‘記事’ カテゴリーのアーカイブ

両立支援

2023年12月31日 日曜日

両立支援ThePromotionofHealthandEmploymentSupport井上賢治*はじめに両立支援とは,病気に罹患した労働者に対して治療と仕事を両立するための支援である.労働者が病気にかかり治療が必要になると,それまでのようには働けなくなる場合がある.治療に専念する場合や治療をしながら働く場合が想定される.とくに労働者が治療をしながら働くことを希望する場合には,それが可能となるように労働者,事業者,主治医が連携し,支援にあたる必要がある(図1).厚生労働省では2016年2月に「事業場における治療と仕事の両立支援のためのガイドライン」1)(図2)を発出した.I医師による両立支援われわれ眼科医は患者の視機能については詳細に検討を行い,視機能の改善,あるいは悪化の抑制をめざして患者の診療にあたっている.そして日常診療においては,患者の労働については,患者から相談されない限り考えていないのが現状である.患者は労働することで賃金を得て生活をし,通院,治療を行っている.患者は視機能が悪化し,仕事に支障が出るようになると退職を考えてしまう.職場で他人に迷惑をかけたくないという思いは日本人的である.しかし,視機能が悪くなって退職した場合の再就職はきわめて困難である.退職することなく働き続けられるように調整することが重要である.厚生労働省職業安定高齢・障害者雇用対策部障害者雇用対策課が2007年10月に発出した「視覚障害者の雇用の継続のために眼科医の皆様にご理解いただきたいポイント」2)の冒頭にもこのことが記載されている.この発出文書には三つのポイントが記載されているので以下に紹介する.1.眼科受診から職場定着まで,医療,福祉,労働など多くの関係者の連携が不可欠患者は眼科を受診し,治療を受ける.適切な時期にロービジョンケアを開始する.ニーズに応じて福祉施設を紹介し,生活訓練や音声パソコンを用いた職業訓練を受けて復職する.2.眼科医の重要な役割と基本姿勢医師には障害を告知する役割がある.障害の告知は,障害の受容に関係する重要な問題だが,告知にあたっては,障害のマイナス面だけでなく,病気やその治療方法に関して説明し,生活訓練や職業訓練などの社会資源の存在とその活用などによって,マイナス面も克服できるということも伝えることが重要である.場合によっては,医療の段階で,当事者団体に引き合わせることも効果的である.医師には司令塔としての役割があり,その姿勢は他の医療スタッフの姿勢にも影響する.また,復職のための診断書や意見書の作成など,その後の患者への対応にも影響を与え,人生の岐路を分けることにもなる.「視力は戻らないけれども,仕事はできる」とアドバイスされ*KenjiInoue:井上眼科病院〔別刷請求先〕井上賢治:〒101-0062東京都千代田区神田駿河台4-3井上眼科病院0910-1810/23/\100/頁/JCOPY(53)1557①業務内容や仕事の情報を③主治医が作成した意見書を伝えるための書面を作成勤務先に提出仕事と治療の両立②患者から提出された④両立支援プランを作成書面をもとに意見書を作成図1労働者,事業者,主治医の連携③主治医意見の提出労主治医から収集した「主治医意見書」などの情報を事業者に提出し,両立支援を申し出ます.企業・事業者④産業医等の意見聴取事業者は,産業医などから意見を聴取し,主治医の意見や労働者(患者)本人の要望を勘案し,具体的な支援内容について検討します.⑥「両立支援プラン」の実行周囲の同僚や上司などに対して,必要な情報に限定したうえで可能な限り開示し,理解を得ながら「両立支援プラン」を実行します.図2治療と仕事の両立支援の流れ(厚生省のwebサイト「治療と仕事の両立支援ナビ」の図をもとに作成)決法を考えていくことである.活動の一つとして,ロービジョン就労相談会を毎月1回,原則第2土曜日の午後に開催している.新型コロナウイルス感染症の前には,北九州市の高橋広先生が相談医として立ち合っていた.新型コロナウイルス感染症の流行により,現在はwebにて開催している.現在の相談医は日本眼科医会役員と全国のロービジョン専門医が交代で担当している.b.盲学校(職業訓練)盲学校は視覚障害者に対する教育を行う学校であり,自分の安全を図るための手段とその工夫を学びつつ,点字などを中心に幼稚園,小学校,中学校,高等学校に準じた教育が行われている.盲学校は全国に66校があり,内訳は北海道地区4校,東北地区7校,関東甲信越地区17校,中部地区9校,近畿地区9校,中国・四国地区9校,九州・沖縄地区11校である.東京都内には,筑波大学附属視覚特別支援学校,東京都立文京盲学校,久我山青光学園,葛飾盲学校,八王子盲学校の5校がある.学童の教育だけでなく,職業訓練を行っている盲学校もある.東京都立文京盲学校の専攻科(就業科)には,あん摩マッサージ指圧師,はり師,きゅう師を養成する課程がある.保健理療科(あん摩マッサージ指圧師)と理療科(あん摩マッサージ指圧師・はり師・きゅう師)の二つがあり,どちらも高等学校卒業後3年間の課程である.専攻科の授業には解剖学,あん摩実技,情報処理,はり実技,経絡経穴,臨床実習などがある.c.眼科医の役割厚生労働省の「事業場における治療と仕事の両立支援のためのガイドライン」1)における眼科医の役割は,主治医意見書(病状,治療計画,就労上の措置に関する意見書)の提供である.主治医意見書を書く前に事業所に療養・就労両立支援に関する勤務情報提供書を医師から依頼する.その内容を基に病状,治療計画,就労計画,就労上の措置に関する意見書を作成し,事業所に提出する.意見書には病名,現在の症状,治療の予定,就労継続の可否,業務上の配慮事項,その他の特記事項,配慮の期間を記入する.黄斑ジストロフィの50歳代の患者の療養・就労両立支援に関する勤務情報提供書と症状,治療計画,就労上の措置に関する意見書の一例を図3,4に示す.また,労働者(患者)の視覚障害の状況を本人だけでなく,産業医,事業所の担当者,患者家族が理解することが重要である.そのためのツールとして,とくに視野障害をイメージできるソフトウェアを開発し,タブレットに入れて使用したところ,有効であったと報告されており5),このようなツールの活用も考えるとよい.なお,「事業場における治療と両立支援のためのガイドライン」に基づく療養・就労両立支援指導料は2018年に新設された.2020年には難病の患者に対する医療等に関する法律での指定難病(表1)に対象が広がった.また,従業員が常時10名以上のすべての事業場で就労している労働者に拡大された.保険点数は初回800点で,2回目以降400点が月に1回まで,初回を算定した月またはその翌月から起算して3カ月後まで算定できる.II労働者による両立支援両立支援は,疾病により支援が必要な労働者本人からの申し出により始まる.まずは本人の勤務情報提供書の作成を行う.業務内容や勤務時間など,自らの仕事に関する情報をまとめて主治医に提供する.勤務情報提供書を参考にして主治医が主治医意見書を作成する.産業医がいる事業所では産業医の意見も聴取して,労働者本人の要望を勘案し,具体的な支援を検討する.入院などによる休業を要さない場合は,両立支援プランを策定する.この際に両立支援コーディネーターに依頼するとスムーズである.両立支援コーディネーターとは,治療と仕事の両立に向けて,支援対象者(労働者),主治医,会社,産業医などのコミュニケーションが円滑に行われるように支援する者である.働き方改革実行計画(2017年3月)で両立支援コーディネーターの養成について示されている.両立支援コーディネーターの養成講座は2023年度には3回行われ,合計で2,000名以上が受講予定である.入院などによる休業を要する場合は,労働者は休業申請書類を提出し,休業を開始し,治療に専念する.その後,休業している労働者の職場復帰が可能であると判断したら,事業者は職場復帰支援プランを作成する.プランに基づいて着実に職場復帰を進めることが,復帰後の長く安定した就業につながることを本人へ説明し理解し1560あたらしい眼科Vol.40,No.12,2023(56)……….図3療養・就労支援に関する勤務情報提供書てもらう.いきなり休業前と同じ業務内容に戻るのではなく,本人の状況に合わせて無理のないプランを作成し,「慣らし勤務」として段階的に仕事の負荷を上げていき,元の就業状態に戻していく.最初は単純作業や定型業務を担当し,その後,1,2カ月ごとに段階的に仕事の質と量を上げていき,復職6カ月後を目安に通常業務へ戻していく.職業上の配慮も必要である.表2にその例を示す.また,職場復帰するにあたり,自立した生活に必要な単独歩行,点字,またパソコンなどIT関連技能の講習を受けることもすすめられる.東京版スマートサイトである東京都ロービジョンケアネットワークにもこのような講習を行っている福祉施設が多数掲載されている.例を図5に示す.黄斑ジストロフィー現症:上記にて視力右矯正0.01、左矯正0.1である。視野は両眼の中心暗点を認める。視覚の障害者手帳は現在5級取得だが、視力は4級相当である。3治療方法:外来通院で経過観察中である。.就労について:通常より業務処理に時間を要するので職務遂行に際しては以下の配慮が必要である。①職場の遮光環境・適合する視覚補助具の使用にて文書処理は可能である。②音声パソコンの利用により作業は通常通り可能となる。視覚障害による移動困難があり、通勤に配慮が必要で、混雑および乗り換えを避ける必要がある。.図4病状,治療法計画,就労上の措置に関する意見書1.スマートサイトスマートサイトとはロービジョンケアについての情報やロービジョンケアを行っている福祉施設を紹介するシステムで,通常はリーフレットを用いて行われている.ロービジョン者は入手したスマートサイトの情報からロービジョンケアの概要を知ることができ,そこに記載された関連施設にアクセスすることで適切なロービジョンケアやサービスを受けることができる.スマートサイトは2005年に米国眼科学会が開始したウェブサイトからダウンロードして利用するロービジョン関連情報として始まった.日本眼科医会では全国すべての都道府県でのスマートサイト作成をめざして活動を続けてきた.2010年に最初に兵庫県でスマートサイト「つばさ」が(57)あたらしい眼科Vol.40,No.12,20231561表1難病の患者に対する医療等に関する法律での指定難病告示番号指定難病名11重症筋無力症13多発性硬化症/視神経脊髄炎35天疱瘡36表皮水疱症38スティーヴンス・ジョンソン症候群40高安動脈炎41巨細胞性動脈炎46悪性関節リウマチ49全身性エリテマトーデス53Sjogren症候群56ベーチェット病84サルコイドーシス90網膜色素変性症134中核視神経形成異常症/ドモルシア症候群157スタージ・ウェーバー症候群158結節硬化症160先天性魚鱗癬162類天疱瘡(後天性表皮水疱症を含む.)164眼皮膚白皮症166弾性繊維性仮性黄色腫167マルファン症候群168エーラス・ダンロス症候群171ウィルソン病191ウェルナー症候群192コケイン症候群271強直性脊椎炎300IgG4関連疾患301黄斑ジストロフィー302レーベル遺伝性視神経症303アッシャー症候群328前眼部形成異常329無虹彩症332膠様滴状角膜ジストロフィー作成され,2021年5月に47都道府県すべてでスマートサイトが完成した.東京都については2018年に完成した東京都ロービジョンケアネットワークのリーフレット(図6)に両立支援に関して,生活訓練・支援,就労支1562あたらしい眼科Vol.40,No.12,2023表2職場復帰後の就業上の配慮短時間勤務軽作業や定型業務への従事残業・深夜業務の禁止出張の禁止,または制限交代勤務の制限危険作業,運転業務,高所作業,窓口業務,苦情処理業務などの制限フレックスタイム制度を制限,または適用転勤について配慮時間単位での年次有給休暇を支給テレワークの活用通勤方法を考慮図5東京都ロービジョンケアネットワーク・ロービジョンケア福祉施設情報援,教育機関の各福祉施設が記載されている.しかし,これらの福祉施設の利用にあたっては,居住地や勤務(58)図6東京都ロービジョンケアネットワークのリーフレット表面(左)と中面(右)地,身体障害者手帳の有無などの条件がある場合もある.また,利用できる日程や時間,利用料金についても施設毎で設定されており,一律ではない.III事業者による両立支援両立支援を必要とする労働者からの申し出があった場合は,事業者は検討に必要な情報に不足がないかの確認が必要である.このため,産業保健スタッフや人事労務担当者は,労働者が主治医から必要十分な情報を収集できるよう,書面の作成支援や手続きの説明など,必要な支援を行う.主治医から提供された情報を産業医などに提供し,就業継続の可否や,就業可能な場合の就業上の措置および治療に対する配慮に関する意見を聴取する.これら主治医や産業医などの意見を勘案し,就業を継続させるか否か,具体的な就業上の措置や治療に対する配慮の内容および実施時期などについて検討する.1.産業医職場において労働者の健康管理等を効果的に行うためには,医学に関する専門的な知識が不可欠なことから,事業者は常時50人以上の労働者を使用する事業場ごとに医師のうちから産業医を選任し,産業医は労働者の健康管理や労働相談などを行う.常時1,000人以上の労働者を使用する事業場または法定の有害業務に常時500人以上の労働者を従事させる事業場では,その事業場に専属の産業医を選任する.そのほかの事業場においては嘱託でも差し支えない.2.障害者雇用促進法1960年に身体障害者雇用促進法が制定され,事業主が雇用すべき障害者の最低雇用率が設定された.のちに障害者雇用促進法は何度も改正され,雇用率の設定については,少なくとも5年ごとに労働者の割合の推移を勘案し設定されている.現在の障害者の法定雇用率は民間企業2.3%,国や地方公共団体2.6%,都道府県などの教育委員会2.5%である.在職中に視力障害に至った場合は,身体障害者手帳を取得し,障害者雇用枠での雇用に変更する方法もある.産業医とよく相談するとよい.おわりに両立支援の成功の鍵は労働者,事業者,主治医の連携にかかっている.主治医の立場としては患者(労働者)の視機能を判断,把握することから始まる.患者の有する視機能を有効に利用することで患者がいかにして働くことが可能かを事業者に提示する必要がある.目の前の患者のことを考えて患者に寄り添ってほしい.文献1)厚生労働省:事業場における治療と仕事の両立支援のためのガイドライン(2023年版)https://www.mhlw.go.jp/con(59)あたらしい眼科Vol.40,No.12,20231563

保険医療

2023年12月31日 日曜日

保険医療InsuranceMedicalTreatment柿田哲彦*はじめに新専門医制度の必修講習Bにある「医療経済(保険医療等)」について説明する.なお,厚生労働省などの公的機関では一般的に「保険医療」ではなく「保険診療」とよんでいるので,本稿でも以降,保険診療とよぶ.法律関係のテーマなので少々固い内容であることを容赦願いたい.I保険診療とはわれわれ眼科医は,患者に対して病院や診療所などの医療機関で診察・投薬・治療その他必要な医療を行う.患者は公的医療保険制度があることによって,かかった医療費を全額負担しなくてもすんでいる.日本は「国民皆保険制度」を採用しており,日本国民すべてに加入が義務づけられている.そのため日本国民は全国どこにいてもほぼ同じ医療費で医療を受けることができる.この仕組みは健康保険法1)ほか医療保険各法に規定されており,それらの規定に同意した保険医療機関などが自由意思で参加することにより実施されている.この医療制度を保険診療とよぶ.保険診療において医師が診療報酬を得るためには保険医となる必要がある.健康保険法の規定により,「保険医療機関において健康保険の診療に従事する医師は,厚生労働大臣の登録を受けた医師でなければならない」(健康保険法第64条)とされている.医師国家試験に合格し,医師免許を受けることにより自動的に保険医として登録されるわけではない.医師が保険診療を担当したいという自らの意思により,勤務先の保険医療機関の所在地(勤務していない場合は住所地)を管轄する地方厚生(支)局長へ申請する必要がある.所在地を管轄する地方厚生(支)局の事務所がある場合には,当該事務所を経由して行う(健康保険法第71条).つまり保険診療とは,健康保険法ほかの各法に基づく,保険者と保険医療機関との間の「公法上の契約に基づく診療」である.保険医療機関は,療養の給付に要する費用の額から被保険者が支払う一部負担金を除いた額を保険者に請求する(健康保険法第76条第1項).ここでいう保険者とは,保険契約に基づいて保険料(掛金)を徴収し疾病などの発生の際に診療報酬を支払う義務を負う者であり,健康保険事業の運営主体である社会保険として全国健康保険協会,健康保険組合,国民健康保険として市町村または各国民健康保険組合,後期高齢者医療広域連合をさす.それに対して,保険料を徴収される患者のことを被保険者とよぶ(図1).II診療報酬請求医療機関は1カ月間に行った診療内容をまとめ,診療報酬として審査支払機関に請求する.その際作成するのが診療報酬明細書(レセプト)である.医療機関から審査支払機関に提出されたレセプトに対する審査(一次審査)(図2)を経て,内容が妥当なレセプトと不適当な部分を査定したレセプトが保険者に送られ,レセプト提出*TetsuhikoKakita:柿田眼科〔別刷請求先〕柿田哲彦:〒270-0163千葉県流山市南流山4-1-15南流山駅前ビル2F柿田眼科0910-1810/23/\100/頁/JCOPY(47)1551図2診療報酬請求一次審査の流れ図3診療報酬請求再審査の流れ表1保険医が保険診療を行うに当たって遵守すべき保険診療のルール保険診療として診療報酬が支払われるには次の条件を満たさなければならない①保険医が②保健医療機関において③健康保険法,医師法,医療法,医薬品医療機器等法の各種関係法令の規定を遵守し④保健医療機関及び保険医療養担当規則の規定を遵守し⑤医学的に妥当適切な診療を行い⑥保健医療機関が診療報酬点数表に定められたとおりに請求を行っていること.口投与によっては治療の効果を期待することができないとき.(2)特に迅速な治療の効果を期待する必要があるとき.IV医科診療報酬点数に関する留意事項1.診療報酬請求の根拠は診療録にある診療録(カルテ)は,診療経過の記録であると同時に,診療報酬請求の根拠でもある.診療事実に基づいて必要事項を適切に記載していなければ,不正請求の疑いを招くおそれがある.診療録に関する規定:①診療録の記載(療養担当規則第22条,医師法第24条),②診療録の保存(療養担当規則第9条,医師法第24条第2項)2.診療録には適切な傷病名を記載する診断の都度,医学的に妥当適切な傷病名を診療録に記載する.以下にポイントを示す.・必要に応じて慢性・急性の区別,部位・左右の区別をすること.・診療開始年月日,終了年月日を適切に記載すること.・傷病の転帰を記載し,病名を逐一整理すること.特に,急性病名が長期間にわたり継続する場合には,医学的妥当性のある傷病名となっているか適宜見直しをすること.・疑い病名は,診断がついた時点で速やかに確定病名に変更すること.また,当該病名に相当しないと判断した場合は,その段階で中止とすること.なお,実施された診療行為を保険請求する際に,審査支払機関での査定を逃れるため,実態のない架空の傷病名(いわゆるレセプト病名)を傷病名欄に記載してレセプトを作成することは,きわめて不適切である.診断名を不実記載して保険請求したことになり,場合によっては返還対象となるばかりか,不正請求と認定される可能性もある.3.説明が不十分な場合は症状詳記で補う医学的に妥当適切な傷病名等のみでは,診療内容の説明が不十分と思われる場合は,請求点数の高低にかかわらず,「症状詳記」で補う必要がある.・診療録の記載やレセプトの内容と矛盾しないこと.・虚偽の内容を記載しないこと.V青本と添付文書保険診療では,2年ごとの診療報酬改定に合わせて社会保険研究所が出版している厚生労働省発出の告示・通知をそのまま収載した法令集『医科点数表の解釈』3)を「青本」(用語解説参照)とよび,これが算定根拠とされている.表2に屈折検査に関する項目3)を提示する.医科点数表や施設基準などに関する通知,厚生労働省より発出された疑義解釈,Q&Aなどがまとめられており,請求方法に疑問が生じた際は,まずこの本で調べるとよい.その他の出版社や保険医協会からも出ているが,いずれも民間会社が独自に解釈しているもので,それを保険請求の根拠とすることはできない.あくまでも参考書と考えるべきである.医療用医薬品の添付文書は医薬品医療機器等法(薬機法)第52条,第68条の2等に記載内容等が規定されている,法的根拠のある唯一の医薬品情報である.規定に基づき,医薬品の適用を受ける患者の安全を確保し適正使用を図るために,医師,歯科医師,薬剤師等の医薬関係者に対して必要な情報を提供する目的で,当該医薬品の製造販売業者が作成する.添付文書には表3の項目の届出が製造販売業者に義務付けられている.それらのなかで保険診療に重要なポイントは,「警告」「禁忌」「効能又は効果」「用法及び用量」「慎重投与」「重要な基本的注意」等である.保険者は添付文書の記載内容を基に合致していない病名のレセプトに対し,返戻や再審査請求を行う.たとえば,オロパタジン点眼液の「効能又は効果」はアレルギー性結膜炎と添付文書に記載されているので,結膜炎や巨大乳頭結膜炎とレセプトに入力しても基本的に査定されてしまう.保険診療では青本と添付文書に合致しない診療内容は基本的に査定されても仕方がない.青本は可能なら購入することをお勧めするが,勤務先の病院には常備されていると思われる.現在は「しろぼんねっと」4)というWebサイトである程度調べることができるので,参考にしてほしい.添付文書は現在ネットで容易に入手できるので,初めての薬剤を処方する場合は添付文書に一度1554あたらしい眼科Vol.40,No.12,2023(50)表2青本の屈折検査に関する解説D261屈折検査16歳未満の場合69点21以外の場合69点注1について,弱視又は不同視と診断された患者に対して,眼鏡処方箋の交付を行わずに矯正視力検査を実施した場合には,小児矯正視力検査加算として,35点を所定点数に加算する.この場合において,区分番号D263に掲げる矯正視力検査は算定しない.(屈折検査について)(1)屈折検査は,検眼レンズ等による自覚的屈折検定法又は検影法,レフラクトメーターによる他覚的屈折検定法をいい,両眼若しくは片眼又は検査方法の種類にかかわらず,所定点数により算定し,裸眼視力検査のみでは算定できない.(2)散瞳剤又は調節麻痺剤を使用してその前後の屈折の変化を検査した場合には,前後各1回を限度として所定点数を算定する.(3)屈折検査とD263矯正視力検査を併施した場合は,屈折異常の疑いがあるとして初めて検査を行った場合又は眼鏡処方箋を交付した場合に限り併せて算定できる.ただし,本区分「1」については,弱視又は不同視が疑われる場合に限り,3月に1回(散瞳剤又は調節麻痺剤を使用してその前後の屈折の変化を検査した場合には,前後各1回)に限り,D263矯正視力検査を併せて算定できる.(4)「注」に規定する加算は,「1」について,弱視又は不同視と診断された患者に対して,眼鏡処方箋の交付を行わずに矯正視力検査を実施した場合に,3月に1回(散瞳剤又は調節麻痺剤を使用してその前後の屈折の変化を検査した場合には,前後各1回)に限り,所定点数に加算する.(屈折検査に関する事務連絡)問弱視又は不同視等が疑われる6歳未満の小児に対して,D261屈折検査とD263矯正視力検査を併施した場合は,3月に1回に限り併せて算定できるが,散瞳剤又は調節麻痺剤を使用してその前後の屈折の変化を検査した場合には,前後各1回の合計2回算定できるか.答算定できる.(平28.3.31その1・問123)(文献3より引用)表3添付文書に届出が必要な事項・販売名・警告・禁忌(原則禁忌を含む)・効能又は効果に関連する使用上の注意・用法及び用量に関連する使用上の注意・慎重投与・重要な基本的注意・相互作用・副作用・高齢者への投与・妊婦,産婦,授乳婦等への投与・小児等への投与・臨床検査結果に及ぼす影響・過量投与・適用上の注意・その他の注意・取扱い上の注意■用語解説■保険医療機関及び保険医療養担当規則:健康保険法などにおいて,保険診療を行ううえで保険医療機関と保険医が遵守すべき事項として定められた厚生労働省令であり,「療担規則」「療養担当規則」とよばれている.大きく以下の事項につきとりまとめられている.・第1章:保険医療機関の療養担当療養の給付の担当範囲,担当方針など.・第2章:保険医の診療方針等診療の一般的・具体的方針,診療録の記載など.青本:2年ごとの診療報酬改定に合わせて社会保険研究所が出版している厚生労働省発出の告示・通知をそのまま収載した法令集「医科点数表の解釈」の別名.医科点数表や施設基準などに関する通知,厚生労働省より発出された疑義解釈,Q&Aなどがまとめられている.

視覚障害者の福祉制度

2023年12月31日 日曜日

視覚障害者の福祉制度WelfareSystemforPersonswithVisualImpairment堀寛爾*はじめに見え方で困っているならロービジョンケアの対象である.そうはいっても,諸々の福祉制度を設計するにあたっては,その対象者を明確にする必要がある.表1に示すとおり,それぞれの制度の基準が他の制度の基準として引用されることがしばしばある.まずは身体障害者手帳に該当するか否かの線引きはどこか,ついで非該当であっても生活に困る視機能の範囲について意識しておくとよい.身体障害者手帳の基準は,視覚障害については2018年7月に現行の基準に改正された.また,障害年金の視覚障害の基準も2022年1月に改正され,身体障害者手帳の基準とほぼ揃えられた.一部の例外を除き,身体障害者手帳の等級の一つ上が障害年金の等級となる.たとえば身体障害者手帳で3級なら障害年金で2級に相当する.詳細については随時法令の記載を確認し,あるいは基準表を白衣のポケットに入れ,また視覚障害者等級計算機1)で検算すればよい.なお,本稿においてとくに言及しない限り,障害は視覚障害に限定し,その他の障害については割愛する.制度の例外処理も視覚障害にかかわらない限りはないものとして扱う.それらも含めてさらに深く学習する場合は,法令の条文や成書にあたることを勧める.また,身体障害者手帳および障害年金では,最重度の障害程度が1級である.一般に等級が「上がる」といった場合は障害程度が増悪する方向,つまり等級の数字が小さくなる方向の変化を意味する.とくに言及しない限り,本稿でもそれに従う.ちなみに難病法の指定難病には重症度分類に関する記載欄があるが,ここに段階がある場合は一般的に軽度がI度,重度がIV度といった具合に,障害程度が増悪するほど数字が大きくなる場合が多い.I身体障害者手帳1.1級~6級障害福祉の分野では,まず障害者手帳の有無を必ず聞かれる.身体障害者の診断書・意見書を記載できるのは,身体障害者福祉法の第15条指定医である.指定医とは都道府県知事に指定された医師であるが,一般的に5年程度の眼科臨床経験を有し,眼科専門医試験の受験資格が得られる程度であればおおむね該当するものと思われる.視力障害については,基本的には良いほうの眼の視力が重要である.両眼とも(0.1)以下となると4級であり,よいほうの眼が(0.7)以上では非該当となる.つまり運転免許の普通免許(8t限定中型免許と5t限定準中型免許を含む)の更新が危うくなるあたりから,視力障害に該当する可能性が出てくると覚えておくとよい.視野障害については,視野欠損をきたす疾患で正常範囲内とはいえない程度に進行した場合は,視野障害に該当している可能性が高い.とくに自動視野計による視野5級の基準は,日常診療で出会う患者の中にも該当者は*KanjiHori:国立障害者リハビリテーションセンター病院第二診療部眼科〔別刷請求先〕堀寛爾:〒359-8555埼玉県所沢市並木4-1国立障害者リハビリテーションセンター病院第二診療部眼科0910-1810/23/\100/頁/JCOPY(39)1543表1諸制度とその対象範囲法令等制度対象の範囲身体障害者福祉法身体障害者手帳施設入所盲導犬等社会参加の促進身体障害者手帳6級以上の者視力6級:AND#一眼(0.02)以下,他眼(0.6)以下-GP1/4;2分の1以上欠損GP/2;8方向合計56度以内視野5級:OREsterman;100/120点以下10-2;40/68点以下…………..JR各社規定交通機関各社規定運賃の割引第1種:視力4級以上視野3級以上第2種:それ以外難病法医療費助成338疾患で一定の重症度の者児童福祉法医療費助成療育の指導(本人または保護者が)身体障害者手帳の交付を受けた児童小児慢性特定疾病の児童等(20歳未満)障害者総合支援法補装具費障害福祉サービス身体障害者・児(≒身体障害者手帳の交付を受けた者)366疾病で身体障害者手帳相当の者(指定難病に加え円錐角膜・加齢黄斑変性など)障害者雇用促進法障害者雇用障害者:身体障害者手帳の交付を受けた者重度障害者:身体障害者手帳1.2級所得税法地方税法所得税・住民税の障害者控除障害者:身体障害者手帳の交付を受けた者特別障害者:身体障害者手帳1.2級国民年金法厚生年金保険法障害年金…….老齢年金の受給開始前初診日に被保険者AND…….初診日の前々月まで保険料納付障害認定日に一定の障害程度労災保険法障害(補償)給付……業務災害または通勤災害による傷病AND→年金または一時金一定の障害等級に該当WHO(ICD-11)視力障害の定義Mild:6/18以上6/12未満Moderate:6/60以上6/18未満Severe:3/60以上6/60未満Blindness:3/60未満非該当障害福祉サービス税金の控除障害者雇用JRの割引表2年金制度対象者国民年金厚生年金保険保険料の額と納付方法・いわゆる会社員(正社員)・公務員・所定労働時間が正社員の3/4以上のパート・特定適応事業所(被保険者が100人超)で週20時間以上,月8.8万円以上,学生でない第2号被保険者被保険者標準給与・賞与額の18.300%(会社と9.150%ずつ).給与・賞与から天引き・第2号被保険者の配偶者(年収130万円未満)第3号被保険者上記に含まれる・自営業・学生・無職・日雇い・2カ月以内の期間労働・季節的事業(4カ月以内),臨時的事業(6カ月以内)など第2号でも第3号でもない人すべて第1号被保険者月額16,520円(注1).納付書,口座振替など(注1)保険料の額は令和5年度の数字.表3障害年金の受給要件のチェックリスト手帳等級厚生年金基礎年金受給要件1級2級1級□申請日時点で65歳未満である●初診日が確定している(年月日)3級2級○初診日に厚生年金○初診日に国民年金4級3級5級6級手当金非該当●障害認定日に一定の障害程度○1級・2級・3級○治らない手当金(→3級)○1級・2級非該当□保険料納付要件非該当(注1)身体障害者手帳の等級と障害年金の等級はおおむね表のとおりであるが,一部例外がある.(注2)厚生年金保険の手当金相当の障害について,症状が固定せず今後も増悪する見込みの疾患(多くの眼科疾患はこれに含まれる)の場合は年金3級の受給となる.がないこと」という要件もあるが,これは③欄の初診日が2026年3月31日までの場合の救済措置である.5.障害認定日四肢の切断であれば,手術および術後処置が終わった時点で障害程度が固定されるため,例外的にこのときを障害認定日とする運用もある.眼疾患の場合は一般に徐々に増悪するため,障害程度は固定されない.眼球摘出などの場合を除き,障害認定日は原則どおり③欄の初診日の1年半後である.なお国民年金で20歳前傷病の場合,障害認定日は,初診日の1年半後または20歳の誕生日のいずれか遅いほうである.障害年金の申請は障害認定日以降に行う.障害基礎年金の受給を開始すると国民年金の保険料は法定免除となるが,障害厚生年金の受給を開始しても厚生年金保険の保険料は免除にならず,給与から天引きされる.障害年金受給開始後の保険料納付は障害年金の額に影響しない.ただし,将来的に障害程度が改善し障害年金ではなく老齢年金を受給することになった場合には,その時点で年金額の再計算が行われるため,とくに症状の変動が見込まれる精神疾患などでは,法定免除であっても国民年金保険料を納付するという選択もある.6.障害年金受給額障害基礎年金は20歳前傷病で前年所得が高い場合を除き,受給額は障害程度により固定である.障害厚生年金は図2,3に示すとおり,報酬比例の年金額の計算の際,加入期間が300月未満の場合は300月として計算されるので,勤続年数の短い若い視覚障害者であっても意外と受給額が多い.認定日請求(遡及請求を含む)であれば障害認定日が早いほうが生涯受給額は増えることが多いが,事後重症請求で申請日から将来に向かって受給する場合には,障害認定日が遅いほうが昇格・昇給の結果が反映されることもある.初期に自覚症状を伴わない慢性進行性疾患において,どの時点をもって初診日を迎えたとみなすかは,意外と単純ではない.医学的には早期診断・早期治療の必要性が叫ばれて久しいが,過剰診断ともいえる早計診断・早計治療はとくに障害厚生年金の話題では患者の不利益を生む可能性がある.7.社会保険労務士障害年金の専門家は社会保険労務士(社労士)である.自院の記録で③欄の初診日が確定してすぐにも診断書を書けるような場合を除き,社労士への相談を勧めるべきである.地域の評判のよい社労士は,患者会などにたずねるのも一案である.近隣に信頼のおける社労士事務所がない場合は,NPO法人障害年金支援ネットワーク(https://www.syougainenkin-shien.com/)などに相談するとよい.年金事務所は原則として情報が確定してから行くところである.なお社労士の業務はおもに労働関係と保険関係に分けられ,障害年金は後者である.社労士への相談を勧めた結果,患者が「会社の社労士に聞いてみます」と答えた場合,その社労士は労働関係に強い可能性が高いと申し添えてもよいかもしれない.社労士への成功報酬の相場は,年金額の2.3カ月分と聞く.つまり患者本人や家族,医療者などが月単位でもたもたするくらいなら,速やかにプロにつなぐべきである.III指定難病難病法は,指定難病の患者が適切に医療を受けられることを主目的として掲げているが,併せて調査・研究・開発なども基本方針に含まれている.適切に医療を受けられることを担保するために,具体的には特定医療費の支給がある.つまり難病の医療券をもって医療機関を受診した場合,その疾病についての医療に関しては公費負担となる.研究も目的の1つであるので,難病指定医の記載した診断書(臨床調査個人票)を毎年提出する必要がある.網膜色素変性や黄斑ジストロフィなどの眼科疾患に限っていえば,指定難病ではあるが,Behcet病やサルコイドーシスなどの全身疾患とは異なり,長期にわたって断続・継続的に高額な医療費を要する場合はまれである.診断書のために本人や家族が仕事を休んで難病指定医のいる眼科を受診し,文書料を払うことが,家計にプラスであるとはいい切れない.自治体によっては難病見舞金の支給や難病関連のサービスを受けられるというメリットがあるが,全体的には障害者に対する障害見舞金や障害福祉サービスと統合するなど,縮小傾向である.1548あたらしい眼科Vol.40,No.12,2023(44)保険料勤続年数図2障害厚生年金の受給額のシミュレーション初任給20万円,賞与が1.5カ月×年2回,月収1万円の昇給が年に1回.また令和5年度の物価・給与水準が永遠に続く,という大ざっぱな条件設定で試算した.年金額200万150万100万50万0万300月補正厚生年金基礎年金勤続5101520253035年図3障害厚生年金の300月補正の効果図2と同条件での試算.納付した保険料の総額が多いほうが当然受給額は多くなるが,勤続が短い間は基礎年金部分および300月補正のために納付した保険料に比べて受給する年金が割高になる.

地域医療

2023年12月31日 日曜日

地域医療EyeCareinaCommunityMedicalTeam日比野久美子*永田豊文**山本修士***はじめに超高齢社会を迎えて,外来通院していた患者が通院困難になったとき,眼科医としてどのように対応するかを考えなければならない.在宅での医療には限界があるので,同行援護サービスや介護タクシーを依頼してサポート通院を組み合わせることもできるが,今後は眼科医も在宅医療に真剣に取り組まざるを得ない.すでに全国の外来患者数は214の2次医療圏で2020年にピークアウトしており,今後,外来患者数はさらに減少していく.一方で在宅患者数は2040年まで増加していくと予想されている.在宅患者でも,緑内障や糖尿病網膜症などの眼科慢性疾患に対する眼科医療の継続は不可欠である.国は,超少子高齢社会に適応した医療提供体制を構築するべく,2024~2029年度の第8次医療計画を策定するため検討会を重ねている.専門医共通講習領域の「地域医療」を理解するためには,第8次医療計画についても知っておく必要がある(図1).ここで議論されている重点領域は,新興感染症などへの対応を含む5疾病6事業・在宅医療などである.5疾病とは,がん,脳卒中,急性心筋梗塞などの心血管疾患,糖尿病,精神疾患.6事業とは,救急医療,災害医療,へき地医療,周産期医療,小児の医療,新興感染症である.眼科医としても地域医療構想と地域包括ケアシステムの構築という枠組みの中での在宅医療に取り組み,医療全体を支えていかなければならない.一般に在宅医療には往診と訪問診療があり,後述するように施設によっては訪問診療が不可のところもあり1),往診と訪問診療では保険点数が異なるなど1,2),注意が必要である.ここでは,おもに患家への居宅訪問を中心に眼科在宅医療の実際を述べる.なお,本稿で述べる在宅医療とは,往診と訪問診療の両者の場合をさす.I眼科在宅医療の実際1.眼科在宅医療の重要性わが国は現在,高齢社会を迎え,眼科日常診療においても,多数の高齢患者が受診している.高齢化により,歩行能力の低下や全身疾患の発生によりフレイルとなり,外来通院がしだいに困難になっていくが,このような人々の中で,介護認定を受け,在宅医療や施設入所をする患者も多い.しかし,在宅医療の主治医には眼科専門医はほとんどおらず,精密眼圧・眼底検査などの眼科的精査がないまま,漫然と同じ点眼薬のみを処方され続け,緑内障や糖尿病網膜症が悪化し失明に至る例もある.一方,全身的に問題がなく介護認定の必要がない患者でも,眼疾患の発生や増悪により,介助者なくしては眼科への外来通院が困難となり,介助者がいない場合や独居生活の者は,家庭に引きこもってしまう場合もある.このような状況にある眼科患者の永続的な視機能を守るためには,眼科専門医自らが患家や施設に赴き診療,治療を行う,すなわち「眼科在宅診療」こそが必要なのである.*KumikoHibino:真清クリニック**ToyofumiNagata:永田眼科***ShujiYamamoto:仁眼科医院〔別刷請求先〕山本修士:〒663-8184西宮市鳴尾町3-16-16仁眼科医院0910-1810/23/\100/頁/JCOPY(31)1535第8次医療計画等(2024年度~2029年度)に関する検討会○医療計画の作成指針(新興感染症への対応を含む*5疾病**6事業・在宅医療等)○医師確保計画,外来医療計画,地域医療構想等*5疾病:がん・脳卒中・急性心筋梗塞等の心血管疾患・糖尿病および精神疾患**6事業:救急医療・災害医療・へき地医療・周産期医療・小児医療・新興感染症等本検討会の下に,以下の4つの作業部会(WorkingGroup:WG)を立ち上げて議論する.へき地医療:厚生労働科学研究の研究班で検討⇒本検討会に報告,協議.周産期医療,小児医療:有識者の意見交換⇒本検討会に報告,協議.図1第8次医療計画等(2024年度~2029年度)に関する検討会(厚生労働省のホームページより一部改変引用)図2実際の診察風景表1携行する医療機器および処置器具,薬剤携行医療機器手持ち細隙灯,手持ち眼圧計,眼底鏡(直像鏡,倒像鏡),手持ち眼底カメラ,手持ちレフケラトメーター,検眼レンズ処置器具睫毛抜去:睫毛鑷子表層異物除去:鑷子,異物針涙.洗浄:涙洗針,注射器洗顔:洗顔瓶,受水器硝子棒,清浄綿,綿棒,培養キット,ガーゼ,テープ薬剤散瞳薬,抗菌点眼薬,点眼麻酔薬,生理食塩水,眼軟膏眼科医図3在宅患者から眼科医への往診依頼の流れ図4地域包括ケアシステム地域内で個々の高齢者に対し多職種によるケアが行われる.研修会懇親会図5多職種連携事業表2各施設の特徴と眼科在宅医療の可否介護保険施設基本的性格医療体制眼科在宅医療の可否特別養護老人ホーム要介護高齢者の最終の生活施設.要介護3以上非常勤嘱託医配置医師訪問診療は原則不可往診は可(とくに診療を必要とした場合)介護老人保健施設要介護高齢者にリハビリを提供し在宅復帰をめざす施設.要介護1以上常勤医師1人以上訪問診療不可往診は可能投薬・注射不可介護療養型医療施設医療の必要な要介護高齢者の長期療養施設常勤医師3人以上訪問診療は不可往診は可能有料老人ホーム療養老人ホーム要介護・要支援者の生活の場看護師訪問診療可能往診可能グループホーム認知症高齢者の共同生活の場訪問看護と連携訪問診療可能往診可能ケアハウス自治体から助成のある低所得者も入所可能な住宅なし訪問診療可能往診可能サービス付き高齢者向け住宅(サ高住)居室の基準を満たし,安否確認生活相談がついた施設なし訪問診療可能往診可能

医療提供体制の改革と医師の働き方改革

2023年12月31日 日曜日

医療提供体制の改革と医師の働き方改革ReformoftheHealthcareSystemandtheLabourStandardsActforphysicians古川俊治*はじめに一般社団法人日本専門医機構の専門医共通講習の必修講習B「医療制度と法律」では,①医療提供体制に関する法制度(医師法,医療法など),②医薬品・医療機器等に関する規制(医薬品医療機器等法など),③健康保険に関する法制度(健康保険法など),④医療過誤などについての講習を行っている.第1回の講習では,単なる法制度の解説ではなく,医療に関する法制度の改変の背景としての現在の医療政策の動向について解説した.I日本の医療制度1.日本の人口構造の変化と医療需要の変化図1に,日本の人口構造の変化を示した.日本には,1947~1949年生まれの,いわゆる団塊の世代(年間約260万人)と,1971~1975年生まれの,いわゆる団塊ジュニア世代(年間約200万人)の人口の山があり,その世代の年齢が上がるにつれて人口構造が変化していく.2000~2025年にかけて,65歳以上の高齢者人口は急増する一方,15~64歳の生産年齢人口は減少してきた.しかし,2025年に「団塊の世代」が75歳以上となると,その後2040年までは75歳以上の高齢者人口の伸びは緩やかになる.2040年頃に「団塊ジュニア」が65歳以上となって日本の高齢者人口は最大となるが,以後は減少に転じる.一方,生産年齢人口の減少は,2025年以後は速度を増し,2025~2040年の15年間に,2000~2025年の25年間と同程度の割合の減少となる(図1).このような人口構造の変化を反映して,医療のニーズにも変化が生じ,医療費に及ぼす人口構造の影響は,2030年頃までは高齢化による増加要因が人口減少による減少要因を上回り増加するが,2030年以降は,高齢化は進行するものの人口減少要因が上回り,減少に転じると推計されている(図2).一方で,介護費用のほうは,2040年まで高齢化要因が人口減少要因を上回り,増加が続くと考えられる.また,医師の需要も,国全体をマクロでみると,2028年頃を境に減少に転じると推計されている1).このように,医療の需要は2025年頃までは急激に増加して,その後ピークを迎え,2030年頃を過ぎると医療の需要が減少していくという,まったく新しい状況を迎えることになる.同時に2035年にかけて「団塊の世代」は85歳となっていくため介護の需要が増加することが見込まれ,慢性期医療の一部を介護へ移行させていくことが必要と考えられる.2.国際比較でみた日本の医療制度の特徴医療制度の国際比較を行う場合,①質,②アクセス,③コストの3要素から検討することが多い.一般に,これら3要素は互いに両立しがたい.たとえば,医療の質を上げようとすれば,量(アクセス)は減らす必要があり,コストは高くなる.コストを抑えようとすれば,アクセスは減らし,質を下げる必要がある.したがって,これら3要素をできる限りよいレベルに保ちうる均衡を*ToshiharuFurukawa:慶應義塾大学大学院法務研究科(法科大学院),医学部外科,TMI総合法律事務所(弁護士)〔別刷請求先〕古川俊治:〒100-8962東京都千代田区永田町2-1-1参議院議員会館718号室参議院議員古川俊治事務所0910-1810/23/\100/頁/JCOPY(21)1525〈65歳以上人口〉(万人)25年間15年間4,0002,0000(万人)8,0006,0004,0002,0000団塊の世代が団塊の世代が団塊ジュニアがすべて65歳以上にすべて75歳以上にすべて65歳以上に図12040年までの人口構造の変化(総務省:国勢調査,人口推計.2015年まで,および国立社会保障・人口問題研究所:出生中位・死亡中位推計,日本の将来推計人口平成29年推計.2016年以降をもとに作成)(%)1.5〈医療費への影響〉1.00.50.0▲0.5▲1.02015~20202020~20252025~20302030~20352035~2040(年)(%)〈介護費への影響〉4.03.02.01.00.0▲1.02015~20202020~20252025~20302030~20352035~2040(年)図2人口構造の変化が医療・介護費に及ぼす影響年齢階級別1人当たり医療費および介護費の実績と将来の年齢階級別人口を元に,年齢階級別1人当たり医療費・介護費を固定した場合の,将来の年齢階級別人口をベースとした医療費および介護費を算出し,その伸び率を「人口要因」による伸び率としている.そのうえで,総人口の減少率を「人口減少要因」とし,「人口要因」から「人口減少要因」を除いたものを,「高齢化要因」としている.(厚生労働省:医療保険に関する基礎資料,厚生労働省:介護給付費等実態調査,国立社会保障・人口問題研究所:日本の将来推計人口をもとに作成)表1OECD加盟国の平均寿命(2020年)国名全体順位男順位女順位日本84.7181.6287.71韓国83.3280.3986.32フランス82.31279.21885.33イギリス(暫定値)80.42778.42382.428米国(暫定値)77.33175.52980.233(文献5より引用)表2OECD加盟国の乳児死亡率(出生1,000対,2019年)順位国名死亡率順位国名死亡率1アイスランド1.111韓国2.72エストニア1.617ドイツ3.23日本1.921フランス(2000年暫定値)3.54ノルウェー2.027イギリス3.75フィンランド,スロベニア,スウェーデン2.133米国5.7(文献5より引用)表3在院期間,受診頻度の国際比較(2019年)日本米国イギリスドイツフランス平均在院日数(急性期)16.05.5(2018)6.27.5(2018)5.4年間平均受診回数12.5(2018)4.0(2011)5.0(2009)9.85.9(2018)(文献5より引用)表4医療費水準の推移の国際比較(%GDP)200020052010201520162017201820192020米国12.514.516.416.717.017.016.916.8─ドイツ9.810.311.011.211.211.411.511.712.5#フランス9.510.211.211.511.511.411.311.112.4*スウェーデン7.48.38.510.810.810.810.910.911.4#日本7.27.89.210.910.810.810.911.0*─イギリス6.07.28.59.99.99.810.010.212.8#*は推計値,#は暫定値.(文献5より引用)地域医療構想における2015年度病床機能報告2020年度病床機能報告2025年の病床の必要量89.5万床図32020年度病床機能報告について(注1)2020年度病床機能報告において,「2025年7月1日時点における病床の機能の予定」として報告された病床数.対象医療機関数および報告率が異なることから,年度間比較を行う際は留意が必要.報告医療機関数/対象医療機関数(報告率)は2015年病床機能報告:13,863/14,538(95.4%),2020年病床機能報告:12,635/13,137(96.2%).端数処理をしているため,病床数の合計値が合わない場合や,機能ごとの病床数の割合を合計しても100%にならない場合がある.(注2)平成25年度(2013年度)のNDBのレセプトデータおよびDPCデータ,国立社会保障・人口問題研究所「日本の地域別将来推計人口(平成25年(2013年)3月中位推計)」などを用いて推計.ICUおよびHCUの病床数(*):18,482床(参考2019年度病床機能報告:18,253床).*救命救急入院料1~4,特定集中治療室管理料1~4,ハイケアユニット管理料1・2のいずれかの届出を行っている届出病床数.(厚生労働省:『2020年度病床機能報告について』より引用)コロナ患者入院医療施設数ECMOもしくは人工呼吸器を(n=1,961)使用中または重症病床入院中コロナ患者入院医療施設(n=392)■1~4人■5~9人■1~4人■5~9人■10~14人■15~19人■≧10人図4新型コロナウイルス感染症患者の受入状況(2021年8月25日時点)(厚生労働省:新型コロナウイルス感染症患者の受入状況https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/000836103.pdfより作成)III医師偏在対策後述するように,長期的には医師供給が需要を上回ると考えられるが,地域偏在や診療科偏在に引き続き対応する必要があることから,医師養成過程のさまざまな段階で医師の地域偏在・診療科偏在対策が進められている.大学教育のレベルでは,大学が特定の地域や診療科で診療を行うことを条件とした選抜枠(いわゆる「地域枠」)を設け,都道府県が学生に対して奨学金を貸与し,都道府県の指定する区域で一定の年限従事することによりその返還を免除する制度であるが,2019年より,医師少数県は医師多数県の大学に,当該少数県の地域枠の設定を要請できるようにした.初期臨床研修のレベルでは都道府県別の採用枠の上限数を設定し,また臨床研修病院の指定・定員設定権限を国から都道府県に移管して,都道府県が医師少数地域に配慮して定員設定するようにした.専門研修のレベルでは,2018年より日本専門医機構が,都道府県別・診療科別採用上限の設定(シーリング)を行っており,また国や都道府県が研修の機会確保や地域医療の観点から,日本専門医機構に対して意見を述べるしくみを法定化した.さらに,2019年より,地域ごと,診療科ごと,入院外来ごとの医師の多寡を統一的・客観的に把握できる医師偏在の度合いを示す指標を導入し,都道府県知事が医師偏在の度合いなどに応じて都道府県内の医師少数区域と医師多数区域を指定し,具体的な医師確保対策に結びつけて実行できるようにし,2020年より,医師少数区域などで勤務した医師を認定する制度を導入し,医師少数区域などの医療機関(同等の経験が得られる他の施設も含む)において原則として連続6カ月以上勤務することを要件に,厚生労働大臣が認定を行い,①地域支援病院の管理者は認定医師でなければならない,②認定を取得した医師が医師少数区域等で診療を実施する際の医療レベルの向上や取得している資格等の維持に係る経費(研修受講料や旅費等)について支援を行う,などの認定取得へのインセンティブを制度化した.IV医師の働き方改革1.医師の労働に関する労働法上の規制医師は,昼夜問わず,患者への対応を求められうる仕事であり,とくに20代,30代の若い医師を中心に,他職種と比較しても抜きん出た長時間労働の実態がある.日進月歩の医療技術への対応や,より質の高い医療やきめ細かな患者への対応に対するニーズの高まりなどにより,こうした長時間労働に拍車がかかってきた6).研修医が労働基準法上の「労働者」に該当するかが争われた関西医科大学研修医事件では,最高裁は,医師国家試験合格後の臨床研修については,医師の資質向上を目的とした教育的側面を有しているが,指導医の指導の下,研修医は医療行為等に従事することを予定しており,研修医が医療行為などに従事する場合には,「病院の開設者のための労務の遂行という側面を不可避的に有することとなるのであり,病院の開設者の指揮監督の下にこれを行ったと評価することができる限り,上記研修医は労働基準法9条所定の労働者に当たるものというべきである」と判示した.これによって,医師にも労働基準法上の労働時間規制に関する諸規定(表5)が適用されることになった.一般に,労働時間とは,使用者の指揮命令下に置かれている時間のことをいい,使用者の明示または黙示の指示により労働者が業務に従事する時間は労働時間に当たる7).労働時間規制を考えるうえで医師が一般の労働者と比較して特殊なのは,宿日直(医療法16条)やオンコール待機が必要であり,また自己研鑽が求められる点である.宿日直に関しては,労働基準法第41条第3号の規定に基づき(表5),断続的業務として労働基準監督署長の許可を受けたものについては,労働基準法上の労働時間規制が適用されない.ただし,医師の宿日直についてこの許可を受ける場合には,①通常の勤務時間の拘束から完全に解放されたあとのものであること,②宿日直中に従事する業務は,前述の一般の宿直業務以外には,特殊の措置を必要としない軽度のまたは短時間の業務に限ること,③宿直の場合は,夜間に十分睡眠がとりうること,などの厳格な要件をすべて満たす必要がある8).また,オンコール待機時間全体が労働時間に該当するかど1530あたらしい眼科Vol.40,No.12,2023(26)表5労働時間規制に係る労働基準法のおもな規定【原則】・使用者は,1週間に40時間を超えて労働させてはならない.・使用者は,1日に8時間を超えて労働させてはならない.・使用者は,過半数組合又は過半数代表者と労使協定を締結し,労働基準監督署に届け出た場合は,協定で定めるところにより,時間外または休日に労働させることができる.・時間外労働(休日労働は含まず)の上限は,原則として,月45時間・年360時間となり,臨時的な特別の事情がなければ,これを超えることはできない.・臨時的な特別の事情があって労使が合意する場合でも,時間外労働:年720時間以内,時間外労働+休日労働:月100時間未満,2~6カ月平均80時間以内とする必要がある.・原則である月45時間を超えることができるのは,年6カ月まで.・次の各号のいずれかに該当する労働者については,労働時間や割増賃金,休日等に関する規定を適用しない.1.農業,水産業,畜産業等に従事する者2.事業の種類にかかわらず監督若しくは管理の地位にある者又は機密の事務を取り扱う者3.監視又は断続的労働に従事する者で,使用者が行政官庁の許可を受けた者一般則時間外労働の上限法律による上限(特別条項/年6カ月まで).年720時間.複数月平均80時間*.月100時間未満**休日労働を含む法律による上限.月45時間.年360時間追加的健康確保措置2024年4月~将来暫定特例水準の解消(2035年度年1,860時間/月100時間未満(例外あり).いずれも休日労働を含む末を目標)後⇒将来に向けて縮減方向年960時間/月100時間未満C-1C-2年960時間/将来に向けて縮減(注2)(注3)月100時間未(例外あり).休日労働含む満(例外あり).集中的技能向上水準休日労働含む(原則)(医療機関を指定)法定労働時間.1日8時間.週40時間残業時間が月155時間を超える場合には労働時間短縮の具体的措置を講ずる図5医師の時間外労働規制について(注1)連携Bの場合は,個々の医療機関における時間外・休日労働の上限は年960時間以下.(注2)C-1:臨床研修医・専攻医が,研修プログラムに沿って基礎的な技能や能力を修得する際に適用.本人がプログラムを選択.(注3)C-2:医籍登録後の臨床従事6年目以降の者が,高度技能の育成が公益上必要な分野について,指定された医療機関で診療に従事する際に適用.本人の発意により計画を作成し,医療機関が審査組織に承認申請.(注4)実際に定める36協定の上限時間数が一般則を超えない場合を除く.(注5)臨床研修医については連続勤務時間制限を強化して徹底.(人)390,000370,000供給推計350,000需要ケース1需要ケース2330,000需要ケース3医療計画医師確保計画(注2)図6マクロ医師需給将来推計医療需要は,人口減少などを背景に,2030年以降にピークを迎え減少する見込み.医師需給は,労働時間を週60時間程度に制限する・7%のタスク・シフティングを実現するなどの仮定を置く「需要ケース2」において,2028年頃に均衡すると推計されるが,この場合でも2024年段階ではまだ約1万人の需給ギャップが存在.さらに,マクロで医師需給が均衡したあとも,引き続き偏在を解消するための取組が必要であり,都道府県単位で偏在が解消する目標年は,2036年とされている(医療従事者の需給に関する検討会医師需給分科会において議論).・需要ケース1:労働時間を週55時間に制限等≒年720時間の時間外・休日労働に相当・需要ケース2:労働時間を週60時間に制限等≒年960時間の時間外・休日労働に相当・需要ケース3:労働時間を週80時間に制限等≒年1,920時間の時間外・休日労働に相当(注1)マクロでは均衡するが,偏在を解消するための取組が必要.・地域枠の設定・拡充.・医療計画の中に医師確保計画を盛り込み対策を実施(PDCA).(注2)医師確保計画は2020年,第7次医療計画に初めて盛り込まれる.表6医師の需給の見通し労働時間上限制限(週)効率化・移管による7%業務削減需給均衡医師需要(万人)2025年2040年ケース155時間2040年2033年36.134.6(2.5過剰)ケース260時間2037年央2028年34.833.6(3.5過剰)ケース380時間2035年2018年32.8(1.4過剰)31.9(5.2過剰)医師供給(養成数据え置き)34.237.1(文献10より引用)

医療倫理と知っておくべき医療広告の知識

2023年12月31日 日曜日

医療倫理と知っておくべき医療広告の知識MedicalEthicsWhatWeNeedtoKnowAboutMedicalAdvertising今本量久*はじめに現代の医療とケアに関する応用倫理の領域には,生命倫理,医療倫理,臨床倫理,看護倫理,研究倫理などがあり,このうち,歴史上もっとも古くからあるのが,医療倫理である.本稿では医療倫理に関して,日本眼科学会elearningにてご講演いただいた会田薫子先生1)の解説を元に,臨床現場における医療従事者の姿勢と倫理原則などを解説する.また近年,不適切な医療広告が問題となっており,摘発処分される事例も出てきている.厚生労働省は,2023年10月にも医療広告規制におけるウェブサイトの事例解説書(第3版)2)を発出するなど医療広告ガイドラインの遵守を求めている.われわれ医療従事者も常に正確で適切な医療広告を提供するように努めなくてはならない.I医療倫理の歴史1.ヒポクラテスの誓い西洋医学で最古の医の倫理.2.『医心方』平安時代に編まれ,当時の先進国である中国やインドの医書や仏典から引用してまとめられた30巻の医学書.このなかに医療倫理に関する箇所もあり,その内容は現代でも通じるものが多い.・親を診る思いで,患者を平等に診ること.・自分の良心に忠実に慈悲や思いやりをもって病人を診ること.・財利を目的としないこと.・日頃の医学の研鑽が大切であること.・生命に畏敬の念をもつこと.3.『養生訓』江戸時代に儒学者で本草学(薬学)者の貝原益軒が著し,そのなかに有名な「医は仁術」という記載がある.これも中国から伝来したものである.武士社会における基本の思想は儒教であり,その儒教のなかの最高の道徳といわれていたものが「仁」である.すなわち,医療は最高の道徳をもって行うべきものということである.II倫理と道徳,倫理と法律(図1)倫理と道徳はほぼ同じといえるが,少し違いがある.道徳は心のもちように重点が置かれ,それに基づいて行動するが,倫理はそこになぜそうなのかという理屈づけが伴う.倫理は道徳をなぜそうなのか,そうすべきなのかという理屈づけについても考えることである.「人間が自発的に自らの振る舞いをコントロールする姿勢であって,自分だけでなく,みんなが取るべきだと考えるようなものに関わること」(清水哲郎)ということで,日本眼科医会の倫理綱領では,「眼科医は国民の眼の健康を守るために生涯にわたり最新の知識と技術の習得に努力し,その成果を日常の診療に生かすように努め*KazuhisaImamoto:石切生喜病院〔別刷請求先〕今本量久:〒579-8026大阪府東大阪市弥生町18-28石切生喜病院0910-1810/23/\100/頁/JCOPY(15)1519≒道徳:心のもちように重点が置かれる.倫理:どうあるべきかについて,理(なぜそうなのか)が伴う.法律:倫理の最低限で国家の強制力を伴い,破ったら罰が与えられる.図1倫理と道徳倫理と法表1倫理原則人間尊重:相手を人間として尊重する与益:益(メリット)+害(デメリット)の評価を行い,全体として総合的に評価する.社会的適切さ:提供する医療を,社会全体を見わたす視点に立って,適切かどうかをチェックする.パターナリズム(paternalism)ドクターが患者の父親のような役目で,こう治療しますね,というように決定.インフォームド・コンセント(informedconsent:IC)医師は医療情報や治療法の選択肢を患者に説明し,患者が自己決定する.患者が医師からの説明を十分に理解したうえで,医的介入について医師に与える承諾をICという.共同意思決定(shareddecision-making:SDM)患者側と医療ケアチーム側で十分コミュニケーションをとり,医学的に適切で,患者にとって最適な選択に至るべく共同で意思決定する.図2意思決定型の変遷表2医療広告とみなされる要件誘引性:特定の医療機関に患者の受診を誘引する意図があること.特定性:その広告がどの医療機関のものか特定できること.-表3医療広告可能事項(医療法6条の5第3項各号)1.医師又は歯科医師である旨.2.診療科名.3.病院又は診療所の名称,電話番号及び所在の場所,管理者の氏名.4.診療日・診療時間,予約による診療の実施の有無.5.法令の規定に基づき一定の医療を担うものとして指定を受けた病院等(例:特定機能病院).6.医師少数区域等で勤務した医師が,認定を受けた医師(医師少数区域経験認定医師)である旨.7.地域医療連携推進法人の参加病院等である旨.8.病院等における施設,設備に関する事項,従業者の人員配置.9.医療従事者の氏名,年齢,性別,役職,略歴,厚生労働大臣が定めた医師等の専門性に関する資格名等.10.患者・家族からの医療に関する相談に応ずるための措置,医療の安全を確保するための措置,個人情報の適正な取扱いを確保するための措置,病院等の管理又は運営に関する事項.11.紹介可能な他の医療機関の名称,共同で利用する施設又は医療機器等の他の医療機関との連携に関する事項.12.ホームページアドレス,入院診療計画等の医療に関する情報提供の内容等.13.病院等において提供される医療の内容に関する事項(検査,手術等).14.手術,分娩件数,平均入院日数,平均外来患者数及び入院患者数等.15.その他前各号に掲げる事項に準ずるものとして厚生労働大臣が定める事項.表4広告可能事項の限定解除(広告可能事項以外のことを広告したい場合)①医療に関する適切な情報で,患者などが自ら求めて入手する情報を表示するウェブサイトその他,これに準ずる広告であること.②表示される情報の内容について,患者らが容易に照会できるよう,問い合わせ先を記載するなどの方法により明示すること.③自由診療にかかる,通常必要とされる治療などの内容,費用などに関する事項について情報を提供すること.④自由診療にかかる治療などにかかるおもなリスク,副作用などに関する事項について情報を提供すること.*自由診療の場合は①-④のすべてを満たす必要がある.-院内掲示は医療広告規制対象外.QRコードからウェブページへ移動するとその先は規制対象となる.図3医療広告規制図4違反広告(虚偽広告,比較優良広告)図5違反広告(誇大広告)図6違反広告(ビフォーアフター画像,体験談)

感染対策

2023年12月31日 日曜日

感染対策InfectionControl江口洋*はじめに感染症は,①病原体(感染源),②感染経路,③宿主の三つの要因がそろうことで発症する1).医療現場ではこれらC3要因を意識しつつ,患者から医療従事者,医療従事者から患者,および医療従事者同士の院内感染対策を講じることが求められる.よって感染対策時に念頭におくべきことは,①病原体を排除すること,②感染経路を遮断すること,③宿主の抵抗力を高める,あるいは下げないことである.眼科診療に特異的な感染対策というのは原則としてなく,基本的には標準予防策(standardprecautions)(表1)の考え方を遵守する.Standardprecautionsとは,すべての血液,体液,分泌物,排泄物,創傷皮膚,粘膜などを感染源とみなし,病原体の感染や伝搬の危険を低減させる考え方であり,感染対策のもっとも基本的な概念である(図1).眼科診療においては,その中で表1の1)~5)が該当するといえる.それ以上の厳重な感染対策が必要な場合とは,感染力が強い病原体による感染症の場合であり,全診療科において診察中に厳重な感染対策が求められる.具体的には,飛沫感染するウイルス性疾患と空気感染する結核,水痘,麻疹に対するものである.本稿では,全診療科の診療中に共通した「I飛沫および空気感染をきたす疾患に対する感染対策」と,「II眼科診療における感染対策」の二つに分けて記述する.I飛沫および空気感染をきたす疾患に対する感染対策発熱・咳嗽・鼻汁などの感冒様症状や発疹を有する患者,結核,水痘,麻疹の診断がついた患者,それらが疑わしい患者を診察する場合,および医療従事者にそれらの感染徴候がある場合に必要となる対策である.これら感染症の罹患患者や罹患が疑わしい医療従事者は早期に発見し,診療現場から隔離し院内感染を予防しなければならない.診断には,十分な問診に加え,鼻腔,咽頭拭い液や喀痰の採取,採血などが必要となる.よって眼科診療範囲外の検査が必要となるため,詳細は地元の保健所の指導を仰ぐべきである.総合病院では,呼吸器内科,小児科,感染対策の部署と相談したうえで検査を実施することとなり,やはり眼科単独で行うものではない.インフルエンザ患者は隔離の必要はなく,医療従事者がインフルエンザに感染した場合は,施設ごとに設けられている院内感染対策規約に基づいて就労を制限すればよい.しかし,活動性のある時期に眼科診療を行うことは,医療従事者から患者や医療従事者同士の院内感染を助長するため,たとえサージカルマスクを着用していたとしても避けるべきである.気になる症状がある場合は,検温と同時に,早期に診断目的の検査を実施する.新型コロナウイルス感染症(COVID-19)患者を診察するときや,医療従事者がCCOVID-19に感染した場合に*HiroshiEguchi:近畿大学医学部眼科学教室〔別刷請求先〕江口洋:〒589-8511大阪狭山市大野東C377-2近畿大学医学部眼科学教室C0910-1810/23/\100/頁/JCOPY(11)C1515表1標準予防策(Standardprecautions)1)手指衛生の実践2)感染性物質に暴露される可能性がある場合の個人防護具(personalprotectiveequipment:PPE)の使用3)呼吸器衛生・咳エチケットの実践4)患者の適切な配置5)周辺環境の整備およびリネンの取り扱い6)針やその他の鋭利物の適切な取り扱いを含めた医療従事者の安全の確保飛沫感染対策インフルエンザ新型コロナウイルス7)腰椎穿刺時の感染予防8)血液を介する病原体暴露の防止図1眼科診療における感染対策の概念接触感染対策アデノウイルス眼表面の耐性菌空気感染対策結核水痘麻疹-

患者中心のEBM実践にむけて─インフォームド・コンセントから共同意思決定へ

2023年12月31日 日曜日

患者中心のEBM実践にむけて─インフォームド・コンセントから共同意思決定へSharedDecisionMakinginPatient-CenteredEvidence-BasedMedicine─IntegratingPatientEngagementandtheInformedConsentProcess小松康宏*はじめに今日の医療現場には,至るところに危険が潜んでいる.患者誤認や薬の取り違えといった単純な間違いが重大な結果を招くこともあるし,経験ある医療チームが予定どおりの手順で完璧な手術を実施しても,患者や疾患の特殊性から期待どおりの結果に至らないこともある.米国では,医療事故に関連する死亡は死因の第3位であるという衝撃的な論文もある1).高度な医療を提供するにあたっては,その内容,必要性やリスクなどに関して,患者と医療者が共通の認識をもつ必要があり,(インフォームド・コンセント(informedconsent:IC)に至るプロセスがきわめて重要となっている.本稿では,ICならびに共同意思決定(shared-decisionmaking:SDM)の概念を整理するとともに,21世紀医療の基本原則である患者中心性と科学的根拠に基づく医療(evi-dence-basedmedicine:EBM)との関連について概説する.I21世紀の医療と患者参画20世紀の医療では,「患者は医療専門職から医療サービスを受け取る人たち」,いわば「消費者」と考えられてきた.21世紀になり,医学・医療の目的が単に治療成績や生命予後改善ではなく,患者にとって価値ある生活の実現を支援することに移ってきている2).患者が抱える多数の問題のうち,どれを優先するか,複数の治療選択肢がある場合は,どれが患者にとって最善かを医師が決定することはむずかしい.さらに,慢性疾患では患者のセルフケアが治療の成否に大きく関与する.こうしたなか,「患者は医療チームの重要な一員として,ともに医療をつくっていく担い手」であり,医療のさまざまなプロセスに患者・家族を巻き込むことが21世紀の医療には欠かせないという考え方に発展している3).患者参加型医療とは,「患者,家族,代理人,医療者が医療のさまざまなレベル,すなわち直接の診療,病院体制の構築とガバナンス,医療政策レベルで,医療の質と安全向上のために積極的に協働すること」と定義される4).「直接の診療レベル」での患者参加は,患者自らが健康状態や治療内容について理解し,治療方針の決定に関与し,主体的に治療・ケアを進めることである.患者参加型医療は患者の権利を保障するという倫理的な要請に基づくだけでなく,患者アウトカムを向上させ,医療費を適正化し,安全を高めることが期待されている.2023年の「WHO世界患者安全の日」のテーマは「患者安全のために患者参加を」である.患者が治療内容,期待される効果とリスクを理解していなければ,病状の変化や副作用を適時,的確に医療者に伝えることができない.WHOは投薬の安全を強化するために,「薬を安全に使うための五つのタイミング」というツールを開発し,患者が医療者に対して「この薬の名前と用途は何ですか?」「リスクや副作用の可能性は?」といった質問をすることを促している5).*YasuhiroKomatsu:板橋中央総合病院総合診療内科,群馬大学大学院医学系研究科医療の質・安全学講座〔別刷請求先〕小松康宏:〒174-0051東京都板橋区小豆沢2-12-7板橋中央総合病院総合診療内科0910-1810/23/\100/頁/JCOPY(3)1507IIICと医療安全特定の医療介入や研究参加を,患者が十分に理解したうえで承認し,実施する権限を委任するというCICは法的・倫理的な要請であるだけでなく,そのプロセスは,医療への患者参加を促し,患者・医療者の信頼関係を高める重要な機会でもある6).さらに,適切なCICは,患者が自分にとって大切なことを熟慮し,治療上の決定を下す準備となり,患者の選好,価値観に沿った治療提供につながる.反対に,ICのプロセスに不備があった場合は深刻な結果を招きうる.残念ながらCICのプロセスは理想どおりにはいっていないようである.手術や治療にあたって,医師が「十分に」説明したと思っていても,患者が理解しているとは限らない.説明を聞き,同意文書に署名したあとでも,18.45%の患者は手術のおもな危険を思い出せず7),多くの患者は治療に関する基本事項を答えられず,44%は手術そのものをよく理解せず,60.69%は自分が署名した文書を読んでいないという8).Braddockらは1,057件の医師・患者の会話録音を調査し,十分な説明があったのはC9%のみで,ゆるい基準でもC20.38%しか必要な説明はされていないことを明らかにした9).また,BottrellらはC157病院,540の説明同意文書の内容を評価したところ,必須項目が満たされているのは26%で,代替治療について記載されているものはC57%であったという10).患者からのクレームや訴訟案件では,ICに関連するものが多い11.14).2002.2008年までのオーストラリアの研究では,金銭的補償を要求するクレームC7846件中263件(3.4%),調停を必要とする不満C1,898件中C218件(11.5%)がCICの不備によるものであった.内容は71%が合併症に関して事前に説明されていなかった,あるいは十分に理解されなかったものである.6%は,ICのプロセスに対する不満で,患者が決定を急かされた,あるいは強いられたと感じたものである11).2004.2013年のオランダの研究も,金銭的補償を求めたクレームのC6%,調停を求める不満のC10%がCICプロセスに関するものであった12).ICを充実させるためには,ICを「合意を得るための書類上の手続き」としてではなく,最良の治療選択を決定し,リスクを共有し,治療を進めるための協働プロセスとしてとらえることが重要となろう.CIIIICに至るプロセスとしての共同意思決定手術や侵襲的な検査などを実施するにあたっては,①病状や治療の必要性について医師が患者に説明し,②提案する治療法や選択肢について説明,話し合いを進め,③患者が理解したうえで同意し,④文書で同意・承認の証拠を残す,というプロセスをとる(図1).治療(検査)の説明と同意に至るプロセスは,どのような情報が誰から誰に伝えられるか,誰が主体になって決定するかによって,①医師が患者にとって何が最善かを判断・提案し,患者が同意する(パターナリズム型モデル),②医師が治療選択肢に関する医学情報を提供し,患者はそれらを理解したうえで自ら決定を下す(情報選択,インフォームド・モデル),③医学情報と患者の価値観・選好を患者と医療者が共有し,話し合いの中でどれが患者にとって最良の選択かの決定に至る(SDM),に分けることができる(表1)15.17).パターナリズム型モデルと情報選択モデルでは,医師から患者にエビデンスに基づく医学的な情報が提供されるが,SDMでは,さらに患者から医療者に対して患者の価値観,意向,懸念事項などが伝えられる.パターナリズム型・モデルでは医師が決定し,情報選択モデルでは患者が決定する.SDMモデルでは,決定を患者に一任するのではなく,医療者と患者が協働で,最善の選択肢を話し合っていく点で情報選択モデルと異なり,医師の提案する治療法をそのまま受け入れるのではなく,熟慮し,意思決定にかかわっていく点で,パターナリズムとも異なる.いずれのプロセスであっても,最終的に医療行為の実施を承認するのは患者であり,医師は患者からCICを得ることになる.市中肺炎に対する抗菌薬の使用や,交通事故での多発外傷に対する緊急処置などのように,患者にとって最良の選択肢が明白な場合は,医療者からの説明に対し,患者が理解し,同意すればよい.一方,前立腺癌や白内障に対する治療選択などでは,複数の選択肢があり,患者の年齢,生活スタイル,価値観などによって,最良の選1508あたらしい眼科Vol.40,No.12,2023(4)最終的な決定・同意(合意)までの流れパターナリズム型モデル※医師が患者にとって最善と思われる治療法を決定する.医師が治療内容を説明し,患者が受け入れる.※厳密な意味のパターナリズムは,患者の意思に反して,あるいは同意なしに医師が患者の最善を決定すること.情報選択・インフォームド・モデル医師が選択肢に関する十分な情報を提供する.患者は自ら最善の治療選択を決定する.患者は理解のうえ,治療行為の実施を承認(IC)する.共同意思決定(SDM)医師は選択肢に関する情報を提示,患者の価値観・選好を引き出し,患者が最善の選択を下すことを支援する.患者は医療者と話し合い,自らにとって最善の治療を決定する.患者は理解のうえ,治療行為の実施を承認(IC)する.図1意思決定の代表的プロセス表1治療(検査)の説明と同意に至るプロセス情報選択モデルCInformedModel共同意思決定(SDM)CSharedDecisionMaking父権主義型モデルCPaternalisticModel情報交換医師→患者医師⇔患者医師→患者医学情報医学情報個人・社会情報(価値観)医学情報検討・合意患者医師と患者医師承認・最終決定患者患者(患者)適した状況治療の必要性・有効性が明白治療のリスクは高い複数の選択肢がある有効性の予想が厳しいQOL・予後への影響が大きく異なる治療法の有効性は明白治療のリスクは低い適した状況の具体例大動脈破裂に対する緊急手術陣代替療法前立腺癌治療生活習慣改善抗凝固薬選択肺炎の抗菌薬療法低血圧で降圧薬中止(文献C15.17をもとに作成)表2SDMの定義15)CharlesSDMは少なくともC2名の参加者─医師と患者を必要とする.両者が意思決定プロセスに参加する.情報の共有がCSDMの必須条件である.治療に関する決定が下され,両者がその決定に合意する.C28)Elwyn患者と医療者が協働で意思決定を下すプロセスであり,理解しやすい方法で示された信頼できる情報に基づき,懸念事項,個人的な状況,患者と家族の状況が考慮される.C20)Elwyn患者の選好と合致するケア計画を選択するために,二つ以上の合理的な選択肢それぞれの害と利益について協働して熟慮する患者と医療者を含めること.C21)NICESDMとは,個人と医療者がケアに関する共同決定に至るためにともに働く共同プロセスである.個人が直ちに必要とするケアのことも,アドバンス・ケア・プラニングのように将来のケアのこともある.医学的エビデンスと個人特有の選好,信念,価値観に基づいて検査や治療を選択することを含むものである.対話と情報共有を通じて,異なった選択肢のリスク,利益,可能性のある結果について個人が理解することを確実にする.この共同のプロセスは,そのとき,その患者にとって最良のケアに関して患者が決定を下す(治療を受けないことや,現在行っていることを変えないことも含む)ことを可能にする.EBM実践ステップとして,①疑問の定式化,②情報収集,③情報の批判的吟味,④情報の患者への適用が知られているが,この④の段階は個々の患者の医学的状況を判断するだけでなく,患者の価値観・選好を含めて適用するという点でCSDMに相当するものである.EBMを実践するためには,文献検索や批判的吟味の手法だけでなく,患者の状況を理解する完成やコミュニケーションスキル,患者の価値観と選好を引き出し,患者とともに最良の意思決定を行うというCSDMの実践能力が求められる.CVSDMの具体的な進め方SDMを実践するための手法として,米国医療研究質庁(AgencyCforCHealthcareCResearchCandQuality)はSHAREアプローチを,ElwynらはC3段階会話モデル(Threetalkmodel)を開発している27,28).いずれも医療者からの一方的な情報提示ではなく,患者を巻き込み,問題点や患者価値観を共有し,熟慮したうえで決定に至るように工夫されている.SHAREアプローチは,①患者参加を求める(seek),②患者が治療選択を比較することを支援する(help),③患者の価値観,選好を評価する(assess),④患者とともに決定に至る(reach),⑤決定を評価する(evaluate)のC5ステップからなる.3段階会話モデルは,チーム・トーク(teamtalk),オプション・トーク(optiontalk),ディシジョン・トーク(decisiontalk)というC3段階を意識することで,患者参加を促し,各種選択の比較と決定を容易にすると考えられている.SHARE,3段階会話モデルの詳細は原文や解説書を参照していただきたい29).SDMを効果的に進めるには①意思決定支援ツール(patientCdecisionaids),②会話支援ツール(conversa-tionaids)を活用するとよい.意思決定支援ツールは,患者が選択肢を理解,比較し,自分に合った選択決定を下すことを支援するもので,図やイラストなどを用いることが多い.患者と医療者の話し合いを支援するツールとして開発されたものが会話支援ツールであり,選択肢に関する理解度を高めることよりも,SDMのプロセスを向上させることを目的としている.SDMを普及させるには患者と医療者の意識改革が必要である.自ら医学情報にアクセスし,自分で治療方針を決定したいと望む患者がいる一方,医療者に決定をゆだねたいと思う患者も多い.医師は診察室での会話,行動に注意が必要である.「面倒な患者」と医師に思われないように,質問を控え,医師の推奨に反する選択を言い出さない患者も少なくない.「自分は患者の気持ちに寄り添っている,患者の質問をいつでも受け入れる」と思っている医師であっても,忙しそうにして,電子カルテの画面ばかり見ているようならば,患者は声をあげにくい.意識して,患者の質問を引き出す姿勢を示すとともに,患者の決定が医療者の提案と異なっていても,即座に否定せず,なぜそのように思うのかを聞き出すことが必要である.CVI患者がお任せしたいといったとき,患者の希望に疑義を感じたときSDMは,患者が希望したことをそのまま受け入れることではない.選択肢は医学的に許容できるとともに,患者が口にした言葉ではなく,患者が本当に大切にしている価値観に合致しているものである.根治可能な早期がん患者が,確立した医学的治療を拒否し,効果のない民間療法を希望した場合,患者の示した選択に対し疑義を示すことは与益(bene.cence)原則に基づくものである.患者の望まない治療法を医療者が強制してはならないのと同時に,患者が医療者に対し,医療者が無効かつ有害と考える治療を強要することもできない.患者の言外の意図をくみとって話し合いを進めるが,両者の見解が最後まで一致しなかった場合には,ほかの医療機関を紹介することもある.SDMにおいて医療者がどこまで「中立」を保つべきか専門家の間でも議論があるところである.十分な情報が共有されれば,患者自身が最良の選択を下すことができるので,医療者の過度の干渉は避けるべきである,という立場(狭義のCSDM)もあれば,医療者が「中立的立場」に留まるのでなく,医学的状況や患者の価値観に配慮した提案を示し,患者の表明した選択に疑問や異議を唱え,協働で最良の選択肢を決定することも必要だとする立場(広義のCSDM)もある19,30.32).苦痛や不安の中にいる患者が,医学情報を的確に理解し,合理的な決定(7)あたらしい眼科Vol.40,No.12,2023C1511を下すことができるとは限らないので,広義のCSDMを支持する研究者や実践家も多いが,強制や誘導にならないようなコミュニケーション能力と倫理観を高めることが必要である.おわりにSDMは,患者参加型医療の基本であり,EBMの実践,医療の質と安全の向上につながるものである.複数の選択肢がある場合には,ICに至るプロセスとしてSDMが望ましいことが多い.文献1)MakaryMA,DanielM:MedicalerrorC─CthethirdleadingcauseofdeathintheUS.BMJC353:i2139,C20162)GawandeA:死すべき定め──死にゆく人に何ができるか.みすず書房,20163)小松康宏:患者参加型医療が医療の在り方を変える-21世紀医療のパラダイムシフト.国民生活研究C59:56-80,C20194)CarmanKL,DardessP,MaurerMetal:PatientandfamC-ilyCengagement:aCframeworkCforCunderstandingCtheCele-mentsCandCdevelopingCinterventionsCandCpolicies.CHealthCA.airsC32:223-231,C20135)WorldCHealthOrganization:5CmomentsCforCmedicationCsafety.https://www.who.int/publications/i/item/WHO-HIS-SDS-2019.46)HallCDE,CProchazkaCAV,CFinkAS:InformedCconsentCforCclinicaltreatment.CMAJ184:533-540,C20127)SawKC,WoodAM,MurphyKetal:Informedconsent:Anevaluationofpatients’understandingandopinion(withrespecttotheoperationoftransurethralresectionofpros-tate).JRSocMed87:143-144,C19948)ByrneCDJ,CNapierCA,CCuschieriA:HowCinformedCisCsignedCconsent?CBrCMedJ(ClinicalCResearchEdition)C296:839-840,C19889)BraddockCCHCIII,CEdwardsCKA,CHasenbergCNMCetal:CInformedCdecisionCmakingCinoutpatientCpractice:timeCtoCgetbacktobasics.CJAMA282:2313-2320,C199910)BottrellCMM,CAlpertCH,CFischbachCRLCetal:HospitalCinformedconsentforprocedureforms:facilitatingqualitypatient.physicianinteraction.ArchSurg135:26-33,C200011)GogosCAJ,CClarkCRB,CBismarkCMMCetal:WhenCinformedCconsentgoespoorly:adescriptivestudyofmedicalnegli-genceCclaimsCandCpatientCcomplaints.CMJAC195:340-344,C201112)VeermanCMM,CvanCderCWoudeCLA,CTellierCMACetal:ACdecadeoflitigationregardingsurgicalinformedconsentintheNetherlands.PatientEducCouns102:340-345,C201913)HamasakiCT,CHigiharaA:PhysiciansC’CexplanatoryCbehav-iorsCandClegalCliabilityCinCdecidedCmedicalCmalpracticeCliti-gationcasesinJapan.BMCMedEthicsC12:7,C201114)DurandMA,MoultonB,CockleEetal:Canshareddeci-sion-makingreducemedicalmalpracticelitigation?Asys-tematicCreview.CBMCCHealthCServiceCResearchC15:167,C201515)CharlesCC,CGafniCA,CWhelanT:Decision-makingCinCtheCphysician-patientencounter:revisitingCtheCsharedCtreat-mentCdecision-makingCmodel.CSocCSciCMedC49:651-661,C199916)WhitneySN,McGuireAL,McCulloughLB:AtypologyofsharedCdecision-making,CinformedCconsent,CandCsimpleCconsent.AnnInternMed140:54-59,C200417)EmanuelEJ,EmanuelLL:Fourmodelsofthephysician-patientrelationship.CJAMA267:2221-2226,C199218)KonAA,MorrisonW:Shareddecision-makinginpediat-ricpractice:aCbroadCview.CPediatricsC142(suppl3):CS129-S132,C201819)EntwistleCVA,CWattIS:BroadCversusCnarrowCsharedCdecisionmaking:patients’involvementinrealworldcon-textsCInCSharedCdecisionCmakingCinChealthCcare.C3rdCEd(ElwynCG,CEdwardCA,CThompsonCRed)C,Cp7-12,COxfordCUnivPress,201620)ElwynG,LaitnerS,CoulterAetal:Implementingshareddecision-makingintheNHS.BMJ341:c5146,C201021)NationalCInstituteCforCHealthcareCandCCareCExcellence(NICE):Shareddecisionmaking.NICEguidelineNG197,202122)ElwynCG,CVermuntNPCA:Goal-basedCsharedCdecision-making:developingCanCintegratedCmodel.CJCPatientCExpC7:688-696,C202023)SackettCDL,CRosenbergCWM,CGrayCJACetal:Evidence-basedmedicine:whatCitCisCandCwhatCitCisn’t.CBMJC312:C71-72,C199624)国立がん研究センター:科学的根拠に基づく医療.がんに関する用語集,がん情報サービス.Chttps://ganjoho.jp/public/qa_links/dictionary/dic01/Cmodal/kagakutekikonkyo.html25)DjulbegovicCB,CGuyattGH:ProgressCinCevidence-basedmedicine:aCquarterCcenturyCon.CLancetC390:415-423,C201726)GuyattG:EBMとは何か.医学文献ユーザーズガイド-根拠に基づく診療のマニュアル第C3版(相原守夫訳),中外医学社,201827)AgencyCforCHealthcareCResearchCandQuality:TheCSHARECapproach.Chttps://www.ahrq.gov/health-literacy/Cprofessional-training/shared-decision/index.html28)ElwynCG,CDurandCMA,CSongCJCetal:ACthree-talkCmodelCforCsharedCdecisionmaking:multistageCconsultationCpro-cess.BMJC359:j4891,C201729)腎臓病CSDM推進協会編:慢性腎臓病患者とともにすすめる1512あたらしい眼科Vol.40,No.12,2023(8)

序説:新専門医制度について

2023年12月31日 日曜日

新専門医制度についてAbouttheNewSystemforMedicalSpecialties小沢忠彦*I新専門医制度とは新専門医制度の運営母体となる日本専門医機構は,厚生労働省「専門医の在り方に関する検討会」の報告を受け,2014年5月に設立された.日本専門医機構は「専門医の質を担保し,国民に良質な医療を提供する」という基本理念を掲げている.専門医制度の改革を行った理由として,表1があげられる.今までは各科独自のルールで運用していた専門医制度を,全科統一したルールで運用することが新専門医制度の目的である.眼科では2022年10月1日より,更新時期にかかわらず日本眼科学会認定眼科専門医から日本専門医機構認定眼科専門医(新専門医)へ移行している.表1専門医制度の改革を行った理由・医療の質に対する国民の関心が高い健康を保ちたい信頼できる医師の診断と治療を受けたい・医師はプロフェッショナルとして,社会への責務をもつよりよい医療の提供専門医としての質が担保されるべき・共通で標準化された制度が必要であるべき第三者評価による信頼性のある資格II更新のしくみ2022年10月1日をもって,眼科専門医は全員一斉に新専門医制度へ移行した.次の更新時期の2027年までに新制度下の単位を集めていただき,新専門医への移行を完了する.これまで眼科専門医制度では5年間に学会に出席するなど合計で100単位を取得することにより,専門医を更新してきたが,新専門医制度では5年間で50単位となる(表2).III共通講習共通講習は,基本領域全科で共通して受講する項目である.共通講習には,必修講習A(3単位),必修講習B(5単位),任意講習Cがあり(表3),1時間の講習で1単位取得できる.これまで学会専門医であった先生は,必修講習Bが免除され,必須単位は必修講習Aの3単位のみとなる.2022年以降に専門医となった先生は,必修講習A,必修講習Bの合計8単位が必須である.なお多様な地域(眼科医師の充足率0.8%以下の眼科医不足都道府県)での勤務の場合は必修講習Bが免除され,必修講習Aの3単位のみとなる.*TadahikoKozawa:小沢眼科内科病院0910-1810/23/\100/頁/JCOPY(1)1505表2新専門医制度の単位項目取得単位a.診療実績の証明5年間に診療した患者の一定数について診療日時,病名,治療法,転帰,責任者氏名(署名・捺印)などを記入して提出.5単位b.共通講習全科共通の講習・必修講習A・必修講習B・任意講習C3.8単位c.眼科領域講習学会開催時などに行われる,1人-少数の演者で1時間以上の講演・講習会などの受講による単位.1時間で0.5単位.27.42単位d.学業業績・診療以外の活動実績・学会の出席・学会発表単位認定・論文単位認定・学校医・日眼会誌の問題解答・市民啓発目的の講演・専門医試験業務・日眼会誌およびJJOの編集業務・書籍の執筆最大10単位合計50単位表3共通講習の詳細項目取得単位共通講習必修講習A・医療安全・感染対策・医療倫理3単位必修講習B・医療制度と法律・地域医療・医療福祉制度・医療経済(保健医療など)・両立支援5単位任意講習C・臨床研究・臨床試験・災害医療など

障害年金を含めたロービジョンケアを行った網膜色素変性の 2 症例

2023年11月30日 木曜日

《原著》あたらしい眼科40(11):1496.1499,2023c障害年金を含めたロービジョンケアを行った網膜色素変性の2症例神田晴楽*1小林崇俊*1戸成匡宏*1栗栖理恵*1稲泉令巳子*1清水みはる*1筒井亜由美*1濵村美恵子*1中村桂子*1喜田照代*1広瀬茂*2*1大阪医科薬科大学眼科学教室*2日本ライトハウスCTwoCasesofRetinitisPigmentosaTreatedwithLowVisionCareandAssistanceinApplicationforaDisabilityPensionSeiraKanda1),TakatoshiKobayashi1),MasahiroTonari1),RieKurisu1),RemikoInaizumi1),MiharuShimizu1),AyumiTsutsui1),MiekoHamamura1),KeikoNakamura1),TeruyoKida1)andShigeruHirose2)1)DepartmentofOphthalmology,OsakaMedicalandPharmaceuticalUniversity,2)NipponLightHouseC目的:受診歴の差により,障害年金の申請方法が異なった網膜色素変性のC2症例を経験したので報告する.症例:症例C1はC47歳,男性.症例C2はC41歳,男性.2症例とも視機能低下に伴う就労困難で,ロービジョン外来を受診し,障害年金の申請をすることになった.症例C1はC14歳から継続受診していたため,障害年金の遡及請求が容易であった.症例C2はC20歳で他院を受診したが,継続受診を自己中断したため,初診日の証明ができなかった.自己の申立てで障害年金の受給は認められたが,遡及請求はできなかった.現在C2症例とも,日本ライトハウスで転職に向けて職業訓練を行っている.結論:適切な時期の障害年金申請を含めた,ロービジョンケアが重要であると考える.CPurpose:Toreport2casesofretinitispigmentosainwhichtheapplicationmethodtoobtainadisabilitypen-sionCdi.eredCdueCtoCdi.erencesCinCmedicalCrecordChistory.CCasereports:ThisCstudyCinvolvedC2CcasesCthatCvisitedCourlowvisionoutpatientclinicandappliedforadisabilitypensionafterencounteringdi.cultiesinworkingduetopoorvisualfunction.Case1involveda47-year-oldmalewhohadreceivedmedicalexaminationssincehewas14yearsCold,CandCwhoCcouldCeasilyCmakeCaCretroactiveCclaimCforCaCdisabilityCpension.CCaseC2CinvolvedCaC41-year-oldCmalewhooncevisitedanotherhospitalwhenhewas20yearsold,yetwasunabletoprovethedateofhis.rstvis-itCdueCtoCself-interruption.CAlthoughCheCwasCallowedCtoCreceiveChisCdisabilityCpensionCbyCself-application,CheCwasCunabletomakearetroactiveclaim.Currently,bothpatientsreceivevocationaltrainingattheNipponLighthouseWelfareCenterfortheBlind(Osaka,Japan)tochangetheirjobs.Conclusion:Our.ndingsshowthatlowvisioncare,aswellasapplyingforadisabilitypensionattheappropriatetime,isimportant.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)40(11):1496.1499,C2023〕Keywords:遡及請求,継続受診,就労,連携,職業訓練.retroactiveclaim,seeinghis/herdoctorregularly,work,cooperationwithrelatedfacilities,vocationaltraining.Cはじめに視機能が低下すると,生活のさまざまな場面で困難が生じる.とくに,就労年齢にあるロービジョン(lowvision:LV)者の場合,視覚障害から就業に支障をきたし,現職を続けるか転職をするかなど,就労について問題が生じることが少なくない.障害年金は,LV者の生活基盤を支える収入源の一部となる.また転職を含めた就労継続のためには,職業訓練が重要となる.今回,筆者らは,ともにC40代の網膜色素変性症例で,同程度の視機能障害を認めたが,受診歴の差により,障害年金の申請方法やCLVケアに違いが生じたC2症例を経験したので報告する.〔別刷請求先〕神田晴楽:〒569-8686大阪府高槻市大学町C2-7大阪医科薬科大学眼科学教室Reprintrequests:SeiraKanda,C.O.,DepartmentofOphthalmology,OsakaMedicalandPharmaceuticalUniversity,2-7Daigakumachi,Takatsuki,Osaka569-8686,JAPANC1496(126)I症例2症例とも男性の網膜色素変性症例で,仕事に従事していたが,視機能の低下の進行に伴い就業継続に問題が生じ,当院CLV外来を受診し面談を受けた.以下,症例ごとにその経過を記す.[症例1]14歳時に当院初診.初診時の視力は右眼(0.8C×sph.1.00D(cyl.1.25DCAx180°),左眼(0.8C×sph.0.50D(cyl.1.50DAx180°).初診時から両眼とも,I/4eがC10°以内に視野狭窄していた(図1).25歳時に身体障害者手帳視覚障害C2級を取得.また,視機能改善のため,遮光眼鏡装用,眼球運動トレーニング,暗所視支援眼鏡などのCLVケアを受けていた.職業は理容師で,実家が営んでいる理髪店で働いていた.視野は狭いが,矯正視力が両眼とも(0.8)前後に保たれていたため,就業継続への問題はとくに感じていなかった.しかし,44歳頃から徐々に視機能が悪化し,現在C47歳であるが,右眼視力(0.04),左眼視力(0.4)に低下した.視野は両眼ともV/4eがC10°にまで狭窄し,右眼には傍中心暗点が現れた(図2).そのため,就業継続の困難を感じ,LV面談を受けた.面談では障害年金の申請をサポートし,転職も視野に入れ,職業訓練を目的に日本ライトハウスを紹介した.障害年金の申請については,14歳から継続して受診していたため,初診日の証明が容易であった.20歳未満で年金加入前に発症していたため,無拠出のC20歳前障害基礎年金受給が可能な症例に該当する.障害認定日であるC20歳前後の障害等級に該当する視機能の記録があったため,障害認定日請求でC20歳前障害基礎年金C2級が認められた.受給の権左眼右眼図1症例1の初診時の視野(14歳)左眼右眼図2症例1の現在の視野(47歳)左眼右眼図3症例2の初診時の視野(41歳)利が発生するのは障害認定日からであり,認定日まで遡及して受け取ることができるが,遡及請求には時効があるため,最大のC5年分がさかのぼって受給できた.また,無拠出で給付されるため,今まで納めていた国民年金が払い戻しされた.なお,令和C4年C1月から障害年金の認定基準が改正され,1級に該当するため額改定請求を行った.就業については,理容師を続けながら,定休日にはパソコン訓練のために日本ライトハウスに通っている.[症例2]41歳時に当院初診.初診時視力は右眼視力(0.3C×sph.5.00D(cyl.1.00DAx80°),左眼視力(0.4C×sph.0.75D(cyl.2.00DCAx85°).視野は両眼ともV/4eが10°の求心性視野狭窄を認めた(図3).20歳時に視力低下の自覚で他院を受診し,網膜色素変性と診断されたが,有効な治療法がないといわれ,継続受診を自己中断していた.何回か転職し,電気系技術職の仕事に従事したが,就業に困難を自覚し,前医初診からC21年後のC41歳で当院を受診,LV面談を受けた.面談では,症例C1と同様に,障害年金の申請をサポートし,職業訓練を目的に日本ライトハウスを紹介した.身体障害者手帳は面談後ただちに申請し,視覚障害C2級を取得できた.障害年金については,前医初診時の受診歴はあるものの,21年前のため診療録がなく,初診日の証明ができなかった.そのため,受診状況等証明書が添付できない申立書(以下,申立書)で申請することになった.申立書には初診日証明書類の添付が必要となるため,健康保険の給付記録を添付し初診日の証明ができた.障害認定日当時も,障害年金の障害等級に該当していた可能性があるが,初診日以降受診していないため,障害認定日以降C3カ月の視機能の記録がなく,遡及表12症例の比較障害年金日本ライトハウスでの訓練ロービジョンケア受給遡及請求症例C1C○C○C○C○症例C2C○申立書※で申請C×○C△C※受診状況等証明書が添付できない申立書.請求はできなかった.初診日に厚生年金に加入していたため,事後重症化請求で障害厚生年金C2級が認められた.なお,症例C1と同様,障害年金の認定基準が改正され,1級に該当するため額改定請求を行った.また,継続受診をしていなかったため,今までCLVケアはまったく受けておらず,以前から羞明を感じていたが,当院を受診して初めて遮光眼鏡の処方となった.つぎに就労については,面談後に会社を退職しており,失業中であった.そこで筆者らは,日本ライトハウスへ見学に行くことを勧めた.それまでは自宅にこもりがちであったが,自分と同様の視機能,もしくは自分よりも重度の視機能障害をもちながらも活発に行動している人と出会い,希望を持てたとのことであった.現在,ほぼ毎日訓練のために通い,特別委託訓練の試験に合格し,1年間,月にC10万円の訓練手当が受給可能となった.「障害年金を受給できたおかげで,現在職業訓練に専念ができている」とのことであった.2症例の比較をまとめて表に示す(表1).CII考按網膜色素変性症は治療法が確立されておらず,継続受診を中断する患者が多い.こうした背景をふまえ,継続受診の重要性について考える.まず,障害年金の申請1)に関しては,継続受診をしている場合は初診日の証明ができ,障害認定日前後の検査記録があり,視機能および他の要件を満たしていれば,円滑に障害認定日請求を行うことができる.障害認定日とは,初診日が18歳C6カ月より前の場合はC20歳の誕生日前日であり,18歳C6カ月以降は初診日からC1年半後の日である.申請には,前者はC20歳の誕生日前後C3カ月の検査記録,後者は障害認定日以降C3カ月の検査記録が必要である.たとえ障害認定日請求をしなかったとしても,症例C1のように遡及請求が可能な場合もある.また,障害認定日には視機能の障害程度が該当しなくても,重症化して対象になったときに,速やかに事後重症化請求ができる.症例C2のように継続的に受診していなかった場合,最初の医療機関の初診日証明がむずかしい場合がある.診療録の保存期間は,5年間と定められているため,閉院も含め,最後の診察からC5年以上経過した場合,診療録が破棄される可能性がある.実際に症例C2は,初診日にあたる他院での診療録が残っていなかったため,申立書で申請した.その場合,初診日に関する参考書類を別途用意しなければならないが,いくつかの条件があり,認められるとは限らない.つぎに,医療の観点から継続受診の重要性について考える.当院は,症例C1に対して,視機能の変化に合わせながら,さまざまなCLVケアを行ってきた.他方,症例C2は若い頃から羞明があったにもかかわらず,遮光眼鏡を処方できたのはC41歳のときであった.このように,受診を継続していなければ,視機能の変化に合わせたCLVケアを受けることがむずかしい場合がある.また,網膜色素変性には黄斑浮腫や経年変化による白内障など,他の疾患を合併する場合があり,これらの疾患に対しては治療を行うことで視機能が改善する可能性がある2,3).必要な治療を適切な時期に受けるためにも,継続受診は重要と考える.しかし,継続受診していた症例C1への障害年金についての情報提供が遅れたことは,今回の反省点と考える.症例C1は申請していれば,20歳から障害基礎年金C2級が受給可能であった.基本的には患者自身が申請するものだが,症例C1のように視野は狭いが視力が良好な人や,就労中で所得がある人は,自分が障害年金の対象ではないと思っている場合がある.患者の視機能を把握しているのは医療側のため,必要な情報提供が適宜できるよう4)就労年齢のCLV者には障害年金のことも意識して対応したい.また,継続受診していても,障害年金の請求に必要な検査が必要な時期に行われていない場合もある.日頃から障害年金を申請する可能性を考えて検査することが望ましいが,現状としてはむずかしい.しかし,前後の検査結果から障害認定日にも同様であったと推定され,受給可能となる例もあるのであきらめずに申請するとよいと思われる.つぎに,福祉施設との連携について考える.筆者らは,患者が今必要としている適切なアドバイスをするためには,病状を把握している医療スタッフと,福祉の専門家が協力して,医療機関のなかで面談する必要があると考え行ってきた5,6).その後,眼科医の参加が必要不可欠と考え7),現在では,眼科医,視能訓練士に加え,必要に応じて福祉施設の相談員も参加し,病院内で面談を行っている.今回のC2症例は就労継続の問題があったため,職業訓練につなげていくために日本ライトハウスの相談員が面談時より同席し,訓練の内容などを説明した.2症例とも具体的な話を聞き,転職に向けて職業訓練を開始することができた.自ら動き出すことができたのは,相談員とのかかわりをもつ機会を得たことが大きいと思われる.視機能の低下のために,生活訓練や職業訓練などの必要性がある場合,適切に福祉制度を利用し,できるだけ速やかに訓練を受けられるよう,日頃から密接に福祉施設と連携することが重要と考える8,9).今回,視機能の低下により仕事の継続に不安や困難を抱えていたC2症例が,LV面談を受け,福祉施設とかかわりをもつことで転職に向けてふみ出すことができた背景には,障害年金を受給することができたことも大きいと推察する.受給までの経過には違いがあったが,生活の基盤である収入がある程度保証されたことで,今後を見すえた職業訓練に取り組めたと思われる.眼科としては適切な時期で障害年金の申請を含めたCLVケアができるよう心がけたい.文献1)漆原香奈恵,山岸玲子,村山由希子:知りたいことが全部わかる!障害年金の教科書.久保田賢二(編),ソーテック社,20192)山本修一,村上晶,高橋政代ほか:網膜色素変性診療ガイドライン.日眼会誌120:846-859,C20163)吉村長久,後藤浩,谷原秀信:眼科臨床エキスパート網膜変性疾患診療のすべて.村上晶,吉村長久(編),医学書院,p274-275,C20164)植木麻里:身体障害者手帳,障害年金,介護保険の適用患者と書類作成のコツ.日本糖尿病眼学会誌C22:60-63,C20175)中村桂子,菅澤淳,澤ふみ子ほか:大阪医科大学における成人視覚障害者の面談.日本視能訓練士協会誌C29:203-210,C20016)中村桂子:ロービジョンケアにおける専門施設との連携.あたらしい眼科22:1273-1248,C20057)稲泉令巳子,江富朋彦,戸成匡宏ほか:眼科医を中心とした院内におけるロービジョン外来.眼科C52:1709-1714,C20108)西脇友紀,仲泊聡,西田朋美ほか:中間アウトリーチ支援の実践可能性.視覚リハ研究3:60-65,C20139)永井春彦:ロービジョン関連施設と眼科医の関わり方.日本の眼科89:1217-1220,C2018