●連載◯289監修=福地健郎中野匡289.早期緑内障における志賀由己浩UniversityofMontrealHospitalResearchCentre(CRCHUM)網膜神経節細胞の変化網膜神経節細胞(RGC)における軸索変性とシナプス消失を伴う樹状突起の退縮は,緑内障早期に観察される.主要な危険因子である高眼圧を誘導した緑内障の動物モデルにおいて,軸索内ミトコンドリア輸送に異常が生じることや,インスリンシグナルの樹状突起・シナプス維持への関与が明らかとなっている.●はじめに緑内障は網膜神経節細胞(retinalCganglioncell:RGC)の変性を特徴とする.主要な危険因子である眼圧上昇に加え,加齢などの他の危険因子も疾患発症や進行に重要な役割を果たすことが知られている.世界の緑内障患者数は増加の一途をたどり,高齢化が進むC2040年にはC1億人を超えると推定されている.したがって,タイムリーな治療介入達成のために緑内障と疾患の進行を早期に発見すること,病初期における分子基盤を解明しアンメット・メディカル・ニーズに対して有効な治療を開発することは,緑内障による失明を防ぐうえできわめて重要な戦略である.本稿では,早期緑内障に観察されるCRGCのコンパートメントである軸索と樹状突起・シナプスの変化に焦点を絞って考察する.C●緑内障におけるRGC軸索の消失RGC軸索が集合して視神経を形成する部分である視神経乳頭の変化は,緑内障における視野欠損の発症に先行する.RGCの無髄軸索は,網膜の最内層である網膜神経線維層を放射状に走行して視神経乳頭に収束し,強膜管を通って眼球外に出て,視神経となる1).RGC軸索はグリア細胞(Mullerグリア,アストロサイト,ミクログリア)によって支えられている(図1)2).強膜部分では,束ねられたCRGC軸索は,篩状板とよばれる細胞外マトリックスや毛細血管を含む結合組織の三次元ネットワークを通過する.視神経乳頭は生体力学的負荷や血流の変動に常にさらされており,篩状板は緑内障においてこのようなストレスによる軸索や結合組織の損傷のきわめて重要な部位であると考えられている.したがって,緑内障に特徴的な緑内障性視神経乳頭陥凹拡大は,RGC軸索の進行性喪失と,篩状板部結合組織のリモデリングと損傷を反映している.その後,RGC軸索束はオリゴデンドロサイトによって有髄化され,視交叉と脳中枢へ向かう.RGC軸索は,ミトコンドリアなどの細(73)胞小器官,分子,小胞を両方向に輸送し,神経細胞の機能を維持している.緑内障早期に起こるCRGC軸索内の分子機構の例として,筆者らは,高眼圧を誘導した緑内障の動物モデルにおいて,RGC細胞体の有意な減少に先立って,RGC軸索内ミトコンドリア輸送が低下しており,局所的なアデノシン三リン酸(ATP)産生が枯渇することで,最終的に異常な神経機能と細胞死につながることを明らかとした3)(図2).これらの結果は,とくに活動電位の発生により多くのエネルギーを必要とする網膜および視神経乳頭内のCRGC軸索の無髄部分において,ミトコンドリア欠損や機能障害に伴う代謝ストレスやエネルギー欠乏が緑内障のCRGC脆弱性に関与することを示唆している.C●緑内障におけるRGC樹状突起退縮とシナプス消失シナプス消失を伴うCRGC樹状突起の退縮も,緑内障早期の進行に重大な役割を果たす.RGC樹状突起がある網膜内網状層では,双極細胞やアマクリン細胞から興奮性および抑制性のシナプス入力を受けている(図3)2).RGCでは細胞体の変性に先立ち,加齢に伴う樹状突起の萎縮が起きる.とくに,網膜内網状層の最外層のサブラミナ層は,実験的緑内障モデルで組織学的変化が最初に起こる部位として知られている.また,RGCにおける樹状突起萎縮とシナプス消失は,緑内障の動物モデルやヒトの死後網膜で観察される共通の構造的特徴である.このように,RGC樹状突起の萎縮と網膜内網状層内のシナプス消失は,視神経の変性と並んで,緑内障病態の初期指標となることを示唆する証拠が蓄積されている.インスリン受容体は成体CRGCに発現しており,インスリンシグナルの欠損はこれらのニューロンの神経突起伸長を障害する.筆者らは,インスリン投与が,細胞内のエネルギーセンサーであるCmTOR経路の活性化を介して,高眼圧ストレス後のCRGC樹状突起とシナプス再生を促進し,RGC機能の回復につながることを明らあたらしい眼科Vol.41,No.7,20248190910-1810/24/\100/頁/JCOPYミクログリア図1視神経乳頭部の細胞要素無髄CRGC軸索はオリゴデンドロサイトによって有髄化される.アストロサイトなどのグリア細胞はCRGC軸索と血管系を裏打ちしている.(文献C2より改変引用)樹状突起Muller細胞ペリサイトRGCミクログリアアストロサイト内腔網膜内軸索血管内皮細胞図3網膜内の細胞要素シナプス消失を伴うCRGC樹状突起の退縮は緑内障の初期指標となる.(文献C2より改変引用)かとした4)(図4).これらの結果は,蛋白質合成,代謝,成長に重要なシグナル伝達メディエーターの活性化が,RGC樹状突起とシナプスを緑内障性障害から保護する治療戦略となることを示唆している.C●おわりに緑内障におけるCRGCの初期変化として,RGC軸索消失や樹状突起退縮・シナプス消失が生じること,ミトコンドリア輸送障害など緑内障早期の神経変性に関与するRGC細胞内での分子基盤について解説した.それに加えて,近年,RGCをサポートするグリア細胞や血管系が緑内障におけるCRGCの生存や変性において重要な役割を担うことが示されている2,5).このような複数の細胞タイプ間の複雑なシグナル伝達の理解は,緑内障のさらなる病態解明や治療開発に役立つことが期待される.C820あたらしい眼科Vol.41,No.7,2024ミトコンドリア輸送低下RGC軸索高眼圧図2RGC軸索における緑内障性ミトコンドリア輸送障害高眼圧はCRGC軸索内のミトコンドリア輸送障害を引き起こす.健常RGC障害性RGC高眼圧回復インスリン図4インスリン投与による高眼圧ストレス後のRGC樹状突起とシナプス再生インスリンは高眼圧ストレス後のCRGC樹状突起退縮とシナプス消失の再生を促進し,RGC機能の回復につながる.文献1)ShigaCY,CNishidaCT,CJeoungCJWCetal:OpticalCcoherenceCtomographyCandCopticalCcoherenceCtomographyCangiogra-phy:EssentialCtoolsCforCdetectingCglaucomaCandCdiseaseCprogression.FrontOphthalmolC3:1217125,C20232)Alarcon-MartinezL,ShigaY,Villafranca-BaughmanDetal:NeurovascularCdysfunctionCinCglaucoma.CProgCRetinCEyeResC97:101217,C20233)QuinteroCH,CShigaCY,CBelforteCNCetal:RestorationCofCmitochondriaCaxonalCtransportCbyCadaptorCDisc1Csupple-mentationpreventsneurodegenerationandrescuesvisualfunction.CellRepC40:111324,C20224)ElHajji,ShigaY,BelforteNetal:InsulinrestoresretinalganglionCcellCfunctionalCconnectivityCandCpromotesCvisualCrecoveryinglaucoma.ScienceAdvancesCinpress,20245)ShinozakiCY,CNamekataCK,CGuoCXCetal:GlialCcellsCasCaCpromisingCtherapeuticCtargetCofglaucoma:beyondCtheCIOP.FrontOphthalmolC3,C2023C(74)