高齢者緑内障に対する選択的レーザー線維柱帯形成術の使い方HowtoUseSelectiveLaserTrabeculoplastyforElderlyGlaucomaPatients新田耕治*はじめに緑内障患者を長期間にわたり診察する場合には,根治療法がないので点眼治療のみではなく,レーザー治療や観血的治療もおりまぜながら管理しなければならない.本稿で取り上げる緑内障レーザー治療の一つである選択的レーザー線維柱帯形成術(selectivelasertrabculo-plasty:SLT)は1990年代に登場したが,説明に時間がかかる,レーザー治療に対する抵抗感が強く患者を説得しきれない,期待したほど眼圧が下降しない,などが原因で日本ではなかなか普及しなかった.しかし,2019年にLancet誌にLiGHTtrialの結果が発表され1.3),原発開放隅角緑内障(primaryopenangleglaucoma:POAG)や高眼圧症(ocularhypertension:OH)にSLTが第一選択治療として有用であることが発表され,日本でも緑内障の第一選択治療としてのSLT(つまり点眼治療で開始せずいきなりSLTを施行)や1剤の緑内障点眼で治療しても目標眼圧に到達しない,あるいは緑内障が進行する患者に対する第二選択治療としてのSLT(つまり現在使用している1剤の点眼は継続したままSLTを施行)が注目されている.本稿では,高齢者緑内障にSLTをどのように活用すべきかについて概説する.I現在の日本社会が抱える課題と視機能日本社会は超高齢社会であり,2070年には総人口の38.7%が65歳以上の高齢者となるとの試算がある.内閣府の『令和5年版高齢者社会白書(全体版)』には次ように書かれている4).高齢者の定義と区分に関しては,日本老年学会・日本老年医学会「高齢者に関する定義検討ワーキンググループ報告書」(平成29年3月)において,近年の高齢者の心身の老化現象に関する種々のデータの経年的変化を検討した結果,特に65.74歳では心身の健康が保たれており,活発な社会活動が可能な人が大多数を占めていることや,各種の意識調査で従来の65歳以上を高齢者とすることに否定的な意見が強くなっていることから,75歳以上を高齢者の新たな定義とすることが提案されている.また,「高齢社会対策大綱」においても,「65歳以上を一律に『高齢者』と見る一般的な傾向は,現状に照らせばもはや現実的なものではなくなりつつある.」とされている.一方,高齢者はとくに全身疾患を合併していることが多く,これまで施行可能だった緑内障検査を行うことができないとか,寝たきり状態になり通院が不可能となることもある.福井県済生会病院で緑内障と初めて診断された患者のうち3年間継続的に眼科を受診できた比率に関する年代別の検討では,80歳代の継続受診率は56.2%とほかの年代と比較して低率であった(図1).緑内障は慢性進行性疾患であり,すでに後期の病期の高齢者患者のなかには慣れ親しんでいる自宅での生活を送るのが精いっぱいで,外出などはまったく不可能なほどに視機能が低下し*KojiNitta:福井県済生会病院眼科〔別刷請求先〕新田耕治:〒918-8503福井市和田中町舟橋7-1福井県済生会病院眼科0910-1810/23/\100/頁/JCOPY(11)126910.8率生存0.6積50歳未満診累50歳台継続受0.460歳台70歳台0.280歳以上0010203040506070経過観察期間(月)80図1緑内障患者の継続受診率(初診時の緑内障年代別)福井県済生会病院を2007.2009年に初診した緑内障患者330例の継続受診率を初診時の年代別に示す.3年間の継続受診率は50歳未満(73例)で75.9%,50歳代(82例)90.1%,60歳代(73例)90.0%,70歳代(64例)75.8%,80歳以上(38例)56.2%であり,80歳以上の高齢者緑内障患者の継続受診率が有意に低率であった.表1高齢者緑内障にかかわる諸事情難聴患者が多い(70歳以上では約3割)脳卒中にて片麻痺認知症(80歳以上の2.3割)定期的に受診できない(自動車を運転できない,寝たきり,施設に入所,老老介護)Goldman圧平眼圧計による眼圧測定が困難なことがある(車いすがスリットの顎台の高さが合わない,開瞼不能など)自己点眼が不可能なことがある呼吸器や循環器に影響を及ぼすb遮断薬を使用しにくい落屑緑内障高頻度急性閉塞隅角症のリスク大Tenon.が後方へ移動しており濾過手術術後に濾過胞関連合併症が生じやすいさんだけなので,仕事に行く直前と帰宅してからしか点してあげられません」「母は,施設に入所しているので,きちんと点眼してもらっているのか心配です」など,家庭の種々の事情により点眼アドヒアランスが高齢者緑内障では不良なことが多いと思われる.III手術を回避したい場合高齢緑内障患者は,非高齢緑内障患者と異なる方針で管理しなければならないことがある.非高齢緑内障患者では,点眼などの治療が奏効せず緑内障が進行する場合に手術を選択することが多いが,高齢者緑内障患者の場合には,点眼アドヒアランスの面で手術を選択することもある.しかし,局所麻酔での手術には体勢の保持は欠かせず,認知症の患者などではわれわれの指示を理解できずに術中に手術継続が困難になってしまう恐れがある場合には,手術を躊躇せざるを得ない.全身麻酔であれば手術が可能であるが,術後せん妄の危険性があるので主治医として手術をすべきか判断に迷うことがある.また,濾過手術の術後に濾過量不足の場合にはレーザー切糸を施行する必要があるが,患者の協力が得られなければ施行不可能である.また,過剰濾過の場合にも強膜弁の追加縫合や前房形成を局所麻酔下で施行するが,同様に患者の協力が必要となる.術後の通院に自分で運転して来院できる高齢の症例も多いが,家族や施設の協力を得ながらやっと受診する高齢者も多い.その場合には,長期的には通院ができなくなってしまうことも危惧される.IV高齢緑内障患者にSLTをどのように呈示するか一般的にSLTを患者に呈示する場合は,緑内障の病状や特徴などを一通り説明したあとに,治療方針として点眼治療あるいはSLT治療を呈示する.点眼治療とSLT治療のメリットとデメリットについても説明するようにしている.点眼治療のメリットは,1)気軽に始めることが可能,2)1回の診察代金が低額の2点があげられる.点眼のデメリットは,1)毎日点眼をしなければならない.2)点眼による有害事象が懸念されること,などである.SLT治療のメリットは,1)毎日のわずらわしさがない.2)1回のSLTで2.3年間治療効果が持続する.SLT治療のデメリットは,1)1回の処置代金が高額(1割負担で9,660円,3割負担で28,980円),2)奏効するか施行してみないと予測困難である.3)レーザー治療には医師も患者も怖いイメージがある,などがあげられる.これらを十分に説明したうえで,SLT治療に関するパンフレットを渡し,じっくりと治療方針について患者と相談して決めている.白内障術後に初めて緑内障と診断された高齢者緑内障の場合には,緑内障の病状としては初期の病期のことが多く,年齢を加味して治療方針を判断すべきである.高齢者の場合には治療アドヒアランスが不良なことが多いので,結果的に無治療で経過観察することも多いが,主治医として無治療の選択肢を強調すべきではないと考えている.施設に入所中であったり,施設へ入所予定となった場合には,定期的な眼科受診は困難になると想定される.それぞれの高齢者の生活状況も加味して治療方針を決めるべきである.SLTの効果を高齢者と若年者で比較した論文で,年齢が若い群のほうがSLT後の生存率が良好と報告されている5).逆にいえば,高齢者ではSLT効果があまり期待できないということになる.加齢とともに集合管が減少するのでSLTが効かなくなることが予想されるのである.それでもSLTを施行することになった場合には,筆者は患者にSLTの有効性は70%であり,3割の患者は効果がないこと,まれにSLT施行後に眼圧が上昇すること.効果の持続時間は2.3年であるが数カ月で効果が減衰する場合があること,有害事象としては,眼圧上昇以外にSLTを施行してから数日間にわたり霧視,結膜充血,違和感が出現する場合があるが,おおむね1週間以内に改善すること,などを説明している.また,SLT施行当日は帰宅可能で,帰宅後は通常の生活を送ることができ,当日から入浴も可能であることなど,日常生活に制限はないと伝えてからSLTを施行するようにしている.VSLTの施行方法照射1時間前にアプラクロニジンとピロカルピンを点眼する.施設によってはアプラクロニジンのみ点眼している施設もある.全周360°照射を基本とする.線維柱(13)あたらしい眼科Vol.40,No.10,20231271図2SLT照射の方法レーザー照射径は400μm,レーザー照射時間は3nsで固定されている.照射瘢痕は生じないが,重ならないように線維柱帯色素帯に照射する.図3SLT照射の際の注意点スポットサイズは直径400μmなので照射範囲に毛様体帯が含まれてしまう場合がある(左×).毛様体帯を照射した場合は炎症が強く惹起され,レーザー後に重篤な眼圧上昇や前房出血をきたす可能性がある.また,角膜寄りに照射すると,角膜内皮を損傷するおそれがある(右×).気泡(シャンパンバブル)図4SLT照射エネルギーレーザー出力を0.6mJから照射を開始し,実際に照射してみて気泡が生じる最小のパワーで順次進めていくのが一般的である.しかし,隅角に色素沈着が生じている部位はより小さいエネルギーでも気泡が生じ,色素沈着のない部位ではより大きいエネルギーでも気泡が生じないことが多く,その場合は2.3発に1度程度で気泡が生じるエネルギーを照射するとよい.図5筆者がSLTの際に使用している隅角鏡(OcularHwang-Latina5.0IndexingSLTw/Flange)レンズが回るindexingレンズで,白色のツバを目印に45°分を半時計回りに10.12発を照射する.その部分の照射が終わればレンズをカチッと半時計回りに次の引っかかりまで回し,また10.12発照射する.これを8回繰り返す.SLTでは凝固斑が出現しないのでどこまで照射してどこから再開したらよいかがわかりにくいが,このレンズを使用するようになって施行しやすくなった.また,隅角血管(左×)や虹彩突起(右×)の照射は避けるようにする.Hwang-Latina5.0IndexingSLTw/Flangeを愛用している.このレンズは45°分が白色のツバで表示されるので,この45°分の白いツバを目印に半時計回りに10.12発を照射する.その部分の照射が終われば外套をカチッと次の引っかかりまで半時計方向に回し10.12発照射する.このことを8回繰り返すと360°全周照射が完了する(図5).SLTは凝固斑が出現しないので,どこまで照射してどこから再開したらよいかがわかりにくかったが,このレンズを使用するようになってスムーズになった.VI高齢の最大耐用緑内障点眼使用患者へのSLT「緑内障診療ガイドライン」第5版6)にも,「眼圧コントロールに多剤の薬剤を要するときは,レーザー治療や観血的手術などの他の治療法も選択肢として考慮する必要がある」とあり,緑内障治療におけるSLTの位置づけは最大耐用点眼でも眼圧がコントロールできないときや,手術に同意が得られないときに試す治療としている.齋藤らは,最大耐用薬剤使用中のPOAGにSLTを施行した結果,施行前眼圧20.9±3.4mmHgが施行後18.7±4.6mmHgと下降したが,下降率は10.0%でKaplan-Meier法による12カ月後の眼圧累積生存率は23.2%と不良であったと報告した7).Mikiら8)は,最大耐用薬剤使用中(平均3.4剤)の緑内障患者〔POAG39眼,落屑緑内障23眼,続発開放隅角緑内障(secondaryopenangleglaucoma:SOAG)13眼〕にSLTを施行し1年以上経過を観察し,眼圧がSLT施行前と同じか,それ以上に上昇した場合を脱落基準1,SLT施行前より眼圧下降率が20%未満になった場合を脱落基準2とした場合に,脱落基準1での成功率は45.3%,脱落基準2での成功率は14.2%であったと報告した.多変量解析の結果,SLT施行前の眼圧が高いほど,病型ではSOAGのSLT成功率が有意に悪かった.実際に観血的緑内障手術が必要な患者で,手術に同意が得られない場合に手術を回避あるいは先延ばしする目的でSLTを施行することがあるが,そのようなSLTの効果は限定的であるが,上述したように手術を施行できないと思われる高齢緑内障患者の場合には,SLTに期待して施行することもある.短期間であるが現状よりも眼圧が下降できることもあるからである.VII正常眼圧緑内障へのSLTの成績白内障術後に発見された高齢緑内障患者の大多数は正常眼圧緑内障(normaltensionglaucoma:NTG)である.NTGへのSLT治療の報告について概説する.NTGへの追加治療としてのSLTの報告では,ElMallahら9)がSLT前の眼圧14.3±2.6mmHgがSLT後に眼圧12.2±1.7mmHgへと平均14.7%の眼圧下降が得られたと報告している.1.7±1.0成分の緑内障点眼薬を使用していたNTG32例60眼に全周SLTを施行した別報10)では,SLT前の眼圧は16.0±2.1mmHg,1カ月後の眼圧は12.5±2.1mmHgで21.5±11.4%の眼圧減少率であった.SLTでの20%以上の眼圧下降達成率は61.7%(37/60)であった.多変量解析では,SLT前の眼圧が高い(coe.cient=1.1,オッズ比=3.1,p=0.05)こととSLT施行1週間後の眼圧が低い(coe.cient=.0.8,オッズ比=0.5,p=0.04)ことが予後と有意に関連した因子であった.筆者らは日本人NTG42例42眼に第一選択治療としてのSLTを施行し,前向きに3年間観察した結果,眼圧はSLT前15.8±1.8mmHg,1年後13.2±1.9mmHg(15.8±8.6%),2年後13.5±1.9mmHg(13.2±9.4%),3年後13.5±1.9mmHg(12.7±10.2%)と常に有意に下降していた.SLT施行1カ月後のout.owpressure改善率が20%以上の著効群は37/40例(92.5%)であった.SLT施行2年後の眼圧下降効果の累積生存率は64.3%であった11).SLTに対するnon-responderが1.2割存在するとしたら,NTGにSLTを施行して効果があれば2年程度は効果が持続すると患者が多いということがわかった.この結果に基づき,筆者はとくにNTGの第一選択治療としてSLTも積極的に施行してきた.患者によっては長期管理中にSLTによる眼圧下降効果が減衰し,点眼薬を開始し,2成分,3成分と増やし,緑内障手術を考慮している患者もいるが,10年以上前にSLTを施行し,現在も眼圧下降効果が持続している患者もいる.1274あたらしい眼科Vol.40,No.10,2023(16)-