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考える手術:15.涙道内視鏡手術

2023年3月31日 金曜日

考える手術⑮監修松井良諭・奥村直毅涙道内視鏡手術後藤聡涙道手術のゴールデンスタンダードである涙.鼻腔吻合術は100年以上の歴史があり,鼻内・鼻外によらず世界標準となっている.涙道内視鏡は1979年にCohenが報告したものの,わが国に登場したのは2002年であった.涙道内視鏡用のマイクロスコープの開発とともに,わが国では涙道内視鏡併用涙管チューブ挿入術(lacrimalendoscopicintubation:LEI)が独自の発展を遂げてきた.LEIのポイントは,①涙道内視鏡検査,②閉塞部の解除,③涙管チューブ留置,④確認のための涙道内視鏡検査である.①は内視鏡による涙道の観察scopepuncture(SEP)がある.涙道内視鏡の破損や仮道形成を避けるために発展した.③は涙管チューブを正確に涙道に留置するための方法として,sheathguidedintubation(SGI),後藤式SGI,lidocainejellyexpandedintubation(LJEI)などが開発された(表1).④のチューブ留置後の観察も重要である.チューブの留置状況をみて仮道形成がないことを確認すると同時に,症状の改善のために狭窄部位を開放する.術直後に涙道がもっとも開放・拡張された状況にすることが大切である.聞き手:流涙患者の治療には,チューブ挿入と考えてよかし,LEI(動画1)の術後1年の成功率(通水検査で症いでしょうか?状が消失している割合)は,私の施設では90%となっ後藤:流涙の6割が涙道原性,4割が涙道以外の眼表面ており,一般的な盲目的チューブ挿入より高い成功率で疾患,眼瞼疾患などによるとされています.原因が涙道す.また,閉塞の部位・状態の確認,再閉塞の状態を把であれば涙道内視鏡併用涙管チューブ挿入術(LEI)で治握することで自分の手術の癖,手術適応の考察など,手る可能性がありますが,他の原因のチェックも必要です.術成績の改善以外にも得られる情報は多いと考えます.聞き手:盲目的チューブ挿入で多くが治るように感じま聞き手:上下涙小管閉塞や涙.炎既往例はLEIの術後すが,涙道内視鏡を使う必要はあるでしょうか?成績が悪いと聞きます.治療成績を上げるコツはなんで後藤:盲目的なチューブ挿入で手術成績がよい場合は,すか?あるいは手術適応はどのようなものですか?あえて涙道内視鏡を使う必要はないかもしれません.し後藤:コツはLEI後にしっかり涙道を拡げ,涙道と(95)あたらしい眼科Vol.40,No.3,20233770910-1810/23/\100/頁/JCOPY考える手術チューブの間にスペースを確保することです.また,適応ですが,1年後の疎通率は慢性涙.炎後では9割くらいと良好ですが,急性涙.炎後では4割が1年以内に再閉塞します.このため,急性涙.炎では説明の際に涙.鼻腔吻合術の成功率も伝え,患者さんにLEIか涙.鼻腔吻合術を選択してもらいます.急性涙.炎以外の第一選択は基本的にLEIにしています.聞き手:涙道内視鏡で涙小管の観察がうまくできません.後藤:涙.鼻涙管の観察と比較して,涙小管観察はより涙道内視鏡操作の技術が必要です.むずかしさの理由は,涙小管が可動性ある眼瞼内を走行することと,涙.鼻涙管に比べ内径が狭いためだと思います.涙小管観察ができないと涙小管閉塞に対処できません.涙道内視鏡は先端が粘膜に触れると観察できないので,眼瞼を外側に引っ張り,解剖学的な涙小管の走行,眼瞼を引っ張る方向,涙道内視鏡の方向を同一軸に合わせる必要があります(図1)(動画2).また,涙道内視鏡があれば涙道を余すところなく観察できるわけではなく,どうしても見えない箇所が存在するケースも存在します.聞き手:シースは使ったほうがいいですか?後藤:より良い観察・治療のためにも18G血管留置針を使用したシースを装着して涙道内視鏡を使用することをお勧めします.涙道の狭窄・屈曲部を進むためにシースを先に出してから涙道内視鏡を進める方法があります(ZOOMtechnic).聞き手:涙道内視鏡手術はどれくらいやれば巧くなりますか?後藤:ほかの手術もそうですが,手術をどのレベルにもっていくかで異なります.よい指導者にアドバイスをもらいながら手術をしていけば,観察力の鋭い人で100件程度,そうでない人でも300件程度で,問題なく手術を完遂できるレベルになると思います.聞き手:涙道内視鏡をマスターするために一番大切なポイントはなんですか?後藤:ずばり,よく観察することです.たとえば内総涙点に入るときに前回は見逃してしまったとしたら,「今回はしっかり見る!」という意識をもって見るようにするといいと思います.そしてできるだけ見えていない時間を減らすように意識してください.涙道内視鏡は当初は3,000画素でしたが,最近は15,000画素や20,000画素に改良されてきました.私もいまだに毎日発見の連続です.最初はなんとなく涙道内を見て,なんとなくチューブを入れて,なんとなく治ったり治らなかったりということもあると思います.しかし,丁寧に観察すると,どのような症例が治ってまた治らないのか術中に推測できるようになっていきます.表1涙道内視鏡併用涙管チューブ挿入術の用語directendoscopepuncture(DEP):涙道内視鏡のプローブで直接閉塞部位を開放する方法.sheath-guidedendoscopepuncture(SEP):プローブに被せたシースで閉塞部位を開放する方法.柔らかいシースで閉塞部位を開放するため,仮道をつくりにくい.sheath-guidednon-endoscopicpuncture(SNEP):硬い閉塞の場合はシースでは開放できないため,涙管ブジーに入れ替えて閉塞を解除する方法.sheathguidedintubation(SGI):シースにチューブを連結して,鼻内視鏡を使用してチューブを留置する方法.G-SGI(SGI後藤式):鼻内視鏡なしでチューブ留置するSGI.lidocainejellyexpandedintubation(LJEI):リドカインゼリーを使ってチューブを留置する方法.378あたらしい眼科Vol.40,No.3,2023(96)

抗VEGF治療:加齢黄斑変性:ブロルシズマブ切り替え成績

2023年3月31日 金曜日

●連載◯129監修=安川力髙橋寛二109加齢黄斑変性:コンソルボ上田朋子富山大学大学院医学薬学研究部眼科学講座ブロルシズマブ切り替え成績滲出型加齢黄斑変性(AMD)に対する治療は,抗CVEGF薬硝子体内注射が第一選択となっているが,患者によって治療効果が異なり,なかには短期間で再発を繰り返す症例や治療抵抗性の症例もある.本稿では,そのような症例のブロルシズマブ切り替え成績と眼内炎症発生後の経過について概説する.ブロルシズマブ切り替え効果ブロルシズマブはヒト化一本鎖抗体フラグメントであり,分子量が約C26CkDと非常に小さく眼組織への移行性が高い.また,溶解性も高いためモル換算でラニビズマブの約C22倍の投与量となり,滲出型加齢黄斑変性(age-relatedCmaculardegeneration:AMD)への高い効果と効果の持続が期待される.第CIII相試験であるCHAWK&HARRIER試験では,アイリーアに対するブロルシズマブの非劣性が示され,半数以上の症例で治療間隔がC12週であった1).当院では,アフリベルセプトからブロルシズマブへ切り替えたCtreatCandextendレジメンで加療中のC1型黄斑新生血管(macularneovascularization:MNV)症例19例C19眼と,ポリープ状脈絡膜血管症(polypoidalCa1型MNV(n=19)16choroidalvasculopathy:PCV)症例C22例C23眼の,切り替え後C18カ月間の臨床経過を後ろ向きに検討した2).その結果,1型CMNVの治療間隔はC7.4±1.4週からC11.6C±2.6週に延長され(p<0.001),PCVではC6.9±1.3週からC11.7±3.1週に延長された(p<0.001).また,1型MNVでは新生血管の小さな症例ほど治療間隔が長く,PCVではポリープ数の少ない症例ほど治療間隔が長くなった(図1).このような強い相関関係はブロルシズマブ以前の抗CVEGF薬ではみられず,ブロルシズマブ切り替え効果を予測できる可能性が示唆され,今後さらに多数例・長期間での検討が待たれる.ブロルシズマブ投与後の眼内炎症発生後の経過ブロルシズマブ投与後の眼内炎症は,HAWKC&HARRIER試験ではC5.6%(1,088眼中C60眼)で発生し,CbPCV(n=23)16ブロルシズマブ投与間隔(週)ブロルシズマブ投与間隔(週)1284128400新生血管の大きさ(mm2)ポリープ数図11型黄斑新生血管(MNV)およびポリープ状脈絡膜血管症(PCV)でみられたブロルシズマブ投与間隔との相関関係a:1型CMNVでは,ブロルシズマブ投与間隔と新生血管の大きさの間に負の相関関係があった(r=-0.81;p=0.0002).b:PCVではブロルシズマブ投与間隔とポリープ数の間に負の相関関係があった(r=-0.81;p=0.0016).051015048(93)あたらしい眼科Vol.40,No.3,20233750910-1810/23/\100/頁/JCOPYa:切り替え前b:Switchback後1年図21回目のブロルシズマブ投与後に眼内炎症が生じた症例(自験例)67歳,男性.a:アフリベルセプトC8週間隔で滲出(.)がみられた.RV=(0.2).b:ブロルシズマブ切り替え後に眼内炎症がみられ,アフリベルセプトへCswitchbackした.そのC1年後,投与間隔はC12週まで延長された.RV=(0.5).網膜色素上皮の隆起は平坦化し,ポリープ内の血流情報はみられなくなった(.).網膜血管閉塞はC2.1%で発生した3).眼内炎症が進行する前の早期発見,早期治療(0.1%ベタメタゾン点眼やトリアムシノロンアセトニドCTenon.下注射)を行うために,投与前の患者への説明と投与後の注意深い経過観察が不可欠である.眼内炎症が残存した状態でCAMDに対する他剤投与を行うと,炎症が再燃し網膜血管閉塞に進展する危険性がある4).一方,眼内炎症が発生した場合でも,ブロルシズマブ切り替えによるCAMDへの効果は持続する.さらに,眼内炎症後CAMDが再燃し,元の抗CVEGF薬へCswitchbackした場合も,治療間隔は元の間隔よりも延長できることが少なくない.当院で経験した症例を図2に示す.眼内炎症後のCAMD再燃に対し,アフリベルセプトへCswitchbackしたが,治療間隔は元の間隔よりも延長され,1年後も滲出の改善が維持されていた.Awhらは,網膜下液や網膜内液が残存する症例や治療頻度が高い症例にブロルシズマブ切り替えを行い,ブロルシズマブを平均C1.78回(1~4回)投与したのち,元の抗VEGF薬へCswitchbackした.その結果,眼内炎症の発生した症例を含めC54%(41眼中C22眼)の症例で,滲出の改善が少なくともC6カ月間維持された5).このようなブロルシズマ切り替えによる滲出抑制効果がCswitchback後どれだけの期間持続するかは,今後の長期検討が必要である.C376あたらしい眼科Vol.40,No.3,2023おわりに短期間で再発を繰り返す患者や治療抵抗性の患者に対するブロルシズマブ切り替えは,たとえ眼内炎症が発生したとしても,AMDの活動性が抑制され,のちに良好なコントロールが得られる可能性がある.眼内炎症の早期発見と早期治療が大前提であるが,長期にわたって治療を継続しなければならない患者にとって,ブロルシズマブ切り替えは大切な選択肢の一つである.文献1)DugelCPU,CKohCA,COguraCYCetal:HAWKCandCHARRI-ER:Phase3,multicenter,randomized,double-maskedtri-alsCofCbrolucizumabCforCneovascularCage-relatedCmacularCdegeneration.OphthalmologyC127:72-84,C20202)Ueda-ConsolvoCT,CTanigichiCA,CNumataCACetal:Switch-ingtobrolucizumabfroma.iberceptinage-relatedmacu-larCdegenerationCwithCtypeC1CmacularCneovascularizationCandCpolypoidalCchoroidalvasculopathy:anC18-monthCfol-low-upCstudy.CGraefesCArchCClinCExpCOphthalmolC261:C345-352,C20233)MonesCJ,CSrivastavaCSK,CJa.eCGJCetal:RiskCofCin.amma-tion,retinalvasculitis,andretinalocclusion-relatedeventswithbrolucizumab:posthocreviewofHAWKandHAR-RIER.OphthalmologyC128:1050-1059,C20214)WitkinCAJ,CHahnCP,CMurrayCTGCetal:OcclusiveCretinalCvasculitisfollowingintravitrealbrolucizumab.JVitreoretinDisC4:269-279,C20205)AwhCCC,CDavisCEC,CThomasCMKCetal:Short-termCout-comesCafterCinterimCtreatmentCwithbrolucizumab:aCret-rospectivecaseseriesofasinglecenterexperience.RetinaC42:899-905,C2022(94)

緑内障:クロックチャートとその有用性

2023年3月31日 金曜日

●連載◯273監修=福地健郎中野匡273.クロックチャートとその有用性江浦真理子近畿大学医学部眼科学教室「クロックチャート」は緑内障患者に自己の視野異常を自覚させるための視野自己チェックシートである.非常に簡便な手法であるが,緑内障患者に自己の視野異常を確実に自覚させることができ,今後,自動車免許更新時や高齢者講習における視野異常チェックツールとしての応用も検討されている.個のアC4(ネコ)のC°52,(チョウ)C°02,シ)●はじめに緑内障は病期が進行するまで自覚症状に乏しく,診断時にはかなり視野障害が進行していることが多い.緑内障患者に自分の視野異常を確実に自覚させることは,スクリーニングによる疾患の早期発見のみならず,点眼指導や手術導入におけるアドヒアランスの向上,自動車運転をはじめ,さまざまな社会的リスクの回避の面からもきわめて重要であると考える.本稿では,自己の視野異常を自覚させるために近畿大学医学部眼科学教室のチームが開発した視野自己チェックシート「クロックチャート(CLOCKCHART)」について述べる.C●緑内障患者が視野異常を自覚しにくい理由緑内障患者が視野異常を自覚しにくい要因としては,中枢レベルでの補.現象(.lling-inphenomenon)のほかに,日常では視野検査条件とは異なり,両眼開放下で視覚情報処理を行っていること,眼球運動や頭位の変換をすることにより視野異常部位をカバーしていることなど,さまざまな理由が関係している1).C●クロックチャートクロックチャートは,新聞紙面を用いた視野自己チェックシートとして開発された(図1)2).検査視標として,10°(テントウムシ),15°(イモムシ),20°(チョ図1クロックチャートa:片眼を遮蔽し,中心の赤い点を固視し,Ca用紙との距離を変えていく.イモムシが消える距離で,チャートを時計のようにC15oずつ回転させ,常にC4個の視標が消えていないかを自己チェックする.b:検査視標として,10°(テントウムシ),15°(イモムウ),25°(ネコ)のC4アイテムが配置されている.また,中心C5°にはアムスラーチャートとその周りにヒマワリの花びらが配置されており,黄斑疾患を含めた固視点近傍の視野障害にも対応している.検査方法は,まず被検者が自分の片手で非測定眼を遮蔽し,中心の赤い点を固視する.チャートとの距離を変えていくと,用紙から30~40cmの距離でイモムシがC15°のCMariotte盲点に一致し消えるところがある.この検査距離を保ちつつ,チャートをC15°ずつ時計のように回転させ,常にC4個の視標が見えるかどうかを確認していく.チャートをC360°回したあと,中心のヒマワリの花びらに欠けがないか,格子に歪みがないかを確認し,他眼も同様に行う.クロックチャートと静的視野検査の一致率は,緑内障初期(91%),中期(96%),進行期(96%)である.具体的な症例を図22)に示す.2009年に全国で新聞広告にてC3日間クロックチャートをC6,245万枚配布し,WEB上でも公開した.インターネットによる調査で,クロックチャートを認知した人が約C1,472万人,実際に使用した人が約C758万人,異常を自覚した人がC49万人,病院を受診した人がC33万人,緑内障と診断された人が3万人であった3).C●両眼クロックチャートクロックチャートの応用として,運転免許更新時におイテムが配置されている.中心C5°にはアムスラーチャートとその周りにヒマワリの花びらが配置されている.(文献C2より引用)(91)あたらしい眼科Vol.40,No.3,20233730910-1810/23/\100/頁/JCOPYaクレースケールComparison(オクトパス)(オクトパス)クロックチャート図2クロックチャートの症例自動視野計オクトパス(ハーグストレイト社)による静的視野検査結果とクロックチャートの結果をC25比較した.Ca:左眼正常眼圧緑内障のC61歳,男性.静的視野検査では固視部上方にわずかな感度低下を認める.クロックチャートでCbも同部位の初期の視野異常を検出できている.Cb:左眼開放隅角緑内障のC58歳,男性.静的視野検査では鼻側上方に感度低下が認めC25られる.クロックチャートでも静的視野と類似した視野変化を検出することができている.Cc:左眼cける視野異常の自己チェックを目的に,両眼クロックチャート(図3)が開発された4).わが国における普通運転免許取得基準は,視力の条件として両眼でC0.7以上,かつ片眼でそれぞれC0.3以上が必要と規定されている.片眼の視力がC0.3に満たない者のみ視野検査が実施され,視力が良いほうの眼の視野が左右C150°以上必要とされている.運転免許センターにおける視野検査は水平視野計で測定されているが,この検査で不合格となることは非常に少ないのが現状である.両眼クロックチャートはオリジナルのクロックチャートをさらに簡略化し,用紙からC30Ccmの距離で,両眼開放下で中心の赤い点を固視しながらハンドルを回すように用紙をC30°ずつ360°回転させ,10°(子ども),15°(自転車),20°(車),C25°(信号)のC4個の視標が消えないかをチェックしていく.非常に簡便な手法であるが,両眼開放下でも存在すC374あたらしい眼科Vol.40,No.3,2023開放隅角緑内障のC67歳,男性.静的視野検査では上下の感度低下を認め,進行期の症例である.クロックチャートでもほぼ一致したC25進行した視野異常を検出することができている.(文献C2より改変引用)図3両眼クロックチャートa:運転免許更新時における視野異常の自己チェックシートとして開発された.両眼開放下にハンドルを回すように用紙をC30°ずつ回転させ,4個の視標が消えないかをチェックする.Cb:検査視標として,10°(子ども),15°(自転車),20°(車),25°(信号)のC4個のアイテムが配置されている.(文献C4より引用)る,運転や日常生活に支障をきたす重度の視野異常を,明確に自覚させることができる.警察庁の高齢者講習において視野異常を自覚させるツールとしての応用も検討されている.文献1)江浦真理子:視野異常の自己チェック.OCULISTAC110:C27-32,C20222)MatsumotoCC,CEuraCM,COkuyamaCSCetal:CLOCKCCHARTR:aCnovelCmulti-stimulusCself-checkCvisualC.eldCscreener.JpnJOphthalmol59:187-193,C20153)松本長太:緑内障と視野に魅せられたC37年.あたらしい眼科38:1051-1063,C20214)IshibashiCM,CMatsumotoCC,CHashimotoCSCetal:UtilityCofCCLOCKCCHARTCbinocularCeditionCforCself-checkingCtheCbinocularvisual.eldinpatientswithglaucoma.BrJOph-thalmol103:1672-1676,C2019(92)

屈折矯正手術:屈折矯正白内障手術

2023年3月31日 金曜日

●連載◯274監修=稗田牧神谷和孝274.屈折矯正白内障手術渡邊敬三南大阪アイクリニック屈折矯正白内障手術は,患者の術後のライフスタイルを重視し,より快適に過ごしてもらうために行われる白内障手術と言い換えることができる.患者の生活によりそった眼内レンズ選択と,白内障手術にかかわる技術的革新を利用した正確な手術を行うことが求められている.望の術後CSEを選択することが求められる.C●はじめにIOLの種類および術後CSEの選択にあたっては,術前白内障手術は多焦点眼内レンズ(intraocularlens:の患者の生活スタイルを詳細に聴取することが重要で(一IOL)の登場以来,手術を受けたあとの生活の質の向上部抜粋),希望するCIOL・術後CSEにおけるメリットとデがより期待できるようになり,屈折矯正の意味合いが大メリットを詳細に説明している.きくなってきた.一方で,多焦点CIOLに限らず単焦点最近では保険適用内で使用可能なレンティスコンIOLを使用した白内障手術においても,術後屈折精度のフォート(参天製薬)およびテクニスアイハンス(AMO向上に伴い,患者の期待値が上がってきたこともあり,社)が登場し広く使用されているが,患者の期待値が非術後不満症例が多くなってきたように感じている.単焦常に高い場合があり,メリットに対しデメリットを大き点・多焦点CIOLを問わず患者満足度の高い屈折矯正白く感じてしまう患者も少なくないため,術前説明を丁寧内障手術を成功させるポイントについて述べる.に行う必要性を感じている.C●術前検査●屈折精度角膜および眼軸長の正確な測定が基本かつ重要である術後屈折精度は術後満足度を大きく左右するものの,が,角膜計測においては従来から行われてきたレフケラ今後求められていく予測屈折誤差±0.25Dの精度は十分トメーターおよび眼軸長測定装置に加え,前眼部光干渉とはいえない1).断層計(opticalCcoherencetomography:OCT)などを精度向上のためには眼軸長測定装置の最適化は必須で用いて角膜屈折力の測定誤差を確認することが,術後のはあるが,結果のバラつきを解消することは困難であ屈折精度を向上させるうえで重要である.また,角膜高る.当院では,2種の眼軸長測定装置を用いて測定誤差次収差の検出は,多焦点CIOLの使用可否決定に必須のを最小化し,最適化後のCA定数の変化に着目した患者ものと考える.眼軸長測定については,セグメントごとごとの屈折誤差の予測を行い,術中波面収差解析装置の屈折率の差を考慮した装置が実用化され,注目してい(ORASystem,アルコン社)を用いて,精度とバラつる.き対策を行っている.これらの対策により当院の屈折精度(図1)は飛躍的に向上し,バラつき(図2)についてC●眼内レンズ決定も抑制傾向にある.両眼手術の場合には同時手術は行わ多焦点CIOLの種類は多岐にわたり,メリット・デメないなどの対策を実施しながら,今後さらなる対策が必リットはレンズの種類により多様である.また,単焦点要と考えている.IOLを選択する場合においても,焦点距離を従来のようC●乱視矯正・残余乱視な遠方か近方かだけを患者に問うたり,近視だから近方に合わせるといった考えではなく,術後等価球面度数角膜乱視を軽減し,術後裸眼視力を向上させるために(sphericalCequivalent:SE)により遠見・近見視力が大トーリックCIOLが使用される.現在ではCBarrettToricきく異なること(たとえばCSE=0Dであれば遠方視力はCalculatorに代表されるさまざまな予測式が開発され,1.0となるがC50Ccm視力はC0.4になる.一方CSE=-0.5D角膜前後面乱視および惹起乱視を予測したうえでCIOLなら遠方C0.8,50Ccm0.6程度になる)をふまえた焦点距が選択され,良好な矯正効果が報告されている.一方,離の選択肢が存在することを患者に提示したうえで,希正確なレンズ固定は術後結果に大きく関与し2),手術室(89)あたらしい眼科Vol.40,No.3,20233710910-1810/23/\100/頁/JCOPY≧±0.25D≧±0.5D≧±0.75D≧±1.0D対策前対策後図1術後屈折誤差の対策前後の比較3カ月以上経過観察のできた白内障手術施行症例における術後屈折誤差の対策前(n=58)・対策後(n=142)の比較を示す.C±0.25D以内およびC±0.5D以内の割合が大きく改善している.で行うマニュアルマーキングは,イメージガイドシステムの使用と比較し,有意な軸ズレを生じる点に留意が必要である.また,ORASystemの術中測定に基づいて眼内レンズが選択された場合,残余乱視C0.5D以内の割合はC97.8%であったのに対し,術前検査結果のみでは80.3%であったという報告3)があり,眼球全乱視成分を検出するCORASystemの有用性についてさらなる検討が必要である.トーリックCIOLにより乱視矯正効果は向上したが,角膜乱視の矯正のみでは説明されない想定外の大きな残余乱視を経験することがある.近年,手術惹起乱視(surgicallyCinducedastigmatism:SIA)の合計変化量(totalSIA)の概念が提唱されているが,筆者の行ったノントーリックCIOL挿入眼における残余乱視の検討4)では,術後残余乱視と術前角膜前後面円柱度数やCIOLの偏心・傾斜には有意な相関がなく,術中波面収差測定による提示円柱度数および術後角膜前後面円柱度数のみが有意に相関する結果を得た.しかし,術中測定と術後角膜前後面のデータ間には相関がみられず,網膜などに起因する残余乱視について今後さらなる検討が必要であると考えている.C●術後不満対応術後不満の多くは,ひと言で表せば,患者のニーズに応えられていないということである.不満の種類はさまざまではあるが,術後屈折誤差や残余乱視による術後裸眼視力の低下によるものと,術前説明が不十分であることに基づくレンズ選択ミスと考えられるものに大別されると考えている.裸眼で見えるようにしたかった・すっきり見えない,といった不満は,屈折誤差の最小化と十分な術前説明によって減少させることが可能である.加えて術後結果を踏まえた不満への対応も忘れてはならない.患者の立場に立たない安易な発言には十分に注意すC372あたらしい眼科Vol.40,No.3,20231.000.800.600.400.200.00-0.20-0.40-0.60-0.80-1.00■Barrett(ARGOS)■Haigis(ARGOS)■ORA+ARGOS■SRK/T(ARGOS)図2各種計算式による予測屈折誤差の比較眼軸長測定装置CARGOS(santec)を使用してCSRK/T式,Barrett式,Haigis式で算出した予測値と,ARGOSとCORASystemを併用して算出した予測値について,それぞれ術後等価球面度数との誤差を示す.対象はC3カ月以上経過観察のできた白内障手術施行症例(n=180)である.ORASystemの併用により,術前計測単独に比べ,バラつきは抑制傾向である.SD:標準偏差べきである.C●おわりに今後さらに屈折矯正白内障手術が発展するためには,執刀医自身が術後屈折精度を適時振り返りながら屈折精度の向上に努めることに加え,IOLの選択肢を各医師の経験で取捨選択するのではなく,医師およびコメディカルスタッフが患者の生活状況をふまえたアドバイスを行い,患者とともに最適解を探すことが欠かせないと考えている.文献1)KamiyaK,HayashiK,TanabeMetal:Nationwidemulti-centreCcomparisonCofCpreoperativeCbiometryCandCpredict-abilityCofCcataractCsurgeryCinCJapan.CBrCJCOphthalmolC106:1227-1234,C20222)WebersCVSC,CBauerCNJC,CVisserCNCetal:Image-guidedCsystemCversusCmanualCmarkingCforCtoricCintraocularClensCalignmentCinCcataractCsurgery.CJCCataractCRefractCSurgC43:781-788,C20173)BlaylockJF,HallB:Astigmaticresultsofadi.ractivetri-focaltoricIOLfollowingintraoperativeaberrometryguid-ance.ClinOphthalmolC14:4373-4378,C20204)WatanabeK:EvaluationCofCrefractiveCaccuracyCofCORACandCtheCfactorsCimpactingCresidualCastigmCatismCinCpatientsimplantedwithtrifocalIOLsduringcataractsur-gery:ACretrospectiveCobservationalCstudy.CClinCOphthal-molC16:2491-2503,C2022(90)

眼内レンズ:分散型粘弾性物質による低加入度数分節眼内レンズの術後回旋予防

2023年3月31日 金曜日

眼内レンズセミナー監修/大鹿哲郎・佐々木洋436.分散型粘弾性物質による低加入度数分節山本敏哉ひたちのうしく眼科眼内レンズの術後回旋予防低加入度数分節眼内レンズのトーリックモデルにおいて,まれに術後大回旋することが知られている.しかし,その予防法は確立されていない.そこで,粘着効果の高い分散型粘弾性物質を水晶体.内に留置することにより術後の.内回旋頻度を低減することができたので報告する.●はじめに現在,日本において保険適用で使用できる老視対応の眼内レンズ(intraocularlens:IOL)としては,低加入度数分節CIOLのレンティスコンフォート(以下,LC)(図1a)がある.遠方および近方C1.5D加入の二つの単焦点CIOLが扇状に合わさった分節状プレート型CIOLで,遠方のみならず,良好な中間視力が得られる効果がある1.3).さらに,トーリックモデルである低加入度数分節トーリックCIOLのレンティスコンフォートトーリック(以下,LCT)(図1b)が発売され,一定の角膜乱視を有する眼においても使用することが可能となった.しかし,まれに大回旋することが報告され4),現状では完全に予測することは困難となっている.C●LCの術後大回旋の頻度LCTの術後大回旋の頻度を確認するため,LCTとほぼ同等の形状を有するCLCを使用し,術後回旋角度を観察した.当院における白内障単独手術を合併症なく施行されたC76例C128眼を対象とし(不完全な連続円形切.や部分的でも.外固定およびCZinn小帯断裂を認めた症例は除外),LCの手術終了直後の.内角度と術後C3日経過した状態の.内角度の差を術後回旋角度として評価した.その結果,45°以上の大回旋を起こしていた眼はC128眼中C遠用ゾーン遠用ゾーン中間用ゾーン中間用ゾーン(+1.5D)(+1.5D)abトーリック軸マーク図1レンティスコンフォート(a)とレンティスコンフォートトーリック(b)5眼に認められ(3.9%),このC5眼はすべてCIOLを水平方向に固定した症例であった.このことから水平方向固定で大回旋の頻度が比較的多くなる傾向があることがわかった.高齢者の乱視は倒乱視が圧倒的に多く,その場合にCLCTの固定位置は水平方向となるため,大回旋の予防ができることが望ましい.そこで筆者は,粘着効果の高い分散型眼粘弾剤(ophthalmicCviscosurgicaldevice:OVD)のシェルガン5)を水晶体.内に留置する予防方法を考案した.C●予防方法の手技当院では上方強角膜切開で白内障手術を行っている.まず型通りに白内障除去を行い,空となった水晶体.内に凝集型COVDを垂直方向に適量注入する.次に分散型Cabc図2分散型OVD.内留置による回旋予防法の手技(上方切開IOL水平方向固定の場合)分散型COVDを.内水平方向部位に直接.と接するように注入し(a),インジェクターからCIOLを凝集型COVDとともに.内へ挿入(Cb)後,IOLを水平方向に回旋させて,IOL支持部周辺のみに分散型COVDが残るよう手術を終える(Cc).(87)あたらしい眼科Vol.40,No.3,2023C3690910-1810/23/\100/頁/JCOPY表1分散型OVDの使用なし群と使用あり群の比較使用なし群(n=84)使用あり群(n=77)p値術後矯正視力(logMAR)C術翌日の眼圧C術後回旋角度C45°以上の大回旋の頻度.0.05±0.06C18.3±6.1CmmHgC7.9±15.4°C6.0%(C5眼).0.06±0.04C20.2±7.3CmmHgC4.1±10.5°C1.3%(C1眼)C0.310.090.03*0.21術後矯正視力および術翌日の眼圧においてC2群間に有意差は認めなかった(Mann-WhitneyUtest).しかし,術後回旋角度では,使用あり群で有意に回旋角度の減少がみられた(p=0.03,Mann-WhitneyUtest).45°以上の大回旋の頻度は,使用なし群は6.0%,使用あり群でC1.3%となり,有意差は認めなかった(FisherC’sCexacttest).*:p<0.05(Mann-WhitneyUtest)OVDを.内水平方向部位に直接.と接するように注入し(図2a),インジェクターからCIOLを凝集型COVDとともに.内へ挿入する.この際に分散型COVDがより水晶体.に接するよう押しつけるイメージで挿入する(図2b).その後,IOLを水平方向に回旋させて,最後に.内の凝集型COVDを光学部裏面も含め除去する.分散型OVD自体はある程度視認可能なため,支持部周辺のみに分散型COVDが残るよう手術を終える(図2c).C●術後臨床成績実際にこの方法における回旋予防効果を,LCを用いて通常通り手術を終えた使用なし群C84眼と,分散型OVDを水晶体.内に留置した使用あり群C77眼とで,水平方向固定で比較した.結果を表1に示す.45°以上の大回旋を起こした眼は,使用なし群でC5眼(6.0%),使用あり群でC1眼(1.3%)となり,有意な差ではないが大回旋の頻度を低減できたと考えている.C●分散型OVD留置の注意点や合併症この予防方法の注意点として,分散型COVDをただ.内に注入しただけでは,水晶体.との粘着効果が得られず流れてしまう可能性がある.ソフトシェルテクニックのように凝集型COVDを使って水晶体.に押しつける必要があるため,IOLを挿入する前が行いやすい.また,分散型COVDを.内に留置する際の創口部位は,IOL水平方向固定の場合は上方切開のほうが行いやすく,逆にIOL垂直方向固定の場合は耳側切開のほうが有利となる.合併症としては,術翌日の高眼圧が比較的起こりやすい印象があり,40CmmHgを超える症例もC1例経験した.これらの高眼圧症例は,点眼や内服加療により速やかに正常化したが,緑内障などの患者では使用を控えたほうがよいであろう.C●おわりにこの予防方法を用いても.内留置されずに分散型OVDが流れてしまった症例がC1例存在し,完全な予防方法とはなっていない.現在のところ,完全な予防方法として水晶体.拡張リング挿入法があるが,コストの面から考えても回旋後の二次的なCIOL整復法として使用するのが現実的である.LCTは視機能の面からも乱視患者にとても大きなメリットとなりうるため,大回旋は解決すべき問題である.本方法以外に,IOL挿入後でも行え,創口部位に影響されない,より簡便で安全・安価な予防方法の検討も今後必要であろう.文献1)VounotrypidisCE,CDienerCR,CWertheimerCCCetal:BifocalCnondi.ractiveintraocularlensforenhanceddepthoffocusincorrectingCpresbyopia:ClinicalCevaluation.CJCCataractCRefractSurg43:627-632,C20172)PedrottiCE,CMastropasquaCR,CBonettoCJCetal:QualityCofCvision,CpatientCsatisfactionCandClong-termCvisualCfunctionCafterCbilateralCimplantationCofCaClowCadditionCmultifocalCintraocularlens.IntOphthalmolC38:1709-1716,C20183)OshikaT,AraiH,FujitaYetal:One-yearclinicalevalu-ationofrotationallyasymmetricmultifocalintraocularlenswith+1.5dioptersnearaddition.SciRepC9:13117,C20194)野口三太朗:レンティスコンフォートトーリック.IOL&RSC35:301-308,C20215)WatanabeI,YoshiokaK,TakahashiKetal:Advancesinunderstandingthemechanismofophthalmicviscosurgicaldeviceretentionintheanteriorchamberoronthecornealsurfaceduringocularsurgery.ChemPharmBull(Tokyo)C69:595-599,C2021

コンタクトレンズ:読んで広がるコンタクトレンズ診療 小児へのコンタクトレンズ処方

2023年3月31日 金曜日

提供コンタクトレンズセミナー読んで広がるコンタクトレンズ診療7.小児へのコンタクトレンズ処方糸井素啓京都府立医科大学大学院医学研究科■はじめにコンタクトレンズ(CL)装用には年齢制限がない.そのため小学生以下であっても必要に応じて装用することは可能であり,実際に小学生のCCL装用者は徐々に増加傾向にある.しかし,小児のCCL装用では,安全性の確保が課題となり,慎重にCCLを処方する必要がある.本稿では,現在増加している小中学生のCCL装用に焦点を当て,小中学生にCCLを処方するうえで理解しておくべき注意点を紹介する.C■コンタクトレンズの適応小児では,安全性に優れる眼鏡が屈折矯正の第一選択となる.しかし,強度遠視,不同視弱視,角膜不正乱視などの疾患は眼鏡では十分な矯正効果を得られず,CLの医学的適応となる(表1).とくに強度の屈折異常・不同視は,光学的メリットと弱視治療という観点からCCLが屈折矯正の第一選択となる.一方で,近年,スポーツや習いごとを理由とするCCL装用が一般化してきた.さらに,近視進行抑制を目的とするオルソケラトロジーレンズ,多焦点ソフトコンタクトレンズ(SCL)の装用も急増している.ただし,これらのレンズによる近視進行抑制効果には個人差があり,近視進行を完全に止めるものではないこと,「オルソケラトロジーガイドライン」ではC20歳未満への処方が「慎重処方」となっていることに留意したい1).視覚再生機能外科学道玄坂糸井眼科協力が必要である.保護者によっては,児童を信頼している,あるいは多忙で時間がないなどの理由で,本人だけにCCLの管理をさせる人もいるが,そういった場合でも保護者の理解と監視が合併症のリスクに影響することを根気よく説明する.保護者にCCLトラブルとその危険性を理解してもらい,それを避けるために必要なCCL装用・ケアの方法を取得してもらうこと,定期健診の重要性を理解してもらうことは,小児における「安全なCCL装用」の第一歩である.一方,このような保護者の関与の影響なのか,15歳以下の小児は成人に比較してトラブルの頻度が低く,むしろC10代後半からC20代前半にかけての年齢層でCCL装用に伴う合併症の頻度が高いことが報告されている(図1)2).選択したレンズの種類や装用時間の差などを考慮する必要はあるが,「適切に処方されたレンズを正しく取り扱えば,小児であってもCLは安全に装用できる」と考えられる.C■コンタクトレンズの選択上述のように,児童へのCCL処方では,安全性の確保が優先されるため,酸素透過性ハードコンタクトレンズ(rigidgaspermeablecontactlens:RGP-CL)またはシリコーンハイドロゲル素材のC1日使い捨て型CSCLを第一選択とする.筆者の場合は,スポーツでの装用や機会C■細菌性角膜炎■浸潤性角膜炎8■急性結膜炎■周辺部角膜潰瘍■虹彩炎■小児へのコンタクトレンズ処方は安全かCLトラブルの多くは,不適切なレンズ装用・レンズケア,または定期検診を怠ったことに起因する.どれだけ聡明な児童であっても,児童自身で最初からしっかりとした管理・ケアを行うのはむずかしいため,保護者の表1小児におけるコンタクトレンズの医学的適応1年間における発症頻度76543211.弱視治療目的無水晶体眼不同視2.視力矯正近視・遠視角膜不正乱視3.整容目的角膜白斑などC0年齢図1年齢別のCL装用者における合併症の頻度8~12歳では,CL関連合併症の頻度が低く,青色で示される細菌性角膜炎の発症を認めなかった.(文献C2より一部改変して引用)8~1213~1718~2526~33(85)あたらしい眼科Vol.40,No.3,2023C3670910-1810/23/\100/頁/JCOPY表2おもなカラーコンタクトレンズのDk値種類商品名会社名CDk*CDk/L**低含水(<4C0%)ハイドロゲル低含水(<4C0%)ハイドロゲル中含水(40~6C0%)ハイドロゲル高含水(>6C0%)ハイドロゲルシリコーンハイドロゲルスターリー(STARRY)ネオサイトワンデーリングCUVディファイン・モイストフレッシュルック・デイリーズエアオプティクス・ブライト/カラーズボシュロムCアイレCジョンソン・エンド・ジョンソンCアルコンCアルコンC9.0C11.0C28.0C26.0C112.0C12.913.833.326.0138.0*Dk:×1011(cm2/sec)(mlO2/ml×mmHg),**Dk/L:×10.9(cm/sec)(mlO2/ml×mmHg)装用の場合はC1日使い捨て型CSCLを,親がCRGP-CLの装用経験がある場合や,中等度以上の屈折異常の場合はRGP-CLを勧めている.とくに,強度近視あるいは弓道や射撃などで見え方の質にこだわる場合はCHCLが有用である.近年,整容目的にサークルレンズを含むカラーCCLの装用を希望する患者が急増している.カラーCCLは,レンズが分厚く,着色部位の色素が酸素の透過を阻害するため,低酸素に起因する角膜障害や機械的擦過を生じやすいことが懸念され,若年者への処方は慎重にならざるをえない.また,カラーCCLはシリコーンハイドロゲル素材の商品が少なく(表2)2),現在通販などで流通している商品の多くが,酸素透過性が低い低含水のハイドロゲルレンズであることにも注意を要する.しかし,画一的に否定すると,インターネット・量販店などで適切な指導を受けないまま低品質のレンズを購入することへつながる危険性がある3).筆者は,カラーCCLはクリアーレンズに比較して角膜低酸素の危険性が高いことを説明したうえで,原則的にシリコーンハイドロゲル素材のC1日使い捨てタイプに限定し,クリアーレンズと合わせて処方している.C■レンズケアCLのケア方法は複数あるが,筆者は消毒・洗浄効果に優れている手法として,SCLに対してはポビドンヨード入りのケア用品による消毒を,RGP-CLに対しては研磨剤含有の洗浄液を用いたこすり洗いによる洗浄を勧めている.指導の際には,具体的な手順や使用するケア用品を丁寧に保護者と本人に説明し,実際に目の前で一緒に行うと効果的である.また,処方後も,定期検診の際にケア状況の確認を行う.確認の際には「具体的」に「保護者」に尋ねることがポイントである.実際に使用しているケア用品の商品名,ケア用品(ボトルおよびレンズケース)の交換頻度などを確認し,子どもに一任していないかどうかもしっかりと見きわめる.C■おわりに繰り返しになるが,小児にCCLを処方する際には,重篤なCCLトラブルを避け,安全なCCL装用を維持することが最優先される.しかし,上述のポイントを踏まえて適切な処方・定期健診を行えば,成人と同様に安全なCL装用は可能である.小児に対しては安全性に配慮したうえで,満足度の高いCCL診療を行いたい.文献1)日本コンタクトレンズ学会オルソケラトロジーガイドライン委員会:オルソケラトロジーガイドライン(第C2版).日眼会誌121:936-938,C20172)ChalmersCRL,CWagnerCH,CMitchellCGLCetal:AgeCandCotherriskfactorsforcornealin.ltrativeandin.ammatoryeventsCinCyoungCsoftCcontactClensCwearersCfromCtheCCon-tactCLensCAssessmentCinYouth(CLAY)study.CInvestCOphthalmolVisSci52:6690-6696,C20113)渡辺潔,植田喜一,佐渡一成ほか:カラーコンタクトレンズ装用に関わる眼障害調査報告.日本コンタクトレンズ学会誌56:2-10,C2014

写真:画像鮮明化技術の眼科外来診療画像への適用

2023年3月31日 金曜日

写真セミナー監修/島﨑潤横井則彦466.画像鮮明化技術の眼科外来診療画像横井則彦京都府立医科大学大学院医学研究科への適用視覚機能再生外科学図1水濡れ性低下型ドライアイのspotbreak像不明瞭であったspotbreak(a)が,鮮明化により明瞭に観察されている(b).図2涙液減少型ドライアイの角膜フルオレセイン染色像まったく見えなかった角膜上皮障害や涙液層の破壊(a)が,鮮明化され可視化されている(b).図3図1bと図2bのシェーマ(83)あたらしい眼科Vol.40,No.3,20233650910-1810/23/\100/頁/JCOPYあらゆる医学領域で画像の重要性はますます増してきているが,眼科外来診療においても,コントラストの良好な画像を用いて,患者に眼の状態や疾患の説明を行うことや,画像を診療録に保存,記録することが求められている.画像を鮮明化する技術は,セキュリティー領域,たとえば,監視カメラ,ドライブレコーダー,ドローンなどで発達してきたが,近年,その技術が医療分野にも応用されるようになってきている.筆者のグループは早い段階でこの技術に触れる機会に恵まれ,医療用リアルタイム画像鮮明化装置MIEr(ロジック・アンド・デザイン)を用いて,フォトスリットランプ画像(ディフューザー画像や各種生体染色画像)1),手術動画2),超広角走査型レーザー検眼鏡画像3),マイボグラフィー画像4)などの鮮明化を試みてきた.そしてその過程で,コントラストが悪く見えにくかった画像が鮮明に可視化され,それが高速変換で得られたことに驚かされるとともに,その大きな可能性,将来性を感じてきた.MIErは,デジタル画像,もしくはアナログ画像からデジタル変換された画像を,画像のオリジナリティ(本来の画像情報)を保持したまま,独自のアルゴリズムで人の眼に認識しやすいように鮮明化できる.この技術は,霧,煙の除去,監視カメラが不得手とする暗所映像,逆光,半逆光映像(相対的に暗い画像)の鮮明化など,すでにさまざまな領域での実績があり,その適用拡大の過程で医療現場の画像への応用が模索され,近年,その成果が徐々に形になってきている.とくに画像を取り扱うことの多い眼科領域においては,今後,大きな力を発揮することが期待される.不鮮明な画像というのは,暗くコントラストが悪い領域に,観察したい対象が存在する画像のことであり,低コントラスト領域に画像処理を行って,そのコントラストを上げるのが画像鮮明化である.一般に,コントラストの悪い画像は画素の明度分布図(=横軸に明度,縦軸に特定明度の画素数)のヒストグラムが偏る傾向にあるため,MIErの技術では,画像を細かく分割し,狭い範囲で個別にヒストグラムを作り,あとで合成する手法を用いている.また,この技術は動画にも適用でき3),PC上の煩雑な処理をリアルタイムで実行することができる.細隙灯顕微鏡で得たモニター画像を患者への説明に用いようとした際に,ディフューザー画像はまだしも,フルオレセイン画像がまったく使用に耐えなかったといった経験はないだろうか?MIErの適用は外来診療の現場であり,細隙灯顕微鏡とCCD(chargecoupleddevice:電荷結合素子)カメラで得たアナログ画像をデジタル変換し,モニター表示の直前にMIErを介入させるだけで,モニター画像を鮮明化することができる.実際に試みてみると,図1~3に示すように,患者への説明に用いるには無理のあった不鮮明な画像が鮮明化され,これがないと外来診療ができないという錯覚さえ覚えた.とくにフルオレセイン像はフィルターを介して得るため,光量が減少するうえに,アナログからデジタルへの変換過程で画像のコントラストがさらに低下してゆく.しかし,MIErの使用により,画像は驚くほど雄弁に疾患やその病態を語る画像へと変化した.まさに,鮮明な画像が医師-患者間のコミュニケーションツールになっていることを実感した瞬間であった.文献1)福岡秀記,横井則彦,外園千恵:画像鮮明化処理ソフトウェアSoftDEFRの眼科画像に対する有用性の検討.あたらしい眼科36:559-565,20192)青木崇倫,横井則彦:画像鮮明化装置LISr-101の眼科手術動画への応用.あたらしい眼科37:443-444,20203)山下耀平,福岡秀記,永田健児ほか:画像鮮明化処理ソフトウェアの超広角走査レーザー検眼鏡画像への有用性の検討.日眼会誌126:574-580,20224)福岡秀記,横井則彦:画像鮮明化ソフトウェアのマイボグラフィー画像への応用.あたらしい眼科40:211-212,2023

総説:大規模医療データサイエンスが拓く新しい 糖尿病網膜症学

2023年3月31日 金曜日

あたらしい眼科40(3):359.364,2023c第27回日本糖尿病眼学会総会特別講演(内科)大規模医療データサイエンスが拓く新しい糖尿病網膜症学NewStudiesonDiabeticRetinopathyStudiesPioneeredbyLarge-ScaleMedicalDataScience曽根博仁*Iわが国独自の大規模臨床エビデンスの重要性多くが無症状である2型糖尿病の内科診療は,HbA1cをはじめとするサロゲート(代替)マーカーやリスク因子の改善により,将来の合併症予防や(健康)寿命延伸が期待できるという前提で成立している.したがって,その期待を裏付ける科学的データが必須である.さらに,糖尿病診療は多くの生活習慣介入を伴うが,その実施努力に見合った効果が期待できるかについても説得力ある根拠が求められる.そのため糖尿病分野では従来から,多数の患者データを収集・解析し科学的エビデンスを確立する大規模臨床研究が盛んであった.一方,2型糖尿病の病態には多因子遺伝と生活習慣との両方が関与し,人種や地域の影響を強く受けるため,他人種におけるエビデンスが日本人に当てはまるとは限らず,わが国独自のエビデンス構築が必要である.II従来型大規模研究の限界糖尿病患者の視力障害を予防するための内科診療の基本は,眼科に定期的な診察をお願いし,その結果を活かしながら網膜症の発症・重症化のリスク因子管理を行っていくことである.それに必要なリスク因子のエビデンスは,従来,住民コホート,患者レジストリー,臨床試験とそれらのメタアナリシスにより確立されてきたが,一方,それら従来型研究については,①登録患者が特殊で結果を一般診療に外挿しにくい,②長期間追跡の労力や費用が厖大である,③追跡中のドロップアウトが多い,④対象者数が限られ,統計パワーが不十分である,⑤事前に設定したアウトカムについてしか解析できない,などの限界点も指摘されてきた.とくに,従来型研究により「早期」網膜症の重要リスク因子は解明されたものの,視力を脅かし生活の質と医療費に多大な悪影響を与える「重症進行」網膜症のリスク因子はまだ検討が不十分であった.幸い近年の治療法の進歩により,そのような重症網膜症は以前より減少してきたが,むしろそのために従来コホートでは解析に必要なイベント数を確保することが困難になりつつある.また,血糖や血圧など既知リスク因子のさらに詳細な解析あるいは残余リスク因子の探索にも,従来型コホートでは患者・イベント数が不足することが多い.III新たな大規模医療データサイエンスの登場これらの従来型研究の限界を補うための研究ツールとして,リアルワールドデータが用いられるようになった.実際に,リアルワールドデータを活用した研究は近年うなぎ登りに増加している(図1).研究に利用できるリアルワールドデータには,健診,人間ドック,レセプト(診療報酬請求),DPC(診断群包括分類),電子カルテ,介護保険などがあり,いずれもその名のとおり現場状況を反映したデータであるうえ,対象者数も膨大で必要イベント数を確保しやすい.しかし,研究目的で作られたデータベースではないため,研究活用時には留意が必要である.たとえばレセプトデータは,全員加入という悉皆性に加え,受診を要する重症疾患がほぼ漏れなく捕捉可能という特長を有する.しかし,検査データが含まれていな*HirohitoSone:新潟大学大学院医歯学総合研究科血液・内分泌・代謝内科学分野〔別刷請求先〕曽根博仁:〒951-8510新潟市中央区旭町通一番町757新潟大学大学院医歯学総合研究科血液・内分泌・代謝内科学分野0910-1810/23/\100/頁/JCOPY(77)359論文数図1PubMedに登録されたリアルワールドデータ研究の年代別件数の急激な増加である透析導入のリスク因子を検討した筆者らの以前の過去現在未来①コホート研究(前向き)②ケースコントロール研究過去の要因暴(後向き)露状況の調査イベント発症の追跡いことが短所で,健診や電子カルテデータと連結して用いる必要がある.さらに,いわゆる「レセプト病名」や「保険病名」といわれるように,病名が実際のイベント発症を反映しているとは限らないことも問題である.つまり,「糖尿病網膜症」という病名のみでは重症度が不明なうえ,たとえ「増殖網膜症」という病名がつけられていても,実際に処置を要する危険な状態なのか,あるいはすでに鎮静化した状態なのか区別できない.これに対しては,「診断が確定すればほぼ実施されるが,診断が確定しない限りまず実施されない」処置である光凝固術,硝子体手術,抗血管内皮増殖因子(vascularCendo-6,0005,5005,0004,5004,000thelialgrowthfactor:VEGF)薬の硝子体内注射などが行われたことを手がかりに,当該イベントが実際に起きているか否かを診療行為から判定する必要がある1).データサイズと並ぶリアルワールドデータの最大のメリットは,歴史的コホートデザインを用いることにより,通常のコホート研究に必要な膨大な時間・労力・費用なしに,縦断解析が可能になることである.このデザインは後ろ向きのケースコントロール研究と混同されやすいが,健診結果など過去の確実な測定済みデータが存在し,さらにその後のイベントが確実に捕捉できる際に利用可能になるデザインであり有用性が高い(図2).CIVビッグデータで解明された重症進行糖尿病網膜症のリスク因子わが国のレセプトデータベース解析によって明らかにされた「治療を要する(視力が脅かされる)重症進行糖尿病網膜症」発症の有意な年齢調整リスク因子は,3,5003,0002,5002,0001,5001,000500HbA1c,空腹時血糖,収縮期血圧であった(表1)2).HbA1cについては,6.5%以下の群と比較すると,8.1.8.5%の群で約C6倍,8.6%以上の群で約C14倍と,HbA1c上昇とともに急速に発症リスクが上昇した(図3)2).これは以前にCJapanCDiabetesCComplicationsStudy(JDCS)3)で報告した単純網膜症とCHbA1cとの直線的な関係とはやや異なり,HbA1c8.5%付近を変曲点としたCS字状の関係であったことが判明した(図4)2).一方,同じデータベースを用いて糖尿病腎症の末期像図2各種縦断研究(①コホート研究,②ケースコントロール研究,③歴史的コホート研究)の概念の比較リアルワールドデータ研究ではとくに③が用いやすい.なお,③はレトロスペクティブコホート研究とよばれることもある.研究結果では,収縮期血圧が高くなるほど透析導入リス表1わが国のレセプトデータ解析から判明した糖尿病患者におけクが増大したのに対し,拡張期血圧については意外なこる重症進行糖尿病網膜症の多変量調整リスク因子(Cox回帰)とに,高くなるほど透析導入リスクは逆に低下していた4).この結果より,脈圧(収縮期血圧と拡張期血圧の差)の影響が強い可能性に気づき,収縮期血圧と脈圧をあえて共変量として同時投入してみたところ,収縮期血圧のほうが吸収され脈圧のみが独立因子として残った(表2)4).実際に,収縮気圧(140CmmHg以上または未満),脈圧(60CmmH以上または未満)でそれぞれ層別化して発生率をみたところ,前者より後者のほうが,透析導入者と非導入者をよりよく区別できていた.CHbA1c性別(男性)年齢(/5年)BMI(5Ckg/mC2増加)収縮期血圧(10CmmHg上昇)LDLコレステロール(1Cmg/dl上昇)HDLコレステロール(1Cmg/dl上昇)空腹時血糖(1Cmg/dl上昇)トリグリセリド(対数変換)喫煙HbA1c(%)1.22(0.81.1.86)1.21(1.09.1.34)1.09(0.91.1.31)1.13(1.03.1.23)0.99(0.99.1.00)1.01(0.99.1.02)1.00(1.00.1.00)0.84(0.63.1.13)0.88(0.63.1.23)1.70(1.56.1.86)(文献C2より改変引用)0.100.080.06≦6.5Cref0.046.6.C7.07.1.C7.51.90(C1.03.C3.51)3.60(C1.89.C6.85)C0.04<C0.017.6.C8.03.50(C1.64.C7.47)<C0.010.028.1.C8.55.91(C2.87.C12.2)<C0.01C≧8.614.1(C8.07.C24.6)<C0.010.00調整因子:年齢,性別,BMI,収縮期血圧,空腹時血糖,05001,0001,5002,0002,500HDLコレステロール,CLDLコレステロール,トリグリ観察期間(日)セリド,現在喫煙C重症網膜症累積発症率HbA1c(%)ハザード比(95%信頼区間)p値図3わが国のレセプトデータ解析から判明したHbA1cと重症進行糖尿病網膜症との関連(文献C2より改変引用)Cab10.25網膜症発症率(95%信頼区間)0.80.60.40.20.200.150.100.0500.006.47.48.49.410.411.44567891011121314HbA1c(%)HbA1c(%)図4HbA1cと単純網膜症,重症進行網膜症発症との関連a:JDCSにおける単純網膜症.Cb:レセプトと特定検診の連結データベースにおける重症網膜症.(文献2,3より改変引用)表2わが国のレセプトデータ解析から判明した糖尿病患者にお表3わが国のレセプトデータ解析から判明した収縮期血圧に加えける各種血圧指標を共変量として投入した際の透析導入のてあえて脈圧を共変量として追加した際の糖尿病患者におけ多変量調整リスク因子(Cox回帰)る重症進行糖尿病網膜症の多変量調整リスク因子(Cox回帰)性別(男性)年齢(/5年)BMI(5Ckg/mC2増加)収縮期血圧(10CmmHg上昇)脈圧(10CmmHg上昇)LDLコレステロール(1Cmg/dl上昇)HDLコレステロール(1Cmg/dl上昇)空腹時血糖(1Cmg/dl上昇)トリグリセリド(対数変換)喫煙HbA1c(%)b0.041.41(0.92.2.16)1.18(1.07.1.30)1.13(0.94.1.36)0.91(0.79.1.04)1.50(1.23.1.84)0.99(0.99.1.00)1.01(0.99.1.02)1.00(1.00.1.00)0.88(0.66.1.18)0.82(0.59.1.16)1.73(1.59.1.89)(文献C2より改変引用)0.040.030.020.01重症網膜症累積発症率重症網膜症累積発症率0.030.020.010.000.00観察期間(年)観察期間(年)図5重症進行糖尿病網膜症発症リスクに対する脈圧(a)と収縮期血圧(b)の影響(三分位解析)01234560123456そこで,同じく進行した細小血管合併症である重症進行糖尿病網膜症についても,同様に収縮期血圧と脈圧を共変量として同時投入してみたところ,収縮期血圧は吸収され脈圧のみが有意な因子として残った(表3)2).実際に,脈圧と収縮期圧をいずれも三分位に層別化して発生率をみたところ,収縮期圧を用いるより脈圧を用いたほうが,重症進行糖尿病網膜症高リスク群をよく分離することが可能であった(図5).脈圧は一般に太い血管壁の硬さを反映するとされ,以前の筆者らのメタアナリシス結果5)でも心血管疾患との関連が示されていたが,細小動脈合併症の病態にも関与することが明らかになり,重症進行糖尿病網膜症のリスク評価や発症予測には,収縮期血圧のみならず脈圧も重(文献C2より改変引用)要であることが示唆された.CV糖尿病合併症同士の関連合併症同士の関連についても新たな知見が得られている.筆者らは以前,JDCSにおいて,単純網膜症と微量アルブミン尿が同時にみられる糖尿病患者において,経時的な腎機能低下のリスクが高いことを報告した6).一方,最近のレセプトデータでは,一般尿検査の尿蛋白C1+以上,またはCeGFR低下(30.59Cml/min/1.73CmC2)がみられる患者ではいずれも,それらをもたない患者と比較して重症進行糖尿病網膜症のリスクが約C2倍に上昇していたが,それら両方をもつ患者ではリスクは約C6倍に上昇表4わが国のレセプトデータ解析から判明した尿蛋白陽性(一般尿検査1+以上)とeGFR軽度低下(30~59ml/min/1.73m2)およびそれらの組み合わせによる重症進行糖尿病網膜症の多変量調整リスク因子(Cox回帰)ハザード比(95%信頼区間)p値尿蛋白陽性eGFR軽度低下1.91(C1.90(C1.27.C2.87)C1.11.C3.23)C0.0020.019尿蛋白陽性eGFR軽度低下ハザード比(95%信頼区間)p値--1(reference)-+1.52(0.78.2.95)0.217+-1.73(1.11.2.69)0.015++5.57(2.40.12.94)<0.001(文献C7より改変引用)Cab100100未発症者割合(%)75502575502500123456700123456年数Strata網膜症なし極軽中等度の非増殖性度の非増殖性軽重症の非増殖性年数度の非増殖性最重症の非増殖性図6英国の電子カルテ解析研究から判明した観察開始時の網膜症状態による増殖性網膜症(a)および7硝子体出血(b)の累積発症率していた(表4)7).このようなデータは,糖尿病患者における細小血管合併症間の共通病態の存在を示唆するとともに,網膜症リスク評価の層別化に役立つものと考えられた.CVIリアルワールドデータを活用した他の研究例ビッグデータを活用することにより,ほかにも多くの関連が示されている.たとえば,英国の電子カルテデータベースを解析した結果では,ベースラインの詳細な網膜症ステージ別の増(文献C8より改変引用)殖網膜症や硝子体出血の発症率が報告されている(図6)8).また,白内障手術後に合併症として黄斑浮腫がみられることが知られていたが,実際に網膜症を有する糖尿病患者に対する白内障手術後に,治療を要する糖尿病性黄斑浮腫のリスクがC2.9%からC5.3%に有意に上昇していたことが判明した9).眼科は次々と最先端計測機器類が導入され,リアルワールドデータが蓄積されやすい分野であるが,光干渉断層計(opticalCcoherencetomography:OCT)10)やマイクロペリメーター(視感度測定器)11)などの計測値が,糖尿病患者に多い認知症のリスク評価に使える可能性も示されている.糖尿病網膜症の頻度(%)10093.96%908072.16%70.25%66.45%706059.146%52.53%504033.03%34.20%3020100<20%20~30%30~40%40~50%50~60%60~70%70~80%>80%Timeinrangeの割合図7中国人2型糖尿病患者におけるtimeinrange別の網膜症有病率(文献C12より改変引用)一方,内科でも持続血糖モニタリングなどの普及により,血糖値の詳細な日内変動や日較差に関するビッグデータが蓄積されている.糖尿病網膜症のリスク因子としての血糖コントロールも,従来はCHbA1cを中心に評価されていたが,timeinrange(TIR;グルコース値がC70以上C180Cmg/dl未満の時間の割合)など,より新たなコントロール指標との関連が明らかにされ(図7)12),糖尿病網膜症とその重症化予防のためのより詳細なコントロールの指針作りに役立つものと思われる.CVIIリアルワールドデータの今後近年の技術進歩に伴うリアルワールドデータの活用は,現場に役立つ新たなエビデンスを産み出すことを可能にする.ただし,研究活用時には各データベースの長所と短所を理解して,リサーチクエスチョンに合ったデータベースを選ぶ必要があり,さらに複数のデータベースを結合するなどの工夫を要する.一方,リアルワールドデータが使用できるようになっても,コホート,レジストリー,無作為化試験などの従来型研究の価値が低下するわけではなく,新旧の手法を目的によって適宜使い分けることにより,新たな大規模医療データサイエンスの世界が広がり,糖尿病診療や予防の個別化に貢献できるはずである.謝辞:JDCSにご協力いただいた多くの先生方,とくに山形大学の山下英俊先生,大阪大学の川崎良先生,京都大学の田中司朗先生に深謝申し上げます.文献1)FujiharaCK,CYamada-HaradaCM,CMatsubayashiCYCetal:CAccuracyofJapaneseclaimsdatainidentifyingdiabetes-relatedCcomplications.CPharmacoepidemiolCDrugCSafC30:C594-601,C20212)YamamotoCM,CFujiharaCK,CIshizawaCMCetal:PulseCpres-sureCisCaCstrongerCpredictorCthanCsystolicCbloodCpressureCforCsevereCeyeCdiseasesCinCdiabetesCmellitus.CJAmHeartCAssocC8:e010627,C20193)KawasakiCR,CTanakaCS,CTanakaCSCetal;JapanCDiabetesComplicationsStudyGroup:IncidenceandprogressionofdiabeticretinopathyinJapaneseadultswithtype2diabe-tes:8yearfollow-upstudyoftheJapanDiabetesCompli-cationsStudy(JDCS)C.DiabetologiaC54:2288-2294,C20114)OsawaT,FujiharaK,HaradaMetal:Higherpulsepres-sureCpredictsCinitiationCofCdialysisCinCJapaneseCpatientsCwithdiabetes.DiabetesMetabResRevC35:e3120,C20195)KodamaCS,CHorikawaCC,CFujiharaCKCetal:Meta-analysisCofCtheCquantitativeCrelationCbetweenCpulseCpressureCandCmeanarterialpressureandcardiovascularriskinpatientswithCdiabetesCmellitus.CAmCJCCardiolC113:1058-1065,C20146)MoriyaCT,CTanakaCS,CKawasakiCRCetal;JapanCDiabetesCComplicationsCStudyGroup:DiabeticCretinopathyCandCmicroalbuminuriacanpredictmacroalbuminuriaandrenalfunctionCdeclineCinCJapaneseCtypeC2Cdiabeticpatients:CJapanCDiabetesCComplicationsCStudy.CDiabetesCCareC36:C2803-2809,C20137)YamamotoCM,CFujiharaCK,CIshizawaCMCetal:OvertCpro-teinuria,moderatelyreducedeGFRandtheircombinationareCpredictiveCofCsevereCdiabeticCretinopathyCorCdiabeticCmacularCedemaCinCdiabetes.CInvestCOphthalmolCVisCSciC60:2685-2689,C20198)LeeCS,LeeAY,BaughmanDetal;UKDREMRUsersGroup:TheCUnitedCKingdomCDiabeticCRetinopathyCElec-tronicCMedicalCRecordCUsersGroup:report3:baselineCretinopathyCandCclinicalCfeaturesCpredictCprogressionCofCdiabeticretinopathy.AmJOphthalmolC180:64-71,C20179)DennistonCAK,CChakravarthyCU,CZhuCHCetal;UKCDRCEMRCUsersGroup:TheCUKCDiabeticCRetinopathyCElec-tronicMedicalRecord(UKDREMR)UsersGroup,report2:real-worldCdataCforCtheCimpactCofCcataractCsurgeryConCdiabeticCmacularCoedema.CBrCJCOphthalmolC101:1673-1678,C201710)ChanCVTT,CSunCZ,CTangCSCetal:Spectral-domainCOCTCmeasurementsCinCAlzheimer’sdisease:aCsystematicCreviewCandCmeta-analysis.COphthalmologyC126:497-510,C201911)CiudinCA,CSimo-ServatCO,CHernandezCCCetal:Retinalmicroperimetry:aCnewCtoolCforCidentifyingCpatientsCwithCtypeC2CdiabetesCatCriskCforCdevelopingCAlzheimerCdisease.CDiabetesC66:3098-3104,C201712)ShengCX,CXiongCGH,CYuCPFCetal:TheCcorrelationCbetweentimeinrangeanddiabeticmicrovascularcompli-cationsCutilizingCinformationCmanagementCplatform.CIntJEndocrinolC2020:8879085,C2020

総説:健康寿命の延伸と糖尿病診療─ 眼科の役割

2023年3月31日 金曜日

あたらしい眼科40(3):349.357,2023c第27回日本糖尿病眼学会総会特別講演(眼科)健康寿命の延伸と糖尿病診療─眼科の役割ExtendingHealthyLifeExpectancyandTreatmentforDiabetes:TheRolesofOphthalmology西勝弘*西塚弘一*山下英俊**I糖尿病網膜症診療の意義―健康寿命延伸に貢献厚生労働省の糖尿病実態調査(国民健康・栄養調査とともに行われる)によると,糖尿病患者数は急激に増加している.最新の平成28年度調査では,糖尿病が強く疑われる患者数は約1,000万人となっており,平成19年度の約890万人からわずか9年間で110万人増加したと推計される1).この糖尿病患者数の急激な増加は,世界的にみても同様の傾向で,世界人口の約5%が糖尿病に罹患しているという推計もある.糖尿病網膜症患者数は約300万人,増殖糖尿病網膜症患者数は約70万人,糖尿病黄斑浮腫は約65万人と推計される2).厚生労働省班研究によると,平成27年度.平成28年度調査での日本における視力障害の原因として,糖尿病網膜症は緑内障,網膜色素変性症についで第3位(12.8%)となっており3),平成19年度.平成22年度の調査によると糖尿病網膜症患者の視力障害者のピークは60歳代であった4).以上のような疫学的データは,糖尿病網膜症は眼科診療のなかで大きな比重を占めるだけでなく,働き盛り世代の視力障害を引き起こすという点から社会的負荷になっていることを示している.糖尿病診療ガイドライン2019によれば,「糖尿病治療の目標は,高血糖に起因する代謝異常を改善することに加え,糖尿病に特徴的な合併症,および糖尿病に起こりやすい併発症の発症,増悪を防ぎ,健康人と変わらない生活の質(qualityoflife:QOL)を保ち,健康人と変わらない寿命を全うすること」である5).厚生労働省の推進する「健康日本21」の目標6),すなわち「平均寿命延伸のみでなく健康寿命延伸」を達成するためには視力障害者数を減らす必要がある.このためには糖尿病網膜症による視力低下,視力障害増加を抑制する戦略が必要である.本総説では,健康寿命延伸のために生涯にわたり糖尿病網膜症患者の視力を保持する治療戦略の現状と未来について考察する.II糖尿病網膜症診療の現状1.糖尿病網膜症の診断日常診療で眼科医が糖尿病患者を診察する機会は,健診異常をきっかけとした受診や,糖尿病で内科治療中の患者が紹介されてくる場合が多い.なかには視力低下などの主訴で眼科を受診し,眼底所見から糖尿病網膜症を疑われ,その後内科で未治療の糖尿病の診断につながるケースもある.糖尿病網膜症の基本的な病態は,血管透過性亢進,血管閉塞,血管新生である.これらの病態は眼底所見として,毛細血管瘤,網膜出血,硬性白斑,軟性白斑,血管異常(網膜内細小血管異常,数珠状静脈拡張など),新生血管(その破綻で生じる硝子体出血),増殖膜(それによる牽引性網膜.離)などの所見としてみられる.血管透過性亢進を背景に血管漏出に伴う網膜浮腫を生じる病態は,糖尿病黄斑浮腫とよばれる.眼底所見のみでは無灌流領域を含めた糖尿病網膜症の循環動態の評価は困難であり,正確に判断するためにはフルオレセイン蛍光造影検査(.uoresceinangiography:FA)が必要となる.*KatsuhiroNishi&KoichiNishituka:山形大学医学部眼科学教室**HidetoshiYamashita:山形大学医学部眼科学教室,山形市保健所〔別刷請求先〕山下英俊:〒990-9585山形市飯田西2-2-2山形大学医学部眼科学教室0910-1810/23/\100/頁/JCOPY(67)349FAは造影剤を用いた侵襲的な検査である側面があり,とくにフルオレセインアレルギー患者の場合で施行がためらわれる.そうした患者には,光干渉断層血管造影(opticalcoherencetomographyangiography:OCTA)(2018年に保険収載)が近年用いられている.血管漏出は判定できない,機種によっては撮影可能範囲が狭いなど問題はあるものの,無灌流領域や新生血管の有無の判定に役立ち診断治療の一助となる.網膜症所見は両眼性であることが基本だが,眼底所見の重症度に左右差がみられる場合には,その背後に内頸動脈.眼動脈の狭窄・閉塞による眼虚血が潜んでいることがある.高血糖状態により網膜血管障害から血管閉塞が生じると,網膜細胞が虚血に陥り,血管内皮増殖因子(vascu-larendothelialgrowthfactor:VEGF)をはじめとするケミカルメディエーターが眼内に放出される.虚血状態のままで時間が経過すると新生血管を発症し,網膜症としては最重症である増殖糖尿病網膜症へと進行する.さらに時間が経過すると,新生血管が隅角(隅角新生血管)や虹彩(虹彩ルベオーシス)でも認められるようになり,やがて眼圧上昇を伴う血管新生緑内障まで至る.血管新生緑内障は眼圧コントロールにしばしば難渋し,線維柱帯切除術や緑内障インプラント手術などの外科治療を要することが多いが,治療の甲斐なく失明に至る患者も少なくない.2.重症度分類糖尿病網膜症にはわが国や欧米で複数の重症度分類があるが,その臨床的な意義は,重症度分類によって糖尿病網膜症の進展を予測し,適切な治療を選択することに寄与することである.わが国では国際重症度分類,改変Davis分類,新福田分類が広く用いられている.国際重症度分類,改変Davis分類は,糖尿病網膜症の眼底所見のなかでも重症な病態へ進展するリスクが高い所見に着目して病期を分類している.さらには,眼科医と患者の病態に対する共通理解,眼科医同士ならびに内科と眼科の病診連携において重要な役割を果たしている.国際重症度分類は2003年に米国眼科学会により提唱され,糖尿病網膜症と糖尿病黄斑浮腫について病期分類をしている7).糖尿病網膜症では,ハイリスクの増殖糖尿病網膜症(新生血管を発症した重症な網膜症)への進行リスクの大きさにより重症度を分類している.網膜症の所見がないものを網膜症なし,重篤な虚血状態を示唆しただちに治療が必要な状態である新生血管を認めるものを増殖糖尿病網膜症とし,その間の状態を非増殖糖尿病網膜症として,さらに軽症,中等症,重症の3段階に分類している.初期の変化である毛細血管瘤のみを認めるものは軽症非増殖糖尿病網膜症,4象限の各象限いずれも20個以上の網膜出血,2象限以上での数珠状静脈拡張,1象限以上での網膜内最小血管異常のいずれかを認める(4-2-1ルール)ものは重症非増殖糖尿病網膜症とし,中等症非増殖糖尿病網膜症は軽症と重症の間の状態としている.糖尿病黄斑浮腫では,網膜の後極に網膜肥厚と硬性白斑を認めるものを黄斑浮腫ありとし,黄斑部に網膜浮腫が及ぶと視力に影響を及ぼすことから,黄斑部と病変の関係から軽症(病変が黄斑中央部から離れている),中等症(病変が黄斑中央部に近づきつつある),重症(病変が黄斑中央部に到達している)の3群に分類している.国際重症度分類は,米国で行われたDiabeticReti-nopathyStudy(DRS)8),EarlyTreatmentDiabeticRetinopathyStudy(ETDRS)9)などの大規模な疫学研究のエビデンスに基づいており,増殖糖尿病網膜症への進展の臨床的な予測に有用である.比較的覚えやすく簡潔な分類であるとともに,眼科医が検眼鏡的に把握できる眼底所見からその場で重症度を判定できること,内科と情報が共有しやすいこと,また世界共通な診断基準となっており学術的に有用であることから,臨床現場のみならず,研究論文などでも広く使用されるようになってきている.3.糖尿病網膜症の治療糖尿病網膜症では血管閉塞から網膜虚血が引き起こされるが,それに対する治療の基本は網膜虚血の軽減,すなわち網膜虚血部位の酸素需要を減らし脈絡膜からの酸素供給を増やすことであり,現在もっとも行われている治療が網膜光凝固術(レーザー治療)である.汎網膜光凝固術(panretinalphotocoagulation:PRP)が選択されるのは,重症非増殖糖尿病網膜症と早期の増殖糖尿病網膜症である.重症非増殖糖尿病網膜症ではPRPにより新生血管の出現,すなわち増殖糖尿病網膜症への進展を予防することが期待される.増殖糖尿病網膜症では病態の鎮静化,さらには血管新生緑内障への進展予防のために,可及的速やかに密なPRPが必要とな図1パターンスキャンレーザーを用いて汎網膜光凝固術を施行した重症非増殖糖尿病網膜症の眼底写真網膜最周辺部まで密に凝固斑を認める.る(図1).増殖糖尿病網膜症に対するレーザー治療の施行を妨げるような病態,すなわち硝子体出血(出血量が多い,遷延する,反復する),増殖膜による牽引で生じる牽引性網膜.離(黄斑部にせまるもの)や裂孔併発型牽引性網膜.離に対しては,硝子体手術が適応となる.硝子体手術による出血の除去,網膜の物理的牽引の除去を行い,術中に網膜光凝固を施行することに加え,外来で行うことがむずかしい網膜最周辺部への光凝固も行う.増殖糖尿病網膜症における硝子体手術治療では,従来の失明予防の目的のみならず,より良好な視力を獲得し,長期的に維持することが要求されてきている.硝子体手術は,従来法であった20ゲージ(G)システムから小切開硝子体手術へと手術デバイスが進歩し,低侵襲化している.増殖糖尿病網膜症に対する硝子体手術治療では,20Gのみならず23Gや25Gの小切開硝子体手術でも良好な術後視力が得られている10).実用視力として小数視力0.5(片眼読書視力)や0.7(普通自動車免許更新)を達成するための治療戦略を検討するため,術後視力予後とその関連因子について検討した.山形大学医学部附属病院眼科で2008.2012年に初回硝子体手術を施行した100例128眼を対象に,術後2年,術後4年時点での視力0.5以上,0.7以上に関連する因子を検討した.「術後2年時の視力0.5以上」には術前虹彩ルベオーシスなし,増殖膜なしが,「術後2年時の視力0.7以上」には術前虹彩ルベオーシスなし,手図2増殖糖尿病網膜症における術中OCT所見術中OCTを用いることにより,増殖膜と網膜(点線)の判別や増殖膜の複雑な層状構造を客観的に捉えることが可能である.術のきっかけが硝子体出血であることが関連した.「術後4年時の視力0.5以上」には増殖膜なし,再手術なしが,「術後4年時の視力0.7以上」には術前虹彩ルベオーシスなし,増殖膜なし,再手術なしが関連した.術前の重症度が高くなく再手術を要さないような症例で視力予後が良好であったことから,タイミングを逸することなく硝子体手術治療が行われることが重要であると考えられた11).また近年,光干渉断層計(opticalcoherencetomography:OCT)が搭載された手術顕微鏡を用いる術中OCTにより,増殖膜や周辺硝子体の観察が可能となった12.14).増殖糖尿病網膜症における硝子体手術治療でのdecisionmakingの助けとなるだけでなく,安全に手術を遂行し,失明を防ぐ医療から高度な視力を獲得する医療への進歩を支えている(図2).4.糖尿病黄斑浮腫の診断と治療糖尿病黄斑浮腫は網膜浮腫,硬性白斑といった眼底所見に加え,FA,OCTなどの検査所見を組み合わせて診図3抗VEGF薬治療前後のOCT(53歳,男性)左眼の糖尿病黄斑浮腫に対してアフリベルセプト硝子体内注射を施行.施行後C1カ月で黄斑浮腫は軽快した.断される.FAにより局所性浮腫(局所的な毛細血管瘤からの漏出を主体とした限局性浮腫)とびまん性浮腫(広範な血管障害に伴う漏出を主体とした網膜浮腫)の区別,OCTにより網膜厚や浮腫と中心窩の位置関係,網膜硝子体界面の牽引の有無などを判定する.現在の糖尿病黄斑浮腫の薬物治療の第一選択は抗VEGF薬治療である.VEGFがもつ血管透過性亢進作用を抗CVEGF薬により減じることで,黄斑浮腫を引かせる治療である(図3).薬価が高額であることや血栓症をはじめとする全身への副作用の報告から,視力,中心窩網膜厚,全身状態などの医学的見地,患者の経済的,社会的状況などを総合的に判断して行われている.抗VEGF薬無効例や,大血管症などの全身合併症を有し抗CVEGF薬を用いにくい患者ではステロイド(トリアムシノロンアセトニド)のCTenon.下注射が選択されたり,局所光凝固,硝子体手術(網膜牽引の除去)といった複数の治療を組み合わせることによって治療される.非侵襲的な治療としてステロイド点眼治療があり,筆者らの施設で過去に治療成績を報告している15,16).米国で術後抗炎症薬として認可されている副腎皮質ステロイド点眼薬であるジフルプレドナート点眼薬を糖尿病黄斑浮腫に対してC3カ月間点眼治療した.治療後C3カ月時点での網膜厚改善はトリアムシノロンアセトニドのTenon.下注射と同等だった.点眼であるため,受診した日から治療が始められ,もし副作用が認められたらすぐに点眼を中止できるという治療における柔軟性がある.CIII糖尿病網膜症の進展のリスク因子1.糖尿病網膜症・黄斑症治療戦略のための発症,進展リスク評価糖尿病網膜症による失明,視力低下の患者を減らすためには,糖尿病および糖尿病網膜症を早期発見・早期治療すること,個々の糖尿病患者における糖尿病網膜症発症・進展の高リスクを高い精度で予測してCintensivecareを可能にするテーラーメイド医療を推進すること,さらには糖尿病網膜症発症・進展の病態研究による眼科の新しい治療法の開発などが大切である.糖尿病に限らず,ある集団における(たとえば日本人おける)ある疾患による障害(たとえば糖尿病網膜症による視力障害)を減少させるためには二つのアプローチがある.それは集団アプローチと高リスクアプローチである6,17)(図4).前者はリスクのある患者すべてを減らすアプローチで,糖尿病網膜症の場合には糖尿病患者数そのものを減少させることである.これは大変重要な課題であり,「健康日本C21」でも厚生労働省は数値目標を設定して糖尿病患者数の増加を抑制しようとしている6).一方後者は,疾患のなかでもとくにリスクの高い患者にアプローチするもので,糖尿病網膜症であれば発症・進展リスクを評価し,とくに高いリスクの患者に対して予防,治療を重点的に行うことである.診療の現場ではきわめて有効な戦略と考えられ,有効に作用させるためには,「高リスクアプローチ」を実現するための具体的な戦略を構築する必要がある.C2.糖尿病網膜症の眼底観察の臨床的な意義糖尿病網膜症の進行過程の知識があると診断や治療について理解しやすく,内科-眼科の連携にも資するために策定されたのが,糖尿病網膜症の国際重症度分類である(前述).糖尿病網膜症の基本的な三つの病態は血管透過性亢進,血管閉塞,血管新生であり,この順に進行する.この国際分類は眼底所見により判定される重症度を,今後網膜症が進展していくと予測されるリスクととらえることで構築されている.すなわち,国際重症度分類で重症であると判定されるということは,今まさに網膜症が急速に進展すると予測されるということと同義となる.国際重症度分類を用いて重症度判定することによって,明確で具体的な臨床的メッセージを患者と内科へ発信することができる.糖尿病患者における網膜症の重症度と発症・進展リスクの評価を,日本人における大規模コホート研究において行った結果について報告する.JapanDiabetesCom-plicationsCStudy(JDCS)はC1996年から始められたわが国におけるC2型糖尿病の多施設大規模研究であり,欧米以外では初めてのものである18).全国の糖尿病専門施設59カ所に通院するC2型糖尿病患者のうち,前増殖性以上の網膜症や心血管疾患など進行した合併症をもつ患者を除外したC2,205名を対象とした.登録者全体の糖尿病低高図4高リスクアプローチと集団アプローチ(健康日本C21ホームページより引用)合併症の実態について前向きに追跡研究しており,日本人における糖尿病血管合併症についての貴重な疫学データとなっている.網膜症のない患者ではC1年あたりC3.4%で網膜症を発症していた.これは以前CSasakiらによってなされた日本人のC2型糖尿病患者を対象になされた報告19)の年約C4%に比較的近い値であった.1960.1979年に初診したC2型糖尿病患者のうち網膜症のなかったC976名(平均年齢C52歳,平均糖尿病罹病期間C3年)を平均C8.3年間追跡しており,JDCS開始までの約C20年間において網膜症発症率はあまり変化がなかったということになる.また,軽症.中等症非増殖糖尿病網膜症(単純網膜症)を有していた患者のC1年あたりC1.3%に,重症非増殖糖尿病網膜症(前増殖症)または増殖糖尿病網膜症の進展・増悪が認められた.JDCSの追跡データは日本人における他の疫学研究結果と同等であり,日本人の糖尿病患者に適応できる可能性を示している.JDCSでは糖尿病網膜症を以下のような分類に分けた(ステージC0:網膜症なし,ステージC1:網膜出血のみ,ステージC2:軟性白斑,ステージC3:網膜内最小血管異常,静脈変形,ステージ4:新生血管).経過観察開始時,ステージC0はC1,221例,ステージC1はC410例,ステージC2はC57例であった.8年間の経過観察でステージC3以上に進展するリスクをCCOX回帰モデルにより解析した.ベースラインでステージC0であった症例をCreferenceとすると,ベースラインでステージ1の症例がステージC3以上に進展するリスクは約C4倍,ベースラインでステージC2の症例がステージC3以上に進展するリスクは約C16倍であった20).この結果は,眼科医が診察した眼底所見による網膜症重症度の評価がその後の網膜症の進展を予測するツールとなっていると考えられ,眼科医による散瞳下での眼底検査を受けることの重要性を示している.しかし,OrganisationCforCEco-nomicCCo-operationCandDevelopment(OECD)による2005年の調査によると,日本における糖尿病患者に対する眼底検査施行率はC4割を切っており,最高レベルのイギリス,スウェーデンの約C8割に大きく水をあけられている21).その後の厚生労働省による国民栄養調査では,眼科受診率は改善しているが,まだまだC100%には届いていない(文献:平成C28年度調査報告書).眼底検査は眼科医により眼底全体の評価を行うべきで,健康診断で行われるような非散瞳下の眼底写真撮影のみでは周辺部の眼底の病変は検出できず不十分である.日本における糖尿病網膜症による視力障害を減少させるための第一歩は,糖尿病患者の眼科受診率を向上させることにある.C3.全身因子―Hospital-basedstudyから血糖値や血圧など全身的な危険因子のコントロールは網膜症の発症,進展を抑制するうえで基本的かつ重要な治療であり,網膜症のどの重症度でも対象となる.その治療目標の設定はエビデンスに基づいて行う必要がある.日本人におけるChospital-basedstudyによる疫学研究のエビデンスとしては,KumamotoStudy,JDCSがある.JDCSによると,登録時に単純網膜症を認めない群における網膜症発症のリスクファクターは,糖尿病罹病期間,HbA1c,収縮期血圧だった.さらに,すでに糖尿病網膜症を発症していた群における網膜症進展の有意なリスクファクターもCHbA1cだった.網膜症発症について層別化したCHbA1cでリスク評価すると,HbA1c7%未満の患者と比較して,HbA1c7.8%の層で網膜症発症リスクはC2倍,8.10%の層で約C3.5倍,10%以上の層ではC7.6倍にも上ることが明らかになった22).CKumamotoStudyは熊本大学医学部代謝内科で七里教授(当時)を中心として行われた日本人のC2型糖尿病患者を対象にしたChospital-basedstudyである.同研究ではC10年間の経過観察を行い,空腹時血糖値,HbA1c値は,中間型インスリン継続治療(conventionalinsulininjectiontherapy:CIT)群に比し,頻回インスリン治療(multipleCinsulininjectionCtherapy:MIT)群で有意な低値となったことが示された.MIT群で行われる厳格な血糖コントロールにより,網膜症の悪化は,一次予防および二次介入ともにCCIT群に比べCMIT群で有意に低率だった.また,HbA1c6.5%未満,食後C2時間血糖値C180Cmg/dl未満であれば細小血管合併症の出現する可能性が少ないことも報告されており,日本糖尿病学会でのガイドラインの治療の目標となっている23).以上のような定量的なリスク評価において,日本人の糖尿病患者を対象にした研究データは少なく,きわめて貴重で,網膜症の発症・進展を予防する医療の確立のために大切なエビデンスとなる.糖尿病網膜症を含む細小血管症,脳卒中などの大血管症への進展のリスクを評価するためのリスクエンジンを上記のCJDCSのデータをもとにCTanakaらが構築し,Web上に公開している.5年の期間で網膜症が進展するリスクエンジンを構築しており,それを構成する危険因子は,年齢,HbA1c,糖尿病罹病期間,肥満度(bodymassindex:BMI),腎機能である.このリスクエンジンを用いると,5年での進展はC10.96%と予測された.実測値はC10.20%だったことから,きわめて良好な予測結果であった.他の細小血管症,大血管症の進展のリスクもきわめて正確に予測可能であった.このようなリスクエンジンが臨床応用され,電子カルテなどのデータを基に高リスク患者の選定が行われるようになると,高リスクアプローチ実現の有力なツールになると考えられる24).CIV大血管症,腎症の予測前項で述べた分析は,糖尿病患者を対象としたChospi-tal-basedstudyでの解析結果である.健常人の網膜血管系は全身状態によってどのように影響を受けるかについて,健常人を対象にしたCpopulation-basedCstudyにおいて検討し,hospital-basedCstudyでの解析結果と比較した.山形大学医学部では山形県舟形町における住民健診をもとにした疫学研究(舟形町研究)をC1979年から行ってきた25.27).また,山形県高畠町のコホート研究である高畠町研究でも眼科学的な研究が行われている.これらの研究は山形県コホート研究(主任研究者:嘉山孝正教授)として包括され,健康人約C2万人のデータベースが整備されており,山形県全体のコホートをもとにした分子疫学的研究が行われている.舟形町研究の一環として,網膜症の有病率とその関連因子を検討した.舟形町検診の住民のうちC9.0%に網膜症がみられ,高齢,BMI高値,空腹時血糖異常(impairedfastingCglucose:IFG),耐糖能異常(impairedCglucosetolerance:IGT)が関連していた.糖尿病患者のC23.0%に網膜症がみられ,糖代謝正常者,IFG,IGTにおいてそれぞれC7.7%,10.3%,14.6%に網膜症が認められた.耐糖能障害がある場合には,網膜症の有病率はC1.53倍(オッズ比)に上昇し,IFGではオッズ比がC1.23と有意な相関がみられなかったのに対し,IGTではC1.63と有意に相関していることがわかった.これらは食後高血糖が網膜症有病率に関連することを示している28).一方,食後高血糖よりもCHbA1c値で表わされる血糖コントロールの平均値のほうが網膜症の発症・進展に影響するという意見もある.Lachinらは,DiabetesCControlCandCComplicationsTrial(DCCT)について解析し,従来治療群と強化治療群を比較した場合に,HbA1cほど網膜症の発症や進展に関連する因子はないと報告した29).舟形町研究ではメタボリックシンドロームと網膜病変の関連についても検討した.メタボリックシンドロームはおもに動脈硬化,心筋梗塞,脳卒中のリスク因子の多様性に着目した概念であるが,近年,網膜病変など細小血管障害との関連も検討されている.筆者らはこれまでにメタボリックシンドロームの構成要素である高血圧,肥満,高脂血症などが網膜細動脈硬化,網膜症とどのように関連しているかを検討した.さらに,個々の危険因子間での相乗効果を検討した.メタボリックシンドロームはCInternationalDiabetesFederationの定義で診断した.メタボリックシンドロームの個々の危険因子と網膜所見との間には,肥満とびまん性静脈拡張および網膜症,高血圧と網膜細動脈の局所狭細化・動静脈交叉現象・血柱反射亢進・びまん性狭細,高トリグリセリド血症と血柱反射亢進などの関連があった.メタボリックシンドローム自体は網膜症(実際には網膜出血)(オッズ比1.6)とびまん性静脈拡張(+4.7Cμm)に関連していた30).これらの結果は,メタボリックシンドロームは網膜所見と関連していること,個々のメタボリックシンドロームを構成するリスクが重なると網膜疾患のリスクが高くなることを示している.これらは,これまで報告されたhospital-basedCstudyである糖尿病データマネジメント研究会(JapanCDiabetesCClinicalCDataCManagementCStudyGroup:JDDM)レポートC40の結果(血糖コントロール不良,高脂血症,高血圧の三つの因子について異常値をとる因子数が増えると網膜症有病率が上昇することが報告されている)31),JDCSにおけるリスクエンジンの創設の試み(年齢,HbA1c,糖尿病罹病期間,BMI,腎機能が糖尿病網膜症の進展予測に有効)24)と,因子の組み合わせは異なるものの全身因子と糖尿病網膜症の関連を強く示すエビデンスとなっている.全身因子が網膜血管疾患に影響すること,網膜血管系の形状などに影響することは上記の研究により推察されるが,その分子メカニズム(どのような分子が関連しているのか)は不明な点が多い.メタボリックシンドロームの病態を理解するうえで,アディポネクチンが重要と考えられている32).アディポネクチンは脂肪細胞のみが分泌する抗動脈硬化因子であり,血中濃度は内臓脂肪濃度と逆相関する.アディポネクチンが低下すると,血圧異常,耐糖能異常,脂質代謝異常の重症化に寄与するだけではなく,動脈硬化の独立した危険因子にもなることが知られている33,34).アディポネクチンはアディポサイトカインの一つであり,これは脂肪細胞により分泌される脂肪組織由来生理活性物質であり,生理作用により生体内の恒常性を維持するため,産生・分泌のバランスが破綻することで,動脈硬化イベントが発症,進展する35.37).そのため,アディポネクチンの減少と,その他の炎症性・血栓性の性質を有するアディポサイトカインの増加が,メタボリックシンドロームと動脈硬化発症に重要であると考えられており,さまざまな関連を示す研究が行われている38).高畠町研究(山形県コホート研究の一部)において,アディポネクチンと網膜血管径の関連について検討した.高畠町研究に参加した住民C1,473人(男性C658人,女性C815人)を対象とし,眼底写真撮像,採血,身体データ測定,アンケートによる問診を施行した.網膜血管の状態を示す指標として,血流を保った状態で網膜血管(動脈,静脈)がそれぞれC1本であったと仮定した場合の仮想的血管径である網膜中心動脈径(centralCretinalarteryCequivalent:CRAE),網膜中心静脈径(centralCretinalCveinequivalent:CRVE),その比であるCAVR(CRAE/CREV)を,血管径測定専用ソフトウエアを用いて眼底写真から計測した39).低アディポネクチン血症がCCRAEの狭細化との関連し,これはアディポネクチン低下と細動脈硬化の関連を示唆している40).また,舟形町研究のデータを用いた研究によると,網膜動脈径狭細化が高血圧発症増加と有意な関連をもつこと41)に加えて,高血圧,冠動脈疾患,動脈硬化との関連が知られるアンギオテンシン変換酵素(angiotensinCconvertingenzyme:ACE)はレニン・アンギオテンシン系において重要な役割を果たしているが,ACE遺伝子多型が網膜動脈径狭細化と関連をもつこと42)が認められた.網膜血管は,肥満,高血圧などの全身因子に強く影響されるが,これらの分子病態に関連するCACEや血中のアディポネクチンの関与により網膜血管(動脈や静脈)が変化する.さらに高血圧,肥満などメタボリック症候群と脳卒中,心筋梗塞などの大血管症と網膜血管病態は共通するリスク因子をもつことから,網膜血管の病態を示す定性的,定量的指標により大血管症の発症を予測することが可能になると考えられる43,44).眼底検査は単に眼科診療において行うのみでなく,全身疾患の発症や重症化を抑制する先制医療の重要なデータを提供する情報源であり,これは全身疾患の高リスクアプローチにつながる.眼底検査により判定された糖尿病網膜症の重症度が,その後の大血管症の発症を予測する因子になることについてはエビデンスが蓄積されつつあり45),ますます眼底検査の重要性は増してくると考えられる.われわれ眼科医はこのことを意識して,医学全体に貢献するという視点をもつ必要があると考える.おわりにこれからの糖尿病網膜症診療は,個々の患者の病態に応じたテーラーメイド診療が必要となるだろう.そのうえで必要なこととしてC2点を考えたい.一つは人工知能(arti.cialintelligence:AI)を利用して適切な治療時期を見出し診療に生かしていく工夫である.眼底写真やCOCT,OCTAなどの画像データからの学習が必要になることから,データベース構築を急ぎ行う必要がある.一方で,診断を確定し,光凝固術,注射,手術など侵襲的治療を担うのは眼科医であり,AIが参入しても眼科医が不要となることはない.われわれ眼科医が,AIをうまく利用しながら眼科診療,治療を行っていくことが理想的な形であると考えられる.もう一つは,糖尿病患者で網膜症の進展を阻止するような非侵襲的薬物治療(点眼や内服など)の開発と,その有効で安全な治療法選択のためのアルゴリズムの開発があげられる.たとえば採血検査など比較的侵襲が低く,繰り返しての検査が可能な方法で糖尿病網膜症の病態が判定され,それに合わせて適切な内服薬や点眼薬が選択できるようになれば,テーラーメイド医療は大きく前進すると考えられる.文献1)厚生労働省:平成C28年国民健康・栄養調査結果の概要.Chttp://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/eiyou/h28-houCkoku.html2)YauJW,RogersSL,KawasakiRetal:GlobalprevalenceandCmajorCriskCfactorsCofCdiabeticCretinopathy.CDiabetesCCareC35:556-564,C20123)MorizaneCY,CMorimotoCN,CFujiwaraCACetal:IncidenceCandCcausesCofCvisualCimpairmentCinJapan:theC.rstCnation-wideCcompleteCenumerationCsurveyCofCnewlyCcerti.edCvisuallyCimpairedCindividuals.CJpnCJCOphthalmolC63:26-33,C20194)若生里奈,安川力,加藤亜紀ほか:日本における視覚障害の原因と現状.日眼会誌118:495-501,C20145)日本糖尿病学会:糖尿病診療ガイドラインC2019.南江堂,C20196)厚生労働省:健康日本C21計画書7)WilkinsonCCP,CFerrisCFL,CKleinCRECetal;GlobalCDiabeticRetinopathyCProjectCGroup:ProposedCinternationalCclini-calCdiabeticCretinopathyCandCdiabeticCmacularCedemaCdis-easeCseverityCscales.COphthalmologyC101:1677-1682,C20038)DiabeticCRetinopathyCStudyCResearchGroup:ACmodi.cationCofCtheCAirlieCHouseCclassi.cationCofCDiabeticCretinopathy.CDRSCReportCNumberC7.CInvestCOphthalmolCVisSciC21:210-226,C19819)EarlyCTreatmentCDiabeticCRetinopathyCStudyCResearchGroup:GradingCdiabeticCretinopathyCfromCstereoscopicCcolorCfundusCphotographsC.CanCextensionCofCtheCmodi.edCAirlieCHouseCclassi.cation.CETDRSCreportCnumberC10.COphthalmologyC98(5CSuppl):786-806,C199110)西勝弘,後藤早紀子,西塚弘一ほか:手術時期の異なる増殖糖尿病網膜症に対する硝子体手術成績の検討.臨眼C67:69-75,C201311)NishiCK,CNishitsukaCK,CYamamotoCTCetal:FactorsCcorre-latedCwithCvisualCoutcomesCatCtwoCandCfourCyearsCafterCvitreousCsurgeryCforCproliferativeCdiabeticCretinopathy.CPLoSOneC16:e0244281,C202112)NishitsukaCK,CNishiCK,CNambaCHCetal:IntraoperativeCopticalCcoherenceCtomographyCimagingCofCtheCperipheralCvitreousandretina.RetinaC38:e20-e22,C201813)NishitsukaCK,CNishiCK,CNambaCHCetal:Quanti.cationCofCtheperipheralvitreousaftervitreousshavingusingintra-operativeCopticalCcoherenceCtomography.CBMJCOpenCOph-thalmolC6:e000605,C202014)西塚弘一:糖尿病網膜症に対する硝子体手術における術中OCTの所見や有用性について教えてください.あたらしい眼科37(臨増):171-174,C202015)NakanoCS,CYamamotoCT,CKiriiCECetal:SteroidCeyeCdroptreatment(di.upredonateCophthalmicemulsion)isCe.ectiveCinCreducingCrefractoryCdia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ドライアイとデジタルヘルス

2023年3月31日 金曜日

ドライアイとデジタルヘルスDryEyeandDigitalHealth梛野健*猪俣武範**はじめにドライアイは世界で10億人以上が罹患する最多の眼疾患であり,今後も増加が予測されている.ドライアイによる眼乾燥感や眼不快感といった症状は長期にわたり視覚の質や集中力・労働生産性を低下させ,多大な経済的損失を引き起こすことが問題となっている.ドライアイはその多様な自覚症状から不定愁訴と判断され,適切な診断を受けられず,未治療のまま症状に苦しみ続けているドライアイ患者が多数存在する.さらにドライアイに対する治療は点眼による対症療法が中心であり,完治する方法はこれまでのところ存在しない.そのため,ドライアイの発症や重症化に対する予防医療・早期診断・早期治療が求められている.近年急速に進展しているデジタルヘルスは,これらの問題を解決できる可能性を秘めている.すでに他の疾患領域における遠隔診療では,疾患の早期発見や早期治療介入について成果が示されつつある.筆者らは,2016年よりドライアイ研究用スマートフォンアプリケーション「ドライアイリズム」を開発し,デジタルヘルスを用いたドライアイ診療の実現に向けて,多数の臨床研究を実施してきた.本稿では,ドライアイ診療におけるデジタルヘルスを概説し,これまで筆者らが実施してきたスマホアプリを用いた臨床研究の成果とその展望について解説する.Iドライアイとデジタルヘルスドライアイはわが国では約2,000万人,世界では10億人以上が罹患する最多の眼疾患であり,超高齢社会やウィズ・アフターコロナにおけるデジタル社会の到来により,今後も増加していくと予測されている1~3).また,ドライアイによる眼乾燥感や眼不快感といった症状は人生の長期にわたり視覚の質や労働生産性を低下させ,多大な経済的損失を引き起こすことが問題となっている4,5).一方,ドライアイの症状は眼乾燥感や眼不快感のみならず,羞明,眼精疲労,視力低下など多岐にわたり,多様性と不均一性をもつ6).そのため,不定愁訴と判断され未治療のまま症状に苦しみ続けているドライアイ患者が多数存在する7).さらに,ドライアイと診断されても,学業や仕事,COVID-19の蔓延といった理由から継続的な受診が不可能な患者も多い.ドライアイの治療は,点眼による対症療法が中心であり,これまでのところ完治する方法は存在しない.そのため,ドライアイの発症・重症化に対する予防医療・早期診断・適切な治療介入が重要である6).デジタルヘルスとは,病気の管理や健康増進を目的に情報通信技術を活用する医療をさす8).その概念は幅広く,ウェアラブルデバイスや人工知能の活用,モバイルヘルス,遠隔医療,個別化医療を含む8).デジタルヘルスは従来の医療における障壁となっていた距離・場所・*KenNagino:順天堂大学医学部眼科学講座,順天堂大学大学院研究科医学病院管理学講座,順天堂大学大学院医学研究科デジタル医療講座**TakenoriInomata:順天堂大学医学部眼科学講座,順天堂大学大学院研究科医学病院管理学講座,順天堂大学大学院医学研究科デジタル医療講座,順天堂大学大学院医学研究科AIインキュベーションファーム〔別刷請求先〕梛野健:〒113-8213東京都文京区本郷2-1-1順天堂大学A棟6階南眼科研究室順天堂大学医学部病院管理学講座0910-1810/23/\100/頁/JCOPY(55)337図1ドライアイ研究用スマートフォンアプリケーション「ドライアイリズム」(文献6より許可を得て改変引用)年齢性別(女性)花粉症うつ病うつ病・統合失調症以外の精神疾患現在のコンタクトレンズ装用8時間を超えるデジタル作業時間喫煙オッズ比(95%信頼区間)0.99(0.987~0.999)1.99(1.61~2.46)1.35(1.18~1.55)1.78(1.18~2.69)1.87(1.24~2.82)1.27(1.09~1.48)1.55(1.25~1.91)1.65(1.37~1.98)0123オッズ比(95%信頼区間)図2ドライアイの関連因子症候性ドライアイなしの症候性ドライアイありに対して関連する因子のフォレストプロット.(文献7より許可を得て改変引用)年齢性別(女性)膠原病うつ病・統合失調症以外の精神疾患白内障・レーシック以外の眼科手術歴現在のコンタクトレンズ装用過去のコンタクトレンズ装用オッズ比(95%信頼区間)0.96(0.95~0.97)0.55(0.42~0.72)0.23(0.09~0.60)0.50(0.36~0.69)0.41(0.27~0.64)0.64(0.54~0.77)0.45(0.34~0.58)01オッズ比(95%信頼区間)図3ドライアイ未診断の関連因子ドライアイ未診断者のドライアイ診断者に対して関連する因子のフォレストプロット.(文献7より許可を得て改変引用)オッズ比(95%信頼区間)年齢0.99(0.98~0.99)性別(女性)1.85(1.60~2.14)膠原病2.81(1.34~5.90)うつ病1.68(1.23~2.29)現在のコンタクトレンズ装用1.24(1.09~1.41)デジタル作業時間1.02(1.01~1.03)花粉症1.18(1.04~1.33)喫煙1.53(1.31~1.79)オッズ比(95%信頼区間)図4ドライアイ重症化の関連因子ドライアイの重症化と関連する因子のフォレストプロット.(文献16の結果より作成)0123456IIIスマホアプリを用いたドライアイ症状評価とePRO1.ePROによるドライアイの症状評価ドライアイの自覚症状は個人差が大きいため,定性的な問診ではなく疾患特異的質問紙票を用いた定量的な評価が推奨されている27).このように質問紙票を介して,患者自身の主観に基づき報告される疾患の症状や治療の満足度に関する指標をpatient-reportedoutcome(PRO)とよぶ28).PROを用いることで,患者の自覚症状という定性的な情報を定量評価することが可能である.また,近年のデジタルヘルスの広がりとともに,electricPRO(ePRO)に注目が集まっている29).ePROは電子化された質問紙票を介して収集されるPROのことである28).スマホアプリによるePROを用いれば,これまで医療機関を受診できなかったドライアイ患者に対して,遠隔でのドライアイ自覚症状の評価が可能となる.ePROにより,従来の医療の課題であった未診断のドライアイ患者の早期発見や,日常生活におけるドライアイ自覚症状の継続的なモニタリングを実現できる可能性がある.2.ePROの課題:妥当性の検証ePROによる評価は,紙媒体による評価よりも患者の負担を軽減し,患者に受け入れられやすい可能性が示されている28).しかし,紙媒体のPROとePROは,その見た目や記載・入力方法,患者に与える印象が大きく異なる場合があるため,収集されたPROに影響を与えることがある28).そのため,ePROを用いた臨床研究やePROの臨床応用を行う際には,ePROの妥当性を検証する必要がある28).そこで筆者らは,紙媒体のJ-OSDIに対するスマホアプリに搭載した電子媒体のJ-OSDIの妥当性を検証した16).本研究では,ドライアイまたはドライアイ疑いの患者を対象に,紙媒体のJ-OSDIと電子媒体のJ-OSDIを用いて収集したJ-OSDI合計スコアの相関,一致性,診断能を評価した.その結果,紙媒体のJ-OSDI合計スコアと電子媒体のJ-OSDI合計スコアの間には有意な正の相関があり(r=0.752,p<0.001,図5a)16),臨床的一致性に関するBland-Altman解析の結果では,臨床的差(bias)は3.52点であった(図5b)16).また,紙媒体のJ-OSDI合計スコアと電子媒体のJ-OSDI合計スコアはいずれもドライアイ群において有意に高く,両媒体のスコア間に有意差はなかった(図5c)16).筆者らの研究から,電子化されたJ-OSDIの従来の紙媒体のJ-OSDIに対する妥当性が示された.これにより,スマホアプリに搭載された電子媒体のJ-OSDIを,紙媒体のJ-OSDIの代わりに従来のドライアイ診察の場や遠隔診療で使用することが可能となる.3.ePROの応用:ドライアイ自覚症状の層別化これまでのところ,ドライアイに対する根治療法は存在しておらず,点眼薬による対症療法が中心である30).ドライアイの自覚症状は多様性と不均一性をもつ6).そのため,ドライアイに対する診療の質のさらなる向上には,個々人の多様なドライアイの自覚症状に対する層別化医療や個別化医療により,それぞれの症状に合わせた治療を提供していくことが重要である.近年は,スマートフォンなどのモバイルデバイスから個人の行動情報や精神的・身体的情報を包括的に収集・解析し,個人のデジタル表現型の定量化を行うデジタルフェノタイピングの手法が発展してきている31).デジタルフェノタイピングを活用した治療アプローチは,患者の個人差が大きく,症状の定量的評価がむずかしい精神科領域において,層別化医療や個別化医療への有用性が示されている31).このデジタルフェノタイピングを用いた層別化の手法は,個人差や症状の多様性や不均一性が大きいドライアイの診療においても,層別化医療や個別化医療による治療の質向上に有用である可能性がある.そこで筆者らは,スマホアプリ「ドライアイリズム」によって収集したドライアイ健康関連医療ビッグデータを用いて,ドライアイの多様な症状を層別化するデジタルフェノタイピング手法の開発を行った6).本研究では,ドライアイリズムユーザーのうち,3,593人を対象とし,次元削減アルゴリズムUniformMani-foldApproximationandProjection(UMAP)と階層型クラスタリング手法を用いて,J-OSDIの12項目の質問への回答結果に基づく層別化を行った32).その結果,342あたらしい眼科Vol.40,No.3,2023(60)305020OSDITotalScore4010300Bias:3.524020-10-12.32010-200-30002040608010020406080Paper-basedOSOIAverage図5紙媒体のJ-OSDIと電子媒体のJ-OSDIの比較a:紙媒体のCJ-OSDIと電子媒体のCJ-OSDIの相関.Cb:紙媒体のCJ-OSDIと電子媒体のCJ-OSDIの臨床的一致性に関するBland-Altmanプロット.Y軸は紙媒体のCJ-OSDI合計スコアと電子媒体のCJ-OSDI合計スコアの差を,X軸は紙媒体のJ-OSDI合計スコアと電子媒体のCJ-OSDI合計スコアの平均を示す.Cc:紙媒体のCJ-OSDIと電子媒体のCJ-OSDIのドライアイ識別能.紙媒体と電子媒体いずれもドライアイ群で有意に高いCJ-OSDI合計スコアを示す.OSDI:ocularsurfacediseaseindex,DED:dryeyedisease.(文献C16より許可を得て引用)CaSpectralclusteringbUMAPscatterplot-10-11Cluster1234-10-11SeverityMildModerateSevere56-127-12UMAP2UMAP2-13-13-14-14-15-1520222426282022242628UMAP1UMAP1図6次元削減手法UMAPとスペクトラルクラスタリングの組み合わせによるドライアイ患者層別化a:スペクトラルクラスタリングにより同定した各クラスターのCUMAPプロット.J-OSDIのC12項目の質問への回答に基づき,ドライアイ患者を七つのクラスターに層別化した.b:J-OSDIの重症度カテゴリに基づくドライアイ自覚症状の重症度を示すCUMAPプロット.UMAP:uniformCmanifoldCapproximationCandCprojection,J-OSDI:japaneseCversionCofCtheCocularCsurfaceCdiseaseindex.(文献C6より許可を得て改変引用)Cluster■1■2■3■4■5■6■743210図7層別化された各クラスターの階層的クラスタリングと自覚症状のヒートマップJ-OSDIのC12項目の質問それぞれにおける重症度の傾向をクラスターごとにヒートマップで示す.J-OSDI:JapaneseCversionCofCtheCOcularCSurfaceCDiseaseIndex.(文献C6より許可を得て改変引用)涙液層破壊時間最大開瞼時間図8涙液層破壊時間と最大開瞼時間涙液層破壊時間は瞬目してから角膜を覆う涙液層が破壊されるまでの時間を示す.最大開瞼時間は患者に可能な限り開瞼を保持してもらい,眼不快感が生じて閉瞼するまでの時間を示す.(文献C35より許可を得てえ改変引用)①疾患特異的質問紙票による自覚症状の収集ドライアイ判定②最大開瞼時間の測定図9スマホアプリを用いたドライアイ診断スマホアプリによる疾患特異的質問紙票(J-OSDI)を用いた自覚症状の評価と最大開瞼時間の測定を組み合わせによりドライアイ判定を行う.0.000.250.500.751.001-Speci.city図10標準的ドライアイ診断に対するスマホアプリによるドライアイ診断の診断精度に関するROC解析ROC曲線下面積が大きいほど,診断能が高いことを示す.スマホアプリによるドライアイ診断におけるCROC曲線下面積はC0.910であり,高い診断精度を示唆している.ROC:receiveroperatingcharacteristic.(文献C18より許可を得て改変引用)文献1)GaytonCJL:Etiology,Cprevalence,CandCtreatmentCofCdryCeyedisease.ClinOphthalmolC3:405-412,C20092)InomataT,ShiangT,IwagamiMetal:Changesindistri-butionofdryeyediseasebythenew2016diagnosticcri-teriaCfromCtheCAsiaCDryCEyeCSociety.CSciCRepC8:1918,C20183)DingCJ,CSullivanDA:AgingCandCdryCeyeCdisease.CExpCGerontolC47:483-490,C20124)YamadaCM,CMizunoCY,CShigeyasuC:ImpactCofCdryCeyeConCworkCproductivity.CClinicoeconCOutcomesCResC4:307-312,C20125)UchinoM,SchaumbergDA:Dryeyedisease:impactonqualityCofClifeCandCvision.CCurrCOphthalmolCRepC1:51-57,C20136)InomataCT,CNakamuraCM,CSungCJCetal:Smartphone-basedCdigitalCphenotypingCforCdryCeyeCtowardCP4Cmedi-cine:aCcrowdsourcedCcross-sectionalCstudy.CNPJCDigitCMedC4:171,C20217)InomataCT,CIwagamiCM,CNakamuraCMCetal:Characteris-ticsCandCriskCfactorsCassociatedCwithCdiagnosedCandCundi-agnosedCsymptomaticCdryCeyeCusingCaCsmartphoneCappli-cation.JAMAOphthalmolC138:58-68,C20208)RonquilloCY,CMeyersCA,CKorvekSJ:DigitalChealth.In:CStatPearls,StatPearlsPublishing,LLC,20229)KuwabaraA,SuS,KraussJ:Utilizingdigitalhealthtech-nologiesCforCpatientCeducationCinClifestyleCmedicine.CAmJLifestyleMedC14:137-142,C202010)JhaCS,CTopolEJ:AdaptingCtoCarti.cialintelligence:radi-ologistsCandCpathologistsCasCinformationCspecialists.CJamaC316:2353-2354,C201611)CookBL,ProgovacAM,ChenPetal:Noveluseofnatu-rallanguageCprocessing(NLP)toCpredictCsuicidalCideationCandCpsychiatricCsymptomsCinCaCtext-basedCmentalChealthCinterventionCinCMadrid.CComputCMathCMethodsCMedC2016:8708434,C201612)DuttS,NagarajanS,VadivelSSetal:Designandperfor-mancecharacterizationofanovel,smartphone-based,por-tableCdigitalCslitClampCforCanteriorCsegmentCscreeningCusingtelemedicine.TranslVisSciTechnolC10:29,C202113)Llorens-QuintanaCC,CRico-del-ViejoCL,CSygaCPCetal:ACnovelautomatedapproachforinfrared-basedaAssessmentofmeibomianglandmorphology.TranslationalVisionSci-ence&TechnologyC8:17,C201914)GonzalezCN,CIloroCI,CSoriaCJCetal:HumanCtearCpeptide/Cproteinpro.lingstudyofocularsurfacediseasesbySPE-MALDI-TOFCmassCspectrometryCanalyses.CEuPACOpenCProteomicsC3:206-215,C201415)SverdlovCO,CvanCDamCJ,CHannesdottirCKCetal:Digitaltherapeutics:anCintegralCcomponentCofCdigitalCinnovationCinCdrugCdevelopment.CClinCPharmacolCTherC104:72-80,C2018C16)InomataCT,CNakamuraCM,CIwagamiCMCetal:RiskCfactorsCforseveredryeyedisease:crowdsourcedresearchusingDryEyeRhythm.OphthalmologyC126,C201917)InomataT,NakamuraM,IwagamiMetal:Strati.cationofindividualsymptomsofcontactlens-associateddryeyeusingCtheCiPhoneCAppDryEyeRhythm:crowdsourcedCcross-sectionalCstudy.CJCMedCInternetCResC22:e18996,C202018)OkumuraCY,CInomataCT,CMidorikawa-InomataCACetal:DryEyeRhythm:aCreliableCandCvalidCsmartphoneCapplica-tionCforCtheCdiagnosisCassistanceCofCdryCeye.COculCSurfC25:19-25,C202219)StapletonCF,CAlvesCM,CBunyaCVYCetal:TFOSCDEWSCIICepidemiologyreport.OculSurfC15:334-365,C201720)Wol.sohnJS,AritaR,ChalmersRetal:TFOSDEWSIIdiagnosticCmethodologyCreport.COculCSurfC15:539-574,C201721)UchinoCM,CSchaumbergCDA.,CDogruCMCetal:PrevalenceCofdryeyediseaseamongJapanesevisualdisplayterminalusers.OphthalmologyC115:1982-1988,C200822)RoszkowskaAM,ColosiP,FerreriFMetal:Age-relatedmodi.cationsofcornealsensitivity.OphthalmologicaC218:C350-355,C200423)CourtinR,PereiraB,NaughtonGetal:Prevalenceofdryeyediseaseinvisualdisplayterminalworkers:asystem-aticCreviewCandCmeta-analysis.CBMJCOpenC61:e009675,C201624)EkStefan:GenderCdi.erencesCinChealthCinformationbehaviour:aCFinnishCpopulation-basedCsurvey.CHealthCPromotIntC30:736-745,C201325)HuaCR,CYaoCK,CHuCYCetal:DiscrepancyCbetweenCsubjec-tivelyCreportedCsymptomsCandCobjectivelyCmeasuredCclini-cal.ndingsindryeye:apopulationbasedanalysis.BMJOpenC4:e005296,C201426)KimberleyY,VatineeB,MaguireMetal:Systemiccon-ditionsCassociatedCwithCseverityCofCdryCeyeCsignsCandCsymptomsCinCtheCdryCeyeCassessmentCandCmanagementCstudy.OphthalmologyC128:1384-1392,C202127)Wol.sohnJS,AritaR,ChalmersRetal:TFOSDEWSIIdiagnosticCmethodologyCreport.COculCSurfC15:539-574,C201728)CoonsSJ,GwaltneyCJ,HaysRDetal:RecommendationsonCevidenceCneededCtoCsupportCmeasurementCequivalenceCbetweenelectronicandpaper-basedpatient-reportedout-come(PRO)measures:ISPORCePROCGoodCResearchCPracticesCTaskCForceCreport.CValueCHealthC12:419-429,C200929)GrayCCS,CGillCA,CKhanCAICetal:TheCelectronicCpatientCreportedCoutcometool:testingCusabilityCandCfeasibilityCofCamobileAppandportaltosupportcareforpatientswithcomplexCchronicCdiseaseCandCdisabilityCinCprimaryCcareCsettings.JMIRMHealthUHealthC4:e58,C201630)JonesL,DownieLE,KorbDetal:TFOSDEWSIIman-(65)あたらしい眼科Vol.40,No.3,2023C347