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硝子体手術のワンポイントアドバイス:244.経毛様体扁平部超音波水晶体乳化吸引術後の強膜創菲薄化(初級編)

2023年9月30日 土曜日

244経毛様体扁平部超音波水晶体乳化吸引術後の強膜創菲薄化(初級編)池田恒彦大阪回生病院眼科●はじめに経毛様体扁平部超音波水晶体乳化吸引術(parsplanephacoemulsi.cationandaspiration:PPPEA)を施行する際に生じる強膜熱傷については,本シリーズNo.194「経毛様体扁平部超音波水晶体乳化吸引術による強膜熱傷(初級編)」で記載したことがある.PPPEA施行後晩期には著明な強膜の菲薄化を認めることがあるが,筆者らは再手術時に強膜創が緩開し,自己強膜パッチによる閉鎖が必要であった1例を経験し報告したことがある1).●症例提示73歳,女性.8年前に右眼の網膜.離に対して硝子体手術+PPPEAを施行され,その後眼内レンズ(intra-ocularlens:IOL)毛様溝縫着術が施行されたが,鼻側の縫合糸が断裂してIOLが偏位した.鼻側のループを毛様溝に再縫着するために上耳側に25ゲージ(G)トロカールを設置したが,トロカール刺入部位の強膜が非常に菲薄化しており,トロカール抜去後にその部位の強膜が約3mmにわたって楕円形に欠損した(図1).同部位は以前にPPPEAを施行した部位と一致していた.縫合しても眼内液の漏出が止まらなかったため,下方の強膜を半層切除し(図2),強膜創にパッチした(図3).その後漏出は止まり,術後の眼圧は安定した.●PPPEA後の硝子体再手術時の注意点PEAの術中合併症に強膜創熱傷がある2)が,通常のPEAではスリーブ内の灌流液による冷却効果により,強角膜創に生じる熱傷害は軽度である.一方,チップがむき出しになるPPPEAでは,冷却効果がないため熱傷の程度が大きくなる.とくにPPPEA施行中にチップ内に水晶体組織が詰まり閉塞状態になると,急激な温度上昇が生じる3).コラーゲンの分子量は約30万で,1本約10万の線維状の蛋白質が3本集まって螺旋構造になっている.コラーゲンに熱が加わるとこの構造が崩壊し,同時に強膜血管も途絶するため,長期経過で創口周囲の強膜はさらに脆弱化,菲薄化するものと考えられる.本(85)0910-1810/23/\100/頁/JCOPY図1再手術の術中所見(1)トロカール刺入部位は前回手術時にPPPEAを施行した部位で,強膜が非常に菲薄化しており,トロカール抜去後に強膜が約3mmにわたって楕円形に欠損した.図2再手術の術中所見(2)下方より強膜を半層切除した.図3再手術の術中所見(3)半層強膜を強膜欠損部位にパッチした.症例では,結膜上から25Gトロカールを刺入したためPPPEA施行部位の強膜の菲薄化を確認しづらく,同じ部位に刺入することになった.その結果,強膜が約3mmにわたって楕円形に欠損してしまったため,強膜パッチを余儀なくされた.過去にPPPEAを施行した患者に対して硝子体再手術を施行する際には,結膜を切開して過去にPPPEAが施行された部位を確認したうえで,新たな強膜創はその部位を避けて作製すべきであると考える.文献1)TerubayashiY,MorishitaS,FukumotoMetal:Scleralpatchgraftingforscleralwoundthinningafterparsplanaphacoemulsi.cationandaspiration:Acasereport.Medi-cine(Baltimore)98:e15598,20192)ErnestP,RhemM,McDermottMetal:Phacoemulsi.cationconditionsresultinginthermalwoundinjury.JCataractRefractSurg27:1829-1839,20013)SatoT,YasuharaT,FukumotoMetal:Investigationofscleralthermalinjuriescausedbyultrasonicparsplanaphacoemulsi.cationandaspirationusingpigeyes.IntOphthalmol39:2015-2021,2019あたらしい眼科Vol.40,No.9,20231207

考える手術:21.白内障手術

2023年9月30日 土曜日

考える手術.監修松井良諭・奥村直毅白内障手術渡邉敦士大阪大学大学院医学系研究科脳神経感覚器外科学(眼科学)現代の白内障手術は,基本的なプロセスが標準化されている.しかし,その中にも術者ごとの工夫や特徴がみられ,完全に同じ手術は存在しない.前提として術式に正解はなく,個々の術者が生涯にわたり各々の術式に改良を重ねていくべきものと考える.これを踏まえたうえで,筆者の手術の要点を述べる(動画①).まず,mainport(MP)をBENT角膜切開(2.4mm)で作製する.次に,sideport(SP)を2時方向に作製する.SPとMPは最低でも90°以上離し,超音波破砕(以下,US)中の核回転操作性の低下を防ぐ.次に,を狙い,前.をすくい上げるように針先をスライドさせながら少し持ち上げ,水を発射する.この操作は通常2カ所で行い,必要に応じて回数を増やす.次に,hydrodelineationを行うが,ここではゴールデンリングが出ない程度に少量追加する.(=“Half-delineation”)(図1).USの段階では,チップのベベル方向とそれによって発生する水流の方向を利用する.ベベルアップで核中央をsculptし,この溝にベベルアップでチップ先端を深く置き,チョッパーでホリゾンタルチョップを行う.最少の手数で核を完全遊離させることが重要である.4分割後はベベルライト(ベベルを右に向ける)で遊離核を吸引する.この際,チョッパーは反転させてベベル背後のスペースに配置し,遊離核吸引効率の向上と後.への保護として活用する(図2).通常,US終了直後は皮質が残らないことが多い(図1).眼内レンズ挿入前のOVD注入はSP経由で前房形成する.これはUS中の核片がSPに挟まることが多いためである.最後に,OVD除去の際は前房維持性を考慮し,IAチップの先端が外に出る直前で連続灌流をOFFとし,素早くチップを外に出す.MPの閉創はトンネルの上壁のみで十分であり,ヨード点眼を用いて各portの閉創を確認する.聞き手:先生の術式でとくに重要と考える過程はありまし,epinucleusが後.に対する保護作用を果たし,安全すか?性を高めます.また,epinucleusが核と同時に回転する渡邉:手術中の動作にはすべて意味がありますが,そのことで生じるpolish効果により,US終了時には皮質が中でもとくに重要なプロセスは,hydrodissectionと水晶体.に付着せず,すでに除去されます.これら二つhydrodelineationだと考えています.私の方法では,超の現象を意図的に再現できるように工夫しています.音波破砕(以下,US)の後半に核とepinucleusが分離(83)あたらしい眼科Vol.40,No.9,202312050910-1810/23/\100/頁/JCOPY考える手術聞き手:US終了時点で皮質がなくなる現象をまれに経験しますが,意図的に行えるものなのでしょうか?渡邉:まず前提としてhydrodissectionを前.直下のスペースに回し,皮質と水晶体.をより厳密に分離します.この状況で,hydrodelineationを行わず(核とepi-nucleusを分離せず)にUSを行うと,この現象を容易に再現できます(図1パターン3).これは仮説ですが,US中に核を回転させる過程で,epinucleusが核と一緒に回転した結果,epinucleusが皮質をpolishし,水晶体.から皮質を分離すると考えています.逆に,hydrodissectionとhydrodelineationを完全に行うと,US中にepinucleusは核と一緒に回転せず,上述のpolish効果を再現しづらいと考えられます(図1パターン1).パターン1はepinucleusがUS中に分離し安全性が高いですが,US終了時に皮質がなくなることはありません.逆に,パターン3はUS終了時に皮質がなくなりますが,epinucleusは分離せず,後.に対する保護が弱く,また連続円形切.が小さい場合には核片が大きくなり遊離しづらくなります.そこで,パターン1とパターン3の両方の利点をもつパターン2(図1)をめざしています.パターン2では,hydrodelineationを少量行い(ゴールデンリングが見えない程度),核とepinucleusをあえて中途半端に分離します.この中途半端に核とepinucleusを分離することがポイントです.この場合,US中に核を回転させると,epinucleusと核は完全に分離していないため,皮質に対するpolish効果が期待できます.また,US後半では核とepinucleusはより分離していき,最終的にはepinu-cleusが自然に遊離し,後.に対する保護となります.私はこの中途半端に行うhydrodelineationを“half-delineation”とよんでいます.聞き手:なるほど,先生の提唱するパターン2は利点が多いわけですね.しかし,すべてのケースでこれは再現可能なのでしょうか?渡邉:この手法は一般的な場合,つまり70歳以上で核硬度2.5以下の症例に有効です.白内障手術は標準的な症例であっても,年齢による水晶体の粘り具合と核硬度により,さまざまな組み合わせがあります.たとえば,60歳代で核硬度2の症例では,動画2のようになります.動画1と同様に,「前.直下のhydrodissection+half-delineation」を行っていますが,US終了時に皮質が残ってしまいます.60歳代では皮質の粘りが高いためです.聞き手:US中,とくに遊離核吸引時の器具の配置が独特に見えますが,何かポイントはありますか?渡邉:US中はチップのベベル方向を意識的に使い分け,それにより生じる水流を活用しています.核分割はベベルアップで行い,遊離核吸引はベベルを右方向(ベベルライト)に向けて行います.核片がベベルの背後のスペースに迷い込むと,核吸引効率が悪くなると考えています.そのため,図2のようにUSとチョッパーで「八の字」を作り,核片をベベル背後のスペース以外に追い込んでいます.このような水流を利用し,またこのスペースに遊離核を追い込むHydrodissection水晶体.Hydrodelineation“Half-delineation”Epinucleusパターン1パターン2パターン3Hydrodissection+HydrodelineationHydrodissection+”Half-delineation”HydrodissectiononlyUS中のepinucleus分離:○US中のepinucleus分離:○US中のepinucleus分離:.反転させたチョッパー遊離核処理中はUS終了時の皮質polish効果:.US終了時の皮質polish効果:○US終了時の皮質polish効果:○ベベル背後のスペースベベルライト図1Hydrodissectionとhydrodelineationの3パターン図2べべルライトによる水流を利用した遊離核処理1206あたらしい眼科Vol.40,No.9,2023(84)

抗VEGF治療:糖尿病黄斑浮腫の治療選択

2023年9月30日 土曜日

●連載◯135監修=安川力五味文115糖尿病黄斑浮腫の治療選択坂西良仁順天堂大学医学部附属浦安病院眼科糖尿病網膜症はさまざまな病態を呈するが,その中でも糖尿病黄斑浮腫(DME)は直接視力低下につながるため重要な病態の一つである.DMEの治療には複数の選択肢があり,本稿ではそれらの特徴と,どのように組み合わせて治療をすべきかについて筆者の考えを述べる.はじめに糖尿病は慢性的な炎症と微小血管障害を起こすことが知られており,とくに網膜血管の微小循環に影響し,糖尿病網膜症を引き起こす.糖尿病網膜症は網膜血管疾患の中でもっとも多い疾患として知られており,多彩な病態を示す.とくにその病態の一つとして糖尿病黄斑浮腫(diabeticCmacularedema:DME)は視力低下の直接の原因となりえるため,その治療は重要である.治療の選択肢としては抗CVEGF薬硝子体内注射,ステロイド硝子体内あるいはCTenon.下注射,さらには毛細血管瘤(microaneurysm:MA)の直接凝固などがあげられる.複数の治療選択肢があるため,それらをどのように組み合わせて治療するかが問題である.抗VEGF療法もっとも一般的な治療は,やはり抗CVEGF薬である.その有用性については大規模スタディでも多くの報告があり1),また実臨床でも多くの医師がその効果を実感していると思われる(図1).抗CVEGF療法は頻度の高い合併症もないため実施することは容易ではあるが,高額な治療であるため継続が困難であることが多い.したがって問題は投与レジメンであるが,筆者は基本的には導入期C3回投与および必要時(prorenata:PRN)投与を行っている.これは標準的なレジメンであるが,メタ解析でもCtreatCandextend(TAE)投与とCPRN投与で治療効果に差がないと報告されており2),施設の状況や患者の状態によりいずれのレジメンでもよいと考える.また,DMEは多彩な病因があるが,炎症性サイトカインの関与が大きいといわれている3).したがって抗VEGF薬だけでなく,抗炎症の目的でステロイド局所投与も有効であると考える.投与は硝子体内とCTenon.下注射の二通りある.硝子体内注射は早期からの効果も十分報告されているが4),一方で眼圧上昇の可能性が高く,また有水晶体眼(81)C0910-1810/23/\100/頁/JCOPY図1糖尿病黄斑浮腫に対する抗VEGF薬硝子体内注射黄斑浮腫を呈していても抗CVEGF薬硝子体内注射にて改善する.では白内障進行の懸念が大きいなど,行える患者は限られている.Tenon.下注射は硝子体内注射に比べて早期の効果はやや劣るものの,眼圧上昇や白内障進行の頻度が少ないことから,筆者はこちらを好んで選択している.毛細血管瘤の検出さらに慢性的な血管障害疾患であるCDMEではしばしばCMAの関与がみられる.MAからの漏出に対しては直接凝固が有効であり,これを同定するためにフルオレセイン蛍光造影検査(.uoresceinangiography:FA)あるいは昨今では光干渉断層血管撮影(opticalcoherencetomographyCangiography:OCTA)が使用される.既報ではCMA検出率はCFAのほうが優れていると報告されているが5),FAではアナフィラキシーショックなどあたらしい眼科Vol.40,No.9,20231203副作用の懸念もあるため,実臨床ではその侵襲性と有用性を考慮したうえで,どちらの検査を選択するかを決定する必要がある.筆者は軟性白斑が散在するなど網膜虚血が疑われる所見にCDMEが合併している患者や治療抵抗性のCDMEに対して,虚血範囲を同定する目的ならびにCMAを厳格に検出する目的でCFAを行っている.それ以外の患者では基本的にはCOCTAを用いてわかる範囲でCMAを検出している.筆者の治療方針これらのようにCDMEに対していくつかの選択肢があるが,これらをどのように組み合わせるかが重要である.基本的には第一選択は抗CVEGF薬であり,先に述べたように導入期C3回とCPRN投与がよいと考える.それでも再発を繰り返す患者に対してはステロイドTenon.下注射を行う.おおよそここまでの治療で黄斑浮腫がいったん軽快する患者が多いが,それでもなかなか浮腫が改善しない場合は,MAからの漏出による可能性が高いため,FAあるいはCOCTAを用いてCMAを検出し,直接凝固を行う(図2).さらに直接凝固に抵抗を示すCDMEでは,最終手段として硝子体手術にて内境界膜.離および.胞切開術を行うことで浮腫が起こりにくくなる.硝子体手術後のCDME眼では,眼内のクリアランスが上がっているため抗CVEGF薬もより早く吸収されると考えられるが,実臨床において注射回数は変わらないと報告されており,またトリアムシノロンC1204あたらしい眼科Vol.40,No.9,2023図2毛細血管瘤を合併している糖尿病黄斑浮腫毛細血管瘤を合併している場合は,抗VEGF薬硝子体内注射に毛細血管瘤直接凝固を併用することで浮腫を改善させやすくなる.Tenon.下注射であれば眼内のクリアランスも関係ないため追加投与も行いやすいと考えられる.もともと慢性疾患である糖尿病に伴う黄斑浮腫であるため,注射のみでは浮腫を完全にコントロールすることは困難であり,複数回の治療後に多少の浮腫が残っていても視力に影響しなければ,そこまで厳格な追加治療は必要ないのではないかと考えている.文献1)KorobelnikJF,DoDV,Schmidt-ErfurthUetal:Intravit-realCa.iberceptCforCdiabeticCmacularCedema.COphthalmolo-gyC121:2247-2254,C20142)SarohiaCGS,CNanjiCK,CKhanCMCetal:Treat-and-extendCversusCalternateCdosingCstrategiesCwithCanti-vascularCendothelialgrowthfactoragentstotreatcenterinvolvingdiabeticmacularedema:Asystematicreviewandmeta-analysisCofC2,346Ceyes.CSurvCOphthalmolC67:1346-1363,C20223)NomaCH,CYasudaCK,CShimuraM:InvolvementCofCcyto-kinesinthepathogenesisofdiabeticmacularedema.IntJMolSci22:3427,C20214)QiCHP,CBiCS,CWeiCSQCetal:IntravitrealCversusCsubtenonCtriamcinoloneCacetonideCinjectionCforCdiabeticCmacularedema:asystematicreviewandmeta-analysis.CurrEyeResC37:1136-1147,C20125)HamadaCM,COhkoshiCK,CInagakiCKCetal:VisualizationCofCmicroaneurysmsCusingCopticalCcoherenceCtomographyangiography:comparisonofOCTAenface,OCTB-scan,OCTCenCface,CFA,CandCIACimages.CJpnCJCOphthalmolC62:C168-175,C2018(82)

緑内障:新しい低侵襲濾過手術「プリザーフロマイクロシャント」

2023年9月30日 土曜日

●連載◯279監修=福地健郎中野匡279.新しい低侵襲濾過手術坂田礼東京大学医学部附属病院眼科「プリザーフロマイクロシャント」「プリザーフロマイクロシャント」は,前房内に樹脂製チューブを挿入・留置させて結膜下に房水を導き濾過胞を作製する新規の術式である.線維柱帯切除術と比較すると,手術手技のみならず術後早期の濾過胞管理も簡便である.低侵襲の濾過手術という位置づけで,患者は術後も視覚の質を維持しやすくなるだろう.●はじめに線維柱帯切除術と同様に結膜下に前房水を導くというコンセプトのもと,濾過手術の新しいドレナージデバイスとして「プリザーフロマイクロシャント」(参天製薬,大阪.以下,プリザーフロ)が上市された.すでに米国を除き,欧州,カナダ,アジア・太平洋諸国では使用されているが,日本ではC2022年C8月から一部の医療機関(おもに大学病院など)で使用できるようになっている(ソフトローンチ).線維柱帯切除術は,術後の処置(レーザー切糸,ニードリング,場合によっては縫合)が必須であることや,前房出血,低眼圧(網膜皺襞,脈絡膜.離),眼内炎などの視力低下につながる合併症の発生頻度において,医療者側も患者側も納得のいくような経過が得られるとは限らない術式であった.●プリザーフロとはプリザーフロは,ポリスチレン-ブロック-イソブチレン-ブロック-スチレン(SIBS)という不活性な生体適合樹脂でできており,これは非常に柔軟で熱耐久性に優れている.外径C350Cμm,内径C70Cμmで,内腔にバルブがなく,先端が斜めにカットされた長さC8.5Cmmのチューブである(図1).プリザーフロの途中にフィン構造(幅1.1Cmm)があり,強膜ポケットにフィンを固定し,チューブの先端を前房に向けて挿入する.前房穿刺を伴う強膜トンネルは,角膜輪部からC3Cmmの部位より特殊なメス「ダブルステップナイフ」を用いて作製する(2023年C6月現在).このメスは,プリザーフロチューブの前房内への挿入を容易にするために日本で独自に開発されたものである(図2).一方,海外における挿入ガイドは,25ゲージまたはC27ゲージの針で行われている.図1プリザーフロの本体ベベルアップで前房内に挿入し,フィン部分を強膜ポケットに固定させる(ここでチューブ周囲からのリークもブロックする).チューブ遠位端はフリーの状態で強膜上にのる.(参天製薬から使用許可済)図2ダブルステップナイフ(マニー製)の先端メスの幅は先端の細い部分でC0.5Cmm,太い部分がC1.0Cmmである.強膜下に刺入させる部位は先端のC4.5(mm)という数字が書いてあるところまでである.(参天製薬から使用許可済)(79)あたらしい眼科Vol.40,No.9,202312010910-1810/23/\100/頁/JCOPY図3プリザーフロ挿入後の隅角(自験例)線維柱帯(色素帯)にプリザーフロが挿入されている.ダブルステップナイフによる前房穿刺は盲目的な操作となるため,Schwalbe線側や強膜岬側にチューブが挿入されることも十分ありうる.以下,プリザーフロの利点と注意点を解説する.C●プリザーフロの利点結膜切開と強膜露出,マイトマイシンCC塗布は従来の濾過手術と同じだが,強膜弁の作製,強角膜ブロック除去や虹彩切除が不要である.術中に低眼圧になる心配もなく,短時間で手術を行うことが可能となる.強膜弁の作製と縫合がなく,低眼圧になりにくいため,術後の惹起乱視が線維柱帯切除術よりも小さい可能性がある.濾過胞のできる位置はより円蓋部側であり,角膜輪部からの房水漏出はしづらいと考えられる.C●プリザーフロの注意点日本人の緑内障眼における効果と安全性の知見がほぼない1).とくにわが国で多い正常眼圧緑内障眼に対する眼圧下降効果や安全性,緑内障進行に与える影響については前向きに検討が必要である.また,基本的にはプリザーフロは原発開放隅角緑内障が適応となるため,閉塞隅角緑内障や続発緑内障,小児緑内障,難治緑内障などに対する効果と安全性は,海外より数件の報告があるのみである.術後,フィブリンや出血などでチューブの閉塞が疑われた場合は,外来での対処がむずかしい.エクスプレスのようにチップの先端にCYAGレーザーをあてて閉塞を解除することはできないため,チューブ閉塞時は結膜を再切開して灌流させるしかない.結膜瘢痕化の場合はニードリングで癒着を解除するが,チューブからC1202あたらしい眼科Vol.40,No.9,2023の流量は一定のため,すぐに濾過胞ができない.しばらく時間をおいてから確認する必要がある.また,チューブ挿入部(図3)は角膜内皮側に近いため,角膜内皮細胞密度に対する影響も無視できない.C●効果と安全性原発開放隅角緑内障患者において,プリザーフロの有効性と安全性を線維柱帯切除術と比較したC2年間の前向き研究2)では,395人(プリザーフロ群)とC132人(線維柱帯切除術群)の患者が無作為化された.1年目の成功確率は,線維柱帯切除術群と比較してプリザーフロ群で低かった(それぞれC72.7%対C53.9%,p<0.01).プリザーフロ群では,ベースラインのC21.1C±4.9CmmHgから1年目にC14.3C±4.3CmmHg(C.29.1%)に低下(p<0.01)した.一方,線維柱帯切除術群では,平均眼圧はC21.1C±5.0CmmHgからC11.1C±4.3CmmHg(C.45.4%)に低下した(p<0.01).術後処置は,40.8%(プリザーフロ群),67.4%(線維柱帯切除術群)であった(p<0.01).C●まとめ低侵襲緑内障手術(microCinvasiveCglaucomaCsur-gery:MIGS:流出路再建術)の件数が爆発的に増加しているが,プリザーフロの登場で,濾過手術の適応ハードルはだいぶ下がると思われる(使用上の注意は添付文書を確認のこと).術者のストレスも減り,術後のメンテナンスにかける時間も少なくてすむため,日帰りでの施行も増えていくことだろう.安全性,有効性のほかにも,MIGSとの使い分けや有効性の比較,白内障との同時手術の成績など,この新しいインプラントに関わるさまざまな臨床報告を興味深く待ちたい.文献1)AhmedT,HonjoM,SakataRetal:Long-termresultsofthesafetyande.ectivenessofanovelmicroshuntinJapa-neseCpatientsCwithCprimaryCopen-angleCglaucoma.CJpnJOphthalmolC66:33-40,C20222)BakerCND,CBarnebeyCHS,CMosterCMRCetal:Ab-externoCMicroShuntversustrabeculectomyinprimaryopen-angleglaucoma:One-yearCresultsCfromCaC2-yearCrandomized,Cmulticenterstudy.OphthalmologyC128:1710-1721,C2021(80)

屈折矯正手術:屈折矯正手術後の感染症

2023年9月30日 土曜日

●連載◯280監修=稗田牧神谷和孝280.屈折矯正手術後の感染症子島良平宮田眼科病院LASIKやCPRKなどの角膜屈折矯正手術や有水晶体眼内レンズ挿入術後の感染症は,視機能に障害を残す可能性がある重篤な術後合併症である.屈折矯正手術は視機能が良好な患者に対して行われる手術であることから,通常の眼科手術に増して術後感染症に対する対処法を理解しておくことが求められる.●はじめに現在行われている屈折矯正手術は,laserinsituker-atomileusis(LASIK)やCphotorefractiveCkeratectomy(PRK)などの角膜屈折矯正手術と,有水晶体眼内レンズ挿入術に大別される.角膜屈折矯正手術は基本的にはエキシマレーザーで角膜を切除する術式であり,術後の感染症としては感染性角膜炎がある.有水晶体眼内レンズはレンズを固定する位置により前房型および後房型に分けられる.いずれの術式も内眼手術であり,術後には感染性眼内炎のリスクがある.LASIKや有水晶体眼内レンズ挿入術は,基本的に良好な視機能をもつ患者に対して行われる手術である.それゆえ術後感染症により視機能が障害された場合は,患者は強い不満を訴えることが多く,その対処法を理解しておく必要がある.本稿では屈折矯正手術後の感染症について概説する.C●角膜屈折矯正手術後の感染性角膜炎角膜屈折矯正手術の感染性角膜炎の発症率は,LASIKでは0.004%(2万5千件に1件),PRKでは0.01%(1万件にC1件)程度と報告されており1),いずれもまれな合併症である.発症時期は術後C1.2週以内のものが多いが,それ以降の発症もある.危険因子には術前のドライアイや眼瞼炎の存在,患者が医療従事者である場合,またCLASIKであれば術中の上皮欠損などがあげられている.視力予後についてはC80.90%程度の患者で(0.5)以上の矯正視力が得られているが,角膜移植を要した症例も報告されている.発症数や起炎菌についてはCAmericanSocietyofCataractandRefractiveSurgery(ASCRS)のCsurveyでまとめられている2).2001年ではC116件の術後感染があり,起炎菌としては非定型抗(77)C0910-1810/23/\100/頁/JCOPY酸菌によるものが最多であったと報告されている.2008年には発症数はC19件に減少し,起炎菌では非定型抗酸菌は検出されず,メチシリン耐性黄色ブドウ球菌が4株ともっとも多くなっている.国内ではC2008年にLASIK術後のアウトブレイク事例が発生(同一施設で手術を受けたC30例C39眼)しており,術後C2週以内の発症がC92%,起炎菌としては非定型抗酸菌がC23%で検出されている.アウトブレイクの原因として手術器具の不十分な滅菌があげられている3).角膜屈折矯正手術後の感染性角膜炎の臨床所見としては,角膜への浸潤,フラップ下の膿瘍,結膜充血,疼痛などがある(図1).鑑別疾患としてCLASIK術後に生じることがある層間角膜炎があり,注意を要する.治療についてはC2005年のCASCRSのCWhitePaperでまとめられており,屈折矯正手術後の感染性角膜炎を疑う患者ではフラップの挙上を行い,検鏡・培養検査を行うことが推奨されている4).術後C2週以内の発症であれば起炎菌としてブドウ球菌やレンサ球菌などが疑われ,第C4世代のフルオロキノロン系抗菌点眼薬に加えて,セファゾリンやバンコマイシンの点眼を使用し,術後C2週以降の発症であれば非定型抗酸菌やノカルジア,真菌などが起炎菌として考えられ,第C4世代フルオロキノロン点眼に加え,アミカシン点眼などを用いる(図2).C●有水晶体眼内レンズ術後眼内炎有水晶体眼内レンズ術後の眼内炎について現時点ではまとまった報告は少ないが,AllanらはC0.017%(約6,000件にC1件)程度と報告している5).発症時期については術後C5日以内が多いが,それ以降の発症もある.起炎菌については表皮ブドウ球菌やレンサ球菌などのグラム陽性球菌などのほか,CutibacteriumacnesやCAsper-gillusCsp.が報告されている.治療はレンズ抜去に加えあたらしい眼科Vol.40,No.9,20231199LASIK術後1週目瘢痕治癒後図1LASIK術後の感染性角膜炎LASIK術後C1週目に右眼の霧視を自覚,診察時にC9時方向のフラップ下に膿瘍を認めた.フラップを挙上し検鏡・培養検査を行ったが,菌は検出されなかった(a).抗菌点眼薬を使用し最終的に瘢痕治癒したが,最終矯正視力は(0.7)となった(b).発症時治療後図3有水晶体眼内レンズ術後の眼内炎術後C3日目より左眼疼痛,霧視感を自覚(a).まずCTASSを疑いベタメタゾン点眼を増量したが軽快せず,前房洗浄,硝子体手術および有水晶体眼内レンズ術摘出術を行った.硝子体液からは表皮ブドウ球菌検出された.その後有水晶体眼内レンズを再挿入し,視力はC1.5(n.c)と良好(b).[出典:神谷和孝,清水公也編『有水晶体眼内レンズ手術』(医学書院,2022),p128.129,後藤田哲史ほか「眼内炎」より許可を得て転載.写真は北里大学・神谷和孝先生のご厚意による]前房内への抗菌薬投与,場合によっては硝子体手術が行われる.予後については視力不良例もあるが,比較的良好な視力が得られていることが多い(図3).鑑別すべき疾患には非感染性の炎症である中毒性前眼部症候群(toxicCanteriorsegmentCsyndrome:TASS)があげられる.有水晶体眼内レンズ術後のCTASSは術翌日からC3日以内に起こることが多く,疼痛は軽度で硝子体混濁は認めない,ステロイドによる治療に反応することが眼内炎との相違点である.しかし,両者の鑑別は困難であり,術後早期に強い眼内炎症を認める患者では厳重な経過観察が望まれる.C1200あたらしい眼科Vol.40,No.9,2023フラップの挙上+検鏡・培養術後2週以内術後2週以降想定される起炎菌想定される起炎菌ブドウ球菌・レンサ球菌属など非定型抗酸菌・真菌などGFLXもしくはMFLXGFLXもしくはMFLX++セファゾリンまたはアミカシン点眼バンコマイシン点眼GFLX:ガチフロキサシンMFLX:モキシフロキサシン図2角膜屈折矯正手術後の感染性角膜炎に対する治療戦略角膜屈折矯正手術後の感染性角膜炎では,LASIKであればフラップを挙上し,検鏡・培養検査を行う.発症時期より起炎菌を推定し,抗菌点眼薬の投与を開始する.検鏡・培養検査の結果を参照に治療方針を調整する.(文献C4より作図)C●おわりに近年,LASIKやCPRKは減少傾向にあるものの,未だ一定数の手術が行われている.有水晶体眼内レンズ挿入術は屈折矯正手術として有望視されており,今後患者数が増加する可能性がある.屈折矯正手術後の感染症の頻度はまれであり,実際に診察する可能性は高くはないが,良好な視機能を残すために適切な診断および対処が重要である.文献1)SchallhornCJM,CSchallhornCSC,CHettingerCKCetal:Infec-tiouskeratitisafterlaservisioncorrection:Incidenceandriskfactors.JCataractRefractSurgC43:473-479,C20172)SolomonCR,CDonnenfeldCED,CHollandCEJCetal:MicrobialCkeratitisCtrendsCfollowingCrefractivesurgery:resultsCofCtheCASCRSCinfectiousCkeratitisCsurveyCandCcomparisonsCwithpriorASCRSsurveysofinfectiouskeratitisfollowingkeratorefractiveCprocedures.CJCCataractCRefractCSurgC37:C1343-1350,C20113)YamaguchiCT,CBissen-MiyajimaCH,CHori-KomaiCYCetal:CInfectiouskeratitisoutbreakafterlaserinsitukeratomile-usisCatCaCsingleClaserCcenterCinCJapan.CJCCataractCRefractCSurgC37:894-900,C20114)DonnenfeldCED,CKimCT,CHollandCEJCetal:ASCRSCwhiteCpapermanagementofinfectiouskeratitisfollowinglaserinsituCkeratomileusis.CJCCataractCRefractCSurgC31:2008-2011,C20055)AllanCBD,CArgeles-SabateCI,CMamalisN:EndophthalmitisCratesafterimplantationoftheintraocularCollamerlens:CsurveyCofCusersCbetweenC1998CandC2006.CJCCataractCRefractSurgC35:766-769,C2009(78)

眼内レンズ:μフックトラベクロトミートリプル術後の毛様体剝離と一過性近視化

2023年9月30日 土曜日

眼内レンズセミナー監修/大鹿哲郎・佐々木洋442.μフックトラベクロトミートリプル術後の清水啓史医療法人茗山会清水眼科毛様体.離と一過性近視化μフックトラベクロトミーは白内障手術と相性のよい低侵襲緑内障手術として広く普及している.しかし,術後早期に毛様体.離に伴い一過性に近視化する症例があり,眼内レンズ度数ずれなどによる術後屈折誤差との鑑別を要する.●はじめにμフックトラベクロトミーは白内障手術と相性がよく,同時手術が広く行われている.従来の緑内障手術トリプルに比較して侵襲が小さく,術後早期の視力の立ち上がりが早い.以前は「緑内障手術の術後早期は見づらい」というのは当たり前のことであったが,μフックトラベクロトミーで前房出血が少ない場合は通常の白内障単独手術とさほど変わらない良好な術後視力経過をたどる.クリニックなどで日帰り手術として行われることも増えたため,翌日から視力検査を受ける患者が増えていることが予想される.それゆえに術者も患者も,術後早期の屈折誤差が白内障単独手術同様に気になるようになってきている.術後早期には毛様体.離に伴って近視化する場合があり,眼内レンズの度数ずれなどによる屈折誤差,いわゆるCrefractivesurpriseとの鑑別を要する.C●μフックトラベクロトミーの術式詳細は成書に譲るが,白内障手術を型通り行い,眼内レンズを挿入する.前房を粘弾性物質で満たしたうえで角膜上に隅角鏡を載せ,隅角を観察しながらCμフックを白内障手術の術創から挿入し,線維柱帯を切開する.C●実際の症例49歳,男性.術前左眼視力C0.04(0.8C×sph.4.0D(cylC.0.75DAx130°),左眼眼圧17mmHg.左眼原発開放隅角緑内障,白内障の診断で,左眼の水晶体超音波乳化吸引術+眼内レンズ挿入術(PEA+IOL)+μフックトラベクロトミーを計画した.目標屈折値は.3.0Dとした.術翌日の受診時は「少しかすむが,見えます」とのことで,左眼視力はC0.09(1.0C×.3.0D),眼圧はC11CmmHgであった.屈折値は予定通りで,前房深度も正常であった.術C3日目に「全然見えない」とのことで再受診した.左眼視力はC0.05(1.0C×.5.0D),眼圧はC10CmmHg(75)で,近視化していた.術翌日は狙い通りの屈折値であったことから,眼内レンズの度数ずれではなさそうだと判断した.細隙灯顕微鏡では前房深度が浅くなっていた(図1).創からのリーク,瞳孔ブロックなども鑑別にあがるが,前眼部COCTで観察したところ,眼内レンズが前方にせり出しており,前房深度が浅くなっていて,よくみると切開範囲である鼻側と耳側の毛様体の.離がみられた(図2).毛様体.離に伴う浅前房,近視化と診断し,散瞳薬点眼で経過観察した.1週間後の再診では「見えるようになった」とのことで,左眼視力はC0.08(1.0C×.3.0D),眼圧はC16CmmHgであった.毛様体.離は軽快し,前房深度は正常化し,屈折値も目標値に戻っていた(図3).C●μフックトラベクロトミーと毛様体.離本症例では手術翌日は屈折誤差はなく,3日目に浅前房化し,毛様体.離を認め,1週間で軽快した.術翌日に全患者に毛様体.離の評価をしているわけではないため,手術後いつから毛様体.離を生じていたかは不明である.眼圧は翌日C11CmmHg,3日目C10CmmHg,1週間後C16CmmHgであった.眼圧の推移からは,術翌日は毛様体.離による房水産生低下と,隅角の出血や残存粘弾性物質に伴う流出抵抗の増大で,バランスが保たれており前房深度は正常であった可能性が考えられる.トラベクロトミー翌日に近視化している患者を前眼部COCTで評価すると,毛様体.離が生じていることがある.術後の一過性の毛様体.離を前眼部COCTで評価するとMiyakoらは術翌日にC29%,AkagiらはC42%の患者で認められたと報告しており,けしてまれではない.術後屈折誤差として眼内レンズの度数ずれとの鑑別を要するが,前房深度を評価することで鑑別は比較的容易であり,多くは散瞳薬点眼などでの経過観察で軽快するため,大きな問題にはならない.一方で,毛様体.離が遷延し,低眼圧が問題になるケースがまれながら存在する.IshidaらはCμフックトあたらしい眼科Vol.40,No.9,2023C11970910-1810/23/\100/頁/JCOPY図1術翌日および3日目の細隙灯顕微鏡写真術翌日(Ca)は前房深度が正常だが,3日目(Cb)は浅くなっている(散瞳薬点眼後).図2術3日目の前眼部OCT像眼内レンズが前方にせり出し,前房が浅くなっている.鼻側と耳側の毛様体.離を認める.ラベクロトミー後の多数の患者を検討し,547例中C4例に遷延する低眼圧を伴う毛様体.離を認めたと報告した.そのような患者では,前房と上脈絡膜腔の交通があり,とくに近視眼の若年者では注意が必要のようである.C●おわりにμフックトラベクロトミーと白内障手術のトリプル手術は今後ますます普及していくことが予想される.術後早期に屈折誤差が生じた場合は前房深度を評価し,毛様体.離を鑑別することが重要である.図3術1週間後の前眼部OCT像前房深度が正常化し,毛様体.離が消失している.文献1)MiyakoF,HirookaK,OnoeHetal:Transientciliochoroi-dalCdetachmentCafterCmicrohookCabCinternoCtrabeculoto-my:ItsCfrequencyCandCpotentialCriskCfactors.CFrontCMed(Lausanne)9:1028645,C20222)AkagiT,NakanoE,NakanishiHetal:Transientciliocho-roidalCdetachmentCafterCabCinternoCtrabeculotomyCforopen-angleCglaucoma:ACprospectiveCanterior-segmentCopticalCcoherenceCtomographyCstudy.CJAMACOphthalmolC134:304-311,C20163)IshidaA,MochijiM,ManabeKetal:Persistenthypotonyandannularciliochoroidaldetachmentaftermicrohookabinternotrabeculotomy.JGlaucomaC29:807-812,C2020

写真:感染性角膜炎治療前後の角膜形状変化

2023年9月30日 土曜日

写真セミナー監修/福岡秀記山口剛史松村健大472.感染性角膜炎治療前後の角膜形状変化福井大学医学部眼科学教室図2図1のシェーマ①白色病巣②角膜浸潤,浮腫,上皮欠損図1前眼部写真角膜中央付近に感染巣,浸潤,浮腫,上皮欠損を認める.図3前眼部OCT所見角膜浸潤や浮腫の範囲が断面像で確認できる.図4前眼部OCTによる角膜形状解析角膜浸潤や浮腫の影響で,角膜形状に非対称的な変化が生じている.図5治療後の前眼部所見と角膜形状解析瞳孔領付近に瘢痕を残して治癒した.角膜形状は随分改善したが,軽度の不正乱視が残った.(73)あたらしい眼科Vol.40,No.9,2023C11950910-1810/23/\100/頁/JCOPY症例は40代の男性.2日前からの右眼の痛み,充血,見えにくさで受診した.右眼角膜の瞳孔領に感染巣と思われる白色の円形病変が2カ所あり,周囲に角膜浸潤,角膜上皮欠損,角膜浮腫を認めた(図1,2).右眼視力は矯正(0.03)と低下しており,前眼部光干渉断層計(opticalCcoherencetomography:OCT)で非対称的な角膜形状の変化と高次収差(higher-orderaber-rations:HOAs)の著しい増加を認めた(図3,4).まず角膜擦過物の検鏡と培養検査を行い,起炎菌としてグラム陽性菌が疑われたため,フルオロキノロン系とセフェム系の抗菌薬点眼を開始した.その後,培養検査でメチシリン感受性黄色ブドウ球菌(methicillin-susceptibleCStaphylococcusaureus)が検出され,治療開始後は浸潤などの角膜所見も改善傾向であったため,薬剤の変更は行わず,そのまま同じ治療を継続した.治療開始C7日後には上皮欠損がなくなり,治療開始C21日後には瘢痕治癒が得られた.治癒後,角膜形状は治療前より改善したものの,瞳孔領とその近傍に円形の瘢痕が残り,治療後の角膜CHOAs(total,6Cmm)はC1.31Cμmで,右眼視力は矯正(0.6)であった(図5).感染性角膜炎の診断は,角膜擦過物の直接検鏡,培養,薬剤感受性試験といった微生物学的検査がゴールドスタンダードであるが,近年のポリメラーゼ連鎖反応(polymeraseCchainreaction:PCR)法やメタゲノム解析の臨床応用,AI診断の発展によって診断技術はより洗練されていく可能性がある.また基本となる細隙灯顕微鏡による所見以外に,前眼部COCTやCinvivoconfocalmicroscopyといった画像検査も感染性角膜炎診療の補助となる1).とくに前眼部COCTは,重症度や角膜所見の経時的な変化を客観的に定量化できるだけではなく,角膜混濁眼においても角膜CHOAsを測定し,不正乱視といった視機能を評価することも可能である.角膜HOAsは視力と強い相関があることが各種角膜疾患で報告されている2.5).感染の急性期から瘢痕治癒期にかけて,角膜形状は変化していくが,正常に近い形状に回復するほど角膜HOAsは小さくなり,視力も良好となる.感染性角膜炎において,正常もしくは正常に近い形状以外でもっとも多い角膜形状の変化は,非対称パターンであることが報告されている4,5).可及的速やかに診断と適切な治療を行い,感染を治めることで,できる限り混濁や形状異常を残さず治癒させたい.前眼部COCTは診療におけるモニタリング機器として役立つものと思われる.文献1)TingDSJ,GopalBP,DeshmukhRetal:Diagnosticarma-mentariumCofCinfectiouskeratitis:ACcomprehensiveCreview.OculSurf23:27-39,C20222)KashizukaCE,CYamaguchiCT,CYaguchiCYCetal:CornealChigher-orderaberrationsinherpessimplexkeratitis.Cor-neaC35:1562-1568,C20163)IbrahimCOMA,CYagi-YaguchiCY,CNomaCHCetal:CornealChigher-orderCaberrationsCinCStevens-JohnsonCsyndromeCandCtoxicCepidermalCnecrolysis.COculCSurfC17:722-728,C20194)MatsumuraT,YamaguchiT,SuzukiTetal:ChangesincornealChigher-orderCaberrationsCduringCtreatmentCforCinfectiouskeratitis.SciRepC13:848,C20235)ShimizuCE,CYamaguchiCT,CYagi-YaguchiCYCetal:CornealChigher-orderaberrationsininfectiouskeratitis.AmJOph-thalmolC175:148-158,C2017

ウイルス性肝炎の治療・感染予防

2023年9月30日 土曜日

ウイルス性肝炎の治療・感染予防TreatmentandPreventionofViralHepatitis戸島洋貴*柿崎暁**是永匡紹***はじめに肝炎ウイルスには,A~E型の5種類がある.A型,E型は経口感染が主体で,B型,C型,D型は血液・体液を介して感染し,A型,B型,C型,の一部は性行為感染による急性肝炎の原因になりうる.B型,C型肝炎は急性感染ののち,慢性化し肝硬変・肝癌など重大な病態へ進展しうるため,肝炎ウイルス対策は国内のみならず世界的な喫緊の課題となっている.WHOは2016年に,2030年までにウイルス性肝炎を撲滅する戦略を掲げた.わが国では2010年に肝炎対策基本法が制定され,2023年の改定では,肝炎検査を行った施設は「その規模を問わず」検査結果を受検者に適切に説明し,受診・受療につなげることを求めている.肝炎ウイルス検査は手術前等のスクリーニング検査として医療機関で広く行われている.手術件数の多い眼科においては検査件数も多く,眼科における肝炎ウイルス対策は重要な課題である.IB型肝炎1.B型肝炎ウイルスとはB型肝炎ウイルス(hepatitisBvirus:HBV)はヘパドナウイルス科のDNAウイルスである.出産時・乳幼児期の感染では9割が持続感染に移行し,約1割が慢性肝炎へ至る.成人が感染した場合,潜伏期間(6週~6カ月)後に30~50%が急性肝炎を発症し,典型的には臨床的寛解に至るが,慢性化する場合もある.HBV感染者は全世界に4億人ほど存在すると推定されている.国内における感染率は1%程度であり,高齢者層において感染率が高い1).A~J型の9つの遺伝子型があり,わが国では遺伝子型CとBが多く,近年A型も増加している2).2.感染経路感染力の強いウイルスであり,血液・体液から感染する.垂直感染(母子感染)と水平感染に分けられ,水平感染としては性行為感染,傷のある皮膚への体液の付着(針刺し事故など),刺青・ピアスの穴開け,静注薬物の乱用,不衛生な器具を用いた医療行為などがあげられる.かつては感染経路として母子感染が最多であったが,1980年代から開始されたハイリスク者への出生直後のワクチン接種・免疫グロブリン投与により減少した.現在では水平感染,とくに性行為感染が多い.3.感染症としての特徴不特定多数との交渉をもつ者はとくに感染のリスクが高く,ワクチン接種をはじめとする感染予防を行うことが望ましい.近年,5~10%と高率に慢性化する遺伝子型AのHBVが増加しており2),若年者の性的接触や薬物乱用を原因とする水平感染に関与しているとして注目されている.*HirokiTojima:群馬大学大学院医学系研究科内科学講座消化器・肝臓内科学分野,厚生労働省「肝炎ウイルス検査受検率の向上及び受診へ円滑につなげる方策の確立に資する研究」班**SatoruKakizaki:国立病院機構高崎総合医療センター臨床研究部,厚生労働省「肝炎ウイルス検査受検率の向上及び受診へ円滑につなげる方策の確立に資する研究」班***MasaakiKorenaga:国立国際医療研究センター肝炎・免疫研究センター,厚生労働省「肝炎ウイルス検査受検率の向上及び受診へ円滑につなげる方策の確立に資する研究」班〔別刷請求先〕戸島洋貴:〒371-8511群馬県前橋市昭和町3-39-15群馬大学大学院医学系研究科内科学講座消化器・肝臓内科学分野0910-1810/23/\100/頁/JCOPY(67)1189表1B型肝炎,C型肝炎の関連検査表2B型慢性肝炎・肝硬変の治療法~核酸アナログとペグイン検査項目検査の意義B型肝炎ターフェロン~HBV感染を示す,感染有無のスクリーニングHBs抗原に用いる.HBV既往感染またはワクチン接種により得らHBs抗体れる防御抗体.HBe抗原一般的にCHBVの増殖能が高いことを示す.HBe抗体一般的にCHBVの増殖能が高くないことを示す.既往感染を意味し,ワクチン接種では誘導さHBc抗体(IgG)れない.HBc抗体(IgM)急性感染を示唆する.血液中のCHBVのウイルス量を示す.陽性であCHBVDNAれば感染力がある.抗ウイルス治療のマーカーとなる.核酸アナログ治療PEG-IFN治療治療効果高率予測困難治療期間生涯にわたる48週間副作用少ない多彩(発熱,網膜症など)投与経路経口皮下注射催奇形性否定できないなし薬剤エンテカビルCPEG-IFNa-2aテノホビルアラフェナミドテノホビルジソプロキシル肝硬変症例使用可能(必須)治療不可HCV抗体HCV感染有無のスクリーニングに用いる.ウイルスが排除されても陽性のまま残る.C血液中のウイルス量を示す.治療により持続HCVRNA陰性化したことをもってウイルスが排除されたと定義され,治療成功例では陰性である.ロン(peginterferon:PEG-IFN)治療がある(表2).核酸アナログはC9割以上の確率でCHBVDNAの減少・陰性化とCALTの正常化を達成できる.現在使用される薬剤(エンテカビル,テノホビルジソプロキシル,テノホビルアラフェナミド)は長期的にも治療効果が高いが5~7),内服中止により高率に肝炎の再燃をきたすため治療期間は一生涯にわたる.また,催奇形性のため挙児希望がある場合は安全性が比較的高いテノホビルジソプロキシルが選択される.ヒト免疫不全ウイルス(humanimmunode.ciencyvirus:HIV)共感染例に核酸アナログを単剤投与するとCHIV薬剤耐性変異を誘導するため,治療前にはCHIV感染を調査する.PEG-IFN治療はドラッグフリーをめざすことができるが,効果の予測が困難であり,副作用も多く,非代償性肝硬変の患者に対しては禁忌である.C7.再活性化HBs抗体やCHBc抗体のみ陽性の既往感染者も免疫抑制・化学療法によりCHBVの再活性化をきたすことがある.リツキシマブなど抗CCD20抗体薬によるものが有名だが,ステロイドや生物学的製剤,ヤヌスキナーゼ(Januskinase:JAK)阻害薬の投与でも生じる.重症化しやすく,HBs抗原陰性者ではC40%が劇症肝炎化し,50%が死亡するため8),再活性化による肝炎を確実に予防する必要がある.予防策は厚生労働省研究班によりガイドラインが発表されている.免疫抑制をきたす治療を行う前にはCHBs抗原・HBs抗体・HBc抗体の検査が必要であり,陽性の場合は治療中~治療終了後C1年までは定期的なCHBVDNA,AST・ALTの測定が求められる.HBs抗原陽性者,HBVDNA陽性者はあらかじめ核酸アナログの投与が行われる.経過中にCHBVDNA陽性化がみられた場合は,速やかに専門科と連携し診療にあたる.CIIC型肝炎1.C型肝炎とはC型肝炎ウイルス(hepatitisCCvirus:HCV)はC1989年に発見されたフラビウイルス科のCRNAウイルスである.感染するとC70%で慢性化し,自然排除率は年間C0.2%に留まり,数十年を経て肝硬変へと進展する.肝硬変では年率約C7%で肝細胞癌を発症する.わが国における肝細胞癌の最多原因であり,肝癌対策上大きな課題となっている.感染者数は全世界でC5,800万人,国内においてはC90~130万人と推定されている.遺伝子型によってC1型~6型に分類され,国内ではC1b型,2a型,2b型が多くを占めている.HBV同様,高齢者で有病率が高い1).C2.感染経路血液・体液を介して感染する.以前は輸血・血液製剤を介した感染が多くみられたが,現在はまれになった.ほかに医療従事者の針刺し事故,汚染された医療器具を用いた医療行為,注射器・針の使いまわし,刺青やピアス,性的接触などがあげられる.HBVより感染力は弱く,母子感染での感染率はC4~7%,針刺し事故での感染率はC1.8%ほどである9).C3.性感染症としての特徴HBVより確率は低く,異性パートナー間での感染率はC0.6%とされる.男性同性間性的接触者での感染率は高く10),性感染症としてのCHCVが流行する危険性は危惧されている.不特定多数との性接触もリスクとなる.C4.感染予防・ワクチン現在有効なワクチンはない.性的接触時のコンドームの使用や,医療従事者においては血液・体液への接触予防策が有効である.C5.検査HCV抗体陽性の場合に感染を疑い,HCVRNA定量を行う.HCVRNA陽性は持続感染を示し,感染力を有する.HCV抗体はウイルス排除後も陽性が持続する(表3).C6.治療かつて主力であったインターフェロン(interferon:IFN)治療は副作用(発熱・関節痛や血球減少,網膜症など)が多く,治療期間が長く,治療成功率もC40~50(69)あたらしい眼科Vol.40,No.9,2023C1191表3C型慢性肝炎・肝硬変のDAA治療薬剤名略称遺伝子型投与期間非代償性肝硬変への投与腎機能初回治療ソホスブビル・レジパスビル配合剤CグレカプレビルC/ピブレンタスビル配合剤CソホスブビルC/ベルパタスビル配合剤C再治療ソホスブビルC/ベルパタスビル配合剤+リバビリンCSOF/LDVCGLE/PIBSOF/VELSOF/VEL+RBV1,2すべてすべてすべて12週C慢性肝炎8週肝硬変,再治療例1C2週※遺伝子型C1,2以外1C2週C12週(8週投与は不可)24週C××〇適応×eGFR>3C0〇eGFR>3C0eGFR>5C0図1肝炎検査後の対応フローチャートa.陰性説明資料b.HBV陽性説明資料c.HCV陽性説明資料図2肝炎検査結果説明資料■用語解説■核酸アナログ:HBVの増殖過程を抑制することにより効果を発揮する.現在第一選択となっている薬剤はいずれも治療効果が高く,薬剤耐性変異を誘導しにくい.核酸アナログは増殖過程において逆転写酵素の働きを阻害し,HBV-DNAの増殖を抑制する.HIVの共感染者に核酸アナログを単剤で用いると,HIVの逆転写酵素も阻害され,これによりCHIVに薬剤耐性変異を誘導する可能性があり注意が必要である.CSustainedvirologicalresponse(SVR):主としてCC型肝炎治療に用いられる.薬剤投与(IFNまたはCDAA)を終了してもウイルスが血中から検出されなくなることをさしており,一般的には治療終了後C24週間にわたりCHCV-RNAが検出されなくなったことを治癒と判定する(SVR24).治療終了後の経過観察期間中にHCV-RNAが再検出された場合は再燃と診断され,追加治療が検討される.肝炎医療コーディネーター:2008年に通知された肝炎患者等支援対策事業実施要項に基づき各都道府県で育成が行われており,肝炎患者らが適切な医療や支援を受けられるように,医療機関,行政機関その他の地域や職場の関係者間の橋渡しを行うことが期待されている.主として看護師や保健師,自治体職員,職域の健康管理者,医師・歯科医師,臨床検査技師,薬剤師,患者会・自治会役員などが対象であるが,各都道府県で定め講習を受講するなどすれば職種を問わず資格を取得できる(取得の基準は各都道府県の規定による).

HIV 感染症の治療

2023年9月30日 土曜日

HIV感染症の治療TreatmentStrategiesforHIVInfection栁澤邦雄*はじめにかつて死にいたる病と称されたヒト免疫不全ウイルス(humanimmunode.ciencyvirus:HIV)感染症は,治療の劇的な進歩により日常的な慢性疾患へと変貌している.日常診療も後天性免疫不全症候群(acquiredimmu-node.ciencysyndrome:AIDS)を発症した患者の救命から,「HIVと共に生きる人(peoplelivingwithHIV:PLWH)」の合併症ケアへと変貌した現状について,専門医の立場から概説する.I歴史的な経緯と感染経路長らくAIDSは結核・マラリアと並ぶ世界三大感染症の一つとされてきた.その原因はヒトレトロウイルスの一種であるHIVの感染にある.HIVはおもに宿主リンパ球の一分画であるCD4陽性Tリンパ球(以下,CD4)に感染し,その破壊による宿主免疫の低下に伴うさまざまな合併症(日和見疾患)が生じる.具体例としては,ニューモシスチス肺炎(旧称カリニ肺炎)や食道カンジダ症といった真菌感染症,サイトメガロウイルス(cyto-megalovirus:CMV)網膜炎や進行性多巣性白質脳症などのウイルス感染症,非Hodgkinリンパ腫やKaposi肉腫などの腫瘍性疾患があげられる.HIVに感染した患者がこれら日和見疾患を発症した状態がAIDSであり,その関係性は図1のとおりである.読者の中にはAIDS発症患者の生々しい臨床写真に強烈な印象をもった人も少なくないであろう.当初はこれらが欧米の同性間性的接触を行う男性(menwhohavesexwithmen:MSM)から報告されたこともあり,患者差別や診療忌避の問題をはらんで,エイズ・パニックとも称される世界的な騒動となった.特筆されるべきは,非加熱血液製剤によりHIVに感染した血液疾患の患者がAIDS発症から致死的となった図1HIVとAIDSの関係*KunioYanagisawa:群馬大学医学部附属病院感染制御部〔別刷請求先〕栁澤邦雄:〒371-8511群馬県前橋市昭和町3-39-15群馬大学医学部附属病院感染制御部0910-1810/23/\100/頁/JCOPY(61)1183悲劇,いわゆる「薬害CAIDS」事件である.なかでも先天性の凝固因子欠乏症である血友病の患者は,止血のために凝固因子製剤を補充する必要がある.しかし,非加熱のヒト由来凝固因子製剤にCHIVが混入していたため,わが国でもC1982.1985年にC1,439名の血友病患者がHIV感染の被害を受けた.彼らは厚生省(当時)と製薬会社の責任を問うために訴訟を起こし,1995年に当時の菅直人厚生大臣のもとで,被害者への恒久対策を条件とした和解が成立した.その結果として,1997年には国立国際医療センター(当時)にわが国のCHIV/AIDS診療の司令塔を担うエイズ治療・研究開発センター(AIDSCClinicalCenter:ACC),また各都道府県に最低C1施設のエイズ拠点病院が整備され,診療拒否に遭うことも多かったCHIV/AIDS患者の診療先が(一応)確保された.1990年代のわが国では感染症専門医が非常に希少であったこともあり,エイズ拠点病院で担当医師となったのは,血友病患者を診療してきた血液内科医などである.HIV/AIDS診療は感染経路を問わずに行われるため,血友病患者(薬害被害者)と性的接触による感染者(おもにCMSM)が混在することになるが,各担当医師はそれまでの日和見疾患に対応する経験を生かして,HIV/AIDS患者の診療にあたってきた.要点1:HIV/AIDS診療の歴史には,診療拒否や差別の問題,薬害被害者への対応があったことを忘れてはならない.CII治療薬の開発と発展の歴史HIVの同定からわずかC4年後には,満屋裕明博士によって世界で初めて有効な薬剤が開発された.これが核酸系逆転写酵素阻害薬(nucleosideCreverse-transcrip-taseinhibitors:NRTIs)と称される薬剤の一種,ジドブジン(zidovudine:AZT)である1).当初は単剤治療による速やかな耐性化が問題となったが,続く非核酸系逆転写酵素阻害薬(non-nucleosideRTIs:NNRTIs)やプロテアーゼ阻害薬(proteaseinhibitors:PIs)の開発と,これらをC3剤(一般にキードラッグC1剤+バックボーンC2剤と説明される)組み合わせた「強力でよく効く多剤併用抗レトロウイルス療法(highlyactiveantiret-roviraltherapy:HAART)」がC1996年の国際エイズ学会で報告され,以降C20年余りはこの治療戦略が鉄則となってきた.HAARTは近年CcombinationCantiretroviralCtherapy(cART)とも称されるようになり,HIV感染者に日常生活への復帰を可能としたが,今度は治療の長期化に伴うさまざまな問題が生じることとなった.第一は服薬率(アドヒアランス)の問題であり,これがC95%を切ると次第に耐性ウイルスが選択され,治療が無効となるとされてきた.計算上はC1日C2回,月C60回の服薬機会のうちわずかC3回飲み忘れると耐性化することになるので,患者にとっては日常生活上の大きな負担である.これを長期に維持することでの「飲み疲れ」を回避するべく,cARTの長期継続群と意図的に中断・再開をした群の比較試験が実施されたが,後者での有意な病状悪化2)が報告され,cARTの服薬はアドヒアランスを遵守したうえでの生涯継続が原則となった.第二は開発当初の薬剤で高頻度にみられた嘔気・下痢などの自覚的副作用や,1日あたりの錠剤数の多さに由来する「飲みにくさ」の問題である.やはりこれらも治療中の大きな負担となり,服薬の中断から複数回のAIDS発症に至る患者も散見された.開発当初の治療は上記のように患者に強い負担を強いるものであり,2000年代のある時期までは,CD4数が日和見疾患の発症危険域(200.350/mmC3)に低下するまでCcARTを見送る考え方が主流であった.第三はCcART自体が脂質や糖・骨といった代謝面や腎機能などに与える影響,すなわち薬剤の長期毒性の問題である.これらは(N)NRTIsやCPIsを継続するうえでのジレンマであり,cART薬剤の改良・発展がなされるまで,患者・処方医双方にとって悩みの種であった.しかしその後,無症状であってもCcARTを早期導入することが,性的パートナーへの伝播を阻止する効果3)や,免疫能(CD4数)にかかわらず非CAIDS合併症全体の頻度低下4)をもたらすことが示され,現在ではCCD4数の低下の有無にかかわらず,すべての患者にCcARTを開始することのメリットが強調されるようになった.同時期にCcART自体が後述するように改良・発展したため,大多数の患者で確実なウイルス抑制とCCD4数の安定が得られるようになった.1184あたらしい眼科Vol.40,No.9,2023(62)図2AIDS患者からPLWHへ:治療と臨床像の変化cART薬剤に比べその程度は低くなっており,万が一有害事象が生じれば別のCSTRへの変更を検討すればよい.また,安定期の患者管理は,1日C1回C1錠のCSTRを継続処方することにほかならないので,医事的な問題さえクリアすれば地域の医療機関でも十分対応可能と思われる.もちろん高額な薬価の納入やCCD4・ウイルス量の検査体制などのハードルはあるが,安定期の患者をエイズ拠点病院から市中のクリニックに移行する動きも大都市圏を中心にみられるようになっている.さて,ここまで発展したCHIV治療にも限界はある.C型肝炎が経口抗ウイルス薬によって完治できるようになって久しいが,現時点でCHIVの完治をもたらす手法は確立していない.また,感染を予防できるワクチンの開発は,長年にわたって難渋している.HIV感染に耐性をもつ特殊な形質のドナーから造血幹細胞移植を受けることによってCHIVが「治癒」したとされる事例が2008年の「ベルリン患者」以降数例報告されているが,それが完治なのか長期寛解なのかは,まだ確証が得られているわけではない.なにより造血幹細胞移植自体が,きわめて高度かつ侵襲性の強い,治療関連死亡のありうる治療手段である.造血器悪性腫瘍の根治などの特別な理由がない限り,HIV感染の治療手段として造血幹細胞移植が一般化することは今後も考えにくいと思われる.したがって,現時点でも「完治はしないが,生涯cARTを継続することで,長期抑制状態を維持する」ことがCHIV診療の基本である.要点3:今のところCHIV感染症は完治しないが,1日1回C1錠の錠剤やC1.2カ月にC1回の注射剤も登場するなど,治療は非常に簡便になった.CIV全例治療時代の臨床像の変化上記のとおり,簡便で有効なCcARTが年々発展を遂げたことから,適切な治療にアクセスできた患者はおおむね救命が図れるようになった.現在多くのCPLWHが1日C1回C1錠のCcART(STR)を継続しながら,健常者同様に就業・通学を果たせるようになっており,HIV感染症は典型的な慢性疾患へと変貌をとげている.近年,わが国のCnationaldatabaseの解析5)によれば,cARTを継続しているCPLWHの年齢構成は徐々に高齢化しており(図3),多数の併存症とそのケアに多数の併用薬を要する事例が増加している(図4).すなわちPLWHの臨床像は免疫不全症というよりも,生活習慣病や悪性腫瘍など,非CHIV感染者となんら変わらないものに変貌しているのである.超高齢社会のなかでPLWHも確実に加齢を重ねており,合併症ケアのために実地医家のクリニックに併診で紹介される機会も増えていると思われる.多くのケースがエイズ拠点病院で有効なCcARTが開始されウイルス抑制状態と思われるので,地域で求められるのは非感染者同様の慢性期合併症対応である.具体的には,健康診断から降圧薬・糖尿病薬などの処方といった生活習慣病管理,あるいは介護認定にあたっての主治医意見書の作成といった高齢者福祉の分野まで多岐にわたる.コロナ・パンデミックを経験した今となっては,ワクチン接種や発熱診療などもまずは地域で対応することが期待される.すなわち,PLWHをめぐって,専門病院(エイズ拠点病院)と地域医療機関の連携が欠かせない状況になっているのである.また,近年着目されているのが,PLWHに対するcARTを未感染者に応用した,HIV「予防」としての服用法である.具体的には,ハイリスクな性行為を行う者を中心に事前に抗ウイルス薬を服用する曝露前予防内服(pre-exposureprophylaxis:PrEP)と,医療行為などで万が一の血液曝露が生じたときに,速やかにCcARTを服用することで感染を予防する,曝露後予防内服(post-exposureprophylaxis:PEP)に分けられる.いずれも保険適用は認められていないので自費診療となるが,業務上発生した医療者に対するCPEP費用は労働災害保険の適応となるので,曝露者に確実に伝えていただきたい.また,現在は適切なCcARTにアクセスできたPLWHの大多数がウイルス抑制状態にあり,もはや「ウイルス抑制状態にある患者からは他人に感染しない」との概念(Undetectable=Untransmittable:U=U)も提唱されていて,医療者の血液曝露や患者の免疫不全による混合感染のリスクを必要以上に意識する必要はない.もちろん処置にあたっての懸念があれば,cARTを処方している医師(病院)との間で事前に診療情報を交わし,HIVの治療状況やCcARTと併用薬の相互作用有無など1186あたらしい眼科Vol.40,No.9,2023(64)n=28,089100%90%60-6980%50-5970%60%Age(Year)50%40-4940%30%20%30-3910%20-290%図3PLWHの年齢層の変化(文献C5より引用)併存症併存薬n=28,089100%100%90%90%80%80%70%■.5comorbidities70%■.5co-medications60%■4co-medications■3co-medications■4comorbidities60%50%■3comorbidities50%■2comorbidities■2co-medications40%■1comorbidities40%■1co-medications30%■Noco-medications■Nocomorbidities30%20%20%10%10%2009201020112012201320142015201620172018201920-2930-3940-4950-5960-69.7020-2930-3940-4950-5960-69.70Age(years)Age(years)図4PLWHの併存症と併用薬(文献C5より引用)’’図5曝露後予防(PEP)薬-

HIV感染症に伴う眼合併症

2023年9月30日 土曜日

HIV感染症に伴う眼合併症OcularComplicationsAssociatedwithHIVInfection八代成子*はじめにヒト免疫不全ウイルス(humanCimmunode.ciencyvirus:HIV)は,レトロウイルスに属する直径約C110nmのリボ核酸(ribonucleicacid:RNA)型エンベロープウイルスで,1983年に分離同定された.HIVの粒子内部には逆転写酵素が存在するため,リボ核酸(ribonu-cleicacid:RNA)からデオキシリボ核酸(deoxyribonu-cleicacid:DNA)を合成することができるユニークなウイルスである.HIVはCCD4陽性CTリンパ球に感染する.そのため,細胞性免疫が低下することにより,全身にさまざまな日和見感染症を引き起こす.後天性免疫不全症候群(acquiredCimmunode.ciencyCsyndrome:AIDS)は,HIV陽性が判明しただけでは診断には至らず,サーベイランスのためのCAIDS指標疾患(表1)のうち一つ以上が明らかにみられる場合にCAIDSと診断される.HIVは結核,マラリアとともに世界三大感染症とされており,2021年世界におけるCHIV陽性者数はC3,840万人に達する.一方,日本におけるCHIV陽性患者数は約C3万人と,世界の感染者数と比較するときわめて少ない.現在世界規模でCHIV/AIDSの撲滅に向けたキャンペーンが行われており,日本でも他の先進国に遅れ患者数はC2013年をピークに減少傾向にある.発見当初は死の病と恐れられていたが,わが国ではC2000年代に入り多剤併用療法(antiretroviraltherapy:ART)が治療の標準となると,生命予後が劇的に改善したことにより,慢性感染症としての問題点も浮上してきた.HIV感染症に伴う眼合併症は,同一ウイルス感染でも患者の免疫能の違いにより異なる病態を呈し,臨床像も異なることは大変興味深い(図1).多臓器病変の中の氷山の一角でしかない眼合併症ではあるが,重要な疾患の前駆段階である可能性も高い.本稿ではCHIV感染症に伴う眼合併症について,診断のポイントを中心に概説する.CIHIV感染症に関連する眼疾患HIV感染症に関連するおもな眼疾患を表1に示す.HIV感染症で興味深い点は,これらの疾患の発症や悪化は,宿主の細胞性免疫と深く関連していることである.細胞性免疫能はCCD4陽性CTリンパ球数が指標となり,正常値はC700~1.000/μlとされているなか,CD4陽性CTリンパ球数がC200/μl未満になると多くの日和見感染症を発症する.逆に合併した眼感染症から,患者の免疫状態をある程度推測することもできる.主たる網脈絡膜疾患における免疫能の指標であるCCD4陽性CTリンパ球数と,感染経過時間との関係を経時的な関係を図2に示す.とくにサイトメガロウイルス(cytomegalovi-rus:CMV)網膜炎,悪性リンパ腫に伴う眼内炎,進行性網膜外層壊死(progressiveCouterCretinalnecrosis:PORN)は免疫能が著明に低下した状態で発症する.以下,代表的な眼疾患について説明する.*ShigekoYashiro:国立国際医療研究センター病院眼科〔別刷請求先〕八代成子:〒162-8655東京都新宿区戸山C1-21-1国立国際医療研究センター病院眼科C0910-1810/23/\100/頁/JCOPY(53)C1175表1AIDS指標疾患およびHIV感染症に関連する眼疾患AIDS指標疾患HIV感染症に関連する眼疾患AIDS指標疾患に関連する眼疾患その他の眼疾患A.真菌症1.カンジダ症(食道・気管・気管支・肺)2.クリプトコッカス症(肺以外)3.コクシジオイデス症4.ヒストプラズマ症5.ニューモシスチス肺炎・カンジダ性眼内炎・クリプトコッカス網脈絡膜炎・ヒストプラズマ性網脈絡膜炎・ニューモシスチス脈絡膜症B.原虫症6.トキソプラズマ脳症7.クリプトスポリジウム症8.イソスポラ症・トキソプラズマ網脈絡膜炎C.細菌感染症9.化膿性細菌感染症10.サルモネラ菌血症11.活動性肺結核12.非結核性抗酸菌症・結核性ぶどう膜炎・非結核性抗酸菌症による網脈絡膜炎・梅毒性ぶどう膜炎・強膜炎D.ウイルス感染症13.サイトメガロウイルス感染症14.単純ヘルペスウイルス感染症15.進行性巣性白質脳症・サイトメガロウイルス網膜炎・角膜ヘルペス・急性細胞壊死・進行性巣性白質脳症(視野異常)・免疫回復ぶどう膜炎・進行性網膜外層壊死/急性網膜壊死/眼部帯状疱疹・眼瞼伝染性軟属腫E.腫瘍16.Kaposi肉腫17.原発性脳リンパ腫18.非CHodgkinリンパ腫19.浸潤性子宮頸癌・眼瞼・結膜CKaposi肉腫・眼内悪性リンパ腫F.その他20.反復性肺炎21.リンパ性間質性肺炎/肺リンパ過形成22.HIV脳症23.HIV消耗性症候群・HIV網膜症・HIV関連視神経炎・薬剤性ぶどう膜炎(シドフォビル・リファブチン)結核性ぶどう膜炎200カンジダ性眼内炎ニューモシスチス脈絡膜炎梅毒性ぶどう膜炎500正常免疫反応不全直接的ウイルスCMVHSV-1,2毒性VZV図1免疫能と病態の違いにより生じるウイルス性眼病変サイトメガロウイルス(CMV)は(単純ヘルペスウイルスC1型,CD4陽性リンパ球数(/μl)トキソプラズマ網脈絡膜炎進行性網膜外層壊死2型(HIV-1,2),(水痘・帯状疱疹ウイルス(VZV)と比べ病C50変は緩徐に進行する.CMV感染症では,免疫不全様態では網感染後経過時間膜炎を,免疫正常では角膜内皮炎を生じる.CRN(慢性網膜壊死)は通常のCCMV網膜炎より免疫能はやや高い状態でまれに図2代表的な眼疾患と免疫との関係みられ,IRU(免疫回復ぶどう膜炎)は免疫能が急激に立ち上がったときに生じる.HSV-1.2およびCVZVは通常,急性網表2新たなCMV網膜炎分類基準膜壊死(ARN)を生じるが,免疫不全が著明に低下するとまれに進行性網膜外層壊死(PORN)を生じる.CMV網膜炎の分類基準(1&C2&C3またはC4を満たすこと)1多数の小さな(<C50Cμm)サテライト病巣による境界不明瞭な壊死性網膜炎C2免疫低下(aまたはb)a.全身性(例:AIDS,臓器移植,化学療法)b.眼局所(例:眼内ステロイド療法や化学療法)C3特徴的な臨床像(a,b,cのいずれか,およびd)a.網膜炎の扇形領域b.網膜炎による出血c.網膜炎による顆粒状病巣d.硝子体炎がないかあっても軽度C4CMVの眼内感染の証明(前房水または硝子体液検査でCMV-PCR陽性)除外1.梅毒トレポネーマ血清反応陽性2.眼内液CPCRで単純ヘルペスウイルス,水痘帯状疱疹ウイルス,トキソプラズマ陽性(ただし免疫不全,CCMV感染歴,CCMV網膜炎に特徴的臨床像がありCCMV-PCR陽性の場合を除く)(文献C2より引用)図3OCTを用いた初期CMV網膜炎とHIV網膜症との鑑別a:CMV網膜炎:眼底写真ではCHIV網膜症と同程度のごく小さな病巣がみられるが,OCTでは網膜全層の層構造は脱落し網膜は陥凹している(矢印).b:HIV網膜症:OCTでは病巣は網膜内層に現局し,網膜外層は保たれ神経線維層は隆起している.(文献C3より引用)図4進行性網膜外層壊死(PORN)網膜出血や硝子体混濁などを伴わずに白色病変が急速に後極に向かって進展している.図5下眼瞼に発症した結膜Kaposi肉腫結膜円蓋部に暗赤色隆起性病変がみられる.