点眼薬とアドヒアランスEyeDropTherapyandAdherencetoTreatment内藤知子*はじめに緑内障は基本的には超慢性疾患であり自覚症状にも乏しいため,治療に限らず診断や経過観察においても患者の病態理解が求められ,眼科臨床のなかでもアドヒアランスを意識した対応が必要な疾患である.治療の基本は点眼薬による眼圧下降であるが,現在,強力な眼圧下降効果をもつ点眼薬や多剤併用時の点眼回数を減らすために有用な配合点眼薬が登場し,また,多職種間で連携して治療に取り組む機会やツールが増えたことは緑内障点眼アドヒアランスにおける「光」である.その一方で,点眼薬による多様な副作用の増加は患者のアドヒアランスを低下させ「影」となる.本稿では,緑内障患者の点眼アドヒアランスに焦点を当て,筆者の施設での対策も含め紹介する.CI緑内障とアドヒアランスアドヒアランス低下は緑内障の予後不良因子の一つである1).しかし,緑内障患者の点眼アドヒアランスは決して良好とはいえず2),慢性全身性疾患の服薬アドヒアランスと比べても概して悪いと報告されている3)ことは緑内障点眼治療における影の部分であろう.アドヒアランスは患者が自らの意思で遵守するという概念であることから,アドヒアランスが不良であった場合に,それが患者の意図的なものか非意図的なものかの二つに分けて考えることができる.たとえば,前者は患者自身が「点眼しない」と決める場合,後者は「点眼したい」と思っていてもうまく対応できない場合である.結果としてアドヒアランス不良になるのは同じでも,意図的か非意図的かによって医療者側の対策は大きく異なってくる.一般的に,高齢者は壮年者と比べ点眼継続率が高く4),点眼遵守の気持ちが良好である5~7).また,点眼手技に関する問題は高齢者に多く,必須の知識に関する問題は男性と若年者に多くみられたとの報告5)があることから,高齢者では非意図的なアドヒアランス不良に重点を置いた対策が必要と考える.一方,非意図的なアドヒアランス不良に対しては,うまく対応できていない要因(点眼方法の複雑さ,点眼手技,失念しやすさ,緑内障の重症度,仕事・家事の忙しさなど)を,意図的なアドヒアランス不良に対しては,患者が治療を受け入れられていない要因(緑内障に関する病識不足,副作用への不安,治療への動機付け不十分,医療者との信頼関係など)を明らかにし,その解消に努める必要がある.CII点眼アドヒアランスを向上させる対策筆者の施設での取り組みを以下に紹介する.なお,いずれの場合も欠かせないのが患者との信頼関係である.信頼関係がなければ,いくら治療を提供する側が努力しても説明や励ましの言葉が患者の心に届かず,アドヒアランスを改善することはむずかしくなる.日頃から患者とのコミュニケーションを十分にとり,良好な信頼関係を築いていくことが大切と考える.*TomokoNaito:グレース眼科クリニック〔別刷請求先〕内藤知子:〒700-0821岡山県岡山市北区中山下C1-1-1グレースタワーCIII2階グレース眼科クリニックC0910-1810/24/\100/頁/JCOPY(41)C1083図1視野欠損を体感してもらう対面法Tan10°から計算すると,Humphrey視野(C10-2)の範囲は眼前C85cm先の地点の半径C15cm内に該当する.患者から見ると,ちょうど検者の顔がすっぽりと入る範囲となる.(Cochran-Armitagetrendtest)(%)p=0.000684.6%p=0.0969(11/13例)76.9%(10/13例)63.0%63.0%62.5%59.1%(17/27例)(17/27例)(25/40例)(13/22例)45.0%(18/40例)27.3%(6/22例)202000<60歳60~69歳70~79歳≧80歳<60歳60~69歳70~79歳≧80歳点眼成功率図2座位と仰臥位における点眼成功率(年代別)試験デザイン:前向き観察研究.対象:手術のために岡山大学病院眼科に入院した患者C102例(平均年齢C70.2歳),白内障C63例,緑内障C16例,網膜硝子体疾患C23例.方法:患者の同意を得てビデオ撮影を行い,座位と仰臥位での点眼手技と滴下状況を観察した.最初の操作で眼表面に正確にC1滴を滴下できた場合を点眼成功と定義した.(文献C9より引用)(%)100806040点眼成功率図3当院で活用している点眼指導依頼票確認を行っている.院外薬局では客観的評価(薬剤使用状況の確認)はもちろん,アドヒアランス低下要因となりうる項目(合併症・既往歴・服薬歴・禁忌・薬剤相互作用など)の確認が行われている.医師一人ができることには限界があるが,チームで取り組めば可能性は広がり,ひいては患者のメリットへとつながる.そして,アドヒアランス不良の場合でも「〇〇に気を付けているのですね」「△△で努力しておられるのですね」と励ましを交えながら支援的態度で接することが大切である.「話を聞いてもらえた」という気持ちは患者の内発的モチベーションを高め,その繰り返しが患者との信頼関係にもつながっていくことになる.C3.緑内障治療薬による有害事象とアドヒアランス緑内障治療の目的は,患者の視覚の質とそれに伴う生活の質も維持することである.緑内障治療の精神的負担となる要因は個々の患者によりさまざまであるが,緑内障診療ガイドライン10)では,治療に伴って生じる社会的・経済的な負担のみならず,精神的な負担まで配慮した診療の必要性に言及している.中野らが調査した緑内障治療薬の有害事象が患者に与える精神的負担および有害事象のアドヒアランスへの影響によると11),自覚している有害事象の上位C2事象は「睫毛が成長する」と「目のまわりに黒ずみが生じる」のプロスタグランジン関連眼窩周囲症(prostaglandinCassociatedCperiorbitopa-thy:PAP)であった.PAP系有害事象の有無別にみた不安感(state-traitanxietyCinventory:STAI)スコアの平均値は,PAP系有害事象あり群ではなし群に比べ有意に高く,PAP系有害事象の精神的負担への関連性が示唆されている.また,プロスタノイドCFP受容体作動薬の有害事象を写真判定と自覚症状で評価した試験では,眼瞼色素沈着に関して医師の他覚所見よりも患者の自覚症状の訴えの頻度が明らかに多かったとの報告がある12).PAP系有害事象は降圧効果に比してその重篤度の観点から医師側は軽視しがちであるが,患者は敏感にとらえていることがわかる.国内における緑内障患者では,治療開始C3カ月で約C30%が治療を中断すると報告されているが2),その原因として初期の有害事象発現の影響も考えられ,医師は治療開始時に点眼薬の効果と副作用を十分説明することはもちろん,有害事象に関しては他覚所見のみならず患者の自覚症状の申告に寄り添い,精神的な負担まで配慮した薬剤選択を行うことが,アドヒアランス維持のためにも重要であると考える.おわりに緑内障薬物治療における光と影の関係をしっかりと理解し,光を得てもなお影の存在をないがしろにせず,両方を意識した治療を行うことで,患者が輝き続けられるのではないだろうか.人生C100年の現代社会において“見える”ことは生活を豊かに楽しくする.点眼アドヒアランスを維持して視野障害進行を少しでも抑えるために,本稿が一助となれば幸いである.文献1)ChenPP:BlindnessCinCpatientsCwithCtreatedCopen-angleCglaucoma.OphthalmologyC110:726-733,C20032)KashiwagiCK,CFuruyaT:PersistenceCwithCtopicalCglauco-maCtherapyCamongCnewlyCdiagnosedCJapaneseCpatients.CJpnJOphthalmolC58:68-74,C20143)YeawCJ,CBennerCJS,CWaltCJGCetal:ComparingCadherenceCandCpersistenceCacrossC6CchronicCmedicationCclasses.CJManagCarePharmC15:728-740,C20094)高橋真紀子,内藤知子,溝上志朗ほか:緑内障点眼薬使用状況のアンケート調査“第一報”.あたらしい眼科C28:C1166-1171,C20115)谷戸正樹:K-J法により把握した点眼アドヒアランスの問題点.あたらしい眼科35:1679-1682,C20186)TseCAP,CShahCM,CJamalCNCetal:GlaucomaCtreatmentCadherenceCatCaCUnitedCKingdomCgeneralCpractice.CEye(Lond)30:1118-1122,C20167)TsumuraCT,CKashiwagiCK,CSuzukiCYCetal:ACnationwideCsurveyoffactorsin.uencingadherencetoocularhypoten-siveeyedropsinJapan.IntOphthalmolC39:375-383,C20198)永井瑞希,比嘉利沙子,塩川美菜子ほか:多施設による緑内障患者の実態調査C2016年版―薬物治療―.あたらしい眼科34:1035-1041,C20179)NaitoT,YoshikawaK,NamiguchiKetal:Comparisonofsuccessratesineyedropinstillationbetweensittingposi-tionandsupineposition.PLoSOneC13:e0204363,C201810)木内良明,井上俊洋,庄司伸行ほか;日本緑内障学会緑内障診療ガイドライン改訂委員会:緑内障診療ガイドライン(第C5版).日眼会誌126:85-177,C202211)中野匡,小高文聰,山東一孔ほか:緑内障治療薬による有害事象に関する患者意識調査.医学と薬学C79:147-155,C202112)InoueCK,CShiokawaCM,CHigaCRCetal:AdverseCperiocularCreactionsCtoC.veCtypesCofCprostaglandinCanalogs.CEye(Lond)C26:1465-1472,C2012(45)あたらしい眼科Vol.41,No.9,2024C1087