学校でのスポーツ眼外傷SportsRelatedOcularTraumaatSchool宮浦徹*はじめに子どもたちは危険を回避する能力が低いため,学校の管理下においてもさまざまな状況でけがをする.しかし,その体験を積み重ねることにより,子どもたちは危険を察知し,それを回避する能力を自然に身につけていくのである.一方,心身の発達を育むべき学校の場において,障害を残すような重度の外傷は避けなければならない.本稿では日本スポーツ振興センター(以下,センター)の基本統計資料1),学校事故例検索データベース(以下,検索データベース)を用いながら,学校での眼外傷について述べる.なお,ここで用いたデータはコロナ禍による影響を避けるため,パンデミック前年の令和元(2019)年度に,センターが運営する災害共済制度により給付金が支給された事例を対象とした.また,センターの検索データベースで得られるデータは現時点で検索できる得る平成30(2018)年度までの事例を対象とした.I学校における外傷全般の発生状況「学校での眼外傷」について述べる前に,まず学校での外傷全般について述べる.最初にセンターの基本統計資料より得られた学校における外傷全般の発生時の状況について述べる.図1は令和元(2019)年度の給付支給事例より得られた外傷発生時の状況を学校種別に分類したものある.小学校では外傷(疾病を含む)の約半数にあたる47.8%の事例が「休憩時間」に起きていた.教科間の休憩時間や給食時,昼休み,掃除や放課後の時間に子ども同士の遊び,ふざけ合い,けんか,アクシデントなど,教職員の目の届かない時間帯での受傷が多いのが小学校の特徴である.一方,小学校ではわずか2%であった「課外指導(以下,部活動)」が中学校,高等学校になるとそれぞれ48.9%,58.3%となり,そのうちのほとんどが運動部の活動時に発生したスポーツ外傷であった.つぎに多いのが「教科等」で,小学校29.9%,中学校27.8%,高等学校22.9%であり,そのほとんどが体育の授業中に発生したスポーツ外傷であった.1学年あたりの年間外傷発生件数がもっとも多かったのは中学校で,以下高等学校,小学校の順であった.なお,小学校での部活動は教職員の働き方改革の影響もあり,文部科学省の指導要領にも記載されておらず,今後は地域のスポーツクラブに依存する市町村が増えてくるといわれている.図2は学校の体育の授業と部活動でみられるスポーツ外傷が,どのようなスポーツで起きやすいのかを学校種別に示したものである.小学校での上位3位までのスポーツは球技34.9%,体操29.3%,陸上15.4%の順であった.中学校では球技73.7%,陸上9.4%,体操5.1%となり,高等学校では球技81.8%,陸上5.5%,武道5.1%となり,球技でもっとも多くの外傷が起きていることがわかる.*ToruMiyaura:宮浦眼科〔別刷請求先〕宮浦徹:〒564-0051大阪府吹田市豊津町13-44-205宮浦眼科0910-1810/23/\100/頁/JCOPY(55)487図1学校での負傷(含疾病)発生時の状況の学校種別割合特別活動は掃除・給食・ホームルームなど,課外活動は部活動を表す.日本スポーツ振興センターの令和元(2019)年度給付支給事例より作成した.0%10%20%30%40%50%60%70%80%90%100%他:スキー,スケート,登山,自転車など準備:準備運動,組体操,縄跳びなど図2部活,体育授業時に受傷の原因となったスポーツの種類と学校種別割合日本スポーツ振興センターの令和元(2019)年度給付支給事例より作成した.II眼外傷を起こしやすい球技種目このように球技による外傷が多いなか,具体的にどのような種目が眼外傷を起こしやすいのかを推測してみた.対象を中学校と高等学校に絞り,センターの部位別・種目別集計により得られた1年間の球技種目別眼外傷数をそれぞれの部員数で除すことによって得られたものが図3,4の球技種目別年間受傷率〔令和元(2019)年度給付支給事例〕である.部員数についてはセンターの資料にはないため,中学校は日本中学校体育連盟の,高等学校は日本高等学校体育連盟および日本高等学校野球連盟の登録者数を用いた.各連盟への加入は学校に義務づけられていないものの,連盟に加入することで連盟主催の大会に参加できることから,学校の加入率は高い(約90%).正確な受傷率とはいえないが,これにより眼外傷を起こしやすい種目の概要が把握できるものと考えている.その結果,ソフトボール,野球,ラグビー,ハンドボールは中学校,高等学校ともに眼外傷の受傷率が高い種目といえる.一方でバレーボールと卓球は中学校,高等学校ともに年間の受傷率が低い種目といえる結果が得られた.このことは以前に同じ方法で実施した平成26(2014)年度の内容とほぼ同様の結果であった.III学校における重度の眼外傷学校での外傷全般の部位別発生状況〔令和1(2019)年度)〕を図5に示す.眼部受傷の割合は幼稚園では11.0%,小学校では7.8%,中学校では5.8%,高等学校では3.9%と学校が進むにつれてその割合は減少する.各割合は年度ごとに多少の変化はみられるものの,危険を回避する能力が成長とともに高まることの指標ともいえる2,3).一方,同年度の障害を残した重度の眼外傷の割合は幼稚園9.1%,小学校17.2%,中学校17.8%,高等学校21.8%となり(表1),幼稚園を除けば外傷全般の部位別発生状況の値より高率となっている.すなわち,眼部の外傷は幼稚園を除けば眼部以外の外傷に比べて障害を残しやすいことになり,学校が進むほどその傾向が顕著になっている.これについては,たとえば四肢の骨折は多数みられても多くは障害を残さず治癒するのに比べ,再生能力をもたない網膜,視神経を含む眼部は障害を残しやすく,さらに学年が進み運動量が増えるほど外傷による損傷は強くなり,その傾向が増すのではないかと考えている.障害を残す重度眼外傷の受傷時状況は,先に述べた学校での外傷全般の発生状況とほぼ同様である.すなわち,小学校では休憩時間など教職員の目が届きにくい時間帯に起こる遊び・ふざけ合い,けんか,アクシデントが多く,中学校,高等学校になると運動部や体育教科などスポーツ時の事故がほとんどを占めるようになる.表2は検索データベースにより平成30(2018)年度給付支給事例における眼障害時の状況を学校種別にみたものであるが,上記のことを反映している.なお,スポーツ眼外傷78例中73例(93.5%)は球技によるもので,残りは武道4例と陸上1例であった.このように,子どもたちは学校が進むにつれて危険を避ける能力を身につけていく一方で,眼障害数は残念なことに学校が進むにつれ増加する傾向にある.表3は平成17.30(2005.2018)年度の14年間にスポーツが原因で障害を残したスポーツの種目をまとめたものである.センターの検索データベースを用いて調べた結果,上位10種目のうち9位までが球技で占められていた.また,この14年間のスポーツによる眼障害総数969例中,球技が占める割合は882例(91.0%)と高率であった.一口に球技といってもボールの大きさ,性状,形,質量などは種目ごとに異なり,それにより外傷の内容も変わる.さらに事故の状況,たとえばボールによる打撲でも投球,打球,蹴球,跳ね返りの球などによって外傷の程度も変わる.また,ボール以外の打撲,接触プレーによるもの,ラケットやバット,ネットのワイヤーなど用具によるものなど,さまざまなケースがある.以下,障害の多かった種目の特徴を述べる.1.野球(軟式を含む)多くの眼障害例のうち野球によるものが最多で約半数を占めている.障害例の事故発生状況では自打球,捕球,複数プレーでの受傷が多く,バッティングマシーン(以下,マシーン),球出し(トス),打撃投手が続く.とくに自打球による障害が多く約1/3を占める.また,(57)あたらしい眼科Vol.40,No.4,2023489図3球技種目別の眼外傷の年間受傷率(中学校)眼外傷数はセンターの,部員数は日本中学校体育連盟の登録数を用いた.図4球技種目別の眼外傷の年間受傷率(高等学校)眼外傷数はセンターの,部員数は日本高等学校体育連盟,日本高等学校野球連盟の登録数を用いた.ソフトボール野球(硬軟)ハンドボールラグビーテニスサッカーバドミントンバスケットバレーボール卓球眼外傷数/部員数1,210/37,3431,424/167,475328/27,67842/6,0552.273/345,7271,243/193,602851/133,6611,675/289,389680/188,832338/262,550ソフトボールラグビーバドミントン野球(硬軟)ハンドボールバスケットサッカーテニスバレーボール卓球眼外傷数/部員数771/23,814249/20,001837/85,7531,372/152,08135,842,6331,122/143,6561,285/173,388929/166,401353/102,26155/76,510外傷の部位別発生状況3.9%※眼部の割合は頭・顔部に含まれる5.8%7.8%29.311.0%37.035.946.427.637.927.711.7対象事例15,199313,227277,552233,558園児小学生中学生高校生図5外傷全般の部位別発生率を学校種別に表示したもの日本スポーツ振興センター資料の令和元(2019)年度給付支給事例より作成した.表1負傷により発生した障害例を障害種別,学校種別に分類したもの幼稚園保育園小学校中学校高等学校支援学校計(%)歯牙障害0122126463(17.4)視力・眼球運動障害1(9.1%)17(17.2%)16(17.8%)33(21.8%)067(18.5)手指切断・機能障害06512225(6.9)上肢切断・機能障害1538017(4.7)足指切断・機能障害020002(0.6)下肢切断・機能障害0360110(2.8)精神・神経障害0131219044(12.1)胸腹部臓器障害02626236(9.9)外貌・露出部醜状障害9321620279(21.8)聴力障害021205(1.4)脊柱障害0546015(4.1)計11999015211363(100.0)小・中・高等学校では眼障害の発生率が図1の眼部の受傷率に比べて高くなっていた.平成元(2019)年度給付支給事例より.表2平成30(2018)年度の給付支給事例における眼障害例表3平成17~30(2005~2018)年度の14年間に眼障害を残し小学校中学校高等学校計スポーツ2265078遊び・ふざけ合い84012けんか2305アクシデント3317計153651102た重度眼外傷例を競技種目別,学校種別に表わしたもの(上位10種目)眼外傷受傷時の状況を学校種別に分類したもの.日本スポーツ振興センターの検索データベースより作成した.種目小学校中学校高等学校合計野球(硬軟)1153263417サッカー(フットサルを含む)287786191バドミントン0354580ソフトボール4182244バスケットボール8201240テニス(軟式を含む)0231437ラグビー021921バレーボール112619ハンドボール07714柔道03710日本スポーツ振興センターの学校事故事例検索データベースより作成した.種目となっている.7.ラグビー部員数が少ないため,軽度の負傷を含む眼外傷の総数は少ないが,眼外傷の年間受傷率は高校ではソフトボールについで2番目に高かった.14年間で21例の眼障害例は,すべて部活動時に起きたものである.事故発生状況ではボールによる打撲はまれで,頭,肩,肘,指,膝など,接触プレーによる障害がほとんどを占めている.8.バレーボール軽度の負傷を含む眼外傷数は少なく,年間受傷率も中学校,高校ともに卓球についで低い.レシーブ時の受傷が眼障害に至る例が多いが,ボールによるものはむしろ少ない.スパイク,ブロックなどネットプレーに絡んで障害に至る例もまれにあり,ネットのワイヤーによるものも時折みられる.9.ハンドボール年間受傷率は中学校ではソフトボール,野球についで3位,高等学校では5位と高かった.ただし,部員数が少ないためか,14年間の眼障害は14例であった.サッカーボールとほぼ同じ重さだが,それより少しサイズの小さいボールのため注意が必要である.障害例のほとんどがゴール付近で起きており,接触プレーやシュートボールによるものである.IVスポーツ眼障害の予防学校での眼障害の大部分はスポーツ眼外傷によるものであり,その多くが球技による眼外傷に起因している.現場で指導にあたる者は設備・用具の安全点検(練習用防護ネット,グランドの整備など),グランド・体育館の使用管理(複数プレーの同時進行を避ける),集中力が途切れないように過剰な練習は控えるなどの安全管理を常に心がけるべきであり,これらを遵守することで多くのスポーツ眼障害の発生を防ぐことができる.そのうえで今後,適正なスポーツ眼鏡など(以下,保護眼鏡)の開発・普及が望まれる4,5).これら保護眼鏡の学校での普及には品質が確保されており,プレーの妨げにならないことはもちろんのこと,安価であること,児童生徒が装用したくなる魅力あるデザインであること,さらに学校関係者や関連団体の理解と協力が欠かせない.とはいえ子どもたちに練習,試合を問わず保護眼鏡を常時装用させることは容易ではない.種目ごとに効率のよい保護眼鏡の使用方法を以下のように検討してみた.V種目別保護眼鏡保護眼鏡の条件のひとつに「個々のプレーの妨げにならないこと」がある.そのため,ヘディングの妨げになるサッカー,接触プレーの多いバスケットボール,ラグビー,ハンドボール,さらに武道,格闘技などでの使用は対象外と考えている.逆に保護眼鏡の使用により眼障害が減少することが期待でき,プレー上大きな妨げにならないと思われる野球・ソフトボール,バドミントン,テニスについて検討してみた.1.野球・ソフトボールファールチップしたボールがバットに当たってから顔面に達するまでの時間は0.05秒であり,自打球の回避は不可能であることが報告されている6).そこで打席に立つときにはヘルメットに加えて保護眼鏡の装用を義務づけることが望まれる.自打球による眼外傷を防止できれば,野球による眼障害の1/3を減らすことができることになる.さらにマシーン使用時やトスバッティングの練習では打者だけでなく,トス出しする者にも保護眼鏡の装用を義務づければ野球による眼障害を大幅に減らすことができると考えている.ただし,野球の硬球は重く(145g),その打球の破壊力は強力なため,保護眼鏡にはレンズやフレームに相当の強度が求められる.そのため価格面のハードルが高く,学校現場で使用されるようになるためには学校関係者だけでなく,競技や開発にかかわる団体の協力が必須である.2.バドミントンネットをはさんでの対面プレーにおいてはシングル,ダブルスにかかわらず保護眼鏡を装用すべきである.さらにシャトル出しでトス出しする者が保護眼鏡を装用す(61)あたらしい眼科Vol.40,No.4,2023493