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緑内障患者における治療アドヒアランスと継続性のマネジメント

2026年9月30日 水曜日

緑内障患者における治療アドヒアランスと継続性のマネジメントManagementofTreatmentAdherenceandContinuityinGlaucomaPatients小島祥*井上俊洋*I災害時における緑内障診療わが国は地震・豪雨・台風などの自然災害が多く,その大部分は予期せず発生する.近年も東日本大震災,熊本地震,能登半島地震など,大規模災害が相次ぎ,医療提供体制やライフラインに甚大な影響を及ぼした.災害発生直後には,救命救急医療や外傷,感染症対策が優先される一方で,慢性疾患の継続治療は中断を余儀なくされることが少なくない.緑内障はわが国の中途失明原因の上位を占める慢性進行性疾患であり,高齢化に伴って患者数はさらに増加すると考えられている.1).その治療の中心は眼圧下降を目的とした点眼治療であり,多くの患者では長期間にわたる継続的な点眼が必要となる.1).点眼の中断は眼圧上昇を招き,視神経障害の進行や視機能の悪化につながる可能性があるため.2),災害時であっても可能な限り治療を継続することが望ましい.しかし実際の災害では,避難や生活再建,食料や水の確保など生命維持に直結する課題が優先され,点眼薬の持ち出しができなかったり,紛失したり,通院や処方継続が困難になったりと,結果的に点眼アドヒアランスが低下してしまう場面は珍しくない.さらに,医療機関側においても,停電や断水,物流の途絶,診療機器の使用制限,医療従事者の不足などにより,通常どおりの診療を継続することが容易ではない状況になることもある.筆者は2016年の熊本地震を経験した.地震発生直後から,水道,電気,ガスなどのライフラインが停止し,日常生活は一変した.病院での診療や外勤診療は可能な限り継続されたものの,通常診療とは大きく異なる環境での診療体制となった.また,筆者は熊本県眼科医会が実施した被災地往診に参加し,とくに被害の大きかった益城町を中心に避難所を巡回した.そこで,点眼薬が持ち出せなかった患者や受診継続が困難となった患者に直接触れ,災害時における眼科診療の必要性や在り方を体感した.これらの経験も含め,本稿では,災害時に緑内障診療が直面する課題を整理するとともに,患者および医療従事者が平時から備えておくべき対策について考察する.II災害時における緑内障診療の問題点災害発生時には,患者側と医療従事者側の双方にさまざまな問題が生じ,緑内障診療の継続が困難となる.緑内障は慢性進行性疾患であり,長期間にわたる眼圧管理が視機能の維持に不可欠である.しかし,災害時には生命や生活の維持が最優先となるため,緑内障診療はどうしても後回しになりやすい.1.患者側の問題点患者側でもっとも大きな問題は,点眼治療の継続が困難になることである.地震や豪雨などの災害では,避難時に点眼薬を持ち出せなかったり,自宅が被災して点眼薬を取り出せなかったりすることがある.また,交通機.*SachiKojima&ToshihiroInoue:熊本大学大学院生命科学研究部眼科学講座〔別刷請求先〕小島祥:〒860-8556熊本市中央区本荘1-1-1熊本大学大学院生命科学研究部眼科学講座(1)(37)10850910-1810/26/\100/頁/JCOPY関の停止や道路の寸断により通院が困難となるだけでなく,医療機関自体が診療を制限している場合も少なくない.さらに,避難所生活では生活環境が大きく変化し,生活リズムの乱れや精神的ストレスから点眼を忘れるなど,アドヒアランスが低下しやすい状況となる.1).加えて,お薬手帳や薬剤情報を紛失した場合には,使用していた点眼薬の種類がわからず,治療再開が遅れる要因にもなりうる.緑内障では,点眼治療の中断がただちに視機能障害を引き起こすとは限らないものの,眼圧上昇によって視神経障害が進行する危険性がある.とくに進行例や眼圧変動の大きい症例では,数週間から数カ月にわたる治療中断が病状の進行につながる可能性も否定できない.3).そのため,災害時においても可能な限り点眼治療を継続し,治療中断期間を最小限に抑えることが重要となる.2.医療従事者・医療機関側の問題点医療従事者・医療機関側にも多くの課題が生じる.停電や断水などのライフライン障害は,診療そのものに大きな影響を及ぼす.停電が生じれば,細隙灯顕微鏡,光干渉断層計(opticalcoherencetomography:OCT),視野検査装置などの検査機器が使用できなくなるほか,電子カルテへのアクセスが制限されることで,通常診療の継続が困難となる.また,物流の停滞によって点眼薬の供給が滞る可能性もある.さらに,災害医療では救命救急や外傷診療が優先されるため,慢性疾患である緑内障診療の優先順位は相対的に低くならざるをえない.医療従事者自身も被災者となることから,人員不足や診療体制の縮小を余儀なくされる場合もある.このように,災害時には患者側,医療従事者側の双方に複数の要因が重なり,緑内障診療のアドヒアランスが低下し,緑内障進行のリスクが生じてしまう.したがって,災害発生後に対応を考えるのではなく,平時から災害時を想定した備えを行うことが,視機能を守るためにはきわめて重要である.III熊本地震の経験から学んだこと1.突然生活が一変する筆者は2016年4月に発生した熊本地震を当事者として経験した.同年4月14日午後9時26分に前震(M6.5,最大震度7),その約28時間後の16日午前1時25分には本震(M7.3,最大震度7)が発生した.筆者の生活圏である熊本市中央区でも震度6強の激しい揺れが観測され,大きな揺れの直後に一瞬で停電し,その後何度も訪れた激しい揺れの恐ろしさは今でも鮮明に覚えている(図1).発災翌朝に出勤した際,病院内は非常用電源の稼働により電力は維持されていた.しかし,医局の壁面や床面には多数の亀裂が生じ(図2),居室内の書棚や机上からは書籍や研究資材が散乱するなど,室内の被害は甚大であった(図3).一方で,熊本大学病院の入院棟(病棟)は免震構造が採用されていたため,建物本体および内部設備の構造的被害はきわめて軽微にとどまっており,免震構造の有用性を改めて実感した.病院は断水の影響も受けず,インフラ面ではすぐに通常の状態を取り戻し,早期に通常機能を回復できた.眼科においても,検査機器の大きな損害はなく,余震が続く状況下ではあったが,ほぼ通常どおりの外来・入院診療を継続することが可能であった(図4).しかし,市中の状況は全く異なっていた.電力は比較的早期に復旧したものの,上水道とガスの供給停止が長期化し,市民の生活基盤は崩壊した.定期的に巡回する給水車から水を受け取るためにバケツやタンクをもって長い行列に並んだ.ガスが止まっている間はお湯が出ず,入浴などの衛生管理を目的として,夜間に銭湯や温泉まで移動せざるをえない状況が続いた.食料をはじめとする物流は,そこまで停滞はしなかったものの,調理ができない場面もあり食生活の内容も変わった.こうした生活の大きな変化のなかでは,点眼どころではなくなり,あとから「生活維持に精一杯で点眼を忘れていた」という話も聞いた.また,深刻な節水に伴う衛生環境の変化や物流の停止への心配から,点眼が重要であることが意識下にあっても「衛生面が不安だったから点眼を自主的に控えた」という話や,「足りなくなると困るから本来よりも少なめに点眼していた」という患者もいた.緑内障治療において,点眼の継続(アドヒアランスの維持)がきわめて重要であり,緑内障患者自身も十分に理解していることが多い.しかし,生活基盤が崩壊し,1086あたらしい眼科Vol.43,No.9,2026(38)図1医局の壁から落ちた時計図2医局から病棟へ図3医員,大学院生の居室地震発生時刻を示している.ガラスが割れ周囲向かう廊下地震直後の散乱した状態.に散乱している.壁に大きな亀裂が入っている.図4クリニックの写真点眼薬が散乱した状態.図5避難所訪問時の写真a:各教室を巡回して相談に応じた(同行した福島亜矢子医師).b:避難者に声をかける筆者.図6避難所巡回に向かう途中の風景家屋が倒壊し,歩道が分断されている.IV平時からの備え―アドヒアランスを維持するために災害発生後に緑内障診療の中断を完全に防ぐことは困難である.しかし,その影響を最小限に抑えるための備えは,平時から実践することが可能である.とくに緑内障では,点眼治療の継続が視機能維持の基本であり,災害時にもアドヒアランスを可能な限り維持できる体制を構築しておくことが重要となる.そのためには,患者,医療従事者,医療機関がそれぞれの立場で備えを行う必要がある.1.患者の備え患者に求められるのは,点眼薬が途切れないよう日頃から準備しておくことである.災害発生直後には医療機関を受診できない状況や,物流の停滞によって点眼薬の供給が遅れる可能性がある.このため,点眼薬は常に1.2週間程度の余裕を持って管理し,非常時にも使用できるよう備えておくことが望ましい.また,お薬手帳や点眼薬リスト,診療情報カード(緑内障手帳)などを,災害時にもすぐに持ち出せるように管理しておき,避難所等でも薬剤名や使用方法を第三者が確認できるような準備を整えておくことも重要である.点眼薬を点眼ボトルの色で認識している患者も多いが,常日頃から点眼薬名を意識してもらうことや,スマートフォンを活用し,薬剤名や処方内容を写真やメモとして保存しておくことも,いざ点眼が必要な時に処方間違いがなく有効である.さらに,非常持ち出し袋のなかに点眼薬や薬剤情報を入れておくことや,家族などと治療内容を共有しておくことは,避難生活においても点眼治療を継続するうえで役立つ.これらの準備はアドヒアランス維持のための対策となる.2.医療従事者の備え医療従事者にも,災害を見据えた患者教育が求められる.災害に備えて「点眼を続けることの重要性」と「受診できない場合の対応」をあらかじめ説明し,患者自身が適切に判断できるよう支援することが望ましい.点眼薬を多めに処方するというのは厳しいが,紛失したときの備えも含めて少し余裕をもった処方を行うこともアドヒアランス維持の対策となる.非常時持ち出し袋に,お薬情報や点眼薬リストを入れておくことの有用性をアドバイスするのも医療従事者の役割と考える.現在の日本では,実際に災害が生じた際の日本医師会や県医師会をはじめとした災害医療支援体制はきちんと整っている.日頃より地域の眼科医療機関との連携を構築し,災害時における点眼薬の確保や災害状況を把握する体制を整備しておくことも重要である.3.医療機関の備え医療機関においては,患者情報を整理しておくことがアドヒアランス維持において重要である.そのために災害時においても医療情報に早くアクセスできるための体制を整備しておくことが重要である.その対策としては,災害時にも診療機能を可能な限り維持・早期復旧するための事業継続計画(businesscontinuityplan:BCP)の策定や,停電や断水,通信障害を想定した診療体制や電子カルテのバックアップ,医薬品供給体制の確認などがあげられる.非常用電源や通信手段の確保,電子カルテのバックアップ,診療情報の保全などは,緑内障患者の継続診療を支える基盤となる.また,災害時マニュアルを作成し,職員間で定期的に共有・訓練を行うことも重要である.加えて,地域医療機関や眼科医会との連携体制を平時から構築しておくことで,被災時にも円滑な患者紹介や情報共有が可能となる.今後は,デジタル技術の活用によって災害時の医療継続性はさらに向上することが期待される.電子処方箋やクラウド型電子カルテの普及は,被災地外でも診療情報へアクセスしやすい環境を整備する可能性がある.被災地においても正しい診療情報が得られることは,素早く正しい処方につながりアドヒアランス維持に貢献する.また,遠隔診療やオンラインによる服薬・点眼指導は,交通網が寸断された状況でも患者との接点を維持する手段となりうる.熊本地震の際は比較的復旧が早かったこともありビジョンバンの派遣は必要としなかったが,ライフラインが止まってしまった地域においては,日本眼科医会の有するビジョンバンを活用することで診療を継続することも可能である.(41)あたらしい眼科Vol.43,No.9,20261089

災害時における網膜疾患診療:治療中断が視機能に与える影響

2026年9月30日 水曜日

災害時における網膜疾患診療:治療中断が視機能に与える影響RetinalDiseaseManagementDuringDisasters:ImpactofTreatmentInterruptiononVisualFunction高村佳弘*はじめに近年,地震や豪雨災害などの自然災害が頻発しており,医療体制の維持は重要な社会的課題となっている.災害時には外傷や救急医療など急性期医療が優先される一方で,慢性疾患管理の中断が長期的健康被害につながることが指摘されている1).とくに高齢化が進行する現代社会では,継続的治療を必要とする慢性疾患患者が増加しており,災害がもたらす影響はより深刻化している.眼科領域においても,網膜疾患は慢性的かつ進行性の経過をとることが多く,継続的診療の中断は不可逆的な視機能障害につながりうる.とくに,加齢黄斑変性(age-relatedmaculardegeneration:AMD),糖尿病黄斑浮腫(diabeticCmacularedema:DME),網膜静脈閉塞症(retinalCveinocclusion:RVO)に伴う黄斑浮腫などでは,抗血管内皮増殖因子(vascularCendothelialCgrowthfactor:VEGF)療法を中心とした定期的治療が視力維持に不可欠となっている.新型コロナウイルス感染症(coronavirusCdis-ease-2019:COVID-19)流行下では,外出制限や受診控えにより網膜疾患診療が大きな影響を受けた.COVID-19パンデミックは,慢性網膜疾患における「治療中断」の影響を可視化したC1種の災害モデルとも捉えることができる.実際に,DMEに対する抗CVEGF治療件数は感染拡大に伴い減少し,受診抑制が顕著であったことが報告されている2).本稿では,災害時における網膜疾患診療の課題を整理し,とくに治療継続の重要性と治療中断が視機能に与える影響について概説する.CI災害が網膜疾患診療に与える影響災害は医療システムに多面的影響を及ぼす.医療機関の損壊や停電,物流障害,人的資源不足などにより通常診療の維持が困難となる.とくに眼科診療は機器依存性が高く,光干渉断層計(opticalCcoherenceCtomogra-phy:OCT)や眼底撮影装置などが使用できなくなることで,病態評価や治療判断に大きな制限が生じる.網膜疾患診療においてCOCTはきわめて重要な役割を担っており,黄斑浮腫の再燃評価は治療方針決定に直結する.しかし災害時には停電や通信障害,機器故障などにより画像診断が困難となる場合がある.患者側の要因も大きい.避難生活や交通手段の途絶,生活基盤の崩壊により通院継続が困難となる.とくに高齢患者では,移動手段の喪失や情報アクセス不足により受診困難がさらに増大する.心理的ストレスや抑うつ状態も受診遅延の一因となり,結果として治療中断の長期化を招く.糖尿病患者においては,DMEに対して抗CVEGF治療が開始されたとき,それを機会に食事療法や運動療法にむしろ積極的に取り組む患者が過半数を超えるという全国アンケート調査の結果がある3).そうした患者では,HbA1cが有意に低下しており,患者の心理状態が血糖管理にも影響を及ぼすことが示唆される.逆に,災害後にはストレス増加,食生活悪化,運動不足,服薬中断な*YoshihiroTakamura:福井大学医学部眼科学教室〔別刷請求先〕高村佳弘:〒910-1193福井県吉田郡松岡町下合月C23-3福井大学医学部眼科学教室(1)(31)C10790910-1810/26/\100/頁/JCOPYどにより糖尿病や高血圧のコントロール悪化が生じやすく,糖尿病網膜症の悪化につながる可能性も考えられる4).CII網膜疾患における継続治療の重要性AMD,DME,RVOなどは,抗CVEGF療法によって視機能の改善が可能となっている5,6).しかし,これらの疾患では治療継続性が予後を規定するきわめて重要な因子である.抗CVEGF療法は血管透過性亢進を抑制することで黄斑浮腫を改善するが,その効果は一過性であり,継続的再投与が必要である.投与レジメンとしては,固定投与,proCrenata(PRN),treatCandCextend(TAE)などが広く用いられている.しかし,治療中断や投与遅延は病態再活性化を引き起こす.PRNレジメンにおいて,浮腫の再燃に対して速やかに注射できずにC3週間以上の待機期間が生じた場合に,1週間以内に注射を行った患者群と比較して中心網膜厚および矯正視力が有意に悪化したことが報告されている(図1)7).この知見は,再燃時において迅速に治療介入できる体制を作っておくことが視機能維持にきわめて重要であることを示している.しかし,災害時には受診そのものが困難となり,適切な時期に治療を受けられない状況が生じやすい.AMD治療におけるスタンダードであるCTAEでは,計画的な治療間隔を設けることで,受診回数を必要最小限に抑えることもでき,災害時には意義があると考えられる.受診が途絶えることで浮腫持続が不可逆的網膜障害につながることは避けなければならない.慢性的黄斑浮腫は,ellipsoidzone(EZ)の障害やCdisorganizationCofCretinalCinnerlayers(DRIL)などの構造異常を引き起こす可能性がある.これらは視力予後と強く関連することが知られており,一度構造障害が進行すると,浮腫改善後も十分な視力回復が得られない場合がある.すなわち,治療中断による慢性的浮腫持続は,単なる一時的悪化ではなく,長期的視機能障害へ直結する可能性がある.COVID-19パンデミックの状況では,患者は病院での感染を恐れ,受診を控えた2).これは災害時と似た状況と考えられる.結果的にパンデミックの第C3波,第C4波においては,感染者が増加した期間中,全国における抗CVEGF薬の硝子体内注射本数は減少し,逆に感染者が減少する時期においては,注射本数は増加した(図2).これは,患者の心理状態が病院への通院に大きな影響を及ぼすことを示唆している.投与回数の増減で相殺された結果,年間の注射本数はパンデミック前と比較して有意差はなかった.これは,感染拡大が落ち着いて患者が病院に多く押し寄せた際,全国の眼科医が多くの注射を行う負担増加の代償を負ったことで,必要な注射本数を維持したことを意味している.地方にワクチン投与が普及した第C5波以降では,こうした傾向はみられなくなった.正しい感染予防策とその正しい知識の周知が,患者の心理状況に基づく行動を適正に保つうえで何より重要である.これは災害などの非常時にも当てはめることができる教訓といえるだろう.糖尿病網膜症では,受診の中断に伴い病期進行が加速する可能性がある.増殖糖尿病網膜症では硝子体出血や牽引性網膜.離へ進展し,硝子体手術を要する重篤な状態へ至る場合もある.また,汎網膜光凝固など予防的レーザー治療の遅延も病態悪化につながる.以上から,網膜疾患において治療継続性はきわめて重要であり,災害時における治療中断は視機能予後に重大な影響を及ぼす可能性がある.CIII医療提供側の課題災害時には医療提供体制自体も大きな制約を受ける.眼科診療ではCOCTや眼底カメラなど高度医療機器への依存度が高く,停電や機器障害は診療継続に直結する.さらに,電子カルテ障害やサーバーダウンにより,治療歴や投与間隔など重要情報へのアクセスが困難となる可能性がある.とくに抗CVEGF療法では,過去の反応性や再発間隔に基づく個別化治療が行われるため,情報喪失は適切な治療判断を困難にする.また,硝子体内注射においてもっとも重篤な合併症である眼内炎を防ぐためには清潔環境が不可欠である.しかし災害時には衛生環境維持が困難となる場合があり,安全な注射治療自体が制限される可能性もある.人的資源不足も問題である.医療従事者自身の被災や急性期医療への再配置により,慢性網膜疾患患者への対1080あたらしい眼科Vol.43,No.9,2026(32)1カ月の遅延a注射再発注射b(logMAR)0.80.60.40.2(月)図1黄斑浮腫の再発に対する抗VEGF治療の遅れと視力予後a:糖尿病黄斑浮腫の再発に対して抗CVEGF薬の硝子体内注射がC1カ月遅れたケースの網膜光干渉断層計マップの推移.Cb:すぐに注射した群と遅れて注射をした群との間での視力変化の比較.すぐに注射した群の方が有意に(*p<0.05)視力がよかった.(文献7より改変引用)矯正視力0123456789101112(×103)(本)40新規COVID-19陽性患者数月間抗VEGF注射の本数3530425220図2COVID-19パンデミック第3波における新規陽性患者数と抗VEGF薬注射本数の推移感染者数が増えると注射本数は減少し(.),収束期においては増加した(.).10月11月12月1月2月3月-

避難環境における感染性角膜炎とコンタクトレンズ関連トラブル

2026年9月30日 水曜日

避難環境における感染性角膜炎とコンタクトレンズ関連トラブルInfectiousKeratitisandContactLens-RelatedProblemsinDisasterEvacuationSettings鈴木崇*はじめに地震,豪雨,津波などの大規模自然災害が発生すると,被災者は避難所や車中泊,仮設住宅など,平時とは大きく異なる避難環境での生活を余儀なくされる.避難環境では,断水や停電,上下水道・衛生設備の機能停止により,通常の生活環境と比較して衛生状態が著しく悪化することが多い.多数の人々が限られた空間に密集して生活すること,水や物資の供給が滞ること,医療機関への受診が困難になることなど,平時にはない特殊な条件が重なる.このような環境下では,呼吸器感染症や消化器感染症のみならず,眼表面,とくに角膜においても,細菌,真菌,アカントアメーバなどの病原体による感染性角膜炎が発症するリスクが高まると考えられる.また,コンタクトレンズ(contactlens:CL)装用者にとっては,日常的に使用しているケア用品や清潔な水の入手が困難になることで,感染性・非感染性を問わずCL関連のトラブルが増加しやすい状況となる.本稿では,避難環境における感染性角膜炎の特徴とその背景,CL関連トラブルの実態,そして非眼科医を含む医療従事者が初期対応にあたる際に留意すべき点について概説する.I避難環境における角膜炎のリスク1.環境衛生の悪化と環境常在菌による角膜炎避難所では,多数の被災者が体育館や公民館などの限られた空間で密集して生活するうえに,断水によって手洗いや洗顔,入浴が十分に行えない状況が長期間続くことがある.また,避難所の床や寝具,共有スペースは,地震による瓦礫由来の粉塵や土埃,水害による泥水や汚泥,動物由来の排泄物などで汚染されていることも少なくない.こうした環境には,緑膿菌をはじめとするグラム陰性桿菌や,河川・井戸水・貯水槽などの水回りに生息するアカントアメーバなど,通常の生活環境よりも高濃度に病原体が存在している可能性がある.1).緑膿菌はCL関連細菌性角膜炎の主要な起炎菌として知られ,角膜中央に濃い輪状膿瘍と周囲角膜実質のすりガラス状混濁を呈し,前房蓄膿を伴うことが多い(図1).角膜上皮にわずかな損傷があるだけでも,環境中の緑膿菌はこれに乗じて侵入し,数日のうちに急速に進行することがあるため,とくに注意を要する.アカントアメーバは井戸水や貯水槽,断水時に用いられる非上水道水,あるいは河川水などに生息しており,外傷やCL装用を契機に角膜へ感染することが知られている(図2).初期には角膜上皮下の多発性浸潤や放射状角膜神経炎を呈し,放置すれば円板状角膜炎へと進行し,薬剤抵抗性を示して角膜穿孔に至ることもある.避難所で生活用水として使用される簡易水道水やタンク水がアカントアメーバや緑膿菌に汚染されている可能性は否定できず,こうした水を洗顔や洗眼,CLのすすぎに使用することは大きなリスクとなりうる.アカントアメーバは環境中で栄養型と.子(シスト)の二形態をとり,シストは乾燥や消毒薬に対してきわめて強い抵抗性を示すことが知られている.1)..*TakashiSuzuki:京橋いしづち眼科〔別刷請求先〕鈴木崇:〒104-0031東京都中央区京橋3-7-1相互館110タワー1F京橋いしづち眼科(1)(25)10730910-1810/26/\100/頁/JCOPY図1細菌性角膜炎の眼所見(緑膿菌角膜炎を含む)a:コアグラーゼ陰性ブドウ球菌.b:メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA).c:肺炎球菌.d:緑膿菌.図2アカントアメーバ角膜炎の眼所見a:初期病変(角膜上皮下多発浸潤).b:円板状角膜炎.図3ソフトコンタクトレンズ(SCL)表面への蛋白・脂質汚れの付着機序ハイドロゲルCSCLでは蛋白汚れが,シリコーンハイドロゲルSCLでは脂質汚れが中心となる.表1避難所における初期問診チェックリスト確認項目具体的な問診内容着目点CL装用歴装用の有無・種類(ソフト/ハード,頻回交換/1日使い捨て)・装用期間・連続装用の有無連続装用は低酸素・細菌増殖のリスク因子ケアの実態こすり洗いの有無・レンズケースの交換頻度・使用した水(水道水/井戸水/簡易水)水道水使用やケア不徹底はアカントアメーバの手がかり外傷・異物瓦礫・粉塵・泥水などの受傷起点,異物感の有無と部位外傷は細菌性・真菌性角膜炎の契機となる症状の経過発症時期,進行速度,既往の点眼治療とその反応急速進行は緑膿菌,緩徐進行は真菌やアカントアメーバを示唆背景因子年齢,糖尿病などの基礎疾患,ステロイド使用歴,集団生活の期間易感染性宿主では重症化しやすいCL:コンタクトレンズC.C図4多剤抗菌薬点眼治療中のメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)角膜炎角膜細胞浸潤の境界(.)よりも角膜上皮欠損部の境界(.)が大きく,薬剤毒性が示唆される所見.

災害に伴う化学外傷・熱傷への対応

2026年9月30日 水曜日

災害に伴う化学外傷・熱傷への対応ResponsetoChemicalandThermalOcularInjuriesinDisasterSettings福岡秀記*はじめに地震による建物倒壊や工場火災,津波後の瓦礫撤去作業,輸送中のタンクローリー横転事故など,災害に伴う化学外傷や熱傷は決してまれではない.平時の孤発例と異なり,災害時には同時多発的に患者が複数発生し,搬送・診療体制そのものが被災している状況で対応を迫られる点が特殊である.1995年のオクラホマ連邦ビル爆破事件では負傷者C684名中C55名(8%)に眼外傷を認め1),2013年のボストンマラソン爆破事件でもレベルC1外傷センター(米国における救命救急センターに相当)へ搬送された患者のC13.4%が眼科コンサルテーションを要したと報告されており2),化学外傷・熱傷はこのなかでも重要な位置を占める.眼組織,とくに粘膜組織は化学物質に対する感受性が高く,受傷後数分の対応が視機能予後を大きく左右する.わが国においては地震・津波といった自然災害に加え,化学工場・製鉄所・薬品製造施設など化学物質を大量に扱う産業施設が輸送などの観点から沿岸部に立地,集積していることが多く,地震そのものによる建物・タンクの損壊が二次的な化学物質漏洩・爆発・火災を誘発するリスクが常に存在する.また,新幹線・在来線の事故や,トンネル工事・化学薬品輸送車両の事故など,局所的でありながら複数傷病者を伴う中規模災害も想定しておく必要がある.これらの状況に共通するのは,被災地の医療機関自体が停電・断水・交通遮断といった機能低下をきたしているなかで診療を継続しなければならないという点であり,平時の救急プロトコールをそのまま適用できない場面が多い.本稿では,化学外傷・熱傷の病態,診断,初期対応,そして長期的な角膜上皮幹細胞疲弊症(limbalstemcellde.ciency:LSCD)管理までを,医療資源が限られた災害現場での実践を意識しながら概説する.CI病態生理化学外傷は原因物質のCpHにより酸性・アルカリ性に大別される.酸性物質は角膜上皮蛋白を変性・凝固させるため凝固壊死を生じ,この凝固層自体が物質のさらなる深部浸透に対するC1種のバリアとして働くため,比較的組織表層にとどまりやすい.一方でアルカリ性物質は脂質膜を鹸化・融解させることで細胞膜の構造を破壊し,組織透過性が著しく高く,短時間で前房内にまで到達しうる.3).災害現場で遭遇しやすい物質としては,酸性では塩酸・硫酸(バッテリー液),硝酸,アルカリ性では水酸化ナトリウム(排水管洗浄剤,カビ取り剤),水酸化カルシウム(セメント,モルタル,消石灰),アンモニア(パーマ液,毛染め液,肥料)などがあげられ,倒壊建物や瓦礫のなかにはこれらの工業用・家庭用薬剤が混在しうる.4).平時においても化学眼外傷は労働災害や家庭内事故(洗剤・パーマ液・毛染め液の誤った眼部への飛入など)として一定数発生しており.5),専門職に限らず一般市民が物質に曝露する機会は日常生活のなかに広く存在す*HidekiFukuoka:京都府立医科大学大学院医学研究科視覚機能再生外科学〔別刷請求先〕福岡秀記:〒602-0841京都市上京区河原町広小路上ル梶井町C465京都府立医科大学大学院医学研究科視覚機能再生外科学(1)(19)C10670910-1810/26/\100/頁/JCOPY表1化学外傷の木下分類Grade臨床所見重症度CI結膜充血(+),角膜上皮欠損(.)軽症CII結膜充血(+),部分的な角膜上皮欠損(+)中等症CIIIa全角膜上皮欠損(+),POVの残存(+)中等症CIIIb全角膜上皮欠損(+),POVの完全消失重症CIV輪部結膜のC50%以上の壊死,全角膜上皮欠損,POVの完全消失重症POV:palisadesofVogt(Vogtの角膜輪部柵).図1セメントによる眼外傷a:結膜.までセメントが侵入し,硝子棒にて掻き出して洗浄を行った.Cb:角結膜全面がセメント付着にて外傷を受けた.c:全輪部上皮欠損の状態であった.ずその場にいる誰もがただちに開始できる手技として全職員に周知しておくこと,②リトマス試験紙のような安価で携行性の高いツールをトリアージ地点に常備すること,③眼科医不在の初期対応拠点でも洗浄・pH確認・抗菌薬点眼までを標準プロトコール化しておくことが重要と考えられる.また,海外では化学眼外傷に対する羊膜移植(amniot-icCmembranetransplantation:AMT)が数多く行われているが,上皮化促進や疼痛軽減に有用とする観察研究が多い一方で15,16),Cochraneの系統的レビュー(2022年)では中等症に対するCAMT併用の有効性を支持する根拠は不確実であり,重症例においてはCAMTの上乗せ効果を示す明確なエビデンスは得られていないと結論づけられている.17).実際,重症急性化学外傷を対象としたランダム化比較試験でも,AMT併用群と内科的治療単独群との間で上皮化までの期間や視力予後に有意差はなかったと報告されている.18).この知見は,羊膜や手術資材が乏しい災害現場において,限られた資源をCAMTよりもまず洗浄の徹底,防腐剤無添加人工涙液の頻回点眼,広域抗菌薬・ステロイド点眼といった基本治療に振り向けることを後押しする根拠となりうる.治療用ソフトコンタクトレンズ(softcontactlens:SCL)や眼軟膏による角膜保護,頻回の人工涙液点眼で代替し,専門的な羊膜移植は搬送可能となった時点で三次医療機関に委ねるという段階的対応が現実的である.平時からの備えも長期的な視機能予後を左右する.眼科領域における災害時常備品としては,pH試験紙,開瞼器または眼瞼鉤,点滴用生理食塩水とルート一式(洗浄兼用),フルオレセイン試験紙,防腐剤無添加人工涙液,広域抗菌薬点眼,ステロイド点眼,治療用CSCLや手持ち細隙灯顕微鏡などがあげられ,これらは高価な機材を必要とせず,備蓄・携行のコストが比較的低い点で災害拠点病院に限らず一次診療所レベルでも準備しておく価値がある.また,洗浄手技については眼科医だけでなく,救急外来看護師・救急隊員を対象とした訓練を平時から実施しておくことで,実際の集団受傷時にも指揮系統の混乱を最小化できる.14).V急性期の薬物治療急性期治療の目標は上皮再生の促進,炎症の制御,感染予防,そして角膜融解・穿孔の回避である.ベタメタゾンなどのステロイド点眼は受傷後C7.10日間は積極的に使用し炎症を抑制するが,コラゲナーゼ活性を増強し角膜融解を助長しうるため,それ以降は漸減しながら上皮欠損の治癒状況を慎重に観察する必要がある.11).広域抗菌薬点眼による感染予防,防腐剤無添加人工涙液の頻回点眼,そして経口ビタミンCC(アスコルビン酸)も一般的に併用される.11).続発緑内障の合併も念頭に置いた眼圧モニタリングを継続する.これらの薬剤はいずれも常温保存が可能で比較的安価かつ携行性に優れており,冷蔵設備や手術設備を要する治療法(羊膜の一部など)と異なり,被災地の一次診療拠点でも継続投与が可能である点は災害医療における実務上の大きな利点である.CVI外科的介入上皮欠損が遷延し角膜融解のリスクが高い症例ではさらなる外科介入が必要となるが,症例数が少なく報告も限られることからそのエビデンスレベルには限界があり,適応は個々の症例の重症度と資源の確保状況を勘案して判断すべきである15~18).輪部移植を含む角膜移植などの根本的な眼表面再建術は,炎症が鎮静化する受傷後数カ月以降まで待機し,専門施設での治療を計画するのが原則である.CVII熱傷(角膜・眼瞼)への対応眼瞼熱傷は皮膚熱傷と同様に深達度によって管理方針が異なる.深達性の眼瞼熱傷では瘢痕拘縮による兎眼・眼瞼外反をきたしうるため,急性期からの皮膚科と共同した治療が必要である.7).CVIII慢性期管理:角膜上皮幹細胞疲弊症とその再建重症化学外傷・熱傷のもっとも視機能予後にかかわる慢性合併症がCLSCDである.片眼性CLSCDに対しては角膜輪部同種移植(kerato-1070あたらしい眼科Vol.43,No.9,2026(22)limbalallograft:KLAL)や,健眼から輪部組織を採取する自家移植が選択肢となる.後者については,わが国では自家培養角膜上皮(ネピック)の適応がある.海外ではCsimplelimbalepithelialtransplantation(SLET)が行われており,125眼を対象とした前向き介入症例集積において,中央値C1.5年の経過観察でC76%が血管新生を伴わない安定した角膜上皮を獲得したと報告されている.19).一方,両眼性の重症CLSCDでは健眼からの輪部組織採取ができないため,培養口腔粘膜上皮移植(culti-vatedCoralCmucosalCepithelialtransplantation:COMET)やCKLALが選択肢となる.わが国では自家培養口腔粘膜上皮(オキュラル)が両眼性症例にも使用可能であり,自家移植であるため拒絶反応のリスクが低く,全身免疫抑制療法を要さない点が実務上の利点である.これに対しCKLALは同種移植であり,長期の全身免疫抑制療法を必要とする.いずれにせよ,化学眼外傷の両眼性CLSCDに特化した長期成績の報告は依然として乏しい.20).化学眼外傷の慢性期にはこのほか,角膜知覚低下に伴う神経栄養性角膜症,感染性角膜炎(LSCD眼における感染性角膜炎は化学外傷後で約C18%に生じたと報告される).21),続発緑内障,白内障など多岐にわたる合併症を長期にわたりフォローアップする体制が必要である.LSCDの診断・経過観察においては,細隙灯顕微鏡検査による輪部の血管新生・結膜侵入の確認に加え,インプレッションサイトロジーによる杯細胞の検出,あるいは施設によっては生体共焦点顕微鏡(inCvivoCconfocalmicroscopy)によるCPOV構造の直接観察が有用とされる.ただし,これらは災害急性期に実施する検査ではなく,あくまで受傷後数カ月以降,専門施設で考慮される.小児例では自覚症状の訴えが乏しく受傷範囲の申告も不正確になりやすいため,保護者からの詳細な受傷状況の問診と,より積極的な洗浄・専門医紹介が求められる.CIX集団受傷時のトリアージにおける優先順位づけ眼科領域における化学外傷の集団受傷では,生命の危険を伴う全身外傷ほど直感的な優先順位づけがむずかしい.両眼性の重症例は片眼性の重症例より視機能予後の絶対的な喪失リスクが高いため優先度を上げるべきと考えられる.また小児は受傷申告の正確性が乏しく,かつ将来的な視機能・弱視への影響が長期にわたることから,同程度の重症度であれば成人より優先して評価する方針が妥当である.一方で,洗浄というもっとも基本的な処置自体は重症度によらずすべての患者に対して同時並行で開始できるため,「洗浄はトリアージを待たずに全員へ,専門的評価と搬送先の決定はトリアージに従う」という考えが大切である.おわりに化学外傷・熱傷の視機能予後を決定づける最大の因子は,受傷後最初の数分間に行われる洗浄の質,速度と時間(すなわち有効な洗浄量)であり,この原則は平時・災害時を問わず変わらない.逆にいえば,専門的な手術設備や高価な生物学的製剤が手元になくとも,清潔な水による持続洗浄,pH確認,基本的な点眼治療という「誰にでも実行可能な処置」を遅延することなく行うことができれば,重篤な視機能障害の少なからぬ部分は回避可能である.災害現場では,POVの残存に基づく重症度評価を簡略化したトリアージ基準として運用することが現実的である.医療資源が限られる状況では,洗浄・pH管理・基本的な薬物治療という「基本に忠実な対応」を全職員が実践できる体制を平時から整備しておくことが,最終的な視機能予後を左右すると考えられる.文献1)MinesM,ThachA,MalloneeSetal:Ocularinjuriessus-tainedCbyCsurvivorsCofCtheCOklahomaCCityCbombing.COph-thalmologyC107:837-843,C20002)YonekawaY,HackerHD,LehmanREetal:OcularblastinjuriesCinCmass-casualtyincidents:theCmarathonCbomb-ingCinCBoston,CMassachusetts,CandCtheCfertilizerCplantCexplosioninWest,Texas.OphthalmologyC121:1670-1676.Ce1,C20143)SharmaN,KaurM,AgarwalTetal:TreatmentofacuteocularCchemicalCburns.CSurvCOphthalmolC63:214-235,C20184)恩田秀寿:会長講演外傷性視機能障害の診断と最新の治療.日本職業・災害医学会会誌73:47,C2025(23)あたらしい眼科Vol.43,No.9,2026C1071-

災害時における眼外傷の特徴と初期対応

2026年9月30日 水曜日

災害時における眼外傷の特徴と初期対応CharacteristicsandInitialManagementofOcularandOrbitalTraumaDuringDisasters恩田秀寿*I眼外傷の発生様式の特徴平時(普段の日常生活)の外傷のタイミングには,怪我をするべくして怪我をした場合(想定内の怪我)と,突発的で予想外な事象が起こったがために怪我をした場合(想定外の怪我)がある.想定内の怪我には,ボクシング中の眼球打撲傷や眼窩骨折,溶接工が保護面を装着せずに作業を行ったときの電気性眼炎などがあり,作業やスポーツ中に一定の確率で生じるという特徴がある.一方で,想定外の怪我は,突然殴られて眼窩骨折を生じたり,転倒時にどこかに眼をぶつけて眼球破裂を生じたりと,予測困難なタイミングで生じるという特徴がある.震災や火事,水害などの災害時の怪我は,平時の想定外の怪我に相当すると考えられ,疾病の予防や回避が困難である.しかし,疾患の緊急度と重症度から治療の優先度を決める,いわゆるトリアージを考慮すれば,災害時でも最善の医療を提供することが可能である.眼外傷は,臓器別に眼球外傷,眼窩外傷,眼瞼・涙器の外傷に分類されている.一方で,発生のメカニズムに従い,機械的外傷(mechanicalinjury)と非機械的外傷(non-mechanicalinjury)に分類されている.前者はさらに鈍的眼外傷,穿孔性眼外傷,異物外傷に分類され,後者には化学腐食,熱傷,放射線被曝などによる眼障害がある(表1).II災害種類別に発症しうる眼外傷自然現象が引き起こす災害には,地震災害,津波災害,風水害,土砂災害,雪害,そのほか落雷,雹害,冷害,干ばつがある(表2).それらの災害を実際に経験したことがない限り,どんな災難が眼に降りかかるのかは想像の範囲内でしか解説できない.①地震災害:ガラス片や建材の飛来,家具や落下物の衝突,震動時の転倒・転落,作業中の粉塵や薬品の飛入が原因で発症することが想像できる.また,大震災時には不衛生環境へ曝露が強いられることがあり,角結膜異物,角結膜炎などの二次的な眼障害が発生するであろう.②津波災害:汚濁した海水や泥砂・瓦礫の眼表面への付着,引き波に巻き込まれたときの眼への漂流物の衝突が原因で発症することが想像される.さらに,津波特有の感染症を伴った複雑な眼外傷を発症する可能性がある.③風水害(台風・集中豪雨・竜巻):強風による飛来物の眼球への衝突,眼表面の汚水への曝露が原因で発症することが想像できる.④土砂災害(崖崩れ・地滑り):土砂による生き埋めになる可能性が高く,眼外傷はかろうじて生命をとりとめたときに問題となる.倒木・建築物への顔面打撲,生き埋め状態から救出されたときの全身症状とリンクした網膜障害が想像できる.眼表面に乾燥土砂の粉塵が多量*HidetoshiOnda:昭和医科大学眼科学講座〔別刷請求先〕恩田秀寿:〒142-8555東京都品川区旗の台1-5-8昭和医科大学眼科学講座(1)(13)10610910-1810/26/\100/頁/JCOPY表1眼外傷疾患の分類発生のメカニズム部位鈍的外傷穿孔性外傷異物外傷非力学的眼外傷開放性眼球破裂(強膜破裂)強角膜裂傷眼内異物化学腐食強角膜裂傷眼球穿孔・貫通熱傷結膜出血結膜裂傷角膜異物日光網膜症角膜上皮びらん結膜異物レーザー黄斑症前房出血電気性眼炎毛様体解離近赤外線白内障眼球白内障放射線網膜症閉鎖性水晶体脱臼放射線白内障硝子体出血圧変動後の結膜出血網膜裂孔揺さぶり後の網膜出血網膜.離高電圧白内障網膜振盪・打撲壊死網膜中心動脈閉塞症閉鎖型眼窩骨折放射線視神経症骨開放型眼窩骨折視神経管骨折眼窩外傷性視神経症眼窩内出血視神経断裂眼窩内異物軟部組織眼窩気腫植物異物滑車損傷外眼筋断裂眼窩先端部症候群眼窩先端部症候群眼瞼瞼板欠損瞼板断裂眼瞼異物熱傷眼瞼血腫眼瞼下垂涙道鼻涙管損傷涙小管断裂必要がなければ接頭語である「外傷性」を省略して記載した.表2災害の種類と想定される眼外傷災害の種類鈍的外傷穿孔性外傷異物外傷その他地震災害◯△◯感染症津波災害△△◯感染症風水災害△△◯感染症土砂災害◯△◯感染症火山災害△△◯雪害△――電気性角膜炎凍傷落雷―――白内障・網膜熱傷・視神経萎縮干ばつ――◯ドライアイ・感染症・夜盲症人為災害火災△△◯眼表面熱傷放射線被曝―――白内障薬物散布――◯サリン:縮瞳想定される頻度◯:多い△:想定内―:想定外図1眼窩下壁骨折・閉鎖型(右眼)眼窩CTで下直筋のmissingrectussign(○)を認める.図2眼窩内植物異物()の眼窩CT画像・矢状断図4眼球破裂92歳,男性.転倒時に眼球を打撲.眼球の変形と虚脱を認める.図3強角膜裂傷(術中写真)裂傷部から硝子体が脱出している.水晶体は認めない.

国内大規模災害の経験と眼科医療への教訓―東日本大震災の記録からフェイズフリーな未来へ

2026年9月30日 水曜日

国内大規模災害の経験と眼科医療への教訓─東日本大震災の記録からフェイズフリーな未来へExperienceofLarge-ScaleDisastersinJapanandLessonsforOphthalmicCare中澤徹*はじめに2011年3月11日に日本を襲った東日本大震災は,地震・津波・原子力災害という複合的かつ未曾有の国難であった(図1a,b).災害医療において「救命」が最優先されるのは論をまたないが,一命を取りとめた被災者が復興をめざす過程において,視覚情報の確保は生活の質(qualityoflife:QOL)や復興活動を決定づけるきわめて重要な要素である.実際に,看護師がコンタクトレンズ(contactlens:CL)の替えがなく,使い捨てレンズを長期間使用して眼を充血させながら救護活動を続けていた事例や,見えづらいために被災した自宅の片付けができず,道端に落ちていた眼鏡を拾ってかけて活動したなど,いくつものエピソードを耳にした.本稿では当時,東北大学病院および宮城県眼科医会が直面した経時的に変わりゆく困難と,それを打破するために構築した支援システムの詳細を振り返る.そこから得られた教訓を,単なる過去の記録にとどめるのではなく,きたるべき南海トラフ巨大地震や首都直下地震に対する「フェイズフリー」(phasefree,用語解説参照)かつ「DX」(デジタルトランスフォーメーション)化された新たな災害対策の羅針盤として提示する.I震災直後の大学病院と専門医療の機能停止の状況1.ライフライン断絶と手術室の危機発災直後,広範囲にわたる停電,断水,都市ガス供給停止により,高度専門医療機関としての機能は一時的に麻痺した.とくに眼科において致命的だったのは,手術器具の滅菌プロセスが停止したことである.オートクレーブ(高圧蒸気滅菌器,用語解説参照)の稼働にはガスと水の供給が不可欠であり,これらが遮断された環境下では,手術器具を揃えることすら困難であった.また,眼科外来では予想をはるかに上回る機器の転倒・破損が発生した(図2d).たび重なる強い余震は,正確な作動検査を経ない状態での医療機器使用を不可能にし,大学病院として緊急手術に対応できる体制を整えるまでに,きわめて慎重な判断と時間を要した.そのなかで,緊急手術を要する網膜.離,開放性眼外傷,眼内炎などについては,手術室を有する市内の公立・私立病院と状況を共有し,手術可能な施設で対応できるよう,術者を含めた配置を検討した(図3a,b).さらに,近隣大学である山形大学の先生方にも,患者の移送について同意をいただいた.2.通信障害とWeb掲示板の有用性情報の途絶も深刻であった.携帯電話の基地局が被災したことで端末はアンテナを探し続け,バッテリーは数時間で底をついた.電子メールも送受信がきわめて不安定な状態が続いた.そのなかで,意外にも有用だったのがWeb掲示板であった.一対一の通信が困難な極限状態において,情報を一箇所に集約し,それを多人数が閲覧することで共有*ToruNakazawa:東北大学大学院医学系研究科神経・感覚器病態学講座眼科学分野〔別刷請求先〕中澤徹:〒980-8574宮城県仙台市青葉区星陵町1-1東北大学大学院医学系研究科神経・感覚器病態学講座眼科学分野(1)(3)10510910-1810/26/\100/頁/JCOPY図1未曽有の大災害による被災地の様子a:津波被害後の女川町の様子.b:津波被害後の公立志津川病院の様子.c:石巻小学校の伝言板.d:気仙沼の避難所.図2東日本大震災における仙台市内の様子a:食品購入のための店舗前の行列.b:医局居室の様子.c:医局図書室の様子.d:東北大学病院外来の様子.図3東日本大震災直後の支援状況a:病棟での掲示板.b:出張病院の情報共有.c:ボランティア眼鏡.d:医療機器協会からの手持ち検査装置の支援物資.e:薬剤協会からの点眼薬の支援物資.f:支援物資を自動車に乗せて避難所へ.―図4東日本大震災直後の被災地への往診a:石巻日赤病院の正面ホール.Cb:避難所での診察.Cc:イスラエルのプレハブクリニックと医師との連携.Cd:炊き出しで持参したおにぎり.e:ミッションビジョンバンの外観.f:ミッションビジョンバンの内観.屈折異常白内障ドライアイ感染性結膜炎アレルギー性結膜炎緑内障その他図5往診時の眼疾患統計が保有するデータを活用させてもらうのがベストだと感じた.その後は,下記の流れで対応した.①大動脈(全国から仙台拠点):日本眼科学会,日本眼科医会,日本眼科用剤協会,日本医療機器協会が窓口を一元化し,自衛隊や各メーカーの手配したチャータートラックで宮城県災害対策本部まで運搬した.②支流(仙台から被災地拠点):ガソリン不足のなか,大学病院と地域関連病院をつなぐシャトルバスや有志の車両を用い,被災地の各ブロック拠点施設へ一括配送した.③末端(拠点から個々の患者):CLや点眼薬の「ばらまき」は誤用や副作用を招く恐れがあるため,必ず眼科医が直接診察し,手渡しする方式にこだわった.支援された物資の規模は,点眼薬C31,541本(参天製薬C25,000本,千寿製薬C4,500本など),CL12,570箱に及んだ.CV往診体制の経時的変化:緊急処置から復興支援へ1.第1フェイズ:自家用車による「応援隊」発災後C1.2週間は,道路状況も悪く,自家用車にポータブル細隙灯顕微鏡や眼圧計を積み込み,瓦礫の山を越えて避難所を巡回した(図3f,4b).夜間は街灯もなく,銀行が襲撃されているなどのデマもあったため,朝早く出発し,日の入りには現地から戻る方針とした.道路の寸断状況や潮の満ち引きは現地自治体が管理していたため,その情報を確認しながら避難所の往診を行った.繰り返す余震もあり,再度の津波が来るリスクもあったが,基本的に避難所は安全な場所に設置されていることが,リスク管理の観点でも安心材料であった.しかし,避難所が分散し,市ごとにC150.300程度と多すぎて,自家用車C3台体制で行った往診もC1日C15カ所が限界であり,すべてを回ることがむずかしいという課題があった(図4c).C2.第2フェイズ:眼科専用往診バス「ミッションビジョンバン」の活躍震災C1カ月後,慶應義塾大学の坪田一男先生を筆頭にさまざまな人の尽力で,フロリダ大学から空輸された大型往診バスのミッションビジョンバン(MissionCVisionVan,以下,ビジョンバン)が宮城県に到着した(図4e,f).被害の大きかった仙台空港の開所後,最初の便がビジョンバンを乗せた貨物飛行機であった.バス内には精度の高い診察ユニットやオートレフが完備されており,暗室環境での精密検査が可能となった.外観のインパクトもあって人が列を作り,避難所内でうわさが広まったため,女川地区では半日でC88名の診察を行うなど,飛躍的な診療効率の向上を実現した.また,志津川地区の大きな避難所では,イスラエルからの支援でプレハブクリニックが完成し,外国人眼科医も同行していた(図4c).言葉の壁のために高齢者が受診を希望されていないこともあったが,われわれと合同で診察を行うことでその課題も解決した.このように,診療場所の確保にはさまざまな形態がある.被災直後はできるだけ多くの方にその支援の存在を知っていただき,地元の医師が外部からのボランティアと連携して対応することが重要であると学んだ.もう一つ重要だったのは,複数ある避難所への対応である.ここでの進捗は,地元のバス会社と契約し,すべての避難所から診察希望の患者をメインの避難所に送迎し,診療を行う仕組みを構築したことであった.医師は10時頃に志津川体育館の避難所に到着し,バスで集まった患者を診察した.その後医師は女川の避難所へC14時に移動して診察を行った.もう少し早くこの受診希望患者の避難所の移動システムに気づくことができればと,今でも考えている.C3.第3フェイズ:通常医療へのソフトランディング震災からC2カ月以降は,「早く普通の医療を取り戻そう」を合言葉に,往診から地域診療所の復旧支援へと移行した.震災で破損した医療機器について,医療機器協会による中古機器のマッチング支援(7施設)を行い,復興が遅れているクリニックでは,駐車場でビジョンバンを活用した診療を行っていただいた.(9)あたらしい眼科Vol.43,No.9,2026C1057VI未来への教訓:フェイズフリーと医療DX1.フェイズフリーの提唱今後の大規模災害への備えとしてもっとも重要な概念は,日常時と非常時を区別しないフェイズフリーな仕組み作りである.これは,平時の便利な診療システムが,そのまま災害時にも役立つようにデザインされるべきだという考え方である.特別な備えを必要とせず,日常の延長線上で自然に防災対策を実践できることが,持続可能な災害医療の鍵となる.現在では,宮城県でも県内で使用できるポイントをインセンティブに,震災時の連絡手段,マイナンバーとの紐づけ,健康管理アプリがセットになった仕組みが動いている.こうした活動が全国民に行きわたり,普段は健康管理や予防活動の支援,医療費の最適化にかかわる仕組みとして機能し,災害時には安否確認や情報伝達ツールとなり,さらには避難所での災害関連死の予防につながるよう発展していくことが重要である.C2.医療DX:みやぎ医療福祉情報ネットワークの仕様と有用性フェイズフリーな災害対策の核となるのが,医療データのCDX化である.避難所の診療では,紙カルテが津波で使用できなくなり,医療データが参照できないことが課題となった.驚くことに,自らの処方や疾患名を理解していない患者が非常に多い実状も浮き彫りとなった.災害時に強いデータ基盤を構築する目的で電子カルテの共有化をはかる医療CDXが宮城県で運用されている.それが「みやぎ医療福祉情報ネットワーク」(MiyagiCMedicalandWelfareInformationNetwork:MMWIN,用語解説参照)であり,以下の特徴をもつ.①国内最大規模のデータベース:延べC1,500万人分の臨床データ(処方,検査結果,画像診断など)がバックアップとして蓄積.②強固なバックアップ機能:診療所からクラウドへ自動アップロードされるため,カルテが流失しても患者の既往歴,アレルギー,処方内容を即座に確認できる.③画像データの共有:眼科画像〔光干渉断層計(optiC-calcoherencetomography:OCT)や眼底写真〕も共有可能であり,避難所での遠隔診療も支援可能.C3.人工知能と遠隔医療の可能性人工知能(arti.cialintelligence:AI)を用いた眼底スコア診断やスマートフォンによるモバイル診療は,医師不足の被災地における強力な武器となる.①遠隔医療(オキュロミクス,用語解説参照):眼底写真から心疾患や認知症のリスク,眼圧分布などを網羅的に解析し,慢性疾患の治療中断リスクを早期に発見する3).高リスク患者を認識できれば,災害時などに集中的なケアが可能となる.②まちかど健康ラボ:ショッピングモールなどに設置された日常的な検診拠点が,災害時にはそのままスクリーニング拠点として機能する仕組み(社会実装)を進めている.また廉価版の医療機器とCAIアルゴリズムが融合することにより,高額な精密医療機器と同等の診断力を発揮するデバイス開発も行っている4).CVII真のリーダーシップと共助の精神災害という極限状態において,組織を動かすのは「真のリーダーシップ」である.決定権を持つ者が限られた情報のなかで迅速に決断し,自ら行動しなければ組織は動かない.同時に,押し付けではなく,互いの価値観やニーズを理解し,思いやりと感謝の気持ちをもって助け合う「共助」こそが,混乱を最小限に抑える潤滑油となる.さらに有事の際には,「情報共有の仕組み」や「主体性」が重要となる.われわれ宮城県の眼科医は,東日本大震災を通じて,「誰かがやってくれる」ではなく,われわれ自身がアイデアを出しあい,皆で主体的にシステムを作り上げていくことの重要性を学んだ.一人でできることが限られているからこそ,皆で少しずつ社会のために協力しあうことが常道であると考えるに至っている.これは,災害時だけでなく,少子高齢化により国力が低下しつつある現在の日本においても同様である.常によりよい社会をめざすには,職種を超えてお互いの強みを生かす「共創」が必要な考え方であり,これもまたフェイズフリーであると考える.1058あたらしい眼科Vol.43,No.9,2026(10)

序説:災害時における眼科診療―初期対応から慢性疾患管理まで

2026年9月30日 水曜日

災害時における眼科診療─初期対応から慢性疾患管理までOphthalmicCareDuringDisasters:FromInitialResponsetoChronicDiseaseManagement古泉英貴*中澤徹**近年,日本では地震,豪雨,台風などの大規模自然災害が相次いで発生し,災害医療の重要性はこれまでになく高まっている.さらに,新型コロナウイルス感染症(coronavirusdisease-2019:COVID-19)の世界的流行や医薬品供給不足なども経験し,われわれは「医療を止めない」ための備えがいかに重要であるかを改めて認識した.災害医療というと,救命救急医療や外傷診療がまず想起される.しかし,被災者が生活を再建していく過程では,「見る」という機能を維持する眼科医療もまた欠かすことのできない医療である.眼鏡やコンタクトレンズ(contactlens:CL)を失うだけでも日常生活は大きく制限され,慢性眼疾患の治療が中断すれば,取り返しのつかない視機能障害につながりかねない.災害時の眼科診療は,眼外傷への対応だけではなく,患者の生活機能と生活の質(qualityoflife:QOL)を守る医療として重要な役割を担っている.本稿を執筆している最中の2026年7月末にも熊本県で大規模な地震が発生した.災害は決して過去の出来事ではなく,いつ,どこで起こっても不思議ではない現実であることを改めて実感させられた.災害への備えは,災害が起こってから始めるものではない.平時から診療体制や地域連携を整え,知識を共有しておくことこそが,有事に患者の視機能を守るもっとも重要な備えである.災害時の眼科医療では,時間の経過とともに求められる役割が変化する.発災直後には,眼外傷や化学損傷など視機能を左右する緊急疾患に対し,限られた医療資源のなかで適切なトリアージと初期対応を行わなければならない.その後,避難生活では衛生環境の悪化による感染性角膜炎やCL関連トラブルが問題となり,慢性眼疾患では通院中断や薬剤不足が視機能予後へ深刻な影響を及ぼす.また,高齢者や視覚障害者をはじめとする災害時要配慮者への支援は,医療のみならず,情報保障や生活支援,多職種との連携まで含めた包括的な対応が求められる.このように,災害時眼科医療は発災直後の救急対応にとどまらず,避難生活,慢性疾患管理,さらに復旧・復興期まで切れ目なく患者を支える医療であり,その実践には平時からの備えが不可欠である.本特集では,発災直後の初期対応から,避難生活に伴う眼表面疾患,慢性眼疾患の継続診療,災害時要配慮者への支援,被災地での実践,さらに平時からの備えまで,災害時眼科医療を時間軸に沿って体系的に理解できる構成とした.まず,中澤徹先生には,東日本大震災での実体験をもとに,眼科医療が直面した課題とその教訓を振り返るとともに,フェイズフリーの考え方やデジタルトランスフォーメーション(digitaltransformation:DX)を活用した情報共有など,今後の災害眼科医療がめざすべき方向性についてご解説いただいた.続いて,恩田秀寿先生には災害の種類ごとに特徴的な眼外傷とトリアージを含めた初期対応について,福岡秀記先生には化学損傷・熱傷に対する初期洗浄から角膜輪部幹細胞疲弊症までを含*HidekiKoizumi:琉球大学大学院医学研究科医学専攻眼科学講座**ToruNakazawa:東北大学大学院医学系研究科神経・感覚器病態学講座眼科学分野(1)(1)10490910-1810/26/\100/頁/JCOPY-

単回の単純血漿交換療法が奏効した難治性視神経炎の1 例

2026年8月31日 月曜日

《原著》あたらしい眼科43(8):1036.1041,2026c単回の単純血漿交換療法が奏効した難治性視神経炎の1例岩崎弘志*1,3原巧*2金子優*3太田康之*4近藤敏行*4杦本昌彦*3*1山形県立中央病院眼科*2獨協医科大学埼玉医療センター眼科*3山形大学医学部附属病院眼科*4山形大学医学部附属病院第三内科神経学分野CACaseofSteroid-ResistantOpticNeuritisTreatedwithSinglePlasmaExchangeTherapyHiroshiIwasaki1),TakumiHara2),YutakaKaneko3),YasuyukiOhta4),ToshiyukiKondo4)andMasahikoSugimoto3)1)DepartmentofOphthalmology,YamagataPrefecturalCentralHospital,2)DepartmentofOphthalmology,DokkyoMedicalUniversitySaitamaMedicalCenter,3)DepartmentofOphthalmologyandVisualSciences,YamagataUniversityFacultyofMedicine,4)DivisionofNeurologyandClinicalNeuroscience,DepartmentofInternalMedicineⅢ,YamagataUniversitySchoolofMedicineC単回の単純血漿交換療法が著効したステロイド難治性視神経炎のC1例を報告する.49歳,女性.初診時の矯正視力は右眼C30Ccm手動弁,左眼C1.2で,右眼中心暗点を認めた.MRIにて右眼特発性視神経炎と診断した.ステロイドパルス療法を施行し寛解を得たが,治療終了C6カ月後に左眼比較暗点が出現した.矯正視力は右眼C1.0,左眼C1.2だが,左眼比較暗点を認めたため,特発性視神経炎の再発と診断し,再度ステロイドパルス療法を施行した.経過中に左眼矯正視力はC0.2まで低下し,視野異常の悪化もみられたため,単純血漿交換療法を導入した.導入初回で蕁麻疹を認め,新鮮凍結血漿に対するアレルギーが疑われたことから,アナフィラキシーのリスクを考慮して単回のみで終了とした.導入翌日より自覚症状の改善を認め,11日後には左眼視力はC1.2で視野異常も改善した.CAC49-year-oldCwomanCpresentedCwithCaCcorrectedCvisualacuity(VA)ofC30cmChandCmotionCinCherCrightCeyeCandCaCcentralCscotomaCinCthatCeye.CMoreover,CmagneticCresonanceCimagingCrevealedCopticneuritis(ON)inCthatCrightCeye,CandCserumCanti.aquaporin-4CandCanti.myelinColigodendrocyteCglycoproteinCantibodiesCwereCnegative.CIntravenoussteroidpulsetherapyinducedremission.However,6monthslater,visualdisturbancedevelopedinherlefteye,withaparacentralscotoma.RecurrentidiopathicONwasdiagnosedandsteroidpulsetherapywasonce-againadministered,yethervisiondeteriorated.Plasmaexchange(PE)therapywasinitiated;Chowever,duetoanallergytofresh-frozenplasmaandtheriskofanaphylaxis,onlyasinglesessionwasperformed.Elevendayslater,herCcorrectedCVACimproved,CandCtheCscotomaCalsoCresolved.CThisCcaseCdemonstratesCsteroid-resistantCrecurrentCidiopathicONwithsigni.cantrecoveryafterlimitedPEtherapy,despitetheinabilitytocontinuetreatment.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)43(8):1036.1041,C2026〕Keywords:視神経炎,難治性視神経炎,血漿交換療法.opticneuritis,steroid-resistantopticneuritis,plasmaexchangetherapy.はじめにわが国での視神経炎は約C1.6人/10万人/年で発症する1).若年から壮年期に突然の視力・視野障害を呈し,特発性であることが多い1,2).2006年の視神経脊髄炎(neuromyelitisoptica:NMO)の診断基準に加え,2015年には国際診断基準で「視神経炎・脊髄炎・脳幹病変・特徴的な大脳病変などを認めかつアクアポリン(aquaporin:AQP)4抗体が陽性の症例」は,「視神経脊髄炎スペクトラム障害(NMOCspec-trumdisorders:NMOSD)」と定義された3).NMOとNMOSDへの急性期治療としてはステロイドパルス療法(intravenousmethylprednisolone:IVMP)が有効とされているが,ステロイド治療に抵抗を示す症例や重度の視神経炎例には血漿浄化療法(plasmapheresis:PP)を早期から施行することが推奨されている4).PPには単純血漿交換療法(plasmaexchange:PE),二重膜濾過法(doubleC.ltrationplasmapher-esis:DFPP),血漿吸着療法(immunoadsorption〔別刷請求先〕岩崎弘志:〒C990-2292山形県山形市大字青柳C1800山形県立中央病院眼科Reprintrequests:HiroshiIwasaki,M.D.,DepartmentofOphthalmologyYamagataPrefecturalCentralHospital,1800OoazaAoyagi,Yamagata-shi,Yamagata990-2292,JAPANC図1初回治療前後の視野検査経過a:当院初診時の右眼Goldmann視野検査結果.中心暗点(白矢印)を認める.Cb:当科初診時の左眼CGoldmann視野検査結果.明らかな視野異常を認めない.c:ステロイドパルス療法(IVMP)後C5カ月の右眼Goldmann視野検査結果.右比較暗点(.)のみまで改善した.Cd:IVMP後C5カ月の左眼Goldmann視野検査結果.明らかな視野異常を認めない.plasmapheresis:IAPP)があり,PEの副作用が懸念される場合にはCIAPPが推奨されている4).また,頻度は低いもののステロイドに抵抗性を示す難治性特発性視神経炎も存在し,この場合にはCPEも検討される5).ただし,PEの導入時期や導入基準・必要回数などは明確に定まっていない.視機能改善や病態の寛解に至るまで複数回の血漿交換療法が必要とする報告もある6).今回,ステロイド治療に抵抗を示した難治性視神経炎に対し,単回のCPEで視機能改善を得た症例を経験したので報告する.CI症例X年C3月,49歳,女性.右眼視力低下・下方の霧視を自覚し,近医眼科を受診した.メコバラミン内服にて改善せず,視力低下が進行したため,発症C10日後に精査加療目的で山形大学医学部附属病院眼科(以下,当科)へ紹介となった.C1.当院初診時の所見矯正視力:右眼C30Ccm手動弁,左眼C1.2.眼圧:右眼C17mmHg,左眼C16mmHg.前眼部・中間透光体:特記すべき所見なし.後眼部:右眼視神経乳頭腫脹.限界C.icker値(criticalC.ickerfrequency:CFF):右眼C4.11Hz,左眼C36.42Hz.対光反応:右眼相対的瞳孔求心路障害(relativeCa.erentpupillarydefect:RAPD)陽性.Goldmann視野検査(図1a,b):右眼中心暗点,左眼異常なし.MRI検査(図2):造影検査にて右視神経に,shortCtauCinversionrecovery(STIR)での高信号と脂肪抑制造影CT1強調像で造影効果の増強を認めたが,脳実質や髄膜に異常は認めなかった.抗体検査結果:抗CAQP4抗体陰性〔enzyme-linkedCimmuno-sorbentassay(ELISA)法〕,抗ミエリンオリゴデンドロサイト糖蛋白(myelinColigodendrocyteCglycopro-tein:MOG)抗体陰性.以上の経過から右眼特発性視神経炎と診断し,X年C3月よりCIVMP〔メチルプレドニゾロン(methylprednisolone:図2初診時の造影MRI検査所見a:水平断CshortCtauCinversionrecovery(STIR).b:冠状断CSTIR.Cc:水平断脂肪抑制造影CT1強調像.Cd:冠状断脂肪抑制造影CT1強調像.右眼視神経にCSTIRで高輝度信号を認め(),脂肪抑制造影CT1強調像に造影効果を認める()ものの,脳実質や髄膜に異常は認めなかった.mPSL)1,000mg/日,3日間〕をC3クール施行した.その後,プレドニゾロン(PSL)60Cmgからの漸減内服療法を行った.徐々に右眼視力は改善傾向を示し,X年C7月には矯正視力右眼C0.7まで改善しプレドニゾロン内服終了とした.内服終了後も視力はさらに改善し,X年C8月には矯正視力右眼C1.0となった.Goldmann視野検査(図1c,d)では右眼傍中心部の比較暗点が残存しているものの,自覚症状はほぼ消失した.その後,症状悪化はなく外来で経過観察していたが,翌年C1月に左眼視野異常を自覚し再診した.C2.再診時の検査所見矯正視力:右眼C1.0,左眼C1.2.眼圧:右眼C14mmHg,左眼C15mmHg.前眼部・中間透光体:特記すべき所見なし.後眼部:左眼軽度視神経乳頭腫脹.CFF:右眼C27.32Hz,左眼C24.29Hz.Goldmann視野検査(図3a,b):右眼傍中心部比較暗点,左眼CMariotte盲点近傍に比較暗点を認めた.対光反応:両眼CRAPD陰性.MRI検査:左眼視神経の軽度腫大とCSTIRでの左眼視神経周囲の高信号を認めた.脂肪抑制造影CT1強調像での造影効果や脳実質や髄膜に異常は認めなかった(図4).抗体検査結果:抗CAQP4抗体〔ELISA法およびCcell-basedassay(CBA)法〕陰性.左眼特発性視神経炎として視力低下の自覚C7日後よりIVMPをC2クール施行した.しかし,加療に対する反応が乏しくC2クール終了後の矯正視力は左眼C0.2であった.左眼のCFFはC16.20CHzと低下し,視野障害の進行を認めた(図3c,d).ステロイド抵抗性の難治性視神経炎と診断し,当院神経内科と協議して週C2.3回・最大計C7回のCPEを計画した.加療開始C12日後にアルブミン製剤を置換液としたPEを実施した.並行して同日からCIVMP3クール目を行い,図3再診(左視神経炎発症)前後の経過a:再診時(左視神経炎発症時)の右眼Goldmann視野検査結果.初回治療からC1年経過.比較暗点の残存()を認めるが悪化は認めない.b:再診時の左眼Goldmann視野結果.Mariotte盲点近傍の比較暗点(.)を認める.Cc:ステロイドパルス療法C2クール終了時の右眼Goldmann視野検査結果.傍中心比較暗点()の出現を認める.Cd:ステロイドパルス療法C2クール終了時の左眼Goldmann視野検査結果.中心比較暗点()の出現を認める.Ce:血漿交換療法後C11日の右眼Goldmann視野検査結果.傍中心比較暗点の残存を認める().f:血漿交換療法後C11日の左眼Goldmann視野検査結果.中心比較暗点()の縮小を認めた.続けてCPSL60Cmg/日からの漸減内服療法を施行した.PEのplasma:FFP)を投与した.その際に顔面および前胸部の発2日後,活性化部分トロンボプラスチン時間(activatedpar-疹が出現し,FFPに対するアレルギーが強く疑われた.今tialthromboplastintime:APTT)40秒(基準値C28.38秒),後CPEを継続する際に血液凝固系異常が生じ,FFP投与がフィブリノーゲンC114Cmg/dl(基準値C200.400Cmg/dl)と血アナフィラキシーショックを誘発する可能性があるため,液凝固系の異常を認めたため,新鮮凍結血漿(freshCfrozenPE継続は困難と判断した.しかし,PEの翌日に左眼矯正図4再診時の造影MRI検査所見a:水平断CSTIR.Cb:冠状断CSTIR.Cc:水平断脂肪抑制造影CT1強調像.Cd:冠状断脂肪抑制造影CT1強調像).左視神経周囲のCSTIR高輝度信号を認めたが(),造影効果は乏しく,脂肪抑制造影CT1強調像の造影効果や脳実質・髄膜に異常は認めなかった.視力はC0.3,7日後には矯正視力C0.8と改善し,自覚改善が得られたため,PEは再開せずCPSL漸減内服療法を継続した.PEのC11日後,左眼の矯正視力はC1.2,CFFはC20.23CHzに改善し,中心暗点も縮小した(図3e,f).その後,注意深くPSLを漸減し,治療後C4年間の経過観察を行ったが両眼の視力・視野障害は再発を認めていない.CII考按IVMPに加療抵抗性を示すCNMOSDに対してはCPPや免疫グロブリン大量静注が考慮される4).本症例では,視神経炎再発時に抗CAQP4抗体の結果(CBA法)が未着であったため,内科医と協議しCNMOの可能性を考慮した.当時,免疫グロブリン大量静注もCNMO急性期への有効性が示唆されていたが,NMOや多発性硬化症(multiplesclerosis:MS)に対しランダム化比較試験で唯一有効性が証明されていた7)PE導入を選択した.近年では,特発性視神経炎に対してもPEが有効である可能性8)や抗CAQP4抗体や抗CMOG抗体が陰性である特発性視神経炎に対するCPEの有効性が報告されている9,10).加えて抗CAQP4抗体陰性CNMOに対しCIAPPよりもCPEが有効とする報告もあり11),本症例でもCIAPPよりPEが有効であった可能性がある.しかし,「多発性硬化症・視神経脊髄炎スペクトラム障害診療ガイドラインC2023」ではCPPが推奨されていることや,DFPPによる抗CAQP4抗体陰性のステロイド抵抗性視神経炎の改善例の報告もある12)ことから,DFPPを選択することで合併症なく安全に加療できていた可能性もある.IVMP抵抗性だが早期CDFPPが著効した抗CAQP4抗体陰性の視神経炎で,再発頻度を下げうるという報告もある12).本症例ではCPE導入に並行してCIVMPの追加とCPSL内服漸減を行い,再発を認めなかった.PEでもステロイド療法の併用は有効であった可能性が示唆される.PEの開始時期の明確な規定はないが,NMOでは症状出現からC5日以内の開始や13),PPのCIVMPで改善を認めない早期の視神経炎に対する有用性が報告されている12).このため,IVMPに抵抗する難治性視神経炎に対しても早期のCPE導入が望ましいと考える.しかし,本症例のようにCPEに伴う凝固系異常など副作用が生じうるため,導入を躊躇することもある.導入が遅れることで視機能改善が困難となりうるため,導入時には内科との綿密な連携による全身管理が不可欠である.保険上,PEの実施回数は患者の状態に応じ規定されており,週C2.3回で施行される.本症例ではCPEに伴う副作用のため,複数回の実施は困難であり単回で実施した.有効性が低いと予測されたが,十分な視機能改善が得られた.PEではCNMOSDの原因の一つである抗CAQP4抗体のみならず,原因となる未知の分子や関連するサイトカインなども除去可能であり,本症例ではCPEによりこれらが除去され,速やかな視機能改善が得られたと考える.本例のように必ずしも複数回のCPEを要さずに視機能が改善する症例があるため,IVMP抵抗性症例に対しCPEをより迅速に導入することが望ましい.本症例では,抗CAQP4抗体を計C3回(ELISA法C2回,CBA法C1回)測定したが,陰性であった.抗CAQP4抗体は陰性であっても,ELISA法やCCBA法による再測定が勧められている14).また,3度目の検査で陽性となったCNMOの症例報告もある15).本症例では再発までの間に再検しなかったものの,再検にて抗CAQP4抗体陽性となっていた可能性は否定できず,ステロイド漸減後中止時など経過中の再測定の検討は必要と考える.今回,単回CPEで改善を得られたステロイド抵抗性難治性視神経炎を経験した.やむを得ず単回CPEとなったが著効しており,症例によってはCPEの回数を軽減できる可能性が示唆された.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)石川均:日本における特発性視神経炎トライアルの結果について.神経眼科24:12-17,20072)毛塚剛司:視神経炎をみたら.あたらしい眼科C30:731-737,20133)WingerchukDM,BanwellB,BennettCJLCetal:Interna-tionalconsensusdiagnosticcriteriaforneuromyelitisopti-caspectrumdisorders.NeurologyC85:177-189,20154)日本神経学会:第Ⅰ章中枢神経系炎症性脱髄疾患診療における基本情報.多発性硬化症・視神経脊髄炎スペクトラム障害診療ガイドラインC2023,医学書院,20235)毛塚剛司:視神経脊髄炎.神経眼科31:5-12,20146)福井美保,島川修一,芦田明ほか:血漿交換が有効であったCneuromyelitisopticaのC1例.脳と発達C43:389-393,C20117)日本神経学会:血漿浄化療法は急性憎悪期の治療に有効か?.多発性硬化症・視神経脊髄炎診療ガイドライン2017,p182-183,医学書院,20178)ChenJJ,FlanaganEP,PittockSJetal:VisualoutcomesfollowingCplasmaCexchangeCforCopticneuritis:anCinterna-tionalmulticenterretrospectiveanalysisof395opticneu-ritisattacks.AmJOphthalmol252:213-224,20239)三戸裕美,三木敦司,後藤克聡ほか:難治性視神経炎に単純血漿交換が著効したC1例.臨眼73:1175-1181,201910)徳久照朗,林孝彰,増田直仁ほか:ステロイド抵抗性視神経炎に単純血漿交換療法を試みたC1例.眼科C64:181-188,202211)瀬島啓史,大久保淳,板垣紋子ほか:抗CAQP4抗体陰性視神経脊髄炎に対するアフェレシス療法の効果.日本アフェレシス学会雑誌34:208-213,201512)松田隆作,毛塚剛司,松永芳径ほか:ステロイド大量療法に抵抗した視神経炎に対する血漿交換療法.臨眼C66:545-551,201213)BonnanM,ValentinoR,DebeugnyCSCetal:ShortCdelayCtoCinitiateCplasmaCexchangeCisCtheCstrongestCpredictorCofCoutcomeCinCsevereCattacksCofCNMOCspectrumCdisorders.CJNeurolNeurosurgPsychiatry89:346-351,201814)WatersPJ,McKeonA,LeiteMIetal:Serologicdiagno-sisCofNMO:aCmulticenterCcomparisonCofCaquaporin-4-IgGassays.NeurologyC78:665-671,201215)小川雄,酒井勉,河野優ほか:3回目の測定で抗AQP4抗体の陽性化を認めた難治性両視神経炎のC1例.神経眼科32:280-284,2015***

白内障術後に前房深度が短期間に変動した1 例

2026年8月31日 月曜日

《原著》あたらしい眼科43(8):1030.1035,2026c白内障術後に前房深度が短期間に変動した1例原田拓二*1沼賀二郎*1,2*1秋葉原白内障クリニック*2東海大学医学部眼科CACaseofShort-TermFluctuationinAnteriorChamberDepthafterCataractSurgeryTakujiHarada1)andJiroNumaga1,2)1)AkihabaraCataractClinic,2)DepartmentofOphthalmology,TokaiUniversitySchoolofMedicineC浅前房の患者(68歳,女性)に対し,急性緑内障発作予防のためカプセルテンションリング(CTR)を用いた水晶体再建術を行ったにもかかわらず術翌日から浅前房をきたした症例を報告する.手術直後,右眼に浅前房と眼内レンズ(IOL)の前方偏位を認めたが眼圧上昇はなく,毛様体ブロック(悪性緑内障)を考慮し,房水産生抑制薬による非外科的治療を開始した.術後約C2週間で浅前房とCIOL前方偏位は改善し,近視の軽減も認められた.これは,aqueousmisdirection(房水動態異常)に対し,房水産生抑制がCIOLへの後方圧力を緩和した結果と推察された.CWeCreportCtheCcaseCofCaC68-year-oldCfemaleCwithCaCpreoperativeCshallowCanteriorchamber(AC)depthCinCwhomCtheCACCdepthConce-againCbecameCshallowC1CdayCafterCundergoingCphacoemulsificationCwithCaCcapsularCten-sionring(CTR)topreventacuteglaucoma.Immediatelyafterundergoingtheprocedure,herrighteyeexhibitedashallowCACCdepthCandCanteriorCdisplacementCofCtheCintraocularlens(IOL)withoutCanyCelevationCinCintraocularCpressure.CConsideringCtheCpossibilityCofCaqueousmisdirection(i.e.,CmalignantCglaucoma),CaCnon-surgicalCtreatmentCwasCinitiatedCusingCaqueousCsuppressants.CAtCapproximatelyC2-weeksCpostoperative,CtheCshallowCACCandCIOLCdis-placementinherrighteyeresolved,accompaniedbyareductioninmyopia,thusinferringthatthesuppressionofaqueoushumorproductionalleviatedtheposteriorpressureontheIOL,effectivelyaddressingtheaqueousmisdi-rection.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)43(8):1030.1035,C2026〕Keywords:浅前房,水晶体再建術,毛様体ブロック,房水異常流入,超音波生体顕微鏡.shallowCanteriorCcham-ber,lensreconstruction,ciliaryblock,aqueousmisdirection,ultrasoundbiomicroscopy(UBM).Cはじめに白内障手術後の合併症としての浅前房の発症機序には,①創口閉鎖不全,②脈絡膜.離,③瞳孔ブロック,④毛様体ブロック(悪性緑内障)などがある.筆者らは術前に浅前房を認め,急性緑内障発作予防のため水晶体再建術を行ったが,術直後,眼圧上昇を伴わずに継続的な浅前房をきたし,その後,前房深度が深くなった症例を経験したので,その臨床経過を報告する.CI症例患者:68歳,女性.初診:2024年5月27日.近医にて両眼の白内障を指摘され,手術目的で秋葉原白内障クリニック(以下,当院)を紹介受診した.白内障以外についての記載はなかった.既往歴および家族歴:特記すべきことなし.初診時所見:視力は右眼C0.5(1.2×sph+3.00DCcyl.0.50DAx100°),左眼C0.05p(0.6×sph+1.00D),眼圧は右眼C17mmHg,左眼C17mmHg.両眼とも浅前房で,vanHerick法でGrade2であった(図1).眼軸長は右眼21.84Cmm,左眼C21.93Cmmで,やや短眼軸であった.Penta-cam前眼部光干渉断層計(opticalCcoherencetomography:OCT)による前房深度は右眼C1.84Cmm,左眼C2.16Cmmであった(図2).水晶体の膨隆は認めず,核硬度はCEmery-Little分類で右眼C2°,左眼C3°,左眼は後.下白内障を伴っていた(図3).〔別刷請求先〕原田拓二:〒C110-0016東京都台東区台東C1-3-5反町商事ビルディングC4F秋葉原白内障クリニックReprintrequests:TakujiHarada,M.D.,AkihabaraCataractClinic,SorimachiShojiBuilding4F,1-3-5Taito,Taito-ku,Tokyo110-0016,JAPAN図1初診時の無散瞳前眼部所見a:右眼.b:左眼.図2Pentacamによる前眼部OCT所見a:右眼.b:左眼.眼底は右眼は正常,左眼は白内障のため透見不良であった右眼からの水晶体再建術を予定した.が,特記すべき所見は認めなかった.トロピカミド+塩酸手術:2024年C7月C12日に右眼の白内障手術を施行した.フェニレフリン散瞳後の眼圧は右眼17mmHg,左眼執刀開始90分前から高張浸透圧薬(グリセオール)500ml16CmmHg,散瞳径は右眼C7.3Cmm,左眼C7.7mmであった.を点滴静注しながら右眼の散瞳・調節麻痺薬を開始.右眼圧眼打撲歴はなく,瞳孔縁に落屑様物質の付着は認めなかっは散瞳前C14CmmHg,散瞳後C17CmmHgであった.耳側角膜た.前房深度の左右差から,急性緑内障発作のリスクを考えにC2Cmmの角膜切開創を作製し,カプセル鑷子にて連続円形図3初診時の散瞳下前眼部所見a:右眼.b:左眼.図4右眼の術翌日前眼部所見切.(continuousCcurvilinearcapsulorrhexis:CCC)を作製した.CCC作製時に前.に皺襞が観察されたが,プレチョップ法で水晶体を分割して超音波乳化吸引術を行い,問題なく水晶体吸引は終了した.水晶体吸引後にカプセルテンションリング(HOYACCTRC130CA0)を.内に挿入した.その後,眼内レンズ(intraocularlens:IOL)を挿入し,角膜切開創をC10-0ナイロン糸でC1針縫合を行い,合併症はなく手術は終了した.挿入したCIOLはCClareonCPanOptixCToricCCNWTT3+24.5DCYL1.50であった.術後点眼はモキシフロキサシン,0.1%ベタメタゾンリン酸エステルナトリウムを各C1日C6回,ネパフェナクをC1日C3回右眼で処方した.術後経過:手術翌日,右眼の視力C0.2(1.0C×sph.3.75D),眼圧C19CmmHg,オートレフラクトメータによる屈折値(以下レフ値)値は球面C.2.75D,円柱C.0.25D,軸C15°であった.前房深度は中央と周辺部ともに浅前房を認め(図4),眼内レンズは.内に固定されていたが前方に偏位していた.創口からの房水漏出はなく,散瞳下での眼底所見で網膜.離や脈絡膜.離,脈絡膜出血は認めなかった.術後C2日目,右眼の視力C0.1(1.0C×sph.3.00D),眼圧19mmHg,レフ値球面C.3.00D,円柱C.0.75D,軸C90°.浅前房が継続していたが眼圧はC19CmmHgで上昇はなく,前日と同様に診察で房水漏出はなく瞳孔ブロックも認めなかった.毛様体ブロック(悪性緑内障)を疑ったが,明らかな高眼圧を認めず,また,当院には超音波生体顕微鏡(ultrasoundbiomicroscopy:UBM)がないために確定診断に至らなかったため,毛様体弛緩を目的としたアトロピン硫酸塩水和物点眼は処方せず,房水産生抑制目的でC2%カルテオロール塩酸塩点眼薬C1日C2回を開始した.術後C3日目,右眼の視力C0.15(1.2pC×sph.2.75D),眼圧C19CmmHg,レフ値球面C.3.00D,円柱C.0.75D,軸10°.vanHerick法でGrade2で前房深度を含めて所見に変化がなかったため,浅前房に対してアセタゾラミドC250mg内服C2錠分C2を追加した.術後C4日目,右眼の遠方視力C0.15(1.2C×sph.2.00D),近方視力C1.2(n.c.),眼圧C13CmmHg,レフ値球面C.3.25D,円柱.0.25D,軸C170°.前房深度C2.34mmであった.眼圧は下降し,前房深度は手術前より深くなったが,眼内レンズの前方偏位と浅前房の傾向に変化はなかった.その後,徐々に浅前房は改善し,術後C10日目,右眼の視力C0.7(1.2C×sphC.2.00D),眼圧C15mmHg,レフ値球面C.2.00D,円柱C.0.25D,軸C135°,前房深度C2.70mmであった.術後C17日目,右眼の視力C0.9(1.0C×sph.0.50DCcyl.0.50DAx140°),眼圧13mmHg,レフ値球面C.1.50D,円柱.0.50D,軸C140°,前房深度2.82mmであった.眼内レンズの前方偏位と近視の改善を認めた(図5).術後C1カ月,右眼の視力C1.2(矯正不能),眼圧C18CmmHg,(182)図5Pentacamによる右眼の前眼部OCT所見の術後変化a:術後C4日目.Cb:術後C10日目.Cc:術後C17日目.レフ値球面.0.50D,円柱C.0.50D,軸C145°であった.浅前房は改善し,vanHerick法でCGrade4であった(図6).術後C42日目,右眼の視力C1.0(1.2C×sph.0.25DCcyl.0.75DAx120°),眼圧12mmHg,レフ値球面C.0.50D,円柱.0.75D,軸C120°であった.右眼の遠方裸眼視力は1.0に改善した.眼圧の上昇がなかったため,アセタゾラミド250Cmgは中止とした.術後C2カ月,右眼の視力C1.0(1.2C×sph.0.50D),眼圧11mmHgと視力,眼圧は安定しており(図7),浅前房やIOL前方偏位も認めなかった.CII考按術前に浅前房を呈し,水晶体再建術後約C2週間持続したのち,術前よりも深くなった症例を報告した.本症例では術後の浅前房の原因として一般的にあげられる創口閉鎖不全,脈絡膜.離,瞳孔ブロックは術後の診察所見で認めなかった.右眼の眼軸長はC21.84mmの短眼軸であり,これは毛様体ブロックの重要なリスク因子であるため1),鑑別疾患としてあげ,経過観察を行った.緑内障診療ガイドライン(第C5版)において,広義の毛様体ブロック(悪性緑内障)は,硝子体の前方偏位に起因する閉塞隅角緑内障と推定されている2).本症例の術後浅前房のもっとも有力な原因は,術中のCCC時に観察された前.の皺襞から示唆されるCZinn小帯の脆弱性であると考える.房水が硝子体腔へ異常流入(aque-ousmisdirection)が生じ,硝子体圧が上昇することでCIOLが容易に前方へ押し出された病態が推察された3)(図8).当院にはCUBMを設置しておらず虹彩後面や毛様体形状の詳細を観察することができなかったため,毛様体ブロックの確定診断には至らなかった.図6術後1カ月目の右眼の前眼部写真浅前房の改善を認める.視力・眼圧の経時変化1.21.00.8(mmHg)20181614120.61080.4640.220.0眼圧視力術前術翌日術後2日目術後3日目術後4日目術後10日目術後17日目術後1カ月術後42日目術後2カ月裸眼矯正眼圧0.51.2170.21.0190.11.0190.151.2190.151.2130.71.2150.91.0131.21.2181.01.2121.01.2110裸眼矯正眼圧図7術前後の裸眼・矯正視力と眼圧の変化術直後の眼圧はC19CmmHgで上昇していなかったものの,合には,毛様体ブロック(悪性緑内障)の臨床診断に基づき,IOLの前方偏位から毛様体ブロックによる眼圧上昇の可能性アトロピン硫酸塩水和物点眼,Nd:YAGレーザーによる後を考慮し,Cβ遮断薬(2%カルテオロール塩酸塩点眼薬)およ.切開,前部硝子体膜切除,硝子体手術などの外科的介入をび炭酸脱水酵素阻害薬(アセタゾラミド内服)を開始した.検討する必要があったと考えられる4).しかし,本症例では薬物療法で眼圧がコントロールできず,浅前房が悪化する場眼圧は比較的安定しており,侵襲的な治療は行わなかった.図8毛様体ブロック(悪性緑内障)の発生機序房水が硝子体側へ流入し,硝子体圧が上昇.水晶体やCIOL・毛様体・虹彩が前方へ圧排され,浅前房・閉塞隅角が生じ,眼圧が上昇する.(文献C3より引用)Pentacam前眼部COCTによる前房深度の経時的変化は,術後C4日目にC2.34mm,10日目にC2.70mm,17日目に2.82mmと改善が確認された.カルテオロールとアセタゾラミドによる房水産生抑制が硝子体圧を低下させ,IOLが本来の位置へ後退した結果と考えられる.UBMや前眼部COCTは,前房形態やCIOL位置を非接触かつ定量的に評価できるが,UBMは毛様体ブロックに特徴的な毛様体の前方回旋や腫脹の有無を直接観察できるため,診断にきわめて重要である.東らは,右眼の白内障手術直後に術眼だけでなく非術眼である左眼にも浅前房と高眼圧が生じた症例で,UBM所見により毛様体浮腫と虹彩,水晶体.の前方移動を認め,通常の悪性緑内障とは病態が異なっていたことを報告し,UBMの重要性を示唆している5).本症例の非術眼には浅前房や高眼圧は認めなかったが,UBMを設置しておらず,毛様体の詳細な所見は不明であった.堤野らの報告では,UBMが困難な症例でも前眼部COCTで白内障術後の悪性緑内障のフォローアップが可能であり,屈折度数の近視化が浅前房化や閉塞隅角と同様に悪性緑内障を疑う指標になるとされている6).今回,白内障手術直後に浅前房をきたしたが,顕著な眼圧上昇を認めず前眼部COCTによる経過観察が可能であった症例を経験した.UBMを用いていれば,Zinn小帯の断裂や伸展の程度や毛様体形状,IOLと水晶体.の位置関係(.内固定か,.ごとの偏位か)をより正確に評価できた可能性がある.真の悪性緑内障であれば,UBMによる迅速な診断が治療介入の遅れを防ぐうえで有用と思われる6).利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)永本敏之:小眼球例の白内障手術.日本白内障学会誌C26:49-51,20142)日本緑内障学会緑内障診療ガイドライン改訂委員会:緑内障診療ガイドライン(第C5版).日眼会誌C126:85-177,C20223)医療情報科学研究所(編):病気がみえるCVol.12眼科,p199,株式会社メディックメディア,20214)横山悠,中澤徹:続発緑内障の分類と治療法の基本的な考え方.あたらしい眼科35:1009-1015,20185)東花枝,山田教弘,竹内正樹ほか:片眼の白内障手術後早期に両眼の著明な浅前房と高眼圧をきたしたC1例.臨眼C76:531-538,20226)堤野晃宏,永井遼司,吉田章子ほか:前眼部光干渉断層計で経過を追うことができた白内障術後に生じた悪性緑内障のC1例.臨眼77:626-632,2023***

ミトコンドリア病に伴う難治性兎眼角膜症に生じた角膜穿孔 に対し保存角膜にて角膜移植を施行した1 例

2026年8月31日 月曜日

《原著》あたらしい眼科43(8):1026.1029,2026cミトコンドリア病に伴う難治性兎眼角膜症に生じた角膜穿孔に対し保存角膜にて角膜移植を施行した1例満留一匠*1,2日髙貴子*1池田康博*1*1宮崎大学医学部感覚運動医学講座眼科学分野*2宮崎県立宮崎病院眼科CPartialLamellarKeratoplastywithPreservedDonorCorneaforRefractoryLagophthalmicCornealPerforationinLeighSyndrome:ACaseReportIkkiMitsutome1,2),TakakoHidaka1)andYasuhiroIkeda1)1)DepartmentofOphthalmology,FacultyofMedicine,UniversityofMiyazaki,2)DepartmentofOphthalmology,MiyazakiPrefecturalMiyazakiHospitalC目的:兎眼の管理に難渋し感染性角膜炎により角膜穿孔をきたしたミトコンドリア病〔Leigh症候群(LS)〕の小児患者に対し,保存角膜を用いた部分表層角膜移植を施行し,良好な治療経過を得たC1例を経験したので報告する.症例:4歳,女児.LSで終日人工呼吸管理下にあった.両眼の兎眼角膜症の診断で宮崎大学医学部附属病院眼科を初診,経過中に右眼の感染性角膜炎を発症し,右眼角膜下方に穿孔を呈した.眼脂の細菌培養検査では,緑膿菌(Pseudomo-nasaeruginosa)が同定された.穿孔径が大きく保存的治療が困難であったため,保存角膜を用いた部分表層角膜移植を施行した.術後経過は良好で,感染や拒絶反応の徴候なく移植片は上皮化が得られた.結論:ミトコンドリア病のような重篤な全身疾患を基礎にもち全身管理を要する小児患者は,全身管理下のリスク因子が複合することで,兎眼角膜症が重篤化し角膜穿孔に至るリスクが高い.今後は保湿や閉瞼などより厳重な兎眼管理が必要である.CPurpose:Toreportthecaseofa4-year-oldgirlwithLeighsyndromewhodevelopedPseudomonasaerugino-sakeratitisandcornealperforationsecondarytorefractorylagophthalmosinwhomtheconditionwassuccessfullymanagedwithpartiallamellarkeratoplastyusingapreserveddonorcornea.Case:Thepatient,dependentonfull-timemechanicalventilation,initiallypresentedwithbilateralexposurekeratopathy.Infectiouskeratitissubsequent-lyCdevelopedCinCherCrightCeye,CresultingCinCanCinferiorCcornealCperforation.CBacterialCcultureCofCtheCeyeCdischargeCidenti.edP.aeruginosa.Giventheperforationsizeandfailureofconservativetreatment,partiallamellarkeratoplas-tyCwasCperformedCusingCaCpreservedCcornea.CTheCpostoperativeCcourseCwasCuneventful,CandCtheCcornealCgraftCachievedCcompleteCepithelializationCwithoutCsignsCofCinfectionCorCimmunologicalCrejection.CConclusion:PediatricCpatientswithmitochondrialdisordersareatahighriskforprogressionfromlagophthalmostocornealperforation,soproactivemanagement,includingintensivelubricationandensuredeyelidclosure,isessentialtopreventvision-threateningcomplicationsinsuchsystemiccases.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)43(8):1026.1029,C2026〕Keywords:角膜穿孔,兎眼,保存角膜,角膜移植,ミトコンドリア病,Leigh症候群(LS).cornealperforation,lagophthalmos,preservedcornea,keratoplasty,mitochondrialdisease,Leighsyndrome(LS).Cはじめに意識障害を有する患者や人工呼吸器管理下にある患者では,閉瞼不全が高頻度に認められる1).兎眼角膜症の発症には,瞬目反射の低下,顔面神経麻痺,甲状腺眼症などが原因としてあげられ,閉瞼不全,涙液蒸発により角膜表面が外気に長時間曝露されることで上皮障害が進行する.兎眼は角膜上皮びらんなどの軽度なものにとどまらず,角膜潰瘍を経て穿孔に至ることがある.失明の危険性を伴う重篤な状態になりうるが,最適な管理の方法については未だに明確なコンセンサスが得られていない.角膜穿孔をきたした〔別刷請求先〕池田康博:〒C889-1692宮崎県宮崎市清武町木原5200宮崎大学医学部感覚運動医学講座眼科学分野Reprintrequests:YasuhiroIkeda,DepartmentofOphthalmologyFacultyofMedicine,UniversityofMiyazaki,5200Kihara,Kiyotake,Miyazaki889-1692,JAPANC図1角膜穿孔時の前眼部写真4C×C2Cmmの角膜穿孔部に虹彩嵌頓を認めた.場合には,角膜移植などが検討されるが侵襲性が高く,とくに小児においては感染などにより移植片不全をきたし,最終的に眼球摘出に至った症例も報告されており2),外科的治療選択は臨床的に難渋することが多い.今回,兎眼の管理に難渋し角膜穿孔をきたしたミトコンドリア病〔Leigh症候群(Leighsyndrome:LS)〕の小児患者に対し,保存角膜を使用した部分表層角膜移植を施行したので報告する.CI症例症例はC4歳,女児.1歳C4カ月でCLSを発症し,気管切開術後で終日人工呼吸管理下にあった.常時両眼が兎眼の状態であり,小児科にて適宜ヒアルロン酸ナトリウム点眼薬,充血時にガチフロキサシンC0.3%点眼薬を使用していた.X年12月C22日頃から右眼の眼脂が多くなり結膜充血が出現し,眼脂を拭こうとすると痛がるためCX年C12月C26日に宮崎大学医学部附属病院眼科(以下,当院)に紹介初診となった.当院初診時に意思疎通はできず視力・眼圧は測定不能で,両眼ともに結膜充血と粘液性眼脂があり,右眼には角膜下部に潰瘍を認めた.周辺に浸潤を認めるものの,Seidel試験は陰性で前房深度は正常,明らかな前房内炎症はなかった.左眼角膜下方には一部にびらんと瘢痕病変を認めた.眼科受診歴はなく以前のドライアイ所見は不明であった.右眼は兎眼角膜症による感染性角膜潰瘍と診断し,ガチフロキサシンC0.3%点眼薬,セフメノキシムC0.5%点眼薬,オフロキサシンC0.3%眼軟膏を開始した.X+1年C1月C7日に再診予定であったが,家族の発熱で受診できずC1月C14日に再診となった.右眼は角膜穿孔をきたしており,前房の著明な狭小化を認めた(図1).眼脂の細菌培養検査では,緑膿菌(Pseudomonasaeruginosa)が同定され,主要な抗菌薬に感受性を示した.セフメノキシムC0.5%点眼薬をトブラマイシンC0.3%点眼薬図2角膜移植1カ月目の前眼部写真移植後の拒絶反応や感染徴候がなく良好に経過した.へ変更し,ガチフロキサシンC0.3%点眼薬,オフロキサシン0.3%眼軟膏は継続でテープ閉瞼を追加した.1月C16日には前房形成を認め改善傾向であったが,1月C24日に右眼角膜は下方でC4C×2Cmmの大きさで穿孔し,虹彩の脱出・嵌頓を認めた.穿孔径が大きく保存的治療での閉鎖は困難と考えられた.保存角膜による角膜移植の方針とし,ソフトコンタクトレンズ(softcontactlens:SCL)を装着のうえ,入院管理とした.X+1年C1月C29日に保存角膜(保存期間C3年C9カ月,強角膜片,保存液COPTISOL-GS,C.80℃保存)を用いて右部分表層角膜移植(ホスト角膜切除径6.5Cmm,ドナー角膜径7.0Cmmでトリミング)を全身麻酔下で行った.ドナー角膜は内皮側を.離・除去したのちに10-0ナイロン糸でC8糸端々縫合,その後連続縫合で縫着した.術後,ベタメタゾンC1mg/日の経静脈投与をC3日間行った.その後はベタメタゾンC0.1%点眼薬,オフロキサシンC0.3%点眼薬,トブラマイシンC0.3%点眼薬,オフロキサシンC0.3%眼軟膏,テープ閉瞼を行った.術翌日には右眼角膜びらんを認めたものの経時的に改善し,術後C1カ月時点のC2月C27日には移植角膜は完全に上皮化した(図2).経過中は前房深度正常で感染徴候や拒絶反応を認めなかった.退院後は継続してテープ閉瞼を指導したが,完全閉瞼は困難であった.術後点眼は漸減終了し,現在はオフロキサシン眼軟膏とメパッチクリアでの強制閉瞼で管理している(図3).CII考按兎眼角膜症は,閉瞼不全により角膜が十分に涙液で被覆されずに,乾燥および摩耗による角膜障害をきたす病態である.涙液には抗菌成分であるCβ.リジン,ラクトフェリン,免疫グロブリンなどが含まれ,眼表面の防御機構に重要な役割を果たしている3).閉瞼不全が生じると涙液蒸発が亢進し,図3角膜移植8カ月目の前眼部写真下方より血管侵入を認めるが,角膜の透明化が得られた.角膜表層が乾燥することで角膜上皮障害が進行する.涙液の蒸発や角膜上皮障害は感染のリスクを高め,感染性角膜炎へと進展した場合には,治癒後も瘢痕形成により不可逆的な視力低下に至りうる.さらに,菲薄化が進行すると角膜穿孔の危険性を伴う.閉瞼不全の原因としては神経疾患などによる瞬目反射の低下やCBell現象の障害,顔面神経麻痺,甲状腺眼症や眼窩腫瘍による眼球突出,外傷などに伴う眼瞼機能不全などがあげられる4).本患児の基礎疾患であるCLSについても考察を要する.LSは,基底核および脳幹部に左右対称性の壊死性病変をきたす進行性の神経変性疾患であり,乳幼児期または小児期早期に発症することが多い.LSはおもにミトコンドリアの酸化的リン酸化機能障害に関連する,遺伝的に不均一な疾患群である.生存予後は不良であり,多くは数年で精神運動発達遅滞,筋緊張低下,不随意運動,運動失調,けいれん,呼吸障害などの重度の中枢神経系異常を呈し,寝たきりや死亡に至る5).LSに伴う眼合併症としては,視神経萎縮,眼振,眼球運動障害,斜視,眼瞼下垂などが報告されており,病変が脳幹や動眼神経核といった中枢神経系の眼球運動制御領域に及ぶことに起因すると推察されている6).本患児が呈した兎眼は,LSの中枢神経系病変による眼輪筋麻痺がおもな原因であると考えられた.他のミトコンドリア病においても,眼輪筋機能低下やBell現象不良に伴う兎眼角膜症の発症が報告されており7),ミトコンドリア機能不全が閉瞼不全をきたす可能性は病態として考慮されるべきである.また,本症例の重篤化の背景に,LSに起因する中枢性の筋力低下および眼輪筋麻痺に加え,全身管理下の高リスク因子の影響があると考えられた.集中治療室(intensivecareunit:ICU)入室患者全体において兎眼の有病率はC34.0%と高く,さらに小児CICU患者ではC40.9%という高い有病率が報告されており,その中でも兎眼発症の危険因子として人工呼吸管理や鎮静,GlasgowComaScaleの低値などがあげられており,瞬目反射の低下がおもな原因とされている8).本症例は外来通院中に角膜穿孔を発症したものの,実態としては寝たきりかつ終日人工呼吸器管理下であった.こうした中枢性の筋力低下や瞬目反射低下を伴う患者群は,重篤な兎眼角膜症を発症する危険性があり,通常より厳格な角膜管理を徹底する必要がある.また,ICU患者における結膜の細菌叢を調べた報告では,コアグラーゼ陰性ブドウ球菌,ジフテロイド,黄色ブドウ球菌などの正常細菌叢についで緑膿菌やアシネトバクターなどの病原菌が検出され,角膜穿孔症例において分離された微生物のなかでもっとも多かったのは緑膿菌であった9).本症例においても眼脂培養検査で緑膿菌が検出された.兎眼角膜症に対しては,眼表面の保護と潤滑維持を目的とした保存的治療が基本となる.人工涙液や眼軟膏を頻回に使用し,並行して眼帯,テーピングによる強制閉瞼が行われる.状況に応じてCSCLを使用し,難治例や重症例では,眼瞼縫合術や側頭筋移行術などが施行される場合もある10).角膜穿孔を生じた場合には,眼圧下降薬併用でのCSCLの装用やシアノアクリレートあるいはフィブリン糊による穿孔部の閉鎖が試みられ,閉鎖に難渋する場合は,結膜被覆術,羊膜移植,全層または表層角膜移植が選択され,眼表面の安定化がはかられる11).角膜穿孔への外科的治療として,とくに小児においては術式選択に難渋する.小児角膜移植における拒絶反応のリスクは成人より高く,とくにC4歳以下の全層角膜移植ではC5年生存率が50%程度との報告もある12).さらに,角膜血管新生は移植片不全および拒絶反応の危険因子の一つであり,本来は免疫寛容を有する角膜に血管新生が生じることでその免疫寛容機構が破綻し,拒絶反応が生じうる.角膜周辺部では角膜中央部と比較して血管侵入が生じやすく,その結果,拒絶反応が起こりやすい13).保存角膜は新鮮角膜と比較して免疫反応を誘発しにくく,術後ステロイド使用量を抑制し,感染や高眼圧のリスクを軽減できる可能性が指摘されている14).本症例はC4歳という若年に加え,角膜周辺部の移植を要した点において拒絶反応のリスクが高いと考えられたが,保存角膜を使用し,さらにドナー内皮を.離し表層移植とすることで,移植片不全の主因となる内皮型拒絶反応を回避でき15),現時点で良好な結果が得られていると考えられた.CIII結論結論として,全身管理を要する小児の難治性兎眼角膜症に生じた角膜穿孔に対し,保存角膜を用いた部分表層角膜移植は,拒絶反応のリスクを抑えつつ眼球温存をはかるための有効な選択肢であると考えられた.しかし,根本的な原因である兎眼は残存しているため,術後も保湿や閉瞼などの厳重な管理継続が不可欠である.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)JammalCH,CKhaderCY,CShihadehCWCetal:ExposureCkera-topathyCinCsedatedCandCventilatedCpatients.CJCCritCCareC27:537-541,C20122)PainterCSL,CRanaCM,CBaruaCACetal:OutcomesCfollowingCtacrolimusCsystemicCimmunosuppressionCforCpenetratingCkeratoplastyCinCinfantsCandCyoungCchildren.Eye(Lond)C36:2286-2293,C20223)EzraCDG,CLewisCG,CHealyCMCetal:PreventingCexposureCkeratopathyinthecriticallyill:aprospectivestudycom-paringeyecareregimes.BrJOphthalmolC89:1068-1069,C20054)HartfordCJB,CBianCY,CMathewsCPMCetal:PrevalenceCandCriskCfactorsCofCexposureCkeratopathyCacrossCdi.erentCintensivecareunits.CorneaC38:1124-1130,C20195)FinstererJ:LeighCandCLeigh-likeCsyndromeCinCchildrenCandadults.PediatrNeurolC39:223-235,C20086)HanJ,LeeYM,KimSMetal:OphthalmologicalmanifesC-tationsinpatientswithLeighsyndrome.BrJOphthalmol99:528-535,C20157)LockJH,IraniNK,NewmanNJ:Neuro-ophthalmicmani-festationsCofCmitochondrialCdisordersCandCtheirCmanage-ment.TaiwanJOphthalmol11:39-52,C20208)ChenY,HeJ,WuQetal:Prevalenceandriskfactorsofexposurekeratopathyamongcriticallyillpatients:asys-tematicCreviewCandCmeta-analysis.CNursCOpenC11:e2061,C20249)RamaniCK,CKaliaperumalCS,CSarkarCSCetal:StudyCofCcon-junctivalmicrobial.orainpatientsofintensivecareunit.KoreanJOphthalmolC35:318-324,C202110)WolkowCN,CChodoshCJ,CFreitagSK:InnovationsCinCtreat-mentCofClagophthalmosCandCexposureCkeratopathy.CIntCOphthalmolClinC57:85-103,C201711)内藤紘策,鈴木宏光,豊島馨ほか:角膜穿孔症例への治療とその効果についての検討.あたらしい眼科C25:213-217,C200812)BachmannCB,CAvgitidouCG,CSiebelmannCSCetal:Horn-hautchirurgieCundChornhauttransplantationCbeiCkindern(PediatricCcornealCsurgeryCandCcornealtransplantation)C.COphthalmologeC112:110-117,C201513)小山あゆみ,大松寛,井上幸次ほか:蘇生後脳症後兎眼に生じた角膜穿孔に対し保存角膜にて角膜移植を施行した1例.あたらしい眼科34:120-123,C201714)SimonCM,CFellnerCP,CEl-ShabrawiCYCetal:In.uenceCofCdonorstoragetimeoncornealallograftsurvival.Ophthal-mology111:1534-1538,C200415)BorderieCVM,CGuilbertCE,CTouzeauCOCetal:GraftCrejec-tionCandCgraftCfailureCafterCanteriorClamellarCversusCpene-tratingCkeratoplasty.CAmCJCOphthalmolC151:1024-1029,Ce1,C2011C***