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画像鮮明化技術の臨床展開:眼科から他領域へ波及するイノベーション

2026年8月31日 月曜日

画像鮮明化技術の臨床展開:眼科から他領域へ波及するイノベーションClinicalApplicationofImageSharpeningTechnology:InnovationSpreadingfromOphthalmologytoOtherFields小林正浩*森洋斉**大鹿哲郎***はじめに医療現場において,画像や映像の視認性は診断精度や手術の安全性に直結する重要な要素である.しかし,実際の臨床現場では,撮影条件や周辺環境の影響により画質が低下し,不鮮明となるケースも少なくない.こうした課題を解決し,視認性を向上させる「画像鮮明化技術」は,新たな医療支援技術として大きな期待を集めている.日本で開発された独自のアルゴリズムに基づくLogi-calImageSensitizer(LISr)は,入力画像がもつ元情報を忠実に復元させるものである.人工知能(arti.cialintelligence:AI)を用いた画像処理とは本質的に異なり,存在しない情報の補完や画像の生成・改変を一切行わないため,医療画像において致命的となりうるアーチファクト(偽像)を発生させるリスクがない.さらに,動画映像であってもほぼ遅延なくリアルタイム処理が可能であり,正確性と再現性が求められる医療分野で高い信頼性をもって活用できる.本技術の有用性は,眼科領域で初めて客観的に実証された1~5).「視覚のスペシャリスト」である眼科研究者が有用性を報告したことは,他領域の研究者に高い信頼性をもたらし,応用分野拡大の重要な契機となった.現在,眼科での実績を基盤として,他の医療分野や産業分野への展開が進みつつある.I画像鮮明化の原理1.基本原理街頭カメラや監視カメラなどで取得される屋外映像は,降雨や霧などの気象条件,あるいは白飛びや黒つぶれといった露出の過不足により,細部の情報が失われ視認性が著しく低下することが少なくない.こうした「劣化した」映像から,被写体が本来もっていた情報をリアルタイムで復元する目的で開発されたのが,本稿で紹介する画像鮮明化テクノロジーである.本法の基本は,画像内の「局所的」な階調(グラデーション)を最適化する処理である.画像全体の画素を一律に操作するのではなく,入力画像に対して「局所領域ごと」に解析し,それぞれに適応的な演算を行うことで,画像の隅々まで階調を拡張し,視認性を飛躍的に高めることが可能となる.図1に,暗い地上,逆光による明るい空,階調のきわめて淡い雲が混在する風景における鮮明化処理の例を示す.処理前の画像(図1a)では,赤丸で示した各局所領域において,輝度分布を示すヒストグラムが非常に狭い範囲に集中しており,コントラストが著しく低い状態にある.これに対し,本技術を用いて各局所領域の階調を最適に拡張することで,地上の細部や雲の立体的な構造が鮮明に可視化される(図1b).このように,画像に潜在しながらも埋没していた情報を,独自のアルゴリズムによって数学的に引き出すのが本技術の基本原理である.*MasahiroKobayashi:ロジック・アンド・デザイン**YosaiMori:宮田眼科病院***TetsuroOshika:筑波大学医学医療系〔別刷請求先〕大鹿哲郎:〒305-8575茨城県つくば市天王台1-1-1筑波大学医学医療系(1)(69)9190910-1810/26/\100/頁/JCOPYab187~222(35階調)0~18(18階調)82~212(130階調)28~109(81階調)図1風景映像の鮮明化白飛び・黒つぶれが生じている映像(a)に対し,鮮明化処理によって階調を最適化することで視認性を劇的に向上させている(b).画像に潜在しながらも埋没していた情報を,独自のアルゴリズムによって数学的に引き出している.近傍明度分布輝度分布が狭い2.計算方法局所的な階調最適化を実現する一般的な方法は,画像を細かく分割して各領域で処理を行い,その結果を合成する手法である.しかし,この方法は大量の計算量とメモリーを必要とするため,映像のリアルタイム処理には不向きである.そこで本技術では,走査線に沿った逐次処理を採用することでこの問題を解決している(図2).映像は走査線が画面左上から右方向に水平走査を繰り返しながら下方向へ進み,画面右下で1フレームが完成する.走査線の920あたらしい眼科Vol.43,No.8,2026(70)PSFが大きいPSFを小さくする図3復元高解像度化a:ピンボケ画像において周辺に拡散した光の分布を点広がり関数(PSF)として定義し,deconvolution(逆畳み込み)処理によって1点に収束するよう再構築する.b:予測や補間に頼ることなく,本来の解像度を算術的に復元する.①AI超解像②復元高解像度化③Photoshopスマートシャープ④復元高解像度化図5超広角眼底画像における周辺部網膜裂孔の描出元画像(a)に対する鮮明化処理により,周辺部の網膜裂孔が明確に描出されている(b,).図6硝子体出血症例の眼底写真元画像(a)に鮮明化処理を施すことで視認性が向上し,網膜裂孔が明瞭に確認できるようになる(b,).図7小瞳孔例における眼底写真撮影失敗と思われた不鮮明な元画像(a)であっても,鮮明化処理を施すことで,診断に必要な病変情報が適切に記録されていたことがわかる(b,).図8スマートフォンで撮影した未熟児網膜症の眼底写真不十分な散瞳,体動,硝子体混濁などの悪条件下での撮影(a)において,画像鮮明化技術は大きな威力を発揮する(b).図9蛍光眼底造影画像元画像(a)に対し,鮮明化処理により微細な血管網の構造やコントラストが強調され,情報量が飛躍的に増大している(b).図10上皮型角膜ヘルペス症例元画像(Ca)に対する鮮明化処理により,角膜上皮の樹枝状病変が鮮明に強調されている(Cb,).図11後部円錐水晶体の前眼部OCT画像元画像(Ca)に対する鮮明化処理により,水晶体後.中央部における円錐状の突出がより明確化された(Cb,).C-ab図12涙道内視鏡映像元画像(Ca)に対し,画像鮮明化およびハニカムノイズ除去を適用することにより(Cb),病変の観察が容易となる.実際の動画ではさらに違いが著明である.図13Heads-up手術映像顕微鏡下のリアルタイム映像(Ca)に対しても,遅延を生じることなく鮮明化処理を施すことが可能である(Cb).図14胸部X線写真元画像(Ca)に対して,中等度の鮮明化(Cb)および高度の鮮明化(Cc)を施行している.目的の組織に応じて鮮明化の強度を調整できる.図15歯科におけるX線写真元画像(Ca)を鮮明化することにより,歯根や歯槽骨の微細な構造など,圧倒的に多量の情報が顕在化している(Cb).図16脳神経外科における外視鏡下の脳血管障害手術微細な血管や,くも膜が明瞭に描出されることで(Ca→Cb),血管損傷リスクが低減し,安全かつ容易な手術操作が可能となるC.(公益財団法人田附興風会医学研究所北野病院脳神経外科・武部軌良先生のご厚意による)図17整形外科におけるガンマネイル(髄内釘固定術)骨の外層(コーティカル部分)の明瞭化により(Ca→b),インプラントの適切な位置決定が容易となる.低線量での画質維持により被ばく量の低減も期待できるC.(医療法人徳洲会八尾徳洲総合病院整形外科・當麻俊彦先生のご厚意による)

眼科におけるAIの発展とポテンシャル

2026年8月31日 月曜日

眼科におけるAIの発展とポテンシャルAdvancementsandPotentialofAIinOphthalmology田淵仁志*はじめに人工知能(arti.cialintelligence:AI,用語解説参照)は,日常生活になくてはならないものになりつつある.つい最近まで「ググる」といってGoogle検索を使うのが当たり前であったが,今では同じ疑問をChatGPTに尋ねたり,GoogleでもAIモードで聞いてみたりすることが増えてきた.とりわけ筆者らのような職種で頻度が上がっているのが英訳であろう.英単語そのものを検索する時代から,文章全体をそのままAIに入力して訳文を待つほうが便利になっている.ChatGPTの黎明期には,「近くの眼科クリニックを探して」と入力すると,「中央クリニック」「学園前眼科」といった,いかにもありそうな名前の医療機関を「創作」して返してきた.今ではこうした,事実でないことをもっともらしく答えてしまうハルシネーション(halluci-nation,用語解説参照)とよばれる現象も,めだって少なくなっている.とはいえ,開院時間・休診日・提供している医療内容といった細かな事実になると,回答が本当かどうかはまだまだわからないのが現状である.本稿では,こうしたAIを医療現場でどう役立てられそうかについて,筆者のチームが取り組んでいる試みを中心に解説する.医療のなかでも眼科は,AIが最初に実用の舞台に立った領域である.眼は画像として捉えやすく,治療成績という形で結果も数値化しやすい.この二つの条件がそろう眼科は,医療AIの最前線であり続けてきた.実際,医療のあらゆる分野を通じて初めて承認された「自律型」AI診断も,糖尿病網膜症(diabeticretinopa-thy:DR,用語解説参照)スクリーニングという眼科の応用であった.日本の眼科も黎明期から世界の開発競争に加わってきた.筆者のチームは2017年に深層学習による網膜.離の検出を報告し,国産の光干渉断層計(opticalcoherencetomography:OCT,用語解説参照)の画像鮮明化は市販装置にすでに実装され,手術室の安全照合システムは延べ37,529件という世界でも有数の規模で運用されている.日本の眼科サイエンスが世界へ発信してきたこの流れの先に,AIの時代をどう捉えるか─結論を先取りすれば,きたるべき時代に日本の眼科が世界をリードする鍵は,最先端のアルゴリズムそのものよりも,地道に積み上げた診療データと,AIの得手・不得手を見きわめる臨床的な判断力にあると筆者は考えている.IAIとは何か―「学習」がすべてまず,AIとはどのようなもので,どんな種類があるのかを簡単に整理する.AIの大前提は「学習が必要である」ということ,裏を返せば「学習していないものは答えられない」ということである.DRを学習した画像診断AIに緑内障末期の患者の眼底写真を見せても,返ってくるのは「DRではありません」という答えだけである.つまり「何を学習したAIなのか」こそが,AIを使うときに最初に確認すべき点である.*HitoshiTabuchi:ツカザキ病院眼科,兵庫医科大学眼科学講座〔別刷請求先〕田淵仁志:〒671-1227兵庫県姫路市網干区和久68-1ツカザキ病院眼科(1)(63)9130910-1810/26/\100/頁/JCOPYつぎは?これを一語ずつ繰り返して文章を作る図1大規模言語モデルは「つぎに来る単語」を確率で選んでいるこれまでの文章(文脈)からつぎの単語の候補を確率で評価し,もっとも確からしい語を選んで文章に加える.これを一語ずつ繰り返して文章を作る.内容の真偽を判断しているわけではない.では,現在のCAIの中心である大規模言語モデル〔largeClanguagemodel:LLM(ChatGPT,Claude,Geminiなど,用語解説参照)〕は何を学習しているのか.最新世代のCLLMでは,およそC10兆語にのぼる文字情報が学習に取り込まれているとされる.これは英語版Wikipedia全体のC2,000倍を優に超える分量である1).これだけ学習しているからこそ,まるで何でも知っているかのように答えてくる.ただし,その中身を一言で言えば,LLMは「文章のなかでつぎに来る単語は何か」を答えているにすぎない.単語の連なりのなかで,つぎに来る語を確率的に選び,それをつなげて文章を組み立てているのである(図1).重要なのは,LLMは内容が正しいかどうかを理解しているわけではない,という点である.CIIAIが原理的に苦手なこと「未来は予測できない」「境界例は分離できない」.このC2点は,AIを使ったアプリケーションを利用するうえで心にとどめておくべき基本である.第一に,未来は常に不確実であり,AIをもってしても予測は不可能である.起きてもいない事象は学習できないからだ.よくたとえられるのは,月までロケットを飛ばして戻ってくることのほうが,都会のコンビニまで自転車で行って帰ってくることよりも,機械にとってはむしろやさしい,という逆説である.ロケットの軌道は物理法則に従う「例外のない」世界だが,街中の道は何が起こるかわからない.人気のない夜道で,突然自転車に乗った人が車道を横切る確率は非常に低い─しかしゼロではない.自動運転のむずかしさはここにある.同じ事象を学習させることはできるが,すべての例外を予測し尽くすことはできない.だからこそ,トヨタ自動車が未来都市の実験として建設しているCWovenCCity(ウーブン・シティ)では,自動運転車専用のレーンを設け,歩行者と物理的に分離している2).予測で解くのではなく,予測しなくてよい環境を作る,という発想である.第二に,どちらともつかない事象を無理に分離させるのは,そもそも課題設定の誤りである.三重県が関西なのか東海なのかは,何を基準に問うかで答えが変わる.分離できないものをCAIに判別させるべきではない(図2).LLMにも,嘘を本当のことのように答えるハルシネーションの問題は残っている.とくに注意が必要なのが画像の読み取りである.現在の仕組みでは,入力された内容を一度「文字情報」に置き換えてから回答を組み立てるため,文字情報と画像情報の間のギャップをうまく埋められないことが最大の課題として残る.文字情報だけで答えられる医学知識クイズに比べ,医療画像の読影問題では性能が伸びていない.実際,眼科症例を画像だけで診断させると正答率は約C5割にとどまり,臨床情報(テキスト)を加えて初めて成績が上がることが報告されている3)(図3).914あたらしい眼科Vol.43,No.8,2026(64)集団A(例:正常)ある検査値→図2重なりあう集団は境界をAIで「分離」できない平均も頂点も異なるC2集団(例:正常と異常)でも,分布が重なる領域では原理的に判別できない.重なりが避けられない課題は,AIに二者択一を強いるべきではない.図3文字は得意,画像は苦手―読影で生じる「ギャップ」現在の仕組みは入力された「文字情報」を起点に答えを作るため,画像と文字の橋渡しが弱い.文字だけの知識問題では正答率が高い一方で,画像を含む医療情報の読影問題では,画像を文字情報に変換する過程でギャップが生じ,正答率が下がる.a.回帰分析型のRPE検出(従来法)b.異常形状を「暗記」したAI図4「教えただけ全部覚える」AIは突発的な網膜色素上皮(RPE)変形に強い回帰分析型の検出(従来法)は突発的な隆起を滑らかに通過して追従できないが(Ca),異常形状を学習し尽くしたCAIは隆起を正しく追従する(Cb).(文献C6を基に作図)図5手術室の安全を守るAI照合システム①本人確認,②左右の確認,③CIOLの照合のC3点を手術開始の前にCAIが自動照合し,不一致ならアラートで停止する.ツカザキ病院眼科で実働し,延べC37,529件の手術で運用された.(文献C9を基に作図)図6AI時代の土台は「構造化されたデータベース」検査値を構造化して蓄積し,大規模言語モデルの分析力と組み合わせることで,疾患別の長期経過や治療成績を解析できる.地道なデータ整備こそが,AIの分析力を臨床価値へ変える.-

AIプログラムの臨床への取り入れ方

2026年8月31日 月曜日

AIプログラムの臨床への取り入れ方PracticalIntegrationofAIProgramsintoOphthalmicClinicalPractice髙橋秀徳*はじめに眼科は,医学のなかでも画像情報と機能評価が高密度に結びついた領域である.眼底写真,光干渉断層計(opticalCcoherencetomography:OCT),視野検査,前眼部画像など,日常診療で得られる情報はきわめて豊富であり,しかもその多くがデジタルデータとして蓄積されている.この特性は,人工知能(arti.cialCintelli-gence:AI)を臨床応用するうえで大きな強みであり,眼科は医療CAIの社会実装がもっとも進みやすい領域の一つといえる.日本の眼科サイエンスは,これまで精密な画像診断,緻密な臨床観察,光学・工学との融合によって発展してきた.AIプログラムは,その延長線上にある新しい診療支援技術である.すなわち,AIは眼科医の経験や判断を単純に置き換えるものではなく,膨大な画像情報を整理し,見落としを減らし,経時的変化を可視化し,患者にとって負担の少ない診療へとつなげるための道具である.日本発の眼科CAIが実臨床に導入されつつある現在,その意義は単なる技術開発にとどまらず,眼科診療の流れそのものを再設計しうる点にある.一方で,AIを用いた医療プログラムでは,アルゴリズムの性能と臨床現場での有用性は同義ではない.CGoogleHealthによる糖尿病網膜症CAIをタイの診療現場に導入した人間中心評価では,アルゴリズムそのものの精度とは別に,画像品質判定に伴う再撮影,看護師の業務負担,患者の動線などが,実装上の重要な制約となることが示されている1).AIを臨床に取り入れるには,どの検査のあとに用いるのか,誰が結果を確認するのか,どの判断を補助するのか,そして最終的な責任をどこにおくのかまで含めて設計する必要がある.本稿では,眼底写真CAI,健診・遠隔読影支援,OCT解析CAI,とくにCOCTから視機能に関連する情報を推定するCAIプログラムを例に,眼科CAIを臨床へ取り入れる際の考え方を述べる.CI眼底写真AIを健診・読影支援にどう組み込むか眼底写真CAIの臨床実装例としては,2018年に米国で承認された糖尿病網膜症診断CAIであるCiDx-DR(現LumineticsCore)がよく知られている2).これは,眼底写真から中等症非増殖糖尿病網膜症以上の有無を判定し,眼科受診の要否を提示する自律型CAIである.一方で,日本では同様の診断CAIが広く普及している状況にはなく,現時点で眼底写真CAIを臨床に取り入れる現実的な場面は,健診や遠隔読影における読影支援である.読影支援CAIを用いる場合に,重要なのはCAIが自動的に診断結果を返すことではなく,眼科医の読影過程にどのように組み込むかである.たとえば,AIにより異常候補を提示したり,読影の優先順位づけを行ったり,所見の見落としを減らしたりすることで,限られた読影医の負担を軽減できる.われわれの設立した自治医大・筑波大発認定ベンチャーであるCDeepEyeVisionでは,.*HidenoriTakahashi:筑波大学医学医療系サイバーメディスン研究センター,自治医科大学眼科学講座〔別刷請求先〕髙橋秀徳:〒305-8575茨城県つくば市天王台C1-1-1筑波大学医学医療系サイバーメディスン研究センター(1)(57)C907図1眼底写真読影支援AIによる診断候補提示画面の例眼底写真に対して,AIが複数疾患のスクリーニング結果を提示する読影支援画面の例.白内障,緑内障などの候補診断があらかじめ入力され,医師は眼底写真とCAI出力を確認したうえで,必要に応じて診断名を修正・追加し,つぎの画像の読影へ進む.本システムではCAIが自動的に最終診断を返すのではなく,眼科医による確認と承認を前提として読影作業の効率化と見落とし低減を支援する.遠隔読影事業において,中心C45°カラー眼底写真のみから,周辺まで含んだ糖尿病網膜症病期を判定するCAI3)や数十疾患に対応するスクリーニングCAI(図1)を読影支援に用いている.ただし,未承認CAIであるため結果を自動返却するのではなく,眼科医がCAI出力を確認・修正・承認したうえで,健診施設などへ読影結果を返している.自治医科大学健診センターでは,1時間程度かかっていた眼底読影がC5分で終わるようになった.このような運用では,AIは眼科医を置換するのではなく,読影作業の前処理と品質管理を担う補助技術として位置づけられる.さらに,内閣府戦略的イノベーション創造プログラム(strategicCinnovationCpromotionprogram:SIP)第C3期「統合型ヘルスケアシステムの構築」では,アカデミア発の日本語・医療特化の大規模言語モデルや大規模マルチモーダルモデル(用語解説参照)を開発し,上記CAIへの追加実装を行っている.近年では,眼底写真だけでなく問診情報,血圧,血糖値などの全身情報を組み合わせ,自然文の読影レポートを生成する試みも始まった.従来の健診読影では,限られた所見名を選択して結果を返す形式が中心であったが,生成CAIを用いることで,左右眼ごとの所見,全身疾患との関連,撮影条件やアーチファクトの可能性を,内科医にも理解しやすい文章として提示できる可能性がある.眼底写真CAIを臨床に取り入れる際には,単に画像分類精度を競うのではなく,読影医,健診施設,紹介先医療機関の間で情報がどのように流れるかを設計することが重要である.CII日本初の眼科承認AIの誕生と実臨床への実装2025年C10月,日本で初めて眼科領域の承認CAIが誕生した.本機器は,日本眼科学会と国立情報学研究所の共同研究で作成されたCAIモデルを基盤とし,日本眼科医療機器協会の子会社である合同会社CG-Dataが製造販売するものである.糖尿病網膜症など特定疾患の診断を目的とするものではなく,緑内障,糖尿病網膜症,病的近視,網膜静脈閉塞症などを含む代表的眼疾患の特徴を検出し,「有所見」または「所見なし」として提示するスクリーニング支援CAIである.本CAIの重要な点は,AIが単独で確定診断を行うのではなく,医師による診療や読影を補助する位置づけで承認されていることである.臨床性能評価試験では,眼科医(非専門医)レベルのスクリーニング精度を目標として,感度C98.3%,特異度C83.3%が示された.想定されるおもな使用場面は健康診断施設などであり,AIが異常の可能性を検出した症例を眼科医による二次読影へつなげることで,見逃しを減らしつつ,不要な読影負担を軽減することが期待されている.したがって,日本初の眼科承認CAIは,「AIが眼科医の代わりに診断する」技術というより,健診現場から眼科医読影へ至る流れを整理する技術と捉えるべきである.実臨床への導入では,AIの出力を誰が確認し,どの基準で二次読影や眼科受診へつなげるか,また結果をどのように健診受診者へ返すかをあらかじめ決めておく必要がある.承認CAIであっても,現場の運用設計なしに有用性が自動的に生まれるわけではない.CIII眼底写真の健常逸脱部位可視化AIの実臨床導入DeepEyeVision社では,眼底写真において健常例から逸脱している可能性のある部位を可視化(用語解説参照)するCAI医療機器プログラムとして,DeepEyeVi-sionCforRetinaStationの認証をC2021年に取得した.本プログラムは,ニコンのフルオート無散瞳眼底カメラRetinaStationに搭載されている.疾患名を自動判定するのではなく,健常例と比較して異常が疑われる領域をヒートマップ(用語解説参照)として表示する点に特徴がある.このようなCAIの臨床的意義は,診断名を直接提示することではなく,医師の注意を向けるべき部位を示すことにある.たとえば,視神経乳頭周囲にヒートマップが表示されれば緑内障性変化などを,黄斑部に表示されれば網膜上膜や加齢黄斑変性などを疑う契機となりうる4).すなわち本CAIは,眼科医の診断を代替するものではなく,読影時の視線誘導や見落とし低減を目的とした支援技術として位置づけられる.また,眼科以外の診療科においても,高血圧や糖尿病など全身疾患に伴う網膜変化を把握する補助として応用が期待される.同じく健常逸脱部位をヒートマップ表示するCAIとして,超広角走査型レーザー検眼鏡COptosCalifornia用のCDeepEyeVisionCforCaliforniaもC2022年に認証を取得した.OptosCaliforniaは画角C200°で網膜の広範囲を撮影できる一方で,撮影範囲が広いほど小病変の見落としが問題となりうる.超広角画像に対して健常からの逸脱部位を可視化することで,網膜小裂孔などへの注意喚起が可能となり,忙しい外来診療における読影支援としての利用が期待される(図2)5).CIV医療機器プログラムAI-COの実臨床導入緑内障診療では,構造評価としてのCOCTと,機能評価としての視野検査を組み合わせて病期や進行を判断する.緑内障による視野障害は,網膜神経節細胞複合体(ganglionCcellcomplex:GCC)の菲薄化と対応するため,従来からCGCC厚マップを二次元化し,健常データベースからの逸脱をカラーマップなどで表示する解析プログラムが用いられてきた.一方で,GCC厚マップと視野障害は常に単純な一対一対応を示すわけではない.強度近視では元からCGCCが菲薄化しており,末期緑内障では薄すぎてその変化を従来のカラーマップで把握することは困難,網膜上膜ではCGCCが乱れる.2025年に薬事認証を受けた自動視野・眼撮影装置(OCT)用プログラムCAI-COは,数万枚のCOCTデータから構築されたCAI6)により設計した画像処理フィルタを用い,OCTの三次元像から視機能に関連する情報を出力する医療機器プログラム(softwareCasCaCmedicaldevice:SaMD,用語解説参照)である.出力は濃淡の付いた平面グレースケール画像として表示される(図3).数万件までデータを増やしたことによって,強度近視,末期緑内障,網膜上膜,黄斑変性,中枢神経疾患に伴う逆行性経シナプス変性などであっても,精度の低下が小さい.AI-COを実臨床に取り入れる際の意義は,自動視野検査を置き換えることではない.自動視野検査は緑内障診療に不可欠である一方で,患者の理解度,集中力,疲労,学習効果,反応傾向などの影響を受ける.OCT画像に基づくCAI-CO出力は,このような検査反応に由来するばらつきとは異なる情報源として,視機能評価を補助しうる点に意義がある.図2DeepEyeVisionforCaliforniaによる超広角眼底画像の読影支援表示左に元画像,右にCDeepEyeVisionCforCaliforniaによる鮮明化処理および健常からの逸脱が疑われる部位のヒートマップ表示を示す.本プログラムは疾患名を自動診断するものではなく,医師が超広角眼底画像を読影する際に注意すべき領域を把握しやすくするための読影支援として用いられる.図3自動視野・眼撮影装置(OCT)用プログラムAI-COにおけるOCT解析結果閲覧画面の例左側にCOCT解析結果の経時的変化を示すスロープ表示を,右側に各撮影時点の解析結果を示す.AI-COでは,OCT撮影ごとに得られた解析結果を蓄積し,視機能に関連する変化の傾向を経時的に確認できる.自動視野検査を頻回に実施することが困難な症例においても,患者負担の少ないCOCT撮影を通じて,臨床判断を補助する情報を継続的に得られる点が特徴である.最大の臨床上の利点は,視野検査が困難な患者,あるいは十分な信頼性をもつ視野検査結果が得られにくい患者においても,OCT撮影が可能であれば,視野障害に関連する変化を継続的に評価できる点である.さらに,OCT撮影は短時間で実施でき,患者負担も比較的小さい.自動視野検査を毎月行うことは患者負担の面から現実的でないことが多いが,OCT撮影であれば診療ごとに反復しやすい.そのため,AI-COによる評価を経時的に蓄積することで,より早い段階で変化の傾向を把握できる可能性がある.おわりに今後,眼科CAIを広く臨床実装するためには,単に高い画像診断性能を示すだけでは不十分であり,多施設・多機種データによる外部検証,実臨床での安全性評価,医師とCAIの責任分界の整理が不可欠である.また,薬事承認後も,保険償還,既存機器との接続,健診・外来現場での運用設計,結果説明や紹介基準との整合性が課題となる.AIを「診断する装置」として単独で捉えるのではなく,検査,読影,説明,紹介,経過観察の流れのなかに位置づけることが重要である.日本でも眼科CAIは研究段階から実装段階に入りつつある.眼底写真やCOCTを中心とした豊富な画像データ,精密な読影文化,光学・工学との連携,そして臨床現場に根ざした課題設定は,日本の眼科が世界に示しうる大きな強みである.AIプログラムは,眼科医を置き換えるものではなく,眼科医がより本質的な判断と患者説明に集中するための支援技術である.AIの性能は使用環境,画像品質,対象患者,運用方法に左右されるため,出力を過信せず,医師が最終的に判断する姿勢は変わらない.今後重要になるのは,「AIを使うか否か」ではなく,「どの臨床課題に,どの責任分担で,どのようにCAIを組み込むか」である.眼科医がCAIの限界を理解したうえで主体的に使いこなすことにより,眼科診療の均てん化,効率化,患者負担の軽減が期待される.さらに,日本発の眼科CAIが実臨床で鍛えられ,世界の医療現場へ展開されることで,日本の眼科サイエンスは,画像診断の精密さと臨床実装力を兼ね備えた新たな価値を国際的に発信できるに違いない.文献1)BeedeCE,CBaylorCE,CHerschCFCetal:AChuman-centeredCevaluationCofCaCdeepClearningCsystemCdeployedCinCclinicsCforCtheCdetectionCofCdiabeticCretinopathy.CProcCCHICConfCHumFactorsComputSyst2020:1-12,C2020

AIによる前眼部疾患診断補助

2026年8月31日 月曜日

AIによる前眼部疾患診断補助AI-AssistedDiagnosisofAnteriorSegmentEyeDiseases上野勇太*はじめに眼科診療は人工知能(arti.cialintelligence:AI)を用いた画像解析技術との相性が非常によい.前眼部はアプローチしやすいために多様な測定装置が開発されており,角膜形状解析においては1990年代から機械学習プログラムが実装され,現在でも汎用されている.深層学習が実装されて以降は膨大な情報量をもつ画像にもAI解析が導入されるようになり,2020年以降は前眼部カラー写真を対象とした汎用性の高いプログラムが相ついで報告され,前眼部診療を一変させうる段階に入りつつある.本稿では,現状でAIがどのような前眼部疾患診断補助を可能にするのか,現在の開発到達点を整理したうえで,臨床現場への社会実装に向けたロードマップやAIと共存する近未来の前眼部診療風景を読者と共有したい.I前眼部画像解析装置を用いたAI研究角膜形状解析データを用いたAI研究として,円錐角膜の診断補助プログラムが数多く報告されている.その代表がKlyce/Maedaindexであり,プラチド型トポグラファーに搭載され,正常眼と円錐角膜眼を高精度に分類可能である1).また,近年では角膜形状解析装置を用いたドライアイのサブタイプ分類2),進行性円錐角膜か否かの判定3),コンタクトレンズフィッティングの判定4),角膜移植の予後予測5)など,単純な診断補助の枠を超えて臨床的に踏み込んだ機能を有するプログラムが,深層学習を利用して開発されている.前眼部光干渉断層計(opticalcoherencetomogra-phy:OCT)データに基づいたAI研究では,角膜移植後6~8)や原発閉塞隅角緑内障9),白内障10,11)など,さまざまな疾患を対象としたプログラム開発が報告されている.角膜移植後では,内皮移植後のホスト.グラフト間隙の自動検出6)やカラーマップ生成7),治療用ガス注入の必要性予測8)など,術後診察の精度を高めるために有用な報告がなされており,すぐにでも日常診療に導入したいツールである.また,水晶体核・皮質のセグメンテーション10),白内障混濁部位の特定11)などの報告を参照すると,将来的には前眼部OCTが白内障術前検査のスタンダードになりうると考えられる.II前眼部カラー写真を用いたAI研究前眼部疾患の診療は,細隙灯顕微鏡の操作法を習熟したうえで外観から診断を下すため,医師の経験により差がつきやすい領域である.2020年以降,疾患の見逃しや診療経験の差を埋め,医師の正診率を向上させるためのAI診断補助プログラムが報告されるようになった.ディフューザー法を用いた前眼部カラー写真を題材とし,感染性角膜炎を検出するもの12)や,その他の角膜疾患も含めたマルチ疾患分類を行うもの13),感染性角膜炎の病原体分類を行うもの14)など,臨床的に有用な診断補助プログラム開発が報告されている.また,角膜に*YutaUeno:筑波大学医学医療系眼科〔別刷請求先〕上野勇太:〒305-8575茨城県つくば市天王台1-1-1筑波大学医学医療系眼科(1)(49)8990910-1810/26/\100/頁/JCOPY限らず,眼瞼腫瘍15)やアレルギー性結膜炎16)についてもCAIを用いた診断補助プログラム開発の報告が出てきている.眼腫瘍はとくに専門家とよべる医師が少なく,まれな疾患ゆえに経験も積みにくい一方で,誤診や見逃しが生命予後にもかかわりうるため,AIによる診断補助の需要が高い分野であるといえる.ディフューザー写真は,細隙灯顕微鏡に限らずスマートフォンやその他の機器を用いても同等な写真を撮影可能であり,スマートフォン写真に対するCAI診断補助プログラムの精度検証も報告されている12).スマートフォンは操作が簡便で,眼科医のみならず他科医師やメディカルスタッフによる撮影も想定される.夜間救急外来での初期対応や医師不足地域での遠隔医療に利用できるため,AI診断補助プログラムを導入することで,これまでの前眼部診療を大きく変革しうると考えている.ここで一つ問題となるのが,AI診断補助プログラムで読み込む画像の質である.AI研究でよく言及されるのが,プログラム開発時には良好なデータで検証されている一方で,リアルワールドにおける低品質なデータも混在した条件では,精度不良になってしまうという点である.これは撮影者の経験不足に起因する面が大きく,他科医師やメディカルスタッフによるスマートフォン撮影を遠隔医療に運用する際にはとくに注意すべきである.近年では,前眼部写真の撮影条件や画質などを自動分類するプログラムが報告されており,スリット光の有無を判別したり,ピンボケや固視不良,開瞼不良など質の悪い写真を弁別したりすることが可能である17).これらのプログラムをメインの診断補助プログラムの前に実行するシステムを構築することで,すべての撮影画像から質の高い特定条件の写真のみを自動抽出してから診断補助にかけることも可能であり,これにより低品質画像を読み込んで誤診を招くリスクを抑制することができる.また,これを動画ファイルに応用することで,診察時に動画撮影したなかから適切なピントや撮影条件の静止画を一度に複数枚抽出し,それらを統合して診断補助を行うようなシステムも将来的に実現可能であり,スマートフォン撮影者の経験の差を埋めることができると考えている.IIIわが国における角膜・前眼部AI診断補助プログラムの開発わが国でも日本眼科CAI学会,国立情報学研究所,日本眼科医療機器協会の支援のもと,日本角膜学会関連18施設からC9カテゴリー(正常,感染性角膜浸潤,非感染性角膜浸潤,角膜瘢痕,角膜沈着,水疱性角膜症,腫瘍性病変,水晶体混濁,急性緑内障発作)の細隙灯顕微鏡写真C5,270枚を収集し,物体検出モデルCYOLOv5に学習させた自動分類プログラムが完成した18).テストデータC500枚に対し正診率C88.8%で分類し,眼科医が画像のみから診断した際の正診率を上回った.また,鳥取大学から,前眼部写真の情報のみから感染性角膜炎の4種の病原微生物(細菌,真菌,アカントアメーバ,単純ヘルペスウイルス)を正診率C90.7~97.9%で自動分類するCAIが報告されている14).筆者らはこのC9分類プログラムと病原体C4分類プログラムを統合し,前眼部疾患AI診断支援システム「CorneAI」を開発した.前眼部カラー写真を読み込むと数秒でC9カテゴリーそれぞれの尤度が表示され,感染性角膜炎の場合にはさらにC4病原体の尤度が示される(図1)19).筆者らはC40名の眼科医の協力のもと,CorneAIのC9分類プログラムに関する性能評価試験を行った20).医師が画像のみを読影して診断した場合と,その後にCAIが解析した結果付きの画像を読影して診断した場合とで,医師の正診率がどの程度向上したのかを調査した.読影試験に用いたC50枚の画像において,眼科医C40名の正診率は画像のみC81.6%からCAI補助付きでC89.2%に向上し,これはCCorneAI単体の正診率C86%を上回った.すなわち,AIが誤った選択肢を提示している画像でも医師が正解の分類を選んでいることが示され,社会実装された際のプログラムの有用性を示す重要なエビデンスとなっている.これを受け,筆者らは早期の社会実装に向け,まずは国内の医薬品医療機器総合機構(PharmaceuticalsCandCMedicalCDevicesAgency:PMDA)承認の申請準備中である(2026年C5月現在).日本のCPMDA,米国食品医薬品局(FoodCandCDrugAdministration:FDA),欧州医療機器規則(MedicalDeviceRegulation:MDR)のいずれにおいても,角膜・前眼部疾患を診断補助するCAIプログ900あたらしい眼科Vol.43,No.8,2026(50)図1前眼部カラー写真のAI診断支援プログラム,研究用プロトタイプCorneAIex(G-Data)a:感染性角膜浸潤(病原体:真菌).b:成熟白内障.Cc:翼状片.Cd:水疱性角膜症.AIが考える分類に対する尤度(確率)をバーで表示する仕様であり,いずれの症例も正しい分類名の尤度が最大であった.海外展開を見据えて英語表記も可能である.dの症例のように複数分類の尤度が大きく見積もられることもあり,AIが複数の疾患で迷っていることがわかる.(文献C19より引用)ab図2スマートフォンを用いた前眼部撮影と研究用アプリCorneAIforiOSa:ボランティアの撮影風景.被写体に近づくことでマクロ撮影モードに切り替わり,特殊なアタッチメントなしでも前眼部の拡大画像が取得可能である.Cb:急性緑内障発作の症例.スマートフォン上で作動する研究用のCAI診断補助アプリケーションを用いて解析することで,その場で上位のC3病名候補が提示され,診断補助に利用可能である.C-細隙灯顕微鏡オートレフラクトメータ(MR-6000)図3同一症例に対して異なる機種で撮影した前眼部カラー画像の比較上段:感染性角膜浸潤.中段:顆粒状角膜変性.下段:急性緑内障発作.いずれの症例も,細隙灯顕微鏡およびオートレフラクトメータ(MR-6000,トーメーコーポレーション)で撮影した画像を並べた.オートレフラクトメータの写真においても,細隙灯顕微鏡のディフューザー写真と同等のレベルで病的所見が描出されており,診療に使用するのに申し分のない画質である.VAIと共存する近未来の前眼部診療AI診断補助プログラムが提供する近未来の前眼部診療風景を描いてみたい.たとえば,眼科医のいない離島の診療所に,充血と眼痛を訴える患者が訪れる.常駐するメディカルスタッフが多機能オートレフラクトメータあるいはスマートフォンで前眼部を撮影すると,画質判定プログラムが自動で適切な一枚を抽出し,数秒のうちにCCorneAIが細菌による感染性角膜浸潤の可能性を提示する.メディカルスタッフと総合診療医はこの結果に基づいて初期対応とトリアージを行い,本土の基幹病院に画像と解析結果を伝送する.本土の眼科医は日常業務の合間にこれを確認し,培養結果の確定を待たずに初期治療を助言し,それに従って現地の総合診療医が診察と処方を行う.これまで角膜専門家にたどり着くまでに数日以上を要した僻地の患者が,受診したその場で適切な初期診療を受けられる―AIとの共存は,専門家の目を従来届かなかった場所にまで届ける可能性を秘めており,筆者らはそのようなシステムの構築をめざしている.おわりにAIによる前眼部疾患診断補助について,国内外の動向と近未来像,そして日本発のシステムが世界基準になるための活動状況をまとめた.報告されているプログラムは診断補助に留まらず予後予測モデルや低品質な写真を除外するモデルなど,早期の臨床実装が期待されるものばかりであり,医師とCAIが共存する時代の到来は想像に難くない.このような潮流のなかで多くの先生方が抱く疑問は「どうCAIと共存すべきか?」であろう.筆者らは以前,CorneAIを用いた実験において,AIの解析結果を適切に解釈するためには医師の経験が必要であることを示した22).つまり,画像読影試験において,AIがあえて誤答を示すように解析結果を加工した画像を混ぜ,医師の経験によってCAIのミスリードに左右されやすいか否かを検証した.その結果,一般眼科医はAIのミスリードにより正診率を大きく落とす一方で,角膜を専門とする医師は惑わされにくいことが示された.CorneAIに限らず,今後ますます便利なシステムが日常診療を支え,医師がCAIと共存する時代が到来すると思われるが,最終的な判断を下すのは医師自身であることは変わらないであろう.臨床医たるもの,診断や治療法の選択をCAIに一任してはならない.自身の経験と知識に基づいてこれらのツールを使いこなせる医師こそが,真にCAIと共存できると考える.若手の先生方には,引き続き日々の自己研鑽に励み,実臨床での経験を何より大切にしていただきたいと切に願い,本稿のまとめとさせていただく.文献1)MaedaCN,CKlyceCSD,CSmolekMK:NeuralCnetworkCclassi.cationCofCcornealCtopography.CpreliminaryCdemon-stration.InvestOphthalmolVisSci36:1327-1335,C19952)YokoiCN,CKusadaCN,CKatoCHCetal:DryCeyeCsubtypeCclassi.cationCusingCvideokeratographyCandCdeepClearning.Diagnostics(Basel)C14:52,C20233)KamiyaK,AyatsukaY,KatoYetal:Predictionofkera-toconusCprogressionCusingCdeepClearningCofCanteriorCseg-mentCopticalCcoherenceCtomographyCmaps.CAnnCTranslCMedC9:1287,C20214)AbadouCJ,CDahanCS,CKnoeriCJCetal:Arti.cialCintelligenceCversusconventionalmethodsforRGPlens.ttinginkera-toconus.ContLensAnteriorEyeC48:102321,C20255)KunduG,D’SouzaS,ModakDetal:Usingarti.cialintel-ligenceCforCanCe.cientCpredictionCofCoutcomesCofCdeepCanteriorClamellarkeratoplasty(DALK)inCadvancedCkera-toconus.TranslVisSciTechnol14:30,C20256)TrederCM,CLauermannCJL,CAlnawaisehCMCetal:UsingCdeeplearninginautomateddetectionofgraftdetachmentinCDescemetCmembraneCendothelialkeratoplasty:aCpilotCstudy.CorneaC38:157-161,C20197)GlatzA,BohringerD,ZanderDBetal:Three-dimension-alCmapCofCDescemetCmembraneCendothelialCkeratoplastydetachment:developmentandapplicationofadeeplearn-ingmodel.COphthalmolSciC1:100067,C20218)HayashiT,IliasianRM,MatthaeiMetal:TransferabilityofCanCarti.cialCintelligenceCalgorithmCpredictingCrebub-blingsafterDescemetmembraneendothelialkeratoplasty.CorneaC42:544-548,C20239)ShanCJ,CLiCZ,CMaCPCetal:DeepClearningCclassi.cationCofCangleclosurebasedonanteriorsegmentOCT.OphthalmolCGlaucomaC7:8-15,C202410)HanX,ZhangX,ZhangJetal:Automatedquanti.cationoflenscortexandnuclearopacitybasedonswept-sourceanteriorsegmentopticalcoherencetomography.JRefractSurgC41:e1042-e1048,C202511)ZeboulonCP,CPanthierCC,CRougerCHCetal:DevelopmentCandCvalidationCofCaCpixelCwiseCdeepClearningCmodelCtoC904あたらしい眼科Vol.43,No.8,2026(54)–

偏光OCTの開発と生体応用

2026年8月31日 月曜日

偏光OCTの開発と生体応用DevelopmentandBiomedicalApplicationsofPolarization-SensitiveOCT山成正宏*はじめに光干渉断層計(opticalcoherencetomography:OCT).1)が眼科において欠かせないツールとなって久しい.一方で,とりわけ理工系の研究機関では,OCTにハードウェア的あるいはソフトウェア的な仕掛けを加えることでさまざまな機能拡張を付与する研究が行われてきた.OCTの機能拡張にはさまざまな種類があり,そのなかの一つである光干渉断層血管撮影(OCTangiography:OCTA)はOCT信号からモーションを検出して三次元血管網を描出する技術であり,筑波大学の巻田らによって2006年に発明された日本発の技術である.2).その後,OCTAは登場から20年,製品化から10年以上が経過し,普及が進んでいる.偏光OCTもOCTの機能拡張の1種であり,光の振動方向である偏光が特定の生体組織で変化することをコントラスト源として利用するOCTである.通常のOCTと同様に3,4),偏光OCTも技術的シーズにより誕生した.5).初のFourierドメイン偏光OCTは,筑波大学の安野らによって2002年に開発された.6).その翌年,タイムドメイン方式に対するFourierドメイン方式の原理的優位性がウィーン医科大学とハーバード大学によって証明され,現在のOCTの技術的な礎が築かれた7,8).OCTのFourierドメイン方式への移行に対し多大な貢献を行ったこれら3施設が,同時に偏光OCTのパイオニアでもあったことは.9),偶然ではなく必然である.なぜなら,通常のOCTそのものが偏光感受性をもち,画像コントラストは偏光依存性をもつゆえに,OCTと偏光は切っても切り離せない関係があるためである.したがって,偏光依存性のないOCT画像を提供すること,および偏光依存性をOCTの画像コントラストに活用することは,OCTの技術的発展においてきわめて自然な成り行きであった.しかし,実際にどのように活用できるかについては,偏光顕微鏡による先例が参考になったものの,深さ分解できる偏光測定は先例がなく,原理開発と応用開拓の両方について手探りで進んできた.筆者らは筑波大学でスペクトルドメイン方式の偏光OCT.10),波長掃引方式の偏光OCTを開発し11,12),その後も民間企業で偏光OCTの新型干渉計開発.13)や多変量最尤推定法の導入による偏光コントラストの高画質化.14)に取り組んできた.これらは日本のさまざまな公的研究支援制度を活用して得られた成果であり,偏光OCTの開発において日本は世界の名だたる研究機関と肩を並べ,この分野をリードしてきた.一方で,偏光OCTは技術的難易度が高いために理工系の研究機関のなかでもごく一握りが開発しており,臨床研究が可能な研究機関はきわめて限られていた.しかし近年,筆者の所属機関から臨床用として世界初の偏光OCT商用機が発売され,臨床研究も年を追うごとに増加している.このように,初期開発者から初期採用層へと徐々に広まりつつある偏光OCTではあるが,現時点で偏光OCTは研究機関を中心に用いられている技術であり,.*MasahiroYamanari:株式会社トーメーコーポレーション技術部,東京科学大学大学院医歯学総合研究科眼科学分野〔別刷請求先〕山成正宏:〒451-0053愛知県名古屋市西区枇杷島3-12-7株式会社トーメーコーポレーション技術部(1)(31)8810910-1810/26/\100/頁/JCOPYaEybEyEXEXZZ図1偏光状態の模式図光の進行方向zに垂直な面内2成分Ex,Eyの振幅とそれら間の位相差で偏光状態は記述できる.例として斜め45°直線偏光(a),円偏光(b)を示す.-=図2光干渉と偏光の基本的な関係を端的に示す模式図a:測定対象物からの光の偏光を示す.光干渉を発生させる前である.b,c:水平または垂直偏光を参照光として合波させ,得られる光干渉縞を示したもの.aで示していた光がもつ数百THzの振動は省略しているが,実際にその振動が消えたわけではなく,数百THzの振動に対し光干渉で振幅変調された低周波の信号のみを簡略的に図示していることに注意.d:b,cの光干渉縞の包絡線をとり2乗して得られるOCT強度.3.偏光OCTの各種コントラスト前節で説明したアーチファクトは通常のOCTが偏光感受性をもっているから発生する現象であり,PD検出機構を備えた偏光OCTでは図2のような信号処理をすることで防ぐことができる.このことを示したのが図3である.図3a,bはPDなしのOCT強度であり,通常のOCTを模した画像である.図3a,bの→で示す部分に,それぞれSchlemm管様アーチファクトまたは強膜内血管様アーチファクトが見える.それらに対し,図3c,dに示されるPDありのOCT強度では図3a,bのような管腔状構造はみられない.すなわち,偏光OCTは通常のOCTよりも正確なOCT強度画像を提供できる.さらに,偏光OCTは偏光情報をさまざまな形で信号処理することで,通常のOCTでは得られない画像コントラストを得ることができる.代表的なものが複屈折と偏光解消性であり,それぞれ図3a,bおよびg,hに示す.複屈折とは,偏光に依存した屈折率をもつ媒質の性質をさす.生体においては神経線維やコラーゲン線維が複屈折をもつことが知られており,線維密度や配向性が高いほど複屈折は強い.19).図3aでアーチファクトがみられた領域は複屈折が強いことが図3eでわかる.16).この輪部と線維柱帯の間に位置する強膜の線維密度は高いことが知られており.20),生体力学的観点からどのような役割をもつのか,今後の研究が待たれる.同様に,図3bの視神経乳頭近傍強膜でアーチファクトがみられた領域は複屈折が強いことが図3fでわかる.偏光解消性とは,光の偏光状態または測定対象の偏光特性がランダムになる現象や性質をさす.一般に偏光解消性には時間的・空間的な乱雑さが原因として存在するが,偏光OCTにおける偏光解消性は空間的な乱雑さを評価する.21).偏光解消性を数値化する指標にはさまざまな種類があるが,図3g,hの偏光解消性は偏光エントロピーとよばれる指標で,0は完全に均一な偏光特性を意味し,1は完全にランダムな偏光特性を意味する.一般に生体で計測される偏光エントロピーは0と1の間の中間的な値を示し,定量的コントラストとして利用できる.生体内で偏光解消性を示す代表的なものはメラニン色素である.22).メラニン懸濁液の希釈濃度を変化させて測定した偏光エントロピーは濃度と高い相関を示し,定量的尺度として有用であることが以前の研究で示された.23).図3gでは毛様体や虹彩色素上皮,図3hでは網膜色素上皮(retinalpigmentepithelium:RPE)や脈絡膜といったメラニン色素を含む組織で偏光エントロピーが高いことがわかる.II偏光OCTの眼科応用1.緑内障の評価と術後管理a.網膜神経線維層の評価緑内障は網膜神経節細胞とその軸索からなる網膜神経線維層(retinalnerve.berlayer:RNFL)が障害される疾患だが,偏光OCTを用いることで,従来のRNFLの厚みという形態的評価にRNFLの複屈折という微細構造を反映した評価を加えることができる.RNFLが示す複屈折は,おもに網膜神経節細胞の軸索内に平行に走る微小管(microtubules)などの細胞骨格構造に由来する.24).緑内障の進行過程において,RNFLの厚みが減少し組織が失われる前から微小管の破壊といった細胞骨格レベルの微細な構造変化が先行して起こる,という仮説がある.25).どの程度有効な早期指標になるかまではまだ明らかではないため.26),さらなる研究が待たれる.また,RNFLの複屈折は重度の緑内障評価にも有用である可能性がある.従来のOCTを用いたRNFL厚の測定は,緑内障が重症化してRNFLが極端に薄くなると,網膜の血管組織などの影響を受けて画像セグメンテーションが不正確になりやすい.偏光OCTが測定するRNFLの複屈折は画像セグメンテーションの影響を限定的にできるため,重度の緑内障においても視野欠損の進行度と強く相関し,より信頼性の高い構造評価の指標となる可能性がある.27).b.濾過胞の評価線維柱帯切除術などの緑内障濾過手術では,眼圧を下げるために房水を結膜下に導く濾過胞を形成する.濾過胞が機能しなくなるおもな原因は,創傷治癒反応による濾過胞壁の瘢痕化である.高度に組織化されたコラーゲン線維を含む瘢痕組織は強い複屈折を示すため,偏光OCTを用いることで濾過胞内部の瘢痕化を非侵襲的に検出できる.機能が良好な濾過胞は複屈折が低く,機能884あたらしい眼科Vol.43,No.8,2026(34)前眼部眼底OCT強度(PDなし)OCT強度(PDあり)複屈折の大きさ偏光解消性図3生体の複屈折によるアーチファクトと偏光OCTコントラストそれぞれの断層画像を前眼部隅角近傍(左列)と眼底視神経乳頭近傍(右列)について示す.a,b:偏光ダイバーシティ(PD)なしのOCT強度.c,d:PDありのOCT強度.e,f:複屈折の大きさを示す局所位相遅延量.g,h:偏光解消性を示す偏光エントロピー.不全の濾過胞では強い複屈折が認められる.偏光COCTによる経過観察により,手術後1カ月といった比較的早期の段階で現れる軽度な複屈折増加(軽度な線維化)を検出することで,その後の眼圧上昇や濾過胞の機能不全を予測できる可能性がある28.30).また,濾過胞壁のどの部分に瘢痕組織が存在し,癒着して房水流出を妨げているのかを可視化できるため,濾過胞再建術など追加治療の戦略を練るうえで有用と考えられる.31).C2.AMDやRPE関連疾患の評価a.RPEのセグメンテーションとメラニン評価RPE細胞内にはメラニン顆粒が豊富に存在し,これが偏光解消性を示す.偏光COCTでは,偏光均一度(degreeCofpolarizationCuniformity:DOPU)や前述の偏光エントロピーといった指標を用いることで偏光解消性を定量化し,RPEを周囲の網膜層や病変から自動的かつ特異的に抽出できる.たとえば萎縮型CAMDの評価.32),漿液性網膜色素上皮.離におけるCRPE-Bruch膜の微小な損傷やメラニンの欠損の検出.33),Chyperre.ectivefoci(HRF)として知られる遊走したRPEの観察34,35),RPEapertureの構造と機能の多角的評価.36)など,AMDに対する応用は多岐にわたる.また,血管内皮増殖因子(vascularCendothelialCgrowthCfac-tor:VEGF)を抑制する抗CVEGF薬投与の経過に伴うRPEの質的変化を示唆する報告があり37,38),AMD治療に対する偏光COCTを用いたモニタリングの可能性についても研究の進展が期待される.Cb.網膜下線維化の検出滲出型CAMDの末期に網膜下に形成される線維性瘢痕の検出は,AMDの活動性の有無や視力への影響を客観的に判断するうえで重要である.この線維性瘢痕は高度に組織化されたコラーゲン線維を主成分とするため強い複屈折を示す.従来のCOCTでは,網膜下の高輝度物質(subretinalChyperre.ectiveCmaterial:SHRM)のなかに含まれる新生血管,血液,滲出物,そして線維化組織を区別することは困難だった.偏光COCTはCSHRMのうち複屈折を示す部分のみを線維性瘢痕として検出できるため,滲出型CAMDの状態を把握するために役立つ可能性がある39,40).Robertsらは,非線維性の滲出物が線維性瘢痕へと移行するCangio.broticswitchのプロセスを偏光COCTを用いて早期かつ客観的に捉え,治療効果の判定に貢献できる可能性を示した.41).このように偏光OCTは,メラニンによる偏光解消性とコラーゲンによる複屈折という特異的なコントラストを提供することで,従来のCOCTで行われてきたCAMDの病態評価を精緻化し発展させる可能性をもっている.Cc.RPRPの進行モニタリングでは,従来おもにリポフスチン由来の短波長自発蛍光(short-wavelengthauto.uorescence:SW-AF)やメラニン由来の近赤外自発蛍光(near-infraredauto.uorescence:NIR-AF)が用いられてきた.しかし,AFイメージングは深さ分解能に欠け,RPEだけでなく視細胞層や脈絡膜からの蛍光も混在するという限界があった.偏光COCTを用いることで,RPEを層特異的に検出し,RPEメラニンのみの分布を正確かつ定量的に評価することが可能である.また,NIR-AF画像では周辺部に向かって信号強度が急激に消失する傾向がみられる症例でも,偏光COCTで測定される偏光エントロピーの低下は比較的緩やかであることが確認されている(図4).42).NIR-AFも偏光OCTの偏光解消性もおもにメラニンを検出していることは間違いないが,このようなコントラストの違いの要因が今後の研究で明らかになれば,両方の装置を相補的に活用することで,さらに詳細な病態の把握につながることが期待される.また,RP患者およびCAMD患者に対して人工多能性幹細胞(inducedCpluripotentCstemcell:iPSC)由来RPEを移植した臨床研究において,偏光COCTが移植細胞の評価に活用されている.偏光COCTは,移植されたiPSC-RPEがもつメラニンに由来する高偏光エントロピー領域を抽出することで,網膜下でCiPSC-RPEが拡大・生着していく様子を特異的かつ三次元的に可視化・定量化することに成功した.43).このように,偏光COCTを用いたCRPEのセグメンテーションとメラニン評価は,AMDやCRPの病態理解に貢献するだけでなく,次世代の細胞治療における移植細胞の非侵襲的なモニタリング指標としても重要な役割を果たすと期待されている.886あたらしい眼科Vol.C43,No.8,2026(36)図4網膜色素変性(RP)のマルチモーダル眼底イメージングの代表的画像a:Short-wavelengthauto.uorescence(SW-AF)画像.Cb:Near-infraredAF(NIR-AF)画像.Cc:偏光COCTによる偏光エントロピーCBスキャン画像.Cd:RPEの偏光エントロピーを抽出したCenface画像.白線はCcの位置を示す.〔文献C42からCCC-BY4.0(https://creativecommons.org/licenses/by/4.0/)のもとに引用〕図5正常眼の代表的な偏光OCT画像a:OCT強度.Cb:偏光エントロピー.c:0.1以上の偏光エントロピーをCOCT強度画像に重畳した画像を示す.Cd~f:a~cそれぞれの拡大画像を示す.網膜外層内で高い偏光エントロピーが観察される(Ce,fの).〔文献C44からCCC-BY4.0(https://creativecommons.org/licenses/by/4.0/)のもとに引用〕に,偏光COCTパラメータと機械学習を組みあわせることで,早期の円錐角膜を鑑別する精度が従来機器のみの場合よりも向上することが報告されている.49).また,角膜クロスリンキング(cornealcrosslinking:CXL)後の角膜実質におけるコラーゲン線維の架橋やリモデリングによる継時変化を,偏光COCT画像上の特徴的な偏光特性の変化として捉えた報告もある.50).このように偏光COCTは,円錐角膜診療において従来の角膜形状解析を補完し,コラーゲン線維レベルでの異常検出を間接的ながら可能にする.ごく初期の診断からCXLの治療経過観察まで,実臨床でどの程度有用となるかはさらなる研究が必要である.C6.病的近視と強膜の評価従来のCOCTは強膜の形状や厚みなどの形態的評価が限界であるのに対し,偏光COCTは強膜コラーゲン線維の密度と配向を反映した複屈折を通じて強膜の質的評価を可能にする.後部強膜の複屈折は,眼軸長が伸展する前から生じる強膜の微細な生体力学的変化を捉える可能性がある.51).Liuらは,近視が進行すると強膜線維の編み目状にさまざまな方向で折り重なった構造が変化し一方向に引き伸ばされて整列するため,強膜複屈折が上昇していると解釈している.そして強膜複屈折は,単純な強度近視から病的近視への進行リスクを予測する客観的なバイオマーカーとなる可能性が期待されている.また,偏光COCTは線維の走行方向の違いから乳頭周囲強膜を放射状に走行する内層と同心円状に走行する外層に明確に区別できる.52).病的近視に特徴的な局所的変形であるCdome-shapedmacula(DSM)や後部ぶどう腫の辺縁部では,強膜全体が均等に変化しているのではなく,内層の線維のみが局所的に凝集・肥厚し,外層を圧迫していると考えられることが偏光COCTによる観察で明らかとなった(図6)53,54).こうした強膜の詳細な層別の評価は,複雑な眼球変形のメカニズム解明に寄与すると期待される.以上のように,偏光COCTは病的近視における強膜の生体力学的な脆弱性に関連したコントラストを提供する.偏光COCTを用いた今後の研究により,眼球変形による合併症が起こる前の早期リスク判定や,後部強膜補強術といった治療介入の適切なタイミングの決定を補助する可能性など,さまざまな応用が期待される.CIIIまとめと臨床医向けメッセージ偏光COCTは,通常のCOCTに偏光をコントラスト源として加えることで,生体組織の構造の質を非侵襲的かつ定量的に評価できるイメージングモダリティである.コラーゲン線維の規則性は複屈折として,メラニン色素の分布は偏光解消性として画像化される.これらのコントラストを活用することで,通常のCOCTでは検出困難な組織の微細構造変化や質的変化を定量的に評価することが可能となる.本稿で述べたように,その応用範囲は幅広い.緑内障では,RNFLの厚みという従来の形態評価に加えて微小管レベルの変化を複屈折として捉えることで,形態評価だけではわからない微細構造の変化を検出できる.また,緑内障濾過手術後の濾過胞壁の瘢痕化を術後早期から客観的に評価し,追加治療の判断を支援できる可能性がある.AMDにおいては,偏光解消性によりCRPEをその周囲組織から特異的に抽出でき,萎縮範囲の定量評価,網膜下線維化の検出,抗CVEGF治療に伴うCRPEの質的変化のモニタリングなど,従来のCOCTでは困難であった評価が可能となる.網膜色素変性では,深さ分解されたメラニン評価によってCRPEの層特異的な変化を追跡できるほか,iPSC由来CRPE移植後の生着モニタリングへの応用も報告されており,次世代の細胞治療を支える評価方法の一つとして期待される.さらに,VKHにおける脈絡膜メラニンの深さ分解評価と鑑別診断への応用,円錐角膜の早期検出や角膜CCXL後の経過観察,病的近視における強膜の生体力学に関連した評価など,偏光COCTが貢献しうる疾患領域は眼科の広い分野に及ぶ.一方で,偏光COCTが日常診療において広く普及するためには,いくつかの課題が残る.現時点では使用可能な装置が臨床用とは言え研究機関向けに限られており,画像解析や解釈に一定の専門知識を要する面がある.しかし,偏光COCTに関する学術研究は年々増加し活発化しており,産業界でもさまざまな動きがみられる.日本発のCOCTAが登場からC20年,製品化からC10年以上を(39)あたらしい眼科Vol.C43,No.8,2026C889図6Dome-shapedmacula(DSM)の強度近視左眼の偏光OCT画像a:中心窩を通る水平方向の複屈折CBスキャン画像.乳頭と黄斑間の強膜線維がみられる.Cb:中心窩を通る垂直方向の複屈折CBスキャン画像はCDSMにおいて低複屈折(緑)をもち凝集・肥厚した強膜線維を示す.Cc:線維走行を示す複屈折軸画像において,相対的に厚い水平方向線維(青色)が広範囲にみられる.垂直方向線維(黄色)の薄い層が黄斑下の深層強膜にみられる.垂直方向線維が乳頭と黄斑の間の深層強膜にみられる.Cd:線維走行を示す複屈折軸の垂直Bスキャン画像において,DSMでは水平方向(青色)と斜め方向(赤紫色)の線維走行がみられる.それらの線維に対し深層の強膜では,垂直方向の線維(黄色)がみられる.その垂直方向の線維をもつ深層強膜は肥厚していないが凝集しているようにみえる.DSMに対し上方および下方の深層強膜はおもに垂直方向の線維(黄色)で構成される.〔文献C53からCCCCBYClicense(https://jamanetwork.com/pages/ccby-license-permissions)のもとに引用〕C–polarization-sensitiveCFourierCdomainCopticalCcoherenceCtomographyCusingCB-scan-orientedCpolarizationCmodula-tionCmethod.COptExpressC14:6502-6515,C200611)YamanariCM,CMakitaCS,CYasunoY:Polarization-sensitiveCswept-sourceCopticalCcoherenceCtomographyCwithCcontinu-ousCsourceCpolarizationCmodulation.COptExpressC16:5892-5906,C200812)YamanariCM,CLimCY,CMakitaCSCetal:VisualizationCofCphaseCretardationCofCdeepCposteriorCeyeCbyCpolarization-sensitiveCswept-sourceCopticalCcoherenceCtomographyCwithC1-micromCprobe.COptCExpressC17:12385-12396,C200913)YamanariCM,CUematsuCS,CIshiharaCKCetal:ParallelCdetec-tionCofCJones-matrixCelementsCinCpolarization-sensitiveCopticalCcoherenceCtomography.CBiomedCOptCExpressC10:C2318-2336,C201914)YamanariCM,CTsudaCS,CKokubunCTCetal:EstimationCofCJonesCmatrix,CbirefringenceCandCentropyCusingCCloude-PottierCdecompositionCinCpolarization-sensitiveCopticalCcoherenceCtomography.CBiomedCOptCExpressC7:3551-3573,C201615)山成正宏:OCT技術の基本を紐解こうC.視覚の科学C39:C37-44,C201816)UenoCY,CMoriCH,CKikuchiCKCetal:VisualizationCofCanteriorCchamberCangleCstructuresCwithCscattering-andCpolariza-tion-sensitiveCanteriorCsegmentCopticalCcoherenceCtomog-raphy.CTranslVisSciTechnolC10:29,C202117)MiuraCM,CMakitaCS,CYasunoCYCetal:Birefringence-derivedCscleralCartifactsCinCopticalCcoherenceCtomographyCimagesCofCeyesCwithCpathologicCmyopia.CSciCRepC12:C19713,C202218)MiuraCM,CMakitaCS,CYasunoCYCetal:Birefringence-derivedCartifactCinCopticalCcoherenceCtomographyCimagingCofCtheClaminaCcribrosaCinCeyesCwithCglaucoma.CSciCRepC13:17189,C202319)山成正宏:偏光感受型COCTのコントラストメカニズムと眼科応用C.日本レーザー医学会誌C45:432-443,C202520)CrowellCEL,CBakerCL,CChuangCAZCetal:CharacterizingCanteriorCsegmentCOCTCangleClandmarksCofCtheCtrabecularCmeshworkCcomplex.COphthalmologyC125:994-1002,C201821)山成正宏:偏光COCTによる偏光解消性測定の基礎知識C.視覚の科学C44:68-73,C202322)BaumannCB,CBaumannCSO,CKoneggerCTCetal:PolarizationCsensitiveCopticalCcoherenceCtomographyCofCmelaninCpro-videsCintrinsicCcontrastCbasedConCdepolarization.CBiomedCOptExpress3:1670-1683,C201223)YamanariCM,CMaseCM,CObataCRCetal:MelaninCconcentra-tionCandCdepolarizationCmetricsCmeasurementCbyCpolariza-tion-sensitiveCopticalCcoherenceCtomography.CSciRepC10:C19513,C202024)HuangCXR,CKnightonRW:MicrotubulesCcontributeCtoCtheCbirefringenceCofCtheCretinalCnerveC.berClayer.CInvestCOph-thalmolVisSciC46:4588-4593,C200525)CenseCB,CChenCTC,CParkCBHCetal:ThicknessCandCbire-fringenceCofChealthyCretinalCnerveC.berClayerCtissueCmea-suredCwithCpolarization-sensitiveCopticalCcoherenceCtomog-raphy.CInvestOphthalmolVisSci45:2606-2612,C200426)SteinerCS,CSchwarzhansCF,CDesissaireCSCetal:BirefringentCpropertiesCofCtheCperipapillaryCretinalCnerveC.berClayerCinChealthyCandCglaucomaCsubjectsCanalyzedCbyCpolarization-sensitiveCOCT.CInvestOphthalmolVisSciC63:8,C202227)ParakkelCRR,CWongCD,CLiCCCetal:RetinalCnerveC.berClayerCdamageCassessmentCinCglaucomatousCeyesCusingCreti-nalCretardanceCmeasuredCbyCpolarization-sensitiveCopticalCcoherenceCtomography.CTranslCVisCSciCTechnolC13:9,C202428)FukudaCS,CBeheregarayCS,CKasaragodCDCetal:Noninva-siveCevaluationCofCphaseCretardationCinCblebsCafterCglauco-maCsurgeryCusingCanteriorCsegmentCpolarization-sensitiveCopticalCcoherenceCtomography.CInvestCOphthalmolCVisCSciC55:5200-5206,C201429)KasaragodCD,CFukudaCS,CUenoCYCetal:ObjectiveCevalua-tionCofCfunctionalityCofC.lteringCblebCbasedConCpolarization-sensitiveCopticalCcoherenceCtomography.CInvestOphthalmolVisSciC57:2305-2310,C201630)FukudaCS,CFujitaCA,CKasaragodCDCetal:ComparisonCofCintensity,CphaseCretardation,CandClocalCbirefringenceCimagesCforC.lteringCblebsCusingCpolarization-sensitiveCopticalCcoherenceCtomography.CSciRep8:7519,C201831)YamanariCM,CTsudaCS,CKokubunCTCetal:Fiber-basedCpolarization-sensitiveCOCTCforCbirefringenceCimagingCofCtheCanteriorCeyeCsegment.CBiomedCOptCExpress6:369-389,C201532)AhlersCC,CGotzingerCE,CPircherCMCetal:ImagingCofCtheCretinalCpigmentCepitheliumCinCage-relatedCmacularCdegen-erationCusingCpolarization-sensitiveCopticalCcoherenceCtomography.CInvestCOphthalmolCVisCSciC51:2149-2157,C201033)MiuraCM,CMakitaCS,CAzumaCSCetal:EvaluationCofCfocalCdamageCinCtheCretinalCpigmentCepitheliumClayerCinCserousCretinalCpigmentCepitheliumCdetachment.CSciCRep9:3278,C201934)MiuraCM,CMakitaCS,CSugiyamaCSCetal:EvaluationCofCintra-retinalCmigrationCofCretinalCpigmentCepithelialCcellsCinCage-relatedCmacularCdegenerationCusingCpolarimetricCimaging.CSciRep7:3150,C201735)TeraoCR,CAokiCS,CKitamotoCKCetal:Quanti.cationCofChyperre.ectiveCfociCinCage-relatedCmacularCdegenerationCbyCpolarization-sensitiveCOCT.COphthalmolSciC5:100792,C202536)ObataCR,CYoshinagaCA,CYamamotoCMCetal:ImagingCofCaCretinalCpigmentCepitheliumCapertureCusingCpolarization-sensitiveCopticalCcoherenceCtomography.CJpnJOphthalmol65:30-41,C202037)SchutzeCC,CWedlCM,CBaumannCBCetal:ProgressionCofCreti-nalCpigmentCepithelialCatrophyCinCantiangiogenicCtherapyC(41)あたらしい眼科Vol.C43,No.8,2026C891-

前眼部三次元OCTと角膜疾患

2026年8月31日 月曜日

前眼部三次元OCTと角膜疾患NewInsightsintoCornealDiseasesUsingThree-DimensionalOCT(3D-OCT)山口剛史*はじめに医用画像技術の進歩は「記録」だけでなく,臨床現場で「可視化」と「定量化」の二つの意義から精密医療(precisionmedicine)を実現させてきた.角膜診療においても同様で,前眼部光干渉断層計(opticalcoherencetomography:OCT)やScheimp.ug像の解析から,角膜混濁で見えなかった角膜深部や前房内構造などがはっきりと見えるようになり(可視化),細隙灯顕微鏡で漠然と混濁の程度を基準に行ってきた角膜治療評価が角膜光学データに変換可能になった(定量化).前眼部三次元OCTという日本が生んだ技術から,角膜混濁眼・円錐角膜眼をはじめメジャーな角膜疾患のトポグラフィパターン,および角膜収差や混濁の定量,特徴づけ研究が世界に先駆けて日本で行われてきた.特記すべきイノベーションは,海外でメジャーであるScheimp.ug型角膜形状解析では透明角膜に限られる解析が,わが国で独自に開発された前眼部三次元OCTを用いると混濁角膜の解析も可能になり,ほぼすべての角膜疾患において,混濁および収差の定量が可能になったことである.これらの研究を通じて,角膜疾患においてどのような不正乱視・混濁をどの程度きたすのか明らかになり,さらに疾患横断的に,治療前後のデータと視機能改善の程度とを組み合わせることで,たとえば角膜移植の適応や,術後視機能不良の原因検索,さらに術式別の収差量の比較などが可能になりつつある.本稿では,画像解析の基礎から明日からの診療の指針となる知見について紹介する.Iトモグラフィーと前眼部OCTOCTは,低コヒーレンス干渉法を用いて非接触的に眼球の高精細画像を取得する技術である.OCTは主として眼底三次元画像解析技術として普及してきたが,前眼部へ応用されることで,現在では角膜および前眼部の臨床評価に欠かせない評価法となっている.トモグラフィー(tomography,断層撮影法)はギリシャ語の「切り分ける」(tomos)と「描写する」(graphin)を語源とし,スキャニングスリット光線技術を用いたORB-SCANⅡ(ボシュロム)やシャインプルーフ技術を用いたPentacam(OCULUS),前眼部OCTであるCASIA2(トーメーコーポレーション)などによって得られる断層画像をさす.角膜の断層像を評価することで,角膜構造(菲薄化の部位や角膜厚分布),病変(浸潤,沈着,瘢痕など)の深さと範囲だけでなく,隅角構造や前房深度,虹彩構造,水晶体などを含めた前眼部全体の空間的かつ経時的な評価が非侵襲的に可能となった.また,前眼部OCTは前眼部構造を画像化する点で超音波生体顕微鏡に類似するが,音波でなく光を用いるため,眼内の微細構造をきわめて高解像度で描写することができる.前眼部OCTの測定光には中心波長1,310nmの近赤外光が用いられ,検査時に強いまぶしさを感じにくい.そのため,小児や高齢者に対しても比較的容易に測定を*TakefumiYamaguchi:国際医療福祉大学市川総合病院眼科〔別刷請求先〕山口剛史:〒272-8513千葉県市川市菅野5-11-13国際医療福祉大学市川総合病院眼科(1)(21)8710910-1810/26/\100/頁/JCOPY角膜からの距離10mm20mm30mm40mmd図1前眼部三次元OCTを用いた角膜収差および混濁の定量化a.c:角膜屈折面(前面+後面)の位置情報を取得(a),16面について位置情報を再現し(b),仮想光線1,000本を用いた光線追跡法を用いると収差データになる(c).d:OCT輝度を極座標で示した部位取得し,角膜上皮(角膜前面から50.μm以内),角膜内皮(角膜後面から10.μm以内)とその間を角膜実質と定義すると,層別の解析が可能となる.=~図2円錐角膜中央の突出がある.図3角膜ヘルペスの治癒後の瘢痕瘢痕部に突出がある.図4緑膿菌感染後の瘢痕非対称パターンを呈している.図5Ⅲ型格子状角膜ジストロフィ瞳孔領直上の角膜実質深部の混濁に一致した角膜後面不正を認めた.このような症例では視力は悪い.ab図6針金による外傷性角膜瘢痕(a)とホッチキスによる穿孔性角膜外傷後の瘢痕(b)a:トポグラフィ所見は非対称パターンを呈する.b:円錐様トポグラフィ所見.弊,角膜血管侵入,眼瞼炎症,睫毛乱生を生じ,高度の視力障害をきたす症例が少なからず存在する.角膜トモグラフィー所見として,結膜上皮の角膜への侵入と肥厚,実質の菲薄化,実質混濁がみられる.Axialmapでは非対称パターンが多く,ついで上皮の肥厚を伴う突出パターン,ごく一部に平坦化パターンをきたすことが多いとされる12)(図7).このようなトポグラフィマップ異常に伴い,角膜不正乱視が増加し視力低下をきたすため,一部の症例では強膜レンズが視力矯正には有効とされている.ただし,一部の症例では角膜上皮が不安定であり涙液サイトカインの上昇など上皮欠損が実質融解,角膜穿孔をきたす素因もあるため,不用意な強膜レンズは注意を要する.事前の角膜不正乱視の評価に基づけば,強膜レンズの必要・不必要の鑑別ができる.強膜レンズの適正使用が視機能矯正にも重要であると考える.Cf.水疱性角膜症水疱性角膜症は,角膜内皮細胞の減少に伴う角膜実質浮腫をきたす疾患でこれまで浮腫による混濁が視力低下の原因と考えられてきた.しかし実際には,角膜内皮機能不全に伴う角膜浮腫による混濁の増加のみならず,さまざまな微小構造異常によって,角膜不正乱視が増加し,視機能低下に関与していることが明らかになってきた.その要因として,①角膜上皮のターンオーバー不全によるChotspot形成13),②実質浮腫の不均等性(上下の浮腫の差),③角膜内皮面の凹凸形成(局所的バリア機能破綻による深層実質浮腫)などがあげられる14).876あたらしい眼科Vol.C43,No.8,2026(26)図7Stevens-Johnson症候群(SJS)トポグラフィ所見で非対称パターンを呈する.また,角膜上皮異常(microcysticCchangeなど),角膜厚の不均一性,角膜後面異常を伴うことが多いことは,理論的にもCHCLでの矯正には向かないことを示唆する.治療は角膜内皮移植〔Descemet膜角膜内皮移植術(DescemetCmembraneCendothelialkeratoplasty:DMEK)やCultra-thinDescemet膜.離角膜内皮移植術(DescemetCstrippingCautomatedCendothelialCkerato-plasty:DSAEK)〕が選択されることが多い(図8).CIII角膜移植手術での応用角膜の光学特性を理解することは,角膜移植をはじめ角膜手術において最適な術後視機能を得るためにきわめて重要である.近年ではパーツ移植の技術向上に伴いその適応は拡大し,現在では角膜移植の多くをパーツ移植が占めるようになってきた.パーツ移植は全層角膜移植と比較し拒絶反応のリスクを低減できるだけでなく生体力学的に有利であり,不正乱視を抑制できるなど多くの利点を有する.一方で,パーツ移植後に角膜透明性が良好であるにもかかわらず,十分な視力改善が得られない症例が少なからず存在する.この原因はこれまで十分に明らかではなかったが,前眼部COCTによる断層画像解析によって,術後視機能を規定する重要な因子として角膜不正乱視が関与することが理解されるようになってきた.まず,どのような患者が角膜移植によって良好な視力改善を得られるのだろうか.筆者らは角膜移植後の視機能改善は術前の角膜不正乱視量に依存すると報告した15,16).つまり,術前の不正乱視が高度な例ほど視力改善が大きく,一方で術前角膜不正乱視が軽度な症例では,たとえ角膜混濁が除去されても視力改善が限定的であった.図9は疾患横断的に角膜不正乱視量を比較したものである.この図からさまざまな知見がみえてくる.まず,円錐角膜と同様の高度な角膜不正乱視が角膜ヘルペス,角膜感染後の瘢痕,SJS,角膜外傷後の瘢痕でも認められることがわかる.一方で,角膜混濁性疾患のなかでも角膜ジストロフィでは不正乱視量が比較的少ない.また,いずれの疾患においても角膜不正乱視量の標準偏差(standarddeviation:SD)が大きく,同一疾患であっても患者間の差が大きいことが示唆されている.さらに,これに全層角膜移植後の平均的な不正乱視量(点線)を重ねると新たな視点が得られる.円錐角膜や重症角膜ヘルペスでは,角膜移植により約半分に角膜不正乱視を減らすことができる.したがって,十分な視力回復が期待できる.一方で,格子状角膜ジストロフィや斑状角膜ジストロフィでは,もともとの不正乱視量が少ないため,単純な不正乱視改善余地は限られている.このことは,角膜移植をする際には,より一層術後の不正乱視を軽減する工夫が重要であること,さらに術前に角膜不正乱視量を評価することが不可欠であることを示唆している.とくに,わが国では角膜の提供が少なく,限られた医療資源を有効に活用するためにも適切な(27)あたらしい眼科Vol.C43,No.8,2026C877不正乱視量(total4mm)られ,角膜不正乱視が高度であるほど視力は低下する.た,角膜不正乱視量もごくわずかながらCDMEKが0.0DSAEKより少ないことも報告されている17).過去の臨床報告で,術後平均視力がCDMEKはC0.8,DSAEKは0.7と報告されている.水疱性角膜症でCDMEKとDSAEKのどちらを選択するかは,患者の原疾患や必要とされる術後視機能,それぞれの術式の利点・欠点を総合的に考慮して決定する必要がある.その際,術前後の図9疾患横断的な角膜不正乱視量の比較疾患横断的に角膜不正乱視量を比較し,全層角膜移植後の角膜不角膜不正乱視評価は,術式選択に有用な情報をもたらす正乱視量を重ねるとさまざまなことがみえてくる.Cと考えられる.さらに,健常な眼では角膜の前面と後面は互いに平行878あたらしい眼科Vol.C43,No.8,2C026(28)(mm)0.80.60.40.20.0全層角膜移植術後DSAEK後DMEK後図11角膜移植後の不正乱視で視力不良の症例DSAEKグラフトに皺が形成されると視力は(0.1)程度にとどまり,眼鏡やCCLによる矯正が不能である.不正乱視量(total4mm)水疱性角膜症正常眼図10角膜移植の術式ごとの術後不正乱視量(水疱性角膜症と正常眼のデータとの比較)水疱性角膜症を例に,術前の水疱性角膜症における角膜不正乱視と正常眼のグラフに,全層角膜移植後,Descemet膜.離角膜内皮移植術(DSAEK)後,Descemet膜角膜内皮移植術(DMEK)後の平均術後角膜不正乱視量をのせた.C–’C

網膜疾患と視機能

2026年8月31日 月曜日

網膜疾患と視機能RetinalDiseasesandVisualFunction岡本史樹*はじめにこの20年間で網膜疾患に対する治療は飛躍的な進歩を遂げた.硝子体手術の小切開化や広角観察システムの導入,内境界膜.離手技の確立,さらに抗血管内皮増殖因子(vascularendothelialgrowthfactor:VEGF)療法の登場により,網膜上膜(epiretinalmembrane:ERM),黄斑円孔(macularhole:MH),網膜静脈閉塞症(retinalveinocclusion:RVO),糖尿病網膜症(dia-beticretinopathy:DR),裂孔原性網膜.離(retinaldetachment:RD)など,多くの網膜疾患における解剖学的・機能的予後は大きく改善した.とくにERMや網膜静脈分枝閉塞症(branchretinalveinocclusion:BRVO),黄斑.離のないRDでは治療後視力が1.0まで改善する患者も増え,「見えるか,見えないか」という時代から,「どのように見えるか」を重視する時代へと変化している.従来,網膜疾患の治療成績は主として視力と光干渉断層計(opticalcoherencetomography:OCT)所見で評価されてきたが,視力という因子は,視機能のなかの形態覚の一部を反映しているに過ぎない.実臨床では視力が良好であるにもかかわらず,「歪んで見える」「小さく見える」「はっきり見えない」「立体感がない」などの訴えを示す患者は少なくなく,これらは不定愁訴として片付けられがちである.しかし「歪んで見える=変視」「小さく見える=不等像視」「はっきり見えない=コントラスト感度」「立体感がない=立体視」というように,ある特定の視機能因子の障害として理解することができる.近年の研究により,これらの因子がそれぞれ独立した視機能因子として定量化可能であり,さらに患者の視覚に関連した生活の質(qualityoflife:QOL)と密接に関連することが明らかになってきた.しかもこれら視機能やQOLに関する臨床研究は日本が世界をリードしている分野である.本稿では,網膜疾患における重要な視機能因子である変視,不等像視,コントラスト感度を中心に,その病態,網膜構造との関連,治療による変化,さらにQOLとの関連について概説する.I変視1.概要変視とは,物体の形状が実際とは異なって歪んで見える症状であり,黄斑疾患患者がもっとも頻繁に訴える視覚異常の一つである1).患者は「直線が曲がって見える」「文字が歪む」「人の顔が傾いて見える」などと表現する.変視の評価には従来Amslergridが用いられてきたが,定量性に乏しく経時的評価を行うには限界があった.現在では日本で開発されたM-CHARTSを用いた定量評価が世界に普及しており,変視を数値化することが可能となった.2.ERMと変視ERMは変視をもっとも強く呈する代表的疾患である.患者の約80.90%が変視を自覚し,その程度は他の網*FumikiOkamoto:日本医科大学眼科学教室〔別刷請求先〕岡本史樹:〒113-8603東京都文京区千駄木1-1-5日本医科大学眼科学教室(1)(15)8650910-1810/26/\100/頁/JCOPYab図1網膜上膜(ERM)患者が見た世界a:電柱や電線が細くなったり曲がったりしている.Cb:エスカレーターのステップの模様が歪んでいる.ab図2黄斑円孔(MH)患者が見た世界a:障子の桟が細くなったり曲がったりしている.Cb:バスを正面から見ると、中心に引き込まれて見える.図3黄斑.離を伴う裂孔原性網膜.離(RD)の術後OCT画像の経時変化a,b:術前視力は(0.1),術後視力は(0.7)まで改善した.術後一過性の.胞様黄斑浮腫を認め,-10%の高度な小視症を呈した.c:術後C6カ月に黄斑浮腫は消退したものの,-10.5%の小視症は残存した.増殖糖尿病網膜症5.4文字糖尿病黄斑浮腫9.2文字黄斑円孔14.3文字網膜上膜15.0文字網膜静脈分岐閉塞症15.0文字網膜.離術後17.4文字正常24文字図4さまざまな網膜疾患の治療前における文字コントラスト感度の平均値視標の大きさは小数視力でC0.08である.にもかかわらず各疾患はC○で示す視標よりも薄い文字は判別できない.=–

前眼部疾患と眼光学:不正乱視から収差まで

2026年8月31日 月曜日

前眼部疾患と眼光学:不正乱視から収差までAnteriorSegmentDisordersandOcularOptics:FromIrregularAstigmatismtoAberrations大鹿哲郎*はじめに「視力検査の結果はよいのに,なんとなく見えにくい」「像がにじんで,はっきりしない」.診察室で繰り返されるこうした切実な訴えに対し,かつての眼科医療は十分な解を提示できずにいた.20世紀までの診療では,眼に形態的な異常が認められなければ,これらの主訴は多分に「主観的な問題」「治療の対象とならない症状」として片付けられてきたからである.しかし,この視覚の不透明な領域に光を当てたのが,不正乱視と波面収差の定量的解析である.これまで可視化できなかった複雑な光学現象が,数値やマップとして描出されるようになったことで,眼科臨床のパラダイムは劇的に転換した.従来,あいまいで捉えどころのなかった「見え方の良し悪し」は,視覚の質(qualityCofvision:QOV)という学問的定義を得て,客観的に評価できる対象となったのである.筆者自身,研修医時代に「球面屈折値や正乱視は明確に数値化できるのに,なぜ不正乱視は数値化できないのか」という疑問を抱いていた.その素朴な疑問が,後述する不正乱視の定量的研究や高次収差の眼科応用へとつながっている.本稿では,不正乱視や収差の定量化技術がどのように発展してきたか,そしてそれが現代の前眼部臨床にどのような影響を与えているかについて概説する.I不正乱視の定性的評価法1.Placidoディスク筆者が研修医であった時代,不正乱視の評価はCPlaci-doディスク(プラチド円板)を用いて行われていた.これは角膜表面の形状を評価するための眼科用検査機器であり,1880年にCAntonioPlacidoにより考案されたものである(図1).同心円状に白と黒の輪が交互に描かれた円板であり,中心には小さな観察孔が開いている.検査においては,このディスクを患者の眼前にかざし,角膜表面(正確には角膜表面の涙液層)に同心円の像を反射させる.検者は中心の観察孔からその反射像を観察する.角膜は一種の凸面鏡として働くため,角膜表面の形状がそのまま反射像の「歪み」として現れる仕組みである.角膜に映ったリングの形状を観察することで,角膜の状態を視覚的に把握することができる(図1).しかし,この段階では検者の主観的な評価にとどまり,不正乱視を定量的に数値化することは不可能であった.C2.フォトケラトスコープPlacidoディスクの中央にカメラを組み込んだ機器がフォトケラトスコープ(写真角膜計)である.これにより,角膜に映ったリングの反射像を写真として記録・保存することが可能となった.その結果,経時的な変化を追跡したり,比較したりできるようになった.*TetsuroOshika:筑波大学医学医療系〔別刷請求先〕大鹿哲郎:〒305-8575茨城県つくば市天王台C1-1-1筑波大学医学医療系(1)(7)C8570910-1810/26/\100/頁/JCOPY図1Placidoディスクによる角膜不正乱視の評価白黒リング模様の板を患者の眼前にかざし,角膜表面に投影する.検者は中央の穴から観察し,反射像(リング)の形状から不正乱視を検出する.(D)角膜形状解析図2角膜形状解析データの取り出し円周上の屈折力分布をグラフ上にプロットすると,360°中に二つの山と二つの谷をもった曲線となる.(D)(D)屈折力屈折力(°)(D)(D)(D)図3角膜屈折力データ列のFourier解析データ列をCFourier変換することによって,オリジナル波形を,0次からCn次の正弦曲線に分離できる.a.オリジナルマップb.球面成分c.正乱視成分d.正常/異常の判定結果e.非対称成分f.高次不正乱視成分図4Fourier解析結果のカラーコードマップ表示lensletarray⊿X入射光理想的な波面歪んだ波面図5Hartmann-Shackセンサーの原理入射光を多数のClensletで捉え,実際の波面(歪んだ波面)と理想的な波面のずれ(CΔX)をCchargecoupleddevice(CCD)センサー上で測定・解析する.ー4ー3ー2ー1012340次球面値Z201次斜乱視Z2-2直・倒乱視Z22低次収差2次(眼鏡で矯正可能)高次収差3次(眼鏡で矯正不能)4次垂直コマ収差Z3-1球面収差Z40水平コマ収差Z31図6Zernike多項式0次がベースカーブ,1次が面傾斜(プリズム),2次が球面値と円柱値で,ここまでが眼鏡で矯正可能な低次収差である.3次以上が高次収差となり,コマ収差と球面収差が含まれる..-図7コマ収差(上)と球面収差(下)模式図(左),pointspreadfunction(中),Landolt環シミュレーション(右).–

序説:日本から世界へ:眼科サイエンスの革新と未来

2026年8月31日 月曜日

日本から世界へ:眼科サイエンスの革新と未来FromJapantotheWorld:InnovationandtheFutureofOphthalmicScience大鹿哲郎*Iレッドアイ・クリニック時代筆者が医師になった1985年頃,眼科医を「目医者」(めいしゃ・めくすしや)とよぶ習慣はまだ世間に根強く残っており,眼科はなお,「目洗い」と「目薬」を中心とする「レッドアイ・クリニック」,すなわち結膜炎をはじめとする感染症や急性炎症性疾患をおもな対象とする診療科として捉えられていた側面があった.当時は,「目医者,歯医者も医者ならば……」といった,今から思えばきわめて失礼な俗謡を耳にすることすらあった時代である.実際,研修医として診療に携わり始めた頃の筆者は,まったくよくならない重症の眼感染症患者を前にして医療の無力さを痛感し,また多くの網膜疾患に対してはなす術もなく,有効な治療法の乏しさを前に立ち尽くすしかなかった.手術室でも,現在のように洗練された顕微鏡や手術機器はまだなく,今ではほとんど行われなくなった水晶体全摘手術を教えてもらっていた.今振り返れば,それは眼科が大きく変わろうとしていた時代の入り口であり,筆者自身もまた,その変化のただ中にいたことになる.IIホワイトアイ・クリニックと視科学への進化しかしその後,1990年代以降のマイクロサージェリーの急速な進歩,とりわけ超音波乳化吸引術の導入,眼内レンズの著しい発展,硝子体手術や角膜手術の洗練化によって,眼科医療は低侵襲かつ高度に精密な「ホワイトアイ・クリニック」へとその軸足を移していった.さらに,最先端の光学知識と革新的なテクノロジーの導入による医療の高度化がこれに加わり,現代の眼科学は,きわめてスマートでアカデミックな領域,すなわち高度な学問的サイエンスを基盤とする専門分野として広く認識されるようになっている.眼科はもはや,単に「眼の赤みをとる」診療科ではなく,視覚の本質を科学し(視科学),その質を高めるための知的最前線となったのである.このような劇的な変遷の背景には,そこに至るまで多くのclinician-scientist(臨床研究医)がたゆまぬ努力を重ねてきた事実があり,それこそが本稿でお伝えしたい重要なメッセージの背景となっている.III定年を迎えて思うこと~次世代へつなぐ道このたび,筆者が大学の定年退官を迎えるにあたり,本誌の外園千恵編集長から退官記念号の編集という,思いもよらぬ光栄な機会をいただいた.身に余る名誉であると感じる一方で,筆者個人の41年*TetsuroOshika:筑波大学医学医療系間にわたる歩みをただ回顧的に書き連ねたところで,読者の皆様にどれほどの価値を提供できるのだろうかと懸念し,深く逡巡した.その背中を押してくださったのが,「思い出話で終わらせるのではなく,次世代の眼科医たちをインスパイアし,未来を切り拓くような企画にしてください」という外園編集長からの温かい激励であった.その一言が道標となり,本特集がめざすべき方向性が定まった.本特集の構成は,筆者がこれまで歩んできた軌跡を「縦糸」とし,日本が世界に誇る眼科サイエンスの歩みとこれからの国際的リーダーシップを「横糸」として,次世代の眼科医へのエールとなるように構成した.ここでとりあげる不正乱視・収差解析,視覚の質(qualityofvision:QOV),前眼部光干渉断層計(opticalcoherencetomography:OCT),眼科におけるビッグデータ・人工知能(arti.cialintelligence:AI)などの各分野は,筆者自身がプロジェクトの立ち上げから開発プロセス,さらには統括役として深くかかわってきた,きわめて思い入れの深い領域ばかりである.激変する眼科学のただ中に身を置き,自ら経験してきたことを基盤にしながら,日本の眼科サイエンスがこれまで世界にどのように貢献し,どのような足跡を刻んできたのかという「現在地」を整理する.そして,これからの眼科医療が向かうべき「未来」を次世代の若い先生方とともに考える契機にしたいと思い至ったのである.「日本から世界への発信」という強いメッセージを根底に据え,眼科学がもつ学問としての奥深さと国際的な役割を浮き彫りにすることで,若い医師たちが自らの足で世界へ一歩を踏み出すための道標としたい.IV眼球という「窓」~基礎と臨床の対話眼科学は,本質的に基礎サイエンスとの親和性が非常に高い分野である.眼球はきわめてユニークな透明組織を有しており,生体内で神経,血管,結合組織,免疫反応,そして精密な光学系を傷つけることなく直接観察し,測定し,解析できる稀有な臓器である.そのため,基礎研究の成果を迅速に臨床へと橋渡しする「トランスレーショナル・リサーチ」が展開しやすく,また臨床で生じた疑問をサイエンスの力で解き明かして再び臨床に還元する「リバース・トランスレーション」もきわめて生まれやすい環境にある.眼科学の進歩は,常に他分野の新技術との邂逅によって加速されてきた.とりわけわが国には,伝統的な精密光学や数学的解析,高度な画像技術に加え,生理学や薬理学といった基礎医学における確かな知見の蓄積があった.これらが有機的に融合を果たすことで,世界に誇る日本の眼科サイエンスが築き上げられてきたのである.V「なんとなく見えにくい」に答えるQOVの科学この学問とサイエンスの幸福な融合をもっとも象徴するのが,QOVを科学的に究明し,臨床へと応用する領域にほかならない.視力検査の数値(たとえば1.0)は良好であるにもかかわらず,「なんとなく見えにくい」「像がにじんで鮮明さを欠く」と訴える患者は,今も昔も数多く存在する.しかし,昭和の時代まではこれらを客観的に評価する手段が不十分であったため,診察室で幾度となく繰り返されてきたこういった訴えに対する明確な解はなく,主観的な問題として片付けられがちであった.この状況を打破したのが,筆者らのグループが主導した角膜形状データのFourier解析や,眼球全体の光の乱れを測定する波面収差解析といった,物理学的・数学的アプローチの臨床導入である.あわせて,コントラスト感度など視力以外の指標の導入も進み,従来は捉えどころのなかった複雑な光学現象が,数値や精緻なマップとして可視化されるようになった.さらに,高度な光学測定機器の進化も相俟って,あいまいであった「見え方の質」「見え方の良し悪し」が,QOVという学問的定義を得て,客観的に評価できる対象となったのである.わが国における眼光学の確固たる知の蓄積があったからこそ,QOVは単なる概念的な標語にとどまらず,臨床に結びつく学術領域へと昇華した.すなわち日本は,視覚の質という主観的・感覚的な領域を科学の言葉で再定義し,定量化し,臨床の場へ還元する道を,自らの手で切り開いてきたのである.VI日本発の眼科イノベーションこうした日本発の眼科サイエンスは,今や前眼部解析のみにとどまらず,眼科学の多くの領域でみられる.たとえば,筑波大学の数理および医学研究グループがそのコンセプトから開発にいたるプロセスを主導した「前眼部三次元OCT」は,角膜診療の常識を根底から覆した.断層像による詳細な「形態学的解析」に加え,角膜の光学的特性を定量化する「機能的解析」を統合することで,個別化医療(プレシジョン・メディシン)への展開を可能にしている.さらに,光の偏光特性を利用して生体組織の線維化組織などを可視化・定量解析する「偏光OCT」の開発と生体応用も,日本発のイノベーションとして世界から大きな注目を集めている.近年では,日本における多施設共同データベースJapanOcularImagingRegistry(JOIR)の構築とそれを用いたビッグデータ解析が進み,AIによる前眼部および眼底疾患の診断補助プログラムの社会実装へのロードマップが具体化している.さらに,独自のアルゴリズムによって眼科のみならず内視鏡や放射線領域など他領域へも波及し始めた画像鮮明化技術,そして周辺網膜の焦点ぼけ理論に基づいた近視進行抑制のサイエンスなど,日本から世界へ向けて発信される最先端の知見は枚挙にいとまがない.白内障手術,角膜疾患,網膜疾患,緑内障,眼光学,視機能,画像診断,薬物治療など,多岐にわたる領域で日本発の研究が国際的に高く評価されてきたのは,単に高価な機械や新しい術式を導入したからではない.日本の臨床現場に根差した「緻密な観察」「丁寧なデータ収集」「長期にわたる忍耐強い経過観察」,そして何よりも「患者の見え方に寄り添う姿勢」という,日本人の科学者ならではの「緻密な思考」と「精緻な行動」があったからこそ,世界に通用する学術的価値へと昇華されたのである.眼科医療の究極の目的は,単に視力表の数値を改善することにとどまらず,患者がいかに快適に,安全に,そして豊かに見ることができるかを実現することにある.日本の眼科サイエンスはまさにその「患者中心の医療」を科学的に支える学問として,世界に貢献してきたのである.VII世界舞台での日本の立場こうした学術的・臨床的発展の歩みとともに,わが国の先達たちは国際舞台において重要な役割を担い,世界の眼科医療を力強く牽引してきた歴史がある.InternationalCouncilofOphthalmology(ICO)やAcademiaOphthalmologicaInternationalis(AOI)といった世界の眼科を束ねる組織において,中島章先生や清水弘一先生といった日本の偉大な先導者たちがPresidentを務め,世界の眼科医療が抱える課題の解決に主導的な役割を果たしてきたことは,日本の眼科学にとって誇るべき歴史である.また,アジア太平洋眼科学会(AsiaPaci.cAcad-emyofOphthalmology:APAO)においては,第4代に中島章先生,第17代に田野保雄先生がPresi-dentを務められ,そして現在,大鹿哲郎が第24代としてその任を引き継いでいる.日本でのAPAO総会は,1991年に三島済一会長のもと京都で開催された第13回総会,そして2014年に新家眞会長のもと東京で開催された第29回総会〔WorldOphthalmologyCongress(WOC)2014と併催〕があり,いずれもアジア太平洋地域の眼科レベル向上に大きく貢献した.とくにWOC2014(大鹿哲郎会長)は,135カ国から約2万人の参加者を集めるという歴史的な規模となり,WOC史上最大であるのみならず,日本国内でこれまでに行われたすべての医学系国際学会としても最大であり,その記録は現在も破られていない.しかし今日,世界の眼科学における日本のリーダーシップは,大きな転換点に直面している.近年におけるアジア諸国の発展はめざましく,その研究・臨床水準,国際学会での発信力は急速に高まっている.一方で,日本においては海外留学を志す若手医師の減少,国際学会での情報発信力の低下,国際共同研究への参画の減少という点で,日本の相対的なプレゼンス低下が懸念されている.先人たちが血のにじむような努力で築き上げ,世界に示してきた信頼と存在感を失うことなく,次世代へと受け継いでいくために,われわれは今一度,国際舞台におけるリーダーシップのあり方を見つめ直さなければならない.VIII「英語が苦手」が本当の問題か?日本の相対的なプレゼンス低下が懸念される今こそ,筆者は「日本の眼科医は優秀だ!」と声を大にして伝えたい.英語が苦手という1点だけで,海外の研究者や臨床医に引け目を感じる必要はまったくない.国際学会に参加すると,十分なデータもないまま感想文のような発表を平然と行う海外の眼科医が少なくない.それに対して,日本の眼科医は確固たるデータに基づき,エビデンスを丁寧に示そうとする姿勢をもっている.また,手術を例にとれば,テクニックなど手術の枝葉末節にとらわれがちな海外の術者に対し,わが国の多くの臨床医は手術生理学・手術薬理学に基づいた研究をしっかりと積み重ねてきた.こうしたアプローチの違いは,日本人の実直な国民性や教育のあり方に起因するところが大きい.しかし,このすばらしい強みをもっているにもかかわらず,語学力の差(英語への苦手意識)が足かせとなり,せっかくの優れた成果を自ら世界に発信することを躊躇させ,結果として昨今の「内向き」な状況を生み出す要因になっているのだとしたら,これほどもったいないことはない.われわれの生真面目さは,決して気後れすべきものではなく,むしろ世界に誇るべき最大の武器である.現に,日本の眼科学がこれまで世界の医療に多大な貢献を果たしてこれたのは,この確固たる実直さがあったからにほかならない.さらに心強いことに,驚異的な勢いで進化する最新の生成AIによって,語学の壁は日に日に低くなりつつある.近い将来,英語での情報発信やディスカッションは,誰もが容易に乗り越えられる程度の低いハードルになっているであろう.筆者らの世代がかつて苦労してきた言語や情報の壁を,これからの若い眼科医たちが最新技術の力を借りて軽やかに飛び越え,世界の舞台で生き生きと活躍する日が来ることを,筆者は心から楽しみにしている.IX次世代へのエール今回,各分野の第一線で活躍されている執筆者の先生方には,「これまでの技術が日本においてどのように発展してきたか」,そして「今,日本から世

尼崎総合医療センターにおける涙道内視鏡を使用した涙小管 閉塞症例の重症度別の治療成績

2026年7月31日 金曜日

《原著》あたらしい眼科43(7):840.844,2026c尼崎総合医療センターにおける涙道内視鏡を使用した涙小管閉塞症例の重症度別の治療成績澤明子竹谷太折井佑介廣瀬美央宮崎千歌兵庫県立尼崎総合医療センター眼科CSeverity-BasedTreatmentOutcomesofCanalicularObstructionTreatedwithDacryoendoscopy:ARetrospectiveStudyatHyogoPrefecturalAmagasakiGeneralMedicalCenterAkikoSawa,FutoshiTaketani,YusukeOrii,MiouHiroseandChikaMiyazakiCDepartmentofOphthalmology,HyogoPrefecturalAmagasakiGeneralMedicalCenterC目的:涙小管閉塞の重症度別の治療成績を明らかにすること.対象と方法:涙小管閉塞に対して涙道内腔再建術を施行し,術中所見で矢部・鈴木分類のCGrade2またはCGrade3に相当し,術後C2カ月目の診察が可能であった症例を対象とし,症状,涙管通水テスト,涙液メニスカス高で治療成績を比較した.結果:症状,涙管通水テストはCGrade3のほうがCGrade2より不良であった.術後涙液メニスカス高は有意差がなかった.S-1,流行性角結膜炎,ぶどう膜炎,ヘルペス角結膜炎,内眼手術後は全例でCGrade3であった.Grade3症例のうち,S-1とそれ以外で治療成績に有意差がなかった.S-1関連症例は,内服期間,涙道治療までの期間が長いほど治療成績が不良である傾向があった.結論:涙小管閉塞の重症度が高いほど治療成績が不良であった.CPurpose:Toinvestigateandreportthetreatmentoutcomesofcanalicularobstructiontreatedwithdacryoen-doscopyCaccordingCtoCtheCseverityCofCtheCobstruction.CSubjectsandMethods:InCthisCretrospectiveCstudy,CweCreviewedthemedicalrecordsofcanalicularobstructionpatientswhounderwentendoluminallacrimalductrecana-lization.OnlyGrade2orGrade3casesoftheYabe-Suzukiclassi.cationwitha2-monthfollow-upwereanalyzed.TreatmentCoutcomesCwereCevaluatedCbasedConCsubjectiveCsymptoms,ClacrimalCirrigationCtestC.ndings,CandCtearmeniscusheight(TMH).Results:Symptomsandlacrimalirrigationtest.ndingswereworseinGrade3comparedtoGrade2.Nosigni.cantdi.erenceinpostoperativeTMHwasobservedbetweenthetwogroups.Allcasesassoci-atedCwithCS-1,CepidemicCkeratoconjunctivitis,Cuveitis,CandCherpeticCkeratoconjunctivitisCwereCclassi.edCasCGradeC3.CAmongtheGrade3cases,nosigni.cantdi.erenceintreatmentoutcomeswasfoundbetweenthoserelatedtoS-1andthoseofothercauses.IntheS-1cases,longeradministrationandlongertimeforlacrimalducttreatmenttend-edCtoCbeCassociatedCwithCpoorerCoutcomes.CConclusion:MoreCsevereCcanalicularCobstructionCwasCassociatedCwithCpoorertreatmentoutcomes.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)43(7):840.844,C2026〕Keywords:涙小管閉塞,矢部・鈴木分類,涙道内視鏡,涙道内腔再建術,重症度別治療成績.canalicularobstruc-tion,Yabe-Suzukiclassi.cation,dacryoendoscopy,endoluminallacrimalductrecanalization(ELDR),treatmentout-comesaccordingtotheseverityCはじめに薬剤,アレルギーなどの原因で生じる炎症に起因し,重症度涙小管閉塞は流涙の主要な原因の一つであり,先天性およはさまざまである1).涙小管閉塞の重症度は矢部・鈴木分類び後天性に分類される.先天性には涙点閉鎖や涙小管の形成が日本で広く用いられており,重症度と治療適応の相関が良不全が含まれ,一般に難治である.一方で,後天性は感染,好であるとされる2).重症度が高いCGrade3症例では一般に〔別刷請求先〕澤明子:〒C660-8550兵庫県尼崎市東難波町C2-17-77兵庫県立尼崎総合医療センター眼科Reprintrequests:AkikoSawa,DepartmentofOphthalmology,HyogoPrefecturalAmagasakiGeneralMedicalCenter,2-17-77HigashiNaniwa-Cho,Amagasaki660-8550,JAPANC840(124)C0910-1810/26/\100/頁/JCOPY図1涙点・涙小管閉塞部を切開しチューブ留置した術後写真a:右眼下涙点から涙小管閉塞部を約C5Cmm切開した場合.涙点はスリット状に拡大した外観となる.Cb:左眼上下涙小管を約C9Cmmずつ切開した場合.涙管チューブは内眼角の内側にわずかに見える.結膜涙.鼻腔吻合術や涙.移動術が適応となるが1,2),症状の経過や患者の希望により涙道に涙管チューブを挿入する治療である涙道内腔再建術(endoluminalClacrimalCductCrecan-alization:ELDR)を選択する場合もある.ELDRによる涙小管閉塞の重症度別の治療成績に関する報告は少ない.本研究では,兵庫県立尼崎総合医療センター眼科(以下,当院)においてC2023年のC1年間にCELDRを施行した涙小管閉塞症例を対象に,矢部・鈴木分類に基づく重症度別の治療成績を後ろ向きに検討し,治療効果および原因別での検討を行ったので報告する.CI対象と方法2023年C1.12月に兵庫県立尼崎総合医療センター眼科で施行されたCELDRのうち,術中所見により矢部・鈴木分類のCGrade2またはCGrade3に相当し,術後C2カ月目の診察が可能であった涙小管閉塞の連続症例を対象とした.33症例C41側(平均年齢C72.5C±10.5歳)のうち,男性はC13症例15側,女性はC20症例C26側であった.Grade2がC17側(平均年齢74.6歳,男性5側,女性12側),Grade3が24側(平均年齢C70.9歳,男性C9側,女性C15側)であった.ELDRは涙点拡張後に涙道内視鏡を用いてシースあるいは涙道内視鏡で直接閉塞部を穿破し,シースガイドのもと涙管チューブを挿入する方法である.閉塞部が固く穿破できない場合は,顕微鏡下でメスを用いて涙点あるいは涙小管閉塞の近位端から涙.に向かって涙小管に平行に切開(5.10Cmm,平均C8.4Cmm)して残存する涙小管を探し出し,そこから涙道内視鏡を用いてシースガイド下で涙管チューブを挿入した.切開部はスリット状となり,切開創の遠位端が涙点の役割となる(図1).全例で手術終了前に鼻内視鏡で鼻涙管開口部から涙管チューブが出ていることを確認した.涙管チューブは全例でCPFカテーテル(NIDEK製,11cm)を使用した.主要評価項目は,当院における涙小管閉塞症例の重症度別(Grade2とCGrade3)のCELDRによる治療成績を明らかにすることである.治療成績の評価項目は,①自覚症状(改善あり・なし),②涙管通水テスト(良好,逆流あるいは不良),③涙液メニスカス高(tearCmeniscusheight:TMH)の三つとした.TMHは術前・術後に測定し,Wilcoxon検定により術前後の変化を評価した.また,Grade2とCGrade3の群間比較にはχ2検定およびCMann.WhitneyU検定を用いた.副次評価項目として,Grade3症例のうち抗癌剤CS-1関連症例とそれ以外の原因による症例について,治療成績を比較検討した.またCS-1症例のうち,S-1内服期間および内服開始から涙道治療までの期間と治療成績の関係も検討した.本研究は尼崎総合医療センター倫理委員会の承認を受け,ヘルシンキ宣言および人を対象とする生命科学・医学系研究に関する倫理指針に基づき実施した.電子カルテより診療記録を抽出した後ろ向き観察研究であり,患者による書面による同意を免除された.CII結果原因の内訳を表1に示す.S-1,流行性角結膜炎,ぶどう膜炎,ヘルペス角結膜炎,内眼手術後,涙小管.胞に合併した涙小管閉塞はすべてCGrade3に相当した.それ以外に,アレルギー性結膜炎,スイミングが原因と考えられる症例表1涙小管閉塞の重症度と原因の内訳*30**25涙小管閉塞症例(側)Grade.3CGrade.2計CS-1C11C0C11流行性角結膜炎C3C0C3ぶどう膜炎C3C0C3ヘルペス角結膜炎C1C0C1内眼手術後C1C0C1涙小管.胞に合併した症例C1C0C1アレルギー性結膜炎C0C1C1スイミングC0C1C1原因不明C4C15C19計C24C17C4120151050良好不良図2涙小管閉塞の重症度と治療成績(症状,涙管通水テスト)の比較症状と涙管通水テストはCGrade.3がCGrade.2より成績が不良であった.*:p=0.0000425<0.05,**:p=0.00000375<0.05.χC2検定.CS-1,流行性角結膜炎,ぶどう膜炎,ヘルペス角結膜炎,内眼手術後,涙小管.胞に合併した涙小管閉塞はすべてGrade.3に相当した.それ以外にアレルギー性結膜炎,スつぎに,Grade3症例のうちCS-1が原因のものとそれ以外イミングが原因と考えられる症例や原因不明のものがあった.*:p=0.0139<0.05*:p=0.00194<0.05(μm)600517**:p=0.390≧0.05500が原因のもので治療成績を比較したが,自覚症状,涙管通水テスト,術後CTMHいずれも有意差を認めなかった(図4).さらに,S-1関連の涙小管閉塞C11側で,S-1内服期間と,内服開始から涙道治療までの期間について治療成績との関係を検討した.症状改善のあったC3側,改善のなかったC8側のS-1内服期間の中央値はそれぞれC2カ月とC18カ月,S-1内服から涙道治療までの期間の中央値はそれぞれC2カ月とC35カ月で,Mann-WhitneyU検定でCp値はそれぞれC0.009,0.028であり,S-1内服期間および涙道治療までの期間が長いほど症状改善が有意に不良である傾向が示唆された.まTMH1000図3涙小管閉塞の重症度と治療成績(TMH)の比較TMHはCGrade3,Grade2とも術前後で有意に改善していた.一方で,術後CTMHはCGrade.3とCGrade.2で有意差がなかった.*:Wilcoxon検定.**:Mann.WhitneyU検定.や,原因不明のものがあった.涙小管閉塞の重症度別の治療成績について,症状および涙管通水テストはCGrade3がCGrade2に比べて有意に不良であった(図2).TMHは,Grade3,Grade2の各群において術前後で有意に改善していたが,術後CTMHはCGradeC3とCGrade2で有意差を認めなかった(図3).手術方法は,閉塞部を切開した症例は全例がCGrade3症例であった.シースあるいは涙道内視鏡で穿破した症例はCGrade3症例がC1例とCGrade2症例の全例であった.た,涙管通水テストが良好であったのはC1側,不良がC10側で,S-1内服期間の中央値はそれぞれ6カ月と12カ月,S-1内服から涙道治療までの期間の中央値はそれぞれC8カ月とC34カ月であり,涙管通水テストの結果も症状と同様の傾向にあった.一方,術後CTMHとCS-1内服期間,および治療開始までの期間は,Spearmanの順位相関分析において相関係数がそれぞれ-0.10,-0.02と,相関関係が低いことが示唆された.CIII考按今回の検討で,涙小管閉塞の重症度が高いほど,症状や涙管通水テストの結果が不良であることが示された.一方で,術後CTMHはCGrade3とCGrade2のC2群間でCMann-Whit-neyU検定にて有意差を認めず,症状や涙管通水テストの結果と乖離した.TMHは通常C0.2.0.4Cmmとされており,今回の術後TMHの平均値はGrade3症例が344μm,CGrade2症例がC278Cμmでともに正常範囲内であった.しかし,Grade3症例で症状改善の自覚が乏しかったのは,CGrade2症例に比べると術後CTMHが高く,正常とされる範術前術後術前術後Grade3Grade2****(μm)1445040012350症状通水術後TMH症状通水術後TMHS-1S-1以外涙小管閉塞症例(側)103002502008術後TMH6150410025000良好不良術後TMH図4S-1とそれ以外の原因での治療成績の比較S-1とCS-1以外では,いずれの項目でも治療成績に有意差がなかった.*≧0.05:χC2検定.**≧0.05:Mann.WhitneyU検定C.C囲内においてもC0.4Cmmに近づくと自覚症状の不良につながった可能性がある.また,Grade3症例はC1例を除いてほぼすべての症例で涙点・涙小管閉塞部を切開しており,涙点が拡大したようなスリット状となっていることが症状の差につながった可能性がある.同様に,切開症例では平均C8.4Cmmの切開をしており涙小管が短くなることや,残存涙小管においても狭窄があることが考えられ,Grade3症例で涙管通水テストが不良であった説明となりうる.涙道手術前後の涙液メニスカスを比較した過去の研究では,高さ(TMH)3),面積4),曲率半径5)のいずれも術後有意に改善することが報告されている.これは,同一グループの術前後という対応のあるC2群の比較である.今回もCGrade3,Grade2の各群で術前後のCTMHを比較すると,術後CTMHは両群ともに有意に改善していた.しかし,Grade3とCGrade2という対応のない異なる患者のC2群を比較する場合には,結膜弛緩や涙液分泌能など個人の差の影響を受けやすかった可能性があり,このような対応のないC2群の治療成績を比較する場合の評価項目として術後CTMHは適切でなかった可能性がある.今回の涙小管閉塞症例C41側のうち,S-1,流行性角結膜炎,ぶどう膜炎,ヘルペス角結膜炎,内眼手術後が原因のものはC19側あり,全例がCGrade3の涙小管閉塞であった.過去の報告でもCS-1が原因の涙小管閉塞は重篤で治療成績が不良であることが知られている6)が,早期治療で予防が可能であることが周知されつつある7).一方で,ぶどう膜炎や前眼部のウイルス感染,散瞳薬アレルギーなどが重篤な涙小管閉塞を起こすことはあまり知られていない.これらの疾患は羞明や角結膜刺激による分泌性流涙をきたすことから,涙道閉塞との区別がむずかしい.今回の検討では,S-1とそれ以外が原因のもので治療成績はすべての項目で有意差がなかった.つまり,S-1以外が原因でもCGrade3の涙小管閉塞は同様に重篤であることが示唆された.よって,これらの原因においてもCS-1同様に早期から涙道の評価と治療が必要であると考える.具体的には,これらの疾患をみたら早期から涙点や涙液メニスカスの観察,涙管通水テストを実施するべきであると考える.S-1関連症例では,S-1内服期間,内服開始から涙道治療までの期間が長いほど治療成績が不良である傾向であった.今回の検討ではC11側と症例数が少なかったが,過去の報告と同様の結果であった8).引き続き,S-1投与の早期から涙道の評価をし,涙点・涙小管の狭小や症状出現を認めた時点で早めのチューブ挿入が必要と考える.そのためには,S-1処方医にも涙道障害をさらに周知し,処方と同時に眼科へ紹介する流れを作る必要がある.今回の検討で,一部のCGrade3症例で自覚症状や通水テストの改善を認めた.その多くは発症から治療までの期間が短い症例であった.一般に,Grade3の涙小管閉塞は結膜涙.鼻腔吻合術9)や涙.移動術10)が必要とされるが,これらの治療を希望しない患者がいることも多々経験する.その場合には,ELDRのような涙管チューブによる治療は選択肢になりうると考える.しかし,多くのCGrade3症例の治療成績は不良であることから,改善度は限定的であることは患者に十分に説明し理解してもらう必要がある.本研究の限界として,術後評価をC2カ月目としたことから長期経過では涙小管閉塞の再発などによって結果が異なる可能性がある.現在,涙小管閉塞の治療後の長期経過について検討している.また,症例数が少なく,とくにCS-1症例の投与期間や涙道治療までの期間と治療成績との関係について,統計学的な検討ができなかった.今後症例を増やして検討する予定である.今回,涙小管閉塞の重症度別の涙道内視鏡を使用した治療成績について検討し,矢部・鈴木分類による重症度が高いほど治療成績が不良であることがわかった.早期の発見と治療が重要であることが示唆された.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)杉本学:涙点・涙小管の狭窄・閉塞.眼科プラクティス18,p100-103,文光堂C,C2025C2)藤本雅大:涙点・涙小管閉塞.臨眼C77:840-843,C20233)永岡卓:涙管チューブ挿入術前後の涙液動態の変化.臨眼C68:1031-1035,C20144)鈴木亨:光干渉断層計を用いた涙小管閉塞症術前後の涙液メニスカス断面積の測定.臨眼C65:641-645,C20115)松尾早希子:涙管チューブ挿入術前後における涙液クリアランス試験の検討.あたらしい眼科C33:1688-1691,C20186)柏木広哉:抗癌剤による涙道障害.眼科プラクティスC18,p104-107,文光堂C,C20257)鎌尾知行:S-1関連眼障害:前向き多施設Cstudy.眼科プラクティスC18,Cp108-111,文光堂C,C20258)坂井譲:TS-1による涙道障害の多施設研究.臨眼C66:C271-274,C20129)JonesLT:Thecureofepiphoraduetocanaliculardisor-ders,traumaandsurgicalfailuresonthelacrimalpassag-es.TransAmAcadOphthalmolOtolaryngolC66:506-524,C196210)嘉鳥信忠:涙.移動術結膜涙.吻合術.臨眼C78:417-421,C2024C***