あたらしい眼科41(5):531.536,2024c第28回日本糖尿病眼学会総会特別講演(内科)糖尿病の疫学EpidemiologyofDiabetesMellitus西村理明*I糖尿病患者数などの疫学データ1.2型糖尿病日本においては,平均寿命の延伸に加え,少子化による高齢者人口の割合の増加が止まらない.2型糖尿病は,高齢者での発症が多いため,厚生労働省の「令和元年(2019年)国民健康・栄養調査報告」による推定患者数は2017年までは増加傾向を示してきた(図1)1).2019年における「糖尿病が強く疑われる者」「糖尿病の可能性を否定できない者」は,それぞれ約1,000万人と推定されており,その合計は約2,000万人となる.つまり,現在の日本において,人口の約6人に1人は糖尿病である可能性がある.繰り返しになるが,高齢者においてその割合は高くなり,60歳以上の男性の約4人中1人が,女性では約7人中1人において「糖尿病が強く疑われる者」であると推定されている1).全世界の糖尿病患者の推定については,InternationalDiabetesFederation(IDF)の“IDFDiabetesAtlas2021”に推計が示されている2).全世界における20.79歳の糖尿病患者数は,2000年には約1億5,300万人と推計されていたが,2021年には5億3,700万人まで増加し,さらに2045年には7億人前後まで増加すると予想されている(図2)2).さらに,国別の全世界における20.79歳の推定糖尿病患者数の順位を表1に示す2).2021年と2045年の順位を比較すると,上位6カ国の順番には変化なく,中国,インド,パキスタン,米国,インドネシア,ブラジルの順番である.その中で増加率に着目すると,突出しているのは3位のパキスタンで,3,300万人が6,220万人まで倍増することが予想されている.一方,4位の米国は,3,220万人が3,630万人とその増加は1割強にとどまっている.米国以外の国における糖尿病患者の増加スピードならびに,その増加する絶対数は場合によっては,国家の命運を左右しかねないスケールとなりうる.2.1型糖尿病1型糖尿病については,その発症時点が比較的明確であることから,欧米を中心とした世界各国で0.14歳の年齢層を対象とした疫学調査が盛んに行われてきた.DiamondProjectGroupは,1990.1999年の世界57カ国112センターにおける14歳以下の1型糖尿病の発症率を調査し,国や地域により1型糖尿病の発症率が著しく異なることを明らかにした3).発症率は,欧州(とくに北欧)や中東において高く,日本を含めたアジア諸国では低い.14歳以下の年齢調整発症率(/10万人)の上位は,1位フィンランド:52.2,2位スウェーデン:44.1,3位クウェート:41.7である(表2a)2).ちなみに日本の発症率は約2であり,これらの国と比較して著しく低い.一方,19歳以下における患者の絶対数をみると,その上位は,1位インド:23万人,2位米国:16万人,3位ブラジル:9万人となり,その様相は大きく異なる(表2b)2).医療経済的な視点で1型糖尿病治療の持続可能性を評価する際に,この患者の絶対数は軽視できない指標である.日本における14歳以下の発症率(/10万人)について*RimeiNishimura:東京慈恵会医科大学糖尿病・代謝・内分泌内科〔別刷請求先〕西村理明:〒105-8461東京都港区西新橋3-25-8東京慈恵会医科大学糖尿病・代謝・内分泌内科0910-1810/24/\100/頁/JCOPY(59)5312,5002,0001,5001,0005000■糖尿病が強く疑われる者■糖尿病の可能性を否定できない者1997年2002年2007年2012年2016年2017年2018年2019年図1わが国の推定糖尿病患者数の推移(文献C1より引用)a2000~2021年b2025~2045年20212045202120152013201920172030204020352021201920062011201520172009201920112013202520102007200320032000KeyKey糖尿病患者数糖尿病患者数(100万人)2003(100万人)図2全世界の糖尿病患者数(20~79歳)の2000~2021年の推計(a)と2025~2045年までの見通し(b)は,小児慢性特定疾患治療研究事業(小慢事業)登録データを用いた報告がある.これによると,2005.2010年の発症率(/10万人)は,2.25(男児:1.91,女児:2.52)であった4).わが国における発症率(/10万人)のピークは,海外の報告と同様に思春期前後にある.男児はC13歳時でC3.3,女児はC10歳時でC3.8と,女児のほうが早いことも報告されている4).発症率の性差は地域により異なり,欧州においては男児で高く,アジアやアフリカでは女児で高い2).わが国からの報告でも,小児期発症例は女児に多いことが報告されている4).(文献C2より引用)CII糖尿病網膜症の患者数などの疫学データ世界における糖尿病網膜症の疫学データについて触れる.IDFが示した,世界の地域ごとの網膜症の有病率(図3)に着目すると,30%前後の地域と,10%台とされる地域に二分される5).30%前後の高リスク地域は,北米,カリブ諸島地域,アフリカ地域,中東および北アフリカ地域である.一方,西太平洋地域(日本もここに含まれる),東南アジア地域,ヨーロッパ地域,中央・南米地域では,10%台であることが示されている.そ表12021年と2045年における20~79歳の推定糖尿病患者数の上位10カ国2021年2045年順位国または地域患者数(1C00万人)順位国または地域患者数(1C00万人)C12345678910中国CインドCパキスタンC米国CインドネシアCブラジルCメキシコCバングラディシュC日本CエジプトC140.9C74.2C33.0C32.2C19.5C15.7C14.1C13.1C11.0C10.9C12345678910中国CインドCパキスタンC米国CインドネシアCブラジルCバングラディッシュCメキシコCエジプトCトルコC174.4C124.9C62.2C36.3C28.6C23.2C22.3C21.2C20.0C13.4(文献C2より改変引用)表21型糖尿病(0~14歳)の国別の発症率/10万人の上位10カ国(a),1型糖尿病(0~19歳)の国別の患者数の上位10カ国(b)a順位国または地域発症率/(0.1C4歳)(1C0万人あたり)C1フィンランドC52.2C2スウェーデンC44.1C3クウェートC41.7C4カタールC38.1C5カナダC37.9C6アルジェリアC34.8C7ノルウェーC33.6C8サウジアラビアC31.4C9英国C28.1C10アイルランドC27.5Cの詳細をみると,「視力を脅かす網膜症」の有病率が唯一C10%を超えているのは,アフリカのみで,実にC14%と報告されている(表3)5).他の地域がC10%未満であることを鑑みても,公衆衛生学的に,この地域に何らかの施策による介入を行う必要性があることに疑う余地がない.さらに,35の疫学研究のデータのレビュー論文〔対象者の合計:22,896人,年齢:58.1歳,糖尿病罹病期間:7.9歳,HbA1c8.0%,人種割合:白人C44.4%,アジア人C30.9%,ヒスパニックC13.9%,アフリカ系米国人C8.9%〕をみると,罹病期間がC20年を超えると,網膜症の年齢調整有病率/100はC1型糖尿病C86,2型糖尿病C52であること,「視力を脅かす網膜症」の年齢調整有病率/100はC1型糖尿病C47,2型糖尿病C26であることが示されている(表4)6).網膜症の具体的なリスクを示す疫学データを知ることにより,網膜症の定期的なスクb順位国または地域患者数(0.1C9歳)(千人)C1インドC229.4C2米国C157.9C3ブラジルC92.3C4中国C56.0C5アルジェリアC50.8C6モロッコC43.3C7ロシアC38.1C8ドイツC35.1C9英国C31.6C10サウジアラビアC28.9(文献C2より改変引用)リーニングがいかに大切かがより明確になる.Sabanayagamらは,地域調査により示された糖尿病網膜症の年間新規発症率に関して報告された値を,調査年に従ってC1980.2010年代まで年代別に並べてプロットし,2000年を境に明らかに減少傾向にあることを示した(図4)7).これは,糖尿病の治療法の進歩が明らかに貢献していることを示すデータと考えられる.CIII日本における糖尿病網膜症の現状日本における糖尿病網膜症の現状を示すデータに最後に触れる.1995.1996年にCJapanCDiabetesCComplicationsCStudy(JDCS)に登録されたC2型糖尿病C2,033例(平均年齢:58.2歳,平均罹病期間C9.8年,平均CHbA1c8.2%)の登録時の単純網膜症の有病率はC20.2%であった.この集団において,8年追跡したC1,221例の糖尿病網膜症の年表3世界の地域別でみた2020年時点における糖尿病網膜症,視力を脅かす糖尿病網膜症,臨床的に重要な糖尿病黄斑浮腫の有病率(%)と人数地域糖尿病網膜症視力を脅かす糖尿病網膜症臨床的に重要な糖尿病黄斑浮腫有病率(%)人数(1C00万人)有病率(%)人数(1C00万人)有病率(%)人数(1C00万人)CSEA16.99(14.13.20.28)14.95(12.42.17.81)3.53(2.45.5.05)3.15(2.15.4.44)2.30(1.44.3.67)2.08(1.26.3.22)CAfrica35.90(29.48.42.87)6.99(5.73.8.33)14.36(10.10.20.01)2.83(1.97.3.90)4.10(2.06.7.99)0.85(0.40.1.56)CEurope18.75(13.69.25.12)11.25(8.12.14.93)5.49(4.63.6.51)3.28(2.74.3.88)5.29(4.18.6.68)3.16(2.47.3.98)CMENA32.90(26.06.40.55)18.07(14.28.22.28)8.19(5.11.12.87)4.59(2.80.7.09)6.06(3.59.10.06)3.43(1.96.5.54)CNAC33.30(25.29.42.40)15.89(12.03.20.16)7.82(5.34.11.31)3.78(2.54.5.37)4.89(2.92.8.08)2.40(1.38.3.83)CSACA13.37(6.13.26.74)4.47(1.93.8.51)5.83(4.15.8.13)1.87(1.31.2.58)4.92(3.39.7.08)1.58(1.07.2.25)CWP19.20(14.16.25.50)31.50(22.97.41.56)5.54(4.53.6.76)9.06(7.36.11.03)3.23(2.26.4.59)5.37(3.68.7.47)CGlobal22.27(19.73.25.03)103.12(91.34.115.90)6.17(5.43.6.98)28.54(25.12.32.34)4.07(3.42.4.82)18.83(15.82.22.32)MENA=中東と北アフリカ,NAC=北アメリカとカリブ諸島,SACA=南・中央アメリカ,SEA=東南アジア,Wp=西太平洋.データは数値(95%信頼区間)で表示.(文献C5より引用)NACEUR有病率:有病率:33.30%18.75%人数(100万人):C人数(100万人):C15.89C11.25MENA有病率:32.90%人数(100万人):C18.07WP有病率:19.20%人数(100万人):C31.50SACASEA有病率:AFR有病率:13.37%有病率:16.99%人数(100万人):C4.47C35.90%人数(100万人):C人数(100万人):C14.956.99DR,inmillionsAFR=アフリカ,EUR=ヨーロッパ,MENA=中東と北アフリカ,NAC=北アメリカとカリブ諸島,SACA=南・中央アメリカ,SEA=東南アジア,WP=西太平洋.図3世界の地域別でみた2020年時点における糖尿病網膜症の有病率ならびに人数(文献C5より引用)間発症率はC3.83%であったと報告されている8).はC22.0%で,増殖前網膜症C5.6%,光凝固療法の既往がさらに,より近年のC2007.2009年に登録された症例4.4%であることが示されている(JDCP研究では増殖網を対象としたCJapanDiabetesComplicationanditsPre-膜症の症例は登録対象外)9).JDCPはC8年間にわたる対CventionprospectiveCstudy(JDCP)において,2型糖尿象症例の追跡も終了しており,網膜症に関する年間発症病患者C5994例(平均年齢:61.4歳,平均罹病期間C10.8率やリスク因子についての報告が待たれる.年,平均CHbA1c7.4%)の登録時の単純網膜症の有病率4.47C31.50C表4同様の方法と網膜症の定義を使用した研究データに基づいた糖尿病の病型別・罹病期間別に示した糖尿病網膜症の年齢調整有病率糖尿病の病型罹病期間(年)イベント数人数年齢調査有病率/1C00(95%信頼区間)相対危険度*(95%信頼区間)CAnyDRI型<1C0C456C20220.53(C18.73.22.34)1.38(C1.19.1.59)I型10to<2C0C794C62455.55(C51.34.59.76)2.43(C2.19.2.69)I型C20+1,026C91486.22(C85.07.87.37)2.69(C2.47.2.93)II型<1C0C6,291C1,19218.11(C17.91.18.31)C1.0II型10to<2C0C1,908C92051.10(C49.53.52.66)2.06(C1.91.2.23)II型C20+726C42452.15(C51.12.53.19)2.45(C2.24.2.68)CPDRI型<1C0C458C100.37(C0.31.0.43)0.90(C0.44.1.86)I型10to<2C0C803C14119.46(C16.38.22.53)6.72(C4.70.9.61)I型C20+1,052C44340.36(C39.60.41.12)15.33(C11.29.20.80)II型<1C0C6,749C781.06(C1.02.1.10)C1.0II型10to<2C0C2,049C1376.92(C6.41.7.42)4.32(C3.16.5.91)II型C20+788C13915.13(C14.64.15.63)9.79(C7.14.13.43)CDMEI型<1C0C399C130.55(C0.48.0.63)0.59(C0.32.1.07)I型10to<2C0C587C9112.27(C11.43.13.1)2.50(C1.77.3.52)I型C20+877C20117.31(C16.83.17.8)4.83(C3.71.6.30)II型<1C0C7,286C2303.07(C2.99.3.16)C1.0II型10to<2C0C2,255C27711.94(C11.42.12.47)3.22(C2.68.3.87)II型C20+857C14316.47(C15.93.17.01)4.56(C3.67.5.67)CVTDRI型<1C0C456C200.74(C0.65.0.82)0.85(C0.52.1.38)I型10to<2C0C804C17814.29(C13.61.14.97)3.97(C3.08.5.12)I型C20+1,054C51847.2(C46.38.48.03)8.69(C7.10.10.63)II型<1C0C6,315C2183.37(C3.28.3.47)C1.0II型10to<2C0C1,894C30116.14(C15.41.16.87)3.73(C3.10.4.49)II型C20+735C20925.95(C25.26.26.65)6.27(C5.14.7.65)CAnyDR=すべての糖尿病網膜症,PDR=増殖網膜症,DME=糖尿病黄斑浮腫,VTDR=視力を脅かす糖尿病網膜症.*年齢(20.79歳を連続変数として),人種(5カテゴリー),高血圧(有/無),HbA1c(5カテゴリー),研究にて補正.(文献C6より引用)C252000年以前2000年以降発症率(%)20151050WESDR<30,1984-86WESDRa30,1984-86SanLuis,1988-92ARIC,1996DISS,1994BISED-I,1992-97SN-DREAMS-II,2007-11BES,2011Beixlinjing,2012SIMES,2011-13SINDI,2013-15LALES,2004-08BISED-II,1997-2003Nakurustudy,2012-14アメリカアジアアメリカ他の地域図41980~2010年代の地域調査で示された糖尿病網膜症の年間発症率を調査年ごとにプロットした図文献1)厚生労働省:令和元年国民健康・栄養調査報告.https://Cwww.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/Ckenkou/eiyou/r1-houkoku_00002.html2)InternationalCDiabetesFederation:IDFCDiabetesCAtlas.CTenthCEdition.Chttps://diabetesatlas.org/idfawp/resource-.les/2021/07/IDF_Atlas_10th_Edition_2021.pdf3)KarvonenM,Viik-KajanderM,MoltchanovaEetal:Inci-denceCofCchildhoodCtypeC1CdiabetesCworldwide.CDiabetesMondiale(DiaMond)ProjectCGroup.CDiabetesCCareC23:C1516-1526,C20004)Onda,Y,SugiharaS,OgataTetal:Incidenceandpreva-lenceCofCchildhood-onsetCTypeC1CdiabetesCinJapan:theCT1Dstudy.DiabetMedC34:909-915,C20175)TeoCZL,CSugiharaCS,COgataCTCetal:GlobalCprevalenceCofCdiabeticCretinopathyCandCprojectionCofCburdenCthrough2045:systematicreviewandmeta-analysis.Ophthalmolo-gyC128:1580-1591,C20216)YawJW,RogersSL,KawasakiRetal:GlobalprevalenceandCmajorCriskCfactorsCofCdiabeticCretinopathy.CDiabetesCCareC35:556-564,C20217)SabanayagamCC,CBanuCR,CCheeCRCetal:IncidenceCandCprogressionCofCdiabeticretinopathy:aCsystematicCreview.CLancetDiabetesEndocrinol7:140-149,C20198)KawasakiCR,CTanakaCS,CTanakaCSCetal:IncidenceCandCprogressionCofCdiabeticCretinopathyCinCJapaneseCadultswithtype2diabetes:8yearfollow-upstudyoftheJapanDiabetesComplicationsCStudy(JDCS)C.CDiabetologiaC54:C2288-2294,C20119)KawasakiCR,CKitanoCS,CSatoCYCetal:FactorsCassociatedCwithCnon-proliferativeCdiabeticCretinopathyCinCpatientsCwithCtypeC1CandCtypeC2diabetes:theCJapanCDiabetesCComplicationCandCitsCPreventionCprospectivestudy(JDCPstudy4)C.DiabetolIntC10:3-11,C2019☆☆☆