プラケニル(Plaquenil)による網膜障害Plaquenil-AssociatedRetinalToxicity丸子留佳*丸子一朗*Iプラケニルの歴史クロロキン(chloroquine:CQ,図1)は1934年にドイツのバイエル社が合成し,1943年に米国がマラリアの特効薬として短期間の投与に限って使用を開始したが,第二次世界大戦中に抗マラリア薬の投与を受けていた兵士の関節痛などの症状が改善したことを契機に,全身性エリテマトーデス(systemiclupuserythemato-sus:SLE)や関節リウマチの治療薬として広く使用されるようになった.日本では1955年に抗マラリア薬として承認され,そののち,腎炎,関節リウマチ,気管支喘息,てんかんにまで適応が拡大された.当時は薬事制度が十分に整備されておらず,長期投与についての安全性の確認や市販後の副作用のモニターも行われないまま,適応拡大や投与量増加,投与期間の長期化が行われた.1959年にLancetにCQ網膜症の報告が掲載され,日本においても1962年には文献報告で142例,アンケート調査で353例の網膜症の報告がなされ,1964年には日本リウマチ学会でCQ網膜障害の集中討議も行われた1).しかし,ただちには安全対策に結びつかず,1971年にはCQ網膜症被害が社会問題化し,1972年に被害者の会が結成され,1973年よりCQ訴訟が提起された1).製薬企業は1974年にCQの製造を中止し,1976年に再評価結果で腎炎に対して有効性なしと判定され,日本薬局方から削除された.ヒドロキシクロロキン(hydroxychloroquine:HCQ,図1)はCQの副作用を軽減する目的でCQにヒドロキシ基(-OH)を付加した誘導体として合成された.1955年にHCQは米国食品医薬品局によって医療用途として承認され,商品名プラケニル(Plaquenil)で販売が開始され,SLEや関節リウマチなどの自己免疫疾患の治療薬として使用されるようになった.日本では長らく未承認であったが,2015年7月にSLEと皮膚エリテマトーデス(cutaneouslupuserythematosus:CLE)を適応としてサノフィが製造販売承認を取得した.なお,2021年には旭化成ファーマとの共同販売となっており,2024年12月からはジェネリック医薬品も発売されている.IISLE診療におけるHCQの位置づけSLEはT細胞,B細胞などに起因する免疫異常を背景に多彩な自己抗体が産生され,皮膚,腎臓,脳など全身の臓器を障害する代表的な自己免疫疾患の一つである.有病率は10万人あたり20.150人と報告され,好発年齢は20.40歳代,男女比は1:9で女性に多い2).CQHCQ図1CQとHCQの構造式*RukaMaruko&IchiroMaruko:東京女子医科大学眼科学教室〔別刷請求先〕丸子留佳・丸子一朗:〒162-8666東京都新宿区河田町8-1東京女子医科大学眼科学教室(1)(23)9570910-1810/25/\100/頁/JCOPYHCQは抗炎症作用,免疫調節作用,抗酸化作用など,多岐にわたる作用を有する薬剤である3).HCQは核内因子(nuclearfactor:NF)lB経路を抑制し,炎症性サイトカインであるインターロイキン(interleukin:IL)1b,IL-6,腫瘍壊死因子(tumornecrosisfactor:TNF)aの産生を減少させる.これにより,関節痛や皮疹,腎炎などの症状の改善が期待できる.また,HCQは高い脂溶性とリソソームへの特異的な親和性により,細胞膜を通過してリソソーム内に蓄積し,抗原提示細胞の機能を抑制し,免疫応答を調節することができる.具体的には,Toll様受容体の阻害を通じてインターフェロンa(IFNa)の過剰産生を抑制し,自己免疫反応を緩和する.さらに,HCQは活性酸素種の産生を抑制することで,細胞の酸化ストレスを軽減し,組織のダメージを防ぐ.この抗酸化作用により,心血管疾患のリスクを低減できる可能性がある.HCQの効果として,SLEの再燃抑制効果,疾患活動性の抑制効果や生存期間の延長,早期導入による疾患の進行や生存期間の延長が示唆されている4).CLEにおいては,50%以上がHCQ単剤で効果がある4).厚生労働科学研究費補助金難治性疾患等政策研究事業自己免疫疾患に関する調査研究(自己免疫班)および日本リウマチ学会の合同で作成されたSLE診療ガイドライン20195)の診療アルゴリズムによると,皮膚以外の臓器病変を認める場合には,病態や臓器病変にかかわらず,副腎皮質ステロイド投与の前に全例でHCQを考慮することになっている.ガイドラインのなかでSLEの治療目標は,「生命予後のさらなる改善に加え,長期にわたって患者の生活の質を落とさないこと,すなわちSLEではない健常者と何もかわらない社会活動を行える状態を維持すること(社会的寛解の維持)」と定義された.またSLE患者が若年女性に好発することから,社会活動は労働生産性のみでなく,妊娠・出産・育児などの家庭活動も含まれる.社会活動を大きく制限する要因は骨粗鬆症による圧迫骨折や白内障など,副腎皮質ステロイドによるものも多い.さまざまな免疫抑制薬を使用できるようになった現在,SLEの疾患活動性をいかに抑えるかという点に加え,副腎皮質ステロイドの副作用を軽減し,SLEならびに治療に伴う臓器障害を起こさないことが重要となってきている2).2023年に改定された欧州リウマチ学会のSLE治療に関するリコメンデーションズにおいても,HCQは禁忌でない限り,SLEの疾患活動性によらず,軽症・中等症・重症の全患者に投与するものと位置付けられている6).筆者らの外来診療でも,HCQを開始することで副腎皮質ステロイドから離脱できたSLE患者を複数診ている.また,女性に多いSLEで議論となるのが妊娠である.一般に,妊娠中の薬剤使用では,初期の催奇形性と胎児毒性の二つが懸念されるが,催奇形性については妊娠初期にHCQの使用で先天異常の発生は上昇せず7),催奇形性や胎児毒性も認められていない4).原病の治療に必要であれば妊娠中のHCQの使用は可能であり,むしろ妊娠中はSLEが再燃しやすくなるため,疾患活動性管理が重要と考えられている.IIIHCQ網膜症副腎皮質ステロイドよりも全身副作用の少ないHCQであるが,長期使用により網膜症が出現することがあり,もっとも注意しなければならない副作用である.黄斑ジストロフィや萎縮型加齢黄斑変性などの視細胞の変性をきたす疾患が鑑別に上がるが,HCQ開始後に発症したかどうかが鑑別の鍵となるため,HCQ服用開始前の眼科検査が重要である.IV発症機序CQおよびHCQは,メラニンとの親和性が非常に高く,メラニン顆粒を含む網膜色素上皮(retinalpigmentepithelium:RPE)細胞や脈絡膜メラニン含有細胞に取り込まれる.弱塩基性であるCQおよびHCQによって酸性のリソソーム内pHが上昇してリソソーム酵素の働きが低下し,視細胞外節の代謝を阻害し,リポフスチンが蓄積する.この蓄積したリポフスチンがさらにリソソーム機能を阻害する悪循環を生み,最終的にRPEの機能不全から視細胞変性が起き,網膜症を発症する8).HCQはCQよりも細胞膜透過性が低く,リポフスチンの産生量が少ないことが基礎実験で示されており8),実臨床でもHCQはCQよりも網膜症の発症率が低いことが示されている9,10).958あたらしい眼科Vol.42,No.8,2025(24)Vスクリーニングで行うべき眼科検査HCQは前述のように,視細胞変性とRPE萎縮を引き起こす.HCQ網膜症の初期は中心窩周囲に顆粒状変化がみられ,進行すると黄斑部にbull.seyemaculopathy(標的黄斑症)が出現し,末期には周辺部網膜までメラニン色素の沈着を伴った網脈絡膜萎縮をきたす11).初期には自覚症状はないか,あっても軽微(図2)であり12),患者の自覚症状の有無による評価は危険である.現時点ではHCQ網膜症に有効な治療法はなく,いったん発症するとHCQの中止後も網膜症が進行することがある(図2)ため11,12),定期的なスクリーニング検査を行い,患者の自覚症状の出ていない初期のうちにHCQ網膜症を診断し,プラケニルを中止することが視機能を守るうえで非常に重要である.HCQ服用例に対して実施すべき眼科検査を表1に示す.HCQの適応疾患であるSLEとCLEでは経口副腎皮質ステロイドが併用されている患者もあり,HCQ網膜症に加えて,ステロイド白内障,ステロイド緑内障,中心性漿液性脈絡網膜症などの副腎皮質ステロイドの眼副作用にも留意して診察する.また,網膜症の発現部位に関する人種差についての検討の結果,アジア人では黄斑辺縁部型での発症が他の人種に比べて高頻度にみられた13,14).黄斑辺縁部型は傍中心窩型よりも診断時のプラケニル累積投与量が多く,より進行した状態でみつかった13)ことから,黄斑辺縁部型は傍中心窩型よりも発見が遅れる傾向にあることがわかる.定期的なスクリーニングでは,黄斑辺縁部型を常に念頭におき,黄斑部のみならず,その外側にも注意して検査を行うことが重要である.日本眼科学会のガイドライン11)に準じて,以下に各検査の注釈を述べる.①視力検査:HCQ網膜症のみならず,ステロイド白内障や中心性漿液性脈絡網膜症によるによる視力低下に留意して視力を測定する.②細隙灯顕微鏡検査:HCQは網膜症以外にも角膜症を起こすことがあるため行う.CQ角膜上皮症では,両眼性に角膜表面をほうきで掃いたような線状の細かいびまん性の混濁が認められる15).③眼圧測定:日本で行われたHCQの臨床試験,海外市販後調査において眼圧変化にかかわる副作用の報告はないが,ステロイド緑内障に留意して眼圧を測定する11).④眼底カメラ撮影:HCQによる眼底の詳細な変化をとらえるために行う.広角眼底カメラ撮影を行うことも検討する.⑤光干渉断層計(opticalcoherencetomography:OCT):傍中心窩から黄斑辺縁領域にかけて網膜層における局所的な菲薄化をとらえることにより,HCQによる網膜障害の検出が可能である.Ellipsoidzone(EZ)の欠損は傍中心窩障害の初期の所見である可能性がある(図2).網膜構造の微細な変化はタイムドメインOCTなどの古い機種では適切に描出できないことに注意する.⑥視野検査:網膜症による中心視野の状態および変化をとらえる目的で実施する.HCQによる視野異常は,傍中心窩型では中心10°以内で観察されるが,黄斑辺縁部型ではそれよりも周辺で視野障害が起こるため,中心30°までの領域の検査も検討する.筆者らはHumphrey自動視野計の10-2プログラムと30-2プログラムを交互に施行している.なお,ステロイド緑内障による視野異常がないかどうかもスクリーニング時に確認する.⑦眼底自発蛍光(fundusauto.uorescence:FAF):2016年に日本眼科学会より発刊された「ヒドロキシクロロキン適正使用のための手引き」では,HCQ使用例に行うべき眼科検査のなかに含まれていないが11),2020年に英国王立眼科学会より発刊された改訂ガイドライン「TheRoyalCollegeofOphthalmologistsrec-ommendationsonmonitoringforhydroxychloroquineandchloroquineusersintheUnitedKingdom(2020revision)」では,推奨される検査に含まれており,黄斑辺縁部型の検出にも適した広角のFAFの撮影がとくに推奨されている16).なお,ステロイド併用例においては,中心性漿液性脈絡網膜症に起因する漿液性網膜.離が発生していない場合でも,RPE障害が生じることがある.このような変化をHCQ網膜症と混同しないよう,注意が必要である.色覚検査は,日本眼科学会のガイドラインではHCQ使用例に行うべき眼科検査のなかに含まれているが11),(25)あたらしい眼科Vol.42,No.8,2025959eHumphrey10-2プログラム図2初期のHCQ網膜症(弘前大学上野真治先生のご厚意による)39歳,女性.SLE.a:HCQ服用開始前.OCTでCinterdigitationzone(IZ)の途絶がみられ(.),EZの反射も不良であった.b~e:HCQ網膜症診断時(投与開始後C2年C4カ月,累積投与量C168g).右眼視力(1.2).自覚症状なし.眼底写真で異常はみられないが,FAFで中心窩上方にリング状の過蛍光があり,それに対応する下方の視野障害がみられる.OCTでCEZとCIZの途絶(.)が観察される.f~h:中止後C3年.右眼視力(1.2).自覚症状なし.眼底自発蛍光で過蛍光の範囲が拡大し,それに対応して視野障害の範囲も拡大している.OCTで観察されるCEZとCIZの欠損範囲も長くなっている(.).hHumphrey10-2プログラム-表1HCQ使用例に行うべき眼科検査・視力検査・細隙灯顕微鏡検査・眼圧測定・眼底カメラ撮影・SpectraldomainOCT(SD-OCT),SweptsourceOCT(SS-OCT)×timedomainOCTは推奨されない・視野検査(中心C10°とC30°を交互に施行)・FAF(黄斑部と周辺部を両方撮影)図3強度近視眼のHCQ服用症例58歳,女性.SLE.Ca~c:HCQ服用開始前.左眼視力(1.2).タクロリムスとプレドニゾロンC11Cmg/日を併用.Cd~f:HCQ開始後C3年C8カ月(累積投与量約C400Cg).左眼視力(1.25).プレドニゾロンC9Cmg/日を併用.強度近視眼でCOCTでのCEZとCIZは描出不良であるが,服用開始後のCOCT所見に著変なく,FAFでも網膜障害を示唆する所見がないことからCHCQの服用を継続している.図4経過中に中心性漿液性脈絡網膜症を発症したHCQ内服症例38歳,女性.SLE.Ca,b:HCQ服用開始時.右眼視力(1.2).ミゾリビン,タクロリムスとプレドニゾロンC10mg/日を併用.OCTで脈絡膜が肥厚しているが,FAFでCRPE異常ははっきりしない.Cc,d:HCQ服用開始C2年後(累積投与量約C220Cg).右眼視力(0.7).ミコフェノール酸モフェチルとプレドニゾロンC20Cmg/日を併用.OCTで中心性漿液性脈絡網膜症がみられる.Ce,f:HCQ開始後C3年C4カ月(累積投与量約C365Cg).右眼視力(1.2).タクロリムスとプレドニゾロンC15Cmg/日を併用.漿液性網膜.離の消失に伴ってCFAFの過蛍光所見が消失した.OCTで中心窩のCIZが描出されず,EZの連続性も不良であるが,中心性漿液性脈絡網膜症の既往のためと判断し,HCQの服用を継続している.表2HCQ網膜症の発症率■全CHCQ網膜症の累積発症率■中等度もしくは重度CHCQ網膜症の累積発症率HCQ用量(mg/kg/日*)10年累積発症率15年累積発症率C.5mg/kg/日C1.2%C2.7%5.6mg/kg/日C3.5%C11.4%>6mg/kg/日C5.8%C21.6%HCQ用量(mg/kg/日*)10年累積発症率15年累積発症率C.5mg/kg/日C0.5%C1.1%5.6mg/kg/日C0.9%C2.4%>6mg/kg/日C1.5%C5.9%*体重は実測体重(文献C19より改変引用)表3HCQの累積投与量表4眼科検査のタイミングとリスク因子HCQ投与量おおよその累積投与量(g)200mg/日C6×服用期間(月)200CmgとC400Cmgの隔日投与C9×服用期間(月)400mg/日C12×服用期間(月).処方前.処方開始後は年C1回.下記リスクのある場合はより頻回(半年毎など)・累積投与量がC200Cg超・高齢者・肝機能障害または腎機能障害・視力障害,SLE網膜症,投与後に眼科検査異常の出現