ら8)も指摘するように,国内製品(千寿製薬)とC2種類ある海外製品(AbbVie社:米国向けおよび欧州向け)との点眼組成の違いの可能性が考えられたが,国内製品のみに特異的な成分が見当たらないこと,また,最近市販されたブリモニジン配合点眼薬においても同様の角膜混濁例が報告されている7)ことなどから,点眼組成よりもブリモニジン自体の関与が強く疑われる.そのなかで最近,AbbVie社のブリモニジン点眼液により生じたと考えられる両眼性の角膜実質混濁のC1例が米国から初めて報告された12).これによりブリモニジン主因説がさらに有力とはなったが,興味深いのは報告例の虹彩の色調が「褐色(ブラウン)」という点である.前述したCGroveらの報告14)でも,有色家兎の虹彩組織においてメラニン色素への取り込みを反映すると考えられる薬剤濃度の上昇が認められており,人種差と本症との関係について今後の検討が待たれるところである.現時点で,ブリモニジンとの併用薬について特定の関連は示されていないが,ブリモジニン非使用の多剤点眼患者の両眼に同様な角膜混濁が生じたとするCKasuyaらの報告17)があり,先のラット実験の結果も踏まえれば,ブリモニジン以外の緑内障点眼薬でも同様な病変を惹起する可能性は否定できない.炎症性の角膜実質混濁については,既報のように,ブリモニジンの中止とステロイド点眼で消炎することが可能であった.実際,自験例ではブリモニジンを点眼している場合でも一定の消炎が得られているほか,先に述べた小島ら10)の報告でもステロイド点眼中の眼には病変は発症していない.ただし,角膜中央部にまで病変が進展した場合には,治療への反応も比較的緩徐であり,最終的に角膜実質瘢痕が残存し視力予後は不良となる.ブリモニジンはわが国における緑内障診療に広く用いられており,重篤な副作用である角膜混濁の発生が今後増加する懸念もある.今回のC3症例の臨床経過を振り返ると,角膜混濁に至るまでの段階において,リスクの高い所見を察知し発症あるいは進展を阻止することが重要と考えられる.とくに,結膜充血が常態化した場合においては,ブリモニジンの投与はそこで断念し,他の降圧治療の選択へと舵を切るべきと思われる.本論文は角膜カンファランスC2023一般口演CBにて発表した内容です.謝辞:製品情報を提供いただいた千寿製薬株式会社末信敏秀様に厚くお礼申し上げます.利益相反:白石敦(カテゴリーF:参天製薬株式会社)文献1)日本緑内障学会緑内障診療ガイドライン改訂委員会:緑内障診療ガイドライン(第C5版)日眼会誌126:85-177,C20222)2021年C10月.2022年C9月における縮瞳薬及び緑内障治療剤:局所用の使用状況.株式会社CJMDC3)MaruyamaY,IkedaY,YokoiNetal:Severecornealdis-ordersCdevelopedCafterCbrimonidineCtartrateCophthalmicCsolutionuse.CorneaC36:1567-1569,C20174)TsujinakaCA,CTakaiCY,CInoueCYCetal:ACcaseCofCbilateralCdeepstromalcornealopacityandvascularizationafteruseofCmultipleCantiglaucomaCmedicationsCincludingCbrimoni-dineCtartrateCophthalmicCsolution.CActaCOphthalmolC97:Ce948-e949,C20195)依藤彰記,細谷友雅,岡本真奈ほか:ブリモニジン点眼液使用経過中に発症した角膜実質炎のC3例.眼科C61:1527-1533,C20196)ManabeCY,CSawadaCA,CMochizukiK:CornealCsterileCin.ltrationCinducedCbyCtopicalCuseCofCocularChypotensiveCagent.EurJOphthalmolC30:NP23-NP25,C20207)中澤満,原藍子:緑内障治療中に強い角膜混濁を生じた症例.臨眼75:1282-1285,C20218)宮久保朋子,戸所大輔,秋山英雄:ブリモニジンによる角膜混濁が疑われたC1例.臨眼76:921-925,C20229)岡橋昌己,原雄将,山上聡:ブリモニジン酒石酸塩点眼による角膜実質混濁を認めたC1例.眼科C64:691-695,C202210)小島創太,岩瀬剛:ブリモニジン酒石酸塩点眼液使用中に角膜実質混濁が急速に進行したC1例.臨眼C76:1049-1053,C202211)ChikamaCT,CShinjiCK,CYokotaCCCetal:In.ammatoryCcellsCandlipiddepositsdetectedbyinvivoconfocalmicroscopyinbrimonidinetartrateophthalmicsolution-relatedcorne-aldisorders:ACcaseCseries.COculCImmunolCIn.ammC28:C1-6,C202212)MoshirfarM,ZiariM,PayneCJetal:BilaterallipidkeraC-topathyCinCtheCsettingCofCbrimonidineCtartrateCuse.CCaseCRepOphthalmolMedCVolume2023,ArticleID8115622,4pagesApr,202313)永山幹夫,永山順子,本池庸一ほか:ブリモニジン点眼によるアレルギー性結膜炎発症の頻度と傾向.臨眼C70:C1135-1140,C201614)GroveCKJ,CKansaraCV,CPrentissCMCetal:ApplicationCofCimagingmassspectrometrytoassessoculardrugtransit.SLASDiscovC22:1239-1245,C201715)PurgertRJ,MeghparaB,KolomeyerNN:CornealsubepiC-thelialCin.ltratesCassociatedCwithCbrimonidineCuse.CCanJOphthalmolC55:e172-e173,C202016)SchwartzCS,CGeorgeCJ,CBen-ShoshanCJCetal:DrugCmodi.cationCofCangiogenesisCinCaCratCcorneaCmodel.CInvestCOphthalmolVisSciC49:250-254,C200817)KasuyaCY,SanoI,MakinoSetal:CornealCopacityinducedbyCantiglaucomaCagentsCotherCthanCbrimonidineCtartrate.CCaseRepOphthalmolMedC2020,C4803651,C2020C***

基礎研究コラム:80.MAIT細胞とぶどう膜炎

2024年1月31日 水曜日

MAIT細胞とぶどう膜炎MAIT細胞とは従来型のCT細胞は多様性に富むCT細胞受容体(TCcellreceptor:TCR)を発現し,抗原提示細胞により提示されたペプチドを認識します.それら従来型のCT細胞とは異なる,単一性のCTCRをもつ自然免疫型CT細胞が自己免疫性疾患,癌,感染症といったさまざまな病態制御にかかわることが明らかとなり,近年注目されています.自然免疫型CT細胞の一つであるCmucosal-associatedCinvariantCTcells(MAIT)細胞は,固有のインバリアントなCTRAV1-2/TRAJ33鎖と限られたCTCRCb鎖とペアになったCT細胞受容体を介して,主要組織適合性複合体クラスCI関連遺伝子蛋白質(MR1)によって提示された微生物のビタミンCBC2前駆体由来の代謝物を認識します.MAIT細胞は末梢血,腸管粘膜固有層,肝臓に存在し,とくにヒト末梢血ではCT細胞中のC5.10%を占め,インターロイキン(interleukin:IL)-2,IL-17A,IL-10,IL-22,顆粒球マクロファージコロニー刺激因子(granulocyteC-macrophageCcolony-stimulatingfactor:GM-CSF),グランザイムB,腫瘍壊死因子(tumornecrosisfactor:TNF)C-aといった炎症性サイトカインや組織修復因子を分泌し,免疫制御にかかわることが報告されています1).炎症性疾患の中でも,Crohn病や潰瘍性大腸炎を含む炎症性腸疾患,関節リウマチや強直性脊椎炎を含む自己免疫性関節炎では,それぞれ活性化したCMAIT細胞が炎症粘膜組織や滑膜組織に移行し,各種サイトカインを産生していることが明らかになっています.また,多発性硬化症においては,MAIT細胞がCB細胞を介したCIL-10産生により病態改善に働くことが,マウスモデルを用いた実験で報告されています1).近年,疾患ごとに腸内細菌叢が異なることがあいついで報告され,その病態制御メカニズムが注目されています2).またCMAIT細胞と腸内細菌との関連性も明らかになってきており1),今後それぞれの疾患において,MAIT細胞の機能制御にかかわる腸内細菌や,それらが産生するCMAIT細胞認識代謝産物が明らかとなれば,新たな創薬ターゲットとなる可能性があり注目されています.眼の領域ではどうでしょうかぶどう膜炎の中で典型的な自己免疫疾患といえば,Vogt・小柳・原田病(Vogt-Koyanagi-Haradadesease:VKH)があげられます.VKHは,ステロイド治療開始後も炎症が遷延化する例がC20%程度あります.これまでCCD4陽性CT細胞が発症に関与することが知られていましたが,遷山名智志九州医療センター眼科IL-22産生ぶどう膜炎の軽減視機能保護MR1MAIT細胞微生物のビタミンB2前駆体由来の代謝物図1MAIT細胞の自己免疫性ぶどう膜炎における役割MAIT細胞がCIL-22を介してぶどう膜炎を軽減した.延化する原因は明らかになっていません.そこで,筆者らはマスサイトメトリー解析にて,炎症が遷延化した症例と寛解した症例の末梢血単核球の比較を行いました.解析の結果,遷延化した症例ではCMAIT細胞が有意に減少していることがわかりました.そこで実験的自己免疫性ぶどう膜炎マウスモデルを用いてぶどう膜炎におけるCMAIT細胞の働きを解析したところ,おもにCIL-22産生を介してぶどう膜炎の軽減や視機能保護に寄与していることがわかりました3)(図1).今後の展望腸内細菌は約C1千種,40兆個以上存在すると考えられており,消化吸収の促進,免疫系の調節に関与し,そこでは腸内細菌由来代謝産物が重要な役割を担います2).実際に炎症性腸疾患,糖尿病,肥満症,自己免疫疾患では,腸内細菌由来代謝産物を認識するCMAIT細胞が病態制御にかかわることが明らかとなっています1).さらに筆者らは,MAIT細胞が自己免疫性眼疾患において病態改善効果を有することを見いだしました3).今後さらに腸内細菌によるCMAIT細胞の機能制御機構が明らかとなれば,ステロイドなどの免疫抑制薬を用いずに,腸内細菌を利用したぶどう膜炎治療を行うことが可能になる時代も来るかもしれません.文献1)GodfreyCDI,CKoayCH-F,CMcCluskeyCJCetal:TheCbiologyCandCfunctionalCimportanceCofCMAITCcells.CNatCImmunolC20:1110-1128,C20192)DurackJ,LynchSV:Thegutmicrobiome:RelationshipswithCdiseaseCandCopportunitiesCforCtherapy.CJCExpCMedC216:20-40,C20193)YamanaS,ShibataK,HasegawaEetal:Mucosal-associ-atedCinvariantCTCcellsChaveCherapeuticCpotentialCagainstCocularCautoimmunity.CMucosalCImmunolC15:351-361,C2022C(67)あたらしい眼科Vol.41,No.1,2024C670910-1810/24/\100/頁/JCOPY

硝子体手術のワンポイントアドバイス:248.乳頭上増殖膜抜去時の網膜下出血(中級編)

2024年1月31日 水曜日

248乳頭上増殖膜抜去時の網膜下出血(中級編)池田恒彦大阪回生病院眼科●はじめに増殖糖尿病網膜症(proliferativediabeticretinopa-thy:PDR)の硝子体手術では,視神経乳頭部位の線維血管増殖膜(.brovascularmembrane:FVM)を硝子体鑷子で抜去することがある.この際に乳頭表面の網膜血管を損傷し,乳頭上に出血をきたすことがあるが,乳頭周囲の網膜下にも出血をきたすことがある.●症例提示60歳,男性.透析中のPDRで右眼の乳頭周囲にFVMを認め,陳旧性硝子体出血をきたしていた.混濁した硝子体を切除したのち,水平硝子体剪刀で乳頭周囲のFVMと網膜の癒着部位を切断し,硝子体鑷子でFVMを乳頭から上鼻側の方向に抜去した(図1a).このときに乳頭周囲に網膜下出血が生じた(図1b).灌流圧を60mmHgに上昇させて止血し,黄斑部に出血が広がっていないことを確認して手術を終了した.術後,乳頭周囲に網膜下出血は残存したが,時間の経過とともに徐々に吸収した(図2).●PDRの視神経乳頭周囲に生じる網膜下出血本シリーズの「53.網膜下出血を伴う糖尿病牽引性網膜.離に対する硝子体手術(中級編)」でも記載したが,乳頭部位にFVMを伴うPDRでは,自然経過で乳頭周囲に網膜下出血をきたすことがある.これは乳頭上のFVMに後部硝子体.離による前後方向の牽引が働き,その結果,乳頭周囲の血管(おもに短後毛様動脈の分枝)が破綻することが原因と考えられる1).硝子体手術時にもこれと同様の機序で視神経乳頭上のFVMに過度の牽引を加えると,網膜下出血が生じる可能性がある.本提示例はFVMの活動性が低下しており,視神経乳頭とFVMの癒着が強固であったにもかかわらず,強引にFVMを抜去しようとして出血が生じたものと考え(65)0910-1810/24/\100/頁/JCOPY図1術中所見右眼の視神経乳頭周囲のFVMと網膜の癒着部位を切断し,硝子体鑷子でFVMを乳頭から抜去した(a).このときに乳頭周囲の網膜下に出血が生じた(b).図2術後の右眼眼底写真乳頭周囲に網膜下出血は残存したが,時間の経過とともに徐々に吸収した.られる.本症例では幸い灌流圧を上昇させることで黄斑部に出血が広がる前に止血できたが,このように癒着が強固な視神経乳頭のFVMを処理するときには,トリミングのみに留めて残存させるほうが無難である.文献1)池田恒彦:硝子体手術のワンポイントアドバイス53.網膜下出血を伴う糖尿病牽引性網膜.離に対する硝子体手術(中級編).あたらしい眼科24:1331,2007あたらしい眼科Vol.41,No.1,202465

考える手術:25.理想的な白内障手術

2024年1月31日 水曜日

考える手術.監修松井良諭・奥村直毅理想的な白内障手術中村竜大中村眼科医院白内障手術は,紀元前800年,インド亜大陸のベンガル地方,学者スシュルタによる鍼針金を用いた墜下法に始まる.日本では,西暦1355年頃(室町時代)にインドから中国を経て白内障手術が伝わり,名古屋の馬島清眼僧都という高僧により墜下法が始まった.さらに西暦1745年頃,フランス宮廷医ダビエルにより白内障摘出術が考案された.日本には,西暦1823年頃にオランダのシーボルトにより白内障摘出術が伝授された.そして19世紀に入り,ドイツのGraefeが線状切開法を開発,英国のRidleyが眼内レンズを開発,米国のそのような流れの中で今も昔も不変であることは,白内障手術の理想は,安全に,効率的に,そしてできるかぎり低侵襲に水晶体を摘出し,人工眼内レンズを精度高く,眼内に挿入し固定することに尽きるという点である.しかし,最近の白内障手術では,効率性=手術時間の短縮を追求するあまり,超音波装置の設定はhighvacuum,high.owに,そして,そのような設定でも前房が安定するようにと,highIOPまたは加圧システムによる前房内圧制御を必要とする傾向にある.しかし,超音波チップの種類や超音波装置の選択肢が広がった現代では,その特徴を理解し,手術手技や設定を見直すことで,円熟期にある白内障手術をさらに理想に近づけられる可能性がある.聞き手:白内障手術装置は何を使用していますか?を変えています.CENTURION,Constellationでの手中村:主にDORC社のeva,Alcon社のCENTURION術では,divide&conquermethodをおもに選択してを使用し,ときにConstellationを使用しています.います.その理由は,Alcon社の最大の特徴はBal-ancedTipと回旋発振超音波による核破砕力にあり,そ聞き手:それぞれの器械の特徴に合わせて,どのようにの力をもっとも効率よく使えるのは,手術の序盤でまだ手技を変えていますか?核が固定されている状態のときで,分割する前に水晶体中村:DORC社とAlcon社の装置で核処理の際の手技の中心部の核の硬い部分を溝を掘りながら処理してしま(63)あたらしい眼科Vol.41,No.1,2024630910-1810/24/\100/頁/JCOPY考える手術うのがより効率的だと考えるからです.また,水晶体を乳化し液体に近づけることで,それほど高い吸引圧を必要とせず,より安全な設定で,十分効率よく手術を行えると考えるからです.evaでは,当初,DORC社の純正チップを使用しており,水晶体乳化吸引(phacoemulsi.-cationandaspiration:PEA)が縦発振超音波装のため,回旋発振超音波の装置と比較すると効率の悪さを感じました.しかしSCIMENDESIGN社のチップを使用した時からevaの印象は大きく変わりました.動画のとおり,各社のチップを比較すると,SCIMEN社のチップは吸引口が大きくなっており,BalanceTipと比較しても大きく,吸引効率がよいことが伺えます.さらに,そのリムは刃物のように薄く加工してあり,縦発振超音波方式でもチップによる核の前方への弾きが軽減され,pulseなどの設定を使用せずとも効率的にPEAが行えます.さらにevaの特徴は,吸引系がdiaphragmpumpである点で,術中に二種類のmodeを切り替えることで,vacuumcontrolmodeではventuripumpのような手術を,.owcontrolmodeではperistalticpumpのような手術を行うことができます.例えば,硬い核を処理する際,核を閉塞させることで,吸引圧を上げる仕組みである.owmodeでは,peristalticpumpのマシンと同様に核が詰まりやすい特徴があります.そのような場合は,vacuummodeでなるべくチップの先端を閉塞させないように核を乳化吸引すると詰まりにくくなります.また,Zinn小帯脆弱や術中虹彩緊張低下症の場合には,ペダルリングで吸引圧と吸引流量をコントロールできるvacuummodeが適しています.吸引効率とコントロールが良好なevaでの手術では,phacochopmethodを主に選択しています.CENTURIONのように乳化して液体に近づけて吸引するというより,核を吸引可能な大きさに切り分けて,そのまま吸引していくイメージです.聞き手:それぞれの手術装置の設定値はどうですか?中村:CENTURIONでは分割前は眼圧(intraocularpressure:IOP):55mmhg,Asp:21-23-25ml/min,Vac:150.300mmHg,分割後はIOP:55mmHg,Asp:28.36ml/min,Vac:120.400mmHgとしています.evaでは,分割前は.owmodeIOP:52mmHg,Asp:0.20ml/min,Vac:280mmHg,分割後はvac-uummodeIOP:40mmHg,Vac:220mmHg,.ow64あたらしい眼科Vol.41,No.1,2024modeIOP:40mmHg,Asp:25.30ml/min,Vac:200mmHgです.設定値にはチップの形状による影響も大きいと思っています.例えると,ストローでスムージーを飲むようなイメージで,細いストローを使用すればそれだけ高い吸引圧を必要とします.CENTURIONでは,チップが細いため,吸引効率のよいevaと比較して,吸引圧と吸引流量を若干高めに設定しています.IOPはもう少し下げることも可能ですが,当院では,創口2.1mm切開で行っており,創口がややタイトであるために,灌流不全になりにくいように少し余裕をみた設定になっています.聞き手:USpowerについては何かこだわりはありますか?中村:powerを0スタートにせず,15.20%スタートにしている点です.私がPEAを習得しはじめた頃は,できるだけ吸引口を閉塞させて核を保持してから分割し,閉塞させて核を中心に引き出してからUSをかけて核を吸引するというのが一つのセオリーでした.しかし,サージの原因の一つは閉塞した際に上昇する吸引圧によるもので,特にperistalticpumpや.owmodeの手術で起こります.最近のマシンでは,センサーや加圧システムにより,閉塞後に起こるサージに備え灌流圧を上昇させることで前房を安定させる対策が取られています.しかし,そもそも閉塞による急激な吸引圧上昇を抑えることができればサージは小さくなります.そのため,USの立ち上がりをよくすることで,閉塞が起こる前に核を乳化吸引していくことが目的です.聞き手:最後に,先生にとっての理想の白内障手術とは?中村:理想の白内障手術というと,麻酔に始まり,術後のqualityofvisionまで,奥が深くとてもむずかしい質問ですが,手術装置設定に関していえば,白内障手術は比較的ノーマルなものから超難症例まで千差万別ですが,なるべく大きく設定を変更せずに対応できる設定を基本とすることが理想であると考えます.また,術者のペダリングの好み(踏み込みが浅い人,深い人,細かい人など),使用している手術装置の特徴などをvideooverlayなどで分析してみることが,各自の理想設定に到達するための近道であると思います.(64)