‘記事’ カテゴリーのアーカイブ

眼内レンズセミナー:ガード付きphaco chopper

2025年8月31日 日曜日

眼内レンズセミナー監修/大鹿哲郎・佐々木洋459.ガード付きphacochopper本田有希秋元正行大阪赤十字病院眼科白内障手術における核分割の方法には,おもにCdivideandconquer法とCphacochop法がある.Divideandconquer法に対してCphacochop法は,核分割に必要な超音波エネルギーが少なく,角膜内皮へのダメージを軽減することができるが,一般的にCphacochop法のほうが習得がむずかしい.とくに,習得したての専攻医は後.破損を恐れてCphacochopperの差し込みの深さが足りず,核分割ができないことが多い.そこで,安全な深さに差し込めるようにガード付きのCphacochopperを開発した.●核分割の歴史と開発に至った経緯1991年にGimbelによって提示されたdivideCandconquer法は,その習得のしやすさから現在でも広く受け入れられている技術である1).一方,1993年に永原が開発したCphacochop法はCdivideandconquer法に比べてより効率的に核分割を施行できる方法として開発され,角膜内皮へのダメージを軽減することができる2)が,一般的にCphacochop法のほうが習得がむずかしいため,若い専攻医はまずCdivideandconquer法から習うことが多い.また,divideCandconquer法からCphacoCchop法にうまく移行するためには訓練が必要であり,頭を悩ませる専攻医も多い.核分割においては,divideandconquer法でもCphacochop法でも,しっかりと器具で深さを出すほど,少ない力で分割ができ,分割の確実性は上がる.Phacochop法では多くの場合,左手のCphacochopperと右手のCUSによる協調作業で深さを出していくが,この両手の器具の扱いがCphacochop法のむずかしさの一つである.Phacochop法の学習過程において,手術を修練中の専攻医は,はじめは深く器具を差し込むことができず,うまく割ることができない.一方,うまく分割できたときは,しっかりと深く差し込めていることがわかる.Phacochopperの差し込み具合は眼外でもみてとれる.うまく分割できたときと,うまく分割できなかったときを比較すると,その差は明らかである(図1).専攻医がCphacochopperを十分な深さまで差し込めないのは,どのぐらいまで差し込んだら後.破.をするのかという加減がわからないからだと考えられる.そこで安心してCphacoCchopperを差し込めるよう,phacochopper先端にこれ以上差し込めないようにガードを付ければ,破.を気にせずCphacochopperをしっかり差し込めるのではないかと考えた.C●開発方法まず適切な鍔の位置を検討するため,前眼部光干渉断層計(opticalCcoherencetomorgaphy:OCT)を用いて角膜ポートから水晶体.後極までの距離を計測した(図2).図1専攻医による核分割の様子分割できたとき(Ca)と分割できなかったとき(Cb).Phacochopperの差し込みの深さに違いがあることがみてとれる.(79)あたらしい眼科Vol.42,No.8,2025C10130910-1810/25/\100/頁/JCOPY図2前眼部OCTを用いた計測角膜ポートから水晶体.後極までの距離は平均でC7.9Cmm強であった.図4専攻医Aによるガード付きphacochopperの使用例ガードの根本まで深くCphacochopperを差し込めているのがわかる.結果はC7.9mm強であり,この結果をもとにCphacochopperにつける鍔の位置を先端からC7.9mmとし,ガード付きCphacochopperが完成した(図3).C●結果ガード付きCphacochopperの安全性を確認するため,核処理後にCphacochopperを挿入し,灌流下で先端が後.に当たらないことを確認し,まだCphacochop法を試みていない専攻医C2名に使用してもらった.専攻医CAは第一症例では両手の協調ができず分割に失敗したが,第二症例以降では成功した(図4).専攻医図3ガード付きphacochopper(上)と通常のphacochopper(下)通常のCphacochopperと比べてガードが付いている以外の変更点はなく,通常のCphacochopperへの移行もスムーズにできるような設計をめざした.Bも第一症例では分割に失敗したが,第二症例以降では核分割に成功した(図4).ガード付きCphacoCchopperによる後.破損はなかった.C●おわりに今回のガード付きCphacochopperは,トレーニング中の専攻医がCphacochop法の技術を迅速に習得できるようにすることを目的として開発した.ガード付きCphacochopperの使用により,差し込む深さを物理的に安定させることができるため,トレーニング中の専攻医にとって有用だと考える.また,ガードが付いている以外は通常のCphacochopperと同形状のため,差し込みの深さを理解したあとは,通常のCphacochopperへの移行も容易であると考える.文献1)GuedesCJ,CPereiraCSF,CAmaralCDCCetal:Phaco-chopCver-susCdivide-and-conquerCinCpatientsCwhoCunderwentCcata-ractsurgery:ACsystematicCreviewCandCmeta-analysis.CClinOphthalmolC18:1535-1546,C20242)MahdyCMA,CEidCMZ,CMohammedCMACetal:RelationshipCbetweenendothelialcelllossandmicrocoaxialphacoemul-si.cationCparametersCinCnoncomplicatedCcataractCsurgery.CClinOphthalmolC6:503-510,C2012

コンタクトレンズセミナー:英国コンタクトレンズ協会のエビデンスに基づくレポートを紐解く エビデンスに基づくコンタクトレンズ診療(2) 

2025年8月31日 日曜日

■オフテクス提供■コンタクトレンズセミナー英国コンタクトレンズ協会のエビデンスに基づくレポートを紐解く20.エビデンスに基づくコンタクトレンズ診療(2)土至田宏聖マリアンナ医科大学横浜市西部病院眼科松澤亜紀子聖マリアンナ医科大学/川崎市立多摩病院眼科英国コンタクトレンズ協会の“ContactCLensCEvidence-BasedCAcademicReports(CLEAR)”の第C10章は「エビデンスに基づく診療(evidencebasedpractice)」の概念をコンタクレンズ診療にどう応用するかを解説している1).今回はその後半部分をまとめた.レンズ選択の根拠コンタクトレンズ(CL)処方において,素材,設計,交換頻度,度数補正方法などの選択は,装用者の快適性と安全性,視力の質に大きく影響する.素材に関しては,酸素透過性(Dk値),水濡れ性,硬度,含水率などが装用感や角膜生理に影響を及ぼす.ハイドロゲルとシリコーンハイドロゲルでは後者のほうが酸素透過性に優れるが,表面処理法や素材のイオン性の違いにより,涙液との親和性や汚れの沈着傾向が異なる.酸素透過性(rigidCgaspermeable:RGP)CLにおいても,素材の硬度や光学特性がフィッティングの安定性と直結するため,角膜形状や装用目的に応じた適正な選択が求められる.設計面では,球面,非球面,トーリック,マルチフォーカルなどが存在し,それぞれ乱視補正,老視対応,不正乱視への対応などに応用されている.トーリックレンズの軸安定性やマルチフォーカルの設計における加入度や瞳孔径との関係は,視機能と装用に対する満足度に大きく関係する.また,RGPCLや強膜レンズでは,光学ゾーンの径やレンズエッジの形状が,視野とフィッティングに影響を及ぼす.レンズの使用期間や交換頻度も重要である.1日使い捨てタイプは感染リスクがもっとも低く,アレルギーやコンタクトレンズ不快感(contactClensdiscomfort)の予防にも有用とされるが,コストや環境負荷の面で制約がある.一方,2週間で交換する頻回交換型やC1カ月交換型は経済的だが,ケア不良による合併症のリスクが相対的に高くなる.RGPCLは長期使用が可能である反面,装用に慣れるまで時間を要することが多い.不同視,角膜不正,円錐角膜,白内障術後などの患者には,オーダーメイド設計やハイブリッド,強膜レンズなどの選択肢が必要となる.(77)レンズの選択は眼の生理的条件,生活環境や背景,装用を希望する条件,衛生管理能力など,多因子を考慮した包括的判断によって行うべきであり,その根拠は科学的データと実臨床の知見の両方に基づいている.レンズフィッティングの評価レンズフィッティングは,CL処方の成否を左右する重要な過程のひとつであり,眼表面の解剖学的特性とレンズ構造との適合性を評価する.ソフトCCL(SCL)においては,レンズのセンターリング,動き,カバーする範囲,リムの接触状態などが主要な評価項目となる.適正な動きがないと涙液交換が不十分となり,汚れの蓄積や上皮障害の原因となる.RGPCLでは,フルオレセインを用いた染色パターンにより中央部・周辺部の接触と浮きのバランスを観察する.角膜形状とのミスマッチにより点状上皮障害やC3・9時染色が発生することがあり,早めの対処が求められる.Sagittalheightは近年注目されているレンズデザイン上の重要要素であり,その調整はベースカーブや直径のみならず,レンズフィッティングにおいて有効な要素のひとつである場合がある.強膜レンズやハイブリッドレンズでは,レンズの裏面と角膜の間に十分な間隙が確保されているかや,その間隙が多すぎないかを評価する必要がある.さらに,レンズの縁が結膜を過度に圧迫していないかどうかを確認すべきで,これらの評価により角膜への不要な接触を防ぎ,安全な装用が可能となる.フィッティング評価は観察所見の良否ではなく,快適性,安全性,視力安定性を長期的に支える臨床的根拠であり,トポグラフィーなどの機器を用いた客観的手法も重要性を増すと考えられる.あたらしい眼科Vol.42,No.8,2025C10110910-1810/25/\100/頁/JCOPY装用指導と教育CLの安全な使用には装用者自身の理解と行動が不可欠である.そのための装用指導は診療の重要な一環である.初心者には着脱方法,手指衛生,装用時間,交換頻度,ケア手順の正確な理解と習得が求められる.教育は説明のみでなく,実践と確認を伴うべきであり,対象者に応じた視覚教材や反復練習が必要となる.装用者の多くが装用上の基本事項を部分的にしか理解していないことから,再教育を定期的に行うことの必要性が指摘されている.誤ったケア行動(就寝時装用,水道水使用,保存液の使い回しなど)は感染や炎症惹起の主要因であり,具体的なリスク提示による行動変容が望まれる.装用者のヘルスリテラシーを高め,自身の眼の状態を観察し異常時に対応できる力を養うことも,長期装用成功の鍵となる.定期検査と経過観察定期検査は,CL装用中の眼表面への影響を早期に検出し,CL装用を継続するための安全性を評価するプロセスである.視力,角膜・結膜の染色,レンズの状態,ケア状況などの定期的な評価により,無症候でも進行する異常を見逃さず,トラブルを未然に防ぐことができる.CL装用初回からC1週間程度といった装用開始早期における経過観察がとくに重要であり,そこで得られる情報は処方の修正や教育の補強に直結する.その後もC3~6カ月ごとの定期検査が推奨され,長期装用者では慢性的な変化(新生血管,角膜混濁など)にも注意が必要である.患者に対する問診も重要で,生活スタイルや装用動機の変化にも対応することが,定期検査の本質である.まとめ本ガイドラインは,CL診療においてエビデンスに基づく実践(evidenceCbasedpractice:EBP)を推進するため,診療全体を構造的に整理したものである.診療の各段階──すなわち問診,所見評価,レンズ選択,フィッティング,装用指導,定期検査──における科学的根拠,臨床判断,患者の理解とが求められる.これらに関してはシステマティックレビューやランダム化比較試験といった高位エビデンスは乏しいが,専門家の知見や症例蓄積が代替エビデンスとして機能している.CLの技術の多様化と装用者の背景の複雑化により,柔軟な対応力が今後一層求められる.とくに,装用指導と定期検査によって装用者の行動変容を促し,CL診療を長期的・包括的医療と位置づける視点が重要である.最後に本ガイドラインが,現場のCCL診療の実践における知的な基盤となることを期待する,と綴られている.文献1)Wol.sohnCJS,CDumbletonCK,CHuntjensCBCetal:CLEARC-Evidence-basedCcontactClensCpractice.CContCLensCandCAnteriorEyeC44:368-397,C2021

写真セミナー:進行した両眼偽翼状片にTerrien角膜変性症を伴った一例

2025年8月31日 日曜日

写真セミナー監修/福岡秀記山口剛史495.進行した両眼偽翼状片にTerrien角膜変性症中川迅井上眼科医院を伴った一例図1両眼の進行した翼状片両眼ともに鼻側,耳側の両方向から翼状片の進行がみられる.とくに鼻側からの進行が著しい.角膜実質C12時方向には脂肪蓄積がみられる.図3両眼の翼状片切除および羊膜移植術後半年の前眼部所見上方の角膜脂肪蓄積像の近傍には透明帯が存在する.図4両眼角膜透明帯の前眼部OCT像周辺角膜透明帯部位の角膜は菲薄化している.角膜実質からCcavityformation発生後の菲薄化所見と考えられ,Terrien角膜変性症と考えられる.左眼に一つ,右眼には二つのCcavityformationが発生したと考えられる陥凹所見(C..)がみられる.(75)あたらしい眼科Vol.42,No.8,2025C10090910-1810/25/\100/頁/JCOPY両眼に鼻側耳側,両方向から進行した偽翼状片がみられた50歳,女性の症例を提示する.両眼の翼状片切除および羊膜移植手術を施行した.その後,両眼角膜輪部上方に径2×2~3mm大の透明帯の存在が確認され,角膜の菲薄化が認められた.また,その近傍の角膜内に脂肪蓄積像がみられた.前眼部COCT撮影を行ったところ,cavityCformation後と考えられる角膜菲薄化所見がみられた.角膜内の脂肪集積所見と前眼部COCTによるCcavityformationからTerrien角膜変性症(TerrienC’sCmarginalCdegenera-tion:TMD)と診断した.本症例は両眼に進行した翼状片と角膜内脂肪集積およびCTMDが同時にみられた事例であった.TMDはC1990年にCTerrienによって報告された病態であるが,1881年にCTrumpyがCcornealChyalineCdegen-erationと記した症例が世界で初めて発見されたCTMDだとされている.特徴は両眼性の非炎症性の角膜変性であり,所見は角膜の菲薄化,角膜実質の萎縮,角膜脂質沈着,角膜表層の血管侵入である.まれに著しく角膜菲薄化が進行したケースでは,突発的に角膜穿孔をきたす場合がある.発症年齢はC10~70歳と幅広く,40歳以下は全体のC1/3で,女性より男性に多く発症するといわれている.2013年には服部らが前眼部COCTを用いたTMDの発症病態に関して報告し1),まず角膜実質内にCcavityformationが発生し,その後,眼内圧に伴って角膜内皮側が角膜上皮側に圧出され,接着し,菲薄化していく,という病態仮説を立てている.また,長年CTMDは非炎症性の角膜変性症と考えられてきたが,近年では生体共焦点顕微鏡(inCvivoCconfocalmicroscopy:IVCM)を用いた研究により,炎症が病態進行に必須だと考えられている.Ferrariらの報告では,TMD患者にCIVCMを施行したところ,角膜実質内に活性化した免疫細胞と樹状細胞がみられ,免疫が病態に関与していると考察された2).また,Chenらの報告では,TMD患者の角膜には周辺と中心の上皮神経叢の減少がみられ,活性化したCLangerhans細胞がCBowman膜,上皮下神経叢にみられた3).これによって病態進行には炎症による活動期が存在すると考えられている.これまでCTMDは非炎症性の角膜変性と考えられてきたが,炎症性病態も必須であると考えるならば,翼状片とCTMDが共存することも納得ができる.文献1)HattoriT,KumakuraS,MoriHetal:DepictionofcavityformationCinCTerrienCmarginalCdegenerationCbyCanteriorCsegmentCopticalCcoherenceCtomography.CCorneaC32:615-618,C20132)FerrariCG,CTedescoCS,CDel.niCECetal:LaserCscanningCinCvivoCconfocalCmicroscopyCinCaCcaseCofCTerrienCmarginalCdegeneration.Cornea29::471-475,C20103)ChenT,LiQ,TangXetal:InvivoCconfocalmicroscopyofCcorneaCinCpatientsCwithCTerrien’sCmarginalCcornealCdegeneration.JOphthalmol2019:3161843,C2019

Stevens Johnson症候群(重症薬疹)の鑑別と眼科的対応

2025年8月31日 日曜日

StevensJohnson症候群(重症薬疹)の鑑別と眼科的対応DiagnosisandOcularManagementofStevens-JohnsonSyndrome駒井清太郎*外園千恵*はじめにStevens-Johnson症候群(Stevens-JohnsonCsyn-drome:SJS)は,高熱や全身倦怠感に加えて,皮膚や口唇,口腔,眼,外陰部など全身の粘膜に紅斑,びらん,水疱を多発する重篤な疾患である.壊死性の組織障害を特徴とし,表皮.離が全身のC10%未満のものをSJS,10%以上に及ぶものを中毒性表皮壊死症(toxicepidermalCnecrolysis:TEN)と分類するが,両者は連続した疾患スペクトラムと考えられており,本稿ではこれらを区別せず,SJSとして取り扱う.SJSは全身性の疾患として非常に重篤であり,致死率も高く報告されている.眼科領域では,急性期に眼合併症を認める割合は約C60%とされており,そのうちの半数近くで重篤な眼障害に進展し,視力に大きな影響を及ぼす可能性がある1).かつては,重篤な全身状態のために眼科的介入が遅れ,慢性期に最重度の眼障害を呈した状態で紹介されるケースもしばしばみられた.こうした背景から,SJSにおける眼病変の重症度とその早期対応の重要性が強く認識されるようになってきた.2005年に改訂された重症多形滲出性紅斑の診療ガイドラインでは,眼所見が重症度評価スコアに加えられ,それを受けて発症直後に眼科へのコンサルトが増加し,眼科医が急性期の治療にかかわる機会も増えている.急性期においては,全身的なステロイドパルス療法の有効性や,局所へのステロイド投与による消炎効果が報告されており,炎症の早期制御が視機能予後においてきわめて重要とされている.しかし,SJSは比較的まれな疾患であり,多くの眼科医にとって急性期の治療経験は限られている.また,発症早期には全身状態が不安定で,専門施設への迅速な紹介がむずかしいことも少なくない.そのため,普段あまり経験のない眼科医が急性期のCSJS患者に直面した際に適切な対応に戸惑うことも想定される.こうした背景を踏まえ,本稿では急性期SJSにおける眼科的管理の実際を整理し,臨床現場において突発的に対応を求められる状況においても適切な判断と対応が行えるよう,その一助となることを願う.慢性期に移行したCSJSでは,眼表面に瘢痕性変化を残し,重篤な視機能障害を引き起こすことが多く,患者の生活の質(qualityoflife:QOL)を著しく低下させる.これまで,慢性期眼合併症に対する外科的治療は難渋し,視力回復は困難であると考えられてきた.しかし近年,再生医療の応用や特殊なコンタクトレンズ(contactlens:CL)の導入など,治療法の選択肢が広がり,患者が自立した生活を送るための視機能回復も現実味を帯びてきた.SJSは若年者にも発症しうる疾患であり,視機能障害はその後の人生に大きな影響を及ぼす.本稿では,SJSの急性期治療におけるアプローチと,慢性期の治療戦略の進歩について概説することで,患者の長期的な視機能維持とCQOL向上をめざした診療に貢献することを目的とする.*SeitaroKomai&ChieSotozono:京都府立医科大学大学院医学研究科視覚機能再生外科学〔別刷請求先〕駒井清太郎:〒602-0841京都市上京区河原町広小路上ル梶井町C465京都府立医科大学大学院医学研究科視覚機能再生外科学(1)(67)C10010910-1810/25/\100/頁/JCOPY図1急性期SJSの眼所見上眼瞼結膜に偽膜の形成がみられる.角膜上皮欠損はフルオレセイン蛍光造形により観察される.図2急性期SJSにおける偽膜除去結膜上に形成される偽膜は,鑷子などを用いて組織に対して愛護的に除去する.図3慢性期SJSにおける眼瞼結膜の瘢痕化と眼瞼縁の不整眼瞼結膜の瘢痕化や角化は軽症例にもみられ,眼表面との摩擦を増加させて慢性的な炎症を引き起こす.-図4瞼球癒着の解除を目的としたCOMET術前後の前眼部所見a:術前の前眼部写真.角膜上に高度の瞼球癒着を認める.b:COMET後C6カ月.瞼球癒着が解除され,瞳孔領が確認できる.Cc:COMET後C9年.瞼球癒着の解除部位は癒着の再発なく長期的に維持されている.図5輪部支持型コンタクトレンズ輪部支持型コンタクトレンズを装用した慢性期CSJSの前眼部写真.レンズは角膜輪部で支持され,不正乱視の矯正による視力向上と,眼表面摩擦の低減や涙液の保持による眼表面環境の改善が期待される.アイや眼痛のため,一般的なCHCLの装用は困難なことが多い.一方,欧米で使用される強膜レンズは直径が16.23Cmmと大きく,癒着性変化により結膜.が短縮している患者では装用自体がむずかしい.輪部支持型CCLは直径C13.14Cmmとやや小さく,角膜輪部を支持部とするため装用時の刺激が少なく,涙液交換が十分に行なわれる設計となっている.また,輪部支持型CCLの装用が視力を改善するだけではなく,慢性期CSJSの眼表面障害におけるサイトカインの減少や眼表面炎症の抑制に寄与することが明らかになってきている15.17)(図5).上述したCCOMETと輪部支持型(limbalrigid)CLを併用することで,角化や癒着を伴う最重症の眼の視力回復が可能になってきた14).おわりに本稿では,SJSにおける眼障害に対して,急性期・慢性期の管理から,慢性期における眼表面再建の課題から新たな治療戦略までを概説した.急性期には適切かつ十分な消炎治療を行うとともに,急激に変化しうる眼所見を的確に評価し,早期に対応することが求められる.とくに,眼所見は全身治療方針の決定に影響を与えることがあるため,眼科医が果たす役割はきわめて重要である.一方で慢性期においては,多因子的かつ複雑な病態が想定されることから,各要素を丁寧に評価し,個々に応じた管理を行うことが求められる.従来の外科的手法の限界を踏まえたうえで,着実に成果を上げつつある新たな治療戦略として登場した輪部支持型CCLやCCOMETといったアプローチは,眼表面環境の改善と視機能の維持・向上に寄与する治療手段として確立されつつある.今後は,これらの治療法を個々の病態に応じて適切に選択・組み合わせることで,長期的な治療成績の向上およびCQOLの改善がいっそう期待される.文献1)PowerCWJ,CGhoraishiCM,CMerayo-LlovesCJCetal:AnalysisCofCtheCacuteCophthalmicCmanifestationsCofCtheCerythemaCmultiforme/Stevens-JohnsonCsyndrome/toxicCepidermalCnecrolysisCdiseaseCspectrum.COphthalmologyC102:1669-1676,C1995C2)SotozonoCC,CUetaCM,CNakataniCECetal:PredictiveCfactorsCassociatedwithacuteocularinvolvementinStevens-John-sonSyndromeandtoxicepidermalnecrolysis.AmJOph-thalmol160:228-237,C20153)UetaM,InoueC,NakataMetal:Severeocularcomplica-tionsCofCSJS/TENCandCassociationsCamongCpre-onset,acute,andchronicfactors:areportfromtheinternationalophthalmologycollaborativegroup.FrontMed(Lausanne)C10:1189140,C20234)UetaM,KaniwaN,SotozonoCetal:IndependentstrongassociationCofCHLA-A*02:06CandCHLA-B*44:03withcoldCmedicine-relatedCStevens-JohnsonCsyndromeCwithCseveremucosalinvolvement.SciRepC4:4862,C20145)AkpalaCCO,CErfaniCYJ,CYoungCJCetal:Stevens-JohnsonCsyndromeandtoxicepidermalnecrolysis-likeeruptionsinpatientsCtreatedCwithCimmuneCcheckpointinhibitors:aCsystematicreview.IntJDermatolC63:e397-e404,C20246)QinCK,CGongCT,CRuanCSFCetal:ClinicalCfeaturesCofCSte-vens-JohnsonCsyndromeCandCtoxicCepidermalCnecrolysisCinducedCbyCimmuneCcheckpointCinhibitorCversusCnon-immunecheckpointinhibitordrugsinChina:across-sec-tionalCstudyCandCliteratureCreview.CJCIn.ammCResC17:C7591-7605,C20247)ArakiCY,CSotozonoCC,CInatomiCTCetal:SuccessfulCtreat-mentCofCStevens-JohnsonCsyndromeCwithCsteroidCpulseCtherapyCatCdiseaseConset.CAmCJCOphthalmolC147:1004-1011,C20098)MienoCH,CUetaCM,CKinoshitaCFCetal:CorticosteroidCpulseCtherapyCforCStevens-JohnsonCsyndromeCandCtoxicCepider-malnecrolysispatientswithacuteocularinvolvement.AmCJOphthalmolC231:194-199,C20219)MatsumotoCK,CUetaCM,CInatomiCTCetal:TopicalCbeta-methasoneCtreatmentCofCStevens-JohnsonCSyndromeCandCtoxicepidermalnecrolysiswithocularinvolvementintheacutephase.AmJOphthalmolC253:142-151,C202310)IyerCG,CPillaiCVS,CSrinivasanCBCetal:MucousCmembraneCgraftingCforClidCmarginCkeratinizationCinCStevens.Johnsonsyndrome:results.CorneaC29:146-151,C201011)長野広実,渡辺彰英,奥拓明ほか:難治性眼表面疾患に伴う眼瞼の異常に対する手術治療.日眼会誌C128:672-679,C202412)KomaiCS,CInatomiCT,CNakamuraCTCetal:Long-termCout-comeCofCcultivatedCoralCmucosalCepithelialCtransplantationCforfornixreconstructioninchroniccicatrisingdiseases.BrJOphthalmolC106:1355-1362,C202213)InatomiCT,CNakamuraCT,CKojyoCMCetal:OcularCsurfaceCreconstructionCwithCcombinationCofCcultivatedCautologousCoralCmucosalCepithelialCtransplantationCandCpenetratingCkeratoplasty.AmJOphthalmolC142:757-764,C200614)AzizaCY,CImaiCK,CItoiCMCetal:StrategicCcombinationCofCcultivatedoralmucosalepithelialtransplantationandpost-operativeClimbal-rigidCcontactClens-wearCforCend-stageCocularsurfacedisease:aretrospectivecohortstudy.BrJ1006あたらしい眼科Vol.42,No.8,2025(72)

脳神経内科領域の薬剤による眼疾患(副作用)

2025年8月31日 日曜日

脳神経内科領域の薬剤による眼疾患(副作用)Ocular Disorders(adverse events)Caused by Neurological Drugs秋山久尚*
はじめに脳神経内科領域では生物学的製剤や抗てんかん薬の新規開発,適応が急速に拡大しているが,従来薬を含む同領域薬による眼科領域での副作用は特異的で,頻度は多くないのが特徴である.しかし,眼科医が一度,薬剤性を疑えば,全身疾患を含めた適切な問診や治療歴の聴取を行い,眼科学的検査所見を詳細に検討することで,被疑薬が想定できる知識をもつことが求められる.また,副作用発現時の治療方針は被疑薬の中止が原則であるが,中止としても改善なく追加治療が必要な場合もあり,治療選択肢を多数もつべきである. 
I 抗てんかん薬
近年,高齢者てんかん患者の増加とともに新規抗てんかん薬の上市が増加し,治療選択肢が増えてきている.しかし,これら抗てんかん薬による眼科領域での特異的な副作用は多くなく,カルバマゼピンやフェノバルビタールなどの抗てんかん薬に対するアレルギー機序により生じる StevensJohnson症候群,中毒性表皮壊死症(toxicepidermal necrolysis:TEN),薬剤性過敏症症候群などの重症薬疹に伴った眼科的症状が主体である.このうち Stevens Johnson症候群は,高熱や全身倦怠感,咽頭痛(初期症状として重要)などの症状を伴い,口唇,口腔内,外陰部を含む全身皮膚粘膜移行部に重症の紅斑,びらん,水疱を多発する病態であり,眼科領域では後遺症を残しやすい眼粘膜での粘膜疹を呈する.治療は被疑薬の中止と発症早期のステロイド療法および免疫グロブリン静注(intravenousimmunoglobulin:IVIg)療法,血液浄化療法のほか,補液,栄養管理,感染予防,粘膜部の局所処置が重要である.また,TENでは眼症状として眼球結膜の充血,偽膜形成,角膜・結膜上皮の欠損を認める.抗てんかん薬による眼科領域の特異的な副作用としては,小児てんかん薬であるビガバトリン(サブリル)の長期内服で不可逆的な視野狭窄(障害),錐体機能障害,視神経萎縮を認める.これらはビガバトリン投薬の継続により悪化するため,定期的な視野検査を含めた眼科学的検査が必須となっている.

II 神経難病治療薬近年,神経難病治療薬の開発がめざましく,多発性硬化症(multiple sclerosis:MS),視神経脊髄炎,重症筋無力症での急性期の副腎皮質ステロイド(とくにステロイドパルス)療法,IVIg療法,血液浄化療法は変わらないが,MSの疾患修飾(再発予防)薬として従来から使用されてきたインターフェロン(interferon:IFN) b,グラチラマー酢酸塩,フマル酸ジメチル,フィンゴリモド塩酸塩,シポニモドフマル酸,ナタリズマブに代わり生物学的製剤であるオファツマブが上市され,治療の選択肢が増えた.また,視神経脊髄炎スペクトラム障害の再発予防薬としてはエクリズマブ,サトリズマブ,イネピリズマブ,ラブリズマブ,リツキシマブが,重症筋無
*Hisanao Akiyama:聖マリアンナ医科大学脳神経内科学〔別刷請求先〕 秋山久尚:〒216-8511 神奈川県川崎市宮前区菅生 2-16-1 聖マリアンナ医科大学脳神経内科学(1)(57) 9910910-1810/25/\100/頁/JCOPY 
図 1 IFN網膜症眼底に軟性白斑,網膜出血を認める.
表 1 フィンゴリモド製剤の施設要件(注)医療施設の「施設要件」
①本剤の適性使用情報を伝達できている施設であり,e-learningを受講して本剤の有効性および安全性について十分な知識を有することを確認された医師が在籍している施設であること.②多発性硬化症(MS)の診断が可能で,十分な MS治療経験を有する医師であり,原則として日本神経学会,日本神経免疫学会,日本神経治療学会のいずれかの学会に所属する医師が在籍している施設であること.③循環器を専門とする医師と連携するなど,週切な処置が行える管理下での投与開始ならびに心電図測定を含む観察が可能な診療体制が取られていること.④本剤の重罵な副作用(感染症等)へ対応できる診療体制が取られている施設であること.⑤眼科医との連携を取ることが可能な施設であること.⑥全例調査への理解と協力が得られた施設であること.(フィンゴリモド製剤の適正使用ガイドより引用)

図 2 頭部/頸髄 MRI a:頭部 MRIでは DIRおよび T2WIで両側傍側脳室および juxtacorticalに高信号域,矢状断で Dawson’s .ngersを認める. b:頸髄 MRIでは高位頸髄に高信号を認める. -
図 3 フィンゴリモド開始前の OCT画像2014年C6月C18日(フィンゴリモド開始前)のCOCT画像では異常を認めない.~ -
左眼視力=0.7(1.2×-0.50D Cyl-0.5D Ax180 
°)

左眼視力=0.6(1.2×-0.50D cyl-0.5D Ax180°

図 4 左眼 OCT画像①フィンゴリモドの投与を開始し約C0.5カ月後に,OCTで左眼に無症候性黄斑浮腫の出現を確認した.
左眼視力=0.8(1.2×-0.50D cyl-0.5D Ax180°
)左眼視力=0.7(1.2×-0.50D Cyl-0.5D Ax180°)

左眼視力=0.8(1.2×-0.50D Cyl-0.5D Ax180°
)図 5 左眼 OCT画像②フィンゴリモド開始からC9カ月後まで徐々に左眼の黄斑浮腫の.胞状悪化を認めた.
左眼視力=0.5(0.9×-0.75D cyl-0.5D Ax170 
°)

左眼視力=0.4(0.9×-0.75D cyl-0.5D Ax170°
)左眼視力=0.5(0.9×-0.75D cyl-1.0D Ax165 
°)図 6 左眼 OCT画像③フィンゴリモド内服を中断なく継続したところ,黄斑浮腫は消退傾向を示し,フィンゴリモド開始約C1年で左眼の黄斑浮腫は自然消退した.
図 7 FAME発現機序は未だに不明である.DMEと同様に,フィンゴリモド用量依存的にCS1P1受容体を介してCvascularpermeabilityが増加し,blood-retinalbarrierのCbreakdownを起こし漏れ出しが生じるとされる.(文献C13より改変引用)図 8 糖尿病性黄斑浮腫( DME)単純CDR(初期)では,高血糖により網膜での毛細血管が障害され,血管から血液が漏れて出血したり(点状・斑状出血),血液中の蛋白質や脂質が網膜に沈着したり(硬性白斑)する.血糖コントロールが良好な場合,DRは可逆性である.前増殖CDR(中期)では,毛細血管が閉塞し網膜の神経細胞に酸素や栄養が行かず軟性白斑や静脈拡張が生じる.網膜の酸素欠乏状態になると,酸素を補うために異常血管(新生血管)を作る準備が始まる.増殖CDR(末期)では,網膜からの新生血管が硝子体中に発生して硝子体出血を起こし,さらに進行すると増殖膜が網膜表面を覆い網膜.離を起こす.DMEは単純CDRから増殖CDRに至るまでどの病期にも発症し,黄斑部の毛細血管が障害され,血管から血液中の水分が漏れ出して黄斑部にたまり浮腫が生じた状態で,この漏れ出しにCVEGFがかかわる.

図 9 黄斑浮腫への眼科学的検査の提言(ノバルティスファーマ社・メーゼント適正使用ガイドより転載)C–’C

抗リウマチ薬による眼障害・リンパ腫

2025年8月31日 日曜日

抗リウマチ薬による眼障害・リンパ腫OcularComplicationsandLymphomaAssociatedwithAnti-RheumaticMedications南出みのり*福岡秀記*はじめに関節リウマチ(rheumatoidarthritis:RA)は,全身の関節に慢性的な炎症を生じる進行性の自己免疫疾患である.病変の主座は関節滑膜であり,炎症が持続すると骨破壊へと進行し,関節の変形や破壊をきたす.有病率はC0.5~1.0%で,日本における患者数は約C80万人と推定される1).小児から高齢者まで幅広く発症し,30~50歳代の発症がもっとも多い.男女比はC1:4程度と女性に多いが,高齢になると1:2~3程度と男性比が相対的に高くなる.原因は不明であるが,発症には多数の遺伝要因と環境要因の関与が指摘されている.近年,メトトレキサート(methotrexate:MTX)をはじめとする抗リウマチ薬(diseaseCmodifyingCantiCrheumaticdrugs:DMARDs)の導入により,RAの治療成績は著しく向上した.治療目標はこれまでの疼痛コントロールだけでなく,骨破壊を抑制し,臨床的寛解をめざすことができるようになった.しかし,これらの薬剤はさまざまな副作用をもたらす可能性があり,眼合併症もその一つである.本稿では,DMARDsによる眼合併症およびCMTX関連リンパ腫について概説する.CIDMARDsの種類現在使用されているCDMARDsは以下のように分類される.「関節リウマチ診療ガイドライン」のCRA薬物治療アルゴリズム(図1)に従って薬剤が選択される.1.従来型合成DMARDs従来型合成抗リウマチ薬(conventionalCsyntheticDMARDs:csDMARDs)の歴史は,注射金剤やペニシラミンといった古典的CcsDMARDsに始まり,ブシラミン,サラゾスルファピリジンなどの免疫調節薬の時代を経たあと,MTXの承認により新たな時代に入った.MTXはC1950年代に抗癌薬として開発された葉酸代謝拮抗薬であるが,1980年代にCRAに対する有効性が証明され,日本ではC1999年にCRAの治療薬として承認された.当時の承認用量の上限はC8Cmg/週であり,添付文書上の適応はほかの低分子CDMARDsで効果が得られなかった症例であった.その後,2011年に成人CRAに対する最大用量はC16Cmg/週となり,第一選択薬としての使用が可能になった.高い有効率,継続率と優れた関節破壊進行抑制効果,生活の質(qualityoflife:QOL)の改善効果に加え,生命予後の改善効果も示されている.現在はCRA診療のアンカードラッグに位置づけられ,RAの第一選択薬として広く使用される.ほかのCcsDMARDsは,MTXが禁忌の場合や年齢,腎機能障害,肺合併症などを考慮してCMTXの使用を控える場合に選択される.また,MTX単独使用では効果が不十分な場合にほかのCcsDMARDsの追加併用療法を検討する.効果不十分例には,MTXとの併用に有効が示されているサラゾスルファピリジン,タクロリムス,イグラチモド,ブシラミンが推奨されている.*MinoriMinamide&HidekiFukuoka:京都府立医科大学大学院医学研究科視覚機能再生外科学〔別刷請求先〕南出みのり:〒602-0841京都市上京区河原町広小路上ル梶井町C465京都府立医科大学大学院医学研究科視覚機能再生外科学(1)(49)C9830910-1810/25/\100/頁/JCOPY補助的治療太い矢印は“強い推奨”,細い矢印は“弱い推奨”であることを示す.点線矢印()はエキスパートオピニオンであることを示す.図1RAの薬物治療アルゴリズムRAと診断後はまずCMTXを考慮する.原則としてC6カ月以内に治療目標である「臨床的寛解もしくは低疾患活動性」が達成できない場合には,次のフェーズに進む.(文献C1より改変引用)薬物の減量を考慮MTX-LPDと診断MTX中止2週間経過観察寛解不変・増悪再燃経過観察化学療法図2MTX-LPDの診断と治療の概要図3症例1の前眼部写真a:初診時.左眼にサーモンピンク色の結膜腫瘍を認める.b:術後C9カ月後.左眼の結膜に結膜腫瘍の再発は見られない.図4症例2の頭部MRI画像a:術前のCT1強調画像.b:術前のCT2強調画像.左涙腺部に腫瘤を認める.図5症例3初診時の左眼前眼部写真角膜後面沈着物および角膜浮腫を認める.既往歴:RA,高血圧,胃癌,結核.眼科所見:矯正視力右眼C1.0,左眼C0.4,眼圧右眼9CmmHg,左眼C25CmmHg.左眼の角膜後面沈着物および角膜浮腫を認めた(図5).全身所見:明らかなリンパ節腫脹を認めなかった.画像所見:頭部CMRIで頭蓋内病変を認めなかった.PET-CTでリンパ節腫大はなかった.検査所見:sIL-2R660U/mL.経過:左眼の前房水を採取したところ,IL-10/IL-6=1080/181と上昇しており,左眼のCMTX硝子体内注射を施行した.その際に採取した硝子体の細胞診はCclassCIVであり,MTX-LPDの再発と診断した.2週間後,右眼にも前房内炎症が出現したため,右眼の前房水を採取したところ,IL-10/IL-6=505/72と上昇しており,右眼もCMTX硝子体内注射を開始した.全身化学療法は本人の希望がなく,両眼への局所放射線療法を併用した.経時的に眼所見は改善し,硝子体内注射C10カ月終了時には両眼ともに視力はC1.0であった.5年間再発なく経過している.おわりにDMARDs,とくにCMTXは効果的なCRA治療薬である一方,眼合併症やリンパ腫などの重篤な副作用を引き起こす可能性がある.眼合併症としては結膜炎などの比較的軽度なものから,視神経症といった重篤なものまで多岐にわたる.とくにCMTX関連リンパ増殖性疾患は生命予後にもかかわる合併症であり,眼窩や眼内病変を呈することもある.これらの副作用を早期に発見し適切に対処するためには,リウマチ専門医と眼科医,そして必要に応じて血液内科医との密接な連携が重要である.DMARDs使用患者に対する継続的な教育と,症状出現時の速やかな受診の重要性も強調されるべきである.今後,新規CDMARDsの開発や長期使用例の蓄積に伴い,さらなる眼合併症の報告が予想される.継続的な眼科的モニタリングと副作用報告の集積が,安全な抗リウマチ治療の実現に貢献するであろう.文献1)一般社団法人日本リウマチ学会(編):関節リウマチ診療ガイドラインC2024,診断と治療社,20242)Al-TweigeriT,NabholtzJM,MackeyJR:Oculartoxicityandcancerchemotherapy.CancerC78:1359-1373,C19963)ClareCG,CColleyCS,CKennettCRCetal:ReversibleCopticCneu-ropathyassociatedwithlow-dosemethotrexatetherapy.JNeuroophthalmol25:109-112,C20054)Santodomingo-RubidoCJ,CGilmartinCB,CWol.sohnJS:CDrug-inducedCbilateralCtransientCmyopiaCwithCtheCsulfon-amideCsulphasalazine.COphthalmicCPhysiolCOptC23:567-570,C20035)KatsiaunisCAK,CLipnerS:OcularCadverseCe.ectsCofCTNF-ainhibitorsCinCtheCFDACadverseCeventCreportingsystem(FAERS)C.CJCClinCDermatolCSurgC2:https://doi.Corg/10.61853/1tvx5p216)LimCLL,CFraunfelderCFW,CRosenbaumJT:DoCtumorCnecrosisCfactorCinhibitorsCcauseCuveitis?CaCregistry-basedCstudy.ArthritisRheumC56:3248-3252,C20077)Levy-ClarkeCG,CJabsCDA,CReadCRWCetal:ExpertCpanelCrecommendationsfortheuseofanti-tumornecrosisfactorbiologicagentsinpatientswithocularin.ammatorydisor-ders.OphthalmologyC121:785-796,C20148)ZemraniCS,CAmineCB,CElCBinouneCICetal:OpticCatrophyoccurringwithanti-tumornecrosisfactoralphatherapy:Cacasereport.SaudiJPatholMicrobiolC9:211-214,C20249)DermawanCA,CSoCK,CVenugopalCKCetal:In.iximab-inducedopticneuritis.BMJCaseRepC13:e236041,C202010)LiD,YangX,LiYetal:Adverseeventpro.leofocularinjuryCassociatedCwithCJAKCinhibitorsCinCpatientsCwithCrheumatoidarthritis:aCdisproportionalityCanalysis.CExpertCOpinCDrugSaf:doi:10.1080/14740338.2025.2465862.Conlineaheadofprint11)HecquetCS,CRabierCMB,CLepelleyCMCetal:Ophthalmologi-calCadverseCeventsCunderCJAKCinhibitorsCinCpatientsCwithCrheumatoidarthritis:caseanalysisoftheEuropeanphar-macovigilanceCdatabase.CAnnCRheumCDisC78(Suppl2):C748,C201912)EllmanCMH,CHurwitzCH,CThomasC:LymphomaCdevelop-inginapatientwithrheumatoidarthritistakinglowdoseweeklymethotrexate.JRheumatol18:1741-1743,C199113)KamelCOW,CvanCdeCRijnCM,CWeissCLMCetal:ReversibleClymphomasCassociatedCwithCEpstein-BarrCvirusCoccurringCduringmethotrexatetherapyforrheumatoidarthritisanddermatomyositis.NEnglJMed328:1317-1321,C199314)HoshidaCY,CXuCJX,CFujitaCSCetal:LymphoproliferativeCdisordersinrheumatoidarthritis:clinicopathologicalanal-ysisCofC76CcasesCinCrelationCtoCmethotrexateCmedication.CJRheumatolC34:322-331,C200715)TokuhiraCM,CSaitoCS,COkuyamaCACetal:Clinicopathologi-calCanalysesCinCpatientsCwithCotherCiatrogenicCimmunode.ciency-associatedClymphoproliferativeCdiseasesC988あたらしい眼科Vol.42,No.8,2025(54)–

免疫チェックポイント阻害薬による眼障害:臨床的特徴とマネジメント

2025年8月31日 日曜日

免疫チェックポイント阻害薬による眼障害:臨床的特徴とマネジメントOcularImmune-RelatedAdverseEventsAssociatedwithImmuneCheckpointInhibitors:ClinicalManifestationsandManagementStrategies鴨居功樹*はじめに近年,がん免疫療法として免疫チェックポイント阻害薬(immunecheckpointinhibitor:ICI)の使用が急速に普及している.ICIにはprogrammedcelldeath-1(PD-1)阻害薬(ニボルマブ,ペムブロリズマブなど),programmedcelldeath-ligand1(PD-L1)阻害薬(アテゾリズマブ,アベルマブ,デュルバルマブなど),およびcytotoxict-lymphocyteantigen4(CTLA-4)阻害薬(イピリムマブ)があり,これらはT細胞の抑制経路を遮断することで抗腫瘍免疫を賦活する.その一方で,免疫的機序による多彩な免疫関連有害事象(immune-relatedadverseevents:irAE)を引き起こすことが知られている.眼合併症(ocularirAE)は頻度こそ低いものの,患者の視機能や生活の質(qualityoflife:QOL)に大きな影響を及ぼしうる重要な有害事象である.初期の報告では発生率1%未満と考えられていたが,近年では2.8.4.3%程度に上る可能性が示唆されている.眼障害として,ドライアイから重篤なぶどう膜炎や視神経炎に至るまで多岐にわたる.眼は本来免疫特権的な環境であり,角膜や虹彩毛様体,網膜色素上皮(retinalpig-mentepithelium:RPE)などでPD-L1が発現して免疫応答を制御している.ICIによるこれら制御経路の解除は,眼組織に自己免疫反応を誘発する機序と考えられている.本稿では,ICIに伴う眼障害の種類と頻度,臨床症状,重症度評価,治療戦略,ICI継続可否の判断基準について最新の知見を解説する.I眼障害の分類と各薬剤の特徴ICIに関連する眼障害は,解剖学的部位ごとに分類すると理解しやすい.おもな病態として角膜・眼表面の障害,ぶどう膜炎(前眼部/中間部・後部/汎),網膜・脈絡膜障害,視神経障害,神経眼科的障害,眼窩障害などが報告されている.以下に部位別の詳細を述べる.1.角膜・眼表面の障害眼表面の障害としてもっとも多いのはドライアイである.ICI使用患者の3.24%でドライアイが報告されたとの報告もあり1),比較的高頻度の副作用と考えられる.自覚症状としては目の乾燥感や異物感,軽度の充血などがみられ,多くは両側性である.通常は重症度Grade1(軽度)に相当し(グレーディングは後述),人工涙液などの点眼による対症療法で管理可能である.しかし,まれながら重症の角膜上皮障害に進展する例もあり,ニボルマブ投与中に重度の角膜潰瘍・穿孔をきたした症例報告も存在する2).角膜炎も数は少ないものの報告されており,点状表層角膜症から潰瘍性角膜炎まで幅がある3).ドライアイや角膜炎はPD-1/PD-L1阻害薬で比較的多くみられる傾向があるが,CTLA-4阻害薬でも起こりうる4).結膜炎もICI開始後にみられることがあり,充血や眼脂を主訴とするが,細菌感染などとの鑑別が必要となる.これら眼表面の副作用はおおむね軽症で局所治療に反応し,ICI治療の継続は可能な場合が多い5).*KojuKamoi:東京科学大学大学院医歯学総合研究科眼科学〔別刷請求先〕鴨居功樹:〒113-8510東京都文京区湯島1-5-45東京科学大学大学院医歯学総合研究科眼科学(1)(41)9750910-1810/25/\100/頁/JCOPY2.ぶどう膜炎ぶどう膜炎はCICIによる眼障害のなかでもっとも代表的かつ頻度の高いものである.文献レビューによれば,報告された眼合併症のうち約C46%がぶどう膜炎関連であり,ほかの病態を圧倒して最多である4).臨床的には前部から後部までさまざまなタイプがあり,しばしば汎ぶどう膜炎の様相を呈する.前眼部の障害として前部ぶどう膜炎(虹彩・毛様体炎)がよく知られている.症状としては視力低下や霧視,羞明,飛蚊症がみられ,充血や軽度の疼痛を伴うこともある.ICI関連の前部ぶどう膜炎は両眼に発症する傾向があり,ステロイド点眼などで治療すれば多くは速やかに寛解する5).重症度としてはCGrade2(中等度)程度までの例が多く,ステロイド点眼・散瞳薬の局所治療で炎症をコントロールしつつCICIを一時中止する対応がとられる.前部ぶどう膜炎が改善すればCICI再開も可能であり,適切な治療により後遺症なく治癒する患者がほとんどである.なお,implantableCcollamerlens(ICL)使用中に虹彩炎と眼圧上昇をきたした報告もあり,炎症による隅角閉塞やステロイド誘発緑内障への注意も必要である5).中間部・後部・汎ぶどう膜炎においては,Vogt-小柳C-原田病に類似したぶどう膜炎がある(図1)6,7).このタイプは両側性の漿液性網膜.離(serousretinaldetach-ment:SRD)や脈絡膜の肉芽腫性炎症を呈し,ICI,とくに抗CCTLA-4抗体のイピリムマブで高頻度に認められる.実際,米国眼科学会CIRISレジストリの報告では,ぶどう膜炎の発生率はイピリムマブ単独でC17.6%と,ニボルマブC3.5%,ペムブロリズマブC2.6%に比べて有意に高く,ニボルマブ+イピリムマブ併用でもC6.4%と上昇することが示された8).CTLA-4阻害による全身の自己免疫活性化が,より強い眼内炎症反応を引き起こすと考えられる.治療は重症度に応じて行われる.軽度(Grade1)の場合は局所ステロイドで経過をみながらCICIを継続できることもあるが,中等度以上(Grade2.3)のぶどう膜炎ではCICIの投与中断が推奨される5).副腎皮質ステロイドの全身投与を行うことで大半の患者は改善し,多くは視力が回復するステロイド治療への反応が不十分な重症例では,免疫抑制薬の併用も検討される.たとえば,後部ぶどう膜炎に対しメトトレキサートやアザチオプリン,あるいは抗腫瘍壊死因子(tumornecrosisfactor:TNF)C-a抗体(インフリキシマブ)投与の報告がある9).幸い,報告されたぶどう膜炎患者の予後はおおむね良好であり,適切な治療介入によって視力は改善することが多い.C3.網膜・脈絡膜障害ICIは網膜や脈絡膜にもさまざまな障害を引き起こす.上述のように多発性のCSRDは原田病様ぶどう膜炎の症状として比較的よくみられる所見である.また,網膜血管炎(血管炎性網膜症)もまれながら報告があり,網膜静脈周囲炎とそれに伴う虚血や浮腫を呈したケースがある10).急性黄斑神経網膜症(acuteCmacularCneuro-retinopathy:AMN)はきわめてまれな合併症だが,抗PD-L1抗体アテゾリズマブ投与後にCAMNと網膜静脈炎を生じた報告がある.中心視力低下と中心暗点を主訴に発症し,一部はステロイド治療で視力改善を得たとされる10).さらに,腫瘍随伴症候群の一種である自己免疫性網膜症,たとえばメラノーマ関連網膜症(melanoma-associatedretinopathy:MAR)もCICI開始後に顕在化または増悪することがある11,12).ICI治療下ではこのような網膜症の鑑別も念頭におく必要がある.また,イピリムマブ+ニボルマブ併用療法中にメラノーマ関連網膜症を発症し,脈絡膜新生血管や脈絡網膜萎縮をきたした症例報告も存在する.この症例では抗血管内皮増殖因子(vascularCendothelialCgrowthfactor:VEGF)硝子体注射やステロイド治療が行われたものの,黄斑部の瘢痕化により視力予後不良であったと報告されている13).網膜・脈絡膜障害の頻度自体は眼合併症のなかで約C9%と比較的少ないが4),ひとたび生じると中心視力に直接影響するため,早期発見と介入が重要である.C4.視神経障害ICIは中枢神経系への自己免疫反応を介して視神経炎などの視路障害を引き起こすことがある14).報告されている頻度はごく低く,ある解析では全CICI症例の約C0.4%に視神経障害が発生したとのデータがある15).しかし,976あたらしい眼科Vol.42,No.8,2025(42)ab図1悪性黒色腫に対するペムブロリズマブの投与例a:眼底写真.b:OCTでは,両眼において網膜色素上皮の波打,漿液性網膜.離,脈絡膜肥厚が観察され,Grade3のCICI関連CVKH様後部ぶどう膜炎と診断され,ICIは中止された.(文献C7より引用)いったん発症すると重篤な視力予後不良を招く可能性があるため,注意すべき合併症である.ICI誘発例では両眼同時または短期間で視力低下が進行し,眼痛をほとんど伴わない例が多い14).視野は中心暗点や視野狭窄などさまざまなパターンを呈しうる.MRI検査で視神経の造影増強効果や視交叉の炎症所見が認められることもあり,中枢神経の他の部位(脳幹や脊髄)に病変を合併する例も報告されている.治療は高用量ステロイドパルス療法を速やかに開始することが推奨され,可逆性の高い急性期に免疫抑制を行うことで視力の改善が得られる.実際,ICI関連視神経炎の多くはステロイド治療に反応し,最終的な視力予後は良好な患者が多い.しかし,なかにはステロイド抵抗性で進行する例もあり,その場合は血漿交換や免疫グロブリン大量静注療法(intravenousimmunoglobulin:IVIg)といった治療が検討される.報告例ではリツキシマブ(抗CCD20抗体)投与が試みられたケースもあるが,明確な有効性エビデンスは確立していない.視神経炎以外にも,ICIにより視神経周囲の炎症やうっ血乳頭を呈した例もある.虚血性視神経症の報告はまれだが,もし発症した場合は不可逆的な視神経障害を残すため,ICIの再開はむずかしいと考えられる16).C5.神経眼科的障害ICI治療中には,眼球そのもの以外に神経筋接合部や脳神経への免疫性副作用も生じうる.代表的なのが重症筋無力症(myastheniaCgravis:MG)であり,ICIにより免疫介在性の筋接合部障害が誘発されることがある.MGは眼瞼下垂や複視(外眼筋麻痺)で発症することが多く,眼症状のみの「眼筋型」から全身の筋力低下をきたす全身型へ進展しうる重篤な疾患である.ICI関連MGの頻度自体は非常に低いが,発症した場合は生命予後にかかわる可能性もあるため,注意深い観察が必要である.とくにCPD-1/PD-L1阻害薬は重症筋無力症様症状を誘発することが報告されている17).症状としては急激な眼瞼下垂・複視に加え,四肢近位筋力低下や嚥下障害,呼吸筋麻痺などが出現する.治療はCICIをただちに中止し,高用量ステロイド全身投与を行うとともに,必要に応じて抗コリンエステラーゼ薬の投与,さらにはIVIGや血漿交換を速やかに導入する18).ICI関連CMGの死亡率は他のCirAEと比して高いため,早期発見と積極的治療が肝要である18).一方で,脳神経障害としては眼球運動障害が報告されている19).これらは免疫介在性脳神経炎や中枢神経病変により生じると推測される.症状は複視や眼球運動障害として現れ,単独あるいは複数神経の麻痺が起こりうる.治療はほかの重篤CirAEに準じ,ICI中止とステロイド全身投与が考慮される.C6.眼窩障害ICIに関連して眼窩の炎症性疾患が誘発されることもある.炎症性眼窩偽腫瘍様の眼窩炎症では眼球突出,眼痛,複視,眼瞼腫脹などを呈しうる.報告例の集積では,眼合併症全体の約C11%が眼窩にかかわる病変とされ4),頻度としてはぶどう膜炎や神経眼科障害につぐグループである.典型例としては,ICI投与後に眼窩内の筋肉や脂肪組織にリンパ球浸潤性の炎症が起こり,眼窩炎症症候群を呈したケースがある.画像上は眼窩筋肉の肥厚や眼窩脂肪内の造影効果増強がみられ,病理検査では炎症細胞浸潤を伴う線維化が報告されている20).また,ICIに誘発された甲状腺機能異常は甲状腺眼症様の所見を呈することがあり,これも眼窩症状の一つと考えられる.治療はステロイド全身投与が主体で,多くの患者で改善がみられる21).CII重症度評価と治療・マネジメント1.重症度の評価基準ICIによる眼障害の重症度評価には,腫瘍領域で用いられるCcommonCterminologyCcriteriaCforCadverseCevents(CTCAE)が参考になる.CTCAE第C5版では,有害事象をCGrade1(軽症).5(死亡)に区分しており,眼科領域においても視力低下の程度や症状の深刻さで分類されている16)(表1).具体的には,米国臨床腫瘍学会のガイドラインでは,上強膜炎の視力障害ではCGrade1:無症状,Grade2:矯正視力C20/40(0.5)以上,Grade3:有症状,矯正視力C2/40(0.05)未満,Grade4:矯正視力C20/200(0.01).未満,といった基準が設けられている16,22).また,頻度の多いぶどう膜炎においては,炎症978あたらしい眼科Vol.42,No.8,2025(44)表1ICI関連眼障害の重症度に応じた段階的アプローチ症状分類ICI継続重症度(CTCAEGrade)所見治療軽度(ドライアイ・軽い充血など)○継続可能CGrade1無症状だが,臨床的に所見が確認される場合も含む人工涙液などの対症療法必要に応じてステロイド点眼を検討中等度(前部ぶどう膜炎など)△一時中止CGrade2視力はC0.5以上前房中に細胞C1+or2+ステロイド点眼重度(中間部.汎ぶどう膜炎)C×原則中止Grade3.4CGrade3視力はC0.5未満.0C.1まで前房中に細胞C3+以上,あるいは中間・後部・汎ぶどう膜炎CGrade4視力はC0.1以下高用量の全身ステロイド投与神経眼科症状(視神経炎・眼筋麻痺)C×原則中止Grade3.4相当神経学的所見を伴う場合ステロイドパルス療法(IVICg/血漿交換)軽度(Grade1)で視力に影響がなく,軽微な眼症状であれば,ICIを継続しつつ局所治療を行うことが可能である.中等度(Grade2)以上の症状,矯正視力がC20/40(0.5)を下回るような視力低下を伴う角膜潰瘍・前部ぶどう膜炎など懸念される場合には,いったんCICIを休薬することが推奨される5).治療を行い,視力・炎症所見が改善した段階で治療再開を検討する.重度(Grade3)以上の眼障害を経験した患者では,ICI再投与により再発するリスクが高いと考えられるため,原則として治療継続は推奨されない5).ICI継続可否の判断は重症度(Grade),視機能予後,全身の治療状況,そして患者本人の意思を総合的に考慮して行われる.眼科医と腫瘍内科医の緊密な連携のもと,1例ごとに最善の方針を協議することが望ましい.適切な治療に反応し,ある後ろ向き研究では大半の眼に生じたCirAEが局所または全身ステロイドで良好にコントロールされ,視力予後も改善したとしている23).一方で,興味深いことに,眼を含むCirAEを呈した患者は腫瘍学的予後が良好な傾向が示唆されている24).つまり,免疫関連毒性が現れるほど免疫が活性化され,腫瘍排除にも働いている可能性も指摘されている.おわりにICIによる眼障害は比較的新しい領域であり,眼科の見地からの発症メカニズムの解明とエビデンスに基づいたガイドライン整備が今後の課題である.現時点では,症例報告や小規模ケースシリーズの積み重ねから知見が得られている状況であり,体系的研究は限られている.免疫関連症状は眼に限らず全身に及ぶため,内科医と眼科医が連携することでさらにデータを蓄積し,エビデンスに基づいた管理指針の確立と,新たな治療オプションの開発が期待される.文献1)CappelliCLC,CGutierrezCAK,CBinghamCCOC3rdCetal:CImmune-relatedCadverseCeventsCdueCtoCimmuneCcheck-pointinhibitors:aCsystematicCreviewCofCtheCliterature.ArthritisCareRes(Hoboken)C69:1751-1763,C20172)NguyenCAT,CEliaCM,CMaterinCMACetal:CyclosporineCforCdryeyeassociatedwithnivolumab:acaseprogressingtocornealperforation.Cornea35:399-401,C20163)WuKY,YakobiY,GueorguievaDDetal:Emergingocu-larCsideCe.ectsCofCimmuneCcheckpointinhibitors:aCcom-prehensivereview.BiomedicinesC12:2547,C20244)MartensCA,CSchauwvliegheCPP,CMadoeCACetal:OcularCadverseeventsassociatedwithimmunecheckpointinhibi-tors,ascopingreview.CJOphthalmicIn.ammInfectC13:5,20235)ShahzadCO,CThompsonCN,CClareCGCetal:OcularCadverseCeventsCassociatedCwithCimmuneCcheckpointinhibitors:aCnovelCmultidisciplinaryCmanagementCalgorithm.CTherCAdvCMedOncolC13:1758835921992989,C20216)CrossonCJN,CLairdCPW,CDebiecCMCetal:Vogt-Koyanagi-Harada-likeCsyndromeCafterCCTLA-4CinhibitionCwithCipili-mumabCforCmetastaticCmelanoma.CJCImmunotherC38:C80-84,C20157)TakeuchiCM,CMeguroCA,CNakamuraCJCetal:HLA-DRB1*04:05isinvolvedinthedevelopmentofVogt-Koyanagi-HaradaCdisease-likeCimmune-relatedCadverseCeventsCinCpatientsCreceivingCimmuneCcheckpointCinhibitors.CSciCRepC13:13580,C20238)SunMM,KellySP,MylavarapuBsALetal:OphthalmicImmune-relatedCadverseCeventsCafterCanti-CTLA-4CorCPD-1CtherapyCrecordedCinCtheCAmericanCAcademyCofCOphthalmologyintelligentresearchinsightregistry.Oph-thalmologyC128:910-919,C20219)DickAD,RosenbaumJT,Al-DhibiHAetal:GuidanceonnoncorticosteroidCsystemicCimmunomodulatoryCtherapyCinCnoninfectiousuveitis:FundamentalsCOfCCareCforCUveitiS(FOCUS)initiative.OphthalmologyC125:757-773,C201810)RamtohulP,FreundKB:Clinicalandmorphologicalchar-acteristicsCofCanti-programmedCdeathCligandC1-associatedretinopathy:expandingCtheCspectrumCofCacuteCmacularCneuroretinopathy.OphthalmolRetinaC4:446-450,C202011)LuCY,CJiaCL,CHeCSCetal:Melanoma-associatedCretinopa-thy:aCparaneoplasticCautoimmuneCcomplication.CArchCOphthalmolC127:1572-1580,C200912)ElsheikhCS,CGurneyCSP,CBurdonMA:Melanoma-associat-edretinopathy.ClinExpDermatol45:147-152,C202013)ElwoodCKF,CPulidoCJS,CGhafooriCSDCetal:ChoroidalCneo-vascularizationandchorioretinalatrophyinapatientwithmelanoma-associatedCretinopathyCafterCipilimumab/CnivolumabCcombinationCtherapy.CRetinCCasesCBriefCRepC15:514-518,C202114)FrancisCJH,CJabenCK,CSantomassoCBDCetal:ImmuneCcheckpointinhibitor-associatedopticneuritis.Ophthalmol-ogy127:1585-1589,C202015)YuCCW,CYauCM,CMezeyCNCetal:Neuro-ophthalmicCcom-plicationsCofCimmuneCcheckpointinhibitors:aCsystematicCreview.EyeBrain12:139-167,C202016)MazharuddinCAA,CWhyteCAT,CGombosCDSCetal:High-lightsConCocularCtoxicityCofCimmuneCcheckpointCInhibitorsCataUStertiarycancercenter.JImmunotherPrecisOncolC5:98-104,C202217)QinCY,CChenCS,CGuiCQCetal:PrognosisCofCimmuneCcheck-pointinhibitor-inducedmyastheniagravis:asinglecenterexperienceCandCsystematicCreview.CFrontCNeurolC15:C1372861,C202418)Sanchez-CamachoCA,CTorres-ZuritaCA,CGallego-LopezCLCetal:ManagementCofCimmune-relatedCmyocarditis,Cmyo-sitisandmyastheniagravis(MMM)overlapsyndrome:asingleCinstitutionCcaseCseriesCandCliteratureCreview.CFrontCImmunol16:1597259,C202519)ManconeCS,CLycanCT,CAhmedCTCetal:SevereCneurologicCcomplicationsCofCimmuneCcheckpointinhibitors:aCsingle-centerreview.JNeurolC265:1636-1642,C201820)BittonCK,CMichotCJM,CBarreauCECetal:PrevalenceCandCclinicalCpatternsCofCocularCcomplicationsCassociatedCwithCanti-PD-1/PD-L1CanticancerCimmunotherapy.CAmCJCOph-thalmolC202:109-117,C201921)HahnCL,CPeppleKL:BilateralCneuroretinitisCandCanteriorCuveitisfollowingipilimumabtreatmentformetastaticmel-980あたらしい眼科Vol.42,No.8,2025(46)

特定の抗癌剤による網膜外層障害 

2025年8月31日 日曜日

特定の抗癌剤による網膜外層障害DamagetotheOuterRetinaCausedbyCertainAnticancerDrugs篠田啓*はじめに癌の治療は,「手術療法」「放射線療法」「薬物療法」といった3大治療(「免疫療法」「光免疫療法」を加えて5大治療とよばれることもある)と,これらを組み合わせた集学的療法に分類される.このうち,癌化のメカニズムとその遺伝子の解明により1990年代に登場した分子標的薬によって薬物療法は近年大きく発展している.そして複数の抗癌剤の登場によって,眼科領域の副作用が増えている.ここでは,網膜外層障害を生じうる抗癌剤についておもな薬剤と臨床所見を解説する.I網膜外層障害を生じる抗癌剤抗癌剤は,大まかに殺細胞性抗癌剤,分子標的薬,癌免疫療法,ホルモン療法薬などに分類される(表1).殺細胞性抗癌剤の抗腫瘍効果はおもに核酸合成阻害,DNA複製・転写阻害作用によって細胞の分裂阻害,アポトーシス誘導による.これは癌細胞だけでなく正常な細胞にも作用してしまうため,副作用が問題であった.一方,分子標的治療薬は癌細胞だけがもつ増殖,浸潤・転移などの特徴を分子レベルでとらえ,その働きを抑え込む作用を有する.正常細胞へのダメージは少ないものの皆無ではなく,ほかの組織,ほかの臓器,そして眼の副作用もわかってきている.本稿では網膜外層障害を中心に,後眼部副作用について抗癌剤ごとに記述する.1.殺細胞性抗癌剤a.タキサン系抗癌剤パクリタキセル(タキソール),ドセタキセル(タキソテール)は乳癌や肺の小細胞癌などに用いられ,眼合併症としてドライアイ,視神経症などのほか,両眼性の.胞様黄斑浮腫(cystoidmacularedema:CME)が有名である(図1)1.3).視力低下・変視症・小視症を生じる.蛍光眼底造影検査では蛍光漏出はないかごくわずかで,Muller細胞の障害,毛細血管からの漏出,網膜色素上皮(retinalpigmentepithelium:RPE)細胞機能低下などの機序が推測されている.網膜光干渉断層計(opticalcoherencetomography:OCT)による経過観察を行い,休薬,減量で治癒する.多くは可逆性だが,消失せず,アセタゾラミド,ステロイド,非ステロイド性抗炎症薬が奏効した報告もある4).b.金製剤シスプラチン(マルコ)および頻度は低いがカルボプラチン(パラプラチン)はさまざまな癌の治療に用いられるプラチナ製剤で,乳頭浮腫,球後神経炎,黄斑色素の変化などが報告されている.シスプラチンは,炎症や酸化ストレスにより血液脳関門を破壊し,視神経の軸索病変,網膜電図での錐体,杆体機能障害,視細胞やRPE細胞といった網膜外層への直接的な細胞毒性が報告されている(図2)5).視力低下や色覚異常などをきたし,浮腫には炭酸脱水酵素阻害薬などの対症療法が行われることもあるが,重要なのは早期発見と薬剤を中止す*KeiShinoda:埼玉医科大学医学部眼科学教室〔別刷請求先〕篠田啓:〒350-0495埼玉県入間郡下呂山町下呂本郷38埼玉医科大学医学部眼科学教室(1)(33)9670910-1810/25/\100/頁/JCOPY表1抗癌剤の種類1.殺細胞性抗癌剤白金製剤シスプラチンほか微小管阻害薬タキサン系抗癌剤パクリタキセル,ドセタキセルほか抗体薬標的抗原はCEGFR,HER2,VEGFなど多数抗CHER2抗体トラスツズマブ,ペルツズマブ,デルクステカンほか2.分子標的薬*小分子化合物チロシンキナーゼ阻害薬①CBCR-ABL阻害薬②CBRAF阻害薬**③CMEK阻害薬**④CEGFR阻害薬イマチニブ,ダサチニブ,ポナチニブほかベムラフェニブ,タブラフェニブ,エンコラフェニブトラメチニブ,ビニメチニブゲフィチニブ,エルロチニブマルチキナーゼ阻害薬ソラフェニブ,スニチニブ,アキシチニブほかFGFR阻害薬ペミガチニブ3.癌免疫療法インターフェロン,免疫チェックポイント阻害薬4.ホルモン療法薬タモキシフェン,トレミフェン,フルベストラント太字は眼科領域の副作用が有名な薬.EGFR:epidermalCgrowthCfactorCreceptor,HER2:humanCepidermalCgrowthCfactorCreceptorCtypeC2,VEGF:vascularCendo-thelialCgrowthCfactor,BCR-ABL:BreakpointCclusterCregion-AbelsonCmurineCleukemiaCviralConcogeneChomolog,BRAF:B-Rafproto-oncogene,serine/threoninekinase,MEK:Mitogen-ActivatedProteinKinaseKinase.*抗体薬は細胞外の標的分子に作用し,細胞外にある蛋白質などを標的とすることが多く,小分子薬は細胞内に取り込まれて細胞内の標的分子に作用する.たとえば,細胞外のCEGFRやCVEGFを標的とした抗体薬とこれらの細胞内での機能を阻害する小分子薬がある.**BRAF阻害薬,MEK阻害薬はチロシンキナーゼの下流にあるCBRAF,MEKをそれぞれ阻害する.-図1胃癌肝転移に対するパクリタキセル投与でみられた黄斑浮腫63歳,男性.Ca,b:初診時のCOCT所見(Ca:右眼.b:左眼).両眼黄斑部に,網膜外層を中心とした.胞様変化がみられ,右眼にはCSRDを認めた.Cc,d:初診時のフルオレセイン蛍光造影所見後期像(Cc:右眼.Cd:左眼).網膜毛細血管および黄斑部において蛍光漏出や蛍光貯留を認めなかった.Ce,f:薬中止C4カ月後のCOCT所見(Ce:右眼.Cf:左眼).右眼のCSRDは消失,両眼のCCMEは改善し,網膜厚の減少もみられるが,.胞様変化の残存がみられる.(文献C3より引用)b図2化学療法を受けた小細胞肺癌患者の眼所見79歳,男性.Ca:初診時の眼底写真(左:右眼,右:左眼).両眼特に乳頭周囲領域に網膜動脈の狭窄と硬化がみられる.Cb:初診時のCOCT画像(左:右眼,右:左眼).両眼にびまん性の脈絡膜,網膜の菲薄化がみられる.右眼に軽度のCCMEが,左眼に中心窩下沈着が認められた.(文献C5より引用)-図3:BRAF阻害薬とMEK阻害薬併用療法によるSRD73歳,女性.上段:投与中.視力(1.2)/(1.0p).悪性黒色腫に対するエンコラフェニブ(ビラフトビ)およびビニメチニブ(メクトビ)使用時に生じた両眼性の多発性CSRD.下段:投薬中止後.視力(1.2)/(1.2).比較的丈が低いのが特徴的である.薬剤中止後に自然軽快した.Ca右眼左眼b右眼左眼cdef図4ペミガチニブ投与後にSRDを認めた症例ペミガチニブC13.5Cmg投与C7日後に両眼にCSRDを認めた(Ca.c).薬剤をC8日間中断するとCSRDは改善したが(Cd),9.0Cmgのペミガチニブによる治療再開後C13日目にCSRDが再発した(Ce).直ちにペミガチニブの投与を再びC9日間中断したところ,SRDは完全に消失した(Cf).(文献C15より改変引用)図5抗エストロゲン薬投与中にみられたMacTeltype2に類似した黄斑症のOCT所見53歳,女性.右眼(Ca,c,e)および左眼(Cb,d,f)における深部強調COCT画像において中心を通る水平画像の連続的な変化を示す.a,b:初回来院時には両眼中心窩においてCellipsoidzone(EZ)とCinterdigitationCzone(IZ)の消失と,内外に層状の空洞を認めた.Cc,d:初診からC3カ月後,EZ消失面積と内外の層状の空洞の範囲は左眼では減少したが,右眼では減少しなかった.Ce,f:初診からC22カ月後,EZ消失面積は初診C3カ月後と比較して両眼でさらに減少し,内層の空洞は消失し,外層の空洞もほぼ消失した.しかし,中心窩でのIZは消失したままであった.(文献C17より改変引用)’C–

プラケニル(Plaquenil)による網膜障害

2025年8月31日 日曜日

プラケニル(Plaquenil)による網膜障害Plaquenil-AssociatedRetinalToxicity丸子留佳*丸子一朗*Iプラケニルの歴史クロロキン(chloroquine:CQ,図1)は1934年にドイツのバイエル社が合成し,1943年に米国がマラリアの特効薬として短期間の投与に限って使用を開始したが,第二次世界大戦中に抗マラリア薬の投与を受けていた兵士の関節痛などの症状が改善したことを契機に,全身性エリテマトーデス(systemiclupuserythemato-sus:SLE)や関節リウマチの治療薬として広く使用されるようになった.日本では1955年に抗マラリア薬として承認され,そののち,腎炎,関節リウマチ,気管支喘息,てんかんにまで適応が拡大された.当時は薬事制度が十分に整備されておらず,長期投与についての安全性の確認や市販後の副作用のモニターも行われないまま,適応拡大や投与量増加,投与期間の長期化が行われた.1959年にLancetにCQ網膜症の報告が掲載され,日本においても1962年には文献報告で142例,アンケート調査で353例の網膜症の報告がなされ,1964年には日本リウマチ学会でCQ網膜障害の集中討議も行われた1).しかし,ただちには安全対策に結びつかず,1971年にはCQ網膜症被害が社会問題化し,1972年に被害者の会が結成され,1973年よりCQ訴訟が提起された1).製薬企業は1974年にCQの製造を中止し,1976年に再評価結果で腎炎に対して有効性なしと判定され,日本薬局方から削除された.ヒドロキシクロロキン(hydroxychloroquine:HCQ,図1)はCQの副作用を軽減する目的でCQにヒドロキシ基(-OH)を付加した誘導体として合成された.1955年にHCQは米国食品医薬品局によって医療用途として承認され,商品名プラケニル(Plaquenil)で販売が開始され,SLEや関節リウマチなどの自己免疫疾患の治療薬として使用されるようになった.日本では長らく未承認であったが,2015年7月にSLEと皮膚エリテマトーデス(cutaneouslupuserythematosus:CLE)を適応としてサノフィが製造販売承認を取得した.なお,2021年には旭化成ファーマとの共同販売となっており,2024年12月からはジェネリック医薬品も発売されている.IISLE診療におけるHCQの位置づけSLEはT細胞,B細胞などに起因する免疫異常を背景に多彩な自己抗体が産生され,皮膚,腎臓,脳など全身の臓器を障害する代表的な自己免疫疾患の一つである.有病率は10万人あたり20.150人と報告され,好発年齢は20.40歳代,男女比は1:9で女性に多い2).CQHCQ図1CQとHCQの構造式*RukaMaruko&IchiroMaruko:東京女子医科大学眼科学教室〔別刷請求先〕丸子留佳・丸子一朗:〒162-8666東京都新宿区河田町8-1東京女子医科大学眼科学教室(1)(23)9570910-1810/25/\100/頁/JCOPYHCQは抗炎症作用,免疫調節作用,抗酸化作用など,多岐にわたる作用を有する薬剤である3).HCQは核内因子(nuclearfactor:NF)lB経路を抑制し,炎症性サイトカインであるインターロイキン(interleukin:IL)1b,IL-6,腫瘍壊死因子(tumornecrosisfactor:TNF)aの産生を減少させる.これにより,関節痛や皮疹,腎炎などの症状の改善が期待できる.また,HCQは高い脂溶性とリソソームへの特異的な親和性により,細胞膜を通過してリソソーム内に蓄積し,抗原提示細胞の機能を抑制し,免疫応答を調節することができる.具体的には,Toll様受容体の阻害を通じてインターフェロンa(IFNa)の過剰産生を抑制し,自己免疫反応を緩和する.さらに,HCQは活性酸素種の産生を抑制することで,細胞の酸化ストレスを軽減し,組織のダメージを防ぐ.この抗酸化作用により,心血管疾患のリスクを低減できる可能性がある.HCQの効果として,SLEの再燃抑制効果,疾患活動性の抑制効果や生存期間の延長,早期導入による疾患の進行や生存期間の延長が示唆されている4).CLEにおいては,50%以上がHCQ単剤で効果がある4).厚生労働科学研究費補助金難治性疾患等政策研究事業自己免疫疾患に関する調査研究(自己免疫班)および日本リウマチ学会の合同で作成されたSLE診療ガイドライン20195)の診療アルゴリズムによると,皮膚以外の臓器病変を認める場合には,病態や臓器病変にかかわらず,副腎皮質ステロイド投与の前に全例でHCQを考慮することになっている.ガイドラインのなかでSLEの治療目標は,「生命予後のさらなる改善に加え,長期にわたって患者の生活の質を落とさないこと,すなわちSLEではない健常者と何もかわらない社会活動を行える状態を維持すること(社会的寛解の維持)」と定義された.またSLE患者が若年女性に好発することから,社会活動は労働生産性のみでなく,妊娠・出産・育児などの家庭活動も含まれる.社会活動を大きく制限する要因は骨粗鬆症による圧迫骨折や白内障など,副腎皮質ステロイドによるものも多い.さまざまな免疫抑制薬を使用できるようになった現在,SLEの疾患活動性をいかに抑えるかという点に加え,副腎皮質ステロイドの副作用を軽減し,SLEならびに治療に伴う臓器障害を起こさないことが重要となってきている2).2023年に改定された欧州リウマチ学会のSLE治療に関するリコメンデーションズにおいても,HCQは禁忌でない限り,SLEの疾患活動性によらず,軽症・中等症・重症の全患者に投与するものと位置付けられている6).筆者らの外来診療でも,HCQを開始することで副腎皮質ステロイドから離脱できたSLE患者を複数診ている.また,女性に多いSLEで議論となるのが妊娠である.一般に,妊娠中の薬剤使用では,初期の催奇形性と胎児毒性の二つが懸念されるが,催奇形性については妊娠初期にHCQの使用で先天異常の発生は上昇せず7),催奇形性や胎児毒性も認められていない4).原病の治療に必要であれば妊娠中のHCQの使用は可能であり,むしろ妊娠中はSLEが再燃しやすくなるため,疾患活動性管理が重要と考えられている.IIIHCQ網膜症副腎皮質ステロイドよりも全身副作用の少ないHCQであるが,長期使用により網膜症が出現することがあり,もっとも注意しなければならない副作用である.黄斑ジストロフィや萎縮型加齢黄斑変性などの視細胞の変性をきたす疾患が鑑別に上がるが,HCQ開始後に発症したかどうかが鑑別の鍵となるため,HCQ服用開始前の眼科検査が重要である.IV発症機序CQおよびHCQは,メラニンとの親和性が非常に高く,メラニン顆粒を含む網膜色素上皮(retinalpigmentepithelium:RPE)細胞や脈絡膜メラニン含有細胞に取り込まれる.弱塩基性であるCQおよびHCQによって酸性のリソソーム内pHが上昇してリソソーム酵素の働きが低下し,視細胞外節の代謝を阻害し,リポフスチンが蓄積する.この蓄積したリポフスチンがさらにリソソーム機能を阻害する悪循環を生み,最終的にRPEの機能不全から視細胞変性が起き,網膜症を発症する8).HCQはCQよりも細胞膜透過性が低く,リポフスチンの産生量が少ないことが基礎実験で示されており8),実臨床でもHCQはCQよりも網膜症の発症率が低いことが示されている9,10).958あたらしい眼科Vol.42,No.8,2025(24)Vスクリーニングで行うべき眼科検査HCQは前述のように,視細胞変性とRPE萎縮を引き起こす.HCQ網膜症の初期は中心窩周囲に顆粒状変化がみられ,進行すると黄斑部にbull.seyemaculopathy(標的黄斑症)が出現し,末期には周辺部網膜までメラニン色素の沈着を伴った網脈絡膜萎縮をきたす11).初期には自覚症状はないか,あっても軽微(図2)であり12),患者の自覚症状の有無による評価は危険である.現時点ではHCQ網膜症に有効な治療法はなく,いったん発症するとHCQの中止後も網膜症が進行することがある(図2)ため11,12),定期的なスクリーニング検査を行い,患者の自覚症状の出ていない初期のうちにHCQ網膜症を診断し,プラケニルを中止することが視機能を守るうえで非常に重要である.HCQ服用例に対して実施すべき眼科検査を表1に示す.HCQの適応疾患であるSLEとCLEでは経口副腎皮質ステロイドが併用されている患者もあり,HCQ網膜症に加えて,ステロイド白内障,ステロイド緑内障,中心性漿液性脈絡網膜症などの副腎皮質ステロイドの眼副作用にも留意して診察する.また,網膜症の発現部位に関する人種差についての検討の結果,アジア人では黄斑辺縁部型での発症が他の人種に比べて高頻度にみられた13,14).黄斑辺縁部型は傍中心窩型よりも診断時のプラケニル累積投与量が多く,より進行した状態でみつかった13)ことから,黄斑辺縁部型は傍中心窩型よりも発見が遅れる傾向にあることがわかる.定期的なスクリーニングでは,黄斑辺縁部型を常に念頭におき,黄斑部のみならず,その外側にも注意して検査を行うことが重要である.日本眼科学会のガイドライン11)に準じて,以下に各検査の注釈を述べる.①視力検査:HCQ網膜症のみならず,ステロイド白内障や中心性漿液性脈絡網膜症によるによる視力低下に留意して視力を測定する.②細隙灯顕微鏡検査:HCQは網膜症以外にも角膜症を起こすことがあるため行う.CQ角膜上皮症では,両眼性に角膜表面をほうきで掃いたような線状の細かいびまん性の混濁が認められる15).③眼圧測定:日本で行われたHCQの臨床試験,海外市販後調査において眼圧変化にかかわる副作用の報告はないが,ステロイド緑内障に留意して眼圧を測定する11).④眼底カメラ撮影:HCQによる眼底の詳細な変化をとらえるために行う.広角眼底カメラ撮影を行うことも検討する.⑤光干渉断層計(opticalcoherencetomography:OCT):傍中心窩から黄斑辺縁領域にかけて網膜層における局所的な菲薄化をとらえることにより,HCQによる網膜障害の検出が可能である.Ellipsoidzone(EZ)の欠損は傍中心窩障害の初期の所見である可能性がある(図2).網膜構造の微細な変化はタイムドメインOCTなどの古い機種では適切に描出できないことに注意する.⑥視野検査:網膜症による中心視野の状態および変化をとらえる目的で実施する.HCQによる視野異常は,傍中心窩型では中心10°以内で観察されるが,黄斑辺縁部型ではそれよりも周辺で視野障害が起こるため,中心30°までの領域の検査も検討する.筆者らはHumphrey自動視野計の10-2プログラムと30-2プログラムを交互に施行している.なお,ステロイド緑内障による視野異常がないかどうかもスクリーニング時に確認する.⑦眼底自発蛍光(fundusauto.uorescence:FAF):2016年に日本眼科学会より発刊された「ヒドロキシクロロキン適正使用のための手引き」では,HCQ使用例に行うべき眼科検査のなかに含まれていないが11),2020年に英国王立眼科学会より発刊された改訂ガイドライン「TheRoyalCollegeofOphthalmologistsrec-ommendationsonmonitoringforhydroxychloroquineandchloroquineusersintheUnitedKingdom(2020revision)」では,推奨される検査に含まれており,黄斑辺縁部型の検出にも適した広角のFAFの撮影がとくに推奨されている16).なお,ステロイド併用例においては,中心性漿液性脈絡網膜症に起因する漿液性網膜.離が発生していない場合でも,RPE障害が生じることがある.このような変化をHCQ網膜症と混同しないよう,注意が必要である.色覚検査は,日本眼科学会のガイドラインではHCQ使用例に行うべき眼科検査のなかに含まれているが11),(25)あたらしい眼科Vol.42,No.8,2025959eHumphrey10-2プログラム図2初期のHCQ網膜症(弘前大学上野真治先生のご厚意による)39歳,女性.SLE.a:HCQ服用開始前.OCTでCinterdigitationzone(IZ)の途絶がみられ(.),EZの反射も不良であった.b~e:HCQ網膜症診断時(投与開始後C2年C4カ月,累積投与量C168g).右眼視力(1.2).自覚症状なし.眼底写真で異常はみられないが,FAFで中心窩上方にリング状の過蛍光があり,それに対応する下方の視野障害がみられる.OCTでCEZとCIZの途絶(.)が観察される.f~h:中止後C3年.右眼視力(1.2).自覚症状なし.眼底自発蛍光で過蛍光の範囲が拡大し,それに対応して視野障害の範囲も拡大している.OCTで観察されるCEZとCIZの欠損範囲も長くなっている(.).hHumphrey10-2プログラム-表1HCQ使用例に行うべき眼科検査・視力検査・細隙灯顕微鏡検査・眼圧測定・眼底カメラ撮影・SpectraldomainOCT(SD-OCT),SweptsourceOCT(SS-OCT)×timedomainOCTは推奨されない・視野検査(中心C10°とC30°を交互に施行)・FAF(黄斑部と周辺部を両方撮影)図3強度近視眼のHCQ服用症例58歳,女性.SLE.Ca~c:HCQ服用開始前.左眼視力(1.2).タクロリムスとプレドニゾロンC11Cmg/日を併用.Cd~f:HCQ開始後C3年C8カ月(累積投与量約C400Cg).左眼視力(1.25).プレドニゾロンC9Cmg/日を併用.強度近視眼でCOCTでのCEZとCIZは描出不良であるが,服用開始後のCOCT所見に著変なく,FAFでも網膜障害を示唆する所見がないことからCHCQの服用を継続している.図4経過中に中心性漿液性脈絡網膜症を発症したHCQ内服症例38歳,女性.SLE.Ca,b:HCQ服用開始時.右眼視力(1.2).ミゾリビン,タクロリムスとプレドニゾロンC10mg/日を併用.OCTで脈絡膜が肥厚しているが,FAFでCRPE異常ははっきりしない.Cc,d:HCQ服用開始C2年後(累積投与量約C220Cg).右眼視力(0.7).ミコフェノール酸モフェチルとプレドニゾロンC20Cmg/日を併用.OCTで中心性漿液性脈絡網膜症がみられる.Ce,f:HCQ開始後C3年C4カ月(累積投与量約C365Cg).右眼視力(1.2).タクロリムスとプレドニゾロンC15Cmg/日を併用.漿液性網膜.離の消失に伴ってCFAFの過蛍光所見が消失した.OCTで中心窩のCIZが描出されず,EZの連続性も不良であるが,中心性漿液性脈絡網膜症の既往のためと判断し,HCQの服用を継続している.表2HCQ網膜症の発症率■全CHCQ網膜症の累積発症率■中等度もしくは重度CHCQ網膜症の累積発症率HCQ用量(mg/kg/日*)10年累積発症率15年累積発症率C.5mg/kg/日C1.2%C2.7%5.6mg/kg/日C3.5%C11.4%>6mg/kg/日C5.8%C21.6%HCQ用量(mg/kg/日*)10年累積発症率15年累積発症率C.5mg/kg/日C0.5%C1.1%5.6mg/kg/日C0.9%C2.4%>6mg/kg/日C1.5%C5.9%*体重は実測体重(文献C19より改変引用)表3HCQの累積投与量表4眼科検査のタイミングとリスク因子HCQ投与量おおよその累積投与量(g)200mg/日C6×服用期間(月)200CmgとC400Cmgの隔日投与C9×服用期間(月)400mg/日C12×服用期間(月).処方前.処方開始後は年C1回.下記リスクのある場合はより頻回(半年毎など)・累積投与量がC200Cg超・高齢者・肝機能障害または腎機能障害・視力障害,SLE網膜症,投与後に眼科検査異常の出現

抗糖尿病薬(DPP4,GLP-1)関連の眼疾患

2025年8月31日 日曜日

抗糖尿病薬(DPP4,GLP-1)関連の眼疾患OcularDisordersRelatedtoAnti-DiabeticDrugs(DPP-4inhibitors,GLP-1ReceptorAgonists)福岡秀記*はじめに2型糖尿病の治療薬として広く使用されているCdipep-tidylpeptidase-4(DPP-4)阻害薬やCglucagon-likepep-tide-1(GLP-1)受容体作動薬は,その安全性と有効性から臨床現場で多く使用されている.これらの薬剤はおもにインクレチンホルモンの作用を増強することで血糖コントロールに寄与する.しかし,近年,とくにDPP-4阻害薬投与に関連した自己免疫性水疱症(水疱性類天疱瘡,bullouspemphigoid:BP)の報告が増加しており,医薬品医療機器総合機構(PharmaceuticalsCandCMedicalCDevicesAgency:PMDA)より医療関係者に対して注意喚起がなされ1),とくに皮膚科領域では注目されている.眼科領域においても,DPP-4阻害薬関連の眼類天疱瘡(ocularCcicatricialpemphigoid:OCP)の症例が報告され始めており,薬剤誘発性の眼表面疾患として認識が高まっている.またCGLP-1受容体作動薬も,2型糖尿病治療薬として使用され,近年では肥満症治療においても画期的な効果を示している.しかし,その使用拡大に伴い,眼疾患を含むさまざまな副作用の報告が増加している.本稿では,DPP-4阻害薬関連のCOCPとCGLP-1受容体作動薬と関連する非動脈炎性前部虚血性視神経症(non-arteriticCanteriorCischemicopticneuropathy:NAION)を中心に,最新の知見を整理する.IDPP-4阻害薬とGLP-1受容体作動薬の作用機序1.DPP-4阻害薬DPP-4はインクレチンホルモンであるCGLP-1やCglu-cose-dependentCinsulinotropicCpolypeptide(GIP)を分解する酵素である.DPP-4阻害薬は,この酵素の働きを阻害することで,インクレチンホルモンの血中濃度を上昇させ,膵Cb細胞からのインスリン分泌を促進する.日本で承認されているCDPP-4阻害薬には,シタグリプチン,ビルダグリプチン,アナグリプチン,リナグリプチン,テネリグリプチン,サキサグリプチン,トレラグリプチン,オマリグリプチンなどさまざまな種類がある.DPP-4阻害薬は日本におけるC2型糖尿病治療の主要な選択肢となっており,2014.2017年の調査によれば,国内のC2型糖尿病患者の新規治療においてもっとも多く処方されている薬剤で,処方率はC65.1%に達している2).とくに高齢者や腎機能低下患者においても比較的安全に使用でき,低血糖リスクの少なさから第一選択薬として頻用されている3).C2.GLP-1受容体作動薬GLP-1受容体作動薬は,インクレチンホルモンであるCGLP-1の作用を模倣し,GLP-1受容体に直接作用する薬剤である.これにより,膵Cb細胞からのインスリン分泌を促進し,膵Ca細胞からのグルカゴン分泌を抑*HidekiFukuoka:京都府立医科大学大学院医学研究科視覚機能再生外科学〔別刷請求先〕福岡秀記:〒602-0841京都市上京区河原町広小路上ル梶井町C465京都府立医科大学大学院医学研究科視覚機能再生外科学(1)(11)C9450910-1810/25/\100/頁/JCOPY図1DPP-4阻害薬関連OCPa:右眼.b:左眼.両眼の結膜充血と輪部の堤防上隆起および睫毛乱生を認める.図2DPP-4阻害薬関連OCPa:右眼.b:左眼.フルオレセイン蛍光造影により角膜輪部の上皮欠損および眼脂を認める.図3DPP-4阻害薬関連OCPDPP-4阻害薬を中止し,全身治療を行ってからC2年が経過した.左眼(Cb)は角膜上に角化組織を残し,右眼(Ca)の角膜は透明性を維持している.ab図4NAIONの典型的な所見a:眼底写真.b:眼底COCT画像.視神経乳頭浮腫を認める.一方で,2024年C8月の大規模リアルワールドデータ分析では,6,600万例のデータベース解析においてGLP-1受容体作動薬使用群と非使用群でCNAIONリスクに差がないという結果が示された.この研究ではC6種類の感度分析(セマグルチド限定解析を含む)でも同様の結果が得られており,眼科受診歴のない一般集団を対象としている8).Cc.発症機序の仮説GLP-1受容体作動薬がCNAIONを誘発する可能性のある機序としては,いくつかの仮説が考えられている.一つは視神経に発現するCGLP-1受容体の刺激により交感神経が亢進し,血管収縮が生じて視神経乳頭の血流障害を引き起こす可能性,治療薬による急速な体重減少に伴う低血圧や血管内脱水が視神経乳頭の血流低下を引き起こす可能性,高血糖の急速な是正が眼合併症と関連している可能性も指摘されている.さらに,基礎疾患としての糖尿病や肥満自体がCNAIONのリスク因子であるため,今後も関連性評価には注意が必要である.C2.GLP-1受容体作動薬とその他眼合併症GLP-1受容体作動薬と糖尿病網膜症の関連については,さまざま報告されている.急速な血糖コントロールの改善に伴い,一過性の網膜症悪化が生じる現象(earlyworsening)が知られており,SUSTAIN-6試験9)では,セマグルチド投与群で糖尿病網膜症合併症が対照群よりも高率に報告された.この悪化は,おもに治療前のHbA1c値が高く,すでに網膜症を有していた患者で生じていた.現在ではCGLP-1受容体作動薬は軽症糖尿病網膜症の発症リスクを高めるものの,重症糖尿病網膜症の発症リスクを軽減させると理解されている.C3.今後の課題と研究の方向性GLP-1受容体作動薬と眼疾患の関連については,依然として多くの未解明点がある.今後の課題としては,因果関係の調査とリスク推定のための大規模前向きコホート研究の実施や知見から得られるハイリスク患者における眼合併症予防などがあげられる.おわりにDPP-4阻害薬とCGLP-1受容体作動薬はC2型糖尿病治療において重要な選択肢である一方,それぞれ特有の眼合併症リスクについても注意が必要である.DPP-4阻害薬はCOCPとの関連が報告されており,早期発見と原因薬剤の中止が重要である.一方,GLP-1受容体作動薬については,とくにCNAIONに関する研究結果が相反する状況にあり,明確な結論には至っていない.今後の続報が待たれる.このように薬剤性眼障害を疑った場合には,薬剤の投与歴(投与量,期間,併用薬など)を詳細に聴取することが診断の一助となる.文献1)医薬品医療機器総合機構:AppropriateCmeasuresCtoCbeCtakenforpemphigoidduetodipeptidylpeptidase-4(DPP-4)Inhibitors.https://www.pmda.go.jp/.les/000263415.pdf2)BouchiCR,CSugiyamaCT,CGotoCACetal:RetrospectiveCnationwideCstudyConCtheCtrendsCinC.rst-lineCantidiabeticCmedicationCforCpatientsCwithCtype2CdiabetesCinCJapan.CJDiabetesInvestigC13:280-291,C20223)DoniK,BuhnS,WeiseAetal:Safetyofdipeptidylpepti-dase-4CinhibitorsCinColderCadultsCwithCtypeC2diabetes:aCsystematicCreviewCandCmeta-analysisCofCrandomizedCcon-trolledtrials.TherAdvDrugSafC13:20420986211072383,C20224)MatsumotoCA,CFukuokaCH,CYonedaCACetal:OcularCcica-tricialCpemphigoidCfollowingCdipeptidylCpeptidase-4Cinhibi-toruse:aCcaseCreport.CAmCJCOphthalmolCCaseCRepC32:C101957,C20235)HathawayJT,ShahMP,HathawayDBetal:Riskofnon-arteriticCanteriorCischemicCopticCneuropathyCinCpatientsCprescribedsemaglutide.JAMAOphthalmolC142:732-739,C20246)Carreno-GaleanoCJT,CShahCM,CZekavatCSMCetal:NonCarteriticischemicopticneuropathyinpatientsreceivingaglucagon-likeCpeptideCreceptorCagonistsCinCaCtertiaryCcareCcenter.CInvestOphthalmolVisSciC65:6177,C20247)KatzCBJ,CLeeCMS,CLinco.CNSCetal:OphthalmicCcomplica-tionsCassociatedCwithCtheCantidiabeticCdrugsCsemaglutideCandtirzepatide.JAMAOphthalmolC143:215-220,C20258)Klono.CDC,CHuiCG,CGombarS:Real-worldCevidenceCassessmentCofCtheCriskCofCnonarteriticCanteriorCischemicCopticCneuropathyCinCpatientsCprescribedCsemaglutide.CJDiabetesSciTechnolC18:1517-1518,C20249)MarsoSP,BainSC,ConsoliAetal:Semaglutideandcar-diovascularCoutcomesCinCpatientsCwithCtypeC2Cdiabetes.CNEnglJMedC375:1834-1844,C2016(15)あたらしい眼科Vol.42,No.8,2025C949