遺伝子検査を読み解くための遺伝学の基本BasicKnowledgeofGeneticstoProperlyInterpretGeneticTestResults浦川優作*はじめに近年,さまざまな疾患と遺伝子の関係が明らかになってきており,遺伝性の疾患についても多くのことが解明されてきた.眼科領域の遺伝性疾患である網膜色素変性(retinitispigmentosa:RP)をはじめとする遺伝性網膜ジストロフィ(inheritedCretinaldystrophy:IRD)はその代表例である.IRDは夜盲,視野狭窄,視力低下をおもな症状とする進行性の網膜変性疾患である.IRDと診断された患者にとっては,治療法がない,失明する可能性があるということだけでなく,遺伝するということがわかったときのインパクトは大きく,今後の人生設計にも大きな影響を及ぼす可能性がある.一方で,実臨床においてCRPE65を原因とするCIRDに対して遺伝子治療が始まった.治療方針の決定には遺伝学的検査が不可欠であり,それだけではなく自身の子どもへの遺伝的リスクを知りたいという患者も少なくない.遺伝学的検査で得られる情報を有効活用するために,本稿では遺伝学的検査の検査結果を解釈するための遺伝や遺伝子診断の基本をまとめた.CIIRDの遺伝学的特徴IRDは,その原因となる遺伝子がきわめて多様であることが最大の特徴である.類縁疾患を含めると,現在までにC250を超える原因遺伝子が報告されている1).多くの遺伝性疾患では,特定の疾患に対して原因遺伝子が一対一で対応するのに対し,IRDでは一つの疾患(たとえばCRP)に対して多数の異なる遺伝子が原因となりうる.この現象を「遺伝的異質性(geneticCheterogene-ity)」とよび,IRDの診療において非常に重要な概念である.原因遺伝子の違いは,疾患の進行速度や重症度といった予後,さらには眼所見を含む臨床像(病像)の違いにも影響する.そして,遺伝形式も原因遺伝子によって異なることが知られており,正確な遺伝カウンセリングを行ううえで必須の情報となる.遺伝学的検査により原因遺伝子が同定されると遺伝形式も確定されることになり,同胞や子どもへの影響の大きさが評価できる.遺伝形式を知ることは,患者やその家族にとっては非常に重要なことであり,遺伝について知るということが検査を受ける動機になることは少なくない.CII遺伝形式遺伝性疾患は,その疾患が家族内でどのように伝わるかを示す「遺伝形式」によって分類される.IRDのおもな遺伝形式には,常染色体顕性遺伝(優性遺伝),常染色体潜性遺伝(劣性遺伝),X連鎖性遺伝がある.それぞれの遺伝形式で血縁者が同病である確率が大きく異なるため,原因遺伝子が同定されることにより遺伝形式が確定することは,血縁者への影響を判断するうえで非常に重要である.遺伝形式は家族歴を聴取することである程度予測できる場合もあるが,最終的に遺伝形式を確定するためには遺伝学的検査により原因遺伝子を同定す*YusakuUrakawa:藤田医科大学医学部先端ゲノム医療科〔別刷請求先〕浦川優作:〒470-1192愛知県豊明市沓掛町田楽ケ窪C1-98藤田医科大学医学部先端ゲノム医療科(1)(27)C8110910-1810/25/\100/頁/JCOPY図1ADの典型的な家系図各世代に少なくとも一人の罹患者が存在している.また,性別図2ARの典型的な家系図に関係なく罹患している.同胞には罹患者がいるが,上の世代,下の世代ともに罹患者はいない.図3XLの典型的な家系図女性を挟んだ男性のみが罹患している,c.性腺モザイク卵巣または精巣の生殖細胞(卵子や精子のもとになる細胞)にのみ遺伝子の病的バリアントが存在し,ほかの組織には存在しない状況を性腺モザイクとよぶ.この病的バリアントは,受精後の発生の早い段階で,生殖細胞になる予定の細胞に突然変異が起こることで生じると考えられている.病的バリアントは生殖細胞に限られているため,親自身は無症状であり,遺伝学的検査でも病的バリアントは検出されない.一方で,その子どもは受精卵のときから病的バリアントを有している可能性があり,遺伝性疾患を発症する可能性がある.Cd.浸透率の低い遺伝性疾患ADの遺伝子の場合,一部の遺伝子では病的バリアントをもっていても必ずしも発症しない(不完全浸透)ことが報告されている.家系内で症状が現れない世代が存在し,弧発例のようにみえることがある.Ce.XL母親が病的バリアント保持者で,その息子のみが発症し,ほかに男性の罹患者がいない場合がある.母方の家系で偶然男性へは遺伝していない場合や男性の家系員がいない場合に見かけ上は弧発例にみえる場合がある.Cf.情報不足家系情報が不正確であったり,軽症で未診断の家族がいたりする場合,見かけ上は弧発例となることがある.弧発例の遺伝的リスク評価を行う際には,詳細な家族歴の聴取が非常に重要である.弧発例の場合の遺伝形式はCARのことが多いが,弧発例だからCARであると決めつけることにはリスクが生じる.ADやCXLの場合もありえるため,遺伝学的検査前の情報提供時にはすべての可能性について説明しておくことが望ましい.CIV家系図の聴取と作成家系図は遺伝医療において遺伝学的なリスク評価を行うために用いられ,家系内での罹患状況から遺伝形式を推測するために不可欠なツールである.遺伝学的リスク評価を行ううえでは,家系員の情報が多ければ多いほうが正確な評価が可能になるが,原則C3世代にわたって父方,母方両方の家系の家族歴を確認する必要がある.患者本人だけでなく血縁者の罹患状況,診断時年齢,亡くなっている場合は死亡年齢や生前の病歴を聴取する.眼科疾患では患者側が家族の視力のことに注意しがちであるが,夜盲があったかどうか,日常生活での不自由があるかどうか,自動車,自転車を利用していたかどうかなども参考になる情報である.また,IRDはCAR形式の遺伝子が原因であることが珍しくないため,患者や同病の血縁者の両親が近親婚であったかどうかの確認も忘れてはならない.ほかにも,症候性のIRDの可能性を検討するために,難聴の有無や,心疾患,腎疾患があるかどうかも確認しておくことが望ましい.家系図は医療者あるいは医療機関どうしでのやり取りが発生するため,共通の記載方法を用いることが望ましい.遺伝医療においては,米国遺伝カウンセラー学会(NationalCSocietyCofCGeneticCounselors:NSGC)の提唱する表記方法が国際的に用いられている2).CV遺伝子診断と原因遺伝子日本国内においては,RPE65網膜症を疑う患者に対して保険診療でCIRDパネル検査が実施可能となった.IRDに対する遺伝子診断はこれまでにいくつかの研究で実施されており,日本国内での原因遺伝子の同定率が明らかになりつつある.保険診療に先駆けて実施された遺伝子診断に関する先進医療では,82遺伝子の網羅的遺伝子解析にてCIRD患者C100名中C41名に原因遺伝子が同定された3).同定された遺伝子でもっとも頻度が高かったのはCEYSであり,15名(37.5%)であった.同定された遺伝子の遺伝形式は,ADがC2例(4.9%),ARが34例(82.9%),XLがC5例(12.2%)であり,多くの患者がCARの遺伝形式であった.遺伝子診断の注意点としては,検査で同定されたバリアントの解釈と遺伝形式に矛盾がないか確認することである.たとえば,ADの遺伝形式である遺伝子(RHOやCPRPH2など)では,病的バリアントが一つ同定されると,それが疾患の原因であると考えられる.ARの場合は同じ遺伝子の病的バリアントがヘテロ接合で二つ同定されるか,同じバリアントがホモ接合である場合に,両方の遺伝子の機能に影響を与えていると考えるため,バリアントの情報だけでなく接合(ホモなのかヘテロな814あたらしい眼科Vol.42,No.7,2025(30)