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抗VEGF治療:加齢黄斑変性における長期治療継続のコツ

2024年1月31日 水曜日

●連載◯139監修=安川力五味文119加齢黄斑変性における安藤智子岐阜大学医学部眼科学教室長期治療継続のコツ滲出型加齢黄斑変性(AMD)は治療が長期にわたる症例が多く,視力低下を抑えCQOLを保持するためには,しばしば厳密な治療継続が求められる.そのためには患者自身の病状や治療方針への理解が必要である.本稿では滲出型CAMDにおける長期治療継続のコツについて述べる.はじめに加齢黄斑変性(age-relatedCmaculardegeneration:AMD)は中途失明の主要疾患であり,身体障害者視覚障害の原因疾患の第C4位となっている1).滲出型CAMDの治療の第一選択は抗血管内皮増殖因子(vascularendothelialCgrowthCfactor:VEGF)療法となっているが,その継続においては頻回通院や経済的負担など,抱える問題も大きい.根治がむずかしい疾患であるがゆえに長期通院が必至となり,治療を中断するケースも少なくない.本稿では患者のCQOL保持の観点から,より少ない負担で長期治療を継続させるポイントについて考える.治療方針治療の中心を担うのは抗CVEGF療法であり,滲出型AMDにおいて使用可能な薬剤は現在C5種類ある.導入期後の治療方針としては,reactive治療であるCproCrenata(PRN),proactive治療であるCtreatCandCextend(TAE),固定投与に分けられ,それぞれを選択していくことになる.PRNでは投与回数が最小限になる代わりに再燃後の投与となるため治療は後手にまわる傾向や,頻回通院が必要になる可能性がある.TAEや固定投与は視力の維持を優先する一方で過多投与となる可能性がある.厳密なCproactive治療が視力維持にはよいが,僚眼の視力も関連した治療への意欲,経済状況,通院の負担など,患者個人によってコンプライアンスに関連する背景は大きく異なり,実臨床では約C3割の患者は厳密な治療継続が困難となってくる.さらには緩い治療でも視力が低下しにくい患者もいる.そこで,視力維持ではなく,僚眼の視力も考慮したCqualityofCvision(QOV),ひいてはCQOLの保持という観点に立って,使用薬剤と治療方針に関してメリット・デメリットを提示し,患者とともに治療方針を選択していくことが重要と思われる.また,診断が確定した際には長い付き合いの必要な疾患であることをあらかじめ伝え(61)C0910-1810/24/\100/頁/JCOPYることも重要であり,目先の視力維持でなく,いかに長期に視力維持,それが無理でも僚眼も含めてCQOVを保持するかを目標として治療計画を立てることが望ましい.治療方針決定に関しては,患者と医療者がともに参加する共同意思決定(shareddecisionmaking:SDM)(図1)が,双方の考え方のギャップを埋めるコミュニケーションの一つになる.従来のインフォームド・コンセント(informedconsent:IC)は,治療行為の内容や選択肢について十分な説明を受けたうえで同意することであるが,治療方針決定までのプロセスを共有することを重要視するCSDMは,それと異なる新しい考え方であり,近年注目されている3).情報の共有が双方向のやりとりであること,医療情報に限らない,個々の希望や生活環境までを含めた個別情報も共有しながら,患者に寄り添った治療のあり方を重要視する点が特徴である.とくに投与間隔や薬剤の変更を検討する際など,臨床的結果に確実性がない状況において大きな意義をもつものと思われる.長期にわたる治療のなかでは,病状だけではなく,患者を取り巻く環境が大きく変わることは十分に起こりうる.そのときどきでの最善の治療選択をサポートするために,われわれ医療者側にはCSDMに基づいた十分なコミュニケーションが求められる.治療方針への理解,納得が得られることは,信頼関係を構築するうえでも重要な観点であり,長期治療継続を可能にする重要なポイントの一つである.積極的な病診連携地域の事情もあるが,抗CVEGF療法を継続している患者の中には,投与可能な施設に遠方から通院している場合もある.中核病院や大学病院は待ち時間の長さから嫌厭されることも多く,患者・家族の負担も大きい.抗VEGF薬の投与頻度や病状に応じて,投与間の検査や診察をかかりつけ医へ依頼するなど,治療以外の通院の負担を極力減らす工夫も必要である.当院では硝子体内あたらしい眼科Vol.41,No.1,202461ICは医療行為への同意SDMは意思決定プロセスをたどり合意を形成すること【説明─同意モデル】【情報共有─合意モデル】患者についての一般的判断説明説明医療者患者医療チームbiological価値観・人生医師晨臨師・患者・家族専門的知識計画・選好MSWbiographical同意説明価値観・人生計画・選好の理由裁量権自己決定権インフォームド・コンセント最善についての個別化した判断合意インフォームド・コンセント図1ICとSDMの考え方ICは十分な説明を受けた患者が医療行為について理解をしたうえで同意をすること.SDMは患者・家族側と医療者側で双方ともにコミュニケーションをとりながら意思決定のプロセスをたどる.これにより合意が形成されるとCICになる.病診連携図2当院でのTAE治療の一例導入療法後,間隔を延長しながら治療継続した.注射翌日の診察はかかりつけ医に依頼した.16週まで延長可能となったところで治療終了とし,無治療経過観察とした.現在,最終投与よりC1年が経過したが再発はなく,今後はかかりつけ医に再発の有無の経過観察を依頼する.注射の翌日は術後診察を推奨しているが,導入期から紹介元や開業医などと連携を図り,かかりつけ医への受診を基本としている.術後診察を含む定期的な通院で治療早期からかかりつけ医にも治療に参加してもらうことで,治療が落ち着いたあとにかかりつけ医への逆紹介を勧める際にも,患者自身のハードルも下がり,理解が得られやすい.長期にわたる治療においては病診連携を勧め,通院の負担を減らすことも重要と考える(図2).予防のすすめ必要な疾患である.とくに治療開始初期には,頻回の通院や経済的負担に驚く患者もおり,すべての患者に同様の基準で治療計画をたてることは困難と思われる.最低限の負担で,いかに個々のCQOVを長期的に維持できるかというところに焦点を当てた診療が求められる.そのためには長期継続が必至であり,病状や治療計画に対して十分な理解が得られること,患者とその家族に寄り添うかかわりが重要なポイントになる.QOL保持の観点で,片眼発症の場合は僚眼の発症予防についても指導する必要がある.両眼の治療が必要になれば身体障害のリスクが高まり,また,通院や治療費の負担も増え,高度の視力低下を伴うと通院困難,通院中断に至ることも少なくない.大規模に行われたCAge-ReratedCEyeCDiseaseStudy(AREDS),AREDS23)の結果をもとに日本の治療指針においてもサプリメントの摂取が推奨されている4).禁煙指導はもちろんのこと,サプリメントの導入においても積極的に情報提供を行い,“自宅でできる継続可能な予防”を勧めていく.おわりにAMDは慢性疾患であり,ときには一生の付き合いがC62あたらしい眼科Vol.41,No.1,2024文献1)MatobaCR,CMorimotoCN,CKawasakiCRCetal:ACnationwideCsurveyCofCnewlyCcerti.edCvisuallyCimpairedCindividualsCinCJapanCforCtheC.scalCyear2019:impactCofCtheCrevisionCofCcriteriaCforCvisualCimpairmentCcerti.cation.CJpnCJCOpthal-molC67:346-352,C20232)会田薫子:今日から実践!SDMおたすけノート.中外製薬CWebサイト(PLUSCHUGAI)3)Age-RelatedCEyeCDiseaseCStudyC2CResearchGroup:CLutein+zeaxanthinandomega-3fattyacidsforage-relat-edCmaculardegeneration:theCAge-RelatedCEyeCDiseaseCStudy2(AREDS2)randomizedCclinicalCtrial.CJAMAC309:C2005-2015,C20134)髙橋寛二,小椋祐一郎,石橋達朗ほか:加齢黄斑変性の治療指針.日眼会誌116:1150-1155,C2012(62)

緑内障セミナー:緑内障患者の読書能力

2024年1月31日 水曜日

●連載◯283監修=福地健郎中野匡283.緑内障患者の読書能力石井雅子新潟医療福祉大学大学院健康科学専攻緑内障による視機能低下は読書能力に大きな影響を与える.緑内障患者では読書能力が低下するが,とくに縦書きの文章での読みにくさが顕著である.これは視野障害による視線移動のむずかしさがその原因となっている.読書能力の低下は視覚補助具の使用や通信情報技術(ICT)を活用することで改善することが多い.したがって,緑内障患者の読書能力を評価してケアにつなげることが重要である.●はじめに緑内障は慢性疾患であり,症状がほとんどないまま徐々に視機能が障害されるため,患者が自覚症状を感じたときには,すでに病状がかなり進んでいることがある.生活の質(qualityoflife:QOL)が著しく低下しているにもかかわらず,不自由さに適応し,ケアを受けず生活している患者も多い.QOLを考えるうえでは,文字や文章を読むことは日常生活の中で重要度が高く,読書困難は視覚障害者の訴えとしてもっとも多く,緑内障患者においても例外ではない1).緑内障では末期まで視力が保たれることが多いが,視力値だけでは読書困難を予測することはできない.中心視野障害は読書能力に大きな影響を与える2).読書困難の程度を知るためには,読書を直接測定することが重要である3).C●読書能力のパラメータと読書曲線読書の評価にはCJapaneseCversionCofCMinnesotaReadingAcuityChart(MNREAD-J)を用いる(図1).はじめに練習用読書チャートを使用して方法を十分に理解してもらう.測定はチャートを書見台に置き,両眼開放の条件で,視距離はC30Ccmとし,近見屈折矯正を行ったうえで測定する.大きな文字サイズから小さな文字サイズへとC1ブロックごとに順にできるだけ速く正確に音読するよう指示し,1ブロックごとに読みに要した時間と読み間違えた文字数を記録し,読書速度を算定する.データの解析には,分析プログラム(MNREAD-JCAnalysisCalphaversion2)を用いて,最大読書速度,臨界文字サイズ,読書視力の三つのパラメータ3)(図2)を算出して読書能力を評価する.C●正常コントロールとの比較矯正視力C0.7以上の緑内障患者C49例と年齢をマッチングした正常コントロールC30例で,読書の三つのパラメータを比較した研究では,緑内障患者では,三つのパラメータすべてが正常コントロールよりも有意に低下していた4)(表1).緑内障患者の読書能力は,視野障害に影響されることが示された.C●読書能力の低下とその対応日本語には,縦書き,横書きの二つの表記形式がある.そのため,縦書きと横書きの読み物で読みの困難度に差が出る.新聞は縦書きであるがゆえに,多くの緑内障患者が読み飛ばしや行間違えを起こしやすく,読みに困難を感じる.これは,緑内障性視野障害が網膜神経線維の走行に沿って表れるため,水平経線を挟んで視野の感度差が出ることから生じる.そのため視線を上下に移動させて読むことがむずかしくなる.とくに下方視野の感度低下は読みを困難にする5).症例はC66歳,女性,原発開放隅角緑内障,矯正視力は右眼C1.0で左眼C0.06である.視野と読書曲線を図3に示す.読書困難を主訴とした.近用拡大鏡で文字を大きくしても読めないという.縦書きの最大読書速度は74.82文字/分,臨界文字サイズはC0.70ClogMAR(13.91pt),読書視力はC0.53ClogMAR(9.40Cpt)である.横書きの最大読書速度はC200.74文字/分,臨界文字サイズは0.70logMAR(13.91pt),読書視力は0.40logMAR(6.97Cpt)である.臨界文字サイズの値より,新聞本文の文字サイズであるおよそC10Cptを読むには,低倍率の近用拡大鏡の使用で読み速度の向上が期待される.しかし,縦書きでは十分な読み速度が得られない.この場合には縦書きの文章を読む時には,タイポスコープ(黒い短冊のようなもの)を文字の脇に置いて視線の移動を補助すること,iPadやスマートフォンによる通信情報技術(informationCandCcommunicationtechnology:ICT)を活用した文字の音声変換や活字の縦横変換アプリなどの指導が有効である.(59)あたらしい眼科Vol.41,No.1,2024590910-1810/24/\100/頁/JCOPY1,00010010100.20.40.60.81.21.4文字サイズ(logMAR)1正常視覚者緑内障患者図2読書曲線と読書能力のパラメータAは最大読書速度.文字サイズが最適な場合に読める最大速度.Bは臨界文字サイズ.最大読書速度で読める最小の文字サイズ.読書に適する文字サイズを示す.Cは読書視力.なんと図1JapaneseversionofMinnesotaReadingAcuityChartかぎりぎり読むことができる文字サイズ.緑内障患者では視機(MNREAD-J)能の障害程度により,これらのパラメータが低下する.縦書きと横書きがあり,一つの文章はC3行で漢字C8文字を含む30文字からなる.文字サイズ以外の刺激次元である認知的言語的次元にできるだけ違いが出ないように,配慮された刺激単語を用いている.表1正常コントロールと緑内障患者の読書能力の比較緑内障群(n=49)平均±標準偏差正常視覚群(n=30)平均±標準偏差p値*最大読書速度(文字/分)C臨界文字サイズ(logMAR)C読書視力(logMAR)C年齢(歳)C屈折異常(D)C視力(logMAR)C329.9±55.4C0.24±0.14C0.02±0.12C53.3±12.6C.5.25±4.08C1.10±0.08C363.0±42.90.09±0.13.0.13±0.1051.2±11.9.4.01±3.831.15±0.04<C0.01<C0.01<C0.01C0.47C0.06C0.05読書速度(文字/分)*Cunpairedt-test(文献C5より引用)C●おわりに人生C100年時代が到来して,いかに健康寿命を延ばせるかがわが国の課題となっている.緑内障により読書能力が低下し,読み書きを諦めることは認知能力を低下させる要因となり,身体能力にも影響を与える.緑内障患者の読書能力を評価し,ケアにつなげることで,健康寿命の延伸に寄与できる.文献1)ViswanathanCAC,CMcNaughtCAI,CPoinoosawmyCDCetal:CSeverityCandCstabilityCofglaucoma:patientCperceptionCcomparedCwithCobjectiveCmeasurement.CArchCOphthalmolC117:450-454,C19992)藤田京子,湯沢美都子,安田典子:緑内障による中心視野障害と読書成績.日眼会誌110:914-918,C2006C60あたらしい眼科Vol.41,No.1,20241.00文字サイズ(logMAR)図3症例の視野と読書曲線上:HumphreyFieldAnalyzerプログラムC10-2,トータル偏差.下:縦書きと横書きの読書曲線の比較.3)LeggeCGE,CRossCJA,CLuebkerCACetal:PsychophysicsCofCreading.CVIII.CTheCMinnesotaCLow-VisionCReadingCTest.COptomVisSci66:843-853,C19894)IshiiM,SekiM,HarigaiRetal:ReadingperformanceinpatientsCwithCglaucomaCevaluatedCusingCtheCMNREADCcharts.JapJOphthalmolC57:471-474,C20135)石井雅子,福地健郎,張替涼子ほか:緑内障患者の読書評価─CMNREAD-Jによる検討.眼臨紀5:14-20,C2012(60)0.00.20.40.60.81.01.21.4

屈折矯正手術セミナー:職業選択における屈折矯正手術の役割

2024年1月31日 水曜日

●連載◯284監修=稗田牧神谷和孝284.職業選択における屈折矯正手術の役割脇舛耕一バプテスト眼科クリニック視力基準の設定された職業を選択するうえで,眼鏡やコンタクトレンズ装用では物品の準備や破損などにより業務の対応に支障をきたす場合がある.そのような職業では屈折矯正手術により裸眼で安定した視機能が得られれば,業務遂行が術前より改善することが期待できる.C●はじめにわが国では憲法により職業選択の自由が認められている.一方で,安全性,専門性の担保のため,一部の職業では就労・資格取得条件が存在する.眼科領域に関係するものでは,視力や視野,色覚,両眼視機能,眼球運動などの基準設定がある.本稿では,そのうち裸眼視力,矯正視力の基準が設定されている職業と,その選択における屈折矯正手術の役割について解説する.C●視力既定のある職業視力基準が設定されている職業の代表例とその基準値を表1に示す.警察官や消防士,自衛官等の公的職業のほか,パイロットや運転士などの専門性が高い交通機関,騎手や競艇選手などの接触リスクのある職業が含まれる.またこれ以外にも,刑務官やオートレーサー,ボクサーなど,複数の職業で視力基準が設定されている.これら職業の共通点としては,有事での対応が求められることや多数の人命にかかわること,常時外傷の危険性があり随時判断が必要とされることがあげられる.●視力既定のある職業における屈折矯正手術の役割これらの職業では,原則的には眼鏡やコンタクトレンズ装用で既定の視力基準を満たせば資格取得や就労は可能である.しかし,職種によっては眼鏡やコンタクトレンズの破損の危険性が通常より高い状況に遭遇しやすい.また,客室乗務員や騎手,競艇選手などは眼鏡装用での矯正視力は認められていないため,コンタクトレンズ不耐症者では保存的な方法では職業選択が不可能となる.たとえ装用可能者であっても,当直業務や緊急出動要請の対応が必要とされる職業で,就寝状態からすぐに勤務が求められる状況では,コンタクトレンズの装用や準備,携行が業務上の負担や支障となる場合がある.また,パイロットではC6D以上,自衛官ではC8Dを超える近視では就業が不可能となる.屈折矯正手術のメリットは,術後のコンタクトレンズや眼鏡が不要となり,とくに準備や管理を必要とせず勤務に携われることや,規定度数以上の屈折異常にも対応できることである.警察官消防士自衛官パイロット客室乗務員電車運転士海技士海上保安官宇宙飛行士騎手競艇選手表1視力既定のある職業(一部)と基準値裸眼視力が両眼ともC0.6以上,または矯正視力が両眼ともC1.0以上矯正視力が両眼でC0.7以上,片眼で各C0.3以上裸眼視力が両眼ともC0.6以上,または矯正視力が両眼ともC0.8以上(8D以内)裸眼または矯正視力が両眼でC1.0以上,片眼で各C0.7以上(.6.+2D)裸眼またはコンタクトレンズでの矯正視力が両眼ともC1.0以上裸眼または矯正視力が両眼でC1.0以上,片眼で各C0.7以上矯正視力が,両眼ともC0.5以上(航海),両眼でC0.4以上(機関),両眼ともC0.4以上(通信,電子通信)裸眼または矯正視力が片眼で各C0.6以上裸眼または矯正視力が両眼でC1.0以上裸眼またはコンタクトレンズでの矯正視力が両眼でC0.8以上,片眼で各C0.5以上裸眼またはコンタクトレンズでの矯正視力が両眼でC0.8以上(57)あたらしい眼科Vol.41,No.1,2024570910-1810/24/\100/頁/JCOPY図1Photorefractivekeratectomy(PRK)のシェーマ●当該職業に対する屈折矯正手術の術後成績これらの職業における屈折矯正手術の術後成績が報告されている.米国海軍での屈折矯正手術の報告は以前からなされており,1996年の最初の報告では術C1年後もC30例全例で裸眼視力がC1.0以上であり,グレアやコントラスト感度低下も術後一過性に悪化するも経時的に多くの症例で術前レベルまで回復した1).米国陸軍での屈折矯正手術の効果についても,85%以上で術後裸眼視力C1.0以上が得られ,93%以上で業務の準備が術前より改善したとの報告がある2).欧米だけでなく,アジアでの空軍パイロットへの屈折矯正手術の成績についても,98%以上で術後裸眼視力C1.0以上が得られたとされている3).とくに空軍パイロットは,高度が高く低大気圧,低酸素,低湿度状態で紫外線暴露量が多いなど,前眼部に負荷のかかる環境下での実務となるが,その長期成績についても,術後C4年経過後もC89%以上で術後裸眼視力C1.0以上を維持していたとされる4).C●屈折矯正手術の術式これまでの報告でもっとも選択されている術式はレーザ―屈折矯正角膜切除術(photorefractiveCkeratecto-my:PRK,図1)である.しかし,フェムトセカンドレーザーによるフラップ作製技術の普及に伴い,米国海軍では施行された術式におけるClaser-assistedCinCsituC図2Laser-assistedinsitukeratomileusis(LASIK)のシェーマkeratomileusis(LASIK,図2)の割合が増加傾向にある5).有水晶体眼内レンズについての報告はこれまでにないが,LASIKと同様に有用であると考えられる.しかし,外傷や接触事故の危険性,頻度が高い職種については,合併症の面から従来通りCPRKが望ましい.C●おわりに屈折矯正手術は長期にわたる有効性,安全性が示されており,より精緻な視機能が必要となる職業においても担保可能と考えられる.一方,合併症を避け,良好な術後成績を得るためにも,厳密な手術適応や術式選択の判断が求められる.文献1)SchallhornCSC,CBlantonCCL,CKauppCSECetal:PreliminaryCresultsCofCphotorefractiveCkeratectomyCinCactive-dutyCUnitedStatesNavypersonnel.COphthalmologyC103:5-22,C19962)HammondCMD,CMadiganCWPCJr,CBowerKS:RefractiveCsurgeryCinCtheCUnitedCStatesCArmy,C2000-2003.COphthal-mologyC112:184-190,C20053)SeeB,TanT,ChiaSEetal:PhotorefractivekeratectomyinyoungAsianaviatorswithlow-moderatemyopia.CAviatSpaceEnvironMedC85:25-29,C20144)MoonCH:Four-yearCvisualCoutcomesCafterCphotorefrac-tivekeratectomyinpilotswithlow-moderatemyopia.CBrJOphthalmolC100:253-257,C20165)StanleyCPF,CTanzerCDJ,CSchallhornSC:LaserCrefractiveCsurgeryintheUnitedStatesNavy.CCurrOpinOphthalmolC19:321-324,C200858あたらしい眼科Vol.41,No.1,2024(58)

眼内レンズセミナー:創口熱傷

2024年1月31日 水曜日

眼内レンズセミナー監修/大鹿哲郎・佐々木洋木澤純也446.創口熱傷岩手医科大学眼科創口熱傷は最新の手術機械ではまれであるが,眼粘弾性物質が超音波チップやハンドピース内に詰まると合併することがある.●はじめに超音波チップ(以下,チップ)は発振すると発熱し,連続発振を続けると高温となったチップの熱により創口部分の蛋白質が熱変性し創口熱傷を合併し,強い角膜不正乱視により,視力が不良となりうる.高頻回パルスモードが使用され,さらにチップの回転や楕円振動の破砕方法では,創口熱傷は硬い核でも非常に少なくなった.しかし,眼粘弾性物質(ophthalmicviscosurgicaldevice:OVD)がチップやハンドピース内で詰まり,創口熱傷を生じることがある.症例報告も含めて創口熱傷について解説する.●創口熱傷とは白内障手術で用いる超音波振動は発熱するため,その熱がチップを経由し創口熱傷を合併することがある.熱による眼組織への影響については,角膜コラーゲンの変性は温度が約39°で生じ,温度が約60°に達すると角膜コラーゲン線維の拘縮を生じて創口熱傷となる.米国とカナダの多施設臨床研究の結果では,創口熱傷の頻度は920,095件の白内障手術の341件(0.037%)であり,縦振動発振よりも楕円振動発振が有意に創口熱傷は少なかったと報告している.また,鈴木は豚眼を用いて,縦振動よりも首振り回転振動や楕円振動では,チップ先端部分の温度上昇が有意に少ないと報告しているので,高頻回パルスモードとこれらの超音波発振を組み合わせることで,現在の白内障手術では創口熱傷は非常に少なくなっている.しかし,超音波発振モードとOVDの違いによるチップの発熱について,吉沢らは凝集型OVD(ヒーロン,AMO社)と,viscoadaptive型OVD(ヒーロンV,AMO社)で豚眼の前房内を全置換し,WHITESTARSIGNATURE(AMO社)を用いて,それぞれのOVDに対して連続発振モードと高速パルスモードで10秒間,超音波発振した際の創口部の温度変化を計測し報告している.ヒーロン群では連続発振で有意に創口部温度上昇(55)を認めたが,創口熱傷を認めなかった.ヒーロンV群では連続発振とパルスモードとも有意な温度上昇を認め,連続発振では5秒で創口温度は約50°,10秒で約60°に温度上昇し創口熱傷が生じたが,パルスモードでは発生しなかったので,パルスモードは熱傷抑制に有効であると報告している.しかし,ヒーロンV群では実験中に前房内灌流が認められず,実験終了後にチップ内に粘弾性物質の閉塞が生じていたので,OVDによる閉塞が創口温度上昇の原因になっていると報告している.筆者らはviscoadaptive型OVDと同様に眼内での滞留性が高いviscousdispersive型OVDを使用した症例において創口熱傷を経験したので,症例報告する.●症例報告症例:78歳,男性.主訴:右眼視力低下.現病歴:右眼の網膜中心静脈閉塞症に伴う黄斑浮腫があり,抗VEGF療法を繰り返したが黄斑部は萎縮した.右眼硝子体出血を生じ,手術加療目的に当科紹介となった.視力は右眼手動弁(n.c.),左眼1.0(n.c.),眼圧は両眼14mmHgであった.眼科所見は右眼に皮質白内障を認め,眼底は透見不能であった.左眼は皮質白内障以外に特記事項なし.既往歴:前立腺肥大症と高血圧症の内服加療中.家族歴:特記事項なし.治療方針:右眼の硝子体出血に対して白内障手術と顕微鏡下硝子体茎離断術を行う方針となった.手術時所見:右眼の散瞳径は約5mm,OVDはディスコビスク(日本アルコン)を適量使用して前.円形連続切開を行い,hydrodissectionを行った.その際に角膜切開から虹彩脱出し,術中虹彩緊張低下症を合併した.陥頓した虹彩を前房内に戻す際に,ディスコビスクを前房内へ過剰に注入した.低設定の連続発振モード設定でチップを挿入し水晶体の溝堀を開始したが,乳化された水晶体は吸引されず,チップ先端付近は乳化した水晶体により白濁していた(図1).乳化した水晶体を吸引あたらしい眼科Vol.41,No.1,2024550910-1810/24/\100/頁/JCOPY図1超音波作動直後の手術所見図2超音波作動5秒後の手術チップ先端部に乳化された水晶体所見(…)を認め,前房内の灌流はみら熱変性により切開創の蛋白凝固れない.(…)を生じている.するため超音波連続発振したままで吸引を続けたが,超音波発振から約5秒(図2)で切開創の熱による蛋白凝固が始まり,超音波作動約10秒(図3)で切開創は創口熱傷を合併し創口周囲にも拡大した.超音波作動を約20秒間続け,術者が切開創の異常に気づき,チップを抜いたが切開創の自己閉鎖は得られなかった.創口は10-0ナイロン糸で縫合を行い,創口閉鎖を確認し新たな切開創を作製し(図4),水晶体摘出と眼内レンズ挿入を施行し,硝子体手術を施行した.術翌日は前房内炎症は軽度であり,創口熱傷の切開創からの漏れはなかったが,術後の惹起乱視が11Dとなった.右眼の視力は30cm指数弁(n.c.),眼圧20mmHg,眼底は黄斑部に萎縮を認めた.術後1カ月の右眼視力は30cm指数弁(n.c.),眼圧は17mmHg,角膜乱視は11Dと不変だったが,自覚症状は改善したので,逆紹介となった.●本症例での創口熱傷発症の考察本症例で創口熱傷を生じた理由としては,OVDを前房内に過剰に注入し,灌流液の循環を確認せず,超音波の連続発振を続けたことが原因と考えられる.眼内の滞留性が高いOVDを前房に過剰に注入すると,チップ内にOVDが逆流する.さらに前房内はOVDで充.された状況のままでは,灌流液が前房内を循環しないため,チップ温度は急上昇する.連続発振を続けるほど温度は図3超音波作動10秒後の手術図4切開創縫合後の手術所見所見熱変性による蛋白凝固により切新たな切開創をスリット開創は完全変性し,周囲まで蛋ナイフで作製した.白凝固は拡大している(…).上昇し続け,創口熱傷を合併したと考えられる.●本症例で反省すべきこと眼内滞留性の高いOVDが前房内を過剰に注入している場合は,水晶体上のOVDを少し吸引除去したのち,灌流液が前房内を循環していることを虹彩の動態,水晶体の沈下などにより確認してから超音波作動させることで,創口熱傷は防ぐことができると考える.また,チップ内が閉塞した際は,必ず手術機械が警告音を鳴らす.通常では水晶体の溝堀の際はチップは閉塞させないように操作するので,警告音が鳴らないはずである.しかし,溝堀時に警告音が3秒以上続いた際には,チップ内のOVDや水晶体核による閉塞を疑い,チップを眼外へ出し,吸引口から眼内潅流液をフラッシュし,チップ内部の詰まりを解除するべきと考える.また,破砕吸引モードにおいても,警告音が5秒以上継続し,前房内の灌流動態が悪く,破砕吸引効率が低下している場合はチップ閉塞を疑うべきであると考える.●おわりに眼内滞留性の高いOVDを用いて連続発振で溝堀を行っている場合は,創口熱傷を合併する可能性があるので,灌流動態を確認し,警告音に注意して行う必要があると考える.

コンタクトレンズセミナー:英国コンタクトレンズ協会のエビデンスに基づくレポートを紐解く CLEARについて

2024年1月31日 水曜日

■オフテクス提供■1.CLEARについてはじめにコンタクトレンズ(contactlens:CL)がC1887年に発明されて以降,CLに関する査読を経た学術論文はすでにC19,000以上にも及ぶ.英国コンタクトレンズ協会(BritishCContactCLensAssociation:BCLA)はC2021年にCCLのエビデンスに基づく総説“ContactClensCevi-dence-basedCacademicCreports”(CLEAR)を発表した1).CLEARは,約C100人に及ぶ多くの分野の専門家らが,これまでのCCL研究のエビデンスをもとにレビューを行い,今後の実臨床,製造に関するイノベーション,研究の方向性を示すためにまとめたもので,その内容は表1に示す全C11章にわたっている.本セミナーでは,この叡智の結晶ともよべるCCLEARに日本の眼科医やスタッフが少しでも親しんでいただけるよう,紐解くこととした.しかし,英国と日本との考え方や習慣などの違いや,用語や略語の相違などの点から,日本においては次期尚早,あるいはにわかには受け入れがたいと思われる内容も含まれている.プロセスについてCLEARのプロジェクトでは,CLに関連するトピックが包括的にカバーされるように,専門家からなる複数の作業グループが構成された.各章のサブトピックは各専門家に割り振られ,エビデンスに基づいた臨床的なガイドラインとなるように執筆された.システマティック・レビューについてCLEARではシステマティック・レビュー方式が採用された.これは一定の基準以上の複数の論文からエビデンスを収集し,評価,総合する方法で,個別の研究論文よりも高いエビデンスレベルとされ,ガイドラインの策定に活用されている.CL研究においては,異なる研究デザインや試験方法,被験者の選択などによって,研究の質が異なることがある.一部のCCL研究では,一般的な研究の質が担保されていない研究デザインが用いられている場合がある.土至田宏順天堂大学医学部附属静岡病院眼科松澤亜紀子聖マリアンナ医科大学,川崎市立多摩病院眼科表1CLEARの目次第C1章CLEARについて第C2章前眼部の解剖学・生理学第C3章CL水濡れ性,洗浄,消毒,相互作用第C4章CLの素材およびデザインによる眼への解剖学的・生理学的影響第C5章CL関連眼光学第C6章オルソケラトロジー第C7章スクレラルレンズ第C8章CLの治療目的装用第C9章CL眼合併症第C10章エビデンスに基づいたCCL装用練習C1第C11章CL技術の未来CL用語についてCLの分野では異なる用語が混在しており,混乱を招く可能性がある.解剖学的用語の一部は,たとえばBowman膜やCDescemet膜は個人名に由来する命名であるが,それらは解剖学用語委員会によってCanteriorClimitinglaminaとCposteriorClimitinglaminaと再定義された.Rigidgaspermeable(RG)レンズという用語は当初,酸素透過性の硬いCCLを,ポリメチルメタクリレート(PMMA)をはじめとする既存の酸素を通さない素材と区別するために用いられるようになった経緯がある.RGは硬いものと解釈され,これがCCL装用時の不快感を引き起こす印象を患者に与えると考えられたことから,最近では単純に「ガス透過性」または「GP」と短縮されるようになった.しかし,現存するCCLはソフトCCL(softCL:SCL)を含め,すべて「酸素透過性」である点に意義を唱える者もいた.そこで「角膜レンズ」という用語への変更をメンバーに問うたところ,62%が賛成し,18%が反対した.反対のおもな理由はCLも角膜に接触しているためとした.CLEARは結局,日本でいうところの酸素透過性ハードCCLに対してはRGという用語を採用した.スクレラルレンズの用語は最近再定義された経緯があったが,CLEARではこれを受け入れ,角膜を超えるサイズのすべてのCRGは「スクレラルレンズ」とよぶこととした.(53)あたらしい眼科Vol.41,No.1,2024C530910-1810/24/\100/頁/JCOPY表2CLEAR提示のコンタクトレンズ分野の一般的な略語リスト略語英名日本名CBAKCBOZR/BOZDCCIECCLDCCLIDECCLPCCDk/tCECPCEDOFCEDTACHEMACHPMCCHVIDCLIPCOFCLWECMGDCMKCMPDSCOrtho-kCPEGCPHMBCPMMACPoLTFCPVACPVPCSICSCSiHyCVPACbenzalkoniumchlorideCbackopticzoneradius/diameterCCornealin.ltrativeeventCcontactlensdiscomfortCcontactlensinduceddryeyeCcontactlens-inducedpapillaryconjunctivitisCoxygenpermeability/transmissibilityCeyecarepractitionerCextendeddepthoffocusCethylenediaminetetraaceticacidC2-hydroxyethylmethacrylateChydroxypropylmethylcelluloseChorizontalvisibleirisdiameterClid-parallelconjunctivalfoldsClidwiperepitheliopathyCmeibomianglanddysfunctionCmicrobialkeratitisCmultipurposedisinfectingsolutionCorthokeratologyCpolyethyleneglycolCpolyhexamethylenebiguanideCpolymethylmethacrylateCpost-lenstear.lmCpolyvinylalcoholCpolyvinylpyrrolidoneCsolutioninducedcornealstainingCsilicone-hydrogelsoftcontactlensCverticalpalpebralaperture塩化ベンザルコニウムレンズ後面曲率半径/直径CL装用による上眼瞼結膜の乳頭結膜炎酸素透過率/透過性拡張焦点深度エチレンジアミン四酢酸C2-ヒドロキシエチルメタクリレートヒドロキシプロピルメチルセルロースマイボーム腺機能不全細菌性角膜炎多目的消毒製剤オルソケラトロジーポリエチレングリコールポリヘキサメチレンビグアニドポリメチルメタクリレートレンズ下の涙液層ポリビニルアルコールポリビニルピロリドンシリコーンヒドロゲルレンズ注:空欄はまだ適切な日本名のないもの.略語について用語の統一を図るためにCCLEARでは略語の使用について検討し,略語は広範に知られている場合や読みやすさを向上させる場合にのみ使用することとした.2語の略語は,略語が表す言葉よりも一般的に使用される場合にのみ採択された.これらの用語リストが今後の著作物で標準的に使用され,新しい眼科医療従事者に用いられることを期待していると綴られた.標準単位および国の略語は,一般的に受け入れられている用語であるため省略された.略語の代表例を表2に示す.ちなみに,これらはあくまでCBCLAによるCCLEARで提示された略語であって,日本眼科学会用語集や日本コンタクトレンズ学会の見解とは相違があるものもあることをお断りしておく.まとめCLEARは全C300頁である.そのすべてを解説するのは到底不可能であるため,本セミナーで取りあげる内容は,筆者が重要と考える主観に基づく構成になるであろう点はご容赦いただきたいが,まずは本セミナーを通じてCCLEARについて知り,これを取っかかりとして興味が湧いた分野の原著に触れるきっかけにしていただければと思う.文献1)WolffsohnCJS,CMorganCPB,CBarnettCMCetal:ContactClensCevidence-basedCacademicreports(CLEAR)C.CContCLensCAnteriorEyeC44:129-131,C2021

写真セミナー:角膜蜂刺傷

2024年1月31日 水曜日

写真セミナー監修/福岡秀記山口剛史藤本優福岡秀記476.角膜蜂刺傷京都府立医科大学眼科学教室図2図1のシェーマ①浮腫・混濁図1初診時前眼部写真角膜中央瞳孔領近傍にCDescemet膜皺襞を伴う浮腫・混濁を認める.図3図1のフルオレセイン画像角膜浮腫に一致した上皮障害を認める.図4最終受診時の前眼部写真角膜浮腫は消失した.(51)あたらしい眼科Vol.41,No.1,2024C510910-1810/24/\100/頁/JCOPY蜂による角膜外傷はこれまで多数報告されており,角膜に対する刺傷と蜂毒によりさまざまな病態を発症することが知られている.受傷すると水疱性角膜症から角膜移植に至る可能性や1),また蜂毒に接触するだけで失明する可能性もあり,適切な処置を行うことが重要である.また,局所だけでなく,全身状態としてアナフィラキシーになっていないかの確認も重要である.既報ではミツバチ・アシナガバチ・スズメバチでの受傷が多く,またこの順に局所反応は強く重篤になりやすいといわれている.ミツバチは刺すとその蜂は死ぬが,アシナガバチとスズメバチは繰り返し刺すことが可能である.とくにスズメバチは針が約C7Cmmあり,また針の先端から毒液を噴射することもできる.その毒液の量も他種の蜂と比べ多いため,刺されていなくても毒液の接触のみで受診が必要となった症例1)も報告されている.どの種類の蜂であっても,刺される部位によっては前房もしくは硝子体内まで毒液が侵入する可能性があり,重篤な状態へと進展しやすい2,3).蜂毒にはヒスタミン・セロトニンなどを含むアミン,疼痛の原因となる蜂毒キニンといった低分子ペプチド,組織破壊にかかわるプロテアーゼなどを含む加水分解酵素など,さまざまな成分が混在している.症状はこれらの成分により引き起こされ,自覚症状として霧視・眼痛・視力低下,他覚所見として結膜充血や,眼内にまで炎症が進行すると前房蓄膿・白内障・虹彩萎縮・ぶどう膜炎などが認められる4).診断は患者の病歴聴取により容易につくることが多い.問診では眼瞼を刺されたか眼球面に刺されたかを確認する.また,毒液の接触のみでも発症するため,刺されていない場合も入念な細隙灯所見の取得が必須である.また蜂の種類によっても予後が変わってくるため,可能なかぎり把握したいところである.治療は保存的治療と外科的治療に分けられる.まず細隙灯下にて針が残存していれば抜去する.眼内に炎症が波及していなければ抗菌点眼とステロイド局所および全身投与による保存的治療で経過をみていくが,前房内にまで蜂毒が波及すると眼内組織を持続的に破壊していき,点眼のみでは炎症を鎮静化することはむずかしいため,可及的速やかに前房洗浄による毒素の除去も組み合わせて施行する.症例はC81歳,男性.近医にて加齢黄斑変性症でフォロー中であった.左眼を蜂に刺されたとのことで近医を受診し,左眼視力低下・眼瞼浮腫・結膜充血・結膜浮腫・Descemet膜皺襞を伴った角膜混濁を認めたため,ガチフロキサシン点眼液C4回/日,ベタメタゾン点眼液0.1%C4回/日,ベタメタゾン眼軟膏C1回/日,セレスタミン配合錠で治療開始となった.翌日再診時には自覚症状は改善していたが,Descemet膜皺襞が悪化していたため,筆者らの病院に紹介受診となった.当院受診時には局所的な角膜浮腫と上皮障害(図1~3)を認めたが,その他の所見は改善傾向であったため投薬は変更することなく継続とし,経過観察の方針とした.3日後再診時には角膜浮腫は消失していたため(図4),近医にてフォローとなった.今回の症例では原因となる蜂はミツバチであり,症状も軽度であったので局所ステロイドのみで改善傾向を示したが,刺された蜂の種類がスズメバチだとわかっている場合や眼内炎症が強い場合は,前房洗浄やステロイドの全身投与を躊躇せずに施行することが重要である.文献1)高望美,千葉桂三,菊池道晴ほか:蜂毒のみで水疱性角膜症と白内障をきたした症例.あたらしい眼科C25:549-552,C20082)三原現,山本裕樹,鷲尾紀章ほか:アシナガバチによる角膜蜂症のC1例.眼科64:291-295,C20223)NowroozzadehCMH,CHamidCA,CBolkheirCACetal:Cornealwaspsting:acasereportandreviewofliterature.CJCurrOphthalmolC31:95-97,C20194)岩見達也,西田保裕,村田豊隆ほか:角膜蜂刺症のC2症例.あたらしい眼科20:1293-1295,C2003

もっと守ろうよ!マイボーム腺:切らない霰粒腫治療

2024年1月31日 水曜日

もっと守ろうよ!マイボーム腺:切らない霰粒腫治療Let’sBetterProtectMeibomianGlands!Non-SurgicalTreatmentofChalazion福岡詩麻*はじめに霰粒腫は,幅広い年齢層にみられるもっとも身近な眼瞼の疾患の一つである.瞼板内のマイボーム腺が何らかの原因で閉塞し,マイボーム腺分泌脂(meibum)が貯留することで生じると考えられている1).霰粒腫の治療としては,これまではすぐに手術をするのが一般的であったが,霰粒腫切除術後眼では術後長期経過したのちもマイボーム腺の脱落や短縮が高率にみられ,将来的な涙液の安定性にも影響しうる2).最近では,マイボーム腺を守るために「切らない霰粒腫治療」が見直されてきている.「切らない霰粒腫治療」としては,温罨法,眼瞼清拭,ステロイド局所注射などがある.霰粒腫は局所的なマイボーム腺機能不全(meibomianCglandCdysfunc-tion:MGD)とも考えられており,霰粒腫に対するCIntenseCpulsedlight(IPL)治療の有効性も報告されている.CI霰粒腫とは霰粒腫は,非感染性の慢性肉芽腫性炎症である.典型的には,発赤,疼痛,圧痛を伴わない眼瞼皮下の結節である.瞼板内にとどまらず,眼瞼皮膚にまで炎症が及ぶと,発赤し痛みを伴うことがある.さらに眼瞼皮膚や結膜側に炎症が広がり菲薄化すると,自壊することがある.CII霰粒腫のリスクファクター霰粒腫のリスクファクターで,もっとも重要なものは眼瞼炎であり3),霰粒腫に眼瞼炎を合併していると,治癒までにより多くのステロイド注射が必要になる(眼瞼炎の合併ありでは平均C2回,眼瞼炎を合併なしでは平均1.4回)4).そのほか,霰粒腫は結膜炎やドライアイ,眼瞼皮膚炎や酒さの患者に多くみられる3).いわゆる睫毛ダニ,Demodexも霰粒腫のリスクファクターとなりえる.70%もの霰粒腫患者の睫毛からCDemodexが検出され,Demodex陽性の霰粒腫患者の再発率はC33%であったという報告がある5).Demodex陽性の再発霰粒腫に対し,ティーツリーオイルを含む目元洗浄液で眼瞼清拭を行うことで,再発をC97%予防することができたとする報告もある6).CIII「切らない霰粒腫治療」のエビデンス「切らない霰粒腫治療」としては,患者自身による温罨法,眼瞼清拭によるケア,点眼や軟膏による薬物療法,ステロイド局所注射などがある.これらの治療法の有効性を比較する臨床研究が行われている.C1.温罨法のみと抗菌薬・ステロイドの局所療法併用の比較「切らない霰粒腫治療」のうち,もっとも侵襲度が低いのは,温罨法と抗菌薬やステロイドの点眼・軟膏による局所療法である.温罨法のみと,温罨法に抗菌薬・ステロイドの局所療法を併用した場合とを比較した多施設でのランダム化比較試験7)の報告では,4~6週間の治癒*ShimaFukuoka:大宮はまだ眼科西口分院〔別刷請求先〕福岡詩麻:〒330-0854埼玉県さいたま市大宮区桜木町C1-169-1大宮はまだ眼科西口分院C0910-1810/24/\100/頁/JCOPY(45)C45図1霰粒腫に対するマイボケアと薬物療法(4歳,女児,左上眼瞼)a:4カ月前に発症し,前医で処方されたトスフロキサシン点眼液,フルオロメトロンC0.1%点眼液,プレドニン眼軟膏を使用していたが,徐々に大きくなってきたため受診した.Cb:温罨法と眼瞼清拭によるマイボケアを指導した.点眼と眼軟膏は中止した.1週間後,皮膚側から自壊したとのことで受診した.Cc:マイボケアを継続し,自壊している間は湿潤療法の目的でオフロキサシン眼軟膏をC1日数回塗布した.2カ月後,皮膚に軽度の発赤を残して治癒した.Cd:再発予防のためにマイボケアの継続をすすめた.半年後,再発はみられず眼瞼皮膚の状態は改善していた.とをすすめる(図1).ただし,治るまでに数週から数カ月かかりうる7,8)ので,根気強く続けることの重要性をあらかじめ患者や保護者によく説明しておく.前述のように,霰粒腫のリスクファクターに眼瞼炎3)やCdemo-dex5)があることから,マイボケアは今ある霰粒腫の治療だけでなく,再発の予防にも有用である6).霰粒腫が再発しても,初期の段階で患者自身がマイボケアにより治すことができれば,通院の必要がなくなる.注C1)具体的な方法はCLIME研究会ホームページに動画が掲載されている(https://www.lime.jp/main/mgd/treatment).C2.点眼,眼軟膏による局所療法霰粒腫は無菌性の慢性肉芽腫性炎症であるので,基本的には抗菌薬の投与は必要ない.急性霰粒腫の初期で細菌感染が原因でマイボーム腺閉塞を引き起こしている可能性が考えられる場合は,トブラマイシン点眼7),エリスロマイシン眼軟膏1),レボフロキサシン点眼やオフロキサシン眼軟膏などを使用する.霰粒腫の背景に眼瞼炎があると考えられる場合は,アジスロマイシン点眼の投与を検討する1).発赤や疼痛を伴う霰粒腫では,マイボーム腺の感染による内麦粒腫との鑑別が困難なことがある.抗菌薬を投与して反応をみることで,改善がみられなければ霰粒腫と診断できる.皮膚側から自壊した場合には,湿潤療法の意味で眼軟膏をC1日数回塗布する(図2).抗菌薬の長期投与に伴う耐性菌の出現に配慮する.小児の霰粒腫で手術が困難な場合や,成人でも手術以外の治療を希望される場合,ステロイドの点眼や眼軟膏による治療が行われることがある.眼圧上昇や白内障に注意し,漫然とステロイド投与を継続することは避ける.C3.ステロイド局所注射ステロイド局所注射による霰粒腫の治癒率は,1回もしくはC2回の注射によりC60~90%程度であり,霰粒腫切除術と同等である8).治癒までにかかる期間もC5日~2.5週程度4)と短い(図2).部位を選ばず,多発霰粒腫や再発霰粒腫も対象となる.1回の注射で十分な効果が得られなければ複数回の注射が可能であるが,2回注射しても軽快しないようであれば,手術もしくはCIPL治療を検討する.実際の手技としては,点眼麻酔をしたのち,眼瞼を翻転し,角板で眼球を保護しながら,27-28G針を用いてトリアムシノロンC2Cmg(ケナコルト-AC40Cmg/mlC0.05ml程度)を瞼結膜側から霰粒腫の中に注射する.注射後の眼帯は不要である.皮膚側からではなく,瞼結膜側から霰粒腫内に注射することで,ステロイド注射の合併症である皮膚の脱色素やトリアムシノロンの沈着の予防ができる8).トリアムシノロンの沈着は数カ月で吸収される.なお,ステロイド注射の診療報酬は,「霰粒腫の穿刺」45点である.ケナコルト-Aは,「霰粒腫」の病名に対する適用はないが,「外眼部の炎症性疾患の対症療法で点眼が不適当又は不十分な場合」であれば使用分を請求できる.C4.IPL治療最新の霰粒腫治療として,国際的にもCIPL治療が注目されている.500~1,200Cnm程度の波長の光を照射することで,眼瞼の温度を上昇させCmeibumを融解させる効果や抗炎症作用,Demodexの感染抑制の効果などがある.難治性の両眼多発・再発霰粒腫に対して,IPL治療をC2週間ごとにC4回まで行ったところ,平均C2.8C±1.3回の治療により,全例で両眼の霰粒腫が治った9).IPL治療終了後C6カ月の観察期間中,再発はみられなかった9).おわりに霰粒腫ができた部位のマイボーム腺は,霰粒腫が治癒したのちも短縮・脱落が残ってしまう10).とくに多発霰粒腫や再発を繰り返している患者では,再発を予防していくことが重要となる.温罨法,眼瞼清拭によるマイボケアは年齢を問わず自宅で行うことができ,今できている霰粒腫の治療だけでなく再発の予防にもなる.ステロイド局所注射は,手術よりも侵襲が少ないが,手術と同等の効果がある.IPL治療でも再発が予防できる.これらの霰粒腫のマイボーム腺温存療法の禁忌は脂腺癌であり,少しでも悪性腫瘍を疑う場合は手術治療を選択すべきである.小児の霰粒腫では,瞳孔領にかかるような視機能の発達に影響が出る恐れがある場合は手術が必要で(47)あたらしい眼科Vol.41,No.1,2024C47図2霰粒腫に対するステロイド局所注射(23歳,女性,左上眼瞼)a,b:5カ月前に発症.前医でステロイド注射を施行され一時軽快したが,2カ月前に再発した.手術を受けたくないとのことで受診した.c:マイボグラフィーで,腫瘤のある部位が黒く抜けていた.d,e:瞼結膜側から霰粒腫の中にトリアムシノロンC2Cmgを注射し,1日C2回のマイボケアを指導した.注射C1週間後に受診したときには,霰粒腫は軽快していた.Cf:マイボグラフィーでは,霰粒腫があった部位のマイボーム腺は短縮しており,トリアムシノロンが白く残っていた.

もっと知ろうよ!マイボーム腺炎角結膜上皮症の診断と治療

2024年1月31日 水曜日

もっと知ろうよ!マイボーム腺炎角結膜上皮症の診断と治療Let’sLearnMoreaboutMeibomitis-RelatedKeratoconjunctivitis!鈴木智*はじめにマイボーム腺は眼表面の恒常性の維持に不可欠であり,マイボーム腺に異常が生じると眼表面に異常をきたすことになる.マイボーム腺と眼表面を一つのユニットと捉え,眼表面に上皮障害を認めた場合には,必ずマイボーム腺開口部を診ることが前眼部診療では重要である1).マイボーム腺の機能がびまん性に異常をきたした病態はマイボーム腺機能不全(meibomianCglandCdysfunc-tion:MGD)と定義され2),大きく分泌増加型と分泌減少型に分類されるが,日常診療でよく遭遇するのは分泌減少型CMGDである.なかでも開口部が閉塞している閉塞性CMGDが眼表面上皮障害との関連を考えるうえで重要である.MGDは,もともとC1980年にCKorbとCHen-riquezが「マイボーム腺開口部の閉塞によってCmeibumの分泌が低下し,ドライアイ,コンタクトレンズ不耐症を生じる炎症の目立たないびまん性のマイボーム腺の機能障害」と定義して呼称したのが始まりである3).閉塞性CMGDによってCmeibumの分泌が低下すると,涙液の安定性が維持できなくなり蒸発亢進型ドライアイを生じ,結果として角膜下方の点状表層角膜症(super.cialpunctateCkeratopathy:SPK)を生じることがある.このような,炎症の目立たない閉塞性CMGDに伴うCSPKの解説についてはCMGDの項に譲る.一方,局所性,びまん性にかかわらず,マイボーム腺開口部が閉塞し周囲に明らかな炎症を認める所見をマイボーム腺炎(meibomitis)とよぶ(図1).この所見は,もともとマイボーム腺の機能障害が存在したところに,腺内の細菌増殖に伴う炎症が生じたものと想像される.マイボーム腺炎に関連して,角膜にCSPK,炎症細胞浸潤,表層性血管侵入などを生じる病態をマイボーム腺炎角結膜上皮症(meibomitis-relatedCkeratoconjunctivi-tis:MRKC)と呼称する4~6).その病型は,角膜上の結節性細胞浸潤を特徴とする「フリクテン型」(図2a)と,細胞浸潤がなくCSPKが主体である「非フリクテン型」(図2b)の二つに大別できる.どちらの病型もマイボーム腺炎の重症度と眼表面炎症の重症度は相関する.CIMRKCフリクテン型(図2a)C1.臨床像患者の多くは若年女性であり,乳幼児や男性に発症することもあるが,高齢者に認められることはまれである.患者は,結膜充血や流涙,眼痛などを主訴に受診し,典型例では,角膜表層に白色楕円形の結節性細胞浸潤とそこに向かう表層血管侵入,そして球結膜充血を伴っている.いわゆる「角膜フリクテン」と診断することはむずかしくない.フリクテンの延長線上の対応する眼瞼縁には,マイボーム腺炎を認めることが多い.眼瞼を翻転して眼瞼結膜側から観察することで,マイボーム腺開口部の閉塞およびその周囲の発赤・腫脹などの炎症所見がより明瞭となる.中等症では,いわゆる「束状角膜炎」といわれるような細胞浸潤と角膜下方を中心とした*TomoSuzuki:京都市立病院眼科〔別刷請求先〕鈴木智:〒604-8845京都市中京区壬生東高田町C1-2京都市立病院眼科C0910-1810/24/\100/頁/JCOPY(39)C39b図1閉塞性マイボーム腺機能不全(MGD)とマイボーム腺炎a:閉塞性CMGD.マイボーム腺開口部はびまん性に閉塞しているが炎症所見は明らかではない.球結膜充血も認めない.Cb:マイボーム腺炎.マイボーム腺開口部はびまん性に閉塞しているが,とくに上眼瞼中央部に発赤・腫脹が顕著である.球結膜充血も伴っている.図2マイボーム腺炎角結膜上皮症(meibomitis-relatedkeratoconjunctivitis:MRKC)a:フリクテン型.角膜下方~中央の細胞浸潤と表層血管侵入を認め,延長線上の上眼瞼縁にマイボーム腺炎を認める.Cb:非フリクテン型.角膜上方を中心としたびまん性のCSPKを認め,その範囲の延長線上の上眼瞼縁にマイボーム腺炎を認める.図3MRKCフリクテン型(16歳,女性)上段:両眼の角膜に表層性血管侵入を伴う細胞浸潤を認め,その延長線上の上眼瞼縁にマイボーム腺炎を伴っている.下段:クラリスロマイシン内服,セフメノキシム点眼,0.1%フルオロメトロン点眼の組み合わせにて加療し,マイボーム腺炎とともに眼表面炎症は消退した.abc図4MRKCフリクテン型(62歳,男性)a:マイボーム腺開口部がびまん性に閉塞し炎症を伴っている(マイボーム腺炎),球結膜充血と共に角膜にはびまん性で密なCSPKを認める.Cb:ミノサイクリン内服治療によりマイボーム腺炎は軽快し,角膜のCSPKもほぼ消退.しかし,マイボグラフィーで確認できるようにCMGDは残存しており,それに伴う蒸発亢進型ドライアイが残存.この段階でドライアイ点眼治療を追加.Cc:炎症のないCMGDは残存しているが,涙液の安定性が回復.-

もっと治そうよ! マイボーム腺の外科的治療 ─霰粒腫・脂腺癌の手術

2024年1月31日 水曜日

もっと治そうよ!マイボーム腺の外科的治療─霰粒腫・脂腺癌の手術Let’sImprovetheSurgicalTreatmentofMeibomianGlands!─SurgeryforChalazionandSebaceousGlandCarcinoma蓮見由紀子*野田実香**はじめに霰粒腫と脂腺癌に共通するのは,ともにマイボーム腺に発生するということである.霰粒腫は眼瞼にできる良性の腫瘤性病変であるが,その実態は慢性炎症性肉芽腫である(図1).脂腺腺腫は眼瞼に発生する成熟した脂腺細胞からなる良性腫瘍であり,多数の核分裂像や細胞異型など悪性の所見があれば脂腺癌である(図2).両者とも,しばしばその外見から鑑別が困難なため,疑ったら切開生検と病理診断を積極的に行うべきである.I霰粒腫に対する外科的治療霰粒腫はわれわれ眼科医がもっともよく目にする疾患の一つである.その病態はマイボーム腺の開口部が閉塞し,瞼板内に貯留した分泌物に対する炎症が起こることによって,肉芽腫が形成される疾患である.肉芽腫はいずれ吸収され,ほとんどの場合は瘢痕なく治癒するために保存的に治療されることも多いが,患者によっては積極的に外科的治療を行うことが望ましい.切開による外科的治療を考える患者として以下があげられる.数カ月~年単位を要することもある肉芽腫の吸収期間に,患者図1霰粒腫の病理組織像(×400倍,HE染色)組織学的には多発性の肉芽性炎症がみられ,肉芽巣には脂肪滴がみられる.異物巨細胞がみられる(.).図2脂腺腺腫の病理組織像(×400倍,HE染色)淡明な脂肪滴を多く含む脂腺の増生がみられる.*YukikoHasumi:医療法人マリン&サンズ元町マリン眼科**MikaNoda:野田実香まぶたのクリニック〔別刷請求先〕蓮見由紀子:〒231-0861横浜市中区元町4-166元町ユニオン3階元町マリン眼科0910-1810/24/\100/頁/JCOPY(33)33へ外見的,心理的負担がかかりQOLを大きく損なう場合,また高齢者の長引く霰粒腫や再発を繰り返すもので,脂腺癌などの悪性疾患が鑑別にあがる場合,これは,生検も兼ねて外科的切除を積極的に行うべきである.まれではあるが,切開のタイミングを逃すことにより自壊して皮膚に瘢痕を残したり,睫毛の乱生や脱落などの後遺症を残すこともありうることから,外科的治療も有効と考える.基本的に自然治癒傾向のある疾患のため,切開するか否かの最終判断は患者に委ねられるが,手術適応と考えられる場合にはその必要性をしっかり説明する.また,手術のベネフィットだけではなく,リスクや限界も伝えたうえで意思決定させることが重要である.「たかがものもらいの手術」と患者も治療者も軽く考え,この段階を省略すると思わぬクレームに遭遇することもある.1.説明のポイント・切開手術であるため,出血や腫れは避けられないこと.・病理学的には霰粒腫は被膜形成がなく,肉芽腫を取り囲む炎症組織が皮下や結膜下に腫瘤として触知される.すなわち,内容物がころっと出るようなものではないため,切れば直ちに治るわけではなく,炎症を起こしている周りの組織は残存する.中身を減らして吸収を早める手術であること.・皮膚が発赤して菲薄化しているような場合は,色調の改善に時間がかかり,瘢痕になる可能性があること.・マイボーム腺は瞼に30個ほどあるため,治療後に再発や多発する可能性はどうしてもあること.2.手術適応のある霰粒腫・大きい霰粒腫(図3):触診でしこりとして触れる霰粒腫であれば,切開で肉芽腫を摘出することは通常可能である.・皮膚側が発赤・菲薄化している霰粒腫(図4):炎症が前葉に及んでおり,進行で皮膚が菲薄化して破裂する可能性がある場合は,先手を打って切開すべきである.・結膜面から透見できる霰粒腫(図5):結膜側を切れば肉芽腫が摘出できるため,皮膚を傷つけることなく加療できる.・痛みや異物感がある霰粒腫(図6):患者の苦痛を一刻も早くとり除くのがわれわれの使命である.・長引く霰粒腫:治りづらい霰粒腫は脂腺癌などの鑑別も念頭におき,積極的に病理検査を行うべきである.3.手術の実際切開法は経結膜切開法と経皮膚切開法に分けることができる.ほとんどの症例は経結膜的に行えるが,皮膚側が菲薄化しているものは皮膚が破ける可能性が高いため,経皮的に行う.初心者は経結膜切開適応の霰粒腫のほうが,皮膚縫合もなく,瘢痕の心配も少ないため行いやすい.a.結膜切開の手順まず局所麻酔を行う.皮膚側にも結膜側にも浸潤麻酔を行う.霰粒腫をとり囲むように皮膚側から麻酔液を,最初に刺した部分から少しずつずらしながら数カ所に注射する.次に眼瞼を翻転し,瞼板より内側の円蓋部結膜に注射する.瞼板の直上は組織間隙が少なく,注射液が入りづらく痛みを伴う.次に皮膚消毒一式で皮膚面を消毒し,あれば穴あき覆布を被せる.消毒の間に麻酔が効いてくるため,この時点でメスなどで痛みを確認し,麻酔が効いていれば執刀する.皮膚面より腫瘤の位置を確認し,裏面の結膜側,霰粒腫が白く透見できる部分に11番メスで眼瞼縁に垂直に切開を入れる.腫瘤に達すると粥状の内容物が流出するため,鋭匙でさまざまな方向から内容物を掻爬する.肉芽腫は粘性でなかなかはがれないため,適宜滅菌綿棒やガーゼで擦り取るようにする.親指と人差し指で瞼を挟み,霰粒腫を潰すように押し出すと残存する内容物が圧出できる.このときに離れた部位に小さなしこりが触れるようであれば,さらに切開を入れて完全にしこりをとり除く.炎症組織が分厚く残る場合は,ステロイドの局所注射を追加すると,消炎にかかる時間が短縮される.切開した結膜は,縫合する必要はない.多少の出血があっても多めに軟膏を点入して圧迫すれば通常は止血される.ガーゼは帰宅後に外してよいと伝34あたらしい眼科Vol.41,No.1,2024(34)図3大きな霰粒腫図4皮膚が菲薄化した霰粒腫図5裏から透見できる霰粒腫図6痛みや異物感を伴う霰粒腫表1結膜切開に最低限必要な物品・局所麻酔薬(E入りキシロカインは,血管収縮作用があるため出血が抑えられ使いやすい)・皮膚消毒一式(ベンザルコニウム塩化物0.02%溶液など)・清潔手袋・尖刃(11番メス)・鋭匙・滅菌綿棒・滅菌ガーゼ数枚※あると便利なもの・挟瞼器(ネジ式が望ましい,大きさも複数あるとなお便利)・穴あき覆布(覆布にはさみで穴を開けてもよい)・ステロイド注射(ケナコルト,炎症組織が残る場合に使用)・ホルマリン溶液(検査機関にもよるが,すぐに提出する場合は生理食塩水でも可とのこと)図7眼瞼腫瘍と鑑別困難な母斑図8マイボーム腺角質.胞(類表皮.胞)表2皮膚切開に必要な物品・円刃(15番メス)・持針器・有鈎鑷子・7-0ナイロン糸図9脂腺腺腫図10脂腺癌(追浜駅前眼科飯島康仁先生のご厚意による)表3切開生検に最低限必要な物品・皮膚マーカー・局所麻酔薬(E入りキシロカインは血管収縮作用があるため出血が抑えられ使いやすい)・皮膚消毒一式(ベンザルコニウム塩化物0.02%溶液など)・清潔手袋・円刃(15番メス)・滅菌ガーゼ数枚・バイポーラーなど止血凝固できるもの・眼科剪刀・挟瞼器(ネジ式が望ましい,大きさも複数あるとなお便利)・穴あき覆布(覆布にはさみで穴を開けてもよい)・持針器・有鈎鑷子・7-0ナイロン糸・ホルマリン溶液(検査機関にもよるが,すぐに提出する場合は生理食塩水でも可とのこと)

もっと治そうよ!マイボーム腺機能不全の内科的治療

2024年1月31日 水曜日

もっと治そうよ!マイボーム腺機能不全の内科的治療Let’sImprovetheMedicalTreatmentofMeibomianGlandDysfunction!有田玲子*はじめに今までマイボーム腺機能不全(meibomianglanddys-function:MGD)に対する診療ガイドラインが存在せず,MGDを適用病名とした治療薬もなかったことから,MGD患者は十分な診断・治療を受けられず,放置されていることが多かった.今回,evidence-basedで包括的な内容をもつ日本初の『マイボーム腺機能不全診療ガイドライン』が発行された1).従来の治療から最先端の治療まで,治療ごとにエビデンスの強さと推奨度が検討され(表1,2),保険収載や有害事象の有無など総合的に各治療の推奨度が提案された1).これはCMGDの有病率がわが国ではC32.9%である2)ことを鑑みても歴史的に大きな一歩であり,MGD患者のみならず眼科医にとっても朗報といえる.本稿では,今回のガイドラインでMGDに対する治療として現段階で推奨されるC9種の治療法(図1)1)の中から,4種の内科的治療とC2種の医療機器を用いた治療について解説する.CI抗菌薬点眼(アジスロマイシン点眼)抗菌薬点眼でエビデンスがあるのは,マクロライド系抗菌薬としてアジスロマイシンのみであった.臨床でよく用いられている抗菌薬の点眼は,ニューキノロン系やセフェム系であるが,十分なエビデンスはなかった.アジスロマイシンは,静菌的に作用することにより眼瞼の細菌が産生するリパーゼ阻害作用や抗炎症作用をもつ.眼瞼移行性が高く,アクネ菌(Cutibacteriumacnes)に表1エビデンスの強さの定義A(強):効果の推定値に強く確信があるB(中):効果の推定値に中等度の確信があるC(弱):効果の推定値に対する確信は限定的であるD(非常に弱い):効果の推定値がほとんど確信できない高い親和性をもつ.また,マイボーム腺の上皮細胞に作用し,脂質の分泌を促進することが報告されている.粘調度が高いため有害事象として眼刺激感や霧視などを訴える患者もいるが,重大な有害事象を生じる可能性は低い.MGDに対してはマクロライド系の抗菌薬としての効果のみならず抗炎症効果が強く作用していると考えられている.アジスロマイシン点眼は自覚症状,眼瞼の炎症所見,meibum性状の改善に有効である.国内でもMGDに対する有効性,安全性が報告されている3)(図2).現時点で,国内での保険適用は結膜炎,涙.炎,眼瞼炎,麦粒腫であり,MGDに対しては保険適用がない.具体的な使用法としては,眼瞼炎で処方されるプロトコールに従い,最初のC2日間のみC1日C2回点眼,3日目以降C14日目までC1日C1回点眼する.CIIステロイド局所投与(点眼・眼軟膏)MGDに対するステロイド点眼は,眼瞼清拭や温罨法との併用で自覚症状,涙液層破壊時間(tear.lmbreak-uptime:BUT),眼瞼縁所見,meibum性状などを改善する.抗炎症作用により,慢性の眼不快感の改善に効果があることが多い.MGDでは明らかな炎症所見(マ*ReikoArita:伊藤医院,LIME研究会(LidandMeibomianGlandWorkingGroup)〔別刷請求先〕有田玲子:〒337-0042埼玉県さいたま市見沼区南中野C626-11伊藤医院C0910-1810/24/\100/頁/JCOPY(27)C27表2マイボーム腺機能不全診療ガイドライン治療別推奨一覧表治療法エビデンスの強さ総合的推奨の強さ温罨法CA「実施する」ことを強く推奨する眼瞼清拭CC「実施する」ことを弱く推奨するmeibumの圧出CC「実施する」ことを弱く推奨するジクアホソル点眼CC「実施しない」ことを弱く推奨する抗菌薬点眼CB(アジスロマイシン点眼のみ)アジスロマイシン点眼:「実施する」ことを弱く推奨する注:アジスロマイシン点眼以外はエビデンスなし眼軟膏(ステロイド系眼軟膏除く)油性点眼CD明確な推奨ができないステロイド局所投与(点眼,眼軟膏)CC「実施する」ことを弱く推奨する.シクロスポリンCA点眼CD「実施しない」ことを弱く推奨するオメガC3脂肪酸の内服CC「実施する」ことを弱く推奨する抗菌薬内服B:マクロライド系(アジスロマイシン)C:テトラサイクリン系(ドキシサイクリン,ミノサイクリン)「実施する」ことを弱く推奨するCintensepulsedlightCA「実施する」ことを弱く推奨するCthermalpulsationtherapyCB「実施する」ことを弱く推奨するCprobingCD「実施しない」ことを弱く推奨する図1マイボーム腺機能不全ガイドラインで推奨された治療法大きく分けて,3種ずつC3種類の治療法に分類される.・ホームケア(温罨法,眼瞼清拭,オメガC3摂取)・投薬(アジスロマイシン点眼,ステロイド点眼・眼軟膏,マクロライド系・テトラサイクリン系抗菌薬内服)・医療機関における施術前2週間後図2マイボーム腺機能不全(64歳,男性,右眼)アジスロマイシン点眼C2週間後に自覚症状,マイボーム腺開口部周囲の血管拡張所見,マイボーム腺開口部閉塞(↓)が改善した.-図3脂肪酸の分類脂肪酸は飽和脂肪酸,不飽和脂肪酸に分かれ,不飽和脂肪酸は多価脂肪酸,一価脂肪酸に分かれる.多価脂肪酸の中にオメガC3脂肪酸がある.M22OptiLightM22図4Intensepulsedlight(IPL)の眼科領域で使用可能な機種左からCM22(ルミナス・ビー・ジャパン),OptiLightM22(ルミナス・ビー・ジャパン),AQUACEL(KBM社).3~4週おきに4回図5IPLの標準的な施術部位と施術プロトコル3週ごとにC4回の施術が標準である.図6LipiFlowの施術風景68歳,女性,MGD.LipiFlow施術後,自覚症状,マイボーム腺開口部の閉塞が解除された.C-