点眼変更および追加のタイミングと注意点 Timing and Considerations when Switching orAdding Glaucoma Eye-Drop Medications内藤知子*はじめに緑内障治療の基本は点眼薬による眼圧下降であるが,その効果には個人差があり,治療経過に応じて薬剤の変更や追加が必要となることも少なくない.また,点眼薬による治療効果が不十分である,あるいは視神経障害の進行が認められる場合には,観血的治療への移行も視野に入れた対応が求められる.こうした判断には,眼圧コントロールの状況に加え,進行速度,患者の年齢,病型,アドヒアランス,副作用など,多様な要因を総合的に評価することが必要となる.本稿では,点眼薬の変更や追加を検討するタイミング,薬剤選択時の注意点,さらに多剤併用に至った際に観血的治療を選択肢に含めるべき状況について解説し,個別化された緑内障治療戦略の構築に寄与することを目的とする.C
I 点眼の変更および追加を検討するタイミング緑内障は視神経の不可逆的な障害を伴う慢性疾患であり,その進行を抑制する唯一のエビデンスに基づいた方法は眼圧下降である.緑内障診療ガイドライン第C5版
(以下,ガイドラインと表記)によると1),緑内障治療の最終目的は視覚の質(qualityCofvision:QOV)と生活の質(qualityCoflife:QOL)の維持であるが,視神経障害は非可逆的である一方,緩徐に進行するため治療効果の判定には長期間を要することから,患者ごとに目標とすべき眼圧レベル(目標眼圧)を設定して緑内障治療を進めていくことが提案されている.そして,眼圧下降手段には薬物治療,レーザー治療,手術治療があるが,患者の病型や病期・アドヒアランス,さらには副作用の忍容性など多岐にわたる因子を加味して個別に調整していく.基本的には点眼薬による薬物治療が第一選択となることが多く,目標眼圧を設定し,単剤からスタートしていく(「緑内障の病診連携,紹介のタイミング」p1224,図 1参照).個々の患者における視神経障害の進行速度とそれを抑制しうる眼圧を予測することは困難であるので,治療を開始するにあたっては,病期や無治療時眼圧などを勘案し,症例ごとに目標眼圧を設定する.後期例では,進行した場合にCQOLに及ぼす影響が大きいので,目標眼圧はより低く設定する必要がある.また,余命が長いと想定される場合も治療が長期にわたることから,目標眼圧をより低く設定し,積極的に進行抑制に取り組むことが推奨されている1).目標眼圧の設定法としては,初期例C19CmmHg以下,中期例C16CmmHg以下,後期例C14CmmHg以下というように病期に応じて設定する方法や,無治療時眼圧から20%,あるいはC30%の眼圧下降というように眼圧下降率を設定する方法がある1).目標眼圧を達成していても,視神経障害による構造的変化や機能的変化に進行がみられ,それが長期予後としてCQOVやCQOL悪化につながるリスクがあると推測される場合には,さらに低い目標眼圧に修正していくが,その過程で,薬剤の変更や異な
*TomokoNaito:グレース眼科クリニック〔別刷請求先〕 内藤知子〒700-0821岡山県岡山市北区中山下C1丁目C1-1グレースタワーⅢC2F グレース眼科クリニック(1)(33)C12510910-1810/25/\100/頁/JCOPY る作用機序の薬物の追加が必要となる.目標眼圧による治療の注意点は,その目標眼圧の妥当性が経過を経ないと判断できない点である(図 1).その値が適切であったかどうかは,視神経障害の進行を十分に抑制できたことが確認された時点で初めて判断できる.すなわち,目標眼圧を達成していても進行する例もあれば,目標眼圧を達成していなくともあまり進行しない例もあるので,目標眼圧はあくまでも治療の手段であって目的ではなく,一つの目安と捉える視点も必要である.C
II 視神経障害の機能的・構造的変化の評価進行速度の評価はおもに視野や光干渉断層計(opticalCcoherencetomography:OCT)などの眼底所見から行う.視野の評価においては,MDslopeは予後予測が立てやすく患者への説明もしやすいが,進行に関する有意検定は検査回数や期間,検査の信頼性に応じて変わってくるので2),検査回数が少なくて信頼性も不良であると,進行判定までに長い期間を要してしまい,その間に視野がさらに悪化してしまうリスクがある.筆者らは,視野の連続悪化(2,3連続)がみられる場合はその後のCMDslopeが有意に悪化する可能性が高いことを報告している3).MDの連続悪化以外にも,QOVに大きくかかわる中心C10°以内の視野や下方視野の悪化がみられる場合は要注意であり,治療強化を検討していく.一方で,OCTでの評価が有用なのはおもに初期.中期例である.たとえば,網膜神経線維層(retinalCnerve.berClayer:RNFL)と網膜神経節細胞(retinalCganglioncell:RGC)層の菲薄化が上下どちらかのみに限局していたのに,反対側にも菲薄化が出てきた場合は明らかな進行である.後期になってくるとC.oore.ectのためOCTでの判定はむずかしくなってくる.乳頭出血(dischemorrhage:DH)の出現も見過ごせない(図 2).DHは緑内障性視神経症の病態と深くかかわる所見の一つであるが,陥凹拡大に先行してみられる場合と,神経線維の脱落の結果として生じる場合があるという考え方があり,この所見が陥凹拡大の原因か結果であるかは未だに結論が出ていないが,緑内障性変化の特徴的な所見の一つとして認識されている.DHを生じている時点で,すでに神経線維層欠損(nerveC.verlayerdefect:NFLD)の存在を示唆しており,DHが観察された症例は視野の進行が高い割合でみられることが報告されている4).このため,DHは臨床上非常に重要な所見となる.DHが認められた場合には,進行のリスクが高いと判断し,治療方針の再評価や治療の強化を積極的に検討する.C
III 点眼変更および追加時の薬剤選択ガイドラインでは,最初に単剤として選択される薬剤はプロスタノイドCFP受容体作動薬(以下,FP作動薬と表記)が第一選択として推奨されている1).原発開放隅角緑内障においては,FP作動薬がもっとも優れた眼圧下降効果をもち,1日C1回の点眼回数ですむこと,副作用の面でも良好な許容性を有するためである.Cb遮断薬およびプロスタノイドCEPC2受容体選択性作動薬(以下,EPC2作動薬と表記)も第一選択になりうるが,Cb遮断薬は全身の副作用に留意して処方する必要がある.CEP2作動薬であるオミデネパグイソプロピル点眼液は2018年に承認され,眼圧下降効果はラタノプロストに非劣性であり,FP作動薬に特徴的な局所副作用であるプロスタグランジン関連眼窩周囲症(prostaglandin-associatedperiorbitopathy:PAP)といった副作用もないと考えられているが,眼内レンズ挿入眼には禁忌である点には注意する.単剤治療にて目標眼圧が達成できない場合,つぎのステップとして薬剤の変更(スイッチ)または他剤の追加
(アドオン)を行う.どちらを選択するかについては,ガイドライン第C5版でフューチャーリサーチクエスチョン(FQ1)にまとめられている1).薬剤の変更を考える際,第一選択薬としてCFP作動薬を点眼していた場合には,ノンレスポンダーであった場合を除き,FP作動薬からほかの眼圧下降薬へ変更しても,さらなる眼圧下降効果は期待できないといわれている.第一選択薬としてFP作動薬以外を使用していた場合には,Cb遮断薬よりもCFP作動薬のほうが眼圧下降効果に優れていることはすでに多くの文献で報告されているので5.9),FP作動薬へ変更することで一層の眼圧下降効果が期待できる.副作用のために第一選択薬の使用が不適当な場合も変更を考慮する.一方,追加を検討する場合であるが,第二1252 あたらしい眼科 Vol.C42,No.C10,2025(34)
目標眼圧とは,患者ごとに目標とすべき眼圧レベル設定した目標眼圧が適切か否かは視神経障害の進行抑制が確認されて初めてわかる図 1 目標眼圧達成と十分な眼圧下降効果の関係図 2 DH乳頭上耳側にCDHがみられる().
図 3 OCTによる進行判定
GCC菲薄化部分が拡大しており,進行と判定できる.glaucomasurgery:MIGS)による流出路再建術などを併用した治療を早めに行うことなどを検討する.薬剤に対するアレルギー性結膜炎や眼瞼炎などの副作用で点眼継続が困難な患者や,アドヒアランスの改善が期待できない患者も手術療法の導入を早めに考慮する.また,白内障の有無は観血的治療を考慮するうえでのポイントになる.高齢者では白内障を併発している場合が多いが,MIGSを併用することで,眼圧下降のみならず緑内障点眼数を減らすことが期待できる.MIGSは濾過手術に比べると合併症リスクが少ないことが特徴でもあるので,緑内障患者の白内障手術施行時には積極的な併用も選択肢の一つと考える.なお,緑内障手術は視機能を改善する治療ではなく,眼圧を下げて進行を緩徐にするための治療である.術式によっては,むしろ見えにくくなる場合もあるため,手術を受けるか否かの判断には,患者の十分な理解と同意が不可欠である.そもそも,緑内障治療の本来の目的はQOVの維持であるが,進行例においては手術そのものがCQOVに影響を及ぼすリスクも見逃せない.実際,線維柱帯切除術(トラベクレクトミー)では,術後に約1.0CdBの視野感度の低下が起こるという報告もあるので10),専門医への紹介も視機能が大きく損なわれる直前ではなく,まだ余裕のある段階で勧めることが望ましい.眼圧推移,視野・OCTの経過,薬剤の副作用歴,全身状態などの情報が揃っていれば,手術適否の判断にも役立つ.加えて,術前の局所的因子としてCPAPには注意が必要である.PAPは美容面のみならず,眼圧測定や濾過手術の成績にも影響することが知られている11.13).筆者の施設と島根大で行った研究では13),PAPの重症度が高いとトラベクレクトミーの成功率は有意に低下することが示された.そのため,手術前にはPAPの有無と重症度を評価することも重要である.なお,術直前の点眼薬変更によってCPAPを改善することはむずかしいため,日常診療の段階から適切な点眼指導を行い,薬剤選択にも配慮する必要がある.FP作動薬の種類によってCPAPの発現率は異なるので12),PAPのリスクを軽減するためには薬剤ごとの特性を理解したうえでの慎重な選択が求められる.
おわりに点眼薬の変更および追加は,緑内障治療において患者の予後を左右する重要な判断の一つである.ガイドラインに基づく理論的根拠と,個々の患者背景に応じた柔軟な判断力の両立が求められる.常に治療目標である視機能と生活の質の維持を念頭におきながら,過不足のない治療強化と患者に寄り添った継続的なケアを行う必要があり,患者が安心して快適な余生を送れるように,緑内障診療を進めていきたいと考える.文 献1)日本緑内障学会緑内障診療ガイドライン改訂委員会:緑内障診療ガイドライン(第C5版).日眼会誌C126:85-177,C20222)ChauhanCBC,CGarway-HeathCDF,CGoniCFJCetal:PracticalCrecommendationsCforCmeasuringCratesCofCvisualC.eldCchangeCinCglaucoma.CBr J OphthalmolC92:569-573,C2008
3)NaitoCT,CYoshikawaCK,CMizoueCSCetal:RelationshipCbetweenCconsecutiveCdeteriorationCofCmeanCdeviationCvalueCandCprogressionCofCvisualC.eldCdefectCinCopen-angleCglau-coma.CClin Ophthalmol 26:2217-2222,C2015
4)IshidaCK,CYamamotoCK,CSugiyamaCKCetal:DiskChemor-rhageCisCaCsigni.cantlyCnegativeCprognosticCfactorCinCnor-mal-tensionCglaucoma.CAmCJCOphthalmolC129:707-714,C2000
5)AlmCA,CStjernschantzJ:E.ectsConCintraocularCpressureCandCsideCe.ectsCofC0.005%ClatanoprostCappliedConceCdaily,CeveningCorCmorning.CACcomparisonCwithCtimolol.CScandina-vianCLatanoprostCStudyCGroup.COphthalmologyC102:1743-1752,C1995
6)CamrasCB:ComparisonCofClatanoprostCandCtimololCinCpatientsCwithCocularChypertensionCandglaucoma:aCsix-monthCmasked,CmulticenterCtrialCinCtheCUnitedCStates.CTheCUnitedCStatesCLatanoprostCStudyCGroup.COphthalmologyC103:138-147,C1996
7)MishimaCHK,CMasudaCK,CKitazawaY:ACcomparisonCofClatanoprostCandCtimololCinCprimaryCopen-angleCglaucomaCandCocularChypertension.CAC12-weekCstudy.CArch Ophthal-molC114:929-932,C1996
8)WatsonCP,CStjernschantzJ:ACsix-month,Crandomized,Cdouble-maskedCstudyCcomparingClatanoprostCwithCtimololCinCopen-angleCglaucomaCandCocularChypertension.CTheCLatanoprostCStudyCGroup.COphthalmologyC103:126-137,C1996
9)LiF,CHuangCW,CZhangX:E.cacyCandCsafetyCofCdi.erentCregimensCforCprimaryCopen-angleCglaucomaCorCocularhypertension:aCsystematicCreviewCandCnetworkCmeta-analysis.CActa OphthalmolC96:e277-e284,C2018
10)JunoyCMontolioCFJ,CMuskensCRPHM,CJansoniusNM:
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